学戦都市でぼっちは動く (ユンケ)
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番外編
番外編 オーフェリアの日記


はい。前からあとがきに書いていた日記ですが、今回から番外編として書くことにしました。

毎回1,000文字近くと短いですが以後よろしくお願いします



 

 

 

 

6月×日

 

今日久しぶりにユリスと遊びに行った。その時に花屋に行って何時間も過ごしていた。少し前までは花に触れるのは無理だった私だが、自由になった今は自由に触れるようになった。やはり八幡には感謝しかない。

 

その後カフェでユリスから恋愛相談を受けた。ユリスは名前を出さなかったが、天霧綾斗を好いているのは知っていた。何でもライバルが多いのでどうしたら良いのかと尋ねられた。

 

ユリス曰く天霧綾斗は鈍感らしいので、私は酒を飲んで酔った勢いで既成事実を作ったらどうだと言ったら頭を叩かれた。私が八幡と付き合う前にシルヴィアから八幡を奪う為に考えた作戦だったのだが、ユリスは納得しなかったようだ。

 

 

6月×日

 

八幡が万有天羅の元で稽古をつけて貰っている時にシルヴィアとネットサーフィンをしていたら、『特集!彼氏が隠すエロ本見つけ方』という記事を発見した。

 

それを見た私とシルヴィアは記事を頼りに、八幡がエロ本を隠してないか徹底的に探した。その際に八幡の部屋に入ってありそうな箇所をチェックした。

 

暫くチェックをしていたら八幡の机の引き出しの1つが二重底になっているのを発見した。これは何かあると思いシルヴィアと引き出しをひっくり返してみた。

 

するとそこには『歌と毒の蜜月』『シリウスドームに生まれる紫と白の百合』など色々な題目の私とシルヴィアの漫画が数冊あった。しかも表紙にはR-18ーーー成人向けと表記されていた。シルヴィアを見ると顔を真っ赤にしていたが、私も同じように真っ赤になっていたと思う。

 

内容がつい気になったので2人で読んだら、予想以上に凄くて読むにつれて顔に熱が溜まるのを実感した。

 

全て読み終わるとシルヴィアが真っ赤になりながら「八幡君は私達がこんな事をするのを見たいのかなぁ?」と聞いてきたので私は多分と答えた。

 

するとシルヴィアは予行練習をしないかと提案してきた。私は一瞬悩んだが了承した。するとシルヴィアは漫画のように私の服を脱がしてきたので私も同じようにシルヴィアの服を脱がした。その時に漫画の中にあったようにお互いの胸や尻を揉みながら。

 

そして互いに裸になって抱き合いキスをする。シルヴィアとキスをした事は何回もあるが、八幡とするキスとは違う良さがある。まさかとは思うが3人で付き合っている内に同性愛にも目覚めたのだろうか?

 

そして互いに舌を絡め始めた瞬間、八幡が帰ってきて私達のやり取りを目の当たりにした。

 

 

……これ以降の事は恥ずかしいので割愛した。

 

 

 

 

尚、八幡が隠し持っていた漫画については全て処分した。その際に八幡は落ち込んだが、今後私達が漫画に出ていた事をすると言ったら直ぐに立ち直った。

 

やはり八幡はエッチである。



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番外編 八幡の日記

 

9月▲日

 

今日は新居を買ってから初めての大掃除をした。とはいえ、俺もオーフェリアもシルヴィも余り物を散らかさないので、冷蔵庫の上や本棚の裏など普段掃除しない場所だけを掃除して終わった。

 

部屋の掃除は1時間ちょいで終わったので、次は各々の端末のデータ整理をやった。初めの内は余り聞かない音楽などを消していたか、暫くするとビデオのアプリの中にAVがあるのを発見した。しかも家に置いてあったモノとは違うシルヴィのそっくりさん主演のヤツまで。オーフェリアとシルヴィと付き合う前にダウンロードしていたのを消し忘れていたようだ。

 

慌てて削除しようとしたが、その前にオーフェリアとシルヴィがそれを発見した。あの時の2人の顔は一生忘れない位怖かった。

 

その後、大掃除を済ませた俺は、俺の趣味嗜好を調べる為とAVを見始めた2人に解説をさせられた。もう2度とあんな経験はしたくない。

 

 

 

 

9月◎日

 

今日は久しぶりにシルヴィと2人でデートをした。オーフェリアはリースフェルトと遊びに行ったが、シルヴィと2人きりになるのは本当に久しぶりだ。

 

初めにカップルの間で有名なカフェに行き、カップル限定のパフェやランチセットを食べたが、その際にシルヴィは全て口移しで食べさせてきた。幾ら変装をしているとはいえ恥ずかしかった。

 

その後はシルヴィに招かれてクインヴェールにあるシルヴィの部屋に向かった。今は基本的にウチに住んでいるが、仕事の都合上泊まり込みもよくあるらしく、内装は前に来た時と殆ど変わっていなかった。

 

同時に俺は初めてシルヴィの部屋に入った時の事ーーーシルヴィの唇にキスをした事を思い出して顔を熱くしてしまった。我ながらアレはヤバかったと思う。

 

それはシルヴィも同じ気持ちだったようで、部屋に着いた俺達は顔を赤くしながら互いに寄り添ってキスをし始めた。シルヴィとの2人きりのキスはオーフェリアのするキスとは別の魅力があって最高だった。

 

暫くキスをしているとシルヴィがシャワーを浴びてくると言ってシャワーがある部屋に向かった。着替えを用意していなかったのでそういう事と捉えた俺は間違っていないだろう。10分後、シルヴィがバスタオル1枚でシャワールームから出てきて俺にバスタオルを渡してきた。それを受け取った俺はかつてない程の速さでバスタオルを受け取り、シャワールームに向かった。これについては男だから仕方ないだろう。

 

そしてシャワールームから出るとシルヴィがバスタオルを巻いたままベッドで扇情的な姿を露わにしていた。それを見た俺は一瞬で理性を吹っ飛ばして、ベッドに上がってシルヴィに覆い被さっていた。我ながらヤバいと思ったが、シルヴィは嫌な顔一つしないで俺を受け入れてくれた。

 

そしていよいよ本番という時だった。いきなり部屋に2種類の電子音が鳴り出して雰囲気が完膚なきまでに破壊された。

 

俺とシルヴィは無言で端末を見ると端末には『材木座義輝』と『ミルシェ』と表示されていて、俺とシルヴィの頭の中でブチリと何かがキレる音が聞こえたのだった。

 

 

 

9月◻︎日

 

今日はクインヴェールの公式序列戦である。俺は昨日の恨みを晴らすべく、空間ウィンドウにシルヴィがミルシェをボコボコにしている映像を流しながら、影狼修羅鎧を纏って材木座を殴り飛ばした。

 



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番外編 エリオットの日記

 

 

10月×日

 

今日からアーネストさんに引き継がれて生徒会長となった。アーネストさんに比べたらまだまだ未熟ではあるが、頑張りたいと思う。

 

 

10月△日

 

生徒会長に就任して3日。早くも生徒会長を辞退したくなった。最初に上層部であるEPから与えられた仕事は最近話題となっている比企谷八幡の二股に関する仕事だ。

 

諜報工作機関の至聖公会議からの情報によると暴露したのは我が学園の一色いろはという生徒らしい。EPは前から比企谷八幡ら3人の関係を知っていたが、シルヴィア・リューネハイムが引退する可能性を危険視して公表しなかったが、彼女は逆恨みを晴らすべく暴露したようだ。

 

もしも来週の会見でシルヴィア・リューネハイムが引退宣言をしたら他の統合企業財体が『シルヴィア達の関係を暴露したのはガラードワースの生徒』と公表するのは容易に想像出来る。

 

そう判断したEPは僕に『もしシルヴィア・リューネハイムが引退宣言をして、3人の関係を暴露した人間かガラードワースの生徒だという事が世間に知られたら、世間の矛先を一色いろは1人に向けさせろ』と指示をしてきた。

 

要するに彼女をスケープゴートにするという事だ。彼女の自業自得とはいえ正直やりたくない仕事なのでシルヴィア・リューネハイムは引退宣言をしないで欲しいと思った。

 

EPから仕事を命じられた直後、胃が痛くなった僕は前副会長のレティシア先輩が残した胃薬を飲んだ。

 

 

10月□日

 

今日は例の会見があった。その際に3人は堂々と交際していると宣言した。途中記者が無礼な質問をして比企谷八幡とシルヴィア・リューネハイムが激怒した時は引退宣言するのかと焦ったが、3人の邪魔をしなければ引退はしないようなので安心した。

 

しかしEPはいつでも一色さんをスケープゴートに出来るようにしとけと警戒していた。命令だから逆らうつもりはないが出来るなら平和な状態が続いてほしい。

 

そして一色さんはこれ以上問題を起こさないで欲しい。冗談抜きで

 

 

 

 

12月×日

 

今日は今年の書類の整理をしていた。新年まで2週間を切ったので早めに終わらせたいと思った。

 

しかし夜になって仕事をしていたら事件が起きた。仕事の合間にネットでニュースを見ていたら、『ガラードワースの『友情剣』、公共の場でレヴォルフの生徒会長を殴り飛ばす?!』って見出しのニュースが映っていた。

 

次の瞬間、胃に猛烈な痛みが発生したので急いで胃薬を飲んで突っ伏した。直後レティシア先輩が来たので空間ウィンドウを渡したが、その後の記憶はなく、気がつけば医務室で寝ていて隣のベッドにはレティシア先輩が寝ていた。

 

僕のすぐ近くには幼馴染のノエルが泣いて抱きついてきた。心配をかけたのは申し訳ないが胃に負担が掛かるので抱きつくのは勘弁して欲しい。

 

 

12月◎日

 

僕は昨日の事件の真相を知るべく、昨日比企谷さんを殴った葉山さん及びその時にいた面々を呼び出した。

 

彼らから事情を聴くと、比企谷さんが葉山さんのチームをカス呼ばわりしたからカッとなって殴ったと言ってきた。他の面々もそう言ったので、彼らを返した後にホットラインを使って比企谷さんに問い合わせた所、

 

『あいつらをカス呼ばわりしたのは事実だが、その前に向こうが人の妹にデマを吐いたり、チーム・赫夜を侮辱したから、葉山が売った喧嘩を買っただけだ』

 

と言ってきた。それが事実なら明らかにこちらに非がある。

 

その後、再度葉山さん達を呼び出して問い詰めた所、『チーム・赫夜が卑怯なのは事実だ!』と十数人が言ってきた。

 

しかし僕の目から見たらチーム・赫夜は卑怯とは思わない。小細工を使ってはいたが、それを強豪チームに通用するまでには相当な努力が必要と理解出来たからだ。

 

その事から完全にこちらに非があると判断した僕は葉山さんの序列を剥奪する罰を与えた。葉山さんと連れは反対したが撤回するつもりはない。

 

 

その夜、再度ホットラインを使って比企谷さんに謝罪をすると言ったら、

 

『じゃあマッ缶100本くれ』

 

と要求してきた。何とも欲の無い人だ。

 

通話を終えた後、比企谷さんや葉山さんなどが通っていた総武中を調べてみたが酷いの一言だった。

 

特に学園祭。実行委員が9割以上サボったり、エンディングセレモニーで実行委員長が逃げ出すなど論外としか思えなかった。この事件は比企谷さんが泥を被ってなんとか成功に終わったようだが、危険性があり過ぎる。

 

だから僕は来年度以降は総武中の生徒の受け入れを拒否するように上層部に申請した。



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番外編 エリオットの日記②

2月☆日

 

今日は王竜星武祭準々決勝の日であった。どの試合も見応えがあって素晴らしかった。……比企谷さんとレナティの試合の結末については前代未聞であったが。

 

またノエルはシルヴィアさん相手に最後まで諦めなかった結果、後一歩という所まで追い詰める良い試合であった。客観的に見てもノエルの戦い方は見事だったと断言出来る。

 

しかし同時に大きな問題も起こった。葉山先輩が比企谷さんに危害を加えようとしたのだ。幸い第三者には見られなかったり、比企谷さんは運営に報告しないと言ってくれたので最悪の事態は免れたと言って良いだろう。

 

そのおかげで胃に穴が開く事は避けれたが胃がキリキリして痛い。そろそろ人工の胃を作成しよう

 

 

 

 

2月♩日

 

王竜星武祭最終日。比企谷さんとシルヴィアさんの戦いは壮絶極まりないものだった。お互いの切り札をぶつけ合い、切り札が無くなったら持っているカード全てをぶつけ合い、最後は頭突きで勝負を決めた。

 

泥臭い戦いでガラードワースの戦いとは相反する戦いであったが、不思議と僕の胸には興奮が生まれていた。それはアーネストさん達も同じようで顔には興奮の色があった。

 

結果比企谷さんがシルヴィアさんを打ち破って優勝した。その時僕は凄いとプラスの感情が浮かんだ。レヴォルフの生徒が優勝して喜ぶのには驚いたが不思議と嫌な感情は無かった。よって王竜星武祭の閉会式も気持ちよく迎えられたのだった。

 

 

 

 

2月♫日

 

王竜星武祭が終わった次の日、僕とレティシア先輩は入院した。理由は胃に穴が開いてさたから。

 

昨日王竜星武祭の閉会式が終わった時のことだった。シリウスドームからガラードワースに帰ろうとした際に、至聖公会議から葉山先輩のグループが比企谷小町さんに襲撃をしたと連絡が入ったのだ。

 

その場にいたアーネストさんとノエルによると、それを聞いた僕とレティシアの口から血を流して倒れたらしい。

 

もう嫌だ。何故葉山先輩のグループは毎度毎度比企谷さんに喧嘩を売って殺そうとするのだろう。仮にもし比企谷さんを殺すなら、それこそ壁を超えた人間が必要なのを理解出来ていないのだれうか?

 

正直に言って今直ぐ会長を辞退したい。

 

 

 

 

 

3月◯日

今日は中等部を卒業する日だった。僕は晴れやかな気分の状態で挨拶をした。高等部に進学したら今以上に頑張らないといけない。僕の星武祭の参加枠は後1つしかないが2年後の獅鷲星武祭で優勝しないといけないのだから。

 

それと葉山先輩のグループと一色いろはの監視についても強化しないといけない。つい最近懲罰室や精神病院から戻ってきたが、また問題を起こす可能性が高いのだから。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

3月◯日

 

大学生活1年目ももう直ぐ終わる時だった。今日僕は突如ノエルに大切な話があると言われて呼び出された。

 

何の話だと聞いてみれば、ノエルはつい最近比企谷さんとシルヴィアさん、オーフェリアさんのバカップル3人に認められて比企谷さんの彼女になったと話した。

 

それを聞いた僕は胃に激痛が走るも、長年胃痛に苦しんで耐性が出来たからか穴が開く事は無かった。

 

それから詳しく聞くと比企谷さんが大学を卒業した後に実家に行って、許しを貰って式を挙げると言っていたので、当日は僕も行く事にした。メスメル家当主は温厚で割と放任主義だが、彼氏のイレギュラー性を考えると何が起こるかわからないから。

 

 

3月♫日

 

僕は比企谷さん及び彼女3人とメスメル家に向かった。目的は当然ノエルの結婚について。

 

そしてメスメル家当主と会ってから1分で荒れ始めた。当主は放任主義な上に比企谷さんオーフェリアさんシルヴィアさんとのコネを考えて反対はしなかったが、奥方様や部下は家の名が汚れるとそれはもう猛反発した。途中でオーフェリアさんが激怒しかけるくらいに。

 

暫くの間、反対されてオーフェリアさんが立ち上がろうとした時だった。ノエルが懐から何かを出したかと思えば、自分の持つメスメル家の権力を全て放棄する旨を記された紙、いわば絶縁状に近い紙だった。

 

当然奥方様やメスメル家の部下達は焦って撤回するようにノエルに促すも、ノエルは『ならば結婚を認めてください!』と諦める様子は無かった。

 

暫く押し問答を繰り返した結果、奥方様は渋々ながらも結婚を認め、それによって大勢は決まった。当主と奥方様が認めた以上部下は従うしかないのだから。

 

そうしてノエルの結婚が決まったのだった。式は比企谷さんがW=Wに就職してからとなった。これから先色々と面倒な事は起こるが、頼むからこれ以上僕の胃を傷つけないで欲しいと強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

「おや、随分と懐かしい日記だな」

 

E=Pとして仕事を済ませ帰宅したエリオットは自室の書斎の整理をしていたら学生時代に記していた日記を発見してパラパラと捲る。

 

そしてその日記の最後のページーーーノエルが実家に帰って結婚の許可を貰う事を記したページを見て昔を思い出す。

 

「そうだった……あの時のノエルは凄い鬼気迫っていたなぁ……」

 

当時エリオットはノエルの鬼気迫った顔を見て驚きを露わにしていた。

 

その事を懐かしく思いながら日記を閉じて、その日記の隣にある日記を持ってため息を吐く。

 

「そしてその後には様々な問題があって僕の胃が爆発したんだよなぁ……」

 

エリオットは哀愁を漂わせながら最悪の事件について記された日記を開くのだった。




明日から旅行で14までお休みとなりますがご了承ください


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番外編 エリオットの日記③

4月◯日

 

今日、全世界にノエルが比企谷さんの恋人と1人となり、シルヴィアさんとオーフェリアさんを加えた計4人で結婚する事を発表された。

 

ネットを見れば、勿論否定の言葉も多々あった。しかし……

 

『え?ノエルはあのバカップル3人の中に入れたの?街中で平然とディープキスをする3人に?』

 

『それって凄くね?俺あの3人がイチャイチャするのを直で見たことあるけど、入れる自信はないぞ』

 

『バカップル4人の誕生か?!』

 

こねように意外とノエルを凄いと褒める意見があった。まあその意見には賛成だ。僕も3人が学園祭でガラードワースに来た時にイチャイチャするのを見たが、あそこに入るのは至難どころか無理だと思っていたのだから。

 

加えてノエルは比企谷さんの事になると強気になるので記者会見でも大丈夫だろうと思った僕だった。

 

 

 

 

 

4月▲日

 

今日は例の記者会見が行われた。しかし特に波乱は起こらなかった。一部の記者は悪意のある質問をしてきたが、その記者に対して4人は質問を無視して『持っている力を全て駆使して相応の対応をする』と返して、悉く潰していった。

 

しかしそれも当然だろう。ノエルはヨーロッパ屈指の名家の御令嬢で、比企谷さんは歓楽街のマフィアとのコネ、オーフェリアさんは世界最強の力、シルヴィアさんは世界の歌姫としての権力など圧倒的な力を持っているのだから。

 

そして最後に方針を発表した。ノエルは結婚しても大学は辞めず、卒業したらガラードワースで働くか専業主婦になると返した。僕としては今後ガラードワースの発展の為にガラードワースで働いて欲しいと思った。

 

 

 

 

4月◻︎日

 

僕は今入院している。原因は数日前に起こった事件で胃が爆発したからだ。この数日、検査や手術の為に日記を付けれなかったが、今日になって漸くある程度回復したのでベッドの上で記す。

 

数日前だ。僕はE=Pの幹部らにノエルの結婚について話をしていた時にメールが来たのだ。見れば至聖公会議からで葉山グループのメンバーが『比企谷さんに洗脳されたノエルを助ける為』と比企谷さんに襲撃をしたのだ。しかも情報によれば本気で殺す気だったらしい。

 

それに対して比企谷さんは全員返り討ちにしたのだが、その時に偶然警備隊が最初から見ていたらしく葉山グループの面々はその場で逮捕された。

 

それを聞いた時は僕だけでなく一部のE=Pの幹部らも胃に大ダメージが入ったらしく、僕と一緒に入院する事が決まったようだ。

 

……そんな事があって僕は入院して数日間日記を付けれなかった。ネットを見ればガラードワースの評価は最悪で、今や悪名高いレヴォルフよりも低評価だ。

 

正直な話、僕の在学中はこの悪評を消す事は間違い無く無理だろう。これは僕だけでなくE=Pの幹部らも同意見だ。上層部からは少しでも評判を上げる為、僕に獅鷲星武祭で優勝しろと言ってきた。

 

僕は既に星武祭は2回出たので、評判を上げれるとしたら獅鷲星武祭優勝しかない。おそらくそれが僕の生徒会長としての最後の責務となるだろう。それも失敗は許されない責務だ。

 

とりあえず退院したら修行の時間を増やさないとな……

 

 

 

5月◯日

 

人口の胃を用意して退院してから2週間。僕は例の比企谷さん達4人の結婚式に参加した。と言っても比企谷さん達の要望で客については4人の友人や親族が殆どなので、総勢200人程度と主役4人の知名度から考えると小規模な結婚式だった。

 

式場は昔、オーフェリアさんが住んでいたリーゼルタニアの孤児院を兼ねた教会で行われたが客の殆どは有名人であった。

 

僕の前の席にはヘルガ・リンドヴァル隊長や比企谷さんの母親である『狼王』比企谷涼子が、後ろの席には星武祭を荒らしまくったエルネスタ・キューネや材木座義輝にカミラ・パレートに擬形体3人が座るなど豪華なメンバーだった。

 

そんな風に世界に名を馳せている有名人が集まる中、遂に件の4人が現れる。4人はそれぞれ全く別の雰囲気を醸し出しているが、全員何らかの形でこの場にいる客を魅了しているという共通点が存在していた。

 

そして神父の前に立った4人は誓いの言葉を口にしてから指輪交換をする。そして結婚式でお約束の誓いのキスを交わした。4人で同時に重ねるそれは、ガラードワースでなら咎められる行為かもしれないが、何処か神秘的な雰囲気があって思わず魅了してしまった。

 

そして唇を重ねた4人は本当に幸せそうな表情を浮かべていた。願うなら4人の人生に幸あれと心から思った。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

「本当に懐かしい……」

 

エリオットは結婚式について記された部分を読んで感慨深くなる。実際エリオットの脳裏にはあの光景がこびり付いている。

 

「その後は本当に大変だったなぁ……」

 

エリオットはため息を吐く。当時のエリオットの労働環境は最悪だった。結婚式が終わって直ぐにガラードワースの評価を少しでも上げる為に動いたり、生徒会長として本来の仕事に取り組んだり、獅鷲星武祭に備えて訓練をするなど例年以上にハードなスケジュールだった。

 

 

その後獅鷲星武祭を優勝して多少評価を上げ、3回目の星武祭の出場を果たしたエリオットの生徒会長としての仕事は終わった。その時のエリオットの心は歓喜に満ちていた。

 

そして最近になって漸くガラードワースの評価は葉山達が事件を起こす前の評価と同じくらいになったのだ。

 

「そう言えば彼らは最近出所したようだが……嫌な予感しかしないな」

 

それについてはエリオットだけでなく、八幡や八幡の妻3人、警備隊の綾斗や小町も同じ事を考えていた。

 

「万が一再度襲撃をしたら、今度こそガラードワースの評価は地に堕ちる……監視の申請をしておくか」

 

エリオットはそう思いながら日記を閉じて、空間ウィンドウが表示して至聖公会議に連絡を取り始めるのだった。



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番外編 葉山の日記

 

 

10.月◎日

 

明日から獅鷲星武祭が始まる。俺と優美子、戸部に大岡に大和の5人が揃ったチームは客観的に見ても良いチームだと思う。

 

優勝するのは厳しいかもしれないがベスト4ぐらいは行けると思っている。俺達は才能に恵まれて、それでありながら大会に備えて一生懸命努力したのだから。

 

クラスの仲間達も応援してくれた。皆の応援があるなら俺達は頑張れる。可能なら上位4チームはガラードワースの生徒で埋まるように頑張りたい

 

 

 

 

 

10月◯日

 

あり得ない事が起きた。ベスト4は確実と思えた俺達は1回戦で負けた。

 

対戦相手はクインヴェールのチーム・赫夜。明らかにお遊びで参加したと思えるチームだった。

 

しかし実況と解説が比企谷が絡んでいるチームと聞かされて、卑怯な手を使ってくると警戒した。

 

そして試合が始まってから3分もせずに俺達は敗北した。この大会に備えて一生懸命努力した俺達が1回戦で負ける筈がない。

 

これは何かの間違い、もしくはチーム・赫夜がイカサマをしたと考える。比企谷の絡んだチームが正々堂々と戦う筈がないのだから。

 

試合には負けたが、絶対に何か裏がある筈だからチーム・赫夜の試合を何度も見直すことをした。星武祭でズルがあると問題だから。

 

 

 

 

 

 

10月◇日

 

チーム・ランスロットがチーム・赫夜に負けた。あり得ない、誇りある銀翼騎士団のチーム・ランスロットがチーム・赫夜みたいな弱小チームに負ける筈はない。

 

これには皆同意見だった。絶対にズルをしたに決まっている。そう思って抗議したが、エリオット君がズルをしているなら運営が文句を言う筈だと諌めた。

 

しかし比企谷なら運営すらも欺けると俺は考えている。絶対に許されない事だ。王竜星武祭で比企谷を倒してアイツが間違っていることを証明するつもりだ。

 

 

 

 

10月◆日

 

ネットニュースを見ていたら比企谷がシルヴィア・リューネハイムとオーフェリア・ランドルーフェンの2人とキスをしている画像が流れていた。

 

それを見た俺は怒りに囚われた。お前がいる場所は奉仕部であってそこじゃないだろう。その上シルヴィア・リューネハイムを騙して二股をかけるなんて万死に値する行為だ。どうやって騙したのか知らないが、いつか絶対に悪事を裁くつもりだ。

 

そして昼にはチーム・赫夜がチーム・エンフィールドとぶつかって敗北した。それを見た俺は当然と、いい気味と思った。チーム・赫夜が勝ち上がれたのはマグレである事とズルをしていたからだ。

 

最後はクロエ・フロックハートが醜く足掻いていたが、どうせお遊びで参加したのに、負けが決まっているのに、と理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

10月□日

 

今日は例の会見があった。その際に3人は互いに愛し合っているといったが、それは間違っている。どんな事があろうと1人の女性を愛するべきだ。騙した挙句二股をかける比企谷は絶対に間違っている。

 

これには俺の仲間も同意見である。今から修行を積んで比企谷を王竜星武祭で倒せるようにしておきたい。本来なら俺の方が上だが、比企谷がどんなズルをするかわからないので警戒が必要だ。

 

 

 

 

 

12月×日

 

今日、クリスマスパーティーの準備をする為にショッピングモールに行ったら比企谷の妹にあったので、俺は比企谷がズルをしないように注意をしたのに適当にあしらわれた。俺は善意で注意したのにあしらうとは兄妹揃って問題のようだ。

 

その後、比企谷が現れて俺のチームをカス呼ばわりしたので殴り飛ばしたが俺は間違っていないだろう。比企谷の言葉は秩序を乱す言葉なのでガラードワースの生徒の俺が比企谷を殴るのは何も間違っていないと断言出来る。

 

 

 

 

12月◎日

 

エリオット会長に呼ばれて昨日ショッピングモールであった事について説明をした。嘘は吐いていない。悪いのは比企谷なのだから問題ない筈だ。

 

ところが夕方に再度エリオット会長に呼ばれて先に喧嘩を売ったのは俺達と言われたが、俺は比企谷やチーム・赫夜がズルをしないように注意しただけだ。事実を言っただけで喧嘩は売っていない。

 

しかしエリオット会長は間違っているのは俺と言って俺の序列を剥奪した。これには俺だけではなく、仲間達も反対したが会長は取り下げてくれなかった。

 

俺が正しいのに罰を与えられる。そうなると答えは1つ。エリオット会長もシルヴィア・リューネハイム同様比企谷に騙されているのだろう。

 

そう判断した俺達は修行の時間を増やした。王竜星武祭で比企谷を倒して、エリオット会長やシルヴィア・リューネハイムを助ける為に。

 

待っていろ比企谷。お前の間違いを正してやる。



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番外編 葉山の日記②

1月1日

 

 

今日は新年なのでグループの皆でショッピングモールに遊びに行った。しかし新年早々比企谷と会って不愉快な気分になった。あいつが会長を騙した所為で俺の序列は奪われたのだから当然だろう。

 

だから俺は会長やシルヴィアさんを騙すなと言ったら、あいつはあろう事か殴った俺が悪いと言ってきた。殴ったのは事実だが、それは比企谷が俺の友人達をカス呼ばわりしたからで当然のことだ。自分が悪いのにそれを棚上げして俺を悪く言うなんて人間として間違っているだろう。

 

その後オーフェリア・ランドルーフェンを唆してシルヴィアさんを騙している事を注意したら、奴は何か卑怯な力を使って俺に殺意を向けてきた。それが何かは分からなかったが比企谷の事だ、どうせ何か強力な道具を利用したのだろう。

 

弱いからって道具に頼り逆恨みをするなんて本当に腐っているとしか思えない。いつか奴には天罰が下るだろう。

 

 

 

 

1月×日

 

いよいよ新学期が始まった。しかし俺の序列は剥奪されたまま。何度も会長に直訴をしたにもかかわらず序列を返して貰えない。これも比企谷の所為だろう。あいつを俺を恐れるが故に会長を騙したり脅したりして、裏で序列を剥奪したのだろう。つくづく最低な奴だ。

 

だから俺は同士ーーー比企谷の行動を間違っていると思う生徒を集めて反対運動を始めた。普通学生運動は問題が起こりやすいから余り良い顔はされないが、これもガラードワースを比企谷の魔の手から救う為だから問題ないだろう。

 

正義は俺達にある。

 

 

 

2月◆日

 

アレから俺のグループは人数を増やして今や500人以上になった。グループのメンバー全員が一致団結してガラードワースを比企谷の魔の手から救おうとしているが、会長は俺の序列を剥奪したままだ。おそらくかなり深く洗脳されているのだろう。

 

もう少し自分から動くべきと判断した俺は公式序列戦に参加して剥奪される前より上の24位となった。理不尽な剥奪を受けた後にして幸先のいいスタートだ。

 

これからもっと努力して銀翼騎士団のメンバーとなり序列1位の座を手にするつもりだ。ガラードワースの生徒会長は序列1位がなるのだし、俺がなってガラードワースを本来の姿に戻していきたいと思った。

 

 

 

 

3月14日

 

大変な事件がガラードワースに流れた。現生徒会副会長のノエルちゃんと前副会長のレティシアさんが比企谷からホワイトデーのお返しを貰ったとの事だった。お返しを貰うという事はバレンタインに2人は比企谷にチョコを渡したのだろう。そんなこと普通はあり得ない。

 

チーム・ランスロットとチーム・トリスタンを卑怯な手で倒したチーム・赫夜の師匠の比企谷が2人からチョコを貰えるなんて……比企谷が2人を脅したか騙したに決まっている。

 

だからグループのメンバーの中で2人のクラスメイトが、注意を呼び掛けたらレティシアさんもノエルちゃんも比企谷は卑怯な人じゃないと怒ったようだ。

 

それを聞いた俺達は驚いた。まさか比企谷がここまで洗脳しているとは完全に想定外だった。急がないといけない。そうでないとガラードワースは比企谷の物になってしまう。

 

だから俺は更にグループはメンバーを増やす事と自身の実力を上げる事に費やす時間を増やすことにした。それに対してグループの皆は俺に協力すると賛成してくれた。

 

やはり持つべきものは友人だ。皆で協力して本当の正義を取り戻すと改めて決心した俺達だった。



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番外編 葉山の日記③

 

 

4月♡日

 

今日から学園祭だ。いつもはグループの皆と鍛錬しているが偶には休憩も良いと判断して、皆で遊びに行くことにした。

 

先ずは星導館に向かったが、その際にいろはを見つけたので気付かれる前にグループのメンバーの中心に隠れた。いろはは例の比企谷が洗脳したシルヴィアさんと『孤毒の魔女』に責められる動画の所為でガラードワースでは孤立している。しかしアレは比企谷がいろはを貶める為にやった事だろう。

 

いろはの状況に対しては同情するが俺の元に来られるとグループの場に乱れが出る可能性があるので距離を置かせて貰おう。王竜星武祭で比企谷を倒したら元のガラードワースになるのでそれまで待っていて欲しい。

 

その後俺達は星導館のウォーターサバイバルというイベントを見学したが、その際に比企谷に洗脳されたシルヴィアさんや『孤毒の魔女』、兄妹だけあって兄に似て性格に問題のある比企谷小町、比企谷の弟子となり卑怯な手を使うチーム・赫夜の若宮美奈兎にソフィア・フェアクロフが揃っていて嫌な気分になった。

 

優勝したのはシルヴィアさんだったが、表彰式ではサプライズとして比企谷が表彰する事になり、壇上で比企谷はシルヴィアさんの唇を奪った。

 

それを見た俺は怒りが生まれるのを自覚した。洗脳したのをいい事に、シルヴィアさんの唇を奪うなんて最低の行為だ。人として許される行為じゃない。

 

なんとしてもガラードワース、シルヴィアさん達を救う為にも頑張らないと……

 

 

4月◎日

 

今日は学園祭最終日なので中央区にあるホテルにある後夜祭に参加した。俺は他所の学園の生徒とダンスをして交流をする。やはり皆で仲良くする事は素晴らしい事だ。

 

そう思いながらダンスをしていると比企谷がシルヴィアさんと『孤毒の魔女』を連れてやって来たのだ。それを見た俺は不愉快な気分になる。ここは他校の生徒と交流する場であってお前のような卑怯者が来るべき場所ではないという事を理解出来ていないのか?

 

暫く交流を続けていると比企谷がシルヴィアさんとダンスを始めた事によってその場にいた人間は2人のダンスに意識を向けて、ダンスが終わってから2人が唇を重ねるのを見て興奮し始める。

 

その後比企谷は『孤毒の魔女』相手にも同じ事をやって会場は盛り上がるが、俺からしたら奴は間違っている。二股、それも洗脳して手に入れた女子2人相手に二股をするなんて最低の行為だ。

 

その後比企谷は沢山の女子と踊ったが、その中には我がガラードワースの誇る才女のレティシアさんとノエルちゃんもいた。比企谷がそこまで沢山の女子相手に洗脳をしているとは予想外だった。

 

特に俺がダンス相手に誘った時に断ったシルヴィアさんと、比企谷と踊った際に顔を赤らめながらも楽しそうに踊っていたノエルちゃんは相当強い洗脳を受けたのだろう。早めに助けないと後遺症が出る可能性もある。

 

俺の後夜祭は一層やる気を出して幕を閉じたのだった。

 

 

 

4月★日

 

今日の公式序列戦で俺は序列16位になった。その時に皆が俺を祝福してくれた。その時に俺は今後の目標を話したら皆、高らかに俺の目標に賛成してくれた。

 

やはり俺はガラードワースを革命を起こせる麒麟児で、持つべき物は友情と正義だろう。

 

俺はこれからも鍛錬を積んで正義を成し遂げていきたいと思う。

 

 

 

 

 

1月▽日

 

年が明けてから2週間以上経過して、今日はいよいよ王竜星武祭のトーナメント発表の日であった。発表時間になり見てみると1回戦から比企谷が相手だった。

 

これは運が良いだろう。もしも違うブロックだったら比企谷と当たらず、比企谷によって洗脳された人やガラードワースを救う事が出来なかった可能性もあっただろうから。しかし1回戦に当たるなら問題ないだろう。

 

トーナメント表を見た俺の友人達は揃って俺を応援してくれて、新しいサーベル型煌式武装を渡してくれた。それを見た俺は嬉しく思った。仲間に渡された絆の証、これで俺は誰にも負けないと確信が持てた。

 

待っていろ比企谷、シルヴィアさんを始めとしたお前に洗脳された人間をお前を倒す事で救ってやる。

 

お前の悪事もここまでだ。正義は必ず勝つことを教えてやる

 

 

 

 

 

2月♡日

 

あり得ない、あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないぃぃっ!

 

優勝候補に含まれる実力を持っていた俺が1回戦で、それも卑怯なことしか取り柄のない比企谷に負けた!それも5分間ハンデを与えられた上でだ!絶対にあり得ない!

 

しかも比企谷が卑怯なことをしたのが悪いのに俺のグループから離れる奴らが現れた。比企谷の奴、俺のグループの人間にまで洗脳をするなんて、どこまで最低な奴なんだ!

 

これは放って置けないしどんな手を使ってでも比企谷を倒さないといけない!星武祭期間中に試合以外で選手がぶつかるのは御法度だが、比企谷の危険性をしっかりと説明すれば運営も納得してくれて、俺はそこまで咎められないだろう。

 

問題はない。俺は何も悪くないのだから。そう、悪いのはズルをしたり他人を洗脳している比企谷だ。

 

しかし比企谷の卑怯さは桁違いなのでしっかりと作戦を立てるべきだろう。もしも俺が洗脳をされたら正義は無くなり、ガラードワースは比企谷に乗っ取られるだろう。正義の為にも焦ってはいけない。

 

なんとしても……俺が比企谷からガラードワースを守らないと……!




葉山の日記は4話構成です。次はいつになるかわかりませんが次が最後です


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番外編 シルヴィアの日記

 

 

 

10月◇日

 

美奈兎ちゃん達チーム・赫夜がアーネスト率いるチーム・ランスロットを打ち破った。それを見た私は凄く興奮した。長い獅鷲星武祭の歴史でもこれほど凄い大金星は無かっただろう。私も凄く嬉しくなった。

 

しかしその嬉しさは夜に吹き飛んだ。八幡君から処刑刀に狙われたとメールが来たからだ。急いで現場の治療院に向かうと近くの自然公園で八幡君が処刑刀と戦っていたので、途中で合流したオーフェリアと一緒に八幡君に加勢した。

 

その後処刑刀の正体が星武祭運営委員長である事には驚かされたが、それ以上に八幡君の左腕がない事を知って悲しくなった。生きていたので最悪の事態は免れたが悲しみが無くなった訳ではない。

 

私とオーフェリアは泣きながらも八幡君を治療院に連れて行った。もう八幡君が傷つくのを見たくないと思いながら。

 

面会時間が終わり名残惜しくも自宅に帰宅するとペトラさんからメールが来た。何事かと思えば私と八幡君とオーフェリアがキスをしている写真がネットに流れてるとのことだった。

 

どうして世界は私達の幸せを邪魔しようとするのかな?

 

 

 

10月◆日

 

今日は決勝戦だ。八幡君とオーフェリアの3人で見たが惜しいの一言だった。クロエがボロボロになりながらもクローディアの校章を破壊しようとしたが、肉体に限界が来て意識を失って倒れてしまいチーム・エンフィールドが優勝した。

 

チーム・赫夜を近くで見てきた私としては凄く悔しい気持ちになった。そんな気分のままシリウスドームに向かうとマスコミが私と八幡君とオーフェリアの3人の関係について聞いてきた。

 

会見で話すと言って質問を無視しようか考えたが、ネットで流れている『比企谷八幡が2人を騙している』など明らかなデマを払拭する為に、私達は3人で愛し合ってると発表した。

 

これについては絶対に揺らがないだろう。私は強い意志を込めてステージに向かった。

 

 

 

10月□日

 

今日は私達3人の関係に関する会見が行われた。案の定、二股について否定的な意見が出てきたが、予想の範囲内だったので世間の意見は関係ないと言った。

 

それだけならまだしも、途中で八幡君がオーフェリアを利用して私を虜にしているのか?、というふざけた質問をされて思わず怒ってしまった。私は自分の気持ちに従って2人を愛しているのに、勝手な事を言わないで欲しかった。

 

何より八幡君がオーフェリアを利用している訳がない。八幡君は昔からオーフェリアの事を1人の女の子として接しているのだ。オーフェリアを物扱いするのも許せないが、八幡君を最低の人間扱いしたのは万死に値する発言だ。ペトラさんが止めてなかったら殴っていたかもしれない。

 

そんな事がありながらも私達は3人で愛し合う事を改めて発言した。これについては何があっても絶対に揺らぐことはないと確信を抱きながら。

 

 

11月◇日

 

今日は3人でデートをした。もう関係がバレた以上変装しないで堂々とデートをしている。変装をしないからか妙にスッキリした気分でデートが出来た。

 

昼食を3人で食べさせ合いっこしたり、公園で八幡君の膝の上に乗ってブランコを漕いだり、ショッピングモールでオーフェリアと一緒に八幡君の服をコーディネートしたり、八幡君に私達の下着を選んで貰ったり……ただのデートなのに凄い幸せだった。

 

デートが終わった夜はオーフェリアと一緒に2人で八幡君を幸せにする為に一生懸命奉仕した。すると八幡君も私達を激しく求めてきたので受け入れた。

 

情事を済ませた後はただただ幸せだった。もう私は2人が居ないとダメかもしれない。八幡君とオーフェリアが居ないと死んじゃう病に罹ってしまった。

 

 

12月×日

 

今日の夜、私はオーフェリアて2人でショッピングモールに行った。八幡君は星露の作った私塾のアシスタントをした後にソフィア先輩と買い物に行ったので居ない。

 

ラッキースケベをしないか心配しながら買い物をしていると人気の少ない場所でソフィア先輩が八幡君にプリキュアの格好をすると迫っていた。

 

それを聞いた私は怒りに呑まれそうになりながらも事情を聞いたら、ソフィア先輩がポンコツを発揮していた事がわかった。実に紛らわしい……

 

その後4人で買い物を再開したら、星導館の小町ちゃんとリースフェルトさんが、葉山隼人率いるガラードワースの面々に絡まれていた。

 

事情を聞いたら葉山隼人が小町ちゃんに八幡君がズルをしないように注意してやってくれと警告をしたようだ。それを聞いた私は再度怒りに呑まれそうになった。

 

それだけならまだしも彼は美奈兎ちゃん達を侮辱したり、八幡君が喧嘩を買ったら八幡君を殴り飛ばしたのだ。

 

オーフェリアと小町ちゃんは純星煌式武装を抜こうとしてリースフェルトさんに止められた。リースフェルトさんの行動は間違ってはいないが、正直に言うと止めないで欲しい気持ちもあった。先に喧嘩を売ったのは葉山隼人で八幡君が言い返したら殴る……明らかに向こうに非があるだろう。

 

その後八幡君は面倒事を避ける為にその場を後にしたが、私の気は晴れなかった。その時私はもしも王竜星武祭で彼と当たったら完膚なきまで叩き潰すと誓ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 



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番外編 ノエルの日記

 

 

10月◀︎日

 

獅鷲星武祭が終わってから1週間近く経過した。私はフェアクロフ先輩らチーム・ランスロットが引退したので新しく生徒会副会長に就任して、ある仕事の為に1人でアスタリスク中央区に向かった。1人は緊張したがお兄ちゃんは忙しいので仕方ない。

 

その帰りに凄いことが起こった。街を歩いていたら界龍の序列1位『万有天羅』范星露さんに話しかけられた。星露さんは壁を越えた人に勝ちたいなら自分の作った私塾に入れと言ってきた。

 

壁を越えた人とはフェアクロフ先輩や星導館の天霧さん、クインヴェールのシルヴィアさんなど桁違いの人だと理解した私は星露さんの作った私塾『魎山泊』に入ることを決めたのだった。

 

新しく会長になって苦労しているお兄ちゃんを助ける為にも。

 

 

10月◎日

 

今日は星露さんが言う魎山泊に初めて行く日だ。場所は再開発エリアと聞いて少し怖かったが、ある場所に踏み入れた途端不思議な空間にいた。万有天羅は何でもありと聞いたことがあるが本当のようだ。

 

魎山泊では星露さんとの実戦をやりながら自分の長所を伸ばす事をやるのを知った。両方共辛かったが、2、3時間やっただけで強くなった自覚があった。

 

 

 

11月◇日

 

いつものように魎山泊に行くと、星露さんか今日からはアシスタントも一緒だと言ってきた。誰かと思って待っていたら、私が来てから5分程後にレヴォルフの序列2位『影の魔術師』比企谷八幡さんがやってきた。

 

比企谷さんを見た私は驚きと嫌な感情が生まれてきた。私はこれまで彼と話した事はないが、先の獅鷲星武祭で私は彼が指導するチーム・赫夜に負けたし、お兄ちゃんの事を馬鹿にした事もあった事もあって苦手意識もあった。

 

この人とは上手くやっていける自信はない。そう思いながらも鍛錬を開始したが、そんな考えは直ぐに吹き飛んだ。

 

比企谷さんは私との実戦の中で私に何が足りないのか、能力者としての立ち回り方など様々な事を丁寧に優しく教えてくれて、鍛錬が終わる頃には苦手意識が殆ど無くなっていた。

 

鍛錬が終わってからの帰り道、比企谷さんと色々話したがその際にお兄ちゃんを馬鹿にした事も謝ってきたし、この人と上手くやっていけると思った。

 

しかし何故比企谷さんはレヴォルフの人間なのだろう?

 

 

11月❇︎日

 

今日街を歩いていたら偶然八幡さんに会った。八幡さんも暇だから街を歩いていたようなのでトレーニングに付き合ってくれと頼んだら了承して貰い、八幡さんと一緒に中央区にあるトレーニングジムに向かった。

 

今日こそ八幡さんに鎧を使わせるように頑張ったが届かなかった。やはり能力者としての八幡さんは強くて私の一枚も二枚も上手だ。

 

でも私も確実に強くなっているので頑張っていきたいと改めて思った。

 

その事を八幡さんに告げると、八幡さんは優しく笑って私の頭を撫でてきた。その後私が焦ると八幡さんは謝ってきたが、別に嫌ではなかった。お兄ちゃんの抱きしめるのとは別の意味で凄く気持ちが良かったのだから。

 

気分が向いたらまた撫でてくれと頼んだら、八幡さんは若干照れながらそっぽを向いて、私はそれが可愛いと思った。

 

 

 

 

 

12月×日。

 

夜、生徒会室に入るとお兄ちゃんとレティシア先輩が倒れていた。私は急いで保健委員を呼んで医務室に運んで貰った。

 

それから数時間して、お兄ちゃんが目が覚めたので何があったと聞いてみたら、銀翼騎士団候補生の葉山先輩がショッピングモールで八幡さんを殴り飛ばした事がニュースになったらしい。実際にネットを見てみたら八幡さんが殴られている動画があった。

 

お兄ちゃんは翌日に事情聴取をするようだが、八幡さんは悪い事をしていないと思う。八幡さんは他校の生徒、それもガラードワースと仲の悪いレヴォルフの生徒だけど凄く優しいのは知っているから。

 

 

 

 

12月◎日

 

今日、お兄ちゃんが昨日の事件の真相を知るべく、八幡さんを殴った葉山先輩とその時にいた面々を呼び出した。

 

夕方になる頃にニュース速報が出たので見ると葉山先輩の序列が剥奪されたニュースが流れていた。

 

生徒会室に入ってお兄ちゃんに事情を聞くと、昨日葉山先輩が八幡さんの妹にデマを吐いたりチーム・赫夜を侮辱したから、八幡さんが喧嘩を買ったら葉山先輩が殴ったらしい。

 

話が事実なら八幡さんの葉山さんの方が悪いからお兄ちゃんの判断は間違っていないと思った。ただ帰り道、高等部の校舎にて八幡さんの悪口が沢山聞こえたからこのまま平和に終わる事はないとも思った。

 

 

 

 

 

 

1月☆日

 

新年初の魎山泊。八幡さんと模擬戦をしたら遂に八幡さんに影狼修羅鎧を使わせる事が出来た。しかしそこからは一方的となって何も出来なかった。これが壁を越えた人間の強さかと私は戦慄してしまった。王竜星武祭まで後一年少し。それまでに影狼修羅鎧を使った八幡さんから一本取りたいと思った。

 

トレーニングの後に私は八幡さんに警告をした。警告の内容は最近ガラードワースで八幡さんの否定運動が起こっている事について。ガラードワースにいるし闇討ちはしないと思うが念には念を入れて欲しかったので警告をした。

 

 

 

2月14日

 

今日はバレンタインデー。いつもはお兄ちゃんとクラスの皆にチョコをあげるが、今年はそれに加えて八幡さんにも渡した。

 

その時にレティシア先輩も一緒だったが、長いガラードワースの歴史の中でも、レヴォルフの生徒に渡したのは私とレティシア先輩だけだと思う。

 

ちなみに八幡さんのバッグに大量のチョコが入っているのが見えた。八幡さんが女性に慕われるのは予想出来ていたが何となく面白くなかった。

 

 

 

3月14日

 

今日はホワイトデー。私とレティシア先輩は八幡さんに呼び出されてお返しのクッキーを貰った。1つ食べてみたら凄く美味しかった。戦闘力に加えて家庭力も高い八幡さんが羨ましく思った。

 

しかしガラードワースに戻ると問題が生じた。どうやら八幡さんからクッキーを貰っているのを見られたようで沢山の人が私に話しかけてくた。

 

魎山泊の事を知られたくない私は、以前ナンパされていた所を助けて貰ってバレンタインにチョコを渡したから今日お返しを貰ったと嘘を吐いた。

 

それを話すと皆は八幡さんの事を屑呼ばわりして関わらない方が良いとか助けたのも私を利用する為だ、なんて酷い事を沢山言ってきた。

 

私はそれを聞いて凄く嫌な気分となった。チーム・ランスロットを倒したチーム・赫夜と繋がりを持つ八幡さんの事を悪く思うのは仕方ないかもしれないが、屑呼ばわりするのは絶対に間違っていると断言出来る。

 

私は嫌な気分になったので寮に帰ってから八幡さんのクッキーを食べてストレスを発散した。

 

 

 

 

4月♡日

 

今日から学園祭が始まる。私達ガラードワースは基本的に毎日仕事で一杯だが、私は界龍のイベントに出たかったのでお兄ちゃんに頼んだ結果初日の3時間だけ自由時間を作ってくれた。

 

初日の午後に界龍に行くと恋人2人を連れて歩く八幡さんと鉢合わせした。話すと八幡さんも体術を鍛えるために例のイベントに参加するようだった。

 

エントリーを済ませて控え室に向かうと、クインヴェールの序列35位のヴァイオレット・ワインバーグさんと鉢合わせした。八幡さんによると彼女も魎山泊で八幡さんの指導を受けているようで、控え室にて私と八幡さんは、セシリー・ウォンさんに惜敗したワインバーグさんの愚痴に付き合った。

 

暫くワインバーグさんの愚痴に付き合っていると八幡さんと虎峰さんの試合が始まった。八幡さんは能力抜きで戦っていたので終始虎峰さんに押されていたが不屈の闘志で耐え抜いて、それどころか虎峰さんの体術を学び利用して引き分けに持ち込んだ。私も強くなったがまだ足りない。八幡さんのように壁を越えた人も努力しているのだから、もっと鍛錬の時間を増やす事を決めたのだった。

 

そして私の試合となった。序盤は私が押していたがセシリーさんが雷の虎を出すと私の呼び出した茨を次々に破壊して巻き返してきた。

 

このままだと負けると判断した私は八幡さんの影狼修羅鎧をモデルとした聖狼修羅鎧を纏って反撃に出た。それによってセシリーさんの雷は無効化したがセシリーさんに攻撃を当てる事が出来ずに引き分けに終わった。

 

試合の後に八幡さんが技の名前は口に出さないようにしろと注意を受けたので、私は了承してから八幡さんと別れてガラードワースに戻った。すると八幡さんの予想通りガラードワースの人達は色々聞いてきた。

 

その際に八幡さんの事を散々悪く言ってきたので私は我慢出来ずに怒鳴ってしまった。淑女としては失格かもしれないが構わないと思った。八幡さんは凄く優しい人なのを知っているので、八幡さんの事を何も知らないのに悪く言う人を許せなかった。

 

もしもまた理由もなく八幡さんの事を侮辱するのを聞いたら生徒会で取り締まろうと本気で考えた。お兄ちゃんもその件によって胃を痛めているので了承してくれるだろうから。



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番外編 材木座の日記

 

10月◇日

 

今日は獅鷲星武祭準決勝があった。その時にクインヴェールのチーム・赫夜が我の作り上げた『ダークリパルサー』を駆使して絶対王者のチーム・ランスロットを撃破した。

 

それを見た我は驚きと共にとてつもない喜びを感じた。まさか自分の作った煌式武装が獅鷲星武祭二連覇を達成して三連覇を目指していた絶対王者を倒す鍵となったのだ。これほど嬉しい事はない。

 

だから我は思わずアルディ殿にこの事を話したが、それを上司のカミラ殿に聞かれてしまった。その時のカミラ殿の目はガチで冷たく、我思わず失禁してしまいそうになってしまった。

 

その後、リムシィ殿の新型煌式武装の的にさせられて気がつけば医務室で寝ていたのだった。

 

 

 

 

 

11月×日

 

今日、我が宿敵のエルネスタ殿が長期の仕事から帰ってきた。その際に新型擬形体であるレナティ殿を連れて、我とカミラ殿とアルディ殿とリムシィ殿レナティ殿に紹介してきた。

 

その後にエルネスタ殿はレナティ殿に我の事をレナティ殿の祖父と紹介した。何故カミラ殿とエルネスタ殿が父と母で、2人より歳下の我が祖父なのだ?数字の大小も忘れたのか?

 

そんな事をエルネスタ殿に言ったら、エルネスタ殿が引き攣った笑顔を浮かべながら我の顔面に飛び膝蹴りを放ってきたので、我はエルネスタ殿の首にラリアットをぶちかました。

 

その後我とエルネスタ殿はカミラ殿に止められるまで取っ組み合いを始めた。1年近く離れていたが、やはりエルネスタ殿は我の敵である。

 

 

 

 

 

12月×日

 

嫌な日だ。我は純粋にそう思った。

 

今日は『獅子派』と『彫刻派』の合同クリスマスパーティーの準備をする為にショッピングモールに行った。本来なら下っ端がやるべき仕事だと思うが、イベントのコンセプトが『幹部以上の人間が部下を労う為のパーティー』なので仕方ない。

 

その点については問題ない。イベントのコンセプトの内容がアレである以上、『獅子派』の幹部である我も準備に参加するのは面倒だが不満はない。実際去年も準備をしたし。

 

問題は一緒に準備する相手だ。このイベントの準幅をする際に基本的に2人1組でそれぞれ準備をするのだ。

 

尚、パートナーと仕事の内容はクジで決めるのであって、去年の我は『獅子派』の実践クラスの学生のカーティス殿とパーティーで食べるケーキを用意したのだが、今年はあろう事かエルネスタ殿と組むことになった。

 

この時ほど自分の運の悪さを恨んだ事はない。実際にエルネスタ殿もあからさまにため息を吐いていたし。

 

しかしショッピングモールに着いてからはそうも言ってられなくなった。我とエルネスタ殿の担当はパーティー会場の飾り付けに使う装飾の準備だが、パーティーに余り縁のない我達はどれを選べば良いかわからなかった。初めは別々に行動していたが、我はどれが良いチョイスかわからなかった。

 

その後買うべき装飾を決められずにエルネスタ殿と合流する。向こうも手に何も持っていなかったので事情を聴くと、半ば逆ギレしながらどれが良いチョイスかわからなかったと説明してきた。

 

どうやら我と似たような状況だったのだろう。我も同じように事情を話した結果、我とエルネスタ殿は仕方なく、本当に仕方なく一緒に行動して、各々の意見を言い合って、少しずつ装飾を買っていった。

 

今回の件については我もエルネスタ殿もセンスが無くて単独行動をしたら決まらないと判断したから一緒に行動しただけで、決してエルネスタ殿と友達だから一緒に行動したのではない。

 

その後、梃子摺りながらも装飾を買っているとエルネスタ殿が肩を叩いてきたので何事かと思えば顔を上げる。

 

すると視線の先には少し離れた場所にて我が相棒である八幡の妹の小町殿と我が作った煌式遠隔誘導武装を使うユリス殿と総武中の王であった葉山隼人と取り巻きがいて揉めていた。

 

エルネスタ殿を見ると何か面白そうと言って彼女らのやり取りを見つめる。エルネスタ殿と意見が合うのは癪だが意見には同感なので我も動画の準備をする。

 

同時に八幡が恋人2人とチーム・赫夜のソフィア・フェアクロフを連れてやって来た。理由はないが文化祭の一件もあるので面倒な予感がしてきた。

 

そう思っていると葉山隼人が八幡の胸倉を掴んだかと思えば、八幡を殴り飛ばしていた。それを見た我の内には怒りが湧き上がったので、録画した動画を即座にyout◯beにアップした。

 

エルネスタ殿はえげつないと笑いながら我の肩を叩くが知った事じゃない。元々葉山隼人は嫌っていたし、大した理由もなく八幡を殴り飛ばした時点で容赦をする理由はないのだから。

 

 

 

 

12月24日

 

今日は例の『獅子派』と『彫刻派』の合同クリスマスパーティーの日である。不本意だが現『獅子派』の会長の我が乾杯の音頭をとる事になったが、音頭をとった時に大爆笑したエルネスタ殿を見た時、我はパーティーが終わり次第しばき倒したい気持ちに駆られていた。

 

その後は特に問題なくパーティーが進んでいたが、ある時に差し出された飲み物を飲むと酒が混じっていた。おそらく大学部の面々が酒を用意したのだろう。それは構わないが高等部の我らがいる場所から届かない場所で飲んで欲しかった。

 

内心呆れているといきなり横から衝撃が走って気がつけば床に倒れていた。何事かと思い、顔を上げると顔を真っ赤にして息を荒くしたエルネスタ殿が我にひっついていた。しかもしどろもどろな口調で成敗だと爆破とか訳の分からない事を言って我を叩いてきたので明らかに酔っていると判断出来た。

 

何とか振り払おうとするも予想以上に力強く振り払えず、カミラ殿及び部下に助けを求めるも何故か全員優しい目で見てくるだけで助ける素振りを見せてこない。実に薄情な連中である。

 

そうこうしている間にもエルネスタ殿は徐々に絡んできて、終いには我の頬に唇を当ててきたり耳を舐めたりと不気味極まりなかった。これが他の女子ーーー特に美人声優なら大歓迎だが、宿敵のエルネスタ殿がやると怖過ぎて何も出来なかった。

 

結局エルネスタ殿が眠りに着くまで我は何も出来なかった。そして我の痴態をカメラに収めた部下については後日全員処分すると心に決めたのだった。

 

 

12月25日

 

波乱ありのクリスマスパーティーが終わって、新型煌式武装の開発に着手しようと廊下を歩いていたら前方からエルネスタ殿がやってきた。彼女は我を見るなり、顔を赤くするや否やいきなり駆け寄ってきて『ノーカンだから!』と叫んでドロップキックをぶちかましてきた。

 

反応から察するに昨日のやり取りを覚えているようだ。しかしいきなりドロップキックをするのは論外だろう。我が酔って絡んだならまだしも絡んできたのはエルネスタ殿だし。

 

以上の事から我は悪くないと判断して、お返しに二枚蹴りをして床に倒した。するとエルネスタ殿は直ぐに起き上がって組み合ってくるので我も負けじと組み返す。

 

こうしてエルネスタ殿と喧嘩をしていたら気が付けば夕方となり、新型煌式武装の開発の時間が大きく減った事を理解して絶望した。

 

その際にエルネスタ殿も擬形体の研究の時間が減ったと嘆いていたが貴様が悪いだろうに。

 

やはり我とエルネスタ殿は敵同士である。



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番外編 材木座の日記(大人版)

少し本編のネタに悩んでるので暫く後日談ではなく、番外編をやりたいと思います


7月◯日

 

今日我は久しぶりに男子会に参加した。八幡を始め長い付き合いの友人と話すのはとても楽しかった。

 

それぞれの近況について話したら我の結婚についての話題となって、エルネスタ殿の名前が出た。エルネスタ殿とは20年以上の付き合いで10年以上同棲しているが結婚については考えた事が無かったが、八幡らに考えてみたらどうだと言われて考えてみる事にしたのだった。

 

そして帰宅した後だった。同じように女子会に参加していたエルネスタ殿も帰宅してきて、女子会の内容も聞いた。どうやらエルネスタ殿も我との結婚云々の話をされたようだ。

 

その際にエルネスタ殿は自分は我に嫌われていると言っていたが、心底嫌っているなら同棲などしていない。

 

エルネスタ殿が少しでも結婚を考えているなら……そんな軽い気持ちで我は昔声優と結婚するのに備えて準備した婚姻届をエルネスタ殿に突き出した。

 

突き出した時、我は一蹴されると思ったが、エルネスタ殿は躊躇う事無くサインして役所に提出したのだった。

 

予想外の展開に呆然としているとエルネスタ殿はいつもの笑みを浮かべて我の唇を奪ってきた。

 

ファーストキスはレモンの味がすると言われているが、予想外の展開の所為で味が全くわからなかった。

 

 

 

7月×日

 

結婚した翌日、いつものように起きて朝食を作ろうとしたらエルネスタ殿が居ない事に気が付いた。同棲してから殆ど我より先に起きた事がないエルネスタ殿が、我より先に起きた事には驚かされた。

 

キッチンに向かってみればエルネスタ殿が朝食を作っていたのだった。何故作ったのかと聞いてみれば、「結婚したんだし少しは将軍ちゃんの負担を減らしたい」と気恥ずかしそうに返された。 そんなエルネスタ殿を見ると不思議と顔が熱くなってきた。

 

エルネスタ殿の作ってくれた朝食はお世辞にも美味しいとは言えなかった。しかしエルネスタ殿の若干不安そうな表情、包丁による切り傷、小さな火傷を見ると、エルネスタ殿が一生懸命作ってくれたのだと理解して、特に不満を生む事無く完食した。

 

食後に我が作り方を教えるべきかと尋ねたら小さく頷いたので、今後は2人で料理を作る約束をしたのだった。

 

 

 

7月△日

 

結婚してから2日。エルネスタ殿は存外妻として結婚する前のガサツさからは想像も出来ないくらいに頑張っている。

 

家事の腕前はないが掃除、洗濯、風呂洗いなどをやるようになって、我に教えを請うてくるようになった。その都度我はエルネスタ殿に家事のやり方を教えるが、その時の時間は不思議と楽しかった。エルネスタ殿とは擬形体や煌式武装関係において共同で仕事をする事もあるが、それとはまた別の意味で楽しいと思えた。

 

ただ我の着替えを手伝ったり、風呂に入る際に身体を使って我の身体を洗うのは少々恥ずかしいので勘弁して欲しかった。

 

というか結婚する前からエルネスタ殿の着替えを手伝ったり、エルネスタ殿の身体を洗ったりする我ってある意味凄くね?

 

 

 

7月▲日

 

今日、我は一人でアスタリスク中央区に結婚指輪の購入に向かった。

 

結婚指輪は給料3ヶ月分と言われているが我の場合、月に3000億から4000億稼いでいるので、給料3ヶ月分だと1兆円を超えた値段の指輪となってしまう。当然そんな額の結婚指輪など売られてないので必然的に我のセンスが最重要視される。

 

とはいえ女子にプレゼントなど碌にしたことない我には至難の技であった。悩んでいると店員が我に話しかけてきたので事情を説明すると、どんな結婚生活を望んでいると聞かれた。

 

その際に我はずっと楽しければ良いと返したら、店員は我にアイスブルーダイヤモンドの指輪を紹介した。店員曰くアイスブルーダイヤモンドの石言葉に永遠・幸せという意味が込められているらしい。

 

それを聞いた我は購入して家に帰るなり、エルネスタ殿に渡した。対するエルネスタ殿はいつもの天真爛漫な笑顔でお礼を言ってきた。表情を見る限り不満はなかったようで安心した。

 

ただ我がエルネスタ殿の指に指輪をはめた時や、お礼にキスをされた時は恥ずかし過ぎて悶死しかけてしまった。

 

 

 

7月◻︎日

 

結婚してから5日、今日我は初めてエルネスタ殿とデートをした。行った場所は水族館にゲームセンター、映画などだ。

 

今までもエルネスタ殿とは何度も遊びに行ったが、殆どがカミラ殿に騙されて半ば強引という形だったので、その時は毎回喧嘩をしていた。

 

しかし今回は初めて我から誘ったからか純粋に楽しめた。水族館ではイルカを触ったエルネスタ殿が可愛らしかったし、ゲームセンターではメダルゲームで5000枚以上のメダルを稼いだエルネスタ殿のドヤ顔がウザ可愛かったし、映画館ではアクション映画を見てハイテンションになったエルネスタ殿が幸せそうでなによりだった。

 

純粋な気持ちでデートをするのは恥ずかしくもあったが、それ以上に楽しい気持ちが強かった。

 

何故我はもっと早くエルネスタ殿と結婚するという発想に至らなかったのだろうか?

 

その事を八幡に言ってみたら「今更だな、死ね」と返された。返す言葉がなかった。

 

 

 

 

7月☆日

 

今日我はエルネスタ殿と新婚旅行の予定を立てた。エルネスタ殿は日本らしい場所が良いと言ったので京都に行く事になった。尚、親への報告は鳳凰星武祭が終わってからになった。両親も忙しいから仕方ない。

 

一応両親には話をしておいたが、緊張はしてしまう。何せ10年以上同棲しておきながら結婚したのはつい最近なのだ。側から見たらどんな夫婦だよと思われても仕方ないだろう。

 

しかしエルネスタ殿は気にする素振りを見せずいつも通りの表情で何とかなるでしょ?、と言ってきた。こういう時にエルネスタの神経の太さは頼もしいと思った。

 

京都に行くのは中学の時以来なので割と楽しみである。まあそれも当然であろう。中学時代は余った者同士のグループだったが、今回は妻と二人きりなのだから。

 

尚、八幡に楽しみだと電話をしたら「惚気るなバカップル」と言われた。バカップルに関しては貴様ら4人には言われたくないと我は内心激怒した。



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番外編:比企谷八幡のいない中、恋人2人は……(前編)

今回は番外編です。よろしくお願いします


pipipi……

 

アラーム音が部屋に響き渡る。その音は徐々に大きくなっていくが遂に……

 

「う、う〜ん」

 

「……もう朝?」

 

2人の少女が目覚めてアラームのスイッチを切る事で無くなった。

 

同時にベッドにいる2人の少女はモゾモゾと起き上がる。

 

2人は少女でありながら全くタイプの違う2人であった。

 

1人は雪の様に真っ白な髪を持ち、今にも壊れてしまいそうな儚い雰囲気を出す美しい少女。

 

もう1人は明るい紫色の髪を持ち、見る者を元気にするような明るい雰囲気を出す可愛らしい少女。

 

2人の美少女ーーーオーフェリア・ランドルーフェンとシルヴィア・リューネハイムは目をアラームのスイッチを切ると目を擦りながら互いに向き合い……

 

 

「……おはようシルヴィア」

 

「うん。おはようオーフェリア」

 

朝の挨拶をする。シルヴィアは持ち前の明るい笑顔をオーフェリアに向けて、オーフェリアも微かにだが口に笑みを浮かべてシルヴィアに向けた。

 

「……それにしてもまだ眠いわ」

 

「じゃあもう少し寝ていて良いよ?朝ご飯は私が作るから」

 

「……別にいいわよ。そもそもシルヴィアはよく平気ね。昨日あれだけ私に抱きついてスリスリしてきたのに」

 

オーフェリアはそう言ってジト目でシルヴィアを睨むとシルヴィは額に汗を浮かばせながら苦笑いを浮かべる。

 

昨夜シルヴィアは一緒に寝ているオーフェリアが余りにも可愛くて思わずメチャクチャ甘えてしまったのである。

 

「あ〜、あはは……ごめんね。つい可愛くて」

 

「……その台詞、既に50回は聞いたわね」

 

オーフェリアは呆れた表情を浮かべながらため息を吐く。オーフェリア自身シルヴィアに甘えられるのは嫌いではないが、シルヴィアのスキンシップについては少々……いや、かなり激しいので少し自重して欲しいと思っている。

 

「……はぁ、まあ良いわ。とりあえず起きましょう。ダラけていては1日が終わってしまうわ」

 

そう言ってオーフェリアはベッドから起きて寝巻きを脱ぎ下着姿になってクローゼットに向かうとシルヴィアもそれに続く。

 

「うーん。でもさオーフェリア、今日だけは早く終わって欲しいよね?何せ……」

 

一息……

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は八幡君と会えない日なんだから」

 

不満がありまくりの表情をしながらそう口にする。

 

「……そうね」

 

するとオーフェリアもシルヴィアと同じように顔に不満を露わにしながらシルヴィアの意見に賛同する。

 

ここで出てきた八幡とは2人の恋人である比企谷八幡の事である。

 

比企谷八幡

 

オーフェリア・ランドルーフェン

 

シルヴィア・リューネハイム

 

この3人は恋人関係とかなり歪な関係であるが、3人はこの関係を気に入っている。

 

付き合い始めてから半年以上経過していて、初めは上手くやっていけるか全員が不安だったが、その心配は2週間もしないで吹き飛ぶなどして今は3人共幸せに過ごしている。

 

しかし彼は先日あった学園祭で処刑刀という男に左手を斬り落とされて入院する事になったのである。

 

そしてその際に左手に義手を装着する事になったであるが……

 

 

「……今日は義手を装着する日だから仕方ないわ。その分明日思い切り八幡に甘えましょう?」

 

今日は完成した義手を装着する為に1日かけて手術を行うので八幡と面会をするのが不可能なのだ。

 

「そうだね。でも今から憂鬱だよ。1日も八幡君と会えないなんて」

 

シルヴィアが嫌そうな表情を浮かべるとオーフェリアはシルヴィアに呆れた表情を見せる。

 

「………貴女ね。今はともかくアスタリスクの外に仕事に行く時はどうするの?」

 

「そうなんだよねぇ……八幡君と一緒にいるとどんどん好きになっちゃうから次アスタリスクの外に行く時は辛いかもね。というかさ、卒業したら2人とも私のボディガードに就職しない?」

 

「……?貴女卒業したら直ぐに八幡と結婚する、そして結婚する前には引退するって言っていなかったかしら?」

 

「まあね。でもこの前ペトラさんにそれ言ったら猛反対されちゃったから」

 

「……まあ向こうも貴女を手放したくないでしょうからね」

 

「一応交渉は続けるけど結構厳しいからね」

 

「……それなら私は卒業後シルヴィアの護衛をやるのも構わないわ。多分八幡もやってくれるだろうし」

 

オーフェリアは確信を持っている。自分の彼氏がこの事情を聞いたら躊躇いなく承諾する事を。

 

「そっか……ごめんね私の所為で」

 

「別に構わないわ。……私としては3人一緒に過ごせるなら、問題ないし」

 

オーフェリアが照れ臭いのかそっぽを向いてそう口にすると……

 

 

「あーもう!本当に可愛いなぁ!」

 

シルヴィはプルプル震えたかと思いきやいきなりオーフェリアに抱きつく。そして互いの頬を合わせてスリスリする。

 

「オーフェリアにそんな事を言われると凄く嬉しいな。大好きだよ」

 

「し、シルヴィア……!恥ずかしいわ……」

 

好意を隠す事なく甘えてくるシルヴィアに対して、オーフェリアは気恥ずかしそうに身を捩るもシルヴィアは離す気配を全く見せずに甘えまくる。

 

結局、シルヴィは10分以上オーフェリアから離れる事はなかった。オーフェリアは初めは離れて欲しいと思っていたが、5分くらい経った頃には仕方ないという考えが強くなってシルヴィアを抱き返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……買い物?」

 

「うん。八幡君の手術が成功した時にお祝いの品を渡そうと思うの」

 

リビングにてオーフェリアとシルヴィアは朝食を食べながらそんな話をしている。

 

「……そうね。確かに悪くない話だわ。良いわ、行きましょう」

 

「決まりだね。じゃあ今日は中央区のショッピングモールに行こうよ」

 

「……でも八幡の欲しい物って何かしら?」

 

2人は自身の恋人の欲しい物について考え始める。その表情は真剣さが見て取れるくらいだ。

 

「うーん。MAXコーヒーに本とか?」

 

「それじゃありきたり過ぎるわね」

 

「だよね……八幡君って本当に無趣味だからなぁ」

 

「それを言ったら私もそうよ。私の趣味なんて3人一緒に過ごす事以外ないわよ」

 

「まあ私も1番の趣味はそうだけど……」

 

2人はそう言ってからため息を吐く。2人の彼氏の八幡は基本的に趣味が少ない。2人とイチャイチャする時以外は基本的にMAXコーヒーを飲みながら本を読むくらいなのだから。

 

2人が八幡の無趣味について悩んでいる時だった。オーフェリアが手をポンと叩き……

 

「……そうだわ。こんな時は小町に聞くのはどうかしら?」

 

未来に出来る義妹の名前を口にする。それを聞いたシルヴィアもハッとした表情を浮かべる。

 

「そっか。小町ちゃんなら八幡君が喜んでくれるものを知ってるかもね。ナイスだよオーフェリア!」

 

言うなりシルヴィアはテーブルの上にある端末を手に取り空間ウィンドウを開き、未来の義妹に電話をかける。

 

すると10秒くらいしてから……

 

『もしもし。どうしたんですかシルヴィアさん?』

 

パジャマ姿の小町が空間ウィンドウに映り出す。

 

「あ、うん。実はさ八幡君の手術が成功した時にお祝いの品を渡そうと思うんだけど、八幡君余り趣味がないから渡す物を悩んでいるのね?」

 

『だから小町にアドバイスを?』

 

「うん。何か良い物ないかな?本とかMAXコーヒーとかじゃありきたりだから、ね?」

 

シルヴィアがそう尋ねると空間ウィンドウに映る小町は考える素振りを見せてくる。

 

『そうですねー。プリキュアのDVDBOXとかはどうですか?』

 

小町はそう口にする。しかしシルヴィアはオーフェリアと一緒に即座に首を振る。

 

「それは絶対にダメ。八幡君がプリキュアを見てたら妬けちゃうから」

 

「……そうね。私もそれは嫌だわ」

 

シルヴィアが即座に断るとオーフェリアも力強く頷く。

 

アニメのキャラとはいえ自身の恋人が他の女の子にデレデレする事はシルヴィアにとってもオーフェリアにとっても耐え難い話なのだ。

 

『あ、そっか。お兄ちゃんにとってのプリキュアはシルヴィアさんとオーフェリアさんですからね』

 

小町がそう口にするとシルヴィアとオーフェリアの顔に赤みが生まれる。理由は簡単、最後に八幡に抱かれた時、2人はプリキュアの格好をしている状態で抱かれたからだ。

 

「う、うん。そ、そうだね……あはは」

 

シルヴィアが誤魔化すように愛想笑いを浮かべると小町は察したように息を吐く。

 

『あー……そう言えば2人はプリキュアになってお兄ちゃんと一夜を過ごしたんでしたたっけ?』

 

「そ、そうだけど、そこは突っ込まないで欲しいな」

 

『はいはいご馳走様でした。まあそれは置いといて……兄が好きな物と言ったらMAXコーヒーと本とプリキュアですからねー。好きな人なら2人いますけど……もういっそ『プレゼントは私達っ!』じゃダメなんですか?』

 

「……それは退院してからやるつもりだから他の案を考えているの」

 

オーフェリアがそう口にすると小町の目が兄同様にドロドロと腐り始める。

 

『退院してからやるのは決定事項なんですね……』

 

「あー、うん。というか八幡君がやって欲しいって言ったから、ね?」

 

『何考えてるのさあの愚兄はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

 

すると小町は画面の向こうでフンガーと声を上げて暴れ出す。自分の兄がここまで欲望に忠実になっているとは思わなかったのだろう。

 

するとシルヴィアが口を開ける。

 

「待って小町ちゃん。確かに八幡君はやって欲しいって言ったけど、その前に私達が八幡君を愛したくて提案したの。だから八幡君をそんなに責めないで」

 

シルヴィアがそう口にすると小町は暴れるのをやめる。しかし目は未だにドロドロと腐っている。

 

『あー、はいはい。わかりました。すいません。……とにかく、プリキュアのDVDBOXが駄目で2人をプレゼントにするのが駄目なら思いつきませんね』

 

「そっか……わざわざ連絡してゴメンね?」

 

『いえ、電話をするのは良いですけど惚気るのは止めてくれませんかね〜?』

 

小町がそう口にするとシルヴィアはオーフェリアはキョトンとした表情を浮かべながら顔を見合わせて……

 

「ちょっと待って小町ちゃん。私達別に惚気てないよ?」

 

『いやいや。『八幡君を愛したくて』とか言ってる時点で惚気てますよね?』

 

「え?八幡君を愛したいなんて当たり前の事だから惚気話じゃないよ。ねぇオーフェリア?」

 

「……そうね。私達が八幡を愛するのは私達にとって義務のような物ね」

 

2人にとって恋人を愛する事は当たり前の事であるから惚気話をしたという自覚はない。2人がする惚気話は子供に聞かせられない内容も含まれているので小町には聞かせられない。

 

『……あ、はい。すみませんでした。失礼します』

 

すると小町はゲンナリした表情を浮かべながら通話を切った。空間ウィンドウが真っ暗になったのでシルヴィアも空間ウィンドウを閉じて端末をテーブルに置き……

 

「何で小町ちゃん、疲れた表情を見せたんだろう?」

 

「……さあ?」

 

目の前にいるオーフェリアと共に頭に疑問符を浮かべながら食事を再開した。

 

 

 

結局、朝食を食べてから適当にブラブラして買う物を決める事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、星導館学園の食堂にて……

 

「はぁ……」

 

「どうしたんですか小町さん?」

 

「いつも元気なお前がため息なんて珍しいな。何かあったのか?」

 

「え……ああ、綺凛ちゃんにユリス先輩ですか。いえ、ちょっとお兄ちゃんについて少々」

 

「確か比企谷先輩は今日手術をするんですよね?それなら心配するのは当然ですよ」

 

「それもなんだけど、お兄ちゃん達はバカップルだなぁって改めて思ったんだよ」

 

「バカップル?オーフェリアとシルヴィア・リューネハイムの事か?何かあったのか?」

 

「さっき少々惚気話を聞かされたんですよ。……それもタチの悪い事に、向こうにとっては当然の事らしく惚気話をしている自覚がないんですよ」

 

「惚気話?そういえばあいつらはどのくらい仲が良いのか?以前オーフェリアと遊びに行った際に聞いた時は特に普通って言っていたが」

 

「いやいや、全然普通じゃないですからね?!付き合ってから1年もしないで300000回以上キスをしたり、実家に帰省した時は小町が寝ている部屋の隣で一線を越えたり、プリキュアのコスプレをしてお兄ちゃんを誘惑してからコスプレプレイをしたりと色々な事をしてますからね?!」

 

「っ……!は、はぅぅ……」

 

「ぶふっ……!げほっ!げほっ!ちょっと待て!今とんでもない事を言わなかったか?!」

 

「はい。ですが事実ですよ。それを知った挙句に惚気話を聞かされた小町の気持ちがわかりますか?」

 

「そ、そうか……まあアレだ。偶には愚痴を聞いてやるから元気を出せ。なあ綺凛?」

 

「きゅう………」

 

「……綺凛には刺激が強過ぎたようだな」

 

朝の星導館の食堂には疲れ果てている女子とその女子に同情の眼差しを向ける女子と気絶している女子の3人が何とも表現し難い空気を作り出していた。




次回、街で楽しい事や腹立たしい事が……?


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番外編:比企谷八幡のいない中、恋人2人は……(中編)

「到着っと、いやー久しぶりに来たけど大きいねぇ」

 

アスタリスク中央区にある巨大ショッピングモールの前にて、シルヴィア・リューネハイムは目の前にある巨大ショッピングモールを見ながら感嘆の声をあげる。

 

「……学園祭はもう終わったけど凄い活気ね」

 

その隣ではオーフェリア・ランドルーフェンが同じように感嘆の声をあげながらショッピングモールを見上げる。

 

2人の髪は栗色となっていて、2人の正体はシルヴィア・リューネハイムとオーフェリア・ランドルーフェンと見抜く人間はいないだろう。

 

「まあまだ一部では春休みだからね。アスタリスクの外から来た人は学園祭以外にも興味があるんでしょ。それよりいつまでもここにいても意味ないし入ろっか?」

 

そう言ってシルヴィアはオーフェリアの手を握って歩き出すので、オーフェリアは手を握り返しながらシルヴィアの後に続いた。

 

「……そうね。頑張って八幡が喜ぶ物を選びましょう」

 

シルヴィアとオーフェリアは互いに頷いてショッピングモールの中に入った。

 

ショッピングモールに入ると沢山の人がいて賑わっている。学園祭の時に勝るとも劣らないくらいの熱気があった。

 

「……先ずは何処に行くのかしら?私はこういうのに疎いからシルヴィアが案内して」

 

「任せて。とりあえず私が考えているのは服とかかな?八幡君あんまりオシャレに興味ないし」

 

八幡は基本的にレヴォルフの制服を着ていて、家ではアンダーシャツとラフな格好で私服を余り持っていない。休日に出掛ける時も制服を着る時もあるくるいでオシャレに興味がないのだ。

 

「なるほど……私が言えることじゃないけど確かに八幡は余り私服を持っていないわね」

 

オーフェリアも持っている私服は少ない。自由になる前は制服と寝巻き以外持っていなかった。

 

自由になってからは同じ八幡の恋人であるシルヴィアや幼馴染のリースフェルトに色々な服を勧められて買ったが数は余りない。

 

「だから服にしようかなって。他には普段使う物とかかな?」

 

「……そうなると手帳とか万年筆とか?」

 

「そうだね。とりあえず行こうか」

 

シルヴィアはそう言いながらマップを開いて近くの服屋を探し始めて、見つけると歩き出したのでオーフェリアもそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

入った服屋は様々な種類の服が売られていた。派手な物から地味な物と多種の服が揃えられている人気の服屋だった。見ると男女問わず沢山の人が店の中で溢れかえっていた。

 

「さて……頑張って八幡君の服を決めないとね。オーフェリアの意見も聞くからね?」

 

「……私の意見なんて参考になるとは思えないわ」

 

オーフェリアは首を横に振る。彼女は自分自身にセンスがないと思っている。だから役に立つとは思っていなかったのでシルヴィアの意見に戸惑ってしまった。

 

「難しく考える必要はないよ。ただ八幡君に似合うと思う服を言ってくれるだけで充分だよ」

 

「……それなら、まあ」

 

「決まり。それじゃあ選ぼっか」

 

「……ええ。あ、それとシルヴィア。それが終わってからで良いから隣の下着売り場に付き合って貰って良いかしら?」

 

「?別に良いけど先月も行ったから早くないかな?」

 

「そ、その……最近大きくなったみたいで少しキツいの」

 

オーフェリアはそう言って顔を赤くする。最近大きくなった事に対して恥ずかしい気持ちが出てくる。自由になる前は特に何とも思わなかったが、八幡と付き合うようになってからはそういった事に対して敏感に反応するようになったのだ。

 

「あ、そうなの?じゃあ仕方ないね。いいよ」

 

「……悪いわね」

 

「別に良いって。私自身もそろそろ八幡君が喜びそうな下着を新しく買おうかなって思ったしね」

 

「八幡の喜びそうな……やっぱり派手なもの?」

 

「そりゃそうでしょ?八幡君凄くエッチだし」

 

シルヴィアは躊躇いなくそう答えてオーフェリアもそれに頷く。自分達の彼氏がどのくらいエッチなのかはしっかりと把握している。その結果派手なものにするべきと判断した。

 

「……そうよね。じゃあ私もその類のものにするわ」

 

「そうしよ。それで退院したら入院していた分も愛してあげよう?」

 

「もちろん。まあその前に本来の目的の服を選びましょう」

 

「そうだね。えーっと……」

 

言うなりシルヴィアは近くにあった服を見渡し始めるのでオーフェリアもそれを真似るように辺りを見渡す。

 

「……八幡は基本的に黒い服のイメージがあるけど、違う色にするの?」

 

「うん。八幡君が黒が好きなのは知ってるけど、偶には違う色も良いかもね。まあだからと言って赤とか黄色とかは違うと思うけど」

 

「……そうね。八幡はそんな明るい色を好むとは思いにくいわ。そうなると青とかかしら?」

 

「そうだね。上着が青だったら、例えばこのシャツなら、下のズボンを黒にしても白にしても似合うからね」

 

そう言ってシルヴィアは青いシャツをオーフェリアに見せる。ベストにも見えるそのシャツは控え目に見ても悪くないシャツである。

 

「なるほど……確かにそれなら八幡に似合うかもしれないわ。でもこれなら青いジーンズも合うんじゃないかしら?」

 

「あ、そうだね。上下共に青でも似合うかも。とりあえずこのシャツは買おっと。そうなると後はズボンだけど……」

 

「どの色にするべきかしら?」

 

シルヴィアの手には青と黒と白の三色のズボンがある。どれも買うつもりの青いシャツとは合いそうなズボンであるので悩んでしまう。

 

「うーん。オーフェリアは何色が良いと思う?」

 

シルヴィアにそう問われてオーフェリアは3つのズボンを見る。その中でオーフェリアが気に入ったのは……

 

 

「……青と黒かしら?」

 

「オーフェリアは青と黒かー。私は白と黒のどっちかかな?」

 

「……なら両者が一致している黒にしましょう」

 

「オッケー。じゃあレジに行こうか?」

 

「……ええ。今から八幡が着るのを楽しみだなぁ」

 

「そうだね」

 

2人はそう言うと同時にレジに並びながら自身の恋人が買う服を着ている場面を想像する。2人の脳内には八幡が買う予定の服を着ていて……

 

『好きだ。お前達を愛している』

 

真剣な表情で2人に告白している場面が映っていた。それを認識した瞬間、オーフェリアとシルヴィアは……

 

 

 

「ふふっ……」

 

「えへへ……」

 

至極幸せそうな声を出しながら満面の笑みを浮かべていた。その表情は誰から見ても幸せそうに見える。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

「あのー、前に進んで貰えませんか?」

 

後ろから声をかけられた2人は妄想を止めて後ろを見ると、1人の女性が困ったような表情を浮かべていた。

 

それによって2人はレジに並びながら妄想をしていた事を認識したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

店員がそう言って商品を手渡してくるのでシルヴィアとオーフェリアはそれを受け取って、店の外に出る。

 

それと同時に……

 

 

「うぅぅぅ……私のバカバカ」

 

「恥ずかしいわ……」

 

2人は真っ赤になって俯く。理由は簡単、さっきレジに並びながら恋人に愛を囁かれる妄想をしていたら後ろに並んでいた他の客に前に進んでくれと言われたからだ。

 

「はぁ……私もうダメかも。次アスタリスクの外に行く時大丈夫かなぁ?」

 

既にシルヴィアの中で八幡とオーフェリアは無くてはならない存在となっている。その2人と仕事で離れ離れになるなんて想像するだけて寂しいと思っているくらいだ。

 

「……私には頑張れとしか言えないわね」

 

「オーフェリア冷たいよ。次は2人も付いてきてよ」

 

「……そうしたいのは山々だけど、シルヴィアと違って仕事をしてない私と八幡が長期休暇でもない時にアスタリスクの外に行くのは無理よ」

 

「それはそうだけど……」

 

シルヴィアは膨れっ面を見せてくる。それを見たオーフェリアは……

 

(ちょっと可愛いわね)

 

場違いな感想を抱く。しかし口にはしない。したらシルヴィアが抱きついて甘えてくる可能性が高いからだ。家の中ならともかく外で抱きつかれるのは余り慣れていないのだから。

 

そんな中シルヴィアはやがてため息を頷く。

 

「……そうだよね。ゴメンね無理言って」

 

「まあ気持ちはわかるわ。でも結婚したら毎日一緒なんだからそれまでの辛抱よ」

 

「うん。私何とか頑張るよ。と、それより約束通りオーフェリアの希望の店に付き合うよ」

 

そう言ってシルヴィアは先程彼氏の服を買った店の隣にあるランジェリーショップを指差した。

 

「わざわざ悪いわね」

 

「別にいいよ。さっきも言ったけど私も新しい下着が欲しいし」

 

「……そう。じゃあ行きましょう」

 

2人がランジェリーショップに入る。すると辺り一面に大量の下着が展示されていた。清楚なものから面積の小さい際どいものなど様々な種類があるが……

 

「やっぱり露出の激しいものだね」

 

「……そうね」

 

2人は迷うこと無く面積の小さい下着が売られているエリアに足を運ぶ。すると……

 

「こ、これは……凄いね」

 

「そ、そうね……」

 

シルヴィアとオーフェリアは頬を染める。そこには未だ2人が着けた事がないような際どい下着が揃っていた。予想以上に際どい下着が多くて戸惑っている時だった。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 

すると近くにいた若い女性店員が2人の近くにやって来た。2人は顔を見合わせて1つ頷く。そしてシルヴィアが口を開ける。

 

「そ、その……彼氏を喜ばせる下着を買いたいんですけど」

 

シルヴィアがそう口にすると店員は笑顔で頷く。

 

「あー、なるほど。つまり際どい下着で彼氏さんに迫りたいと?」

 

「は、はい」

 

「そうですね……当店ではこの2つがお勧めですね」

 

 

そう言って店員が用意した下着は……

 

「ええっ?!」

 

「………」

Tバックの黒い下着と秘部以外の箇所の色が薄く丸見えの紫色の下着だった。

 

2人は一目見たたけで確信した。店員が見せてきた下着はこの店で売られている下着全ての中で際どさがトップ5に入るという事を。

 

真っ赤になりながら下着を見る中店員が話を続ける。

 

「当店ではよく彼氏に迫る時どういう下着を買うべきか尋ねられますが、我々は必ずこの2つを勧めていますね。これらを着て彼氏に迫れば彼氏もその気になると自信を持って言えます」

 

店員の言葉からは絶対の自信が見て取れた。それほどまでにこの下着に自信を持っているのだろう。

 

そう思いながら2人は下着をジッと見て自分が着ている姿を想像する。

 

それによって2人の顔に熱が生じるが、2人をそれを無視して自身らの彼氏である八幡の事も想像する。

 

2人の想像の中では2人が下着姿のまま八幡に迫り抱きついた。すると八幡は2人をベッドに押し倒して荒々しいキスをしながら2人の胸を下着越しに揉み始め、終いには2人のショーツに手を掛け2人の聖域を………

 

 

 

 

 

 

 

「これ買います!私は黒の方でお願いします!」

 

「……私は紫の方を買うわ」

 

そこまで想像した2人は即座に店員に買う事を口にした。すると店員は……

 

「ありがとうございます。お客様のサイズに合ったものが見つかりましたらお声掛け下さい」

 

笑顔でそう言ってから2人に手渡して去って行った。店員が見えなくなると同時にシルヴィアが口を開ける。

 

「……オーフェリア」

 

「……何かしらシルヴィア?」

 

「八幡君が退院した日にはこれで迫ろうね」

 

「そのつもりよ。八幡は入院生活で退屈しているだろうから一杯愛しましょう?」

 

「当然」

 

2人は顔を向き合わせながら固い握手を交わして、互いに適したサイズの下着を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「あー、良い買い物したー」

 

ショッピングモールの中にある喫茶店に来たシルヴィアとオーフェリアは一息を吐く。

 

下着を買った2人はその後、自身らの服や料理やお洒落の本などを買って休憩として喫茶店に入ったのだ。

 

「そうね。午後は何処に行くの?」

 

コーヒーを口にしながらオーフェリアはそう尋ねる。

 

「うーん。買いたい物は大分買ったし……甘い物巡りでもしない?」

 

それを聞いたオーフェリアは考える素振りを見せる。学園祭で甘い物は散々食べたが、アレは良いものだったのでまた食べたいと思ったくらいだ。

 

だからオーフェリアは是の返事をしようと口を開いた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで〜、『影の魔術師』がうちの会長を騙したから私と葉山先輩は怒られたんですよ〜」

 

聞き覚えのある甘ったるい声が聞こえてきた。瞬間、オーフェリアとシルヴィアは顔を見合わせて声が聞こえてきた方向を見ると、そこには見覚えのある亜麻色の髪のした女子と彼女と同じガラードワースの制服を着た複数の女子がいた。

 

(あの女……どれだけ八幡を貶せば気が済むのかしら?)

 

オーフェリアの胸中に怒りの感情がフツフツと生まれる中、会話は続く。

 

「おかげで学園祭初日は最悪でしたよ」

 

「そうなんだ……いろはちゃん可哀想……」

 

「本当にレヴォルフの生徒は……!」

 

「最低ね……」

 

他のガラードワースの女性とは亜麻色の髪の女子の話を信じているようだ。次々にレヴォルフの悪口を言う。

 

それを聞いて苛立つオーフェリアを他所に……

 

「学園祭2日目の『覇軍星君』との戦いもズルしたに決まってます〜。本当に最低なんだから……」

 

亜麻色の髪の女子は八幡を悪く言う。

 

もう限界だ、オーフェリアがそう思って立ち上がろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、八幡君を悪く言うのは止めてくれないかな?」

 

その前にシルヴィアが立ち上がってガラードワースの女子達がいる席の前に立つ。顔には不機嫌な色が混じっていた。

 

「は?どちら様ですか?」

 

亜麻色の髪の女子は訝しげにシルヴィアに話しかける。それに対してシルヴィアは……

 

「私?私は八幡君のライバルだよ」

 

「ライバル〜?あんな卑怯な人の?」

 

「その卑怯って言うの止めてくれないかな?八幡君は口も悪いし素直じゃないけど戦いでズルはしないし基本的に不当に人を貶めるような事はしないよ」

 

それを聞いたオーフェリアは少しだが落ち着きを取り戻した。誰よりも誠実であるシルヴィアがそう口にすると不思議と安堵感が生まれたからだ。

 

しかし……

 

「随分とあの人を庇うようですけど普通に考えてレヴォルフの彼が卑怯なのは正しいと思いますが?てかそれ以前に貴女誰ですか?」

 

亜麻色の髪の女子が訝しげな表情でそう口にする。

 

それに対してシルヴィアはため息を吐き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はシルヴィア・リューネハイム。八幡君の1番のライバルだよ」

 

ヘッドフォンを外し紫色の髪を露わにしながら自身の名を名乗った。



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番外編:比企谷八幡のいない中、恋人2人は……(後編)

ショッピングモールの中にある喫茶店の周囲は人が100人以上いるにもかかわらず静寂に包まれている。それによってショッピングモールに流れる音楽が大きく響いている。

 

喫茶店の中にいる人間も周囲にいる人間も、喫茶店の中のある一席、より正確に言うとその席の近くに立っている1人の少女を見ている。

 

その少女は世界で最も有名な人物と言われている少女だ。

 

稀代の歌姫にして世界の頂点に立つ史上最高のアイドル

 

クインヴェール女学園の生徒会長にして不動の序列1位

 

前シーズンの王竜星武祭の準優勝者

 

その名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「シルヴィア・リューネハイム……!」

 

何処からともなくそんな声が聞こえる。

 

その声には驚愕の色が混じっているが、オーフェリアは当然の事だと判断した。

 

(……それにしても、シルヴィアは本気で怒っているわね)

 

第三者からしたらそこまで怒っているようには見えないが、ずっと一緒にいるオーフェリアからしたらシルヴィアがかなり怒っている事が直ぐに理解出来た。

 

そう思いながらオーフェリアはシルヴィアを見ると、八幡を侮辱していた亜麻色の髪の女子やガラードワースの女子生徒らは呆気に取られた表情を他の人同様に浮かべている。

 

そしてそんな中シルヴィアの口が開く。

 

「それで?さっき君は八幡君が卑怯な手を使って『覇軍星君』を倒したって言ったけどさ、何を根拠にそう言ったのかな?」

 

シルヴィアがそう口にするとガラードワースの女子生徒らは再起動してシルヴィアから目を逸らす。しかしシルヴィアはその内の一人、亜麻色の髪の女子からは目を逸らさない。

 

亜麻色の髪の女子……一色いろはは居心地が悪そうに身を捩るがシルヴィアは目を逸らさずに一色を見続ける。

 

「私もあの試合を見たけど、八幡君が卑怯な手を使っているとは思わなかった。もし君が八幡君が卑怯な手を使ったって言うならどんな手を使ったのか教えてくれないかな?」

 

「え、えーっと、それは……」

 

一色は口籠る。当然だ、元々彼女は自身の所属する学園の生徒会長に叱られた鬱憤を八幡を侮辱する事で晴らそうとしていただけなのだから。

 

まさかシルヴィア・リューネハイムのように有名人がこんな場所に居て自分の話を聞いていると思わなかった一色は冷や汗をダラダラと垂れ流す。

 

「えっと……それは……」

 

一色はしどろもどろな事しか口に出来ない。そんな彼女を見てシルヴィアはため息を吐く。

 

「……その様子じゃ八幡君を貶す為に言ってみたいだね」

 

シルヴィアの口調は穏やかだ。しかしシルヴィアの話を聞いている人はその口調の奥に強い怒りの色が混じっている事を理解した。

 

しかし人々はそれと同時に彼女がそう言って怒るのも仕方ないとも理解した。

 

前シーズンの王竜星武祭準決勝で比企谷八幡とシルヴィア・リューネハイムは戦ったが、あの試合は長い星武祭の歴史の中でも10本の指に入るくらい人気のある試合である。

 

世界で最も万能と評される魔女と世界で最も多彩と評される魔術師の戦いは、どちらが勝ってもおかしくない試合で見る者全てを興奮させたのだ。

 

そしてその試合の当事者からしたらもう1人が貶されていたら怒るのは必然だろう。

 

周囲の人が一色に侮蔑の眼差しを向ける中、シルヴィは……

 

「別に君が彼をどう思うのかは自由だけどさ、口に出すのは止めてくれないかな?私からしたらライバルがデマによって馬鹿にされるのは凄く嫌な気分になるから」

 

そう言って一色達ガラードワースの生徒に背を向けてオーフェリアの方を向く。

 

「ゴメンねオーフェリア。正直気分が悪くなったから店を出ない?」

 

シルヴィアが手を合わせ申し訳なさそうにしながらそう口にする。対してオーフェリアは……

 

「……そうね。でもその前に」

 

シルヴィアに了承の意を示すと同時に立ち上がり、シルヴィア同様にヘッドフォンを外す。するとオーフェリアの髪が栗色から真っ白になって……

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 

一色は青い顔を更に青くしながら悲鳴をあげる。そして一色と一緒にいたガラードワースの女子生徒を始め周囲でシルヴィアを見ていた野次馬達は戦慄した表情を浮かべる。

 

それも当然の反応であろう。まさかシルヴィア・リューネハイムの連れが世界最強の魔女だとは誰も予想出来る筈もない。

 

オーフェリアはそんな反応を無視してシルヴィアの横に立つ。そして一色に殺意の籠った瞳を向け……

 

 

「……馬鹿は死ななきゃ治らないって言うけど、どうやら本当みたいね。いい加減八幡を侮辱するのは止めてくれないかしら?次貴女が八幡を侮辱するのを聞いたら星脈世代から普通の人間にするわよ」

 

そう口にしながら手を向ける。

 

「えっ……あっ……!」

 

それによって一色は怯えながらテーブルの下で失禁してしまう。オーフェリア個人としてはここで彼女の息の根を止めたいのが本音だが、そうした場合シルヴィアにも迷惑がかかったり、八幡の命令に背く事になるので手は出さない選択を選んだ。

 

オーフェリアは一色が失禁している事に気付く事なくため息を吐いてシルヴィアに話しかける。

 

「……もう出ましょうシルヴィア。少し人が集まり過ぎてるわ」

 

そう言いながら辺りを見渡すと、いつの間にか野次馬の数は増えていてその数は300を超えているだろう。これ以上集まると色々面倒そうである。

 

「そうだね。行こうオーフェリア」

 

そう言ってシルヴィアが頷くと2人はゆっくりと一色らから身体を逸らして喫茶店を後にした。前には沢山の人が居たが2人が近寄るとモーセが海を割るかのように左右に開いたので、2人は遠慮なく真ん中を通過して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後……

 

「ふぅ……」

 

「……休憩目的で喫茶店に入ったのに余計に疲れたわ」

 

ショッピングモールの屋上で再度変装をしたシルヴィアとオーフェリアは大きくため息を吐いた。

 

アレから2人は変装を解いたので周囲から見られまくったが人が余り使わない隅っこ手洗いに逃げて再度変装をした。それによって漸く騒ぎは収束した。

 

しかしそれは表面上の話だ。

 

2人はまだ知らないがネットでは既にシルヴィアとオーフェリアが一緒にショッピングモールで買い物をしている事で話題となっている。

 

また喫茶店での揉め事も誰かが記録したらしく、『ガラードワースの生徒がシルヴィア・リューネハイムとオーフェリア・ランドルーフェンを怒らせた』とタイトルの動画が動画投稿サイトにupされて、5分もしないで再生回数1000万回を突破した。

 

ちなみにこの動画を見たクインヴェール女学園理事長ペトラ・キヴィレフトと聖ガラードワース学園生徒会副会長レティシア・ブランシャールは胃に痛みが発生して胃腸薬を大量に買ったのは言うまでもないだろう。

 

閑話休題……

 

「それにしてもシルヴィアが私より早く突っかかるなんて思わなかったわ」

 

オーフェリアはそう口にする。

 

「まあね。八幡君が卑怯呼ばわりされたのは我慢出来なくてね」

 

シルヴィアは膨れっ面をしながらオーフェリアの言葉に頷くのでオーフェリアも同じように頷いた。

 

実際オーフェリアも八幡が侮辱された時は我慢出来なかったのだから。彼が卑怯だと言うなら自分やシルヴィア、武暁彗と相対してみろと思ったくらいだ。

 

「……それは私も同感よ。それよりこれからどうするの?帰る?」

 

オーフェリアがそう尋ねると、それと同時にシルヴィアの端末が鳴り出した。シルヴィアはポケットから端末を取り出して空間ウィンドウを開くとバイザー姿の女性が映っていた。

 

「あ、ペトラさん。どうしたの?」

 

『どうしたのじゃありませんよシルヴィア。先程ネットを見ましたが、貴女は無闇に正体をバラさないでください』

 

それを聞いたシルヴィアは途端に苦い表情になる。まるでイタズラがバレた子供のような表情だった。

 

「あー、ゴメンね。でもライバル扱いしたから彼女だとは思われないと思うよ?」

 

『ええ。動画を見る限り仲が良いとは思われるかもしれませんが恋人とは思われないでしょうね。もしもこの件に関してマスコミが来ても……』

 

「わかってるわかってる。否定すればいいんでしょ?……嫌だけど」

 

『シルヴィア……』

 

それを聞いたペトラは呆れた表情を浮かべるもシルヴィアは表情を変えない。

 

「だって嘘とはいえ、八幡君との恋人関係を否定したくないんだもん」

 

『我慢しなさい。それが出来ないなら約束通り彼と別れ「絶対に嫌。八幡君と別れるくらいなら死んだ方がずっと良い」……ならわかってますね?』

 

「わかってるよ。もしも今後質問が来たらハッキリと否定するよ」

 

『結構。それと場合によってガラードワースの方とも話をするかもしれませんので』

 

そう言ってペトラは通話を切ったのでシルヴィアは端末をポケットにしまった。

 

「……アイドルも大変ね」

 

「まあね。まあ仕方ないって事で割り切るしかないよ」

 

「……そう。でもシルヴィア。もしも世間に私達の関係が知られてクインヴェールが私達を引き裂こうとしても死なないで。貴女が死ぬなんて私も八幡も望んでいないわ」

 

これはオーフェリアの本心だ。当初は八幡を奪われないか危惧していたが、3人で恋人関係になってからはオーフェリアにとってシルヴィアは八幡同様かけがえのない存在となっている。シルヴィアが死んだら自分は悲しむだろうとオーフェリアは確信していた。

 

それを聞いたシルヴィアは若干目を見開いて驚きを見せるが、直ぐに優しい笑顔を浮かべる。

 

「……うん。ありがとねオーフェリア。そう言ってくれて嬉しいな」

 

「……別に。もしもバレて向こうが引き裂こうとしたら、私が王竜星武祭で優勝して願いを使って邪魔する連中を叩き潰すわ」

 

そう言いながらオーフェリアはポケットから待機状態の『覇潰の血鎌』の発動体を取り出して手の中で遊ばせる。その事からオーフェリアが本気で実行しようとする事をシルヴィアは理解した。

 

「まあそれ以前の話としてバレないように最善を尽くすよ。バレたらその時に考えるよ」

 

「一応聞いておくわ。もしもバレても別れるつもりはないわよね?」

 

「当然」

 

「……ならいいわ。八幡には貴女が必要なのだから」

 

「それはオーフェリアもだよ」

 

 

そう言って2人は軽く笑い合う。その顔には幸せの感情しか映っていなかった。

 

ショッピングモールの屋上から聞こえる2人の笑い声は暫くの間辺りに響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

シルヴィアは元気よく自宅に帰宅した。それに続くかのようにオーフェリアが静かに家に入った。

 

屋上で軽く笑い合ってから6時間、2人は当初の予定だった甘い物巡りをして、治療院に行ってスタッフに対して手術成功のお守りを八幡に渡すように頼んだり、ウルスラの見舞いに行ってから外で夕食を食べて帰宅したのだ。

 

「……今日は八幡がいないから嫌な日だと思っていたけど、結構楽しかったわ」

 

「そうだね。明日は朝一で八幡君のお見舞いに行こうね。成功してればいいんだけど」

 

「きっと大丈夫よ。仮にもしも失敗したなら私達が八幡の左手になって支えればいいのだから」

 

それを聞いたシルヴィアは笑顔で頷く。

 

「……うん。そうだね。私達は八幡君の隣で支えないとね」

 

「ええ。今日は明日に備えて早く寝ましょう。私結構疲れたわ」

 

「私もちょっと疲れたな。今日はシャワーだけでいいや。オーフェリアは?」

 

「私もシャワーだけで良いわ。シャワーを出たら直ぐに寝ましょう」

 

オーフェリアはそう言うとシルヴィアと一緒に自室のクローゼットから下着と寝巻きを取り出して風呂場に向かう。

 

風呂場に着いた2人は服を脱いで下着姿になる。シルヴィアは清楚なレース付きの白い下着で、オーフェリアはシンプルな薄い水色の下着を着けていた。

 

「………確かに大きくなってるね」

 

シルヴィアがオーフェリアの胸を下着越しに見ながらそう呟くと、オーフェリアは顔に熱が溜まり始めるのを理解した。

 

「……恥ずかしいから言わないで」

 

「ごめんごめん。でも良いなぁ。八幡君はおっぱい星人だから私も大きくなりたいなぁ」

 

シルヴィアは不満そうにそう呟く。2人は八幡が巨乳好きだという事を知っている。今は全て破棄したが八幡の持っていた成人向け雑誌や映像データでは巨乳モノが多かったからだ。

 

しかしオーフェリアは笑顔で首を横に振る。

 

「……大丈夫よシルヴィア。八幡の1番好きな胸は私とシルヴィアの胸なのだから」

 

「そうなの?」

 

「ええ。前学校で昼食を食べている時に八幡に『八幡は巨乳好きだから胸を大きくした方が良いのか』って聞いたら『確かに俺は巨乳好きだが1番好きな胸はお前とシルヴィの胸だ』って言っていたから」

 

「そ、そっか……えへへ」

 

それを聞いたシルヴィは顔を赤らめながらニヤける。好きな人が1番好いている胸は自分の胸と言われて嬉しい感情が生まれたからだ。

 

「……ええ。だから無理して大きくするなんて事は考えない方が良いわよ」

 

「そっか。うん、そうだね。ありがとう。それじゃあ入ろっか。今日は八幡君に変わって洗ってあげるね」

 

「……お願い。私もシルヴィアの身体を洗う?」

 

「うんお願い。それじゃあ……」

 

「……ええ」

 

2人は軽く笑い合いながら風呂場に入った。

 

そしてその後2人はお互いに身体の隅から隅まで洗いあって、風呂場に嬌声が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ電気を消すわね」

 

風呂から出た2人は寝巻きを着て、いつも3人で寝るベッドの上に乗る。

 

「うん、お願い」

 

シルヴィアがそう言うとオーフェリアは電気のスイッチを押す。すると部屋の電気は消えて、部屋は月明かりが照らされ薄暗い状態となった。

 

電気を消したオーフェリアはシルヴィア同様に布団を掛けるも……

 

 

「……何か大切な事を忘れている気がするわ」

 

そう言ってもどかしい気持ちになる。理由はわからないがいつもと違う感じにオーフェリアは戸惑っていた。

 

するとシルヴィアが口を開ける。

 

「多分アレだよ。お休みのキスをしてないからだと思うよ」

 

仕事でアスタリスクの外によく行くシルヴィアはこのもどかしさを何度も経験しているから知っているが、毎日お休みのキスをしているオーフェリアはシルヴィアの意見に納得した。

 

「……なるほど。間違いなくそれだわ。それにしてもシルヴィアは良く耐えているわね」

 

オーフェリアはシルヴィアに畏敬の眼差しを向ける。八幡とのお休みのキスを1ヶ月以上もお預けだなんてオーフェリアからしたら拷問よりも地獄である。

 

「……何とかね。だからアスタリスクに帰ってきた時はいつも歯止めがかからなくて八幡君に甘えちゃうんだよね」

 

「……そう。それにしてもこれはキツいわね。何とか出来ないかしら?」

 

オーフェリアは苦痛に塗れた表情を浮かべる。するとシルヴィアは……

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……今日は私とする?」

 

オーフェリアにそう尋ねる。

 

「……え?」

 

「だから今日は八幡君とじゃなくて私としない?別に私達はもうキスをしてるんだし」

 

実際2人は既にキスをしている。夜八幡と夜の営みをする際に、理性を失った八幡が2人の百合を見たいと要求してくる時もあり、その時に2人はキスをした事もある。

 

だから……

 

「……じゃあお願いして良いかしら?」

 

オーフェリアはシルヴィアの提案を受けた。オーフェリア自身お休みのキスをしないと寝れないと判断したからだ。

 

(それに……シルヴィアとのキス、悪くないし)

 

しかしオーフェリアはそれは恥ずかしいので口にしない。

 

「もちろん。じゃあ……」

 

そう言ってシルヴィアは目を閉じて顔を近づけてくる。それに対してオーフェリアはシルヴィアの肩を掴み同じように顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「んっ……」」

 

そっと触れるだけのキスをする。2人の吐息が互いの顔に当たりくすぐる。

 

2人はゆっくりと離れてお互いの顔を見て……

 

 

 

 

 

「お休み、シルヴィア」

 

「うん。お休み、オーフェリア」

 

互いに笑顔を見せてから抱き合って眠りについた。



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pixivでも投稿してます。

アスタリスク読んでハマって書きました。

ワートリとのクロスは……すみません。モチベーションの低下の為、当分ないと思いますがご了承ください。


 

比企谷八幡

所属 レヴォルフ黒学院

学年 高等部1年(第1話の時点)

序列 2位

二つ名 影の魔術師

 

 

 

 

 

主人公。中学は一般校だったが文化祭の一件で学校に嫌気がさし、その際星脈世代だった事もありアスタリスクに引っ越す。

 

レヴォルフにした理由は女子校のクインヴェールと明らかに向いていないガラードワースを除いた4校からくじ引きで決めた。

 

序列や星武祭には余り興味ないので平和なぼっち生活を望んでいたが、レヴォルフ特有の強者への服従方針により目をつけられる。転校初日にカツアゲをしてきた序列60位のクラスメイトをぼっち生活を潰されそうになった怒りにより蹴散らした。それによりどの道ぼっち生活は潰されたのを知りショックを受ける。

 

転校初日に序列入りを蹴散らした事により有名人となり毎日10回は決闘を挑まれるようになるも、八幡自身桁違いの星振力と天賦の才があったので全員返り討ちにする。

 

決闘を挑まれる事は1年近く続いたが、序列1位『孤毒の魔女』オーフェリア・ランドルーフェンに次ぐ序列2位を手に入れた事により『冒頭の十二人』以外には挑まれる事は殆どなくなった。

 

オーフェリアとはぼっち仲間。レヴォルフで見つけたベストプレイスで一緒に昼飯を食べる。お互い余り話さないが八幡自身はこの時間を割と気に入っている。

 

戦闘スタイルは自身の影を実体化させ星振力を込めて武器にする。形は剣や銃や盾などの武器だけでなく、生物の形にして暴れさせる場合もある。ナイフタイプとハンドガンタイプの煌式武装を使う。

 

また自身の影に潜り移動する事も可能。影にいる間は無敵だが影から攻撃する時には影から出ないといけないのが欠点。

 

中3の時に『MAXコーヒーを一生無料で飲み放題』というアスタリスク開設以来最もふざけていると思われる願いを胸に秘め王竜星武祭に参加する。(鳳凰星武祭と鷲獅子星武祭には組む相手がいない為参加する気なし)

 

予選は無傷で勝利するも本戦準決勝にてクインヴェールの序列1位のシルヴィア・リューネハイムに敗北してベスト4で終わる。それ以降偶に連絡を取り合う仲になり、次の王竜星武祭に参加するように約束される。

 

 

 

 

 

 

 

比企谷小町

所属 星導館学園

学年 中等部2年(第1話の時点)

序列 8位

二つ名 神速銃士

 

八幡の妹。八幡がアスタリスクに転校すると直ぐに兄を追ってアスタリスクに行こうとしたが八幡及び両親がレヴォルフ入学に猛反対した為星導館に入学する。

 

入学当初はレヴォルフ序列2位の妹という事で恐れられていたが持ち前のコミュ力で直ぐに人気者になる。戦闘スタイルは2丁のハンドガンタイプの煌式武装を使った近、中距離戦を得意とするスタイル。腰のホルスターから煌式武装を抜いて狙いを定める速さは一級品で攻撃速度は星導館トップクラス。

 

夢は星導館の序列1位になり王竜星武祭で兄に勝つ事。

 

学校では人気は高く男子のファンも多いが一度ナンパした男を八幡が王竜星武祭準決闘でシルヴィアと戦った時くらい本気を出してボコボコにした為、それ以降手を出す人は1人もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

雪ノ下陽乃

所属 界龍第七学院

学年 大学部1年(第1話の時点)

序列 3位

二つ名 魔王

 

八幡の知り合いの姉で底が知れない女性。八幡自身何を考えているか理解出来ないので苦手としている。

 

戦闘スタイルは基本に忠実、それでありながら圧倒的な力を持ちスピード重視の体術と黒い炎の星仙術を使いこなす。

 

『万有天羅』范星露の二番弟子で基本的に『覇軍星君』武暁彗との訓練をこなしていて偶に范星露と一緒に木派と水派の面々に修行を課している。

 

決闘、公式序列戦、星武祭ではオーフェリア以外には無敗。王竜星武祭では準優勝、ベスト4と好成績を残していて、3度目の王竜星武祭ではオーフェリア、シルヴィア、八幡全員倒す事を目標としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒロインは一応オーフェリアかシルヴィアのどちらかですね。

 

他のガイルキャラは高校に上がると同時に入学するので序列はまだないです。

 

 

 

 

 

予定としては

 

雪ノ下→クインヴェールorガラードワース

由比ヶ浜→クインヴェールor星導館orガラードワース

戸塚→レヴォルフor星導館

材木座→レヴォルフorアルルカント

葉山→ガラードワース

三浦→クインヴェールorガラードワース

戸部→ガラードワースor界龍

海老名→アルルカントorレヴォルフorガラードワース

一色→クインヴェールorガラードワース

 

っ感じです。

 

 



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好感度

ノリで書いてみました


好感度(MAX100)

 

(A)→比企谷八幡

 

(A)が下記の人物の場合

 

☆星導館学園

 

比企谷小町……100

 

戸塚彩加……100

 

天霧綾斗……80

 

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト……95

 

クローディア・エンフィールド……80

 

沙々宮紗夜……70

 

刀藤綺凛……75

 

 

 

 

☆クインヴェール女学園

 

ペトラ・キヴィレフト……20

 

若宮美奈兎……95

 

蓮城寺柚陽……80

 

ソフィア・フェアクロフ……85

 

ニーナ・アッヘンヴァル……85

 

クロエ・フロックハート……35

 

ルサールカ……50

 

雪ノ下雪乃……65

 

由比ヶ浜結衣……100

 

 

 

 

☆レヴォルフ黒学院

 

ディルク・エーベルヴァイン……ー10000000000

 

イレーネ・ウルサイス……90

 

プリシラ・ウルサイス……100

 

樫丸ころな……80

 

ロドルフォ・ゾッポ……70

 

 

 

 

☆アルルカント・アカデミー

 

材木座義輝……100

 

 

 

 

☆界龍第七学院

 

范星露……100

 

武暁彗……80

 

雪ノ下陽乃……ー100000

 

梅小路冬香……85

 

趙虎峰……80

 

 

☆聖ガラードワース学園

 

アーネスト・フェアクロフ……85

 

レティシア・ブランシャール……75

 

葉山隼人……0

 

一色いろは……ー50000

 

 

 

 

☆恋人2人

 

オーフェリア・ランドルーフェン……天元突破

 

シルヴィア・リューネハイム……天元突破

 

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡→(B)

 

(B)が下記の人物の場合

 

☆星導館学園

 

比企谷小町……100

 

戸塚彩加……100

 

天霧綾斗……75

 

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト……75

 

クローディア・エンフィールド……80

 

沙々宮紗夜……65

 

刀藤綺凛……75

 

 

 

 

☆クインヴェール女学園

 

ペトラ・キヴィレフト……30

 

若宮美奈兎……85

 

蓮城寺柚陽……80

 

ソフィア・フェアクロフ……80

 

ニーナ・アッヘンヴァル……80

 

クロエ・フロックハート……75

 

ルサールカ……50

 

雪ノ下雪乃……75

 

由比ヶ浜結衣……75

 

 

 

 

☆レヴォルフ黒学院

 

ディルク・エーベルヴァイン……ー10000000000

 

イレーネ・ウルサイス……80

 

プリシラ・ウルサイス……90

 

樫丸ころな……75

 

ロドルフォ・ゾッポ……45

 

 

 

 

☆アルルカント・アカデミー

 

材木座義輝……55

 

 

 

 

☆界龍第七学院

 

范星露……75

 

武暁彗……70

 

雪ノ下陽乃……0

 

梅小路冬香……90

 

趙虎峰……90

 

 

☆聖ガラードワース学園

 

アーネスト・フェアクロフ……95

 

レティシア・ブランシャール……85

 

葉山隼人……0

 

一色いろは……0

 

 

 

 

☆恋人2人

 

オーフェリア・ランドルーフェン……天元突破

 

シルヴィア・リューネハイム……天元突破

 



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対人関係

以前書いた好感度の延長です。書きかけの小説の整理をしていたら出てきたのでノリで投稿しました


 

 

 

比企谷八幡→(A)

 

(A)が下記の人物の場合

 

☆恋人2人

オーフェリア・ランドルーフェン……溺愛

 

シルヴィア・リューネハイム……溺愛

 

 

☆星導館学園

 

比企谷小町……最愛の妹

 

戸塚彩加……天使

 

天霧綾斗……ハーレム王

 

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト……弟子且つ友人

 

クローディア・エンフィールド……協力者

 

 

☆クインヴェール女学園

 

ペトラ・キヴィレフト……若干苦手

 

若宮美奈兎……天使

 

蓮城寺柚陽……清涼剤

 

ソフィア・フェアクロフ……からかいがいのある先輩

 

ニーナ・アッヘンヴァル……小動物みたい

 

クロエ・フロックハート……若干苦手

 

ルサールカ……ノリについていけない

 

雪ノ下雪乃……元部長

 

由比ヶ浜結衣……元部活メイト

 

 

☆レヴォルフ黒学院

 

ディルク・エーベルヴァイン……殺意

 

イレーネ・ウルサイス……悪友

 

プリシラ・ウルサイス……清涼剤

 

樫丸ころな……同情

 

ロドルフォ・ゾッポ……ウザい

 

 

 

 

☆アルルカント・アカデミー

 

材木座義輝……若干ウザい

 

 

 

 

☆界龍第七学院

 

范星露……師匠

 

武暁彗……強敵

 

雪ノ下陽乃……敵意

 

趙虎峰……星露に関して苦労している同士

 

 

☆聖ガラードワース学園

 

アーネスト・フェアクロフ……尊敬

 

レティシア・ブランシャール……からかいがいのあるオカン

 

葉山隼人……忌避

 

一色いろは……敵意

 

 

 

 

(B)→比企谷八幡

 

(B)が下記の人物の場合

 

☆恋人2人

オーフェリア・ランドルーフェン……溺愛

 

シルヴィア・リューネハイム……溺愛

 

☆星導館学園

 

比企谷小町……自慢の兄

 

戸塚彩加……友達

 

天霧綾斗……腐れ縁

 

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト……師匠且つ恩人

 

クローディア・エンフィールド……協力者

 

沙々宮紗夜……気まぐれ男

 

刀藤綺凛……優しいけど少し怖い

 

 

 

 

☆クインヴェール女学園

 

ペトラ・キヴィレフト……交際に反対

 

若宮美奈兎……友達

 

蓮城寺柚陽……恩義

 

ソフィア・フェアクロフ……後輩

 

ニーナ・アッヘンヴァル……師匠

 

クロエ・フロックハート……若干苦手

 

ルサールカ……シルヴィアを泣かしたら許さない

 

雪ノ下雪乃……元部員

 

由比ヶ浜結衣……恩義

 

 

☆レヴォルフ黒学院

 

ディルク・エーベルヴァイン……殺意

 

イレーネ・ウルサイス……悪友

 

プリシラ・ウルサイス……友人

 

樫丸ころな……優しい

 

ロドルフォ・ゾッポ……友人

 

 

 

 

☆アルルカント・アカデミー

 

材木座義輝……相棒

 

 

 

 

☆界龍第七学院

 

范星露……見込みのある男

 

武暁彗……ライバル

 

雪ノ下陽乃……殺意

 

梅小路冬香……興味あり

 

趙虎峰……星露に関して自分と同じように苦労している者

 

 

☆聖ガラードワース学園

 

アーネスト・フェアクロフ……友人

 

レティシア・ブランシャール……罪悪感

 

葉山隼人……嫌い

 

一色いろは……敵意

 

 



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本編
影の魔術師


 

 

レヴォルフ黒学院

 

校章は覇道の象徴たる二本の双剣。

 

校則は無いに等しく個人主義が強く、非常に好戦的な校風となっている。また学園も積極的に生徒の決闘を推奨している。そのため決闘を原則禁止としているガラードワースとは折り合いが悪い。

 

 

 

 

 

また基本的に素行不良な生徒が多く、アスタリスクの再開発エリアを根城にしているものやカジノで暴れるものも少なくない正に不良の学校だ。

 

そんな学校に俺、比企谷八幡は通っているのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かった……クラスにマトモな奴が1人いて……」

 

高等部に進学して新しいクラスの席に座った俺は隣に座っている女子の顔を見て歓喜の声をあげる。

 

「あ、あはは……少し大袈裟過ぎませんか?」

 

そう言って苦笑いするのはプリシラ・ウルサイス。基本クズが多いレヴォルフの数少ない清涼剤だ。メチャクチャ優しくマジで天使。ガラードワースに行っても問題ないレベルだ。

 

「何言ってんだ?俺が転校した時のクラスなんて初日からカツアゲされかけたんだぞ」

 

その時点で普通の学校じゃない。

 

「あ、それお姉ちゃんから聞きました」

 

「まあ自分で言うのもアレだがあんときはやり過ぎた。てか姉と言えばあのバカ先週再開発エリアで暴れてたが大丈夫か?」

 

姉と言うのはプリシラの姉であるイレーネ・ウルサイスでレヴォルフで3番目に強い人間だ。根が悪い奴じゃないが性格はかなり粗暴でよく暴れている。

 

俺が話すとプリシラは頬を膨らませる。

 

「もー!お姉ちゃんったら!八幡さん、報告ありがとうございます」

 

あー、これでイレーネの奴今夜はプリシラの説教だな。あいつ妹には頭が上がらないしざまぁ。

 

内心笑っていると新しい担任が入ってきて新学期の説明をするが、殆ど全員(多分俺とプリシラ以外)聞いている素振りすら見せない。今更だがこの学校ヤバすぎだろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期なので授業はなく午前で終わる。授業はないが腹が減ったので飯を食いに行く。

 

廊下を歩くと全員が俺を見ると避けてくる。俺はモーゼかよ?

 

まあそれも仕方ない事だ。一応俺はレヴォルフの『冒頭の十二人』の1人で序列は2位、つまりレヴォルフで2番目に強いって事だ。まあ1位のあいつには勝てる気がしないけど。

 

昔はガンガン決闘を挑まれたりしていたが『冒頭の十二人』入りしてからはかなり減って、2位の座を手に入れてからは公式序列戦で数回挑まれるくらいになった。

 

それにより俺はこの野蛮な学校で平穏な生活を手に入れた。まあ恐れられるのは今でも慣れないけど。

 

息を吐きながら購買でパンを買っていつも1人で飯を食う場所に向かう。あそこは静かな場所で特に何もあるわけではないのでレヴォルフの生徒も殆ど来ない、正にベストプレイスだ。

 

そんな事を考えながらベストプレイスに行くと俺以外にあそこをベストプレイスとしている少女がいた。

 

 

 

 

 

「よう」

 

とりあえず声をかけると少女は振り向いて俺を見てくる。その表情は悲しみと諦観を持っていて今にも泣きそうだ。

 

「……久しぶりね」

 

素っ気ない態度だがこれでもかなり変わった方だ。初めて会った頃はお互い一言も喋らなかったし。

 

「そうだな。春休みには会ってないし久しぶりだなオーフェリア」

 

俺が話しかけるのはレヴォルフ最強、いやアスタリスク最強と言われているレヴォルフ黒学院序列1位『孤毒の魔女』オーフェリア・ランドルーフェンだ。

 

俺自身、それなりに強いと思うがこいつには勝てるイメージが全く出来ない。俺の影はこいつの操る毒を防ぐ事は出来るが圧倒的な星振力による力技をされたら負ける。てか公式序列戦で力押しで負けた。

 

ほぼ無尽蔵の星辰力を誇るが、その反面能力を抑え込むことが出来ず、常に周囲へ毒素をまき散らしている。俺は自身の能力である影が自身の中に入り込み体内をコーティングしているから効果はないが殆どの連中には防ぐ事が出来ないので関わる人間はいない。

 

そんな訳でお互いぼっちだったからか飯を食う場所も同じ場所になってから知り合うようになった。

 

いつも通りオーフェリアの隣に座って買ったパンを食べる。隣ではオーフェリアも特に気にした様子もなくパンを食べている。基本的にお互い喋らないが俺はこの時間が結構好きだ。

 

お互いに無言のまま飯を食べていると風が吹いて目に埃が入り、とっさに目を擦ってしまってパンを落としてしまった。

 

「あー、バカした」

 

勿体無い事をしたな。仕方ない、帰り道レストラン街で飯を食うか。

 

そう思い立ち上がろうとした時だった。

 

 

 

 

 

「……あげるわ」

 

オーフェリアが自分の買ったパンの一つを差し出してきた。初めは遠慮しようと思ったが空腹には勝てずにありがたく頂戴した。

 

全部食べてからオーフェリアに礼を言う。

 

「サンキューオーフェリア。で幾らだ?」

 

そう言いながら財布から金を出す。

 

「別にいいわ」

 

「いや、そういう訳にはいかないだろ」

 

「パン一つくらいタダでいいわよ」

 

オーフェリアはそう言って金を受け取る素振りを見せない。

 

「いやいや、俺は養われる気はあるが施しを受ける気はないぞ?」

 

「……意味がわからないわ」

 

普段の悲しげな表情に若干の呆れが混じる。こいつに長時間そんな表情で見られると変な扉が開きそうな気がするんだが……

 

そんな馬鹿げた考えを持っているとオーフェリアは息を吐きながら俺の手にある金を取る。

 

「八幡は考えを曲げなそうだから貰うわ」

 

そう言いながら金を自分の財布に入れる。それを見て俺は頷いた。

 

「なら良し。ありがとな」

 

「……ん」

 

オーフェリアは頷いて残ったパンを食べる。俺は全て食べ終わっているが何となくオーフェリアの隣で彼女が食べ終えるのを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

オーフェリアはパンを食べ終えると同時に俺は無言で立ち上がる。

 

「今日は始業式だがお前は帰るのか?それともあのデブに呼ばれたりしてんのか?」

 

 

 

 

 

あのデブとはレヴォルフ黒学院生徒会長のディルク・エーベルヴァインの事を指している。

 

非星脈世代にも関わらずレヴォルフ黒学院の生徒会長の座についている。序列に入っていないが謀略に長け『悪辣の王』二つ名を付けられるほどに嫌われまくりの生徒会長だ。何せ自分が勝つのではなく、相手が負けるように仕向ける事で相対的に利益を得るスタンスにある奴だ。

 

その上色々な奴を手駒にしているからタチが悪い。序列1位のオーフェリアと序列3位のイレーネもそのメンバーだ。

 

俺は奴の手駒ではないし今後もあいつの手駒になるつもりはない。序列2位になった際に申請云々で会ったが恐怖を感じた。その上生徒会室にはディルク以外の人間の気配を感じたがおそらくレヴォルフの諜報機関の黒猫機関だろう。あんな奴らと関わったら碌な目に遭わないだろうし。

 

「今日は呼び出されてないから帰るわ」

 

「そうか。じゃあまたな」

 

「ええ。また」

 

そう言ってお互いの住む場所に向かって歩き出す。さよならの挨拶は初めて会ってから数ヶ月もかかったが今では普通にするようになった。オーフェリアと会ったばかりの頃の俺からすれば信じられない事だ。

 

 

 

 

 

そんな事を考えながら自分の寮に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

レヴォルフの冒頭の十二人の特権の一つである巨大な1人寮に着いた俺は鞄を置いて横になる。今日は暇だし前シーズンの鳳凰星武祭の記録でも見るか。もう少ししたら今シーズンの鳳凰星武祭もあるし。

 

部屋にある巨大モニターで決勝戦を見ていると俺の端末に着信があった。画面を見てみると知っている番号が出ていた。スルーすると後が面倒なので電話に出る。

 

『やっほー、今大丈夫八幡君?』

 

そこにはピンク髪の可愛い女子がいた。この女子は知っている顔だ。というか知らない奴はこの世にいないと思う。

 

「別に大丈夫だが何か用か?リューネハイム」

 

電話の相手は世界で最も有名な歌姫のシルヴィア・リューネハイム。そしてクインヴェールの序列1位だ。前回の王竜星武祭準決勝で戦って負けて以来交流を持った女子だ。

 

適当に返すとリューネハイムはジト目で見てくる。

 

『八幡君、そろそろシルヴィって呼んでよ』

 

「断る。女子をニックネームで呼ぶのは勘弁してくれ。で、リューネハイム、用は『シルヴィ』……何だよ?」

 

『今日という今日こそシルヴィって呼んでもらうから。じゃないと……』

 

「じゃないと何だよ?」

 

ボコボコにするとかか?だったら大歓迎だ。逆に返り討ちにして王竜星武祭での借りを返してやる。

 

しかしリューネハイムの返事は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今度のステージで八幡君の事が好きですって言うよ』

 

「わかったよシルヴィ。で、何の用だ?」

 

何て事を言ってくんだこいつは?そんな事を言ったら俺は全世界の人間から後ろ指を指されるからね?そんな事になるならニックネームで呼ぶ方が遥かに良い。

 

『ふふっ。じゃあ今度からシルヴィって呼んでね?』

 

「わかったわかった。そういやアメリカ横断ライブお疲れ。次は何処に行くんだ?」

 

リューネハ『シルヴィ』……何でこいつは俺の心の内がわかるんだよ?

 

シルヴィは世界の歌姫ゆえ世界中を飛び回っている。今は日本にいるみたいだが余り長くは滞在しないだろう。

 

『次は1ヶ月くらい後に欧州ツアーだよ。その間は日本にいるから何処かに遊びに行かない?』

 

絶対に遠慮します。リューネハ……シルヴィみたいな有名人と歩いてみろ。間違いなく面倒事に巻き込まれるのが目に見えるわ。

 

とりあえず無難な返事をしとくか。

 

「ああ、行けたら行くわ」

 

『八幡君の行けたら行くは行かないと同じでしょ?八幡君の寮に迎えに行くよ?』

 

止めろ。間違いなく面倒な事になる。新聞部に見つかったらヤバい。

 

「わかったわかった。行くから迎えに来るな」

 

『うん。八幡君ならそう言うと思ったよ。後高等部進学おめでとう』

 

「そいつはどうも」

 

『今年もよろしくね。八幡君と会ってからまだ1年経ってないけど今から次の王竜星武祭が楽しみだよ』

 

シルヴィにそう言われて去年の試合を思い出す。勝てない試合じゃなかった。でもシルヴィの巧みな攻めに押し切られて負けてしまった。

 

「次は負けない。勝ってマッ缶を一生飲み放題だ」

 

『あははっ。やっぱりその願いなんだ』

 

モニターには苦笑したシルヴィが映っているがこれだけは譲れない。

 

『でも八幡君には悪いけど今シーズンも諦めて貰うよ。優勝するのは私だから』

 

そう言って今度は不敵な笑みを浮かべてくる。今更だが……こいつの笑みはどれも魅力的だな。

 

……だが俺も負けるつもりはない。シルヴィに負けた時結構悔しかったし。

 

「まあ試合は2年後だしそれまでに借りを返せるくらい強くなって今度は勝つ。それに妹とも約束してるし」

 

『妹さんって星導館の序列8位の神速銃士の比企谷小町?』

 

「そうそう」

 

そう、俺の妹の小町は星導館学園の冒頭の十二人の1人だ。元々はレヴォルフに入るつもりだったが俺や両親が猛反対して星導館に入った。そんで王竜星武祭に参加する気満々で俺に勝ちたいらしい。

 

『へー。今度会ってみたいな』

 

「会ったらよろしくしてやってくれ。あいつお前のファンだし」

 

何せファンクラブの会員番号は3桁台とかなり古参のファンだ。去年の王竜星武祭で俺とシルヴィが戦ってるのを見てメチャクチャ興奮してたし。

 

『うんわかった……あ!仕事のメールが来たから切るね!』

 

「そうか、わかった」

 

『うん、じゃあ遊ぶ日は今度決めよう。またね』

 

そう言ってシルヴィが画面から消える。どうやら遊ぶ事は決定したようだ。女子と、しかも相手は世界の歌姫かよ?今から緊張して胃が痛くなるわ。

 

俺はため息を吐きながらさっきまで見ていた鳳凰星武祭の続きを見るのを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星武祭

 

統合企業財体が主催しアスタリスクで行われている力を持つ学生同士の大規模な武闘大会。3年を一区切りとし初年の夏に行われるタッグ戦は鳳凰星武祭、2年目の秋に行われるチーム戦は獅鷲星武祭、3年目の冬に行われる個人戦は王竜星武祭と呼ばれる。

 

注目度が非常に高く、世界中にライブ放送され、世界最大の興行規模を誇る。

 

そして優勝者は好きな望みを叶えてもらえるというバトルエンターテインメントでもある。

 

アスタリスクにいる学生は自身の望みを賭けて星武祭に参加する。

 

 

 

 

これは1人の目が腐った魔術師が星武祭やその裏で蠢く陰謀に挑む物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『てめぇ八幡!プリシラに余計な事チクってんじゃねぇよ!!』

 

「……はぁ」

 

当の本人は今はその事を知らずドアの外にいる女生徒に呆れ目を腐らせているが。



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比企谷八幡は世界の歌姫と遊びに行く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高等部に進学してから二週間、俺は今アスタリスクの商業エリアの有名な噴水の前に立っている。

 

予定の時間まで後30分、暇なので過去の星武祭の試合を見ているもののさっきから視線を感じて仕方ない。顔を上げると全員が目を逸らして離れていく。

 

まあ俺は一応王竜星武祭ベスト4の記録を出した上、悪名高いレヴォルフの序列2位の有名人だ。レヴォルフの制服を着てなくても目立つだろう。

 

てか今更だがシルヴィが来たらヤバくないか?片や世界の歌姫、片やならず者学校のNo.2。明らかにヤバい組み合わせだろ?それでシルヴィに悪評が立ったら申し訳ない。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君」

 

後ろから声をかけられたので振り向くと茶髪でカジュアルな雰囲気を醸し出している女子がいた。しかし見覚えのない奴だな。いきなり知らない女子に名前呼びされてるけど……いや、待てよ。

 

「もしかして……シルヴィか?」

 

髪の色は違うがシルヴィだと思う。俺の事を名前で呼ぶのはシルヴィとオーフェリアとウルサイス姉妹の4人だけだ。

 

「当たり。出かける時は目立つといけないから変装するんだ」

 

それを聞いて納得した。まあ世界の歌姫が堂々と歩くのは人目を引くからな。

 

「なるほどな。悪いな俺は特に変装してないから目立って」

 

さっきからマジで目立ち過ぎだ。結構苛つく。

 

「気にしないでいいよ。八幡君有名人だから」

 

「お前が言うな。てか何処に遊びに行くんだ?」

 

何処に行くか全く聞いてないし。シルヴィの事だから変な場所じゃないのはわかるけど。

 

「うん。八幡君って星武祭でMAXコーヒー飲み放題って願いを求めるって事は甘い物好きだよね?」

 

「まあな」

 

今更だが俺の願いふざけ過ぎだろ?あのオーフェリアですら呆れさせる事が出来るくらいだし。ウルサイス姉妹は姉が大爆笑して妹は苦笑いしてたけど。

 

「だから商業エリアの美味しいスイーツを食べ回りながらお喋りしようよ」

 

「まあそんぐらいなら構わないが……」

 

っても俺が話せる世間話なんて星武祭以外殆どないけど。

 

「じゃあ行こっか。色々調べてきたんだ」

 

そう言ってシルヴィは俺の手を引っ張って歩き出すので俺はそれに続く。まさか世界の歌姫と遊びに行くなんて……人生ってのは何が起こるかわからないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、2人がいる場所から少し離れた店の陰。

 

「……おい、ミルシェ見たか?」

 

「うん。見たよ」

 

2人の視線の先には自身の学校の生徒会長が男性の手を引っ張って歩いていた。

 

瞬間、2人の女子は驚愕と歓喜の混じった笑顔でハイタッチを交わす。

 

「おいおい!これマジで大スクープだろ!」

 

「うんうん!まさかシルヴィアが男の手を引っ張るなんてさ!」

 

そう言ってはしゃぐのはクインヴェール女学園が擁するガールズロックバンド『ルサールカ』のメンバーのミルシェとトゥーリア。

 

ルサールカは前回の獅鷲星武祭でデビューを飾り、初出場ながらいきなりベスト8入りしたことで一気にブレイクした。世界屈指のバンドだ。

 

最もシルヴィア・リューネハイムには及ばず、その為メンバー全員が打倒シルヴィアを標榜し世界のトップに立つことを夢見ている。

 

そんな事もありシルヴィアのスクープを探した結果彼女らにとって望ましい光景が目に入った。

 

「とりあえず写真は撮れた?」

 

「おう!しっかり!」

 

そう言ってトゥーリアが撮った写真をミルシェに見せてくる。そこにはシルヴィアが男子の手を引っ張っている写真があった。

 

「でもこのシルヴィアお忍びの格好だけど大丈夫かな?」

 

「大丈夫だろ。スクープになったら私達にもインタビューがあるだろうからそん時に『これは間違いなくシルヴィアです』って言えばマスコミは信じるだろ」

 

実際ルサールカのメンバーはシルヴィアのお忍びの格好を知っている為写真に写っている女子は間違いなくシルヴィアだと断言出来る。

 

「確かに……それだったら信じて貰え……ん?」

 

「どうした?」

 

ある事に気が付いたミルシェにトゥーリアが質問をする。しかしミルシェは写真に食いついたままだ。そして……

 

 

 

 

 

「この男子……『影の魔術師』じゃない?」

 

「……は?」

 

そう言われたトゥーリアも写真を見てみる。するとトゥーリアもそれに気付いた。

 

レヴォルフ黒学院序列2位『影の魔術師』比企谷八幡はクインヴェールではかなり有名だ。理由としては去年の王竜星武祭の準決勝でクインヴェールの序列1位であるシルヴィアと互角の戦いを繰り広げていたからだ。どちらが勝ってもおかしくない試合だった事から去年の王竜星武祭の試合では1番の人気を博している試合でもある。

 

そんな事もありクインヴェールでは特に比企谷八幡の名が知られているが……

 

「ああ。間違いなく比企谷八幡だ!まさかこんな大物が出てくるなんて……」

 

「これ本当に一大スキャンダルになるよね?」

 

実際アスタリスクトップクラスの2人が恋仲なら間違いなく世界の話題になるだろう。

 

「なるに決まってんだろ!それより尾行するぞ!」

 

視線の先には未だシルヴィアに手を引っ張られている比企谷八幡の姿があった。

 

「当然!これならモニカ達にいい土産になるよ!」

 

そう言ってルサールカ2人は尾行を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、初めは何処に行くんだ?」

 

暫く商業エリアを歩く中シルヴィに聞いてみるとシルヴィは携帯端末から写真を見せてくる。そこには小洒落たカフェの写真があった。

 

「初めはここ。ここのパフェはうちの学校で有名だから一度食べてみたかったの」

 

そう言ってくるので写真を見ると形の整った美しく、それでいて甘そうなパフェの写真があった。確かに美味そうだ。女子から人気が出るのもわかる。しかし……

 

「そんな店に俺が入って大丈夫か?」

 

男の俺が入ったら間違いなくヤバい絵面な気がする。何せクインヴェールの生徒にとって人気の店だし。

 

「大丈夫だと思うよ。八幡君私との試合でかなり評価高いし」

 

ああ。あの試合か。まあアレはかなり人気らしい。俺は見ると悔しさが蘇るから見ないけど。それより今はもう一つ問題がある。

 

「……ところでシルヴィ。気づいてるか?」

 

「うん。尾行されてるね」

 

背後から視線を感じる。殺気はないのでレヴォルフの奴らの俺に対する闇討ちじゃないだろう。となると……

 

「シルヴィに心当たりは?その姿だからないと思うが」

 

普段の歌姫の姿ならともかくその格好でシルヴィと見抜く奴は少ないだろう。

 

「うーん。一応心当たりはあるな。あの子達なら危険じゃないよ」

 

今の発言を聞く限りシルヴィは尾行している奴らを知っているようだ。とりあえず悪い奴じゃないのはわかった。

 

「だがぶっちゃけ鬱陶しいから撒こうぜ」

 

はっきり言ってさっきから視線を感じて鬱陶しい。害がないからこっちから仕掛けられないし。

 

「いいけどどうやって?」

 

そう言ってくるシルヴィ。しかし俺には絶対の自信がある。俺は少し先に見える路地を指差す。

 

「シルヴィ、あの路地に入るぞ。とりあえず路地に入るまで手を離さないでくれ。そうすりゃ撒ける」

 

「?」

 

シルヴィは頭に疑問符を浮かべているがそれを無視して歩き出す。

 

そして狭い路地に入ると同時に意識を集中して星振力を使用する。

 

 

 

 

 

「影よ」

 

そう呟くと俺の影が俺自身とシルヴィに纏わりつく。

 

「えっ?!八幡君?!」

 

シルヴィが驚く中、俺達は地面に引きずり込まれた。

 

体が全て地面に入るとそこは一面真っ黒な世界だった。しかしシルヴィがいるのは見える。

 

「八幡君?ここって……」

 

どうやらシルヴィは何が起こったか薄々気づいたようなので答えを出す。

 

「ここは俺の影の中だよ。お前も俺が影の中に入れる事を知ってるだろ?」

 

前回の王竜星武祭でも何度か使ったし。てかそれでシルヴィを攻めたし。

 

「それは知ってるけど私も入れるんだ」

 

「正確には俺に触れている存在のみ俺の影の中に入れるだな」

 

触れている状態の武器なども影の世界にしまえるし。

 

「とりあえずこの状態で店に行こうぜ。そうすりゃ気付かれないし」

 

一応外からは影が動いていると思われているが店や住宅地の影を伝っていけばバレないだろう。

 

そう思っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?!いないよ?!」

 

上から声が聞こえたので上の状態を見れるようにすると予想外の人物がいた。

 

「アレは……ルサールカのミルシェとトゥーリア?」

 

「あー、やっぱりあの子達か」

 

まさかの有名人かよ?!完全に予想外だったわ!

 

「まさか尾行に気づかれてたのか?!早く探すぞ!」

 

「うん!やっぱり写真1枚だけじゃ足りないしね」

 

写真だと?!よく見るとトゥーリアの手にはカメラがあるし。こいつら……シルヴィのスキャンダルを狙ってやがるのか?!

 

マズい。そんな事をしたら俺が後ろ指を指される。そんなのは絶対にゴメンだ。

 

そう思うと同時に俺は影から出る。すると2人はいきなり俺が現れた為に驚き出す。

 

「えぇぇぇぇ?!」

 

「ひ、比企谷八幡?!何で……?!」

 

良し、2人は驚いて冷静さを失ってる。今がチャンスだ。

 

俺はそのままトゥーリアのカメラを奪い取る。すると2人は再起動する。

 

「あ!か、返せ!」

 

そう叫んでトゥーリアが手を伸ばしてくるので俺はそれを避けて影の中に潜る。

 

「しまった!影に潜られた!」

 

「くっそー!出てこい!」

 

トゥーリアは影を踏んでいるが無駄だ。影の中にいる間はオーフェリアだろうと干渉出来ないからな。

 

息を吐きながらカメラを見るとそこにはシルヴィが俺の手を引っ張っている写真があった。

 

「あー、撮られちゃったんだ」

 

シルヴィは苦笑いしているが他人事じゃないからな?

 

「あいつらはスキャンダルを狙ってんのかよ?恐ろしいな……」

 

多分シルヴィに勝つ為だと思うが……せこ過ぎる。

 

俺は呆れながらカメラのデータを消して自分の手だけを影の外に出してカメラを返した。

 

「じゃあシルヴィ、このまま店に行くから案内頼む」

 

「あ、うん。じゃあ路地を出て左に曲がって」

 

そう言われたので俺は自身の影を他の影の中に紛れさせてこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろでは「やっぱり写真消されてる!!」とか「くっそー!こんな事なら先にモニカ達に送っときゃ良かったぜ!」って叫んでいるが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

影に潜りながら進む事10分……

 

俺達はようやく目的の店に着いたので店の裏にまわり影から出る。それと同時に体に纏わりついていた影は元の地面に戻る。

 

「いやー、八幡君のその力便利だね」

 

「いやいや、お前が言うなよ」

 

シルヴィの能力は歌を媒介にすることでイメージを様々に変化させることができる能力だ。治癒能力を除いてあらゆる事象をコントロールすることができる奴に言われたくない。

 

「そりゃ私も影を操る事は出来るけど八幡君に比べたら弱いし影の中に潜るのは無理だよ」

 

だろうな。そんなレベルまであらゆる事が出来ならオーフェリアに勝てるかもしれない……いや、治癒能力が出来ない以上それでも厳しいか。

 

それほどまでにオーフェリアは別次元の存在である。今の6学園の生徒でオーフェリアに勝てる可能性のある奴って界龍の万有天羅くらいだろう。あいつはあいつで次元が違うし。

 

「まあそうかもな。それより尾行は撒いたし入ろうぜ」

 

割と腹が減っているので何か口にしたい。

 

「あー、アレはごめんね。迷惑かけちゃった」

 

「実害がないから別に気にしてない」

 

実害があったらしばくけど。つーか何をもってスキャンダルを狙ってるんだ?

 

疑問に思いながらシルヴィと一緒に店に入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はスペシャルパフェとバニラシェーキにしよっと。八幡君は?」

 

「んじゃ俺は……スペシャルパフェと……コーヒーで。後練乳ってありますか?」

 

店員に聞いてみる。

 

「練乳ですか?ありますよ」

 

「じゃ、それもお願いします」

 

「かしこまりました」

 

店員がそう言うとシルヴィが裾をつかんでくる。

 

「八幡君、何で練乳?」

 

「ん?コーヒーに練乳を入れるとMAXコーヒーに近い味になるんだよ」

 

その事を千葉ッシュという。

 

「八幡君本当に好きなんだ。私も今度飲んでみようかな」

 

「おう飲め飲め」

 

マッ缶を宣伝していると店員が頼んだ品物を運んできた。

 

「お待たせしました。スペシャルパフェ2つにバニラシェーキにコーヒーに練乳でございます。以上でよろしいでしょうか?」

 

「あ、はい」

 

「ありがとうございます。それと……」

 

そう言って俺の方をチラリと見てくるが……何だ?目の腐った奴がこんな店に入るなってか?

 

疑問に思っていると店員は何故か手帳を出してきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レヴォルフ黒学院の比企谷八幡さんですよね?王竜星武祭を見てファンになったのでサインをいただけませんか?」

 

これは予想外だったな。まあサインは割と慣れているから構わないけど。

 

手帳にサインをした俺はシルヴィと共に空いている席に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの影の魔術師の比企谷八幡さんですよね?その……サイン貰えませんか?」

 

パフェを食べようと席に着こうとしたら星導館の女子生徒が手帳とペンを差し出してくる。またか……

 

俺は内心ため息を吐きながらもペンを受け取りサインを書く。

 

「ありがとうございます。次の王竜星武祭頑張ってください」

 

女生徒は頭を下げて離れていった。

 

「人気者だね八幡君」

 

向かいにいるシルヴィは笑っているが世界の歌姫であるお前には言われたくない。

 

「理解出来ないな。俺に人気があるとは考えにくい」

 

「そう?八幡君の戦闘スタイルは格好良いし、レヴォルフの生徒の中じゃ凄く礼儀正しいから他の学園でもファンは多いよ」

 

シルヴィはそう言って端末を見せてくると頭を抱えたくなった。

 

そこには俺のファンクラブの公式サイトが載っていた。マジか?俺が知らないって事は非公式みたいだが……会員数5300人って多過ぎだろ?!

 

そりゃシルヴィやガラードワースの『聖騎士』アーネスト・フェアクロフに比べたら微々たる数だけどこの数値は予想以上だ。

 

「うわー。見たくなかった」

 

「まあまあ。そう言えば何で八幡君はレヴォルフに入ったの?何ていうか……あんまりレヴォルフの生徒っぽくないし」

 

それについて否定しない。俺は制服を崩してないし授業には毎回出席してるしガラードワースとも揉めた事もないし、レヴォルフっぽくないだろう。

 

「ん?簡単な話だ。俺は入る学校をくじ引きで選んだからだ」

 

俺がそう返すとシルヴィはポカンとした顔を浮かべてくる。今まで何度も顔を合わせたがこいつのこんな顔は新鮮だ。

 

「え?ちょっと待って。くじ引き?」

 

「おう。女子校のクインヴェールと合わなそうなガラードワースを除いた4つからくじ引きをした結果レヴォルフに決まった」

 

俺は別に学校単位で競う星武祭のポイントなんざ興味ないしな。どこに行ってもそこまで変わらないだろう。

 

「……ぷっ。あははっ。くじ引きは予想外だったな。やっぱり八幡君は面白いね」

 

楽しそうにコロコロ笑うが……そこまで笑わなくていいだろ。

 

「……ったく。それより食おうぜ。アイスが溶ける」

 

「ふふっ。そうだね。いただきますっと」

 

そう言ってパクリとパフェを食べるが……甘いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達はパフェを食べながら駄弁り始める。最も俺は話すのは得意ではないのでシルヴィが話題を振ってくるのが多い。

 

「……なるほどな。ルサールカは賑やかな連中って事は良くわかった」

 

何でもシルヴィを超えるべく色々やっているらしい。さっきのスキャンダル云々もその類だろう。

 

「まあね。それで良くペトラさんに怒られてるんだ。八幡君は学校ではどうなの?」

 

どうって言われても特にな……

 

「特に変わった生活は送ってないぞ。学校行って授業受けて、オーフェリアと飯食って、イレーネと喧嘩して、偶にイレーネの妹に夕飯誘われてるくらいだぞ?」

 

「……序列1位の孤毒の魔女とご飯食べて、3位の吸血暴姫と喧嘩って普通じゃないからね?」

 

「そうか?まあ半年近く過ごしてりゃ慣れるだろ」

 

俺と喧嘩出来るレヴォルフの生徒は5人くらいだからな。そん中で1番喧嘩するのがイレーネってだけだし。

 

「でも退屈はしてないんでしょ?」

 

「まあな。てか星武祭見れば退屈じゃないし」

 

アスタリスクに来た理由は総武中の文化祭で嫌気がさした事だけでなく星武祭を生で見たいってのもあるし。

 

「そうだね。そう言えばもう直ぐ鳳凰星武祭だね」

 

鳳凰星武祭は夏だからな。もう少ししたらエントリーが始まるだろう。しかし……

 

「今シーズンの鳳凰星武祭は興味が湧かないな」

 

「え?どうして?」

 

「だって前回優勝ペアは卒業したし、この前レヴォルフの新聞部の記事を見たら準優勝ペアの趙虎峰とセシリー・ウォンは獅鷲星武祭に鞍替えするらしいし」

 

前回の決勝戦は盛り上がってテンションが上がったがあの2組が出ないなら結構興味がなくなる。

 

「へー。レヴォルフって情報機関だけでなく普通の新聞部も凄いんだ」

 

「まあな。結構信憑性の高い記事が多いから学校では人気だぜ」

 

レヴォルフ黒学院の運営母体はソルネージュという統合企業財団で保有する諜報工作機関『黒猫機関』は秘匿性が最も高く優秀と評されている。

 

その為かレヴォルフのメディア系クラブはかなり信用出来る。生徒そのものは信用出来ないのはアレだが………

 

「そうなると獅鷲星武祭で界龍からは久しぶりに『黄龍』のチームが見れるかもしれないね」

 

『黄龍』は『万有天羅』が認めない限り使用出来ないチーム名だ。しかし現序列4位と5位の2人が獅鷲星武祭に出るならあり得るかもしれん。

 

「そうなると……万有天羅の1番弟子の武暁彗か2番弟子の雪ノ下陽乃が出てくるのか?」

 

「覇軍星君はともかく魔王は出てこないんじゃない?前回の王竜星武祭で来年は優勝するって言ってたし」

 

そういやベスト4のインタビューで俺の横でそう言ってたな。

 

「まあ俺としても王竜星武祭に出てもらわないと困る。あの人には借りがあるし」

 

「え?八幡君魔王と戦った事あるの?」

 

「いや決闘はした事ないがアスタリスクに来る前にちょっとな……」

 

あの人と関わった所為で中学では迷惑を被ったからな。出来るなら俺が出る王竜星武祭で叩き潰したい。そしてあの仮面を破壊して屈辱を与えたい。

 

「ふーん」

 

「ちなみにお前にも借りがあるから2年後に返済してやるよ」

 

俺がそう返すとシルヴィは不敵に笑ってくる。

 

「いやー、八幡君には悪いけどまた貸しを作ってあげる」

 

つまりまた王竜星武祭で俺に勝つと言っているのか?それは勘弁して欲しい。

 

「いやいや。俺はともかくお前は3回目の最後の星武祭これ以上貸しを作られたら返せない」

 

「返さなくてもいいよ」

 

「絶対に返してやるよ」

 

普段感情を露わにしない俺でも負けた時メチャクチャ悔しかったし。オーフェリアには勝てないかもしれないがシルヴィには勝っておきたい。

 

「まあそれは2年後に楽しみにしてるよ。ちなみに八幡君は3度目の星武祭も王竜星武祭にするの?」

 

「もちろん。俺ぼっちだから組む相手いないし」

 

「あ、あはは……」

 

いや苦笑いしてるが、レヴォルフにいる俺の知り合いってオーフェリアとイレーネとプリシラの3人だけだから5人必要な獅鷲星武祭には出れない。鳳凰星武祭はオーフェリアは王竜星武祭に出るし、イレーネは人と組まないだろうしプリシラは戦闘向きじゃないし。

 

だから消去法で王竜星武祭しかない。となると3度目の王竜星武祭で1番の敵は万有天羅だろう。

 

「あ、そうそう!忘れてたけどはいこれ!」

 

そう言ってシルヴィは箱を出してくる。箱を開けてみると黒い石のペンダントが入っていた。

 

「この前の海外ライブの時に見つけて八幡君に似合うと思って買ったんだ」

 

「わざわざ悪いな」

 

「いいよ別に。それより付けてみて」

 

シルヴィに促されたので箱からペンダントを取って首にかけてみる。ペンダントなんて初めて付けるからなぁ……

 

ペンダントを付けてシルヴィに見せてみると笑顔を見せてくる。

 

「うん!凄く似合ってる」

 

そうなのか?鏡がないからよくわからん。まあ世界の歌姫のお墨付きなら似合っているのだろう。

 

「似合ってるなら良かった……ん?お前クリーム付いてるぞ」

 

よく見りゃ少し顔にクリームが付いていたのでハンカチを出して拭く。よし、取れたな。

 

改めてシルヴィの顔を見るとポカンとしているが……

 

 

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

俺が尋ねると再起動する。

 

「あ、うん。こんな事されたの子供の時以来だから懐かしくって」

 

そう言われて俺は焦り出す。世界の歌姫に何をやってんだ俺は?普通に問題ある気がするんだが……

 

「あー、悪かったな」

 

「ううん。別に気にしてないよ。ありがとう」

 

どうやら本当に怒ってないようだ。その事に安堵しながら俺達は再び食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カフェで駄弁る事3時間、折角なので昼食も食べようという話になって昼食を食べると既に2時を回っていた。そろそろ出るか。

 

「うーん。久しぶりにお喋り出来て楽しかったよ」

 

「そうか?俺は殆ど話をしてないからつまらなかったんじゃないか?」

 

「ううん。八幡君聞いたらちゃんと答えてくれたじゃん」

 

そりゃ2人だからな?2人でシカトとか最低だろ。

 

「……まあお前が楽しかったなら何よりだ」

 

「うん。また日本に帰ってきたら付き合ってよ」

 

「へいへい」

 

適当に返しながら店を出ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダメだ。さっきからシルヴィアも比企谷八幡も見つからないしこのカフェで少し休もうぜー」

 

「そうだね。ちょっと疲れちゃった」

 

店の入り口付近にルサールカのミルシェとトゥーリアが俺達が今いたカフェに向かっていた。

 

……え?

 

俺はいきなりの不意打ちで思考を停止してしまった。それと同時に向こうも俺とシルヴィを見て固まっていた。

 

こうして両者沈黙が続く。

 

 

 

 

そんな中真横から声が聞こえてくる。

 

「あー!見て!ルサールカに『影の魔術師』比企谷八幡だ!」

 

横を見るとクインヴェールの女子が叫んでいた。

 

 

 

 

 

それと同時に両者が動き出す。

 

「見つけた!カメラの準備しろ!」

 

「影よ!」

 

トゥーリアが懐からカメラを取り出そうとすると同時に俺は星辰力を消費して影を俺とシルヴィに纏わり付かせる。

 

そして再び影の中に潜り始める。体の半分が潜った時にトゥーリアはカメラを取り出してこっちに向けようとしてくる。間に合え……

 

 

 

 

 

体がドンドン影の中に入る中遂にトゥーリアはカメラを向ける。そして……

 

 

 

 

カシャ

 

そんな音が聞こえると同時に影の中に入ったが……どうなったんだ?

 

 

 

 

 

疑問に思いながら上を見てみると……

 

 

 

 

 

「ダメだ!2人の頭の天辺しか撮れてねぇ!」

 

「あー!惜しい!次からは何時でも撮れるように準備しないと!」

 

どうやらセーフの様だ。今のはマジで焦ったぜ。

 

「あー、びっくりしたね」

 

横を見るとシルヴィは苦笑している。本当に危なかったぜ。

 

「全く……バレたら俺とシルヴィが付き合ってると誤解される所だったぜ」

 

あいつらマジでしばき倒すぞ?

 

「まあまあ。それに私は八幡君が彼氏でも文句ないよ?」

 

シルヴィはコロコロ笑っているがそれは冗談だろう。いくら何でも釣り合ってなさ過ぎる。

 

そんな事を考えながら俺はシルヴィが示した次の店に影を進ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった!今日はありがとう!」

 

クインヴェールの校門前でシルヴィは笑顔で礼を言ってくる。

 

あれから3時間、時刻は既に夕方になっている。あの後何度もミルシェ達と会って写真を撮られかけて大変だった。まあ結局スキャンダルになりそうな写真は撮られなかったので良しとしよう。

 

「まあ俺も結構楽しかったぜ」

 

「なら良かった。次会うのは鳳凰星武祭がある頃だと思うから一緒に見ようね」

 

えー、シルヴィと一緒に見たらマスコミが騒ぎそうなんだけど。

 

「ああ。見れたら見ようぜ」

 

「見れたらじゃなくて見れるようにするから。じゃあね!」

 

そう言ってシルヴィは学校に入って行った。あいつ……俺が断る前に逃げやがった。こりゃ鳳凰星武祭は一緒に見ることになりそうだ。

 

ため息を吐きながら俺は影に潜り自分の寮に帰って行った。

 

 

 

 

途中でミルシェとトゥーリアが悔しがっているのを視界に入れながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮に帰った俺は疲れたのでベッドに倒れ込む。もう今日は疲れたから風呂に入って寝よう。

 

そう思いながらベッドの上で転がっていると電話が来た。誰だ?シルヴィか?

 

「もしもし」

 

すると……

 

『あ、お兄ちゃん?久しぶり』

 

画面を見ると最愛の妹の小町がいた。

 

「おう小町。久しぶりだな。どうした?」

 

『うん。お兄ちゃんの顔が見たくなったから連絡したの。今の小町的にポイント高くない』

 

「その一言がなければな。で、何か用か?」

 

まさかと思うが本当にこれだけじゃないよね?

 

『あ、実はうちの学校に戸塚さんが入学したから……』

 

「何だと?小町それ本当か?詳しく説明を頼む」

 

『うわ、お兄ちゃん相変わらずだね……』

 

何かドン引きしてるが知らん。どうせならレヴォルフに来てほしかった……いや、ダメだ。一緒にいたいのは山々だが戸塚をあんな屑の巣窟に入れる訳にはいかない!

 

『説明って言っても戸塚さんは星導館に入学したんだよ。後結衣さんや雪乃さんもだよ』

 

「え?マジで?」

 

これについては予想外だ。あいつらも星脈世代だったのかよ?

 

『うん。まあ2人はクインヴェールだけど。後結衣さんから聞いたけど千葉村に行ったメンバーは全員アスタリスクに入ったらしいよ』

 

千葉村……って事はあのリア充グループもかよ。戸塚や奉仕部の連中はともかくあいつらもかよ……マジで関わりたくないな。

 

「とりあえず話はわかった。わざわざありがとな」

 

『どういたしまして。結衣さん達お兄ちゃんに会いたがってたから今度暇な時会ってあげなよ』

 

「へいへい。それはわかったが俺は疲れたから寝る」

 

『へ?お兄ちゃんが休日に疲れる訳ないじゃん』

 

おーい。小町ちゃん?お兄ちゃんに対してそれはないでしょ?

 

そう思っていると何故か小町のテンションが上がる。

 

『もしかして女の子とデートでもしたの?!』

 

「あー、まあな」

 

あ、やべ。返すの面倒だから適当に返しちまった。一緒に出掛けたがデートではないな。

 

『嘘?!誰誰?!今度小町に紹介してよ!』

 

こいつテンション高過ぎだろ?こっちは疲れてるんだから勘弁してくれ……

 

まあどの道小町はシルヴィのファンだからいつか紹介するつもりだ。だから……

 

「わかったわかった。じゃあ鳳凰星武祭の時に会わせてやるよ」

 

『本当?!』

 

「ああ。それと俺は疲れてるから切るぞ」

 

『ほーい。またね』

 

そう言って電話が切れると疲れが出る。まさか電話だけでこんなに疲れるのか……

 

限界を感じたので立ち上がる。今日は風呂に入って8時前に寝よう。

 

 

 

 

 

俺は息を吐きながら風呂場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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オーフェリア・ランドルーフェンは比企谷八幡に少しだけ心を開いている

 

 

 

 

 

 

高等部に進学してから1ヶ月……

 

授業も特に問題なくこなしながらいつも通り飯を食べる。いつもの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、その特待生ってどんな奴なんだ?」

 

昼休み、いつものベストプレイスで飯を食っていると妹から電話が来たので相手をしている。まだオーフェリアは来てないので堂々と電話しても問題ない。

 

何でも小町曰く、今日星導館に特待生が来たらしい。しかも生徒会長にして序列2位の『千見の盟主』クローディア・エンフィールドのスカウトらしいので興味がわいた。

 

『えっと……名前は天霧綾斗って人なんだけど、転校初日からリースフェルト先輩と決闘して押し倒してから胸を揉んだんだ』

 

……は?

 

「すまん小町。今は食事中なんだ。下らない話に付き合いたくない」

 

転校初日にセクハラする特待生なんて絶対に嫌だ。俺がエンフィールドなら間違いなく取り消しにする自信がある。

 

『いやいや本当だって!後で決闘の記録ネットで見てみなよ!』

 

小町の口振りからしてマジっぽいが……何やってんだその天霧って奴は?転校初日に胸を揉むって大物過ぎだろ?

 

……てかリースフェルト?

 

「おい小町。リースフェルトってお前んとこの5位だよな?」

 

『そうだよ。二つ名は『華焔の魔女』お兄ちゃん知り合い?』

 

「いや、詳しくはしらん」

 

俺が知ってるのはオーフェリアの昔馴染みって事くらいだ。リースフェルトがオーフェリアと揉めた末決闘して敗北したのを見ただけだ。その後にオーフェリアから昔の話を聞いた。

 

「まあいい。とりあえず決闘はしたんだろ?胸を揉む前の試合はどうだったんだ?」

 

重要なのはそこだ。

 

『うーん。回避能力は結構高かったし、流星闘技も悪くなかったけど……正直言って会長がわざわざスカウトする程じゃないと思う』

 

ふーん。だがあの会長がわざわざスカウトするんだ。何らかの理由がある筈だろう。一度会ったが中々強かな印象だったし。

 

「わかった。ありがとな」

 

『うん。あ!それと小町、戸塚さんと鳳凰星武祭に出るよ!』

 

ほう?鳳凰星武祭に出るのか。

 

「ん?でもお前以前は王竜星武祭に出るとか言ってなかったか?」

 

『小町が出るのはお兄ちゃんが出る王竜星武祭だよ。残った一つは何でもいいし』

 

「なるほどな。ところで戸塚ってどんな戦闘スタイルなんだ?」

 

中学時代を見る限り戦闘向きの性格じゃないし。

 

「戸塚さんは魔術師なんだけど盾を作り出す能力」

 

盾?つまり防御向けって事か?となると鳳凰星武祭での戦術は小町がガンガン攻めて戸塚が守るって感じか?

 

『そうか。まあ優勝は厳しいかもしれんが頑張れ』

 

「もちろん!少なくとも本戦出場はしたいよ!」

 

「……八幡?」

 

後ろから声がしたので振り向くとこのベストプレイスのもう1人の主が来た。

 

「おうオーフェリア。今日は遅かったな」

 

「授業が伸びたのよ」

 

ほーん。だからパンを一つしか買えなかったのか。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

『え?ちょっとお兄ちゃん?!何でそこに『孤毒の魔女』がいるの?!』

 

「何でって…基本的に昼飯はオーフェリアと食ってんだよ」

 

『えぇーー!!』

 

騒ぐな。オーフェリアもガン見してて居た堪れないからね?

 

「まあ色々あるんだよ。もう切るぞ」

 

『ちょっと待って!2人の関係を聞かせーー』

 

面倒になり途中で電話を切る。ついでに端末の電源も切る。今日は夜まで電源は入れない。どうせ連絡してくる奴なんて殆どいないし。

 

そう思っていると視線を感じるので振り向くとオーフェリアがジーッと見てくる。

 

「今の八幡の妹?」

 

「まあな。世界で1番可愛い」

 

「……そう」

 

そう言ってオーフェリアはパンの袋を開けてパンを食べ始める。こいつ……質問しといてそれだけかよ?絶対俺よりコミュ障だろ?

 

まあそれはともかく……

 

「おいオーフェリア」

 

名前を呼んで俺が持っているパンの一つを差し出す。

 

「食えよ。たった一つじゃ腹減るだろ」

 

午後の授業もあるのにそれだけじゃ腹減るだろうし。

 

「別にいいわ」

 

「いいからやる。いらなかったら捨てろ」

 

「………」

 

オーフェリアは俺の事をいつものように悲しげな表情で見てから暫くして俺が渡したパンの袋を開けて食べ始める。何と言うか……最強の魔女なのに食べている所は可愛いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

オーフェリアが食べ終わったので立ち上がる。いつもの事だ。早く食べ終わった方はもう片方を待ち食べ終わったのを確認して2人同時に立つ。

 

「じゃあオーフェリア。また明日」

 

挨拶をして自分の教室に向かおうとした時だった。

 

「八幡」

 

後ろから話しかけられる。いつもはそのまま去るので珍しいなと思いながら振り返る。

 

するとオーフェリアはいつもの表情のまま

 

 

 

 

 

「パン、ありがとう」

 

そう言ってきた。こいつに礼を言われたのは初めてだ。その事に驚きながらも俺は言うべき言葉を口にする。

 

「ああ。どうしたしまして」

 

オーフェリアはそれを聞くと頷いて自分の教室に戻って行ったので俺も反対方向に歩き出した。

 

オーフェリアに礼を言われた事に対して若干嬉しく思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでお兄ちゃん!『孤毒の魔女』とはどんな関係なの?!もしかして鳳凰星武祭で紹介するのって彼女の事?』

 

寮に帰り端末の電源を入れると小町から大量の着信があった。余りの多さに呆れていると再び電話が来たので出ると第一声がそれだった。

 

「だから飯食うだけの関係だよ。後鳳凰星武祭で紹介するのはオーフェリアじゃない」

 

『え?!お兄ちゃん他にも女の子の知り合いがいるの?!』

 

何でそこまで信じられないんだよ?……まあ中学時代を知っているなら仕方ないか。

 

つーかこれだけの事でここまで驚くならシルヴィを紹介した時、驚き過ぎて小町の心臓が止まりそうで怖いんですけど。

 

「まあある程度はいるな」

 

『いやー、早く会ってみたいよ。もしかしたら『孤毒の魔女』や紹介してくれる人が小町のお義姉ちゃんになるかもしれないんだし』

 

待てコラ。それはつまりオーフェリアやシルヴィが俺の嫁になるって事か?

 

それ怖過ぎるからな?最強の魔女か世界の歌姫が妻とか絶対に逆らえないだろ。てかあんな美人の夫になるのは俺には無理だ。

 

「それはねーよ。つーか鳳凰星武祭の準備はどうなんだ?」

 

後1か月もしないでエントリーは締めきられるのでそろそろ練習を始めるべきだろう。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、うん。それ何だけど実はさっき襲われたんだ」

 

小町がいきなりそう言ってきた。

 

……は?

 

襲われただと?小町が?

 

「誰に襲われた?今から殺し……いたぶりに行くから待ってろ」

 

『今殺しに行くって言わなかった?!』

 

「気のせいだ」

 

俺の妹を襲った以上そいつは生かしてはおけない。殺してくれと頼むまでいたぶり続けて全てに絶望してどうでもよくなった瞬間に殺してやるよ」

 

『ちょっとお兄ちゃん?!実際に怪我はしてないから大丈夫だよ。てゆーかお兄ちゃん怖過ぎるよ!!』

 

ん?口に出していたか?てか妹に怖過ぎるって言われるの結構キツイな。しかし……

 

「でも何で襲われたんだ?お前は俺と違って恨まれてないだろ?」

 

俺がレヴォルフに入学した当初は色々な連中に恨まれていたがアレは俺も暴れすぎたって理由もある。しかし比較的平和な星導館にいる小町が人に恨まれるとは考えにくい。俺星導館の連中と決闘した事ないから関係ないと思うし。

 

『それが最近星導館で鳳凰星武祭に参加する序列入りが襲われて鳳凰星武祭を棄権する事件が多発してるんだよ。お昼休みに話した決闘の時にも鳳凰星武祭に参加するつもりのリースフェルトさんも襲われたし』

 

つまり小町個人が狙われた訳でなく星導館は序列入りが狙われていると……

 

事情はある程度理解したが……何故だ?

 

確かに星導館は鳳凰星武祭に強い学校だ。しかし星導館はここ数年本当に弱く去年の順位は実質最下位だ。そんな学校をリスクを犯してまで潰しに行く理由がわからん。

 

「というか風紀委員や警備隊に報告はしないのか?」

 

『それが殆どの序列入りは自分でやり返す気満々だし、警備隊は余り学校に……ね?』

 

まあ自分の学校に頭の固い警備隊を入れたくない気持ちは良く分かる。しかしやり返すってのは理解に苦しむ。襲われて棄権する相手に勝てないだろう。己の力量も理解できんのか?

 

「事情はわかった。とりあえず怪我したら言え。情報を引き出して犯人に地獄を見せるから」

 

小町が怪我でもしてみろ。ディルクと取引して奴の手駒になってでも犯人の情報を引き出して殺してやる。

 

『大丈夫だって。心配性だなー。それより戸塚さんがお兄ちゃんに会いたいんだって。今度時間取れる?』

 

戸塚か。まあ久しぶりに会いたいな。俺の予定は……

 

「今週の土曜日の午前にレヴォルフで公式序列戦があるからその後か日曜日なら空いてるぞ」

 

公式序列戦で俺に挑むのはオーフェリアを除いた冒頭の十二の10人くらいだ。確か指名してきたのはイレーネと末席のモーリッツだったか?

 

イレーネは持っている純星煌式武装は強いが燃費が悪いので長期戦に持ち込めば負けはないし、モーリッツは雑魚だから問題ない。レヴォルフで俺をタイマンで倒せるのはオーフェリアだけだろう。

 

『ほいさっさー。じゃあ戸塚さんに連絡しとくね。公式序列戦頑張ってね』

 

「おう。そういやお前は公式序列戦どうすんだ?」

 

『小町?今回小町は冒頭の十二人からは挑まれてないよ。それで今回挑むのは4位のファンドーリンさんだよ』

 

『氷屑の魔術師』か。戦闘スタイルは氷で相手を止めたり、近距離や遠距離攻撃も出来る万能タイプ。記録を見る限り今の小町の実力なら運が味方をすれば勝てるレベルって所だ。

 

まあ才能だけなら小町が上だ。小町の奴、中等部1年で冒頭の十二人になったし。

 

「まあ厳しいかもしれんが頑張れよ」

 

『もちろん!小町の目標はお兄ちゃんに勝つ事なんだから絶対に勝つよ!』

 

そいつは楽しみだ。……が、俺も負ける訳にはいかない。アスタリスクに移ってから割と戦うのを好きになったからな。というかオーフェリア以外には負けたくない。

 

「じゃあ2年後を楽しみにしてる。またな」

 

そう言って電話を切る。時計を見ると時刻は7時を回っていた。かなり電話をしていたようだ。

 

「とりあえず……飯食うか」

 

俺は戸棚にあるインスタント食品を取り出しにキッチンに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから日は経ち……

 

 

 

 

 

土曜日、レヴォルフの公式序列戦が行われるステージはレヴォルフの生徒で賑わっている。そんな中、売り子や賭けの胴元が騒いでいるのが目に入る。

 

「相変わらずうちの学校のステージはうるせーな」

 

試合まで暇なので休憩場所に向かっている俺は一緒に歩いているオーフェリアに話しかける。

 

「そうね。でも慣れたわ」

 

オーフェリアはいつも通りの表情で返してくる。何年もレヴォルフにいるオーフェリアからすれば慣れるのも必然だろう。

 

「まあそうかもな。後昼飯まだだろ?これ食えよ」

 

そう言ってさっき買ったたこ焼きを差し出す。オーフェリアはまばたきしてから差し出したたこ焼きをパクリと食べる。相変わらず戦ってない時は可愛げのある奴だ。

 

「ところでオーフェリアは今日誰と戦うんだ?」

 

「確か序列16位と25位の2人ね。何故挑むのかしら?私の運命は誰にも覆せないのに……」

 

出たな。オーフェリアの口癖。俺も昔戦う前にそう言われて見事に負けたからな。そこらの奴が言ったらかっこつけに聞こえるがオーフェリアが言うと事実であるように思う。

 

「さあな。実際に戦わないと納得しない奴もいるんだよ」

 

いくら正しくても納得出来ない事もあるがそれと同じだろう。

 

「……そう」

 

そんな事を話していると休憩場所に着いたので中に入る。そこには何人か見た顔がいるが序列入りメンバーだろう。

 

入った瞬間、全員が恐れを帯びた表情で見て距離を取る。……ったくぼっちにこの目はキツイから勘弁してくれよ。

 

息を吐きながら暫くの間待っているとオーフェリアの端末が鳴りだした。どうやらもう直ぐオーフェリアの第一試合が始まるようだ。

 

「……じゃあ行くわ」

 

そう言って立ち上がる。

 

「頑張れよ」

 

適当に応援する。まあこいつに応援なんていらないだろうけど。

 

「んっ……」

 

オーフェリアは良くわからない返事をしてステージの方へ歩いて行った。それと同時にステージを見る。

 

 

 

 

 

5分くらいしてステージにオーフェリアが現れるとステージは騒がしくなる。しかし直ぐに静かになるだろう。

 

反対側のステージからも男子生徒がやってくる。オーフェリアは知り合いだから試合は見るが知り合いじゃなかったら間違いなく見ない。

 

理由は簡単。オーフェリアがレヴォルフで負ける事は絶対にないだろうから。

 

何せ俺の行きつけのカジノのオッズだとオーフェリアが勝つに賭け当たると1.00006倍になって帰ってくる。つまり10万円賭けても6円しか儲からない。

 

逆に対戦相手の男子生徒が勝つと100円が1億円近くになる。それでも殆どの連中がオーフェリアに賭ける。男子生徒に賭けるのは遊び半分の連中くらいだ。

 

 

そんな事を考えている中試合開始のブザーがなり男子生徒がオーフェリアに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者オーフェリア・ランドルーフェン!』

 

会場はさっきまでの騒がしさはなくなり重い空気となっている。ステージでは対戦相手の男子生徒が意識を失っていて担架に乗せられていた。

 

オーフェリアはそれを一瞥してステージ入り口に戻って行った。相変わらず桁違いだな。

 

オーフェリアの強さに改めて驚いていると俺の端末が鳴り出したので俺も立ち上がりステージ控え室に向かって歩き出した。

 

控え室が見えてくると前からオーフェリアがやってきたので会釈をする。

 

「八幡」

 

するといきなりオーフェリアから話しかけてきた。飯の時以外でこいつから話しかけられるなんて珍しいな。

 

驚いている俺を無視して話しかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡なら負けないだろうけど頑張って」

 

そう言って俺が返事をする前に去って行った。

 

さてさて。元々やる気はあるが……オーフェリアから応援された以上は全力で勝ちに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて気合いを入れた俺は歓声のシャワーを浴びながら対戦ステージに入った。

 

 

 

 

こうして比企谷八幡の高等部初の公式序列戦が始まった。



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比企谷八幡の公式序列戦が始まる(前編)

 

 

 

 

 

 

周りから歓声を浴びていると反対側のゲートから1人目の対戦相手が現れる。

 

1人目の対戦相手はレヴォルフの序列12位『螺旋の魔術師』モーリッツ・ネスラーだ。そして俺の事を物凄く睨んでいる。

 

まあ以前俺が序列20位の時に当時序列10位のモーリッツを冒頭の十二人から蹴落としたからな。恨まれても仕方ないだろう。

 

まあだからどうしたって話だが。

 

「よう。あんたとやるのは久々だな」

 

「……ええ。あなたに負けた屈辱は1日も忘れていませんよ。今日あなたを倒して不動と言われている序列2位の座をいただきます……!」

 

俺は序列2位の座を手に入れてからはオーフェリア以外には負けてない。その為レヴォルフの序列1位2位は不動扱いとなっている。

 

「残念だがそれは無理だ。お前の力じゃ俺の運命は変えられない」

 

一度言ってみたかったセリフを言ってみる。するとモーリッツは不愉快そうに目を細める。

 

「あの女の真似ですか……!なるほど、あなたがあの女と連んでいるのは有名でしたがやはり化け物同士仲が良いようですね」

 

そう言われて今度は俺の目が細まるのを自覚する。俺はともかくオーフェリアは裏の世界に巻き込まれて化け物になったんで好き好んで化け物になった訳ではない。

 

だがこいつに説明する気はない。人のプライバシーを話す趣味はないしこんな雑魚に話す時間を割きたくない。

 

「はいはい。どうせ俺は化け物ですよ。御託はいいから早く来いよ。12位のカスが」

 

代わりに皮肉たっぷりの笑みを浮かべる。

 

「き、きさま……!」

 

おっ、呼び方が変わったな。相当キレてやがる。まっ、精々イレーネとの戦いのウォーミングアップくらいの戦いになってくれよ。

 

心の中で次の試合の事を考えている中、試合開始のゴングが鳴る。

 

『試合開始!』

 

アナウンスが流れると同時にモーリッツは俺に突っ込んでくる。それと同時に突風が巻き起こりモーリッツの両腕に纏わりつく。

 

突風がドリル状の三角錐を形成すると同時に俺は腰からナイフ型の煌式武装『黒夜叉』を抜いて星辰力を込め迎え撃つ。

 

黒夜叉とモーリッツの両腕がぶつかると同時に火花が飛び散り甲高い摩擦音が鳴り響く。

 

それを確認すると俺は空いている左手にハンドガン型煌式武装『レッドバレット』を抜いて発砲する。

 

「ちっ!」

 

モーリッツは舌打ちをして下がる。俺のレッドバレットは物理的攻撃力はないかわりに相手の気分を悪くする精神攻撃能力を持っている。気分が悪くなると言っても10発当てて乗り物酔いするくらいでそこまで強くない。

 

要するにガラードワースが持っている純星煌式武装『贖罪の錐角』の粗悪なデッドコピーと思ってくれればいい。あの聖杯と違って人の意識を奪うなんて無理だし。

 

モーリッツが下がるのを見て更に発砲する。何十発も撃ち込んでいるが余り当たらないな。

 

(……仕方ない。距離を詰める)

 

そう判断すると同時にモーリッツに突っ込み再度黒夜叉とモーリッツの右腕がぶつかる。

 

それと同時にモーリッツに向けて発砲しようとする。しかしモーリッツの左腕が俺のレッドバレットを弾き飛ばした。ありゃりゃ、拾うのは無理っぽいな。

 

「……どういうつもりですか?」

 

次の手を悩んでいるとモーリッツが睨みながら話しかけてくる。

 

「何の話だ?」

 

「とぼけないでください。何故一度も影を使わないのですか?」

 

あぁ。それは簡単だ。今の俺は煌式武装による鍛錬中だからだ。

 

去年の王竜星武祭、俺がシルヴィに負けた理由は色々あるがそのうちの一つは煌式武装による戦闘があると思う。

 

当時の俺は自身の能力に頼りまくり煌式武装を軽んじていた。それに対してシルヴィは自身の能力と煌式武装を上手く噛み合わせていた。

 

それ以降俺は毎日煌式武装を使うようになり鍛え、高等部に上がった頃に基礎をマスターしたので実戦練習をする必要があった。

 

そしてその相手がモーリッツって訳だ。

 

まあそれを一々説明するのも怠いからなぁ……

 

「使ってもいいが使ったらお前の勝ち目は0になるけどいいのか?」

 

そう返すと更に目を細めてくるが事実だぞマジで?

 

(……まあいいや。飽きたし適当に終わらせよう)

 

そう思いながら俺は意識を集中して星辰力を消費する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「影の牢獄」

 

そう呟くと俺の影が蠢き出してモーリッツの足に纏わりつき動きを止める。

 

「なっ……?くっ!こんなもの!」

 

モーリッツは振り払おうとするがそんなんじゃ俺の影は振り払えないぞ。

 

「広がれ」

 

俺がモーリッツから離れながらそう呟くと纏わりついていた影が捕食者の口の様に大きく広がりモーリッツを包み込んだ。それは黒いボールのようにステージに存在している。

 

「な、何ですかこれは?!」

 

ボールが出来ると同時にボールの中から叫び声が聞こえてくるので質問に答える。

 

「影の牢獄。俺の星辰力が混じった影で相手を閉じ込める技だ。これを破壊するには純星煌式武装でも持ってくるんだな。……あ、それと中の空気は限られてるから早く出ないと死ぬぞ」

 

実戦で使うのは初めてだがこれを破れるのはそうはいないだろう。そりゃ各学園のトップ3以上の奴らには時間稼ぎすら使えるか怪しいがモーリッツ程度ならこれで充分だ。

 

「くっ!こんなもの……!」

 

そんな声が聞こえてくるのと同時に鈍い音が聞こえてくる。おそらく影の牢獄を破壊しようと試みているのだろう。

 

しかし音は聞こえてくるも破れる様子はない。その音が2分くらい聞こえていると牢獄の中から疲弊したような声が聞こえてくる。

 

この様子だと後2分くらいでモーリッツは息が出来なくなるだろう。そうすりゃ意識不明扱いで俺の勝ちだ。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだだ!暴風の咬滅!」

 

モーリッツがそう叫ぶと同時に牢獄の中からさっきより遥かに甲高い音が聞こえてくる。

 

出たなモーリッツ最強の技。あの技は攻撃速度が遅いが破壊力ならレヴォルフ屈指だ。これなら牢獄を破壊出来るだろう。

 

案の定牢獄に綻びが生じている。

 

「おおおおおっ!!」

 

モーリッツが叫ぶと同時に更に綻びが広がっている。それにより牢獄全体に罅が出来た。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ!!」

 

モーリッツの叫びと共に牢獄は破壊された。破壊された影は俺の足元に戻り始める。

 

うんうん。まさか影の牢獄が破壊されるとはな……。これについては完全に予想外だった。本当におめでとうモーリッツ。

 

だからお礼に……

 

 

 

 

.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな」

 

速攻で試合を終わらせてやるよ。

 

俺は黒夜叉でモーリッツの校章をぶった切った。

 

「……え?」

 

自身の最強技を放って疲労困憊のモーリッツは素っ頓狂な声を上げる。

 

それと同時にモーリッツの校章が敗北を告げる。

 

『モーリッツ・ネスラー 校章破損』

 

『試合終了!勝者比企谷八幡!』

 

アナウンスが流れると歓声が上がる。先ずは一勝だな。

 

モーリッツを見ると未だに茫然としていた。これは話しかけない方がいいな。

 

そう思いながらステージを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージから消えた俺はオーフェリアが待っている休憩場所を目指す。すると控え室からイレーネが出てきて不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「よー八幡。試合見たぜ。中々面白い技持ってんじゃねーか」

 

そう言って肩を組んでくる。

 

「っても純星煌式武装持ちのお前には使わないと思うぞ」

 

「ほー。まあいいや。今日こそお前に勝って2位の座を頂くぜ」

 

「悪いがそう簡単に渡すつもりはないな」

 

「言ってろ。次はステージでな」

 

そう言ってイレーネはステージに行った。確かイレーネの相手は序列30位だっけか?余程の事がない限り負けないだろう。

 

イレーネが見えなくなるまで見送ってから俺も歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩場所に戻るとオーフェリア1人だけだった。向こうも俺に気付いて会釈をしてくるので隣に座る。

 

「お疲れ様」

 

「おう」

 

「八幡の影の牢獄は初めて見たわ」

 

「まあ俺の影技は使い道が色々あるからな。っても牢獄はお前には効果ないだろうな」

 

「……そうね。八幡が私を倒せるとしたらあの技だけでしょうね」

 

そう言われて前回のオーフェリアとの序列戦を思い出す。

 

「まあアレは強力だがデメリットが多過ぎる。現に俺はお前に1回も勝ってないし」

 

アレはまさにつのドリルや地割れと言った命中率の低い一撃必殺だから。何としても2年後の王竜星武祭までにモノにしないとな。

 

そう思いながらイレーネの試合を見ると対戦相手はイレーネの純星煌式武装に押し潰されて気を失った。まあイレーネが負けるとは微塵も思っていなかったけど。

 

次の組み合わせを見ていると腹が鳴る。やっぱりたこ焼きだけじゃ足りないな。

 

「オーフェリア、俺今から追加で飯食うが何か買ってきて欲しい物あるか?」

 

「……じゃあコーヒーをお願い」

 

「それはMAXコーヒーか?」

 

「普通のコーヒーで」

 

ちっ。残念極まりないな。一度オーフェリアに勧めてみたが、一度飲んで以降飲んでくれない。

 

若干ガッカリしながら俺は売店に足を運んだ。



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比企谷八幡の公式序列戦が始まる(中編)

売店に行きハンバーガーセットとコーヒー2つを買った俺は休憩場所に戻ると相変わらずオーフェリア1人だけだった。

 

「ほれ」

 

適当に買ったコーヒーを渡しオーフェリアの隣に座る。

 

「ありがとう」

 

いつもの表情でコーヒーを飲み始めるので俺も買ったハンバーガーセットを食べ始める。

 

画面では序列外の人間が序列入りに挑んでいるが……余り盛り上がってない。まあさっきまでレヴォルフの序列1位2位3位の3連続の試合だったからな。

 

とりあえず俺が賭けてる試合は……よし、順調だな。これなら割と稼げる。携帯を見ながら笑っているとオーフェリアが見てくる。

 

「……八幡も賭けとかするのね」

 

「偶にイレーネに付き合わされる。意外か?」

 

「そうね。別に悪い事とは言わないわ」

 

「そいつはどうも」

 

オーフェリアの冷たい瞳で引かれたら結構……あれ?ヤバい、結構ゾクゾクする。

 

若干ドMに目覚めかけているとオーフェリアの腹が鳴る。当の本人は特に恥ずかしがる素振りを見せていないが。俺は気にしないが女の子なら少しは恥じらいを持てよ。

 

俺はため息を吐きながら無言でオーフェリアにポテトを差し出す。オーフェリアは俺を見てくるので首で促すとポテトを口にする。

 

「……ポテトなんて久しぶりに食べるわね」

 

「そんなにか?」

 

「ええ。昔孤児院にいた頃に食べていたわ」

 

孤児院……確かリーゼルタニアだっけ?星導館のお姫様の国だったな。

 

「ふーん。まあ美味けりゃそれでいい」

 

モグモグ食べているから少なくとも不味いと思ってはいないだろう。

 

「そういやオーフェリア。お前今日序列戦終わったら暇か?」

 

「……?いきなりどうしたの?」

 

「いやこの後妹と会うんだがお前に会いたいらしくて」

 

オーフェリアと知り合っているのを知って以降会わせろ会わせろって言ってくるし。

 

「用事はないけど……無理ね。八幡は効かないから忘れているのかもしれないけど私は常に周囲に毒素を撒いているのよ。八幡の妹に害を及ぼしたら悪いわ」

 

あー、そうだった。俺は体内を影でコーティングしているからオーフェリアの毒は効かないが小町には耐えられないだろう。

 

「それに……私みたいなつまらない人間と知り合っても八幡の妹は喜ばないわ」

 

オーフェリアはそれがさも当然の様に言ってくる。しかし俺はそれに対して異を唱える。

 

「そうか?俺はお前をつまらないと思わないし優しいと思うぞ?」

 

そう返すとオーフェリアはほんの少し、しかし確実に驚きを顔に浮かべながら俺を見てくる。

 

「優しい?本気で言っているの?」

「いやだって俺がパンを落とした時にはくれたし、今だって小町に悪いと思って遠慮したじゃん。普通に優しいと思うが」

 

オーフェリアに近寄ると毒に襲われると悪魔扱いしている人が多いが、オーフェリアの毒を防げる俺からすれば話してみればリアクションは薄いが普通の人間だと思うし。

 

「………」

 

「何だよ?鳩が流星闘技くらったような顔しやがって」

 

「別に……今の私を優しいなんて言う変わり者なんて八幡ぐらいと思っただけよ。後、鳩がくらうのは豆鉄砲よ」

 

「流星闘技は軽い冗談だが……俺ってそんな変わり者か?」

 

「王竜星武祭でMAXコーヒー飲み放題を願う人は普通に変わり者よ」

そこを言われると何も言えないな。これはシルヴィや小町も呆れるくらいだし。

 

「へーへー。どうせ俺は変わり者ですよ」

 

んな事は自分でもわかっている。

 

「……でも、あなたは優しい人。こんな私にいつも優しくしてくれる本当の変わり者」

 

「……っ」

 

無表情でそう言ってくるがハッキリと言うな。別に俺は特に優しくしたつもりはない。だから優しいって訳じゃない。

 

……なのに、オーフェリアに言われると……悪くない気分だ。

 

「……そいつはどうも。俺を優しいって言うなんてお前も変わり者だな」

 

「そうね。私も八幡も変わり者」

 

それについては否定しないがはっきりと言うなよ……しかも自分自身の事も変わり者呼ばわりしてるし。

 

そんなオーフェリアを見て苦笑していると俺の端末が鳴り出した。それはつまり今からイレーネと戦うって事だ。

 

「じゃあ俺は先に行く」

 

「……ええ。頑張って」

 

「お前もな」

 

そう返しながら再度控え室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージに出ると再び歓声が上がる。一部では「やれー!」だの「ぶ

っ殺せー!」って聞こえてくるがこれは絶対にレヴォルフだけだろう。

 

そう思いながら反対側のゲートを見ると対戦相手のイレーネがやって来た。それにより更に歓声が大きくなる。

 

しかし俺は歓声を無視してイレーネと彼女の肩に担がれている純星煌式武装『覇潰の血鎌』に意識を集中する。イレーネとは何度かやり合った事があるがあの純星煌式武装はあんまり好きじゃない。はっきり言ってやり辛い。

 

俺も腰にある黒夜叉とレッドバレットを抜くとイレーネが不敵な笑みを浮かべてくる。

 

「そういや、お前とは決闘は良くするが公式序列戦でやるのは久々だな」

 

言われて思い出してみる。確かに公式序列戦でやったのは半年前だ。

 

「そうだな。まあ勝つのは俺だ」

 

「言ってろ。今日こそ不動の2トップの一つを貰うぜ」

 

そう言って『覇潰の血鎌』を軽く振るう。いつでも準備万端のようだ。

俺が改めて息を吐くと……

 

 

『試合開始!』

 

試合開始のアナウンスが流れると同時に動き出す。

 

「影の刃」

 

そう呟くと俺の影が地面から刃の形状となり一直線でイレーネに突き進む。

 

「はっ!単体のそれは怖くねーよ!」

 

イレーネは笑いながら軽いステップで回避する。まあこんな挨拶を避けれない奴が冒頭の十二人にいる訳がないよな。

 

だったら……

 

「影の刃群」

 

改めて次の能力を発動する。

 

それによってさっきイレーネに飛ばした影の刃は何百もの小さい刃となって散弾のごとく多方向に襲いかかる。それと同時にレッドバレットをイレーネに狙いを定めて放つ。

 

これが俺の基本的なスタイルである。影の刃群による攻撃で倒せれば良し、倒せなくてもレッドバレットで相手の気分を悪くしてコンディションを下げれば問題ない。

 

事実このスタイルはオーフェリア以外の相手には必ずと言っていいくらい利用している。オーフェリアにはこんな小細工効かないから特別なスタイルで挑んでいるけど。

 

 

「ちぃ!相変わらずいやらしい攻撃だぜ!」

 

そう言ってイレーネは『覇潰の血鎌』を振るって影の刃を破壊しながら銃弾を避ける。しかし完璧に両方をこなすのは不可能のようでレッドバレットの弾丸は何発か受けた。後5、6発当てたら乗り物酔いに近い頭痛を与えられる。そうすりゃ一気に有利になる。

 

「てか重力は使わないのか?」

 

「お前相手に無闇に使ったら負けるだろうが!」

 

あー、そうだった。『覇潰の血鎌』は所有者の血液を奪うんだった。補給役の妹のいないイレーネは乱発は厳禁だろう。

 

(……と、なると俺の隙を突く際に使うはずだ)

 

なら簡単だ。隙の少ない攻撃で削りながら大技で倒す。

 

そう判断した俺は自身の影に星辰力を込める。すると影の一部が地面から離れ形状を変えて散弾銃となった。

 

それが俺の手に渡ると同時に躊躇いなく引き金を引く。すると銃口から50近くの弾丸が一斉に放たれる。

 

更に畳み掛ける為再度影に星辰力を込め影の刃群をイレーネ目掛けて放つ。

 

「ちっ!重獄葦!」

 

対してイレーネは舌打ちをしながら『覇潰の血鎌』を横に振るう。するとイレーネの前方に紫色の壁が現れて全ての影が防がれた。

 

(……やっぱこの程度で純星煌式武装は破れないか。だったら……)

 

「影よ」

 

そう呟くと同時に影が俺の体に纏わりつき地面に引きずり込まれ影の中に入る。幸いイレーネには紫色の壁があるから見られていないだろう。

 

影に入ると同時に俺はイレーネの後ろに回りこむ為に移動を始めた。

 

イレーネの真横あたりに着くと紫色の壁が消えた。するとイレーネは俺がいない事に気付いて一瞬驚いた顔をするが直ぐにキョロキョロし始める。イレーネは間違いなく俺が影に潜っているとわかっているだろう。

 

だが……遅い。俺は既に後ろに回り込んでいる。

 

 

 

俺は影から出てそれと同時にレッドバレットを乱射する。後ろからの不意打ちの為イレーネは10発近く被弾した。これでイレーネにかなりの強さの頭痛が襲うだろう。これなら一気に楽になるな。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ!十重壊!」

 

イレーネは顔を顰めながらも『覇潰の血鎌』を振るって自身の周囲に複数の黒い重力球を出して俺に放つ。

 

それと同時に影の壁を作るも全ての重力球を防ぐ事は出来ずに2発防ぎ損ねてこちらに向かってくる。

 

1発は迎撃しようとしたレッドバレットに当たる。それと同時に重力球は一気に縮小して、レッドバレットを飲み込んで弾き飛ばした。

 

残った1発は俺の体に当たる。するとさっき同様、重力球は縮小して一気に重力が増し俺に襲いかかる。

 

「ぐううううっっ!!」

 

それによって地面に押し付けられ、高重力に体中が軋む。ヤバい……

 

「か、影よ」

 

俺は痛みに堪えながらも半ば無理やり影に星辰力を込める。それによって影が俺の体に纏わりつき地面に引きずり込まれる。

 

影の中に入ると高重力による苦しみはなくなった。とりあえず負けは回避したな。

 

安堵の息を吐いていると地表ではイレーネが苛ついた表情を見せている。

 

「ちっ!これだから八幡はめんどくせーんだよ!他の連中なら今ので勝ってたのに!」

 

それについては同感だ。あの状態からどうにかなるのは影の中に逃げられる俺ぐらいだろう。

 

 

(……しかし今回は俺のミスだ)

 

イレーネに頭痛を与える事に成功して一瞬油断した。純星煌式武装相手にそれは厳禁だ。

 

 

油断こいた所為で小さくないダメージをくらったな。このままじゃ負けるかもしれん。

 

(……いや、負けるのは嫌だ)

 

オーフェリアに勝つ事を目標としている者としてオーフェリア以外に負けていられない。

 

そう判断した俺は作戦を変更した。初めは長期戦にするつもりだったが短期決戦にする事にした。久々に本気を出すとするか。

 

(さて……オーフェリアとシルヴィ以外に使うのは初めてだが……まあイレーネの実力なら過剰攻撃扱いにならないだろう)

 

最強のカードの一つを切ると決めた俺は目を閉じてゆっくりと、それでありながら大量の星辰力を練り始める。

 

体全体に星辰力が渡ったのを確認して口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」



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比企谷八幡の公式序列戦が始まる(後編)

 

 

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

俺がそう呟くと周囲に存在している影から水音に近い音が聞こえ始める。

 

それを認知すると同時に俺の顔に奇妙な感触が襲いかかり、視界が少し狭くなる。そしてその感触は徐々に首や胴体、足にも伝わる。

 

体全身に伝わると奇妙な感触はなくなり、その代わりに若干の重みを感じるようになった。どうやら装備を完了したようだ。

 

さて、やるか。

 

そう判断すると俺は影の中から地上に上がった。

 

 

 

 

 

 

 

地上に上がるとイレーネは俺を見て目を見開き、観客席からは騒めきが聞こえてくる。

 

「……でたな。2ヶ月前のオーフェリアとの序列戦の時以来に見たな」

 

イレーネは目を細め憎々しげに、それでありながら若干の恐れを帯びた声でそう言ってくる。最後に使ったのはそん時か。

 

「そうだな。悪いが一気に決めさせてもらうぞ」

 

「……相変わらず凄まじい雰囲気の鎧だな」

 

イレーネが指し示しているのは俺が纏っている鎧だろう。現在俺は顔の部分は狼を模した兜をかぶっていて、全身は西洋風の黒い鎧に包まれている。影で出来ているが外見は硬そうな鎧である。

 

俺は息を吐くと同時に突っ込む。それによって若干鎧から影の揺らめきが生じている。

 

「ちいっ!十重壊!」

 

イレーネは叫びながら『覇潰の血鎌』を振るって自身の周囲に黒い重力球を浮かばせて俺目掛けて放つ。対して俺は避ける素振りを見せずに突っ込む。それによって複数の重力球は俺の鎧にぶつかる。

 

普通なら重力球は縮小して効果を発揮するが、今回は縮小する前に全ての重力球は鎧に飲み込まれた。

 

それと同時に鎧から鈍い音が響き渡り重力球を取り込んだ腹辺りに振動が走り吐き気を促してくる。影の中で重力が蠢いているのだろう。

 

 

だが……

 

「無駄だ。俺の星辰力を大量に込めたこの鎧を纏っている時は大したダメージにならん」

 

俺の切り札の一つ、影狼修羅鎧。

 

俺の総星辰力の約半分を注ぎ込んで作られる影の鎧。効果はシンプル、ありとあらゆる攻撃を鎧が飲み込んで俺の体に与えるダメージを減らす。

 

ただダメージ減少量が桁違いで純星煌式武装である『覇潰の血鎌』の重力球を数発食らってもゲロ吐きそうになる程度の痛みで済むレベルで重力によるダメージは殆どゼロだ。

 

消費星辰力が大きい為使う事は滅多にないが普通に使ったら多分冒頭の十二人以外では傷一つ付けられないだろう。

 

俺は特に痛みを感じる事なくイレーネに近寄り拳を放つ。わざわざ煌式武装を使うまでもない。鎧の一撃は並の流星闘技を上回る破壊力だ。

 

「ぐううっ!」

 

イレーネは咄嗟に『覇潰の血鎌』を盾にして俺の拳を受け止めて後ろに跳ぶ。それによって壁にぶつかるが俺の中では手応えを感じない。

 

(……後ろに跳んで衝撃を和らげたか。相変わらず体術も一級品だな)

 

あの技術は俺も会得しようと努力しているが中々上手くいっていないからな。勉強しておこう。

 

「ってーな……ふざけた威力してやがる。全然衝撃を殺せなかったぜ」

 

煙の中からイレーネが首をコキコキしながら出てきた。見ると制服は汚れていて口からは血が出ていたのでダメージは小さくないだろう。

 

一気にケリをつけるべきだろう。そう判断した俺は再度突っ込む。後1発決めれば勝ちだろう。

 

対してイレーネはよろめきながらも『覇潰の血鎌』を構える。

 

「確かにその鎧は強い。だがこれならどうだ?」

 

イレーネの中で『覇潰の血鎌』が嗤っているように震えだす。それと同時にイレーネが一振りすると紫色の光が地面を走る。それはかなりの広範囲だ。

 

『覇潰の血鎌』は重力球を放つ攻撃と範囲指定型の重力操作の攻撃がある。今イレーネが放ったのは後者だろう。

 

しかしこの技には欠点がある。範囲指定の為発動までに若干のタイムラグが存在している。つまり同じ場所に留まらずに動き続ければその効果を受けないで済む。

 

大抵の連中は実力が追いつかず捕まるだろうが俺には特に問題なくこなせる。

 

対象座標の範囲から逃れて拳を叩き込む。それで俺の勝ちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思った時だった。

 

「……あ?」

 

いきなり浮遊感に襲われたかと思ったら身体がふわりと浮き上がっていた。

 

試しに腕を動かしてみるが空を切り身体は回転するだけだ。ヤバい、何も出来ない。

 

焦っているとイレーネは笑いながら話しかけてくる。

 

「残念だったな八幡。こいつを見せるのは初めてだが厄介だろ?重力を重くするのは燃費が高いが、弱い場合はそうでもねぇんだよ」

 

なるほどな。だから広範囲を指定出来た訳か。

 

「それにさっき面白い事言ってたな?重力球をくらった時に大したダメージにならないって」

 

「それがどうした?」

 

「って事は少しはダメージがあったんだろ?重力球を10発くらって大したダメージじゃないってのは流石だが……その10倍以上ならどうだ?」

 

イレーネがそう言うと『覇潰の血鎌』のウルム=マナダイトが紫色の光を強める。てか10倍以上だと?!

 

「ーー万重壊!」

 

イレーネがそう言って『覇潰の血鎌』を振ると『覇潰の血鎌』周囲から小型の重力球が大量に現れる。その数は軽く100を超えるだろう。

 

(……ヤバい。どうする?マジで負けるかもしれん)

 

何とかして重力から逃れようとするもバタバタするだけで逃げられん。そう思っているとイレーネはがくりと膝を折った。

 

「ぐうっ……大分使い過ぎだな。これで決めねぇと……!」

 

その顔は苦しそうだ。『覇潰の血鎌』は能力の代償として所有者の血液を要求する。使い手の身体を変質させて外部から血液を摂取できるようにしているが、今回は回復役がいない為これ以上は能力を使えないだろう。

 

つまりこの攻撃を凌げれば俺の勝ちだ。とはいえ凌げるかは微妙だが。

 

そう思う中、イレーネは『覇潰の血鎌』を振り上げる。ヤバいヤバい!

 

「終わりだ!これで序列2位はあたしの者だ!」

 

イレーネはそう叫び『覇潰の血鎌』を振り下ろす。それと同時に無数の重力球が俺に向かって飛んでくる。全部くらったらいくら影狼修羅鎧でもマズイかもしれん。

 

慌てながら辺りを見渡すと地面が見え、地表に俺の影がうつっていたのが目に入る。

 

瞬間、一つの案が浮かんだ。もうこれしかない。

 

 

「影よ!」

 

そう叫ぶと俺の影が地面から一直線に伸びて俺の足に絡む。

 

「なっ?!」

 

イレーネが驚く中、影は俺を無理やり地面に引っ張り始める。影を使って影の中に逃げればいい話だ。

 

しかし考えつくのが一足遅かった。影の中に潜るまで何発かくらうだろう。もっと早く考えついてれば……

 

内心舌打ちをしていると腹に何発もの衝撃が走る。影の鎧の中に入った重力球が影の中で暴れているのだろう。

 

それが何度も襲いかかり吐き気を引き起こす。早く影の中に……!!

 

ドプッ……

 

幾重にも襲いかかる衝撃を耐えながら、何とか影の中に入る事に成功した。

 

影の中に入ると同時に上から爆音がしたので見ると重力球が俺がいる場所に降り注いでいた。アレをくらったら星脈世代でもヤバいだろう。

 

しかし影の中にいる俺はセーフだ。この中にいる間はオーフェリアやシルヴィでも干渉出来ないからな。

 

そう思っていると爆音が止んだので上を見ると重力球は全て無くなっていてステージには限界寸前のイレーネがいた。

 

それを確認して影の中から出るとイレーネは引き攣った笑みを浮かべている。

 

「……ったくてめぇの能力は……『戦律の魔女』とは違った意味で万能だな」

 

息を切らしながらそう言ってくる。いやいや、確かに俺の能力はわりと優秀だがシルヴィに比べたら万能じゃないぞ?

 

「まあ影に干渉は出来ないからな。……それでどうする?俺も大分星辰力を失ったがお前の負けだと思うが」

 

「ちっ……分かりきってる事言ってんじゃねぇよ。あたしの負けだよ」

 

イレーネは舌打ちをしながら校章に手を当てて降参の意を示した。

 

 

 

『試合終了!勝者比企谷八幡!』

 

それと同時にアナウンスが流れて歓声が上がる。

 

余りの煩さに若干苛立ちながらイレーネに近寄り引っ張り起こす。

 

「おらよ。肩貸すぞ」

 

「悪りーな。医務室まで頼む」

 

「へいへい」

 

適当に返事をしながらイレーネに合わせてゆっくり歩き出す。歓声のシャワーが続く中ステージのゲートに歩を進めた。

 

 

こうして俺の高等部初の公式序列戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

医務室に着いたと同時にイレーネは輸血パックを取って一気に飲み始める。本当に吸血鬼みたいだな……

 

「よしっ。これで支障なく動けるな」

 

「そいつは良かったな」

 

「まあな。にしてもてめぇの影の中に逃げるアレは反則じみてるだろ!」

 

「それについては俺もそう思っているな」

 

「本当に厄介だぜ。……にしても今回も負けちまったか」

 

イレーネは頭をガリガリかきながら悔しそうな表情を見せてくる。

 

「悪いな。2位の座は結構気に入ってんだよ。そう簡単に渡さねーよ」

 

するとイレーネがニヤニヤしてくる。いきなりどうしたんだ?

 

「けっ。仲の良い『孤毒の魔女』と並んでいるのは楽しそうだな」

 

……何か含みのある言い方だな。結構イラってきた。

 

「おいイレーネ。その言い方だと俺とオーフェリアが恋人みたいじゃねぇか」

 

「ん?違うのか?学校の裏サイトとかにはお前とあいつが恋人って書かれてるぞ」

 

はぁ?!

 

俺は自分の端末を操作してレヴォルフの裏サイトに行ってみる。

 

するとそこには『序列1位と2位の愛の絆』とか『孤毒の魔女、自身の毒で影の魔術師を虜にする?!』とか表示されていた。

 

「よしわかった。裏サイトの管理人見つけてぶっ殺す」

 

前者はまだしも後者の記事はガチで苛ついた。オーフェリアは恋愛に興味ないだろうし、そんな事をする人間じゃないのは知っている。

 

「ん?て事は恋仲じゃ……」

 

「違うからな」

 

「まあ八幡にそんな甲斐性あるわけねーよな。レヴォルフでオーフェリアと会話してるから誤解されたんだろ」

 

まああり得るかもしれん。オーフェリアと話す男子なんて俺とディルクくらいだし。

 

「まあそうかもな。それより俺は約束があるからもう行くがいいか?」

 

「ああ。運んでくれてありがとな」

 

「どういたしまして」

 

イレーネの礼を受けながら俺は医務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

医務室を出て廊下を歩いているとオーフェリアが歩いてきた。となると今から試合なのだろう。

 

「……八幡。序盤油断した?」

 

オーフェリアがいつもの表情でそう聞いてくる。どうやらお見通しのようだ。

 

「まあな。少し油断した」

 

「八幡が油断なんて珍しいわね。まあ八幡が負けるとは思ってなかったけど」

 

「何だ。随分評価してくれてるな」

 

「ええ。レヴォルフで八幡を倒せるのは私だけだから」

 

ぐっ……それについては否定が出来ない。できはしないが……はっきり言われると若干ヘコむ。

 

「うっせぇ。いつか勝ってやるよ」

 

「それは無理ね。八幡の運命じゃ私の運命は覆せない」

 

断言するな。マジでヘコむ。

 

「へいへい。とりあえず試合頑張れよ。応援してる」

 

まあオーフェリアが負けるとは微塵も思ってないが。

 

「……そう。ありがとう」

 

オーフェリアは一瞬目を見開いてからそのままステージに向かって歩き出した。

 

それを見送った俺は先程までいた休憩場所に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者オーフェリア・ランドルーフェン!』

 

……うん。予想通りだ。対戦相手の男子に合掌。

 

両手を合わせていると端末が鳴り出したので見ると小町からメールが来ていた。

 

見ると集合時間を過ぎている事に対する文句のメールだった。やべ……

 

時計を見ると10分過ぎていた。となると集合場所に着く頃には30分くらい遅れるな。

 

俺は小町に謝罪のメールを送りながらステージを後にした。

 

 

 

 

 

 

久々に小町や戸塚に会う事を楽しみにしながら。



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比企谷八幡は妹と友人と遊びに行く(前編)

 

 

レヴォルフを出た俺は持てる力全てを使用して商業エリアに向かう。時計を見ると集合時間を20分過ぎていた。これ以上待たせる訳にはいかない。

 

 

集合場所に着くと待ち人がいた。

 

「すまん!待たせた」

 

走りながらそう言うと2人は俺を見てきて近寄ってくる。

 

「お兄ちゃん遅い!小町的にポイント低いよ!」

 

そう言って膨れっ面で詰め寄ってくる妹の小町。うん、怒っている所も可愛いな。

 

「まあまあ小町ちゃん。八幡は理由もなく遅れないよ。先ずは事情を聞こうよ」

 

そう言って小町を宥めるのは中学時代、唯一と言っていい友人の戸塚彩加。男子なのにその笑顔は並の美少女を上回る程だ。守りたい、あの笑顔。

 

「いやすまん。序列戦が最後の方の上、予想以上に長引いた」

 

俺がそう説明すると小町は納得したような表情を浮かべる。

 

「あ、そうなの?じゃあ仕方ないね」

 

公式序列戦は対戦カードによって時間が長引く場合もあり、まして終盤あたりの人間は予想以上に待たされる時もある。小町もそれを知っているので怒りを鎮めてくれたようだ。

 

「悪かったよ。ところで何処に行くんだ?」

 

「あ、それなんだけど小町達お昼ご飯まだ食べてないから何処か飲食店に行かない?」

 

まあ今の時刻は昼飯時と言っていいだろう。俺はステージで食ってきたが小町達は食べてないのか。

 

「わかった。じゃあどこにする?」

 

「うーん。じゃああそこにしない?」

 

戸塚が指差したのは世界的に有名なハンバーガーチェーン店だった。俺は昼にハンバーガーを食ったがまあいいか。

 

「小町はそれでいいですよ。お兄ちゃんは?」

 

「俺はそれで構わない。じゃあ行こうぜ」

 

方針も決まったので俺達はハンバーガーショップに足を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね!後一歩の所で小町の攻撃を防がれたの!」

 

ハンバーガーショップに入った俺達は適当に注文して今日の公式序列戦について話を聞いている。

 

それで小町が今日の序列戦で星導館の序列4位の『氷屑の魔術師』に敗北した事を知った。小町の話を聞きながら記録を見てみると確かにいい勝負だった。

 

終盤で小町が放った銃撃は氷の壁に防がれ、それと同時に小町の両手が凍らされてそのまま校章を破壊されたようだ。

 

試合の内容については文句なしだ。負けたとはいえかなりいい勝負で小町が勝ってもおかしくなかったと思う。

 

「それでお兄ちゃん。何か良い対策ある?」

 

そう言われて考えてみる。小町の射撃技術は優秀だ。しかしそれだけじゃ上に行くのは厳しい。早撃ち以外に更に違う武器を用意すべきだ。

 

そこで俺は小町にある提案をしてみる。

 

「じゃあ小町。いっそ純星煌式武装を使ってみるのはどうだ?」

 

俺がそう提案すると小町と戸塚が目を見開いてくる。それを見ながら説明をする。

 

「お前の戦闘記録を見る限り射撃技術、身体能力は一級品だが火力不足は否めない。お前は冒頭の十二人だし簡単に許可が下りるだろうしハンドガンタイプの純星煌式武装を借りるのも悪くないと思うぞ」

 

確か星導館は純星煌式武装を六学園で1番保有してた筈だ。ハンドガンタイプもあるかもしれん。

 

「それにだ。鳳凰星武祭には今のお前と相性の悪い奴が出てくるだろうし」

 

そう言って端末を操作して空間ウィンドウを呼び出す。そこには聖ガラードワースの制服を着た男性が映っている。

 

「お兄ちゃん。この人は?」

 

「ガラードワースの序列11位の『鎧装の魔術師』ドロテオ・レムス。この人は2度鳳凰星武祭に出たから多分今回も出てくると思うが、間違いなくお前にとって天敵だ」

 

俺が彼の戦闘記録を小町に見せる。初めは普通の表情をしていたが徐々に嫌な顔になってくる。気持ちはわかるが女子がそんな顔をするな。

 

「うわー。小町この人と当たりたくないなー」

 

小町が嫌がって見ている映像ではドロテオ・レムスが自身に鎧を纏わせて対戦相手に突撃をしていた。

 

しかし小町が真に嫌がっているのは対戦相手が鎧を破壊しても5秒もしないで新しい鎧を作っている場面だろう。

 

この鎧は防御力が高いのも厄介だが、能力で作った鎧の為壊しても彼に星辰力が残っている限り何度も作られる事が1番厄介だ。

 

「つまり今の小町さんが彼と戦ったらジリ貧になるって事?」

 

「戸塚の言う通りになるだろうな。しかも彼自身能力抜きでも強い実力者だ。これを打ち破るには高い火力が必要だ」

 

並の煌式武装じゃ通用するかわからない。それなら純星煌式武装で確実に攻めるべきだろう。

 

「うーん。そう考えると小町は火力不足かもねー。とりあえず月曜日に申請してみるよ」

 

「そうしろそうしろ。折角冒頭の十二人なんだし。戸塚も小町から能力は聞いているがある程度攻撃力のある煌式武装は持っておいた方がいいぞ」

 

場合によっては小町が負けて1人で戦う可能性もあるし。

 

「あいあいさー」

 

「うん。ちなみにどんな煌式武装が良いかな?」

 

「それはお前次第だな。まあ鳳凰星武祭まで数ヶ月あるからゆっくり決めろ」

 

戸塚は入学したばかりだがらどうなるかはわからないが努力次第ではある程度どうにかなるだろう。

 

「うん!ありがとう!ところで八幡は鳳凰星武祭は興味ないの?」

 

「俺?見る分には興味あるが参加するのは王竜星武祭に絞るな。てか鳳凰星武祭に参加するにしても組む相手がオーフェリアとイレーネしかいない」

 

「それ絶対ぶっち切りで優勝じゃん!!というかお兄ちゃん!レヴォルフの知り合いって『孤毒の魔女』と『吸血暴姫』しかいないの?!」

 

「す、凄い組み合わせだね……」

 

正確にはイレーネの妹もいるがあいつは戦闘向きじゃないので除外してある。

 

「まあオーフェリアは王竜星武祭に出るだろうし、イレーネは鳳凰星武祭に興味ないだろうから仮定の話だ」

 

「だよねー。そう言えばオーフェリアさん紹介して欲しかったんだけど無理だった?」

 

あー、そういや小町に紹介してくれと頼まれてたな。

 

「それなんだが……オーフェリアは自分の肌から瘴気を出すから迷惑かけたら悪いって断られた」

 

すると小町は若干悲しそうな顔で頷く。

 

「じゃあしょうがないね。それってどうにか出来ないのかな?」

 

「一応手袋や制服で肌を隠せばギリギリ漏れないがな……」

 

何度が肌から瘴気が漏れているのを見たが……あんな綺麗な肌なのに勿体無い。

 

「そっか。……あれ?でも何でお兄ちゃんはオーフェリアさんと一緒に過ごせるの?」

 

「ん?ああ、それはな……」

 

そう言って俺は口の中から影の塊を出す。すると2人は驚き出す。

 

「は、八幡?!何それ?!」

 

「お兄ちゃんそれ不気味だから早くしまって!」

 

まあ確かに見た目はヤバイかもしれんな。小町にそう言われたので影の塊を体内にしまって口を開ける。

 

「俺は体内を影でコーティングしてるからオーフェリアの毒は効かないんだよ」

 

実際オーフェリアと何度か戦ったが毒を吸って負けた事はない。

 

「じゃあ八幡は『孤毒の魔女』に勝てるって事?」

 

戸塚はそう言ってくる。しかしそれは余り現実的じゃない。

 

 

「正直言って殆ど不可能だ。確かに俺はオーフェリアの毒は効かないが星辰力の差があり過ぎる。だから俺の攻撃は殆ど効かないし、オーフェリアの攻撃を防ぐ事は難しいから」

 

オーフェリアの星辰力は簡単に見積もっても俺の4倍はあるだろう。いくら毒は効かなくても星辰力による力押しをされたら勝ち目は無いだろう。

 

「となると今回の王竜星武祭も……」

 

「十中八九オーフェリアが優勝だろうな」

 

小町が濁した言葉をはっきり口にする。去年の決勝でもシルヴィを殆ど一方的に倒したオーフェリアはガチで強過ぎる。オーフェリアを倒せるとしたら界龍の『万有天羅』くらいだろう。奴の対戦記録も見たが次元が違うし。

 

「まあ王竜星武祭は2年後だからいいだろ。それよりお前らは鳳凰星武祭に集中しろ」

 

「そうだね……僕はまだまだ弱いし頑張ろう!」

 

そう言ってガッツポーズをする戸塚。やだ、可愛すぎる。レヴォルフは殆どが屑だから結構ストレスが溜まるので癒される。

 

「小町も色々と新しい技術も身に付けないと……あ!そう言えばお兄ちゃん!鳳凰星武祭には雪乃さんと結衣さんも出るんだって!」

 

……ほう。あいつらも鳳凰星武祭に出るのか。

 

「マジか。由比ヶ浜はともかく雪ノ下は王竜星武祭に出るかと思ったぞ」

 

あいつ姉の雪ノ下陽乃に勝ちたがってたし。

 

「何か結衣さんに誘われたんだって。あ!でも今シーズンの王竜星武祭には必ず出るって言ってたよ」

 

だろうな。雪ノ下陽乃は後1回しか星武祭に出れない。姉に挑む最後のチャンスを逃すつもりはないだろう。

 

「そっか。ちなみにあいつは強いのか?」

 

中学にいた頃はそこそこ星辰力があるのは知っていたが。

 

「かなり強いと思うよ。高等部に入学して直ぐの公式序列戦で勝って今序列30位だし」

 

ほう……入学して1ヶ月もしないで序列入りか。中学時代から優秀なのは知っていたが戦闘も優秀みたいだ。帰ったら公式序列戦の記録を見てみるか。

 

「どうやら姉同様才能に恵まれてみたいだな。今から王竜星武祭が楽しみだな」

 

まあ1番の目標は優勝よりシルヴィにリベンジを果たす事だけど。あの悔しさは今でも残ってるし。

 

そう思っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいからオレと闘えって言ってんだよ!」

 

いきなり叫び声が聞こえ、それと同時に衝撃音が響く。んだよ、煩えな。

 

内心舌打ちをしていると戸塚は怯えた表情を浮かべていて、小町は『また始まったよ……』と言わんばかりの表情を浮かべている。どうやら小町は事情を知っているようだ。

 

その事を不思議に思いながら叫び声がした方向を見ると巌のような体軀をした男が、ピンク髪の女子と余り特徴がない男子の2人組が座っている席にあるテーブルに手を叩きつけていた。

 

 

 

(……何だあの光景?てかあのピンク髪、オーフェリアの昔馴染みの『華焔の魔女』じゃねぇか)

 

そう思うと頭が痛くなるのを感じた。

 

 

 

マジで厄介事が起こる未来しか見えねぇ……



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比企谷八幡は妹と友人と遊びに行く(中編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今頭を痛めている。

 

理由は簡単。俺達の近くで面倒事が起こっているからだ。

 

視界の先では巌のような体軀をした男が怒りを帯びた瞳で星導館学園序列5位の『華焔の魔女』ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトを睨んでいた。

 

対してリースフェルトは全く相手をしていないように見える。

 

「おい小町。あのデカイのは誰だ?」

 

とりあえず事情を知ってそうな小町に聞いてみる。

 

「えーっと、うちの序列9位のレスター・マクフェイルさんだよ」

 

「ふーん」

 

「八幡……適当過ぎるよ」

 

「そこまで興味ないからな。お前ら以外で星導館で興味があるのは刀藤綺凛、クローディア・エンフィールド、リースフェルトぐらいだからな」

 

強い奴を見ると何となくわかるがあのマクフェイルって奴はそこまで強くないだろう。

 

「リースフェルトさんも?確かにリースフェルトさんは強いけど……お兄ちゃんにとっては刀藤さんや生徒会長に並ぶの?」

 

小町は不思議そうに聞いてくる。小町の言う通りリースフェルトは今言った刀藤綺凛やクローディア・エンフィールドに比べたら弱いと思う。……いや、あの2人が桁違いなのか。

 

特に刀藤綺凛は中1で序列1位を手にした怪物だ。しかも使う武器がただの日本刀なのがヤバい。もしも彼女が純星煌式武装を持って2年後の王竜星武祭に挑んだらオーフェリアとも良い勝負が出来るかもしれん。

 

いや……今はリースフェルトについてだったな。

 

「いや実力についてはそこまで興味ない。単にオーフェリアの昔馴染みって事でな」

 

「え?!そうなの?!」

 

「まあな。前にオーフェリアから聞いた。それより何であのデカイのはリースフェルトに絡んでんだ?」

 

オーフェリアの話は今はいい。本題に戻ろう。

 

「うーん。僕は今年入学したからわからないや。小町さんは知ってる?」

 

「あ、うん。去年の序列戦なんだけど……」

 

そう言って小町は空間ウィンドウを開いて動画を見せてくる。そこにはリースフェルトが炎を駆使してマクフェイルを追い詰めている動画があった。

 

「去年の序列戦で当時序列5位だったマクフェイルさんが17位だったリースフェルトさんに負けたから……」

 

大体わかった。要するに一度冒頭の十二人から落とされた恨みだろう。俺も落とした連中に恨まれていたからよくわかる。

 

それよりも言いたい事がある。

 

「てかおい。動画を見る限りマクフェイルそこまで強くねーじゃん。こいつ本当に序列5位だったの?」

 

これなら星導館が前シーズンで実質最下位なのも仕方ないだろう。同じ序列5位でも界龍の趙虎峰やガラードワースのパーシヴァル・ガードナーとは雲泥の差だ。いくら1位と2位が強いからってマジで星導館大丈夫か?

 

「うーん。まあそこは言わないで欲しいな」

 

小町が苦い顔をしている。てか小町が去年リースフェルトより先にマクフェイルに挑んでいたら序列5位は小町だったんじゃね?

 

「まあまあ。でも小町さん。一度負けたくらいであそこまで怒らないと思うんだけど」

 

「ああ。それね。その後にリースフェルトさんに2回挑んで負けたから」

 

「だからリースフェルトに序列戦で挑めないから決闘にこだわってる、と」

 

「そうそう」

 

公式序列戦は同じ相手、同じ序列へ指名出来るのは2回までだ。つまりマクフェイルは公式序列戦ではリースフェルトを指名出来ない。だから決闘にこだわってる訳だ。

 

「大体の事情は理解した。その上で聞くがアレは放置して大丈夫か?」

 

見るとマクフェイルがリースフェルトに詰め寄っていてリースフェルトがあしらっている。

 

「大丈夫でしょ?ぶっちゃけ星導館の人は見慣れてるし」

 

どんだけふっかけてんだマクフェイルの奴は?

 

「それはわかったけど天霧君は大丈夫かなぁ?」

 

戸塚は心配そうに言っているが……天霧だと?

 

「ん?リースフェルトの連れの男が天霧なのか?」

 

「うん。同じクラスの友達だから間違いないよ」

 

ほう。あいつが……

 

随分大人しそうな顔をしているな。直で見るのは初めてだがあいつがリースフェルトを押し倒して胸を揉むとは……まさに人は見かけによらないな。

 

 

 

 

 

内心感心している時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなっ!言うに事欠いて、このオレ様がこそこそ隠れまわってるような卑怯者共と一緒だと?!」

 

再び怒声が聞こえたので振り向くと……マクフェイルの奴が天霧の襟首を掴み上げていた。マクフェイルの顔は憤怒に染まっているが天霧の奴は何をやったんだ?状況から察するにマクフェイルを挑発したんだと思うが。

 

少し気になったので声を聞いてみる。

 

「いいだろう、だったらまずはてめぇから叩き潰してやるよ」

 

「おっと、あいにくだけど俺も決闘をする気はないよ」

 

「あぁ?」

 

「受ける理由がないからね」

 

マジか。挑発して決闘を蹴るとか中々強かだな。てかこれ絶対マクフェイルブチ切れるだろうな。

 

すると俺の予想が当たった。

 

マクフェイルは天霧を突き飛ばして天霧に殴りかかろうとする。ヤバイな完全に切れてやがる。

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天霧君!」

 

戸塚が悲しそうな顔で悲鳴をあげて立ち上がる。おそらくマクフェイルを止めようとしているのだろう。

 

しかし今からじゃ間に合わない。マクフェイルは既に拳を振り上げている。

 

それを認識すると同時に俺は思考に耽る。

 

 

 

 

 

マクフェイルが天霧を殴る→天霧が傷つく→天霧の友人である戸塚が悲しむ→俺が怒る→マクフェイルを殺す→殺人罪で星猟警備隊に捕まる→小町や戸塚に嫌われて離れ離れになる→絶望して自殺する

 

(……ヤバい。死んでたまるか!)

 

その計算が成り立つと同時に俺は自身の影に星辰力を込める。間に合え!間に合わないと俺が死んでしまう。

 

「影よ」

 

俺がそう言うと影が動き出す。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ!!何だこの黒いのは?!」

 

マクフェイルの拳が天霧に当たる寸前に俺の影がマクフェイルの両手両足を拘束して動きを止める。よし、これで天霧は傷つかないから戸塚が悲しまずに済む。

 

安堵の息を吐く中マクフェイルの叫び声が聞こえてくる。

 

「くそがっ!こんなもん……!」

 

無理やり引きちぎろうとしているが無駄だ。俺の星辰力が込もった影はかなり頑丈だからな。

 

「悪い。ちょっとあいつら店から出してくる」

 

息を吐きながら席を立ち歩き出して5人がいる場所に行く。

 

「おいお前ら、煩いから黙れ」

 

近寄りながらそう言うと5人が俺を見てくる。

 

「あぁっ!関係ねぇ奴はすっこんで……お、お前は?!」

 

マクフェイルは俺を睨んできたが直ぐに驚きの表情を見せてくる。見ると他の4人も似た表情を見せてくるが目立ち過ぎるのも考えものだな。

 

「なっ……なっ…なっ……『影の魔術師』」

 

「な、何でレヴォルフ最強の男がこんな所にいるんだよ?!」

 

マクフェイルの後ろにいる太った男が指をさしてくるが人を指さすなって母ちゃんに習わなかったのか?

 

「俺がどこにいようと関係ないだろ。それよりさっきからギャーギャー煩えんだよ。久々に妹と友人に会って幸せな気分を害してんじゃねぇよ」

 

舌打ちをしながらマクフェイルの拘束を解く。今のこいつに天霧を狙うって考えはないだろう。

 

「それとだな。星導館で鳳凰星武祭に参加する生徒が闇討ちされてる事やそこにいる『華焔の魔女』が狙われてるのは知ってるがな、こんな場所で喧嘩売ってると犯人の同類とみなされるぞ?」

 

以前小町からリースフェルトは天霧が転校した日とその後に2度襲われたと聞いた。その事から犯人はリースフェルトを狙っているのがわかる。だからリースフェルトに因縁をつけているマクフェイルが疑われても仕方ないだろう。

 

俺がそう返すとマクフェイルの怒りの矛先が俺に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけんな!!そいつと言いオレを卑怯者と一緒だと?!」

 

マクフェイルは天霧を指差しながら切れているが天霧も同じ事を言ったのかよ?

 

「実際お前はリースフェルトより弱いからな。勝つ為に奇襲を仕掛けてもおかしくないと思っただけだ」

 

ここまで言えば天霧の事は忘れるだろう。そうすれば天霧は傷つかず、戸塚は悲しまないで済む。後は……

 

「俺がユリスより弱いだと?!あんなもんマグレが続いただけだ!オレ様の実力はあんなもんじゃねぇ!」

 

目の前でブチ切れているマクフェイルをどうにかしないとな。

 

てか実際リースフェルトより弱いだろ?

 

「俺は客観的な事実を言っただけだ。真面目な話リースフェルトに勝ちたかったらその短気を止めろ。でないと一生勝てないぞ」

 

こいつの戦闘を見たがゴリ押しに拘り過ぎる。状況に応じて引くのを覚えたら勝ち目はあるものを……

 

しかし俺の意見を聞くそぶりを見せず……

 

「てめぇ!」

 

俺に詰め寄ってくる。こいつ彼我の差を理解してないのか?

 

内心ため息を吐きながら影に星辰力を込める。すると……

 

 

 

 

 

「なっ?!」

 

マクフェイルの周囲に影の刃が展開される。それによってマクフェイルは動きを止めたが後1歩遅かったら串刺しになっていただろう。

 

「……だからそのバカ正直っぷりがある限りお前は弱えよ」

 

殺気を出してそう言うとビクリとするがビビり過ぎだろ?でもまあ……これで少しは大人しくなるだろう。

 

俺が影の刃を解除するとマクフェイルは後ずさる。しかし顔は怒ったままだ。プライドだけは高いな。

 

「れ、レスター!そんな化け物の言う事なんて聞く必要ないよ!レスターは不意打ちをしないでリースフェルトを倒せるって!」

 

「そ、そうですよ!レスターさんが決闘の隙をうかがうような卑怯なマネをするはずありません!僕達はレスターさんが真っ向からユリスさんを倒すと信じてますから!」

 

取り巻き2人が慌てながらマクフェイルをフォローする。てかデブ、てめぇ人を化け物呼ばわりとは良い度胸してんじゃねぇか。マクフェイルもろとも潰すぞ。

 

「……ちっ!行くぞお前ら!」

 

マクフェイルは舌打ちをして踵を返し大股で去って行った。はぁ……ようやくいなくなったか。

 

 

 

 

 

安堵の息を吐いていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっとお兄ちゃん!やり過ぎだって!」

 

小町と戸塚がやって来た。

 

「いやすまん。割とイラついてた。反省はしてる」

 

「本当だよ!」

 

「まあまあ小町さん。天霧君は大丈夫?」

 

戸塚が小町を宥めながら天霧を心配する。

 

「俺は大丈夫だよ。それにしても戸塚は『影の魔術師』と知り合いなの?」

 

「うん。中学の時友達だったんだ!」

 

やだ、戸塚に友達って思われてるなんて幸せ過ぎるんですけど。

 

「そうなんだ。俺は天霧綾斗。よろしく」

 

そう言って手を出してくる。間違いない、リースフェルトを押し倒した時といいこいつはリア充だ。

 

「……比企谷八幡だ」

 

適当に返しながら握手をする。

 

「もー、お兄ちゃんったら!もう少し愛想良くしなよ!」

 

「俺に出来ると思ってるのか?」

 

普通に無理だからね?

 

「ごめんなさい天霧君。お兄ちゃんコミュ症だから」

 

こいつは何て事を言ってんだ。

 

「余計な事言わんでいい」

 

小町に軽いチョップを放つ。

 

「痛い!」

 

「あ、あはは……」

 

小町は涙目になって睨んでいるが自業自得だからな?まったく……

 

「まあいい。それより飯を食うの再開しようぜ。はっきり言って疲れた」

 

序列戦に加えてトラブルの発生、これ以上面倒事に巻き込まれたくない。

 

「あ、うん。じゃあ席に戻ろっか」

 

戸塚が頷くので席に戻ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て比企谷八幡。お前に話がある」

 

いきなり呼ばれなので振り向くとリースフェルトが固い表情で俺を見ていた。

 

その顔を見て話す内容を理解した。しかもオーフェリアからリースフェルトは頑固だと聞いた事もあるので間違いなく面倒事になると思う。

 

 

 

 

それこそーーー決闘をするくらい面倒事になるかもしれん。

 

俺はため息を吐きながらリースフェルトと向き合った。



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比企谷八幡は妹と友人と遊びに行く(後編)

 

 

「待て比企谷八幡。お前に話がある」

 

リースフェルトがそう言うと小町、戸塚、天霧が俺とリースフェルトを見てくる。

 

俺はそれを無視して返事をする。

 

「わかった。小町に戸塚は席を外してくれないか?」

 

「う、うん」

 

「わかったよ八幡」

 

「綾斗、済まないがお前も席を外してくれないか?」

 

「わ、わかった」

 

話す内容は十中八九オーフェリアの話だろう。余り他人に聞かせる話じゃないし。

 

3人がさっきまで俺達がいた席に移動するのを確認してリースフェルトが口を開ける。

 

「とりあえず少し歩かないか?」

 

俺はその提案に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

俺とリースフェルトが歩いているのは商業エリアにある自然公園だ。

 

暫くの間無言で歩いていたが自然公園の噴水広場に着いたと同時に口を開ける。

 

「で、一応聞くが話したい内容はオーフェリアの事だな」

 

「……その通りだ。この前小町と話している時にお前がオーフェリアと仲が良いと聞いたのでな」

 

「……は?おいリースフェルト、小町の奴は何を話したんだ?」

 

何か嫌な予感しかしないんだが……

 

そして俺の予想は見事に的中した。

 

「ん?彼女曰く『お兄ちゃんってオーフェリアさんと仲睦まじくお昼ご飯を食べているんだよ!』って自慢気に言っていたな」

 

「よしわかった。あいつ後でしばき倒す」

 

何が仲睦まじくだよ?一緒に飯を食ってるのは事実だがアレは仲睦まじいとは言わないからな?捏造するな。

 

「違うのか?」

 

「違う。一緒に飯を食ってるのは事実だが仲睦まじくはない。それより話を戻すぞ」

 

俺がそう返すとリースフェルトは顔を引き締める。

 

「で、何が聞きたいんだ?最近のオーフェリアの様子か?それとも……あいつの体についてなんとかしたいって事か?」

 

「……やはりお前も知っていたのか?」

 

「そりゃ俺も魔術師だからな。まあ今日明日って訳じゃないが遠くない未来に死ぬだろうな」

 

オーフェリアの力は桁違いだ。しかし余りの力ゆえ完全に制御は出来ていないだろう。あいつの使う瘴気はオーフェリア自身も蝕む力、つまり寿命を削りながら闘っているようだ。

 

「だからオーフェリアに無茶な闘いをしないでくれと頼んだ。……後はお前も現場にいたから知っているな?」

 

「……ああ」

 

オーフェリアはリースフェルトの意見を聞かず、どうしてもと言うなら決闘で勝てと言った。それでリースフェルトは敗北した。

 

「優しかった頃のあいつに戻って欲しいと思っている。それが無理ならせめて命を削った闘いだけは止めて欲しいんだ」

 

リースフェルトは沈痛な表情でそう言ってくる。俺は過去のオーフェリアを知らない。しかし今のオーフェリアの近くにいる者として一つだけ訂正をしたい。

 

「リースフェルト。その言い方だと今のオーフェリアは優しくないみたいだがそれは違う」

 

「……え?」

 

リースフェルトが顔を上げる。

 

「昔のオーフェリアは知らないが今のオーフェリアは分かり難いが優しいぞ」

 

「……そうなのか?」

 

「ああ。何せ小町がオーフェリアに会いたいから来てくれって誘ったら『八幡の妹に害を及ぼしたら悪い』って断るくらいだ。他人を気遣ってるし普通に優しいと思うが?」

 

最近では俺が買えなかった好物の惣菜パンを交換してくれたり、教科書を貸してくれたりするし。

 

「そうか……」

 

何か感慨深げに思考に耽っている。暫く考えていると口を開ける。

 

「比企谷、お前はオーフェリアとあいつ自身の体について話した事はあるか?」

 

「ん?あるぞ。お前がオーフェリアと闘って暫くしてから余り能力を使わないでくれないかって頼んでみた」

 

まあ結果はリースフェルトと同じだ。オーフェリアは悲しげな表情をして首を横に振り止めたきゃ決闘で勝てと言ってきた。そんで挑んでボコボコにされた。

 

「……正直に言って俺はあいつと過ごす時間は気に入ってる。だからあいつには能力を使わないで欲しいと今でも思っている。……っても、何度も闘っている内に能力を使うのを止めされるのは無理だと思うようになってきたな」

 

今でも能力を使うのを止めされる云々除いてオーフェリアに挑んでいるが最近じゃ頑張っても勝てないって半ば折れかけている。

 

「……それでも私はオーフェリアに勝って戻ってきて欲しい。……まあ、私より遥かに強いお前からしたら妄言に聞こえるかもしれないが」

 

そう言ってリースフェルトは力無く笑う。

 

しかし……

 

「……別に妄言とは思わねぇよ。寧ろ俺の方が情けねぇよ」

 

俺はリースフェルトの発言を妄言と馬鹿にするつもりはない。

 

折れかけている俺より遥かに弱いにもかかわらず未だに折れていない。それは賞賛すべき物であり馬鹿にする物じゃない。

 

「そうか?」

 

「そうだろ。だってお前は折れてないんだろ」

 

「当然だ。オーフェリアに勝つまで私は折れる訳にはいかない」

 

リースフェルトの目は絶対に譲らないと言っている様な気がして、それは凄く美しく感じた。こいつは本気でオーフェリアを助けたいと思っているようだ。

 

だから俺は一つの助言をする。

 

「だったら鳳凰星武祭で優勝してオーフェリアをレヴォルフ、正確にはディルクから解放してくれって頼んだらどうだ?」

 

星武祭の願いは最優先事項だ。いくらディルクでも逆らうのは無理だろう。

 

リースフェルトはそれを聞くと暫く考える素振りを見せて返事をする。

 

 

「なるほどな……それはいい考えだが無理だ。鳳凰星武祭で叶えたい願いは既に決まっている」

 

マジか。アレだけオーフェリアを助けたいと言っていたが、それよりも優先したい願いがあるのか?

 

「その願いって聞いていいか?」

 

「構わない。私が鳳凰星武祭で叶えたい願いはオーフェリアがいた孤児院の借金返済及び今後の運営資金にあてる金の要求だ」

 

それを聞いて言いたい事を理解した。星武祭の願いに頼らなきゃいけないとは……オーフェリアがいた孤児院は相当酷い経営難のようだ。

 

「つまりオーフェリアみたいに他の孤児が借金のカタになるのを防ぐって事か?」

 

「ああ。私はあの場所が好きなんだ。だからもう2度とオーフェリアの様な人間は出したくない。それが私の第一優先なんだ。お前が提案した願いについては獅鷲星武祭か王竜星武祭で頼むかもしれない」

 

ちょっと待て。こいつまさかグランドスラムを狙ってんのか?まあ少し話しただけでリースフェルトの性格は知っているから本気だろう。

 

(……まあオーフェリアに勝つ気でいる奴だしあり得るかもな。……ん?)

 

「そういやリースフェルト。お前鳳凰星武祭に出るんだよな?」

 

「そのつもりだが?」

 

「それで思ったんだがお前は誰と組むんだ?」

 

優勝を目指すとなると相当強いパートナーが必要だ。組むとしたら刀藤綺凛あたりか?

 

疑問に思ったので聞いてみると……

 

「う……それはだな……」

 

何か言葉を濁し始めた。おい、まさかこいつ……

 

「……リースフェルト。一応聞くがまだパートナー決まってないのか?」

 

だったら最悪の事態だ。エントリー締切まで後1週間ちょいだ。参加できないんじゃ実力以前の問題だ。

 

「あ、ああ……いない」

 

苦い顔をしながらもはっきりと首肯する。それを確認して俺は頭が痛くなるのを感じた。

 

その態度を見て思った。こいつ間違いなくぼっちだ。

 

「……マジでどうすんだ?この時期にエントリーしてない奴なんて基本的に鳳凰星武祭に出る気のない人だろ」

 

「……ああ。だから何とかしないとな」

 

さっきまでの凛々しい雰囲気から一転、哀愁漂う雰囲気になっているリースフェルト。地雷を踏んでしまった俺としては申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

「……とりあえず戻るか?」

 

「……ああ」

 

何とも言えない空気のまま俺達は自然公園を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

自然公園を出てハンバーガー店に向かっていると……

 

「比企谷」

 

さっきまでの弱々しい口調はなくなり本来の姿に戻っていたリースフェルトが話しかけてくる。

 

「何だよ?」

 

「お前が本当にオーフェリアと過ごすのが楽しいならオーフェリアにも楽しい時間を作ってやってくれないか?」

 

どうやら本気でオーフェリアの幸せを願っているようだ。それに対して俺も応えたいという気持ちはあるが……

 

「保証は出来ない。俺は割と楽しいがあいつは楽しいと思っているとは限らないし」

 

「わかっている。オーフェリアを大切に思っているお前が側にいてくれるだけでいい」

 

…今日初めて話したのに随分と信頼されたもんだな。まあ一緒にいるのはいつもの事だから構わないが。

 

「わかったよ。出来るだけの事はしといてやる」

 

「ああ。頑張れよ」

 

「お前こそパートナー探すの頑張れよ」

 

そう返すと真っ赤になって怒ってくる。しまった……

 

「う、うるさい!そ、それよりも店が見えてきたぞ!」

 

そう言ってリースフェルトはズンズン先に歩いて行ったので俺もそれに続いた。

 

 

 

 

店の前には小町達がいたので合流する。

 

「すまん綾斗。戸塚に小町も比企谷を借りて済まなかった」

 

「あー、全然大丈夫ですよ。なんだったら1日中引っ張っても「黙れ小町」痛っ!何すんのさお兄ちゃん?!」

 

何か文句を言ってくるが、お前リースフェルトに俺がオーフェリアと仲睦まじいとかデマ吐いた恨みは忘れてないからな?

 

「まあいい。それより次は何処に行くんだ?」

 

元々適当に遊びに行く約束をしていたが何処に行くかは知らない。

 

「あ、それなんだけど天霧さんを案内する事になったからよろしくね〜」

 

小町はそう言ってくるが天霧の案内だと?

 

「ん?リースフェルトは市街地を案内してたのか?」

 

「ああ。それで昼食を食べていたらレスターに絡まれたんだ」

 

なるほどな。普通に案内するのが随分と面倒な事になったんだな。哀れなり。

 

天霧とリースフェルトに同情していると小町が手を叩く。

 

「そ・れ・よ・り。時間も押してるし早く行こうよ。あ、お兄ちゃん『面倒だからパス』ってのは無しだからね?」

 

ちっ。完全に思考を読まれてやがる。流石妹だけはあるか。

 

断っても意味がないのは理解しているのでため息を吐きながら頷く。

 

「はいはい。わかったよ」

 

「よーし!レッツゴー!」

 

小町は笑顔で歩き出す。リースフェルトは少し驚きながら、戸塚と天霧は苦笑しながら小町に続いたので俺も後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

結局案内が終わったのは夕方だった。

 

「今日はありがとう。勉強になったし楽しかったよ 」

 

「そ、そうか。い、いや、何度も言うが私は借りを返しただけだ。礼を言われる筋合いはないぞ」

 

「借り?お二人は何かあったんですか?」

 

小町が興味深そうな表情で尋ねる。

 

「いや、決闘の最中に助けられたんだ」

 

決闘?天霧の転入初日にやったヤツか?て事は……

 

「天霧がリースフェルトを押し倒して胸揉んだやつか?」

 

少なくとも俺が知っている決闘はそれくらいだし。

 

そう思っていると視線を感じるので見るとリースフェルトが真っ赤になって睨んでいた。後ろでは天霧と戸塚は真っ赤になっていて小町はニヤニヤ顔を浮かばせていた。

 

「そ、その話は蒸し返すな!!」

 

どうやらアレは事実のようだ。転校初日に天霧は何をやってんだか……

 

「悪かったよ。てか何でお前らは決闘する事になったんだよ?」

 

普通に考えて冒頭の十二人であるリースフェルトが転校初日の天霧に決闘を挑むとは思えないし、天霧もさっき話した感じだと大人しい性格だ。転校初日に決闘を挑むとは考えにくい。

 

よってなんで決闘をする事になったか気になるが……

 

(……何でこいつらはさっきより顔が赤いんだよ?)

 

天霧とリースフェルトは林檎のように真っ赤な顔をしている。その事からただ事じゃないのは理解できる。マジで何があったんだ?

 

疑問に思っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

近くで怒号と罵声が耳に入る。

 

見ると駅の近くでレヴォルフの学生十数人が揉めていた。相変わらずうちの学校は屑が多いな。

 

高校から入学した戸塚と最近転校してきた天霧は物珍しそうに見ているが小町とリースフェルトは呆れたような視線を向けていた。

 

「……全くレヴォルフの連中は相変わらず馬鹿な事ばかりやっているものだ」

 

「え?ユリス、どういう事?」

 

「レヴォルフは校則が無いに等しい学園なんだ。その為素行不良な生徒が多いんだ。比企谷みたいなマトモな生徒なんて1割もいないだろうな」

 

「1割どころか1%もいないぞ」

 

「うわー。お兄ちゃんくじ引きで学校選んだの間違いじゃないの?」

 

「何?!比企谷、お前くじ引きで行く学校を決めたのか?!」

 

リースフェルトが信じられないといった表情で俺を見てくる。うん、今更だが適当過ぎたな。

 

俺が返事を返そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

レヴォルフの生徒達が俺達の周囲に展開し始めて乱闘が始まった。

 

それを見て俺は嫌な予感がした。レヴォルフに通っている俺には直ぐにわかった。間違いない、これは……

 

内心舌打ちしていると天霧の後ろから1人の学生が短剣型の煌式武装を持って突っ込んできた。

 

 

それを確認すると同時に影に星辰力を込めて影を操作する。

 

高速で動く影は地面から離れて天霧を刺そうとする学生を捕らえる。

 

「ぐうっ!」

 

捕まった学生は苦しそうな声を上げるがどうでもいい。連中の狙いは十中八九俺だろう。関係のないこいつらを巻き込むつもりはない。

 

そう思いながら更に影に星辰力を加えて影を広げる。それによって影は触手のような形状となる。

 

「蹂躙しろ」

 

俺がそう呟くと影の触手は周囲に広がりレヴォルフの学生全員を捕らえた。

 

「八幡、これは?」

 

全員捕まえたのを見ていると戸塚が話しかけてくる。

 

「うちの学校の屑共が街で人を襲う時使う手なんだが……乱闘の最中にターゲットを取り囲んで痛めつけんだよ」

 

「あくまでターゲットは『乱闘に巻き込まれた』だけという風に装うからタチが悪いんだ」

 

俺の説明にリースフェルトが補足を加える。

 

「連中の狙いは多分俺でその際にお前らを巻き込む形になったんだろう。天霧はとばっちりくらいそうになったし悪かったな」

 

そう言って頭を下げる。

 

「あ、いや……怪我してないし気にしないでよ」

 

そう言って手を振ってくる。怪我でもしたら本当に申し訳ないし。

 

内心謝りながら影を使ってレヴォルフの連中を引き寄せる。拘束された連中は俺を見て怯えだすがどうでもいい。

 

俺はリーダー格らしきモヒカンの胸ぐらを掴む。

 

「おいてめぇ。俺を狙うのはともかく関係ない奴ら狙ってんじゃねぇよ。殺すぞ」

 

「ひぃぃぃぃっ!な、何でお前がいんだよ?!」

 

ん?まるで俺がいるのが予想外みたいな言い方だがどういう事だ?

 

「おい。一応聞くがお前らが狙ったのは俺か?」

 

「ち、違う!俺らじゃ束になってもあんたには勝てねぇよ。俺達の狙いはそいつらだよ!」

 

そう言って天霧とリースフェルトを指差す。って事はさっきのは初めから天霧を狙っていたのか?

 

「誰の指示だ?ディルクのカス野郎か?」

 

「し、知らない!顔は見てないんだ!!」

 

「顔を見てない?メールで指示されたのか?」

 

「そうじゃなくて黒ずくめだったから顔を見てないんだよ!」

 

「そいつの特徴は?」

 

「背の高い大柄な奴だった。そんで……」

 

そう言ってモヒカンはポケットから封筒を出してくる。中を見ると幾らかの金と紙が入っていた。そこには……

 

「天霧とリースフェルトの写真があってそいつらを痛めつけろって指示が書いてあるな……お前らに心当たりはあるか?」

 

「俺はないよ。ユリスは?」

 

「ないな」

 

そう言われて首を傾げる。リースフェルトはまだしもアスタリスクに来たばかりの天霧を狙う奴がいるとは思えない。犯人は何で天霧を狙うんだ?

 

犯人の行動に疑問を抱いている時だった。

 

 

 

「あ、あいつ!あいつだ!あいつに頼まれたんだよ!」

 

モヒカンがそう言ってくるので後ろを見ると人影が路地へと逃げ込んでいた。

 

「待て!」

 

「ユリス!深追いはまずい!」

 

それと同時にリースフェルトと天霧が路地に向かって走って行った。

 

「ちっ!小町と戸塚はここにいろ!」

 

舌打ちしながら俺も後に続く。レヴォルフの生徒は拘束したままだがどうでもいい。

 

俺が路地に着く。

 

するとそこにはアサルトライフル型の煌式武装を持った黒ずくめの男がリースフェルトを狙って放っていた。リースフェルトは地面に転がって躱していた。どうやら能力に頼りきりの魔女じゃないようだ。

 

そう思っていると地面に新しい影がチラリと見えたので上を見る。

 

するとそこにはクロスボウ型の煌式武装を持った黒ずくめの男がいた。まだいるのかよ!!しかも天霧を狙ってやがる。

 

 

 

「ちっ」

 

舌打ちをしながら腰からレッドバレットを抜いて屋上目掛けて発砲する。

 

それと同時に黒ずくめの男は消えたので俺は捕まえる為に屋上に上がる。

 

しかしそこには誰もいなかった。どうやら逃げ足だけは自信があるようだ。

 

ため息を吐き天霧達の所に下りる。

 

「すまん。襲撃者の1人を逃した。そっちは?」

 

「私達も逃してしまった。全く逃げ足だけは大したものだ」

 

リースフェルトは不愉快そうに息を吐く。まあ狙われている者としては気持ちはわかる。

 

「……そろそろ警備隊がやってくるだろうし私達も退散するぞ」

 

「リースフェルトに同意だな。星猟警備隊は融通がきかないからな。捕まると面倒だ」

 

そう言って3人で小町と戸塚の元に向かう。

 

「皆大丈夫だったの?!」

 

「怪我はしてないが犯人は逃した。複数いるのは厄介だから戸塚も気をつけろよ」

 

「う、うん」

 

「ヤバイよお兄ちゃん。あれ警備隊じゃない?!」

 

小町が指差す方向を見ると警備隊の連中が目に入る。まだ気付いていないようだが見つかったら面倒だ。

 

「おいお前ら。今から影に潜るから全員俺の体に触れろ」

 

「八幡?どういう事?」

 

「俺に触れている存在は影に入れるんだよ。逃げるから早く触れ」

 

俺がそう言うと全員が俺の体に触れる。それを確認すると影に星辰力を込める。

 

 

「影よ」

 

そう呟くと影が俺達の体に纏わりつき影の中に潜る。

 

完全に影に入りきると俺は警備隊がキョロキョロしているのを見ながらこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから15分……

 

 

俺は星導館学園から少し離れた場所のカフェの裏に行き地上に出る。

 

「送るのはここまででいいか?」

 

影から出た俺はそう尋ねる。

 

「うん。ありがとう八幡!」

 

「お、おう」

 

やだ、戸塚可愛過ぎる。

 

「……影に入るというのは不思議な気分だな」

 

「そりゃ普通は入らないからな」

 

「いやー、お兄ちゃんの能力って本当に便利だねー」

 

「まあな。とりあえずお前ら全員狙われてるから気をつけろよ」

 

この場にいるメンバーで俺以外は全員襲われているからな。

 

「わかってる。今日は助かったよ。ありがとう」

 

天霧は礼を言ってくる。

 

「それは構わないが……お前は狙われる心当たりはあるか?」

 

転校して間もない奴を狙う理由がどうしてもわからない。それとも天霧の奴、アスタリスクに来る前に何かやったのか?

 

「うーん。正直言ってないね」

 

顔を見る限り嘘を吐いているようには見えないが……

 

「まあとりあえず用心はしとけ。俺は帰る」

 

序列戦があってトラブルの連続……はっきり言ってかなり疲れた。

 

「じゃあね〜お兄ちゃん」

 

「今日は楽しかったよ八幡」

 

「色々と世話になったな」

 

「またね」

 

4人からの挨拶を背に受けて俺は自分の寮に向けて歩き出した。

 

 

 

 

レヴォルフに近づいた俺は寮に戻ろうとしたがある事に気付いた。

 

「やっべ。よく考えたら家に食材がないんだった……」

 

昨日食材を買う予定だったが頭痛くて買いに行かなかったんだった。

 

……仕方ない。コンビニ弁当にするか。学校の食堂は今からは怠いし。

 

ため息を吐きながらコンビニに向かう。今日はため息が多いな……

 

その時だった。

 

 

 

 

 

「……八幡?」

 

いきなり話しかけられる。俺を八幡呼びする人は数少ない。そしてこの声は……

 

「昼の序列戦以来だな。オーフェリア」

 

そこには今日話題となったオーフェリアがいた。

 

「八幡は今帰り?」

 

「ああ。そんで夜飯にコンビニ弁当を買おうと思ってたんだよ」

 

「八幡、前に家では自炊してるって言ってなかった?」

 

「いつもはな。でも今日は寮に食材ないから仕方なくな」

 

コンビニ弁当はそこまで好きじゃないが今から食材買って飯作るのは怠い。

 

そんな事を考えているとオーフェリアは何かを考えているような表情を見せてくる。どうしたんだ?

 

疑問に思っているとオーフェリアが口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………だったら私の寮で夕食食べる?」

 

………え?



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オーフェリア・ランドルーフェンは比企谷八幡に初めて笑顔を見せる。

「………だったら私の寮で夕食食べる?」

 

……は?

 

「えーっとだな……オーフェリア。それはどういう意味だ?」

 

オーフェリアの真意を聞き出す。女子が自分の寮に男子を誘うのは普通にダメだからね?

 

「……?どういう意味って私の寮で夕食を食べないかって誘っただけよ」

 

いや、まあ……そうだけどさ。

 

「いやいや。女の子が男を簡単に自分の寮に誘うなよ。下手したら襲われるかもしれないだろ?」

 

まあ俺は警備隊のお世話になりたくないから襲わないけど。

 

するとオーフェリアは特に表情を変えずに口を開ける。

 

「八幡にそういう事をする度胸があるとは思えないわ。それに八幡じゃ私に勝てないし」

 

それを聞いて納得した。特に後者。オーフェリアを襲っても返り討ちになるだろう。

 

それより気になっている質問をする。

 

「でも何で俺を誘うんだ?」

 

正直言ってオーフェリアから飯の誘いがくるなんて本当に思わなかった。

 

「……八幡にはお昼にご馳走になったからそのお礼のつもりよ」

 

ああ……なるほどな。

 

納得したので本題に戻る。

 

女子からの誘い。本来なら間違いなく断るだろう。しかし今日はリースフェルトとオーフェリアについて話した為かオーフェリアの誘いについては断りづらい。

 

(……まあ、飯くらいで楽しい時間になるとは思えないが……受けるか)

 

そう判断して俺は口を開ける。

 

「わかった。悪いがご馳走になっていいか?」

 

「ええ。じゃあ付いてきて」

 

オーフェリアはそう言って歩き始めたのでそれに続いた。にしても女子寮に行くのがバレたらヤバイから気をつけないとな。

 

 

 

 

 

 

オーフェリアが住んでいる場所はレヴォルフの中ではなく外縁居住区にある学生寮だった。俺が借りている寮とは雰囲気が違うが中々豪華な外観だ。

 

「……上がって」

 

「邪魔するぞ」

 

オーフェリアに案内された部屋の中に入る。部屋の中には必要最低限の家具と棚に幾つかの本があるくらいで女子にしては割と殺風景な部屋だ。

 

(……まあ俺の部屋も似たような感じだし、これなら気楽に過ごせるな)

 

俺の部屋はオーフェリアの部屋に大量の本とパソコンを加えた様な部屋で割と似ている。だから気苦労する事はないだろう。

 

「…今から作るから少し待ってて」

 

オーフェリアはそう言って棚からエプロンを取り出してつけている。

 

(オーフェリアのエプロン姿って………何つーか良いな)

 

オーフェリアがつけているのはピンク色のシンプルなエプロンだった。オーフェリアがエプロンをつけるなんて今までイメージ出来なかったが実際に見てみると……予想外に似合っていて驚いた。

 

「何か手伝うか?」

 

オーフェリアが料理を作っているのにボケーっとしてるのは悪い気がするのでとりあえず聞いてみる。

 

「別にいいわ。退屈だったらそこにある本でも読んでていいわよ」

 

そう言われたので本棚を見てみる。そこにはファッション誌などは一切なくあるのは小説だけだった。今更だが本当に女子らしくない部屋だな。

 

いくら読んでいいと言われても女子の私物に触れる度胸はないので端末を操作して今日レヴォルフで発行された新聞を読み始める。賭けのオッズや歓楽街のおすすめスポットが掲載されている新聞を発行するのは六学園でもレヴォルフだけだろうな。

 

そんな事を考えながら暫くの間新聞を読んでいるとチーズの良い匂いが辺りに充満し始める。

 

その匂いを嗅ぐと同時に端末から目を離す。ヤバい、何だこの食欲をそそる匂いは?

 

そう思っているとオーフェリアが2つの食器を持ってきた。

 

「お待たせ」

 

テーブルの上に置いた食器を見るとそこには熱々のグラタンがあった。見るからに美味そうだ。涎が出てくる。

 

「じゃあ食べましょう」

 

そう言ってオーフェリアは俺の向かいに座るので俺も端末の電源を切ってオーフェリアと向き合う。

 

「じゃあいただきます」

 

「……どうぞ」

 

オーフェリアに了承を得たので一口食べる。

 

すると目を見開いてしまう。

 

 

(……美味ぇ。何だこれ。俺トマト嫌いなのにこのトマトソースは普通に食えるぞ?!)

 

正直言って美味い以外の感想はない。てかマジで予想外だ。言っちゃ悪いがオーフェリアって料理するイメージないし。

 

 

 

 

「美味いなこれ」

 

オーフェリアを褒めると、オーフェリアはいつもの表情でパクパク食べている。

 

「……そう?ずっと昔に習った料理よ」

 

「ずっと昔に?て事は孤児院にいた時か?」

 

俺がそう聞くとオーフェリアは顔を上げて俺を見てから息を吐く。

 

「……ユリスに聞いたの?」

 

「ああ。今日偶然会ってお前の事を聞いた」

 

オーフェリアはいつもより少し悲しげな表情を浮かべ俺に話しかけてくる。

 

「……そう。ユリスは諦めてなかった?」

 

オーフェリアの質問は『リースフェルトは私を連れ戻すのを諦めてないのか?』という意味だろう。

 

「ああ」

 

「……やっぱりね。もう私の運命はここにあるのに……」

 

オーフェリアはそう言ってレヴォルフの校章に手を当てる。

 

「まああいつは絶対に諦めないと思うぞ」

 

何せグランドスラムを目指す奴だ。諦めるとは思えない。

 

「無理よ。ユリスじゃ私の運命は覆せない。……仮に覆せたとしても昔の様には戻れない」

 

ん?覆せたとしても戻れないだと?

 

「どういう事だ。仮にリースフェルトがお前に勝ったらリースフェルトに従うんだろ?」

 

「……ええ。でも私の体は汚れて花を触る事も出来なくなって皆に否定される存在になったの。だから元通りの関係には戻れない」

 

汚れているとはオーフェリア自身から湧き上がる瘴気の事を言っているのだろう。花ってのはよく分からんが昔好きだったのだろう。

 

しかし俺の考えは違う。

 

「別に戻れない事はないだろ?」

 

俺が思っている事を口にするとオーフェリアは目を見開いて俺を見てくる。

 

「何を……?」

 

「だから関係が戻らないとは限らないだろ。俺が思うにリースフェルトは『周りからお前が化物と言われようがそんなもの関係ない!』って言うと思うぞ?」

 

というか絶対にそう言うと思う。少なくともリースフェルトは絶対にオーフェリアを否定しないだろう。殆どの人は知らないが俺もオーフェリア・ランドルーフェンは優しい事を知っている。

 

だから……

 

「リースフェルトだけじゃなく俺もお前を否定するつもりはない」

 

「……信じられないわ」

 

オーフェリアは悲しげな表情のまま首を振る。多分今まで化物扱いされていたせいか、その辺りは信じられないのだろう。

 

「……そうか。じゃあ証拠を見せてやる」

 

「……え?」

 

オーフェリアが不思議そうな顔をしているのを確認しながら俺は残っているグラタンを食べ終えてオーフェリアと向き合う。

 

「オーフェリア、悪いが手袋を取ってくれないか?」

 

「……本気で言ってるの?」

 

「ああ」

 

俺がそう言うとオーフェリアは理解に苦しむとばかりの表情を浮かべながら右手に付けている手袋を外した。

 

手袋を外すとオーフェリアの美しい白い肌が現れる。それと同時に白い肌から揺らめくように瘴気が立ち上る。

 

「外したわよ。……それでどうするの?」

 

オーフェリアが質問してくるが決まっている。俺がオーフェリアを否定してない事を証明するだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はオーフェリアの手を一切躊躇わずに掴んだ。

 

それによって腕に激痛が走り腕も変色しているが知った事じゃない。

 

「……っ!?」

 

オーフェリアを見ると信じられない物を見たような表情をして驚いていた。何だよ、お前もそんな顔するのかよ。瘴気による痛みの強さよりそっちの方が驚いたぞ。

 

オーフェリアの表情の変化に驚いていると、半ば強引に手を振り払われる。

 

顔を上げるとオーフェリアは未だに驚いた表情をしながら外した手袋を再度付けていた。

 

付け終わると同時にオーフェリアは自身の体から瘴気を出して俺の手に当てる。それによってさっきまであった痛みがみるみる無くなり腕の色も元に戻る。その事から今オーフェリアが出した瘴気は俺が腕に触れた瘴気を打ち消す効能があるのだろう。

 

腕の色が元に戻ると同時にオーフェリアは俺に話しかけてくる。

 

「……八幡正気?何を考えているの?」

 

若干落ち着いたものの未だに驚いた表情を浮かべているオーフェリア。

 

「何を考えているって俺はお前を否定しないって証拠を見せただけだ。問題なく触れるなら否定してない証明になるだろ?」

 

俺がそう返すとオーフェリアは目をパチクリしながら俺を見て、やがてため息を吐く。

 

「……八幡って馬鹿?」

 

「おいこら。そんなキョトンとした顔で言われると腹立つから止めろ」

 

ぶっちゃけ結構イラってきたぞ。

 

「だって……私の体を知っていて、それでも触ってくるとは思わなかったわ」

 

「まあそうかもな。でもこれで俺はお前を否定してないって証明になったか?」

 

「……それは」

 

オーフェリアは黙る。

 

大体こいつの体は好き好んでこうなった訳じゃない。だから俺はオーフェリアを悪と否定するつもりはない。否定されるべきはアスタリスクに来る前に馬鹿やりまくった俺みたいな存在だ。

 

「……まあそれでもお前が『比企谷八幡は私自身を否定している』と思っているならこれ以上は言わない。ただ、俺はお前と過ごす時間は楽しいと思ってる。これだけは事実だ」

 

そう言って俺は立ち上がる。

 

「……帰るの?」

 

「飯も食い終わったしな。警備隊や風紀委員に見つかったら面倒だしそろそろお暇するべきだろう」

 

そう返して鞄を持って玄関に向かうとオーフェリアも後を付いてくる。

 

「じゃあなオーフェリア。飯美味かった」

 

そう言ってドアを開けようとした時だった。

 

服を引っ張られる感じがしたので振り向くとオーフェリアが俺の制服の裾を掴んでいた。

 

「オーフェリア?」

 

突然の行動に驚きながらもオーフェリアの行動の意図について尋ねてみる。

 

「また来てくれる?」

 

「……え?」

 

「……私も八幡と過ごす時間は楽しい。だから……」

 

オーフェリアはそう言って黙るが言いたい事は理解した。

 

俺自身オーフェリアと過ごすのは嫌じゃない。そして……

 

ーーオーフェリアにも楽しい時間を作ってやってくれないかーー

 

リースフェルトとの約束もある。だから……

 

 

「ああ。また呼んでくれ」

 

断る理由はないな。俺はオーフェリアの誘いを了承した。

 

俺がそう返すとオーフェリアは普段連んでいる俺以外には分からないと思えるくらい小さい、それでありながら本物の笑顔を見せてきた。

 

「……ありがとう。じゃあまた学校で」

 

「ああ。また学校でな」

 

いつも別れの時に使う挨拶を交わして俺はオーフェリアと別れた。

 

オーフェリアの寮を出て自分の寮に歩いている中、俺は不思議な高揚感に包まれていた。

それが何なのかは分からないが不思議と気分は良かった。



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比企谷八幡は天霧綾斗の力の一端を知る

オーフェリアの家で夕食を取った翌日

 

いつも通り学校に行く。教室に入ると授業間近なのに半分くらいしか生徒はいなかった。流石レヴォルフ、学級崩壊同然の状態が普通とはな……

 

「あ!八幡さんおはようございます」

 

そう言って笑顔で挨拶をしてくるプリシラはマジで天使。まさに掃き溜めに鶴だな。癒される。

 

「おはよう。今日って宿題あったっけ?」

 

「はい。数学の課題が……って逃げちゃダメです!」

 

プリシラが俺の服を掴んでくる。

 

「離せプリシラ。俺は頭が痛いから保健室に行かなきゃいけないんだ」

 

「数学の課題を忘れたんですよね!数学は四時間目ですから今からやれば間に合います!」

 

「えー。頼む写させて」

 

レヴォルフは六学園の中では成績が悪いが俺の数学はその中でも下位クラスだからやる気がしない。次の星武祭で優勝したら『学校の授業から数学を除外する』って願うべきか?

 

「ダメです!宿題は自分でやらなければ意味がありません!さぁ座って!」

 

ダメだ。やっぱりプリシラは怒ると怖い。イレーネがプリシラには頭が上がらないと言う気持ちがよく分かる。

 

「さあ、急いでやりましょう!」

 

いつの間にか椅子に座らされた俺はそんな事を考えながら授業開始までプリシラに見張られながら数学の課題をやり始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事があったんだよ」

 

「……そう。お疲れ様」

 

昼休みになりベストプレイスに向かった俺はオーフェリアに愚痴っている。オーフェリアはいつものように悲しげな表情をしながら俺の話を聞いて相槌をうっている。

 

「そういえばオーフェリアって成績良いのか?」

 

そう尋ねるとオーフェリアは端末を開いて俺にデータを見せてくる。それによるとオーフェリアの成績は上位20人の内の一人だった。

 

「マジかよ……しかも数学は90点超えかよ」

 

「八幡はどうなの?」

 

そう言われて思わず顔が引き攣った様な気がする。しかしオーフェリアは見せたんだ。俺のを見せないってのは筋が通らないだろう。

 

息を吐きながら端末を開いてオーフェリアに昨年の学年末試験のデータを見せる。

 

「……数学が酷いわね」

 

昨年の学年末試験の結果は総合成績は300人中上位50位以内に入っているが数学はワースト10に入っているからな。

 

「まあな。おかげでレヴォルフに入ってからはテスト後は毎回補習だ」

 

しかも高等部からは留年があるからな。このままだとマジでヤバい。

 

そう思っている時だった。

 

 

 

「じゃあ私が八幡に数学を教える?」

 

オーフェリアから予想外の提案をされて呆気にとられてしまう。当の本人は特に気にした様子もなく話し続ける。

 

「この成績だと長期の休みには補習漬けになるでしょうし……」

 

はっきり言うな。わかっていても傷付くからね?

 

「それに……八幡と一緒に過ごすのは楽しいし」

 

あのー、オーフェリアさん?男子にはっきりと言うのはやめてください。その気がないってのは理解出来るけど普通の男子は誤解しちゃうからね?俺は大丈夫だけどね。

 

まあ成績の良いオーフェリアなら教え方も上手そうだし構わないが……

 

「じゃあ期末試験2週間くらいになったら頼む」

 

オーフェリアが俺と過ごして楽しいと思うなら一緒に過ごすのも吝かではない。リースフェルトが望んでいるだけでなく、俺もオーフェリアと過ごす時間は楽しいし。

 

「そう……わかったわ……ふぁあ」

 

オーフェリアは頷きながら小さく欠伸をしてくる。珍しいな。

 

「お前が欠伸なんて珍しいな。寝不足か?」

 

「……ええ。昨日眠っていたら彼から呼び出しが来て……」

 

彼とはレヴォルフの生徒会長のディルク・エーベルヴァインだろう。全くあのデブは時間を考えろよ。

 

「……午後の授業まで後1時間くらいある。俺が起こしてやるから少し休め」

 

「……いいの?」

 

「構わない」

 

深夜にわざわざ仕事をした奴が少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。

 

「……じゃあ肩、借りてもいい?」

 

そう言うなりオーフェリアは俺の肩に頭を乗せる。……いや、まあ……寝ろと提案した手前強く言えないがよ……無防備過ぎだろ?

 

「……好きにしろ」

 

「んっ……」

 

オーフェリアはそう言って瞼を閉じる。そして10分もしないで寝息を立て始めた。

 

戦闘中は凄く怖いが……寝ている時は本当に普通の女の子みたいだな。出来ることなら起きている時も普通の女の子になって欲しいな。

 

俺はそう思いながら昼休み終了のチャイムが鳴るまでオーフェリアを眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁー。今日も疲れた」

 

あれから4時間、全ての授業が終わったので俺は帰りがてらコンビニに入りお菓子と飲み物を買い始める。

 

オーフェリアは昼休み終了の際には大分すっきりした様子だったので安心した。てか俺も寝ちゃって2人で遅刻しかけたくらいだったし。

 

(……っと。これで全部か。値段は……大体三千円くらいか。少し買い過ぎたか?)

 

一瞬、そう思ったが首を横に振る。こまめに買いに行くのは怠いしこれでいいか。

 

そう思いながらレジに並んで買った品を店員に出す。さて買い終わったらスーパーで食材でも……ん?

 

会計を待っている間コンビニの外をぼんやり眺めている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天霧?」

 

コンビニの外で先日会った天霧綾斗が全力で走っていた。一瞬顔が見えたが尋常じゃない程焦っている顔だった。しかも向かっている先は再開発エリア。レヴォルフの人間ならともかく、星導館のような学校の生徒が行く場所じゃない。……何か嫌な予感がするな。

 

そう判断した俺は急いでコンビニを出ようとするが……

 

 

「お客様!商品のお受け取りとお会計がまだです!」

 

店員に呼び止められる。くそっ、このタイミングかよ?!

 

舌打ちをしながら金を払って商品を受け取る。

 

 

コンビニを出ると同時に買った商品を影の中に入れて天霧が走った方向に向けて走り出す。

 

しかし天霧を見かけてから2分、見つけるのは至難だろう。再開発エリアは廃ビルが結構あるから下手な鉄砲数撃ちゃ当たる作戦は出来ない。

 

となると人に聞くしかない。星導館の学生が再開発エリアを歩いていたら目立つから情報は簡単に手に入るだろう。

 

そう判断した俺は正面から歩いてくるレヴォルフの男子生徒を捕まえる。するとそいつは怯え出す。

 

「ひぃっ!ひ、比企谷八幡!」

 

くそっ。目立つとこういう時に面倒だな。だがそうは言ってられない。

 

「聞きたい事がある。お前この辺で星導館の制服着た奴を見なかったか?」

 

俺がそう聞くと男子生徒はキョトンとしている。その様子からカツアゲされると思ったのか?

 

「せ、星導館の奴って男子生徒か?」

 

「ああ。見てないか?」

 

「そ、それなら……再開発エリアの外れにある解体工事中の黒いビルに向かっていたのを見たぞ」

 

よし、有効な情報を手に入れた。再開発エリアの外れに行く星導館の男子生徒なんてまずいない。となるとそいつが天霧って可能性が濃厚だ。

 

「すまん」

 

男子生徒に礼を言って走り出す。何か後ろから「あれ?俺、殺されないで済んだの?」とか言っているが今回はそれどころじゃないから見逃してやる。

 

 

 

あれから3分……

 

俺はようやく男子生徒に言われた黒いビルを発見した。再開発エリアの外れであるから間違いなく当たりだろう。

 

そう判断して近寄ってみた時だった。

 

 

 

 

 

 

俺はいきなり総毛立つのを感じた。

 

 

原因は……

 

俺は例の黒いビルを見ると圧倒的な星辰力が光の柱を形成していた。

 

(……何だ。あの星辰力は?かなりあるぞ)

 

いつもオーフェリアと戦っているからそこまで驚きはしないが……あの星辰力はアスタリスクでもトップクラスだろう。

 

理由はない。理由はないが俺はあの星辰力は天霧の物だと思う。それならあのクローディア・エンフィールドが天霧をスカウトしたのも頷ける。

 

そう判断した俺はこっそりと進み廃ビルに近寄ってみる。そこには……

 

片手に黒い剣を、もう片手にリースフェルトを持った天霧が武器を持った沢山の人形の攻撃を避けていた。

 

(……何やってんだありゃ?しかもあの人形……もしかして以前襲ってきた奴か?)

 

人形は槍や剣、銃やクロスボウなど様々な武器を持っている。数にして100体くらいか?てかそれを1発もくらわないで避けている天霧も中々やるな。

 

「ふ、ふふふ……よくかわしますね。ですが、逃げてばかりでいいのですか?」

 

天霧の身体能力に感心していると声が聞こえたのでそちらを見る。すると星導館の制服を着た痩せこけた男が天霧を挑発している。様子を見る限りこいつが人形を操ってんのか?

 

(だとしたら……小町を狙ったのもこいつか?)

 

「そうだね。今ので十分わかったよ。あなたの能力で個別に動かせる人形はせいぜい6種類ってところだろう?」

 

殺意を露わにしている中、天霧がそんな事を言ってくる。

 

ん?どういう事だ?今来たばかりだからよくわからん。

 

疑問に思っていると痩せこけた男子生徒は天霧を嘲笑する。それに対して天霧は……

 

「見ればわかるよ。完全に自由に動いているのは6種類、後はある程度パターン化した動きしかしてない。それも16体くらいまでかな。残りは全部同じように引き金を引いたり腕を振ったりといった単純な動きをしているだけだ」

 

天霧がそう言うと男は青ざめた顔で震え始める。

 

試しに人形を見てみると……うん。確かに殆どが単純な作業しかしていなくてマトモに動いていないな。てか6種類16体ってチェスの駒をイメージしたのか?

 

それにしても攻撃を避けながらそれに気付くとは……本当に興味深い奴だな。この実力なら王竜星武祭も余裕でベスト8以上にいけるだろう。

 

天霧の観察眼に感心していると……

 

 

 

 

「くそがああああああ!!」

 

いきなり男が叫びだした。いきなり変わり過ぎだろ?

 

 

しかし狂った人間ほど面倒な存在はないな。そろそろ俺も出るか。

 

そう判断して俺は自身の影に星辰力を込める。

 

「影の病」

 

そう呟くと俺の影は形を大きく変える。

 

「潰れろ!潰れてしまえっ!!」

 

男がそう叫ぶと前衛にいる人形が天霧めがけて襲いかかる。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

人形は途中で動きを止める。人形は無理やり動こうとするが動ける気配はなし。

 

「な、何だ?何が起こったんだ?!」

 

男が見るからにテンパりだした。そりゃそうだ。自身の操る100体を超える人形が1体も動かなくなったからなぁ。

 

見ると天霧とリースフェルトも呆気に取られているのでそろそろ種明かしをするか。

 

俺は息を吐き物陰から現れる。

 

3人は俺を見るなり驚いた表情を見せてくる。特に人形使いの男は絶望した表情を浮かべている。

 

そんな中、俺は殺意の籠った笑みを人形使いの男に見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう。お前が人の妹を襲撃した男でいいのか?」

 

 

 

 

 

 

『あれほど殺意のある目を見るのは初めてだった』——後に天霧綾斗とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトはそう語る。

 



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こうして物語の序章は終了する。

「よう。お前が人の妹を襲撃した男でいいのか?」

 

俺はそう言って笑いながら3人の方に向けて歩を進める。

 

「な、『影の魔術師』!どうしてここが?!」

 

人形使いの男はビクビクしながら指を向けてくる。その顔は絶望に満ちている。俺は更に絶望を与えるべく笑みを深める。

 

「質問してんのは俺だ。てめぇが小町を襲撃した屑でいいのかって聞いてんだよ?」

 

「ひぃぃぃ!」

 

人形使いはそう叫びながら後ろに下がる。が、後ろにある壁にぶつかって地面に崩れ落ちる。

 

「ひ、比企谷。どうしてここに?」

 

人形使いに近寄ろうとするとリースフェルトが話しかけてくる。

 

「ん?さっきコンビニで買い物してたら天霧が再開発エリアに向かって走ってるのが見えたんだよ。それでピンときた。それよりリースフェルト、こいつが例の襲撃者でいいのか?」

 

「あ、ああ。そうだ」

 

ふーん。こいつがやっぱり小町を狙った屑か。

 

「こいつには後で地獄を見せるとして……天霧、お前中々やるな。クローディア・エンフィールドがスカウトしたのも納得したぜ」

 

「いやいや。100体以上の人形を縛りつけている比企谷に比べたら大した事ないよ」

 

よく言うぜ。四色の魔剣の1つ『黒炉の魔剣』を持ってる奴が弱い訳ないだろうが。四色の魔剣は純星煌式武装の中でもかなり強力で使い手を選ぶと聞く。同じ四色の魔剣を持つガラードワースのアーネスト・フェアクロフを考えると弱いとは思えん。

 

「そうかい。……まあ今はどうでもいいな。とりあえず先ずはこの人形を全部ぶっ壊すか」

 

そう言って天霧から視線を外して100体以上の人形とその操り手を見る。

 

「ひぃぃぃ!な、何で動かないんだよ?!動けよ!!動いてあいつを殺せよ!」

 

男はそう言って人形を操るような素振りを見せるも、当の人形はギシギシ音を立てるだけで動く気配はない。斧を振ったり銃を発砲しようとしても指の先まで影が纏わりついている為攻撃をする事が出来ない。

 

(……何だよ拍子抜けだな。100体以上の人形を動かせるからどんなもんかと思ったがこの程度の拘束すら抜け出せないなんて)

 

 

もういいや。全部ぶっ壊すか。

 

俺は手を上げて

 

 

 

 

 

 

 

「犯せ、影の病」

 

そう言って指をパチリと鳴らす。

 

瞬間、人形に纏わりついていた影は拘束力を上げて人形を締めつけ始める。それによってさっきより遥かに大きくギシギシ音を立てる。

 

「や、止めろ!」

 

人形使いは俺がやろうとしている事を理解して制止の声をあげるがもう遅い。

 

 

100体以上の人形は大きな破砕音と共に全て粉々に砕け散った。

 

全ての人形はバラバラとなり地面に広がる。

 

「そ、そんな……僕の人形が……」

 

人形使いは呆然としている。しかしだからといって放置するつもりはない。

 

「さて、次はお前だ」

 

俺がそう言って影の触手を蠢かせると人形使いは尻餅をつきながらも叫び出す。

 

「ま、まだだ!まだ僕には奥の手がある!」

 

そう言って腕を振るうと背後にある瓦礫の山から巨大な人形が現れる。さっき全て破壊した人形の5倍くらいの大きさで人というよりゴリラの体型をしている。

 

しかし特に恐怖は感じない。はっきり言って簡単に破壊出来るだろう。だから……

 

「おい天霧。アレはお前に任せた」

 

「え?俺?」

 

天霧がキョトンとした顔をしながら俺を見てくる。俺としてはこいつの実力を見てみたい。だから天霧に任せてみる。

 

「まあ安心しろ。万が一ヤバくなったら助ける。それにリースフェルトはカッコイイお前を見てみたいらしいし」

 

天霧に抱かれて真っ赤になっているリースフェルトを見ながらそう言うとリースフェルトは更に真っ赤になる。

 

「ひ、比企谷!な、何を言って……?!」

 

いや、そんなに真っ赤になって否定しても説得力ないからね?それに元々リースフェルトを助けに来たのは天霧だ。俺は何となく付いてきただけだし。

 

そう思いながら天霧を見ると天霧はため息を吐きながら頷く。

 

「はぁ……わかったよ」

 

そう言うと『黒炉の魔剣』を構える。対して人形使いはやけくそになったような笑いをしながら腕を振るう。

 

「ははは!さあ、僕のクイーン!やってしまえ!」

 

そう言うと巨大な人形は素早い動きで俺達に詰め寄る。俺は万が一に備えて影を展開できるように準備する。

 

天霧はというと息を吐いて人形の拳があたる直前に『黒炉の魔剣』を閃かせる。

 

 

 

 

 

「五臓を裂きて四肢を断つーーー天霧辰明流中伝ー九牙太刀!」

 

天霧がそう叫ぶと一瞬だった。

 

一瞬にして巨大な人形の両手足が斬り落とされ地響きを上げながら地面に倒れこむ。そして胴体には大きくえぐられた跡がある。

 

(……何が大したことないだよ?普通に強いじゃねぇか)

 

にしても何でリースフェルトと決闘した時に本気を出さなかったんだ?この強さなら言っちゃ悪いがリースフェルトを瞬殺出来ると思うぞ?

 

疑問に思っていると天霧は人形使いに近寄る。

 

「ひ、ひぃぃぃ!」

 

すると顔を引きつらせながら逃げ出した。転がるように人形の残骸の中を逃げるが逃すつもりはない。

 

「影よ」

 

俺がそう呟くと俺の影が地面から現れて人形使いの両手両足を縛る。念の為骨は折っておくか。

 

そう思いながら影の拘束力を上げると鈍い音が聞こえる。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

 

人形使いは絶叫を上げながら暴れる。うるせぇなぁ。

 

「お、おい比企谷。やり過ぎじゃないのか?」

 

リースフェルトが引き攣った顔をしてくるがやり過ぎだと?

 

 

 

 

 

 

「そうか?妹を狙った屑に優しくする理由はない。大体犯人を逃げられなくするのは当然だと思うが?」

 

「そ、それは……そうだが……」

 

「……まあお姫様には刺激が強いかもしれないな。で、こいつはどうすんだ?風紀委員や警備隊に連絡するならさっさとしろ」

 

「ああ、それならクローディア達が来ると思うからここで待機……ぐっ!」

 

「天霧?」

 

天霧が話している途中、急に表情が苦痛に歪みだした。

 

「ど、どうした?」

 

リースフェルトも驚きながら尋ねる。しかし天霧が返答する前に異様な雰囲気を感じ取った。

 

周囲の大量の万応素が天霧を中心に集約されていく。

 

(……何だこりゃ?)

 

辺りに俺とリースフェルト以外の魔術師や魔女はいない。って事はこいつはあらかじめ仕込まれていた物だろう。それ自体は珍しくはないが……

 

(これほどの万応素を何に使うんだ?)

 

「あああああああっ!」

 

天霧がそう叫ぶと同時に複数の魔方陣らしきものが天霧を取り囲む。更にその魔方陣から光の鎖が現れて天霧の体を何重にも縛りつけていく。

 

「これは、先ほどのーー?!」

 

リースフェルトは驚いた表情をしているが事情を知っているようだ。

 

「うっ……」

 

天霧は呻き声を最後に気絶する。それを確認すると同時に俺は影を操作して地面に影のクッションを敷く。それによってリースフェルトを抱き抱えていた天霧は怪我をしないで済んだようだ。

 

「おい!綾斗!しっかりしろ!」

 

リースフェルトが心配そうな表情をしながら天霧に話しかけている。

 

「おいリースフェルト。お前はこれを知ってるのか?」

 

俺が尋ねるとリースフェルトは俺を見て話しかけてくる。

 

「……わからない。だがさっきの魔方陣は……お前が来る前にも見た。その魔方陣は綾斗が星辰力を高める際に弾け飛んだものと同じものなんだ」

 

よくわからないが……星辰力を高める際に必要な儀式みたいなものか?

 

まあ今はそれについてはどうでもいい。問題は天霧の容態についてだ。一応医療機関に連れてった方がいいだろう。

 

そう判断した俺は影に星辰力を込める。

 

 

 

「目覚めろーー影の竜」

 

そう呟くと自身の影が辺り一面に広がり魔方陣を作り上げる。そして黒い光が迸り魔方陣を破るゆうに20メートルくらいの大きさの黒い竜が現れる。

 

「ひ、比企谷……?」

 

リースフェルトは驚いた表情を見せているが暴力には使わないからね?

 

「リースフェルト、その竜に乗って天霧を治療院に連れてけ。そいつの状態は知らないが念の為だ」

 

初めて見る能力だ。念の為治療院に行っておいた方がいいだろう。

 

「ああ……だがサイラスは……」

 

サイラス?ああ、この人形使いか。

 

「クローディア・エンフィールドへの引き渡しは俺がやっとく。ついでにお前と……そこで気絶してるマクフェイルも治療院で診てもらってこい」

 

よく見りゃ少し離れた所にこの前に暴れていたマクフェイルもいるし、リースフェルトも軽くない怪我をしている。星脈世代だから後遺症はないと思うが治療院には行った方がいいだろう。

 

「……いいのか?」

 

「構わない。俺は無傷だし暇だし。行くならさっさと行け」

 

そう言いながら気絶してるマクフェイルを拾って竜に乗せると、マクフェイルは竜の中に入り込む。影の竜の中は快適だから高速で移動しても問題ないだろう。

 

「済まない……では、サイラスの引き渡しは任せる」

 

リースフェルトはそう言って天霧を支えながら影の竜の中に潜り込む。

 

それを確認した俺は竜に移動先を指示する。影の竜は一度雄叫びを上げると翼を広げて治療院に向かって一直線に飛んで行った。

 

竜の速度は時速500km、これから3分もしないで治療院に着くだろう。

 

俺は竜が見えなくなるのを確認して、サイラスと向き合う。

 

 

「さて……クローディア・エンフィールドが来るまで嬲るとするか」

 

自分でも嫌らしいと思うくらい邪悪な笑みを浮かべてサイラスに近寄る。

 

「ひぃぃぃぃぃ!!い、嫌だっ!助けてくれぇぇぇぇ!」

 

サイラスは惨めに泣きながら助けをこう。しかし無駄だ。

 

「無駄だ。天霧もリースフェルトもマクフェイルも既にいない。ここは俺とお前の2人きりだぜ」

 

俺が天霧達を治療院に運んだ理由はあいつらを助ける為だけでなく、サイラスを嬲る邪魔をさせない為でもある。多分天霧やリースフェルトは嬲るのを止めそうだし。

 

はっきり言ってこいつは小町を襲撃するという俺の逆鱗に触れる行為をした屑だ。殺しはしないが地獄を見せるつもりだ。

 

そんな事を考えながら俺は影に星辰力を込めて小さい塊を作る。

 

「行け」

 

そう呟くと影の塊はサイラスの口の中に入る。

 

「んんっ?!」

 

サイラスは驚いた表情を見せているが疑問に思っている顔だ。まあまだ攻撃してないからな。

 

30秒くらいしたので俺は口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嬲れーー暴れ影針鼠」

 

俺がそう叫んだ瞬間、サイラスの口から大量の血が出る。

 

 

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

両手両足を拘束されているサイラスは余りの苦痛に叫ぶ事しか出来ないようだ。

 

俺が今やっているのはサイラスの胃の中に入れた影の塊を針鼠の形に変えて暴れさせる事だ。

 

今サイラスの胃の壁は大量の針が刺さっている状態になっている。その激痛は半端ないだろう。以前喧嘩を売ってきた歓楽街のマフィアにやったら痛みで気絶したし。

 

「ぐぅぅぅぅぅ!や、やめ……ぁぁぁぁぁ!!」

 

サイラスは叫ぶ事しか出来ない。しかし殺すつもりはない。殺したらヤバイしな。だから俺は影針鼠の一部を削ってサイラスの胃の壁の穴が開いている部分をコーティングする。これなら出血多量で死ぬ事はないだろう。

 

(さて、次は小腸を嬲るか)

 

そう判断して影に指示を出そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでにしていただけませんか?『影の魔術師』」

 

後ろから話しかけられたので振り向くと金色の髪を持った美しい少女、クローディア・エンフィールドがいた。

 

(……まあ、両手にある剣で美しさが凶々しくなってるけど)

 

そう思いながらエンフィールドの両手を見る。

 

そこには目玉の様な鍔飾りの文様を持つ、不気味な形状の双剣があった。

 

純星煌式武装『パン=ドラ』星導館学園が誇る純星煌式武装の中でも、未来視という破格の能力を持った魔剣。直で見るのは初めてだが……中々不気味だな。

 

そう思いながら息を吐く。

 

「はいよ。戻れ」

 

そう言って指示を出すとサイラスの口から影の塊が出てくる。

 

 

「……なるほど。それでノーマン君の体内を蹂躙した訳ですね」

 

「そんな所だ。胃に幾つか穴は開いてるが穴は影でコーティングしてあるから死ぬ事はないと思うぞ」

 

「そうですか。彼にはまだ利用価値があるので死んで貰っては困るのですよ」

 

「利用価値?……ああ、アルルカントに貸しを作ると?」

 

「あら?彼がアルルカントの手先とわかったのですか?」

 

「確証はないがな。星導館の技術であんな人形100体も作れるとは思えない」

 

あんな技術があるのはアルルカント以外には考えにくい。

 

そう思いながらいつの間にか気絶しているサイラスを地面に放る。

 

「ほらよ。大分嬲ってスッキリしたし連れてけよ。……そこで隠れてる男にでも頼んでな」

 

俺がそう言って近くにある柱を指差す。すると柱の裏から頬に目立つ傷を持った星導館の制服を着た男子生徒が現れた。身のこなしのレベルはかなり高いな。そしてこの場所にいる事から星導館の特務機関『影星』のメンバーだろう。

 

「いやー、バレないように隠れてたんだけどな。流石レヴォルフ最強の男」

 

態度はヘラヘラしているが目の奥には強い光がある。間違いなくこいつも一流だろうな。

 

「そいつはどうも。それより連れてくなら連れてけよ。俺は帰る。……あ、そうだエンフィールド。天霧達は治療院に連れてったんで」

 

「そうですか。どうもありがとうございます」

 

「どうしたしまして。んじゃ俺はこれで」

 

適当に挨拶を返して廃ビルを後にする。さてさて……サイラスを生かしてアルルカントに貸しを作って何をするのやら……

 

 

 

そんな事を考えながら俺は懐にあるマッ缶を取り出して飲みながら自分の寮に向かって歩き出した。







新章予告

鳳凰星武祭も近づく最中、比企谷八幡はある事を知る。

「……それで自我を持った機械を武器として星武祭で使う事をアルルカントは考えているらしいのよ」

「ほう武器として、か……」







平和に過ごしているとレヴォルフ黒学院に昏梟の校章を持つ者達が現れる。

「今度我が学園がレヴォルフ黒学院と星導館学園の三校で新型の煌式武装の開発をする事になってな。その挨拶に来たのだよ」

「いやー。私の人形ちゃんを100体纏めて木っ端微塵にした君と鳳凰星武祭で1番の脅威になりそうな剣士くんをこの目で一度拝んでみたくってさー」

「はははははっ!久しぶりだな八幡!我が相棒よ!」








アルルカントの煌式武装について興味を持つ中、星導館の面々と関わり合う。


「……オーフェリア・ランドルーフェン。……よろしく」

「いやー!兄がお世話になっています!」

「じゃあよろしくね八幡!」

「それがお前の新しい切り札か……小町」

「これで決めるよお兄ちゃん!」

「……八幡。私、八幡と一緒に……」

「おいオーフェリア。今直ぐ警備隊にど変態がいると通報しろ」

「ちょっと待ってちょっと待って!!」





学戦都市でぼっちは動く

銀綺覚醒編 近日発表



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比企谷八幡は妹に協力すると約束する

肌を刺すような7月の日差しは昼になると一層厳しくなり、学生だけでなく大人までもそれを忌避するだろう。

 

俺がいつも昼飯を食べるベストプレイスは日差しを遮る物がない。よって普通の学生なら雨の日や今日みたいな日差しが強い日は利用しないだろう。

 

 

 

 

 

普通の学生なら

 

 

 

 

「……やっぱり八幡は魔術師というより道士に近いわね」

 

オーフェリアはパンを食べながら若干感心しているような雰囲気を出しながらそう言ってくる。

 

影の中で

 

そう、今日は日差しが強いって事で俺とオーフェリアは俺の影の中で昼飯を食っている。影の中は熱を遮る事が出来るので日光に苦しむ事なく過ごせる。

 

普通なら女子と密閉された空間で2人きりなんて無理だが、オーフェリアとは長く一緒にいるからか緊張はなく、寧ろ少しの安心感があって心地良い。

 

「まあ俺の力は攻撃、防御、支援どれもそこそこ使えるから道士寄りかもな」

 

影の刃、影の鎧、影による分身体なんでも出来るから否定はするつもりはない。

 

「それよりオーフェリア、さっきの六花園会議の話の続きを頼む」

 

俺はさっきまで話していた事について聞いてみる。

 

 

 

六花園会議 それはアスタリスクにある六つの学園、星導館学園、クインヴェール女学園、レヴォルフ黒学院、アルルカント・アカデミー、界龍第七学院、聖ガラードワース学園の生徒会長が1ヶ月に一度アスタリスクの中央区にある高級ホテル、ホテル・エルナトで行われる会議である。

 

その場に参加出来るのは各校の生徒会長のみだが、会議の後で生徒会役員や生徒会長と関わりが深い人間は会議の内容を知る事はあり得る事だ。

 

そしてオーフェリアはレヴォルフの生徒会長であるディルク・エーベルヴァインと関わりが深いからある程度の情報を持っている。だから俺は偶にオーフェリアから話しても特に問題ないと思える話を聞いている。

 

「ええ。確か……何処まで話したかしら?」

 

「確かアルルカントが人工知能を搭載した(自我を持った)機械をアスタリスクの学生として受け入れて星武祭への参加を提案して他の学園に却下された所までだな」

 

俺は人工知能を持っている機械はそこそこ興味が湧いて戦ってみたいとは思ったが上の人間からしたら迷惑千万だろう。

 

仮にその提案が通っても有利になるのはアルルカントだけだ。それなりに根回しをするか、他の学園に対するメリットを示さない限りそんな提案一蹴されるのがオチだ。

 

「……そうだったわね。それで却下されたから自我を持った機械を武器として星武祭で使う事をアルルカントは考えているらしいのよ」

 

「ほう武器として、か……」

 

それを聞いて俺は納得した。確か星武憲章には道具……つまり武器武装の使用に関して、形状でそれを制限するような項目はなかったと思う。

 

普通の単純作業しかできない自動制御の擬形体なら速攻でスクラップになるのが目に見える。しかし……その擬形体に人間と同じような判断力を持たせればどうなるかはわからない。

 

その上、強力な煌式武装や装甲を取り入れたら星武祭は荒れるかもしれない。

 

「ふーん。このタイミングでそれを提案するって事は鳳凰星武祭で出てくるのか?」

 

出来るなら王竜星武祭に出て欲しいな。俺アスタリスクに来てから戦闘狂になったし。

 

「そうじゃない?興味ないけど」

 

オーフェリアはいつもの表情でそう返す。

 

「ったく……相変わらずだな。少しくらい興味がある物とかあるのか?」

 

ぼっちである俺すら読書とプリキュアがあるってのに……そんなんじゃ退屈だろうに。

 

すると……

 

「……私が今興味があるのは八幡だけよ」

 

オーフェリアは事も無げにそう言ってくる。それを聞いた俺は顔が熱くなるのを感じる。

 

勿論オーフェリアにその気がないのは理解している。理解してはいるが……はっきりと言われるのは恥ずかしいな。

 

「……マジで?」

 

つい聞いてしまう。オーフェリアは平然としたまま頷く。

 

「ええ。……八幡といると何だか安らぐのよ」

 

そう言ってパンを食べ終えたオーフェリアは俺の肩に寄りかかる。以前オーフェリアが俺の肩を借りて寝て以降、オーフェリアはよく俺の肩に寄りかかってくるようになった。

 

俺自身恥ずかしいという気持ちはあるが心に蓋をしてそれに耐える。それでオーフェリアが安らいでくれるなら羞恥心なんて無視するつもりだ。出来る事ならオーフェリアには裏の仕事をしていない時には安らいで欲しい。

 

そんな事を考えながらオーフェリアの頭の重みを感じているとポケットにある携帯端末が着信を知らせる。俺はポケットから端末を取り出すと画面に『比企谷小町』と表示されている。

 

「すまんオーフェリア。電話が来たから出ていいか?」

 

一応一緒にいるオーフェリアから許可を取らないとな。

 

「いいわよ」

 

了承を得たので空間ウィンドウを開く。

 

するとそこには星導館に通う最愛の妹の小町の顔が表示されていた。

 

 

『もしもしお兄ちゃん?』

 

「おう。どうした小町?」

 

『うん。実はお願いが……って、お兄ちゃんの周囲真っ暗だけど何処にいるの?』

 

小町が不思議そうな顔で見てくる。あー、そういや忘れてたな。

 

「ああ。日光がきついから影の中で飯食ってる」

 

『ほぇ〜。お兄ちゃんの能力ってやっぱり多彩だね。アスタリスクで1番じゃないの?』

 

それについては否定しない。アスタリスクの生徒の間では1番強い異能者はオーフェリア、1番万能な異能者はシルヴィ、1番多彩な異能者は俺と評されている。

 

「そうかもな。ところで何か用か?さっきお願い云々言っていたが」

 

『あ、そうそう。鳳凰星武祭まで1ヶ月切ってるじゃん?だからお兄ちゃんに稽古付けて欲しくて』

 

「俺?」

 

『うん。同じ学校の人には手を晒したくないしね』

 

「だからって何で俺……ああ、ひょっとして前シーズンの王竜星武祭の予選で俺が使ったアレを練習に使うのか?」

 

『そうそう。アレなら充分な実力もあるし良い練習になると思うからね』

 

なるほどな。確かにアレなら良い練習になるだろう。

 

「わかった。どうせ暇だし付き合ってやる」

 

『本当?!ありがとうお兄ちゃん!』

 

うん、妹に礼を言われるのは実に気分が良いな。

 

「俺達は学園は違うから練習場所は学外中央区にあるトレーニングジムでいいな?」

 

『それなら大丈夫だよ。既にステージは鳳凰星武祭が始まるまでの1ヶ月間予約してあるから。冒頭の十二人の肩書きって便利だよね〜』

 

それについては否定しない。住む部屋や学費免除、学校での待遇その他もろもろが優遇されるからな。

 

「わかった。じゃあその場所のデータを俺の端末に送っといてくれ。今日からで良いのか?」

 

『うん!今日からで大丈夫?』

 

「問題ない」

 

『じゃあ今日の6時からよろしく。またね!』

 

そう言われて通話が切れるので端末をポケットにしまう。

 

通話を終了した俺はペットボトルの水を飲んでいるとオーフェリアに制服の裾を引っ張られる。……何かその仕草可愛いな。

 

「八幡の妹は鳳凰星武祭に出るの?」

 

「まあな。そんで今日からトレーニングに付き合うつもりだ」

 

「……ああ。確かに八幡の能力なら良い訓練になるわね」

 

俺の力を1番知っているオーフェリアは納得の表情を浮かべる。

 

「そういう事だ。良かったらお前も来るか?」

 

「……八幡、私の体を忘れたの?」

 

いやいや。忘れていない。その上で提案している。

 

「いや、覚えている。瘴気で周りに迷惑がかかると言うならこうすればいい」

 

俺はそう言って影をオーフェリアの服の内に入れる。そして影は形を変えてオーフェリアの服の下に展開される。

 

「……これは?」

 

「こうやってお前自身の服だけでなく、俺が作った影の服で二重にすれば確実に外に瘴気が漏れる事はないと思うぞ?」

 

俺の影を破るには多量の星辰力を必要とする。そりゃオーフェリアが少しでも本気を出したらこんな服一瞬で破壊されるだろう。しかし本人の意志を無視して出てくる瘴気程度なら防ぐ事も可能だろう。

 

「………」

 

オーフェリアは無言で自分自身の体を見渡している。そして暫くしてから口を開ける。

 

「どうだ?」

 

「……大丈夫だわ。これなら瘴気が漏れる事はないわね」

 

オーフェリアはそう言って頷く。

 

「なら良かった。じゃあ来てくれないか?小町も以前お前に会えなくて残念がってたし」

 

オーフェリアはそれを聞いて暫く考える素振りを見せてから無言で頷いた。

 

「そうか。悪いな」

 

「……別に構わないわ。それよりもお願いがあるのだけど」

 

「お願い?何だ?」

 

こいつが頼み事なんて完全に予想外だ。出来ることなら叶えてやりたいが……

 

「……いえ、また今度にするわ」

 

「ん?今はいいのか?」

 

「……ええ。まだ心の準備が出来てないから」

 

心の準備?よくわからないが今は頼み事をしないようだな。

 

「わかった。じゃあ心の準備が出来たら言ってくれ。俺に出来ることなら全力を尽くす」

 

「んっ……」

 

オーフェリアは頷いて俺の肩に頭を乗せてくる。こいつが何を願うか知らないがそれが吉となる事を願うだけだ。

 

俺は目を閉じているオーフェリアを見ながら肩を貸し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間……

 

「すまんオーフェリア、遅れた」

 

「集合時間前だから別にいいわ」

 

午後の授業が全て終わったので俺達は小町が教えてくれたトレーニングジムに行く事になった。

 

今の時刻は4時半、トレーニングジムの場所はレヴォルフからゆっくり歩いて1時間くらいの場所にあるから歩くつもりだ。そうすれば集合時間30分くらい前といい時間だしな。

 

「じゃあ行こうぜ」

 

「……ええ」

 

オーフェリアが頷いたのを確認して歩き出す。隣にはオーフェリアもいるので問題ないだろう。

 

そう思いながらレヴォルフの校門を出た時だった。

 

俺はピタリと足を止めてしまう。それに気付いたオーフェリアも不思議そうな顔をしながらも足を止める。

 

しかし俺は前から歩いている4人に意識を割いていた。

 

1番手前にいる眼鏡をかけて気の弱そうなレヴォルフの生徒は知っている。ディルクの秘書をしている樫丸ころなだ。もの凄いドジって事くらいしか知らないが、何故ディルクが彼女を秘書にしているかはアスタリスク七不思議の一つとなっている。

 

その後ろに並んで歩いているのはアルルカントの制服を着た2人組だ。

 

1人は褐色肌の女性で、切れ目の目と、生真面目そうな口元が冷たい印象を与えている。

 

もう1人の女性は天真爛漫な笑顔を浮かべていて褐色肌の女性と比べて元気という印象を与えている。

 

しかしその3人については大した問題じゃない。

 

問題は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははははっ!久しぶりだな八幡!我が相棒よ!」

 

夏なのにアルルカントの制服の上にコートを着て、指抜きグローブを装着している見覚えのあるデブだけだ。

 

 

それを見た俺はこう思った。

 

 

何やってんだ材木座?

 

 

俺の目の前にはかつて同じ中学にいた男、材木座義輝が褐色肌の女性には蔑まれた視線で見られながら剣を構えているようなポーズを取っていた。

 

 



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オーフェリア・ランドルーフェンは嫉妬の感情を知る

俺はどうしたらいいんだ?

 

目の前には見覚えのあるデブがアルルカントの制服を着て剣を構えているポーズを取っている。

 

……なんでコイツがここにいんだよ?

 

そんな疑問が頭を占めていると制服の裾を引っ張られるので見るとオーフェリアが不思議そうな顔で制服を引っ張っていた。

 

「……八幡、知り合い?」

 

「知らない。こんな奴は知ってても知らない」

 

即答する。知らないものは知らない。寧ろ知ってたまるか。

 

「まさかこの相棒の顔を忘れたとはな…見下げ果てたぞ!八幡!」

 

「相棒って言ってるわよ?」

 

「違うからな」

 

何でこいつと相棒なんだよ。俺の相棒がこいつなんて嫌だ。組むなら戸塚やオーフェリアやシルヴィが良いわ。

 

「それに相棒。貴様も覚えているだろう、あの地獄のような時間を共に駆け抜けた日々を…」

 

「体育でペア組まされただけじゃねぇか...」

 

「ふん。あのような悪しき風習、地獄以外の何物でもない。好きな奴と組めだと?クックックッ、我はいつ果つるともわからぬ身、好ましく思う者など作らぬっ!」

 

相変わらず鬱陶しい奴だ。もういいや。

 

 

「はぁ……何の用だ、材木座?」

 

ため息を吐きながら返事をする。

 

「いかにも!我は剣豪将軍材木座義輝だ!」

 

そう言って高らかに手をあげる材木座。……今更だがこんな夏にロングコート着て暑くないのか?

 

もういいや。こいつは放置して話が通じそうな褐色肌の女性に聞くか。

 

「あのー、すみませんがこのデブは何で「酷いぞ八幡!」黙れデブ。何でこのデブがここにいるんですか?」

 

材木座のツッコミをスルーして褐色肌の女性は息を吐きながら口にする。

 

「……ああ。こんなのでも一応私の右腕なのだが、私がレヴォルフに行くと言ったら付いていくと聞かなくてな……」

 

え?何?この女性はかなり出来る雰囲気だが、材木座の奴彼女の右腕なの?

 

「おい樫丸。このアルルカントの人達は何者だ?」

 

顔見知りの樫丸ころなに質問をしてみる。

 

「あ、はい!こちらはアルルカント・アカデミーのカミラ・パレートさんとエルネスタ・キューネさんと材木座義輝さんです!」

 

いや、名前じゃなく何でアルルカントの生徒が来たかを聞いているんだが……

 

内心突っ込んでいると褐色肌の女性ーーカミラ・パレートが口を開ける。

 

「今度我が学園がレヴォルフ黒学院と星導館学園の三校で新型の煌式武装の開発をする事になってな。その挨拶に来たのだよ」

 

あん?共同開発?んな事してもアルルカントにメリットがあるとは……

 

一瞬そう思ったが直ぐに理由を悟った。

 

……つまりあの人形使いのサイラスが馬鹿やらかした見返りって訳か?

 

しかし腑に落ちない点がある。

 

「それはわかったが何でレヴォルフも?共同開発する事になった理由はサイラス云々だろうけど普通は星導館だけじゃないのか?」

 

俺がそう尋ねるとカミラは若干驚きの表情で見てくる。まさかはっきりとサイラスの名前を出すとは思わなかったのだろう。俺についてはサイラスを充分嬲ったので今は特に含むものはない。……少しやり過ぎたし。

 

話を戻すと、サイラスがやったのは星導館の生徒を襲った事だ。レヴォルフは関係ない筈だが。

 

「レヴォルフからは『彼がレヴォルフの生徒に攻撃を仕掛けた』と追及されてな。その結果レヴォルフとも共同開発をする事になったのだよ」

 

レヴォルフの生徒……俺かよ?!

 

つまりレヴォルフはサイラスが俺に攻撃を仕掛けたって事を盾にアルルカントから技術を貰うって腹か。

 

随分いやらしいやり方だ。サイラスが俺に攻撃を仕掛けたのは事実だが、簡単に無効化して寧ろ返り討ちにしたのに俺を被害者扱いにしてアルルカントから技術を奪いに行くとは……

 

自身の通う学校の貪欲さに呆れているとエルネスタって女子が手を上げてくる。

 

「それでカミラがレヴォルフに行くって知って、あたしと剣豪将軍くんは君に会いたくと同伴したんでーっす!」

 

エルネスタって奴はそう言って笑顔でぴょこぴょこ飛び跳ねる。カミラとは随分違うな。

 

「……なるほど。てか材木座、何でお前はアスタリスクに来たんだ?」

 

こいつの将来の夢はライトノベル作家だった筈だ。わざわざアスタリスクに来る理由がわからん。

 

「うむ、実は我の両親はアルルカントの卒業生で実家も煌式武装の開発を仕事としているのでな。だから普段仕事を手伝っている我もアルルカントに行けと言われたのだよ」

 

「ふーん。つまり小説家の夢は諦めたのか?」

 

「否!我は決して諦めるつもりはない!両親は我に跡を継いで欲しいようだが我は小説家以外で大成するつもりは毛頭ないわぁ!」

 

そう言って手を高く上げてポーズを取る。なんか我が生涯に一片の悔いなし!とか言って死にそうなポーズをしているがお前がやるとカッコ悪く見えるな。

 

材木座に呆れているとカミラは呆れたようにため息を吐く。

 

「……私としては小説家の夢を諦めて煌式武装の開発に集中して欲しいのだが。もう試作を読むのは疲れたよ」

 

……ああ。この人も材木座の小説(偽)を読んだのか。凄く疲れた顔をしてるよ。あの苦痛は読んだ者にしかわからないからな。

 

「つーかこいつの煌式武装の開発の腕はどうなんすか?」

 

「……悔しいが一流と言っても過言ではない。彼の作る煌式武装は素人でも簡単に使えて、それでありながら優秀な人間が使えば優れた武器になる。我らが『獅子派』の象徴とも言える立派な技術者さ。……それなのに何故彼の書く小説はつまらないのだろうな?」

 

「へぼぇっ!」

 

それを聞いた材木座はさっきまで取っていたポーズを止めて地面に崩れ落ちる。

 

……それはともかくカミラは技術者としての材木座の事は本気で評価している。『獅子派』は確か煌式武装の開発の専門で、アルルカントにおける最大派閥と聞いた事がある。その象徴とも言えるって事は本当に優秀な技術者なのだろう。

 

それを聞いて俺は思った。

 

「材木座、お前は小説家として大成しないから技術者になれ。そっちの方が間違いなく大成するぞ」

 

「はぶぅ!」

 

材木座はそれにより地面に仰向けに倒れる。少し言い過ぎたか?

 

一瞬そう思ったが直ぐにその考えを打ち消した。ここで慰めると直ぐに調子に乗るのが目に見える。ここはシカトでいいだろう。

 

そう思っているとエルネスタが材木座に笑顔で近寄る。

 

「大丈夫だよ!剣豪将軍くんの小説を面白いって思う人は世界に1人くらいはいると思うから!」

 

「ひぐぇっ!」

 

あ、エルネスタの奴、トドメを刺しやがった。材木座は呻き声を上げて口から魂を出しているし。こいつが1番容赦ないな……

 

とりあえず気絶している材木座がいる理由はわかったが……このエルネスタは俺に会いに来たと言っていた。何をしに来たんだ?

 

「で、あんたは何で俺に会いに来たんだ?」

 

そう尋ねるとエルネスタが笑顔で俺に近寄ってくる。って近い近い近い!!

 

良く見たらこいつ凄く美人だし、髪からは良い匂いがするし緊張するんだけど?!

 

顔が熱くなっているのを自覚しているとエルネスタは……

 

 

「いやー。私の人形ちゃんを100体纏めて木っ端微塵にした君と鳳凰星武祭で1番の脅威になりそうな剣士くんをこの目で一度拝んでみたくってさー」

 

そう言ってにぱっと笑う。

 

おいマジか?この女、まさに今「私が黒幕です」と告白しやがったぞ。いくら手打ちになったとはいえ自分からバラすか普通?

 

呆気にとられている中、エルネスタは俺の体を触りながら顔を近づけてくる。

 

「ふーん。実際に見ると記録より遥かに雰囲気を感じるねー」

 

ちょっと?!マジで勘弁してください!てか俺が少しでも顔を動かしたらキスしそうなんですけど?!

 

誰か助けてくれ!そう思ってエルネスタの後ろを見るとカミラは内心呆れた表情をしながら俺に謝りのジェスチャーをしてくる。その様子じゃ助けてくれないようだ。

 

材木座は未だエルネスタの一撃をくらって屍になっていているから役に立たない。

 

(……あれ?これ詰みじゃね?)

 

内心諦めてかけている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、そろそろ行かないと集合時間に間に合わないわよ」

 

オーフェリアが俺の制服の裾を引っ張りながらそう言ってくる。言われて時計を見ると5時前だった。確かにオーフェリアの言う通りこのまま話していると遅れるかもしれない。ここはオーフェリアに感謝するべきだろう。

 

しかし……

 

 

(……何だ?オーフェリアの奴怒ってるのか?)

 

……オーフェリアの顔を見るといつも通りの悲しげな表情だが、少しだけムスッとしている気がする。

 

根拠はない、根拠はないが……今のオーフェリアは機嫌が悪いと思う。

 

まあ今はオーフェリアの話に乗ろう。

 

「……あ、ああ。そうだな。っー訳で悪いが俺は行かせてもらうぞ」

 

そう言ってエルネスタから離れる。

 

「にゃはは、ざーんねん!あたしとしては君に興味あるし、昔、『大博士』の元にいた『孤毒の魔女』ともお近づきになれなら嬉しいんだけどなー」

 

俺はそれを聞いて少し驚く。オーフェリアは昔ディルクの下ではなくアルルカントの『大博士』の元にいたのは噂で聞いていたがまさか事実とはな……

 

オーフェリアを見ると特に表情を変えずに首を振る。

 

「……興味ないわ」

 

「ちぇー、残念っ」

 

「それより八幡、行きましょう」

 

オーフェリアはそう言ってスタコラ歩き出した。気のせいかもしれないがいつもより足が速い気がする。

 

「あ、おい!じゃあ俺も行く」

 

アルルカントの連中に適当に挨拶をして走り出す。

 

(にしても……アルルカントの煌式武装開発か……場合によっては俺も自分の煌式武装を改良したいな)

 

アルルカントの3人を見ながらオーフェリアの元に近寄る。

 

「待てよオーフェリア。どうしたんだよいきなり早歩きしてよ」

 

こいつが早歩きするなんてマジで珍しいだろ?何か悪い事したか?

 

「……何でもないわ」

 

オーフェリアはそう言っているが直ぐに嘘だと理解する。

 

「嘘つけ。いつも一緒に過ごしている俺からすれば不機嫌なのはわかるからな?」

 

他の人はオーフェリアの表情を見抜く事は出来ないが半年以上一緒に過ごしていた俺からすれば丸わかりだ。

 

俺がそう尋ねるとオーフェリアは一瞬俺を見てから更に足を速める。マジで何かあったのか?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………バカ」

 

オーフェリアの口からそんな言葉が出てきた。え?今のオーフェリアが言ったの?

 

疑問に思っている中、オーフェリアは俺に構わずに歩いて先に行っている。

 

それに気付いた俺は慌ててオーフェリアの後を追いかける事しか出来なかった。



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比企谷八幡は妹と友人に鳳凰星武祭の為の訓練を施す(前編)

午後5時45分、俺とオーフェリアは中央区にある小町が指定したトレーニングジムの入り口にいる。

 

集合時間の15分前か……まあ悪くない時間だな。

 

「じゃあオーフェリア、入ろうぜ」

 

「……ええ」

 

オーフェリアはそう言って頷く。さっきまでの不機嫌さは既に無くなっている。

 

レヴォルフを出てから30分、その間オーフェリアは不機嫌だったがトレーニングジムに着く直前で……

 

 

 

 

『……ごめんなさい。私が勝手に嫌な気分になって八つ当たりしてしまったの。八幡は悪くないから謝らないで』

 

そう言って謝ってきた。理由は知らないがあの時のオーフェリアはいつもより悲しげな表情をしていたので俺は特に言及しなかった。オーフェリアのあんな顔は見たくないし。

 

 

トレーニングジムに入りフロントに小町が借りている部屋を聞くと、従業員は若干ビビりながらも案内してくれた。まあレヴォルフの序列1位と2位の2人が来たら普通ビビるよな。

 

案内された部屋に着いたのでインターホンを鳴らす。

 

「おーい小町。来たから開けてくれ」

 

そう連絡すると空間ウィンドウが開いて小町の顔が見えてくる。

 

『あ、お兄ちゃん。今……開ける……え?!オーフェリアさん?!』

 

小町が隣にいるオーフェリアを見て驚きの表情を見せてくる。

 

「ああ。今日は来てくれた。それと瘴気については対策をしてあるから害はない」

 

あの後念のため、もう1着影の服を作ったし。

 

『そうなんだ……っと、ごめんごめん。今開けるね!』

 

小町からそう言われて20秒後、機械音がして扉が開くので中に入る。

 

中に入ると中々大きいトレーニングルームが目に入る。大きさは半径30メートル以上の円形ステージ。隅にはギャラリーが見れるような観覧席と記録を見直す為のパソコンらしき物もある。

 

俺はいつもレヴォルフのトレーニングルームを使うから知らなかったが学外にも中々良いのあるじゃん。

 

感心していると小町と戸塚がやって来た。

 

「来てくれてありがとう〜。それと……初めまして〜。お兄ちゃんの妹をやっています比企谷小町です。よろしくお願いします!」

 

小町はそう言ってオーフェリアの手を取る。こいつ俺と違ってコミュ力高過ぎだろ?てかお兄ちゃんの妹をやっているってどんな自己紹介だよ?

 

当のオーフェリアはいきなり手を取られて若干驚きの表情(多分俺以外にはわからない)を浮かべていた。多分だが、手袋越しとはいえ瘴気が出る手を取るとは思わなかったのだろう。

 

「……オーフェリア・ランドルーフェン。……よろしく」

 

オーフェリアは小町の手を振り払わずに挨拶を返す。

 

「八幡の友達の戸塚彩加です。よろしく」

 

戸塚も笑顔で自己紹介をしてくる。正直言って小町と戸塚ならオーフェリアに対して優しく接してくれると思う。

 

そしてオーフェリアにはそういう人間が必要だ。オーフェリア自身も優しいんだから楽しい時間を過ごして欲しいし。

 

「……ええ」

 

オーフェリアは戸惑いながらも返事をする。多分俺以外には基本的に恐れられているからどう接すればいいのかわからないのだろう。

 

「いやー、まさかお兄ちゃんが自分から女の子を連れてくる日が来るとはね〜。アレ何でだろ?お兄ちゃんが遠くに行っちゃったみたいだな」

 

そう言って小町は涙ぐんでいるがお前は俺を何だと思っているんだ?

 

「うるせぇな。お前が以前連れて来いって言ったから連れて来たんだよ」

 

「えー。でもアスタリスクに来る前のお兄ちゃんだったら絶対連れて来ないと思うよ?」

 

ぐっ……そこを突かれたら否定は出来ない。

 

俺が苦い顔をして黙る中、小町はオーフェリアに嬉々として話しかける。

 

 

「それでオーフェリアさん。兄の事をどう「よし小町。今日のトレーニングは初めから本気でやろうか?」な、何でもないです!すみませんオーフェリアさん!気にしないでください!」

 

何か余計な事を言いそうになっていたので星辰力を出しながら軽く脅すと小町は大人しくなる。

 

「……どうしたの八幡?」

 

「大丈夫だオーフェリア。今の小町の質問については気にしなくていい。いや、寧ろ気にするな、気にしないでくださいお願いします」

 

「あ、あはは……」

 

それを見ていたオーフェリアはキョトンとした表情を浮かべ、戸塚は苦笑いをしている。

 

 

 

 

 

2人の違う顔を見ながら意識を切り替えて小町に話しかける。

 

「まあ初っ端から本気は出さないがそろそろ訓練を始めるが良いな?」

 

少し真面目な口調で言うと2人は真剣な表情になる。それを確認して俺はオーフェリアの横に立ち2人に話しかける。

 

「んじゃ先ずはお前らがどこまでやれるかを確かめる」

 

そう言って俺は意識を集中して影に星辰力を込める。ある程度溜まったのを確認して口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「起きて我が傀儡となれーーー影兵」

 

俺がそう呟くと俺の影が黒い光を出す。

 

そして影からの五体の黒い人形が湧き出る。その姿は真っ黒ではあるが全て俺と同じ体格をしている。そしてレヴォルフの制服を着ている。まあ真っ黒だけど。

 

「出たねお兄ちゃんの影兵。一体あたりの実力はどれくらいなの?」

 

「今回は五体呼び出したから大体序列30位から50位……つまり鳳凰星武祭の予選を運が良けりゃ突破出来るくらいだな」

 

俺の能力の一つ、影兵。

 

簡単に言うと星辰力を消費して影の兵隊を作る能力だ。

 

影兵の実力は呼び出した数によって変化して、数が多ければ多い程弱くなり、数が少なければ強い兵隊となる。今回は五体呼び出したから五級影兵と呼んでいる。

 

五級影兵一体あたりの実力は序列30位から50位くらいだが、呼び出したのが一体だけ……一級影兵ならレヴォルフの冒頭の十二人の中堅クラスになれるくらい強い。

 

実際に前シーズンの王竜星武祭の予選で、面倒臭がりの俺は一級影兵を召喚して、それだけで本戦入りを果たした。

 

(……いや違った。クインヴェールの元序列8位のソフィア・フェアクロフだけは人形を倒したな)

 

アレはマジでビビった。冒頭の十二人中堅クラスの一級影兵を瞬殺したからな。兄のアーネスト・フェアクロフと同等の剣技を持つと評されているだけの事はあった。

 

まああいつ、生身の相手を傷つけられないって致命的な弱点があったから影兵が倒された後俺自身が瞬殺したけど。

 

閑話休題……

 

とりあえず目標は……鳳凰星武祭までの目標は二級影兵……序列で言うなら10位から20位……本戦出場確実クラスのペアを撃破する事だ。

 

それを苦戦する事なく倒せるようになればベスト8入りも可能だろう。

 

それが出来たら……本戦に出場しそうな連中の研究だな。

 

俺の見立てだと界龍の幻術兄妹やガラードワースの正騎士コンビあたりは出てくるだろう。

 

天霧とリースフェルトについては言っちゃ悪いが今の小町達じゃ勝てないから除外する。

 

そんな事を考えながら俺は持ち込んだジュラルミンケースを開けて待機状態の煌式武装を4つ取る。

 

そして五体いる五級影兵の内二体を呼んで煌式武装を2つずつ渡す。渡したのはナイフ型とハンドガン型の2種類だ。影兵は俺の分身体だから俺自身が使うタイプの武器が最適だ。

 

「んじゃやるぞ。ルールは鳳凰星武祭と同じように校章を破壊するか、相手を気絶させた方の勝ちだ。影兵の気絶については気絶するような攻撃をくらったら自然に消滅するからしっかり判定出来る。それでいいな?」

 

俺が最後の確認をすると小町と戸塚は頷きながら煌式武装の準備をし、待機位置に移動する。

 

俺とオーフェリアが観覧席に行くと同時に煌式武装を持った影兵は待機位置に移動して、残りの三体は俺とオーフェリアの後に付いてくる。

 

観覧席に着くと俺は記録する為のカメラを起動して撮影の準備をしながらオーフェリアに話しかける。

 

「オーフェリア、悪いんだけどよ……場合によってはお前もアドバイスしてくれないか?出来るだけあいつらを強くしたいんだよ」

 

まあオーフェリアは余り物事に興味を持たないから多分断られると思うが。それならそれでいい。今回は付き添いだし無理に手伝ってくれと言うつもりはないしな。

 

そう思っていると……

 

「……別に構わないわ」

 

意外にも肯定の意を示してきた。これには完全に予想外だった。

 

「……いいのか?」

 

「……ええ。八幡にはいつも優しくして貰ってるし構わないわ」

 

オーフェリアはそう言って観覧席に座ってステージを見つめている。

 

「ありがとな」

 

「……ん」

 

お互いに一言だけ交わして席に座る。ステージでは既に小町と戸塚と二体の五級影兵が待機位置に着いている。

 

それを確認した俺は息を吐いてマイクを手に取って声を出す。

 

『模擬戦、開始』

 

トレーニングルームに俺の声が響くと同時にステージにいる4つの存在が動き始めた。

 



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比企谷八幡は妹と友人に鳳凰星武祭の為の訓練を施す(中編)

始めに動いたのは小町だった。2つのハンドガン型煌式武装を一瞬の速さで出して発砲する。

 

煌式武装をホルスターから抜き放ち、起動して、発砲するまでの所作はメチャクチャ速い。2つ名が『神速銃士』というのも納得出来る腕前だ。

 

狙いは影兵の胸にある校章だ。しかしこの距離なら簡単に防げる。影兵はナイフ型煌式武装を振るって銃弾を弾く。

 

しかし小町もそれを理解していたようだ。銃弾が弾かれると同時に影兵との距離を詰める。

 

いくら小町が早撃ちが得意でも距離があったら防がれるだろう。だから牽制射撃をして影兵の隙を作るのが小町の本当の目的なんだろう。

 

 

当然影兵も近寄ってくる敵を無視するつもりはなくハンドガン型煌式武装を小町目掛けて発砲する。校章を無理に狙わずにダメージを与えるのを優先にしたのだろう。影兵の放った銃弾は小町の頭、胸、腹、足など様々な場所に向かって飛んでいった。

 

 

 

 

しかしその銃弾は1発たりとも小町に当たる事は無かった。

 

小町の前方に西洋風の巨大な盾が現れて銃弾を全て弾いたからだ。

 

小町と影兵から視線を外すとステージの一番端で戸塚がいて、その周辺には魔方陣が展開されていた。

 

(……なるほどな。以前小町から戸塚の能力は盾を生み出す能力と聞いていたがこんな感じなのか)

 

見たところ、結構頑丈な盾の様で銃弾が当たっても綻び1つ生じていない。その事から戸塚の魔女としての……じゃなかった、魔術師としての実力が優秀である事が理解できる。

 

放った銃弾が全て盾に防がれると同時に小町は横に跳んで二発発砲する。それによって1人の影兵が持っているナイフ型煌式武装とハンドガン型煌式武装が手から弾かれて地面に落ちる。

 

そんな隙を小町が逃す訳もなく再度発砲して手に煌式武装を持っていない方の影兵の校章を破壊する。まずは一体やられたか……

 

校章が破壊された影兵はドロドロと溶けて俺の足元に戻る。普通の人ならパートナーがやられたら動揺するが影兵には関係ない。

 

残った影兵はハンドガン型煌式武装を小町に向けて乱射しながら横に跳んで小町の右側に移動しながら近寄る。銃弾で動きを制限して近接戦に持ち込む、シンプルながら中々有効な手段だ。

 

しかし……

 

 

「別れて!」

 

戸塚がそう叫ぶと巨大な盾は2分割されて、片方は小町の正面に残り、もう片方は小町の右側に移動する。

 

(……へぇ。盾は分割も出来るのか。中々便利だな)

 

俺が感心していると小町の正面にある盾は銃弾を、右側にある盾は影兵の進行を防いだ。

 

「えいっ!」

 

戸塚が可愛い声を出すと影兵の進行を防いでいる盾が影兵をどついて吹っ飛ばす。それによって影兵はバランスを崩してよろめく。

 

「これで終わりっ!」

 

小町はそう言って影兵との距離を詰めながら発砲する。放った銃弾は寸分違わず校章に当たり砕け散った。

 

走りながら小さい校章の破壊を難なくこなせる銃使いはアスタリスクでもそう多くないだろう。こと銃の扱いにおいて小町の実力はガラードワースの序列5位パーシヴァル・ガードナーに匹敵するくらいの実力だし。

 

そう思っていると影兵がドロドロと溶けて俺の足元に戻るので模擬戦終了のブザーを鳴らす。

 

さて……次は今後の方針について話し合わないとな。

 

俺は息を吐きながら2人の所に向かって歩き出した。

 

「あ、お兄ちゃん!どうだったどうだった?!」

 

小町が俺に近寄りながら聞いてくる。

 

「そうだな……まあ本戦出場は今の実力でも問題ないだろう。……ただ、本戦で勝ち抜けるかとなると微妙だな」

 

俺の見立てじゃ本戦出場は可能だ。しかし本戦からは冒頭の十二人を始め各学園の上位の序列者が大量に出てくる。今の実力じゃ冒頭の十二人ペアには負けるだろう。

 

「んじゃ総評行くぞ。お前らのスタイルは小町が攻めに特化して戸塚が守りに特化した鳳凰星武祭じゃ割と珍しいスタイルだ」

 

鳳凰星武祭に参加するペアは基本的に2人とも攻守どちらにも対応するスタイルなので、小町達のペアは珍しい。

 

「もちろんそれを否定するつもりはないがお前ら……特に戸塚はある程度の攻めを覚えて貰う」

 

攻めの要の小町が負け=ペアの負けってのは少々リスクが高過ぎる。だから戸塚もある程度攻める手を覚えるべきだ。

 

「うーん。以前ハンバーガーショップで八幡からそれを聞いて剣や銃の練習をしてるんだけど……」

 

そう言って顔を曇らせる。どうやら結果が芳しくないようだ。まあ入学してから2ヶ月だ。こればっかりは仕方ないのかもしれん。

 

そこで俺は一案を思いつく。

 

「じゃあ戸塚、ちょっと待ってろ」

 

俺はそう言って持ち込んだジュラルミンケースから待機状態になっているある煌式武装を取り出して戸塚に投げる。

 

「そいつを起動してみろ」

 

「う、うん」

 

戸塚はそう言って煌式武装を起動すると大きさ60cmくらいの両手で持つタイプの銃が現れる。

 

戸塚はよいしょって可愛い声を出しながら銃を構える。ヤバいくそ可愛い。

 

そう思った俺はバレないよに手持ちのハンディカメラで撮影をする。撮れた写真を見るとそこには天使が銃を構えていた。うん、癒されるな。

 

俺が鼻の下を伸ばしていると制服の裾を引かれた。見るとオーフェリアがトレーニングジムに来る前と同じように微妙に不機嫌な表情で俺を見ていた。

 

「……何だよ?」

 

「……今は訓練中よ。2人は真面目にやっているのだから八幡も真面目にやったら?」

 

 

「あ、ああ」

 

まあ確かにそうだ。2人は鳳凰星武祭で勝ち抜く事を目標としているんだ。指導する者として真面目にやらないとな。

 

しかしまさかオーフェリアがそういう事を言ってくるなんてな。

 

そう思いながらハンディカメラを仕舞って戸塚を見る。……てかオーフェリア?何で制服の裾を引っ張ったままなんですか?

 

オーフェリアは未だに微妙に不機嫌な表情をしながら俺を見ている。真面目にやるからその目は止めてくれ。

 

オーフェリアにジト目で見られていると戸塚の準備が完了したようなので逃げるように戸塚に話しかける。

 

「じゃあ戸塚、早速こいつを撃ってみろ」

 

そう言って戸塚の正面に残っている五級影兵三体を配置する。

 

「わかった」

 

戸塚は頷いて煌式武装の引き金を引く。

 

すると銃口から50を超える光弾が広範囲に放たれて影兵を穿った。

 

影兵がドロドロに溶けて俺の足元に戻ると戸塚が話しかけてくる。

 

「八幡、これって……」

 

「散弾型煌式武装だ。これなら敵を狙うのが楽になる」

 

散弾はある程度狙いをつけるだけで相手に当てる事が出来るので初心者にはもってこいの武器だ。

 

「ただ星辰力の消費は大きいから必要以上には使うな。敵がお前に近寄ってきた時以外は使わないで小町を守る事に専念しろ」

 

いくら狙うのが楽になるとはいえ戸塚は初心者だし本来の仕事は小町を守る事だ。攻撃という苦手な分野に意識を割き過ぎるのは悪手だ。

 

「うん!わかったよ八幡!」

 

戸塚は笑顔でそう言ってくる。可愛い……守りたい、この笑顔。

 

一瞬鼻の下を伸ばしかけたが自重する。真面目にやらないとまたオーフェリアが機嫌を悪くしそうだし。

 

「とりあえずそれはやる。散弾の弾数や射程距離を変えたかったら装備局に行け。んで次は……」

 

 

 

そう言って小町をチラリと見ると小町は頷く。

 

「確か以前お兄ちゃんは小町が火力不足って言ってたよね?」

 

「ああ。今回の試合を見て確信した。今のお前じゃ星辰力の高い防御タイプの奴を崩すのは厳しいだろうな」

 

さっきの試合では小町の早撃ちや狙いの定め方、相手との立ち回り方は一流だった。しかしハンドガン型煌式武装から放たれた弾丸の威力は心許なかった。

 

俺が口を開けようとすると小町は真剣な表情で頷く。

 

「うん。だから小町はお兄ちゃんに言われた通り純星煌式武装を学園から借りたよ」

 

俺はそれを聞いて驚いた。純星煌式武装を借りられたのか?

 

「マジで?」

 

「うん。マジだよ」

 

小町はそう言ってポケットから待機状態の煌式武装を出して展開する。

 

 

すると小町の手元には真っ黒な銃が現れる。そしてその銃のグリップの部分には紫色のコアが輝いている。

 

普通の煌式武装のコアであるマナダイトは緑一色だ。しかし純星煌式武装のコアであるウルム=マナダイトは様々な色をしている。紫色という事はアレは間違いなくウルム=マナダイトで純星煌式武装である証明となっている。

 

「これが小町の借りた純星煌式武装『冥王の覇銃』だよ」

 

何だその物騒な名前は……明らかにヤバい雰囲気を醸し出してやがる。

 

純星煌式武装の雰囲気にドン引きしていると1つの不安が現れる。

 

「……なあ小町、その純星煌式武装の代償は何なんだ?」

 

純星煌式武装は強力だが所有者にリスクを背負わせる物もある。

 

例えばレヴォルフのイレーネが持っている『覇潰の血鎌』は誰にでも比較的高い適合率が出る反面、『所有者の血液』を代償として求めてきて燃費が悪いと言われている。

 

他にもガラードワースのアーネスト・フェアクロフの持つ『白濾の魔剣』は『物体をすり抜け任意の対象のみを切ることが可能』という糞ふざけた能力を持つ反面、『常に高潔でありながら私心を捨てて全ての行動において秩序と正義の代行者たらねばならない』という糞ふざけた代償を必要としている。

 

出来るなら危険ではない代償であって欲しいんだが……

 

「代償?これの代償は燃費の悪さだね」

 

「燃費の悪さ?どんな意味でだ?」

 

「それがとにかく星辰力の消費が凄すぎるんだよ。3発撃ったら星辰力切れで気を失っちゃうくらいなんだよ」

 

……え?マジで?燃費悪過ぎだろ?『覇潰の血鎌』より使い勝手が悪いだろ?

 

「そこまで代償が厳しいって事は相当強いんだろうな?」

 

「あ、うん。この前天霧さんとリースフェルトさんペアと模擬戦したらリースフェルトさんを防御ごと吹き飛ばして気絶させたから」

 

……随分過激な事をしてるなこいつ。てかリースフェルトも決して弱くないのに防御ごと吹き飛ばして気絶させるって……

 

小町がそう言ったのでリースフェルトと昔馴染みのオーフェリアを見てみるが表情に変化はない。少しくらいは表情を変えると思ったが……

 

まあ特にリアクションをしてないから今は置いていこう。

 

「わかった。じゃあちょっと俺に撃ってくれ」

 

決闘や公式序列戦なら映像データがネットに出るが、模擬戦ならデータがない時もある。だから実際に威力を知りたい。

 

「え?!それはお兄ちゃんが危ないよ!」

 

小町は慌てて手を振るが問題ない。こちらも相当のカードを切るだけだ。

 

「大丈夫だ。纏えーーー影狼修羅鎧」

 

俺がそう呟くと足元にある影が立ち上り俺の体に纏わりつき奇妙な感触が襲いかかる。それは徐々に広がり体全身に伝わると奇妙な感触はなくなり若干の重みを感じるようになった。これで装備を完了したようだ。

 

「あ!八幡それ……」

 

「王竜星武祭準決勝でシルヴィアさんと戦ってる時にお兄ちゃんが使ってた鎧じゃん!」

 

「まあな。この影狼修羅鎧は俺の持つ技の中で最強の防御力を誇る技で、使った相手はここにいるオーフェリアとシルヴィとイレーネだけだ。多分これなら耐えられるぞ?」

 

俺がそう言うと小町は一層驚いた顔で詰め寄ってくる。その表情は正に鬼気迫るものだ。何かあったのか?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん?!シルヴィってシルヴィアさんの事を愛称で呼んでるけど仲良いの?!」

 

そっちかよ?!

 

そう言えば忘れてた。小町の奴シルヴィの大ファンだったんだ。そりゃ兄がシルヴィって愛称呼びしてから気になるよな!

 

でもこんな時にそんな事を聞くなよ?!

 

内心小町に突っ込んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………八幡。シルヴィア・リューネハイムと仲が良いの?」

 

横からは何かオーフェリアも同じ事を聞いてくるし。分かりにくいが不機嫌な表情してるし。

 

てか何で今日のオーフェリアは不機嫌になりまくってんだ。いつもは殆ど感情を出さないくせに。

 

小町とオーフェリアに見られて焦っていると地面に置いてある鞄から着信音が鳴り出した。俺の携帯端末に誰か連絡してきたようだ。

 

(よし。これを使って誤魔化そう)

 

「悪い。電話が来たからその話は後でな」

 

内心電話をしてきてくれた人に感謝しながら通話ボタンを押す。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっほー、八幡君。今大丈夫?』

 

空間ウィンドウが開き、今話題に出ていたシルヴィア・リューネハイムが笑顔で笑いかけてきた。

 

 

………終わった。



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比企谷八幡は妹と友人に鳳凰星武祭の為の訓練を施す(後編)

 

 

 

沈黙が続く。はっきり言って音が全くしない。

 

周りの状態

 

戸塚 電話の相手が予想外の相手だったのか口に手を当てて驚いている

 

小町 電話の相手が自身が大ファンである世界の歌姫だと知って固まっている

 

オーフェリア 理由は知らないが更に不機嫌な表情になって俺を見ている。

 

そんな中、俺は緊張して固まっている。てかオーフェリアが怖い。ここまで感情を露わにするオーフェリアは初めて見た。てか何でこいつ機嫌が悪いの?

 

『おーい。八幡君?返事してよー』

 

疑問に思っていると事情を知らないシルヴィが不思議そうな表情で手を振ってくる。

 

シカトしたのは申し訳ない。しかしその上で言いたい。

 

(……このタイミングで電話すんなよ!)

 

もちろんシルヴィは一切悪くない。悪くはないが……タイミングが悪過ぎる。何なの?今日の朝占いで俺の星座最下位にもかかわらずラッキーアイテム持たなかった罰なの?

 

とりあえず無視するのは悪いのでシルヴィに話しかける。

 

「よ、ようシルヴィ。久しぶりだな」

 

するとシルヴィは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うん。この前八幡君とデートして以来だから……2ヶ月ぶりくらいかな?』

 

更に爆弾発言をしてくる。

 

待てコラァ!お前は火にガソリンを入れるのが趣味なのか?!そんなに俺を殺したいのか?!

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」

 

焦っていると後ろで小町が叫び出す。

 

『え?!八幡君?今の何?!』

 

シルヴィが驚いた表情で俺を見てくる。どうやらシルヴィからは小町が見えていないようだ。

 

そう思っていると足に痛みを感じたので見るとオーフェリアが俺の足を踏んでいた。痛い痛い痛い。

 

てか今日のオーフェリアは変だ。今も何か拗ねた表情で足を踏みながら制服の裾を掴んでるし。

 

こりゃ早くシルヴィとの電話を終わらせないと俺がヤバい。

 

「な、何でもない。それで何か用か?」

 

これ以上は俺の胃がヤバい。さっさと用件を聞いて電話を終わらせないといけない。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うん。欧州ツアーも半分終わって八幡君の声を聞きたくてかけちゃった』

 

そう言ってシルヴィはイタズラじみた表情で舌を出しながら新しい爆弾を投下してきた。

 

………終わったな。

 

こいつは狙ってやっているのか?ねぇそうなの?

 

「…………八幡?」

 

内心シルヴィに突っ込んでると横にいるオーフェリアがジト目で俺を見ながらどす黒いオーラを纏って近寄ってくる。そのオーラは星辰力とは別のような物だ。

 

しかし何故かメチャクチャ怖い。はっきり言って公式序列戦でオーフェリアと相対している時よりプレッシャーを感じる。

 

「いや待て。落ち着けオーフェリア。頼むからそのオーラをしまってくれ」

 

手を横に振りながら後退していると、シルヴィはオーフェリアが見えたようで若干驚きの表情を浮かべていた。

 

『あれ?八幡君、そこに『孤毒の魔女』がいるの?』

 

「ん?ああ、ちょっと一緒に妹の特訓に付き合っていてな……」

 

俺がそう返すとオーフェリアは空間ウィンドウを見て口を開ける。

 

「………シルヴィア・リューネハイム。一つ聞きたい事があるのだけどいいかしら?」

 

オーフェリアはいつもの悲しげな表情でありながら妙にプレッシャーを出しながらシルヴィに話しかけてくる。

 

「え?私に?」

 

シルヴィは意外そうな表情をしながらオーフェリアに返事をする。俺も正直驚いている。まさかオーフェリアが質問なんてするとは思わなかった。

 

「ええ。貴女でないとダメなの」

 

「うん……まあいいけど……何?」

 

シルヴィは若干緊張しながらオーフェリアに質問を返す。頼むから揉めないでくれよ……

 

俺や小町、戸塚がハラハラしている中、オーフェリアは口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡とはどういう関係?」

 

………え?

 

俺は予想外の質問に固まる。何でオーフェリアは俺とシルヴィの関係について質問するんだ?完全に予想外だ。

 

「お?こ、これはもしかして………?!」

 

横では小町がいきなりテンションを上げだしたし……何なんだこの空気は?

 

シルヴィはキョトンとしている。まあこんな質問してくるなんて思わないよな。

 

『えーっと、私と八幡君の関係だよね?』

 

「……ええ。答えたくないなら構わないわ。八幡に聞くから」

 

俺かよ?!てかオーフェリアさん怖過ぎる!

 

『いや、別に答えるのはいいんだけど……』

 

そう言ってシルヴィは少し考える素振りを見せてくる。頼むから変な事は言わないでくれよ……

 

そう思っている中、シルヴィは口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

『そうだね……ライバル兼ボーイフレンドってところかな?』

 

更に爆弾発言をしやがった。

 

「えええぇぇぇぇ!お、お、お兄ちゃんとシルヴィアさんが?!」

 

小町は未だかつて見た事がないくらい驚きの声をあげている。違う!誤解だからな!!

 

小町に弁解をしようとすると制服を引っ張られたので見るとオーフェリアがいつもより悲しげな表情で俺を見てくる。

 

 

「……八幡。本当に八幡はシルヴィア・リューネハイムと恋人なの?」

 

……お前も誤解してんじゃねーよ!!普通に考えてボーイフレンド(恋人)じゃなくてボーイフレンド(友達)ってわかるだろ?!

 

…….てかその顔は止めてくれ。いつもより悲しそうな表情を見ていると俺も嫌な気分になるからな。

 

「ったく……オーフェリア。俺はシルヴィとは付き合ってねーよ。ボーイフレンドってのは友達って意味だよ」

 

「……本当?」

 

「本当だって。大体俺みたいなぼっちと世界の歌姫であるシルヴィは釣り合ってねーよ。……シルヴィも普通に友達って言ってくれよ」

 

ため息混じりにシルヴィを軽く睨むとシルヴィは苦笑いする。

 

『あー、ごめんね。あんまり男の子の友達いないから変な言い方しちゃったね。オーフェリアさんもごめんね?』

 

そう言ってオーフェリアにも謝ってくる。まあ人によって価値観が違うからボーイフレンドと呼んでも仕方ないかもしれないな。

 

「……別に構わないわ。でも一つだけいいかしら?」

 

え?良くないから。頼むから揉めないでくれよマジで。もう胃が痛くて痛くて堪らないからな?

 

『え?いいよ。何かな?』

 

俺が内心突っ込んでいるのを余所にシルヴィはオーフェリアと話している。

 

シルヴィから問われたオーフェリアは口を開いて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………負けないから」

 

ただ一言そう言った。

 

え?負けないから?どういう事だ?オーフェリアの実力はシルヴィの数段上だ。

 

何か後ろでは小町が「宣戦布告キター!!」って喜んでいるが、オーフェリアがわざわざシルヴィに宣戦布告する必要性を感じない。

 

疑問に思いながらシルヴィを見ると俺同様キョトンとしていた。

 

しかし直ぐに理解したのか笑ってくる。

 

『あー、なるほどね。大丈夫だよ。私は勝負の土俵に上がってないから』

 

ん?どういう事だ?まだ実力が足りてないって事か?

 

「シルヴィ、何の話をしてんだ?」

 

疑問に思った俺はついシルヴィに聞いてみる。するとシルヴィは両手でバツマークを作ってくる。

 

『八幡君は知っちゃダメ。女の子には色々あるんだから』

 

……なるほど。どうやら女の子特有の話なのか。だったら無理に聞くのは野暮ってもんだな。

 

「わかった。じゃあこれ以上は聞かない」

 

下手に藪をつついて蛇を出す趣味はないしな。

 

『そうそう。それが正解……ん?』

 

シルヴィは笑っていたが妙な声を出してくる。空間ウィンドウでは下を向いているが何かあったのか?

 

そう思っているとシルヴィが顔を上げてくる。

 

『ごめん。マネージャーに呼ばれちゃった。余り話が出来なかったけどそろそろ切るね』

 

「仕事なら仕方ねーよ。頑張れよ」

 

『うんわかった。あ、最後にオーフェリアさん』

 

いきなりオーフェリアに話しかけてくる。既にいつもの表情に戻ってあるオーフェリアは空間ウィンドウ越しにシルヴィと向き合う。

 

「……何かしら?」

 

オーフェリアが質問をするとシルヴィが不敵な表情を浮かべて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今の私は勝負の土俵に上がってないけど上がった場合は負けないからね』

 

 

 

そんな事を言って空間ウィンドウが消えた。……何だったんだ?

 

「………負けない」

 

オーフェリアがブツブツ言っている事を疑問に思っていると小町が近寄ってきて肩を叩いてくる。

 

「お兄ちゃんやるねー!小町嬉しいよ!」

 

そう言ってバシバシ叩いてくるが意味がわからない。何でシルヴィがオーフェリアに宣戦布告しただけで俺が凄い扱いになってんだよ?

 

「よくわからん世界だ。それより本題に戻るぞ」

 

「……へ?本題って?」

 

小町はキョトンとしているがアホの子かこいつ?いや、アホの子だったな。直で会うのは久しぶりだからすっかり忘れてた。

 

「アホ。お前の純星煌式武装の威力テストだろうが」

 

俺がそう言うと小町は今思い出した様に手をポンと叩く。……本当に忘れてたのかよ?

 

「あ、そうだった。シルヴィアさんに驚いて忘れちゃってたよ」

 

「あ、あはは……」

 

戸塚は苦笑いしてるが忘れるなよ………

 

「はぁ……まあいい。俺はもう準備出来てるんだしお前も準備しろ」

 

そう言って俺はステージの開始地点に立つ。すると小町も直ぐに配置につく。しかしそれは若干不安そうな表情だ。

 

「……ねぇお兄ちゃん。本当に大丈夫なの?これ本当に凄い威力だよ?」

 

そう言って小町は起動状態になっている『冥王の覇銃』を見せてくる。

 

「大丈夫だって。こっちは公式序列戦で純星煌式武装を何度も相手してんだし。撃つなら早く撃て」

 

いくら凄い純星煌式武装でもオーフェリアの一撃に比べたら遥かにマシだと思うし。

 

それでも小町は躊躇っている。どんだけヤバい銃なんだ?

 

疑問に思っている時だった。

 

 

 

 

「……大丈夫よ。その銃で八幡を倒すのは無理だから」

 

いつもの表情に戻ったオーフェリアが小町にそう言ってくる。それを聞いて確信した。オーフェリアがそう言った以上『冥王の覇銃』で俺が大怪我する事はないだろう。

 

「小町。心配すんな。遅かれ早かれ星武祭では使うんだ。今更ビビってどうすんだよ?」

 

冒頭の十二人クラスのペアには使わないと厳しいだろうし。

 

俺がそう言うとようやく納得したような表情を見せてくる。どうやら覚悟は決まったようだな。

 

「わかった。じゃあ撃つよ」

 

そう言って小町は『冥王の覇銃』を構える。すると『冥王の覇銃』のウルム=マナダイトが紫色の光を出し始める。同じ紫色と言ってもイレーネの『覇潰の血鎌』とは違って比較的明るい気がするな。

 

それを確認した俺は鎧に包まれた左手を突き出して防御の姿勢を示す。

 

「よし、小町撃て」

 

俺がそう言うと小町は頷き……引き金を引いた。

 

すると銃口から紫色のスパークを帯びた黒い光が一直線に俺の左手目掛けて発射された。

 

(……弾速は普通のハンドガン型煌式武装より若干速いくらいだな。んで、威力は……)

 

『冥王の覇銃』の特徴について事細かに観察していると光が俺の左手の籠手の部分に飲み込まれる。

 

 

瞬間、籠手の部分からスパーク音と衝撃が響き渡る。

 

(……マジか?!こいつは予想以上だ)

 

籠手の部分に飲み込まれた光は抑えきれていないのか軋む音も追加されて俺の左手に痛みを与える。なるほど、確かに攻撃に特化した純星煌式武装という事もあるな。

 

そう思っていると影狼修羅鎧の籠手の部分が膨らんでいる。どうやら威力を削りきれずに溢れ出そうとしているのだろう。

 

そして……

 

 

 

轟音と共に左籠手が弾け飛んだ。その際に削りきれずに残った衝撃が左手に襲いかかり血が飛び散る。

 

「お兄ちゃん大丈夫?!」

 

それを見た小町は心配そうな表情で近寄ってくるが問題ない。

 

「大丈夫だ。ちょっと出血しただけだ。にしても中々の威力だな」

 

籠手だけとはいえ破壊するとは……単純な破壊力ならトップクラスだろう。

 

「とりあえず小町。『冥王の覇銃』は弾速はそこまで速くないから当てる状況を作れるようにしとけ。冒頭の十二人クラスなら避けるのはそこまで難しくないぞ」

 

しかも消費星辰力も半端ないからリスクがデカすぎる。

 

「まあ確かに天霧さんにはまるで当たる気がしないしね」

 

……ああ。まあ確かに天霧は速いからな。言っちゃ悪いがタイマンで天霧に銃弾を当てるのはガチで難しいと思う。

 

「まああいつは強いからな。とりあえず小町、鳳凰星武祭までにする事は①『個々の実力を高める事』②『2人の連携力を高める事』③『切り札の一撃を相手に当てる為の作戦を組み立てる事』の3つだ」

 

とりあえず俺がやるべき事は影兵を使って②と③を中心に仕込む事だろう。①については学校でもやれるし。

 

「うん。小町頑張るよ!」

 

どうやらやる気は出たようだ。なら俺も全力でサポートしないとな。

 

「じゃあもう一回影兵出すから再戦するぞ」

 

「待って!八幡の治療が先!」

 

すると戸塚が膨れっ面で注意してくる。

 

「いや別にこの程度「ダメ!」……わかったよ。ちょっと治療室行ってくる」

 

「あ、じゃあ僕も行く!」

 

戸塚が手を上げてくる。別に逃げるつもりはないんだが……まあいいか。

 

「わかった。じゃあ小町とオーフェリアは待っててくれ」

 

「………わかった」

 

「あいあいさー!」

 

2人の返事を確認したので俺と戸塚はトレーニングルームを出た。

 

 

 

 

 

 

それから10分……

 

俺は手に包帯を巻いた状態で戸塚と医務室を後にする。痛み止めも使ったので痛みも殆どない。

 

「ふぅ……良かった。大事にならなくて」

 

戸塚は自分の事のように安堵の表情を浮かべている。戸塚に心配されるってのは………中々良いな。

 

内心喜びながらトレーニングルームに入る。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで八幡は私の手を直接握ってくれて私を肯定してくれたの」

 

「ふぉー!お兄ちゃんやるー!!」

 

オーフェリアと小町が駄弁っていた。てか話してる内容……

 

(オーフェリアの家で飯食った時の話じゃねぇか?!オーフェリアの奴、何話してんだよ?!)

 

 

アレは他人に絶対に知られたくない内容なのにあいつはペラペラ喋ってんじゃねぇよ!てかマジで死にたい!

 

内心荒れていると向こうも気付いたようだ。小町が良い笑顔で近づいてくる。

 

「いやーお兄ちゃんやるねー。いつの間にそんなテクニックを身につけたの?」

 

そう言って肩を叩いてくる。普段は可愛いと思う妹だが今はイラッとくる。

 

「テクニック言うな。アレは……その無意識にだな……」

 

「無意識っていう事は心の底からオーフェリアさんの事大切に思ってるんだ!小町嬉しい!」

 

そう言ってよくわからん踊りを見せてくる。それを見てブチっときた。

 

「……おい小町。治療も終わったし訓練の再開といこうか。先ずは個々の実力の向上からやるぞ。今から俺と戦うぞ」

 

俺が低い声でそう言うと小町がビビりだす。

 

「い、いやー、そ、それは小町にはまだ早い気が……」

 

「いやいや。王竜星武祭で俺に挑むんだろ?予行練習って事でやるぞ」

 

そう言って小町を引っ張りながらステージの中央に立つ。小町はビクビクしているが傷付けるつもりはない。目的は小町の戦闘能力の向上だから小町が攻めて俺が小町の攻撃を防ぐのが訓練内容だ。俺が一方的に攻めていては訓練にならないし。

 

「さぁ……始めようか」

 

「えっ……ちょ、待っ……」

 

小町がそう言うと同時に訓練開始のブザーが鳴った。

 

 

さあ、訓練の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後、ステージには肉体的には傷1つ付いていない小町が疲労困憊の状態で寝転がっていた。



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早起きすると色々ある(前編)

「やぁっ!」

 

小町の叫び声が聞こえると同時に光弾が俺に襲いかかる。それを確認すると同時に右手をスッと上げて地面から影の盾を出してそれを防ぐ。

 

そしてお返しとばかりに左手を振るって地面から影の刃を生やして放つ。一直線に飛んだ刃の狙いは小町の胸にある赤蓮の校章。

 

しかし影の刃は戸塚の出す巨大な盾に防がれる。防御力は中々だな。

 

そう思いながら俺は一歩下がり2人を纏めて視界に入れる。

 

「影の刃群」

 

そう言うと同時に影の刃が小さい100の刃に分裂されて2人の元に囲むように一斉に飛んでいく。これなら避けれないだろう。

 

そう思っていると戸塚は目を瞑り見た事のない魔方陣を作り出す。

 

そして……

 

「群がってーーー盾の軍勢!」

 

戸塚がそう言うと小町と戸塚の前に展開されていた巨大な盾がバラバラになり数百の小さな盾となり2人の周囲に展開する。その数は少なく見積もっても150はあるだろう。戸塚の奴、こんな隠し技を持ってるとはな……

 

そして小さな盾は影の刃群の射線上に展開されて衝突する。それを見ると同時に影に潜り戸塚に詰め寄る。

 

地上では影の刃と大量の盾がぶつかり合い相殺される。まあ影の刃群は当てる事を優先で威力は低いからな。

 

そう思いながら突き進む中、戸塚は目を開く。しかし直ぐに驚きの表情を浮かべる。

 

「あれ?!八幡はどこ?!」

 

「戸塚さん気をつけて!お兄ちゃんは影の中に潜ってます!」

 

小町は注意するがもう遅い。

 

俺は戸塚との距離を3メートルまで詰めると同時に影から飛び出してナイフ型煌式武装の黒夜叉を振るって戸塚の校章をぶった斬る。先ずは1人……

 

校章が破壊されるのを確認して小町を見る。ハンドガン型煌式武装で撃ってくるが影の盾が全て防ぐ。無駄だ。俺の防御を崩すには『冥王の覇銃』を使え。

 

そう思いながら俺は影の盾を前方に展開しながら小町に突っ込む。『冥王の覇銃』は威力は高いが避けるのはそこまで難しくない。少なくとも今みたいなタイマンなら避けられるだろう。

 

俺は勝ちを確信しながら小町に突っ込んでいる時だった。急に小町は驚いた表情を見せてくる。何だいきなり?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?!何でシルヴィアさんがここに?!」

 

横を指差しながら言ってきた。

 

は?いやいや、シルヴィは欧州ツアーに行っているはずだ。ここにいる筈がない。

 

……いや、もしかしたらいるかもしれん。シルヴィの奴、ステージの上で俺の事を好きだと言うと脅したり、寮に乗り込みに行くとかとんでもない事を言ったりするし。もしかしたら……

 

そう思いながら横を見ると………誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありー!」

 

それと同時に小町がそう叫んだので前を見る。すると小町の手にはいつの間にか『冥王の覇銃』が握られていて放ってきた。

 

光が一直線に突き進んでくる。これは……避けれるか?

 

俺は身体を捻りながら横に跳ぶ。すると間髪入れずに光が通った。

 

光が通り過ぎると腕に痛みが走る。見てみると右腕にかすったらしく制服が破けて血が出ていた。

 

(……かすっただけでこれかよ。まあ戦闘には支障ないから良しとするか)

 

前を見ると小町が呆気に取られた表情をしていた。まさか躱されるとは思っていなかったのだろう。

 

しかし敵の前でボケーっとするのは感心しないな。

 

俺は更に小町との距離を詰めて影で『冥王の覇銃』を奪い取る。それによって漸く再起動したようだが遅いからな?

 

俺は自身の周囲に影を蠢かせながら小町を見る。小町は焦った表情をしながら周りを見る。しかし戸塚は既に校章を破壊されたので助けに来ない。俗に言う詰みってヤツだ。

 

暫くの間小町はキョロキョロしたかと思えば俺の方を向いて、

 

 

 

 

 

 

 

 

「てへっ」

 

舌を出してウィンクをしてきた。

 

それを確認した俺は影で小町の校章をぶった斬った。それによって校章は真っ二つになり地面に転がり落ちた。

 

 

 

それと同時にブザーが鳴り模擬戦終了を俺達に伝えた。さて、次は反省会だなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全くこの馬鹿が」

 

「痛い!痛いよお兄ちゃん!」

 

トレーニングルームにて模擬戦が終わったので反省会をしながら夕食を食べている。オーフェリアはディルクに呼び出されていない。

 

そして今買ってきたサンドイッチを食べながら小町の頭にチョップをしている。

 

「確かに相手の隙を突けと言ったがな……んなやり方があるか。星武祭でやったら笑い者だぞ?」

 

てか世界規模で放送される星武祭であんなフェイントによって負けたら末代までの恥になるぞ。

 

「こ、小町は悪くないよ!お兄ちゃんが強過ぎるのが悪いよ!」

 

そうきたか……全くこいつは。

 

「はぁ……まあいい。次に戸塚、お前の盾の分裂については中々良かったが防御以外にも使えるようになれ」

 

小町にチョップをするのを止めて戸塚と向き合う。

 

「防御以外?どういう事?」

 

「前回俺の影兵とやった際に盾をぶつけて影兵のバランスを崩しただろ?」

 

「うん」

 

「それと同じように大量の小さな盾を相手に飛ばすのを会得しとけ。散弾の煌式武装があれば相手はかなりウザがるだろうからな」

 

アレは多量の攻撃を防ぐより飛ばしてぶつけた方がいい。上手くいけば相手の隙を作れて『冥王の覇銃』を活かせるかもしれないし。

 

「わかった。やってみるよ」

 

「そうしろそうしろ。魔術師や魔女は多彩さがある方が有利だしな」

 

そう返しながら今日アスタリスクであった時事ニュースを見てみる。

 

(うわぁ……ガラードワースの『贖罪の錘角』の使い手が現れたのかよ。しかも5位のパーシヴァル・ガードナー。こりゃ獅鷲星武祭はまたチーム・ランスロットの優勝だな。んで次は……ん?)

 

ニュースを見てみると知った名前があった。あいつは何をやっているんだ?

 

そこには『刀藤綺凛、いきなりの決闘!対戦相手の天霧綾斗予想に反して良い勝負を繰り広げる!』と載っていた。

 

ちょうど今星導館に通っている上に天霧と交流のある2人もいるし聞いてみるか。

 

「おい小町に戸塚、これは何なんだ?」

 

「ん?どれどれ……ああ、これね。悪いけど小町は後になって知ったからよくわからないな。戸塚さんは?」

 

「あ、うん。えっと……お昼休みに僕と天霧君と矢吹君で食堂に行こうとした時に何か……刀藤さんが刀藤さんの伯父さんに叩かれて、それを天霧君が止めようとしたら決闘になったんだ」

 

色々言いたい事はあるが天霧が底知れないお人好しだという事はよくわかった。そしてリースフェルトの件といいトラブルに巻き込まれやすい体質であるという事も。

 

そう考えながらネットに落ちてある決闘のデータを見てみる。

 

そこにはハイレベルな戦闘があった。

 

特に天霧の『黒炉の魔剣』に触れないように攻撃の軌道を変えて攻める刀藤の剣、はっきり言って異常過ぎる。これで13歳とは恐れ入る。才能だけなら六学園の序列1位でもトップだと思う。

 

(こりゃ2年後や5年後の王竜星武祭は気を引き締めないと危ないな)

 

そう思いながら記録を見ていると天霧が攻勢に出た。このままじゃジリ貧と感じたのか多少のダメージを無視して攻め始める。しかし……見切りの間合いが近くないか?こんな攻めを刀藤クラスの敵にやったらカウンターで校章をやられるぞ。

 

すると予想に違わず、刀藤の放った斬り上げをくらって天霧の校章が破壊される。しかも天霧の奴、決着のアナウンスが聞こえるまで気付いていない風だったし。

 

(……そういやあいつ最近転入したばかりだったな。て事は校章の存在を忘れていたのかもな)

 

でなければあんな無理な攻めはしないだろうし。やれやれ……

 

息を吐きながら空間ウィンドウを閉じて立ち上がる。

 

「さて、そろそろ休憩は終わりだ。もう一本行くぞ。……言っとくが小町、次にあんなふざけたフェイントをしたら基礎トレ3倍だからな」

 

そう言ってステージの中央に向かって歩き出す。

 

後ろでは「お兄ちゃんの鬼!」とか「小町ちゃん、落ち着いて」とか言っているような気がするが気のせいだろう。

 

 

 

 

それから3日後……

 

『それでね。天霧さん刀藤さんも落としたっぽいんだよ。仲良さそうに歩いてて……これで4人目だよ』

 

「マジでギャルゲーの主人公なのかあいつは?」

 

深夜小町と電話していたら天霧の話になった。以前から天霧がリースフェルトと幼馴染の沙々宮って奴とクローディア・エンフィールドの3人と仲が良いのは知っていた。当初はリア充爆発しろと思ったが刀藤まで追加されると呆れの感情しか浮かばない。

 

「そうかもねー。ちなみに本命はリースフェルトさんだよ。まあ小町は生徒会長に賭けてるけど」

 

「小町ちゃん?賭けは良くないよ?」

 

いつの間にそんな悪い子になっちゃたの?お兄ちゃん悲しい。

 

「いやいや。公式序列戦で賭けしたり歓楽街で遊んでるお兄ちゃんに言われたくないからね」

 

「待て。何で知ってる?」

 

「昨日の訓練の時にオーフェリアさんから聞いた。別に止めろとは言わないけど身を滅ぼさないようにね?」

 

「大丈夫だ。毎月決められた額しか遊んでないから」

 

せいぜい月50万くらいしかつぎ込んでないし。

 

「ならいいけど。ふぁ〜。そろそろ眠いから切るね」

 

「おう。おやすみ」

 

「んっ、おやすみ」

 

そう言って電話が切れたので端末をベッドの脇に置いて俺も睡魔に逆らわずに眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

ベッドから落ちた衝撃で目を覚ます。

 

痛みを堪えながら時計を見ると朝の5時前だった。微妙な時間だな……

 

息を吐いて立ち上がる。二度寝するには少し遅い時間なので散歩でもするか。

 

俺はクローゼットにあるレヴォルフの校章の付いたジャージを着て部屋を後にした。

 

 

 

外に出ると白くぼやけた世界が目に入る。朝のアスタリスクは湖の上にあるから湖の水と大気の温度差から霧が発生しやすい。

 

しかし今日の霧はいつもより深い。まるでイギリスの霧の都みたいだ。

 

霧の深さに驚きながら歩き出す。早起きすると寮の周辺を散歩するのはよくあるが今日は早く起き過ぎた。

 

よって今日は久しぶりにアスタリスクの外周をグルリと回る予定だ。湖があるせいか比較的涼しいし散歩するには絶好の場所だろう。

 

 

そう思って霧の中を10分程歩いていると………

 

 

 

「……八幡?」

 

いきなり横から話しかけられたので振り向くとオーフェリアがいた。白い髪と霧によって幻想的な雰囲気を醸し出していて見惚れてしまった。

 

……しかし気のせいか?いつもより悲しそうだ。

 

「お、おうオーフェリア。お前も散歩か?」

 

「早く起きたから。八幡は何処に行くの?」

 

「俺?俺はアスタリスクを外周する環状道路だけど」

 

「……私も一緒に行っていいかしら?」

 

オーフェリアが同行を求めてくるとは珍しい事だな。まあオーフェリアには気を遣わなくて済むしいいか。

 

「わかった。じゃあ行こうぜ」

 

「んっ……」

 

オーフェリアは頷くとジャージの裾を掴んでくる。最近よくやってくるようになったな。

 

俺は保護欲を駆り立てるオーフェリアの姿に苦笑しながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

アスタリスクを外周する環状道路は時間が時間だけあって人が殆どいない。偶に早朝訓練をしている学生とすれ違うくらいで、まだ街全体が眠ったように静かである。

 

俺とオーフェリアは霧に包まれた湖の岸沿いにある歩道をゆっくりと歩いている。

 

散歩して10分……

 

……やっぱりオーフェリアの様子はおかしい。散歩を始めてからずっと俺のジャージの裾を掴んでいる。

 

オーフェリアが俺の服を掴む事は高校に上がってからよく経験するが歩いている時にはして来なかった。だからいつもと様子が違うのが簡単に理解できる。

 

「なあオーフェリア」

 

「……何?」

 

「いや、何かあったのか?いつもと違う雰囲気だし」

 

そう尋ねるとオーフェリアはジャージから手を離して自身の胸に手を当てる。それは儚くて今にも壊れそうだ。

 

オーフェリアは暫くその体勢を取ってやがて口を開ける。

 

 

「……八幡、一つ聞いていいかしら?」

 

「何だ?」

 

俺がそう尋ねるとオーフェリアは息を一つ吐いて………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡は私の事、好き?」

 

そう言ってきた。

 

 

…………………え?



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早起きすると色々ある(中編)

 

「……八幡は私の事、好き?」

 

オーフェリアはそう言ってくる。

 

え?ちょっと何を言ってるの?好きって聞かれても困るんですけど?

 

てかオーフェリアがこんな質問をしてくるなんて完全に予想外なんですけど。マジで何があったの?

 

(……いかん。とりあえず質問の意図を考えよう)

 

オーフェリアの事が好きかって?

 

………うん。質問の意図なんて丸分かりだな。とりあえずオーフェリアに事情を聞いてみるか。

 

 

「……えーっとだな、オーフェリアいきなりどうしたんだ?」

 

そう尋ねるとオーフェリアが口を開ける。

 

「……今日寝ている時に嫌な夢を見たの」

 

「夢?どんな夢だ?」

 

オーフェリアの夢の中で俺が何かやらかしたのか?だとしたら申し訳ないな。

 

「……八幡に嫌いって言われた夢。目が覚めた時に凄く胸が痛かったの。その後に外を歩いていたら八幡に会って……」

 

一緒に散歩する事になって俺から様子を問われて今に至る、って訳か。

 

なるほど、話はわかった。その上で言わせて貰おう。

 

「オーフェリア。誤解がないように言っておくが俺はお前の事を嫌ってない」

 

「……本当?」

 

「ああ。嫌ってるなら一緒に飯も食わないし、妹に会わせたりしないし、今だって一緒に散歩なんてしねーよ」

 

「……そう。なら良いわ」

 

そう言ってオーフェリアは軽く頷く。その表情はさっきに比べて大分マシになっている。(それでも十分に悲しげな表情だが)

 

安堵の息を吐いている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡が私の事を嫌っていないのはわかったわ。その上で聞きたいのだけど……八幡は私の事、どう思っているの?」

 

さっきより答えにくい質問をしてきた。

 

勘弁してくれ。さっきの質問は好きか嫌いの2択、しかも嫌いじゃないって答えも使えたから良かったが、今回の質問は自分の意見が答えの質問だ。マジで答えにくい。

 

 

 

「………八幡」

 

オーフェリアは俺に近寄ってくる。近い近い近いからね?顔には早く答えろって書いてあるしマジでどうしよう?

 

「えーっとだな……その、何だ……どこか放っておけない感じだな」

 

俺が今出せる最善の答えを出す。……恋愛感情かはわからない。しかし何故か一緒にいたいと思うし、どうにも放っておけない。

 

俺がそう返すとオーフェリアはよくわからない表情をしてくる。

 

「……わかったわ。じゃあ最後に一つ良い?」

 

まだあんのかよ?!もう勘弁してくれ!これ以上は胃がもたないからな。

 

「最後だぞ?」

 

「ええ。………八幡は好きな人がいる?」

 

どこか不安そうな表情で聞いてくる。マジで今日のオーフェリアは何なんだ?まさかと思うが俺の好きな人を聞いてdisるとか?……いや、オーフェリアはそんな事しないか。

 

「……いない、けど」

 

少なくとも今はいない。まあ気になる奴なら幾らかいるけど好きかどうかは知らないので言わなくていいだろう。

 

「……そう。だったらまだ……」

 

オーフェリアは後ろを向きながらブツブツ言っている。とりあえずオーフェリアの地雷は踏んでないようだな。それなら良いけど。

 

(……しかしオーフェリアが恋バナに興味を持つとはな……。それは嬉しいがそういう事は女子と話して欲しい)

 

俺は男子、しかもあまり女子と関わらない男子だからそういう話は無理だ。

 

そう思っているとオーフェリアは俺の方を向いてくる。

 

「……何度も質問をしてごめんなさい。もう大丈夫よ」

 

……確かに元のオーフェリアに戻ってるな。オーフェリアの心の中で何があったか知らないがもう大丈夫なのだろう。

 

「……そうか。じゃあ散歩の続きをするか」

 

「ええ」

 

オーフェリアは頷くと俺の横に立ち歩き出した。さっきと違ってジャージを掴んではいないがさっきより距離が近い気がする。

 

てか更に近寄って来てないか?

 

つい気になってオーフェリアに話しかけようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

少し離れた場所から鈍い爆発音が聞こえてきた。

 

音源の方向を向いてみると霧とは別に煙が上がっていた。……何だ?テロか?

 

「オーフェリア、怪我人がいるかもしれんからちょっと行ってくる」

 

万が一テロで怪我人が多かったら俺の力は役に立つし行っておいたほうがいいだろう。

 

「……私も行くわ」

 

オーフェリアがそう言ってくる。俺はそれを見て一つ頷いて音源の方向に向けて足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

現場に着くと巨大なクレーターが空いていた。クレーターの内部を見てみるといくつもの階層の下に水があった。アレはおそらくアスタリスクのバランスを取るための重りとして利用しているバラストエリアの水だろう。

 

そんな所まで貫く様な穴を開けるなんて明らかに人為的な物だろう。何を企んでやがるんだ?

 

(……とりあえずバラストエリアに人が落ちてないか確認しに行くか)

 

そう判断してバラストエリアに行く為に影の竜を召喚しようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

周囲からガサゴソ音がして何かが近寄ってくる。

 

辺りを見渡して見ると靄の中から見た事のない生物が出てきた。その姿は恐竜のように爬虫類に近い顔を持ち口からは牙が見えていた。

 

その数は4体で明らかに俺とオーフェリアを睨んでいる。

 

「……アレは、確かフリガネラ式粘性攻体」

 

オーフェリアはどうやら知っているようだ。

 

「オーフェリア、アレなんだか分かるのか?」

 

「ええ。確かアルルカントの『超人派』が作った擬似生命体よ。昔見た事あるわ」

 

『超人派』の物か。まあかつて『超人派』に関わっていたオーフェリアがそう言うなら間違っていないのだろう。

 

「って事は狙いはお前か?」

 

だとしたら馬鹿としか思えない。こんな物じゃオーフェリアに傷一つ付けられないだろう。

 

「……わからないわ。私がレヴォルフに移ってからアルルカントに絡まれたのは今日が初めてだから」

 

……って事はオーフェリアが狙いとは考えにくいな。もしかして俺か?でも俺アルルカントと接点は……

 

 

(……あったな。この前レヴォルフに来た3人と接点あったな。しかしそれでも俺が狙いとは思えない)

 

3人と会った日の深夜にエルネスタとカミラと材木座について調べてみたが、エルネスタは『彫刻派』でカミラと材木座は『獅子派』でいずれも『超人派』ではなかった。

 

『獅子派』は昔『超人派』と組んでたらしいが数年前に手を切ったから関係があるとは思えない。

 

まあ奴らの狙いが俺であろうとオーフェリアであろうと関係ない。狙いに来た以上ぶちのめすだけだ。

 

そう思っているとオーフェリアが手を上げようとしているので慌てて手を掴んで止める。

 

「待てオーフェリア。お前が暴れたら周りを巻き込むから俺がやる」

 

オーフェリアの力は瘴気を操る力だ。体内を影で強化している俺はともかく関係のない人が瘴気をくらったらまず無事じゃ済まないし。

 

そう言ってオーフェリアを見るとオーフェリアは俺の事をガン見しているが顔に何か付いてるのか?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡。わかったから手を離して。………恥ずかしいわ」

 

オーフェリアがガン見しないとわからないくらい少しだけ頬を朱に染めてそう言ってくる。

 

そう言われて俺はオーフェリアの手を強く握っている事を理解した。

 

「わ、悪い!」

 

謝りながら手を離す。俺の馬鹿野郎。手を掴まなくても声をかければ良かったじゃねぇか。

 

手袋越しなのに凄くドキドキする。オーフェリアの奴に恥じらいがあるとは思わなかったし。てか凄く可愛い。これがギャップ萌えってヤツか?

 

内心心臓がバクバク鳴っているのを実感していると、痺れを切らしたのかトカゲもどきが雄叫びを上げて飛びかかってくる。

 

「……ったく、影の刃」

 

そう言って星辰力を影に込めると影の刃が4本現れてトカゲもどきの首を纏めて斬り飛ばした。弱すぎだろ?こんなんで俺やオーフェリアを狙ったのか?こんなん1億匹いても負ける気がしないな。

 

そう思った時だった。

 

斬り飛ばした首がその場で水飴のように溶け出した。そして半透明のスライム状態になったかと思えば首の付け根とくっ付いて、ものの10秒くらいで元の姿に戻った。

 

「んだこりゃ?オーフェリア、こいつら不死身か?」

 

「違うわ。確か……体の中に核があってそれを破壊しない限り何度も蘇るのだったと思うわ」

 

「サンキュー。だったら……」

 

俺は地面から影の塊を4つ作り上げて、それらを動かしてトカゲもどきの口の中に入れる。

 

それに対してトカゲもどきは口を大きく開けて焔を出そうとしている。まさか人間以外に万応素とリンクできる生物がいるとはな……

 

それについては驚いたが遅過ぎる。隙だらけだ。

 

 

 

 

「嬲れーーー暴れ影針鼠」

 

俺がそう呟くとトカゲもどきの腹辺りから大量の影の針が突き出した。

 

「オオオオオオォォォ!」

 

トカゲもどきは絶叫を上げ地面にスライムを撒き散らしながら暴れ出す。しかしトカゲもどきの体内にいる暴れ影針鼠はそれを無視して暴れ続ける。あたかも体内全てを蹂躙するかの如く。

 

暫く暴れているとトカゲもどきの体内から球状の物が出てきてバラバラになった。

 

同時に地面に蠢いていたスライムはピタリと動きを止めて再生する気配を見せなくなった。どうやらあの球状の物が核だったようだな。

 

全滅したのを確認するとオーフェリアが話しかけてくる。

 

「……初めて見る技ね」

 

「まあな。体内に潜り込んで相手の内臓を破壊する技だ。んなもん試合で使ったら間違いなく失格になるからな」

 

「そうね。……疲れてないと思うけどお疲れ様」

 

「サンキュー。さて次は……」

 

 

俺は息を吐いてクレーター内部の1番奥にあるバラストエリアを見る。

 

「こんな場所を爆発させるって事は俺達以外の誰かを狙った罠かもしれん。一応確認しに行くがお前も来るか?」

 

「……八幡が行くなら行くわ」

 

その言い方止めろ。何か恥ずかしいから。

 

俺はオーフェリアから逃げるように顔を背けながら影に星辰力を込める。

 

 

 

「目覚めろーー影の竜」

 

そう呟くと自身の影が辺り一面に広がり魔方陣を作り上げる。そして黒い光が迸り魔方陣を破るゆうに20メートルくらいの大きさの黒い竜が現れる。

 

竜は現れると頭を下げてくるので俺は頭の上に乗ってオーフェリアに手を差し出す。

 

「ほれ、摑まれよ」

 

「んっ……」

 

オーフェリアが俺の手を掴んだのを確認して引き上げる。頭に乗ると同時に竜の頭から影が伸びて、落ちないように俺とオーフェリアの足に絡みつく。

 

さて行くか……

 

俺が指示を出すと影の竜は雄叫びを上げて巨大なクレーターの中に飛び込んだ。

 

 

数十メートル潜るとバラストエリアに到着した。辺りを見回すと、下には広大な水面が、周囲には巨大な柱が無数にあった。これがアスタリスクを支えている場所か……

 

 

っと、とりあえず落ちた人がいないか確認しないとな。

 

俺は竜にゆっくり飛びまわれと指示を出す。指示を受けた竜は自転車と同じ位の速さでゆっくりと動き始める。

 

てかオーフェリアは背中に抱きつくの止めてくれないか?足に影が絡みついてるから落ちる心配ないし。さっきから背中に柔らかな感触がしてヤバいんですけど?

 

舌を噛みながら煩悩を退散させつつ水面を探してみるも人どころか、物一つ見つからない。もしかして誰も落ちてないのか?……まあそれなら安心だけど。

 

 

そう思っていると……

 

「……八幡。あれ見て」

 

背中に抱きついているオーフェリアが話しかけてくる。オーフェリアが指差した方向を見てみると少し離れた所に一部がくりぬかれている柱があり、人影が2つ見える。

 

……どうやら落ちた奴らは柱の一部をくりぬいて足場を作ったようだ。重要施設の構造物を破壊するとは中々やるな。

 

的はずれな事に感心しながらその場所に行くよう竜に指示を出すと一直線に突き進む。さてさて、さっさと助けてやらないとな……

 

 

 

そう思って目的地に着くと………

 

 

 

 

 

 

 

「………比企谷?」

 

知った顔がいた。何でこいつがここに?

 

「お前、天霧か?んでそっちの女は刀藤綺凛か?」

 

足場にいたのは顔見知りである天霧綾斗と星導館の序列1位『疾風迅雷』刀藤綺凛がいた。

 

 

 

 

 

 

 

両者ともに下着姿の状態で。

 

 

 

 

 

………え?何やってんのこいつら?まさかと思うが事後なの?

 

 

あまりの予想外の光景に俺は言葉を失ってしまった。



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早起きすると色々ある(後編)

俺は今予想外の光景を目にしている。

 

オーフェリアと散歩していたらバラストエリアに繋がる巨大なクレーターを発見。人が落ちていないか探していたら足場がある所に、星導館学園に通う天霧綾斗と刀藤綺凛がお互いに下着姿で向かい合っていたのだ。

 

向こうは俺達を見て驚きと恐れの混じった表情で見てくる。まあ悪名高いレヴォルフの2トップがいきなり現れたらビビるよな?

 

てかマジで何をやってんだ?バラストエリアで中学に上がったばかりの刀藤と、下着姿で今にもキスしそうな距離で向かい合っているし。

 

そう考えている時だった。

 

俺はふと天霧とリースフェルトが決闘した映像を思い出した。

 

あん時は天霧がリースフェルトを押し倒して胸を揉んでいたな。しかも転校初日で初対面なのに。

 

しかも天霧って小町曰く、お姫様、幼馴染、生徒会長、そして目の前にいる刀藤と仲が良いんだよな?

 

そう考えていると天霧達がここにいる理由って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(刀藤と情事に耽る為じゃね?)

 

もしそれならガチでヤバいぞ?刀藤は13歳、明らかに犯罪じゃねぇか。

 

 

俺はオーフェリアの方を向いて話しかける。

 

 

「おいオーフェリア。今直ぐ警備隊にバラストエリアにど変態がいると通報しろ」

 

ならさっさと通報するべきだ。

 

「わかったわ」

 

オーフェリアはそう言ってポケットから携帯端末を取り出そうとすると天霧は大慌てで口を開ける。

 

「ちょっと待ってちょっと待って!!誤解!誤解だからね!」

 

「黙れど変態。客観的に見て明らかにヤバい絵面だからな?」

 

まさかと思うがバラストエリアに開けたクレーターって刀藤と情事に耽りたい天霧が人目を避ける為に開けたんじゃねぇよな?

 

もしそうならガチで捕まるべきだ。それも無期懲役で。

 

オーフェリアが端末を取り出して通報しようとすると……

 

 

「待ってください!天霧先輩は悪くありません!天霧先輩は私を助けてくれたのです!」

 

刀藤が焦りながら弁解する。その様子は明らかに必死だった。てか気付いてないみたいだけど下着姿で近寄らないで!てかエロいな。こいつ本当に13歳か?

 

内心突っ込んでいると背中に痛みを感じる。痛ぇ!

 

後ろを見るとオーフェリアがジト目で俺の背中を抓っていた。痛いから止めろ!

 

「………八幡のバカ」

 

言いたい事を理解した。女の下着を見るなって事だろう。わかったから抓らないで。痛いから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどな。つまりお前らもあのトカゲもどきに襲われた、と」

 

オーフェリアに背中を抓られてから数分、天霧と刀藤から事情を聞いている。

 

ちなみに天霧と刀藤は俺の影で作った黒い服を着ている。話をする前にオーフェリアに物凄い顔で、

 

 

 

 

 

「……今直ぐ八幡の能力で彼女に服を作って」

 

とドスの利いた声で言われ、ビビりながら刀藤の服を作りその際に天霧の服も作った。

 

「うん。ところで何で比企谷は『孤毒の魔女』と一緒にいたの?」

 

若干驚きながら聞いてくる。隣にいる刀藤なんてかなり怯えてるし。まあ俺はよくオーフェリアと戦ってるから慣れてるが、オーフェリアの戦い方はかなり禍々しいからな。

 

「あん?俺とオーフェリアは散歩してたんだよ。ところでお前は襲われる心当たりはあるのか?」

 

さっき俺達が襲われたのは『超人派』関係でオーフェリアを狙ったって理由が思いつくが天霧達が襲われる理由はないだろ?

 

「うんまあ、それなりに」

 

天霧は腑に落ちない顔をしながらもそう返す。それを見た俺は1つの考えが浮かぶ。

 

(……もしかしてあのエルネスタって女が関係してんのか?)

 

あの女、俺だけでなく天霧にも興味を持ってるって言ってたし、アルルカント繋がりで関係あるかもしれん。

 

まあエルネスタは有能みたいだからボロは出さなそうだし、仮に犯人でも証拠は掴めないだろう。

 

 

そう判断した俺はこの話は終わりにする事にした。

 

「わかった。じゃあこの話は終わりにするぞ。とりあえず星導館まで送るから乗れよ」

 

影の竜を指差す。

 

「あ、うん。ありがとう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

2人はおずおずしながらも竜に乗る。後は……

 

俺は竜の一部を抜き取って5メートルくらいの影の鷲を作り出す。

 

「オーフェリアは先に帰ってろ」

 

そう言ってオーフェリアに鳥に乗るように指示を出す。

 

「……何で私は先に帰るの?」

 

「ん?天霧の奴、鳳凰星武祭でリースフェルトと組むんだよ」

 

俺がそう返すとオーフェリアは天霧を見る。しかしそれも一瞬の事で直ぐに俺と向き合う。

 

「……彼がユリスと?」

 

「ああ。だからあいつらを送って星導館に着いた時、天霧を探しているリースフェルトとお前が鉢合わせしたら面倒になるからな」

 

そんな事になってみろ。リースフェルトは間違いなくオーフェリアに決闘を挑んでオーフェリアはそれを受けて星導館は瘴気塗れになるだろう。それで小町や戸塚が倒れたら笑えないからな。

 

「……そう。わかったわ」

 

オーフェリアは息を吐いて鷲に乗る。

 

「悪いな」

 

「……別に構わないわ。じゃあまた学校で」

 

「おう。また後で」

 

そう返して鷲に指示を出すと影の鷲は甲高い鳴き声を上げながら、オーフェリアを乗せてクレーターに向かって一直線に飛んでいき、そのまま地上へ出て行った。

 

影の鷲が見えなくなったのを確認して俺は竜に乗って2人に話しかける。

 

「んでお前らは星導館の校門までで良いか?」

 

「あ、うん。刀藤さんは?」

 

「わ、私もそれでいいです」

 

「よし。んじゃ行くか」

 

竜に指示を出すと雄叫びをあげながら飛び始めた。さて……安全運転をすりゃ星導館まで5分くらいか。

 

(……というかこのバカでかい穴は誰が修復するんだ?)

 

一瞬その事を考えたが直ぐに止めた。うん、アスタリスクの統合企業財体から人が派遣されるだろう。それに俺が壊したわけじゃないし咎められないだろう。

 

そんな事をのんびり考えながら地上に上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

地上に出た俺達は星導館に向けて一直線に進む。未だに霧は深く前は見えにくいがアスタリスクは名前の通りでわかりやすい地形をしているので迷う事はないだろう。

 

朝風を体に浴びていると後ろから肩を叩かれる。

 

「比企谷、1つ聞きたい事があるんだけどいいかな?」

 

そう言われて聞きたい内容は直ぐに理解できた。この場面で質問するって事はアレだろう。

 

「聞きたい事はわかる。どうせオーフェリアとリースフェルトの事だろ?」

 

「……うん。前にユリスが『孤毒の魔女』の名前を聞いた時に複雑な表情をしてたから」

 

まあリースフェルトはオーフェリアに対して怒りや悲しみなど色々な感情を持ってるからな。複雑な表情もするだろう。

 

「まあ気になるのも仕方ないか。でも悪いが話せない。かなり込み入った話だからな」

 

「そうか……わかった」

 

「ならいい。言っとくがリースフェルトに聞くのも諦めた方がいいぞ。あいつ多分『これは私とオーフェリアの問題だ!』って言って答えないと思うぞ」

 

「ああ……まあユリスならあり得るかもね」

 

「だな。それと俺からも1つ質問があるんだがいいか?」

 

「え?うんいいよ」

 

「じゃあ聞くぞ。この前サイラスとやり合った時にお前を縛った鎖、誰に付けられたか知らないがあれ何だ?」

 

今の今まで忘れていたが天霧を縛ったあの力は異常だ。

 

「あー、それはその……」

 

そう言って天霧は目を泳がせる。どうやら余り知られたくない事のようだ。

 

「言いたくないなら言わなくていいぞ?」

 

「あ、いや……比企谷にはあの時治療院に送って貰ったし話すよ。あれは俺の姉さんがかけたものだよ。姉さんの能力は万物を戒める禁獄の力なんだ」

 

「……なるほどな。つまりお前は一定時間しか全力を出せないと?」

 

「うん。5分以上持ったのはあの時が初めてだし。普段は3分が限界かな」

 

なるほど……3分しか力を出せないってどこのヒーローだよ?まあある意味こいつはヒーローみたいだけどさ。

 

そんな事より俺は知りたい事がある。

 

「なあ天霧。お前の姉ちゃんはお前の力を封印してるみたいだがよ、その力って『魔術師』や『魔女』にも通用するのか?」

 

「多分ね。それがどうかしたの?」

 

 

それを聞いた俺はある考えが浮かんだ。

 

「なあ天霧。いつかでいい。お前の姉ちゃんの力を貸して貰いたいんだが」

 

もし異能者の力も封じ込められるなら……

 

「うーん。でも姉さんは5年前に失踪して行方がわからないんだ」

 

「……そうか。野暮な事を聞いて済まなかったな」

 

「別にいいよ。姉さんには姉さんの事情があったんだろうし」

 

天霧はそう言って手を振っている。それに対して申し訳ない感情を持っていると竜が雄叫びを上げる。

 

下を見るといつの間にか星導館の校門の真上に来ていた。下を見ると人はいなかった。まあまだ朝6時前だからな。

 

それを確認した俺は竜に指示を出して地面に着地した。

 

竜が地面に足をつけると頭を下げるので天霧と刀藤を地面に下ろす。

 

「んじゃ俺は帰る。影の服は胸にあるレヴォルフの校章に触れたら解除される。自分の部屋に着いたら校章に触れろ。言っとくが今触れたらこの場で下着姿になるから触れるなよ?」

 

「あ、うんわかった。どうもありがとう」

 

「送っていただいた上、服まで貸して貰いありがとうございました」

 

「別に服は影で作ったもんだから気にすんな、もう行け」

 

そう言って星導館を指差すと2人はもう一度礼を言って校門に向かって去って行った。

 

俺は2人が見えなくなるまで見送って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人払いは済んだぞ。そろそろ出てきたらどうだ?」

 

後ろに向けて声をかける。

 

すると校門の影から見覚えのある顔が出てくる。

 

「あらあら。よくわかりましたね。流石『影の魔術師』」

 

そう言って薄い笑みを浮かべながら出てくるのは星導館の生徒会長のクローディア・エンフィールドだった。しかし今回は『パン=ドラ』を持っていないので凶々しさは感じないな。

 

「そいつはどうも。で、何か用か?」

 

「そうですね……先ずは綾斗と刀藤さんを助けて星導館まで送っていただいてありがとうございます」

 

どうやら俺が助けたのは理解しているようだ。随分情報が早い事で。

 

「別に構わない。それより本題に入れ」

 

お礼なんざ建前だろう。それだけだったらわざわざ隠れる必要はないはずだ。

 

そう思っているとエンフィールドが口を開ける。

 

 

「そうですね……単刀直入に言います。私と連絡先を交換していだだけませんか?」

 

……は?連絡先の交換だと?いきなりどうしたんだ?

 

「……とりあえず理由を聞こうか」

 

「簡単な話です。貴方と繋がりを持っておく事がメリットがあると思ったからですよ。何せ貴方は……」

 

軽く笑いながら一区切りすると真剣な表情で見てくる。

 

「レヴォルフのNo.2で圧倒的な力を持っている。にもかかわらずディルク・エーベルヴァインの手駒にならず、ソルネージュから『黒猫機関に入れ』という誘いを蹴りながら、何度も星導館の生徒を助けている人間ですからね」

 

別に星導館の生徒を助けたのは結果的にそうなっただけだ。しかしそれは大した問題ではない。俺が聞きたいのは……

 

「待て。何で俺が黒猫機関にスカウトされた事を知ってんだ?」

 

俺の力は戦闘だけでなく諜報能力にも優れている。何せ影の中に入れるだけでなく他の影に紛れる事も出来るからな。

 

それで序列2位に上がった頃にレヴォルフの運営母体であるソルネージュにスカウトされたが面倒だから断った。

 

あの件を知っているのは俺とレヴォルフの会長のディルクとソルネージュの幹部クラスの人間だけだ。星導館の諜報機関が知っているとは完全に予想外だ。

 

「実は影星にも貴方と同じように黒猫機関にスカウトされた人がいるのですよ。その人から貴方も候補と聞いたのですよ」

 

俺はそれを聞いて浮かんだのはサイラスの事件の時にいたあの男だ。理由はないが何となくあの男の様な気がする。

 

まあそれはどうでもいい。話を戻すと……

 

「……つまりレヴォルフの情報を流すスパイになれと?」

 

「そこまでの要求はしません。こちらが情報が欲しい時に手伝って欲しいのですよ。貴方の能力は私の知る限り最も隠密性に優れていますので」

 

つまり非常時に協力して欲しいって訳か。

「あんたにあるメリットはわかった。連絡先を教えてもいいが条件として俺自身が欲しい情報があった場合に協力する事を約束しろ」

 

俺もそれなりに情報網を持っているがディルクやソルネージュと繋がりがないからそこまで優れてはいない。

 

そう言った意味じゃ他所の学園と偶に協力するくらいなら悪くない。

 

「……いいでしょう。ただしあくまで私と貴方の関係は私的な物です。互いの目的が一致しない限りは私個人による情報網以外によって手に入る情報は渡しませんがよろしいですね?」

 

「……それでいい」

 

一般生徒の俺と違って生徒会長であるエンフィールドの情報網は間違いなく優れている筈だ。

 

俺はエンフィールドに頼まれたら情報を収集する、エンフィールドはエンフィールド個人の持つ情報網を俺に貸す。

 

………まあ損はしてないな。今まで影に潜って情報収集した際は一度もバレてないし。

 

「そうですか。では……」

 

そう言ってエンフィールドは端末を出してくるので俺も端末を出して連絡先を交換する。

 

「んじゃ俺は帰る。欲しい情報があったら連絡しろ」

 

「ええ。ごきげんよう」

 

エンフィールドの笑顔を背に俺はレヴォルフ近くにある自分の寮に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時の俺はまだ知らなかった。

 

エンフィールドと連絡先を交換した事が今後の運命を大きく変えるという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀綺覚醒編 完



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トーナメント表が発表されて色々な思惑が交錯する

『……それでねお兄ちゃん。刀藤さんと沙々宮先輩も出場枠に空きが出たから参加するんだよ』

 

「ほうほう。てか沙々宮って強いのか?」

 

俺は久しぶりに食堂で飯を食べながら妹と電話をしている。今日はオーフェリアは用事があるようでいないので食堂で飯を取っている。いつもは混んでいるから行かないが今日は空いている。

 

現在は7月の終わりで鳳凰星武祭に参加しない生徒は夏休みになっている。俺は星武祭を直接見に行くので学校に残っているが学生の半分くらいは実家に帰省している。鳳凰星武祭が終わったら一度小町と実家に帰省する予定だが。

 

 

 

『うん。何度か戦ったけど銃型の煌式武装で白兵戦するし』

 

待て。銃型の煌式武装で白兵戦だと?意味がわからん。銃で相手を殴ったりするのか?まあ冒頭の十二人に入っている小町が強いと言っているんだし強いのだろう。

 

さて……となると星導館からは、現序列1位の天霧と旧序列1位の刀藤が出るのか。まあ鳳凰星武祭を得意とする星導館からすればこの2ペアに期待してるのだろう。

 

「そうか。じゃあ今日の組み合わせ発表で本戦までに当たらないように祈っとけ」

 

トーナメントの組み合わせは後15分くらいで発表される。その為、今の時間でも時計を確認している生徒がチラホラいる。

 

『うん!そろそろ食堂に着くから切るね』

「ああ。またな」

 

挨拶をすると電話が切れるので空間ウィンドウを閉じる。さて、食べるのを再開するか。

 

俺は先程注文したラーメンをちゅるりと一気に口にかきこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

ラーメンを食べ終えて食器を片付けていると携帯端末が鳴りだす。その音は周りからも鳴り出していた。トーナメントの発表時間だからだ。

 

すると食堂にいるほぼ全員が携帯端末を開くので俺もそれに続いた。

 

鳳凰星武祭の参加人数は512人、256組だ。人を探すのも割と怠い。

 

息を吐きながらAブロックから探してみると幸いな事に小町と戸塚はAブロックだった為直ぐに見つかった。Aブロックの他の選手を見ると冒頭の十二人は小町以外いないので余程の事がない限り本戦には出れるだろう。

 

安堵の息を吐きながら他の有力選手を探してみる。

 

Cブロックには天霧とリースフェルトがいるからCブロックはこいつらだろう。てかこのブロックにいる奴ら不憫過ぎる。天霧の力は1日5分くらいしか出せないみたいだが鳳凰星武祭は2週間かけてやるから、封印で悩む事はないだろう。

 

雪ノ下と由比ヶ浜はDブロックか。由比ヶ浜の実力は知らんが予選最後に当たるだろう界龍コンビ以外には負ける可能性はないだろう。

 

Hブロックにはアルルカントのエルネスタとカミラがエントリーされているがもしかして人工知能云々のやつか?だとしたら興味深いな。もしかしたら煌式武装を作ったのは材木座だったりしてな。

 

……ん?Jブロックには葉山の名前がある。あいつ本当にアスタリスクに来たのかよ。行った場所はガラードワースだが皆仲良くのあいつには向いてるかもな。てかパートナーは一色いろは?誰だか知らないがてっきり三浦と組むかと思ったぜ。

 

厄介そうなのはガラードワースの銀翼騎士団のコンビと界龍の双子くらいだろう。

 

準優勝の趙虎峰とセシリー・ウォンの2人は本当に獅鷲星武祭に鞍替えしたようで名前はなかった。俺あのコンビのファンだから残念だ。まあいたら優勝するのはあの2人か天霧とリースフェルトのペアのどちらかだろうな。アルルカントについては良くわからんから除外するけど。

 

しかし1番気になるのは……

 

「何でこいつらも出場するんだ?」

 

 

俺は一息吐いて再度トーナメント表を見る。

 

俺の視線の先にあるのはGブロック。そこにイレーネ・ウルサイス、プリシラ・ウルサイスと表記されていた。

 

……この組み合わせについては良くわからん。イレーネが出るとしたら王竜星武祭だと思ったし、プリシラは星武祭そのものにそこまで興味なかった筈だ。

 

(そう考えると後は……)

 

一瞬だけ思考に耽ったが直ぐに理解した。参加する理由なんてアレしか浮かばない。

 

それと同時に俺はある場所に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

俺は今、薄暗く陰気な廊下を無言で進む。この場所は一般の生徒には立ち入りが許されない区画だ。俺はそれを一切気にしないで歩き続ける。

 

レヴォルフには『強者への絶対服従』という唯一絶対のルールがある。俺の場合は序列2位、つまりレヴォルフで2番目に強いので大抵の要求は通る。

 

俺は序列2位になった時に与えられた権限を使ってセキュリティチェックをパスして奥に進む。

 

今回向かっている場所は懲罰教室。レヴォルフの中でも特に凶暴凶悪の学生が集められている牢獄の様な場所だ。俺が話したい相手はその場所にいる。

 

入口に着いた俺は警備員に話しかける。

 

「おい。イレーネ・ウルサイスの部屋に案内してくれ」

 

話したい相手はイレーネだ。何か歓楽街のカジノで暴れて潰した事で捕まったらしい。元は向こうがイカサマしたのが原因らしいがやり過ぎだろ?

 

「イレーネ・ウルサイスですか?彼女ならつい先程釈放されましたよ」

 

ちっ。入れ違いになったか。とんだ無駄足になっちまったな。

 

俺は軽く舌打ちをして懲罰教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

懲罰教室を出て日光を受ける。何度かあそこには行ったが慣れないな。

 

息を吐きながら携帯端末を開いて電話をかける。するとワンコールで繋がった。

 

『んだよ八幡。なんか用か?』

 

画面には派手な制服とマフラーを着用しているイレーネが飯を食いながら顔を見せてくる。

 

「よう。シャバの空気はうまいか?」

 

軽く皮肉を込めて挨拶をする。

 

『ああうまいね。何せあそこじゃ腹が減って仕方なかったからな。……で、あたしに何か用か?』

 

「ああ。お前が鳳凰星武祭に出るなんてなと思ってな」

 

『好き好んで出るわけじゃねえよ。ディルクからの仕事が入っちまってよ。あいつが勝手に出場登録をしてたんだよ』

 

やっぱりあのデブか動いているのか。でも何でだ。あいつは裏でコソコソするのが主だ。星武祭みたいな表舞台で仕事をするとは考えにくい。

 

「ふーん。ちなみに依頼内容は?」

 

そう尋ねるとイレーネは予想外の回答をしてきた。

 

 

 

 

 

 

『ん?あたしがディルクに頼まれた依頼は星導館の1位を潰せって内容だけど』

 

……天霧を?何でだ?てか天霧は転校して半年も経っていないのにどんだけ狙われているんだ?不幸過ぎだろ。右手が幸運を打ち消しているの?

 

とりあえず詳しく聞いてみるか。

 

「何であのデブは天霧を?」

 

『ディルクが言うにはそいつの使う純星煌式武装が厄介だから今の内に潰したいらしい』

 

それだけでか?確かに『黒炉の魔剣』は強力だがそれだけでわざわざ潰すとは考えにくい。ディルクの性格はクズそのものだが有能な人間だ。おそらく他にも理由があるに違いない。

 

「そうか………悪いな時間を取らせて」

 

『別に構わねーよ。話が終わりなら切るぞ。今飯食ってる途中なんだよ』

 

「ああ。時間を取らせて済まない。じゃあな」

 

そう言って空間ウィンドウを閉じる。さてさて……一応あいつに報告しておくか。

 

俺は息を吐いて自分の寮に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

寮に帰って夏休みの宿題をある程度やった俺はある番号に連絡をする。

 

『もしもし。どうかいたしましたか?』

 

空間ウィンドウに映るのは星導館の生徒会長のクローディア・エンフィールド。この前連絡先を交換して以来初めて連絡を取る。

 

「ああ、ディルクが星導館にちょっかいをかけようとしてるからその報告をな」

 

『……詳しく聞きましょう』

 

エンフィールドはにこやかな笑顔を消して真剣な表情を浮かべてくる。それを確認した俺はディルクが天霧を潰そうとしている事、その理由は『黒炉の魔剣』が危険だからである事を話した。

 

『……そうですか。情報提供には感謝します。ですが厄介ですね』

 

「まあな。何せ闇討ちじゃなくて試合で潰すつもりみたいだし」

 

闇討ちなら護衛をつけたりすればどうにかなるが試合だと邪魔が入らないからな。対処の仕様もないだろう。

 

「……ところでエンフィールド。『黒炉の魔剣』は何かいわくつきなのか?」

 

でないとディルクがわざわざ狙うとは思えないし。

 

『……そうですね。実は『黒炉の魔剣』は5年前に貸与記録には貸し出されていないと記録されているにも拘らず実戦データだけがあるのですよ』

 

「マジで?」

 

純星煌式武装は厳密に管理されていて貸与記録と実戦データが集積されるようになっている。どちらか片方だけないのは誰かが無断で持ち出したか貸与記録を弄ったかだな。

 

「はい。そして『黒炉の魔剣』は……綾斗のお姉さんが使っていたかもしれない純星煌式武装なのです」

 

それこそマジか?純星煌式武装を使える魔女とかチート過ぎだろ。

 

「天霧の姉ちゃんは失踪したと聞いたが?」

 

『ええ。彼女は5年前に入学して、その半年後に本人都合による退学となっています。ですが我が学園の生徒や教員は彼女を知らないようでお手上げですね』

 

つまり学籍は持っていたが学校には通っていなかったって事か?それでありながら『黒炉の魔剣』を持っていたかもしれない。

 

(……ディルクが天霧を狙っているのは天霧の姉ちゃんが関係あるかもしれん)

 

まあそれは今どうでもいい。理由はどうであれ、天霧が狙われている事の方が重要だ。

 

「……随分キナ臭い事はわかった。とりあえず今はイレーネと天霧が当たるまでは動かなくていいだろ?」

 

『そうですね。ディルク・エーベルヴァインが裏で動くとしたらイレーネ・ウルサイスが負けてからでしょうね』

 

「わかった。イレーネが負けたら連絡する」

 

『あら?自分の学校の生徒は応援しないのですか?』

 

エンフィールドはからかうように笑ってくる。いや、応援はしてるぞ?イレーネにしろプリシラにしろ仲良いし。ただ……

 

「応援はしてる。ただそれでも天霧達が勝つと思ってる」

 

言っちゃ悪いがイレーネが天霧を止められるとは思えん。今大会で天霧をタイマンで倒せるとしたら刀藤くらいだろう。

 

『まあ私の綾斗は強いですから』

 

うわ、本当に天霧モテ過ぎだろ?私の綾斗とか言ってる時点でゾッコン過ぎだろ。

 

「まあライバルは多い上、お前は生徒会長で多忙だけど遅れをとるなよ」

 

『そうですね。まあ綾斗は奥手で鈍感ですからそこまで焦っていませんよ』

 

鈍感って……あいつ本当にギャルゲーの主人公かよ?

 

「まあ頑張れ。じゃあまたな」

 

『ええ。また』

 

挨拶を返して空間ウィンドウを閉じる。

 

……にしても天霧の野郎、女子と仲が良いなんてリア充じゃねぇか。大爆発とかしないかな?

 

そんな事を考えながら今夜の夕食の準備をしようとした時だった。

 

携帯端末が鳴り出した。このタイミングって事はエンフィールドか?

 

そう思いながら着信相手を確認しないで空間ウィンドウを開く。

 

「どうしたエンフィールド、何か伝え忘れたのか?」

 

そう言って空間ウィンドウを見ると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡?」

 

そこに映っていたのはクローディア・エンフィールドではなく、オーフェリア・ランドルーフェンだった。

 

………マジか?



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こうして鳳凰星武祭が開幕する。

 

 

 

「………八幡?」

 

画面に映っていたのはクローディア・エンフィールドではなく、オーフェリア・ランドルーフェンだった。

 

ヤバい恥ずかしい。いきなりエンフィールドとか言っちまったよ。次からはちゃんと着信相手を確認しよう。

 

……とりあえずオーフェリアに謝ろう。

 

「悪いオーフェリア。1分前までエンフィールドと電話してたから勘違いをして『……八幡』……何だオーフェリア?」

 

謝っている最中にオーフェリアが遮ってきた。しかも何かどす黒いオーラを纏っていてメチャクチャ怖い。

 

『……今エンフィールドって言っていたけどそれはクローディア・エンフィールド?』

 

「あ、ああ。そうだけど」

 

俺がそう返すとオーラの強さが増した気がする。え?今なんか地雷踏んだのか?今の一言だけでオーフェリアは怒ったの?

 

「……何で八幡が彼女の連絡先を持っているの?」

 

え?何でだって?そりゃ向こうが連絡先を交換しようと言ってきたからだけど。

 

しかし何故かそう言えない。オーフェリアの地雷はどこにあるかわからないから下手に言えない。しかし言わない選択は間違いなく地雷だ。マジでどうしよう?

 

悩んでいる時だった。

 

『……ごめんなさい。誰の連絡先を持っていても八幡の自由なのに強く当たってしまったわ』

 

オーフェリアが画面越しに謝ってくる。既にどす黒いオーラは消えていてしおらしい態度を取っている。

 

 

 

「あ、いや……別に怒ってないから気にするな」

 

『……本当?私の事嫌いになってない?』

 

オーフェリアはいつもの悲しげな表情に不安を加えた表情で見てくる。その顔を見ると何故か胸が痛くなる。

 

「安心しろ。大抵の人間は嫌ってきたからな。今さらちょっとやそっとじゃ人を嫌いにならねぇよ」

 

『……理由が悲しいわね。でも………良かった』

 

オーフェリアはそう言って安堵の息を吐いている。不覚にもその仕草にドキッとしてしまった。

 

つい照れ臭くなってしまったので顔を背けてしまう。普段悲しげな表情をしているこいつのそんな顔は破壊力はヤバすぎるな。

 

「そ、それはいいが何でおれに電話したんだ?」

 

これ以上こいつのこんな顔を見ていると顔が更に熱くなりそうなので半ば強引に話を戻す。

 

『……八幡は鳳凰星武祭が始まったら小町達を応援しに会場に足を運ぶの?』

 

「ん?一応そのつもりだが?」

 

少なくとも小町が出る試合は全部直で見るつもりだ。天霧ペアを始め他の有力ペアはどうせ簡単に予選は突破するだろうし、予選は見るつもりはない。

 

『……その時に私も一緒に行っていいかしら?』

 

「……随分予想外の頼み事だな。星武祭は興味ないんじゃなかったのか?」

 

『……そうね。星武祭を一緒に見たいのは建前。本音を言うと八幡と一緒にいたいから』

 

……やっぱりな。オーフェリアが星武祭に興味を持っていないのは知っていたから目的は俺と過ごす為なのは明白だ。

 

にしても……オーフェリアの発言については言われたばかりの頃は緊張していたが、しょっちゅう平然とした表情で一緒にいたいって言ってくるから慣れちまったな。

 

しかし……

 

「別に構わないが一ついいか?」

 

『何かしら?』

 

「実はずっと前にシルヴィと一緒に見る約束をしたからシルヴィもいるかもしれないがいいか?」

 

そう尋ねるとオーフェリアの目がほんの少し細まった気がする。何だ?また地雷を踏んだのか?だとしたら嫌な予感しかしないぞ?

 

若干ビクついていると……

 

『……わかったわ』

 

意外にもオーフェリアは了承してきた。マジか?

 

「……いいのか?お前てっきりシルヴィと仲が悪いかと思った」

 

『別に仲は悪くないわ。単に私が彼女を一方的に危険視しているだけよ』

 

……は?危険視だと?オーフェリアがシルヴィを?言っちゃ悪いがオーフェリアからすればシルヴィは雑魚だと思う。シルヴィを危険視する理由がわからん。

 

理由は知りたいが聞く事が最大の地雷のような気がするので聞かないでおこう。

 

「わかった。じゃあ後でシルヴィに聞いてみる」

 

『お願い。まあ彼女が拒否するなら大人しく下がるわ。先に約束をしたのは彼女だし』

 

「シルヴィが拒否するとは思えないが……まあ一応聞いとく」

 

その後は適当に雑談(と言っても俺とオーフェリアは互いにコミュ障なので片方が質問してもう片方が質問に答えるだけ)をして空間ウィンドウを閉じる。

 

さて……次はシルヴィか。

 

(……確かシルヴィは今日生放送があったから忙しいしメールにしとくか)

 

そう判断した俺はシルヴィに『鳳凰星武祭が始まったらお前と見る約束をしていたが、オーフェリアも追加して貰っていいか?』とメールを送る。

 

すると5分もしないでメールの返信が来た。内容は『いいよ。見る場所はクインヴェールの生徒会専用席で良い?』と書いてあるがレヴォルフの生徒が入っても大丈夫なのか?

 

まあシルヴィから誘っている以上問題ないのだろう。『別に構わない』と返信して携帯端末をポケットに入れる。

 

俺は息を吐きながらテレビをつけてニュースを見る。まあこの時期だから鳳凰星武祭に関するニュースが多い。

 

見ると天霧、リースフェルトペアについて解説してるし。まあ優勝候補筆頭だから当然だろう。

 

小町達は本戦出場は問題ないと思うが本戦からは厳しい戦いになるだろう。優勝は無理だと思うがベスト8以上には上がって欲しいものだ。

 

俺はそんな事をのんびりと考えながらテレビを見続ける。いつの間にかテレビの画面が変わっていて、世界の歌姫が笑顔を浮かべているのが不思議と印象に残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして鳳凰星武祭当日……

 

「……元来煌式武装にはこれといった制限を設けてこなかったけれど、技術の進化というのは目覚ましく、色々と不都合な部分が出てきたわけだ。具体的に言うと、自律駆動する機械を武器としてどう扱うか」

 

 

俺とオーフェリアはアスタリスク中央区総合メインステージ、通称『シリウスドーム』の最上階層の観客席で星武祭運営委員会委員長マディアス・メサの開会の挨拶を聞いている。これは例の人工知能についてだろう。

 

(つーか毎年開会式は見ているが委員長の話だけでいいだろ?)

 

マディアス・メサの話は聞いていて飽きないが、その後の式典は聞いていて眠くなる。てか前シーズンの王竜星武祭の時は立ったまま寝ちまったし。

 

そんな事を考えながらステージを眺め回すと生徒会長が並んでいる所で目が止まる。

 

それと同時にシルヴィがウィンクしてくるがあいつはあの距離から俺が見えているのか?

 

疑問に思っていると制服の裾を引っ張られたので見るとオーフェリアがジト目で見てくる。……お前やっぱりシルヴィと仲悪いだろ?

 

内心オーフェリアに突っ込んでいる中高らかな宣言が耳に入る。

 

「そして、星武祭を愛し、応援してくださっている諸氏には、これがまた一段階進化した新たな星武祭へ繋がるものである事をご期待いただきたい。星武祭は常に世界で最高のアミューズメントであり、無二の興奮と感動を生み出すステージであり、そして魂を震わせる至高のエンターテイメントなのだから!」

 

マディアス・メサがそう締めくくると観客席からは爆発的な拍手が鳴り響く。まあ客からすれば盛り上がれば何でも良いだろうからな。

 

対照的に選手からは嫌な空気が漂っている。観客から受けていても実際に参加する人からすれば迷惑千万な話しだから仕方ないだろう。

 

マディアス・メサが壇上から降りると統合企業財体のお偉いさんや各学園の学園長の話が始まる。

 

しかしこれは生徒だけでなく観客もそこまで熱心に聞いていない。まあ観客からすれば早く試合を見せろと思っているだろうから仕方ない。

 

かく言う俺も退屈過ぎて欠伸をしてしまう。しかも昨夜はゲームにハマって寝たのは深夜3時で3時間くらいしか寝てない。

 

「……眠いの?」

 

「ん?まあな」

 

「……だったら開会式が終わったら起こしてあげるから寝たら?」

 

え?マジで?そいつはありがたいな。

 

「じゃあ頼んでいいか?」

 

「いいわよ」

 

オーフェリアがそう言ったので俺は言葉に甘えて目を閉じる。すると直ぐに睡魔が襲ってきたのでそれに逆らわずに意識を閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

暗闇の中、揺さぶられる感触がする。何だよ?何が起こっているんだ?

 

「……八幡」

 

ん?俺の名前を呼んでいるのか?この声は確か……

 

疑問に思っているとさらに揺さぶられる感触がする。それでも尚真っ暗という事は目を閉じているのか?

 

そう判断して俺は目を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと起きたわね」

 

目を開けるとそこにはさっきの声の主であるオーフェリア・ランドルーフェンが目の前にいた。

 

(……そっか。俺確か開会式で眠くて寝ちまったんだ)

 

「んっ……起こしてくれて悪いな」

 

「……ええ。開会式も終わったし小町達が試合をする会場も聞いたわ。だからそろそろ起きて」

 

マジか?会場の場所も聞いといてくれたのか。オーフェリアには感謝だ。

 

……しかし、何故俺の正面にオーフェリアがいるんだ?

 

疑問に思っていると後頭部に柔らかく生温かい感触がした。……何だこれ?

 

そう思いながら触ってみるとムニッとした感触が手に伝わる。んだこれは?柔らかいな。

 

 

「……っ、八…幡……」

 

するとオーフェリアがくすぐったそうな表情を浮かべる。それを見て俺は嫌な予感を感じた。おい、まさか……

 

 

半ば強引に顔を上げ、下を見てみる。するとそこにはオーフェリアが足の全てを覆っている真っ白な靴下があった。

 

端的に言うと俺はオーフェリアの膝枕で寝ていた事になる。

 

「……えっとだな、オーフェリア。その……俺はお前に倒れこんだのか?」

 

「……ええ」

 

オーフェリアはほんの少しだけ頬を染めながらそう返す。悪い事をしちまったな。

 

「……すまん。悪い事をしたのは謝る。だから警備隊に突き出すのは勘弁してくれ」

 

反省はしている。だがこの歳で警備隊のお世話になるのは冗談抜きで勘弁して欲しい。

 

「……別に気にしてないわ。だから八幡も気にしないで」

 

そうは言っているが……顔赤いからな?俺に非があるのは事実だから怒りたいなら怒って構わない。

 

「……本当に良いのか?」

 

「……ええ。それより早く行きましょう」

 

オーフェリアはそう言って顔を背けながら歩き出した。心なしか少しばかり足が早い。

 

それに気付いた俺は慌ててオーフェリアに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2分……

 

 

 

 

 

 

 

 

見事にオーフェリアとはぐれました。

 

いやだってシリウスドーム広過ぎなんだもん。その上観客は10万人以上だ。はぐれても仕方ないと思う。

 

「……ここシリウスドームじゃ合流は無理だろうからそうだな……12時半にカノープスドーム一階の売店の隣にあるトイレ前に集合しないか?」

 

現在俺は小町と戸塚が試合をするカノープスドームの地図を見ながらオーフェリアと連絡を取っている。

 

『……わかったわ。昼食はどうするの?』

 

「それはシルヴィと合流してからでいいだろ。試合開始は2時からだし」

 

『そうね。じゃあまた後で』

 

そう言ってオーフェリアが電話を切ったので俺も歩き出す。

 

 

 

 

人混みに飲まれながらも何とか進む。こんな事なら最上階層の席にするんじゃなかったな。

 

ため息を吐きながら正面ゲートに辿り着き、シリウスドームから出ようとすると、

 

 

 

 

 

「オレたちと当たるまで負けるんじゃねぇぞ!」

 

何か聞き覚えのある声が聞こえたので見てみると、星導館のマクフェイルが取り巻きのデブと一緒にドームから出て行ったのが見えた。

 

あいつがあんなセリフを吐くって事は……

 

 

そう思いながらさっきまでマクフェイルがいた方向を見ると天霧とリースフェルトがいた。

 

そして天霧の背中には女子が抱きついていた。……あいつマジでギャルゲーの主人公かよ?

 

現実にあんな人間が本当にいるのかと感心していると向こうも俺に気付いたのか近寄ってくる。

 

 

 

「やあ比企谷。久しぶり」

 

天霧は爽やかな笑顔でそう言ってくる。相変わらずリア充の雰囲気がするな。

 

しかし何故か天霧には苛立ちを感じない。同じリア充の葉山からは胡散臭さがしていたのに。

 

「そうだな。そういや序列1位になったんだな。お前ってトラブルに巻き込まれ過ぎだろ?」

 

入学早々リースフェルトと決闘したり、サイラスに狙われたり、刀藤と決闘したり、バラストエリアに飛ばされたり、再度刀藤と決闘したりと何処のラノベの主人公だよ?

 

「全くだ。おかげで私の胃はこいつのおかげでしょっちゅう痛くなる」

 

俺が冗談混じりに言うとリースフェルトは真剣な表情でうんうん頷く。

 

「あー、それは……ごめん」

 

天霧は苦笑いしながらリースフェルトに謝る。なんだかんだ良いコンビだなこいつら。

 

そう思っているとさっきまで天霧に抱きついていた小さい女の子が天霧の制服の裾を引っ張っている。

 

「……綾斗、知り合いなの?」

 

「え?あ、うん。比企谷さんのお兄さん」

 

「……ああ。レヴォルフ序列2位の」

 

少女は納得した様な表情を浮かべて近寄ってくる。

 

「……綾斗の幼馴染の沙々宮紗夜。よろしく」

 

沙々宮? って事は……

 

「……ああ。お前が銃で白兵戦する奴か」

 

「うん、そう」

 

んな過激な事をする奴だからもっとゴツい女かと思ったぜ。まあ人は見かけによらないからな。身長が低いからって舐めるつもりはない。

 

「そうか。俺は比企谷八幡だ」

 

挨拶を返していると刀藤が近寄ってくる。

 

「……あの!先日はどうもありがとうございました!」

 

そう言って頭を下げてくる。あの時も頭を下げていたのに……随分と律儀な奴だ。

 

「……ん?比企谷は刀藤とも知り合いなのか?」

 

リースフェルトが不思議そうに聞いてくる。まあ悪名高いレヴォルフの序列2位と純粋無垢な女の子に接点があるとは考えにくいよな。

 

「まあな。このまえ天霧と刀藤がバラストエリアで下着姿で……」

 

「わー!比企谷!ちょっと待った!」

 

すると天霧は俺の口を塞いでくる。しまった、寝起きの所為かペラペラ喋っちまった。刀藤なんて真っ赤になってるし悪い事をしたな。

 

内心刀藤に謝罪しているとリースフェルトと沙々宮からどす黒いオーラが漂いだした。あ、これはオーフェリアが偶に出すヤツと同種の物だ。

 

「……下着姿だと?」

 

「……綾斗。詳しい話を聞かせて」

 

2人は鋭い視線を天霧に向けながら近寄っている。

 

「あ、いや、それは……」

 

天霧はしどろもどろになりながら後退するも2人は更に距離を詰める。

 

それを見た俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし逃げよう。君子危うきに近寄らずだし)

 

方針を決めた俺は刀藤に話しかける。

 

「すまん刀藤。人を待たせてるからもう行く。予選頑張れよ」

 

そう言って俺はダッシュでシリウスドームを後にした。後ろからは「ちょっと比企谷。助けて……!」と聞こえたような気がしたが……うん、気のせいだろう。

 





次回、ガイルキャラの登場です


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比企谷八幡は試合に出ないが疲れ果てる(前編)

 

 

天霧を見捨てた俺はシリウスドームを出る。現在の時間は11時50分で集合時間まで40分ある。昼飯はオーフェリアとシルヴィと相談して食うとして……時間もあるし試合観戦中に食べるお菓子でも買っておくか。

 

そう思っている時だった。

 

「お兄ちゃん!」

 

後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り向く。

 

するとそこには最愛の妹とそのパートナーだけでなく見知った顔がいた。

 

 

「……雪ノ下と由比ヶ浜か?」

 

そこには中学に時に同じ部活にいた雪ノ下と由比ヶ浜もいた。

 

俺が4人に気づくと全員で近寄ってくる。

 

「ヒッキーやっはろー!」

 

由比ヶ浜は笑顔で手を振りながらそう言ってくるが、よそでその挨拶をするのやめろ。マジで注目を浴びるからな。

 

実際に周りからは「あれって『影の魔術師』の比企谷八幡じゃん!」とか「ヒッキーって呼ばれてるのか?」って聞こえていてめちゃくちゃ恥ずかしい。

 

「久しぶりだな。100歩譲ってヒッキーは我慢するからやっはろーはやめろ。アホっぽいし」

 

「アホ言うなし!」

 

いややっほーとハローを合わせたと思える言葉を作ってる時点でアホだろ?

 

内心突っ込んでいると雪ノ下が近付いてくる。

 

「あら?相変わらず目が腐っているわね失踪谷君」

 

「お前の毒舌は久しぶりに聞いたな。てか失踪谷ってなんだよ?」

 

「何も言わないで転校したかと思ったら去年の王竜星武祭で大暴れした人の事よ」

 

あー、それは確かに俺ですね。家族以外にはアスタリスクに行く事を言わないで、その翌年に王竜星武祭で大暴れしましたよ俺。

 

「そうだよ!一言くらい言ってくれても良かったじゃん!」

 

「僕も八幡がいなくて寂しかったよ」

 

「あー、それについては済まなかったな」

 

まあこいつらには一言くらい言っても良かっただろう。それについては俺の落ち度だな。

 

「まあまあお兄ちゃんも反省してるみたいだしこの辺で許してあげましょうよ」

 

小町がそう言うと空気が元に戻る。ナイスだ小町。

 

小町を褒めていると由比ヶ浜その流れに乗る。

 

「そういえばヒッキーってレヴォルフで2番目に強いんだね!驚いちゃったよ!」

 

「あ?まあな。ってもオーフェリアの奴には勝てる気がしないけどな」

 

「やっぱりヒッキーでも無理なの?」

 

「無理だな。今の所全敗だし」

 

しかも互角の勝負でなく殆ど一方的にやられている。オーフェリアに勝ちたかったら俺が10人必要だろう。それでその内の9人は負けると思う。

「……『孤毒の魔女』姉さんが勝ちたがっている人」

 

自分の姉と一悶着ある雪ノ下はオーフェリアに思う所があるようだ。でもあの女じゃ勝てないだろう。あの女はせいぜい俺やシルヴィと互角ぐらいだし。

 

「てか何で雪ノ下はクインヴェールにいるんだ?俺はてっきりガラードワースか界龍に行くと思ったぜ」

 

「……私も初めは界龍にしようかと悩んだわ。でも由比ヶ浜さんがクインヴェールに行くって言ってきて……」

 

誘われたって訳か。まあ姉と一緒の学校になったら間違いなく界龍の生徒は頭を痛めそうだな。

 

そんな事をのんびりと考えている時だった。

 

 

 

「……あれ?比企谷じゃん」

 

後ろから話しかけられたので振り向くと青みがかった黒髪の少女がいた。確かこいつも同じ中学だった。

 

名前は、えーっと、確か……川、川……川越だったか?

 

界龍の制服を着た川越がこちらに歩いてくる。すると後ろから川越の弟らしき男もやって来て俺に会釈をしてくる。

 

「お久しぶりっす。お兄さん」

 

瞬間、俺は怒りの余り星辰力を抑えきれず溢れ出させてしまう。

 

「お前にお兄さんって言われる筋合いはない。小町に手を出したら影の中に閉じ込めて餓死させるぞコラ」

 

小町の恋人は俺より強く誠実な男だけだ。アスタリスクで言うならアーネスト・フェアクロフや武暁彗クラス以下の男は絶対に認めん。

 

「あんた何大志に喧嘩売ってんの?」

 

川越弟に殺気を向けていると姉が怒りの表情で俺を見てくるので星辰力を抑える。怖い、怖いですからね。

 

「悪かったよ。で、何でお前がここにいんの?」

 

「そりゃ鳳凰星武祭に出るからに決まってんじゃん」

 

……え?

 

「ちょっと待った。お前参加してたの?」

 

トーナメント表を見た時川越って名前あったか?

 

「あるわよ。Eブロックに」

 

そう言って空間ウィンドウを開いて指差してくる。そこには川崎沙希、川崎大志と表示されていた。

 

「あ、そっか。川越じゃなくて川崎だったのか」

 

道理で見つからない訳だ。

 

「……あんた殴るよ」

 

川崎が再び怒りの表情を見せてくる。恐怖を感じた俺は即座に頭を下げる。

 

「すみませんでした。痛いの嫌なんで勘弁してください」

 

プライド?そんな物知るか。

 

「次間違えたら殴るから」

 

「……貴方、人の名字を間違えるなんて最低よ」

 

雪ノ下が冷たい目で見てくる。それについては返す言葉がないが、中学時代材木座の名前を間違えまくっていたお前には言われたくないからな?

 

 

 

 

内心雪ノ下に突っ込んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぱぽん!久しぶりだな八幡よ!」

 

聞き覚えのある、それでありながら聞きたくない声が聞こえてきた。振り向くとアルルカントの制服を着たデブがいた。

 

「うわ……」

 

由比ヶ浜は嫌そうな顔をする。しかし俺はそれを攻めるつもりはない。何故なら俺も同じ顔をしているからだ。

 

しかし材木座はそれを無視して近寄って俺に話しかけてくる。毎回思うが俺だけに話しかけんなよ。

 

「まさかこんなところで会うとはな……やはり我と貴様には切っても切れない……」

 

「黙れ。俺とお前に絆なんてない。それより単刀直入に聞くぞ。お前やっぱり今回の自律機械に関わってるのか?」

 

俺がそう言うとこの場にいる全員が真剣な表情になって材木座を見る。まあ今回の鳳凰星武祭で注目されている事だからな。

 

「無論だ。我もその計画に参加したからな」

 

 

今までにも自己判断できるレベルの人工知能は実用化されているが星脈世代と同レベルで戦える物は存在していない。それでも尚星武祭に出すって事は余程自信があるのだろう。

 

アルルカントの試作品に興味を持っていると正面から『獅子派』の筆頭、つまり材木座の上司であるカミラ・パレートが歩いてきた。

 

「ここにいたのか。そろそろ時間だから……ん?」

 

向こうも俺に気付いたようだ。

 

「こんな所で会うとはな。『影の魔術師』」

 

「レヴォルフであって以来だな」

 

「そうだな。君は鳳凰星武祭に参加しないようで安心したよ。君と『孤毒の魔女』が組んで出場したら優勝は無理だろうからね」

 

「……ほう。つまり俺とオーフェリアが参加していないなら優勝出来ると?」

 

大した自信だ。序列1位の天霧や旧序列1位である刀藤もいるのに負けるつもりはないようだ。

 

「少なくとも私とエルネスタは優勝出来ると思っているな」

 

カミラからは確かな自信を感じる。優勝する事を一切疑っていない表情だ。

 

てか雪ノ下さん?貴女カミラの事睨み過ぎだからね?どんだけ負けず嫌いなの?

 

カミラはそれに気付いていないのか、はたまた無視しているのかわからないが材木座と向き合う。

 

「それより材木座。そろそろ煌式武装の最終チェックがあるから行くぞ」

 

「うむ。承知した!ではさらばだ八幡よ!そして宣言しておこう。優勝するのはアルディとリムシィである!」

 

2人はそう言って試合会場に向けて歩き出した。……アルルカントの試合もチェックしておくか。アルディとリムシィってのは自律機械の名前か?

 

そう思っていると裾を引っ張られるので振り向くと由比ヶ浜だった。

 

「ねぇヒッキー。今の女の人って誰?」

 

あん?つーか何でジト目で見てんだよ?よくわからん奴だ。

 

「アルルカント・アカデミーの『獅子派』会長のカミラ・パレートだよ」

 

「『獅子派』?何それ?」

 

見ると全員が同じく知らない表情をしている。まあこいつらは高等部から進学したから知らないのも仕方ないな。

 

「アルルカントでは研究する内容によって色々な派閥に分けられてんだよ」

 

「派閥?ねぇヒッキー、派閥って何?」

 

……そこからかよ。アホ過ぎる。苦笑いしている戸塚以外呆れてるし。

 

「……要するに研究内容によってグループ分けしてるって事だよ」

 

「あっ!そういう事なんだ!初めからそう言ってよ〜」

 

いやいや、派閥の意味を知らないなんて誰が予想出来るか。今更だがこいつよく総武中に受かったな。

 

「それで比企谷君。その『獅子派』という派閥はどんな研究をしているの?」

 

「『獅子派』は煌式武装の開発が専門だな。彼女の研究チームが開発した煌式武装を使用したタッグが前シーズンの鳳凰星武祭で優勝したんだよ」

 

以前レヴォルフで会ってからエルネスタとカミラについて調べたが、カミラの実績には本当に驚いた。前シーズン、アルルカントの順位は総合2位だったが間違いなくカミラのおかげだろう。

 

「嘘っ?!」

 

「本当だ。他の星武祭でも彼女の作った煌式武装を使った学生が本戦に出て大量のポイントを稼いだからな。今回参加するアルルカントペアには充分気をつけておきな」

 

おそらく今回のアルルカントの選手はカミラの煌式武装を持っているだろう。前シーズンの実績を考えると油断は出来ないな。

 

「……というよりお前らはそろそろ会場入りしないのか?」

 

「あ、うん。それなんだけど私達今からご飯食べに行くんだけどヒッキーも来ない?」

 

飯だと?今は暇だが……オーフェリアとシルヴィと先に約束しているからな。……どうしよう。

 

まあ断るにしろ、2人も一緒にするかはさておき2人に連絡するのが第一だろう。

 

 

 

 

 

 

とりあえず電話する許可を貰おうとすると

 

 

 

 

 

 

 

「結衣せんば〜い」

何か後ろから聞いていて甘ったるい声が聞こえてくる。振り向くとガラードワースの制服を着た亜麻色の髪をした女子が由比ヶ浜に向かって手を振っている。

 

「あ、いろはちゃん。やっはろー」

 

由比ヶ浜はそう言って手を振ってくるが知り合いか?

 

「雪ノ下、知り合いか?」

 

「ええ。彼女は一色いろはさん。総武中にいた人で私達より一学年下の人よ」

 

一色いろは……確か葉山と組んでいた奴だったか?

 

「結衣先輩と雪ノ下先輩も出るんですね。当たったらよろしくお願いします」

 

「うん!負けないよ」

 

「いえ。勝つのは私と葉山先輩ですよ」

 

あ、やっぱり葉山と組んだ奴か。葉山がこのタイプの女と組むとは予想外だ。

 

「でも意外。てっきり隼人君は優美子と組むと思ったよ」

 

「あ〜。三浦先輩なら勝って譲って貰いました」

 

マジか。決闘で勝って譲って貰いましたって怖いな。まあアスタリスクでは力が全てだし一色は悪くない。悪いのは負けた三浦だ。

 

しかし……

 

「つーかガラードワースが決闘していいのかよ……」

 

俺の記憶が正しければガラードワースは決闘禁止だったと思うが……

 

俺の呟きが聞こえたのか一色って奴が俺を見てきて目を見開いている。

 

「え?結衣先輩、何でアスタリスク最強の魔術師がいるんですか?」

 

「ヒッキー?ヒッキーは総武中にいたからだよ」

待て由比ヶ浜。お前初対面の人にヒッキーって言うな。マジで止めてくれ。

 

内心突っ込んでいるが、一色は特に気にしてないようだ。

 

「あ、そうなんですか。 一色いろはって言います。よろしくお願いしますね?せんぱい♪」

 

そう言って笑顔を浮かべてくる。その時に俺は思った。

 

 

あざとい。あざと過ぎる。三浦が嫌いなタイプだろ。こいつに負けた三浦は絶対キレていてガラードワースの生徒は怯えているだろう。

 

無関係なガラードワースの生徒に合掌。強く生きろ。

 

「あ、いろは。ここにいたのか」

 

馬鹿な事を祈っていると一色のパートナーである葉山隼人がやって来た。どうやら本物のようで雪ノ下が嫌な表情をしている。葉山嫌いは相変わらずか。まあぼっちと葉山じゃ相性は悪いからな。

 

すると一色は笑顔で葉山に近寄り葉山の腕に抱きついた。……ここに三浦がいなくて良かったぜ。

 

「ごめんなさ〜い。結衣先輩に会ったので」

 

一色がそう言うと葉山はこちらを見て一瞬だけ目を細めてから笑顔を向けてくる。

 

「やあ雪ノ下さんに結衣。ヒキタニ君も久しぶり」

 

……会って早々ヒキタニ呼びかよ。つーかてめえ文化祭の時に比企谷って言ってただろうが。何でわざわざヒキタニ呼びしてんだよ?

 

 

 

 

つーか俺ヒキタニじゃないし、リア充嫌いだからシカトでいいだろ。

 

 

俺はそう判断して昼飯についての話に戻そうとしていると不意に周囲の空気が一変した。

 

学生、観客含めて全員の間に騒めきが生じ、緊張感が張り詰める。

 

「え?な、何?」

 

「は、葉山先輩。怖いですぅ」

 

その空気は驚愕や畏怖、嫌悪など様々な悪感情の混じった空気だ。

 

由比ヶ浜と一色は声に出しながら怯えている。他のメンバーも差はあれどビビっているが俺はこの正体を瞬時に理解した。

 

騒めきがする方向を見ると1人の少女が人混みを割るように現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「オーフェリア・ランドルーフェン……!」

 

雪ノ下が戦慄したような口調で呟いたその名はレヴォルフ、いやアスタリスクで最強と評価されている少女の名前だ。

 

俺は基本的にオーフェリアと一緒にいるからあの空気を感じた瞬間、直ぐにオーフェリアが近くにいると理解した。

 

周りでは由比ヶ浜も川崎姉弟も葉山も一色も信じられない表情でオーフェリアを見ている。まあまさかアスタリスク最強のオーフェリアがこんな所にいるなんて予想外だろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!お久しぶりですオーフェリアさん!」

 

そんな中、我が妹はそんな空気を一切読まないでオーフェリアに話しかける。その表情は如何にも楽しそうだ。他の連中は驚きの表情で小町を見ている。

 

「………久しぶりね小町に戸塚彩加」

 

オーフェリアはいつもの悲しげな表情のまま小町に返事をする。基本的に恐れられているオーフェリアにとって小町の反応は意外なのか小町の前だと割と素直だ。

 

「うん。オーフェリアさんは八幡と試合を見に来たの?」

 

戸塚も笑顔でオーフェリアと話す。オーフェリアには2人の様に分け隔てなく優しい人が必要だから俺としても2人が話しているのを見ると気分がいい。

 

「ええ。八幡は2人の試合を見に行きたがっていたから。……それより八幡」

 

オーフェリアはそう言って制服を引っ張ってくる。

 

「……ここにいるのは八幡の知り合い?」

 

「ん?中学の時の知り合いだけど」

 

「……意外ね。八幡いつもぼっちって言ってるから知り合いが1人もいないと思ったわ」

 

「やかましいわ」

 

若干イラッとしたのでオーフェリアの頭にチョップをする。すると周りが騒めきだす。それを確認すると俺はアスタリスク最強のオーフェリアにチョップをするなどというぶっ飛んだ行為をしたと自覚した。

 

「……痛いわ八幡」

 

オーフェリアは頭を抑えながらジト目で見てくる。嘘つけ。序列戦で何度かお前にダメージを与えた事あるがあっちの方が痛いだろ?

 

「悪かったよ。とりあえず知り合いはいる」

 

そんなやり取りをしていると葉山は爽やかな笑みを浮かべながらオーフェリアに近寄ってくる。

 

 

「中学の時、ヒキタニ君と同級生だった葉山隼人です。よろしくね、オーフェリアさん」

 

流石リア充、ナチュラルに相手を名前で呼びやがる。つーかさっきも思ったが名前間違えるとかいい度胸してるな。

 

内心葉山に毒づいている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり総毛立つのを感じた。

 

横を見るとオーフェリアの周囲から圧倒的、それでありながら禍々しい星辰力が膨れ上がる。

 

俺の遥か数倍以上の量の万応素が荒れ狂う。それによって空気が震え、全てを捩じ伏せ、押し潰すかのように凶暴な威圧感が放たれる。

 

周囲にいる小町達が圧倒的な威圧感に戦慄している中、万応素の中心にいるオーフェリアは悲しげな表情を、しかし目には殺気を込めながら葉山を見ている。

 

……ヤバいな。オーフェリアの奴キレてやがる。理由は知らないが葉山がオーフェリアの地雷を踏んだのだろう。

 

とりあえず俺が何とかしないとヤバい。先ずはオーフェリアがキレた原因を見つけないといけない。

 

若干慌てながらオーフェリアに話しかけようとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ。貴方はわざと八幡の名前を間違えているのかしら?」

 

オーフェリアは葉山にそう言ってくる。

 

それを聞いて俺は『キレてる理由そんな事かよ!!』としか思えなかった。

 

 

……え?てかオーフェリアを大人しくさせるの出来るのか?




後編はオーフェリアブチ切れ&オーフェリアとシルヴィアのプチ修羅場をお送りします


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比企谷八幡は試合に出ないが疲れ果てる(中編)

長くなりそうなので3話構成にしました


現在、シリウスドーム周辺は地獄と化している。空気が震え、圧倒的な威圧感が放たれている。

 

「……ねえ、貴方はわざと八幡の名前を間違えているのかしら?」

 

その威圧感を引き起こしてオーフェリアは絶対零度の視線で葉山を見ながらゆっくりと近寄っている。葉山との距離は5メートル。

 

周りを見ると選手や観客は距離を取りながらこちらを見ている。圧倒的過ぎてオーフェリアから目を逸らす事すら許されない。

 

憎悪の視線の対象となっている葉山は震えながら後ずさりする。余りの威圧感からか葉山の横にいた一色すら葉山から離れるがそれを責める者はいない。

 

オーフェリアは更に歩を進める。足取りはゆっくりだが一歩進む度に万応素が激しく吹き荒れる。

 

……つーかオーフェリアよ、俺がヒキタニ君って呼ばれるだけで王竜星武祭で出す力を出してんだよ?

 

俺が悪く言われたから怒ってくれるのは本当に嬉しいが……

 

(それだけでここまで怒るのはマジで勘弁してくれ!)

 

それだったら寧ろ怒らないで欲しいんですけど!てか怖い、怖すぎる。

 

「……もう一度聞くわ。何故貴方はわざと八幡の名前を間違えているのかしら?」

 

そう言って距離を詰める。葉山との距離は4メートル。

 

葉山は腰を抜かして地面に倒れこむ。しかしオーフェリアはそれを無視して歩を進める。葉山からしたら死神の足音の様に聞こえるだろう。

 

そして遂に葉山がビビりながら口を開ける。

 

「い、いや………間違えてヒキタニ君と言ってしまったんだよ」

 

嘘つけ。お前何度か比企谷って呼んだ事あるだろ。

 

しかしそれは口にしない。俺をヒキタニ呼びしてキレたオーフェリアにそれを言ったら更に怒るだろうし。

 

そう判断して黙っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に自身が総毛立つのを感じる

 

オーフェリアを見ると今さっきまでより更に星辰力が膨れ上がる。

 

それによって更に激しく万応素が暴れ回り地面のアスファルトを剥がし始める。

 

(……嘘だろ?!オーフェリアの奴、ここまで星辰力を持っていたのかよ?!)

 

完全に予想外だ。オーフェリアの奴、俺の予想していた星辰力の数倍を保持していたのかよ?!前回の王竜星武祭、シルヴィと戦った時ですらここまでの力は出していない。

 

これがオーフェリアの本気なら……俺が30人いても勝てるかわからないぞ。

 

今、俺は理解した。本気のオーフェリアに勝てる人間はこの世に存在しない。いるとしたらそれは間違いなく神の領域に足を踏み入れた人間だろう。

 

戦慄している中、オーフェリアは葉山に話しかける。

 

 

「……嘘ね。八幡は昨年王竜星武祭でシルヴィア・リューネハイムと一緒に最も盛り上がった試合をしたのよ?そんな有名人の名前を間違える筈がないわ。……つまり、貴方は八幡に悪意を持っているのね?」

 

オーフェリアがそう結論づけると星辰力が更に荒れ狂う。まだ本気じゃなかったのかよ?!

 

「あ、あ、あ……お、俺は……」

 

葉山は余りの恐怖に逃げる事すら出来ずに立ち止まってしまう。オーフェリアはそれを確認して更に距離を詰める。葉山との距離は3メートル。俺の予想だとオーフェリアは一切の躊躇いなく葉山を殺すだろう。

 

ヤバい。葉山が死んでも別に心が痛まないからどうでもいい。しかしオーフェリアが人を殺して犯罪者になるのは嫌だ。しかも理由が『俺がバカにされた』って下らない理由で犯罪者になるなんて絶対に許せない。

 

(……でもどうすればいいんだ?オーフェリアの怒りを鎮めるなんて無理だろ)

 

 

力づく?無理だ、秒殺される。

 

説得する?今のオーフェリアが話を聞いてくれるとは思えない。

 

 

じゃあ、どうすれば……

 

方針に悩んでいる時だった。

 

「お兄ちゃん!オーフェリアさんを鎮められる可能性がある方法を思いついたよ!」

 

小町が肩を叩いてそう言ってくる。マジか?!

 

「本当か?!早く教えろ!」

 

既に葉山との距離は2メートル。急がないとガチでヤバい!!

 

「うん!!………すればいいんだよ!!」

 

小町は案を提案してくるがふざけてるのか?

 

「おい小町。今はふざけてる場合じゃ「本当だって!以前オーフェリアさんがそれをして欲しいって言ってたの!!」……本当か?」

 

「いくら小町でもこんな時にはふざけないよ!急いで!あの金髪の人、殺されちゃうよ!」

 

見てみると葉山との距離は1メートルを切っていた。

 

(……背に腹は変えられないか。仕方ない)

 

俺はそう結論づけて小町の案を実行する為オーフェリアの元に走り出す。自身の周囲に星辰力を展開して、荒れ狂う万応素に逆らいながら突き進む。

 

前を見るとオーフェリアと葉山の距離は50センチを切って遂にオーフェリアが手を挙げる。それは葉山からすればギロチンの刃に見えるだろう。

 

「あ……い、嫌だ…」

 

葉山が嘆く中、オーフェリアは手を止める。後数秒で振り下ろすだろう。

 

俺はオーフェリアが引き起こす万応素によって体に走る痛みに耐えながらオーフェリアとの距離を更に詰める。

 

そしてオーフェリアが手を振り下ろそうとすると同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「止めろオーフェリア」

 

後ろからオーフェリアに抱きつき、オーフェリアの手に触れて振り下ろすのを防ぐ。

 

するとオーフェリアの手は動きを止める。直に触れる事でオーフェリアが引き起こす圧倒的な力によって激痛が体を襲うがそれを無視してオーフェリアを優しく抱きしめる。

 

小町から言われた提案は『オーフェリアに温もりを感じさせろ』だ。

 

普段の俺なら恥ずかしいから絶対にやらないだろう。しかしオーフェリアは別だ。俺は絶対にオーフェリアを否定しないと決めたからオーフェリアがそれを望むから恥なんて捨ててやる。

 

「……八幡?」

 

オーフェリアは手を振り下ろすのを止めて顔だけ後ろに向けてくるので俺は口を開ける。

 

「俺は特に気にしてない。だから怒りを鎮めてくれ。お前にそんな事をして欲しくない」

 

そう言って抱きしめるオーフェリアの体は冷えていた。こりゃ温もりを感じたい訳だ。

 

「……でも、あの男は八幡を……」

 

「あいつがどうなろうと知った事じゃないが、あいつを殺してお前が咎められるのは嫌だ。だから頼む」

 

誠意を持ってオーフェリアにそう言うとオーフェリアはそっと息を吐く。

 

「……わかったわ」

 

オーフェリアがそう言うと同時に周囲から禍々しい威圧感は消えて元の空気に戻る。

 

剥がれているアスファルトや倒れこんでいる雪ノ下達がオーフェリアの怒りの激しさを物語っていた。とりあえず怒りは鎮められたみたいで安心だ。

 

息を吐いているとオーフェリアは俺の腕の中から離れて葉山に話しかける。

 

「……今回は八幡が止めたから許すけど………次はないわ」

 

明らかに殺意を込めて葉山にそう言う。しかし葉山は既に気絶していたので耳に入っていないようだ。

 

「おい一色。葉山を連れてけ」

 

とりあえず倒れていても邪魔なので葉山のパートナーである一色にそう指示を出す。

 

一色は無言でコクコク頷きながら葉山を抱えて自分の対戦するステージに向かって走り去って行った。

 

とりあえず一件落着か……

 

息を吐いていると携帯端末にメールが来たので見るとシルヴィからだった。

 

内容は『今から3人でご飯食べない?可能なら12時半にカノープスドーム正面ゲートの近くにある噴水に来て』と書いてあった。

 

俺はオーフェリアにメールを見せる。

 

「……どうする?」

 

「……そうね。受けましょう」

 

オーフェリアが賛成の意を表明したので俺はシルヴィに『了解。今から向かう』と返信する。

 

 

 

メールを返信すると俺は小町と戸塚に話しかける。

 

「すまん小町。シルヴィの奴から呼び出しがかかったから俺とオーフェリアはもう行く。昼飯はお前らだけで食ってくれ。俺は元々オーフェリアとシルヴィと食う予定だったんだが……合流はしない方がいいだろう」

 

そう言ってチラリと2人の後ろを見ると雪ノ下達はオーフェリアに恐怖に塗れた視線を向けていた。こんな中シルヴィも合流して飯を食ったら気まずい事間違いなしだ。

 

小町と戸塚もそれを理解したのか頷く。

 

「……そうだね。わかったよ。シルヴィアさんによろしくね」

 

「わかった。またな」

 

「またね八幡にオーフェリアさん」

 

「……あ!その前に!」

 

小町はそう言ってオーフェリアの元に近づいて頭を下げる。

 

「あのっ!さっきは兄の為に怒ってくれてありがとうございました!」

 

オーフェリアはそれを聞いて目を見開く。まさか礼を言われるとは思ってなかったのだろう。

 

「……小町。本気で言っているの?後ろの人達みたいに怖くないの?」

 

「……正直に言うと少し怖かったです。でもあそこまで兄を想ってくれて嬉しかったです!」

 

「……本当に貴女と八幡は変わった兄弟ね」

 

オーフェリアは若干呆れの表情を浮かべている。まあ俺も小町も割と変わっているのは否定しないが。

 

「……ったくお前は。行くぞオーフェリア。それと今日はお前らAブロックの試合を見るから頑張れよ」

 

「うん!2人ともまたね!」

 

小町の笑顔を確認して俺とオーフェリアは背を向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスドームからカノープスドームまでは徒歩10分。この調子でいけば12時20分前に着くだろう。

 

道程の半分くらいまで歩くとオーフェリアが話しかけてくる。

 

「……八幡。さっきはごめんなさい。痛かったでしょう?」

 

さっきとはオーフェリアがブチ切れていた時に吹き荒れていた万応素の事だろう。

 

「別に怒ってないから気にしていない。俺こそいきなり抱きついて悪かったな」

 

非常時とはいえアレは立派なセクハラだ。警備隊に訴えられても文句は言えない。

 

「……いいえ。私は怒ってないし……嬉しかったわ。人の温もりなんて2度と感じる事はないと思っていたから。……私は皆に否定される存在だから」

 

それを聞いて俺は悲しくなる。昔は人の温もりを感じる事が出来たのに……今は無理だなんて神ってのは残酷過ぎる。

 

「……皆じゃねーよ。少なくとも俺は絶対に否定しない」

 

「……ありがとう。……それと八幡、一ついいかしら?」

 

「何だ?」

 

俺が尋ねるとオーフェリアは珍しく口籠る。こいつが口籠るってどんな事を言ってくるんだ?

 

若干ビビっている中、口を開ける。

 

「虫のいいお願いかもしれないけど……その……また、私の事を抱きしめてくれない?」

 

オーフェリアは不安そうな表情をしながら上目遣いで見てくる。予想以上の破壊力によりつい目を逸らしてしまう。こいつこんなに可愛かったのかよ……

 

さて、オーフェリアのお願いについてだが……

 

「……わかったよ。好きにしろ」

 

俺はオーフェリアの願いを叶える。そんな事でオーフェリアに安らぎを与えられるなら安い物だ。恥ずかしいなんて言ってられない。

 

俺がそう返すとオーフェリアは俺の胸元に飛び込んで背中に手を回してくる。

 

「……本当に温かいわ」

 

いきなりの行動に俺が驚く中、オーフェリアはそう言って顔を埋めてくる。

 

(……戦ってる時はあんなに怖いのに……やっぱり中身は普通の女の子だな)

 

オーフェリアの言葉を聞いて驚きの感情が消えた俺は苦笑しながらオーフェリアの背中に手を回す。周囲からは視線を感じるが今はどうでもいい。

 

「……八幡」

 

「何だよ?」

 

「……貴方に会えて、本当に良かったわ」

 

そう言って更に強く力を込めて抱きついてくる。

 

(全くこいつは……俺を過大評価し過ぎだからな?)

 

しかしそこで口に出す程空気の読めない俺じゃない。

 

俺は黙ってオーフェリアを受け入れて背中を撫でる。いつか…いつかわからないが、オーフェリアには誰かによって本当の自由と幸せを掴んで欲しい。

 

こうして俺達はオーフェリアが満足するまで抱き合っていた。



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比企谷八幡は試合に出ないが疲れ果てる(後編)

修羅場にしようとしましたが止めました。

修羅場はシルヴィアが本格的に参戦してからガンガン出す事にしましたがご了承ください


 

 

「お待たせ〜」

 

12時25分、カノープスドーム正面ゲートの近くにある噴水、俺とオーフェリアが突っ立って待っていると後ろから話しかけられる。

 

 

振り向くと栗色の髪をした可愛い女の子が走ってくる。それはお忍び姿のシルヴィア・リューネハイムだった。普段の姿だと目立って面倒になる事間違いないからな。

 

シルヴィは笑顔でこちらにやってくる。

 

「八幡君久しぶり。オーフェリアさんも王竜星武祭以来……ん?」

 

シルヴィは笑顔から一転訝しげな表情を見せてくる。いきなりそんな顔をしてくるとは完全に予想外だ。

 

 

「久しぶりだなシルヴィ。何か変な顔をしてるがどうかしたか?」

 

「あ、うん。……八幡君もオーフェリアさんも顔が赤い気がするけど風邪引いてるの?」

 

シルヴィはそう指摘してくる。

 

流石シルヴィ。俺はともかくオーフェリアの頬が染まっている事を見抜くとはな。オーフェリアの頬はしっかりみないと分からないくらいにしか赤くなっていないのに。

 

そう、俺とオーフェリアは顔が熱くなっているのだと思う。理由は簡単。今さっきまで市街地という公共の場で俺とオーフェリアは抱き合っていたからだ。

 

抱き合っている最中は気にしていなかったが抱擁を解いた瞬間、物凄い羞恥に襲われた。周りを見ると六学園の生徒だけでなく観客もこちらをガン見していたからだ。

 

特に印象に残っていたのは、以前サイラスの事件の際にエンフィールドと一緒にいた星導館の制服を着た影星と思えるチャラそうな男だ。あいつだけは嬉々とした表情でハンディカメラを回していたが、次会ったらぶっ殺す。

 

オーフェリアは人目を気にしていないようだが俺は恥ずかしくて仕方なかったので全力疾走でその場を離れた。その時は逃げれば勝ちと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそこからが本当に恥ずかしかった。

 

12時20分に俺達はカノープスドームの集合場所に着いた。

 

俺は恥ずかしさから逃れる為にオーフェリアに話しかけなかった。俺から話しかけたら悶え死ぬからな。

 

そう思いながらシルヴィを待っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……八幡。またお願い……』

 

オーフェリアの奴が頬を染めながら爆弾を落としてきた。それによって顔が熱くなるのを感じながら返事に悩んだが、一度了承した手前断れず再び了承してしまった。

 

了承すると恥ずかしさの余りオーフェリアから目を逸らしてしまった。

 

そしてシルヴィが早く来る事を祈ると同時にシルヴィに話しかけられて、今に至るという訳だ。

 

 

 

 

 

 

「い、いや大丈夫だって。心配するな」

 

「……ええ。問題ないわ」

 

俺とオーフェリアがそう返すとシルヴィは訝しげな表情で俺とオーフェリアの顔を交互に見る。……頼むから気付かないでくれよ。

 

内心祈っているとシルヴィは息を吐いて頷く。

 

「うーん。わかった。無理には聞かないけど風邪引いてるなら無理しちゃダメだよ」

 

どうやらこれ以上の詮索はしないようだ。ガチでありがたい。全部吐いたら間違いなく悶死する自信があるからな。

 

「頼む。それで飯は何処に行くんだ?あんまり目立たない場所にしてくれ」

 

何せ悪名高いレヴォルフの2トップが飯を食いに行くんだ。俺が飯屋の人間なら間違いなく門前払いする自信がある。

 

「大丈夫大丈夫。私が準備してきたから。はいこれ」

 

そう言ってシルヴィは俺にはヘアバンドを、オーフェリアにはヘッドフォンを渡してきた。

 

「んだこれ?」

 

「私がお忍びをする時に使う物と同じで髪の色を変えられるの。まあ、正確には変わっているように見せるんだけど」

 

そう言われたので早速付けてみて鏡を見ていると銀髪になっていた。マジか、似合わねえな。

 

オーフェリアを見るとシルヴィと同じ栗色の髪になっていた。白い髪も悪くないがこれはこれで良いな。

 

とりあえずオーフェリアに鏡を渡す。オーフェリアは鏡で自分の髪を見ると何処か懐かしそうな表情をしていた。

 

「どうしたんだオーフェリア?」

 

「……昔の髪の色と同じになったと思っただけよ」

 

ん?て事は実験の所為で髪の色が変わったのか?まあ髪の毛がどうだろうとオーフェリアはオーフェリアだ。

 

「まあこれならバレないな。んで飯は何処で食うんだ?」

 

「……とりあえず此処でいいかな?」

 

シルヴィが空間ウィンドウに表示した店は和洋中揃っている中々高級そうなレストランだった。

「わかった。オーフェリアもそれでいいか?」

 

「……ええ」

 

「そっか。じゃあ行こっか」

 

シルヴィがそう言って俺とオーフェリアの手を引っ張り出す。いきなり手を掴むとは相変わらずコミュ力の高い奴だな。

 

オーフェリアもいきなり手を掴まれて予想外だったのか目を見開いている。

 

俺達は特に逆らう事なくシルヴィに引っ張られながら目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地のレストランはかなりの生徒(特に星導館とクインヴェールの生徒)で賑わっていて席が満席だった。

 

待つ事10分、漸く案内された席は近くにある自然公園が丸ごと見える良い席だった。

 

「とりあえず頼もっか。私はシーフードグラタンにするけど2人は?」

 

「メニュー見る前から決めるって事は常連か?」

 

「まあね。お忍びで出かける時はよく使うよ」

 

「んじゃ俺は……中華ランチセットにするか。オーフェリアは?」

 

オーフェリアを見るとメニューのあちこちを眺めていて悩んでいる様子だった。

 

「……八幡。私、こういう店には来た事がないから決められないわ」

 

「……マジで?」

 

「え?仕事の時とかは?」

 

「……仕事先で用意された物しか食べないから。普段は惣菜パンしか食べないし」

 

「うーん。じゃあこのハンバーグセットにしたら?シンプルで美味しいよ?」

 

「……じゃあそれで」

 

オーフェリアが了承したのでシルヴィは注文をする。後15分くらいで食べられるだろう。

 

しかし問題がある。

 

(ヤバい。これ飯来るまで無言じゃね?)

 

何せ俺とオーフェリアはコミュ障だ。特にオーフェリアは星武祭にも興味を持ってないので話す事がなさそうだ。同じコミュ障の俺ならともかくシルヴィには荷が重いと思う。

 

下手したら飯が来るまで無言で気まずいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思っていた。

 

「……それでよく八幡の肩を借りるけど凄く安らぐのよ」

 

「そうなんだ。今度私も借りて寝てみようかな?」

 

「………ダメ」

 

「あははっ。冗談だって」

 

オーフェリアとシルヴィは特に気まずい空気を出さずに話をしている。俺は無言で俯いている。気まずいのは俺だけだ。

 

発端はこうだ。

 

シルヴィが

 

『2人は普段どう過ごしているの?』

 

って聞いてきた。

 

するとオーフェリアの奴が俺と過ごした一時(俺にとっての黒歴史)を暴露した。そしてそれを聞いたシルヴィが楽しそうな表情でオーフェリアに質問をしてオーフェリアがペラペラと答えている。

 

それによって俺のメンタルはグリグリ削られて大ダメージを受けている。いつか心がぶっ壊れそうだ。

 

「……あ、後さっき凄く怒ったの」

 

「あー、開会式終わってから正面ゲートで凄まじい万応素が荒れ狂ってたらしいけど、オーフェリアさんがやったの?」

 

「……そう」

 

「アレ結構話題になってたけど何があったの?」

 

やっぱり話題になってたのかよ。てか咎められるんじゃね?

 

「……八幡がバカにされたから、ついその男を殺そうと……」

 

待てオーフェリア。お前はついであんな桁違いの力を出したのか?冗談抜きで怖過ぎる。

 

「なるほどね……気持ちはわかるけどそんな事しちゃダメ。オーフェリアさんが捕まったりしたら八幡君が悲しむよ」

 

「待て。何で俺の名前をだす?」

 

「えっ?だって八幡君、オーフェリアさんの事大切に思ってるでしょ?」

 

「……そうなの八幡?」

 

当の本人が聞くな!答えられないからな!

 

「あ、いや、そのだな……」

 

「そうだよ。だって八幡君と電話すると八幡君が話す内容っていつも妹さんとオーフェリアさんの事だから」

 

シルヴィィィィ!お前余計な事を言ってんじゃねぇよ!マジで恥ずかしい。ナイフで臓腑を抉られている気分だ。

 

(……決めた。次の王竜星武祭で絶対にシルヴィを叩き潰す)

 

「……そう。………嬉しいわ」

 

オーフェリアはほんの少し頬を染めながら言ってくる。その顔止めろ。マジで顔が熱くなる。

 

顔の熱を冷まそうとお冷を飲もうとすると注文した料理がやってきた。

 

「あ、料理が来たから一旦お話は止めよっか」

 

……ふぅ、助かった。これ以上続いていたら発狂していたかもしれない。

 

 

安堵の息を吐いていると目の前に頼んだ品が置かれる。チャーハン、キムチ、八宝菜など様々な中華料理の食欲をそそる匂いが鼻を刺激する。

 

他の2人の前にも料理が置かれる。

 

「じゃあ食べよっか。いただきます」

「いただきます」

 

「………」

 

オーフェリアは無言だ。

 

「オーフェリア、挨拶はしろ」

 

普段俺と飯を食ってる時は俺も言ってないから気にしてないが、今はシルヴィもいる。しっかり挨拶はするべきだろう。

 

「……いただきます」

 

オーフェリアは頷きながら挨拶をするので箸を持って食べ始める。うん、美味いな。流石世界の歌姫が認めるだけの事はある。

 

俺は夢中になって中華のランチに舌鼓をうっている時だった。

 

「八幡君」

 

シルヴィが呼んでくる。何だよ、また俺の黒歴史を聞いて臓腑を抉るのか?

 

疑問に思いながら顔を上げると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいあーん」

 

いきなり口の中にスプーンを入れられる。いきなり何だ?

 

シルヴィのいきなりの行動に驚きながらもスプーンの上にあるグラタンを食す。……美味え。何だこのソースは?絶品だろ。

 

「美味しい?」

 

「……美味い」

 

「そっか。なら良かった。それにしても八幡君結構可愛いね」

 

美味いのは認めるが……シルヴィの笑顔は腹立つ。後可愛いって言ったが男の俺に可愛い言うな。

 

内心シルヴィに毒づいていると視線を感じたのでそちらを見ると、オーフェリアがジト目で見ている。……何でそんなに機嫌が悪いんだよ?

 

そう思っているとオーフェリアはナイフで切ったハンバーグをフォークに刺して俺に突き出してくる。

 

「……えーっとだな、オーフェリア、それは……」

 

……食べろって事か?

 

しどろもどろに返しながらオーフェリアを見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡。………あーん」

 

そう言ってフォークを更に近づけてくる。

 

(……ヤバい。何か恥ずかしい)

 

普段感情を出さないオーフェリアからのあーん、何とも言えない背徳感がある。何かが込み上がってくる。

 

これは……逆らえない。

 

気がつくといつの間にか俺は口を開けていた。

 

そして口の中には肉汁たっぷりのハンバーグが入る。本来なら美味いと思うがオーフェリアからのあーんの破壊力がヤバ過ぎて味が一切わからなかった。

 

「……美味しい?」

 

「……あー、まあな」

 

「そう……良かった」

 

すまん。味を感じなかった。嘘を吐いたが許してくれ。

 

俺は心の中でオーフェリアに謝罪しながら自分が頼んだ料理を食べるのを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その後もシルヴィとオーフェリアにそれぞれ2度あーんをされて食事が終わる頃には疲労困憊になっていた。

 

……何で試合に参加しない、それ以前に試合が始まっていないのに俺はこんなに疲れているんだ。

 

俺は今日は早く寝ようと強く心に決めた。

 

 

 

 



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こうして鳳凰星武祭初日の一回戦が終了する

 

午後1時55分カノープスドームVIP席。

 

VIP席には星武祭運営委員や、統合企業財体の人間、テレビでよく見るアスタリスク外部からやって来た政治家、様々な偉い人がいる。

 

しかしそれらの人々は全員端の方にいて中心の席をチラチラと見ている。

 

VIP席には有名人が集まるのは常だが中心にいるのは他の人とは桁違いで有名な人物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー。試合始まってないのに帰りたい……」

 

その中心にいる3人のうちの1人である俺、比企谷八幡は視線に晒されていて胃を痛めている。

 

「まあまあ。私と王竜星武祭で戦った時は何万人にも見られてたじゃん」

 

俺の右隣に座りながら俺の右肩に頭を乗せて笑顔を見せてくるのはクインヴェール女学園序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイム。

 

「……いや、まあそうだけどさ……試合する時は見られても仕方ないって割り切れるからな。こういう場面には慣れてないから……頭痛い」

 

試合なら気にしないで済むが、こんな場所でお偉いさんにジロジロ見られるのは慣れていない。

 

「………八幡。頭が痛いなら小町達の試合が始まるまで私の膝で寝る?」

 

そう言って俺の左肩に頭を乗せてくるのはレヴォルフ黒学院序列1位『孤毒の魔女』オーフェリア・ランドルーフェン。

 

現在俺はアスタリスク2トップの魔女に挟まれながら試合開始を待っている。そして俺自身もアスタリスク最強の魔術師と噂されている存在だ。目立たない筈がない。

 

閑話休題……

 

「いや……膝枕は遠慮しておく」

 

さっきもされたがアレは麻薬だ。一度されただけで気分が高揚した。もう一度されたら間違いなく虜になる自信がある。1ヶ月もしたら昼休みに俺からオーフェリアに膝枕をしてくれと頼むだろう。

 

「……わかったわ。じゃあもう少し肩を借りていいかしら?」

 

「もう借りてるだろ。好きにしろ」

 

「……んっ」

 

すると肩に更に重みがかかり、オーフェリアの体温や髪を感じてくすぐったい。

 

「んーっ。オーフェリアさんの言う通り、本当に八幡君の肩って安らぐね」

 

反対ではシルヴィも倒れこんでいる。

 

VIP席に来て直後、シルヴィが俺の肩に頭を乗せてきた時オーフェリアは何故かどす黒いオーラを出してきた。

 

初めはそれにビビっていたが、オーフェリアは直ぐにそのオーラを消してシルヴィと反対側の肩に頭を乗せてきた。

 

何でどす黒いオーラを出したのか、そして直ぐにオーラを消したのかは理解できないが長時間あのオーラを浴びないで済んで良かったな。

 

「……そうね」

 

オーフェリアはシルヴィの意見を肯定しながらスリスリしてくる。止めろ!それはガチでヤバいですから!!

 

内心オーフェリアに突っ込んでいるとアナウンスが流れ出す。

 

 

『はいはーい!こちらは第二十四回鳳凰星武祭第三会場のカノープスドームだぁ!実況は私ABCアナウンサーのナナ・アンデルセン、解説はアルルカントOGの左近千歳でお送りするぞー!』

 

『どうぞよろしく』

 

『さて、試合開始まで後少し。今のうちにもう一度ルールのおさらいだぁ!』

 

ルールはもう知っている。勝利条件は相手ペア両名の校章をぶっ壊すか、相手ペアを気絶させるかだ。1人さえ残っていれば挽回のチャンスは十分にある。王竜星武祭は一発勝負だしな。

 

「……すまん。腹が痛いからちょっと手洗いに行ってくる」

 

小町の試合は確か第4試合だ。後15分くらいは余裕がある。

 

「うん。わかった。気を付けてね」

 

いや、何を気を付けろって話だからな?こんな場所で襲われるなんてあり得ないし、大抵の相手なら蹴散らせるからな?

 

俺は若干呆れながらVIP席を出て手洗いに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから15分後……

 

俺は今全速力でVIP席に戻っている。

 

トイレに着いた時には大量の観客が並んでいた。毎回星武祭を見ると思うが試合開始前のトイレは混雑し過ぎだ。しかも並んでる間やトイレに籠っている間に幾度か歓声が聞こえてきた事から試合が始まっているのだろう。

 

腹を壊して小町の試合を見逃すとか笑えないからな?

 

 

そう思いながらVIP席に戻ると同時にアナウンスが流れ出す。

 

『続いて第4試合!こぉーこで登場したのは星導館学園序列8位比企谷小町選手と、そのパートナーの戸塚彩加選手だぁ!』

 

それと同時に歓声が鳴り響く。ふぅ……ギリギリ間に合ったようだ。

 

 

俺は安堵の息を吐きながら席に着くとシルヴィとオーフェリアは再び俺の肩に頭を乗せてくる。……乗せるのは構わないが帰って早々かよ?

 

「ギリギリ間に合ったね。2回戦以降は試合が始まる前に行った方がいいよ」

 

それについては同感だ。見逃したりしたら笑えない。

 

「そうだな。確か小町達の対戦相手は……」

 

「ガラードワースの序列25位と32位の騎士候補生ペアだよ」

 

「……そうだったな。まああいつらなら問題ないだろ」

 

小町は冒頭の十二人だし、戸塚もこの1ヶ月、手を抜いているとはいえ俺の攻撃をある程度凌げるようになるくらいに成長したし。今回出場しているドロテオ・レムス、エリオット・フォースターペアならともかく候補生クラスなら問題ないだろう。

 

「……てか前から思ったがよ、銀翼騎士団って子供っぽくね?」

 

ガラードワースの冒頭の十二人は銀翼騎士団と言われているが普通に冒頭の十二人で良くね?百歩譲ってチーム・ランスロットやチーム・トリスタンは良いが銀翼騎士団はないだろ。

 

「あはは……それアーネストはともかくレティシアには言わない方が良いよ」

 

あー、確かにあいつは煩そうだな。アーネスト・フェアクロフは一度話した事があるが割と気さくだったけど、レティシア・ブランシャールは見るからに頭が固そうだったし。

 

「善処する」

 

そんな事を話していると実況の声が聞こえてくる。

 

『比企谷選手と言えば前回の王竜星武祭ベスト4まで残ったレヴォルフ黒学院序列2位、『影の魔術師』比企谷八幡の実の妹だが、妹本人も中等部1年の時に冒頭の十二人入りした才能に恵まれた実力者!その実力は折り紙付き!』

 

まあ小町も入学して半年もしないで冒頭の十二人入りだからな。才能だけなら刀藤の次くらいだろう。

 

『それにしても……いやぁ、パートナーの戸塚選手と並んでると絵になるとゆーか、女の子2人が華やかに……』

 

『ナナやんナナやん!今データを見たけど戸塚選手は男や!女の子やあらへん!!』

 

実況の話に解説者が割って入る。それと同時に観客席からも騒めきが聞こえる。実況だけでなく観客も戸塚を女の子と勘違いしてやがる。

 

『ええぇー?マジで?……本当だ。あんなに可愛いのに……。あー、こほん、それは大変失礼をば!』

 

実況の人が謝っている中、ステージにいる戸塚は真っ赤になって俯いている。まあこれ全世界に放送されてるからな。親やアスタリスク外部の友人に見られると考えたら恥ずかしくて仕方ないだろう。

 

小町はどうしていいかわからずオロオロしているがこればっかりは仕方ないだろう。

 

「……ねぇ八幡君。本当に男の子なの?」

 

シルヴィも若干驚きながらそう聞いてくる。

 

「まあな。っても正直俺も今でも女と勘違いしそうなんだよなぁ。あいつ普段の仕草もメチャクチャ可愛いし……痛え!」

 

いきなり手に痛みを感じたので見てみるとオーフェリアが俺の手を抓っていた。手袋越しでこの痛みって……直で抓ってきたらどんだけ痛いんだよ?

 

「…………バカ」

 

オーフェリアはそう言って悲しげな表情をしながら不貞腐れる。オーフェリアのその仕草は可愛いと思うが抓るのは止めてください。

 

「……今のは八幡君が悪いね」

 

シルヴィは呆れ顔をしているが戸塚が怒るならともかく、何でオーフェリアが怒るんだ?

 

疑問に思っていると、小町達とは反対側のゲートから2人組の男女ペアが出てきて煌式武装を起動する。

 

男の方は巨大なバスタードソード型煌式武装で女の方は細いレイピア型煌式武装だ。ガラードワースは剣技を正道としているので学生も剣を使う者が多いな。

 

ガラードワースの2人が煌式武装を出すとさっきまで恥ずかしがっていた戸塚も真剣な表情になり小町と話している。気のせいか戸塚の顔が気迫に満ちているような……

 

 

そう思っていると、いよいよ試合開始時間となる。

 

 

「『鳳凰星武祭』Aブロック一回戦四組、試合開始!」

 

 

 

 

校章の機械音声が試合開始を告げると同時に、ガラードワースの2人は突っ込む。2人の狙いは小町のようだ。明らかな格上を真っ先に潰す。戦術の一つだろう。

 

それに対して戸塚は自身の前に巨大な盾を顕現して、小町はその場から動かずに腰にあるホルスターからハンドガン型煌式武装を抜いて発砲する。

 

撃つまでの流れが余りにも滑らかだったので煌式武装を抜いている所は微かにしか見えなかった。神速銃士の二つ名は伊達じゃないな。

 

ステージ上にいるガラードワースの2人も同じのようで、マトモに回避する前に2人の煌式武装に被弾する。

 

男の方が持っているバスタードソード型煌式武装は少し跳ね上がっただけだが、女の方が持っているレイピア型煌式武装は女の手から離れる。

 

女は慌てて煌式武装を取ろうとするが、

 

『群がってーーー盾の軍勢!』

 

モニターでそう叫ぶと巨大な盾は50近くの小さい盾に分裂する。そしてその大量の盾を操作して対戦相手2人に飛ばす。

 

そのうち半分の盾を女の手やレイピア型煌式武装にぶつけて武器を取る邪魔をして、残りの半分を男の脛にぶつけて足の動きを止めている。

 

『おおっと?!な、何と戸塚選手、初めに盾を出した事から防御寄りのスタイルかと思いきや、ガンガン相手にぶつけて攻めています!アレは痛そうだぁ!!』

 

『盾を顕現する魔術師は何度も見ましたが攻撃に利用する魔術師は初めて見るなぁ……』

 

実況はハイテンションで戸塚の実況をしているが……確かにアレは痛そうだ。特に男子、盾は脛だけに当たっている。モニターに映っているガラードワースの男子生徒は苦悶の表情を浮かべている。

 

(……もしかして試合前のアレでイライラしてんのか?)

 

戸塚って意外と根に持つからな。試合前の女の子疑惑で相当ストレスがたまっているようだ。

 

しかし戸塚の盾の大量分割は侮れない。現に女の方は煌式武装を遠くに飛ばされて素手だし、男の方は脛をガンガン狙われて地面に倒れかけている。

 

そしてそんな隙を小町が逃す筈はない。

 

小町は息を吐きながら煌式武装で相手の校章に狙いを定めて発砲する。

 

煌式武装から放たれた2発の光弾は一直線にガラードワースのコンビの校章に向かって………

 

 

 

 

 

 

 

「試合終了!勝者、比企谷小町&戸塚彩加!」

 

 

校章が地面に割れ落ちると同時に機械音声が会場に試合終了のアナウンスをする。

 

それによって会場には歓声が響き渡る。

 

『な、何とぉ!開始1分もしないで決着がついたぁ!早い、早過ぎるぅ!』

 

『戸塚選手の盾の使い方はインパクトがあったけど、2人の校章を纏めて破壊する比企谷選手の精密射撃はすごいなぁ……』

 

解説が続く中、小町と戸塚はステージから退場する。

 

「八幡君の妹の試合を生で見るのは初めてだけど強いね。パートナーの盾の使い方も面白かったし」

 

「……盾の使い方は以前八幡が教えていたわ」

 

「ん?という事は八幡君が2人を鍛えたの?」

 

「まあな」

 

っても俺が鍛えたのは鳳凰星武祭開幕1週間前までだ。その後の1週間は見てないが……正直言って予想以上に成長している。

 

これなら本戦でもトーナメントの組み合わせ次第では良いところまで勝ち進む事が出来るだろう。

 

そう思いながら俺は次の試合のレヴォルフのペアと界龍のペアの試合を見るため視線をステージに移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

 

 

「……これでカノープスドームの試合は終わりか」

 

カノープスドームで行われる試合が全て終わった。カノープスドームで行われたAブロックの試合を見る限り小町と戸塚を倒せるペアはいないだろう。

 

「そうだね。私は用事があるからもう行くけど八幡君とオーフェリアさんはこれからどうするの?」

 

「俺は小町達の所に行くつもりだ。オーフェリアも来るか?」

 

「……じゃあ行くわ」

 

「わかった。二回戦は4日後だしまた一緒に見ようね。じゃあね」

 

シルヴィはそう言って一足先にVIP席を後にした。他のお偉いさんも試合が終わった直ぐに退場したのでVIP席に残っているのは俺とオーフェリアだけだ。

 

さて……先ずは小町達に電話するか。

 

俺が小町の端末に電話をすると直ぐに空間ウィンドウが開いて小町の顔が見える。

 

「もしもし」

 

『もしもし。どしたのお兄ちゃん?』

 

「先ずは一回戦突破おめでとさん。見事な手際だったぞ」

 

『あー。まあね。でも戸塚さん凄い気迫で怖かったよ……』

 

うん。知ってる。観客席からも気迫を感じたし攻め方も容赦なかったし。

 

「ま、まあ楽に勝てたし、純星煌式武装も戸塚の散弾型煌式武装も知られてないから良かっただろ」

 

『そうだね。出来るなら本戦まで隠しておきたいし』

 

そこらの雑魚ならともかく、冒頭の十二人クラスの対戦相手なら一回見られただけで対策をしてくる筈だ。だから手持ちのカードは出来るだけ伏せるべきだ。

 

「そうしろそうしろ。ところで今から会えるか?」

 

俺がそう尋ねると小町は苦い顔をするがどうしたんだ?

 

『悪いけどお兄ちゃん。それは明日以降にしてくれる?試合前の解説で戸塚さん落ち込んでるし』

 

まあ世界中に女と思われながら実況されたからな。メンタルが弱っていても仕方ないだろう。

 

「なら仕方ないな。じゃあまた今度にしよう」

 

『お願いね。その時にシルヴィアさんにも会わせてよ』

 

「シルヴィの都合によるな。じゃあ」

 

そう言って空間ウィンドウを閉じてオーフェリアと向き合う。

 

「小町達は無理っぽいし俺は寮に帰るがお前はどうすんだ?帰るなら送るぞ」

 

「……お願い。八幡は帰ったらどうするの?」

 

「どうするって……飯食ってダラダラするぐらいしかする事ないな」

 

俺はそう言ってVIP席を後にしようとするとオーフェリアが制服の裾を掴んできた。

 

「どうした?帰ろうぜ」

 

「……八幡はこれからは特に予定がないのよね?」

 

「そうだな。何か手伝って欲しいのか?」

 

夕食に使う食材を買いに行くくらいなら別に構わないが……

 

しかし俺の予想は大きく外れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その、時間に余裕があるなら……また私を抱きしめて欲しいのだけど……」

 

オーフェリアは俯きながらそう言ってくる。

 

(……完全に予想外だな。こいつ意外と甘えん坊なのか?)

 

 

いや、まあ、確かに今日は暇だけどさ。抱きしめてくれって……そりゃさっきは了承したけど、改めてやると考えると……

 

 

俺が悩んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ダメ?」

 

オーフェリアが上目遣いで不安そうな表情で俺を見てきた。

 

それを確認すると、俺の体は自然と動いていた。

 

 

結局、俺はオーフェリアが満足するまでずっと抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳凰星武祭初日 知り合いが参加した試合の結果

 

天霧&リースフェルト

天霧1人でガラードワースのペアを瞬殺

 

エルネスタ&カミラ

開始1分攻撃をしないにもかかわらずレヴォルフのペアに無傷で勝利

 

雪ノ下&由比ヶ浜

同じクインヴェールのペア相手に危なげない試合運びで勝利

 

川崎沙希&川崎大志

界龍特有の星仙術によって余裕の勝利

 

葉山&一色

葉山が試合開始までに目が覚めなかった為、不戦敗

 

 



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比企谷八幡は意外な場所で意外な人物と遭遇する。

 

 

 

鳳凰星武祭初日、カノープスドーム。俺は今日、シルヴィとオーフェリアの3人でこの会場に来ていた。

 

理由はシンプル、最愛の妹と俺の数少ない友人の2人が初の星武祭に参加するのでそれを見るからだ。

 

予選一回戦は対戦相手を完封して勝利した。これについては戸塚が少し怖かったが実に満足した結果だ。

 

そして試合が終わってシルヴィは用事があるので帰宅した。小町と戸塚は試合前に色々あって今日は会わない事になった。そこまでは問題ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこまでは。

 

問題はそこからだ。

 

 

「……んっ」

 

現在カノープスドームのVIP席にて俺はオーフェリアを抱きしめている。対するオーフェリアも俺の背中に手を回して抱き合っている状態だ。

 

シルヴィが去って、俺が暇と知ったオーフェリアは俺に抱きしめてくれと頼んできた。

 

初めは断ろうか悩んでいたが上目遣いでお願いしてきたらいつの間にかオーフェリアを抱きしめていた。いや、だって、あの上目遣いの破壊力はヤバ過ぎて逆らえないからね?

 

まあそんな訳で俺はオーフェリアと抱き合っているのだが、既に40分経過している。

 

何度か「そろそろいいか?」と聞いたがオーフェリアは「もう少し」って返して離れる気配がない。いくらVIP席に他の人がいないからって……

 

内心困っている中、それを知らないオーフェリアは俺の胸元に自身の頭を当ててスリスリしている。それはマズイから止めてくれ!

 

「……八幡」

 

オーフェリアが俺の名前を呼ぶと何かが込み上がってくる。マズイのは事実だが……

 

(何か……悪くないな)

 

オーフェリアは俺と過ごして安らぐと言っているが、どうやら俺もそうみたいだ。

 

そんな事をのんびりと考えているとオーフェリアが背中から手を離すので、俺も同じようにすると抱擁がとかれた。

 

「もういいのか?」

 

「……ええ。ありがとう」

 

「……そうか。じゃあ帰ろうぜ」

 

そう言って歩き出すとオーフェリアは頷いて俺の後に続いた。

 

 

 

カノープスドームを出ると夕日が見えていた。時計を見ると5時過ぎだった。まあ試合が終わってから1時間近く抱き合っていたからな。寮に戻る頃には6時を過ぎているだろう。

 

カノープスドームはレヴォルフから遠いのでモノレールで帰らないといけない。俺とオーフェリアはホームでモノレールが来るのを待つ。後五分でくるな。

 

 

「……ユリス」

 

そんな事をのんびり考えていると後ろからオーフェリアの呟きが聞こえたので後ろを見ると、オーフェリアは駅構内にある巨大モニターに映っている天霧とリースフェルトを見ていた。

 

「どうした?リースフェルトを見て何か思ったのか?」

 

俺がそう尋ねるとオーフェリアは首を横に振る。

 

「何でもないわ。私とユリスはもう関わる事はないわ」

 

若干冷たい口調でオーフェリアはそう返す。その時俺はつい、前から聞きたかった事を聞いてしまう。

 

「……お前はそれでいいのか?」

 

俺がそう口にするとオーフェリアは若干驚きの混じった表情で俺を見てくる。俺自身も必要以上にオーフェリアに踏み込んだ事に驚いている。

 

「……いいも悪いもないわ。私が彼の所有物である以上殆ど自由はないのだから」

 

やっぱりオーフェリアはディルクがいる限り自由にはなれないようだ。全く……本当に世界ってのは残酷だな。

 

「……そうか。悪かったな変な事を聞いて」

 

「別にいいわ。今更の話だから」

 

オーフェリアはそう返す。それと同時にモノレールが来た。ドアが開いたので乗ろうとした際、ふとオーフェリアの顔を見るといつも通りの悲しげな表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし今のオーフェリアの顔には少しだけ寂しさが混じっている様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分、オーフェリアの寮に着いたのは6時丁度だった。となると俺の寮に着くのは6時半前だろう。

 

「……送ってくれてありがとう」

 

「気にすんな。またな」

 

「……2回戦も小町達をまた見に行くの?」

 

「そのつもりだが?」

 

「じゃあ……また一緒に行っていいかしら?」

 

「別に構わないぞ。行きたきゃ連絡しろ」

 

「わかったわ。……じゃあまた」

 

オーフェリアはそう言って自分の寮に入っていった。オーフェリアが見えなくなったのを確認して俺も帰路につく。

 

(……さてと、夜飯は何を作るか)

 

そんな事を考えながらのんびり歩いていると携帯端末が着信を告げる。見ると小町からだった。

 

それを確認して空間ウィンドウを開くと小町が気迫の篭った表情で画面いっぱいに映り出す。

 

「ど、どうした小町。怖いから離れてくれ」

 

『そんな事はいいの!それよりお兄ちゃん!何かうちの学校で作られてる新聞でお兄ちゃんとオーフェリアさんが街中で抱き合っている写真が載ってたんだけど、これどういう事?!』

 

何?!あの写真が載っているだと?!

 

俺はそれを聞いてあの時写真を撮っていた星導館のチャラそうな男を思い出した。星導館の新聞って事は十中八九あの男が新聞に載せたのだろう。

 

「おい小町。どういう事だ。その新聞後で俺の端末に送れ」

 

『それはいいけど……本当に何があったの?』

 

小町にそう言われた俺は仕方なく全て話した。

 

『ほーん。なるほどねぇ。とりあえずお兄ちゃんはオーフェリアさんがまた頼んだら拒否しないで抱きしめるように!』

 

うん、実はもう更に1回抱きしめています。拒否しようとしましたが出来ませんでした。

 

「善処する。……ところで小町。お前の学校の新聞部で顔に目立つ傷がある男って知ってるか?」

 

あの写真を撮った思える男は顔に目立つ傷がついていたから特定は難しくないと思う。

 

『顔に傷?多分夜吹さんだね。ちょっと待ってね。えーっと、この人かな?』

 

小町がそう言うと例の新聞と共に1人の男子生徒の画像が俺の端末に送られてきた。

 

間違いない。あの時写真を撮ってた男だ。そうか、夜吹って言うのか。

 

「サンキュー小町。悪いが夜吹って奴に『今度星導館に行くからその時に三途の川ツアーに連れてってやる』と伝えといてくれ」

 

嫌がっても力づくで連れてってやる。俺はアスタリスクのゴシップ記事を見るのは嫌いじゃないがネタにされるのは大嫌いだ。天国の扉を見せてやる。

 

『……うん。一応伝えとくけど……殺さないでね?』

 

アホか。殺したら犯罪者になるから殺さねーよ。三途の川手前には連れて行くが川を渡らせるつもりはない。

 

「んな事わかってる。悪いが苛ついたからもう切るぞ」

 

『あ、うん。じゃあまたね』

 

そう言って小町の顔が空間ウィンドウから消えたので空間ウィンドウに例の新聞を表示する。

 

するとそこには『レヴォルフ2トップ、市街地で抱き合う!!』とか『2人の間には愛があるように見え、それを育んでいると推測される』だの見ていて苛立つ見出しや記事があった。あいつマジでブチ殺す。

 

帰って飯食って寝ようと思ったが気が変わった。少しストレスを発散しに行くか。

 

そう思いながら俺は自分の寮とは反対方向に向けて足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

再開発エリア

 

かつてアスタリスクで最大のテロ『翡翠の黄昏』の舞台となった場所だ。

 

その事件による被害は甚大で、事件の後始末や責任問題などの追求があって復旧予算の編成が進まず、そうこうしているうちに不良や各学園の退学者、アスタリスク外の犯罪者が集まりだして暗黒街となった。

 

とはいえ再開発エリア全域が犯罪者の温床という訳ではない。今から俺が行くような歓楽街は割と治安が良い場所だ。(それでも再開発エリアだから街中にはチンピラやマフィアがゴロゴロいるけど)

 

歓楽街にはクラブやバーなど酒類の提供を主とする飲食店や地下の違法カジノや風俗店など違法店舗もある。

 

そんな店を素通りしながら裏路地にあるカフェに入る。このカフェは客が少なく騒がしくないから俺のお気に入りの店だ。

 

店に入ると店内はガラガラだった。カウンター席に座る。マスターがやってくる。

 

「おやおや。あんたが来るなんて……妹さんが鳳凰星武祭1回戦に勝って嬉しいからか、市街地での抱擁の噂でイライラしているからか……」

 

マスターはニヤニヤしながらそう聞いてくる。

 

「マスター。いつもので。ちなみに今日来た理由は後者な」

 

俺がこの店に来るのは嬉しい時に1人ではしゃぐ為か、苛ついた時にストレスを発散させる為だ。今日はさっきの新聞で苛ついたからここに来た。

 

「はいはい。……で、結局事実なんだろ?」

 

「抱き合ってたのは事実だから否定しねぇよ。っても愛は語ってない」

 

カフェに来る途中ネットも見てみたがそこにも『愛の語らい』とか『最強夫婦』とか載ってて死にたくなった。

 

「あの写真を見たら説得力はないと思うぞ」

 

マスターが覆せない事実を口にしながら俺の前にMAXコーヒーの入ったシャンパングラスを出してくる。歓楽街でもMAXコーヒーを出す店は少ない。俺はこの店がMAXコーヒーを出すと知った瞬間、常連になると決めたくらいだ。

 

「それについては……まあアレだ。俺が悪いし諦めるしかないな」

 

オーフェリアとの抱擁に関する噂は苛立つが元はと言えばあんな所で抱き合った俺達が悪いし。するなら人目のつかない場所でするべきだったな。

 

あの時の事を後悔している時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……から、ちょ……付きあっ……」

 

「そうそ……いい店知って……行こうよ」

 

「だからさっきから……って言って……」

 

店の外から揉め事の気配を感じ取る。声は聞き取りにくいが男2人が女をナンパして女が拒否している感じだな。

 

(……ったく、何を考えているんだ?)

 

男2人についてはどうも言わない。歓楽街にいる男は悪が多いし。

 

俺は寧ろナンパされている女に文句を言いたい。声からして1人でいるようだが、こんな場所に1人で来るなんて危機感がないのか?

 

俺は息を吐きながら席から立ち上がる。マスターは事情を理解しているように笑っている。

 

「随分とお人好しだな」

 

「別にそんなんじゃねぇよ。外が煩いと俺が落ち着いて過ごせないからだよ」

 

そう言ってカフェのドアを開ける。

 

 

声の方向を見ると薄暗くてよく見えないが壁に寄りかかっている女にマフィアらしき2人が近寄っている。

 

俺はそれを確認すると男2人に近寄って蹴りを2発放つ。

 

蹴りをくらって吹っ飛んだ男は怒りの表情を露わにして起き上がりながら煌式武装を起動する。いきなり蹴りを入れた俺が言うのもアレだが……随分と物騒だな。

 

しかし俺の顔を見た瞬間、男2人は急に驚きの表情を見せてくる。

 

「なっ……お、お前!」

 

「『影の魔術師』!」

 

あー、やっぱり俺って有名なのか。マジで目立ち過ぎるのも考えものだな。

 

内心面倒臭がっていると、男2人はいつの間にかいなくなっていた。うん、まあ戦わないで済んだのは良かったな。

 

俺が息を吐いていると………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡君?」

聞いた覚えのある声が耳に入る。いや、でも……あいつがこんな所にいるとは考えにくい。

 

 

そう思いながら女を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シルヴィ?」

 

そこには2時間くらい前に一緒に鳳凰星武祭に見ていたシルヴィア・リューネハイムがお忍びの格好をして立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「……って訳なので近い内にお兄ちゃん、星導館に来るので頑張って生き延びてくださいね。夜吹さん」

 

「えっ、ちょっ、マジで?!……頼む天霧!助けてくれ!」

 

「夜吹、それは……」

 

「綾斗、助ける必要はない。こいつは一度痛い目を見た方がいい」

 

「え、えーっと………私はどうすれば?」

 

「……綺凛が気にする必要はない。全て夜吹の自業自得」

 

「……マジかよ?俺、生きられるか?」

 

 

星導館学園の食堂にて夜吹英士郎は八幡の怒りを知り嘆いていた。



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比企谷八幡はシルヴィア・リューネハイムの事情を少し知る。

俺は目を疑った。何故彼女がここに?

 

再開発エリア繁華街、基本的に不良学生やチンピラ、果てはマフィアが集うこの場所に彼女がいるとは思えない。

 

俺は改めて目の前の少女に確認を取る。

 

 

「えーっとだな。もう一度確認するぞ。お前シルヴィだよな?世界の歌姫の」

 

違うと少しの期待を込めて聞いてみる。しかし現実は残酷だった。

 

「うんそうだよ。去年の王竜星武祭で八幡君と戦ったシルヴィアだよ」

 

……マジか?本当にシルヴィかよ?こんな所にいるなんて完全に予想外だ。

 

「……話、聞いてもいいか?」

 

いくらシルヴィが強いからといって、女の子が歓楽街に1人でうろつくのは感心しない。

 

「……うん。じゃあとりあえずどこかの店に入らない?」

 

「それなら俺が今いたカフェでいいか?」

 

あそこの店はとある理由で内緒話をするのに最適だ。

 

「うん。いいよ」

 

シルヴィは了承したので俺は1つ頷いてさっきまで居たカフェに入った。

 

マスターは俺を見ると驚きの表情を見せてくる。理由はアレだろう。女をナンパしたと思ってんだろう。

 

俺はマスターが口を開く前に、先に自分の口を開ける。

 

「マスター。二階を借りるぞ。それとこいつにはマスターのおまかせコーヒーで」

 

そう言って専用の部屋代5000円をカウンターの上に置く。マスターはそれを聞いて驚きの表情からニヤニヤ笑いを浮かべながらコーヒーの準備をする。

 

「ほうほう。昼に『孤毒の魔女』、夜はナンパした女。あんたも男だねぇ」

 

「殺すぞ。借りるのは内緒話をする部屋だ。情事をする部屋じゃねえよ」

 

「じょ、情事?!」

 

シルヴィは若干赤くなりながら驚いているが一々気にすんな。俺は情事なんてするつもりはこれっぽっちもない。

 

「まああんたがそんな事するとは思わないけどな」

 

「ならそのニヤニヤ笑いを止めろ。それより鍵とコーヒー」

 

「はいはい」

 

マスターはそう言って鍵とおまかせコーヒーを出してきた。

 

「んじゃ付いて来い」

 

「あ……う、うん」

 

それを受け取った俺はさっき自分が頼んだMAXコーヒーを持って店の奥に歩き出す。そして従業員専用のスペースに躊躇わずに入って階段を上る。

 

目的の部屋の前に着いたので借りた鍵を借りて中に入る。部屋にテーブルが1つと椅子が4つしかない簡素な部屋だ。

 

「入ったら鍵をかけてくれ」

 

シルヴィにそう言って椅子の1つに座る。シルヴィも部屋の鍵をかけてから俺の向かい側に座る。

 

「このカフェの二階は人に見られたくない事や聞かれたくない事をする時に使う部屋でな。金を払えば普通に借りれる」

 

「そ、そうなんだ……」

 

以前イレーネと賭けで稼いだ金を取り扱う際に何度か借りた事もあるから勝手は知っている。中には未成年者がラブホ代わりに利用する部屋もあるらしい。まあ使った事ないからよく知らないけど。

 

「さて、話を戻すぞ。何でお前が歓楽街みたいな危ない場所にいるんだ?お前の実力なら怖くないかもしれないがここは女子が1人で来る場所じゃないぞ?」

 

ましてやシルヴィは世界の歌姫だ。こんな所に来たってだけで世間はシルヴィを叩くと思うぞ?

 

 

 

 

「うん。実は私、人を探してるの」

 

俺の質問に対するシルヴィの返答はシンプルだった。しかし……

 

「お前の能力は使わないのか?」

 

シルヴィは歌を媒介にして自身のイメージを変化させられる。そしてそのイメージを内包する歌を歌えばあらゆる事象を呼び起こせる万能の力だ。以前シルヴィから探知行動や隠密行動も出来ると聞いていたが何でだ?

 

「私の能力でもある程度範囲を絞らないと無理だよ。対象範囲によって消費する星辰力も違うしね」

 

「それはわかった。で、アスタリスクに反応は……」

 

「あったよ。けどそれだけ。今私がわかるのは探している人がアスタリスクにいる事だけ」

 

なるほどな。アスタリスクにいるのがわかっている、しかしそれ以上はわからないからわざわざ足で探しているのか。

 

これでシルヴィがしょっちゅう変装して外出している理由が理解出来た。

 

しかしまだ腑に落ちない。

 

「んじゃ何で再開発エリアを探してるんだ?普通に考えて探すなら行政エリアの主要施設だろ」

 

探知系の能力は設備が整っていれば無効化出来る。アスタリスクだと今言った行政エリアの主要施設や学園の中枢部、ホテルのVIPルームなどが該当する。

 

対して再開発エリアの歓楽街には探知系の能力に対する防衛設備が余り整っていない筈だ。わざわざ再開発エリアを探す理由がわからない。

 

俺がそう尋ねるとシルヴィの顔に陰が生じる。それを確認した俺は慌てて訂正する。

 

「いやすまん。言いたくないなら言わなくていい。少し踏み込み過ぎた」

 

これはシルヴィの問題だ。部外者の俺が無闇に踏み入っていい問題ではない。

 

「ううん。私は気にしてないから聞いて大丈夫だよ。それに八幡君なら周りに言いふらさないだろうし」

 

正確には言いふらす相手がいないだけどな。まあ今は真面目な話をしているし口にはしないけど。

 

「そうか。まあでも話したくないなら言わなくていいぞ」

 

俺がそう返すとシルヴィは首を横に振ってから口を開ける。

 

「……私が探してる人は……『蝕武祭』に出場してたみたいなの」

 

「……っ!」

 

正直返す言葉がなかった。予想以上にヤバい案件だった。

 

蝕武祭

 

星武祭では物足りない屑共が作ったとされる非合法・ルール無用の武闘大会。ギブアップは不可能で、試合の決着はどちらかが意識を失うか、もしくは命を失うかによって決まる。確か星猟警備隊隊長、ヘルガ・リンドヴァルによって潰された。

 

しかし……まさかシルヴィの探してる人が蝕武祭に参加してるとは……

 

「だから再開発エリアは1番有力な場所なんだ」

 

シルヴィは俺の顔を見ながらそう言ってくる。まあ蝕武祭に参加する連中がいるとしたら再開発エリアみたいな場所だろう。

 

「……なるほどな。だから歓楽街にいた訳か?」

 

「……うん」

 

「お前がここにいた理由は理解した。でも何で蝕武祭に?お前の知り合いに蝕武祭に関わるような屑がいるとは思えないが」

 

蝕武祭の噂については何度か聞いた事があるがどれも胸糞悪くなる話だ。作り上げた人物にしろ、観客にしろ、参加する学生にしろマトモな人間とは思えない。

 

「それが全くわからないんだよね。蝕武祭については私にも殆ど情報が入って来ないし。ベネトナーシュに調べて貰うとW&Wにも知られちゃうから余り頼りたくないし」

 

ベネトナーシュはクインヴェールの運営母体の統合企業財体『W&W』の保持する諜報機関だ。シルヴィがベネトナーシュを使うという事は統合企業財体に情報が筒抜けになる、この辺りはレヴォルフもクインヴェールも変わらないのだろう。

 

全く……シルヴィも随分と面倒な事に巻き込まれてるな。

 

「……ふぅ。で、これ飲んだらまた探しに行くのか?」

 

「まあね。と言ってもペトラさんに怒られるから1時間くらいかな」

 

となると9時くらいには歓楽街を後にするのだろう。

 

「……そうか。もしお前さえ良ければ俺も付いてっていいか?」

 

「……え?」

 

「何だよその顔は?」

 

「いや……だって八幡君が自分から提案するなんて……明日は雨かな?」

 

可愛い顔してキョトンとするな。ぶっ飛ばしたくなる。

 

「ほっとけ。まあアレだ……知り合いが蝕武祭に関わっている人を調べるなんて危ない事してちゃほっとけないし、お前みたいな可愛い女子が1人だと歓楽街は面倒だしな」

 

歓楽街の連中は基本的に男で女に目がない。知り合いがそんな場所で危険な事をしてるのを放っておくほど俺は薄情ではない。

 

俺がそう返すとシルヴィは少し驚いたような顔をして目をぱちくりしてから口を開ける。

 

「ふーん。じゃあお願いしてもいいかな?星武祭がやってる時の歓楽街って結構面倒だしね」

 

まあ星武祭の開催期間中はアスタリスク外部から人がやってくる。その為警備隊の取り締まりも厳しくなっている。よって歓楽街を仕切るマフィアも見回りを増やしていてぶっちゃけウザいし。

 

「ああ。ってもお前がかなりヤバい場所に行きそうになったら止めるぞ」

 

歓楽街の奥では麻薬とか普通に売ってる場所もあるし。

 

「わかってるよ。流石にそこまでは無茶しない。警備隊に取り調べを受けたくないし」

 

そう言ってシルヴィはコーヒーを全て飲み切って立ち上がる。俺もそれを確認して立ち上がる。

 

「じゃあ行こっか。今日は中心部のカジノあたりを調べるからエスコートよろしくね」

 

中心部のカジノか。まああの辺りはよく行ってるから問題ないな。

 

「はいはい。じゃあ行くぞ」

 

「うん。あ、そうそう……」

 

シルヴィは一区切りして俺に笑顔を見せてくる。

 

 

「さっきは可愛いって言ってくれてありがとう。八幡君に言われるとは思わなかったよ」

 

……は?いきなりなんだ?

 

疑問に思いながら記憶を辿ってみると……うん。確かに言ったな。

 

「あ、いや……それはだな……」

 

返す言葉がなく、しどろもどろになっているとシルヴィはクスクス笑ってくる。

 

「ふふっ。照れてる八幡君、結構可愛いね」

 

だめだ。口でシルヴィには勝てる気がしない。俺はため息を吐きながら敗北を受け入れてカフェを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間………

 

「……見つからなかったな」

 

歓楽街を出て再開発エリアの出口に着いた俺はため息を吐く。

 

結局見つかりませんでした。カフェを出た後シルヴィが探しているシルヴィの師匠、ウルスラ・スヴェントの顔写真を見せて貰い中心部のカジノを調べたが手がかりは一切なし。

 

「まあ私もずっと前から探してるけど全然手がかりが見つからないからそんなに落ち込まなくて大丈夫だよ。それより案内ありがとう。八幡君のおかげで調べにくい所も調べられたよ」

 

まあカジノの裏側とかは従業員と知り合いになってないと無理だからな。その点で言えば俺に賭け事など色々教えてくれたイレーネに感謝だ。

 

「でもあんまり危ない事に首を突っ込んじゃダメだよ」

 

「安心しろ。非合法のカジノとか風俗には行ってない。つーか蝕武祭が関係している人を調べてるお前が言っても説得力ないからな?」

 

カジノも危ないが蝕武祭に比べたら可愛いものだ。

 

「そう言われたら返せないなぁ」

 

「まあ別に構わないが。とりあえず帰るなら送るがクインヴェールまででいいか?」

 

レヴォルフとクインヴェールは隣同士だから送ってもそこまで時間はかからない。俺が影に星辰力を込めて竜を作り出すとシルヴィは頷く。

 

「じゃあお願い」

 

「はいはい。んじゃ乗れよ」

 

そう言ってシルヴィの手を引っ張り竜の上に乗せる。それと同時に竜が雄叫びを上げて空高く飛び上がる。体に当たる夜風は夏でありながら中々涼しくて心地よい。

 

そんな事を考えながら俺達は再開発エリアを背にクインヴェールに向けて一直線に飛んで行った。

 

 

 

 

竜に乗る事3分、クインヴェールの校舎が見えたので竜の飛行速度は下がり校門の真上で停止する。俺は再度竜に地面に降りるよう指示を出す。

 

地面に降りると竜は雄叫びを上げながら俺の影に戻る。

 

「送ってくれてありがとう」

 

「おう。もしまた、カジノやバーの裏側を調べたかったら呼べ。合法な店ならそこそこ顔が利いてるしな」

 

「わかった。と言っても明日から生徒会の仕事もあるから当分無理だけどね」

 

「まあ俺は歓楽街でよく遊んでるし見つかったら連絡する」

 

「ありがとう。じゃあまた夜のデートをしようね」

 

「ばっ……お前なぁ……」

 

「ふふっ。やっぱり照れてる八幡君可愛い。またね」

 

シルヴィはそう言って校門の中に入って行った。それを見送った俺は息を吐く。全く……

 

それにしても……まさかシルヴィの師匠が蝕武祭に参加しているとはな……シルヴィには割と世話になっているし出来るだけ力になりたいものだ。

 

色々と重い話を聞いて疲れた。今日は早く寝よう。

 

 

そう思いながら俺はクインヴェールを後にして自分の寮に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、クインヴェールの校門近く

 

 

「……ねぇパイヴィ、今の聞いた?」

 

「聞いたわモニカ。シルヴィアは間違いなくデートって言ってたわ」

 

「じゃあ春にリーダーが言っていたのはやっぱり……」

 

「事実かもね。シルヴィアは比企谷八幡と付き合っているかもしれない」

 

「………」

 

「………」

 

ルサールカのメンバー、モニカとパイヴィは無言で顔を見合わせてからハイタッチを交わした。

 

 

 

 

 



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鳳凰星武祭5日目、比企谷八幡は目を付けられる(前編)

 

 

 

鳳凰星武祭5日目、シリウスドーム

 

1回戦に4日かけ、今日から2回戦が始まる。

 

そんな中俺は今シリウスドームのVIP席で1回戦の時の様にオーフェリアとシルヴィに挟まれ肩に2人の頭を乗せられながら試合を観戦している。

 

つーか2人の髪の毛がくすぐったいんですけど?オーフェリアに至っては頭をスリスリしているし。

 

煩悩を振り払う為舌を噛みながらステージに注目する。横を見たら邪な気分になるだろうし。

 

 

 

 

『……トロキアの炎よ、城壁を超え、九つの災禍を焼き払えーーー咲き誇れーーー九輪の舞焔花!』

 

ステージではリースフェルトの周囲に可憐な桜草を模した火球が九つ現れて、対戦相手のクインヴェールのタッグへ襲いかかる。

 

それによって片方のポニーテールの少女の校章はぶっ壊れた。もう片方のツインテールの少女は双剣型煌式武装で火球を切り払っていく。

 

そして最後の一つを切り払うと……

 

『綻べーーー熔空の落紅花』

 

少女の足元に魔方陣が浮かぶ。

 

「あれは設置型だね」

 

「ああ。初めの火球で倒せれば良し。倒せなくても罠に嵌めれたらそれで問題なし。リースフェルトの奴、中々多彩な攻めだな」

 

「いや、アスタリスクで最も多彩な能力者の八幡君が言っても嫌味にしか聞こえないよ?」

 

いや……まあ俺の力が多彩なのは事実だが、影の服とか戦闘用以外が多過ぎる。基本的に戦闘は雑魚には影の刃を使い、強者には影狼修羅鎧を纏って肉弾戦とゴリ押しだ。あんまり設置型の技は持ってないし。

 

シルヴィの言葉に突っ込んでいる中、ツインテールの少女の頭の上に巨大な椿の花が現れて落下する。

 

少女は逃げようとするも時既に遅く、焔の花は大爆発を起こしてあっさりと飲み込まれた。

 

『試合終了!勝者、天霧綾斗&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!』

 

機械音声が決着を宣言する中、ツインテールの少女は仰向けで倒れていた。

 

「あー、やっぱりあの2人相手じゃ厳しいか」

 

自身の所属する生徒が負けたからかシルヴィの口調は若干残念そうだった。

 

まあ今回鳳凰星武祭に参加している中であのコンビを倒せるペアは数少ないからな。クインヴェールからは冒頭の十二人も出てないしクインヴェールが優勝するのはないだろう。

 

「まあそれは仕方ないだろう。っと……次の試合は雪ノ下と由比ヶ浜のペアが出るのか」

 

今日、このシリウスドームで行う2回戦は俺の知り合いがかなり参加する。順番で言うと天霧とリースフェルトペア、雪ノ下と由比ヶ浜ペア、小町と戸塚ペア、イレーネとプシリラペアが参加する。

 

っても結果は見なくても大分予想は出来る。今思った4ペアは間違いなく勝つだろう。まあイレーネとプシリラペアの対戦相手は冒頭の十二人だから多少梃子摺るかもしれないけど。

 

「雪ノ下雪乃さん……うちの学園の30位で魔王の妹なんだよねー」

 

魔王……界龍の序列3位、雪ノ下陽乃。万有天羅の二番弟子で星武祭ではオーフェリア以外には無敗を誇る実力者。(俺とシルヴィは戦った事ないけど)

 

そして俺がアスタリスクに転校する原因を作った元凶。あの女が文化祭で余計な事をしなかったら俺はアスタリスクに来てなかっただろう。その件については感謝しないでもないが、散々引っ掻き回した事については許さない。

 

そんな事を考えているといつの間にかステージには4人並んでいた。そういや雪ノ下は氷の力を使うのは知っているが由比ヶ浜については知らないな。

 

対戦相手は星導館のペアか。見ると雪ノ下はレイピア型煌式武装を展開し、相手ペアは両者共に刀型煌式武装を展開するが由比ヶ浜は徒手空拳だ。界龍の生徒ならともかく……クインヴェールの由比ヶ浜が素手って事は魔女か?

 

疑問に思っていると試合開始のブザーがなる。その瞬間、星導館コンビは一直線に由比ヶ浜に突き進む。由比ヶ浜は序列外だから雪ノ下より与し易いと判断した故だろう。

 

『凍てつきなさいーー氷槍雨』

 

雪ノ下がそう呟きレイピアを振るうと雪ノ下の後ろから八つの氷の槍が顕現されて星導館ペアに降り注ぐ。中々狙いはいいな。

 

星導館ペアは全て防げないと判断したのかバックステップをして下がる。リスクをおかしてまで由比ヶ浜を狙うつもりはないのだろう。

 

すると由比ヶ浜の周囲に星辰力が湧き上がるのを見れる。あの万応素からしてやっぱり魔女か。

 

『えいっ!』

 

由比ヶ浜の掛け声と共に地面から4つの魔方陣が浮かび上がる。そして魔方陣からは真っ白な犬が現れる。何だあの犬?

 

『行けっ!』

 

由比ヶ浜がそう言って星導館ペアを指差すと犬は鳴き声を上げながら2匹ずつ星導館ペアに襲いかかる。

 

男の方はポケットからハンドガン型煌式武装を出して2発発砲して、女の方は刀型煌式武装で斬りかかる。4匹の犬に攻撃が当たる。

 

 

すると犬は大きな声で吠えながら大爆発を引き起こした。

 

『おおっと?!由比ヶ浜選手の能力で生み出した犬が大爆発を引き起こしたぁ!!』

 

『攻撃したら爆発する能力っスか。おそらく由比ヶ浜選手の指示でも爆発出来ると思うので厄介っスねー』

 

実況と解説の言葉を聞いている中、ステージを見ると女の方の校章は破壊されて、男の方は爆風で体勢を崩している。

 

そしてそんな隙を対戦相手が見逃すはずがない。

 

『凍てつきなさいーー氷結大虎』

 

雪ノ下の前方に5メートルくらいの巨大な魔方陣が現れて魔方陣が消えるとそこには巨大な氷の虎がいた。

 

対戦相手の男は尻もちをついたままビビっている。まあアレは仕方ないな。

 

雪ノ下はその男を冷ややかに見ながらレイピアを振るう。すると氷の虎は雄叫びを上げて前足を振るう。

 

モロに受けた男子はステージの壁に向かって一直線に飛んでいき、やがて壁にぶつかり気絶した。

 

『試合終了!勝者、雪ノ下雪乃&由比ヶ浜結衣!』

 

アナウンスが流れると歓声が響き渡る。ステージでは由比ヶ浜が雪ノ下に抱きついている。相変わらず百合百合してるが由比ヶ浜は世界中に中継されているのを忘れているのか?

 

いや、忘れているだろう。雪ノ下はメチャクチャ恥ずかしそうにしてるしドンマイ。

 

 

俺は息を吐きながら立ち上がる。

 

「俺今から昼飯買ってくるがお前ら食いたい物あるか?」

 

次の目当てである小町と戸塚の試合まではまだまだ時間がある。それなら今のうちに昼飯を買っておくのが建設的だろう。

 

「じゃあ味は何でもいいからサンドイッチお願い。オーフェリアさんは?」

 

「八幡と同じ物でいいわ。MAXコーヒーを除いて」

 

MAXコーヒーを除いてんじゃねぇよ。シルヴィは笑うな。何でそこで笑うんだよ?

 

「わかったわかった。じゃあちょっと行ってくる」

 

ため息を吐きながらVIP席を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

食い物や飲み物などが売っている場所は選手や観客がいてかなり賑わっていた。

 

俺とオーフェリアのはどうしよう?

 

俺の昼飯は会場入りする時に見つけたケバブにしようと思ったがオーフェリアが同じ物にするなら変えよう。アレ明らかに油多そうだったしオーフェリアに悪い。

 

……とりあえずその辺で売ってる弁当にするか。

 

そう思いながら歩くと視線を感じる。気配から察するに人数が5人。気配の消し方からしてかなりの手練れだ。

 

しかし……狙われる理由がわからん。ここ最近は特に恨まれる事はしてないし狙われる理由がない。

 

(……まあこんな場所で襲いかかる程馬鹿じゃないだろう)

 

誰だか知らないがこんな場所で襲いかかったら間違いなく警備隊や自身の所属する学園に咎められるし。

 

 

そんな事を考えている時だった。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

横から声をかけられたので振り向くと小町と戸塚、さっき試合に勝利した雪ノ下、由比ヶ浜ペアもいた。

 

「おう。お前らも昼飯か?」

 

「うん。試合前に食べようと思って」

 

そう言ってくる4人の手には弁当があった。

 

「ヒッキー勝ったよー!」

 

「見てた。まあお前ら4人のブロックには冒頭の十二人はいないし本戦出場は楽勝だろう」

 

「当然ね」

 

雪ノ下は自慢気に言っているが 試合を見る限り由比ヶ浜も序列入り出来るくらいの実力は持っている。その点から行って本戦出場は可能だろう。

 

「ヒッキーはもうご飯食べたの?」

 

「ん?いや、今からオーフェリアとシルヴィと食うつもりだけど」

 

俺がそう言った瞬間、雪ノ下と由比ヶ浜の顔に恐怖の感情が浮かぶ。

 

あ、しまった。こいつらオーフェリアがブチ切れているのを間近で見てるんだった。トラウマの1つや2つ、出来ていても仕方ないだろう。

 

「あ……そ、そうなんだ」

 

「……ああ。だから一緒に食わない方がいいよな?」

 

間違いなく気まずくなる。そんな場所で飯を食っても不味いだけだろう。

 

「う、うん。ゆきのんも今度でいいよね」

 

「……そうね」

 

雪ノ下も暗い顔で頷く。嫌な気分になっているようで申し訳ない。しかし理解して欲しい、アレは葉山が悪いし。

 

「……そういや、葉山は試合を棄権したみたいだがメンタルは大丈夫なのか?」

 

オーフェリアの怒りを直に受けたんだ。人によってはトラウマになるかもしれないし。

 

「あー……実は目が覚めたんだけどトラウマになっちゃったみたいで治療院に通ってるんだ。いろはちゃんヒッキーに怒ってたから気を付けてね」

 

待てコラ。何で俺に怒ってんだよ?元を辿れば葉山が悪いしキレたのはオーフェリアだからな?

 

 

「まあ気をつける。それより小町と戸塚はもうすぐ試合だけど頑張れよ」

 

「あいあいさー。後、暇になったらシルヴィアさん紹介してよ!」

 

「はいはい。鳳凰星武祭終わったら紹介してやるよ」

 

「やったー!」

 

シルヴィアのファンである小町ははしゃぎまくる。ちょっと小町ちゃん?人目を気にしてくれないかな?

 

「ね、ねぇヒッキー。ヒッキーは何でシルヴィアさんの知り合いなの?」

 

由比ヶ浜が制服を引っ張りながら聞いてくる。

 

「ん?いや、前回の王竜星武祭で戦った後、後夜祭で連絡先を交換した」

 

「へ、へぇー。……もしかして彼女だったりするの?」

 

はぁ?シルヴィが?俺の彼女?

 

「由比ヶ浜さん。比企谷君にそんな甲斐性がある訳ないじゃない」

 

おい雪ノ下、それは認めるが俺が言うならともかくお前が言うな。

 

「ないないない。てか俺がシルヴィの彼氏だったら俺はとっくに墓の下だからな?」

 

世界の歌姫であるシルヴィと付き合ってみろ。全世界にいる数億人のシルヴィのファンに狙われるからな。

 

「そ、そっか……」

 

何でいきなりそんな事を聞いてくるんだ?よくわからん奴だ。

 

由比ヶ浜に内心そう突っ込んでいると携帯端末が鳴り出した。

 

「すまん。電話だわ」

 

一言断って空間ウィンドウを開くとオーフェリアが画面に映る。

 

「ひぃっ!」

 

由比ヶ浜は怯えた声を出しバックする。お前な……いくらトラウマがあっても面と向かってそんな声を出すな。

 

「どうしたオーフェリア?」

 

『……大分時間かかってるけど大丈夫?』

 

オーフェリアに指摘されて時計を見るとVIP席を出てから20分以上経っていた。

 

「いやすまん。知り合いと会って話し込んでた」

 

『……ならいいわ。私もシルヴィアも気にしてないからゆっくりでいいわよ』

 

「いや大丈夫だ。もう行く」

 

『……そう。じゃあ』

 

オーフェリアはそう言って電話を切ったので俺も空間ウィンドウを閉じて小町達と向き合う。

 

「という事で悪いが俺は行く。頑張れよ」

 

「あ、うん。ねぇヒッキー。もし総武にいた人が全員本戦に出場したら皆で集まらない?」

 

「あ?俺は鳳凰星武祭に参加してないんだぞ?そんな奴がいて空気悪くするのもアレだし遠慮しとく」

 

「え?そんなの気にしなくていいよ。僕は八幡がいてくれたら嬉しいよ」

 

「よしわかった。日時が決まったら連絡しろ」

 

「切り替え早っ?!ヒッキーどんだけさいちゃんの事好きなの?!」

 

「ぜ、全然好きじゃねぇよ!ちょっと気になっているだけだからな!」

 

「それほぼ好きじゃん!」

 

「はぁ……」

 

雪ノ下は呆れた様にため息を吐いている。バカやってて済まん。

 

内心謝っていると小町と戸塚の携帯端末が鳴り出した。

 

「あ!試合開始30分前だ!そろそろ控え室に戻ってご飯食べないと!」

 

「そうしろそうしろ。遅刻して失格じゃ笑えないぞ」

 

「うん!じゃあ結衣さんと雪乃さんも行きましょう」

 

「ええ」

 

「うん。……あ!ヒッキー、連絡先教えてよ!ヒッキー中学辞めてから連絡取れなくなったし」

 

ああ……そういやアスタリスクに来る時に携帯端末変えたな。だから戸塚とも連絡が取れず、アスタリスクで再会して再び連絡先を交換したな。

 

「飯食ってる時に小町に教えて貰え。小町、任せた」

 

「あいあいさー!」

 

小町がそう言ったのを皮切りに4人は去って行った。さて……俺も昼飯買わないとな。

 

そう思いながら俺は近くにある弁当屋に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

 

「……見た?」

 

「見たわ」

 

「どう思う?」

 

「明らかに仲が良いだろ!おのれ比企谷八幡!シルヴィアや『孤毒の魔女』だけじゃ飽き足らず更に4人もの女子を手玉にとるとは……!」

 

ルサールカのメンバーであるトゥーリアは怒りに顔を染めて平手に拳を叩きつける。

 

それを見たメンバーで1番常識人であるマフレナはため息を吐く。

 

流れとしてはこうだ。

 

 

①モニカとパイヴィ、比企谷がシルヴィアと夜のデートをしていたと勘違い

 

②ルサールカ、シルヴィアのスキャンダルになり得ると喜ぶ

 

③モニカ、ネットを見て比企谷とオーフェリアが抱き合っている画像を発見して他のメンバーに告げる

 

④ミルシェとトゥーリア、比企谷がシルヴィアとオーフェリアに対して二股をかけていると勘違いして激怒

 

⑤シルヴィアを陥れる作戦は却下して比企谷の調査

 

⑥今現在、マフレナを除いたメンバー全員が比企谷が更に4人の女子に手をかけていると勘違い。

 

⑦マフレナの頭に頭痛が走る

 

……となっている。

 

「よ、よりにもよって六股だとぉ?!あの女の敵め!」

 

ミルシェもトゥーリアと同じように怒りを露わにする。

 

 

(……シルヴィアさんと『孤毒の魔女』はまだしもあの4人は違うと思いますよ。それ以前に2人は妹と男の子ですし)

 

シルヴィアと夜のデート云々は録音データから、オーフェリアとの抱擁についてはネットや学園新聞から事実と思うが、あの4人はただの知り合いだと思う。

 

マフレナはその事を他のメンバーに伝えようとしたがミルシェとトゥーリアの怒りの形相を見て匙を投げた。今までの経験からして話した所で……

 

 

『何だとぉ?!まさかあの男、妹や可愛い男子にも手を出してるのか?!』

 

……と、更に怒りそうだからだ。

 

(ごめんなさい。比企谷さん、ボクには止められないので頑張ってください)

 

マフレナは内心比企谷に謝りながらミルシェとトゥーリアの暴走を見てため息を吐いた。

 

 

 

 

 



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鳳凰星武祭5日目、比企谷八幡は目を付けられる(中編)

 

「あ、おかえり八幡君」

 

VIP席に帰るとシルヴィが手を振りながら迎えてくれた。

 

「おう。サンドイッチはこれで良かったか?」

 

そう言いながらローストビーフとポテトサラダの2種類のサンドイッチを渡す。

 

「うん。ありがとう」

 

「なら良かった。ところでオーフェリアは手洗いか?」

 

「うん。そろそろ……あ、戻ってきたね」

 

シルヴィに言われて後ろを見るとオーフェリアが入ってきてこちらに歩いてくる。

 

「ほいよ。昼飯は海鮮丼で良いか?」

 

「……ええ。ありがとう」

 

オーフェリアは頷きながら差し出す海鮮丼を口にする。さて、今やってる試合が終わればいよいよ小町達の出番か。

 

内心ワクワクしながら海鮮丼を食べているとステージ上のアルルカントのペアがガラードワースのペアを撃破して試合終了のアナウンスが流れる。よし、次か……

 

 

「勝てよ……小町、戸塚」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ?あの2人に勝てるとしたら冒頭の十二人ペアクラスの実力者ペアぐらいかな」

 

それはわかっている。わかっているが不安なんだよシルヴィ。

 

対戦相手は界龍のペア。序列入りはしてないが界龍の生徒は序列入りしてなくても強い奴がゴロゴロいる。

 

俺が見守る中、遂に次の試合が始まる。

 

『さぁーて、続いて第八試合、まずご紹介しますのは一回戦を1分以内に勝利した星導館の比企谷小町、戸塚彩加ペア!』

 

『一回戦は2人の巧みなコンビネーションだったッスけど二回戦はどうなりッスかねー』

 

解説の声が響く中ステージを見ると既にステージには4人揃っている。界龍のペアは両方とも女子で片方は槍型煌式武装を、もう片方は素手だ。

 

界龍は徒手における高度な戦闘技術が有名で、星辰力を直接攻撃力に転換する事が出来る唯一の方法であり、体術と組み合わせると近接戦闘では有利になる。

 

4人の中で緊張感が走る中……

 

 

『鳳凰星武祭Aブロック二回戦八組、試合開始!』

 

試合開始の宣言がされる。

 

それと同時に界龍のペアは2人して戸塚を攻める。どうやら援護に特化した戸塚を潰す算段のようだ。

 

『群がってーーー盾の軍勢』

 

戸塚の前方に盾が現れて100個以上に分割されて対戦相手に向かって飛んでいく。

 

 

対して対戦相手の2人は煌式武装と槍の先端に星辰力を込めて盾を弾きながら前進する。戸塚の技は初見ならビビるかもしれないが見た事があるならビビらないだろう。2人とも特に盾とぶつかる事なく前進している。

 

当然、現在フリーになっている小町は何もしない訳がない。小町は腰のホルスターから二挺のハンドガン型煌式武装を取り出して発砲する。狙いは槍型煌式武装を持っている方の女子だ。

 

槍持ちの女子は槍を回転して小町が放った光弾を弾く。しかし小町は特に戸惑う事なく撃ちまくる。

 

『戸塚さん!そっちは任せます!』

 

『うん!』

 

小町が槍持ちを狙い、戸塚が素手の方の足止めをするようだ。

 

槍という小回りが利きにくい武器を使っているためか、槍持ちの女子は小町の攻撃を凌ぐ事が精一杯で反撃に転ずる事が出来ていない。これなら時間が経てば小町が勝つだろう。

 

だから戸塚の仕事は1秒でも長く素手の方を足止めする事だ。

 

戸塚の方を見ると、戸塚は手を振って盾をガンガン飛ばし、女子はそれを弾いたり砕きながらガンガン前進する。

 

状況から見て戸塚が不利だ。戸塚は1つ1つの盾に毎回指示を出しているから精神的にも負担が大きい。

 

対する女子は大分見切ったのか顔や足、校章に当たりそうな盾だけ弾いて、多少のダメージを無視して突っ込んでいる。

 

戸塚はそれを確認すると再び前方に巨大な盾を出す。どうやら再び分割させて撃ち込むのだろう。

 

すると女子の手に大量の星辰力が見える。どうやら盾が分割される前に破壊する算段だろう。

 

『はぁっ!』

 

掛け声と同時に女子の拳が戸塚の盾とぶつかる。

 

その後軋むような音がすると思ったら巨大な盾がひび割れて崩壊する。流石界龍の体術はレベルが高いな。

 

しかし……戸塚の方が一枚上だ。

 

戸塚は女子の拳が盾に当たる直前に懐から待機状態の煌式武装を出して手に持つ。

 

するとマナダイトに記憶させてある元素パターンが再構築されて戸塚の手に銃が持たれる。

 

それと同時に戸塚は稼働状態となった銃を構え敵に向ける。稼働状態になってからの狙いの定め方は割と早い。どうやら俺との訓練以外でしっかりと練習していたのだろう。

 

俺が感心している中、素手の女子は目を見開いて下がろうとするがもう遅い。戸塚は引金を引く。

 

すると銃口から50近くの光弾が広範囲に放たれて女子の体を蹂躙する。

 

『ぐはぁっ!』

 

女子らしからぬ呻き声をあげながら吹っ飛ぶ。体を見ると胸に付いてある校章は砕け散った。

 

『おおっと!戸塚選手の散弾が炸裂!これで2対1だぁ!!』

 

『散弾型煌式武装ってチョイスが良いッスね。散弾は威力は高いが射程が短いのが欠点。しかし戸塚選手の能力と組み合わせれば散弾の利点を最大限に発揮できるッス』

 

そう。散弾型煌式武装は射程が短いのが欠点だ。しかし戸塚の盾の能力があれば別だ。

 

戸塚の盾が相手を足止めできたらそれで良し、盾で足止めが無理なら近寄ってきた相手を散弾で迎撃すればいい。2つの戦法が対になっているのが戸塚の強みだ。

 

戸塚は撃破を確認すると散弾型煌式武装を構えたまま槍型煌式武装を持っている女子に近寄る。

 

それを確認した女子は引き攣った表情を見せてくる。まあ今小町の銃撃に押されていて戸塚に対処出来ない状態だしな。

 

小町はそれを理解したのか対戦相手の校章と頭を狙いガンガン発砲する。防御しなくてはいけない場所を徹底的に攻められてはたまったものではないからな。

 

女子は慌ててそれを弾く。しかし無理に防御したので体勢が崩れる。それでは小町の銃撃を凌ぐ事が出来ても戸塚の散弾は凌げない。

 

戸塚は好機を逃さず散弾の引金を引く。

 

銃口から放たれた大量の光弾が再度対戦相手を蹂躙する。当たりどころが悪かったのか吹っ飛んだ女子はそのまま地面に倒れこんで起き上がる気配を見せない。どうやら意識消失したようだ。

 

 

「試合終了!勝者、比企谷小町&戸塚彩加!」

 

機械音声が会場に響くと観客席からは歓声が鳴り響く。

 

『な、なんとぉ!一回戦同様一方的な展開です!今回は戸塚選手が果敢に攻めていました!』

 

『両選手も攻め方が激しいッスね。場合によっては格上も食えるかもしれない勢いには期待ッス』

 

そんな実況の話を聞いている中、2人は退場して行った。良かった良かった。

 

「八幡君。ガッツポーズするなんてよっぽど嬉しいんだね」

 

横からシルヴィにそう指摘されたので見てみると確かにガッツポーズをしていた。無意識って恐ろしいな。

 

「まあ嬉しいな」

 

「これなら3回戦も大丈夫だね」

 

シルヴィの言う通り、3回戦に当たる相手はそこまで強くないから余程の事がない限り勝つな。まあ冒頭の十二人が予選で負けるなんて……

 

(いや、モーリッツの奴はアルルカントの擬形体の当て馬になってボコボコにされてたな)

 

哀れモーリッツ。まああの擬形体を倒せるペアは殆どいないだろう。アルディの防護障壁はクソ硬いし、リムシィに至っては殆ど手の内を見せていない。

 

何せアルディに防護障壁があるんだ。リムシィもそれなりに凄い武器を持っているだろう。それ次第では優勝する事も可能だろう。

 

閑話休題………

 

まあとりあえず小町が予選敗退はないだろうから良しとしよう。そんな事を考えているとシルヴィが欠伸をしているのが見えた。

 

「シルヴィ……お前昨日もお忍びで動いたのか?」

 

「ん?いや昨日あんまり眠れなくてね」

 

何だ。てっきり深夜遅くまで再開発エリアでウルスラを探してるかと思ったが、単に眠れなかっただけなら良かった。

 

「眠いなら無理しないで寝ろ。試合が終わったら起こすぞ」

 

「大丈夫。折角試合を見に来たんだし勿体無いよ」

 

「そうか。ならいいが」

 

「ありがとう。でも、もし眠くなったら八幡君の膝を借りていいかな?」

 

は?膝を借りていいかなだと?

 

「ばっ!し、シルヴィ……」

 

「……絶対ダメ」

 

俺がテンパっているとオーフェリアがどす黒いオーラを出してきて怖いんですけど?

 

「あははっ。ごめんごめん。それより次の試合始まるよ」

 

当のシルヴィは笑いながらステージを指し示してくる。……うん、やっぱりシルヴィには勝てる気がしないな。

 

俺は苦笑しながらシルヴィと同じようにステージを見ると、ステージには既に4人が出揃っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「あー、楽しかった」

 

シルヴィは満足そうな表情で伸びをする。

 

今日やる二回戦の試合は全て終わった。特に注目されていたのはイレーネのペアとマクフェイルのペアの試合だろう。何せ予選で唯一冒頭の十二人がいるペア同士の試合だったし。

 

試合は中盤まではある程度互角だったが、イレーネがプリシラから血を貰ってからはイレーネ達が有利に試合を運び勝利した。やっぱりプリシラの力はあの純星煌式武装と相性が良いな。

 

そんな事を考えながら俺達は帰る為シリウスドームを出てのんびりと歩いている。

 

「まあ楽しめたな。三回戦は明後日か……」

 

「あ、それなんだけど、私三回戦と本戦の一回戦は仕事あるから2人で見て」

 

「……わかったわ」

 

「はいよ。仕事頑張れよ」

 

「うんありがとう。私はここで、またね」

 

そう言ってシルヴィはクインヴェールの方へ向かう電車がある駅に向かって去って行った。

 

「俺達も帰ろうぜ」

 

「……ええ」

 

オーフェリアも頷いたので俺達もレヴォルフの方へ向かう電車がある駅に向かって歩こうとした時だった。

 

「……オーフェリア」

 

「ええ。尾行されてるわね」

 

少し後ろから複数の人の気配がする。それは明らかに俺達を見ている。

 

「……八幡に心当たりは?」

 

「心当たりはないが、昼に同じような気配を感じた」

 

「それって昼食を買いに行った時?」

 

「ああ。まあ仕掛けてくる気配はないし放っておいても大丈夫だろ」

 

仮に仕掛けてきても万有天羅とかじゃないなら返り討ちに出来る自信があるし。

 

「……そう。まあ実害がないなら放っておいてもいいと思うわ」

 

つまり実害があるなら容赦なく叩き潰すって事ですか?オーフェリアさん、それは勘弁してください。以前葉山にブチ切れた時みたいになったら俺の胃が崩壊しますからね?

 

内心オーフェリアに突っ込みながら駅に入って電車に乗った。

 

電車に乗っても尾行されているようで不吉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱりまだ気配を感じるわ」

 

オーフェリアはそう言う。それについては俺も知っている。

 

あれから20分、レヴォルフの近くの駅に着いてオーフェリアを寮まで送っているが未だに尾行されている。初めは潰そうか考えたが街中で暴れると面倒なので止めた。

 

結果、実害がないので放置する事にした。ただし実害があったらオーフェリアが叩き潰す事になった。

 

 

そんなこんなで尾行に気付かない振りをしながら歩いているとオーフェリアの寮に着いた。

 

「じゃあオーフェリア、またな」

 

そう言って俺は背を向けて自分の寮に帰ろうとする。

 

すると制服の裾を掴まれたので振り向くとオーフェリアが俯きながら制服の裾を摘んでいた。

 

(……あー、いつものアレな)

 

この瞬間、俺は次にオーフェリアが言ってくる事を即座に理解した。

 

「……いつものアレだな?」

 

俺が尋ねるとオーフェリアはコクンと頷く。はいはいやりますよ。幸いオーフェリアの寮は人が少ない場所にあるから問題ないし。

 

俺は息を吐いてオーフェリアを優しく抱き寄せてオーフェリアの背中に手を回す。

 

「……んっ」

 

するとオーフェリアも俺の背中に手を回して胸に顔を埋めてくる。

 

(……っ。いくらオーフェリアに温もりを与える為とはいえ……恥ずかしいな)

 

オーフェリアは世間からは恐怖の対象として扱われているが、いつも一緒にいる俺からしたら戦闘以外では怖くない。寧ろかなり可愛い。

 

そんな女子を抱きしめるって……これは慣れる気がしないな。

 

そんな事をオーフェリアが胸元でしてくる頭スリスリに悶えながら考えている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわわっ!」

 

横から叫び声と物音がした。

 

俺は咄嗟にオーフェリアとの抱擁をといて横を見ると右側に見えるコンビニの裏から人影が2つ現れた。

 

「ちょっとトゥーリア!押さないでよ!」

 

「わ、悪ぃ!……って、ヤバ!気付かれたぞ!」

 

「嘘ぉ?!」

 

そう言って叫んでいるのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルサールカのトゥーリアとモニカ?」

 

クインヴェールが誇るガールズロックバンド、ルサールカのトゥーリアとモニカが倒れこんでいた。

 

何でこいつらがここに?てかさっきから尾行してたのはこいつらか?

 

疑問に思っているとトゥーリアが叫ぶ。

 

「バレちまったもんは仕方ねぇ!お前らも出て来い!」

 

すると左側のマンションから残りのメンバーであるミルシェとパイヴィとマフレナも出てきた。何で世界が誇るガールズロックバンドのメンバーが全員こんな所にいるんだよ?こいつら暇人なのか?

 

「何でお前らがここにいるかは後で聞くが……用があるのは俺とオーフェリア、どっちだ?」

 

まあ多分俺だけど。以前シルヴィと遊びに行った時にスキャンダルを狙ってたし。その事からシルヴィに関する事だろう。

 

 

内心ため息を吐いているとルサールカのリーダーであるミルシェが俺の前に立ち口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「用があるのはあんたよ、比企谷八幡!あんたが六股をかけている事について説明してちょーだい!!」

 

 

…………は?

 

え、ちょっと待って。六股?いきなりどうした?六股どころか彼女1人すらいないからな?

 

何でルサールカは俺に向けて鋭い視線を向けてくるんだ?訳がわからん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡。六股ってどういう事?」

 

そして何でオーフェリアは俺にどす黒いオーラを向けてくるんだ?訳がわからん。

 

 

 

これぞまさに前門のルサールカ、後門のオーフェリアだ。

 

 

 

 

………あれ?前門はともかく、後門はヤバくね?

 

てか俺生きて帰れるの?

 

 

 



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鳳凰星武祭5日目、比企谷八幡は目を付けられる(後編)

マジでどうなっているんだ?俺、比企谷八幡は困惑と恐怖の感情を抱いている。

 

前方には怒りのオーラを纏っているガールズロックバンドのルサールカが、後方には言葉では表現しにくいどす黒いオーラを纏っているオーフェリアがいる。

 

マジで怖い。特にオーフェリア。何でお前がキレてるの?

 

てか六股って何だよ?マジで理解できない。

 

(……とりあえず先ずはルサールカからだな)

 

そう判断してオーフェリアのどす黒いオーラに耐えながらルサールカと向き合う。

 

「先ず初めに聞くが六股って何だよ?訳がわからんぞ」

 

俺がそう尋ねるとトゥーリアが怒りの表情を向けてくる。

 

「とぼけんじゃねぇ。お前がシルヴィアや『孤毒の魔女』を始め6人の女を誑かしてやがるんだろ?!」

 

「待て。シルヴィを誑かした記憶はない」

 

つーかシルヴィを誑かす事って無理だと思うぞ?あいつも色々汚い世界を見てるし。

 

俺がそう返すとパイヴィが携帯端末を出してくる。

 

「あら?ネタはあがっているのよ。これを聞いても誑かした記憶はないって言えるかしら?」

 

そう言ってパイヴィは空間ウィンドウを開く。真っ暗であるという事から音声データか?

 

 

そんな事をぼんやり考えていたが音声データを聞いた瞬間、思考がぶっ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ俺は歓楽街でよく遊んでるし見つかったら連絡する』

 

『ありがとう。じゃあまた夜のデートをしようね』

 

 

空間ウィンドウからは俺とシルヴィの声が流れる。それは鳳凰星武祭初日、俺とシルヴィがクインヴェールの校門で別れる際に交わした言葉だった。

 

(……聞かれてたのかよ!よりによってこいつらに!)

 

呆気にとられているとモニカが更に詰め寄り指を突き出してくる。

 

「私も同じデータ持ってるから!あんた、シルヴィアを歓楽街に連れてっていかがわしい事したんでしょ!」

 

…….最悪だ。よりによって歓楽街の所も聞かれてたのかよ?

 

「……八幡」

 

後ろではオーフェリアが更にどす黒いオーラを噴き出している。ヤバい、後ろを向けない。向いた瞬間、喉笛を搔っ切られそうだ。

 

しかし音声だけ聞いたらそう捉えられても仕方ない。オーフェリアについても抱き合っている所は見られた。

 

それについては事実であるから否定はしない。だから事情を知らないルサールカから二股野郎と責められるならそれを甘んじて受けよう。

 

しかし……

 

「……シルヴィと歓楽街にいたのは事実だ」

 

「やっぱりお前「だが歓楽街にいた目的はいかがわしい事をする為じゃない」じゃあ何であんな場所にいたんだよ?!」

 

トゥーリアの言葉に被せて反論すると更に問い詰められる。

 

「それについては話すつもりはない」

 

シルヴィの目的について許可なく話すのはシルヴィのプライバシーの侵害になる。それこそ何と謗られようと勝手に話す訳にはいかない。

 

まあこんな説明でこいつらが納得できるとは思えないが。

 

「そんなんで納得できるわけないじゃん!」

 

案の定ミルシェは噛み付いてくる。

 

「別にお前らが納得しようがしまいが関係ない。お前らが何と言おうと話すつもりはない。それでも尚、シルヴィの事について問い詰めるなら……」

 

俺が息を吐きながら星辰力を込める。

 

 

 

 

 

 

瞬間、ルサールカの5人の首元に影の刃を突きつける。

 

「ここでお前らを叩き潰す事になるがいいか?」

 

殺気を出して5人を見据える。シルヴィのプライバシーについては教えるつもりもない。今は軽く脅しただけだが、それでも諦めないなら力づくで諦めさせる。

 

対して5人は怯えた表情を見せるがミルシェとトゥーリアは直ぐに打ち消して戦意を滾らせてくる。

 

「上等!5対1で勝てると思ってんの?」

 

「やってやろうじゃん!力づくで聞き出してやるぜ!」

 

そう言ってギター型純星煌式武装『ライアポラス=カリオペア』と『ライアポラス=ポリムニア』を稼働状態にする。

 

交渉は決裂のようだ。ならこちらも容赦しない。

 

再度星辰力を込めて新しく技を発動しようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてください!星武祭中に街中での決闘は厳禁です。警備隊だけじゃなくてマネージャーにも怒られますよ!」

 

マフレナが慌ててそう注意してくる。

 

するとミルシェとトゥーリアは青い顔をしながら動きを止める。前にシルヴィからシルヴィとルサールカのマネージャーは怖いと聞いていたが本当に怖いようだ。

 

そんな事を考えているとマフレナが1番前に出てきて頭を下げてくる。

 

「あの……先に尾行をしたのはこちらですし、しつこく問い詰めたのはすみません。でも街中で暴れたりしたら比企谷さんも咎められると思うので矛を収めてくれませんか?」

 

そう言われて俺は大分気が削がれた。どうやらこいつは話が通じるようだ。

 

「……いや、こっちも脅すような真似をして悪かった」

 

そう言って影の刃を地面に戻す。

 

それを見て安堵の息を吐くマフレナに話しかける。

 

「悪いがシルヴィの話についてはあいつのプライバシーの問題があるから話すつもりはない。それとこっちから聞きたいが、何で俺が六股をかけているって事になってんだ?」

 

シルヴィとオーフェリアについては百歩譲って二股野郎と責められても構わない。しかし六股については心当たりが一切ない。何を以って六股かけてる事になったんだ?

 

俺がそう聞くとマフレナが苦い顔をする。何でそんな顔をしてんだ?

 

疑問に思っていると……

 

 

「しらばっくれんじゃねー!今日の昼にうちの生徒2人と星導館の生徒2人、計4人の女の子と仲良くしてたじゃねーか!」

 

あん?クインヴェールの生徒と星導館の生徒……それって、小町と戸塚と雪ノ下と由比ヶ浜の事か?!

 

 

 

 

 

 

 

完全に誤解してんじゃねぇか!話してただけで仲が良いなら世界中はカップルで埋め尽くされるからな?

 

「………八幡のバカ」

 

つーかオーフェリア、そう言って背中を抓るのは止めてくれ。痛い、痛いからね?

 

「待て。勘違いしてるからな?つーか星導館の2人は妹と男だぞ?」

 

俺がそう返すとマフレナ以外の4人は騒めきだす。その事からルサールカのメンバーはマフレナだけが常識人である事がわかる。

 

暫くするとミルシェが口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だとぉっ?!つまり妹と男の娘にも手を出しているのか?!」

 

……呆れて物も言えん。もう嫌だ……

 

俺が内心嘆いている中、トゥーリアとモニカが詰め寄ってくる。

 

「お前ぇ!よりによって血の繋がった妹にも手を出したのか?!このど変態!」

 

「色魔!漁食家!色情狂!」

 

もう限界だ。

 

俺は息を吐いて自分の影に星辰力を込める。

 

すると自身の影が大きくなりマフレナ以外の足元に広がった。マフレナ以外のメンバーは驚きの表情を浮かべる。

 

それを無視して口を開ける。

 

 

 

「呑めーー影の禁獄」

 

俺がそう呟くと影がマフレナ以外の4人に纏わりつき真っ黒な立方体となる。

 

「え?!ひ、比企谷さん?!」

 

「安心しろ。これは人を封印する技だ。どんな人間でも5分は出れない」

 

俺が使う技の中で3つある切り札のうちの一角を司る技だ。影の中に星辰力を凝縮させて相手を閉じ込める封印技だ。5分間だけはオーフェリアだろうと破れない技だ。

 

まあ攻撃力は一切無いし、封印状態の敵に干渉出来ないから使用する機会が極端に少ないけど。

 

「悪いが1番マトモなお前以外は暫く黙って貰った。んじゃ誤解を解かせて貰うぞ」

 

「あ、いえ。ボクは比企谷さんが六股をかけているとは思っていませんよ。星導館の2人は妹さんと男子であるのは知っていましたし、うちの生徒と話していましたが恋仲であるとは思いませんでした」

 

……ヤバい。さっきまでバカ共と話していた所為か凄く嬉しく感じてしまう。マトモってこんなに素晴らしいんだな……

 

「……でも二股については良くわからないんです。そこだけを説明して貰えれば他の皆も安心出来ると思うのですけど」

 

そう言って4つの立方体を見る。

 

まあ確かにな……こいつはともかく、他の4人にはある程度説明しないと怠い事になりそうだから説明するか。

 

「先ず、シルヴィの事についてだが、繁華街の比較的マトモな場所……外部からの客も来るような場所で偶然会って買い物に付き合わされたんだ」

 

もちろん嘘だ。ウルスラについては説明出来る事じゃない。しかしマフレナなら信じてくれるだろう。

 

「つまり、デートとは恋人同士の交流ではなく友人同士の交流なんですか?」

 

「ああ。そんでオーフェリアについてだが……」

 

説明しようとしたが口を噤んでしまう。あれ?どう説明しよう?

 

恋人同士でないのに毎日抱き合ってるって端から見たら問題ありまくりじゃん。こればっかりはヤバいな……

 

 

返答に悩んでいると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私が八幡に頼んでいるの」

 

オーフェリアは俺の横に立ってそう言ってくる。見るとさっきまで纏っていたどす黒いオーラは消えている。どうやらオーフェリアの誤解は解けたようだ。良かった良かった。

 

「え……そうなんですか?」

 

「……ええ。私が頼んでるからしてるだけで、八幡が自発的に私を抱きしめた事はないわ」

 

「つまり比企谷さんと付き合ってないんですか?」

 

「ええ。私と八幡はまだ恋人じゃないわ」

 

オーフェリアがそう言うとマフレナは少し考えるような素振りを見せてから頷く。

 

「わかりました。この封印が解けたら説明しておきます。今日はご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 

そう言って頭を下げてくる。そんな事をされちゃ怒るに怒れない。

 

「いや、別に構わない。だが、それでこいつらが納得するか?」

 

正直言ってするとは思えない。間違いなく再度突撃してきそうだ。

 

「正直厳しいと思いますが何とか納得させてみます」

 

「そうか。悪いな」

 

「いえ。先に誤解をしたのはこちらですから。それよりそろそろ5分経つので離れた方がいいかと」

 

「いいのか?」

 

「むしろ離れてください。ここに当事者がいたら絶対に納得しないので」

 

うん、まあ……そうだな。

 

そんな事を考えていると立方体の形が崩れ始める。ヤバい!封印が解け始めた。急いで逃げないと。

 

そう思っているとオーフェリアが制服の裾を引っ張ってくる。

 

「……とりあえず私の寮に入って」

 

そう言って引っ張りながら歩き出す。まあ後10秒もしないで4人が出てくるからな。その案に乗らせて貰おう。

 

俺はマフレナに目で謝罪しながらオーフェリアの寮に入る。

 

 

 

 

 

 

 

部屋の中に入る直前、『あ、逃げられた!』『ちくしょー!』って声が聞こえてきた。正に間一髪だったな。

 

 

俺は玄関で安堵の息を吐く。

 

「すまんオーフェリア」

 

「……別にいいわ。それより時間が時間だしご飯食べていく?」

 

「……ああ。頼む」

 

普段の俺なら女子の部屋で食うのは忌避するが、精神的に疲れ果てたのでオーフェリアの誘いを受けてしまった。

 

「……わかったわ。じゃあ上がって」

 

オーフェリアがそう言ってリビングに歩き出したので俺もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時の俺はまだ知らなかった。

 

オーフェリアの家に泊まり、あんな事が起こるという事を



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比企谷八幡はオーフェリア・ランドルーフェンと……(前編)

表からは騒ぎ声が聞こえる。

 

内容は聞き取れないがルサールカが未だ俺を探しているのだろう。オーフェリアにはマジで感謝だ。匿ってくれた上に飯まで用意してくれるとは。

 

俺は今、オーフェリアの寮のリビングの椅子に座って、今日シリウスドーム以外の場所で行われた試合を見ている。

 

特に見入ったのは星導館の刀藤と沙々宮ペアと界龍の双子が出ている2試合が良かった。前者は流れるような攻撃と圧倒的な破壊力をもつ銃型煌式武装、後者は星仙術と双子特有の巧みな攻めが面白かった。

 

明後日から予選最後の三回戦、どうなる事やら……

 

 

のんびりと三回戦の有力ペア同士の試合の賭けのオッズを見ていると……

 

 

「……お待たせ」

 

エプロンをつけているオーフェリアが俺の前に料理を置いてくる。見ると米に味噌汁、鮭の切り身に卵焼きと純和食が並ぶ。オーフェリアの奴、和食も出来るのかよ。正直予想できなかった。つーか、前に飯食いに行った時にも思ったがエプロン姿のオーフェリア可愛いな。

 

そんな事を考えていると……

 

「ん?」

 

オーフェリアは俺の料理の横に同じように料理を置く。え?何でそこに置いてんの?

 

疑問に思ったが直ぐに解消した。……ある意味したくなかったが。

 

 

「……んっ」

 

オーフェリアは全ての料理を運び終えると俺の隣に座ってきた。そして身長に差があるので俺の肩にオーフェリアの髪が触れる。

 

「……お、オーフェリア?」

 

いきなりの行動に変な声を出してしまう。以前飯をご馳走になった時は俺の隣ではなくて向かい側に座っていた筈だ。

 

しかし今回はメチャクチャ近い。試合を見に行った時と同じくらい近い。しかも今回はオーフェリアの寮って場所なので試合会場より遥かに緊張するんだが。

 

「……何?」

 

オーフェリアは自分は変な事をしていないと言うような不思議そうな表情をしている。

 

「……いや、そのだな……近いって」

 

女の子の部屋でくっつくなんて刺激が強過ぎるからな。マジで勘弁してくれ。

 

「……嫌だった?」

 

「……は?」

 

オーフェリアを見るとシュンとした表情を見せてくる。俺自身特に悪い事をしていないのに凄く罪悪感を感じてしまう。何だか申し訳ない。

 

「私は八幡の隣にいたかったけど……八幡が嫌なら離れるわ」

 

……こいつは本当にズルい奴だな。狙ってやっているとは思えないが、そんな言い方をされたら嫌とは言えない。

 

オーフェリアの過去を知っている俺からすれば、こいつの望みは出来るだけ叶えてやりたい。

 

そしてこいつの望みは俺が恥じらいを捨てれば簡単に叶う願いばかりだ。

 

だったら恥じらいを捨てるしかない。

 

「……お前の好きにしろ」

 

「いいの?本当に嫌ならいいのよ?」

 

「嫌じゃねぇよ。だから気にするな」

 

「……ありがとう」

 

オーフェリアはそう言って横にすり寄ってくる。嫌じゃないが……やっぱり恥ずかしいな。

 

まあ……いいか。

 

「んじゃ……いただきます」

 

俺が手を合わせるとオーフェリアも俺の行動を真似て手を合わせて挨拶をする。

 

「……いただきます」

 

そう言って味噌汁を一口飲む。

 

「……美味いな」

 

温かくて飲むと良い気分になる。俺も自炊はするが味噌汁みたいな家庭的な物は余り作らないから、中学時代に家で小町がつくった味噌汁を思い出してしまう。

 

「……そう?八幡にそう言って貰えると嬉しいわ」

 

オーフェリアは頬を染めながら目を逸らす。会った頃に比べて大分感情豊かになっていてこっちも顔が熱くなってくる。

 

「あ、ああ……」

 

俺も照れくさくなりオーフェリアから視線を逸らし自分の頬の熱さから逃げるように飯にがっつく。

 

「……ねえ。八幡は家に帰ったらどうするの?」

 

暫くの間飯をがっついているとオーフェリアが話しかけてくる。顔を見る限りいつもの表情になっていた。

 

俺も俺自身を確認してみるとさっきまであった顔の熱も大分冷めたのを理解したので口を開ける。

 

「まあ多分、鳳凰星武祭の試合を見るか夏休みの宿題をやるかのどっちかだな。多分後者を優先するけど」

 

予選の有力試合は本戦が始まる前日に1日休養日があるのでその時に見ればいいしな。それより宿題だ。何せ数学だけは全く手をつけてないし。

 

「……もし数学をするなら期末試験の時みたいに教える?」

 

オーフェリアがそう言ってくる。

 

「え?いいのか?」

 

期末試験の時、俺は数学がヤバイのでオーフェリアに教えを請うた。そしたら予想以上に分かり易く期末試験では5割を超えた。これはレヴォルフに来て以降最高の点数だった。あの時俺はオーフェリアを神と勘違いして崇めかけたくらいだったし。

 

「……いいわよ。私も八幡と過ごせるから」

 

「そうか。じゃあ頼む」

 

オーフェリアの後半の発言についてはスルーする。オーフェリアは結構恥じらいなく色々な事を言うから真に受け過ぎると精神が保たない。

 

「……ええ。わかったわ」

 

オーフェリアは1つ頷いて食事を再開するので俺もそれに続く。それにしてもオーフェリアに宿題を手伝って貰えるなんてありがたいな。これを機に沢山やって夏休み後半は遊び倒してやる。

 

そんな事を考えながら俺もオーフェリアに続いて食事を再開する。食事中に話す事は殆どなかったがこの時間は安らぎを感じて気分が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ始めましょう」

 

食事をしてから30分……

 

食後のコーヒーを飲んで一休みをしたので宿題の時間だ。

 

俺は空間ウィンドウを開いて数学のファイルを開く。そしてそれを視認すると同時に頭痛が走る。

 

「……頭痛くなってきた。もう帰りたい」

 

「……だめ。わからない所は教えるから頑張って」

 

現実逃避気味に空間ウィンドウから目を逸らすとオーフェリアが両手で俺の頬を掴んで元の位置に戻す。

 

「……でもなぁ……いや、頑張ります」

 

せっかくオーフェリアがわざわざ時間を割いて教えてくれるんだ。こちらもしっかりやらないとオーフェリアに悪いしやるか。

 

「……そう。じゃあ1問目から……」

 

オーフェリアがそう言って空間ウィンドウを指差してくるので俺は問題を解き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから暫くして……

 

「……これでどうだ?」

 

俺はオーフェリアにやれと言われた10問を解いてオーフェリアに見せる。現在の俺は疲労困憊となっている。

 

只でさえ数学は苦手な上、オーフェリアが容赦ない。教え方はメチャクチャ上手いがかなり厳しい。何せ間違えまくると冷たい視線で見てくるし。あの視線浴びまくると一時的に変な扉が開いて一瞬、踏んで欲しいと思ってしまうくらいだし。

 

オーフェリアはそれを受け取り暫くガン見してから顔を上げる。そして俺にほんの少しの、それでありながら優しい笑顔を見せてくる。

 

「……10問中8問正解。良く頑張ったわね」

 

そう言ってギュッと抱きしめてくる。いつもと違って俺に確認を取らず抱きついてくる。

 

しかし俺はそれを拒絶しないでオーフェリアからの抱擁を受ける。疲れ切っている俺は凄く安らぎを感じて離れる事が出来ない。

 

「……少し休みましょう。3時間続けたのは私が悪かったわ」

 

オーフェリアにそう言われたので時計を見ると夜11時前だった。マジか。予想以上に頑張ったな俺。

 

そう思うと途端に睡魔がやって来た。

 

今日会ったイベントは鳳凰星武祭の観戦、ルサールカによる尋問、嫌いな数学を3時間勉強の3つだ。

 

それら3つの要素によって俺の精神は限界にきたようだ。

 

 

 

 

「………八幡?」

 

オーフェリアの不思議そうな声を最後に俺は意識を手放した。最後に感じたオーフェリアの抱擁に対して安らぎを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………んっ、んんっ」

 

身体に衝撃が走ったような気がしたので目を開ける。

 

するとそこは真っ暗だった。外を見ると夜の帳が下りていて真っ暗だった。

 

(……あれ?俺は確か……)

 

寝る前の記憶が全くない。マジで何があったんだっけ?

 

思い出そうとすると新しい事に気付く。

 

「つーかここどこだ?知らない天井だし」

 

暗くてよく見えないが今、俺が寝ている部屋は俺の借りている寮の寝室じゃない。家具の配置が違うし窓の場所も違う。うちの寮の窓はベッドの横にあるがこの部屋には本棚の横にあるし。

 

とりあえず今いる場所を調べる為起き上がろうとするが身体に重みがかかり動けない。それを感じたからか俺の眠気は完全に覚めた。

 

何だ?何かが俺の身体にひっついているみたいだが……

 

疑問に思いながら俺はかけられている布団を引き剥がすと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡」

 

何とそこにはオーフェリアが眠っていて俺の身体に抱きついていた。

 

 

……え?何でオーフェリアがここにいるの?

 

そう思うと俺は漸く思い出した。そうだ、俺は数学をやっていたら精神的に限界が来てダウンしたんだ。

 

それで俺は寝落ちしたのか?でも何で同じベッドで寝てんだ?

 

疑問に思っていると俺は新しい事実に気が付いた。否、気が付いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の身体にはバスタオルが巻いてあるが、その下は上半身裸でパンツ一枚しか身に纏っていなかった。

 

 

それを認識した俺はある考えに至ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もしかして俺、オーフェリアと大人の階段を上ったの?」

 

 



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比企谷八幡はオーフェリア・ランドルーフェンと……(後編)

 

 

 

どんな時でも冷静であるべき。

 

それは正しい事だと思う。感情を露わにして冷静さを失うのはあらゆる事においてもするべきではない。そうすると本来の力を失い普段なら出来る事も出来なくなるかもしれないからだ。

 

そう言った事もあるので俺は常に冷静である事を心がけるつもりだ。

 

しかし今の俺にはそれが無理だと断言出来る。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡」

 

今現在、俺はオーフェリアの寮の寝室と思える場所で、パンツ一枚とバスタオルしか体に纏っていない状態でオーフェリアに抱きつかれているからだ。

 

女の子の寝室で殆ど裸の状態で女の子と抱き合っている。しかも俺は寝る前の記憶が全くない。

 

これで冷静にいられる男は絶対にいないだろう。いたとしたらそいつはホモだ。俺はホモじゃないから冷静でいられない。

 

(……いやいやいや。マジでどうなってんの?疲れ果てて寝落ちしたぐらいしかわかんねぇ。その後に何があって俺はこんな状態になってんだ?)

 

とにかく冷静になろうとするが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ、八幡……もっと……」

 

俺に抱きついているオーフェリアが更に強く抱きついてくる。それに背中に回されている手が動きバスタオルがはだけて、上半身は半分裸になってしまう。

 

(ヤバいヤバいヤバい!これはガチでヤバい。パジャマ越しとはいえオーフェリアの胸が俺の胸板に当たってヤバい)

 

つーかメチャクチャ柔らかい感触が胸板に当たって気持ち良い。これが朝まで続いたら間違いなく狂いだし……ん?

 

オーフェリアの抱擁を受けているとある事に気が付いた。

 

(……パジャマ越し?という事は……オーフェリアは服を着ているのか?)

 

そう思った俺はオーフェリアを見ると暗闇でもパジャマを着ているのがわかった。しかも俺達の周囲からは特に変な感じの匂いがしない。

 

その事から……

 

(……オーフェリアと情事に耽っていないって事か?)

 

起きた時はパニックになっていたからオーフェリアと大人の階段を上ったのかと思ったが、冷静になって考えてみると状況から判断するにオーフェリアと大人の階段は上ってないようだ。

 

とりあえずそれなら良かった。意識もない状態で大人の階段を上るなんて真っ平御免だ。

 

安堵の息を吐いている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…んっ……八幡……気持ち良いわ……」

 

オーフェリアがそんな寝言を言ったかと思ったら、頭を俺の首の方に近寄らせて舌を出して俺の首筋を舐めてきた。

 

それにより俺はビクンと反応してしまう。ちょっと?!オーフェリアさん?!それはマジでヤバいって!てかどんな夢を見てんだよ?!

 

「オーフェリア!頼むから起きろ!」

 

寝ているオーフェリアには悪いがこれ以上は俺のリミッターが解除されそうなので起こす事にした。流石にこの歳でムショに入るのは絶対に嫌だ。

 

「んっ……んんっ……」

 

俺がオーフェリアを揺らすとオーフェリアの瞼が開く。

 

「……んっ、八幡?」

 

オーフェリアは目を擦りながら俺を見てくる。そして暫く俺を見て意識がはっきりしたようで抱擁をといてきた。

 

オーフェリアの顔を見ると月の光で殆ど見えないにもかかわらず頬が染まっているのがわかった。それを見た俺はこんな時にもかかわらず胸が熱くなるのを感じた。

 

「……す、すまんオーフェリア」

 

特に理由はないがつい謝ってしまう。何をやってんだ俺は?

 

「……八幡は悪くないわ。……それより寝ている間八幡に変な事をしたかしら?」

 

はいしました。抱きついたり首筋を舐めてきました。

 

しかし俺はそれを口に出来ない。思ってるだけで顔が熱くて仕方ない。口に出したら悶死する可能性がある。

 

諸々の事情を踏まえて俺は嘘を吐く事にした。

 

「いや、特になかったな」

 

「……そう。なら良かったわ」

 

オーフェリアはホッと息を吐いている。心から良かったという表情をしている。こりゃ口に出すのはやめておいた方がいいだろう。

 

「ところでオーフェリア。俺、何があったか覚えてないんだ。あの後何があったんだ?」

 

状況やオーフェリアの態度からして情事に耽っていた訳ではないようだが……女の子と抱き合って寝ているなんて普通は考えられないし。

 

「……そうね。先ず八幡、数学の宿題をやっていたのは覚えている?」

 

「ん?ああ、それは覚えているな」

 

「……それで休憩しようとしたら八幡が眠ってしまったの。これについては早く休憩を入れなかった私の所為だわ」

 

「いや、それは別に構わない」

 

試合を見に行ったり、ルサールカの尋問で結構疲れてたし。それがなかったら寝落ちはしなかったと思うし。

 

「それでその後は何があったんだ?俺が上半身裸になっている理由は何だ?」

 

俺がそう返すとオーフェリアは頬を染めてくる。おい、俺が寝てる間に何があったんだ?てか聞くのが怖くなったんだけど。

 

「……八幡が眠った後に……その、汗の臭いがしたから体を拭いたの」

 

「……マジ?」

 

え?つまりオーフェリアに服を脱がされたの?ヤバい、顔が熱くなってきた。マジで悶死しそうなんだけど?

 

「……ええ。それで服を脱がしたのだけど……体を拭いていたら机にあった水を溢してしまって八幡の服と下のシャツを濡らしてしまったの。……ごめんなさい」

 

「いや、特に怒ってないから気にするな」

 

オーフェリアはそう言って謝ってくるが本当に怒ってない。寝落ちした俺の体を拭いてくれたんだ。そんな優しい人間のミスに対して怒るつもりはない。

 

それ以前に俺の能力を使えば服なんて簡単に作れるし。

 

「じゃあ服は……」

 

「今はお風呂場にある暖房を使って乾かしているわ。それと……」

 

オーフェリアは一つ区切り頬を染める。何を言ってくるんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……その、下は拭いてないけど大丈夫?」

 

爆弾を投下してきた。

 

「いや問題ない。寧ろ拭くな」

 

拭いていたら間違いなく自殺していると思う。

 

……まあ今の俺がこんな格好をしている理由は理解した。要するにパンツ以外の脱がした服に水を溢したからだろう。とりあえず情事に耽っていたからって理由じゃないから安心だ。

 

「……そうよね。私もそれはまだ早いと思ったからしてないわ」

 

「それでいいんだよ。俺がこの格好の理由はわかった。んじゃ最後の質問だ。……何で俺はお前と一緒に同じベッドで寝てんだ?」

 

ここ重要。特に間違いは起こってなかったから良かったが、一歩間違えたら取り返しのつかない事になっていただろう。

 

「……私の寮には他のベッドやソファーがないから八幡を寝かすとしたらここ以外ないから」

 

「んな事しないで床に放置しといて良かったのに」

 

「……それは悪いわよ」

 

「そいつはサンキューな。ま、もう起きたし俺は帰るわ」

 

朝まで寝てるならまだしも起きたならオーフェリアに悪いし帰るとするか。

 

そう判断した俺は即座に影の服を纏いベッドから出ようとすると……

 

「……待って。八幡さえ良ければこのまま一緒に寝てくれないかしら?」

 

オーフェリアが影の服の裾を掴みながらそう頼んでくる。おいおいおい……

 

「お前な……流石にそれはヤバいだろ?」

 

さっきまではともかく、お互いに一緒に寝る事を認知して寝るんだぞ?寝れる気がしないし。

 

そう判断した俺はオーフェリアに再度断ろうとするとオーフェリアは俯きだす。いきなりどうしたんだ?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お願い」

 

上目遣いでおねだりをしてきた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり八幡は温かいわ」

 

オーフェリアは俺に抱きついてスリスリしている。俺は半ば投げやりになりながらオーフェリアの背中に手を回す。

 

はい、結局断りきれませんでした。今現在、俺はオーフェリアと一緒に寝ています。

 

でも決してやましい気持ちがあって寝ている訳ではない事は理解して欲しい。あんな悲しい表情をしている割と仲の良い女の子がおねだりをしてきたら断れないだろう。

 

「……そいつはどうも。つーかお前、俺と初めて会った頃に比べて変わり過ぎだろ」

 

初めて会ったのは1年以上前で会った当初はベストプレイスでお互い一言も話さずに近くで飯を食ってたのに、今じゃ一緒に寝てくれと言ってくるんだ。変わったとしか言いようがない。

 

「……そうね。八幡と出会った。それによって欲しかったけど諦めていた物が手に入ったからだと思うわ」

 

「……ん?欲しかったけど諦めていた物?」

 

よくわからない言い方だな。オーフェリアは何を言っているんだ?

 

「……八幡は私が昔孤児院にいたのは知ってるわよね?」

 

「ああ」

 

「……あの頃は本当に幸せだった。けど孤児院から離れて色々な場所で実験を受けて、アスタリスクに来た頃には全てがどうでもよくなったわ」

 

「まあそうなっても仕方ないかもしれないな」

 

リースフェルトから聞いたが借金のカタとして招集する研究所なんて碌な物じゃないだろう。

 

「……だけど、八幡がアスタリスクに来て一緒に過ごすようになって孤児院にいた頃と同じように幸せになったわ」

 

「……そんな事をはっきり言うな」

 

顔が熱くて仕方ない。オーフェリアが嘘を吐くとは思えないので事実なのだろう。そう認識すると更に顔が熱くなる。

 

「事実よ。それで私は……一度諦めていた幸せという存在がまた手に入ったから……私を幸せにしてくれる八幡に甘えてしまうの。だから……」

 

オーフェリアは一つ区切り俺を見て……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡の許す限りでいいから八幡に甘えさせて……」

 

そう言って更に強く抱きしめてくる。まるで絶対に離すものかと言っているように強く抱きしめてくる。

 

今の言葉を聞く限り……もしかしたらオーフェリアはある意味俺に依存しているのかもしれない。

 

しかしだからと言って俺は拒絶出来ない。

 

もしも拒絶した場合オーフェリアが壊れる、もしくは暴走するかもしれない。

 

どの道数少ない友人がそんな目に遭うのは見たくない。

 

俺は息を吐いてオーフェリアを抱き返し好きに甘えさせる事にした。この関係が正しいのかはわからないが好きに甘えさせる。

 

それが正しい事か悪い事なのかわからないが……少なくともこの時だけはオーフェリアの好きにさせるべきだろう。

 

そう思いながら俺は瞼を閉じて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

光を感じたので目を開けると……

 

「……おはよう。八幡」

 

オーフェリアが抱きつきながら挨拶をしてくる。え?!何でオーフェリアがここに?!

 

一瞬、驚いたが直ぐにオーフェリアの家に泊まった事を思い出した。

 

てか近い。近いからな?俺の顔とオーフェリアの顔の距離は10センチ。少し魔がさしたらキスするくらいの距離だ。

 

俺はさりげなくオーフェリアから距離を取る。

 

「……おはよう。今何時だ?」

 

「7時半。今から朝食を作るけど食べる?」

 

「ん?その前にシャ……いや、何でもない。朝飯貰ってもいいか?」

 

危ねぇ、シャワー借りていいかって聞きそうになっちまった。女の子の寮のシャワーを借りるって何か危ない雰囲気あるからな。

 

「……?よくわからないけど朝食はいるのね?わかったわ」

 

オーフェリアはそう言って起き上がり部屋を出て行った。

 

それに対して俺はいつまでもダラダラしてたら悪いと判断したので、起き上がりオーフェリアの朝食作りを手伝った。

 

 

その際にオーフェリアが「……こうして2人で並んでいると夫婦みたいだわ」と妙な事を言ってきたのでチョップをしたらジト目で睨まれた。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

あ、朝食についてはガチで美味かったです。あーんするのは止めて欲しかったけど。

 

 



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比企谷八幡は抽選会で学園の長たちと関わる(前編)

鳳凰星武祭7日目、シリウスドーム

 

「試合終了!勝者、比企谷小町&戸塚彩加!」

 

ステージにいる2人が煌式武装をしまうと大歓声が包み込む。

 

『何とぉ!この試合も圧勝!比企谷・戸塚ペア、見事本戦進出を決めました!』

 

三回戦も一、二回戦同様危なげなく勝利した2人を見て安堵の息を吐く。

 

「……よかったわね八幡」

 

隣に座って頭をスリスリしてくるオーフェリアはそう言ってくる。今日はシルヴィは仕事でいない。ま、明日の抽選会は生徒会長がくじを引くのでその時に会う約束をしてるけど。つーか集合場所がクインヴェール生徒会専用の席だが、レヴォルフの2トップが入っても大丈夫なのか?

 

「まあな。問題は明日の抽選会なんだよな……」

 

くじを引くのはエンフィールドだから俺にはどうにも出来ないけど。まあ初戦から天霧、リースフェルトペアやアルルカントのアルディ、リムシィペアなんて引いたらブチ切れるかもしれないけど。

 

今のところ本戦に勝ち上がっている有力ペアは刀藤、沙々宮ペアとアルルカントの擬形体ペア、ガラードワースの正騎士ペア、界龍の万有天羅の弟子のペアだろう。界龍と言えば川越姉弟も万有天羅の弟子らしい。侮るのはダメだろう。

 

天霧、リースフェルトペアとウルサイス姉妹のペアはまだ三回戦を終えてないが絶対に負けないだろう。

 

多々いる強敵の存在に頭を悩ませながら次の試合を見る。

 

既に試合が始まっていてステージでは天霧とリースフェルトのペアが界龍のペアを一方的に蹴散らして本戦出場を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「やっほー、2人ともいらっしゃい」

 

シリウスドームにあるクインヴェール生徒会専用の部屋に入るとシルヴィが笑顔で手を振ってきた。

 

「……こんにちは」

 

「よう。ところでシルヴィ、俺達を入れて大丈夫なのか?」

 

仮にも生徒会長が自身の学園専用の部屋に他校の生徒を入れるって割と問題だろう。

 

「ん?大丈夫だよ。他の役員は学園で仕事をしてるし2人とも鳳凰星武祭に出てないから」

 

それでいいのか?まあシルヴィがそう言ってるなら大丈夫だろう。

 

息を吐きながらシルヴィの隣の席に座りステージを見ると運営委員と思われる人物が巨大な空間スクリーンの前でなにやら熱弁を振るっている。

 

「いやー、抽選会が始まるまで結構退屈だから2人が来てくれて良かったよ」

 

シルヴィの言う通り、抽選会は最後にやるものでそれまではお偉いさんの挨拶やら、前半戦の統括だの退屈な話ばかりだ。今も今大会の傾向やら、前大会との比較を説明していているし。実際去年の王竜星武祭では抽選会はサボって後になって組み合わせを知ったしな。

 

しかしシルヴィは生徒会長なのでサボる訳にはいかず、退屈な話を聞かされている。こりゃ誰かを呼んでも仕方ないだろう。

 

「それは別に構わない。そう言えば抽選会ってどういう順番でくじを引くんだ?」

 

「前シーズンの総合順位の高い順。つまり最初にアーネストが引いて私が最後だよ」

 

確か前シーズンの総合順位はガラードワース、アルルカント、界龍、レヴォルフ、星導館、クインヴェールだったな。

 

「という事はエンフィールドが引くのは最後の方か。初戦から外れは引かないでくれよ」

 

頼むから冒頭の十二人がいるペアとアルルカントの擬形体ペアとか引かないでくれ。つーか強い者同士潰しあってくれ。

 

「こればっかりは運だからね。ところで八幡君は何処が優勝すると思う?」

 

シルヴィにそう言われるので考える。ふむ……正直言って迷うが……

 

「アルルカントの擬形体ペアだな」

 

「そっか。私は星導館の『叢雲』と『華焔の魔女』の2人かな。オーフェリアさんは?」

 

「……シルヴィアと同じだわ」

 

2人はそう言ってくるがそれは厳しいと思う。何せ天霧はあの力をマトモに使えるのは5分だけだ。30……いや20分使えるなら俺も天霧達が優勝すると思うが5分なら優勝は無理だろう。

 

まあこいつらは天霧の封印を知らないからな。封印を知らなかったら俺も天霧達だと思う。

 

そんな事を考えていると俺の携帯端末が鳴り出したので見てみると小町からで『緊張してきた。お兄ちゃんヘルプ!』と書いてあった。ヘルプって何だよ……?

 

「はぁ……すまん、俺ちょっと妹の所に行ってくる」

 

何をヘルプすりゃいいかわからないがとりあえず行くしかない。

 

「あ、じゃあ私も行っていいかな?八幡君の妹さんにも興味あるし」

 

「それは構わないがここにいなくて大丈夫なのか?」

 

「うん。別にここで待機してろって言われてないし、私の出番が来たらメールが来るから大丈夫だよ」

 

なら大丈夫だろう。

 

「わかった。じゃあ行こうぜ」

 

俺がそう言うと2人は立ち上がって生徒会専用の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

小町によると1番高い階層にいるらしい。各学園の生徒会専用の部屋は割と上の階層にあるのでそこまで時間がかからない。

 

俺達が廊下を歩いている時だった。

 

「……すまん。腹が痛いから先に行っててくれ」

 

後少しって所で急な腹痛が襲ってきた。凄く痛い。

 

「大丈夫?」

 

「……大丈夫じゃない。長引きそうだから先に行っててくれ。ほい、小町がいる席の座標」

 

そう言って俺はシルヴィの端末に座標を送ると同時にダッシュで手洗いに向かった。何でこんなに腹が痛いんだよ?もしかして抽選会の結果が気になって俺も緊張してるのか?

 

そんな事を現実逃避気味に考えながら俺はトイレのドアを開けて中に入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「……ふう」

 

激闘を終えた俺は手を洗う。久々に骨のある闘いだったな。激闘だっただけに達成感が半端ない。

 

さて、俺も急いで行かないとな。小町の奴が俺の黒歴史を話してたらヤバイし。

 

手を洗った俺は手洗いを出て目的地に急ぐ。その足は軽やかだった。

 

軽いステップを踏みながら曲がり角を曲がると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んきゃ?!」

 

妙な声が聞こえて体に衝撃が走る。

 

すると大量の紙の書類がバサハサと落ちる。

 

「……っと、悪い……って樫丸じゃねぇか」

 

そこにはいたのはレヴォルフの生徒会秘書を務めている樫丸ころなだった。

 

「あ……ひ、比企谷さん。す、すみません!」

 

樫丸はそう言ってペコペコ頭を下げてくる。ヤバい、凄く罪悪感を感じる。

 

「いや、こっちも余所見してたからな。拾うの手伝う」

 

そう言って俺が書類を拾い始めると樫丸は再びペコペコしながら拾う。

 

俺は紙を拾いながら樫丸を見る。どう見てもレヴォルフに相応しくない学生だ。普通にクインヴェールの方が似合っているし、ガラードワースで過ごしても違和感がないだろう。

 

以前ドジを踏んでレヴォルフに入ったと聞いた時は余りのドジっぷりに呆れてしまった。しかしあの後にディルクにスカウトされて秘書になったと知った時は耳を疑った。

 

ディルクは基本的に人間を能力でしか判断しないので、樫丸は何かしら優れた所があるのだろう。

 

……拾い集めた紙を再び落としている所を見ると全く信じられないが。

 

俺はため息を吐きながら樫丸の落とした紙を拾い集めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらよ。これで全部だ」

 

「す、すみません。何度も落としてしまって」

 

そう、あの後樫丸は3回紙を落としたのだ。マジでドジ過ぎる。言っちゃ悪いがディルクが認める程の能力を持っているとは思えん。

 

そうなると答えは一つだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あのデブ……ロリコンだったのかよ。あの体型でその趣味は犯罪だぞ)

 

ディルクが自分の趣味で樫丸を秘書にした。

 

そうとしか考えにくい。だから何度ドジをしても手元に置いているのだろう。

 

自分の出した結論に頷いている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいころな。いつまで待たせんだよ?」

 

苛立ちの混じった……というか苛立ちしかない声が後ろから聞こえてきたので後ろを見る。

 

そこには1人の青年がいた。色のくすんだ赤髪で、背は低く小太り、目には暗く深い苛立ちのようなものが燻っている。

 

ディルク・エーベルヴァイン。

 

レヴォルフ黒学院において初めて非星脈世代として生徒会長になった男だ。

 

自らは絶対に手を汚さずに、他人を盤上の駒のように動かしながら暗躍をするというのが世間からの評判だ。序列外にもかかわらず『悪辣の王』という二つ名を付けられるくらいだし当然だろう。

 

向こうも俺の存在に気付いたらしい。目が合った瞬間に苛立ちの混じった目で睨みながら舌打ちをしてくる。相変わらずこいつは人を苛立たせるな。

 

「す、すみません会長!」

 

樫丸はペコペコ頭を下げながら謝ってくる。これ以上ディルクと関わるとこっちも疲れる。早めに退散するべきだ。

 

「じゃあ樫丸。俺はもう行くが次からは気をつけろよ」

 

「は、はい!ご迷惑をおかけしました!」

 

「気にすんな。じゃあな」

 

そう言ってこの場を去ろうとした時だった。

 

「待て。てめぇに話がある」

 

ディルクが後ろから呼びかけてくる。……面倒な予感しかしないな。

 

しかしここで無視すると後々もっと面倒な事になりそうだ。

 

そう判断した俺は再度ディルクと向き合う。

 

「……んだよ?こっちも暇じゃないからさっさとしろ」

 

俺がそう返すとディルクは俺を睨みながら口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うぞ。これ以上オーフェリアに関わるな。てめぇがいてあいつが腑抜けたら迷惑なんだよ」

 

 

 



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比企谷八幡は抽選会で学園の長たちと関わる(中編)

 

「単刀直入に言うぞ。これ以上オーフェリアに関わるな。てめぇがいてあいつが腑抜けたら迷惑なんだよ」

 

シリウスドームの廊下にて、うちの学園の生徒会長であるディルク・エーベルヴァインは俺にそう命令してくる。その表情はこの世の全てを嫌悪している表情だ。

 

随分といきなりだな。まあ俺の返答は一つだけだ。

 

「断る。俺がお前の命令を聞く義理はない」

 

俺がオーフェリアと関わりを無くすのはオーフェリアが俺に絶交を告げる時だけだ。俺はオーフェリアと過ごす時間は楽しいと思ってるので、少なくとも俺からあいつに絶交を告げる事はないだろう。

 

俺がそう返すとディルクは忌々しそうな表情で俺を睨み舌打ちをしてくる。

 

「ちっ、ふざけやがって……」

 

ふざけてるだと?

 

「ふざけてるのはお前の方だ。オーフェリアがどんな事を考えてようがそれはオーフェリアの自由だ。お前が関与していい事じゃねぇよ」

 

「はっ。アレは俺の物だ。俺がどう使おうとてめぇには関係ねぇよ」

 

「黙れカス。さっきから黙って聞いてりゃオーフェリアを物扱いしてんじゃねぇよ。あいつは唯の女の子だ」

 

「……本気で言ってんのか?あの怪物を女の子呼ばわりするなんてイカレてんのか?」

 

「……あ?」

 

俺はそれを聞いて本気でキレそうになった。

 

圧倒的な力を持っている上に他人と殆ど関わらないから怪物呼ばわりされているが、俺はそれが間違いだと知っている。

 

オーフェリアは普通に笑ったり拗ねたり怒ったりする何処にでもいる普通の女の子だ。

 

まあ相手の考えを無理やり変えさせるつもりはない。どうせ変わらない人間が殆どだし。

 

「オーフェリアを女の子扱いするのがイカレているなら俺はイカレていて結構だ。それより話を戻すぞ」

 

そう言って一つ区切り口を開ける。

 

「俺をオーフェリアと関わらせたくなかったら俺を屈服させてみろよ。生徒会長のお前ならうちの学園のルールは知ってるよな?」

 

そう言って影の刃を5本ディルクの首元に突きつける。

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

1本も突きつけられていない星脈世代の樫丸が涙目でビビっているのに対して、非星脈世代のディルクは特に驚きを見せない。

 

レヴォルフでは校則は無きに等しく、外からは個人主義者の巣窟と呼ばれているが一つだけ唯一絶対のルールがある。

 

 

『強者への絶対服従』

 

レヴォルフにおいては力こそが絶対だ。幾ら悪い事をしようが力がある者なら許される。逆に正しい人間でも弱かったらそいつが悪とされる事もあり得る。

 

力と言っても腕っぷしの強さと権力の強さの2種類がありディルクが持っているのは権力の強さだ。

 

とはいえ、俺はディルクの下に就いていないし一般生徒なので権力で争うつもりはない。逆に向こうも非星脈世代なので決闘で俺と争うつもりはないだろう。

 

そういう訳で土俵が違うから俺とディルクは今後もどっちが上か争う事はないだろう。というかする気もない。

 

つまり俺がディルクにオーフェリアの扱いについて咎める事は出来ないが、ディルクもまた俺を咎める事は出来ないって事だ。

 

「……ふん。やってみろよ。俺を刺した瞬間てめぇは終わりだろうがな」

 

ディルクは特に表情を変えずに俺を挑発する。

 

星武祭の間は防御障壁がある場所以外での決闘は禁止だ。もちろんシリウスドームの廊下で暴れたりしたら警備隊に捕まるだろう。

 

その上ディルクは非星脈世代だ。星脈世代が常人を傷付けたら基本厳罰に処される。俺がディルクを殺したら俺は間違いなく死刑になるだろう。

 

もちろん俺もそれを理解しているので刺すつもりはない。軽く脅すつもりで出したがまさか顔色一つ変えないとはな。この事からディルクはアスタリスクの闇をかなり見てきた事が簡単にわかる。

 

 

お互いに無言になり睨み合っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな場所で揉め事は止めてもらいたいね、双剣の総代に『影の魔術師』」

 

そう言われると同時に影の刃が全て斬り落とされた。

 

凛とした声が聞こえたので声のした方向を向く。

 

そこには貴公子然とした青年がいた。整った顔立ち、癖のない淡い金髪、身に纏う白を基調とした清廉な制服といい、見る者全てを魅了する雰囲気を醸し出している。

 

しかし少しでも見る目がある者ならその整った顔の奥に鋭利な刃が潜んでいる事に気が付くだろう。

 

 

アーネスト・フェアクロフ

 

聖ガラードワース学園の生徒会長にして序列1位、『聖騎士』の二つ名を持つ男。過去に獅鷲星武祭で二連覇を成し遂げ、来年で三連覇は殆ど確実と言われる程の実力者。

 

そしてその男の手にあるのはガラードワースが誇る純星煌式武装『白濾の魔剣』

 

聖剣とも呼ばれる純星煌式武装は任意の物体だけを選んで斬る事が出来る物で純星煌式武装の中でもかなり凶悪な物だ。俺の影の刃は生半可な武器じゃ斬れないが『白濾の魔剣』なら可能だろう。

 

俺は予想外の人物の登場で一瞬驚くが口を開ける。

 

「……これは俺とあいつの問題です。フェアクロフさんは口を出さないでくれませんか?」

 

俺がそう返すもフェアクロフさんは首を振る。

 

「そういう訳にはいかないんだよ。秩序の守護者たるガラードワースの代表として、そしてこの聖剣を預かる『聖騎士』としてもこの状況を見逃す事は出来ない」

 

まあ予想通りの返答だ。つーかフェアクロフさんじゃなくても普通の人間なら止めにかかるだろう。シルヴィあたりでも止めるだろうし。

 

しかもフェアクロフさんの実力は本物だ。俺が勝てるかわからないからディルクとはこれ以上話すのは無理だろう。

 

ディルクもそれを理解しているのかフェアクロフさんを一睨みしてから舌打ちをする。人に嫌われる態度をとるのはブレないな……

 

「ちっ……行くぞころな」

 

ディルクはそう言って俺達に背を向けて歩き出した。

 

「わっ!ま、待ってください会長!そ、それじゃあ!し、失礼します!!」

 

さっきまで腰を抜かしていた樫丸は慌てて立ち上がり俺達に頭を下げてから転びそうになりながらもディルクの後を追っていった。

 

2人が曲がり角を曲がって見えなくなった所で息を吐きフェアクロフさんに話しかける。

 

 

「……まあ、その、アレです。迷惑かけてすみませんでした」

 

そう言って軽く頭を下げる。さっきはああ言ったがあそこで止めてくれたのは感謝している。フェアクロフが居なかったらずっと睨み合いになっていただろう。

 

「僕は僕の役目を果たしただけだよ。だから頭は下げなくていいよ」

 

そう言われたので頭を上げる。フェアクロフさんの顔を見るとディルクがいた頃に見せていた冷酷な顔は無くなっていて人の良さそうな顔になっていた。

 

(……前から思っていたがこの人の内側は怖い気がする)

 

普段から高潔な人なのは知っている。しかし一度箍が外れたら間違いなくヤバい気がする。

 

もちろん根拠はないのでそれを口にする事も顔に出す事もしないが。

 

「ただこういった事は今後は控えて欲しいな」

 

「そっすね。わかりました」

 

最近どうもオーフェリアの事になると少し感情的になるんだよな。今後は気をつけた方がいいだろう。

 

「わかってくれるなら僕はこれ以上その事に関しては言及しないよ。それと比企谷君」

 

「はい。何でしょうか?」

 

まさかここでいきなり名前を呼ばれるとは全く思ってなかった。とりあえずさっきの件についてのお咎めについてじゃないだろう。

 

「君に聞きたい事があるんだ。少し時間を取らせて貰ってもいいかな?」

 

俺に聞きたい事だと?理解できん。仮にもガラードワースの生徒会長が、折り合いの悪いレヴォルフの一般生徒である俺に聞きたい事があるとは思えない。

 

返事に悩んでいるとポケットにある端末が鳴り出した。誰だよこんな時に?

 

フェアクロフを見ると笑顔で頷いてくる。どうやら出ても大丈夫のようだ。

 

俺は一礼して端末を開けるとシルヴィから『遅いけど大丈夫?』とメールが来ていた。

 

あ、そっか腹壊してから、樫丸の書類を拾う手伝いをしたり、ディルクと対峙したり、フェアクロフさんと話してるからな。端末の時計を見るとシルヴィとオーフェリアと別れて20分近く経っていた。そりゃ気になるよな。

 

とりあえずシルヴィに『すまん。急用が出来たから遅れる。後30分もしないで戻れると思う』と返信して端末をポケットに入れる。

 

「すみません。とりあえず話は聞きますが30分以内に済ませていただけるとありがたいんすけど」

 

「10分もかからないと思うから大丈夫だよ。とりあえず座ろうか」

 

そう言われたのでフェアクロフさんの視線の先に目を向けると席があった。

 

俺は一つ頷いて席に座る。今更だがガラードワースの代表とレヴォルフの序列2位が向かい合って座ってるって端から見たら凄い光景だな。

 

フェアクロフさんの仲間である冒頭の十二人、通称『銀翼騎士団』がいなくて良かった。もしもいたら間違いなく煩い事になるだろう。特に生徒会副会長の『光翼の魔女』レティシア・ブランシャールあたりは頭が固いからな。良かった良かった。

 

「それで聞きたい事とは何ですか?」

 

生徒会長であろう人がわざわざ俺に聞きたい事があるとは想像出来ないんだが……

 

疑問に思っている中フェアクロフさんが一つ頷いて口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「実は鳳凰星武祭に出場したうちの生徒で一回戦で棄権した人がいるんだ。それでうちの学園では君とミス・ランドルーフェンが悪いと噂されているんだが真実を聞かせてくれないかな?」

 

……ああ。そんな事もあったな。そりゃ生徒会長のフェアクロフなら聞きたいよなうん。

 

 

てかどうしよう?真実は知っているが理由が恥ずかしくて言いたくないんですけど?



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比企谷八幡は抽選会で学園の長たちと関わる(後編)

 

 

 

 

「実は鳳凰星武祭に出場したうちの生徒で一回戦で棄権した人がいるんだ。それでうちの学園では君とミス・ランドルーフェンが悪いと噂されているんだが真実を聞かせてくれないかな?」

 

フェアクロフさんは俺にそんな事を聞いてきた。

 

俺はそれを聞いて納得した。確かに自身の学園の生徒が他所の、それも仲の悪い学園の生徒の所為で鳳凰星武祭を棄権したと噂されていたら当事者の1人に聞きたくなるのは当然の事だろう。

 

それは理解出来るし、俺も自分自身やオーフェリアが濡れ衣を着せられるのは嫌だから説明したい。説明はしたいが……

 

「ううっ……」

 

「比企谷君?大丈夫かい?」

 

フェアクロフさんは心配そうな表情をして頭を抱えて唸る俺を見てくる。

 

「いえ……大丈夫です。大丈夫なんですが……」

 

恥ずかしくて口にしにくい。

 

何せ葉山が気絶した理由はオーフェリアの殺気を受けたからだ。そしてオーフェリアが殺気を出した理由は俺が葉山にヒキタニ呼びされたからだ。しかもオーフェリアは途中、葉山が悪意を持って俺をヒキタニ呼びしたと思ったら更に殺気を出したくらいだ。

 

それを説明するのは……何というか……メチャクチャ恥ずかしいんですけど。

 

「話せないなら無理には聞かないよ?」

 

そう言われて一瞬そうしようと思った。しかし……

 

(……ダメだ。俺はともかくオーフェリアが悪く言われるのは我慢出来ん)

 

オーフェリアは俺の為に怒ってくれたんだ。やり過ぎだとは思ったが正直嬉しかった。

 

だから正直に話す事にした。

 

(……っと、その前に)

 

「いえ。話します。ですがその前に一つ良いですか?」

 

「何かな?」

 

「大した事ではないんですが……フェアクロフさんはこの事についてどう考えているんですか?」

 

この人に限ってないと思うが自身の学園を贔屓しているかもしれない。それが少し気になった。

 

フェアクロフさんはそれを聞いて一度まばたきしてから口を開ける。

 

「今の所は状況証拠しかないから何とも言えないかな。君は今話している限り悪い人じゃないと思うし、ミス・ランドルーフェンは余りに他人に関心を持たない人だ。余程の理由がある限りあんな事はしないと思うな」

 

……驚いた。予想はしていたが全く噂などに流されていない。ここまで公平な人とは思わなかった。

 

顔に驚きが出ていたのかフェアクロフさんは笑ってくる。

 

「僕の学園と君の学園は折り合いが悪いけど、それを理由にして贔屓とかはしないから安心していいよ」

 

その顔には嘘偽りがないのは直ぐにわかった。

 

(……なるほどな。『聖剣』に選ばれる訳だ)

 

『聖剣』の代償は使用者が常に高潔であり、私心を捨て、全ての行動において秩序と正義の代行者である事である。つまり持っているフェアクロフさんの意見は正しいという事になるだろう。

 

俺が持ったら間違いなく適合率はマイナスだ。そして『聖剣』が俺を殺しに来そうだな。

 

閑話休題……

 

とりあえずこの人には話しても良いだろう。それでフェアクロフさんが『お前が悪い』と言ったら俺が悪いんだし罰を受けよう。

 

「わかりました。説明はしますのでとりあえず最後まで聞いてください」

 

フェアクロフさんが頷いたので俺は口を開いて説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って感じですね」

 

そう言って口を閉じる。

 

俺はフェアクロフさんにオーフェリアがキレた理由は葉山が俺をヒキタニ呼びして悪意があると思ったからだという事、葉山とは同じ中学だった事、その頃からヒキタニ呼びしていた事、本名はヒキタニじゃないのを知ってるにもかかわらずヒキタニ呼びしている事全てを話した。

 

フェアクロフさんは俺の話を全て聞いてから頷くと

 

「……そうか。比企谷君、うちの生徒が済まなかった」

 

そう言って頭を下げてきた。

 

「……え?!い、いや……俺は気にしてないので頭を上げてください」

 

いきなり頭を下げてきたのでついテンパってしまった俺は普通だと思う。何せ現アスタリスク最強の剣士が頭を下げてきたんだ。誰だってビビるだろう。

 

俺が慌ててそう言うとフェアクロフさんは頭を上げてくる。それを見て安堵の息を吐く。こんな偉い人に頭を下げられたら胃が痛くなりそうだし。

 

「葉山君とは話をしておくし、君とミス・ランドルーフェンの悪評についてはこちらで消しておくよ」

 

「はぁ……じゃあよろしくお願いします」

 

「わかった。それともう一つ聞きたいんだけど、ミス・ランドルーフェンの怒りを鎮めたのは比企谷君でいいんだよね?」

 

「え?あ、はいそうです」

 

「今回はこちらに非があるけど、もしまた同じような事があったらミス・ランドルーフェンが怒りを露わにする前に止めてくれないかな?」

 

「もちろんです」

 

俺は即答する。いくら葉山が悪いとはいえオーフェリアのアレはヤバ過ぎる。当事者である俺はともかく、そこらへんにいた野次馬からしたらオーフェリアが悪いと思われても仕方ないかもしれん。

 

「そうか。それなら良かったよ」

 

「それぐらいなら構いません。それで話はこれで終わりですか?」

 

「うん。もういいよ。時間を取らせて済まなかった」

 

「いえ。それでは失礼します」

 

俺は頭を下げてこの場を後にした。とりあえず特に咎められずに済んだので良かったな。

 

安堵の息を吐きながら小町達がいる場所に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的の場所に向かって走っていると、少し先に4人の女子……間違えた、3人の女子と1人の男の娘が楽しそうに談笑していた。

 

向こうも俺に気付いて手を振ってくる。意外にもオーフェリアも小さくだけど手を振ってきた。

 

「あ!お兄ちゃん遅い!」

 

小町がプリプリ怒ってくる。うん、俺の妹可愛過ぎるな。

 

「悪い悪い。ちょっと用事があったんだよ」

 

「え?お兄ちゃんに用事なんてあるの?」

 

小町が心底意外であるという態度を取ってくる。これには戸塚やシルヴィも苦笑いしてるし。

 

「あったんだよ。正直疲れた」

 

俺がそう言って戸塚の隣の席に座ると小町が何か閃いたように手をポンと叩く。

 

「あ!もしかして可愛い女の子をナンパでもしたの?」

 

んな訳ないだろ。俺がナンパなんてするか。

 

てか何でオーフェリアはジト目で見るんだよ?俺ってそんな軽薄な男って思われてるの?

 

「違う違う。ディルクのカスとフェアクロフさんに捕まっただけだよ」

 

色々と誤解されると面倒なので正直に話す。

 

すると小町と戸塚は驚きの表情を浮かべ、オーフェリアとシルヴィは近寄ってくる。

 

「……彼に何か言われたの?」

 

「『悪辣の王』が八幡君に?八幡君この短時間で何があったの?」

 

2人が詰め寄って聞いてくる。特にオーフェリアは有無を言わさない雰囲気を出して俺を見てくる。

 

俺は息を吐いてさっきまでにあった事を話した。

 

全部話すとオーフェリアは無表情のまま携帯端末を取り出し空間ウィンドウを開く。そして何処かに電話し始める。

 

暫くすると繋がりさっきまで見た顔が映る。

 

『何だオーフェリア?俺は今忙しいから手短に済ませろ』

 

そこに映っていたのはディルクの顔だった。それを認識した瞬間、緊張が走る。俺やオーフェリア、シルヴィはアスタリスクの裏をそこそこ知っているから特にビビらないが小町と戸塚はビビっている。

 

つーか前から思っていたがディルクの奴、顔に贅肉付きすぎだろ?今は関係ないけど。

 

「……わかったわ。じゃあ言うわ。貴方さっき八幡に私と関わるなと言ったみたいだけど余計な事を八幡に言わないで」

 

オーフェリアはハッキリとそう言った。するとディルクは目つきを鋭くする。

 

『……何だと?』

 

「……私は八幡と過ごす時間が好きなの。だから余計な事は止めて」

 

『てめぇ、俺の言う事が聞けないってのか?』

 

「八幡に関する事ならそのつもりよ。貴方に逆らう事も躊躇わないわ」

 

オーフェリアはそう言ってディルクの返事を聞かずに空間ウィンドウを閉じて端末をポケットにしまった。

 

「……オーフェリア」

 

俺は不安の余りついオーフェリアに尋ねてしまう。

 

「……八幡は気にしないで。私、今言った事後悔してないわ。……でも、八幡が私と関わりたくないなら関わらないから……」

 

そう言いながら不安そうな表情で俺を見てくる。そんな捨てられた犬みたいな表情で見んなよ……

 

「……別にお前と過ごす時間は嫌いじゃねぇから気にすんな」

 

視線から逃れながらそう返事をする。

 

視線をオーフェリアから外すとシルヴィと小町が若干ニヤニヤしながら俺を見てくる。

 

「……何だよその目は?」

 

「別に。八幡君も素直じゃないって思っただけだよ。嫌いじゃないじゃなくて大好きって言わないと」

 

「そうだよねー。お兄ちゃんこの前小町と電話した時に『オーフェリアと過ごす時間は本当に楽しい』って言ったのにさ」

 

シルヴィィィィィィィ!小町ぃぃぃぃぃぃぃ!!!余計な事を言ってんじゃねぇよ!!

 

俺は怒りの余り2人の顔面を掴む。指の間からは2人の驚きの表情が見える。

 

「え?!ちょっと八幡君?!それは止めーー!」

 

「お兄ちゃん?!小町達が悪かったから助けーーー!」

 

 

観客席には悶絶したような声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ抽選会行ってくるね。痛たっ」

 

シルヴィが反省したような表情をしながらそう言ってくる。

 

「……あー、まあ、さっきは悪かったな」

 

流石にアイアンクローはやり過ぎたか?つーか世界の歌姫にアイアンクローをした俺って……

 

「ううん。私もからかい過ぎだし」

 

シルヴィは笑いながらステージに向かって行った。本当にすみませんでした。

 

「お兄ちゃん本気でやり過ぎだよ……」

 

逆に小町はジト目で俺を見ているがお前は少し反省しろ。おかげで凄い恥をかいたぞ。

 

「……八幡。貴方も私と同じ様に思ってくれて嬉しいわ」

 

オーフェリアはそう言って手を握ってくるが、もうその事は言わないでくれ。さっきから言われまくってマジで悶死しそうだからな?

 

「まあまあ。恥ずかしいのはわかるけど女子にアイアンクローはよくないよ」

 

戸塚は俺の唇に指を立てて注意をしてくる。可愛いなぁ……

 

戸塚に見惚れていると歓声が上がったのでステージを見ると六学園の生徒会長がステージにいた。いよいよ抽選が始まるのか。

 

小町と戸塚はそれを認識するとさっきまでの雰囲気は無くなり真剣な表情でステージを凝視している。

 

10万人を超える観客がステージを凝視する中、前シーズンで総合優勝をしたガラードワースの生徒会長のフェアクロフさんがくじを引き歓声が再度上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分……

 

『次に星導館学園の本戦出場者の抽選を行います』

 

ガラードワース、アルルカント、界龍、レヴォルフの四校がくじを引き終え、遂に星導館の番だ。

 

「お願いだからハズレは来ないで……!」

 

小町は真剣な表情で祈っている。戸塚も似た様な表情をしている。

 

 

まあ気持ちはよくわかる。埋まってない枠は後六つ。

 

しかしその内の三つは外れの中の外れだ。そのペアは……

 

アルルカントアカデミー、アルディとリムシィの擬形体ペア

 

レヴォルフ黒学院、イレーネ・ウルサイスとプリシラ・ウルサイスの姉妹ペア

 

聖ガラードワース学園、ドロテオ・レムスとエリオット・フォースターの銀翼騎士団ペア

 

と大外れだ。頼むからその3つには当たらないでくれ。

 

内心祈っていると……

 

 

 

『天霧綾斗&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトペア、15番!』

 

アナウンスが流れて歓声が上がる。天霧達の相手は……

 

(……いきなりイレーネ達かよ。ディルクにとっては待ち侘びていた展開になりやがったな)

 

何とかしたいのは山々だが星武祭で邪魔するのは不可能だ。俺が出来るのは祈る事しかない。頼むからヤバい事にならないでくれよ。

 

 

 

 

『刀藤綺凛&沙々宮紗夜ペア、30番!』

 

そんな事を考えている内に次の組み合わせも決まったが……

 

(……ちっ。対戦相手は雑魚の当たりかよ)

 

2人が当てたのは最も良いと思える枠だった。出来ればそこには小町達が当たって欲しかった。見る限り準決勝で当たると思えるアルルカントのアルディ、リムシィを除いてそこまで強くないだろうし。

 

 

そんな中、遂に小町達の番となる。頼むから外れは来るな。

 

目を瞑って祈っていると……

 

『比企谷小町&戸塚彩加ペア、2番!』

 

アナウンスが流れたので目を開けて見てみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『比企谷小町&戸塚彩加 VS ドロテオ・レムス&エリオット・フォースター』

 

と巨大スクリーンに表示されていた。

 

それを見て俺は思った。

 

エンフィールド外れ引いてんじゃねぇよ。





星露は出そうと思いましたが出すと長くなりそうなので学園祭編にまわす事にしました。ご了承ください


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抽選会の後、比企谷八幡は色々な事をして過ごした

 

 

 

夕方、夏だからかまだ日差しは高い。暑いのが嫌いな俺にとってはまさに苦痛だ。

 

俺は自分の寮で強い日差しを受けながら出かける支度を済ませて外に出る。

 

抽選会が終わって自分の寮に戻ってぐうたらしてると、小町から前に行ってた本戦出場の祝賀会をやるから来いと連絡が来た。

 

俺は『明日の対戦相手は強敵なのに大丈夫なのか?』と疑問に思って聞いてみたら『作戦考えてたら頭が痛くなったから気分転換だよ』と言ってきた。まあ苛ついている時は碌な作戦は浮かばないからと納得した。

 

集合場所は偶然にも鳳凰星武祭初日にオーフェリアとシルヴィの三人で飯を食ったレストランだった。あそこなら迷わず行けるし飯も美味かったから文句はない。

 

そんな事を考えながら最寄りの駅に歩いていると……

 

 

「あれ?比企谷?」

 

正面から見知った2人組が来た。何でこいつらがここに?

 

「天霧にリースフェルトか。奇遇だな」

 

「そうだね。比企谷はどうしてここに?」

 

「それはこっちのセリフだ。俺はこの近くに住んでるからともかく、ここはレヴォルフの生徒が多いからお前らが来る所じゃないぞ」

 

俺が住んでいる場所は比較的治安が良いがレヴォルフの生徒が多く住んでいるので他学園の生徒は余り来ない。

 

「あ、うん。実は……」

 

天霧が口を開き説明をしてくる。それによると昼にチンピラに絡まれていたプリシラを助けたらしくお礼に飯に呼ばれたようだ。

 

「……お前って本当にトラブルに巻き込まれ過ぎだろ?」

 

「そ、そうかな?」

 

そうに決まってんだろ。転入初日にリースフェルトに決闘を挑まれたり、サイラスに襲われたり、刀藤と決闘したり、妙な生物に襲われたり、刀藤倒して序列1位になったり、ディルクに狙われるお前は絶対にトラブルに愛されているだろう。

 

「そうだろ。んでリースフェルトは何でここに?」

 

「私はただの付き添いだ。タッグパートナーに何かあったら困るのでな」

 

んな事は気にしなくていいと思うが……

 

プリシラは優しいし、イレーネも素行は悪いが筋は通すから多分危害を加えてこないだろうし。

 

「そうか。あいつらのマンションならあそこの4階だぞ」

 

そう言って後ろにある小綺麗なマンションを指差す。

 

「そうなんだ。ありがとう。ところで比企谷は何をしてるの?」

 

「ん?俺は今から中央区の飯屋で妹と中学の知り合いと本戦出場祝賀会に参加するんだよ」

 

「ほう?小町と戸塚以外の知り合いも本戦に出場するのか?」

 

「まあな。クインヴェールの雪ノ下、由比ヶ浜ペアと界龍の川越姉弟だ」

 

「なるほどな。……ん?川越ではなく川崎ではなかったか?」

 

あ、そうだった。ダメだ。いつも間違えてしまう。やっぱり川越でいいだろ。

 

「悪い間違えた。お前らは一回戦からイレーネだがあいつは結構強いぞ」

 

「わかっている。しかしお前は私達より小町達の心配はしないのか?相手はガラードワースの『鎧装の魔術師』と『輝剣』の正騎士コンビだぞ?」

 

だよなー。はっきり言って四回戦の対戦相手は格上だ。小町と戸塚もコンビネーションは上手いがそれだけで対戦相手に勝てるとは限らない。

 

「んな事は百も承知だ。だから今から飯食いに行きながらあいつらに策を授ける」

 

一応相手を出し抜ける策は幾つか考えてきたので今日教えるつもりだ。上手くいったら勝てるかもしれないし。

 

「ほう……小町からはお前に鍛えて貰っていると聞いていたが本当のようだな」

 

「まあな。俺は王竜星武祭しか参加しないから暇だったし。……おっと、悪いが時間が迫ってるから俺はもう行く」

 

「あ、うんまたね」

 

「ではな」

 

2人と挨拶を交わし俺はモノレール乗り場に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分……

 

「え〜。本戦出場を祝って……乾杯!!」

 

レストランにて由比ヶ浜がそう言ってグラスを掲げる。

 

「「「乾杯!!」」」

 

「乾杯」

 

「……乾杯」

 

グラスがぶつかり音が鳴る。

 

「……….」

 

俺はそれをのんびり眺めながらジンジャーエールをチビチビ飲む。

 

「……ってゆきのんと川崎さんも元気良く言ってよ!!ヒッキーに至っては乾杯してないし!!」

 

由比ヶ浜がテーブルを叩いて俺と雪ノ下と川なんとかさんに文句を言ってくる。

 

「……騒がしいのは好きじゃないのよ」

 

「あたしも雪ノ下と同じ」

 

「俺は鳳凰星武祭に参加してないから」

 

「もう!3人ともノリ悪いし!!」

 

いやお前なら俺達がノリ悪いのを知ってるだろ?俺も騒がしいのは好きじゃないし。

 

「はぁ……全くごみいちゃんったら……」

 

「ごみいちゃん言うな。つーかお前は初戦から正騎士コンビと当たるってのに元気過ぎだろ」

 

俺がそう返すと小町は苦い顔をして目を逸らす。

 

「うっ……ほ、ほらアレだよ!試合前なんだし景気付けしとかないと!」

 

「まあ構わないが……それについてだが、俺も幾つか策を考えてきたが後で聞くか?」

 

「え?!本当に?!お兄ちゃんありがとう!!」

 

小町は一転して笑顔になり俺に詰め寄ってくる。現金な奴だな……

 

「えーっ?!小町ちゃんズルい!ヒッキーあたしにも教えてよ!」

 

由比ヶ浜はそう言って制服を引っ張るがそれは止めろ。最近オーフェリアは怒ると俺の制服を引っ張ってきて伸びてるし。

 

「いやいや、お前らの四回戦の相手は雑魚だからいらないだろ?」

 

組み合わせでは雪ノ下、由比ヶ浜ペアの枠は四回戦の相手が雑魚だからかなり当たりだろう。五回戦で川崎ペアと当たり準々決勝では小町達か正騎士コンビのどちらかと当たるだろう。

 

「え?ヒッキー本当?」

 

「多分な。五回戦の川崎に勝てるかわからないけどな」

 

まあ小町達にしろ、雪ノ下達にしろ、川崎達にしろ決勝に上がるのは無理だと思うがな。準決勝で当たると思うのは天霧、リースフェルトペアか界龍の双子あたりだ。はっきり言って今のこいつらじゃ勝てないだろう。

 

「……私が目指しているのは優勝のみよ。だから準々決勝で負けるつもりは毛頭ないわ」

 

そう言って雪ノ下は不敵な笑みを小町達に向けてくる。すると川崎が雪ノ下をギロリと睨んでいる。まあ川崎ペアは五回戦で当たるがそれに勝つと言っているような物だからな。それは理解できるが飯食ってる場所で揉めるな。

 

「いやー、雪乃さんには悪いですけど優勝は天霧さん達かアルルカントの擬形体のどっちかだと小町は思うんですけど」

 

「出場者がやる前から投げるなバカ」

 

そう言って小町の頭にチョップをする。

 

「だって〜天霧さんは冗談抜きで桁違いだし。勝てるビジョンが全く見えないし」

 

「まああいつは強いだろうからな」

 

「八幡なら天霧君に勝てる?」

 

戸塚がそう聞いてくる。ふむ……俺が天霧にか……

 

「保証はないが多分勝てる」

 

少なくとも今の天霧には負けないだろう。何でも斬る『黒炉の魔剣』は俺にとって最悪の相性だが、天霧にはリミットがある。アレを何とかしない限り俺には勝てないと思う。

 

「準決勝だの準々決勝の話は後にしろ。次の相手はただでさえ格上なのに余計な事を考えてたら100%負けるぞ」

 

「う、うん。わかったよ」

 

小町が反省していると料理がやってきた。それを確認すると全員が一度話を止めて料理が目の前に置かれるのを見守った。

 

そして料理が全て置かれると食事が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほーん。俺が去った後にそんな事がなぁ……」

 

飯を食いながら俺がいなくなった後の総武中の話を聞いている。何でも葉山グループのメンバーの1人が同じグループのメンバーに振られたり、葉山と組んでいた一色って奴がノリで生徒会長にさせられたりと面倒な事件が起こりまくったようだ。

 

「てか雪ノ下は依頼とか受けなかったのか?」

 

「ええ。どれも奉仕部の理念から外れていたから」

 

「正しい判断だな。んなもん受けたら碌な事にならないし。てか前から思っていたが俺の知り合いアスタリスクに来過ぎじゃね?」

 

雪ノ下は中学の頃から高校生になったらアスタリスクに行くと言っていたが他の連中がアスタリスクに来るとは思わなかった。

 

「だってヒッキーもゆきのんもアスタリスクに行って私だけ置いてきぼりとかあり得ないし!」

 

「あたしは中学の終わりに界龍からスカウトが来たから。学費免除とか待遇が良かったからね」

 

「僕は八幡と会いたかったら!」

 

「お、おう。そうか……ありがとな」

 

「ヒッキーデレデレし過ぎだから!」

 

「この男……戸塚君に対しては相変わらずね……」

 

いやだって戸塚可愛いんだもん。これは揺らぎない事実だから仕方ないな。

 

そんな事を考えていると端末が鳴りだした。誰だ?

 

端末を開くとオーフェリアからだった。オーフェリアがメール?珍しいな。

 

疑問に思いながらメールを見ると絶句してしまった。そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『八幡、今鼻の下をのばしていた?』

 

ただ一言、そう表示されていた。

 

その後の記憶は覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキーってば!!」

 

いきなり衝撃が走ったので辺りを見渡すと俺以外の全員が立ち上がっていた。

 

「由比ヶ浜?どうしたんだよ?」

 

「どうしたんだよじゃないよ!さっきか何度も呼んでるのに返事しないし!もう解散の時間だよ!」

 

何?!もうそんな時間かよ!!

 

由比ヶ浜に指摘されて漸く思い出した。そうだ……オーフェリアから来たメールを見てから俺は……

 

つーか何でオーフェリアは俺の鼻の下がのびているのがわかったんだ?怖過ぎる……

 

「わ、悪い。完全にボケっとしてた」

 

マジか。しかも俺の前にある飯はいつの間にか無くなっていた。無意識に飯を食べていたのか?

 

「もう……ちゃんとしてよね」

 

由比ヶ浜の愚痴を聞きながら俺も立ち上がり自分の分の金を出して店を出る。

 

「小町ちゃんとさいちゃんは大変だろうけど一回戦頑張ってね!」

 

「はーい」

 

「頑張って準々決勝まで行くからね」

 

「ええ。受けてたつわ」

 

「もう準々決勝まで行く気みたいだけど準々決勝に行くのはあたし達だから」

 

「ま、負けないっす!」

 

鳳凰星武祭参加者6人は全員やる気満々のようだ。さてさて、どうなるやら……

 

「じゃあ次は鳳凰星武祭が終わってから会おうね!」

 

由比ヶ浜と雪ノ下はそう言ってクインヴェールの方向に行くモノレールがある駅に歩いて行った。

 

「姉ちゃん。俺達も帰ろうぜ。お兄さんもありがとうございました」

 

「だからてめぇにお兄さんと……いや、なんでもありません」

 

文句を言おうとしたが姉の睨みによって沈黙してしまう。怖い、怖いですからね?

 

「全くあんたは……いくよ大志」

 

そう言って2人も界龍の方向に行くモノレールがある駅に向かっていった。

 

「じゃあ戸塚さん、帰ろっか」

 

「待って小町さん。八幡から明日の試合のアドバイス」

 

「あ!そうだった!!」

 

このアホ……肝心の事を忘れてんじゃねぇよ。

 

「全く……一応聞くが祝賀会に来る前に対戦相手の2人のデータは見てきたな?」

 

「うん。改めて見ると自信がなくなっちゃったよ」

 

戸塚は不安そうな表情を浮かべる。

 

「今大会初の格上との試合だから仕方ない。とりあえずお前らが立てた作戦を説明してくれ」

 

「うん。戸塚さんはフォースターさんの足止めをして、その間に小町が『冥王の覇銃』でレムスさんを倒す作戦なんだけど……」

 

細かい部分の作戦が思いつかないようだ。まあ格上相手だと作戦を立てるのは難しいからな。

 

「まあお前らが勝てるとしたらそれが1番の方法だな。それをこれから更に綿密に計画する必要がある」

 

そう言って戸塚を見る。

 

「戸塚、お前は今までの試合だと盾を飛ばして近寄らせず、相手が近寄ってきたら散弾型煌式武装を展開して発砲していたな?」

 

「うん」

 

「明日の試合では初めから散弾型煌式武装を起動してガンガン撃て。近寄ってきてから起動するのじゃ間に合わない。近寄ってきたら迎撃じゃなくて、近寄らせない事を重視しろ」

 

今までの試合のやり方だと起動する前に負けるだろう。いくら腕を上げていても戸塚は素人に毛が生えたくらいの実力だ。エリオット・フォースターには厳し過ぎる。

 

「わ、わかった」

 

「良し。次に小町」

 

「な、何?」

 

「試合が始まってから暫くは逃げ回って戸塚と距離をとれ」

 

「どういう事?」

 

「おそらく相性的にお前の相手はドロテオ・レムスになってエリオット・フォースターが戸塚を潰しに来る。だけどもしエリオット・フォースターが足止めに苛立ちを感じて戸塚を後回しにしてお前を狙いに来たら対処できない」

 

「あー、だから距離をとって直ぐには来れないようにすると?」

 

「そういう事だ。それと『冥王の覇銃』を使うのは相手がお前に攻撃する時だ。カウンター狙いで撃った方がいい」

 

ドロテオ・レムスのスタイル的に攻撃している時に最大の隙が出来る筈だ。確実に倒すとしたらそれしかない。

 

「それはわかったけどレムスさんを倒した後のフォースターさんはどうすればいい?」

 

「それについては考えがある。試合にはこれを持ち込んで使え」

 

そう言って俺は小町にある待機状態の煌式武装を投げ渡す。

 

「お兄ちゃん!これって……?!」

 

小町が驚きの表情を浮かべて俺を見てくるので頷く。

 

「エリオット・フォースターは才能はあるがまだガキだ。だから多分引っかかる。それで主導権を握って一気に決めろ」

 

試合のデータを見る限り騙し合いに向いてないイメージだからな。

 

「うん。わかった!」

 

「ありがとう!やっぱり八幡は頼りになるね!」

 

お、おう……守りたい、この笑顔。

 

「き、気にすんな。それよりお前らも頑張れよ」

 

「うん!じゃあ戸塚さん!急いで帰って練習しておきましょう!」

 

「そうだね。じゃあまたね!」

 

「おう。またな」

 

2人が星導館の方向に行くモノレールがある駅に向かっていったのを確認して、俺も自分の寮に帰る為俺が使うモノレールがある駅に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レヴォルフの真ん前にある駅に降りると時計は9時を回っていた。疲れた……

 

息を吐きながら自分の寮に歩いていると……

 

「……八幡」

 

校門からオーフェリアが出てきた。心なしか疲れている、それでありながら嬉しそうに見える。

 

「おうオーフェリア。ところでさっきのメールは何だよ?」

 

あのメール見てそれ以降の記憶がないし。

 

「……何となくそう思ったのよ。それで実際は?」

 

怖い。怖いからオーラを出さないでくれ。

 

「い、いや特にのばしてない。それより何かあったのか?」

 

話を逸らす為に適当な事を言うとオーフェリアはオーラを消して口を開ける。ちょろい、助かった。

 

「……彼に呼ばれて、今さっきまで八幡に関わるなって言われたのよ」

 

あー、なるほど。ディルクの野郎、完全に俺の事をオーフェリアのガンと思ってるようだな。

 

「で、返事は?」

 

「もちろん断ったわ。でもあんまりしつこいから……」

 

「しつこいから?」

 

何を言ったんだこいつは?何か嫌な予感しかしないんだが……

 

俺の嫌な予感に違わずオーフェリアは爆弾を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡と過ごす時間を邪魔するなら、彼にとって本当の意味で私が必要になった時に動かないと言ったわ。そうしたら了承して貰ったわ」

 

………脅しじゃねぇか!!

 

怖いんだけど!何?こいつがここまでディルクに逆らうのは初めてだろ?

 

正直言ってそこまでする程か?俺にそんな価値があるとは思えないんですけど?

 

「そ、そうか……」

 

「……ええ。だからこれで八幡が許す限り八幡に甘えられるわ」

 

そう言ってギュッと抱きついてくる。顔を見るとわかりにくいが確かな笑みを浮かべている。付き合いが長いからオーフェリアは本当に喜んでいるのがわかる。

 

(……全くこいつは。俺にそこまでの価値はないのに……)

 

 

そう思いながらも俺はオーフェリアの笑顔を失わせない為に、オーフェリアの背中に手を回して優しく抱きしめ好きなだけ甘えさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後抱擁は20分続け、別れようとしたら『……また泊まりに来ない?』と誘ってきたがそれはガチで勘弁して欲しかったので断ろうとしたが、上目遣いで頼まれたので誘いを受けてしまった。

 

 

 

 

 



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比企谷八幡は会場に向かう

 

 

 

pipipi……

 

そんな音が聞こえると同時に俺は目を覚まして携帯端末のアラームを止める。時計は午前7時を回っていた。

 

「……んっ。もう朝?」

 

俺の体に抱きつきながらそんな声を出してくるのはオーフェリアだ。

 

昨日オーフェリアに泊まりに来てくれと言われ断り切れず、一緒のベッドで寝た。

 

しかしベッドに入ってからがヤバかった。

 

オーフェリアはベッドに入るなり俺に抱きつき、胸板に顔を埋めスリスリしてきたり、『……八幡といると幸せになるわ』とか『貴方に会えて良かった』とか俺が悶えまくるような事をガンガン言ってきた。

 

ようやく眠ったかと思ったら無意識に胸を押し付けてきたり、耳にエロい寝息を吹きかけてきたり、終いには頬にキスをしてきてガチで理性が保つか不安だった。

 

しかし目が覚めた時に俺とオーフェリア共に裸ではなかったので理性が保ったのだろう。良かった良かった。

 

「ああ。もう朝だから起きろ」

 

「……んっ。おはよう、八幡」

 

目を擦りながら顔を俺に近づけてきて、挨拶をしてくる。くそっ……可愛すぎるだろ。文句が言えなくなっちまった。

 

「ああ。おはようオーフェリア」

 

息を吐いて俺も挨拶を返す。

 

「……うん」

 

オーフェリアは1つ頷いてからギュッと抱きついてくる。こいつ俺に依存し過ぎだろ。このままで本当にいいのか?

 

そう思っていると、

 

「んっ……八幡……八幡」

 

そう言って更に強く抱きついてくる。あー、やっぱりオーフェリアには逆らえん。

 

俺はオーフェリアを引き離す事を諦めて抱きつかれ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「……それでいつ頃家を出るの?」

 

起きた俺達はオーフェリアの寮のリビングにて、朝食を食べているとオーフェリアにそんな事を聞かれる。

 

「そうだな……これ食ったら直ぐに出ようぜ。席取りが面倒だし早く行きたい」

 

今日はシルヴィがいないからVIP室は使えない。よって六学園の生徒専用の席を取らないといけない。一応小町から控え室使用許可証を貰っているが、もしもオーフェリアとリースフェルトが鉢合わせしたら面倒な事になりそうだから使う気はない。

 

「……だったらうちの学園の生徒会専用のブースに行かない?」

 

「え、やだ。もしディルクと会ったら面倒だし」

 

会ったら間違いなく喧嘩売ってくるだろうし。頭が痛くなるのが簡単に理解できる。

 

そう思っているとオーフェリアが首を横に振る。

 

「……大丈夫。彼は基本的に生徒会長室でしか見てないからいないと思うわ」

 

ふーん。ディルクの最強の切り札のオーフェリアがそう言っているなら間違いないのだろう。

 

「わかった。じゃあ後で許可証をくれ」

 

「わかったわ。それより八幡……ご飯は美味しい?」

 

オーフェリアは不安そうに聞いてくる。……何でこんな時に自信のない表情をしてんだよ?

 

「普通に美味いけど?」

 

「そう……良かった。じゃあこれも食べて」

 

そう言ってフォークをベーコンに刺して俺の口に近づけてくる。え?またですか?

 

「いや、あの……オーフェリア?そのだな……」

 

しどろもどろになっているとオーフェリアは

 

 

 

「……あーん」

 

そう言って更に近づけてくる。ダメだ、逆らえん。

 

「んっ」

 

俺は諦めて口を開けると口の中にベーコンが入る。オーフェリアがフォークを抜くと同時にベーコンを噛み始める。

 

くそっ……美味すぎだろ。

 

オーフェリアが微笑んでいるのを見て、負けたような悔しい気持ちになりながらも朝食は進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

俺達は今シリウスドームの正面ゲートの前にいる。周りを見ると鳳凰星武祭初日にオーフェリアがブチ切れた痕跡はなくなっていた。剥がれたアスファルトは既に修復されていた。運営委員や統合企業財体有能過ぎだろ?

 

「第一試合開始まで後40分……先に荷物を置いてから飲み物を買おうぜ」

 

小町と戸塚の試合は第一試合とはいえ時間に余裕もあるので先に荷物を置いてから飲み物と軽食を買っても問題ないだろう。

 

「そうね」

 

 

 

 

 

 

オーフェリアが頷いたのでシリウスドームに入る。

 

中に入ると沢山の観客がいて賑わっていた。

 

各学園の生徒会専用の席がある場所に歩いていると周りからは『どっちが勝つ?』みたいなこれから始まる本戦一回戦の話が聞こえてくる。

 

やっぱり本戦になると桁違いの人気だというのを改めて理解した。そんな中、小町達は大丈夫か?

 

そう思いながら目的地の階層に行こうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?比企谷君にミス・ランドルーフェン?」

 

後ろから爽やかな声が聞こえてくる。こんな爽やかな声を出す人は1人しか知らないな。

 

後ろを向いて頭を下げる。

 

「どうもっすフェアクロフさん」

 

後ろには予想通りガラードワースの生徒会長のアーネスト・フェアクロフさんがいた。周りを見る限り他の生徒会のメンバー、つまりチーム・ランスロットの面々はいないみたいだ。

 

「ごきげんよう。比企谷君。ミス・ランドルーフェンも鳳凰星武祭初日にはうちの生徒が迷惑をかけて済まなかったね」

 

そう言ってオーフェリアにも頭を下げてくる。

 

オーフェリアは一瞬、まばたきをしてから口を開ける。

 

「……その事は八幡から聞いたわ。八幡が許した以上何も言わないけど……次はないわ」

 

オーフェリアに殺気が纏われる。

 

「わざわざそんな事を言うなバカ」

 

俺は呆れながらオーフェリアの頭にチョップをする。こいつはわざわざ喧嘩売るな。

 

「……痛いわ」

 

「黙れ。もし次あんな事があったら俺が対処するからお前は何もするな」

 

お前がキレたらヤバいじゃ済まないからな。俺が適当に対処した方がいいだろう。

 

「……でも」

 

「でももへったくれもない。いいから何もするな」

 

「……わかったわ」

 

オーフェリアは渋々と言った表情を浮かべているが頷いた。

 

「なら良し。……という事なんで次回からは棄権する選手は出ないと思います」

 

視線をフェアクロフさんに向けてそう話す。

 

「こちらも2度とあんな事がないように尽力するよ。ところで君達はこれから誰かと待ち合わせをしているのかな?」

 

「は?いえ、別に誰とも待ち合わせはしてませんが」

 

シルヴィは仕事があるし、小町達は試合前だから邪魔したくないので待ち合わせはしていない。フェアクロフさんはどういう意図でそんな事を聞いてくるんだ?

 

「もし君達さえ良ければうちの生徒会専用の席で一緒に見ないかい?先日のお詫びという事でお茶とお菓子を振る舞うよ」

 

「……正気ですか?俺とオーフェリアはレヴォルフの人間ですよ?」

 

いくら俺やオーフェリアがガラードワースを嫌ってなくても、ガラードワースの面々は俺やオーフェリアを嫌っているだろう。そんな場所に行っても揉めるのが目に見えている。

 

俺がそう返すとフェアクロフは笑顔で首を横に振る。

 

「大丈夫だと思うよ。学園ではまだ噂が広まっているけど、生徒会の皆は既にこちらに非があるのを理解してるし」

 

そうは言っているが……

 

「オーフェリアはどうする?」

 

とりあえずもう1人の当事者にも話を聞いてみる。

 

「……八幡の好きにしていいわ」

 

オーフェリアは特に表情を変えずに言ってくる。俺かよ……

 

さて……

 

普段の俺なら断っているがどうにも即答出来ん。フェアクロフさんを見ると穏やかな表情をしているがどうも奇妙な感じがする。まるで俺の心の内を見抜こうとしている気がする。

 

しかし……

 

「わかりました。それでは同行してもよろしいですか?」

 

誘いを受ける事にした。俺自身、一端でも良いのでフェアクロフさんの心の内を読み取ってみたくなった。一緒にいればそれが叶うかもしれないし。

 

「ああ。わかったよ」

 

「どうもっす。オーフェリアもそれでいいか?」

 

「構わないわ」

 

「決まったみたいだね。それじゃあ付いてきてくれないか?」

 

フェアクロフさんは踵を返し歩き出すので俺とオーフェリアもそれに続いた。

 

エレベーターに乗ると目的の階層に向かって上り始めた。

 

「そういえば他の生徒会メンバーはいないんすか?」

 

「レティシア達なら先に行っているよ。僕は挨拶回りをしていて終わった所で君達に会ったんだ」

 

生徒会長ってのは面倒だな。てかフェアクロフさんやエンフィールドあたりはともかく、ディルクが挨拶回りしている所とか想像出来ん。つーかしたら吐きそうだ。

 

「随分大変そうですね」

 

「慣れてしまえばそうでもないよ。それより今日の試合はよろしく頼むよ。とは言っても戦うのは僕達じゃないけど」

 

まあ今日の第一試合は俺の妹とフェアクロフさんの仲間がぶつかるからな。つーか俺がフェアクロフさんと戦ったら厳しいだろうな。

 

「そっすね。まあ勝つのは小町達ですけど」

 

「ほぉ、君の妹さん達も強いけどうちのドロテオとエリオットも強いよ?」

 

「それは百も承知っすよ」

 

そんな事を話しているとガラードワースの校章である光輪のマークがついた扉があった。

 

「ここがガラードワースの生徒会専用の部屋だよ。入って」

 

フェアクロフさんがそう言うと扉が開く。

 

3人で中に入ると……

 

「おかえりなさいアーネスト。挨拶回りは終わ……」

 

金髪の女子が俺達がいる方向にやってきて……途中で動きを止めた。完全にポカンとしている。

 

その他にもこの部屋にいる3人も俺達に気付いたようだ。赤髪の青年は面白そうな顔で口笛を吹き、真面目そうな男は若干目を細めて俺とオーフェリアを見ていて、男装をしている女子は感情の読めない瞳を向けてくる。

 

そんな中、フェアクロフさんは口を開ける。

 

「ただいまレティシア。ああ、比企谷君とミス・ランドルーフェンはこの前のお詫びという事で僕が招待したんだ」

 

フェアクロフさんがそう言って俺を見てくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、金髪の女子、ガラードワース序列2位にして生徒会副会長の『光翼の魔女』レティシア・ブランシャールは大声を出した。

 

 

 

 

 

 



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比企谷八幡はガラードワースの生徒とお茶を飲む

 

 

 

ガラードワースの生徒会専用の部屋に叫び声が響き渡る。声を出しているレティシア・ブランシャールは気品を感じる美しい女子だが叫び声には余り品を感じない。まあ品のある叫び声なんてないだろうが。

 

ブランシャールは叫び声を上げてから一息吐いて俺達の方にやってきてフェアクロフさんに詰め寄る。

 

「どういうつもりですかアーネスト!何があったら『孤毒の魔女』と『影の魔術師』の2人がここに来る事になったのですの?!」

 

まあブランシャールの反応が普通だよな。自分の所属している学園の長が折り合いの悪い学園の2トップを連れてきたんだし。

 

「ここに来る途中で偶然2人に会って、この前のお詫びとして招いたんだよ。比企谷君とミス・ランドルーフェンは悪い人じゃないから問題ないと思うよ。レティシアも今度お詫びするべきと提案したじゃないか」

 

「それは……そうですけど、流石に生徒会専用の部屋に招くのは少々問題だと思います!万が一2人が部屋から出る時にガラードワースの生徒に見られたりしたら……」

 

まあそうだよな。フェアクロフさんはさっき生徒会のメンバーは事情を知っているが、学園ではまだ噂が広まっていると言っていた。もし俺とオーフェリアがここから出るのをガラードワースの生徒に見られたら問題になるだろうし、フェアクロフさん達にも迷惑がかかるだろう。

 

だから俺が口を開ける。

 

「安心しろ『光翼の魔女』俺とオーフェリアが帰る時は影の中に潜って帰る」

 

俺がそう言うとブランシャールは俺に視線を向けてくる。

 

「まあそれなら……ところで貴方の能力は他人にも使えるんですか?」

 

「正確には『俺と触れ合っているあらゆる存在』だ。こんな感じに」

 

そう言って俺はオーフェリアの手を掴み影の中に入り直ぐに出る。

 

俺が影から出るとブランシャールは感心した表情で見てくる。

 

「前から思っていましたが貴方の能力は本当に多彩ですわね」

 

「まあこれでも黒猫機関に勧誘された事もあるからな。多彩さには自信がある」

 

俺の力は戦闘にも向いているが諜報は更に向いている。何せ影の中にいれば誰からの干渉も受けない安全地帯だし。

 

「ちょっ!貴方、そんな事をガラードワースの私に話すなんて正気ですの!?」

 

何でそんなに驚いてんだよ?

 

「至って正気だ。勧誘は蹴ったし、それ以前に別に俺はガラードワースを嫌ってないし」

 

まあ多少苦手だけど。規律と忠誠を絶対とする学園は俺には向いてないし。

 

「……貴方、かなり変わってますわね。本当にレヴォルフの生徒ですの?」

 

「一応レヴォルフだ。ってもくじ引きで決めたけどな」

 

「く、くじ引きっ?!あ、貴方、自分の行く学園をくじで決めたんですの?!」

 

「まあな」

 

俺はただ総武中にいたくなかったからアスタリスクに来たからな。学校はぶっちゃけどこでもいい。

 

「君がレヴォルフの生徒らしくないとは思っていたが……そういう事だったのか」

 

フェアクロフさんは納得したように頷く。

 

「へぇ!どうせならうちに来て欲しかったねぇ」

 

そう言って楽しげに俺の肩を叩くのはチーム・ランスロットのメンバーの一人『黒盾』のケヴィン・ホルスト。ガラードワースの生徒にしてはチャラいと聞いていたが本当のようだ。

 

それとすみませんがくじの中にはガラードワースは入ってなかったのでガラードワースに来る事はあり得ないです。ガラードワースは嫌いではないが苦手なので。

 

「呆れた男だ。自分の進路をくじ引きで決めるとは」

 

ため息を吐きながら俺を見てくるのはチーム・ランスロットのメンバーの一人『王槍』のライオネル・カーシュ。戦闘スタイル同様普段の生活でもかなり真面目そうだ。

 

……うん。まあ確かに自分の進路をくじ引きで決めるのはアレだったな。つーか小町が俺と同時期にアスタリスクに来ていたら俺はレヴォルフにはいなかっただろうし。

 

「では会長。お茶とお菓子の準備を致します」

 

そんな中、今年新しくチーム・ランスロットに入った『優騎士』パーシヴァル・ガードナーは特にリアクションを見せずにお茶とお菓子の準備を始めている。

 

20年ぶりに聖杯こと『贖罪の錘角』に選ばれた人間という事で前から興味はあったが……予想以上に不気味だ。単純な戦闘能力なら俺の方が遥かに上だと思うが何となく危ない匂いがする。

 

少しだけ恐怖を感じながら俺とオーフェリアはフェアクロフさんに案内された席に座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

パーシヴァル・ガードナーがそう言ってテーブルの周りにいる全員の前に紅茶とお菓子を出してくる。

 

「サンキュー」

 

適当に礼を言って紅茶の中に角砂糖を入れようとした時だった。

 

「ちょっと待ちなさい比企谷八幡!」

 

俺の向かい側に座っているブランシャールがいきなり俺を呼んでくる。

 

「ん?どうした?」

 

俺今特に変な事はしてないけど、ブランシャールにとっては気に触る事でもしたのか?

 

「どうしたではありませんわ!角砂糖四つは入れ過ぎです!一つにしなさい!」

 

……これについては完全に予想外だ。

 

「見逃してくれよ。俺は甘い物が好きなんだよ」

 

「却下ですわ!限度というのがあります!」

 

「いいじゃねぇか。人生は苦いんだし飲み物くらいは甘くていいだろ?」

 

「何を達観したような事を言っているのですか?!高校生の言う言葉じゃありませんわ!」

 

さっきからブランシャールのツッコミが激しい。それを聞いていて俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーかアレだな。ブランシャールって淑女ってイメージがあったが、どっちかって言うとおかんだな」

 

ついポロリと漏らしてしまった。

 

「お、おかん?!」

 

ブランシャールは呆気にとられた表情を見せてくる。

 

「……おかん?比企谷君、おかんと言うのは母親という意味で合ってるかい?」

 

フェアクロフさんがそう聞いてくる。まあフェアクロフさんならおかんの意味を知らなくても仕方ないかもしれん。

 

「はいそうです」

 

「なるほど。ふふっ、おかんとは言い得て妙だね」

 

「アーネスト?!」

 

フェアクロフさんはそう言って爽やかな笑みを浮かべてくる。

 

「お、おかん……やばい。レティにはピッタリの言葉だ」

 

「ケヴィンまで?!〜〜〜!!」

 

ケヴィンさんが肩を震わせて笑っている。それを見たブランシャールは真っ赤になった頬を膨らませながら俺を睨んでくる。ブランシャールの周囲からは星辰力が出ている。ヤバい怒らせちまったようだ。

 

「すまんブランシャール。少しからかい過ぎだ」

 

これ以上怒らせると面倒なので謝る事にした。

 

俺が頭を軽く下げるとブランシャールの周囲から星辰力がフッと消えた。

 

「……もう」

 

ブランシャールはため息を吐きながら自身の手元にある紅茶をグイッと飲む。顔はまだ赤いが、ここで怒るのは馬鹿らしいと判断したのだろう。怒りの気配はなくなった。

 

「ははっ。いや、今のは良かったぜ『影の魔術師』」

 

「は、はぁ……」

 

ケヴィンさんはいまだに笑いながら俺の肩を叩いてくる。つーか笑うとブランシャールが睨んでくるんで止めてください。

 

内心ケヴィンさんに突っ込んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ『影の魔術師』は『孤毒の魔女』とはどこまで行ったんだ?」

 

 

いきなり爆弾を投下してきた。

 

「……っ!げほっ!ごほっ!」

 

予想外の攻撃により紅茶が気管支に入ってむせてしまった。苦しい。ケヴィンさんと反対側の隣に座っているオーフェリアを見ると頬を染めていた。どうやらオーフェリアにとっても予想外だったようだ。

 

「おいおい大丈夫か?」

 

「はぁ、はぁ……大丈夫です。でもいきなり何で……」

 

「そりゃ鳳凰星武祭初日に道の真ん中で抱擁をしたんだしさぁ。直で見た俺からしたらすげぇ情熱的に見えたぜ」

 

見てたのかよ?……いやまあ道の真ん中、しかも星武祭中だから凄い人がいたから見られても仕方ないかもしれんが……

 

「うぅ……恥ずかしい」

 

何で俺はあんな場所でオーフェリアを抱きしめてしまったんだ?いくら頼まれたとはいえ、抱きしめるなら路地裏でやれば良かったものを………俺の馬鹿野郎!!

 

「まあかっこ良かったしいいじゃん。それよりあの抱きしめ方よりもっと情熱的な抱きしめ方があるけど聞く?」

 

絶対に嫌だ。聞いたら恥ずかしくて悶死する自信がある。

 

俺が断りの返事をしようとすると……

 

「……教えて」

 

その前にオーフェリアがケヴィンさんに教えを請うた。待てコラ。

 

「おいオーフェリア……」

 

「……私は聞きたい。そして八幡にそのやり方で抱きしめて欲しいのだけど……ダメ?」

 

俺がオーフェリアを止めようとしたが、オーフェリアは上目遣いで俺を見てくる。……毎回思うがオーフェリアの上目遣い破壊力あり過ぎだろ?

 

周りを見るとフェアクロフさんは見守るような笑みを向けていて、ブランシャールは真っ赤になっていて、ライオネルさんは呆れたような顔をケヴィンさんに向けていて、パーシヴァルは無表情で紅茶を飲んでいる。……パーシヴァルの奴、冷静過ぎだろ?

 

当のケヴィンさんは楽しそうな表情で俺とオーフェリアを見て口を開ける。

 

 

 

 

「だそうだ『影の魔術師』。男なら淑女の要請に応たえるのが義務だぜ」

 

ぐっ……まさに八方塞がりだ。現にケヴィンさんはニヤリとした表情を向けて更に口を開ける。

 

「いいか?この写真だとお前は彼女の背中に手を回しているけど……」

 

そう言って各学園の新聞に載っている写真を見せてくる。うわ……改めて見るとよくあんな場所で抱き合ってたな俺達。つーか何で持ってんですか?

 

「こん時にお前は手を動かすんだよ」

 

「手を動かす?」

 

意味がわからん。

 

「そうそう。その後に少しずつ腰の方にゆっくり動かすんだよ。そんで更に引き寄せるとかなり情熱的になるぞ」

 

はぁ?!腰に手を回すだと?!

 

無理無理!絶対に無理だから!普通に抱き合っていても凄くドキドキするのに腰に手を回して更に引き寄せるとか無理だろ!

 

「あ、いや……それは……」

 

「大丈夫だって。何度も経験した俺が言うんだし。それに『孤毒の魔女』も満更でもない表情をしてるぜ?」

 

そう言われてオーフェリアを見ると頬を染めながらチラチラ見てくる。何だよ……そんな顔をすんなよ。こっちも変な気分になるからな?

 

 

ドキドキしているとライオネルさんが固い表情でケヴィンさんに話しかける。

 

「相変わらずだな。お前は少しは慎みを覚えたらどうだ?」

 

「おいおい。俺はただ淑女の要請に応えてるだけだぜ?レオも少しはそこらへんに興味を持った方がいいんじゃない?」

 

「興味ないな」

 

「レオこそ相変わらずお固いなー」

 

「お前が軽薄過ぎるだけだ」

 

額を近づけながら口論を始める。これ止めなくていいのか?

 

そう思っていると唐突な銃声が響いた。は?銃声?

 

「……お二人共、お客様がいる前ですよ?」

 

見るとパーシヴァルが短銃型の煌式武装を展開して、その銃口を天井に向けている。そして天井には穴が穿たれていた。

 

「……いや、生徒会専用の部屋で煌式武装をぶっ放す方が迷惑だからな?」

 

つい本音が漏れてしまう。口喧嘩止める為に煌式武装をぶっ放す奴なんてレヴォルフでも数少ないぞ?無表情の癖にやる事過激だな。

 

パーシヴァルは俺をチラリと見て頭を下げる。

 

「失礼しました。つい癖で」

 

は?つい癖でだと?こいつまさか学園でも同じ事をしてんのか?

 

内心突っ込んでいるとブランシャールはげっそりとした表情を浮かべている。

 

「見苦しい所をお見せしまして申し訳ありません。この子の引き金は本当に軽くて生徒会室の天井にも何度穴があいたことやら……」

 

マジか?何度も穴があいたのかよ?

 

つーかガラードワースは六学園の中で唯一名門と称されているが……中々癖のある人間が多いな。

 

そんな事を考えている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『長らくお待たせいたしました!それではこれより四回戦、本戦の一回戦第一試合を始めまーす!!』

 

会場に実況アナウンスが響き渡る。

 

瞬間、全員の意識が切り替わったように表情を変えてステージを見る。

 

会場には天地を揺るがすような大歓声が沸き上り無数のライトが縦横無尽に舞い踊る中、出場ゲートから四人の人間が姿を表す。

 

いよいよか……勝てよ小町に戸塚



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比企谷八幡は妹の戦いを見守る(前編)

『いよいよ本戦の第一試合が始まろうとしています!まず東ゲートから姿を現したのは聖ガラードワース学園のドロテオ・レムス、エリオット・フォースターペア!そしてそしてその反対側、西ゲートからは星導館学園の比企谷小町、戸塚彩加ペアの入場です!』

 

『第一試合から冒頭の十二人がいるペア同士の対決ッスね。その上どちらも予選は殆ど対戦相手を寄せ付けずに勝ち上がってきてるッスから楽しみッス』

 

耳をつんざくような大歓声、それに対抗するかのように音量を上げた実況の声が響く中、四人がゲートからステージに足を踏み入れて向かい合う。

 

戸塚の正面にいる金髪の幼気な雰囲気の少年はガラードワース序列12位『輝剣』の二つ名を持つエリオット・フォースター。

 

「決闘をすると煩いガラードワースの環境で中等部の奴が冒頭の十二人か……ったく、初戦から天才が相手かよ」

 

ガラードワースは基本的に決闘は禁止なので、他の学園に比べて序列を上げるのが難しいとされている。

 

レヴォルフはその逆で決闘を推奨しているので序列はガンガン変動する。まあ冒頭の十二人の上位陣は殆ど変わらないが。少なくとも俺とオーフェリアは序列が下がった事は一度もない。

 

「確かにエリオットには才能がありますけど……転入して1年もしないで冒頭の十二人入りした貴方の妹も天才だと思いますわよ」

 

「ああ……まあな」

 

普段の言動からアホだと思っているから時々忘れるが、ブランシャールの言う通り小町も天才の一人だ。今の星導館の冒頭の十二人で中等部の生徒は小町を入れて二人しかいないし。才能だけなら星導館でトップに近いだろう。(トップは間違いなく刀藤だけど)

 

そんな妹の正面にいるがっしりとした体格の青年がガラードワース序列11位『鎧装の魔術師』の二つ名を持つドロテオ・レムスだ。歴戦の猛者といった風格で今大会の出場選手の中でも最年長クラスの人間だろう。

 

「比企谷小町にとってドロテオは最悪の相性だ。普通に戦ったら間違いなくドロテオが勝つだろうな」

 

ライオネルさんの言う通りドロテオ・レムスの能力は小町にとって最悪の相性だ。

 

しかし……

 

「まあ1ヶ月前の小町なら100%負けますね」

 

俺がそう返すとライオネルさんが訝しげな表情を見せてくる。

 

「ほう……口調からしてお前が何かしたのか?『影の魔術師』」

 

「まあ軽い訓練とアドバイスはしましたね。今回の鳳凰星武祭で『鎧装の魔術師』が来ると予想されていたので」

 

「いくら妹とはいえ……他所の学園の生徒を鍛えるなんて正気ですの?」

 

「至って正気だ。俺からすりゃレヴォルフより妹の方が重要だ。それにレヴォルフは王竜星武祭を重視していて、鳳凰星武祭と獅鷲星武祭には力を入れてないしな」

 

「それはそうですけど……」

 

「まあそれは人それぞれでしょ。それよりお前の妹、可愛いな」

 

ケヴィンさんがそう言ってくるが……

 

「それは否定しませんが手を出したら八つ裂きにするので。小町の彼氏は俺より強い事が最低条件ですから」

 

軽く殺気を込めてそう返す。

 

「うぉっ。怖い怖い」

 

「貴方より強い男性となると……アーネストと界龍の『覇軍星君』くらいでしょうね」

 

だろうな。天霧もいい線いっているがまだ負けないだろう。つーかあいつの場合、リースフェルトや沙々宮、刀藤にエンフィールドと沢山の女に惚れられているかな。小町もそのハーレムメンバーに入りそうで怖い。

 

「お喋りはそのくらいに。そろそろ始まるみたいだよ」

 

フェアクロフさんがそう言ってくるのでステージを見る。すると小町は両手に二挺のハンドガン型煌式武装を、戸塚は右手に散弾型煌式武装を手に持って起動している。

 

対するエリオットはクレイモアタイプの片手剣型煌式武装を手に持っている。ドロテオはまだ煌式武装を手に持っていないが対戦が始まったら持つのだろう。

 

『さあ!そうこうしているうちに開始時間が迫ってまいりました!ベスト16に進むのは星導館かはたまたガラードワースか!』

 

実況がそう叫ぶとモニターに映る四人の校章が光り出す。

 

『鳳凰星武祭四回戦第一試合、試合開始!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校章がそう告げると同時に小町は両手にあるハンドガン型煌式武装をドロテオの胸に狙いを定め発砲する。狙いを定めてから発砲までの時間は殆どない。しかし放った光弾は一直線にドロテオの胸にある校章に向かって飛んでいく。その事から小町の銃の腕前が一流だという事が素人でも理解出来るだろう。

 

同じ様に戸塚も散弾型煌式武装を発砲する。狙いはエリオットだ。今回は近寄らせない事が最優先なので結構撃ちにいくのだろう。

 

『おっと』

 

戸塚の目論見通りエリオットは後ろに大きく後退した。光弾は一発も当たっていないが問題ない。こんなんで倒せるなら苦労しないし目的はエリオット相手に時間稼ぎをする事だ。後ろに下がるのは充分な成果だ。

 

しかしドロテオの方は……

 

『ははっ!開始と同時に胸の校章を狙いに来るとはな、『神速銃士』』

 

ドロテオの薄い笑い声が聞こえると同時にドロテオの胸のあたりから周囲に鎧が生まれる。それによって小町の放った光弾は弾かれてしまう。

 

鎧は胸から体の隅まで広がっていき、遂には全身に鎧が纏われた。それはまるで西洋風のプレートアーマーを纏った騎士みたいでガラードワースに相応しい姿だ。

 

ドロテオの能力は『鎧装の魔術師』の二つ名からわかるように高い防御力を持つ鎧を生み出すものだ。

 

しかし1番厄介なのは鎧は能力の産物であるので、壊れても即座に修復されて元に戻ってしまう事だ。さらに校章も鎧に覆われてしまう。その事からドロテオを倒す方法はただ一つ。鎧の内部にまで届くような高威力の攻撃を叩き込む事だ。

 

しかし小町にとってそれは最悪の条件だ。小町の戦闘スタイルは持ち前のスピードで相手を撹乱してからの精密射撃による攻撃で、攻撃力を余り重視していない。よって小町の武器ではドロテオの鎧を破壊するのは至難だろう。

 

『さて……それではこちらも攻めさせてもらうぞ』

 

ドロテオはそう言って左手を前に突き出す。すると薄いプレートが無数に現れて組み合わさっていく。

 

10秒もしないでそれは層を成して、そこには馬の形をした鎧が現れる。合理的に考えたら馬の形をした鎧を作る必要はないが、能力はどこまでそのイメージを自分の中に構築出来るかによって精度が大きく変わる。

 

そしてこれがドロテオにとって最も理想の形なのだろう。実際に予選では馬の形をした鎧を作り対戦相手を蹂躙していたし。

 

そう思っているとドロテオは馬に乗り馬上槍型煌式武装を起動する。見た目は完全に中世の騎士だ。カッコイイな。

 

『行くぞ!』

 

『あらら……最初から全開かぁ』

 

ドロテオがそう言って馬の腹を蹴ると馬は猛スピードで駆け出した。その速度は本物の馬より遥かに速い。

 

それに対して小町は明らかに嫌そうな顔をして、ため息を吐きながら真横に動き出す。嫌なのはわかるがその顔は止めろ。一応これ全世界に発信されてるんだからね?親父あたり卒倒しそうだ。

 

「女子のする表情ではありませんわね……」

 

ブランシャールが呆れた表情をしている。うちの妹がすみません。

 

内心謝っていると……

 

『群がってーーー盾の軍勢』

 

戸塚がそう呟いて自身の能力で生み出した巨大な盾を100以上に分割して放つ。そのうちの70ぐらいはエリオットに直接飛ばして、残りの30くらいの盾はドロテオの方へ行かないようにする為の牽制に使っている。

 

『くっ……鬱陶しい…!』

 

エリオットは忌々しそうな表情をしながら煌式武装を振るう。

 

ウザそうにしているが、ガラードワースの片手剣術の特徴である突き技で自分に寄ってくる盾を次々と破壊している。

 

『えいっ!』

 

戸塚は更に近づけさせない為に散弾型煌式武装を発砲する。エリオットはそれを確認して少し後退する。戸塚は今の所順調だな。

 

しかしエリオットには盾も散弾型煌式武装の光弾も一発も当たっていない。流石に冒頭の十二人クラスの敵にはダメージを与えるのは無理か。一瞬でも油断したら戸塚は負けるだろう。

 

だから勝つ為には小町が急いでドロテオを倒さないといけない訳だが……

 

 

小町を見ると、小町は横に跳んで馬を駆りながら突撃してくるドロテオの一撃を躱す。

 

それと同時にハンドガン型煌式武装を馬の右前足に向けて発砲する。馬の足に当ててバランスを崩しドロテオを落馬させるつもりなのだろう。

 

放たれた光弾は馬の足に当たる。横に跳びながら高速で動く馬の足に当てる技術は見事だ。

 

しかし……

 

『おおっと!何と比企谷選手の放った光弾が弾かれたぁ!』

 

『レムス選手の鎧は硬いのは知ってたッスけど、ここまでとは思わなかったッスね』

 

実況と解説の言う通り、ドロテオの能力で作られた馬の足にはヒビ一つ入らずバランスを崩すのは叶わなかった。よってドロテオは落馬する事もなく小町の横を駆け抜けて行った。

 

小町の煌式武装も決して弱くはないが……ドロテオの鎧は予想以上に硬いようだ。

 

しかしアレなら……

 

俺がそう思っていると小町が右手にあるハンドガン型煌式武装ををホルスターにしまって、懐からある待機状態の煌式武装を取り出して起動する。

 

すると小町の手には真っ黒な銃が現れる。そしてその銃のグリップには……

 

「紫色のマナダイト……純星煌式武装?!」

 

ブランシャールが驚いた表情をしながら小町を見ている。ブランシャールの言う通りアレはただのマナダイトではなくウルム=マナダイト、つまり普通の煌式武装より遥かに強力な純星煌式武装だ。

 

 

 

 

 

 

「アレが小町の純星煌式武装の『冥王の覇銃』だ」

 

「ほう……比企谷小町の弱点を補うならあの純星煌式武装は破壊に特化した物という事か?」

 

「そうっすね。多分アルルカントの擬形体の防御障壁も破壊出来ると思いますよ」

 

「へぇ。可愛い顔してとんでもない武器を持ってるなぁ!」

 

ケヴィンさんが感心の声を上げている。ですよね。訓練していた時に何発かくらったがかなり痛かったし。

 

当時の訓練を思い出している中、ドロテオはUターンをして、再び小町の方を向いている。

 

『なるほどな……純星煌式武装か』

 

『はい。小町が貴方に勝つにはこれしかないです』

 

『面白い。行くぞ、『神速銃士』!』

 

ドロテオはそう叫んで馬の腹を先程より強く蹴る。すると先程とは比べ物にならないほどの速度で小町に突っ込む。能力で作られた馬であるのに人馬一体と言った姿を見せている。

 

それに対して小町はゆっくりと『冥王の覇銃』を構えてドロテオに狙いを定める。しかしまだ撃たない。恐らくドロテオが反応出来ても回避出来ない距離に近づいてから放つのだろう。

 

 

そう思っているとドロテオは更に速度を上げる。それを見て俺は理解した。

 

(……あの野郎。避ける気なんてない。真っ向から小町を撃ち破るつもりだ)

 

だとしたらマズい。『冥王の覇銃』を使えばドロテオの鎧を破壊して倒す事は出来るかもしれないが小町もドロテオの攻撃をくらうかもしれない。

 

そんな俺の心配を他所に小町の手にある『冥王の覇銃』のグリップについてあるウルム=マナダイトが光り輝く。

 

 

そしてウルム=マナダイトの輝きが最高潮に達したその刹那ーー

 

『冥王の覇銃』の引き金が引かれ銃口から紫色のスパークを帯びた黒い光が一直線にドロテオの腹に向かって突き進んだ。

 

そしてドロテオの腹に当たると激しいスパークが起こり観客の目を襲う。

 

『冥王の覇銃』から放たれた光はドロテオの周囲に広がりやがてドロテオの体を包み込んだ。

 

(よし。先ずは1人目!)

 

俺が内心ガッツポーズをした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおお!』

 

ステージから凄まじい雄叫びが聞こえたので意識をステージに戻すと、鎧を破壊されて全身がボロボロになっているドロテオが光の中から現れて小町に馬上槍を突き出した。

 

『ぐうっ?!』

 

まさか倒せていないとは思わなかったのだろう。少し気が緩んだ小町には避けられず、ドロテオの馬上槍をモロにくらった。

 

その衝撃によって小町がステージの壁に吹き飛ばされると同時にドロテオは地面に倒れこんだ。どうやら半ば無理やり最後の一撃を放ったようだ。

 

『ドロテオ・レムス、意識消失』

 

そんなアナウンスが流れると観客席からは歓声が上がる。

 

作戦通りドロテオを倒す事には成功したが最後の一撃をくらってしまった上、エリオット・フォースターは未だに無傷でかなりピンチだ。

 

 

小町の敗北を告げるアナウンスはされていないので校章は破壊されていないし意識はあるのだろう。

 

しかし小さくないダメージを受けたあいつらに勝ち目はあるのか?

 

 

内心不安に思いながら壁に吹き飛ばされた小町を見る。

 

 

 

 

 

 

 

試合はまだ終わっていない。

 

 

 



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比企谷八幡は妹の戦いを見守る(後編)

『ドロテオ・レムス、意識消失』

 

そんなアナウンスは流れ会場は大きく盛り上がる。まあ冒頭の十二人同士の戦いの決着がついたから当然とも言える。

 

しかし俺は余り喜べない。何故なら……

 

『ここで比企谷選手の純星煌式武装が炸裂しレムス選手を撃破ぁ!!しかしレムス選手の最後の一撃に比企谷選手も軽くないダメージを受ける!』

 

『校章は破壊されてないですし意識もありますがアレは痛そうッスね』

 

実況の言う通り、小町はドロテオの馬上槍による最後の一撃をモロにくらってステージの壁に吹き飛ばされてぶつかった。

 

ステージを見ると何とか起き上がっていたが若干フラフラしていて万全の状態とは程遠いと言っていいだろう。

 

そんな中更に悪い状況となってしまう。

 

 

『僕を相手に余所見をするのは良くないですよ』

 

『くっ…!』

 

小町から割と離れている場所ではエリオットが戸塚の放つ散弾や盾を破壊や回避をしながら距離を詰めている。

 

状況と会話から察するに小町が吹き飛ばされた時に戸塚は余所見をしてしまい集中力を乱したのだろう。能力は集中しなければ効果を発揮しない。格上相手に余所見するのは悪手だ。

 

しかし俺は戸塚を責めるつもりはない。俺は訓練の時にコンビネーションの練習や能力を伸ばすようにしていたが、メンタル関係については殆どしていなかった。

 

仲間がやられても狼狽えない、これは当たり前の事であると同時にとても重要な事だ。

 

普通の人なら教えていただろう。しかし俺はレヴォルフで基本的に誰とも組んでいないので頭から離れていた。まさか俺のぼっちが裏目に出るとは……!

 

俺の後悔を他所にエリオットは更に剣速を上げて戸塚との距離を詰める。一方の戸塚は再び盾を出して分割するものの、小町が吹き飛ばされた事を見た所為で焦っているのか、盾を分割する速度も遅く分割数も30くらいとかなり少ない。

 

『これで終わりです』

 

エリオットはそう言って戸塚が放とうとする盾を何十という突きによって全て破壊する。フェンシングで見るような突きだがその速さは段違いだ。星脈世代という事を差し引いても圧倒的な速さだ。

 

『まだだよ!』

 

盾を全て破壊されてピンチになったからか戸塚は落ち着きを取り戻し散弾型煌式武装をエリオットに向けて発砲する。狙いはエリオットの胴体だ。ピンチになると強くなるとはよく聞くがこれなら行けるか?

 

『ふふん!甘いですよ!』

 

しかし俺の予想は外れ、エリオットは自分の体を低く屈め戸塚に突っ込む。

 

超低空の突撃を繰り出すエリオットは散弾型煌式武装が放った光弾の下を潜り……

 

 

『戸塚彩加、校章破損』

 

そのまま戸塚の校章を一閃して胸の校章を破壊した。それを確認するとエリオットは直ぐに踵を返して小町との距離を詰めに行く。その距離約50メートル。

 

「これで一対一か……」

 

「ええ。ですがうちのエリオットの方がかなり有利ですわね」

 

ブランシャールは誇らしげにそう語る。まあ小町はドロテオの馬上槍の一撃をくらっているのに対して、エリオットは戸塚の盾を数発くらったが殆ど無傷だ。普通に考えたらエリオットの方が有利だろう。

 

だが……

 

「いや、勝負はまだついていない」

 

俺はただ一言、そう返す。確かに現状8:2あたりでエリオットが有利だ。だがまだ負けた訳じゃない。

 

万全の状態の小町とエリオットが戦ったら実力は互角だろう。それはつまり今の小町みたいにダメージを受けている小町とエリオットが戦ったらエリオットが有利になる。

 

だから当然として俺は小町に対策を教えてある。基本的な対策は教えたが、それをどうやって成功させるか小町の考え次第だ。

 

息を吐きながらステージを見ると小町は大分持ち直したようだ。『冥王の覇銃』を懐にしまってホルスターからハンドガン型煌式武装を起動してエリオットに放つ。ドロテオには全く効果はなかったがエリオットには通じるだろう。

 

しかしダメージが蓄積されているからかいつもより狙いが甘く、エリオットには簡単に回避されている。当たりそうな光弾は片手剣型煌式武装によって斬り払われる。エリオットと小町の距離は約15メートル。

 

(……まだだ。まだアレを使うのは早すぎる。使うとしたら10メートルを切らないといけない)

 

俺が昨日渡した煌式武装は射程距離が5メートルとかなり短い。相手に勘付かれない為には10メートルを切ってからだ。

 

しかし……

 

(問題は……エリオットの身体能力なら回避されるかもしれない事だ)

 

エリオットの身体能力は間違いなく一流だ。その上小町はダメージを負っているから、下手したら煌式武装を起動する前にやられるかもしれん。

 

となると確実に当てるには少しでもいいのでエリオットの隙を作らなければならない。それについては小町に任せているが……どんな作戦で行くんだ?

 

 

 

 

 

 

 

疑問に思っている時だった。

 

小町が唐突に左手に持っているハンドガン型煌式武装をエリオットの顔面に向かって投げつけた。

 

エリオットは一瞬驚いた表情をしながら剣でそれを払う。

 

『おおっと?!比企谷選手いきなりどうしたぁ?!』

 

実況が困惑した声を出している中、小町は右手に持っているハンドガン型煌式武装を今度はエリオットの足元に投げつける。

 

『……何を?』

 

エリオットは理解出来ない表情をしながら足元に剣を近づけてハンドガン型煌式武装を斬り払い小町との距離を更に詰める。距離は約3メートル。

 

それに対してハンドガン型煌式武装が払われると同時に小町の周囲に星辰力が溢れ出る。魔術師や魔女なら能力の使用する直前とわかるが小町は能力者じゃないから意図が読めない。

 

さっきから何をしてるんだ?全く理解できん。

 

小町の行動に対して理解に苦しんでいると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『咲き誇れーー九輪の舞焔花!』

 

いきなりそう叫びだした。……え?今なんて言った?

 

俺が呆気に取られる。つーかアレって……

 

「ユリスの技の名前?!」

 

ブランシャールが驚きの声を出している。そうだ、咲き誇れってリースフェルトが能力を使う時に言うセリフじゃん!何で小町が?というかあいつ魔女じゃない……あ。

 

(そういう事か!)

 

俺は小町の意図に気がついた。あいつ……中々嫌らしい作戦を考えたな。

 

感心しているとフェアクロフさんも小町の意図に気がついたようで苦笑している。まあ褒められた作戦じゃないからな。

 

しかし小町の間近にいるエリオットはいきなりの呪文詠唱を聞いて驚きの表情を見せている。

 

『……なっ!まさか魔女?!』

 

エリオットはそれを聞くと慌ててバックステップで距離を取ろうとする。

 

しかしいきなりの呪文詠唱で焦ったのか自分の足と足がぶつかりよろけている。

 

そんな中小町は懐から待機状態の煌式武装を起動する。マナダイトの色は緑色、つまり『冥王の覇銃』ではなく俺が渡した煌式武装だろう。

 

記憶されている元素パターンが再構築されて何もない空間から銃が顕現される。

 

その形は戸塚が持っている散弾型煌式武装によく似ているーーしかし戸塚の持っているそれよりバレルは短く銃口は遥かに大きい物だった。

 

エリオットはそれを見て引き攣った表情を浮かべている。どうやら今になって小町の作戦に気が付いたのだろう。

 

 

しかしもう遅い。

 

『騙してごめんね』

 

小町がそう言って煌式武装の引金を引く。

 

すると銃口から戸塚の持つ煌式武装の倍を超える数の光弾が放たれてエリオットの全身を蹂躙した。

 

『がはぁっ!』

 

100近い光弾をモロにくらったエリオットは絶叫を上げながら地面に倒れ込み、そのままピクリとも動かない。

 

「エリオット・フォースター、意識消失」

 

「試合終了!勝者、比企谷小町&戸塚彩加!」

 

会場に機械音声が響き渡る。

 

すると堰を切ったように会場を大歓声が包み込んだ。

 

『ここで決着!最初に五回戦に駒を進めたのは比企谷、戸塚ペアだぁ!!』

 

『最後の比企谷選手の策は中々良かったッスね。エリオット選手にとっては予想外の光景が立て続けに続いたからか、最後の一撃に対処するのは無理だったみたいッスね』

 

解説の言う通りだ。

 

エリオットに投げつけた煌式武装も、自身の周囲に出した星辰力も、普段リースフェルトが唱える呪文も全て囮で、本命は昨日渡した改良型散弾型煌式武装って訳だ。

 

「これは比企谷君が考えて教えたのかい?」

 

フェアクロフさんがそう聞いてくる。

 

「いえ。俺は散弾型煌式武装を渡しただけで後は全部あいつの考えです」

 

散弾型煌式武装は良く狙わずに攻撃出来る利点がある。だからドロテオとの戦いでダメージを負った後にエリオットと相対する時に備えて渡したが……上手くいって良かったな。

 

「褒められた戦術ではありませんが……実際に相対したくないですわね」

 

ブランシャールは苦い顔をしながらも小町の取った戦術の有効性は認めている。特にエリオットみたいな場慣れしていない人間には効果的だろう。これがドロテオだったらブラフに引っかからずに突撃してきそうだけど。

 

まあ勝ちは勝ちだ。良くやった。

 

歓声が響く中、小町は戸塚の肩を借りてステージを後にした。見た所ドロテオの一撃は相当重かったようだ。

 

「それにしても小町ちゃん結構ヤバそうだったけど大丈夫かな?」

 

ケヴィンさんはそんな事を言ってくる。人の妹を心配してくれるのは嬉しいがドロテオとエリオットの心配はしないのか?

 

星脈世代なら大抵のダメージは1日で回復するがドロテオの一撃による負傷は1日で治る物ではないと思う。

 

「……私の見る限り問題はないでしょう。明日までに完治するのは難しいですが、五回戦の対戦相手はどちらが勝ち上がってきても2人の実力なら負ける可能性は低いと思います」

 

ケヴィンさんの呟きに無表情で応じるのは1番隅にいるパーシヴァルだ。

 

「ふむ……キミがそう言うのであれば間違いないだろうね」

 

フェアクロフさんはそう言って頷く。そこからは確かな信用が見える。その事からパーシヴァルの言っている事は事実だと感じる。

 

「そうか。なら良かった。それと俺は小町の様子を見に行きたいので失礼してもよろしいですか?」

 

今日シリウスドームでやる試合の中で俺が興味あるのは天霧、リースフェルトペアとウルサイス姉妹の試合だけで、その試合は1番最後にやる物だ。

 

他のどうでもいい試合を見るくらいなら小町の見舞いに行った方が遥かに良い。

 

「もちろん。彼女達に見事だったと伝えておいてくれないかな?」

 

「貴方にそう言って貰えるなら小町達も光栄でしょうね。では」

 

「……私も行くわ」

 

俺が立ち上がるとオーフェリアもそれに続いて立ち上がる。それを確認すると俺は出口に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラードワースの生徒会専用の観覧席から出た俺とオーフェリアは全力疾走で小町達の控え室に向かった。頼むから無事でいてくれよ……

 

心配になりながらも走り、遂に小町達の控え室に到着した。俺は昨日貰った許可証を出してセキュリティを解除した。

 

ドアが開くと同時に俺は中に入る。

 

「小町、かなりダメージを負ったみたいだが……」

 

大丈夫か、最後まで言うのは叶わなかった。俺は控え室に入って直ぐに絶句してしまった。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな所で会うとは……1年ぶりだな、オーフェリア」

 

控え室には小町と戸塚だけでなく天霧とリースフェルトもいたからだ。おそらく俺みたいに小町の見舞いに来たのだろう。

 

リースフェルトは怒りや悲しみ、様々な感情の入り混じった表情でオーフェリアを見る。

 

「……ユリス」

 

それに対してオーフェリアはいつもより悲しげな表情でユリスを見返している。

 

小町や戸塚、天霧が困惑した表情を浮かべて2人を見守る中、俺は頭痛を感じてしまう。

 

 

(……まさかよりによって2人が鉢合わせするとは)

 

これを知ってたら天霧達の試合中に見舞いに行きゃ良かった。

 

 

俺が後悔している中、2人はお互いに視線を逸らさずに向き合っていた。

 

 



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閑話:オーフェリア・ランドルーフェンの願いは……

小町と戸塚の控え室、そこにいる俺は今かなり緊張している。

 

見るとソファーに座っている小町と戸塚、壁に寄りかかっている天霧も緊張した表情で俺同様、部屋の中心を見ている。

 

中心には美しき少女が2人いる。

 

片や鮮やかな薔薇色の髪と碧色の瞳を持った気丈な雰囲気を醸し出す少女、片や雪のような純白の髪と紅玉色の瞳を持った悲しげな雰囲気を醸し出す少女だ。

 

薔薇色の髪を持つ少女ーーーユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは今にも感情が爆発するように思えるくらいに険しい表情を浮かべて、対する純白の髪を持つ少女ーーーオーフェリア・ランドルーフェンはいつも以上に悲しげな、それこそ泣き出しそうな表情を浮かべている。

 

お互いが睨み合っているだけなのに当事者の2人以外の人間は2人から目を逸らす事が出来ない。

 

暫く見つめ合っているとリースフェルトが口を開ける。

 

「……オーフェリア、何故お前がここにいる?」

 

「八幡が小町のお見舞いに行くと言っていたからその付き添い。……八幡が小町と話し終わったら帰るわ。今は偶然会ったから仕方ないけど……前にも言ったようにもう関わらないで」

 

オーフェリアはリースフェルトが言おうとしている事に対して釘を刺す。それを聞いたリースフェルトは一瞬だけ残念そうに唇を噛んだが、直ぐにオーフェリアを睨む。

 

「断る。私は何としてもお前を連れ戻す。お前がいるべき世界はそこではない」

 

「……やめて。私は私の運命に従っているの」

 

「私はそれを認めない!」

 

オーフェリアが拒絶の意を示しているのに対して、リースフェルトはオーフェリアの拒絶を拒絶している。どちらも一歩も譲らない雰囲気を醸し出している。

 

「……やめてユリス。それに今の私は自分の運命を気に入っているの」

 

「何だと?どういう事だ?」

 

リースフェルトは驚きの表情を浮かべながらオーフェリアに質問をする。するとオーフェリアはチラリと俺を見て自分の胸の校章に手を当てる。

 

「……今の私の運命はここにある。そしてここには……今の私が唯一大切と思える八幡がいるの」

 

「……は?俺?」

 

まさかの俺の名前が出てきてつい声が漏れてしまった。

 

「……ええ。今の私にとって八幡といる事が唯一の幸せなの……だから止めて」

 

途中からリースフェルトを見ながらそう言ってくる。その表情からはさっきの表情と違って強い決意の様な物を感じる。

 

余りの視線の強さに俺もリースフェルトも全員黙り込んでしまう。まさかオーフェリアがここまで感情を出すとは思わなかった。

 

全員が絶句しているとオーフェリアが口を開ける。

 

「……もしも私を八幡から引き離したいなら決闘で私を「待てオーフェリア」……痛いわ」

 

余計な事を言おうとしたオーフェリアの頭にチョップをかます。するとオーフェリアは強い視線からジト目に変えて俺を見てくる。

 

「アホか。星武祭に参加してる選手に決闘を提案してんじゃねぇよ」

 

俺は頭をおさえているオーフェリアから視線を外してリースフェルトを見据える。

 

「リースフェルト。お前の気持ちはわかるが今は帰れ。オーフェリアは頑固だから譲らないしお前も譲らないだろう。だがお前は星武祭参加者だ。ここでオーフェリアに勝負を挑んだら失格になるぞ」

 

星武祭が開催している間は防御障壁がある場所以外では決闘が禁止されている。防御障壁のない場所、しかも他の選手の控え室で決闘なんかしたら天霧、リースフェルトペアは失格になるしオーフェリアもペナルティを与えられるだろう。

 

リースフェルトを見るとさっきまでの睨みは鳴りを潜める。苦い顔をしながらも俺の意見を受け入れる素振りを見せてくる。

 

「それにだ、お前らの次の相手のイレーネは強いぞ。精神が落ち着いた状態じゃないと厳しい相手だ。少し頭を冷やせ」

 

「……………わかった」

 

俺が言っている事に理があると判断したのだろう。リースフェルトは不満そうな表情をしながら頷いた。良かった……ここで引かずに決闘を挑んできたらマジで面倒な事になっていただろう。

 

「天霧、リースフェルトを頼む」

 

「あ、うんわかった」

 

天霧はそう言ってリースフェルトの手を引いて控え室を出て行った。とりあえず揉めずに済んで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

安堵の息を吐いていると小町が話しかけてくる。

 

「ねぇお兄ちゃん。リースフェルトさんとオーフェリアさんが昔馴染みなのは知ってたけど、何であそこまで睨み合っていたの?」

 

まあそれを聞きたいのは当然だろう。しかしオーフェリアの過去を俺が勝手に話してはいけないからなぁ……

 

小町に教えられないと言おうとすると……

 

「……話しても構わないわ」

 

オーフェリアがそう言ってくる。え?何で今俺が考えている事がわかったの?もしかしてエスパー?

 

「……いいのか?」

 

「ええ。どうせ昔の話だから」

 

オーフェリアが了承したので俺は小町達に、昔リーゼルタニアの孤児院にいて借金のカタとして研究所に連れられた事、そこで星脈世代になった後ディルクの下についている事全てを話した。

 

「そんな事が……」

 

2人は絶句していた。まあ平和な星導館にいるならそんな話に慣れていなくても仕方ないだろう。

 

「……2人がそんな顔する必要はないわ。仕方のない事だもの……」

 

オーフェリアは既に自分の事に関しては諦めている。それは出会った当初から聞いているので今更驚きはしないが……

 

(……何でか凄くムシャクシャするんだよな)

 

理由はわからないがオーフェリアがそうやって全てを諦めるのを見るとイライラする。

 

そんな中、小町がオーフェリアに話しかける。

 

「オーフェリアさん。2つ聞きたい事があるのですがいいですか?」

 

「いいわよ。何を聞きたいの?」

 

「じゃあ1つ目、もしお兄ちゃんがリースフェルトさんの方に行ったとしたらオーフェリアさんもリースフェルトさんの方に行きますか?」

 

「………それは無理よ。私は彼の所有物だから自由はないわ」

 

「彼とは『悪辣の王』ですよね?」

 

「そうよ」

 

「じゃあ2つ目、オーフェリアさんは自由になりたいですか?」

 

小町がそう言うとオーフェリアは目を見開く。予想外の質問だったようだ。

 

「無理かどうかではなくて自由になりたいかなりたくないか、YesかNoでお願いします」

 

小町がそう言ってオーフェリアに詰め寄る。オーフェリアはそれに対して考えるような素振りを見せて………

 

「………わからないわ」

 

そう返事をする。ん?わからないって何だ?

 

疑問に思っている中オーフェリアは説明を続ける。

 

「……絶対にあり得ないけど……もし自由になったらしたい事があるの。だけどそれは絶対に叶わない事だから……」

 

「したい事?何ですか?したい事があるなら王竜星武祭で優勝した時に叶えて貰うのはダメなんですか?」

 

まあ普通に考えたらそうだが……ディルクの為に願いを使ったのか?

 

疑問に思っているとオーフェリアは小町に近寄り小町の耳に顔を近付ける。何だ?俺が聞いちゃいけない事か?

 

オーフェリアが小町から離れると小町は驚きの表情を浮かべオーフェリアに話しかける。

 

「……オーフェリアさん。それは本当ですか?」

 

「……ええ」

 

「そうですか。オーフェリアさんの境遇からしたら厳しいかもしれませんがお兄ちゃんの妹としては応援します」

 

「ん?おい小町。俺がどうかしたのか?」

 

オーフェリアの願いは俺が関係しているようだが何なんだ?

 

「それはもしオーフェリアさんが自由になったら、その後オーフェリアさん自身が言う事で小町の言う事じゃないよ」

 

「そうか。じゃあオーフェリアが自由になったら聞く」

 

「そうして」

 

「……待って。さっきから聞いていればまるで私が自由になるように言っているの?」

 

オーフェリアが信じられない表情をしながら俺と小町を見てくる。

 

「そうですね。小町はオーフェリアさんはいつか自由になると思っています」

 

「……その根拠は?」

 

「勘です」

 

小町はそう言うとテヘペロをする。可愛い、可愛いがイラッときた。

 

オーフェリアは若干呆れた表情を浮かべながら額に手を当てている。

 

 

 

 

「……はぁ。やっぱり小町は八幡の妹ね」

 

待てコラ。それはどういう意味だ。

 

俺が突っ込もうとすると端末が鳴り響く。次の試合が始まるのを伝えるアラームだ。

 

「あ!次の試合がそろそろ始まるみたいだね。小町達は今から試合を見ながらシャワー浴びるから」

 

「あ、まだ浴びてなかったのか。じゃあ俺達は帰る」

 

そう言って俺達は立ち上がる。

 

「じゃあまたね、お兄ちゃん、オーフェリアさん」

 

「また次の試合で」

 

2人に見送られながら控え室を後にした。

 

 

控え室を出るとオーフェリアが制服を掴んでくる。

 

「……八幡」

 

「何だ?」

 

「……もし小町の言う通り、私が自由になったら……その……」

 

オーフェリアはそう言ってモジモジし始める。こいつが俺に対して何を願うか知らないが……

 

「わかってる。もしお前が自由になったら俺がお前の願いを叶えてやる」

 

オーフェリアの願いに俺の協力が必要なら喜んで力を貸してやる。それくらいおやすい御用だ。

 

「……そう」

 

俺がそう言うとオーフェリアは頬を染めて俯き出す。

 

(……ん?理由はないが失言をした気がする)

 

俺は胸に妙にモヤモヤした物を感じながらオーフェリアと一緒に会場に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「そういえば小町ちゃん」

 

「はい。何ですか?」

 

「オーフェリアさんの願いって何だったの?聞いた限りじゃ八幡が必要みたいだけど」

 

「あー、そうですね。オーフェリアさんの願いは……」

 

控え室にいる小町は一つ区切り、戸塚に対して口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーお兄ちゃんと結婚して、誰にも干渉されず幸せに暮らしたいんだってーーー



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比企谷八幡は陰謀渦巻く戦いを観戦する(前編)

 

 

 

 

どうしてこうなったんだ?

 

俺の頭の中にはその考えしかない。普段なら思考停止に陥る事はないが今においてはしょっちゅう思考停止してしまっている。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ」

 

歩いている中、オーフェリアが今まで見た事がないくらい艶のある表情で俺の腕に抱きついているからだ。この表情なら俺以外の人が見ても笑顔と判断出来るだろう。

 

「………八幡」

 

そう言って更に腕に力を込める。それによって俺の腕には柔らかい二つの塊が当たる。チラッと見ると俺の腕に当たって形が変わっている。

 

(……くっ。これはヤバい)

 

 

改めてオーフェリアが持つ二つの塊ーーーオーフェリアの胸が俺の腕に当たって形が変わっているのを理解すると顔が熱くなるのを実感する。

 

マジで何があったんだ?

 

オーフェリアの奴、小町達の控え室を出て俺がオーフェリアの願いを叶えると言ってたらいきなり抱きついてきた。

 

その後暫く抱き合って、ちょうど5分くらい前に抱擁をといて観覧席に向かって歩き始めて今に至る。

 

向かっている場所はレヴォルフの生徒会専用の観覧席、ガラードワースの生徒会専用の観覧席にはオーフェリアがベッタリくっ付いているので戻れないだろうからレヴォルフの生徒会専用の観覧席に向かう事にした。

 

腕に当たっている柔らかい感触に耐えながら歩いていると漸くレヴォルフの生徒会専用の観覧席に到着した。

 

オーフェリアが許可証を使用すると扉が開く。中に入ると人一人いなかった。よかった、これで他の人に変な目で見られずに済むな。

 

安堵の息を吐きながら扉を閉め席に座る。するとオーフェリアは俺の横に座って俺の肩に頭を乗せてスリスリしてくる。

 

「……八幡」

 

ドキドキしているとオーフェリアが俺の名前を呟いてくる。もうマジで何なの?さっきから様子が変だがマジで何があったの?

 

「……オーフェリア、何があったんだよ?」

 

つい聞いてしまう。するとオーフェリアは頬を染めながら口を開ける。

 

「……そうね。今の私は自由になりたいと思うようになったの。だって……自由になったら八幡が私の願いを叶えてくれるのだから」

 

そう言っているがマジで何なんだ?あれ程自由になるのを諦めていたオーフェリアが自由になりたいと思うようになるって……

 

オーフェリアの願いって何なんだ?そして俺は何をする事になるんだ?

 

理由はない。理由はないが途轍もなく凄い事をしないといけない気がする。それこそ……何かしらの責任を取るみたいな事とか。

 

だとしたらどうしよう……

 

 

悩んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁー各学園で白熱の試合が続いております四回戦!このシリウスドームでのトリを飾るのは星導館学園の天霧、リースフェルトペアとレヴォルフ黒学院のウルサイス姉妹です!ベスト16に進むのは果たしてどちらのタッグなのか!』

 

実況の声が聞こえたのでステージを見ると天霧とリースフェルト、ウルサイス姉妹がステージに現れる。

 

とりあえずオーフェリアの願いについて悩むのは後でいいだろう。今は試合に集中だ。何故ならこの試合がディルクの望んだ試合なのだから。

 

意識を切り替えてステージを見ると天霧の周囲に魔方陣が浮かんで万応素が輝いて弾ける。

 

『ーーー内なる剣を以って星牢を破獄し、我が虎威を解放す!』

 

天霧がそう言うと大量の星辰力が天霧の体から現れる。それと同時に手には『黒炉の魔剣』が起動状態となって現れる。

 

「……ああ。あれが『黒炉の魔剣』」

 

オーフェリアは一瞬目を細めて天霧の手にある『黒炉の魔剣』を見る。やはりディルクの手駒だけあって天霧の事を知ってるのか?

 

疑問に思っているとイレーネの持つ『覇潰の血鎌』が紫色の光を放ちだす。どうやら両ペア共にやる気十分のようだ。

 

緊張感が張り詰める中ーーー

 

 

『鳳凰星武祭四回戦第十一試合、試合開始!』

 

試合開始が告げられる。

 

それと同時にリースフェルトが構えを見せる。

 

『咲き誇れーーー赤円の灼斬花!』

 

リースフェルトの周囲に炎が吹き上がり紅蓮の戦輪を十数個作り上げる。やはり能力者としての基本はマスターしているようで準備が速い。

 

リースフェルトが戦輪をイレーネに飛ばすが『覇潰の血鎌』によって全て破壊される。

 

しかしそれは囮のようで本命は天霧による攻めだ。

 

天霧はその隙を突いてイレーネとの距離を詰めて『黒炉の魔剣』を使って下段から斬り上げる。

 

それに対してイレーネは『覇潰の血鎌』で受け止める。すると刃同士が干渉し合って火花が舞い散る。

 

どうやら全てをぶった斬る『黒炉の魔剣』でも同格の純星煌式武装が相手ならそう簡単にはいかないらしい。

 

天霧もそれを理解したようで直ぐに鍔迫り合いを止めてイレーネの体に斬撃を放つ。イレーネは『覇潰の血鎌』を振るって迎撃するも天霧には回避されて反撃される。

 

本来鎌は攻撃動作が限定されているので武器としてはそこまで優れていない。イレーネは身体能力でそれを補っているが大抵の雑魚ならともかく天霧クラスの相手には厳しいだろう。現に今、天霧の一撃がイレーネのマフラーをぶった斬ったし。

 

するとタイミングを見計らったようにリースフェルトの戦輪がイレーネに襲いかかる。しかしイレーネが作り出した重力球が戦輪とぶつかり合って互いに消滅する。

 

「ふーん。組んで1ヶ月の割には中々良いコンビじゃん」

 

「……でも連携だけなら小町と戸塚の方が上じゃない?」

 

「そりゃ締め切り直前にエントリーしたあいつらと違って小町達は遥か前にエントリーしたからな。それにあいつらの連携は難しいだろ?」

 

天霧とリースフェルトの場合は力が大きいし割と癖があるからな。連携の難度が違い過ぎる。

 

そう思いながらステージを見ると天霧が後ろに跳んでいた。よく見ると先程まで天霧がいた場所の周囲の空気が震えているのがわかる。

 

「あの辺りの重力を操作したのか。つくづく面倒臭い純星煌式武装だな」

 

「……彼女からしたら八幡の能力の方が面倒だと思われているわよ。なにせ影の中にいれば重力の影響を受けないのだから」

 

まあ、な。俺の影の中は全ての攻撃に対して絶対の防御を持つ。これで影の中からでも攻撃が出来れば正真正銘無敵なんだがな……悲しきかな、影の中にいる間は影による攻撃が一切出来ない。

 

俺の能力の欠点について考えている時だった。ステージにいる天霧がふわりと浮き上がった。アレは……

 

「この前の序列戦で俺がやられたヤツだな」

 

重力を弱めて相手を浮かす技、俺も以前アレをくらったがあの状態になると身体がくるくる回るだけで何もできなくなる。俺は影に入って逃げれたが天霧達はヤバくないか?

 

しかもリースフェルトも重力の影響を受けているのか地面に倒れこんでいる。

 

『さぁて、私は『華焔の魔女』ほどコントロールはよくねぇが、流石に止まった的なら外さねぇぜーーー単重壊!』

 

イレーネがそう叫ぶと重力球が現れて天霧へ狙いを定める。……が、不意にイレーネが膝を折った。おそらく『覇潰の血鎌』の代償による負担の所為だろう。早くプリシラから血を貰わないと負けるだろう。

 

しかしイレーネは顔を歪めながらも能力を発動している。

 

『これで終わりだ、天霧!』

 

重力球が天霧に放たれて、まさに直撃しようというその刹那ーーー

 

『咲き誇れーーー六弁の爆焔花!』

 

倒れこんでいるリースフェルトが放った火球が重力球より先に天霧に直撃した。

 

それによって小規模な爆発が起こり爆煙の中から天霧が出てくる。多少ダメージを受けたようだが、重力球をくらうダメージよりは低いだろう。

 

「天霧を信頼している。だからあえて攻撃して天霧を重力の影響から逃すって………あいつら完全に夫婦だなおい」

 

味方を攻撃して敵の攻撃から守るなんて余程天霧を信頼してないと出来ない事だ。

 

天霧にしろリースフェルトの為に鳳凰星武祭に出場してるし。つーかこいつらは本当に付き合ってないのか?絶対に付き合ってるだろ。

 

 

 

 

 

 

 

天霧に対して内心突っ込んでいる時だった。

 

「……夫婦」

 

オーフェリアがポツリと何か呟いた。

 

「どうしたオーフェリア?」

 

よく聞こえなかったので聞いてみるとオーフェリアは俺の顔を見てくる。

 

「……八幡。八幡は誰かと夫婦になりたい?」

 

は?俺が誰かと夫婦になりたいだと?

 

いきなり妙な事を聞いてくる奴だな。質問の意図は理解できない。理解はできないが一応質問には答えよう。

 

「そりゃまあ……なりたいっちゃなりたいな」

 

美人で優しくて俺を養ってくれる人と結婚したいし。そして俺は専業主夫として幸せになりたい。

 

そう返すと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ八幡。……私と夫婦になりたい?」

 

オーフェリアが爆弾を投下してきた。

 

ふぁぁぁぁぁぁ?!い、いきなり何を言っているんだよ?!オーフェリアと夫婦だと?!こいつマジでどうしたんだ?!

 

内心焦りまくっていると、オーフェリアはそれを無視して近寄ってくる。止めて!俺のライフはもうゼロだからな!!

 

「……八幡」

 

そう言って更に顔を近づけてくる。近い近い近いから!!

 

俺が離れようとすると更に詰め寄ってくる。ダメだ!誰か助けてくれ!

 

そう思っていると携帯端末が鳴り出した。よし、ナイスタイミングだ!

 

そう思いながら携帯を取り出して通話ボタンを押す。それと同時にある考えが浮かぶ。

 

 

(……あれ?そういや前にも似たような状況があったような?)

 

しかし時すでに遅く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『すみません比企谷君。今よろしいでしょうか?』

 

画面には星導館の生徒会長が映っていた。何でエンフィールドが電話をしてくんだ?

 

「……八幡」

 

そして何でオーフェリアはどす黒いオーラを出しているんだ?

 



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比企谷八幡は陰謀渦巻く戦いを観戦する(後編)

俺は今冷や汗をかいている。理由は簡単、隣からどす黒いオーラを受けているからだ。

 

「……八幡」

 

隣ではアスタリスク最強の魔女であるオーフェリアがどす黒いオーラを出しながらジト目で見てくる。はっきり言おう、メチャクチャ怖いです。

 

『もしもし比企谷君、大丈夫ですか?』

 

どうやらエンフィールドからはオーフェリアが見えていないようだ。ビビっている俺を見て心配したような声で話しかけてくる。すると更にどす黒いオーラか増した気がする。

 

理由はわからないが……オーフェリアはエンフィールドを嫌っているようだった。こりゃ長引かせるのは良くないな。

 

「ああ。大丈夫だ。話す内容は大体理解できるが急を要するのか?」

 

多分天霧とイレーネの話だろう。話すのは構わないが出来るなら今はやめて欲しい。

 

するとエンフィールドは俺の表情を見て何かしら理解したように頷く。

 

『いえ。今直ぐでなくても大丈夫です。そちらは今都合が悪いようですので夜でも大丈夫ですよ』

 

「いいのか?」

 

もし今じゃなくていいなら後にしたい。オーフェリアが機嫌を悪くしてるし、ここはレヴォルフの生徒会専用の観覧席だから話したくない。

 

『はい。その場合夜9時から11時の間にお願いします』

 

「そうかわかった」

 

『では……』

 

エンフィールドが通話を切る。するとオーフェリアからどす黒いオーラは消えて不安そうな表情で見てくる。

 

「……で、お前は何で怒ってたんだ?」

 

疑問に思った事を聞くとさっきとは打って変わってしおらしい態度をしてくる。

 

「……ごめんなさい。これはただの八つ当たりなの」

 

そう言って謝ってくる。そんな表情されたら文句は言えねぇよ……

 

「別に気にしてない。だからそんな悲しそうな顔は止めろ」

 

俺が悪い事をしているような気分になってしまう。オーフェリアの奴、戦闘力は桁違いだがそれ以外は普通の女の子だからな。

 

「……ごめんなさい」

 

オーフェリアはそう言って再度謝ってくる。全く……

 

「はいはい。だから怒ってないから気にするな」

 

悲しげな表情をして瞳を潤ませているオーフェリアの頭に手を置いて優しく撫でる。

 

「あっ……」

 

オーフェリアがピクンと反応する。いけね、小町が悲しんでる時にやっている癖が出ちまったな。

 

「頭を撫でられたのは、いつぶりかしら……」

 

俺が謝ろうとするとオーフェリアは顔を俯かせて俺の胸に飛び込んできて背中に手を回してくる。……前から思っていたが……オーフェリアって結構甘えん坊だな。

 

息を吐きながらオーフェリアに抱きつかれていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。そうだ、今は試合中だった。エンフィールドの電話を始め色々あって忘れてた。

 

余りの轟音なので半ば慌ててオーフェリアとの抱擁をといてステージを見ると、ステージには途轍もない程の巨大な炎の花が膨れて爆発していた。

 

おそらくリースフェルトの技だが直径は軽く20メートルは超えているだろう。試合開始してから大分経っているのでおそらく設置型の技だろう。味方を巻き込むリスクはあるかもしれないが、それを差し引いても見事な技だ。

 

 

 

 

 

爆煙でイレーネの姿は見えないがどうなった?いくらイレーネでもアレをくらったら無傷じゃ済まないだろう。やはりあの2人を相手にするのは厳しいか……?

 

疑問に思っている中、爆煙が晴れてイレーネの姿が現れる。

 

しかし……

 

 

「……殆ど無傷だと?」

 

クレーター状にへこんだ中心には『覇潰の血鎌』を携えているイレーネがいた。服は焼け焦げているが怪我らしい怪我はしていない。そして周囲には重力球がイレーネを守るように浮かんでいた。

 

正直信じられない。今までイレーネとは何度もやり合っているが、アレほどの攻撃を真っ向から受ける技をイレーネは持っていない筈だ。出来たとしても『覇潰の血鎌』の代償で血を全て失って死んでいるだろう。

 

じゃあどうしてだ?

 

疑問に思っているとステージ全体が紫色の輝きに包まれる。それと同時に天霧とリースフェルトは地面に倒れ伏し、圧力で地面にヒビが入る。当のイレーネはプリシラを抱き抱えてプリシラの首に牙を立てている。

 

能力は間違いなく『覇潰の血鎌』だろう。しかしその範囲と威力が桁違いだ。あれほどの力をイレーネが出せるとは思えん。

 

「まさか暴走か?」

 

「……暴走というより乗っ取りに近いわね。『覇潰の血鎌』はかなり我が強いって前に彼から聞いた事があるわ」

 

オーフェリアが俺の考えを訂正してくる。『覇潰の血鎌』は我が強いのは知っている。何せ外部から血を摂取出来るように所有者の肉体を変えるくらいだからな。

 

しかしまさか乗っ取るとはな……いや、まだ完全に乗っ取られている訳ではないだろう。もし乗っ取られているなら意識は失い、校章が敗北を告げる筈だ。

 

そんな中、天霧は紫色の輝きの中を進み始める。見るからに苦しそうだ。しかもあいつの場合はリミットがある。急がないとイレーネの重力じゃなくて自分にかけられた封印にやられるだろう。

 

そして遂に天霧はイレーネの元に辿り着き声をかける。初めは効果がなかったものの何度も声をかけている内に、異常な重力が消えて紫色の輝きが薄くなった。

 

しかし……

 

『うああああああ!』

 

イレーネが絶叫すると天霧を再び圧し潰す。そしてイレーネはぐったりとうなだれ、観覧席からでも生気が失われているのが簡単に理解できる。

 

しかし『覇潰の血鎌』はイレーネの手から離れないでけたたましく嗤っている。どうやら完全にイレーネを乗っ取るつもりなのだろう。

 

俺には『覇潰の血鎌』が嘲笑を浮かべているように感じて不愉快極まりない。可能なら今直ぐにでもステージに入ってあの純星煌式武装を完膚なきまでに破壊したいくらいだ。

 

一瞬本気でステージに介入しようと考えていると……

 

「……あれは、『黒炉の魔剣』か?」

 

天霧が重力に逆らいながら無理やり立ち上がる。その手には『黒炉の魔剣』があり、ウルム=マナダイトが赤色の光を放っている。

 

それは徐々に光を増していき紫色の輝きが侵食し始める

 

『はああああっ!』

 

天霧がそう叫び『黒炉の魔剣』を振るう。

 

するとステージに広がっていた紫色の輝きが両断された。それによってステージの異常な重力が搔き消えた。

 

「マジか。能力をぶった斬るなんて何でもありだな」

 

余りの光景に戦慄してしまう。『黒炉の魔剣』の能力は知っていたが純星煌式武装の能力もぶった斬る事が出来るとは思わなかった。

 

「これってオーフェリアの能力も斬れるのか?」

 

ついオーフェリアに聞いてしまう。

 

「……多分斬られるわね。もしも八幡が『黒炉の魔剣』を持っていたら負ける可能性が出てくるわ」

 

まあ俺は体内を影でコーティングしてるから無味無臭無色透明の瘴気は効かないし、それ以外の攻撃は『黒炉の魔剣』で対処すれば勝ちの目が出るかもしれん。

 

(つーかそれって裏を返せば『黒炉の魔剣』がなければ絶対にオーフェリアに勝てないって事なんだよなぁ)

 

改めて隣にいる少女の強さに戦慄している中、天霧は『覇潰の血鎌』を斬り上げてイレーネの手から撥ね上げる。

 

そして地面に落下しようとする『覇潰の血鎌』を斬り落とし、そのまま手首を返して地面に縫いとめるように刺し貫いた。

 

『天霧辰明流剣術中伝ーーー刳裡殻』

 

天霧がそう呟くと硝子を擦り合わせたような不協和音がステージに響き渡り、『覇潰の血鎌』の外装にヒビが入り、粉々に砕け散った。

 

『イレーネ・ウルサイス、プリシラ・ウルサイス、意識消失』

 

『勝者、天霧綾斗&ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト!』

 

そんなアナウンスが流れると、一瞬間を置いて今大会1番の大歓声がステージを震わせる。

 

「ふぅ」

 

とりあえず試合が終わって安堵の息を吐く。一時はどうなるかと思ったがとりあえず『覇潰の血鎌』がイレーネを乗っ取る事がなくて安心あんし……ん?

 

ステージを見ると目を見開いてしまう。

 

そこには仰向けに倒れていた天霧が苦しそうな表情で悶えていた。まさかあいつ……!

 

『おおっと、これは一体どうしたことでしょう?天霧選手、起き上がることが出来ません!チャムさん、これはやはり相当なダメージがあったということでしょうか?』

 

『んー、そうッスねー……いや、でもこの万応素は明らかに……』

 

 

実況の言葉が流れる中、天霧の周囲に幾つもの魔方陣が浮かび上がり、そこから現れた鎖が天霧に絡みつく。アレはサイラスの事件の時に俺が見た物と一緒だ。という事は……

 

ステージを見ると光が一瞬輝いたかと思いきや、それらは全て掻き消えて残されたのはぐったりとした天霧だけだった。

 

「マジか。よりによって衆目に晒されやがったか」

 

学園内ならともかく、星武祭のステージで見られたのは痛いな。

 

「……八幡はアレを知っているの?」

 

「まあ少し。何でも天霧の姉ちゃんが天霧に施した封印なんだよ。それによって天霧は5分ぐらいしか本気で戦えないんだよ」

 

しかも以前リースフェルトから聞いたがリミットを超えると反動がヤバいらしい。下手したら丸一日動けないらしい。明日の試合は界龍の序列上位の相手だが大丈夫か?

 

ステージを見るとリースフェルトが疲労困憊になっている天霧に近寄っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本戦第一回戦も終了し、アスタリスク全体が盛り上がっている。

 

そんな中俺は盛り上がってはいけない空気が漂っている場所にいる。

 

目的の場所に着いた俺はノックをして扉を開ける。

 

「ああ。来たら伝えとく。じゃあな」

 

どうやら会いに来た人物は電話をしていたようだ。とりあえず電話は切ったみたいだし良いタイミングだろう。

 

「ようイレーネ。見舞いに来たぞ」

 

俺は今、中央区にある治療院にイレーネとプリシラの見舞いに来ている。

 

「あん?……って八幡じゃねぇか」

 

イレーネを見ると険が取れたような雰囲気を出している。何だか気分が良さそうだ。あんな事があったから大丈夫かと思ったがこれなら心配ないだろう。

 

「ほらよ、見舞い品だ」

 

そう言って果物とマッ缶を差し出す。

 

「果物はともかくMAXコーヒーはいらねぇよ」

 

「んじゃ俺が飲む。プリシラはまだ目が覚めないのか?」

 

イレーネの横ではプリシラが眠っている。

 

「いや、さっき一度起きて話した。今は疲れて寝てる」

 

「なら良かった。そういや『覇潰の血鎌』は見事にぶっ壊されたけどディルクからお咎めはあったのか?」

 

純星煌式武装は統合企業財体の財産の一つだ。場合によってはお咎めがあるだろう。

 

「それが全く無かったんだよ」

 

「は?マジで?」

 

となるとディルクは他の所で何らかの利益を得たのだろう。あいつのやり方は蜘蛛の巣みたいに嫌らしいからな。

 

「マジマジ。ま、天霧に負けたから借金は減らないけどな」

 

「まあ純星煌式武装に乗っ取られなかったから良かっただろ?」

 

「まあな。でもアレだけ動いてタダ働きってのはなぁ……」

 

そう言っているがそこまで未練を感じない。寧ろ何かを楽しみにしてるようにも見える。

 

「諦めろ。そういやさっきの電話はディルクからか?」

 

「ん?ああ。何か近いうちに天霧が自分への接触を求めてくるだろうから、私に連絡してきたらそのまま連絡しろってさ」

 

天霧がディルクに?天霧の奴、何を聞きたいんだ?はっきり言ってディルクは関わるべきではないのに。もしかして姉の事か?

 

俺はイレーネと雑談をしながらもプリシラが目覚めるまでその事について考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イレーネとプリシラの見舞いを済ませた俺は自分の寮に戻る。

 

夜飯を済ませると時計は10時を回っていた。そろそろ頃合いだな。

 

俺は携帯端末を取り出してエンフィールドの端末に連絡を入れると、しばらくの保留時間の後に空間ウィンドウが開いてエンフィールドの顔が映る。

 

「エンフィールドか?昼は済まなかったな。今は大丈夫か?」

 

『はい大丈夫です。それと昼の件はこちらに非があるので気にしないでください』

 

「わかった。それで話って何だ?」

 

『はい。実はディルク・エーベルヴァインについてなのですが、彼は綾斗の姉を知っているみたいなのですよ』

 

予想はしていたが……やっぱりディルクは天霧の姉ちゃんを知っていたのか。その時に『黒炉の魔剣』を見て危険と判断して天霧を潰そうと考えたのだろう。

 

「なるほどな。とりあえずディルクの奴が狙う動機には姉が関係してるのはわかった。それとこっちもそれに関する事で新しい情報が手に入った」

 

『何でしょうか?』

 

俺はエンフィールドにさっき治療院でイレーネから聞いた事を全て話した。

 

全て話し終えるとエンフィールドは難しい表情を浮かべる。

 

『……危険ですね』

 

一言だがその意見には賛成だ。ディルクは戦闘力は皆無だが正直言って関わりたくない類の人間だ。

 

「だがどうするんだ?天霧にディルクと関わるなって言ったら止めると思うか?」

 

『正直無理だと思いますね。綾斗は姉の話になると感情が高まるので』

 

「……なら仕方ないな。だったら無理に止めない方がいいだろ。元々俺やお前には止める権利なんてないんだし」

 

『それはそうですが……』

 

エンフィールドも苦い顔を浮かべている。この手の話は止めるのが難しいからな。

 

「とりあえず俺もディルクの方を少し探ってみる。お前も天霧がディルクにコンタクトを取ろうとしてるのが分かったら連絡してくれ」

 

『よろしいのですか?そこまでして頂かなくても大丈夫ですよ?』

 

「安心しろ。単純にディルクの思い通りになるのが嫌なだけだ」

 

俺は単にオーフェリアを物扱いしているあいつに嫌がらせをしたいだけだ。それにヤバくなったら手を引くし。

 

『わかりました。ですが決して無茶はしないでくださいね』

 

「わかってる。無茶はしない。とりあえず話はこれで終わりだな?」

 

『ええ。それと比企谷君、大丈夫ですか?』

 

「あ?何が?」

 

『いえ。何というか……顔色が悪いので』

 

エンフィールドにそう指摘されて俺は初めて気分が悪いのを実感した。まさか他人に指摘されるまで気が付かないとはな……

 

「少し気分が悪いみたいだ。悪いがもう切るぞ」

 

『わかりました。お大事に』

 

「ああ」

 

最後にそう返事をして空間ウィンドウを閉じる。携帯端末をポケットに仕舞うとベッドに倒れ込む。

 

(ヤバい……予想以上に頭が痛ぇ……)

 

俺は頭痛に苦しみながら意識を手放した。明日までに治さないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 

頭痛に苦しんでいるこの時の俺はまだ知らなかった。

 

翌日にあんな事が起こるなんて……




これで原作3巻の部分は終了です。

この後ですが4巻の部分は大幅にカットします。その代わり5巻の部分はオリジナルを入れまくりますのでよろしくお願いします


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比企谷八幡は看病?される(オーフェリア編)

 

 

 

 

「……という訳で今日は応援に行けないわ」

 

俺は今実の妹の小町と連絡を取っている。

 

『それが普通だよ。というか応援に来たら殴るよ?』

 

「ちょっと小町ちゃん?殴るなんて言わないでくれる?」

 

『いやいや。それが普通だからね?何せ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

40度近い熱を出してるのに会場に行くなんてバカだからね?』

 

 

そう。俺は風邪を引いてしまいました。

 

四回戦が終わって、エンフィールドと電話をしたら急な頭痛が起こりそのままベッドに倒れ込んだ。

 

原因は多分アレだ。

 

鳳凰星武祭初日の夜にシルヴィと会って以降、オーフェリアの家に泊まっている時以外は殆ど毎日歓楽街に行って遊んだりウルスラを探しているからだろう。レヴォルフの校則には門限関係の物がないので問題ないと少しウロつき過ぎたようだ。

 

 

 

そんで翌日になって目が覚めると体が熱く気分も最悪だった。体温を測ったら39.6度と高熱だった。流石の俺もこれは無理だと判断して会場に行くのを諦めた。そして今後は深夜2時には寮に帰るように心がけよう。

 

「まあそれはわかってるよ。とりあえずオーフェリアとシルヴィにも連絡しないといけないからもう切る。五回戦頑張れよ」

 

『もちろん。お兄ちゃんも早く治してね。バイバーイ』

 

そう言って空間ウィンドウが消えた。さて、次はオーフェリアに連絡を……

 

「……ぐっ」

 

オーフェリアの端末に連絡を入れようとしたら再び頭痛が襲いかかる。ダメだ、電話は時間がかかるからメールにしよう。

 

即座に『すまん。今日は熱が出ているから休む。2人で見てくれ』とオーフェリアとシルヴィの携帯にメールを送る。

 

メールが送られたのを確認するとベッドに倒れ込む。熱なんて久しぶりに出したな……

 

 

俺はそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

pipipi……

 

 

耳元でアラームが聞こえたので目を覚ます。頭は未だに痛いので意識は朦朧としている。

 

痛みに耐えながら空間ウィンドウを展開する。

 

『来訪者です。取り次ぎますか?』

 

機械音声が流れて空間ウィンドウに『Yes』と『No』のボタンが現れる。

 

来訪者?誰だ?考えられるとすれば偶にうちに来るイレーネとプリシラあたりだろう。

 

一瞬そう思ったが違うと決定づけた。あいつらは確か昼過ぎに退院だった筈だ。今は12時前だから違うだろう。それに退院して直ぐにうちに来るとは考えにくい。普通まず始めに自分の寮に戻るだろうし。

 

とりあえず玄関と繋ぐか。

 

そう判断してもう一つ空間ウィンドウを開いて玄関にあるカメラに映る映像を見てみる。すると予想外の客に目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オーフェリアにシルヴィ?」

 

そこには今日一緒に鳳凰星武祭を見に行く約束をした2人がいた。

 

『あ、八幡君。起きてたんだ?お見舞いに来たんだけど開けて貰っていい?』

 

シルヴィがそんな事を言ってくる。いや、開けるのは構わないが……

 

「何で俺の寮の場所知ってんだよ?」

 

オーフェリアもシルヴィも俺の寮には来た事がない筈だが……

 

『八幡君私の能力を忘れたの?』

 

シルヴィが苦笑いしながらそう言ってくる。あ、そうだ。シルヴィは探知能力もあるんだった。頭が痛くて抜け落ちていた。

 

(……っと、とりあえず開けないとな)

 

『……今開ける』

 

俺は何とか腕を動かして空間ウィンドウに表示されている『Yes』のボタンを押す。それと同時に腕を下ろす。腕上げるのも一苦労だな。

 

それから30秒もしないで2人が俺の部屋に入ってくる。

 

「……大丈夫?」

 

「……全然」

 

マジでヤバい。それ以前に久々に風邪を引いたからな。

 

「ちょっと熱測るね」

 

言うなりシルヴィの手が額に当たる。シルヴィの白魚のような綺麗な手が俺の額に……

 

「………」

 

ヤバい。熱以外の理由で更に顔が熱くなってる気がする。

 

「うわ、本当に熱いね。しかも制服で寝ちゃダメだよ」

 

あー、そういやエンフィールドと話してから風呂に行かないで寝ちゃったんだよな。汗をかきまくっていて気分が悪い。

 

そう思っているとシルヴィが爆弾を落とす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあオーフェリアさん。私今から八幡君にお粥作るからオーフェリアさんは八幡君の体を拭いたりパジャマを着せてあげてね」

 

………は?今なんて言った?

 

「……わかったわ。八幡、タオル借りるわよ」

 

オーフェリアはそう言って立ち上がる。ちょっと待てちょっと待て!

 

「い、いや……それくらい自分でやるから……」

 

「……駄目」

 

「却下。そんなに酷い状態なんだから寝てなさい」

 

2人が俺の提案を一蹴する。いや、そうなんだけどさ……

 

体を拭くのはマジで恥ずいから止めて欲しい。以前オーフェリアに体を拭かれた事はあるがアレは俺の意識がない状態だったからまだセーフだ。

 

しかし今回は話が違う。意識のある状態でオーフェリアに体を拭かれるなんてマジで無理だ。

 

考えを改めてくれと頼もうとしたが時遅く、既に2人は俺の部屋から出て行っている。

 

(……ああ、これは詰んだな)

 

俺は抵抗する事を諦めた。オーフェリアもシルヴィも頑固であるのは知っている。だから無駄な抵抗は止めて、これから起こりうる恥ずかしい事に耐えるように精神統一をしておこう。

 

俺は目を瞑って覚悟を決め始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お待たせ」

 

それから1分もしないでオーフェリアがタオルを持って部屋に入ってきた。遂に来たか……

 

俺が再度息を吐くとオーフェリアは右手で俺の体を起こして左手で倒れないように背中を支える。

 

「……直ぐに終わらせるから頑張って」

 

そう言うなりオーフェリアは俺の制服に手をかけて脱がし始める。

 

(……ヤバい。女の子に服を脱がされるって……恥ずかしい。そして……何というか、何かが込み上がってくる)

 

俺がドキドキしている間に制服を脱がされてオーフェリアはシャツに手をかける。

 

「……じゃあ脱がすわ」

 

そう言われるので仕方なく手をばんざいする。シャツがどんどん上に上がっていき遂に脱がされる。

 

上半身は丸裸になり汗がびっしりだった。まあ夏の夜に制服で寝たらこうなっても仕方ないかもしれない。

 

上半身が丸裸になるとオーフェリアは頬を染めながらタオルを手に持ちベッドの上に上がってくる。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ……」

 

体を拭き始める。余りの気持ち良さについ変な声を出してしまった。濡れたタオルってのもあるがオーフェリアの拭き方が凄く優しくて気持ちが良い。これについては完全に予想外だ。

 

「……お前上手いな」

 

ついそう言ってしまう。

 

「……孤児院にいた頃に年下相手によくやっていたから」

 

俺の胸あたりを拭きながらそう返してくる。相手を気遣うような……そんな優しい拭き方だ。

 

気持ち良くなっているとオーフェリアは後ろに回って背中を拭き始める。

 

するとタオル以外にオーフェリアの手が背中に触れてきた。

 

「……っあ」

 

くすぐったくて変な声を出してしまう。

 

「……八幡。変な声出さないで」

 

オーフェリアからは蚊の鳴くような小さい声でそう言われる。どうやら狙ってやっていた訳ではないようだ。

 

「す、すまん。気をつける」

 

そう返すとオーフェリアは拭くのを再開する。ヒンヤリとしたタオルによって汗が拭かれているのがわかる。気持ちが良いな……

 

その後脇や臍を拭かれた時はまた変な声を出してしまってオーフェリアに注意されたが何とか上半身は全部拭かれた。

 

問題は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんオーフェリア。下はマジで勘弁してください」

 

ベッドに倒れ込んだ俺は今オーフェリアを見上げながら頼んでいる。

 

上半身が拭き終わってタオルを変えてくるなりオーフェリアは

 

 

 

 

 

 

『……次は下ね』

 

はっきりとそう言ってきた。

 

それを聞いた俺も更に顔が熱くなるのを感じながら止めてくれと頼み出した。以前は下を拭かれずに済んだが……

 

「……頼む。拭くのは勘弁してくれ」

 

改めてそう頼む。

 

「……わかったわ」

 

オーフェリアは暫く考える素振りを見せてから頷く。良かった、これで辱めを受けずに済んだ……って、うおおい?!!

 

「お、オーフェリア!」

 

頭が痛いにもかかわらずつい叫んでしまった。

 

 

 

 

 

 

理由は簡単、オーフェリアが俺のベルトを外してズボンを下ろし始めたからだ。いきなり何をしやがる!

 

「……拭きはしないわ。パジャマに着替える為に脱がせるだけよ」

そう言われてズボンを下された。それによって俺の下半身はパンツ一枚になってしまった。さっきまで汗をかいていたので涼しく感じる。

 

 

 

それはいい、それはいいが………

 

 

「……あのだなオーフェリア。そろそろズボンを履かせてくれないか?」

 

さっきから下半身をガン見しているオーフェリアについ話しかけてしまう。

 

「っ……ごめんなさい」

 

オーフェリアは顔を赤らめながらパジャマのズボンを持って履かせてくれる。

 

(……ダメだ。顔が熱い)

 

看病してくれるのは本当にありがたいがもう2度とオーフェリア……いや、女子に看病されるのは勘弁して欲しい。思春期の男子にこれはヤバすぎる……!

 

パジャマに着替えた俺は精神的に疲れ果てたので再びベッドに倒れ込む。とにかく休んで回復しないと……

 

 

 

 

「……制服は汗臭いから洗濯するけどいいかしら?」

 

「ん?ああ、頼んでいいか?」

 

俺がそう頼むとオーフェリアは頷いて制服を持って俺の部屋を出た。

 

否、出ようとしていた。

 

「オーフェリア?」

 

オーフェリアは部屋を出る直前ドアの近くにある本棚をガン見している。ん?変な物でもあったのか?

 

疑問に思っているとオーフェリアは制服を地面に落として本棚に近寄る。え?マジでどうした?

 

俺はオーフェリアに話しかけようとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡。これ何?」

 

オーフェリアがドス黒いオーラを出しながらある物を見せてくる。

 

オーフェリアの手にあったのは肌色成分が多い成人向けの雑誌だった。

 

「……あ、いや、これはだな……」

 

しどろもどろになってしまう。

 

普段自分の寮に人を入れないから堂々と置きっぱなしにしていたのが仇になってしまったようだ。

 

「……揉み天国。……八幡はこういうのが好きなの?」

 

ドス黒いオーラを纏ったオーフェリアは雑誌を開いて俺に見せながら近寄ってくる。

 

「あ、いや……それはだな「はっきりと答えて」あ、はい」

 

余りのオーラの強さについはっきりと答えてしまう。ヤバい、今日が俺の命日か?

 

内心ビクビクしながらオーフェリアを見るとオーフェリアは雑誌を元の場所に戻して俺の手を取ってくる。何?俺の手をちぎるのか?

 

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーフェリアはいきなり自身の胸に俺の手を運ぼうとしてきた。待て待て待て!

 

「ちょっと待て!」

 

「……何?」

 

「何はこっちのセリフだ。何をしようとしてんだよ?」

 

「……だって八幡はこういうのをして欲しいのでしょう?だったら私がしてあげたらこんな本を読まないと思って」

 

待て!それだったらもう2度と読まないから止めてくれ!マジで理性が崩れて犯罪者になっちまう自信がある。

 

そう叫んで止めようとするもさっきから叫んだ為か声が出ない。オーフェリアは俺をじっと見てから再び手を運び始める。

 

(ヤバいヤバいヤバい!!)

 

手を離そうとするも力が出ないので振り払えない。このままじゃマズい。

 

俺の抵抗を意に介さないで遂に俺の手はオーフェリアの膨らみに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡?」

 

触れる直前、オーフェリアの不思議そうな声を最後に視界が真っ暗になった。

 



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比企谷八幡は看病?される(シルヴィア編)

「……んんっ」

 

「あ、起きた?」

 

頭痛を感じて目を開けると可愛らしい声が聞こえてきた。誰だ?うちに女子がいるとは考えにくいし。

 

頭痛に耐えながら目を擦って辺りを見渡すとそこは自分の部屋だった。普段と違いがあるとしたらそこに可愛い女子がいる事くらいだ。

 

「……シルヴィ?」

 

そこには俺の数少ない友人のシルヴィア・リューネハイムがいた。

 

「そうだよ。体調は大丈夫?」

 

体調?……ああ、そういや俺は今日熱を出して寝込んでいたな。そんでオーフェリアとシルヴィが見舞いに来て……

 

(アレ?それから何があったんだっけ?)

 

見舞いに来てからシルヴィがお粥を作って、その間にオーフェリアが俺の体を拭いたのは覚えている。

 

しかしそれ以降の事は全く覚えていない。その事から体を拭かれた後に眠ってしまったのだろう。

 

「八幡君?」

 

思考に耽っているとシルヴィが心配そうな表情で俺の顔を見てくる。って、近い近い近い!!

 

シルヴィの顔が俺の顔から10センチくらいの所にあってつい見惚れてしまう。最近一緒にいるから忘れがちだがシルヴィは凄く可愛いんだった。歌姫云々を除いても凄く魅力的な女の子だ。そんな女の子がキス出来る距離にいて緊張するなというのが無理な話だ。

 

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

「そう?ならいいけど。お粥は食べられる?」

 

シルヴィが指差した方向を見ると俺は机の上にあるお粥を見つけた。それを見ると腹が鳴ってしまった。いかん、美味そうだったからつい。

 

シルヴィは一瞬キョトンとした表情をしてから笑い出す。

 

「あははっ。直ぐに食べさせてあげるから待ってね」

 

そう言ってシルヴィは机の上にあるお粥を取る。対する俺は熱以外に恥ずかしさによって顔が熱くなるのを感じていた。

 

「はい。立てる?手を貸すよ」

 

シルヴィは空いている右手を差し出してくる。俺は1人では起き上がれる力が出ないのでシルヴィの手を握る。さっきも思ったが凄く柔らかいな……

 

ドキドキしながらシルヴィに体を起こされる。

 

「はい八幡君、あーん」

 

シルヴィはスプーンにお粥を取って俺に差し出してくる。普段なら恥ずかしいが病気である事と、オーフェリアにしょっちゅうあーんされていて慣れている事から大人しくあーんをされる。

 

口に入ったお粥は薄い生姜の味がして温かい。味は薄いが確かな味を感じて美味い。

 

「どう?美味しい?」

 

「……ああ。美味い」

 

「良かった。結構自信があったんだ」

 

マジか。歌も戦闘も料理も一流って……正に俺と正反対の人間だな。てかシルヴィに弱点ってあるのか?

 

疑問に思っているとシルヴィが再びスプーンにお粥を取って、

 

「あーん」

 

差し出してくるので再度口に入れる。うん、やっぱり美味いな。

 

「サンキューシルヴィ。ところでオーフェリアはいないのか?」

 

確かオーフェリアも見舞いに来て俺の体を拭いてくれた筈だが……さっきから姿が見あたらない。

 

「オーフェリアさん?オーフェリアさんなら八幡君の制服洗って、洗濯してる間に薬局に解熱剤とか色々買いに行ったよ。さっき戸棚見たけど薬とか全然なかったからちゃんと買っといた方がいいよ?」

 

ああ……まあ確かに薬とか殆ど買ってなかったな。一人暮らしだからその辺が疎かになっていたようだ。反省反省。

 

自身の行動に反省しながら俺はシルヴィにお粥を食べさせられる存在と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで八幡君、いきなりこんな熱が出た理由に心当たりはある?」

 

お粥を食べ終わり食器を机の上に置いたシルヴィがそんな事を聞いてきた。まあいきなり40度近い熱が出たからな。疑問に思うのは仕方ないかもしれない。

 

しかし余り理由は話したくない。多分理由は夜遅くまで歓楽街に出かけているからだ。そして歓楽街に行く理由は主にシルヴィの師匠のウルスラを探す為だ。

 

既にシルヴィは俺が協力している事を知っているが……余り知られたくない。だから適当に誤魔化す事にした。

 

「……まあアレだ。夜更かしをしてたからだろ」

 

色々な意味に取れる言い方をする。これなら何とか誤魔化せるだろう。

 

そう思いながらシルヴィを見るとシルヴィは俺の顔をジッと見ている。俺が目を逸らしてもシルヴィは一切逸らさない。マジで何だんだ?てかシルヴィの綺麗な瞳に見られると変な気分になるな。

 

シルヴィの綺麗な瞳にドキドキしていると……

 

 

 

 

「……ひょっとして夜遅くまでウルスラを探してる?」

 

いきなり核心を突いてきた。

 

は?!え?何でわかったの?顔に出ていたか?にしても一発で当たるか?

 

「……その仕草からして本当みたいだね」

 

内心自分に問いているとシルヴィはため息を吐きながらそう言ってくる。どうやらシルヴィに聞かれた際に動揺していたようだ。バレて以上は隠す必要はないし正直に話すか。

 

「あー……まあ、一応探してるな」

 

「やっぱり……ちなみに何時くらいまで探してるの?」

 

「……深夜の3時くらい。寝るのは4時前だな」

 

「はぁ……バカ」

 

いきなりバカ呼ばわりされた。そりゃまあ自分の体調管理も出来ないからな。バカ呼ばわりされても仕方ないだろう。

 

「あのね八幡君。そこまで本気で私に協力してくれるのは本当に嬉しい。でもね、八幡君が倒れたら本末転倒だよ。だから無茶はしないで」

 

「何というか……あのくらいなら無茶じゃないかと思ってな」

 

「無茶だからね?」

 

「……そうだな」

 

俺が適当に言い訳をしようとするもシルヴィはバッサリ斬り捨てる。実際倒れた人間としたら返す言葉がない。

 

「八幡君、協力するなら絶対に無理はしないで」

 

「……わかってる。次からは2時には寝るように「1時に寝なさい」………わかった」

 

シルヴィが詰め寄りながら俺の言葉を遮る。余りの剣幕に俺は首を縦に振る以外の選択肢が浮かばなかった。

 

「じゃあ手を出して」

 

「は?別に構わないが俺の手を斬り落としたりしないよな?」

 

「しないよ!」

 

軽い冗談を言ったら本気で怒られた。まあ今回は俺が悪かったな。

 

反省しながら手を出すとシルヴィは俺の小指に自分の小指を絡めてきた。え?いきなりどうしたの?

 

呆気にとられている中……

 

「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます。指切った」

 

シルヴィはいきなり指切りげんまんをしてきた。てか子供っぽいシルヴィ凄く可愛いな。

 

そんな事を考えていると指が離れ、シルヴィは俺をベッドに寝かせる。

 

そしてシルヴィは俺の手を握りながら笑顔を見せてくる。

 

「……ありがとう八幡君。無理したのはダメだけど、こんなになるまで協力してくれて凄く嬉しいよ」

 

そう言って空いている手で頭を撫でてくる。シルヴィの手には魔力でもあるのか不思議と苦しさを感じなくなり心地が良くなってくる。

 

シルヴィの手の感触を感じていると眠気が襲ってくる。かなり強く逆らうのは難しそうだ。

 

「……シルヴィ。少し寝るわ」

 

「わかった。おやすみ、八幡君」

 

「……ああ」

 

俺はそう返事をして瞼を閉じて、シルヴィの温かい手の感触を感じながらゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ……」

 

目が覚める。

 

目が覚めて先ず目に入ったのは白い壁……自分の部屋の天井だった。

 

確か俺は風邪を引いてて、オーフェリアとシルヴィに看病されて寝たんだったな。

 

それを認識するとある事に気が付いた。

 

(あれ?頭痛が全くしないぞ)

 

少なくとも気分は悪くない。もしかして寝てたら治ったのか?

 

そう思いながら起きようとすると手が動かないのを認識したので自分の手を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ」

 

「すーっ……すーっ」

 

オーフェリアとシルヴィが俺の横で眠っていた。そしてシルヴィの手が俺の手を握っていた。なるほどな。そういやシルヴィの手を握ったまま寝ていたな。

 

そしてオーフェリアの横には熱さまシートの箱があり、俺の頭に貼られている事に気が付いた。俺は熱さまシートを買った記憶がないのでオーフェリアが買ってきたのだろう。

 

「……2人とも、ありがとな」

 

寝ている2人に偽りない感謝の気持ちを口にする。わざわざ俺なんかの為にここまでしてくれたんだ。申し訳ないという気持ちもあるがそれ以上に嬉しいという気持ちもある。

 

その事に深く感謝しながら頭を下げているとオーフェリアが起きる。

 

「……んっ、八幡?」

 

「ようオーフェリア」

 

俺がそう返すとオーフェリアは可愛く目を擦る。暫くその仕草を続けているといつものオーフェリアに戻る。

 

「……もう大丈夫なの?」

 

「今起きたばかりだから何とも言えないが、気分は悪くないな」

 

「……なら良かったわ」

 

「ああ。看病してくれてありがとな」

 

俺がそう返すとオーフェリアは少し申し訳なさそうな表情を見せてくる。いきなりどうしたんだ?

 

「……別に気にしなくていいわ。それより八幡は私に怒ってないの?」

 

は?何で俺がオーフェリアに怒らなくちゃいけないんだよ?感謝はしてるが怒りは感じてないぞ?

 

「は?いや別に怒ってないぞ」

 

オーフェリアは若干驚いた表情で俺を見てくる。

 

「……覚えていないの?」

 

「は?何を?」

 

もしかして風邪の影響で何かを忘れてしまったのか?

 

「……覚えていないならいいわ。忘れて」

 

するとオーフェリアは頬を染めながら目を逸らしてくる。何があったか気になるが………

 

(何か特大の地雷がありそうだから聞くのは止めておこう)

 

理由はない、理由はないが聞いてはいけない感じがするので聞かないでおこう。

 

「んんっ……」

 

これ以上の詮索をしないと決めたらシルヴィも目を覚ます。眠そうに瞼を擦っている。

 

暫く擦るとシルヴィは俺に気付いて笑顔を見せてくる。

 

「八幡君も起きたんだね」

 

「まあな。看病ありがとな」

 

「気にしないで。それより体調は大丈夫?」

 

「気分は悪くないな」

 

「そっか。今は……5時半か。ご飯作るけど食べられる?」

 

「ん?ああ。多分大丈夫だ」

 

脂っこいのは無理だが普通の料理なら大丈夫だろう。

 

「わかった。じゃあオーフェリアさん、ご飯作りに行こ?」

 

シルヴィはオーフェリアに話しかける。オーフェリアはいつもの表情で頷きながら俺を見る。

 

「……ええ。じゃあ八幡、私とシルヴィアが来るまで横になってて」

 

そう言って2人は部屋から出て行って1人になる。いつも1人で過ごす部屋なのに妙に寂しく感じてしまう。何というか……オーフェリアとシルヴィにいて欲しい。

 

寂しい気分になっているとベッドの端に携帯端末が鳴り出す。見るとエンフィールドからのメールだ。

 

見ると内容は天霧がディルクとコンタクトを取る為イレーネに連絡をしたという内容だった。

 

つーかエンフィールドの奴はどこでその情報を仕入れたんだ?まさかとは思うが天霧の部屋に盗聴器でも仕掛けてんのか?

 

まあ今はどうでもいいな。とりあえずディルクが天霧と接触するとしたら試合がない明日の調整日だろう。

 

俺はエンフィールドに了解の返事をする。さて……明日の体調次第だが朝一で星導館に行って天霧を監視するか。そんで影に潜ってディルクとの会話を聞かせてもらうとするか。

 

そう思いながら端末の空間ウィンドウを閉じようとしたが……

 

「そうだ。今日の試合はどうだったんだ?」

 

今日は一日中寝ていたので試合結果を知らないんだったな。小町達は大丈夫か?

 

不安に思う中新しい空間ウィンドウを開いて今日の速報を見ると……

 

「よし。勝ってるな」

 

ガッツポーズをする。小町達は序盤押されたが後半に巻き返したようだ。これでベスト8入りか。

 

準々決勝の相手は予想通り雪ノ下と由比ヶ浜のペアか。今の所全試合圧勝している強敵だ。どっちが勝つかは予想がつかない。

 

他にも天霧、リースフェルトペアや界龍の双子ペア、刀藤、沙々宮ペア、アルルカントの擬形体ペアなどがベスト8入りしている。

 

にしても封印がバレた上、力を制限された天霧達がベスト8入りするとはな……これについては完全に予想外だった。結果は知っているがどんな試合かはまだ見てないので見てみるか。

 

俺はネットを開いて試合を見ようとした時だった。

 

 

 

 

 

『八幡君、ご飯できたよ』

 

シルヴィがノックしてくるので俺は空間ウィンドウを閉じて端末をベッドの端に置く。

 

「ああ。すまん」

 

そう返すとシルヴィとオーフェリアが入ってきた。オーフェリアの手にはおにぎりと温野菜などが置いてあるお盆があった。

 

「起こすよ」

 

シルヴィは俺の手を掴んで優しく引っ張る。そして俺が起きると両手を俺の腰に当てて俺が倒れないように支えてくれる。ヤバい、くすぐったい。シルヴィの手が凄く気持ちが良い。

 

シルヴィは真面目に看病してるのに煩悩が現れてしまう。いかんいかん!

 

舌を軽く噛んで煩悩を断ち切ろうとしているとオーフェリアがおにぎりを差し出してくる。

 

「……八幡、あーん」

 

そう言っておにぎりを口に運んでくるので俺はシルヴィの手の感触から逃げるように口を開けて食べる。幸いあーんについてはオーフェリアやシルヴィによくされているから慣れてるので問題ない。

 

口の中におにぎりが入るのでそれを味わう。塩の味付けも薄く特に問題なく食べられる。作った2人の気遣いを感じて凄く美味い。

 

俺は満足しながら2人の料理を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

それから10分、食べ終わった俺は食後の挨拶をする。

 

「お粗末様」

 

「……食器洗いとお風呂洗いは私がやっておくわ。シルヴィアは八幡の看病をお願い」

 

「うん。わかった」

 

オーフェリアはそう言って出て行った。ん?風呂洗い?

 

「じゃあ八幡君、熱さまシートの取り替えと薬の準備をするね」

 

「あ、いや。それはいいんだが流石に風呂には入れないと思うんだが」

 

いくらある程度体調が良くなったとはいえ完治している訳ではない。そんな状態で風呂に入るのはダメだろう。

 

俺がそう返すとシルヴィは予想外の返答をしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、うん。それは私達が今日泊まるからお風呂の準備をしてるんだよ」

 

……はい?今なんて言った?

 

「え?シルヴィ、今なんて言った?」

 

「ん?だから私とオーフェリアさんは今日八幡君の家に泊まるつもりだよ?」

 

再度言われてシルヴィの言った事を理解した。

 

そして脳のキャパがオーバーした。

 

はぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!シルヴィとオーフェリアが泊まる?!俺の家に?!

 

「な、何で?」

 

先ず始めに思った疑問を口にする。

 

「何でって……八幡君治った訳じゃないでしょ?だからもし夜中に再発したら大変だから私とオーフェリアさんは八幡君の家に泊まろうって話になったんだよ」

 

なるほど……事情は理解した。だか納得は出来ん。

 

「いや、まあそうだけど……男の家に泊まるってのは……危ないぞ?」

 

「八幡君はそんな事をする人じゃないでしょ?それにオーフェリアさんからは何度も八幡君と一緒に寝たって聞いたから問題ないと思うな」

 

オーフェリアァァァァ!!てめぇ余計な事を言ってんじゃねぇよ!お前マジで空気読めよ!!

 

内心オーフェリアにブチ切れているとシルヴィは軽く笑いながら口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあそんな訳だから………よろしくね」

 

……どうやらチェックメイトのようだ。

 

「………ああ」

 

俺はただ頷くことしか出来なかった。



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比企谷八幡はシルヴィア・リューネハイムを……

 

 

 

俺は今物凄く胃が痛い。朝から感じていた頭痛は治まったが今度は胃痛を感じる。

 

理由はわかっている。誰にでもわかる事である。

 

しかし対処法がない。俺の頭、いや……誰の頭でも対処法を出すのを厳しいかもしれない。

 

その理由は………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シルヴィア。お風呂洗ったけど沸かす?」

 

「うん。私はいいよ」

 

目の前にいる世界最強の魔女と世界の歌姫が俺の寮に泊まるからだ。

 

今日、俺比企谷八幡は世界の歌姫、シルヴィア・リューネハイムの師匠を深夜にかけて探しまくった事が原因で風邪を引いた。

 

その際に目の前にいる2人は見舞いに来てくれて俺の看病をしてくれた。その事については本当に感謝している。

 

しかしだからといって夜に1人にするのは危ないと俺の寮に泊まるのは……

 

気持ちは嬉しい。仲の良い2人にそこまで心配されるのは捻くれている俺ですら嬉しい。

 

しかし考えてみて欲しい。

 

オーフェリアは世間では恐れられているがはっきり言ってかなり可愛い。シルヴィに至っては言わずもがなだ。

 

そんな美女2人が俺の寮に泊まるんだ。間違いなく緊張して死にそうだ。初めは何度か抵抗したが押し切られてしまい了承してしまった。

 

しかし了承した今でも胃が痛い。今もお風呂云々の話をしているが女子のお風呂の会話とか男には刺激が強過ぎる。

 

その上寝るとなったら……ん?

 

「シルヴィ、今更泊まるのは反対しないがお前ら何処で寝るんだよ?」

 

俺の寮にはソファーがない。寝れる場所があるのは俺のベッドだけだ。流石に女子と一緒なのはアレだから厳しい。

 

「あー、そっか。まあ別に私達は床で寝てもいいよ」

 

シルヴィは特に考える事なくそう返す。床だと?

 

「却下だ」

 

自分だけベッドで女子は床だと?んなもんしたら罪悪感で胃に穴が開くぞ。てか世界の歌姫を床で寝かせたら俺が世界から消されそうだ。それだけは絶対に避けるべきだ。

 

「つーか俺が床で寝るからお前とオーフェリアがベッドに「却下。病人を床で寝かすなんて絶対に嫌」……わかったよ」

 

シルヴィがジト目をしながら強い口調で遮る。これは逆らえないな。

 

でもマジでどうしよう?せめてベッドがあと一つあったら……

 

(……ん?待てよ。アレをやるか)

 

一計を案じた俺は体を起こす。シルヴィが訝しげな表情をしている中、俺は星辰力を引き出す。それによって万応素が荒れ狂う。

 

目を瞑り意識を集中して右手を俺のベッドの横に突き出してイメージをする。コレを作るのは初めてだが過去にもっと複雑な物を作ったから多分大丈夫だ。

 

俺が目を開くと俺の影が伸びて俺のベッドの横に移動して形を変える。隣ではシルヴィが感心したような表情を浮かべている。

 

そして……

 

「よし、完成だ」

 

俺のベッドの横に俺の影で作った2つの黒いベッドが現れた。

 

「ベッドまで作れるんだ。やっぱり八幡君の能力って凄いね」

 

「まあ多彩さだけが俺の自慢出来る事だからな。寝心地はどうだ?」

 

そう聞いてみるとシルヴィは俺の隣のベッドに倒れ込む。

 

「うーん。ふかふかじゃないけど固くもない……不思議な感触だね」

 

「まあ影だからな。寝れないか?」

 

「不思議な感触だけど悪くはないから大丈夫だと思うよ」

 

とりあえず不満はないようだな。良かった良かった。

 

「ま、もしも無理なら俺がそっちのベッドを使うからお前らは俺のふかふかなベッドを使って「絶対ダメ。病人が1番良いベッドを使わないでどうするの?」……了解した」

 

シルヴィに再び俺の言葉を遮る。そのジト目は止めてください。何か変な扉が開きそうで怖いですから。

 

そんな事を考えているとオーフェリアが部屋に入ってくる。オーフェリアは俺の作ったベッドを見ながら話しかけてくる。

 

「お風呂は沸かしたわ。私は一度帰るからシルヴィアは好きな時に入って」

 

「ん?何でお前は一度帰るんだ?」

 

「……八幡の寮のお風呂は私の瘴気の対策が出来てないからよ。私の寮のお風呂は出来てるから私は自分の寮のお風呂に入るわ」

 

あー、なるほどな。確かにそれなら仕方ないな。にしても……わざわざ自分の風呂でないとダメだなんて……オーフェリアは随分と理不尽な目に遭っていると改めて理解してしまうな。

 

「わかった。帰り道気をつけろよ」

 

「……大丈夫よ。私が襲われて負けると思う?」

 

「「いや全く」」

 

俺とシルヴィが口を揃える。いやだってねぇ……多分俺とシルヴィが2人がかりで闇討ちを仕掛けても返り討ちに遭うだろう。まあ一応の注意だ。

 

「……じゃあ一度戻るから」

 

オーフェリアはそう言って部屋から出て行った。暫くして玄関から音が聞こえたので寮からも出て行ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

それを理解すると顔が熱くなってきた。

 

理由は簡単、今俺は自分の住んでいる場所でシルヴィと2人きりだからだ。オーフェリアとはよく2人きりで過ごしてるから問題ないがシルヴィとは余りないので緊張してしまう。

 

俺が内心ドキドキしているとシルヴィは立ち上がる。

 

「じゃあ私はお風呂に入ってくるね」

 

いつも通りの表情でそう言ってくる。頼むからハッキリと言わないでくれ。男子には厳しいからな?

 

「あ、ああ。行ってこい」

 

「うん」

 

シルヴィはそう言ってオーフェリアと同じように部屋から出て行った。

 

そして直ぐに俺の部屋の隣にある脱衣所のドアが閉まる音がして更に心臓の鼓動が早まるのを実感する。隣の部屋では世界の歌姫が服を脱いで……

 

(……って、ダメだダメだ!友人をそんな目で見るなんて絶対にダメだ!)

 

一瞬だけ妄想したが直ぐに首を横に振って現実に戻る。何つー事を考えてしまったんだ!

 

俺は半ば逃げるようにベッドの端にある端末から空間ウィンドウを呼び出して今日の鳳凰星武祭の試合の記録を見始める。試合でも見れば忘れるだろう。

 

俺は一心不乱に試合を見始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほうほう……小町達の次の試合……ヤバいな」

 

今日の雪ノ下、由比ヶ浜ペアの五回戦の試合を見ているかヤバい。下手したら明後日の準々決勝、小町達負けるかもしれん。しかも明確な対策が思いつかない。はっきり言って相性が悪過ぎるし。

 

どうしたものか……

 

そんな風に悩んでいると携帯端末が着信を知らせる。相手は……

 

「あん?何でシルヴィが?」

 

着信はシルヴィからだ。何でシルヴィ?普通に直接話せばいいのに……

 

疑問に思いながら新しく空間ウィンドウを開く。

 

「もしもし。いきなりどうしーーっておい!何でそんな格好なんだよ?!」

 

空間を見ると予想外の光景が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにはバスタオル一枚しか纏っていないシルヴィが映っていた。

 

バスタオルを巻いているとはいえ体のラインははっきりと分かってしまう。

 

率直に言おう。メチャクチャエロかった。

 

一瞬だけ見てから下を向いた俺は顔を上げずにシルヴィに話しかける。

 

 

『そりゃお風呂に入ってたからだよ』

 

「それは知ってる!音声通信にしろよ!」

 

『あはは、ごめんごめん。八幡君なら別に良いかなって思ったし』

 

良くねーよ。俺の中の狼が暴れたらどうすんだよ?

 

「良くないから音声通信にするぞ」

 

俺はそう言って空間ウィンドウを閉じて音声通信に変えて端末を耳に当てる。全くシルヴィの奴は……

 

「で、何の用だ?」

 

心臓がバクバクしているのを感じながら用件を聞く。

 

『あ、うん。シャンプー使おうとしたら無かったから八幡君に場所を聞こうと思って』

 

あ、そういや昨日風呂に入った時に全部使ったな。シルヴィのあんな艶姿を見る事になると知っていたなら昨日の内に入れ替えておけば良かった……

 

「シャンプーなら洗面台の鏡の裏にある棚の1番上にある」

 

『うんわかった。ありがとうね』

 

「ああ」

 

そう言って電話を切ってベッドに倒れ込む。それと同時に他の空間ウィンドウも全て閉じる。もう試合も見る気が失せた。

 

ベッドに倒れ込むとさっきのシルヴィの姿を思い出してしまう。

 

見たのはほんの一瞬だけだったが余りに衝撃的だったからか今でも鮮明に覚えている。あの美しさは生涯忘れる事はあり得ないと言っても言い過ぎではないと思う。

 

(……ダメだ。思い出しちゃダメだとわかっていても……)

 

違う事を考えようとしても直ぐにシルヴィの艶姿が浮かんでしまう。流石世界の歌姫だけあって本当に美しかったな。

 

暫くの間悶々としていると……

 

 

 

 

 

「ふぅ。いいお湯だった。お風呂ありがと……あれ?寝てる?」

 

ドアの開く音がしてシルヴィの声が聞こえてくる。どうやら部屋に戻ってきたようだ。

 

それを認識すると顔が熱くなる。ダメだ、当の本人が来ると更に鮮明に思い出してしまう……

 

シルヴィには悪いが俺は寝たふりをする。今はマトモに話せる自信がない。

 

目を瞑っていると隣にある俺の作ったベッドから倒れ込む音がする。シルヴィが隣のベッドに倒れ込んだのだろう。

 

すると後頭部を撫でられる。オーフェリアがいないし……シルヴィかよ!

 

「……早く元気になってね」

 

そう言って優しく俺の頭を撫でてくる。声音は優しく俺の全てを包み込むような声だ。

 

それを聞くとさっきまであった恥ずかしさは不思議となくなり安心感に満たされる。……ああ、何て幸せなんだ。

 

俺はそれを認識すると寝たふりを止めてシルヴィの方を向く。

 

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 

「いや大丈夫だから気にするな」

 

寝たふりをしていたから実際は寝てないし。

 

「そっか。なら良かった」

 

そう言って再び頭を撫でてくる。ダメだ逆らえる気がしない。

 

抵抗をしないで大人しくしていると玄関の方から音が聞こえてきた。察するにオーフェリアが帰ってきたのだろう。

 

パタパタと音が聞こえてきてオーフェリアが部屋に入ってきた。その姿はシルヴィ同様パジャマ姿だったがまさかこいつパジャマ姿で俺の寮に来たのか?

 

「おかえり。寝る準備は出来てるみたいだけどもう寝る?」

 

シルヴィがそう話しかけるとオーフェリアは少し考える素振りをしてから頷く。

 

「……そうね。いつまでも起きていたら八幡も眠れないでしょうし」

 

「そっか。じゃあ寝よっか」

 

「……そうね」

 

オーフェリアは頷いて俺の方に寄ってきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おいオーフェリア。お前何処で寝るつもりだ?」

 

俺は頭痛を感じながらそう尋ねる。聞かれたオーフェリア本人は俺のベッドに上がろうとしている。

 

「……?八幡のベッドだけど?」

 

さも当たり前のように言ってんじゃねぇよ。シルヴィも驚いてるし。

 

「却下だ。俺は病人だ。お前に移す訳にはいかない」

 

俺の風邪が見舞いに来てくれたオーフェリアに移ったらマジで悪過ぎる。

 

(……まあ本音はシルヴィもいるのに一緒に寝たら恥ずかしいからだけど)

 

しかしオーフェリアは特に気にした様子もなく……

 

「大丈夫。それで八幡の風邪が治るなら喜んで風邪を引くわ」

 

オーフェリアはそう言ってくる。そこまで思ってくれるのは嬉しいが勘弁して欲しい。

 

そう思いながらオーフェリアを見ると譲る様子はなさそうだ。マジでどうしよう?

 

悩んでいると一つの案が浮かんだ。通用するかわからんが試してみるか。

 

「じゃあもし俺のベッドで寝るならもう抱きしめないがいいか?」

 

ダメ元でそう言ってみる。これならどうだ?

 

オーフェリアを見ると愕然とした表情を浮かべてくる。え?効果あったの?

 

「……八幡。それは狡いわ」

 

オーフェリアはジト目で俺を見てくる。その目は止めろ。まるで俺が悪い事をしてるみたいじゃねぇか。

 

そう返そうとするもオーフェリアの顔が徐々に悲しげな表情になってきて口を開けない。本当に悪い事をしてる気分になってきた。

 

(……はぁ。俺は本当にオーフェリアには甘いな)

 

そんな顔をされちゃ拒絶出来ねーよ。仕方ないな……

 

「……わかったよ。好きにしろ」

 

俺はため息を吐きながらそう返事をするとオーフェリアが顔を上げて俺を見てくる。

 

「……いいの?」

 

お前断ったら泣きそうだし拒絶出来ねーからな。

 

「構わない。俺は眠いから寝る。シルヴィもそれでいいか?」

 

「え?あ、うん。八幡君が決めた事ならそれでいいよ」

 

シルヴィからも了承を得た。これなら問題はないだろう。

 

「……じゃあ寝ましょう」

 

「あ、悪いオーフェリア。その前に電気消してくれ」

 

唯一ベッドの上にいないオーフェリアに頼む。オーフェリアはコクリと頷いてドアの近くにあるスイッチを押す。すると部屋の電気は消えて月明かりが部屋をほんの僅かだけ照らす。

 

暫くして俺の布団からゴソゴソ音がしたかと思ったらオーフェリアが俺の腕に抱きついてきた。

 

「……八幡」

 

そう言って腕から離れる気配はない。全くこいつは………甘えん坊だな。

 

 

俺はため息を吐いてそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダメだ。全く眠れない」

 

俺は一言そう呟く。

 

理由は2つある。

 

1つは昼間に寝過ぎたからだろう。少なくとも5時間は寝たから寝れないのも仕方ないだろう。

 

そしてもう1つは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ」

 

「……んんっ」

 

俺の左右に2人の美少女が寝ていて緊張しているからだろう。

 

右にはオーフェリアが、左にはシルヴィがいて俺は今シルヴィの方を向いているが……

 

(さっきからくすぐったいから勘弁してくれ……)

 

オーフェリアの寝息は俺の首に、シルヴィの寝息は顔に当たってマジでくすぐったい。しかもオーフェリアに至っては俺の背中に抱きついている。柔らかな感触が背中に当たってるし。

 

こりゃ朝まで寝るのは無理だな。まあ今は幸い特に頭痛を感じてないから耐えられると思うが……

 

この状況に諦めている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んんっ」

 

前方からシルヴィも俺に抱きついてきた。

 

(はいぃぃぃぃぃ?!し、し、し、シルヴィィィィぃ!)

 

内心驚いている俺をよそにシルヴィは俺の背中に腕を回してくる。それによって俺はシルヴィとオーフェリアに完全に挟まれてしまった。

 

ヤバいヤバいヤバい!オーフェリア1人でもかなり緊張するのにシルヴィまで加わったらガチで理性がヤバい!

 

とりあえずシルヴィを引き離す。このままじゃマジでヤバい。俺は急いでシルヴィを押そうとする。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行かないで……ウルスラ」

 

シルヴィが悲しそうな声音でたった一言、そう呟いて更に強く抱きついてくる。

 

それを聞いた俺の手は止まってしまった。似たような光景を見た事がある。

 

そう、オーフェリアが甘えてくるソレと同じ様に思えてしまった。

 

シルヴィをオーフェリアと重ねて見てしまった俺はシルヴィを引き離す事を止めてシルヴィの好きにさせる事にした。まあ流石にオーフェリアみたいに抱きしめるのは無理だけどな。

 

(こりゃ眠れないが……仕方ないな)

 

さっきの俺と違って、今の俺は眠れない事をそこまで残念に思っていない。

 

その事に苦笑しながら俺は2人に抱きつかれたまま目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に4時間……

 

窓からは朝日が入ってきて時間が経つにつれて明るくなっている。時計を見ると今は7時前だ。

 

結局アレから一睡もしていない。まあ昼に寝まくったからそこまで辛くないけどな。

 

その間シルヴィとオーフェリアは一回も離す事なく俺に抱きついていた。初めの前半2時間は悶絶していたが、後半2時間で慣れて特にドキドキする事もなくなった。慣れって恐ろしいな……

 

 

「んっ……」

 

自分の反応の成長について苦笑しているとシルヴィの瞼が開いた。

 

「起きたか」

 

「……八幡君?」

 

シルヴィは目をパチクリして俺を見てくる。そして徐々に意識がハッキリとしてきたようだ。目には驚きの感情が混じり始めた。

 

「え?は、八幡君?どうして?」

 

「何でって俺は何もしてないぞ。夢の中のお前が俺をウルスラと勘違いしたんだよ」

 

「あ……ごめん」

 

「別に怒ってないから気にするな」

 

実際の所本当に怒っていない。俺からは手を出してないし、シルヴィは寝ていたからな。寝ている奴を責めるつもりはない。

 

「……本当に怒ってない?」

 

「だから怒ってないからな?というかお前あんな悲しそうな声を出してたが大丈夫か?」

 

俺は今まで基本的に元気なシルヴィしか見てこなかった。だからシルヴィの悲しそうな寝言を聞いた時は本当に驚いてしまった。

 

「うん。普段は大丈夫だけど、偶に昔を思い出しちゃうの」

 

「……そうか。まあ事情が事情だからな」

 

何せ大切な人がいなくなって、探していると大切な人が闇の世界に関わっていると知ったんじゃ仕方ないだろう。

 

「余計なお世話かもしれないが無理はするなよ。適度に楽しみや癒しを味わえよ」

 

あんな悲しそうな声を聞いてしまうとつい心配してしまう。

 

「ありがとう。でも大丈夫。もう何度も経験してるし」

 

「……そうか」

 

まあこれ以上はシルヴィの問題だ。下手に踏み込むのは止めておこう。

 

「じゃあシルヴィ。それはわかったから離れてくれないか?」

 

大分慣れたとはいえ抱きつかれっぱなしは勘弁して欲しい。

 

「……あ」

 

それを聞いたシルヴィはほんのりと頬を染めている。どうやらシルヴィも俺に抱きついている現状を完全に把握したようだ。

 

「……八幡君」

 

するとシルヴィが俺に話しかけてくる。話すのは構わないが俺から離れてから話してくれないか?

 

「何だよ?」

 

「……お願いがあるんだけど」

 

何か嫌な予感しかしないんだが……

 

まあ聞く前から拒絶するのは悪いし聞くけどさ。

 

「……何だよ。言ってみろ」

 

俺がそう返すとシルヴィは一度深呼吸してから口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……私を抱きしめてくれない?」

 

………は?

 

抱きしめてくれだと?俺が?シルヴィを?

 

予想外の頼みに困惑しているとシルヴィが続ける。

 

「前にオーフェリアさんが八幡君に抱きしめられると凄く安らいで悲しい気持ちが無くなるって言ってたから……もしかしたらって」

 

俺は今本気で背中に抱きついているオーフェリアをしばき倒したいと思っている。こいつは何ペラペラと喋ってんの?お前は俺の黒歴史製造マシーンにでもなりたいのか?

 

オーフェリアに毒づいていると抱きついたままのシルヴィの視線を感じる。その目は止めろ。オーフェリアの目と同じでその目を見たら逆らえん。

 

「……わかった」

 

結局了承してしまう。オーフェリアがシルヴィにそう言った手前、試そうとするシルヴィの頼みは拒否出来ん。

 

「いいの?」

 

「ただし少しでも不快に感じたり、安らぎを感じなかったから直ぐに離れてくれ」

 

オーフェリアの事はしょっちゅう抱きしめたから慣れたが、シルヴィは初めてだ。シルヴィが嫌なら直ぐに離れるべきだしな。

 

「わかった。じゃあお願い」

 

シルヴィがそう言うので俺は息を吐いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

シルヴィの背中に手を回してそっと抱きしめる。

 

以前ガラードワースのケヴィンさんが教えた腰に手を回す云々はやってない。何度もやっているオーフェリアならともかく初めてのシルヴィにやるのは論外だ。

 

「……オーフェリアさんの言う通りだ。凄く温かくて気持ち良い」

 

そう言ってシルヴィは更にギュッとしてくる。俺はオーフェリアにやるようにシルヴィの好きにさせる。

 

「ありがとう八幡君」

 

「……別に礼を言われる事はしてない」

 

「ううん。あんな弱い部分を見せただけでなくこんな風に甘えちゃってるから……」

 

「それでもだ。別に弱い部分を見せた事に対して文句はねーよ」

 

「本当?」

 

「当たり前だ。オーフェリアも良く見せてくるし、俺自身も弱い人間だよ」

 

少なくとも強い人間じゃないのは確実だ。

 

「そうなの?八幡君は強いと思うけど?」

 

「強くねーから。俺がアスタリスクに来た理由なんざ前の学校が嫌になったからだし」

 

まあ最大の理由は苛立ちが限界に来たら学校の連中をぶち殺す可能性があったからだけど。

 

「……そうなんだ」

 

「ああ。俺は弱みを見せる事は悪い事じゃないと思っている。だから俺は怒ってないし、シルヴィが礼を言う必要もない」

 

「うん。……八幡君。もう少し甘えていいかな?予想以上に気持ち良かった」

 

え、マジか?まあ一度了承したし仕方ないな。

 

「はいはい」

 

俺はそう言ってシルヴィを引き寄せてギュッとする。するとシルヴィは背中に回す手の力を強め顔を俺の胸に埋めてきた。甘え方オーフェリアに似てるな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、俺達はオーフェリアが目覚めて何故かドス黒いオーラを出すまでずっと抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇシルヴィア」

 

「何?」

 

「……もしかして土俵に上がった?」

 

「うーん。土俵の近くにいるけど上がりきってないかな?」

 

「……そう。上がったら負けないから」

 

「うん。もしも上がったら私も負けないから」

 

 



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比企谷八幡は暗躍をする。

 

 

鳳凰星武祭調整日

 

昨日風邪を引いて頭痛に苛まれていた俺だが翌日になると頭痛はなくなっていた。昨日は散々だったから1日で治って良かったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし……今日は胃痛に苛まれてそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、もっと強く抱きしめて……」

 

現在午前8時前、俺は今自分の寮の寝室でオーフェリアを抱きしめている。

 

オーフェリアが強く抱きしめてと要求してくるので俺は更に力を込める。

 

「……んっ」

 

するとオーフェリアも更に強く抱きしめてくる。それによって更に密着度が高まりドキドキする。特に2つの膨らみがヤバい……

 

「……八幡、八幡」

 

何とか引き離そうとするも、スリスリして思い切り甘えてくるオーフェリアを見るとそれを断念してしまう。いやだって……引き離そうとすると悲しそうな表情で見てくるからなぁ。

 

pipipi……

 

そんな事を考えているとアラームが鳴り出した。時計を見ると確かに8時を指していた。

 

それを認識すると俺はオーフェリアとの抱擁をといて反対側を向く。そこにはシルヴィがいて……

 

 

 

 

「じゃあ私もよろしくね」

 

そう言って俺に抱きついてきたので俺も背中に手を回してシルヴィと抱き合う。

 

 

どうしてこうなったかというと……

 

①朝シルヴィと抱き合っていた

 

②オーフェリア目覚める

 

③オーフェリア物凄く不機嫌になる

 

④オーフェリア俺に対して自分も抱きしめろと要求する

 

⑤シルヴィもう少し抱き合いたいと反論する

 

⑥オーフェリアとシルヴィ議論する

 

⑦話し合った結果、お互い15分ずつ交互に抱き合う事になった。

 

……って感じだ。

 

しかも何か土俵だの負けないとか言っていたがアレはマジで何なんだ?少なくとも戦闘関係じゃないと思うが……

 

 

「あ、八幡君何か違う事考えてたでしょ?」

 

シルヴィがジト目になって俺の背中に回していた右手を俺の唇に当ててくる。その仕草は反則だろ……!

 

「わ、悪い」

 

「ちゃんと私だけを見てね?」

 

そう言って更にギュッとしてくる。気のせいかさっき抱き合っていた時より強い気がする。

 

まあ約束は約束だ。甘んじて受けよう。

 

「わかったよ」

 

「んっ」

 

息を吐いてシルヴィを強く抱きしめる。鼻はシルヴィのいい匂いを感じていて凄く顔が熱くなってくる。

 

ドキドキしながら暫く抱きしめていると……

 

「うおっ!」

 

首元に生温かい感触が襲ってきた。いきなり何だ?

 

抱きしめているシルヴィを見るとイタズラを成功した子供もような笑みを浮かべていた。そして……

 

「ふぅー」

 

首元に息を吹きかけてきた。そして俺の首元に生温かい感触が再度襲ってきた。さっきの感触はこれだったのか。

 

この野郎……やってくれるじゃねぇか。

 

俺はお返しとばかりシルヴィの耳に息を吹きかける。

 

「ひゃぁん?!」

 

するとシルヴィは喘いで胸の中で暴れ出す。やり過ぎたな。てか声が凄くエロいんですけど。

 

「すまんやり過ぎた」

 

「もぅ……八幡君のバカ」

 

シルヴィは拗ねた表情をしてかは顔を俺の胸に埋める。しかし抱きしめる強さは変わらずだった。

 

結局シルヴィが許したのは俺が謝り続けて5分経ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間……

 

「あ、八幡君。ジャム取ってくれない?」

 

「はいよ。すまんがオーフェリア、ケチャップをくれ」

 

「……ええ」

 

現在10時過ぎ、俺達は朝食を食べている。俺も体調が良くなったのでシルヴィ達と同じ飯を食べている。

 

結局俺達は10時までオーフェリアとシルヴィ、それぞれ1時間ずつ抱き合っていた。それについては過ぎた事だから今は恥ずかしいと思ってないが……

 

(……今更だが世界の歌姫を抱きしめるって……)

 

普通にヤバいだろ?もしも世間にバレたら毎日暗殺されそうだ。絶対にバレないようにしないとな。

 

肝に銘じながら目玉焼きを食べていると端末が鳴り出した。端末を開いてみるとエンフィールドからのメールだった。

 

内容は要約すると『12時に天霧とリースフェルトが外出する。その時にディルクが接触してくる可能性があるから暇なら監視を頼みたい』との事だ。そしてメールには2人がいく店の情報もあった。

 

(この店って前にシルヴィと行った事ある場所じゃん)

 

以前シルヴィと行った店だが……どうしよう?監視を引き受けようか?

 

悩んでいるとオーフェリアに肩を叩かれる。

 

「……八幡、メール?」

 

言われて顔を上げると2人が俺を見ていた。あ、マズイ。食事中にメールを見るなんて非常識だな。こいつは悪い事をしたな。

 

「ん?下らない宣伝メールだよ。食事中に悪かった」

 

適当に誤魔化す。そう言って端末を閉じて目玉焼きを食べるのを再開する。うん、やっぱり美味いな。

 

「ところでお前らは飯食ったらどうするんだ?」

 

話題を変えるようにして話しかける。

 

「私は午後から仕事があるからご飯食べたら帰るよ」

 

「……私は特に決めてないから夏休みの宿題でもするわ」

 

「え?じゃあ俺もやっていいか?」

 

「……八幡は病み上がりなんだからダメ」

 

オーフェリアに一蹴される。そう言われたがもう完治してると思うんだが……

 

まあいいか。これで暇になったし天霧達の監視をしに行くか。

 

俺は自身にそう告げて食事を再開した。いつの間にか目玉焼きは冷めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ私達はもう行くね」

 

食事を終え、オーフェリアとシルヴィは帰りの支度を済ませて玄関を出る。

 

俺もそれに続いて玄関を出る。そして星辰力を自身の影に込める。

 

「目覚めろーー影の竜」

 

そう呟くと自身の影が魔方陣を作り上げ、そこから巨大な黒い竜が現れる。

 

「それに乗っていけ。初めにオーフェリアの寮行って次にクインヴェールの校門前でいいか?」

 

「それでいいよ。オーフェリアさんもそれでいい?」

 

「……もちろん。病み上がりなのにわざわざありがとう」

 

「別にこんぐらいなら問題ねーよ」

 

「……なら良かったわ。じゃあ行くわ」

 

そう言ってオーフェリアとシルヴィは竜に乗る。一応俺も同伴する予定だったが無理はするなと言われて却下された。

 

「またね八幡君」

 

シルヴィがそう言うと竜は一度雄叫びを上げ、翼を広げて飛んで行った。

 

それを見送った俺は息を吐いて時計を見る。時刻は11時前、天霧達を監視するなら11時50分くらいには店の近くで張込みを始めなきゃいけない。

 

そうとなったら準備をしないとな。

 

俺は財布の中身を確認してそこそこあるのを理解すると同時に近くにあるショッピングモールに歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これもお願いします」

 

「まいどありがとうございます」

 

買い物を済ませた俺はショッピングモールを出てトイレに向かう。ふぅ……欲しいものは全部買えたな。

 

銀髪の俺は紙袋からさっき買った伊達眼鏡をかけてトイレにある鏡を見る。

 

(……よし。これなら俺だとバレないな)

 

そう、俺は今変装をしている。髪は以前シルヴィから貰った髪の色を変える事が出来る道具で銀髪にして、伊達眼鏡をかける。その結果『お前誰だよ?』と思われるくらい俺らしくなくなった。多分これならバレないだろう。

 

かなりの自信を持ちながら俺はショッピングモールを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変装をして暫く大通りを歩いていると曲がるべき路地を発見した。天霧達が行く店は注意しないと気が付かないで通り過ぎてしまいそうな不思議な雰囲気を持っている店だ。しかし一度行ったら人を惹きつける魅力のある店なので行った事のある俺は通り過ぎないで済む。

 

一本脇に入った路地を歩くと……

 

(おっ、ナイスタイミングじゃん)

 

ちょうど天霧が店の中に入っていくのを見つけた。見た所リースフェルトはいないが店で待ち合わせしてんのか?

 

疑問に思いながら店を見てみるとリースフェルトがいた。それはいい。それはいいんだが……

 

(……誰だあいつは?)

 

リースフェルトの横にはメイド服を着た幼女がいた。何だありゃ?店員にしちゃ若過ぎるし。それ以前にこの店の制服はメイド服じゃないし。

 

そう思っていると端末が鳴り出した。見るとエンフィールドだった。そういやあの後連絡してなかったな。

 

俺はそのまま店を通り過ぎて路地裏に入る。ここなら天霧達の様子が良く見えるし、向こうからは見えなくい。監視にはうってつけの場所だ。

 

俺は紙袋からあんぱんを取り出しながら通話ボタンを押すとエンフィールドの顔が映る。

 

「もしもし。どうしたエンフィールド?」

 

俺がそう尋ねるとエンフィールドは驚いた表情を見せてくる。こいつのそんな顔は珍しいな。

 

『ええっと……比企谷君ですよね?』

 

「……は?ああ、それで合ってる。変装する為に銀髪に変えてんだよ」

 

『……なるほど。凄い変装ですね。わかりませんでしたよ』

 

エンフィールドも騙せるなら他の奴にもバレないだろう。良かった良かった。

 

「そいつはどうも」

 

『ところで比企谷君は何を食べているのですか?』

 

「は?尾行や監視と言ったらあんぱんに決まってんだろ」

 

『はぁ……よくわかりませんね』

 

まあ両親が統合企業財体に所属しているお嬢様なら知らないのは仕方ないか。これは俺が悪かったな。

 

そう思っているとエンフィールドが気を引き締めた表情を浮かべてくる。

 

『まあそれはともかく……変装しているという事は監視の依頼は受けてくれるという事でいいのですか?』

 

「ああ。それで構わない」

 

どうせ暇だし。そんくらいなら構わない。

 

「ところでエンフィールド。天霧とリースフェルトの他にメイド服を着た10歳ぐらいガキがいるんだがあれ誰か知ってるか?」

 

店を見ると美味そうなパフェを食べている。まさかと思うが天霧とリースフェルトの子供じゃないよな?つーかパフェを見ていたら俺も食べたくなった。前に来た時は違う物頼んでたし。

 

『ああ。多分フローラですね。リーゼルタニアの孤児院の女の子で、メイド服を着ているのは王宮の侍女として働いているからですよ』

 

孤児院……オーフェリアがいた孤児院の事か。オーフェリアの奴は今でも孤児院に戻りたいのだろうか……

 

オーフェリアの事について考えていると……

 

 

「エンフィールド。当たりだ」

 

俺が一言そう告げる。視線の先にはレヴォルフの生徒会秘書の樫丸が店に入っていった。偶然とは思えない。

 

『……本当ですか?』

 

「ああ。後で連絡する」

 

『わかりました。よろしくお願いします』

 

通話が切れると同時にあんぱんを全て口に入れて影の中に潜る。全身が影の中に入ると同時に店の中に入る。

 

「で、では、ご案内しますので、どうぞこちらに……」

 

店に入ると顔が引き攣っている樫丸が2人に話しかけていた。察するにリースフェルトにビビったのだろう。哀れなり樫丸。

 

樫丸に合掌しながら天霧の影に入る。これなら絶対に見つからないだろう。

 

「ごめんね、フローラちゃん。また時間を作るから」

 

天霧は謝罪すると同時に店を出ようと歩きだすのでそれに続く。暫くの間進むと、商業エリアを抜けて、外縁居住区の大通りに出る。

 

そしてその角には……

 

(……ディルクの車じゃねぇか。やっぱりマジでディルクとコンタクトを取ったんだな)

 

巨大な黒塗りの車があった。リムジンタイプで窓は大きいが中を見る事は出来ない。間違いなくディルクの車だ。

 

樫丸がドアを開けると中には革張りのソファーと重厚なテーブルがあって応接室みたいだ。ディルクの車の中って初めて見たがこんな感じなんだな。

 

そしてその1番奥に赤髪の青年、ディルク・エーベルヴァインが足を組んで座っていた。

 

「ーーー入れよ」

 

ディルクがそう言うと2人か入るので俺も影の中を移動して車の中に入る。

 

中を見渡すと車の中にいるのは天霧、リースフェルト、ディルク、樫丸、俺、運転手の6人だ。

 

しかし油断は出来ない。運転手を影から見たが相当な手練れだ。おそらく黒猫機関の人間だろう。星脈世代でないディルクの側に置いている人間だ。弱いはずがないだろう。

 

「てめえが『叢雲』か。……ふん。ぼんやりとした面だな。こんなのが序列1位とは、星導館もたかが知れるってもんだ」

 

名も知らない運転手に若干の警戒をしていると車が走り出し、ディルクの声が聞こえてくる。そりゃまあ天霧も弱くはないが……オーフェリアと比べたらアレだろ?

 

まあとりあえず色々と情報を得らせて貰うか。

 

俺はポケットにあるボイスレコーダーを取り出して録音モードにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ですか……」

 

天霧の弱々しい声が聞こえる中、俺もかなり驚きで一杯になっている。

 

アレから10分、ディルクが話した事を全て聞いたし録音もした。奴が話した事は天霧の姉ちゃん、天霧遥についてだが……

 

(まさか天霧の姉ちゃんも蝕武祭に参加していたとはな……)

 

ディルクによると『黒炉の魔剣』を使って蝕武祭に参加して負けたらしい。

 

天霧の姉ちゃんといい、シルヴィの師匠のウルスラといい……行方不明になった奴は蝕武祭に参加してるとはな。一応シルヴィにも話しておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんじゃ、次は俺から質問させて貰うぜ。……てめぇ、マディアス・メサとはどういう関係だ?」

 

するとディルクは天霧に予想外の質問をしてきた。は?マディアス・メサだと?星武祭運営委員長のマディアス・メサが何で出てくんだ?

 

天霧本人も予想外の質問だったらしくポカンとしている。

 

それを見たディルクは天霧が知らないと判断したのか聞くのを止めて指をパチンと鳴らす。すると車が止まりドアが開く。

 

外を見ると星導館の近くにある埠頭だった。ここから星導館までは10分もかからないだろう。

 

「話は終わりだ。さっさと失せろ」

 

どうやらディルクはこれ以上話をする気はないのだろう。そう判断した俺はディルクとリースフェルトが口論しているのを聞きながら車から降りて近くにある物陰まで移動する。

 

暫くすると天霧とリースフェルトも車から降り、ディルクの車も走り去って行った。

 

天霧達を見ると、天霧はぼんやりとしていてリースフェルトが心配そうに話しかけて学園に戻って行った。

 

2人の姿が見えなくなった所で影から出る。ふぅ……久々の外の空気だぜ。そして伊達眼鏡を外し髪も元の髪に戻す。やっぱり俺はこうでないとな。

 

そんなバカな事を考えながら端末を出して周りを見渡す。誰もいないのを確認するとエンフィールドの端末に電話をする。

 

すると直ぐにエンフィールドの顔が映る。

 

「エンフィールドか?天霧はディルクと接触した。今星導館の近くにいるんだが直接話すか?」

 

メールでも構わないがこう言った話は直接話した方がいいと思う。

 

『ではうちの学園に来ていただけませんか?』

 

「わかった。じゃあ影の中に潜るから案内頼む」

 

『いえ。それだともしも見つかった場合に面倒なので影に潜るのは止めてください。私が星導館に入る許可証を発行します』

 

「……わかった。じゃあ集合場所は?」

 

『そうですね……今は1時45分なので2時に校門に来てください』

 

「了解した」

 

そう返事をして端末を閉じる。さて今からゆっくり歩けば2時5分前だな……

 

俺は監視の為に用意したあんぱんの残りと牛乳を口に入れてゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星導館に向かって歩いていると星導館の生徒がチラチラとこっちを見てくる。まあレヴォルフのNo2が星導館の近くをウロチョロしてたらそうだよな。

 

それに昔小町に手を出そうとした星導館の男子生徒を半殺しにした事も有名だし……こんな事なら銀髪のまま行けばよかったな。

 

そう思いながら校門に向かうと既にエンフィールドが待っていた。向こうも俺に気付いて近寄ってくる。

 

「わざわざこちらまで来ていただきありがとうございます」

 

「別に構わない。それより早く案内を頼む。ここは人目につく」

 

星導館とレヴォルフの序列2位が一緒にいるからかさっきより目立ってるし。

 

「そうですね。とりあえず生徒会室に案内します」

 

そう言ってエンフィールドが空間ウィンドウを操作すると俺の端末に入校許可証が送られてきた。

 

「これで比企谷君は私から了承を得たら直ぐに学園に入れるようになります。星導館に用がある場合は私にご連絡ください」

 

つまりエンフィールドの許可があれば毎回やらなくちゃいけない面倒な手続きをしないで済むという事か。

 

「それはありがたいな。んじゃ行こうぜ」

 

そう言うとエンフィールドも歩きだすので俺もそれに続いて学園に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらにどうぞ」

 

エンフィールドが案内した場所は高等部校舎の最上階の生徒会室だった。生徒会室は大企業の社長室のようでレヴォルフの生徒会室とはかなり違った雰囲気を持っている。

 

俺は部屋に入り応接用のソファーに座って息を吐く。そしてエンフィールドが向かいに座るとポケットからボイスレコーダーを取り出す。

 

「これが天霧達の会話だ。内容が内容だから聞いたら破棄してくれ」

 

俺がそう言うとエンフィールドは驚いたように目を丸くしている。

 

「会話を録音したのですか?」

 

「ああ。影の中からな」

 

影の中は最高だ。何せ俺以外には誰も干渉出来ない俺だけの世界だから。

 

「……本当に素晴らしい能力ですね。今からでもうちに来て欲しいぐらいです」

 

「小町がいるからそうしたいのは山々だが他の学園への転校は星武憲章違反だからな?」

 

「それはもちろん理解していますよ。さて……」

 

エンフィールドは俺を見てくるので頷くとボイスレコーダーの再生ボタンが押され音声が流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『話は終わりだ。さっさと失せろ』

 

ディルクの声が聞こえて終了した。エンフィールドは暫く考える素振りを見せてから俺を見てくる。

 

「……どう思いますか?」

 

「確証はないが多分ディルクの嫌がらせだろうな」

 

「でしょうね」

 

あの会話を聞く限り普通の人ならディルクはそこまで得をしたようには見えないだろう。

 

しかしディルクはメリットのない事は絶対にしないという事を良く知ってる俺やエンフィールドからしたら何かしら得をしたと思う。

 

それこそーーー天霧に揺らぎを与えたりとか。

 

「それでどうする?おそらくディルクの奴はまだ諦めてないと思うぞ?」

 

「そうですね。綾斗に直接妨害をかけてくるのはないと思いますが……」

 

「それはないな。天霧を確実に潰せるのはオーフェリアくらいだ。でも……」

 

「それだけの為に『孤毒の魔女』を使うとは思えないので、それは除外しても良いでしょうね?」

 

エンフィールドの言う通りだ。オーフェリアはディルクの最強のカードだ。天霧を潰す為だけに最強のカードを切るとは思えない。

 

「となると後は……天霧の友人を狙って人質にするぐらいか?」

 

「あり得ない話ではないでしょう。もしくはユリスの……」

 

するといきなりエンフィールドがハッとした表情で顔を上げる。

 

「比企谷君の言う人質を使う作戦ならフローラを狙う可能性も高いでしょう」

 

「フローラ?さっきのメイド服のガキだよな?」

「……ええ。ユリスは彼女がいる孤児院の為に戦っているので彼女を人質に取ってきたら危険です」

 

だろうな。レヴォルフの諜報機関ならフローラの素性も簡単に割り出せるだろう。

 

それに星導館の生徒を拉致してバレたらヤバイが、フローラは外部、しかも孤児院の人間だ。証拠を残さずに殺すのも不可能ではない。

 

「……事情はわかった。1つ対策を思いついたが聞くか?」

 

「お願いします」

 

そう言われて俺はエンフィールドにある物を渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って感じだがどうだ?」

 

「良い考えだとは思いますが……大丈夫ですか?」

 

「何がだ?」

 

「下手したら自分の学園を敵にまわすかもしれないのですよ?」

 

なんだそんな事か。

 

「問題ない。ソルネージュを敵にまわしたらヤバいけど、敵にまわるのはディルクくらいだ」

 

流石に統合企業財体を敵にまわす事はしない。つーかディルクとは既に敵対関係だし今更だ。

 

「ならいいのですが……危ないと思ったら直ぐに引いてくださいね。これはあくまで星導館の問題なのですから」

 

「んな事は百も承知だ。それより……ほれ」

 

俺はエンフィールドにある物を渡す。俺が出した策に必要な物だ。

 

「確かに受け取りました」

 

「頼むぞ。これでディルクの嫌がらせについては良いとして、マディアス・メサについてはどうする?」

 

正直言ってあそこでマディアス・メサの名前が出てくるとは思わなかった。

 

「そちらについては今は調べなくてもいいでしょう。少なくとも綾斗には心当たりがないようですし」

 

「……わかった。じゃあ話は終わりだな」

 

「ええ。情報に対策を教えていただきありがとうございます。こちらから何か報酬をご用意しましょうか?」

 

報酬ねぇ……俺個人としてはないが……

 

「じゃあ情報が欲しい。どんな小さい事でもいいから蝕武祭の情報を今後俺にくれないか?」

 

「蝕武祭ですか?それは構いませんが綾斗の為ですか?」

 

「いや、俺も少し蝕武祭に関して欲しい情報があるんだ」

 

もちろん俺個人の為ではなくシルヴィの為だ。少しでもウルスラに関する情報が欲しい。とはいえ俺個人の情報網は大した事ないし、黒猫機関の力はディルクと敵対してるから無理だし、シルヴィ自身も余り自分の学園の諜報機関は頼りたくない。

 

となると他の力を借りる必要がある。そこでエンフィールドに協力を頼んでみる。

 

「……わかりました。ですが蝕武祭についての情報は余り手に入らないので比企谷君の欲しい情報は手に入らないかもしれませんよ?」

 

「それで構わない。どんな些細な事でも構わないから頼む」

 

俺はそう言って生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の寮に帰ると既に夕方になっていた。

 

夕食を食べながら明日の試合のオッズを見てみるて小町達は2.4倍で雪ノ下達が1.8倍となっている。

 

試合を見る限り小町達は四回戦でガラードワースの正騎士コンビで負傷して全快する前に五回戦をやったからな。かなりの疲労が蓄積していているのだろう。

 

対する雪ノ下達は五回戦で川越ペアに多少梃子摺っていたが特に大ダメージを受ける事なく勝っている。はっきり言って小町達が不利だ。

 

まあ俺が今更慌てて仕方ない。今俺がするべき事はしっかり休んで最高の状態で試合を見る事だ。

 

そんな事を考えた俺は夕食を済ませ、風呂に入ってベッドにダイブした。

 

鳳凰星武祭も後3日、どこが優勝するかわからないが最善を尽くして欲しい。

 

俺はゆっくりと瞼を閉じて意識を手放した。良く寝て最高の朝が迎えられますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし朝にオーフェリアとシルヴィを抱きしめた所為なのか、2人と物凄いエロい事をする夢を見て目を覚ましてしまい全然眠れず、最悪の状態で朝を迎えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで私……八幡君とあんなエッチな事をする夢を見ちゃったの……?」

 

「……八幡。いつか正夢にするから」



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比企谷八幡は今朝見た夢の内容を白状する(前編)

pipipi……

 

午前7時、携帯端末のアラームが鳴り出す。俺は鳴り出すと同時に手を伸ばしてアラームを止める。いつもなら目を擦ってゆっくりと時間をかけてアラームを止めるが、今日はスムーズに止めた。

 

理由は簡単、俺は7時前から目が覚めていたからだ。だからアラームが鳴っても直ぐに止められた。

 

そして、何で7時前に起きていたかというと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺はオーフェリアとシルヴィを無意識のうちに卑猥な目で見てたのかよ」

 

昨日の夜、俺はオーフェリアとシルヴィが俺にエロい事をしてくる夢を見てしまった。具体的に言うと2人に搾り取られまくった夢だ。

 

夢は無意識に思っている願望が関係していると聞いた事がある。

 

つまり俺は無意識のうちにあいつらに対して欲情をしているという事になる。

 

「……はぁ」

 

かなり酷い自己嫌悪になっている。俺は大切な友人をそんな目で見てたのかよ?本当に最悪の気分だ。今日顔を合わせたくないな……

 

とはいえ約束をした手前逃げる訳にはいかない。

 

そう思いながらベッドから降りて着替えを持って風呂に向かう。あんな夢を見た所為か体が熱くて仕方ない。少し体と頭を冷やすべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……着いちゃったか」

 

それから2時間後の午前10時5分前、俺は今小町達が試合をするシリウスドームの正面ゲートに向かっている。

 

結局シャワーを浴びて朝飯を食っても嫌な気分のままだ。まあ仲の良い友人に対して無意識のうちとはいえ欲情していたんだ。仕方もないだろう。

 

集合場所はいつも通りお偉いさんが多くいるVIP席だ。ため息を吐きながらシリウスドームの中に入ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あ」」

 

そこで変装をしているシルヴィとばったり鉢合わせをしてしまった。

 

瞬間、昨日夢で見たシルヴィの艶姿が頭に浮かんでしまって顔が熱くなる。自分ではダメだと思っているのにどうしても浮かんでしまう。

 

そんな顔をシルヴィに見られたくないので顔を俯かせようとすると何故かシルヴィも顔を俯かせようとしていた。

 

は?俺はともかく何でシルヴィも?

 

疑問に思ったので顔を上げるとシルヴィと目が合ってしまった。

 

「……っ」

 

それを認識すると更に顔が熱くなってくる。ヤバい、また熱で倒れそうだ。

 

するとシルヴィも真っ赤になりながら俺を見てくる。その表情を止めろ。昨日あんな夢を見たからかいつもよりドキドキしてしまう。

 

「え、ええっと……おはよう、八幡君」

 

シルヴィは挨拶をしてくる。しかしいつもの笑顔ではなくて恥ずかしげな表情をしながら俺をチラチラ見ながら挨拶をしてきた。

 

「あ、ああ……お、おはよう」

 

その可愛らしい仕草を見てドキドキしながら挨拶を返す。少しキョドりかけたが何とか挨拶を返す事は出来て良かった。

 

「八幡君は今来たの?」

 

「あ、ああ……そんで今からVIP席に行くんだ」

 

「そ、そっか……」

 

「あ、ああ……」

 

そう言うとお互い無言になってしまう。ダメだマジでシルヴィの事をマトモに見れない。これオーフェリアも来たら詰みだと思う。

 

(つーか何でシルヴィも俺みたいになってんだよ?)

 

シルヴィの仕草は今の俺が取っている仕草そっくりだ。それがかなり気になってしまう。

 

 

そして俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあシルヴィ……」

 

「ねえ八幡君」

 

余りに無言が辛いので事情を聞こうとする。しかしそれと同じタイミングでシルヴィも俺に話しかけてきた。

 

「「………」」

 

それによって再び無言になってしまう。もう嫌だ。マジで気まずい。

 

「……ええっと、八幡君から先に言っていいよ」

 

シルヴィが真っ赤になりながらも苦笑して俺に発言を促してくる。

 

「い、いやシルヴィから先でいいぞ?」

 

いきなり言われて俺も咄嗟にシルヴィに発言を促してしまう。言っていいと言われたら言えないのが人の常だろう。

 

「じゃあ遠慮なく……八幡君様子が変だけど何かあった?」

 

はいあります。夜シルヴィとオーフェリアに搾り取られまくった夢を見ました。

 

しかしそれをバカ正直に言いたくない。言ったらガチで引かれそうだし。

 

「……特にないな」

 

「……いや、それは嘘だよね?」

 

ですよねー。こんな嘘普通に見破れるよねー。

 

「ま、まあ嘘だ。そういうお前こそ様子が変だけど何かあったのか?」

 

こういう時は話を逸らすのが1番だ。向こうも様子が変なら成功するだろう。

 

「え?!そ、それは……」

 

案の定ジト目で俺を見ていたシルヴィは真っ赤になって慌て出す。どうやら目論見は成功したようだ。

 

しかし……

 

「ま、まあ色々だよ。それより八幡君は何で嘘を吐いたの?も、もしかして……え、エッチな事でも考えてたの?」

 

カウンターが来ました。それも2倍になって。こんな事になるなら言わなきゃ良かった。

 

「え、あ、いや……そのだな……」

 

いきなり正解を言われてテンパってしまう。そしてシルヴィはそれが正解だと判断したのだろう。顔を赤くしながら俺を上目遣いで見てくる。

 

「や、やっぱりエッチな事を考えてたんだ……そっか」

 

そう言ってチラチラ見てくる。ぐわぁぁぁぁぁ!恥ずかしい!恥ずかしいよぉぉぉぉ!

 

何でこうなったんだよ?マジで死にたい!

 

そして俺は余りの恥ずかしさに狂ってしまったのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺もシルヴィにカウンターをしてしまう。

 

「お、お前だって最初にエロい事を浮かんだって事は、お前もエロい事を考えてたんじゃないのか?」

 

やっちまった。

 

つい言ってしまった。

 

しかし後悔先に立たず。シルヴィはそれを聞いて更に顔を赤くしてくる。

 

「うぅ………」

 

その反応が正解だと告げている。間違いない、シルヴィも俺同様エロい事を考えていたみたいだ。

 

ヤバい、マジで死にたい。誰かこの空気を破壊してくれ。

 

そう思っていると俺とシルヴィの端末が鳴り出す。俺とシルヴィの端末が同時に鳴るという事はオーフェリアか?

 

とにかくこの空気から逃げる為に端末を開く。見るとシルヴィも同じ事を考えていたようで端末を開いていた。

 

そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『寝坊したわ。遅くなりそうだから2人で先に見ていて』

 

無慈悲にもこの空気を破壊するようなメールではなかった。寧ろシルヴィと2人きりの空気を維持するようなメールだった。

 

「嘘……」

 

シルヴィも呆気に取られた表情でメールを見ている。そして端末を閉じる。

 

そして何度目かわからないがお互いに無言になる。そうしてお互いの顔をチラチラと見てしまう。

 

しかし何時までもここにいる訳にもいかない。今いる場所はシリウスドームの正面ゲートの真ん中だ。今は試合開始1時間以上前だからそこまで混んでいないが、あと少ししたら人が大量に来て通行の邪魔になってしまうだろう。

 

「……と、とりあえずVIP席に行こうか?」

 

シルヴィも同じ事を考えていたのかそう言ってくる。

 

「あ、ああ」

 

その意見には賛成なので俺はそれに頷く。歩いてる間にこの空気を打破する方法を見つけられるかもしれん。

 

俺が了承するとシルヴィは真っ赤になりながらも頷いて近くにあるエレベーターに向かって歩き出したのでそれに続いた。

 

顔にある熱を消す為に早歩きをしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

VIP席にて

 

 

「………」

 

「………」

 

俺とシルヴィは顔を真っ赤にしながら無言で座っている。

 

はい、結局熱は全然冷めませんでした。寧ろ更に熱が増した気がする。

 

だというのに今までの癖でついシルヴィの隣に座ってしまった。バカすぎだろ?

 

そして気まずい状態が暫く続いて

 

「……」

 

「……」

 

シルヴィの顔をチラチラ見てると向こうも目が合ってしまい顔を逸らしてしまう。この事からシルヴィも俺の事をチラチラ見てるようだ。それを認識すると更に顔が熱くなってしまう。

 

暫くこの状態が続き息苦しくなっている時だった。

 

「……ねぇ八幡君」

 

シルヴィがいきなり話しかけてきた。

 

「な、何だ?」

 

「……その、この空気はちょっと嫌だからさ、何とかして変えた方がいいよね?」

 

そう言ってくる。確かにこの空気は辛いから変えたいのは山々だが……

 

「どうやって変えんだよ?」

 

変える方法がわからない。てか変えられるの?

 

疑問に思っているとシルヴィが真っ赤になって口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、例えば、何を考えていたかお互いに話す……とか?」

 

「無理だ勘弁してくれ」

 

即答する。

 

それは無理だ。マジで無理だ。シルヴィはどんなエロい事を考えているか知らないが、俺はシルヴィとオーフェリアのエロい事を考えているんだ。

 

「わ、私だって恥ずかしいよ。でもこの空気は嫌だし……」

 

他に空気を変える方法がない。言葉にはしてないが雰囲気で何となく伝わった。

 

(……まあ、一理あるけどさ……)

 

良いか悪いかはさておき、空気は変わるだろう。良いか悪いかはさておき。というか悪い方向にしか動かない気がする。

 

「……でもなぁ」

 

当の本人にはっきりと言うのはちょっと……

 

シルヴィは話す勇気があるようだが……俺にはない。話したら今より空気が悪くなるのが簡単にわかるし。

 

そう思ってシルヴィを見る。シルヴィも無言で俺をジッと見てくる。

 

暫くの間見つめ合っているとお互いに手を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺→グー

 

シルヴィ→パー

 

シルヴィの勝ちだ。という事は勝者のシルヴィの考えであるお互いに何を考えていか正直に話すという方針となった。

 

嫌だが仕方ない。負けは負けだ。

 

「……わかった。けど2人同時に言わないか?」

 

どちらかが先に言うのは不公平な気がする。

 

「うん。それでいいよ」

 

シルヴィが頷く。顔は赤いが覚悟を決めた表情をしている。これは俺も覚悟を決めないとな……

 

 

俺は息を思い切り吸って吐き出す。それを3回繰り返してシルヴィと向き合う。

 

「……じゃあ、言うぞ?」

 

「……うん。私も言うね」

 

お互いに話す事を確認する。シルヴィから了承を得ると同時に思い切り息を吸う。シルヴィも思い切り息を吸っている。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シルヴィとオーフェリアの2人を相手にエロい事をする夢を見てしまった」

 

「八幡君とエッチな事をする夢を見ちゃったの」

 

息を吐き出すと同時に今朝見た夢の内容を白状する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………え?

 

 



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比企谷八幡は今朝見た夢の内容を白状する(後編)

俺の中の時間が止まった。

 

比喩ではなくてマジで俺の中の時間は止まった。隣で俺と向き合っているシルヴィも似たような表情……何も考える事の出来ない表情をしていた。

 

暫くの間、俺はシルヴィの顔を見ている事以外の行動を一切出来なかった。

 

やがて……

 

「……え?」

 

シルヴィが一言だけそう呟くと止まっていた時間が再び動き出した。

 

「……は?」

 

俺もそう呟いてしまう。一瞬時間が止まったので直前の行動を忘れてしまったようなので思い出す必要がある。

 

まず俺は今朝シルヴィとオーフェリアのエロい夢を見て、その所為で嫌な気分になっている中シルヴィと鉢合わせしてしまった。

 

すると何故かシルヴィも変な態度を取ってきて微妙に気まずい空気が流れだした。

 

その時にオーフェリアから遅れるから先に見ていろとメールを貰ったのでVIP席に行ったが気まずい空気が流れたままだった。

 

シルヴィはその空気に耐えられなかったみたいで、お互いに何があったかを話す案を出してきた。俺は初めは恥ずかしくて断ったが……じゃんけんで負けたので話す事になってしまった。

 

それで2人同時に話す事になり、俺は深呼吸をして……

 

「シルヴィとオーフェリアの2人を相手にエロい事をする夢を見てしまった」

 

正直に話した。嫌われるのを覚悟して正直に話した。

 

それでシルヴィに嫌われてこの話は終わり、そう思っていた。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君とエッチな事をする夢を見ちゃったの」

 

シルヴィはそう言ってきた。

 

 

これが時間が止まった原因だろう。

 

 

 

 

 

「………っ!!」

 

時間が止まった原因を理解したと同時に俺の顔はかつて経験した事ないくらいに熱くなりだした。この前の40度近い熱が可愛く感じる程に顔が熱い。

 

「ううっ……」

 

見るとシルヴィも俺と同じくらい真っ赤になっていた。まあ気持ちはよくわかるが……

 

(……つーかこんな時にアレだが、照れてるシルヴィ……メチャクチャ可愛いな)

 

俺は今までシルヴィを友人として見ていたが女としては見てなかった。しかし女として見たらシルヴィは凄く魅力的な女性だ。顔、スタイル、性格全てがパーフェクトで、男子の理想が全て詰め込まれているのがシルヴィと言っても言い過ぎではないと思う。

 

そんなシルヴィが恥じらっている。こんな時なのについ見てしまう。

 

しかも恥じらっている理由が……

 

(シルヴィが見た夢の内容を俺自身が聞いてしまって、シルヴィは俺が見た夢の内容を聞いてしまったからとはな……)

 

 

最悪だ。空気は悪くなってないがさっきより気まずい。

 

お互い真っ赤になっていると……

 

「……は、八幡君」

 

シルヴィが真っ赤になりながらも口を開けてくる。

 

「こ、ごめんね……その、私がお互いに話すなんて言わなかったらこんな空気にならずに済んだし……八幡君も嫌な思いもしなかったのに」

 

ん?俺が嫌な思いをするだと?

 

俺は顔の熱に耐えながら口を開ける。

 

「ちょっと待てシルヴィ。気まずい空気はともかく、俺自身は嫌な思いをしてないぞ?」

 

「……え?」

 

シルヴィはキョトンとした顔を向けてくる。何だよその顔は?

 

「八幡君。私に怒ってないの?」

 

「は?何で?」

 

何か俺が怒る理由があったか?俺的にはないと思うが。

 

「だって……夢には……その、無意識の願望が表れるって言うし……もしかしたら八幡君の事を……無意識のうちにそんな目で見てるかもしれないんだよ?」

 

言いたい事はわかったがはっきり言うな。世界の歌姫にそんな目で見られるって妙な気分になるからな?顔の熱が再度出てくるし。

 

「……別に実害がないから気にしてない。それに俺だって……」

 

あんな夢を見るって事は無意識のうちにシルヴィ達を卑猥な目で見てるかもしれないって事だ。

 

だがそれは口にしない。したら間違いなく悶死する自信があるからな。

 

しかしシルヴィには伝わったようだ。シルヴィも再度顔を赤くしている。

 

「……寧ろお前こそ俺を嫌悪するようになったんじゃないのか?」

 

俺の場合更にタチが悪い。何せ普通に卑猥な目で見てるかもしれないってだけでなく、シルヴィとオーフェリアの2人をそんな目で見ているかもしれない俺に嫌悪感を持っても仕方ないだろう。

 

「え?ううん。私は別に八幡君の事を嫌いになってないよ?」

 

シルヴィの顔を見ると嘘を吐いているようには見えない。まあ元々シルヴィは嘘を吐く人間じゃないからな。

 

「そうか……ありがとな」

 

「別にお礼を言う必要はないよ。それに……」

 

するとシルヴィは真っ赤になりながら一つ区切り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡君が相手なら別に嫌じゃないし」

 

俺の心臓をブチ抜く一撃を放ってきた。

 

(……っ!恥ずかしい!)

 

んな事をはっきりと言わないでくれ。頭がクラクラしてきてマジで悶死しそうなんですけど。

 

そしてパニックになってしまったのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そのアレだ。もしも、もしも本当にお前がそれを望んでるなら……俺は拒絶しないで受け入れるからな」

 

俺もつい変な事を口走ってしまった。

 

(馬鹿野郎!俺は何を言ってんだよ?!)

 

「……な?!」

 

自身の失言に後悔するも時すでに遅く、シルヴィは真っ赤になって頭をフラフラ揺らしている。

 

「あ、あのだなシルヴィ……」

 

慌てて言い訳をしようとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

シルヴィがいきなり俺の胸に顔を埋めてきた。そして腕は俺の背中に回してきた。

 

さっきまで話していた内容に加えてシルヴィの良い匂いが俺の理性を刺激してくる。ヤバいヤバいヤバいから!!

 

「シルヴィ……」

 

「ごめん。少しでいいから何も言わずにこうさせて。今は八幡君の顔が見れないから」

 

そう言って絶対に見せるものかとばかりに強く抱きついて顔を見れないようにしている。

 

まあそれについては構わない。俺も今はシルヴィの顔を見るのは不可能だろうからな。

 

仕方ないので俺はシルヴィの背中に手を回して優しく抱きしめた。

 

まるでシルヴィの顔を見れないように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5分……

 

「もういいよ。今なら八幡君の顔が見れるから」

 

そう言ったので抱擁をとく。シルヴィは俺から離れて俺を見てくる。未だに頬は染まっているがさっきに比べたら大した事ないので大分落ち着いたのだろう。

 

まあ俺自身もシルヴィが落ち着いているのを見たからか大分落ち着いた。まだ顔は熱いがシルヴィを直視する事は可能だ。

 

だから先ずは……

 

 

「「シルヴィ(八幡君)、さっきは変な事を言って悪かったな(ごめん)」」

 

パニックになった際に変な事を言った事についてシルヴィに謝る為に頭を下げるが、シルヴィも同時に俺に頭を下げてきて……ぶつかった。

 

若干の痛みを感じながら頭を上げてシルヴィを見るとシルヴィも予想外の出来事に鉢合わせしたような表情をしていた。

 

また夢の内容についてお互いに話した時のように時間が止まった。しかし……

 

「「ぷっ……」」

 

今回は直ぐに時間が動き出した。

 

「あははっ」

 

「はっ」

 

そして笑ってしまう。さっきまではあんなに恥ずかしい思いをしていたのに、シルヴィに謝ってからは恥ずかしい感情はなくなり寧ろ楽しいという感情が存在した。

 

特に理由はないがつい笑ってしまう。

 

「ふふっ」

 

シルヴィは笑いながら肩に頭を預けている。

 

「初めはどうなるかと思ったけど意外にも普通に終わったね」

 

「そうだな。俺の予想じゃシルヴィに嫌われるくらいは覚悟してたな」

 

「心配し過ぎだよ。多分私が八幡君とエッチな事をする夢を見なくても嫌いはしないと思うよ」

 

そう言ってくれるなら気が休まる。アスタリスクに来て仲良くなった人間は少ないが全員結構信頼している人間だ。出来ることなら嫌われたくないしな。

 

そう思っているとシルヴィは頭をスリスリしてくる。甘え方はオーフェリアに似てるな。

 

「……んっ、八幡君、もっと……」

 

いきなりそう言われたのでシルヴィを見ると、いつの間にかシルヴィの頭を撫でていた。いけね、甘え方がオーフェリアに似ていたからオーフェリアにやる癖が出てしまったみたいだ。

 

「撫でるのは構わないが……いいのか?」

 

「うん。オーフェリアさんの言うように凄く安らぐよ」

 

あいつはまたシルヴィに色々と言ってるのか?頼むから余計な事は言わないでくれよ。

 

「あ、八幡君。違う事考えてるでしょ?」

 

内心オーフェリアに文句を言っているとシルヴィからそう指摘される。こいつはエスパーかよ?

 

「悪かった悪かった」

 

謝りながらシルヴィの髪を優しく撫でる。オーフェリアとはまた違った感触だが中々気持ち良いな。まあアイドルだから髪の手入れはちゃんとしてるだろうから当たり前だが。

 

シルヴィの綺麗な髪をゆっくりと撫で続けていると端末が鳴り出したのでポケットから取り出してみるとオーフェリアからだった。

 

内容は『今モノレールに乗ったから後30分くらいで着くわ』と表示されていた。

 

「あ、これは第1試合は間に合わないね」

 

同じように端末を見ていたシルヴィがそう言ってきた。

 

「ま、第1試合は見るまでもなくアルルカントの擬形体が勝つだろ」

 

アルルカントの擬形体は冗談抜きで強い。というか仮に正式な学生だったらアルルカントの序列1位を狙えるくらいだ。

 

そう考えている時だった。

 

 

 

『お待たせしました!いよいよ準決勝第1試合が始まります!』

 

会場に実況のアナウンスが流れ出す。それと同時に観客席からは物凄い歓声が上がりだす。その大きさは今までより段違いだ。まあベスト4が決まるから当然だ。これから日にちが経つに連れてどんどん大きくなるだろう。

 

「あ、八幡君。もういいよ」

 

シルヴィがそう言ってくるのでシルヴィの髪から手を離す。まあ試合中も撫でてくれと言われたら勘弁して欲しい。

 

 

歓声が鳴り響く中、実況の紹介を受けた第1試合に出場する4人がステージに立つ。いよいよか……

 

 

 

 

 

その時だった。

 

「八幡君」

 

シルヴィが話しかけてきた。

 

俺が何だよと言おうとする前にシルヴィは俺の耳に顔を近づけて……

 

 

「さっき八幡君が言ったように、もしも私が八幡君を望んだら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー責任取ってね

 

 

そう言われると頬に柔らかい感触が触れてきた。

 

 

俺はそれの正体を理解すると頭の中が真っ白になってしまった。



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比企谷八幡は修羅場に遭遇する(前編)

 

 

 

『試合終了!勝者、エルネスタ・キューネ&カミラ・パレート!』

 

アナウンスが流れると会場が歓声を上げる。

 

「……はっ!」

 

それと同時に真っ白になっていた俺の意識が再起動する。ステージを見るとアルルカントの擬形体の足元には2人の界龍の生徒が倒れこんでいた。

 

(……いつの間にか終わってやがる)

 

第1試合についてだが……頭の中が真っ白になっていた為、全く記憶にない。

 

頭が真っ白になった理由は……

 

「ふふっ」

 

俺の肩に頭を乗せて楽しそうな表情を浮かべているシルヴィがその、俺の頬に……ダメだ、思い出すだけで顔が熱くなってきた。

 

やっぱりあの柔らかい感触って……

 

そう思いながらシルヴィを見ると俺の目は自然とシルヴィの瑞々しい唇を見てしまう。それを見ただけで俺の顔が熱くなるのが嫌でも理解してしまう。

 

「八幡君?」

 

顔の熱について悩んでいるとシルヴィがいきなり頬を突いてきた。

 

「な、何だ?!」

 

いきなりの不意打ちについ過剰に反応してしまう。VIP席にいるお偉いさんは何事だとこっちを見てきた。いかん、さっき頬にキスをされた所為か冷静さを失っているな。

 

シルヴィは何で俺が冷静さを失ったか知っているかのように小悪魔のような笑みを浮かべて抱きつきながらスリスリしてくる。

 

「ふふっ。八幡君可愛いね。もしかして照れてるの?」

 

もしかしなくても照れてます。シルヴィの奴、オーフェリアみたいにガンガン甘えてくるし。甘えん坊はどうにも拒絶出来ないから対応が難しいんだよな。

 

「うるせぇ。そんな事どうでもいいだろ」

 

投げやりにそう返すとシルヴィはますます笑みを深める。

 

「ふーん。あくまで素直にならないんだ」

 

「は?いやいや、俺はいつも素直だからな?」

 

「それはないね」

 

断言しやがった。いや、まあ素直ではないのは否定しないがそこまではっきり言わなくても……

 

シルヴィに突っ込んでいるとシルヴィは突然小悪魔のような笑みに蠱惑的な雰囲気を纏わせてきた。

 

「ふーん。照れてないんだ。だったら八幡君」

 

そう言ってシルヴィは俺の耳に顔を近づけて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……次は頬じゃなくて唇にしてもいいよね?」

 

そう言ってきた。

 

……は?頬じゃなくて唇だと?シルヴィの綺麗な唇が?俺の唇に?

 

その光景を想像すると一瞬で顔が熱くなってきた。ヤバいヤバいヤバい!想像しただけで死にそう。てか実際にされたらガチで死にそう。

 

俺は即座に敗北を認めた。

 

「わかった。俺の負けだ。さっきは照れてました」

 

正直に自白するとシルヴィは勝ち誇った笑みを浮かべながら俺を見上げて抱きついたまま再度スリスリをしてくる。

 

「ふふっ。私の勝ちだね。照れてる八幡君可愛いなぁ」

 

止めて!俺のライフはもうゼロだからね?!シルヴィの甘え方凄く可愛いんですけど?!

 

てか俺は今全世界のシルヴィファン推定数十億人を敵にまわしたな。これはマジでヤバい。統合企業財体を敵にまわすよりヤバいと思う。

 

俺の命日が遠くないと思っている中、当のシルヴィは未だに抱きついている。そろそろ俺の理性がマズいので逃げよう。

 

俺は唐突にシルヴィとの抱擁をといて立ち上がる。

 

「すまんシルヴィ。腹痛いから手洗いに行ってくる」

 

「え?ちょっと八幡君……」

 

シルヴィが言葉を言い終わる前に俺は全力疾走してVIP席を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

5分後……

 

「ふぅ……」

 

俺は息を吐いて手洗いを後にする。顔の熱は既に無くなっている。にしてもさっきはマジで危なかったな。それにシルヴィから逃げる為に嘘を吐いたし。……帰ったらシルヴィに謝るか。

 

さっきした失礼な行動に対して反省してVIP席に戻ろうとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡」

 

いきなり名前を呼ばれたかと思ったら後ろから軽く衝撃が走る。そして直ぐに背中に柔らかい感触が当たる。こんな事する奴はシルヴィ以外には1人しかいない。

 

「オーフェリアか」

 

「おはよう八幡」

 

俺がオーフェリアの名前を呼ぶとオーフェリアは背中から離れて正面に回ってくる。いつも通り悲しげな表情だが……少しだけ嬉しそうな表情をしている。

 

そんな中、俺は昨日見た夢を思い出して顔が熱くなるのを感じる。しかし、さっきシルヴィとお互いの夢を暴露して恥ずかしい思いをしたからか、シルヴィと鉢合わせした時よりは遥かにマシだ。

 

「おはよう……って何してんだよ?!」

 

俺が挨拶をしているとオーフェリアは俺の手を取って自分の胸に近づけてくる?ヤバいヤバいヤバい!

 

いきなり何をやってんだよ?どんな趣味だよ?!って話だからな?

 

「……実は昨日夢を見たの」

 

「夢だと?」

 

猛烈に嫌な予感がした。俺の夢といい、シルヴィが見た夢といい理由はないが……嫌な予感がしてならない。

 

そして俺の予感は的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ。昨日八幡に抱かれる夢を見たわ」

 

はっきりとそう告げてきた。待て待て待て待て!

 

「こ、こんな場所ではっきりと言うなバカ!」

 

顔が熱くなるのを感じながらそう突っ込む。今は手洗いの近くで人が結構いる。周囲にいる人殆ど全員が俺とオーフェリアを見ている。殆どが好奇の目を向けていて居心地が悪い。

 

これはマズいと判断した俺はオーフェリアの手を掴んで全力疾走でこの場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここなら大丈夫だな」

 

とりあえずオーフェリアを引っ張って人が少ない休憩所に着いた。幸い人は俺達2人以外いない。

 

「……八幡」

 

俺が足を止めるとオーフェリアは直ぐに抱きついてきた。さっきオーフェリアから聞いた夢の内容もあって俺の顔は熱くて仕方ない。

 

「……あのだなオーフェリア。そろそろ離れてくれないか?」

 

この状況はマズいのでオーフェリアに離れてくれるように頼んでみるも……

 

「……嫌」

 

オーフェリアは断ってきた。それには正直驚いた。いつもは離れてくれと言ったら離れるオーフェリアが断るのは完全に予想外だ。

 

「……んっ」

 

オーフェリアは断ると同時に更に強く抱きついてくる。それによって二つの柔らかな膨らみが当たってヤバい。

 

(何で風邪を引いた時より体が熱くなるんだよ?)

 

「オーフェリアマジで頼む。その……胸が当たって……」

 

ヤバいから離れてくれ、そう頼もうとするも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嫌なの?あんなに胸が沢山載っている雑誌を持ってるのに?」

 

「がはぁっ!」

 

オーフェリアが不思議そうな表情で俺の臓腑をナイフで抉ってきた。いきなり何を言ってんだよ?!

 

「い、いや……そのだな……」

 

しどろもどろになってしまうとオーフェリアは上目遣いで見てくる。破壊力ヤバ過ぎる……

 

「……別に怒っていないわ。でも……もしも雑誌に載っているような事がしたいなら……」

 

オーフェリアは一つ区切り俺から離れて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー私を好きにしていいわよ

 

そう言って俺の手を掴んで自分の胸に運ぶ。え?今なんて言ったんだ?全く理解できん。

 

衝撃の発言によって呆気に取られていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

遂に俺の手は触れてしまった。そして手にはこの世の物とは思えないくらい柔らかな感触が襲っている。

 

(……は?ちょっ……俺は今、オーフェリアの……▼ゝ◆?◎〆\=\@ッ!?%◆%○ッ!)

 

途中から自分でも何を考えているかわからなくなってしまった。しかし今自分のしている事は理解できているので慌てて手を離そうとするも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダメ。んっ……もっと」

 

オーフェリアは俺の手首を掴んで離すのを防ぐ。よって俺の手は未だに柔らかな膨らみに触れている。初めて触れたがこれは……

 

一瞬呑まれかけたが何とか復帰する。

 

「ちょっ!オーフェリア!それは……」

 

慌ててオーフェリアに離してくれと頼もうとするがオーフェリアはそれを無視して手首を離さない。

 

「……八幡が本当に嫌なら離すわ。でも嫌じゃないなら……八幡の好きにしていいわよ。……自分に正直になって」

 

オーフェリアはそう言うと俺の手を掴む力を緩める。これなら俺が少し手を動かせば離れられるだろう。

 

そう思いながら俺は柔らかな感触に包まれている自分の手を見る。内心ドキドキしながらその手を離そうとしーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー八幡の好きにしていいわよ。……自分に正直になって

 

オーフェリアの一言を思い出して思考を停止してしまう。……触ったままでもいいのか?

 

(……いや、ダメだダメだ!そんな事をしちゃ絶対ダメだ!)

 

一瞬魔がさしたが首を横に振る。やっぱり恋人関係でもないのにこういう事をするのは論外だ。だから……手を離す。

 

そう決心して行動に移そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるの、八幡君?」

 

いきなり聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

声のした方向を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、シルヴィ……」

 

そこにはさっきまで一緒に試合観戦をしていたシルヴィが立っていた。

 

シルヴィに指摘されたので現状を確認する。

 

 

オーフェリアの胸を揉んでいる。

 

……明らかに詰みじゃねぇか!?

 

内心突っ込んでいる中、シルヴィは怒ったような表情を、オーフェリアは勝ち誇ったような表情をしてお互いに見合っていた。そしてその空気は……ガチでヤバい。

 

 

 

……俺は生きて帰れるのか?



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比企谷八幡は修羅場に遭遇する(後編)

最悪の状況

 

今の俺の状況はその一言に尽きる。理由は簡単だ。第三者が見たら全員が最悪の状況だと断言するだろう。

 

何故なら……

 

.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ八幡君。何でオーフェリアさんの胸を揉んでいるのかな?」

 

目の前にドス黒いオーラを纏ったシルヴィが笑顔(ただし瞳は絶対零度だが)で俺に話しかけてくる。

 

怖い。マジで怖い。この状態のシルヴィと戦ったら確実に負けるだろう。それくらい怖い。

 

まあ気持ちはわかる。何せ今の俺はオーフェリアの胸を揉んでいるからだ。

 

だがちょっと待って欲しい。俺が自身の意思で揉んだ訳ではない。オーフェリアが俺の手を掴んで胸に運んだんだ。一瞬触りたいと思っていた事は口にしないが。

 

「い、いや……それはだな、オーフェリアが触らせてきたんだよ」

 

オーフェリアの胸から手を離してシルヴィに弁解する。そう説明するとシルヴィはドス黒いオーラを消すもジト目で見てくる。

 

「……まあ八幡君が自分から触るとは思えないからそれは信じるよ。でも八幡君心の奥では嬉しいって思ってるでしょ?嫌なら本気で抵抗するけど八幡君そこまで嫌そうじゃなかったし 」

 

ギクリ

 

何でわかんだよ?

 

確かに嫌じゃなかったし……寧ろシルヴィの言う通り少し嬉しいって思った。それについては否定しない。

 

「ま、まあ……一瞬魔がさしたのは事実だ」

 

嘘を吐いて怒られるのが嫌なので正直に話す。

 

「……そうなの八幡?」

 

「……ふーん。そうなんだ」

 

俺がそう返すとオーフェリアは腕を絡めてきて、シルヴィはジト目のまま俺の足をグリグリしてくる。シルヴィ痛いから……

 

「シルヴィ、痛いから止めてくれ」

 

俺が頼むとシルヴィは頬を膨らませてくる。怒っているようだがお前がそんな仕草をしても可愛いだけだからな?

 

「ふーんだ。八幡君のバカ。私を心配させたのに……」

 

「は?心配だと?」

 

俺なんかシルヴィを心配させる事をしたか?はっきり言って見当もつかないんだけど。

 

「……八幡君お腹が痛いって言ってVIP席を出てから全然帰ってこなかったじゃん。だから私は心配して探しに来たのに……」

 

そう言ってシルヴィはそっぽを向く。

 

(……そいつは悪い事をしたな)

 

しかも手洗いに行くのは建前で本当の目的はシルヴィに照れてる所を見られるのを防ぐ為だ。そんな目的で逃げた俺をシルヴィは心配して探しに来てくれた。騙して心配させた挙句あんな場面を見せるとは……

 

「悪かったなシルヴィ。俺の出来ることなら何でもするから許してくれ」

 

誠心誠意を込めて謝る。今回は完全に俺が悪いのでしっかり謝るべきだろう。

 

「……何でも?」

 

シルヴィはジト目のまま確かめるように俺に聞いてくる。

 

「あ、ああ。俺に出来ることならな」

 

まあ俺に出来ることなんてたかが知れてるがな。シルヴィも無茶な要求はしないだろう。

シルヴィは顎に手を当てて考える素振りを見せてくる。頼むから無茶な要求はしないでくれよ。

 

そう思っているとシルヴィは手をポンと叩く。どうやら決まったようだな。

 

「じゃあ今日八幡君の家に泊まって2人きりで過ごしたいんだけど」

 

………は?

 

シルヴィが俺の家に泊まるだと?

 

「……シルヴィア、どういうつもり?」

 

俺がシルヴィに質問をしようとしたが、その前に俺の右腕に抱きついているオーフェリアが不機嫌な表情でシルヴィを見てくる。

 

「どういうつもりって私が八幡君の家に泊まりたいからお願いしただけだよ?オーフェリアさんが怒る事じゃないと思うな?」

 

シルヴィはオーフェリアに対して不敵な笑みを浮かべながら俺の左腕に抱きついてきた。柔らかな膨らみが腕に当たってヤバい。

 

「……土俵に上がったのね」

 

「ふふっ……負けないから」

 

「………私も負けない」

 

そう言うとオーフェリアは更に強く腕に抱きついてくる。ちょっとちょっと?!マジでヤバいですから!

 

つーかマジで何の勝負をしてるんだ?全くもって見当がつかないんですけど。少なくとも戦闘関係じゃないのは確かだと思うが……

 

「じゃあ八幡君、今日はよろしくね」

 

考えに耽っているとシルヴィが話しかけてくる。

 

「……まあ何でもすると言ったからするけど」

 

「やった♪ありがとう」

 

シルヴィはさっきとは一転、本当に楽しそうな表情を見せてくる。その笑顔を見ると幸せな気分になってくる。やっぱりシルヴィの笑顔は魅力的だな。

 

「……じゃあ八幡、私も明日以降に八幡の家に泊まっていい?」

 

オーフェリアが上目遣いでお願いをしてくる。こいつもかよ……

 

「別に構わない」

 

オーフェリアとは既に何度も一夜を過ごしているからな。ぶっちゃけもう慣れた。

 

「……そう。ふふっ……」

 

オーフェリアはそう言って頭をスリスリしてくる。慣れたのは事実だが……スキンシップは減らして欲しい。何せ寝てる時なんて舐めてきたりくすぐったりしてくるからな。

 

 

俺は2人の美少女に挟まれているからか、周りにいる男子に睨まれながらVIP席に向かって歩き出した。通行人の皆さんは睨むのを止めてください。お願いしますから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、あーん」

 

ステージで第2試合の出場選手である刀藤と沙々宮が勝利して控え室に戻ろうとしている中、VIP席にいる俺は右隣にいるオーフェリアにクッキーを差し出されている。

 

「……はいよ」

 

ため息を吐きながら口を開けるとクッキーが口の中に入る。よく噛むと味が口の中で広がる。

 

「……美味しい?」

 

「……美味い」

 

「そう。なら良かった」

 

オーフェリアはそう言うと、今度は左隣にいるシルヴィがチョコレートを差し出してきた。

 

「八幡君あーん」

 

そう言うとチョコレートを近づけてくる。

 

「……なあお前ら。自分で食うから腕を離してくれないか?」

 

現在俺の両腕はオーフェリアとシルヴィに抱きつかれているので自由に動かせない。よって物を食う時は食べさせて貰っている。

 

特に怪我をしてる訳ではないので自分で食いたいと思っているのだが……

 

「「却下」」

 

2人に一蹴される。何でわざわざこんな事をやってんだよ。全くもって意味がわからないな。

 

そう思っているとシルヴィは更にチョコレートを近づけてくる。見ると満面の笑みでありながら微妙に迫力を感じる。

 

「八幡君、あーん」

 

その圧力に逆らえず口を開けてしまう。するとチョコレートは口に入り、口の中で溶けて甘い味が広がる。

 

「美味しい?」

 

「まあな」

 

「良かった。八幡君がそう言うと嬉しいな」

 

シルヴィは笑顔で頷くと更に強く腕を抱きしめてくる。そして更に柔らかな感触を腕に感じる。

 

その感触に緊張していると

 

「……八幡」

 

いきなりオーフェリアが俺に顔を近づけて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

いきなり唇に近い頬を舐めてきた。

 

「なっ、なっ、なっ……」

 

オーフェリアのいきなりの行動に驚いているとシルヴィがオーフェリアに顔を近づける。

 

「……オーフェリアさん?何をしたの?」

 

ジト目だ。シルヴィがジト目でオーフェリアを見ている。それに対するオーフェリアはほんの少しだけ笑みを浮かべている。

 

「……八幡の頬に食べカスが付いていたから取っただけよ?」

 

そんな風に返事をするとシルヴィから黒いオーラが少しだけ漂いだす。頼むから喧嘩するなよ?

 

「ふーん。でも口で取る必要はないんじゃなかいかな?」

 

「……それは私の自由じゃない?それに八幡は満更でもない顔をしてるけど?」

 

するとオーフェリアが唐突に俺の名前を出してくる。するとシルヴィは俺の事を見てくる。まるで全てを見透かすかのようにじっと見てくる。

 

「八幡君。満更でもないの?」

 

「え?あ、いや、そのだな……」

 

ついテンパってしまう。満更でもないのは事実だ。しかもいきなり指摘されたので否定する事が出来なかった。

 

「……ふーん。満更でもないみたいだね」

 

シルヴィはジト目で俺を見ながら更に強く腕に抱きついてくる。

 

もう勘弁してくれ!両腕とも柔らかな膨らみに挟まれるって理性を失いそうでヤバい!そしてシルヴィは足を踏むな!

 

(誰か助けてくれ!!)

 

すると俺の祈りが通じたのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁさぁ皆様お待ちかね!いよいよ準々決勝第3試合が始まろうとしています!まず東ゲートからその姿を現したのは、星導館学園の比企谷小町・戸塚彩加ペア!そしてその反対側の西ゲートからはクインヴェール女学園の雪ノ下雪乃・由比ヶ浜結衣ペアの入場です!』

 

会場に実況の声が流れ歓声が上がる。良し、この機会は逃さない!

 

「おい。そろそろ試合が始まるから菓子はその辺でいい」

 

そう言って半ば無理やり2人から腕を解放する。このタイミングなら問題ないだろう。

 

すると俺の予想通り2人は文句を言わずに菓子を片付け始める。ナイスタイミングでアナウンスがあって本当に良かったぜ。

 

内心実況に感謝していると4人がステージに立つ。そして何かを話しているようだ。

 

「この試合は全員八幡君の知り合いだね」

 

「そうだな。つーかクインヴェールの生徒が鳳凰星武祭でベスト8入りするの久しぶりじゃね?」

 

王竜星武祭や獅鷲星武祭はシルヴィやルサールカが好成績を出しているが鳳凰星武祭では強い奴を余り見ない。まあクインヴェールは星武祭を学生の魅力を引き出す為のステージとしてるからなぁ……

 

「そうだね。だから2人には頑張って欲しいね」

 

「まあ生徒会長からしたらそうかもな」

 

実際の所どっちが勝つか分からない。雪ノ下は冒頭の十二人クラスの実力だし由比ヶ浜の能力もかなり面倒な物だ。小町達はかなり厳しい戦いを強いられるだろう。

 

そう思っているとアナウンスが流れる。

 

『さあ!そうこうしているうちにいよいよ試合開始の時間となりました!勝利の女神が微笑むのは星導館なのか、はたまたクインヴェールなのか!』

 

ステージでは小町と雪ノ下がそれぞれハンドガン型煌式武装とレイピア型煌式武装を展開して、戸塚と由比ヶ浜がそれぞれのペアの後ろにつく。準備は万全のようだ。

 

緊張感が高まる中、

 

 

 

 

『鳳凰星武祭準々決勝第3試合、試合開始!』

 

試合開始の宣言がされた。



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こうしてベスト4が揃う

試合開始の宣言がされると同時に小町はハンドガン型煌式武装で狙いを定めて発砲する。狙いは雪ノ下の胸にある校章。開始と同時にあそこまで見事に校章を狙える銃使いは数少ないだろう。

 

しかし雪ノ下も冒頭の十二人クラスの実力を持っているので決まらない。雪ノ下がレイピア型煌式武装を振るって光弾を斬り払う。

 

開幕直後の先制パンチは失敗か。

 

すると雪ノ下の後ろから真っ白な犬が6匹小町に襲いかかる。出たな爆弾犬。

 

小町はバックステップで後ろに下がりながら発砲して6匹全ての頭を撃ち抜く。つーか今思ったが犬の頭を撃ち抜くってヤバい絵面だな……

 

ステージでの嫌な光景を見ていると由比ヶ浜の犬が爆発する。それによって爆風が起こり小町と雪ノ下の間に煙が出る。

 

雪ノ下の周囲から万応素が噴き出す。なるほどな。由比ヶ浜の犬は囮で小町の隙を作り雪ノ下の能力をぶつけるのが狙いか。

 

雪ノ下の能力は小町の射撃と違ってそこまで正確に狙わなくても当たる能力だ。煙がある状態で小町が雪ノ下と戦っても100%負けるだろう。

 

『凍てつきなさいーーー氷槍雨』

 

雪ノ下がレイピア型煌式武装を振るうと雪ノ下の周囲に8つの氷の槍が顕現される。その姿はまるでオーケストラの指揮者の様に見える。

 

そして顕現すると同時にレイピア型煌式武装が振り下ろされて氷の槍が射出される。8つの槍が小町を狙う。

 

しかし、

 

『させないよ!』

 

小町の周囲に巨大な盾が現れて氷の槍を弾いた。戸塚の盾は分割しなければかなり頑丈だ。あの程度の攻撃なら問題なく防げるだろう。

 

盾が氷の槍を全て防いだのを確認した小町は盾の後ろから雪ノ下達の足元に向けて光弾を放つ。

 

雪ノ下達は後退する事でそれに対処した。その間に小町達も後退して体勢を立て直した。これで一旦仕切り直しのようだな。

 

「……小町の純星煌式武装は乱発は出来ないし、結構不利だな」

 

「純星煌式武装って本戦一回戦で『鎧装の魔術師』を倒した銃だよね?どんな代償なの?」

 

腕に抱きついているシルヴィが聞いてくる。

 

「とにかく星辰力の消費が激しい。小町の星辰力を100としたら『冥王の覇銃』一発の消費星辰力は40から45だ」

 

「それかなり燃費が悪くない?」

 

「まあな。そのかわりに俺の影狼修羅鎧も破壊出来る威力だからな」

 

「そうなんだ。でも今回の試合では余り役に立たないね」

 

シルヴィと話しているとステージでは光弾と大量の盾、氷の槍と白い犬がぶつかり合って爆音が会場に響き渡っている。正に一進一退の攻防だ。

 

するとこの状況を打破する為か雪ノ下の周囲から万応素が噴き出す。能力の使用か?

 

そしてーー

 

『そびえ立ちなさいーーー絶対氷王城』

 

するとステージに半径15メートルを超える魔方陣が現れてそこから氷が現れる。

 

氷がどんどん魔方陣から現れて形を変えていきーーー

 

『おおっと!ここで雪ノ下選手の能力が発動!ステージに巨大な氷の城が完成したぁ!』

 

『この能力は初めて見るッスけど噴き出してる万応素からしてかなり丈夫な城だと思うッスね』

 

ステージには半径15メートル、高さ10メートルを超える巨大な氷の城が出来た。見た目は俺がアスタリスクに来る前に住んでいた千葉を代表する遊園地の城そっくりだ。そして氷の城は透明で城の中に雪ノ下と由比ヶ浜がいるのがよく見える。

 

そして城の中では雪ノ下が体をよろめかせていた。その事から雪ノ下は氷の城を作るのに自分の星辰力の殆どを注ぎ込んだのがわかる。

 

しかしそこまでして氷の城を作る理由は何なんだ?

 

 

疑問に思っているとーーー

 

『いけー!』

 

由比ヶ浜の声が聞こえると同時に氷の城の外に小さな魔方陣が現れて白い犬が現れる。

 

その数20匹、さっきまでより3倍以上の数の犬が現れて小町と戸塚に飛んでいく。

 

2人は持っている銃を使って次々に撃破する。しかし数が多く数匹は2人の近くで爆発して爆風が2人を襲う。

 

爆風をくらった小町達は軽傷だがダメージを受けているが幸いな事に校章にダメージはない。

 

しかしーー

 

『まだまだ行くよー!』

 

同時に再び魔方陣が現れて今度は30匹の犬が現れる。明らかに防御を無視して攻めている。

 

『ここまで攻めるという事は雪ノ下選手の作った城は防御用って事ッスね』

 

解説の言う通りだ。普通能力者は攻撃する時も防御する事も考えなくちゃいけないが……

 

「防御を考えていないって事は雪ノ下の防御を信頼してるんだろうな」

 

そうでないとあそこまでガンガン攻める訳がない。よほど信頼してるんだろう。

 

 

しかし……ヤバいな、いくら2人が散弾型煌式武装を持っていても、犬が多方向から攻めてきたら負けるぞ。

 

その事を小町達も理解したのか2人は後ろに下がる。そして小町は懐から紫のマナダイトーーーウルム=マナダイトが埋め込まれた待機状態の煌式武装を取り出す。

 

『おおっと!ここで比企谷選手、レムス選手を打ち破った純星煌式武装『冥王の覇銃』を取り出したぁ!』

 

実況が叫ぶ中、『冥王の覇銃』は起動状態となりウルム=マナダイトが紫色の輝きを放つ。

 

『それはマズい!!』

 

由比ヶ浜がそう言って手を振ると犬が吠えてから色々な方向から小町に飛びかかる。『冥王の覇銃』は強力ゆえに両手でないと扱えない。つまり今の小町は隙だらけだ。

 

しかしーー

 

『させないよ!』

 

これは鳳凰星武祭、小町の隙はパートナーの戸塚が盾を分割して由比ヶ浜の犬とぶつけ相殺する事でカバーをする。

 

小町の周囲で爆風が漂う中、遂にウルム=マナダイトの輝きが最高潮に達する。

 

瞬間、『冥王の覇銃』の引き金が引かれ銃口から紫色のスパークを帯びた黒い光が一直線に氷の城に向かって突き進んだ。

 

城に当たると激しいスパークが起こり観客の目を襲う。『冥王の覇銃』から放たれた光は徐々に氷の壁を破壊していき……

 

 

『比企谷選手の『冥王の覇銃』が炸裂!大爆発が起こっているがどうなった?!』

 

爆発が起こりステージ全体が煙に包まれる。今見えるのは氷の城のてっぺん辺りだけだ。しかしそれは崩れていないので完全崩壊は無理だったのだろう。その事からこの城の頑丈さが嫌でも理解出来る。

 

そう思っていると煙が徐々に晴れていき小町が見えーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小町の全身を大量の氷の槍が蹂躙した。

 

『比企谷小町、校章破損』

 

ステージに機械音声が流れ出す。………は?

 

小町が負けただと?マジでどうなったんだ?

 

疑問に思っていると煙が晴れる。そしてそこには……

 

 

由比ヶ浜に支えられている雪ノ下が小町に手を向けていた。そして氷の城を見ると城壁の一部が崩壊していた。

 

『おおっと!ここで比企谷選手が脱落!これはどういう事でしょうか?!』

 

『おそらく比企谷選手の放った『冥王の覇銃の』一撃は城壁を破壊する事は出来ましたが雪ノ下選手と由比ヶ浜選手には当たらなかったみたいッスね。そして爆風がある場所で戦ったら雪ノ下選手の方が比企谷選手より上ッスからこういう結果になったんじゃないッスか?』

 

なるほどな……

 

『冥王の覇銃』によって城壁の破壊には成功したが雪ノ下達には当たらなかった。そして爆風の中の射撃はまず当たらないが、能力による攻撃はそこまで狙いを定めなくても良い。

 

だから雪ノ下は最後当てずっぽうで攻撃して、その結果小町の校章を破壊出来たのだろう。

 

まあ何にせよ……

 

「……勝負あったわね」

 

オーフェリアの言う通り勝負は決まっただろう。

 

ステージでは戸塚が盾を分割して由比ヶ浜の犬を防いでいるが分が悪いのは簡単にわかる。

 

その上雪ノ下もまだ戦える状態のようで由比ヶ浜の援護をしている。正確に戸塚を狙っている。

 

戸塚は最後まで粘りに粘ったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者、雪ノ下雪乃&由比ヶ浜結衣!』

 

機械音声が試合の決着を告げる。残念だが負けてしまったな。

 

 

 

 

 

比企谷小町&戸塚彩加 準々決勝にて敗北

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お兄ちゃん負けちゃったよぉ!!凄く悔しい!』

 

それから20分、俺は今第四試合の天霧、リースフェルトペアと界龍の双子ペアの試合を見ながら小町と電話をしている。

 

「まあそうだな……強いて言うなら『冥王の覇銃』を撃ったら直ぐに下がるべきだったな。そうすれば少なくとも直ぐに負ける事はなかったと思うぞ?」

 

ステージに浮かんでいる八つの爆雷球を見ながらそう返事をする。

 

試合はというと天霧が無双をしている。

 

序盤は押されていたがリースフェルトが時間稼ぎをしているうちに何かしたのだろう。試合が始まって10分もしているが未だに天霧は問題なく力を振るって双子の妹を撃破した。

 

『うん……そうだよね。少し油断したかも』

 

「まあ負けちまったもんは仕方ない。雪ノ下は次の王竜星武祭に出るんだしそん時にリベンジしろ」

 

『うんわかった。……悪いけどもう切るね』

 

「わかった。じゃあな」

 

そう言って電話を切る。

 

「随分悔しがってたね」

 

隣にいるシルヴィが話しかけてくる。

 

「まあそうだろうな。俺もお前に負けた時はメチャクチャ悔しかったし」

 

俺自身負けてもそこまで悔しくないだろうと思っていたがシルヴィに負けた時はメチャクチャ悔しかった。多分勝てない試合じゃなかったからだろう。

 

「誰だって負けたら悔しいよ。だから私は悔しさを糧にして次の王竜星武祭では優勝するつもりだし」

 

「……それは無理ね。八幡やシルヴィアの運命じゃ私の運命は覆せないから」

 

「やってみなきゃわからないよ。だから私は王竜星武祭についても八幡君についても負けないから」

 

「………は?」

 

何で俺の名前を出す?つーかシルヴィよ、胸を当てるな。大分慣れてきたとはいえキツいんですけど?

 

「………絶対に負けないわ」

 

するとオーフェリアはさっきとは違ってムッとしたような表情を浮かべてくる。怒る理由についてはわからないが最近オーフェリアの奴、表情を出すようになってくれて嬉しいな。それは嬉しいがシルヴィ同様胸を当てるな。

 

「……なあ、頼むから離れてくれな「「却下」」……さいですか」

 

最後まで言う事なく却下をくらう。こりゃ離れて貰うのは無理だろうな。

 

ため息を吐きながらステージを見ると天霧が『黒炉の魔剣』を振るって爆雷球を薙ぎ払う。さらにその衝撃で巻き起こりかけていた大爆発を、上段から振り下ろす一撃で爆風ごと断ち切った。

 

「……ったくつくづく四色の魔剣はふざけた能力を持ってんな」

 

呆れた声を出す中、天霧は『黒炉の魔剣』を手放し『幻映霧散』との距離を詰めーーー

 

『ーーーさすがに少し腹が立ったよ』

 

そう言って顔面に拳を叩き込んだ。

 

それをくらった沈雲は一気に壁に激突してそのまま気を失って試合が終了した。

 

嵐のような大歓声と喝采が吹き荒れる中俺が思った事は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(天霧を怒らせるとヤバそうだな。そしてシルヴィとオーフェリアは俺に抱きつきながらお互いに睨み合うのは止めてくれ)

 

俺を挟んで睨み合っている2人に辟易しながらため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん。今日も楽しかった」

 

帰りのモノレールにて、シルヴィは伸びをしながらそう言ってくる。伸びをする事で揺れる二つの塊を見ていたらオーフェリアに抓られた、解せぬ。

 

「……八幡のバカ」

 

「痛い痛い。オーフェリア、痛いから止めてくれ」

 

そう言うとオーフェリアは手は離してくれるもののジト目で見てくる。何か凄い悪い事をした気分だな。

 

「……八幡の寮にもあった卑猥な雑誌の事もあるしやっぱり八幡は胸が好きなのね」

 

「待て待て待て。頼むからそれ以上言わないでくれ」

 

モノレールの中にいる人が冷たい眼差しで見てくる。早く降りる駅に着いてくれないと視線によって体に穴が開きそうだ。

 

「……ふーん。八幡君そんなにエッチな本を持ってるんだ」

 

それを聞いたシルヴィもオーフェリア同様ジト目で俺を見ながら抓ってきた。だから痛いって。

 

「……シルヴィア、今日八幡の寮に泊まるなら処分しておいて」

 

オーフェリアがジト目のままシルヴィにそう頼む。

 

「は?ちょっと待ってオーフェリア。それは止めて欲し「わかった。任せといて」……おい」

 

2人の連携っぷりに呆れた視線を向けていると……

 

「八幡(君)は高1でしょ(だよね)?そういう(エッチな)本は18歳になってから(だよ)。それに……」

 

オーフェリアとシルヴィはいきなり真っ赤になりながら俺の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういう事がしたいなら私がしてあげる(よ)」

 

いきなり爆弾を投下してきた。

 

 

その後の俺の記憶はなかった。



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シルヴィア・リューネハイムはガンガン攻める(前編)

「……ん」

 

頭の中が真っ白だ。

 

「……君」

 

ダメだ。何も考えが浮かばない。何なんだこの状況は?

 

「八幡君!」

 

いきなり背中に衝撃が走る。痛え!

 

痛みに驚いているとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと戻ってきたね。もう駅に着いたよ」

 

目の前にシルヴィとオーフェリアがいた。そして俺は今モノレールに乗っていた。

 

「あれ?俺達今シリウスドームを出たばっかじゃん。もう着いたのか?」

 

俺の記憶では準々決勝を見終わって今シリウスドームを出た筈だったが……どんだけボーッとしてたんだ?

 

「つーかマジでモノレールに乗ってた記憶がないんだけど……」

 

さっきまで頭の中が真っ白だったし。

 

俺が独り言を呟いていると視界の隅でオーフェリアとシルヴィが真っ赤になって俯いている。え?何その表情?俺2人に変な事をしていたのか?

 

「………八幡。私達が言った事、本当に覚えていない?」

 

するとオーフェリアが頬を染めながら詰め寄ってくる。近い近い近いから!!

 

「あ、ああ。覚えていないが……お前ら俺に変な事を言ったのか?」

 

「……何でもないわ。ねぇシルヴィア?」

 

「う、うん何でもないよ。八幡君は気にしないで」

 

いや、そうは言っているが顔真っ赤だからな?明らかに何かあっただろ?

 

かなり気になったが聞くのは止めておこう。明らかにヤバい地雷だと思うし。

 

俺はそれで話は終わりとばかりに息を吐いてモノレールから降りて改札に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから20分……

 

「じゃあオーフェリア、またな」

 

俺は今オーフェリアの寮の前にいる。駅を降りてからオーフェリアを寮まで送ってからシルヴィを俺の寮に案内する手順となった。

 

「……ええ。八幡……」

 

オーフェリアは頷いてから俺に抱きついてくる。いつもの事だ。オーフェリアと別れる時は必ず抱きしめてから別れる。

 

俺はいつも通りオーフェリアの背中に手を回して優しく抱きしめる。これでオーフェリアが喜ぶなら恥じらいなど捨てていくらでもやるつもりだ。

 

「んっ……八幡、頭撫でて」

 

オーフェリアは上目遣いでおねだりをしてくる。毎回思うがオーフェリアの上目遣いは破壊力があり過ぎる……これがギャップ萌えというヤツなのか?

 

「はいはい」

 

俺は苦笑しながらオーフェリアの髪を優しく撫でる。少しでもオーフェリアに喜んで貰いたい、その一心で。

 

「……もういいわ。ありがとう」

 

オーフェリアがそう言うので抱擁をとく。抱きしめるのは慣れたがオーフェリアのおねだりは当分慣れないだろう。

 

 

「じゃあオーフェリア、またな」

 

「……ええ。それと……今度八幡の寮に泊まる約束、忘れないで」

 

「はいはい、わかったよ」

 

「ありがとう。それとシルヴィア……」

 

オーフェリアはシルヴィに近寄って耳打ちをする。するとシルヴィは苦笑いする。

 

「大丈夫だよ。まだそれをする勇気はないから」

 

「まだ、ね」

 

「うん。まだだよ。オーフェリアさんもそうでしょ?」

 

「ええ。まだないわ」

 

「だから今日はそこまで差がつかないと思うよ」

 

何だ?差がつかないとか言っているがさっきから何の話をしてるんだ?

 

興味はあるが何となく嫌な予感がするので聞かないでおこう。聞いたら地雷な気がする。

 

そう思っていると……

 

「じゃあ、また明日」

 

そう言ってオーフェリアは自分の寮に入って行った。

 

オーフェリアが見えなくなるのを確認した所でシルヴィが話しかけてきた。

 

「じゃあ八幡君。行こうか」

 

そう言って腕に抱きついてくる。こいつも段々行動パターンがオーフェリアに似てきたな。シルヴィも最近結構変わっているが何があったんだ?

 

俺は疑問符を浮かべながらシルヴィと腕を組み自分の寮に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから……

 

「んじゃ上がれよ」

 

俺は自分の寮に着いたのでドアを開けてシルヴィを招く。今更だが世界の歌姫を招くって……いくらシルヴィがお願いしてきたからってヤバい行動だろ?俺いつか殺されそうだな。

 

「お邪魔します」

 

当のシルヴィは楽しそうな表情をして中に入るが俺の寮に面白い事なんてないと思うぞ?

 

若干呆れていると腹が鳴る。準々決勝が終わったのは6時前で今は7時だ。腹が鳴ってもおかしくない時間帯だ。

 

「おう。んじゃ今から飯作るから適当に寛いでくれ」

 

そう言ってキッチンに向かう。さて……今日はシルヴィもいるから脂っこくない料理にしないとな。

 

すると……

 

「あ、私も手伝うよ」

 

シルヴィもキッチンに入ってくる。

 

「いやいや、お前客だから休んでていいぞ?」

 

「ううん。泊めて貰うんだからお手伝いするのは当然だよ。それに私がやりたいからやるんだし」

 

シルヴィは笑顔だが譲る気配は感じない。シルヴィは結構頑固である事を知っているので引き受けるか。

 

「わかった。じゃあ頼んでいいか?」

 

「もちろん。何を作るの?」

 

「そうだな……肉と魚どっちがいい?」

 

「うーん。昨日魚を食べたから肉でお願い」

 

「はいよ」

 

シルヴィは肉を所望しているようだ。冷蔵庫を開けてみると鶏肉と豚肉があった。

 

「作るとしたら唐揚げか豚の生姜焼きにするがどうする?」

 

「じゃあ生姜焼きにして貰っていい?あ、八幡君が唐揚げかいいなら唐揚げでいいよ」

 

「どっちでもいいから生姜焼きで構わない」

 

「ありがとう。じゃあ私米をとぐね」

 

そう言うとシルヴィは米を洗い出すので俺はサラダを作る為に冷蔵庫から野菜を取り出す。

 

レタスなど野菜を洗い切っているとシルヴィが話しかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ八幡君、こうして2人で料理するのって……新婚さんみたいだと思わない?」

 

爆弾を落としてきた。

 

「し、シルヴィ!いきなり恥ずかしい事を言うな!」

 

顔が熱くなるのを感じながらシルヴィを睨むも、当のシルヴィは笑っている。

 

「八幡君照れてるの?可愛い」

 

そりゃ照れるわ!世界の歌姫と結婚なんて………想像しただけで顔が熱くなる。あり得ないがもしも実際にシルヴィと結婚する事になったら恥ずかしさの余り悶死しそうだ。

 

シルヴィの冗談に恥ずかしがりながらシルヴィを見ると真っ赤になりながら俯いていた。

 

「おいシルヴィ。大丈夫か?」

 

「う、うん!大丈夫だよ!」

 

いや絶対大丈夫じゃないだろ?いきなりどうしたんだ?

 

その後も疑問に思いながら何度も聞いたが、その度に真っ赤になって首を振って教えてくれなかったので諦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし……これで完成だな」

 

「味噌汁も出来たよ」

 

それから30分、生姜焼きの匂いが漂うキッチンにて俺とシルヴィは夕食を完成させた。

 

「シルヴィの味噌汁美味そうだな」

 

「ありがとう。これでも料理は自信があるんだ」

 

相変わらず完璧な奴だな。正直言って凄すぎて嫉妬の感情が浮かばないぜ。

 

シルヴィの凄さに感服しながら料理をテーブルの上に置く。料理を全て置くとシルヴィは俺の横にくっついてくる。シルヴィもオーフェリアと同じかよ?

 

「いただきます」

 

シルヴィがそう言うので若干慌てて俺も挨拶をする。

 

「いただきます」

 

挨拶をして夕食を食べ始める。……うん、俺が作る味噌汁よりシルヴィが作った味噌汁の方が数段上だ。専業主夫を目指す者として今後も精進しないとな。

 

 

シルヴィの味噌汁に対抗意識を出していると……

 

「八幡君」

 

いきなりシルヴィに話しかけられたので振り向くと……

 

「はいあーん」

 

いきなり口の中にレタスが入る。随分いきなりだな……

 

シルヴィを見るとコロコロ笑いながら

 

「美味しい?」

 

そう聞いてくる。

 

「まあ、な」

 

シャキシャキして美味い。まあ俺が作った物だから自画自賛だけど。

 

「ふふっ。あーん」

 

そう言って今度は生姜焼きを口に入れてくるが、俺は雛鳥扱いかよ?

 

 

 

 

 

 

結局、あーんをされまくった夕食となった。まあ誰かと一緒に夕食を取るのはアスタリスクに来てからは余り経験しなかったのでそこそこ楽しめたから良しとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで明日は午後に仕事があるから一緒に見れないと思う」

 

「そうかわかった。じゃあ第1試合はいつものVIP席でいいのか?」

 

「うん」

 

夕食を済ませた俺達は他愛のない雑談を交わしている。まあ俺自身コミュ障なので話す事は星武祭関係の事だらけだが。

 

「そうか。じゃあ後でオーフェリアと一緒に集合時間を『pipipi』……っと、もう湧いたか」

 

話していると風呂が沸いたという知らせが来た。

 

「続きは後でな。どっちから先に入る?」

 

俺がそう尋ねるとシルヴィは頬を染める。今の会話で頬を染める内容があったか?

 

「あ……う、うん。八幡君が洗ったし八幡君からでいいよ」

 

「そうか。じゃあちょっと行ってくる」

 

「う、うん……」

 

シルヴィから了承を得たので洗面所に向かった。しかしシルヴィは何で挙動不審になっていたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洗面所に着いた俺はパパッと服を脱ぎ全裸になり風呂場に入る。湯気が出ていて風呂に来たという実感を感じる。

 

「ふぅ……」

 

俺は息を吐いて頭を濡らしシャンプーを頭に付けて洗い始める。夏は汗をかくからしっかりと洗わないといけない。

 

とにかく頭を擦り全体にシャンプーが広がったのでシャワーで流し始めると洗面所からシルヴィが話しかけてきた。

 

「は、八幡君。湯加減はどう?」

 

「ん?いやまだ湯船には入ってない。今頭を洗ってて体を洗い終わったら入る」

 

「そ、そうなんだ……」

 

洗面所を見るとシルヴィの影が薄く見える。さっきから突っ立っているがどうしたんだ?

 

「シルヴィ、いきなり話しかけてきたが何か用か?」

 

「え?う、うん。ちょっとね……」

 

「そうか。悪いが今はシャンプーを洗い流してるから後にしてくれ」

 

さっきからシャンプーが目に入って痛い。俺は会話を打ち切りシャワーでシャンプーを洗い流す。シルヴィも話があるようだし急がないとな……

 

俺は急いでシャワーを流す。よし、これで頭は洗い終わったしシルヴィに話を『ガララッ』……ん?ガララッ?何の音だ?

 

疑問に思いながら振り向くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、八幡君………背中、流していいかな?」

 

女神のように美しい体にバスタオルを巻いて顔を茹で蛸のように真っ赤にしているシルヴィが恥ずかしそうにしながら洗面所から入ってきた。



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シルヴィア・リューネハイムはガンガン攻める(中編)

俺は死んだのか?

 

まず初めに浮かんだ考えがそれだ。いつの間にか死んで天国に行ったと思ってもおかしくない。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、八幡君………は、恥ずかしいから……余り見ないで」

 

俺の目の前に世界の歌姫がバスタオルを巻いた状態でいるからだ。

 

シルヴィのバスタオル姿みたいに、この世の物とは思えないほど美しい存在を見る事が出来る場所があるとしたら天国以外に考えにくい。もしくは俺の生み出した妄想か?

 

「えっとだな……シルヴィだよな?」

 

「う、うん」

 

念の為確認をしてみるとシルヴィは真っ赤になってコクンと頷く。どうやら俺の妄想のシルヴィではなく本物のシルヴィのようだ。

 

それは理解出来たが……

 

「何で今風呂に入ってきた?」

 

先ずはそこだ。何で俺がいるタイミングで入ってくるか、それがわからない。

 

俺が質問するとシルヴィは真っ赤になりながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、その………八幡君と一緒に入りたかったから……」

 

そう返してくる。物凄く小さい声であったがハッキリと聞こえてしまい俺の顔も熱くなってきた。

 

「そ、そうか……」

 

恥ずかしさの余り一言しか返せない。当のシルヴィも恥ずかしそうに身を縮めている。

 

「う、うん………そ、それで八幡君、は、恥ずかしいから……余り見ないで」

 

シルヴィは再度そう言ってくるが……

 

(ダメだ!目を逸らせない!)

 

ダメだとわかっていても俺の視線はシルヴィの美しい体に向いている。

 

恥じらいのある表情、露出されている美術品のように美しい手足、バスタオル越しでもはっきりとわかる膨らみ、それら全ての存在が俺という存在を誘惑していて逆らえない。

 

心の中では見ちゃダメだと言っているが、それと同じように見たいと言っていて現在は見たいという気持ちが勝っている為シルヴィから目を逸らせない。

 

「うぅ……」

 

するとシルヴィは真っ赤になりながら自分の体を隠すように抱きしめる。その姿は物凄くか弱く見えた。

 

(……っ。これは……マジでヤバい!)

 

それを見た俺の理性は崩れる一歩手前となった。心の奥でシルヴィをメチャクチャにしたいという気持ちが湧き上がってくる。

 

でもこれはダメだ。理性が消し飛んだら確実に終わる。それだけは絶対にダメだ。

 

俺はシルヴィの艶姿を見つめたまま星辰力を込めてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅっ!!」

 

体内をコーティングしている影を一瞬だけ暴れさせた。それによって体内に激痛が走る。クソ痛い。マジで死にそうだ。

 

しかしその痛みが体を蹂躙することでシルヴィの事を一瞬忘れる事に成功した。それによって俺の理性が崩れる事は無くなった。

 

俺は激痛に耐えながら何とかシルヴィから目を逸らす事に成功した。危なかったな……もしも体内を攻撃しないで理性が消し飛んでいたら俺は間違いなくシルヴィを襲っていただろう。

 

「は、八幡君……大丈夫?」

 

後ろからシルヴィが心配そうな声で話しかけてくる。後ろを向きたい、向きたいが向いちゃダメだ。向いたら間違いなく理性が消し飛ぶ自信がある。絶対に向いちゃダメだ。

 

「あ、ああ大丈夫だ。気にすんな。それでだなシルヴィ……えっと、俺の背中を流しに来たんだよな?」

 

「う、うん……ダメ、かな?」

 

さっきとは一転不安そうな声で話しかけてくる。そんな声をすんじゃねぇよ。断れなくなるだろうが。

 

「……前は洗うな」

 

「……え?」

 

「だから……前は自分で洗うからお前はやるな」

 

前なんて洗われたら本当に理性が吹っ飛ぶ事が簡単に想像出来るから絶対にダメだ。

 

「じゃ、じゃあ背中はいいの?」

 

「ここまで来たんだ。もう好きにしろ」

 

半ば投げやりになりながらそう返事をする。風呂場に入ってきたシルヴィを追い出すのは多分無理だし。

 

「う、うん。じゃあ……洗うね」

 

そう言ってシルヴィはボディソープを取って……

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

俺の背中に付けて広げ始める。それによってシルヴィの手が俺の背中に当たる。

 

「うっ、くぁっ……」

 

つい変な声を出してしまったが仕方ないだろう。だって……シルヴィの美術品のように美しい手が俺の背中に触れているんだから……

 

「ど、どうかな……?」

 

シルヴィはそう言って優しく背中を擦ってくる。柔らかくて気持ちが良い……最高だ。マジでここは天国かもしれない。

 

「あ、ああ。大丈夫だ」

 

「そ、そう?なら良いけど……」

 

シルヴィはそう言いながら手を背中から脇に移動させる。

 

(ヤバいヤバいヤバい!し、シルヴィ、それはマジでマズイって!)

 

俺の脇にシルヴィの美しい手が……ボディソープのヌルヌルもあって凄く興奮してしまう。

 

俺は再度星辰力を込めて体内を軽く刺激する。痛いが我慢だ。こうでもしないと俺の理性が吹っ飛んでしまう。

 

痛みに悶絶しているとシャワーが体に当たる。どうやら苦しんでいる間に体を洗い終わったようだな。

 

影を暴れさせるのを止めてシャワーを浴びる。夏なので冷たくしてあるシャワーは俺の熱い体を冷やしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3分……

 

「すまん待たせた」

 

前を洗い終わった俺は後ろにいるシルヴィに話しかける。背中を洗って貰ってからは俺が体を洗い終わるまで待っていて貰った。にしても……さっきから視線を感じて恥ずかしかったな……

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあ私も洗うね」

 

シルヴィはそう言ってくる。

 

って、ちょっと待て!つ、つまりバスタオルを取るって事か?!

 

「あ、あのだなシルヴィ……」

 

俺がシルヴィに話しかけようとするとシルヴィは俺の横にある椅子に座る。

 

そして恥じらいの混じった表情を浮かべながら口を開ける。

 

「そ、その……今からバスタオルを取るんだけど……見ないで欲しいな」

 

「あ、ああ!」

 

俺は即座に頷き、シルヴィに背を向けて逃げるように湯船に入る。夏だから比較的ぬるい温度に設定しているが体の熱の所為で熱湯のように感じてしまう。これ冬だったらマグマレベルの温度になりそうで怖いんですけど。

 

そんな事を考えているとシュル……と布擦れの音が微かに聞こえてきた。おそらくシルヴィが俺が後ろを向いているのを確認したのでバスタオルを取ったのだろう。

 

つまり今のシルヴィは生まれたままの一糸纏わぬ姿で……

 

一瞬想像しただけでさっきより遥かに顔が熱くなる。マジで死にそうだ。想像するだけでここまで興奮させるとは恐るべしシルヴィア・リューネハイム!

 

(……しかし想像しただけでここまで興奮するなら実際に見たらどうなるんだ?)

 

そんな考えが浮かんだが即座に首を振る。ダメだダメだ。シルヴィは見ないで欲しいと言ったんだ。ここで見るのはシルヴィに悪い。

 

 

 

そう思っている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【いいじゃんいいじゃん。見ちゃえよ。お前もシルヴィの裸を見たいだろ】

 

頭の中に黒い服を着た俺が嫌らしい表情を浮かべながらそう言ってくる。

 

(……確かにな)

 

正直に言うと見たい。あんな女神の一糸纏わぬ姿が見れるなら死んでもいいかもしれん。

 

【そうそう。それでいいんだよ】

 

俺はそんな声を聞きながらゆっくりと体を回そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《悪魔の言う事は聞いちゃダメだよ!シルヴィは見ないで欲しいって言ったんだよ!!》

 

いきなり悪魔八幡の横に白い服を着た俺が現れて注意をしてくる。すると黒い服を着た俺ーーー悪魔八幡が舌打ちをする。

 

【あん?うるせぇよ天使!別にいいだろうが!シルヴィは見ないで欲しいって言ったんで見るなとは言ってないんだぞ!だから見ても問題ないだろうが!】

 

そう言うと悪魔八幡は白い服を着た俺ーーー天使八幡を殴り飛ばす。

 

《………だからって見ていい理由にはならないよ!》

 

天使八幡も負けじと悪魔八幡を殴り飛ばす。……どうでもいいが天使なんだから殴るんじゃなくて弓とか使えよ。

 

【バカか!だったら初めから風呂に来なきゃ良かっただろうが!見られたくないのに俺がいる時に着たシルヴィが悪いんだよ!纏えーーー影狼修羅鎧!】

 

すると悪魔八幡は自身に影狼修羅鎧を纏わせて天使八幡を殴り飛ばす。先程の攻撃より数段上のようだ。

 

天使八幡も反撃するも天使八幡の放った攻撃は影狼修羅鎧によって全て防がれる。

 

《……くっ!強過ぎる!》

 

【当たり前だ!天使のお前じゃ影狼修羅鎧は使えないからなぁ!】

 

そう言いながら悪魔八幡はガンガン殴り続ける。まあ確かに天使が影狼修羅鎧を使うイメージはどうしても湧かない。天使と言ったらガラードワースの『光翼の魔女』、レティシア・ブランシャールみたいな奴だからな。

 

そう思っていると遂に……

 

 

 

 

 

 

 

【おらぁ!】

 

《ぐはっ!》

 

影狼修羅鎧を纏った悪魔八幡がトドメの一撃を放ち天使八幡は消滅した。天使ぃぃぃぃぃ!!

 

天使の死について叫んでいると影狼修羅鎧を解いた悪魔八幡が物凄く嫌らしい表情で話しかけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【なっ?お前だってシルヴィの裸を見たいんだろ?自分に正直になりな】

 

(………)

 

俺は特に喋る事なく、音を立てないようにゆっくりと体を回し始める。頭の中には既に悪魔もいなくなっている。しかし今の俺にとってはどうでもいい事だ。

 

今の俺は本能に従っている存在だ。

 

耳にはシャワーの音が聞こえる。今は体を洗っているのだろう。

 

そう思いながら俺は遂に………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

体を全て回す。

 

するとシルヴィと目が合った。否、合ってしまった。

 

視界にはシルヴィが一糸纏わぬ姿でキョトンとした表情をしながら俺を見ていた。

 

 

 

 

 



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シルヴィア・リューネハイムはガンガン攻める(後編)

 

 

シルヴィア・リューネハイム

 

クインヴェール女学園の生徒会長で序列1位、それでありながらアイドル活動をこなしていて『世界の歌姫』と称される世界一有名と言っても過言ではない程の有名人だ。

 

圧倒的な美貌を持ち世界中の男を虜にしているが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

彼女の一糸纏わぬ姿を見た事のあるファンは世界広しと言えども俺くらいしかいないだろう。

 

レヴォルフ黒学院近くにある高級住宅地が並ぶ街のある寮の一室、その家の主である俺比企谷八幡は風呂場にて世界の歌姫の一糸纏わぬ姿を見ている。

 

無言が続く。シルヴィはキョトンとした顔で俺を見ている。おそらく俺もキョトンとした表情を浮かべているのだろう。

 

そんな中、俺は本能に従ってシルヴィの一糸纏わぬ姿を見ている。

 

世界中の人々を虜にした美しい顔、王竜星武祭で沢山の強者を蹴散らしたにもかかわらず美しい状態を維持する手足、そしてバスタオルがなくなった事により見えるようになった圧倒的なオーラを感じる母性の象徴に、その先にある桜色の先端、シルヴィが女性であるという事を証明する聖域……

 

それら全てが俺の目に焼き付いている。おそらく俺は一生鮮明に覚える事になるだろう。それほどまでにシルヴィの裸は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美しい」

 

幾ら金や美容品を積んでも同じ物を作るのは無理だ、それぐらいシルヴィの裸は美しい。

 

俺がつい呟いてしまうと……

 

「は、八幡君?!」

 

シルヴィはキョトンとした顔から、真っ赤で恥じらいのある表情に一変する。

 

それと同時に俺も再起動して自身の取った行動を理解する。

 

(何やってんだ俺は?!)

 

俺はさっきシルヴィの裸が見たい故に、シルヴィとの約束を破ってしまった。自身の欲求を満たす為だけにシルヴィが傷付くような事を……

 

「すまんシルヴィ!!」

 

それを理解すると同時に俺は頭を下げる。風呂に浸かっているからか格好はつかないがそんな事を言っている場合ではない。

 

「……八幡君」

 

「すまない。俺が悪かった。正直に言うと……お前の裸が見たくなって……魔が差して……本当にすまなかった」

 

そう言いながら俺は星辰力を込めてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刎ねろーーー処刑影刀」

 

俺の真横に真っ黒な刀を作り上げる。その刃は黒色でありながら鈍い輝きを放っている。

 

「八幡君?!何をするつもり?!」

 

頭の上からシルヴィの驚いたような声が聞こえてくる。何をするかって?

 

「決まってんだろ。お前に最低の事をしたんだがら死んで詫びるんだよ」

 

俺は大切と思えるシルヴィに最低の事をしたんだ。俺の命じゃ足りないかもしれないが命で償うしかない。

 

「じゃあなシルヴィ。これで許してくれるとありがたい」

 

そう言うと影の刃は穂先を俺の方に向けてくる。短い人生だったな。まあ今回は俺の自業自得だ。来世に期待しよう。

 

そして刃に指示を出す。

 

影の刃はそのまま俺の首に向けて一直線に飛んでーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だめー!」

 

 

 

行ったがシルヴィが俺に抱きつきながら浴槽に押し倒したので首を刎ねずにそのまま壁にぶつかりヒビが入った。

 

壁に影の刃が当たり、そのまま霧散するのを確認すると同時に俺は顔にお湯が当たるのを感じる。シルヴィに押し倒されたので全身が湯船の中に入ったのだろう。

 

とりあえず水から出るか。いつまでも潜ってたら息がヤバい。しかもシルヴィも潜ってるし。

 

俺は恥を捨ててシルヴィの肩を押しながらお湯から上がる。壁を見るとヒビが入っていた。もし今日死ななかったら明日修理屋に電話しないとな。

 

そんな事を考えていると……

 

「……八幡君」

 

シルヴィから声をかけられたので意識をシルヴィの方に向けると絶句してしまう。

 

シルヴィが涙を流して俺を見ていた。

 

呆気に取られている中、シルヴィが口を開ける。

 

「……八幡君は悪くないよ。元はと言えば八幡君がお風呂に入っているのに入った私が悪いんだから……死のうとしないで」

 

そう言ってシルヴィは涙をポロポロ零している。

 

「いやだって……見るなって言われたのに自分の欲求を満たす為だけにお前の裸を見たんだぞ?お前だって嫌な気持ちになっただろ?」

 

いくらシルヴィが俺が風呂にいる時に乱入してきたからって俺がした事が正当化される筈がない。俺のやった事は許されない事だ。

 

すると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ううん。恥ずかしいとは思ったよ……でも好きな人に見られて嫌な気持ちにはならないよ」

 

そう返してくるが……

 

(ちょっと待て!何か今とんでもない爆弾が落とされたぞ?!)

 

俺の聞き違いじゃなかったら……シルヴィは俺の事が、その……

 

顔が熱くなるのを感じている中シルヴィが更に口を開ける。

 

「……私は八幡君に見られる事は嫌じゃないから八幡君が気にする事はないよ。だからお願い……もうあんな風に死のうとしないで。もう好きな人が行方不明になったり目の前からいなくなるのは嫌なの……!」

 

そう言って風呂に涙を零す。それを見た俺はさっきまでの顔の熱はなくなり申し訳ない気持ちで一杯になった。

 

それを認識すると俺の口は自然と開いていた。

 

「……わかった。もう2度と自殺はしない。約束する」

 

「……うん」

 

シルヴィはそう言って抱きついてくるので俺は優しく頭を撫でる。オーフェリアの時と同じだ。あいつ同様絶対にシルヴィを悲しませない。

 

そう強く決心しながらシルヴィの頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから20分後…….

 

 

風呂を出た俺はベッドに倒れこんだ。沈み込んでいるとさっきの風呂場でのやり取りを思い出してしまう。

 

状況を整理すると……

 

①魔が差してシルヴィの裸を見てしまう

 

②シルヴィにバレる

 

③死んで詫びようとする

 

④シルヴィに止められて好きな人と呼ばれ、自殺するなと言われる

 

⑤自殺しないと約束したら裸で抱きつかれた

 

 

こんな所だろう。振り返ると再び顔が熱くなってきた。

 

うあああ!死にたい!死にたいよぉぉぉ!あんなの俺のキャラじゃねーよ!馬鹿じゃねーの!バーカバーカ!

 

心中で叫びまくり、唸りながらベッドをゴロゴロする。

 

「はぁ……どうしてこうなったんだ?」

 

小さい声で呟く。トラウマのフラッシュバックは二段階ある。初めにハイテンションに破壊的衝動が訪れ、その後にローテンションな憂鬱が襲ってくるのだ。

 

それにしてもシルヴィは俺の事を好きな人と言っていたが……

 

(信じ難いが……アレは異性としてという可能性も低くないんだよなぁ……)

 

俺も鈍感ではないから何となく予想がついていた。頬にキスをしてきたり、寮に泊まりに来たり、終いには風呂に突撃してきたり……ただの友人ならここまでしないだろう。

 

そこであんな言葉を聞いたら……

 

そう思うと顔が熱くなる。でも、もしも……そうだったら俺はどうすればいいんだ?

 

シルヴィの事は素晴らしい女性だと思う。そんな女性に想われるのは本当に嬉しい。

 

しかし俺はシルヴィの横に立つのに相応しくない。

 

目は腐ってるし悪名高いレヴォルフの人間だ。問題に対しても碌でもない方法でしか解決出来ない男だ。それに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か異性の事について考えるとシルヴィだけでなくオーフェリアの事も浮かんでしまう。

 

いつもそうだ。シルヴィの事を考えているとオーフェリアの事を、オーフェリアの事を考えているとシルヴィの事も考えてしまう。

 

この事について理解して解決をしない限り俺は……

 

思考に耽っているとドアの音がしたのでつい反応してしまう。

 

ドアを見るとパジャマを着たシルヴィが頬を染めながら寝室に入ってきた。ヤバい、風呂場の事を思い出してしまう。

 

顔が熱くなるのを感じているとシルヴィが歩いてきて俺のベッドに上がってくる。

 

「……八幡君」

 

顔を赤くしながら話しかけてくる。話す内容なんて簡単にわかる。

 

「……さっきのお風呂での事なんだけど……」

 

やっぱり風呂での事か。風呂から出る時シルヴィは「私、何を言って……!」とテンパっていたしな。

 

しかしシルヴィは真っ赤になりながらも真剣な表情を浮かべている。それを見た俺も顔の熱に耐えながらも真剣に聞く事を決心した。

 

そして……

 

「アレ、嘘じゃないから」

 

そう言ってくる。

 

「アレってのは俺の事を……」

 

最後まで言わないでシルヴィに確認を取るとシルヴィは頷いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。私は八幡君の事が好き」

 

そう言ってくる。

 

俺はそれを黙って聞く。今は不思議と顔が熱くない。落ち着いてシルヴィの言葉を真摯に受け止める。

 

真摯に受け止めた上で口を開ける。

 

「シルヴィ。お前の気持ちは嬉しいが「今は返事が出来ないの?」……ああ」

 

相応しい云々を除いて俺自身も理解出来ていないオーフェリアに対する気持ちの正体について理解するまではシルヴィの告白に対する返事は出来ない。

 

「ひょっとしてオーフェリアさんが関係してる?」

 

「ああ」

 

「やっぱりね。まあ気持ちを伝えただけだから気にしないで」

 

「え?」

 

「だから返事はいつでもいいよ。私はいつまでも待ってるから。一生懸命考えて出した結論を私に伝えて。どんな返事になっても受け入れるから」

 

そう言ってシルヴィはいつもの笑顔を浮かべてくる。それを見ると直ぐに返事を出来ない事に対する申し訳ない気持ちが少し薄れた。

 

「……わかった。しっかり考えて返事をするから待っててくれ」

 

「もちろん。それじゃそろそろ寝よっか?」

 

時計を見ると11時半、確かに眠い。明日も試合があるし早く寝た方がだろう。それは良いが……

 

「……一応聞くが寝る場所は俺のベッドか?」

 

「うん。好きな人と一緒に寝たいから」

 

そう言われると顔が熱くなる。いくら返事は後でいいと言われても、はっきりと言ってくるのは勘弁して欲しい。

 

しかしシルヴィを見ると譲る気配を感じない。もうどうにでもなれ……

 

 

「……好きにしろ」

 

ため息を吐きながら電気を消す。部屋は暗くなるが月明かりが窓から入るので真っ暗という訳にはならずほんの少しではあるがシルヴィの顔を薄っすらと見える。

 

俺が自身の体に布団をかけると……

 

「ふふっ……」

 

シルヴィも布団の中に入って抱きついてくる。シルヴィの良い匂いが俺の鼻を刺激してくる。

 

内心ドキドキしていると……

 

 

「八幡君」

 

俺の名前を呼んだかと思ったら、シルヴィは俺の頬にそっとキスをしてきた。

 

いきなりの行動に驚いている中、シルヴィは笑顔を見せてくる。

 

「もしも私の告白を受け入れてくれたら……八幡君から私の唇を奪ってね」

 

そう言ってシルヴィは更に強く抱きしめてきた。シルヴィの奴、告白したからか凄い大胆になってやがる……

 

これ、もしかして返事をするまでずっと続けるのか?

 

 

 

あり得そうな未来に辟易しながら俺はゆっくりと意識を手放した。



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比企谷八幡は面倒事に挑む

朝、窓から入ってくる朝の日差しによって俺は目を覚ます。天気は快晴と暑いが良い天気である。

 

時計を見ると午前7時半、まあまあ良い時間だ。

 

俺があくびをしていると、

 

「おはよう、八幡君」

 

隣にいるシルヴィが笑顔で挨拶をしてくる。あ、そっか。シルヴィは昨日からうちに泊まって……

 

そう考えていると昨日の出来事を思い出す。そうだ……俺は昨日、シルヴィにそ、その告白をされて……

 

ダメだ、思い出すと顔が熱くなってくる。まさかの世界の歌姫から告白されるとは夢にも思わなかったからな……

 

「八幡君、顔赤いよ。もしかして昨日の事を思い出してるの?」

 

「あ、いや、そのだな……」

 

図星を指摘されて焦っているとシルヴィは笑いながら俺に抱きついてくる。

 

「八幡君可愛い……昨日言った事は嘘じゃないから」

 

わざわざ言わなくていいからな!マジで恥ずい。

 

シルヴィは俺の顔を見て楽しそうに笑いながら俺の胸に顔を埋めてくる。

 

「んっ……八幡君、好き……大好き……」

 

そう言ってくるシルヴィを見ると恥ずかしさだけでなく、俺に対してそこまで想ってくれる嬉しさ、直ぐに返事が出来ないという事実に対する罪悪感が混ざり複雑な感情が湧いてくる。

 

しっかりと自分の中の気持ちを整理して早く返事をしないとな……

 

甘えてくるシルヴィを抱きしめながら強く決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい八幡君。あーん」

 

「んっ……」

 

それから20分、起きた俺達は朝食を食べているがさっきからシルヴィは俺に食べさせてくる。初めは拒否ろうとしたが逆らえずにあーんをされている。

 

「美味しい?」

 

シルヴィはそう聞いてくるが照れているからか味を感じる事が出来ません

 

「あー、まあな」

 

「そっか。じゃあ八幡君」

 

するとシルヴィは小さい口を開けてくる。おい、まさかシルヴィの奴……

 

「……それは俺がお前に食べさせろってメッセージか?」

 

「うん。好きな人に食べさせて貰いたいしね」

 

「っ……だからはっきりと言うな!」

 

シルヴィの気持ちはもう知っているがそこまでハッキリと言われたらどうしても顔が熱くなってしまう。

 

「ごめんごめん。つい、ね……」

 

「ついで言わないでくれよ……」

 

こいつは俺の精神をぶっ壊したいのか?下手したら告白に対する返事をする前に悶死するぞ?

 

「あーん」

 

その間にもシルヴィはあーんを要求してくる。こりゃ俺が折れるしかないな……

 

「……ほらよ」

 

ため息を吐きながらソーセージを差し出す。

 

「あーん」

 

シルヴィは小さくて可愛い口を開けてソーセージを食べる。くそっ、食べてる所も可愛いな……

 

「んっ、美味しい。じゃあお返しだよ」

 

シルヴィは笑顔で卵焼きを口の中に入れてくる。もう本当にどうにでもなれ……

 

結局朝飯はお互いにあーんをし合う事になっていつもの倍近い時間がかかった事は言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、今日は昨日よりずっと混んでるな」

 

「まあ準決勝だしね」

 

食事を済ませた俺達はシリウスドームの前でドームに集まる観客を見て驚く。まだ試合1時間前なのに数千人の観客がドームに入っているくらいだ。

 

「今日の試合は刀藤達とアルルカントの人形ペアが第一試合で天霧達と雪ノ下と由比ヶ浜ペアが第二試合か」

 

「うーん。あの子達には頑張って欲しいけど……」

 

「天霧の弱点が無くなった以上かなり厳しいだろうな」

 

何せ前回の試合、制限時間を超えて負けたかと思いきや途中から復活して逆転したくらいだ。あの事から弱点は克服したと思う。そして制限時間がない天霧をタイマンで倒せる参加者は刀藤くらいだろう。

 

それに加えて優秀な能力者のリースフェルトもいるので雪ノ下達に勝ち目は殆どないだろう。

 

問題はアルルカントの方だ。アルディは防御障壁というふざけた力を使っているが、リムシィはまだふざけた力を使っていない。

 

アルディのパートナーである以上優れた武器を持っている筈だが、今まで一度も使ってないのが不気味であり、そこが刀藤達との試合を左右するだろう。

 

 

そんな事を考えていると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おはよう」

 

いきなり声が聞こえたかと思ったら背中に衝撃が走った。そして直ぐに柔らかな感触が背中に伝わる。

 

「おはようオーフェリア。いきなり抱きつくのは止めてくれ」

 

俺がそう言うとオーフェリアは抱きつくのを止めて俺の正面に来る。

 

「……わかったわ。じゃあ今から抱きついていいかしら?」

 

いや、許可を取れって意味で言った訳じゃないんだが……

 

そう思いながらオーフェリアを見ると上目遣いをして見上げてくる。だからその顔は止めてくれ!

 

「はぁ………好きにしろ」

 

ダメだ。どうもオーフェリアとシルヴィには甘くなってしまう。

 

「んっ……」

オーフェリアは頷いて正面から抱きついて背中に手を回してくる。あぁ……認めるのは癪だが本当に可愛いなぁ……

 

「む〜」

 

妙な声が聞こえたので横を見るとシルヴィが面白くなさそうな表情で俺達を見ている。……あ、そっか。仮にもシルヴィはその……俺の事が好きな訳だから他の女子と抱き合うのは気に入らないのだろう。

 

(……ヤバい。自分でそう思うだけで恥ずかしくなってきた。死にたい)

 

「……オーフェリアさん。もう少ししたら代わって」

 

シルヴィがオーフェリアをジト目で見ながらそうお願い……いや、威圧する。シルヴィ怖過ぎる。

 

しかしオーフェリアは特にビビらず……

 

「……嫌よ。どうせシルヴィアは八幡の家に泊まった時に散々抱きついたのでしょう?今日は私が独り占めするわ」

 

シルヴィの意見を即座に却下して更に強く抱きしめてくる。胸が当たってヤバいです。

 

「そんなに抱きついてないよ。一緒にお風呂に入った時と寝た時くらいだよ」

 

「……お風呂?八幡、シルヴィアと一緒にお風呂に入ったの?」

 

シルヴィの反論を聞いたオーフェリアはシルヴィ同様ジト目になって抱きついたまま俺を見上げてくる。気のせいかさっきより強く抱きしめられているような……

 

「入ったというかシルヴィが乗り込んできたんだよ」

 

俺から一緒に入ろうだなんて言えないからな?言ったら社会的に抹殺されそうだ。

 

「……やっぱり。シルヴィア……」

 

オーフェリアは恨みがましくシルヴィを見る。対するシルヴィも……

 

「仕方ないじゃん。八幡君と一緒に入りたかったんだし」

 

そう言うとシルヴィは俺の背中に抱きついてくる。いきなりどうした?!

 

「……何のつもりかしら?」

 

「……別に。よく考えたらオーフェリアさんの許可を取らなくても抱きつけばいいって思っただけだよ」

 

シルヴィはギューっと抱きしめてくる。マジで止めてくれ!周りの目が痛いから!変装してなかったらマジで殺されそうだ。

 

俺は2人に抱きつかれたまま影に潜りその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

「………」

 

所変わってVIP席にて

 

周りの視線が痛い。マジで痛い。お偉いさんが向けてくる視線がマジで痛い。

 

「えへへ」

 

「……ふふっ」

 

理由は簡単、試合を待っている俺の両サイドからシルヴィとオーフェリアが思い切り甘えてくるからだ。

 

両腕に抱きついてきてお菓子を食べさせてきたりととにかく甘えてくる。それでありながら特に過激な事をしてこないからタチが悪い。過激な事をしてくれたら他の人が注意してくれるものの……

 

今日何度目かわからないため息を吐いていると実況のアナウンスと共に第一試合に出る4人が出てきた。

 

「おい。試合が始まるから離してく「「却下。くっついていても見れるわ(よ)」」……さいですか」

 

頼んだ結果一蹴される。やはり2人には逆らえないな……

 

『聞くがよい!今回も貴君らには1分の猶予をくれてやろう。我輩たちはその間、決して貴君らに攻撃を行う事はない。存分に仕掛けてくるがよい!』

 

半ば諦めている中、擬形体のアルディという方がいつも通り1分攻撃をしない宣言をしてくる。この宣言は毎回しているがアルディに攻撃を当てた選手は1人もいない。

 

「相変わらず傲慢な擬形体だな……つーかシルヴィだったらどう戦う?」

 

「私?うーん。相手は機械だからリズムは決まってるから色々なリズムで相手を誘導しながら攻撃をするかな。多分刀藤さんなら出来ると思うよ」

 

機械の反応速度を上回るのは不可能だから相手を誘導する……まあ刀藤なら可能だろう。

 

「八幡君は?」

 

「俺?俺なら上下前後左右全ての方向からの同時に一斉攻撃だな。奴の能力は多分に多方向からの同時攻撃を対処するのには向いてないと思う」

 

そういう意味じゃ俺の能力とは相性が良いとは言えないだろう。

 

「オーフェリアは……力づくだろうな」

 

「……そうね」

 

多分オーフェリアが拳に星辰力を込めてパンチするだけでアルディの体は防御障壁ごとバラバラになるだろう。簡単に想像が出来る。改めて隣で俺に抱きついている少女が規格外である事がわかってしまう。

 

そうこうしていると……

 

『鳳凰星武祭準決勝第一試合、試合開始!』

 

アナウンスが流れて試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者、エルネスタ・キューネ&カミラ・パレート』

 

アナウンスが流れ歓声が上がる。これで準決勝第一試合が終了した。

 

「まさか合体するとは……」

 

試合序盤は刀藤がアルディを抑え、沙々宮が凄い煌式武装でリムシィを追い詰めたが、リムシィのパーツがアルディに追加され合体してからは逆転した。

 

「アレは驚いたよね」

 

シルヴィも感心したような声を出してくる。

 

「まあ天霧達は合体を見れたんだしラッキーだな。初見でアレを対処するのは厳しいだろうし」

 

アレは強力だが合体するまでの隙がデカい。合体する前にどちらかを倒せば有利になるだろう。と言ってもあのエルネスタが対策をしてないとは思えないが……

 

そう思っていると腹が鳴った。昼食にはまだ早いが腹が減った。

 

「すまん。少し小腹が空いたから何か買ってくるから離れてくれ」

 

腕に抱きついている2人に話しかける。流石に理由があったら離れてくれるだろう。

 

「わかった。ごめんね」

 

「……早く帰ってきて」

 

2人はそう言って腕を離してくる。

 

「わかった。じゃあまた」

 

2人にそう言ってVIP席を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……準決勝となると売店も混んでるな」

 

売店の混雑ぶりに辟易しながら売店から出る。手にはお菓子とマッ缶を持って。

 

「早く帰らないとあいつらが怒りそうだし急ぐか」

 

頭の中でシルヴィとオーフェリアがジト目で見てくるのをイメージしながら歩き出そうとした時だった。

 

 

いきなり携帯端末が鳴り出したのでポケットから出すとエンフィールドからだった。何か嫌な予感がするな。

 

場合によっては人に聞かせられない話になるので俺は人気のない場所に移動して、更に念を込めて影の中に潜り電話に出る。

 

空間ウィンドウを開くとエンフィールドの顔が、背後には天霧達が映っていた。エンフィールドの顔は真剣だ。明らかに厄介事だな。

 

「どうしたエンフィールド。その顔からして面倒事か?」

 

俺が尋ねるとエンフィールドは頷く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。比企谷君の予想通りフローラが拉致されました』

 

本当に面倒事だなおい。

 

「拉致したのはディルクか?」

 

『そうですね。犯人は『黒炉の魔剣』に対して緊急凍結処理をしろと要求しましたので』

 

うん、それ絶対にディルクだ。他に考えにくい。

 

しかし俺は落ち着いている。しっかり対策をしてあるからだ。

 

目を瞑って自身の星辰力を探る。

 

……良し、反応は2つ。1つはオーフェリア、もう1つはシリウスドームから離れているが、これがフローラだろう。場所も把握した。

 

「問題ない。既に場所も把握した」

 

『本当か?!』

 

俺がそう返すとリースフェルトがエンフィールドを押し退けて詰め寄ってくる。いきなりは止めろ!ビビるからな!

 

「ああ。エンフィールドとは事前に仕込みをしといた。んじゃ今から助けに行くわ」

 

『私も行くぞ!』

 

「却下だ。てめぇは準決勝があるだろうが。自分の戦いに集中しろ」

 

『そうですね。あちらの要求には棄権するなという条件が入っている以上綾斗とユリスは動かない方がいいでしょう』

 

『……わかった』

 

俺とエンフィールドが反対するとリースフェルトは渋々だが頷く。全く……前から思ったがリースフェルトって熱くなると周りが見えなくなるなおい。

 

『……なら私が代わりに行く』

 

すると沙々宮が画面に割り込みながらそう言ってくる。そして刀藤も入ってきて

 

『私も行きます!』

 

そう言ってくる。

 

「いやいや、お前ら準決勝でかなりの大ダメージを受け『足手まといになるつもりはない』………いいんだな?」

 

途中で割り込んでくる沙々宮に確認を取るとコクリと頷く。姿はボロボロだが強い意志を感じる。こりゃ諦めないだろうな。

 

「わかったわかった。んじゃてめぇと刀藤は参加でいいんだな?」

 

『そう』

 

『は、はい!』

 

「……わかった。エンフィールドはどうすんだ?」

 

『私ですか?私は作戦上それは無理です』

 

「作戦だ?どんな作戦だ?」

 

『話すと長くなるので後で刀藤さん達に聞いてください』

 

「わかった。んじゃ今から15分後にシリウスドーム正面ゲートのトイレの横集合な」

 

『……わかった』

 

『はい!』

 

「良し。んじゃ切るぞ」

 

『比企谷!フローラを頼む!』

 

電話を切ろうとするとリースフェルトが頭を下げてくる。

 

「……安心しろ。絶対に助け出す」

 

俺自身の目的の為にも絶対にフローラを助けないといけない。目的を果たす為なら何でもやってやる。

 

強く決心しながら電話を切る。さて……集合場所に行くか。

 

俺はオーフェリアとシルヴィの端末に『済まん。急用が入ったから帰る。試合は俺抜きで見てくれ』とメールを送りながら集合場所のトイレに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「えっ?!何これ?!」

 

「……どういう事?」

 

「オーフェリアさんにも来たの?」

 

「……ええ。でも八幡に急用ってあるのかしら?」

 

「うーん。八幡君生徒会や部活に入ってないから考えにくいね」

 

「……まさか……ナンパ?」

 

「え?!そ、そんなの嫌だよ!」

 

「私も嫌よ……」

 

「もしも本当にナンパだったら……」

 

「………八幡」

 

VIP席にいるお偉いさん達は中央にいるドス黒いオーラを出している2人にビビりまくっていた。

 



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比企谷八幡は救出作戦に挑む(前編)

集合場所のトイレで待つ事10分……

 

「……お待たせ」

 

声をかけられたので振り向くと沙々宮と刀藤がいた。帽子を被っているのは変装の為だろう。つーか結構傷が目立っているが大丈夫なのか?

 

「来たか。んじゃ行くぞ」

 

「あ、あの……場所はわかるんですか?」

 

「ああ。以前エンフィールドに発信機を仕込むように頼んだ」

 

そう返すと2人が驚きの表情を見せてくる。っても沙々宮はそこまで表情を変えていないが。

 

「は、発信機ですか?い、いつの間に?」

 

「この前エンフィールドとディルクの対策をした時にエンフィールドがフローラが狙われる可能性があると言ってきたから発信機を渡したんだよ」

 

「……でも誘拐犯が破壊していたら?」

 

「それについては問題ない。発信機と言っても正体は俺の影だ」

 

そう言って俺の影の一部を地面から剥がし2人に見せる。

 

「こいつをエンフィールドに渡してフローラに付けてもらったんだよ。俺の影は俺の能力によって俺の足元から離れても何処にあるか直ぐにわかる」

 

「つまり比企谷先輩専用の発信機という事ですか?」

 

「ああ。俺からすれば場所を教えてくれる発信機、俺以外の人間からすれば黒い塊でしかない。それに今もその影は動いてるから犯人にはバレていない」

 

反応があるのは2つで1つはここシリウスドームにあるがこれはオーフェリアに作った影の服だから違う。残った1つはシリウスドームからドンドン離れているがこいつがフローラだろう。

 

「さて、話は終わりだ。今から移動するから俺の体に触れろ」

 

「……どういう意味だ?」

 

「ここからは敵に見つかったら面倒だから俺の影の中に潜って移動する。万が一見つかったらマズイからな。という事でさっさと俺の体に触れろ。でないと潜れない」

 

周りには人がいないがいつ来るか分からない以上急いだ方がいい。

 

「……わかった」

 

「は、はい!」

 

2人が俺の手を握ってくるので影に星辰力を込める。

 

「影よ」

 

影が俺達3人に纏わりつきそのまま影の中に潜り込む。

 

「……ここが影の中」

 

「不思議な気分がしますね」

 

2人がそう言って周りを見渡すが上以外は黒しかないぞ?

 

そんな事を考えながら俺は影を動かして移動を始めた。影の反応は徐々に遠ざかっている。向かっている方向からして再開発エリアか歓楽街あたりだろう。いかにもレヴォルフの生徒が使いそうな場所だ。

 

 

フローラがいる場所を逐次確認するように決心しながらシリウスドームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……比企谷、聞きたい事がある」

 

影に潜りながら移動する事20分、もう直ぐ中央区を出るという時に沙々宮が話しかけてくる。

 

「何だ?速度についてはこれが最高速度だから我慢してくれ。走った方が速いがバレない為だ」

 

影に潜りながらの移動速度は自動車と同じくらい速い星脈世代が普通に走る速度に比べたら遥かに遅い。最高速度は時速30キロくらいだし。

 

「いや、それについては不満はない。私が聞きたいのは何で私達に協力をするのかだ」

 

「それは私も気になります。レヴォルフの比企谷先輩がわざわざ私達に協力する理由がわからないので」

 

まあそうだよな。拉致を考えた人間と同じ学校の生徒の俺がこいつらに協力するのは不自然かもしれないな。

 

「まあアレだ。理由は2つある。1つは俺はエンフィールドと協力関係だからだ」

 

「うん。それはさっきエンフィールドから聞いた。という事は比企谷は星導館のスパイ?」

 

「そこまでじゃねぇよ。俺はレヴォルフで不穏な動きを察知したらエンフィールドに教えて、エンフィールドは俺が欲しい情報を可能な限り教えるだけの関係だ」

 

実際、エンフィールドは星導館で話した夜に蝕武祭の情報をくれた。残念ながらウルスラに関する情報はなかったが中々興味深い内容だった。今後もこのような情報が手に入るならウルスラの手掛かりも手に入るかもしれない。

 

「……そう。じゃあ2つ目は?」

 

沙々宮がそう聞いてくるが2つ目は単純に……

 

「ディルクが嫌いだから嫌がらせがしたい」

 

俺がそう返すと沙々宮は呆れた表情をして刀藤は呆気に取られた表情をしている。まあまさか助ける理由が私情とは思わなかったのだろう。

 

そんな事をのんびりと考えながら影を動かして再開発エリアに向けて歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

それから更に30分……

 

「ここだ。ここから俺の影の反応があるな」

 

影の中から上を見るとそこそこ立派なビルが目に入る。ビルは五階建てでメインストリートに面してはいるがやや奥まった場所にある所為で余り目立たない。知らない人間ならスルーしてもおかしくないだろう。

 

「それでこれからどうするんですか?」

 

「先ずはこのビルが何なのかを調べる。その後に影の中に潜ったまま中の状態を調べフローラの居場所、無事かどうか、フローラと犯人の位置それらを調べてから作戦を練るぞ」

 

そう言いながら端末を取り出して空間ウィンドウを開いてネットに接続して建物の情報を調べてみる。

 

「カジノだが今は改装工事中みたいだな」

 

「……改装工事が必要?」

 

沙々宮が不思議そうに聞いてくるが同感だ。電飾で飾られた外壁は新しく改装工事が必要とは考えにくい。

 

「多分中が荒れてんだろ。レヴォルフの生徒がカジノで暴れるなんざ日常茶飯事だしな。それより中に入るぞ」

 

「大丈夫なんですか?セキュリティとかがあったら……」

 

「影の中なら問題ねーよ。色々な場所に忍び込んだ事があったが一度もバレなかったし」

 

何せディルクの車に入ってもバレなかったくらいだし。

 

「……なら安心。じゃあ行こう」

 

沙々宮がそう言ってくるので俺はドアと地面の間にある厚さ1センチ未満の隙間をくぐる。0.000001ミクロンの隙間さえあれば俺は何処にでも入る事が出来るしな。

 

そんな事を考えながらビルに入ると……

 

「ボロボロじゃねぇか」

 

内部は酷い状態だった。カジノの設備は既に運び出されたようだが、天井には大量の穴が開いている。どんだけ暴れたんだよ?もしかしてイレーネが暴れたカジノか?あいつ幾つもカジノ壊してるし。

 

「……ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、あの柱の影に万応素があるからな……アレは罠だろう」

 

多分設置型の能力だろう。そして発動条件はおそらく『カジノの入口の扉が開いたら』だろう。まあ今は発動してないという事はバレていないのだろう。

 

「……何にせよ当たりみたい」

 

「だな。建物の情報を見ると地下一階地上五階の六層構造みたいだが上か下、どっちだと思う?」

 

「……下」

 

俺がそう尋ねると沙々宮が即答する。

 

「ちなみに理由は?」

 

「理由はない。勘」

 

「だろうな。影の反応は下から感じるし下だろ」

 

「……わかっているなら聞く必要はない」

 

「悪かった悪かった。後でマッ缶やるから許せ」

 

「いらない。以前小町から聞いて飲んでみたが甘過ぎる」

 

「私も……アレはちょっと……」

 

同伴している女子2人から却下をくらった俺は若干ショボくれながら影を動かして地下に繋がる階段を下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

地下に降りると巨大な扉が目に入る。この奥にフローラと犯人がいるのだろうな。

 

俺は特に気負うことなくドアと地面の隙間をくぐって中に入る。

 

そこは一階と同じようなホールであちこちにランタンのような明かりが点いている。しかしメインとなる照明が点いていないので全体的に薄暗い印象だ。

 

そして1番奥には……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フローラちゃん!」

 

フローラが手足を拘束されて柱に寄りかかっていた。口には猿轡を付けられて服ははだけて胸の部分がチラチラ見える。その事から誘拐犯はロリコンであると推測出来る。

 

「綺凛!静かに!」

 

「あっ……!」

 

沙々宮が刀藤に注意をするが問題ない。影の中で出る音は外に出ないように設定してあるから外には聞こえないだろう。

 

「落ち着け。外には聞こえないようにしてある。それよりアレを見ろ」

 

俺がそう言いながら上を見るように指示を出す。

 

フローラから5メートルくらい離れた場所に全身を真っ黒な服で覆っている男がいる。頭部も目元以外は完全に隠されていて、佇まいが不気味である事からその姿はまるで忍者のようだ。

 

「……アレが誘拐犯?」

 

「だろうな。さて、どうやって助けるかだな……」

 

「フローラちゃんも私達みたいに影の中に入れるのはダメなんですか?」

 

「出来る事は出来るが余りやりたくない。俺の力で影の中に引き摺り込むのにかかる時間は2、3秒だ。もし奴が能力者だったら影の中に入る前に殺される可能性があるからな」

 

潜ろうとしている途中に首でも刎ねられたとしたらシャレにならない。

 

「だからもしやるとしたら奴の気を3秒以上引く必要があるな」

 

「3秒……」

 

「とりあえず策を練る為一度外に……ん?」

 

外の犯人に動きがあった。犯人は端末を取り出して空間ウィンドウを開く。

 

それを理解すると同時に俺はポケットにあるボイスレコーダーを録音モードにする。場合によっては使えるからな。

 

そんな事を考えていると犯人の手元に真っ暗な空間ウィンドウが現れる。音声通信のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーー七番、状況を報告しろ』

 

すると苛立ちをはらんだ声が聞こえてきた。顔は映っていないがこの声、間違いない……

 

「やっぱりディルクが絡んでたか……」

 

予想はしていたが……星武祭中に拉致行為をするとは……どんだけ天霧を危険視してんだよ?

 

「問題ない」

 

『ならいい』

 

「そちらは?」

 

『今のところは警備隊に連絡が行ってないし従順だな。まあまだ準決勝は始まってないから何とも言えないが』

 

とりあえず天霧達はまだ試合が始まってないので要求した事がどうなっているのか理解していないようだ。出来る事なら決勝前にフローラを助けたいものだ。決勝の擬形体は『黒炉の魔剣』なしじゃ厳しいだろうし。

 

「了解した」

 

『準決勝が終わり次第また状況を確認する』

 

そう言いながらディルクは通信を切る。すると男も端末をしまってフローラを監視するのを再開する。とりあえず録音はしといた。これは俺の目的を達成する為に必要なピースの1つだ。他のピースも揃えたい物だ。

 

 

「比企谷先輩、どうするんですか?」

 

刀藤にそう言われながら時計を見る。今の時刻は準決勝第二試合開始1時間前だ。

 

タイムリミットまでは17時間くらいある。ディルクとの電話を聞いている内に作戦は浮かんだ。準備もしなくちゃいけない?

 

「そうだな……とりあえず……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、本当にこんな事をしてていいんですか?」

 

刀藤が納得していない表情を見せてくる。

 

俺達が今いる場所は歓楽街にある俺の行きつけのカフェ。そこで今俺達は夕食を食べている。

 

「いいんだよ。どの道必要な物を買いに歓楽街の奥の方に行かなきゃいけなかったんだし」

 

「それはそうですけど……」

 

「いいから食っとけ。作戦中に腹が減ってミスをしたんじゃ話にならん」

 

そう言いながら頼んだサンドイッチを口にする。

 

「……比企谷の言う通り。これから忙しくなるのだし食べれる内に食べておいた方がいい」

 

沙々宮は俺の意見に賛成してホットドッグを口にする。こいつはこいつで逞しいな……

 

刀藤もそれを見て息を吐きながら食べ始める。それを確認すると端末が鳴り出した。誰からだ?

 

端末を見るとシルヴィからだった。いきなりどうしたんだ?さっき用事があるとメールした筈だが……

 

疑問に思いながら空間ウィンドウを開く。

 

『あ、八幡君。もう直ぐ第二試合始まるけど来れないの?』

 

空間ウィンドウには心配そうな表情をしたシルヴィがいた。確かに説明不足だったな。これは悪い事をしたな。

 

俺がシルヴィに謝ろうとすると……

 

「え?!シルヴィアさん!」

 

「……意外な相手」

 

後ろから刀藤と沙々宮が驚きの声を出してくる。まあいきなり世界の歌姫の顔と声があるからな。仕方ない事だ。

 

そう思っている時だった。

 

空間ウィンドウに映るシルヴィからドス黒いオーラが湧き出し始めた。

 

『……ねぇ八幡君。何でそこに刀藤さんと沙々宮さんがいるのかな?』

 

怖い!怖いからな!つーか何でキレてるの?!

 

「え、あ、それはだな……」

 

『何?はっきりと言ってくれないかな?』

 

そう言いながら顔を近付けてくる。空間ウィンドウ越しとはいえメチャクチャ怖いんですけど。

 

どうしよう。上手く説明出来ない。誘拐云々言ってシルヴィを巻き込む訳にはいかないし……

 

とりあえず今は逃げて明日説明しよう。うん、そうしよう。

 

「すまんシルヴィ。明日説明する!」

 

俺はシルヴィの返事を聞かずに通話を切って、端末の電源も切る。すまんシルヴィよ。明日鳳凰星武祭が終わったらしっかり説明するから今は勘弁してくれ。

 

 

内心シルヴィに謝罪しながら残っているサンドイッチを食べ終える。

 

さて、これからが忙しくなるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、VIP席にて……

 

 

「え?!ちょっと八幡君!」

 

シルヴィアは愛する人にいきなり電話を切られた事に対して焦り出す。慌てながらも再度電話をするも電話に出ない。その事から端末の電源を切ったのだろう。

 

それを理解するとシルヴィアの周囲にドス黒いオーラが更に湧き出す。しかし当のシルヴィアは満面の笑みを浮かべていた。

 

それと同時に手洗いに行っていたオーフェリアがVIP席に帰宅してシルヴィアのオーラに気付く。

 

「……シルヴィア?八幡に電話したのでしょう?何かあったの?」

 

オーフェリアがシルヴィアに話しかけるとシルヴィアは満面の笑みのまま振り返る。

 

「オーフェリアさん。八幡君はね、本当にナンパしてたみたいだよ」

 

「……本当?」

 

「うん。さっき電話したら八幡君の後ろに刀藤さんと沙々宮さんがいたから」

 

それを聞いたオーフェリアの周囲からもドス黒いオーラが湧き出す。

 

「………八幡」

 

「そっかぁ。八幡君は刀藤さんや沙々宮さんみたいな人が好きなんだ」

 

シルヴィアはそう言いながら更にオーラを出す。2人の背後には阿修羅の幻影が浮かび上がっているように見える。

 

 

VIP席にいるお偉いさんが半分以上気絶して、残りはVIP席から退室した事を2人は知らない。



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比企谷八幡は救出作戦に挑む(後編)

「まいど。またよろしくな」

 

明らかにヤバい雰囲気を醸し出している店員にそう言われた俺達は店を後にする。

 

「さて、必要な物は買ったし……大丈夫か刀藤?」

 

俺の右横には涙目になっている刀藤がいる。

 

「は、はい。少し怖くて……」

 

「ったく、だから俺はカフェで待ってろって言ったのに……」

 

俺達がさっきまでいた店は拳銃、催涙弾、閃光弾、魔改造された煌式武装、果ては麻薬などが売っている非合法ショップだ。俺は始めに来なくてもいいと言ったが2人は付いてきた。

 

沙々宮は特に表情を変えていないが……

 

「お前は大丈夫なのか?」

 

俺がそう尋ねるとコクンと頷く。

 

「……使えそうなジャンク品もあった。今度暇な時にまた行きたい」

 

逞しいな。一応この店、レヴォルフでも行かない奴結構いるのに…….

 

「まあいい。それより必要な物を買ったんだし行くぞ」

 

俺がそう言うと2人が表情を変えて俺の手を掴んでくるので、影の中に潜り移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして先程のカジノに戻る。入口についた俺達は影の中で最後の確認をする。

 

「最終確認だ。俺はフローラの下で待機、沙々宮は入口で1度目の合図が来るのを待て。刀藤は沙々宮と一緒にいて俺の2度目の合図でアレを使え」

 

「わかった」

 

「は、はい!」

 

「よし。それと最後に……」

 

俺は星辰力を込めて入口の横に影の鷲を作り上げる。予定としては最後にずらかる時に影に潜って離脱するが万が一に備えて別の移動手段も用意した方がいいだろう。

 

「準備完了。んじゃ俺はもう行く」

 

俺はそう言って2人を影から出して再びカジノの中に入る。さてさて……

 

 

俺はそのままフローラと誘拐犯がいる地下に向かって進んだ。

 

地下の巨大な扉の下を潜るとさっきと同じ場所にフローラと少し離れた場所に誘拐犯がいた。作戦は変更する必要はないな。

 

俺は息を吐きながらゆっくり影を進ませてフローラのすぐ横に移動する。さて、いよいよだな。

 

俺は携帯端末を取り出してさっき番号交換した沙々宮の端末に連絡を入れる。

 

「準備完了だ。……やれ」

 

ただ一言そう告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「わかった」

 

カジノの出口にいる1人の少女が了解の意を示して通話を終了する。それと同時に

 

 

 

 

 

 

 

 

「39式煌型光線砲ウォルフドーラーーー掃射」

 

 

自身の持つ煌式武装の一撃を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォォン………

 

 

いきなりの爆音が鳴り響く。影の中からもはっきりと聞こえるくらい巨大な音だ。試合を見ていても思ったがあいつの煌式武装威力高過ぎだろ?

 

「……来たか」

 

その音を聞いた誘拐犯はフローラから目を逸らし、星辰力を込め始める。おそらく一階に設置してあった罠を起動して侵入者を迎撃するつもりだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが残念だったな。侵入者は既に忍び込んでいるんだよ。

 

俺は影の中から両手を出して右手でフローラの足を掴み、左手でさっき購入した催涙弾と閃光弾を投げつける。

 

「んんんっー?!」

 

いきなり足を掴まれたからかフローラは驚きの声を上げる。それを聞いた誘拐犯はこちらを振り向こうとするが……

 

 

その前に閃光と催涙ガスが地下を蹂躙する。

 

「……ぐぅっ!」

 

いきなりの奇襲だったからか誘拐犯は目を覆って後ろに下がる。

 

「んんっー!!」

 

フローラも閃光と催涙ガスをくらって苦しそうにしている。悪い事をしたが助ける為だからそれは我慢してくれ。

 

防護マスクを付けて平気な俺は内心謝りながらフローラと一緒に影の中に潜り一階に続く階段へと進み始める。

 

「……馬鹿なっ!何処に行った?!」

 

後ろからは誘拐犯が焦ったような声を出しているが無視だ。こんな奴に構っている暇はない。

 

階段を上り始めると同時に刀藤に連絡を取る。

 

「フローラは助けた。誘拐犯が追ってくるのを防げ」

 

『は、はい!』

 

刀藤から返事を貰う中、後ろから徐々に気配が近づいてくる。おそらく誘拐犯の狙いは一階にいる侵入者である沙々宮と刀藤を狙う算段だろう。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如大爆発が起こり階段は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

俺はそれを無視して更に突き進む。

 

これが今回の作戦で簡単に言うと……

 

①沙々宮が煌式武装でカジノの入口を吹っ飛ばし、派手な音を立てる事で誘拐犯の注意を引く

 

②俺が催涙弾と閃光弾を投げてフローラを見れないようにする

 

③フローラを影に引き摺り込む

 

④刀藤が俺が買った手榴弾を階段に投げつけ、階段を破壊する事で追跡を防ぐ

 

と言った感じだ。まさか誘拐犯も俺が協力しているとは思っていなかっただろう。

 

そんな事を考えながら一階に上がると、一階では刀藤と沙々宮が黒い人影みたいな物と戦っていた。数はおよそ100。万全の状態ならともかく今のあいつらじゃキツイだろう。

 

そう判断した俺はフローラを片手に持ちながら影の中から出る。影の中にいちゃ攻撃出来ないのが俺の能力の欠点だが、この際仕方ないだろう。

 

「影の刃群」

 

そう呟くと俺の影から大量の刃が現れて人影を狙う。刃の数は300、人影を撃破するには十分だ。

 

後ろからの奇襲に人影は対処出来ずに全て霧散した。設置型だけあってそこまで強くなかったな。

 

「フローラちゃん!」

 

「……どうやら無事みたい」

 

怪我はしていない。まあ催涙弾くらったから目は涙で一杯だが。催涙弾を使う事は事前に2人から許可を得たので責められないだろう。

 

「無事だからさっさとずらかるぞ。さっさとこっちに来い」

 

俺がそう言うと2人が近寄ってくる。それを確認しながらフローラに話しかける。

 

「悪いがロープや猿轡は安全な場所に着いてから取ってやるから……?!」

 

それまで我慢しろ、そう言おうとしたがいきなり殺気を感じたので言えなかった。

 

殺気を感じると同時に俺は後ろに下がる。

 

するとさっきまで俺のいた場所には黒い棘があった。黒い棘は柱の影から生えていた。姿は見えないがさっきの誘拐犯だろう。

 

(……こいつ。俺と同じ能力か?)

 

そう思っている間にも他の柱の影からも大量の棘が俺に襲いかかってくる。俺は自身の影から刃を生やしてそれを相殺しながらフローラを刀藤に投げ渡す。

 

「刀藤、沙々宮、予定変更だ。フローラ連れて入口にいる影の鷲に乗って逃げろ」

 

もしもの時に備えて用意しておいて正解だった。あの鷲は乗った人間を星導館まで運ぶように指示をしてある。乗って星導館の敷地内に入ればこっちの勝ちだ。

 

「でも、比企谷先輩は?!」

 

「決まってんだろ。俺は誘拐犯の相手をするからさっさと行け。目的を見失うな。フローラの安全が最優先だ」

 

つーかかなりのダメージを受けているこいつらがいたら足手纏いになる可能性があるし、今言った事を含めてこいつら3人を逃した方がいいだろう。

 

「……すまない。行くぞ綺凛」

 

「すみません……ご武運を!」

 

2人は俺に謝罪するとフローラを連れてカジノを出て影の鷲に乗る。鷲は甲高い鳴き声をあげて空へ飛んで行った。これでエンフィールドの依頼は達成した。

 

後は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかお前が絡んでいたとはな、比企谷八幡」

 

俺自身の目的の為に動くか。

 

俺は誘拐犯を見て笑みを浮かべながら自身の影に星辰力を込める。

 

「さあて……少しは楽しませてくれよ。誘拐犯さんよぉ……」

 

カジノの一階にて影を使う者同士がぶつかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、アスタリスク上空

 

「沙々宮様、刀藤様!ありがとうございます!」

 

全ての戒めを解かれたフローラが2人に礼を言う。

 

「いいえ。それより怪我は……?」

 

「あい!目は痛いですけど怪我はないです!」

 

2人はそれを聞いて安堵の息を吐く。目については仕方がない。催涙弾と閃光弾をくらったのだから。

 

しかし2人はそれを使った比企谷を責めるつもりはない。催涙弾と閃光弾は後遺症の残らない物だしフローラを助ける為に使った物である。

 

そして何より彼がいなかったらフローラの居場所を突き止める事が出来なかったのだから。

 

「そう。なら良かった」

 

「あ、あの!それより私を助けてくれたもう1人の人は……?」

 

「あ、味方ですよ」

 

「そうなんですか?でも彼が1人で残って大丈夫なのですか?相手は魔術師ですけど……」

 

フローラは先程自分を助けてくれた男を心配している。しかし刀藤と沙々宮は全く心配していない。

 

2人は比企谷については殆ど知らない。少なくとも味方である事くらいだ。しかし2人、いやアスタリスクにいる人間なら知っている。

 

 

「「大丈夫(ですよ)。比企谷(先輩)はアスタリスク最強の魔術師だから(ですから)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっくち!」

 

俺はくしゃみをしてしまう。今は体調は良いから風邪じゃないだろう。誰かが噂でもしてんのか?

 

「まあ俺の噂なんて碌なもんじゃないだろうな。……お前もそう思うだろ?」

 

俺は地面に這い蹲っている誘拐犯に話しかける。……って気絶してんじゃねぇか。誘拐犯の口からは血が出ていて右足は変な方向に曲がっている。少しやり過ぎたか?

 

戦いは5分で終わった。奴の能力は俺と同じ影を操る能力だが弱過ぎる。

 

ありとあらゆる場所から影を生やしてくるが威力が低い。何せ影狼修羅鎧じゃない普通の影の鎧を突破出来ない時点で俺の下位互換でしかない。

 

まあ当然の話だ。レヴォルフの人間じゃオーフェリア以外には負けるつもりはないしな。

 

そんな事を考えながら影の鎧を解除すると同時に誘拐犯のポケットが薄く光る。おそらくディルクからの連絡だろう。

 

俺は薄い笑みを浮かべながら端末を取り出して空間ウィンドウを開く。すると音声通信が入り

 

『七番ーーー状況を報告しろ』

 

苛立たしげな声が聞こえてくる。間違いなくディルクだろう。

 

俺は一度深呼吸をして口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようディルク。元気か?」

 

爽やかに挨拶をしてみる。

 

俺がそう言うと、一瞬息を呑む音がしてから

 

『……なんでてめえがいるんだよ?』

 

さっきより遥かに不機嫌な声が聞こえてくる。明らかに怒ってるな。更に怒らせてやるとするか。

 

「俺天霧のファンだから助けようと思ったんだよ」

 

ディルクの性格からして天霧の事は大嫌いだろうし天霧の名前を出してみる。案の定電話の向こうからは舌打ちが聞こえてくる。

 

「それにしてもアレだな。生徒会長が黒猫機関という統合企業財体の財産を使って何をするかと思ったらまさか誘拐して星武祭を妨害するとはなー」

 

嫌味ったらしく挑発しながらさっき録音したディルクと誘拐犯の会話を流し始める。

 

録音した音声が流れ終わると同時にディルクが話しかけてくる。

 

『……要求は何だ?』

 

「あれ?わかっちゃった?」

 

『舐めんじゃねぇよ。俺を潰したいだけなら俺と会話しないで七番と音声データを警備隊に突き出せば良い話だ。俺と会話をするって事は何かを要求したいんだろうが』

 

「流石生徒会長。頭の回転早いな」

 

『気色悪い世辞言ってないでとっとと話せ』

 

どんどん苛立ちを増しているようだ。俺としてはもっと苛立たせたいがそろそろ本題に入るとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の要求はただ1つだ。オーフェリアを自由にしろ、カス野郎」



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比企谷八幡は襲撃される(前編)

『フローラ!無事か?!』

 

「あい!沙々宮様と刀藤様と比企谷様に助けて貰って無事です!」

 

『良かった……!』

 

星導館学園敷地内、フローラは準決勝に勝利したユリスと連絡を取っていた。

 

『紗夜も綺凛も済まない。比企谷は見えないがどうかしたのか?』

 

「比企谷先輩なら私達を逃がす為に誘拐犯と戦っています」

 

『そうか……まああの男なら負けないだろう。認めるのは癪だがあいつの強さは次元が違うしな』

 

ユリスだけでなく紗夜も綺凛も比企谷が負けるという考えは一切抱いていない。アスタリスクで比企谷を確実に倒せる人間はオーフェリア以外にはいないというのが世間からの評価であり、ここにいる3人もそう思っている。

 

「……多分大丈夫。私達は今学園にいるからユリス達も直ぐに来て」

 

『ああ、直ぐに向かう』

 

ユリスはそう言って通話を終了するのでフローラは端末をポケットにしまう。

 

それと同時に紗夜は比企谷に連絡しようとするが……

 

「……電話に出ない」

 

「え?本当ですか?!」

 

綺凛は驚きの声を出す。比企谷と別れてから30分、もう決着はついていると思って連絡したが電話に出ない。

 

そうなると考えられるのは……

 

「まだ決着がついていないか……」

 

「比企谷先輩が負けた、という事ですか?」

 

不安な空気が流れ出す。負けたという事は死んだという可能性も……

 

嫌な空気が漂いだした頃紗夜の端末が鳴り出す。紗夜は端末を見ると安堵の息を吐く。

 

「比企谷からメールが来た」

 

それを聞いた綺凛は安堵の息を吐く。となると無事であるという事だろう。

 

「……ん?」

 

するとメールを見た紗夜が変な声を出す。

 

「どうかしたんですか?」

 

それを聞いた綺凛が不思議そうな声を出してくるので紗夜が端末を綺凛に見せる。

 

そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は無事だ。済まんが犯人には逃げられた。後、鳳凰星武祭が終わるまでは俺に連絡するな』

 

そう表記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「これでよし」

 

俺は自身の端末をポケットにしまう。いきなり沙々宮から電話が来た。おそらく安否確認だと思うが今は忙しいのでメールで返信しておいた。

 

「さて、んじゃ話の続きと行こうぜ」

 

俺は黒猫機関専用の端末を持ちながらそう言う。

 

『……一応聞いとくぜ。てめぇさっき何て言った?』

 

すると電話の相手のディルク・エーベルヴァインが怒りに満ちた声音で確認をしてくる。何だ?少し前に聞いた事を忘れるって認知症か?

 

まあ冗談は置いておくとして……

 

「だから……オーフェリアを自由にしろって言ったんだよ。学生なのに認知症か?」

 

『……あの化け物を人間として扱うなんて本当にイカレてやがるな』

 

それを聞いた俺はキレそうになるが何とか堪える。俺はそう思っていないがディルクはそう思っている。価値観の違う奴に文句を言っても仕方ない。

 

冗談抜きでブチ殺したいが心に蓋をして堪える。

 

「イカレていて結構。それより交渉に移るぞ。明日の決勝戦が始まる1時間前にレヴォルフの校門前に集合だ。その時にてめぇの答えを聞く。拒否した場合はそのまま誘拐犯と音声データを警備隊に突き出す」

 

『てめぇ!』

 

「時間はあるんだ。ゆっくり考えな。切り札であるオーフェリアを手放して今の環境に居座るか、オーフェリアを手放さず犯罪者として今の環境を捨てるか好きな方を選びな」

 

ディルクの怒号を切り捨てて電話を切り、端末の電源もそのまま切って誘拐犯のポケットに入れる。

 

「さて、結果はどうであれ……ディルクは大損をするからな」

 

交渉に応じれば最強のカードのオーフェリアが自由になる。交渉が決裂したとしてもディルクは犯罪者として世間に晒される。そうすれば警備隊もレヴォルフにガサ入れする事が出来てディルクが起こした他の違法行為も晒されるだろう。

 

まあ出来ることなら交渉に応じて欲しい。俺としてはディルクが裁かれるよりオーフェリアの自由が欲しいしな。

 

そう考えながら俺は星辰力を込めて誘拐犯に目を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、今度はお前が人質になって貰うぜ」

 

そう言うと俺の影が誘拐犯を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。わかったよ。……ふぅ」

 

ある一室にて1人の男が空間ウィンドウを閉じてため息を吐く。

 

「どうした?」

 

男に話しかけるのは1人の女だった。しかし普通の女とは言い難い。彫りの深い中々の美人ではあるが瞳は空虚で何も映しておらず、首から下げたネックレスに付いてある巨大な宝石は不気味な光を煌々と放っている。

 

「彼がピンチのようだ」

 

男は1つ区切り女に説明をする。女はそれを聞くと無表情ながら呆れた雰囲気を醸し出す。

 

「やれやれ……それでどうする?その交渉を聞く限りではどう転んでも我々には不利に運ぶぞ」

 

「もちろん何とかするさ。とはいえ彼を相手にする場合はオーフェリア嬢は使えないし……」

 

「どういう事だ?」

 

「何でもオーフェリア嬢は彼に恋をしているようでね。彼に関する命令は聞くつもりがないらしい」

 

それを聞いた女は意外そうな表情を浮かべる。

 

「ほう……オーフェリア・ランドルーフェンをそこまで変えるとはな…….」

 

男も同じ様な気持ちではあるが両者共に楽観はしていない。

 

2人ともオーフェリアはディルクに逆らわない従順な人間だと思っていたからだ。もしも彼女に比企谷八幡を潰せと命令したら自身らを裏切る可能性がある為動かす事は出来ない。

 

そうなると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方がない。私が行こう。君も結界を張る為に付いてきてくれ」

 

男はそう言って机の上に置いてある仮面と待機状態の煌式武装を手に取って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「毎度ー」

 

ディルクと交渉をしてから1時間、時刻は既に夜11時を回っている。

 

そんな中、俺は歓楽街の奥の方に行き麻酔などを買った。理由はシンプル。人質である誘拐犯が暴れない為だ。一応影の中に閉じ込めているが念には念を入れておくべきだろう。

 

歓楽街を出て再開発エリアのメインストリートから離れた場所に着いた俺は影の中から誘拐犯を出す。様子を見ると既に目覚めていた。

 

「よう。目覚めたみたいだな」

 

俺が気楽に言う中誘拐犯は感情のない瞳で俺を見てくる。

 

「……俺をどうするつもりだ?」

 

「ん?安心しろ。殺すつもりはない。ちょっと眠ってくれ」

 

俺がそう言いながら誘拐犯に麻酔を注射する。やり方は以前使った事もあるし大丈夫だろう。

 

「……これは、麻酔か?」

 

「そうそう。もう直ぐ眠くなるから頑張れ」

 

俺は誘拐犯の返事を聞く前に再び影の中に閉じ込める。影の中に閉じ込めた上、麻酔を注射したんだ。明日の交渉まで誘拐犯が逃げる事はないだろう。

 

そんな事を考えながらメインストリートに出ようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷八幡だな?」

 

いきなり後ろから声をかけられた。

 

その声を聞いて寒気を感じた俺は咄嗟に振り向きながら煌式武装を起動する。

 

そこには目深にローブを被った人間がいた。胸の部分には膨らみが見れる事から女だろう。

 

しかし俺の直感が告げている。この女は危険だと。ローブを被っているから口元しか見えないが危険な匂いがする。

 

とりあえず俺が狙いなら不意打ちをしてくる筈だ。話しかけてくるという事は何か話があるのだろう。

 

ここは話を聞いてみるとするか。

 

「確かに俺が比企谷八幡だが……お前は誰だ?俺に用があるならまずは名乗ってくれないか?」

 

「本来なら名乗る筋合いはないが……まあいい。我はヴァルダだ」

 

ヴァルダ……聞いた事ないな。何者か知らないが警戒は必要だろう。

 

「そうか。それでヴァルダ、俺に何の用だ?」

 

先ずは奴の目的を聞く。このタイミングからしておそらくディルクの関係者だろう。

 

ヴァルダが口を開けようとするとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正確には彼女ではなく私が君に用があるんだよ。比企谷八幡君」

 

ヴァルダの後ろにある林道からカツカツと靴の音が聞こえてくる。

 

目を凝らして林道を見ると俺は絶句してしまった。

 

林道から出てきたのは仮面をつけた男だった。その声にしろ、姿にしろ何処かで見た気がする。

 

しかし何故が思い出せない。何処かで見た事があるのに、もやがかかったように合致しない。

 

しかし俺が驚いているのは奴の顔ではなく奴の手にある物だった。

 

奴の手にあるのは刀だった。しかしただの刀ではない。刃が深紅の色をしていて不気味に輝いていた。

 

俺はこの武器を知っている。あの武器は……

 

「………『赤霞の魔剣』だと?てめぇ、何者だ?」

 

そこには『四色の魔剣』と称される純星煌式武装の一振りである『赤霞の魔剣』があった。アレは確か現在封印されている筈だが……何故こいつが持っているんだ?

 

疑問に思っていると仮面の男が口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自己紹介をしておこうか。この仮面を付けている時は『処刑刀』と名乗っている」

 

そう言って『赤霞の魔剣』を手の中で遊ばせている処刑刀は不気味に見えた。



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比企谷八幡は襲撃される(後編)

俺は今内心冷や汗をかいている。

 

理由は簡単だ。目の前には明らかにヤバい2人がいるからだ。

 

1人はヴァルダという女、ローブを被っている為女である事以外殆ど分からないが明らかにヤバい雰囲気を出している。

 

そしてもう1人は自らを『処刑刀』と名乗った男、何処かで見た事があるが何故が思い出せない不思議な男でその手には『四色の魔剣』の一振りである『赤霞の魔剣』を持っている。『赤霞の魔剣』は不気味に輝いていて危険な匂いがする。

 

そんな中、俺は奴らの目的を口にする。

 

「てめぇらの目的は大体理解出来る。大方ディルクと組んでる協力者で俺が持っている人質と音声データだろ。違うか?」

 

俺がそう尋ねるとヴァルダは特に反応しなかったが処刑刀は薄い笑みを浮かべてくる。

 

「ふふっ……知っているなら話は早いね。悪いけど彼にしろオーフェリア嬢にしろ我々にとっては重要な人材なんでね、どちらも失う訳にはいかないのだよ」

 

「……だから俺を襲撃して交渉カードを奪って交渉そのものを出来なくさせる、と?」

 

俺がそう言うと処刑刀はそれに対する返事をしないで『赤霞の魔剣』を構え直す。どうやら話は終わりのようだ。

 

俺は意識を切り替えて自身の影に星辰力を注ぎ込み……

 

 

 

「影の刃群」

 

自身の影から100を超える影の刃を生やして処刑刀に飛ばす。大抵の雑魚ならこれで倒せるが処刑刀には余り効果がないだろう。

 

それに対して処刑刀は『赤霞の魔剣』を何度も振るい影の刃を斬り落とす。その剣速はまさに超一流、フェアクロフさんと比べても遜色ないレベルだ。

 

影の刃を次々に斬っている処刑刀を見た俺は出し惜しみをしている場合ではないと判断した。今処刑刀に勝つ為に最善を尽くさないと負けるだろう。

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

そう呟くと足元の影が立ち上り俺の体に纏わりつき奇妙な感触が襲いかかる。それは徐々に広がり体全身に伝わると奇妙な感触はなくなり若干の重みを感じるようになった。これで準備完了だな。

 

俺は鎧を着込むと同時に処刑刀に突っ込む。処刑刀を見るとちょうど今全ての影の刃を破壊したようだ。100を超える刃を30秒以内に全て破壊するとはな……鎧を着込んで正解だった。

 

そう思いながら俺は拳に全力を込めて放つ。それに対して処刑刀も『赤霞の魔剣』を振るう。

 

疾風の様な斬撃が鎧を纏っている俺の拳とぶつかり合う。圧倒的な破壊力を持つ2つの攻撃がぶつかり合った事により衝撃が生まれ、俺と処刑刀の足元がクレーター状に凹み周囲に瓦礫が弾け飛ぶ。

 

「ちっ……」

 

何つーパワーだ。鎧越しでも腕に衝撃が走るなんて……冗談抜きで強い。

 

「ほほう……素晴らしい一撃だね。鎧にしてもこの刀で斬れないとは……」

 

影狼修羅鎧と『赤霞の魔剣』から火花が飛び散る中、処刑刀は感心したような声を出してくる。

 

「よく言うぜ。まだ本気を出してない上にヴァルダを参戦させてない時点で余裕たっぷりだろお前」

 

ヴァルダが戦っている所は見てないが体つきやオーラからしてかなりの手練れだと思う。にもかかわらずヴァルダは俺と処刑刀から少し離れた場所にいるだけで攻撃に参加してくる気配を感じない。

 

「ああ。彼女の仕事は私の正体を知られないようにする事と人払いだからね。戦いには参加しないよ」

 

つまり奴の能力は認識を阻害する能力って事か?そうなると警備隊の人間がここに来る事はないという事みたいだ。まあヴァルダが参戦しないならそれでいい。俺が処刑刀を倒すだけだ。

 

方針を決めた俺は空いている右手で『赤霞の魔剣』を殴ろうとする。

 

しかしそれを察知したのか処刑刀は後ろに下がり右ストレートは空振りに終わる。

 

処刑刀はその隙を突いて不気味に赤く輝く大剣で胴を薙いでくる。普通の煌式武装なら避ける必要はないが相手が『四色の魔剣』なら話は別だ。

 

俺は咄嗟に後ろにバックステップでそれを回避するが、処刑刀は流れるような動きで次々と斬撃を放って鎧を斬りつける。今の所鎧は破損していないが衝撃が体に走りかなり痛い。防戦になったら負けだ。

 

だったら攻め一択しかないな。

 

「影の刃群」

 

そう呟くと鎧のありとあらゆる場所から影の刃が大量に現れて、更に斬撃を放とうとする処刑刀に襲いかかる。

 

まさか鎧から影の刃を放ってくるとは思わなかったのだろう。処刑刀の反応がほんの少しだけ悪い。

 

その隙を見逃すはずもなく俺は再度右ストレートを処刑刀に放つ。これなら倒せなくともダメージは与えられるだろう。

 

そう思った時だった。

 

処刑刀は『赤霞の魔剣』に星辰力を込めたのか『赤霞の魔剣』の刀身が巨大になった。アレは天霧が準々決勝で界龍の双子の兄に使った物と同じ物だろう。

 

そして……

 

 

「ふっ……!」

 

『赤霞の魔剣』を手元で風車のように回転させて飛んでくる影の刃群を全て斬り落とした。

 

全てを斬り落とすと同時に俺の右ストレートが処刑刀に襲いかかるが、処刑刀は『赤霞の魔剣』を盾のように構えて拳を受ける。

 

俺の拳をくらった処刑刀は『赤霞の魔剣』ごと後ろに吹っ飛んだが俺は喜べない。今の一撃を放った際、手応えを感じなかった。おそらく当たる直前に後ろに跳んで衝撃を殺したのだろう。今の手応えからして殆どノーダメージと思う。

 

「……ふぅ。危なかった。今のは良い一撃だったね」

 

処刑刀はそう言っているがまだまだ余裕を感じる。ちっ、ディルクの手駒だかなんだか知らないがオーフェリア以外にもここまで強い奴がいるとはな……

 

しかし逃げる訳にはいかない。オーフェリアが自由になる可能性がある事なら何でもやるつもりだ。

 

俺は再度構えを取る。処刑刀もそれを感じ取ったのか『赤霞の魔剣』を構えて近寄ってくる。これからが第二ラウンドって所だろう。

 

そう思いながら再び突っ込んで距離を詰めようとした時だった。

 

いきなり真横から処刑刀に向かって光弾が飛んできた。

 

処刑刀は『赤霞の魔剣』を振るってそれに対処する。気のせいか雰囲気が変わった気がする。でも誰だ?処刑刀の話では人払いをしているらしいが……

 

疑問に思いながら光弾が飛んできた方向を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シルヴィ?」

 

そこには銃剣一体型の煌式武装を持ったシルヴィが立っていた。かなり真剣な表情で俺と処刑刀を見ている。

「八幡君大丈夫?近くを偶然通りかかったから来てみたけど……」

 

シルヴィは俺の横に移動しながら処刑刀を鋭い眼差しで見つめている。

 

「あれ『赤霞の魔剣』だよね?どういう状況?」

 

話しながらも煌式武装を構える隙を微塵も出さない。完全に臨戦態勢に入っているようだ。

 

「簡単に言うとディルクの仲間だ。事情は後で話すが俺は今ディルクに狙われてるんだよ」

 

俺がシルヴィに説明していると、処刑刀は特に表情を変えずにヴァルダに話しかける。

 

「君には人払いをお願いした筈だが?」

 

それに対してヴァルダは冷たく返す。

 

「無茶を言うな。認識干渉と忌避領域を完全なレベルで両立するのは不可能だ。前者に力を割いている以上、後者が疎かになるのは必然。常人ならともかく、あの女のように強き者を防ぐ事は出来ん」

 

……つまりヴァルダは処刑刀の身元が判明するのを防ぐ事が最優先という事か?尚更処刑刀の正体が気になった。

 

しかし……

 

「そんな……」

 

隣にいるシルヴィがいきなりワナワナと震えだす。いきなりどうしたんだ?

 

疑問に思っているとシルヴィが叫び出す。

 

「ウルスラ!あなた、ウルスラだよね?!」

 

……何だと?ヴァルダがウルスラだと?!

 

疑問に思っている中ヴァルダが口を開ける。

 

「誰だお前は?」

 

ヴァルダがそう返事をするとシルヴィが凍りつく。一体どうなってんだ?

 

シルヴィの介入から色々な事が起こり頭が混乱している中、ヴァルダが処刑刀に話しかける。

 

「……どうやらあの女はこの体の関係者のようだな」

 

「そのようだね。彼女は天涯孤独の身で、アスタリスクに来てからも特に友人がいなかったから大丈夫だと思っていたが……まさか世界の歌姫と知り合いだったとはね」

 

この体の関係者だと?その言い方だとまるでヴァルダがウルスラの体を乗っ取ったみたいな言い方だが……

 

疑問に思っている中、ヴァルダが口を開ける。

 

「……まあいい。我は今からあの女の記憶を消す為に全力を出す。正体を知られたくないお前は先に帰っていろ」

 

それを聞いた処刑刀がため息を吐きながら頷く。

 

「わかった。ただし彼から誘拐犯と音声データを奪う事を忘れないように」

 

そう言うと処刑刀は大きく後ろに飛び退くが逃すつもりはない。

 

「逃すか、影の刃群」

 

言うなり鎧から影の刃を出そうとするが……

 

「そうはさせない」

 

ヴァルダがそう言いながら処刑刀を守るように立ち塞がる。それと同時に風が舞起こりローブの内側から黒い光が膨れ上がる。それによってローブがまくれ顔が露わになる。

 

(……あの顔、写真で見た通り本当にウルスラじゃねぇか!)

 

俺がそう突っ込んでいると首からぶら下がっているネックレスが黒い輝きを増す。

 

「な、何?!」

 

「ぐうっ!」

 

すると急に猛烈な頭痛が襲いかかる。余りの痛さに影の刃群も形成する事が出来ずに鎧に戻ってしまう。

 

痛みに堪えているとヴァルダはシルヴィに近寄っている。

 

「……お前の記憶を消させて貰うぞ」

 

「う、あああ……っ!」

 

言葉から察するにヴァルダは今シルヴィの脳内を探っているのだろう。そしてウルスラの記憶を消すつもりだろう。

 

「……させねぇよ」

 

俺は痛みに耐えながらもヴァルダに突っ込んで拳を放つ。しかし自分でもわかる、否、わかってしまう。威力が低過ぎる。頭の痛み、更には処刑刀とやり合った時の疲弊もあってしょぼい一撃だ。

 

「……無駄だ。その程度の拳は我には届かない」

 

言うなり拳を回避して俺の腹に蹴りを叩き込む。余りの衝撃に吐き気がする。ウルスラはシルヴィの師匠だから強いとは思っていたがここまでとはな……

 

俺はそのままシルヴィの真横に吹っ飛んでしまう。それを確認したヴァルダは右手をシルヴィに向ける。すると更に強い輝きが起こり先ほどとは比べ物にならない程の苦痛が俺達を襲う。

 

「ぐううっ!」

 

「あああああ!」

 

ダメだ。もう何も考えられない。このままじゃ……ヤバい。

 

(もうダメだ。誘拐犯と音声データを渡せば助かるのか……?)

 

そうすればこの痛みから解放されるのか?だったら……

 

「ふん、これか」

 

心に魔が差し始めると同時にヴァルダがそう呟く。察するにシルヴィの記憶からウルスラの記憶を見つけたようだ。

 

助けたいのは山々だがこの痛みじゃ……

 

半ば折れているので動けないだろう。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、ちまん、君……」

 

いきなり呼ばれたのでシルヴィを見る。シルヴィの目には涙が溢れていた。

 

シルヴィの涙を見ると不思議と頭痛やさっきまであった邪心が咄嗟に消えた。止めろ、その顔を止めろ。

 

俺が内心シルヴィに突っ込んでいる中、シルヴィは呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助け、て……!」

 

それを聞いた瞬間、俺は鎧を解除した。

 

そうだ、シルヴィに告白された日に俺はシルヴィを絶対に悲しませないと決めたんだ。

 

シルヴィを悲しませない、オーフェリアが昔のように毎日が幸せになる、それが今の俺がしたい事だ。

 

それを邪魔する存在相手に折れるなんて絶対にしてはいけない事だ。さっき折れかけていた自分を殴り飛ばしたい。

 

俺は鎧に使った星辰力、自身の体内にある殆どの星辰力を自身の周囲に展開する。今ある俺の星辰力の99%を展開する。

 

すると自分の真横に漆黒の槍が現れる。形はシンプル。しかしそれでいい。この槍はシンプルな能力なので余計な装飾はいらないからだ。

 

槍が出来ると同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「屠れーーー影狼神槍」

 

そう呟くと対オーフェリア用に俺が開発した槍が一直線にヴァルダめがけて突き進んだ。



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比企谷八幡は逃げる

影狼神槍

 

能力はシンプルに槍を飛ばす。それだけだ。それ以外の能力なんて一切ない。

 

その代わり威力と速度は桁違いだ。何せ俺の総星辰力の8割以上を注ぎ込まないと作れないからだ。

 

そして欠点は射程が短い事と槍が消えるまでは影の能力が使えない事だ。

 

昔対オーフェリア用に俺が開発して公式序列戦でオーフェリアに使用してみた。結果を言うと瘴気の腕を突破してオーフェリアに傷を負わせる事には成功した。まあその後に反撃くらって負けたけど。

 

まあそれはともかく……破壊力ならレヴォルフ最強だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「屠れーーー影狼神槍」

 

俺がそう呟くと黒い神槍は一直線にヴァルダめがけて突き進んで行った。それは正に黒い流星と言っても過言ではない速度で突き進む。

 

シルヴィに手を向けていたヴァルダもいきなり現れた俺の星辰力に気がついたようだ。シルヴィに向けていた手を槍の方に向けて………

 

「ぐううっっ!」

 

ぶつかり合った。ヴァルダを見ると顔には苦悶の表情を浮かべていて、手からは血が出ている。どうやらヴァルダの防御より影狼神槍の破壊力の方が上回っているようだ。

 

それを見ているとさっきまであった頭痛はいつの間にかなくなっていた。何でいきなり?

 

疑問に思いながらヴァルダを見るとヴァルダの首からぶら下がっているネックレスの黒い輝きがヴァルダの腕に集まり真っ黒な巨大な腕となって影狼神槍を迎え撃っていた。

 

(……察するに今のヴァルダは影狼神槍を迎え撃つのに力を割いているみたいだな。まあ今がチャンスなのには変わりないか)

 

頭痛は無くなったがまだ頭はクラクラする。しかしシルヴィを助けるのが最優先だ。

 

俺はそれに耐えながらシルヴィに近寄る。。今は影狼神槍を使っているので影の中に潜ることは出来ないので走って逃げるしかない。

 

俺はシルヴィの元に近付いて声をかける。

 

「シルヴィ大丈夫か?ウルスラの記憶もあるな?」

 

俺がシルヴィに話しかけるとシルヴィは頬を染めながら頷く。

 

「う、うん……奪われてないよ。ありがとう」

 

良し、とりあえずウルスラの記憶は奪われていないようだ。良かった良かった。

 

っと、まずは逃げないとな。

 

「シルヴィ、状況が悪いから逃げるが良いか?」

 

一応確認を取る。シルヴィはようやく見つかったウルスラに関する手掛かりを逃したくないと思っているかもしれない。しかしシルヴィの涙は見たくない俺としては一度逃げて態勢を立て直したいからな。

 

「うん……良いよ。八幡君の言う事を聞く」

 

シルヴィは一瞬悩んだ表情を見せたが俺の意見を聞いてくれた。

 

それと同時にシルヴィを抱き抱える。

 

「は、八幡君?!」

 

シルヴィは真っ赤になって恥ずかしそうにしている。俺も恥ずかしいが非常事態なんだから我慢してくれよ!

 

「文句は後で受け付ける。だから俺が良いと言うまで目を瞑ってくれ」

 

俺がそう言うとシルヴィは真っ赤になりながらもコクンと頷いて目を瞑る。良い子だ。

 

それを確認すると俺は未だ影狼神槍とぶつかり合っているヴァルダに向けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これでもくらいな」

 

そう言うとさっき買った催涙弾と閃光弾の余りをヴァルダに向けて投げつける。

 

効果を確認する前にヴァルダに背を向けてシルヴィをお姫様抱っこをして走り出す。

 

すると5秒もしないで周りが光りだし……

 

「ぐっ……小細工を……!」

 

ヴァルダの忌々しそうな声が聞こえてくる。どうやら効果はあったようだな。

 

俺は内心ガッツポーズを取りながら歓楽街に向けて全力疾走をする。頼むから歓楽街に入るまでは追ってこないでくれよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は祈りながら歓楽街に走り続けたがヴァルダが追ってくる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから20分……

 

「ふぅ……」

 

歓楽街に着いた俺は行きつけのカフェで個室を借りてシルヴィと一息吐く。ここまで来れば安全だろう。

 

「あの……八幡君」

 

一階のカフェで頼んだコーヒーを飲んでいるとシルヴィが話しかけてくる。気のせいか少し恥ずかしそうだ。

 

「そ、その……さっきはありがとう。八幡君がいなかったら……ウルスラの事を忘れたかもしれない」

 

そう言うと頭を下げてくる。

 

「別に気にしなくていい。お前に助けてなんて言われたら動かない訳にはいかない」

 

もう二度とシルヴィを悲しませないと決めたんだ。その為なら命も賭けてやる。

 

「うん。……ところで八幡君」

 

「何だ?」

 

「何があってウルスラやあの仮面の人と戦ってたの?」

 

あー、まあ今まで手掛かりを掴めなかったウルスラが俺と戦ってたら気になるよな普通。まあ話すか。シルヴィも巻き込まれた以上知る権利はあるし。

 

「実はだな……」

 

俺はコーヒーを飲み1つ区切ってから、ディルクが天霧を潰す為にリースフェルトの知り合いであるフローラを誘拐した事、俺がエンフィールドに依頼されて刀藤、沙々宮と一緒に助けに向かった事、誘拐犯を捕まえてそれをネタにオーフェリアを自由にするようディルクと交渉した事、その後に処刑刀とヴァルダに狙われた事全てを話した。

 

シルヴィは相槌をうちながら俺の話を聞く。全て聞くとコーヒーを飲み息を吐いた。

 

「そっか……ねえ八幡君。ウルスラは自分の事をヴァルダって言ったんだよね?」

 

「ああ。お前が来る前に自分で名乗ってた」

 

「そうなんだ。八幡君はどう思う?」

 

「……俺の意見としてはだな……多分ウルスラはヴァルダって奴に精神を乗っ取られてるだろうな。ヴァルダの奴、お前の事をこの体の関係者って言ってたし」

 

そしてその原因も何となく理解している。おそらく首にあったネックレスだろう。こっちについては勘だから言わないでおく。まあ頭の回転が速いシルヴィなら直ぐにわかると思うが。

 

「……うん」

 

シルヴィはそう言うと沈んだ表情を見せてくる。しかしまだ目は死んでいない。

 

それを理解した俺はシルヴィの内心を理解した。

 

「シルヴィ、お前ウルスラを取り戻すつもりだな?」

 

「……うん。ウルスラに何があったか絶対に突き止める。私って諦めが悪いしね」

 

知ってる。何せオーフェリアに勝つ事を諦めてないくらいだしな。まあ俺はシルヴィのそんな所が気に入っている。

 

だから……

 

「そうか。じゃあ俺も協力する」

 

俺がそう言うとシルヴィは驚きの表情で俺を見てくる。正直言って俺自身も自分からこんな事を言っている事に驚いてるしな。しかし俺にも理由がある。

 

「……八幡君」

 

「どのみちヴァルダはディルクと繋がってるだろうし今後も俺と戦う可能性があるしな」

 

理由はないがヴァルダや処刑刀、あいつらとは遠くない未来にまた相見える予感がする。

 

「それに……いや、何でもない」

 

第二の理由を言おうとしたが恥ずかしくなったので止めた。アレを言ったら悶死する可能性があるからな。

 

しかしシルヴィは納得していないようだ。

 

「それに?何?教えて」

 

「絶対に嫌だ」

 

言ったら死ぬ。マジで死ぬ。

 

そう思っているとシルヴィがイタズラじみた笑顔を見せてくる。もう笑顔を見せてくれると安心だが微妙に嫌な予感がするな……

 

そして俺の予感は当たる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言ってよ。じゃないと唇にキスするよ」

 

「よしわかった。話すからキスは勘弁してくれ」

 

ほらな。俺の嫌な予感って結構当たるんだよな。

 

するとシルヴィは不満そうな表情を浮かべて俺にすり寄ってくる。近い近い近い。

 

「む〜。八幡君のバカ。そんなに私とキスするの嫌なの?」

 

「別に嫌じゃねぇよ。でもこんな形でのキスなんて論外だろ」

 

「え?私八幡君とキス出来るならムードとか気にしないよ」

 

「お前マジで黙れ。さっきから顔が熱くて仕方ないんだけど」

 

こいつ俺に告白してからガンガン攻め過ぎだろ?マジで俺告白に対する返事をする前に悶死する気がする。

 

「あ、八幡君可愛い。抱きしめていい?」

 

「却下だ。そもそもシルヴィは俺がシルヴィに協力する理由を聞きたいんだろ?」

 

「あ、そうだった。じゃあキスしないんだから教えて」

 

しまった。シルヴィの攻めから逃げようとする余り本題に戻してしまった。そうなると第二の理由を教えなきゃいけない事になる。

 

(……仕方ない。話すか。てか話さないとヤバい)

 

現にシルヴィの奴唇を近づけてきてるし。

 

俺はシルヴィを押して近づけるのを妨げながら恥を捨て口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その……アレだ。もうシルヴィの涙は見たくないからな」

 

顔に熱が来るのを感じながらそう言うとシルヴィはピタリと静止する。そして徐々に真っ赤になりだす。

 

「……そっか。ありがとう」

 

「……別に」

 

俺も多分顔が真っ赤になっているのだろう。だから話したくなかったんだよなぁ……

 

俺達は顔の熱が冷めるまで無言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「やあ、おかえり……っと凄い傷だね。大丈夫かい?」

 

「問題ないとは言えないな。あの男の放った最後の一撃は侮れん」

 

そう言うヴァルダの手は血塗れで痛々しい外見だ。体内の骨もボロボロになっていて暫くはマトモに動かせない状態だろう。

 

結局ヴァルダは比企谷の影狼神槍を防ぐ事が出来なかった。腕がもげるギリギリで影狼神槍を何とか逸らす事で回避に成功した。もしもマトモに受けていたらウルスラの体は木っ端微塵になっていただろう。

 

「ふむ……それで結果は?」

 

「失敗だ。我が比企谷八幡の最後の一撃を防いでいる時に、催涙弾と閃光弾を使われて逃げられた」

 

「そうか……そうなると交渉をするのは不可避みたいだね」

 

「そうなるな……そうなるとディルク・エーベルヴァインを切り捨てるべきだろう」

 

ヴァルダとしてはディルクよりオーフェリアの方が価値があると思っているので率直な意見を口にする。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、私としてはオーフェリア嬢を手放した方がいいと思うな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「ごめんね八幡君。わざわざ送って貰って」

 

「別に構わない」

 

俺は今シルヴィをクインヴェールまで送っている。シルヴィは遠慮していたが万が一ヴァルダに遭遇したら守らないといけないから俺が半ば強引に引き受けた。

 

「うん。それと八幡君に謝りたい事があるんだ」

 

「謝りたい事?何だよ?」

 

「うん……さっき電話した時に怒っちゃって」

 

さっき?ああ、刀藤達と飯食ってた時か?確かにあのドス黒いオーラは怖かったな。

 

今になって思い出しているとシルヴィは更に謝ってくる。

 

「本当にごめんね。私てっきり八幡君がナンパしてると勘違いしちゃって……」

 

「んな訳ないだろ。あいつらが好きなのは天霧だ。つーか俺がナンパなんてすると思うか?」

 

ナンパなんて絶対に嫌だ。

 

「……思わない」

 

「だろ?それに元はと言えば俺がしっかり説明しなかったのが悪いんだよ」

 

忙しかったとはいえ俺が初めにしっかり説明すれば良かった話だ。シルヴィは悪くない。

 

「だからシルヴィ……ごめんな」

 

俺はシルヴィに頭を下げる。

 

「ううん。八幡君は忙しかったし仕方ないよ。八幡君は悪くない」

 

シルヴィはそう言ってくるが悪いのは俺だ。しかしこのままじゃキリがないな……

 

「……わかったよ。じゃあお互い悪かったって事にしようぜ」

 

「……うん。でも良かった。ナンパじゃなくて……」

 

そう言うとシルヴィは俺に抱きついて顔を胸に埋めてくる。

 

「……いくら八幡君が誰と付き合うかは自由とはいっても……告白した次の日にナンパしてると思ったら……」

 

あぁ……本当に悪い事をしたな。俺がしっかり説明すればシルヴィは悲しまずに済んだのに……

 

シルヴィが悲しんでいるのを見ると本当に気分が悪くなるな……

 

「……シルヴィ。本当にごめんな」

 

俺はシルヴィを抱きしめて何度も繰り返して謝る。やっぱり悪いのは俺だな。

 

俺はシルヴィが離れるまで優しく抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もういいよ。ありがとう」

 

シルヴィがそう言ってくるので抱擁をといた。

 

「そうか。っと……もうクインヴェールじゃん」

 

どうやら俺達はクインヴェールの近くで抱き合っていたようだ。

 

「あ、本当だ。気付かなかったよ。わざわざありがとう」

 

「気にすんな。じゃあ送ったし俺は帰る」

 

そう言って俺が歩き出そうとすると……

 

「……八幡君」

 

シルヴィが服を掴んできた。その顔は真っ赤になっている。

 

「……何だよ?」

 

気になったので話しかけてみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、その……私の寮に泊まらない?」

 

………は?

 

 

 

 

 

 

この時の俺はまだ知らなかった。

 

まさかシルヴィと一線を…………



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比企谷八幡はシルヴィア・リューネハイムと一夜を明かす(前編)

「すまんシルヴィ。ワンモアプリーズ」

 

ついもう一回聞いてしまう。だって完全に予想外の誘いだったし。

 

するとシルヴィは真っ赤になりながらも口を開ける。

 

「だ、だから……私の寮に泊まらないって言ったんだよ?」

 

うん、聞き違いじゃないな。間違いなく誘ってやがるな。

 

「却下だ。俺は自分の寮で寝る」

 

シルヴィの寮で寝たりしたら理性が吹っ飛ぶ可能性があるしな。するとシルヴィは突然真剣な表情を見せてくる。

 

「それは止めておいた方がいいと思うな。もしかしたら八幡君が寝ている時に『悪辣の王』の仲間が闇討ちしてくるかもしれないよ?だからレヴォルフと繋がりのない他所の学園が1番安全だと思う」

 

……なるほどな。確かにそうだ。ディルクなら俺の寮の場所なんて完全に把握してるだろう。もしかしたら既に俺の寮に乗り込んでいるかもしれない。

 

「よしわかった。じゃあ今からエンフィールドに頼んで星導館に泊めてくれるように頼んでみるか」

 

エンフィールドならフローラを助けたからその報酬として一泊ぐらい認めてくれるだろう。

 

そう思いながら端末を取り出そうとするとシルヴィに止められる。

 

「いやいや八幡君、そこはクインヴェールにしてよ!」

 

「アホか。女子校に泊まれるか!」

 

「そこを何とか!」

 

言うなりシルヴィは俺に抱きついてくる。いきなりどうした?つーか手が動かせない。

 

「おいシルヴィ……離せ」

 

「……私の寮に泊まるって言うまで離さないから」

 

子供かよ!

 

内心シルヴィに突っ込んでいるとシルヴィは俺を見上げてくる。涙目の上目遣いは止めろ。マジでドキドキするから。

 

「……お願い。私、好きな人と一緒に過ごしたいの」

 

好きな人、ダメだ。その言葉を聞くと顔が熱くなる。シルヴィに告白されてからその類の言葉に弱くなってきた。しかもシルヴィの顔はいつの間にか捨てられた子犬のような目で見てくる。はぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わかった」

 

俺は了承してしまった。いやだって仕方ないだろ?俺みたいな男を好きだと言ってくれる女の子の悲しげな表情を見たら断れねーよ。

 

俺が了承するとシルヴィは悲しげな表情から一転、満面の笑みを見せてくる。

 

「本当?ありがとう八幡君!」

 

そう言って更に強く抱きついてくる。待てコラ。いくら深夜とはいえ学園の前だぞ?誰かに見られたらどうすんだよ?

 

俺がそう突っ込もうとしたが止めた。シルヴィの満面の笑みを崩させるのは気が引けた。

 

(まあシルヴィにとっても色々な事があったし仕方ないか……)

 

俺は苦笑しながらシルヴィを優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

俺は今、仕方ないと妥協した俺を殴り飛ばしたいと本気で思っている。何であの時に妥協してしまったのか……

 

「なあシルヴィ」

 

「何?八幡君?」

 

俺は何度もおねだりをしてくるシルヴィに話しかけるとシルヴィはキョトンとした顔を見せてくる。普段なら可愛いと思うが今はイラッとする。

 

「あのだな……お前今腕に抱きついてるけどさ……」

 

シルヴィは俺の左腕に抱きついている。いつもだったら特に文句は言わない。何せ色々な場所でしょっちゅうオーフェリアやシルヴィに抱きつかれているからだ。

 

しかし今は勘弁して欲しい。何故なら…….

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裸の時は止めてくれないか?」

 

今いる場所は風呂場で俺もシルヴィもお互い身に何も纏っていない状態だからだ。

 

シルヴィが寮に泊まる事になり、汗をかき過ぎたのでまず第一に風呂に入る事になった。そしてシルヴィから先に入っていいと言われた俺は疲れていたので即答して風呂に入った。

 

するとその5分後にシルヴィも風呂に入ってきた。しかも前回と違ってバスタオルを巻かず一糸纏わぬ姿で来た時はマジで死にそうになった。

 

いきなりの光景に絶句しているといつの間にか体を洗われて今に至るという訳だ。ちなみに頭と背中は洗われたが前は死守しました。洗われたら死んでいただろう。

 

「え?何で?」

 

「いや、何でって……そんな風に抱きついてきたら俺の理性が吹っ飛んでお前を襲いそうなんだよ」

 

今だってかなりギリギリだ。舌を噛んでいなかったら間違いなくシルヴィを襲っているだろう。

 

俺がそう言うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私……八幡君にならいいよ。好きな人になら……メチャクチャにされたい」

 

シルヴィは真っ赤になりながらもそう言ってくる。おい!世界の歌姫がそんな事を言ってんじゃねぇよ!

 

予想外の回答をしてくるシルヴィを見る。それを見て愕然とした。目を見てわかる。本気で言ってやがる。俺の理性が吹っ飛んでシルヴィを襲ってもシルヴィは逆らわないだろう。

 

て事は俺が理性を解き放てば……シルヴィの全てを……

 

 

(……ってダメだダメだ!流石にそれはマズい!)

 

何とか持ち堪えた。流石にそれはマズい。一線を越えるのは勘弁して欲しい。

 

俺が首を振って理性を保っているとシルヴィが口を尖らせる。

 

「あらら……残念。八幡君って身持ちが固いね」

 

シルヴィ怖いから。俺が了承したら本気で受け入れると嫌でも理解してしまう。

 

いや、まあ……残念っちゃ残念だけどな。

 

そんな風に考えながら抱きついて甘えてくるシルヴィの頭を撫でながらため息を吐いた。全く……こんな可愛い奴が俺に好意を寄せるなんて……未だに信じられないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ八幡君。明日『悪辣の王』と交渉するんだよね?」

 

風呂から出て紅茶を飲んでいると俺に寄りかかりながらそう聞いてくる。

 

「まあな」

 

結果はどう転ぶかわからない。何せ俺を闇討ちしてくるような奴だしな。初めはオーフェリアを助ける事最優先だったが、今はディルクを潰すべきという考えもある。

 

するとシルヴィは……

 

「それ私も同伴していいかな?」

 

そんな事を聞いてくるが……

 

「正直反対だな。もしかしたら向こうがヴァルダを連れてくるかもしれない。ヴァルダはお前の記憶を消す事に執着してるしな」

 

「それは百も承知だよ。それでも私も行きたい。もしも八幡君を狙ってきたら助けたい」

 

シルヴィはそう言う。まあ確かに俺を潰して交渉そのものを無かった事にしてくるかもしれん。そう言った意味じゃシルヴィを護衛として連れてくるのは正しいかもしれないが……

 

「……お前の意見は正しい。ただ、俺が嫌なんだ。万が一またお前の涙を見るなんて嫌だぞ?」

 

これはただの私情だ。シルヴィを巻き込みたくないから反対しているだけだ。まあそんなんでシルヴィを説得出来るとは思えないが。

 

「……ありがとう。でもお願い。八幡君が狙われたら私が守りたい」

 

そう言うとお互いに見つめ合う。いつもシルヴィが甘えてくる時は妥協するが今回は譲るつもりはない。俺の行動の為にシルヴィを巻き込みたくない。

 

暫く見つめ合っていると……

 

「……わかったよ。今回は行かないよ」

 

シルヴィはため息を吐いて視線を逸らした。

 

「……いいのか?俺がお前を行かせたくない理由は私情なんだぞ?」

 

「それを言ったら私が行きたい理由だって私情だよ。本来なら同伴する資格はないんだし」

 

「そうか。すまな「ただし!」……何だ?」

 

俺が謝罪しようとするとシルヴィがそれを遮ってから俺に抱きついてくる。そして顔を俯かせて……

 

「約束して。絶対無事に帰ってくる事。八幡君に何かあったら私……」

 

震えた声でそう言ってくる。それは懇願だった。そんな声をされたらな……

 

「わかった。必ず無事に帰ってくる」

 

俺がシルヴィの震えを無くすようにそう言うとシルヴィは潤んだ瞳で俺を見上げてくる。ヤバい……弱々しい顔、いつもの笑顔とは違った意味で破壊力があるな。

 

内心ドキドキしているとシルヴィは髪をズラして額を見せてくる。何だその仕草は?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、じゃあおでこに……誓いのキスして」

 

いきなり爆弾を落としてきた。き、キスって……マジか。唇同士ではないが世界の歌姫にキスするって……

 

 

 

 

内心焦りまくっているとシルヴィは顔を俺の顔に近づけてくる。

 

「……八幡君。誓えないの?」

 

いやいや……単にキスするのが恥ずいだけです。

 

しかししないといけない。しないとシルヴィは間違いなく付いてくるだろう。キスするのは嫌だがシルヴィが涙を流すのを見るのはもっと嫌だ。

 

だから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ」

 

俺はシルヴィの額にそっとキスをする。顔には熱を感じるが我慢する。

 

「……ふふっ」

 

シルヴィは笑っているが顔が真っ赤だ。そんな顔になるなら頼むんじゃねぇよ。

 

「……はあ。風呂入ったのに疲れた。悪いが俺はもう寝るからソファー借りるぞ」

 

「え?一緒にベッドで寝ようよ?」

 

さも当然のように言ってくるが少しは自分を大事にしなさい。

 

「……いやいや、流石にそれはだな……」

 

何とか言い訳を考える中、シルヴィは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願い八幡君、寝よ?」

 

上目遣いでおねだりをしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……」

 

シルヴィは俺に抱きついてスリスリしてくる。はい、結局断れませんでした。あんな顔をされたら断れないのは仕方ないだろう。

 

にしても……

 

「随分と楽しそうだな」

 

シルヴィの奴本当に幸せそうだ。

 

「だって好きな人と一緒に寝れるんだよ?こんな幸せな事はないよ」

 

そう言って甘えてくるが……

 

「なあシルヴィ、俺はそんな大層な人間じゃねぇよ」

 

正直腑に落ちない。俺みたいな奴を好きになるなんて

 

「そんな事ないよ。強いし優しいし……私は大層な人間だと思っているよ?」

 

「過大評価し過ぎだ。アスタリスクに来たのも前の学校でバカやらかしてイジメを受けたから逃げてきたんだよ」

 

まあ正確にはイジメに耐えられないのではなく総武の生徒をぶっ殺しそうになったからだけど。

 

「……ねぇ八幡君。前から気になっていたんだけど前の学校で何があったの?差し支えなければ教えてくれない?」

 

シルヴィはそう聞いてくる。……そうだな、話すか。シルヴィに告白された以上教えるべきだろう。仮にもしシルヴィと付き合う事になり、その後で知られたらシルヴィに悪いし。

 

「わかった……実はだな……」

 

俺は文化祭であった事を全て話した。シルヴィは初めは相槌を打ちながら聞いていたが徐々に曇った表情や悲しげな表情などマイナスな感情を見せていた。

 

「……って感じだな」

 

全て説明をするとシルヴィは考える素振りを見せてから……

 

「何ていうか……八幡君って不器用だね」

 

いきなりそう言ってきた。

 

「だってさ、沢山の実行委員がサボった時もさ、そんな風に暴れなくてももっと前から先生に頼んで呼び戻せば良かったじゃん」

 

ぐっ……まさに正論だな。

 

「最後の実行委員長を呼び戻す時も、そんなやり方しなくてもこのままエンディングセレモニーをサボったら酷い目に遭う可能性があるって言ったら戻ったと思うよ?」

 

「……そうだな。返す言葉もない」

 

シルヴィの言う通りだ。そうすりゃ嫌われずに総武に残っていただろう。

 

(アレ?それってつまりオーフェリアやシルヴィに会う事もなかったって事だよな?)

 

じゃあ嫌われた方が良かったな、うん。

 

そんな事を考えていると……

 

「……出来るなら今後そういうやり方は止めて欲しいかな。聞いているだけで胸が痛くなってきたよ」

 

そう言ってシルヴィは優しく抱きしめてくる。凄く安らぎを感じて気持ちが良い。

 

「……意外だな。てっきり嫌われるかと思ったぜ」

 

「ううん。私は絶対に八幡君の事を嫌いになんてならない」

 

シルヴィは強い目で俺を見てくる。月の明かりで微かに見えるその瞳は凄く美しかった。

 

(……綺麗だ。もっとその瞳が見たい)

 

俺はシルヴィと抱き合いながら顔を近づける。出来るならその瞳をもっと間近で見たい。

 

そう思いながら更に顔を近づけていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

いきなり妙な音がして唇に何が触れる感触がした。何だよ、何だか知らないが今俺はシルヴィの瞳を見ようとしてんのに気を散らしてんじゃねぇよ。

 

そう思いながら意識を戻しシルヴィの瞳を見ようとすると……

 

(あん?何で顔が真っ赤になってんだ?つーかこんなに近くに寄って……)

 

そこで俺は現状を理解した。否、してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺とシルヴィの唇が重なっているというとんでもない現状を



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比企谷八幡はシルヴィア・リューネハイムと一夜を明かす(後編)

 

キス

 

接吻、口づけ、キッス、チュウなど色々な呼び方があるが意味は同じで人が親愛や友愛の情を示す為、自分の唇を相手の額や頬、唇などに接触させる行為である。

 

またキスとはする場所によって意味が違う。

 

額なら親愛という意味、頬ならお礼と言ったように意味が違う。

 

そして唇は……愛情という意味がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

俺は今まで何度も顔に熱を感じた事がある。

 

オーフェリアに抱きつかれた時、オーフェリアと一緒に寝たりした時、オーフェリアが頬を舐めてきた時、シルヴィが抱きついてきた時、シルヴィが頬にキスをしてきた時、シルヴィと一緒にお風呂に入った時など色々な時に顔が熱くなった記憶がある。

 

しかし今回の熱は今までとは比較にならない。寧ろ今までの熱が涼しいと思うくらい熱を感じる。

 

そんな風に顔には熱を感じる俺の目の前にはかつてないほど真っ赤になっているシルヴィがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と唇を重ねた状態で。

 

(え?!お、俺い、今し、シルヴィとキスを……)

 

それを改めて認識すると更に顔が熱くなってきた。まさか自分のファーストキスが世界の歌姫だなんて完全に予想外だ。つーかこれを予想できる奴はいないと断言出来る。

 

つーかシルヴィの唇、凄く柔らかい。唇は敏感な部位と聞いた事がある。だからかシルヴィの唇の感触がよくわかって凄く気持ちが良い。この世でシルヴィの唇を上回る唇はないと断言してもおかしくないくらいだ。

 

(……って、シルヴィの唇の感想を思ってる場合じゃねぇよ!何をやってんだよ俺は?!)

 

いくら狙ってやった訳ではないとはいえ付き合っていない女子、しかも世界の歌姫の唇を奪うとか……悪い意味で後世に名を残しそうだ。

 

って、それより先ずはシルヴィから離れないと!

 

俺は若干、いやメチャクチャ慌てながらシルヴィの唇から離れようとする。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ…….」

 

シルヴィがいきなり自分の両手を俺の首に絡めてきて離れられないようにしたかと思ったら、自分の唇を俺の唇に押し付けてきた。おい!いきなり何しやがる?!

 

そう突っ込もうにも俺の口はシルヴィにキスされていて喋れない。それを理解しているのかシルヴィは更に強く抱きつきながら唇を押し付けてくる。

 

目の前には真っ赤なシルヴィが目を瞑ってこれでもかとばかりにキスをしてくる。それによって俺の頭の中は徐々にシルヴィの事で染まっていく。

 

「んっ……ちゅっ……」

 

ダメだ、これ以上はマジでヤバい。シルヴィ無しじゃ生きられなくなってしまう……

 

そうは思っても俺はシルヴィとのキスを止めない。シルヴィが離してくれないというのもあるが……俺自身もそこまで強く抵抗してないからだ。

 

ダメだとわかっていても……これは止められない……

 

俺は次第に抵抗するのを止めてシルヴィのキスを受け入れてしまう。悪いとわかっていてもやりたくなる……まるで麻薬だな。

 

「んっ…ちゅっ…んんっ……ぷはっ!」

 

暫くシルヴィにキスをされていると、やがて息の限界が来たようにシルヴィが唇を離してくる。ようやく終わったか……安心したような名残惜しいような……

 

そんな事を考えているとシルヴィの息が顔に当たったので考えを中断してシルヴィを見るとトロンとした表情で俺を見てくる。そして口元は若干ニヤけている。こんなシルヴィ初めて見たんだけど……

 

「おいシルヴィ……」

 

心配になったので話しかけようとすると……

 

「えへへ……八幡君とキスしちゃった……」

 

そんな事を呟いている。くそっ、可愛すぎる……

 

「なぁシルヴィ、その……済まなかったな。まだお前の告白に対して答えが出てないのに……その、き、き、き、キスをしちゃって」

 

キスの部分は恥ずかしくて言うのが大変だったが何とか謝罪した。俺の謝罪を聞くとシルヴィは急に真っ赤になりだす。

 

「あ……う、ううん!私の方こそ!その……あんなにキスしちゃったし……」

 

「いやいや。元はと言えば俺がお前にキスしたからこうなったんだよ。許してくれるか知らないがお前のファーストキスを奪った事を謝らせてくれ」

 

「別に気にしてないよ。事情は何であれ……その……八幡君とキス出来て嬉しいし……」

 

そう言ってモジモジするシルヴィを見ると顔が熱くなる。世界の歌姫にキスされて嬉しいなんて言われたら……いくら俺でも緊張してしまうぞ?

 

「そ、そうか……」

 

「う、うん……」

 

俺とシルヴィはそのままお互いに目を逸らしてしまう。恥ずかしくて死にそうだ。マジで死にたい。

 

俺達は結局同じベッドにいながら30分近く話す事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という事で彼女は君を切り捨てるべきという考えで私はオーフェリア嬢を手放すと一対一の状況だ。後は君がどちらにするか決めてくれたまえ」

 

『てめぇはオーフェリアを手放す事に賛成なのか?てっきり俺を切り捨てるかと思ったぜ』

 

「オーフェリア嬢は彼に恋している上に君に逆らったらしいじゃないか。これは私の勘だけど恐らく彼とは今後も相見えるだろう。そうなった時にオーフェリア嬢が命令を無視するだけならともかく、彼の味方になった場合それこそ最悪のパターンだ。だから私はオーフェリア嬢を手放すべきだと思う」

 

『……ちっ!こんな事になるんだったら天霧綾斗を潰しに行くべきじゃなかったぜ』

 

「はぁ……今回のやり方については強引過ぎる。君としては歓楽街の反乱分子も排除する事も考えているようだが今後は自重してくれ」

 

そう言うと男は電話を切ってため息を吐く。その隣にいるヴァルダが口を開ける。

 

「奴はどちらの選択をするだろうか?」

 

「さあね。まあどちらにしても今後動く際は極力彼と接触しないように心掛けないとね……まさかオーフェリア嬢だけでなくあの歌姫も味方につけているとは予想外だったよ」

 

「ならば比企谷八幡をこちらに引き入れるのはどうだ?そうすればオーフェリア・ランドルーフェンも味方につく。比企谷八幡本人も強者であるのだろう?」

 

「そうしたいのは山々だけどね……」

 

男は暗闇の中近くにあるワインを飲む。ヴァルダは彼が乗り気でない事を理解したのか呆れたような表情を浮かべている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気まずい、余りにも気まずい。

 

さっきからお互いに顔を真っ赤にして目を逸らしていた。しかし偶にシルヴィを見ようとすると必ずシルヴィと目が合ってまた目を逸らしてしまう、さっきからこれの繰り返しだ。

 

「………なあ」

 

余りに気まずいので俺から話しかける事にした。

 

「な、何?!」

 

お前テンパり過ぎだからな?少し落ち着け。俺も落ち着かなくなるからな?

 

「そ、そのだな……お前のファーストキスを奪っておいてなんだけど……済まない、告白の返事はもう少し待ってくれないか?」

 

今回のキスはある意味事故だ。シルヴィの唇を狙っていた訳ではない。しかし俺はシルヴィと『シルヴィの告白を受け入れる時は俺からキスをする』という約束をしてしまった。

 

未だシルヴィの告白を受け入れるか悩んでいるにもかかわらず、俺はシルヴィの唇を奪ってしまった。虫のいい話かもしれないが告白に対する返事はもう少し待って欲しい。

 

シルヴィはそれを聞くと恥ずかしそうな表情を消して優しい笑顔を向けてくる。

 

「……いいよ。待っててあげる」

 

簡潔に、それでありながら確かな答えを口にしてくる。

 

「いいのか?」

 

「……うん。私はいつまでも待ってるよ。だから八幡君も真剣に考えてね」

 

「わかった。ありがとな」

 

「……ううん、いいよ」

 

そう言ってシルヴィは優しく抱きしめてくる。凄く温かくて気持ちが良い。そんな風にシルヴィの温もりを感じているとシルヴィが話しかけてくる。

 

「ねえ八幡君、私とのキスはどうだった?」

 

いきなり爆弾を投下してきた。

 

「ばっ!な、何を?!」

 

瞬間、直ぐに顔が真っ赤になってしまう。こいつはマジで悶死させたいのか?

 

「どうだった?気持ち良かった?良くなかった?」

 

顔を逸らして逃げようとするもシルヴィは逃すつもりはないらしく俺の顔を掴んで見つめてくる。まるで逃さないようにニコニコ笑っている。そんな顔をされちゃ答えないわけにはいかない。

 

「ま、まあ気持ち良かったな」

 

するとシルヴィは満面の笑みを浮かべてくる。

 

「そう?じゃあまたしたい?」

 

「は?そりゃまあしたいっちゃした……?!」

 

「んっ……」

 

俺が答えている途中でシルヴィは俺にキスをしてきた。甘美な感触が俺を蹂躙する。

 

暫くキスをされているとシルヴィは唇を離して艶のある視線を向けてくる。

 

「……八幡君が私とキスしたいならいくらでもしていいよ。その代わり私も今みたいにキスしていいかな?」

 

え?マジで?

 

「……いや、でもそれは……」

 

これで恋人にならなかったら凄い悪人じゃね?

 

シルヴィは俺の言いたい事を理解したようだが首を振ってくる。

 

「大丈夫。その……私が八幡君とキスしたいだけだから」

 

そう言われると……

 

「……好きにしろ。ただし俺からはキスしないがいいな?」

 

いくら俺がしたいと思ったり、シルヴィが良いと言っても開き直ってキスするのは無理だと思う。

 

「うーん。まあ八幡君ならそうだろうね。いいよ」

 

シルヴィは了承してくれた。良かった、流石に俺から自発的にキスするのは無理だからな。

 

「そうか。なら良い。つーかそろそろ寝ようぜ」

 

いつの間にか日が変わってるし。明日はディルクとの交渉もあるしな。

 

「そうだね。じゃあ……」

 

シルヴィはそう言って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……おやすみ、八幡君」

 

俺にキスをして抱きついてきた。俺はそれによって顔が熱くなるのを感じながら目を閉じた。こんなに疲れてるのに寝れないだろうなぁ……

 

 

 

 

そんな事を考えながら俺はシルヴィを優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺とシルヴィは付き合っていないにもかかわらず、友人としての一線を超えてキスする仲になった。

 

だがこの時の俺は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シルヴィが物凄いキス魔である事を

 

 



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こうして鳳凰星武祭最終日が始まる(前編)



唐突ですが活動報告にアンケートを取りましたので時間に余裕のある方は解答していただけたら幸いです


鳳凰星武祭決勝戦当日ーーー

 

朝、窓から入ってくる朝の日差しによって俺は目を覚ます。天気は快晴と暑いが良い天気である。まさに決勝戦に相応しい天気と言っていいくらいだ。

 

時計を見ると午前7時前、まあまあ良い時間だ。

 

体を起こして伸びをしようとすると体が動かない。

 

何でだと思って横を見ると

 

 

 

 

「んっ……」

 

シルヴィが俺の体に抱きつきながら眠っていた。その顔は本当に幸せそうで起こすのは悪いだろう。

 

「んっ……八幡、くん……好き、大好き……」

 

「…………」

 

全くこいつは……寝ている時にも俺をドキドキさせてくるな。マジで勘弁して欲しい。

 

そう思いながらシルヴィを見ると視線は自然と唇の方に向いてしまう。今更だが信じられないな。シルヴィとその……キスをしたなんて。

 

顔が熱くなっていると唇がプルンと揺れて凄くエロい。多分俺以外の人間なら即座にあの唇にしゃぶりついているだろう。

 

シルヴィの唇をガン見してると……

 

「んっ……八幡君?」

 

シルヴィが瞼を開けて眠そうな表情で俺を見てくる。ヤバい可愛い。

 

「ああ、おはようシルヴィ」

 

俺がそう挨拶をするとシルヴィは目をパチクリしてから笑顔を見せてくる。

 

「おはよう、八幡君」

 

そう言うなりシルヴィは俺に顔を近づけて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

いきなりキスをしてきた。いきなりのキスに俺は内心パニクってしまう。

 

(シルヴィ?!い、いきなり何をやってんだよ?!そ、そりゃ昨日は好きにキスしていいって言ったけどよ……朝起きてから30秒もしないでキスしてくるか?!)

 

俺が驚いている時にもシルヴィは唇を重ねてくる。

 

「んっ……ちゅっ……だいしゅき……」

 

だいしゅきって何だよ?!もうマジで可愛過ぎるんだけど!!

 

俺は卒倒しそうになりながらシルヴィのキスを受け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい八幡君、あーん」

 

「はいはい」

 

所変わって現在俺はリビングでシルヴィの作った朝食をとっている。やっぱりシルヴィの飯は美味いなぁ……

 

そう思いながら時計を見るともう直ぐ8時だ。結局俺は30分くらいシルヴィとキスをしてベッドから出た時にはお互いの唇にかなりの唾液が付着していた。

 

初めは勘弁してくれと口にしようとしたが…….

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えへへ……やっぱり八幡君とのキスは幸せだな。大好きだよ』

 

幸せそうな笑みを浮かべてそう言っているシルヴィを見て何も言えなくなってしまった。可愛過ぎるだろ?

 

「八幡君八幡君、次は何を食べたい?」

 

シルヴィはそう言ってくるが自分で食べられるからな?何度もそう言ったものの却下されている。解せぬ。

 

「……じゃあソーセージで」

 

俺がそう言うとシルヴィは頷いてフォークを刺して自分の口に入れる。え?何で食べたいって聞いてきたのにお前が食べっ………?!

 

「し、シルヴィ?!」

 

俺が驚いている中、シルヴィは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー」

 

ソーセージの端っこを加えて反対側の端っこを俺の方に突き出してきた。

 

こいつまさか…….

 

呆気にとられているとシルヴィは顔を近づけてくる。それによってソーセージと俺の顔の距離は10センチを切る。

 

「えっとシルヴィ……それは反対側を咥えろって事か?」

 

そう尋ねるとシルヴィはコクンと頷く。つまりアレか?ポッキーゲーム改めソーセージゲームをしろって事か?え?マジで?

 

 

「んーんー」

 

焦る中、シルヴィは更にソーセージを突き出してくる。目を見ると『拒否は許さない』と語っていた。こりゃ逃げられないだろうな…

 

「はぁ……」

 

俺はため息を吐いてソーセージを咥える。

 

するとシルヴィは物凄い速さでソーセージを食べ始める。早い!!てか怖いからな?!

 

俺がシルヴィに若干引いていると遂に俺とシルヴィの唇の距離が1センチになった。

 

目の前にはシルヴィの綺麗な瞳がある。相変わらず美しい。目で人を殺せるなんて言葉はあるがシルヴィは目で人を虜にしそうだな。

 

俺がシルヴィの綺麗な瞳に見惚れていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

シルヴィは残ったソーセージを食べる事で唇の距離を0にする。それによってベッドの上で感じまくったシルヴィの唇の感触を再度味わう。余りのインパクトにソーセージの味が全くしなかった。

 

暫くの間キスをしていて少し息苦しくなってくると……

 

 

「ぷはっ……!大好きだよ八幡君」

 

そう言って思い切り甘えてくる。くそっ、可愛いから文句が言えない……!マジで卑怯だ。

 

しかし心の中ではもっとキスしたいと思っているのを自覚しているので俺はシルヴィに逆らう事はないだろう。

 

そう思いながら俺はため息を吐き、シルヴィの頭を撫でた。

 

そんな感じでシルヴィのファンがいたら血涙を流しそうな朝食は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間……

 

「八幡君気を付けてね」

 

レヴォルフに最も近い駅にて、変装しているシルヴィが俺に抱きつきながら上目遣いでそう言ってくる。破壊力がヤバ過ぎる。

 

今は決勝開始1時間半前、俺はディルクとの交渉の為レヴォルフに向かう。

 

「大丈夫だって」

 

「本当だよ?危なくなったら影に潜って逃げてね?絶対だよ?」

 

「大丈夫だって。そんなに信用出来ないか?」

 

「昨日『赤霞の魔剣』の使い手相手に逃げないで戦ったのに?」

 

ぐっ……確かにあの時は逃げても良かったのに逃げなかったな。そこを言われたら返す言葉がない。

 

俺が黙り込んでしまうと、

 

「……昨日も言ったけど絶対に帰ってきてね。私まだ告白の返事聞いてないんだから」

 

シルヴィは優しく抱きしめてくる。……そうだな。ああ、その通りだ。

 

「わかってる。ありがとなシルヴィ」

 

俺も優しくシルヴィを抱き返す。シルヴィの温もりを直に感じる。凄く温かくて気持ちが良い。出来ることならまた感じたい。

 

そう思いながらシルヴィとの抱擁をとく。いつまでもこうしている訳には行かないしな。

 

「じゃあシルヴィ、俺はもう行く」

 

そう言って駅を出ようとした時だった。

 

「……八幡君」

 

後ろから話しかけられたので振り向くとシルヴィがいつもの人を元気にする笑顔を見せてくる。

 

「頑張ってね」

 

ただ一言、そう言ってきた。俺はそれを聞いて自然と笑みが浮かんでしまう。

 

「ああ、頑張る」

 

ただ一言、そう返して俺は駅を後にした。気分は不思議と凄く良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要塞のようなレヴォルフの校門を歩くと中からは騒ぎ声が聞こえてくる。多分中庭でレヴォルフの生徒がアルコール片手に決勝戦を楽しみにしているのだろう。実に平和な事だ。

 

そんな事をのんびりと考えていると……

 

「ようディルク。直で会うのは久しぶりだな」

 

校門の端にディルクがいたので手を上げて挨拶をする。向こうは俺に気がつくといつも以上に不機嫌な表情をして舌打ちをしてくる。明らかに挑発してやがるな。

 

「いやいや、こんな時間に呼んで悪いな。交渉が終わったら一緒に天霧の活躍を見ようぜ」

 

ディルクが嫌っているだろう天霧の名前を出してこちらも挑発する。交渉において弱みを見せる事はタブーだ。初めから遠慮はしない。

 

「ちっ!つくづく人を苛立たせるな……」

 

「いや、お前それブーメランだからな?つーか取引の話をしようぜ。結論をさっさと言ってくれ。俺、決勝戦はドームで見たいんだから交渉次第では急いで警備隊本部に行かなきゃいけないんだよ」

 

そう言いながら俺は影を操作して影の中から誘拐犯を見せつける。まだ麻酔が効いているようだが寝息は聞こえるので生きてはいるだろう。良かった良かった。死んでしまっては交渉の意味がない。

 

俺が誘拐犯を見せるとディルクは暫く考えるような素振りを見せるもやがて舌打ちをしながら俺に電子書類を渡してきた。

 

こいつは……

 

「オーフェリアの権利書……交渉成立って事で良いんだな?」

 

俺がそう尋ねるとディルクは忌々しそうな表情をしてくる。にしてもオーフェリアを土地の権利書みたいに……つくづくムカつくな。

 

「てめぇもさっさと寄越せ」

 

「はいはい」

 

俺は息を吐いて誘拐犯を地面に放り、ボイスレコーダーをディルクに投げつける。

 

「複製はしてない。正真正銘それ一つだけだ。まあお前が信じるかは知らないが」

 

俺はそう言いながらディルクから貰った権利書を自身の端末にしまう。もう誰にも……少なくともディルクやアルルカントの『大博士』には死んでも渡さない。

 

「じゃあ交渉成立だな。俺はもう決勝戦を見に行くからな」

 

そう言って踵を返すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷八幡」

 

いきなりディルクにフルネームで呼び止められる。瞬間、俺はディルクの方を向き臨戦態勢を取る。今の低い声を聞いた瞬間ビビった俺がいた。

 

「今回は俺の負けだ。だがてめぇに2つ言っておくぞ。いずれオーフェリアは取り戻すし、てめぇには地獄を見せてやるよ」

 

非星脈世代であるにもかかわらずディルクの向けてくる視線に一歩下がってしまう。何だこいつの目は……?はっきり言って尋常じゃない。何があったらこんな目が出来るんだ?

 

疑問には思ったが俺は即座に意識を切り替える。二度とオーフェリアを闇の世界に戻してたまるか。

 

俺は一歩進みディルクを睨み返す。

 

「そんな事絶対にさせない。俺は絶対にオーフェリアを幸せにするんだ。邪魔するならてめぇの仲間の処刑刀だろうとヴァルダだろうとぶっ潰す」

 

俺はそう言って今度こそ踵を返し歩き出す。

 

ディルクの言う通り、奴らはオーフェリアを諦めていないだろう。

 

でもそれがどうした。俺は何があっても手にある権利書を手放さない。あいつを永遠に自由にさせてやる。

 

そう思いながら俺が校門を出た時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………八幡」

 

いきなり俺の名前が呼ばれたので声のした方向を向くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………オーフェリア」

 

そこにはさっき話題になっていたオーフェリア・ランドルーフェンが頬を染めながら校門の横にいた。

 

 



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こうして鳳凰星武祭最終日が始まる(中編)

「………八幡」

 

校門を出ると横にオーフェリアがいた。彼女を見ると漸く自由にさせる事が出来たと込み上がって来るものがある。

 

俺がオーフェリアの名前を呼ぼうとした時だった。

 

オーフェリアはいきなり俺に抱きついてきた。

 

「……オーフェリア?」

 

いきなりどうしたんだ?いつもなら必ず事前に抱きついていいか聞いてくる筈だが……

 

「……さっき八幡達が話してるのを聞いたのだけど……本当に私は自由なの?」

 

疑問に思っているとオーフェリアは上目遣いでそんな事を聞いてくる。そうか……聞いていたのか。

 

「……ああ」

 

そう言って俺はオーフェリアにさっき手に入れた電子書類を見せる。

 

「これで今、お前の所有権は俺にあるが……俺はディルクや『大博士』とは違ってお前をどうこうするつもりはないし、お前がやりたい事があるなら協力してやる」

 

「……じゃあさっき言っていたように私を幸せにしてくれる?」

 

「ああ」

 

ただ一言そう返す。こいつがまた昔のように幸せを感じたいなら協力するし、その時に俺が必要なら何でもしてやる。

 

「……そう。じゃあ八幡、前に言った事、覚えている?」

 

「前っていつだよ?そこを言わないと思い出せん」

 

「鳳凰星武祭の本戦一回戦の後、小町達と会った時の事よ」

 

本戦一回戦の後?確かあん時は……

 

「リースフェルトと会った時の事だよな?」

 

「……そう。あの時に八幡が言った事、覚えてる?」

 

オーフェリアは不安そうな表情をしながら上目遣いで見てくる。これ間違えたら泣くんじゃね?ってくらい悲しそうな表情だ。絶対に間違える訳にはいかないな。

 

「えーっと……確か、もしもお前が自由になったらお前の願いを叶える云々ってヤツだよな?」

 

俺の記憶が正しければそれだったと思う。間違えていたらマジで済まん。

 

しかし俺の心配は杞憂だった。オーフェリアは不安そうな表情を消して頷く。

 

「……そう。覚えていてくれて安心したわ」

 

良かった、これで忘れていたら最悪だからな。

 

「そうか。でも今ここで言うって事は俺に願いを叶えて欲しいって事か?」

 

「……ええ。今ここで私の願いを八幡に話したい」

 

「わかった。じゃあ言ってくれ」

 

俺がそう尋ねるとオーフェリアは頬を染めて俯く。何を願うんだ?少し怖いんだけど。

 

疑問に思っているとオーフェリアは顔を上げて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の願いは……八幡と結婚したい。八幡と結婚して幸せに暮らしたい」

 

そう言っていきなり俺の唇を奪ってきた。

 

オーフェリアからのいきなりのキスによって初めは呆気に取られるも直ぐに顔が熱くなってきているのを実感する。

 

まさかオーフェリアにキスをされるとは思わなかった。てかシルヴィとキスした時も思ったが女の子の唇って柔らかくて気持ちが良い。出来ることなら何度も味わいたくな……って、何を思ってんだ俺は?!

 

内心そう突っ込んでいるとオーフェリアは俺から唇を離して更に強く抱きついてきた。

 

「お、オーフェリア……そ、その結婚って事は……」

 

俺がしどろもどろな返事をしているとオーフェリアは俺を見上げて口を開ける。

 

「……ええ、私は八幡の事が好き。こんな私を普通の女の子として扱ってくれたり、私に楽しいという感情を改めて教えてくれた貴方の事が好き。自由になったからもう我慢が出来ないし、するつもりもないわ。これからずっとずっと……私の隣にいて欲しい」

 

そう言って再びキスをしてくる。シルヴィとは違ったキスだが、気持ち良さは勝るとも劣らないキスだ。

 

まさかこんな短期間に2人の女子、それも世界の歌姫と世界最強の魔女に告白されるとは……マジで俺の人生はどうなってんだ?

 

しかしどうすればいい?俺の頭の中にシルヴィの事も浮かんでしまっている。

 

オーフェリアの事は本当に大切に思っている。しかしそれと同じくらいシルヴィの事も大切に思っている。

 

どちらの告白にも驚いたし本当に嬉しかった。しかしどちらか片方は断らないといけない。それは必然の事ではあるが今の俺には……

 

俺が悩みながらオーフェリアにキスをされているとオーフェリアは唇を離してきて俺に話しかけてくる。

 

「……八幡。もしかして今、私の事だけじゃなくてシルヴィアの事も考えていた?」

 

「……何でわかった?」

 

「好きな人が何を考えているかくらいはわかるわ」

 

はっきりと言うなバカ。全くシルヴィといい……俺を悶死させる気か?告白してきた相手に殺されるって……

 

呆れている中オーフェリアが口を開ける。

 

「……もしかしてシルヴィアにも告白されたの?」

 

「ああ、された。結果はまだ保留にしている」

 

「保留という事はまだ付き合ってはいないの?」

 

「……ああ。シルヴィも返事は後で良いって言ってくれた」

 

しかし……マジでどうしよう?今オーフェリアに告白されたので更に迷いが生じてしまう。

 

俺が悩んでいるとオーフェリアが一息吐く。

 

「……わかったわ。じゃあ私も返事は今じゃなくてもいいわ」

 

オーフェリアはそう言ってくる。え?そりゃ今返事をしなくていいのは俺としてもありがたいが……

 

「いいのか?」

 

「ええ。無理に聞き出してもそれが正しい答えとは限らないから。今は私の気持ちを伝えられただけで充分よ」

 

「……そうか」

 

「ええ。……でもいつか、必ず返事をちょうだい」

 

「……わかってる。必ず返事を出す」

 

「お願い」

 

オーフェリアはそう言って更にギュッと抱きついてくる。そして背中に回した手を動かしてくる。その手つきが妙にくすぐったい。

 

「お、オーフェリア……そのだな……マジで勘弁してくれ」

 

「ふふっ……嫌……もう少しだけこうさせて」

 

オーフェリアはそう言うと笑顔を見せてくる。今までより明らかな笑顔だった。物凄く可愛いんですけど?

 

俺はドキドキしながらオーフェリアに抱きつかれた。これが決勝開始30分前まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、さっきはいきなりキスをしてごめんなさい」

 

突風を感じているとオーフェリアが謝ってくる。

 

現在俺とオーフェリアは影の竜に乗ってシリウスドームに向かっている。普通にモノレールで行ったら遅刻する可能性があったので却下した。

 

「別に気にするな。既にシルヴィから何度もされてるし」

 

初めてキスしたのは昨日だが、今日シルヴィと別れるまでに軽く1000回はキスをされたのでぶっちゃけそこまで恥じらいが無くなった。

 

シルヴィの奴マジでキス魔だろ?朝起きたら飯を食うまでに200回ぐらい、朝食を食べている時に100回くらい、朝食の後シルヴィの寮を出るまでには700回はキスをされただろうし。後半300回くらいで恥じらいが無くなった。

 

「……やっぱりシルヴィアとはキスをしたの?」

 

「ん?ああ」

 

「そう……八幡のファーストキスは私が欲しかったのに……」

 

オーフェリアはそんな事を言ってくるがんな事を当人の前で言わないでくれよ。何と返事したらいいかわからないからな?

 

オーフェリアに内心そう突っ込んでいるとオーフェリアがまた口を開ける。

 

「……八幡、さっきシルヴィアに何回もされたって言っていたけど八幡からはしたの?」

 

そう言われて言葉に詰まってしまう。それを言われたか。俺はベッドの上で起こった光景を思い出してしまう。

 

顔を赤くしているとオーフェリアが悲しそうな顔をする。

 

「……したのね」

 

「いや、したというか……してしまったに近いな」

 

「……?どういう事?」

 

「うーん。何というか……キスするつもりはなかったがキスしちまったみたいな……」

 

あん時はシルヴィの綺麗な瞳を見たくて顔を近づけた結果、キスをしてしまったからな。

 

「……つまり自分の意思でした訳ではないという事?」

 

「まあそうなるな」

 

「……そう」

 

オーフェリアはそう呟くと何かを考えるような素振りを見せてくる。何を考えているんだ?

 

疑問に思っているとオーフェリアが顔を上げて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡。八幡さえ嫌でなければ……私にキスをしてくれないかしら?」

 

爆弾を投下してきた。

 

「お、オーフェリア!い、いきなり何を言ってんだよ?!」

 

余りの爆弾にテンパっている中、オーフェリアは俺に抱きついて上目遣いで見てくる。しかも目には涙が微かに見えて俺の理性を刺激してくる。

 

「……お願い。私、ずっと前から八幡にキスをされたいと思っているの。自由になった以上もう我慢が出来ないわ」

 

そう言ってくる。自由になった故の要望、オーフェリアを自由にさせて望む願いを叶える事を目的としている俺からしたらそう言われたら断れない。

 

仕方ない……覚悟を決めるか。

 

「……いいんだな?」

 

最後の確認をする。オーフェリアは頬を染めながら頷く。

 

「……お願い」

 

「わかった」

 

俺は息を吐いて一度オーフェリアから離れ肩を掴む。凄く華奢な体で強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。

 

そんな事を考えながらオーフェリアの唇を見る。薄ピンク色の唇が凄くエロい。今からこの唇にキスをするのかよ?

 

まあいい、覚悟を決めたし……するか。

 

俺は決心をすると同時にオーフェリアに近寄り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ」

 

オーフェリアの唇に自分の唇を重ねる。

 

シルヴィと初めてした際の無意識のキスと違って自分の意思で交わしたキスだ。物凄く恥ずかしい。

 

「んっ……ちゅっ……んんっ」

 

俺が恥ずかしがっている間にも、オーフェリアは目を瞑ってキスをしてくる。普段殆ど感情を出さないオーフェリアがこんな情熱的なキスをしてくるとは完全に予想外だ。激しさならシルヴィに引けを取らないだろう。

 

暫くキスをしていると息苦しくなったので唇を離すとオーフェリアがトロンとした瞳で俺を見てくる。

 

「……八幡。もっとして……凄く幸せだわ」

 

「はいはい」

 

一度キスしたからか特に抵抗は感じない。もうどうにでもなれ。

 

そんな事を考えながら俺はまたオーフェリアと唇を重ねた。

 

「んっ……八幡……大好き」

 

オーフェリアがそう言ったのを皮切りに俺達はシリウスドームに着くまでキスを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時の俺はまだ知らなかった。

 

シリウスドームにて決勝戦とは別の激しい戦い……本当の修羅場があるという事を

 

 



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こうして鳳凰星武祭最終日が始まる(後編)

シリウスドームに着くと大歓声が上がっている。どうやら決勝戦は既に始まっているようだ。

 

俺は影の竜に指示を出すと竜は一度雄叫びをあげ、翼を羽ばたかせてゆっくりと地面に着地する。それと同時に俺とオーフェリアが飛び降りると竜は俺の影に戻る。

 

俺はオーフェリアと一緒に急いでいつもシルヴィと観戦しているVIP席に向かう。

 

会場を歩くと振動や歓声が響く。さっきから激しい振動が起こっているがアレだ。多分例の合体をしているのだろうな。アレは強いからな。いくら天霧が『黒炉の魔剣』を使えても厳しい戦いになるだろう。さてさて、どうなるやら……

 

そんな事を考えながらVIP席に入ると……

 

「あ、八幡君おかえり。オーフェリアさんもこんにちは」

 

シルヴィが笑顔で挨拶をしてきた。それは構わないが……

 

「シルヴィ1人か?他のお偉いさんは?」

 

いつもなら20人くらい統合企業財体のお偉いさんがいるが今日は1人もいないでこの部屋にいるのは俺とシルヴィ、オーフェリアの3人だけだ。

 

「うん。理由はわからないけど私が来た時には人一人いなかったんだよ」

 

シルヴィは不思議そうな表情を浮かべている。どうやらシルヴィも知らないようだ。

 

ちなみにお偉いさんがいない理由だが……昨日の準決勝でのシルヴィアとオーフェリアが原因である。2人は八幡が刀藤と沙々宮をナンパしたと勘違いしてドス黒いオーラを撒き散らし、それを浴びたお偉いさんは全員寝込んでしまったからだ。

 

「そうか。まあ誰もいないなら気兼ねなく過ごせるからいいけど」

 

そう言いながらシルヴィの隣に座る。オーフェリアもそれに続きシルヴィとは反対側の隣に座ってきた。ステージを見ると天霧と合体して本領発揮したアルディが、『黒炉の魔剣』と防御障壁を纏ったハンマー型煌式武装を打ち合わせていた。

 

「そうだね。そういえば『悪辣の王』との交渉はどうだったの?」

 

シルヴィがそう聞いてくる。まあ普通気になるよな。

 

「成功した。これでオーフェリアはもう自由だ」

 

「そうなんだ。良かったねオーフェリアさん」

 

シルヴィが笑顔でオーフェリアにそう言ってくる。それに対してオーフェリアは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうね。これで問題なく八幡と結婚出来るわ」

 

爆弾を投下してきた。

 

瞬間シルヴィが凍りついた。笑顔のまま固まってしまった。全く動かなくて怖い。

 

つーか俺は顔が熱い。ハッキリと結婚出来るというのは勘弁して欲しい。マジで恥ずかしい。

 

恥ずかしがっているとシルヴィが再起動する。顔を見ると笑顔だが若干引き攣っていた。

 

「へ、ヘェ〜。八幡君の前でそう言うって事はオーフェリアさんも告白したんだね」

 

「ええ。貴女も八幡に告白したのは知っているわ。だから言っておくけど……八幡と結婚するのは私よ」

 

オーフェリアは悲しげな表情をしながらも強い目をしてシルヴィを見る。その視線を受けたシルヴィは笑みを消して真剣な表情を見せてくる。

 

「ううん。八幡君と結婚するのは私だよ。絶対に負けないから」

 

そう言ってオーフェリアと向き合う。2人からは圧倒的なオーラを感じる。色は特にドス黒いオーラではないが怖過ぎる。

 

つーかお前ら堂々と俺と結婚するって言わないでくれマジで恥ずかしいから。

 

内心突っ込んでいる中、ステージではリースフェルトの技の巨大な花が咲いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、八幡君って一緒にお風呂に入るのは嫌がるのにいざ入ると凄く見てくるんだ。まあ八幡君に裸を見られるの嫌じゃないから良いけど」

 

「……そう」

 

シルヴィが勝ち気な笑みを浮かべてオーフェリアがジト目で俺を見てくる。

 

地獄だ。マジで地獄だ。

 

理由は簡単、始めは睨み合っていた2人だが暫くすると『俺とどんな事があったか』についてお互いに自慢し始めた。

 

それがマジで地獄だ。2人は今後の参考にとか言って今まであった事を全て話している。当事者である俺からすればナイフで臓腑を削られている気分でしかない。

 

始めは現実逃避気味に試合を見ていたが、途中から我慢出来なくなった。だって会話の内容が進むにつれて過激になってくるんだもん。

 

そう思っているとオーフェリアが反撃をする。

 

「……まあいいわ。私は八幡にキスして貰ったから」

 

オーフェリアが自慢気にそう言うとシルヴィの顔から余裕が消えた。

 

「え?!ど、どういう事?!」

 

「だから八幡にお願いしたらキスしてくれたの。八幡の意思で」

 

今度はオーフェリアが勝ち気な笑みを浮かべ、シルヴィがジト目で俺を見てくる。理不尽過ぎる……

 

「ふーん。私にはしてくれないのにオーフェリアさんにはするんだ?」

 

「いや、そのだな……」

 

「私の時は八幡君が無意識にしたものだからノーカウントだし……いいなぁ」

 

そう言ってシルヴィは俺との距離を詰めてくる。近い、近いからな!

 

「八幡君」

 

内心焦っているとシルヴィが捨てられた子犬みたいなウルウルした目で見てくる。その目止めろ!俺が悪い事をしてるみたいだからな!

 

「……何だよ?」

 

「お願いがあるんだけど」

 

「言いたい事はわかるか一応言ってみろ」

 

会話の流れからして多分俺の予想で間違いはないと思う。しかしそのお願いに応えられるかはわからないけど。

 

するとシルヴィは俺の予想に違わず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私にもキス、して?」

 

キスをしてくれと要求してきた。いやいやいや……

 

「いや、シルヴィ、それはだな……」

 

焦っているとシルヴィは詰め寄ってくる。近い近い近い!

 

「お願い……オーフェリアさんだけなんてずるいよ。私にもキスしてよ……」

 

シルヴィはそう言って顔を更に近付けてくる。俺の顔とシルヴィの顔の距離は約10センチ。少し動かせばキスしてしまう距離だ。

 

にしてもシルヴィにもキスか……シルヴィには1000回以上キスされたのでキスされるのは慣れたが、俺からキスするのはどうしても緊張してしまうので余り乗り気ではない。

 

しかし……

 

「……八幡君」

 

ダメだ。あんな目をされたら罪悪感で胃が死ぬ。捨てられた子犬のような目はマジで止めろ。普段しない奴がすると物凄い破壊力になるからな?

 

「……はぁ、わかったよ」

 

俺はため息を吐きながらも了承するとシルヴィは悲しそうな表情から一転、ひまわりのように眩しい笑みを見せてくる。

 

「本当?!」

 

そう言って抱きつきながら上目遣いで見てくる。可愛過ぎるだろ……

 

「……八幡」

 

反対側ではオーフェリアがジト目で俺を見てくる。その目は何か悪い事をしてるみたいだから止めてくれないか?

 

「……シルヴィアとキスしたら私にもして」

 

内心突っ込んでいるとオーフェリアはジト目のまま頬を染めてそう言ってくる。お前もかよ?!シリウスドームに来る時何度もしたのにまだ足りないのかよ?!

 

「……そうね。八幡には何度でもキスをされたいわ」

 

そして心を読むな。お前は瘴気を操る力だけでなく心を読む力もあるのかよ……?

 

「わかったわかった。後でしてやるよ」

 

「……そう。ありがとう」

 

「でも先ずは私からだよ?」

 

シルヴィは満足そうな表情でスリスリしてくる。はぁ……逃げ場はなさそうだな。

 

「じゃあ……するぞ」

 

「……うん。お願い」

 

シルヴィから了承を得たので俺は心に蓋をして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んんっ……」

 

シルヴィの唇にキスをする。

 

……ああ、遂にオーフェリアだけでなくシルヴィにも自分の意思でキスをしてしまった。これマジでいつか刺されそうだな。

 

「ちゅっ……八幡君…もっと……」

 

いやもっとって……つーか世界の歌姫とキスをしながら決勝戦を見ている俺って悪い意味で伝説だろ?

 

しかもオーフェリアに見られながらキスをするってメチャクチャ恥ずかしい。ステージを見ると丁度今アルディがステージにエネルギーを放出して巨大なクレーターが出来ているがあの中に入りたいくらい恥ずかしい。

 

「んんっ……大好き……」

 

シルヴィはそう言ってくる。それを聞くと恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

2人に告白されたのは本当に嬉しい。2人が嘘を吐いているとは考えられない。何せキスをせがんでくるからな。好きでもない男にせがむ筈がない。

 

しかし本当にどっちの告白を受け入れるべきか見当もつかない。正直に言うとどちらも振りたくない。それが何よりも傲慢である事は理解出来る。理解は出来るがそれとこれは別だ。

 

今の俺が持つ望みはオーフェリアとシルヴィが笑顔で過ごせる事……このままの状態が続けばいいのだが、俺の返答次第では……

 

俺はそんな事を考えながらシルヴィとのキスを済ませる。

 

「ぷはっ!ありがとう八幡君、気持ち良かった」

 

「……そうか」

 

「……八幡、次は私にお願い」

 

オーフェリアがそう言って制服の裾を引っ張ってくる。はぁ……マジでどうしよう?

 

そんな事を考えながら俺は自分の顔をオーフェリアの顔に近付ける。

 

するとオーフェリアは頬を染めながら俺と同じように顔を近付ける。

 

それが物凄く愛おしく感じる。シルヴィにしてもそうだ。一緒にいると幸せに感じる。出来る事なら3人でずっとこんな風に過ごしたい。

 

なのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、何で日本は重婚が出来ないんだよ。そうすりゃ悩まないで済むのに……」

 

2人は俺と結婚したいと言っている。俺としては構わないが、世間のルールでは1人しか選べない。何で1人なんだよ?納得出来ない。

 

「「………え?」」

 

そんな事を考えているとシルヴィとオーフェリアがキョトンとした顔をして俺を見てくる。何だよその顔は……

 

「……八幡君、今重婚って言ったの?」

 

ん?口に出していたか?まあ思っていたのは事実だから否定はしないが。

 

「まあ、な。そうすりゃ悩まずに済むが……って、どうした?」

 

俺が訪ねてみるも2人は何か考える素振りを見せてくる。いきなりどうしたんだ?

 

「(……シルヴィアと2人で八幡を愛する。本音を言うと八幡を独り占めしたいけど……シルヴィアが八幡を独り占めするという最悪の展開を確実に避けれるなら重婚は悪くない案ね)」

 

「(うーん。八幡君を独り占めしたい気持ちはあるけど八幡君に無理な選択をさせる事はしたくないし、オーフェリアさんが八幡君を独り占めする可能性もあるし……それだったらオーフェリアさんと2人で八幡君を愛すのもいいかも)」

 

何か2人がいきなりブツブツ言いだして怖いんだけど?何を考えてるんだ?

 

若干の恐怖を感じていると2人が顔を上げて俺を見てくる。ちょうど同じタイミングだった。マジで何なんだ?

 

「「八幡(君)」」

 

2人が話しかけてくる。

 

「……何だ?」

 

2人は真剣な表情で俺を見てくる。何か変な事を言ったか俺?

 

疑問符を浮かべている中2人は口を開けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)が望むなら私とシルヴィア(オーフェリアさん)の2人と重婚してもいいわよ(いいよ)」」

 

 

……え?

 

いきなり何を言っているんだ?俺がシルヴィとオーフェリアと重婚だって?

 

いきなりの発言に呆気に取られている中、試合終了のブザーが鳴りステージは歓声に包まれているが、俺の耳には特に入る事はなかった。

 

 

 

 

 

 




次回のエピローグで鳳凰星武祭編終了です


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エピローグ

シリウスドームのステージはアルディの攻撃によって使用不能になったので表彰式と閉会式はプロキオンドームへと変更された。まあ開会式と違って出席するのは優勝ペアと準優勝ペアだけなので問題ないだろう。

 

そんな事もあって俺は今プロキオンドームの最上層の観客席でオーフェリアと一緒に閉会式を見ている。リースフェルトは治療院に、アルディはエルネスタの研究室に行ったので、壇上にいる選手は天霧とリムシィ、カミラの3人しかいない。

 

「ーーー以上の事から見ても今回の鳳凰星武祭がいかに素晴らしいものだったかわかって頂けると思います。特にアルルカント・アカデミーの2人に関する特例措置は……」

 

現在壇上ではマディアス・メサが今大会の総評を述べていてその横では各学園の生徒会長が並んでいる。まあ界龍の代表は万有天羅ではなくて元序列1位のアレマ・セイヤーンだけど。

 

生徒会長達を見る限りフェアクロフさんとセイヤーンは天霧を見ている。特に後者はメチャクチャ楽しそうな表情を見せている。まああいつはバトルジャンキーだからな。俺も以前挑まれた事あるし。

 

そんな事を考えながら壇上を見ていると俺の恋人の1人であるシルヴィと目が合った。するとシルヴィは小さく微笑んでウィンクをしてくる。うん、やっぱり可愛いな。

 

「……シルヴィア、こんなに離れていても八幡に気付くなんてやるわね」

 

隣ではもう1人の恋人のオーフェリアが純粋に感心したような声を出しているが突っ込む所そこか?

 

呆れながら改めて壇上を見るとディルクが物凄く不機嫌な顔をしていてエンフィールドはニコニコ顔だ。まあ俺がオーフェリアを奪ったからな。っても社会的に潰さなかったんだし感謝して欲しい。

 

ちなみにエンフィールドはフローラを助けたという一報を受けた時点で警備隊に連絡を取り、決勝戦の勝利者インタビューの際にはリースフェルトの代わりに天霧に同伴したが、その場でいきなりフローラの件について暴露した。

 

それによって会場は大騒ぎになりインタビューの時間は延長されて、結果的に表彰式も遅れて開催された。

 

インタビューの時には警備隊が誘拐犯について調査すると発表されていたが、証拠については俺が全てディルクに渡したので誘拐犯がわかる事はないだろう。

 

まあ俺が誘拐犯を逃したと嘘を吐いたのはエンフィールドにバレているだろう。何せさっき『表彰式が終わったらお話がありますから来てください』ってメールが来たし。

 

多分そこには天霧やリースフェルトもいるが……

 

「なあオーフェリア」

 

「……何?」

 

「実はこの後に俺エンフィールドに呼ばれてんだよ。多分そこにリースフェルトがいる可能性があるけどお前も来るか?」

 

オーフェリアは既に自由になっているからリースフェルトを拒否する理由はないが……どうなるやら……

 

俺がそう尋ねるとオーフェリアは俯く。

 

「お前も知ってると思うが、俺はエンフィールドから依頼を受けてフローラってガキを助けて誘拐犯を捕まえた。そしてそれを利用してお前を自由にしたんだが……エンフィールドを納得させるにはそれを話さないといけない。だからリースフェルトもそれを知ると思うがどうする?」

 

「それは……」

 

「まあ別に無理にとは言わない。行きたくないなら行かなくていい」

 

オーフェリアが嫌がる事なんてしたくないし。嫌なら同伴させない。

 

オーフェリアは暫く考える素振りを見せて、やがて……

 

 

「……行くわ。ユリスの性格からして私が自由になったのを知ったらレヴォルフに乗り込むわ。そうなったら遅かれ早かれよ」

 

そう言って了承する。ああ、まあリースフェルトは猪突猛進な所があるからな。オーフェリアの言う通りレヴォルフに乗り込む姿が簡単にイメージ出来る。

 

「わかった。じゃあ閉会式終わったら一緒にエンフィールドの所に来てくれ」

 

「……ええ。それと八幡、よくクローディア・エンフィールドと連絡を取っているけれど彼女とは恋人関係ではないわよね?」

 

オーフェリアはジト目で俺を見てくる。いやいや、エンフィールドとは業務連絡しかしてないぞ。

 

「違ぇからな?大体エンフィールドは天霧の事が好きなんだよ」

 

「……ならいいわ。八幡の恋人は私とシルヴィアだけよ。他の人は認めないわ」

 

オーフェリアはそう言ってくる。

 

そう、俺は決勝戦が終わって直ぐにオーフェリアとシルヴィに重婚でもいいから結婚してくれと言われた。

 

始めは戸惑ったが2人を悲しませずに今の関係が続くにはこれしかないと判断し、2人からのプロポーズを受け入れた。

 

そんで今は2人と恋人関係になり、アスタリスクを卒業するまでにウルスラを助け出し、卒業後は重婚がOKな国で3人で穏やかな生活を送る予定だ。

 

候補地は色々とあるが今の所最有力候補はオーフェリアやリースフェルトの出身地のリーゼルタニアだ。あそこは重婚がOKだし観光地としても人気だし。

 

そんな事を考えている中、漸く天霧の手に優勝トロフィーが渡された。本当に長かったな。序盤の話は観客と視聴者に向けた話しで堅苦しかったし。

 

ステージでマディアス・メサが天霧の肩に手を置いてメディアの取材陣がいる方向に体を向かせる。

 

「さあ!我々に無上の興奮と感動を与えてくれた彼らに盛大な拍手を!」

 

マディアスの声を受けて会場中から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。拍手の嵐が巻き起こる中、俺も拍手をする。後半は誘拐犯だの面倒事があったがまあまあ楽しめたな。

 

それにオーフェリアも自由にさせる事も出来たし、そう言った意味ではなかなか有意義な大会だったな。

こうして鳳凰星武祭は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表彰式が終わってから20分、俺とオーフェリアは指定された集合場所の天霧とリースフェルトの控え室に向かっている。

 

シルヴィは仕事があるらしく直ぐには合流出来ない。まあ今日は俺の寮に泊まるから最悪寮で合流出来れば問題ないだろう。

 

そんな事を考えながら俺はさっきエンフィールドから貰った許可証を取り出してセンサーにかざす。すると滑らかな機械音が鳴り扉が開くので中に入る。

 

中に入ると天霧と、リースフェルト以外の天霧ハーレムメンバー3人がいた。そして俺とオーフェリアが入ると目を見開く。

 

「あら……これはまた予想外の人が来ましたね」

 

エンフィールドが珍しく驚きの表情を見せてくる。

 

「オーフェリアを呼んだのは俺だ。お前が俺を呼んだ理由は大体察しはついている。そんでその件に関してオーフェリアが関わってるから呼んだんだ」

 

「そうですか。まあまずは掛けてください」

 

エンフィールドにそう言われたのでエンフィールドの向かい側に座る。

 

「まずはお礼を言わせてください。フローラを助けていただきありがとうございます。比企谷君がいなかったらどうなっていたか……」

 

そう言ってエンフィールドは頭を下げてくる。

 

「別に構わない。フローラを助ける事は俺の目的にも繋がっていたから助けただけだ。それより本題に入れ」

 

「では単刀直入に言います。比企谷君は誘拐犯を逃したとメールを送っていましたが……本当は逃していませんね」

 

「ああ、そうだ」

 

俺は普通に認める。今更隠す理由はないしな。

 

俺が認めると天霧と刀藤は驚きの表情を、沙々宮はジト目で俺を見てくる。エンフィールドは変わらずニコニコしているが。

 

「やはりそうでしたか。貴方程の実力者が逃すとは思えませんでしたので」

 

「当たり前だ。レヴォルフにおいて俺はオーフェリア以外には負けるつもりはないしな」

 

「そうですか。ちなみにお聞きしますがその誘拐犯はどうしましたか?」

 

「ディルクに返したが?」

 

「なっ……?!」

 

俺の返答に刀藤は声を上げる。まあ13歳の子供には予想外だったかもな。

 

「……意味がわからないな」

 

沙々宮は信じられないような表情で俺を見てくる。

 

「俺がエンフィールドから受けた依頼はフローラの救出だ。フローラを助けた以上文句を言われる筋合いはないと思うが?」

 

「そうですね。私は依頼を達成した以上、比企谷君が誘拐犯をどう扱おうが構いません」

 

「何でわざわざ『悪辣の王』に返したんだい?」

 

天霧も会話に参加してくる。

 

「取引に使った。取引の内容は誘拐犯を警備隊に突き出さない代わりにオーフェリアを自由にしろって内容だ」

 

俺がそう返すと天霧とエンフィールドの表情が変わる。どうやら事情を知っているようだな。

 

「……なるほど。だから彼女を連れてきた訳ですね」

 

「そういう事だ。だから誘拐犯及びディルクを裁くのは諦めろ。既に証拠はないからな」

 

「……つまり比企谷は彼のした事を見逃せと?」

 

「そうだ。俺にとってはオーフェリアが最優先事項なんだよ。その為だけに俺はフローラを助けたんだ」

 

オーフェリアが自由になるなら誘拐犯が捕まらなくても構わない。

 

「おいおい、そんな目で見るなよ。フローラは無事でオーフェリアが自由になった事でリースフェルトの目標の1つが叶ったんだ。お前らとしても良い事だろ?」

 

「それはそうだけど……」

 

エンフィールド以外の3人は納得していないような表情を見せてくる。どんな表情をしようと無駄だ。オーフェリアが再び自由じゃなくなるなんて絶対に嫌だからな。

 

そんな事を考えていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「済まない。警備隊の聴取が長引いて……比企谷にオーフェリア?」

 

リースフェルトが入ってきた。そして直ぐに険しい表情を見せてくる。って、ヤバいヤバい。星辰力が溢れかけてるぞ?

 

「落ち着けリースフェルト。お前がオーフェリアとやる理由はもうない」

 

俺がそう言うとリースフェルトは訝しげな表情で俺を見てくるので俺は空間ウィンドウを開きリースフェルトの前に飛ばす。

 

「なっ?!こ、これは本物だな?!」

 

リースフェルトに見せたのはオーフェリアの権利書。それを俺が持っているのでオーフェリアは既にディルクから解放されている事を嫌でも理解出来るだろう。

 

「安心しろ、本物だ」

 

「そうか……オーフェリア」

 

俺がそう返すとリースフェルトはオーフェリアと向き合う。オーフェリアは少しだけ怯えている。もう敵ではなくなったのでどう接したらいいのかわからないのだろう。

 

そう考えているとリースフェルトはオーフェリアに抱きつく。

 

「……ユリス」

 

「……オーフェリア。本当に自由になったんだな?」

 

「……ええ。でも私はあなたを傷付けた。だから私はあなたの側にいる事は出来な「そんな事はもういい!」……ユリス」

 

「もういい。私は去年の事は気にしていない。だからまた一緒に……!」

 

「……ユリス。ごめんなさい……ごめんなさい」

 

オーフェリアはそう言って抱き返す。これ以上ここにいるのはアレだろう。

 

「おいお前ら。外に出るぞ」

 

そう言って俺が立ち上がりドアに向かうと他の3人も立ち上がり俺に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……綾斗、ユリスと『孤毒の魔女』の間には何があったの?」

 

外に出るなり沙々宮が天霧に質問をしてくる。まあ普通気になるよな。

 

そう思っていると天霧が俺を見てくる。俺はその意図を知った。

 

「別に話してもいいだろ?もうオーフェリアは自由になったんだし、遅かれ早かれ後でリースフェルトが教えるだろうし」

 

俺がそう言うと天霧が頷いて説明を始める。

 

 

「……って感じだね」

 

「そんな事があったんですか」

 

「……事情を聞くと比企谷のした事に文句を言いにくい」

 

全ての説明が終わると沙々宮と刀藤は驚きを始め色々な表情を見せてくる。まあいきなりあんな重い話をされたらなぁ……

 

 

そんな事を考えていると控え室のドアが開いてリースフェルトとオーフェリアが出てくる。2人の目は真っ赤に染まっていた。相当泣いたようだな。

 

リースフェルトは俺の元に近付きいきなり頭を下げてくる。

 

「比企谷、フローラの事、オーフェリアの事といい本当にありがとう」

 

「俺がしたくてした事だから別に気にしなくていい。それより誘拐犯についてだが……」

 

「ああ、オーフェリアから聞いた。誘拐犯を裁きたい気持ちはあるがそれでまたオーフェリアが自由でなくなるなら裁けなくて構わない」

 

「意外だな。てっきり文句の1つを言ってくるかと思ったぞ」

 

「そこまでしてくれた人間に文句を言うつもりはない。改めて礼を言う」

 

「どういたしまして……ん?悪い、メールだ」

 

端末を開くとシルヴィからで仕事終わったから合流しようとの内容だった。

 

「悪いが知り合いに呼ばれたから俺はもう行く」

 

「……シルヴィアから?」

 

「ああ。お前はどうする?リースフェルトと話があるなら残ってもいいが?」

「……私は」

 

オーフェリアが悩んでいるとリースフェルトがオーフェリアの肩を叩く。

 

「私の事は気にするな。お前が自由になった今いつでも会えるのだから」

 

「……そう。わかったわ。八幡、行きましょう」

 

「そうだな。んじゃまたな」

 

「ええ。また頼みたい事があったらお願いします」

 

「それはエンフィールドが報酬をくれたらな」

 

報酬はもちろん蝕武祭、正確にはウルスラについての情報だ。何としてもウルスラを助けないといけないからな。

 

「もちろんです。情報が入り次第直ぐに送りますよ」

 

「わかった。じゃあ行こうぜオーフェリア」

 

「……ええ。じゃあユリス、また会いましょう」

 

オーフェリアがそう言うとリースフェルトは笑顔を見せてくる。

 

「ああ!またなオーフェリア」

 

リースフェルトの笑顔を見てオーフェリアも微かに笑顔を見せてリースフェルトに背を向けて歩き出すので俺もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドームの外に出ると変装したシルヴィが待っていた。

 

「あ、2人とも来たね。……アレ?オーフェリアさん泣いたみたいだけど大丈夫?」

 

「……ええ。嬉し涙だから大丈夫よ」

 

オーフェリアはそう言って微かに笑みを浮かべる。

 

「そっか。その顔なら大丈夫みたいだね。じゃあ八幡君の寮に向かおうか」

 

「……そうね」

 

シルヴィはそう言って俺の右腕に抱きついてくる。それを見たオーフェリアは左腕に抱きつく。やれやれ、俺の恋人は大胆過ぎるな。

 

「はいはい。その前に冷蔵庫の中少ないからスーパーに寄っていいか?」

 

泊まりなら3人分の飯が必要だ。今冷蔵庫にある食材じゃ足りないかもしれん。

 

「いいよ。じゃあ行こっか」

 

そう言われて俺は2人に挟まれながら移動を始める。隣の2人を見ると幸せそうだ。

 

出来る事ならずっとこんな日常を過ごしたい。平和に過ごしたい。

 

そう思いながら俺は2人の恋人に引っ張られつつ、モノレール乗り場に向かって歩き出した。



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次章予告

 

 

 

鳳凰星武祭が終了してから数ヶ月、比企谷八幡は2人の恋人オーフェリア・ランドルーフェン、シルヴィア・リューネハイムと幸せな一時を過ごす。

 

「……八幡、新婚旅行は何処が良いと思う?場所次第では数年の予約が必要だから早く決めましょう」

 

「ねぇ八幡君、八幡君さえ良ければ……わ、私……八幡君との子供がその……欲しいな……」

 

「……待てコラお前ら。頼むから少し落ち着けマジで」

 

 

幸せな一時を過ごす中、色々な人から頼み事を受ける。

 

『フローラや孤児院のシスターがお前に礼を言いたいそうだ。お前が暇なら冬季休暇に私達と一緒にリーゼルタニアに来てくれないか?』

 

「八幡君さえ嫌じゃなければさ、うちの学園で獅鷲星武祭に出るチームの指導をしてくれない?」

 

『比企谷君、もしも暇でしたら私達のチームにご協力していただけませんか?』

 

 

 

 

 

 

それによって比企谷八幡は獅鷲星武祭に関わり出す。

 

「どういう目的で私達に協力をするのかしら?『影の魔術師』」

 

「私の願い?私月に行きたいんだ!」

 

「よ、よろしく」

 

「別に人を傷付けられないなら人を傷付けない仕事をすればいいってだけっすよ」

 

「構わない。王竜星武祭ではお前に勝たなくてはならないんだ」

 

「咲き誇らせないからな?」

 

「そ、そんな事を言ってくれたのは貴方がは、初めてですわ……!」

 

「は・ち・ま・ん・く・ん?ソフィアさんを押し倒して何をしてるのかなぁ?」

 

「ヤベェ、シルヴィだけじゃなくフェアクロフさんにもぶっ殺されそうだ……俺」

 

 

 

 

 

 

 

そして比企谷八幡はオーフェリアの故郷に足を踏み入れて色々な経験をする。

 

「…….良し、八幡、やっぱりこの国は重婚ありみたいね」

 

「初めにする質問がそれか?!」

 

「……で、でも私は……」

 

「言った筈だぞ?俺はお前を絶対に否定しないって、お前は大切な恋人なんだから」

 

「……っ、八幡……ありがとう。大好き……」

 

「ったく……ここまで来たんだし行くぞ」

 

「おかえりなさい、オーフェリア」

 

「この野郎ぶっ飛ばすぞ」

 

「待て!落ち着け比企谷!」

 

 

 

 

恋人の片割れが幸せな一時を過ごしている中テロリストが動き、その行動が2匹の怪物の逆鱗に触れる。

 

「………よくも……絶対に許さない。本気で殺すわ」

 

「そういやお前と肩を並べて戦うのは初めてだな。……分かっているとおもうが、全力で叩き潰すぞ」

 

「アレが……最強の魔女と最強の魔術師の2人……」

 

「塵と化せ」

 

「葬り去れーーー影狼夜叉神槍」

 

 

 

 

学戦都市でぼっちは動く。

 

懐国凱戦編 近日スタート



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比企谷八幡はリア充に昇格した(前編)

 

 

「おらぁっ!」

 

そんな叫び声と同時にイレーネの左足による回し蹴りが俺の頭を狙ってくる。その速度はまさに一流で界龍の拳士と比べても遜色ないレベルだ。

 

「ちっ……」

 

俺は舌打ちをして左手で受ける。痛ぇ、速さだけでなく威力も高いな。絶対に身に付けてやる。

 

俺はそれを凌ぐと同時に右手でグーを作り放つ。狙いはイレーネの胸にあるレヴォルフの校章だ。

 

しかし……

 

「甘ぇよ!」

 

イレーネは笑いながら左足を下ろして右足で足払いをかけてくる。それによって俺の体はバランスを崩しよろめき……

 

「終いだ!」

 

それによって出来た隙を突かれ、鳩尾にイレーネの拳を叩き込まれた。

 

余りの痛さに仰向けに倒れ込む。するとイレーネは勝ち誇った笑みを浮かべながら俺に馬乗りして、俺の胸にある校章に拳を突き出してくる。

 

「詰みだな八幡」

 

はぁ……今回もダメだったか。

 

俺はため息を吐いて自身の校章に手を当ててギブアップを選択する。

 

『模擬戦終了、勝者イレーネ・ウルサイス』

 

こうしてイレーネとの組手は俺の敗北で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、今日も勝てなかったか……」

 

レヴォルフの冒頭の十二人専用のトレーニングルーム、俺は今その隅でスポーツドリンクを飲んでいる。

 

「まあ夏休みの頃よりは遥かに強くなったぜ。でも何でいきなり体術を学び始めたんだ?」

 

隣ではイレーネも同じようにスポーツドリンクを飲んでいる。

 

鳳凰星武祭以降、俺は体術を伸ばす為、一から鍛え始めている。理由は簡単、いずれ戦うと思う処刑刀とヴァルダに対抗する手段を増やす為だ。

 

俺の今の実力じゃ勝てるとは思えないので体術を本格的に習い始めた。そこで頼んだのが実戦的な体術を使うイレーネだ。始めは殆ど何も出来なかったが今はある程度戦えるようになってきた。

 

しかし本当の理由は言えない。言ったらイレーネやプリシラを巻き込む可能性があるからな。

 

俺が適当に誤魔化そうとするとイレーネはニヤニヤ笑って肩を組んでくる。

 

「やっぱり王竜星武祭で恋人2人に勝つ為か?」

 

「あー、まあそんなとこだ」

 

イレーネが勘違いしてくれたのでそれに乗る。イレーネは以前うちに遊びに来た時に俺がオーフェリアとシルヴィの2人と付き合っている事を知り、それ以降そのネタでしょっちゅうからかってくる。広めていないのは感謝するがからかうのは勘弁して欲しい。

 

そんな事を考えているとメールが鳴ったので見てみると恋人からだった。

 

「悪いイレーネ。俺はもう帰る」

 

「はいはい、彼女によろしくな」

 

「あいよ。また訓練を頼む」

 

適当に返事をして俺はトレーニングルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レヴォルフの校門を出た俺は左に曲がって歩き出す。今は9月の終わりなので涼しい秋風が体に当たって気持ちが良い。

 

今月には期末試験と休暇があり、後期が始まったばかりなのでかなり疲れた。

 

そう思いながら20分くらい歩くと目的地に到着したのでポケットから鍵を出してドアを開ける。

 

ドアを開けると奥からパタパタした音が近付いてきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり八幡君」

 

俺の恋人の1人であるシルヴィがエプロンをしながら笑顔で迎えてくれた。

 

「ああ、ただいま」

 

 

そう返して靴を脱ぐとシルヴィが近寄ってきて……

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

おかえりのキスをしてくる。何度も経験した俺は特に緊張しないでシルヴィを抱き寄せてキスを返す。

 

暫くキスをして唇を離す。

 

「疲れたでしょ。今紅茶でも淹れるね」

 

そう言ってシルヴィはリビングに向かうのでそれに続く。リビングに入ると良い匂いが充満していて食欲をそそってくる。キッチンも随分とお洒落になっている。

 

「その鍋つかみ買ったのか?中々良いセンスしてるな」

 

「うん。クインヴェールの寮にいた頃から使っていたのはもうボロボロだったしね」

 

「ふーん。まあ新しいキッチンにも慣れたみたいで何よりだ」

 

鳳凰星武祭が終わって、色々話した結果3人で暮らす事になり、場所もレヴォルフとクインヴェールのちょうど真ん中にあるマンションを借りた。

 

その為今月は期末テストだの、引っ越しだの、オーフェリアでも入れる風呂を作って貰ったり、シルヴィのマネージャーに引っ越しの許可を貰ったりで大忙しだった。(マネージャーの許可については初めは難色を示していたがオーフェリアが脅したら認めてくれた)

 

「良い匂いだな。今から夕食が楽しみだ」

 

「もう少し待ってね。ちょうど今オーフェリアさんから連絡があって今治療院を出たんだって」

 

「となると夕食は30分くらいしてからか。何か手伝うか?」

 

「いやいいよ。八幡君は休んでて」

 

「わかった」

 

そう言われたので俺はソファーに座ってテレビをつける。この時間はニュースしかやってないのでアスタリスクのニュースでも見るか。

 

チャンネルをお気に入りのニュースのチャンネルに変えてぼんやりとニュースを見ていると目の前に紅茶が置かれる。

 

「八幡君、出来たよ」

 

そう言ってシルヴィは俺の横に座って寄りかかってくる。甘えん坊のシルヴィの頭を撫でながら紅茶を飲む。

 

「ああ……やっぱりシルヴィの紅茶は最高だな」

 

シルヴィの紅茶はマジで一流だ。以前ガラードワースのお茶会に参加したがアレに匹敵するだろう。

 

「ありがとう。でもコーヒーはオーフェリアさんに勝てないんだよなぁ」

 

逆にオーフェリアはコーヒーの淹れ方が凄く上手くて、クセになってしまった。

 

「紅茶で勝ってるからいいだろ。俺はシルヴィの紅茶、大好きだぞ」

 

「そっか。ねぇ八幡君、紅茶だけじゃなくて……私も好き?」

 

イタズラじみた表情をして俺に質問をしてくる。明らかにからかう気満々だな。

 

そう思っているとシルヴィは俺の頬をツンツン突いてくる。

 

「ねえねえ八幡君、私の事好き?」

 

こいつ……普段は可愛いがイタズラをする時は若干ウザいな。

 

「ああ、俺はシルヴィの事が大好きだ」

 

しかしこういう時の対策はしっている。照れないで普通に返せばいいんだ。そうすれば……

 

「え?!う、うん……私も大好きだよ」

 

シルヴィは真っ赤になってしおらしい態度を見せてくる。さっきまでのからかうような雰囲気はなくなっている。ったく……そんな風になるなら始めからからかうなよ。

 

俺が呆れていると……

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

後ろから声が聞こえてきた。

 

振り向くと俺のもう1人の恋人のオーフェリアがいた。俺は立ち上がりオーフェリアに近寄る。この後の行動は簡単に読めるからな。

 

「おう、おかえりオーフェリア」

 

「……ええ」

 

俺が挨拶を返すとオーフェリアは俺に近寄ってきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

そっとキスをしてくる。やっぱりな、絶対にしてくると思ったぜ。

 

俺はオーフェリアの行動に対して苦笑しながらシルヴィにやったように抱き寄せてキスを返す。

 

「んっ……八幡、大好きよ」

 

「はいはい。ありがとな。おいシルヴィ、オーフェリア帰ってきたし飯にしようぜ」

 

「あ、うん。じゃあ食器を出してくれない?」

 

「わかった。オーフェリアは帰ってきたばかりだし休んでていいぞ?」

 

「気にしないで。私もやるわ」

 

オーフェリアはそう言ってキッチンに向かった。さて、俺も食器の準備をするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでオーフェリア、治療院ではどうだった?」

 

「いつも通りよ。薬を服用して瘴気を抑えるように心掛けるように言われたわ」

 

シルヴィの作った夕食を食べながらオーフェリアと話す。

 

オーフェリアは現在自分の力を抑える為に治療院に通っている。昔はディルクの駒だったからそんな事をする訳なかった。しかし今は俺がオーフェリアの所有権を持っているので鳳凰星武祭終了後、真っ先にそれをするよう指示を出した。

 

医師によると瘴気を抑える事は不可能ではないらしいが、オーフェリアの力が桁違いなので周りに瘴気を撒き散らさずに済むまでにはかなり時間がかかるらしい。まあ不可能ではないので問題ないだろう。

 

そんな事を話していると俺のポケットにある端末が鳴り出した。誰だこんな時間に?

 

疑問に思いながら空間ウィンドウを開くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユリス?」

 

オーフェリアが意外そうな表情を見せてくる。空間ウィンドウにはリースフェルトが映っていた。

 

『比企谷、今は大丈夫か?』

 

「大丈夫っちゃ大丈夫だが、何でお前が俺の番号を知ってんだ?」

 

『クローディアから聞いた』

 

「なるほどな……で、用件は何だ?」

 

『実はだな……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……話はわかった」

 

何でもフローラを助けた件でリースフェルトの兄貴や孤児院のシスターが礼を言いたいらしい。

 

『それで大丈夫か?』

 

「……八幡が行くなら行くわ」

 

リースフェルトから質問をされているとオーフェリアが耳打ちしてくる。

 

一応俺は暇だから問題ない。しかし……

 

俺はシルヴィをチラリと見る。確かシルヴィはその時期はタイに仕事がある。シルヴィだけを放っておくのは……

 

「大丈夫だよ」

 

悩んでいるとシルヴィが笑顔を見せてくる。

 

「私に気にしないで行ってもいいよ。八幡君が気にする事じゃないから」

 

「……いいのか?」

「うん」

 

「わかった。すまん」

 

シルヴィに一言謝ってからリースフェルトが映っている空間ウィンドウを見る。

 

「とりあえず俺とオーフェリアは行ける」

 

『わかった。では正確な日時が決まり次第連絡をする』

 

リースフェルトはそう言って電話を切るので俺も空間ウィンドウを閉じる。

 

それと同時にシルヴィに謝る。

 

「悪いなシルヴィ」

 

「だから気にしてないって。2人とも楽しんできなよ」

 

「……わかった」

 

「……ええ」

 

「なら良し。それじゃご飯食べよ?」

 

シルヴィは笑顔でそう言って食べるのを再開する。俺とオーフェリアは顔を見合わせ、やがてシルヴィ同様食べるのを再開した。

 

 

 

 






新章始まって直ぐで申し訳ありませんが3月25日から4月6日までヨーロッパ旅行に行くのでその間は更新出来ません。

次話は4月6日以降に更新する事になりますがよろしくお願いします


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比企谷八幡はリア充に昇格した(後編)

復活!ヨーロッパから帰還した斉天大聖です。改めてよろしくお願いします


食後のひと時にオーフェリアの淹れたコーヒーを飲む。最近になって体術を鍛えているから体が痛い。こんな事ならもっと昔から鍛えておくべきだったな。

 

そう思いながらコップに残っているコーヒーを飲み干すとオーフェリアが楽しそうに空間ウィンドウを見ている光景が目に入った。

 

「オーフェリア、何を見てんだ?」

 

オーフェリアは自由になってから大分表情が豊かになってきたがここまで楽しそうな表情は余り見ないのでつい気になって聞いてしまった。

 

オーフェリアはこちらを見て空間ウィンドウを見せてくる。

 

「ん?ハワイにニュージーランド……ヨーロッパ、色々な観光名所だな。何?冬休みにどっか行きたいのか?」

 

だとしたら春休みに3人で行くとしてみるか。

 

するとオーフェリアは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違うわ。3人で新婚旅行に行くとしたら何処にするか悩んでいるのよ」

 

爆弾を投下してきた。

 

「んぶっ?!げほっ、げほっ!!」

 

いきなりの発言にコーヒーが気管支に詰まってむせてしまった。苦しい。

 

「大丈夫?」

 

「誰のせいだ!誰の!いきなり何を言ってんだよ?!」

 

俺が怒鳴るもオーフェリアはキョトンとした表情を見せてくる。

 

「……だっていつかは結婚するでしょう?……もしかしてしないの?私やシルヴィアの事が嫌いになったの?」

 

途端に泣きそうな表情になってくる。自由になってからは余り見なくなったが……この顔を見ると罪悪感が湧いてくるな。

 

「落ち着けオーフェリア。俺がお前やシルヴィを嫌いになるなんて絶対にあり得ない。ただまだ結婚できる歳じゃないから焦っただけだ」

 

オーフェリアを抱き寄せて撫で撫でする。こうするとオーフェリアが悲しい顔を引っ込めるのは学習済みだ。

 

「んっ……八幡」

 

「ごめんな。変な勘違いさせちまって」

 

「……大丈夫。私の早とちりだわ」

 

オーフェリアがそう言ってくるので俺はオーフェリアから離れて再び空間ウィンドウを見る。

 

「それでお前は何処に行きたいとかあるのか?」

 

「……まだ何とも言えないわ。場所次第では数年の予約が必要だから早く決めたいと思ったから」

 

まあ場所によってはそんな場所もあるからな。早い内に決めておくのも悪くないだろう。

 

「お風呂洗ったよ。って、2人とも何を見てるの?」

 

するとちょうどシルヴィが風呂場から帰ってきた。そうだ、シルヴィにも聞いてみるか。

 

「ん?新婚旅行に何処に行くかって話?お前どっか行きたい場所あるか?」

 

そう言って空間ウィンドウをシルヴィに見せる。シルヴィならセンスがありそうだし良いチョイスをしてくれるだろう。

 

「うーん。どれも行った事があるからなぁ……」

 

マジか?!流石世界の歌姫だなおい!どれも行った事があるから迷うって……

 

「まあ何処でもいいや。私としては3人で過ごせればそれでいいから」

 

シルヴィは楽しそうにそう言ってくる。言われてみればそうだな。

 

「……そうね。そう考えたら何処でもいい気がしてきたわ」

 

「まあそうだな……流石シルヴィ」

 

考える事が違うな。

 

「どういたしまして。それよりお風呂はもう沸かす?」

 

「……じゃあお願い。八幡とシルヴィアは先に入っていいわよ」

 

「……うん。でもいいの?いつも私だけ八幡君と一緒に入っているのに……」

 

「別に構わないわ。私も瘴気を抑えられるようになったら一緒に入るから」

 

待てコラ。ハッキリと言うなハッキリと。別に一緒に入るのは構わない。既にシルヴィとしょっちゅう入ってるからな。

 

でもだからと言ってハッキリと言われるのは慣れていないから勘弁して欲しい。

 

俺は顔を赤くしながらも立ち上がり風呂を沸かしに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばシルヴィ、お前確か来週誕生日だったよな?」

 

入浴中、湯船の中にいる俺は俺の上に乗って甘えてくるシルヴィにそう尋ねる。一緒に暮らし始めた当初は緊張していたが慣れってのは恐ろしい。つーかマジで世界のシルヴィファンに殺されないか心配だ。

 

「うん。そうだよ。覚えていてくれたんだ?」

 

「そりゃまあな」

 

「嬉しいな、ありがとう」

 

そう言ってギュッと抱きついてくる。可愛過ぎか?つーか裸で抱き合うのは慣れてないから止めてくれ。いや、慣れるのはおかしい事だけどよ?

 

「あ、ああ。それでプレゼントなんだがよ、何か欲しい物あるか?」

 

「うーん。八幡君が用意してくれるなら何でもいいよ?」

 

「何でもいいが一番困るんだよ。例えば俺がお前にプラモデル渡したらどうだよ?」

 

「うーん。確かに、それはねぇ……」

 

シルヴィも苦笑する。出来る事ならシルヴィの喜ぶ物を渡したい。しかしシルヴィは世界の歌姫だけあってクソ金持ちだ。よって欲しい物は殆ど簡単に手に入るので、シルヴィが喜ぶ物を選ぶのは難しい。

 

「俺に可能な物なら準備するから言ってくれないか?」

 

「うーん……あ!」

 

シルヴィは何かを思いついたような表情をすると直ぐに真っ赤になる。何だ?のぼせたのか?

 

「シルヴィ、今の“あ!”は何か思いついたのか?だとしたら教えてくれないか?」

 

「無理無理!それは絶対に無理だよ!」

 

「そこを何とか頼む。お前が欲しい物は何だか知らないが絶対に用意してやるから」

 

俺がそう返すとシルヴィは真っ赤になってテンパるもやがて観念したかのように口を開けてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ……八幡君、八幡君さえ良ければ……わ、私……八幡君との子供がその……欲しいな……」

 

そう言ってくる。

 

……は?子供だと?

 

脳内でシルヴィの言葉がリフレインする。そして理解するにつれて顔が熱くなってきた。

 

「お、おう、そうか……」

 

「……うん。私、八幡君と一緒に子供を作りたい……」

 

止めろ!風呂場でそんな事を言うと俺の中の狼が狂いだしそうだ。てかマジでヤバい!シルヴィの奴真っ赤になりながらも俺の体に抱きつき、艶のある瞳をしながら上目遣いで見てくる。

 

体内で影を暴れさせなければシルヴィを襲っているだろう。

 

「お、落ち着けシルヴィ。俺らまだ未成年だからそれは勘弁してくれ。それは俺達がアスタリスクを卒業してからにしてくれないか?」

 

さりげなくシルヴィを離しながらそう返す。するとシルヴィは納得したように頷く。

 

「……そうだね。両親が学生だと育児が難しいからね」

 

そこか?!いや、まあそうだけどさ……

 

「ま、まあそういう事だ」

 

「そっか……あ!じゃあ八幡君、アスタリスクを卒業したら作ってくれるの?」

 

「あ、いや……それはだな……」

 

「……嫌なの?」

 

「嫌じゃないな」

 

嫌じゃないからそんな悲しそうな顔は止めろ。明らかに俺が悪いみたいじゃねぇか。

 

「そっか。ありがとう。その時を楽しみにしてるね」

 

「はいはい」

 

笑顔で甘えてくるシルヴィの頭を優しく撫でる。にしても子供か……出来る事ならアスタリスクを卒業する前にウルスラを取り戻して、心に憂いなく子育てをしたいものだ。

 

そんな事を考えながら俺は頬をプニプニしてくるシルヴィは頬を引っ張りなから湯を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?小町、お前はリーゼルタニアに行かないのか?」

 

『うん。クラスの友達と旅行に行くんだ』

 

風呂から上がった俺は寝室で小町と連絡を取っている。

 

「そうか。一緒に行けないのは残念だが楽しめよ」

 

『もちろん。そういえばシルヴィアさんはタイのライブツアーがあるから行けないんじゃないの?』

 

「ああ。だから今回は俺とオーフェリアだけだ」

 

『そっか。やっぱりシルヴィアさん忙しいからね。この調子じゃ冬季休暇にも実家に帰れないね』

 

「まあ仕方ない。春休みにはシルヴィも学園祭以外にも休暇を取るらしいからその時に実家に帰る」

 

『じゃあその時は小町も一緒だね。それにしても今からお父さんやお母さんの驚く顔が楽しみだなぁ』

 

まあそうだろうな。実の息子が世界の歌姫と世界最強の魔女の2人と恋人関係になっていたら誰でも驚くだろう。しかし小町よ、それは悪趣味だから止めた方がいいと思うぞ?

 

「わかった。じゃあ春休み前にまた相談しようぜ」

 

『あいあいさー。小町眠いからもう切るね』

 

「ああ。またな」

 

空間ウィンドウが閉じたので息を吐くと寝室にパジャマを着たシルヴィとオーフェリアが入ってきた。

 

「……話は終わったの?」

 

「まあな。電話の相手は小町だから気を遣わなくてよかったぞ。それとシルヴィ、春休みは学園祭以外にも休暇を取れるか?」

 

「うーん。結構厳しいけど頑張ってみる。一度八幡君の実家に挨拶に行きたいしね」

 

シルヴィは忙しかったので今までの長期休暇で俺の実家に行けない事を悔やんでいたし。

 

するとオーフェリアが

 

「……そうね。私も八幡の地元に行って例の実行委員長を殺しに行きたいわ」

 

殺気を漏らしながらそう言ってくる。

 

「待て待て待て!落ち着けオーフェリア」

 

「……だって、自分は反省しないで八幡を貶めた人は存在する価値なんてないわ」

 

「止めろ!相模は一般人だから殺したら永久に牢屋行きになるからな!」

 

「そうだよオーフェリアさん。そんな事で八幡君と離れ離れになりたいの?」

 

俺とシルヴィがそう言うとオーフェリアは渋々ながらも殺気を消す。良かった、止めきれなかったら千葉が滅んでいただろう。

 

「……わかったわ。ただ実行委員長を唆した雪ノ下陽乃については次の王竜星武祭で地獄を見せるわ」

 

「頼むから殺すなよ?」

 

「……大丈夫。死より恐ろしい地獄を見せるだけだから」

 

怖い、オーフェリアさん怖過ぎるからね?

 

「頼むから咎められる程は暴れるなよ。今の俺は別にそこまで恨んでないからな?」

 

「……そうなの?どうして?ずっと前は恨んでいるって言っていた気がするわ」

 

オーフェリアはそう言ってくる。理由は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、そのアレだ。あいつらが俺を貶めたから俺はアスタリスクに来てお前やシルヴィに会えたからな……」

 

そう言った意味ではある意味貶めてくれて感謝してるし。

 

俺がそう返すと2人はキョトンとした表情をするが、直ぐに笑顔になって抱きついてくる。余りの衝撃によってベッドに押し倒される。

 

「……そうね。私も八幡に会えて嬉しいわ」

 

「確かにあの事件がなかったら私もオーフェリアさんも八幡君と会わなかったかもね」

 

「まあそう言う事だ。という事でそろそろ寝ようぜ」

 

俺がそう言って目覚まし時計をセットすると2人は左右に抱きつき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おやすみ、八幡(君)」」

 

そう言って左右の頬にキスをしてくる。その感触を理解すると幸せな気分となる。

 

うん、やっぱりアスタリスクに来て正解だったな。

 

俺は幸せな気分のままゆっくりと眠りについた。

 



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比企谷八幡は色々な人に相談する

「なぁプリシラ、お前誕生日にプレゼント貰うとしたら何を貰ったら嬉しい?」

 

自分の教室で俺は隣に座っているプリシラに話しかける。

 

「誕生日プレゼントですか?それってシルヴィアさんのですか?」

 

まあわかるよな。シルヴィの誕生日は有名だし、プリシラは俺がシルヴィと付き合っている事を知ってるし。

 

「ああ、何をあげたら良いのか悩んでるんだよ。誕生日まで一週間を切ってるからマジで焦ってる」

 

「そうですね……シルヴィアさんは世界の歌姫でお金持ちだと思うので物を買うよりは八幡さんの手作りの物をプレゼントしたらどうですか?」

 

手作りか……まあ発想としては悪くはないが……

 

「シルヴィが俺の手作りで喜ぶか?」

 

そこが問題だ。俺の手作りなんかで喜ぶとは考えにくい。シルヴィに限ってないとは思うが拒絶されたら自殺するぞ?

 

「大丈夫だと思いますけど……いっそのことシルヴィアさん本人に欲しい物を聞いてみたらどうですか?」

 

シルヴィが欲しい物か……

 

『じゃあ……八幡君、八幡君さえ良ければ……わ、私……八幡君との子供がその……欲しいな……』

 

「…………」

 

「は、八幡さん?!顔が赤くなってますよ!大丈夫ですか?!」

 

目の前ではプリシラが物凄く驚いた表情で俺に詰め寄っていた。いかん、昨日のシルヴィの発言を思い出してしまった。顔が熱くて仕方ない。

 

「あ、いや大丈夫だ。昨日シルヴィから欲しい物を聞いた時の事を思い出しただけだ」

 

「聞いたらそれをプレゼントすればいいんじゃないですか?何が欲しいって言ったんですか?」

 

事情を知らないプリシラは簡単に言うがそれ無理だからな?何せ……

 

 

「それがよ……シルヴィの奴、俺との子供が欲しいって言ったんだよ」

 

プリシラに顔を寄せて耳打ちする。いくら朝早く生徒が少ないからって堂々と言うのは無理だ。

 

「……はぅっ!」

 

それを聞いたプリシラは真っ赤になってフラつく。純粋なプリシラには刺激が強過ぎたようだ。

 

しかしプリシラの照れ方可愛いな。オーフェリアやシルヴィが照れているのも可愛いが、あの2人とはまた別の可愛さがある。流石俺の心のオアシスだな。

 

プリシラの照れ方に癒されている時だった。

 

 

pipipi……

 

ん?メールか?

 

端末を開くとメールが2通来ていた。それも同じ時間に。何だ?誰かが間違えて2回送ったのか?

 

疑問に思いながらメールを開くと凍り付いてしまった。そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『fromオーフェリア 八幡、今私とシルヴィア以外の女相手に鼻の下を伸ばしていた?』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今私とオーフェリアさん以外の女の子にデレデレしてた?』

 

そう表示されていた。

 

結局俺は授業が始まっても凍り付いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで八幡、実際はどうなの?」

 

「……はい。デレデレしました。すみませんでした」

 

俺は今地べたに正座してオーフェリアに頭を下げている。

 

昼休みにいつものベストプレイスに行くと頬を膨らませて不機嫌丸出しのオーフェリアがいた。頬を膨らませているオーフェリアはクソ可愛かったが俺を見た瞬間、正座を要求してきた。

 

「……はぁ。全く……八幡のバカ」

 

オーフェリアはそう言ってそっぽを向く。この子自由になってから感情を出し過ぎだろ?マジで可愛い。

 

「マジで悪かった。でも俺が恋愛感情を持ってるのはお前とシルヴィだけだ。それだけは信じてくれ」

 

「それは知っているわよ。……でも納得していないだけよ」

 

「嫉妬かよ……可愛過ぎか」

 

嫉妬してるオーフェリアメチャクチャ可愛いんですけど。これがギャップ萌えってヤツか?

 

「……っ!八幡、変な事を言わないで反省して」

 

オーフェリアは一瞬驚きの表情を見せてから頬を染めて怒ってくる。しかしさっきと違って怖くない。寧ろ頭を撫でたい。

 

「悪かったな。何でもするから許してくれ」

 

どの道悪いのは俺だ。オーフェリアとシルヴィが許してくれるまで何でもする所存だ。

 

「……じゃあ、今から午後の授業が始まるまで甘えさせて」

 

オーフェリアはそう言って俺にスリスリしてくる。相変わらず甘えん坊だなぁ……

 

「はいはい。どうぞ」

 

「んっ……」

 

俺が頭を撫でるとオーフェリアは俺の唇にそっとキスを落としてくる。恥ずかしいが俺が悪いので甘んじて受けよう。

 

「んっ……ちゅるる……」

 

待てコラ、舌を絡めるのは止めろ。俺も歯止めがきかなくなるからな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから20分……

 

「んっ…ちゅっ……はち、まん……それで何でデレデレしたの?……ちゅるっ……」

 

20分キスをしているとオーフェリアは唐突に俺にデレデレした理由を聞いてくる。答えるのは構わないが質問するのかキスをするのかどちらかにしてくれ。キスをされながら答えるのは無理だからな?

 

「ちゅっ……そりゃアレだ。シルヴィの誕生日プレゼントについてだが……」

 

俺は一旦オーフェリアとのキスを止めて昨日のシルヴィとの会話を話した。

 

「……そんでその事をプリシラに説明したら真っ赤になって可愛い反応を見せてきたんだよ」

 

俺が全て話すとオーフェリアは考える素振りを見せてから口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、私も子供が欲しいわ」

 

頬を染めて艶のある目で俺を見てくる。普段悲しげな表情のオーフェリアが艶のある目で見てくると何かが込み上がってくる……!

 

「お、落ち着けオーフェリア。昨日シルヴィにも言ったが子供はアスタリスクを卒業してからにしてくれ」

 

舌を噛んで理性を踏みとどまらせてそう返す。理性が崩れたらマジでオーフェリアを襲いそうだ。

 

「……わかったわ。でも卒業したら……」

 

「わかってる。俺の子供で良ければ作ってやるから」

 

「……約束よ」

 

オーフェリアはそう言って抱きついてくるので俺は頭を撫でる。……どうしよう?いくら2人同時に愛すると決めたとはいえ……2人と子供を作るってヤバくね?

 

一瞬、そう考えたが直ぐに撤回した。

 

オーフェリアとシルヴィ、2人の告白を受け入れた時に2人共幸せにするって決めたんだ。世間が反対しようが知った事じゃない。

 

俺はそう考えながら遠くない将来に対して改めて決心をした。

 

 

 

 

 

「それでオーフェリア、お前はシルヴィに何をプレゼントするんだ?」

 

膝の上に乗って甘えてくるオーフェリアに尋ねる。

 

「……私はハンカチを刺繍しているわ。あげるとしたら普段身につけるような物が良いと思って……」

 

普段身につける物か……しかも手作り。プリシラの言ったように手作りも良いかもしれん。

 

「……わかった。アドバイスありがとな。俺は俺で考えてみるわ」

 

オーフェリアに礼を言うと予鈴が鳴り出した。まさか昼休みの半分以上がオーフェリアとのキスで埋まるとは思わなかった。

 

つーかシルヴィもそうだが俺の恋人絶対にキス魔だろ?1日最低200回はキスをしてくるし。

 

そんな事を考えながらオーフェリアを膝から下ろして自身の教室に向かって歩き出した。

 

来週までにシルヴィのプレゼントも考えないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という事でエンフィールド。何か手作りでシルヴィが喜びそうな物について思いつかないか?」

 

放課後、星導館学園の生徒会室にて俺はエンフィールドから差し出されたお菓子とお茶を食べながら聞いてみる。

 

女子が喜びそうな手作りの物を知るにはやはり女子に聞くのが一番だろう。

 

しかしシルヴィは当事者だから除外、オーフェリアはプレゼント製作中で邪魔したくないから除外、プリシラは最近トレーニングをしていて忙しいから除外、イレーネはそういった物に興味ないだろうから除外。

 

よってエンフィールドに聞いてみる事にした俺は星導館の生徒会室に来ている。

 

「手作り……まずはクッキーみたいに消耗品にするかアクセサリーのような物にするかどうかを決めるべきでしょうね」

 

「なるほどな……」

 

確かに料理を振る舞うというのも悪くないだろう。だが……

 

「料理系は厳しいな。俺の料理の腕はあいつの料理の腕に比べてショボいし」

 

2日に1回はシルヴィの飯を食っているがメチャクチャ美味いので自信を無くしてしまった。

 

「そうなのですか?ところで比企谷君」

 

「何だよ?」

 

「比企谷君はシルヴィアと『孤毒の魔女』、どちらと付き合っているのですか?」

 

「ん?両方だけど」

 

俺がそう返すとエンフィールドは驚きの表情を浮かべてくる。

 

「まあ……まさかとは思いましたが本当にそうだったとは。それにしてもよくシルヴィアと交際出来ましたね。てっきりマネージャーが反対するかと」

 

ああ……ペトラさんね。

 

「ああ。まあ初めは反対されたけど交渉の末認めて貰った」

 

正確にはオーフェリアが脅迫した。

 

交渉が難航しているとオーフェリアが『八幡と私、シルヴィアの3人による交際を認めないなら私がクインヴェールで暴れる』って脅したら『絶対にバレない』事を条件に認められた。

 

あの時のオーフェリアはガチで怖かった。クインヴェールの理事長室にオーフェリアの圧倒的な万応素が吹き荒れて、隣にいた俺とシルヴィメチャクチャビビったし。

 

「なるほど……好きな人の為に頑張る姿勢は私も見習いたいですね」

 

「まあお前も天霧落とせるように頑張れ。それより話を戻すぞ?」

 

「ああそうでしたね。料理がダメなら消去法でアクセサリーのような物になりますね」

 

エンフィールドはそう言って空間ウィンドウを表示して俺に見せてくる。そこには色々な造形教室のパンフレットがあった。

 

「こちらがアスタリスク商業区で行われている造形教室です。参考にどうぞ」

 

おお、こんなにあるのか。とりあえず今から行ってみるか

 

「サンキュー。とりあえず行ってみるわ」

 

「どういたしまして。それと比企谷君にお願いがあるのですが」

 

「お願い?またレヴォルフの情報か?」

 

「いえ。来年に行われる獅鷲星武祭についてなのです」

 

「何だ?誰かを鍛えてくれってか?」

 

「はい。まだチームは組んでいませんが綾斗とユリスは入るでしょう。その際に個々の力を上げる為に比企谷君の力を借りたいのです」

 

うーむ。今は何とも言えないな。報酬がないとやる気がしない。

 

「……一応考えておく。今直ぐに返事をしなくてもいいか?」

 

「もちろんです。そうですね……来年リーゼルタニアに行きますがアスタリスクに帰国するまでに返事をお願いします」

 

「了解した。じゃあ失礼する。次からはマッ缶も用意しといてくれ」

 

「ふふっ、アレは飲み過ぎると糖尿病になりますよ」

 

「飲まなきゃやってられん。じゃあな」

 

俺は息を吐いて影の中に潜り生徒会室を後にした。さて……今から体験しに行くか。



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比企谷八幡の2人の恋人の愛は重い

「んじゃ失礼します」

 

造形教室から出ると外は真っ暗になっていた。もう秋だから夏と違って夕方6時でも凄く暗い。寮に着くのは7時くらいか……

 

(もしかしたら今から治療院に行ったらオーフェリアと会えるかもしれないな)

 

確かオーフェリアは今日も治療院に行く予定だった筈だ。折角だから一緒に帰りたいな。

 

方針を決めた俺は治療院に向かって歩き出した。

 

 

 

歩くこと15分、巨大な治療院が見えてきた。相変わらずデカいな。大抵の傷は学園の医務室で治るから余り行った事がない。

 

さてさて、オーフェリアはいるか?

 

そう思いながら入口の自動ドアが開くので中に入るとそこには白い髪と薔薇色の髪を持つ美しい少女が2人いた。

 

「……あ、八幡」

 

「ん?ああ、比企谷か。直で会うのは久しぶりだな」

 

治療院のロビーにはオーフェリアとリースフェルトがいて俺がいる方に歩いてきた。

 

「久しぶりだなリースフェルト。今日はオーフェリアと一緒に治療院に行ったのか?」

 

「いや、駅で偶然会ったから同伴しただけだ。お前はオーフェリアを迎えに来たのか?」

 

「まあそんな所だ。俺も少し治療院の近くに用事があったんでな」

 

「……それってシルヴィアのプレゼントに関する事?」

 

「ああ。とりあえず方針は決まったな」

 

造形教室に行って俺が作りたい物は決まったしな。

 

「ところで比企谷、オーフェリアから聞いたのだが……お前は本当にオーフェリアとシルヴィア・リューネハイムの2人と付き合っているのか?」

 

……ああ。まあ普通に気になるよな。

 

「まあ付き合っている。真面目っぽいお前からすれば不誠実かもしれんが譲る気はないぞ?」

 

オーフェリアとシルヴィは、どちらか1人を選べない優柔不断な俺を許してくれて選ばなくてもいいという選択肢を与えてくれたんだ。その恩に報いる為にも2人を永遠に、平等に愛すると誓ったんだ。こればかりは揺らぐ事はないだろう。

 

「……意志は固そうだな。それならそれで文句は言わないが……もしもオーフェリアを泣かしたら私がお前を丸焼きにするからな」

 

強い視線で俺を見てくるので俺も睨み返す。

 

「無意味な仮定だな。俺はオーフェリアにしろシルヴィにしろ絶対に悲しませるつもりはない」

 

2人の悲しい顔は見ていると胸が張り裂けそうに痛くなる。もう2度とあんな思いは……!

 

暫くの間睨み合っているとリースフェルトが息を吐く。

 

「わかった。お前を信じるからオーフェリアを頼むぞ」

 

「わかってる。必ず幸せにしてみせる」

 

「ならいい。オーフェリア、私はもう帰るがまたな」

 

「……ええ。またね」

 

「おいリースフェルト、駅まで送るぞ」

 

「いや大丈夫だ。これから綾斗と待ち合わせをしている」

 

「そうか、またな」

 

挨拶を交わすとリースフェルトは会釈をして治療院から出て行った。リースフェルトが見えなくなるとオーフェリアが話しかけてくる。

 

「……それで八幡、シルヴィアにあげるプレゼントは決めたの?」

 

「まあな。とりあえず明日からは放課後造形教室に行くから遅くなるから先に食べててくれ」

 

「……ううん。私は好きな人と一緒に食べたいから八幡を待つわ。多分シルヴィアも」

 

そう言ってくれるのは本当に嬉しいがハッキリと言うな。マジで顔が熱くなる。

 

「……ちっ。好きにしろ」

 

「あ、待って八幡」

 

俺はオーフェリアから逃げるように顔を背けて治療院を出るとオーフェリアもそれを追って治療院を出た。いつかはオーフェリアやシルヴィの言動に対して恥ずかしくならないようにしたいな。

 

そう思いながら駅に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて八幡君、女の子にデレデレした理由を聞いていいかな?」

 

目の前には笑顔(目は笑っていない)シルヴィがドス黒いオーラを出しながら腕組みをしていて、俺は正座をしてシルヴィを見上げている。

 

家に帰ってくるなりシルヴィは『女の子にデレデレしたの?』と詰め寄ってきて認めたら寝室に連れていき正座を要求してきた。ちなみにオーフェリアはリビングでテレビを見ているが助けて欲しい。

 

「実はだな……」

 

俺は昼休みにオーフェリアに言った事を再び話した。それを聞いたシルヴィは暫くの間唸ってからため息を吐く。

 

「うーん。元々私が子供が欲しいって言ったのが原因だし今回は許すよ」

 

「え?いいのか」

 

「うん。……でも今後は余り私とオーフェリアさん以外の女の子にデレデレしないでね?」

 

不安そうな表情をしながら俺を見てくる。

 

「わかってる。オーフェリアにも言ったが俺が愛するのはお前とオーフェリアだけだ」

 

「なら良し!じゃあ正座をしなくていいよ。ご飯にしよ?」

 

シルヴィはそう言って手を出して俺を立ち上がらせてくる。普段正座しないからよろけてしまう。

 

「ごめんね。少し正座させ過ぎたみたいだね」

 

「いや、元はと言えば俺が悪いんだから気にするな。それより行こうぜ」

 

腹が減って仕方がない。早く食いたい。

 

「八幡君」

 

寝室を出ようとすると後ろからシルヴィに話しかけられる。何だよいきなり?

 

疑問に思いながら振り向いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

振り向きざまにいきなりシルヴィに唇を奪われた。俺の唇にシルヴィの柔らかい唇の感触が訪れる。

 

(………?!)

 

いきなりのシルヴィの行動に目を見開くとシルヴィが艶のある目をしながら蠱惑的な笑みを見せ、直ぐに耳打ちをしてくる。

 

 

「今回は許すけど……次はこんな事にならないよう私の事以外考えられないようにしてあげるからね♡……んっ」

 

シルヴィはそう言ってもう一度キスをすると寝室を後にしてリビングに向かっていった。

 

対する俺はシルヴィのいきなりの行動に顔が熱くなり動きが鈍くなりながら寝室を後にしてリビングに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?オーフェリアさんは八幡君を許したの?」

 

シルヴィは夕食を食べながらオーフェリアにそう聞いてくる。俺はというとさっきのシルヴィのキスによってマトモに喋れないので聞き手に回っている。さっきから一言も言っていないが勘弁して欲しい。恥ずかしくて死んでしまう。

 

「……ええ。昼休みに八幡と242回キスをして許したわ」

 

「ぶほっ!げほっ、ごほっ!」

 

オーフェリアの爆弾発言に飲んでいた味噌汁を吹き出してしまった。オーフェリアの馬鹿野郎!

 

当の本人はキョトンとした表情で俺を見ている。

 

「……八幡?大丈夫?」

 

「はぁ…はぁ…誰の所為だ!いきなり変な事を言ってんじゃねぇよ!つーか数えてたのかよ?!」

 

よく数えたな!俺は30回を超えてからは数えてなかったぞ!!

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……当然よ。八幡としたキスは全て覚えているわ。シルヴィアもそうでしょう?」

 

「うん。いつ何回したかハッキリと覚えているよ」

 

2人はさも当然のようにそう言ってくる。マジかよ?!

 

「え?ちょっと待って。という事はお前らさ、付き合ってから約2ヶ月弱にしたキスの回数も覚えているの?」

 

まさかとは思うが……こいつらなら覚えていそうだ。一応の意味で確認するも……

 

「「もちろん」」

 

2人は当たり前のように頷く。マジですか?

 

「ちなみに……何回したんだ?」

 

好奇心が芽生えてしまいつい聞いてみた。否、聞いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……私は9632回だね。オーフェリアさんは?」

 

「……私は13569回よ」

 

聞いた瞬間、頭がクラクラし始めた。マジか……沢山キスをしたのは知っていたがここまでとは……

 

「あー、まあ私は仕事が多いからオーフェリアさんより少ないかぁ…….」

 

「……別に気にしなくても大丈夫よ。八幡はキスの回数で私達の優劣をつける筈がないわ。それにシルヴィアはその代わりに八幡と一緒にお風呂に入っているじゃない」

 

2人が何か言っているが殆ど耳に入らない。

 

そんな中俺が思った事は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こいつらの愛重いな!俺は2人の愛に応える事が出来るのか?!)

 

ただそれだけだった。



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比企谷八幡はオーフェリア・ランドルーフェンと誕生日会の準備をする

「……よし、これで完成だな」

 

満足した声を出す俺の手にはシルヴィの誕生日の為に作ったプレゼントがある。一週間にしてはよく出来たと思うが……

 

まあ今更文句を言っても仕方がない。シルヴィの誕生日は今日だし。ガッカリしたらシルヴィに謝ろう。シルヴィ優しいから特に気にしないと思うけど。

 

俺は作ったプレゼントを鞄にしまってそのまま帰路につく。シルヴィは仕事で夜まで帰ってこないのでそれまでに準備をしないとな……

 

走る事30分、借りているマンションに到着して、中に入ると良い匂いが充満している。いかん、誕生日会はまだ先なのに腹が減ってきた。

 

空腹に耐えながらキッチンに向かうとオーフェリアが可愛いエプロンをして料理を作っていた。近くにはチキンやサラダが置いてあり、今は俺がオーフェリアの手料理で一番好きなグラタンを作っている。

 

「ただいまオーフェリア。帰ってきたし俺も手伝う」

 

一言そう言いながら手を洗ってエプロンをつける。確か今日の為に高級な牛肉を買ったからそっちを調理するか。

 

「おかえり。じゃあ八幡は解凍してある牛肉を……やってるわね」

 

「ああ。お前の考えはわかりやすい」

 

そう言いながらフライパンの準備をすると隣にいるオーフェリアがクスクス笑う。

 

「……八幡にわかりやすいって言われたくないわ」

 

「うるさい黙れ。それを言うな」

 

俺は逃げるように目を逸らしフライパンに集中する。わかりやすいって色々な奴に言われているがそんなにわかりやすいか?

 

「……ねえ八幡。こうして料理をしていると新婚夫婦みたいね」

 

自分のわかりやすさについて考察していると、オーフェリアがウットリとした表情で俺に寄り添ってくる。オーフェリアの頭が肩に当たってくすぐったい。

 

「……ああ。そうかもな。それより油を取ってくれないか?」

 

マトモに返すと恥ずかしいので流そうとするもオーフェリアは膨れっ面になってジト目で見てくる。

 

「……何だよ?」

 

「……八幡のバカ。真剣に考えて」

 

「いやいや、真剣に考えているぞ?ただ恥ずかしいんだよ」

 

「……そう。でもアスタリスクを卒業したら結婚するのだしそれまでに恥ずかしさに慣れてね」

 

「……善処はする。だから今は勘弁してくれ」

 

シルヴィにしろオーフェリアにしろ、いつも平気で俺がドキドキするような事を言ってくるからな……恋人同士でこれなら結婚したらヤバくね?

 

いや、待て。結婚したら2人ともある程度は落ち着くかもしれん。てか落ち着いてくれ。でないと悶死してしまう。

 

「……わかったわ。それより八幡、そろそろ焼いて」

 

「ん?あ、ああ。わかった」

 

オーフェリアに促されたので俺は思考を中断して牛肉をフライパンの上に乗せて焼き始める。

 

(……そうだ。結婚したら落ち着くかもしれないし今は料理に集中しよう)

 

俺は息を吐いてフライパンに集中し始めた。余計な事を考えていたら焦がしてオーフェリアやシルヴィに迷惑がかかるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがこの時の比企谷八幡は知らなかった。オーフェリア・ランドルーフェンとシルヴィア・リューネハイムは結婚しても落ち着く事はなく、寧ろ更に積極的に攻めて世界最強のラブラブ夫婦になるという事を。

 

 

 

 

 

 

 

肉が良い匂いを出して焦げ色がつくと、オーフェリアがグラタンをオーブンに入れ焼き始める。もう直ぐだな……

 

肉をフライパンから取り、適当なサイズに切り始めると俺の端末が鳴り出す。オーフェリアの端末も鳴り出したので十中八九シルヴィからのメールだろう。

 

「……今クインヴェールを出たみたいね」

 

「そうなると後30分くらいか……グラタンは後何分かかる?」

 

「後40分ね」

 

そうなるとシルヴィが帰ってきた時には料理が全て完成しておらず、シルヴィを待たせる事になってしまう。誕生日会の主役、ましてや大切な恋人を待たせるなんて言語道断だ。何とかしないとな……

 

「仕方ない……」

 

俺は息を吐いてシルヴィにメールを送る。内容は『洗剤と文房具が切れそうだから駅前のスーパーで買ってきてくれないか?』だ。

 

「これで10分から15分は稼げたから大丈夫だろう」

 

「……ありがとう。それじゃあグラタン以外の料理の仕上げに入るわ」

 

そう言ってオーフェリアは仕上げに入ったので俺もテーブルの上の物を片付けたり拭いたりする。誕生日会なんて久しぶりにやるからな。

 

「そういやオーフェリア、お前の誕生日って3月6日だっけ?」

 

「……ええ。八幡は8月8日だったかしら?」

 

「そうそう。よく覚えてたな」

 

「恋人の誕生日を忘れる筈はないわ。八幡は何か欲しい物があるの?」

 

「うーん。……平和な日々だな」

 

それだけあれば十分だ。アスタリスクを卒業したら人里離れた田舎で農業をやるのも悪くないだろう。ぶっちゃけオーフェリアとシルヴィさえいれば後は何もいらないし。

 

「……それはプレゼントするのは厳しいけど、私も欲しいわ」

 

そう言ってオーフェリアはギュッと抱きついてくるので優しく抱き返す。世界最強の魔女もこうして抱きしめると凄く華奢で壊れてしまいそうだ。まあ絶対に壊さないけどな。

 

「……八幡、八幡はずっと私と一緒にいて……」

 

「勿論そのつもりだが……いきなりどうしたんだ?」

 

「……八幡とシルヴィアの3人で過ごす時間は、昔孤児院にいた時みたいに本当に幸せよ。……でも偶に孤児院の時みたいに幸せがなくなる夢を見るの」

 

そっか……幸せだった一時が一転してモルモットとなったオーフェリアは、幸せを取り戻したからにはあんな思いは2度としたくないのだろう。

 

「そうか……俺は絶対にお前を手放さないから安心しろ」

 

誰にもオーフェリアの所有権は渡さない。ディルクだろうが『大博士』だろうがオーフェリアを利用しようとする奴なんかに好き勝手させない。もうオーフェリアに闇の道を歩ませないと決めたからな。

 

「……絶対よ。嘘吐いたら許さないわ」

 

オーフェリアは服を引っ張りながら俺の胸板に顔を埋める。全く……本当はこんなにか弱い女の子を利用する屑がいるなんて実に許し難いな。

 

「わかってる。絶対に嘘は吐かない」

 

オーフェリアより弱い俺の言葉なんて信用してくれるとは考えにくい。しかし今の俺には口しかない。我ながら情けない話だな……

 

「……ありがとう」

 

しかしオーフェリアはそう言って更に強く抱きしめてくる。そこからは猜疑心を感じない。ここまで信じてくれるなら期待に応えるしかないな。

 

「どういたしまして」

 

俺は苦笑しながら頭を撫でる。抱きしめられるのは苦手だがこの際仕方ないだろう。

 

俺は暫くの間オーフェリアと抱き合って温もりを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もういいわ」

 

30分近く抱き合っているとオーフェリアがそう言ってくる。シルヴィは後10分くらいで帰ってくるだろう。

 

「はいよ」

 

そう言って抱擁をとく。

 

「にしても前から思ってたけどお前って結構甘えん坊だよな?」

 

「……八幡だけよ。そんな事をするのは」

 

「そりゃ光栄だな。さて……そろそろグラタン以外の料理をテーブルに運ぼうぜ」

 

シルヴィが帰ってくる直前にあたふたしたくないし出来る事は早めに済ませるべきだろう。

 

「そうね……ところで八幡」

 

チキンを運ぼうとするとオーフェリアが話しかけてくる。

 

「何だよ?」

 

「八幡は今幸せ?」

 

何だいきなり?

 

質問の意図はよくわからないが……

 

「まあ、幸せだな」

 

少なくとも今、この時間は気に入っている。可能ならこの時間をずっとずっと味わいたいものだ。

 

そう思っている時だった。

 

「じゃあ八幡……」

 

オーフェリアはいきなり俺に近づいて背伸びをしてきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ………

 

いきなり唇を奪ってきた。

 

いきなりの行動に呆気に取られているとオーフェリアは直ぐに唇を離して……

 

「……私がもっともっと八幡を幸せにしてあげるわ。それこそ私無しではいられないくらい」

 

可愛らしい笑顔を向けてきた。

 

(……ヤバい、キスよりこっちの方が破壊力が高い)

 

キスは毎日最低200回はしているから大分慣れたが……オーフェリアの笑顔は未だに慣れない。オーフェリアは笑顔を余り見せないから偶に見るとドキドキしてしまう。

 

顔が熱くなってきてヤバい。こいつ……末恐ろしいな……。

 

 

 

「ただいま〜」

 

オーフェリアの末恐ろしさに戦慄しているとシルヴィが帰宅した。

 

「……おかえりなさい。疲れたでしょうから座って」

 

「ありがとう。うわー、凄く美味しそう」

 

当のオーフェリアはいつもの悲しげな表情(最近になって大分そうでもなくなったが)で、気にした様子を見せずシルヴィの鞄を預かって席を薦めていた。こいつ神経太すぎだろ?

 

若干呆れながら俺もオーフェリア同様シルヴィの為に動き始める。とりあえず紅茶でも淹れるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして誕生日会が始まる

 

 



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こうして誕生日会が開催される

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃシルヴィ……誕生日おめでとう」

 

「……おめでとう」

 

俺とオーフェリアはそう言ってシルヴィに向けてクラッカーを引く。破裂音と共にクラッカーからは紙吹雪が大量に飛び出しシルヴィに当たる。

 

にしてもアレだな。俺やオーフェリアみたいに静かでコミュ力の低い人間がクラッカーを鳴らすって……凄いシュールなんだけど?つーかクラッカーを引く奴が目を腐らせてる男とメチャクチャ悲しそうな顔をしている女って……

 

「うん!2人ともありがとう!凄く嬉しいよ」

 

しかし当のシルヴィは笑顔でお礼を言ってくる。そこには特に含むものを感じない。本気で喜んでいるのだろう。何か悪い事をしていないのに罪悪感を感じる。

 

「……どういたしまして。そんじゃ飯にしようぜ」

 

「うん、それじゃあご馳走になるね」

 

シルヴィがそう言ってフォークを手に取るので俺とオーフェリアもそれに続いて……

 

「「「いただきます」」」

 

近くにある料理を取り始めた。俺とシルヴィが一番始めに取るのは勿論……

 

「うん。やっぱりオーフェリアさんのグラタンは最高だね」

 

「同感だな。毎日食っても飽きないだろう」

 

オーフェリアのグラタンだ。これはマジで大好物だ。一番初めに食うのは挨拶をした瞬間から決めていたくらいだ。

 

「……ありがとう」

 

当のオーフェリアは頬を染めて恥ずかしそうに目を逸らす。何この子?可愛過ぎだろ?

 

「可愛い……ねぇオーフェリアさん、ギュッてしていい?」

 

シルヴィは怪しい笑みを浮かべてオーフェリアにそう言ってくる。気持ちはよくわかるが落ち着け。お前今の顔ヤバいぞ?

 

「……いきなり何を?」

 

オーフェリアがキョトンとした表情を浮かべる中、シルヴィは了承の返事を聞かずにオーフェリアをギュッと抱きしめる。

 

「……シルヴィア、少し苦しいわ」

 

オーフェリアは若干嫌そうな表情をするも特に逆らう素振りを見せていない。そこまで嫌がっていないのだろう。つーかお前ら何を百合百合してるの?いいぞもっとやれ

 

「ん〜。やっぱりオーフェリアさんって八幡君の言う通り凄く抱き心地が良いね〜」

 

「ぶほっ?!」

 

シルヴィが余計な事を言ったので、つい飲んでいたお茶が気管に入って噎せてしまう。

 

「なっ…….し、シルヴィ!」

 

「……シルヴィア、どういう事?」

 

オーフェリアが頬を染めながらシルヴィに聞いてくる。慌ててシルヴィの口を閉ざそうとするもシルヴィの方が一歩早かった。

 

「うん。あのね、八幡君がオーフェリアさんの話をする時って必ず『オーフェリアって小さくて凄く抱き心地が良い』って言うんだよ?」

 

シルヴィィィィィ!テメェマジで余計な事を言ってんじゃねぇよ!アレか?!オーフェリアに毒されてオーフェリア同様、俺の黒歴史暴露装置になってしまったのか?!

 

「……そうなの八幡?」

 

「……あー、まあな」

 

オーフェリアが聞いてくるので仕方なく認める。ここで認めないとシルヴィが更に黒歴史をバラすかもしれないので素直になる。

 

「……そう。じゃあ八幡もシルヴィアみたいに抱きしめても良いわよ」

 

「あ、いや、それはだな……「八幡君に拒否権はないよ〜」……わかった」

 

どうにか遠慮しようとしたがシルヴィが笑顔で威圧してくるので逆らう事が出来ずにオーフェリアの横に座る。

 

「……じゃあ、やるぞ」

 

「……んっ」

 

オーフェリアが頷くので俺は息を吐いてオーフェリアをシルヴィと挟むように抱きしめる。

 

瞬間、腕の中に温もりを感じる。しょっちゅう感じている温もりだが全く飽きる事はない。そして一度感じると失うのが惜しくなる温もりだ。

 

「……んっ、八幡っ、くすぐったいわ」

 

オーフェリアが腕の中で身をよじる。少し強く抱きしめ過ぎたようだ。

 

「悪かったな。次からは気をつける」

 

一言謝って力を緩める。あー、癒やされるなぁ……

 

俺と反対側からオーフェリアを抱きしめているシルヴィもポワポワした表情を見せている。

 

「……これ凄く癒やされるね。何だかオーフェリアさんが私と八幡君の子供みたい」

 

「あー、確かにな」

 

俺とシルヴィに挟まれているオーフェリアは確かに子供みたいにおとなしく抱きしめられているし、割と的を射ている発言だろう。

 

「……子供はいや。私は八幡の妻になりたいわ」

 

そう思っていると俺とシルヴィの腕の中にいるオーフェリアが不貞腐れた表情をして反論してくる。突っ込む所そこかよ?!

 

「ごめんごめん。あくまで例えだよ。実際は未来の妻だよ」

 

「……っ、シルヴィア……子供扱いしないで」

 

シルヴィはそう言って自分の頬をオーフェリアの頬に当ててスリスリする。何だ俺の恋人2人は?可愛過ぎだろ。

 

俺はオーフェリアとの抱擁をとき元の場所に戻り、2人が百合百合している所を肴にして食事を始めた。

 

オーフェリアの『助けて』と言わんばかりの表情に対して気付かないフリをしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「……悪かったよオーフェリア、頼むから許してくれよ?」

 

俺は今不機嫌になっているオーフェリアのグラスにお茶を注ぎながら謝罪する。

 

「……八幡のバカ。助けないどころか笑っていたし」

 

いやだって……恋人2人がじゃれ合っていたんだぞ?見ていて凄く癒されたし。てかもう一回見たいんですけど?

 

「悪かったって。つーか元はシルヴィが原因だろ?」

 

シルヴィの奴、オーフェリアと頬をスリスリしたり、オーフェリアの顔を自分の胸に埋めたり色々楽しんでたし。

 

「あー、そこを言われたら返す言葉がないなぁ。ごめんねオーフェリアさん」

 

シルヴィはそう言ってペコリと頭を下げる。オーフェリアは暫くの間ジト目で見ていたが……

 

「……はぁ。いいわ。シルヴィアは誕生日会の主役だしもう許すわ。八幡もシルヴィア同様に許すけど次からはあそこまではしないで」

 

ため息を吐きながらも俺とシルヴィを許した。いや、本当に済みませんでしたオーフェリアさんや。

 

「わかった。次から気をつける」

 

シルヴィ同様頭を下げて謝罪する。それを見たオーフェリアは軽く手を振ってから俺のグラスにお茶を注いできた。どうやら本当に怒っていないようだな。

 

俺とシルヴィは安堵の息を吐いて食事を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。2人ともありがとう。凄く美味しかった」

 

シルヴィは最後にステーキを食べてから笑顔でお礼を言ってくる。そろそろだな……

 

俺はオーフェリアと目配せして隠し持っていた箱を2つ渡す。

 

「んじゃ最後にこれ。気にいるかわからないがプレゼント」

 

シルヴィは箱を見てキョトンとした表情を見せるも一瞬の事で、再度笑顔を見せてくる。

 

「ありがとう。開けてもいいかな?」

 

「ああ」

 

「……どうぞ」

 

了承するとシルヴィは箱を開け始める。出来るなら喜んで欲しいものだ……

 

シルヴィが紐をとくと、そこには色とりどりの花が刺繍されたピンク色のハンカチと、ピンクや赤、シルヴィに似合いそうな色のビーズで作られたブレスレットが露わになった。

 

ヤバい……オーフェリアのハンカチ可愛いな。女子が持ったら喜びそうなタイプじゃん。

 

「……凄い。ハンカチは可愛くてブレスレットは綺麗だね」

 

そう言ってシルヴィはブレスレットを付けて見せつけてくる。

 

「どうかな?似合ってる?」

 

シルヴィはそう聞いてくるが答えられない。俺が作ったからか褒めると自画自賛してるみたいだし。

 

「……似合ってるわ。八幡、私の誕生日にもブレスレットを作って欲しいわ」

 

オーフェリアはそう言って俺の服を引っ張ってくる。

 

「……え?そんなに良いか?」

 

正直言って余り自信がなかったんだけど。

 

「うん。凄く綺麗だよ。大切にするね」

 

「……ええ。私も欲しいわ」

 

そうか。恋人に欲しいと言われたり、綺麗と言われるのは予想以上に嬉しいな。

 

「……わかった。俺ので良ければ作ってやる。シルヴィも喜んでくれてなによりだ」

 

改めて礼を言うと2人が優しい笑顔を見せてくる。……こんな笑顔が見れるなら作って良かったな。

 

 

そんな感じでシルヴィの誕生日会は幸せな気分のまま幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は本当に楽しかったよ。ありがとね」

 

寝室にてパジャマを着たシルヴィが俺に抱きつきながら礼を言ってくる。

 

「どういたしまして。シルヴィに喜んでくれて俺も嬉しい」

 

そう返すとシルヴィは目を細めて頬をスリスリしてくる。

 

「ふふっ、そういえば八幡君と2人きりで寝るのは久しぶりだね」

 

「ん?ああ、そうだな」

 

現在部屋には俺とシルヴィの2人きりだ。オーフェリアはシルヴィに『今日はシルヴィアの誕生日だから八幡と2人で過ごしていいわ』と言って客間で寝る事にした。

 

シルヴィは仕事上マンションに帰らない日があるが、オーフェリアは自由になったので帰らない日はないので、オーフェリアと2人きりになる事はあってもシルヴィと2人きりなのは久しぶりだ。それこそ鳳凰星武祭でクインヴェールに泊まって以来だし。

 

「……もう2ヶ月近く経ってるんだね」

 

「そうだな。今更だがあん時はいきなりキスして悪かったな」

 

アレは今でもぶっ飛んだ行動だと思っている。無意識とはいえ世界の歌姫の唇を奪ったんだし。

 

「あはは、別にもう気にしていないよ。でも八幡君に奪われるとは思わなかったな。八幡君とのファーストキスは私が奪う感じになるかと思っていたしね」

 

「まあそうだな」

 

俺は基本的に自分からキスする事はない。オーフェリアやシルヴィとキスする時はいつも受け身の姿勢でキスをしている。

 

「ねぇ八幡君、お願いがあるんだけど」

 

「お願い?何だよ?」

 

今日はシルヴィの誕生日だし何でも聞いてやるつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、その……日が変わるまでで良いから……私にキス、して?」

 

何でも………え?

 

「し、シルヴィ?」

 

シルヴィに再度確認をするとシルヴィは真っ赤になって俺を見てくる。

 

「だ、だって今まで八幡君としたキス10953回の内、八幡君からしたキスってたったの421回だけなんだよ。もっと八幡君からキスされたいよ……」

 

「いや421回もしてるなら充分だろ?」

 

付き合ってから約2ヶ月、つまり俺からシルヴィにするキスは1日7回のペースだから割と多いだろう。つーかよく回数を覚えてるな!これならオーフェリアも間違いなく覚えていそうだ。

 

「……八幡君からしたら充分かもしれないけど、私からしたら好きな人からキスをされたいんだよ。……明日、私の誕生日じゃなくなるまでで良いからお願い……」

 

シルヴィは上目遣いでおねだりをしてくる。はぁ……誕生日を出されたら拒否出来ないな。

 

俺は一度ため息を吐いてから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……んっ」

 

シルヴィの唇に優しくキスをする。シルヴィは驚きの表情を見せてから徐々に真っ赤になる。

 

「んっ……八幡君からのキス……久しぶりだけど最高だよ。もっとして……」

 

シルヴィは抱きついてトロンとした表情で誘惑してくる。約束をした手前拒否するつもりはないし……こんな風に誘惑してくるなら遠慮はいらないだろう。

 

「……後悔するなよ」

 

俺はそう言って再度シルヴィの唇を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ちゅ……んむっ…んちゅる、んあ、っん…っ」

 

シルヴィは真っ赤になりながら俺のパジャマを掴んでいる。お互いに舌を絡め合っていて口の中は唾液で溢れていた。当のシルヴィは完全になすがままになっていた。

 

pipipi

 

更にシルヴィの唇を奪いにいこうとするとタイマーが鳴る。どうやら日が変わったようだ。

 

「ぷはっ!誕生日は終わったし寝るぞ」

 

俺はシルヴィから離れる。これ以上するとシルヴィの唇どころかシルヴィの処女を奪いそうになるから止めるべきだろう。結婚するまでは一線を越えるつもりはない。

 

「……八幡君、また今日みたいなキスをして欲しいな」

 

シルヴィは俺に抱きつきながら蠱惑的な表情を見せてくる。だからお前は誘惑するな!

 

「……気が向いたらな」

 

そう言って俺は目を閉じる。キスし過ぎたからかかなり眠くなってきた。早く寝よう。

 

一度寝ると決めたら意識が薄くなってきたな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、私が八幡君の気を向かせてあげるから」

 

最後にそんな声が聞こえ、唇に柔らかい感触を感じながら意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1ヶ月後……

 

「……うーん。今日の夕飯はハンバーグにするかコロッケにするか….…」

 

11月、俺はスーパーに買い出しに出ている。最近シルヴィは忙しいので俺とオーフェリアが夕食当番になっているが……やっぱりシルヴィの好物にするか。

 

そう思いながらハンバーグを取ろうとすると端末が鳴り出す。しかも相手はシルヴィじゃん。

 

「もしもし。どうしたシルヴィ」

 

『あ、うん。八幡君にお願いがあるんだけど。あ、別に強制じゃないから無理に受けなくてもいいよ』

 

「内容次第だ。先ずはそのお願いってのを聞かせてくれ」

 

まあシルヴィのお願いなら拒否する事はないと思う。……キスの要請以外は。いかん、顔が熱くなってきた。

 

そんな中、空間ウィンドウに映るシルヴィの口が開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『実はうちの学園で獅鷲星武祭に出ようとしているチームで私が応援してるチームがあるんだけど……八幡君に協力してもらいたいんだ』

 

……え?



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比企谷八幡はクインヴェールに入る

クインヴェール女学園

 

六学園中唯一の女学園にして最小の学園。

 

明るくきらびやかな校風で、入学条件に戦闘能力や学力にプラスして「容姿」を要求しており、所属する学生は皆トップアイドル級の美貌を誇る。 実際にアイドル活動を行っている学生も多い。その為星武祭下位常連という成績にも関わらずファンは多い。 制服は学生が自由にアレンジすることができる。

 

クインヴェールは星武祭の総合成績を考慮せず星武祭を純粋に学生の魅力を引き出すためのステージとしてしか見なしていない。

 

前シーズンの総合成績は六位と振るわないが所属学生が弱いわけではない。実際俺の恋人のシルヴィは強いし、序列2位の『舞神』ネイトネフェルは前シーズンの王竜星武祭で戦って負けかけたし。

 

まあそんな訳でクインヴェールは男女問わず憧れの学園な訳だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今更だが影に入って潜入って犯罪じゃね?」

 

影の中で俺は隣にいる恋人に尋ねる。現在俺は影に潜ってクインヴェールのトレーニングホールを進んでいる。

 

「大丈夫だって。バレても許可証は発行してるから特に怒られないよ」

 

「そりゃそうだけどよ……」

 

シルヴィはそう言ってくる。確かにそうだ。シルヴィからは生徒会長の印が押された許可証を貰っている。エンフィールドから貰ったヤツと同じで生徒会長の許可があれば簡単に入校出来る優れ物だ。

 

何でそんな物を貰っているのに影の中に潜っているかって?

 

んなもんバレた場合犯罪にはならなくても面倒な事になるからに決まってるからだ。堂々と入った瞬間、クインヴェールの生徒が突っ掛かってくるのは目に見えている。その度に許可証を見せるのはぶっちゃけ怠い。

 

よってトレーニングルーム以外の場所では影に潜って、もしもバレた場合は許可証を見せるスタンスで行く事にした。

 

つーか今更だが女子の花園に入るって緊張するな。

 

「そういやシルヴィ、例のチーム、えーっと……チーム赫夜だったか?そいつらには俺の事は説明したのか?」

 

いきなり騒がれたりしたら面倒だし。

 

「えーっと、助っ人が来るかもしれないって説明はしたけど八幡君だって事は言ってないね。八幡君がOKしてくれるかわからなかったし」

 

マジか?それ絶対に驚かれそうなんだけど?

 

……まあ良いか。賽は投げられたってヤツだし。覚悟はしておこう。

 

「わかった。それで例のトレーニングルームは何処なんだ?」

 

「もうすぐそこだよ。ほら!あの赤い扉」

 

10メートルくらい離れた場所に赤い扉がある。あそこがトレーニングルームか。

 

「んでシルヴィ、いきなり中に入っていいのか?」

 

俺の能力なら一々取り次いで貰わなくても中に入れるし。

 

「うーん。予想外の事に驚きやすい子もいるし一度影の外に出て貰っていい?」

 

「了解した」

 

そう言って辺りを見渡すも人っ子ひとりいない。今なら出ても大丈夫だろう。俺が能力を解除すると俺達は影の中から外に出る。

 

それと同時にシルヴィはトレーニングルームのインターフォンを鳴らす。

 

「おーい。赫夜のみんないるかな〜?この前言ってたお手伝いさんを連れてきたよ〜」

 

そんな呑気な声を出すシルヴィ可愛過ぎだろ?

 

『……今開けるわ』

 

暫くすると凛とした声が聞こえてドアのロックが解除される音が聞こえる。

 

そしてドアが開いたので中に入る。

 

「へ……?」

 

「……はい?」

 

「……ふぇ?」

 

「……え?」

 

「……まさか」

 

入るとそこには5人の女子がいた。まあクインヴェールだから女子しかいないけど。

 

その中で知っている女子は2人だけだ。

 

1人は美しい金髪を持つ女子、ソフィア・フェアクロフ。ガラードワースのフェアクロフさんの実の妹で前回の王竜星武祭で俺と戦った人だ。この人てっきり王竜星武祭に絞るかと思っていたので獅鷲星武祭に参加するのは意外だった。

 

もう1人は常盤色の髪を持つ女子、クロエ・ブロックハート。つい最近デビューしたアイドルだ。俺的には割と気に入ったので珍しく音声データを買った。基本的にシルヴィの歌以外は聞かないので割と珍しい事だろう。

 

残りの3人は知らないが全員ポカンとした表情をしている。

 

「ひ、ひ、ひ、ひ、比企谷八幡!な、何故ここに?!」

 

一番最初に再起動したのはフェアクロフ先輩だ。目を見開きながら後ずさりする。……淑女とは思えない所作だな。

 

「お久しぶりっすねフェアクロフ先輩。俺がシルヴィの言ってるお手伝いさんですよ」

 

「なっ?!し、シルヴィア!どういうつもりですの?!」

 

「え?チーム力を上げるなら強い人が良いじゃない?だから私の知り合いの中で暇……手伝ってくれそうな八幡君に頼んだんだよ?」

 

待てシルヴィ。お前今暇な人って言おうとしただろ?事実だから反論はしないが。

 

内心シルヴィにそう突っ込んでいるとクロエ・フロックハートが近付いて鋭い目で見てくる。

 

「どういう目的で私達に協力をするのかしら?『影の魔術師』」

 

「あん?何の話だ?」

 

「本来レヴォルフのNo.2の貴方が私達クインヴェールの生徒を鍛えるなんてあり得ないわ。それに貴方は裏で星導館と組んでいたり、『悪辣の王』からオーフェリア・ランドルーフェンを奪い取ったり……何を考えているの?」

 

「へぇ……そこまで知ってんのか?おいシルヴィ、こいつベネトナーシュの人間か?」

 

俺の情報をここまで知ってるのは各学園の諜報機関の人間くらいだろう。

 

「そうだよ。ちなみにプロデュースをしたのも私だよ」

 

「そうか……お前の事だ。別に悪い事を考えている訳でもないんだろ?それならそれでいい……っと、話を戻すぞ」

 

そう言ってクロエを見据える。

 

「確かに俺は裏でエンフィールドと組んだりディルクからオーフェリアを奪ったりしたがな、それは全部俺自身の為にやった事だ。別にどっかの組織や人の為にやった事じゃねぇよ。今回の件もシルヴィのこ……友人として協力するだけだ。レヴォルフは関係ねーよ」

 

危ねぇ、つい恋人って言いかけてしまった。俺とシルヴィの関係は知られてはいけないからな。気をつけよう。

 

改めて決心して再度クロエに話しかける。

 

「まあお前らが信じないならそれでいい。で、やるのかやらないのかどっちにすんだ?」

 

そう言って5人を見渡すと頭に兎の様な飾りをした女子が勢いよく頭を下げる。

 

「やります!よろしくお願いします!」

 

ピシッと頭を下げてくる。これには俺も予想外だった。

 

「美奈兎……貴女、簡単に信じ過ぎよ」

 

クロエは呆れた表情をするも、

 

「え?だってシルヴィアさんが連れて来た人だし悪い人じゃないでしょ?」

 

美奈兎って女子はあっけらかんとそう返す。そこには疑いの感情は見えない。

 

「そうですね。シルヴィアさんの薦めた人ですし大丈夫でしょう」

 

「わ、私も良いと思う……」

 

名前の知らない2人も賛成してくる。その事からシルヴィの人気を改めて理解する。

 

「へぇ……シルヴィって愛されてんだな」

 

「からかわないでよ八幡君」

 

シルヴィはジト目で見てくるが可愛いだけだからな?2人きりだったら即座に抱きしめる可愛さだ。

 

「悪かった悪かった。まあそれは後にして……フロックハートとフェアクロフ先輩はどうするんですか?」

 

「……そうね。じゃあお願いするわ」

 

「皆さんがそう言うなら……」

 

俺が尋ねると残りの2人も了承する。フェアクロフ先輩は渋々って感じだけど。

 

「ソフィア先輩、何でソフィア先輩そんなに嫌そうなんですか?というか知り合いなんですか?」

 

美奈兎って女子がフェアクロフ先輩に聞いてくる。怖れを知らないなこいつは……

 

「べ、別に嫌という訳ではありませんわ!その……前回の王竜星武祭で彼に手も足も出なかったので……上手く接する事が出来ないだけですわ」

 

あー、まあ……今思い返すと少しやり過ぎたかもしれん。

 

「そいつはすみませんでした」

 

「そこで謝らないでくださいまし!」

 

どうやら悪手だったようだ。これ以上は止めておこう。

 

「了解しました。んじゃ始めたいがその前にそっちの3人の名前を教えてくれないか?」

 

流石においだのお前呼びは失礼だし。

 

「うん。……あ!自己紹介がまだだったね!私若宮美奈兎、よろしくね!」

 

「蓮城寺柚陽と申します。今日からよろしくお願いします」

 

「に、ニーナ・アッヘンヴァル……」

 

知らない3人が自己紹介をしてくる。若宮美奈兎ってのは聞いた事があるな。確かクインヴェールで49連敗して50試合目で序列入りした奴だったな。

 

「比企谷八幡だ。んじゃ早速始めるぞ」

 

俺がそう言うと全員が真剣な表情に変わる。

 

「シルヴィから大体の事は聞いている。確認をするが来年の始めにルサールカに挑むんだったな?」

 

「う、うん」

 

「あいよ。んじゃ先ずは今のチーム赫夜がどのくらいやれるのかを確認させてもらう」

 

息を吐きながらトレーニングルームの中央に立つ。

 

「今から俺1人とそっち5人で模擬戦をするぞ」

 

俺がそう言うと若宮がポカンとしてくる。何だその表情は?

 

「え?比企谷君1人と私達5人?」

 

「あん?そうだけどそれがどうかしたか?」

 

「いや……流石に5対1って……」

 

5対1だから自分達が卑怯だと思ってるのか?

 

「美奈兎、それでもこっちが不利よ。勝率は……そうね、30パーセントあるかないかよ」

 

「そうですわね……アスタリスク最強の魔術師ですからそのくらいでしょう」

 

「そんなに低いの?!」

 

フロックハートとフェアクロフ先輩がそう返す。まあ実際そんな所だろう。少なくとも12月に入るまでに俺に確実に勝てるようにならなきゃルサールカに勝つのは無理だろう。

 

「まあとりあえず物は試しで一戦やるぞ。シルヴィは見学か?」

 

「うーん。見たいのは山々なんだけどこれから仕事があるから無理なんだ」

 

「了解した。仕事頑張れよ」

 

「うん。……あ!最後に1つ八幡君に言わなきゃいけない事があるんだ」

 

シルヴィはそう言って俺の耳に顔を寄せてくる。シルヴィの顔は真剣な表情をしていた。何を話すんだ?

 

俺も意識を集中してシルヴィの言葉を待つ。するとシルヴィは遂に口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私が見てないからってあの子達に手を出しちゃダメだよ?」

 

「出すか。さっさと行け」

 

どんだけ疑われんだよ?結構ショック

 

 

 

 

 



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こうして比企谷八幡は訓練を施す(前編)

「んじゃ、シルヴィも仕事に行ったし始めるぞ。練習試合とはいえ本気でかかってこい」

 

俺がそう言って試合開始地点に立つと赫夜のメンバーの向かい側に立つ。

 

配置は……若宮とフェアクロフ先輩が前衛、アッヘンヴァルが中衛つまり遊撃手あたりだろ。んで蓮城寺とフロックハートが後衛か。

 

俺が腰から黒夜叉とレッドバレットを抜くと向こうも煌式武装を展開する。若宮と蓮城寺の煌式武装はナックル型と弓型と余り使う奴はいないので興味が湧いた。

 

しかしそれも一瞬で直ぐに意識を切り替える。負けるとは思っていないが厳しい戦いにはなるだろう。

 

沈黙が続く中

 

『模擬戦開始!』

 

そんなアナウンスが流れると若宮とフェアクロフ先輩が走り出す。前衛2人のコンビネーションで攻める算段か?

 

「な、九轟の心弾!」

 

同時に真ん中にいたアッヘンヴァルの周囲に万応素が噴いて九つの光弾が現れて放たれる。どうやら短期決戦をするようだ。動き方からしてある程度の鍛錬はしているのがわかる。

 

 

 

 

 

まあわざわざ相手のペースに合わせるつもりは毛頭ないが。

 

そう思いながら俺は星辰力を込め、辺りに万応素を噴出させる。その量はアッヘンヴァルの数十倍だろう。

 

いきなりの万応素に若宮は動きを鈍らせるが戦場でそれは悪手だバカ。

 

 

「影の鞭軍」

 

俺がそう呟くと背中に魔方陣が現れてそこから12の影の鞭が現れて背中に固定される。赫夜のメンバーからしたら背中から12の影の鞭が生えているように見えるだろう。見た目は完全に鞭だが1本1本の太さは半径20センチくらいある巨大な鞭だ。

 

 

そんな事を考えながら背中に固定される同時にその内8本を若宮とフェアクロフ先輩目掛けて攻撃するように、4本は俺の前に盾としてアッヘンヴァルの攻撃を防ぐように指示を出す。すると鞭は唸りを上げてから指示した動きをし始める。

 

アッヘンヴァルの攻撃は影の鞭が盾となって防ぎ……残りの8本は攻撃にまわる。

 

 

 

 

「くっ……!」

 

それを見たフェアクロフ先輩はサーベル型煌式武装でそれを受け流す。しかしあらゆる方向から攻めてくる割と攻撃力のある4本の鞭全てを捌き切るのは難しいようで歩みは止まっている。それでもダメージを受けずに4本の鞭を捌くのは流石の剣技と言った所か。

 

一方の若宮は……

 

「わっ!とっとと……!」

 

避けたりしながらナックル型煌式武装で鞭の横っ腹を殴る事で対処しているも、完璧に対処出来ているのは3本だけで残った1本の鞭には対処出来ず肩に1発くらって後ろに吹き飛ぶ。体勢は崩し切れていないが今の若宮じゃ4本の鞭に対処するのは無理だろう。先ずは若宮からだな……

 

そう思いながら追撃をしようと4本の鞭を放つと……

 

「させません!」

 

「じゃ、王太子の葉剣!」

 

若宮に当たる直前、後ろから蓮城寺の弓とアッヘンヴァルが持つ光の剣が影の鞭を4本の内3本を弾き飛ばす。そして残った1本の攻撃は若宮本人によって妨げられる。

 

(……援護が面倒だな。先ずは遊撃手のアッヘンヴァルを潰すか)

 

俺が影の鞭軍で同時に制御出来る鞭の数は12。その内4本はフェアクロフ先輩の足止めに使っていて、4本は防御用に自身の周囲に配置させている。

 

残りの4本で潰しに行きたいが、4本でアッヘンヴァルを潰すのは無理だろう。

 

方針について悩んでいると……

 

「そこです……!」

 

蓮城寺の弓型煌式武装から極大の光の弓が現れて俺に向かって放たれる。間違いなく流星闘技だろう。

 

「ちっ……」

 

俺は防御用の4本の鞭に指示を出して防御に回すと光の弓とぶつかり合い火花が飛ぶ。

 

「今っ!」

 

それと同時に若宮が突っ込むがそう簡単には行かせない。残った4本の鞭を振るうも距離があるから避けられてしまう。そして更に距離を詰めてくる。

 

だったら……

 

俺が若宮に攻撃した鞭に指示を出す。すると若宮の真後ろにあった鞭の先端が向きを変えて若宮の背中に向けて襲いかかる。いくら何でも後ろからの奇襲には無理だろう。

 

 

 

 

 

 

しかし俺の予想は外れた。

 

若宮はピョンとジャンプして影の鞭の突きを全て回避する。しかも他のメンバーは誰も注意をしていないのにだ。

 

(んだこいつは?後ろに目でも付いてるのか?)

 

若宮の能力について考えていると目の前に光弾が飛んできたので黒夜叉で弾く。見ると最後方でフロックハートがハンドガン型煌式武装を俺に向けていた。人の顔面に狙って撃つとは良い性格してやがる。

 

口に出して文句を言いたいがそれは後だ。何せ今現在若宮と俺との距離が3メートルを切っていてそれどころではないからな。

 

「玄空流ーー旋破!」

 

そう言いながら放ってくるナックル型煌式武装からは星辰力が溢れているから流星闘技だろう。

 

影の鞭は使えない。12本の鞭の内、4本はフェアクロフ先輩の足止め、4本は蓮城寺が出し惜しみなしで放ってくる流星闘技に対する防御、残りの4本は自由だが今から若宮の攻撃を防ぐのは無理だろう。

 

よって若宮の攻撃には俺自身が対処しないといけない。

 

俺は体を右後ろに動かして若宮を俺とフロックハートの間に誘導する。これてフロックハートの援護射撃はないから問題ない。

 

「中々速い一撃だが……まだ足りないな」

 

俺はバックステップで右ストレートを回避する。確かに速いが日頃レヴォルフで揉まれている俺からしたら対処出来ない速さではない。

 

「まだまだぁ!ーーー転槌!」

 

すると低い体勢になりながら左腕から肘打ちを放ってくる。こいつは避けれないな……

 

俺は体をズラして校章に当たらないようにする。最優先は校章の破壊を防ぐ事だ。多少のダメージは仕方ないだろう。

 

「ぐっ!」

 

俺の脇腹に若宮の肘打ちが当たり吹き飛ぶ。ゲロ吐きそうになるが我慢だ。

 

後ろに吹き飛ぶと若宮は更に追撃をしかけようとしたが一瞬ハッとした表情をして高くジャンプをする。そこにはさっき奇襲をした影の鞭があった。

 

(またしても奇襲に失敗かよ……マジで面倒だな)

 

つーかこのチーム結構やるな。影狼修羅鎧や影狼神槍を使っていないとはいえ俺が不利になるとは予想外だ。

 

仕方ない、少々大人気ないが本気を出すか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きて我が傀儡となれーーー影兵」

 

俺がそう呟くと俺の影が黒い光を出し、五体の黒い人形が湧き出る。その姿は真っ黒ではあるが全て俺と同じ体格をしている。

 

それを見たフェアクロフ先輩は戦慄した表情を見せてくる。

 

「気をつけてくださいまし!その人形は冒頭の十二人クラスの実力ですわ!」

 

実際に戦った事のあるフェアクロフ先輩はそう言うがそれは間違いだ。一度に召喚したのが一体なら冒頭の十二人クラスだが、一度に五体の影兵を召喚した場合はせいぜい序列30位から50位くらいだ。

 

しかしフェアクロフ先輩は一体の影兵としか戦った事がないので一体一体の実力が冒頭の十二人クラスと勘違いしているようだ。

 

そして勘違いは時として戦局を大きく変える事になる。

 

「いけ」

 

若宮の追撃を避けながらそう指示を出すと五体の影兵は一斉にフェアクロフ先輩の所に向かう。それと同時にフェアクロフ先輩に攻撃していた4本の鞭の先端を引き寄せて若宮の攻撃を防ぐ。

 

影兵は基本的に自動で動くから意識を割く必要はない。俺の目的はフェアクロフ先輩は五体の影兵で引き際に足止めして、残った4人を12の影の鞭で攻める事だ。

 

ちらっと横を見ると影兵五体がフェアクロフ先輩を囲ってヒットアンドアウェイ戦法をとっている。この程度で倒せるなんて思っていないが足止めとしては充分だろう。

 

そしてフェアクロフ先輩を影兵で足止め出来れば若宮は敵じゃない。

 

若宮は再度流星闘技を発動して右ストレートを放ってくるが4本の影の鞭がそれを防ぎ……

 

 

「先ずは1人」

 

若宮の校章を粉砕する。

 

『若宮美奈兎、校章破損』

 

「そ、そんな……」

 

若宮の呆然としている中俺はアッヘンヴァルに狙いを定める。次はお前だ。現在12の影の鞭の内、4本は蓮城寺の攻撃を防いでいるので使える鞭は8本か。だったら……

 

 

 

俺は8本中6本の鞭をアッヘンヴァルに飛ばす。これで2人目だな。

 

そう思っているとアッヘンヴァルの周囲から万応素が噴き荒れる。さっきまでの数倍はある事から切り札を切るのだろう。

 

「大王の崩順列!」

 

するとアッヘンヴァルの前方に光の砲台が現れてそこからハートの形をした砲弾が放たれて6本の影の鞭がぶつかり、辺り一面に衝撃が走る。

 

それを確認すると同時に影の中に潜る。あのハートの形をした砲弾と6本の鞭の威力は殆ど同じだ。だから今の内に……

 

影の中から移動していると地上では大爆発が起こり辺り一面に煙が上がる。煙はトレーニングルーム全体に広がって視界は悪くなる。

 

しかしこうなる事を予想して影の中に入った俺には関係ない。

 

そのままアッヘンヴァルの足元に近づくと俺は影の中から這い出て、黒夜叉でそのままアッヘンヴァルの校章を斬り裂く。これで2人目。

 

『ニーナ・アッヘンヴァル、校章破損』

 

アナウンスが流れるのが聞こえていると寒気を感じたので咄嗟に後ろに下がるとさっきまで俺がいた場所に向かって光の矢が飛んできた。多分蓮城寺の弓だろう。

 

何とか回避する事には成功したが、その後も俺の位置がわかっているかのように矢を放ってくる。

 

(……マジか?!この煙の中で正確に狙撃出来るのかよ?!)

 

正直これには驚いた。まさか煙が充満している中でここまで正確に狙撃をしてくるとはな予想外だ。

 

しかし弓の煌式武装の利点を生かしていないのが勿体無いな……

 

「覆えーーー影鎧」

 

そう呟くと自信の体に影が纏わりつき鎧となる。影狼修羅鎧の下位の能力だ。しかし並みの煌式武装の攻撃なら簡単に弾けるから問題ない。

 

鎧を纏うとちょうど同じタイミングで煙が晴れて蓮城寺の姿が見える。弓を構えてはいるが表情は驚きに満ちている。

 

それを見ながら俺は蓮城寺に突っ込む。前方から蓮城寺の弓が、右方からフロックハートの光弾が体に当たるが影鎧には傷一つ付かない。

 

そしてそのまま距離を詰めて……

 

『蓮城寺柚陽、校章破損』

 

そのまま蓮城寺の校章を破壊する。後2人だし次は……

 

左で影兵に時間稼ぎをされているフェアクロフ先輩に向けて影を放つ。俺の足元から現れた影はそのままフェアクロフ先輩に突っ込み拘束する。

 

 

「ちょっ!な、何ですの?!」

 

フェアクロフ先輩が驚きの声を出しているが捕まえただけですからね?内心そう突っ込みながら影兵に指示を出す。

 

影兵はそのまま両腕を拘束されて剣を振るえないフェアクロフ先輩に向けて腕を振るい校章を破壊する。

 

『ソフィア・フェアクロフ、校章破損』

 

これで4人。後は……

 

俺は後ろを向きながら影兵を自身の左右に配置して俺に煌式武装を向けているフロックハートに向けて話しかける。

 

「詰みだ。降参してくれるとありがたい」

 

降伏するように促す。影鎧を纏っている俺に加えて影兵がいる時点で俺の勝ちは確定している。万が一傷付けたら後に響くから降伏して欲しい。

 

フロックハートは暫く俺を睨んでいたが、やがてため息を吐く。

 

「わかったわ。私の負けよ」

 

ため息を吐いて校章に手を当てる。

 

『模擬戦終了!勝者、比企谷八幡!』

 

それと同時にアナウンスがトレーニングステージに響き渡る。さてさて……次は総評と反省会だな。

 

そう思いながら俺は5人の元に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『じゃあオーフェリアさん。明日からお願いしてもいいかな?』

 

「……わかったわ。任せて」

 

『ありがとう。私は仕事で忙しいから助かるよ』

 

「別に構わないわ。私もそうするべきだと思ってるから」

 

 



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こうして比企谷八幡は訓練を施す(後編)

「う〜、手も足も出なかったよ〜」

 

5人の元に歩くと若宮が悔しそうな表情で嘆いていた。そりゃまあ……いくら5対1でもそう簡単に負けるつもりはない。

 

「まあ今回は実力を確かめるのが目的だしそう気にするな。それに最後は割と本気を出したぞ」

 

「嘘ね。貴方、シルヴィアや『孤毒の魔女』に使っていた鎧や槍を使っていなかったじゃないの」

 

フロックハートは冷たい目をしてそう言ってくる。おそらく影狼修羅鎧と影狼神槍を使わなかったから本気を出していないと思ってるいるのだろう。

 

「アホか。影狼修羅鎧はともかく、影狼神槍は対オーフェリア用に開発した技だ。お前らに放ったら五体満足じゃいられないぞ?」

 

アレは破壊力に特化した切り札で桁違いの星辰力を持つオーフェリアでさえ無傷で防ぐのは無理な技だ。こいつらに使ったら良くて腕が捥げる、最悪死ぬだろう。んな事したら間違いなく面倒になるし。

 

「まあそれはどうでもいい。それより総評に入るぞ」

 

俺が話を切り上げて本題に入ると全員が真剣な表情になる。

 

「まず若宮、お前の近接技については上位序列者、それこそ冒頭の十二人に近いだろう。だがまだ型以外の動きは硬い。おそらく実戦稽古は殆どしてないだろ?」

 

俺に対して攻撃している時はキレがあったが、俺が反撃した瞬間若干動きが鈍かった。

 

「う、うん」

 

「だろうな。場合によってはお前の型と相性が悪い相手に備えて型以外にもある程度の動きを実戦で身に付けろ」

 

「でもトレーニングの相手はどうするの?あんまり他の人には見せたくないし……」

 

「そいつは俺の影兵やイレーネあたりに協力して貰うように頼んでやるから安心しろ」

 

イレーネの体術は実戦で鍛えた物で若宮にとっては良い刺激になるだろう。イレーネもカジノですった金を俺が補填してやれば喜んで協力してくれるだろう。

 

「次はアッヘンヴァル。お前は切り札の使い所を考えろ。例えば最後に放ったハート型の光弾だが、もっと早くにフェアクロフ先輩の援護に使えばフェアクロフ先輩をフリーにする事が出来て勝てたかもしれないぞ?」

 

最後に放ったハート型の光弾は俺の影の鞭6本を破壊する威力だった。アレをフェアクロフ先輩に使っていた4本を破壊する為に使っていれば勝てたかもしれないし、勝てなくてもかなり危なかっただろう。

 

「あ……」

 

「理解したようだな。という事でお前は後で俺が直接鍛えるから技の使い所を身体に叩き込ませろ」

 

切り札は出し惜しみするか早めに使うかは対戦相手によって変える必要がある。その判断を出来るようにならなきゃ遊撃手としては半人前だ。

 

「あ、で、でも私の能力は何度も使えないの……」

 

「あ?どういう事だ?」

 

何度も使えない能力だと?意味がわからん。星辰力がないならともかく、何度も使えないって何だよ?

 

疑問に思っているとフロックハートが前に出てきて説明をしてくる。

 

「彼女の能力はトランプを模した能力なの。4つのスート、スペードが近接攻撃、ハートが遠距離攻撃、ダイヤが防御能力、クラブが補助型能力で威力はその数字によって変化するの。そして一度使ったスートと数字の組み合わせは1日使えなくなるのよ」

 

「随分と癖の強い能力だな……ちなみに最後の技はもしかして複数の能力を合わせたのか?」

 

「う、うん」

 

ほう……一つ一つが弱い能力でも組めば化ける。ある意味獅鷲星武祭にピッタリの能力だな。

 

「わかった。じゃあお前の課題は能力者としての立ち回り方を学ぶ事と、合成技のバリエーションを増やす事だ。」

 

能力者としての立ち回り方は俺が教えて、更に俺が合成技の実験台になればアッヘンヴァルは問題ないだろう。

 

「わ、わかった。よ、よろしく……」

 

そう言ってアッヘンヴァルは上目遣いで俺に教えを請いてきた。

 

(……何この小動物?凄く可愛いんですけど)

 

保護欲を駆り立てるアッヘンヴァルの表情。プリシラに似ていて凄く可愛いな……

 

そう思っていると……

 

pipipi……

 

俺の端末が鳴り出した。

 

端末を開くとメールが2通来ていた。それも同じ時間に。何か前にもあったぞ?

 

嫌な予感を感じながらメールを開くと凍り付いてしまった。そこには……

 

 

 

 

 

 

『fromオーフェリア 八幡、今私とシルヴィア以外の女相手に鼻の下を伸ばしていたわね。帰ったら話を聞かせてもらうから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今赫夜のメンバーにデレデレしてたでしょ。帰ったら事情を説明してね』

 

そう表示されていた。

 

(……………死んだな)

 

つーか何でわかったんだよ?!しかも『伸ばしていたわね』と『してたでしょ』って断定してんじゃねぇか?!何でわかったの?!もしかして身体に何か仕込まれたの?!

 

「比企谷君どうしたんだろう?」

 

「顔がわかりやすいくらい真っ青になっていますね」

 

「……大丈夫かな?」

 

「見たところメールを見たからこうなったようですが……」

 

「大方恋人に何か隠し事をしていのがバレたって所でしょ」

 

「え?!クロエ、そんな事まで知ってるの?!」

 

「え?あ、いや何となくそう思っただけよ。それより……」

 

何か近くから声が聞こえたかと思ったらいきなり振動を感じたので前を見るとフロックハートが俺の肩を揺らしていた。

 

 

 

「やっと意識を戻したわね。次の総評をして欲しいのだけど」

 

フロックハートに冷たい目で見られて現状を理解する。そうだ、今は総評が第一だ。シルヴィとオーフェリアには後でしっかり謝ろう。今日は朝までキスされるかもな。

 

「悪い悪い。んじゃ次は蓮城寺な」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

うわ、礼儀正しいなオイ。屑の巣窟に通っている俺からしたら凄く新鮮に見えるんだけど?

 

「ああ。お前は煌式武装としての弓を使えるようになれ。試合を見る限りお前の戦い方は煌式武装じゃない普通の弓の戦い方だ。そこらの雑魚ならともかく獅鷲星武祭本戦に出るような連中相手には限界があるからな。直線的な射撃以外も出来るようになれ」

 

射撃技術は素晴らしいの一言だが、それだけじゃ上の連中には勝てない。弓型煌式武装は使用者の技術によって威力や矢の軌道を調整する事が出来る。後衛の人間はありとあらゆる状況でも援護を出来なければいけないので弓型煌式武装としての技を身につけなくてはいけない。

 

「わかりました。次の稽古までに再調整しておきます」

 

「え?!ちょ、ちょっと待って!」

 

すると若宮が慌てた様子で蓮城寺に詰め寄っていた。何だいきなり?

 

「いいの?それじゃあ獅鷲星武祭に参加する理由が……」

 

は?どういう事だ?

 

疑問に思っている中、蓮城寺は笑って首を横に振る。

 

「いえ。あれは無知で愚かな自己中心的な視野狭窄です。チームの一員としての役割などを考えた場合、自分に出来る事を広めていく必要があるようです」

 

「柚陽ちゃん……」

 

何か百合百合しい空気を出しているが、こいつら百合じゃないよな?百合は勘弁して欲しいぞ。シルヴィとオーフェリア以外の百合は認めん。

 

「何だかよくわからんが再調整はするんだな?」

 

とりあえずOKはしたみたいだが一応再確認をしておく。それを聞いた蓮城寺は笑顔で頷く。

 

「はい。問題ありません」

 

どうやら本当に不満はないようだな。

 

「なら良い。んじゃ次はフェアクロフ先輩。って言ってもフェアクロフ先輩は技術的には問題ないですね」

 

実際に影の鞭4本や影兵の攻撃を凌ぎ切った以上技術は超一流だ。俺が授ける技術はないだろう。

 

「ですから俺が教えるのは人を傷つけなくても戦える作戦を増やす策を教えます」

 

「そ、そんな事が出来るのですの?」

 

訝しげにそう言ってくる。余り信じているようには見えない。つーか俺フェアクロフ先輩とフロックハートに信用されてないなぁ……

 

「はい。例えばこの煌式武装ですが……」

 

俺はそう言って腰からハンドガン型煌式武装『レッドバレット』を取り出してトレーニングルームの壁に向けて放つ。壁に向かって飛んでいった光弾は壁に当たると雲散霧消する。しかし壁には傷一つ付いていない。

 

「って、感じで俺のレッドバレットの能力は『相手の気分を悪くする』って能力で殺傷能力が一切ないんですよ。実際あの光弾は超音波の塊ですし」

 

「つまり私に殺傷能力はないけど厄介な能力を持った煌式武装を試してみろと?」

 

「ええ。今回フェアクロフ先輩の俺の攻撃を凌ぐのが主な仕事でしたけど場合によっては、圧倒的な強者がチームリーダーの場合攻め手を増やす必要があるので」

 

人を傷つけられなくても戦い方はいくらでもある。相手の調子を崩して若宮やアッヘンヴァルに獲らせる戦法を身につけておいた方がいいだろう。

 

「ですが私、銃はからっきしですわよ」

 

「それについては俺の方で心当たりがあるので準備をしておきます」

 

アルルカントにいる知り合い、厨二病のデブはアルルカントと星導館とレヴォルフの煌式武装共同開発の為に暫くレヴォルフにいたからな。あいつに剣型煌式武装を作らせよう。

 

「わかりましたわ。よろしくお願いしますわ」

 

「はいはい。んで最後にフロックハートだが……」

 

俺が口を開けようとすると……

 

『間も無くトレーニングルームの利用時間が終了します』

 

赫夜の5人の胸にある校章が点滅してそう告げる。

 

「時間切れのようだな。フロックハートについては後でシルヴィから連絡先を聞いてから説明で良いか?」

 

他の5人はともかく、俺が女子校に長居していたらヤバいからな。

 

「……わかったわ」

 

「了解了解。んじゃ次はフェアクロフ先輩の煌式武装が完成してからでいいか?」

 

「うん。いいよ」

 

チームリーダーの若宮に確認を取ると了承を得たので今後の方針は決まった。

 

「わかった。んじゃ俺は帰る。まだ次回な」

 

俺は息を吐いて影の中に潜り、5人の驚きの表情を見ながらトレーニングルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、訳で材木座。1週間以内、出来れば3日以内に作ってくれ」

 

クインヴェールを出た俺は自分の家に帰る途中材木座に電話をしている。

 

『ちょっと待つがよい。これでも我獅子派として結構忙しいんだが……』

 

「やれ。やらないならお前が書いた小説を投稿サイトに投稿するぞ」

 

『待って待って!やるからそれは勘弁して!』

 

素に戻ってるぞお前。そんくらいのことで狼狽えて獅子派の幹部が務まるのかよ?

 

 

「投稿するのは冗談だ。でもわりかし急いでるから早くして欲しい」

 

『むふぅ……それは構わぬが何故にサーベル型煌式武装なのだ?貴様が使う煌式武装はナイフ型であろう?』

 

「使うのは俺じゃないからだ。とにかく頼む。報酬は30万でどうだ?」

 

『任せるがよい。最高の武装を作ってやろう』

 

即答かよ。現金な奴だ。まあ高くついたが後でフェアクロフ先輩に徴収しよう。

 

「助かる。じゃあな」

 

俺はそう言って通話を終了する。それと同時に自分の家が目に入る。

 

はぁ……帰ったらシルヴィとオーフェリアに怒られるんだろうな。まあ自業自得だけど。

 

覚悟を決めた俺は息を吐いて鍵を開ける。

 

「ただいま」

 

一言挨拶をして中に入ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかえりなさいませ、ご主人様」

 

「お、おかえり八幡君」

 

悪魔風のエロい雰囲気のメイド服を着たオーフェリアと裸エプロンのシルヴィがいた。

 

 

………ここは天国か?てか怒られると思っていたんだけど何があったんだ?



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比企谷八幡は天国を知る

ここは天国か?

 

そう思っても仕方ないだろう。今、俺の目の前にはこの世で最も美しいと思える存在が2人もいるからだ。

 

そして俺は口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お前ら……」

 

目の前にいる悪魔風のメイド服を着たオーフェリアと裸エプロンのシルヴィに挨拶をする。

 

しかしどうしてこうなったんだ?

 

オーフェリアは真っ黒なメイド服を着ていたが、ヤバい点は4つある。

 

1つ目は全体に白いフリフリが付いていて足にはメイド服特有のガーターベルトが付いている。ストッキングと合わさって何とも言えない色気を放っている。

 

2つ目は胸の部分だが、胸パッドを使っているのかサイズがキツイのかわからないがいつもより胸が大きく見える。しょっちゅう揉んでいる俺からしたら今直ぐに手を出したいくらいだ。

 

3つ目は頭についている猫耳だ。どういう原理か知らないが時折ピクピクと動かしていて可愛い。今直ぐギュッと抱きしめたい。

 

そして4つ目は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おかえりなさいませ、ご主人様」

 

ちゅっ……

 

そう言って顔を赤くしながらおかえりのキスをしてくるオーフェリア本人だ。オーフェリアの恥じらい、ご主人様呼び、いつもと違う格好でのキス、それら全てが俺の理性をゴリゴリと削ってくる。マジでヤバい。もう今直ぐベッドに連れて行きたいんですけど?

 

そう思いながらオーフェリアにキスをされているとオーフェリアが俺から離れてシルヴィが前に立つ。

 

シルヴィの格好は裸エプロンだ。シンプルに一糸纏わぬ姿の上に真っ白なエプロンを着ているだけの格好だ。

 

今までエロ本やAVなどで何回も見た事があるが、それらが大した事ないと思えるくらいヤバい程の破壊力が目の前から感じる。

 

シルヴィが着ている真っ白なエプロンはとにかく小さい。本来シルヴィには合っていないサイズだろう。

 

しかしそれによって肌の露出が激しくて大事な所以外は丸見え状態だ。胸の一部は横から見えてるし、足の部分は付け根ギリギリまで丸見えとなっていて美術品のような美脚が晒されている。

 

しかも布地が薄いからか胸の部分には桜色の先端がエプロンの下から膨らんでいるくらいだ。

 

結論をハッキリ言うと……裸よりエロいです。

 

しかし1番恐ろしいのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おかえり……八幡君」

 

ちゅっ……

 

オーフェリア同様、真っ赤になりながらおかえりのキスをしてくるシルヴィ本人だ。いつもは笑いながらキスをしてくるから大分慣れたが……恥じらいながらのキスは破壊力がヤバい。

 

正直言って今直ぐ2人をベッドに連れて行きたい。そして2人に甘えたいし甘やかしたい。

 

「あ、ああ。ただいま」

 

俺が何とか返事をすると2人は俺から離れてリビングの方を指し示す。

 

「ゆ、夕ご飯はもう出来てるから案内するね」

 

シルヴィはそう言って俺に背を向けてリビングに向かって歩き出した。それによってシルヴィの後ろ姿が丸見えだが……

 

 

(本当に裸エプロンかよ?!ヤバい、今直ぐ抱きつきたい)

 

俺の視界にはシルヴィの美術品のような綺麗な背中と小振りで可愛らしいヒップに釘付けとなってしまっている。シルヴィの裸はシルヴィがこのマンションにいる時は毎日見ているが、エプロンを付けているとそれとは別の破壊力がある。

 

そう思っていると……

 

 

「……鞄を預かります。ご主人様」

 

言うなりオーフェリアは俺の鞄を預かり、玄関にある俺の靴を綺麗に揃える。

 

(……ヤバい。こっちはこっちで破壊力がヤバい)

 

オーフェリアがエロ……可愛らしいメイド服を着て俺に奉仕をしてくれている。ご主人様呼びがガチで胸が熱くなる。無表情ながら僅かに見える恥じらいの感情が堪らなく愛おしい。

 

俺は幸福を胸に感じながら可愛いメイドと一緒にリビングに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分……

 

「……ご主人様、次は何を食べますか?」

 

俺の右隣に座っているオーフェリアがそう尋ねてくる。てか近いからな?さっきから腕に胸が当たってるし。

 

「じゃ、じゃあ次は鮭の切り身を頼む」

 

「鮭の切り身ですね。じゃあ私じゃなくて……」

 

「左側にあるから私がやるね。はい八幡君、あーん」

 

俺の左隣に座っている裸エプロン姿のシルヴィが箸に鮭の切り身を取って俺に差し出してくる。エプロンの端からは胸が揺れているのが見えてエロい。乳首が見えていないのに裸よりエロいって……これがチラリズムってやつか?

 

「あ、あーん」

 

そう言って鮭の切り身を口にすると鮭特有の甘みが口の中に広がる。控えめに言って最高に美味い。

 

「美味いな。サンキュー。ところでお前らに聞きたい事があるんだけど」

 

「……何でしょうか、ご主人様?」

 

「何かな?」

 

「いや、その……何でそんな格好をしてんだ?後オーフェリア、すまんが今からは普通の口調に戻してくれ」

 

流石にいつまでも敬語を使われるのは何というかむず痒い。いや、まあ気分は悪くないが、俺はてっきり帰ってきたら怒られると思っていた。さっきアッヘンヴァルの小動物みたいな仕草にデレデレしちゃったし。

 

「それは……八幡君を喜ばせようと思って」

 

それは何となくわかる。しかし問題はそこではない。

 

「それはわかったが、何で今なんだ?俺はてっきり怒られると思っていたんだぞ?」

 

「……初めはそのつもりだったわ。けどシルヴィアと話し合った結果怒るのは止めたの」

 

いつもの口調に戻ったオーフェリアがそう言ってくる。初めはそうだったのかよ?

 

「初めは怒るつもりだったんだけど……女の子にデレデレしただけで怒っちゃったら八幡君に器の小さい女って思われて嫌われちゃうかなぁって……」

 

シルヴィは苦笑いしながらそう言ってくるが……

 

「アホか。俺がお前らを嫌うなんてないからな?その逆はあっても俺から嫌う事はねぇよ」

 

「本当?」

「たりめーだ」

 

今回の件も俺が恋人以外の女にデレデレしたことが悪いんだし、その件で怒られても不満はない。

 

しかしそうなると別の考えが浮かんでくる。

 

「とりあえず嫌われたくないから俺を怒らないってのはわかった。でも何で俺を喜ばせようとしたんだ?」

 

怒らない理由はわかったが喜ばせる理由がわからん。

 

「あ、それね。確かに怒らないって決めたけど実際に八幡君が他の女の子にデレデレするのは嫌なの」

 

「……だから私とシルヴィアが八幡を怒らないって決めた後に、方針を変えたの」

 

「方針?どういう事だ?」

 

俺が尋ねると2人が口を開いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)が喜びそうな格好で八幡(君)を私達にメロメロにさせて他の女子に興味を持たないようにすると決めたのよ(するって決めたんだ)」」

 

そう言って両サイドから抱きついてくる。可愛過ぎか?今直ぐ結婚式を挙げたいんですけど?

 

「……私も早く挙げたいわ」

 

「うん。早く八幡君にウェディングドレスを見せたいな」

 

「待てコラ。どうやって今俺の心の内に対して返事をした?」

 

今は口に出していない筈だ。にもかかわらず俺の内心に対して返事をするなんてエスパーかこいつら?まあシルヴィの能力なら思考を読み取れるかもしれないけど。

 

俺の返答に対して2人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「当然よ(だよ)。心から愛している人の思考を読み取るなんて朝飯前よ(だよ)」」

 

当然のようにそう返して両頬にキスを落としてくる。両頬に温かい感触を感じると苦笑が湧いてくる。

 

(全くこいつらは……相変わらず愛が重いな)

 

だが……悪くない。俺に2人の愛を受け止め切れるかはわからないが……全力で応えないとな。

 

そう思いながら2人の作った至高の夕食を食べるのを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『サンドラ・セギュール、校章破損』

 

空間ウィンドウにてそんな音声が流れて歓声が上がる。

 

夕食を食べ終えた俺は自室にて、チーム赫夜が以前行った練習して試合を見ていた。

 

対戦したチームは同じクインヴェールのチーム・メルヴェイユってチームだ。

 

チーム・メルヴェイユは序列7位の『水龍』サンドラ・セギュールがリーダーを務め、序列12位と17位と22位のセティ姉妹の3人と元序列35位『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグの5人で構成された中堅チームといった所だろう。優勝は無理だが本戦出場は余裕のチームってのが俺の評価だ。

 

「ふーん。今日の試合でも思ったが赫夜の連中は随分と癖が強いな。おそらく凸を凹で補うチームだろうな」

 

一応赫夜とメルヴェイユの試合を見る前に赫夜のメンバーの序列戦の記録を見たがかなり癖が強かった。

 

若宮は遠距離戦にメチャクチャ弱いし、アッヘンヴァルの能力そのものが癖が強いし、フェアクロフ先輩は生身の人間を傷付ける事が出来ないと癖が強過ぎる。

 

蓮城寺とフロックハートは序列戦に出ていないからわからないが、メルヴェイユとの試合を見る限り身体能力がそこまで高くないだろう。

 

さて……メルヴェイユとの試合では勝っていたがアレは向こうのリーダーが嬲る行為に集中して勝ちを逃すカスだったから勝てただけで、舐めていなかったら赫夜が負けていただろう。

 

(とりあえずルサールカとの試合は年明け、俺がリーゼルタニアから帰ってから数日してからだ。それまでにチーム・メルヴェイユ相手に勝率5割を超えるくらいの実力にしないと厳しいだろうな)

 

そう思いながら今度はルサールカの試合を見る為の空間ウィンドウを開こうとした時だった。

 

机の上に置いてあった携帯端末が鳴り出したので空間ウィンドウを開くと見知ったデブがいた。

 

『我だ。貴様に頼まれた例の殺傷能力のないサーベル型煌式武装の設計図が出来たから貴様の端末に送るぞ』

 

仕事が早いな。流石獅子派のエリートだけあるな。もうお前作家の夢諦めろよ。

 

材木座がそう言うと同時に端末にデータが送られたので新しく空間ウィンドウを開くと水色のサーベルが映る。

 

名前は『ダークリパルサー』……待てコラ。確かに色は似ているが良いのかそれで?つーかアレ確かサーベルじゃなくて片手剣だし。

 

まあそれはどうでもいい。肝心の能力は……え?

 

「なあ材木座。これ……マジで?」

 

俺が素っ頓狂な声を出してしまうのは仕方ないだろう。

 

材木座が発案した煌式武装は魅力的な能力を持っているが、それと同時にその能力を帳消しにしてしまう程のデメリットがある武器だった。ぶっちゃけるとマトモな武器とは言えない。

 

材木座もそれを理解しているようにため息を吐く。

 

『仕方なかろう。殺傷能力のない近接型煌式武装なんて普通は作らないのだから』

 

いや、まあそうだけどよ……これは予想外だ。俺なら絶対に使いたくない武器だ。

 

一瞬悩んだが俺は材木座の発案した煌式武装を認める事にした。よくよく考えたらフェアクロフ先輩、ひいてはチーム赫夜そのものがこの煌式武装のようなチームだ。ある意味合っているかもしれん。

 

「わかった。じゃあ作ってくれ。いつ頃出来る?」

 

「早くて3日後だが……八幡よ。貴様これ、誰に使わせるつもりなのだ?」

 

「知り合いだ。とりあえず頼む」

 

そう言って空間ウィンドウを閉じて通話を終了する。ここではっきりクインヴェールの女子って言ったらあいつリア充がウンタラカンタラ言いそうだから言わないつもりだ。

 

さて……とりあえず武器の問題は解決したし本来の予定だったルサールカの試合を「八幡君、お風呂湧いたし一緒に入ろう」……先ずは風呂だな。

 

「わかった。今直ぐ向かう」

 

空間ウィンドウを閉じてクローゼットから下着を取り出して風呂場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って訳で次の訓練は3日後だな」

 

脱衣所にて服を脱ぎながらシルヴィに話しかける。シルヴィも俺の目の前で服を脱いでいる。一緒に暮らし始めた当初はガチガチに緊張していたが……慣れというのは恐ろしい。

 

「そっか。ちなみに八幡君の見立てだと年明ける頃にはどのくらいの勝率だと思う?」

 

「1割は確実に超えたい所だな。つーかシルヴィ、それ勝負下着か?凄くエロいな」

 

シルヴィの奴、紫色の下着を付けているが物凄くエロい。尻の部分なんて若干くいこんでるし。初めて見る下着だがヤバい。

 

「あ、わかった?先週買ったんだけど……」

 

シルヴィはそう言ってから俺に抱きつき……

 

「八幡君としては……どう?興奮するのかな?」

 

艶のある笑みを浮かべながら上目遣いで見てくる。日頃シルヴィの顔を見ている俺からしたらからかっているのが簡単にわかる。おそらく俺がテンパるのを見たいのだろう。

 

 

 

しかし俺はそんなシルヴィの対処法は知っている。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。似合ってるよ。正直に言って今直ぐお前を抱きたい」

 

恥ずかしがらずにハッキリと返事をする事だ。

 

「ふぇ?!は、はちみゃんきゅん?!」

 

案の定シルヴィは真っ赤になってテンパりだす。俺をからかうなんて10年早いからな。

 

思考停止したからか動きを止めたシルヴィの頭をポカンと叩いてから風呂に入った。さて、今日は汗をかいたし丁寧に洗うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局5分したらシルヴィが真っ赤になって風呂に入ってきてポカポカ叩いてきた。

 

その後シルヴィはからかった罰として自身の身体を使って俺の身体を洗ってきたがアレはマジで勘弁してください。



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何だかんだ比企谷八幡は頭がキレる(前編)

地下に向かうエレベーターは不気味だ。窓がない中、ゴウンゴウンと音を立てながら降りるのは余り好きではない。

 

俺は今、レヴォルフで最もマトモな場所に向かっている。レヴォルフの生徒は9割が屑で残りの1割がマトモな生徒だが、俺が今行く場所に所属している学生は全員マトモな生徒だと思う。

 

エレベーターが止まって扉が開くと白衣を着たレヴォルフの学生と中年の男性が慌ただしく動き回っていた。

 

俺が今いる場所はレヴォルフの装備局だ。俺の黒夜叉とレッドバレットもここで作って貰ったが今回は自分の煌式武装の調整をしに来た訳ではない。

 

俺は目的の人物を探し出そうと奥に行こうとすると……

 

「八幡」

 

後ろから目的の人物の声が聞こえたので振り向くと白衣を着た材木座がいた。周りにはレヴォルフの生徒だけでなくアルルカントや星導館の学生もいたが例の煌式武装の共同開発者だろう。

 

「おう材木座、例のアレは?」

 

「うむ。設計図通りの物は完成したのである」

 

そう言ってケースを渡してきたので開くと待機状態の煌式武装があった。試しに起動してみると水色の刀身が現れた。まんま『ダークリパルサー』だなおい。

 

「サンキューな。んじゃ報酬払うから口座番号教えろ」

 

俺がそう言うと材木座は首を横に振る。

 

「いや、報酬は現金ではないものに変えたいのだがよいか?」

 

「ものにもよるな」

 

「うむ。実は三校共同で開発した新型煌式武装のモニターを務めて貰いたい」

 

「モニター?それは構わないが何で俺なんだ?」

 

「今はまだ最終試験中なのだがかなり扱い辛い武器なのだ。具体的に言うと空間把握能力が必須なのだよ。貴様の他には星導館の『華焔の魔女』あたりにも頼んである」

 

空間把握能力ねぇ……まあ確かに俺やリースフェルトには向いているな。

 

「……わかった。じゃあ出来たら連絡しろ」

 

「うむ。それと新作の小説も完成したから是非「読むのは構わないがどっかのラノベをパクってたら殺すからな?」ひげぶぅ!」

 

何か奇声を出して倒れだすが俺の知った事じゃない。てかここで奇声を出すって事はパクった自覚あるのかよ?マジで小説家諦めて技術者になれよ。お前なら大成するぞマジで。

 

内心そう突っ込みながら俺は装備局を後にした。さて、クインヴェールに行かないとな。

 

後ろでは叫び声が聞こえているが気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分、クインヴェールに着いた俺は前回同様影の中に入って移動をしている。シルヴィから許可証を貰っているとはいえ男、それもレヴォルフのNo.2がウロチョロしていたら面倒なのは簡単に想像出来るからな。

 

そう思いながら前回使用されたトレーニングルームが見えたので影の中から周囲を見渡す。……よし、誰もいないな

 

それを確認すると同時に影から出てインターホンを鳴らす。

 

「おい。比企谷だ。開けてくれ」

 

『はいはーい!今開けるね〜!』

 

インターホンを鳴らし要件を伝えると直ぐに若宮の声が聞こえてドアが開いたので中に入ると各々が並んでいた。全員を見る限り若干息を乱している事から俺が来る前に自主練をしていたのだろう。

 

「んじゃ早速だが始めるぞ。今回の予定は先ずフェアクロフ先輩の為に用意した煌式武装の確認、その後に各々のやるべき課題をやって最後に俺と模擬戦って流れで行くが良いな?」

 

全員が頷いたので俺の方針には文句はないようだ。じゃあ先ずは……

 

俺は鞄からケースを取り出して中から待機状態の煌式武装を取り出す。

 

そしてフェアクロフ先輩に顔を向けて話す。

 

「先ずはフェアクロフ先輩に確認を取らせて貰いますが……フェアクロフ先輩は生身の人間を傷付ける事が出来ないと世間では評価されていますが、人を傷付けられないというより自分の手によって相手に血を流させるのが無理なんですよね?」

 

フェアクロフ先輩は既に2度星武祭に参加しているし今回も星武祭に参加しようとしている。この事から先輩は戦いが嫌いだから人を傷付けるのが無理というわけではないのがわかる。

 

「え、ええ。そうですわ」

 

「つまり、裏を返せば相手に肉体的損傷を与えない攻撃なら可能って事ですよね?」

 

「……おそらくは」

 

大体俺の読みは当たったようだ。それならこいつを使って相手に攻撃を出来るだろう。

 

 

そう思いながら俺は手にある待機状態の煌式武装を起動する。すると水色の刀身が現れて綺麗なサーベルとなる。

 

「こいつは俺が知り合いに作らせた煌式武装『ダークリパルサー』です」

 

「『ダークリパルサー』って……」

 

俺が紹介をするとアッヘンヴァルは若干呆れたような表情をしている。どうやら元ネタを知っているようだ。

 

「言っとくが名付けたのは俺じゃないからな?そんな呆れた視線が俺に向けるな」

 

俺はパクリはしない主義だ。あのデブと一緒にしないで欲しい。

 

「それで?その『ダークリパルサー』はどういう効果なのかしら?」

 

フロックハートが冷たい目をしてそう言ってくるがお前俺に対して当たり強くね?まあ気にしないけど。

 

「ああ。『ダークリパルサー』の効果だが……」

 

 

そう言うなり俺は手に持っていた鞄を放り投げて『ダークリパルサー』で斬り払う。

 

しかし刀身は鞄をすり抜けて、鞄は傷1つ付かずに地面に落ちる。

 

それを見た5人は多少の差はあれど驚きの表情を浮かべている。

 

「こいつの刀身はレッドバレットが放つ光弾と同じで超音波で出来ている。相手の体内に超音波を直接ぶつける技だから物理的干渉は一切出来ず、精神的干渉をする煌式武装なんだよ。こんな風に」

 

そう言って俺は『ダークリパルサー』を空いている自分の手の平に刺す。手の平からは一滴の血も流れていない。

 

「す、凄い……って比企谷君苦しそうだけど大丈夫?」

 

しかし頭からは頭痛がする。材木座からは超音波の威力はレッドバレットの弾丸1発の数十倍以上で桁違いと聞いていたが……頭じゃなくて腕に刺しただけでここまでとは思わなかった。

 

「だから言っただろ?この煌式武装は相手の体内に超音波を送る能力を持っているって。ちなみに当たり所によって頭痛の辛さは違って、頭に近い場所ほど頭痛が激しくなるらしい」

 

腕に刺しただけでここまで頭痛がするなんて頭に刺したらヤバそうだな。

 

「うーん。その煌式武装の能力はわかったけど……どのくらい頭が痛くなるのか知りたいな……」

 

若宮がそう言ってくるがこいつマゾか?

 

「なら試してみろ。言っとくが刺すとしたら腕にしとけ。腕に刺した経験者からしたら頭に刺すのはヤバいと思うぞ?」

 

そう言って俺は『ダークリパルサー』を若宮に投げ渡すと若宮は躊躇いながらも自分の腕に刺した。

 

「ううっ……」

 

すると直ぐに若宮の顔に苦痛が現れてよろめきだす。

 

「美奈兎……?大丈夫?」

 

1番近くにいたアッヘンヴァルが若宮を支える。若宮は苦しそうな表情をしながら腕から『ダークリパルサー』を抜く。

 

「ううっ……凄く痛いよ〜。でもこれをソフィア先輩が使えば凄いと思うよ」

 

若宮はそう言うがこの武器は重大な欠陥があるからそう上手くはいかないだろう。現にフロックハートとフェアクロフ先輩は難しそうな表情を浮かべている事から弱点に気付いたのだろう。

 

「……なるほど。確かにこの武器なら私の力が制御される事はないでしょう。ただ……」

 

「かなり難しい武器ね。チーム戦以外じゃ絶対に使われないわね」

 

同感だな。獅鷲星武祭以外では絶対に使う奴はいないだろう。

 

「どういう意味ですか?」

 

蓮城寺がそう聞いてくるので俺は『ダークリパルサー』の欠点について話す事にした。

 

「『ダークリパルサー』には弱点があって、物理的干渉を受けない、つまり相手の攻撃に対して受け太刀を使って対処する事が出来ないんだよ」

 

『ダークリパルサー』の刀身は超音波で構成されているので煌式武装や盾で防ぐことは出来ないが、その代わりに相手の攻撃を受け太刀で防ぐことが出来ないという剣士にとっては致命的な欠陥がある。相手の攻撃も刀身に当たらずにすり抜けるからだ。

 

つまり『ダークリパルサー』を持っている時、相手の攻撃は回避でしか対処出来ない。

 

それを聞いた蓮城寺は納得したように頷く。

 

「なるほど……ソフィア先輩に持たせると全力を出せる代わりに受け太刀が出来なくなる。使い所が難しいですね」

 

「そう。だからこいつを使う場合は強いチームリーダー、それこそチーム・ランスロットのフェアクロフさんやエンフィールドの所の天霧あたりを倒す時に使うべきだな」

 

「ソフィア先輩が相打ち覚悟で相手のチームリーダーに一太刀浴びせて、他のメンバーが調子を崩したチームリーダーを叩くのが定石ね」

 

俺の意見にフロックハートが付け加えてくる。大体それで合っている。

 

「まあ決めるのはフェアクロフ先輩ですから使うかどうかは任せます。こいつが嫌なら早めに言ってください。違う能力を持った煌式武装を作らせますから」

 

何か今材木座が喚いたような気がするが気の所為だろう。材木座は使い倒しても心が痛まないし大丈夫だろう。

 

 

 

フェアクロフ先輩は『ダークリパルサー』を手に取って何度も振るう。フェアクロフ先輩によって振られる剣はまさに神速のような速さだ。俺でも辛うじて見えるくらいだ。

 

単純な剣の腕なら兄とマトモに渡り合えるとは聞いていたが……つよい。もしも人を傷付けることが出来るなら俺やシルヴィの領域に届くだろう。

 

暫くフェアクロフ先輩の剣技を見ていると

 

「そうですわね。選択肢を増やすという意味でも使ってみますわ」

 

1つ頷いて俺を見てくる。どうやらやる気のようだ。

 

「了解っす。んじゃフェアクロフ先輩の課題はとにかく攻撃を避けれるようになる事と、『ダークリパルサー』と普通の煌式武装の切り替え速度を限界まで高める事ですね」

 

フェアクロフ先輩は優秀な剣士だ。場合によっては強者の足止めや後衛の防御を担当する事もあるので状況に応じて煌式武装を使い分けなくてはいけない。その為に煌式武装の切り替え速度を高めるのは必須事項だろう。

 

「わかりましたわ。よろしくお願いします」

 

さてそれじゃあ始めたい所だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん。まだ酔いが収まってないから少し休んでから始めたい」

 

まだ『ダークリパルサー』による超音波の影響を受けていて体が怠い。

 

「あ〜、私も休みたいな……」

 

俺同様腕に『ダークリパルサー』を刺した若宮も俺の意見に賛成してくる。

 

それを聞いた他の4人が呆れた顔をしたのは言うまでもないだろう。




次回、修羅が現れる


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何だかんだ比企谷八幡は頭がキレる(中編)

クインヴェール女学院のトレーニングホールにて……

 

「ほーん。クインヴェールの料理は美味いと聞いていたが本当に美味いとはな……」

 

俺は今クインヴェールで売られているお菓子を食べているがこれが美味い。常日頃コンビニのお菓子しか食べない俺からしたら凄く新鮮だ。てかシルヴィの奴、これを毎日食ってんのかよ?

 

現在俺は今俺が面倒を見ているチーム・赫夜のメンバーと休憩を取っている。

 

理由は簡単、俺と赫夜のメンバーの1人である若宮美奈兎が『ダークリパルサー』の効果を受けて気分が悪くなったからだ。俺は殆ど回復したが若宮はまだ酔いが収まっていないようで横になっている。

 

内心若宮に同情しながらバームクーヘンをパクリと丸飲みしていると……

 

「ちょっと比企谷さん!お行儀が悪いですわよ!ちゃんとフォークを使って食べなさいな!」

 

隣に座っているフェアクロフ先輩が注意をしてくる。

 

「いいじゃないですか。俺はレヴォルフなんで仕方ないですよ」

 

「レヴォルフを言い訳にするのは止めなさい!」

 

「はいはい」

 

「はいは1回!」

 

「はーい」

 

「伸ばさない!」

 

さっきからフェアクロフ先輩の突っ込みが激しい。てかこの人ガラードワースのブランシャールみたいにおかん属性を持ってるな。

 

しかし俺はそれを口にしない。以前ガラードワースのお茶会に参加した時に口にしたらブランシャール真っ赤になってブチ切れたし。アレは結構怖かったからな。

 

「でも比企谷さん。手が汚れるのでフォークを使った方が良いと思いますよ」

 

蓮城寺がクスクス笑いながらそう言ってくる。まあ確かに洗うの面倒だしな。

 

「わかったよ。じゃあフォーク借りるぞ」

 

「何で柚陽さんの言う事は簡単に聞くのですの?!」

 

するとフェアクロフ先輩は真っ赤になって突っ掛かる。予想通りだ。この人やっぱりブランシャールに似てからかいがいがあるな。普段シルヴィにからかわれている鬱憤はこの人で晴らさせて貰おう。

 

「比企谷さん!聞いていますの?!」

 

「聞いていますよ。やっぱり焼肉にはタレより塩ですよ」

 

「聞いてないじゃないですか!」

 

「まあまあ、それより若宮は寝てるんでそんなに騒いじゃダメですよ?」

 

「なっ……!」

 

ヤバい、面白過ぎだろこの人。兄妹でも余り似てないな。美人って点はそっくりだけど。

 

「う、う〜ん」

 

そんな中、漸く若宮は目が覚めたようだ。

 

「美奈兎、体調はどうかしら?」

 

「あ、クロエ……うん。何とか大丈夫だよ。……あ、私もお菓子食べて良いかな?!」

 

「どうぞ」

 

蓮城寺が差し出したバームクーヘンを美味そうに食べ始める。とりあえず若宮が食ったら特訓再開だな。

 

「うーん。美味しい!ところで比企谷君は見た感じ全然平気そうだけど大丈夫なの?」

 

「問題ない。俺は体調をしょっちゅう崩すから慣れている」

 

「え?身体が弱いの?」

 

「違う。公式序列戦でオーフェリアと戦うと必ず毒をくらって体調を崩すからな」

 

最近は戦っていないがオーフェリアと戦うと必ず体調を崩す。よって俺はあらゆる苦しみに対して耐性が出来ている。オーフェリアの毒は千差万別だがアレに比べたら『ダークリパルサー』の超音波はそこまで苦しくない。5分も休めば充分だ。

 

「『孤毒の魔女』オーフェリア・ランドルーフェン……」

 

そう思っていると辺りに緊張が走る。やっぱりオーフェリアの名前は桁違いに大きいからな。

 

「比企谷君でも勝てないの?」

 

「無理無理。本気のあいつに勝てるのは界龍の1位くらいだろ?少なくとも俺やシルヴィじゃ無理だ」

 

今のオーフェリアは自身の能力を制御する為に全力を出すのは無理だがそれでも俺やシルヴィより遥かに強い。医者の話だと完全に力を制御出来るようになった場合、力は最盛期の3割くらいに落ちるらしいがそれでも俺のふた回りくらい上の実力らしいし。

 

「まあそれは獅鷲星武祭に出るお前らには関係ない。それより若宮、お前はもう動けるのか?」

 

「え?あ、うん。大丈夫だよ」

 

「なら良い。んじゃトレーニングメニューを話すから耳の穴かっぽじって聞けよ」

 

俺がそう言うと全員が真剣な表情になる。やる気があるのはいいが、蓮城寺とフロックハート以外は手にあるお菓子を置けよ。まあいいけどな。

 

「お前らがやっている訓練は昨日フロックハートから聞いた。若宮とフェアクロフ先輩は近接訓練、蓮城寺は射撃訓練、アッヘンヴァルは能力の精度向上の個別訓練に加えて、連携の訓練と聞いているが……俺が施す訓練は基礎的なそれではなく一歩先の実戦的な訓練だ」

 

そう言って空間ウィンドウを5つ開くと全員の訓練の様子が映る。

 

「まず若宮、お前は型稽古とフェアクロフ先輩との模擬戦をしているが、俺がいる時の訓練はこいつとやれ」

 

俺はそう言って星辰力を込めて

 

「起きて我が傀儡となれーーー影兵」

 

そう呟く。するとと俺の影が黒い光を出し、3体の黒い人形が湧き出る。その姿は真っ黒ではあるが全て俺と同じ体格をしている。

 

「こいつら1体1体の実力は冒頭の十二人1歩手前の実力だ。まずはこいつに勝てるようになれ。言っとくがこいつは俺の能力で出来た兵隊だからお前の動きは学習してあるからな。お前が使っている玄空流だけじゃ絶対に勝てないぞ?」

 

赫夜の5人のデータはしっかりと研究したからやるべき課題はわかっている。

 

「つまり前に言った型技以外を身体で覚えろって事?」

 

「ご名答、獅鷲星武祭が始まったら他のチームも対策を講じてくるんだし、常に攻め方を考え続けろ」

 

「わ、わかった」

 

 

若宮は納得したような表情で頷きながら拳同士をぶつけていた。どうやらやる気は十分なようだ。

 

「んじゃ次は蓮城寺、煌式武装の調整は済んでるな?」

 

「はい」

 

「じゃあ聞くがその煌式武装は一度に何発まで放つことが出来るんだ?」

 

普通の弓なら一度に1発しか射る事が出来ないが煌式武装の弓なら一度に複数の矢を射る事が出来る。先ずはその本数を知る事からだ。

 

「一度に6発まで射る事が出来ますね」

 

「わかった。お前が今までやっている訓練は止まっている的を同時に射る訓練だろうから、俺がいる時は動いている的を同時に射抜く訓練をしろ」

 

そう言って俺が再度自分の影に星辰力を込めると小さい黒い鳥が2羽現れて俺の周囲を飛び回る。

 

「先ずは2羽の鳥を1度に2発の弓を射て同時に当てろ。それを5回連続で出来たら、次は3羽の鳥を1度に3発の弓を射て当てろ、それを5回連続で出来たら……」

 

「次は4羽の鳥を1度に4発の矢で射るのですね?」

 

「そうだ。獅鷲星武祭では時として乱戦になる事もある。運動神経が悪いお前は最後方にいるだろうから乱戦に巻き込まれるのは無いと思うが、乱戦の中正確に狙撃を出来るようになって貰う」

 

というかチームワークを重視する格上を相手にする時はそれがベストだと思う。

 

「わかりました。やってみます」

 

「ああ。あ、それとその鳥は耐久力低いから煌式武装の威力は低くしてくれ。一々能力を使って生み出すのはぶっちゃけ怠い」

 

「あ、それなら大丈夫です。元々練習用に威力調整はしてありますので」

 

「なら良い。じゃあ練習が始まってからは5発連続で当てる事が出来たら新しい鳥を追加するから話しかけてくれ」

 

「わかりました」

 

これで2人目の説明は終わった。

 

「んで次はフロックハートとフェアクロフ先輩は影兵2体の攻撃をとにかく避ける練習ですね。……まあフロックハートはこの特訓の意図を理解してるよな?」

 

「私の場合は敵に攻撃をされている状況でも味方に対して的確に能力を使えるようにする為、ソフィア先輩は例の『ダークリパルサー』を使う時の対処法を学ぶ為でしょ?」

 

フロックハートの能力はシルヴィから精神感応系、他人に思考を発信する能力と聞いている。その手の能力のレベルを高める事は同じ精神感応系能力者じゃないと無理だ。よって俺がする事はどんな状況や状態でも正確に発信出来るように、どちらかと言えば精神方面を鍛える感じだ。

 

その上、フロックハートはそこまで運動神経が良くないのである程度回避能力を高めないといけない。優勢だった軍勢が指揮官がいなくなり一気に不利になる事は古代から良くある事だ。だからフロックハートがやられない事は絶対である。

 

そしてフェアクロフ先輩は俺がいない時は普段の煌式武装を使った練習をして、俺がいる時は『ダークリパルサー』を使っている場合に備えての練習、つまりは回避練習だ。

 

『ダークリパルサー』は相手の防御をすり抜ける事が出来る代わりに向こうの攻撃も防御出来ないのが欠点だ。すなわち『ダークリパルサー』を使っている時、相手の攻撃の対処法は回避しかない。

 

以上の点から2人がやる事は回避能力を高める事だ。

 

「そうだ。ちなみに影兵が使う武器はペイント銃だから、これを着ろ」

 

俺がそう言って指を鳴らすと再度影が地面から生えてフロックハートとフェアクロフ先輩の身体に纏わりつき黒い服と変化する。

 

「俺の訓練をする時はそれを着ろ。汚れても1度能力を解除すれば直ぐに汚れていない服を作るんで」

 

「それはわかりましたが、何故ペイント銃を?普通の煌式武装ではダメなのですの?」

 

「最後には俺と模擬戦をするんですよ?1発も攻撃が当たらないってのはあり得ないですからダメージは受けるでしょう。煌式武装でダメージを負った状態で模擬戦をするのは非生産的です」

 

ダメージを負っていたから動きが鈍って負けたとかじゃ訓練にならない。

 

「なるほど……わかりましたわ」

 

「フロックハートもそれでいいな」

 

「問題ないわ」

 

「なら良し。最後にアッヘンヴァルだが、お前は座学な」

 

「ふぇ?」

 

アッヘンヴァルはキョトンとした表情をして俺を見てくる。やっぱりこいつ小動物みたいだな。……って、いかんいかん。そんな事を考えていたらシルヴィとオーフェリアに怒られるな。

 

「座学ってもそこまで大した事じゃない。前半はお前の合成技についてだが、新しい合成技を開発したり使うタイミングの勉強、後半は能力者としての立ち回り方の実戦練習だ」

 

序列戦の記録を見る限りある程度立ち回り方は出来ているがアレでは足りないので少しペースを上げる必要がある。

 

そして合成技については、他学園で獅鷲星武祭に参加する遊撃手の中でもかなり有効な技だ。そんな技を使いこなすにはもっと遊撃手としての知識を身につけなくてはいけない。

 

そしてこの中にいるメンバーでそれを教える事が出来るのは攻撃型の能力者の俺だけだ。フロックハートも能力者だが、合成技についてはともかく立ち回り方は荷が重いだろう。つーかフロックハートも自分の練習があるし。

 

「わ、わかった」

 

アッヘンヴァルも特訓の内容を理解したようだ。これで全員のやるべき事は話したしそろそろ始めるか。

 

「じゃあ今から2時間、各々の訓練をやって俺と模擬戦な」

 

『了解!』

 

全員が一斉に頷いた。さてさて、頑張ってシルヴィの期待に応えないとな……

 

 

そう思いながら俺も自分の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうなんだ。良かったじゃん』

 

「……ええ。とりあえず身体はある程度安定したから肌から瘴気を出さずに済むわ」

 

『じゃあ後は戦闘をする時に必要以上にの力を出さないようにする訓練だね?』

 

「ええ。今までは力押しの戦い方だったから厳しいと思うけど頑張るわ」

 

『そっか。じゃあオーフェリアさんもクインヴェールに来ない?八幡君に第一目標は達成出来たって報告しないとね』

 

「……そうね。八幡がいないと寂しいしお願いしていいかしら?」

 

『うん。私まだ仕事あるから今から2時間後にクインヴェールの校門前でどうかな?』

 

「わかったわ。じゃあまた後で」




修羅は次回に持ち越しです


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何だかんだ比企谷八幡は頭がキレる(後編)

クインヴェールトレーニングルームにて……

 

「さてアッヘンヴァル、俺達も始めるぞ」

 

「う、うん」

 

その隅にて俺と俺の担当の教え子アッヘンヴァルが座る。俺達は前半は座学なので端っこでやらないといけない。何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわわっ!本当に玄空流の技が効きにくいよっ!」

 

「ちょ、ちょっと比企谷さん!ペイント弾多すぎませんの?!」

 

「確かに多いわね……」

 

ステージの中央には若宮、フェアクロフ先輩、フロックハートが影兵と訓練しているからだ。現在若宮は影兵と格闘戦をしていて防戦ぎみで、フェアクロフ先輩とフロックハートはアサルトライフルの形をしたペイント銃により銃撃を回避している。

 

尚、フェアクロフ先輩とフロックハートの服には既にペイント弾が付いている。そして2人の後ろの壁にはもっと付いている。

 

後それ作ったのは材木座ですから俺に文句を言わないでください。にしても材木座の奴……1秒間に20発の弾を撃てる銃はやり過ぎだ。最初なんだし1秒間に6発から10発ぐらいしか撃てない銃にしろ。

 

とりあえず材木座に銃の性能を落とすようにメールをしながら空間ウィンドウを3つ開きアッヘンヴァルにも見えるようにする。

 

そこには……

 

「ガラードワースの『光翼の魔女』?それに星導館の『華焔の魔女』に界龍の『雷戟千花』?」

 

そこにはガラードワース序列2位のブランシャールに星導館の序列5位のリースフェルト、界龍の序列4位のセシリー・ウォンが映っているて、光の翼、炎の戦輪、雷の雨を派手にぶっ放している。

 

「そうだ。そして今回の獅鷲星武祭で出てくるだろう遊撃手の中で最強クラスの3人だ」

 

ブランシャールは絶対に出てくるのは言うに及ばず、リースフェルトもグランドスラムが目標である以上出てくるだろう。セシリー・ウォンは確実とは言えないが同じ界龍の『天苛武葬』趙虎峰と共に獅鷲星武祭に鞍替えしたと噂されている。今シーズンの鳳凰星武祭に出なかった事から多分今回の獅鷲星武祭に出てくるだろう。

 

「お前は単純な遊撃手としての実力はこの3人より遥かに下だ。だが、例の合成技についてはこいつら3人に優っていると思う」

 

何せ俺の陰の鞭を大量に破壊したんだ。単純な破壊力については一流だ。

 

「だからお前には今から優秀な遊撃手の戦い方を見ろ。とりあえずこの3人が遊撃手として動いてる動画は用意したから『この技が良い』と思ったのを教えろ」

 

先ずは優秀な人間の技を見る事からだ。そこから予想外の選択肢を生み出す事もあり得るからな。

 

「あ……じゃ、じゃあこんなのを出来るようになりたい……!」

 

アッヘンヴァルが指差た空間ウィンドウを見ると前シーズンの獅鷲星武祭決勝戦の試合で、ブランシャールが開始直後に光の翼をチーム・トリスタンに放っていた。そしてそれをトリスタンの連中が凌いでいる間にフェアクロフさんが斬り込んでいた。

 

「なるほどな。確かに開幕直後に先制パンチを放って主導権を握るのは重要だ」

 

実際俺も序列戦では先制パンチで主導権を握ろうとする戦法を重視してるし。

 

「となるとやっぱり広範囲に攻撃する技が良いな。と、その前に聞きたいんだがいいか?」

 

「な、何?」

 

「お前この前のチーム・メルヴェイユとの試合の時、あの水女の校章が破壊した合成技だが、アレはどの組み合わせを合成したんだ?」

 

チーム・メルヴェイユとの試合でアッヘンヴァルは最後に光の剣を放って純星煌式武装の一撃を真正面から打ち破った。とりあえず俺としては組み合わせを知って合成技の特徴を調べないといけない。

 

「え、ええっと……ダイヤの8、ダイヤの9、ダイヤの10とスペードの11にハートのクイーンだよ」

 

確かダイヤが防御能力で、スペードが近接攻撃、ハートが遠距離攻撃だったよな……

 

そうなると3つのダイヤが大砲でスペードが砲弾、ハートが燃料と言った所だな。

 

「わかった。ちなみに合成技を使う際にダイヤを複数使ったって事は、他のスート、それこそクローバー、スペード、ハートも複数使うってのも可能なのか?」

 

「た、多分出来るけど……沢山使えば使う程、技を作るのに時間がかかる……」

 

だろうな。あんな複雑な能力なんだ。これ以上組み合わせると更に時間がかかるのは当然だろう。

 

しかし俺は特に悲観していない。それならそれで対策を考えてある。

 

「問題ない。時間がかかる合成技でも使いようがあるからな」

 

「……え?」

 

獅鷲星武祭で開幕直後の牽制目的の先制パンチは割とポピュラーな戦術だ。だが生憎と俺は普通の感性を持っていない上、チーム赫夜も普通とは言い難いチームだ。

 

だから俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッヘンヴァル、お前は開幕直後に先制パンチを覚える際、牽制目的の技だけでなく速攻でケリをつける技を身に付けろ」

 

普通は使わない戦術を教え込む事にした。

 

「ふぇ?」

 

その時のアッヘンヴァルは何がなんだかと言った表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「あ、オーフェリアさん!ごめんね遅くなっちゃった」

 

「……集合時間前だから気にしなくていいわ」

 

「ありがとうね。それにしても変装している時のオーフェリアさんの髪も似合うね」

 

「まあ昔はこの髪の色だったからでしょうね」

 

「そうなんだ。それはそれで似合うと思うよ?それじゃあ行こっか。はい許可証」

 

「……ありがとう。それじゃあ案内よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ模擬戦をするが……その前に」

 

俺は指をパチンと鳴らし影兵や影の鳥や影の服を自分の影に戻す。

 

「今から10分作戦会議をしてから模擬戦な。アッヘンヴァルもあいつらの所に行け」

 

「あ、うん。でも私、まださっきイメージした合成技を上手く使える自信がない……」

 

 

「そりゃそうだ。イメージトレーニングはさせたがお前の能力の都合上、実際に試してないからな」

 

実際アッヘンヴァルは新しく3つの合成技を身につけたが実際に試してはいない。やった訓練は前半1時間はイメトレ、後半は基本的な立ち回り方を教えながら軽い組手をしただけで能力は使っていない。

 

まあそれについては仕方ないだろう。何せアッヘンヴァルの能力は一度使ったスートと組み合わせは1日に1回しか使えないから今回はぶっつけ本番になる。

 

だが俺は1日に1回しか使えないことを欠点とは思っていない。序列戦ならともかく星武祭は1日に1回しか試合がないからだ。つまりアッヘンヴァルの能力は毎回支障ない状態で試合に望める事になる。

 

「まあ能力者に1番必要なのはイメージだ。しっかりとイメージが固まっているなら実際の技もそこまで失敗しないだろう。自信を持て」

 

いくら強い能力者、それこそ俺やシルヴィでも基本的にどの技を放つ際にイメージを固めている。しっかりイメージをしているかしてないかで勝敗が変わる事もあり得る。

 

「う、うん!それと……負けないから……!」

 

そう言ってアッヘンヴァルはトテトテと他の4人の所に向かって行った。まさか最後に宣戦布告されるとは予想外だったが……

 

「まだ負けねえよ」

 

後1ヶ月くらいしたら負けると思うが今はまだ負けないだろう。てか11月になるまでに俺に勝ってくれないとルサールカに勝つのは厳しいだろう。

 

そう思いながら俺はマッ缶を飲みながら5人が作戦会議をしているのを遠目に見ていた。

 

しかしそれも長くは続かず、5分ぐらいして5人が俺の元にやって来る。

 

「作戦会議は終わったのか?」

 

俺が尋ねると戦闘の若宮が頷く。

 

「うん!リーダーは前回と同じでクロエだから」

 

「了解した。んじゃ開始地点に行け」

 

そう言いながら俺もトレーニングルームの中央に向かう。前方には5人も並んで、若宮とフェアクロフ先輩が最前列で、アッヘンヴァルと蓮城寺とフロックハートは後衛だ。前回と違ってアッヘンヴァルは後衛のようだが果たしてどう攻めてくるやら……

 

 

そう思いながら俺も戦闘態勢をとり腰から黒夜叉とレッドバレットを抜いて起動する。

 

暫くの間沈黙が続く中、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『模擬戦開始!』

 

試合開始の合図がトレーニングルームに響き渡る。

 

それと同時にアッヘンヴァルの周囲に万応素が噴き出す。どうやら教えた通り開幕直後の先制パンチをするつもりのようだ。

 

まあだからといって撃たせるつもりはないが。

 

そう思いながら俺も自身の周囲に万応素を出しながら能力を解放しようとした時だった。

 

「させませんよ」

 

穏やかな声が聞こえたかと思うと同時に最後方にいる蓮城寺の手元に光の矢が4本、同時に浮き上がる。初っ端から大盤振る舞いだな。訓練している時は4羽の鳥を同時に撃ち落としていたから油断は出来ない。

 

そして4条の光が異なった軌跡を描いて俺に向かってくる。まるで俺を取り囲むように。

 

もちろんわざわざ食らうわけにはいかないのでバックステップで回避する。すると間髪入れずにさっきまで俺がいた場所に4本の光の矢が突き刺さる。相変わらずの精密射撃だな。

 

感心していると光を感じたので反射的に黒夜叉を振るう。すると黒夜叉は光の弾丸を真っ二つにしていた。赫夜の方を見るとフロックハートが前回のように俺の顔面に銃口を向けていた。

 

(しかしこれは囮……いや、時間稼ぎだな)

 

こんな小細工をする理由なんてただ1つ、アッヘンヴァルの能力発動を邪魔させない為の足止めだろう。

 

そして俺の予想通り、アッヘンヴァルの能力が発動する。

 

いきなり上空に3つの光の大砲が現れる。そして大砲の先端から光り輝くハートの弾丸が現れてーー

 

「女王の覇砲豪雨!」

 

アッヘンヴァルがそう叫ぶと同時に砲弾が射出されて、それと同時に砲弾が小さく分裂して雨のように俺に降り注ぐ。

 

俺が教えた合成弾の1つでコンセプトは『試合開始直後、バラけていない敵を一網打尽にする』技だが……ぶっつけ本番で成功するとは予想外だ。

 

こいつを防げる技は余りないだろう。

 

「まあ俺には関係ないか……影王の守護盾」

 

俺がそう呟いて手をかざすと巨大な黒い盾が現れて光の光弾を防ぐ。激しい音が鳴り響く中、赫夜のメンバーを見ると若宮とフェアクロフ先輩はいつでも突撃出来る態勢を取っていて、アッヘンヴァルは周囲に万応素を出していて、蓮城寺とフロックハートは自身の煌式武装に星辰力を込めている。

 

おそらくアッヘンヴァルは設置型能力を仕込んでいて、蓮城寺とフロックハートは流星闘技を使おうとしている。

 

そうなると降り注いでいる光弾の雨が止んだ瞬間、激しい戦いになるだろう。

 

そう思いながら俺も仕込みを始める。油断しているとこちらが食われる。

 

そして……

 

 

「影の刃群」

 

雨が止むと同時に地面から影の刃を大量に赫夜のメンバーに向けて放つ。その数約150。

 

「じゃ、王太子の防壁!」

 

アッヘンヴァルがそう叫ぶと光の壁が現れて影の刃とぶつかり合う。とはいえ破壊力はこっちが上なので簡単に光の壁は破壊される。

 

追撃を仕掛けようとしたが、新しく能力を発動する直前に巨大な光の矢と光弾が向かってくる。蓮城寺とフロックハートの流星闘技だろう。

 

馬鹿正直に食らう義理もない。俺は息を吐いて当たる直前に足に星辰力を込めて横に跳び回避しながらレッドバレットを俺に突っ込んでくるフェアクロフ先輩目掛けて発砲する。

 

真横から爆風を感じながらレッドバレットを発砲してフェアクロフ先輩を足止めしながらフェアクロフ先輩同様俺に突っ込んでくる若宮に黒夜叉を構える。

 

「やぁっ!」

 

「はあっ!」

 

掛け声と共に若宮のナックル型煌式武装と俺の黒夜叉がぶつかり合い火花が飛び散る。

 

鍔迫り合いをしたままレッドバレットを若宮に向けて放とうとした瞬間、若宮は咄嗟に首を大きく動かした。いきなりどうし……?!

 

急な寒気を感じた俺は若宮同様に首を大きく動かすとさっきまで俺の首があった場所を光弾が通過した。

 

(これはフロックハートの銃か)

 

となるとフロックハートの能力の思考伝達だろう。フロックハートが若宮に『今から撃つから首を動かして』とでも指示したのだろう。本当にこいつらは……歯車が合うと厄介だな。

 

「やるな……だが……影の刃」

 

俺がそう呟くと足元から影の刃が若宮に向かう。この距離なら当たるか?

 

そう思ったが若宮はそれを見ないでバックステップをしながら回避する。これもフロックハートの能力で教えたのだろう。

 

追撃を仕掛けようとした時だった。

 

「はぁっ!」

 

左サイドからフェアクロフ先輩が突っ込んで剣を振り下ろしてくる。

 

「九轟の心弾!」

 

そして右サイド後方からアッヘンヴァルが光弾を放ってくる。フェアクロフ先輩が持っている剣は……『ダークリパルサー』か。となると防御はできないな……だったら。

 

「絡みつけーーー影の触手」

 

俺は両手に影を纏わせる。そして腕からは細い触手が十数本生える。

そしてその内九本はアッヘンヴァルの放った光弾とぶつかり合って相殺されて、残った数本が『ダークリパルサー』が振り下ろしされる前にフェアクロフ先輩の腕に絡みついて動きを封じる。

 

『ダークリパルサー』の刀身はどんな物もすり抜けるが対応する方法がない訳ではない。今みたいにフェアクロフ先輩の腕の動きを止めれば振れないしな。

 

そう思いながらフェアクロフ先輩の校章を破壊するべく黒夜叉を振るおうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

「今ですわ!美奈兎さん!」

 

「うん!」

 

いきなり後ろから了承の声が聞こえてくる。

 

(若宮?!何で後ろに……アッヘンヴァルか!)

 

さっきアッヘンヴァルが放った光弾はフェアクロフ先輩の援護射撃ではなくて、若宮から意識を逸らす為の技か!

 

ヤバい……!いくら俺でも無防備な背中に一撃くらったら結構危ないだろう。

 

そう判断した俺は急いで黒夜叉を振るって当初の予定通りフェアクロフ先輩の校章を破壊する。

 

『ソフィア・フェアクロフ、校章破損』

 

アナウンスが流れるがどうでもいい。今は今直ぐ逃げ……?!

 

「八裂の牢獄!」

 

逃げようとしたが足元が光り出し光の触手が俺の足に纏わりつく。さっき合成技を撃っていた時に仕込んでいた設置型能力か!

 

破壊するのは簡単だがこんなのに時間をかけてられない。

 

「纏えーーー影よ「遅いっ!玄空流ーー旋破!」……っ!」

 

若宮の声が聞こえると同時に背中に衝撃が走る。咄嗟に星辰力を背中に込めたとはいえ……結構痛い。

 

「え?ひ、比企谷さん?!」

 

いきなり声が聞こえたので意識を若宮がいる後ろから前に向けると目の前にフェアクロフ先輩の驚いた顔が間近にあった。

 

 

 

え?近くね?……あ、そっかさっきフェアクロフ先輩は俺の真ん前にいたし、その上若宮の一撃で前のめりになったんだ。

 

しかしどうにも出来ん。若宮の一撃は思いのほか破壊力があり体勢を立て直す事は出来ずーーー

 

「うおっ?!」

 

「きゃあっ?!」

 

そのまま地面に倒れこんでしまう。

 

「痛ぇ……ん?」

 

若宮の一撃と膝のお皿が地面に当たった事によって出来た痛みに悶えていると手に柔らかい感触を感じる。何だこりゃ?トレーニングルームの床は柔らかくないぞ。

 

疑問に思っていると柔らかい感触の正体を理解したーーー否、理解してしまった。

 

「やっ……あんっ!」

 

ヤバい事に俺の右手はフェアクロフ先輩の圧倒的なボリューム感ある膨らみを思いっきり鷲掴みにしていたのだった。

 

(ヤバい……!シルヴィとオーフェリアの胸は何度も揉んだ事があるがそれに匹敵するくらい気持ちが良い……って違う!何考えてんだ俺は?!)

 

フェアクロフ先輩の顔を見ると真っ赤になって俺を見上げていた。この状況はマズい。

 

そう思ってフェアクロフ先輩から離れようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は・ち・ま・ん・く・ん?ソフィアさんを押し倒して何をしてるのかなぁ?」

 

「……八幡?これはどういう状況なの?」

 

聞き覚えがある声が聞こえて俺の身体はピシリと固まってしまう。え?何でこのタイミングでお前らがいるの?

 

 

ギギギと音が出そうな感じでゆっくりと横を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーニングルームの入り口には背後に阿修羅を従わせている俺の恋人2人がドス黒いオーラを纏って俺を見ていた。

 



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比企谷八幡は阿修羅2人と相対する

 

アスタリスクは北関東多重クレーター湖上にある水上学園都市である。

 

北関東である為冬は寒いが雪が降る事は余りない。まして北海道でないので10月に雪が降るなんて絶対にあり得ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし10月の今、アスタリスクにいる俺の周囲には猛吹雪が発生している。まさにブリザードと言っても言い過ぎではないくらい寒い。

 

そして猛吹雪を引き起こしている人が俺の目の前に2人いる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ八幡君?今ソフィアさんに何をしていたのかな?」

 

1人はクインヴェール女学院の生徒会長にして序列1位で俺の恋人の1人である『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイム。

 

世界の歌姫と呼ばれ圧倒的な美貌を持っている筈の彼女は、圧倒的なドス黒いオーラを纏って絶対零度の笑みを見せている。それなりに修羅場をくぐっている俺が見てもメチャクチャビビる笑顔だ。星脈世代じゃないファンが見たらそれだけで気絶してもおかしくないと思えるくらいヤバい笑顔だ。

 

「……私の見間違いでなければ八幡、貴方今ソフィア・フェアクロフの胸を揉んでいたわね」

 

そしてもう1人はレヴォルフ黒学院の序列1位にしてアスタリスク最強の魔女でもう1人の俺の恋人である『孤毒の魔女』オーフェリア・ランドルーフェン。

 

今は変装して栗色の髪になっていて真っ白な髪は隠れているが、ドス黒いオーラは隠せていない。出来ることならドス黒いオーラも隠してくれるとありがたいんですけど……無理ですよね?

 

ヤバい、ガチでブリザードが吹き荒れている気がする。このままじゃ凍死するくらい寒気がするんだけど。

 

2人から目を逸らせずにじっと見ていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは・ち・ま・ん・く・ん。いつまでソフィアさんの胸を揉んでいるのかな?」

 

シルヴィが更にオーラを吹き出しながらそう言ってくる。え?マジで?

 

「やぁっ……あんっ」

 

再び手に柔らかい感触を感じていると耳に喘ぎ声が聞こえる。それを聞いた俺は未だにフェアクロフ先輩の胸を揉んでいる事を思い出した。やっぱり柔らかい……って、違うわ!

 

「す、すみません!」

 

慌てて起き上がろうとするが……

 

「うおっ?!」

 

何故か起き上がれずに再び倒れてしまう。倒れながら足を見ると光の触手が絡み付いていた。そうだ、さっきアッヘンヴァルが仕込んだ設置型能力に足を捕らえらていたんだった。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ひ、比企谷さん……!」

 

顔に柔らかい感触を感じると同時に視界が真っ暗になり色っぽい声が聞こえてくる。何だよこの柔らかい感触?まさかとは思うが……

 

「……八幡、さっきからわざとやっているの?そんなにソフィア・フェアクロフの胸が好きなの?」

 

顔に感じる柔らかい感触の正体を理解しかけると同時にオーフェリアの冷たい声が耳に入る。やっぱり顔に当たったのは……

 

急いで顔を上げると目の前にはさっき鷲掴みした膨らみがあり、真っ赤になりながら息を荒くしているフェアクロフ先輩の顔が目に入った。その姿はぶっちゃけ凄くエロい。

 

ヤバい、何か凄くドキドキして「は・ち・ま・ん・く・ん?」……一瞬で冷静になった。ドキドキなんてしてないからな?ハチマンウソツカナイ。

 

とりあえず……

 

「アッヘンヴァル、すまんが能力を解除してくれ。出ないと立てん」

 

俺の視界で真っ赤になっているアッヘンヴァルに話しかける。どんだけ純情なんだお前は?

 

「わ、わ、わ……きゅう」

 

真っ赤になっていたアッヘンヴァルは能力を解除してくれたがそれと同時に顔から煙を出して倒れてしまった。マジですみません。

 

内心アッヘンヴァルに謝罪しながらフェアクロフ先輩から離れ立ち上がるとシルヴィとオーフェリアがドス黒いオーラを撒き散らしながら俺の方に歩いてくる。

 

俺が悪いのは認めるがそんなドス黒いオーラを撒き散らすな。現に若宮とフェアクロフ先輩ビビっていて、蓮城寺とフロックハートも引いているし。

 

「それで八幡君。どうしてこうなったのかな?」

 

シルヴィは笑顔で聞いてくるが目が笑ってないからな?てかマジで怖い。今までも何度か怒られた事はあるが今回は次元が違う。2人ともマジでキレてるし。漏れそうなんですけど?

 

「待ってくれ。わざと触った訳じゃない。訓練中の事故なんだ」

 

それについては嘘偽りない。俺が自発的に触る胸はシルヴィとオーフェリアの胸だけだ。他の人の胸を自発的に触る事はないだろう。

 

「……本当?」

 

「本当だ。他意はない」

 

オーフェリアがドス黒いオーラを出しながらそう言ってくる。実際若宮の後ろからの攻撃がなければこんな事態にはならなかっただろう。

 

そう思いながらオーフェリアを見返す。今目を逸らしたら間違いなく今日が俺の命日となってしまうだろう。

 

トレーニングルームにブリザードが吹き荒れる中、シルヴィとオーフェリアと暫くの間見つめ合っていると2人は息を吐いてドス黒いオーラを消した。

 

「……わかったわ。とりあえず信じるわ」

 

ほっ。とりあえず助かったようだ。俺はてっきり命を取られるかと思った「ところで八幡君」……シルヴィ?何だ?ドス黒いオーラは消えているのに寒気を感じるぞ?

 

「ソフィアさんの胸は気持ち良かった?」

 

「ん?ああ、メチャクチャ柔らかくて最高……はっ?!」

 

慌てて口を塞ぐが時すでに遅く……

 

「ヘェ〜。そうだったんだ〜、ソフィアさんの胸を揉んで良かったね〜。は・ち・ま・ん・く・ん?」

 

「……八幡」

 

再び俺の恋人2人はドス黒いオーラを撒き散らす。さっきと比べて遥かに濃密で恐ろしいオーラだ。しまった!つい本音を漏らしてしまった!

 

特にシルヴィがメチャクチャ怖い。ドス黒いオーラを出しながら猫撫で声を出すって……普通にトラウマになるからな!

 

「あ、いや、そのだな……」

 

俺がしどろもどろになりながらも言い訳をしようとするが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば八幡君さ、王竜星武祭で私にリベンジしたいって言っていたよね?王竜星武祭まで待つ必要はないから、今から死合をしようよ」

 

シルヴィは満面の笑みを浮かべながら爆弾を投下してくる。待て待て待て!何か試合の発言がおかしかった気がするんだが!あからさまに殺気を出しながら言わないでくれ!

 

内心そう思っているものの声が出ずに悩んでいる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……言われてみれば八幡、私にも勝ちたいって言っていたわね。私とも戦いましょう」

 

オーフェリアはそう言って頭に付けてあるヘッドホンを取る。すると栗色の髪からいつもの真っ白な髪に変わる。

 

「えっ?!」

 

「まさか……!」

「本物ですよね……?」

 

「お、お、お、オーフェリア・ランドルーフェン?!」

 

気絶しているアッヘンヴァル以外の赫夜のメンバーが驚きの声を出しているが、シルヴィとオーフェリアに見つめられていて、蛇に睨まれた蛙のように視線を動かせないのでそっちを向く事は出来ない。

 

「ちょっと待ってくれ。流石に2人を相手にするのは……」

 

 

多分シルヴィ1人が相手でも負けると思う。今のシルヴィが纏っているドス黒いオーラを見る限り勝てるイメージが湧かない。

 

そんなシルヴィと俺より遥かに強いオーフェリアの2人を相手にするなんて……未来視の能力がなくても勝てない事が簡単に理解できてしまう。

 

 

しかし……

 

「大丈夫だよ八幡君。………直ぐに終わるから」

 

最後に冷たい声で俺の意見を却下して銃剣一体型煌式武装『フォールクヴァング』を取り出す。しかも初っ端からマイクを出してるって事は間違いなく全力だろう。

 

「……八幡のバカ」

 

隣にいるオーフェリアもドス黒いオーラを出しながら周囲に圧倒的な万応素が引き起こす。最近治療院で治療しているからかいつもよりは大分マシだが、それでも俺を簡単に倒せるくらいの力はあるだろう。

 

ヤバい……マジで命日かもしれん。覚悟を決めないとな。

 

「赫夜の皆、悪いけど部屋の隅に移動してくれない?巻き込まれるからさ」

 

『了解!』

 

赫夜のメンバーは全員が直ぐにトレーニングルームの隅に移動する。俺もあそこに逃げたいがビビって足が動かない。

 

「それじゃあ八幡君、始めよっか」

 

「……容赦しないから」

 

そう言ってシルヴィは『フォールクヴァング』を銃モードにして銃口を俺に向けて、オーフェリアは瘴気が篭った右手を俺に向けてくる。

 

圧倒的なプレッシャーがトレーニングルームに充満している中……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『模擬戦開始!』

 

試合開始のアナウンスがトレーニングルームに響き渡る。

 

それと同時に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君の………バカァァァァァ!!」

 

「……塵と化せ」

 

高密度の光弾と瘴気で作られた巨大な腕が俺に襲いかかる。こいつはマジでヤバい!!

 

「ほ、屠れーーー影狼し……?!」

 

最強の技も放つ暇なく圧倒的な攻撃が近寄り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

「比企谷さん、死にませんよね?」

 

「アレを見ると私、比企谷さんに怒れませんわ……」

 

「……あれ?何で私こんな場所で寝てるの?」

 

「ニーナには後で説明するわ。それにしても……嫉妬って怖いわね」

 

 

 

そんな声が聞こえるのを最後に俺の視界は真っ暗に閉ざされてしまった。

 

 

 

 



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やはりこの3人はバカップルである

「……ん?」

 

光を感じたので目を開けると見覚えのない場所だった。何処だここは?

 

疑問に思いながら身体を起こそうとすると

 

「あ!目を覚ましたみたいだよ!」

 

いきなり元気な声が横から聞こえてくる。この声は……若宮か?

 

そう思いながら顔を動かして横を向こうとすると頬に柔らかく生温かい感触がした。……何だこれ?

 

そう思いながら触ってみるとムチッとした感触が手に伝わる。これはまさか………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きて早々膝を触るなんて……八幡君のエッチ」

 

からかうような声が上から聞こえたそれを見て俺は嫌な予感を感じた。おい、まさか……

 

 

半ば強引に顔を上げてみると恋人の1人のシルヴィが顔を赤くしながらも笑顔を見せてくる。こんな直ぐ近くにシルヴィの顔があるって事はシルヴィに膝枕をされていたのだろう。

 

「す、すまん。もう起きる……」

 

そう言って身体をムクリと起こす。そして辺りを見渡すとシルヴィとオーフェリア、チーム赫夜のメンバー5人が近くにいた。どうやらここは赫夜のメンバーと鍛錬するトレーニングルームのようだ。その証拠に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あんな破壊痕が出来る場所なんてトレーニングルームとステージ以外あり得ないからな)

 

トレーニングルームの中心には大量のクレーターが出来ていて完膚なきまでに破壊されていた。まるで鳳凰星武祭決勝戦が終わった頃のシリウスドームの様にボロボロだ。修復する人は大変そうだな。

 

こんな風になったのも俺がフェアクロフ先輩の胸を揉んだのが原因………っと!そうだった!

 

俺はシルヴィの膝から起き上がりフェアクロフ先輩に頭を下げる。

 

「先輩、先程はとんだ無礼を働いてすみませんでした」

 

先ずは自分の非を認め謝罪をする事だ。事故とはいえ俺のした事はセクハラであり犯罪行為だ。許してくれるかは知らないが先ずは謝る事が第一だ。

 

「えっと……比企谷さん。私は怒っていませんので頭を上げてください」

 

は?マジで?

 

疑問に思いながら頭を上げてフェアクロフ先輩の顔を見ると頬は赤くなっていたが、本当に怒っていないように見える。

 

「えっと……本当に怒ってないんですか?」

 

正直信じられないので再度確認をするとコクンと頷いてくる。

 

「アレは訓練中の事故ですし……その後の比企谷さんが受けたお仕置きを見たら怒れませんわ……」

 

「待ってください。それそんなに酷かったんですか?」

 

初っ端からヤバいと感じて俺も初っ端から切り札を切ろうとしたのは覚えているがそれ以降の事は一切覚えていないので気になって仕方がない。

 

「記録ならありますわよ」

 

そう言ってフェアクロフ先輩が空間ウィンドウを開いて俺の方に飛ばしてくる。さて、どんな試合だったんだ?

 

一度息を吐いて見てみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えっ?!ちょ、おまっ……それはマズいって!』

 

『知らないよ!八幡君の恋人は私とオーフェリアさんだけなのに……八幡君のバカバカバーカ!』

 

『……シルヴィアは恋人としては問題ないけどそれ以上はダメと付き合う時に言ったわよ……?』

 

『だから違うって……うぉぉぉい!』

 

空間ウィンドウには美しくも圧倒的な力を持った歌声がBGMとして流れ、大量の瘴気と影がぶつかり合い、瘴気が影を食い破っているシーンが流れていた。

 

そして遂にシルヴィの放った光弾が俺に当たり気絶した所でムービーは終了した。

 

控えめに言っても地獄絵図だった。

 

「マジで?よく生きてたな俺」

 

死んでもおかしくないぞコレは?てかそれより重大な事に気付いてしまった。

 

「え?ちょっと待ってください。このムービーを見たって事は赫夜のメンバーは俺達3人の関係を……」

 

ムービーを見る限りシルヴィは

 

『知らないよ!八幡君の恋人は私とオーフェリアさんだけなのに……八幡君のバカバカバーカ!』

 

と言っていたが、これは明らかにアウトだろう。普通に考えて赫夜のメンバーも俺がシルヴィとオーフェリアの両方と付き合っている事を知っただろう。

 

最後まで言わなくても俺の言いたい事が伝わったのだろう。5人がコクンと頷く。マジか……

 

「あー、その、アレだ。虫のいい願いかもしれないがその事は黙っていてくれないか?」

 

シルヴィと交際している事が世間にバレたらクインヴェールの理事会は間違いなく俺とシルヴィを引き離すだろう。ただでさえシルヴィとの交際を認めて貰う際にオーフェリアが脅して半ば無理矢理認めさせたしな。

 

正直言ってそれは嫌だ。最初シルヴィと付き合った頃はもし別れたとしても仕方ないと思っていたが、シルヴィと一緒に過ごしている内に別れたくないという思いに変わった。

 

「あ、それならさっきシルヴィアさんから黙っていて欲しいって頼まれて、その後5人で話して黙るって約束したから大丈夫だよ?」

 

若宮がそう言ってくる。良かった……黙っているなら本当にありがたい。

 

内心ホッとしていると両肩を叩かれたので後ろを向くとシルヴィとオーフェリアが申し訳なさそうな表情をして俺を見ていた。

 

「あの……八幡君。私達も八幡君に謝りたいんだけど」

 

「……は?」

 

シルヴィとオーフェリアが?

 

「意味がわからないな。俺が謝るならともかくお前らが謝る必要はないと思うぞ?」

 

俺は恋人であるシルヴィとオーフェリア以外の女子にセクハラを働いた罪状があるが2人にはない。謝る理由なんてないだろ?

 

俺がそう返すと2人は首を横に振る。

 

「……いいえ。実はさっき八幡が気絶している時にどうしてあんな状況になったか調べたの」

 

「それでチーム・赫夜との模擬戦を見たんだけど……美奈兎ちゃんの攻撃を受けたからソフィアさんを押し倒しちゃったのでしょ?アレは仕方ない状況だったと思うの。それなのにあんなに八幡君を痛めつけて……ごめん」

 

「……ごめんなさい」

 

そう言って2人は頭を下げてくるが……

 

「謝るな。俺は怒ってない。どのみち俺はお前らがいるにもかかわらず、フェアクロフ先輩ーーーお前ら以外の女子に浮ついた感情を持ったんだ。怒られて当然なんだからお前らは気にすんな。だから頭を上げろ」

 

実際の所悪いのは俺だ。2人以外の人に煩悩を持った時点で悪だ。2人が攻撃したことについては特に恨んでいない。寧ろ2人に嫌な感情を持たせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「「……でも」」

 

2人は納得してない顔をする。こいつらしおらしい時は本当に対応が面倒だな。仕方ない……

 

「わかった。じゃあ気にするなら今後キスはしないからな」

 

「……わかったわ。もう気にしないわ」

 

「うん。私も気にしないからキスを取り上げるのは止めて」

 

切り替え早いな。冗談だけどそれならそれでいい。

 

「……わかった。じゃあ次からは俺もこんな事にならないように努力する」

 

「お願いね。八幡君は私とオーフェリアさんの物なんだから」

 

「……そして私とシルヴィアは八幡の物なんだから、八幡は新しい女を作らないでね」

 

そう言いながら2人が同時に抱きついてくるので俺は優しく2人を抱き返す。

 

「わかってる。俺が愛するのはお前らだけだ」

 

もう二度と2人に嫌な感情を持たせない。そう強く決心して2人を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わわっ!す、凄い……!」

 

「ふぇぇっ?!」

 

「だ、大胆ですわ!」

 

「3人とも凄く仲睦まじいですね」

 

「柚陽、アレは単にバカップルなだけよ」

 

何か後ろからテンパる声が3つ、穏やかな声が1つ、呆れた声が1つ聞こえてくるが文句を言うのは今は勘弁してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間、模擬戦は次回に持ち越しになったので俺とシルヴィとオーフェリアは赫夜のメンバーに別れを告げてマンションに戻った。

 

そして疲れがたまったので風呂に入って直ぐに寝るつもりなのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁお前ら……少し離れてくれないか?」

 

風呂が沸くのを待っている間、シルヴィとオーフェリアが左右から強く抱きついている。いつもより強く抱きついている。

 

「やーだ♡」

 

「……嫌よ」

 

しかし2人は俺の頼みを笑顔で却下して更に強く抱きついてくる。てか胸が当たっているんですけど。

 

(いかん。このままじゃ変な気分をなるから何か話して気を紛らわせよう)

 

無言でこの時間を過ごすのはマズイからな。

 

「そう言えばよ、何で今日はオーフェリアはクインヴェールに連れてきたんだ?」

 

正直言ってオーフェリアがクインヴェールに来た理由がわからない。もしかしてシルヴィが何か用事があったのか?

 

「あ、それね。実は八幡君に報告したい事があったからオーフェリアさんをクインヴェールに連れてきたんだ」

 

「報告したい事?何だよ?」

 

わざわざ直接報告しようとしたんだ。相当重要な事だろう。

 

そう思いながらオーフェリアを見ると……

 

 

「実は今日治療院で検査を受けた結果、肌から瘴気を周囲に出すのを防ぐ事が出来るようになったの」

 

嬉しそうにそう言ってくる。オーフェリアの言った言葉の意味を認識すると気分がハイになっているのを認識する。

 

「マジか?!」

 

「……ええ」

 

「そっか……おめでとうオーフェリア。正直言ってメチャクチャ嬉しい」

 

「んっ……」

 

オーフェリアは頷いてから胸に頭を乗せてくるので優しく撫でる。本当に良い気分だ。

 

「本当におめでとうな。何か祝いたいが欲しい物でもあるか?」

 

正直言ってかなり気分が良い。オーフェリアの願いを叶えてやりたい。

 

するとオーフェリアは悩む素振りを見せてから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ3人で一緒にお風呂に入りたいわ」

 

そう言ってくる。

 

pipipi……

 

それと同時に風呂が沸いた事を告げるメロディが流れて耳に入る。それを耳に入ると俺は立ち上がる。オーフェリアと風呂に入るのは初めてで恥ずかしいがオーフェリアがそれを望むなら応えないとダメだろう。

 

「……わかった。俺は構わない。シルヴィもいいか?」

 

「もちろん。それじゃあ行こっか?」

 

そう言ってシルヴィも立ち上がりオーフェリアの手を引っ張る。

 

「……ありがとう」

 

「「どういたしまして」」

 

お互いに一言ずつ言葉を交わした俺達はゆっくりと風呂場に向かって歩き出した。

 

俺の内は恥ずかしさと嬉しさで一杯だった。

 

 



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オーフェリア・ランドルーフェンは初めて恋人と風呂に入る

脱衣所に着いた俺達はいつもの様に服を脱ぎ始める。と言ってもオーフェリアが服を脱ぐのは初めて見るけどな。

 

「……これも今日でお別れね」

オーフェリアは瘴気を出すのを防ぐ専用の手袋やストッキングが持ちながらしみじみした口調でそう言ってくる。

 

「そうだな。そんで俺の影の服もお役目ごめんだな」

 

そう言いながら俺はオーフェリアの着ている制服の下に仕込んであった影の服を回収して自分の足元にある影に戻す。

 

「そうね。……まさかこんな日が来るとは思わなかったわ」

 

オーフェリアはそう言いながら来ていた制服を脱ぐ。 俺はその瞬間、目を見開いてしまう。

 

(ピンクかよ……普段とのギャップもあって物凄くエロいんですけど?!)

 

オーフェリアが制服を脱ぐ事によってオーフェリアの着ている下着が露わになるが、そこにあったのは薄いピンク色の下着だった。てかマジで意外だ。

 

そう思っていると肩を叩かれたので振り向くとオーフェリア同様下着姿のシルヴィがいた。シルヴィの下着姿は見慣れているから恥ずかしくはないが少しは恥じらいを持て。

 

「どう八幡君?オーフェリアさんの下着は私が選んだんだけど可愛いと思わない?」

 

「思うな」

 

即答してシルヴィと握手を交わす。シルヴィよ、ナイスチョイスだ。

 

そんなバカな事を考えているとオーフェリアが頬を染めて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、恥ずかしいから余り見ないで」

 

恥ずかしそうに小さい手で身体を隠すような素振りを見せてくる。自由になる前のオーフェリアからは想像出来ない表情だ。

 

ヤバい!何かが込み上がってくる。メチャクチャ可愛いし今直ぐ抱きしめたい!恥じらっているオーフェリアマジで可愛い。

 

そう思ったのは俺だけじゃないようて……

 

「ちょっと……シルヴィア?」

 

「う〜、やっぱり可愛い〜!」

 

いつの間にかシルヴィはオーフェリアに抱きついて頬をスリスリしていた。下着姿の恋人2人が抱き合ってるって……いいぞ、もっとやれ。

 

「えへへ〜。オーフェリアさん可愛い〜」

 

シルヴィは頬をスリスリしながら更にギュッと抱きしめる。お前ら本当に百合百合しいな。

 

「んっ……はち、まん……シルヴィアを止めて」

 

オーフェリアは助けてくれとばかりの表情をして助けを乞うてくる。本来ならもっと見たいがシルヴィの誕生日会で見捨てた際、オーフェリアは拗ねてしまったので今回は助けないといけない。

 

「わかったよ。おいシルヴィ、そろそろ離れろ」

 

ため息を吐きながらシルヴィの手を引っ張ってオーフェリアから引き離す。シルヴィは不満そうに頬を膨らませている。子供かよ?

 

「だって凄く可愛いよ。八幡君も抱きしめてみなよ」

 

「んな事出来るか。抱きしめた瞬間、俺の中の獣が暴れ出すわ」

 

あんな恥じらっているオーフェリアを抱きしめてみろ。間違いなく理性の壁が崩壊して俺は本能のままオーフェリアに襲いかかり、1年後にパパになってしまうからな?

 

「あ、そっか。私の時もそうだったよね」

 

シルヴィは納得したように頷く。そう、このマンションに引っ越してから初めてシルヴィと風呂に入った時、シルヴィは下着姿で抱きついてきたのだが……その時も俺の中の獣が暴れ初めてシルヴィを押し倒してしまったのだ。

 

まあ襲う直前に体内にコーティングしてある影を暴れさせて獣を鎮めさせたけど。

 

「つーか、そろそろ入ろうぜ。10月に下着姿なのは寒いし」

 

そう言いながら俺は着てあるアンダーシャツを脱ぎ始める。一刻も早く熱いシャワーを浴びたいものだ。

 

その時だった。

 

「……あ」

 

いきなりオーフェリアが小さく呟いたかと思ったら、下着姿のまま俺に近寄り胸板を触ってくる。

 

「お、オーフェリア……いきなりどうした?」

 

驚きながらオーフェリアに尋ねるとオーフェリアはそれを無視するかのように反応せず俺の胸板をペタペタ触ったりさすったりしてくる。

 

(ちょっとオーフェリアさん?マジで何なんだ?くすぐったくて仕方ないんですけど?)

 

疑問に思っていると……

 

「凄い……大きくて、固くて……逞しいわ」

 

しみじみと頷きながら更にさすってくる。ちょっと?!何か言い方がエロいんですけど!てかシルヴィもうんうん頷いてないで止めろよ。これ以上は……!

 

「お、俺は先に入るからな!」

 

「……あっ」

 

そう言って半ば逃げるように残った衣服を全て脱いでそのまま風呂場に突撃した。全くオーフェリアの奴、そんなに俺の中の獣を暴れさせたいのかよ?

 

息を吐いてドア越しに脱衣所を見ると2人が下着に手をかけているのが見えた。2人の姿は朧気にしか見えないがエロく見えてしまう。

 

そんな事を考えていると……

 

 

「お待たせ〜」

 

「………」

 

一糸纏わぬ姿で笑顔を見せてくるシルヴィと、バスタオルを巻いて恥ずかしそうに顔を赤らめているオーフェリアが風呂場に入ってきた。

 

 

 

シルヴィはアスタリスクにいる際は毎日一緒にお風呂に入っているが未だにシルヴィの裸は見慣れない。まあそれも仕方ないだろう。何せ世界の歌姫の裸だ。美術品と言ってもいいくらい美しい身体だし。

 

そしてオーフェリアは身体にバスタオルを巻いているとはいえ胸の膨らみははっきりとわかるし、真っ白な手足が惜しげもなく晒されていて俺をドキドキさせる。

 

余りの美しさに目を奪われているとオーフェリアは恥ずかしそうに身を捩る。

 

「……っ……八幡、恥ずかしいから余り見ないで……」

 

「あ、ああ!悪い」

 

そう言って目を逸らす。何か見ていると悪い気がするので目を逸らす。

 

オーフェリアから目を逸らした俺は身体を洗うべくボディーソープを取ろうとしたがその前にシルヴィに取られる。

 

「じゃあ八幡君、また身体洗ってあげるね」

 

俺の横に立ったシルヴィは笑顔を見せてくる。身体を洗うって……

 

「それは構わないがこの前みたいにお前の身体で洗うなよ?」

 

前回シルヴィと一緒に風呂に入った時はシルヴィの奴、自身の身体にボディーソープを塗ってから俺に抱きつき擦って俺の理性をゴリゴリ削ったし、前を洗われた時は色々な物を失ったからな。

 

自分で言うのもアレだが全身をシルヴィの身体で洗われておきながらシルヴィに手を出さなかった俺の理性は鋼より硬いと思う。

 

「え〜。ダメなの?」

 

そんな可愛い顔でおねだりしてもダメなものはダメだ。お前はこの歳でママになりたいのかよ?

 

「却下だ」

 

俺が即座に却下するとシルヴィは頬を膨らませているがそれも無視だ。

 

「じゃあ普通に手を使って洗うから」

 

シルヴィはそう言ってボディーソープを手に付け始める。俺の身体を洗うのは決定事項なんですね?

 

「わかったよ。それなら構わない」

 

どうせ却下しても俺の却下が却下されるのは簡単に想像出来る。無駄な抵抗は止めよう。

 

「じゃあやるね……っと、やっぱり今日はオーフェリアさんが八幡君の身体洗ってみなよ」

 

「……え?」

 

いきなり矛先を向けられたオーフェリアはキョトンとした表情を浮かべるもシルヴィは気にしないで話しかける。

 

「ほら、瘴気が出なくなった以上、遅かれ早かれ八幡君の身体を洗うんだし練習って事で。私は良く洗ってるから今日は譲るよ」

 

「……それは……八幡、洗ってもいいかしら?」

 

オーフェリアは不安そうな表情を浮かべながら俺に尋ねてくる。その顔は断り辛いから止めてくれ。

 

「八幡君?」

 

しかもシルヴィも笑顔で圧力かけてくるし、これ断ったら殺されるんじゃね?

 

「……わかった。じゃあ頼む」

 

「んっ……」

 

お互いに一言だけ交わし、オーフェリアはシルヴィからボディーソープを貰い手に付け始める。そして……

 

「うおっ……」

 

いきなり俺の背中に触れて擦ってきた。手つきは凄く優しく、くすぐったい気持ちもあるがそれ以上に安らぎを感じる。

 

「……どう?痛くない?」

 

オーフェリアはそう言ってくるが全然痛くない。寧ろ気持ち良いからな?

 

「大丈夫だ。つーかお前上手いな。ひょっとして孤児院にいた頃に経験した事があるのか?」

 

「……ええ。歳下の女子はよく洗っていたわ」

 

なるほどな。小さい子供を満足させるように色々と努力したのだろう。

 

「気持ち良さそう……ねぇ、私の身体も洗ってくれないかな?」

 

「……別にいいわ」

 

オーフェリアはシルヴィと話しながらも手を止めずに俺の背中を洗う。そして……

 

 

「……うひょう?!」

 

オーフェリアの手が俺の脇に置かれ、余りの気持ち良さに変な声を出してしまった。手つきが!手つきがヤバイ!

 

「八幡、変な声を出さないで」

 

「す、すまん」

 

オーフェリアはシルヴィと違って狙っているとは思えないが……これはこれでくすぐったい。てかシルヴィはさっきから楽しそうに笑ってんじゃねぇよ。

 

「……んっ」

 

オーフェリアの吐息を背中に感じていると更に脇を触られるのを理解してしまう。

 

(ヤバいヤバい!素数を数えないと……1、2、3、5、7、きゅって、痛ぇ!)

 

内心で素数を数えていると舌を噛んでしまった。クソ痛い。

 

とはいえ煩悩が湧かずに済んだのは不幸中の幸いだろう。いつの間にかオーフェリアの手の感触はなくなっていてシャワーを浴びていた。

 

良かった……とりあえず耐えれたな。そう思いながら温かいシャワーに気持ち良さを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3分後……

 

 

「待たせて済まん。次はどっちが洗う?」

 

身体を洗い終わった俺は椅子から立ち上がり2人に尋ねる。流石にオーフェリアも前を洗うのは恥ずかしかったのか勘弁してくれと言われたので自分が洗った。

 

「……じゃあ私が洗うわ」

 

オーフェリアがそう言ってさっき俺がさっきまで座っていた場所に座り、いざバスタオルを取ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうだ!せっかくだし八幡君に洗って貰いなよ」

 

シルヴィがとんでもない事を口にしてきた。

 

 

「「………え?」」




次回R-17.9回か?!


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比企谷八幡はオーフェリア・ランドルーフェンの身体を洗う

「……シルヴィア?今なんて言ったの?」

 

借りているマンションの風呂場にて、俺の恋人の1人であるオーフェリアは驚きの表情をして、もう1人の俺の恋人であるシルヴィに話しかけている。おそらく俺もオーフェリアと似たような表情のしているだろう。

 

しかし当のシルヴィは特に表情を変えずに……

 

「だから、八幡君がオーフェリアさんの身体を洗ってあげたらって言ったんだよ」

 

そう言ってくる。自分は特に変な事を言ってないと思っている顔をしている。

 

俺はつい尋ねてしまう。

 

「え?マジで?」

 

「うん。だって八幡君さ、私の身体も洗った事あるよね?」

 

「……は?あ、まあな……」

 

一応何回か洗った事はある。シルヴィが洗えと頼んできたからだ。初めは断ろうとしたがシルヴィが抱きついて……

 

『やっぱり……ダメ?』

 

って上目遣いをして言ってきたらいつの間にかボディーソープを手にしていた俺は間違っていないと思う。まあ流石に全身ではなく上半身だけだけど。下半身までやってみろ。間違いなく理性が吹っ飛ぶからな?いや、まあ上半身でもかなりギリギリだったけどさ……やっぱり俺の理性って凄くね?

 

閑話休題……

 

でも何でシルヴィはそんな事を聞いてくるんだ?

 

俺がそう思っているとシルヴィは口を開けて俺の疑問に答える。

 

「八幡君が恋人の私の身体を洗ったなら、もう1人の恋人のオーフェリアさんにも同じ事をしてあげないと。八幡君は私達を平等に愛してくれるんでしょ?」

 

……なるほどな。確かに一理ある。俺はシルヴィとオーフェリアの2人に優劣をつけるつもりはない。2人とも同じくらい愛している。シルヴィの身体を洗った以上オーフェリアの身体を洗う義務はあるだろう。

 

とはいえ……

 

「お前の意見はわかったが決めるのはオーフェリアだ。オーフェリアが嫌ならやらないからな?」

 

大事なのはオーフェリアがどう思っているかだ。オーフェリアが望んでいるなら恥ずかしいが要求に応じるが、嫌なら無理にするつもりはない。

 

「もちろん。大事なのは本人の意思だからね。オーフェリアさんはどうなの?」

 

シルヴィがそう言うとオーフェリアは真っ赤になりながらチラチラ俺を見てくる。可愛すぎだろ?シルヴィじゃないが今直ぐ抱きしめたいんですけど。

 

オーフェリアは暫くの間自分の身体と俺とシルヴィを見てから……

 

 

 

 

 

 

「……じゃあ、洗って貰っていいかしら?」

 

そう言ってくる。

 

「わ、わかった」

 

恥ずかしいが要求された以上オーフェリアの要望に応えよう。

 

(大丈夫だ比企谷八幡、シルヴィの身体を洗った時もギリギリだが耐える事が出来たんだ。お前なら今回も耐えられるぞ比企谷八幡)

 

そう思いながらオーフェリアを見ると……

 

「んっ……」

 

艶かしい声が聞こえ、オーフェリアの身体に巻かれていたバスタオルはパサリと落ちる。それによってオーフェリアの真っ白な美しい背中が目に入る。

 

(ヤバい……綺麗だ。それこそシルヴィに匹敵するレベルでヤバい)

 

これは予想外だった。あの美しい身体を俺が洗う事になるとは……

 

「じゃ、じゃあ背中を洗うが……そのだな、オーフェリア……ま、前も洗うか?」

 

洗う前に1番肝心な質問をする。シルヴィで経験はしているが……未だに慣れない。オーフェリアの返事は……

 

「……八幡が嫌でなければ、洗って欲しいわ」

 

「だってさ八幡君。洗って欲しいみたいだから洗うように」

 

「……了解した」

 

仕方がない。頑張って耐えてみせよう。俺の理性がチタン合金より硬い事をこの2人に教えてやるとするか。

 

俺は1つ頷いてオーフェリアの背中に手を当てた。

 

 

「あっ……」

 

するとオーフェリアはピクンと跳ねて消え入るように小さい喘ぎ声を漏らしてくる。ちょっとオーフェリアさん?触れただけでそんな声を出すのは勘弁してください。

 

こういう時こそ素数を数えて落ち着くべき「んあっ……」2、4、5、8、11……ダメだ。緊張し過ぎて素数を数えることすら出来ない。

 

「……八幡、くすぐったいわ」

 

「わ、悪い。気をつける」

 

俺は謝ってから手を動かすのを再開する。とりあえず背中を洗ったから次は……

 

息を吐いてオーフェリアの脇に手を突っ込んだ。

 

「ひゃあっ……!」

 

手に柔らかい感触を感じると同時に、オーフェリア物凄くエロい声を出してピクンと跳ねる。え?今のオーフェリアが出したの?正直信じられないんだけど?現に隣にいるシルヴィも驚いてるし。

 

「……はち、まん……私、変な気分に……」

 

驚いている中、オーフェリアを俺の方を向いてくる。その表情はいつもの悲しげな表情ではなかった。顔は真っ赤になっていてトロンとした目をして更には息も荒いと、まさしく牝の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、俺の中の何かがぶっ壊れた音が聞こえた。

 

そして壊れたような音を聞いた瞬間、オーフェリアをメチャクチャにしたくなった。

 

俺はそのままオーフェリアの脇に手を置いて擦り始める。あたかもオーフェリアの脇をくすぐるように優しく、ゆっくりと。

 

「んんっ……は、八幡……くすぐったいわ……ああっ」

 

オーフェリアは喘ぎながら微かに身体を揺らして抵抗するも強く抵抗はしていない。

 

俺はオーフェリアの抵抗を無視して手の位置を徐々に下げて脇腹まで動かす。そして脇腹に到達するとオーフェリアの脇腹を爪を立てずに摘む。プニプニした柔らかい感触が俺の手に伝わって興奮する。

 

「な……?な、なにこれ?……何か変な気分……」

 

そりゃお前を変な気分にさせるのが目的だからな。変な気分にならないならもっと激しく攻めるだけだ。

 

「は、八幡君?!もしかして箍が外れたの?!」

 

シルヴィが慌てながらそう言ってくる。

 

「シルヴィ、今はオーフェリアだ。お前にも今度やってやるから今日は我慢しろ」

 

「ふぇ?!わ、私にも?!」

 

後ろから叫び声が聞こえてくる。シルヴィの叫び声は珍しいが今はオーフェリアの嬌声が聞きたい。

 

俺はシルヴィの叫び声を聞き流しながら自分の手をオーフェリアの脇腹から臍の辺りまで動かし始める。

 

「ひゃあっ……は、八幡……だ、ダメ……やぁっ」

 

オーフェリアは喘ぎながら俺を見てくる。息は荒く顔は真っ赤になりながら涙を浮かべている。

 

(ヤバい。オーフェリアが可愛いのは知っていたがエロいとは知らなかった……まだ足りないな)

 

俺は更にエロくするべく腹をモミモミしながら、オーフェリアの首筋に甘噛みをする。

 

「ふぇっ?……な、何これ……んんっ」

 

ちらっと上を見るとオーフェリアは目を瞑って身体を震わせる。既に悲しげな表情は完全になくなって男を魅了する表情になっている。世間からは化物扱いされているがオーフェリアのルックスはアスタリスクでもかなり高いと思う。

 

そんな彼女が俺の前だけでこんな表情をしていると考えると気分が良い。

 

軽い優越感に浸りながらオーフェリアの首筋に甘噛みを続けていると……

 

「は、八幡……これ以上は……ダメ……」

 

そう言って自分の手で俺を引き離そうとする。まだ抵抗するのかよ?

 

こうなったら……

 

俺はオーフェリアの腹部から手を離し……オーフェリアの胸部に存在する桜色の先端を摘んだ。

 

「ひゃぁん?!」

 

オーフェリアは遂に叫び声をあげる。普段はクールで感情を露わにしないオーフェリアが。遂に叫び声を出した。

 

それを聞いた俺は更なる高揚感に包まれ、桜色の先端を摘むのを止め、両手で柔らかな膨らみを揉み始める。

 

「やっ!は、八幡……ダメ……ダメ……これ以上は……!」

 

「これ以上は?何だよ?言ってみろ」

 

俺は自分でもいやらしい笑みをしているだろうと確信しながらオーフェリアに質問をする。これ以上やるとどうなるかは分かるが、どうせならオーフェリアの口から聞きたい。

 

(つーか俺ってドSだったんだな……さっき俺の中で何かが壊れたからこうなったのか?)

 

「そ、それは……」

 

「それは?」

 

「……んんっ……何でもない……あぁっ……」

 

オーフェリアは真っ赤になって俯く。おいおい、まだ素直にならないのかよ?だったら最終手段だ。

 

「……そうか。ならもっともっと気持ち良くさせてやるよ」

 

そう言いながら再度桜色の先端を摘む。

 

「……八幡?……ひゃあっ……!止めて……摘まないで……!」

 

オーフェリアはピクンと跳ねる。オーフェリアは現在俺に抱きつかれているので跳ねるとオーフェリアの背中や髪の毛が当たって更に興奮してしまう。

 

「お願い八幡……身体が熱くて……もっと……!」

 

するとオーフェリアは俺の方を向いて抱きついてくる。柔らかな膨らみが俺の胸板に当たると同時に最後のリミッターが解除されてしまった。

 

もういいや。どうなっても……

 

「そのつもりだ」

 

俺はそう言ってオーフェリアにキスを落としてから左手で柔らかな膨らみを揉みしだく。

 

そして右手をオーフェリアの禁断の花園に向けて動かし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁっ……!」

 

その後の事は頭の中が真っ白になったので覚えていない。

 



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比企谷八幡はシルヴィア・リューネハイムに攻められる

 

 

 

 

 

 

 

「すみませんでした」

 

俺は今風呂場にて全裸で土下座をしている。それに対して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡のバカ。エッチ、変態」

 

顔を上げると俺の恋人の1人であるオーフェリアが真っ赤になって涙目で俺を睨んでいる。隣ではシルヴィが苦笑いをしている。

 

何があったかって?簡単に言うと……

 

①オーフェリアの身体を洗う

 

②オーフェリアがエロい声を出して俺の理性を削る

 

③理性の壁が崩れる

 

④オーフェリアを喘がせようと脇や腹、胸を揉んだり、首筋に甘噛みしたりする

 

⑤オーフェリア、遂に喘いで『もっと』と求めてくる

 

⑥俺の最終リミッターが一部解除される

 

⑦オーフェリアの身体を洗うのを止めて、オーフェリアを感じさせる事に全力を尽くす

 

⑧オーフェリア絶頂する。

 

⑨最終リミッターが完全に解除される

 

⑩オーフェリアを押し倒し大人の階段を上ろうとする

 

⑪シルヴィに『しっかり対策をしてからにしろ』と止められて正気に戻る

 

って感じだ。シルヴィにはマジで感謝だ。シルヴィがいなかったら勢いに任せていただろう。

 

「だから悪かったよ。つーかオーフェリアだって最後の方は俺にもっと激しくしろって言ってたしお前だって変態じゃん」

 

押し倒す直前なんて、オーフェリアの奴普段は絶対に出さないような喘ぎ声を出しながら俺を求めてたし。アレは確実にエロかったぞ?

 

「っ……!うるさい……八幡のバカ」

 

オーフェリアはそう言って頭を叩いてくる。痛くないし可愛過ぎだろ?

 

「まあまあ。2人とも喧嘩は止めて湯船に入ろうよ」

 

シルヴィが笑顔を浮かべながらそう言ってくる。まあそうだな……湯船に浸かって調子を戻さないとな。

 

「そうだな。じゃあ入るか」

 

「うん。あ!オーフェリアさんは八幡君の上に乗る?」

 

「……また今度にするわ。今はちょっと……」

 

オーフェリアはそう言って頬を染める。そりゃそうだ。さっきまでオーフェリアは俺と大人の階段を上ろうとしていたんだ。正気に戻ったらかなり恥ずかしいだろう。俺も今はちょっとオーフェリアが乗るのは勘弁して欲しいし。

 

「そっか。じゃあ私が乗っていいかな?」

 

シルヴィはそう言って期待したような視線で俺を見てくる。うん、これは断ってはいけない雰囲気だな。仕方ない……

 

「わかったよ。乗りたきゃ乗れ」

 

一度リミッターが全て解除されて再度付けられたから多分今日はリミッターが解除される事はないだろう。

 

俺は適当に返しながら湯船に入るとオーフェリアがそれに続いて俺の右隣に入ってくる。そしてシルヴィは……

 

「お邪魔しま〜す」

 

言うなり俺の上に乗ってハグをしてくる。その際にシルヴィの柔らかな膨らみが俺の胸板に当たるが、さっきオーフェリアの膨らみを揉み過ぎたからかそこまで緊張してしない。まあ何も感じていない訳ではないけど。

 

「えへへ〜。八幡君〜」

 

猫なで声を出しながら甘えてくるシルヴィ。……お前な、さっきオーフェリアをいじめてなかったら理性が崩れているぞ?少しは慎みを持て。

 

「何だよ?つーか胸を押し付けるな」

 

さっきからこれでもかとばかりにシルヴィの豊満な胸が俺の胸板に押し付けられている。それによって大きく形を変えていて目のやり場に困っている。

 

俺がそう返すとシルヴィは蠱惑的な表情を浮かべ更に強く抱きついてくる。

 

「……興奮してるの?やっぱり八幡君ってエッチだね」

 

「うるせぇよ。そこまでエロくないと思うが?」

 

「嘘だね(ね)」

 

俺がそう返すとシルヴィとオーフェリアが同時に否定してくる。即答かよ……

 

「……さっきアレだけ激しく私を攻めていた人がいやらしくないわけないじゃない」

 

「だよねー。あの時の八幡君凄くエッチな顔してたし」

 

「いや、アレはだな……リミッターが解除されたからああなっただけで普段の俺はエロくないからな?」

 

理性が崩れたらヤバいが普段はそこまでエロい事を考えいる訳ではないからそこまでエロくないだろう。

 

「そっか。嘘だって決めつけてゴメンね」

 

するとシルヴィが謝ってくるが別に怒っている訳ではない。

 

「気にすんな。別に怒っていない」

 

「なら良かった。ところで八幡君、オーフェリアさんの胸とソフィアさんの胸、どっちが柔らかかった?」

 

「ん?オーフェリアだな。と言ってもオーフェリアは全裸でフェアクロフ先輩は制服だったから「ふ〜ん。八幡君語るね」……はっ?!」

 

 

シルヴィがニヤニヤ笑いを浮かべ、オーフェリアはジト目俺を見てくる。しまった!またシルヴィに誘導尋問をされてしまっていたよ!!

 

「ほら、やっぱり八幡君はエッチじゃん」

 

「アレだけ熱心に語る八幡は間違いなくいやらしいわ」

 

2人はそう言ってくる。クソッ……!返す言葉がない……!

 

「あー、はいはい。俺はエロいですよ。これでいいか?!」

 

「うん。正直で宜しい」

 

そう言って頬をプニプニしてくる。マジで勝てる気がしな……って、おい?!

 

負けを認めていると、シルヴィが俺の右手を掴んで自身の胸に運ぼうとしているのが見えた。

 

「おいシルヴィ!何をしようとしてんだよ?!……って、止め……!」

 

俺が急いで止めようとするも時すでに遅く……

 

「んっ……」

 

俺の五指にシルヴィの柔らかな膨らみの感触が感じる。この世の物と思えないくらい柔らかな感触が俺を刺激してくる。

 

「し、シルヴィ……いきなりどうしたんだよ?」

 

シルヴィの胸は何度か揉んだ事はあるが、シルヴィが俺の手を掴んで触らせてくるパターンはなかった。どこで身に付けたんだよ?

 

「ん?この前クローディアから彼氏を誘惑する方法を教えて貰ったから試してみたんだよ」

 

エンフィールドォォォ!テメェ!シルヴィに何とんでもない事を教えてるんだよ!!

 

本当に、本当にお前って奴は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジでGJだな……!」

 

「……八幡、本音が漏れているわよ」

 

何かオーフェリアが呆れた表情をしているが知らん。ナイスだエンフィールド。今後ともシルヴィに色々教えてやってくれ。

 

「ふふっ……八幡君可愛い……もっともっと可愛がってあげる。……それこそソフィアさんの胸を忘れるくらい」

 

シルヴィは最後に一瞬だけ冷たい目をしてから……

 

「んっ……」

 

再び唇を重ねてくる。そして間髪入れずに舌を俺の口の中に入れて俺の舌と絡めてくる。慌てて離そうとするもシルヴィは俺の首に腕を絡めて逃がさないように拘束してくる。

 

「んっ……ちゅっ……んんっ……」

 

ダメだ。シルヴィの匂いが、舌が、唾液などが俺の思考を奪ってくる。

 

「んっ……んちゅっ……し、シルヴィ、お前やっぱり内心じゃ怒ってるのか?」

 

俺が何とか唇を離してそう尋ねるとシルヴィは頷く。

 

「わかってる。アレが事故だって事は。そして私達がやり過ぎたのは悪いと思っているよ。……でも、あの光景を見た時は凄く嫌だったんだよ……だから八幡君」

 

シルヴィはそう言って蠱惑的な表情を浮かべながら俺の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今からたっぷりと八幡君に悪戯するから……」

 

そう言いながらシルヴィは再度俺にキスをしながら両手を首から上半身と下半身に動かして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はシルヴィに色々と悪戯をされた。それこそお婿に行けないくらいヤバい悪戯を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅぅぅ………私のバカバカバカァ……!」

 

それから1時間後……シルヴィは寝室のベッドにて真っ赤になりながら転がっている。俺に悪戯をしたのは一時のテンションに身を任せた故らしく、テンションが下がってからはこの調子で悶えている。

 

どんな悪戯をされたかって?アレだ。俺がオーフェリアにしたような悪戯をされなんだよ。マジでお婿に行けないかもしれん。

 

幸いシルヴィが俺を押し倒した所でオーフェリアが止めてくれたが、オーフェリアが止めなかったら大人の階段を上っていただろう。てかここまでやって上らない俺達って……

 

まあそんな訳で正気に戻ったシルヴィはメチャクチャ恥ずかしがっているがいつまでもこうしている訳にもいかない。

 

「シルヴィ、気持ちはわかるがそろそろ寝ろ。俺がいて恥ずかしいなら今日は別室で寝るがどうする?」

 

俺がシルヴィに話しかけるとシルヴィは真っ赤になりながら俺を見てきて……

 

「……一緒に寝る」

 

若干不貞腐れながらも俺のパジャマを掴んで引き寄せてくる。ベッドに引き摺られた俺はそのままシルヴィに抱きつかれる。

 

「……おやすみ八幡」

 

反対側からはオーフェリアが抱きついてくる。オーフェリアはシルヴィとは対称的に風呂から上がってからはいつものオーフェリアに戻っている。

 

電気を消すとシルヴィが俺の耳に顔を寄せてくる。

 

「……八幡君。さっきはゴメンね。やり過ぎちゃった」

 

本当だよ。まさかシルヴィも俺同様ドSとは思わなかったわ。あそこでオーフェリアの止めなかったら搾り取られていただろう。

 

しかしここで怒ったらシルヴィがショボくれそうなので言わない。

 

「気にすんな。俺は別に怒ってない」

 

「……本当?私の事嫌いになってない?」

 

「ならねーよ。俺がお前らを嫌うなんて絶対にない。お前らが俺を嫌う事があってもな」

 

俺がこいつらを嫌うなんて天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

「……よかった。大好きだよ」

 

「……私だって……八幡を嫌いになるなんてないわ」

 

2人はそう言って更に強く抱きついてくる。全くこいつらは……

 

「ありがとな」

 

ため息を吐きながら2人の抱擁に逆らわずにゆっくりと目を閉じた。2人の温もりから幸せを感じながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1ヶ月後……

 

「さて……そろそろルサールカの対策についても考えないとな」

 

学校が終わった俺はクインヴェールの廊下を影の中に潜りながら隣にいるオーフェリアに話しかける。

 

11月になって、チーム赫夜とルサールカとの対決まで2ヶ月を切った。赫夜のメンバーも腕を上げているがまだまだ厳しいだろう。

 

「それって例の純星煌式武装について?」

 

対戦相手が格上である以上そろそろルサールカの対策も考えないといけない。特に奴らの純星煌式武装の能力は知らないからな。着いたらフロックハートあたりに聞いておくか。

 

そう思いながら影の中を進んでいるといつも使っているトレーニングルームに着いたので辺りを見渡して影の中から出る。

 

そして懐からシルヴィに渡された専用カードキーを使ってドアのロックを解除する。するとドアが開いたので俺とオーフェリアは中に入る。

 

「よーす。今日もよろし「……え?」……は?」

 

いきなり素っ頓狂な声が聞こえたので顔を上げると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには赫夜のメンバーだけでなく、煌式武装を持ったシルヴィに何故か正座をしているルサールカのメンバー5人もいた。

 

……面倒な予感しかしねぇな。



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バカップル3人は何者にも侵されない深い絆を持っている

クインヴェール女学園トレーニングルームにて……

 

現在その部屋には13人もの人がいるにもかかわらず沈黙に包まれている。

 

理由は簡単、俺にとっては予想外だ面々がいたからであり、予想外の面々にとっては俺とオーフェリアいう予想外の人間かトレーニングルームに入ってきたからだろう。

 

しかしその沈黙も永遠に続く訳もなく……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、比企谷八幡にオーフェリア・ランドルーフェン?!」

 

予想外の面々ーーールサールカのリーダーであるミルシェが驚きの表情を浮かべながら俺とオーフェリアを指差してくる。おいおい……人を指差すなって習わなかったのかよ?

 

それと同時に沈黙が破られる。

 

「な、何でてめえらここにいるんだよ?!……はっ!もしや!」

 

ミルシェに続いて叫び出したトゥーリアがハッとした表情を浮かべてくる。どうしよう凄く嫌な予感しかしないんですけど?

 

俺の嫌な予感に違わず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかうちの学校の女子に手を出しに来たのか?!」

 

そう言ってビシッと指差してくる。うん……やっぱりそう来ると思った。

 

てかオーフェリアとシルヴィはジト目で見るのは止めてください。お前ら以外の女子に手を出すつもりはないですからね?

 

呆れていると他の連中も口を開ける。

 

「シルヴィアと夜のデートをしたりオーフェリア・ランドルーフェンと抱き合ってるだけじゃ飽き足らずまだ他の女子に手を出すつもり?!」

 

「……やっぱり前にあった6股云々も真実なのかしら?」

 

「そうでしょ!そして今回はチーム赫夜の5人に手を出すんでしょう!」

 

「何だとぉ!って事は11股をしてるって事かぁ?!」

 

待てコラ。11股って何だよ。俺がエロいのは否定しないが11股はないだろ?

 

そんな中……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡君、6股って何?」

 

内心ルサールカにツッコミを入れていると寒気を感じたので横を見るとシルヴィが虚ろな目をしながら煌式武装を向けている。銃口には星辰力が溜まっているのが一目でわかる。怖い怖い怖い。マジで怖いんですけど?

 

「……後で聞かせてやるから武器を仕舞え」

 

つーか最近シルヴィがヤンデレになっているような気がする。この前もテレビでシルヴィじゃないクインヴェールのアイドルを見て可愛いと言ったら虚ろな目をして詰め寄ってきたし。もしも実際本当に6股なんてしてたらガチで殺される気がする。

 

とはいえ今回については完全にデマだ。この事はオーフェリアも知っているので擁護してくれるから問題ないだろう。

 

「絶対だよ。返答次第によっては……」

 

「よっては何だよ?」

 

途中で区切るのは止めて欲しいんですけど。そう思いながらシルヴィに尋ねるとシルヴィは俺の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今夜……搾り取るから」

 

シルヴィはそう言ってから俺から離れて武器を下ろす。搾り取るって何を?!いや、まあ予想はついてるが怖過ぎる。

 

(まあ実際に11股は完全なデマだから問題ない。誠意を持って説明すればシルヴィも納得してくれるだろうな)

 

そんな事を考えながら息を吐いていると……

 

「それで結局どうなんだ?!本当に11股なのか?!」

 

「まさかとは思うけどそれ以上女子を求めていないわよね?」

 

「変態!色欲魔!女の敵!」

 

 

バカ共がここぞとばかりに責め立ててくる。それを聞いた瞬間、俺の頭で何かがブチリと切れる音がした。そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が11股だ!俺の恋人はシルヴィとオーフェリアだけだ!他の女に手を出すか!」

 

俺の怒鳴り声がトレーニングルームに響き渡る。

 

瞬間、時が止まったように静まった。………あ、やべ。

 

見るとルサールカの5人は完全に動きを止めていた。口が開けっ放しになっているにもかかわらず全く動かないのはある意味凄い事だろう。

 

暫くの間沈黙が流れるがやがて……

 

 

 

 

「「「「「ええぇぇぇーーー?!」」」」」

 

ルサールカの叫び声がトレーニングルームに響き渡る。うるせぇ……

 

内心突っ込んでいるとミルシェとトゥーリアが俺に詰め寄ってくる。

 

「ど、ど、どういうこと?!あんた本当にシルヴィアとつ、つ、つ………」

 

「つ、つ、つ、付き合ってんのかよ?!」

 

キョドり過ぎだろ。顔も真っ赤になってるし純情過ぎだろこいつ?

 

 

 

しかしどう返事をしようか?

 

一瞬悩んだが正直に話す事にした。もう既にシルヴィとオーフェリアと関係を持っている事はバレたし。

 

「ああ、付き合っているな」

 

「お、お、お……そうなんだ……!」

 

「ま、ま、マジかよ……」

 

正直に認めるとミルシェとトゥーリアは真っ赤になってへたり込んでしまった。前はスキャンダルを狙っていたのに俺が認めると真っ赤になるって……やっぱりこいつら純情過ぎだろ?この程度の話題で顔を赤くするなら始めからスキャンダルを狙って動くなよ。

 

呆れていると……

 

「本人が認めたって事はやっぱり事実じゃーん!チーム赫夜を見るだけの話が予想以上のネタが手に入るなんて最高じゃん!」

 

「……まさに棚からボタモチね」

 

モニカとパイヴィが顔に喜びを露わにしている。マズイな……俺が自爆した所為で面倒な事になってきたな。

 

俺がシルヴィと付き合う際にクインヴェールから出された条件は『世間に知られない』事だ。マスコミにバレたら間違いなくクインヴェールは俺とシルヴィの仲を割いてくるだろう。

 

「……すまんシルヴィ。自爆しちまった」

 

俺は隣で困ったような笑顔を見せているシルヴィに謝罪する。今回は完全に俺のミスだ。

 

「まあやっちゃった物は仕方ないよ。問題はそれからどうするかだよ」

 

だよなぁ。黙って貰えれば1番良いんだが……

 

「一応聞くが黙るって選択肢はあるか?」

 

一塁の望みをかけてモニカとパイヴィに話しかけてみる。まあ結果は殆どわかりきっているけど。

 

「却下却下ー!折角手に入れたネタを手放す訳ないじゃない!」

 

「……当然ね」

 

ですよねー。俺がルサールカの立場なら絶対に却下するからな。しかしそうなると……

 

「シルヴィ、そうなるとクインヴェールは俺とお前を別れさせようとするがそれに関しては?」

 

「絶対嫌。八幡君と別れるくらいなら死んだ方がマシ」

 

だよな。俺もシルヴィと別れるのは嫌だ。何としてもシルヴィとの関係を守りたい。

 

そうなると俺が取れる選択肢は限られる。

 

1つはルサールカを力づくで押さえつけて黙らせる。しかしこれは現実的ではない。絶対に世間に広まらないとは限らないし、世界トップクラスのアイドルを傷物にしたら俺がクインヴェールに殺されるし。

 

2つ目は……

 

「シルヴィ、今直ぐ理事長室に案内を頼む」

 

俺がそう言うとシルヴィは申し訳なさそうな表情に変わる。

 

「……八幡君、それは」

 

どうやら俺が取ろうとしている行動を理解したようだ。そんな顔をすんなよ。元はと言えば俺が自爆したのが悪いんだし。

 

「……八幡、何をするの?」

 

オーフェリアは理解していないようでキョトンとした表情をして制服を引っ張ってくる。

 

「ん?今から理事長の所に行って交渉をするんだよ。俺がクインヴェール、正確にはクインヴェールのバックにいる統合企業財体W&Wで働くから、世間にシルヴィとの関係が広まっても関係を断ち切らないでくれってな」

 

残る方法はこれしかない。俺とシルヴィの関係が世間に広まった事によってW&Wが負う負担を俺が働くことで立て替える代わりに、シルヴィとの関係を断ち切らないように頼むだけだ。

 

幸い俺の諜報能力はアスタリスクでもトップクラスだろう。何せ誰にも干渉出来ない影の中に入れて自由に動けるんだし。

 

他所の統合企業財体の情報を簡単に盗める俺がレヴォルフを辞めて精々数十年働けばシルヴィのスキャンダル関係によって出来る負担も補填出来るだろうし。

 

俺が事情を説明するとオーフェリアは何か考えるような素振りを見せてから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なら、私もW&Wで八幡と一緒に働くわ」

 

俺と一緒に働く意を表明する。

 

「……え?」

 

「……オーフェリア?」

 

俺とシルヴィがオーフェリアの予想外の意見に驚く中、オーフェリアは話し続ける。

 

「諜報能力に長けた八幡と戦闘能力に長けた私の2人が下に就くならW&Wの方も八幡とシルヴィアの交際を認めてくれる可能性は充分にあるわ」

 

確かに俺だけでなくオーフェリアもいれば向こうも認めてくれるかもしれないが……

 

「いいのか?今回は完全に俺のミスだしお前が無理する事じゃないぞ?」

 

「……ううん。私がそうしたいの」

 

「お前が?」

 

「ええ。八幡と付き合ってからわかったけど、八幡にとってシルヴィアは必要な存在。だから離れ離れになるべきじゃない。それに……」

 

オーフェリアは一つ区切る頬を染めながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私も、その……シルヴィアと一緒にいたい。3人で過ごす時間は本当に幸せだから……」

 

そっぽを向きながらそう言ってくる。

 

(や、ヤバい……オーフェリアがデレた……!クソ可愛い)

 

隣ではシルヴィも俺と同じ気持ちのようだ。優しい笑みを浮かべてから俺とオーフェリアに抱きついてくる。周りでは騒ぎ声が聞こえてくるがどうでもいい。

 

「……ありがとう。私も2人と一緒にいたい。大好きだよ」

 

それを聞いた俺は胸が熱くなりオーフェリアとシルヴィの背中に手をまわす。

 

「ああ。俺もお前らを手放したくない。だから最善が尽くすだけだ」

 

「……私も」

 

オーフェリアも同様に俺とシルヴィの背中に手をまわしていた。

 

そうだ、スキャンダルがどうしたってんだ。世間が何と言おうと知った事じゃない。俺達3人の関係にひびを入れる奴は誰だろうと許さない。

 

いざとなったら来年の王竜星武祭で優勝してシルヴィの所有権もオーフェリア同様俺の物にしてやる。

 

改めて強く決心した俺は息を吐いて抱擁をといてシルヴィに話しかける。

 

「じゃあ俺達は今から理事長室に行って交渉してくるわ」

 

「……絶対に八幡と関係を断ち切らせないよう全力を尽くすわ」

 

「……うん。ありがとう」

 

「……お礼を言われる事じゃないわ。同じ八幡の妻として当然よ」

 

「そもそも今回は俺のミスだからな。お前が気にする事じゃない」

 

俺はそう言ってからルサールカの方を向く。

 

「……って訳だ。悪いがシルヴィの事を公表するならせめて理事長から許しを得たらにして……って、どうした?」

 

見るとルサールカの面々は全員真っ赤になって俯いていた。少し離れた場所では赫夜のメンバーも若宮とフェアクロフ先輩とアッヘンヴァルも真っ赤になって俯いていた。例外なのは苦笑を浮かべている蓮城寺と呆れ顔のフロックハートだけだ。

 

何だこいつら?いきなり顔を真っ赤にして何かあったのか?隣ではシルヴィとオーフェリアも疑問符を浮かべている。何が何だかさっぱりわからん。

 

そう思った俺は再度質問をしようとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『甘い(ですわ)(よ)(な)(わ)!!』

 

真っ赤になっているルサールカと赫夜のメンバーから突っ込みが入った。

 

(何が甘いんだ?訳がわからん)

 

「おいお前ら。甘いって何の事かわかるか?」

 

気になったので恋人2人にも訪ねてみるも……

 

「私はわからないな。オーフェリアさんは?」

 

「……知らないわ」

 

2人も知らないようで首を横に振る。

 

 

マジで何なんだ?

 

 



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バカップルにとって普通な事でも他人からしたら砂糖地獄な事もある

俺やシルヴィ、オーフェリアは頭に疑問符を浮かべている。3人同時に頭に疑問符が浮かぶなんて滅多にないだろう。

 

だから俺は当事者らに話しかける。

 

「おいお前ら。さっき甘いって言ったが何が甘いんだ?」

 

俺は正面で真っ赤になっているルサールカとチーム赫夜のメンバーに向けて抱いている疑問をぶつける。

 

するとミルシェとモニカが俺達に詰め寄ってくる。

 

「あんた達の絡みだよ!何だよあの会話!明らかにラブラブじゃん!」

 

「そうよそうよ!普通二股って言ったらもっとドロドロするものじゃないの!」

 

って言われてもなぁ……

 

「まあ俺達は割と普通じゃないからドロドロしないでラブラブなんだよ」

 

「だよねー。私この関係今は好きだし」

 

「ん?今は?昔は違ったのか?」

 

「まあね。今だから言うけど付き合った当初はどうやって八幡君を独り占めするか真剣に考えていたしね」

 

「……実は私もよ。どうしたらシルヴィアより愛して貰えるか真剣に考えていたわ」

 

「いや、お前ら怖過ぎだろ?」

 

それで良く今の関係に落ち着いたな。もしも2人が言っていた事が事実ならかなり厳しいと思うが。

 

「でも八幡君を独り占めする事なんて一週間もしないで考えなくなったな」

 

「私もよ。いくら八幡を誘惑しても八幡は私とシルヴィア、どちらも同じくらい愛してくれたから。それを見て八幡は優劣を付けることはないって判断した私達は2人で八幡の愛に応えるって決めたのよ」

 

「当たり前だ。俺はお前ら2人を同時に愛すると決めた時から優劣を付けた事は一度もない」

 

それ以前にオーフェリアもシルヴィもどちらも本当に素晴らしい女性だから、俺みたいな大した事ない男が優劣を付けていい訳がない。

 

「……そんな事ないわ。八幡は優しくて素敵な人よ」

 

「うん。だから八幡君、俺みたいな大した事ない男なんて自分でも言っちゃダメだよ?」

 

「待て。何で俺の考えている事が寸分違わずに分かった?」

 

マジでこいつらエスパーじゃないの?

 

俺がそう思っていると……

 

「八幡君の考えている事なんて簡単にわかるよ」

 

「そうね。前にも言ったと思うけど……」

 

2人はそう言って一つ区切ると

 

「「心から愛している人の思考を読み取るなんて朝飯前よ(だよ)」」

 

笑顔を見せてから2人がギュッと抱きついてくる。はっ……やっぱりこいつらには勝てる気がしないな……

 

 

そんな事を考えながら2人を抱き返していると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから甘いって!』

 

横から叫び声が聞こえたので横を見るとルサールカと赫夜のメンバーが再度突っ込みを入れていた。

 

「てめぇらマジで私達の前でイチャイチャすんじゃねーよ!甘ったるくて仕方ねぇ!」

 

トゥーリアがそう文句を言って他の9人がうんうん頷いているが……

 

「ちょっと待って。私達は別にイチャイチャしてないよ。八幡君もオーフェリアさんもそう思っているよね?」

 

シルヴィがトゥーリアに反論しながら俺とオーフェリアを見てくるので俺達は頷く。

 

「……シルヴィアの言う通りだわ。私達は別にイチャイチャなんてしてないわ」

 

「だな。イチャイチャするとしたら人がいない所でしかしないな」

 

いくら2人の事を愛していると言っても人前でイチャイチャするの恥ずかしいし。

 

『嘘だ!!』

 

再び突っ込みを入れられる。何でお前ら息ピッタリなんだよ……?

 

「嘘じゃないよ。普通に会話しているだけだよ」

 

シルヴィがそう反論すると全員が呆気に取られポカンとした表情を見せてくる。

 

「……えっと、じゃあ3人にとってイチャイチャするってどんな事をするんですか?」

 

ルサールカ唯一の常識人であるマフレナがそう聞いてくるが……

 

「イチャイチャねぇ……やっぱり湯船で八幡君の上に乗って甘える事かな?」

 

「……私としてはベッドでお互いの体を触り合う事かしら?八幡は?」

 

俺?俺としては……

 

「1日最低30分ディープキスをする事だな」

 

色々イチャイチャはしているが1番のイチャイチャはそれだと思う。シルヴィなんて仕事でアスタリスクの外に行く時は前日に2時間近くディープキスをしてくるし。

 

「……なるほど。確かにアレが1番かしら?シルヴィアなんて凄くいやらしくなるし」

 

「なっ?!オーフェリアさんだって最後の方は八幡君におねだりしてるし充分いやらしいじゃん!」

 

「……そうね。八幡の事を考えるとついいやらしくなってしまうわ」

 

「それは私もそうだけど……元はと言えば八幡君があんなに激しくしてくるのが悪いよ!」

 

「ぐっ……そこを言われたら返す言葉がないな」

 

確かにそうだ。2人をその気にさせる為序盤から激しく攻めるしな。完全に俺が悪いな、うん。

 

とりあえず今後は自重していきたいが……無理だな。2人ともメチャクチャ可愛いし。すまんが自重しない。

 

内心そう頷いていると……

 

 

「あ、そ、そ、そうですか……」

 

質問をしてきたマフレナを筆頭に全員が真っ赤になって俯き出す。マジでこいつら純情過ぎだろ?

 

てかそろそろ訓練に入りたいんだけど?それ以前にルサールカに聞きたい事がある。

 

「てかルサールカ、何でお前らはここにいたんだ?」

 

ここは赫夜のメンバーが借りているトレーニングルームだ。ルサールカの連中がいる理由がわからん。

 

俺がそう尋ねるとルサールカの5人はハッとした表情になる。

 

「あ、そうだった!こっちも聞きたいんだけど、何であんなとオーフェリア・ランドルーフェンがいるのよ?!」

 

ミルシェが俺達を指差してくる。漸く本題に戻れたか。本当に長かったな……

 

「ああ。それな、簡単に言うと赫夜のメンバーを鍛えてる」

 

俺がそう返すとルサールカは再びポカンとした表情をしてから……

 

「「「「「えぇぇーー!」」」」」

 

騒ぎ声を出してくる。まあそれが普通の反応だよなぁ……

 

「ど、どういう事よ?!」

 

「何でレヴォルフのあんた達が他所の学校の生徒を鍛えてるのよ?!」

 

「……意味がわからないわ」

 

モニカ、ミルシェ、パイヴィが続いて聞いてくる。さっきまでの会話で疲れた俺は適当に流す事にした。

 

「まあアレだ。シルヴィに頼まれたりと色々あったんだよ。俺からも質問するがお前らは偵察か?だとしたら大人気ないと思うぞ?」

 

何せ前回獅鷲星武祭ベスト8チームが無名のチームに対して直接偵察に来たんだ?普通に大人気ないし。

 

「そうなんだよ。私もそれを知って軽く怒っていた所で八幡君達がやって来たんだよ」

 

「だから正座してたんだな。つーかシルヴィも知ってたのか?」

 

「んー、ベネトナーシュからこの子達がまた何か企んでいるみたいって報告があったの。トレーニングルームの予約状況を確認したり、偽名を使って予約に割り込んだり、勝手に備品を持ち出したりしてるって」

 

そう言ってシルヴィは近くにあった簡易迷彩フィールドの発生装置を叩いた。てかこんな物まで持ち出してるって……

 

 

 

世界トップのロックバンドって暇なのか?そう思っても仕方ないだろう。

 

「はぁ……一体何故そんな真似を?わざわざそんな事をしなくても、ベネトナーシュからデータは渡されているでしょうに」

 

フロックハートもあきれた表情でため息を吐いている。まあ気持ちはわかるがな。

 

「う、うるせー!そういう問題じゃねーんだよ!大体てめえら、さっきは黙って聞いてれば好き放題言いやがって!」

 

「そうよそうよお!お尻の青いへなちょこの癖にモニカ達を馬鹿にしてくれちゃってえ!練習も見てたけど、あの程度でモニカ達に挑もうなんてちゃんちゃらおかしいわ!」

 

「……私達が公式序列戦でいまいち振るわないのは事実だけど、それはあくまでこの純星煌式武装を使う事が出来ないからで、チーム戦ならあなたたちなんて相手にもならないわ」

 

何か明らかに3人がヒートアップしている。その表情には差があれど怒りが見えるが……

 

「おい若宮、お前ら何を言ったんだ?」

 

気になったのでつい聞いてみる。するとトゥーリアが俺に詰め寄ってくる。

 

「それがあいつら『負けてばっかり』だとか『結構苦戦してたり』とか『ミスが多い』とか散々言ってくれやがったんだよ!」

 

あー、なるほどな。まあ確かにルサールカはチームとしては強いが個々の実力はそこまで評価されていない。実際『詩の蜜酒』や『六万神殿』でのランクは低いし。

 

しかしそれでも赫夜のメンバーよりは強いだろう。実際俺もそう思っているし、それだけボロクソに言われたらキレてもまあ仕方ないだろう。

 

俺が内心ため息を吐いているとフロックハートが口を開ける。

 

「無駄に喚いてごまかさないでちょうだい。質問の答えになっていないわ。何故こんな手間をかけてまで私達の偵察にやってきたの?」

 

冷たい目をして論破にかかる。前から思ったが何か雪ノ下に若干似てるな。

 

「くっ……相変わらず理路整然と冷静な奴……!だ、だからそれはその……あんたがシルヴィアのプロデュースデビューしたっていうから、それを問い質そうと……」

 

『は……?』

 

その言葉に全員がポカンとする。そういやフロックハートはシルヴィにプロデュースされたな。理由はまだ聞いていないが……シルヴィの事だ。きっと何か理由があるのだろう。

 

「で、でもそれだったら、別にここに隠れてる必要はないんじゃ?普通にクロエに聞けば……」

 

アッヘンヴァルがそう訊ねるとトゥーリアが視線を外しながらぼそりと呟く。

 

「ばっか、それじゃ白を切られて終わりだろーが」

 

「だからなにか弱みを握れないかと思って隠れて探ってたんだけどお、まさかシルヴィア……さん本人が来ちゃうとはねー」

 

「じゃあ何ですの?あなた方は今度の試合とは全く関係なしにこんな真似を……?」

 

「だってさー!おっかしいじゃん!シルヴィアだよ?あのシルヴィア・リューネハイムが、ぽっと出の新人のプロデュースをするなんてらあり得ないじゃん!絶対なにか汚い手を使ったに決まってるよ!しかもあんた、ベネトナーシュだよね?だったらシルヴィアの弱みの一つや二つ握っていてもおかしくないし」

 

「……そんな事を言われても……大体シルヴィアの弱みなら貴女達も手に入れたじゃない」

 

そう言ってフロックハートはチラっと俺を見てくるが……

 

「それは却下!例の二股のネタは公表しない!」

 

ミルシェがノンノンとばかりに首を横に振ってくる。え?マジで?公表しないでくれるの?

 

「えー?!リーダー本気?折角特ダネを手に入れたのに棒に振るのー?」

 

俺が驚いている中、モニカは不満そうな表情を見せるもミルシェは気にしない。

 

「あったりまえじゃん!もしも公表してシルヴィアが別れちゃったら可哀想じゃん!」

 

「まあ……そうだよな。流石にこのバカップル3人の仲を引き裂くのは……気が引けるよな」

 

トゥーリアもため息を吐きながらミルシェに賛成する。

 

シルヴィからルサールカの事は聞いていたが根っからの悪人ではないようだ。

 

そう言って見逃してくれるのは本当にありがたい。

 

ありがたいが……一つだけ言いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……シルヴィの事を可哀想だと思うなら初めから弱みを探ろうとするなよ……」

 

「それはそれ、これはこれ!」

 

結論、やっぱりこいつらはバカだ。

 

 

その後はなんやかんや色々な事が起こって、シルヴィとルサールカが交渉してシルヴィがルサールカに曲を作る代わりに試合でモニカとマフレナの純星煌式武装の固有能力を使わない事となってルサールカは退場していった。

 

尚、最後にルサールカに俺達はバカップルじゃないと訂正を求めたら、ルサールカだけでなく赫夜のメンバーからも『嘘だ』と言われた。解せぬ



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比企谷八幡はシルヴィア・リューネハイムを見送る

 

 

「……という訳でルサールカの使う純星煌式武装『ライア=ポロス』は使い手が5人揃わないと起動出来ない代わりに非常に強力な能力を持っているわ」

 

アスタリスク市街地にあるカフェ『マコンド』にて、俺は今現在お菓子を食べながらフロックハートからルサールカの使う純星煌式武装についての説明を受けている。

 

オーフェリアの身体の治療に付き添いで治療院に行った帰り道、偶然アイドル活動を終えたフロックハートと鉢合わせしたので夕食がてらルサールカの対策について話し合う事になった。

 

にしてもデザートのスペシャルストロベリーパフェ美味いな。てか俺の隣でパフェを食べているオーフェリアが可愛過ぎる。今直ぐにでもハグしたい。つーか眼鏡のウェイトレスが意外そうな表情で俺達を見てるがフロックハートの知り合いか?

 

「へぇ、そんな珍しい純星煌式武装もあるんだな」

 

また純星煌式武装については謎が多いからな。そういった物もあるだろう。

 

「……『ライア=ポロス』は元々一つの純星煌式武装。だけどウルム=マナダイトの力が強過ぎたから扱える人がいなくて、五つに分割したのよ」

 

パフェを食べながら感心しているとオーフェリアがそう言ってくる。

 

「随分詳しいな」

 

「……昔彼が『ライア=ポロス』の製作者、ラディスラフ・バルトシークについて調べていたからそのツテで知ったのよ」

 

ディルクが?まだ随分と厄介事っぽいな。てか……

 

「ラディスラフ・バルトシークだと?どっかで聞いたような……」

 

「ラディスラフ・バルトシークは煌式武装や純星煌式武装に関する有名な科学者よ」

 

フロックハートが俺が悩んでいると教えてくれる。そうだ、昔テレビで論文が評価されたとかでニュースに出てたな。

 

俺が漸く記憶を掘り起こしているとオーフェリアが爆弾を投下してくる。

 

「そう、そして『翡翠の黄昏』を引き起こした犯行グループの思想的指導者「それ以上はダメよ」……っ」

 

フロックハートは珍しく慌てた表情をしてオーフェリアの口を手で塞ぐがしっかりと聞いてしまった。マジか?アスタリスク最大のテロ事件の思想的指導者って……こいつは予想以上の大物だな。

 

俺が驚く中、フロックハートはオーフェリアの口から手を離してオーフェリアを睨む。

 

「貴女ね……こんな公共の場であの事件の話を口にするのは止めなさい。壁に耳あり、よ」

 

「フロックハートに賛成だな。お前の力は知っているが万一のこともあるし次からは気をつけろ」

 

『翡翠の黄昏』は中学生以上なら誰でも知っているアスタリスクのタブーだ。なかった事にされてはいるが、その話題に触れる際は細心の注意が必要とされている。

 

「……ごめんなさい。次からは気をつけるわ」

 

オーフェリアはそう言ってペコリと頭を下げる。気をつけてくれよ。お前は色々な連中が欲しがっているんだし。万一のことがあったら嫌だ。

 

とりあえず『翡翠の黄昏』の話はそろそろ終わらせた方がいいだろう。

 

「まあ今はルサールカの『ライア=ポロス』の話をするぞ。フロックハート、そんでモニカとマフレナの使う純星煌式武装の固有能力は何だんだ?」

 

ミルシェとトゥーリアは破砕振動波を放つ技を持っていてパイヴィは音圧防壁を使うのは知っているがマフレナとモニカの使う純星煌式武装の固有能力は知らん。前回の獅鷲星武祭では特に変わった技は使ってなかったので2年で新しく身につけたのだろう。

 

「モニカ使う『ライアポロス=メルポーネ』は阻害弱体化……敵の身体能力の低下と星辰力の集中を妨害する力があって、マフレナの『ライアポロス=タレイア』の能力はその逆、味方の力を強化するものよ」

 

「うわ面倒臭いな。ちなみにその能力の効果はどの程度なんだ?」

 

「ルサールカはチームとしての試合は獅鷲星武祭以降してないからモニカの弱体化については知らないわ。ただ普段のトレーニングの記録を見せて貰った際にマフレナの能力は大方把握してるけど、強化されたミルシェの実力は……そうね、鎧抜きの貴方と互角より少し上といった所ね」

 

マジか?鎧抜き俺と互角かそれ以上って……。今の赫夜は鎧抜きの俺と戦った場合勝率は5割くらいと殆ど互角だ。それに加えてモニカの弱体化も使われたら100%負けるだろう。

 

「マジか……ルサールカがシルヴィの取引に応じてくれて良かったな」

 

「そうね。シルヴィアには感謝してるわ。それで作戦なんだけどチームの練度が劣っている以上初めに乱戦に持ち込むわ」

 

だろうな。そうすりゃ連携もないし、思考伝達が出来るフロックハートがいる赫夜に分がある。

 

「そんで防御能力の高いパイヴィを真っ先に潰すって訳だな」

 

「ええ。その後にトゥーリアを倒してミルシェを叩きに行くのが理想的だわ。問題はどうやってそこまで持ち込むかだけど……」

 

フロックハートはそう言って思考に耽る。確かにマフレナとモニカの固有能力がない以上それがベストな選択だが……

 

 

 

 

「いや、パイヴィを倒した後はトゥーリアじゃくてモニカを叩くべきだと思う」

 

俺がそう返すとフロックハートは意外そうな表情を見せてくる。

 

「理由は?モニカの純星煌式武装の固有能力が使われない以上トゥーリアの方が厄介だと思うけど?」

 

「確かにな。だが本当に固有能力を使わないかわからないだろ?」

 

「……え?」

 

「だから、もしルサールカの連中がシルヴィの曲より勝ちを優先したら間違いなく使ってくるぞ。だったら向こうが舐めている内にモニカかマフレナは潰しておきたい」

 

向こうはシルヴィとの交渉に応じた事から間違いなく赫夜のメンバーを舐めているだろう。しかしもしも負けそうになったら使ってくるかもしれん。マフレナは最後尾で指揮をする人間だから倒すのは厳しいが舐めている時のモニカなら倒せない相手じゃないし潰しておいた方がいいだろう。

 

「……そうね。所詮は口約束、シルヴィアの曲より勝ちを優先してくるならモニカを倒した方が良いわね」

 

フロックハートが納得した表情を浮かべているとフロックハートの端末が鳴り出した。

 

「ごめんなさい。今から仕事が追加されたからもう行くわ。貴方の案は参考にさせて貰うわ」

 

フロックハートはそう言って金を置いてカフェから出て行った。さて、俺達もそろそろ帰るか。

 

しかしその前に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまんオーフェリア。パフェを食べているお前の写真を撮っていいか?」

 

可愛過ぎる。今直ぐ写真に撮りたい。

 

オーフェリアは了承したので最高の一枚を撮る事が出来て満足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

後に俺とシルヴィの端末の待ち受け画像になった事は言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

 

「んっ……ちゅっ……んんっ、んあっ……」

 

現在、俺は風呂場にて湯船に浸かりながらシルヴィと舌を絡めている。シルヴィの舌を舐めているとシルヴィの唾液が俺の口に注がれる。

 

シルヴィがアスタリスクの外に出て仕事をする時は、前日にシルヴィのしたい事をさせてあげると決めている。

 

この時はオーフェリアは一切干渉してこない。俺もシルヴィもオーフェリアが一緒にいても問題ないが『シルヴィアはいつも忙しいから前日くらい構わないわ』と却下している。マジでいい子過ぎる。オーフェリアマジで天使。

 

って訳で、俺は今シルヴィとお互い一糸纏わぬ姿で身体を絡ませながら舌を舐めている。……既に何十回も経験しているがシルヴィのファンにバレたら殺されそうだな……

 

「んっ……ちゅっ……八幡君、明日から寂しくなっちゃうよ……」

 

キスをしながらシルヴィは寂しそうな表情をしてそう言ってくる。止めてくれ、前日でこれなら明日の空港で泣きそうだ。

 

「仕事だから仕方ないだろ?今日は好きなだけ甘えていいからそんな悲しそうな顔はすんな」

 

一緒に付いて行きたいのは山々だがそれは結構厳しい。もしもレヴォルフを卒業してもシルヴィがアイドルを止めなかったら俺とオーフェリアはシルヴィのボディガードの仕事をしてでも付いて行くんだが……学生の今は結構厳しい。

 

そう思いながらシルヴィを優しく抱きしめる。全裸で抱き合ってもそこまで動揺しなくなった俺は末期かもしれん。

 

「……うん。だから今日は思い切り甘えさせて……んっ」

 

「はいはい。シルヴィは本当に甘えん坊だな」

 

「こんな姿を見せるのは八幡君だけだよ……」

 

シルヴィが再度唇を重ねてくるので俺は舌を出しながらシルヴィのキスを受け入れた。はぁ……早く卒業してずっと一緒にいたいものだ。

 

俺はそう思いながらシルヴィが満足するまでキスを続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「じゃあ2人とも、そろそろ時間だから行くね」

 

北関東多重クレーター湖上のフロートエアポートの特別ラウンジにて俺とオーフェリアが学校をサボってシルヴィア見送りに来ている。

 

「ああ、頑張れよ」

 

「……気をつけて」

 

「ありがとう。最後に2人に一言ずつ」

 

そう言ってシルヴィは最初にオーフェリアに抱きつく。

 

「万が一私にもしもの事があったら八幡君をよろしくね」

 

「……縁起でもない事を言わないで。八幡には貴女が必要よ。絶対に帰ってきなさい」

 

「もちろんそのつもりだよ。ありがとうね」

 

「……別に」

 

オーフェリアは頬を染めて目を逸らす。最近になってオーフェリアはドンドン感情が豊かになっているから俺としては嬉しいものだ。

 

「あ、後八幡君が他の女の子にデレデレしないように監視もよろしくね」

 

「待てコラ。それは「安心して。他の女子にデレデレしないようにしっかり見張っておくわ」……ひでぇ」

 

確かに何回か前科はあるけどさ、てかオーフェリアも即答するなよ

 

内心ため息を吐いているとシルヴィは納得したように頷いてからオーフェリアから離れて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます、貴方」

 

ちゅっ……

 

俺に触れるだけのキスをしてくる。一瞬だけだったが俺の胸の内を瞬時に幸せで一杯にしてくれる至高のキスだった。

 

「ああ。気をつけて行ってこい」

 

シルヴィの頭を撫でながら激励をするとシルヴィは笑顔を見せながらウィンクをして搭乗ゲートに歩いて行った。これで1ヶ月は会えないだろう。わかってはいたが寂しいものだな……

 

「……大丈夫よ。直ぐに会えるわ」

 

俺の心の内を理解したようにオーフェリアは俺の手を優しく握ってくる。すると寂しさが薄れた気がする。

 

「……ありがとなオーフェリア」

 

「どういたしまして」

 

 

俺とオーフェリアはお互いに笑顔を交わす。

 

それから15分、俺とオーフェリアはシルヴィが乗った飛行機が見えなくなるまで手を繋いだままその場所から一歩も動かなかった。

 

飛行機が完全に見えなくなるとお互いに頷いて帰路についた。

 

頑張れよ、シルヴィ……




次回からリーゼルタニア編に入りますのでよろしくお願いします


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オーフェリア・ランドルーフェンは平然と爆弾を投下する

「ええっと、服に下着は大丈夫っと。後は……」

 

「……はい、ハミガキとタオル」

 

「おっ、サンキューなオーフェリア」

 

「どういたしまして」

 

俺はオーフェリアに礼を言ってハミガキとタオルを旅行鞄に入れる。

 

俺達は現在、明日からの旅行に備えて行く準備をしている。予定としては明日飛行機でミュンヘンに飛んで沙々宮の家で一泊してからリーゼルタニアに向かう事になっている。

 

「そう言えば八幡は煌式武装を持っていくの?」

 

旅行鞄に用意する物全てを入れて準備完了したオーフェリアがそう聞いてくる。

 

「いや持ってかない。申請面倒だし」

 

アスタリスクにいる時は煌式武装を街中で使う事なんて日常茶飯事だが、アスタリスクの外だとそうもいかず色々と申請しないといけない。しかしその申請はクソ面倒なので持っていかない方が楽だ。幸い俺は能力だから煌式武装無しでも充分にやれるし。

 

「それに例の新型煌式武装はまだ未完成だからおいそれとアスタリスクの外に持ち出すとマズイからな」

 

材木座に頼まれてモニターをしている煌式武装は世間に公表されてない以上アスタリスク外に持ち出すとアルルカントから説教をくらいそうだ。

 

「っと、俺も準備終わったしそろそろ寝ようぜ」

 

「……んっ」

 

オーフェリアは頷いてから俺を引っ張りベッドに入る。布団をかけたと同時に俺に抱きつきて…….

 

 

 

「んっ……」

 

いきなりキスをしてくる。いきなりキスをしてくるなんて珍しいな。何かあったのか?

 

とはいえ最愛の恋人からのキスを拒絶するつもりは毛頭ない。俺はオーフェリアの首に手を回して優しくキスを返す。

 

「んっ……いきなりどうしたんだ?」

 

「……明日から旅行があるからキスする回数が減ると思う。だから今の内に……」

 

「いやいや、既に充分してるだろ?」

 

先週さりげなくキスした回数を聞いたがその時は34538回と言っていた。4ヶ月でこの回数なら充分だろう。ちなみにその内俺からしたキスは1542回らしいが、オーフェリアにとってそれは少な過ぎて不満みたいだが勘弁して欲しい。

 

「……いいえ。八幡とのキスは何回しても足りないわ。自由になった以上遠慮する必要もないし……んっ」

 

オーフェリアはそう言って再びキスをしてくる。はぁ……まあ仕方ないか。言っても聞かないし。

 

俺はオーフェリアを説得するのを諦めてお返しとばかりにキスを返す。明日は朝早く集合だからそろそろ寝ないといけないが……

 

 

「んっ……八幡、大好き……」

 

この少女の笑顔を崩す訳にはいかない。その事実に苦笑しながら俺はオーフェリアを強く抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺達が眠りについたのは午前2時を回ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「ふぁぁぁ……眠い」

 

「……ごめんなさい。私の所為で……ふぁ……」

 

北関東多重クレーター湖上のフロートエアポートの特別ラウンジにて俺とオーフェリアは大欠伸をしている。

 

「だらしないぞお前達。冬休みだからって規則正しい生活をしろ」

 

俺とオーフェリアがそろって欠伸をしていると隣に座っているリースフェルトがジト目で注意をしてくる。

 

俺とオーフェリアは星導館の5人らと合流して飛行機の搭乗時間を待っている。ラウンジの外からは俺達がこれから乗り込む飛行機、それも王室専用機が滑走路にて待機している。

 

「仕方ないだろ。昨日はオーフェリアが寝かせてくれなかったんだよ」

 

何せ2時間以上キスをして眠りについたのは午前2時を回ってからで、起きたのは6時と睡眠時間は4時間弱とかなり短いし。こんな事になるなら早く寝て早起きしてからキスをすれば良かったな。

 

「なっ!お、お前達は何をしていたんだ?!」

 

そんな事を考えていると叫び声が聞こえたので顔を上げると茹で蛸のように真っ赤になったリースフェルトがいた。周りでは天霧と刀藤がリースフェルト同様真っ赤になっていて、沙々宮はこっくりこっくり寝ていて、エンフィールドは『あらあら』とばかりに微笑んでいる。

 

「あん?普通に夜中の2時までキスをしてただけだが?」

 

「……は?き、キスだと……?」

 

リースフェルトは真っ赤な表情から一転、ポカンとした表情に変わる。さてはこいつ……まさかと思うが俺とオーフェリアが夜の営みをしていたと思ってたのか?

 

だとしたら不正解だ。何度か理性が吹っ飛んだ事はあるが全部本番には至ってないし。

 

「そ、そうか……ま、まあアレだ。余り紛らわしい言い方をするな」

 

リースフェルトは安堵の表情を浮かべながら注意をしてくる。まあ確かに寝かせてくれなかったって言い方は誤解を招くな。以後注意しよう。

 

そう思っていると特別ラウンジにアナウンスが流れ出した。いよいよ搭乗時間のようだ。

 

それを確認すると全員が立ち上がり搭乗口に向かった。つーか沙々宮の奴寝たまま歩いているのはある種の才能だろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機が飛んでから30分、現在乗員7人はソファー型のシートに背中を預けている。流石王族専用機だけあって快適でゆったりとくつろいでいる。

 

1人を除いて。

 

「ご心配をおかけしてごめんなさいです……。わ、私、小さい頃から飛行機が大の苦手で……」

 

刀藤は飛行機に弱いらしく顔色を悪くしている。今にも吐きそうだ。

 

「飴でも食うか?少しはマシになるぞ」

 

「す、すみません……」

 

俺も飛行機にそこまで強くないので酔い止めの飴を買ってきているのでそれを刀藤に渡すと、弱々しい表情をしながらそれを受け取る。

 

ーーと、

 

「きゃっ!」

 

ガクンと機体が揺れて、刀藤が天霧に向かって倒れ込み、そのまま腿に顔面をぶつけている。アレは痛そうだ。

 

慌てて起きようとしているも腕に力が入らないのか直ぐに天霧の膝に倒れこんでしまった。今更だが普段の刀藤って戦っている時と差があり過ぎだろ?

 

「あ、あのっ、ご、ごめんなさいです……!わたし、直ぐに……!」

 

「いいよ、綺凛ちゃん。この方が楽だろうし、落ち着くまではこのままで」

 

「えっ?!で、でも……」

 

「いいから」

 

天霧はそう言って刀藤の柔らかそうな銀髪を撫でると、刀藤は申し訳なさそうなーーーそれでいてどこか嬉しそうに小さく頷いた。

 

「ぐぬぬ……」

 

「くっ……」

 

沙々宮とリースフェルトは何か言いたそうな目で2人を見ているが天霧の奴、本当に女たらしだな……

 

若干呆れながらそんな光景を見ていると服を引っ張られたので横を見ると……

 

「八幡」

 

オーフェリアが話しかけてくる。

 

「何だ?お前も飴を食べたいのか?」

 

そう尋ねるとオーフェリアは首をフルフルと振って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私も膝枕して欲しいからしてくれるかしら?」

 

そう言ってくる。

 

瞬間、俺とオーフェリア以外の5人は俺を見てくる。この馬鹿!堂々と膝枕を要求するな!マジで恥ずかしいんですけど!

 

俺がオーフェリアに突っ込もうとするが…〜

 

「…………」

 

不安そうな表情をしながら上目遣いで俺を見てくる。俺はその目を見て抵抗を諦めた。この表情をしたオーフェリアのおねだりを断るのは彼氏として不可能だ。

 

「……わかったよ。好きにどうぞ」

 

「……んっ」

 

オーフェリアはコクンと頷いて俺の膝の上に頭を乗せる。ズボン越しにオーフェリアの頭の重みを感じてくすぐったい。

 

「……八幡、頭も撫でて」

 

「はいはい」

 

もうどうにでもなれ、そう思いながらオーフェリアのサラサラな髪をゆっくりと撫でる。

 

「あらあら。仲睦まじいですね」

 

「その顔腹立つから止めろ」

 

予想通りエンフィールドは凄く良い笑顔を見せてくる。大抵の男を魅了する可愛い笑みだが俺からしたらあの笑顔を今直ぐ殴りたい。

 

「ふふっ、それはすみません。それにしてもあの『孤毒の魔女』がこんな乙女な表情をするとは思いませんでしたわ」

 

「だろうな。中等部の頃なんていつも無表情だったし」

 

初めて会ったのはレヴォルフのベストプレイスだったが、会った当初は少し離れた場所でお互いに無言で飯を食っていたしな。

 

「……八幡に恋をしたから変わったのよ。八幡が私の失った感情を取り戻してくれたから」

 

あのー、オーフェリアさん?そう言ってくれるのは恥ずいんで止めてくれませんか?全員の生温かくも優しい視線が辛いですから。

 

内心そう突っ込んでいるとオーフェリアがリースフェルトに話しかける。

 

「……変わったと言えばユリス、貴女も昔に比べて大分変わったわね」

 

「私か?……まあ、そうだな。大分変わったかもしれんな」

 

「そう……やっぱりユリスも恋をしたの?」

 

オーフェリアが平然と爆弾を投下してくる。こいつ物事をハッキリと言うからな。俺は大分慣れたがリースフェルトには厳しいだろう。

 

「なっ……!な、な、何を言っているんだ!私は別に……!」

 

「……違うの?てっきりユリスは天霧綾「オーフェリア!」……っ」

 

リースフェルトは真っ赤になりながらもオーフェリアの口を塞ぐ。オーフェリア、お前頼むから空気読め。

 

「え?俺がどうかしたの?」

 

「な、何でもない!だから気にするな!」

 

「あ……う、うん」

 

天霧は不思議そうな表情をしながら踏み込まなかった。正しい判断だ。ここで踏み込んだらリースフェルトは自爆するだろうし。

 

「はぁ、はぁ……オーフェリア、私は別に好きな人は特には……」

 

いやその表情で言っても説得力ないからな?

 

「……まあユリスが良いなら文句は言わないけどいざという時にしっかり素直にならないと後悔するわよ。私の場合、ライバルが強力だったから常に素直になっていたわ」

 

まあ最終的にはオーフェリアも、そのライバルであるシルヴィも共に俺の恋人になったけどな。

 

しかし天霧の場合、あいつ真面目そうだから全員を選ぶってのはないだろう。しかもあいつ鈍感っぽいし、素直にならないとかなり不利だろう。

 

「……まあ、そうだな。今は無理だと思うがいつかは素直になってみるとも」

 

「そうね。クローディア・エンフィールドくらいまでとは言わないけど、ある程度は素直になるべきだわ」

 

オーフェリアがそう呟くとエンフィールドが不思議そうな表情を見せてくる。

 

「あら?ランドルーフェンさんは私の事を知っているのですか?」

 

エンフィールドがそう尋ねるとオーフェリアは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ。シルヴィアから貴女が天霧綾斗の腕を掴んで自分の胸を揉ませたと聞いたわ」

 

 

核爆弾を投下した。



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飛行機の中にブリザードが吹き荒れる

寒い

 

俺比企谷八幡は素直にそう思った。

 

いや、まあ今は冬だし寒いのは仕方ない。でもさ……王室専用機のジェット機の中にいるのに寒いっておかしくない?

 

理由はわかっている。何せ原因となっている存在が俺の目の前にいるんだから。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……綾斗、お前は本当にクローディアの胸を揉んだのか?」

 

「……説明を要求する」

 

目の前でドス黒いオーラを撒き散らして天霧に詰め寄っているリースフェルトと沙々宮が原因だろう。リースフェルトにしろ沙々宮にしろ俺より大分弱いが……

 

(……ヤバい怖過ぎる……シルヴィやオーフェリアもそうだったが女の嫉妬は怖過ぎる)

 

 

今のリースフェルトと沙々宮は、俺が前にフェアクロフ先輩の胸を揉んだ時にそれを目撃したシルヴィとオーフェリアが出したオーラと同種のオーラを出しているからかメチャクチャ怖い。

 

今は刀藤が寝ていて良かった……もしも起きていたら刀藤もドス黒いオーラを撒き散らしそうだし。

 

現に天霧もメチャクチャビビっている。気持ちはわかる。俺も同種のオーラを見てチビりかけたし。

 

「あ、いや、俺は……」

 

「「綾斗?」」

 

2人は更に詰め寄ってくる。まるで天霧はフェアクロフ先輩の胸を揉んだ時の俺で、リースフェルトと沙々宮はシルヴィとオーフェリアみたいだ。

 

「も、揉んだんじゃなくてクローディアが半ば無理やり揉ませたというか……」

 

だろうな。天霧の性格はある程度知っているが自分から揉みに行く人間とは思えない。

 

そんな中、俺の心の底にいたずら心が生まれ始めた。そしてその気持ちは徐々に大きくなり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで天霧、エンフィールドの胸は柔らかかったか?」

 

以前シルヴィが俺にした質問をしてみた。

 

いきなり俺から質問されたのが予想外だったのか天霧は……

 

「え?柔らかかったけど……?」

 

つい馬鹿正直に答えてしまった。馬鹿か……そんな事を言ったら……

 

「……ほほう。どうやら相当楽しんだようだな」

 

「……綾斗」

 

リースフェルトと沙々宮は更にドス黒いオーラを出して天霧に詰め寄る。うん、詰んだな。

 

「あの、ちょっと……」

 

天霧がしどろもどろになっている中、俺は備え付けの冷蔵庫を開けてオレンジジュースのおかわりを取り出してグラスに注ぐ。

 

そしてグラスを口につけて一息に飲み始めると違和感を感じた。

 

 

 

「ん?……何かさっきより美味いな」

 

何故か一杯目のオレンジジュースより二杯目のそれの方が芳醇な香りがして凄く美味い。これは一体……

 

 

「あらあら……比企谷君も中々人が悪いですね」

 

疑問に思っていると向かいに座っているエンフィールドが苦笑しながらルビー色の飲み物を飲んでいた。……中身が何なのかは聞かないでおこう。

 

そんな事をノンビリ考えながら俺は天霧達の修羅場を対岸の火事のようにぼんやりと眺めていた。天霧よ、強く生きろ。

 

内心そう呟いて残ったオレンジジュースを一気飲みした。うん、やっぱり美味いからもう一杯頂くとしよう。

 

しかし何故同じ飲み物なのに味が変わったのだろうか?世の中不思議な事もあるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後……

 

 

「比企谷…….」

 

俺は今修羅場を乗り切った天霧からジト目で見られている。その表情は余りにも疲れ切っている。

 

あの後天霧はサイラスの事件に関する事と説明したら修羅2人は一応の納得を見せてドス黒いオーラを消したが……うん、少し調子に乗り過ぎたな。

 

「悪かったよ。っても、オーフェリアが爆弾を投下したからこうなっただけで……寝てるしこいつ」

 

いつの間にか寝てやがる。……本来なら起こす所だが見逃そう。刀藤も今さっきまで寝てたし、オーフェリアは昨日、正確には今日だが寝るのが遅かったからな。ゆっくり休ませよう。

 

そんな事をノンビリ考えているとエンフィールドが口を開ける。

 

「さて、お二人も落ち着いた事ですしこの場を借りて皆さんにご相談があるのですがよろしいでしょうか」

 

口調は穏やかだが真剣な響きがある。

 

「既に皆さんもおわかりだとは思いますが……相談というのは来年の星武祭についてです。ここにいる皆さんに、私のチームメンバーとして獅鷲星武祭に参加していただきたいのです。それと比企谷君には以前も言いましたがトレーニングの相手をして頂きたいのですが」

 

エンフィールドはそう言って俺を見てくる。まあ以前確かにシルヴィの誕生日プレゼントに関する相談を受けた時にそんな事を頼まれたな。しかし……

 

「悪いなエンフィールド。実は俺クインヴェールのあるチームの指導をやってるから多分無理だと思うぞ」

 

正直に話す事にした。するとエンフィールド以外は驚きの表情を見せてくるが予想の範疇だ。

 

「……鳳凰星武祭では星導館の生徒を鍛えて、獅鷲星武祭ではクインヴェールの生徒を鍛える……何を考えているんだ?」

 

リースフェルトが呆れた表情を浮かべながらそう尋ねてくるが、実際俺が協力したのなんて小町とシルヴィに頼まれたから引き受けただけで大層な考えを持っている訳ではない。

 

「気まぐれだよ気まぐれ。まあ、それはともかく……既に他のチームの指導をしている以上、他のチームの指導をするのはやりにくいんだが」

 

他のチームにも指導をしたら間違いなく面倒な事は目に見えている。エンフィールドには悪いが断らせて貰おう。

 

「そうですか……比企谷君にはユリスに指導をして貰いたかったのですが……」

 

「私に指導?」

 

「ええ。比企谷君の多彩な能力を見たらユリスの能力も更に多彩になるでしょうから」

 

「むう……確かにこいつの能力には見習う所があるからな……」

 

まあ俺の仕事と言ったら似た能力を持ったリースフェルトの指導だろう……ん?待てよ。

 

「待てエンフィールド。リースフェルトの指導だけなら条件次第で受けてもいいぞ」

 

「あら?急にやる気を出すとは思いませんでした。ちなみに条件というのは?」

 

「簡単な話だ。俺がリースフェルトに指導をする間、天霧が俺が今指導をしているチームメンバーの1人の練習に付き合ってくれるなら構わない」

 

「……俺?」

 

いきなり名前を出された天霧はキョトンとした表情を見せてくる。

 

「……綾斗を?ちなみにその綾斗と練習をさせようとする人の名前は?」

 

「ソフィア・フェアクロフさん」

 

「あら……」

 

「何だと……?」

 

「それは……」

 

俺が名前を口にするとエンフィールドとリースフェルト、刀藤は表情を変える。まあフェアクロフさんはかなり有名だしな。知っていてもおかしくないだろう。

 

「フェアクロフ?それってガラードワースの……」

 

「それで合ってるぞ天霧。ソフィア・フェアクロフはガラードワースの会長の実の妹だ。単純な剣才なら兄や刀藤に匹敵する実力者だ」

 

「ソフィア・フェアクロフはてっきり王竜星武祭に出るかと思いましたが……これは予想外ですね」

 

 

 

 

「まあフェアクロフ先輩にも心境の変化があったんだよ。それより話を戻すが……リースフェルトの指導をするのは構わないがその代わりに天霧は俺がリースフェルトの指導をしている間、フェアクロフ先輩の練習に付き合って欲しいんだが」

 

以前訓練をしていたらフェアクロフ先輩は同格以上の剣士と練習をしたいと言っていた。

 

赫夜は割と癖の強いメンバーが多いので基礎練は兎も角、応用練習などは俺1人では限界がある。出来る事なら良い練習相手が欲しいという赫夜の願いは叶えたい。

 

その為、出来るなら天霧の力は借りたい。タダでさえ練習相手が不足している以上逃したくない。

 

 

「俺は構わないけど……」

 

そう言って天霧はエンフィールドをちらっと見る。まあチームを結成するエンフィールドの意見が最重要だろう。

 

「そうですね……一週間に一回くらいなら良いでしょう」

 

まあ妥当な所だ。それ以上の訓練は『チームの練習に支障が出るかもしれない』と、お互いに損が出る可能性もあるからな。

 

「そうか……じゃあ頼んでもいいか?」

 

「はい。ところで、そのチームのメンバーについてですがソフィア・フェアクロフ以外のメンバーを教えて貰ってもいいでしょうか?」

 

まあ知りたくなるよな。余り話したくはないが……話さない事で天霧という極上の訓練相手を失ったりするよりはマシか。

 

そう判断した俺は話す事にした。

 

「わかった。チーム名はチーム赫夜で、フェアクロフ先輩以外のメンバーは序列35位の若宮美奈兎、47位のニーナ・アッヘンヴァル、序列外でクロエ・フロックハートに蓮城寺柚陽だ」

 

「えっ?!柚陽ちゃんがいるんだ?!」

 

俺がそう説明すると天霧が驚きの声を出してくる。天霧から返しが来るとは思わなかったが……

 

「まあな。てかお前の知り合いとは予想外だったが彼女なのか?」

 

エンフィールドに基本的なプロフィールデータを渡そうと端末を弄りながら天霧に適当に返事をしていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほう。まさかお前にクインヴェールの生徒の知り合いがいるとは思わなかったぞ」

 

「……全く油断も隙もない」

 

「それで?結局その蓮城寺さんは綾斗の彼女なのでしょうか?」

 

再びブリザードが起こり出した。リースフェルトと沙々宮はジト目で、エンフィールドは表面上はニコニコした表情で天霧に詰め寄っていた。

 

しまった。端末を弄っていたから適当に返事をしてしまった。天霧マジで済まん。

 

俺は目で天霧に謝罪をしながら現実逃避をする為、オーフェリアの頭を撫で始める。

 

「んっ……八幡……好き」

 

オーフェリアは寝言を呟いてくる。ああ、もう……本当に可愛いなぁ……

 

「……ありがとな。俺もお前が好きだ」

 

俺はオーフェリアの寝言に癒されながらオーフェリアの耳に顔を寄せて返事を返して、頭を撫でるのを再開する。

 

オーフェリアの可愛さで寒さが無くなってきた。何か前からは叫び声が聞こえてくるが気のせいだろう。

 

結論、オーフェリアマジで可愛い




突然ですが報告です。

まことに申し訳ないですが、自分はこれからインターンシップの授業や大量の中間レポートに集中しないといけないので勝手ではございますが中間レポートの最後の締め切りである6月4日まで執筆をお休みさせていただきます。

この作品を読んでくださるお客様には私事でお休みする事をここで謝罪申し上げます。

そして復活した際にはまた読んでいただけるとありがたいです


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天霧綾斗は時として比企谷八幡同様に苦労する。

こんばんは、斉天大聖です。

本来なら6月4日まで投稿しないつもりでしたが、6つの中間レポートのうち3つを2徹で終わらせた際にテンションが上がり執筆したので投稿する事にしました


「ふぅ……やっと着いたか。てか降りてからも色々と面倒だったな」

 

ミュンヘン空港にて飛行機から降りた俺は大きく伸びをする。冬のドイツは気温が低く、辺りには雪が積もっている。

 

「……八幡は飛行機は初めて?」

 

「まあな。だから色々と驚く事が結構あったな。ちなみにオーフェリアはあるのか?」

 

隣で起きたばかりだからかウトウトしながら質問をしてくるオーフェリアに質問を返す。うん、やっぱりオーフェリア可愛いな。

 

「……私は彼の下にいた時によく海外に行っていたわ。と言っても遊びが目的で海外に行くのは初めてだわ」

 

「そっか。じゃあしっかりと楽しめよ」

 

「……ええ」

 

オーフェリアはそう言って手を握ってくるので優しく握り返す。小さくて温かい……最高の手だな。

 

「……ところで天霧は……もう大丈夫みたいだな」

 

「……まあね」

 

後ろを見ると弱い笑みを浮かべている天霧がリースフェルトと沙々宮に挟まれていて、エンフィールドと刀藤がその後ろで苦笑を浮かべている。

 

さっき蓮城寺が天霧の知り合いと知った時に俺は天霧に彼女なのかと質問してしまい、天霧はリースフェルトと沙々宮、エンフィールドに尋も……事情聴取を受けた。本当に申し訳ないです。

 

「本当悪かったって。今度マッ缶奢るから許せ」

 

「いや、アレは甘過ぎるから良いよ」

 

ちっ、アレの良さがわからないとは……まだまだガキだな。

 

「はいはい。立ち話もなんですし行きましょう。既に夕方ですしこれ以上話していたら沙々宮の家に着く頃には日が暮れてしまいますよ」

 

「あー、まあそうだな。ところで今更なんだが俺とオーフェリアが泊まっても大丈夫なのか?」

 

実際俺は沙々宮と殆ど接点がないし、オーフェリアに至っては今日が初対面だし。

 

「……問題ない。既にお母さんには話してある。ばっちこい」

 

そう言って親指を立ててくるが無表情でその仕草は違和感を感じるぞ?

 

「そうか。じゃあよろしく頼む」

 

そう返しながら俺達は電車に乗り換える為に駅に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばランドルーフェンさんは王竜星武祭に出るのですか?」

 

沙々宮の家に向かう為電車に乗っているとエンフィールドがそう聞いてくる。

 

「どうしたエンフィールド?藪から棒に?」

 

「いえ。彼女は既にディルク・エーベルヴァインの所有物でないですから。出るか出ないかで星武祭の戦略の練り方が大分変わるので今のうちに聞いておきたかっただけです」

 

あー、まあ確かに優勝確実と言われているオーフェリアが出るかどうかで、他の学園の生徒会は自身の学園の生徒をどのくらい王竜星武祭に出すかなど色々と戦略を練らないといけないからな。今の内から作戦を考えるのだろうな。

 

「……八幡が出ろと言ったら出るし、出るなと命令したら出ないわ」

 

オーフェリアがそう言うと全員が俺を見てくる。まあ一応オーフェリアの権利証は俺が持ってるからなぁ……

 

「俺の考えとしては王竜星武祭のエントリーが始まるまでにオーフェリアが自分の力を完全に制御出来てるならオーフェリアの好きにさせるが、エントリーが始まるまでに力を完全に制御出来ていないなら出さないつもりだ」

 

俺にとっての最優先事項はオーフェリアの安寧な生活だ。もしも能力を使って寿命を削るようなら絶対に出さん。これはオーフェリアにリベンジをしたいと思っているシルヴィにも話したが納得してくれた。

 

「……私の好きにしていいなら出ないわ。私自身特に統合企業財体に叶えて貰いたい願いなんてないわ。……私にとっては八幡とずっと一緒にいる事が何よりの願いだわ」

 

そう言いながら電車の中にもかかわらず抱きついてくる。あのオーフェリアさん?いくら人が少ないからといって電車の中は勘弁してください。

しかも星導館組、特にリースフェルトの目が優し過ぎてむず痒いんですけど?マジで見ないでください。

 

しかし俺にとってオーフェリアを引き離す選択肢はハナからないので甘んじてオーフェリアに抱きしめられる事にした。

 

結局目的地に着くまでオーフェリアに抱きつかれたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間……

 

 

 

沙々宮の家に着いた時は既に夕刻を過ぎて日が暮れていた。沙々宮の家はレンガ造りの古民家を改装したものだが……

 

「こんなセンサーだらけの物騒な民家があってたまるか」

 

そう呟く俺はおかしくないだろう。何で普通の家の敷地内や玄関にセンサーが取り付けられてんだよ?見る限りかなりの高性能のセンサーだし。

 

「まあ沙々宮先生は銀河の研究施設に開発協力として参加してくださる程のお人ですから。そのような人の研究成果を盗まれないようにするには当然でしょう」

 

エンフィールドが笑いながら言ってくる。なるほどな、統合企業財体の研究施設で働く人間の家ならセキュリティが優れていてもおかしくないだろう。

 

「……お父さん曰く我が家の警備システムは統合企業財体直轄の研究施設に匹敵するものらしい」

 

「ほう……そいつは優秀なセキュリティだな」

 

「……影の中に入って簡単にカジノのセキュリティをすり抜けた比企谷に言われても皮肉にしか聞こえない」

 

「あー…….いや、別に皮肉を言ったわけじゃないからな?」

 

「ん……わかってる」

 

沙々宮はそう言ってセンサーとロックを解除しながらドアを開ける。

 

「……ただいま」

 

「おや、ようやくおかえりかい、馬鹿娘」

 

そんな気軽な感じの声が聞こえたかと思ったら沙々宮そっくりの女性が出迎えてくれる。身長以外はそっくりだな……。沙々宮の身長は小学生と間違われても仕方ないくらい低いが母は俺や天霧くらいとかなりデカイし。

 

そんな事を呑気に考えていると沙々宮がジト目で俺を見てくる。もしかして考えている事を読まれたのか?

 

「香夜さん、お久しぶりです」

 

「ああ。久しぶりだね、綾斗。いい男になってきたじゃないか」

 

天霧は親しげに話しているがやっぱり沙々宮とは幼馴染だからかなり仲が良いのだろう。

 

「沙々宮夫人、本日はお世話になります」

 

「ご丁寧にどーも。星導館の生徒会長さんだね?」

 

「はい。クローディア・エンフィールドと申します」

 

「あ、あの、私はーー」

 

『まあまあ、そんなとこで立ち話もなんだろう。とにかく中へ入りなさい』

 

「ひゃあっ?!」

 

刀藤が挨拶をしようとした瞬間半透明の男性が現れて、刀藤は悲鳴をあげる。何だありゃ?アルルカントが開発した人工知能の類か?

 

首を傾げていると

 

「紗夜のお父さんの創一さん。昔事故で生身の身体を失ったんだよ」

 

天霧が俺に耳打ちをしてくる。なるほどな、それなら半透明ーーー実体がない事も頷ける。しかし……

 

「その割に随分テンション高くね?」

 

今は香夜さんと親しげに話しているが明らかにテンションが高い。とてもじゃないが身体を失った人の言動とは思えん。

 

「えーっと、それは……」

 

天霧もどうしたものかと返事に困っていると沙々宮の父ちゃんーー創一さんは笑いながら俺と天霧を見てくる。

 

『確かにわしは生身の身体を失ったが、別に不自由しとらん。むしろ煌式武装の制作にはこの方が適しているくらいだからの』

 

ポジティブ過ぎだろこのおっさん。身体を失っても元気って……天霧も苦笑してるし。

 

「まあ、創一さんの言う通りこんなところで立ち話もなんだ。とりあえず入って入って。大したもんじゃないけど、晩ご飯も用意してあるから」

 

そう言われて俺達は案内されてリビングに通される。中央にでんと置かれたテーブルの上には、ずらりと料理が並んでいた。

 

「普段は自分の食べる分しか作らないからね。久しぶりに腕を振るう機会が出来て嬉しかったよ。ほら、座った座った」

 

香夜さんに促されてテーブルに着く。それと同時に俺は頭を下げる。

 

「初めまして。比企谷八幡です。今日はお邪魔します。オーフェリア、お前も挨拶しろ」

 

俺が隣に座るオーフェリアに促すとコクンと頷いて……

 

「……オーフェリア・ランドルーフェン。……よろしくお願いします」

 

ただ一言そう言ってペコリと頭を下げる。オーフェリアの奴、付き合った当初は敬語と無縁だったが、自由になった以上それでは今後はマズイと俺とシルヴィが教育した結果、コミュ力が少し高まった。

 

よろしくお願いしますと言えるようになるとは……八幡嬉しい。

 

「ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトです。紗夜……さんには、先日身内が大変お世話になりまして、感謝しています」

 

オーフェリアの成長っぷりに感動しているとリースフェルトも俺とオーフェリアに続いて頭を下げる。

 

「まさかうちに世界最強の魔術師と魔女にお隣の国のお姫さんがやってくるとは思わなかったよ。狭い所だけど寛いでいっておくれ」

 

「あ、あの、刀藤綺凛です。私も鳳凰星武祭では本当に紗夜さんに助けていただいて……」

 

「あはは、そんな畏まらなくていいよ。寧ろうちの子が迷惑をかけなかったかい?」

 

「い、いえそんな……」

 

まあ実際迷惑はかけてないだろう。序列外とはいえ沙々宮の実力は充分にある。試合を見る限り刀藤の足を引っ張ってはいなかっただろう。

 

「こう言っちゃなんだけど、まさか準決勝まで勝ち進むとは思ってもなかったからねえ」

 

『ふふん、わしは信じておったがな』

 

「創一さんが親馬鹿なだけでしょ、もう」

 

間違いない……創一さんはうちの親父と同じくらい親馬鹿だ。親父も『小町ならベスト8まで行けると信じていた』ってドヤ顔で連絡してきたし。

 

そんなバカな事を考えている中、創一さんは煌式武装について意気込んでいて香夜さんに制されている。

 

「それよりさっさとご飯にしよう。今スープを温めてくるからね」

 

それからほどなくして食事が始まる。

 

刀藤は緊張していたが直ぐに打ち解けて鳳凰星武祭の事やフローラ救出についての話などに花を咲かせている。俺とオーフェリアは自分からは話さないが聞かれた事には話しているので気まずい食事にはならずに済んでいる。

 

にしてもこの飯美味いな。しかも和食だし。オーフェリアやシルヴィの料理には不満は一切がないが洋食が殆どなので純和食は久しぶりに口にする。そしてオーフェリアさん、さりげなくあーんをしないでくださいね?

 

そんな感じで大人数で食う飯でありながらそこそこ楽しめたので良かっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ部屋の方に案内しようか」

 

飯を食い終わってデザートに舌鼓をうっていると香夜さんにそう言われる。

 

「一応、二階に来客用の部屋が2つ空いてるからそれに加えた沙夜の部屋の3つを使って貰おうと思ってるんだけど、それぞれ2、2、3人ずつで良いかい?」

 

「はい。問題ありません」

 

「なら良かった。じゃあ部屋割りを決めておいてくれ」

 

って言われてもなぁ……俺と天霧が2人部屋なのは確定だろう。他の5人はどうなるとそこまで問題は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は八幡と寝たいわ」

 

……オーフェリアさん、マジで空気読んでくれ。予想外の発言で沙々宮とエンフィールド以外驚いているし。

 

内心オーフェリアに突っ込んでいると……

 

「なるほど。では比企谷君とランドルーフェンさん、私と綾斗、ユリスと刀藤さんと沙々宮さんという事で」

 

エンフィールドが当然のようにそう言ってくる。

 

「ええっ?!」

 

「なっ?!ちょっと待てクローディア!いきなり何を言い出す?!」

 

「あら、何か問題が?」

 

リースフェルトが慌てたようにそれを止めようとするが、エンフィールドは不思議そうに首を傾げるだけだ。

 

「大ありだ!と、年頃の男女が同じ部屋でなど、その……」

 

リースフェルトが真っ赤になりながら口をモゴモゴしていると……

 

 

「そうでしょうか?比企谷君はランドルーフェンさんやシルヴィアの2人と一緒に寝たりお風呂に入っているから大丈夫だと思いますよ?」

 

爆弾を投下された。

 

瞬間、時間が止まった。ねぇ何でわざわざそんな事を言うのかな?俺を悶死させたいの?

 

内心エンフィールドに突っ込んでいるとエンフィールドが口を開ける。

 

「シルヴィアからも特に間違いは起こっていないと聞いた事があるので比企谷君とランドルーフェンさんが一緒に寝ても問題ないでしょう?」

 

エンフィールドの言葉にリースフェルトが再起動する。

 

「そっちじゃない!比企谷とオーフェリアは恋人だから百歩譲ってまだ良い!私が言っているのはお前と綾斗が一緒に寝る事だ!」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。私は綾斗を信じていますから。ねえ綾斗?」

 

「いや、まあ……」

 

エンフィールドが蠱惑的な表情を天霧に向けると天霧は引き攣った笑みを浮かべる。

 

「まあ天霧ならヘタ……紳士だから大丈夫だろ?何せエンフィールドに寮に呼ばれた際に胸を揉「ちょっと比企谷!それは言わないで!」あん?その件は昼に手打ちになったんだから大丈夫だろ?」

 

飛行機でオーフェリアが落とした爆弾によって天霧は甚大な被害を受けたがそれも昔の話だ。リースフェルトも沙々宮もこの話は終わりとしたんだから怒られない筈だが……

 

「そうだけど!思い出すと恥ずかしくて仕方ないんだよ!」

 

純情過ぎだろ?いや、俺がシルヴィやオーフェリアの胸を揉み過ぎたから慣れただけだろう。

 

「あー、そりゃ悪かったな。まあ話を戻すとこんだけヘタ……紳士なんだし女子と寝ても手を出さないだろ?」

 

「そうですね。それともユリスは綾斗が信用出来ませんか?」

 

「うっ……!そ、そんなことはない!もちろん私は綾斗を信じてはいるが、そ、それとこれとはまた別の問題と「……ユリス、素直にならないとクローディア・エンフィールドに負けるわよ」……オーフェリア!」

 

リースフェルトは口をモゴモゴしていたがオーフェリアが喋ると突っ込みを入れてくる。まあオーフェリアに同感だ。天霧は素直で鈍感だろうからツンデレ属性は相性が悪いだろう。

 

「わ、私も綾斗先輩を信じてます!」

 

と、そこへ真っ赤な顔の刀藤が身を乗り出してきた。

 

「あらあら。でしたら刀藤さんにお譲りいたしましょうか?」

 

「えっ?そ、それはその……あ、綾斗先輩がそれで良いなら、私は……」

 

「え……?」

 

「なるほど。確かに綾斗に選んでいただくのが1番適切ですね」

 

エンフィールドがポンと手を叩き、リースフェルトも真っ赤になりながら天霧を睨むように見ている。

 

「えーと……」

 

さてさて、天霧は誰を選ぶやら………

 

「オーフェリア、天霧が誰選ぶか賭けようぜ。俺は沙々宮に賭けるから当たったら帰国した時の夜飯グラタンを作ってくれ」

 

「……わかったわ。じゃあ私はユリスに賭けるわ。もしも当たったら……帰国してからプールに行きたいわ」

 

「まあ体から瘴気も出なくなったしな。わかった」

 

つーかオーフェリアの水着が見たい。初めはグラタン食いたいから沙々宮を選んで欲しかったがプールに行くならリースフェルトを選んで欲しい。

 

そんな事を考えていると天霧と目が合った。

 

「えーと……比企谷じゃダメかな?」

 

うん、まあ予想はしていたよ。普通に考えたらヘタ……紳士の天霧なら付き合っていない女性じゃなくて俺を指名するよな。

 

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら……綾斗は私より比企谷君と2人で一夜を共にしたいのですね?」

 

エンフィールドは悲しげ表情を浮かべながら爆弾を投下してきた。

 

しかし俺にはわかる。奴は心の底では間違いなく笑っている。人間観察を得意とする俺からしたら、エンフィールドがからかっていると簡単に理解できる。

 

しかし他の連中は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……?!あ、綾斗!ま、ま、まさかとは思うがお前そっちの趣味が……?!」

 

「……夜吹は前に『天霧は女に興味ないようだけどひょっとして男に興味があるかもしれない』って言っていたけと……」

 

「あ、綾斗先輩!!そ、その……ひ、人の趣味はそれぞれですから気にしなくて大丈夫ですよ!」

 

「……天霧綾斗、八幡は絶対に渡さないわ」

 

普通にエンフィールドの言葉をそのまま信じてしまって天霧に詰め寄っている。特にオーフェリアなんてドス黒いオーラを出してるし。

 

「え……あ、いや、俺は……」

 

4人に詰め寄られている天霧は4人の出すプレッシャー(特にオーフェリアのプレッシャー)に気圧されてマトモな返事をする事が出来ていない。

 

そんな中……

 

 

「ふふっ……」

 

エンフィールドは楽しそうに食卓に置かれていたリンゴジュースを飲んでいる。お前は本当に楽しそうだな。

 

俺はエンフィールドに若干呆れの感情を向けながら、未だに揉めている5人をぼんやりと眺める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局天霧が解放されたのはそれから10分経ってからで、部屋割りは俺と天霧、刀藤と沙々宮、オーフェリアとリースフェルトとエンフィールドになった。

 

その際にオーフェリアは不満そうにしていたので一緒にお風呂に入ると言ったら機嫌を直してくれたが、それを聞いた刀藤は真っ赤になって気絶してしまった。マジで済まん。




今回も読んでいただきありがとうございます。

次の投稿時期は残った3つの中間レポートが終わった時のテンションによりますがよろしくお願いします


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深夜には色々ある。

よっしゃー!今日死ぬ気でレポートを全て終わらせたぜ!

これで残るはインターンシップの説明会と中間テストだけだ。

って訳で投稿します。ぶっちゃけ1時間ぶっ続けで書いたので誤字脱字が多いかもしれませんがよろしくお願いします


「さて……んじゃ寝るか」

 

夕食を済ませ部屋割りが決まってから2時間、寝巻きに着替えた俺は案内された客間に敷いてあった布団に入る。

 

「じゃあ消すね」

 

同じ部屋割りとなった天霧が電気を消そうとした時だった。

 

『……八幡、まだ起きてる?』

 

ドア越しにオーフェリアの声が聞こえてきた。

 

「起きてる。何か用か?」

 

そう言って布団から出た俺は部屋を出るとネグリジェ姿のオーフェリアがいた。相変わらずエロいネグリジェだな。

 

そんな事を表に出さずに考えているとオーフェリアが顔を近づけて……

 

「……今日はもう会えないからおやすみのキスをして欲しいのだけど」

 

耳元でキスをねだってくる。耳には艶のある声と小さい吐息が入って煩悩を生み出してくる。ここが自分の家だったら押し倒している自信がある。

 

「はいはい。わかりましたよ」

 

俺は天霧に見られないように客間のドアを閉めながら了承する。少し前の俺なら即座に却下していたが……オーフェリアの上目遣いを見てしまっては逆らえない。この目を見て却下する奴はこの世にいなくてもおかしくないだろう。

 

そう思いながらオーフェリアを抱き寄せて……

 

 

「んっ……」

 

オーフェリアの唇に自身のそれを重ねる。オーフェリアは目を瞑って俺のキスを受け入れる。幸い廊下には誰もいないので目撃される事はなかった。

 

本来ならこのまま続けたいが……

 

「今日はここまで」

 

そう言ってオーフェリアの唇から離れる。これ以上すると歯止めがきかなくなる恐れがあるから止めておこう。

 

「あっ……」

 

するとオーフェリアは残念そうな表情を浮かべるが今回は心を鬼にしてこれ以上のキスはしない。

 

「帰国したらいくらでもしてやるから我慢しろ」

 

そう言って優しく頭を撫でるとオーフェリアはくすぐったそうに目を細める。

 

「んっ……わかったわ。じゃあまた明日」

 

「ああ、また明日」

 

挨拶を交わした俺はオーフェリアが自身が寝る客間に入るまで見送った後、自分が寝る客間のドアを開ける。

 

「おかえり。何を話していたの?」

 

「いや、単におやすみの挨拶をしただけだ。それより電気消すぞ」

 

「あ、うん」

 

天霧からも了承を得たので俺は電気を消して布団に入る。

 

「さて、俺は眠いから直ぐに寝ると思うが……手を出してくるなよ?」

 

念の為天霧に釘を刺しておく。俺はそっちの趣味はないし、恋人も2人いるから手を出してきたらと考えると結構怖い。

 

「だから違うって!俺にそっちの趣味はないから!」

 

「ならいいが……」

 

正直疑わしい。何せ今まで色々な女子を無意識のうちに落としておきながら浮ついた噂が殆どない男だ。寧ろネットでは男に興味があると記されている記事もあるくらいだし。

 

……まあ一応信じてみるか。万が一手を出してきたら影の中に逃げればいいし。

 

そう思いながら俺は瞼を閉じた。昨日はオーフェリアと深夜までキスをしていたから今日は早く眠れるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「あらランドルーフェンさん、お帰りなさい」

 

「何処に行っていたんだ?」

 

「……八幡におやすみのキスをして貰ってきたわ」

 

「なっ?!そ、そうか……な、仲が良くて良い事だ」

 

「……ええ。そういうユリスは?」

 

「な、何がだ?」

 

「天霧綾斗におやすみのキスをして貰わないの?」

 

「なっ!お、オーフェリア!お前は何を言っているんだ?!付き合っている訳ではないのにく、く、唇を合わせるなんて……!」

 

「……だったら額や頬にして貰ったらどうかしら?それなら親愛的な意味で通じるわよ」

 

「……なるほど。それでしたら……」

 

「ちょっと待てクローディア!どこに行くつもりだ?!」

 

「綾斗におやすみのキスをおねだりしに行くだけですわ。何か問題でも?」

 

「大アリだ!付き合っていないのにそんな破廉恥な事を……!そもそもお前はさっきも綾斗が風呂に入っている時に入ろうとしていたじゃないか!」

 

「あら?私は綾斗の体を洗ってあげようとしただけで他意はないですよ」

 

「嘘を吐くな嘘を!」

 

「……だったらユリスもキスして貰えばいい」

 

「そういう問題ではない!って、お前は行かせないぞ!綺凛と紗夜からも頼まれたからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局エンフィールドはユリスと騒ぎを聞きつけた綺凛と紗夜によって止められて、若干残念そうな表情になりながらベッドに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「……ダメだ。やっぱり眠れん」

 

「あはは……俺もだよ」

 

時刻は既に深夜にもなっているにもかかわらず俺と天霧は眠りに付いていない。

 

お互いに眠れないので適当に駄弁っていれば眠れるだろうと思って駄弁っているものの全く眠れる気がしない。

 

「……仕方ない。今から散歩にでも行くか」

 

「ええっ?もう2時過ぎてるよ?」

 

「気分転換しないと眠れなさそうだ。お前も眠れないなら来るか?」

 

いつもなら1人で散歩しているだろうが今は何となく誰かと暇潰しをしたい。

 

「でもこんな遅くに危険じゃないかな?」

 

「いやいや、鳳凰星武祭優勝者と王竜星武祭セミファイナリストの2人を倒せる不審者なんてそうはいないだろうが」

 

まあオーフェリアなら倒せると思うけど、あいつは敵じゃないし。

 

「うーん……」

 

天霧が首捻って悩んでいる時だった。

 

「……んー」

 

突然部屋のドアが開く音がしたかと思いきや誰かがフラフラと部屋に入ってきた。

 

「「っ!」」

 

俺達は咄嗟に体を起こし警戒態勢をとるが……

 

「んだよ沙々宮かよ」

 

薄暗かったからわからなかった。一瞬不審者と勘違いしちまったぜ。

 

「どうしたのさ、こんな時間に」

 

天霧は沙々宮に呼びかけるも、沙々宮はそれに答えることなく覚束ない足取りのままゆっくりと俺達の方に歩いてくる。

 

「紗夜……?」

 

「んんー……」

 

どうやら寝ぼけているらしい。どんだけ器用なんだこいつは?

 

呆れている中、沙々宮は殆ど閉じかけた瞳でうつらうつらと船をこぎながらそのままどっさりと天霧が寝ているベッドに倒れこんで、そのまま布団に潜り込んだ。

 

「さ、紗夜?!」

 

天霧は慌てだすが俺は……

 

(……俺の布団に潜り込まなくてよかった。もしも俺の方に来たらオーフェリアにぶっ殺されそうだ)

 

フェアクロフ先輩の胸を揉んだ際は『塵と化せ』をくらったんだ。夜這いをしていると勘違いされたら冗談抜きで殺されそうだな。

 

「ちょ、ちょっと紗夜!それはマズイってば!」

 

天霧が煩いのでベッドを見るとパジャマを着崩している沙々宮の姿が目に入った。肩や腹が露出していてかなり際どい。

 

それを見た俺は立ち上がり天霧に話しかける。

 

「じゃあ天霧、俺は散歩行ってくるから後よろしく。1時間半くらいしたら帰ってくるけど大丈夫か?」

 

1時間半もあれが事は終わっているだろう。それまでは気まずい思いをしそうだから帰らない方がいいだろう。

 

「ちょっと待って比企谷!その1時間半って絶対に勘違いしてるよね?!」

 

「いやいや。俺は勘違いしてないぞ。一応言っとくが避妊はしろよ」

 

学生妊娠とかガチでシャレにならないしな。場合によっては学校を辞めるかもしれないので止めておいた方がいいだろう。

 

そんな事を考えながら俺は部屋を出る。後ろから「やっぱり勘違いしてるから!」とか聞こえてきたような気がするが気の所為だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおっ、寒いな……」

 

沙々宮の親父さんから許可を貰った俺は外に出ると開口一番にそう呟く。てか親父さんはいきなり真横から現れないで欲しい。アレは真夜中にやられるとガチで心臓に悪い。

 

まあそれはともかく……

 

俺は端末を取り出して周囲の地図を見ると近くに自然公園がある事がわかった。散歩にはもってこいだろうな。

 

そんな事を考えながら歩き出すと直ぐに自然公園に到着した。自然公園は中心に噴水があり周囲には花が咲いている造りになっているが……

 

 

「真冬の夜だけあって噴水の水は凍ってるし、花は少ないな」

 

その所為か余り風情がないなんとも寂しい気持ちになってくる。とはいえ後1時間くらいは戻れないだろう。場合によっては天霧と沙々宮が乳繰り合っている可能性があるし。とりあえずベンチに座ってコーヒーを飲みながら読書でもするか。

 

そう思いながら近くの自販機に行ったものの……

 

「マッ缶がない……!」

 

やはりアレは日本にしかないようだ。

 

「……Maxコーヒーがあるわけないじゃない」

 

「いや、まあそうだけどよ。甘い物飲みたい……」

 

「だったら1番下の段の左端のコーヒーにしたら?ヨーロッパでは有名な甘いコーヒーよ」

 

「おっ、マジか?サンキューな、オーフェリ……ア?」

 

俺がゆっくりと後ろを振り向くと……

 

 

「……どういたしまして、八幡」

 

オーフェリアが薄い笑みを浮かべながら手を軽くヒラヒラと振っていた。可愛い……って、そうじゃなくて!

 

「何でお前もいるんだよ?」

 

「……眠れなくて窓の外を見ていたら八幡が歩いているのが目に入ったから追ってきたのよ」

 

「……そうか。っと、寒いだろ?今からコート作るから少し待て」

 

そう言いながら星辰力を影に込めようとした時だった。

 

「……別にいいわ。こうすれば大丈夫だから」

 

オーフェリアはそう言うなり俺に抱きついてくる。オーフェリアの小さい身体が俺の胸の中にすっぽりと収まる。

 

「ふふっ……本当に温かいわ」

 

オーフェリアは俺の胸元でスリスリしてくる。手は腰に回して優しく摩ってくる。

 

「お前は本当に甘えん坊だな」

 

「……八幡が私を甘えん坊にしたのよ?私は悪くないわ」

 

そう言いながらもオーフェリアは俺から離れない。全くこいつといいシルヴィといい……甘えん坊過ぎる。

 

「はいはい。俺が悪うございました。それより座ろうぜ」

 

「……ええ」

 

オーフェリアも了承したので俺達は近くのベンチに座る。

 

暫くの間無言でベンチに座っているとオーフェリアが話しかけてくる。

 

「……明日は久しぶりに故郷に帰る事になるわ」

 

「そうだな。そこんところどうなんだ?」

 

「そうね……懐かしいという気持ちはあるわ。……でも今の私は昔の私と違って薄汚れているから……」

 

否定されるだろう

 

口にはしていないがオーフェリアが内心そう思っている気がする。

 

「……周りの意見なんて気にすんなよ」

 

「……そうね。別にそこらの人に否定されるのは構わないわ。ただ……」

 

オーフェリアは1つ区切ってから俺を見上げてくる。その目は不安に満ち溢れていた。

 

「……八幡やシルヴィア、ユリスに否定されるのは嫌だわ」

 

全くこいつは……

 

「アホか。少なくとも俺は絶対に否定しないしあいつらもお前の事を大切に思ってるに決まってる。それともアレか?そんなに俺達の事を信じられないか?」

 

だとしたら結構ショックだ。オーフェリアに不審がられるのは今の俺にとって結構心にクる。

 

「っ……!ごめんなさい。そんな訳じゃないわ」

 

「なら良いが……全くお前は……」

そう言いながら俺はオーフェリアを抱き寄せてギュッとする。全く世間の連中ときたら……

 

いくら絶対的な力を持ったオーフェリアでも本当は寂しがりやの1人の女の子だ。そんなオーフェリアが否定されるのは絶対に間違っている。

 

俺は何があっても、それこそ全世界から後ろ指をさされようと絶対にオーフェリアを否定しない。これはオーフェリアと付き合うことになった時から決めている事だ。

 

「……ありがとう八幡。好き……大好き……」

 

そう言ってオーフェリアも抱きついてくる。

 

「それでいい。いいか?お前はもう自由なんだ。自分を卑下して遠慮なんてする必要はない。お前は悪くないんだしな」

 

「……ええ。八幡……」

 

オーフェリアは薄く笑いを浮かべながら俺に顔を近づけてくる。

 

それを見た俺はオーフェリアの望みを理解したので、叶える為俺も自身の顔をオーフェリアの顔に近づける。

 

そして……

 

 

 

 

「んんっ……」

 

お互いの唇がそっと重なる。オーフェリアは目を瞑って腕を俺の首に回してくるので、俺はオーフェリアの背中に手を回す。

 

そして更にキスをしようと顔を近づけた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し離れた場所から万応素が吹き荒れて、複雑な魔方陣が目に入った。

 

「「……っ!」」

 

それを認識した俺とオーフェリアは離れて臨戦態勢をとりながら魔方陣が現れた場所を見ると……

 

「……トカゲ?」

 

1メートルくらいの生き物がいた。背中には翼が生えていてドラゴンと言っても間違いではないだろう。しかし何処かで見たような……?

 

「……アレ、以前八幡と散歩した時に襲ってきたモノに似てるわね」

 

オーフェリアがそう言ったので思い出した。確かアルルカントのフリガネラなんとかって擬似生命体だったか?確かに似てるな。狙いは以前のように俺達か?

 

そう思っていると例の生命体は俺達ではなく沙々宮の家の方に向かって歩き出した。って事は狙いは俺達ではなくて沙々宮博士の研究成果を盗むのが狙いだろう。

 

そうなると放ってはおけないな。泊めて貰っている者として無礼な連中を追っ払うべきだろう。

 

見てみると例の生命体は既に沙々宮の家の敷地内に入っていた。

 

「……死ね。影の槍」

 

俺はそれを認識すると同時に影の槍を俺の足元から射出する。射出された影は一直線に生命体に飛んでいき……

 

「ギアアアアア!」

 

胴体を真っ二つにすると同時に断末魔の絶叫が響き、高濃度の万応素が周囲に四散していった。

 

(……再生しない?って事は前のフリガネラなんとかとか違う、俺の影の竜と似た能力か?)

 

よくわからんな。まあ今はとにかく怪しい生命体を撃破したから良いだろう。

 

そう思いながら後ろを向いてオーフェリアに話しかける。

 

「散歩は終わりだ。帰ってあいつらにも説明しないとな」

 

「……ええ」

 

オーフェリアは頷いて俺の手を握ってきたのでそのまま沙々宮の家に歩を進めた。

 

 

尚、帰った際に天霧はリースフェルトらに沙々宮と同じ部屋で過ごしていたとバレて問い詰められていた。ドンマイ、強く生きろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やれやれ、予想外の化け物が2人もいるとは……これはとんでもなく厳しい仕事になりそうですなぁ」



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こうしてリーゼルタニア入りする

「ふぁぁぁ…ダメだ眠い」

 

翌朝、沙々宮の家の前にてリーゼルタニアからの迎えの車を待っている俺は大欠伸をする。

 

「……私も眠いわ」

 

「俺も……」

 

「……私も眠いな。朝になるまではやり過ぎたな」

 

「そ、そうですね。今日の夜はしっかりと休みましょうね?」

 

「……す〜、す〜」

 

俺の左横ではオーフェリア、天霧、リースフェルト、刀藤、沙々宮も差はあれど眠そうにしている。てか沙々宮に至っては寝てるし。立ちながら寝るってどんだけ器用なんだこいつは?

 

「……」

 

一方俺の右横にいるエンフィールドは真剣な表情を浮かべている。こいつは昨日俺が沙々宮の家に侵入した動物が能力で作られた物と知ってから時たま真剣な表情を浮かべている。

 

エンフィールドは襲撃者に心当たりがあると感じた俺はエンフィールドに聞いてみたが適当にはぐらかされた。まだ確証を得ていないからか話したくないのかどっちかは知らないが、頼むから俺を巻き込むなよ?

 

そんな事をのんびりと考えていると俺達の前に大きな黒塗りのリムジンが止まる。どうやら迎えの車が来たようだ。

 

「皆様、お迎えにあがりました!」

 

助手席からメイド服を着た少女ーーーフローラが降りてきて仰々しく礼をしてくる。

 

「相変わらず元気だねフローラちゃん」

 

「あいっ!それがフローラの取り柄ですから!」

 

天霧は笑顔を見せるとフローラも笑顔を見せてくる。こいつまさか……

 

「……こんな小さい子にも手を出して「いやいやいや!違うからね!」……そうか」

 

独り言を呟いていると天霧は真っ赤になって俺に詰め寄ってくる。うん、手は出していないかもしれないが無意識のうちに落としているかもしれん。相変わらずの女たらしだな」

 

「綾斗に対して油断出来ないのは事実だが……オーフェリアと『戦律の魔女』の2人と付き合っているお前が女たらしと言うのか?」

 

リースフェルトが呆れながらそう言ってくる。ん?口に出していたのか?

 

しかし……うん、確かに恋人が2人いる俺が女たらしって言うのはブーメランになってるな。

 

そんな事を考えているとフローラが俺の方にやってきてぺこりと頭を下げてくる。

 

「比企谷様ですね?鳳凰星武祭の時はフローラを助けていただいて本当にありがとうございました!」

 

「ん?ああ、別に構わない」

 

何せ俺がフローラを助けたのはオーフェリアを自由にする為だからだ。そんな考えを持った俺にそんな風に頭を下げられると胸が痛い。

 

「……ところでお前が俺達を案内するのか?」

 

だから俺は話を逸らす。これ以上この話題はするべきじゃないだろう。

 

「あいっ!今から皆様を王宮にご案内しますのでご乗車ください!」

 

フローラは俺の意図に気付かずに俺達に車に乗るように呼びかける。

 

「それじゃ、創一おじさん、香夜さん。お世話になりました」

 

天霧が挨拶をすると全員で車に乗りこむ。するとフローラは天霧とリースフェルトに

 

「あ、姫様と天霧様は後ろの席でお願いします」

 

そう指示を出す。天霧とリースフェルトは不思議そうな表情をしながらも指示に従い後ろに座る。

 

「では、出発しまーす!」

 

 

フローラがそう言うと車はゆっくりと動き出す。

 

「リースフェルト、大体どんくらい時間がかかるんだ?」

 

「そうだな……ここからなら車で2、3時間といったところだな」

 

「思ったより近いのですね」

 

「リーゼルタニアはドイツとオーストリアの境にある山国だからな。まあ、時間もあるし簡単に我が故国について説明しておこうか。約1名、下手をすれば私より詳しいかもしれん奴がいるがーー」

 

そう言いながらリースフェルトはエンフィールドをちらっと見る。対するエンフィールドはいつもの微笑を浮かべている。

 

「ふふ、誰の事でしょうね。もしかして比企谷君ですか?」

 

「俺かよ?悪いが俺は統合企業財体という特一等級ベルティス隕石を欲しがる屑共に作られた箱庭って事ぐらいしか知らないぞ?」

 

俺がそう返すとエンフィールドは苦笑いをしてリースフェルトは額に手を当てている。

 

「いや、まあ、身も蓋もない言い方をすればそうだが……そこまでハッキリと言うな。綺凛あたりは引いているぞ」

 

リースフェルトに注意されたので刀藤を見ると若干引いていた。そうだ。メチャクチャ強いから忘れていたが刀藤ってまだ中1だったな。汚い話をしたらそりゃビビるわ。

 

「あー、悪い悪い。つー訳でリースフェルト、もっとオブラートに包んだ説明を頼む」

 

今回は俺のミスだ。空気が若干重くなったし。

 

「……はぁ。わかった」

 

リースフェルトはため息を吐きながら気を取り直すように説明を始めた。本当に申し訳ありませんでした。

 

俺はオーフェリアに撫で撫でされながら反省してリースフェルトの説明を聞き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当に傀儡国家」

 

リースフェルトの説明が始まって5分、沙々宮はそう言ってうんうんと頷く。

 

「身も蓋もなく言ってしまえばそうなるな。それにしても比企谷が詳しく知っているとは思わなかったな」

 

「ん?そりゃまあ、リーゼルタニアは卒業したらオーフェリアとシルヴィの3人で住む候補地の一つだからな」

 

「ほう?その返答は予想外だったな」

 

「そうか。まあ何にせよ卒業したら働かずに3人でノンビリと暮らすつもりだ」

 

あと2回星武祭で本戦に出場すれば一生働かずに済むだろう。え?オーフェリアやシルヴィが稼いだ金は使わないかって?それに頼り切りになったらヒモになるから使わない。俺がなりたいのは専業主夫であってヒモじゃない。

 

「そうか。その場合是非歓迎しよう……ん?」

 

「どうしたんだ?」

 

「あ、いや王宮へ行くのならこの道は遠回りになると思ってな。どういうことだ、フローラ?」

 

「えっと、これも陛下から仰せつかってますので」

 

「兄上から?」

 

「あい。ちょっと待ってくださいね」

 

フローラはポケットからメモ用紙を取り出す。そんな中俺は明らかに車の速度が落ちている事に気がついた。

 

「えーと、『せっかく帰ってきたんだからこそ、ついでに凱旋パレードをよろしく』だそうです」

 

「なっ……?!」

 

リースフェルトが愕然とした表情を浮かべながら腰を浮かせかけるが、それを押しとどめるような大歓声が巻き起こる。星武祭の本戦に勝るとも劣らない熱気だ。

 

「姫様ー!」

 

「ユリス様ー!」

 

沿道には人が溢れ、皆口々にリースフェルトの名前を叫んでいる。空からは色とりどりの紙吹雪が舞い散り、街のあちこちにリースフェルトの写真が付いてあるポスターがある。

 

「くぅ、兄上め!覚えていろ……!」

 

リースフェルトは自身の兄に毒づきながらも笑顔で手を振っている。

 

まあこうなっても仕方ないだろう。アスタリスクの歴史上、王族が優勝した事は一度もないからその話題性は凄まじいものだ。今やリースフェルトは世界の女性の中でトップ3に入るくらいの有名人だ。(他のトップ3は言うまでもなくシルヴィとオーフェリアだ)

 

「そういや天霧はリースフェルトみたいに手を振らないのか?」

 

「え?お、俺も?」

 

「いやだってアレ見てみろよ」

 

そう言いながら車の外を指差すとリースフェルトに比べたら少ないが天霧の名前も表示されてるしやった方がいいだろう。

 

「いや、何で俺まで……」

 

「だって天霧様は姫様のタッグパートナーですから!」

 

「それはまあ、そうだけど……」

 

「ふふっ、そんな意外そうな顔をしないでもいいでしょうに。ユリスの責任感の強さは知っているでしょう?」

 

フローラとエンフィールドがそう口にすると天霧はため息を吐きながら頷く。

 

「はぁ、わかったよ」

 

天霧が外に向かって手を振ると更に歓声が上る。

 

「にしても本当に盛り上がってんな……」

 

「まあこの国はかなり複雑な事情を抱えていますからね。言い方はよろしくありませんが、良いガス抜きになっているのでしょう……もっともーーーこれを仕掛けたあの方の思惑は、それだけではないでしょうけれど」

 

その時エンフィールドが呟いた最後の言葉が不思議と俺の耳から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーゼルタニアの首都ストレルにある王宮は街の中心部から湖を挟んだ対岸にあり、現在は公邸として使われているらしい。

 

想像以上に長く続いたパレードを済ませた後、ようやく王宮に到着したのだが……

 

「おい天霧、リースフェルトを何とかしろ」

 

俺は前方で肩を怒らせながらズンズン歩いているリースフェルトに辟易しながら天霧にそう話しかける。

 

凱旋パレードをやると聞かされていなかったんだ。怒る気持ちはわからなくはないが怒りすぎだろう。

 

「うーん。多分無理だと思うよ」

 

「……同感ね。ああなったユリスを落ち着かせるのは厳しいわ。時間が経つのを待ちましょう」

 

リースフェルトと付き合いが深い天霧とオーフェリアは即座に却下する。……まあ予想の範囲だ。しかしリースフェルトよ、頼むから能力は使うなよ。天霧の覗き事件の際も盛大に能力を使用したから果てしなく不安だ。

 

やかてリースフェルトはある部屋の扉をノックもしないで思い切り押し開ける。

 

 

 

 

「兄上!一体これはどういうことだ!」

 

リースフェルトが怒気を孕んだ声を上げる後ろからそっと部屋を覗いてみる。

 

すると部屋のソファの上に寝転がり、ふわふわとした巻き毛の女性に膝枕をされている男性が、のそりと身を起こした

 

「ああ、戻ってきたんだねユリス、おかえり」

 

20代半ばくらいだろうか。濃い赤毛はやや長く、全体的に線が細い。トレーナーにスラックスとラフな格好で、ぶっちゃけるとこの部屋に馴染んでなさ過ぎる。

 

「星導館学園とレヴォルフ黒学院の皆さんだね?今回は不躾な招待を受けてくれて嬉しいよ。僕はユリスの兄でヨルベルト。一応この国の国王をやっている。で、これは妻のマリア。ああ、ここは僕の私室なので君達も寛いでくれて構わないよ」

 

……は?

 

マジでこの人が国王?俺的に国王って王冠被ってマントをひらめかせて国民の先頭に立つイメージなんだけど……目の前にいる男性はそうは見えない。

 

俺だけでなくリースフェルトとエンフィールドとオーフェリア以外のメンバーも同じように思ったのか呆気にとられているし。

 

そんな中、リースフェルトはヨルベルトさんにガンガン突っ掛かっている。しかしリースフェルトが単純だからか、上手くあしらわれている。まあリースフェルトは割とガンガンいこうぜタイプだからな。エンフィールドやヨルベルトさんみたいな人とは相性は良くないだろう。

 

そして暫くの間揉めた末、ようやく終わったかと思いきやヨルベルトさんは俺達を見てくる。

 

「そうそう、それと君達にはうちの侍女を助けてもらったお礼もしなければならなかったね。と、いうわけで今夜は君達を歓迎する夜会を催す事にしたから、是非参加して欲しい。あ、服はこちらで用意したから適当なのを選んでくれて構わないよ。サイズの調整も今からでも間に合うだろうし」

 

「だからそれも聞いていないぞ兄上!」

 

「あははは。まあいいじゃないか」

 

リースフェルトが再び声を荒げ、ヨルベルトはそれを笑いながら煙に巻く。

 

「……何だか、その、個性的な人ですね」

 

刀藤の発言はかなりオブラートに包んでいたが皆同じ事を考えているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「……お前、髪は前の方がよかったと思うぞ?」

 

礼服に着替えた俺は同じように礼服を着ている天霧にそう言う。天霧の頭はワックスを塗ったからかいつもの髪とかなり違う。

 

あれから俺達は王宮と同じ敷地にある離宮へと案内された。リースフェルト曰く離宮は客が宿泊する迎賓館として使われるらしい。

 

とりあえずようやく一息つけると思いきや俺と天霧はフローラに呼ばれ夜会用の礼服のサイズの調整などに付き合わされるなど色々あった。

 

その際女子の準備は色々と大変だったらしく俺達が呼ばれたのは夕方になってからだ。

 

「そうかな?比企谷は変えてないんだね」

 

「まあな。俺には向いてないだろうし。てかお前、わかってると思うが『黒炉の魔剣』を持ち込むなよ」

 

純星煌式武装なんて夜会に持ち込んでみろ。間違いなく騒ぎになるに決まっている。

 

「あ、うん。さっきフローラちゃんにも言われたよ。比企谷は?」

 

「俺はそれ以前に煌式武装をアスタリスクの外に持ち出してない。能力を使えば大抵の敵は蹴散らせるしな……っと、ここか?」

 

フローラが案内した部屋の扉の前に立つ。ここで女性陣が夜会の礼服の準備をしているらしい。

 

「多分ね。じゃあ入ろっか」

 

「……わかってると思うが絶対にノックしろよ。もしもあいつらが着替え中だったら……悪いが俺は転入初日のお前みたいに攻撃されるのは嫌だからな?」

 

「俺だって嫌だよ!というか何で比企谷がそれを知ってるの?!」

 

「前にオーフェリア経由でリースフェルトから聞いた。まあそれはどうでもいいからノックはしろよ」

 

「はぁ……ユリス、入るよ?」

 

「う、うむ。いいぞ」

 

暫くしてからやや上擦ったリースフェルトの声が聞こえてきたので俺と天霧が扉を開くと固まってしまう。

 

「な、何をぼさっと突っ立っている」

 

「そうですよ、綾斗。こういう時はちゃんと女性を褒めるのが礼儀というものです」

 

「……同感」

 

「いえ、わ、わたしはその、あまり似合ってないでしょうから無理には……」

 

そう言いながら天霧に近寄る天霧ハーレムメンバーの4人はそれぞれが異なる、しかしそれぞれによく似合ったドレスを纏っている。こういう事に疎い俺でも4人が本当に美しいと思うくらいだ。

 

しかし俺が固まった理由はそこじゃない。俺が固まった理由は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、どうかしら?」

 

俺の目の前で恥ずかしがりながらも近寄ってくるオーフェリアの存在に圧倒されたからだ。

 

オーフェリアが着ているドレスはリースフェルトの着ているドレスと同じワンショルダータイプのドレスだ。しかし色はリースフェルトの深紅とは対称的に深い蒼とオーフェリアにマッチしている。

 

そして他の4人と同じように足元が隠れるくらい裾が長いワンピースで、腕や背中が大きく露出しており、胸元も強調されている。

 

正直に言おう。

 

「……ああ、凄く似合ってる。綺麗だな」

 

「……ありがとう。八幡も似合ってるわ」

 

オーフェリアはそう言って可愛らしい笑顔を見せてくる。最近どんどん可愛い笑顔を見せてくるからなぁ……マジで癒される。

 

「あ、そうだ。折角だし写真を撮っていいか?シルヴィにも見せたい」

 

「……別にいいわよ」

 

オーフェリアから了承を得たので俺は写真を撮ってシルヴィの端末にメールで送信した。

 

シルヴィもオーフェリアの事大好きだし、ライブで疲れているなら癒されて欲しい。

 

「ーーー皆様、そろそろお時間です。準備はよろしいでしょうか?」

 

そんな事を考えているとフローラが部屋に入ってきてそう告げてくる。

 

「……じゃあ八幡、エスコートをよろしく」

 

オーフェリアはそう言って手を差し出してきた。やれやれ、エスコートなんて柄じゃないが頑張るか。

 

「了解しましたよ。お嬢様」

 

そう返しながら肘を曲げてオーフェリアの手を引き寄せる。

 

こうして夜会が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「わぁ……!オーフェリアさん凄く綺麗だなぁ!見てたら良い気分になってきたよ……あ!夜会があるならオーフェリアさんに八幡君の礼服姿の写真を撮るように頼まないと!!」



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比企谷八幡は夜会に参加する

離宮のホールに入ると目に入るのは、煌びやかなシャンデリア、美味そうな飲み物や軽食、偉そうな人だった。

 

「さて……今回は我々は主賓として紹介されたからな。先ずは挨拶回りをするぞ」

 

リースフェルトは王女としての立場を理解しているようで天霧を連れて歩き出したので俺達も続いた。

 

「クソ怠い……てかあいつらやエンフィールドはともかく、俺やオーフェリア、沙々宮に刀藤はする必要ないんじゃね?」

 

エンフィールドは銀河の幹部の娘だからまだしも、特にリーゼルタニアと交流のない俺はする必要はないと思うが。

 

そう思っているとエンフィールドが話しかけてくる。

 

「そうでしょうか?比企谷君とランドルーフェンさんはソルネージュの方からスカウトの声がかかると思いますよ」

 

あー、確かにあり得るな。ソルネージュはレヴォルフの運営母体だ。既に俺や自由になったオーフェリアはアスタリスクにて何度もスカウトされている。おそらく今回もスカウトしてくるだろう。

 

「あり得るかもな。全部蹴ると思うけど」

 

何せ将来はリーゼルタニアに住む可能性があるからな。話を聞いておいて損はないだろう。

 

「そうなんですか?比企谷君の諜報能力なら引く手数多でしょうに。実際何度も黒猫機関からはスカウトをされているのでしょう?」

 

「まあな。っても黒猫機関の仕事は危険が多いからな。そんな仕事をして手を汚したくない」

 

黒猫機関のやる仕事は暗殺も結構ある。オーフェリアはともかくシルヴィは絶対に反対するだろう。大切な恋人がいる以上手を汚したくないのが本心だ。よって俺は黒猫機関に入るつもりはないので毎回断っている。

 

「なるほど……っと、そろそろ私達も行きましょうか」

 

エンフィールドに促されたので仕方なく歩き出した。あぁ……憂鬱だ。早く終わらせて美味いものが食いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……疲れた」

 

「……お疲れ様。これを飲んだら?」

 

ため息を吐いているとオーフェリアがドリンクを差し出してきたので一気飲みをする。マナーがなっていないが仕方ないだろう。

 

挨拶回りが始まってから30分、エンフィールドの発言通りソルネージュのお偉いさんは俺とオーフェリアが近くに来るとスカウトをしてきた。まあ全部蹴ったけど。

 

「……サンキュー。それにしてもまさかあそこまでしつこいとは思わなかった」

 

「それだけ八幡を高く評価しているのよ。恋人としては嬉しいわ」

 

オーフェリアはそう言って笑顔で俺の腕に抱きついてくる。それによってオーフェリアのドレスによって強調された胸元が大きく形を変えているのが目に入る。ここが俺の部屋だったら問答無用で押し倒している自信がある。

 

しかし今はホールのど真ん中だ。人の目があって結構恥ずかしい。それにさっきから殆どの連中がオーフェリアに向けてくる嫌な視線が不愉快極まりない。

 

「オーフェリア、外のテラスに出るぞ」

 

するとオーフェリアは笑顔を消して周りを見ながら悲しげな表情を見せてくる。

 

「……ごめんなさい」

 

「気にすんなよ。ほれ、行くぞ」

 

俺がそう返すとオーフェリアはコクンと頷くので俺は優しくオーフェリアをリードしながらテラスに出た。

 

テラスに出ると真冬だからか殆ど人がいなかった。ここならオーフェリアも見られずに済むだろう。

 

テラスの中でも特に人が少ない隅っこに到着した俺は、ここに来る途中で取った軽食を食べる。

 

「お前も食えよオーフェリア」

 

そう言いながらオーフェリアに皿を差し出すも、悲しげな表情をしたまま食べる素振りを見せない。

 

「……八幡、ごめんなさい」

 

いきなりオーフェリアが謝ってくる。予想外の展開に驚く中、オーフェリアは続ける。

 

「……私がいる所為で八幡も嫌な視線を向けられてしまったわ。本当にごめんなさい」

 

そう言ってオーフェリアは俯いてしまう。……全くこいつは、普段は冷静なのにこんな事を一々気にしてんじゃねぇよ。

 

「気にすんな。嫌な視線はアスタリスクに来る前に経験しまくったから慣れてる」

 

「……でも、私は皆から否定される存在。八幡と別れるのは嫌だけど……私の所為で八幡も嫌な視線で見られるのも嫌だわ」

 

本当にこいつは……どこまでも優しいな。

 

「だから気にすんなって。それに前にも言っただろ?俺は絶対にお前を否定しないって」

 

そう言いながら俺はオーフェリアの手を引っ張り優しく抱き寄せる。

 

「……俺はお前が昔汚い仕事をしていた事を知っている。だが俺はそれを知った上でお前と恋人になる道を選んだんだよ。お前が世間からどう思われていようとお前の事が好きだという事実は変わらない」

 

何なら今直ぐにでもオーフェリアに嫌な視線を向けてきた奴らを半殺しにしても構わない。俺にとってはオーフェリアやシルヴィに悪意をぶつける奴は全て敵だし。

 

「……八幡」

 

オーフェリアは震えた声で背中に手を回してきたので更に強く抱きしめる。そして悲しげな表情のまま上目遣いで見てくる。

 

「そんな悲しげな表情は止めろ。仮にもお前は主賓の1人なんだからエスコートする身としてはそんな顔は見たくない」

 

「……ええ。ありがとう八幡、大好き」

 

そう言いながらオーフェリアは分かりにくいがようやく笑顔を見せてくる。そうだ、俺はその顔が見たかったんだよ。

 

嬉しく思いながらオーフェリアの頭を撫でる。本当にこいつは優しいし、可愛くて……愛し過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5分……

 

「……もういいわ。ありがとう」

 

オーフェリアがそう言ってきたので俺はオーフェリアから離れる。そしてオーフェリアを見るといつもの調子に戻っている事を理解する。

 

「どういたしまして。それより腹が減ってるだろ?食えよ」

 

さっき取った軽食が乗った皿を差し出すとオーフェリアは艶のある瞳を見せて……

 

「……食べさせて」

 

おねだりをしてきた。え?マジで?いくら俺達のいる場所が人気のないテラスの隅だからって夜会でおねだりをしてくるとは予想外だな。

 

オーフェリアの返事に戸惑っていると頬を膨らませて近寄ってくる。

 

普段のオーフェリアが見せないような可愛い表情は綺麗なドレスと合わさって形容し難い魅力を感じる。

 

そんなオーフェリアのおねだりを却下する事など当然出来るはずもなく……

 

「……わかったよ。ほれ、あーん」

 

ため息を差し出しながら料理を差し出すとオーフェリアは小さい口を開けてパクリと食べる。食べ方も可愛いなオイ。

 

「……美味しい。八幡、あーん」

 

するとオーフェリアはお返しとばかりに料理を差し出してくるので口にする。

 

「どう?美味しい?」

 

「ああ」

 

さっきも食った料理だがオーフェリアのあーんによって差し出された料理だからかさっきより3割増しで美味い気がする。

 

「……よかった」

 

オーフェリアはそう言いながら身体を寄せて右腕を俺の左腕に絡めてくる。それによって柔らかな膨らみが押し付けられる。

 

「……ねえ八幡。さっきも言ったけど……もう一度好きって言って欲しいわ」

 

え?……ああ、そういや言っていたな。無意識だったからよく覚えてないけど。

 

しかし……

 

「いや……さっきは無意識だから言えたんだよ」

 

オーフェリアの事が好きなのは事実だが、言えって言われたら無理だわ。

 

「……意地悪。じゃあ良いわ。八幡が言うまで私の胸の内を語るから」

 

……は?

 

俺が呆気に取られている中、オーフェリアは口を開ける。

 

「……八幡、私は八幡以外を愛さないわ。私が自身の全て捧げる相手は八幡だけ」

 

「え、ちょっと待てオーフェリア」

 

改めて愛を囁かれた俺の顔に熱が生まれ始める。

 

「……待たないわ。八幡、貴方は私に人を愛する気持ちを教えてくれた優しい人。誰よりも優しくて世界で1番素敵な人」

 

「オーフェリア!俺が悪かったからそれ以上は……!」

 

これ以上はマジでヤバい!マジで悶死しそうなんですけど?!

 

そう思った俺はオーフェリアの口を手で塞ごうとしたが、オーフェリアはその前に俺の前に立ち両腕を掴んできた。ヤバい、これじゃあ口を塞げない……

 

「……だから八幡、これからも私に愛を注いで欲しい。私に楽しい事を教えて欲しい。私を幸せにして欲しい。私とずっと一緒にいて欲しいわ」

 

こいつ…!良いだろう、そっちがその気ならこちらも相応のお返しをしてやるよ。

 

俺は更に口を開こうとするオーフェリアの顔を俺の方に向けて……

 

 

 

 

 

 

「ん……?!……んんっ」

 

自身の唇をオーフェリアの唇に重ねて口を塞ぐ。オーフェリアの柔らかな唇の感触が俺の唇に伝わる。

 

暫くの間キスをしてからオーフェリアの唇から離れるとオーフェリアはトロンとした瞳で俺を見てくるので抱き寄せる。

 

「好きだオーフェリア、愛してる。……これで満足か?」

 

「……ええ。私も大好きよ八幡」

 

オーフェリアはそう言って笑いながら再び唇を寄せてくるので、それを受け止めようとした時だった。

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

ホールの中から強い光が見えたので見てみると、空中に複雑な魔方陣が浮かび上がり……

 

「グルルルル……!」

 

巨大な生き物が姿を現す。見るとその生物はライオンの頭に蝙蝠のような翼を持ち尻尾が蛇ーーーキマイラと現実にいる生物ではなかった。

 

魔方陣から出来た生物なだけあって身体からは万応素の塊のようにしか感じられない。

 

 

 

見ると天霧と沙々宮と刀藤がいる。その事から狙いは3人だろう。

 

「オーフェリア、ちょっとここで待ってろ」

 

そう判断した俺は咄嗟に駆け出す。武器は夜会が始まる前に預けてあるから能力者である俺が行った方がいいだろう。オーフェリアはいくら力が制限されているからと言っても桁違いの力を持ってるから却下だ。間違いなく他人を巻き込むだろう。

 

そう思いながら3人の元に向かうと向こうも俺に気が付いたようで……

 

「比企谷、こっちは何とかするから急いで奴を捕まえて!」

 

天霧はテラスから逃げようとする初老の紳士を指差しながらそう言ってくる。奴が例の能力者か?

 

そう思いながら俺が自身の影に星辰力を込めると紳士の方もそれに気が付いたようで、懐から何を取り出して地面に叩きつける。

 

すると6つの魔方陣が展開されて、そこから剣と盾を持った6体の骸骨の兵士が現れた。

 

骸骨の兵士は眼窩の奥に青い炎をちらつかせて、俺に飛びかかってくるが……

 

「死ね、影の刃群」

 

俺に届く前に俺の影から放たれた15の刃群が骸骨の兵士を真っ二つにする。こんなんで俺を倒せると思ってんのか?

 

俺は呆れながら刃群を纏めて1つの鋭い刃に変えて今まさにテラスから飛び降りようとする紳士に向かって放つ。

 

高速で突き進む刃群は一直線に向かって行く。紳士は飛び降りる直前に俺の攻撃に気が付いたのか目を見開く中……

 

 

 

影の刃はそのまま紳士の左腕を斬り裂く。紳士の左腕から大量の血が噴き出すが斬り落とすには至っていない。てか斬り落としたら俺も咎められそうだ。

 

紳士は激痛に顔を歪めながらもそのままテラスから飛び降りた。

 

急いでテラスに向かってから下を見ると人影は見えなかった。ちっ、どうやら逃してしまったようだな。

 

左腕を斬り落としたから血痕はあると思うが夜だから後を追うのは厳しいだろうから諦めよう。今は天霧達だ。

 

そう判断した俺は天霧達を見ると……

 

「どうやら……大丈夫みたいだな」

 

「ガアアアアアアアア!」

 

中庭にて大爆発が起こり断末魔の絶叫が響き渡る。炎の中でキマイラはゆっくりと溶けていき、それに伴い高濃度の万応素が周囲に四散していった。

 

「はぁ……気分転換で来た旅行なのに……面倒事が起こるとはな」

 

何でいきなりテロに遭遇すんだよ。アレか?取り憑かれたのか?

 

俺はため息を吐きながらオーフェリアの元に歩き出した。

 

……ああ、早く癒されたい



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比企谷八幡は色々と企む

「ギュスターヴ・マルロー?そいつが今回の襲撃犯ですか?」

 

「うん。まあ、僕もよく知らないんだけどね」

 

天霧の質問にヨルベルトさんが答える。俺達は今ヨルベルトさんの私室に呼び出されて昨日の襲撃犯についての情報を聞いている。昨日は警察から色々と事情聴取をされていたが、頼むからこれ以上面倒事は起こらないでくれ。

 

天霧曰く、ギュスターヴ・マルローは昨日天霧達にお前らがエンフィールドのチームに入ると困る奴がいるから入るなと言ってから襲ってきたらしい。

 

しかし何故『獅鷲星武祭に参加するな』ではなくて『エンフィールドのチームに入るな』なんだ?つまりエンフィールド以外の人間なら良いって事だ。

 

つまりギュスターヴ・マルローの依頼主はエンフィールドに優勝されたら困る人物、エンフィールドが優勝した際に叶えたい願いの内容を知っている人物だ。

 

俺が思考に耽っている間にも話は進む。何でもギュスターヴ・マルローはアルルカントの生徒でかの『翡翠の黄昏』を引き起こしたメンバーの1人で、捕まっていない数少ないメンバーの為かなり有名らしい。

 

それで奴の能力は万応素の変換技術を使って生体模型を作る奴らしい。俺の影の竜と似たような力だが俺の力はある程度パターン化された動きしか出来ないのに対して奴の生み出す生体模型は本物の生き物のように自在に動かせるらしい。

 

しかし万応素はあらゆる事象・物質を変換するが基本的に固定する事は難しい。出来なくもないが長時間維持するのは不可能、つまりあの生物は1時間もすれば自然消滅する事になる。

 

(……ようするに回収する必要がないからテロには便利って事だな。それはわかったが……)

 

「兄上っ!」

 

いきなり大声が聞こえたので顔を上げるとリースフェルトがうつらうつらとしているヨルベルトさんに怒っていた。

 

「兄上、もう少し緊張感を持ってくれ。仮にも王宮が襲われたのだぞ?」

 

「襲われたのは王宮ではなく君達だろう?」

 

「だったら少しは可愛い妹を心配したらどうだ?第一、あんなにあっさり犯罪者を通すなんてここの警備はどうなっているのだ」

 

「いや、そこは警備を責めないでやってくれ。ギュスターヴとやらは銀河の研究所幹部と身分を偽っていたようだが、その際に使っていた銀河のIDは本物だったそうだ。止められるわけがない。僕だって無理だよ」

 

 

「統合企業財体のIDを?」

 

エンフィールドが眉を顰める。

 

「どうかしたのかい?」

 

「統合企業財体のIDは本社か直轄の人間にしか与えられません。本来ならそう簡単に手に入るようなものではないのですが……」

 

……つまりギュスターヴ・マルローの依頼主は銀河の関係者って事か?普通に考えたらそうなる。

 

そんな事を考えていると俺は飛行機で獅鷲星武祭について話をしていた時の事を思い出した。

 

あの時、エンフィールドは天霧達に『自分のチームに入るかの返答は旅行が終わるまでを期限とする。何かあって心変わりするかもしれない』と含みのある言い方をしていたが……

 

(……エンフィールドの奴は天霧達が狙われる可能性を考えていたのか?となるとギュスターヴ・マルローの依頼主は……)

 

「……八幡」

 

するといきなり裾を引っ張られたので顔を上げると全員が俺を見ていた。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

とりあえず横で服を引っ張っているオーフェリアに尋ねてみる。

 

「……本当に聞いていなかったのね。警察から護衛をつけるように要請がきているからどうするって」

 

「あ、ああ。悪い聞いてなかった。それと護衛はいらん。つーかこの面子に護衛はいらないだろ?寧ろその分ギュスターヴ・マルローの捜索に回した方がいいだろ」

 

いたとしても盾にしかならないだろう。そんな護衛は邪魔なだけだ。

 

「比企谷の言う通りだな。奴の足取りは未だ掴めていないのだろう?」

 

「朝に報告を受けた限りではそうみたいだよ。ま、うちは警察もそんなに多いほうじゃないからなあ。軍隊でもあればもう少しやりようがあるんだけど」

 

「軍隊がない?」

 

「うん。有事の際は統合企業財体から兵を借りる事になっているんだ。ソルネージュとフラウエンロープからね。他にも統合企業財体の研究所にはそれなりの部隊が常駐しているはずだけど、こっちは火の粉がかかるまで動きはしないだろうね」

 

「……本当に傀儡国家」

 

「はっきり言うなあ君は。ただ、流石に賓客が襲われたというのに何も手を打たずってわけにもいかない。君達の邪魔にならないよう、適当に手を打たせて貰うよ」

 

「好きにするがいい。話はそれだけか?」

 

 

リースフェルトはそう言って立ち上がるが、ヨルベルトさんはそれを片手で制した。

 

「ちょっと待った。君と天霧君には話があるって昨日言っただろう?」

 

リースフェルトは天霧に視線を寄越すが、天霧が頷くとため息を吐いて再びソファに腰を下ろす。そして俺とオーフェリアを見て口を開ける。

 

「そういう訳だ。待たせるのも悪いから先に孤児院に行っていても構わないぞ?」

 

「……いや、その前に俺もエンフィールドに話があるんだが構わないか?」

 

「私ですか?構いませんよ」

 

「そうか。ではヨルベルトさん、すみませんが談話室を1つ貸してくれませんか?」

 

「いいよ。隣の部屋は空いてるから自由に使ってよ」

 

「すみません。んじゃ俺達は天霧とリースフェルトの邪魔にならないよう外に出ようぜ」

 

俺がそう言う天霧とリースフェルト以外のメンバーは頷いて外に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで比企谷君、お話とは何でしょうか?」

 

所変わって、ヨルベルトさんの私室の隣の部屋にて俺が座っているソファの向かい側に座っているエンフィールドが話しかけてくる。

 

「んじゃ単刀直入に言うぞ。俺の勘違いだったら謝るが……ギュスターヴ・マルローの依頼主ってお前の父親じゃないのか?」

 

俺がそう聞くとエンフィールドは一瞬だけ驚いた表情を浮かべるも直ぐにいつもの笑みを浮かべる。それを見た俺は更に怪しんでしまう。

 

「何故その考えに至ったのでしょうか?」

 

「そうだな……天霧達の証言ではギュスターヴ・マルローは天霧達に『獅鷲星武祭に参加するな』ではなくて『エンフィールドのチームに入るな』と脅した事、この事からギュスターヴ・マルローの依頼主はお前に優勝して欲しくない、つまりはお前の願いを知っている人間という事になる」

 

エンフィールドの願いについては謎だが家族なら知っていてもおかしくないだろう。

 

「………」

 

「第二の理由としてはギュスターヴ・マルローが銀河の関係者として夜会に侵入した事だ」

 

おそらく俺だけではなく他の連中も薄々感づいてはいるだろう。とはいえまだ半信半疑といったところか。俺は疑り深いから遠慮なく聞くけど。

 

「そうですか。ちなみに何故父だと?私の母も銀河の人間ですよ?」

 

「簡単な話だ。手口がショボすぎる。もしもお前の母親……統合企業財体の最高幹部が動くとしたら問答無用でお前を殺しに行く筈だ」

 

俺はエンフィールドと協力関係を結んでからエンフィールドについて調べたがエンフィールドの母親は最高幹部で父親はその補佐だった。

 

最高幹部の人間が派遣した人間があんな程度の訳がない。実際にソルネージュの実働部隊、黒猫機関最強の『無貌』は桁違いの力を持った怪物だ。

 

銀河の実働部隊にも『無貌』クラスの怪物がいるに決まっている。最高幹部が動くなら犯罪者を雇わずにそっちを使うだろう。

 

そう思いながらエンフィールドを睨むと、エンフィールドはやがて観念したように息を吐く。

 

「……相変わらず素晴らしい慧眼ですね」

 

「……じゃあやっぱ……」

 

「ええ。確証はないですがおそらく父でしょうね。私が優勝したら父がというより銀河が困るからでしょう」

 

 

「だが何でお前の父親が?こういっちゃアレだが銀河にとってお前が優勝して困るなら、銀河は問答無用でお前をぶっ殺すと思うが?」

 

「おそらくですが銀河はまだ私の扱いをどうするか、それによってどんな影響が出るのか、損益分岐点を測っている段階でしょう。それに対して父はその間にケリを付けたいのだと思います」

 

なるほどな。確かに統合企業財体が動いていたらエンフィールドはとっくに墓の下だろう。

 

にしても……

 

「お前正気か?自分の所属する学園を敵にしながら星武祭で優勝を目指すって……何?お前自殺願望でもあんのか?」

 

統合企業財体、しかも自身の所属する学園の運営母体の統合企業財体と敵対するなんて馬鹿としか思えない。

 

俺はソルネージュの下に就いていないが敵対関係にはなっていない。しかし敵対関係になりそうなら逆らわずに下に就くだろう。この世界では統合企業財体は絶対の存在だし。

 

まあ俺はディルクからオーフェリアの所有権を奪った事でソルネージュからはかなり気に入られているから余程の事をしない限り敵対関係にはならないだろうけど。

 

「そう思われても仕方ないでしょう。しかしだからと言って私は自分の望みを譲るつもりはありません」

 

そう言ってエンフィールドは俺を睨んでくる。いつも笑顔を浮かべている人間の睨みというのは恐ろしい。若干ビビったし。

 

「まあお前がどんな道を選ぼうと俺には関係ないからな。一応聞くが馬鹿正直に挑むつもりじゃないよな?」

 

「もちろんです。アスタリスクに来て以降準備はしっかりと整えてきました。銀河が本気になったらどうにもなりませんが、本気になるまでの時間は稼げる筈です」

 

つまり銀河が本気になる前にケリをつけるつもりのようだ。しかし統合企業財体が相手ならいくら準備しても楽観は出来ないだろう。

 

そうなると……

 

「……って事はお前としては今回『銀河の人間がギュスターヴ・マルローという犯罪者を雇って星導館の学生を襲った』ってカードを手に入れるつもりだな?」

 

「ええ。そのつもりですね。そして比企谷君にも是非とも協力していただきたいのですよ」

 

……なるほど。とりあえず話はわかった。にしても統合企業財体と敵対してまで叶えたい願いって……どんだけヤバい願いを持ってんだこいつは?

 

まあそれはともかくだな……

 

「そうか。じゃあ報酬次第では受けてやっても構わないぞ」

 

ギュスターヴ・マルローの拘束に協力するのは奴が目障りだし構わないからな。

 

「ちなみに報酬に何を要求するのですか?」

 

「ああ。情報が欲しいんだが……『処刑刀』って名前の男を調べて欲しい」

 

俺は鳳凰星武祭が終わってから奴等についての情報を調べたが手がかり1つ掴めなかった。

 

俺個人の情報網で処刑刀についての情報を得られなかった以上、他の人からの協力を得たい。本来ならヴァルダについても調べて欲しいがアレはシルヴィの事情も話さないといけないから止めておくつもりだ。

 

「……聞いた事のない名前ですね。その人の特徴は?」

 

「奴はディルクの仲間で特徴は仮面を付けている事と『赤霞の魔剣』を所持しているくらいだな」

 

俺がそう言うとエンフィールドは目を見開く。

 

「『赤霞の魔剣』は封印処理をしてある筈でしたが……」

 

 

 

 

「詳しくは知らん。ただ奴が『赤霞の魔剣』を持っていたのは事実だ。っと、話を戻すぞ。奴がディルクの仲間である以上、天霧も奴と相対するかもしれん。そうなった場合に備えておいた方がいいと思うが」

 

俺としても奴の情報が手に入るかもしれないし、エンフィールドからしても自身の学園の序列1位を狙うかもしれない人間の情報を得られるんだ。そこまで悪くない取り引きだと思う。

 

エンフィールドは暫く考える素振りを見せてから口を開ける。

 

「……わかりました。ですが直ぐには結論を出しませんがよろしいですね?」

 

「もちろんだ。これで俺の話は終わりだがお前からは何かあるか?」

 

「では1つ。『蝕武祭』や『処刑刀』など危険な事に関わっていますが……比企谷君の目的は何でしょうか?」

 

まあ気になるよな。しかしだからと言って馬鹿正直に話す訳にはいかない。

 

だから俺は……

 

「俺の目的はただ1つ。オーフェリアとシルヴィが幸せに過ごせるようにする事だ。その為に障害となりそうな物を調べて排除するだけだ」

 

そう言って俺はソファから立ち上がる。これ以上はシルヴィの事情も話さないといけないから話すつもりはない。

 

「そうですか……わかりました」

 

エンフィールドがそう言ったので俺は軽く会釈をしてから部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、八幡が来たわ」

 

部屋から出るとリースフェルトとオーフェリアが目の前にいた。

 

「おう。悪いな待たせて」

 

俺が謝ると不機嫌そうな表情をしながら近寄ってくる。

 

「いや、私の方も今終わったばかりだ。お前はクローディアと何を話してたんだ?」

 

「ん?いや別に大したことじゃない。ギュスターヴ・マルローについて少々話しただけだ」

 

嘘は吐いていない。メチャクチャ略したけどな。

 

「そういや天霧はいないのか?」

 

「まだ部屋から出てない。大方兄上と何か話しているのだろう。それより行くぞ」

 

そう言ってリースフェルトはスタコラ歩き出したので俺とオーフェリアは慌ててそれに続いた。

 

「おい待てよ。てか何でキレてんの?」

 

「……別に怒ってなどいない」

 

いやいや、明らかにキレてるだろうが。鏡を見ろよ。

 

「……どうせ天霧と結婚しろとでも言われたんだろ?」

 

ため息混じりに独り言のように呟くとリースフェルトは足を止めて驚き混じりに見てくる。

 

「……聞いていたのか?」

 

どうやらビンゴのようだ。

 

「いや。今のお前は星武祭で優勝してかなりの人気者だからな。統合企業財体が目をつけていてもおかしくはないだろ?だから先手をうって天霧と結婚するようにとでも言われたんだろ」

 

星武祭で優勝した人間の価値は大きく上がる。ましてリースフェルトは王女だ。どこの統合企業財体だってリースフェルトを押さえておこうと考えるに決まっている。リースフェルトを手に入れたらリーゼルタニアで手に入る利権が増える可能性もあるからな。

 

「……クローディアから聞いてはいたが本当に頭が切れる男だな。確かにその話もあった」

 

「……それでユリスは了承したの?」

 

オーフェリアがあっけらかんと核心を突いてきた。お前は本当に遠慮がないな。

 

「ば、馬鹿を言うな!私が綾斗と結婚だなんて……!」

 

リースフェルトはリースフェルトで真っ赤になって焦りだすし。天霧相手にツンデレは悪手だぞ?

 

てかそんなリースフェルトを見ているとからかいたくなってきたな。

 

悪戯心が湧き上がってきた俺はリースフェルトに話しかける。

 

「そうなのか?前にエンフィールドから聞いたんだが、お前にとって天霧は初めての相手なんだろ?」

 

俺がそう言うとリースフェルトは一瞬ポカンとしてから爆発的に顔を赤くする。

 

「な、な、な、な、何を言っているんだお前は?!」

 

真っ赤になりながら俺に突っ掛かってくる。気の所為か周囲に万応素が噴きあがっている。

 

「何を言ってるって……お前にとって天霧は初めての相手なんだろ?だからかなり信頼していると思っているんだが」

 

「そ、それは……た、確かに信頼しているが……!」

 

「だろ?だからお前と天霧が結婚してもおかしくないと思っただけだ」

 

実際ネット上では『天霧が誰と結ばれるか』という題目の賭けが行われているが大本命はリースフェルトだし。ちなみにオッズはリースフェルトが1.3倍、沙々宮が1.8倍、エンフィールドが3.4倍、刀藤が5.1倍となっている。やっぱり鳳凰星武祭のパートナーと幼馴染が桁違いに有利のようだ。ちなみに俺はエンフィールドに賭けている。

 

そんな事を考えていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、だからって……!そもそも綾斗が初めての相手とは何だ?!私はまだ処女だからな!」

 

リースフェルトは怒り心頭の雰囲気を醸し出しながら俺に突っかかってくる。

 

……ヤバい。リースフェルトの奴とんでもない事を言ってやがる。少しからかい過ぎたか?

 

「……どうした?いきなり黙りこくって」

 

内心焦っているとリースフェルトは怒ったまま訝しげな表情を見せてくる。

 

「いや、そのだな……俺が言ったのはそう言った意味の初めてじゃなくて……『アスタリスクで出来た初めての友人』って意味なんだが……」

 

俺がそう言うとリースフェルトはピシリと固まる。冗談半分でからかってみたがリースフェルトが自爆するとは完全に予想外だった。

 

 

「なっ、なっ、なっ……」

 

暫くリースフェルトを見つめているとリースフェルトは再起動して口をパクパクし始める。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ユリスって意外とムッツリだったのね」

 

空気を読まない事を得意とする俺の恋人が爆弾を投下した。このバカ!お前は頼むから余計な事を言うな!

 

内心オーフェリアに突っ込んでいると……

 

「お、お、お、お前達……!」

 

リースフェルトの低い声が耳に入ると同時に周囲に炎が吹き出す。怒りの余り星辰力が制御出来なくなっているのだろう。これは……ヤバい。

 

「逃げるぞオーフェリア」

 

「……え?八幡……」

 

言うなり俺はオーフェリアを抱き抱えて近くの窓に手をかけて開いて飛び降りる。

 

それと同時に、

 

 

 

 

 

 

 

「咲き誇れ、六弁の爆焔花!」

 

大声が聞こえて背中に高熱を感じる。

 

重力に従って地上に降りながら上を見ると窓から巨大な花が現れて蕾を開いていた。危なかった。

 

「逃がすか!絶対に丸焼きにしてやる!」

 

安堵の息を吐いているとリースフェルトが俺同様窓から飛び降りる。王女とは思えないなおい。てか下着が普通に見え……痛え!

 

「……八幡」

 

オーフェリアがジト目で俺の頬を抓っていた。嫉妬するオーフェリアマジで可愛いんだけど?

 

そんな事を考えながら俺はオーフェリアを抱き抱えたまま孤児院に向けて全力疾走をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局リースフェルトは孤児院に着くまでガンガン攻撃してきた。その際、割と危ない場面も何度かあった。

 

それとオーフェリアさん、走っている途中で『……下着が見たいなら私やシルヴィアがいくらでも見せてあげる』なんて言わないでください。

 

 



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オーフェリア・ランドルーフェンはかつての居場所に帰る

長らくお待たせしました。

所用が立て込んでしまい遅くなりました


「ようやく着いたか……って訳だからリースフェルトよ。そろそろ攻撃を止めろ」

 

貧民街の外れの高台にある教会に着いた俺は後ろを向いて、周囲に炎を撒き散らしているリースフェルトにそう言うと不機嫌そうな表情のまま炎を消した。

 

「……後で覚えていろよ」

 

「都合の悪い事は忘れる主義だから無理だ。それより入るぞ」

 

俺がそう言うとオーフェリアは不安そうな表情で俺を見てくる。今にも壊れてしまいそうなくらい儚く見える。

 

「……心配すんな。もしもお前を否定する奴らがいたら孤児院を吹き飛ばすから安心しろ」

 

オーフェリアとシルヴィを傷つける奴は俺の敵だ。誰だろうと容赦しないで……痛え!

 

「安心できるか!……それにシスターはオーフェリアか去ってからもいつもオーフェリアの事を心配していたから大丈夫だろう」

 

後ろを見るとリースフェルトが俺の頭をグーで殴っていた。王女様がグーで殴るなよ……

 

「……それが本当なら安心だな。でもオーフェリア、もしも入るのが怖いなら無理強いはしないからな?」

 

最優先はオーフェリアだ。オーフェリアが嫌ならこのまま帰るつもりだしな。

 

「……いいえ行くわ。自由になった以上逃げてばかりじゃいられないから」

 

「……わかった。んじゃ行くぞ」

 

俺がそう言うと3人で教会の敷地内に足を踏み入れた。

 

教会はレンガと木組みにふるい造りで、そこに繋がるように二階建ての屋舎が立っていた。思ったより大きい建物だが全体的にかなりくたびれている。

 

薄く積もった雪を踏みしめながら歩くと騒ぎ声が聞こえてきたので横を見るとまだ5歳にも満たないだろう子供が雪を投げ合っていた。

 

向こうも俺達に気付いたようでこちらに近寄ってくる。

 

「ひめさまだ!」

 

「それにオーフェリア・ランドルーフェンにひきがやはちまんだー!」

 

「ほんとだー!」

 

「すごーい!」

 

子供らは次々に高い声を出している。

 

「テンション高過ぎだろ……てかリースフェルト、こいつらオーフェリアを見て驚いているがこの孤児院にいた事を知らないのか?」

 

「ああ。こいつらはオーフェリアの件は知らない。今の孤児院で知っているのはシスター達だけだ」

 

まあ借金のカタとして徴集されたなんて子供が知っていい事じゃないからな。

 

「……なるほどな。んじゃさっさとシスターの所に案内を頼むわ」

 

「わかった。済まないがお前達、また後でな」

 

「えー!」

 

「せっかくひめさまにあえたのにー!」

 

子供らは不満そうな表情をしながらリースフェルトに文句を言っている。こいつ相変わらず人気だな。

 

「遊んでやったらどうだ?同伴者くらい俺1人で大丈夫だぞ」

 

「いや……シスターにはまだ報告をしないといけないからな。悪いがまた後でな。行くぞ」

 

リースフェルトはそう言ってスタコラ歩いていくので俺とオーフェリアもそれに続く。

 

 

 

 

リースフェルトに案内された俺達は教会の入口に到着する。扉を開けるとすぐに通路が屋舎に繋がっていた。

 

通路の方を見ていると屋舎の方からシスターの服を着た初老の女性がやって来た。

 

向こうも俺達に気付いたようだ。そして俺達、というよりオーフェリアを視界に捉えたシスターは驚きを露わにしている。

 

「オーフェリア?オーフェリアなの?」

 

シスターは若干震えた声をしながらオーフェリアに話しかける。

 

「……シスター・テレーゼ」

 

オーフェリアがそう言うとシスターは俺達に近寄ってから

 

「ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに貴女に迷惑をかけて」

 

言うなりオーフェリアを優しく抱きしめる。良かった、シスターを見る限り本気でオーフェリアの事を心配しているのが見て取れる。

 

オーフェリアは若干目を見開いている。多分心配されているとは思わなかったのだろう。こいついつも自分を卑下しているし。

 

「……別に。フラウエンロープが半ば無理矢理徴集したんだから仕方ないわ。私は別にシスターを恨んではいないわ」

 

「でも……」

 

「いいの。本当に気にしていないわ。それに……」

 

オーフェリアはそう言って俺をチラ見して、

 

「私は今、八幡と一緒に過ごせて幸せだから」

 

ハッキリと断言する。

 

(っ……!こいつ!いつも思うがハッキリと言い過ぎだバカ!)

 

一緒に過ごせて幸せだ、なんて言われたら嫌でも顔が熱くなってしまう。てかリースフェルトもそんな優しい目を俺に向けんな!

 

内心オーフェリアとリースフェルトにツッコミを入れている時だった。

 

「あ、シスター・テレーゼ!公現祭の準備の事で良いですかー?」

 

奥から若いシスター、俺達と同年代と思えるシスターがやってきた。

 

彼女は俺達、より正確にはオーフェリアを見て暫くポカンとしていたが、

 

「オーフェリア……オーフェリア!」

 

言うなりこっちに近寄ってきて、シスター・テレーゼ同様オーフェリアを抱きしめる。

 

「久しぶり……!ユリスから自由になったとは聞いたけど……また会えて嬉しい……!」

 

泣きながらオーフェリアに再開を喜ぶ言葉を告げる。

 

対してオーフェリアは自分が優しくされることに慣れていないのか、オロオロしながら俺とリースフェルトを見てくるが助けるつもりはない。

 

何せ久々の感動の再会だ。そこに横槍を入れる程、俺もリースフェルトも無粋じゃないからな。

 

そんな事を考えていると教会の奥からは若いシスターが更にやって来て、皆同じ様に泣きながらオーフェリアの元へ近寄ってきた。愛されてるなぁ……

 

結局オーフェリアが解放されたのはそれから20分も後の事だった。

 

 

 

 

 

「では改めて……初めまして比企谷さん」

 

オーフェリアとの感動の再会が終わると俺達はちょっとした食堂のような部屋に案内された。

 

右隣にはオーフェリアが、左隣にはリースフェルトが座っている。そして対面にはシスター・テレーゼが座って、横にはオーフェリアと再会した事で泣き腫らしたシスターが数人立っていた。

 

「どうも。比企谷八幡です」

 

俺が挨拶をするとシスターが楽しそうな表情をしながら話しかけてくる。

 

「で?君がオーフェリアを自由にしたのはユリスから聞いたけど、付き合ってるの?」

 

あ、やっぱり来たか。まあ俺達の年代の女子がする話と言ったら恋バナだからなぁ……

 

「ええと……はい」

 

俺が認めるとシスター達はキャーキャー騒ぎ出す。一応シルヴィとも付き合っているがこれは機密事項だから言えない。

 

「ちなみに、オーフェリアのどんな所が好きなの?」

 

え?ちょっと待って。いくら何でもそれは無理だ。何せオーフェリアが隣にいるし。

 

そう思っていると、シスター・テレーゼが笑いながら手を叩く。

 

「はいはい。比企谷さんも困っているからそのくらいにしなさい」

 

「はーい」

 

するとシスター達は不満そうな表情をしながらも引き下がってくれる。マジで感謝します。

 

しかし、

 

 

 

 

「……八幡、私の何処が好きなの?」

 

ブルータス、お前もか?!隣にいるオーフェリアが俺の服を引っ張りながら尋ねてくる。

 

するとさっきまで不満そうな表情をしていたシスター達もキラキラした目で俺を見てくる。今直ぐ答えろってか?!

 

正直言って今直ぐ逃げたいが、

 

「………」

 

オーフェリアの期待と不安の混じった目を見た以上逃げるのは無理だ。腹をくくれ、比企谷八幡!

 

「えっとだな……その、優しい所……」

 

最後は蚊の鳴くような小さな声だったが、この場にいる全員が聞き取れたようだ。若いシスターはキャーキャー騒ぎ出し、リースフェルトとシスター・テレーゼは優しい笑みを浮かべて俺を見てきて、オーフェリアは、

 

「……そう。私も八幡の優しい所が好き……」

 

頬を染めながらそう言ってくる。

 

ああ、もう!オーフェリアの事を優しいと言うのは簡単だが、オーフェリアが優しいから好きだと言うのはメチャクチャ恥ずかしいな!

 

クソッ……マジで死にたい。何でオーフェリアの為に来たのに俺が羞恥を感じているんだ?

 

内心羞恥に悶えていると、

 

「はいはい。からかうのはそれくらいにして仕事に戻りなさい」

 

シスター・テレーゼは再度笑いながら助け船を出してくる。

 

「はーい。じゃあまた後で」

 

するとシスター達は名残惜しそうにしながら部屋の奥に去って行った。マジでありがとうございます。

 

「ごめんなさいね。久しぶりにオーフェリアに会ったからか、いつもより元気みたいで」

 

「いえ。仕方ないですよ」

 

まあ向こうが久しぶりにオーフェリアと会ってテンションがハイになっても仕方ないだろう。俺も向こうの立場ならそうだろう。

 

それに恥ずかしいとはいえ恋バナはそこそこ経験している。何せクインヴェールで赫夜のメンバーに訓練をしている際には、休憩時間中にシルヴィの事について色々と聞かれるし。

 

「そう言ってくれると嬉しいわ。それと……」

 

言うなりシスター・テレーゼは真剣な表情をしてから頭を下げてきた。

 

「改めてーーー星武祭ではフローラの件でご迷惑をおかけしました。改めてお礼を申し上げます」

 

「あ、いえ。別に気にしないでください」

 

実際に気にする必要はないだろう。俺があいつを助けたのはオーフェリアを自由にする為だし。

 

とはいえここで馬鹿正直に話す程俺は馬鹿ではない。

 

「ただ……いくら星脈世代でも、あんな小さな子供を1人で行かせるのは危険かと」

 

これについては問題だろう。星脈世代が頑丈でもあんな小さな子供を異国の地に1人で行かせるのは些か危険だ。

 

「そうね……やっぱりシスターを1人付ければ良かったわ」

 

「でしょうね。てかリースフェルトよ、お前の兄貴に頼めばフローラ以外の人も連れてこれたんじゃね?」

 

「そういう訳にはいかないんだ。兄上は自由に出来る資金を余り持ち合わせていないのだ。星武祭のチケットは統合企業財体の伝手でどうにかなるかもしれないが、移動費や滞在費も無理だ」

 

「ちっ、統合企業財体もケチくさいな。ソルネージュは俺を法外な値段の契約金でスカウトしようとしてくる癖に」

 

移動費や滞在費なんて100万もしないで統合企業財体からすれば端た金だろう。そのくらい恵んでくれてもいいだろうに。

 

「そうなのか?ちなみにいくらぐらいなんだ?」

 

「あん?契約金は最大で5兆で提示されたな」

 

「何?!」

 

リースフェルトが驚きの表情を浮かべるが、大体こんなもんだろう。何せ俺は影の中に潜れて、その間はあらゆる干渉を受け付けないから他の統合企業財体の機密情報も簡単に盗めるし。

 

ちなみにオーフェリアも大体同じくらいだ。俺は諜報役として、オーフェリアは戦闘役としてとにかく勧誘を受けている。

 

しかしオーフェリアが断る度に、自分の就きたい仕事は俺の妻って言って断るのはマジで恥ずいから止めて欲しい。

 

 

閑話休題……

 

「まあその話は良いだろう」

 

金は好きだが、金に関する話は汚いから好きじゃないし。

 

「あ、ああ。そうだな」

 

リースフェルトが頷いたのを確認した俺が一息吐いた時だった。

 

「どうしたオーフェリア?」

 

オーフェリアが外をジッと見ていた。気になった俺はオーフェリアが見ている方向を見てみる。するとそこには、

 

「あれは……温室?」

 

窓の外に、こじんまりとしたガラス張りの建物があった。アレを見ていたのか?

 

そう思っているとシスター・テレーゼが話しかけてくる。

 

「ええ。オーフェリアがお気に入りだった場所よ。毎日毎日楽しそうに土を弄ったり、花の手入れをしていたわ」

 

「へぇ……」

 

「……何、八幡?そんな優しい目で見てきて」

 

「別に」

 

単純にその時のオーフェリアを見たくなっただけだ。今のオーフェリアも可愛いが当時のオーフェリアも可愛いんだろうな。

 

「……そう。ところでシスター・テレーゼ。今でもあの温室は使われているの?」

 

オーフェリアがそう尋ねるとリースフェルトが答える。

 

「ああ。今でも使われているぞ。お前がいた頃のように綺麗な花が咲いている」

 

「……そう」

 

オーフェリアは息を1つ吐いて再度温室を見る。これは興味を持っているな……

 

「そうなんだ……すみませんシスター。その温室、見てもいいですか?」

 

俺はかつてオーフェリアが気に入っていた場所に対して強い興味を持ったのでシスターに行っていいか聞いてみた。

 

「ええ。もちろん」

 

その言葉を聞いた俺は礼を言って横に座っていた2人と共に立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「あれ3人はもう来たんだ」

 

俺達が孤児院から外に出て温室に向かおうとすると、聞き覚えのある声が耳に入ったので振り向くと孤児院の入口に天霧がいた。

 

「よう。遅かったな」

 

「あはは、ちょっとヨルベルトさんとの話が長引いちゃってね。というか3人はいつ来たの?俺一応車で来たんだけど」

 

「ああ。さっきリースフェルトをからかったら、リースフェルトが怒ったから全力で孤児院まで逃げたからな」

 

あの速さは自動車の速度を軽く上回っていただろう。天霧と差が出るのは仕方ない話だ。

 

「……今度は何やったの?」

 

天霧はジト目で見てくるが、その目は止めろ。まるで俺がいつもやらかしているような目じゃねぇか。

 

「あん?いやリースフェルトにとって天霧は初め「それ以上言うと焼くぞ!」だ、そうだ。悪いが聞くのは諦めろ」

 

「あ、うん。そうするよ」

 

リースフェルトが真っ赤になりながら星辰力を噴き出すので言うのをやめた。いくらリースフェルトより強いからってこいつの炎をくらうのはゴメンだ。

 

「それが賢明だな、っと。じゃあ入るか」

 

適当に返しながら温室のドアを開ける。

 

中に入ると温室の効果がないのを即座に理解した。周りを見るとガラスはあちこちがひび割れ、補修した跡が大量にあり、全体的に古びた廃屋といった雰囲気だった。

 

しかし、

 

「綺麗な花が多いな」

 

冬の寒さが厳しいこの国において、外気を遮断している事はそれなりに重要なのだろう。温室の中は沢山の植物が生えていて、中心には愛らしい花が咲かせてある。

 

中に入るとオーフェリアは中心に向かって歩き出し、しゃがみ込み、花に顔を近付ける。

 

そして土を触りながら感慨深げに頷く。

 

「……いい花ね。ちゃんと可愛がられているみたい」

 

「どういう事だ?」

 

「……良い八幡?花は正直なの。愛情を注げば返すように綺麗に咲いて、逆に手を抜くと見捨てられるのよ」

 

「そうなのか?」

 

「ええ。病気でもない植物が枯れるのは人間に愛想を尽くしたからなの」

 

そう言われて改めて温室の中にある植物を見ると、枯れているものは見えない。

 

「つまり孤児院のガキ達は愛情を注いでいるって訳だな」

 

「そうね。……まさか私がもう一度この温室に入るとは思わなかったわ」

 

オーフェリアは微かに笑いながら花に触れる。しかしもう身体から瘴気は出ていないので花が枯れる事はなかった。

 

そうだ。俺はオーフェリアのこんな所が見たかったんだ。瘴気に悩む事なく普通の女の子として過ごす所を。

 

するとオーフェリアは俺の手を掴んできて、

 

「これも全部八幡のおかげ。……ありがとう」

 

小さい声でお礼を言ってくる。いつもの俺なら恥ずかしくて適当に流すパターンだろう。

 

だが、

 

「どういたしまして」

 

今回は流さないで礼を受け止める。オーフェリアに対して流したりしたら悲しむのは想像出来るし。

 

俺はオーフェリアを撫でながら、オーフェリアと一緒に足元にある綺麗な花に触れる。

 

温室の中にある花は俺の心の中と同じようにとても温かかった。

 



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比企谷八幡とオーフェリア・ランドルーフェンに狙われた人は不憫だ

遂に100話達成しました!

目指せ150話!




「……え?泊まり、ですか?」

 

俺はそう呟く。

 

孤児院で遊んで、そろそろ帰る時間と思った時だった。

 

若いシスター達はオーフェリアに泊まりの誘いをして、俺達にも声をかけてきた。

 

どう返事をしたか悩んでいると、オーフェリアが口を開ける。

 

「……八幡も一緒なら」

 

オーフェリアがそう言うとシスター達はキャーキャー言い出す。

 

俺かよ?!ったく、オーフェリアの奴は……!

 

本来なら断る所だが、シスター達も久々にオーフェリアに会ったんだ。ここで断るのは申し訳がない。

 

だから……

 

「じゃあ……お願いします」

 

俺は誘いを受ける事にした。流石にここで断る程神経は太くない。

 

「おー、良かった良かった。じゃあユリス達はどうする?」

 

シスターは俺の後ろにいるリースフェルトと天霧にも声をかける。2人も悩んでいるようだが……

 

「お前らは止めとけ」

 

俺は2人にしか聞こえない声でそう言った。2人は疑問を浮かべた表情を浮かべたので、

 

「ギュスターヴ・マルロー」

 

再度小さい声でそう言うと、2人は納得したような顔に変わる。

 

そう、ギュスターヴ・マルローの狙いはエンフィールドと次の獅鷲星武祭に参加するリースフェルト達だ。

 

そんな2人が残りの2人、刀藤と沙々宮と離れ離れになるのは愚策だ。

 

まして2人がここにいる時にギュスターヴ・マルローが襲撃をしてきたら子供達が危ないし、孤児院を戦場にしない為にも2人は余り長くいるべきではない。

 

「……そうだな。申し訳ないが私と綾斗は遠慮しておく。用事もあるからな」

 

それらしい理由で断りを入れる

 

「えー!ひめさま行っちゃうのー?」

 

子供達からは不満の声が上がる事からリースフェルトの人気っぷりがよく分かる。気持ちはわかるがお前らの為でもあるので諦めてくれ。

 

「案ずるな。また明日来る。だから待っててくれ」

 

リースフェルトがそう言うと子供達は不満そうな表情を浮かべながらも頷く。

 

それを見たリースフェルトは1つ頷くと俺に耳打ちをしてくる。

 

「……もしかしたらギュスターヴ・マルローは私がこの孤児院に行った事を把握しているかもしれん」

 

「だから人質として狙ってくるかもしれないから気をつけろと?」

 

「ああ。お前とオーフェリアがテロリストごときに劣るとは微塵も思っていない。だから私達がいない間は子供達を頼む」

 

「言われるまでもねぇよ」

 

ここはオーフェリアにとって大切な場所だ。そこを狙う時点で生かす理由はない。容赦なく潰すだけだ。

 

「済まない」

 

リースフェルトは一度謝ってから俺から離れ、天霧と話す。

 

「では綾斗、時間も時間だし、私達はそろそろ帰ろう」

 

「あ、うん。じゃあ2人共、またね」

 

そう言いながら2人は去って行った。

 

とりあえずギュスターヴ・マルローがここを攻めてくる可能性もあるし、後で周囲に影兵を展開しておこう。

 

そう思いながらも俺はシスター・テレーゼに話しかける。

 

「では今日はよろしくお願いします」

 

そう言いながら頭を下げる。

 

「ええ。何もないところだけど、上がってちょうだい」

 

「後で食事の時にでもオーフェリアとの馴れ初めを聞かせてねー」

 

若いシスターはそう言ってくる。いやマジで勘弁してください。てか話せない内容もありますからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

俺は今厨房で夕食を作る手伝いをしている。隣では……

 

「八幡……魚を切ったから焼いて」

 

「了解」

 

オーフェリアが可愛らしいエプロンを付けて俺に指示を出してくる。その格好は正にお嫁さんと言ってもいいだろう。

 

それにしても可愛らしいエプロン姿も良いが、裸エプロンみたいなエロティックなオーフェリアも見たいな。シルヴィの裸エプロンは最高だったし、オーフェリアの裸エプロンも最高だろう。

 

「……八幡、今いやらしい事を考えていたわね」

 

ジト目で俺を見てくる。何で考えている事がわかるんだよ?

 

「いや、まあ……お前の裸エプロン姿が見たいと思っただけだ」

 

「……っ。八幡のエッチ」

 

うるせぇな。好きな女のエロい姿を見たいと思って何が悪いんだこんちくしょう。

 

そんな事を考えていると、

 

「……じゃあアスタリスクに戻ったらしてあげるわ」

 

頬を染めながらそう言ってくる。マジで?!よっしゃ!

 

俺は内心喜びながらシルヴィに『オーフェリアが旅行から帰ったら裸エプロンをしてくれる』とメールを送った。

 

すると30秒もしないでシルヴィから『写真よろしく』とメールが来た。うん、気持ちはよくわかる。

 

俺はオーフェリアからジト目で見られながら内心頷きつつ、魚を焼き始めた。

 

 

 

 

 

 

それから20分後……

 

夕食が出来たので料理をしなかった子供達が料理が乗った皿を持ってテーブルに運び出した。

 

俺とオーフェリアはシスターが食べる場所で食うので自分達の食べる分を専用のテーブルに運ぶ。

 

そこにはパンにサラダ、スープに魚のムニエル、そしてオーフェリアの十八番のグラタンがあった。

 

「いやー、久しぶりにオーフェリアのグラタンが食べれるよ」

 

シスター達も嬉しそうな表情を見せている。そういやオーフェリアのグラタンはこの孤児院で作れるようになったんだったな。

 

俺もシスターの意見に同感だ。オーフェリアのグラタンはマジで美味い。1週間に一度は食べないと気が済まないし。

 

「まあオーフェリアの作るグラタンは最高だからね」

 

「……別に」

 

オーフェリアはそっぽを向く。可愛すぎだろ?

 

「あー、もう!オーフェリア可愛い!」

 

するとシスターの1人がオーフェリアに抱きつく。こいつからはシルヴィと同じ匂いがする。何せオーフェリアに頬ずりをしてるし。まあオーフェリア可愛いし仕方ないけどさ。

 

「はいはい。ご飯が並んでいるのだし、余り暴れないように」

 

「はーい」

 

シスター・テレーゼがそう言ったのでオーフェリアは解放される。オーフェリアは安堵の息を吐く。こんなオーフェリア、俺がレヴォルフに来た頃は見た事ない。可能なら今後も色々なオーフェリアが見たいな。

 

今後オーフェリアがどんどん感情豊かになる未来に胸を馳せながら席に着く。全員が席に着くと、

 

 

『いただきます』

 

挨拶をして夕食を取り始めた。

 

 

 

俺は無言でテーブルにある夕食を食べている。オーフェリアのグラタンはクソ美味いし、他の料理も派手な料理はないがどれもちゃんと味があり美味い。孤児院の料理としては間違いなく最上級だろう。

 

しかし今の俺は料理の味を碌に理解できなかった。味があるので理解できるが、感じ取るのを難しく思っている。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

「それでそれで、初めてのキスはどんな感じでしたの?」

 

「……初めてのキスは、鳳凰星武祭の最終日、私が自由になったと理解したと同時に八幡に告白しながらしたわ」

 

シスターがオーフェリアに馴れ初めを尋ね、オーフェリアは一切の躊躇なく答えているからだ。

 

それによって更に歓声が上がる。それを耳にした俺は耳を塞ぎたいという感情に苛まれる。もう嫌だ。何で過去の恥ずかしい話を聞かなくちゃいけないんだ?

 

しかしオーフェリアは恥ずかしがるどころか、誇らしげに話し続ける。

 

「……それに八幡って自分からキスするのは殆どないけど、八幡からキスするとそれはもう凄いの」

 

待てコラ。マジでお前は俺を悶死させたいのか?

 

これ以上はマズイと判断した俺は止めようとしたが、シスターが質問をする方が早かった。

 

「凄い?!凄いってどんな風に?!」

 

「……初めは触れるだけの優しいキスなんだけど、徐々に舌を「アウトだこの野郎」……痛いわ」

 

余計な事を言おうとしたオーフェリアの頭にチョップをかます。オーフェリアはジト目で俺を見てくるが、お前がはっきり言おうとしてくるのが悪いんだからな。

 

しかしシスター達は途中でもオーフェリアの言おうとした事を理解したようで、

 

「へ〜」

 

楽しそうに笑いながら俺を見てくる。その顔を見ると小町と被ってしまう。あいつも俺をからかう時に似た表情を見せてくるし。

 

ここは小町と同様にスルーしよう。

 

そう思いながら逃げるように食事を再開しようとするも……

 

 

「君ってば見かけによらず、大胆だねー」

 

「オーフェリア泣かせたら承知しないぞー」

 

小町の時と同様に逃げる事が出来ずに尋問タイムが始まった。これは長引きそうだな。

 

でもまあ……

 

「ああ。オーフェリアを泣かせないってのは承知している」

 

これは絶対に忘れない事だ。今の俺にとってオーフェリアとシルヴィが泣くのは絶対に許せない事だ。

 

2人を泣かせるつもりはないし、2人を泣かそうとする存在は容赦なく叩き潰すつもりだ。

 

「……八幡」

 

するとオーフェリアが俺にくっつきスリスリしてくる。可愛い、可愛いがオーフェリアよ、TPOを弁えてくれ。メチャクチャ恥ずかしいんですけど。

 

 

結局、美味い夕食は羞恥の所為で殆ど味を感じないまま終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食が終わると俺とオーフェリアは今日泊まる部屋に案内される。廊下を歩いていると先導するシスターが止まる。目の前にはドアがあるのでこの部屋だろう。

 

するとオーフェリアが若干反応する。

 

「ここって……」

 

「覚えてる?オーフェリアが昔使ってた部屋だよ。先日偶然空きが出来たんだよ」

 

言うなりシスターがドアを開ける。そこには簡易なベッドと机、本棚があった。

 

ベッドは1つ……って事は、

 

「じゃあ私はもう行くけど、ごゆっくり〜」

 

シスターはニヤニヤした顔で俺を見てから出て行ったが、一緒に寝ろって事だろう。

 

まあ別にオーフェリアとは毎日一緒に寝てるからいいけどさ。

 

とりあえず今日は色々疲れたし、風呂に入るまでベッドで休むか。

 

そう思いながらベッドに向かうとオーフェリアも俺に付いてきて話しかけてくる。

 

「……八幡、私も一緒に寝ていい?」

 

「それは構わないが、何で寝るってわかった?」

 

「八幡が一直線にベッドに向かったから」

 

「そうかい。まあ良いけどよ」

 

そう言ってベッドに腰掛けると、オーフェリアが俺に寄り添うように腰掛ける。オーフェリアの可愛らしい見た目や吐息、髪の毛が俺の理性を刺激してくる。

 

当の本人はそれに気付いた様子もなく、

 

「……まさかもう一度この部屋に、それも好きな人と入るとは思わなかったわ」

 

俺にスリスリしながらそう言ってくる。

 

「……まあそうだろうな。ところでオーフェリア、今日は楽しかったか?」

 

「そうね。……ただ」

 

「ただ?」

 

「この場所に、シルヴィアも一緒にいて欲しかったわ」

 

………そうだよな。シルヴィは世界の歌姫だから仕方ないっちゃ仕方ないが、出来ることなら一緒に居たかったのは同感だ。俺達は3人揃ってカップルなんだし。

 

それにしても……昔は他人に興味がなかったオーフェリアが、そんな風に欲を言ってくるのは嬉しい事だ。その事からオーフェリアもシルヴィの事を大事に思っている事が良く解る。

 

そういう意味じゃ鳳凰星武祭決勝で2人の告白を両方受け入れたのは間違いじゃなかっただろう。

 

「そうだな。俺もそう思う。だから……次にアスタリスクの外に行くときは3人で行こうな」

 

「……そうね。自由になった以上、色々な所に行きたいわ」

 

「だろうな。ちなみにリクエストはあるのか?」

 

「……ええ。八幡の家に海にディスティニーランドと沢山あるわ」

 

「俺の実家は春まで待て。つーかお前がディスティニーランドに行きたいと思っているとは予想外だわ」

 

「昔、孤児院にいた頃に本で読んだから」

 

「そうか。じゃあ今度実家に帰るついでに連れてってやるよ」

 

「……お願い。10年近く遊べなかったし、楽しみにしてるわ」

 

言うなり、オーフェリアは目を瞑って唇を寄せてくる。キスしろってか?

 

一応ドアの方に意識を向けるが、ドアの向こう側からは人の気配を感じない。これならキスしても大丈夫だろう。

 

そう判断した俺はオーフェリアの唇にキスをしようと顔を近づける。

 

その時だった。

 

pipipi……

 

いきなりポケットの携帯端末が鳴り出して、反射的にオーフェリアと距離を取ってしまう。誰だよこんな時に!

 

半ば苛立ちながらポケットから携帯端末を取り出すとそこには『クロエ・フロックハート』と表示されていた。

 

それを確認した俺は空間ウィンドウを表示する。すると常磐色の髪を持つ少女の顔が映った。

 

「……もしもし。何か用か?」

 

『ええ。ちょっとお願いがあるんだけど……怒ってるの?』

 

当たり前だ。オーフェリアとキスしようとした瞬間に電話がかかってきたんだぞ?悪気がないとはいえイラッとしてしまう。

 

しかしそこでキレる程ガキではない。だから俺は一度息を吐いてフロックハートに話しかける。

 

「……いや、何でもない。それより要件は?」

 

『あ、そうね。実は例のダークリパルサーなんだけど、もう一振り用意して貰えないかしら?』

 

「あん?壊れたのか?」

 

『そうじゃないわ。美奈兎に持たせるのよ』

 

「……すまん。意味がわからん。何で格闘タイプのあいつに剣を持たせんだ?」

 

今から剣を習ってもルサールカには勝てないだろう。勝負を投げたのか?

 

『その件について詳しく説明するわ。私の能力を覚えているかしら?』

 

フロックハートの能力?確か……

 

「自分の考えを他人に発信したり、自分に向けられた思考を読み取ったりする能力だよな?」

 

『そう。でもそれはあくまで第一段階に過ぎないわ』

 

「つまり、お前の能力には先があると?」

 

『ええ。私の能力の本質は伝達。つまりーーー』

 

フロックハートは自身の能力の本質を俺に伝えた。

 

全てを聞いた俺は息を吐き、

 

「……なるほどな。話はわかった。とりあえず製作者には話を通しておく」

 

『お願い。私の話は以上。旅行中にわざわざ電話してごめんなさいね』

 

いや、旅行中に電話する事については文句はない。オーフェリアとキスをしようとした時に電話をするのは止めて欲しいんだ。

 

しかし事情を知らないフロックハートにそれを言っても仕方ない。

 

「気にすんな。じゃあまたな」

 

『ええ。また』

 

挨拶を交わして空間ウィンドウを閉じる。一息を吐いてからオーフェリアを見ると、

 

「………」

 

膨れっ面をしながらこっちを見てきた。可愛過ぎだろ?

 

すると

 

「……八幡、キスして」

 

膨れっ面のままハッキリと要求をしてきた。そして無言でプレッシャーをかけてくる。うん、これは断れないな……

 

仕方ない。するか……

 

俺は覚悟を決めつつ、オーフェリアの両肩を掴む。するとオーフェリアは艶のある表情を見せてくる。

 

俺はその表情に見惚れながらもゆっくりと唇を近づける。オーフェリアは目を瞑り待ちの体勢を取る。

 

そして………

 

 

pipipi……

 

再度ポケットから携帯端末が鳴り出した。

 

それによって俺とオーフェリアの頭の中でブチリと何かが切れる音が聞こえてきた。

 

俺はその正体を察しながらも端末を取り出すとそこには『クローディア・エンフィールド』と表示されていた。

 

「……もしもし」

 

苛立ちながら空間ウィンドウを開くとエンフィールドの顔が映り、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大変です。ギュスターヴ・マルローが動きました』

 

そう言ってきた。

 

瞬間、俺とオーフェリアの怒りの矛先を向ける相手が決定した。

 

 

 

 



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比企谷八幡とオーフェリア・ランドルーフェンはコンビを組む

『大変です。ギュスターヴ・マルローが動きました』

 

エンフィールドの言葉を聞いた瞬間、俺はブチ切れた。

 

あのテロリスト、オーフェリアの故郷で好き勝手した挙句に俺とオーフェリアのキスを邪魔するなんてマジで良い度胸じゃねぇか。

 

隣からはオーフェリアがどす黒いオーラを出している。どうやら考えている事は同じのようだ。

 

「……八幡」

 

オーフェリアが話しかけてくる。声の色は冷たく、目には殺気を剥き出しにしていた。

 

「……何だオーフェリア?」

 

「……潰しに行くわよ」

 

ただ一言、そう言った。しかし言葉の端々からは強い怒りと殺意を感じる。

 

それについて俺は文句を言うつもりはない。ぶっちゃけ俺も同じ気分だし。しかも相手はテロリスト。躊躇う必要なんて一切ない。

 

だから俺は、

 

「そうだな」

 

オーフェリアと同じように一言返す。それから空間ウィンドウに映るエンフィールドに話しかける。

 

「それでエンフィールド。具体的に何があったんだ?」

 

『はい。現在市街地にて体長1メートルくらいの生き物が数十匹現れたのです。見た目もドラゴンのような空想の生物である事からギュスターヴ・マルローの能力によって作られたものと思われます』

 

「被害については?」

 

『今のところ出ていません。何せその生物は市民を襲っていませんので』

 

襲っていない?じゃあ何でわざわざ……

 

「……そういう事か。奴の狙いはおそらく……」

 

『ええ。ギュスターヴ・マルローは貧民街を攻撃するでしょうね』

 

おそらく昨日の襲撃でギュスターヴ・マルローがリーゼルタニアにいる事や奴の目的についても、ソルネージュやフラウエンロープにも知られているだろう。

 

そいつらからしたら獅鷲星武祭に出るつもりの天霧達は目障りな存在だろうし、潰して欲しいと思っているだろう。

 

しかしギュスターヴ・マルローが市街地を攻撃したら統合企業財体も動かなくちゃいけない。それはギュスターヴ・マルローも避けたい筈だ。

 

だから奴の狙いは貧民街で、市街地に放ったのは囮と思われる。

 

リースフェルトにとって貧民街が大切な場所である。しかし統合企業財体からすればどうでもいい存在であるので、潰れそうになっても動かないに決まっている。だからこそギュスターヴ・マルローは貧民街を狙うと考えられる。

 

そして市街地に放った囮はリーゼルタニアの警備隊を引き付ける為の物だろう。攻撃をしなくてもドラゴンみたいな生物がいるなら警戒するに越した事はないし。

 

これは俺の勘だが、おそらく今の貧民街に警備隊はいないだろう。多分全員市街地の防衛に回っていると考えられる。

 

中々良い作戦だ。リースフェルトの弱点を突いて、尚且つ統合企業財体が動く可能性を下げるとは実に良い作戦だ。

 

この作戦に穴があるとしたら……

 

(俺とオーフェリアのキスを邪魔するタイミングで始めた事だな……)

 

正直言って今の俺とオーフェリアは本気でキレている。奴の計画を完膚なきまで叩き潰したいくらいに。

 

「わかった。俺とオーフェリアは今からギュスターヴ・マルローの捜索を開始する。お前らは市街地にいる人を守れ」

 

そう指示を出す。

 

『わかりました……っと、今ユリスと綾斗が王宮から出て行きましたね。おそらくギュスターヴ・マルローの捜索に出たのでしょう』

 

だろうな。リースフェルトの性格からして奴を潰したいと思うし、天霧はリースフェルトのストッパーみたいなものだからあり得ない話ではない。

 

それは理解した。しかし、

 

「じゃあエンフィールド。今からあいつらに伝言を頼む。もしも俺とオーフェリアが先にギュスターヴ・マルローを見つけたら貧民街の住民の避難誘導をしろ、ってな」

 

俺とオーフェリアが暴れて天霧達が巻き添えをくらう可能性が高いし。

 

『……わかりました。出来れば殺さないでいただけると助かります』

 

あいつから情報を得る為か?

 

「それは状況によるな。ぶっちゃけ約束は出来ない」

 

そう言った俺は空間ウィンドウを閉じてオーフェリアとアイコンタクトを交わして、部屋に備え付けられている窓から飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、捜索の前に孤児院の守りを固めないとな……」

 

孤児院から出た俺は灯りの少ない貧民街を見渡しながらそう呟く。首都がある方は明るい。それは街明かりだけではなく、赤いランプも原因である。赤いランプの数からして相当の数の囮がいるのだろう。

 

そう思いながら影に星辰力を込めて影兵を生み出そうとした時だった。

 

「……八幡がやらなくていいわ。私がやる」

 

言うなり、オーフェリアの周囲から桁違いの星辰力が膨れ上がった。

 

その量は尋常じゃない。オーフェリアは周りに瘴気をまき散らさないように自身の力を制御出来るようになった。

 

その際にオーフェリアの持つ総星辰力の内7割から8割を失ったと聞いていたが……

 

(約8割を失った状態でも俺やシルヴィの数倍って……!)

 

冗談抜きで凄過ぎる。マジで最盛期のオーフェリアに勝てる人間なんてこの世にいないと断言出来るくらいだ。

 

そう思う中、オーフェリアは手を地面に当てる。瞬間、オーフェリアの足元、否、孤児院全体を包み込むような巨大な魔法陣が浮かび、

 

「孤毒の檻」

 

そう呟くと魔法陣が砕け散り、紫色のドームが現れて孤児院を包み込んだ。

 

「……これで大丈夫。この壁を破壊したかったら八幡やシルヴィア位の力を持った人間、もしくは天霧綾斗の持つ『黒炉の魔剣』のような特殊な力を持った純星煌式武装を用意する必要があるわ」

 

そ、そうか……うん。それならギュスターヴ・マルローがこの孤児院潰すのは不可能だろう。

 

「でも大丈夫なのか?中にいる人に瘴気の影響を与えないよな?」

 

「……大丈夫。ドームが完成すると同時に固定して空気と混じるのを防いだから触らない限り問題ないわ」

 

なら大丈夫だろう。わざわざあんな毒々しい色の壁を触る奴はいないだろうし。

 

「わかった。じゃあ行くぞ」

 

言うなり俺は再度地面に星辰力が込め、

 

 

 

「目覚めろーー影の竜」

 

そう呟くと自身の影が辺り一面に広がり魔方陣を作り上げる。そして黒い光が迸り魔方陣を破るゆうに20メートルくらいの大きさの黒い竜が現れる。

 

竜は現れると頭を下げてくるので俺は頭の上に乗ってオーフェリアに手を差し出す。オーフェリアは1つ頷いて俺同様に竜の頭に乗る。

 

オーフェリアが乗ると同時に竜は雄叫びを上げて大空へ飛翔した。

 

さて……ギュスターヴ・マルローよ。俺とオーフェリアのキスを邪魔した罰を受けやがれ。

 

 

 

 

 

 

竜の背中に乗ったオーフェリアは夜風を浴びながら周囲を見渡す。湖には巨大な月が揺れていて見通しは悪くない。

 

ギュスターヴ・マルローがいるとしたら、孤児院の近くかと思ったんだが……

 

その時だった。

 

「……八幡」

 

いきなりオーフェリアが背中を引っ張ってきたので、振り向くとオーフェリアがある場所を指差していた。

 

オーフェリアが指差した場所は、湖の端っこ、コンクリート造りの護岸になっている場所だった。

 

良く目を凝らして見ると1人の男がいた。そいつは……

 

「ギュスターヴ・マルロー……」

 

間違いない。昨日王宮を襲った男だった。漸く見つけた。

 

俺は殺意を確認しながら奴の近くに降りる。すると向こうは忌々しそうな表情を浮かべている。

 

「おやおや。目的の人物ではなく、ジョーカー2人が先に来ましたか」

 

それでも紳士然とした口調で話しかけてくる。こいつのこれは素なのか、余裕の表れなのか?

 

「よう。一応確認するがお前がギュスターヴ・マルローで良いんだな?」

 

もしも違う奴だったらマズイしな。まあさっき俺とオーフェリアの事をジョーカー呼ばわりした時点でギュスターヴ・マルローと確信しているが。

 

向こうも隠す気がないらしい。いやらしい笑みを浮かべてくる。

 

「それは答えるまでもなく解っていることかと思いますがねぇ」

 

その答えは目の前にいる男がギュスターヴ・マルローである事を意味している。

 

「そうか。んじゃ単刀直入に言うが、今ここで死ぬか、リースフェルト達から手を引いて捕まるか好きな方を選びな」

 

「それはどちらも勘弁して欲しいですな」

 

「だろうな。だがお前1人で俺とオーフェリアに勝てると?」

 

こいつもそれなりの使い手である事はわかるが、俺やオーフェリアに届くレベルではないだろう。昨日のキマイラを見る限り魔獣についてもそこまでの脅威ではない。

 

「いえいえ。そのような事は微塵も考えていませんよ。ですから私はここで失礼させて貰いますよ。そして……」

 

ギュスターヴ・マルローがそう言って指をパチンと鳴らす。すると瞬間、湖に直径30メートルくらいの魔法陣が浮かび上がった。

 

「貴方達には私の最高傑作をご紹介致しましょう」

 

しかしそれも一瞬で、魔法陣が光を放ち、湖面からまるで触手のように蛇の首が9つ現れた。

 

「……おいおい」

 

9つの蛇の首が生えた怪物はかなりの巨大だった。下半身は湖の中にあるが胴体だけで20メートルを優に超えている。

 

9つの蛇の首を持つ怪物。それはまさに、

 

「ヒュドラか?」

 

「まさしくその通りですよ。3年がかりで創り上げた究極の魔獣です」

 

「グオオオオオオ!」

 

ヒュドラが咆哮を上げると空気が震え上がる。それによって静けさに支配されていた貧民街からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。まああんな怪獣が現れたら仕方ないだろう。

 

しかもここは貧民街に近い場所だ。向こうからしたら思い切り暴れられる場所とかなり面倒だ。

 

そう思った時だった。

 

いきなりヒュドラの首が1つ大きく開いた。そこに膨大な量の万応素が渦巻いているのが確認される。

 

(こいつまさか……!)

 

嫌な予感がする。

 

するとヒュドラは俺の予想に違わず、口から貧民街目掛けて光を放った。

 

それを見た俺は即座に竜に指示を出して、急速で貧民街と光弾の間に移動して、手に星辰力を込めて光の光弾を受け止める。

 

すると掌から爆発が起こり、周囲に煙が、俺の掌には痛みが生じる。煙が晴れてから掌を見ると若干の血が流れていた。

 

「おお。今のを食らってその程度のダメージとは。やりますなあ」

 

見ると眼下にてギュスターヴ・マルローが拍手をしていた。随分と余裕だな。怪我をしたとはいえお前を屠れる事には変わりないぞ。

 

そう思いながら俺はギュスターヴ・マルローに攻撃を仕掛けようとする。

 

しかし……

 

「……っち!」

 

それを遮るかのようにヒュドラは3つの首から貧民街に向けて大量の光弾を放ってくる。

 

それを無視出来ない俺は再度光弾の前に行き、防御の体勢を取る。

 

「それでは私はこれにて失礼します」

 

そんな中、ギュスターヴ・マルローは闇夜に消えた。あの野郎……後で潰す。

 

そう思いながら向かってくる光弾を防ごうとした時だった。

 

 

 

 

 

「……何八幡に攻撃しようとしてるのかしら?」

 

俺の後ろにいたオーフェリアがいきなり俺の前に立って、光弾が当たる直前に右腕を軽く振るった。

 

するとヒュドラが放った3つの光弾は弾かれて、2つは湖に当たり水飛沫を上げて、残りの1つはヒュドラの首の1つの根元に当たり吹き飛ばした。

 

今の俺にはヒュドラの光弾がボールで、オーフェリアの右腕がバットに見えた。

 

あれ程高密度の星辰力が入った光弾を野球のボールのように打ち返せるのはオーフェリアくらいだろう。

 

そう思っていると、

 

「………よくも八幡を……絶対に許さない。本気で殺すわ」

 

目の前にいるオーフェリアからドス黒いオーラを撒き散らしている。ヤバい……オーフェリアの奴ガチ切れしてやがる。鳳凰星武祭の時に葉山にキレた時と同じくらいキレてるし。

 

これは俺がいないとな……

 

ストッパーとしての役割を果たそうと覚悟した時だった。

 

「おい!さっきから凄い光が見えたが大丈夫か?」

 

後ろから声が聞こえたので振り向くと、炎の翼を広げているリースフェルトとリースフェルトに乗っている天霧がいた。残りの3人は市街地にいるのだろうか?

 

「いや大丈夫だ。すまんが奴は逃がしちまった」

 

「そうか……とりあえず奴が逃げそうな場所には心当たりがあるから綺凛に向かわせる。私達は4人で「……ユリス」な、何だオーフェリア?」

 

リースフェルトもオーフェリアから放たれるドス黒いオーラに気付いてビビりだす。しかしオーフェリアはそれに構わず、

 

「……この蛇は私が殺すわ。3人は住民の避難を手伝って」

 

殺意を剥き出しにしながらそう言ってくる。

 

「なっ?!お前1人でか?!」

 

「……ええ。大分力を失ったとはいえ、それでも充分殺せるわ。……八幡を傷付けたこの蛇は万死に値するわ」

 

オーフェリアはそう言ってヒュドラと向き合う。手からは瘴気を生み出し始める。確かにオーフェリアなら殺すのは可能だろう。

 

しかし……

 

「リースフェルト、天霧。俺はここに残ってオーフェリアのサポートをする。避難の手伝いはお前ら2人で頼む」

 

今のオーフェリアは少々危険だ。俺が近くにいた方が良いだろう。

 

リースフェルトもそれを理解したのかハッとした表情を浮かべてから、直ぐに頷いた。

 

「……わかった。オーフェリアを頼む。行くぞ綾斗」

 

「わかった。2人も気を付けて」

 

2人はそう言ってから近くの岸に下りて走り去っていった。2人が見えなくなると同時にオーフェリアが口を開ける。

 

「……何で八幡は行かなかったの?」

 

そう聞いてくるが答えは決まっている。

 

「今のお前、結構危ない感じがするからな。それに……俺の居場所はお前とシルヴィの横だからな。無茶し過ぎないようにお前を支えてやる」

 

そう言ってオーフェリアの横に立ってオーフェリアの手を掴む。

 

オーフェリアが危ない雰囲気を出しているなら俺の仕事はその横に立って気にかける事だから。

 

それを聞いたオーフェリアは目を見開いてから直ぐに頷き俺の手を握り返してくる。

 

「……そう。じゃあお願いしても良いかしら?」

 

「もちろんだ」

 

即答する。こんな事は当たり前のことだ。

 

息を吐いて前を見るとヒュドラが威嚇するようにこちらを見てくる。まさか神話に出てくる生物と相対する事になるとはな。

 

「そういや神話に出てくるヒュドラってどんな特性を持ってたっけ?」

 

「小さい頃に神話を読んだけど……覚えていないわね」

 

なら仕方ない。攻めながらヒュドラの特性について調べるか。

 

「そういやお前と肩を並べて戦うのは初めてだな。……分かっているとおもうが、全力で叩き潰すぞ」

 

俺がそう言うとオーフェリアは一瞬目を見開いてから小さい笑みを浮かべる。

 

「……そう言えばそうね。ふふっ、シルヴィアに良い土産話が出来たわ」

 

「そんなんな土産話になるとはな……」

 

俺とオーフェリアは互いに苦笑をしてからヒュドラを見据え、

 

 

「やるぞオーフェリア」

 

「ええ八幡」

 

互いの身体から大量の星辰力を辺りに撒き散らした。

 

 

 

 

今ここで最強の魔女と最強の魔術師のコンビが結成された。



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比企谷八幡とオーフェリア・ランドルーフェンの共同作業は無敵である

俺達がヒュドラを見据えると同時に向こうも動き出した。

 

先程オーフェリアが弾いた光弾によってもげた首の切り口がぼこぼこと泡立ったかと思うと、それが次第に盛り上がり、

 

「おいおい。再生しやがったぞ」

 

首が生えてこちらを威嚇してくる。まさか生えるとは思わなかった。

 

「……思い出したわ。確かヒュドラは9つの首の内、中央の首以外を斬ると、そこから2つの首が生えるって読んだわ」

 

なるほどな……奴のヒュドラを見る限り、再生はしたが2つに増えてはいない。どうやら奴の能力も完璧でないのだろう。

 

「とりあえず中央の首を落とせばいいんだな?だったら……」

 

俺は足元にいる竜に星辰力を更に込め、

 

「蹂躙しろ、影竜の咆哮」

 

そう指示を出すと影竜が口を開き、膨大な量の万応素を渦巻かせる。

 

「そっちが光弾なら、こっちは影弾だ」

 

そう呟くと影竜の口から真っ黒な弾が放たれる。狙いはヒュドラの弱点である中央の首だ。そこを仕留めれば……

 

その時だった。

 

ヒュドラの中央の首以外の首4つが影弾の射線上に現れて中央の首を守るような体勢を取る。

 

向こうが守るような体勢を取ると同時に影弾はその内の1つの首に当たり、爆発が生じた。

 

それによって中央の首を守ろうとした4つの首の内、2つは吹き飛んだ。しかしそれだけで中央の首には届かなかったので実質ノーダメージだろう。

 

「ちっ……面倒くさいな」

 

こうなったら影狼修羅鎧を纏ってヒュドラに乗り込むか?

 

そう思っていると……

 

「なら……全ての首を纏めて吹き飛ばすわ」

 

オーフェリアが右腕を上げながらそう呟くと、瘴気が噴き出して黒褐色の巨大な腕を形成する。

 

アレは……

 

「ーーー塵と化せ」

 

そう呟きながらオーフェリアは右腕を振り下ろす。オーフェリアの狙いは至極単純、圧倒的な力でヒュドラそのものを消し飛ばすつもりなのだろう。

 

その時だった。

 

ヒュドラは一度雄叫びを上げると、湖に潜水し始めた。

 

一番初めに胴体を沈み、続いて9つの首もそれに続くかのように湖の中に入った。

 

それを見た俺は慌ててオーフェリアを止める。

 

「待てオーフェリア!湖に”塵と化せ”は打つな!湖の生態系に影響が出る!」

 

オーフェリアの一撃を湖にぶつけてみろ。ヒュドラを殺す事は出来ても湖の水生動物も死んでしまうだろう。

 

それだけじゃなく綺麗な湖そのものも汚れる可能性がある。この湖も観光地として有名なので出来るだけ避けたい所だ。

 

俺がそう指示を出すとオーフェリアはハッとしたような表情になりながらも頷き、瘴気で形成された巨大な腕が湖に当たる直前に腕を止めた。

 

「……そうね。ごめんなさい八幡。八幡が傷付いたからあの蛇を殺す事以外考えていなかったわ」

 

「気にすんな。落ち着いたならそれで……っと!」

 

どう攻めるか悩んでいると下の湖から光弾が飛んでくるので、竜に指示を出して回避する。避けた事により光弾はそのまま空に飛んで行った。

 

今のヒュドラは水に潜りながら攻撃をしてくる。状況は良くも悪くもない。

 

水中にいる以上ヒュドラを倒すのは難しい。

 

オーフェリアに攻撃はして欲しくないし、俺の攻撃は当てる事は出来ても倒すまでには至らないだろう。

 

かといって湖の中に入っての戦闘は勝ち目がないし……

 

(マジでどうしようか?確かギュスターヴ・マルローの生み出す魔獣は長時間身体を維持出来ないって言うし、足止めだけすれば……)

 

 

いや、ダメだ。それならヒュドラから貧民街を守る事は出来るが、時間がかかる。その間にギュスターヴ・マルローが貧民街に攻撃してきたら意味がない。

 

結論から言うとヒュドラは早めに片付けたいというのが俺の考えだ。

 

(しかしどうしたら……)

 

いっそわざと引いて奴を陸地に上陸させるべきか?

 

その時だった。

 

「……八幡」

 

オーフェリアが話しかけてきた。何か腹案でも思いついたのか?

 

「何だよ?」

 

「昔八幡が私との序列戦で使ったあの槍はダメなの?」

 

あの槍?……ああ、影狼神槍の事か。確かにアレならヒュドラを殺す事は可能だろう。

 

しかし……

 

「厳しいな。それに槍を作ってる間は他の影による攻撃が出来ない。つまり一度影竜を消さないと無理って訳だ」

 

槍を作る以上、一度ヒュドラから離れて陸地に戻らないといけない。今作り始めたら影竜が消えて、俺とオーフェリアは湖に落ちてしまう。

 

「……何で他の攻撃が出来ないの?」

 

「あん?槍を作る際に、”大量の星辰力を込める”事と”込めた星辰力を槍の形にする”事の2つの作業があるんだが、その2つの作業をするには強い集中が必要だからだ」

 

普通の影の槍を作る場合は影の能力を使いながらでも可能だが、影狼神槍は対オーフェリア用に作り上げた技であるので作るのがかなり大変だ。よって影の能力を使いながら影狼神槍を作るのは殆ど不可能だ。

 

するとオーフェリアが、

 

「……じゃあ、その作業が1つになるならこの状況でも作れる?」

 

そう言いながら俺の手を握っていた。オーフェリアの柔らかい手の感触を感じてしまう。

 

「ど、どういう事だ?」

 

いきなり感じた温もりによってキョドリながらもオーフェリアに尋ねる。するてオーフェリアが俺の手に触れながらこう呟く。

 

「……私の星辰力を使って。そうすれば八幡は星辰力を込める作業をしなくて済むから影竜を使いながらでも槍を作れるでしょう?」

 

……っ!そうか!確かにそれなら影竜を解除しなくても影狼神槍を作れるだろう。

 

普段は影狼神槍を使う事はないし、俺は個人戦の王竜星武祭以外は興味がないから思いつかなかった案だ。まさに目から鱗だ。

 

感心していると湖の中から再度光弾が飛んでくるので竜に指示を出して回避する。鬱陶しいな……直ぐに殺してやるからそんなに慌てんな

 

「じゃあオーフェリア、頼んでいいか?」

 

俺はそう言いながら手に小さな黒い球体を生み出す。これが影狼神槍の核とかる存在だ。

 

それを確認したオーフェリアは、

 

「ええ」

 

そう言って莫大な星辰力を辺り一面に噴き出しながら、俺の手を握る。

 

すると俺の手をオーフェリアの星辰力が走り抜けて、影狼神槍の核に絡みつき始める。

 

「……八幡。星辰力は注ぐから球体を槍の形にして」

 

「あ、ああ」

 

俺は1つ頷いて、槍のイメージを膨らませる。

 

(細かい装飾を用いない。シンプルで相手を屠る為だけに使われる槍……)

 

俺がイメージを続けると、核に絡みついているオーフェリアの星辰力が核全体を包み込む。

 

それによって巨大な球体になったので、俺はそれを伸ばすようなイメージを浮かべる。

 

(長さはそこまで長くない槍、そして持ちやすい槍……)

 

俺が更に強くイメージをし続けるとやがて球体は徐々に形を崩しながら伸びて……

 

「完成だ……」

 

俺の手に黒と紫の混じったシンプルな形状の槍が生まれた。見た目は影狼神槍と色が違うくらいで殆ど変化はないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(凄ぇ……!触れただけでわかる。槍の中にオーフェリアの高密度の星辰力が入っている)

 

使う前からわかる。おそらくこの槍は影狼神槍の数倍の威力を持っているだろう。これを食らって生きていられる人間はいないだろう。

 

「……出来たわ。どう?普段使う槍と違って違和感はない?」

 

オーフェリアにそう言われたので改めて槍を握ってみる。

 

「いや、凄い力を感じるが、それ以外は問題ない。大丈夫だ」

 

俺がそう言うとオーフェリアは薄い笑みを浮かべて頷く。その仕草可愛すぎだろ?

 

「なら良かったわ。それにしても……まるで夫婦の共同作業みたいね」

 

「お前マジで空気読め」

 

今の状況は真下からヒュドラの攻撃を受けているんだぞ?いくら影竜が全部回避しているとはいえ、そんな事を言っている場合ではないだろうが。てかそんな事をハッキリと言うな。恥ずかしくて仕方がないんですけど?

 

「ふふっ……そんな事を言ってる八幡、顔が赤いわよ?」

 

「ほっとけ。つーか今は戦闘中だからな?」

 

「ええ。でも……これで終わらせるのでしょう?」

 

オーフェリアは当たり前のように言ってくる。まあそうだな……それについては合っている。チンタラとやっている暇はないんでな。

 

「……ああ。終わらせる」

 

俺はそう言って影竜の頭に立ち、湖の中にいるヒュドラを見る。すると俺を見たヒュドラは俺が手にしている武器の危険性を理解したのか、中央の首を除いた8つの首を中央に集めて口から光を生み出す。

 

8つの口には高密度の万応素がそれぞれ渦巻いている。さっき1発腕に食らったが中々の威力だった。それが8発となれば相当の威力だろう。

 

しかし今の俺は恐怖を感じていない。理由は2つ。

 

1つは俺の手にはこの世で最も強いと思える武器があるから。

 

そしてもう1つは、

 

「………」

 

俺の横に自分の命より大切な恋人がいるのだから。

 

オーフェリアが見ている中で格好悪い所なんて見せたくない。だから……

 

「絶対に決める……」

 

俺がそう呟くとヒュドラはそれに呼応するかのように、

 

「ギュオオオオオ!」

 

咆哮と共に8つの口から光弾を轟音を付加しながら放ってきた。

 

8つの光弾は放たれると同時に自然と合体して半径5メートル以上の巨大な光弾となってこちらに向かってきた。

 

それに対して俺は……

 

 

 

 

 

「葬り去れーーー影狼夜叉神槍」

 

ただ一言、静かにそう呟いて手にある槍を投槍の要領で投げつける。

 

すると槍は黒と紫の光で暗闇を照らしながらヒュドラの放った光弾と衝突した。

 

しかしそれも一瞬の事で、槍はぶつかると同時に巨大な光弾を一瞬で消滅させた。あれだけの高密度の光弾を一瞬で消滅させたのは俺も予想外だった。

 

俺が驚く中、槍は流星のような速度で湖に着水してヒュドラに当たる。

 

すると、

 

「ギイイイイイイイ!」

 

物凄い悲鳴が聞こえたかと思うとヒュドラが湖から顔を出して苦しそうに暴れ出す。それによって辺りに轟音と水飛沫が生じたのでヒュドラから距離を取る。

 

ヒュドラを見ると胴体に先程放った槍が刺さっていて、刺さった箇所から黒と紫の光が生み出され、鈍い音と共にヒュドラの全身を蝕んでいた。

 

「ギュアアアアア!」

 

黒と紫の光は徐々にヒュドラの全身に広がっていき、刺さった箇所から一番近くにある首にも侵され始めた。しかも侵食された場所は最終的に何も無くなっていた。

 

首の1つに侵食が始まると他の首も同じように侵食され、遂には中央の首も侵食された。

 

「ギュオオオオオ!!」

 

ヒュドラが最後の抵抗とばかりに口から光弾を放とうとしたが……

 

「もう遅い」

 

それより早く侵食が進み、光弾が放たれる前にヒュドラの口を侵食した。

 

それによって遂にヒュドラの全身を黒と紫の光が包み込み、嚙み砕くような音が暫く続き、光が消えると……

 

 

「凄え……」

 

そこには何も残っていなかった。ヒュドラの影も形も一切見えなかった。

 

ヒュドラは完全に食われたのだろう。とりあえず俺とオーフェリアの仕事は終わりか……

 

一息吐くとオーフェリアは俺の手を握って上目遣いで見てくる。

 

「お疲れ様、八幡」

 

「お前もな。さっきは槍を作るの手伝ってくれてありがとな」

 

「……別に気にしなくていいわ。それより……」

 

言うなりオーフェリアは目を瞑ってこちらに顔を寄せてくる。この仕草は……

 

「ここでか?」

 

「……ええ。さっきは何度も邪魔が入ったから」

 

ああ。そういやさっきは何度も邪魔が入ったな。てかそれが理由で俺達はキレたんだし。

 

「……わかったよ」

 

俺は一息吐いてオーフェリアの両肩を掴み、自身の顔をオーフェリアの顔に近付ける。

 

するとオーフェリアは一度ピクンと跳ねてから、俺の首に手を回して……

 

 

 

 

「んっ………」

 

そのままお互いの唇を重ねる。

 

するとさっきまであった疲れや苛立ちが一瞬で消滅して、幸せな気持ちが込み上がってくる。

 

目の前には頬を染めている可愛いオーフェリアがいる。この顔を見るだけで俺は何でも出来る気がする。

 

幸せな気分になりながら、俺とオーフェリアは、お互いに携帯端末の電源をオフにして……

 

 

 

 

 

「んっ……ちゅ……」

 

お互いに舌を出して絡め始めた。仕事も終わったんだ。今から思いっ切りやってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局俺とオーフェリアは1時間以上キスをしてしまった。やり過ぎだとは思うが後悔はしていない。

 

あ、ギュスターヴ・マルローはリースフェルトによって丸焼きにされたらしいです。ざまあ。

 

 

 

 

 



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こうして3人は再会する

ギュスターヴ・マルローによるリーゼルタニアの貧民街の襲撃。

 

その事件の顛末について説明しよう。

 

結論を言うとギュスターヴ・マルローは逮捕された。

 

俺とオーフェリアはヒュドラを倒して1時間ディープキスをした後、俺達はリースフェルト達と合流した。

 

するとそこには丸焼けになっていたギュスターヴ・マルローが地面に転がっていて、リースフェルトがスッキリした顔を浮かべ、天霧が若干引きながら苦笑を浮かべているなどカオスな空気となっていた。

 

一応気絶しているとはいえ逃げる可能性があるので影で拘束した後に、警察に突き出した。

 

本当ならオーフェリアとのキスを邪魔した要因を作った奴だから俺がトドメを刺そうとしたら天霧の『黒炉の魔剣』で止められた。解せぬ

 

まあそれはともかく、俺達は王宮に向かって事情を説明して今回の事件は幕を閉じた。

 

 

それから数日後……

 

 

「じゃあオーフェリア、元気でね」

 

「……ええ」

 

「比企谷君はオーフェリアの事をお願いね」

 

「もちろんだ」

 

いよいよ帰国の日、俺は今オーフェリアと2人で孤児院に行き、別れの挨拶をしている。

 

若いシスターと挨拶をしていると、奥からシスター・テレーゼが現れて、オーフェリアの前に立つ。

 

「オーフェリア、今回貴女と会えて本当に良かったわ。貴女さえ良ければいつでも来てね」

 

「……ええ。また来るわ」

 

「ありがとう。それから比企谷さん」

 

「はい」

 

「オーフェリアともう一度会うきっかけを作ってくれた貴方には感謝しかありません。……オーフェリアを幸せにしてあげてくださいね」

 

「もちろんです。絶対に幸せにします」

 

俺にとってオーフェリアとシルヴィの幸せが最優先事項だ。絶対に2人を幸せにしてみせる。

 

「では俺達はもう直ぐ集合時間なのでこれで失礼します。色々とお世話になりました」

 

「……また今度」

 

「ええ。帰りも気をつけて」

 

「じゃあねー!」

 

俺達は軽く会釈をして、見送りの言葉を背に受けながら孤児院を後にした。

 

 

 

 

 

 

「ねえ八幡」

 

孤児院を後にした俺達は影竜に乗って湖の上を飛んでいる。目指すは集合場所の王宮だ。

 

「何だよ?」

 

「……さっき八幡は私を幸せにするっと言ったわよね?」

 

「ああ。それがどうした?」

 

「……ええ。その事なんだけど、別に無理に行動しなくていいわ。だって……」

 

言うなりオーフェリアは俺に抱きつき、

 

 

 

 

「私にとって一番の幸せは……八幡とシルヴィアの3人で一緒に過ごす事だから」

 

俺は初めてオーフェリアの満面の笑みを見た。それは今まで見たオーフェリアの顔の中で一番の魅力を醸し出していた。シルヴィが見たら発狂してオーフェリアに抱きついているだろう。

 

 

 

 

 

 

「……はっ!今何か凄いものを見逃した気が!」

 

「……いきなりどうしたのシルヴィア?それより次の会場に移動するわよ」

 

 

 

 

 

 

 

……何か今、シルヴィが地団駄を踏んでいる姿が脳裏に浮かんだが、何だったんだ今のは?

 

閑話休題……

 

それにしてもオーフェリアの満面の笑みはマジで可愛い。余りに可愛過ぎるので、つい目を逸らしてしまう。

 

「そ、そうか」

 

「……ええ。だから八幡。これからもよろしくね」

 

そう言ってオーフェリアは自身の指を俺の指に絡めてくる。白魚のような綺麗な指が俺の指に絡みついている。

 

その事は幸せな事なんだと、強く実感しながら、影竜に乗った俺達は一直線に王宮に向かった。

 

 

 

 

王宮の入口に到着するとリースフェルトと沙々宮と刀藤が車の前にいた。向こうも俺達に気がついたようで、こちらに近寄ってくる。

 

「話は終わったのか?」

 

「まあな。また行くことになった。ところでエンフィールドは?」

 

今この場には天霧とエンフィールドがいない。

 

天霧については先日、ギュスターヴ・マルローを捕まえた翌日に姉が見つかったと星猟警備隊警備隊長のヘルガ・リンドヴァルから連絡があって一足早くアスタリスクに帰ったのは知っているが……何でエンフィールドもいないんだ?

 

「ああ。クローディアは朝早く用事が出来たとエンフィールドの家があるロンドンに向かった」

 

ロンドン……なるほどな。つまり今回ギュスターヴ・マルローを依頼したと思える自分の父親に話をしに行ったのだろう。

 

奴の腹黒さからして遅れを取るとは思わないが油断は禁物だ。何せあいつ銀河と敵対しかけている自殺願望者だし。

 

まあその辺りについては部外者の俺がどうこう口を出す問題じゃない。てか銀河となんか関わりたくないし。

 

「……比企谷、お前何か知っているのか?」

 

「あん?いきなりどうした?」

 

「いや、クローディアに何でロンドンに行くのか聞いたがはぐらかされてな」

 

そりゃまそうだ。怪しいとはいえ、エンフィールドの父親がギュスターヴ・マルローの依頼人とは限らない。確証がない事を口にするのは面倒な事にしかならない。

 

「思い出してみれば、夜会があった翌日にお前はクローディアと話していたから何か知っているのかと思ったんだ」

 

「……察しは良いな。まあ一応知っている。だが確証がないからおいそれと話すわけにはいかない。それについてはエンフィールドが帰国してから聞け」

 

「……わかった。ならそうさせて貰おうか」

 

リースフェルトは納得したように頷いてから車に向かって歩くので俺もそれに続いた。

 

全員が乗り込んだのを確認するとメイドのフローラが

 

「では出発します!」

 

その言葉と共にリムジンはゆっくりと動き出した。車は徐々にスピードを上げて国境を出ようとする。

 

街中では来た時と同じように沢山の市民がいて、こちらに歓声を上げている。これでエンフィールドのチームが獅鷲星武祭で優勝したらとんでもない事になるだろうな。

 

「ねぇ八幡」

 

そんな事を考えているとオーフェリアが俺の服を引っ張ってきた。

 

「どうした?」

 

「……八幡は今回の旅行は楽しかった?」

 

そう問われた。問われた俺は今回の旅行について一から振り返ってみる。

 

「……そうだな。途中で邪魔が入ったのはイラついたが……まあ良かったよ」

 

かつてオーフェリアが住んでいた場所に足を運べた時点で俺は大分満足をしている。ギュスターヴ・マルローについてもリースフェルトが丸焼きにした時点で大分胸がスカッとしたしな。

 

「……そう。じゃあまた行きましょうね。この国は重婚が認められているから、永住する可能性もあるし」

 

……ああ。そういやそうだったな。

 

考えてみたらリーゼルタニアは自然豊かな美しい国だ。そんな場所でオーフェリアとシルヴィの3人で慎ましい暮らしをするのも悪くない。いや!かなり良い!寧ろ推奨だわ!

 

「……わかったよ。オーフェリア、アスタリスクを卒業したら3人でリーゼルタニアで暮らそうな?」

 

多分シルヴィならこの国に文句はないと思うし。

 

すると……

 

「……ええ。それと八幡、私とシルヴィアは1人ずつ子供を産みたいから」

 

オーフェリアは爆弾を投下した。

 

「なっ……!」

 

「はぅぅ……!」

 

「ほほう……!」

 

瞬間、リースフェルトと刀藤は真っ赤になって固まり、沙々宮は感心しながら頷いている。

 

当の本人は爆弾を投下した自覚がないようだが。

 

「そ、そうか……」

 

俺はそう答える事しか出来なかった。

 

こりゃ頑張らないといけないな。子作り的な意味でも、子育て的な意味でもな。

 

「……ええ。大好きよ、八幡」

 

そう言ってオーフェリアは俺の肩に頭を乗せて甘え始めた。本当にこいつは……元々可愛い所はあったが、自由になってから一段と可愛くなってるな、おい。

 

俺は苦笑しながらオーフェリアの頭を撫で続けた。

 

 

その後、オーフェリアはリムジンに乗っている間も、アスタリスクに向かう飛行機に乗っている間もとにかく甘えまくって俺を悶えさせまくった。

 

 

 

結果、今回の旅行について俺が一番感じた事は『オーフェリア可愛い』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1ヶ月後……

 

「……八幡、そわそわし過ぎよ」

 

「お前こそ玄関をチラチラ見てるじゃねぇか」

 

俺とオーフェリアは挙動不審になりながらリビングから玄関をチラチラと見ている。

 

年が明けて1週間くらい過ぎた。リーゼルタニアから帰国してからの日常はとても濃かった。

 

帰国して直ぐに材木座から新しいダークリパルサーを渡されたり、年内最後の公式序列戦で大暴れしたし、クリスマスにはオーフェリアとイチャイチャしたり、チーム赫夜との訓練中に事故が起こって再びフェアクロフ先輩の胸にダイブしたりアッヘンヴァルを押し倒した事でオーフェリアに半殺しにされたり、大晦日にハメを外して酒を飲んで酔いつぶれたり、正月には二日酔いの所為で寝正月になったりと、色々と濃い日常を過ごしていた。

 

しかしそんな日常を過ごす中、俺とオーフェリアは今日という日を待ち望んでいた。

 

それは何故かと言うと……

 

 

ガチャ……

 

いきなり玄関の方から音がしたので俺とオーフェリアは互いに視線を交わすと直ぐに立ち上がり、玄関に早足で向かった。

 

玄関に着くと、鍵が開き……

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま!」

 

俺のもう1人の恋人であるシルヴィア・リューネハイムが満面の笑みを浮かべながら家に入ってきた。

 

アジア横断ツアーが終わったシルヴィの可愛い笑みを確認した俺とオーフェリアはシルヴィに近寄り抱きしめる。

 

「おかえりシルヴィ」

 

「……お仕事、お疲れ様」

 

「うん……ただいま。2人に会うのを楽しみにしてたよ」

 

シルヴィも目尻に涙を浮かばせながら抱き返してくる。自宅の玄関で俺達は離すまいとばかりにお互いを強く抱きしめ合った。

 

シルヴィが無事に帰ってきた、それだけで俺にとっては幸せな事だ。俺はもうオーフェリアとシルヴィが居なかったら生きていけないだろう。

 

「……そうね。私も八幡と2人で過ごす日常も良かったけど貴女がいない事で寂しい気持ちもあったわ」

 

「そっか……私ね、仕事中2人に会いたくて仕方なかったよ。夢にも2人が出てきたし」

 

「……そうか。それは俺もだ。とりあえずお疲れ。腹減ってるだろ?飯は俺達が作ったから食べようぜ」

 

今は昼時で俺もオーフェリアも腹が減っているが、それもシルヴィも同様だろう。今は久しぶりに3人で食事を取りたい気持ちが強い。

 

「ありがとう。じゃあリビングに行こっか?」

 

「……そうね。荷物は持つわよ」

 

オーフェリアはそう言ってシルヴィの荷物を持ってリビングに向かったので俺とシルヴィもそれに続いた。

 

やっと揃った。シルヴィが帰ってきて3人が揃った以上、これからはもっともっと楽しい日常が待っているのだろうな。

 

そう思いながらリビングに入ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで八幡君、ツアー中にオーフェリアさんから連絡があったんだけど、フェアクロフ先輩の胸に顔を埋めたり、ニーナちゃんを押し倒した事について説明してね?」

 

シルヴィが満面の笑み(ただし目は笑っていない)を浮かばせながら俺にプレッシャーをかけてきた。

 

oh……

 

 

 

 

 

結局、全部説明したが案の定シルヴィは頬を膨らませて機嫌を悪くした。

 

その後、俺はシルヴィに何度も謝罪した結果、3時間キスをする事で許すと言ってきたので俺は仕方なくシルヴィの要求を呑んだ。

 

 

その後3時間、計24531回のキス(シルヴィが回数を数えた)をして、唇が唾液まみれになるとシルヴィは満足したように許してから抱きついてきた。

 

 

結論、やっぱりシルヴィはキス魔である。

 



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比企谷八幡が鍛えたチーム赫夜は締まらない空気の状態で試合を始める

 

 

 

 

 

 

 

 

『比企谷八幡、校章破損』

 

『模擬戦終了、勝者、チーム赫夜』

 

機会音声が流れると同時に俺が息を吐く。

 

「やったー!」

 

するとたった今俺の校章を打ち砕いた若宮がナックル型煌式武装を高く掲げてチームメイトの4人の元に戻る。

 

そんな5人を見ていると肩を叩かれたので振り向くと、

 

「お疲れ様、八幡君」

 

「……レモンのはちみつ漬けよ。私とシルヴィアが作ったわ」

 

そこには最愛の恋人2人が満面の笑みでレモンを差し出してくる。可愛いなぁ……

 

そう思いながら俺が口を開けると、2人は俺の口の中にレモンを入れてくる。うん、美味い。

 

ただでさえ美味いのに2人に食べさせて貰ったからかより美味く感じる。

 

「ありがとな。凄く美味かった」

 

「……当然ね。私とシルヴィアが愛情を沢山込めて作ったのだから」

 

「八幡君は私達の愛情を感じたかな?」

 

可愛すぎだろ?料理には愛情と良く言われているが、実際そうだろう。2人の愛情はかけ替えのない調味料だ。これが含まれている料理は世界で最も美味なものであると確信がある。

 

「……ああ。2人の愛情をしっかり感じたよ」

 

「そっか、なら良かった」

 

「……嬉しいわ」

 

言うなり2人は抱きついてくる。ダメだ、この2人可愛すぎだろ?

 

 

「……あの、イチャイチャしないで総評をしてくれないかしら?」

 

そう言われたので振り向くとブロックハートが冷たい目をしてこちらを見てくる。お前はその目は止めろ。ゾクゾクして踏まれたくなるから。

 

「はいはい。んじゃ失礼っと」

 

そう言って抱擁を解くとシルヴィとオーフェリアは赫夜のメンバーにドリンクとかお菓子を差し出している。

 

初めはシルヴィに萎縮していたり、オーフェリアにビビったりしていた赫夜のメンバーも今ではスッカリ打ち解けている。俺としては出来るならこいつらもオーフェリアの友人になって欲しいものだ。

 

そう思いながらレモンのはちみつ漬けを口にしながら総評を口にする。

 

「と、言ってもなぁ……5人がかりならもう俺より強いしアドバイスする事なんてもうないぞ」

 

年が明けてから2週間経っていて、1日1回チーム・赫夜と模擬戦をしてるが結果は12戦2勝10敗と完全に負け越してるし。

 

影狼修羅鎧と影狼神槍を使っていないとはいえ、去年に比べてかなり力がついているだろう。

 

「まあ強いて言うなら若宮とアッヘンヴァルがテンパって凡ミスをしてたから、明日の本番では凡ミスなんてすんなよ?」

 

そう、明日はいよいよルサールカとの試合だ。負けたらチーム・赫夜は獅鷲星武祭に出場出来ないので、赫夜からしたら絶対に負けられない試合でもある。

 

俺がそう言うと全員が真剣な表情になって頷く。まあ凡ミスで負けましたじゃ笑えないからな。

 

「まあそこさえ気をつければなんとかなんだろ、多分」

 

「締まらないわね……」

 

「ほっとけ。とりあえず今日はここまでにする。明日に備えて早く寝るように……特に若宮。お前今日はもう自主練するなよ」

 

こいつの場合しょっちゅう居残りして自主練してるし。明日が本番ならオーバーワークをさせるつもりはない。

 

「は、はい……」

 

何かしょぼくれた表情をするが、今日ばかりは心を鬼にして自主練はさせない。

 

「わかってるならいい。んじゃ頑張れよ」

 

「八幡君、そんな気怠げな激励じゃなくて、もっと元気に言わないと」

 

「そうは言うがなシルヴィよ、もし俺が『いよいよ明日は本番だ!厳しい戦いになるだろうが大丈夫だ!お前らは今日まで死ぬ気で頑張ってきたんだ!今までやってきた事を実行すれば結果は自ずと付いてくる!』なんて言ったらどう思う?」

 

「うん。そんな八幡君は想像出来ないね」

 

「……寧ろその八幡は病気か記憶喪失のどちらかよ」

 

「やかましいわ」

 

イラっときたので恋人2人の頭にチョップをする。すると2人は頭を押さえながらジト目で俺を見上げてくるが知らん。

 

そんな光景を見て赫夜のメンバーはキョトンとしてから、直ぐに笑い出したのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでシルヴィ、明日は何処で試合をするんだ?フロックハートの能力は人目を避けたいだろうし、アリーナを借りる訳ないよな?」

 

赫夜との訓練を済ませた俺達は帰宅して風呂に入っている。俺は一番早く身体を洗ったので湯船に浸かりながら、シルヴィがオーフェリアの身体を洗っているのを眺めている。

 

「うーん。多分ツインホールの地下にある特別訓練用ステージだと思うな。というか八幡君、視線がいやらしいよ?」

 

シルヴィにそう言われて思わず視線を逸らしてしまう。

 

今現在、シルヴィの白魚のような綺麗な指がオーフェリアの傷一つない美しい背中に触れているのを見ているが、物凄く興奮していた。

 

しかしシルヴィに指摘された途端、恥ずかしくなってしまい目を逸らしてしまう。

 

「わ、悪い」

 

「別に怒ってる訳じゃないよ?ただ八幡君ってエッチだなーって改めて思っただけだよ」

 

「何だその言い方は?多少エロいのは否定しないが、そこまでではないからな?」

 

「そうなの?別に見たかったら見ていいのに」

 

「え?マジで?」

 

「即答してる」

 

シルヴィはからかうように笑ってくる。

 

ぐっ……仕方ないだろうが!お前らが身体を洗いっこしているならそれを見たいと思うのが男だ。まあ2人の裸を他の男に見せるつもりなんて毛頭ないけどな。

 

「……別に見たかったら見ていいわよ。今まで何度も見られているし、八幡がいやらしい事は知っているわ」

 

シルヴィに身体を洗われているオーフェリアがそう言ってくる。そうかよ、俺はエロいですか。

 

しかし見ていいと言われたら見づらいな……

 

結局、横を向いて2人の洗いっこを見ないでいると、

 

「お邪魔しまーす」

 

「……お待たせ」

 

シルヴィが視線の先に、オーフェリアが背後に来て湯船に入ってくる。

 

湯船のお湯の高さが増えると同時に、シルヴィとオーフェリアが前後から抱きついてくる。それによって俺の胸板と背中には柔らかい膨らみの感触を感じる。毎日裸で抱きつかれているが未だに慣れないな……

 

「ふふっ……八幡君の身体、温かいね?」

 

「そうね、抱きつくと幸せな気分になるわ」

 

そして抱きつくと同時にそのような事を言うのは止めてください。好きな人達にそんな事を言われたらマジで恥ずかしいですからね?

 

「なあお前ら、マジで胸を押し付けるのは止めてくれ。俺の中の獣が暴れ出しそうだ」

 

てか今まで2人に襲い掛かるのを止めた俺の理性凄すぎだろ?まあ何度か理性が崩れかけた事はあるけど。

 

「いっそ暴れてもいいのに」

 

「おいアイドル」

 

何て事を言ってんだこいつは?世界の歌姫を抱いてみろ。世界中のファンに命を狙われるし、W&Wも強引に別れさせようとしてくるからな?

 

「……私は別にアイドルじゃないから、メチャクチャにしていいわよ?……はむっ」

 

「っ!お、オーフェリア!」

 

すると背中に抱きついているオーフェリアが更に強く胸を押し付けながら俺の耳を甘噛みしてくる。いきなり何て事をしてくんだよ?!つい変な声が出ちまったじゃねぇか!

 

しかし……オーフェリアをメチャクチャに、か……

 

背中に抱きついている美しい少女を欲望のままにメチャクチャにする。自分の思うようにオーフェリアを貪り尽くす……

 

(ヤバい、想像しただけで……!)

 

その時だった

 

「八幡君」

 

「な、何だ?」

 

「鼻血出てるよ?」

 

「………」

 

「……八幡のエッチ」

 

それを言うな。

 

結局、俺は寝るまでオーフェリアとシルヴィにエッチとからかわれまくったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

昨夜鼻血を出して恋人2人にからかわれまくった俺は現在エレベーターに乗って、クインヴェールのツインホールの地下にある特別訓練用ステージに向かっている。左右ではオーフェリアとシルヴィが腕に抱きついて柔らかな膨らみを押し付けている。

 

舌を噛みながら素数を数えているとエレベーターは止まり、ドアが開いた。

 

すると

 

「へぇ……結構広いな」

 

そこには広大なステージが広がっていた。見る限り各学園で最も広い総合アリーナと比べても勝るとも劣らない規模のステージだった。違いがあるとしたら観客席がないくらいだろう。

 

その中心には、

 

「あー、シルヴィアさんに比企谷君にオーフェリアちゃん!応援に来てくれたの?!」

 

元気良く手を振ってくる若宮が所属するチーム・赫夜と、

 

「げっ!バカップル3人組!」

 

呆気に取られたような表情を浮かべるミルシェ率いるルサールカが向かい合っていた。

 

しかし……

 

「誰がバカップルだ。俺達は清らかな交際をしてるからな?」

 

俺が否定すると、

 

「嘘ー!どうせもう手を出したんじゃないの?!」

 

即座に異議を唱えられる。どんだけ信用されてないんだよ?

 

「出してねーよ。キスはしたがCはしてねーし、Bもそんな激しいのはしてないからな?」

 

せいぜい胸を揉むくらいで、明らかにヤバいのはしていない。てかしたらそのままゴールインしてしまいそうだし。

 

すると……

 

「え?B?C?何言ってんの?」

 

ミルシェがポカンとした表情でそう言ってくる。え?マジで?!

 

「比企谷君、私もわからないから教えてくれないかな?」

 

すると若宮も聞いてくる。こいつもわからないのかよ?!

 

周りを見ると赫夜のメンバーは全員若宮と同じように首を傾げていて、ルサールカのメンバーはミルシェとトゥーリアはポカンとした表情を浮かべていて、パイヴィとモニカ、マフレナは意味を理解しているようだ。

 

どうやら女子校はその様な言葉に疎いのだろう。実際シルヴィも昔は知らなかったし。知った時のシルヴィは真っ赤にして可愛かった。

 

 

 

 

 

 

 

まあその後に『私、八幡君にならBもCもされてもいいよ……』って言われた時は呆気に取られたけど。

 

閑話休題……

 

それにしてもこいつらにはどう説明しよう。シルヴィの時は彼氏彼女の関係だったから馬鹿正直に話す事が出来たが、こいつら相手に馬鹿正直に話したらドン引きされそうだし。

 

どうするべきか悩んでいると、

 

「……何やら騒がしいと思ったらあなた達が来ているとは」

 

後ろから鋭い声が聞こえたので振り向くと、そこにはバイザー型のグラスを付けたスーツ姿の女性がいた。

 

俺はその女性を知っている。

 

「どうもっす。ペトラさん」

 

ペトラ・キヴィレット。クインヴェールの理事長で、クインヴェール運営母体である統合企業財体W&Wの幹部でもあり、シルヴィやルサールカのプロデューサーでもある、俺から見てもかなり出来る女である。

 

「……本来なら他学園の生徒が入れる場所でないのですが……シルヴィア、貴女の仕業ですね?」

 

そう言ってペトラさんはシルヴィをバイザー越しに睨むとシルヴィは悪戯がバレたような表情を浮かべてペロリと舌を出す。可愛すぎだろ?

 

「まあまあ。貴女も俺が赫夜の訓練に付き合っているのは知ってるでしょう?もしも不満があるなら……」

 

俺は一つ区切ってからペトラさんに顔を近づけて、

 

「観戦料としてソルネージュ以外の統合企業財体の機密情報盗んであげましょうか?」

 

俺の影に入る能力があれば朝飯前だし。流石に俺が所属する学園のバックにいるソルネージュとは敵対したくないけど。

 

俺がこっそり耳打ちするとペトラさんは一瞬だけ眉を動かしてから考える素振りを見せる。

 

それが10秒くらい続くと、

 

「……良いでしょう。貴方とオーフェリア・ランドルーフェンの観戦を許可しましょう」

 

ため息混じりに了承してくる。統合企業財体の人間は利益を最優先にするからな。利益を出せる案を持っているなら交渉し易い。

 

「そいつはどうも。んじゃチーム・赫夜、頑張れよ」

 

「面白い試合を見せてね」

 

「……頑張って」

 

オーフェリアがそっぽを向きながら赫夜のメンバーに応援した時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「キャー!オーフェリアさん可愛い!」

 

シルヴィが満面の笑みでオーフェリアに抱きつく。いかん、シルヴィの悪い癖が出始めた。この場にいる俺とシルヴィとオーフェリア以外の面々呆気に取られているし。

 

「っ!ちょっとシルヴィア……くすぐったいわ」

 

「まあまあオーフェリアさん。ふふっ……」

 

そしてシルヴィはオーフェリアの頬に自分の頬を当ててスリスリし始めた。良いぞもっとやれ。

 

 

 

 

 

結局シルヴィは5分間くらいオーフェリアに抱きついて、抱擁が終わると何とも言えない空気となっていた。

 

そしてその空気のまま試合が始まった。



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チーム・赫夜は比企谷八幡が見ている中、善戦する

試合が始まった。

 

試合前はシルヴィの所為で何とも言えない空気が流れたが、試合開始を告げると同時に全員が意識を切り替えた表情を変えた。

 

今回ルサールカのチームリーダーはミルシェで赫夜のチームリーダーはフロックハートだ。

 

「さてさて……あいつらはどれだけやれるんだか」

 

視線の先では若宮がリーダーにミルシェに速攻を仕掛ける。チーム戦で最も定番な戦法であるチームリーダーが潰す算段だろう。

 

他の戦法だと、リーダー以外を倒す戦法や、援護要員を潰す戦法があるが、ルサールカより弱い赫夜に結構難しいだろう。

 

「貴方が鍛えたのでしょう?貴方は勝てると思っているのですか?」

 

ペトラさんはそう聞いてくるが、

 

「さあ?」

 

「……ふざけているんですか?」

 

「そりゃ勝てる可能性はありますけど、ルサールカの方が格上なのは事実ですから。こっちの作戦か全て上手くいって、運が良けりゃ勝てるってとこすかね?」

 

「その言い方だと相当低い確率と思いますが」

 

「まあそうでしょうね」

 

実際勝てる確率は10%あれが御の字だろう。

 

「ともあれ、あいつらはやれるだけやったんで、俺が出来る事は結果を見る事だけですよ。って、試合が動いてますね」

 

そう言いながらステージを見ると、かなり試合が動いていた。

 

現在、若宮とフェアクロフ先輩が2人がかりでミルシェを狙って、他の3人が前衛のトゥーリアとモニカを足止めしている。

 

しかもステージにいる彼女達の配置は比較的バラバラで乱戦気味となっている。

 

正しい判断だ。チームとしての練度が劣っている以上、チームワークでぶつかるのは愚策だ。それならいっそこっちのチームワークを捨てる代わりにルサールカのチームワークを崩した方が勝算はあるだろう。

 

今のところは作戦は上手く行ってるな……

 

「……ふむ。思っていた以上のレベルで仕上げてきましたね。チーム・メルヴェイユ戦の時よりも格段に成長しているようです」

 

ペトラさんは赫夜の作戦の意図を理解したようで、素直に簡単の言葉を口にしている。

 

「……当然よ。八幡が鍛えたのだから」

 

するとオーフェリアが嬉しそうに胸を張る。そう言ってくれるのは嬉しいがお前ほ過大評価し過ぎだ。

 

「お前な……まあいい。そりゃまあフロックハートの能力についての練習も重要視していましたから」

 

「それはもちろんですが、前衛2人の連携は素晴らしいですね」

 

だろうな。今の所、人を傷つけられないフェアクロフ先輩がミルシェの攻撃を防ぎ、若宮が攻撃をしている。これもフロックハートの伝達能力で指示をしているからだろう。

 

「そうっすね。それにしても訓練の時から思いましたがフロックハートの試合をコントロールする技術は高いですね」

 

「まあそのあたりを高く評価してあの子を購入したのですから。しかし、それがまさかこんな状況になるとは思いもよりませんでしたけど」

 

そう言ってシルヴィを睨むが当のシルヴィはどこと吹く風だ。全く気にしているようには見えない。

 

「でも確かシルヴィがフロックハートをあんたから大金はたいて買い取ったんでしょ?」

 

「そうですね。しかし私はシルヴィアがここまでするとは思いませんでしたよ」

 

それについては俺もそう思っている。俺もフロックハートがベネトナーシュの一員で、シルヴィがフロックハートをW&Wから大金はたいて買い取った事を知っている。払った金額は知っているが、あそこまで払う理由についてはいくらシルヴィの考えでも理解し切れない。

 

しかし理解出来なくても良い。シルヴィは意味のない事はしない人間だ。だから大金はたいてフロックハートをW&Wから買い取ったのも何か意味があるのだろう。

 

だから俺はシルヴィの行動について咎めるつもりは毛頭ない。

 

「まあ大丈夫でしょうね。シルヴィがした事ですから悪い話じゃないと思いますよ」

 

「……随分と信頼しているようですね」

 

「シルヴィの恋人ですから」

 

大切な彼女を信頼しない彼氏など論外だ。俺は何があってもオーフェリアとシルヴィの事は信頼し続けるつもりだ。これについては死ぬまで変わらないと断言出来る。

 

「も、もう!八幡君ってば!そんな恥ずかしい事を言わないでよ……」

 

そう言ってシルヴィは真っ赤になりながらモジモジするが、

 

「いやいや、しょっちゅう俺にメチャクチャにして良いなんて恥ずかしい事を言ってるお前が言うな」

 

「えー、だって私、八幡君にメチャクチャにされたいんだもん」

 

「アスタリスクを出たらいくらでもメチャクチャにしてやるからそれまで待て」

 

「……貴方達、いくら交際を認めているとはいえ内心反対している私の前でそんな話をするのは止めてくれませんか?」

 

ペトラさんがバイザー越しに咎めるような視線を向けてくる。そうだよな。シルヴィとの交際について交渉した際はメチャクチャ反対されたし。あの時にオーフェリアが脅さなかったら交渉は許可されなかっただろう。

 

「あはは……ごめんね」

 

「全く……それにしても解せませんね」

 

ペトラさんはため息を一度吐きながらモニターを見ながら訝しげな表情を浮かべてくる。モニターでは若宮とフェアクロフ先輩が縦横無尽にステージを駆けていた。

 

「何故あの子達は活性強化と阻害弱体化を使わないのでしょう?使えば遅れを取る事はない筈ですが……」

 

ペトラさんの言う通り、ステージにいるモニカとマフレナは自身の純星煌式武装の能力である活性強化と阻害弱体化を使っていない。もしも初っ端から使っていれば赫夜のメンバーはなす術なく負けていただろう。

 

首を傾げているペトラさんに対してシルヴィは、

 

「さあ?なんでろうね?」

 

見事にすっとぼけた。

 

「まさか、またあなたが何か?」

 

「なんのことかなー?ま、どっちにしろそれを選んだのはあの子達自身だよ?」

 

そうだ。シルヴィはルサールカに曲を作る代わりにマフレナとモニカの純星煌式武装の固有能力を使わないのはどうかと交渉した結果、ルサールカはそれを受けた。まあマフレナは反対していたけど。

 

そんな風にニンマリ笑うシルヴィを見てペトラさんは盛大にため息を吐く。

 

「全く……。まあ良いでしょう?ある意味ちょうど良い機会ではありましたから?」

 

「良い機会?」

 

シルヴィがそう尋ねるとペトラさんは、

 

「ーーーあの子達の本気を計りたかった所です」

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、ステージでは……

 

「ちょっとちょっとぉ!なんだか私達押されてない?!」

 

「お、落ち着いてください!まずは一度体勢を立て直して……!」

 

モニカとマフレナの慌てた声がステージに響く中、若宮美奈兎はミルシェに突っ込み、拳を叩き込む。

 

「くっ!」

 

ミルシェは光の刃で美奈兎の拳を受け止めると、反撃とばかりに蹴りを放ってくる。序列3位というべきだけあってその一撃は見事なものだ。

 

しかし、

 

(比企谷君の一撃の方が速い……!)

 

美奈兎をしごいたのは序列2位、それも6学園中最も過酷序列争いが激しい学園であるレヴォルフで不動の2位に立ち続けている男だ。

 

彼の容赦ない攻撃を数ヶ月受けた何度も気絶したり、嘔吐した美奈兎にとってミルシェの攻撃はそこまで怖くはない。

 

美奈兎はミルシェの蹴りが当たる直前に軽く横に跳んでから、ラッシュを仕掛ける。

 

「ちぃっ!あんた記録より随分と動きが良いじゃん!」

 

「そりゃそうだよ!毎日比企谷君にしごかれたんだから!」

 

全敗しているとはいえ、美奈兎は殆ど毎日一対一で八幡と戦っている。あれだけボコボコにされたなら嫌でも動きが良くなるだろう。

 

「なるほどな!そりゃ良くなる訳だ!」

 

ミルシェはそう言ってギターを振るうが、

 

『美奈兎!ソフィア先輩がフォローするから下がって!』

 

その直前に美奈兎の頭にクロエの声が響いたので、美奈兎はそれを聞いて後ろに跳ぶと、

 

「させませんわよ!」

 

ソフィアがミルシェの一撃を防ぐ。ギターとサーベルがぶつかり合い火花が飛び散る。

 

それを確認した美奈兎は内心でソフィアに礼を言いながらミルシェの懐に潜り、身体を捻りながら肘打ちを放つ。

 

それを見たミルシェは急いでギターを振るってソフィアを弾き飛ばして、身体を反らすようにして回避した。が……

 

(予想通り……!玄空流ーーー鎌輪!)

 

美奈兎は更に身体を捻り、足払いをする。

 

「なっ!」

 

流石のミルシェも回避出来ずにバランスを崩す。当然そんな隙を見逃す馬鹿はいない。

 

美奈兎はバランスを崩したミルシェの校章目掛けて拳を突き出すも……

 

「ぐっ……」

 

当たる直前に、空気が振動して美奈兎の身体は後ろに弾き飛ばされた。

 

パイヴィの浮遊ドラム型純星煌式武装『ライアポロス=エラート』の音圧防壁の効果だ。

 

しかしまだチーム・赫夜の攻撃は終わりではない。

 

「パイヴィさん!右から来ます!」

 

マフレナが咄嗟に声を上げたのでパイヴィは右を見ると、ニーナ・アッヘンヴァルが手に光の剣を持ちながら突っ込んでいた。

 

「七裂の葉剣!」

 

「舐めないで!」

 

ニーナとパイヴィが同時に叫ぶと光の剣と音圧防壁がぶつかり合う。流石に真っ向勝負なら純星煌式武装を持つパイヴィが有利だ。

 

一対一なら

 

しかしパイヴィが音圧防壁を展開してニーナの一撃を防ぐと同時に、クロエが横合いならハンドガン型煌式武装を放って、放たれた光弾が胸元を掠める。

 

ミルシェの援護やニーナの一撃を防ぐのに集中し過ぎて、クロエの攻撃に対処しにくくなっているからだ。

 

ましてパイヴィの純星煌式武装はドラム型と大型で回避行動は難しいタイプだ。普通なら後方に控えてこその援護役だったが、乱戦に持ち込まれたので見誤ったのだろう。

 

そしてクロエは一撃でパイヴィの注意が横に逸れた瞬間だった。

 

「はぁっ!」

 

舞うように空中へ身を躍らせたニーナの一撃が、パイヴィの校章を断ち切った。

 

 

 

『パイヴィ、校章破損』

 

機械音声がパイヴィが敗北を告げる。

 

それによってチーム・赫夜には歓喜を、チーム・ルサールカには動揺をもたらした。

 

ましてパイヴィは防御担当、真っ先に崩せたのは大きい。

 

そんな空気の中、クロエは……

 

(パイヴィを落としたから今のところ作戦は順調。次に狙うのはトゥーリアかモニカ……)

 

クロエの作戦は『シルヴィアとの取り引きで純星煌式武装の固有能力を使用しないモニカとマフレナは余り相手にしないで、パイヴィとトゥーリアを倒した後にミルシェを叩く』という作戦である。

 

対して八幡が立てた作戦は『シルヴィアの取り引きは口約束だから守られるとは限らない。だから前衛で攻めやすいモニカを、ルサールカが赫夜を舐めている内に潰す』という作戦である。

 

2つの作戦の内、クロエが選んだのは……

 

 

『ソフィア先輩、モニカを叩きますのでよろしくお願いします』

 

ソフィアに伝達をする。

 

阻害弱体化を発動させない為にモニカを叩く案にした。

 

『了解しましたわ!柚陽さん!美奈兎さんの援護をお願いしますわ!』

 

そう伝達するなり、ソフィアはサーベル型煌式武装を構えてモニカに突撃をかます。

 

「ちょっとお!次はあたしぃ!?」

 

そう言いながらモニカは自身の持つベース型純星煌式武装『ライアポロス=メルポーネ』を構え、先端に光の刃を顕現して迎え撃つ。

 

次の瞬間、お互いに武器がぶつかり合い火花が飛び散るも……

 

「そこっ!」

 

「嘘ぉっ?!」

 

それも一瞬のことで、ソフィアは互いの武器がぶつかると同時に、腕を捻って相手の一撃を受け流し、返す刀でモニカの持つ光の刃に突きを放つ。

 

するとモニカの手から『ライアポロス=メルポーネ』は弾かれそうになる。モニカは何とか自身の武器を手放さずに済んだが隙だらけだ。

 

そんな隙をソフィアが見逃す筈もなく突きの構えを取る。しかし……

 

「甘いよー!あんたの対策はしてるんだからー!」

 

その直前にモニカは自身の校章に手を当てて勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

それも当然の事だ。ソフィアは他人を傷つける事が出来ないからだこれはクインヴェールでは周知の事実である。

 

決闘に勝つ為の条件は相手を気絶させるか校章の破壊の2択のみ。ソフィアの場合、前者はトラウマの関係から不可能で、後者は胸に手を当てたら破壊のしようがない。

 

事実、公式序列戦でソフィアに負けそうになった相手は胸に手を当てる手段を取ってソフィアに対して逆転勝ちをしている。だからモニカの取った手段は合理的である。

 

 

 

3ヶ月前のソフィアに対してなら。

 

(それについては比企谷さんが対策が立てていますわよ!)

 

ソフィアはモニカの行動を見て内心勝ち誇ったように笑いながら、1人の男の事を思い浮かべる。

 

比企谷八幡

 

2年前に王竜星武祭で自身を一方的に倒した相手。

 

ルサールカとの試合に備えてシルヴィアが連れてきた時はその事もあって余り良い感情を持っていなかったが、その考えは直ぐに吹っ飛んだ。

 

赫夜のメンバー全員に対して、それぞれに適した訓練を施してくれて、自身の致命的な弱点についても否定しないで真剣に考えてくれた人。何度か胸を揉まれたが自分達の為に色々と尽くしてくれた優しい人。

 

このメンバーで獅鷲星武祭を制したい気持ちもあるが……

 

(比企谷さんの前で格好悪い姿は見せたくないですわね)

 

そう思いながらソフィアは現在持っているサーベル型煌式武装を左のホルスターにしまって、代わりに右のホルスターから煌式武装を引き抜き起動する。

 

すると水色の刀身が現れて綺麗な剣となる。

 

綺麗な剣ーーー『ダークリパルサー』が顕現されると同時にソフィアは、

 

「はぁっ!」

 

叫び声と共にモニカの胸目掛けて突きを放つ。

 

「……え?」

 

まさか攻撃をしてこないと思っていたらしいモニカは避ける暇もなく、見事にモニカの胸に刺さる。

 

そこからは一滴の血が流れる事はなく、代わりに……

 

 

 

「な、何これぇ……?!」

 

モニカは苦悶の表情を浮かべながらよろめく。余程苦しいのか自身の純星煌式武装も手放してしまった。

 

ダークリパルサー

 

刀身が超音波で出来ているので殺傷能力はないが、食らった相手に猛烈な頭痛を与える煌式武装だ。

 

八幡がソフィアの為に用意した、正にソフィア専用の煌式武装だ。

 

『ダークリパルサー』の刀身から生じる超音波は強力で、モニカは完全に目の前にいるソフィアの事を認識できていない。

 

(今度こそ!)

 

ソフィアはそんなモニカを見ながら『ダークリパルサー』をしまって、再度普通のサーベル型煌式武装を起動して、

 

 

『モニカ、校章破損』

 

手が離れたモニカの校章を突きで破壊した。

 

それによって赫夜のメンバーは一層士気が上がる。当然だ。1人も欠けることなく相手2人を撃破したのだから。

 

しかしその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マフレナ!活性強化を使え!」

 

ミルシェがアイドルに相応しいとは言えない荒々しい口調でそう叫ぶ。

 

次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

未だ失格となっていないミルシェ、トゥーリア、マフレナの周囲から圧倒的な星辰力が噴き出した。

 

 



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こうして試合が終了する

「あれが……」

 

「うん。あれがマフレナの純星煌式武装『ライアポロス=タレイア』の固有能力の活性強化だよ」

 

俺がモニターを呆然と見ている中、シルヴィが教えてくれる。

 

現在俺は恋人のオーフェリアとシルヴィ、シルヴィのマネージャーのペトラさんと一緒にクインヴェール地下の特別訓練用ステージのモニタールームにてチーム・赫夜とルサールカの試合を見ている。

 

今のところ赫夜が優勢だ。何せ1人も欠けることなく、格上相手2人を倒したのだから。

 

しかし楽観は出来ない。2人を倒せたのは向こうが赫夜を舐めていたからだ。油断がなくなった上、マフレナの純星煌式武装で強化された以上ここから先はかなりの激戦となるだろう。

 

しかしシルヴィの取り引きを破棄したか。予想はしていたが厄介だな。

 

トゥーリアが残っているのは痛いが油断している内にモニカを撃破したのは大きい。これで向こうは阻害弱体化を使ってこないのだから。

 

以前フロックハートから活性強化されたミルシェの実力は鎧抜きの俺より強いと聞いている。それに加えて同じく活性強化されたトゥーリアとマフレナ、間違いなく危険だ。

 

「さて……油断している内に厄介な2人は撃破出来たし、負けんじゃねぇぞ?」

 

そう呟きながら改めてモニターを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いね、チーム・赫夜。仕切り直しだ」

 

美奈兎は目の前でそう言ってくるミルシェーーーより正確にはミルシェの瞳を見て戦慄をしてしまう。ミルシェの瞳には不気味な紺碧の輝きが煌めいていた。見るとトゥーリアとマフレナの瞳にも同じような輝きが宿っていた。

 

そしてマフレナのキーボードからは力強い音色が大音量で奏でられている。

 

(これが活性強化?!)

 

「まずは謝っとくよ。いくら『影の魔術師』に鍛えられれているからって舐めてたよ」

 

美奈兎が驚く中、ミルシェが口を開ける。紺碧の瞳には悔しさと憤怒が混じっていた。

 

「だけど、おかげでようやく目が覚めたよ!ここからは先は全力で叩き潰す!」

 

そう言ってギターから光の刃を顕現して切っ先を美奈兎に向ける。距離があるとはいえ、美奈兎には首に突きつけられたようにプレッシャーを感じてしまう。

 

(す、凄いプレッシャー……!でも!負けるわけにはいかない!)

 

そう強く美奈兎が決心すると同時だった。

 

ミルシェの足が地を蹴り、光刃を展開させたギターを持って突っ込む。しかし狙いは美奈兎ではなく。

 

『ニーナちゃん!』

 

美奈兎がクロエの能力を介してニーナに伝達した時には、ミルシェは既にニーナの方に向かっていた。

 

(速すぎる……!今まで見た誰よりも……!)

 

クロエからマフレナの使う純星煌式武装『ライアポロス=タレイア』の固有能力は活性強化で、強化されたミルシェは鎧抜きの八幡より強いと聞いてはいたが、これほどの速度を出してくるとは思わなかった。

 

ニーナとの距離が10メートルを切った時だった、

 

「わわっ……!王太子の牢獄!」

 

ニーナは慌てながら自然に仕込んだ設置型能力を発動させるが、

 

「遅いっ!」

 

ミルシェは足元に浮かび上がった魔法陣を見てから直前で回避した。信じ難いまでに疾い。単純な速度ならアスタリスク最速と評されている『天苛武葬』趙虎峰に匹敵するだろう。

 

「させませんわよ!」

 

それを見たソフィアはマズいと判断したのかニーナの援護に行こうとするが、

 

「それはこっちのセリフだ!こっから先は通行止めだ!」

 

トゥーリアがソフィアとミルシェの間に破砕振動波を放って地面を吹き飛ばし、ソフィアをニーナの元へ行く邪魔をする。

 

そして間髪入れずにトライデント型に刃を展開してソフィアに突きを放つ。

 

突きの速さにしろ、身体の速さにしろトゥーリアのそれも大幅に上昇している。トゥーリアの序列は20位とマフレナを除いたらルサールカでは一番下だが、活性強化されたトゥーリアは冒頭の十二人クラスの実力となっている。

 

対してソフィアはトゥーリアに背を向けるのは危険と判断して、ニーナの元へ行くのを諦めてトゥーリアを迎え撃つ事にした。それによってトゥーリアとソフィアの武器がぶつかり合って火花が飛び散る。

 

しかしそれも一瞬でソフィアは鍔迫り合いは危険とばかりに後ろに下がる。スピード型のソフィアの煌式武装はパワー型のトゥーリアの純星煌式武装とぶつかり合うのは悪手故だ。

 

トゥーリアもそれを理解しているので活性強化された肉体をフルに使ってソフィアとの距離を詰めていく。

 

(マズいですわね……!私の方は問題ありませんが……)

 

ソフィアはチラッと後ろを見ると、ミルシェはニーナとの距離を3メートルまで詰めていた。美奈兎もミルシェを追いかけているが速度に差があるので

 

後ろから柚陽とクロエが矢と光弾を放っているがミルシェは特に焦ることなく、叩き落としたりジャンプをする事で全て避けた。

 

すると美奈兎はミルシェがジャンプして動きが止まったので、ようやく追いついた。そして思い切り地面を蹴って、

 

「はぁぁ!」

 

右手のナックル型煌式武装に星辰力を込めて流星闘技をミルシェに放つ。

 

しかし……

 

「やるじゃん!でも甘い!」

 

ミルシェは空中で身体を捻って美奈兎の一撃を簡単に回避すると、美奈兎を蹴る事で加速する。向かう先は当然のようにニーナだ。

 

それを見たニーナは、

 

「く、女王の城「遅い!」……っ!」

 

防御能力を発動しようとしたが、その前にミルシェがニーナとの距離をゼロにしてギターを振るった。

 

その結果……

 

『ニーナ・アッヘンヴァル、校章破損』

 

ニーナの防御壁が顕現するよりも早くミルシェの斬撃がニーナの校章を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ、アッヘンヴァルが落ちたか……」

 

モニタールームにて俺はミルシェが無双してアッヘンヴァルの校章を破壊したのを見て舌打ちをする。

 

「それにしてもミルシェの奴マジで強いな」

 

公式序列戦ではそこそこの強さと思っていたが、今のミルシェはマジで強い。

 

そう呟いていると、

 

「……八幡の方が強いわ」

 

いきなり制服の裾を引っ張られたので横を見ると、右隣に座るオーフェリアが頬を膨らませながらそう言ってくる。

 

「いやいや、今俺の強さは関係者ないからな?てかその仕草可愛いから止めろ。シルヴィがはぁはぁしてるぞ」

 

左隣に座っているシルヴィを見ると、目をキラキラしながらオーフェリアをガン見している。シルヴィの隣にいるペトラさん呆れてるし。

 

てかオーフェリアとシルヴィの間に俺がいなかったら、シルヴィは間違いなくオーフェリアに飛びついているだろう。

 

「ねぇ八幡君、その「場所は変わらないからな?」むー」

 

お前もそんな風に頬を膨らませるな。可愛いだけだからな?てか何でこんな空気をなっているんだよ?

 

呆れながらため息を吐きながら再度モニターを見る。

 

すると未だに激戦が続いている。ステージでは2つの戦いが繰り広げられている。

 

ステージの中央ではフェアクロフ先輩がトゥーリアと、ステージの端の方では若宮と蓮城寺、フロックハートの3人がミルシェと戦っている。

 

前者の戦いはフェアクロフ先輩は活性強化されたトゥーリア相手に押しているが、ステージの端にいるマフレナの援護射撃の所為で攻め切れていない。

 

そして後者の戦いはミルシェがフロックハートを叩こうとして、それを若宮と蓮城寺が止めようと躍起になっている。

 

(マズいな……ミルシェの実力からして3人じゃ長くは保たないぞ。早めに切札を切った方が良いな)

 

そんな事を考えていると、轟音と共にステージ上の戦いが動いた。

 

 

 

 

ただし、チーム・赫夜にとっては良くない方向にだが。

 

モニターを見ると、ステージにはとてつもない衝撃が走り、若宮の右腕のナックル型煌式武装が砕け散っていた。

 

そしてその近くに紺碧の輝きを宿した瞳を持ったミルシェがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(っ、強い……!)

 

美奈兎は自身の右腕に装着していたナックル型煌式武装が破壊されるのを見ながらミルシェの強さに戦慄していた。

 

現在、ソフィアがトゥーリアとマフレナの足止めをしていて、美奈兎が柚陽とクロエの3人でミルシェと戦っているが手も足も出ないでいた。

 

対するミルシェは美奈兎の煌式武装が破壊されるのを見て笑みを浮かべると、直ぐに背を向けてリーダーであるクロエの元に走り出す。

 

「ま、待てっ!」

 

美奈兎は慌てて追いかけるも、活性強化の恩恵を受けているミルシェに追いつくのは無理だった。

 

柚陽が一度に複数の矢を放つもミルシェがギターを振るうと全て弾かれてしまう。

 

全て弾いたミルシェは改めてクロエに視線を向けてクロエに突っ込む。

 

(ダメだ……間に合わない……!)

 

ミルシェとクロエの距離が約5メートルに対して、美奈兎とクロエの距離は約10メートル。追いつくのは不可能だ。

 

一瞬負けを覚悟してしながら前を見るとミルシェがギターの振りかぶってクロエに向けて振るった。

 

 

しかし……

 

「させません!」

 

ギターが振り下ろされる直前、柚陽がミルシェとクロエの間に割って入り、

 

 

『蓮城寺柚陽、校章破損』

 

クロエの代わりに校章が破壊された。

 

その直後、

 

(後は頼みます……!)

 

美奈兎の頭の中に柚陽の声が響いた。それを聞いた美奈兎は奥歯を噛み締めながらも、ようやくミルシェに追いついて背後から壊れていない左腕のナックル型煌式武装で殴りつけた。

 

しかし、

 

「甘い!」

 

完全に死角からの攻撃にもかかわらず、ミルシェは身体を捻って回避行動を取る。

 

美奈兎の放った一撃はミルシェの脇腹僅かに掠ったものの、星脈世代のミルシェにとっては殆どノーダメージだった。

 

そして後ろに跳んでギターを構える。見るからに隙は見えない。

 

(やっぱり無理なのかな……?)

 

美奈兎の心に悔しさと絶望が現れたその時だった。

 

(美奈兎、あれをやるわ。準備なさい)

 

クロエの声が頭に響いた。

 

(え?で、でもあれは……)

 

(そう、あれは最後の手段よ。だからこそ今なの)

 

それを聞いた美奈兎は納得した。クロエの声には断固たる決意があったからだ。クロエは勝ちたいと思っている。

 

なら自分も諦める訳にはいかない。

 

だからこそ、美奈兎は

 

「わかった!やってみる!」

 

あえて声に出しながら、ホルダーからサーベル型煌式武装を起動した。

 

 

モニタールームにて、俺は若宮がサーベル型煌式武装をホルダーから取り出したのを見た。そうか、最後の手段を使うのか……

 

「……サーベル型煌式武装?なぜ彼女が?」

 

ペトラさんは訝しげな表情を浮かべている。

 

まあ今まで若宮はナックル型煌式武装しか使っていないからな。疑問に思うのは当然の事だ。

 

しかし直ぐにわかるだろう。

 

何故若宮が剣を持ったのか、そして……フロックハートの本当の能力を。

 

俺がそう思う中、若宮が動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美奈兎はサーベル型煌式武装を起動すると即座にミルシェに突っ込んだ。

 

対するミルシェは美奈兎が剣を使ってきたのが予想外だったのか一瞬ポカンとした表情を浮かべるも、直ぐに真剣な表情に変わり、

 

「これで終わりだ!」

 

ギター型純星煌式武装から顕現する光刃を美奈兎に向けて振るう。

 

しかし……

 

「なっ?!」

 

美奈兎はその一撃をサーベル型煌式武装で弾き返す。

 

驚くミルシェを他所に美奈兎は神速の突きを3発放つ。狙いは全てミルシェの校章だ。

 

「くっ?!」

 

ミルシェは苦悶に満ちた表情をしながらも全て防ぐ。しかし美奈兎はそれをわかっていたかのようにミルシェとの距離を詰めて剣を振るう。その剣技はまさにソフィアの剣技と言っても良い。

 

 

感覚と経験の伝達

 

それがクロエの第二段階の能力であり、今の美奈兎は一時的にソフィアの剣技を習得している状態となっている。

 

しかしこの能力にも欠点がある。クロエが伝達出来るのは技術だけで、専用の肉体は伝達出来ない。

 

美奈兎は体術を中心とした戦闘スタイルなので、当然美奈兎の肉体は剣を使うのには向いていない。

 

だから伝達されたソフィアの技術を使っている間、美奈兎の肉体に掛かる負荷は凄まじいもので、今現在、美奈兎の身体には引き裂くような痛みが走っている。

 

 

美奈兎は激痛に耐えながらもサーベルを振るう。その攻撃は全て神速の一撃であり、いつの間にか攻守が逆転されてミルシェは完全に防戦に回っている。

 

それもそのはず。単純なソフィアの剣技はソフィアの兄のアーネスト・フェアクロフや『疾風迅雷』刀藤綺凛に匹敵すると言われているのだ。

 

しかも美奈兎の場合ソフィアと違って生身の人間を傷付ける事も可能であるので、ソフィアの剣技は十全に使えるということだ。

 

『美奈兎急いで!これ以上は厳しいわ!』

 

『わかってる!だから……』

 

美奈兎はこれで最後とばかりに、ミルシェに向かって大きく踏み込み、渾身の力で斬りあげた。

 

「ぐううっ!」

 

ミルシェは苦悶の表情を浮かべながらもその一撃を受け止める。しかし先程まで一方的に攻められていたか、勢いが弱く、

 

「うわぁっ!」

 

そのまま後ろに吹き飛ばされた。今のミルシェは隙だらけだ。ここで追撃を仕掛ければ勝ちだろう。

 

 

 

 

しかし……

 

「ぐっ……!」

 

追撃を仕掛けようとした美奈兎は膝をついてしまう。ソフィアの剣技を使い過ぎて肉体が耐え切れなかったのだ。

 

それを見たミルシェの顔に喜悦の笑みが浮かび、それと同時に美奈兎に突っ込む。ミルシェは桁違いの速さで突っ込みながらギターを振り上げて美奈兎に振るおうとする。

 

 

その時だった。

 

 

 

「まだまだぁ!」

 

美奈兎は大きな声を無理矢理出して、内心痛みに悶えながらもサーベル型煌式武装をミルシェに向かって投げつける。

 

「無駄だ!」

 

ミルシェはそう言ってサーベルを弾く。弾いたサーベルはそのままステージの壁にぶつかり美奈兎の手の届かない場所に落ちる。

 

「これで終わりだぁぁぁ!」

 

ミルシェはそう言ってギターを振るってくる。それに対して美奈兎は、

 

 

「それはこっちの台詞だよ!」

 

そう言いながら袖の下に仕込んであった煌式武装を起動する。すると水色の刀身が現れて綺麗な剣ーーー『ダークリパルサー』が現れる。

 

それはクロエが八幡がリーゼルタニアに旅行に行っている時に八幡に注文を頼んだ物であり、万が一に備えてとクロエがサーベル型煌式武装と一緒に渡したものだ。

 

そして美奈兎は肉体から聞こえてくる悲鳴を無視して『ダークリパルサー』を振るった。未だにソフィアの剣技は伝達されている状態なので剣速は速い。

 

それに対してミルシェはギターで防ごうとするが……

 

 

「なっ?!」

 

『ダークリパルサー』の刃はギターをすり抜けてそのままミルシェの首を貫通した。

 

ミルシェの首からは一滴の血が流れはしなかったが……

 

 

「ぐぅっ……!あ、頭が……!」

 

ミルシェは苦悶に満ちた表情を浮かべながら美奈兎同様に膝をついて、ギターを手放してしまう。

 

『ダークリパルサー』は相手の体内に超音波を送る能力を持っていて、当たり所によって頭痛の辛さは違い、頭に近い場所ほど頭痛が激しくなる。頭に近い首を斬られたミルシェの苦痛は相当なものだろう。

 

「ミルシェ!」

 

「ミルシェさん!」

 

その様子を見たソフィアと戦っていたトゥーリアとマフレナは驚きの声を出しながらミルシェの元に向かおうとするが、

 

(この距離なら間に合わない……!)

 

美奈兎は最後の力を振り絞って、左腕に装着されているボロボロのナックル型煌式武装をミルシェの校章に突き出して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミルシェ、校章破損』

 

その言葉を最後に意識を失った。



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比企谷八幡に安息の地は存在するのは疑問である

『試合終了!勝者、チーム・赫夜!』

 

機械音声が決着を告げる。これが公式序列戦や星武祭のステージならこの機械音声と共に大歓声が上がるが、試合が行われているのは地下の特別訓練場である為、歓声は上がらない。

 

モニタールームからステージを見ると、チーム・赫夜とルサールカ双方のメンバーほぼ全員が唖然とした表情で動きを止めていた。完全に予想外の結末だったからか、思考が停止しているのだろう。

 

最もそれはモニタールームにいるペトラさんも同じようで驚いているのがバイザー越しでも理解出来た。

 

しかし統合企業財体の幹部であるからか、ペトラさんは直ぐに再起動して息を吐く。

 

「まさか勝てるとは……完全に予想外でしたね」

 

それでも口調には驚きの成分が含まれている。まあ当然だろう。俺がペトラさんの立場なら同じようになっていただろうし。

 

「そりゃそうでしょ。それよりもあいつらはルサールカに勝ったんですから約束は守ってくださいよ?」

 

俺がそう言うとペトラさんは僅かに鼻白むが、

 

「……ええ。約束は約束です。クロエの獅鷲星武祭への参加は認めますよ」

 

約束を守る事を肯定した。うん、あいつらが獅鷲星武祭への参加資格が手に入って良かったぜ。

 

「そいつはどうも。それにしても……」

 

俺がモニターからステージを見ると若宮が意識を失っていた。あいつは暫くの間動けないだろう。何せフェアクロフ先輩の力を使って身体に負荷がかかり過ぎただろうし。あいつは無茶をし過ぎだな。

 

だが……あんな馬鹿は嫌いじゃない。初めはシルヴィに頼まれたから鍛えてやったが……

 

(あいつらが何処まで行けるか楽しみだな)

 

そう思いながら改めてステージを見ると、赫夜のメンバーはフェアクロフ先輩とアッヘンヴァルが半泣きしながらはしゃいで、それを見ているフロックハートが呆れて、蓮城寺が4人を楽しそうに眺めていた。

 

一方、ルサールカのメンバーはトゥーリアとパイヴィが悔しそうに地団駄を踏んでいて、『ダークリパルサー』を食らったミルシェとモニカは苦しそうに床に寝転び、マフレナが2人の看病をするなど対称的だった。

 

 

そんなカオスな光景を見ていると不思議と笑いが込み上がってしまい、俺はつい笑ってしまった。

 

そして暫くの間、笑いが止まる事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1ヶ月後……

 

 

『試合終了、勝者比企谷八幡!』

 

そんなアナウンスが流れると同時に俺は影狼修羅鎧を解除した。

 

「んじゃ、今日はここまでだが……ほらよ」

 

俺は近くで尻餅をついている若宮に手を差し出す。

 

「うぅ……ありがとう」

 

礼を言って俺の手を掴んだので引き起こした。正面では若宮以外の面々も疲労困憊の状態だった。

 

ルサールカとの試合が終わってから1ヶ月経過した。本来俺はルサールカとの試合までとシルヴィに頼まれていたが、赫夜のメンバーに頼まれたり俺自身が暇だって事もあり、今でも訓練に付き合っている。

 

そして今赫夜のメンバーは本気の俺と模擬戦をしていたのだ。チーム・赫夜は影狼修羅鎧を纏った俺と既に何度か戦っているが今の所、一度も勝てていない。

 

とりあえず年度が変わるまでに本気の俺を倒せないなら優勝は無理だろう。何せ今回獅鷲星武祭に参加するであろうフェアクロフさんと『覇軍星君』武暁彗は俺と互角かそれに近い実力を持っているのだから。

 

「悪いな。影狼修羅鎧は加減が難しいんだよ。痛いなら次回は無しでやるぞ?」

 

「ううん。私は大丈夫。強くならないといけないんだし、明日もよろしく」

 

「まあ構わないが……」

 

今更だが、いくら星脈世代とはいえ女子を殴るのはヤバくね?

 

そんな事を考えていると、

 

「……お疲れ様」

 

後ろからチーム・赫夜のマネージャー兼俺のラッキースケベ防止役であるオーフェリアがスポーツドリンクを持ってきた。

 

オーフェリアも俺と一緒にクインヴェールに来てサポートをしてくれる。自由になったオーフェリアはかなり気配りが出来るので、今では赫夜のメンバーとも仲良く過ごしている。

 

まあ俺が偶にラッキースケベをしたら阿修羅となってビビらせているけど。

 

「ありがとうオーフェリアちゃん!んー!美味しい!」

 

若宮の奴……俺に吹き飛ばされといて元気になるの速いな。毎回粘ってる癖にやるじゃねぇか。

 

「……はい、八幡」

 

そんな事を考えているとオーフェリアが俺にドリンクを差し出してくる。

 

「ありがとなオーフェリア」

 

「んっ……」

 

礼を言うとオーフェリアは自分の頭を叩いてくる。それは撫でろというメッセージである事を俺は知っている。

 

「はいはい」

 

俺が苦笑しながら頭を撫でるとオーフェリアは気持ち良さそうに目を細める。うん、やっぱり可愛いな。

 

「……何度も言うけど、反省会の前にイチャイチャするの止めてくれないかしら?」

 

オーフェリアの可愛さに癒されていると、フロックハートが呆れた表情で見てくる。この台詞既に50回は聞いたような……

 

でも仕方ないだろ?オーフェリア可愛いんだし。マジで天使だ。今直ぐにでもハグしたい。

 

まあそれはともかく……オーフェリアとイチャイチャするのは帰ってからにしよう。シルヴィは仕事でアスタリスクの外にいるし。

 

「悪い悪い。とりあえず蓮城寺とアッヘンヴァルは大分体力が付いてきたな。とりあえず来年度までにフロックハートの能力を1分使われても大丈夫なようになれ」

 

見るとアッヘンヴァルと蓮城寺は元々体力が少ないからか汗びっしょりでへたり込んでいる。

 

現在赫夜のメンバーはフロックハートの能力である感覚と経験の伝達に対する訓練をしている。

 

具体的に言うと遊撃手であるアッヘンヴァルや後衛である蓮城寺も若宮やフェアクロフ先輩の技術を使えるようになって貰う事だ。

 

しかし他人の力を使うのには身体に負荷がかかるので、赫夜のメンバーにはチームメイト全員の技術を使いこなせるように、動きに耐えうるだけの身体作りを課している。

 

しかしこれについてはそこまで悲観していない。獅鷲星武祭まで後半年以上あるし、それまでには全員身体が出来上がっているだろう。

 

 

しかし……

 

「ただ問題はこの先なんだよな……」

 

「え?どういう事?」

 

「簡単に言うと、今まではチーム・メルヴェイユやルサールカと対戦相手がわかっていたからフロックハートが戦術を組み立てて、対策を練っていたが……」

 

「本番に備える場合はもっと高度な訓練が必要になってその指導は私には出来ない。有り体に言えば貴女達の長所を伸ばせる人が欲しいのよ」

 

俺の言葉をフロックハートが引き継ぐ。

 

問題はそこだ。俺が赫夜のメンバーに教えているのはこいつらが持つ弱点に対する対抗策など短所を補うものであって、長所を伸ばすタイプのものではない。

 

こいつらは全員得意分野に関しては一流である。その部分をより伸ばせるような指導者は少ない。

 

「そっか。師匠と連絡が付けばなあ」

 

「それを言うなら私だってお兄様クラスの練習相手が欲しいですわ」

 

「私も細かな修正点を見つけてくださるような方がいてくださると助かります」

 

「わ、私は魔女としての立ち回り方を教えて欲しいな……!」

 

フロックハート以外の面々が勝手気ままに出す希望に、俺とフロックハートは揃ってため息を吐く。

 

「……とりあえず私も色々と当たってみるから貴女達も探してみてちょうだい。望みは薄いでしょうけれど」

 

フロックハートの言葉を最後にその日の訓練は終わった。

 

 

 

 

 

 

その夜……

 

『……わかりました。ではよろしくお願いします』

 

その言葉を聞いた俺は1つ頷き通話を切る。そして新しい番号を電話帳から探してcallする。

 

すると、

 

『……もしもし。どうしたのかしら?』

 

常盤色の髪の少女が空間ウィンドウに映る。

 

「フロックハートか。夜遅くに悪いな」

 

『別にいいわ。それより何の用?』

 

「ああ。昼間言った訓練相手についてだが、フェアクロフ先輩については見つけた」

 

俺がそう言うとフロックハートは珍しく驚きに満ちた表情を見せてくる。

 

『……随分早いわね。それで相手は?』

 

「天霧綾斗」

 

『……は?』

 

今度は絶句した表情を見せてくる。今日のこいつ感情豊か過ぎだろ?

 

『ちょっと待って。天霧綾斗って叢雲の事よね?』

 

「そうそう。その鳳凰星武祭覇者の天霧」

 

『……確かに彼なら良い訓練相手になるけど……どうやって交渉したの?』

 

フロックハートは聞いてくるが話すべきか?

 

以前リーゼルタニアに行った際にエンフィールドから持ちかけられた『リースフェルトを鍛えるかわりに、天霧をフェアクロフ先輩の訓練相手にする』という取引を受けた事を正直に話したら怒られないか?

 

一瞬悩んだが話す事にした。どうせ隠しても諜報能力の高いフロックハートにはいずれバレるだろうし。

 

そう判断した俺はフロックハートに全部話した。するとフロックハートは呆れた表情になる。

 

『……なるけどね。確かにそれなら向こうも旨味があるわね。それにしても貴方、自身の学園のライバル校鍛え過ぎじゃない?』

 

「良いんだよ。俺別に愛校心ないし」

 

何せ生徒の9割が屑の学校だし。あんな学校に愛校心を持つ奴なんていないだろう。

 

『とりあえず話はわかったわ。私としても特に反対していないから貴方に任せるわ』

 

「そいつは良かった。それより問題は……」

 

『美奈兎と柚陽ね』

 

そう、問題は若宮と蓮城寺だ。

 

若宮が使う玄空流や蓮城寺の射撃は、教える人が少ないだろう。前者は流派が独特だし、後者は弓使いが少ないからな。

 

「ああ。一応2人の相手も探してみる。とりあえず今日電話したのは星導館と取引した事だな」

 

『わかったわ。……あ、ごめんなさい。今から仕事だから切るわ』

 

あー、そういや最近フロックハートは歌手としてどんどん人気が上がってるからな。仕事が増えたのだろう。

 

「わかった。じゃあ頑張れよ」

 

『ええ。また』

 

そう言ってから空間ウィンドウが閉じる。

 

するとそれと同時に風呂が沸いた事を知らせるメロディが流れ出した。実に良いタイミングだ。

 

「……八幡、沸いたから一緒に入りましょう?」

 

風呂の準備をしているとオーフェリアが自室に入ってくる。手にはタオルや下着が持って準備万端のようだ。

 

「はいよ。じゃあ行こうぜ」

 

「んっ……」

 

オーフェリアが可愛らしく小さく頷いたのを確認した俺はオーフェリアと手を繋ぎながら浴場に向かった。

 

この小さくて温かい手は俺は本当に大好きだ。出来ることなら、今のように3人でずっと平和に暮らしたいものだ。

 

「……八幡、幸せそうな顔をしてるけど何かあったの?」

 

「ん?いやアレだ。お前やシルヴィと一緒に過ごす時間は平和で大好きだって改めて思ったんだよ」

 

「……そう。私も大好きよ」

 

オーフェリアは見る者全てを魅了するであろう優しい微笑みを向けて……

 

「んっ……」

 

そっと唇を重ねてくる。

 

オーフェリアの柔らかい唇、サラサラの髪、恥じらいの混じった表情、それら全てが俺を幸せにしてくれる。

 

俺は今ある平穏を噛み締めながらオーフェリアにキスを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1週間後……

 

 

「お願い比企谷君!星露ちゃんと戦ってくれないかな?!」

 

早くも俺の平穏が完膚なきまで破壊されそうになった。

 



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比企谷八幡は最強に挑む

「ここか……」

 

俺は今、再開発エリアの外れにある廃ビルの前に立っている。

 

今いる場所は再開発エリアの中でも歓楽街のようにある種の秩序が形成されている場所とは程遠く、犯罪者達がいる無法地帯だ。

 

こんな場所が集合場所なのか?

 

疑問に思っていると……

 

 

「あ、比企谷君!」

 

後ろから声をかけられたので振り向くと、そこには若宮率いるチーム・赫夜の5人がいた。クインヴェールの学生がこんな場所にいるのは凄い場違い感がするな。

 

「あれ?今日はオーフェリアちゃんはいないの?」

 

「あいつは用事があるからな」

 

オーフェリアはリースフェルトと遊びに行っているのでいない。もしも俺の事情を知ったらこっちに来るだろな。

 

「まあそれは今は関係ない話だ。それで万有天羅はこのビルの中にいるんだな?」

 

「うん。それと呼んじゃってゴメンね?」

 

若宮が申し訳なさそうに謝ってくるが、実際がそこまで怒っていない。昨日の話を聞いた限りじゃ若宮はそこまで悪くないし。

 

 

 

 

昨日何があったかと言うと、

 

①若宮が俺に万有天羅と戦ってくれと頼む

 

②俺が事情を尋ねる

 

③若宮が事情を説明する

 

 

そんでその事情が……

 

①若宮達が街に出掛けた際に万有天羅が道に迷って困っていた

 

②若宮達が助けたら、万有天羅はお礼に稽古を付けてやると言ってきた

 

③稽古を付けて貰って、その後に紆余曲折あって獅鷲星武祭まで鍛えて貰う事になった

 

④鍛えて貰うと決まった後に、条件として万有天羅は若宮達の背後にいる存在と勝負がしたいと言ってきた

 

 

って感じだ。

 

 

実際の所若宮達は俺の名前を奴に言ってないらしく万有天羅が見抜いたようだ。それに話によると万有天羅は若宮達の師匠には気がついたらしいが、それが俺だというのは気付いてないらしい。それなら若宮達を責める理由はない。

 

「とりあえず入るぞ?詳しい事情は中に入ってからだ」

 

そう言いながら俺は廃ビルに入って階段を上る。崩れ落ちた壁などから差し込む冬の弱々しい陽光が、周囲を舞い散る埃を照らしている。

 

そんな埃が舞い散る中俺は……

 

 

 

 

「ほっほっほ!まさか美奈兎達の背後にいる者がお主とはな、比企谷八幡」

 

目の前にいる界龍の制服を着ている童女から目を逸らせずにいた。身長から察するに10歳くらいだろう。

 

しかし俺は目の前にいる小柄な少女に気圧されている。アスタリスクにいる人間なら誰でも知っていると言っても良いくらいの人間だからだ。

 

 

范星露

 

界龍第七学院の生徒会長にして序列1位で、特別な二つ名として伝承されている万有天羅の名を持つ者。

 

世間では俺の恋人のオーフェリアと並んで、別種の存在と言われている少女。何せあのオーフェリアでさえ以前に「最盛期の私でも彼女に勝てるかはわからない」と言ったくらいだ。

 

しかもオーフェリアは身体から噴き出す瘴気を抑える為に力の大部分を失ったので、アスタリスク最強は目の前にいる少女だろう。

 

俺は気圧されながらも何とか口を開ける。

 

「一応聞くが、あんたが万有天羅でいいんだな?」

 

「いかにも、儂が范星露じゃ。以前からお主には興味があってのう。前回の王竜星武祭での歌姫との戦いは実に見事じゃった。今からでもうちに来んか?儂が鍛えたならば、主は間違いなく本気の儂と遊べる域に辿り着けるであろう」

 

そう言いながら目をキラキラさせて俺の手を掴んでくる。

 

「いやいや。転校は星武憲章違反だからな?」

 

「むう……」

 

星露は残念そうに唸る。どんだけ残念なんだよ?シルヴィから星露はバトルジャンキーとは聞いていたがどうやら本当のようだ。

 

まあそれはともかく真面目な話、転校は悪くない話だ。オーフェリアが自由になった以上レヴォルフに未練ないし。星武憲章が無かったら真剣に考えていただろう。

 

「それより本題に入るぞ?お前は若宮達に稽古を付ける条件として、俺との戦いを要求したんでいいんだな?」

 

「うむ。まあこれについては儂の好奇心を満たす為であるがの」

 

やっぱりな。単純に俺と戦いたいから稽古を盾にしたのだろう。

 

そう思いながら俺は目の前にいる星露を見る。確かに若宮達がこいつに稽古を付けて貰うのはメリットがありまくりだ。

 

何せ星露の弟子は界龍に50人くらいいるが、全員が序列入りしていて、冒頭の十二人に至っては全員が星露の弟子である。まあ正確には4位の梅小路冬香は正式な弟子じゃないらしいが。

 

そんな風に界龍の猛者を統括する星露に鍛えて貰うのはまたとないチャンスだ。

 

本来ならオーフェリアに匹敵する奴なんかと戦うのは真っ平御免だが、俺が拒否して赫夜のメンバーから稽古を取り上げるのは勿体無い。

 

その事から……

 

「……わかった。じゃあ今からやるのか?」

 

勝負を受ける事にした。すると星露は年相応の笑みを浮かべてくる。

 

「うむ!儂を滾らせれる事を楽しみにしているぞ」

 

言うなり星露が地面を叩くと、星露の周囲に鮮やかな緑色の光が現れて、辺り一面に放たれた。緑色の光は余りの眩しさに俺はつい目を閉じてしまう。

 

暫くの間、目を瞑っていると……

 

「もう目を開いても大丈夫じゃぞ?」

 

星露の声が聞こえたのでおそるおそる目を開けると…….

 

「えっ?!何ここ?!」

 

後ろから若宮が俺の気持ちを代弁してくれた。

 

そこは板張りの広間だった。床は廃ビルのコンクリートではなく、板張りの床で、辺りには蝋燭と思しき灯りが無数に照らしていた。

 

しかも周りを見渡しても壁らしきものは見えない、広大無辺で静謐な空間に俺達は立っていた。

 

「ほっほっほ。儂とおぬしが戦ったらあのような廃墟は崩れるであろうからな」

 

何事もないかのように星露は笑うが、こんな簡単に異空間を作り出すとは予想外だった。

 

(世間では万有天羅は何でもあり、と評されているがどうやらマジっぽいな。これは気を引き締めないと一瞬でやられるだろう)

 

「……若宮達は下がってろ。巻き添えを食らっても知らねぇぞ?」

 

「う、うん」

 

そう言いながら俺は星辰力を辺りに噴き出して臨戦態勢をとる。相手は最強の存在だ。近くにいて巻き込まれたら笑えないしな。

 

赫夜のメンバーがある程度距離を取ると星露は、

 

 

 

「ふむ、では始めるとしようか」

 

刹那、暴力的な威圧感が吹き荒れる。

 

ただ立っているだけなのに、星露の圧倒的な雰囲気は俺の身体をビシバシ鞭打ってくる。

 

オーフェリアの威圧感は見た者全てに恐怖を与えるものだが、星露のそれは見た者全てを押し潰すような破壊の塊である。

 

ハッキリ言って次元が違う。本気のオーフェリアの威圧を感じていなかったら腰が引けていただろう。

 

しかし引くわけにはいかない。星露に勝てるとは微塵も思っていないが、星露を楽しませるくらいはしないと若宮達の稽古の話が無かった事にされるかもしれないし。

 

「ああ。始めようぜ」

 

俺は内心自分に喝を入れて星露と向き合う。それを見た星露は舌舐めずりをするかのような笑みを浮かべて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではーーー参るぞ」

 

瞬間、星露が目の前から消えた。

 

それと同時に俺は寒気を感じ、本能的に腕に星辰力を込めて腕を交差させて守りの態勢に入る。

 

直後星露が目の前に現れて俺の腕に蹴りを放ってきた。それによって腕に激痛が走る。その威力はまさに桁違いと言ってもいいだろう。

 

(痛えなおい!)

 

俺は痛みに耐えながら内心毒づき、反撃とばかりに蹴りを放つ。対して星露はふわりと舞うように後ろに跳んで簡単に回避する。

 

しかしこれは予想の範疇だ。こんな蹴り序列入りなら簡単に避けれるし。

 

だから、

 

「啄め、影鴉」

 

俺がそう呟くと、影から鴉が現れる。その数150。鴉は影から出ると一度鳴いてから一斉に空中に漂っている星露に突撃する。一度食らいつけば相手の肉を食べ尽くすまで啄む影鴉だ。

 

しかしこんな技で星露を倒せるなんて露ほどにも思っていない。これも囮だ。

 

本命は……

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

そう叫ぶと影に星辰力を込めて、自身の身体に鎧を纏わせる。影鴉は影狼修羅鎧を纏う為の時間稼ぎだ。

 

影狼修羅鎧が身に纏いだす中、前を見ると星露は影鴉に捕まる前に地面に着地する。

 

そして鎧を纏った俺が星露に突っ込むと同時に、

 

「喝!」

 

そう言って地面を蹴る。すると暴力的な突風が星露の足元から涌き上がり、周囲に向かって襲いかかる。

 

それは俺や影鴉も例外ではなく……

 

「ぐっ……!」

 

鎧越しでも凄まじい力を感じる。

 

影狼修羅鎧を纏った俺でも力を感じるのだ。影鴉に耐え切れる筈もなく、全て吹き飛ばされて俺の影に戻った。

 

しかし俺は、身体に感じる圧力や影鴉が吹き飛ばされたのも全て無視して星露に殴りかかる。影狼修羅鎧を纏った右ストレート、影狼神槍を除いたら最大の一撃を目の前にいる少女に放つ。

 

すると、

 

「ふむ…….」

 

星露は俺の放った一撃を、腕で軽くいなす。今まで避けたり防がれたりされた事はあるがいなされたのは初めてだ。

 

(やっぱりこいつは次元が違うな……)

 

そう思いながら俺は拳をいなした星露に蹴りを放つ。星露は軽くジャンプして回避したので、

 

「ふんっ!」

 

今度は左ストレートを星露にぶちかます。その一撃は真っ直ぐ星露に向かっていき、星露に直撃ーーーしたように見えた。

 

しかし拳が星露に直撃すると同時に星露の姿は陽炎のように揺らいで消えた。おそらく星仙術の類だろう。

 

その直後、空中から10人の星露が虚空から現れて、一斉に俺に襲いかかってくる。

 

星仙術に対して詳しくない俺にはどれが本物の星露か見分ける事は出来ない。だから……

 

「影の刃軍」

 

鎧の全身から300を超える刃を出して10人纏めて攻撃した。わからない以上全員纏めて攻撃すればいいだけだ。影の刃軍は一斉に10人の星露の身体を串刺しにしようとする。

 

するとその内の1人の星露が小さな手を振って当たりそうな影の刃を破壊した。それと同時に他の星露9人が消えた。どうやらあいつが本物か……

 

そう思いながら俺は未だに影の刃軍を破壊している本物の星露に向けて右ストレートをぶちかます。

 

対して星露も今度は避けずに迎撃を選び、俺の右腕に向かって蹴りを放ってきた。

 

瞬間、板張りの広間に轟音が響き、俺の足元がクレーター状に窪んだ。俺と星露の一撃に床が耐え切れなかったのだろう。

 

そして俺の右腕には激痛が走る。骨折までとはいかないが、それに近いくらいの激痛が襲いかかってくる。開幕直後にも星露の蹴りを食らったが、今回の蹴りはアレよりも数段破壊力が上だ。

 

最初に蹴りは影狼修羅鎧抜きでも耐えれたが、今の蹴りは影狼修羅鎧有りでも最初の蹴りと同じくらいの痛みを感じるし。その事から星露は徐々にギアを上げている事になる。

 

つまり長期戦は危険だ、

 

そう判断した俺は未だに星露の蹴りとぶつかり合っている為に走る激痛を無視して、左ストレートを放ち星露にぶちかます。

 

「ほほう!」

 

すると星露は楽しそうな声を出して後ろに吹き飛んだ。初めて星露の身体に一撃を与えたが、俺の中に喜びは生まれなかった。

 

理由は簡単、さっき左ストレートを星露を当てたが手応えがなかった。おそらく当たる直前に後ろに跳んでダメージを殺したのだろう。

 

実際目の前でピンピンしているし。それどころか満面の笑みでこちらに突っ込んでくるし。

 

俺が改めて警戒している中、星露は瞬時に俺との距離を詰めて掌打を数発放ってくる。対する俺も迎撃態勢に入り星露と殴り合いを始める。

 

瞬間、先程の轟音が何度も響き渡る。星露の拳と俺の拳が当たる度に轟音が生まれ、身体から地面に衝撃が伝わり衝撃波が床をボロボロにする。

 

俺が拳に伝わる衝撃に内心悶えている中、星露は……

 

「楽しいのう!楽しいのう!このように殴り合いをするのも久しぶりじゃのう!」

 

このバトルジャンキーが……イかれてるにも程があるぞ!

 

俺は呆れながら、鎧の上に星辰力を込めて一段と強い一撃を放つ。

 

「むっ!」

 

星露もこの一撃の威力を察したのか、俺と同じように腕に星辰力を込めて放ってくる。

 

星辰力を込めた一撃ーーー流星闘技同士がぶつかった結果……

 

 

「ぐっ……!」

 

俺は押し負けて、地面に叩きつけられる。余りの衝撃に昼に食ったものをリバースしそうになってしまった。

 

「ちっ……!」

 

舌打ちをしながら起き上がると、星露は楽しそうに笑っている。追撃を仕掛けるような素振りは見せてこない。

 

「くくっ……!たまらぬのう!お主と戦えるのは界龍でも暁彗や陽乃、冬香くらいじゃろうな」

 

マジか……今度獅鷲星武祭に出ると噂されている武暁彗がこのくらいの実力なら赫夜のメンバー優勝厳しくね?

 

何せ暁彗1人ならともかく、獅鷲星武祭はチーム戦だ。暁彗のチームメイトは知らないが、間違いなく星露の門下生の中でも上位の人間だろうし。

 

そんな事を考えている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても八幡よ……真の切札を切らない限り儂に勝てる可能性は皆無じゃぞ?」

 

いきなり星露がそんな事を言ってきた。

 

瞬間、息を呑んでしまう。何でこいつが知ってんだ?

 

疑問に思う中、星露はため息を吐く。

 

「儂は万有天羅じゃぞ?儂にはわかる。お主は今着ている鎧と、一撃必殺の黒き槍以外にも切札を持っているのじゃろう?」

 

何でもありの万有天羅か……まあこいつの桁違いの実力からして相手の隠し事を見抜く事も可能なのだろうな。

 

確かに俺には真の切札がある。去年の鳳凰星武祭、より正確にはヴァルダと処刑刀と戦って以降に生み出した最強のカードがある。

 

さっきまで星露と戦ったが、影狼修羅鎧で押し負けた。影狼神槍も奴の実力からして避けられるだろう。

 

なら使うしかないか……

 

そう思った俺は素直に認める。

 

「確かに俺には真の切札があるがこれは余り見せたくない。だから……」

 

言うなり俺は指を鳴らす。すると、

 

「えっ?!な、何これ?!」

 

赫夜のメンバーの顔に影が纏わりつく。そして赫夜のメンバー全員の顔は黒いのっぺらぼうのようになった。

 

「比企谷君、これ何?!」

 

「影のお面だ。こっから先は見せたくない。試合が終わったら外してやるからそれまで待ってろ」

 

そう言って俺は星露と向き合う。

 

「お前にも頼みがある。今から見せる技は誰にも言わないでくれ」

 

この技はヴァルダや処刑刀だけでなく、次回の王竜星武祭に備えての技でもある。出来ることなら知られたくない。

 

すると星露は、

 

「くくっ。それでお主の本気が見れるのなら構わんぞ?」

 

簡単にOKした。界龍のトップがそれでいいのか?

 

疑問に思ったが、直ぐに切り捨てた。万有天羅は自由きままでこその万有天羅だからな。

 

「なら良い。そんじゃあ行くぞ」

 

俺はそう言って、星辰力を高めながら頭の中でイメージを形作る。

 

 

そして

 

 

 

 

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チーム・赫夜が八幡によって頭に影を被せられてから1分後……

 

 

激しい轟音が美奈兎達の耳に聞こえていると、急に頭に被せられていた影が離れて消えた。

 

そして視界が開けた美奈兎達の目に入った光景は……

 

 

「比企谷君?!」

 

ボロボロの床の上で、身体の至る所から血を流しながら膝をついている八幡と……

 

 

「くはははは!まさかここまでとは思わんかったわい!」

 

制服のところどころが裂けて、口から血を流しながら楽しそうに笑っている星露がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くはははは!まさかここまでとは思わんかったわい!」

 

俺は息絶え絶えになっている中、星露の楽しそうな声を聞く。

 

全身からは血が流れ、身体には激痛が走っている。一瞬でも気を抜いたら間違いなく意識を手放すだろう。

 

しかし俺の胸中には苦しみより嬉しさの方が上回っていた。アスタリスク最強の人間に数発攻撃を通せたのだから。

 

星露は未だに笑いながら俺に近寄ってくる。

 

「いやいや、お主は儂が六花に来てから戦った人間の中で一番の強さであったぞ。真の切札に相応しい見事な技であった」

 

「そう、かい……そいつは光栄だねぇ……」

 

「うむ。しかし難しい技であるな。使い所を間違えると命を落とす可能性もあるぞ」

 

だろうな。影神の終焉神装は強力だが未完成の技だ。そもそも今の俺が受けてる傷の内、半分は影神の終焉神装を使った反動によるダメージだし

 

「わかってる……、だが……絶対に極めてみせる……!」

 

処刑刀やヴァルダを倒してウルスラを取り戻す為、オーフェリアを付け狙う全ての敵を倒す為、オーフェリアとシルヴィの3人で幸せに過ごすのを邪魔する奴を倒す為にも絶対に極めてみせるつもりだ。

 

「くくっ……!その信念、実に面白い……!気が変わった」

 

「……は?」

 

いきなりどうしたんだ?

 

「本来なら美奈兎達だけ鍛えようと考えていたが、主も美奈兎達同様に鍛えてやろう」

 

……っ!マジか?俺も星露に鍛えて貰えるだと?

 

「……良いのか?仮にも界龍と敵対するレヴォルフの人間を鍛えて」

 

「それを言うならクインヴェールの美奈兎達もそうであろう。儂としても主の先をこの目で見てみたいしのう」

 

それはありがたい話だ。ヴァルダや処刑刀は強敵だ。その強敵に対し星露に鍛えて貰えるのは本当にありがたい。

 

「ただし以前美奈兎達にも言ったが界龍の手前お主を弟子にするというわけにはいかん。儂個人としては大歓迎だが虎峰あたりは煩く言ってきそうでの」

 

星露はやれやれとばかりにため息を吐くが、虎峰が普通だからな?虎峰からは苦労人の匂いがする……

 

「それはわかったが……」

 

そこまで言うと星露が人差し指を立てて、

 

「その代わりにこの場所で週に一度、実戦で主の相手をしてやろう」

 

つまり私闘の形にして実戦で身に付けろって意味だろう。

 

それでも充分ありがたい。手取り足取り教えて貰えずとも星露に鍛えて貰えるならそれだけで価値のあるものだろうし。

 

「……わかった。それじゃあよろしく頼む」

 

「ほほほ、別に構わんぞ。儂も週に一度お主と戦えるのであるからな」

 

本当に楽しそうに言ってくる。こいつマジで戦闘狂だな。鍛えて貰えるのはありがたいが、週に一度星露と戦うのか……

 

呆れる中、星露が俺やチーム・赫夜の面々を見渡してくる。

 

「くくく……まさか茶葉を買いに外に出たら、このような宝石や奇石を見つけるとは思わなかったわ。覚悟するがよいわ」

 

その言葉に俺達は力強く頷いた。オーフェリアとシルヴィと一緒に幸せを掴む為にも絶対に強くなってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、その日から俺は週に一度、星露と戦いーーー気がつけば俺はレヴォルフ黒学院高等部の2年へと進級していた。




次回から新章突入です。


次回は学園祭前に実家に帰宅します。

学園祭ではイチャイチャして面倒事に巻き込まれて、更にイチャイチャして更なる面倒事に巻き込まれます。


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比企谷八幡は火山の噴火を目の当たりにする

 

 

 

 

春は1年で最もアスタリスクの学生達が盛り上がる季節だ。

 

勿論星武祭も人気だが、星武祭に参加しない人間ーーー星武祭での活躍を諦めた人間にとっては毎年春に開催される学園祭は星武祭以上の楽しみだろう。

 

 

 

 

「ですから八幡さん、もしも時間があったら是非うちのお店にも来てくださいね?」

 

学園祭まで3週間を切った中、高等部2年に進級した俺はまた同じクラスで隣の席になったプリシラがそう言ってくる。今は学園祭準備期間なので殆どの教室にはいない。まあレヴォルフは学園全体でカジノをするのが恒例なので、教室にいない殆どの生徒は歓楽街に遊びに行っているのだろう。

 

「勿論だ。お前のパエリアを楽しみにしてるからな」

 

こいつの料理の腕はオーフェリアやシルヴィに匹敵する腕前だ。食べれるなら是非とも食いたい所だ。

 

「はい。待っていますね。そう言えば八幡さんはこれに出ないんですか?お姉ちゃんに誘われたって聞いたんですけど」

 

そう言ってプリシラから空間ウィンドウを開く。するとそこには『激震!グラン・コロッセオ』と書かれた派手なサイトが映っていた。

 

学園祭最終日にシリウスドームで行われる催し物で、概要は不明だが、天霧が出るって事でかなりの期待が寄せられているイベントだ。

 

確かに俺は賞金があるからってイレーネに誘われて申し込んだ。しかし……

 

「イレーネから聞いてないのか?俺は落ちたんだよ」

 

昨日メールで落選の通知が来たし。一応俺はレヴォルフの2位だから落ちないと思っていたんだがな。

 

「え?八幡さんが落ちたんですか?!」

 

「ああ。まあ落ちたもんは仕方ないし、俺は見学させて貰う。それに俺が一番興味があるのは……」

 

そう言いながら俺は今年界龍で行われるあるイベントについて考えていた。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

 

「ふむ……今日はここまでにしておくか」

 

広大な異空間にて板張りの床の上に立つ星露がそう告げるのを、床に這いつくばっている俺は聞いた。

 

はい、俺は今週に一度ある星露との実戦訓練をして見事にボコボコにされました。

 

チーム・赫夜のメンバーは別の場所でもう1人の星露と訓練をしている。何でもう1人の星露がいるのかは聞いてみたがはぐらかされた。その事から事情を聴くのは止めたが、星露の規格外っぷりには戦慄をしてしまう。

 

ちなみにオーフェリアとシルヴィは星露と訓練しているのは知らない。星露との約束でこの事を口外しないように言われているからだ。

 

だから修行とはぐらかしている。

 

2人を騙しているようで心苦しいがこればっかりは仕方ないだろう。

 

「ふぅ……やっぱり影神の終焉神装抜きじゃ手も足も出ないな」

 

そう言いながら影狼修羅鎧を解除する。俺の最強の切札である影神の終焉神装を使えばもう少しマトモに戦えるかもしれないが、影神の終焉神装を使う事は星露に禁止されている。

 

理由は簡単、影神の終焉神装は強力だがそれを使う俺の身体が出来上がってないからだ。

 

それについては俺も同意見だ。何せ一回使うだけで身体に大ダメージを受けるからな。

 

だから星露との実戦では基本的に影狼修羅鎧を纏って、影神の終焉神装を使える身体を作る事を最優先に行っている。

 

「しかし大分身体の使い方は良くなってきておるぞ。3ヶ月前に比べて影狼修羅鎧を使用する際の反応速度も上がってきておるからな」

 

「そりゃまあ、公式序列戦や決闘でも使うようにしてるからな。ところで星露、このイベントについて聞きたいんだが」

 

そう言って空間ウィンドウを開き、学園祭で界龍が出す催し物の一つが載っているサイトを見せる。そこには『激闘!黄振殿!』と表示されている。

 

概要は簡単に言うと星露の弟子と戦って勝負の結果次第で賞品やクーポン券が貰える星露が発案した催し物だ。勝てなくても勝負の内容が良ければ景品が貰えるのは実に星露らしい。

 

「それがどうかしたのかえ?」

 

「ああ。お前の弟子と戦うのはわかったが、そん中に武暁彗と雪ノ下陽乃は出るのか?」

 

「無論じゃ。そして八幡よ、わざわざ儂に尋ねるという事は暁彗か陽乃に挑むのか?」

 

星露は楽しそうな表情をしながら聞いてくる。

 

「ああ。暁彗に挑むつもりだ。雪ノ下陽乃についても俺の知り合いが挑む気満々だからな」

 

俺は学園祭のこのイベントで暁彗に挑むつもりだ。理由は簡単、チーム・赫夜の為だ。

 

以前星露との特訓中に星露から暁彗をセシリー・ウォンと趙虎峰、幻術使いの双子の4人と組ませて獅鷲星武祭に参加させると聞いた。

 

しかし暁彗は基本的に人前に出ないのでデータが圧倒的に少ない。だから俺が公の場で暁彗と戦って赫夜のデータ収集を手伝うつもりだ。

 

星露曰く、俺と暁彗の間に実力差は殆どないらしいので、俺が暁彗と戦えば奴のより細かいデータが手に入ると判断した結果、暁彗と戦う道を選んだ。

 

ちなみに雪ノ下陽乃についてはオーフェリアが挑むつもりだ。この前このイベントの存在を知った時にオーフェリアは、

 

『……余計な事を言って、アスタリスクに来る前の八幡が虐められる原因を間接的に作ったあの女を合法的に潰せるチャンスだわ』

 

って黒い笑みを浮かべながらそう呟き俺とシルヴィをドン引きさせた。俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが程々にしてくれよ?

 

 

閑話休題……

 

とにかく俺は暁彗に、オーフェリアは雪ノ下陽乃に挑む気満々という感じだ。それを聞いた星露は満足気に頷く。

 

「なるほどのお……お主とその知り合いが儂を滾らせるのを期待して良いのじゃな?」

 

「満足させれるかは知らんが全力は出すつもりだ」

 

でないとデータ収集の意味ないし。どうせやるなら暁彗の全力のデータを手に入れたいしな。

 

そう思いながら俺は息を吐いて近くに置いてあるシルヴィとオーフェリアが準備したスポーツドリンクを口にして飲み始めた。

 

2人には修行している事は話しているが、修行相手が星露だという事は話していない。にもかかわらず、2人は何も聞かずにスポーツドリンクを作って応援してくれる最愛の恋人だ。

 

そんな2人によって作られたスポーツドリンクは言うまでもなく至高の味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、明日は朝8時に船着場に集合な」

 

星露との訓練を終え帰宅した俺は、オーフェリアとシルヴィの愛情が入った夕食を食べて、風呂で3人でお互いの身体を洗いっこした後に妹の小町に明後日の帰省についての連絡を取り合っている。

 

『あいあいさー。シルヴィアさんもオーフェリアさんも明日はよろしくお願いしますねー!』

 

「うん。よろしくね」

 

「……私も八幡達の実家に行くのが楽しみだわ」

 

俺の両隣に座っている2人も頷く。

 

『小町もお父さん達が驚く顔を今から楽しみですよ』

 

「悪趣味だなおい」

 

まあ絶対に驚くだろうけどな。実の息子が恋人2人、それも世界の歌姫と世界最強の魔女を連れてくるんだし。

 

「……まあ良い。そういや戸塚は……いや何でもない」

 

天使の名前を口に出そうとしたら両隣にいる2人からジト目で見られたので口を噤んだ。君達その目は止めなさい。

 

『戸塚さん?戸塚さんの場合、両親がアスタリスクに来るみたいだよ。あ、今雪乃さんと結衣さんから連絡があって2人は明日帰省するみたいだよ?』

 

「え?雪ノ下と由比ヶ浜も?」

 

ヤバい、由比ヶ浜はともかく雪ノ下は姉も一緒にいるかもしれん。そうなったら……

 

「…………」

 

隣にいるオーフェリアがドス黒いオーラを撒き散らしている。名前を聞いただけでこの反応って……

 

「小町、明日は鉢合わせしないようにしてくれ」

 

俺がそう言うと事情を知っている小町が苦笑混じりに頷く。

 

『そうだねー。船着場で怪我人が出たら問題だしね。それにしてもお兄ちゃん、相変わらずオーフェリアさんに愛されてるねー』

 

最後にニヤニヤ笑いを浮かべながらそう言ってくる。小町の返事にどう返せばいいか悩んでいると、

 

「……ええ。私とシルヴィアは八幡を愛しているわ」

 

「うん。私達は誰よりも八幡君を愛してる。八幡君は?」

 

シルヴィはそんな事を聞いてくるが、

 

「愚問だな。俺にとって2人は食事と同じで、生きていく上で必要不可欠な存在だな」

 

2人が居なかったら俺は徐々に衰弱して、やがて死ぬだろう。俺にとっては生きていくのに必要な物は衣食住に加えてシルヴィとオーフェリアもあるだろう。

 

「ふふっ、上手い例えだね。私も八幡君がいない人生なんて考えられないよ」

 

「……大好き」

 

そう言いながら2人は俺の肩に頭を乗せてくる。

 

俺が2人の髪の柔らかさと女の子特有の匂いを感じて幸せな気分になっていると…….

 

『うわー、バカップルにも程があるでしょ?というか壁を殴りたくなるから3人揃って小町の前で惚気ないでよ』

 

小町が俺の様に目を腐らせながら呆れていた。お前のその顔は可愛くないから止めろ。

 

「す、すまん。とりあえず明日も早いしもう切るぞ」

 

これ以上電話をしていたらまた言われそうだし、そろそろ切った方が良いだろう。

 

『ほーい。じゃあまた明日』

 

小町がそう言うと空間ウィンドウが閉じたので、俺は端末を近くにあるテーブルの上に置いて恋人2人と向き合う。

 

「じゃあ寝ようぜ」

 

俺がそう言うと2人は俺の肩から頭を離してからベッドに入って……

 

 

 

 

 

 

 

「「おやすみ八幡(君)」」

 

ちゅっ……

 

俺の両頬にそっとキスを落としてから両サイドから抱き枕のように抱きついてきた。

 

頬に感じた柔らかい感触に対して幸せを感じた俺は、

 

「ああ、おやすみ」

 

そう言って2人の頭を撫でながら襲ってくる睡魔に逆らわず、ゆっくりと眠りについた。眠りにつくまでは2人の柔らかな温もりを感じ幸せな気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湖上を渡る春の風は温かく身体を心地良くしてくれる。

 

「そういやこの船に乗るのはアスタリスクに来た時以来だな」

 

そんな事をしんみりと呟く。

 

現在俺はアスタリスクと湖岸都市を繋ぐ連絡船に乗っている。甲板から後ろを振り向くと、高層建築が剣山のように見えるアスタリスクの姿が威風堂々と見える。

 

逆に船の進行方向の先には、アスタリスクの玄関口でもある湖岸都市が微かにしか見えない。

 

船から降りたら高速鉄道に乗って一気に千葉に向かう予定だ。

 

「小町は冬季休暇の時は国内旅行だったから3ヶ月ぶりかな?シルヴィアさんは2週間前に京都でライブがあった時は飛行機を使ったんですか?」

 

「ううん。その時は船でアスタリスクを出たよ」

 

「……私は自由になる前は基本的に海外には行っていたけど、日本には余り行っていないわね」

 

甲板で俺が久しぶりに実家に帰る事を呟くと妹と恋人2人が各々の意見を口にしてくる。

 

ちなみにシルヴィとオーフェリアは有名過ぎるので変装をしていて、俺と小町は変装をしていない。シルヴィから貰った変装用のヘアバンドが壊れてしまったからだ。

 

その所為で甲板にいる人からはチラチラと見られているがこればっかりは仕方ないだろう。

 

閑話休題……

 

「まあオーフェリアの場合事情が事情だから仕方ないだろ。これから日本の有名な場所に行こうぜ。それに約束通りディスティニーランドに連れてってやるよ」

 

リーゼルタニアに行った時にオーフェリアと約束したからな。

 

「……覚えてくれていたのね?」

 

「当たり前だ。お前が行きたいって自分の願いを口にするなんて珍しいからな」

 

「そうかもしれないわね。じゃあこの4人で行きましょう?」

 

「うん。いいよ」

 

「あー、小町は遠慮しておきますね。3人の邪魔をする程無粋じゃないですし………3人のイチャイチャっぷりを見て砂糖を吐きたくないですから」

 

小町が目を腐らせながらそう言ってくる。

 

「後半が本音だろ?てかそんなにイチャイチャしてないからな?」

 

「ほーん。じゃあお兄ちゃん、2人と何回キスしたか教えてよ」

 

あん?2人としたキスの回数だと?ヤバい、言いたくない。俺は数えてないが軽く100000は超えているだろうし。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私は八幡と171258回して、その内29756回は八幡からされたわ。シルヴィアは?」

 

「えっと……確か私は124763回して、その内21368回八幡君からされたね」

 

オーフェリアとシルヴィは即答する。

 

「えぇぇぇぇ?!」

 

それを聞いた小町は人目を気にせず大きな声を出す。しかし俺も同じ気持ちだ。それなりにキスをしているのは自覚があるが、まさか300000回近くとは……

 

てかよく覚えてるな!ここまで愛が重いとちょっと怖いぞ。

 

「お、お兄ちゃん。そんなにキスしたの?!というか2人共よく覚えていますね?!」

 

すると、

 

「……ええ。だって八幡とするキスは1回1回違いがあるから」

 

「だよね。でもその全てが幸せな気分にしてくれるキスなんだよね。私達にとって八幡君とのキスは食事のように生きていく上で必要不可欠になっちゃったみたい」

 

「……お兄ちゃん、2人の愛に応えるのは大変かもしれないけど頑張ってね」

 

小町は物凄い優しい目をしながら俺の肩を叩いてくる。確かに2人の愛は凄く重い。俺みたいな奴が応えきれるかはわからない。

 

しかし、

 

「わかってる」

 

俺は頑張って応えるつもりだ。2人の愛は重いが、俺はその愛が好きだ。背負い切れるなら背負いたい。2人と過ごす時間は何よりも幸せな時間なのだから。

 

それは2人を同時に愛すると決めた時から揺らいでいない。俺にとって2人はかけ替えのない存在なのだから。

 

そんな事を考えている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉山せんぱ〜い。私船酔いしちゃったので甲板に来てくださ〜い」

 

「ははは……」

 

聞き覚えのある声が聞こえたので後ろを振り向くと……

 

「げ」

 

そこには葉山と鳳凰星武祭で葉山と組んでいた女子がいた。

 

それを見た俺はヤバいと感じた。見ると小町はヤバいといった表情を浮かべている。何故なら……

 

「……」

 

隣にいるオーフェリアが葉山を見てドス黒いオーラを出し始めたからだ。これを見たシルヴィもドン引きし始めた。

 

俺達がオーフェリアのオーラにビビっていると、向こうも俺達に気が付いたようだ。

 

葉山は俺を見て一瞬鋭い目を向けてからいつもの笑みを浮かべ、隣にいる女子は俺に近づいてくる。その表情は見るからに怒っている。

 

そして距離を2メートルまで切ると、

 

「漸く会えましたね!あの時からずっと文句を言いたかったんですよ〜!」

 

いきなり俺に指を突き付けてきた。

 

……は?こいつは何を言っているんだ?見るとさっきまでドス黒いオーラを出していたオーフェリアを始め、小町やシルヴィもポカンとした表情を浮かべている。

 

「……何の話だ?」

 

いきなり怒られた俺は理解出来ずに目の前にいる女子に質問をする。

 

すると少女は、

 

 

 

 

 

 

 

「決まってるじゃないですか〜!先輩達の所為で葉山先輩が倒れて今シーズンの鳳凰星武祭失格になったんですからね〜!」

 

目を細くしながら文句を言ってくる。

 

……ああ。そういや葉山が俺をヒキタニ呼びしたらオーフェリアがブチ切れて葉山を気絶させた結果、あいつは不戦敗したんだったな。

 

てか何で俺?元はと言えば葉山がわざと名前を間違えたのが悪いんだし、アレやったのオーフェリアだからね?

 

俺が呆れる中、目の前にいる女子は更に詰め寄ってくる。

 

「貴方ががまどろっこしい苗字だから葉山先輩が間違えただけなのに、葉山先輩は『孤毒の魔女』に気絶させられて……その所為で3回しかない貴重な星武祭の出場権を一つ失ったんですからね」

 

明らかに言いがかりだ。ハッキリ言って理不尽極まりない。

 

しかし俺は目の前にいる女子の言いがかりに対して怒ってはいない。いや、怒りの感情はあるが、それ以上に………

 

 

 

 

 

「…………」

 

隣にいるオーフェリアがブチ切れないか不安であるからだ。今はまだ星辰力を噴き出していないが俺にはわかる。今のオーフェリアは噴火直前の火山と同じ状態だ。後一度きっかけが出来たらオーフェリアは大噴火するだろう。

 

(クソッ……!こうなるんだったら初めからオーフェリアに変装をさせなきゃ良かったぜ!)

 

そうすりゃ向こうも近寄って来なかっただろうし。

 

そんな事を考えている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあまあいろは。ヒキタニ君だって悪気があった訳じゃないんだし、許してあげよう」

 

葉山が爽やかな笑みを浮かべながらそう言ってきた。

 

ヤバい、俺と小町とシルヴィがそう思った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………殺すわ」

 

オーフェリアが圧倒的な星辰力を周囲に噴き出しながら、変装用のヘッドホンを取りそう呟いた。

 

……終わった

 

 

 

 

 



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比企谷八幡は帰省する

現在、アスタリスクと湖岸都市の間を繋ぐ連絡船の甲板上は地獄と化している。空気が震え、圧倒的な威圧感が放たれている。

 

 

その原因は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきから黙って聞いていれば、人の恋人を随分と言ってくれるわね。そんなに死にたいの?」

 

俺の隣にいるオーフェリアは圧倒的な星辰力を噴き出しながら絶対零度の視線で葉山と亜麻色の髪の少女を見ながら殺意を向ける。

 

オーフェリアから放たれる圧倒的な星辰力は俺やシルヴィ、小町をビビらせる。

 

しかしそれも仕方ないだろう。何せ瘴気を制御する為に力の8割を失ったにもかかわらず、俺やシルヴィよりも数倍以上ーーー少なく見積もっても10倍以上あるんだし。

 

つまり万全のオーフェリアの星辰力は軽く俺やシルヴィの50倍はあるって事になる。マジで俺の恋人凄過ぎだろ?

 

そんな事を考えているとオーフェリアの足元の甲板に微かにヒビが入ったのが見えた。マズイ……このままオーフェリアを放置したら船が壊れるかもしれん。

 

俺がそう思う中、オーフェリアは葉山達に一歩を踏み出す。そして亜麻色の髪の少女に目を向ける。

 

「……貴女達が棄権したのはその男が八幡を侮辱したから自業自得でしょう。……にもかかわらずそれを八幡の所為にして、挙句の果てに比企谷って苗字がまどろっこしいから?……ふざけてるの?」

 

「ひっ……!あっ、いや、その……」

 

少女は涙で顔をグシャグシャにしながら葉山の背中に回って隠れる。

 

それを確認したオーフェリアは、今度は葉山と向き合う。

 

「それで?貴方は性懲りもしないで八幡の事をヒキタニ呼び?八幡にも悪気があった訳じゃないんだし許してあげよう?」

 

「い、いや……その、つい……うっかり」

 

葉山はビビりながら後ずさるも……

 

「つい?貴方は苗字をわざと間違えて、自分の非を棚上げするのね?」

 

オーフェリアも一歩踏み出して葉山との距離を保つ。葉山は震えながら更に後ずさりすると、オーフェリアも更に歩を進める。足取りはゆっくりだが一歩進む度に万応素が激しく吹き荒れる。今にも能力を使いそうでヤバい。

 

「それに私は前に言ったわよ。次はないって」

 

言うなりオーフェリアは右手を葉山に向ける。手から紫色の煙ーーーオーフェリアの能力である瘴気が現れてオーフェリアの腕に纏わりつく。

 

「にもかかわらず貴方達は自らの事を棚に上げて八幡を侮辱した……私が変装していて、八幡の近くに私が居ないと判断したから八幡を侮辱したのでしょう?」

 

「ち、ちが……俺もいろはも別に悪気があった訳じゃないんだ……」

 

葉山は必死になって弁解しようとするもオーフェリアは止まらない。

 

「……つまり貴方達は八幡を侮辱する事を悪い事だと思っていないのね?」

 

瞬間、オーフェリアは目を細めながら更に星辰力を噴き出す。ヤバい……マジでこいつら死ぬんじゃね?

 

「い、嫌だ……!」

 

「は、葉山せんぱぁい……」

 

2人は悲鳴を上げながら後ろに下がる。その際に2人のズボンから金色の液体が零れているが、今の俺はそれを馬鹿にする気にはならない。

 

何せこのまま放置したらオーフェリアは躊躇いなく2人を殺すだろう。

 

そしたらその衝撃で連絡船は吹き飛び乗員は湖に落ちるだろう。さっき船の中で小さい子供もいたので下手したら溺死するかもしれん。

 

別に目の前にいる葉山達2人がどうなろうと構わないが、こいつらの所為でオーフェリアが殺人者になったり、無関係に乗員に迷惑を掛けるのは避けたい。だから何とか止めないといけない。

 

そう思っている中、オーフェリアは葉山達に向けていた右腕を上げる。ヤバい、『塵と化せ』が来る……!

 

そう判断した俺は急いで自身の影に星辰力を込めて……

 

 

「呑めーー影の禁獄」

 

そう呟く。すると……

 

「っ……!八幡……」

.

俺の影がオーフェリアの身体に纏わりつき、30秒もしないでオーフェリアは真っ黒な立方体に包まれる。

 

俺の切り札の内の一つだ。影の中に星辰力を凝縮させて相手を閉じ込める封印技で、5分間だけはどんな人間でも破れない技だ。あの星露ですら破れなかった技だ。

 

まあ5分間封印出来ても、その間こっちも閉じ込めた相手に対して干渉が出来ないけど。基本的にこの技は俺がピンチの時に相手を閉じ込めて、逃げたり体勢を立て直す為の時間を稼ぐ技だからな。

 

まあそれはともかく、オーフェリアは今から5分そこから出て来れないので今の内に……

 

「目覚めろーー影の竜」

 

そう呟くと自身の影が辺り一面に広がり魔方陣を作り上げる。そして黒い光が迸り魔方陣を破るゆうに20メートルくらいの大きさの黒い竜が現れる。

 

それを確認した俺は未だにガクガク震えている2人を無視して、立方体に包まれたオーフェリアを影竜に乗せてから、小町とシルヴィに話しかける。

 

「お前らも乗れ。俺達はこの連絡船や高速船を使わずに影竜に乗って帰るぞ」

 

こいつらも総武に通っていたのだから、帰り道は殆ど一緒で船を降りた後も一緒になる可能性は高い。

 

そうなったらまたオーフェリアがブチ切れて赤の他人に迷惑を掛けるかもしれないが、それは避けるべきだ。

 

それだったら俺達は影竜に乗って葉山達とは別の手段で帰省した方がお互いの為になるだろう。

 

「だよね……うん、その方が良いね。行こっか小町ちゃん」

 

「そうですよねー。じゃあお兄ちゃん、乗せて貰うよ?」

 

俺の意見を聞いたシルヴィと小町は一つ頷いてから影竜に乗る。4人全員が影竜に乗ったのを確認した俺は影竜に指示を出す。

 

すると影竜は雄叫びを一つ上げると翼を広げて大空へ飛び立った。その際にチラッと連絡船の見たら2人は漏らしたまま甲板上で気絶しているのが目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

そんな醜態を晒している2人に内心同情していると、小町が息を吐く。

 

「ふー、やっぱりオーフェリアさんは怒ると怖いねー。ていうかお兄ちゃん、あの金髪の人、鳳凰星武祭の時にアレだけ痛い目に遭ったのに……バカなの?」

 

その顔には呆れの色が混じっていた。

 

「知らねえよ。てか俺は疲れたよ。しかもフェアクロフさんにも謝らないといけないし」

 

事情が事情だからフェアクロフさんは怒らないとは思うしな。てかあの馬鹿共はフェアクロフさんに注意されたんじゃなかったのかよ?

 

とりあえず学園祭の時に菓子でも持っていくか。

 

「え?アーネストに?」

 

するとシルヴィが意外そうな表情を浮かべながら尋ねてくる。

 

「ああ。以前葉山にオーフェリアがブチ切れた時にその事についてフェアクロフさんと話したんだよ。そん時に今後はオーフェリアがブチ切れる前に止めて欲しいって頼まれたんだよ」

 

にもかかわらず俺は止める事が出来ず、オーフェリアはブチ切れてしまった。これについては謝らないといけないだろう。

 

「あ、その事についてアーネストと話したんだ。アーネストは怒ったの?」

 

「いや、こちらが悪かったと頭を下げてきてビビった」

 

「ふーん。でも今回も向こうに非があるんだし怒られないでしょ?……私も少し腹が立ったし」

 

そう言ってシルヴィは不機嫌そうな表情を浮かべながら、既に豆粒のように小さく見える連絡船を見た。

 

「オーフェリアはちょっとやり過ぎだと思うけど、オーフェリアが言った事は私も同意かな」

 

シルヴィは頬を膨らませながら怒っているが、お前のそれは可愛いだけだからな?

 

「前にわざと八幡君の苗字を間違えて痛い目に遭ったのに、それを棚上げして比企谷って苗字がまどろっこしいとか、八幡君に悪気はなかったとか……オーフェリアが怒らなかったら私が文句を言っていたよ。というか八幡君は怒らなかったの?」

 

シルヴィはそう聞いてくる。確かに理不尽な言い掛かりに対して怒りはあった。あったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「怒りはあったが、それよりいつオーフェリアがブチ切れるか不安だったな」

 

「「あー」」

 

小町とシルヴィは納得したようにそう呟く。こんな事になるのを知っていたら、初めからオーフェリアに変装をさせなきゃ良かった。そうすれば向こうも突っ掛かって来なかっただろうし。

 

そんな事を考えているとオーフェリアを包んでいた立方体が崩れ始めた。どうやら5分経過して封印が解除されたのだろう。

 

そう思いながら立方体を見ると、遂に立方体は崩れ落ちてそこからオーフェリアが出てくる。見るとオーフェリアの周囲から星辰力を出ておらず、悲しげな表情を浮かべていた。どうやら封印されている間に少しは落ち着いたようだ。

 

良かった、そう思っているとオーフェリアは悲しげな表情のまま俺に抱きつき、

 

「……ごめんなさい八幡。また怒りに呑まれて八幡に迷惑を掛けてしまったわ」

 

そう言って謝ってくる。気の所為か瞳は潤んでいるようにも見える。

 

俺が言葉を返そうとしたがその前にオーフェリアの口が開く。

 

「怒ったら八幡に迷惑を掛けるとわかっていたのに……我慢出来ずに怒ってしまったわ。本当にごめんなさい……!」

 

涙を零しながら俺に謝ってくる。その顔は止めろ。何か俺が悪い事をしているみたいだし。

 

しかし俺はそれを口にしないでオーフェリアを優しく抱き返す。

 

「落ち着けオーフェリア。俺は別に怒っていない。やり過ぎだとは思ったが俺の為に怒ったんだろ?だったら俺はどうこう言うつもりはない」

 

実際俺は怒っていない。寧ろ俺なんかの為にあそこまで怒ってくれて若干嬉しかったし。

 

「……本当?私の事嫌いになっていない?」

 

「なるわけねーだろ。その程度で嫌いになる人間なら、初めから付き合ってねぇよ」

 

オーフェリアが俺のことを嫌いになる事はあるかもしれないが、その逆は天地がひっくり返ってもあり得ない事だ。

 

「だからお前もそんな悲しそうな表情は止めろ。後、俺の為にあそこまで怒ってくれるのは嬉しいがあんまり暴力で解決しようとすんな」

 

あんな三下を潰して警備隊に捕まったんじゃマジで笑えないからな?

 

それを聞いたオーフェリアは考える素振りを見せてから、

 

「……一応頑張ってみるわ」

 

そう口にする。とりあえず「無理」と言われなかったから良しとしよう。今は無理でもこれから少しずつ変わっていけばいいだろうしな。

 

「それでいい。ゆっくりでいいから頑張れ」

 

「……ええ」

 

オーフェリアはそう言って悲しい表情から優しい笑顔になって俺の胸に顔をスリスリしてくる。

 

そんな可愛らしいオーフェリアを前に俺や小町、シルヴィは千葉に着くまで苦笑しながらオーフェリアを見続けた。

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

 

影竜に乗った帰省した俺達は遂に自宅の真上に着いた。下を見ると中学2年まで住んでいた家が目に入る。自宅を見るのは約2年ぶりだが、殆ど変わらず、記憶のままだった。

 

「んじゃ自宅周辺に広場はないし、ここで降りてくれ」

 

俺がそう言って指を鳴らすと影竜が消えて俺達は地面に落下する。とはいえ俺達は4人とも星脈世代なので地面に落ちてもダメージはないから問題ない。

 

こうして家の前に着いた俺はインターフォンを押そうとした。しかしその直前にシルヴィとオーフェリアが若干緊張しているように見えた。

 

「どうしたんだお前ら」

 

「あ、うん。私達の交際を認めて貰えるのかなぁって思っちゃって」

 

「……迷惑を掛けないようにしながら頑張るわ」

 

2人とも若干緊張しながらそう言ってくるが、別にそこまで緊張しなくても……

 

「別に緊張なんてする必要ねーよ。親父は適当にスルーしときゃ良いし、お袋もメチャクチャ怖いけど問題起こさないなら雷落ちないだろうし、いつものように過ごせば問題ない」

 

「そうそう。お母さんに認めて貰えばお父さんがいくら反対しても意味ないから」

 

小町はそう言ってインターフォンを押す。そう、お袋が交際を認めてくれるなら万事解決だ。何せ比企谷家のカーストはお袋≧小町≧ペットのカマクラ>>>>>>>親父≧俺なのだから。毎回思うが俺と親父の立場弱過ぎだろ?

 

疑問に思っていると家の中からドタドタ聞こえてきて、

 

「おかえり小町!」

 

親父が満面の笑みで小町に抱きつこうとしてくる。親父の目には俺の事は見えていないようだ。しかし俺はそれに対して特に苛立つ事なく親父を見ていると……

 

「お父さん、いきなり抱きつこうとしないでよ!」

 

「げほぉ?!」

 

小町は回避すると親父の脇腹に蹴りを放つ。ちょっと小町ちゃん?気持ちは解るけど、再会直後に蹴りを放つの放つやり過ぎじゃね?

 

疑問に思っている中、親父は後ろに吹き飛びながらも、即座に起きて小町に近寄る。

 

「相変わらず容赦ないな!まあとにかく元気そうで何よりだ!あ、そうそう!鳳凰星武祭見たぞ!ベスト8おめでとうな!」

 

蹴られたというのに随分と元気でマシンガントークをするな。しかも楽しそうに。これはつまり、

 

「なるほど、親父はマゾって事か……」

 

俺がしみじみ呟くと、親父は漸く気が付いたようにこちらを向いてくる。

 

「何だ。お前も帰ってきたのかよはちま……」

 

そこて親父は絶句した。視線は俺の横、変装しているシルヴィとオーフェリアに向けられていると判断が出来る。

 

シルヴィとオーフェリアが軽く会釈をするも、親父は絶句したままだ。

 

「おい親父……」

 

客が来てんだからシカトすんな、そう言おうとした時だった。

 

親父はハッとした表情になってから、

 

「ちょっと来い八幡!」

 

いきなり俺の手を引っ張って3人から距離を取る。3人がポカンとしている中、親父は俺に耳打ちをしてくる。

 

 

「どういう事だ?!いきなりあんな可愛い子2人も連れてきて!」

 

「あ、いや、そのだな……」

 

恋人2人です。そう言いたいが、説明の仕方としては論外だ。

 

どう説明するか悩んでいると……

 

 

「八幡!俺は美人な女は美人局か悪党商法の手先だから気をつけろと口を酸っぱくして言っただろうが!」

 

「てめぇマジでぶっ殺すぞ!」

 

何でそんな発想になるんだよ?!俺はどんだけ信用されてないんだよ!

 

俺が内心ブチ切れている中、親父は未だに信用し切れずにいる。

 

「いやだってお前だし」

 

「それで納得しちまいそうなのが腹立たしいな……マジで違うからな」

 

「本当か?絶対だな?金を賭けるか?」

 

「何で息子と賭けをやろうとしてんだよ?てかその話をあいつらの前でしたらお袋にエロ本の存在をバラすからな?」

 

そしたらお袋の雷が親父に落ちるだろう。それを見ながらMAXコーヒーを飲むのは想像するだけで愉快だろう。

 

「おい馬鹿止めろ!てかそれやったらお前が家に置きっぱなしにしたエロ本の存在を連れ2人にバラすからな!」

 

「おい馬鹿止めろ!」

 

それやったらマジで殺される。この前もこっそり買ったAVバレて半殺しにされたし。

 

そんな事を考えていると、

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿はお前ら2人だ。ボケェ」

 

いきなり頭上からそんな声が聞こえ、俺と親父は同時に固まる。

 

それと同時に……

 

 

「がはっ!」

 

「げほっ!」

 

腹に衝撃が走り俺と親父は地面に膝を付いてしまう。この声に、腹に伝わる痛み……間違いない。

 

恐る恐る上を見上げると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久々に帰省したかと思ったら、連れを放置して馬鹿な会話をしてるとは良い度胸だなぁ、八幡」

 

 

我が家の首領にして、元レヴォルフ黒学院序列1位『狼王』比企谷涼子ーーー俺の母親が蔑んだ瞳で俺と親父を睨んでいた。

 

 

 



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比企谷八幡は家族に交際の許可を求める

「さ、自己紹介は後にしてとりあえず上がって上がって。うちのアホ亭主と馬鹿息子が迷惑かけて悪かったね」

 

お袋は俺と親父の鳩尾に拳を叩き込んだ後、笑顔でシルヴィとオーフェリアを家に招き入れる。

 

「い、いえ。別に気にしてませんから」

 

「……」

 

シルヴィは苦笑しながら手を振り、オーフェリアは無言で頷いてから家に入った。

 

それと同時に俺は腹に手を当てながらゆっくりと起き上がり、未だに悶絶している親父を放置して玄関に向かう。すると玄関に立っていたお袋が呆れたような視線を向けてくる。

 

「全く…久々に帰省したかと思ったら連れてきた客を放置してエロ本の話とは随分とふざけてるなぁ、八幡。後で謝っときなよ」

 

「それについてはマジで済まん」

 

お袋は口が悪いが、言っていることは紛れもない正論だ。客であるシルヴィとオーフェリアを蔑ろにしたのは論外だ。後でしっかりと謝ろう。

 

「わかってるならそれでいいわよ。あんたも入りな」

 

「ああ」

 

俺がそう言ってから家の中に入るとお袋もそれに続いて家に入ってドアを閉める。お袋も親父を放置してるよ。

 

内心親父に同情しながら久しぶりのリビングに入る。すると小町に案内されたシルヴィとオーフェリアがソファーに座っているので俺は2人の間に入る。

 

そして座って着ているコートを脱いでいると、お茶を運んでくるお袋と腹を悶絶している親父もリビングにやってくる。

 

席割りは俺達未成年4人が親父とお袋と向かい合う感じだ。

 

俺達全員がソファーに座ると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。麦茶で良いかい?『孤毒の魔女』に『戦律の魔女』?」

 

お袋が笑顔で浮かべながら麦茶の入ったコップを俺達に渡してくる。

 

え?マジで?変装しているオーフェリアとシルヴィを1発で見抜いたの?

 

「は?お前は何を言っているんだ?」

 

親父は呆れた表情を浮かべるも、

 

「だって2人からは強者の匂いするからね。1人は八幡と同じくらい、もう1人は八幡より強い匂いがするから、その事から察するに『戦律の魔女』と『孤毒の魔女』だと思ったよ」

 

お袋は歯を見せながら笑みを浮かべる。しかし瞳には強者が持つ強い輝きを秘めているのがわかる。あの目は星露と同じ色をしていてかなり危険な匂いだ。

 

すると……

 

「流石は『狼王』、この程度の変装じゃバレちゃいましたか」

 

「……バレるとは思わなかったわ」

 

2人はそう言ってヘッドフォンを外すと、ピンクと白が目に映り、いつものシルヴィとオーフェリアが目に入る。

 

それを見た親父は呆気に取られるも直ぐに、

 

「え?は、はぁぁぁぁ「あんた、煩い」あ、はい……」

 

大声を上げようとしたが、お袋が釘を刺して直ぐに静かになる。今更だがうちのお袋怖過ぎだろ……

 

「ある程度の実力と良い目があれば見抜けるだろうさ。それにしても、八幡が家に人を連れてくるとはねぇ……」

 

「待てコラ。そんな風にしみじみと言うな」

 

「だってあんた中学まで1人もうちに招待していないぼっちだったじゃないの?」

 

「あー、まあそうだな……」

 

悔しいが否定出来ない。実際俺は自宅に1人も呼んだ事ないし。

 

「ほら見たことか。にしても初めて連れて来たのが世界の歌姫と世界最強の魔女とは完全に予想外だったよ」

 

お袋は楽しそうにカラカラ笑いながらシルヴィとオーフェリアを見る。それを見たシルヴィとオーフェリアは変装につかうヘッドフォンを横に置いてから姿勢を正して

 

「初めまして。シルヴィア・リューネハイムです。よろしくお願いします」

 

「……オーフェリア・ランドルーフェン……よろしく」

 

2人は軽く頭を下げて挨拶をする。対して親父とお袋も挨拶を返す。

 

「は、はい。八幡と小町の父親の比企谷修輔です!」

 

「八幡と小町の母親でそこのアホ亭主の妻の比企谷涼子だよ。よろしくねー」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

「そんな硬くなんなくても大丈夫だよシルヴィアちゃん」

 

「いえ。比企谷さんは「涼子でいいよー」はい。涼子さんは王竜星武祭を二連覇した偉大な先達ですから」

 

そう、お袋は現役時代、星猟警備隊隊長のヘルガ・リンドヴァルに続いて王竜星武祭を二連覇するなど冗談抜きで強い。

 

しかもお袋がアスタリスクに来たのは大学生になったからで、王竜星武祭は大学1年と4年の時の2度しか参加しなかったが、もしも高校に上がって直ぐにアスタリスクに来ていたら前人未到の三連覇をしたと言われているくらいだし。

 

今アスタリスクにいる学生でもお袋に勝てるのは星露とオーフェリアくらいだろう。

 

星露に鍛えて貰っている俺でも真の切札である影神の終焉神装抜きじゃ絶対に負けるだろう。

 

しかしそんなお袋が何で普通の会社員をやって、星武祭で本戦に1回出場と微妙な実績の親父と結婚しているのかはマジで理解出来ないが。まあその辺りは聞かないでおこう。野暮ってやつだ。

 

そんな事を考えていると、当の本人は笑顔で手を振る。

 

「私なんて再開発エリアでヤンチャしまくって警備隊に睨まれてたからねぇ。全然偉大な先達じゃないよ」

 

「だよな。歓楽街でお袋の名前は伝説だし。しかも警備隊隊長ともやり合ったんだろ?」

 

「そうそう。あいつメチャクチャ強くてさ。戦うと疲れるし、逃げるのも一苦労だったよ」

 

いや、笑顔で言ってるがヘルガ・リンドヴァル隊長と戦えたり、逃げ切れるって凄過ぎだろ?シルヴィも絶句してるし。

 

改めてうちのお袋の規格外っぷりを認識していると、今度はオーフェリアに話しかける。

 

「そんでオーフェリアちゃんもよろしくねー。私は王竜星武祭を2回しか出てなかったから、三連覇目指して頑張ってね」

 

お袋がそう言うと、オーフェリアは首を横に振る。

 

「……いえ。私は次回の王竜星武祭には出ないわ」

 

それを聞いたお袋は目を丸くして……

 

「え?そうなの?ひょっとして八幡が関係してるの?」

 

さも当たり前の様に聞いてくる。何があったかは知られていない様だが、オーフェリアが次の王竜星武祭には出ない理由は俺が関係していると確信している事が理解出来る。

 

「……ええ。私自身八幡と一緒にいる事が夢だから」

 

オーフェリアがそう言うとお袋は、

 

「ふーん。……じゃあ八幡」

 

いきなり気さくな雰囲気を消して、冷たい雰囲気を出し始める。それによって親父と小町はビビリまくり、シルヴィも少し気を引き締める。

 

名前を呼ばれた俺は負けるものかと、視線を返すとお袋が口を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ話して貰おっか。シルヴィアちゃんとオーフェリアちゃんを連れて来た理由を。何か重要な話があるんでしょ?」

 

「……やっぱり解るか」

 

「何年あんたの母親やってると思ってるの?コミュ障のあんたがわざわざアスタリスクから遠い我が家に人を連れて来るって事はそれなりの理由があんでしょ?理由は薄々察してるけどあんたの口から話して貰うよ」

 

……やっぱりお袋には勝てる気がしないな。

 

しかし話さない訳にはいかない。そもそも俺が帰省した理由は2人との交際を認めて貰いに来たからだ。これについてはオーフェリアやシルヴィの口からではなく、俺の口から言わないといけない。

 

とはいえ緊張しているのは紛れもない事実だ。お袋は大雑把だが許してくれる保証はないからな。

 

そう思っていると……

 

(オーフェリア、シルヴィ……)

 

両手に温もりを感じたのでチラッと左右を見ると、最愛の恋人2人が優しい笑顔を見せながら左右の手を握っていた。

 

ああ、やっぱり2人の笑顔や手は温かくて気持ちが良い。この温もりを手放すなんて嫌だ。

 

そう判断した俺は息を一つ吐いてお袋と向き合う。そうだ、俺はこの2人とずっと一緒に生きていくと決めたんだ。先も長いのだからこんなところで緊張している訳にはいかない。

 

だから俺は、

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。俺は両隣にいるオーフェリアとシルヴィと結婚を前提とした付き合いをしている。今日はその件に関して許しを得る為に帰省した」

 

自身が帰省した理由は両親に告げる。

 

親父は予想外だったのか口を開けたまま動きを止めた。まあこれが普通の反応だ。俺も親父の立場だったらそうなっていただろう。

 

対するお袋は本当に察していたのか特に表情を変えずに麦茶を飲む。

 

そしてコップを置くと俺を見てくる。さっきまでの冷たい雰囲気は大分なりを潜めている。

 

「ふーん。2人と付き合っているんだ」

 

「……余り驚いてないんだな」

 

「そりゃガラードワースみたいにお利口さんが通う学園ならともかく、レヴォルフじゃ女数人引き連れてる男なんざ吐いて捨てるほどいるからね。でも何で2人と付き合う事になったんだい?あんた基本的に真面目だし、普通に1人の女性を選ぶタイプだろ?」

 

まあそうだろう。今は2人と付き合っているが、2人と出会う前は間違いなく複数の女性と付き合う事なんて頭に無かっただろう。

 

「そ、そのだな……2人に告白されて……」

 

「告白されて?」

 

ヤバい。肉親に自身の馴れ初めを語るのってクソ恥ずかしいな!マジで顔が熱くなってくる。

 

しかし交際を認めて貰う為にも包み隠さず話すべきだ。

 

「告白された後に、2人とも凄く良い人だったから……片方を切り捨てられずに……」

 

「ヘタレた結果両方の告白を受け入れたら、2人が了承して3人で付き合っている、と」

 

「ま、まあ……」

 

「あんた運が良かったわね。もしも1人が反対したら間違いなくドロドロだよ?」

 

まあ確かにな……実際、シルヴィとオーフェリアは重婚しても良いと言ったから平和に終わったが、もしも2人の内どちらか又は2人が反対したら問題になっていただろう。

 

しかし俺はどっちかを切り捨てる選択をしなかった事について後悔はしていない。何せ、今の俺は幸せなのだから。2人がいないなんて考えられないくらい幸せだ。そう考えるとあの時の選択は間違っていない時の信じたい。

 

「そうかもな。だから2人が了承してくれて良かったよ。それでその……」

 

2人との交際を認めてくれるのか、それを尋ねようとしたらお袋は再度麦茶を飲んでから俺を見てくる。

 

 

 

 

 

 

「……八幡。あんたはそれがどんなに荊の道なのか解っていてその選択を選んだんだよな?」

 

お袋は真剣な表情をしてそう聞いてくるが言っている意味はわかる。

 

2人の女性を選ぶ、それ自体も倫理的にアレだ。その上、その内の1人のシルヴィは世界の歌姫と呼ばれるように世界で最も有名な人間だ。

 

そんな彼女が男、それも他の女とも付き合っている男と関係を持っているなど知られたら、比喩表現ではなく世界が大きく変わるだろう。もちろん悪い意味で。

 

そうなったらシルヴィの評価が下がるのは当たり前で、関係を持っている俺やオーフェリア、下手したら俺達の家族にもとばっちりが来るだろう。

 

それは絶対に起こる事だ。今は表沙汰にはなっていないが、いずれ絶対にバレる。避けては通れない道だ。

 

しかし俺は……

 

「……わかっている。それでウチにも迷惑がかかるかもしれない事も充分に理解してる」

 

一言、そう返した。2人と付き合ってから俺はいずれ大変な事になると確信していた。

 

しかし……

 

「でも悪いな。解っていても俺は荊の道を歩みたい」

 

俺は大変な道だと理解しても、2人の内どちらかを切り捨てて、荊の道を避ける事は一度も考えた事はない。

 

何故なら……

 

「……俺はもう決めたんだ。オーフェリアとシルヴィの3人でずっと一緒に生きていくって」

 

だから……

 

「悪いお袋。この件に関しては譲れない。誰が何と言おうとも譲りたくないんだ」

 

そう言って頭を下げる。これでも無理なら土下座もするつもりだ。

 

「ふーん」

 

対するお袋からは視線を感じる。プレッシャーは無くなっているので少なくとも悪感情は持っていないと思うが……

 

そう思っていると……

 

「涼子さん達に迷惑をかける原因となる私が言うのも虫が良いかもしれませんが……認めていただけないでしょうか?」

 

「……お願い、します。私には八幡とシルヴィアが必要なのです」

 

両隣にいるシルヴィとオーフェリアも頭を下げてくる。珍しく敬語を使っている事からオーフェリアも本気である事を理解出来て、こんな時でも嬉しく思えてしまう。

 

暫くの間、そう思いながら頭を下げていると、

 

「……ふーん。どうやら本当に3人一緒に生きるつもりなんだ」

 

感心したような声が聞こえてくる。しかし頭は上げずにお袋の話を聞く。

 

「ここで八幡が私の質問に対して曖昧な返事をしたり、嘘を吐いてたら認めなかったけど……本気みたいだから認めないわけにはいかないねぇ」

 

そう言われたので俺達は思わずに顔を上げる。するとそこにはお袋のニカッとした笑みが目に入り、

 

 

 

 

「家の事は気にしないで好きに生きな。絶対に2人を悲しませんじゃないわよ」

 

そう言って俺達の交際を認めてくれた。それを聞いた俺は胸から込み上がってくる存在を理解した。そしてそれが嬉しさだという事は直ぐに理解出来た。

 

だから俺は……

 

「ああ。俺は2人を悲しませない。絶対に幸せにしてみせる」

 

力強く頷きながらそう返した。これは付き合った当初からの目標ではあるが、お袋に言われて改めて強く出来た。

 

そんな事を強く思っていると、

 

「3人ともおめでとう!」

 

小町がどこから用意したのかクラッカーを鳴らしてくる。紙吹雪が身体に当たるのを感じる中、オーフェリアとシルヴィも

 

「良かった……」

 

「……嬉しいわ」

 

2人は目尻に涙を浮かべながら微笑みを浮かべてくる。約束した以上絶対に幸せにしないとな……

 

するとお袋は俺から目を逸らしてオーフェリアとシルヴィを視界に入れると、

 

「シルヴィアちゃんにオーフェリアちゃん。息子をよろしく頼むよ」

 

そう言って頭を下げる。その仕草は厳かな雰囲気を醸し出して歳下にするような礼には見えなかった。

 

それに対してオーフェリアとシルヴィは……

 

 

 

「ええ(はい)、必ず」

 

同じように頭を下げた。

 

 

 

 

こうして帰省の第一目的であるオーフェリアとシルヴィの交際の認可は貰えた。

 

 



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比企谷八幡は人生最大のピンチを迎える

リビング、正確にはリビングにあるテーブルからは香ばしい匂いが漂っている。テーブルの上にはご馳走と言っても良い程の料理が所狭しと並んでいる。

 

そしてテーブルの周囲にある6つの椅子に人が座ると、我が家の首領たる俺の母親が、

 

「そんじゃ、義理の娘が2人も出来る事を祝って……乾杯!」

 

ハイテンションになりながらビールの入ったジョッキを掲げ祝会が始まった。

 

 

 

 

 

 

祝会が始まるとお袋はジョッキのビールを一気飲みする。時間にして約10秒。相変わらず酒を飲む速さは桁違いだな。

 

「八幡、おかわり」

 

そう言ってジョッキを突き出してくる。この酒豪め……

 

ため息を吐きながらジョッキを受け取ろうとした時だった。

 

 

「……私がやるわ。お義母さん」

 

その直前にオーフェリアが俺の前に手を伸ばしてジョッキを受け取り、そのまま冷蔵庫に向かった。

 

「おー、サンキューオーフェリアちゃん」

 

そして隣では……

 

「お義父様も一杯どうぞ」

 

シルヴィが笑顔で親父のお猪口に酒を注いでいた。

 

「い、いやどうも……はは」

 

親父はシルヴィにデレデレしながら酒を飲み始める。シルヴィに酌をして貰えているからデレデレするのは仕方ないが色目を使ったらしばき倒すからな?

 

「はい。彼女じゃないけどお兄ちゃんには小町がお酌しまーす」

 

そんな事を考えていると小町が笑顔で俺のグラスにMAXコーヒーを注いでくる。

 

「サンキュー小町」

 

そう言いながらグラスに注がれたMAXコーヒーを一気に飲む。うん、他人酌された飲み物は美味いな。

 

「いやー、気の利いた娘が2人も出来るとは思わなかったねぇ。絶対に手放すんじゃないよ?」

 

そう思っている中、お袋は火照った顔をしながらドスの効いた声を出してくる。

 

「言われるまでもねぇよ」

 

「はっ!それだけ強い口調なら問題ないな。ところでシルヴィアちゃんにオーフェリアちゃん。2人は馬鹿息子の何処に惚れたんだい?」

 

既に酔っていると思える表情をしながらお袋はオーフェリアとシルヴィに話しかける。待てコラ!祝会だからってそんな事を俺がいる前で話すな!

 

慌てて2人の方を向くが時すでに遅く、オーフェリアとシルヴィはお互いの顔を見合わせて、

 

「「優しいところ」」

 

同時に同じ事を口にする。

 

っ……!ヤバい。今まで2人には何度も好き好き言われてきたが、親の前で言われると恥ずかしい気持ちになるな……

 

「ほー!あんた優しいんだね。恋人2人に想われて良かったじゃん!」

 

「煩えよ。マジでぶっ飛ばすぞ」

 

「やってみろ馬鹿息子。アスタリスクに行ってからそれなりに強くなったみたいだけど、今のあんたじゃ私にはまだ勝てないよ」

 

そう言われて羞恥からカッとなっていた頭が冷静になる。悔しいが事実だ。今の俺じゃまだお袋には届かないだろう。

 

俺が息を吐いて怒りを収めるとお袋はカラカラ笑いながら口を開ける。

 

「ま、あんたも相当厳しい訓練してるみたいだし来年あたりには負けるかもね」

 

「そりゃそうだ。星露の訓練を受けて弱いじゃ話になんないからな?」

 

星露の訓練は実戦だけだがとにかく勉強になる。界龍にいる星露の弟子は手取り足取り教えて貰っているらしいが、ちょっと……いや、正直言ってかなり羨ましい。

 

すると、

 

「ちょっと待って八幡君!星露に鍛えて貰ってるの?!」

 

「……道理で最近ボロボロになっている訳ね」

 

あ……やべ。

 

後悔するも時既に遅く、両親に酒を注いでいた2人は俺に詰め寄ってくる。

 

「あ、いや、そのだな……」

 

「「八幡(君)?」」

 

俺が焦っていると2人は更に詰め寄ってくる。さて、バレた以上は話さないといけないが、どう説明したものか……

 

悩んでいる時だった。

 

「何?あんた今代の万有天羅に鍛えられてんの?うわ、ドンマイ。それ絶対あんたを強くした後に食べるつもりよ」

 

お袋は同情したような表情を浮かべてくる。

 

だろうな。普通に考えて他所の学園の生徒を鍛えるなんてあり得ない。それに俺は星露に鍛える条件として今シーズンの王竜星武祭の後に戦えと言われたし。

 

万有天羅は千年以上生きていて、戦闘を何よりも好む怪物だ。最終的に食われるなら止めておきたいが……

 

「ああ知ってる。それでも俺は強くなる為に星露に鍛えて貰うつもりだ」

 

ヴァルダや処刑刀と戦う可能性がある以上、強くなるに越した事はないし。これについては止めるつもりはない。

 

俺がそう口にするとシルヴィとオーフェリアは暫く俺を見てからため息を吐く。

 

「はぁ……こうなった八幡君は譲らないからなぁ……仕方ない。その事については止めないけど、危なくなったら直ぐに私とオーフェリアに連絡してね」

 

「……いざとなったら、制御を解除してでもあの女を殺すわ」

 

いや、まあ、そう言われるのは悪くはないが……オーフェリアよ。制御を解除して星露と殺し合いをするのだけは止めろ。どっちが勝つにしろ冗談抜きでアスタリスクが吹き飛びそうだ。

 

そんな恐ろしい未来を想像して冷や汗をかいている中、お袋は真剣な表情を見せてくる。

 

「あんたの実力からして今代の万有天羅はあんたの事を相当気に入っていると思うけど……悪い事は言わない。卒業したらアスタリスクを出て、アスタリスクや星脈世代に無関係な一般職に就いた方が良いよ。私もそうしたから」

 

「え?どういう事ですか?お義母様」

 

シルヴィがキョトンとした顔をしながら聞くと、お袋はビールを一杯飲んで、オーフェリアにまた注いで貰う。何でも良いが飲み過ぎだろ?もう6杯目だぞ?

 

呆れる中、お袋は嫌な表情をしながら口を開ける。

 

「私は王竜星武祭を二連覇した後、卒業後は歓楽街で用心棒でもやろうかと思ってたのよ。そんで卒業直前の時だったんだけど、先代の万有天羅に喧嘩を売られたんだよ。儂を滾らせろ、ってね」

 

どうやら先代の万有天羅も相当バトルジャンキーのようだ。

 

「そんで戦ったと?結果は?」

 

「負けよ負け。アレに勝てんのなんて今代の万有天羅かオーフェリアちゃんくらいでしょ。……まあ、でも何発か拳を叩き込んだからかあいつに気に入られちゃったみたいで去り際にこう言われたのよ。また儂を滾らせて貰うぞってね」

 

つまり目を付けられたのね……俺も目を付けられたし、うちの一族はそんな重い業を背負っているのか?だとしたら小町も危ない気がするんですけど。

 

「それを聞いた私は本能的に恐怖を感じたんだよ。そんでアスタリスクにいると万有天羅に関わる可能性が充分にあるってアスタリスクの外に出て普通の会社員になった訳」

 

「それは正しい判断だと思いますよ。基本的に万有天羅に関わってはいけないというのはアスタリスクの常識ですから」

 

そう、世間では万有天羅とオーフェリアに深く関わってはいけないという風潮が流れている。だから先代の万有天羅に目を付けられたお袋の行動は間違っていないと思うし、今代の万有天羅に目を付けられた俺も卒業後はアスタリスクから離れるつもりだ。

 

「なるほどな……それでお袋は同じ会社で働いていた親父と結婚した訳か」

 

俺は昔からお袋が普通の会社員である事や、言っちゃ悪いが王竜星武祭二連覇をしたお袋と、一度王竜星武祭本戦に出場したくらいの親父が結婚したのは疑問に思っていた。しかしまさか先代の万有天羅が関係しているとは完全に予想外だった。

 

「そうそう。多分あん時に万有天羅と会わなかったら、私は結婚しないで歓楽街で用心棒やっていて、あんたや小町は生まれなかったでしょうね」

 

「いや、俺や小町は生まれなかったかもしれないが結婚は出来たんじゃね?」

 

「無理無理。歓楽街で用心棒やるような女と付き合おうとする男なんて殆どレヴォルフの男だし。今はどうか知らないけど私の時代のレヴォルフの男は屑ばっかだから」

 

そう言われて俺は今レヴォルフにいる有名な男子生徒を思い浮かべる。

 

俺の前に序列2位の座にいたロドルフォはマフィアの首領をやってるイカれ野郎だし、元序列1位の荒屋敷の馬鹿は歓楽街最強の喧嘩屋だし、ディルクは言うまでもなく正真正銘の屑だし……うん、俺はやっぱりレヴォルフではマトモな方だな。

 

「まあマトモな男子は少ないな」

 

少なくとも俺が関わった事のある男子はマトモなのが1人もいない。

 

するとオーフェリアが……

 

「いいえ。八幡は優しくて素敵な男性よ」

 

そう言うなりオーフェリアは艶のある瞳で俺を見上げながらそう言ってくる。

 

「そうだね。八幡君は最高の男子だよ」

 

するとシルヴィも俺に人を魅了させる美しい笑みを見せてくる。2人の綺麗な表情を見ると胸がドキドキしてくる。

 

「そいつはどうも。お前らこそ最高の女性だよ」

 

今までそれなりに良い女は見てきたが、オーフェリアとシルヴィを上回る女性は見た事がないし、未来永劫2人以上の女性を見る事はないだろう。

 

すると……

 

「はっ!あんたが惚気るとはねぇ!恋ってのは恐ろしいものだねぇ」

 

お袋は楽しそうな声を出して更にビールを飲む。

 

……しまった。ついいつものノリでやっちまったよ。てか思い返すと恥ずかしい事を言ったな俺。

 

思い返してしまった俺は顔が熱くなって、折角用意して貰ったご馳走の味を感じられなくなってしまい、そのまま祝会は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後…

 

「お邪魔しまーす」

 

「……ここが、八幡の部屋」

 

食後のコーヒーを飲んだ俺達は一段落つくと、オーフェリアとシルヴィが俺の部屋を見たいと言ってきたので案内する事になった。

 

最初は恥ずかしいから断ろうとしたが2人の上目遣いに負けてしまい、断れなかった。俺やっぱり2人に弱過ぎだろ?

 

「まあな。とはいえ本くらいしかないつまらない場所だぞ?」

 

一応家具とかは残っているが、それを差し引いでも本棚とテレビ、机くらいしかない。これは一般的な男子からしたらかなり少ないだろう。

 

しかし2人は首を横に振る。

 

「ううん。昔八幡君が住んでいた部屋だもん。凄く興味があるよ」

 

「……確かにものは少ないわ。でも昔の八幡がどんな生活をしていたか解れて嬉しいわ」

 

「……っ!だからお前らは恥ずかしい事を言うな!」

 

「……別に恥ずかしい事を言ったつもりはないわ。そうよねシルヴィア?」

 

「うん。至極当たり前の事を言っただけだよ」

 

……そうかい。なら言っても無駄だろうな。マジで顔が熱くなってきた。

 

「……はいはい。とりあえず俺はお菓子でも用意するから適当に寛いでいてくれ。部屋に興味あるならいじってもいいから」

 

俺は2人の返事を聞かずに部屋から出て一階に向かう。とりあえず顔の熱が冷めるまで部屋には戻らないでおこう。

 

そう思いながらキッチンに着いた俺は戸棚から適当にお菓子を取り出そうとした時だった。

 

「あ、八幡八幡。あんたに渡すものがあるんだよ」

 

ビールの飲み過ぎからか顔を赤くしたお袋が笑みを浮かべながら俺に近寄ってくる。渡すもの?

 

「何だよ?まあくれるってなら有難く貰うが」

 

「まああんた達には絶対に必要なものよ。ハイこれ」

 

そう言ってお袋が渡してきたものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴムだった。もちろん輪ゴムじゃない。主に夜に使用されるゴムだった。

 

「なっ?!お、お袋!」

 

「ちゃんと対策はした方が良いよー」

 

「いらねぇよ!こんなもん持ってたらムラっとしちまうだろうが!」

 

「何よー、ノリ悪いわねー。遠慮するじゃないわよ」

 

「って、おい!無理やりポケットに入れるな」

 

「あんたヘタレだからチャンスものにしなさいよ。じゃあねー」

 

お袋はニヤニヤ笑いながら千鳥足でその場を後にした。マジでどうすりゃいいんだよ?返そうにもお袋は受け取らないだろうし……

 

仕方ない。とりあえず後でお袋の隙を見て捨てとこう。

 

俺は内心ため息を吐きながらお菓子を取り出して階段を上る。それにしても、オーフェリアとシルヴィが子供を欲しがっている以上、いつか俺もオーフェリアやシルヴィとそういう事をするんだよなぁ……

 

そんな未来に対して顔を熱くしながら自室に入ると……

 

 

 

「「……八幡(君)。これは何かしら(かな)?」」

 

いきなりオーフェリアとシルヴィが冷たい目をしながら俺を見てくる。

 

そして手には『シル○ィア・リューネ○イムそっくり!美しき姫の痴態!』と表記された成人向けDVDがあった。

 

これはアレだ。アスタリスクに来る前に俺が持っていた物だ。

 

アスタリスクに行く際、一刻も早く総武中から離れたかった俺は家具などの必要な物はアスタリスクで買うとばかりに、碌に部屋の整理をしないで家を出て、挙句に今日まで一度も帰省していなかったのでそのまま残っていたのだろう。

 

マズい、よりにもよって本人にバレるとは……

 

内心冷や汗をダラダラかいていると、2人が近寄ってくる。思わず退がってしまうが、直ぐに壁にぶつかって逃げ場を失ってしまう。

 

どうしたものかと悩んでいると、

 

 

 

「……八幡。私のそっくり物は無かったけど、私には興味が無いの?」

 

先ずはオーフェリアがそんな事を聞いてくる。

 

「え?あ、いや、お前のそっくり物は余り売られてないか「じゃあもしもあったら買っていた?」……え?そりゃまあ買ったな……って、いや!俺は……!」

 

「……そう」

 

するとオーフェリアは頬を染めながら後ろに退がる。そして対称的にシルヴィが詰め寄ってくる。

 

「八幡君はまだ16歳だよね?何度も言ってるけどこういうのは18歳になってからだよ。それにこれって私のそっくり物だよね?」

 

シルヴィが頬を染めながらそう言ってくる。ここで馬鹿正直に言ったら俺殺されるんじゃね?

 

しかし嘘を吐いたらもっとヤバそうなので、正直に話す事にした。

 

「はい。そうです」

 

するとシルヴィは更に真っ赤になりながらそっぽを向き、

 

「……こんなDVDが無くても私が相手してあげるのに……八幡君の馬鹿」

 

そんな事を呟く。当然のようにシルヴィの呟きが耳に入った俺の顔は熱くなる。誰かこの空気を変えてくれ!

 

 

内心そう叫んでいる時だった。

 

「……八幡、何か落ちたわよ。ポケットに穴が開いているみたい」

 

オーフェリアがそう言ってきたので下を見る。すると本当にポケットに穴が開いていたらしく、ポケットからヒラヒラと地面に向かって落ちていくものが見えた。あれは……!

 

落ちている物の正体に気が付いた俺は慌てながら拾おうとするが……

 

「あ、私が拾うよ」

 

そう言ってシルヴィが地面に向かってゆっくりと落下する物を拾う。遅かったか……

 

自分の行動の遅さに悔やんでいる中、シルヴィは落とした物を見て……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、八幡君……こ、これって……」

 

真っ赤になりながら、さっき俺がお袋から貰ったゴムを見せてきた。

 

アレ?これって人生最大のピンチじゃね?

 



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遂に比企谷八幡は……

俺は今人生最大のピンチを迎えている。

 

俺はアスタリスクに来てからは、公式序列戦で俺の前に序列2位の座にいたロドルフォや不動の1位のオーフェリアなどとと桁違いの相手戦った時や、王竜星武祭準決勝でシルヴィと戦った時、鳳凰星武祭の裏で処刑刀と戦った時などそれなりに修羅場をくぐり抜けてきたので、ちょっとやそっとの事では動揺しない。

 

しかし今俺の目の前で起こっている現実はちょっとやそっとの事ではない。

 

それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、八幡君……」

 

「……こ、これを持っているという事は……その、八幡はシたいの?」

 

目の前にはかつてない程に顔を真っ赤にしているシルヴィとオーフェリアがいた。

 

そしてシルヴィの白魚のような綺麗な指には夜の営みに必須のゴムがあった。

 

それは俺のポケットから落ちた物だ。その事からシルヴィとオーフェリアは俺がそういう意図を持っていると思っているだろう。

 

(クソがっ!何でポケットに穴が開いてんだよ!こんな事なら違うズボンを履けば良かったぜ!)

 

内心自分に毒づいていると、2人が俺に詰め寄ってくる。元々壁に寄り掛かっていた俺からしたら凄く密着してきてドキドキしてしまう。

 

「……これを持ってるって事は……そう考えていいのかしら?」

 

いやオーフェリア、それはお袋が無理矢理持たせた物であって俺自身が準備した物ではない。だから俺自身はゴムを貰うまで2人を抱く事を考えていなかった。

 

そう考えていると……

 

「……八幡君。八幡君が望むなら私は……いいよ?」

 

シルヴィが艶のある瞳を見せながら更に距離を詰めてくる。あと少し俺が前に動いたらキスをしてしまうくらい近い。

 

しかしどうしたものか……

 

正直に言うと2人を抱きたいという気持ちはある。オーフェリアにしろシルヴィにしろ2人とも凄く魅力のある女性だ。そんな2人と一夜を明かせるなんてまるで夢のような事だ。

 

だが、同時に恐怖を感じる。俺は初めてだ。もしも欲望に忠実になって2人を傷付けたら、と考えるとその先に行かなくてもいいと思ってしまう。

 

俺も鈍感ではないからオーフェリアとシルヴィは本気で俺に抱かれても良いと思っているのは理解出来る。

 

2人の要望には応えたい。でも2人を傷付けたら……

 

俺が目の前に示された二択の選択肢について悩むに悩んでいる時だった。

 

『お兄ちゃーん。お風呂が沸いたから入りたかったら入って良いよ〜』

 

ドア越しから小町の声が聞こえてきて、一度どちらの選択肢を取るかについて考えるのを止めた。

 

「あ、ああ。わかった。小町さえ良かったら先に入っても良いぞ?」

 

『んー。小町はまだお腹一杯だしお兄ちゃん達が3人で入っていいよー』

 

そう言われるとドアの外から小町の気配が遠ざかるのを察した。てか小町よ、お前今3人での部分を強調したよな?

 

そんな事を考えていると……

 

「………」

 

「………」

 

目の前にいるオーフェリアとシルヴィが真っ赤になりながらチラチラとこちらを見てくる。3人で一緒に風呂に入るのは日常茶飯事だが、今回は別だ。

 

今回は風呂に入る前にゴムの存在を知られたので、風呂に入る=夜の営みをする下準備という意味に思えてしまっている。

 

とりあえず俺は1人で入るからお前らは先に入れ

 

そう口にしようとしたら、その前に2人が俺の服の裾を摘んで……

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)、入りましょう(入ろ)?」」

 

ウルウルした瞳を見せながら、上目遣いで懇願してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は風呂に入るとき基本的にオーフェリアとシルヴィの3人で一緒に入る。

 

そして風呂に入ってからの流れは……

 

①オーフェリアとシルヴィが自身らの身体を俺の身体に擦り付けられながら洗う。

 

②俺がオーフェリアとシルヴィの身体を洗う

 

③湯船の中心に俺が入り、オーフェリアとシルヴィが俺の前後に抱きつく。

 

④のぼせるまでイチャイチャする(前に抱きついた方はとにかくディープキスをして、後ろに抱きついた方は俺の耳をハムハムしたり首筋をペロペロしたりする)

 

って感じだ。

 

基本的に付き合ってからは毎日こんなやり方で風呂に入っている。

 

しかし今回は……

 

 

「ま、待たせたな。洗い終わったから先に風呂に入る」

 

「う、うん。じゃあ次は私が洗っていいかな?」

 

「え、ええ……」

 

自分の身体は自分で洗っている。しかもいつもと違ってオーフェリアとシルヴィの裸をガン見出来ない。何というか……見たら引き返せない感じがするからな。それは他の2人も同じなのかいつもと違って視線を感じない。

 

俺は湯船に入ると直ぐに視線をお湯に向ける。いつもなら恋人2人の一糸纏わぬ姿をガン見してエッチと注意されているが、今日は見れない。見たらヤバい気がする。

 

視線をお湯に向けているとシャワーの音が聞こえる。いつもなら特に気にしないが、今日に限っては艶かしく聞こえてしまう。

 

(クソッ!毎日している事だろ?!何で俺は緊張してんだよ!すんじゃねぇよ!)

 

内心毒づきながら自身を奮い立たせようとするも未だにドキドキしてしまう。

 

すると……

 

 

 

 

 

ピトッ

 

いきなり右肩に感触を感じた。チラッと横を見ると紫色の髪が見えた。紫色の髪の持ち主、シルヴィの肩が俺の肩に触れたのだ。

 

それを認識した瞬間、

 

「「っ!」」

 

俺とシルヴィは同時にピクンとしながら距離を取る。

 

「ご、ごめんね八幡君」

 

「い、いやこっちこそ」

 

お互いに謝ってしまう。いつものシルヴィなら湯船に入るなり抱きついてディープキスをしてくるが、今日に限っては肩が触れ合っただけで過敏に反応してしまう。

 

これは間違いなくゴムの存在を知られたからだろう。まさかゴム1つで普段と違う行動になるとは思わなかった。マジで恐ろしいな。

 

そう思っていると、

 

ピトッ

 

今度は左肩に感触を感じたので横を見ると白色の髪が見えた。白色の髪の持ち主、オーフェリアの肩が俺の肩に触れたからだ。

 

「「っ!」」

 

そしてそれによって俺とオーフェリアはさっきのシルヴィ同様ピクンと跳ねて距離を取る。

 

「わ、悪い」

 

「……いいえ。八幡は悪くないわ」

 

お互いに謝って視線を下に向ける。何でゴム1つでここまで空気が変わるんだよ?てかいつも見慣れてる2人の裸が気の所為か美しく見えたんですけど。

 

(それにしてもマジでどうしよう?さっきは小町が介入したから有耶無耶になったが、風呂から出たな間違いなく2人は抱くかどうかを聞いてくるだろう。その時に俺は2人に対してどう返事をしたらいいんだかわからない)

 

一時のテンションに身を任せたりしたら碌な事にはならないからな。しかしだからといって2人の要望を一蹴するのも躊躇ってしまう。

 

マジでどうしよう?

 

 

 

 

結局俺は20分間無言で湯船に浸かったが、決める事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から出た俺達はいつも着ている寝巻きに着替えて、寝室ーーー俺の部屋に向かう。しかしその間も……

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

全員無言のまま階段を上る。3人揃って無言ってある意味凄いな……

 

そう思いながら部屋に入ると、嫌でもベッドと机の上に置いてあるゴムに目が入ってしまう。ゴムは夜の営みをする際に必要な物で、ベッドは必要な場所であるからだろう。

 

さて、これからどうしよう?

 

①他愛の無い雑談をする

 

②本能に従って、2人をベッドに押し倒して大人の階段を上る

 

③無言でベッドに行き眠る

 

この中から選ばないといけない。

 

①は無難なアイディアだが却下だ。こんな空気の中他愛の無い雑談なんて無理だろう。話題が思いつかずに滑るのが目に見えている

 

②も却下だ。今の俺は2人を抱くか否かについて悩んでいる状態だ。自分で決心したならともかく、その場の雰囲気に流されて抱いたら間違いなく後で後悔するだろう。

 

そうなると③しか残っていないな。よしそうしよう。

 

そう判断した俺は無言でベッドに行こうとしたが……

 

 

「「八幡(君)」」

 

ベッドにダイブする直前に2人に話しかけられる。最愛の恋人2人に話しかけられた以上、残念だが無視する訳にはいかない。

 

「……何だ?」

 

だから俺が返事をすると、2人は頬を染めながら近寄ってきて……

 

「……さっきは小町が介入したから有耶無耶になったけど、八幡の意見を聞かせて欲しいわ」

 

「……うん。八幡君はどうしたいの?」

 

あ、やっぱり聞いてきますか。2人に聞かれた以上答えないとな。だから俺は……

 

「したいという気持ちもある。……が、無理してまでするつもりはない」

 

今の自分の気持ちを噓偽りなく話す。すると2人はそれを聞くと同時に徐々に優しい顔を見せてくる。

 

「そっか。八幡君は優しいね」

 

「は?こんなの当たり前だろ?わざわざ言われることじゃねぇよ」

 

「……そう?いつも私達の要望を聞いて、自分は後回しにする。そして私達の事を最優先に気遣う貴方は優しいわ」

 

「ちょっと待てオーフェリア。いきなりどうし「でも……」うおぃっ?!」

 

いきなりベッドに押し倒された。上を見ると2人が艶のある瞳を向けてくる。

 

いきなりどうした?そう言おうとしたら、

 

 

「んっ……」

 

いきなり唇を奪ってきた。毎日している筈のキスなのに、ゴムの一件もあって凄くドキドキしてしまう。

 

予想外の一撃にドキドキする中、オーフェリアは俺から唇を離して俺の耳に顔を寄せて、

 

「でも八幡、貴方にとって最優先の事は私とシルヴィアかもしれないけど、私達にとって最優先の事は八幡、貴方の事なの」

 

すると、

 

「八幡君がしたいなら私達の事を気遣う必要なんてないんだよ?私達は八幡君になら何をされても良いし、八幡君が相手なら傷付くなんてないんだから」

 

言うなりシルヴィも反対の耳に顔を寄せてそんなことを囁いてくる。破壊力が凄い……そんな事を言われたら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【そうそう。お前は本能に従ってりゃいいんだよ】

 

出たな。俺の中の悪魔よ。かつてシルヴィの裸を見るように唆した悪魔で、結果的にシルヴィに告白されるきっかけを作った悪魔。

 

【よく考えてみろよ八幡。2人は前からお前にメチャクチャにされたいって言ってたんだぜ?ならメチャクチャにしてやれよ】

 

いや、そうは言われても……てか天使はどこに行ったんだ?まだ出てきていないが。

 

【あん?天使なら邪魔になると思ったから先に影神の終焉神装を使ってぶっ飛ばしておいたぜ?】

 

おぃぃぃぃ!よりによって俺の最終奥義を使ったのかよ?!悪魔の奴はオーバーキルが好きなのか?!てか天使完全に死んだんじゃね?

 

【残念ながら死んでねぇよ。殺す直前で逃げられたよ。あそこで殺せりゃ八幡は本能に忠実になったのによ】

 

よくやった天使よ。とりあえず生きているなら万歳だ。後悪魔よ、天使を殺すなよ?

 

【はぁ?!何でだよ?!天使が死ねばお前は本能に忠実になるんだぞ?!】

 

それがダメなんだよ馬鹿。本能に忠実になってみろ。アスタリスクを卒業する前にオーフェリアとシルヴィをお母さんにしちゃうからな?

 

いいか、殺すなよ?絶対だからな?

 

【え?それってフリ……】

 

違うからな?!冗談抜きで殺すなよ?!フリじゃないからな?!

 

【ちっ。……まあ良い。それは後だ。それより今は2人の事についてだよ】

 

ちっ、覚えてやがったか。

 

【話を戻すと向こうが望んでいるんだぜ。寧ろここで2人の要望をシカトする方が2人を傷付けるんじゃねぇよ?】

 

そ、それはそうだが……

 

 

 

 

 

 

【な、偶には素直になれよ。お前はいつも2人が望むことをしてやってんだし、偶には自分に対して素直になってもバチは当たらねぇよ】

 

………

 

 

 

「……いいのか?」

 

俺がそう口にすると2人がキョトンとした表情を俺に見せてくる。2人がそんな表情をするなんてマジで珍しい。

 

「素直に……自分の本能に従っても良いのか?」

 

すると2人は一瞬だけハッとした表情を浮かべてから……

 

「「勿論」」

 

優しい笑顔で肯定してくれた。言質は取った。ならば問題ないだろう。

 

それを確認した俺はベッドから起き上がり、電気を調整して薄暗くしてから、

 

「きゃっ……んっ」

 

「ちゅっ……いきなり大胆ね」

 

ベッドに2人を倒して、覆い被さりながら2人の唇にキスをする。自分から、それも何も言わずにキスをするのは初めてだ。

 

しかし2人は嫌がるような素振りを見せてこない。その事に内心安堵しながら口を開ける。

 

 

 

「じゃあ……するぞ?」

 

俺がそう言うと2人は艶のある表情をしながら蠱惑的な笑みを浮かべてくる。

 

「……ええ。好きにして」

 

「……初めてだから、優しくお願いね?」

 

 

 

 

 

 

「……ああ」

 

俺はただ一言だけそう言って2人の着ている寝巻きに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日俺達は遂に精神的だけではなく、肉体的にも繋がった。初めてだから緊張はしたが、2人とも最後まで嫌がる素振りを見せずに笑顔で俺を受け入れたのが何よりも嬉しかった。

 

そして今日を境に俺達3人の絆は何人にも犯されないくらい強固な絆と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

『やぁ……は、八幡……んあっ!』

 

『は、激し……君……んんっ……あぁん!』

 

 

「な、ななな、何やってんのあの3人は?!これじゃ小町全然眠れないじゃんバカー!!」

 



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比企谷八幡は恋人2人と遊びに行く

翌日……

 

瞼に朝の日差しを受けたので薄っすらと目を開けると薄い白のカーテンの向こう側から朝日が部屋を明るくしていた。太陽を見る限りそこまで高く上がっていないのでまだ早朝だろう。

 

今の時刻を確認しようと机の上にある時計を見ようとした時だった。

 

「んんー……もう朝か」

 

俺の右隣から紫色の髪を持つ少女が俺同様に目を覚ましていた。

 

紫色の髪を持つ少女ーーーシルヴィは一糸纏わぬ姿で身体を起こす。すると向こうは俺に気が付いたようだ。

 

それと同時にシルヴィは艶のある表情を浮かべながら俺に近寄り、

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

俺の首に腕を絡めてからそっとキスをしてきた。シルヴィとのキスによって生まれた音が未だに寝惚けている俺を活性化させて、一瞬で幸せな気分にしてくれる。

 

「んっ……ちゅっ」

 

幸せな気分になった俺はシルヴィのキスに応えるようにシルヴィの背中に手を回してキスを返す。

 

暫くの間キスをすると、

 

「「ぷはっ!」」

 

お互いに息苦しくなったので唇を離す。お互いの唇からは唾液が溢れだす。

 

目の前にいるシルヴィは一度呼吸を整えると、俺を見て、

 

「おはよう、八幡君」

 

世界中の人を虜にした綺麗な笑顔を見せてくる。今だけこの笑顔は俺のものである。そう思うと幸せな気持ちになる。

 

「おはよう、シルヴィ」

 

俺も朝の挨拶を返す。するとシルヴィは笑顔で頷く。

 

「……昨日は激しかったね。あんな八幡君は初めて見たよ」

 

そう言われて昨日の事を思い出す。そうだ、昨日俺はオーフェリアとシルヴィの3人で結ばれたんだった……

 

しかし改めて思い出すと……恥ずかしくて仕方ない。

 

「……っ!う、うるせぇよ!大体お前だって物凄い喘いでエロかったじゃねぇか!」

 

俺がそう返すとシルヴィは真っ赤になって俯き、チラチラと俺を見てくる。

 

「い、言わないでよ……八幡くんの馬鹿」

 

「す、すまん」

 

ダメだ。昨日の事を思い出すと顔が熱くなって仕方がない。マジで理性を失った俺は自分でもヤバイと思う。

 

そんな事を考えていると、

 

「……んっ」

 

背中から声が聞こえたので振り向くと白い髪の少女がシルヴィ同様、一糸纏わぬ姿で身体を起こしていた。

 

白い髪の少女ーーーオーフェリアは身体を起こして目を擦ると俺に気が付き、そのまま顔を寄せてきて……

 

 

 

 

 

「おはよう、八幡」

 

ちゅっ……

 

シルヴィ同様首に腕を絡めてから唇を重ねてくる。そして間髪入れずに舌を俺の口の中に捻じ込んで舌を絡めてきた。

 

予想以上の激しさに呆気に取られている中、オーフェリアは暫くの間舌を絡めたかと思いきや……

 

「んっ……」

 

ゆっくりと俺から離れてウットリとした表情を見せてくる。いつもの悲しげな表情とのギャップがあっと凄くドキドキしてしまう。

 

「おはよう、オーフェリア」

 

「……ええ。八幡、昨日は凄かったわね」

 

「お前までそれを言うか?大体一番激しかったのはお前だからな?」

 

「あ、そうだよね。一番激しかったのはオーフェリアだよね?普段とのギャップがあって……「そ、それ以上は言わないで」あー、もう!可愛いなぁ!」

 

オーフェリアが真っ赤になって恥じらいを見せると、それを見たシルヴィはオーフェリアに抱きつく。

 

お互い一糸纏わぬ姿で抱き合う俺の恋人2人、百合百合していて眼福です。

 

結果、俺はシルヴィが満足するまでオーフェリアを抱きしめるのをずっと眺めて、終わった後にオーフェリアに怒られた。

 

 

 

 

 

 

それから3分後……

 

「じゃあ今日は何処に行くか?」

 

2人の百合百合シーンを脳に焼き付けた俺は服を着ながらそう尋ねる。両隣てはオーフェリアとシルヴィも下着姿の状態で今日着る服を選んでいる。

 

「あ、じゃあオーフェリアが行きたがってたディスティニーランドに行こうよ」

 

シルヴィがそう提案してくる。ディスティニーランドか……まあ帰省の目的でもあるからな。悪くない選択肢だ。

 

「俺は構わないが、オーフェリアもそれでいいか?」

 

「……お願いしても良いかしら?」

 

「もちろんだ。っと、着替え終わったし朝食を食べようぜ?」

 

俺がそう言いながら自室を後にすると、着替え終わった2人は頷いてから俺の後に続いた。

 

 

一階に降りてキッチンに向かうと、

 

「おう小町、おはよう」

 

小町の背中が見えたので挨拶をする。すると小町はゆっくりと振り向いて、

 

「……おはよう」

 

目を腐らせながら、俺達をジト目で見てくる。何だその目は?余りの腐りっぷりにオーフェリアとシルヴィもドン引きしてるし。

 

「ど、どうした小町?何かあったのか?」

 

俺がそう尋ねると、

 

「何かあったのかだって……?」

 

小町は俯きながら震えだす。怖い、怖いよ小町ちゃん。マジでどうしたの?

 

俺もドン引きしている中、小町は勢いよく顔を上げて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あったに決まってんじゃん!昨日はお楽しみでしたねぇバカップルトリオ!」

 

俺達に詰め寄ってくる。え?おいまさか?!

 

俺達3人が驚く中、小町は更に詰め寄ってくる。

 

「昨日なんて小町、お兄ちゃんの部屋から聞こえてきた喘ぎ声の所為で一睡も眠れなかったんだよ!」

 

マジか?!聞こえてたのかよ?!

 

「あ、いや……それは……」

 

「ご、ごめんなさい」

 

シルヴィとオーフェリアは真っ赤になりながら小町に謝る。しかし小町の勢いは止まらない。

 

「本当ですよ!壁から喘ぎ声が聞こえてきてドキドキしてしまった小町の気持ちが解りますか?!別にするなとは言いませんがするんでしたら防音対策をしてくださいよ!お兄ちゃんやシルヴィアさんの能力な出来ますよね!」

 

確かにそうだ。周りに対しての配慮を考えていなかった俺達が悪いな。

 

「そ、そうだね。周りに気を配れなかった私達が悪かったよ」

 

「全く……小町は睡眠薬を飲んだんで今から寝ますが、おっ始めたら乗り込みますので!」

 

言うなり小町はズンズンと足音を立てながら階段を上っていなくなった

 

「……とりあえずディスティニーで小町に大量のお土産を買ってやろうか」

 

「そ、そうだね。今回は私達が悪かったんだし、お詫びの品を買わないとね」

 

「……買うとしたらお菓子かしら?」

 

小町が見えなくなると同時に俺達は朝食の準備をしながら、小町に対して用意する詫びの品について話し合った。

 

本当にすみませんでした。尚、親父とお袋は昨夜酒を飲み過ぎたからか爆睡したので聞いてなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「わぁ……直で見るのは初めてだけど凄いね」

 

「……まさか本当に行けるとは思わなかったわ」

 

栗色の髪に変えて変装したシルヴィとオーフェリアが感嘆の声を上げる。

 

「そうだな。俺も久しぶりに見たよ」

 

俺も2人に同意する。俺の変装用のヘッドフォンは壊れているのでそのままの格好故に目立って仕方ないが文句は言ってられん。

 

ディスティニーランドに着いた俺達はチケットをパスに引き換え、中に入り、メインストリートの背景にある白亜の城を見ている。

 

ディスティニーランドに来たのは子供の時以来だからか懐かしい気持ちで一杯になっている。まさか恋人と来るとはアスタリスクに来る前の俺からしたら夢にも思わなかっただろう。

 

 

「せっかくだし写真を撮影しようよ」

 

そう言いながらシルヴィは自身の用意したカメラを近くにいるスタッフに渡していた。まあ有名スポットで最愛の恋人2人と写真を撮るのはいい考えだな。

 

そう思いながら俺が白亜の城の前に立つとオーフェリアが右に並ぶ。そして直ぐにスタッフにカメラを渡したシルヴィも俺の左に並んでくる。

 

カメラを渡されたスタッフがこっちに来てカメラを向けてくる。そして……

 

「3、2、1で撮りますから。はい、3、2、1……」

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

するといきなり両頬に柔らかい感触とリップ音が聞こえた。そしてそれと同時に……

 

パシャ

 

シャッター音が響いた。

 

写真が撮れたようなので左右を見ると、案の定オーフェリアとシルヴィが俺の頬にキスをしていた。

 

「お前らなぁ……」

 

俺が口を開けようとするが……

 

「ふふっ……」

 

「えへへ……幸せだなぁ」

 

ダメだ。そんな顔にしている2人に突っ込みを入れてはいけない。守りたい、この笑顔。仕方ないなぁ……

 

俺が苦笑しながらスタッフからカメラを受け取ると、そこにはオーフェリアとシルヴィにキスをされている俺が映っていた。

 

「じゃあこれメニュー画面の壁紙にしよっと」

 

「……そうね」

 

2人は端末を取り出して壁紙にしている。2人がやるなら俺もするか。

 

そう思いながらポケットから端末を取り出して、電源を入れてパフェを食べているオーフェリアに待ち受けを見て癒されながらメニュー画面の壁紙の変更設定を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、混んでるな」

 

写真を撮り終えた俺達は近くでポップコーンを買ってから、ディスティニーランドでメジャーなアトラクションであるブラックサンダーマウンテンに乗ろうとしているが、メチャクチャ混んでいた。

 

「まあ春休みだから仕方ないよ。1時間くらい我慢我慢」

 

シルヴィがそう言って先に歩き出すので俺達もそれに続く。まあ2人と一緒なら1時間くらい待つのは全然苦じゃないからいいけどな。

 

「……楽しそうね」

 

見ると真下に引かれている線路の上をコースターが高速で走っているのが目に入った。乗客は全員楽しそうに手を上げていた。

 

「まあ後1時間くらいしたら乗れるんだし思いっきり楽しみなよ」

 

「……そうね。折角八幡に自由にして貰ったのだし楽しまないと損ね」

 

オーフェリアは言うなり俺の腕に抱きついてくる。そして反対側の腕にシルヴィも抱きついてくる。全くこいつらは本当に甘えん坊だな。

 

そう思いながら2人の頭を撫でていると、時間が経つのが早く感じてあっという間に俺達の番になった。

 

「……2人乗りだから1人余るがどうする?」

 

「あ、じゃあ私が1人で良いよ」

 

シルヴィが手を挙げてそう言ってくる。

 

「……いいのかしら?」

 

「うん。ただし次2人乗りのアトラクションに乗る時は私が八幡君の隣に座っても良いかな?」

 

「……わかったわ。じゃあ八幡」

 

「あいよ」

 

相槌をうってからコースターに乗る。すると直ぐに発射音が鳴ってコースターはゆっくりと動き登り始める。

 

「……ジェットコースターは初めて乗るから楽しみだわ」

 

オーフェリアはそう言ってくる。そうだ、俺にとってオーフェリアには出来るだけ楽しんで貰いたい。幼少期は碌でもない人生だったのだ。これからは楽しい人生を送らせてあげないとな。

 

改めて強く決心しているとコースターは遂に頂上に辿り着き……

 

「っ!」

 

勢いよく下り始める。

 

「っ……凄いわ八幡。こんなに早く動いているわ」

 

オーフェリアは口元に微かな笑みを浮かべながら楽しそうに辺りを見回している。

 

「凄い凄い!」

 

前の席ではシルヴィが両手を挙げて歓声を上げている。こいつはこいつで楽しそうだな。

 

そう思いながら俺も柄ではないが手を挙げて大きく曲がる所で声を上げる。

 

隣ではオーフェリアもおそるおそる手を挙げている。世界最強の魔女であるオーフェリアがジェットコースターに若干ビビっていると考えるとつい笑みを浮かべてしまうのは仕方ないだろう。

 

そう思いながら俺自身も流れに身を任せてジェットコースターを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

それか2時間後……

 

「そろそろ昼飯にしないか?」

 

ホーンデットアパートを出た俺はそう提案する。時刻は11時半過ぎ。昼飯の時間には悪くない時間だろう

 

「そうだね。オーフェリアは何か食べたい物ある?」

 

「……レストランで食べるのも悪くないけど、色々な物を食べ歩きするのも捨て難いわ」

 

「だよなー。ランドの飯って基本的にどれも美味いからな」

 

「あ、じゃあさ。今からカフェで軽食を食べて、午後に色々な物を食べ歩くのはどうかな?」

 

……なるほどな。昼飯を多く取るのではなく、昼飯を軽くして軽くした分をおやつに回すって訳か。

 

「俺はそれで構わないが……」

 

「私も良いわ」

 

「じゃ決まりだね。あそこのカフェで良いかな?」

 

そう言ってシルヴィは小洒落たカフェを指差す。まああそこなら文句はないな。

 

「あ、じゃあ俺は腹が痛いから手洗いに行ってくる。先に席取っといてくれ」

 

「はーい」

 

シルヴィの返事を聞いた俺は会釈をして手洗いに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

用を足してスッキリした俺は手洗いを後にする。大分時間がかかったので2人を待たせているだろうし、急ごう。

 

そう思いながら走ろうするといきなり曲がり角から人が現れてぶつかってしまった。今のはランド内で走ろうとした俺が悪いな。

 

「すみませんでした」

 

俺が急いで頭を下げる。

 

「あ、いやこちらこそ……って比企谷?」

 

ん?聞いた事のある声だな?

 

そう思いながら顔を上げると……

 

 

「って、平塚先生?」

 

そこにはアスタリスクに通う前に通っていた総武中の教師である元界龍第七学院序列3位『スクライド』の平塚静先生がいた。

 

向こうも予想外の相手だったのか驚きの表情を見せている。

 

「こんな所で君と会うとは思わなかったよ」

 

「そっすね。とりあえずお久しぶりっす」

 

「全くだ……何も言わずに学校から去ったと思ったら、次に見たのは王竜星武祭の舞台だったからな。目立つのが嫌いな君が世界で最も有名な場所に立つなんて思わなかったよ。そんなに叶えたい願いがあったのかい?」

 

いえ。叶えたい願いはMAXコーヒー飲み放題という大した願いではないです。しかしそれは口にしない。したら笑われるのがオチだし。

 

「あー、まあ色々と。ところで先生は誰かとデートですか?」

 

俺がそう口にすると先生は、

 

「……いや、この前知り合いの結婚式の二次会でペアチケットを二組手に入れてな。『1人で2回行けるね』って2回も言われて今回で3回目なんだよ……」

 

哀愁を漂わせながらため息を吐く。ちょっと!1人で2回行けるねなんて平塚先生には厳禁だからね!てかまだ相手がいないんですか?!俺はもうオーフェリアとシルヴィがいるから無理なんで誰か早く貰ってあげてください!マジで!

 

内心平塚先生に同情していると、平塚先生が口を開ける。

 

「ま、まあ私の事は良いだろう。寧ろ君は何でいるんだ?君の性格的に考えてこんな混雑しているような場所には行かないだろう?」

 

あー、まあそうだな。

 

しかしどう説明しよう。オーフェリアとシルヴィの3人でデートですとか言ったら平塚先生ショック死しそうだし、1人で来ましたなんて言ったら物凄い同情されそうだし……

 

どうしたものか……

 

悩んでいる時だった。

 

「「………っ!」」

 

いきなり横から莫大な星辰力を感じた。それによって俺と平塚先生は反射的に臨戦態勢を取る。

 

そして星辰力を感じた方を見ると凄まじい星辰力が吹き荒れていた。

 

 

すると平塚先生がその場所に向けて全力疾走で星辰力が吹き荒れている場所に向かうので俺もそれに続いた。

 

それにしても、この星辰力の量や質からして……

 

嫌な予感がしながら星辰力が吹き荒れる場所に着くと……

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりお前かよ……」

 

そこには変装を解いたオーフェリアが莫大な星辰力とドス黒いオーラを噴き出してシルヴィがそれを止めようと躍起になっていた。

 

対して向かい側には界龍第七学院序列3位『魔王』雪ノ下陽乃を筆頭に序列4位『神呪の魔女』梅小路冬香、序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォン、序列11位『幻映創起』黎沈華と界龍の『冒頭の十二人』の女子4人が臨戦態勢を取っていた。

 

その後ろでは例の葉山グループと昨日連絡船でオーフェリアに気絶させられた亜麻色の髪の女子と、俺がアスタリスクに来る原因となった相模と彼女のグループが顔を涙でグショグショにしていた。

 

 

 

もうマジで面倒くさいな……

 



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比企谷八幡は問題の解決に挑む

ディスティニーランド

 

それは夢の国で子供達に大人気の遊園地だ。しかし子供向けのアトラクションが多い中、大学生や大人からも人気を博している日本屈指の遊園地である。

 

しかしそんな夢と希望が集約された遊園地の中心では……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いオーフェリア!気持ちはわかるけど落ち着いて!」

 

「……無理よ。もう我慢出来ないわ」

 

「そこを何とか!」

 

「……諦めなさい。そして梅小路冬香、そこを退きなさい。貴女達界龍の人間には雪ノ下陽乃を除いて恨みはないから手を出すつもりはないわ」

 

「そういうわけにはいきまへんよ『孤毒の魔女』。うちらが退いたらあんさん後ろにいる人達を殺すやろ?というかあんさん陽乃と何があったん?」

 

「……そこの屑が昔文化祭で余計な事を言った所為で八幡が傷付いたのよ。その時点で殺す理由としては充分だわ」

 

「心外だなー。アレは比企谷君の自業自得でしょ?私の所為にするのは逆恨みなんじゃないかな?」

 

「良く言うわね。部外者の貴女が来なければそもそも問題は起こらなかった筈よ。それに今私は梅小路冬香と話しているの。私相手に何も出来ずに負けた雑魚の分際で口を挟まないでくれる?」

 

「……ふーん。言ってくれるね。いつまでもアスタリスク最強でいられると思わない方が良いよ?」

 

「……そんな台詞は一回でも私に傷を付けてから言いなさい。ちなみに貴女が間接的に貶めた八幡は出来たわよ?」

 

「いやいや、あんさん基準にしたら殆どの人が雑魚やからな?」

 

オーフェリアと界龍の女傑が星辰力を噴き出しながら睨み合っていて、夢の国から戦場に変わっていた。

 

怖い、マジで怖いんですけど?俺今直ぐ帰って良いか?

 

しかしそんな訳には行かない。今直ぐ回れ右したい気持ちをグッと堪えて両者の間に入ろうとする。

 

しかしその直前に……

 

「そこまでにして貰おうか」

 

平塚先生が全身に闘気のようなオーラを出して中間地点に入る。流石元界龍の序列3位だけあって凄まじい雰囲気だ。

 

「あ、静ちゃん久しぶり。何でここにいるの?もしかしてデート……あ、ごめん。そんな訳ないか」

 

「う、煩い!今は関係ないだろ!そ、それより今直ぐ戦闘態勢を解け。ここは公共の場だ。そんな風に星辰力を噴き出すと他の客に迷惑になるだろう」

 

「それはそっちの怪物に言って欲しいなー。私達は彼女が暴れてたからそれを止めようとしただけだし」

 

そう言って全員の視線はオーフェリアに向けられる。対するオーフェリアは殺気と圧倒的な星辰力を剥き出しにしたままだ。

 

「『弧毒の魔女』よ。今直ぐ星辰力を消してくれないか?」

 

「……なら退きなさい。そこにいる相模南とガラードワースの金髪の男と亜麻色の髪の女を殺したら直ぐに消してあげるわ」

 

オーフェリアがそう言って3人に対して殺意を向ける。すると……

 

「あ、あ、あ……!」

 

「「ひぃぃぃっ!!」」

 

3人は涙を零しながら失禁してしまう。しかしオーフェリアはそれを無視して一歩踏み出そうとするが、平塚先生が立ち塞がる。

 

「そうはさせない。彼等は私の元教え子達だ」

 

「だから?相模南は文化祭でした自分の愚行を棚に上げて八幡を悪と広める屑で、そっちの2人は理不尽な言い掛かりをしてくる屑よ?はっきり言って存在価値なんてないわ。それに……」

 

言うなりオーフェリアは右腕に更に莫大な星辰力を噴き出し、それによって右腕に瘴気が宿る。余りの禍々しさに平塚先生も一歩引いている。

 

「……私に命令出来るのは私の所有権を持っている八幡だけよ。貴女の命令は聞く必要なんてないわ」

 

そう言って更に一歩踏み出す。これ以上はマズそうだな。

 

そう判断した俺は……

 

 

 

 

 

「なら俺が命じる。オーフェリア。命令だ、攻撃を止めろ」

 

俺がそう言うと全員の視線がオーフェリアから俺に向けられる。しかし俺は全ての視線を無視してオーフェリアに目を向ける。

 

対するオーフェリアは俺を見てハッとした表情を浮かべながら、

 

「……っ、八幡。ごめんなさい。また八幡に迷惑を……」

 

謝りながら星辰力と瘴気を解除した。それによって周囲に生じていた圧倒的なプレッシャーは漸く無くなった。

 

それを確認した俺はオーフェリアの元に歩いて、優しく抱き寄せる。

 

「……何があったかは想像がつく。俺の為に怒ったんだろ?だから俺はまだ誰も傷付けていないお前を咎めない」

 

「……ごめんなさい八幡。昨日の今日で……怒ってはダメだと解っていても……八幡を理不尽に貶める彼等に我慢が出来なくて……」

 

「良いから。お前は俺の為に怒ったんなら咎めるつもりはない。だから落ち着け」

 

そう言ってオーフェリアの背中に手を回し背中を摩ると、オーフェリアも同じように背中に回してくる。

 

「……ええ。本当にごめんなさい」

 

オーフェリアは謝りながらギュッとしてくる。もう暴れる気配はないようだ。

 

その事に安堵しながら俺はシルヴィに話しかける。

 

「で?大体予想はつくけど何があったか聞いて良いか?」

 

そう頼み込むとシルヴィは

 

「あ、うん。実はね……」

 

 

俺に対して説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡る事3分……

 

「じゃあオーフェリア、八幡君帰ってくるまでに頼む物決めようよ」

 

「……そうね」

 

手洗いに行って席を外している八幡を待つシルヴィアとオーフェリアは一足先にカフェに行き、席を確保しながらメニューを見始める。

 

「……どれも捨て難いわね」

 

オーフェリアは悩ましげにメニューのあちこちを見ている。少し前ーーー自由になる前のオーフェリアでは絶対に見せない表情だ。

 

それを見たシルヴィアは嬉しく思いながらオーフェリアと同じようにメニューを眺める。

 

「食べたい物が沢山あるなら3人で別々な物を頼んで少しずつ交換するのはどうかな?」

 

「……いいの?」

 

「勿論。私も食べたい物が沢山あるから賛成だよ。八幡君も賛成してくれると思うから」

 

それを聞いたオーフェリアは昨夜身体を重ねた最愛の恋人を思い出す。

 

(そうね……八幡なら賛成してくれるわね)

 

そう判断したオーフェリアはシルヴィアに頷く。

 

「……じゃあそうしましょう。私はこのサンドイッチとパフェにするわ」

 

「うーん。私はドリアとチーズケーキにしよっと。後は八幡君が来てから注文しようね?」

 

オーフェリアがシルヴィアの言葉に首肯しようとした時だった。

 

 

 

 

「あー、葉山先輩。このカフェにしましょうよ〜」

 

「うん。偶にはオープンカフェも良いかもね」

 

「あーし、隼人の隣に座るし」

 

「あ、じゃあ反対側はうちが……」

 

「反対側は私が座りますね〜」

 

聞き覚えのある声が聞こえた。2人が後ろを振り向くとそこには昨日連絡船で会った2人に加えて、その仲間と思わしき人が複数人いた。

 

瞬間、オーフェリアの胸中には殺意が、シルヴィアの胸中には不快な感情と恐怖が現れた。

 

(……折角八幡とシルヴィアの3人で楽しく過ごしてたのに)

 

(……どうしよう。オーフェリアが爆発しそうで怖いよ。しかも八幡君は変装してないから戻ってきたら間違いなくトラブルになっちゃうよ……)

 

そう判断したシルヴィアは急いで携帯端末を取り出して自身の彼氏に『トラブルの種がカフェにあるから食べる場所を変えよう』とメールをしようとした。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば葉山君、アスタリスクではどうなの〜?」

 

赤髪の女子が金髪の男ーーー葉山に話しかける。すると亜麻髪の少女が

 

「それがですね〜。レヴォルフの『影の魔術師』が『弧毒の魔女』を利用して葉山先輩に嫌がらせをしてくるんですよ〜。その所為で鳳凰星武祭も棄権する羽目になって最悪です〜」

 

明らかなデマを口にする。

 

それを聞いたシルヴィアは急いで目の前で無表情でドス黒いオーラを噴き出しながら立ち上がろうとするオーフェリアの肩を掴む。

 

(……離してシルヴィア。あの女、性懲りもなく八幡を貶める事を……)

 

(待ってオーフェリア。お願いだから落ち着いて!)

 

シルヴィアは必死になってオーフェリアを止めながら、これ以上余計な事を言うなと内心毒付く。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

.

「うわヒキタニ本当に最悪じゃん。うちも文化祭でちゃんとやったのにちょっとミスしただけで凄い悪く言われたしー」

 

赤髪の女子が火に油どころか、火にニトログリセリンを入れるような発言をぶちかました。

 

それによってオーフェリアは更に目を細めながらドス黒いオーラを噴き起こす。

 

(お願いオーフェリア。気持ちはわかるけど落ち着いて!)

 

(……離しなさいシルヴィア……!貴女も一緒にゴミ掃除をするわよ。アレは人間じゃなくてゴミだから消しても問題ないわ)

 

(いやいや、一応人間だからね?!お願いだから落ち着いて!)

 

シルヴィアが懸命にオーフェリアを宥める中、当の本人らは……

 

「アレ?でも隼人君、鳳凰星武祭の時はこっちに非があるって学園側から発表があったべ?」

 

「いやいや戸部先輩、当事者の私達が言っているんですよ?こっちが正しいに決まってるじゃないですか〜」

 

「そうそう。どうせガラードワースが『弧毒の魔女』に恐れたから葉山君達を悪いって発表したんでしょ?」

 

「……うーん。そうは考えにくいけど」

 

「は?じゃあ海老名は隼人が悪いと思ってんの?」

 

「……私は実際に見てないから何とも言えないよ」

 

「いやいや葉山先輩は悪くないですから。しかも昨日なんてアスタリスクから帰省する際に連絡船でまた『影の魔術師』が『弧毒の魔女』に命令して私と葉山先輩に嫌がらせをしてきたんですよ。ね〜葉山先輩?」

 

(……離せシルヴィア。もう限界……!)

 

(駄目だって!というか口調が変わってるよ!)

 

まさかの命令口調にシルヴィは驚きながらもオーフェリアの肩を離さない。肩を離したらオーフェリアは躊躇いもなくあの場で八幡の悪口を言っている面々を殺すだろうから。

 

しかしシルヴィの必死の説得も……

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、本当に最悪じゃん。ヒキタニなんて本当に死ねば良いのに。ねぇ葉山君?」

 

「え、あ……駄目だよ相模さん。ヒキタニ君だって魔が差しただけで本当はそこまで悪い人じゃないんだから」

 

「葉山先輩は優しいですね〜。あんな最低な人に対してそんな風に庇うなん「……最低はどっちかしら?」はい?」

 

虚しく失敗に終わった。オーフェリアはシルヴィアの腕を振り払って立ち上がり、連中の元に歩き出した。

 

(あぁ……ごめん八幡君!止めれなかったよ!)

 

シルヴィが頭を抱えながら内心で八幡に謝る中、オーフェリアは連中が座っているテーブルの前に立ってヘッドフォンを外す。

 

すると……

 

「なっ……!」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」

 

「お、お、お、オーフェリア・ランドルーフェン?!」

 

オーフェリアの髪が本来の色である白色に戻り、オーフェリアから圧倒的な星辰力が辺りに噴き荒れた。

 

すると葉山は今までの言動を思い出して真っ青になり、一色は昨日の出来事を思い出して椅子から転げ落ちて、相模は予想外の人物の出現に怯え出した。

 

周囲にいる人間も予想外の人物に驚き怯えながら距離を取る。本来なら葉山達も逃げ出したい気持ちで一杯だが、オーフェリアに睨まれて、蛇に睨まれた蛙よろしく一歩も動けなかった。

 

しかしオーフェリアはそれを無視して、最初に一色を睨む。

 

「……さっきから聞いていれば随分と八幡を悪人呼ばわりしてくれたわね?」

 

「え、あ、そ、その……」

 

「いつ八幡が私を利用したのかしら?それに八幡が貴女達に嫌がらせ?ふざけているのかしら?アレは全部そこの金髪の自業自得でしょう?八幡に罪を擦り付けるのは止めてくれない?」

 

「ひっ……!ぴあっ!」

 

オーフェリアは殺意を剥き出しにしながらそう口にすると一色は涙で顔をグシャグシャにしながら後退する。

 

すると葉山が……

 

「そ、その済まなかった!つ、つい魔が差してヒキタニ君の事を悪く言ってしまったんだ……!」

 

そう言って頭を下げるも……

 

「……ふざけてるの?ヒキタニ君だって魔が差しただけだと、明らかなデマを口走っておいて今更ね。大体貴方またヒキタニ呼びしているけど、懲りてないのかしら?」

 

余計にオーフェリアから星辰力が噴き出す。それと同時に腕からは瘴気が出始める。

 

(マズい……!オーフェリア昨日より遥かに怒っているよ!これは私が止めないと……!)

 

 

オーフェリアの怒りに呑まれかけていたシルヴィアは慌てて立ち上がろうとする。そしてオーフェリアは一色の隣にヘタレ込んだ葉山を見て、お前は後だとばかりに一暼してから相模に視線が向ける。その瞳は葉山や一色に向けていたそれよりも遥かに冷たいものだった。

 

「……一番気に入らないのは貴女よ、相模南。正直言って今直ぐ殺したいくらい貴女が憎いわ」

 

オーフェリアがそう言うと相模は怯え出す。

 

「な、何よ?!ウチは悪い事なんてしてないわよ!」

 

相模がそう口にするとオーフェリアは更に星辰力を噴き出す。制御していてこれである。

 

(うわぁ……私今までオーフェリアに対してリベンジを公言してたけど……ここまでとは思わなかったよ)

 

オーフェリアは3割の力で公式序列戦や星武祭で八幡やシルヴィアと戦った時より遥かに上回る力を噴き出している。

 

つまり本気のオーフェリアは八幡やシルヴィアと戦った時の実力と比べて、低く見積もっても3倍以上の力を持っている事になる。

 

そんな圧倒的な力の前で一般人の相模が抗えるはずもない。涙で顔をグシャグシャにしながら失禁してしまっている。

 

しかしオーフェリアはそんな相模を見ても特に表情を変えずに

 

「……ウチは悪くない?実行委員長の癖にクラスの方に出ても良いなんて戯言を言った貴女の何処が悪くないのかしら?」

 

「それは皆がクラスの方も楽しめるようにって思ったから……!」

 

「……そう。じゃあそれについては百歩譲って良いとするわ。じゃあ次、何で閉会式の時に逃げ出したのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

相模は口を開こうとするが出来なかった。そんな相模を見てオーフェリアはため息を吐く。

 

「……全く、八幡も何でこんな屑の為に泥を被ったのかしら?無視すれば良かったのに……」

 

そうぶつぶつ呟く。しかし殺気は微塵も衰えていない故に余計に恐怖を感じてしまう。

 

八幡を侮辱した連中が怯える中、オーフェリアは遂に……

 

「……覚悟は出来たかしら?」

 

瘴気を纏った腕を葉山達に向ける。明らかに殺す気満々だ。そんな中シルヴィアがオーフェリアを止めようと彼女の腕に掴もうとした時だった。

 

 

「はいはい。そこまでにしときなはれ『弧毒の魔女』」

 

そんな声が聞こえながらオーフェリアと葉山達の間にスッと爽やかな風が吹くと同時に1人の女性が舞い降りてきた。そこには……

 

「……梅小路冬香。邪魔よ、退きなさい」

 

界龍第七学院序列4位『神呪の魔女』梅小路冬香が膨大な万応素を辺りに渦巻かせながらオーフェリアの前に立ち塞がっていた。

 

「いやいや、それは無理さかい」

 

おっとりとした口調ながら断固として譲る気がなく、高速で印を結んで臨戦態勢を取る。

 

するとその直後……

 

「……まさかこんな所で予想外の人物と会うとはねー」

 

「いやー、陽姉に帰省する際にディスティニーランドに行こうって誘われた時はこんな場面に遭遇するとは思わなかったよ」

 

「……いやいやウォン師姉、正直言って私、今直ぐ帰りたいんですけど」

 

冬香の横に序列3位『魔王』雪ノ下陽乃、序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォン、序列11位『幻映創起』黎沈華と界龍の『冒頭の十二人』の女子3人が並びオーフェリアと向き合った。

 

雪ノ下陽乃を鋭い視線をオーフェリアにぶつけ、セシリーは冷や汗をかいて、沈華は今直ぐ帰りたいとばかりにげんなりとした表情を浮かべていて、それでありながら全員オーフェリアの前に立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って、感じかな」

 

「ああ。大体予想はついてたが、完全に予想通りだった」

 

恐ろしいくらいピタリと当たった。もしかして予知能力に目覚めたのか?

 

色々言いたい事はあるが、とりあえず先ずは……

 

「オーフェリア」

 

先ずは俺と抱き合っている恋人に話がある。

 

「……何?」

 

「俺の為に怒ってくれるのは嬉しいが……とりあえず暴力で物事を解決しようとするのは止めろ」

 

先ずはそれが言いたい。今のオーフェリアはバックにディルクがいないので犯罪を犯した場合、揉み消しが出来ない。だから暴力を振るったら即アウトになってしまうだろう。

 

「それは……」

 

微妙に納得仕切れていないオーフェリア。仕方ない……

 

「これは命令だ。従え」

 

少し口調を強くして命令をする。するとオーフェリアはハッとした表情を浮かべてから……

 

「……わかったわ」

 

コクンと頷いた。良し、オーフェリアはなんだかんだ素直だから多分大丈夫だろう。次は……

 

そう思いながら俺は俺自身をdisっていた連中に視線を向ける。

 

「おい、俺をいくらdisるのは構わないが、オーフェリアを怒らせてんじゃねぇよ。オーフェリアがてめぇらの埃より軽い命を奪ってムショ行きになったら、たまったもんじゃねぇんだよ?」

 

別にこいつらは死んでも良いが、オーフェリアが殺した場合オーフェリアは罪に問われるだろう。こいつら程度の命を奪ってムショ行きだなんて馬鹿げているからな。

 

俺がそう口にすると相模が涙目でなりながらも睨んでくる。

 

「何よっ……!そもそもあんたが悪いのに何でうちらが悪く言われなきゃいけないのよ?!まぐれで王竜星武祭ベスト4になれたからって上から目線で言ってんじゃないわよ!」

 

「そ、そうですよ!元はと言えば先輩が『弧毒の魔女』の手綱を握ってないのが悪いんじゃないですか……!」

 

すると一色も便乗してくる。こいつらオーフェリアが相手じゃないと強気だな。

 

「なっ!君さぁ……!」

 

「……不愉快ね」

 

それに対して前に出ようとしたオーフェリアとシルヴィを手で制する。大方星脈世代じゃない相模は星脈世代の俺じゃ攻撃出来ないと判断して強気なのだろう。

 

確かに星脈世代が非星脈世代に対して手を出したら重罪だ。その事を盾にするのは良い選択だろう。

 

だが、俺はオーフェリアと違って真っ向から叩き潰すスタイルよりじわじわ削るスタイルの方が好きなんでな。

 

そう思いながら俺はポケットから端末を取り出してオーフェリアにビビって失禁した相模達の痴態を写真に収めた。

 

すると向こうも俺のした事を理解したようで青ざめる。

 

「ちょ、ちょっと!何してるんですか〜!?」

 

「あん?お前らが小便を漏らした痴態を写真に収めただけだから気にすんな」

 

「ふ、ふざけんじゃないわよヒキタニ!今直ぐ消しなさいよ!」

 

「嫌だね。次オーフェリアを怒らせたらネットにUPするからそのつもりで」

 

俺は適当にあしらいながら未だに喚いている馬鹿共を無視して界龍の面々の方を向く。

 

そして先頭に立っている梅小路冬香に対して頭を下げる。

 

「うちのオーフェリアが迷惑をかけたな『神呪の魔女』。彼氏として謝罪させて貰う」

 

話を聞く限りもしもこの女が間に入らなかったらシルヴィだけじゃオーフェリアは止め切れずに、葉山達が殺されてオーフェリアが犯罪者になっていたかもしれない。

 

「いやいや、頭を上げてかましまへんえ?実際怪我人は出てへんし、うちはそこまで怒ってへんよ?」

 

そう言われたので頭を上げる。

 

「……済まないな。それとオーフェリア、犯罪者になりかけたお前を止めてくれたんだ。謝罪はしとけ」

 

俺がそう言うと、オーフェリアは小さく頷いてから梅小路冬香に頭を小さく下げる。

 

「……ごめんなさい」

 

「だから頭は下げんでええよ?」

 

彼女は苦笑しながら手を振っていた。梅小路冬香……直で見るのは初めてだが、星露とは違った意味で掴めない人間だな。

 

そして理由はないが危険な匂いがする。公式序列戦の記録を見る限り俺の敵ではない。しかし妙に気になる。俺的には界龍じゃ星露の次に危険、序列で上回っている武暁彗や雪ノ下陽乃より危険な気がするんだよなぁ……

 

「ただ、あんさん。実際ここは公共の場やから、その辺気ぃ遣って貰わんとなぁ」

 

「……そうするわ」

 

そりゃそうだ。怪我人は出なかったが一歩間違えなら怪我人は出ただろうし。

 

「本当に済まなかった。謝罪の品について必要なら言ってくれ」

 

「うーん。うちは特にあらへん……あ、じゃあ1つ聞きたいことがあるんやけど」

 

「聞きたいこと?何だよ?」

 

俺がそう尋ねると彼女は俺の方に近寄って、

 

「(鍛錬中にお師匠さんから聞いたんやけど、八幡、お師匠さんの教えを受けとるのはほんまかい?)」

 

小声でそう聞いてくる。

 

……おい星露。てめぇ、何で自分の門下生に暴露してんだよ?万が一公になったら面倒だろうが。

 

「(あー、まあ一応週に一度受けてるな。ちなみにこの事は界龍じゃ有名なのか?)」

 

「(いんや、知っとるのはうちだけやと思うわ。まあお師匠さんの一番弟子の暁彗は知っとるかもしれんけど。それにしてもまさかほんまとはねぇ……いずれ手合わせしたいわぁ)」

 

「(そんなにしたいなら今回の件の侘びとしてお前らんとこの学園祭のイベントで闘ってやるぞ?)」

 

俺個人としてはチーム・赫夜の為にデータ収集目的として暁彗とやる予定だが、梅小路が今回の件の侘びとして闘いを求めるなら受けるつもりだ。

 

しかし、

 

「(あー、それは無理さかい。うち、お師匠さんから出るなって命じられてるんや。だから闘るとしたら王竜星武祭やな)」

 

なるほど。暁彗を獅鷲星武祭に、梅小路を王竜星武祭に出すつもりなのか。これはいい情報を手に入れられたな。

 

「(それに八幡は暁彗とやるとお師匠さんから聞いとるで?うちとの二連戦なんてしたら二戦目は負けるで?)」

 

だろうな。暁彗にしろ梅小路にしろ簡単に倒せる相手ではないだろう。仮に1戦目に勝ち星を挙げても、2戦目はボロ負けだろう。

 

 

 

 

 

 

「(わかった。じゃあお前との戦いは王竜星武祭までとっておく)」

 

「(そやね。当たるのを楽しみやわぁ)」

 

そう言ってから梅小路は俺から離れる。まあ出来ることなら当たりたくないけどな。どうもこいつからは危ない匂いがするし。

 

「じゃあとりあえず今回の件については以上で良いか?」

 

「かましまへんえ。それにしても恋人が2人も連れるとは中々色男やなぁ」

 

梅小路は小袖の裾で口元を隠しながら笑ってくる。何というか……妙な笑い方だな。

 

すると、

 

「えー。比企谷君、雪乃ちゃんがいるのに浮気?」

 

雪ノ下陽乃がそんな事を言ってくる。

 

「いや、浮気も何も雪ノ下とはそんな関係じゃないですからね?」

 

「またまた、照れちゃって〜」

 

そう言いながら俺の脇腹をつついてくる。ウゼェ……

 

内心辟易していると……

 

「……行くわよ八幡」

 

「そうだね。早くデートの続きをしないとね」

 

いきなり後ろから引っ張られたと思ったらオーフェリアとシルヴィがジト目を向けながら俺の腕に抱きついてくる。お前ら可愛過ぎか?

 

「あ、お、おい!」

 

俺が焦る中、オーフェリアとシルヴィはそれを無視して歩き出した。

 

「あ、ちょっと待ちなさいよヒキタニ!」

 

「そうですよ!写真を消してくださいよ!」

 

こいつらどんだけ上から目線なんだよ?

 

「……黙りなさい」

 

「「ひぃっ!」」

 

オーフェリアが一言そう言うと悲鳴を上げて黙る。オーフェリアはそんな2人を無視して雪ノ下陽乃と向き合う。

 

「……雪ノ下陽乃」

 

「私に何か用かな?」

 

「……学園祭で貴女達の出し物で貴女に挑むから」

 

「へぇ……私に対して眼中にないと何度も言っていた貴女が?」

 

「ええ。決闘なら合法的に貴女を潰せるから。そこで八幡を間接的に貶めた貴女の罪を裁くから首を洗って待っていなさい」

 

言うなりオーフェリアは首を掻っ切るようなジェスチャーをしながら冷笑を浮かべる。

 

怖い!オーフェリアさんマジで怖いから!シルヴィもドン引きしてるし。

 

オーフェリアはジェスチャーを終えると仕事を成し遂げたいような表情を浮かべてから俺を引っ張るのを再開した。

 

その際、途中で再起動したシルヴィも俺を引っ張り、次のアトラクションまで引っ張られ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は特に面倒事に遭遇する事はなく、オーフェリアの人生初のディスティニーランドはまあまあ及第点という形で幕を閉じた。



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比企谷八幡達はアスタリスクに戻る

「ただいまー」

 

「ただいまー」

 

「……ただいま」

 

夜10時、ディスティニーランドから帰宅した俺達は両手に大量の土産を持ちながら家の中に入る。

 

そしてそのままリビングに入ると、

 

「あ、おかえりお兄ちゃん」

 

リビングでパジャマ姿の小町がテレビを見ながらポテチを食べていた。親父とお袋はいないのか?

 

「ただいま。親父とお袋は?」

 

「会社の飲み会に行ったよ」

 

「呆れた……昨日あんなに飲んだのにかよ。あ、それとこれ土産な」

 

そう言って俺達は近くにあるテーブルに買った土産を置く。ドサドサっと音が鳴る中、小町は驚きの表情を浮かべる。

 

「おろ?随分と買ったね。アスタリスクに持っていくの?」

 

「いや違う。お前に対するお詫びの品だな」

 

「お詫び?何かあったっけ?」

 

「あー……だからアレだ。その……昨日煩かった詫びだよ」

 

言葉を濁して説明すると小町はハッとした表情を浮かべ、徐々に赤くなる。

 

「あ、うんそうだね。次からはちゃんと防音対策はしてね?その……シルヴィアさんとオーフェリアさんの喘ぎ声凄かったから」

 

小町がそう言うとオーフェリアとシルヴィも小町同様真っ赤になって俯く。

 

「……ごめんなさい」

 

「そ、それは言わないでよ小町ちゃん」

 

「あー、はい。すみませんでした。ところで、その、お二人に聞きたいんですけど……気持ち良かったんですか?」

 

おーい!何を聞いてんの小町ちゃん?!シルヴィとオーフェリアが茹で蛸のように真っ赤なんですけど!てかオーフェリアがここまで乙女の顔を見せてくるとは予想外だわ!

 

「え、えーっと……う、うん。気持ち良かったよ」

 

「そ、そうなんですか?!ちなみに……その、最初は痛かったですか?」

 

「……初めは結構痛かったわね。でも暫くしたら直ぐに八幡が気持ち良くさせてくれたからそこまで苦痛に感じなかったわ」

 

「そうだね。しかも八幡君って激しくするのに、偶に動きを緩めて『大丈夫か?無理するなよ』って優しく声をかけてくれるんだけど、それが凄く嬉し「おいお前らそれ以上は止めろ!恥ずかしくて死ぬわ!」……あ、ご、ごめん!」

 

何で抱いた2人の感想を聞かないといけないんだよ?!てか大分生々しいわ!てか改めて自分の行動を第三者から聞かされるとメチャクチャ恥ずかしいんですけど!

 

「へ、へぇ……そ、そうなんだ。ふっ……」

 

「って、おい!小町!」

 

今の話を聞いた小町は真っ赤になってフラフラしたかと思ったら、そのまま床に倒れこんだ。どうやら予想以上に過激な内容だったからか脳のキャパがオーバーしたのだろう。

 

「と、とりあえず小町を部屋まで運んでくる」

 

「じゃ、じゃあよろしく。小町ちゃん運んだらお風呂に入ろっか?」

 

「……そうね」

 

風呂か……昨日はお袋の渡したゴムの所為で緊張しまくったが、一度2人を抱いた以上緊張はしないだろう。

 

「はいよ」

 

俺はそう返事をしてから小町を背負って二階に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後……

 

「んっ……あっ、やぁっ……」

 

風呂場にてオーフェリアがいやらしい嬌声を出している。そして彼女の脇腹には俺の手が添えられている。

 

結局俺達は特に緊張しないで風呂に入れた。そしていつものように俺が自身の身体をオーフェリアとシルヴィに身体を擦り付けられながら洗われた。

 

そこまでは良い。そこまでは良かった。

 

しかし問題はそれからだった。

 

いつものように俺がオーフェリアの身体を洗おうと擦っていたのだが……

 

「やぁっ……あんっ」

 

何か物凄くエロいリアクションをしてくる。身体に触れる度にピクンと跳ねてエロい声を出してくるのだ。

 

ハッキリ言ってクソ可愛い。昨日抱いたのにまた抱きたいという衝動が襲ってくる。

 

「……っ、八幡、手つきがいやらしいわ」

 

「え?マジで?」

 

俺としては特にいやらしい洗い方はしてないが……

 

疑問に感じているとまだ身体を洗っていないシルヴィが口を開ける。

 

「多分だけど、昨日の一件で八幡君が新しいテクニックを会得したんじゃないかな?昨日八幡君の手つき、時間が経つにつれていやらしくなっていたし」

 

そ、そうなのか?あの時は無我夢中だったから余り記憶には残っていないが……

 

「わ、悪い。自分で洗うか?」

 

「……それは遠慮しておくわ。八幡に洗われたいし」

 

「え?つまりお前はエロい手つきで洗われたいのか?」

 

「……っ!八幡のバカ……」

 

言うなりオーフェリアは俺の方を向いて胸板をポカポカ叩いてくる。何この小動物?マジで可愛いな。

 

「悪かった悪かった。ホレ、詫びのシャワーだ」

 

そう言いながら俺はシャワーを出してオーフェリアの頭にぶっかける。するとオーフェリアはシャワーの勢いに負けて、俺の胸板を叩くのを止めて大人しくシャワーを浴び始める。

 

シャワーによってオーフェリアの身体にこびり付いていた泡は洗い流され、オーフェリアの美しき裸体が目に入る。たった今洗ったばかりだからか光っているようにも見えてドキドキしてしまう。

 

(凄い綺麗だな。俺はこんな美少女を抱いたのかよ?)

 

正直言って昨日の一件は夢と言われても信じてしまいそうだ。

 

「……は、八幡。視線がいやらしいわ」

 

オーフェリアは身を隠すように抱く。オーフェリアにとっては隠しているように思っているようだが、俺からしたら寧ろこっちの方がそそるんですけど?

 

こいつマジで自由になってから感情豊かになり過ぎだろ?

 

内心オーフェリアにデレデレしているとオーフェリアは恥じらいの表情を浮かべたまま湯船に入り、全身を隠すようにしなからこちらの方をジト目で見てくる。マジで可愛いなオイ。

 

そう考えていると肩を叩かれたのて振り向くとシルヴィが艶のある笑みを浮かべ……

 

「んっ……じゃあ八幡君。次は私をお願い」

 

そっとキスをしてから風呂場にある椅子に座って傷一つない美しい背中を俺に晒してきた。

 

「はいはい。わかりましたよ歌姫様」

 

そう言いながら俺は石鹸を擦って泡立てシルヴィの背中に触れる。

 

すると……

 

 

 

「んっ……あっ……」

 

オーフェリア同様にエロい声を上げ始めた。

 

俺はそれにドキドキしながらも舌を噛む事で何とか理性を崩さずにシルヴィの全身を洗う事に成功した。マジで俺の理性は強いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそう思ったのも束の間で、全員身体を洗い終えて湯船に浸かると、2人が両サイドからキスやハグを何度もしてきたら、理性は吹っ飛んでしまった。

 

結論、俺の理性はオーフェリアとシルヴィに対してはそこまで強くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間半後……

 

「えへへ……」

 

「ふふっ……」

 

自室のベッドにて、肌にツヤめきが出ているシルヴィとオーフェリアが左右から甘えてきている。

 

「お前らマジで元気だな……俺は疲れたから少し離れてくれ」

 

げっそりしている俺がそう頼むも……

 

「ふふっ……嫌」

 

「やーだ♪私は八幡君から離れたくない」

 

そう言いながら2人は俺の頬に自分達の頬を当ててスリスリしてくる。2人に搾り取られて疲れ果てた俺としては離れて欲しいが2人は離れる気配は微塵も見せてこない。こりゃもう諦めるしかないようだ。

 

「……はあ、俺の負けだ。好きにしろ」

 

俺が負けを認めると2人は笑いながら頬にキスを何度もし始める。今更だが……マジで俺の恋人2人はキス魔過ぎる。

 

そう思いながら俺は大人しく2人にキスをされ続けた。俺が抵抗しないのを良い事に2人は更にペースを上げてきた。

 

 

結局、2人がキスを止めたのはそれから1時間後のことだった。2人はキスを止めると直ぐに眠りに入ったが、2人にキスされまくった俺は恥ずかし過ぎて一睡も出来なかった。

 

翌日俺は2人にアイアンクローをぶちかましたが、今回ばかりは仕方ないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから一週間後……

 

「じゃあお袋、次は来年の春休みに帰ってくるわ」

 

いよいよアスタリスクに戻る俺達は自宅の門にてお袋に挨拶を告げる。ちなみに親父は涙混じりに「小町ぃ!行かないでくれぇ!」と言いながら小町に抱きつこうとしたらお袋の裏拳を食らって気絶している。最後の最後まで不憫過ぎる……

 

「はいはい。シルヴィアちゃんとオーフェリアちゃんも来なさいよね?」

 

「……ええ」

 

「はい。また来たいです」

 

「楽しみに待ってるよ。八幡も馬鹿やって2人に愛想尽かされるんじゃないよ?」

 

「ああ。2人に嫌われないように努力するよ」

 

俺にとって2人は何物にも変えられない大切な存在だ。2人に嫌われたら生きていけないだろう。

 

そう考えているとオーフェリアとシルヴィが……

 

「……大丈夫。私が八幡を嫌いになるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないから」

 

「そうですね。それに八幡君がそこまで馬鹿な行動を取るとは思わないので」

 

そんな言葉を口にする。2人のその態度はまさに威風堂々と言って良いくらい勇ましかった。

 

「うわぁ……やっぱりバカップルだなぁこの3人」

 

「かー!愛されてるねぇ馬鹿息子よ!」

 

小町は目を腐らせながらげっそりして、お袋は楽しそうに俺の肩をパンパン叩いてくる。まあ確かに愛されているだろうな。2人に愛されると気持ちが良いからな。出来ることならずっと2人に愛されたいものだ。

 

「そうかもな……っと、そろそろ電車の時間だから俺達は行く」

 

「ほいほい。道中気を付けな」

 

「じゃあまたねお母さん!」

 

「失礼します」

 

「……さようなら」

 

挨拶をして俺達は自宅を後にした。

 

久々に帰宅したが、オーフェリアとシルヴィとの交際を認められて、2人と一夜を明かして、ディスティニーランドでデートをしたりなど色々な事があったが、今回の帰省は割と有意義だったと思えた。

 

アスタリスクに帰ってからは色々なトラブルがあるとは思うが、大切な2人との絆があれば乗り越えていけるだろうし頑張ろう。

 

そう思いながら俺達3人は手を繋ぎ、小町はげっそりしながらアスタリスクに向かった。

 

尚連絡船に乗っていたら、またしても葉山と一色の失禁コンビと遭遇して、その際に思い切り睨まれた、解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ小町は星導館なのでここで失礼します」

 

「私もペトラさんに話があるからここで失礼するね。また後でね」

 

アスタリスクに到着すると小町とシルヴィはそう言って互いの所属する学園に向けて歩き出した。

 

2人が見えなくなる見送った俺は同じように見送ったオーフェリアに話しかける。

 

「じゃあ俺達は先に帰ろうぜ」

 

俺がそう言うとオーフェリアは首をフルフルと横に振る。

 

「ごめんなさい八幡。私も用事があるから先に帰ってて」

 

ん?自由になったオーフェリアに用事なんて珍しいな。結構気になる。

 

しかしそこまで俺は無粋じゃない。オーフェリアにはオーフェリアの用事があるのだろう。それを聞くのは野暮ってやつだ。

 

「わかった。じゃあまた後でな」

 

「……ええ。また後で」

 

オーフェリアはそう言ってレヴォルフの方に向かって歩き出した。

 

さて……今日は俺が一番早いし2人に美味い飯を作らないとな。俺は近くにあるスーパーに向けて歩き出した。

 

それにしてもオーフェリアの用事って何だろうな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある一室での会話……

 

 

「……何の用だ?俺は忙しいんだよ。てめぇみたいな裏切り者と話してる暇はねぇんだよ」

 

「……裏切る?私は貴方の物ではあったけど貴方に忠誠心は無かったら裏切りも何もないわ。言い掛かりを付けないで、太るわ……あ

あ、ごめんなさい。元々太っていたわね」

 

「ちっ……!つくづくあの腐り目に似てきてるな……!」

 

「……八幡に似ている?それは悪くないわね」

 

「本当に腑抜けてやがるな……!で、今更俺に何の用だ?」

 

「……ああ、そうだった。これの承認をしなさい」

 

「あん?………んだこりゃ?」

 

「あら?この申請書の意味も解らないの?言っておくけど拒否はさせないから」

 

「そうじゃねぇよ。わざわざてめぇがこれを持とうとする必要性を感じねぇんだよ。何を企んでやがる?あの腐り目が関係してんのか?」

 

「八幡は関係ないわ。強いて言うなら……完膚なきまで、それこそ2度とふざけた言動をさせないくらい叩き潰したい人間が出来たのよ。……それじゃあ申請しておいて。拒否するなら地獄を見せるから」

 

「おいオーフェリア!……ちっ!行きやがったか、クソがっ……!」

 



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比企谷八幡は恋人2人と学園祭に参加する

 

 

 

 

学園祭初日の朝……

 

ベッドに置いてあるアラームが鳴り出すので俺は鬱陶しげにアラームを止める。

 

そしてうとうとしながら起き上がると同時に……

 

「んっ……もう朝?」

 

「うーん。まだ眠いな」

 

俺の恋人のオーフェリアとシルヴィが一糸纏わぬ姿で俺と同じように身体を起こす。お前らは凄い眠そうにしているが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自業自得だ。大体学園祭の前日に2人して搾り取ってんじゃねぇよ?」

 

昨日ベッドに入ったら、俺は間髪入れずに2人に押し倒されてからなすがままになってそのまま搾り取られまくった。

 

「うっ……だ、だって……」

 

「……一度一線を超えたから我慢しなくても良いと思ったら、つい……」

 

2人はバツの悪そうな表情を浮かべてくる。全くこいつらは……そんな顔をされたら怒れねぇよ。

 

「……もう良い、謝るな。俺も後半はテンション上がってノリノリだったし連帯責任って事にするぞ?」

 

てか後半は完全に俺が主導権を握って2人を泣かせたし、寝不足の一番の原因は俺な気がする。

 

「う、うん」

 

「……ごめんなさい」

 

2人は若干バツの悪そうな表情のままだが、俺の意見に対して異論はないようだ。

 

「なら良し。んじゃ早く飯食って学園祭を回るぞ」

 

そう言って俺はベッドから起きて着替えようとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛ぇ!」

 

急に腰に痛みを感じてバランスを崩してしまう。やっぱり1日に4回はやり過ぎだな、うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや学園祭はどんな感じで行くんだ?」

 

朝食の席にて、俺はフレンチトーストを食べながらシルヴィに尋ねる。

 

「うーん。六学園全部回るのは絶対として……2人は去年どうだったね?」

 

シルヴィはそうやって聞いてくるが……

 

「……私は去年は特に興味なかったから家で過ごしていたわ。八幡は?」

 

「レヴォルフのカジノに顔を出したくらいで殆ど参加していないな」

 

去年はまだオーフェリアやシルヴィと付き合ってなかったし、わざわざ混雑している場所に行きたいと思わなかった。

 

「そっか。じゃあ今年は忙しくなると思うけど大丈夫?」

 

「……問題ないわ。3人ならどんな事も苦痛じゃないわ」

 

「同感だな。俺はお前ら2人と行ってみたいし。でも俺らは碌に回ってないからエスコートを頼むわ」

 

俺やオーフェリアみたいなディスコミュニケーションのヤツが先導したら間違いなく滑る自信がある。それならシルヴィに任せた方が合理的だ。

 

「任せて。色々とプランを考えてるから」

 

「なら安心だ。ちなみにだが、どんな順番で回るんだ?」

 

「予定としては初日にガラードワースとアルルカント、2日目に星導館と界龍、3日目にレヴォルフとクインヴェールかな?」

 

「……なるほどな。あ、初日にガラードワースなら行く前に商業エリアに寄っていいか?」

 

「商業エリア?別に良いけど何で?」

 

「ほら、この前の帰省の時にガラードワースの失禁コンビと揉めたじゃん。あん時の件で色々あるからな、詫びの菓子でも買おうと思って」

 

以前フェアクロフさんと話をした時にはオーフェリアがブチ切れる前に止めて欲しいと頼まれた。しかしにもかかわらず2度も止められなかった以上詫びは必要だろう。だから菓子折りでも買って詫びに行くつもりだ。

 

するとオーフェリアが申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「……ごめんなさい八幡。私が怒った所為で、八幡が謝る事になるなんて」

 

そう言って俯く。そんなオーフェリアは見たくないので俺はオーフェリアの頭を優しく撫でる。

 

「気にすんな。お前は俺の為に怒ったんだ。やり過ぎとは思ったが手を下してないから怒ってねぇよ。だからそんな顔は止めろ」

 

折角自由になったんだ。そんな悲しげな表情ではなく可愛らしい笑顔を見せて欲しい。

 

「……んっ」

 

オーフェリアは小さく頷いてから顔を上げる。顔には未だに申し訳なさそうな色が残っているがさっきよりはずっとマシな表情だろう。これならいつも通りに戻るのも時間の問題だろう。

 

そう思いながら俺はオーフェリアの頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、それとシルヴィ、2日目についてなんだけど、参加したいイベントがあるんだが」

 

3分後、オーフェリアがいつもの調子に戻ったので朝食を食べるのを再開する。

 

「八幡君が?珍しいね。何のイベント?」

 

「ああ。界龍のイベントなんだが、星露の弟子と戦うやつ」

 

「あー、確か美奈兎ちゃん達の為に『覇軍星君』に挑むんだっけ。良いよ良いよ。私もアスタリスク最強の男子2人の戦いは興味あるし」

 

学園祭のイベントで奴のデータが手に入るなら御の字だ。機会があるなら戦っておきたい。

 

「……それなら私も参加するつもりなのだけど良いかしら?」

 

「オーフェリアは確か……『魔王』に挑むんだっけ。……ほどほどにね」

 

オーフェリアの参加の意図を思い出してシルヴィは苦笑を浮かべるが、同感だ。殺しはしないと思うが明らかに叩き潰す気満々で結構怖い。

 

「安心しなさい。殺さないから」

 

「「いや、それは当然だからな(ね)?」」

 

んなもん当たり前だ。てか殺すつもりで参加する学園祭ってどんな学園祭だよ?

 

「頼むから殺すなよ?絶対だからな?」

 

俺が念を押すように頼むとオーフェリアは首を傾げて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、それってフリ?」

 

「違ぇよ!」

 

「冗談よ」

 

 

こんな感じで寝不足の俺達の朝食の時間は何やかんやあって、騒がしいものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖ガラードワース学園の学園祭は校風をそのまま具現化したような格式高いもので、他学園にある露店は殆どなく、出し物は本格的なカフェテリアを中心に舞踏会や演劇、演奏会など社交的なものばかりだ。

 

「……いや、中々面白かったな。それにしても、もしも俺とオーフェリアの変装がバレたらヤバそうだな」

 

ちょうど今演劇を見終えて劇場から出た俺はそう呟く。演劇については大分満足の結果だった。

 

オリジナルの演劇でありながら、ストーリーは中々斬新で、役者もチーム・トリスタンの『輝剣』エリオット・フォースターや『聖茨の魔女』ノエル・メスメルなど中々の実力者が参加していた。

 

しかしその中に葉山がいた時は何とも言えない気分になったが、それについては俺の恋人2人も同感だろう。オーフェリアなんて葉山が出た時小さく舌打ちしていたし。

 

「まあ2人はレヴォルフだから仕方ないよ。仮にバレても露骨に突っかかる人はいないと思うよ」

 

レヴォルフとガラードワースは校風が真逆なのでとにかく仲が悪い。私服の人も多かったから確信はないが実際に演劇を見た客でレヴォルフの生徒は俺とオーフェリアだけだと思う。

 

シルヴィはこう言ったが、もしもバレたら面倒な事になるのは目に見えているからな。校章も携帯はしているが馬鹿正直に胸には付けてないし。

 

「まあそうかもしれんが気を付ける。そんじゃ、時間も時間だし生徒会に謝罪しに行くか」

 

六学園全てを回る以上、無駄な時間は存在しない。済ませるべき事は早めに済ませておこう。

 

そう思いながら俺は生徒会にアポを取る為に事務所に向かった。

 

……が、

 

 

 

 

 

「いや、そこを何とか頼みますよ。別に喧嘩売りに行くんじゃなくて話があるだけですよ」

 

「信じられませんね。レヴォルフの序列1位2位の2人に加えて他所の学園の生徒会長を会わせるのは危険と判断しますのでお引き取りください」

 

事務所にて用務員のお姉さんから門前払いを食らっている。

 

何があったかというと……

 

①事務所に行って生徒会に話があるからアポを取ってくれと頼む

 

②受付のお姉さんに校章を差し出して身分の証明をしろと言われる

 

③3人で校章を差し出す

 

④校章からデータの照会をした際に、当然ながら来客の正体が俺やオーフェリア、シルヴィとバレる

 

⑤お姉さんから門前払いを食らう

 

って感じだ。

 

まあお姉さんの気持ちはわかる。何せ自身の学園の生徒会に、折り合いの悪い学園の2トップと他学園の生徒会長が面会を求めるなんて余程の事があると判断するだろう。俺がお姉さんの立場なら同じ様な対応を取るか、今生徒会は忙しいから無理って嘘を吐くだろう。

 

仕方ない、お姉さんの対応を見る限り考えを変えさせるのは不可能だろうし、また別の機会にするか。

 

そう判断して立ち去ろうとした時だった。

 

「おや、他所の学園の生徒が事務所に来るなんて珍しいね。どうかしたのかい?」

 

後ろから爽やかな声が聞こえたので振り向くと、今俺が面会を求めていた人物がいた。彼は……

 

「あ、アーネスト。久しぶり」

 

ガラードワースの長であるフェアクロフさんが不思議そうな表情で立っている。

 

「その声……もしかして、ミス・リューネハイムかい?」

 

「うん、そうそう」

 

そう言いながらシルヴィは変装を解いて紫色の髪を露わにする。事務所の周囲は人が少ないので変装を解いても大丈夫と判断したからだろう。なら俺も変装を解くか。

 

「どうも、お久しぶりっすフェアクロフさん」

 

そう言いながら俺もヘッドフォンを取り黒髪に戻して挨拶をする。するとオーフェリアも同じようにヘッドフォンを取り変装を解く。

 

すると向こうは爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。

 

「やあ比企谷君にミス・ランドルーフェン」

 

その顔に含むものはない。爽やかな笑顔はまさに完璧と言っても過言ではない。どっかの誰かと違って薄っぺらい笑みではない。

 

「鳳凰星武祭以来っすね。あん時は美味い紅茶ありがとうございました」

 

「そうだね。ところで君達は事務所に何の用かな?落とし物でもしたのかい?」

 

「いえ、実は先日のアスタリスクから出る連絡船とディスティニーランドで起こった件について謝罪に来たんですよ」

 

俺がそう口にするとフェアクロフは納得したように頷く。

 

「ああ、その件か。こちらとしても詳しい話を聞きたいと思ってたから丁度良い。時間があるなら生徒会室に来れるかい?」

 

「か、会長!それは危険です!」

 

フェアクロフさんが誘いをかけてくると事務所のお姉さんが慌てながら反対をする。しかしフェアクロフさんは笑みを崩さずに首を横に振る。

 

「大丈夫だよ。彼らとは何度か話したけど悪い人じゃないのは解ってる。特に問題ないと思うよ」

 

「それは!……い、いえ、失礼しました」

 

フェアクロフの笑みに圧されたのか受付のお姉さんは不満そうな表情をしながらも反対するのを止めた。それを見たフェアクロフは1つ頷いてから俺達と向き合う。

 

「じゃあ生徒会室に案内するから付いてきて欲しい」

 

そう言って歩き出したので俺達もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガラードワースの生徒会室は言うまでもなく他の学園の生徒や一般客が入れないエリアにある。幸い俺達はフェアクロフさんから許可証を貰っているから警告音は鳴らないが……

 

「目立ってるな」

 

「目立ってるね」

 

「……目立ってるわね」

 

さっきからガラードワースの生徒から物凄い見られている。理由としてはさっきも言ったように俺達3人だけ私服姿である事と、フェアクロフさんに同伴しているからだろう。

 

案内される直後に再度変装をしたが、ここで変装を解いたら間違いなく校舎は阿鼻叫喚と化すだろう。

 

「まあそれは仕方ないよ。それにしても……3人は付き合っていると聞いていたけど、どうやら本当みたいだね」

 

……っ?!言われて俺は2人に腕を抱き締められている事に気付いた。しまった!いつもの癖で注意する事を忘れてた。

 

フェアクロフさんの予想外の発言に思わず身構えてしまう。見ると差はあれどシルヴィとオーフェリアも同じように身構えていた。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?別に僕個人としてもガラードワースとしても、EPとしても広める気はないから」

 

「……って事は御宅の諜報機関……えーっと……」

 

「至聖公会議だよ八幡君」

 

「ああそうだっだな。そんでその至聖公会議が調べたんですか?」

 

「まあね。生徒会には他所の学園の有力者に関する情報は色々と入るからね。結論を言うとさっきも言ったけど広めるつもりはないよ?」

 

「そうなの?この事を公表したらクインヴェールやレヴォルフの運営母体のW=Wやソルネージュにはそれなりにダメージがあるのに?」

 

世界の歌姫がレヴォルフのNo.2と付き合っている事、そしてレヴォルフのNo.2はレヴォルフのNo.1とも交際している事が公表されたら、世間は間違いなく騒ぎになって、W=Wやソルネージュはそれなりにダメージを受けるだろう。

 

実際にシルヴィのマネージャーのペトラさんはそれを危惧して交際に反対されたんだし。

 

「うん、まあそんな意見も出たらしいよ。だけどもしそれが世間に知られて、万が一ミス・リューネハイムが引退する話が出たらどうなると思う?」

 

シルヴィが引退?そんな事をしたら……

 

「場合によっちゃ公表した統合企業財体にもダメージが来るかもしれませんね」

 

もしかしたら”お前らがそんな事を暴露した所為でシルヴィア・リューネハイムは引退した”って逆上する奴も出るかもしれない。そして場合によっちゃ、そんな怒りが大きくなる可能性も充分にある。そしたら公表した統合企業財体にもそれなりの痛手になるだろう。

 

「その通り、現時点でアスタリスクの六学園の運営母体の統合企業財体の力は拮抗している以上、下手な動きはしない方が良いって感じかな」

 

「相変わらず統合企業財体ってのは面倒だなー。恋愛1つで駆け引きするんだから」

 

シルヴィはやれやれとばかりにため息を吐く。明らかに嫌そうな表情をしている。

 

「まあミス・リューネハイムの立場からしたら仕方ないと思うよ?ちなみに君からしたら引退についてはどう思っているのかい?」

 

「んー。さっきアーネストが言ったようにバレたら、その時の状況によるかな。まあどのみち八幡君と結婚する前には引退すると思うけど」

 

「別に無理に引退しなくても良いぞ?何なら俺とオーフェリアがお前のマネージャーやボディガードになるってのも良いし」

 

ぶっちゃけ2人と一緒にいられるならどんな仕事でも文句ないし。

 

「ううん。結婚したら八幡君とのイチャイチャや子育てに集中したいし引退はするよ」

 

「気が早いな……まあお前がそうしたいなら構わないが……」

 

てかイチャイチャについては毎日してるだろうが。まだ足りないのかよ?だとしたら干からびそうだなマジで

 

「ははっ……まあ比企谷君はその時には大変かもしれないけど頑張りなよ?」

 

フェアクロフさんの言う通りだ。いずれ俺達3人の関係は世間に知られ、世界は大きく動くだろう。場合によっては危ないかもしれない。

 

しかし……

 

「関係ありませんよ。世間がどう言おうと、世界が俺の敵になろうと……俺は2人と一緒に生きていくって決めたんで」

 

帰省した時にお袋と話して改めて決心した事だ。俺はたとえどんな事があっても2人を愛し続けてみせる。

 

「どうやら本気みたいだね。2人の女性と付き合う事は余り感心出来ないけど、その気持ちは凄いと思うよ」

 

ぐっ……まあ名家の家の人間からしたら二股ってのは問題だろう。全くもって返す言葉がないな……

 

「……まあそうっすね。すみません」

 

「別に僕に謝る事ではないよ。……おっと随分と話していたようだね。ここだよ」

 

そう言われたので顔を上げると黒い重厚な扉が目の前にあった。明らかに他のドアと違い雰囲気を感じる。どうやらここが生徒会室のようだ。

 

「さあ上がってくれ」

 

そしてフェアクロフさんが自宅の玄関に入るように気楽に入るので俺達もそれに続く。すると……

 

「あらアーネスト。おかえりなさい……ってお客様ですの?見ない顔ですが応接室ではなくわざわざ生徒会室に呼ぶという事は重要なお客様ですの?」

 

そこにはガラードワースの生徒会副会長にして序列2位のブランシャールが仕事をしていた。見る限り他のチーム・ランスロットのメンバーはいない。おそらく仕事で外に行っているのだろう。

 

って、挨拶はした方が良いし変装は解くか。

 

「まあ変装してたから仕方ないか。久しぶりだなブランシャール」

 

「……鳳凰星武祭の時以来ね」

 

「直で会うのは初めてかな。『光翼の魔女』」

 

そう言いながら俺達が変装を解くと、ブランシャールは一瞬だけポカンとした表情を浮かべてから……

 

 

 

 

 

 

 

「はぃぃぃぃぃ?!」

 

驚きの声を生徒会室に響かせた。

 



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比企谷八幡はレティシア・ブランシャールをからかった末、爆死する

ガラードワースの生徒会室

 

そこは洗練された調度品が完璧な秩序をもって配されている場所であり、黒檀の執務机を始め、カーテンや絨毯など全てのものが妥協なく1つの調和した空間が作り上げていて正に聖域のような場所である。

 

しかし、

 

「落ち着けブランシャール。お前の叫び声はこの部屋に似合わないぞ?」

 

ブランシャールが俺達を見た時の叫び声は生徒会室には似合わない叫び声だった。てか淑女の出す声じゃねぇよ……

 

俺の言葉を聞いたブランシャールはハッとしたような表情を浮かべながら……

 

「そ、それは申し訳ありませんでしたわ。予想外の来客だったのでつい……」

 

ペコリと頭を下げてくる。

 

「いや、別に頭を下げる程じゃねえから頭は上げろ」

 

「そうですか、では失礼。それでは話を戻しますが、貴方達恋人3人は何の用事で生徒会室に?」

 

どうやらブランシャールも俺達の関係を知っているようだ。まあ統合企業財体とそれなりに関わる生徒会の人間なら知っていてもおかしくないだろう。

 

そう思いながら俺は……

 

「この前の一件について詫びを入れに来た」

 

そう言って手に持つ商業エリアで買ったお菓子の袋をブランシャールに差し出すとブランシャールは頭を疑問符を浮かべる。

 

「この前の一件?何の話ですの?」

 

「連絡船、ディスティニーランド、オーフェリア、ブチ切れ」

 

俺が片言で説明するとブランシャールは納得したような表情に変わって、

 

 

「……ああ、その話でしたか。とりあえず紅茶を入れますのでソファーに座っていてくださいな」

 

疲れたようにため息を吐きながら俺の差し出すお菓子の袋を受け取り、備え付けの給湯室に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後……

 

「ではどうぞ。紅茶と先程貴方から頂いたお菓子ですわ」

 

応接用のソファーに挟まれたテーブルの上に上質な香りを漂わせる紅茶と朝俺が商業エリアで買った良いとこのクッキーが置かれる。

 

「どうもっす」

 

そう言いながら角砂糖を入れようとすると、ブランシャールが瞬時に俺の腕を掴んできた。

 

「何だよブランシャール?」

 

「何だよではありませんわ!角砂糖6つは入れ過ぎです!」

 

……そこか。てか前に鳳凰星武祭の時にも言われたような気がするんですけど?

 

「はいはい、わかりましたよ。3つにします」

 

「1つにしなさい!後、はいは1回!」

 

「はーい」

 

「伸ばさない!」

 

「へい」

 

「はいですわ!からかっているのですの?!」

 

ブランシャールは真っ赤になってそう問い詰めてくる。からかっているかだって?んなもん決まってるだろ。

 

「ああ、からかってるな。てかお前やっぱりフェアクロフ先輩同様にオカン属性を持ってるな」

 

あの人とも結構話すがブランシャールに似て結構細かい所を指摘してくるし。てかブランシャールの隣にいるフェアクロフさんも苦笑を浮かべているし。

 

「誰がオカン属性持ちですの?!からかうのも良い加減に……え?」

 

すると先程まで真っ赤になっていたブランシャールが突如キョトンとした表情になる。

 

「んだよいきなり。鳩が『黒炉の魔剣』食らった表情しやがって」

 

「いやそれ死にますからね?!……いえ、そうではなく、先程フェアクロフ先輩と言いましたが、それはソフィアさんの事ですか?」

 

「ん?あ、そうそう。クインヴェール所属でお前の隣にいる人の妹のソフィアさんだぜ?あの人もお前と同じオカン属性持ちだぜ?」

 

何せ俺、フェアクロフ先輩に会う度に3回はブランシャールと同じように怒られるし。

 

「だからオカン属性と言うのは止めてくださいまし!」

 

案の定、ブランシャールはキョトンとした表情から再度真っ赤になって詰め寄ってくる。やっぱりこいつからかいがいがあるな。

 

「悪い悪い。ほれ、紅茶を飲んで落ち着け」

 

「誰の所為だと思っていますの?!飲みますけど!」

 

そう言いながらブランシャールは自身のカップを口にする。

 

結局飲むのかよ?ダメだマジで面白い。この調子で後5分はからかってやろう。

 

「レティシアを乗せるとはやるね。ところで比企谷君、ソフィアと知り合いなのかい?」

 

フェアクロフさんにそう聞かれるも返答に悩んでしまう。

 

馬鹿正直に『シルヴィに頼まれて彼女の所属するチームを鍛える事になって知り合った』と話しても大丈夫なのか?一応フェアクロフの叶えたい願いは聞いているが、それが関係していると簡単に話して良い事じゃないし……

 

どう返すべきか悩んでいると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡とソフィア・フェアクロフは胸を揉む揉まれる関係よ」

 

「ぶふっ!」

 

オーフェリアは水爆より恐ろしい核兵器を投下して、それによってブランシャールは飲んでいた紅茶を噴き出した。

 

見るとフェアクロフさんも唖然としてるし。この人のそんな顔は珍しいな。

 

現実逃避気味にそんな事を考えていると……

 

「げほっ!げほっ!……ど、ど、ど、どういう意味ですの?!」

 

噎せたブランシャールは苦しそうにしながら俺に詰め寄ってくる。近い近い近い!このままじゃキスしてしまうくらいブランシャールの顔が近寄ってきて顔が熱く「ハ・チ・マ・ン・ク・ン?」……いや、急激に顔が冷えてきた。それは決して隣に座る恋人のプレッシャーに押し負けたからではないからな?ハチマンウソツカナイ。

 

「聞いていますの?!今の話は本当なんですの?!」

 

「あ、いや、それはだな……」

 

俺はブランシャールの剣幕にたじろぎながら言葉を探す。

 

てかオーフェリアは余計な事を言ってんじゃねぇよ!アレか?!3日前にしたチーム・赫夜と模擬戦で、足を滑らせてフェアクロフ先輩と絡み合いながら倒れた後に、頬にキスをされた上、右手で胸を揉んで、左手をフェアクロフ先輩のスカートの中に手を突っ込んだ事をまだ怒ってんのか?!

 

そう思いながらオーフェリアを見るも、オーフェリアはツーンとそっぽを向く。普段なら可愛いと思ってキスかハグをしていると思うが、今回は薄情に見えてしまう。てかマジでどうしよう?

 

俺が悩んでいると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだよ。ちなみに八幡君はフェアクロフ先輩の胸を25回揉んだんだよ」

 

俺が返答する前にシルヴィがジト目で俺を見ながらブランシャールの問いに答えた。

 

おいぃぃぃぃっ?!何火に油を注いでるの?!そんなに俺を社会的に殺したいの?!てか3日前の件についてはディープキスをオーフェリアとシルヴィに各2時間ずつして許してくれたんじゃないのかよ?!

 

「比企谷君、それは本当かい?」

 

フェアクロフさんがそう聞いてくる。口調はいつもと同じように穏やかではあるが妙にプレッシャーを感じるのは俺の気の所為だと信じたい。

 

「あ、貴方……!恋人2人だけじゃ飽き足らず……ソフィアさんにも手を出すなんて恥を知りなさい!」

 

ブランシャールが周囲に星辰力を漏らしながら怒りの表情を見せてくる。

 

「ちょっと待てブランシャール!確かにフェアクロフ先輩の胸を揉んだのは事実だが「やっぱり事実なのではないですか!」頼むから話は最後まで言わせてくれ!事実だが、わざと揉んだ訳じゃない!アレは訓練中に起こった事故だ!」

 

事故以外で自分から揉んだ事は一度もない。てかそんな事をしたら俺は2人に殺されているだろう。実際何度も半殺しにされた事があるし。

 

しかし俺の説得をブランシャールは一蹴する。

 

「嘘ですわね!1回2回ならまだしも、偶然が25回も起こるはずもありませんわ!」

 

ぐっ……!そこを言われたら返す言葉もない。

 

しかし冗談や誇張でもなくフェアクロフ先輩の胸を揉んだのは全て事故なのだ。戦っている途中に何故かフェアクロフ先輩と接触事故が起こっちまうんだよ!

 

最も、現場を見ていないブランシャールにそれを言っても絶対に信じないだろう。俺がブランシャールの立場なら問答無用で断罪するに決まっているし。

 

俺が返答に窮していると、

 

「やっぱり手を出したのではないですか?!三股ですか?!」

 

ブランシャールが更に詰め寄ってくる。だから近いって!

 

このままじゃキスしかねない為慌てて後ろに顔を下げる。

 

「だから誤解だから!大体俺が意図的に手を出したのはオーフェリアとシルヴィだけだ!事故でフェアクロフ先輩の胸を揉んだのは事実だが、フェアクロフ先輩とはキスもしてねぇし抱いた事もねぇよ!」

 

俺は三股なんて節操なしじゃないからな?

 

え?二股も充分に節操なしだって?言うなそれを。自分でも理解しているのだから。

 

俺が半ばヤケクソにそう返す。するとブランシャールの顔に怒りだけではなく、羞恥も加わる。

 

「なっ……?!い、いきなり何て事を言ってくるんですの?!というか……」

 

一息……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方のその言い方ですと……ふ、2人とはだ、だ、抱いているという事ですの?!」

 

「……あ」

 

ヤバい。俺は慌ててさっき自分の言った事を思い出す。あの時俺は……

 

フェアクロフ先輩とはキスもしてねぇし抱いた事もねぇよ!

 

と、言ったな。

 

……うん、この言い方だとフェアクロフ先輩とはしてない、でもオーフェリアやシルヴィとはしているように取られても仕方ないだろう。

 

俺が自分の失言について後悔していると、

 

「………」

 

「………」

 

オーフェリアとシルヴィが真っ赤になって俯く。そして2人の反応によって事実である事を如実に示している。

 

2人が真っ赤になって俯くのを見たブランシャールは

 

「なっ、なっ、なっ……!」

 

真っ赤になったまま俯きプルプルと震え出す。小刻みに震えているそれは俺にとっては火山の噴火のように思えて怖くて仕方がない。

 

「お、おいブランシャール?」

 

内心冷や汗ダラダラしながらブランシャールに話しかけると、ブランシャールは顔を上げて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「破廉恥ですわ!」

 

パァンッ!

 

俺の頬に平手打ちをぶちかました。痛ぇ……



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比企谷八幡はガラードワースの長とその補佐の2人と会談をする

 

 

 

 

 

 

 

「いいですの?確かに貴方達は3人一緒に付き合っていますが、節度を持って付き合うようにしなさいまし!それは、まあ年頃ですから……そういった事に興味あるのは仕方ないかもしれませんが……」

 

「ごもっともだな」

 

「まあ否定は出来ないね」

 

「……そうね」

 

現在俺はオーフェリアとシルヴィの3人でブランシャールから説教を受けている。

 

俺達がどこまで進んでいるのかについて俺が自爆したら、ブランシャールがキレて俺にビンタしてから説教し始めたのだ。

 

まあブランシャールの言っている事はわかる。実際俺は2、3日に1回2人を抱いているが、ぶっちゃけかなり多いと思うし。

 

今後は週一にするように、後で2人に頼んでみるか。聞いてくれるかはわからないけど。

 

「全く……何で学園祭の中でお説教をしているのやら……それはそうと!比企谷八幡、ソフィアさんの件については本当に事故なのですわよね?!」

 

ああ、そういやこの件をオーフェリアとシルヴィが暴露したからこんな話になったんだよなぁ……

 

 

「その件についてはマジで事故だしフェアクロフ先輩から許して貰った。嘘だと思うならフェアクロフ先輩に聞いてみな」

 

実際俺は毎回毎回頭を下げて謝罪している。その際に注意された事は多々あるが最後には必ず許して貰っている。まあ謝罪をする前に毎回毎回オーフェリアとシルヴィに半殺しにされている事も許して貰っている原因の1つだと思うが。

 

「……その口振りからして本当みたいですわね。アーネスト、貴方の意見は?」

 

ブランシャールはプリプリしながら紅茶を飲む。そしてブランシャールにそう尋ねられたフェアクロフさんは顎に手を当てて、

 

「僕の意見を言わせて貰えば、ソフィアが許しているなら僕自身はどうこう言うつもりもないよ」

 

特に怒った表情を見せずにそう言ってくる。彼の裁定の中には妹に対する私情は含まれていない。

 

流石、代償として私情を挟むのを禁止する純星煌式武装『白濾の魔剣』の使い手だけの事はあるな。つーかあんな面倒な純星煌式武装を使えるって凄過ぎだろ?

 

「ただ、次からは気をつけるようにね?」

 

「うす……」

 

それについてはガチで気をつけないといけない。最近じゃ日常茶飯事になってきたからか、フェアクロフ先輩は普通に苦笑して許してくれるようになったが、実際は問題行為だし注意しよう。

 

「なら僕からはこれ以上言わないよ。あ、それとさっきの会話で気になる事があったんだけど聞いていいかな?」

 

「何すか?」

 

「さっき君は訓練中の事故と言っていたけど、ソフィアと何の訓練をしているんだい?」

 

あー、そこを聞かれちゃうか。まあ普通に気になる疑問だよな。フェアクロフさんの口振りからして妹が獅鷲星武祭に出るのは知らないようだ。

 

仕方ない、余り話したくないが話すか。下手に誤魔化してさっきの胸揉み事件についてサイド言及されたら面倒だし。

 

「えーっと、実は彼女、今年の獅鷲星武祭に出るんですけど……色々あって俺は彼女のチームに協力してるんすよ」

 

「ぶふっ!」

 

俺がそう口にすると紅茶を飲んでいたブランシャールは再度紅茶を噴き出した。何でもいいがその動きは淑女らしくないぞ?

 

「大丈夫か?そんなに苦しそうにして」

 

「ゲホッ!ゲホッ!だ、だ、誰の所為だと思っているんですの?!」

 

はい、俺の所為ですね。今回は紅茶を飲んでいるブランシャールにあり得ない事を言った俺が悪いだろう。

 

そんな中、落ち着きを取り戻したブランシャールは俺に詰め寄ってくる。

 

「おそらく隣にいるシルヴィアが関係していると思いますが……何を考えていますの?!鳳凰星武祭で星導館の生徒、今回はクインヴェールの生徒と他所の学園を鍛えているって正気ですの?!」

 

まあ疑問は最もだろう。六学園は星武祭の成績によって付けられるポイントで競い合っている。そんな中他所の学園の生徒を鍛える俺は異常と思われても仕方ないだろう。

 

だが……

 

「至って正気だ。俺別に愛校心はない。寧ろオーフェリアが自由になった以上、今直ぐ学校を変えたいくらいだ。つーか俺がレヴォルフを選んだ理由はくじ引きでレヴォルフを引いたからだぜ」

 

アスタリスクに星武憲章が無かったら間違いなく転校している自信がある。

 

すると……

 

「……でもそのおかげで私は八幡と会えて、恋人になって幸せになれた」

 

「ああ、そうだな」

 

もしも違う学園に入学していたらオーフェリアと恋人になる事は無かったかもしれない。そう考えるとレヴォルフに入学したのは良い選択だったのかもしれない。

 

「……ええ。多分だけど……私と八幡の赤い糸が引き寄せたのね」

 

……っ!は、恥ずかしい事を言うな!赤い糸なんて言われたら悶死してしまうからな!

 

「あの!生徒会室で惚気るのは止めてくださいまし!」

 

オーフェリアの爆弾発言に顔を赤くしていると、目の前にいるブランシャールが真っ赤になってツッコミを入れてくる。

 

「まあまあレティシア。仲が良いのは悪いことじゃないと思うよ」

 

「限度がありますわ!」

 

フェアクロフさんが仲裁しようとするもブランシャールは即座に一蹴する。やっぱりこいつはツッコミの才能があるな。

 

「悪かったよ。今後は自重する。そんで話を戻すけど、俺は別に愛校心がないから他校の生徒を鍛える事について悪い事だとは思っていない」

 

俺が話を戻すとブランシャールは顔を赤くしながらも怒るのを止めてくる。

 

「貴方のしている事は悪い事ではありませんが異常ですわよ?」

 

「だろうな。実際初めはシルヴィに頼まれたからやっていただけだったし。だが、まあ訓練を重ねている内に意外と楽しくなってきてな。あいつらが優勝出来る可能性を増やしたいと思うようになったんだよ」

 

厳しいが可能ならあいつらが優勝する所を見てみたいしか。

 

「……他校の生徒を星武祭で優勝させようと努力するのは後にも先にも貴方以外現れないでしょうね。ですが……ソフィアさんが出る事には賛成出来ませんわね」

 

そりゃまあ、人を傷付けられないフェアクロフ先輩と付き合いが長いブランシャールが反対するのは必然と言えるだろう。しかし……

 

「安心しろ。人を傷付けらない弱点の対策は万全だ?それに反対云々については部外者のお前が言う事じゃないな。あの人が自分で決めた事だ。反対出来るとしたら身内くらいだろ?」

 

そう言ってフェアクロフさんを見ると、

 

「僕は今ソフィアが出る事を聞いたけど……ソフィアも子供じゃないし口出しするつもりはないよ」

 

「……そうですの。なら私が口を挟む訳にはいきませんわね」

 

ブランシャールも渋々ながら納得を口にする。てかフェアクロフ先輩って意外と頑固な上、願いが願いだから部外者が反対しても出ると思う。

 

「まあ大丈夫だろ?訓練に付き合ってから半年ぐらい経ってるがあの人もヤワじゃないし」

 

これは俺の勘だが、あのチームは今回の獅鷲星武祭でかなり引っ掻き回す存在になると思う。何せ存在そのものが周囲を引っ掻き回す星露からも鍛錬を受けているチームだし。

 

「だよね。八幡君しっかりと手取り足取り鍛えてあげてるからね?」

 

「何だその言い方は……そもそもお前が面倒見てやれって頼んできたんだろうが」

 

「……そうだけど。何度か訓練の様子見たけど八幡君凄く優しく面倒見てて妬けちゃうんだよ」

 

そうは言われてもな……てかシルヴィに嫉妬されるって何か良いな……

 

「まあまあミス・リューネハイム。……ともあれ比企谷君、ソフィアの面倒を見てるならよろしく頼むよ」

 

いや、まあ……一度引き受けた以上、協力はするつもりだが……実の妹の胸を揉んだ男によろしく頼むって言うのは……

 

しかしそこに対して突っ込んではダメだ。突っ込んだらまたさっきのように爆弾が落ちる気がするし。

 

だから俺は……

 

「まあ出来る範囲でなら……」

 

曖昧な返事をする事にした。とりあえずはコレなら波風を立てないで済むだろう。

 

「どうもありがとう。それでは話を本題に戻そうか」

 

本題?……ああ、失禁コンビに対してオーフェリアがブチ切れたアレか。フェアクロフ先輩とのラッキースケベや俺達3人の性事情の話題がインパクトあり過ぎて忘れていたぜ。

 

「そうすっね。んじゃ改めて……前にした約束……オーフェリアがキレる前に止め切れなくて済みませんでした」

 

「……ごめんなさい。あの2人はどうでもいいけど、貴方達には迷惑をかけたわ」

 

改めて頭を下げる。オーフェリアも俺に続いて可愛らしく頭を下げる。まあ俺もあの2人に対して悪感情を抱いているが、フェアクロフさん達ひいてはガラードワースに対して寧ろ申し訳ない気持ちがあるし。

 

「先ずは頭を上げてよ。僕達は詳しい事情について知らないから説明をしてくれないかな?」

 

そう言われたので俺は頭を上げて、

 

「実は……」

 

 

その言葉を前置きして説明をした。

 

俺が帰省する為に船に乗っていたら偶然鉢合わせした事、鉢合わせしたら一色が俺の所為で星武祭の出場枠を一つ失ったと突っかかってきた事、それに対して葉山が俺に悪気があった訳じゃないから許してやれとあたかも俺に非があるように言った事、それによってオーフェリアがキレたので影竜に乗って連絡船から離れた事、その翌日ディスティニーランドで嫌がらせしてきたとデマを口にして再度オーフェリアがブチ切れた事、オーフェリアが殺そうとしたら界龍の冒頭の十二人が止めに入った事全てを話した。

 

ガラードワースの2トップの2人は俺の説明を黙って聞いていたが、俺の話を全て聞くと……

 

「なるほど……話はわかった」

 

「何をやっているのですのあの2人は……!鳳凰星武祭の時にあれほど注意したというのに……!」

 

フェアクロフさんはため息を吐き、ブランシャールはプリプリと怒り出した。全くだ。俺はそこまで気にしていないがオーフェリアを怒らせるのは止めて欲しい。オーフェリアが怒ると胃が痛くて仕方ないし。

 

「まあ話はわかりましたわ。今回についてもこちらに原因がありますので後ほど彼らを呼び出し話をしますわ。そして結果次第では貴方達の学園に謝罪に赴きますので。当校の生徒が迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたわ」

 

「秩序の守護者たるガラードワースの代表として謝罪する。誠に申し訳ない」

 

「あ……い、いえ。俺は気にしていないんで頭を上げてください」

 

ガラードワースの生徒がレヴォルフの生徒に頭を下げるというカオス極まりない光景がガラードワースの生徒会室に生まれる中、2人に行動に対して驚いてしまっている。

 

「……私も貴方達には怒っていないわ。ただあの2人には2度と八幡を貶めるような行為をさせないようにして」

 

「ええ。他者を貶める行為などガラードワースの生徒にとっては言語道断な行為。このような事が2度と起こらないよう尽力致しますわ」

 

「……絶対よ」

 

こうして俺達の会談は何とか平穏に済ます事が完了した。

 

にしてもガラードワースの生徒がレヴォルフの生徒に問題を起こすなんて後にも先にも今回だけだろう。そう考えるとあの2人はガラードワースには向いていない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「ただいまー」

 

自宅に帰った俺達はそのまま風呂に一直線に向かう。

 

結局俺達はガラードワースでフェアクロフさんとブランシャールと会談を終えた後、そのままアルルカントに足を伸ばした。

 

とはいえ、アルルカントは全体的に研究所のような空気が強く、イベントも研究発表のようなものが多く人の出入りが少なかった。

 

その上俺自身、オーフェリアに非道な実験をした『大博士』が所属しているアルルカントに良い感情を持っていないので、ぶっちゃけると余り楽しめなかった。

 

まあそれについては仕方ない事だと割り切っていたので問題はない。

 

「それより今日は早く寝ないとな……」

 

風呂場にて服を脱ぎながらため息を吐く。春になったばかりとはいえ、学園祭を回っていると存外汗を掻いたので早く汗を流したい。

 

何せ学園祭は明日もあるのだ。しかも明日は俺、界龍のイベントで武暁彗と戦うから早めに休むべきだろう。

 

既に予約はしている(てか星露が申し込んだ)ので避けられない戦いだ。いくらチーム・赫夜の為とはいえ、あの怪物の相手は骨が折れそうだ。

 

「うん、明日楽しみにしてるから頑張ってね」

 

「……大丈夫。八幡なら勝つわ」

 

2人は笑顔を浮かべながら俺と同じように服を脱ぎだす。2人にそう言って貰えるのは嬉しいが期待し過ぎじゃね?

 

「……まあやるだけやるさ。それよりオーフェリア、お前はほどほどにしろよ?」

 

結局、オーフェリアはマジで雪ノ下陽乃に挑む予約をした。ガチで心配である。

 

 

 

 

 

オーフェリアが負ける心配ではない。オーフェリアが雪ノ下陽乃を殺さないか心配なのだ。

 

対してオーフェリアは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫よ八幡。殺しはしないわ。死にたくなるくらいの屈辱を与えるだけだから」

 

冷笑を浮かべながらそう言ってくる。……果てしなく不安だ。

 

 

俺はそう思いながら風呂に入った。



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学園祭2日目が始まる

学園祭2日目

 

「到着、っと」

 

現在、俺達は星導館学園の校門前にいる。今日の予定は午前中に星導館で遊び、昼食を取ったら界龍に向かい、界龍のイベントに出るって感じだ。

 

俺はエンフィールドと協力関係を結んでいるから学園祭以外の時にも星導館に足を踏み入れた事はあるが、基本的に生徒会室以外には足を運んだ事がないので結構楽しみだ。

 

「んじゃ何処から回る?午後は界龍に行くし早めに行こうぜ?」

 

可能なら全部見たいがそんな事をしたら3日全て埋まってしまう。よって有名どころ以外は残念だが切り捨てないといけない。

 

「とりあえず色々回って見るけど……あ!」

 

シルヴィはいきなり歩き出したので俺とオーフェリアもそれに続く。向かった先は星導館の校舎を取り巻くように配置されている大量の出店だった。

 

「やっぱり身分を隠したデートにはアイスクリームだよね」

 

あー、そういやそんなシーンがある映画を見た事あるな。まあアイスクリームは好きだし別に構わ……ん?!

 

「マジかよ……!MAXコーヒー味のアイスクリームだと!!……店員さん!これくれ!」

 

何とシルヴィが選んだアイスクリームの屋台にはMAXコーヒー味のアイスクリームが売られていたのだ。何と素晴らしい店だ!

 

「あはは……まあ気に入っている味のアイスクリームがあって良かったね。あ、店員さん、私はバニラでお願いします」

 

「……じゃあ私はストロベリーで」

 

「あいよ!」

 

言うなり店員の兄ちゃんは直ぐに準備して俺達に差し出してくる。受け取ると同時に俺は自身の買ったMAXコーヒー味のアイスクリームを一口食べてみる……

 

「うん、美味い。流石人類が作り上げた中で至高の飲み物をアイスにした事はあるな」

 

出来るならこれを流行らせて、全国に新しくMAXコーヒー味のアイスを販売して欲しいものだ。

 

「……それは大袈裟よ」

 

「まあまあオーフェリア。それはそうと八幡君、私の一口あげるから八幡君も頂戴」

 

シルヴィがいきなりそう言ってくる。これを機にシルヴィにもMAXコーヒーの魅力を理解して欲しいものだ。

 

「ほらよ」

 

「ありがとう。じゃあ八幡君も」

 

そう言われてバニラのアイスを差し出されたので口にする。うん、これも中々美味いな。

 

「サンキューシルヴィ。美味かった」

 

「どういたしまして。八幡君のそれはアイスになっても甘いね。それより八幡君」

 

するとシルヴィは唐突に小悪魔的な表情を見せてくる。何か嫌な予感しかしねぇ……

 

無意識のうちに構えを取っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間接キス……しちゃったね」

 

そう言ってきた。

 

瞬間、俺は一瞬だけ思考を停止したが直ぐに再起動して顔が熱くなるのを実感してしまう。ヤバい、かなり恥ずかしい……!

 

「あ、八幡君照れてる。可愛いな〜」

 

シルヴィは悪戯を成功したような純粋無垢な子供のような笑みを浮かべてくる。

 

「へ、変な事を言うな馬鹿!」

 

「え〜?でもさ、私達毎日最低2時間はキスをするから、間接キスなんかでは緊張しないと思っちゃったよ」

 

いや、まあ…確かに俺はオーフェリアとシルヴィの3人で毎日キスをしている。ちなみに内訳は3割が普通のキスで、3割がソフトキス、4割がディープキスである。ディープキス多過ぎだろ?

 

しかし間接キスは殆どしないのでぶっちゃけ慣れていない。その上、間接キスは普通のキスとはまた違った魅力があって妙に緊張してしまう。

 

よって俺はシルヴィの不意打ちにドギマギしてしまっている。あいつ、本当に悪戯好きだなオイ。

 

内心呆れながらシルヴィに毒づいているといきなり肩を叩かれたので横を見ると、そこにはオーフェリアがいて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、私とも間接キスしましょう?」

 

そう言いながら自身の購入したアイスを差し出してきた。アイスを食べっこしようではなくて、間接キスをしようときましたか。そんな風に頼まれるとは相変わらずオーフェリアはぶっ飛んでんな……

 

まあ……

 

「はいよ」

 

そう言いながら自身のアイスを差し出しながら、オーフェリアが差し出してきたアイスを口にする。

 

シルヴィと間接キスした以上、オーフェリアとしないという選択肢はない。2人を愛すると決めた以上、2人には可能な限り平等に接するつもりだ。

 

「んっ……美味しい」

 

オーフェリアは俺のアイスを食べながらそう言って自由になる前には一度も見せないような可愛い笑みを見せてくる。

 

やっぱりこいつの笑顔は普段とのギャップもあって最高だ。この笑顔を独り占め出来るだけでこいつを助けた意味は充分にあるだろう。

 

そう思いながら俺もオーフェリアの差し出してきたアイスを味わう。その味はいつも食べているストロベリーのアイスより数段美味く感じたのは気の所為ではないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺達は暫く他愛のない会話をしながら、星導館を適当にブラブラした。イベントは気になったのはチラッと覗くくらいで、基本的に歩いている時間の方が多かった。

 

俺個人としては星導館の屋内プールで開催されていた『ウォーターサバイバル』ってイベントでオーフェリアとシルヴィのスク水姿を見たかったが、身バレするのを避ける為断念したのが悔やまれる。まあその時に2人に、帰ったらスク水でもビキニでも見せてやると言われたので良しとしよう。

 

 

閑話休題……

 

そんな感じで色々な場所を見回っていると時計は11時半を示していた。

 

「シルヴィ、午後には界龍に行くしそろそろ昼食を摂ろうぜ」

 

「あ、そうだね。でも……」

 

「……この混み具合じゃ、店に入るのも立ち食いも厳しいわね」

 

オーフェリアの言う通り、今は昼飯時だからか座って食べれる店は混んでいる。屋台の店はそこまで混んではいないがその周囲、歩道は立ち食いをしている人で溢れている。ベンチに至っては全て埋まっているし。

 

さて、どうするか?

 

そんな事を考えていると……

 

 

 

 

 

 

「でしたら生徒会室に来ませんか?」

 

いきなり後ろから声をかけられた。この声は知っている。

 

「……直で会うのは旅行の時以来だなエンフィールド」

 

振り向きながらそう言うと、星導館の長であるクローディア・エンフィールドがいつもの完璧な笑みを浮かべて立っていた。

 

「はい、ランドルーフェンさんもお久しぶりです。……それと、そちらの方は『戦律の魔女』ですか?」

 

「うん、そうだよ。鳳凰星武祭の閉会式以来かな?」

 

「そうですね。まああそこでは殆ど話が出来なかったのでもっと久しぶりな気がしますね」

 

「まあ私は殆ど六花園会議に出てないからね」

 

旧知の間からか、2人は和やかに会話をしている。

 

「まあ仕事上仕方ないでしょう。それより話を戻しますと、生徒会室なら今は誰もいませんのでのびのびと昼食を摂れますが、どうですか?」

 

そう言われて現在の問題について考える。確かに混雑している以上、のびのびと昼食を摂れる場所については魅力的だ。

 

「……俺としてはそれで構わない。お前らは?」

 

「私もそれでいいかな?オーフェリアは?」

 

「……構わないわ」

 

「決まりですね。では私はここで待っていますので、屋台に行って各々食べたい物を買ってきてください」

 

エンフィールドにそう言われたので俺達はバラバラに散って、各々が食べたい屋台に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

10分後……

 

「ではどうぞ。他の役員はいないので変装を解いても大丈夫ですよ?」

 

屋台で昼食を買った俺達はエンフィールドに案内されて生徒会室に入る。

 

 

 

 

 

 

 

俺は何度か入った事があるが、相変わらず大企業の社長室のような部屋だ。俺は今までレヴォルフとガラードワース、星導館の生徒会室に入ったが、どの生徒会室も雰囲気を感じさせる部屋だと思う。こんな場所で仕事なぞ、俺には絶対に無理だろう。

 

そう思いながら俺は変装を解いて、いつもエンフィールドと会談する時に使用するソファーに座ると、オーフェリアとシルヴィが左右に座り、エンフィールドが向かいに座る。

 

「ありがとねクローディア。わざわざこんな豪華な場所を貸して貰って」

 

シルヴィが笑顔で礼を言うと、エンフィールドも同じように笑顔で首を振る。

 

「いえいえ。そちらはデートですか?」

 

「まあそんなところだ。つーかお前は生徒会長として忙しいのか?」

 

執務机を見ると紙の書類が大量にある。その事から相当忙しい事は簡単に想像がつく。

 

「そうですね。ぶっちゃけ殆ど仕事ですね。おかげで綾斗と一緒に過ごせませんね」

 

残念そうに頬を膨らませる。それを見たシルヴィは珍しく驚きの表情を浮かべる。

 

「へぇ……クローディアがそんな顔をするの初めて見たよ。天霧君って相当やるみたいだね」

 

「ああ、あいつは天然の女誑しだからな」

 

そう言いながらさっき買ったたこ焼きを食べるとエンフィールドがコロコロ笑い出す。

 

「あら?シルヴィアとランドルーフェンさんの2人と付き合っている比企谷君も中々だと思いますよ?」

 

ぐっ……まあ端から見たらそう思われても仕方ないか……

 

「そこを言われると返せないな……てか、お前が忙しいって事は、天霧はリースフェルトや沙々宮、刀藤と一緒にいるのか?」

 

3人は天霧といて、エンフィールドだけ仕事……不憫過ぎる。不幸中の幸いなのは天霧が鈍感である事だ。だからエンフィールドが学園祭で一緒に過ごせなくても差がつく事はないだろう。

 

「ええ。あ、でも午後は私も合流するつもりです。今日の午後に界龍の生徒会との仕事もあって、そのついでにこれを見るつもりです」

 

そう言ってエンフィールドは空間ウィンドウを二つ開いて俺に見せてくる。

 

するとそこには『激闘!黄振殿!』と記された界龍のイベントサイトと『激震!黄振殿に最強の挑戦者、オーフェリア・ランドルーフェンと比企谷八幡現る!迎え撃つは万有天羅の一番弟子と二番弟子!』と大きく書かれたネット新聞が映っていた。

 

「……随分とデカデカと載ってるな」

 

「ええ。おそらく最終日に行われるグラン・コロッセオと同じくらい話題になっています」

 

「まあレヴォルフ不動の2トップである八幡君とオーフェリアが挑戦するからね」

 

「それに『覇軍星君』のデータは殆どないですからね。彼が獅鷲星武祭に出る事が噂されている以上獅鷲星武祭に参加する人間は間違いなく見に来るでしょうね」

 

「シルヴィは参加しないのか?お前の実力なら問題ないだろうし、星露なら飛び入り参加も認めてくれるかもしれないぜ?」

 

てかあのバトルジャンキーなら絶対に認めると思う。寧ろシルヴィに挑みそうで怖い。

 

「うーん。面白そうだけど、今回は2人の応援に回るつもりだね。だから2人とも頑張ってね」

 

「そうですね。特に比企谷君、『覇軍星君』の底を見れるように頑張ってくださいね」

 

言われるまでもない。元々俺は奴の本気のデータを手に入れる為に挑むんだ。そして奴に本気を出させるにはこちらも本気を出さないと無理だろうし。

 

「ああ。しっかりと目に焼き付けときな」

 

「期待していますよ。それとずっと気になっていたのですが、何故ランドルーフェンさんは『魔王』雪ノ下陽乃に挑むのですか?こう言ってはなんですが、弱いものイジメにしかならないと思うんですが」

 

あー、それを聞いちゃうのね。エンフィールドの質問を聞いた俺とシルヴィは乾いた笑みを浮かべる。

 

まあエンフィールドの疑問は最もだ。俺自身も部外者だったは気になるだろうし。しかしハッキリと言っていいのか?

 

俺がそんな風に悩んでいると……

 

「……ただの私怨よ」

 

オーフェリアはただ一言、シンプルにそう言った。確かにその通りだな……

 

それを聞いたエンフィールドは

 

「……なるほど。何やらキナ臭い話みたいなので聞かないでおきましょう」

 

それが賢明だな。聞いたら不快になる話だし。てか俺自身も余り知られたくないし。

 

「ま、まあそんな感じで2人は挑むんだよ。クローディアもこれ終わったら一緒に界龍に行かない?」

 

シルヴィが焼きそばを食べながら話を逸らすようにエンフィールドに誘いをかけると、エンフィールドはそれに乗るかのように頷く。

 

「そうですね……綾斗達と集合する場所は界龍の校門前なのでそこまでご一緒しても良いですか?」

 

「別に構わない。オーフェリアは?」

 

「私も構わないわ」

 

「どうもありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」

 

エンフィールドがぺこりと頭を下げて礼を言ってくる。俺達はその礼を受けながら食事を摂るのを再開した。

 

さて、これを食ったらいよいよ界龍に行って暁彗と戦うのか……しっかり食べて万全の状態で挑まないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、黄振殿では……

 

 

「さて、もう直ぐ午後の催し物が始まるが……儂を滾らせるのを期待しておるぞ?」

 

『はっ!』

 

星露の言葉に星露の弟子達ーーー例のイベントに参加する面々は声を揃え了承の意を表明する。

 

それを見た星露は満足そうに頷いてから、

 

「暁彗」

 

「……はっ」

 

自身の一番弟子の名を呼ぶ。それに対して暁彗は星露に恭しく傅く。

 

それを見た星露は優しく穏やかに……

 

「ぬしと八幡の戦い、楽しみにしておるぞ」

 

そう口にする。瞬間、暁彗は身体中の血が沸き立つのを感じた。

 

比企谷八幡

 

界龍の生徒でないにもかかわらず星露の教えを受けている者で、星露に血を流させて星露自身がアスタリスクに来てから戦った人間で一番の強さを持つと認めた者。

 

暁彗は星露が今の自分に満足していない事を重々理解している。彼を倒せば星露は認めてくれるだろうか。

 

暁彗はそう考えてから一息を吐く。やる事は変わらない。どんな時でも星露の為に全力を尽くすだけだ。

 

「……御意。全霊をもって、師父のご期待に応えてみせましょう」

 

暁彗はそう言って立ち上がり、他の弟子より早く戦いの舞台に歩き出す。

 

星露に報い、星露の望みを叶える事に全力を尽くすと誓いながら

 

 

 



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祭の舞台にて比企谷八幡と武暁彗の戦いの幕が開いた

「あ、いたいた」

 

界龍第七学院の校門に向かって歩いていると目的の人物4人ーーー天霧とリースフェルト、沙々宮と刀藤が校門前に立っていた。

 

向こうも俺達に気がついたのかこちらに近寄ってくる。距離が3メートルを切ると同時にエンフィールドが4人の内の1人である天霧に話しかける。

 

「お待たせしてごめんなさいね綾斗。学園祭は楽しんでいますか?」

 

「うん。午前中はクインヴェールに行ったけど楽しかったよ。ところでクローディア、そっちの3人は……?」

 

そう言って俺達を見てくる。そういや天霧には変装している時の俺を見せてなかったな。

 

「俺だよ、俺俺」

 

「その声……もしかして比企谷?」

 

「もしかしなくても比企谷だ」

 

「へぇ……凄い変装だね。全然わからなかったよ。じゃあそっちの2人は……」

 

「はい。比企谷君の恋人のランドルーフェンさんとシルヴィアの2人ですね」

 

エンフィールドがそう言うと4人は驚きの表情を見せてくる。いくら変装をしているとはいえ、まさかこんな所で世界の歌姫と会うとは思わなかったのだろう。

 

そんな4人を他所にシルヴィは笑顔で挨拶をする。

 

「初めまして、シルヴィア・リューネハイムだよ。よろしくね」

 

シルヴィが挨拶をすると先ずは先頭に立つ天霧が受け答えする。

 

「あ、どうもご丁寧に。俺は天霧綾斗、よろしく」

 

「よろしく〜。少し遅いけど鳳凰星武祭優勝おめでとう。試合を見たけど、どの試合もカッコ良かったよ。もしもグランドスラムを目指すなら王竜星武祭で君と戦うのを楽しみにしてるよ」

 

「あ、うん。ありがとう……それと王竜星武祭には出る予定はないんだ」

 

シルヴィがそう言うと天霧は若干照れながら返答する。天霧の奴、後ろでリースフェルト達がムスッとしているのを気付いてないのか?

 

「……ユリスは解りやすいですね。ところで比企谷君は嫉妬してないんですか?」

 

するとエンフィールドがそんな事を聞いてくる。それを聞いた俺は天霧以外の星導館のメンバーに自己紹介をしているシルヴィを見る。

 

……確かに少し前の俺ならシルヴィにカッコ良かったと言われた天霧に対して間違いなく嫉妬していただろう。

 

しかし……

 

「特に嫉妬してないな」

 

あの夜、俺は2人を抱いた後何があっても2人を信じると決めたからな。それにシルヴィは誰に対しても誠実だから天霧を褒めたのも純粋に褒めていて、含む物はないだろうし。

 

「そうですか、余程信頼しているようで羨ましいですね」

 

「ああ、俺はあいつらを信じてるからな……っと、挨拶も終わったみたいだぜ」

 

見るとシルヴィと星導館のメンバーの挨拶は終わっていて、シルヴィはオーフェリアと話している。少し離れた場所でそれを見た俺とエンフィールドは互いに一つ頷き6人の元に歩き出す。

 

「挨拶も終わったようですし、行きましょう。出来る限り良い席を取りたいですから」

 

エンフィールドがそう口にするとイベントに参加する俺とオーフェリア以外は強く頷き、界龍の校門をくぐった。

 

 

 

 

 

 

 

界龍第七学院の外観はアスタリスクの六学園の中で最も特徴的だろう。

 

敷地全てを中華風の建造物が埋め尽くし、迷宮のようにそれらが全て回廊で繋がっている。

 

そして建物と建物の間には風雅な庭園や広場が点在し、地図がなければ絶対に迷うだろう。

 

広場では巨大な龍の人形を複数人が操りながら踊ったり、刃物を自由に振り回し曲芸をこなしている集団がいて拍手を浴びている。

 

「これは凄いね……何というか凄く盛り上がってる……」

 

天霧が感嘆の声を上げる。

 

「まあ界龍は他と校風が違うからだと思うよ」

 

「シルヴィの言う通りだな。界龍の校風は混沌、序列1位がイかれてるのもあってか余り纏まりがないんだよ」

 

「界龍の序列1位って……万有天羅だよね?」

 

「ああ。多分あいつはお前の事を気に入ってるから気を付けた方が良いぞ」

 

あの戦闘狂は多分というか絶対に天霧の事を気に入っている筈だ。今回界龍に入ったが、間違いなくちょっかいをかけてくるだろう。

 

「はは……前にリンドヴァル隊長にも言われたから肝に銘じるよ」

 

「リンドヴァル隊長?警備隊隊長がお前と接点があるとはな……」

 

あの人、基本的に大仕事しかしないイメージなんだが。

 

「あー、うん。ほら、姉さんの件でね」

 

「……?あー、そういやお前の姉ちゃんの捜索はあの人がやったんだったな。そういや見つかったのは知ってるが、今日は姉ちゃん一緒じゃないのか?」

 

もしかして蝕武祭に参加していたから警備隊に捕まったのか?

 

「うん。実は見つかったのは見つかったんだけど……姉さんが自分自身に封印を掛けて目が覚めてないんだ」

 

マジかよ……折角会えたのに可哀想過ぎだろ。てかこいつはどんだけ厄介の星の下に生まれたんだ?

 

「なるほどな。だから今回の獅鷲星武祭で優勝して姉ちゃんを目覚めさせる腹か?」

 

「うん。だから今回、比企谷の試合を見に界龍に来たんだ。『覇軍星君』はデータが少ないから参考にさせて貰うよ」

 

そういう事なら俺も全力を出さないとな。まあ元々赫夜の為に全力を出す予定だったが、その気持ちが更に強まった。

 

「ま、精々頑張れ…….っと、受付はあそこか。悪いが俺とオーフェリアはここで別れる」

 

「……また後で会いましょう」

 

「うん、じゃあ2人とも頑張ってね」

 

「2人とも負けるなよ……まあオーフェリアは負けないと思うが」

 

「楽しみにしていますよ」

 

「が、頑張ってください!」

 

「……期待している」

 

そんな感じで星導館の面々から激励を受けた俺は会釈をしてからシルヴィを見る。するとシルヴィは笑顔のまま俺に近寄り……

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

俺の首に腕を絡めて、そのまま唇を重ねてきた。

 

『なっ?!』

 

シルヴィの後ろにいる星導館の面々は驚きの表情を浮かべる。あの普段は笑みを絶やさないエンフィールドですら驚きの表情を浮かべている。

 

まあ仕方ないだろう。いくら変装しているとは目の前で世界の歌姫がキスをしているのだから。

 

暫くキスをされていると、

 

「んっ……頑張ってね」

 

艶のある表情を見せながらそう言ってくる。キスをされてからそんな風におねだりされたら……

 

「わかってる。勝ってくるからな」

 

期待に応えないといけないだろう。

 

俺はシルヴィの要求を受け入れ、オーフェリアと共に受付に向けて再度歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5分後……

 

「あー、緊張してきた」

 

控え室に案内された俺は軽いストレッチをしながらそう呟く。オーフェリアは違う控え室にいてここにはいない。

 

シルヴィには勝ってくるとは言ったが、実際の所厳しいだろう。相手は星露の一番弟子だし。こちらも持っている全てのカードを切らないと負けるだろう。

 

(とはいえ……出来る事なら影神の終焉神装は使いたくないな……)

 

アレは処刑刀やヴァルダを倒す為に開発した技、出来るならこんな目立つ場所では使用したくないし。

 

まあアレはヤバくなったりしたら使おう。幸い星露との修行の際に新技を1つ編み出したし、影狼修羅鎧と影狼神槍とその新技が破れたら使おう。

 

方針を決めた俺は意識をストレッチに集中しようとした時だった。

 

「比企谷選手、次出番ですので入場ゲートに案内します。付いてきてください」

 

界龍の制服を着たスタッフが控え室に入ってきてそう言ってくる。

 

「わかった。今直ぐ行く」

 

「はい。それとこちらを。試合の時に使用される擬似校章です」

 

言うなり界龍のマークの付いた校章を渡される。

 

(なるほどな……俺本来の校章が壊れたら学園祭を回る祭に支障が出るから擬似校章を準備したのか)

 

「どうも」

 

界龍の気遣いに感謝しながら俺は胸に龍がマークされている校章を取り付ける。いつもは双剣がマークされている校章を付けているので結構不思議な気分だ。

 

そう思いながら俺は控え室を後にした。

 

控え室から出て廊下を歩く。そして歩くにつれて歓声が大きくなってくる。ステージに近づいている証拠だ。

 

 

暫く歩いていると……

 

「ここが入場ゲートか」

 

目の前に開いている巨大な門が目に入る。そしてその真下ではクインヴェールの生徒が界龍の序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォンと戦っている。しかし試合は殆どセシリー・ウォンが攻めていてクインヴェールの生徒は防戦一方となっている。後2分もしないでケリがつくだろう。

 

「はい。実況が比企谷選手の名前を告げたら、比企谷選手はゲートをくぐってステージに降りてください。試合に関して何かご質問はありますか?」

 

「いや、さっき渡されたルールブックを見る限りわからない所はないな」

 

見たところ普通の決闘と同じルールだし。強いて言うならば制限時間があり、それを過ぎれば引き分けとなるくらいだろう。

 

ルールについては特に文句はない。学園祭のイベントである以上制限時間無しでやったら後半の人は参加出来なくなる可能性も充分にあり得るので制限時間を設けるのは当然だろうしな。

 

「そうですか。では自分は失礼します。ご武運を」

 

そう言ってスタッフの人は去って行った。

 

そしてスタッフが見えなくと同時に歓声が一際大きくなったのでステージを見るとクインヴェールの生徒が膝を付いていた。

 

『ここで試合終了!ウォン選手、最後まで危なげない見事な試合運びでした!』

 

やはり界龍の冒頭の十二人は星露の弟子だけあって強いな。確かあいつも獅鷲星武祭に出るみたいだしマークしとかないとな。

 

そう思いながらステージを見ると両選手が退場ゲートに向かっている。クインヴェールの生徒は悔しそうに、セシリー・ウォンは嬉しそうな表情をしているのは必然だろう。

 

そして2人が退場すると同時に実況の声が響く。

 

『さあ!いよいよ本日の目玉試合の内の1つ!実況の私もこれを待ちわびていました!先ずは東ゲート!前シーズンの王竜星武祭ベスト4!六学園中最も過酷と言われるレヴォルフの序列争いで不動の2位に立ち続ける男、『影の魔術師』比企谷八幡選手!』

 

実況の声が俺の名前を呼ぶ。出番のようだな。

 

そう思いながらゲートを潜りステージに降り立つ。それと同時にスポットライトが俺の身体に集中して、俺の名前を呼ぶ歓声が高まる。この盛り上がり……王竜星武祭の本戦に勝るとも劣らないくらいだ。

 

『そしてそして!西ゲートからは我らが界龍の序列2位!我らが長、万有天羅の一番弟子!『覇軍星君』武暁彗選手!』

 

そして俺と相対する男の名前が呼ばれると、

 

「………」

 

目の前に背の高い男性がステージに降り立つ。

 

鋭い目付きと精悍な顔立ち、服の上からでもわかる引き締まった強靭な体躯を持つ男。

 

武暁彗

 

星露の一番弟子にして、見る者全てに威圧感を与える界龍の序列争いで不動の2位の地位にいる男。星露がいるから2位の座にいるが、星露がいなかったら間違いなく序列1位はこの男の物だろう。

 

見るだけでわかる。俺が今まで戦った人間の中でもトップクラス、それこそオーフェリアや星露の次、シルヴィと同じくらいと桁違いの実力を持っている。

 

『アスタリスク最強の男は武選手に比企谷選手、ガラードワースのアーネスト・フェアクロフ選手と評されていますが、その内の2人が戦う場面を目にするのは幸運と言えるでしょう!』

 

ああ、そういや世間ではそう評価されているんだったな。

 

しかし俺は王竜星武祭一本に絞っていて、フェアクロフさんは獅鷲星武祭一本に絞っている。そして暁彗は多分だが星露の命令次第なので俺達が戦う事はないとも世間では言われていた。

 

そう考えたら俺と暁彗の戦いはレアな試合なのかもしれないな。

 

そう思っていると視線を正面から感じたので暁彗を見る。

 

「……」

 

暁彗は無言でこちらを見てくる。ただそこにあるから見たと言った感じだ。

 

しかし……

 

(何だこいつ?不気味だな……)

 

そのあまりに朴訥な目に不気味な感情を抱いてしまう。今まで感じた事のない不思議な目だ。

 

奴の目の正体を探ろう。そう思いながら実行しようとした時だった。

 

『さあ!そろそろ試合開始の時間です!果たして果たして勝利を収めるのはどちらなのか!』

 

実況のそんな声が耳に入る。どうやら目の正体を探るのは無理みたいだ。

 

そう判断した俺は諦めたように息を吐いて、構えを取り暁彗を睨む。

 

対する暁彗も俺と同じ様に構えを取る。その構えに一切の隙は見当たらない。これは厳しい戦いになりそうだ……

 

俺と暁彗の間にビリビリとした空気が流れる中、

 

 

 

 

 

『試合開始!』

 

試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷君、頑張れー!」

 

「負けたら許しませんわよ!」

 

「が、頑張れー」

 

「……貴女達、彼の応援をするのは良いけど、『覇軍星君』の動きは目に焼き付けなさいよ。『覇軍星君』のデータを集めるのが第一なんだから」

 

「大丈夫だと思いますよ?それにクロエさんが見てますから」

 

 

 

 

 

 

 

「ふーんだ。あんな卑怯な人、ボコボコにされるに決まってますよ。ねー葉山先輩?」

 

「あー、いや、どうだろうね?」

 

「そうに決まってますよ〜。どんな卑怯な手を使ったのか知らないですけど、あの人の所為で会長と副会長にこってり絞られたんですから」

 

「まあまあいろは。ヒキタニ君達だけじゃなくて俺達にも反省するべき所もあるんだし」

 

「あんな最低な人を庇うなんて、葉山先輩は本当に優しいですね〜」

 

 

 

 

 

 

 

「さて、うちの馬鹿息子はどこまでやれるんだか……」

 

「それは良いが比企谷、私は仕事中なのだが……」

 

「相変わらずヘルガは真面目だなぁ。まあ固いこと言うなって!これでも私が学生時代の時は良く喧嘩してた仲じゃん」

 

「ああそうだな。お前が歓楽街でトラブルを引き起こす度に、私がお前を捕まえに向かうという仲だったな」

 

「良いじゃん。なんだかんだあんたとの喧嘩や追いかけっこ、疲れるけど楽しかったし」

 

「それはお前だけで私は全然楽しくなかったがな……!今直ぐ捕まえてやろうか……?」

 

「おー、怖い怖い」

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ始まりましたね……」

 

「そうですね。ちなみに皆さんはどちらが勝つと思いますか?」

 

「……『覇軍星君』の実力はベールに包まれているから何とも言えないな」

 

「……私は比企谷が勝つと思う」

 

「何で紗夜はそう思うんだい?」

 

「勘」

 

「私も八幡君が勝つと思う。というより勝って欲しい」

 

「ふふっ、大丈夫だと思いますよ?誓いのキスもしていたのですから」

 

「もうクローディア〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、頑張って」

 

 



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比企谷八幡VS武暁彗(前編)

試合開始のゴングが鳴り響いた直後だった。

 

(……っ!)

 

俺と10メートル以上離れた場所にいた暁彗が一瞬で距離を詰めて拳を放ってきた。

 

狙いは俺の腹、その速度は正に超一流。おそらく冒頭の十二人でも見切れない人間もいるだろう。

 

だが……

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ……!」

 

腹に当たる直前に俺は左手をパーにして暁彗の拳を受け止める。それによって腕には痛みが走る。

 

(舐めんな……!確かにあんたの拳も速いし痛いが、こっちも星露の拳をうけまくってんだよ……!)

 

星露との実戦練習の際に、星露は基本的に開始直後に距離を詰めて拳を放ってくる。あいつの拳を何度も受けたおかげで、暁彗の拳も見切れる事が出来た。

 

そう思いながら俺は全身から星辰力を放出して

 

「殴れ、影籠手」

 

右手に真っ黒ーーー影の籠手を纏わせて暁彗の顔面目掛けて右ストレートを放つ。

 

すると暁彗は空いている左手で俺の拳を受け止める。それによって両者の腕は封じられている状態となる。

 

この状況を打破する為には……

 

 

 

 

 

「おらぁっ!」

 

「破っ!」

 

俺が蹴りを放つと向こうも放ってくる。どうやら考えている事は一緒のようだ。

 

そう思っているとお互いの足がぶつかり合い……

 

 

「ぐっ……!」

 

俺が後ろに吹き飛ぶ。

 

当然の帰結だ。単純な身体能力なら向こうの方が遥かに上だ。寧ろ開幕直後の殴り合いは運が良かっただけだし。

 

(痛ぇなおい……!)

 

内心舌打ちをしたがら俺は空中で体勢を立て直して……

 

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

地面に映る俺の影が地面から起き上がり俺に纏わりつく。

 

全身が影に覆われたのを自覚すると同時に暁彗がこちらに突っ込んでくるので、俺は迎え撃つとばかりに分厚い鎧に覆われた拳を放つ。

 

対する暁彗も俺の拳に向けて拳を放つ。すると……

 

 

「……!」

 

「……!」

 

お互いの拳がぶつかり合い、その衝撃によって桁違いの轟音が生まれ、両者の足元がクレーター状に凹む。

 

それによって再度腕に痛みが走る。見ると暁彗も若干眉を寄せている事から多少の痛みはあるのだろう。

 

俺は追撃をかけるべく、

 

「影の刃群」

 

自身の纏う鎧から大量の影の刃を出す。その数約150、その全てが暁彗の全身に襲い掛かる。

 

対して暁彗は至近距離でその全てを防ぐのは無理と判断したのか、俺の拳とぶつけている自身の拳を引いて、後ろに跳ぶ。

 

それを見た俺は間髪入れずに暁彗との距離を詰めに向かう。圧倒的な強者を相手に様子見は厳禁、とにかく攻める事が重要だ。

 

そう思いながら走り暁彗との距離を10メートルを切った時だった。後ろに跳んだ暁彗が地面に着地して長さ2メートルくらいの棍を取り出してくる。棍にはマナダイトがない事から煌式武装でない事がわかる。

 

そして暁彗との距離を5メートルを切って、俺が追撃の拳を振るおうと構えを取ると同時に暁彗が手に持つ棍を振るってきた。

 

すると……

 

「……っ!」

 

いきなり轟音が響いたかと思いきや、いきなり俺の右腕に衝撃が走り、上に跳ね上がる。

 

(何だ……?今何が起こったんだ?)

 

疑問符を浮かべるもそれも一瞬で、隙ありとばかりに暁彗が距離を詰めて棍を振るう。すると今度は左腕に衝撃が走り、右腕同様上に跳ね上がる。

 

そして……

 

「破っ!」

 

俺の腹に蹴りを放とうとしてくる。両腕を跳ね上げられた俺には腕を使って防御するのは不可能。ならば……

 

「はぁっ!」

 

腹に大量の星辰力を込めて受けて立つ選択を取った。すると、

 

「……っ!」

 

腹に圧倒的な衝撃が走り、全身に襲い掛かる。星辰力を込めるのが遅かったらゲロを吐いていただろう。

 

暁彗の蹴りを食らって3メートルほど後ろに下がる。そして防御の構えを取ると向こうは追撃の構えを見せてこない。こっちのカウンターを警戒したのか?

 

そう思いながら暁彗の棍を見ると、棍に巻きついていた物が燃えていて、やがて燃え尽き灰になった。俺はそれの正体を知っている。アレは確か……

 

「呪符……確か名前は刧力符だったか?」

 

「……いかにも。効果は単純でただ衝撃を放つだけの呪符だ」

 

前シーズンの王竜星武祭で雪ノ下陽乃がオーフェリアとの試合で使っていたので思い出せた。

 

今回暁彗は俺の腕に衝撃を放ち、腕の動きを制限してから蹴りを放ったのだろう。シンプルな作戦だが、作戦の実行者が桁違いの実行者だと恐ろしいものと化す。だから先ずはあの棍を暁彗の手から離さないといけない。

 

そう判断した俺は自身の影に星辰力を込めて……

 

「湧き上がれーーー影蝿軍」

 

そう呟くと影から大量の虫ーーー影で作られらた蝿が現れる。その数は千を優に超えている。

 

「行け!」

 

俺がそう叫ぶと影蝿は蝿が飛ぶ時に出る不快な音を出しながら一斉に暁彗に襲い掛かる。とは言っても影蝿は相手の集中力を削ぐ技であって殺傷能力はない。

 

対して暁彗は刧力符を巻きつけている棍を振るう。すると轟音と共に空中に衝撃が走り、一気に100匹近い影蝿を叩き潰し強制的に俺の影に戻す。

 

しかしまだ900以上の影蝿が残っている。生き残った影蝿は暁彗の耳元に飛んで行き不快な音を出しまくる。

 

これには無愛想な暁彗も堪らないようだ。不快な表情をしながら……

 

「急急如律令、勅!」

 

片手で印を切る。すると暁彗の周囲に業火の壁が噴き上がり、俺の視界から暁彗が見えなくなる。

 

瞬間、俺は走り出す。前方では影蝿が火に炙られて、そのまま俺の影に戻るかどうでもいい。影蝿はハナから捨て駒だ。

 

そして俺は炎の壁を前にして……

 

「おぉぉぉっ!」

 

無視して壁に突っ込んだ。俺の影狼修羅鎧は炎を防ぐ事は出来ても熱までは防ぎ切れないので全身に熱を感じる。

 

だが知った事か。ここで躊躇っているようでは奴の棍を奪う事は出来ないのだから。

 

そう思いながら俺は身体を襲う熱に耐えながら炎の壁を突き破り……

 

「はぁっ!」

 

壁を突き破った先にいる暁彗を視界に捉え、手に持つ棍目掛けて渾身の一撃を叩き込む。

 

影狼修羅鎧による圧倒的な力の一撃。さしもの暁彗でも無理だったようだ。棍は暁彗の手から離れ遥か彼方に飛んで行く。これで厄介な刧力符付きの棍に警戒する必要は無くなったな。

 

しかしその安堵も束の間、目の前にいる暁彗が蹴りの構えを見せてくる。これは避けれないな……

 

そう判断した俺は……

 

「せあっ!」

 

右拳を強く握り暁彗の顔面に放つ。

 

防御や回避ではなく迎撃を選択した。暁彗の蹴りに対しては今からじゃ対処出来ないので暁彗にダメージを与える事にした。ダメージを与えなきゃ勝てないしな。

 

そして……

 

「クソがっ……!」

 

「ぐっ……!」

 

俺の拳が暁彗の顔面に当たると同時に暁彗の蹴りが俺の右足に当たる。それによって暁彗は鼻血を出しながら後ろによろめき、俺は足に衝撃が走って地面に倒れてしまった。

 

(あの野郎……比較的装甲の薄い足を狙いやがったな……)

 

影狼修羅鎧は各関節部分と足の部分の装甲は薄い。前者は体を動かしやすくする為、後者は蹴りの速度を落としたくないからだ。

 

しかし悔しがっている場合ではない。俺は足にかかる痛みを無視して急いで起き上がる。何故なら……

 

「破っ!」

 

暁彗が距離を詰めて攻撃しようとしてきているからだ。

 

暁彗が足を大きく踏み込みながら掌打を放ってくるので、俺の迎撃とばかりに拳を放つ。それによって再度足元にクレーターが出来るが、俺達はそれを無視して攻撃を止めない。

 

暁彗が踏み込んだ右足を軸に身体を回転させて俺の右足に足払いをかけようとしてくる。

 

対して俺は影狼修羅鎧の足の裏から影の杭を生み出して地面に突き刺す。それと同時に暁彗の足が俺の足に当たるが地面に影の杭を刺したから足払いは失敗する。

 

暁彗の攻撃が失敗したのを確認した俺は反撃とばかりに拳を放つ。

 

しかし拳が暁彗に当たる直前に、

 

「急急如律令、勅!」

 

暁彗が片手で印を切る。

 

それと同時に俺の拳が暁彗にに直撃したーーーかに見えたが、同時に暁彗の姿は陽炎のように揺らいで消えた。

 

俺はこれを知っている。これは確か……

 

(俺が初めて星露と戦った時に使った技、そうなると……)

 

俺が顔を上げると空中から10人の暁彗が虚空から現れて、一斉に俺に襲いかかってくる。

 

流石星露の一番弟子だけあって行動パターンも似てるな。だが……

 

 

「その対策は出来てんだよ……影の刃軍」

 

鎧の全身から400の刃を出して、その内300の刃を10人の暁彗に向けて攻撃した。未だに幻術を見抜くのは無理なので本物を見抜くにはこれしかない。

 

するとその内の1人の暁彗が腕を振って影の刃を破壊した。それと同時に他の暁彗9人が消えた。どうやらあいつが本物か……

 

以前星露と戦った時は影の刃を破壊している星露に直接右ストレートをぶちかましたが……

 

「捕まえろ!」

 

今回は確実に攻撃を当てる。

 

そう思いながら俺は残った100の影の刃を本物の暁彗に向けて飛ばし、両腕両足に巻きつくように攻める。

 

暁彗は再度迎撃として腕を振るって影の刃を破壊する。しかし……

 

(隙が出来た、今なら……!)

 

そう思いながら俺も高くジャンプする。いくら暁彗でも空中で100の刃を破壊している時なら隙がある。

 

そう確信した俺は暁彗に向けて拳を放つ。

 

しかしその直後、俺の拳が暁彗の顔面に当たる直接の事だった。

 

「急急如律令、勅!」

 

暁彗が片手で印を切る。すると……

 

「……っ!」

 

「がはっ……!」

 

自身の拳に暁彗の顔面の感触を感じると同時に、いきなり足に衝撃が走る。

 

(下だと?暁彗は横にいるのに?)

 

痛みによる苦しみを感じながら下を見ると、地面が棘状に隆起していて、俺の足に当たっていた。

 

(これも星仙術かよ……何て奥が深い……!)

 

星仙術の汎用性に舌を巻きながら地面に着地する。正面では暁彗も地面に着地してこちらを見ている。

 

今のところ互角。現在、俺達は倒れるほどではないが軽くない傷を負っている。これが暫く続けばお互いに重傷を負って勝敗が決まるだろう。

 

しかしそうなった場合俺が勝つかもしれないし、暁彗が勝つかもしれない。勝負だから勝ち負けは絶対ではない事は理解出来るが、その場合リスクのデカイ博打だ。

 

勝つ為にはこっちが主導権を握って、そのまま押し切るのがベストだ。

 

(互いにダメージは軽くはないが戦闘には支障はない。力は殆ど同じで、防御力はこっちが上、速度は向こうの方が上だな)

 

技術は星仙術と能力なので明確に差が付けるのは不可能だから除外する。

 

(しかしどうしたものか……?)

 

影狼修羅鎧だけだと勝つのは厳しい。影狼神槍は軌道力の高いの暁彗に当てるのは不可能。

 

影神の終焉神装は命を削らずノーリスクで使える時間は1分ちょいなので制限時間が1分を切ってからーーー制限時間は後6分なので、後5分してから使うつもりだ。

 

しかしそれまでにダメージを受け過ぎると、ノーリスクで影神の終焉神装を使える時間が短くなる。

 

そこまで考えた俺は1つの結論を出した。

 

(仕方ない……対人戦闘は初めてだが新技を使うか……)

 

アレは影狼修羅鎧以上に攻撃タイプの技なので戦局を変えるのに向いているだろうし。

 

そう判断した俺は目の前で構えを取っている暁彗を見据えながら、影狼修羅鎧の上に星辰力を込めて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「纏えーーー影狼夜叉衣」

 

そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「よし!行けー!」

 

「その調子ですわ!ファイトですわ比企谷さん!」

 

「……でも、相手も強い」

 

「……そうね。まさか『覇軍星君』の実力とは思わなかったわね」

 

「そうですね。優勝を目指す以上彼も倒さないといけないですね」

 

「わかってはいたけど、星武祭で優勝するのは荊の道ね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんですかあれー!どうせマグレに決まってますー!それかズルしたんですよー!!ねー葉山先輩」

 

「い、いろは……それは……」

 

「だってあの人、文化祭でも最低な事をしましたし、うちの会長達を唆したんですよ?ズルしたに決まってるじゃないですかー?」

 

「あー……ま、まあそうかもしれないね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか大師兄の実力がこれほどとは……」

 

「そして大師兄と互角に戦っている『影の魔術師』もやるねー」

 

「これが大師兄の本気……!」

 

「師父の如き強さ……!」

 

「ふーん。比企谷君も王竜星武祭の時よりも数段強くなってるね」

 

「うち、今から次の王竜星武祭で八幡と戦うのが楽しみやわぁ」

 

「ほっほ!流石八幡じゃ。やはりあやつが欲しいのぉ……そうじゃ!虎峰!」

 

「はい師父、何でしょうか?」

 

「おぬし、確か獅鷲星武祭で優勝した際の願いについてじゃが、確か無いと言っておったかのう?」

 

「え?は、はい。特に願いは無いですが……」

 

「では虎峰。もしもおぬし達が優勝した場合、そのときまでに願いが無かったら、八幡を界龍に転校する願いにしてくれんかのぉ?そうすれば儂は毎日八幡と戦える」

 

「え………えぇぇぇぇ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて……今の所は互角か」

 

「お前の息子も中々良い動きだな。とはいえ、今のままでは五分五分だな」

 

「まあ何とかするでしょ。うちの馬鹿息子、何だかんだ頭がキレるし」

 

「馬鹿息子なのに頭がキレるのか?……というか酒を飲むな!周りの客に迷惑をかけるな!」

 

「えー?別にここ飲酒禁止じゃないし。ヘルガも飲もうぜ〜」

 

「勤務中だ馬鹿者!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、凄い戦いですね……!」

 

「ああ。獅鷲星武祭では『覇軍星君』、王竜星武祭では比企谷……グランドスラムを目指す私としては両者とも高い壁だな」

 

「ここで『覇軍星君』のデータが取れたのは良かったです」

 

「そうだね。もしもデータを取れない状態で彼がいるチームと当たったら……」

 

「……想像するだけでも嫌」

 

「八幡君……厳しいかもしれないけど頑張って……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡なら必ず勝つ。頑張って」



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比企谷八幡VS武暁彗(後編)

「纏えーーー影狼夜叉衣」

 

俺がそう呟くと足元に緑色の魔方陣が展開されて、光り輝く。それと同時に影狼修羅鎧の分厚い鎧が剥がれだして、一時俺の身体は剥き出しになる。

 

しかしそれも一瞬で、剥がれた鎧の内半分は俺と両手足に、残りの半分は俺の背中に纏わりついた。

 

それによって俺の両手足には分厚い鎧が、背中には天女が纏うような羽衣と竜の背中に生えているような巨大な翼が生まれる。まあどれも黒いから神々しさなんてないけどな。

 

そう思いながら一息吐き、暁彗を見据えると……

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

背中にある羽衣と翼に星辰力を込めて黒い光を放ち、瞬時に暁彗との距離を詰めて暁彗の腹に拳を叩き込む。それによってミシミシと軋む音が聞こえて暁彗が後ろに吹き飛ぶ。その距離約50メートル。

 

それを認識した俺は再度羽衣と翼に星辰力を込めて暁彗に突撃を仕掛ける。狙いは再度暁彗の腹だ。いくら暁彗でもこれを数発食らえば倒せるだろう。

 

そう思いながら暁彗との距離を一瞬で詰めて、拳を叩き込む。

 

しかし今度は、

 

「ふっ……!」

 

暁彗も読めていたようだ。俺の放った一撃を右手で受け止める。それによって暁彗の足元にはクレーターが出来上がり、暁彗自身は後ろにズルズルと後退する。今の所、俺が押しているが吹き飛ばすまでには至らないみたいだ。

 

だったら……

 

(翼の星辰力を腕に譲渡……!)

 

自身の翼に溜まっている星辰力を暁彗の右手とぶつかっている自身の左手に移す。すると左手に左手についてある籠手が緑色に輝き、今にも爆発しそうになる。

 

そして……

 

「はあっ……!」

 

そう叫びながら溜まった星辰力を放出すると、その爆発によって暁彗は後ろに吹き飛ぶ。

 

『な、何とー!武選手が2度連続吹き飛んだー!比企谷選手、新技を見せてからの勢いが凄過ぎるー!』

 

実況の声が響き、客席からは歓声が鳴り響く。

 

影狼夜叉衣

 

俺が星露との戦いで新たに身に付けた新技だ。

 

効果は単純、パワーと防御を重視した影狼修羅鎧とは対称的に、パワーとスピードに特化した装備だ。

 

普段の俺のパワーと防御とスピードを1000とすると、影狼修羅鎧と影狼夜叉衣を纏った時の俺はは……

 

影狼修羅鎧

 

パワー10000

防御10000

スピード1200

 

影狼夜叉衣

 

パワー10000

防御1000

スピード12000

 

って感じだ。

 

更に影狼夜叉衣は自身のパワーとスピードを変える事が出来る。さっき暁彗の拳とぶつかった際は、ぶつかった直後に翼ーーースピードに振られていた星辰力を一時的にパワーに振って暁彗を吹き飛ばすくらいまで増やしたのだ。

 

そして影狼夜叉衣の攻撃に振られている星辰力を全てスピードに費やす場合、星露と渡り合えるスピードも得る事も可能だ。

 

しかし当然ながら欠点もある。先ず第一に余りにスピードが速過ぎるので身体に掛かる負荷が大きいのだ。保って10分。それ以上使用すると寿命を削る事になるだろう。

 

そしてもっと恐ろしい欠点がある。それは影狼夜叉衣を使用している時はパワーとスピードに星辰力を振り分ける代わりに、防御に星辰力を使用することが出来ない事だ。

 

つまり影狼夜叉衣を使用している間、俺の防御は紙同然である。普通の煌式武装の攻撃を食らっても、星辰力を防御に回せないのでかなりのダメージを受けるだろう。暁彗の攻撃なんてモロに食らったら即負けに繋がるだろう。

 

だからここから先は一発も食らってはいけない。

 

そう思いながら地面に倒れ伏す暁彗に向けて突撃を仕掛ける。影狼夜叉衣を使用している以上、守りに入ってはいけない。守りに入るという事は勝負を捨てる事なのだから。

 

俺が神速の速さで暁彗に突撃を仕掛けると同時に向こうは起き上がり、

 

「急急如律令、勅!」

 

片手で印を切る。すると暁彗に拳が当たると同時に暁彗の身体が陽炎のようにぼやけて消える。幻術か……!

 

辺りを見渡すと数十人の暁彗が俺を囲いながら距離を詰めてくる。さっきまでは影の刃で全員に攻撃していたが今回は……

 

(腕にある星辰力を翼に譲渡……!)

 

翼に星辰力を移し、機動力を高めた俺は黒い翼を羽ばたかせて空へ舞い上がる。

 

そして俺は一直線に進み、沢山いる暁彗の分身体の1つを殴りつける。

 

(手応えはない……偽物か……)

 

それを認識すると同時に殴りつけた暁彗は陽炎のように揺らめきながら消えたので、俺は直ぐに次の暁彗に向かう。

 

その時だった。

 

「……っ!殺気!」

 

いきなり真上から殺気を感じたので上を見ると、何もない場所から暁彗が現れて拳を振るってくる。

 

俺が奴の拳を自身の拳で迎え撃つと籠手に衝撃を感じる。こいつは間違いなく本物の暁彗だ。

 

どうやら空中にいた10人の暁彗は全て偽物で、本物の暁彗は星仙術で姿を見えなくしていたのだろう。案の定、空に見えていた暁彗は全て消えているし。

 

空中に衝撃が走る中、俺は暁彗の拳をいなすと間髪入れずに翼に星辰力を込めて暁彗の上空に回る。そして……

 

「貰った……!」

 

両拳を合わせてそのまま暁彗の後頭部に振り下ろす。

 

「ぐっ……!」

 

暁彗からは呻き声が聞こえてくる。いくらこいつでも脳震盪にすれば一気に有利になる。もう、あと一撃当てれば……

 

しかし……

 

「……破っ!」

 

再度攻撃をしようとした直前、暁彗は空中で強引に身体を捻り俺の腹に目掛けて拳を放ってきた。俺は慌てて回避行動に移るも……

 

「がぁぁぁぁっ!」

 

 

攻撃中、しかも空中で身体を捻り反撃してくるとは予想を仕切れなかった俺に完璧に回避することなど出来ず、暁彗の拳が掠る。

 

しかし影狼夜叉衣を使用している間は星辰力を防御に回せないので掠っただけで大ダメージだ。

 

腹に激痛が走り、胃の中から昼に食った物が逆流して口から出そうになる。しかしステージで吐いたりしたら末代までの恥なので半ば無理矢理胃に戻す。

 

そして痛みを堪えながら、翼に星辰力を込めて羽ばたかせて、何とか暁彗と離れた地面に着地する。

 

何とか口まで込み上がってきた物を完全に胃に戻し、正面を見ると暁彗も口から流れた血を拭っていた。見る限りかなりのダメージを受けているのがわかる。

 

(まあそれはこっちもだけどな……)

 

何せ掠っただけとはいえ、防御していない状態で暁彗の拳を食らったのだ。もしもモロに受けていたら気絶して負けていただろう。

 

内心舌打ちをしながら暁彗を見ると、向こうも口を拭うのを止めて構えを取っていた。その構えは一分の隙もなく、見事な構えであった。

 

しかし……

 

(……やっぱりだ。こいつさっきから全力は出しているが……勝ち気を感じない)

 

こいつから感じるのは圧倒的なまでの無私を感じる。全力は出しているが……

 

「おい、試合中だが1つ聞いていいか?」

 

「何だ?」

 

「お前、勝とうとしてないだろ?」

 

俺がそう尋ねると暁彗は虚を突かれたように目を開く。しかしそれも一瞬で……

 

「……その通りだ。俺にとって勝利とは、他者と競い、自己の力を最大限発露した結果の付随品に過ぎない」

 

「つまり勝利自体にこだわりはないと?」

 

「それが何か悪いとでも?」

 

 

 

 

 

 

 

 

暁彗は平然と問い返す。どうやらこいつは本気で勝つ事自体に興味がないようだ。

 

対して俺の答えは……

 

「いや、考え方は人それぞれだし、武人としたらお前の考えは正しいな。実際俺もお前に挑んだ理由は戦いたいからとか勝ちたいからじゃなくて、獅鷲星武祭に出る知り合いの為にお前のデータを取る為だからな」

 

実際、チーム・赫夜の面倒を見てなかったら、このイベントに参加しなかっただろう。したとしても暁彗みたいな強者じゃなく雑魚にしていただろうし。

 

「ならばお前は何故勝ちに行こうとしている?俺はお前の言う通り勝とうとはしていないが、手は一切抜いていない。お前の目的が俺のデータならもう充分だろう?にもかかわらずお前からは闘志が微塵も衰えていないぞ?」

 

ああ。確かにそうだ。こいつのデータが目的なら俺の仕事は充分にこなした。ここでギブアップしても若宮達は充分なデータを得られるだろう。

 

しかし……

 

「確かにな。俺自身は勝つ事に拘りはない。だが……俺には勝利を捧げたい人がいるんでな」

 

 

 

 

 

『……八幡、頑張って勝って』

 

『私は八幡君が勝つのを信じてるからね?』

 

最愛の2人の言葉を思い出す。2人は俺が暁彗に挑むとしってからしょっちゅう応援してくれた。その際に2人は勝って欲しいと良く口にしていた。

 

ならば負けるわけにはいかない。2人は間違いなく俺の試合を見ている。2人の期待に応えたいと思う以上勝たないといけない……!

 

そう言いながら星辰力を練り、翼と両手足に込める。対して向こうの星辰力も高まっているのがわかる。そろそろ決着をつけるつもりだろう。

 

(望むところ!オーフェリアとシルヴィの為にも死んでも勝つ……!)

 

そう思いながら俺は翼は広げて暁彗に突っ込む。正面にいる暁彗は腰を低くして迎撃の構えを取る。勝負は一瞬だろう。

 

だったら……

 

俺はそのまま真っ直ぐ突っ込む。暁彗との距離が10メートルを切った瞬間に暁彗も俺同様、前に出ながら拳を放つ。

 

対して俺は……

 

(今!腕の星辰力を翼に移譲……!)

 

自身の腕に宿る星辰力を翼に移譲する。すると腕に纏われる籠手の輝きが薄くなり、背中に力が宿るのを自覚する。

 

そして暁彗に当たる直前……

 

 

 

「はぁっ!」

 

翼を捻って旋回する事で強引に暁彗の一撃を回避する。無理矢理旋回したので身体には負荷が掛かるが今は後回しだ。こいつを前に動きを止めるのは愚の骨頂だ。

 

俺は身体に掛かる痛みを無視して、拳を突き出したばかりの暁彗の腹に拳を叩き込む。すると暁彗は一歩横に跳んで回避する。

 

しかしこれは予想の範疇だ。こんなんで倒せるなら苦労はしない。

 

だから俺は更に翼に星辰力を移譲して機動力を上げて暁彗の後ろに回る。この速度なら暁彗が振り向く前に一撃当てられる。

 

そう思いながら暁彗の背中を見ている時だった。

 

 

 

「急急如律令、勅!」

 

暁彗は俺に背を向けたまま、片手で印を切る。その直後、暁彗の周囲の地面から業火の壁が噴き上がり、終いには暁彗を包み込むように覆った。

 

(暁彗の奴……影狼夜叉衣は耐久力が低い事を見抜いたな……!)

 

影狼夜叉衣を使っている間は防御に星辰力を回せない。だから暁彗は自身の周囲に炎の壁を展開したのだろう。防御に星辰力を回せない状態であの壁を突っ切るのは地獄だろう。普通の人間ならまずやらない。

 

……が、

 

 

「……舐めんな!」

 

俺は機動力を落とす事なく、炎の壁に向かって突っ込む。強敵相手に勝ちに行く以上多少の博打は必要だ。ここで勝機を逃して暁彗に体勢を立て直されたら負けだ。

 

そう思いながら俺は……

 

 

「熱ぃ!」

 

炎の壁に突っ込んだ。瞬間、身体に身を焼くように熱が襲い掛かる。しかしその痛みも影狼夜叉衣の機動力から考えるに感じるのは一瞬だから我慢だ。

 

そして俺が遂に炎の壁を突っ切って右拳を突き出すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前の闘志からしてそう来ると思ったぞ」

 

壁の先にいる暁彗が左手で俺の右拳を掴んでいた。

 

(……なっ?!予想していただと?!)

 

俺が驚くのも束の間、暁彗が空いている右手を俺に放ってくる。

 

右手を掴まれていて、それ以上に予想外の対応に驚いているには奴の一撃に対処する方法などなく……

 

 

「がっ……!」

 

鳩尾にモロに打ち込まれた。その一撃は今までに食らった中でもトップクラスの破壊力、それこそオーフェリアや星露の一撃に匹敵するもので、轟音と共に全身に痛みが襲い掛かる。

 

痛みを感じる中。ミシミシと音が聞こえる事から骨にも異常があるだろう。

 

(ヤバい……しかも意識も朦朧としてきた……)

 

ここまでか。そう思いながら目を閉じようとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『八幡……!』

 

『八幡君!』

 

いきなり最愛の2人の声が耳に入る。

 

(オーフェリアにシルヴィ……?)

 

普通はあり得ない。ステージからオーフェリアとシルヴィの声が明確に聞こえるなんてあり得ない。もしかしたら俺の幻聴かもしれない。

 

しかし……

 

 

 

 

「まだ……まだだ……!」

 

俺は痛みに堪えながら舌を噛み、意識を手放すのを避ける道を選ぶ。

 

幻聴だろうとそうでなかろうと関係ない。2人が勝って欲しいと言った以上、負ける訳にはいかない……!

 

俺は最愛の2人に勝利を捧げると誓いながら空いている左手で俺の鳩尾にめり込んでいる暁彗の右拳を掴む。呼吸をする度に胸が苦しくなる。おそらく肋骨が折れているのだろう。

 

だがそんな事は知った事じゃない。勝利が目の前にあるんだ。余裕で耐えてやる。

 

俺の左手が暁彗の右拳を掴むと同時に……

 

「巻きつけ……!」

 

そう叫ぶ。

 

瞬間、俺の両手足に纏っている鎧が解除され、そのまま形を変えて、

 

「っ?!」

 

俺と暁彗、それぞれの両手足に巻きつく。これで俺も暁彗も身動きは取れない。

 

そうなったら能力者、それも手足を使わずに能力を発動出来る俺の方が有利だ。

 

俺が自身の影になけなしの星辰力を込めると、向こうも俺の行動の意図を理解したようで……

 

 

 

 

「おおおおおっ!」

 

雄叫びを上げて、両手足にある拘束を無理矢理破ろうとする。今この瞬間、俺は暁彗の心からの叫びを聞いた気がする。

 

しかし……

 

 

 

 

「貫けーーー影の刃」

 

俺の方が一歩速い。

 

影から現れた一本の刃は一直線に暁彗の校章に向かっていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『武暁彗、校章破損』

 

目の前にいる強敵の校章を破壊した。

 

俺と暁彗に差は殆どない。次に戦ったら向こうが勝つかもしれない。

 

今回俺が勝てたのは最愛の恋人2人の声を聞いたからで、あの2人の声が無ければ俺が負けていただろう。

 

そう思いながら俺はゆっくりと地面に倒れた。

 

どうやら俺も限界だったよう……だ……

 




次回、遂にオーフェリアが動き出す!


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やはりオーフェリア・ランドルーフェンは最強である

「……知らない天井だ」

 

目を開けると真っ白な天井が目に入るのでそう呟く。何処だここは?自宅の天井じゃないし心当たりがない。

 

疑問に感じていると……

 

「……あ!起きたよ!」

 

「……本当?」

 

左右から声が耳に入る。俺はこの声を知っている。何せ……

 

 

 

「……オーフェリア、シルヴィ」

 

誰よりも愛している最愛の恋人2人の声なのだから。

 

2人は上から俺の顔を覗き込むようにして見ながら笑みを浮かべる。

 

「おはよう、八幡君」

 

「……ああ、おはよう。確か俺、暁彗と戦って……」

 

あれ?暁彗と戦ってどうなったんだ?暁彗に鳩尾を殴られた所までしか覚えたいない。もしかして負けたのか?

 

「……ええ。そして八幡が勝ったわ」

 

オーフェリアが俺の内心に浮かんでいた疑問を解いてくれる。ああ……結局勝ったのか。マジで記憶にない。家に帰ったら記録を見てみるか。

 

そう思っている中、シルヴィは顔を近づけてきて……

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

そっと唇を重ねてくる。互いの唇が重なる事によって生まれる柔らかな感触と瑞々しいリップ音が俺のうとうとしている意識を一瞬で覚醒させて、胸に幸せな感情を与えてくれる。

 

暫くの間シルヴィとキスしていると、やがてシルヴィが離れて……

 

「……勝った時凄く嬉しかった。本当にカッコ良かったよ」

 

そう言って満面の笑みを浮かべる。するとそれと同時にオーフェリアが俺に近づき……

 

 

 

「んっ……」

 

シルヴィと同様に唇を重ねてくる。それによってシルヴィのキスで幸せになっていた気分が更に良くなるのを実感する。

 

2人のキスは俺専用の幸せ生産装置だ。他の誰にも手渡したくない、俺にとってはまさに至宝である。

 

そう思っているとオーフェリアが唇を離して……

 

「……八幡の戦い方、最後まで諦めてなくて良かったわ。私、ますます八幡の事が好きになったわ」

 

そう言ってオーフェリアは、ベッドに入り俺の腕に抱きついてくる。この甘えん坊め!まあ可愛いから大歓迎だけどな。寧ろどんどん甘えてくれても構わないし。

 

「ありがとな。そういや俺はどのくらい寝てたんだ?てかここ何処だ?」

 

「ここは界龍の医務室だよ。寝てたのは……1時間くらいかな?」

 

シルヴィが時計を見ながら答えてくる。思ったより早く起きたな。しかも胸に痛みを余り感じない事から治癒能力者が一枚噛んでいるのだろう。マジでありがとうございます。

 

「って事はもうオーフェリアの試合も終わったのか?」

 

確かオーフェリアの雪ノ下陽乃の試合は俺と暁彗の試合の次だった筈。オーフェリアが試合に1時間も掛ける訳ないので試合は終わったと思われる。

 

しかし……

 

「……いいえ。八幡が倒れた時に見舞いに行きたいと言って後回しにして貰ったわ」

 

そう言いながらオーフェリアは備え付けの電話を取って……

 

「……もしもし。ええ、八幡が目覚めたから出れるわ。……ええ、わかったわ」

 

一言二言会話して通話を終了した。

 

「前の試合が今始まったばかりだから、次の試合に私が出る事になったわ」

 

「そうか。わかってると思うが殺すなよ?」

 

オーフェリアの奴、このイベントの存在を知った瞬間に雪ノ下陽乃を潰すと言ったからか。俺自身、あの女嫌いなので潰すのは大歓迎だが、殺しは勘弁して欲しい。

 

するとオーフェリアは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫よ。殺しはしないわ。………殺して欲しいと思える位の屈辱を与えるだけよ」

 

……うん、最後に不吉な言葉を聞いたが殺しはしないなら良いだろう。てか今のオーフェリアを止めれる自信はないし。

 

「そ、そうか……ま、まあ頑張れよ」

 

「そ、そろそろ行った方が良いんじゃない?」

 

俺とシルヴィは顔を引き攣らせながらそう口にするとオーフェリアは頷く。

 

「……そうね。じゃあまたこの医務室で会いましょう」

 

そう言って医務室から出て行った。扉が閉まると同時に俺とシルヴィは息を吐く。

 

「さて……シルヴィよ。モニターを用意してくれ」

 

「う、うん」

 

シルヴィは頷き、近くにあるリモコンを弄ると天井から巨大なスクリーンが降りてきた。スクリーン全てが降りると試合の様子が映されている。見ると界龍の生徒が星導館の生徒に押されていた。

 

それから間もなく決着がついた。予想通り星導館の勝ちだ。

 

両選手がステージから退場すると……

 

 

 

『さあ!いよいよ本日注目されている試合が始まるぞ!東ゲートから現れるのは、史上3人目として王竜星武祭二連覇を成し遂げ、前人未到の三連覇に王手をかける史上最強の魔女!レヴォルフ黒学院不動の序列1位、『孤毒の魔女』ことオーフェリア・ランドルーフェン!』

 

実況の声が流れ、オーフェリアがゲートから現れるのが映る。いつもと同じ表情で玄関を潜るかのように平然と歩き、ステージに足を踏み入れる。

 

特に気負うことなくステージに立つと、実況が再度声を上げる。

 

『そして迎え撃つは我らが万有天羅の二番弟子!ランドルーフェン選手に対してリベンジを公言している武人!我が界龍第七学院序列3位、『魔王』こと雪ノ下陽乃ー!』

 

反対側のゲートから雪ノ下陽乃が現れてステージに立つ。その表情はいつもの人を食った笑みだったが、いつもの違って真剣な色が混じっている。

 

2人が試合開始位置に着くとオーフェリアが呟き出す。

 

 

『……長かったわ。でも漸く八幡が貶められる原因を作った屑に地獄を見せられるわ』

 

怖っ!オーフェリア怖っ!いや、まあ……確かにあの人が余計な事をしなかったら文化祭はトラブルなく終わっていたけどさぁ……

 

『前にも言ったけどさぁー、アレは委員長さんが悪いんで私は関係ないんだけど?』

 

『……良く言うわね。そもそも卒業生で部外者の貴女が実行委員会に出しゃばる事自体間違ってるわ』

 

『心外だなー。私は楽しく出来るように協力してあげただけだよ。比企谷君が自分から嫌われるような行動を取ったのを私の所為にしないでくれる?』

 

『……それが貴女の意見ね。まあいいわ。早く始めましょう?どうせ貴女じゃ勝てないのだから抵抗しないでくれるかしら?』

 

『……随分と舐めてるね。今日こそ勝たせて貰うから』

 

女子怖っ!あのステージ冗談抜きで怖いんですけど?!

 

しかし大丈夫か?今のオーフェリアは圧倒的な力を持っているーーー俺やシルヴィより遥かに強いとはいえ、今ある力はかつての2割だ。

 

もしかしたら万が一の事があるかもしれない。俺自身、今のオーフェリアになら影神の終焉神装を使えば勝機があると思うし、番狂わせが起きるかもしれない。

 

緊張が走る中、遂に……

 

 

 

 

 

 

 

『試合開始!』

 

試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。さて、どうなるやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、レヴォルフ黒学院の生徒会長室……

 

「会長、書類を持ってきましたー」

 

「……その机の端に置いとけ」

 

「は、はい!えーっと……え?」

 

「……どうした?」

 

「あ、あのー、会長。会長の机にある書類って……」

 

「ちっ……!見ての通りだ。以前オーフェリアが申請したんだよ」

 

「えぇぇぇぇっ?!ほ、本気ですか?!別にコレなくてもオーフェリアさんは強いですよ?」

 

「知らねぇよ。後俺の前であの女の名前を出してんじゃねぇよ……!虫酸が走る」

 

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!し、失礼しましたぁ!」

 

「ちっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージでは2人の女子がいる。

 

1人はオーフェリア・ランドルーフェン

 

『孤毒の魔女』の二つ名を持ち、レヴォルフ黒学院に入学して以来序列1位をキープし続けて、ヘルガ・リンドヴァル、比企谷涼子に続いて史上3人目に王竜星武祭を二連覇した世界最強の魔女と評価されている人間である。

 

 

そしてもう1人は雪ノ下陽乃

 

『魔王』の二つ名を持ち、界龍第七学院序列3位で、地球最強と評される万有天羅の二番弟子である。王竜星武祭の結果は前々回準優勝、前回ベスト4とどちらもオーフェリアに敗北していて、それ以降リベンジを公言している。

 

 

その事から観客の間では『オーフェリアが王者の貫禄を見せる』という意見と『雪ノ下陽乃がリベンジを果たす』という二つの意見が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始までは。

 

 

 

 

 

医務室にあるモニターで試合を見ている俺は今絶句していた。見ると隣にいるシルヴィも絶句していた。おそらくステージにいる観客も俺と同じような気持ちだろう。

 

モニターにはとんでもない光景が映っていた。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

『……どうしたの?私にリベンジするんじゃなかったのかしら?』

 

『ぐっ……!ああっ……!』

 

オーフェリアは冷笑を浮かべていて、雪ノ下陽乃が地面に這い蹲っている光景だった。その表情は苦痛に塗れている。

 

しかしそれだけなら驚かない。雪ノ下陽乃だけでなく俺やシルヴィもオーフェリアと相対した時に這い蹲った事があるのだから。

 

俺達が驚いているのは雪ノ下陽乃が地面に這い蹲っている事じゃなくて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつ……いつの間に純星煌式武装を?」

 

オーフェリアが左手に持っている存在ーーー純星煌式武装を見て驚いているのだ。

 

巨大な刃を持つ、一本の鎌。そしてあの紫色の輝き……以前とは形が変わっているが間違いない。アレは……

 

 

「『覇潰の血鎌』……!」

 

かつてイレーネが持っていた重力を操る純星煌式武装。その際に天霧がぶっ壊した筈だが、外装が変わった事から修理したのだろう。

 

しかし一番変わっているのは外装ではない。『覇潰の血鎌』が纏っている空気だ。

 

俺自身あの純星煌式武装と戦った事はあるが、その時はあの純星煌式武装は敵対する者だけでなく、所有者であるイレーネも見下すような空気を出していた。

 

しかし今は苦痛に苛まれた悲鳴に取って代わられていた。まるで助けを求めているかのように。

 

その理由は理解出来る。オーフェリアの血を飲んだからだろう。

 

『覇潰の血鎌』の代償は所有者の血液。

 

しかし、治療院で力を制御出来るようになったとはいえ、血液から毒を抜くのは不可能であった故にオーフェリアの血液は猛毒である。その事から察するにオーフェリアは手に持つ純星煌式武装を屈服させたのだろう。

 

力が制御されているとはいえ、俺やシルヴィを遥かに上回るオーフェリアが純星煌式武装を持つ。

 

今のオーフェリア程、鬼に金棒と言う言葉が似合う存在は今後現れる事はないだろう。

 

俺とシルヴィが絶句する中、オーフェリアは一歩一歩雪ノ下陽乃に近寄る。彼女は抵抗しようとするが手足がピクピクするだけで全く抵抗が出来ていない。

 

おそらくオーフェリアの毒ーーー身体の自由を奪うタイプの毒を食らったのだろう。それに加えて純星煌式武装の重力を食らっているなら動く事は不可能だろう。

 

『……無様ね。まあ私の八幡を間接的にとはいえ貶めた屑にはお似合いかしら?』

 

オーフェリアがそう口にすると、手に持つ純星煌式武装に付けられているウルム=マナダイトが更に光を放つ。すると……

 

『ああああああっ!』

 

更に重力が強まったのか雪ノ下陽乃の周囲に紫色の光が地面を走り、地面に亀裂を作り出す。

 

てかオーフェリアさん怖過ぎる!俺の為に起こってくれるのは嬉しいけど、どんだけ怒ってんだよ?!

 

そう思いながら俺はベッドから起き上がる。

 

「シルヴィ、今直ぐ出場ゲートに行くぞ。もしもオーフェリアが殺しそうになったら止めないといけないからな」

 

オーフェリアは試合前に殺しはしないと言っていたが万が一の事もあるし、介入する準備はしておいた方が良いだろう。

 

それに対してシルヴィが頷こうとした時だった。

 

 

 

『わ、私を殺すつもりかしら……?』

 

『……まさか。八幡には絶対に殺しはするなって言われてるからしないわよ。私にとって一番嫌なのは八幡に嫌われる事だから』

 

雪ノ下陽乃の質問に対して、一蹴するオーフェリアの声が聞こえて足を止める。モニターを見るとオーフェリアが心外だとばかりの表情を浮かべている。あの表情から察するに殺すつもりはないようだ。

 

それを確認した俺はベッドに身体を下ろす。殺しをしない以上介入する必要はないな。俺自身、あの女の事嫌いだし適度に嬲るくらいは見逃そう。あの女は色々と引っ掻き回してくれたし半殺しまでなら許してやるから存分にやれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ただ、圧倒的な絶望を見せるだけよ。貴女のその気持ち悪い仮面を完膚なきまでに破壊するくらいの絶望をね』

 

そう言ってオーフェリアが手に持つ『覇潰の血鎌』を振るうと、重力を操る純星煌式武装は悲鳴のような音を出しながら紫色の光を地面に走らせる。

 

すると雪ノ下陽乃の身体がふわりと浮き上がる。以前俺も食らった事のある技で、重力を軽くして相手の自由を奪う技だ。

 

すると間髪入れずにオーフェリアは圧倒的な星辰力を噴き出して……

 

 

『……猛毒の聖十字架』

 

そう呟く。すると雪ノ下陽乃の足元に紫色の魔方陣が展開されて、そこから十字架が顕現される。そして十字架に付いてある紫色の鎖が伸びて……

 

 

『ぐうっ……!』

 

そのまま雪ノ下陽乃の両手足を拘束して、そのまま身体を十字架に磔にする。両手足を鎖で拘束されて、体内に身体の自由を奪う毒を取り込まれたと思える彼女に抵抗する事は不可能だろう。

 

そんな中、オーフェリアは『覇潰の血鎌』を待機状態にしてポケットにしまい、一歩一歩雪ノ下陽乃に近寄る。彼女からしたらオーフェリアの歩みは死神の足音に聞こえてもおかしくないだろう。

 

『……何をする気?』

 

雪ノ下陽乃は冷たい表情でオーフェリアを睨む。しかしその冷たい表情には怯えの感情が混じっていて、仮面が壊れかけている事を如実に表している。

 

対するオーフェリアは彼女の言葉を無視して自分の両手を重ねて、水を掬うような形を見せる。

 

そして……

 

 

『……終焉の孤毒』

 

 

オーフェリアがそう呟くとその手に圧倒的な星辰力が巻き起こり、紫色の魔方陣が現れる。そして辺りに万応素が荒れ狂い、オーフェリアの服を揺らす。

 

しかしオーフェリアはそれを無視して更に魔方陣に星辰力を込める。

 

すると魔方陣がパリンとガラスが割れた時のような音を出しながら消えて、オーフェリアの手には半径3センチくらいの紫色の球体があった。

 

大きさは小さいが禍々しい力を感じる。直感でわかる。アレは絶対に食らってはいけないものだ。

 

見ると磔にされている雪ノ下陽乃も戦慄の表情をしながらその球体を見ている。

 

『そ、それ……何?』

 

彼女がそう尋ねるとオーフェリアが口を開ける。

 

『……終焉の孤毒。私の持つ能力の中で最強と言える能力の一つ。殺傷能力は一切ない。効果は……』

 

一息……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それを取り込んだ人間の星辰力を全て食らい尽くし、最終的にその人間を星脈世代から普通の人間にする猛毒』

 

そう言った。

 

……え?星脈世代を普通の人間に戻すだと?

 

「……マジで?!」

 

俺はつい叫んでしまう。何だそのチート能力は?!次元が違うにも程があるぞ!

 

俺とシルヴィが戦慄する中、オーフェリアの独白は止まらない。

 

『……まあ力が制限されているから発動に時間がかかるし、射程も短くなったわ。それにこの程度の毒じゃ貴女を普通の人間にするのに1ヶ月近くかかりそうだわ』

 

つまり最盛期のオーフェリアはあの力をガンガン使えたって事かよ?直ぐに普通の人間に出来るって事かよ?

 

これ、オーフェリアが自由にならなかったら俺やシルヴィが王竜星武祭で優勝するのは絶対に無理だな。

 

そう思っていると……

 

 

『さて……そろそろね』

 

オーフェリアはそう言って磔にされている雪ノ下陽乃の上の制服を少しだけ捲る。すると色白い腹が丸見えとなる。

 

そしてオーフェリアはゆっくりと手に持つ球体を彼女の臍に向けて運ぶ。

 

『嫌っ……!お願い……止めて……!』

 

オーフェリアの圧倒的な能力を知って戦慄していた雪ノ下陽乃だったが、オーフェリアに服を捲くられると涙を流して止めてと懇願する。

 

その表情にはいつもの仮面が無くなっていた。オーフェリアの言う通り仮面は完膚なきまでに破壊されたのだろう。

 

対するオーフェリアは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……知らないわ。八幡を間接的に貶めた罪は、自身の力を失う事で償いなさい』

 

彼女の懇願を一蹴して、臍に球体を当てた。すると球体は紫色の光を放ち、そのまま臍の中に入った。

 

すると……

 

 

 

 

『ああっ……!そ、そんな……』

 

雪ノ下陽乃の全身から一瞬だけ紫色の光が放たれ、それが消えると彼女は涙を流したまま意識をパタリと失った。

 

 

 

 

『雪ノ下陽乃、意識消失』

 

校章から機械音声が勝敗が決した事を告げる。しかし観客席からは拍手一つ起こらず、全員が戦慄した表情でオーフェリアを見ていた。

 

 

そしてその時間は3分以上続くのだった。



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比企谷八幡は取引をする

すみません。長くなりそうなので2話構成にした結果、今回は短いてす


「ふぅ……ただいま」

 

医務室のドアが開くと最愛の恋人の1人ーーーオーフェリアが仕事を成し遂げたようにスッキリした表情で部屋に入ってきた。

 

「う、うん、おかえり」

 

もう1人の恋人ーーーシルヴィは若干顔を引き攣らせながらオーフェリアを迎える。

 

対する俺も……

 

「おかえり。疲れてないと思うけどお疲れ様」

 

とりあえず帰ってきたオーフェリアを労う。いや実際マジで疲れてないと思うけど。

 

何せ今回の試合の流れだが……

 

①試合が始まる

 

②オーフェリアが開幕と同時に『覇潰の血鎌』を起動してステージ全体に重力を掛ける

 

③それによって雪ノ下陽乃が地面に伏す。

 

④オーフェリアが更に自身の毒を雪ノ下陽乃に飲ませて身動きを取れなくする

 

⑤重力操作で浮かして毒の十字架に磔にする

 

⑥星脈世代から普通の人間にする猛毒を雪ノ下陽乃に飲ませる

 

⑦雪ノ下陽乃気絶して試合終了

 

って、感じで実際の所、試合は2分くらいで終わった。実質ノーダメのオーフェリアは間違いなく疲れていないだろう。

 

そう尋ねるとオーフェリアが首を横に振る。

 

「……そうでもないわ。私の終焉の孤毒……最盛期の頃に比べたら発動に若干の負荷が掛かったから割と疲れたわ」

 

「ほ、ほう……ちなみに最盛期にはどのくらい凄かったんだ?」

 

「そうね……今回は発動に30秒くらい掛かったけど、最盛期には2秒で作れるわね」

 

マジですかい……俺の恋人規格外過ぎだろ?真面目な話、もしも自由にならなかったら星露すらも倒せそうだ。

 

「ちなみにあの毒って解毒出来るのか?」

 

「一応出来るわ。私が毒された人間の臍に触れれば一瞬で吸い出せるわ。それ以外の方法はないわね」

 

「な、ないんだ……」

 

「ええ。終焉の孤毒は臍から入って、内臓や骨、筋肉に脳などありとあらゆる場所に染み込むの。外部の人間が治療する場合、それらを全て取り除いて、新しい臓器を入れるしかないわ」

 

なるほどな……臓器の一つや二つならともかく、骨や筋肉や脳全てを取り除くのは無理だろう。つまり実質不治の病って訳だ。

 

「そ、そうか……でもやり過ぎじゃね?」

 

俺自身、命は奪っていないから怒りはしないし、オーフェリアを拒絶する事はないが若干引いた。俺としては適度に半殺しにすると思っていたが、まさか星脈世代としての雪ノ下陽乃を殺すとは完全に予想外だ。

 

「……別に。私にとって八幡の存在は絶対だから。八幡に敵対する者や八幡を貶める人間は全て悪よ」

 

いやオーフェリアさん。そこまで俺を想っているんですか?何というか嬉しいやら怖いやらで気持ちが一杯だ。

 

「……まあ八幡があの女から毒を取り除けと命令するなら従うわ。今さっきも言ったけど私にとって八幡は絶対だから何でも言う事を聞くわ」

 

そう言われて俺は考える。俺個人としては少々やり過ぎとは思うが許容範囲だ。あの女が力を失ったとしても文句はない。

 

しかし雪ノ下の両親は確か界龍の運営母体であり、統合企業財体『界龍』の幹部候補とそれなりに偉い人間だ。場合によっては突っ掛かってくる可能性も充分にある。

 

そう思っている時だった。いきなり医務室のドアからノックの音が聞こえてくる。このタイミング……まさかな。

 

まあとりあえず出ないとな

 

「どうぞ」

 

「失礼します」

 

そう言って入ってくるのは着物を着た美人な女性だった。歳はおそらく40前後。それでありながら身体からは静かでどっしりとした星辰力を感じる。見る限りかなりの手練れである事は容易に想像出来る。

 

そしてその後ろに控える護衛らしきスーツ姿の男性2人も引き締まった身体をしていて相当鍛錬を積んでいる事が理解出来る。

 

誰が相手でも一対一なら負けるとは微塵も思わないが、3人がかりで来られたら危ないというのが俺の評価である。

 

3人は部屋に入ると大小差はあれど驚きの表情を浮かべるも、これはシルヴィがいたからだろう。今のシルヴィ、変装を解いてるし。

 

まあそれはいい。どうせ用があるのはシルヴィじゃないだろうし。

 

「どちら様ですか?」

 

「はい。私は統合企業財体『界龍』建築事業六花支部室長雪ノ下秋乃です」

 

やっぱりな。見た目からして雪ノ下姉妹に何となく似ていたからな。それに実の娘が文字通りオーフェリアに毒されたのだ。タイミングからして予想はついていた。

 

「そっすか。それで何か用ですか?」

 

「我が娘、陽乃についてお願いがあります」

 

「やっぱりそうですか。どうせあの女の体内を蝕んでいる毒を取り除けって事ですよね?」

 

「ええ。先程万有天羅に見てもらった所、陽乃の体内に存在するありとあらゆる部位が毒されていて解毒するには能力の使用者本人の力が絶対だと言われたので参りました」

 

どうやらさっきオーフェリアが言った事はマジなようだ。つくづくオーフェリアの力は恐ろしいと理解してしまうな。

 

そう思いながらオーフェリアを見る。対してオーフェリアも俺を見てから、

 

「……さっきも言ったけど私は八幡の指示に従うわ。解毒しろと解毒するわ………嫌だけど」

 

おい最後。小さい声だったが聞こえたからな?

 

てか決定権が俺にあるのが面倒だ。オーフェリアに一任したら間違いなく解毒しないで界龍から文句を言われそうだ。何せ序列3位の猛者の力を奪ったのだから。

 

かと言って了承するのは何か嫌だ。あの女に迷惑を掛けられてウザいと思ったのは事実だし。どうしたものか……

 

そう思っているとある事を思い出した。

 

(そうだ。確か秋乃さんは雪ノ下の家で一番怖くて、何でも決めて従わせようとする人って聞いたな)

 

確か花火大会の時にそんな事を言っていた気がする。だったら……

 

「条件次第ですね。俺が提示する条件を呑むならオーフェリアに解毒しろと命令しますよ」

 

「そうですか。それでその条件は?」

 

秋乃さんがそう聞いてくるので俺は、

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単な話です。今後雪ノ下陽乃には可能な限りでいいので自由を与えないでください」

 

俺がそう言うと秋乃さんは目を見開く。しかし俺はそれを無視して話を続ける。

 

「貴女は六花支部室長という事は普段は界龍にいるのでしょう?ですから貴女は学内でもあの女を管理してください。学校内での高度も、卒業後の進路も貴女が決める。……まあ結婚云々についてはどうこう言いません。それを誓えるならオーフェリアに解毒するように命令しましょう」

 

俺がそう条件を提示すると秋乃さんは考える素振りを見せて……

 

「……わかりました。その条件は私にとっても旨味がありますから。しかし何故貴方がそのような条件を提示するのですか?」

 

そう聞いてくる。何故?そんな事は決まっている。

 

「簡単な話です。あの女に自由を与えたら碌でもない事が起こるからですよ」

 

何せ文化祭の時もあの女が自由きままに動いたから面倒な事になったのだから。

 

「なるほど……話はわかりましたが……貴方は陽乃と何があったのですか?先程の試合は私も見ましたが、彼女が陽乃に向ける憎悪は尋常なものではなかったので」

 

あー、まあ確かにな。あの時のオーフェリアの目には憎悪で満たされていたし。

 

まあ話しとくか。既に向こうが了承した以上、取り消すなんてあり得ないし

 

「実は……」

 

俺が一息吐いてから総武中の文化祭であった事ーーー雪ノ下陽乃が実行委員会に乗り込んできた事、実行委員長が言ったクラスの方も楽しめるように仕事のペースを落とすなどふざけた提案を雪ノ下妹が却下しようとしたら自分の時もそうだったと言って実行委員長を増長させた事全てを話した。

 

「……って訳で、あの女が自由きままに動くのは億害あって一利なしですので今回この条件を出しました」

 

「はぁ……全く余計な事をしてくれましたね。……わかりました。元々私自身陽乃に自由を持つのを良しとしていなかったので条件を呑みます。今後陽乃に一切自由を与えない事を誓い、全力をつくしましょう」

 

「交渉成立ですね」

 

「ええ。……ですが万が一陽乃が王竜星武祭で優勝した際に自由になりたいと願った場合は無理ですが……」

 

口を濁す。統合企業財体の人間からしたら有力な選手を星武祭に出さないといけないから雪ノ下陽乃の出場を止めるのは無理だろう。

 

「そうですね。まあその点については問題ないですよ。俺が優勝するんで」

 

元々シルヴィにリベンジする気満々だからな。

 

「むっ……優勝するのは私だよ?」

 

隣にいるシルヴィがムッとした表情を浮かべる。いやいや前回の借りを返してやるよ。

 

「まあそれは王竜星武祭を楽しみにしよう。今は関係ない話だし。とりあえず彼女が優勝したとしても貴女達に文句は言いませんのでご安心ください」

 

「そうですか。わかりました。では陽乃の解毒についてですが、今からでも大丈夫でしょうか?万有天羅によると時間が経つにつれて力は失われ、失った力は戻らないと聞いたので」

 

「それはオーフェリア次第ですね。オーフェリア」

 

「……わかったわ」

 

オーフェリアは不満がありまくりな表情をするが了承の意を表明する。お前どんだけ嫌がっているんだよ?

 

ため息を吐きながら俺はベッドから降りて近くに掛けてあった制服を羽織る。暁彗と戦ったからか若干ーーーいやかなりボロボロだが仕方ない。学園祭が終わったら新しい制服を注文しないとな。

 

そう思いながら俺達は医務室を後にした。

 

 



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オーフェリア・ランドルーフェンは恋人の命令に従い解毒する

遂にお気に入り数3000を超えました!やったぜ!

目指せ4000!

って訳で今後もよろしくお願いします


「なあオーフェリア、機嫌直せって」

 

廊下を歩き星露達がいる場所に向かう中、俺は右隣にいる恋人ーーーオーフェリアに話しかける。彼女の顔には不満が見て取れる。普通の人から見たらいつもの変わらないと思うかもしれないが、俺からしたらバレバレだ。

 

「……別に機嫌は悪くないわ」

 

「嘘つけ。バレバレだからな」

 

「……悪くないわよ」

 

あくまで素直にならないか。だったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……素直にならないなら今後キスはなしな」

 

「ごめんなさい八幡。機嫌が悪いのは認めるからそれだけは止めて」

 

掌返し早過ぎだろ?!余りの早さにかなりビビったぞ!

 

まあそれはともかく……

 

「冗談だよ。素直にならないから少しからかっただけだ。つーかお前とキス出来ないのは俺が嫌だ」

 

オーフェリアとシルヴィとキス出来なくなるなんて絶対に嫌だ。間違いなく発狂死する自信がある。てか最近マジで2人の所為でダメになってきてるな。

 

するとオーフェリアはジト目で俺を見上げながら胸板をポカポカ叩いてくる。

 

「……八幡のバカ」

 

え?何この子?マジで可愛過ぎるんですけど?今直ぐ押し倒してるをですけど?

 

「悪かったって。それはそうと悪いな。嫌がってるのに俺が解毒するように命令して」

 

そう。俺はオーフェリアに、雪ノ下陽乃の中に入ってある星脈世代の人を普通の人にする毒を解毒するように頼んだ。

 

しかしオーフェリアは俺が貶められる原因を間接的に作り上げた雪ノ下陽乃を憎んでいるから不満タラタラなのだ。

 

俺がそう言って軽く謝るとオーフェリアはジト目を消して首を横に振る。

 

「……別に良いわよ。私自身が嫌なのは事実だけど八幡の命令に背くつもりはないから安心して」

 

「そうか」

 

「……ええ。でも八幡、何で八幡は取引をしたの?八幡はあの女が憎くないの?」

 

オーフェリアにそう問われたので少し考える。その結果思い浮かんだ理由は2つだった。

 

1つは雪ノ下陽乃を普通の人にするより自由を奪う方が良いと思ったからだ。自分の意志が含まれる行動は一切許されず、とにかく母親の言いなりとして人生を送る方が奴にとって罰になると判断したからだ。

 

そしてもう1つは……

 

「まあ憎いっちゃ憎いがそれには理由がある。オーフェリア、もしも解毒を拒否して序列3位のあの女から力を奪ったら統合企業財体の界龍はどうすると思う?」

 

「……それは、私達ひいてはレヴォルフに文句を言ってくる?」

 

「ああ」

 

その通りだ。優秀な学生の力を他所の学園の人間が奪ったりしたら、星武祭の順位にも関わるので、間違いなく界龍はレヴォルフに文句を言ってくるだろう。

 

もしかしたらレヴォルフは俺達に罰を与えてくるかもしれないし、その際に解毒を要求するかもしれない。そうなったら遅かれ早かれだ。

 

それに……

 

「よく考えてみろオーフェリア。もしもレヴォルフひいてはソルネージュに睨まれたら俺達は平和にイチャイチャ出来なくなる可能性も出るぞ」

 

他校の優秀な学生の力を奪うなどの問題を起こし、その上でオーフェリアとシルヴィの2人付き合っている事がバレたりなんかしたら間違いなく今の生活は出来ないだろう。

 

可能性は低いが0ではない。0ではない以上一切の油断は出来ない。

 

俺にとって最優先なのは3人で幸せになる事だ。もしも雪ノ下陽乃の解毒をしない事で問題となり、その幸せに綻びが出るかもしれないなら喜んで解毒するように命令を出してやる。

 

それを聞いたオーフェリアはハッとした表情を浮かべて頷く。

 

「……そうね。そんな生活は嫌ね。私は死ぬまで八幡とイチャイチャしたいし、邪魔される可能性があるなら解毒するのもやむを得ないわ」

 

「だろ?それに俺にとってはあの女から自由を奪う方が罰になるからな」

 

あの女に自由を与えるのは危険過ぎる。そのくせ優秀なのだから人形のように自由を与えない方が都合が良いだろう。実際秋乃さんもさっき俺の要求に対して旨味があると認めてたし。

 

「……わかったわ。それなら私は文句を言わないわ」

 

「サンキューな。……っと、そろそろ着くっぽいぞ。シルヴィは変装しておけ」

 

「うん、わかった」

 

言うなりシルヴィはヘッドフォンを装着して髪の色を栗色に変える。

 

見ると目の前には真っ赤な巨大な門があった。他の扉とは明らかに雰囲気が違う扉だ。おそらくこの中に……

 

そう思う中、先頭を歩く秋乃さんが扉に触れると、厳しい音を立てながらゆっくりと開いた。

 

そこには……

 

「おお、待ち侘びたぞ!」

 

星露が楽しそうな表情をしながら玉座に座っていた。そしてその左右には武暁彗、梅小路冬香、セシリー・ウォン、趙虎峰など界龍の実力者達が控えるように並んでいた。

 

そしてその中には雪ノ下陽乃もいる。しかしいつもの仮面は付けておらず、怯えるような表情でオーフェリアを見ていた。完全にトラウマになってやがる。

 

見ると他の連中も差はあれどオーフェリアの事を恐れた表情で見ている。当のオーフェリアは全く気にしていない素振りだけど。

 

そう思いながら俺達が玉座に近寄ると、星露が玉座から降りトテトテと俺の方に向かってきて、手を握ってきた。瞬間、オーフェリアとシルヴィがジト目で俺を見てくるが俺は悪くないからな。

 

内心そう突っ込む中、星露はキラキラとした表情で話しかけてくる。

 

「先の暁彗との戦い、実に見事であったぞ。ここまで儂を滾らせたのは本当に久しぶりじゃった。それとこれが賞品じゃ」

 

そう言って星露はチケットを渡してくるので見ると、界龍の出し物は全て無料になると書かれたチケットだった。

 

「サンキュー」

 

「うむ。それにしても儂の目に狂いはなかった。やはり今からでもお主を儂の弟子にしたいのう……」

 

「いや、だから俺は界龍の生徒じゃないからな?諦めろ」

 

いくら自由きままな万有天羅でも他所の学園の人間を正式な弟子にするのは問題だろう。今星露が俺や若宮達チーム・赫夜にやっている私闘という名の訓練も普通に問題だし。

 

すると星露がとんでもない事を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それについてじゃが……儂は決めた。今回の獅鷲星武祭で儂が出すチームが優勝した場合、お主を界龍に転入させる事にした」

 

……ファ?!ま、マジで?!

 

予想外の発言に呆気に取られてしまう。アスタリスク内での転校移籍は星武憲章違反だ。

 

しかし星武祭で優勝したならば話は別だ。星武祭優勝で叶えて貰える願いは全ての統合企業財体が協力して叶えなければならない絶対のものだ。

 

(確かにそれなら星武憲章違反として咎められる事はないだろう。でも普通他所の学園の人間を転入させようとするか?!)

 

俺が戦慄する中、星露は楽しそうに笑う。

 

「さすれば儂はお主と毎日戦えるからのぉ。今から楽しみでしょうがない」

 

ダメだこいつ……マジで頭の中には戦闘しかないようだ。後ろを見ると趙虎峰は額に手を置いてため息を吐いていた。あいつは間違いなく苦労人だろう。

 

まあそれはともかく……星露が出すチームが優勝したら本当に界龍に転入する事になるだろう。それ自体は別に構わない。俺自身愛校心ないし。

 

ただ……

 

 

 

 

 

 

 

「別に構わないが、そん時はオーフェリアも界龍に転入させてくれ」

 

恋人と離れ離れになるのは嫌だしな。どうせならシルヴィも界龍に転入させたいが、それやったらペトラさんが煩そうだから諦めよう。

 

まあシルヴィは元々別の学校だから俺達がレヴォルフから界龍に転入してもそこまで今の生活が変わる訳ではないし問題ないだろう。

 

俺がそう口にすると、

 

「ひいっ!」

 

雪ノ下陽乃の悲鳴を皮切りに星露の門下生からは騒めきが生まれる。まあ当然だろう。レヴォルフの2トップが自身らの通う学園に来るかもしれないのだから。てか雪ノ下陽乃が悲鳴を出すのは予想外だった。どんだけオーフェリアにトラウマを持ってんだよ?

 

そう思う中、界龍の大将である星露は……

 

「構わんぞい?儂としても是非戦ってみたい」

 

……結局そこかよ。やっぱりバトルジャンキーだなこいつ。てかオーフェリアと星露が戦うって……界龍そのものが吹っ飛びそうだな。とりあえず2人が戦う時は界龍の外にいよう。

 

「ま、まあ、オーフェリアも連れて来るなら俺は構わない。オーフェリアは?」

 

「……八幡と一緒なら構わないわ。それより本題に入りましょう」

 

言うなりオーフェリアは星露の横を通り過ぎて雪ノ下陽乃の元に向かう。

 

そして怯える彼女に特に反応を示す事なく、彼女の上制服を掴み捲り上げる。するとそこには試合中に見た真っ白な腹は見る影もなく、臍を中心に不気味な紫色の紋様が浮かんでいた。その紋様は尾が9本ある狐を封印している紋様そっくりだった。

 

俺がそれを認識すると同時に……

 

「………」

 

オーフェリアが右手を雪ノ下陽乃の臍に当てる。すると当てた箇所から緑色の魔方陣が現れて、それと同時に紫色の紋様がオーフェリアの手に吸い込まれるかのように小さくなり始める。

 

それが30秒くらい続くと……

 

「……命令通り解毒したわ。八幡、これでいいかしら?」

 

オーフェリアは臍から手を離してこちらに寄ってくる。見ると臍にあった不気味な紋様は影も形も無くなっていた。

 

「ああ。ご苦労だったな。では秋乃さん、約束は守ってくださいね」

 

「ええ……陽乃、彼から文化祭の件は聞きました。その事から貴女を自由にすると碌な事にならないのを理解したので今後は学園生活も卒業後の進路も私が決めますので」

 

それを聞いた彼女は目を見開き、やがて悔しそうな顔をしながら歯軋りをする。オーフェリアに仮面を壊されたからかさっきから素の状態の彼女を見てばかりだ。

 

しかし彼女自身頭が良いから、俺が秋乃さんとした取引内容について概ね理解したのだろう。悔しそうに歯軋りをしながらも遂に……

 

「……はい」

 

頷いた。まあ妥当な判断だ。ここで断ったら再度オーフェリアの毒を受ける事になるのは明白なのだから。

 

「……よろしい。これで宜しいですね?」

 

「ああ。問題ないな。んじゃ星露、俺達はこのチケットを使って遊びに行くから失礼する」

 

何だかんだ色々あったが、俺達はデート中なんだ。折角無料券を手に入れて遊ばない手はないからな。

 

「うむ。では八幡よ。4日後にいつもの場所でお主と戦うのを楽しみにしているぞ」

 

……ああ。確か4日後に週一の星露との私闘という名の訓練があったな。

 

俺が了解と言おうとした時だった。

 

「……ちょっと待ってください!師父!」

 

星露の後ろにいた趙虎峰が口を開ける。

 

「ん?何じゃ虎峰?」

 

「今何と言いましたか?!僕の聞き違いでなければ4日後にいつもの場所で戦うのを楽しみにしてると言ってませんでしたか?!」

 

あ、ヤベ。何自爆してんのこのチビは?

 

内心焦っている中星露は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む……失言じゃったのう。まあ良い……実を言うと儂は週に一度、そこにいる八幡に稽古をつけているのじゃよ」

 

馬鹿正直に暴露した。

 

次の瞬間………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!』

 

星露の門下生の殆どが驚きの声を上げて、謁見の間に響き渡った。

 

マジで面倒な予感しかしねぇ……本当にこのチビ、トラブルメーカーだな!

 

俺はため息を吐きながら叫び声に対して耳を塞いだ。



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こうして比企谷八幡の学園祭2日目は怪我により終了する

「む……失言じゃったのう。まあ良い……実を言うと儂は週に一度、そこにいる八幡に稽古をつけているのじゃよ」

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!』

 

星露の門下生の殆どが驚きの声を上げ謁見の間に響き渡った。

 

それと同時に俺は余りの騒がしさに思わず耳を塞ぐ。星露の門下生を見る限り、大小差はあれど殆どが驚きに満ちた表情を浮かべていた。見ると雪ノ下陽乃やその母親である秋乃さんとその護衛も驚いているし。

 

驚いていないのは暁彗と梅小路冬香だけなので、事前に知っていたのはこの2人だけのようだ。

 

そう思いながら騒いでいる門下生を見ているとその内の一人である趙虎峰が星露に詰め寄る。

 

「ど、どういう事ですか師父?!」

 

それが正しい反応だよな。頂点がイかれてるから下もイかれてると思ったが、違うようでなによりだ。

 

しかしここで星露に答えさせる訳にはいかない。こいつの場合、馬鹿正直に俺だけじゃなくて若宮達クインヴェールの人間も鍛えていると言いそうだ。そしたら更に面倒な事になるのは想像に難くない。

 

だから俺が星露が口を開ける前に……

 

「それはだな天荷武葬……以前再開発エリアで偶然会って戦ったんだよ。そんでその後に星露に気に入られて稽古をつけてもらう事になったんだよ。なあ星露?」

 

俺が口を開ける。嘘は偶然会った所以外は吐いていない。会うきっかけとなったのは若宮達が関係しているが、戦った所と気に入られて稽古をつけてもらう事になったのは嘘じゃないし。

 

ここで若宮達クインヴェールの名前を出したら虎峰の胃は間違いなく苦労で潰れるだろう。だから何としても若宮達の存在を知られる訳にはいかない。

 

俺がそう言うと虎峰は俺を一瞥してから星露と向き合う。

 

「師父、彼はそう言っておりますが本当ですか?」

 

対して星露は

 

「まあ大体それであっとるの」

 

特に余計な事を言わずに俺の言葉を認めた。どうやら星露自身もクインヴェールの事を話すと面倒な事になるて判断したのだろう。

 

すると虎峰は息を吐いてから星露に詰め寄る。

 

「何を考えているんですか?!彼は他校の生徒、それも序列2位の強者ですよ!敵に塩を送ってどうするんですか?!いくら師父でも統合企業財体に怒られますよ!少しは自重してください!」

 

うん、それが普通の反応だよな。てかマジでこいつからは苦労人の匂いがする。俺の所為で星露を怒っているんだ。今度胃腸薬を買ってやろう。

 

そう思う中、星露はどこと吹く風とばかり、

 

「それは無理な相談じゃな。儂は万有天羅。ただ儂が楽しむ為だけにここにいて、統合企業財体といえどそれを止める事は出来ん」

 

……無茶苦茶な言い分だ。

 

しかし界龍ではそれが通る。万有天羅は界龍においてはいかなる権力、それこそ統合企業財体ですら凌ぐ絶対の名前だ。

 

星露がそう言った以上、虎峰だけでなく他の門下生、統合企業財体の人間である秋乃さんも文句を言ってはいけない。現にさっきまで星露に詰問していた虎峰も今は不満そうな表情をして黙っているし。

 

そんな虎峰に対して星露がカラカラと笑う。

 

「そんなに文句を垂れるな虎峰。お主らが優勝すれば八幡は界龍に転入するのじゃ。未来の界龍の生徒に対して入学前のオリエンテーションと考えれば特に問題はなかろう」

 

……本当に無茶苦茶な言い分だ。しかも俺が転入する事が決定事項かもしれないし。

 

虎峰を説得は無理と判断したのか諦めたようにため息を吐く。

 

「……どうせ止めろと言っても聞かないですよね?」

 

「無論じゃ」

 

いや無論じゃ、って……断言するなよ?どんだけ戦い好きなんだよ?門下生の殆どが呆れの表情になっているぞ。

 

「はぁ……わかりました。これ以上は言いませんが、ほどほどにしてくださいよ。他校の生徒を潰したりしたら間違いなく揉めますから」

 

「その辺りは大丈夫じゃろう。八幡なら少しの事で潰れるような柔な奴でもあるまいし。……まあ偶に良い香りを放つから無性に食いたくなるが」

 

言うなり星露は舌舐めずりしながら俺を見てくる。そうなんだよなー。星露の奴、こっちが一撃当てると狂喜乱舞しながら殺す気でくるからな。マジでたまったもんじゃない。

 

そう思った時だった。

 

「……八幡を食べる?そんな事をするなら貴女を殺すわよ。范星露」

 

「悪いけど星露、八幡君を食べるなら全力で止めるから」

 

オーフェリアとシルヴィが庇うように俺の前に立つ。すると星露はむっとしたように眉根を寄せる。

 

「わかっておるわ。八幡はまだ発展途上。食うなら本気の儂と戦えるくらいの実力になってからにするわい」

 

いやそれはつまり強くなったら食べるって事だよな?マジで勘弁してください。

 

こりゃお袋の助言通りアスタリスクを卒業したら、アスタリスクに関係ない社会で生きるべきだろう。

 

てかこれ以上ここにいたらマジで3人が争いそうだし退場した方が良いだろう。

 

「とりあえず今直ぐ食うのだけは勘弁してくれ。てか俺達は遊びに来たんだしそろそろ失礼して良いか?」

 

折角のデートなのにこれ以上の戦闘はゴメンだ。

 

「うむ。その前にお主には礼を言わねばならない事がある」

 

「え?俺なんかしたか?」

 

「暁彗の事じゃ。暁彗はお主に負けた事で胸を屈辱が刻まれ、新たな一歩を踏み出せた。主のおかげで暁彗は今後更に強くなるじゃろう」

 

え?マジで?つまり暁彗は勝ち気を得たって事だよな?

 

(ヤベェ……データ収集の筈が、暁彗が強くなるきっかけを作っちまったよ)

 

すまん若宮達よ。マジで申し訳ない事をした。てか下手したら獅鷲星武祭に参加するチーム全てを敵に回したかもしれん。

 

そんな事を考えていると暁彗が後ろから歩いてきて俺の前に立つ。

 

「比企谷八幡」

 

「……何だよ?」

 

俺が尋ねると暁彗は……

 

「……お前と王竜星武祭で戦うのを楽しみにしている」

 

そう言って手を差し出してくる。瞬間、星露と暁彗の背後にいる門下生の間から騒めきが生じる。そんな中、星露は楽しそうに笑う。

 

「くくっ!それは今から儂も楽しみじゃのう。是非2人の戦いをあの大舞台で見たいものじゃ」

 

星露は他人事のように笑っているが俺はそれどころではない。

 

何故なら暁彗の目が変わっているからだ。試合前や試合の最中に見た時は特に何も感じない朴訥な目であったが、今の暁彗の目から強い戦意を感じる。次の王竜星武祭で俺に勝ちに行くのが明らかだ。

 

(……どうやら俺は眠れる獅子を目覚めさせてしまったようだ)

 

そう思うと頭が痛くなってきた。何でデータ収集の筈がこうなったんだよ?

 

とはいえ差し出された手をシカトする訳にはいかないので……

 

「……ああ、そん時はよろしくな」

 

差し出された手を握る。ったく……今回の王竜星武祭はシルヴィや梅小路冬香だけでなく暁彗も厄介そうだ。オーフェリアが参加するつもりがないからって油断は出来ないな。

 

そう思いながら暁彗との握手を解いて星露に話しかける。

 

「んじゃ星露。色々脱線したが俺らはもう行く。4日後によろしくな」

 

「うむ。それまでに暁彗との戦いで傷付いた身体を癒しておくのじゃぞ?」

 

「……何だよ気付いてたのか?」

 

「儂を誰じゃと思っておる。隠してるようじゃが足の動きが若干鈍いぞ?」

 

やっぱり万有天羅にこの程度の誤魔化しは通用しないか。まあ俺は星脈世代から3日もすれば完治するだろう。いざとなったら治療院に行って大金はたいて治癒能力者に治して貰えばいいし。

 

「了解。んじゃまたな」

 

俺はそう言ってオーフェリアとシルヴィの手を引いて謁見の間が後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから向けられる憎悪の眼差しに気付かないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達が謁見の間を出ると扉がひとりでに閉まり始める。今更だが初代万有天羅が作ったこの建物はどんな仕組みなんだ。

 

そう思いながら扉が完全に閉まるのを確認した俺は、

 

 

「ふぅ……」

 

疲労の混じった息を吐く。ダメだ、暁彗との戦いに加えて、面倒な取引など色々あったからか、疲労困憊となってしまった。

 

思わずよろめくとオーフェリアとシルヴィが俺を支えてくれる。

 

「……大丈夫?」

 

「やっぱり最後……炎の壁を抜けてから食らった覇軍星君の一撃が効いてるみたいだね」

 

シルヴィの言う通り、最後に暁彗から食らった一撃はある程度治療して貰ったが未だに残っている。アレを防御無しで食らうのはやり過ぎたな。

 

「わ、悪い。肩借りて良いか?」

 

さっきまではギリギリ耐えていたが、面倒事が終わって気が抜けたからか身体に力が入らない。

 

「……ええ。それと八幡、今日はもう帰りましょう?」

 

オーフェリアがそう言ってくる。え?マジで?まだ4時前で後2時間ちょいは遊べるぞ?

 

そう言おうとするが、

 

「そうだね。八幡君、明日に備えて今日は早く帰ろう?」

 

その前にシルヴィがオーフェリアの意見に賛成する。このままデートの続きはしたいが……

 

「……わかった。今日はもう帰ろう」

 

恋人2人が反対するので帰ることにした。反対している2人とデートをしても面白さは半減だろうし、2人は俺の為を思って帰宅を提案したのだ。そんな気遣いを無碍にする程俺は腐っていない。

 

俺が了承すると2人は天使のような優しい笑みを浮かべてそっと俺の身体を支えてゆっくりと歩き出した。

 

ああ……俺はこんな風に優しい恋人を持てて幸せだな。

 

そんな事を考えていると、デート出来ないという悔しさは何処かに吹き飛んでいている事を自覚した。

 

「……どうしたの八幡?」

 

自覚すると同時にオーフェリアに話しかけられる。だから俺は……

 

 

 

 

 

 

「……いや、お前らが俺の恋人で良かったって思っただけだ」

 

そう言って歩くのを再開した。その際に左右にいるオーフェリアとシルヴィの驚いた顔が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

 

「ただいまー」

 

漸く自宅に着いた俺は気の抜けるような挨拶をしながら靴を脱ぐ。

 

すると……

 

「さ、八幡君。八幡君はベッドに向かうよ」

 

「……シルヴィアは八幡を運んで。私はパジャマを準備してするわ」

 

「あ、パジャマから朝脱ぎっぱなしだからリビングにあるわ」

 

言うなりオーフェリアは先に家に上がり、シルヴィは俺の肩を支えながらゆっくりと歩き出す。いや、あの……君達?俺の為にそこまで動いてくれるのは嬉しいですけど、少し大袈裟じゃね?

 

俺はシルヴィに寝室まで運ばれて、優しくベッドに寝かされる。

 

「はい、じゃあオーフェリアが来るまで待っててね。私はヨーグルトとか持ってくるよ」

 

「ああ」

 

そう言われてシルヴィを見るとシルヴィは寝室から出て行き、俺は寝室で1人となった。

 

2人は3分もしないで帰ってくるのはわかっているが……何か寂しく感じる。早く戻ってきて欲しいものだ。

 

 

そう思いながら待ち続ける事3分……

 

(アレ?あいつら遅くね?パジャマとヨーグルトを取りに行っただけだよな?)

 

別に家はそこそこ広いが3分もかかる程広くはないが……マジで何があったんだ?

 

そう思っている時だった。

 

「……お待たせ」

 

「ごめんごめん。遅くなっちゃった」

 

寝室のドアが開き愛する2人の声を聞いたので顔を上げると俺は絶句してしまった。

 

ドアの近くにはパジャマとヨーグルトを持ったオーフェリアとシルヴィがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし……

 

(何でナース服を着てんだよ?!)

 

オーフェリアは純白の、シルヴィが薄ピンク色のナース服を着ていたのだった。

 

この時の俺はまだ知らなかった。

 

これから始まる天国のような一時を。



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バカップル3人はとにかくイチャイチャしてイチャつく(前編)

俺は今あり得ない光景を目にしている。これは夢か?現実か?それとも星露が星仙術で作り上げた幻術か?

 

自身の目を擦ってみてから再度前を見る。しかし目の前にある光景に変化は無かった。

 

そんな中……

 

「どうしたの八幡君、目が痒いの?」

 

「……目薬を持ってきた方が良いかしら?」

 

目の前にいる最愛の恋人ーーーオーフェリアとシルヴィが心配そうな表情を俺に向けてくる。

 

 

 

 

 

 

 

ナース服を着ている状態で。

 

オーフェリアは白の、そしてシルヴィは薄ピンク色のナース服を着ていた。

 

特に露出は激しい訳ではないが2人のスタイルが良いからか妙な色気を感じてムラムラ……ドキドキしてしまう。

 

当の2人は俺がドキドキしているのを知らないのか知っていて敢えてスルーしているのか知らないが、特に表情を変えずに俺に近寄り……

 

「……どう?似合っているかしら?」

 

「……っ。あ、ああ。2人とも似合ってる」

 

俺がそう口にすると2人は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「……そう?ふふっ……」

 

「良かった……八幡君にそう言って貰えると嬉しいよ」

 

「そいつはどうも。てか何でナース服?」

 

疑問なのはそれだ。いや、まあ眼福だから良いんだけどナース服で来るとは完全に予想外だった。

 

「……怪我人の八幡のお世話をするならナース服が良いと思ったからよ」

 

「そうか。そんじゃあそのナース服は何処で手に入れたんだ?」

 

2人がナース服を持っているなんて今知ったし。

 

するとシルヴィが口を開ける。

 

「あ、それはね。先週オーフェリアと出掛けた時に八幡君を喜ばせる手段として色々なコスプレ衣装を買ったんだ」

 

マジで?!初耳なんですけど!

 

「……ちなみにどんなコスプレ衣装を買ったんだ?」

 

思わず聞いてしまうのは男として仕方ないだろう。決して見たいとかそんなんじゃないからね?!……いえ、すみません。見たいです

 

「えーっと、ナース服以外に確か……バニーガール、レースクイーン、キャビンアテンダント、チャイナ服でしょ?後は……」

 

「……ミニスカポリスにOLスーツ、サンタにハロウィン……ああ、後は……」

 

オーフェリアが一息吐いて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡の好きなプリキュアで全部ね」

 

とんでもない事を言ってきた。瞬間、顔に熱を感じる。

 

「ちょっと待てオーフェリア!」

 

俺が慌ててオーフェリアに話しかけると、

 

「……どうかしたの?」

 

首を傾げながら返事を返してくる。

 

「あ、いや、そのだな……何で俺がプリキュア好きなのを……?」

 

思わず聞いてしまう。マジで何で知っているんだ?俺は2人と付き合ってからは引かれるのを避けるために見るのを止めたんだが……

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ。この前コスプレ衣装を買いに行った時に小町に八幡の趣味を聞いたら小町が『お兄ちゃんはプリキュアが大好きだよ〜』って言ってたから」

 

瞬間、俺は実の妹に対して本気の殺意が芽生えた。

 

(小町ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!てめぇ、マジで余計な事を言ってんじゃねぇよ!!)

 

オーフェリアとシルヴィが居なかったら声に出して叫んでいる自信がある。あの愚妹め……!次に会ったら影狼修羅鎧を纏った状態でアイアンクローをぶちかましてやる。

 

まあそれは今はどうでもいい。いない奴に文句を言っても仕方ないし。

 

今の問題は……

 

「そ、そうか。とりあえず出所はわかった。その上で聞くが……引いてないのか?」

 

問題は2人に引かれているかどうかだ。男子高校生、それも自分の彼氏が幼女向きアニメを好きだと知ったら間違いなく引くだろう。俺自身オーフェリアとシルヴィの立場なら多分引くと思うし。

 

俺がそう尋ねると2人は顔を見合わせる。暫く見合わせていると俺の方を向き……

 

 

「うーん。まあ少し引いたけど……どちらかと言ったら嫉妬の方が強かったかな?アニメのキャラとはいえ八幡君が私達以外の女の子に興味を持ってるのを理解したら嫌な気分になったし」

 

「……そうね。出来ることなら私達以外の女子に意識を向けて欲しくないし、私達が八幡のプリキュアになろうと思って買ったの」

 

あ、若干引いたんですね。まあそれは仕方ないだろう。自覚はあるし。

 

しかしアニメのキャラに嫉妬って……こいつらの愛が重過ぎる。まあその重過ぎる愛は俺にとって掛け替えのない物なんだけどさ。

 

しかし2人が俺だけのプリキュア………

 

(え?最高じゃね?)

 

プリキュアの姿の2人とイチャつけるなら死んでも良いんだけど。いや、冗談抜きで

 

「……八幡、顔がいやらしいわよ」

 

オーフェリアがジト目で俺を見てくる。シルヴィも苦笑混じりの表情で俺を見ていた。

 

「す、すまん」

 

「……別にいいけど、そんなに見たいの?」

 

「ああ、見たい」

 

「八幡君、即答するって……後で見せてあげるから楽しみにしててね。それより今は……」

 

するとシルヴィは持っているヨーグルトを近くの机の上に置いて俺の上着に手をかける。対してオーフェリアはパジャマを片手に俺のズボンに手をかけてくる。

 

「……先ずはお着替えをしましょう」

 

そう言って2人は蠱惑的な笑みを浮かべて俺を見てくる。気の所為か手つきもいやらしく感じてしまう。

 

「い、いやいいよ。自分で出来るし恥ずかしいからな?」

 

そう言って身を捩り2人から離れようとするも2人は俺を逃すつもりがないのか服から手を離さない。

 

「……八幡、恥ずかしいって今更じゃないかしら?」

 

「だよね。エッチする時は私達が八幡君の服を脱がしてるから慣れてるでしょ?」

 

「それは……!」

 

いや、まあ確かにそうだけどよ……夜2人を抱く時は雰囲気があるから抵抗を感じないが、今は雰囲気がないので恥ずかしく感じてしまう。

 

そう思ったのは束の間……

 

「はいはい。苦情は着替えてからね」

 

「……変な事はしないわ」

 

シルヴィが上着のボタンを外し脱がし、オーフェリアがズボンを下げてきた。その動きは一切の淀みがなく滑らかなものだった。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

「えっ……ちょっ、待っ……!」

 

そのまま上下の下着を脱がされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2分後……

 

「くそっ……マジでお婿に行けない……」

 

パジャマ姿俺は不貞腐れながらシルヴィが差し出すヨーグルトを食べ終える。

 

結局俺は2人を止め切れず、着ているもの全て脱がされてパジャマに着替えさせられた。脱がされるのはともかく、服を着せられたのはマジで恥ずかしかった。死ねるわ。

 

しかしそんな俺を他所に2人は……

 

「大丈夫だよ八幡君、私とオーフェリアがいるからお婿さんに行けるよ」

 

「……それ以上に絶対に私とシルヴィアのお婿に行かせるわ」

 

全く気にする様子もなく俺の横で腕に抱きつき甘えてくる。怪我人である俺からしたら、ナース服を着ている2人に甘えられると背徳感がするな……

 

しかし俺には2人を拒絶する事が出来ない。何故なら……

 

「ふふっ……八幡は温かいわ」

 

「やっぱり八幡君の腕は安心するなー」

 

幸せそうな笑みを浮かべている2人の顔を見ると茶々を入れる気も失せる。

 

「そいつは何よりだ。にしても今日は苦労の割に合わねえ試合だったな」

 

俺は今日行った暁彗との試合を思い出してため息を吐く。何せ本来の目的は暁彗のデータ収集だったのだが、暁彗の奴、俺と戦った事でやる気を起こしちゃったし。

 

勝ち気を得た以上暁彗は今後凄く伸びるだろう。これならいっそデータ収集出来なくても良いから暁彗に挑むべきではなかった。

 

(次、若宮達に会う時は土下座しよう)

 

「あー……まあそうだね。本来の目的は達成出来たけど、向こうをやる気にしちゃったからね」

 

「……まあやってしまったものは仕方ないわよ。今は疲れを取りなさい」

 

オーフェリアはそう言って自身の頬を俺の頬に当ててスリスリしてくる。オーフェリアのプニプニした頬が気持ち良い。

 

「まあそうだな。そういやお前らに礼を言わないとな」

 

「……?何のお礼?」

 

「ああ。今日の試合で終盤に暁彗の拳を受けた時にお前らの声が聞こえてな。アレのおかげで勝てたよ」

 

始め暁彗の拳を鳩尾に食らった時は諦めようかと思ったが、オーフェリアとシルヴィの声を聞いて立ち直れた。2人の声が聞こえていなかったら諦めて気絶していただろう。

 

 

 

 

 

 

 

俺がそう言って礼をすると2人は一瞬だけキョトンとした表情が浮かべるも直ぐに笑みを見せてくる。

 

「……そう。声を出したのは事実だけど届くとは思わなかったわ。それで勝てたと言うなら嬉しいわ」

 

オーフェリアはそう言って俺の腕に自身のメロンを当ててくる。てか少し大きくなってないか?!

 

「……それはそうよ。あれだけ八幡に揉まれたら大きくなるわ」

 

「心を読むな。てかそれは迷信だろうが」

 

知らんけど。大体揉めば揉むほど大きくなるならもっと大きくなっている筈だし。

 

「まあでも、私達からしても勝って嬉しかったよ。って訳で……」

 

言うなりシルヴィは俺の顔に近付き……

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

そっと唇を重ねてくる。ナース服のシルヴィがパジャマ姿の俺にキスをする。端から見たらAVみたいだな……

 

暫くの間キスをしていると、

 

「ぷはっ……!ご褒美のキスだよ。どう?美味しかった?」

 

艶のある表情をしながらそう聞いてくる。このキス魔め……

 

「ああ、美味かったな」

 

「そっか。じゃあもっとあげ「……シルヴィア、次は私よ」うん、わかった」

 

オーフェリアがシルヴィの言葉を遮る。シルヴィはそれを聞いて1つ頷くと俺の正面から避ける。すると代わりにオーフェリアが俺の正面に立ち……

 

 

 

 

「んっ……」

 

シルヴィ同様に唇を重ねてくる。ああ……やっぱりコレには逆らえん。オーフェリアは俺の首に手を絡めて俺の口の中を容赦なく蹂躙してくる。

 

「んっ、ちゅっ……試合をしている時の八幡、凄く格好良くて惚れ直したわ」

 

そう言って再度キスをしてくる。こいつに惚れ直されるなんて、それだけで勝って良かったと思えるな。

 

「ありがとな……あ!そういやお前に聞きたい事があるんだけど」

 

「……?何かしら?」

 

「今日のお前の試合についてだよ。お前いつ純星煌式武装なんて手に入れたんだよ?」

 

「あ、それは私も気になるな」

 

俺の意見にシルヴィも同意する。

 

今日の試合でオーフェリアが『覇潰の血鎌』を使った時は冗談抜きで驚いた。アレが無くても最強の魔女だというのに……まさに鬼に金棒だろう。

 

「……ああ、アレね。雪ノ下陽乃を完膚なきまでに叩き潰す為に、この前学園に申請して借りたのよ」

 

マジですかい……どんだけ叩き潰しかったんだよ?

 

「でも純星煌式武装の使用の申請をしたって事はディルクと会ったんだろ?何か言われたか?場合によっては屠りに行かないといけないし」

 

あいつの事だ。自由になったオーフェリアに対して何か言った可能性が充分にあるし。

 

「まあ喧嘩腰に色々言われたけど無視したわ。申請しなかったら地獄を見せると言ったら申請を通して貰ったの。それから適合率検査をして使えるようになったわ」

 

怖っ!オーフェリアマジで怖いんですけど?!てか、地獄を見せるって何?!敵ながら若干ディルクに同情するわ!

 

「なるほどな……つまり『覇潰の血鎌』は雪ノ下陽乃の為に用意した訳か。それはわかったが、今後そいつはどうするんだ?」

 

雪ノ下陽乃を完膚なきまでに叩き潰すという目標は達成した。そうなるとオーフェリアが持つとは考えにくい。

 

すると……

 

「とりあえず持っておくわ。例のシルヴィアの師匠や処刑刀と戦う場合に備えて持っておくのも悪くないし」

 

オーフェリアはそう返す。それを聞いたシルヴィはポカンとした表情を浮かべてから礼を言う。

 

「あ、うん。ありがとうね」

 

「……別に気にしなくていいわ。シルヴィアの師匠を助ける事は私達3人が本当の幸せを掴む為には必要な事だから」

 

オーフェリアは頬を染めてそっぽを向く。何だこの子?マジで可愛過ぎだろ?

 

それはシルヴィも同じだったようで……

 

「あー、もう!可愛いなぁ!」

 

オーフェリアに飛びつきオーフェリアの頬に頬ずりし始める。相変わらずシルヴィはオーフェリアに弱いな。

 

一方のオーフェリアは頬ずりされながらシルヴィから逃げようとするが離れる気配はない。

 

「し、シルヴィア……離れて」

 

「んー。やーだ。八幡君も抱きしめない?凄く可愛いよ?というか抱きしめよう」

 

………まあ、偶にはこういうのも悪くないか。

 

「……は、八幡?」

 

オーフェリアが珍しく驚きの表情を浮かべるのを他所に俺も……

 

 

 

 

 

「あー、確かに可愛いなぁ」

 

「んっ……八幡のバカ……」

 

オーフェリアに抱きつきシルヴィと同じようにオーフェリアを愛で始める。良い匂いがするし抱き心地も最高。おまけに反応も可愛い。

 

これは一日中こうしていても余裕だろう。

 

そう思いながら俺とシルヴィはオーフェリアに抱きつき、とにかく愛でまくった。

 

 

 

 

結局、俺達がオーフェリアから離れたのはそれから1時間後の事で、抱擁を解くとオーフェリアが真っ赤な顔をして文句を言ってきたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 



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バカップル3人はとにかくイチャイチャしてイチャつく(中編)

 

「いやだから本当に悪かったって」

 

俺はベッドの上で手を合わせて謝る。視線の先には……

 

 

 

 

 

「……知らないわよ馬鹿」

 

恋人の1人であるオーフェリアが頬を染めてそっぽを向いている。ツーンとした表情が俺の保護欲を駆り立てる。

 

「本当にごめんね。可愛くてつい……」

 

隣ではもう1人の恋人であるシルヴィが俺と同じようにオーフェリアに謝っている。

 

何故俺達がオーフェリアに謝っているのかというと、オーフェリアが余りに可愛かったので我慢出来ずに抱きしめて愛でまくったからだ。

 

それだけならともかく、1時間はやり過ぎだったな。いや、俺やシルヴィからしたらやり過ぎではないが、オーフェリアからしたら長かったのだろう。

 

「……シルヴィアのその言い訳は既に10回は聞いたわ」

 

「うっ……だ、だってオーフェリアが可愛いんだもん。ねえ八幡君」

 

するとシルヴィは俺に同意を求めてくるが……

 

「そうだな。オーフェリアが可愛いからつい愛でたくなるシルヴィの気持ちは痛い程にわかる」

 

俺は男であったり性格的にアレ故に自分からオーフェリアに抱きつくことはないがシルヴィの立場だったら同じ事をしているだろう。

 

しかし……

 

「……2人で意気投合しないでちょうだい」

 

「「はい、すみませんでした」」

 

オーフェリアが冷たい目で俺達の意見を一蹴するので俺とシルヴィは素直に謝る。オーフェリアに冷たい目で見られたらゾクゾクするが、ここで馬鹿正直にそれを口にしたらマジで許して貰えない気がするので黙る事にした。

 

「……もう、馬鹿」

 

「だから悪かったって。何でも言う事を聞くけら許してくれ」

 

「……そう。何でも、ね?……じゃあ今週末、ここでデートして」

 

そう言ってオーフェリアは空間ウィンドウを開いたので見てみると、『六花マリンワールド』と表示されていた。

 

つまりオーフェリアはプールデートをしろってか?

 

「俺は構わないが、そんなんで良いのか?」

 

てっきりもっと凄い要求をしてくると思ったので若干拍子抜けしてしまった。

 

「……ええ。元々3人でプールに行ってみたかったし」

 

あー、そういやリーゼルタニアに行った時にもそんな事を言っていたな。帰国してからはシルヴィの都合とかもあって行く時間がなかったが、春休みの今なら3人揃って行けるだろうから今提案したのだろうな。

 

ともあれ……

 

「わかった。じゃあ週末までに水着を準備しとく」

 

良く考えたら俺は水着を持っていないし、学園祭が終わってから買わないとな。

 

「……そう。じゃあ許すわ」

 

オーフェリアはそう言ってから俺の右横に位置取ってから俺の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡の喜びそうな水着を準備するから」

 

ちゅっ……

 

小さい声でそう言って、それから頬にキスをしてくる。

 

オーフェリアが言った言葉の意味と耳に当たる吐息、そして頬に当たった柔らかい感触によって自分の顔が熱くなるのを自覚する。

 

(こいつ……狙ってやっているとは思えないが、破壊力あり過ぎだろ?!)

 

普段クールなこいつがそんな事を言うとギャップを感じてドキドキしてしまう。これが天然の小悪魔の恐ろしさか?!

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

「……八幡君、プールデートで八幡君が私達以外の女の子に興味を持てないようにしてあげるから」

 

ちゅっ……

 

左側からシルヴィの蠱惑的な声が聞こえてきたかと思いきや、オーフェリア同様頬にキスをしてきた。

 

こいつらマジで俺の理性の壁を壊す天才だな……!正直言って今直ぐベッドに押し倒して、自身の欲望を思う存分ぶつけて2人の嬌声を聞きたい。

 

しかしそれはしない。したら冗談抜きで歯止めがかからないと断言出来るからだ。

 

それと今直ぐ2人から離れないといけない。これ以上2人と一緒にいたらマズい。

 

「そ、そうか。楽しみにしておくよ」

 

まあ実際に2人の水着を見るのは楽しみで仕方ない。寧ろ2人の水着を見て理性が吹っ飛ばないかとか、2人を見て鼻の下を伸ばす男を見てぶちのめさないか心配だ。

 

「うん、楽しみにしててね。っと、もう夜9時過ぎてるね。そろそろお風呂に入ろうよ?」

 

言われて時計を見ると時間はシルヴィの言う通り既に9時を回っていた。どうやらオーフェリアを愛でまくっていたから時間を忘れていたようだ。恐るべしオーフェリアの可愛さ。

 

「そうだな。一応聞くが……今日も一緒に入るのか?」

 

今日は2人のナース姿を見てかなり理性の壁の耐久度が下がっている。一緒に風呂に入ったら崩れるかもしれん。

 

そう思いながら2人に尋ねると……

 

「「勿論」」

 

そう言って頷くとベッドから降りて、各々のクローゼットから下着と寝巻きを取り出し始める。

 

(……どうやら逃げられないようだ。耐えろよ俺の理性よ。……まあ多分無理だろうけど)

 

俺は自身の理性の強さに殆ど期待せずに、2人と同様にベッドから降りて自身のクローゼットから替えの下着を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5分後……

 

俺はシルヴィが家にいる時は基本的に毎日3人で一緒に入っている。だから今回もいつものように若干緊張しながら入って身体を洗われて湯船で甘えられて終わり、そう思っていた。

 

しかし今回は……

 

「ダメだ……マジで離れてくれ……!」

 

でないと俺の理性の壁が壊れてしまう。

 

しかし俺がそう言うのも仕方ないだろう。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ここまで来たら最後まで洗わせてよ」

 

「……それに以前八幡はこうして欲しいと言ったじゃない」

 

シルヴィとオーフェリアが俺の身体を2人で挟み、自身の身体を擦り付けて洗っているからだ。前をシルヴィが、後ろをオーフェリアが洗っている。

 

きっかけはこうだ。いつものように俺達3人が風呂場に入り、いつものように身体を洗おうとした時だった。

 

シルヴィが突然、

 

『八幡君。八幡君は今日頑張ったからご褒美をあげよっか?』

 

そう聞いてきたので、俺は欲しいから貰うと言った。

 

するとシルヴィと間髪入れずに俺に抱きついて

 

『じゃあ……たっぷりとご奉仕してあげるね』

 

蠱惑的な表情を見せ、俺の右耳をハムハムしながらそう言ってきたのだ。それを聞いた俺は理性の壁の危機を感じて慌ててシルヴィを引き離そうとするも時すでに遅く、後ろからオーフェリアも俺に抱きついて、

 

『……八幡を喜ばせるように頑張るから』

 

そう言って俺の左耳をハムハムしながら背中に柔らかな膨らみを当ててきたのだ。

 

 

予想外の不意打ちに呆気に取られていると、後は早かった。2人は自身の身体にボディソープを付け泡立たせると再度俺に抱きついて身体を擦り付けてきたのだ。

 

 

 

 

そんな訳で今に至るが……

 

(ヤバいヤバいヤバい!サンドイッチはガチで破壊力がヤバ過ぎる。もう理性の壁の耐久度が半分を切ったぞ!)

 

既に何回かされた事はあるが破壊力がヤバ過ぎる。しかも……

 

「んっ……ちゅっ……ちゅっ……」

 

「はむっ……八幡の胸……硬いわ」

 

いつもと違って前にいるシルヴィは俺の首に腕を絡めてキスをしてきて、後ろにいるオーフェリアは耳をハムハムしながら胸や脇腹を触ってくるのだ。

 

ハッキリ言って破壊力単体の時より数十倍ある。漫画やアニメだとよく2人が協力すれば1+1が2ではなく3や4、それ以上にもなると言われているが、それは本当の事だ。

 

(でもまさか実体験、それも2人にエロい事をされて気付くとは完全に予想外だがな……)

 

てかこれを予想出来る奴はいないだろう。いるとしたらそいつは間違いなく神だ。

 

そう思う間にも2人は更に動きを速めて身体を洗ってくる。シルヴィに至っては舌を絡め初めてくるし。というか……

 

「あの、お二人さん?そろそろ全身にボディソープは行き渡ったと思うんですけど……?」

 

2人が洗い始めてから5分、とっくに俺の身体にボディソープは行き渡っている。しかし2人は離れる気配はない。

 

疑問に思った俺は2人に尋ねると……

 

「知ってるよ。さっきまでは八幡君の身体にボディソープを付ける為、今は八幡君を喜ばせる為にやっているんだから」

 

「……八幡はこういうの好きでしょ?前に八幡の実家に帰省した時に見つけたいやらしいDVDを見て勉強したわ」

 

おぃぃぃぃぃぃ?!マジですかい?!いやらしい映像データって、例のシルヴィのそっくりさんが出てるアレとかだよな?!

 

「てかいつ勉強したんだよ?!帰省した時はいつも一緒にいたから見る時間なかっただろ?!」

 

まさか俺が寝てる時にこっそり見たのか?

 

すると……

 

「……ああ、それ?帰省した時に八幡が持ってるDVDのタイトルを全て覚えて、それと同じ物をネットで拾ったのよ」

 

拾うなバカが!てかその言い方だと例のシルヴィのそっくりさんが出てる物以外のDVDの存在も知られているって事だよな?!

 

マジで死にたい……文化祭が終わってから直ぐに転向したが、その際に全て捨てときゃ良かった……

 

内心後悔していると2人が離れた。どうやら漸く終わったようだ。

 

「どう?八幡君、気持ち良かったかな?」

 

「あ、ああ。でも後少しで理性を失っていたな」

 

そう返しながらシャワーを浴びて泡を洗い流す。

 

身体を洗いながら自分の理性の壁の耐久度を確認すると3割を切っていた。あと3分くらい続いていたら理性を失っていただろう。

 

「そっか……じゃあ後5分くらい……」

 

「させねぇよ。てかお前アイドルだろうが。いくら経験があるからって自分から俺の理性を壊しに行くな」

 

再度抱きつこうとしてくるシルヴィを離して風呂場から脱衣所に上がる。今日は湯船に浸かるのは止めておく。入ったら2人が甘えてくるのは簡単に予想が出来るし。

 

「あ、待ってよ」

 

 

風呂場からそんな声が聞こえてくるが、脱衣所に上がった俺はそれを無視して猛スピードで身体を拭く。

 

風呂場を見るとまだ2人は上がっていない。シャワーの音がする事から身体に付いている泡を洗い流しているのだろう。

 

今のうちに……

 

俺は急いで寝巻きに着替えて脱衣所を後にした。脱衣所のドアを閉めると同時に……

 

『えっ?!いない?!』

 

『着替えるの速いわね……』

 

そんな声が聞こえてきたが、火事場の馬鹿力ってヤツだろう。あのまま2人と一緒に湯船に入っていたら歯止めがきかなかっただろうし。

 

俺はため息を吐きながら寝室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「あらら……八幡君速かったね」

 

「……そうね。まあ良いんじゃないかしら?私達が着替える所を見られなくて」

 

「あ、そっか。やっぱりアレを見せるならサプライズは必須だよね」

 

「……でもやっぱり恥ずかしいわ」

 

「あはは……まあ私もちょっと恥ずかしいな。でも……」

 

「……ええ」

 

「「八幡(君)が喜んでくれるなら安いものだわ(だね)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝室に到着した俺は落ち着きを取り戻す為に深呼吸をする。

 

(とりあえず風呂という1番の山は越えれた……後は寝るだけだが、まあ風呂に比べたら問題ないだろう)

 

パジャマ越しに抱きつかれたり、キスされたりするのはドキドキするがそれについては大分慣れた。だから問題ないだろう。

 

その時だった。

 

寝室のドアが開いた音が聞こえてきた。おそらく2人が寝巻きに着替えたのだろう。

 

そう思いながらドアの方を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ハートキャッチ、プリキュア!」」

 

ドアの近くに2人のプリキュアがいた。

 

………え?



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バカップル3人はとにかくイチャイチャしてイチャつく(後編)

目の前にとんでもない光景が目に入ると思考を停止する。漫画やアニメではよくある事なのは知っているし、俺自身恋人2人と付き合ってからは2人の予想外の行動に何度か思考を停止した事がある。

 

しかしそれを踏まえても……今回目に入った光景は予想外過ぎる。

 

それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ハートキャッチ、プリキュア!」」

 

目の前にいる恋人2人ーーーオーフェリアとシルヴィがプリキュアの格好をして俺の前に立っている。

 

それの破壊力がヤバ過ぎる。

 

プリキュアは小さい女の子や大きなお友達に向けて制作されたアニメだ。よって衣装は基本的にヒラヒラした子供向けの衣装である。

 

しかしスタイル抜群の2人が着ると何とも言えない色気が漂っている。オーフェリアとシルヴィはかなりの巨乳だ。プリキュアの衣装越しでも膨らみが明らかになっていてヤバい。

 

そんな予想外の光景に呆気に取られていると、

 

「どう八幡君?似合ってるかな?」

 

プリキュアーーーシルヴィが満面の笑みでこちらに近寄って抱きついて上目遣いで俺を見てくる。まさかプリキュアに抱きつかれるとは……

 

そう思ったのも一瞬で、今度はオーフェリアがシルヴィと同じように抱きついて上目遣いで見てくる。しかしその表情は……

 

「……八幡、やっぱりシルヴィアと違って無愛想な私じゃ似合わないかしら?」

 

シルヴィと違って不安に満ちていた。

 

それを見た俺は手を広げて2人を抱き返して2人の頭の間に自身の頭を挟む。

 

「……褒め言葉になるかはわからないが凄く似合ってるぞ。だからオーフェリア、お前は自信を持て。過去に色々あったけど……お前は可愛いんだから」

 

「……本当?」

 

「ああ。お前は可愛い。これは紛れもない事実だ」

 

世間ではオーフェリアは恐怖の対象に見られているが俺は知っている。オーフェリアは花や甘い物が好きで、甘えん坊な何処にでもいる1人の可愛い女の子である事を。

 

俺がそう言うと……

 

「……嬉しいわ。八幡にそう言って貰えて本当に嬉しいわ」

 

オーフェリアは目尻に僅かに涙を浮かべながら小さく笑みを浮かべてくる。ほら、お前は自覚がないかもしれんがお前の笑みは可愛いからな?

 

その時だった。

 

「むー」

 

いきなり妙な声が聞こえたのでオーフェリアから目を逸らすと、シルヴィが向日葵の種を口に入れて頬張っているハムスターのように頬を膨らませていた。

 

「……どうしたシルヴィ?」

 

「べっつに〜。八幡君はオーフェリアに優しいねって思っただけだよ」

 

そう言うとシルヴィはプイッとそっぽを向く。何だいきなり?何で怒っているんだ?もしかして……いや、まさかな……でも……

 

「……もしかしてお前……構って欲しいのか?」

 

疑問に思った事を口にする。対してシルヴィはそっぽを向いたまま口を開ける。

 

「……私だって八幡君の彼女なんだから」

 

マジか……本当に構って欲しかったのかよ。可愛過ぎかよ?

 

そう思うと頬が緩む。構ってちゃんで拗ねた表情を浮かべるシルヴィを見れる男は世界でも俺1人だけだろう。

 

「ごめんなシルヴィ。でも俺はお前らに優劣を付けたりはしないからな。それだけは信じてくれ」

 

よく王は複数の女と囲み優先順位をつけるが、俺は違う。俺はオーフェリアとシルヴィに対して差別をするつもりはない。どちらも俺にとってはかけ替えのない存在であり、同じくらい大切な存在だ。どっちかを優先するなんて事は一切考えていない。

 

これは2人のプロポーズを受けた時に決めた事だ。俺達は3人で幸せに生きるってな。

 

そう言ってシルヴィの頭を撫で撫でする。シルヴィの機嫌が悪い時はこうすればいいのは学習済みだ。

 

「……わかってるよ。八幡君が差別しない事くらい。でもオーフェリアばっかり可愛い可愛い言われると妬けちゃうんだよ」

 

膨れっ面をして俺をジト目で見てくる。うわ、拗ねてるシルヴィも可愛いな。

 

まあそれはともかく確かにシルヴィには余り可愛いって言わないな。オーフェリアの場合は良く自虐をするから訂正する為に言ってるがな。

 

でも……

 

「シルヴィも可愛いぞ。その格好も凄く眼福だし」

 

世界の歌姫が俺の好きなアニメのコスプレをしてくれているんだ。これを眼福と言わずに何を眼福と言うのかって話だ。

 

俺がそう言うとシルヴィは口をにやけさせて更に強く抱きついてくる。

 

「本当?えへへー」

 

ったく、俺の恋人は2人とも甘えん坊だな。

 

(だが……それがいい)

 

2人に甘えられるのは凄く良い気分だ。逆に俺が甘えると2人は俺を甘やかして幸せな気分にしてくれる。出来る事ならこのまま死ぬまで甘え合いたいものだ。

 

「ところでお前ら……その、さっきのもう一回やってくれないか?」

 

正直言ってさっきの2人の決め台詞はマジで可愛かった。てかもう一回見たい。

 

俺が頼み込むと2人は頬を染める。シルヴィは苦笑の色が強いが、オーフェリアは対称的に恥じらいの色が強く見える。

 

「あ、うん。それは別にいいけど……」

 

「……改めてやるとなると……恥ずかしいわ」

 

ですよね。改めてやれと言われたら恥ずかしくなるよな。その気持ちは良くわかる。

 

だが……

 

「そこを何とか一回だけ、な?」

 

俺も譲るつもりはない。最愛の恋人2人が好きなアニメのコスプレをしているんだ。もう一度見たいし写真に収めて永久保存したい。

 

そう思いながらハンディカメラを準備すると2人は恥ずかしそうにしながらもベッドから降りて俺の正面に並ぶ。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ハートキャッチ、プリキュア!」」

 

顔に恥じらいの色を出しながらさっきのように2人のプリキュアがポーズを取る。

 

それを見た俺は内心から湧き上がる興奮を露わにする事なく、冷静に写真に収める。

 

端末を見ると画面には世界で一番可愛らしいプリキュアの写真が保存されていた。

 

それを確認した俺は即座にコピーして自室のパソコンと千葉の実家にある俺のパソコンに送信した。これで万が一携帯端末からデータが失っても大丈夫だ。

 

それを見たシルヴィは苦笑を浮かべてくる。

 

「八幡君大袈裟だよ。もしもデータが無くなってもまた撮らせてあげるよ?」

 

いや、まあそうだけどよ……だからと言ってこの写真が無くなったら嫌だし。

 

「悪い悪い。でもお前らがプリキュアだったら敵は呆気なく散って人類は安泰だろうな」

 

何せ世界最強の魔女であるオーフェリアと世界屈指の魔女のシルヴィなんだし。寧ろ敵に同情するわ。間違いなく敵はなす術もなく負けるだろう。

 

すると2人は首を横に振る。

 

「……それは違うわ八幡」

 

「うん。私達は人類の為のプリキュアじゃなくて……」

 

2人は1つ区切るとベッドの上にいる俺に近付き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「私達は八幡(君)だけのプリキュアだから」」

 

ちゅっ……

 

2人は同時に俺の唇にキスを落としてくる。頬を染め目を瞑りながら。

 

瞬間、俺の中で何かが崩れる音が聞こえ間髪入れずに……

 

「きゃっ」

 

「……八幡?」

 

2人をベッドの上に押し倒す。そして2人の頭の横に手を当てて逃げられないようにしてから……

 

「んっ……は、八幡君……!」

 

「ちゅっ……んんっ……」

 

最初にシルヴィ、次にオーフェリアの唇にキスを落とす。普段と違って貪り尽くすように荒々しいキスだ。

 

それをすると同時に俺は自身の中で理性の壁が崩れている事を理解した。俺が押し付けるようなキスをするのは理性を失った時だけだからだ。つまりさっき俺の中で崩れる音がしたが、アレは理性の壁が崩れた音という事になる。

 

しかし俺はそんな事を直ぐに頭の隅に放り投げて、2人に対して交互にキスをしながら両者の胸に手を這わせる。

 

「……お前ら散々俺に誘惑してきたんだ。今から抱くが文句はないよな?」

 

いつもと違って野獣先輩のように笑みを浮かべ、荒々しい口調で抱くと言ってくる八幡に対して2人は……

 

 

 

 

 

「……勿論。八幡の好きにして」

 

「……いいよ。私達は八幡君になら何をされても構わないから……メチャクチャにして欲しい」

 

頬を染め、艶のある表情を浮かべながらハッキリと俺の要望を受け入れる。

 

2人から了承を得た以上憂いは無くなった。これで俺を止める人間は誰も何もない。

 

なら俺も止まる必要もないだろう。

 

そう思いながら俺は一息吐いて、2人と足を絡めて2人に覆い被さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

 

「……まだ起きてるか?」

 

暗闇の中、俺が小さい声でそう呟く。すると……

 

「……ううん。まだ起きてるよ」

 

「……今はまだ八幡に甘えたいわ」

 

左右にいる恋人2人がそう言って俺に抱きつき甘えてくる。窓から見える月明かりが2人の身体を照らす。2人はプリキュアのコスプレを着ているも、はだけていて半裸の状態である。はっきり言って裸よりエロい。

 

「……そうか。なら好きにしろ」

 

「うん。八幡君は大分落ち着いたみたいだね」

 

シルヴィが苦笑しながらそう言ってくる。2人に自身の欲望を一定時間ぶつけたら落ち着きを取り戻した。今はやり過ぎたと後悔しているくらいだ。

 

「ああ、さっきは悪かったな。自身の欲望を満たす為に自分勝手に色々やらかして」

 

アレは明らかにやり過ぎた。そう思い2人に謝るも……

 

 

「ううん。元々メチャクチャにしてって頼んだのは私達だから八幡君は気にしなくていいよ」

 

「そうね。それに私達は八幡の全てが好きなの。捻くれている八幡も甘えん坊な八幡も、野生的な八幡も全て好き。欲望を満たす為に私達をメチャクチャにしたくらいで嫌いになる訳ないわ」

 

2人は俺の謝罪を一蹴して特に気にする素振りを見せることなく甘えてくる。

 

「そうか……」

 

2人にそう言って貰えると気が晴れる。2人が俺の横で甘えてくる。こんな時間がずっと続いて欲しいな。

 

そう思うと2人が

 

「「八幡(君)」」

 

剥き出しになっている俺の肩を叩いてくる。同時に叩いてきたのでどっちを向いたら良いのか悩んだ末、どっちの方も向かずに上を見ながら

 

「何だよ?」

 

そう尋ねる。すると2人は……

 

「「おやすみのキスをして欲しいわ(な)」」

 

同時に同じ事を要求してくる。

 

(まあアレだけ俺の自分勝手な行動に付き合ってくれたんだ。そんくらいならしても良いか……)

 

「はいよ。じゃあどっちからする?」

 

「「2人一緒で」」

 

「はいはい」

 

2人の同じ回答に苦笑しながら、身体を起こして2人を押し倒すように見る。ベッドの上にはプリキュアのコスプレを着崩した2人の艶姿が目に入る。

 

さっきアレだけ2人と身体を重ねたにもかかわらず興奮してしまう。しかし今日はもう手を出すつもりはない。5回目は無理だ。

 

「じゃあ……」

 

俺がそう呟き2人の顔に近付くと2人は目を瞑り……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「んっ……」」」

 

3人でそっと唇を重ねる。それによって一瞬で眠気は吹き飛び、胸に幸せを生み出す。キスは触れるだけの軽いキスだ。激しいのをすると歯止めがきかないしおやすみのキスとは言えないからな。

 

幸せな気分を感じながら唇を離して……

 

 

 

「「「おやすみ」」」

 

そう言って2人に抱きつかれて、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

 

「おい小町。お前オーフェリアとシルヴィに俺がプリキュア好きって余計な事を言ったよな?」

 

『あ……!てへ!』

 

「お前今度覚えとけよ?」

 

『ごめんごめん!でも良いじゃん!2人のプリキュア姿が見れると考えたら安いもんじゃん!それにもしかしたらプリキュア姿の2人とエッチ出来るかもよ?!』

 

「それは昨夜した」

 

『へ……?何考えてんのさごみいちゃん?!』

 

「いや何でごみいちゃん呼びなんだよ?」

 

『冗談半分で言ったのに本当にコスプレプレイをするとは思わなかったよ!お兄ちゃんのど変態!』

 

「待て小町。俺は悪くない。2人が余りに可愛かったのがいけないんだよ。あの2人が俺だけの為に決め台詞を言ったんだぞ?俺だけのプリキュアって言ってきたんだぞ?そんな事を言われてら理性を崩しても仕方ないだろ?」

 

『自分の行動を正当化させた挙句惚気るのは止めてくれないかなぁ?!小町砂糖を吐きながら自分の寮の壁を壊しそうだよ!!』

 

「おい小町、物に当たるのは良くないぞ?」

 

『誰の所為だと思ってんの?!』

 

 

 

「あの……八幡君、そろそろ家出ない?」

 

そんな事もあって予定より20分遅れて家を出た。



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比企谷八幡は恋人2人と一緒に自分の所属する学園に向かう

学園祭3日目

 

朝妹と少々喧嘩をして家を出るのが遅れたが、腰が痛い事を除いて特に問題なく学園祭最終日を迎える事が出来た。

 

そんな中俺とオーフェリアとシルヴィは……

 

 

 

 

「……毎年ここだけは殆ど変化ないんだよな」

 

俺とオーフェリアが通うレヴォルフ黒学院にいる。普段は無骨で威圧的な要塞を思わせる学園だが、学園祭の間はけばけばしく飾り立てられていてメチャクチャ怪しい雰囲気を醸し出している。

 

 

レヴォルフは毎年学園全体でカジノをやっている。理由としては色々あるが最大の理由はレヴォルフの学生の大半が自主的に何かするような人間ではないからだろう。実際表向きは学園側が主催となっているが、実質歓楽街が裏で実権を握っているしな。

 

その上、壁には卑猥な落書きなどもあり客の殆どは柄が悪く一般の客は余り見えない。

 

しかしカジノ自体はかなりの熱狂だ。アリーナではスロットマシンがずらりと並んでいて、ルーレットやバカラも本格的だ。

 

「じゃあ折角来たし少し遊ぶ?」

 

シルヴィがそう言ってくる。まあ確かに遊びに来た以上やるのも悪くないが……ん?

 

アリーナを見渡すとルーレットの所で目を止める。より正確に言うとルーレットで玉を転がすディーラーにだけど。

 

「別に構わないがルーレットは絶対にやるな」

 

「え?別に良いけど何で?」

 

「あいつには見覚えがある。確かイカサマの上手い奴だった気がする」

 

そう答えながら空間ウィンドウを開く。

 

レヴォルフで賭けをする人間が一番注意するのはイカサマをする奴だ。だから賭けをする人間はそれぞれブラックリストを作り、その情報を売買してイカサマの対策を練るのだ。

 

そう思いながら俺自作の空間ウィンドウを開いてブラックリストを見ると案の定リストに載っている男だった。

 

「やっぱりな。あいつはブラックリストに載ってるからルーレットは絶対にするな。するとしたらディーラーが代わってからにしろ。擦られるぞ」

 

「うん。そうする。でも八幡君、ブラックリストを作ってるって事は結構賭けをやってるって事だよね?」

 

シルヴィがジト目で聞いてくる。

 

「あー、まあ……割と、いや嘘です。かなりやっています」

 

冒頭の十二人の特典である金も割とつぎ込んでいたし。オーフェリアとシルヴィの交際を始めてからは歓楽街に遊びに行く回数も減らすようにしているが、付き合う前はかなりやっていた。

 

「いやでも、お前らと付き合ってからは2週間に一度遊びに行くくらいだからね?」

 

「……付き合う前は?」

 

「……殆ど毎日です」

 

「ふーん。まあ八幡君の自由だから文句は言わないけど程々にね?」

 

「わかってるよ。でも今は賭けするより2人と一緒にいた方が楽しいから問題ねーよ」

 

俺がそう言うと2人はキョトンとした表情をしてから笑顔になり抱きついてくる。

 

「えへへ……八幡君にそう言って貰えると嬉しいな」

 

「……私も2人といる方が楽しいわね」

 

……全く可愛い奴らめ。2人にそう言って貰えると嬉しいなぁ。

 

「ありがとな。……っと、いつまでも立っているのもアレだし少し遊んで行こうぜ」

 

折角の学園祭だ。何もしないでイチャイチャするより、学園側の出し物を楽しみながらイチャイチャした方が遥かに有意義だし。

 

俺がそう提案すると2人は俺から離れて頷く。それを確認した俺は2人の手を引いてアリーナに入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「んじゃ腹減ったしそろそろ昼飯食いに行こうぜ」

 

ブラックジャックで大勝利した俺がそう言うと少し離れた場所にいたオーフェリアとシルヴィがこちらにやってくる。それにしても……

 

「オーフェリア、お前何をやったんだ?」

 

見るとオーフェリアの両手には巨大なバケツが2つあり、その中に大量のコインがあった。

 

「……スロットマシンよ。特に目押ししないで適当に押したら4回も7が3つ揃ったのよ」

 

……マジですかい?どんだけ運があるんだこいつは?その運を少しでもいいから分けてくれ。

 

シルヴィも見る限りそれなりに稼いでいるが、オーフェリアは次元が違う。見ると周りの客がオーフェリアとオーフェリアの手にあるコインに目を向けていた。

 

オーフェリアは変装しているから気付かれていないが、それ故にちょっかいを掛けてくる奴がいそうだ。

 

そう判断した俺は自身のヘッドフォンを取って変装を解除する。するとオーフェリアに視線を注いでいた面々が驚きの表情を浮かべるも、それを無視して……

 

「じゃあそろそろ行こうぜ。何かちょっかいを掛けてきそうな奴が居そうだし」

 

そう言って一暼するとオーフェリアに視線を注いでいた面々全てが視線を逸らす。

 

それを見たシルヴィは納得したように頷く。

 

「あー、そういう事ね。全くこれだからレヴォルフは嫌なんだよなぁ……」

 

シルヴィはため息を吐く。まあ普通の女子からしたらレヴォルフは忌避する存在だろうし。

 

「いや、まあ気持ちはわかるからな……悪いな、俺とオーフェリアがレヴォルフで」

 

「え?あ、いやごめん。別に八幡君達に対して言った訳じゃないよ」

 

シルヴィは手を軽く振りながら謝ってくる。いや別に怒っている訳ではないんだが……

 

「……別に怒ってないから気にすんな。それより昼飯食いに行こうぜ。午後にはクインヴェールに行かないと行けないんだし早めに食っといた方が良いだろ?」

 

「あ、うん。何処か良い所知ってるの?」

 

「俺の知り合いがやってる飯屋に行かないか?元々暇だったら来てくれって誘われていたし」

 

「ふーん。ところで八幡君、その知り合いって女の子?」

 

「は?いやそうだけど、それが……」

 

それがどうした。そう言おうとしたが最後まで言うのは無理だった。シルヴィとオーフェリアがジト目で俺を見ていたからだ。

 

「……何だその目は?」

 

「べっつに〜。八幡君の事だからその子にラッキースケベしてるんじゃないかと思っただけだよ」

 

「待てコラ。人をギャルゲーの主人公みたいに言うな」

 

「……じゃあ八幡、八幡はチーム・赫夜との訓練で何回ラッキースケベを起こしたか覚えているかしら?」

 

ぐっ……そう言われたら返す言葉がない。こいつ……

 

「確か美奈兎ちゃんに3回、柚陽ちゃんに2回、ニーナちゃんに7回、フェアクロフ先輩に25回、クロエに8回だったよね?それだけの数ラッキースケベをしてる以上普通は疑うよ」

 

「ま、まあそうだな」

 

「それで?その子には何回したの?嘘ついても見抜くからね?」

 

プリシラにした回数……えーっとだな。

 

「た、多分3回だな」

 

俺の記憶が正しければ3回で合っているだろう。そう口にすると2人が更に目を細めて俺を見てくる。そして腕に強く抱きついて脇腹を抓ってくる。

 

「……嘘は吐いていないみたいだね。でも3回もしたんだ」

 

「……まさかとは思うけど意図的にしてないわよね?」

 

「いやしてない。絶対にしないからな?」

 

したら冗談抜きで2人に殺されそうだし。てか俺が自分の意思で女の身体に触れるのはオーフェリアとシルヴィだけだしな。

 

「なら良いけど。八幡君は私達の彼氏なんだからね?」

 

「わかってるって。昨夜みたいな事はお前らにしかしてないからな」

 

投げやりにそう返すとジト目を向けていた2人はハッとした表情を浮かべて直ぐに頬を染める。

 

「そ、それは言わないでよ。八幡君のバカ」

 

「……バカ、エッチ、鬼畜」

 

2人はそう言ってポカポカ叩いてくる。痛みは全く感じず寧ろ癒されるな……

 

とはいえそんな事を馬鹿正直に言ったら更に臍を曲げるのは目に見えているので口にしない。

 

「悪かったよ。それより行くぞ」

 

そう言って2人と腕を絡めたままアリーナの外に向けて足を運んだ。左右から俺の腕を抱いている2人から視線を感じるが気にしない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

アリーナから出た俺達はプリシラがバイトしている露店に向けて歩き出す。中庭で出ているその露店はパンフレットを見る限りレヴォルフにしてはボッタクリ価格でない珍しい店らしい。その上、プリシラが働いている店である以上期待が出来る。

 

そう思いながら中庭に向けて歩いていると騒ぎ声が聞こえてくる。レヴォルフにいる以上騒ぎ声が聞こえるなんて日常茶飯事だが、騒ぎ声が聞こえてくるのは正面、俺達が行こうとしている中庭からだった。

 

嫌な予感を感じながら歩いていると、柄の悪いチンピラが露店の入り口にいた。

 

それだけならまだ良い。しかし……

 

「え、ええっと……仕事中ですから……」

 

「おいおい!そんな寂しい事を言うなって!楽しくやろうぜ、楽しくよお!」

 

先頭で可愛らしいエプロンを着ているプリシラをナンパしている男が面倒だ。

 

普段ならスルーして違う店に行くが、数少ない友人が面倒な男にナンパされているのだ。助けない訳にはいかない。

 

俺はため息を吐いて歩き出し、

 

「おいロドルフォ。人が飯食おうとしてる店でナンパしてんじゃねぇよ。てか俺はプリシラの飯を食いに来たんだから連れられちゃ困る」

 

プリシラにナンパしている男ーーー元レヴォルフ黒学院序列2位、つまり俺の前任者である『砕星の魔術師』ロドルフォ・ゾッポに話しかける。

 

「あん?って八幡じゃねぇか!相変わらず目は腐ってんなぁ!」

 

ロドルフォはプリシラから俺の方を向くといつも浮かべている豪快な笑みを見せてくる。対称的にロドルフォの取り巻きであるチンピラは全員射殺すような視線を向けてくる。

 

しかしロドルフォは取り巻きの殺意を無視して馴れ馴れしく肩を組んでくる。

 

「随分と久しぶりじゃねぇか!つーかお前、女2人も連れてるたぁやるなぁ!」

 

「煩えな気安く肩を組むな。てかここは飯屋だから食わねえなら帰れ、もしくは死ね」

 

「相変わらずノリ悪ぃな。折角女2人もいるんだし楽しくやろうぜ!」

 

「俺は俺で楽しくやってるから問題ねぇよ。てかお前ら『オモ・ネロ』と俺は敵対関係だろうが」

 

『オモ・ネロ』は千人以上の構成員を持ち、ロドルフォが頭目をしている歓楽街最大のマフィアだ。

 

そして以前俺がロドルフォを公式序列戦で倒して以降、俺は下っ端の連中にメチャクチャ嫌われている。序列2位になった頃はしょっちゅう闇討ちを受けていたくらいだ。

 

「別に俺自身はお前を恨んじゃねぇよ」

 

「え?マジで?てっきり2位の座を奪ってから恨んでるかと思ったぜ」

 

俺が公式序列戦で戦う相手の内大半は過去に俺に序列を奪われた人間だからてっきりロドルフォからも恨まれていると思っていた。

 

「いんや。寧ろ序列外になったおかげで公式序列戦で雑魚に挑まれる事もなくなったし感謝してるぜ。てかお前が恨まれてるのはうちの若いのを何人も病院送りにしたからだろうが」

 

「知るか。決闘の申請もしないで闇討ちしてくる雑魚共にする対応なんてそんなもんで充分だ」

 

闇討ちしてきた連中は全員病院送りにしたが、奴らの対応なんてそんなもんだ。やり過ぎな気もするがどう考えても決闘の申請をしない奴らが悪いし。

 

そこまで話しているとロドルフォの取り巻き共が殺意を露わにして煌式武装を俺に向けてくる。

 

「てめぇ……さっきから黙って聞いてりゃ随分と言ってくれてんじゃねぇか。マグレてうちのボスに勝てたからって調子に「……何八幡に武器を向けているのかしら?」……あ?……お、お前は?!」

 

1人の男が俺に突っかかっていると、俺の後ろから聞き覚えのある声が男の声を遮ったので振り向くと……

 

「……さっきから八幡に殺意や武器を向けたり……潰すわよ」

 

変装を解いたオーフェリアが殺意を剥き出しにしてチンピラを睨む。幸い星辰力は吹き荒れていないが、今にも爆発寸前だ。

 

オーフェリアに殺意を向けられたチンピラはガクガクする事しか出来ないようだ。ここで揉めるのは避けたいな。

 

そう判断した俺は……

 

「おいオーフェリア、俺は気にしてないから殺意を出すな。ロドルフォは取り巻きを連れてこっから去れ」

 

オーフェリアの後ろに回り抱きしめながらロドルフォに指示を出す。

 

でないとオーフェリアの怒りは収まらないだろうし。ここでオーフェリアがブチ切れるのだけは避けたい。

 

ロドルフォも最悪の事態を避けたいのか素直に頷く。

 

「はいよ。うちの馬鹿共が迷惑を掛けたな」

 

「別にお前は悪くない。てかお前はあんまり取り巻きを連れるな」

 

「んな事は理解してるぜ。じゃあな……あ、そうだ。最後に聞きたいんだけどよ、お前が今抱きしめてる彼女、自由になったってマジ?」

 

「ん?ああ。マジだな」

 

「あっそ。あのデブの下にいないって事は王竜星武祭に出ないって事か?」

 

「オーフェリア自身は出る気ないな」

 

「ふーん。じゃあ今回の王竜星武祭は大乱戦で楽しくなりそうだなぁ」

 

楽しくなりそう。ロドルフォの口からそう出るのを聞いた俺は嫌な予感しか浮かばなかった。

 

「楽しくないから出るな。お前の相手は疲れるから絶対に出るな」

 

一度しか戦ってないがこいつの能力はマジで面倒だ。出来るなら避けたい相手だ。しかし……

 

「いーや、決めた。今度の王竜星武祭に俺も出るわ!大舞台で八幡とやるのも楽しそうだしなぁ!」

 

ああ……暁彗や梅小路冬香に加えてこいつも俺と戦う気満々かよ。

 

最大のライバルのシルヴィもいる上、雪ノ下陽乃やネイトネフェル、獅鷲星武祭の結果次第では天霧あたりも出てきそうだし。

 

(マジで今シーズンの王竜星武祭はヤバそうだな。てか俺の世代は豊作過ぎだろ?)

 

内心ため息を吐いていると、

 

「んじゃ迷惑を掛けたな!彼女2人と盛り過ぎるなよ!」

 

そう言ってロドルフォは去って行った。盛り過ぎる事に対して反論出来なかった。昨夜も6回やったからな。

 

「……とりあえずオーフェリア、一々三下に対してブチ切れるな。俺があんな奴らに負ける事はねぇよ」

 

そう言ってオーフェリアから離れるとオーフェリアはシュンとした表情を浮かべて

 

「……ごめんなさい。八幡に悪意が向けられるのを見ると我慢出来なくて……」

 

謝る。そんな顔をすると怒れねぇよ。つくづく俺はオーフェリアに甘過ぎだな。

 

「あー、もう謝らなくていい。次からは気をつけような?」

 

「……ええ」

 

オーフェリアはそう言ってコクンと頷く。その仕草を見て癒された俺はプリシラの方を向く。

 

「悪いな、店前で面倒事起こして」

 

俺が軽く会釈をして謝るとプリシラはブンブンと首を横に振る。

 

「あ、いえ気にしないでください。寧ろさっきは対応に困っていたので八幡さんが来てくれて助かりました」

 

そう言ってペコリと頭を下げてくるので軽く頭を撫でる。

 

「気にすんな。数少ない友人が困っているなら助けるのは当然だ」

 

「あっ……えへへ。やっぱり八幡さんの撫で方って上手いですね」

 

そう言ってポワポワした笑みを浮かべてくる、やっぱりプリシラはレヴォルフの清涼剤だ……痛え!

 

いきなり背中に痛みが走ったので振り向くと……

 

「……八幡」

 

「……へー。随分と優しいね八幡君。それにやっぱりって事は何度もやっているんだ?」

 

オーフェリアとシルヴィがジト目を向けながら背中を抓っていた。しまった!いつもの癖でつい……!

 

「あ、いや、そのだな……」

 

後悔する中、俺が必死に謝ろうとする中、2人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)の奢りね」」

 

そう言ってきた。

 

結局俺達はこの店で昼食を食べたが、オーフェリアとシルヴィはプンスカしながらやけ食いしたのがメチャクチャ怖かったです。

 

後、俺の財布は結構軽くなりました。

 



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比企谷八幡は危険なイベントに参加する

学園祭3日目の午後……

 

いよいよ六学園最後の学園、アスタリスクにある六学園の内唯一の女子校であるクインヴェール女学園に入る事になる。

 

それは良いんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、マジで許してくれよ」

 

オーフェリアとシルヴィは未だに頬を膨らませている。そんな2人は凄く可愛いが怒っている2人にそんな事を馬鹿正直に言ったらどうなるかは簡単に予想がつくので口にしない。

 

「……別に怒ってないわよ」

 

「うん。話を聞く限り彼女の頭を撫でるのは私達と付き合う前からだったらしいしね」

 

だったら頬を膨らませるのは止めてくれよ……

 

「マジで悪かったから許してくれよ。何でも言う事を聞くからさ」

 

俺がそう言うと2人は膨れっ面を止めて俺の顔を見てくる。

 

「……本当?」

 

「ああ。俺に出来る事なら何でもしてやる」

 

オーフェリアの質問に俺が頷いた時だった。

 

「ふーん。何でも……ね?」

 

シルヴィが笑みを浮かべる。しかしその笑みは世界中の人々を虜にした明るい笑みでも、抱いた後に俺だけに浮かべる艶のある笑みでもなく、悪魔のような笑みだった。

 

……何だろう。物凄く嫌な予感しかしない。

 

しかし一度言った言葉を撤回する訳にはいかない。てかシルヴィが撤回を許してくれなそうだ。

 

「ち、ちなみにシルヴィは何を提案するんだ?」

 

俺がそう言ってシルヴィを見ると、シルヴィは悪魔の表情を浮かべながら空間ウィンドウを開く。チラッと見るとクインヴェールのホームページである事が理解できた。

 

シルヴィが暫くの間空間ウィンドウを操作していると、

 

「八幡君にはこれに出て貰います」

 

そう言って空間ウィンドウを俺に提示してくる。それを見た俺は絶句してしまう。

 

そこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『煌めけ一輪の花!クインプリンセスショー!』

 

と表示されていた。

 

概要を見るとクインヴェールの公式序列戦で使われるアリーナで行われるコンテストのようだ。

 

参加者は六学園の生徒以外にも一般客からも募集されているようだが……

 

「つまり……女装をしろと?」

 

「うん」

 

いや、うんじゃねぇよ。良い笑顔で何言ってんのこの人は?

 

「いやいや!これ絶対に男子の参加は禁止だろ?!」

 

トップページにはシルヴィやルサールカなどクインヴェールの実力者が華やかな衣装を着て映っているが、普通に俺じゃダメだろ!!

 

「よく見なよ八幡君。概要の所には男子禁止なんて書いてないよ?」

 

いやそれは当たり前の事だから書いてないんだよ!明らかにわかって言ってるだろ!

 

「でも事前審査で却下されるだろうが!」

 

「私は生徒会長だよ?」

 

……つまり職権乱用かよ。こんな時に権力を使うな!

 

「いやでもな……普通にステージでバレるからな?」

 

いくら女装したとしても多分、いや絶対にバレるのが目に見えるわ!そうなったら恥をかくに決まっている。

 

俺がそう言うものの、シルヴィは諦める様子もなく……

 

「じゃあ私がコーディネートして、ステージが始まるまでに1回でも疑われたら棄権していいよ?その代わりもしも1回も疑われなかったら……」

 

出ろって事か……

 

本来なら却下したいが、一度何でも言う事を聞くと言った手前断りにくいな……

 

(いや、いくらシルヴィでも俺を女の子らしくするのは無理だろうな)

 

何せ顔が男っぽいし、身体にはそこそこ筋肉が付いているし男と判断されるだろう。疑われたら即座に走り去って逃げればいい話だ。

 

そう結論付けた俺は……

 

「……わかった」

 

嫌々シルヴィの提案を受ける事にした。ここで逆らうと更に恐ろしい要求をしてきそうな気がするし。

 

俺が了承するとシルヴィはそれはもう良い笑顔を見せてくる。お前本当に楽しそうだな……

 

「じゃあ八幡君。可愛くコーディネートしてあげるから付いてきて。オーフェリアはあそこの受付で八幡君のエントリーをしてくれない?名前は女の子らしい名前でね」

 

「……わかったわ」

 

「ありがとう。それが終わったらここに来て。通行証は今送るから」

 

そう言ってシルヴィはオーフェリアの端末にデータを送ると俺を見てくる。

 

「じゃあ行くよ」

 

シルヴィは俺の手を引っ張って歩き出した。ああ……どうやらマジで参加しないといけないようだ。頼むから事前に疑われますように……!

 

神に祈りながら俺はシルヴィに引き摺られてクインヴェールの本校舎に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくらシルヴィでも俺を女の子らしくコーディネートするのは無理だろう。だから俺は事前に疑われて参加しないで済む。

 

そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………10分前までは

 

「さあ!次に行きましょう!エントリーナンバー10番!一般客から参加した比企谷八重さんです!」

 

司会を担当するルサールカのマフレナがそう言ったので黒いドレスを着た俺が一歩前に出ると観客席から歓声が上がる。

 

はい、結論を言うとステージが始まるまでに誰にも疑われませんでした。

 

シルヴィのコーディネートはマジで神がかっていた。露出の少ない大きなドレスで身体の筋肉が見えにくくして、頭にはカツラを、顔には薄い化粧を、目にはカラーコンタクトを付けたら自分でも男子には見えないと思ったくらいだ。

 

その上、始まる直前にシルヴィが自分の能力を使って俺の声も変えて女の子らしい声にしたので余程の事がない限りバレないだろう。

 

しかしだからと言って恥ずかしさが消える訳ではない。

 

理由としては色々ある。

 

1つは審査員席にいる面子だ。ルールとしては点数制で審査員が10人いて持ち点は1人10点で最高点は100点って感じだ。

 

それについては問題はないが問題は審査員席にいる面々だ。10人いる審査員の内顔見知りが4人いる。

 

クインヴェールの理事長にして元トップアイドル兼トップモデルのペトラさん。

 

クインヴェールで2番目に人気アイドルグループルサールカのリーダー、序列3位のミルシェ

 

今シーズンの鳳凰星武祭で数年ぶりにクインヴェールからベスト4入りしたクインヴェールの雪ノ下と由比ヶ浜

 

以上の4人が審査員席にいるのだ。

 

ペトラさんに対しては事前にシルヴィが話したらしく、呆れた表情を俺に向けている。

 

しかしそれ以外の3人、ミルシェと雪ノ下と由比ヶ浜はマジマジと俺を見ている。これはおそらく比企谷という苗字だからだろう。

 

実際観客席からも『比企谷ってあの比企谷?』とか『レヴォルフNo.2の妹か?』って声が聞こえてくるし。

 

(オーフェリアの馬鹿野郎……馬鹿正直に比企谷って記入してんじゃねぇよ!)

 

内心毒づきながら最前席にいるオーフェリアを睨むと、シルヴィとオーフェリアが可愛らしく手を振ってくる。ああ、やっぱり可愛いな……って、そうじゃねぇよ!

 

てかバレたらマジでヤバい。バレたら社会的に死ぬ。そうなった場合、学園祭が終わると同時に退学届を出してアスタリスクから出てテレビやネットも繋がらないくらい辺境の地で暮らすつもりだ。

 

そう強く決心している中、司会のマフレナが近寄って話しかけてくる。

 

「はい。では比企谷さん。こんにちは」

 

「は、はいこんにちは」

 

若干噛んだが仕方ないだろう。許して欲しい。幸いマフレナは緊張していると判断したのか苦笑して話しかけてくる。

 

「こんにちは。比企谷さんは学園祭楽しんでいますか?」

 

「そ、そうですね。自分としては六学園全制覇を目標としていて、この学園が最後ですね」

 

「へぇ、六学園全制覇ですか!私は仕事で忙しかったので羨ましいですよ」

 

「まあルサールカは人気ですから仕方ないですよ」

 

シリウスドームでもライブをやってたしな。シルヴィも休みを取るのに相当無理したみたいだし。

 

「そう言って貰えると嬉しいです。では質問に入りたいですが……比企谷さんはレヴォルフ黒学院序列2位の比企谷八幡さんや星導館学園序列8位の比企谷小町さんとは兄妹なのですか?」

 

……やっぱりその質問が来たか。審査員席の由比ヶ浜なんて身を乗り出して聞く構えを見せているし。

 

しかし俺は対策を考えてあるから問題ない。

 

「いえ。自分はあの2人とは無関係ですね。比企谷って苗字は珍しいですからそう思われても仕方ないですけど」

 

俺がそう口にすると……

 

「あ、そうなんですか。まあ比企谷って苗字は珍しいですから」

 

マフレナは簡単に信じてくれた。……よかった。ここで疑われたら何かの弾みでバレていたかもしれん。この調子で審査員達や観客に『比企谷八重は比企谷八幡や比企谷小町とは無関係』と擦り込ませるべきだろう。

 

「ええ。実際に自分と初めて会う人は大抵聞いてきますね。一応自分は星脈世代ですけどあの2人のように強くありませんよ」

 

俺がそう口にすると観客席から拍子抜けしたような空気が流れる。これが俺の望んでいた空気だ。

 

審査員席を見ると似たような空気が流れている。雪ノ下は未だに猜疑の目を向けてくるがミルシェと由比ヶ浜の疑いは解けたように見える。

 

ペトラさんの呆れた表情はこの際気にしない事にしておこう。

 

「そうですか。では次の質問ですけど、この黒いドレスはご自分で選んだのですか?」

 

いえ、お宅の学園の序列1位が選びました。……何て言える訳ないだろうが!言ったら間違いなく騒ぎになり、その際にバレるかもしれない。

 

だから俺は……

 

「い、いえ……自分で決めましたね」

 

あたかも自分で選んだ事にした。

 

「そうですか。ちなみにこのドレスを選んだ決め手は何でしょうか?」

 

男である事をバレないよう体つきを隠すためです。勿論そんな事を言うつもりはない。言ったら社会的に死ぬ。

 

「そ、そうですね。黒色が好きなのと……一度ドレスを着てみたかったらですね」

 

糞がぁぁぁぁっ!今直ぐに首を吊りたい!嘘とはいえドレスを着てみたかったなんて言っちまったし。

 

マジで死にたい……観客席にいるシルヴィなんて震えていて爆笑寸前だし。マジで腹立つな……良し決めた。今日から1週間シルヴィにはキスをしない事にしよう。

 

そう思っているとシルヴィが急に震えを止めて俺を見てくる。顔を見ると青ざめていて……

 

(ゴメン八幡君!謝るからそれだけは止めて!)

 

目でそう語ってくる。少しキツいお仕置きのようだ……

 

(わかったよ。止めるからそんな悲しそうな顔は止めろ)

 

俺がそうアイコンタクトをするとシルヴィはホッと息を吐いた。その表情は安堵に満ちている。

 

え?何で通じるかだって?好きな女となら言葉を交わさなくても通じるだろ?

 

まあそれはともかく誰が服を選んだとか服を選んだ理由などは聞かれた以上、殆ど終わりだろう。

 

とりあえずバレる事は無さそうで良かった。まあ俺からしたら黒歴史だが、バレなければ恋人2人の印象に残ったという事で我慢も出来るしな。

 

俺が内心安堵の息を吐いていると……

 

「では次の質問です。比企谷さんは恋愛関係を持っていますか?差し支えなければ答えてくれませんか?」

 

マフレナがそんな質問をしてくる。それに対して俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。彼女が2人います」

 

もう直ぐ終わりと油断して、つい誤魔化すことなく正直に話してしまった。

 

瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!』

 

ステージに驚愕の声が響き渡った。

 

………やっちまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ柚陽ちゃん。あの比企谷八重って……」

 

「多分彼ですよね?彼女が2人いると言っていましたし」

 

「ええ。さっきシルヴィアから聞いたけど、シルヴィアが悪戯半分で女装させて参加させたみたい」

 

「え?本当に比企谷さんですの?!てっきり女子かと思いましたわ!」

 

「わからなかったよ。それにしても……可哀想」

 

「そう?私はいい気味だと思うけど」

 

「もしかしてクロエ、この前の模擬戦でスカートの中に頭を埋められた事、まだ怒ってるの?」

 

「当たり前じゃない……寧ろ美奈兎こそ押し倒された際に抱き合ったりしたのに怒ってないの?」

 

「え?だって訓練中の事故じゃん」

 

「そうですね。私の時も比企谷さんからは悪気を感じませんし」

 

「寧ろその後に比企谷さんがシルヴィアとオーフェリアに半殺しにされる事を考えたら申し訳ない気持ちがありますわね」

 

「……うん、毎回半殺しにされているのを見てるけど、アレはちょっと……」

 

「……お人好し過ぎるわよ貴方達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ!マジかあの馬鹿息子!ナイスだ!写真撮っとこう!」

 

「何やってんのさお兄ちゃん……昨日はプリキュア姿のオーフェリアさんとシルヴィアさんを抱いて、今日は女装って……」

 

「いやー、マジで最高だ。終わったらからかってやろう」

 

「はぁ……お兄ちゃんがどんどん遠くに行っているみたいだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、馬鹿なの?」

 

「八幡君……自爆しないでよ。というかこれ収拾つくの?」



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比企谷八幡はシリウスドームで……

クインヴェール女学院のステージ、公式序列戦でも使われているステージはカオスな空気となっている。

 

その理由として……

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、比企谷さん!今聞き違いかもしれませんのでもう一度確認しますが、彼女が2人いるのですか?!」

 

司会のマフレナがそう尋ねてくる。その表情には驚きの戦慄が混じっている。

 

俺は今シルヴィに女装させられてクインヴェールのとあるイベントに参加している。その際に男だとバレないか不安だったが、シルヴィのコーディネートは完璧で今の所はバレてはいない。

 

しかし……今の自爆ーーー恋愛関係を聞かれた際に最後の最後で油断してつい彼女が2人いると答えてしまったのだ。

 

しかしどうしよう?

 

沢山の観客が見ている中彼女が2人いるとハッキリと言った以上意見を取り下げるのは厳しい。今から「あ、彼氏の間違いでした」と訂正しても信じてくれるかは怪しい所だ。

 

仮に信じてくれたとしても「彼氏を2人持つ魔性の女」と判断されて叩かれるかもしれない。その際にバレる可能性も0ではない。

 

てかそれ以外に審査員席にいるミルシェが疑いのある目を俺に向けてくる。当然の事だ。ミルシェは比企谷という苗字で彼女が2人いる人間ーーーすなわち俺の存在を知っているのだから。

 

つまりミルシェが俺に対して『お前は比企谷八幡だろ?』と聞かれる前に何とかしないといけない事になる。

 

その上速めに答えないと余計に疑われてしまうので速めに答えないといけない。

 

どうすれば……ん?

 

(待てよ。これなら上手くいけるかもしれないな……黒歴史は確定だけど)

 

一応この状況を打破する方法を思いついた。それは間違いなく黒歴史、それこそ事故でシルヴィの唇を奪ったという黒歴史の次にヤバいものだろう。

 

しかしここで俺が男だとバレたら、事故でシルヴィの唇を奪った黒歴史よりヤバい黒歴史が生まれてしまう。

 

それだけは絶対に避けないといけない。マジで社会的に死ぬかもしれないし。だから俺は覚悟を決めた。

 

そして……

 

「……はい。彼女が2人います」

 

マフレナの質問に対して肯定の意を表明した。それに対して観客席けらは騒めきが生じて、審査員席ではペトラさんは額に手を押さえ、ミルシェと雪ノ下は疑いの目を俺に向けて、由比ヶ浜は驚きの表情を浮かべていた。

 

「ええっ?!ほ、本当に彼女が2人いるのですか?!」

 

マフレナは大声を出して俺に詰め寄る。さぁ……いよいよ詰めだ。

 

俺は息を吸って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。自分、そして恋人2人はレズビアンですから」

 

そう口にした。これが俺の最後の手段、レズと言ってあたかも女である事を貫くことだ。

 

俺がそう口にした瞬間、

 

 

 

 

 

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇ?!』

 

再度観客席からは驚きの声が響き渡る。一部からは『レズ来たぁぁぁぁっ!』って声が聞こえて寒気がしたが。

 

まあそれはともかく観客が『比企谷八重はレズビアン』であると認識したらこっちの勝ちだ。そうすれば審査員の面々も深くは突っ込めないだろう。事実、予想外のカミングアウトだったからかミルシェや雪ノ下も疑いの表情を消して呆気に取られた表情を浮かべているし。

 

この際呆れ顔を向けているオーフェリアやシルヴィ、ペトラさんの存在は気にしないものとする。気にしたらボロが出るから絶対にダメだ。

 

事情を知っている3人に対してシカトをすると決め込んでいると、マフレナが話しかける。顔からは驚きの顔が浮かんだままだ。

 

「そ、そうなんですか。……い、いやぁー、そのような人は初めて見たので驚きましたよ」

 

よし、ここで畳み掛けるだけだ。

 

「ええ。何故か自分は生まれた時からどうも男性に興味が持てなくてですね。その事に疑問を抱いて生きていたら、中学時代にクラスの女子の友人から告白を受けたのですよ」

 

「その時に……?」

 

「はい。その際に自分の胸の内で高鳴りが起こっているのに気が付いたのですよ。その後に迂曲曲折あって更に彼女が出来たのですよ」

 

頼む。信じてくれ。司会のマフレナが信じれば会場や審査員席も疑いがあっても進められるし。

 

内心祈りながらマフレナの判断を待っていると……

 

「そ、そうですか。ま、まあ大変な道かもしれませんが頑張ってくださいね」

 

俺の言葉を肯定してくれた。

 

(良し、これなら俺がさっきみたいに下手をこかなかったら大丈夫だろう)

 

そしてステージから降りた後に速攻で着替えてオーフェリアとシルヴィと合流すればミッションコンプリートだ。

 

「ええ。世間の目は厳しいですがいつか式を挙げたいですね」

 

クソッ!いくら自分が女であるように見せる為とはいえ、何を言っているんだ俺は?!既に事故でシルヴィとキスした黒歴史に匹敵する黒歴史になっているぞ。

 

「頑張ってください……っと、そろそろ時間なので質問を打ち切らせて貰います。比企谷さん、ありがとうございました」

 

マフレナがそう言って頭を下げてくるので、俺は軽く会釈をしてステージを後にする。

 

その際に男だと疑われないよう女の子らしく観客席に軽く手を振ったが、その時に起こった男の叫び声にはマジで吐き気を催したのは必然だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして俺の人生初の女装によるステージは幕が降りた。

 

余談だが、審査の結果俺の順位は30人中6位とかなり高評価で愕然としてしまった。まあ表彰されるのは1位から5位までなので表彰されずに済んで良かったけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ……マジで死にたい」

 

俺は今、クインヴェール本校舎の屋上にあるベンチに座ってため息を吐く。今直ぐにでも首を吊りたいくらいだ。

 

「……気持ちはわかるけど死なないでね?」

 

「ご、ごめんね八幡君。私が参加しろなんて言わなかったら……」

 

右隣にいるオーフェリアが心配そうに慰め、左隣にいるシルヴィは珍しく慌てた表情を浮かべながら俺の肩を揺すってくるが……

 

「いや、シルヴィは悪くないさ。自爆した俺が悪いんだし」

 

そう、シルヴィは全く悪くない。参加しろと言ったのは俺が恋人2人の前で他の女子の頭を撫でた罰だから特に怒っていない。

 

そもそも黒歴史を作ることになったのは油断しきって自爆した俺自身が悪いんだしな。

 

「ううん。元はと言ったら焼きもちを焼いた私が悪いんだし。八幡君が邪な感情を持ってあの子の頭を撫でたわけじゃないのに八つ当たりしちゃったし……ラッキースケベについてもわざとやってる訳じゃないのについ手を出しちゃうし……」

 

珍しくシルヴィがしおらしい態度を見せてくるが、俺としてはそれは止めて欲しい。シルヴィにそんな顔は似合わない。いつものように人を幸せにする笑顔をしていて欲しい。

 

そう思った俺はシルヴィの方を向き……

 

「だから気にすんなって。お前にそんな顔は似合わないんだから」

 

「……でも」

 

未だに後ろめたいのか悲しそうな顔をシルヴィ。仕方ない、こうなったら……

 

「お前には悲しそうな顔は似合わない。だから昨日の夜、ベッドで見せたエロい顔を見せてくれ」

 

抱いた時のシルヴィの顔はエロ過ぎるので今でも鮮明に覚えているくらいだ。

 

瞬間……

 

「なっ?!いきなり何を言ってるの?!バカ!エッチ!変態!女誑し!すけこまし!八幡!」

 

シルヴィは真っ赤になって俺に突っかかってくる。その勢いはまさに怒涛と言っても過言ではないだろう。てか八幡は悪口じゃないだろ?

 

だが、まあ……

 

「ようやく悲しそうな顔を消したな。それでいい」

 

俺がそう口にするとシルヴィはハッとしたような表情になる。そんなシルヴィを俺は抱き寄せて……

 

「お前はそれでいいんだよ。実際に俺が悪いんだから俺に気にしないで色々要求すりゃいいんだよ」

 

そう口にする。2人を愛すると言ったのに他の女子の頭を撫でた俺の過失をシルヴィの責任にするつもりは毛頭ない。

 

対するシルヴィは……

 

「……うん」

 

胸に顔を埋めながらコクンと頷く。可愛過ぎだろ?

 

そう思いながらシルヴィの頭を撫で撫でするとシルヴィは俺の背中に手を回して更に甘えてくる。

 

「……一応これからは極力女子の頭も撫でないようにするし、ラッキースケベも起こさないように努力する」

 

「……うん」

 

シルヴィは再度頷いてから俺から離れる。そして……

 

「……今度からそんな事があっても八幡君に強く当たらないようにする。だから八幡君も……」

 

「わかってる。そんな事が起こらないように細心の注意を払うようにする」

 

2人に半殺しにされる以上に2人に嫌な気分をさせるのは嫌な事だからな。

 

「……オーフェリアも悪かったな。何度も嫌な気分にさせちまって」

 

「……八幡が謝る事じゃないわ。私こそ八幡が私とシルヴィア以外の女子と仲良くしてる時に不貞腐れる事を謝らないといけないし」

 

いや、それは彼女として普通の反応だ。そう言おうとしたが、そう言うとまたオーフェリアが自分が悪いと言って堂々めぐりになるのは簡単に想像がつく。

 

だから……

 

「そうか。俺も今後は気をつける」

 

そう言って話を打ち切る事にした。これ以上揉めていても意味のない事だし。

 

するとオーフェリアが……

 

「……じゃあ八幡、仲直りのキスして」

 

そう言ってキスを強請ってくる。するとシルヴィも、

 

「私にもお願い」

 

オーフェリア同様に強請ってくる。……ここで断るのはダメだろうな。

 

「はいよ」

 

俺が頷くと2人は顔を寄せてきて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「んっ……」」

 

そのまま唇を同時に重ねてくる。ああ……やっぱりこの2人が一番だと改めて理解した。今後はマジで2人に焼きもちを焼かせないようにしないとな……

 

そう思いながらキスをしていると……

 

 

 

 

 

 

 

「あー、やっと終わった終わった。マフレナ、残り時間少ないけど早くパイヴィ達と合流して遊ぼ……う?」

 

「そうですね。やっぱりグラン・コロッセオに行きません……か?」

 

ドアの開く音がしたかと思いきや、ルサールカのミルシェとトゥーリアが屋上に上がってきて、俺達のキスを目撃する。

 

クインヴェールの屋上は学園祭期間中立ち入り禁止だがシルヴィは生徒会長の権限を使って入れた。ミルシェとトゥーリアもシルヴィと同じように自分達の権限を使って入ってきたのだろう。

 

まさかこんな時間帯に立ち入り禁止エリアに入ってくる人間なんていないと判断した俺達の過失である。

 

向こうもポカンとした表情で俺を見ている。俺達は変装をしているがルサールカはシルヴィの変装を知っている。そしてシルヴィがキスしていることから男の正体は俺、もう1人の女はオーフェリアと理解しているだろう。

 

これはまずい。そう思った俺は慌てて……

 

「ちょっと待て。これはごか「「し、失礼しましたー!!」」い、……だからな?」

 

2人は真っ赤になって屋上から走り去った。その速さは尋常ではなくシルヴィに匹敵する速度だった。

 

2人が屋上から見えなくなると……

 

「うぅ〜」

 

シルヴィが真っ赤になって顔に手を当てる。まあ知り合いに今のシーンを見られたらそうなるだろう。実際俺も顔が熱いし、特に何も思っていないのはオーフェリアくらいだろうな。オーフェリアはポカンとしているだけだし。

 

それに対して俺は……

 

 

「あー……時間的にとりあえず俺達もグラン・コロッセオに行かないか」

 

話を逸らす選択をした。とりあえず今はシルヴィの恥ずかしさを紛らわさないといけないからな。

 

それを聞いたシルヴィは……

 

 

 

 

 

「………………うん」

 

蚊の鳴くような声を出しながら可愛らしく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「それにしても……シリウスドームに入るのも久しぶりだな」

 

クインヴェールを出た俺達は現在アスタリスクのど真ん中にあるシリウスドームのエントランスホールにいる。

 

「あ、そっか。八幡とオーフェリアは1月に公式序列戦で使って以来かな?」

 

「いや、お前の試合を見に行ったから2ヶ月ぶりだな」

 

「あ、そういえばそうだったね」

 

月に一度の公式序列戦は基本的に学内のアリーナで行われるが注目カード、それこそ冒頭の十二人の試合などは一般客が観戦出来る都市部のステージが使用される。

 

特にシリウスドームは毎月各学園の最上位クラスの生徒に宛がわれる。

 

3ヶ月前には俺やオーフェリアなどレヴォルフの冒頭の十二人が、先々月にはシルヴィや『舞神』ネイトネフェルやミルシェなどクインヴェールの冒頭の十二人、先月には天霧やリースフェルトなど星導館の冒頭の十二人が試合をした。

 

まあ特に大金星が生まれた試合は無かったけど。

 

「まあそれはどうでもいい。それより早く行こうぜ。立ち見はゴメンだ」

 

「あ、じゃあクインヴェールの生徒会用観覧席に行こうよ。あそこなら空いてる筈だよ?」

 

「……それはありがたいけど他の生徒はいるのじゃないかしら?」

 

「うーん。他の役員は余りグラン・コロッセオに興味を持ってなかったからいないと思うよ?」

 

……まあ、第三者がいないなら悪くない選択だろう。

 

「じゃあそこにしようぜ……っと、済まんが俺腹が痛いから手洗いに行ってくるから先に行ってくれ」

 

結構腹が痛い。これは長引きそうで待たせるのは申し訳がないからな。

 

「わかった。じゃあこれ。通行証ね。行こっかオーフェリア?」

 

「……そうね。じゃあ八幡、また後でね」

 

2人はそう言って近くのエレベーターに向かって歩き出したので俺も手洗いに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

5分後、用を足した俺は手洗い所から出てハンカチで手を拭く。時計を見るとイベント開始まで後20分ある。ちんたら歩いていけば丁度良い時間に2人と合流出来るだろう。

 

そう思いながらエレベーターに乗って目的の階に到着したのでエレベーターから降りた。

 

そしていざ歩き出そうとした時だった。

 

(何だ?人がいない?)

 

妙に人の気配が感じないので辺りを見渡すも視界に人が1人も見当たらない。

 

(おかしい……生徒会用観覧席やVIP席があるこの階に来る人は基本的に少ないが1人もいないというのはあり得ない)

 

そう思うと胸の内に言葉にし難い不快な感情が生まれてくる。何というか……あるだけで虫唾が走る。

 

その感情の正体を探ろうとすると……

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷八幡」

 

いきなり後ろから声をかけられる。瞬間、全身が液体窒素の中に入れられたように冷えるのを実感した。この声は……

 

恐る恐る後ろを振り向くとそこには俺の頭に思い浮かんでいた1人の女性がいたり

 

身体にはローブを纏っていて水色の髪を持ち虚ろな瞳を向けてくる女性。

 

そして何より首から下げたあの不気味なネックレス……忘れる筈もない。あいつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァルダ……!」

 

シルヴィの師匠であるウルスラ・スヴェントの肉体を持った謎の存在が俺の前に立っていた。

 

 



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比企谷八幡は宿敵と相対する

「ヴァルダ……!」

 

目の前にいる相手ーーーヴァルダを視界に入れた瞬間、俺は後ろに跳び自身の影に星辰力を込める。

 

(何でこいつがここに……!シルヴィに連絡……いや、こいつを前にそんな事をする余裕はない……!)

 

一度軽く手合わせをしたが奴のネックレスは危険だという事は理解している。その上もしもヴァルダがシルヴィの師匠であるウルスラ・スヴェントなら体術も相当に優れている筈だ。

 

こいつの前でシルヴィに連絡なんてして隙を見せたら即座に潰されるだろう。

 

そう判断した俺はシルヴィへの連絡を諦めて目の前で佇んでいるヴァルダを見据える。

 

対するヴァルダは特に戦闘体制に入っていない。様子見なのか俺ごとき何時でも潰せると思っているのかは判断出来ない。

 

とりあえず少し探ってみるか。

 

「ようヴァルダ……元気そうで何よりだぜ」

 

俺が話しかけると予想に反して向こうも口を開ける。

 

「そうでもないな。以前貴様に付けられた傷を見る度に忌々しい記憶を思い出す」

 

そう言ってヴァルダはロープに隠れていた右手を見せてくる。その右手には大きな傷が付いていて見るからに痛々しい。以前俺がシルヴィを助ける為に放った影狼神槍による傷だろう。

 

(ヤベェ……いくらシルヴィを助ける為とはいえ、シルヴィの師匠の腕に消えない傷を付けちまったよ)

 

ヴァルダからウルスラさん本人を取り返したら土下座をしないといけないようだ。

 

「そうかい。んで俺に何の用だ。こっちも暇じゃないんでな手短に頼む」

 

俺がそう口にするとヴァルダも口を開ける。

 

「いやなに、珍しく范星露が表に出たので我々の計画に勧誘しようと向かっていたらお前に会ってな。そのついでにお前も勧誘しておこうと思っただけだ」

 

星露?……ああ、確かあいつ裏でグラン・コロッセオに関わっていると噂されていたがどうやらマジなようだな。

 

にしてもあいつを勧誘するのは止めた方が良いと思うぞマジで。引っ掻き回すのが目に見える。

 

しかし俺を勧誘すると言ってくるとは予想外だ。オーフェリアを奪った俺を?

 

一瞬だけ疑問に思ったが直ぐに理解した。おそらく向こうの本当の狙いはオーフェリアだろう。

 

俺から見てもオーフェリアはかなり俺に依存していると思う。俺がヴァルダの仲間になればオーフェリアも付いてくると考えたのだろう。

 

事実、その案は間違っていないと思う。シルヴィはともかく、オーフェリアは俺が行くと言ったら付いてくるだろう。

 

だが……

 

「話にならねぇな」

 

一蹴する。俺がこいつら、ディルク達と組むなんて絶対にあり得ない。少なくともシルヴィは俺とオーフェリアがこいつらと組んでも絶対に組まないだろう。その時点で論外だ。

 

そして何より俺自身、オーフェリアやシルヴィに対して危険な事に巻き込みたくないからな。

 

俺がヴァルダの勧誘を蹴ると当の本人は……

 

「だろうな。それが普通の反応だ。だから……」

 

ヴァルダが一息吐いた次の瞬間だった。

 

「ぐっ……」

 

ヴァルダの首にあるネックレスの意匠が黒い輝きを放つと同時、俺の頭に猛烈な頭痛が襲いかかる。

 

気を失いそうな程の痛み、昨日戦った暁彗の拳とは別ベクトルでヤバい痛みによって膝をついてしまう。

 

するとヴァルダは俺に近寄って

 

「貴様を洗脳して我らの仲間にする。そうすればオーフェリア・ランドルーフェンも再び我らの物になるだろうからな。貴様個人も優秀な人材であるからな」

 

……野郎!ハナから断るのを理解して力づくで俺を勧誘するって訳か……!

 

(冗談じゃねぇ!あいつを、オーフェリアをまた自由のない世界に行かせてたまるか……!)

 

あいつを自由のない世界に戻すのだけはあってはいけない。最近になってオーフェリアは笑うようになって楽しい時間を過ごしているのだ。それを俺の弱さが原因で失わせる訳にはいかない……!

 

俺は内心喝を入れ、頭に走る痛みを無視して後ろに跳びヴァルダのネックレスから放たれる黒い輝きから逃れる。

 

奴との距離は約10メートル。倦怠感は若干あるもののそれだけでかなり楽になった。あの力の有効範囲はかなり短いようだ。

 

なら距離を取らせない。俺は自身の影に星辰力を込め……

 

「影の刃軍」

 

自身の影から100を超える刃をヴァルダに向けて放つ。狙いは奴の両腕と両脚だ。殺したらシルヴィを悲しませるかもしれない故だ。

 

対するヴァルダは黒い光を両手に集約させる。すると直ぐに巨大な扇子へと形を成す。

 

そしてヴァルダがそれを振るうと辺りに衝撃が襲いかかり影の刃軍は全て吹き飛ばされた。

 

しかしそれは予想済みだ。シルヴィの師匠である以上この程度で倒せるなんて微塵も思っていない。

 

だから……

 

「啄め、影鴉」

 

再度影に星辰力を込め影の鴉を召喚して、今度はヴァルダの上下前後左右ありとあらゆる方向から攻める。

 

対してヴァルダは……

 

「無駄だ」

 

扇子を分解したかと思いきや、周囲に黒い輝きを放ち影鴉を一瞬で吹き飛ばす。

 

舐めている訳ではない。俺の狙いは……

 

「はぁっ……!」

 

腰からナイフ型煌式武装黒夜叉を抜いてヴァルダに投げ放つ。狙いはヴァルダの首、より正確に言うとヴァルダの首に付けてあるネックレスの紐の部分だ。

 

向こうも俺の意図に気付いたのか目を見開きながらも回避する。

 

「……なるほど、初めから狙いはこれだったか。だが、一度失敗した以上無理だと思え」

 

そう言ってこちらを警戒するような構えを取る。ちっ。奴からあのネックレスを奪えればどうにか、少なくとも例の黒い輝きは使えなくなったかもしれなかったのに……

 

さて、どうするか……とりあえず時間を稼げばシルヴィやオーフェリアが俺を探しに来るかもしれん。幸い今俺がいる場所はシルヴィ達がいるクインヴェール生徒会用観覧席は同じ階層にある。もしシルヴィ達が探し始めたら合流出来るだろう。

 

そう思っているとヴァルダが口を開ける。

 

「解せぬな。先程から分厚い鎧や我を傷つけた槍も使わないが……我を舐めているのか?それでは勝てないぞ」

 

まあ我としてはそれで構わないが、と言ったのを聞いて内心舌打ちをする。

 

(使わないんじゃなくて使えないんだよ。まあ、バレたらヤバいから口にはしないが)

 

今の俺のコンディションは昨日の暁彗との戦いで身体はまだ軋む上、星辰力も回復しきっていないので万全じゃない。よって影狼修羅鎧を始め、影狼夜叉衣に影狼神槍、影神の終焉神装も使えない。

 

いや、影狼修羅鎧と影狼夜叉衣は使えないこともないが、使っても1分以上は使えないだろう。しかも使ったら星辰力は殆ど0になり負けて洗脳されるだろう。博打にしては少々リスクが高過ぎる。

 

しかしだからといって今の状態で戦っても勝てないのは明白だ。奴の言う通り本気じゃない万全の状態でない俺が勝つのは無理だろう。

 

だが引くつもりはない。鳳凰星武祭以降ヴァルダの調査はしているが、今日まで全くと言って良いほど情報が入らなかったのだ。ここで逃すと次に何時会えるかわからない以上逃したくない。

 

(てかそれ以上に逃げられる気がしないんだけどな)

 

奴の実力からしてそう簡単に逃げられる訳はない。影の中に逃げようにもその前に攻撃を食らう可能性があるし。

 

(……こうなったら引き気味に戦ってクインヴェールの生徒会用観覧席まで誘導して3人がかりで挑むか?)

 

恋人2人に頼むのは情けないかもしれないがそれが今の俺が取れる最善の策だろう。特にオーフェリアの毒、相手の身体や星辰力に干渉する毒があればヴァルダからウルスラさんを取り戻せる可能性もあるし。

 

となると問題は……

 

(どうやって誘導するか、だな……)

 

奴もバカではない。途中で絶対に誘導に気がつくだろう。そうなったら2度と誘導は出来ないだろう。

 

そう思いながらヴァルダを見る。向こうも色々と手を考えているようだ。

 

……仕方ない。ここは一気に誘導しないでとにかくゆっくり、ほんの少しずつ誘導しよう。

 

手持ちの武器は殺傷能力のない超音波弾を放てるレッドバレットだけ。黒夜叉はさっき投げたから手元にはない。結構厳しいな……

 

そう判断した俺は自身の影に星辰力を込めて

 

「影の刃軍」

 

そして……

 

「影の鎖」

 

自身の影から影の刃軍と鎖を出して時間差でヴァルダに放つ。それと同時に腰のホルスターからレッドバレットを抜いてヴァルダに向ける。

 

「小賢しい」

 

ヴァルダはそう言って再度黒い輝きを両手に集約させて巨大な扇子を作り振るう。すると案の定、影の刃軍は全て破壊される。

 

しかし影の刃軍は破壊されても影の鎖は時間差で攻めたから壊れてはいない。

 

扇子を振り切って隙が出来ているヴァルダの両手足に一直線に向かって飛び、そのまま拘束する。

 

「ちっ……小細工を」

 

ヴァルダは舌打ちをして鎖を引きちぎろうとする。鎖からはミシミシと音が聞こえてくる。シルヴィの師匠の身体を持っているヴァルダなら簡単に破壊できるだろう。

 

しかし破壊するまでに少しの隙があるので俺は手に持つレッドバレットの引き金を10回引く。いくら射撃能力が高くない俺でも動きが止まっている標的には当てられる。

 

よって俺が放った弾丸は全てヴァルダに当たり、若干不快そうな表情を見せてくる。

 

(やっぱり10発じゃ足りない……後2、30発くらい当てないと戦闘に支障が出ないだろうな)

 

レッドバレットの超音波弾の威力はフェアクロフ先輩のダークリパルサーに比べて格段に低い。10発当てて乗り物酔いくらいのダメージしか与えられない。

 

相手の動きを止めるにはもっともっと打ち込まないといけないだろう。

 

そう思って改めて銃口をヴァルダに向けるも、それと同時にヴァルダが両手足の動きを止めていた影の鎖を引きちぎった。

 

それと同時に再度影に星辰力を込めようとした時だった。

 

(早っ!?)

 

ヴァルダが瞬時に俺との距離を詰めて蹴りを放ってくる。その速度は瞬間移動としか思えない。シルヴィ以上の速さだ。

 

俺は腕でガードするも、腕に圧倒的な衝撃が走る。パワーも一級品かよ!星露との訓練が無かったら先ず負けていたな。

 

そう思いながら俺は反射的に蹴りを放とうとするが……

 

「ぐうっ……!」

 

頭に激痛が走り動きが鈍ってしまう。見るとヴァルダの首にあるネックレスが黒い輝きを放っていた。

 

(しまった……!奴の体術に危険性を感じて反射的に反撃しちまった……!)

 

ヴァルダのネックレスは射程が短いのは知っているので距離を詰められるのは厳禁である。

 

わかってはいたが、奴の体術を前にして下手な後退は悪手と思ってつい反撃をしてしまった。ここは多少のダメージを覚悟してでも後退するべきだったのに……!

 

そして動きが鈍った俺の隙を目の前にヴァルダが見逃す筈もなく……

 

「かっ……!」

 

俺の鳩尾に拳を叩き込んできた。しかも昨日暁彗に殴られた箇所を。

 

余りの激痛に気が飛びそうになったが、ヴァルダの拳によって吹き飛ばされた俺は壁に激突した痛みによって気絶するのを免れた。

 

しかし余り意味はないだろう。何故なら……

 

「……どうやら本当に全力を出せないようだな」

 

ヴァルダが既に俺の目の前にいるからだ。一応身体は動かせるが動こうとしたらヴァルダは即座に潰しに来るだろう。

 

そう思っている時だった。

 

 

「ぐうぅぅぅっ……!」

 

更に頭の中に強い痛みが襲ってくる。まるで頭の中をかき乱しているようで考える事すら至難の技である。

 

そんな中ヴァルダは俺に手を向けて……

 

「さて……余り時間に余裕もないし今の内に洗脳をしておくか。オーフェリア・ランドルーフェンについては後日引き入れよう」

 

そう口にしてくる。

 

それを聞いた俺は反射的に立ち上がろうとする。それだけはダメだ。オーフェリアをあんな場所に戻してなるものか。絶対に……!

 

しかし根性論だけではどうにもならず、立ち上がろうとするも更に激しい頭痛がして感覚が無くなってきた。

 

(畜生……ここまでか……!)

 

そう思った次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何してんだ、あぁん?」

 

後ろからドスのきいた声が耳に入ると同時に俺の真横に一陣の風が吹いた。

 

そして……

 

「がはっ……!」

 

轟音とヴァルダの呻き声が聞こえ、間髪入れずに頭から頭痛が消える。まだ倦怠感は残っているが凄く楽になっていた。

 

頭痛が消えた事に安堵しながら正面を見ると2つの人影があった。

 

1つは先程まで相対していたヴァルダ。殺意の混じった目をこちらに向けていた。

 

そしてもう1つは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の息子に手ぇ出すとは良い度胸じゃねぇの?殺すぞクソジャリ」

 

俺の知る限り、世界で一番恐ろしいと思う女性、すなわち俺の母親が殺意を剥き出しにしながらヴァルダと向き合っていた。

 

 



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その時比企谷八幡は……

俺は今呆気に取られている。

 

理由は簡単。宿敵であるヴァルダと相対して、その際に洗脳されそうになったが予想外の人物が助けてくれたからだ。

 

その人物は……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お袋……?!」

 

俺の母親である比企谷涼子だった。しかしいつものように怠そうな雰囲気は微塵も出しておらず、殺意を剥き出しにしながらヴァルダを見ている。

 

「よう馬鹿息子。覇軍星君と戦ったり女装したり、妙な奴と戦ったりと中々学園祭を楽しんでるみたいじゃん」

 

お袋は俺の方を見ずにそう言ってくるが……

 

……ちょっと待て。女装したりって……もしかしてバレたのか?!

 

最悪だぁぁぁぁっ!よりによって親にバレるとか死ねるわ!しかもお袋にバレたって事は小町にもバレてるかもしれない!マジでどうしよう……

 

(って、それに関しては今は後回しだ)

 

女装については何とかして誤解を解くつもりだが今は後だ。

 

「……お袋は何でここにいるんだ?」

 

先ず第一に気になった事を聞く。俺はお袋から学園祭に行くなんて連絡を受けてないし、こんなVIP専用の観覧席が多い階層で偶然会うとは思えない。

 

「ああ。さっき一般用の観覧席で空いている席を探してたら、専用の観覧席にいるシルヴィアちゃんに見つかったみたいで一緒に見ませんかって連絡が来たんだよ。そんでその階層に行ったらあんたがあのクソジャリと戦ってピンチになってたって訳」

 

ヴァルダをクソジャリ呼ばわりって……やっぱりお袋怖過ぎる……

 

そう思っているとヴァルダが視線を俺からお袋に向ける。

 

「そこをどけ。用があるのは比企谷八幡であって貴様ではない。洗脳の邪魔をするな」

 

「あん?だったら私を倒してから洗脳するんだな」

 

お袋はヴァルダに低い声でそう返す。その身体からはビリビリとした威圧感が放たれていて、思わず喉を鳴らしてしまう。

 

(マジかよ……お袋の威圧感からして暁彗やシルヴィより遥かに強いぞ……!)

 

初めて見る本気のお袋の威圧感。あのヘルガ・リンドヴァル隊長とやり合える実力というのはマジみたいだ。

 

「お袋……多分奴のネックレスは頭や精神に干渉するタイプの純星煌式武装だ。射程距離が短いのが欠点だが、あいつの身体はシルヴィの師匠でハイスペックだから気を付けろ」

 

「……シルヴィアちゃんの?あいつの身体はって事は精神を乗っ取られてるって感じ?」

 

「ああ。シルヴィがずっと探している人間なんだ。でも殺すつもりで行った方が良いけどな」

 

奴くらいの実力者なら手加減はしない方が良い。殺すつもりで行って漸く倒せるって所だろう。

 

「元からそのつもりだ。とりあえず八幡、お前は足手まといだから前に出んな。戦いたいんだったら援護に徹しな」

 

……その通りだな。今の俺が前衛に居ても足手まといだ。

 

(仕方ない、俺はとにかくヴァルダの動きを制限する事に集中しよう)

 

そう思いながら俺は後ろに下がり自身の影に星辰力を込める。これでいつでも影から攻撃出来る。

 

それと同時にお袋はポケットから緑色のマナダイトがはめ込まれた指ぬきグローブを取り出して自身の両手に装着する。

 

すると指ぬきグローブから光の刃が左右からそれぞれ3本、計6本の光の刃が虚空から伸びた。

 

(……出たなお袋の煌式武装『狼牙』、直で見るのは初めてだな)

 

かつてお袋がアスタリスクにいた頃に愛用していた煌式武装で、王竜星武祭決勝でも使っていたお袋の相棒と言っても良い煌式武装。

 

お袋が『狼牙』を構えるとヴァルダも似たような構えを取りお袋と向き合う。お互いに様子を見て一瞬でも隙を見せるのを待っているのだろう。

 

しかしどちらも強者、簡単に隙を見せる筈もない。そうなると長期戦になるが、ヴァルダとしては他の人が来たらマズいだろうから……

 

「……!」

 

短期決戦で仕留める為にお袋に突っ込む。ヴァルダは『無理に攻めずに敵の隙を探る』戦術ではなく『多少無理な攻めをしてでも相手の隙を作る』戦術を選んだようだ。

 

そして首のネックレスから黒い輝きが見える。それと同時にお袋の顔が若干歪むものの……

 

「はっ!」

 

お袋がそう叫んで左手に装備している『狼牙』を振るう。すると『狼牙』から緑色の光が生まれ、光が一際輝くと白い斬撃が『狼牙』から放たれる。

 

その斬撃は一直線にヴァルダに向かっていき、当たる直前で消え失せ次の瞬間……

 

「ぐっ……」

 

「小癪な真似を……!」

 

不快な音が生まれ、俺の頭に頭痛が走る。見るとヴァルダも少しだが不愉快そうな表情を浮かべている。

 

(これが『狼牙』の左の力……高密度の超音波の斬撃)

 

『狼牙』は左右で効果が違い、右は普通の斬撃、左は超音波の斬撃を放つ能力を持っている。先程ヴァルダか使ってきたネックレスに比べたら大分マシだがそれでも充分な威力だ。

 

超音波の斬撃は相手の隙を作るという点では強力だが、『狼牙』は鉤爪型と中々使う機会のない煌式武装なのでお袋以外にマトモに使っているのは見たことがない。

 

そんなヴァルダを見たお袋は今度は右手に装備している『狼牙』を振るう。今度は普通の斬撃で狙いはヴァルダの首にあるネックレスだ。

 

高速で放たれた斬撃は首にあるネックレスに埋め込まれているウルム=マナダイトと思われる石に直撃する。

 

すると石からは苦悶のような音が聞こえて、黒い輝きが弱くなった。おそらくウルム=マナダイトに当たったので出力が鈍ったのだろう。

 

そう思った瞬間、お袋は瞬時にヴァルダとの距離を詰めて蹴りを放つ。

 

対するヴァルダは自身の手でそれを防ごうとするものの、ぶつかる直前にお袋は即座に蹴りの軌道を変えてヴァルダの足に蹴りを入れる。

 

「悪いがその純星煌式武装を使える隙なんて与えないよ」

 

そして間髪入れずに左の『狼牙』を振るって超音波を放つ。それによって俺とヴァルダには再度頭痛が走り、黒い輝きには揺らぎが生じている。

 

さっきウルム=マナダイトに当たって輝きが弱くなった事などから、奴の純星煌式武装はウルム=マナダイトに直接干渉される事や集中力を乱される事に弱いのか?

 

 

お袋は学生時代から『狼牙』の超音波対策として特殊なピアスを耳に付けているから効かないが俺やヴァルダからしたら厄介極まりないものだ。

 

「調子に乗るなよ……!」

 

ヴァルダは不快な表情を浮かべたまま神速の拳を放ってくる。シルヴィの師匠だけあってシルヴィの拳とそっくりだ。

 

だが……

 

「遅い」

 

お袋は特に表情を変えずにその拳を左手でいなして、右の『狼牙』を振るって斬撃を放つ。

 

対するヴァルダは身を屈めてそれを回避すると同時に後ろに跳ぶ。おそらく一度体勢を立て直して、例のネックレスを使うつもりだろう。

 

だが……

 

「させねぇよ、影の鎖」

 

体勢を立て直させる訳にはいかない。俺は自身の影から黒い鎖を大量に顕現してヴァルダの動きを封じに向かう。

 

影の鎖は一直線にヴァルダの四肢を捉えようと動く。

 

「小癪な……!」

 

ヴァルダは舌打ちをしながら自身の身体に星辰力を纏わせ回転する事で影の鎖を全て破壊する。時間にして1秒もないだろう。50を超える鎖を1秒以内に全て破壊したのは素直に凄いと思う。

 

……が、お袋が目の前にいる状態で1秒の隙は大き過ぎるだろう。

 

お袋は瞬時にヴァルダとの距離を詰めて足を振り上げる。対するヴァルダはネックレスを光らせ黒い輝きを放つ。それを見た俺は焦りの感情が浮かんだ。

 

(ヤバい……!)

 

あの輝きの強さからして、かなりの頭痛が来るだろう。さっき俺も食らったがマトモに思考をする事が出来なかったし。

 

そう判断した俺は自身の影にお袋を引っ張りヴァルダから距離を取らせるように命令した時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!痛ぇな……!」

 

何とお袋は苦悶の表情と声を露わにしながらも、動きを鈍らせることなくヴァルダに蹴りを放ち切った。

 

「馬鹿なっ……!」

 

これにはヴァルダも予想外だったようで驚きの表情を浮かべながら、轟音と共に後ろに吹き飛んで壁に激突した。

 

それと同時にお袋は後ろに跳んで俺の横に立ち、頭に手を押さえてよろめく。その表情は苦痛に満ちている事ならヴァルダの黒い輝きを無理して耐えた事が簡単に理解出来た。

 

(お袋は暫く動かす訳にはいかないな……だから俺が……!)

 

幸いヴァルダはお袋の一撃を食らって朦朧としている。今なら……

 

「影の刃」

 

俺がそう呟くと影から黒い刃を2本出してヴァルダに放つ。狙いはヴァルダの首にあるネックレスの紐部分だ。

 

「貴様……!まさか……?!」

 

向こうもそれに気がついたのか初めて焦りの表情を見せるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅えよ……!」

 

俺の影の刃はそれより早く片方は宝石を刺して、もう片方はネックレスの紐を切った。

 

すると……

 

「貴様……!この身体を奪うのが目的だったのか……!」

 

ネックレスから放たれていた黒い光が徐々に弱くなり、それと同時にヴァルダの身体から黒い色をした何かがネックレスのウルム=マナダイトと思われる宝石に吸収されていく。

 

するとヴァルダの表情は徐々に苦しくなっていくのが見える。理屈はわからんがおそらくヴァルダの精神がネックレスに戻っているのだろう。

 

ヴァルダからネックレスを切り離せばヴァルダの精神の乗っ取りから解放されると思って紐を切ったが間違ってはいないようだ。

 

そして……

 

「……覚えておけ……!次の身体を手にした時は貴様を殺す……!」

 

その言葉を最後にヴァルダから放たれた黒い色はネックレスに全て吸収されて、ヴァルダはネックレスが地面に落ちると同時にパタリと地面に倒れこんだ。見る限り動く気配はない。

 

とりあえず今は……

 

俺は影から手を生み出して倒れている身体を引き寄せる。そして失礼だが胸ーーー心臓がある箇所を触り……

 

(……心臓は動いているし寝息も聞こえる。とりあえずは生きてるな)

 

安堵の息を吐いてからお袋の方を向く。

 

「お袋、大丈夫か?」

 

そう尋ねる先にいるお袋は未だに苦悶の表情を浮かべていた。

 

「……何とかね。ただ蹴りを入れる直前に食らった黒い輝きが頭を乱しまくったから身体がフラフラするね」

 

そう言ってよろめく。どうやらお袋も限界みたいだ。まああの黒い輝きを近距離で食らってその状態で蹴りを放つなんてふざけた芸当をしたから仕方ないっちゃ仕方ないが。

 

「……とりあえずヴァルダ……じゃなくてウルスラさんを治療院に連れて行かないとな」

 

「ウルスラってのがシルヴィアちゃんの師匠の名前なの?」

 

「ああ。そんであのネックレスが精神を乗っ取っているんだと思う」

 

そう言って俺は影から腕を出して地面に落ちてあるネックレスを取って手元に引き寄せる。

 

そして改めて左手にあるネックレスを見ると、如何にも機械的で巨大な宝石を中央に配した意匠は不気味で仕方ない。

 

(だが……これでシルヴィの師匠を取り戻せた)

 

「とりあえずこいつはどうしようか?」

 

問題はこのネックレスだ。純星煌式武装と思えるこいつを放置する訳にはいかない。

 

「んじゃヘルガにでも渡した方が良いんじゃない?」

 

警備隊長か……まあそれが妥当なところだろう。

 

「……そうだな。じゃあ渡しに行くか」

 

「それは私が行くからあんたは彼女をシルヴィアちゃんの所に連れて行きな」

 

「良いのか?」

 

「ああ。さっきヘルガと連絡先を交換したし渡しとくよ。ほれ」

 

お袋はそう言って手を差し出してくるので、俺はお袋に手渡す為にお袋に近寄った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは困るから阻止させて貰うよ」

 

その時だった。いきなりそんな声が聞こえてきたと思ったら俺の横から一陣の風が吹いた。

 

俺は反射的に風が向かった先を見ると……

 

(処刑刀……!)

 

そこには以前オーフェリアを賭けて戦った仮面の男ーーー処刑刀がいてさっき俺が奪ったネックレスを持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の左手ごと。

 

それを認識した瞬間、俺は自身の左手のうち左手首から先が無くなっている事を理解して……

 

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

大量の出血と共に絶叫を上げた。

 



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こうして学園祭が終了する

「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

鮮血と共に俺の絶叫が響く。視線の先には左手首から先が無くなっている左手がある。

 

痛みと共に今のところに状況を理解する。

 

お袋と共にヴァルダを倒し、奴の精神をシルヴィの師匠であるウルスラさんから追い出して、奴の精神が入っているネックレスを持っていたらヴァルダの仲間である処刑刀に左手ごと奪われたのた。

 

それを理解した俺は急いで影に星辰力を込めて、影を腕に纏わせて義手を作り上げる。

 

激痛は止まらないがとりあえず出血を止めれたから良しとしよう。

 

そう思いながら顔を上げると、処刑刀が左手に『赤霞の魔剣』を持ちながら右手で俺の手を投げ捨ててネックレスを懐にしまい込む。どうでもいいが人の手を捨てるな。

 

その時だった。

 

 

お袋が瞬時に距離を詰めて右の『狼牙』を振るい斬撃を飛ばす。対する処刑刀は『赤霞の魔剣』を軽く振るってで斬撃を断ち切る。

 

しかしお袋は予想していたかのように蹴りを数発放つ。さっきまで頭痛に苛まれていたとは思えないくらいの速さだ。

 

しかし処刑刀も桁違いの実力者であるので『赤霞の魔剣』の腹で受け止めたり、バックステップで全てを回避する。

 

そして反撃とばかりにお袋の首を刎ねるべく袈裟斬りを放つ。対するお袋は軽く身体を低くしてそれを回避してから返す刀で膝蹴りを処刑刀の腹に当てる。

 

すると処刑刀は後ろに吹き飛ぶが直ぐに着地して『赤霞の魔剣』を構える。

 

「……流石は『狼王』、警備隊長と違って一線を退いていてもこの力……本当に恐ろしいね」

 

処刑刀はそう言ってお袋を褒めているが何処かしら余裕がある。その事から向こうも桁違いである事が簡単に推測出来る。

 

対するお袋は俺とウルスラさんを庇うように立ち……

 

「八幡、その傷じゃキツイかもしれないが、その人連れて死ぬ気でここから離れろ。……こいつは強い」

 

いつもと違って固い口調でそう言ってくる。お袋がこんな風に真剣な表情をするのは初めて見る。

 

ここはお袋の言う通りにした方が良いだろう。俺自身意識が朦朧としているし、ウルスラさんも守らないといけないからな。

 

だから俺が了承しようとした時だった。

 

「ふふっ……私は目的の物は取り戻せたし引かせて貰うよ……まあ彼女を奪われたのは痛いが、これ以上戦って私の正体を知られる訳にはいかないからね」

 

そう言ってウルスラさんを見ているので俺は残った僅かな星辰力を影に注ぎ込んでウルスラさんに纏わせる。奴の『赤霞の魔剣』の前では殆ど意味がないかもしれないが無いよりマシだろう。

 

てか漸く取り戻せたんだ。絶対に渡す訳には行かない。

 

しかしマジでこいつは誰なんだ?どっかで見た事もあるし聞いた事のある声なんだが……前回と違ってヴァルダの認識干渉がないからわかりそうなんだが……

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あん?逃げられると思ってんのか?殺すぞ」

 

言うなり、お袋から圧倒的な星辰力を噴き出しながらそう返す。その力はありとあらゆるものをすり潰すとばかりに重々しい力だった。

 

今まで俺は何度もお袋の星武祭での記録を見たがここまで凄い力は出していなかった。

 

つまり……

 

(全力を出さずに王竜星武祭を二連覇したって事かよ……!)

 

改めてお袋の強さに戦慄してしまう。今わかった、俺のお袋は別種の存在ーーーオーフェリアや星露を除いた人間の中でも最上位に位置する人間だ。

 

それに相対する処刑刀はお袋の意見に頷く。

 

「……そうだね。今の貴女を前にしたら逃げるのは無理だろうね」

 

そう言って彼は一息吐き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今の私なら、ね」

 

次の瞬間だった。

 

「……あん?」

 

「なっ……?」

 

処刑刀の周囲に複数の魔法陣とそこから伸びた縛鎖が顕現して、処刑刀がそれを振るうと縛鎖は一瞬で粉々に砕け散って消え失せる。

 

すると処刑刀の身体から禍々しく圧倒的な鬼気が放たれる。そのプレッシャーは次元が違う。お袋のプレッシャーがありとあらゆるものをすり潰す物と言うなら奴のプレッシャーはありとあらゆるものを食い潰すような物である。

 

そしてあの魔法陣と縛鎖。俺はそれを知っている。アレは……

 

(天霧が封印を解除する時の……!)

 

何度か見たが間違いない。アレは天霧が封印を解除する時とそれと同じ物だ。

 

(何で奴が……!アレは確か天霧の姉ちゃんの力だったはず……っ!)

 

そこで俺は以前ディルクが天霧に天霧遥は蝕武祭に出ていたと言った事を思い出した。確証はないがその時に彼女が戦った人間が処刑刀なのかもしれん。

 

以前天霧から姉ちゃんは自分より強いと言っていた。天霧より強い姉ちゃんを倒せるのは蝕武祭でもそうはいないだろう。

 

それこそ、目の前で圧倒的なプレッシャーを出すような男でもない限り。

 

(いや……それは今どうでもいい。問題は今の奴の力はヤバいって事くらいだ)

 

天霧のそれと同じ物ならば今奴は封印を解除した状態、つまり以前俺と戦った時より遥かに強いということを意味する。

 

コレは……マジでヤバいぞ。

 

そう思いながら俺がウルスラさんを抱き抱えながら後ろに下がる。腕に激痛が走るが泣き言は言っていられない。

 

そんな中、お袋は『狼牙』を構え……

 

 

 

 

 

 

「死ね」

 

瞬時に処刑刀の懐に潜り込む。その速さは週一で星露とやり合っている俺でも微かにしか見えない速さだ。おそらく暁彗よりは速く、下手したら星露に届き得るくらいだ。

 

対する処刑刀も封印を解除したからか易々と後ろに下がって『赤霞の魔剣』を振るう。控えめに言ってその剣速もお袋の身体能力同様尋常じゃないくらい速い。はっきり言ってアスタリスク最強の剣士であるフェアクロフさんより速い。

 

しかしお袋は紙一重でそれを避けて右の『狼牙』を振るい、『赤霞の魔剣』の横っ腹に斬撃を飛ばす。

 

すると快音と共に『赤霞の魔剣』が横に弾かれる。それと同時にお袋は再度右の『狼牙』を振るおうとする。

 

その時だった。お袋がいきなりしゃがんだので何事かと思ったらさっきまでお袋の首があった場所に『赤霞の魔剣』が振るわれていた。

 

どうやら処刑刀は力づくで弾かれた『赤霞の魔剣』を引き戻したのだろう。

 

何つー膂力だ。剣速といい身体能力の高さといい、マジでヤバ過ぎる。しかも四色の魔剣を持っている事から冗談のような存在である事を改めて理解してしまう。

 

そう思った時だった。処刑刀はお袋の拳をいなして後ろに下がると……

 

「……っ!」

 

不意に処刑刀の目と合った。そして俺は戦慄と寒気を感じた。目が合ったのは偶然かもしれないが何となく嫌な予感が……!

 

処刑刀は俺の予想に違わず、『赤霞の魔剣』に星辰力を込める。それによって『赤霞の魔剣』には尋常じゃないくらい不気味な光が宿る。

 

(まさかアレを俺とウルスラさんに……?!)

 

奴の構えからして狙いはお袋ではなく俺とウルスラさんだろう。俺は満身創痍でウルスラは気を失っている潰すのは容易だろう。

 

すると……

 

「ちぃっ……!悪い八幡!」

 

お袋は舌打ちをして処刑刀から距離を取ってそのまま俺とウルスラさんを掴んで後ろに放り投げる。

 

乱暴な投げ方だが文句は言わない。お袋が俺とウルスラさんを処刑刀から引き離してくれなければ、俺とウルスラさんは『赤霞の魔剣』の錆になっていただろうし。

 

(とにかく今はウルスラさんに怪我をさせないようにしないと……!)

 

俺は空中で半ば無理矢理ウルスラさんを抱きしめて着地に備える。するとそれと同時に俺の背中が地面にぶつかり全身に激痛が走る。

 

しかし俺はその痛みを無視して身体を起こす。今はウルスラさんが無事なら問題ない。

 

そう思いながら処刑刀を見ると処刑刀は近くにある窓を開けて、

 

「ではこれで失礼させて貰うよ。これ以上は私の正体がバレそうなのでね」

 

一言そう言って窓から降りた。さっき奴が俺とウルスラさんを狙おうとしたのは、逃げる為にお袋の意識を俺とウルスラさんに向けさせる為だろう。

 

それを認識すると同時に俺の意識は朦朧としてきた。奴が居なくなった事による安心の所為だろう。

 

「お……まん!しっかり……!」

 

少し離れた所からお袋が駆け寄ってくるのを見たのを最後に、俺の視界は真っ暗となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ」

 

「何テンプレみたいな事言ってんだい?」

 

目を開くと見覚えのない天井が目に入ったので思わずそう呟くと横から聞き覚えのある呆れた声が聞こえたので右を見ると……

 

「……お袋。ここは何処だ?」

 

そこにはお袋が声同様呆れた表情を俺に向けてくる。

 

「漸く起きたかい。全く心配かけやがって……ここは治療院だよ」

 

お袋に今いる場所は治療院と言われると、俺は自身の左手首から先が無くなっている事を理解した。包帯が巻かれていて痛みは感じない事から痛み止めの麻酔でも打っているのだろう。

 

(そうだ……確か俺は処刑刀に左手を斬り落とされて……っ!そうだ!)

 

「お袋!ウルスラさんは大丈夫なのか?!」

 

とりあえず処刑刀の事は後回しだ。俺もお袋も生きている以上奴は捕まったか逃げ切れたかのどちらかだろう。

 

「ああ、あの人なら無事だよ。今はあんたと違う病室で寝てる」

 

「そっか……良かった」

 

シルヴィの師匠を取り戻すのは俺の目標だった。それが叶った事を理解すると本当に嬉しかった。

 

そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「他人の心配より自分の心配しな。シルヴィアちゃんとオーフェリアちゃん、メチャクチャ泣いてたよ」

 

そう言われると胸の内にあった喜びの感情は一気に吹き飛んだ。

 

「……マジで?」

 

「ああ。あんたが気絶した直ぐ後に2人がやってきて、あんたの状態を認識すると同時にガチ泣きしたよ」

 

……マジか。それは悪い事をしたな。2人が涙を流す所なんて想像するだけでも胸が痛くなる。

 

「そうか……ところでその2人は?」

 

周りを見る限り病室にはお袋だけしかいない。

 

「シルヴィアちゃんは師匠の状態についてコルベルのジジイに呼び出されていて、オーフェリアちゃんはあんたの着替えとか入院に必要な物を取りにあんた達の愛の巣に帰ってるよ」

 

「何か色々突っ込みたい所はあるが2人がここにいない理由は納得した」

 

そう言って俺は一息吐く。俺は今最愛の2人にどう謝ろうか悩んでいる。勝手に突っ走って腕を斬り落とされ……間違いなく2人を悲しませる事になるだろう。

 

そう思った時だった。いきなり扉が開く音がしたので横を向くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーフェリア、シルヴィ……」

 

入口に最愛の恋人2人が呆然と立ち尽くしていた。オーフェリアの手には俺の着替えらしきものが、シルヴィの手には書類のようなものとそれぞれ別の物を持っているが、2人とも目は泣き腫らしたように真っ赤になっていた。

 

2人は呆然と立ち尽くしているもののそれも一瞬のことで……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)!」」

 

2人は荷物を地面に落として俺に駆け寄って、俺の顔に詰め寄ってくる。

 

「良かった……目が覚めて良かったよ……!」

 

「心配かけさせて……八幡のバカ……!」

 

そう言いながら涙を零し俺の服を濡らす。それを見た俺は胸に痛みが走る。その痛みは腕を斬り落としされた時に匹敵するくらいの痛みだった。

 

そう思う中、お袋は無言で立ち上がり病室から出て行った。おそらくオーフェリアとシルヴィを気遣ってだろう。

 

そんな中、2人は更に涙を零し……

 

「……ウルスラを取り戻してくれたのは感謝するけど……無茶し過ぎだよ…………!」

 

「無理しないで直ぐに私達を呼びなさいよ、バカ……!」

 

俺の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。……ああ、本当に最悪な気分だ。

 

そう思いながら俺は未だに残っている右手で2人を強く抱き寄せてから、ゆっくりと頭を撫でる。

 

「……済まん」

 

「……ぐすっ……八幡君っ……!」

 

「バカ……バカ……!」

 

それから俺は2人が泣き止むまで30分ずっと2人の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫か?」

 

「……ええ、何とか」

 

「うん。少し落ち着いたよ」

 

そう言われたので抱擁を解く。すると2人は俺から離れて俺を見てくる。目を見ると泣き腫らした跡は強く残っているがとりあえず話が出来るくらいには落ち着いているだろう。

 

「全く……あんまり彼女を泣かすんじゃないよ?」

 

病室に戻ってきたお袋は俺に呆れ顔を向けてくる。ごもっともだな。

 

「ああ。とりあえず心配かけて済まなかったな」

 

「……次からは止めてね」

 

「うん。それより何があったか聞いていいかな?涼子さんからは八幡君がヴァルダに襲われて洗脳されそうになってピンチだった所より後の事は聞いたけど、それより前の事は知らないから」

 

まあ左手を失うまでの事態になったんだ。全部話さないと納得はしないだろう。

 

「ああ。実はだな……」

 

そう言って俺は観覧席に行こうとした時にヴァルダと再会して勧誘された事を話した。

 

「そんでピンチになっていた所を……」

 

「私が助けたって訳だね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

お袋が居なかったらマジで危なかった。下手したら俺自身も洗脳されて奴らの仲間になっていただろう。

 

「そっか……でも八幡君や星露を勧誘して何をするんだろう?」

 

「さあな。とりあえず解るのは碌でもない事だな」

 

少なくともディルクと組んでいる時点でマトモな人間と思ってはいけないだろう。

 

「……どうでもいいわ。次に会ったら絶対に殺すわ」

 

オーフェリアはそう言って殺気を剥き出しにする。その表情は憤怒に染まっていた。これ以上この話をするのはヤバそうだから話を逸らそう。

 

「ま、まあそれは後で良い。それより俺の腕についてだが……治療院の判断はどうなんだ?」

 

「……院長曰は義手を作るって言っていたわ。だから八幡、明日から暫く入院生活よ」

 

「あ、それと廊下でヘルガから連絡があって後日あんたに事情聴取がしたいらしいよ」

 

「わかった。じゃあ明日で大丈夫と伝えておいてくれ」

 

「はいよー」

 

お袋がそう返事した時だった。

 

『本日の面会時間終了10分前です。面会に来ているお客様は後退出の支度をお願いします』

 

病室にそんなアナウンスが響いた。

 

「……詳しい話はまた明日だね。んじゃ出るわよ2人とも」

 

お袋はそう言って病室の外に向かう。

 

「……そうね。行きましょうシルヴィア」

 

「そうだね。あ!最後に八幡君」

 

「どうしたシルヴィ?」

 

「うん……あのね……」

 

俺がそう尋ねるとシルヴィは俺に顔を近づけて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

そっと唇を重ねてくる。俺の目には涙が浮かんだシルヴィの美しい瞳しか目に入らない。

 

シルヴィは数秒キスすると俺から離れて……

 

「ウルスラを取り返してくれて本当にありがとうね、八幡君」

 

今まで見た中で最も美しい笑顔を見せてくる。

 

俺はその笑顔に声を失ってしまう。

 

この笑顔が見れたのなら左手を失った意味もあるかもしれない。だから俺は……

 

「どういたしまして」

 

そう言って未だ無事な右手でシルヴィを引き寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

「んっ……」

 

 

そっとキスを返した。

 

その様子を見ていたオーフェリアは微笑ましい表情を、比企谷涼子はニヤニヤした笑いを浮かべて2人を面会時間終了まで見守り続けた。

 

 

 

こうして俺達の学園祭は終了した。




次回は入院編です。

イチャイチャしたりラッキースケベがあったりするのか?!


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比企谷八幡は入院する(前編)

「……そういう訳で、義手を作る方が合理的だが異論はないか?」

 

「わかりました、よろしくお願いします」

 

アスタリスク中央区にある治療院、そこの病室の一室にいる俺は院長であるヤン・コルベルの話を聞いて了承する。

 

学園祭最終日である昨日、俺は処刑刀に左手を斬り落とされて入院する事になった。イベントが行われていたシリウスドーム、それもステージ以外で戦闘を行われた上、レヴォルフの序列2位である俺の腕が斬り落とされた事によりネットではかなり騒がれている。

 

ニュースを見た所、何故か俺達が戦っている箇所を記録する監視カメラの映像だけ無くなっていたらしい。その事から奴らのバックには相当厄介な連中がいると思われる。

 

そして俺の左手首から先の部位は警備隊に回収された。

 

しかし院長によると切り口がボロボロになっていて普通にくっつけると日常生活に支障が出るので義手にした方が良いと言われたので俺は義手にする事を選んだ。

 

「ふんっ……これから2日かけてお前に義手を付ける。その後日常生活に支障が出ないように訓練をして、それが出来たら退院だ」

 

治療院の首領である院長がこう言った以上、訓練が完了するまでは退院出来ないという事になった。

 

そう思っていると院長が病室から出ようとしているので俺は慌てて止める。

 

「あ、院長。1つ良いですか?」

 

「何だ?」

 

義手を作る際に俺はどうしても頼みたい事がある。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「義手には是非小型銃型煌式武装や毒針を仕込んでいただきたいのですが」

 

「知らんわ!」

 

院長は怒鳴って病室を出て行った。

 

ダメか……義手と言ったら仕込み武器がお約束なのに……

 

若干、いやかなりガッカリしながら窓を見る。外は昨日までと違って大雨が降っていた。その雨は学園祭が終わるまで我慢していて、今我慢が解き放たれたようにも見える。

 

(やれやれ……とりあえず義手が出来るまで時間あるし本でも読むか)

 

昨日オーフェリアが面会の時に持ってきてくれた文庫本を手に取って読み始めようとした時だった。

 

 

 

「……八幡、お見舞いに来たわ」

 

横からドアが開く音が聞こえたので振り向くと恋人の1人であるオーフェリアが手荷物を持ってやって来た。

 

それを見た俺は本を置いてオーフェリアを迎える。

 

「おう、来てくれてありがとな」

 

「恋人が怪我してる以上当然よ。それとシルヴィアは夕方に来るって言っていたわ」

 

「そうか、わかった」

 

まあシルヴィは今日雑誌の取材と統合企業財体のお偉いさんへの挨拶と色々忙しいからな。学園祭を楽しむ為に3日も休みを取った以上仕方ない。寧ろそんな多忙の中、見舞いに来てきれると知ってこの上なく嬉しい。

 

「ええ、それで八幡、腕については……」

 

オーフェリアは口を濁して聞いてくる。別にお前が気にする事じゃないんだが……

 

「ああ。義手を作って貰う事にした。何でも俺自身の腕だと日常生活に支障が出るらしいし」

 

「……そう。でも少し残念ね」

 

「あん?何がだ?」

 

「だって義手にするって事は……その、結婚指輪が……」

 

あー、確かに結婚指輪は左手にはめるのが通例だ。義手になったらはめるのは無理だろう。

 

「わ、悪かった。そこまで考えが行かなかった」

 

俺がそう謝るとオーフェリアが慌てて首を横に振る。

 

「あ……ごめんなさい。八幡は悪くないから謝らなくて良いの。寧ろそんな小さい事を残念と思った私が悪いんだから」

 

「いや、女子にとってはそういうの重要なんだろ?本当に悪かった。なんなら今から義手の制作を止めるように「い、いいの。本当に気にしないで」……オーフェリア」

 

「お願いだから本当に気にしないで。それによく考えたら指輪が無くても私とシルヴィアは八幡と赤い糸で結ばれている事には変わりないのだから問題ないわ」

 

オーフェリアはそう言ってくるが……

 

「この馬鹿野郎……!そんな恥ずかしい事を言うなよ!」

 

顔が熱くて仕方ないんだが……!

 

俺がそう返すもオーフェリアは特に恥ずかしがる事もなく……

 

「でも事実でしょう?」

 

ハッキリとそう言ってくる。いや、まあ、確かに……2人以外の人間と結ばれるなんて絶対に嫌だ。そう考えるとオーフェリアの言っている事は的を得ている。

 

しかしだからと言って「そうだな、俺達3人は運命共同体だ!」ってハッキリと認めるほど振り切れている訳ではない。

 

「ま、まあそうかもな」

 

適当に言葉を濁して顔の熱を誤魔化そうとした時だった。

 

 

 

 

「邪魔すんぞー」

 

「お姉ちゃんノックしないとダメだよ……あ、八幡さん。お見舞いに来ました」

 

ウルサイス姉妹が病室に入ってきた。姉のイレーネがズカズカと入り込んで来て、妹のプリシラがペコペコ頭を下げて入ってきた。

 

向こうは俺の病室に入るとオーフェリアを視界に入れてギョッとした表情を見せてくる。まあいくら自由になったとはいえオーフェリアは未だに恐れられているから仕方ないっちゃ仕方ないが。

 

だから俺は2人の意識をオーフェリアから俺に向けるつもりで話しかけようとするも……

 

「よう。てっきり私達が一番乗りかと思ったぜ、『孤毒の魔女』」

 

その前にイレーネがオーフェリアに話しかける。口調は喧嘩口調だが、これはいつものイレーネの口調だから問題ないだろう。

 

「……当然よ。私は八幡の恋人なのだから誰よりも早く行かないと気が済まないわ」

 

「うわ……八幡同様普通に惚気てやがる……バカップル過ぎだろ」

 

「待てイレーネ。俺がいつ惚気た?」

 

「あん?てめぇ私と話す時に最低5回はオーフェリア可愛いって言ってるからな?惚気てるじゃねぇか?」

 

え?マジで?言った自覚がないから無意識のうちに言った事になるんですけど?

 

内心そう突っ込んでいると、

 

「……八幡。私の事を可愛いって思ってくれるなんて……私、本当に幸せだわ」

 

オーフェリアが頬を染めながら俺の右手を引っ張ってくる。何だその仕草?可愛すぎだろ?

 

「こいつらバカップル過ぎだろ……まあいいや。ほれ」

 

そう言ってイレーネは何かを手渡してくる。何かと見てみると今日発売のジャンプとコミックスだった。

 

「見舞い品だ。入院生活は退屈だしそれ読んで暇を紛らわしな。果物とかはプリシラが買ったから、プリシラ」

 

「あ、う、うん。八幡さん、どうぞ」

 

そう言ってプリシラは見事な果物かごを渡してくるので近くの机の上に置く。

 

「いや、わざわざサンキューな」

 

「勘違いすんじゃねーよ。プリシラが行く気満々だったから付いてきただけだからな!」

 

「え、お前それツンデ「あぁん?」……何でもありません」

 

ツンデレと言おうとしたらドスのきいた声を聞かされて思わず敬語になってしまった。でもお前って絶対にツンデレだろ?

 

「もー、お姉ちゃんったら!八幡さんは怪我人なんだし怒っちゃ駄目だよ!」

 

流石プリシラ、見事にイレーネを抑えてくれる。まさに天使だな。撫で撫でしたい。

 

そう思っていると服の袖を引っ張られたので横を見ると……

 

 

「…………」

 

オーフェリアがジト目をしながらこっちを見ていた。嫉妬かよ、てか何で考えている事がわかるんだよ?

 

「(悪かったって)」

 

「(……まあ、八幡は病人だから今は怒らないわ)」

 

良し、とりあえず今は怒られないから良しとしよう。内心安堵の息を吐きながらプリシラからの差し入れを丸かじりする。

 

「わ、悪かったよプリシラ。てゆーか八幡、お前誰にやられたんだ?お前の腕を斬り落とせる奴なんてアスタリスクでも5人もいないと思うぜ」

 

「ん?処刑刀って名前の男にやられた。正体は仮面を被っていたからわからん」

 

「……聞いた事ねーな。で、お前はそいつに恨まれる事でもしたのかよ?」

 

しまくっています。オーフェリアを奪ったり、ヴァルダからウルスラさんを取り返したりと色々やっています。

 

しかし俺は……

 

「まあ色々だ」

 

適当に誤魔化す事にした。ここで馬鹿正直に話したら2人にも危害が及ぶかもしれないので黙っておくことにした。

 

イレーネもそれを理解したのか鼻を鳴らして頷く。

 

「……ふーん。まあ何でもいいが程々にしとけよ。知り合いが死んじゃ目覚めも悪いしな」

 

「ああ、程々にしとくよ」

 

今回はウルスラさんを取り返す為に多少無茶をしたが、ウルスラさんを取り返した以上自分から向こうを叩きに行くつもりはない。腕を斬り落とした処刑刀には恨みはあるが、奴と戦うのはしっかり鍛えてからにするべきだしな。

 

 

 

 

「なら良いけどよ……あ、そういやあんたにも聞きたい事があるんだけど」

 

イレーネはそう言ってオーフェリアと向き合う。

 

「……何か用かしら?」

 

「いや大した事じゃねぇんだがよ、何であんたがアレを持っているんだ?」

 

アレとはおそらく『覇潰の血鎌』の事だろう。かつて『覇潰の血鎌』を持っていたイレーネとしては気になるのも仕方ないだろう。

 

「……ああ、アレね。簡単な話よ。アスタリスクに来る前の八幡が貶められる間接的な原因を作った雪ノ下陽乃に絶望を与える為に借りたのよ」

 

「お、おう。そうか……」

 

「アホ、お前は馬鹿正直に話すな」

 

呆れながらオーフェリアの頭に軽くチョップをする。ハッキリと言うな。イレーネも引いているし、プリシラに至ってはガタガタ震えてるしお前の話は怖過ぎるわ。

 

「……痛いわ」

 

「やかましい」

 

俺がそう言うとオーフェリアはジト目を向けてくるが、知らん。てか俺の為に怒ったとはいえアレはやり過ぎだから2度とやるなよ?

 

「全く……まあアレだ。聞いちまったもんは仕方ないけど余り広めないでくれると助かる」

 

実際、あの件についてはネットではかなり話題になっている。その話が更に広まったら間違いなく面倒な事になるに決まっている。

 

「はいよ……んじゃ長居してもアレだし、私らは帰るよ。行くぞプリシラ」

 

「えっ!あ、うん。では八幡さんお大事に」

 

「おう、またな」

 

俺が挨拶を返すと2人は病室から出て行った。それを見送った俺は手に持っている果物を口にする。うん、やっぱり美味いな。

 

そう思っている時だった。

 

「……それで八幡、さっきプリシラ・ウルサイスにデレデレしてた事についての説明をお願い」

 

オーフェリアがさっきの事について説明を要求してきた。

 

「え……あ、いや、そのだな……」

 

どうしよう。デレデレしたのは事実だが何で説明しよう。どう説明しても怒られるのが目に見える。

 

説明について悩んでいる時だった。オーフェリアがいきなりシュンとした表情になる。

 

「……やっぱり八幡は私みたいな無愛想な女よりあの子やシルヴィアみたいな明るい子が良いの?」

 

オーフェリアは不安そうな表情を浮かべる。止めろ、俺の前でそんな悲しそうな顔は止めろ。

 

そう思うと同時に俺は空いている右手でオーフェリアを抱き寄せる。

 

「……あっ」

 

「そんな事ない。俺は無愛想だとか愛想が良いとかでお前を選んだんじゃない」

 

俺はお前が見せるさりげない優しさに惹かれたのだから。

 

「……八幡」

 

「……まあ、確かにお前とシルヴィ以外の女子にデレデレしたのは否定しない。だが俺が愛情を注ぐのはお前とシルヴィだけだからな?」

 

確かに俺はプリシラを始め赫夜のメンバーなど色々な女子にデレデレした事はあるが愛情を注ぐのは後にも先にもオーフェリアとシルヴィだけだ。これについては死んでも揺らがないだろうと断言出来る。

 

そう言ってオーフェリアを空いている右手で強く抱きしめるとオーフェリアも俺を抱き返してくる。

 

「……そうよね。ええ、そうよ。よく考えてみたら八幡の実家に行ったあの夜に私達3人の関係は何者にも犯されないものになったのだし」

 

「……そうだな」

 

「……ええ」

 

改めてオーフェリアを見ると不安そうな表情は消えて艶のある表情を俺に向ける。

 

それを見た俺は……

 

「……」

 

オーフェリアの顔に自身の顔を運ぶ。するとオーフェリアも

 

「……」

 

目を瞑って顔を運んでくる。

 

そして俺達はそっと唇を寄せ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁちぃぃぃぃまぁぁぁぁんっ!貴様の左手が落とされたと聞き、前世からの相棒であるこの剣豪将軍が馳せ参じたのであるっ!」

 

キスをしようとした瞬間、厨二病を拗らせたデブが病室に入ってきた。

 

それによって俺とオーフェリアはキスをする前に動きを止まってしまう。

 

対する材木座も俺達の状態を理解してポカンとした表情を浮かべて……

 

 

「あれ?俺とんでもない邪魔をしちゃった?」

 

素の口調になってそう言ってくる。

 

瞬間、俺の頭の中とオーフェリアの頭の中からブチリと何かが切れる音が聞こえた。

 

それと同時に俺達の周囲に星辰力が湧き上がり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?!ちょっ、待っ……!!」

 

その直後治療院に絶叫が響き渡った。

 

 

その後俺は材木座に退院後に無料で義手に武器や煌式武装を仕込んだら許してやると言ったら、材木座が快諾したのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 



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比企谷八幡は入院する(中編)

窓の外からは風と雨の音が聞こえてくる。現在の時刻は12時半、起きてから5時間以上経っているが未だに雨は続いている。

 

4月でありながら風も吹いている事から外は相当寒いだろう。

 

しかし俺がいる病室は熱くて熱くて仕方ない。いや、正確に言うと病室ではなく俺自身が熱いのだろう。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……ちゅっ……八幡っ……」

 

オーフェリアが頬を染めながら俺の首に腕を絡めてキスの雨を降らしているからだろう。俺の身体は今オーフェリアの温もり、オーフェリアの柔らかな胸、オーフェリアの情熱的なキスによって身体に熱が溜まっている。

 

 

何故オーフェリアがそんなにキスをしているかと言うと、さっきキスしようとした時に材木座が邪魔した事でオーフェリアの箍が外れたようで、材木座が去った瞬間いきなりキスをしてきたのだ。

 

初めは驚きながらも引き離そうとしたが、夢中でキスするオーフェリアが余りにも可愛過ぎてどうでもよくなってしまった。

 

その結果、2時間以上キスをしているが仕方ないだろう。

 

既に俺とオーフェリアの唇は唾液まみれになっているがオーフェリアはそれを一切気にしないで夢中でキスをしてくる。

 

(俺の恋人は2人ともマジでキス魔だな、おい)

 

シルヴィもそうだが、数時間ぶっ続けでキスする時点で立派なキス魔だろう。キス魔に立派もクソもないけど。

 

そう思っていると……

 

「んっ……八幡……余計な事は考えないで……ちゅっ……」

 

オーフェリアが不満そうな表情をしてから舌を絡めてくる。まあ確かに今は違う事を考えていたけどよ……普通わかるか?オーフェリアが異常なのか俺がわかりやすいの知らんけど。

 

てかオーフェリアが可愛過ぎる。余計な事は考えないでってそんな事を言われたら歯止めがきかなくなるわ!ここが病室じゃなくて自室から、即座に押し倒してオーフェリアの服を脱がしていると断言出来る。

 

まあ今はオーフェリアとのキスを楽しもう。入院中は暇だしな。

 

「はいよ……んっ……」

 

 

「ちゅっ……んんっ……はぁ……」

 

そう返しながら俺も舌を出してオーフェリアのそれと絡め合う。卑猥な水音が病室に響き、俺達の耳にも届き更に興奮してくる。

 

 

そんな感じで暫くキスをしていると……

 

『比企谷さーん。お昼ご飯の時間です。入っても大丈夫ですかー?』

 

ドアの向こう側から女性の声が聞こえたので時計を見ると時刻は1時丁度だった。

 

(どうやら俺達は2時間半もキスをしていたようだ)

 

しかし俺はそれが長いとは思わない。何せシルヴィが仕事でアスタリスクの外に出る前日はシルヴィと最低4時間はキスしているし。

 

だがまあ今は……

 

「んっ……とりあえずオーフェリア、続きは後な」

 

そう言ってオーフェリアと唇を離してドアに向かって口を開ける。

 

「大丈夫です。入ってください」

 

「はーい」

 

するとおぼんを持った若いナースが病室に入ってきてベッドの前にあるテーブルに置く。見ると米に味噌汁、鮭の切り身に納豆など昼食というより朝食が似合う飯だった。

 

「1時間後に回収に来ますのでそれまでに済ませるようにお願いします。1人でも食べられますか?」

 

「はい。利き腕は無事ですので」

 

「わかりました。何かお困りになったらナースコールをしてくださいね」

 

そう言ってナースは部屋から出て行った。ドアが閉まる音と同時に腹が鳴る。朝飯も少なかったのでぶっちゃけ腹が減って仕方ない。

 

だからいざ食べようとテーブルの上を見るとオーフェリアが箸を持って……

 

「……私が食べさせてあげるわ」

 

言うなり箸に米を摘んで俺に向けてくる。マジで?オーフェリアのあーんで食べるの?最高じゃん。

 

「じゃあ頼むわ」

 

俺がそう言って口を開けると……

 

 

「……はい、あーん」

 

オーフェリアはあーんと言って食べさせてくる。ヤベエ可愛過るわ!

 

「あ、あーん」

 

俺は口に入った米を口にする。すると何故かいつも食っている米より美味い気がする。これはオーフェリアのあーんによって美味さが増加したからだろう。

 

そうなると他の料理も期待が出来るな……

 

そう思いながら口を開けると今度は納豆を口に入れてきたが、これも旨味が増していた。ああ……本当に幸せだな。

 

 

結局全ての料理を食べ終えるのに40分くらいかかったが至福の時間であったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を終えると雨が上がった。未だに曇っているがさっきまで煩かった雨の音は一切無くなっていた。

 

「じゃあ下げますねー」

 

そしてそれと同時にさっき昼飯を運んできたナースがまた病室に入ってきて俺が食べた昼食を下げて行った。

 

そしてドアが閉まると同時に……

 

「……八幡」

 

オーフェリアが俺に近寄って甘えてくる。キスはしてきていないが顔には艶がある。それによって俺の顔を熱くしてくる。

 

「……何だオーフェリア?」

 

そう言ってオーフェリアのサラサラな髪を撫でるとオーフェリアはくすぐったそうに目を細める。

 

「……何でもないわ。ただ八幡と一緒にいられて幸せと思っただけよ」

 

「……そうか、俺もだな」

 

ここにシルヴィがいれば言うことないんだが、こればっかりは仕方ない。

 

そう思いながらオーフェリアの髪を撫でると3日あった学園祭で溜まった疲れが徐々に無くなっていくのがわかる。一昨日の暁彗との戦い、昨日のヴァルダと処刑刀との戦いによって出来た疲労をオーフェリアが消しているように思えてくる。

 

「……ええ」

 

オーフェリアはそう言ってからくすぐったそうに顔を動かしてくる。

 

今日はずっとオーフェリアとイチャイチャしよう。そう思ってオーフェリアの頬をプニプニしようとした時だった。

 

 

 

 

 

「邪魔すんぞー」

 

「お前はノックをしろ馬鹿者!」

 

聞き覚えのある呑気な声で聞いた事のない怒声が耳に入ったので俺はオーフェリアから離れて病室の入り口を見る。

 

するとそこにはお袋と星猟警備隊隊長のヘルガ・リンドヴァルがいた。

 

(……ああ、そういや昨日事情聴取をするとか言っていたな)

 

「固い事言うなって、よーす八幡。元気そうで良かったぜ。オーフェリアちゃんも見舞いありがとなー」

 

「……まさか『孤毒の魔女』がいるとはな」

 

「まあ息子の恋人だし。超可愛いぜー」

 

そう言ってお袋はオーフェリアの頭をワシャワシャする。対してオーフェリアはくすぐったそうに目を細める。

 

(にしても王竜星武祭二連覇した3人が一箇所に集まるとはな……)

 

長い星武祭の歴史の中で王竜星武祭を二連覇したのは3人しかいないが、その3人が同じ病室にいるのはある意味ニュースだろう。

 

そんな事をしみじみ考えているとお袋が……

 

「ほいよ。見舞い品の果物と退屈しのぎ用のゲームな」

 

近くのテーブルに置いてくる。

 

「サンキュー。んじゃ早速事情聴取って訳っすか?」

 

俺がそう言ってからヘルガ隊長を見る。

 

「ああ。その前に自己紹介をしておこう。ヘルガ・リンドヴァルだ」

 

そう言って手を出してくるので、手を握り返すと彼女の手から圧倒的な星辰力を感じる。オーフェリアの禍々しい星辰力やお袋の荒々しい星辰力と違ってかなり研ぎ澄まされたものだった。

 

「どうも、比企谷八幡です。いつもお袋がご迷惑をおかけしております」

 

「待て馬鹿息子。その紹介に悪意があるだろ?昔はともかく今は別にそこまで迷惑をかけてないぞ?」

 

「ほう……?一昨日には界龍で行われる息子の試合を見に行くと言って勤務中の私を無理やり連れ出した挙句に酒を勧めた馬鹿は何処の誰だろうな……?」

 

ヘルガ隊長は額に青筋を浮かべながらお袋を睨む。対してお袋は口笛を吹きながら……

 

「いいじゃんよー。警備隊隊長でクソ忙しいって思ったから息抜きの為に連れ出した私の気遣いを理解しろよなー」

 

「お前の行動の所為でいつもの職務より疲れたわ!学生時代の頃と全然変わっていないなお前は……!」

 

……うわー、噂には聞いていたがこの2人本当に相性が悪いな。マジでヘルガ隊長御愁傷様だなオイ。

 

「うん、ドンマイ」

 

ヤベェ……この状況でドンマイって言えるお袋の精神凄すぎだろ?ヘルガ隊長がブチ切れないか心配だ。てか頼むから病室で暴れないでくれ。暴れるなら誰もいない無人島でお願いします

 

「今直ぐ逮捕してやろうか……?」

 

「あー、怖い怖い。それより八幡に事情聴取しなくていいのかー?」

 

「全くお前は……まあそれもそうだな。では比企谷君、済まないが昨日の事について聞いても大丈夫か?」

 

ヘルガ隊長は一度ため息を吐いて怒りを発散させて俺の方を向いてくる。

 

「はい。先ず昨日俺の腕を斬り落とした奴ですが、奴自身は処刑刀と名乗っていましたね」

 

とりあえずニュースになった原因の男の名前を出す。するとヘルガ隊長は

 

「……処刑刀だと?それは本当か?」

 

鋭い目付きをしながら俺に再確認をしてくる。彼女の身体からは強いプレッシャーが漂っている。その強さは本気のお袋や処刑刀に匹敵するそれだった。

 

しかしその2人に加えてオーフェリアや星露のプレッシャーも味わった事のある俺は特に萎縮しないで頷く。

 

「はい。実は以前にもやり合った事があるんですがそん時に名乗っていましたから」

 

俺がそう言うとお袋がヘルガ隊長の肩を組んで話しかける。馴れ馴れしいな……

 

「おーいヘルガ。処刑刀って誰だよー?場合によっちゃ私がブチ殺すから教えろよー」

 

「肩を組むな。それに殺すと言っている人間に教えられる訳ないだろう」

 

うん、間違いなく正論だな。てか俺が殺すからお袋は手を出さないで欲しい。

 

そう思っていると……

 

「……いえ、お義母さんの手を煩わせる事はないわ。八幡に害を与える人間は私が殺すわ」

 

……オーフェリア、お前もかよ?!お袋にしろオーフェリアにしろ病室で殺すって言うなよ。

 

まあそれはともかく……

 

「すみませんヘルガ隊長。教えていただけないでしょうか?俺自身奴とはもう一度戦う予感がするんです」

 

理由はないが奴とはまた相見える気がする。その時に備えて少しでもいいから情報が欲しい。

 

そう言って頭を軽く下げる。するとヘルガ隊長は暫く俺を見てからため息を吐いて……

 

「……処刑刀は蝕武祭の専任闘技者の1人だ」

 

奴の正体を口にする。

 

なるほどな……蝕武祭の専任闘技者ならあの強さも納得いく。蝕武祭は一部の統合企業財体のお偉いさんなどの金持ちも見ているから専任闘技者も強い奴が選ばれるのは当然のことだ。

 

そしてそれが本当なら天霧の姉ちゃんを倒したのは間違いなく奴だろう。蝕武祭の専任闘技者で天霧と同じ封印をかけられている奴以外とか考えられない。おそらく天霧の姉ちゃんが負けると同時に封印をかけたのだろう。

 

そんな風に思考に耽っている時だった。

 

 

「私からも聞きたい事があるのだが良いか?」

 

ヘルガ隊長が俺に話しかける。

 

「はい、何でしょうか?」

 

俺がそう尋ねると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君はさっき以前にもやり合った事があると言っていたが……何故そんな状況になったんだ?」

 

そう聞いてくる。

 

瞬間、自分の顔から血の気が引いたのを理解した。否、してしまった。

 

(マズい……これを話したら誘拐事件の真相がバレてしまう……)

 

鳳凰星武祭の時、ディルクは天霧を潰す為にフローラを誘拐した。そして俺は誘拐犯を捕まえる事で邪魔をして、誘拐を公表しない代わりにオーフェリアを自由にしろと取引を持ちかけた。するとそうはさせまいと処刑刀が絡んできたのだ。

 

その結果、何とか逃げてオーフェリアを自由にする事は出来たが世間では誘拐事件があった事は広まっている。

 

そして犯人はカジノを運営しているマフィアと公表されている。

 

しかし実際の犯人は違っている上、その上誘拐犯にしろ証拠のボイレコにしろ既にディルクに引き渡していて、誘拐犯を捕まえるのは絶対に不可能なのだ。

 

それを馬鹿正直に言ったら間違いなく面倒なことになるだろう。

 

マジでどうしよう……いや。

 

一瞬悩んだが正直に話す事にした。今から納得出来る言い訳を作るのは無理だし、仮に出来たとしてもこの人が相手じゃ誤魔化すのは無理だろうからな。

 

そう判断した俺は口を開ける。

 

「はい。実は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3分後……

 

「って、感じです。この事から俺が処刑刀と戦った理由がわかると思います」

 

俺は全てを話した。エンフィールドと裏で組んでいる事、ディルクが天霧を潰そうとしているから色々な対策をした事、誘拐事件が起こった時に俺が解決した事、その際に誘拐犯と証拠を使ってディルクと交渉した事、そして処刑刀が妨害してきた事、何とか切り抜けてその後にディルクと取引して誘拐犯と証拠を渡した事全てを話した。

 

「……なるほどな。マフィアグループが犯人でないと踏んではいたが……そういう事だったのか」

 

それを聞いたヘルガ隊長は呆れた表情を浮かべてため息を吐く。

 

「マジか?!お前も中々ヤンチャだなぁ!どんだけオーフェリアちゃんの事が好きなんだよ?!」

 

対してお袋は驚きと笑いを顔に表しながら俺の肩を叩いてくる。

 

「笑い事じゃないからな?全く……もっと早くに言ってくれれば良かったものを……」

 

いやだってなぁ……こんな形でバレるとは思わなかったしな。

 

「すみませんでした。それで俺の処分は……」

 

何せ捜査本部は真犯人は他にいると捜査をしている中、真犯人を捕まえられないように取引したのだ。下手したら一種の捜査妨害になるだろう。

 

「……とりあえず誘拐犯事件の担当本部で話し合ってみる。こんなケースは初めてだから何とも言えないな」

 

ですよねー。こんな事があったのは有史以来一度もないと思うし。

 

すると……

 

「えー、無罪放免で良いだろ?犯人は捕まえられなくても結果的に被害者を助けたのは八幡なんだし。私の顔に免じて許してくれよー?」

 

「お前の顔があると寧ろ罪が重くなるからな?まあその点については考慮しておく」

 

そう言うと端末が鳴る音が聞こえたので何かと思えばヘルガ隊長のポケットからだった。

 

「少し失礼……やれやれ」

 

彼女は端末を見るなりため息を吐くがどうかしたのか?

 

「どうしたヘルガー?何か面倒事かー?」

 

「ああ。違う件だが急な呼び出しがあった。済まないが比企谷君、今回の件についてはまた後日で構わないか?」

 

「あ、はい。大丈夫っす」

 

「そうか。では私はこれで失礼する」

 

そう言うとヘルガ隊長は一礼して病室から去って行った。

 

「相変わらずヘルガは忙しそうだなー」

 

「他人事だがお袋も忙してしていた原因だろ?」

 

「細かい事は気にしない気にしない。それにしてもあんたも無茶やるねー」

 

まあ確かにな……割と無茶をしたのは否定しない。だが……

 

「……だが俺は後悔していない。オーフェリアを自由に出来たんだから」

 

もしも過去に戻って結末を変える事が出来ても俺は変えないだろうと断言出来る。恋人2人と幸せに過ごせる今は本当に気に入っているのだから。

 

そう口にするとオーフェリアが口を開ける。

 

「……八幡、もしも八幡に罰を与えられたら私は王竜星武祭で優勝してその罰を消すわ。私を自由にする為に動いてくれたんだから」

 

「……オーフェリア」

 

「私にとって八幡は何よりも大切なの。もしも私と八幡を引き離すものがあるならそれらは全て破壊するわ。……どんな手段を使っても」

 

いや、あのオーフェリアさん?そう言ってくれるのは嬉しいですけど……

 

(最後!最後怖過ぎますからね?!)

 

最後の言葉を言った時なんて目から光が消えていたし。最近オーフェリアがヤンデレになりかけている気がして不安で仕方ない。たとえヤンデレになっても受け入れるつもりだが、出来るならノーマルのオーフェリアが良い。

 

「おーおー、愛されてるねぇ八幡」

 

お袋はニヤニヤした表情を俺に向けてくる。殴りたい、あの笑顔。

 

そんな事を考えていると腹痛が襲ってきた。変な物は食ってないがどうしたんだ?

 

「済まん、ちょっと腹が痛いから手洗いに行ってくる」

 

「……手伝いはいるかしら?」

 

「いや大丈夫だ。昨日お前らが帰ってから1人でトイレに行けたし」

 

そう言って俺は立ち上がり、病室のドアの取っ手に手をかけて開ける。

 

ドアが開けながら歩こうとした時だった。

 

「うおっ……!」

 

ボケーっとしていたからか、自身の左足を右足に当てて、思わず前に倒れてしまった。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

「ひ、比企谷さん?!」

 

見覚えのある顔から聞き覚えのある声が聞こえると同時に俺はそちらに倒れこんだ。

 

「痛ぇ……ん?」

 

倒れた事で痛みを感じていると視界が真っ暗になっていた。そして顔には温かい感触が、右手に柔らかい感触があった。何だこりゃ?

 

とりあえず起き上がってその正体を確かめようとしたら……

 

「……んっ」

 

「ちょっ、ちょっと……!」

 

身体を起こそうとすると右手にある柔らかい感触がビクンと跳ね、上の方から光が見えて、それによって視界にはその光と紫色が見えた。

 

それを認識した瞬間、俺は再度血の気が引いたのを自覚した。柔らかい感触に紫色……以前も体感した事だから直ぐに理解してしまった。

 

慌てて起き上がるとそこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひ、比企谷さんのエッチ……」

 

「貴方のそれはわざとなのかしら……?」

 

恥ずかしそうに身を捩るチーム・赫夜のメンバーであるフェアクロフ先輩と顔を真っ赤にして睨むフロックハートがいた。

 

その左右では同じチームメンバーである若宮と蓮城寺とアッヘンヴァルがいつもの事のように苦笑していた。

 

その光景からは俺は理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はズッコケてからフェアクロフ先輩の胸を揉み、顔をフロックハートのスカートの中に潜り込ませてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーはっはっはっ!!マジか?!マジかよ?!我が息子ながらやるなぁ!」

 

「…………八幡のバカ」

 

 



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比企谷八幡は入院する(後編)

「本当にすみませんでした」

 

俺は今病室のベットの上で土下座をしている。左手はないので形は不恰好だがそこは見逃してほしい。

 

視線の先では……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「も、もう気にしていませんから頭を上げて良いですわよ」

 

「……そうね。貴方のそれは今更だし」

 

「…………八幡のバカ」

 

顔を赤くしているフェアクロフ先輩とフロックハート、ジト目で俺を見てくるオーフェリアがいた。

 

そして隣では……

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ!いやー、笑った笑った。やっぱお前面白いなー」

 

「あはは……」

 

「随分と楽しそうですね」

 

「それにしても笑い過ぎ、だと思う」

 

お袋が大笑いしていて、若宮と蓮城寺、アッヘンヴァルが苦笑しながら俺達を見ていた。

 

何でこうなったかというと、手洗いに行こうとして病室のドアを開けたら躓いてこけたのだが、その先にフェアクロフ先輩とフロックハートがいて巻き込んでしまった。

 

その結果俺は、フェアクロフ先輩の胸を揉みフロックハートのスカートーーーより正確に言うと彼女のショーツに顔を埋めてしまったのだ。

 

その件に関して謝罪するべく土下座をしているのだ。そしてフェアクロフ先輩は苦笑しながら、フロックハートは呆れ顔をしながら許してくれた。(簡単に許したのは2人が慣れてしまったいるからである)

 

しかし……

 

 

 

「……………」

 

オーフェリアだけは未だに頬を膨らませてジト目で俺を見ている。わざとじゃないとわかっていても許せないのだろうか?

 

「悪かったってオーフェリア。何でもするから許してくれ」

 

そう言ってからヤバいとおもってしまった。何せ昨日シルヴィに何でもするからと言った結果女装する事になったのだから。

 

しかし後悔先に立たず。言っちまったものは仕方ない。諦めてオーフェリアの言う事を聞こう。

 

そう思っていると……

 

「……ふう。もういいわ。今回は事故だったし」

 

オーフェリアがため息を吐いてからそう言ってくる。これについては完全に予想外だ。

 

「え?マジで”塵と化せ”を撃たないのか?」

 

俺がラッキースケベをすると必ず撃ってくるから今回も撃ってくると思っていたんだが。

 

「あら?撃って欲しいの?」

 

「いや全然全く」

 

俺はマゾじゃないからな。てかマゾでもアレは食らいたくないだろう。アレかなり痛いし痺れるし暫く身体が思うように動かなくなるし。

 

「なら良いじゃない。病人相手に撃つつもりはないわ。それに……」

 

「それに?」

 

「……この前ネットを見たら暴力系キャラは嫌われやすいって出てたから」

 

オーフェリアが恥ずかしそうにそんな事を口にする。あー、確かに暴力系ヒロインは好き嫌い別れるよなー。俺自身は中立だけど。てかそれ以前に……

 

「別に俺自身は気にしないぞ?元はと言えば俺が悪いんだし。オーフェリアやシルヴィが怒るのは間違ってないし」

 

まあ気絶するまで攻撃するのは勘弁して欲しいけどな。

 

「……八幡」

 

「だからお前も気にすんな。俺は何があってもお前ら2人を嫌いになる事はないんだから」

 

そう言ってオーフェリアを優しく抱き寄せて頭を撫でる。これは死んでも揺らがないだろう。俺にとって2人を愛するのは絶対であるからな。

 

「……そう?ふふっ……」

 

抱き寄せられたオーフェリアは一瞬驚きの表情を浮かべるも直ぐに幸せそうな表情を浮かべる。オーフェリアのこの表情を見るとこっちも幸せな気分になる。

 

「……貴方達は相変わらずね」

 

そんな声が聞こえたのでオーフェリアから離れるとフロックハートが呆れている表情を向けているのがわかった。しまった、オーフェリアが可愛過ぎて失念していた。

 

「っと、悪い悪い。オーフェリアが可愛くてついな」

 

「さりげなく惚気ないで頂戴。それとこれ見舞い品ね」

 

言うなりフロックハートは果物が入った籠を差し出してくる。プリシラが持ってきた物に対して勝るとも劣らない程豪華な物だった。

 

「わざわざ悪いな」

 

「別にいいわ。それより何でここに『狼王』八代涼子がいるのかしら?」

 

フロックハートは意外そうな表情をしながらお袋と俺を見比べる。まあ普通気になるよな。

 

「あー、今は結婚して比企谷涼子だからね。つまりこいつは私の息子って訳」

 

俺がフロックハートの質問に答えようとするとお袋が俺の頭をポンポン叩きながらそう口にする。

 

すると若宮を除いた4人が大小差はあれど驚きの表情を見せてくる。

 

「え?クロエ、有名人なの?」

 

そして若宮がそう口にすると赫夜の他のメンバーは差はあれどずっこける仕草を見せてくる。

 

おいマジか?若宮が世間知らずなのは知っていたがそこまでとは思わなかったわ。

 

驚く中フロックハートが呆れ顔を若宮に向ける。

 

「美奈兎、貴女ねぇ……世界で2番目に王竜星武祭を二連覇した人よ」

 

「ふぇぇっ?!凄い!」

 

「だろ?私は凄いんだぜー」

 

若宮がお袋に尊敬の眼差しで見るとお袋は高笑いしながら調子に乗りだす。

 

「まあ普段の生活はガサツだけ「何か言ったか八幡、あぁん?」……何でもありません」

 

コッソリそうツッコミを入れようとしたらお袋は俺の耳に顔を寄せてそう言ってくる。

 

いや怖ぇよ!最後のあぁん?なんてメチャクチャ低い声でちびりかけたわ!葉山達じゃないんだから失禁してたまるか!

 

そう思ってビクビクしている中、お袋は何事もなかったように赫夜のメンバーと自己紹介をし合っていた。神経図太過ぎだろ……

 

「それで?何でクインヴェールのお嬢さん達がうちの不良息子と知り合いなんだい?シルヴィアちゃんが関係してんの?」

 

お袋がそんな疑問を口にすると若宮が答える。てか不良息子って止めろ。不良息子なのは事実だがお袋に比べたら可愛いもんだからな?

 

「あ、はい。実は私達獅鷲星武祭に出るんですけど……」

 

「へぇ。私、獅鷲星武祭は大好物だから頑張りなよ」

 

「そうなんですか?」

 

「獅鷲星武祭はジャイアントキリングが起こりやすいからね。中堅クラスのチームが格上チームを喰うのを見ると興奮しちゃうよ」

 

獅鷲星武祭で期待されるのは『チーム・ランスロットのような圧倒的なチームが相手チームを蹂躙する』点や『中堅チームが格上のチームを喰う』点あたりだからな。俺もどちらかと言ったら後者を期待しているし。

 

「なるほど……でしたら今回の獅鷲星武祭楽しみにしてください!私達がジャイアントキリングを沢山起こして優勝します!」

 

「ははっ!優勝とは大きく出たねぇ。おっと、また脱線しちまったよ。それで八幡とはどんな関係なんだい。まさかと思うけど5人も八幡の彼女さん?」

 

「ええっ?!」

 

「違ぇよ!人をハーレム野郎みたいに言ってんじゃねぇよ!」

 

若宮が驚く中、俺はついお袋に突っ込んでしまう。何だよハーレム野郎って?!俺はそんな器じゃねぇよ!

 

「そうか?オーフェリアちゃんとシルヴィアちゃんの2人と付き合ってあんたは充分ハーレム野郎だろ?」

 

ぐっ……まあそこを突かれたら返せない。実際2人と付き合ってるのは事実だし。

 

言葉に詰まっているとフロックハートが助け船を出してくる。

 

「違います。以前シルヴィアからチーム強化の為に彼を紹介して貰ったのです」

 

そう言って俺を冷たい目で見てくる。こいつらと関わってから半年近く経っているがフロックハートだけは未だに冷たいんだよな。

 

俺何かしたか……いや、したな。スカートの中に顔を3回突っ込んで、4回胸を揉んで、2回胸に顔を埋めたからな。

 

そんな事を考えているとお袋が目を見開いて俺を見てくる。

 

「へ?なに八幡、あんた他所の学園の生徒鍛えてんの?」

 

「まあな。初めはシルヴィに頼まれてやっていたんだが、これがまた結構楽しくてな」

 

初めはシルヴィに頼まれたから義理のつもりでやっていたが、いつの間にか真剣にやっていたからな。人生ってのはよくわからん物だ。

 

それを聞いたお袋は……

 

「ぷっ……あっはっはっは!」

 

楽しそうに笑いだす。普段の怖さはなくて子供っぽい笑顔だった。

 

「あはは……良いねぇ!オーフェリアちゃんとシルヴィアちゃんの2人と付き合ったり、他所の学園の生徒鍛えたり……やっぱりあんたはアスタリスクに来て正解だよ。昔のあんたは本当に詰まんなかったし」

 

それに関しては否定しない。アスタリスクに来る前はただ楽に生きれば良いと思ってダラダラ過ごしていた。

 

しかしアスタリスクに行ったら毎日色々と忙しくなった。アスタリスクに来る前と比べたら雲泥の差ぐらいに。

 

しかし転入した当初ならともかく、今はその忙しさを割と気に入っている。何というか……楽しい。

 

「まあそうかもな。アスタリスクに来なかったらオーフェリアやシルヴィと知り合う事もなかったんだし」

 

「いやいや、本当に面白いわ。そんで?今彼女達はどんくらい強いの?」

 

どんくらいか……訓練に付き合ってから半年、そして俺の他にも星露の訓練を受けて3ヶ月経っているが……

 

「うーん。本戦出場は普通に出来るな。そんで本戦以降は……そうだな、運が良けりゃベスト8になれるかどうかって所だろうな」

 

クジ運もあるが本戦1回戦ーーー4回戦には行けると思う。しかし本戦2回戦ーーー5回戦つまりは準々決勝を突破出来るかと言えば微妙な所だろう。ベスト4以上は無理だろうしな。

 

「ふーん。あと半年で優勝出来るようにならなきゃいけないのか、結構厳しいね」

 

「まあやるだけやるさ……っても俺は義手を作って慣れるまでは参加出来ないが良いか?」

 

そう言って赫夜のメンバーを見ると全員が頷く。

 

「もちろんだよ!というか比企谷君、腕は大丈夫なの?」

 

「まあな。斬り落とされた腕を元通りにするのは難しいらしいから義手を作ることになった」

 

「そうなんですの……それにしても比企谷さんは誰にやられたのですの?比企谷さんの腕を斬り落とせる人間なんてそうはいないと思いますが……」

 

フェアクロフ先輩はそう聞いてくるが答える事は出来ない。俺の腕を斬り落とした犯人は蝕武祭の専任闘技者だ。迂闊に話すと赫夜のメンバーにも被害が出るかもしれない。

 

 

 

 

そう判断した俺は……

 

「……悪いがわからん。奴は仮面を被っていて顔が見えなかったんだ」

 

馬鹿正直に話す事はしなかった。まあ嘘は吐いていないので問題ないだろう。

 

「そうですか。それで退院はいつ頃なのでしょう?」

 

蓮城寺がそう聞いてくる。退院か。義手を作るのに2日で、日常生活でも問題なく使えるようにする訓練もあるから……

 

「まだ決まった訳じゃないが1週間から2週間だな」

 

義手なんて使った事ないからわからないが大体そんなもんだろう。

 

「結構長いですね。大変だとは思いますが頑張ってくださいね」

 

「ああ。そんな訳で暫くは出れないからよろしく頼む」

 

俺が改めてそう口にして赫夜のメンバー全員が頷いた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあその間は私が面倒見てあげよっか?」

 

お袋が手を挙げながらそう言ってきた。

 

瞬間、赫夜のメンバーは驚きの表情を浮かべてお袋を見る。そしてその意見は俺やオーフェリアにとっても驚きの発言だった。ついお袋を見てしまう。

 

「……ちょっと待てお袋。お袋はアスタリスクの外に住んでるから無理だろ?」

 

「ん?ああ、八幡には言ってなかったな。私、例の襲撃者を見つけ出して潰すために今日からアスタリスクに住む事にしたわ」

 

「は?!」

 

マジかよ?!これは予想外だわ!

 

「ちょっと待てお袋!それは危険過ぎる!」

 

天霧と同じ封印を解除した時の奴はヤバかった。お袋が強いのは知っているが危険過ぎる。

 

そう思って口にするもお袋は首を横に振る。

 

「いや、言っちゃ悪いが今の八幡じゃあいつに勝つのは無理だ。今後まだあんたが狙われる可能性がある以上、私もアスタリスクいた方が良いと判断した結果この考えになったんだよ」

 

それを聞いた俺は思わず唇を噛み締める。確かに今の俺が奴に勝つのは厳しい。それは認める。

 

しかし自分がやった事によって生まれた敵に対してお袋を巻き込んでしまうのは申し訳が立たない。

 

そんな俺を見てお袋は俺の肩を叩いてくる。

 

「あんたは一々気にすんな。単に息子がやられて母親がキれただけの話なんだから」

 

そうは言われてもそう簡単に割り切るのは無理だ。万が一お袋が処刑刀に殺されでもしたら俺は自分のことを一生赦さないだろう。

 

とはいえ……長年息子としてお袋を見てきたが、お袋は一度決めたら考えを曲げないので説得は無理だろう。

 

「……はぁ、わかったよ。でも無理はしないでくれよ?」

 

「あんたに気遣われる程柔じゃないよ」

 

「そいつは悪かったな。でも仕事はどうすんだ?歓楽街で喧嘩屋でもやんのか?」

 

だとしたらさぞ儲かるだろうな。

 

「あんた後でしばくからね?それについては昨日シルヴィアちゃんに話したら、もしアスタリスクに来るならクインヴェールで事務でもやらないかって誘われたの。まだ引き受けてないけど、美奈兎ちゃん達を鍛えるならって考えなら悪くないと思ってるね」

 

なるほどな……まあ確かにそれなら悪くない話だが……

 

「その辺りは俺の管轄じゃないからな。若宮達と話して決めてくれ。てか親父はどうすんだ?」

 

お袋がアスタリスクに来るなら実家は親父1人になってしまうが……

 

「ん?ああ、あいつも1人は寂しいから嫌だからって来たがってるよ。だからうちの会社のアスタリスク支部に異動届を出したみたい」

 

1人は嫌だからって……まあ気持ちはわからなくないが子供かよ。赫夜のメンバーも苦笑しているし。

 

そう思いながら俺は近くのテーブルにあった果物をオーフェリアにアーンされながらお袋と赫夜のメンバーが話し合うのをノンビリと眺めていた。

 

 

その結果、お袋もチーム・赫夜の指導に協力する事になったのだが、星露の指導もあるので恵まれてるだろ?これマジで優勝出来んじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから4時間後……

 

「はい八幡、あーん」

 

俺はオーフェリアにあーんされながら夕食を食べている。今はお袋も見舞客もおらず2人っきりだ。

 

あれから割と沢山の人がお見舞いに来た。

 

小町が雪ノ下と由比ヶ浜と戸塚を引き連れてやって来て、その際にオーフェリアと雪ノ下が一瞬衝突しかけたり……

 

天霧が自身のハーレムメンバーを連れてやって来て、その際に俺とエンフィールドが天霧をからかったり、後日処刑刀について話をする為天霧をうちに呼ぶ約束をしたり……

 

フェアクロフさんがチーム・ランスロットのメンバーを引き連れてやって来て、その際に俺がケヴィンさんと一緒にブランシャールをオカンネタで弄ったり……

 

星露が暁彗や梅小路や虎峰を引き連れてやって来て治ってから戦うのを楽しみにしていると言われたり……

 

などと色々と濃い面子がやってきて中々カオスな見舞いとなった。

 

まあ中々インパクトがあって退屈しなかったけど。

 

「はいよ、あーん」

 

そう思いながらオーフェリアが差し出してくるお粥を口にする。うん、やっぱりオーフェリアのあーんは最高だぜ!

 

「やっぱり美味いな。オーフェリア、次はサラダを頼む」

 

「……わかったわ」

 

オーフェリアがそう言って箸でサラダを掴もうとした時だった。

 

いきなりドアからノックの音が聞こえてきた。飯を食い始めてからまだ20分も経っていないので食器を回収しに来たナースではないと思うが……

 

「はーい、どうぞ。入って大丈夫ですよ」

 

そう口にすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君!」

 

ドアが開いて1人の女子が入ってくる。

 

それを見た瞬間、俺の内からとめどない喜びが溢れ出してくる。さっきまでオーフェリアにあーんをされていて凄く幸せだったが、更に幸せになった。

 

俺をここまで幸せに出来るのは左横にいるオーフェリアと……

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだな、シルヴィ」

 

右横から可愛らしい笑顔を見せながら駆け寄ってくるシルヴィだけだろう。

 

「うん。昨日も会ったのに久しぶりな気がするよ」

 

言うなりシルヴィは右横にある椅子に座って猛烈に甘えてくるので俺は手を伸ばしてシルヴィの頭を優しく撫でる。するとシルヴィはくすぐったそうに目を細めてくる。やっぱり可愛いなぁ……

 

2人と一緒にいる、それだけで俺は満たされた気分になる。ウルスラさんも取り戻せたし、今後は平和が続いて欲しいものだ。

 

そう思いながら俺はシルヴィの頭を優しく撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばシルヴィア。さっき八幡、クロエ・フロックハートのスカートの中に頭を潜らせて、ソフィア・フェアクロフの胸を揉んでいたわ」

 

「……へぇ〜。そうなんだ〜。良かったね〜は・ち・ま・ん・く・ん?」

 

「えっ、あっ、いや……」

 

平和は呆気なく崩れ去った。

 

 

結局俺は面会時間終了まで2時間半シルヴィとキスをする事で何とか許して貰った。



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比企谷八幡は退院する。

ネタが思い付かねー!!

って、訳で活動報告にてアンケートを取っていますので、暇な人はコメントをお願いします。

それと明日から大学が始まるので毎日投稿は厳しくなると思いますがよろしくお願いします


「んじゃ……お世話になりました」

 

治療院のロビーにて俺比企谷八幡は治療院の院長であるヤン・コルベル院長に頭を下げて礼を言う。

 

「ふんっ……異変を感じたら全て来るのじゃぞ」

 

院長は鼻を鳴らしながらそう口にする。異変ね……

 

俺は左手を見ると斬り落とされた左手首の先には手があった。

 

しかしこれは義手である。端から見たら本物の手に見えると思うが義手である。第三者に不審がられないように機械の手に人工皮膚を纏わせているのだ。

 

しかもこの義手、凄く使いやすい。退院まで2週間くらいかかると思っていたが、義手が出来てから3日で退院する事になったし。

 

「わかりました。失礼します」

 

そう言って再度一礼してから治療院を出ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「おかえり、八幡(君)」」

 

オーフェリアと変装しているシルヴィが優しい笑みを浮かべて俺の元へ駆け寄ってくる。ああ……退院出来た事で2人と一緒に居られる時間が増える。

 

そう考えると俺も笑いが止まらなくなる。

 

「ああ……ただいま」

 

俺は両手を広げてそのまま駆け寄ってくる2人を抱きしめた。

 

「……えっ?」

 

「……八幡?どうかしたの?」

 

いきなり抱きしめられた2人は驚きの表情を見せてくる。まあ俺が自発的に、それも治療院の前と人が多い場所で抱きつくのは普通じゃあり得ないからな。

 

しかし今の俺は何故か2人を抱きしめたかった。無性に2人の温もりを感じたかった。

 

「……悪い。ただ、少しだけこうしても良いか?」

 

一抹の不安を抱きながら2人に尋ねる。もしも断られたらどうしようか?

 

しかし2人は一瞬だけ顔を見合わせて……

 

「「もちろん」」

 

直ぐに笑顔を浮かべて了承してきた。良かった……拒絶されずに済んだぜ。

 

俺は安堵の息を吐きながら再度2人を強く抱きしめた。2人を絶対に手放さないかのように。

 

「……入院中は心配掛けたり世話して貰ったりと色々迷惑をかけたな」

 

「お世話をするのは気にしてないけど……心配したよ」

 

「……そうね。まさか学園祭の最中に腕を斬り落とされるなんて思わなかったわ」

 

それは俺も同感だ。つーかこんなもん予想出来る奴がいたら見てみたいわ。

 

「ああ、悪かったな」

 

「……別に八幡は悪くないわ。悪いのはあの男よ。見つけ次第この手で葬り去るわ」

 

「八幡君は処刑刀に借りを返したいと思っているだろうけど……絶対に1人で突っ走らないでね。八幡君が気絶しているのを見た時は凄く嫌な気持ちになったんだよ?」

 

「……済まん」

 

「別に怒ってないって。ただもしもまた彼らと相対したら1人で突っ走らないで私達を頼ってね。私達は八幡君の味方なんだから」

 

「……ああ。わかったよ」

 

口ではそう言うが本心では反対だ。俺にとって2人は何よりも大切な存在であるから危険な奴らには会わせたくないのが俺の本心だ。

 

しかしそれを口にしても間違いなく一蹴されるだろうから口にはしない。

 

すると2人はそんな俺を見て悲しそうな表情を浮かべてくる。多分俺の事を何でも知っている2人は俺の本心に気付いているのだろう。

 

だが俺は譲るつもりはない。極端な話、俺が死ななきゃ2人が死ぬような状態になったとしたら俺は一切の躊躇いなく死ねるだろう。2人が傷付く可能性がある選択は可能な限り潰すべきだ。

 

対する2人についても悲しそうな表情を見る限り向こうも譲る気は無いだろう。俺が処刑刀らと戦おうとしたら2人は絶対に介入しようとしてくるに決まっている。

 

結局は平行線だ。俺は2人を巻き込みたくない、2人は俺を1人で危険な目に遭わせたくない。この2つの考えが交わることはあり得ない。

 

つまり奴らと相対する時の状況にもよるって事だ。もしもまた奴らと相対する事になるなら俺が1人の時にして欲しい。

 

そう思いながら俺は2人をギュッと抱きしめる。少しでも長く平和な一時を味わうかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……済まんな。もう大丈夫だ」

 

そう言って抱擁を解くも2人は未だに物言いたそうな表情の浮かべている。

 

だから俺は2人が何かを言う前に口を開ける。

 

「さて……そろそろ帰ろうか」

 

俺が先手を打つと2人はハッとしたような表情を浮かべ、やがてため息を吐いてから儚い笑顔を浮かべて頷く。

 

「そうだね。とりあえず帰ろっか」

 

「……そうね」

 

言うなり2人は手を差し出してくるので俺は2人の手を握る。義手にもかかわらず触れているオーフェリアの手の感触をしっかり感じる事が出来て良かった。

 

そう思いながら俺達は手を繋いで我が家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

(絶対に2人を危険な目に遭わせてたまるか)

 

(絶対に八幡君を支えてみせる)

 

(シルヴィアと一緒に何としても八幡を守ってみせるわ)

 

それぞれの胸中にある考えを表に出さないようにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

俺がそう言ってドアを開けると、懐かしい気分で一杯となった。我が家ーーーお袋曰く俺とオーフェリアとシルヴィの愛の巣に帰宅した俺は久々に帰った喜びに満ちながら靴を脱いでリビングに向かってソファーに座る。

 

それと同時に左右から2人が同じソファーに座って腕に抱きついてくる。

 

「おかえり。漸く帰ってこれたね」

 

「……2人だと大変だったわ。八幡の事を思い出して寂しい気持ちになったり、シルヴィアがしょっちゅう抱きついてきたりして……」

 

「えー、だってオーフェリアが可愛いんだもん」

 

「え、何それ見たいんですけど」

 

 

シルヴィがオーフェリアを抱きつきまくっただと?何だその百合百合しい話は?マジで見たいんですけど。

 

「……八幡、変な事を言わないで」

 

「ははっ、悪い悪い」

 

「まあまあ。そんなに見たいなら今日の夜にでも見せてあげるよ」

 

シルヴィは笑いながらそんな事を言ってくる。マジで?!

 

「是非お願いします」

 

「……八幡」

 

オーフェリアがジト目で俺を睨んでから頭をポカポカ叩いてくるが、全然怖くない。てか寧ろ可愛いからもっとやれ。

 

「いいよいいよ。どうせなら八幡君も一緒に可愛がろうよ。……入院生活で色々溜まってるでしょ?」

 

「おい、アイドルがそんな事を言うな」

 

アイドルが溜まってる云々言うな。溜まってるのは事実だけどよ。

 

俺は呆れながらシルヴィを見ると、シルヴィは蠱惑的な表情を見せてから俺の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいじゃん。今の私はアイドルのシルヴィア・リューネハイムじゃなくて、八幡君の女であるシルヴィア・リューネハイムなんだから」

 

吐息と共にそんな事を言ってきた。

 

瞬間、顔に熱が溜まり理性の壁が一気に壊れかけた。何つー事を言いやがるんだこいつは?!破壊力がヤバ過ぎる……!

 

今直ぐシルヴィを押し倒してメチャクチャにしたい。そう思っていると………

 

 

pipipi……

 

キッチンの方から炊飯器の音が聞こえてきて、

 

「あ、お米炊けたみたいだし昼ご飯にしよっか。八幡君を迎えに行く前に炊いといて良かった」

 

シルヴィがソファーから立ち上がって、それによって俺はソファーに頭を倒してしまう。押し倒そうとしたからこうなったのだろう。

 

「……シルヴィ」

 

不貞腐れ気味にシルヴィを見ると楽しそうに笑っている。

 

「ごめんごめん。まあ夜に一杯付き合ってあげるからそれまで我慢ね」

 

「……今夜は寝かせないわよ」

 

退院初日から寝かせられないとはな……まあ悪くないかもな。

 

俺は息を1つ吐いてオーフェリアと一緒に立ち上がり食器の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そうそう。昼飯食ったら俺、復学届を出しにちょっとレヴォルフに行ってくるわ」

 

俺はシルヴィの焼いたステーキを食いながら2人に話す。にしてもステーキマジで美味い。病院の飯は2人のあーんがあったとはいえ割と味気なかったからな……

 

「あ、そっか。それもそうだね。じゃあオーフェリアは八幡君の護衛をお願いね。八幡君1人をディルク・エーベルヴァインの元に行かすのは危ないし」

 

「……勿論よ。任せなさい」

 

シルヴィはオーフェリアにそう言ってオーフェリアは力強く頷く。

 

「いやいや、流石に校舎で白昼堂々襲うのはないだろ?」

 

「却下。八幡君は私達を危ない目に遭わせたくないのかもしれないのかもしれないけど、私達も同じように八幡君を危ない目に遭わせたくないの。だから絶対に1人にさせないから」

 

そう言ってシルヴィは強い目で俺を見てくる。俺同様絶対に譲るつもりがないのが見て取れる。

 

「……シルヴィアの言う通りね。絶対に付いていくから」

 

オーフェリアは真剣な表情をしながらそう言ってくるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステーキ齧りながら言っても可愛いだけだぞ?」

 

何か小動物が餌を食べているみたいで可愛過ぎるんですけど?

 

「……っ、バカ……」

 

オーフェリアは頬を染めながらそっぽを向く。うん、やっぱり可愛いな、おい。見るとシルヴィも笑いながらオーフェリアを見る。

 

結局、真剣な話をしていたのにオーフェリアの可愛さの所為で穏やかなまま食事が終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「邪魔すんぞー」

 

「ひぃっ!」

 

そう言いながら俺はドアに蹴りを入れて中に入ると、中から悲鳴が聞こえたので見ると部屋には部屋の主はおらず、主の秘書がいて怯えていた。こりゃ悪い事をしたな。

 

「悪い、驚かせちまったな樫丸。ちょっと邪魔すんぞ?」

 

レヴォルフ黒学院の生徒会室に入った俺とオーフェリアは秘書の樫丸に軽く謝罪をする。ディルクはいないようで樫丸は近くで書類の整理をしていた。

 

「あ、比企谷さんでしたか。驚きましたー。それで何か用ですか?会長なら出かけていて今はいないですよ?」

 

何だよ、あのデブいないのかよ?

 

まあ居ないなら仕方ない。いたらいたで面倒だし。復学届程度ならディルクに拘らず樫丸でも受理出来るだろうし。

 

「ああ、これの申請頼むわ」

 

そう言って復学届を樫丸に提出する。

 

「復学届ですね。わかりました。後で会長に渡しておきます」

 

「頼むわ。んじゃぁな」

 

そう言って樫丸から背を向けて生徒会室のドアを開けると……

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

目の前には生徒会室の主であるディルクがいた。

 

「……ちっ、何でてめぇがいやがる」

 

向こうも俺に気付いて舌打ちしながら睨みつけてくる。目からは明らかに怒りと殺意が混じっている。相変わらず態度が悪いな。まあこいつがマトモな態度を取る所なんて見た事ないけどよ。

 

「随分な挨拶だな。つーかよ、もうちょっと痩せた方が良いぜ。でないとドアを通れなくなるぞ」

 

ディルクの身体の太さをドアの幅と比べると結構ギリギリだ。ディルクが瘦せるかドアをもう少し広くした方が良いと思う。

 

「余計な御世話だ。何でてめぇがここにいるかって聞いてんだよ?」

 

「相変わらず、口が悪いな。俺は復学届を出しに来たんだよ。てめぇの仲間に腕を斬り落とされて入院したからな」

 

軽く皮肉を言うもディルクは大袈裟に肩をすくめ……

 

「何の事だかさっぱりだな」

 

とぼける。まあそれが普通の反応だろう。俺自身もそう返すとわかりきっていたので何とも思わない。

 

しかし……

 

「……ふざけないで。よくもそんな……!」

 

後ろにいるオーフェリアは納得いかない表情のままディルクに詰め寄ろうとするので手で制する。

 

「落ち着けオーフェリア。証拠が無い以上手を出すな」

 

「でも……!」

 

「……命令だ。従え」

 

少し口調を強くしてそう言うとオーフェリアはハッとした表情を浮かべてから悔しそうに口を噤む。

 

悪いなオーフェリア、証拠が無い以上普通の人間である奴に手を出すのは厳禁だ。

 

オーフェリアが大人しくなったのを確認してからディルクと向き合う。

 

「オーフェリアが迷惑をかけたな。俺達はこれで失礼するが……」

 

そう言ってディルクの耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずれ処刑刀にしろヴァルダにしろお前にしろ全員屠るから首を洗って待ってな」

 

一言、そう言ってからオーフェリアの手を引っ張りながら生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本校舎を後にした俺達は装備局に向かう。装備局にいる材木座に会って義手の改造をして貰わないといけないからな。

 

「オーフェリア、少しは機嫌を直せ」

 

地下にある装備局に繋がるエレベーターに乗りながら、隣で不満そうな表情を浮かべるオーフェリアに話しかける。

 

「……だって、あの男は八幡の腕を斬り落とした奴の仲間なのに……」

 

「気持ちはわかるが落ち着け。奴は普通の人間だから星脈世代の俺達が力任せに手を出すのは厳禁だ。それに前にも言ったがお前は人を殺そうとするな」

 

オーフェリアが過去に非合法な行為をした事は知っているが、それはディルクの所有物だった頃の話なので咎めるつもりはない。

 

しかし自由になった以上俺はオーフェリアに対して非合法な行為をさせるつもりはない。オーフェリアをもう一度汚れた世界に戻す訳にはいかないからな。

 

そう思いながらオーフェリアを後ろからそっと抱きしめる。

 

「……お前が俺を想ってくれるの嬉しいがその気持ちだけで充分だからな。お前は復讐なんて考えないで今後どう幸せに過ごすかだけを考えろ」

 

「……八幡」

 

オーフェリアはピクンと跳ねてから大人しく抱かれる。漸く自由になって周囲に瘴気を撒かなくて済んだんだ。出来るなら今後はずっと平和に過ごして欲しい。

 

そう思いながら抱きしめているとチンと機械音が聞こえた。どうやら目的の階に着いたようだ。

 

俺がオーフェリアから離れると同時にエレベーターのドアが開いたのでエレベーターから出ると沢山の職員が忙しそうに動いている。

 

そんな中俺は中央でレヴォルフとアルルカントの職員に指示を出しているデブーーー材木座に話しかける。

 

「材木座」

 

「ん?八幡か……ひぃぃぃぃぃぃ!」

 

材木座は俺に気付くと同時にメチャクチャ驚きながら後ずさり、自分の足に躓いて転んだ。

 

ビビった理由はアレだろう。こいつ俺の入院中に俺とオーフェリアがキスしようとした所を目撃してオーフェリアにシバかれたからだろう。

 

「落ち着け材木座。既にオーフェリアは説得したから問題ない」

 

「そ、そうであるのか?この前みたいに殺気丸出しとは死ぬぞ我」

 

「……貴方が私と八幡のキスに水を差しからでしょう?」

 

「そ、それは少々理不尽かと思いまちゅ」

 

噛んでるぞ。よく噛んでいる俺が言うのもアレだが野郎のお前が噛んでも可愛くないぞ?

 

「……ま、まあそれは後で良いだろ。それより……」

 

そう言ってから俺は人口皮膚を取って機械の腕を露わにする。するとさっきまでオーフェリアにビビりまくっていた材木座の瞳に真剣な色が現れる。

 

「うむ。武器を仕込む話であろう。どんな武器を望むのであるのか?」

 

「そうだな。とりあえず小型煌式武装とか毒ガスだな」

 

「ふむ……ちなみにノートの切れ端を仕込むスペースは?」

 

「それは腕時計にやってくれ。それより煌式武装とか毒ガスは出来るか?」

 

俺が尋ねると材木座は俺の義手に触れながら幾つもの空間ウィンドウを開いて計測を始めていた。何をやっているかはわからんが凄い事なのは間違いない。

 

(マジで小説家の夢を捨てて技術者になれよ)

 

材木座の小説は今でも読んでいるが全然面白くないし。偶にオーフェリアとシルヴィも読んでいるが感想が面白くない以外言ってこないし。

 

そんな事を考えていると材木座は空間ウィンドウを閉じて話しかける。

 

「毒ガスは収納可能であるな。ただ小型煌式武装は構造上凄く小さい物に限るな」

 

「うーん。じゃあとりあえず毒ガスだけ仕込んでくれ」

 

俺がそう言った時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なら私の毒を使うのはどうかしら?」

 

この後、俺の義手にはとんでもない機能が2つ仕込まれる事になった。



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退院しても3人はバカップルである

『……と、いう訳でテストはこれで終わりであるな。違和感はあるか、八幡よ』

 

レヴォルフ黒学院の装備局にあるトレーニングステージにモニタールームにいるアルルカントアカデミー『獅子派』のエースの材木座義輝の声が響く。

 

それに対してトレーニングステージにいる俺、比企谷八幡の答えは……

 

「問題ないな。特に違和感はない」

 

そう言って俺は左の義手を軽く振りながらそう答える。

 

現在俺は義手のテストを行っていた。

 

とは言っても義手そのものではなく義手の内部に仕込んだ武器のテストをしたのだ。

 

今回したのは『義手に武器を仕込んでも違和感がないか』と『義手に内蔵した武器』と『内蔵した武器を使用した後も義手に問題がないか』の3つのテストを行った。

 

3つのテストを行った結果、どれも問題なくクリアできた。機械に詳しくない俺でも今回のテストは上出来だったと思える。

 

俺がそう答えるとモニタールームの扉が開き、そこから白衣姿の材木座と最愛の恋人のオーフェリアがこちらに向かってきた。

 

「違和感がないなら今回のテストは終了である。あ、後帰りの際には武器の補充もしておくのだぞ」

 

「わかってる。それにしてもこんな小さい義手に4つの武器を仕込むなんてマジでやるなお前」

 

今回ばかりは材木座に偽りのない賞賛を口にする。材木座は俺が出した要望を全て応えてくれて、4つの武器を仕込んでくれた。

 

どの武器も優秀だが、その内2つはマジで凄いものだ。冗談抜きで他の学園の上位の冒頭の十二人にも通用するだろう。まあ内1つはオーフェリアの毒だから当然と言えば当然だけど、それを差し引いても凄いと思った。

 

「ぱぽん!当然である!我を誰だと思っている?!我は剣豪将軍、材木座義輝であるぞ!」

 

材木座はそう言って高笑いをする。うぜぇ……無闇に褒めるんじゃなかった。

 

内心後悔しているとオーフェリアは……

 

「……なのに何で小説は面白くないのかしら?」

 

「ひげぶうっ!」

 

ボソリとそう呟くと材木座は奇声をあげて崩れ落ちた。そして口からは白いものが出始める。まさかとは思うが魂じゃないよな?

 

「……お前容赦ないな」

 

「事実を言っただげよ。実際この前見たものなんて八幡が持っているライトノベルをそのまま真似ている箇所もあったし」

 

あー、まあ確かにな。てかパクリは駄目だろパクリは。つまらない上に丸々パクるのは駄目だろ。

 

とりあえず……

 

「おい起きろ」

 

口からは出た白いものを無理矢理戻して目を覚まさせる。こんな所で死なれたら困るからな。

 

「はっ!わ、我は何を……?」

 

どうやら余りのショックに前後の記憶がないようだ。だから俺は知らないふりをする。

 

「知らん。疲れてたんだろ?」

 

「う、うむ……確かに最近根を詰めていたからのう……」

 

「ああ、ゆっくり休め」

 

「うむ。今日は久しぶりに自宅に帰るとするか」

 

どうやら最近は自宅に帰らずに煌式武装の研究に時間を費やしていたようだ。凄い熱意だ。

 

それは本気で凄いと認めるが……マジで煌式武装の製作者になれよ。

 

若干呆れの感情を抱きながら俺はオーフェリアを連れてトレーニングステージを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?義手の改造は出来たの?」

 

帰宅した俺とオーフェリアはシルヴィの作った夕食を食べながらそんな質問をする。

 

「まあな。中々凶悪なのが出来たぜ。まあ処刑刀とやり合う可能性がある以上物足りない気がするけど。それにしてもこのムニエル美味いな」

 

あの怪物を相手にする以上、徹底的に対策を講じないと駄目だろうしな。

 

「あ、今日のそれは自信があったんだ。口に合って良かったよ」

 

「ああ、本当に美味いよ。そういやお前は午後何をしてたんだ?」

 

「私?私はちょっと自分の方の学園に顔を出してたよ。ペトラさんに呼ばれたのと涼子さんの様子を見る為にね」

 

ああ、そういやお袋は昨日からクインヴェールで働き始めたんだったな。

 

「それで?お袋の事だから問題でも起こしたのか?」

 

「うーん。女子って耳が早いじゃん。だから涼子さんがクインヴェールで働くのを知って、腕に自信のある生徒が挑みに行って……」

 

「全員返り討ちにあった、と?」

 

簡単に予想がついた。アスタリスクで確実にお袋より強いのはオーフェリアと星露だけだろうし。

 

「まあね。50人近く、その上冒頭の十二人も9人挑んだけど全員倒しちゃったの。それでペトラさんが涼子さんに事務以外にも戦闘の方もやらないかって声をかけて、戦闘のコーチもやる事になったよ」

 

何やってんだお袋の奴。いくら生徒から挑んできたとはいえ就任初日から50人以上相手をするとは予想外過ぎだわ。

 

「ま、まあアレだ。赫夜に割く時間は減ったかもしれないが、クインヴェールの底上げに大きく貢献すると思うぞ?」

 

「あはは……まあね。それで八幡君はどうするの?明日から練習に戻れるの?」

 

「ああ、そのつもりだ。何時までも身体を動かさないと鈍るからな」

 

リハビリの意味でも赫夜のメンバーと戦うのも悪くないだろう。

 

そう思っているとシルヴィは急にジト目で俺を見てくる。何だその目は?俺は別に悪い事をしてないぞ?

 

「別に良いけど……絶対に美奈兎ちゃん達にラッキースケベはしないでね?」

 

シルヴィがそう言うとオーフェリアもシルヴィ同様にジト目で俺を見て居心地が悪くなる。

 

「あ、いや……それは……一応頑張る」

 

俺は2人のジト目にビビりながらしどろもどろにそう返すことしか出来なかった。

 

「約束だよ?それにしても何で八幡君はラッキースケベを起こすんだろ?私とオーフェリアにはしないのに……」

 

「したくてしてる訳じゃねぇよ。てかお前らにラッキースケベを起こせるならとっくにやってるわ」

 

「……八幡のエッチ」

 

「やかましい」

 

オーフェリアのツッコミに反応する。好きな女にラッキースケベをしたいと思って何が悪いんだ。

 

そう思いながら俺は食事を食べるのを再開した。

 

しかしこの時の俺はこの後にラッキースケベより凄いイベントがある事をまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「それにしても……久しぶりの我が家の風呂は最高だな」

 

湯船に浸かりながらそう考える。入院中に治療院の風呂にも入ったが、時間が決まっていたり手術直後は入れなかったりと余り自由がなかった。

 

対して今は時間は決まっていないし、義手も馴染んでいるので風呂に入る際に支障がない。

 

そして何より……

 

「治療院にはオーフェリアもシルヴィも居なかったからな。実に退屈な風呂だったよ」

 

「そうなんだ。でも大丈夫だよ。今日からまた3人で入ろうね?」

 

「……シルヴィアと2人で入るのも悪くはなかったけど……やっぱり3人で入るのが1番ね」

 

俺がそう言うと、俺と同じように湯船に浸かっているオーフェリアとシルヴィが笑顔を見せて俺の左右の腕に抱きついて甘えてくる。それによって2人の柔らかな胸が俺の腕に当たってフニュンと形を変える。

 

「全くだ。もう二度と入院はしたくない」

 

いくら面会時間に会えるとはいえ、夜1人で寝るのはガチで寂しかったからな。どうやら俺はオーフェリアとシルヴィの2人と付き合ってからかなりの寂しがりになったようだ。

 

「そうだよ。お願いだから1人で無茶をしないでね?もしも八幡君がまたあんな目に遭ったら嫌だよ?」

 

「もしも八幡が死んだら……って考えるだけで胸が痛くなるの。だからお願い、1人で立ち向かおうとしないで私達を頼って」

 

2人は悲しげな表情をしながら左右から抱きついてくる。2人に心配をかけるのは俺自身の胸が締め付けるように痛くなる。

 

しかしだからと言って2人を巻き込むのはそれはそれで胸が痛む。もしも2人が傷ついたら……と考えると2人に頼るのを躊躇ってしまう。

 

そんな俺の考えを読んだのか2人は更に強く抱きついてくる。

 

「八幡君、前にも言ったけど私達3人はずっと一緒って言ったよね?」

 

「……ここで1人で立ち向かうのは違うでしょ?」

 

「……それは」

 

その通りだ。俺達は3人でずっと一緒、隠し事などしないで一生を共にする関係だ。ここで俺が隠し事をしたり、2人を引き離したりするのはある意味2人に対する裏切りとも言えるだろう。

 

暫くの間、俺は悩み続けて……

 

「……わかった。もしも奴等と相対する事になったらお前らを頼る」

 

2人の意見を尊重する事にした。正直言って完全に納得はしていないが、2人が言っている事は正しいし、俺が拒否しても勝手に参加しそうだからな。

 

渋々ながら俺は了承の意を表明すると2人は一瞬だけ驚きの表情を見せるも直ぐに……

 

 

「「ええ(うん)!」」

 

優しい笑顔を浮かべて俺に向けてくる。そんな2人に対して俺は2人を抱き寄せて強く抱きしめる。

 

2人と悪に立ち向かう以上、もっと強くならないといけない。誰よりも、どんな手段を使ってもだ。2人と一緒に幸せに過ごす為なら何でもやってやる。

 

そう思いながら俺は暫くの間2人を抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂で2人の為に強くなると改めて決心した俺は風呂から出て寝巻きを着てベッドの上で寝転がる。いつもなら3人一緒に風呂から出て、ベッドの上で寝るまでイチャイチャするのが基本だが今日は違って今寝室にいるのは俺1人だけだ。

 

何故かと言うと風呂から上がろうとした時にオーフェリアとシルヴィが……

 

 

「「今日は私達は後から出るから八幡(君)は先に寝室に行って」」

 

同時にそう言ってきたからだ。理由を尋ねても後でわかると一点張りで教えてくれなかったので、仕方なく言われた通り先に風呂から上がって寝室で待っているが……

 

(マジで何をやってんだ?あそこまで頑なに教えないって事は悪戯でも仕掛けるのか?)

 

悪戯だとしたら変な悪戯じゃないと良いんだが……

 

そう思いながら俺は暇潰しの為にネットでも見ようとベッドの端にある端末を取ろうとした時だった。

 

「「お、お待たせ……」」

 

背後からガチャリとドアが開く音と2人の声が聞こえた。それを聞いた俺は端末を置いて振り向くとそこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

そこには物凄いエロい下着を着けているオーフェリアとシルヴィがいた。

 

予想外の光景に呆然としていると……

 

「ど、どうかしら?」

 

「は、八幡君の為に買ったんだけど……」

 

2人は恥ずかしそうに身を捩っていた。対して俺は2人から目を逸らすことが出来なかった。

 

シルヴィは露出の多いTバックの黒い下着を、オーフェリアは秘部以外の箇所の色が薄く丸見えの紫色の下着を着けていた。

 

その上2人の恥じらいが余計にエロさを引き出している。

 

ハッキリ言おう。裸よりエロい。

 

予想外の2人の艶姿に呆然としていると……

 

「うおっ?!」

 

いきなり衝撃が走ったかて思い意識を戻すと2人が俺をベッドに押し倒していた。

 

てか近い近い!!普段イチャイチャしている俺でもここまでエロい下着を着けている2人に迫られたらガチでヤバい。てか冗談抜きでエロ過ぎる!何処で買ったんだよ?!この下着を作った奴は神か?!

 

頭に熱が溜まる中、2人は更に顔を寄せて……

 

「「んっ……」」

 

同時に俺の唇にキスを落としてくる。エロい姿によってキスをされる事で更に熱が溜まるのを理解する中、2人は艶のある表情を浮かべながら俺の左右の耳に顔を寄せ……

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡、今日は久しぶりに沢山愛してあげるから」

 

「入院している時は面会時間という邪魔があったけど今日は邪魔が入らないから朝までたっぷり愛し合おうね?」

 

生温かい吐息と共にそう言いながら俺の寝巻きを剥がして下着一枚の姿にする。

 

しかし俺はそれを理解するのが難しかった。余りに2人が魅力的過ぎてそれ以外の事が考えられない故だろう。

 

余りに幻想的な2人に気を取られている中、2人は自身の下着を外して一糸纏わぬ姿になり俺の下着に手を掛けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)……大好き」」

 

そう言って再度唇にキスを落としながら下着を剥ぎ取った。

 

その後に起こった事は今までで1番激しい一時であり、一生忘れない確信があったのは言うまでもないだろう。



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退院してからも色々ある(前編)

早朝

 

朝の日差しを眩しく感じた俺はゆっくりと目を開ける。すると朝の光が部屋を薄く照らしていた。

 

時計を見ると時刻は6時。いつも起きる時間より30分早く起きてしまったようだ。

 

俺が身体を起こそうとすると重みを感じて起きれなかった。その原因は………

 

 

「……んっ……八幡、好き、大好き……」

 

「八幡君……優しく、お願い……」

 

最愛の彼女が一糸纏わぬ姿で俺に抱きついているからだろう。2人はまだ寝ているが幸せそうな表情をしながらまるで起きているかのように俺に甘えている。てかこいつらマジで起きてるんじゃね?

 

しかし時折寝息が聞こえてくるので寝ているのだろう。寝ている時も俺に甘えてくるなんて彼氏としてはこの上なく嬉しい気持ちになる。

 

だから俺は偶には良いかとばかりに自分の顔をオーフェリアの顔に近づけて……

 

 

 

「俺もお前が好きだぞ、オーフェリア」

 

ちゅっ……

 

そっとキスをする。するとオーフェリアはふにゃんと口を幸せそうに動かす。それを見ると俺も自身の口が緩むのを理解する。本当に可愛いなぁ……

 

そう思いながら俺は今度はシルヴィの方を向き……

 

 

 

「お前が望むなら優しくしてやるからな、シルヴィ」

 

そう言ってオーフェリアと同じようにそっとキスをする。普段は2人からキスをされると受け身だが、偶には俺からキスしてもバチが当たらないだろう。

 

するとシルヴィは……

 

「八幡君……大好き、大好きだよぉ……」

 

寝ながらも幸せそうな表情を浮かべながら俺の事を大好きと言ってくる。

 

「ありがとな。俺もお前らが大好きだ」

 

よく複数の女を持つ男は順位を付けるが俺は付けるつもりはない。強いて言うなら2人が1番である。

 

オーフェリアもシルヴィもそれぞれ別の長所があって本当に素晴らしい彼女だ。俺はそんな2人に対して優劣をつけるつもりはなく、2人を同じように愛するつもりだ。

 

さて、それはともかく……

 

「2人はまだ起きそうもないし、偶には俺が朝飯を作るか」

 

基本的に1番早く起きた人間が朝食を作るが、大抵オーフェリアが1番早く起きるし、シルヴィは仕事で家にいない時も結構あるので俺が作る事は余りない。精々月に2、3回くらいだろう。

 

しかし俺が朝飯を作ると2人は笑顔で美味いと言ってくれるので全力を尽くさないといけない。愛する2人に最高の朝食を作らないとな。

 

そう思った俺は未だに抱きついている2人を起こさないようにゆっくりと引き離してベッドから降りる。

 

そしてベッドの下に落ちているボクサーパンツを履いてクローゼットに向かって歩き出す。てか寒い……まだ4月の夜は寒い。2人を抱き終わったらちゃんと布団を掛けて寝よう。流石に布団を掛けないで裸で寝るのは風邪を引くわ。

 

今後の夜の営みに備えて対策を考えながらズボンを履こうと腰を屈めると……

 

 

 

 

 

「痛ぇ!」

 

腰に痛みが発生して思わず声を上げてしまう。やっぱり6回はやり過ぎた。入院していて欲求不満だからって無理をし過ぎたな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜♩〜♪」

 

キッチンでシルヴィの歌を鼻で歌いながらベーコンと目玉焼きを焼く。後はトーストを焼いてインスタントのオニオンスープを作れば完成だ。

 

締めとしてお湯を沸かそうとした時だった。

 

「ふぁぁ〜、おはよう八幡君」

 

寝室からクインヴェールの制服を着たシルヴィが可愛らしく欠伸をしながらやってきた。

 

「おはようシルヴィ。もうちょっとで朝飯が出来るから待っててくれ」

 

「うん。八幡君が作る朝ご飯は久しぶりだから楽しみだよ」

 

「と言ってもお前やオーフェリアが作る物に比べたら劣ってるぞ?」

 

俺自身、2人と付き合う前は自炊をしていたからそれなりに自信はあるが2人に比べたら一歩劣っているのは紛れもない事実だ。

 

しかしシルヴィは首を横に振り……

 

「ううん。八幡君の料理には愛情があって凄く美味しいよ」

 

当たり前のようにそう言ってくる。すると自身の顔に熱が溜まるのを自覚する。シルヴィからしたらさりげない一言かもしれないが俺からしたら結構恥ずかしい。

 

「そ、そうか……」

 

「うん。だから今日もたっぷり愛情を入れてね?」

 

「……そのつもりだ」

 

俺がオーフェリアやシルヴィに何かする時は必ず全力を尽くし愛情を注いでいる。それが2人の彼氏としての責務だと俺は思っている。

 

「そっか。じゃあ楽しみにしてるね」

 

「ああ。とりあえずもう直ぐ出来るから座っててくれ」

 

「あ、その前に八幡君、おはようのキスを頂戴」

 

シルヴィは可愛らしくおねだりをしてくる。そういやおはようのキスをされた事はよくあるが俺からした事は少ないな……

 

まあそれはともかく……

 

「はいはい。シルヴィは甘えん坊だな」

 

そう言いながらコンロの火を止めてシルヴィの両肩を掴む。するとシルヴィは微かに頬を染めて笑顔を見せてくる。

 

「……八幡君が甘えん坊にしたんだよ?……まあ八幡君に甘えるの幸せだから良いけど」

 

そう言ってシルヴィは唇を出してくるので俺はゆっくりと顔を近づけて……

 

 

 

ちゅっ……

 

「「んっ……」」

 

シルヴィと唇を重ねる。柔らかい感触を唇に感じで幸せな気分になる。シルヴィも幸せそうな表情を浮かべて俺の首に腕を絡めてキスを返してくる。

 

俺自身もっとシルヴィとキスをしたいが……

 

「はい終了。これ以上は歯止めがきかないから却下な」

 

そう言いながらシルヴィから離れて焼けたベーコンと目玉焼きを皿に盛りつける。

 

「む〜、もうちょっとだけお願い」

 

横ではシルヴィが膨れっ面を俺に向けてくる。そんなシルヴィを見るとキスをしてやりたくなるが……

 

「ダメだ。以前俺がお前とオーフェリアにおはようのキスをした時に30分くらいやって遅刻しかけただろうが」

 

ここは心を鬼にして却下する。以前はおねだりをされて受けたが今回はダメだ。

 

「は〜い」

 

シルヴィは不満たらたらの表情をしながら席に座る。ヤバい……罪悪感が……

 

とはいえ今キスをしたら間違いなく歯止めがきかなくなるから……

 

「……夜に好きなだけして良いから、な?」

 

落とし所を作り出す。つくづく俺はオーフェリアとシルヴィには甘いな……

 

そう思っているとシルヴィはキョトンとした表情を浮かべるも直ぐに……

 

「うん、お願いね」

 

可愛らしい笑みを浮かべてくる。1時間はシルヴィとのキスで埋まるだろうな。まあ良いんだけどさ……

 

帰ってから起こる未来を簡単に想像出来る事に対して苦笑をしていると……

 

 

 

「……おはよう」

 

寝室からレヴォルフの制服を着たオーフェリアが眠そうにやってきた。

 

「おはようオーフェリア」

 

「……今日は八幡が作ったのね。楽しみにしているわ」

 

「いや普通にお前らが作る物には劣ってるぞ?」

 

「いいえ違うわ。八幡の愛情が入っているから美味しいわよ」

 

シルヴィと同じ事を言ってるし。料理は愛情と言われているが、俺の愛情で喜んでくれるとは嬉しいものだ。

 

「そう思っているなら嬉しいもんだ。ちょうど今出来たから座ってろ」

 

「……ええ。あ、八幡、その前におはようのキスをお願い」

 

「はいはい、甘えん坊め」

 

俺はおねだりをするオーフェリアに対して苦笑しながら、オーフェリアの肩を掴んで顔を引き寄せる。対するオーフェリアは目を瞑って俺の方に近付き……

 

 

 

ちゅっ……

 

「「んっ……」」

 

そっと唇を重ねる。それによって更に幸せな気分になる。今日も1日頑張れそうだ。

 

 

 

 

 

 

その後俺が直ぐに唇を離して朝食を運び出すとオーフェリアはシルヴィ同様不満そうな表情を浮かべてもっとしろと要求してきたので、夜に好きなだけしてやると言った満足そうな表情を浮かべたのだった。

 

それによって俺の夜の時間は少なく見積もっても2時間は2人とのキスで埋まる事が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまた放課後にね」

 

変装したシルヴィはそう言ってくる。

 

朝食を済ませた俺達は靴を履いて玄関にいる。俺達の家はレヴォルフとクインヴェールの丁度真ん中にある。よって俺とオーフェリアは家を出たら右に、シルヴィは左に向かうので一旦ここでお別れだ。

 

「ああ、授業が終わったらクインヴェールの方に向かうわ」

 

「うん。じゃあまたね」

 

「……ええ」

 

そう挨拶を交わして俺達は互いの学校に向かって歩き出した。横ではオーフェリアが俺の腕に抱きついて甘えている。通学の時間さえも俺を幸せにしてくれるオーフェリアはマジで半端ない。

 

「ふふっ……八幡と一緒に登校するのも久しぶりだわ」

 

「そうだな」

 

「ただこうやって歩くだけでも幸せなんて……大好きよ、八幡」

 

「そいつは良かった。強いて言えばシルヴィも居れば問題ないんだがな……」

 

学校が反対方向にあるから仕方ないっちゃ仕方ないが出来るなら3人一緒に登校したいという気持ちもある。

 

「……そうね。八幡が入院している時はシルヴィアと2人で過ごしたけど、彼女の大切さを改めて知った私からしても寂しい気持ちがあるわね」

 

オーフェリアは少しだけ寂しそうな表情を見せてくる。オーフェリアが他人に対してそんな気持ちを持つようになったと思うと嬉しくなってくる。このままもっともっと色々なオーフェリアを見てみたいものだ。

 

「そいつは良かった……って、着いたか。じゃあまた昼休みに……っ!」

 

校門をくぐった瞬間に殺気を感じたのでオーフェリアを抱いて横に跳ぶ。するとさっきまで俺がいた場所に光弾がぶちこまれて地面に穴が開いていた。

 

俺が光弾が来た方向を見ると複数のチンピラらしき人間が校舎の中に逃げていった。今から捕まえるのは無理だろう。

 

「ちっ……おいオーフェリア、怪我はないか?」

 

「……ええ。でもいきなり襲われるとは思わなかったわ」

 

「多分アレだ。俺が腕を斬り落とされたから戦闘力が低下したと思った馬鹿共が闇討ちをしてきたんだろ?」

 

俺自身レヴォルフでは割と恨まれている方だ。昔はそれなりに闇討ちをされていたが全員返り討ちにして、最終的に序列2位になって闇討ちがなくなった。

 

しかし今回の件で俺が腕を失って弱体化したと思ったのだろう。恨みを晴らそうと闇討ちをしてきたとしか思えない。

 

「……八幡、見つけ出して殺す?」

 

オーフェリアは殺意を剥き出しにしながらそう聞いてくるが……

 

「いやいい。お前の手を煩わせる訳にはいかねぇよ。それに腕1つ失ったくらいじゃ俺の戦闘力は落ちないしな」

 

俺別に両手で扱う武器なんて使わないしぶっちゃけ戦闘に支障はないし。次に接近戦を仕掛けてきた奴を適当に半殺しにして一目のつく所に磔にすれば直ぐに闇討ちしてくる奴はいなくなるだろうし。

 

「……そう。八幡がそう言うならしないけど……もしも怪我したら言ってね。それだけは絶対に許されない事だから……!」

 

「はいよ。心配してくれてありがとな」

 

「んっ……」

 

そう言ってオーフェリアの頭を撫でるとくすぐったそうに目を細める。可愛いなぁ……

 

俺はオーフェリアの頭を撫で続けながら辺りを見渡すと何人かの生徒が意味深な目を向けてくる。

 

おそらく闇討ちを考えている人間だろう。こいつら程度に遅れを取るとは考えにくいが油断はしない方が良いだろう。

 

そう思いながら俺はオーフェリアの手を引っ張りながら昇降口に入った。

 

靴を履き替えてオーフェリアと向き合う。

 

「じゃあオーフェリア、昼休みにまたな」

 

「……ええ。八幡も気をつけてね……んっ」

 

オーフェリアが警告をしてからそっとキスをしてくる。

 

「んっ……はいよ。ヤバくなったら逃げに徹するよ」

 

そう言いながら俺はキスを返してオーフェリアに了承の意を表明する。それを聞いたオーフェリアは納得したようにコクリと頷いて自分の所属する教室に向かって歩き出した。

 

俺は軽く手を振りながらオーフェリアが見えなくなるまで見送り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気配で丸分かりだ三下」

 

後ろから闇討ちを仕掛けてきたチンピラの一撃を横に跳んで回避して、返す刀の如くナイフ型煌式武装を持つチンピラの右腕をへし折りそれと同時に星辰力の籠った蹴りをチンピラの腹に叩き込む。

 

「があっ……!」

 

チンピラは呻き声と共に壁に吹き飛ぶ。当たった壁にはヒビが入りチンピラはそのままズルズルと床に倒れこんだ。

 

やれやれ、これが後何回続くんだか……

 

面倒な未来が容易に想像出来る事にため息を吐きながら教室に向かって歩き出した。

 

 

 



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退院してからも色々ある(中編)

「それで八幡、結局何回襲われたの?」

 

昼休み、いつも飯を食うベストプレイスにて俺の膝の上に乗って甘えてくるオーフェリアが質問をしながらパンを差し出してくる。

 

対して俺は口を開けてオーフェリアが差し出してきたパンを食べる。購買の安いパンだがオーフェリアのあーんによっていつもより美味く感じるるのは気の所為ではないだろう。

 

「お前と別れてからは28回だな。お前と別れた直後に1回、教室に入るまでに7回、教室に入ってから3回、各休み時間に8回、昼休みにお前と合流するまでに9回襲われたな」

 

おかげで制服は返り血で汚れ過ぎて捨てる羽目になっちまったし。まあ最後に襲撃した奴らの財布から制服代は抜いたけどな。

 

そんな中、オーフェリアは殺気を漏らしまくる。

 

「……そう。八幡、午後はずっと私といましょう?狙ってきた相手には地獄を見せるわ」

 

「待てコラ。お前の地獄は洒落にならない……って『覇潰の血鎌』は出すな!冗談抜きでヤバいからな?!」

 

雑魚相手に純星煌式武装ってオーバーキル過ぎだからな?てかオーフェリアの場合、学校そのものを重力で潰しそうで怖い。

 

「……でも」

 

そう言ってもオーフェリアは不満そうな表情を浮かべているので俺は膝の上にいるオーフェリアを優しく抱きしめる。

 

「……いいんだよ。お前の手を煩わせる訳にはいかない。これは俺が馬鹿したからこうなったんだよ。それに最後に襲撃してきたのは高位序列者3人だったんだが、全員中庭に磔にしたからこれ以上狙う馬鹿はいないと思う」

 

アレを見てから俺に襲撃をしてくる奴なんて冒頭の十二人か桁違いの馬鹿くらいだろう。

 

そう言うとオーフェリアは小さく頷いて抱き返してくる。

 

「……わかったわ。八幡を信じるわ」

 

「ああ、頼む」

 

お互いに一言だけ言葉を交わして

 

 

 

 

「「んっ……」」

 

俺達はそっと唇を重ねた。言葉を交わす事なくオーフェリアがキスを求めているのは理解したので要望に応えたのだ。

 

「八幡……」

 

「何だ?」

 

「好き……大好き……」

 

オーフェリアはキスをしながら好き好き言ってくる。それに対して俺が返す言葉はただ一つだ。

 

「知っている。俺もお前が好きだぞ、オーフェリア」

 

そう言って華奢なオーフェリアの身体を優しく抱きしめる。

 

「……んっ。ずっとずっと私やシルヴィア一緒に居てくれる?」

 

「……ああ」

 

「……私をお嫁さんにしてくれる?」

 

「もちろんだ」

 

「……結婚したら子供を作ってくれる?」

 

「お前が望むなら」

 

「……もうラッキースケベはしない?」

 

「あー……うん、善処する」

 

瞬間、オーフェリアはジト目になって頬を引っ張ってくる。

 

「……そこは断言しなさいよ。八幡のバカ」

 

いや、だってやりたくてやってる訳じゃないし。気をつけていてもふとした拍子にやっちまうからなぁ……

 

「いや、一応しないように気をつけてるからな?」

 

「でもしてしまうのよね?」

 

「……はい」

 

ラッキースケベを回避するように最善は尽くしているんだが……何でだ?もしかして何処かのハーレム王の素質を持つ男の能力でも手に入れたのか?

 

「もう……八幡のバカ」

 

「……すまん」

 

マジですみません。これについてはオーフェリアとシルヴィに対して申し訳が立たないんだよなぁ……

 

「……じゃあ、昼休み終わるまでキスして」

 

オーフェリアが拗ねた口調でおねだりをしてくるが……

 

「別に構わないが、それはいつもの事じゃね?」

 

昼休みは飯を食ったら予鈴が鳴るまでオーフェリアとキスをするのが通例だ。寧ろしない日はないくらいだし。

 

「そうじゃなくて……その……激しい方のキスを……」

 

つまりディープをしろと?まあ確かに軽いキスなら毎日しているが、ディープは基本的に夜2人を抱く時以外余りしない。だってやったら止まらなくなるから(主にシルヴィが)

 

一瞬悩んだが

 

「……わかったよ」

 

する事にした。流石に野外、それも自分の学校で理性を失うとは考えにくいし、そして何よりも彼女の要望には答えてやりたいからな。

 

「んっ……」

 

それを聞いたオーフェリアは小さく頷いて俺に顔を近づけて……

 

「んっ……ちゅっ……」

 

即座に俺の口の中に舌を入れてきたので、俺も応戦するかのように舌を出して絡める。

 

その後、予鈴のチャイムが鳴るまで校舎の端では2人の喘ぎ声と水音がずっと響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

「悪いオーフェリア、遅くなった」

 

授業が終わった俺は校門で可愛らしく佇んでいるオーフェリアに話しかける。するとオーフェリアはこちらを向いて優しい笑みを見せてくる。

 

「……気にしないで。私が早かっただけだから。八幡は……午後は襲われていないみたいね」

 

「まあな」

 

まあ新調した制服には返り血が付いてないからな。おそらく高位序列者3人を磔にしたのが大きいだろう。さっきレヴォルフの裏サイトを見たら『比企谷八幡は腕を失って強さは衰えていない、闇討ちは無理』って書かれていたし、もう襲われる事はないだろう。

 

「なら良かったわ。もしも八幡が怪我したら襲撃者を全員潰さないといけなかったし」

 

お前の場合潰すじゃ済まなそうなのがマジで怖いんですけど?まあ襲われなくなった以上オーフェリアが動くことはないから良いんだけどさ。

 

「その必要はないから安心しろ。それよりクインヴェールに行こうぜ?」

 

今日からまた赫夜の訓練に付き合う予定だ。お袋は事務以外にクインヴェールの戦闘のコーチもやる事になったので赫夜に対して取れる時間も減ったらしいからとフロックハートから要請が来たし。

 

「……そうね、行きましょう八幡」

 

そう言いながらオーフェリアはコクンと頷いて俺の指に自身の指を絡めてくる。さりげなく恋人繋ぎをしてくるオーフェリア……八幡的にポイント高いな。

 

内心で小町のセリフをパクった俺は苦笑しながら、オーフェリアと一緒にもう1人の恋人が所属する学園に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても……女子校に入るのに慣れちまうとは……」

 

クインヴェール女学園の地下の廊下にて、影に潜りながら赫夜のメンバーがいつも使っているトレーニングルームに向かっている。

 

既にクインヴェールの入校証やトレーニングルームの入室パスもシルヴィや赫夜のメンバーから貰っているから堂々と入っても捕まる事はないが、面倒なのは目に見えているのでいつも影に潜りながらトレーニングルームに入っている。

 

「……そうね。私も自由になる前は自身の学園以外に入るとは思わなかったわ」

 

隣にいるオーフェリアも同じような事を言いながら頷く。

 

だろうな。あのディルクがオーフェリアに遊びの時間を与えるとは考えにくいし。

 

「まあそうだろうな……っと、着いたな」

 

オーフェリアと話している内に赫夜が毎回使っているトレーニングルームの前に到着した。それと同時に周りを見渡すが……

 

「人の気配は無し……っと」

 

人の気配は無いので影から上がる。そして赫夜から貰った入室パスをポケットから取り出してセンサーにかざす。

 

するとピーっという音がして扉が開くので中に入ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……え?』

 

チーム・赫夜の5人が下着姿でジャージに着替えようとしている場面が目に入った。

 

それと同時に俺の肩に何かが置かれた感触が走り……俺は本能的に恐怖を感じた。恐る恐る振り向くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……八幡」

 

オーフェリアがドス黒いオーラを出しながらジト目で俺を見ていた。

 

……うん、これは死んだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほどな。お袋との訓練で汗をかき過ぎたから着替えをしていたのか」

 

「う、うん。それより比企谷君は大丈夫なの?」

 

頭の上から若宮の心配そうな声が聞こえるので俺は力を振り絞り床から起き上がる。全身からは痛みが襲ってくるかそれを無視して若宮達と向き合う。

 

俺は現在満身創痍だ。ちなみにこれは着替えを見られたチーム・赫夜がやった訳ではない。向こうは『比企谷君が来るのを知っていたにもかかわらず、入室許可をロックしないで着替えた自分達が悪い』と言ってそこまで怒られなかった。

 

ただしオーフェリアは別でラッキースケベをするなと言われて半日以内にラッキースケベをした事で激怒、”塵と化せ”をぶっ放してきて俺はモロに食らったのだ。

 

「問題ないな。ちょっと痺れるくらいだ。そんで戦闘に多少支障が出るくらいだ」

 

そう言いながら紫色になった右腕を軽く振るう。”塵と化せ”を食らった影響で色が変わっているが直ぐに元に戻るだろう。

 

「ちょっと痺れるくらいって……比企谷さん人間をやめていますの?」

 

「いえ辞めてないですからね?」

 

顔を引き攣らせたフェアクロフ先輩がさり気なく失礼な事を言ってくるが人間は辞めていない。ラッキースケベをする度に”塵と化せ”を食らっていて、既に50回近く食らったから慣れているだけだろう。

 

(まあ、慣れるのはどうかと思うけどな。てか……)

 

「………」

 

オーフェリアは機嫌を直してくれ。さっきからジト目で俺を見ているし。こりゃ今日の夜はオーフェリアのご機嫌とりで眠れなさそうだ。

 

「なあオーフェリア、マジで悪かったって。てか今回は完全に事故だからな?”塵と化せ”をぶっ放したんだからその程度で勘弁してくれよ」

 

そう謝りながら変色していない左手でオーフェリアを撫でる。

 

「アレを食らったのにその程度って……」

 

後ろでは赫夜のメンバーが引いている気配を感じるが気にしない。気にしたら負けだからな。

 

暫くの間、オーフェリアの頭を撫でていると、オーフェリアはため息を吐いて小さく頷く。

 

「……そうね。今回は八幡がドジをして転んだ訳じゃないし……わかったわよ」

 

「サンキューな」

 

「……んっ、ただし今日の夜は一杯甘えるから」

 

「はいはい。お前らも悪かったな」

 

そう言いながら頭を下げる。事故とはいえ毎度毎度申し訳ない。

 

「……頭は下げなくて良いわよ。今回はこっちの過失だし、貴方のそれは今更だから」

 

フロックハートがオーフェリアと同じようにため息を吐きながらそう言ってくる。後ろの4人は苦笑しながら頷く。今更呼ばわりされるのはアレだが事実なので返す言葉がない。

 

「そうかい。ところでお袋は何処に行ったんだ?」

 

話を聞く限りさっきまでこいつらに稽古をつけていたらしいが、トレーニングルームにはお袋の影も形もない。

 

「さっきメールで呼び出されていたわ」

 

フロックハートがそう口にする。

 

「は?お袋の奴何かやらかしたのか?」

 

「内容は聞いていないから知らないわ。とりあえず今日はもう来れないって言っていたわ」

 

「あっそ。んじゃ俺と模擬戦するか?」

 

「ええ。こちらから頼む所だったの。だけど貴方、オーフェリアの攻撃を食らったけど大丈夫なの?」

 

「ああ。食らい慣れてるからな。もう大丈夫だ」

 

てかオーフェリアが自由になってからの方が”塵と化せ”を食らっている気がする。てか赫夜のメンバーはそんな同情的な眼差しで俺を見るな。

 

内心そう突っ込んでいると俺のポケットの端末が鳴り出した。

 

「悪いフロックハート、電話に出ていいか?」

 

「良いわよ」

 

一言断ってからフロックハートから了承を得たので俺は少し離れた場所に行き端末を取り出す。

 

電話をしてきたのは……エンフィールドか。となると……

 

電話の内容を何となく察した俺は空間ウィンドウを開きながら電話に出る。すると空間ウィンドウには金髪の美少女が映る。

 

『こんにちは比企谷君、今大丈夫ですか?』

 

「ああ、大丈夫だ。話の内容は獅鷲星武祭関係か?」

 

『そうです。例のユリスとソフィア・フェアクロフのトレーニングの件についてですね』

 

「その話をするって事はそっちのチームは最低限の連携はマスターしたって事か?」

 

『ええ、個別の連携は問題ないレベルまで仕上がったので、後は実戦練習と個々の能力の向上に努めるつもりです』

 

なるほどな……たった3ヶ月ちょいで個々の連携は問題ないレベルになったのか。エンフィールドのチームは我が強いメンバーだからもうちょい時間がかかると思っていた。

 

「わかった。じゃあ今から会えるか?こういうのは直接会った方が良いだろうし」

 

普通に顔合わせもしないといけないだろうし。それに天霧には処刑刀の話をしておきたいからな。

 

『そうですね……何処か良い集合場所はありませんか?』

 

良い集合場所ね……うーん。

 

「あ、じゃあ鳳凰星武祭の時に天霧とリースフェルトとフローラが行ったカフェ……『マコンド』でどうだ?」

 

あそこは若宮の友人がバイトをしているカフェで、俺がフロックハートと練習メニューを作る時やオーフェリアやシルヴィとデートする時に足を運んで、最近常連になってきた店でもある。

 

「ああ……あそこですね。わかりました。では1時間後に綾斗とユリスを連れて行きます」

 

「はいよ。じゃあまた後で」

 

そう言って空間ウィンドウを閉じて赫夜のメンバーがいる所に向かう。

 

「フロックハート、今エンフィールドから例のトレーニングについて連絡が来た」

 

俺がそう言うとフロックハートは真剣な表情になり、他の4人はキョトンとした表情を浮かべる。どうやら4人にはまだ話していないようだ。

 

「……そう。それで?」

 

「事後承諾で悪いが今から顔合わせをするからフェアクロフ先輩を借りるぞ」

 

「それなら仕方ないわね……わかったわ。じゃあ今日はソフィア先輩抜きで基礎練だけしておくわ」

 

「え?ちょ、ちょっと比企谷さんにクロエさん?一体何の話をしているのですの?」

 

「あ、はい。以前から高度な練習……赫夜のメンバーの得意分野を更に伸ばす為の指導者を探していましたよね?」

 

「あれ?星露ちゃんじゃ駄目なの?」

 

若宮が律儀に手を挙げて質問をしてくる。

 

「いや、星露の教えは一流だ。だけどお前らがチーム・ランスロットやチーム・エンフィールドを超えるには星露だけじゃ足りないな。だから個々の得意分野を更に伸ばす為の指導者は多いに越したことはない」

 

言っちゃ悪いが赫夜のメンバーの中にアーネスト・フェアクロフや天霧綾斗、武暁彗の様に際立った強さを持つ人間はいない。

 

それらの強者に勝つには星露の教えだけでは届かないだろう。向こうも努力をしているだろうし。

 

「話はわかりました。美奈兎さんには涼子さんがいてニーナさんには比企谷さんがいますけど、私と柚陽さんとクロエさんにはいないですからね。それで?私の練習相手はどちらですの?」

 

「天霧綾斗」

 

「ええっ?!む、叢雲ですのっ?!」

 

それを聞いたフェアクロフ先輩は驚きの声を上げる。まあいきなり星導館の序列1位の名前が出るとは思わなかったのだろう。

 

「綾斗さんですか?綾斗さんも獅鷲星武祭に出るのによく引き受けてくれましたね」

 

天霧と同じ流派の蓮城寺が若干驚きを混じった声をしながら聞いてくる。まあ普通に考えたらそうだろう。

 

「無論タダじゃねぇぞ。天霧をフェアクロフ先輩の訓練に付き合わせる代わりに俺はリースフェルトの訓練に付き合う取引をしたんだよ」

 

それを聞いたフロックハート以外の4人は呆気に取られた表情を浮かべる。特に若宮、頭から煙が出てるし明らかに考える事を止めたな。

 

そう思う中、フェアクロフ先輩が口を開ける。

 

「……それで私抜きで訓練をすると言っていましたのね?」

 

「はい。それでフェアクロフ先輩はどうしますか?天霧で不満があるならこの取引を無しにしますが」

 

「いえ。天霧綾斗の実力なら良い鍛錬になるでしょうから受けますわ」

 

「そうですか。そんじゃ今から向こうと会いに行くんで付いてきて貰って良いですか?」

 

「わかりましたわ。案内よろしくお願いいたしますわ」

 

「了解しました。オーフェリアはどうする?来るか?」

 

「……私は完全な部外者だから遠慮するわ。美奈兎達の訓練の手伝いでもしておくわ」

 

おお……オーフェリアが他人の手伝いをするって自分から言うなんて……自由になってから思いやりの心が出来ていて嬉しいな……

 

「そっか。わかった。じゃあフェアクロフ先輩、俺は影に潜ってクインヴェールを出るんでクインヴェールの校門に集合しましょう」

 

そう言って自身の影に星辰力を込めて影の中に潜った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから40分後……

 

カフェ『マコンド』に到着した俺とフェアクロフ先輩がパフェを食っていると……

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。直で会うのは久しぶりですね」

 

そんな可愛らしい声がしたので振り向くとエンフィールドが天霧とリースフェルトを連れて笑顔を向けていた。

 

こうして三校の生徒による話し合いが始まった。



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退院してからも色々ある(後編)

カフェ『マコンド』のありとあらゆる場所からひそひそ声が聞こえてくる。客にしろ店員にしろ全員がある一席を見ていた。

 

その席には男子2人と女子3人が座っていた。しかしその5人は……

 

星導館学園序列1位にして今シーズンの鳳凰星武祭覇者である天霧綾斗

 

星導館学園序列2位にして生徒会長を務めるクローディア・エンフィールド

 

星導館学園序列5位にして天霧と共に鳳凰星武祭を制したユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

 

クインヴェール女学園元序列8位にして『聖騎士』アーネスト・フェアクロフの実妹であるソフィア・フェアクロフ

 

レヴォルフ黒学院序列2位にして王竜星武祭ベスト4の比企谷八幡

 

アスタリスクでもかなりの有名人の5人であった。

 

店内にいる当事者5人以外全員の視線が集まる中話し合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはソフィアさん、お久しぶりですね」

 

エンフィールドがにこやかにフェアクロフ先輩ににこやかに話しかける。

 

「そうですわね。去年のフェアクロフ家で行われた夜会以来ですわね。ユリスはウィーンのオペラ舞踏会以来でしたわね?」

 

「ああそうだな。それにしてもソフィアは王竜星武祭に挑むと思っていたのだがな、どういう心境の変化だ?」

 

フェアクロフ先輩は既に2度王竜星武祭に挑んでいるから3度目も王竜星武祭と思っていたのだろう。まあそれも仕方ない。俺自身もそう思っていたし。

 

「まあ色々ですわ」

 

「ん?もしかして比企谷が誘ったのか?」

 

「いや、俺が協力し始めたのはフェアクロフ先輩がチーム入りしてからだからメンバーについては関与してないぞ」

 

「そうか。それにしても去年はうちの学園のコンビ、今年はクインヴェールのチーム鍛える……お人好しにも程があるなお前は」

 

何処か呆れた表情を浮かべて俺を見てくるリースフェルト。まあ端から見たらかなりお人好しだろうな俺。

 

「気まぐれだよ気まぐれ。小町達にしろ赫夜にしろ頼まれたから引き受けただけだよ」

 

「普通は断るだろうが……だがお前のそのお人好しには本当に感謝している。鳳凰星武祭の時はお前のお陰で私の望みが叶ったのだから」

 

望み?……ああ、オーフェリアの事か。だとしたらそこまで礼を言われるつもりはない。俺自身オーフェリアを助ける為にフローラを助けたようなものだからな。

 

「鳳凰星武祭?比企谷さんはその時にユリスに何か協力したのですか?」

 

「まあ色々っすよ。それより顔合わせなんですから……」

 

そう言いながらチラッと天霧を見るとフェアクロフ先輩が納得したように頷く。

 

「あ、そうでしたわね。初めまして『叢雲』天霧綾斗。ソフィア・フェアクロフと申しますわ」

 

「あ、どうも。天霧綾斗です。よろしくお願いします」

 

「ええ、よろしくお願いしますわ。前日のグラン・コロッセオでは見事な剣技でしたわ」

 

グラン・コロッセオか……俺は見る前にトイレに行ったがその時にヴァルダに襲われて処刑刀に腕を斬り落とされたからそれどころじゃなかったんだよなぁ……

 

「ありがとうございます。ですが俺なんかよりアーネストさんの方が凄い剣技でしたよ」

 

あ、馬鹿天霧。そんな事を言ったら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「当然ですわ!お兄様の剣技は誰よりも美しく、それでありながら誰よりも鋭いものですわ!」

 

あーあ、案の定フェアクロフ先輩のスイッチが入ったよ。

 

フェアクロフ先輩はブラコン、それもかなりのブラコンである。以前俺がフェアクロフさんを褒めたら同じようにハイテンションになり自分の兄の事を8時間も語ってきたのだ。全部聞いた時は結構、いやメチャクチャ疲れた。

 

何せ今年の夏休みの宿題の自由研究を『アーネスト・フェアクロフについて』という題名の論文にするか真剣に考えるくらい聞かされたからな。てかそれにするつもりだ。

 

前を見ると天霧はフェアクロフ先輩の急なハイテンションに驚いていて、リースフェルトは事情を知っていたようで額に手を当ててため息を吐いていて、エンフィールドはいつもの微笑みを浮かべていた。

 

とはいえ放置する訳にもいかない。今フェアクロフ先輩は天霧に詰め寄りながら兄の事を語っているが、止めないと最低でも7時間は語るだろうし。

 

そう判断した俺は天霧に顔を寄せて兄の自慢をしているフェアクロフ先輩の肩を引っ張り椅子に座らせる。

 

「フェアクロフ先輩落ち着いてください。今は訓練の予定を話す時間です。フェアクロフさんのことについての話は後日にしてください」

 

「あ……失礼しましたわ」

 

俺に引っ張られるとフェアクロフ先輩は真っ赤になって縮こまる。歳上だが可愛いなこの人。普段も割とポンコツだし。オーフェリアやシルヴィとは違ったタイプの可愛さなんだよなぁ……

 

そう思っていると端末が鳴り出した。誰からだ?

 

疑問に思いながら端末を取り出して見てみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『fromオーフェリア 八幡、ソフィア・フェアクロフにデレデレしたでしょ?今夜搾り取るから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今フェアクロフ先輩にデレデレしてたよね?今夜搾り取るから』

 

2人から同時にそんなメールが来て冷や汗が出るのを自覚した。

 

怖い、マジで怖い。何でわかったの?タイミング良過ぎだろ?もしかして監視でもしてるのか?

 

疑問に思いながら周囲を見回すが2人の姿は見えない。どうやら直感でそう思ったのだろう。

 

監視も怖いが直感も怖過ぎるわ!

 

てか搾り取るって……昨日6回もやったのに今日もやるのかよ?!マジで耐えられる気がしないな。

 

「比企谷君、顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」

 

内心ビクビクしているとエンフィールド、いやこの場にいる俺以外の全員が心配そうな表情で俺を見ていた。

 

「え?そんなに酷い顔か?」

 

「はい、真っ青ですね」

 

「ああ、今にも死にそうな顔をしている」

 

「もしかして斬り落とされた腕が関係あるの?」

 

「体調が悪いなら今日は無理しないで帰った方が良いですわよ」

 

冗談かと思い聞いてみたらエンフィールドを皮切りにリースフェルト、天霧、フェアクロフ先輩が一斉に返してきた。どんだけ顔色が悪いんだよ?

 

 

「いや、腕は関係ない。単に寒気を感じただけだ」

 

嘘は言っていない。嘘は。実際寒気を感じたのは本当だしな。とりあえずここは話を逸らすべきだろう。

 

「それより本題に入ろう。獅鷲星武祭に備えての訓練だが、フェアクロフ先輩とリースフェルトの訓練で間違いないな」

 

改めて確認を取ると全員が真剣な表情に切り替わる。

 

「ええ。獅鷲星武祭はチーム戦。ですがこちらのチームは我が強い攻撃性の高いチームですので、チーム戦で重要な遊撃手が欲しいのです」

 

「まあお前んところのチームは全員火力馬鹿だからな。特にリースフェルトと沙々宮」

 

リースフェルトは怒ると爆発してくるし、沙々宮は高威力の巨大煌式武装をガンガン使う奴だし。

 

「待て比企谷。あいつと同じ扱いは止めろ。私はそれなりにテクニック系の技もあるからな?」

 

「俺からすりゃ50歩100歩だ。まあ安心しろ。今回の訓練でお前を火力馬鹿とテクニック馬鹿を両立した女にしてやる」

 

「その呼び方は止めろ。だがまあ、お前の戦い方は参考になるからな。これを機会に是非頼む」

 

「そのつもりだ。そしてその条件として天霧を借りるがな」

 

そう言ってエンフィールドをチラッて見るとエンフィールドは頷く。

 

「ええ。比企谷君が持ち前のいやらしさをユリスに教える代わりに綾斗がソフィアさんの練習に付き合う、これは綾斗も了承していますから」

 

「俺は構わないけど……俺なんかで務まるかな?」

 

いやいや、1年近く序列1位をキープしている奴が務まらないんじゃ誰も務まらないからな?

 

顔を見る限り本気で言っているようだが、謙遜も行き過ぎると嫌味だぞ?

 

「綾斗、貴方は自分の事を過小評価し過ぎですよ?」

 

「全くだ。大体お前で務まらないならこの取引は成立しないだろう」

 

「そうですわね。仮にも一校の代表であるのですからもう少しドーンと構えなさいな」

 

どうやら他の3人も同じ事を考えていたようだ。天霧に苦言を呈している。

 

「まあそんな訳だ。俺含めて全員がお前なら務まると思っているから問題ねーよ」

 

「う、うん」

 

未だに懐疑的だがとりあえずは納得したみたいだ。これで漸く話を進められる。

 

「なら良し。って訳でフェアクロフ先輩に聞きますが今回の取引に異論はありますか?」

 

「いえ。異論はありませんわ。それでは天霧綾斗、よろしくお願いしますわ」

 

「は、はい」

 

そう言ってフェアクロフ先輩は手を出すと、天霧が未だに戸惑いながらも手を出して握手をする。

 

「では私からも……獅鷲星武祭までよろしく頼むぞ比企谷」

 

「はいよ」

 

そう言いながら俺もリースフェルトと握手をする。とりあえず取引は成立と見て良いだろうな。

 

それを見たエンフィールドはうんうん頷き……

 

「取引が成功して良かったです。それまでは日程などの細かい話に移りましょうか」

 

そう言って話を次の段階に進ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ではこれから毎週日曜日の夕方4時に中央区のトレーニングジムで訓練という事で異論はないですか?」

 

エンフィールドがそう言って俺達を見渡してくるので全員が頷く。

 

「よろしい。それでは今日の顔合わせはこれで終了しましょう」

 

言うとエンフィールドが立ち上がり天霧とリースフェルトもそれにつられて立ち上がるが、俺はそれを制するように話しかける。

 

「あ、ちょっと待て。天霧は残れ。話したい事がある。すみませんがフェアクロフ先輩、先に帰っていて貰っていいすか?」

 

俺が天霧だけを呼び止めるとエンフィールドと天霧は真剣な表情になり、リースフェルトとフェアクロフ先輩は疑問符を浮かべた表情を見せてくる。

 

「……わかった。ユリスとクローディアは先に帰っててくれないかな?」

 

「それは構わないが……何の話をするんだ?」

 

「えっと、それは……」

 

天霧は口ごもってしまう。こいつ誤魔化すの下手過ぎだろ?仕方ないから手を貸すか。

 

だから俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リースフェルト、男同士の話し合いなんてエロ関係に決まってんだろ?野暮な事を聞くな」

 

そう口にすると……

 

「ええっ?!」

 

「な、何だと?!」

 

「ひ、比企谷さん?!」

 

エンフィールド以外の3人が驚きの声を出す。唯一の例外のエンフィールドはわかっているかのようにクスクス笑う。

 

「って訳だから俺達は今からエロトークをするから女子はお帰りの時間だ」

 

「そうですね。私達が聞くのも野暮でしょう。ユリスとソフィアさんは帰りましょう」

 

そう言ってエンフィールドは顔を真っ赤に口をパクパクしている2人の背中を押して歩き出す。そしてさり気なく俺の耳に顔を寄せて……

 

「後で詳しい説明をよろしくお願いしますね?」

 

一言そう言ってから2人を連れてカフェから出て行った。それを見送った俺は天霧と向き合うと顔を赤くしてこっちを見ていた。エンフィールドから聞いてはいたがこいつ本当に純情だな。

 

「変な事を言って悪かったな。まあお前が誤魔化すの下手だったから助けたって事で勘弁してくれや」

 

「あ、うん。それは良いんだ。……それより病院で言ってた姉さんに関する情報を教えてくれないかな?」

 

そう言うと天霧は顔の赤みを消して真剣な表情に変わる。治療院で天霧にあった時はリースフェルト達もいたので、さり気なく天霧に姉ちゃんについて後日話すと書いた手紙を渡しただけだからな。

 

「ああ。実はだな……」

 

俺はテーブルの上にある紅茶を飲んでから口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って、訳だ。その事から処刑刀がお前の姉ちゃんを斬ったんだと思う」

 

それから5分、俺は天霧に全てを話した。

 

俺の腕を斬り落とした男は処刑刀という男で『赤霞の魔剣』の所有者にして蝕武祭の専任闘技者である事、奴の実力が桁違いである事、そして奴は天霧同様に封印を施されていて解放すると絶大な力を発揮する事全てを話した。

 

「そいつが姉さんを……」

 

天霧は聞いている最中は驚きを露わにしていたが、俺が締めくくると怒りに満ちた表情を浮かべる。姉を斬った相手の正体を知ったなら当然の反応だがこいつがここまで怒るとは思わなかった。

 

「ああ。そんでそいつはディルクと組んでるからお前を狙ってくる可能性は充分にあるから気をつけろ」

 

ディルクと天霧の姉ちゃんの間に何があったかは知らないが、鳳凰星武祭の時のディルクの動きからしてヤバい事でもあって、それ故に弟に対しても警戒しているのだろうな。

 

「うん……ちなみに封印を解除したそいつの強さってどれくらいなの?」

 

封印を解除した奴の強さか……うーん。

「少なくとも影神の終焉神衣を使ってない俺やシルヴィよりは遥かに強いな」

 

本気の奴に勝てるのは星露とオーフェリア以外はいないと思う。本気のお袋なら五分五分って所だろう。

 

「影神の終焉神衣?」

 

「気にすんな。俺の最後の切り札と思えばいい」

 

「よくわからないけど……それを使えば腕を斬り落とされなかったんじゃないの?」

 

「アレは星辰力の消費が激しいし肉体に強い負荷が掛かるんだよ。俺は前の日に暁彗と戦って満身創痍になっていたから使えなかったんだなよ」

 

仮に使えても一瞬だけしか使えずに星辰力切れで気絶していただろう。そうなったら奴らに拉致されて洗脳されていたかもしれない。そう考えたら奴らを相手にして腕一本で済んで助かったと言って良いだろう。

 

「まあそれはどうでもいい。とりあえずお前も狙われる可能性があるから気をつけろよ?言っちゃ悪いが今のお前じゃ殺されるだろうし、最後の封印を解除されるまでは戦わない方が賢明だ」

 

「う、うん」

 

以前こいつから聞いたが天霧の姉さんが天霧に施した封印は3つあるらしく、1つは半ば無理矢理解除して、2つ目は界龍の双子と戦った際に解除した。

 

最後の封印がどんなものかは知らないが万全じゃない状態で奴と戦っても負けるのがオチだろうし。

 

「まあとりあえずは最後の封印については頑張れとしか言いようがないな。後この話はエンフィールドに話しても大丈夫か?」

 

エンフィールドど同盟を結んでいるとはいえ勝手に話して良いかわからないけど聞いておく。

 

「あ、うん大丈夫だよ」

 

「そうか……とりあえず俺の話はこれで終わりだ。また何か情報は手に入ったら連絡する」

 

そう言いながら俺は立ち上がる。取引も終わったし、処刑刀についても話したしパフェも食べたのでここにいる意味もないし帰るか。

 

「ちょっと待って。情報が手に入ったらって事は処刑刀を探すつもりなのかい?」

 

「当たり前だ。腕を斬り落とされといて何もしないってのは癪に触るからな。お前には警告したが、俺としちゃ奴がお前と接触する前に屠るつもりだ」

 

俺は自分の胸の内を語ってから店を後にした。オーフェリア、シルヴィは戦う気満々だが、可能なら俺の手で屠りたい。2人と一緒に戦うと約束はしたが、やはり巻き込みたくないというのが本心だし。

 

そう思いながら俺は自宅に向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「屠るか……比企谷はああ言っていたけど、姉さんは何をしてそんな奴と戦ったんだろう。……っと、俺もそろそろ帰らないと……会計は……」

 

そう言いながら天霧は近くにあったレシートを見ると……

 

 

紅茶×5 400×5=2000円

 

スペシャルストロベリーパフェ×1 750円

 

特製フルーツパフェ×1 850円

 

計3600円

 

予想以上に高い金額が記入されていた。勿論序列1位として特別報奨金や鳳凰星武祭の優勝賞金を貰った天霧にとっては安いが、予想以上の金額に若干の驚きが生まれてしまった。

 

しかもどのメニューにも斜線がないという事は……

 

「全額俺が払うのか……まあ良いけど」

 

天霧はため息を吐きながらレジに向かった。

 

 

 

 

 

 

「あ、やべ。天霧に紅茶とパフェの金を払うの忘れてた」

 

自宅の玄関にて、家の鍵を出す為にポケットから財布を出した俺はパフェと紅茶の代金を払うのを忘れていた事に気が付いた。

 

まあ仕方ない。今から『マコンド』に戻っても天霧はいないだろうし、次に会う時に払うか。

 

そう思いながら家の鍵を開けて中に入ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり八幡君、帰って早々悪いけど美奈兎ちゃん達の着替えを見た事について話を聞いて良いかな?」

 

「……それとソフィア・フェアクロフにデレデレしたかについての真相も聞かせて貰うから」

 

最愛の恋人2人が満面の笑みを浮かべながら仁王立ちをしていた。

 

……どうやらまだまだ1日は終わらなそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺は2人に謝りまくった結果、土曜日にプールデートをする事を約束をした後にベッドで搾り取られまくった事で許して貰った。




次回プール回です。


今後の予定としてはプール回やってから訓練の話をして、獅鷲星武祭編に入ります。

今後の構成はある程度考えていますが、年末頃にこの作品を完結させる予定です。

まだまだ先の話ですけど、今後もよろしくお願いします


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比企谷八幡は恋人2人とプールに行く(前編)

波の音が聞こえる。しかしそれは一瞬の事で直ぐに騒ぎ声で聞こえなくなる。辺りを見渡すと人が溢れかえっていて頭が痛くなってくる。

 

「あー、4月なのに人が多過ぎだろ?」

 

俺はそんな光景を見ながらため息を吐く。周囲に沢山の人が水着を着て遊んでいた。

 

ここはアスタリスク中央区にある巨大アミューズメントプールであり、アスタリスクでも屈指の人気スポットである。

 

静かな場所を好む俺が何でこんな騒がしい場所にいるかというと、恋人のオーフェリアとシルヴィの2人を怒らせてしまった際に謝罪をしたら、このプールでデートをしろと言っていたからだ。

 

まあその点については構わない。恋人がいるのに違う女子の着替えを見たりデレデレしたからな。それに元々プールデートをする予定だったのだ。腕を斬り落とされて有耶無耶になっていたのが元に戻っただけだ。

 

しかし混み過ぎだろ?夏ならともかく4月にこんなに混んでいるとは思わなかった。こんなに混んでるならエンフィールドに頼んで星導館にあるレスティングルームのプールを借りた方が良かった気がする。そうすりゃ静かだし変装しないで済むし。

 

そう思いながら銀髪の髪を軽く弄る。悪名高いレヴォルフのNo.2がいたら周りの客も引いて楽しめないだろうと判断した結果だ。

 

そんな事を考えながら色々なプールをぼんやり見ていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お待たせ、八幡(君)」」

 

後ろから声をかけられたので振り向く。

 

するとそこには俺の恋人2人、オーフェリアとシルヴィが変装しながら水着姿で俺に笑顔を向けて軽く手を振っていた。

 

それを認識すると同時に俺は顔に熱が溜まるのを理解した。理由は簡単、2人の水着姿が余りにも魅力的だからだ。

 

オーフェリアは上に首の後ろで結ぶホルダーネックの青いビキニを付けて腰には薄ピンク色のパレオを巻いていた。オーフェリアの色白い肌とパレオからチラッと見える健康的な美脚に目が引かれてしまう。

 

一方のシルヴィはシンプルなビキニだが、色が黒とかなりセクシーである。上は面積が狭いのにシルヴィの谷間を大きく見せていて、下もかなり面積が狭くシルヴィが一回転すると小振りで可愛らしいヒップのラインがしっかりと見えた。

 

2人ともそれぞれ違う魅力があってとても可愛らしい。

 

そう思いながら2人に声をかけようとするとし横から「あの2人可愛くね?」とか「声かけてみようぜ」と聞こえてきたので星導館の校章を付けたジャージを羽織った2人がオーフェリアとシルヴィを見ていた。

 

しかも星導館の2人以外にも周囲からナンパしようとしている男が見えた。

 

瞬間、俺の中にドス黒い感情ーーー苛立ちが生じた。

 

百歩譲って2人を可愛いと言って見るのは公共の場だから許す。しかし他の男が2人に声を掛けてナンパしようとするのは嫌だ。想像するだけで虫唾が走る。

 

そう思うと同時に俺の身体は勝手に動き耳に付けている変装効果を持つヘッドフォンを外し髪の色を元の黒にして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、2人とも凄く似合ってるぞ。……それこそ誰にも見せたくないくらいに」

 

2人を抱き寄せて、2人の唇にキスを落とす。

 

同時に周囲から騒めきが生じるが、俺はそれを無視して2人に対して交互にキスをする。

 

「んっ……いきなり、どうしたの?」

 

「は、八幡君?!……んっ、ちゅっ……」

 

2人は驚きの表情をしながらも俺のキスを受け入れる。いきなりキスをして済まん。

 

内心謝りながら俺はキスを止めてオーフェリアとシルヴィの間に入り2人と腕を絡めてからナンパしようとした連中に対して軽く殺気を込めて睨む。2人は俺の恋人だから手を出すなと思いながら。

 

すると俺の正体を理解した男共は顔を青ざめながら去って行った。

 

普段の俺なら恥ずかしくて絶対にこんな事はしないが、虫除けの為なら恥じらいなんて捨ててやる。

 

そう思いながら2人を連れて歩き出すと2人が俺の腕に強く抱きついて見上げてくる。オーフェリアは恥じらいの表情を、シルヴィはニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 

「……意外ね。八幡がそんな嫉妬を剥き出しにするなんて」

 

「だよねー。八幡君って嫉妬深いんだね」

 

「……煩えな。悪かったよいきなりキスをして」

 

いくら2人が変装していて虫除けの為とはいえ流石に数十人の人がいる中で堂々とキスをしたのはやり過ぎだと今更ながらに思ってしまう。

 

「ううん。別に怒ってないよ。それだけ八幡君が私達の事を想っているって考えたら嬉しいよ」

 

「……それ以前に八幡にキスをされて嫌だという感情は湧かないわ」

 

俺が謝ると2人は笑顔を見せて更に強く腕に抱きつき、2人の美しいバストが俺の腕によって形を変えて物凄くエロティックになっている。

 

「……そうか。なら良かった」

 

いきなり沢山の人が見られている中でキスをしたから嫌われるかと思っていたが2人は特に怒っていないようなので安心した。

 

「それで?色々な種類のプールがあるが、先ずは何処に行くんだ?いっそ決闘でもするか?」

 

見ると普通のプールに流れるプール、波のプールにウォータースライダーなど様々なプールがある。そして流れるプールの中央の小島は決闘ステージでもあり、このアミューズメントプールの中でも人気スポットである。

 

そう思っていると右に抱きつくオーフェリアが……

 

「……2人が良ければ流れるプールに行きたいわ」

 

珍しく自分の要望を口にしてきた。それを聞いた俺とシルヴィは顔を見合わせて……

 

「いいぞ(いいよ)」

 

了承する。俺自身全部回るつもりだし、珍しくオーフェリアが自分の要望を口にしたんだ。可能な限り叶えてやりたいからな。

 

「……ありがとう」

 

「いやいや、オーフェリアが夜のベッド以外でおねだりするなんて珍しいからな」

 

「……っ!八幡のバカ」

 

軽い冗談を言うとオーフェリアは真っ赤になってポカポカ叩いてくる。可愛過ぎる……

 

「悪い悪い。でもそれでいいんだよ。お前はもっと自分の要望を口にしろ」

 

「そうそう。自由になったんだし、思う存分やらないとね」

 

「……頑張ってみるわ」

 

「うん。そんじゃ入ろっか。浮き輪は人気があるからもう借りれないみたいだしね」

 

見ると流れるプールの近くに浮き輪を貸し出すスペースがあるが、既に浮き輪は1つもなかった。まあこの混み具合からして当然だろう。

 

「問題ねぇよ。俺の能力なら浮き輪なんて簡単に用意出来るし」

 

俺の能力なら影の浮き輪を作れる事なんて朝飯前だ。他の人からしたら狡いかもしれないが知ったことじゃないな。

 

するとオーフェリアは首を小さくを横に振って

 

「……別に良いわ。八幡を浮き輪代わりに抱きつくから」

 

そう言いながら俺の腕から離れて、後ろに回りキュッと抱きついてくる。それによって背中に柔らかい膨らみを感じる。

 

「あ、それいいかも。私も八幡君を浮き輪代わりにして抱きつきたいな」

 

シルヴィもオーフェリアの意見に対して嬉しそうに頷いてから、俺の腕から離れて正面から抱きついてくる。

 

俺を浮き輪代わりにして抱きついてくるだと?役得じゃねぇか。

 

「はいよ。じゃあ浮き輪代わりにしてくれ。俺個人としてもお前らに抱きつかれるのは嬉しいからな」

 

そう言いながら3人で流れるプールに入ると、足を動かすことをしなくてもゆっくりと流れ出す。

 

それと同時に前後から抱きついているオーフェリアとシルヴィは足を俺の腰に絡めて、コアラのような体勢を取る。

 

「えへへ……八幡君の身体、凄く逞しくて温かいね」

 

「……最高の浮き輪ね」

 

やれやれ……俺の恋人2人は本当に甘えん坊だな。

 

(だが……それがいい)

 

俺自身、2人に甘えられると凄く嬉しくなるし、2人に甘えたい気持ちが強い。そして2人は俺を存分に甘やかしてくれるから最高だ。

 

お互いに甘え合う関係、俺は2人とこの関係を築くことが出来て心から嬉しい。可能ならずっとずっとこんな風に甘え合いものだ。

 

 

そんな幸せな未来と抱きついてくる2人から感じる温もりと重みを感じながら、俺はゆっくりと流れに身を任せて泳ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ次はウォータースライダーに行こうか……って八幡君、大丈夫」

 

流れるプールを5周した俺達は流れるプールから上がって一息ついているが……

 

「大丈夫だ。少し疲れただけだ」

 

俺は若干の疲れが籠った息を吐く。流れるプールで泳いだ際にオーフェリアとシルヴィはずっと俺に抱きついて甘えてきたが後半あたりから少し疲れが出たのだ。

 

「……ごめんなさい。私が八幡を浮き輪代わりにするなんて言わなかったら」

 

オーフェリアはそう言いながらショボクレるので頭を撫でる。オーフェリアの悲しそうな顔は見たくないからな。

 

「気にすんな。お前らはただ甘えただけで悪い事はしてないんだから」

 

「んっ……」

 

オーフェリアは頬を染めながら小さく頷く。そうだ、お前はもっと我儘になるべきなんだよ。

 

「良し、そんじゃ次に行くぞ。次はシルヴィの行きたい所に行こうぜ。何処が良い?」

 

「私?じゃああそこが良いな」

 

そう言ってシルヴィが指差すのはこのプール屈指の人気スポットであるウォータースライダーだ。長さ600メートルで幾つもの急カーブが乗る人を魅了する施設であり、今もウォータースライダーから沢山の叫び声が聞こえてくる。

 

「了解、そんじゃ行こうぜ」

 

「うん。あ、後あのウォータースライダー、ペア滑りってものがあるんだけどさ……」

 

そう言ってシルヴィはチラッと俺を見てくる。シルヴィの表情からは機体の色が見えた。そんなシルヴィの表情を見た俺はシルヴィの言いたい事を理解した。

 

「一緒に乗れってか?」

 

「……うん。ダメかな?」

 

「ダメな訳ないだろ。断る理由なんてないしな」

 

「そっか。なら良かった。ありがとね」

 

「……八幡。私も八幡と一緒に滑りたいわ」

 

「もちろんオーフェリアも大歓迎だ。ただペア滑りだからどっちから滑るかはお前らで決めろ」

 

「……それはシルヴィアからで構わないわ。元々ウォータースライダーはシルヴィアが提案したのだから」

 

「え?いいのオーフェリア?」

 

「……ええ。その次に私とお願いね八幡」

 

「はいよ。んじゃ行こうか」

 

言うなり俺達はウォータースライダーの並び口に向けて歩き出した。ウォータースライダーを見ると1人の女子が彼氏らしき男の上に乗って楽しそうに滑っていた。

 

……あの様子を見る限りオーフェリアとシルヴィが俺の膝の上に乗るのか。今から楽しみで仕方ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから並ぶこと20分後……

 

「お次の方、どうぞー」

 

漸く俺とシルヴィの番だ。係員の人が呼ぶので俺は後ろにいるオーフェリアの方を向く。

 

「じゃあオーフェリア、先に行ってるからな?」

 

「……ええ。次は私と一緒にお願いね」

 

「はいよ」

 

「じゃあまた下で会おうね」

 

3人で挨拶を交わし、俺は入り口に座る。すると女の係員さんがシルヴィの肩を押す。

 

「はーい。じゃあ彼女さんは彼氏さんの足の間に座ってください。座ったら彼氏さんは後ろから離れないように抱きしめてくださいね」

 

「はーい」

 

シルヴィはそう言って俺の足の間に座る。同時に俺はシルヴィの腹に手を回してギュッと抱きしめる。手にはシルヴィのモチモチした柔らかい腹の感触が、胸にはシルヴィの背中の温もりが伝わる。

 

「……八幡君、温かいよ。凄く気持ち良い」

 

シルヴィの顔は見えないかウットリとした声が聞こえて俺をドキドキさせてくる。顔が見えない分タチが悪い。

 

「あ、八幡君の心臓の鼓動がトクントクン激しくなったね」

 

もう止めろ!俺のライフは0だからな!

 

内心シルヴィにドキドキしていると……

 

「はーい、いってらっしゃーい」

 

係員さんが俺の背中を押して出発した。瞬間、尻に水の感触を感じ俺の身体はコースに沿って進み始める。

 

暫くすると目の前に急カーブが現れて俺とシルヴィは傾きながら曲がり出す。

 

「あははっ、凄い凄ーい。楽しいね!」

 

 

俺に抱きしめられているシルヴィは手の間で楽しそうにはしゃいでいる。顔は見えないが心底楽しんでいるのが声で理解できる。

シルヴィは基本的に大人びているが偶に見せる子供っぽい仕草が凄く可愛らしい。俺自身もそんなシルヴィの声を聞くと楽しくなってきた。

 

「ああ、俺もお前と滑れて楽しいよ」

 

そう言いながら更に強くシルヴィを抱きしめようとした時だった。

 

「うおっ!」

 

いきなり予想外のカーブの二連続によって俺はシルヴィの腹から両手を離してしまい……

 

 

 

 

 

 

「ひゃあんっ!は、八幡君?!」

 

シルヴィの豊満な胸を揉んでしまう。手には感じる感触が腹のモチモチした感触から胸のムニムニした感触に変わる。

 

「わ、悪い!」

 

慌ててシルヴィの胸から手を離して腹に戻す。同時に水が飛び散り俺とシルヴィの顔に顔にかかる。

 

「けほっけほっ……八幡君のエッチ。遂に私にまでラッキースケベをしたね?」

 

シルヴィは咳き込みながらそんなことを言ってくる。顔は見えないが絶対にジト目をしているだろう。まあ今回は俺が悪いな。

 

「わ、悪かったよシルヴィ、ごめんな」

 

「あっ、う、ううん。からかっただけで別に怒ってないから良いよ。なんだかんだ八幡君に揉まれるのは気持ち良いし」

 

「は?」

 

待てコラ。お前今とんでもない事を口にしなかったか?

 

「え……あ、いや何でもないからね!!」

 

「いやそんな風に焦った声を出すと余計に怪しい「あ、八幡君!出口が見えてきたよ!」そ、そうか……」

 

明らかに誤魔化しているのは丸分かりだが突っ込んだら負けな気がするので口にはしない。

 

俺がそう思っている間にもドンドン速度を上げて……

 

 

 

「きゃあっ!」

 

「おっと!」

 

そのまま出口にある巨大プールに落ちた。派手な水飛沫が飛ぶのを理解すると同時に顔に水が当たる。勢い余って顔もプールの中に入った。

 

その勢いによってシルヴィは水中で俺から離れそのままプールから顔を出すので、俺も同様に顔を上げて空気を吸う。

 

息を吸いながらシルヴィを見ると顔を赤くしながら俺を見ていた。怒りの色はないが恥じらいの色が見える。

 

それによって俺はウォータースライダーを滑っている最中に感じたムニムニした感触を思い出す。

 

「わ、悪い」

 

「ううん。さっきも言ったけど別に怒ってないから。いきなりで驚きはしたけど」

 

「なら良いが……っと、オーフェリアも来たな」

 

見ると変装して栗色の髪となったオーフェリアが驚きの表情を浮かべながら出口にあるプールにダイブした。それによって水飛沫が生じ、直ぐにオーフェリアが顔を出して首をプルプル振って水をはじいていた。

 

すると直ぐ俺達に気が付いて近寄ってくる。

 

「……八幡。凄く楽しかったわ。早くもう一回乗りましょう」

 

珍しく楽しそうな表情を浮かべて俺の手を握ってくる。オーフェリアはいつも笑う時に余り感情を出さないが今回はかなり感情を露わにしていた。

 

それを見た俺は……

 

 

「ああ。行こうぜ」

 

笑いながらそう言ってオーフェリアとシルヴィの手を掴んで歩き出した。

 

「ええ(うん)」

 

対して2人も笑顔を浮かべて俺の手を握り返して横に並んで歩き出した。

 

初めは混んでいるから怠いと思っていたが今はそんな気持ちは全くない。もっともっと2人を喜ばせたい気持ちで一杯だった。

 

俺達は幸せな気持ちのまま2度目のウォータースライダーに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「あー、もう!本当に苛々しますね!あの動画の所為で副会長には散々怒られるし、クラスでは腫れ物扱いされるし、葉山先輩には距離を置かれるし……これも全部『影の魔術師』が悪いのに……!」

 

プールサイドにて亜麻色の髪の少女が苛々しながら歩いていた。その表情には怒りの色が混じっていた。

 

その時だった。

 

「ストレス解消でプールに来たけど、何かスカッと……ん?」

 

少女の目にある光景、1人の男子と2人の女子が仲良く歩いているのが目に入った。

 

男子は知っている。少女の評判を下げた(少女が逆恨みしているだけだが)男だ。少女にとっては不倶戴天の怨敵である。

 

そしてもう2人の女子は特におかしな所がない女子であるが……

 

 

 

「あれ……シルヴィア・リューネハイムとオーフェリア・ランドルーフェンだよね?」

 

少女は知っていた。かつてあの2人が変装を解いて本来の姿になった所を見た事があるのだから。

 

少女が呆気に取られている時だった。

 

2人の女子が間にいる男子の腕に抱きつき頬にキスを落とした。2人の女子の顔を見る限り愛する者を見る顔だった。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

「へぇ……」

 

少女ーーー一色いろはは邪悪な表情を露わにした。

 

 

 




今回も読んでいただいてありがとうございます。

突然ですが報告です。大学の時間割が予想以上にハードなのである程度落ち着く、11月くらいまでは更新が不定期になりますがご了解ください


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比企谷八幡は恋人2人とプールに行く(後編)

お久しぶりです。

ワールドトリガーのクロスを読んでいる人は数日振り、この作品を読んでいる人は半年振り位ですね。

アスタリスクの方はモチベーションが上がらずに書いてませんでしたが、最新刊がもう直ぐ発売するので読み直していたら最近モチベーションが上がりました。

それと色々な人に言われた感想については気にしない事にします。よくよく考えてみれば学校の成績による説教に比べたら傷ついていないので。

そんな訳で久しぶりですが宜しくお願いします


「じゃあご飯にしよっか?」

 

午後1時、俺達は空腹を感じたので食事をする事にした。まあ腹が減るのは仕方がない。俺達はとにかく遊びまくったのだから。

 

2度目のウォータースライダーで俺の膝の上に乗ったオーフェリアの胸をシルヴィ同様揉んでしまったり、波のプールにて影で作ったサーフィンボードに乗って波に突っ込んだり、俺がトイレから戻ってきた際にオーフェリアとシルヴィにナンパしていたレヴォルフの生徒を中央ステージにて決闘をして半殺しにしたりと色々あったからな。

 

「そうだな。と言っても今から食べるのは大変だぞ?」

 

辺りを見る限りどの店もかなり混んでいて食べるのも一苦労だろう。今から並ぶのはぶっちゃけ怠い。

 

「うーん。どうしよっか?」

 

「……偶には昼食を抜きにするのは?」

 

「いやオーフェリア、それはちょっと勘弁だな。腹が減って仕方ないんだよ?」

 

「……じゃあ、私を食べる?」

 

「それは夕食後、寝る前に食べるから今は良いや。っと、冗談はこのくらいにして……あ!」

 

「どうしたの?」

 

「あそこ、よく見たらあそこの屋台は立ち食い専門だから割と空いてるぞ」

 

見ると焼きそばやホットドッグが売っている屋台は座る席がないからか他の店に比べて空いている。

 

「あ、本当だ。私は立ち食いでもいいよ。オーフェリアは?」

 

「……私も問題ないわ」

 

「決まりだな。ほんじゃ行こうぜ」

 

そう言って俺達は屋台に向かった歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふーん。次はご飯ですか。どうせなら唇同士のキスを撮れれば良いんですけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

店員さんがそう言って焼きそばやホットドッグ、たこ焼きを手渡してくるのでそれを受け取った俺達は屋台を出る。手の元からは香ばしい匂いが鼻をくすぐり食欲をそそる。

 

「じゃあ食べようぜ」

 

「……そうね。じゃあ八幡」

 

言いながらオーフェリアはたこ焼きを口に咥えて俺に顔を突きつけてくる。アレか?ポッキーゲームもとい、たこ焼きゲームをしろと?

 

「あ、ズルいオーフェリア。私もする」

 

絶句する中、シルヴィも同じようにたこ焼きを口に咥えて俺に顔を突きつけてくる。こいつらいくら変装しているからって大胆過ぎだろ?

 

呆れながらも2人の口からたこ焼きを食べようと口を開けた時だった。

 

(……っ!何だ?!いきなり悪意のある視線を感じたぞ!)

 

いきなり感じた悪意に思わず2人から距離を取り2人の手を握る。2人はキョトンとした表情を浮かべるが、それを無視して2人を引っ張る。

 

「……八幡?どうしたの?」

 

「八幡君?!」

 

2人が俺に問いかける中、俺はとにかく2人を引っ張り最終的に店の裏側に近い場所に到着した。見る限り人は全く居らずこっそりイチャイチャするには最高の場所である。

 

しかし俺はイチャイチャする為に来たのではなく……

 

「影よ」

 

影に潜る為である。自身の周囲に星辰力を噴き出しながらそう呟くと俺達3人の身体に影が纏わりつき、遂に影の中に入る。

 

「八幡君。どうして人気のない場所に行って影に入ったの?」

 

「さっき悪意のある視線を感じたから、元凶を見つける為だ」

 

そう返すと……

 

「あ、アレ?!居ない?!」

 

亜麻色の髪をした少女、一色いろはが焦ったような表情を浮かべていた。手にはカメラがある。その事から……

 

「なるほどな……俺達のスキャンダル狙いか」

 

それ以外考えられない。俺は現在変装を解いているし、シルヴィも俺が入院中に一色が俺を馬鹿にするのを止めさせる為に正体をバラしたからシルヴィの変装姿を見た事になる。

 

そんでプールで俺達を発見して、逆恨みを晴らすべくスキャンダル狙いで写真を撮ろうとしたのだろう。

 

となれば……

 

「先ずはカメラを没収するか」

 

言いながら俺は影から出る。すると一色はポカンとした表情を浮かべるも……

 

「カメラを貰うぞ」

 

そう言ってカメラを没収して再度影に入ろうとすると、向こうも再起動して……

 

「なっ?!返してください!」

 

言いながら一色は短剣型煌式武装を取り出して振るうが……

 

ガキンッ

 

俺の義手がそれを受け止める。鈍い音が響くと同時に一色の持つ煌式武装が跳ね上がるのでその隙を逃さずに影の中に入る

 

「あー、ズルいです!まだネットにアップしてないのにー!」

 

すると一色が影がある場所を踏みつけるが無駄だ。影に入った俺に干渉するのは不可能だ。

 

干渉がない事を確認した俺はカメラの映像データを見ると、2人が俺にキスをしている写真や腕に抱きついている写真があった。

 

「危なかった……ネットにアップされてたら結構ヤバかったな」

 

言いながら端末を開いてネットを見てみるが、特にそんな写真は流出していなかった。

 

もしも一色が即座にネットにアップしていたらと考えたらゾッとする。絶対にマスコミが騒ぎそうだ。そんで記者会見を開いて俺の二股ネタも聞かれるだろう。

 

俺やシルヴィ、オーフェリアは3人で愛し合うと誓っているのでマスコミにどうこう言われても別れる事はないが、面倒なことになるのは間違いないからな。可能な限り避けたいのが本音だ。

 

「そうだね……というか似たようなことが前にも無かったっけ?」

 

シルヴィがそんな事を言ってくるが、確か1年前、シルヴィと付き合う前にシルヴィと遊びに行き、その際にルサールカがシルヴィのスキャンダルを探るべく俺とシルヴィを尾行していた事だろう。

 

「あったな。そん時も影から向こうのカメラを奪ったんだよなぁ……」

 

言いながらカメラの映像データを全て削除する。良し、これで悪は滅びたな。

 

一色が口コミでバラす可能性はあるが、証拠の写真が無くてシルヴィがハッキリと否定すればバレないだろう。てかそれ以前に、一色は前回の騒動でブランシャールにタップリ搾られた筈。大した証拠もなくバラしたらまた搾られるだろうしバラさないだろう。

 

俺が影からカメラを地面に置くと、一色はひったくるようにカメラを奪いチェックするも……

 

「あ〜!全部消えてるじゃないですか〜!こんなことなら逐次ネットにアップしとけば……!」

 

悔しそうに地団駄を踏む。どうやら彼女は写真を撮ったら直ぐにではなく、ある程度集めてからアップするつもりだったのだろう。それはマジでラッキーだった。写真を撮って直ぐにアップされていたら既に俺達の関係はバレていたかもしれないし。

 

「危ねぇ……とりあえず俺も変装しておくか」

 

シルヴィとオーフェリアに対するナンパを防ぐ為に変装を解いていたが、一色がいる限りそれは危険だし。

 

言いながらシルヴィから貰ったヘッドフォンをつけて髪を銀髪にする。これならバレないだろう。

 

「……それにしても本当にしつこいわね。馬鹿は死ななきゃ治らないのかしら?」

 

オーフェリアは不機嫌そうにそう呟くが同感だ。アスタリスクを出る為の連絡船、ディスティニーランド、ショッピングモールでオーフェリアとシルヴィを怒らせたり、シルヴィとオーフェリアを怒らせた動画が配信されてブランシャールにタップリ絞られたってのに……マジで学習しない奴だな。

 

「気持ちはわかるが手を出すなよ?」

 

「……わかってるわ。出したら面倒な事になるし」

 

「なら良い……にしても、急に冷めた気分になったな……」

 

関わりたくない奴がちょっかいをかけてきたんだ。ぶっちゃけ詰まらなくなってきた。

 

「うーん……私も似た気分かな。昼食を食べたらリラックスしない?」

 

「……賛成ね。確か温泉もあったし、そこに行きましょう」

 

どうやら2人も気分を害したようだ。それを認識していると地面から一色が肩を怒らせながらこの場から離れていった。おそらく写真が撮れないと判断したからだろう。

 

「だな。んじゃ飯を食おうぜ。外は混んでるから影の中で」

 

「……そうね。じゃあ八幡……」

 

言いながらオーフェリアは再度口にたこ焼きを咥えて突き出してくる。

 

「私もお願い」

 

続いてシルヴィもたこ焼きを咥えて突き出してくる。さっきのたこ焼きゲームの続きをしろ、と?

 

「(まあ2人とキスをしたいのは事実だし、影の中なら一色の干渉もないから良いけどよ)……わかったよ。じゃあまずオーフェリアから」

 

息を吐いて了承した俺はオーフェリアの背中に手を回し抱き寄せて、たこ焼きを食べ始める。口の中にたこ焼きの感触が伝わり、オーフェリアの顔が徐々に近くなっていき……

 

「んっ……」

 

唇を重ねる。オーフェリアは目を瞑って俺のキスを受け入れながらも優しくキスをしてくる。オーフェリアは自由になってから感情を露わにするようになって本当に可愛いな……

 

「んっ……はち、まん……大好、き……」

 

「んっ……俺もだよ」

 

オーフェリアは目に艶を浮かばせながら俺の背中に手を回して甘えてくるので俺はオーフェリアの頭を優しく撫でる。

 

「むー……えいっ!」

 

するとシルヴィが頬を膨らませながら俺とオーフェリアに抱きついてくる。見る感じ怒っているが、俺は何かやったか?

 

「どうしたんだシルヴィ?」

 

「八幡君、オーフェリアばかりに構って狡いよ……私だって八幡君の恋人なのに……」

 

シルヴィは少し拗ねた表情をしながら抱きついてくる。ったく、普段は凛々しいのに、結構寂しがりやだな……

 

「安心しろ。俺はちゃんとお前の事も愛してる。前にも行ったが、俺はお前ら2人を同じくらい大切に想っている。どっちが上とかはない」

 

言いながらシルヴィも抱きしめる。俺は2人と付き合ってから一度も「シルヴィよりオーフェリアの方が好き」「オーフェリアよりシルヴィの方が好き」と思った事はない。どちらも同じ位愛しているのだ。さっきはオーフェリアに集中して構っていたが、その後にシルヴィに集中して構うつもりだったし。

 

「……うん。そうだよね。ありがとう……じゃあ」

 

言いながらシルヴィも先程のオーフェリア同様、たこ焼きを咥えて突き出してくる。対する俺は2人の背中に手を回しながらも顔をシルヴィの方に向けて、たこ焼きを食べ始める。すると先程のように口の中にたこ焼きの感触が伝わり、シルヴィの顔が徐々に近くなっていき……

 

 

 

 

ちゅっ……

 

たこ焼きは無くなりシルヴィと唇を重ねる。同時に胸の内が幸福て満たされる。2人の恋人とのキス、それは何物にも変えられない程大切なものだ。

 

「んっ……ちゅっ……八幡、君……」

 

「シルヴィ……ちゅっ……」

 

シルヴィもオーフェリア同様ウットリとした表情でキスをしてくる。俺は本当に幸せ者だな……

 

俺はシルヴィと息が苦しくなるまでキスを続け、息を吸ってからはオーフェリアとキスをした。そして息が苦しくなったら再度息継ぎをしてからシルヴィに……

 

気が付けば2人と1時間以上キスをしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば八幡君。手は大丈夫?」

 

昼食をとった俺達は影から出て温泉がある場所にいる。広い温泉で老若男女様々な人が水着を着て湯に浸かっている。周囲には沢山人がいるが俺は銀髪、シルヴィは黒髪、オーフェリアは金髪に変えているので一色及び他の人にはバレないだろう。

 

変装しながら湯に浸かっているとシルヴィがそんな事を聞いてくるが……

 

「何の話だ?」

 

「ほら。さっきカメラを没収する時に義手で彼女の煌式武装を防いだじゃん」

 

「ああ……問題ない。以前材木座に頼んで義手の強度も上げたから」

 

材木座に武器を仕込んで貰った後に強度も上げて貰った。今や俺の義手は特殊な金属とマナダイトを加えられて煌式武装と化している。

 

加えてオーフェリアの毒や武器を仕込んでいるから下手な純星煌式武装より強い気がする。あいつマジで小説家の夢を諦めて開発者になれよ。俺の見立てじゃあのエルネスタに近いレベルだと思うぞ?

 

「なら良かった……お願いだからもう八幡君に逆恨みするのは止めて欲しいな」

 

「……それは同感だけど、無理でしょうね」

 

オーフェリアの意見に賛成だ。船の上にディスティニーランド、ショッピングモールに今回のプールと何度も逆恨みをされてるからな。

 

「まあ実害を与えてきたら切って捨てれば良い。とりあえず今は明日に備えて休まないとな」

 

「あ、そっか。八幡君は明日リースフェルトさんのトレーニングだっけ」

 

「そうそう」

 

エンフィールドとの取引で天霧をフェアクロフ先輩の練習に付き合って貰う代わりに俺がリースフェルトに稽古をつける事になっているのだ。

 

「……八幡、ユリスにラッキースケベはしないでね」

 

「しねぇよ!……って言いたいが今までの経験上否定仕切れない」

 

「そうかもね。美奈兎ちゃんに6回、柚陽ちゃんに4回、ニーナちゃんに6回、フェアクロフ先輩に40回、クロエに19回してるしね」

 

シルヴィはジト目でそんな風に言ってくる。オーフェリアも同じ類の目を向けてくる。事実だから否定は出来ないが耳が痛い。

 

「い、いや……今回は能力のアドバイス……中距離戦と遠距離戦のレクチャーだからラッキースケベは無いだろ?」

 

「……八幡がそう言うなら信じるわ」

 

「でももしもラッキースケベをしたら……」

 

「し、したら?」

 

恐る恐る尋ねると左右に座っている2人が俺の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「その日の夜は八幡(君)が乾涸びるまで搾り取るから」」

 

良し、絶対にラッキースケベをしないように頑張ろう。1、2回ならともかく乾涸びるまで搾り取られたら明日の活動に支障が出るしな。

 

俺は若干青ざめながらも2人の言葉にコクコクと頷くことしか出来なかった。

 

「なら良し。にしても今年の獅鷲星武祭は盛り上がりそうだね」

 

同感だ。今年のチーム・ランスロットは歴代最強と言われている程だし、チーム・エンフィールドやチーム・黄龍など各学園屈指の猛者がいるチームも参加するしな。

 

「そん中で赫夜のメンバーは優勝を目指してるからなぁ……」

 

鍛えている俺が言うのもアレだが、優勝出来る確率は天文学的数字並みに低いだろう。まあチーム・ランスロットとチーム・エンフィールドとチーム黄龍の3チームが潰し合えば可能性はそれなりにあると思うけど。

 

「厳しいだろうね。まあ私としては美奈兎ちゃん達には頑張って欲しいな」

 

「……そうね」

 

意外だ。シルヴィはともかく、オーフェリアも他人に対してそんな事を思っているとハッキリ口にするとは……

 

(大分オーフェリアも人間らしくなってきたな……)

 

恋人の成長に嬉しく思いながら温泉を楽しむ。このままアスタリスクを出るまでにずっと平和にだらけていたいな。

 

まあ処刑刀やヴァルダとの戦いがある可能性がある以上油断は出来ない。最近目を覚ましたウルスラさんもヴァルダの時の記憶は全くないので、連中はまさに神出鬼没で襲ってくるだろう。

 

その時に備えてもっともっと強くならないとな。それこそシルヴィとオーフェリアが傷付かない位に。

 

俺は両隣で腕に抱きついてくる恋人2人を思い切り甘やかしながら疲れを取ることに専念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから4時間……

 

「んー。今日は楽しかった」

 

プールから上がって着替え終えた俺達は伸びをしながら施設から出る。外は鮮やかな夕焼けが街を照らしていて美しい。

 

「だな。帰りにスーパーに寄ろうぜ」

 

「……そう言えば今日は肉が安かったわね」

 

「そういえばそうだね。じゃあ今日はお肉にしようか。八幡君は肉食だし」

 

「否定はしないが、お前それ別の意味でも言ってるだろ?」

 

「何のことかな?」

 

しらばっくれやがって……てか、俺が肉食なのは否定しないがあ、お前ら2人の方が肉食だと思うぞ?

 

「まあ良いや。それより早く帰ろうぜ」

 

割と疲れたから早く寝たいし。俺が提案するとオーフェリアとシルヴィは……

 

「「ええ(うん)」」

 

笑顔で腕に抱きついてくるので、転ばないようにゆっくりと歩き出した。

 

3人一緒に居ることに対して幸せな気持ちになりながら。




久しぶりのアスタリスクのクロスでしたが、今後も宜しくお願いします。

元々この作品は去年の内に完結させるつもりでしたが、モチベーションの低下により出来ませんでした。申し訳ありません。

前にも言いましたが、この作品は獅鷲星武祭を最後に完結します。理由としてはオーフェリアは自由になっていますから。

って訳で大まかな流れを説明すると……

今回の話

訓練の話数話

獅鷲星武祭突入

試合観戦&オリジナルの話

クローディアの事件

試合観戦

金枝篇同盟との最終決戦

獅鷲星武祭閉幕

エピローグ

って感じです。ちなみに八幡とオーフェリアとシルヴィの3人の関係は完結前にバレます

今後もよろしくお願いします


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比企谷八幡に愛校心はなく、平気で他校の生徒を鍛える

日曜日、俺は今アスタリスク中央区にあるトレーニングジムに向かっている。理由としては秋に行われる獅鷲星武祭に参加する知り合いに稽古をつけるからだ。

 

しかし昨日も恋人2人に搾り取られたからか腰が痛え。まあ戦闘に支障がないから良いんだけどさ……

 

そんな事を考えているとトレーニングジムに着いたので中に入ると丁度待ち合わせをしていた相手がいた。

 

「よっすリースフェルトよ。待たせて悪かったな」

 

そこにいたのは薔薇色の髪を持つ少女ーーーユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトだった。

 

「いや、待ち合わせ時間には間に合っているから問題ない」

 

「なら良かった。ちなみに天霧とフェアクロフ先輩は先に行ったのか?」

 

「5分位前にな。さて、お前も来た事だしこちらも始めようか」

 

言いながらリースフェルトは受付のお姉さんに話しかける。するとお姉さんは直ぐに立ち上がり案内を始めるので俺もそれに続く。

 

暫く歩くとお姉さんは足を止めてドアを指差してから入口の方に戻って行った。

 

同時にドアが開いて体育館程の部屋が露わになる。中を見ると誰も居ないので天霧達は違う場所で鍛錬をしているのだろう。

 

「んじゃ始めるか。今回から俺はお前に遊撃手としての立ち回り方と能力者としての戦い方を教える」

 

「よろしく頼む」

 

「ああ。じゃあ最初にどれだけやれるか見せて貰うぞ」

 

言いながら腰からハンドガン型煌式武装レッドバレットを取り出して構えを見せる。

 

「わかった。勝てるとは思ってないが一矢報いさせて貰うぞ」

 

対するリースフェルトは手に細剣型煌式武装を持ち、同時に自身の周囲に6本の光の刃を浮かばせる。

 

アレは材木座、というか星導館とアルルカントが共同開発した煌式遠隔誘導武装だろう。俺もモニターをしたから良く知っている。

 

互いに武器を構えると模擬戦開始のブザーが鳴る。

 

「咲き誇れーーー赤円の灼斬花!」

 

同時にリースフェルトはそう叫び手に持つ細剣型煌式武装を俺に向けると周囲から大量の炎の戦輪が20近く現れて俺に向かって襲いかかる。

 

高速で距離を詰めてくる戦輪に対して俺は……

 

「影の鞭軍」

 

そう呟くと同時に、背中に魔方陣が現れてそこから12の影の鞭が現れて背中に固定される。

 

そして俺が鞭らに指示を出すと影の鞭らは一斉に戦輪に向かって飛び、12の戦輪を打ち砕いた。

 

しかしまだ6つ戦輪は残っているので、手に右腕に星辰力を込めてから、両腕を使って全て殴り飛ばす。義手が仕込まれている左手も材木座の魔改造のおかげで並の煌式武装クラスの耐久性を持っているから問題ない。

 

全ての戦輪を破壊した俺は再度背中に影の鞭軍12本の内、8本にリースフェルトを攻撃するように命じる。すると8本の鞭は一度身をしならせてから一斉にリースフェルトに襲いかかる。

 

「咲き誇れーーー六弁の爆焔花!」

 

対するリースフェルトは手にある細剣を振るい燃え盛る火球を鞭目掛けて放つ。

 

すると8本の鞭の内、4本はモロに食らって跳ね上がる。破壊されてはいないが爆風による衝撃で操作し難くなっている。そして残りの4本の鞭による攻撃は6本の煌式遠隔誘導武装で受け流す事でリースフェルト本人には1発も攻撃が当たらなかった。

 

能力の使用の速さ、空間把握能力を重視する煌式遠隔誘導武装で攻撃を受け流す操作能力、身体能力も含めてリースフェルトのポテンシャルはかなり高い事が容易に推測出来る。

 

(だが、ダメだな。能力は高いがお利口過ぎる……そんなんじゃ獅鷲星武祭はともかく王竜星武祭で勝つのは無理だ)

 

確かにリースフェルトはバランスが取れている能力者だが、バランスタイプでありながらリースフェルト以上のステータスを持つシルヴィや桁違いの星辰力を持つオーフェリアに勝つのは無理だろう。格上に勝つには1つで良いから上回っている要素が必要だ。

 

(まあ今回は獅鷲星武祭で必要なものを教えるのが仕事だし、良いか)

 

そう思いながら俺は背中に星辰力を込めながら走り出す。距離を詰めながらの鞭によって攻める算段だ。

 

すると……

 

「綻べーーー栄烈の炎爪華!」

 

足元に魔方陣が展開される。設置型のトラップか。なら……

 

俺は背中にある鞭を使って地面がぶっ叩く。インパクトの瞬間、その勢いによって俺の身体は真横に跳び、魔方陣の外に出る。同時に魔方陣からは巨大な炎の柱が現れる。その数は5本と、悪魔の爪の如く地面から立ち上がった。

 

危ねぇな……当たったら負けとは言わないが火傷をしていたぞ……

 

そんな事を呑気に考えていると、リースフェルトが再度細剣を突きつけてくる。周囲に噴き出す星辰力から察するにかなりの大技と判断出来る。

 

(大技と相対する時の鉄則……放つ前に潰す)

 

そう判断しながら俺は背中にある12本の鞭全てをリースフェルトに向けて放つ。

 

しかし……

 

「咲き誇れーーー呑竜の咬炎花!」

 

向こうの方が一手早い。リースフェルトが細剣を振るうと先端から魔方陣が展開されて巨大な炎の竜が生まれて、リースフェルトを襲おうとした影の鞭12本とぶつかり合う。

 

星辰力が周囲に飛び散る中炎の竜は鞭を食い千切ろうとして、影の鞭は炎の竜に巻き付き絞め殺そうとしている。

 

今の所は拮抗しているが……

 

「燃え盛れ!」

 

リースフェルトがそう叫けぶと6本の煌式遠隔誘導武装が炎の竜に取り囲むように配置される。

 

そして次の瞬間、炎の竜の大きさは3倍近くに跳ね上がり影の鞭の拘束を破り始める。

 

(なるほどな……煌式遠隔誘導武装を媒体に万応素と星辰力の固有結合パターンを同調させて威力を上げたのか……)

 

中々面白いやり方だ。事実炎の竜は鞭の拘束をどんどん破り、12本あった影の鞭は今や6本、いや……今5本になったな。

 

が、甘い。高威力の能力に加えて煌式遠隔誘導武装6本の制御をしているなら強い集中力を必要とする筈だ。

 

つまり……

 

「湧き上がれーーー影蝿軍」

 

こっちが集中力を削ぎに来た場合、脆くなる。

 

そう呟くと影から大量の蝿が現れて、蝿が飛ぶ時に出る不快な音を出しながら炎の竜を避けて、リースフェルトの元へ飛ばす。

 

そして炎の竜が更に影の鞭を焼き尽くし残り2本になった時……

 

「な、何だこれは?!」

 

リースフェルトの焦るような声が炎の竜の向こう側から聞こえてくる。同時に炎の竜は残り全ての影の鞭を焼き尽くし、こちらに向かってくるが……

 

「外れだな」

 

炎の竜は俺から大きく離れた場所に向かってそのまま通り過ぎて行った。

 

当然の帰結だ。制御の難しい大技に加えて、使用するのに集中力を要する煌式遠隔誘導武装を使っている状態で集中力を乱されたのだ。マトモに狙いを定められる筈はない。

 

ケリをつけるべくリースフェルトの方に走り出す。対するリースフェルトは……

 

「ぐうっ……咲き誇れーーー鋭槍の白炎花!」

 

細剣を振るい炎の槍を作り出そうとする。しかし周囲に大量の蝿が集っているからか作る速さは遅く、槍の大きさも小さい。そんな槍で俺を倒すのは無理だ。

 

そう思いながら俺は槍の製作に苦心しているリースフェルトとの距離を3メートルまで詰めた瞬間……

 

「解除」

 

影の蝿を全て俺の影の中に戻す。すると……

 

「うあっ……!」

 

炎の槍は暴発して、それによってリースフェルトはよろめく。さっきまで鬱陶しかった蝿が急な消えたから、その反動で能力の発動が失敗したのだろう。

 

そしてそんな隙だらけのリースフェルトを見逃すつもりは毛頭なく……

 

「くっ……」

 

リースフェルトに足払いをして仰向けになった所で、義手から光輝く刃を出してリースフェルトの首に突きつける。

 

「詰みだ。リザインしてくれるとありがたい」

 

これが星武祭本番なら容赦なく叩き潰しているが、今は訓練だ。怪我をする前にリザインした方が良いだろう。

 

俺がそう口にするとリースフェルトは不満タラタラな表情をしながらも頷く。

 

「……わかってる。私の負けだ」

 

負けを認めたので俺はリースフェルトの上から退いて引き起こす。

 

「さて……とりあえずお前の戦い方はわかったから総評に入るが……お前やっぱり火力馬鹿だな」

 

炎の竜は当然ながら、設置型のトラップも割と攻撃的だったし。チーム・エンフィールドはかなり攻撃型チームだな。

 

「う、うるさい!自分でも自覚はある!」

 

「なら良いが……んじゃ今後の方針を説明するが、お前は獅鷲星武祭までに相手にストレスを与える技を身に付けろ」

 

「さっきお前が使った蝿みたいな技か?」

 

「そうだ。お前は戦闘スタイル的に遊撃手だ。遊撃手の仕事は基本的に前衛の援護と後衛を守る事だ。今回俺が使った技のようにストレスを与える技は獅鷲星武祭で能力者と戦う時は重宝するからな」

 

獅鷲星武祭における能力者は基本的に遊撃手か後衛と援護の役割が多い。それを妨げれば敵の戦術の幅を狭めることは可能である。

 

「それはわかるが、私の能力はお前程多彩ではないぞ?」

 

「それはお前のイメージ不足なだけだ。やりようは幾らでもある。初めに使ってきた大量の火球で例えれば……威力を低めにして代わり広範囲に爆風を広げたり臭い煙を出したり……って、ところだな」

 

見たところあの火球は威力と速度を重視した技であるが、威力を低めにして攻撃範囲や相手の予想を超えた攻撃も可能だろう。

 

「……なるほどな。確かに私は相手に当てて主導権を握ることばかり考えていたな」

 

「だろうな。だからそれを煙や爆風を出るように優先したら直撃しなくても充分に効果を出せるぞ。だからお前はとにかく相手の嫌がることを考え続けろ」

 

リースフェルトの場合ポテンシャルは高いバランスタイプだが、性格からか割とゴリ押しで攻める時もあるからな。ここで相手を倒す事だけではなく、集中力を削がす方法も身に付ければチーム・エンフィールドの戦術の幅も広がるからな。

 

「嫌がること……」

 

リースフェルトは難しい顔をして考える素振りを見せるが、やはり国民を大切にする王女様には相手の嫌がることを考えるのは難しいのか?

 

「まあ獅鷲星武祭まで時間はあるし。それは後回しだ。今はお前個人の実力を高めるぞ。いくら戦術の幅を広げる事が重要でも、個々の実力を伸ばさなきゃ話にならないからな」

 

言いながら俺が構えを取るとリースフェルトもそれに続いて構えを取る。同時に煌式遠隔誘導武装が浮かびこちらに切っ先を突きつけてくる。

 

「わかった。ではよろしく頼むぞ」

 

「はいよ」

 

互いに言葉を交わして……

 

「影の刃群」

 

「咲き誇れーーー六弁の爆焔花!」

 

互いの周囲に星辰力を噴き出しながら、影の刃がと巨大な火球がぶつけ合った。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

それから1時間後……

 

『トレーニングステージの利用時間終了まで15分を切りました』

 

「今日はこの位にしとくか」

 

「むぅ……結局1本も取れなかったか」

 

部屋にアナウンスが流れたので俺達は部屋の隅にあるスポーツドリンクを取って飲み始める。今回は模擬戦をやったら反省会をしてまた模擬戦……って感じで訓練をした。結果は10本勝負をして10ー0で俺の勝ちだが……

 

「いや、最後の2本は割りかし危なかったぞ」

 

2連続で設置型のトラップを仕掛けてきたり、道連れ覚悟で爆破してきたし、油断出来るものではなかった。

 

しかしリースフェルトは不満タラタラの表情だ。

 

「良く言うな。覇軍星君と戦った時に使った2種類の鎧を使っていない癖に」

 

「アレは白兵戦に特化した技だからな。俺はお前に技術を教えてるんだから影狼修羅鎧も影狼夜叉衣も必要ない……っと、そろそろ天霧達の部屋に行くか」

 

「そうだな。あいつらもちゃんとやっていると良いんだが……」

 

互いに言葉を交わしてから俺達の使っているトレーニングステージを後にして、隣の部屋ーーー天霧とフェアクロフ先輩が借りているトレーニングステージに入ると……

 

 

 

 

「「「「あ」」」」

 

そこでは天霧がフェアクロフ先輩を押し倒している光景があった。天霧の両手は間にフェアクロフ先輩の首を挟んで、いわゆる床ドンの状態となっていた。マジでどんな状況だ?

 

「ほほう……綾斗は中々大胆な事をしているな」

 

疑問符を浮かべていると、リースフェルトがドス黒いオーラを噴き出しながら天霧に詰め寄る。あのオーラには見覚えがある。俺がラッキースケベをした時にシルヴィやオーフェリアが出すオーラと同じ類のオーラだ。

 

「いや待ってよユリス!誤解だからね!」

 

対する天霧は慌ててフェアクロフ先輩から離れて弁明をする。

 

「そ、そうですわ!戦っていたら足を絡めてしまい互いに転んでしまっただけですわ!」

 

なんだ、俺と同じパターンか。俺も良く赫夜のメンバーと戦う時に相手の足と絡みあって転びラッキースケベをしてしまうし。

 

2人の弁明を聞いたリースフェルトは少しだけオーラを薄くしてジト目で天霧を見続ける。経験者の意見を言わせて貰うとこうなったら厄介なんだよなぁ……仕方ない、援護するか。

 

こういう時の対策は簡単。それは……

 

「まあ落ち着けリースフェルト。実際わざとじゃないんだし許してやれよ。天霧だって実際はリースフェルトにラッキースケベをしたいんだから」

 

「ええっ?!ひ、比企谷?!」

 

「なっ?!何だと?!そ、それは本当か?!」

 

予想外の一撃をぶち込むこと。案の定リースフェルトは黒いオーラを消して真っ赤になって慌て出す。

 

「ええっ?!そ、そうでしたの?!」

 

ついでにフェアクロフ先輩も真っ赤になって慌て出す。フェアクロフ先輩は知っていたが、リースフェルトもからかい甲斐があって可愛いなぁ……

 

そんな事を考えていると……

 

pipipi

 

携帯が鳴り出す。見るとメールが同時に2通来ていた。同時に嫌な予感に襲われる。同時に2通メールが来る、このパターンは……

 

『fromオーフェリア 八幡、今ユリスとソフィア・フェアクロフにデレデレしたでしょ?今夜搾り取るから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今リースフェルトさんとフェアクロフ先輩にデレデレしてたよね?今夜搾り取るから』

 

ねぇ、前から思ってたけどさ……何で俺の行動が読めるの?!周りを見渡しても2人の気配は感じない。その事から直感で判断していると判断出来る。

 

ラッキースケベはしてないが結局搾り取られる運命なのか……

 

「とりあえず今日はスッポンでも食べるか……」

 

「いや変な事を言わないで助けてよ!比企谷がこの状況を生み出したんだからね!」

 

俺の現実逃避の混じった呟きと天霧の悲痛の悲鳴がトレーニングステージに響き渡る。チラッと横を見るとリースフェルトが真っ赤になりながら天霧に詰め寄っていて、天霧がヘルプの視線を向けていたが気にしない事にした。

 

結局このカオスな空気は係員の人が来るまで続き、その日は解散となった。

 

尚、その日の夜にベッドに入ったらオーフェリアとシルヴィに干涸びるまで搾り取られたのは言うまでもないだろう。



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こうして修行は順調に進んでいる

ガッ ドッ ゴッ

 

 

板張りの広間の中に轟音が響く。しかしその空間にいる2人は音を気にすることなく衝突している。

 

「楽しいのう楽しいのう!ほれ、もっと殴ってくるのじゃ!」

 

「くそっ……!マジで倒れろよ……!」

 

俺は現在、影狼修羅鎧を纏いながら万有天羅こと范星露と殴り合いをしている。例のトレーニングとして星露の作った異空間での戦いだ。既に床には幾つものクレーターが生まれていて戦闘の激しさを物語っている。

 

ちなみに一緒に星露に稽古をつけて貰っているチーム・赫夜のメンバーは違う異空間でもう1人の星露と戦っている。今更だが星露って本当に何でもありなんだよなぁ……見た目は完全に幼女なのに。

 

そう思いながらも俺は一切の容赦なく星露の顔面に拳を放つ。星露相手に女がどうとか言ってられないな。

 

影狼修羅鎧を纏った俺の拳は純星煌式武装に匹敵する破壊力だが……

 

「くはははっ!今のは聞いたぞい。お返しじゃ」

 

「がはっ……!」

 

星露はモロに顔面に拳を食らっても鼻血を少し出す程度で、更にテンションが上がて俺の鳩尾に蹴りを放ってくる。影狼修羅鎧は耐久性が高いから何とか壊れずに済んだが衝撃は吸収出来ず、腹から全身に痛みが走り吐き気を催してくる。

(クソッ……!マジで痛ぇ……!でも倒れる訳にはいかねぇな)

 

一瞬意識が飛びかけたが舌を噛んで気付け代わりにする。俺は強くならないといけない。処刑刀やヴァルダを倒して、オーフェリアとシルヴィの3人で平和に過ごす為にも。

 

だから例え稽古とはいえ限界ギリギリになるまで投げ出す訳にはいかない。

 

改めてそう強く決心した俺は

 

「まだだ……!」

 

「なんじゃと?!」

 

鳩尾にめり込んである星露の足を左手で捕まえる。同時に星露は手を引き離そうと掴まれた足を振る。同時に鳩尾にグリグリを通り越してゴリゴリした痛みが走るが、俺はそれを無視して……

 

「決まれ……!」

 

そのまま空いている右手を強く握り締めて、お返しとばかりに星露の鳩尾に拳を叩き込む。

 

「おおっ……!」

 

ドゴンッ、と一際激しい音が異空間に響く中、星露は口から微かに血が出しながら後ろに跳ぶ。しかし吹き飛ぶ中、世界政府直属暗躍諜報機関の人間が得意とする体術を使って空中を蹴って距離を詰めてくる。

 

俺も能力を使って空を飛ぶことは可能だが、体術で空を飛ぶのは無理だ。その事から目の前にいる幼女は規格外である事は容易にわかる。

 

しかしそうは言ってられない。向こうがこちらとの距離を詰めてくる以上迎撃をしないといけない。

 

俺は一度息を吸ってから右手にありったけの星辰力を込めて……

 

「はぁっ!」

 

「むんっ!」

 

拳を放ち星露の拳を真っ向から迎え撃つ。互いの拳がぶつかった瞬間、辺りに衝撃が走り周囲にあるクレーターより一際大きなクレーターが生まれる。

 

互いに譲らないかの如く拳に力を込める。他の事を考えていたら負けるのがオチだから。俺は更に力を込めて星露の拳とぶつかり合う。それによって腕から全身に痛みが走るが引く訳にはいかない。

 

しかし……

 

「実に見事じゃが……ここまでじゃの」

 

「があっ……!」

 

それも長くは続かず、星露の拳は俺の拳を上回り、そのまま俺を吹き飛ばす。暫く吹き飛んで受け身を取ろうとするも、柱に当たったのかいきなり背中に衝撃が走り影狼修羅鎧が解除される。

 

(どうやら星露の言う通りここまでのようだな)

 

生身で星露に勝つのは無理だ。影狼修羅鎧を使っても手加減している星露相手に勝てないんだし。

 

息を吐いて負けを認めると星露が楽しそうな表情でこちらにやって来る。

 

「うむ。お主も儂の下で鍛錬を始めた頃に比べて身体の使い方が上手くなったのう。今のお主なら例の奥義を前よりも使えると思うぞい?」

 

例の奥義とは影神の終焉神装だろう。実戦で使ったのは星露に使った1回だけだが、本気の星露相手にある程度戦える俺の最強技。

 

しかし肉体に掛かる負荷は桁違いで、半年前ーーー星露に鍛えて貰った当初は肉体に負荷が掛かるから、ある程度身体が出来上がるまでは鍛錬では使うなと星露に言われていた技でもある。

 

「ある程度使えるって事はお前との鍛錬で使えってことか?」

 

俺がそう尋ねると星露は首を横に振る。

 

「いや、前よりも使えるとは言ったが、それでもまだ足りないのう。儂との鍛錬で使えるとすれば1ヶ月半ーーー獅鷲星武祭が終わってからじゃのう」

 

「……わかった。ならそれまでは身体作りに集中する」

 

言いながらスポーツドリンクを飲む。戦闘の後のこれはメチャクチャ美味いな……

 

「うむ。しかしお主、手首を斬り落とされてから一段とやる気を出しておるが、やはり復讐を考えておるのか?」

 

「もちろん復讐したい気持ちはある。が……」

 

「が?」

 

「復讐以上に奴を排除しなくちゃいけないという気持ちーーー義務に近い考えが強いな。あの男は俺ーーー俺達が平和に過ごす為には間違いなく邪魔になると思っている」

 

オーフェリアの所有権を持っている以上、連中は再度攻めてくる可能性は充分にある。

 

「もしかして復讐するのは反対なのか?」

 

俺が星露にそう尋ねると星露は首を横に振る。

 

「いんや。儂はお主に技を教えはしたが、道は教えておらん。復讐をしたいのなら好きにすると良い。儂は強い人間と戦えればそれで良い」

 

こいつはこいつでブレないな……まあそうでなきゃ万有天羅とは言えないだろうけどさ。

 

「そうかい……そういや獅鷲星武祭といえば星露の所の調子はどうなんだ?」

 

「うむ。暁彗がお主との敗北以降一層やる気をだしてのう。虎峰達もそれに引かれる形でやる気をだしており、儂も楽しくなってきておる」

 

ちっ……データ収集の目的で暁彗と戦ったのに、やる気を引き出してしまったか。こりゃ悪い事をしたな。

 

「それとお主に言っておくが、陽乃もお主に王竜星武祭で恨みを晴らすべく一層鍛錬に励んでおるぞ」

 

恨みねぇ……自分のした事を棚に上げてかよ?大方王竜星武祭で優勝して自由を得る算段なのだろうが、来るなら来いってのが俺の意見だ。

 

「了解了解。んじゃ続きとやろうぜ」

 

星露に弟子入りした当初ならともかく、半年近く星露にボコボコにされ続けたからか今は少し休んだだけでコンディションを落とすことなく2連戦を出来るようになった。流石に3連戦は無理だけど。

 

対する星露は笑顔で頷く。

 

「うむ。儂も楽しませて貰うぞ?」

 

……本当に楽しそうだな。このバトルジャンキー。

 

俺は半ば呆れながらも再度影狼修羅鎧を纏い星露に突撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間半後……

 

普段の俺なら鍛錬を終えた後にチーム・赫夜の5人をクインヴェールに送ってから自宅に帰るのが日課だが……

 

「はーい。晩ご飯出来たよー」

 

「……お待たせ」

 

「おー!」

 

「美味しそうですね」

 

「あ、私も手伝いますわよ」

 

「私も……やる」

 

「というかそんなにキッチンに人が居ても邪魔だから家主3人に任せましょう?」

 

現在自宅にてチーム・赫夜の5人がいて、家主の俺とオーフェリアとシルヴィは料理を運んでいる。

 

流れとしてはこうだ。

 

星露との鍛錬が終了

星露の作り出した異空間から出て赫夜の5人と合流。

再開発エリアを出てクインヴェールに向かう

途中にあるスーパーの前で俺の恋人のオーフェリアとシルヴィと鉢合わせ

シルヴィが赫夜の5人に自宅で飯を食わないかと提案

赫夜の5人、提案を受ける

 

……って、感じだ。家主の俺とオーフェリアとシルヴィはテーブルに料理を運び、席に座る。何でも良いが女子7人に対して男が俺1人って……まあ今更だからどうこう言うつもりはないけど。

 

そんな事を考えながらも食事が始まる。

 

「んー!凄く美味しいです!」

 

「ありがとう美奈兎ちゃん」

 

「……花嫁修業の一環よ」

 

若宮がそう言うとシルヴィとオーフェリアが満更でもない表情をしながらそう返す。てかオーフェリアェ……恥ずかしいからそんな事を言うな。いや、まあ嬉しいけどさ。

 

「相変わらずね貴方達は。理事長が疲れるのも納得だわ」

 

一方、クインヴェールの情報工作機関で働いているフロックハートはため息を吐いていかにも疲れていますと言った表情を浮かべながら味噌汁を飲む。

 

「あー、ごめんね。ペトラさんは今でも私達の交際に反対だし、ね」

 

「仕方ないですわよ。クインヴェールの序列1位にして世界の歌姫であるシルヴィアが殿方、それもオーフェリアさんと付き合っている殿方と付き合うなんて世間に知られたら大変ですわよ」

 

シルヴィが苦笑しながらフロックハートに謝ると、フェアクロフ先輩が呆れながらそう言ってくる。まあ確かに……俺とオーフェリアとシルヴィの関係がバレたら世界は荒れるだろう。

 

「まあ一応注意は払っているな」

 

「もしも世間に知られたら、別れるの?」

 

「「「まさか」」」

 

アッヘンヴァルの問いに俺とオーフェリアとシルヴィは即座に首を横に振る。ペトラさんから絶対にバレるなと言われた。言われた以上バレないように細心の注意を払うが、バレたとしても別れるつもりはない。何故なら……

 

「「「俺(……私)(私)にとってオーフェリアとシルヴィ(八幡とシルヴィア)(八幡君とオーフェリア)はかけがえの無い存在だから別れるつもりはないな(ないわ)(ないかな)」」」

 

「3人同時に同じ内容を口にするなんて仲が良いですね」

 

蓮城寺はそう言って苦笑を浮かべるが当たり前だ。もう俺にとって2人は半身のように大切な存在だ。もしも2人と関係を引き裂かれたらどうにかなってしまいそうだ。

 

もしも関係が公になった場合、俺とオーフェリアはレヴォルフを卒業後クインヴェールの運営母体の統合企業財体のW=Wに就職して俺達の関係によって生まれた損失を補うつもりだ。

 

俺が影に潜って他の統合企業財体の最高幹部が行う会議を何十回も録音すれば補える自信はある。バレたらヤバそうだが、影の中にいる間の俺は無敵だから大丈夫だろう。

 

「そんな訳で俺達は何があっても別れるつもりはないな……てか、飯を食おうぜ」

 

2人の飯を前にして話しているだけでは勿体無い。

 

「あ、そうですわね」

 

俺の言葉に他の面々も納得したように頷き食べるのを再開する。

 

「うーん。やっぱり疲れた後に美味しいご飯を食べるのは最高だよ!」

 

「まあ美奈兎ちゃん達は星露と戦ったからね。ちなみに調子はどうなの?」

 

シルヴィが尋ねる。俺も星露と戦っていたが、若宮達とは違う空間で戦っていたからよくわからん。わかるのは勝てなかった事くらいだろう。

 

「うーん。今日は結構惜しかったなー」

 

「そうそう。今日は星露ちゃんに10発攻撃を当てれたしね」

 

「おっ、やるじゃん。ルサールカとチーム戦に比べて強くなったね」

 

シルヴィは軽く驚きながら赫夜のメンバーを褒める。そこには嘘偽りは一切無かった。

 

界龍で星露に弟子入りする為の条件は星露に触れる事というシンプルな条件だ。しかし数千人以上いる界龍の生徒の内、星露の弟子になれたのはたった50人程度だ。その50人は全員序列入りしている事から星露に触れる難しさは言うまでもないだろう。

 

つまり5人がかり、その上星露が手を抜いているとはいえ攻撃を10発近く当てれたのは凄いと言える。弟子入りした当初に比べたら格段に成長しているだろう。

 

「はい!これもシルヴィアさんや比企谷君、オーフェリアちゃんのおかげです!良い環境を作ってくれてありがとうございます!」

 

言いながら若宮は俺達に頭を下げてくるが……

 

「礼を言われる程の事はしてねぇよ。お前ら5人が頑張っただけだ」

 

「いやいや、八幡君は頑張ったけど私は大したことをしてないよ」

 

「そうね……八幡はともかく私はお礼を言われることはしてないわ」

 

「そんな事ないです!比企谷君は殆ど毎日戦ってくれたし、シルヴィアさんはクロエを正式にチームに入れる手伝いをしてくれましたし、オーフェリアちゃんは毎日戦闘記録の整理やドリンクの用意をしてくれて凄く助かってます!」

 

俺達が否定するも若宮は即座に否定する。前から思っていたが若宮って今時あり得ない位純粋だな。思わず頬が緩んでしまう。見るとオーフェリアやシルヴィ、赫夜の4人も差はあれど全員が微笑ましい表情で見ていた。

 

「ふふっ。ありがとう。そこまでお礼を言うなら優勝してね?チーム・赫夜?」

 

シルヴィは優しい表情を浮かべながらそう口にすると……

 

『はい!』

 

5人が一斉に了承の返事をする。普通に考えたら優勝は夢のまた夢だが、こいつらを見ていると本気で優勝出来るかもしれないと思うようになってきた。それが面倒を見た人間の贔屓目かどうかはわからないが頑張って欲しいものだな……

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間半後……

 

「じゃあ今日はご飯ありがとうございました」

 

夕食を済ませてから適当に駄弁った所でお開きにする事が決まって俺はオーフェリアとシルヴィと一緒に赫夜のメンバーの見送りをしている。自宅がレヴォルフとクインヴェールの間にあるとはいえ夜も遅いからな。

 

「またな。明日明後日はウチの学校で公式序列戦があるから3日後な」

 

「……私も指名されているから行けないわね」

 

オーフェリアもそう呟く。しかし何故にオーフェリアに挑む奴がいるんだ?いくら力が衰えているとはいえそれでも俺より強いんだぞ。しかも何故に序列50位とか60位の雑魚が俺やオーフェリアに挑むのか理解出来ん。一応挑む権利はあるが普通は40位あたりの少し格上の相手に挑めって話だ。

 

閑話休題……

 

「レヴォルフの試合は明日なのね。まあ貴方達が負けるとは思えないけど」

 

フロックハートはそう言ってくるが、オーフェリアはともかく俺は絶対は保証出来ん。俺の前に2位だったロドルフォのイカレ野郎や、オーフェリアの前に1位だった荒屋敷の馬鹿が俺に挑んできたら厳しいだろう。まああの2人公式序列戦に興味ないから可能性は低いけど。

 

「かもな。んじゃまたな」

 

「またねー」

 

「……気を付けて」

 

俺と恋人2人が会釈をしたり手を振って挨拶をする。

 

「また今度!」

 

「今日はご馳走様でした」

 

「美味しかったですわ」

 

「どうも、ありがとう……」

 

「3日後によろしく」

 

対する赫夜のメンバー5人もそれぞれ挨拶をして去って行った。5人が見えなくなるまて見送った俺達は自宅に向けて歩き出す。

 

「いよいよ来月、か……」

 

シルヴィが呆然と呟く。本番の獅鷲星武祭まで後1ヶ月。チーム・赫夜の面倒を見るようになってから1年近く。振り返ってみると時間が経つのは早いものだ。

 

「まだ1ヶ月あるとも思える。1ヶ月あれば人は伸びるからな」

 

「……そうね。ここまで来たら私も本番が楽しみだわ」

 

「まあ頑張り過ぎてオーバーワークにならないと良いけどね」

 

互いにそんな言葉を呟きながら街を歩く。夜の静かな街に俺達の声が辺りに響く。

 

「そういえば八幡君も星露に鍛えて貰ってるだろうけど、オーバーワークにならないでね?」

 

シルヴィがそんな事を言ってくる。それに対して俺は……

 

「わかってる。無茶はしない」

 

真顔で嘘を吐いた。2人には悪いが処刑刀とまた相対する可能性がある以上、温い訓練をするつもりはない。

 

何というか獅鷲星武祭の最中に相対する気がする。鳳凰星武祭や学園祭でも相対したから、2度あることは3度ある可能性は否定出来ないし。

 

(相対するかはわからんが、した場合は俺の全てを賭けて叩き潰してやるよ……)

 

オーフェリアとシルヴィの3人で幸せに暮らす為にも。

 

俺は改めて強く決心しながら恋人2人の手をギュッと握りながら帰路についた。

 

 

 

 

 

しかしこの時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

遠くない未来に処刑刀と冗談抜きの殺し合いをする事を。



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獅鷲星武祭直前、比企谷八幡は2人の恋人に甘えられる

 

「綻べーーー栄烈の炎爪華!」

 

目の前にいる薔薇色の髪をした少女ーーーリースフェルトがそう叫ぶと俺の足元に魔方陣が現れるので横に跳ぶと、間髪入れずに炎の柱が5本、悪魔の爪のように地面から噴き上がる。

 

同時に俺の服に火が掠る。制服は耐熱、耐衝撃を考慮されているので燃えはしないが……

 

(ダメージは殆どないがリースフェルトの奴、徐々に魔方陣から能力を発動する速さが上がってきてるな。俺が教え始めた頃に比べて見違えたな……)

 

内心感心しているとリースフェルトは細剣を向けてーーー

 

「咲き誇れーーー硝煙の炎爆花!」

 

周囲に魔方陣を展開して小さい火球を大量に生み出してくる。その数は50を超えている。

 

(見たことない技だな……ここは確実に潰すか)

 

そう判断した俺は自分の影に星辰力を込めて……

 

「影の刃軍」

 

影から100を超える大量の刃を生み出してリースフェルトの放った火球を串刺しにする。すると……

 

 

パパパパパパパパッ

 

「ぐおっ……!」

 

串刺しになった火球はその場で爆発して爆竹に近い音が生まれ、鼻をつくような臭いが俺の鼻に襲ってくる。これは……キツいな……!俺はリースフェルトに相手の嫌がる技を身に付けろと教えたが、今の攻撃はかなりの嫌がらせになった。

 

余りの臭さに思わず手で鼻を押さえてしまう。しかしそんな俺に対してリースフェルトは容赦なく……

 

「咲き誇れーーー呑竜の咬炎花!」

 

細剣を振るい、剣の先端から魔方陣が展開されたかと思いきや巨大な炎の竜が生まれて、俺に襲いかかってくる。

 

(マズイな……影狼修羅鎧なら防げると思うが、今からじゃ鎧の展開は間に合わない)

 

逃げようと考えたが、竜の速度も日々上がっている。臭いに意識を割いてしまった以上間に合わない可能性も十分にある。

 

となると残りの選択肢は真っ向から受けるしかない。

 

(仕方ない。手を離したくないが……うおぇっ……)

 

俺は鼻から手をどけて、臭いによって吐き気が生じる中両手に星辰力を集中して……

 

「はあっ……!」

 

両手を竜に受けて突き出し、真っ向から受けて立つ。竜の口が俺の手に触れると手には熱が生まれだす。同時に耐熱仕様の制服も燃え上り手は焼け始める。

 

(熱い……が、ここで引くわけにはいかないな……)

 

そう思いながら更に両手に星辰力を集中して……

 

「はあっ!」

 

そのまま炎の竜を顔面から地面に叩きつける。地面に当たった竜は溶けるように消え去った。

 

同時に視界が晴れたので正面を見るとリースフェルトが引き攣った笑みを浮かべていた。

 

「お前が能力に頼ってばかりではない事は知っていたが、まさか真っ向から防がれるとは思わなかったぞ…….」

 

「生憎だが、オーフェリア程ではないが俺も星辰力には自信があるんでな」

 

星辰力を使った防御はオーフェリアを除けば基本的にダメージを軽減する程度のものなので多少はダメージを受けるのは当然だ。これでも結構星辰力を使ったので中々の威力だと判断出来る。

 

しかし制服の袖と腕が焼けたのはアレだな……ダメージは軽いが見た目が痛々し過ぎる。トレーニングが終わってから治療院に行くか。

 

「さて……とりあえず第二ラウンドに行こうか」

 

言いながら自身の影に意識を向けながらもリースフェルトを睨む。

 

「来い」

 

同時にリースフェルトも同じように煌式遠隔誘導武装を周囲に浮かばせながら手に持つ細剣の切っ先を向けてくる。

 

トレーニングステージに緊張感が漂う中俺達は星辰力を込めて……

 

『間もなく、トレーニングステージの利用時間が終了します』

 

「影の刃ぐ……ん」

 

「咲き誇れーーー灼炎のコロナリ……あ?」

 

互いに能力を使おうとした瞬間、空気の読まないアナウンスが流れて能力の使用を止めてしまう。

 

こうして獅鷲星武祭前の最後の訓練は後味の悪いまま幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そんな訳で最後の試合は決着がつかなかったんだ」

 

「あはは……まあ仕方ないんじゃない?」

 

「それはそうだが……」

 

「まあユリスはグランドスラムを目指しているのですし、比企谷さんとの決着は王竜星武祭でつければいいのではなくて?」

 

トレーニングステージを後にした俺とリースフェルトは隣のトレーニングステージで訓練していた天霧とフェアクロフ先輩と合流してレストランで飯を食べている。

 

「まあそうだな……そして綾斗よ。お前の方は今日までフェアクロフ先輩と訓練をしてどうだった?」

 

「うーん。ガラードワースの剣術についてはある程度理解出来たけど、『黒炉の魔剣』に関する課題は無理だったよ」

 

「それはつまり鳳凰星武祭決勝で見せたサイズの最適化か?」

 

「それもあるけど、イレーネの時に使った『覇潰の血鎌』の能力そのものを焼き切る力もだよ」

 

アレか。確かにあの時は俺も驚いた。具現化した能力でなく、重力制御という能力そのものをぶった切ったのだから。アレを完璧に使いこなせたら冗談抜きでオーフェリアに対しても勝ち目が出ると思う。

 

「ふむ……一度使えたって事は実力的には問題無し……となると使い方に間違いがあるんじゃね?」

 

「使い方?」

 

「ああ。純星煌式武装には意思のようなものがあるのは知ってるだろ?その事から察するに『黒炉の魔剣』はお前の使い方を気に入っていない可能性もある」

 

「使い方……」

 

「うーん。一応『黒炉の魔剣』とは真摯に向き合ってると思うし、ちゃんと敬意を払ってるよ」

 

だろうな。天霧の性格は度を超えたお人好し。武器に対しても人間と同じように接しているのだろう。

 

だが……

 

「それだけじゃ足りないかもしれない。『黒炉の魔剣』はお前に対して敬意だけではなく、他の物を求めているのかもしれないな」

 

「他の物?比企谷さんは何だと思いますの?」

 

「知らん」

 

フェアクロフ先輩に尋ねられた俺が即答すると3人がズッこける素振りを見せる。

 

「知らないのですの?!」

 

「そりゃ俺は純星煌式武装を持ったことがないんで。今のは俺の考えを言っただけです」

 

しかし実力が足りないってのは以前に使えた事から無いだろう。となると他の理由になるが、俺は天霧の『黒炉の魔剣』の使い方に間違いがあると考えている。

 

「まあ今のは俺の考えだし、戯言と思って聞き流してくれや」

 

「いや……どうにも引っかかるから少し考えてみるよ。どうもありがとう」

 

戯言を言った俺に対して礼を言っても困るんだが……まあ、本人が気にしてないから良いか。

 

「どういたしまして。そんでフェアクロフ先輩の方は今日まで天霧と対戦してどうでしたか?」

 

「はい。とても有意義な時間でしたわ。天霧辰明流から剣術以外にも実戦的な経験を色々と学べましたから」

 

ならこちらーーーチーム・赫夜にとってはプラスになったし、星導館との合同練習は成功だったと思える。

 

「やら良かったです。とりあえず本番は来週なんで残りは最低限の訓練にしましょうね」

 

「そうですわね。そんな訳でユリスに天霧さん。本番で当たったらよろしくお願いしますわ」

 

「ああ。まあ勝つのは私達だがな」

 

「私達もそう簡単に負けるつもりはありませんわよ?」

 

リースフェルトとフェアクロフ先輩は不敵な笑みを浮かべながらオーラを放つ。微妙に怖いがオーフェリアやシルヴィが偶に出すドス黒いオーラに比べたらマシなので気にしない事にする。

 

「あはは……まあお手柔らかに」

 

天霧の苦笑の混じった呟きは声が小さく2人には聞こえてなかったようだが、俺の耳には不思議と1番響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間……

 

「ただいまー」

 

夕食を済ませて自宅に帰った俺はドアを開けて挨拶をする。すると部屋の奥からドタバタ走る音が聞こえてきたかと思えば、最愛の恋人であるオーフェリアとシルヴィの2人がこちらにやって来て……

 

「「おかえり、八幡(君)」」

 

 

 

ちゅっ……

 

同時に俺の唇にキスを落としてくる。するとさっきまで存在した疲労は一瞬で吹き飛び幸せな気分になる。

 

「ああ。ただいま……オーフェリア、シルヴィ」

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

言いながら俺は2人の唇にキスを返す。リップ音が玄関に響く中、オーフェリアとシルヴィはトロンとした表情を浮かべる。本当に可愛いなぁ……

 

そこまで考えていると2人が俺に抱きついてくるので俺も抱き返し、暫くの間抱き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それで八幡君。最後の訓練はどうだったの?」

 

それから1時間。湯船の中にて、湯船に浸かっている俺の膝の上に乗って抱きついて甘えてくるシルヴィがそんな質問をしてくる。湯船の外ではオーフェリアが身体を洗っている。

 

シルヴィとは抱き合っている体勢なので俺の胸にはシルヴィの胸が当たっていて、俺の腰にはシルヴィの足が絡まっていて、俺の顔にはシルヴィの顔が寄せられている。

 

付き合った頃の俺なら焦っていたが、オーフェリアとシルヴィの2人と付き合って1年以上経過した今なら特に緊張しないで済んでいる。

 

「まあリースフェルトは満足したし、フェアクロフ先輩も得るものはあったようだ。天霧は『黒炉の魔剣』については余り進捗が無かったようだがな」

 

「そっか……とりあえず八幡君はお疲れ様……んっ」

 

言いながらシルヴィは俺にキスをしてくる。触れるだけの軽いキスだが、シルヴィの唇からは愛情や労いがしっかりと伝わってくる。

 

「ありがとなシルヴィ。ところで今日はいつもより甘えん坊になっているが何かあったのか?」

 

「まあね。実は明日から生徒会長としての挨拶回りとかがあって獅鷲星武祭初日まで家に帰ってこれないから、明日から1人でも耐えられるように八幡君成分を補給しているんだ」

 

いや八幡君成分って何だよ?俺にそんな成分があるのか?まあシルヴィが欲しいってならあげるけどさ。

 

「……好きにしろ甘えん坊め」

 

「ありがとう。じゃあもっと甘えて良いかな?」

 

言いながらシルヴィは俺が返答する前に腕を俺の首に絡めて更に強く抱きついてくる。やれやれ……

 

「……シルヴィアばかり狡いわ」

 

内心苦笑している中、そんな声が聞こえたかと思いきや、身体を洗い終わったオーフェリアが俺の後ろから抱きついてきてシルヴィと同じように腕を俺の首に絡めてくる。

 

(全くこいつらは本当に甘えん坊だな……)

 

まあ俺も2人に甘えられると幸せになるけど。そう思いながら俺は特に抵抗しないで2人の抱擁を受け続けた。

 

「ねぇ八幡君」

 

暫く抱きつかれているとシルヴィが話しかけてくる。

 

「何だよ?」

 

「星武祭の間には無茶をしないでね?」

 

「いや、俺は選手じゃないから無茶をする事はないだろ?」

 

選手なら間違いなく無茶をすると思うけど。

 

「そうじゃなくて……例の連中と相対した場合だよ。場合によっては私達が駆け付けるのは無理だけど、基本的には無茶をしないで欲しい」

 

「……いきなりだな」

 

「うん。何となくだけど、星武祭の間に八幡君が連中と相対するかも、って思ったから」

 

「……私もそう思う。さっき昼寝をしたら八幡が傷付く夢を見たわ」

 

オーフェリアとシルヴィは勘でモノを言っているが馬鹿馬鹿しいと一蹴するつもりはない。俺自身、連中と相対する予感を感じているから。

 

「……わかった。状況にもよるが、無茶はしない」

 

「絶対だよ?また学園祭の時みたいな事にならないでね?」

 

「あの時……私とシルヴィアは涙が止まらない位悲しかったのよ。私はシルヴィアと違って忙しくないからずっと八幡の隣で守るからね……」

 

2人は悲しげな声を出しながら俺に抱きつく力を強める。あたかも俺と離れ離れにならないように。

 

そんな2人を見ていると、学園祭で左手首を斬り落とされて病院に運ばれた時の事ーーーオーフェリアとシルヴィがガチ泣きしている事を思い出してしまう。

 

アレは何度思い出しても気分が悪くなるな。もうあんな2人は見たくないし、気をつけないと。

 

「わかってる。俺もお前らと死別するのは嫌だからな。無茶はしない」

 

「ええ(うん)……!」

 

俺は再度2人の温もりを感じながら、何としても生き延びてやると誓った。

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「じゃあ寝るぞ」

 

「ええ(うん)、おやすみ八幡(君)」

 

風呂から上がった俺はネグリジェ姿の恋人2人に話しかけると2人が頷くので寝室の電気を消してベッドに入る。同時に2人が俺に抱きついてくる。

 

「シルヴィは明日から頑張れよ」

 

「もちろん。だから今日は朝まで八幡君成分を補給するよ」

 

言いながら更にギュッと抱きついてくる。本当に甘えん坊だな。

 

「別に構わないが、今日は抱かないからな?」

 

2人を抱くと翌朝は必ず全員寝不足になる。俺とオーフェリアはともかく、仕事のあるシルヴィに寝不足はキツイだろう。

 

「もちろん。それはある程度仕事が落ち着いたらにするよ……んっ……」

 

シルヴィは頷いてから俺に抱きついたまま手を握ってくる。この甘えん坊め。だがそれが良い。

 

「……もしも私や八幡に出来る仕事があるなら手伝うわよ」

 

「ありがとう。でも大丈夫。仕事って生徒会長の仕事が殆どだから私以外は無理なんだ」

 

クインヴェールの生徒会はお飾りに近いがそれでも仕事はあるようだな。まあシルヴィの場合は挨拶回りが殆どだろうし俺やオーフェリアの出る幕はなさそうだ。

 

「……そう。でも困ったら直ぐに言ってね」

 

オーフェリアはシルヴィを気遣うようにそう言ってくる。少し前のオーフェリアは他人に一切興味が無かった。その事を考えたら凄い成長だろうな。

 

「わかった。ありがとうねオーフェリア。大好き……」

 

「……別に気にしなくて良いわ。私も貴女がす、好きだから言っただけだから」

 

ヤバい、やっぱりオーフェリアのデレは可愛過ぎる。普段とのギャップ差が凄過ぎる。見ればシルヴィも暗闇でわかるくらいに顔を赤くしてオーフェリアを見ていた。

 

「まあ俺もシルヴィが困ったら直ぐに手伝うからな……さあ、寝ようぜ」

 

俺が改めて寝ることを告げると2人はベッドから身体を起こして……

 

「「おやすみ、八幡(君)」」

 

ちゅっ……

 

同時に俺の唇にキスをしてからベッドに横たわり抱きついてくる。俺は幸せな気分になりながら2人の抱擁を受け止めてゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから色々な事がありながらも平和な日々は続き、遂に獅鷲星武祭当日を迎えた。




オマケ

オーフェリアの日記

◯月×日 晴れ
今日はユリスに誘われてチーム・エンフィールドの女子4人と買い物に行った。無愛想な私が居ても彼女らは詰まらないだろうと思っていたが、4人は私に対して優しく接してくれて後半になるにつれて徐々に楽しくなり、別れ際には若干名残惜しいと思った。

こんな気持ちになるのは孤児院にいた時以来だが、やはり自由になって正解だった。八幡には感謝してもし切れない。

ただ私とクローディア・エンフィールドと刀藤綺凛が胸が大きくなって新しい下着を買いたいと言ったら、ユリスと沙々宮紗夜が物凄い目で睨んできたのは解せなかった。



□月◯日

今日はチーム・赫夜の特訓を手伝った。私は能力以外取り柄はないので模擬戦の記録をしたり、タオルやスポーツドリンクの用意をした。それだけの事でもチーム・赫夜のメンバーは笑顔で礼を言ってくれた。初めは八幡に付き添って手伝っているだけだったが、日が経つにつれて私自身チーム・赫夜に協力したい気持ちが強くなった。優勝は厳しいと思うが頑張って欲しいと思った。

また模擬戦の最中に八幡が転んでクロエ・フロックハートを押し倒して彼女の胸に顔を埋めたので、”塵と化せ”を放ち、夜はシルヴィアと一緒に八幡から搾り取った。翌日、八幡は腰を痛めていたが後悔はしていない。


△月□日

偶には違う髪型にしようと思ってツインテールにしてみたら、それを見たシルヴィアは私をいきなりベッドに押し倒してから抱きついて頬擦りをしてきた。対応に困っていると八幡も同じように抱きついて可愛がってきた。2人にそんな風に可愛がられるのは恥ずかしいが、それ以上に嬉しい気持ちで満たされた。

尚、夜にプリキュアの格好をして八幡に迫ったら私が泣くまで容赦なく攻め立ててきた。普段の八幡は優しいが夜の八幡は容赦がない事を改めて理解した


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獅鷲星武祭初日、開会式前から面倒な事が起こる(前編)

原作13巻読みました。ネタバレにならない程度に思った事。

面白かった

星露、他所の学園の生徒鍛え過ぎ

どの学園も半端ねぇ強さの人間ばかり

14巻が来月発売とか、俺得過ぎる


pipipi……

 

アラーム音が耳に入ったので薄っすらと目を開けると、部屋の窓からは眩しい朝の日差しが部屋全体を照らしていた。

 

それによって完全に目を覚ました俺は未だに鳴り続けているアラームのスイッチを切ってベッドから身体を起こして伸びをする。

 

同時に両隣に恋人2人がいない事を理解する。シルヴィは知っている。最近忙しくて家に帰ってきてないのだから。

 

しかしオーフェリアは特に予定は……ん?

 

「良い匂い……嗅いでいたら腹が減ってきたな……」

 

どうやらオーフェリアは朝食を作っていたようだ。オーフェリアの作る飯は美味いからな。

 

早速朝飯にありつこうとベッドから降りてリビングに向かおうとするが、その前に部屋の扉が開き……

 

 

「……八幡。朝ご飯が……起きていたのね」

 

オーフェリアが部屋に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

白いエプロン1枚だけ着ている状態で。

 

 

瞬間、俺の中にあった眠気は一瞬で吹き飛び、顔に熱が生まれる。え?裸エプロン?!

 

改めてオーフェリアを見るも、オーフェリアが着ている衣類は白いエプロン1枚だけだった。最近になってオーフェリアの胸は成長しているので、胸の部分はハッキリと膨らんでいるし、色白とした手は肩から丸見えで、美しい足は付け根ギリギリまで丸見えとなっていて美術品のような美脚が晒されている。

 

前にシルヴィの裸エプロン姿も見た事があるが、オーフェリアの裸エプロン姿はシルヴィのそれと同じくらい破壊力がある。獅鷲星武祭が無ければ今直ぐ押し倒している自信がある。

 

しかし……

 

「ど、どうしたオーフェリア?いきなり裸エプロンなんかして」

 

理由がわからん。オーフェリアは俺がコスプレを頼むとやってくれるが、自分からした事は余りないので気になって聞いてしまう。

 

すると……

 

「……最近の八幡、シルヴィアが居なくて寂しいと思ったから元気を出して貰おうと八幡の好きそうな格好をしてみたの……似合ってないかしら?」

 

「そんな事はない」

 

不安そうな表情を浮かべて尋ねてくるオーフェリアに対して俺は即座に首を横に振る。似合っているし、俺の為に尽くしてくれているんだ。嬉しい事この上ない。

 

「凄く可愛いぞ。可能なら毎日やって欲しい」

 

「……八幡のエッチ」

 

「いや待て。俺は悪くない。可愛過ぎるお前が悪い」

 

「……バカ」

 

言いながらオーフェリアは俺に抱きついてポカポカと叩いてくる。マジでこの子可愛過ぎだろ?

 

そう思いながらも俺もオーフェリアを抱き返して謝る。

 

「悪かったよ。でも嘘じゃないからな?」

 

「……じゃあ、キスして」

 

おっと、そうきましたか。まあ朝の挨拶でオーフェリアやシルヴィにキスをするのは普通だし良いか。

 

「はいはい」

 

言いながら俺はオーフェリアの顔に近付き……

 

 

「んっ……」

 

そっとキスを落とした。オーフェリアは目を瞑って俺のキスを受け入れて優しいキスを返してきた。

 

こうして獅鷲星武祭初日が幸せな気分で幕が開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば八幡。開会式が始まるまではどうやって時間を潰すの?」

 

「うーん……何かステージが変更されて、客は開会式ギリギリまでドームに入れないし外の屋台で何か食べようぜ。シルヴィは開会式が終わるまで会えないし」

 

朝食の席に着いた俺は裸エプロン姿のまま俺にあーんをしてくるオーフェリアの質問に答える。

 

何か次の王竜星武祭の際に統合企業財体の最高幹部が観戦に来るらしく、シリウスドームはそれに伴い改造されたのだ。参加チームは改修された会場を見学出来るらしいが、俺達は観客なので見学は不可能だ。

 

「……わかったわ。じゃあ食べたら行きましょう……あーん」

 

「あーん……美味いぞ」

 

「ふふっ……八幡にそう言って貰えると嬉しいわ」

 

オーフェリアは喜びを露わにしながら甘えてくる。やっぱりオーフェリアには笑顔が1番似合ってるな。これから先、オーフェリアは昔体験した地獄のような日々を忘れることはないと思うが、それを気にしないで済む位楽しい時間を作ってやらないとな。

 

俺は改めてそう決心しながらオーフェリアのあーんを受け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を済ませた俺はオーフェリアと一緒に家を出て、アスタリスクの中央区ーーーシリウスドームに向かったが……

 

「……わかった。じゃあ今から20分後にシリウスドームの第二ゲートの入口付近にある騎士の銅像の前で会おう」

 

『……わかったわ。じゃあまた後で』

 

「またな」

 

はい。見事にはぐれました。しかしこれは仕方ないだろう。ついさっき参加選手がシリウスドーム内部を見学するのが始まったのだ。見学時間の間、観客はドームに入れないので、シリウスドーム周辺は10万人以上の観客で賑わっているのだ。

 

電話を切った俺はため息を吐いて第二ゲートを目指して歩くが人が多くて歩きにくい事この上ない。こんなことになるなら私服じゃなくて目立つレヴォルフの制服で来れば良かった。

 

内心ため息を吐いている時だった。

 

「おや、比企谷君じゃないか」

 

いきなり穏やかな声がしたので振り向くと……

 

「学園祭以来っすね、フェアクロフさん」

 

ガラードワースの序列1位のアーネスト・フェアクロフさんが穏やかな笑みを浮かべながら、同じようにガラードワースの制服に身を包んだ一団を引き連れてこちらにやって来る。

 

フェアクロフさんの横にはブランシャール、ケヴィンさんにライオネルさん、ガードナー……チーム・ランスロットの4人が居て、その後ろにはチーム・トリスタンの5人や獅鷲星武祭に参加すると思えるガラードワースの学生がズラリと並んでいた。流石チーム戦を得意とする学園だけあってかなりの人数だ。

 

しかしチーム・ランスロットとそれ以外に違いがあるとすれば2つある。

 

1つは圧力の違い。チーム・トリスタン辺りからは強い圧を感じるが、チーム・ランスロットからはそれを遥かに上回る圧力を感じる。フェアクロフさんが率いるチーム・ランスロットが揃って居並ぶ様は、まるで巨大な山が俺を押し潰す位の圧をかけてくる。

 

チーム・ランスロットは毎回ガラードワースの序列1位から5位の人間で構成されているが、今回の獅鷲星武祭に参加するチーム・ランスロットは間違いなく歴代最強だろう。聖剣と聖杯持ちが居るんだし。

 

そしてもう1つの違いは俺に向ける視線の意味合いだ。

 

チーム・ランスロットの方はそれなりに交流があるので負の感情を向けられていないが、それ以外の人間とは接点がないので、チーム・ランスロット以外の殆どの人間が嫌悪の混じった表情を浮かべて俺を見ている。

 

特に鳳凰星武祭で妹の小町に負けたチーム・トリスタンのリーダーのエリオット・フォースターや、その後ろにいるオーフェリアによって失禁してしまった葉山なんてメチャクチャ睨んでるし。俺は別にどうこうするつもりはないが、そんなあからさまに睨むのは止めた方が良いぞ?

 

(そういや葉山の率いるチーム・ヴィクトリーは若宮達の初戦の相手だが……多分問題ないだろうな)

 

全員が序列入りしている葉山のチームだが、鍛え方を見る限り若宮達には及ばない。他のガラードワースのチームも見てみるが、チーム・赫夜が負けるとすればチーム・ランスロットとチーム・トリスタンだけだろう。

 

そんな事を考えながらガラードワースの大半の人の睨みをスルーしているとフェアクロフさんが話しかけてくる。

 

「そうだね。ところで今は1人なのかい?」

 

「さっきまでオーフェリアと居ましたが迷子になりました。てかフェアクロフさんは随分と遅いんですね。てっきりもう会場入りしてると思いましたよ」

 

堅物が多いガラードワースはてっきりどの学園よりも早く来ていると思っていた。

 

「少し仕事が残っていてね。彼らには申し訳ない事をしたよ」

 

言いながらフェアクロフさんが後ろにいる面々を見ている。その事から察するにチーム・ランスロット以外のチームはフェアクロフさん達と一緒に行くべく待っていたのだろう。

 

「慕われているみたいですし良いんじゃないですか?統率の取れた軍隊みたいですよ」

 

「待ちなさい比企谷八幡!そこは軍隊ではなく騎士団と言ってくださいまし!」

 

するとブランシャールがプリプリしてくる。と、同時に俺の中で嗜虐心が生まれてきた。フェアクロフ先輩のことはしょっちゅうからかっているが、ブランシャールは最近からかってないしな。多少からかってもバチは当たらないだろう。

 

そう思いながら俺が口を開けようとしたが……

 

「ーーーくだらなくない!」

 

その直後、少し離れた所から聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は……

 

「(若宮?何でこんな場所で叫んでいるんだ?理由はないが嫌な予感がするな……)すみませんフェアクロフさん。失礼します」

 

「えっ?!どうなさったんですの?!」

 

俺が踵を返すと、背後からブランシャールの呆気に取られた声が聞こえてくるが返事をする暇はない。

 

俺は半ば強引に人をかき分けて声のした方向へ向かう。すると少し離れた場所で10人の人間が5人ずつに分かれて向かい合っているのが見えた。

 

片方は俺が面倒を見たクインヴェールのチーム・赫夜で、もう片方は

見覚えのない白と赤を基調とした制服を着た集団だ。しかし白と赤を基調とした制服を着た連中の胸には双剣の校章ーーーレヴォルフの校章を付けていた。その事からこの5人は……

 

(こいつらが傭兵制で外部からやって来たチーム・ヘリオンって奴らか)

 

傭兵制とは外部の人間を星武祭に参加させる制度だ。獅鷲星武祭はチーム戦なので鳳凰星武祭や王竜星武祭に比べて人を集めるのが難しい。そこで運営は外部からチームを雇ったり、生徒の多い界龍に生徒の少ないクインヴェールから参加枠を買う権利を与えたりと色々と手を打っているのだ。

 

今回レヴォルフは傭兵制を使ったのは知っていたが、開会式前に揉めるとは予想外だ。てか若宮達も揉めてんじゃねぇよ。失格になりたいのか?

 

半ば呆れながら人混みを掻き分けて、遂に10人との距離が3メートルまで近付くと……

 

「ちっ、どいつもこいつも気に食わない目をしてやがる……!ミネルヴィーユが腑抜けた原因はお前らか」

 

「ミネルヴィーユじゃない!クロエだ!」

 

ぼさぼさ髪の女が舌打ち混じりに喋ると、若宮が張り合うように怒鳴り返す。

 

その直後だった。ぼさぼさ髪の女はいきなり煌式武装を展開させてくる。

 

(あれは『虚渇の邪剣』……?!ヤバイな)

 

かつて王竜星武祭で優勝したリベリオ・パレートが使用した純星煌式武装。あんなものを一般客がいる中で使用するなんてイカれてやがる……

 

そこまで判断した俺は反射的に2人の間に割って入り……

 

「ああっ?!」

 

「ひ、比企谷君?!」

 

義手の左手で『虚渇の邪剣』を受け止める。瞬間、火花が飛び散り義手からはギチギチと音が鳴る。どうやら相当のダメージを受けているようだ。

 

しかしそれも当然だろう。俺の義手は強度を上げているとはいえ、『虚渇の邪剣』は純星煌式武装だ。普通にぶつかったら義手が壊れるのは必然だ。

 

とはいえ易々と義手を壊される訳にはいかないので……

 

「影よ」

 

同時に足元の影を伸ばして『虚渇の邪剣』と女の手を拘束する。同時に『虚渇の邪剣』から義手に来る力が弱められて義手からギチギチという音が消える。

 

それを確認した俺は目の前にいる女を見ると殺意を剥き出しにして俺を見ている。

 

「何だてめぇ?オレの邪魔をしてんじゃねぇよ」

 

「知るか。そもそも星武祭が始まる前に揉め事が起こしてんじゃねぇよ。失格になるぞ?」

 

「はっ!それがどうした?寧ろこんな屑共のお遊びをやらずに済むから清々するぜ!」

 

対する女は失格上等とばかりに影の拘束を破ろうとしてくる。ディルクの野郎……こんなイカれた人間を雇ってるんじゃねぇよ。

 

内心呆れている時だった。突如女の足元に紫色の光が走り……

 

「ああっ?!今度は何だ?!」

 

女の身体がふわりと浮き上がる。それによって影に拘束された『虚渇の邪剣』を離しながら。

 

(重力操作……これは……)

 

この力の正体を理解すると……

 

 

 

 

「……騒々しいと思ったら面倒そうな事になっているわね、八幡」

 

さっきまで一緒に居たが迷子になったオーフェリアが手に重力操作の能力を持つ『覇潰の血鎌』を持ちながらこちらにやってくる。『覇潰の血鎌』からは悲鳴のような叫び声が聞こえてくるが気にしない事にする。

 

「向こうが突っかかってきたんだよ」

 

「……そう。でもこれ以上は止めておいた方が良いわ」

 

同感だ。これ以上揉めていたら面倒な事になるだろう。

 

「言われるまでもねぇよ。行くぞお前ら。……馬鹿やらかした件について聞きたい事もあるからな」

 

言いながらチーム・赫夜のメンバーをギロリと睨む。いくら向こうから先に危害を加えようとしたとはいえ状況によっては失格もあり得るだろうし。

 

「うっ……わ、わかったよ」

 

対する若宮は苦い顔をして黙る。他の4人も差はあれど後ろめたい感情があるようで苦笑をしたり目を逸らしたりしている。

 

「なら良い……って、訳でそっちもこの辺りで引いてくれないか?」

 

「こちらとしてもそれで構いません。ロヴェリカが迷惑をかけましたね」

 

俺はチーム・ヘリオンのメンバーにそう尋ねると眼鏡をかけた女が一礼してくる。どうやら空中に浮いて喚いている女ーーーロヴェリカと違って話は通じるようだ。

 

「別に構わない。行くぞお前ら」

 

「待ちやがれテメェ!オレを下ろしやがれ!」

 

ロヴェリカの声が上から聞こえる。『覇潰の血鎌』は重力を軽くする事も出来て、アレを食らうと殆ど何も出来なくなる。星脈世代といえども力を加えられるものがないの状態だとどうしようもなく、ばたついても手足が空を切るのがオチだ。

 

「……後3分すれば重力を切るように設定したわよ。行きましょう」

 

オーフェリアはロヴェリカにそう言ってから俺を見てくる。これ以上の悪目立ちは避けた方が良いな。

 

俺は頷いて、後ろ上から聞こえるロヴェリカの叫びを無視しながらオーフェリアと赫夜のメンバーを先導しその場を去った。

 

 

にしても開会式前にこんな揉め事が起こるとはな……マジで面倒臭い。




おまけ

シルヴィアの日記

◯月◇日

今日はウチの学校で公式序列戦があった。1位だけあってかなりの人数に挑まれたが、お義母さんこと涼子さんに鍛えられた生徒が多く結構梃子摺る場面もあった。特に2位ネイトネフェルと戦った時は一瞬負けそうになってしまった。私も時間がある時に新曲の開発をしたり、涼子さんや八幡君と戦って腕を上げたりしたいと思った。

しかしその日の放課後にチーム・赫夜の様子を見に行ったら、八幡君がニーナちゃんのスカートに顔を埋め、美奈兎ちゃんの胸を揉んでいる光景を目にした。わざとではないとわかっていてもカッとなってしまいオーフェリアと一緒に八幡君をボコボコにして、その日の夜はオーフェリアと一緒に八幡君が干涸びるまで搾り取った。




◇月×日

ニュース番組のゲストとして出演した。ニュースを聞いていると、とある女優が育児休暇で休みを取った事が判明した。その時に私は、自分と八幡君の子供について想像した。どんな子供になるかはわからないが早くアスタリスクを卒業して八幡君との愛の証を作りたいと思ってしまった。

そういえば名前についてはどうしようかわからなかった。ハーフだから日本名は止めた方が良いのか、星脈世代なら日本人でも金髪の人もいるし日本名でも良いのか悩んでしまった。今度時間がある時に八幡君やオーフェリアと相談して子供の名前について考えてみたいと思った。

×月△日

今日は最高の日だった。今日で八幡君としたキスは100万回を超えたのだ。それでありながら八幡君とのキスは毎回毎回違う感触なので飽きず、もっとキスをされたいと思うようになった。

しかしオーフェリアは既に200万回以上八幡君とキスをしている。私は仕事上、オーフェリアに比べて八幡君とキスをする回数は少ないのは仕方ない。

もちろん八幡君はキスの回数で優先順位をつけないのはわかっているがやっぱり悔しい。結婚して引退したら頑張ってオーフェリアに追いつきたいと思った。

そして夜だが、今回はオーフェリアが私に気を遣って八幡君と2人きりにしてくれたので、私は初めて八幡君と2人きりで身体を重ねた。オーフェリアを入れた3人でスるのも悪くないが、2人きりの時間は本当に至福だった。

尚、翌日この事をペトラさんやルサールカに話したら全員がブラックコーヒーを飲み始めたのが不思議でならなかった。



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獅鷲星武祭初日、開会式前から面倒な事が起こる(後編)

「この馬鹿共が……怒る気持ちはわかるが、状況を考えろ。あそこで向こうの挑発に乗ってどうする?失格になって笑い話にするつもりか?」

 

「うぅ……」

 

シリウスドーム第二ゲートの入り口付近にて俺は思わず愚痴ってしまう。視界の先には去年から関係があるチーム・赫夜のメンバーが5人揃って申し訳なさそうな表情を浮かべている。

 

ついさっきまで赫夜のメンバーはレヴォルフが傭兵制を使って雇ったチーム・ヘリオンのメンバーと揉めたのだ。その際にヘリオンのメンバーの1人であるロヴェリカが『虚渇の邪剣』を使おうとして、ヤバイと判断した俺が止めたのだ。

 

幸い今の所運営委員からは失格云々の通達は来てないが、下手したら失格になっていた可能性もゼロではない。

 

 

「別に俺は気にしてないけどよ、フロックハートをチームに入れる為に色々やってくれたシルヴィの好意を無駄にすんなよ?」

 

シルヴィはフロックハートをチームに入れる為にペトラさんに大金を払ったからな。あそこまでお膳立てしたシルヴィの好意を無碍にするのは看過出来ない。

 

「そう、だよね……ごめん。ついカッとなっちゃったよ」

 

若宮は一瞬ハッとした表情を浮かべるも直ぐに反省したように頭を下げてくる。

 

「わかったならそれで良い。蓮城寺とフロックハートはくれぐれも3人を頼んだぞ」

 

「ちょっと待ってくださいまし!何故私が面倒を見られる側なのですの!」

 

俺がそう頼むとフェアクロフ先輩は心外とばかりに喚く。同時に彼女以外の赫夜のメンバー、そして俺とオーフェリアの6人は一斉にフェアクロフ先輩を見る。だって、ねぇ……

 

「さっきクロエとニーナちゃんと迷子になったのはソフィア先輩がりんご飴に興味を持ったからだし」

 

フェアクロフ先輩ってポンコツだからな。フェアクロフ先輩と関わりを持ってから1年、俺がフェアクロフ先輩に向けるイメージはブラコンとポンコツだ。それでありながら自覚してないし、まさにポンコツかわいいソフィア……略してPKSだな。

 

そんな事を考えていると制服を引っ張られたので見ると、隣に立っているオーフェリアがジト目を向けていた。何だその「この浮気野郎」って目は?心外極まりないな

 

「それを言ったら美奈兎さんだって移動販売のドーナツ屋さんに身を乗り出してたじゃないですの!」

 

「うっ、それは……」

 

「いやどっちもポンコツですからね?」

 

「毎回毎回ラッキースケベを起こしている比企谷さんに言われたくないですわ!」

 

呆れながらそう呟くとフェアクロフ先輩の矛先が俺に向けられる。くっ……そこを言われたら……

 

「あー、それは……」

 

「否定は出来ませんね……」

 

「え、えーっと……」

 

「そう考えたら貴方もポンコツね」

 

「……八幡のバカ」

 

赫夜のメンバーからは擁護はない。まあそれは仕方ないだろう。何せ5人全員にラッキースケベをやったんだし。

 

(てかオーフェリア!脇腹を抓るな!)

 

オーフェリアは目を鋭くしながら脇腹を抓ってくる。確かに悪いのは俺だが、わざとじゃないんだから許してくれ。

 

内心痛みに悶えている時だった。

 

 

「何をやってんだー?教え子5人に馬鹿息子に義理の娘ー?」

 

そんなノンビリとした声が聞こえてきたので振り向くと見知った顔、てかお袋がジャージ姿で酒瓶を片手にこっちにやって来る。昼間から酒を持ち歩くな。

 

「あ、比企谷先生。実はさっき私達が他所のチームと揉めてしまって、比企谷君に止めて貰った後に怒られてました」

 

蓮城寺が説明をするとお袋はケラケラ笑う。

 

「何だ何だ?試合前から揉めるなんてヤンチャだねー。私も良くやって相手を半殺しにしてヘルガに追っかけられたぜー」

 

いやお袋よ。星猟警備隊長に追っかけられたって……さっきまでの空気は雲散霧消して全員がドン引きしているし。

 

「まあ程々にしとけよー。レヴォルフならともかくガラードワースのお利口さんやクインヴェールのお嬢さんが揉めたりしなら学園の評価に関わるからな」

 

「は、はい……」

 

「わかれば良し。それより早く行きな。ステージを見ておくのも作戦の1つだぞー」

 

「あ、はいわかりました!じゃあ比企谷君もオーフェリアちゃんもまたね!」

 

若宮が元気にそう言うと他の4人も俺達3人に会釈して去って行き、必然的この場にいる知り合いはお袋とオーフェリアだけになる。

 

「さて、私も席に行こうかね。あんた達も来るかい?」

 

「え?参加選手じゃない俺達は会場に入れないんじゃねぇの?」

 

今は参加選手がステージを見学する時間で、その間は選手以外の人間は入ることを禁止されている。

 

「ステージじゃなくてクインヴェールの生徒会用観戦室だよ。私は教師だから控え室には入れるし、私の同伴者になれば問題ねぇよ」

 

お袋にそう言われて俺達は顔を見渡す。俺としては控え室に行く方が良いと思っている。こんな混雑している場所で時間まで待つのは絶対に嫌だし。

 

そう思いながらオーフェリアを見ると、オーフェリアは俺の考えを理解しているかのように小さく頷く。

 

「じゃあお袋。連れてってくれや」

 

「はいよー」

 

それを聞いたお袋は軽く手を上げてシリウスドームに入ったので、俺とオーフェリアはそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

生徒会用観戦室に入ると目にした物は2つあった。1つはステージの変化。鳳凰星武祭の時とは全然違っていた。ステージを濠のような深い溝が取り囲んでいて、溝にはジェルのようなものが満たされている。材木座に聞いたが、アレはアルルカントが開発した防護ジェルらしいが相当頑丈らしい。それに加えて前からあった防護フィールドもある。この2つを突破するのはオーフェリアでも厳しいだろう。(不可能とは言わない)

 

そしてもう1つは……

 

「おや、予想外の客が2人来ましたね」

 

バイザーを装着したスーツ姿の女性ーーークインヴェールの理事長のペトラさんだ。バイザーで目は見えないが鋭い目な気がする。まあ俺はペトラさんの反対を押し切ってシルヴィとオーフェリア相手に二股をかけているから当然っちゃ当然だろう。

 

しかしお袋は……

 

「よーっすペトラちゃん。私が呼んだんだけど良いだろ?」

 

そんなペトラさんに対して気にした素振りを見せず、ペトラさんの横に座ってニカッと笑みを浮かべながら持っていた酒を飲み始める。スーツ姿のペトラさんとジャージ姿のお袋が並んで座るのは何とも不思議な感じだら、

 

「貴女の場合却下しても追い返さないでしょう?好きにしてください。それとペトラちゃんと呼ぶのは止めてください」

 

ペトラさんは呆れた表情を浮かべながらも俺達の滞在を許可してくれた。それを聞いた俺とオーフェリアはお袋の隣に座る。

 

「はいよー。ところでペトラちゃんも酒を飲むかー?」

 

「私は勤務中ですからね?それと言ったそばからペトラちゃんと呼ぶのは止めてください」

 

言ってるそばからペトラちゃん呼びしてるよ。これにはペトラさんもため息を吐いてるし。それを見てると不安になってくる。

 

「なあお袋よ。お袋はクインヴェールでちゃんと教師をやってんのか?」

 

思わず質問をするとペトラさんがため息を吐きながら口を開ける。

 

「意外かもしれませんか仕事はしっかりとこなしていますよ。授業もわかりやすいと評判だし、模擬戦をした後のアドバイスも的確と生徒から人気がありますよ」

 

「だろ?どうだ馬鹿息子。適当にやってると思ってたのか?」

 

「ああ。思っていたたたたたっ!わ、悪かったからアイアンクローは!アイアンクローは止めろっ!」

 

「全く八幡よ〜、口は災いの元って言葉を知らないのか〜?」

 

馬鹿正直に思っていたと言おうとしたら笑顔でアイアンクローをぶちかましてきやがった!やっぱり比企谷家の首領はお袋だな。

 

「悪かったよ。でも生徒から人気ってのは予想外だわ。てっきり大半の生徒に決闘を挑まれてると思ったんだよ」

 

「まあ実際就任したばかりの頃は毎日沢山の生徒から挑まれていましたが、一度シルヴィアを倒してからは、大きく減って教えを乞うてくる生徒が増えたのですよ」

 

ペトラさんがそう言ってくるが、そういやシルヴィは前にお袋に負けて悔しがっていたな。しかし何で女子校なのに力でシめてんだよ?レヴォルフならともかく、女子校でやるか普通?

 

そんな事を考えていると、ブザーの音が聞こえたのでステージを見るとステージにいた選手が各学園ごとに並び始める。どうやら開会式が始まるようだ。

 

それを認識した俺は意識を切り替えてステージに注目し始めたのだった。

 

 

 

 

「ーーー以上のような理由から、既存のステージ設備のままでは近い将来、星武祭の進化について行けなくなるだろうと判断した。そこで今回ーーー」

 

開会式の壇上では運営委員長のマディアス・メサが演説をしている。マディアス・メサの話は他の役員の話に比べたら有意義な話なので耳には入れているが、俺の意識は割と選手ーーー有力候補のチームに向けられていた。

 

星導館のチーム・エンフィールド

 

界龍のチーム・黄龍

 

アルルカントのチーム・アンドロクレス

 

ガラードワースのチーム・ランスロットとチーム・トリスタン

 

レヴォルフのチーム・ヘリオン

 

そして何かと縁があるクインヴェールからは……

 

「さーて、チーム・ルサールカにチーム・メルヴェイユ、チーム・赫夜はどれだけやれるかねぇ?」

 

お袋の口にした3チームが有力チームだ。チーム・メルヴェイユとは接点がないが他の2チーム、特にチーム・赫夜は俺やオーフェリアも協力したチームだ。

 

「個人的には赫夜が優勝して欲しいな」

 

「……同感ね。厳しいとは思うけど頑張って欲しいわ」

 

「ほーん。じゃあ八幡はチーム・赫夜に賭けたのか?」

 

さも当然のようにお袋は聞いてくるが……

 

「ああ。赫夜の優勝に100万賭けた。勝てば大体900万だな」

 

獅鷲星武祭で何処が優勝するかについて当然賭けが行われているが、俺は若宮達が勝つ事を信じて赫夜に賭けた。実際本命ではないが大穴と言う程弱くないし。

 

ちなみに俺が参加した賭けで有力チームのオッズは低い順に……

 

チーム・ランスロット 1.008倍

 

チーム・エンフィールド 1.52倍

 

チーム・黄龍 1.56倍

 

チーム・トリスタン 2.06倍

 

チーム・ルサールカ 2.96倍

 

チーム・ヘリオン 3.03倍

 

チーム・アンドロクレス 8.68倍

 

チーム・赫夜 9.12倍

 

チーム・メルヴェイユ 9.24倍

 

その他のチーム 500倍

 

って感じだ。まあ多少博打だが、偶には悪くないだろう。

 

「ほー、赫夜のメンバーを相当高く買ってんだな」

 

「まあな。ちなみにお袋は何処に幾ら賭けたんだ?」

 

「チーム・エンフィールドに2億」

 

……随分と大金を賭けたな。確かにお袋は過去に星武祭で2回優勝したから金は腐るほど持ってるけど。つまりチーム・エンフィールドが優勝したならお袋は3億近く金が入るってことだ。てか教師なら可能性が低くても自分の学校に……いや、それ以前に教師が賭けをするな。

 

呆れながらもステージに目を向けると、丁度シルヴィと目が合ってウィンクをしてくる。本当に可愛いなぁ。久々に会ったが、益々可愛くなっている。開会式が終わったらチーム・赫夜の試合を見る前に会いたいものだな。

 

俺は小さく頷きながらシルヴィを見る。隣に座るオーフェリアもシルヴィのウィンクに気付いたようで可愛らしく手を振りだす。

 

そしてそれはお袋も気が付いたようでニヤニヤ笑いを浮かべてくる。

 

「おーおー。こんな距離でも目を合わせるなんて、相変わらず3人はラブラブだなー」

 

「……ええ。私達3人はラブラブよ。誰にも侵されない繋がりを持っているわ」

 

するとオーフェリアはお袋の冷やかしに対して真面目に答える。お袋は照れさすつもりだったようで、オーフェリアの馬鹿正直な発言によってポカンとした表情を浮かべる。

 

お袋がそんな表情を浮かべるなんて正直驚いた。オーフェリアやるな。そしてハッキリと俺達の関係をラブラブと言ってくれるとは……うん、嬉しいな

 

「かー、全く羨ましいなー。さっさと結婚して子供作って孫を抱かせろよ」

 

お袋はニヤニヤしながらオーフェリアの肩をバシバシ叩き、オーフェリアは小さく頷く。

 

「……卒業したら直ぐに子供を作るからそれまで待ってて」

 

「……私としてはそこまで早く子作りをして欲しくないんですがね」

 

ペトラさんは俺達をバイザー越しに睨みながら愚痴ってくる。まあシルヴィに子供が出来たら即引退だろうしな。いつかシルヴィは引退するが出来るだけ長い間アイドルを続けて欲しい……ってのが、ペトラさんの考えだろう。

 

俺としては卒業して以降ならオーフェリアとシルヴィに従うつもりだ。2人が25を過ぎてからと言ったら25を過ぎてから子作りをするつもりだし、卒業して直ぐと言ったら直ぐに子作りをするつもりだ。

 

まあ周りの状況とかによっては考えるかもしれないが。

 

そんな事を考えながらもステージを見るとマディアス・メサの演説は佳境を迎えて……

 

「それではーーー只今をもって、第二十四回獅鷲星武祭の開幕を宣言する!」

 

開幕が宣言される。瞬間、ステージにいる選手と観客席にいる一般客からは圧倒的な歓声が上がる。それはあたかも音の兵器で俺達の耳にもつん裂いた。

 

さて、これから2週間。平和に過ごせますように

 

そんな淡い期待を抱きながらステージに向けて小さく拍手をし続けた。




おまけ

八幡の日記

◯月△日

今日はリースフェルトとトレーニングの日だ。俺はリースフェルトに相手の嫌がる行動をしまくれと教えたが、生粋のお嬢様だけあって中々苦労していた。環境というのは思ったよりも重要なようだ。とりあえず俺自身も色々とアドバイスをしてみたが、今後に期待したい。

尚、トレーニングが終わった際に天霧達の様子を見たら、天霧がフェアクロフ先輩の胸を鷲掴みにしていた。それを見たリースフェルトは周囲に星辰力を噴き出していたが、天霧もラッキースケベの才能があると思った。


△月×日

今日オーフェリアとシルヴィはルサールカとチーム・赫夜のメンバーと女子会に参加したので珍しく1人で過ごした。2人が家に居らず暇だったので歓楽街に遊びに行ったら、歓楽街に巣食うマフィアのオモ・ネロと江湖幇の下っ端同士抗争が行われていた。

面倒な事になる前に退散しようとしたら流れ弾を1発食らってムカついたので両陣営の人間全員を半殺しにしてから磔にした。

ムシャクシャしたのでカジノで遊んでいたら、オモ・ネロのリーダーのロドルフォが迷惑かけた詫びとか言ってヤバそうな媚薬をくれた。

別れ際に「これを使えば『孤毒の魔女』も雌犬に出来るぜ!」と言われたので夜、オーフェリアとシルヴィに事情を話して使って良いかと聞いてみたら2人は了承したので使ってみた。


結果、物凄いエロい2匹の雌犬がメチャクチャ甘えてきた。マジでありがとうございますロドルフォさん。

しかし勢いに任せて生でやったのは反省。2人とも安全日だったから良かったが、今後は気を付けたい。


×月□日

今日はチーム・赫夜のメンバーの連携訓練だ。最近は5人とも徐々に成長している。特に若宮の成長は著しく本番には冒頭の十二人クラスになると思った。

しかし若宮は小町に似て天真爛漫なので思わず小町にやるように頭を撫でてしまった。怒られると思ったが、特に怒られずにもう少し撫でてくれと言われた。

それによって俺は再度撫でようとしたが、その時にオーフェリアとシルヴィがやって来てジト目で見られた。幸い未遂と思われて軽い注意で済まされたが、既に撫でていることを知ったら搾り取られると思うので注意していきたいと思う。



×月◯日

昨日、若宮の頭を撫でたのがバレて干涸びるまで搾り取られた。


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開会式が終わり、比企谷八幡は会場の移動をする

マディアス・メサの開幕宣言が終わると各学園の運営母体の統合企業財体のお偉いさんのつまらない話が始まる。同時にお袋はつまらなそうに欠伸をしながら俺に話しかけてくる。

 

「そういや八幡よ。アンタは今日どうすんだ?協力したチーム・赫夜を見るのか?それとも優勝候補のチーム・エンフィールドの試合を見るのか?」

 

既にステージに意識を向けず酒をガンガン飲むお袋の問いに俺は考える。

 

(確かに迷ってんだよなぁ……強敵なチーム・エンフィールドを見たい気持ちもあるが……)

 

「いや、チーム・赫夜を見に行く。あいつらもチーム戦の経験は殆ど無いからな。場合によっては本戦までに調整をするだろうから、そん時に役立てるように記録映像じゃなくて直で見たい」

 

悩んだ末にチーム・赫夜を見に行く事にした。するとお袋は酒を飲みながら頷く。

 

「ふーん。んじゃ私はここでペトラちゃんとじゃれ合いながらチーム・エンフィールドの試合を見ておいてやるよ」

 

「わかった。じゃあ頼む」

 

「あいよ。っと、そろそろ終わるな。あんた達も混む前にシリウスドームを出な」

 

「わかった。じゃあな」

 

「……ええ」

 

俺とオーフェリアはお袋とペトラさんに一礼してからクインヴェール専用の観戦室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

シリウスドームを出た俺とオーフェリアはチーム・赫夜の試合が行われるカペラドームの近くにあるカフェの席に着いている。若宮達の試合は2時過ぎなのでまだ時間はある。

 

よって俺達はシルヴィと合流して昼飯を食べてからカペラドームに入る予定だ。

 

そんな感じでシルヴィが来るまでカフェで飲み物を飲んでいると、シリウスドームの方からぞろぞろと選手や観客がやって来る。その事から開会式が終わったのだと理解出来る。

 

そしてその中には……

 

「あー!比企谷君にオーフェリアちゃん!2人もここでお昼ご飯を食べるの?!」

 

チーム・赫夜のメンバーもいて、若宮が笑顔で走ってきて他の4人がそれに続いてやって来る。同時に選手や観客はギョッとした表情を浮かべて俺達を見てくる。

 

まあ当然だろう。クインヴェールの生徒らが悪名高いレヴォルフの2トップに近寄ってあるのだ。注目を浴びるのは仕方ない。

 

「まあな。と、言ってもシルヴィが来るまでは飲み物を飲んで待ってる」

 

「そうなんだ。私達も隣に座って良いかな?」

 

若宮は周りの人の視線を気にせずにそんな事を聞いてくるが……

 

「……良いの?私や八幡と一緒の席に着いたら悪目立ちするわよ」

 

オーフェリアがそんな事を聞くが、俺も同意見だ。今でも目立っているのに一緒に飯を食べたりしたら更に目立つだろう。

 

しかし……

 

「別に私は気にしないよ。私は昔49連敗してたから悪目立ちには慣れてるし」

 

若宮は特に気にすることなく席に座る。そういや若宮は1年くらいまでクインヴェールで49連敗した事からアスタリスク最弱とまで評されていたな。最近は近接戦においては冒頭の十二人クラスになったからすっかり忘れていたな。

 

「私も気にしません。お2人が優しいのは知っていますので」

 

「てゆーか、私は天霧綾斗と修行した帰りにしょっちゅう比企谷さんと夕食を食べていますから今更ですわね」

 

「わ、私も大丈夫……」

 

「私は見知らぬ人からどう思われても気にしないわ」

 

他の4人も同じような事を言って席に座る。本当にこいつらは純粋だな。ここまで言われたら拒否するのは無理だろう。

 

「まあ、お前達が良いなら気にしないが……じゃあシルヴィが来るまで1回戦の確認でもするか?」

 

「もちろんそのつもりだよ!あ、すみませーん!」

 

若宮は頷いてから店員さんを呼んで、注文をする。同じように4人も注文して店員がキッチンに向かうとフロックハートが口を開ける。

 

「じゃあ元々の予定だった最終確認をするわ」

 

言いながら空間ウィンドウを開くとガラードワースの制服を着た5人が映る。

 

「1回戦の相手はガラードワースのチーム・ヴィクトリー。メンバーは序列34位の『友情剣』葉山隼人をリーダーに、46位の三浦優美子、51位の戸部、59位の大岡に64位の大和の5人よ」

 

全員見覚えのある顔だ。てか同じ中学の人間だ。まさか全員が序列入りとはな。てか友情剣って……皆仲良くの葉山らしい名前だ。まあ葉山は口だけだが。皆仲良くとか言っといて俺とは仲良くなかったし。

 

そしてオーフェリアよ。葉山の映像を見て不愉快そうにするな。お前が怒ると怖過ぎるからな?

 

内心ビクビクしている間にもフロックハートの話は続く。

 

「チームのフォーメーションはウチと同じよ。前衛が葉山と三浦の2人、遊撃が戸部の1人、後衛が大和と大岡の2人。それと調べてみたらこの5人は貴方と同じ中学出身なのだけど……詳しい情報は知っているかしら?」

 

「え?!比企谷さんは5人と同じ中学なんですの?!」

 

フロックハートが俺を見て聞いてくるとフェアクロフ先輩は驚きながら聞いてくる。流石諜報機関に所属しているだけあってフロックハートの持つ情報は凄いな。

 

「ええ、まあ……ですが、俺の学校は普通の学校で星脈世代に関するカリキュラムは無かったんで彼らの情報は知らないですよ?」

 

学校によっては星脈世代を対象とした星武祭に向けてのカリキュラムがあったが、総武にはなかったからな。

 

「そうなの?なら仕方ないわね。既存のデータの見直しをするわ」

 

言いながらフロックハートは更に新しい空間ウィンドウを開くと、戦闘の映像が流れる。

 

「へー、ガラードワースの序列戦は随分と平和だな」

 

見れば葉山がサーベル型煌式武装を使って相手の剣に突きを放ち、手から武器を落としていたが、追撃はしないで降伏を促していた。

 

これがレヴォルフの序列戦なら手ぶらになった相手の顔面に拳を放っているだろう。

 

「貴方とオーフェリアの学園の序列戦に比べたらどの学園もそうでしょうね。特に貴方の前に序列2位だった『砕星の魔術師』とか、『螺旋の魔術師』の戦い方はレヴォルフでも群を抜いて残虐だし」

 

だろうな。ロドルフォの奴、毎回敵の身体の星辰力に干渉して敵の身体を爆発させて病院送りにしていたし。昔挑んでいてアレだが、あのイカれ野郎とは2度と戦いたくないのが本心だ。

 

「まあそれについては否定しない……っと、悪い。話が逸れたな。本題に戻ってくれ」

 

「え?あ、そうね。じゃあ先ずは前衛の葉山隼人と三浦優美子について話すわ。葉山隼人はソフィア先輩と同じサーベル型煌式武装を使って突きをメインとした攻めを、三浦優美子はハンマー型煌式武装を使ってゴリ押しで攻めてくるわ」

 

見れば葉山の突きが序列外の人間の校章を破壊していた。しかし映像を見る限り突き以外は得意とは思えない。

 

三浦は多少の隙を気にしないでガンガン殴る戦い方をしている。ガラードワースらしくない戦い方だな……

 

「葉山隼人はどちらかと言えば槍に近い戦い方をするから美奈兎が懐に入るように攻めて。三浦優美子は一撃一撃は怖いけど、攻撃の間隔は長いからソフィア先輩はそこを突いてください」

 

「わかった!」

 

「わかりましたわ」

 

「では次に遊撃と後衛の3人について、遊撃の戸部は片手剣型とハンドガン型の煌式武装を、大和と大岡の2人はアサルトライフル型の煌式武装を使ってくるわ。序列戦を見る限り3人ともガンガン攻めるタイプじゃないから、ニーナが開幕直後に大技を放って主導権を握って頂戴。私と柚陽はニーナの防御と前衛2人の援護を」

 

「わ、わかった……」

 

「わかりました」

 

「総合力ではこっちの方が上だけど、ウチのチームは1人落ちたらバランスが一気に下がる。無理な攻めをしないで油断せず堅実に行くわよ」

 

『了解!』

 

フロックハートの言葉に4人が力強く頷く。チーム・ランスロットみたいに常に全力なのはアレだが、手を抜くのは論外だろう。実際に界龍の双子は前回の鳳凰星武祭で天霧達を嬲るのに集中して負けていたし。

 

そこまで考えていると……

 

「おー、試合が近いのに落ち着いていて良いね」

 

聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきたので振り向くと……

 

「……久しぶりね、シルヴィア」

 

俺の恋人の1人でクインヴェールの序列1位にして生徒会長のシルヴィが変装した姿で手を振っていた。既に改造制服ではなく私服になっているのでバレる事はないだろう。

 

「うん。久しぶりだね八幡君、オーフェリア」

 

シルヴィは可愛らしい笑顔を見せて俺の隣に座ってくる。

 

「久しぶりだな。最近は仕事が続いているが疲れてないか?」

 

ここ数日、シルヴィは忙しくて家に帰ってきてないので心配である。

 

「ちょっと疲れが溜まってるね。だから八幡君。家に帰ったら思いっきり甘えて良い?」

 

シルヴィは期待の籠った瞳を俺に向けてくる。ここで断ったらシルヴィの瞳に涙が浮かぶだろうな。

 

「(まあ、ハナから断るつもりはないけど)わかったよ。好きに甘えろ」

 

「えへへ……ありがとう八幡君」

 

するとシルヴィはニコニコしながら俺の腕に抱きついて甘えてくる。お前夜じゃなくても甘えてるじゃねぇか。

 

「……シルヴィアって彼氏の前だと本当に甘えん坊になるわね」

 

「仕方ないじゃん。八幡君の事が好きなんだから。クロエも彼氏が出来たら同じ気持ちになると思うよ」

 

「……別に私は恋愛なんて興味ないわよ」

 

フロックハートはプイッと視線を逸らす。普段クールな奴がそんな仕草をすると妙に可愛らしくって痛え!

 

いきなり脇腹に痛みが走ったので見てみると、両隣に座るオーフェリアとシルヴィがジト目で脇腹を抓っていた。

 

(八幡君、クロエにデレデレしてたよね?)

 

(八幡のバカ……)

 

毎回毎回思うが何故俺の思考回路が読めるんだよ?

 

「比企谷さん?いきなり苦しそうな顔をして大丈夫ですの?」

 

俺の顔に苦悶が生まれたのかフェアクロフ先輩が心配そうな表情を浮かべて聞いてくる。オーフェリアとシルヴィはテーブルの下で抓っているのでチーム・赫夜は気付いていないようだ。

 

「い、いや何でもないから気にするな」

 

俺はそう返すと赫夜のメンバーは訝しげな表情を浮かべてくるが、そう返すことしか出来ないので勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

結局、その後カフェで昼食を取る際にオーフェリアとシルヴィにジャンボパフェを奢ったら許して貰えた。

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「じゃあ行ってきまーす!」

 

「うん。美奈兎ちゃん達の事、しっかり見てるから頑張ってね」

 

昼食を済ませて、試合が近付いたので俺と恋人2人はチーム・赫夜のメンバーと一旦別れる事になった。

 

「……あ、ちょっと待って。クロエ」

 

するとオーフェリアはフロックハートに近寄って何かを耳打ちする。対するフロックハートは目を細める。

 

「何でそんな要求をしたのかは知らないけど、余り期待しないで。最優先なのは勝つことだから」

 

「……わかってるわ。あくまで余裕があったらの話」

 

「なら良いわ。時間だし行きましょう」

 

「あ、クロエ!と、とりあえず失礼します!」

 

「あ、うん。またね皆」

 

先頭にいる若宮とシルヴィが挨拶をすると、俺を含めたそれ以外の6人がそれぞれ会釈をして各々が向かうべき場所に歩を進める。

 

「オーフェリア、お前フロックハートに何て言ったんだ?」

 

「……葉山隼人を完膚なきまで叩き潰して欲しいって言っただけよ」

 

「「あ〜」」

 

俺とシルヴィは納得したように頷く。確かにオーフェリアは俺関係で葉山を嫌っていたな。だからフロックハートに試合にかこつけて叩き潰して欲しいと言って、フロックハートは勝つことを最優先だから余り期待するなと言ったのだろう。

 

そんな事を考えながら暫く歩くと、クインヴェールのマークがついた部屋があり、シルヴィがパネルをタッチするとドアが開く。中を見るとさっきまでお袋と一緒にいた部屋に似ていることからカペラドームにあるクインヴェール専用の部屋だろう。

 

「さ、入って入って」

 

シルヴィがそう言ったので俺とオーフェリアは部屋に入って手頃な椅子に座る。するとシルヴィは俺の右側に座って……

 

「んっ……八幡君の温もり……」

 

早々に抱きついて甘えてくる。鼻にはシルヴィの匂いがやって来て変な気分になってくる。

 

「……さっきは人目が多かったら我慢してたけど、もう無理。八幡君、美奈兎ちゃん達の試合が始まるまで甘えさせて……」

 

シルヴィはウルウルした瞳を浮かべて上目遣いで見てくる。それを見た俺は心臓の鼓動が高鳴るのを実感した。

 

「……わかった。済まんがオーフェリア。今だけはシルヴィに集中しても良いか?」

 

「……勿論。思う存分楽しみなさい。ただし夜は私も、良いかしら……?」

 

「勿論だ」

 

「なら良いわ。邪魔はしないからごゆっくり」

 

「ありがとうオーフェリア。じゃあ八幡君……」

 

言うなりシルヴィは俺に顔を寄せてきて……

 

 

 

 

ちゅっ……

 

そっと唇を重ねてくる。同時にシルヴィは両手を俺の首に絡めてきたので俺はシルヴィの背中に手をまわす。

 

するとシルヴィは唇を離してトロンとした表情を浮かべてくる。

 

「私ね、たった1週間八幡君と離れただけなのにね……凄く寂しかったの……んっ」

 

言いながらキスをしてくるので俺もキスを返してやる。

 

「ちゅっ……なら、寂しさが無くなるまで……んっ……好きに甘えろ」

 

「んっ……んんっ……んちゅ……ありが、んっ……とう……」

 

シルヴィは一度礼を言ってから更に激しくキスをしてくる。舌を使って俺の唇をこじ開けて強引に俺の舌に絡めてくる。

 

「んっ……八幡、君。大好き……ちゅるっ……ずっと3人、一緒だよ?」

 

当然だ。俺はこれから先、シルヴィとオーフェリアの3人で幸せになるつもりだ。

 

「んっ……ちゅっ……んんっ……」

 

俺はシルヴィの言葉に対して舌を絡めて応える。するとシルヴィは目を見開いて驚きを露わにするも直ぐに舌を絡め返してくる。

 

 

 

 

 

結局、俺とシルヴィはオーフェリアにチーム・赫夜の試合が始まると言われるまで舌を絡め続けたのだった。





おまけ

シルヴィアの日記②

△月△日

今日はオーフェリアと2人でショッピングモールに行った。初めに雑誌を数冊買った後に、ランジェリーショップに行って八幡君が喜びそうなエッチな下着を幾つか買った。その時に八幡君に抱かれる妄想をしてしまい店の中で立ち止まり他のお客さんに迷惑をかけてしまった。

その後はカフェで一息ついたが、以前のようにガラードワースの生徒が八幡君を侮辱するような不愉快な事件は無くて安堵した。

その後に高級アクセサリーショップに行ったら結婚指輪も売られていた。八幡君は左手を斬り落とされたから左手に指輪をはめるのは無理だ。それについては仕方ないが早く結婚して私の指に指輪をはめて欲しいと思った。


△月×日

今日、オーフェリアとルサールカとチーム・赫夜のメンバーと女子会に参加した。女子会の代名詞とも言える恋バナもしたが、ルサールカや赫夜のメンバーは今のところ誰かに恋しているようではなかった。しかし恋をして私やオーフェリアの様に変わってみたいと言っていたので恋に興味を持っている事は理解出来た。

その後、自宅に帰って寝る直前の事だった。八幡君が『砕星の魔術師』から凄い媚薬を貰ったらしく使ってみたいと言ってきた。私はちょっと怖かったが、八幡君を喜ばせたかったのでオーフェリアと一緒に媚薬を口にしたのだ。

その結果、私の身体は物凄く熱くなり、気が付けば私とオーフェリアは八幡君の雌犬になっていた。そして身体に溜まって熱を発散するべく夢中になって八幡君の身体を求めた。あの夜は本当に熱い夜だったが、熱に身を委ねて生でやってしまった。幸い安全日だったので問題ないが次からは気を付けたい。

気を付けて八幡君の雌犬になると決めたのだった。


×月□日

今日は珍しく八幡君がチーム・赫夜のメンバーにラッキースケベを起こさなかった。それには私やオーフェリア、チーム・赫夜のメンバーも驚いてしまった。八幡君は文句を言っていたが、これに関する文句についてはスルーした。

何かが起こる前触れかもしれないので警戒をしていたが、特に何も起こらずに夜を迎えた。結果偶にはこういう事もあると割り切って八幡君とオーフェリアの3人で一緒に寝た。



×月◇日

……と、思っていたが翌日八幡君は転んで柚陽ちゃんを押し倒して柚陽ちゃんの胸に顔を埋めた。

やっぱり八幡君は八幡君だなぁと思いながらオーフェリアと一緒にボコボコにして、夜に八幡君が干涸びるまで搾り取った





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いよいよチーム・赫夜の初陣が始まる

『さあ次は第3試合!先ずは東ゲート!聖ガラードワース学園のチーム・ヴィクトリー!』

 

司会の声が会場に響き渡り、東ゲートからはガラードワースの制服を着た5人が現れる。

 

『全員が序列入りでバランスタイプの陣形……ガラードワースからの参加チームの中ではそれなりに強い方ですね。本戦に出場出来る可能性は十分にありますね』

 

実況の声が聞こえる中、ガラードワースの5人は着々と歩を進める。すると……

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

ガラードワースの応援席からは100人を超える生徒がHAYATOコールを行って、東ゲートから現れたチーム・ヴィクトリーのリーダーの葉山隼人は爽やかな笑みを浮かべて手を振る。同時に歓声が沸き上がる。

 

『ご覧の通り、チーム・ヴィクトリーのリーダー、葉山選手にはファンが多いですからね。ファンの期待に応えられるのか?!』

 

実況がそう叫ぶ中、対する西ゲートでは……

 

「ど、どうしよう……緊張してきたよ……!」

 

「わ、私も……」

 

待機しているチーム・赫夜のメンバーがいた。内2人、若宮美奈兎とニーナ・アッヘンヴァルは緊張して微かに震えていた。

 

「美奈兎さんにニーナさんも落ち着いてくださいまし。緊張していては勝てるものも勝てませんわ」

 

2人に優しくアドバイスをするのはソフィア・フェアクロフ。既に2度、星武祭に参加した経験のある彼女は気負うことなく構えている。

 

「同感ね。今更緊張しても意味ないでしょう。大体美奈兎、殆ど毎日八幡相手に一対一の勝負を挑んでボコボコにされたのに何で緊張してるのよ?向こうの5人と八幡、戦ったらどっちが怖い?」

 

クロエ・フロックハートは呆れながら美奈兎を見る。すると目をパチクリしてからハッとした表情になり……

 

「比企谷君!」

 

「でしょう?だったら緊張する必要はないじゃない」

 

「そうだよね……それに優勝を目指すんだし緊張なんてしてられないよ!ニーナちゃん!一緒に頑張ろう!」

 

「ふぇ?!……そ、そうだね。頑張る……!」

 

「その意気ですわ!」

 

美奈兎に肩を叩かれたニーナは一瞬驚くも、直ぐに美奈兎の言葉を理解して握り拳を作って頑張るポーズを見せてくる。するとソフィアも笑いながらニーナと同じように頑張るポーズをする。

 

「ふぅ……これで気負うことなく試合が出来そうね」

 

「はい。やっぱり美奈兎さんは明るく堂々としているのが1番ですよ」

 

「そうね」

 

苦笑を浮かべてクロエに返すのは蓮城寺柚陽。チーム随一のしっかり者は柔らかい笑みを浮かべて、呆れた表情を浮かべるクロエと一緒に元気にはしゃぐ美奈兎達3人を見つめる。

 

そんな風に和やかな時間が流れる中、遂に……

 

 

『対する西ゲートからクインヴェール女学院のチーム・赫夜ー!』

 

実況が赫夜の名前を呼ぶのでクロエは4人を見渡して……

 

「時間だから行くわよ」

 

『おー!』

 

4人が手を上げて頷き、ステージに出ると観客席からは歓声が上がる。しかしこれは当然だろう。クインヴェールは六学園で唯一の女子校であり、入試の内容に見た目も含まれているのだ。華やかな女子が出たら観客(特に男)が盛り上がるのは必然だ。

 

『チーム・赫夜といえば1年ほど前に同学園の有力チームのチーム・メルヴェイユを打ち破って一躍有名になったチームです!この1年、どれほど腕を上げたか楽しみです!』

 

『それに噂じゃチーム・赫夜はレヴォルフ黒学院の2トップ、『孤毒の魔女』と『影の魔術師』に鍛えられたって噂もありますし、それが本当なら優勝候補の一角になってもおかしくないでしょうね』

 

『あ!それは私も聞いた事がありますね!実際今年の春にクインヴェールの教師に就任した『狼王』八代涼子さんは『影の魔術師』の母親らしいですし噂が真実である可能性は高いと思いますよ!』

 

実況と解説の声に観客席からは驚きの混じった声が聞こえる。しかし観客席の反応は普通だ。他校の生徒を鍛えるだけでも異常な事なのに、教える相手が他校の2トップなのだから。

 

「えっ?!何でバレたの?!」

 

「それはそうでしょう?私達は偶に八幡やオーフェリアとご飯を食べに街に出ていたじゃない。ソフィア先輩に至ってはチーム・エンフィールドとの合同稽古の時に八幡と中央区を歩いていたのだから、そう思われても当然よ」

 

驚く美奈兎にクロエはため息を吐きながらそう返す。

 

「言われてみればそうですわね。しかしバレた以上比企谷さん達はレヴォルフから怒られませんの?」

 

「それは大丈夫でしょう。八幡とオーフェリアは『悪辣の王』とは敵対関係ですので無視をするでしょうし、ソルネージュが止めようとするならとっくの昔に止めている筈ですから」

 

「そうですね……なら良かったです」

 

柚陽が安堵の息を吐いている時だった。

 

「少し良いかな?」

 

いきなり爽やかな声が聞こえたので美奈兎達が前を向くと、チーム・ヴィクトリーのリーダーである葉山隼人がこちらにやって来て爽やかな笑顔を見せてくる。

 

「俺はチーム・ヴィクトリーの葉山隼人。今回の試合でリーダーをやるんだけど、そっちのリーダーは誰かな?」

 

「クロエ・ブロックハートよ」

 

葉山が尋ねるとクロエが前に出る。対する葉山は笑顔のまま手を差し出してくる。

 

「よろしくクロエちゃん。良い試合をしよう」

 

「(馴れ馴れしいわね)……よろしく」

 

対するクロエは無表情のまま葉山の手を握り返す。クロエは葉山の後ろにいる三浦優美子が睨んでいる事を気づいているが気にしないでいる。

 

暫く握手をしてから手を離すと葉山が口を開ける。

 

「ところでさっき実況が言っていたヒキタニ君が君達を鍛えたというのは本当かい?」

 

葉山がそう言った瞬間、クロエは目を細め試合前にオーフェリアが言った意味を理解した。

 

(なるほど……この男、わざと八幡の名前を間違えているからオーフェリアはあんな要求をしたのね)

 

内心でオーフェリアの要求の意味を理解していると美奈兎が葉山に話しかける。

 

「葉山君だっけ?ヒキタニ君じゃなくて比企谷君だよ」

 

すると葉山は一瞬だけ目を細めるも、直ぐに笑顔を浮かべる。

 

「あ、ごめんごめん間違えちゃったよ。とりあえず宜しくね」

 

言いながら葉山はチームメイトの元に戻っていった。それを見たクロエはため息を吐く。見れば純粋無垢で天然が入った美奈兎以外の赫夜のメンバーは何とも言えない表情で葉山を見ていた。

 

「彼のこと、どう思う?」

 

「明らかにわざと比企谷さんの名字を間違えていましたわね」

 

ソフィアの言葉に基本的に人を疑わない美奈兎以外の3人は頷く。八幡はレヴォルフの序列2位で前回の王竜星武祭ベスト4の有名人だ。しかも同じ中学であるにもかかわらず、ヒキタニ呼び……クロエは葉山がわざと間違えている事を理解した。

 

「(オーフェリアが怒る気持ちはわかったけど、やっぱり完膚なきまで叩き潰すのは必要以上に手の内を晒す可能性もあるし反対ね)……とりあえず今は試合に集中しましょう。ニーナ、開幕直後に先制攻撃をお願いね」

 

「う、うん……!」

 

「頑張ろうね!」

 

「ニーナさん、援護を頼りにしてますわよ」

 

「私とクロエさんはニーナさんのサポートをしますので」

 

ニーナが頷いたのを確認したクロエは同じ後衛の柚陽と一緒にニーナの後ろに回る。同時に前衛の美奈兎とソフィアはニーナの前に立つ。

 

そして美奈兎がナックル型煌式武装を、ソフィアがサーベル型煌式武装を、クロエがハンドガン型煌式武装を、柚陽が弓型煌式武装し出して準備をする。

 

対して美奈兎達と向かい合っているチーム・ヴィクトリーも同じように各々のポジションに合った配置について煌式武装を展開する。先頭にいる葉山は爽やかな笑顔(クロエからしたら胡散臭い笑顔)を浮かべてサーベル型煌式武装を構えて、同じ前衛の三浦はハンマー型煌式武装を構えてクロエを睨む。

 

『さあ、両チームが準備をしている間にも時間になりました!果たして2回戦に上がるのはチーム・ヴィクトリーか?!それともチーム・赫夜か?!』

 

実況の声が響き、観客がそれに応じてボルテージが上がる中……

 

 

『獅鷲星武祭Gブロック1回戦3組、試合開始!』

 

遂に試合開始の合図か告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始直前、クインヴェールの観戦室では……

 

 

『さあ次は第3試合!先ずは東ゲート!聖ガラードワース学園のチーム・ヴィクトリー!』

 

「んっ……ちゅっ……シルヴィ、続きは後でな」

 

聞き覚えのあるチームの名前が耳に入ったので俺は恋人の1人であるシルヴィの唇から唇を離す。するとシルヴィは……

 

「うん……久しぶりの八幡君とのキス、凄く良かった。家に帰ったら一杯愛してね?」

 

トロンとした表情を浮かべて俺の腕に抱きついて頬ずりをしてくる。マジでこの子可愛過ぎだろ?久々に会って箍が外れてやがる……!

 

「……私もお願い」

 

するとシルヴィとは反対側に座っていたもう1人の彼女のオーフェリアもシルヴィと同じように腕に抱きついて頬ずりをしてくる。この甘えん坊コンビめ。最高だな……!

 

「はいはい。帰ったら2人纏めて愛してやるよ」

 

普通に考えたら2人纏めて愛する事は二股をかけているという意味だが気にしない。俺達は3人一緒に幸せに生きていくと決めたのだから。

 

そう思いながらステージを見ると、東ゲートからガラードワースの制服を着た見覚えのある5人が現れる。

 

『全員が序列入りでバランスタイプの陣形……ガラードワースからの参加チームの中ではそれなりに強い方ですね。本戦に出場出来る可能性は十分にありますね』

 

実況の言う通りチーム・ヴィクトリーは全員が序列入りをしている。ガラードワースからは沢山のチームが出ているが全員序列入りしているチームは少ないし、そこそこ有望なのかもしれん。

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

観客席からは中学の時にテニス勝負の時にも聞いた葉山コールが生まれてくる。久々に聞いたが、まさかアスタリスクでも聞くとはな……

 

「やれやれ……相変わらず人気だな、おい」

 

「……理解出来ないわ。あんな人の名前をわざと間違えるような男が人気だなんて」

 

オーフェリアは不満タラタラの表情をしながらそう呟く。気持ちはわからんでもないが……

 

「まあ葉山はイケメンだからな。世間一般からしたら顔が良い奴が人気なのは必然だ」

 

今の葉山は学校が違うから知らないが、中学の時はファンクラブもあったしな。

 

すると……

 

「……八幡の方が格好良いわ」

 

オーフェリアは不満そうな表情をしながら抱きつく力を強める。そう言ってくれるのは嬉しいが張り合わなくて良いからな?

 

「シルヴィ、オーフェリアを止めてくれ」

 

「うーん。オーフェリアは頑固だから無理だと思うよ。それに私もオーフェリアと同意見だし」

 

言いながらシルヴィも俺に抱きつく力を強めてくる。はぁ……全くこいつらは……最高の彼女だな。

 

(やっぱりオーフェリアもシルヴィも最高の彼女だ。絶対に幸せにしてやらないとな)

 

そう思いながら2人の背中に手を回してこちらからも抱きしめる。2人の温もりを更に感じている中、実況の声が再度響く。

 

『対する西ゲートからクインヴェール女学院のチーム・赫夜ー!』

 

ステージを見ると若宮達5人がステージに現れる。様子を見る限り特に緊張している様子はない。若宮やアッヘンヴァルは緊張していると思ったが大丈夫みたいだな。頑張れよ……

 

『チーム・赫夜といえば1年ほど前に同学園の有力チームのチーム・メルヴェイユを打ち破って一躍有名になったチームです!この1年、どれほど腕を上げたか楽しみです!』

 

『それに噂じゃチーム・赫夜はレヴォルフ黒学院の2トップ、『孤毒の魔女』と『影の魔術師』に鍛えられたって噂もありますし、それが本当なら優勝候補の一角になってもおかしくないでしょうね』

 

『あ!それは私も聞いた事がありますね!実際今年の春にクインヴェールの教師に就任した『狼王』八代涼子さんは『影の魔術師』の母親らしいですし噂が真実である可能性は高いと思いますよ!』

 

「完全にバレてるな」

 

「バレてるね」

 

「……バレてるわね」

 

クインヴェール専用の観戦室にて実況と解説の声を聞いて俺と恋人2人は頷く。予想の範疇だ。トレーニングは基本的にクインヴェールのトレーニングステージでやっていたが、偶に街に出て赫夜のメンバーと飯を食ったり買い物をした事はあるから繋がりがあると思われても仕方ない。

 

「まあソルネージュからはどうこう言われてないから大丈夫だろ」

 

元々レヴォルフは個人戦の王竜星武祭に特化していて、チーム戦の獅鷲星武祭には力を入れてないので、他所の学園に干渉してもそこまで煩くは言われないだろう。

 

そんな事を考えているとチーム・ヴィクトリーと葉山が赫夜の5人に近付いてフロックハートと握手をする。そして何かを話していたら、若宮が口を挟み何かを言った。すると葉山は一瞬だけ笑みを消すも、直ぐに笑顔を浮かべて自分のチームに戻って行った。

 

すると若宮を除いた4人が話し合っているようにも見えるが、何かあったのか?大方葉山関係だとは思うが面倒なことになるなよ……

 

「八幡君はどっちが勝つと思う?」

 

内心ヒヤヒヤしている中、シルヴィはそんな質問をしてくるが……

 

「普通に若宮達に決まってんだろ」

 

即答する。チーム・ヴィクトリーもそれなりの実力者がいるだろうが、環境が違い過ぎる。

 

言っちゃ悪いがチーム・ヴィクトリーの実力は1年前のチーム・赫夜ーーーチーム・メルヴェイユと戦った時と同じかそれ以下の実力だ。

 

対するチーム・赫夜はあれ以降俺やお袋、挙句に星露相手に何度も挑んでいたのだ。

 

チームとしての練度、個々の実力、努力の量。その全てにおいてチーム・赫夜には負ける要素はないと断言出来る。

 

 

「……当然よ」

 

オーフェリアが賛成の意見を口にする中、両チームは煌式武装を構えて準備をする。若宮の手にはナックル型煌式武装が装備されている事からダークリパルサーを隠しておく算段のようだ。

 

『さあ、両チームが準備をしている間にも時間になりました!果たして2回戦に上がるのはチーム・ヴィクトリーか?!それともチーム・赫夜か?!』

 

実況の声が響き、観客がそれに応じてボルテージが上がる中……

 

 

 

 

 

『獅鷲星武祭Gブロック1回戦3組、試合開始!』

 

遂に試合開始の合図が告げられた。



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チーム・赫夜VSチーム・ヴィクトリー

『獅鷲星武祭Gブロック1回戦3組、試合開始!』

 

試合開始のアナウンスを流れると同時に両チームが動き出す。チーム・ヴィクトリー側は前衛の葉山と三浦が先手必勝とばかりに走り出して中衛の戸部と後衛の大和と大岡は銃型煌式武装を構えて発砲する。

 

対するチーム・赫夜は……

 

「そこです……!」

 

「させないわ」

 

後衛の柚陽とクロエが射撃をする。柚陽の放った複数の矢は正確にチーム・ヴィクトリーの遠距離担当3人の放つ弾丸を撃ち抜いて、クロエは3人の顔面に放って相手をビビらせる事で狙いを定めるのを妨げる。

 

「だ、だべっ?!全然援護出来ないわー!」

 

「だな」

 

「それな」

 

そんな声が響く中、チーム・ヴィクトリーの遠距離担当の援護射撃のレベルが低下するも前衛の葉山と三浦は気にしないで突き進み……

 

「はぁっ!」

 

「おらっ!」

 

チーム・赫夜の前衛2人とぶつかり合う。葉山の相手は美奈兎、三浦の相手はソフィアとなった。美奈兎とソフィアは自分の煌式武装を使って2人の攻撃を凌ぐ。

 

「このっ!やられろし!」

 

三浦はハンマー型煌式武装を振るうのに対してソフィアは冷静にハンマーの一撃を撫でるように受け流す。真っ向から打ちあったら負けるのがオチなので受け流す行為は必然だが三浦は気に入らずにいた。躍起になってハンマーを振りまくる。

 

しかしソフィアは冷静に三浦の攻撃を受け流す。人を傷付けられない弱点がある以上、確実に勝てる時以外ソフィアは無理な攻めをしないからだ。

 

一方の美奈兎の方は……

 

「やあっ!」

 

「くっ!」

 

葉山相手に優勢に攻めている。葉山の放つ突きをナックル型煌式武装で受け流してからジャブを繰り出して葉山のサーベル型煌式武装を殴りつける。

 

それによって葉山はバランスを崩すので美奈兎は校章を破壊されない事を最優先に堅実な追撃を仕掛ける。

 

しかし葉山は美奈兎の堅実な攻撃に徐々に対処出来なくなっていた。それも当然だろう。美奈兎はチームとしてのトレーニングや星露を相手にする鍛錬以外にも、自主練として『影の魔術師』比企谷八幡や『狼王』比企谷涼子に殆ど毎日挑んでいるのだ。経験値は葉山と比べて桁違いに高い。

 

柚陽とクロエが戸部と大和と大岡と撃ち合い、美奈兎とソフィアが葉山と三浦とぶつかり合う中……

 

 

 

「完成、した……!」

 

唯一戦闘に参加していないニーナが動き出す。ニーナの周囲に大量の星辰力が噴き上がり、それと同時にニーナの真上に3つの光の大砲が現れる。そして大砲の先端から光り輝くハートの弾丸が現れてーー

 

 

『ニーナ!』

 

「女王の覇砲豪雨!」

 

クロエが能力を使ってニーナの頭に指示を出すニーナは上げた腕を振り下ろしながら叫ぶ。

 

同時に3つの大砲からハートの砲弾が射出されて、間髪入れて分割して小さなハートの弾丸が生まれ、そのまま雨のように降り注ぎ、チーム・ヴィクトリーの遠距離担当3人に襲いかかる。

 

ニーナの能力はトランプを模した能力でスペードが近距離攻撃、ハートは遠距離攻撃、ダイヤが防御、クラブを補助で数字が大きければ大きい程威力も上がる。また複数の記号や数字を合成すれば桁違いの威力の攻撃を放つ事も可能である。

 

現にクイーンを4つ使用して放った攻撃は……

 

「だべぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

そのままチーム・ヴィクトリーの遠距離担当3人を蹂躙する。大量の弾丸相手に3人はなす術もなく爆風が晴れた時には地面に倒れ伏す3人がいた。

 

『ーーー意識消失』

 

そんな機会音声が響くと観客席から歓声が生まれる。一気に3人を倒した大技が炸裂したのだから当然のことだ。

 

しかし観客からは喜びの感情が沸き上がるが、当事者からしたら溜まったものではないだろう。

 

「戸部?!大和?!大岡?!」

 

「はあっ?!何速攻でやられてるし?!」

 

生き残っている葉山と三浦は驚愕な表情を浮かべる。それによって一瞬だけ目の前にいる敵を忘れてしまう。

 

そしてそんな隙を美奈兎とソフィアが見逃す筈もなく、足に星辰力を込めて2人の懐に入る。

 

葉山と三浦は驚愕の表情を浮かべて迎撃するも……

 

「玄空流ーーー”転槌”!」

 

美奈兎は身体を回転して葉山のサーベル型煌式武装を避けて左肘を葉山の校章に叩き込み……

 

「(天霧辰明流剣術初伝ーーー”貳蛟龍”、ですわ!)」

 

ソフィアは天霧綾斗との鍛錬で覚えた技を使って三浦の校章を十字に斬り裂き……

 

『葉山隼人、校章破損』

 

『三浦優美子、校章破損』

 

『試合終了!勝者、チーム・赫夜!』

 

試合終了が告げられ、バラバラになった葉山の校章と4つに割れた三浦の校章が地面に落ちて乾いた音を立てると同時に……

 

 

『ワァァァァァァァァァッ!』

 

会場を大歓声が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

所変わってクインヴェール専用の控え室では……

 

『ここで試合終了!チーム・赫夜、開始3分でチーム・ヴィクトリーを全滅させた!』

 

『試合の運び方はシンプルで良いですね。チーム・赫夜の後衛2人がチーム・ヴィクトリーの遠距離担当3人を足止め、チーム・赫夜の前衛2人がチーム・ヴィクトリーの前衛2人を足止めしてからの、チーム・赫夜の遊撃手のアッヘンヴァル選手の大技でチーム・ヴィクトリーの中距離戦力を根こそぎ奪いましたね』

 

『その後に若宮選手とフェアクロフ選手が一瞬の隙を突いて葉山選手と三浦選手の校章を破壊……私もチーム・赫夜の記録は見ていましたが1年前と比べて格段に強くなっていますね!』

 

『そうですね。チームの練度も高いし、格上相手に金星を取れる可能性もあるので今後に期待ですね』

 

「当然だな」

 

「……当然ね」

 

「うん。皆落ち着いて自分の役割を果たしていたね」

 

俺は頷き、オーフェリアはガッツポーズをして、シルヴィは満足そうに頷く。やはり目にかけているチームが勝つのは嬉しく思う。

 

ステージを見ると若宮がフロックハートに抱きついて、フロックハートが若宮を引き離そうとしていたが逆らえず抱擁を受けていた。何か既視感があると思ったが、シルヴィとオーフェリアみたいだ。

 

しかし思った以上にチームの練度が上がってるな。蓮城寺が放った矢は1発も外れなかったし、アッヘンヴァルの合成技の速度も上がっていた。

 

(しかも最後のフェアクロフ先輩の技……アレ絶対に天霧辰明流の技だろ?)

 

フェアクロフ先輩に更に実戦経験を積ませる為に天霧を練習相手にしたが、その判断は成功だろう。

 

そんな事を考えていると……

 

「ん?何か揉めてるのか?」

 

見ればステージでは三浦が喚いている。大方あり得ないとか言っているのだろう。星武祭でよく見る光景だ。俺も王竜星武祭で倒した相手から「あり得ない」だの「マグレだ」とか言われた経験があるし。

 

 

しかしフロックハートが何かしら言うと三浦は気圧されたように後ろに下がる。それを見たフロックハートは踵を返してゲートに向かい、他の4人も様々な反応をしながらフロックハートに続いてゲートに向かった。

 

 

何を話したか気になった俺は5人がステージを後にした事を確認してから、空間ウィンドウを開いてフロックハートに電話する。

 

『もしもし。どうしたの?』

 

「ああ。先ずは1回戦突破おめでとさん」

 

『ありがとう。それと私も八幡に話があったんだけど、この後に私達はインタビューを受けるじゃない?』

 

「俺とオーフェリアに関することか?」

 

『ええ。記者達は間違いなく貴方やオーフェリアの噂について聞いてくるわ』

 

だろうな。他所の学園の2トップが関わっている噂が流れているならマスゴミは聞いてくるだろう。

 

『とりあえず聞かれたら『比企谷先生に紹介して貰った』って答えるけど良いかしら?』

 

「構わない。シルヴィの名前を出さなきゃ何でも良い」

 

馬鹿正直に『シルヴィアが比企谷八幡を紹介した』なんて言ったりしたら、記者は間違いなく俺とシルヴィの関係を洗い出そうとしてくるだろう。それだけは避けたいのでフロックハートの意見に従うつもりだ。

 

『わかったわ。それで八幡は何か用?』

 

「ん?いや大したことじゃないが、さっき三浦に何て言われたか気になっただけだ」

 

『別に。マグレだとか、一生懸命努力した自分達が負けるわけがないとか負け惜しみを言ってきただけよ。だから私は「だったら貴方達は殆ど毎日八幡に殴られる位の努力をしたのか?」って言っただけよ』

 

「そ、そうか……」

 

いや、まあ確かに、若宮達を相手にした時に手加減しないで殴ったけどよ、その言い方はどうかと思うが……

 

まあ向こうが納得したのなら良いか。

 

『話がそれだけなら切るわ。取材陣が見えてきたし』

 

「わ、わかった。取材陣は試合以外の事も執拗に聞いてくるが、好きな人や食べ物とか関係ない質問が来たら即座に切り上げた方が良いぞ」

 

俺も前回の王竜星武祭で1回戦を突破した時はかなり苦労した記憶がある。アレは結構ウザくて試合より疲れたくらいだ。

 

『肝に銘じておくわ』

 

その言葉を最後に空間ウィンドウがブラックアウトしたので、新しく空間ウィンドウを開いてチーム・赫夜のインタビューを見る。次の試合まで時間があるのでインタビューを見る方が有意義な時間の使い方だな。

 

「とりあえず1回戦は突破したし、美奈兎ちゃん達が予選落ちする事はなさそうだね」

 

シルヴィの言う通りだ。俺の見立てじゃ若宮達のいるGブロックの1番有力なチームはチーム・赫夜でその次にチーム・ヴィクトリーだ。チーム・ヴィクトリーを倒した以上若宮達の予選突破は殆ど確実と言える。

 

「まあ手の内を見せてないチームもあるかもしれないがな……っと、もう始まってるな」

 

見れば既に勝者に対するインタビューが行われていて、若宮とガチガチになりながら、蓮城寺は落ち着いて、フェアクロフ先輩は普段のポンコツを全く見せず上品に、アッヘンヴァルがしょっちゅう噛みまくり真っ赤になりながら、フロックハートは原稿を読むかのように無表情で各々の質問に答える。個性が出ているインタビューだな。俺なんて初っ端から噛んでメチャクチャ笑われたし。

 

そんな事を考えながら見ていると俺とオーフェリアに関する質問をしてくる記者が出てくるもフロックハートは焦ることなく、お袋が紹介したと真顔で嘘を吐いた。

 

本当はお袋がアスタリスクに来る半年近く前から訓練を手伝っていたが、フロックハートは特に表情を変えずに嘘を述べたので記者達からは猜疑の色は見えてこない。これなら俺とオーフェリアとシルヴィの関係がバレる事はないと思う。

 

「とりあえず手の内はそこまで見せずに済んだな……そんで2回戦は4日後だったよな?」

 

「そうそう。八幡君は明日チーム・ランスロットとチーム・黄龍の試合を見るの?」

 

「そのつもりだ。優勝を目指す以上その2チームとチーム・エンフィールドは避けれないからな」

 

言いながら新しく空間ウィンドウを開いてシリウスドームの試合を見てみると……

 

「ちっ。もう終わってるか」

 

見ればエンフィールドがレヴォルフの学生の首にパン=ドラの切っ先を突きつけて、モヒカンの男がギブアップ宣言をしていた。

 

「そう……今日はもう有力なチームは出ないし帰る?」

 

オーフェリアがそんな事を言ってくる。確かにこの後に俺達のいるカペラドームで行われる試合は1試合、それもアルルカントとレヴォルフの雑魚同士の試合だ。それを見てから混雑した会場を出るより早く帰るのも1つの手段だろう。

 

「俺は別に構わないぞ。シルヴィは?」

 

「私も良いよ」

 

なら決まりだな。俺が息を吐いてから立ち上がると、2人は俺の腕に抱きついてくる。本当に甘えん坊だな。まあ役得だから良いけど。

 

俺は最愛の恋人2人を愛おしく思いながらクインヴェール専用観戦室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「んー!久しぶりの我が家は気持ち良いなー」

 

それから1時間後、自宅に帰るとシルヴィは満足そうに伸びをして靴を脱ぐ。

 

「まあ自宅が1番落ち着くのは当然だろ」

 

「ううん。そうじゃなくて……八幡君とオーフェリアがいるからだよ」

 

言いながらシルヴィは俺とオーフェリアにハグをしてくるので俺達は特に抵抗しないでシルヴィの抱擁を受けた。シルヴィの温もりが俺達に幸せを与えてくる。

 

「ああ。俺もお前とオーフェリアがして幸せだ」

 

「……私も。2人が居てくれて嬉しいわ」

 

「……ありがとう。ねぇ、偶には3人一緒にご飯を作らない?」

 

随分唐突な提案だな。ウチの食事を作るのは7割オーフェリア、2割俺、1割シルヴィって感じだが、3人一緒に作った事は数える位しかない。

 

「……そうだな。偶には一緒に作るか」

 

「……ええ」

 

俺達は互いに頷いてからエプロンをつけてキッチンに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね。八幡君との子供の名前についてペトラさんに相談したら、私に聞くなって一蹴されたの」

 

言いながらシルヴィは味噌汁を作る。ワカメと豆腐の味噌汁だが、味が染み込んでいて美味そうだ。

 

「そりゃあの人独身だから仕方ないだろ。既婚者に聞けよ」

 

生姜焼きを焼きながらそう返す。そもそもあの人、俺達の交際に反対しているんだし。

 

「……私は前にお義母さんに相談したら、日本名にしたらどうだって言われたわ」

 

サラダの盛り付けをしているオーフェリアはそう返す。てかお前もお袋相手に何を相談してんだゆ

 

「うーん……確かに比企谷の後に外国人の名前を入れたら微妙な感じがするよね」

 

「そうね……とりあえず読み難い名前は無しで良いかしら?」

 

「それは賛成だね。読み易くて良い名前にしないとね」

 

シルヴィとオーフェリアは調理をしながらも真剣な表情で子供の名前について語り合っている。今更だが2人が気が早いのか俺の気が遅いのか、どっちが正しいのかわからないな……

 

まあ俺も将来に備えてある程度は考えておくか。

 

そう思いながら俺は顔に熱が溜まるのを実感しながらも調理を進めた。




おまけ

八幡の日記②

×月△日

今日は星露との稽古をした。星露は何度も何度も殴っても楽しそうな表情を浮かべて殴り返してきた。あいつはドMでありドSだろう。しかし今更だが1週間に一度とはいえ他校のNo.2を鍛えるっておかしいだろう。

その晩、ボロボロになりながらも自宅に入ると凄い光景を見た。何とオーフェリアが転んでシルヴィのスカートの中に顔を埋めるというラッキースケベをぶちかましたのだ。良いぞ、もっとやれ。内心興奮しながら見ていた俺は悪くないと思った。



×月×日

今日中央区を散歩していたらフェアクロフ先輩と会ってお願いごとをされた。それは中央区で人気のカフェでカップル限定のパフェが販売されたのでカップルの振りをしてくれとの事だった。

フェアクロフ先輩の頼みを聞きたいのは山々だったが、彼女がいるのにそれはマズいと断ろうとしたが、フェアクロフ先輩が……

「ダメ……ですの?」

上目遣いで再度おねだりしてきた。気が付けば俺はオーフェリアとシルヴィにフェアクロフ先輩とカップルの振りをして良いかと聞いていた。

その際に後日自分達も連れて行くことでOKを貰ったので、フェアクロフ先輩とパフェを食べた。カップル限定のパフェはとても甘くて俺の好みの味だった。これはまた行きたいなと思いながら目の前で幸せそうにパフェを食べるフェアクロフ先輩に癒されていた。

尚、パフェを食べた後にフェアクロフ先輩がお礼を言って立ち上がろうとしたら、バランスを崩したらしく俺の方によろめいてきたので慌てて支えようとしたが一足遅く、フェアクロフ先輩は俺に倒れ込み、唇を限りなく俺の唇に近い頬にぶつけてきた。

アレはマジでヤバかったです。メチャクチャ気まずくなって別れたが顔が熱くて仕方なかった



×月◯日

フェアクロフ先輩にキスをされた事がバレてオーフェリアとシルヴィに物凄く怒られた。フェアクロフ先輩と一緒に土下座をしたら許して貰ったが、端から見たらヤバい光景だと思った。


×日◇日


今日は1人で中央区に出ていた。理由としては義手のメンテナンスだ。その際に治療院に行ったら院長に義手を改造しているのがバレて物凄い怒られた。特にオーフェリアの毒とアルルカント製の荷電粒子砲を仕込んだのを知った際は院長の雷が落ちた。やはりこの2つは特にヤバいようだ。

説教を食らって疲れた俺はヘトヘトになりながら治療院を出ると材木座から新作小説を送られてきた。メチャクチャ苛々しながら読むと血の気が引いた。

何故なら今回材木座が書いた小説のヒロインなんだが、世界の歌姫と世界最強の魔女のダブルヒロインだったのだ。材木座は俺がオーフェリアと付き合っている事は知っているがシルヴィとも付き合っている事は知らないので偶々だと思っていても寒気がした。

そして最終的に主人公は優柔不断な態度を取り続けた結果2人のヒロインに刺されるという不遇な最期を遂げたのだった。

それを見た俺は内心ガチガチになりながらも帰宅して、オーフェリアとシルヴィに事情を説明した。すると2人は笑いながら私達はそんな事をしない、3人一緒に幸せになろうと言って優しく抱きしめてきた。

俺は2人の態度に嬉しくなって2人を優しく抱き返した。2人を絶対に幸せにすると改めて決意をしながら。



×月⚫️日

あんなふざけた設定の小説を書いた材木座を半殺しにした。


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比企谷八幡は久しぶりにシルヴィア・リューネハイムとイチャつく

3人で一緒に夕食を作り、テーブルの上に料理を置く。テーブルの上にある料理は味噌汁に豚の生姜焼きにシーザーサラダと、どれも一般家庭の料理であったが、どの料理からも良い匂いがして部屋に充満する。

 

「じゃあ食べよっか……いただきます」

 

料理が全て置かれると俺の彼女の1人であるシルヴィがそう言って両手を合わせるので……

 

「「いただきます」」

 

俺ともう1人の彼女のオーフェリアもシルヴィと同じ様に両手を合わせいただきますの挨拶をする。

 

そして料理を口にすると旨味が口の中で広がりだす。うん……美味いな。

 

「……美味しいわ」

 

「うん、久しぶりに3人で一緒に料理をしたけど美味しいね」

 

どうやら2人も同じ意見のようだ。良かった……俺の作った料理が口に合わなかったとか言われたら泣いている自信がある。

 

「俺も美味いと思う。やっぱり2人の料理は最高だな」

 

「それはもう、タップリと愛情を注いだからね」

 

「……私達の八幡に対する愛情、伝わった?」

 

「ああ、凄く」

 

当然の事だ。2人が料理を作ってくれた時点で幸せなのに、愛情のこもった料理を食べれるんだ。マジで幸せ過ぎてバチが当たりそうで怖いくらいだ。

 

言いながら俺達は幸せな気分のまま食事を続ける。

 

「そういえば八幡君。明日はチーム・ランスロットとチーム・黄龍のどっちを見に行くの?」

 

シルヴィが唐突にそんな事を聞いてくる。明日は優勝候補のチーム・ランスロットとチーム・黄龍の試合があるが前者はシリウスドームにて、後者はカノープスドームと会場が違う。試合時間もそこまで差がないので両方見るのは厳しいだろう。

 

となるとこの両チーム以外の試合にもよる。シリウスドームでチーム・ランスロット以外の有力チームが出るならシリウスドームに行けば良いし、カノープスドームでチーム・黄龍以外の有力チームが出るならそっちにすれば良い。

 

そう思いながら明日の予定を調べようと空間ウィンドウを開いてみた時だった。

 

(ん?これは……)

 

ニュース速報を見ると気になる速報があった。見出しには『エンフィールド選手、アスタリスクの闇に迫る!?』と書いてあったので、思わずそのニュースを見てみると……

 

(マジで何をやってんだあいつは?)

 

記事によるとエンフィールドは1回戦を突破した時のインタビューで優勝した時の望みとして、『翡翠の黄昏』に関する裁判の関係者であるラディスラフ・バルトシークに会って、彼しか知らない秘密をする事……と言ったらしい。

 

ラディスラフ・バルトシークは元々星導館で教鞭をとっていた男。こんな風に馬鹿正直に言ったら間違いなく星導館のバックにいる銀河はキれるだろう。

 

元々エンフィールドが銀河と敵対することになるとは知っていたが、ここまで早く動くとは予想外だ。趣味に自殺か追加されたのか?

 

「……どうしたの八幡?」

 

エンフィールドの行動に首を捻っているとオーフェリアが心配そうな表情で肩を叩いてきた。見ればシルヴィも似たような表情を浮かべていたので、俺は空間ウィンドウを2人の前に見せる。

 

するとシルヴィは軽く目を見開いてから眉を寄せる。

 

「なるほどね……ラディスラフ教授は星導館の元教師。それでありながら翡翠の黄昏の関係者って事を暴露したら銀河以外統合企業財体は煩く言いそうだね」

 

「……シルヴィアのマネージャーも動くのかしら?」

 

「ペトラさんは最高幹部じゃないから大きくは動かないと思うよ。詳しい事情は知らないけど精々文句を言うくらいじゃない?」

 

現存する6つの統合企業財体の力は拮抗している。場合によっては銀河を貶める事も可能な今、他所の統合企業財体は何かしら銀河に文句を言ってくるだろう。しかし文句と言っても、言う連中は銀河と拮抗している5つの統合企業財体だ。それだけでも充分な打撃になるだろう。

 

「とはいえ少し不安だな。飯食ったら連絡を入れておくか……」

 

一応エンフィールドとは個人的に同盟を結んでいるのだ。統合企業財体に睨まれない程度で力になるつもりだ。

 

「まあ八幡君なら大丈夫でしょ?私が連絡を入れたら面倒な事になりそうだけど」

 

まあそうだな。シルヴィは歌姫としてクインヴェールの運営母体の統合企業財体W=Wと契約を結んでいるのだ。そんなシルヴィが統合企業財体に喧嘩を売ったエンフィールドと連絡を取るのは危険だ。

 

「だろうな。お前が連絡するのは止めておけ……まあとりあえず飯を食うか」

 

最優先は飯だ。腹が減っている上に恋人2人の愛情が篭った飯を前にして我慢するのは酷というものであろう。

 

そう返しながら俺達は食べるのを再開した。その際に2人がイタズラ半分で生姜焼きを口移しで渡してきたので喜んで受け取ったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ほう……とりあえずあの記者はお前の仕込みでそれを利用して願いを暴露したのは理解した。それで今のところ生きてるようだし襲われてないようだな」

 

所変わって自室。俺は今、エンフィールドの端末に連絡を入れている。当のエンフィールドは統合企業財体に喧嘩を売ったばかりにもかかわらず、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべている。

 

『ええ。ですが比企谷君も暫く連絡を取るのは止めておいた方が良いでしょうね』

 

「それは巻き添えを食らうからだとは思うが、銀河が怒らない程度なら手伝うぞ?」

 

『いえ、比企谷君は動かない方が良いでしょう。妹さんが狙われる可能性もありますので』

 

確かに統合企業財体は目的の為なら手段を選ばない連中だ。俺を敵と認識したら小町を狙ってくる可能性も充分あり得る。

 

「……なるほどな。じゃあ俺の協力出来ることは殆ど無さそうだな」

 

『ええ。ここまで来た以上比企谷君だけでなく綾斗達にもないですよ』

 

「ふーん……それで本当の目的は?」

 

俺がそう口にするとエンフィールドは一瞬だけ無表情になるも直ぐに笑顔になる。

 

俺としてはエンフィールドがラディスラフ教授に話を聞く以外の目的があると思っている。理由は無く勘だけど。

 

『何の事でしょうか?』

 

対するエンフィールドは意味不明といった表情を浮かべている。どうやら話す気はないのだろう。

 

「そうか……話すつもりがないなら良い。ただ、死ぬなよ?」

 

『……ええ。今はまだ死ぬつもりはないですよ』

 

エンフィールドはそう言ってから通話を切ったので俺は空間ウィンドウを閉じて端末をポケットにしまう。

 

「今はまだ、ねぇ……」

 

それはつまり遠くない未来に死ぬ事を視野に入れているのだろうか?何となくだが嫌な予感がするな……

 

そこまで考えていると……

 

「八幡君……お風呂、湧いたから一緒に入らない?」

 

自室のドアからシルヴィが顔だけ出して俺にそんな事を聞いてくる。時計を見ると時刻は9時を回っていた。確かに風呂の時間にはピッタリだろう。

 

「はいよ。今行く」

 

言いながら自室のクローゼットから下着を取り出して部屋の外に出る。そしてシルヴィと一緒に廊下を歩き……

 

「オーフェリア、風呂に行かない?」

 

シルヴィがリビングで本を読んでいるオーフェリアにそう話しかける。対するオーフェリアは……

 

「……私は後から入るから気にしないで。シルヴィアは久しぶりに八幡と一緒に入るんだし、2人きりで楽しんで」

 

そう返す。オーフェリアは基本的にシルヴィが仕事から帰ってきた時はいつもこう言ってくるんだよなぁ……

 

「わかった。ありがとうオーフェリア」

 

「別に良いわ。シルヴィアが仕事で居ない時は私が八幡と2人きりで過ごしているのだから」

 

「そっか、じゃあお言葉に甘えて……行こ?」

 

「はいよ。じゃあオーフェリア、また後でな」

 

「……ええ。行ってらっしゃい」

 

オーフェリアは微かに笑みを浮かべて小さく手を振ってくる。本当に可愛いなぁ……

 

オーフェリアの可愛さに俺とシルヴィがポワポワする中、脱衣所に到着するので服を脱ぐ。この家を買った当初、シルヴィと一緒に風呂に入る時はメチャクチャ緊張したのだが、慣れというのは恐ろしい。一切の躊躇いなく脱いでいる。

 

見ればシルヴィも制服を抜き出す。するとピンク色の可愛らしい下着に包まれたシルヴィの美しい身体が露わになる。既に何度も見たり、重ねた事のあるシルヴィの身体だが見惚れてしまう。今は大分マシになったが、シルヴィの裸を見た当初は何度も襲いたくなる衝動に駆られてしまっていたくらいだ。

 

「八幡君、見過ぎだよ。本当にエッチなんだから……」

 

対するシルヴィは苦笑しながらそんな事を言ってくるが、俺は慣れているので目を逸らさない。

 

「俺がエロいのは否定しないが、雌犬になった時のお前の方がエロいからな?」

 

以前シルヴィは媚薬を飲んだが、あの時はマジでヤバかった。火照った身体を寄せてきて思い切り甘えてきて、メチャクチャエロかったし。

 

「うぅ……それは言わないでよ。八幡君のバカ……」

 

シルヴィは真っ赤になって下着姿のまま俺の胸板を叩いてくる。しかし痛みは全くなく、愛おしい気持ちで一杯になる。

 

同時に嗜虐心が湧き上がってくる。久しぶりにあんなシルヴィを見たくなってしまった。だから俺は両手を使ってシルヴィの両手のポカポカを防いで……

 

「悪かったよ。ゴメンな」

 

言いながら軽く頭を下げるとシルヴィは膨れっ面を見せてくる

 

 

「……本当に八幡君ってズルいよね。そんな風に謝られたらこれ以上怒れないよ……入ろっか」

 

シルヴィは軽く愚痴りながらもこれ以上責めるのを止めて下着を脱いで一糸纏わぬ姿となる。女神のように美しいシルヴィの裸だが、この裸を見た男は俺とシルヴィの父親くらいだろう。そう考えると僅かだけ他の男に対して優越感が浮かんでしまう。

 

「そうだな……入ろうぜ」

 

言いながら俺もシルヴィに続いて服を全て脱ぎ、手を繋いで風呂場に入った。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……ちゅっ……久しぶりに八幡君との、んっ……お風呂、気持ち良いな」

 

それから15分、シルヴィは久しぶりに再会したからか普段より甘えてきている。湯船に浸かった俺の身体に抱きついて、両足を腰に回して、形の整った胸を俺の胸板に押し付け、両手を俺の背中に回して、俺の唇にキスの雨を降らしてくる。

 

「んっ……なら良かった。俺もシルヴィと風呂に入るのは久しぶりだからな」

 

俺とオーフェリアとシルヴィの3人や、俺とオーフェリアの2人で風呂に入るのはよくあるが、シルヴィと2人で入った事はオーフェリアが瘴気を制御して以降はそこまで多くない。

 

「うん……そういえば八幡君。あと1ヶ月半くらいでクリスマスだけどさ、今年は仕事がないみたいだし一緒に過ごそうね?」

 

クリスマスか……去年はシルヴィがいなかったからオーフェリアと2人でクリスマスパーティーを開いたんだよな。アレはアレで楽しかったがシルヴィが居なくて物足りない気持ちがあったのは否定しない。

 

「そうだな……仕事がないなら大歓迎だ」

 

「うん。私、3人でプレゼント交換をしたりチキンを食べるのを楽しみにしているから」

 

シルヴィは子供っぽい笑顔を浮かべて甘えてくる。俺の恋人マジで可愛いな。

 

「そうだな。その為にも平和に獅鷲星武祭が終わればいいんだが……」

 

「無理だろうね……」

 

シルヴィはため息を吐きながらそう言うが同感だ。まだ初日だが、開会式前にはチーム・ヘリオンの馬鹿が純星煌式武装を客がいる中で使うわ、エンフィールドが統合企業財体に喧嘩を売るわで荒れまくりだ。

 

「とりあえず八幡君も面倒事に巻き込まれないでね」

 

「言われるまでもねぇよ。好き好んで巻き込まれてる訳じゃないからな?」

 

少なくとも学園祭の時は偶然巻き込まれて腕を斬り落とされたんだ。結果的にウルスラさんを助けることは出来たが、自分から巻き込まれに行った訳ではない。

 

「じゃあ指切りしてよ」

 

シルヴィは俺に抱きつきながら右手の小指を出してくる。子供っぽい仕草だが、拒否するつもりはない。

 

「はいはい……よっと」

 

「じゃあ行くよ?……ゆ〜び〜き〜り〜げ〜ん〜ま〜ん〜嘘ついたら八幡君からキスを50万回す〜る。指切った」

 

「おい待て。そこは普通に針千本飲ますじゃないのか?」

 

「いや針千本飲んだら死んじゃうじゃう。だから八幡君からキスを50万回してよ。あ、もちろん1日以内じゃないからね」

 

当たり前だ。1日で50万回シルヴィにキスをするとか無理ゲーだろ?てか……

 

「50万回は多過ぎじゃね?しかも俺から?」

 

「うん。だって私は今まで八幡君と138万4863回キスをしたけど、八幡君からしたのは19万4751回と少ないんだもん」

 

こいつ……前から俺とのキスを数えているのは知っていたが、100万回を超えても数えていたのかよ。てか20万回以上してんだし良くね?

 

とはいえ指切りをした以上……

 

「わかったよ。面倒事に巻き込まれたら50万回キスをしてやるよ」

 

約束は守らないといけない。こうなったら無茶をしないようにしないとな。

 

いや、まあシルヴィにキスをするのは嫌じゃないが、50万回もやったら恥ずか死んでしまうからな。

 

「うん。でも面倒事に巻き込まれないように注意してね?」

 

「わかってるよ」

 

ったく、今シーズンの星武祭は面倒な事が起こり過ぎだろ?マジで平穏をください。

 

そう思いながら俺はシルヴィに抱きつかれたまま、思い切り甘えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「じゃあ電気を消すぞ」

 

「良いよ」

 

「……お願い」

 

寝室にて俺が電気のスイッチに触れながらそう口にすると、シルヴィとオーフェリアから了承を得たので電気を消す。

 

すると真っ暗になったので、窓からさしてくる月明かりを頼りにベッドに入ると……

 

「えへへ……久しぶりの八幡君と睡眠だ……」

 

「温かいわ……」

 

シルヴィとオーフェリアはいつものように抱きついて思い切り甘えてくる。2人に抱きつかれるのは久しぶりだが、気持ちが良い。

 

「八幡君のパジャマの匂い……落ち着くなぁ……」

 

「この甘えん坊め……まあ俺も久しぶりに抱きつかれて嬉しいけどな」

 

「ふふっ……ありがとう。そういえば八幡君は私が居ない間に何か面白い事はあった?」

 

面白い事だと?そう言われてもな……特には「そういえば2日前に、チーム・赫夜最後の鍛錬の時に事故でソフィア・フェアクロフの頬にキスをして尚且つソフィア・フェアクロフに頬にキスをされていたわね」………オーフェリア。

 

「……ヘェ〜。そうなんだ。それは良かったねぇ〜」

 

言いながらシルヴィは目を腐らせながら俺を見てくる。何でも良いがアイドルがそんな顔をするな。

 

「ま、待てシルヴィ。アレは事故だからな?」

 

しかもあの時はフェアクロフ先輩が転んで巻き込まれたんだよ。フェアクロフ先輩が俺の足技を食らった際に俺の方に倒れこんできたのだ。

 

そう言い訳するも……

 

「うんうん。言い訳は搾り取ってから聞くからね?」

 

シルヴィは俺の言い訳を切り捨てる。アカン、こうなったらどうにもならないな……

 

俺に諦念の感情が浮かぶ中、シルヴィは服を脱いで……

 

「八幡君の……バカ」

 

膨れっ面を浮かばせながら、俺のズボンをずり下ろした。

 

 

 

……明日は寝坊で遅刻かもな。

 

俺はシルヴィに覆い被さられながらも、他人事のようにそんな事は考えていたのだった。



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比企谷八幡は2日連続でトラブルに遭遇する

「んっ……んんっ」

 

瞼に朝の日差しを受けたので薄っすらと目を開けると薄い白のカーテンの向こう側から朝日が部屋を明るくしていた。太陽を見ると普段起きる時に見る太陽より高く上がっているので寝坊したと思った。

 

今の時刻を確認しようと机の上にある時計を見ると……

 

「10時半……完全に寝坊したな……」

 

思わずため息を吐くと隣から寝息が聞こえたので横を見ると……

 

「んんっ……はち、まん、くん……キス、して……」

 

俺の右隣にて紫色の髪を持つ少女ーーー俺の恋人の1人であるシルヴィが一糸纏わぬ姿で寝息を立てて寝ていた。見る限り起きる気配はない。

 

(まあ昨日は2時過ぎまで起きていたからな……)

 

シルヴィの奴、俺が干涸びるまで搾り取ってきたからな。こりゃ暫く起きなそうだ。

 

「やれやれ……はいよ」

 

ちゅっ……

 

俺は苦笑しながらシルヴィの要求通りに唇にキスを落とす。するとシルヴィは口元をふにゃりと緩める。マジで可愛過ぎだろ?

 

俺は幸せな気分になりながらも反対側を見ると……

 

「オーフェリアは……やっぱり居ないな」

 

誰も居なかった。オーフェリアの奴、俺がシルヴィに搾り取られている時に「邪魔しちゃ悪いから違う部屋で寝るわ」とか言って逃げたが、「騒がしくて眠れないから違う部屋で寝るわ」の間違いだろ?

 

内心呆れながらも俺はベッドから降りて下着をはいて、クローゼットにある制服を取り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……おはよう、八幡」

 

そして俺がリビングに行くと、当のオーフェリアはコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。

 

それを見た俺は昨日見捨てた事に対して一瞬イラっとしたが……

 

(ここで責めるのは止めよう。元はと言えばラッキースケベを起こした俺が悪いんだし、責めたら間違いなくオーフェリアは自分を責めまくるのが目に見えるし)

 

そう判断した俺は怒りを消してオーフェリアに話しかける。

「おはようオーフェリア。お前はいつ頃起きたんだ?」

 

「……私は1時間半位前よ。朝食は作ってあるからレンジで温めて食べて」

 

オーフェリアが指差した方向を見ると鮭の切り身や味噌汁があった。わざわざ手間のかかる物を作ってくれるとはな……

 

「本当にお前は良い嫁になりそうだな」

 

そうなったら最高だろう。俺が仕事から帰った際、エプロン姿のオーフェリアとシルヴィが迎えてキスをしてきたら疲れは一瞬で吹き飛ぶだろうな。

 

「……バカ」

 

オーフェリアは頬を染めてそっぽを向く。本当に可愛い。今直ぐハグして甘やかしたい位だ。まあそれをやったら数時間経過してしまうので止めておこう。

 

そう思いながら俺はオーフェリアの作った料理をレンジで温め、チンと鳴ったらレンジから取り出してテーブルの上に置いて食べ始める。

 

「……そういえば八幡。さっき美奈兎達から連絡があって暇ならチーム・ランスロットの試合を観に行かないかと誘いが来ているわよ」

 

未だに若干頬を染めているオーフェリアがそんな事を言ってくる。まあ元々今日はチーム・ランスロットの試合を観に行くつもりだった。そう考えると若宮達と行くのは合理的だろう。あいつらにとっても超えるべき存在なのだから。

 

(今は11時前でチーム・ランスロットの試合は1時半ぐらい……シルヴィが起きるかどうかだな)

 

返事に悩んでいると、後ろからドアの開く音がしたので振り向くと、シルヴィが目を擦りながらこちらにやって来る。

 

「ふぁぁぁ〜……おはよう、八幡君、オーフェリア」

 

「おはよう」

 

「……おはよう。随分と眠そうね」

 

「あはは……久しぶりだったからつい、ね……」

 

シルヴィは苦笑しながらそう言ってくる。確かに久しぶりだったからか、いつもより激しかったのは否定しない。おかげで俺もメチャクチャ腰が痛いし。

 

「……そう。まあ良いんじゃないかしら。それよりシルヴィア、八幡にも言ったのだけど、さっき美奈兎達から連絡があって暇ならチーム・ランスロットの試合を観に行かないかと言われたけどどうする?」

 

「私は行こうかな。アーネストに会うのも久しぶりだし、時間があったら挨拶くらいはしとかないと、ね」

 

「ん?開会式で一緒に並んでいた時に挨拶しなかったのか?」

 

星武祭の開会式と閉会式では必ず各学園の生徒会長が揃う。その際に挨拶の1つや2つしてもおかしくないと思う。

 

「あー、アレって一応一緒に居たけど、殆ど話してないんだよ。特にアーネストがいるガラードワースの生徒会はクインヴェールと違ってお飾りじゃないから開会式が終わったら直ぐに仕事で居なくなっちゃったしね」

 

「なるほどな……そういう事なら俺も構わないし、若宮達に了承の返事をしておくか」

 

「……私がしておくわ。八幡とシルヴィアは朝食を食べていて良いわ」

 

「ありがとうオーフェリア。遠慮なくご馳走になるね」

 

「……どういたしまして」

 

シルヴィは見る者全てを魅了する笑みを浮かべてからキッチンに向かう。対するオーフェリアは僅かに頬を染めながら返事を返す。

 

(うん、やっぱり昔に比べてオーフェリアも感情を出すようになって良かったな)

 

俺はそんな事を考えて幸せな気分になりながらオーフェリアの愛情の篭った朝食を食べるのを再開した。

 

 

 

 

 

「んー、今日は良い天気だなー」

 

「ああ。本当に良い天気だな。眠くなかったらもっと良い気分になるのにな」

 

「そ、そこは言わないでよ。私もやり過ぎだって反省しているんだから」

 

朝食を食べた俺は2人と一緒にシリウスドームに向かって歩き出す。辺りを見渡すと中央区には殆ど人が居ない。それはそうだろう。俺達ら寝坊したが殆どの人は今頃各ステージにて試合を見ている筈だ。

 

「悪かったよ……っと、着いたな。オーフェリア、集合場所は何処だ?」

 

言いながらシリウスドームの第3ゲート前に着いたので若宮と連絡を取り合ったオーフェリアに話しかける。

 

「第3ゲート近い売店の横よ」

 

「サンキュー」

 

礼を言いながら第3ゲートをくぐり暫く歩くと………

 

「……レヴォ……傷が……ますよ?」

 

「……せんわ!……さんは……ルフですが……ですわ!」

 

離れた所から揉めているような声が聞こえてきたので早足になると……

 

 

「……おい。これはどういう状況だ」

 

チーム・赫夜のメンバーとチーム・トリスタン及びガラードワースの生徒が向かい合っていて、フェアクロフ先輩とチーム・トリスタンのリーダーのエリオット・フォースターが睨み合っていた。

 

呆れるようにため息を吐くと両サイドの人間がこちらに目を向けてくる。しかし向ける視線は対称的だった。赫夜のメンバーは安堵の表情を浮かべ、ガラードワースの人間は睨んでくる。まあレヴォルフの俺とオーフェリアが居るなら当然の反応だ。

 

(てか、何で葉山も居るんだよ……?チーム・ランスロットの応援だろうが面倒だな……)

 

内心ため息を吐きながらも俺はガラードワースの面々をシカトして1番話が通りそうなフロックハートに話しかける。

 

「フロックハート、これはどういう状況だ?」

 

まさかとは思うが昨日に続いて他所のチームと揉めてるのか?だとしたらマズい。昨日は見逃して貰えたが2日続けて他所のチームと揉めてるのがバレたら失格になる可能性もあるだろう。

 

「それがね……」

 

フロックハートがため息を吐いて説明を始める。曰く売店の横で待っていたらチーム・ランスロットを除いたガラードワースの面々と鉢合わせ。そん時に貴族同士で知り合いらしいフェアクロフ先輩とフォースターが挨拶をしたのだが……

 

「エリオット・フォースターがフェアクロフ家の人間がレヴォルフの人間と連んだら家の品が落ちると言ったら、ソフィア先輩が八幡達はレヴォルフの生徒でも優しいから撤回しろと揉め出したのよ」

 

「なるほどな……とりあえずフェアクロフ先輩。俺は別に怒ってないのでお気になさらず」

 

レヴォルフが屑の巣窟なのは厳然たる事実だからな。

 

「私が気にしていますの!私達がここまで強くなれたのは紛れもなく八幡さん達のおかげですのに……!」

 

言いながらフェアクロフ先輩はフォースターを睨むが、当のフォースターは何処と吹く風だ。

 

「僕は事実を言っただけです。それの何処が悪いんですか?いくら強くなれても品のない人間と連んで家の名を汚しては本末転倒でしょう?」

 

そう言って俺を睨む。歳下の癖に失礼な奴だな。ここまで言われたら多少言い返してもバチは当たらないだろう。

 

(てかこれ以上言わせたらオーフェリアがキレそうだし)

 

チラッとオーフェリアを見れば……

 

「…………」

 

既にブチ切れる寸前だ。ここで俺が言い返さないとマズい事になる。

 

「八幡さんの事を何も知らずに敵意を「落ち着いてください」八幡さん?」

 

再度フォースターに文句を言おうとしたフェアクロフ先輩を手で制する。そして俺は口を開き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼が俺に敵意を向けるのは当然ですよ。何せ彼は去年の鳳凰星武祭で俺の妹に無様に負けたんですから」

 

オーフェリアの怒りが雲散霧消する位容赦ない挑発をぶちかました。

 

「なっ?!」

 

それを聞いたフォースターは驚きと怒りの混じった顔を浮かべるが俺は無視して更に口を開ける。

 

「加えて大した実力もないのにチーム・トリスタンのリーダーとし大任を任されり、獅鷲星武祭以降弱いながらもフェアクロフさんの後を継いでガラードワースの弱体化をどう避けるべきかと内心穏やかじゃないんですよ?その辺りをわかってやってください」

 

「え、ええと……」

 

俺がフェアクロフ先輩にそう言うとフェアクロフ先輩はしどろもどろな口調になる。まあいきなり話を振られたらそうなるよな。

 

「……随分と言ってくれますね」

 

そんな声が聞こえたので振り向くとフォースターが鋭い目を向けている。目には明らかに殺気が篭っている。しかし俺は気にせずに口を開ける。

 

「俺は事実を言っただけだぜ。お前が小町に負けたのも、お前が弱いのも、フェアクロフさん達チーム・ランスロットが引退した後ガラードワースが弱くなるのも事実じゃないのか?」

 

実際フォースターはアスタリスク全体からすれば強いかもしれないが、俺やオーフェリア、シルヴィや星露からしたら弱いだろう。

 

ついでに言うと獅鷲星武祭が終わるとチーム・ランスロットの内、5位のガードナーを除いてフェアクロフさんとブランシャールとケヴィンさんとライオネルさんの4人は引退する。世間では以降のガラードワースは弱くなると言われているが間違いないだろう。

 

「くっ……!」

 

それはフォースターもわかっているようで苦い顔を浮かべて俯く。同時に俺はオーフェリアを見ると大分落ち着いていた。少なくともブチ切れる事はないと思う。

 

(まあガラードワースの面々はブチ切れそうだけどな)

 

前を向くと大半のガラードワースの人間が俺を睨んでいる。特に葉山とか。お前アレだけオーフェリアに失禁されたのに懲りてないのかよ?

 

「まあそんな訳だ。俺が品のない人間なのもお前が雑魚なのも事実なんだしここらで「比企谷、少し黙れよ」……いきなりだな」

 

「隼人?!」

 

「比企谷君?!」

 

葉山が唐突に俺の胸倉を掴んで壁に叩きつけてくる。それによって三浦と若宮が叫ぶ。そしてチラッと横を見ると変装したシルヴィがブチ切れているオーフェリアを羽交い締めしている。

 

「相変わらずだな葉山。先に喧嘩を売ったのは向こうなのに、俺が挑発を返すとキれる……文化祭でもそうだったが、俺だけを悪とするのは止めてくれないか?」

 

「黙れよ……あんなやり方をしておいて何を……!」

 

今になって考えてみれば文化祭にて、挑発した俺も悪いが元はと言えば実行委員長としてマトモに動かなかった相模が1番悪い。にもかかわらず文化祭以降、相模は全く咎められなかった。アレは明らかに葉山の影響もあってだろう。本当に迷惑な奴だな。

 

しかし今は問題ない。普通の学校ならともかく、ここはアスタリスク。葉山のように顔が良いだけの奴では周りに影響を与えるのは無理だろう。

 

てか……

 

「ところで葉山。さっきから通行人が見てるが良いのか?」

 

「……っ!」

 

そこで葉山は周りの状況に気が付いたようだ。辺りを見渡せば観客が信じられないモノを見るような目で見ていた。まあ事情を知らない人間からすれば『秩序を重んじるガラードワースの生徒が素行に悪いレヴォルフの生徒の胸倉を掴んで壁に叩きつけている状況』だからな。

 

それによって葉山は慌てて手を離す。まあ予想内だ。こいつは自分が大切だろうしな。世間からの目を気にしてそうだし。

 

「……まあ良い。とりあえず俺の意見に異論反論があるなら聞くぜ……王竜星武祭のステージで」

 

俺は最後にガラードワースの面々にそう言ってから息を吐いて連れの7人を見る。

 

「行くぞ。もう直ぐランスロットの試合が始まるしデータ収集をしろよ」

 

そう言って俺が観客席に向かって歩き出す。チラッと後ろを見ると恋人2人と赫夜の5人は顔を見合わせてから俺に付いてきた。

 

ガラードワースの面々は誰も止めようとしなかったが、まさか2日連続で面倒な事が続くとはな……まあ今日は半分は俺の所為だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷……王竜星武祭で見てろよ。お前を倒してお前が間違っている事を教えてやる」




諸事情により明日明後日は投稿出来ませんがよろしくお願いします


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比企谷八幡は説教を食らった後、優勝候補筆頭チームの試合を見る

「全く!八幡さんは挑発のし過ぎですわ!」

 

クインヴェールの専用観戦室にて、俺は正座をしながらプリプリ怒っているフェアクロフ先輩から説教を受けている。

 

さっきガラードワースの面々と一悶着があった後、クインヴェールの専用観戦室に入るなりフェアクロフ先輩に正座しろと言われて気圧された俺は正座して……今に至る感じだ。

 

「いや、俺は事実を言っただけだし、向こうが先に喧嘩を「言い訳無用!」……はい」

 

余りの剣幕に俺は黙ってしまう。フェアクロフ先輩、普段はポンコツなのに怒ると怖いです。

 

ちなみに恋人2人とフェアクロフ先輩以外赫夜のメンバーは部屋の隅にて俺同様に気圧されながら俺達のやり取りを見ている。しかし6人とも助ける気がないのが薄情だと思います。

 

「先程も言いましたが、私は八幡さんやオーフェリアさんと一緒に居る事に対して悪い感情は抱いていませんわ。ですからエリオットの言葉は撤回させるつもりでしたし、撤回出来なくてもお2人と縁を切る事をするつもりはありませんわ」

 

「……はい」

 

「それなのにあそこまで挑発をしてどうするんですの?!場合によってはフォースター家が八幡さんに文句を言ってくるかもしれないのですわよ!」

 

「……はい。おっしゃる通りです」

 

確かに、あの時はオーフェリアがブチ切れるのを防ぐ事しか考えていなかったが、あそこまで酷い挑発だと余計にフェアクロフ先輩の名前に傷が付いてしまうかもしれない。

 

「全く……心配をかけた罰として私達7人にパフェを奢るように!」

 

「いや何でパフェ「何か言いましたか?!」何でもありません。奢らせていただきます」

 

ダメだ逆らえん。まるで俺から搾り取る時のオーフェリアとシルヴィの様な雰囲気を醸し出している。こうなったら7人にパフェを奢るのを甘んじて受けよう。

 

「宜しい。今回は向こうから喧嘩を売ってきたからこれ以上は言いませんが、今後は必要以上に敵を作る様な言動は取らないようにお願いしますわ……もう正座を崩して良いですわよ」

 

最後にフェアクロフ先輩は優しい笑顔でそう言ってくる。内心その笑顔にドキドキしながらも立ち上がるも……

 

「うっ……」

 

長時間の正座に足が痺れてよろめいて……

 

「は、八幡さん?!」

 

そのまま前方ーーーフェアクロフ先輩の方に倒れ込んでしまう。しかし今回はラッキースケベをして溜まるか。

 

そう思いながら俺はフェアクロフ先輩にぶつかる直前に両手を地面につける。こうすればフェアクロフ先輩の胸に顔を押し付けたり、頬にキスをしたりする事はないから安心だ。

 

 

 

 

 

 

そう思っていたが……

 

「は、八幡さん……」

 

両手を地面につけた事で俺は今フェアクロフ先輩相手に床ドンをしている状態になっていた。両手でフェアクロフ先輩の頭を挟み、俺の右膝はフェアクロフ先輩の足の間に挟まれる。

 

そして目の前では真っ赤になったフェアクロフ先輩が涙目で俺を見ていた。

 

(ヤバい、ボディタッチはしてないが、ボディタッチをした時よりもドキドキしてしまってる……!)

 

端から見たら俺がフェアクロフ先輩に迫っているように見えるだろう。これはマズい、変な気分になる前に離れないと「「八幡(君)?」」……一足遅かったようだ。顔を上げるとオーフェリアとシルヴィが絶対零度の眼差しを向けていた。

 

「いや待て。これはわざとじゃないんだ。正座をしたから足が痺れてだな……」

 

俺が必死になって言い訳をするとオーフェリアとシルヴィはうんうんと頷く。しかし俺にはわかる。2人の中にある怒りは微塵も衰えていない事を。

 

 

しかも若宮達4人は露骨に目を逸らしていて助けてくれる気配はない。薄情過ぎる……

 

内心ビクビクする中、オーフェリアとシルヴィは俺に近寄り両耳に顔を寄せて……

 

「「今夜……わかってるわよね(わかってるよね)?」」

 

この瞬間、俺は2日連続寝不足になる事を確信したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

『さあ!次は第4試合!東ゲートから現れるのは優勝候補筆頭の聖ガラードワース学園のチーム・ランスロット!』

 

実況の声に続いて東ゲートからチーム・ランスロットの5人が出てきて、シリウスドームからは絶大な歓声が沸き上がる。

 

一方、クインヴェール専用の観戦室は静寂に包まれている。しかしこの場にいる全員の視線はステージに集中していて、尚且つ真剣な表情で食い入るように見ている。オーフェリアとシルヴィは5分前に漸く機嫌を直してくれて俺の両腕に抱きついて甘えてくる。怒ると怖い2人だが、普段はメチャクチャ可愛いんだよなぁ……

 

そんな事を考えていると解説の声が響く。

 

『大本命だけあって凄い歓声ですね。まあ5人の内4人が、前回の獅鷲星武祭に続いてチーム・ランスロットのメンバー、唯一新しく入ったガードナー選手は防御不能の純星煌式武装の聖杯こと『贖罪の錐角』の使い手ですからね。人気なのも納得ですよ』

 

『聖剣と聖杯、2つの純星煌式武装が揃ったチーム・ランスロットは過去の獅鷲星武祭で優勝を逃した事がないですからね』

 

解説と実況はチーム・ランスロットをベタ褒めしているが当然だろう。俺から見ても今回のチーム・ランスロットは今までのチーム・ランスロットに比べて一線を画しているし。

 

「しっかし敵チームは完全に萎縮してるな」

 

ステージではチーム・ランスロットとぶつかる星導館チームだが、遠目に見てもガチガチだ。特にチーム・ランスロットのリーダーのフェアクロフさんと握手しているチームリーダーなんて目が死んでるし。まあ1回戦から優勝候補筆頭と当たったんだし仕方ないが。

 

「当然でしょうね。私の予想じゃ1分以内決着がつくと思うわ」

 

フロックハートはそう言ってくるが、俺も同じ意見だ。無論チーム・ランスロットの勝利で。

 

「とりあえず『白濾の魔剣』と『贖罪の錘角』は見ておきたいな」

 

『白濾の魔剣』は任意の物だけをぶった斬り、それ以外の物をすり抜ける能力で『贖罪の錘角』は相手の精神にダメージを与え意識を吹き飛ばす防御不能の能力。どちらもデータでは見た事があるが、直で見ておきたい。

 

まあこの試合では『白濾の魔剣』はともかく『贖罪の錘角』の能力を見れる可能性は低いだろうけど。対戦相手のチームは弱いし。

 

内心チーム・ランスロットの相手チームに同情している中、試合開始のブザーが鳴る。

 

同時にチーム・ランスロットの前衛のフェアクロフさんとライオネルさんか走り出し、遊撃手のブランシャールが背中に星辰力を溜めたかと思いきや、背中から8本の光の翼を出して相手に放つ。

 

ブランシャールの光の翼は色以外は俺の影の鞭軍に良く似ている。まあ性質は全然違うけど。俺の影の鞭軍はパワーと耐久性に優れているが速度は遅く、ブランシャールの光の翼はスピード寄りのバランスタイプだからな。

 

しかしチーム戦ならブランシャールの光の翼の方が便利だろう。ステージを見るとブランシャールの光の翼は敵チームの後衛2人に降り注ぐ。

 

距離があるので当たりはしてないが、星導館チームの後衛2人は避けるので精一杯のようで、後衛の仕事である援護射撃をしていない。

 

そんな隙をチーム・ランスロットが逃す訳がなく、フェアクロフさんが『白濾の魔剣』を振るう。

 

対する星導館の剣士はクレイモア型煌式武装で防ごうとするが、途中でハッとした表情になり煌式武装を引こうとする。任意の物だけをぶった斬る『白濾の魔剣』相手に防御は意味がない事を思い出したのだろう。

 

しかし時既に遅く、『白濾の魔剣』はクレイモア型煌式武装をすり抜けて校章だけを斬り落とした。天霧の『黒炉の魔剣』もそうだが四色の魔剣って性能がぶっ飛び過ぎじゃね?

 

呆れる中、ライオネルさんがパルチザン型煌式武装を使って星導館チームのもう1人の前衛を吹き飛ばす。吹き飛ばされた前衛は轟音と共に星導館チームのチームリーダーである遊撃手にぶつかる。

 

ライオネルさんの1番の強みはケヴィンさんとの連携だが、制圧力もあるようだ。見れば2人まとめて地面を転がっている。

 

そしてブランシャールが止めとばかりに背中から翼を4本増やして……

 

『試合終了!勝者、チーム・ランスロット!』

 

星導館チームのリーダーの校章を破壊する。試合が始まってから1分弱。今大会最速の記録だろう。しかもケヴィンさんとガードナーが動く前の状態で。

 

『ここで試合終了!チーム・ランスロット、ディフェンディング・チャンピオンに相応しく圧倒的な勝利を収めた!』

 

『いやはや凄いですね。遊撃手のブランシャール選手が後衛2人の足止めを、前衛のフェアクロフ選手とカーシュ選手が同じ前衛を撃破。やってる事はシンプルですが、洗練度が恐ろしい程高いですね』

 

そう。チーム・ランスロットの恐ろしい所はそれだ。基本に忠実、それでありながら練度を限界まで高める事によって、別種の存在となっているのだ。ああいうタイプのチームは奇策で崩すのは難しいからな。

 

「やっぱり改めて見ると凄いわね……」

 

フロックハートが唸るようにこの場にいる全員の考えを代弁する。まあ選手からしたら当然の反応だろう。

 

「確かに凄いよ……でも諦めるつもりはない」

 

若宮の言葉に全員の視線が彼女に向けられる。しかし彼女は気圧される事なく言葉を続ける。

 

「5人で優勝するって誓ったんだし、願いを叶える為に頑張ろうよ!」

 

こいつは本当に主人公みたいな存在だな。馬鹿正直でお人好しで……

 

そんな若宮の言葉に全員が苦笑に近い表情を浮かべる。

 

「全く……本当に貴女は恐れを知らないのね」

 

「ですが、それでこそ美奈兎さんでしょう」

 

「そうですわね。私自身の願いを叶える為にも……!」

 

「わ、私も頑張る……!」

 

若宮のチームメイト4人はチーム・ランスロットによって失われた士気を取り戻す。瞳には恐れが無くなっていた。

 

「いやー、やっぱり私は美奈兎ちゃんのファンだね」

 

「……そうね。私としても頑張って欲しいわ」

 

俺の恋人2人も優しい笑顔を浮かべて5人を見守っていた。こんな光景を見ていると本当に勝っちまいそうだし、何処か応援したくなる。

 

そんな事を考えていると……

 

「比企谷君!」

 

若宮が話しかけてくる。このタイミングで俺に話す事があるのか?まあ無視する訳にはいかないし返事はするけど。

 

「何だよ?」

 

「本戦に上がったら忙しから無理だけど、予選の間も模擬戦に付き合ってくれないかな?」

 

「何だそんな事か?別に構わないぞ」

 

星武祭中は星露の鍛錬もないし、こいつらの実力を少しでも上げるのは悪くない選択だろう。

 

「どうもありがとう!早速だけど今夜は空いてる?」

 

おいコラ。その言い方は止めろ。お前にその気がないのを理解しても勘違いしてしまいそうだ。てかオーフェリアとシルヴィはジト目で俺を見るな。

 

「大丈夫だ。俺は基本的に暇だから」

 

俺が恋人2人の手を握りながら了解の返事をすると、オーフェリアとシルヴィはジト目を消して艶のある表情を浮かべて手を握り返してくる。チョロい、助かったぜ。

 

内心そう思いながら嬉しそうにはしゃぐ若宮を見て口元を緩めてしまう。チーム・赫夜と関わってから1年弱。こいつらとはオーフェリアやシルヴィとは別の繋がりが出来たからな。優勝するには厳しいが、出来るように最善を尽くしたいものだ。

 

俺は恋人2人の手を繋ぎながらも今後のトレーニング内容について考え始めたのだった。

 

 

尚、夜に2人に搾り取られたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

それから5日後、獅鷲星武祭7日目

 

『試合終了!勝者、チーム・赫夜!』

 

プロキオンステージにて勝利を告げるアナウンスが流れる。

 

『ここで試合終了!チーム・赫夜、本戦出場1番乗りです!』

 

『全員落ち着いて各自の仕事をこなしてますね。まだまだ余力を残しているので本戦でも良い試合が見れるかもしれませんね』

 

実況と解説の声が聞きながら俺は息を吐く。とりあえず予選ではフロックハートの感覚伝達能力や材木座特製のダークリパルサーを使用しないで勝ち進んだので最高の結果だ。可能ならチーム・ランスロットなどの優勝候補と戦うまではバレないと良いんだが……

 

「問題は明日の組み合わせか……」

 

言いながらシルヴィを見る。明日は完全休養日だが生徒会長は本戦の組み合わせのクジを引かないといけない。

 

「任せて……と、言っても私が引くのは最後だけどね」

 

シルヴィは苦笑を浮かべる。クジを引く順番は前シーズンの総合順位の高い順番ーーーガラードワース、アルルカント、界龍、レヴォルフ、星導館、クインヴェールの順。

 

つまりシルヴィは最後に引くのだが、頼むから1回戦からチーム・ランスロットを引かないでくれよ。

 

 

 

アレ?これってフラグじゃね?



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いよいよ抽選会が行われる

獅鷲星武祭8日目……

 

「じゃあ八幡君、オーフェリア。私は抽選以外にも仕事があるからもう行くね」

 

今日は選手にとっては完全休養日であり、生徒会長にとっては大事な大事な抽選会の日である。朝食を食べたシルヴィは俺とオーフェリアにそう言ってくる。

 

「ああ。気をつけてな」

 

「……頑張って」

 

俺とオーフェリアはシルヴィに応援の声をかける。一緒に行きたいのは山々だが、俺達は一般(?)生徒だし、シルヴィとの関係がバレたら面倒なので抽選会は若宮達チーム・赫夜と一緒に行く事になっている。

 

「うん。じゃあ……」

 

言うなりシルヴィは俺の方に近付き……

 

ちゅっ……

 

俺の唇にそっとキスを落とす。そして俺に蕩けた笑みを見せてからオーフェリアの方を向き……

 

「んっ……」

 

オーフェリアの唇にもそっとキスを落とす。最近になってシルヴィは挨拶のキスをオーフェリアにもするようになったのだ。まあ俺としては眼福だし、オーフェリアも嫌がらずにシルヴィのキスを受け入れているから問題ないだろう。

 

「行ってきます」

 

シルヴィは俺達に挨拶をして家から出て行った。同時に胸の内に寂しい感情が浮かび上がる。仕方ないとはいえ離れ離れになるのは寂しい。俺は日が経つにつれてオーフェリアとシルヴィを好きになっているので、離れ離れは嫌だ。だから結婚したら行動をする時は3人一緒に行動するつもりだ。

 

「さて……俺達が若宮達と合流するまでまだ時間はあるし、どうする?」

 

朝食の食卓に並ぶパンを食べてオーフェリアに尋ねると、オーフェリアは可愛らしく首を傾げる。たったそれだけの仕草なのにメロメロになってしまうとは、やっぱりオーフェリアは色々な意味で恐ろしいな。

 

「八幡と一緒なら何でも良いわ」

 

「奇遇だな。俺も同じ考えだ」

 

ぶっちゃけオーフェリアとシルヴィが居れば娯楽は必要としない。極論すれば2人と一緒にいるだけで幸せだし。

 

それはオーフェリアも同じ気持ちのようだ。しかしそうなった場合、どうすれば良いのやら……?

 

内心悩んでいるとオーフェリアが口を開ける。

 

「……じゃあ八幡、美奈兎達と会うまで八幡の膝の上に乗って良いかしら?」

 

オーフェリアがほんのりと頬を染めながらおねだりをしてくる。それに対する返事は……

 

「もちろん」

 

了承以外の返事は存在しない。俺はオーフェリアとシルヴィに甘えられるのが世界で一番の楽しみだからな。

 

「ありがとう……じゃあ」

 

言うなりオーフェリアは自分の席から立ち上がり、俺の方に寄ってきて……

 

「んっ……」

 

そのまま俺の膝の上に乗ってくる。オーフェリアの顔は俺の方を向いていて、両手が俺の背中に回された事によりオーフェリアの顔が近付き、キス寸前までお互いの顔を近付け合った。

 

「どうだ?乗り心地が悪いとか不満はあるか?」

 

「……まさか。八幡の膝の上の乗り心地が悪いわけないじゃない……んっ」

 

言いながらオーフェリアは俺の背中に回した腕の力を強めて、更に距離を詰めてから頬にキスを落としてくる。

 

「なら良かった……オーフェリア」

 

「何かしら?」

 

「改めて言うが……俺を好きになってくれてありがとな」

 

マジでこれに尽きる。オーフェリアとシルヴィを彼女にしてから毎日が楽しい。一緒に飯を食ったり、散歩をしたり、テレビを見たり、風呂に入ったり、一緒に寝たり、身体を重ねたりと色々やっているが、その全てが楽しくて仕方ない。

 

アスタリスクに来る前の俺はダラダラする事が幸せだったが、今考えるとアレは非生産的だ。

 

俺がそう返すとオーフェリアはキョトンとした表情を浮かべるが、それも一瞬で……

 

「……私の方こそ八幡にはお礼を言いたいわ。全てに絶望した私に改めて楽しい気持ちを教えてくれたり、自由にしてくれたり、思い切り甘えさせてくれてありがとう」

 

俺がアスタリスクに来た頃には想像出来ないくらい、可愛らしい笑顔を見せて俺の頬に頬ずりをしてくる。頬に柔らかい感触が伝わり、それが擦れる事で非常に気持ちが良い。

 

「どういましたして。それにしても今のお前は猫みたいだな」

 

膝の上に乗って甘えてくる、今のオーフェリアは漫画でよく見る主人に懐く猫みたいだ。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

「猫…………にゃあ?」

 

(がはあっ?!)

 

オーフェリアは首を傾げてにゃあと鳴く。は、破壊力がヤバ過ぎる……!ここにシルヴィがいたらアイツは間違いなくオーフェリアを押し倒しているだろう。しかも狙ってやっているようではなく、全然あざとさを感じない。まさに最強だ。

 

「オーフェリア、もう一回頼む」

 

思わず頼んでしまった俺は悪くないだろう。今のオーフェリアを見て興奮しない男は居ないと断言出来る。まあこんな可愛いオーフェリアを他の男に見せるつもりはないけど。

 

「にゃあ」

 

するとオーフェリアは再度鳴いてくれる。ダメだ、幸せ過ぎて死んでしまうかもしれん。

 

(……いや、これをシルヴィに見せるまで死ぬわけにはいかないな)

 

そんなアホな事を考えながら俺はオーフェリアの顎に手を添えて優しく撫でると

 

「あっ……」

 

オーフェリアはくすぐった身を捩りながらエロい吐息を漏らしてくる。マジで可愛過ぎだろ?

 

内心癒されながら俺はオーフェリアをギュッと抱きしめる。するとオーフェリアは張り合うかのように抱き返してくる。

 

 

 

その後、結局俺達は出発時間までずっと抱き合っていて他には何もしてないが、とても充実した時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「にしても相変わらずお偉いさんの話はつまらないな……」

 

「お決まりだから仕方ないわよ。観客も終盤の抽選会以外は興味がないでしょうね」

 

シリウスドームの廊下にて、ステージを見ながらオーフェリアと話し合う。ステージではお偉いさんのクソつまらない話が流れている。

 

俺達は若宮と集合するべくシリウスドームの廊下を歩いている。本来ならクインヴェール専用の観戦室に行きたいが、若宮曰くルサールカやチーム・メルヴェイユなどの他のチームがいるらしいので普通の観客席に集合することにした。

 

俺とオーフェリアがチーム・赫夜に協力しているのは有名だが、だからと言って色々聞かれるのは面倒だからな。

 

暫く廊下を歩いていると……

 

「むう、八幡にオーフェリアではないか」

 

後ろから幼女の声が聞こえてくる。俺を名前呼びする幼女なんて1人しか思いつかない。

 

振り向くと……

 

「星露か。久しぶりだな」

 

見れば界龍の序列1位にしてアスタリスク最強と評される范星露がいた。一応週に一度俺に稽古をつけてくれる人でもある。

 

「うむ。獅鷲星武祭が始まってからは儂も忙しくてのう」

 

「そりゃ生徒会長だから仕方ないだろ。つーかお前、生徒会長なのに来るのが遅くね?」

 

「……そうね。シルヴィアは1時間近く前にシリウスドームに着いたわよ」

 

まだ抽選会が始まっていないとはいえ、今の時間に生徒会長が来るのは遅いと思われる。

 

「生憎と儂はつまらない話に付き合う趣味はないのじゃ」

 

だろうな。楽しい事を最優先にするこいつがお偉いさんの話に興味があるとは思えない。

 

「ところで八幡よ。実はお主に頼みがあるのじゃが良いか?」

 

頼みだと?こいつの頼みって時点で嫌な予感しかしない。本気で戦えってか?

 

「内容次第だな」

 

とりあえずそう返すと星露は頷いて口を開ける。

 

「うむ。実はのうーーー」

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう感じじゃ。お主を鍛えた授業料としてお主も参加して欲しいのじゃよ。予定としてはアレマ辺りにも声をかけるが、色々な人間をぶつけた方が面白そうじゃしのう」

 

星露の言った内容はとんでもない内容だった。

 

簡単に言うと星露は次の王竜星武祭に向けて他所の学園の生徒を鍛える腹だ。

 

何でも若宮達を鍛えた際に玉石混交で言う玉ではなく石でも場合によっては玉に匹敵する場合もあり得ることを理解したらしい。

 

それを奇石と言うなら、星露はその奇石を磨きたくて俺をアシスタントとして雇いたいとのことだ。

 

予想外にぶっ飛んだ内容に俺もオーフェリアも絶句してしまう。マジでイかれてやがる……!

 

星露の目的は簡単に理解出来る。鍛えた後に食べるつもりなのだろう。俺に対してもしょっちゅう良い匂いを放つとか、成長したお主を食べたいとか言ってるし。

 

しかし……

 

「それ界龍から煩く言われんじゃね?噂じゃ俺を鍛えている時点で界龍は良い顔をしてないだろ?」

 

以前このバトルジャンキーは自分の弟子達や雪ノ下の母親ーーー統合企業財体の幹部の前で俺を鍛えている事を暴露したが、アレは間違いなく界龍にとっては頭の痛い話だろう。

 

しかし……

 

「そんなものは知らんのう。儂は万有天羅。ただ楽しむだけ動くだけ、それに水を差すのは何人たりとも許さんのじゃ」

 

星露は一蹴する。つくづく万有天羅の称号がデタラメである事を理解する。

 

「……とりあえず話はわかった。授業料として要求するなら俺は構わない」

 

俺は1週間に一度星露に鍛えて貰い実力を大きく伸ばしたので、授業料と言われたら逆らえないのが痛い。

 

ついでに言うと星露は王竜星武祭に向けてと言っていたし、有力選手のデータ収集も出来るかもしれない。

 

「そうかそうか。これはますます楽しみになってきたのう!」

 

年相応の笑顔を浮かべる星露だが、やってることはぶっ飛んでんだよなぁ……

 

そこまで考えている時だった。

 

『師父!何処にいるのですか?!もう直ぐ抽選会が始まりますので急いでください!』

 

唐突に星露の正面に空間ウィンドウが開きチーム・黄龍の1人である趙虎峰の焦った表情が見える。

 

「おお、もうそんな時間かえ、直ぐに向かうから少々待っておれ」

 

『頼みますよ?絶対ですからね?』

 

虎峰は何度も念押ししながら空間ウィンドウを閉じる。やはり奴からは苦労人の匂いがするな……

 

「やれやれ……では儂はこれで失礼するのじゃ」

 

そう言って星露は走り去って行った。戦う時は地響きを立てる位激しく動くのに、こんな場面で可愛らしく走っているのが意外だった。

 

「……相変わらずぶっ飛んだ奴だな」

 

「そうね……それより八幡は本当に彼女がアシスタントをするの?」

 

「一応考えているな。そいつらが王竜星武祭に出るなら対策になるし」

 

「……まあ八幡が嫌じゃないなら私はどうこう言わないわ。ただ無茶はしないで」

言いながらオーフェリアは優しく手を握ってくる。しかし表情は不安に満ち溢れている。恐らくオーフェリアは俺が腕を斬り落とされた事を思い出したのだろう。

 

それを認識すると俺自身もあの時の出来事ーーーオーフェリアとシルヴィがガチ泣きしている光景を思い出す。

 

(最悪の記憶だな……)

 

アレはマジで最悪だった。何せ腕を斬り落とされた時に感じた痛みより、2人の涙を見た時に心に感じた痛みの方が強かったくらいだし。

 

次からは気をつけないといけない。そう強く決心しながらオーフェリアの手を引っ張って歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、来た来た!遅いよー!」

 

集合場所に向かうとチーム・赫夜の5人が居て、若宮は頬を膨らませながら手を振ってくる。

 

「悪い悪い。実はさっき星露に捕まってな」

 

「星露ちゃん?何かあったの?」

 

「ああ、実は……」

 

俺はさっき星露と話した内容ーーー星露が王竜星武祭に向けて他校の有力な選手を育てる際にアシスタントをしてくれと頼まれた事を説明する。

 

同時に赫夜の5人は……

 

「それが彼女の言っていた面白い計画みたいね……」

 

フロックハートが呆れ全開の表情でため息を吐くと、フロックハート以外の4人も頷く。フロックハートの会話の内容から察するに、大分前にチーム・赫夜達にも計画を示唆していたようだ。

 

「まあな。ちなみにお前らーーー若宮かアッヘンヴァルは王竜星武祭に出るのか?」

 

若宮とアッヘンヴァルに話しかける。尚、フロックハートと蓮城寺は後方支援タイプでタイマンだと弱いし、フェアクロフ先輩は既に王竜星武祭に2度出ていて今回の獅鷲星武祭がラストの大会だから王竜星武祭には出ないだろう。

 

「私は出るかも。比企谷君やシルヴィアさんがいるから優勝は厳しいかもしれないけど、どこまで成長したか見てみたいし」

 

「わ、私はまだ決めてない……」

 

「まあゆっくり決めれば良いでしょ。そういえばオーフェリア、貴方は『悪辣の王』の所有物じゃなくなったけど、王竜星武祭には出るの?クインヴェールの諜報員として知っておきたいわ」

 

フロックハートがそんな事をハッキリと聞いてくる。対するオーフェリアの返事は……

 

「……私は多分出ないわ。三連覇には興味ないし、八幡の恋人になった以上叶えたい願いはないわ」

 

言いながらオーフェリアは俺の腕に抱きついてくる。同時にフロックハートはため息を吐き、他の4人は苦笑を浮かべるがいつもの光景なので気にしない。

 

「そうなの?それなら次の王竜星武祭は別の意味で荒れそうね」

 

「だろうな。オーフェリアが出ない以上全ての学園が優勝を狙いに行くだろう」

 

フロックハートの言っている事は正しい。オーフェリアが自由にならなかったら『オーフェリアが三連覇するか、他の人が全力でそれを阻止する』大会となるが、オーフェリアが参加しない場合『大本命が居らず優勝する確率が上がるので各学園が大量に有力な選手を注ぎ込む』大会となる。

 

それはそれでかなり荒れるだろう。何せ強い選手の中には『優勝して願いを叶える為にオーフェリアに勝てないからと違う大会に出る選手』や『オーフェリアが卒業してから王竜星武祭に出る選手』もいる。しかしそれらの選手はオーフェリアが出ないと知ったら王竜星武祭に出る可能性も高い。

 

 

「え?オーフェリアちゃんが出ないなら比企谷君やシルヴィアさんが優勝する可能性が高いんじゃない?」

 

「そうでもねぇよ。オーフェリアが居なくてもヤバい連中はゴロゴロ出てくるぞ。ウチからはロドルフォ、界龍からは暁彗に梅小路が出るらしいし、後アルルカントからは新しい擬形体が出るって噂だ」

 

まあアルルカントの新型は噂だから絶対ではないが、材木座からは奴の上司のカミラ・パレードがリムシィを王竜星武祭に出すと聞いた。

 

他にも星導館からは天霧やリースフェルトや紗々宮が出てくる可能性もあるし、クインヴェールからはシルヴィやネイトネフェル、お袋に鍛えられた猛者が出てくるだろう。

 

結局のところ、王竜星武祭はオーフェリアみたいな絶対的な強者でない限り優勝するのは困難なのだ。

 

「俺としちゃ優勝候補が適当に潰し合ってくれると助か『それではこれより明日以降の本戦の組み合わせを決める抽選会を開始いたします』……っと、いよいよだな」

 

雑談をしていたらそんな時間になっていたので俺は話を切り上げる。同時に若宮達と一緒にステージを見るとステージには6人の生徒会長が揃っていた。当たり前だが、その中にシルヴィも居る。

 

 

さてさて、変な組み合わせにならなければ良いがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

『聖ガラードワース学園、チーム・ランスロット、1番』

 

アナウンスが流れると同時に会場が沸く。当然の帰結だ。優勝候補筆頭のチームが何処に配置されるのか決まったのだから。

 

現在俺は恋人の1人であるオーフェリアと、もう1人の恋人のシルヴィの紹介で知り合ったチーム・赫夜の5人と一緒に獅鷲星武祭本戦の組み合わせを決める抽選会を見ている。

 

そして今さっき抽選会が始まり前シーズンで総合優勝をしたガラードワースの会長のフェアクロフさんが自分の所属するチームのクジを引いたのだ。

 

ステージの上にある電光板を見ると1から32の数字が表記れたトーナメント表があって、1番左ーーー1番と記された場所にチーム・ランスロットの名前が表示される。

 

「ランスロットは1番か……となるとチーム・エンフィールドとチーム・黄龍が2番か3番か4番を引いてくれたら最高だな」

 

「あり得ないけど、万が一そうなったら優勝出来るかもしれないわね」

 

俺の意見に対してフロックハートはため息を吐きながら同意して他の面々も同意する。

 

もしも俺の言った事が実現してチーム・エンフィールドが2番、チーム・黄龍が3番や4番を引いたら優勝候補トップ3が本戦早々に潰し合う展開となる。そうなれば3チームの内何処が勝ち上がっても若宮達が優勝出来る確率は大幅に上がるだろう。まあそんな都合の良い展開はないと思うが。

 

そんなにを考えながらステージを見ると、いつの間にか界龍の番になっていて……

 

 

 

 

『界龍第七学院、チーム・黄龍、32番』

 

1番右ーーーチーム・ランスロットとは真逆の位置にチーム・黄龍の名前が表示される。それはつまりチーム・黄龍がチーム・ランスロットと当たるとしたら決勝という事を意味して……

 

「……決勝に上がるにはチーム・ランスロットかチーム・黄龍に勝たないといけない」

フロックハートの悔しそうな声が空気を重くする。こうなった以上シルヴィが何処を引いても、最低で準決勝で優勝候補と当たることを意味する。いずれ当たるのはわかっていたが、改めてトーナメントに名前が埋まっていくと来るモノがあるな。

 

とはいえ……

 

(全員多少は恐れてはいても戦意は失ってないから大丈夫だろうな)

 

見れば5人とも気圧されてはいるものの目は死んでいない。真剣な表情でトーナメント表を食い入るように見ている。どうやらしごかれている間に戦闘力だけでなくメンタルも鍛えられてんな。これなら優勝候補チームと戦う際にプレッシャーに潰されて何も出来ずに負ける、とかはまずないだろう。

内心感心していると星露が界龍のクジを引き終える。それにしても……まだ6学園中3学園がクジを引き終えているが、もう半分以上埋まっている。

 

本戦に出場するチームは全部で32チームだが、獅鷲星武祭に強いガラードワースと、どの星武祭でも安定した結果を出す界龍は相当優秀だ。

 

何せガラードワースは10チーム、界龍は9チームも本戦に出場しているのだ。他の4学園はアルルカントは4チーム、レヴォルフは2チーム、星導館が3チーム、クインヴェールが4チームである事からその凄さは嫌でも理解出来る。

 

まあ強いチームが多いかと聞かれたら微妙だが。少なくともガラードワースのチームでチーム・赫夜に勝てるのはチーム・ランスロットとチーム・トリスタンぐらいだろうし。

 

そんな事をノンビリと考えながらステージを見るとディルクが初日に若宮達と問題を引き起こしたチーム・ヘリオンのクジを引いて25の番号を引くと、エンフィールドがディルクと入れ替わって壇上に上がりクジを引く。さあ、どうなるか……

 

ステージに沈黙が続く中……

 

『星導館学園、チーム・エンフィールド、17番』

 

チーム・エンフィールドの文字が17番に表示される。つまりチーム・黄龍とは当たるとしたら準決勝で当たる事になる。

 

そんな中、エンフィールドは他の2チームのクジを引き壇上から降りる。いよいよ最後、クインヴェールの生徒会長のシルヴィがクジを引くが……

 

「シルヴィが23番を引いたら優勝は無理だろうな」

 

「でしょうね」

 

俺の独り言にフロックハートが頷き、オーフェリアや若宮達も頷く。現在28チームのクジを引き終えて残っている番号は6と15と16と23だ。

 

6を引いたら準々決勝でチーム・ランスロットと当たり、15か16を引いたら本戦1回戦で同じクインヴェールのチームと当たり準決勝でチーム・ランスロットと当たるが、23を引いた場合……

 

「準々決勝でチーム・エンフィールドと、準決勝でチーム・黄龍……そして決勝まで上がってくると思われるチーム・ランスロットの3連戦……確かに八幡さんの言う通りですわね」

 

フェアクロフ先輩の言う通りだ。23を引いたら準々決勝以降優勝候補3連戦という地獄が待っている。これについては本気で優勝を目指している赫夜のメンバーも認めてしまっているが仕方ないだろう。

 

チーム・赫夜にとっては、シルヴィがチーム・赫夜のクジを15か16の番号を、ルサールカが23を引いて、チーム・メルヴェイユが6を引けば最高の結果だろう。

 

クインヴェールから本戦に出場する4チームの内1チームはそこまで強くないチーム。そのチームが15を、チーム・赫夜が16を引けば本戦1回戦でそのチームと当たりチーム・赫夜が勝つだろう。以降は準決勝まで優勝候補とは当たらずに済む。てか23を引かなければ大丈夫だ。

 

ステージを見るとシルヴィがルサールカのクジを引き……

 

『クインヴェール女学院、チーム・ルサールカ、23番』

 

良し、最悪の事態は免れたな。ルサールカが準々決勝でチーム・エンフィールドを倒してくれたら尚ありがたい。ルサールカの持つ純星煌式武装なら可能性も充分あり得るし。

 

内心ヒヤヒヤしながらもステージを見るとシルヴィが次のクジを引き……

 

『クインヴェール女学院、チーム・赫夜、15番』

 

チーム・赫夜の名前が15番と表示された場所に記される。これで後2チーム。

 

「これでチーム・メルヴェイユが6番なら準決勝まで優勝候補筆頭クラスチームとは当たらないな」

 

まあ準々決勝でチーム・トリスタンとは当たるが、チーム・ランスロットとかに比べたらずっとマシ『クインヴェール女学院、チーム・メルヴェイユ、16番』……やっぱそう都合良くはいかないか。

 

「1回戦からサンドラのチームと……?!」

 

アッヘンヴァルが驚きの声をあげる。そういやこいつ、鳳凰星武祭ではメルヴェイユのリーダーと組んで参加したんだったな。

 

その後チーム・赫夜は模擬戦でチーム・メルヴェイユと戦って勝ったが……

 

「わかってると思うが、明日戦う時はチーム・メルヴェイユは相当に燃えてるぞ」

 

「ですね。あの試合も、向こうがこちらを舐めていたから勝てた試合ですし」

 

俺の言葉に蓮城寺及び赫夜の4人が頷く。

 

前回はチーム・メルヴェイユのリーダーのサンドラ・セギュールがアッヘンヴァルを嬲ることを優先していて、隙が多かった勝てたのは間違いない。

 

そんな彼女からしたらあの試合は屈辱以外の何物でもなく、明日の試合では一切の慢心無く死に物狂いで挑んでくるだろう。

 

すると……

 

「……でも美奈兎達なら勝てる」

 

オーフェリアが小さい声で、それでありながら力の籠った声でそう呟く。その声は小さい声ながらも全員の耳に強く届いた。

 

俺としては他人に興味ないオーフェリアがそういうことを言うのが驚きであり嬉しくもあった。

 

「そうだよね!優勝を目指す以上勝たないと!」

 

若宮は希望に満ちた表情を浮かべながらもガッツポーズをする。こいつは本当に……以前49連敗をしたからか、何としても願いを叶えたいからか知らないが諦めるって言葉を知らないな。コイツはアレか?超高校級の希望ってヤツか?

 

「全く……美奈兎は相変わらずね」

 

「へ?何が?」

 

フロックハートの言葉に若宮は頭に疑問符を浮かべるも、俺を含めた他の5人も苦笑を浮かべてしまう。狙ってやっている訳ではないのにチームの士気を高めるのは相変わらずっちゃ相変わらずだ。

 

「気にすんな。それより抽選会も終わったしこれからどうする?明日に備えて軽くトレーニングでもするのか?」

 

「そのつもりね。私としては八幡に明日戦うサンドラのグレールネーフ対策の練習に付き合って欲しいわ」

 

グレールネーフはクインヴェールが所有する純星煌式武装で水を操る能力を持つ。その能力で水の龍を生み出して飛ばしたり、地面に水を広げてから相手を捕まえるなど多彩で、俺の能力に似ている。

 

だから俺がその様な戦法を使えばチーム・赫夜のメンバーはサンドラ・セギュールとの仮想戦闘が出来るという事だ。赫夜からしたら利用しない手はないだろう。

 

「別に構わないぞ。やるならさっさと行こうぜ。観客達に巻き込まれたら堪らないし」

 

既に抽選会は終わったので観客達も席から立ち上がっているか観客の群に呑まれたら面倒だ。赫夜のメンバーは本戦出場を決めていて有名だし。

 

俺がそう言うと全員が頷いたので立ち上がり観客席を後にする。そして廊下を早歩きで歩き、エレベーターがある場所に向かうと……

 

 

 

 

 

「ん?馬鹿息子に義理の娘に可愛い生徒達じゃん」

 

視線の先にはお袋がチーム・メルヴェイユの5人を連れて立っていた。向こうは一瞬キョトンとした顔を浮かべるも、警戒した表情を浮かべる。まあ予想の範囲内だ。

 

てか、お袋よ。抽選会の時でもジャージ姿で酒瓶を片手に持ってんのかよ……割と恥ずかしい。

 

「ようお袋。お袋はクインヴェールの観戦室で見ていたのか?」

 

「まあな。それにしても本戦1回戦から同校同士の潰し合いなんて最悪だぜ。勝ち上がれば勝ち上がる程特別手当が貰えるってのに……」

 

「いやお袋、星武祭2回優勝したんだし、金なんて腐る程あるだろ?」

 

「わかってねぇな馬鹿息子。金を稼ぐのは楽しいだろうが」

 

「生憎と金を使う事に愉悦を感じる事はあっても、金を稼ぐことに愉悦を感じる事はないんでな。まあ安心しろ。チーム・赫夜が優勝すればお袋の懐に大量の特別手当が入るから」

 

俺がそう口にすると空気が一段重くなる。当然だろう。それはつまり目の前にいるチーム・メルヴェイユに対して暗に『お前達は明日負ける』と言っているようなものだからな。

 

「本気でそんな事を思っているのかしら、『影の魔術師』?」

 

するとチーム・メルヴェイユのリーダーであるサンドラ・セギュールが一歩前に出てくる。表情には信じられないと言った色がありありと出ている。

 

「何がだよ?」

 

「百歩譲って私達に勝つ事が出来たとして……準決勝でチーム・ランスロット、決勝で上がってくるであろうチーム・エンフィールドかチーム・黄龍にチーム・赫夜が勝てると本気で思っているの?」

 

「俺は勝てると思ってるぜ。3パーセント位だけど」

 

可能性は低いが0ではないと思っている。俺の見立てじゃチーム・赫夜が優勝出来る確率は、5パーセント以上はあり得ないが1パーセントは超えていると思っている。

 

「随分と評価しているわね」

 

「何だかんだ半年近く面倒を見たからな」

 

まあ実際は1年近くだが、世間ではお袋がクインヴェールに就任して以降に面倒を見始めた事になっているから嘘を吐く。

 

「と言っても俺は選手じゃないし、試合前にどうこう言ってもガキの喧嘩だからな。若宮達が優勝出来るかどうかはお前ら自身が判断すれば良い」

 

「……そうね。まあ私達からしてもあの屈辱を晴らす良い機会だわ」

 

言いながらサンドラ・セギュールは視線を俺からチーム・赫夜の方に向ける。その目には怒りの色が混じっており慢心の色は一切ない。まあ勝てる試合で舐めプして負けたからなぁ……

 

「そうですわ!あの敗北の屈辱は1日たりとも忘れてなんていませんわ!明日は比企谷先生に何度も何度も地面に叩きつけられて強くなった私達の実力にビビらせて、完膚なきまでに叩き潰してやがりますわ!」

 

するとチーム・メルヴェイユの後衛担当の『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグが真っ赤になりながら目を吊り上げて若宮達を指差す。叩き潰してやがりますわって、本当にお嬢様なのかこいつ?

 

 

 

対してチーム・赫夜は……

 

「うん!よろしくね!私達も比企谷君に何百回もボコボコにされて強くなったから簡単には負けないよ!」

 

「ちょ……?!軽すぎじゃありませんの?!」

 

純粋な若宮が馬鹿正直にそう返すとワインバーグは拍子抜けした表情を浮かべる。1年付き合ってわかったが、若宮に皮肉は通用しないぞ?

 

そんな事を考えていると……

 

「ほれほれ。口喧嘩すんな。明日の試合に備えて最後のトレーニングをしろって頼んできたのに口喧嘩してどうすんだー?」

 

お袋が両手をパンパン叩きながらチーム・メルヴェイユに話しかける。

 

「そうですね。失礼しました。ではクインヴェールに戻りましょう」

 

サンドラ・セギュールがそう口にするとお袋が頷いてから若宮達を見てくる。

 

「って、訳で悪いねチーム・赫夜。今日はチーム・メルヴェイユが先に私を予約をしているんで、最後のトレーニングをするならそこの馬鹿息子を使ってトレーニングしてくれ」

 

カラカラ笑いながらお袋はチーム・メルヴェイユを連れて去って行った。ワインバーグだけは未だに喚きながら。

 

「やれやれ……そんじゃあ俺達はクインヴェールじゃなくて中央区のトレーニングジムでやるぞ」

 

クインヴェールは遠いし、本戦前に俺が見つかったら面倒極まりないからな。

 

俺がそう口にすると全員が頷いたので、俺達はお袋達が歩き去った反対方向に向かって歩き出す。

 

 

 

 

 

いよいよ明日から本戦が始まる。予選のようなお遊びみたいな戦いではなく正真正銘の激戦が。



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いよいよ本戦が始まる

「ほれほれ、1発も食らうなよー?」

 

言いながら俺は周囲に黒い龍を12体生み出して前方ーーー若宮に飛ばす。対する若宮は最初の2体をジャンプで躱して……

 

「”螺鉄”!」

 

空中で回転しながら次に来る3体の首を飛ばして……

 

「”転槌”!」

 

次に向かってきた3体の首に両肘を叩き込む。それによって7体の龍は戦闘不能になるが……

 

「うわぁっ!」

 

その体勢から守りに入るのは無理みたいで生き残った2体の龍が若宮に頭突きをぶちかます。それによって若宮は地面に倒れ伏すので……

 

「王手、記録は8体な」

 

残る4体の影の龍を若宮の首に突きつける。

 

「8体か……出来れば10体倒したかったなぁ……リザイン」

 

若宮は悔しそうにしながらも笑い、校章に手を当てて負けを認める。

 

『間もなくトレーニングステージ終了の時間です』

 

同時にそんな機械音声が聞こえたので俺は息を吐いて自身の能力を解除して若宮から離れると、オーフェリアがスポーツドリンクを2本持ってくる。

 

「……お疲れ様」

 

「サンキューオーフェリア」

 

「ありがとうオーフェリアちゃん!」

 

礼を言ってスポーツドリンクを一気飲みする。同時に体内にヒンヤリとした感触が生まれて心地よくなる。やはり運動後のスポーツドリンクは最高だ。

 

そこまで考えているとオーフェリアに続いて若宮以外のチーム・赫夜の4人もやってくる。

 

「美奈兎は8体だからソフィア先輩の10体が最高ね」

 

「ふふん」

 

フロックハートの言葉にフェアクロフ先輩がドヤ顔を浮かべて胸を張る。同時に豊満な膨らみがプルンと揺れるので目を逸らすと、オーフェリアがジト目で俺を見ていた。これについては不可抗力だから勘弁して欲しい。

 

「まあ戦闘向きじゃないフロックハートと蓮城寺も4体なら対抗出来たし、問題ないだろ」

 

チーム・赫夜は次の試合で戦うチーム・メルヴェイユのリーダーのサンドラ・セギュール対策として、俺を仮想サンドラとして対策を練っていたのだ。

 

サンドラ・セギュールの二つ名は水龍。純星煌式武装『グレールネール』の使い手で、二つ名からわかるように水の龍を武器として戦うスタイルだ。

 

だから俺がサンドラ・セギュールの記録を見て学習した後に、チーム・赫夜のメンバー1人ずつとサンドラ・セギュールのスタイルで相手をしたのだ。

 

影の龍を駆使して戦闘した結果、若宮は8体の龍を相手に出来てフェアクロフ先輩が10体、アッヘンヴァルが6体、影の龍を撃退出来た。

 

「そうね。データを見る限りサンドラ・セギュールが同時に操れる龍は最大で6体。前衛2人と遊撃手の3人なら問題ないでしょう」

 

ついでに言うと戦闘向きでないフロックハートと蓮城寺も4体までなら対処出来ている。これも鍛錬の賜物だろう。

 

「だな。さて……トレーニングステージの終了時間だし出るぞ。お前らは明日に備えてゆっくり休めよ?」

 

俺の見立てだとチーム・赫夜がチーム・メルヴェイユに勝つ確率は6割前後。可能性としては充分だが、赫夜のメンバーのコンディションが悪かったりしたら普通に可能性は下がるだろう。試合前の睡眠は大切だ。

 

『はい!』

 

全員が了承の返事をしたので、俺はスポーツドリンクを飲み干してから6人を連れてトレーニングステージを後にした。

 

 

 

 

 

 

若宮達と別れた俺とオーフェリアは自宅に向かって歩くこと10分、視界の先に我が家が見える。窓からは明かりがついているので、もう1人の恋人のシルヴィが家に帰っている事を意味している。

 

「早くシルヴィに会いてぇな……」

 

「……そうね」

 

オーフェリアも同じ意見だったようだ。可愛らしく頷いて足を速める。

 

そして俺達が家の前に着いたので鍵を開けると、奥の方からドタバタと足音が聞こえてきて……

 

「おかえり八幡君、オーフェリア」

 

シルヴィが可愛らしい笑顔を浮かべて俺達に抱きついてくる。同時に今日も無事に終わったと安堵の気持ちで一杯になった。やはりシルヴィはマジで癒しだな。

 

とりあえず先ずは……

 

「「ただいま」」

 

帰りの挨拶をしないと、な。

 

 

 

 

 

 

 

帰宅した俺達はシルヴィの愛情の篭った美味しい夕食を食べ、3人一緒に風呂に入り……

 

 

 

「ほれほれ。本当にオーフェリアは可愛いなぁ」

 

「うんうん。こちょこちょ〜」

 

「にゃぁ……にゃあ〜」

 

俺とシルヴィは猫と化したオーフェリアを思い切り可愛がっている。

 

ベッドの上で俺は猫耳をつけたオーフェリアの顎を撫でて、シルヴィはオーフェリアの脇をこちょこちょする。対するオーフェリアは顔を赤くして可愛く鳴いている。

 

夕食の最中に俺は朝のオーフェリアとのやり取りを話した結果、シルヴィは興奮して私もやりたいと言ってきたので風呂から上がってから1時間、俺とシルヴィは猫と化したオーフェリアを愛でまくっている。

 

対するオーフェリアも恥ずかしそうに身を捩るも俺達の愛撫に逆らわず、受け入れてくれるので嬉しく思う。

 

暫くの間、そんな時間を過ごしていると……

 

pipipi……

 

アラーム音が部屋に鳴り響く。同時にオーフェリアは顔を真っ赤にしながらも起き上がり……

 

「……時間よ。猫になる時間はここまでにしてもう寝ましょう」

 

言いながら布団をかける。気の所為か拗ねているように見える。それを見た俺とシルヴィは苦笑して……

 

「「ああ(うん)。おやすみ、オーフェリア」」

 

ちゅっ……

 

3人一緒にキスをしてオーフェリアに続いて布団をかけて、オーフェリアを抱きしめる。

 

「んっ……八幡、シルヴィア……」

 

いつのはオーフェリアとシルヴィが俺を挟んで抱きついてくるが、今回は俺とシルヴィの間にオーフェリアを挟んでいる。偶には並び方が違うのも悪くないだろう。

 

俺は幸せの気分のままオーフェリアを抱きしめ続けた。誰かの温もりがあるという事に対して幸せを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅鷲星武祭9日目

 

いよいよ今日から本戦が始まる。本戦は予選と違って有力ペア同士が激突する。また使用ステージも予選と違ってシリウスドームを始めとした大型ステージのみなので観客のボルテージも上がるのも必然だ。

 

「相変わらずシリウスドームは糞混んでるな」

 

「仕方ないわよ。チーム・ランスロットやチーム・エンフィールドも同じシリウスドームで戦うんだから」

 

俺はオーフェリアと2人で廊下を歩いている。シルヴィは朝から仕事で早く家を出たが、試合は一緒に見る予定だ。

 

チーム・赫夜の本戦1回戦、つまり4回戦はシリウスドームで行われる。まあチーム・ランスロットやチーム・エンフィールドの前座だと思うが。チーム・赫夜が優勝出来る可能性を秘めているとはいえ新前である事には変わりないからな。

 

「試合までまだ少しだけ時間があるし、弁当でも買っとこうぜ」

 

「そうだね。じゃあ……ん?」

 

「どうしたオーフェリア?」

 

「アレ……」

 

アレ?オーフェリアが指差した方向には……

 

(お袋にガラードワースの面々?てかお袋は葉山に何をやってんだ?)

 

俺のお袋が葉山に話しかけていた。見れば葉山は顔を青くしていて、大半のガラードワースの生徒は距離を取っていた。

 

距離を取ってないのはチーム・ランスロットの面々だけた。フェアクロフさんが困ったような呆れたような表情を浮かべて、ブランシャールが腹に手を当てている苦しんでいるように見えるのが印象的だった。

 

何か嫌な予感しかしないな……

 

そう思いながらも放置することが出来ず俺は集団に近寄る。

 

「お袋、この状況は何なんだ?」

 

俺が話しかけると、その場にいた全員が俺とオーフェリアを見てくる。

 

「やあ比企谷君にミス・ランドルーフェン」

 

対するガラードワースのリーダーのフェアクロフさんは苦笑を浮かべながら挨拶をしてくる。

 

「どうもっす。そんでこの状況は何なんですか?お袋が迷惑をかけたんですか?」

 

一応お袋とチーム・ランスロットの面々は俺が入院した時に面識があるのだが……

 

疑問に思いながら俺が質問をすると……

 

「大したことじゃないよ。そこにいる金髪のガキに何でウチの苗字をわざと間違えてヒキタニ呼びしているのか理由を聞いてるだけだよ。言っとくが暴力は振るってないぞ?」

 

お袋がそう答えるが、暴力を振るわないのは当然だからな?振るったらクインヴェールにペナルティが降るからな?

 

しかし……

 

「てっきり予選の時に揉めた事についてかと思ったぜ」

 

あの時は俺とフォースターが挑発し合って、葉山が俺の胸倉を掴んできた。てっきりその話だと思っていたが違うようだ。

 

「その件についてはさっきアーネストちゃんから聞いたが特に文句はないよ。ガキ同士の口喧嘩に第三者のガキが暴力を振るうことについてなんてレヴォルフじゃ日常茶飯事だし、一々目くじらを立てるつもりはないよ」

 

流石お袋。随分とあっけらかんとしてやがる。

 

「そうかよ……とりあえずフェアクロフさん。予選の時には騒動を起こして済みませんでしたね」

 

俺はフェアクロフさんに頭を下げる。過程はどうであれ、あの件はガラードワースのリーダーであるフェアクロフさんに迷惑をかけたのは間違いないからな。

 

「いや、先に挑発したのはエリオットだし、隼人については完全にこちらが悪いからね。寧ろガラードワースのリーダーとして、僕の方が謝るべきだよ」

 

言いながらフェアクロフさんが頭を下げてくる。それによってガラードワースの面々を始め、周囲の人間から騒めきが聞こえる。

 

まあ当然だろう。ガラードワースとレヴォルフは方針の違いから基本的に仲が悪い。にもかかわらずガラードワースのNo.1とレヴォルフのNo.2が互いに頭を下げているのだ。側から見たら異様な光景だろう。

 

「いえいえ。俺がフェアクロフ先輩ーーー妹さんと関わっていて、フェアクロフの家にも迷惑をかけてますし」

 

ネットでもその話題が割と有名だ。フェアクロフの家の品格云々と書かれた記事もあるくらいだし。

 

「まあネットではそんな記事もあるね。でも気にしなくても良いよ。少なくとも僕達チーム・ランスロットやソフィアは君が悪い人じゃないのは知っているしね」

 

フェアクロフさんは軽く笑いながらそう言ってくる。チーム・ランスロットの面々を見れば小さく頷いている。同時に他のガラードワースの面々から嫉妬に塗れた視線を向けられるが気にしない事にしよう。

 

そこまで考えていると……

 

 

 

 

 

『さあ!観客席のテンションが上がる中、第1試合のチーム・赫夜とチーム・メルヴェイユの試合まで15分を切りました!私自身今日から始まる本戦に胸が躍っております!』

 

『今年のクインヴェールは中々有望なチームが多いですからね。実に楽しみであります』

 

実況と解説の声がシリウスドームに響き渡る。どうやらかなり時間が経過していたようだ。

 

「おっと……もう時間か。んじゃフェアクロフさん、俺達はこれで。お袋、クインヴェールの観戦室に案内頼むわ」

 

俺がそう口にするとお袋が頷く。

 

「はいよー。じゃあアーネストちゃん。またなー、可能なら今度一戦やろう「却下ですわ!ガラードワースは決闘禁止ですわ!」ちぇー」

 

お袋が人懐っこい笑顔を向けてフェアクロフさんに勝負の約束をしようとしてくるがブランシャールの横槍が入る。予想はしていたがやはりお袋はバトルジャンキーだ。

 

「はははっ……そういう訳なので。決闘については僕が卒業してから誘ってください」

 

フェアクロフさんは苦笑しながらそう返す。まあ卒業した後なら戦うのは自由だし、『白濾の魔剣』も手放しているから問題ないだろう。

 

「おっ、言ったな。そん時を楽しみにしとくぜー……んじゃ行くぞ馬鹿息子に義理の娘よ」

 

「はいよ。てか俺達弁当買いたいんだが」

 

「あー、じゃあ先に売店に行くか」

 

お袋はそう言って歩き出すも直ぐに足を止めて……

 

「あ、そうそう。最後に言い忘れてたけど……」

 

お袋はこちらを振り向いて葉山を見て……

 

「アンタがウチの息子の何が気に入らないのか知らないけど、アンタが息子に勝っているのはルックスだけだから、ヒキタニ呼びして見下すような行為は止めといた方が良いぜー……ヨウザン」

 

最後に爆弾を落とした。おい……

 

「俺は葉山です……!」

 

対する葉山は怒りを露わにするも……

 

「あ、悪りー悪りー間違えた。わざとじゃないから」

 

軽く笑って歩き去って行った。いや絶対にわざとだろ?

 

するとオーフェリアはガッツポーズをしてから……

 

「……次に八幡を見下したら許さないから……葉虫」

 

葉山を見てから同じような事を言って去って行った。この2人は全く……

 

「お袋と恋人が失礼しました。正式な謝罪については後日菓子折りを持って改めて……」

 

内心ため息を吐きながらフェアクロフさんに頭を下げて2人に続いた。とりあえず売店に胃薬が売っていたら胃薬も買っておこう。

 

そう思いながら俺はガラードワースの面々に背を向けて2人に追いつこうと早歩きで歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ……!どこまでも俺を馬鹿にして……!」

 

「自業自得じゃないですの。確かに『狼王』とオーフェリアの言動には問題がありましたか、そもそもの発端は貴方が比企谷八幡の苗字をワザと間違えていた事ではないですの?」

 

「それは……」

 

「お願いですからこれ以上の問題は起こさないでくださいまし。はぁ……控え室に行く前に胃薬を買いたいですわ……」

 

「くっ……!(王竜星武祭では覚えていろよ)」

 



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チーム・赫夜VSチーム・メルヴェイユ(前編)

「おーす……って、ペトラちゃんもシルヴィアちゃんもいるじゃん」

 

クインヴェールの専用の観戦室に入ると、恋人の1人であるシルヴィとマネージャーのペトラさんが座っていた。

 

「あ、お義母さんに八幡君にオーフェリア、いらっしゃい」

 

シルヴィが笑顔で手を振ってくる。可愛いなぁ……ここが家だったら今直ぐ抱きついて甘えている自信がある。

 

「もう直ぐ試合だというのに随分と遅かったですね。何かトラブルがあったんですか?」

 

「んー?ちょっと葉虫に捕まっただけ」

 

「は?」

 

お袋の返事にペトラさんは訝しげな表情を浮かべる。シルヴィも何がなんだがわからない表情を浮かべている。

 

「まあ大したトラブルじゃないから気にしなくて良いよー」

 

対するお袋は話を切り上げようとするが、賛成だ。葉山の話をしたらペトラさんはともかく、シルヴィが不機嫌になるかもしれないし、オーフェリアが再度ブチ切れる可能性も0じゃないし。

 

そんな事を考えていると……

 

『さあいよいよ時間です!今日から始まる本戦!どのようなエピソードが生まれるのか?!先ずは東ゲートから現れるのはクインヴェール女学院のチーム・赫夜!』

 

実況がそう言うと東ゲートから若宮達5人が出てくる。同時に観客席からは大歓声があがる。チーム・赫夜は予選で他のチームを寄せ付けなかった事からかなり期待されている。加えて5人全員が容姿端麗だ。大歓声が上がらない方がおかしいだろう。

 

大歓声が上がる中、5人の様子を見ると……

 

(多分大丈夫だな。見る限り悪くないコンディションだ)

 

様子を見る限りしっかりと睡眠を取ったからか体調は万全のように見える。多少の緊張も見えているが、試合には差し障らないレベルだろうから問題ない。

 

『対する西ゲート!同じくクインヴェール女学院のチーム・メルヴェイユー!』

 

西ゲートからはリーダーのサンドラが4人を連れて悠然と歩いている。しかし遠目でもわかる。連中には微塵も慢心を感じない。

 

『チーム・赫夜とチーム・メルヴェイユは一度模擬戦をしてますね。当時はチーム・赫夜が勝ちましたが……』

 

『それは1年前ですし、当時のチーム・メルヴェイユは油断していたのでありますし、参考にはならないでしょう。昨日両チームの記録を復習しましたが、両チームとも1年前に比べて格段に実力を上げてますし』

 

『やはり『狼王』や『孤毒の魔女』、『影の魔術師』の指導が彼女らを強くしたのか?!両チームステージの上にて、睨み合っております』

 

大歓声が上がる中、ステージではチーム・赫夜とチーム・メルヴェイユのメンバー、計10人が向かい合っている。特にメルヴェイユのワインバーグ辺りは相も変わらずヒステリックに何かを叫んでいる。毎度思うが奴は本当にお嬢様なのか?

 

てか実況よ、俺がチーム・赫夜の面倒を見たのは事実だが、お袋はともかく俺が居なくても奴らは伸びたと思うぞ?

 

そんな事を考えていると……

 

『さあ!いよいよ開始時間が迫っております!5回戦に1番乗りで進出するのはチーム・赫夜か?!それともチーム・メルヴェイユか?!』

 

実況の声が響く中、ステージにいる10人は各々のチームの待機場所に移動する。

 

「いよいよか……頑張れよ」

 

「……大丈夫。美奈兎達なら勝つわ」

 

俺とオーフェリアがそう呟く中、シルヴィは苦笑を浮かべ、お袋はカラカラ笑いながら酒を煽る。

 

「私は生徒会長だから八幡君とオーフェリアと違って片方だけ応援するのは無理だなー」

 

「ま、私としてはどっちが勝っても給料が上がるしな。どっちも頑張れー」

 

「そうですね。どちらが勝つかはわかりませんが、可能なら準決勝までは頑張って欲しいものです」

 

クインヴェールの生徒会長と教師と理事長は中立の立場故に片方だけ応援するような言動は取らない。まあ当然だろう。彼女らの立場からしたら仕方ないことだ。

 

 

 

そうこうしている間に……

 

『獅鷲星武祭4回戦第1試合、試合開始!』

 

試合開始の合図がステージに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『獅鷲星武祭4回戦第1試合、試合開始!』

 

試合開始の合図が鳴り響く。

 

「さあ、行きますわよ!」

 

1番初めに動いたのはチーム・メルヴェイユのヴァイオレットだった。自身から星辰力を生み出して能力を発動する。万応素がヴァイオレットの周囲で渦を巻くと虚空から16の砲弾が生まれてチーム・赫夜に向かって飛ぶ。

 

対してチーム・赫夜は……

 

「半分は撃ち墜とします」

 

柚陽がそう呟きながら弓型煌式武装を起動して、手元に8本の矢を浮かばせて即座に射る。放たれた8本の矢はヴァイオレットの飛ばした砲弾とぶつかり、爆発音を生み出しながら相殺される。砲弾はまだ8発残っているが……

 

「これくらいなら……」

 

「避けれますわ!」

 

「大丈夫……!」

 

前衛の美奈兎とソフィアと遊撃手のニーナは前方に走り、着弾直前に高くジャンプする事で爆風から逃れる。絶対的な強者である星露の攻撃を受けた3人からしたら8発の砲弾など牽制にすらならない。

 

地面に着地すると美奈兎の前には序列12位のパドマが、ソフィアの前には17位のスバシニが、ニーナの前には22位のディヴィカがやって来ていた。その後ろではチームリーダーのサンドラが純星煌式武装『グレールネーフ』を起動して水の龍を生み出していた。

 

すると……

 

『向こうはサンドラが前衛のセティ三姉妹を援護するつもりね。初めに前衛3人を倒す予定だったけど、作戦変更よ。美奈兎はパドマを相手をして。ソフィア先輩はスバシニとディヴィカを足止め、私と柚陽でヴァイオレットの砲撃を食い止めるから、ニーナはサンドラの相手をして。今の貴女なら勝機はあるわ』

 

クロエが能力を使用して4人に指示を出す。それに対して4人は口に出さず、クロエの頭に直接了解と返事をしながら動き出す。

 

 

初めに動いたのはパドマだった。

 

「この前の借りは返してやるぞ!」

 

怒号と共に三叉矛型煌式武装を構えてから神速の一撃を放ってくる。以前に戦った時よりも一段と速度が上がっている。

 

 

しかし……

 

「はぁっ!」

 

今の美奈兎には見切れる速さである。突きを放ってくると同時に身体を逸らして、突きを回避するや否や矛の横っ腹を殴り飛ばしてパドマの手から武器をはたき落とす。

 

「ほう!」

 

そして美奈兎は軽く目を見開くパドマに追撃を放つべくナックル型煌式武装を振るうも……

 

「甘い!」

 

次の瞬間、パドマは身を低くして右拳を回避すると返す刀で美奈兎の腹目掛けて回し蹴りを放ってくる。

 

「くっ……」

 

何とか左拳で蹴りを防ぐが予想以上の衝撃に思わず後ずさする。同時に体勢を立て直すものの、パドマは既に自身の得物を拾って構えていた。

 

「……なるほどな。見切りに加えて、それに対応出来るレベルまで身体能力の向上……どうやら比企谷八幡に相当しごかれたようだな」

 

パドマは槍を構えながらも、舌舐めずりが似合うような不敵な笑みを浮かべ美奈兎を見据える。しかし構えには微塵も隙が見当たらない。

 

「まあね。そっちこそ体術を使うようになったんだ。知らなかったよ」

 

「公式序列戦では一度も使ってないからな、知らないのも当然だろう……さて、続きをやろうか」

 

言うなりパドマは再度突きを放ってくるので美奈兎は迎え討つべく迎撃の構えを見せた。

 

 

 

 

美奈兎がパドマと戦闘が始まると……

 

 

「はっはっはー!行っくぞー!」

 

ディヴィカが高笑いをしながらハンマー型煌式武装をニーナに振るうが……

 

「(大丈夫、これなら躱せる……!)やあっ!」

 

当たる直前に右に少しだけジャンプをして回避する。同時にディヴィカのハンマー型煌式武装が地面に当たり、地面から衝撃が生まれる。

 

 

……が、直撃していないニーナは特に気圧されることなく、サンドラの方に向かう。ニーナがクロエに与えられた仕事はサンドラとの戦闘。故に他の人と戦っている暇はない。

 

「サンドラの元には行かせな「させませんわ!」おおっ!」

 

ニーナに追撃をしようとしたディヴィカだったが、その前にソフィアがディヴィカのハンマー型煌式武装に突きを放ち、ディヴィカの手から武器を引き離す。

 

普通ならここで追撃を仕掛けるが……

 

「はあっ!」

 

それはあくまでタイマンの時の話だ。ディヴィカだけでなくスバシニに相手も頼まれていたソフィアは無理に追撃をせず、スバシニの短刀型煌式武装による一閃をサーベル型煌式武装を駆使して受け流す。

 

「ニーナさん!行ってくださいまし!」

 

ソフィアは短刀型煌式武装による一閃を防がれて攻め方を変えたスバシニの蹴りを後ろに跳んで回避しながらニーナに叫ぶ。

 

「わかった、ありがとう……!」

 

「行かせないったら「貴女の相手は私ですわよ!」くぅぅぅ!先にお前からだ!」

 

ディヴィカは再度ニーナに追撃を仕掛けようとするが、再度ソフィアに邪魔され、苛立ちながらも狙いをソフィアに変えて動き出す。

 

それによってニーナは必然的にフリーとなり……

 

「サンドラ……!」

 

「来たわね、ニーナ……!」

 

かつて鳳凰星武祭の時に組んだ相手と向き合う。対するサンドラは前回相対した時と違って一切の慢心が見えず、鋭い視線をニーナに向けながら自身の周囲に6体の水の龍を生み出す。

 

鳳凰星武祭の時は彼女の指示に従えずに敗北。その後に切り捨てられた所をチーム・赫夜に拾われてチームに入った。

 

入った当初ニーナはサンドラに対して認めて貰いたい気持ちや恐怖心があったが、今のニーナには無かった。

 

ーーーやったね、ニーナちゃん。最後の一撃、本当に凄かったよーーー

 

ーーーお前は期待値がデカいんだし、もう少し自信を付けろ。そうすりゃお前のチームの総合力は飛躍的に伸びるぞーーー

 

頭に過るのは自分をチームに誘ってくれた掛け替えのない友人の笑顔と、癖の強い自分の能力について真摯に考えて面倒を見てくれた少しエッチな変わり者の師匠の言葉。

 

「(美奈兎と一緒に戦っている時に、八幡が見ている中で無様な試合をする訳には行かない……!)」

 

そう思いながらニーナは星辰力を練り上げる。同時にニーナの前方に3枚の光り輝く盾が顕現して、内部に万応素が溜まり、弾丸となる剣を作り出す。

 

そしてハートの光弾を燃料として……

 

「(ダイヤの8、ダイヤの9、ダイヤの10、スペードの10に、ハートのクイーン……!)女王の崩順列!」

 

光り輝く剣を放つ。轟音と共に放たれた剣は一直線にサンドラに向かう。

 

対するサンドラも迎撃するべく6体の水龍を放つ。それによって光の剣とぶつかり合うが……

 

『おーっと!アッヘンヴァル選手が放った光の剣がセギュール選手の水龍を打ち破った!』

 

光の剣は6体の水龍を全て打ち破り、そのままサンドラに突き進む。前回の試合でニーナはこの技を使って同じように水龍を打ち破り、サンドラを倒した。その時から1年、ニーナの実力は桁違いに跳ね上がっているので水龍を打ち破ることは当然とも言える。

 

 

 

 

が……

 

「2度も同じ手は食らわないわ……!」

 

実力をつけたのはニーナだけではない。サンドラは『グレールネーフ』を使ってニーナが放った光の剣を簡単に叩き落とす。万全の状態ならまだしもニーナが放った光の剣は水龍を打ち破る際に小さくなっていた故だ。そしてサンドラは間髪入れずにニーナとの距離を詰めにかかった。

 

対するニーナは驚きを露わにした。試合前に公式序列戦などのサンドラの試合記録を見たが、サンドラの戦闘スタイルは基本的に遠距離から水龍を飛ばし、敵が距離を詰めてきたら地面に水を撒いて近づけさせないスタイルだった。

 

しかし今のサンドラは自分から距離を詰めるなど初めて見る戦い方でニーナは驚いたのだった。

 

「(よくわからないけど、焦っちゃダメ……!)王太子の葉剣!」

 

サンドラが『グレールネーフ』を振りかぶる中、ニーナは自身の手に光の剣を生み出して迎撃する。そして互いの武器がぶつかり合った瞬間……

 

「きゃあっ!」

 

『グレールネーフ』に備わっているウルム=マナダイトが光り、『グレールネーフ』から生まれた水の弾丸がニーナの右腕に当たり……

 

「くっ……!」

 

ニーナが星露との鍛錬で身に付けた蹴りがサンドラの鳩尾に当たることで、お互い苦悶の表情を浮かべ叫びながら吹き飛んだ。

 

『ここでチーム・メルヴェイユのセギュール選手とチーム・赫夜のアッヘンヴァル選手が互いに攻撃をぶつけ合う。初めのやり取りは痛み分けかー!』

 

『そうですね。アッヘンヴァル選手の体術も驚きましたが、遠距離タイプのセギュール選手が相手との距離を詰めるのは予想外でしたね』

 

背中から地面に叩きつけられると、観客席からは歓声が生まれる。

 

ニーナは痛みに顔を顰めながらも、濡れた制服から水を落としながら立ち上がると、サンドラも同じように痛みに顔を顰めながらも立ち上がり『グレールネーフ』を構える。

 

「やってくれたわね……蹴りを使うとは思わなかったわ。それも『影の魔術師』に教わったのかしら?」

 

「……まあそんなところ、かな?」

 

実際八幡に教わったのは能力の使い方と遊撃手として立ち回り方で、体術は星露から教わったものだ。しかし星露から教わった事は星露自身から箝口令が出ているので表上は八幡から教わった事にしている。

 

「サンドラこそ、接近戦を仕掛けてくるなんて……比企谷先生に教わったの?」

 

「ええ。『純星煌式武装に頼りきりの人間は二流だ』、『下らないプライドは犬に食わせて勝ちを最優先にしろ』って何度も何度も言われて何度も何度も叩き潰されながらね」

 

サンドラは苦笑を浮かべながら『グレールネーフ』をニーナに突きつける。目には1年前にあった見下した色は無い。

 

ニーナは内心舌をまく。サンドラが1年前に比べて強くなっていたのは知っていたが、戦闘力だけでなくメンタルも鍛えられているとは思っていなかった。

 

前回は向こうが舐めていたから勝てた。ニーナ自身も1年前に比べて絶対的な強者に鍛えられて強くなったが、今のサンドラが相手ではかなり厳しい……と、ニーナは考える。

 

すると……

 

『予想以上にサンドラのレベルが上がっているわね。作戦変更よ。ニーナはやられない事を最優先にしてサンドラの足止めをお願い。その間にこっちがセティ三姉妹を叩くわ』

 

ニーナの頭の中にクロエの能力によって指示が伝達される。それを聞いたニーナは内心了解の返事を返して……

 

「九轟の心弾!」

 

サンドラに対して目眩し目的で9つの光弾を放った。絶対に負けられないと強く思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……チーム・赫夜は俺達と戦った時は全く本気じゃなかったというのか……!」

 

 

 

現状

 

チーム・赫夜

撃破数 0

戦闘不能者 0

 

 

チーム・メルヴェイユ

撃破数 0

戦闘不能者 0

 

 

 

 

 



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チーム・赫夜VSチーム・メルヴェイユ(後編)

クインヴェール専用の観戦室にて、俺は今自身が面倒を見たチーム・赫夜と同じクインヴェールのチーム・メルヴェイユの試合を見ている。

 

ステージを見ると、4つの戦闘が生まれていた。

 

チーム・赫夜の後衛の蓮城寺柚陽とクロエ・フロックハートがチーム・メルヴェイユの後衛の序列35位『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグと撃ち合い……

 

チーム・赫夜の前衛の若宮美奈兎とチーム・メルヴェイユの前衛の序列12位、セティ三姉妹の長女パドマ・セティと互いの武器をぶつけ合い……

 

チーム・赫夜のソフィア・フェアクロフがチーム・メルヴェイユのセティ三姉妹の次女スバシニと三女ディヴィカの猛攻を凌ぎ……

 

「アッヘンヴァルがチームリーダーのサンドラ・セギュールと激突か……」

 

昨年の鳳凰星武祭で組んでいたアッヘンヴァルとセギュールがぶつかり合っている。

 

「これも不思議な縁だよね」

 

隣に座る恋人の1人のシルヴィは感慨深そうに頷くが同感だ。鳳凰星武祭でアッヘンヴァルはセギュールのオーダーに応えらず、鳳凰星武祭が終わってからセギュールに捨てられた。

 

その後模擬戦でアッヘンヴァルはセギュールを打ち破った。これを聞くと中々不思議な縁だろう。

 

しかし時が経つと人が変わる。実際アッヘンヴァルは俺から能力者としての戦い方や星露から体術を学び実力を大きく伸ばしたが……

 

「セギュールの奴、『グレールネーフ』を使って近接戦を使うとはな……お袋の教育の賜物か?」

 

それはチーム・メルヴェイユも同じだ。試合を見る限り、セティ三姉妹は戦闘に煌式武装だけでなく体術を持ち込んでいるし、ワインバーグは能力の発動速度を上げている。

 

特に変わったのはリーダーのセギュール。少し前までは遠距離戦で相手を嬲るスタイルだったが、アッヘンヴァル相手に接近戦を仕掛けるなど随分と泥臭いスタイルを見せている。

 

「別に大したことはしてないよ。単に純星煌式武装に頼りきりじゃ二流だって言ってボコボコにしただけだ。その際にサンドラちゃんが勝手に弱点の接近戦を身に付けただけだよ」

 

なるほどな……確かにステージでアッヘンヴァルと対峙しているセギュールを見ると『グレールネーフ』から生み出した水をアッヘンヴァルに飛ばしながらも、接近戦の構えを見せていつでも距離を詰めれるようにしている。

 

「つまりプライドをへし折って奮起させた訳か……随分と無茶なやり方で」

 

「そうですね。確かに涼子のおかげでチーム・メルヴェイユは格段に伸びました。しかしプライドをへし折られて潰れた生徒も少なくないですよ」

 

俺が愚痴るとクインヴェールの理事長のペトラさんが俺の意見に同意しながらお袋を見る。バイザー越しだが睨んでいるのだろう。

 

しかしお袋はどこと吹く風だ。

 

「やり方を任せたのはペトラちゃんじゃん。大体1回2回の挫折で潰れる奴なんてどの道星武祭で活躍するのは無理だからな」

 

お袋がそう返すとペトラさんはため息を吐くも文句は言わない。実際お袋の言っていることは間違ってないからな。俺自身もアスタリスクに来た当初は自身の能力ならオーフェリアとも渡り合えると思っていたが、実際にオーフェリアと戦ったら完膚なきまで叩き潰されて一度挫折しかけたし。

 

とはいえ……

 

「……このままだと能力のストックの限界に近いニーナが不利」

 

オーフェリアの言う通りだ。今ステージでは4つの戦いがあり、いずれも拮抗している。

 

しかしそれは長くは続かず、拮抗が崩れるとしたらアッヘンヴァルとセギュールの戦いだろう。無論アッヘンヴァルが不利な状況となって。

 

理由は簡単。アッヘンヴァルの能力は極めれば強いが根本的なデメリットは解決出来ないものであり、そのデメリットがある限り長期戦は不利なのだ。

 

アッヘンヴァルの能力はトランプを模した能力で4つのスートが4種類の属性に対応している。スペードは近接攻撃、ハートは遠距離攻撃、ダイヤは防御、クラブは補助系って感じで数字によって威力が変わる。つまり遠距離で1番強い攻撃をしたければハートの13を使う、という感じだ。

 

また複数の属性を合わせて桁違いの合成技を放つ事も可能でモノによっては俺の影狼修羅鎧にヒビを入れる位の破壊力の技も放つ事が出来る。

 

それだけならオールマイティな能力だが、問題なのは一度使ったスートと数字の組み合わせは一定時間ーーーアッヘンヴァル曰く1日使えないのだ。

 

つまりアッヘンヴァルは能力を使えば使うほど、星辰力に加えて攻め手も減るのだ。

 

(今のところアッヘンヴァルが使ったのは合成技ーーーダイヤの8、ダイヤの9、ダイヤの10、スペードの10に、ハートのクイーンと、スペードの11にハート9……ストックはまだまだあるが、7以下の数字による組み合わせはセギュールには通用しないだろうから、長期戦は無理だな)

 

セギュールを倒せるとしたら合成技以外無理だろう。しかしアッヘンヴァルの合成技は威力が高いが攻撃範囲が狭い技や、攻撃範囲は広いが発動に時間がかかる技だ。前者はさっきのように対処されるし、後者は発動している間に叩かれると、どっちもリスクが高い。

 

対するセギュールの持つ純星煌式武装『グレールネーフ』の代償は体温。使い続けると身体の熱が下がるらしいが、10分に一度低下とゆっくりとしたものである。よって長期戦になったらセギュールが圧倒的に有利だ。

 

「とはいえ、フロックハートもそれをわかってるから何かしら対策を講じるだろ」

 

何度かフロックハートと作戦会議をしたが、アイツの作戦立案能力はマジで高いからな。ペトラさんが法外な値段で買ったのも納得だ。

 

「……そうね。八幡とよく2人きりで一生懸命作戦を立てているから」

 

「そういえば2人ってなんだかんだ2人きりになるよね」

 

「待て、何故そこで俺を睨む?」

 

オーフェリアとシルヴィジト目で俺を見てくる。お袋はプルプル震えて爆笑寸前で、ペトラさんは呆れ顔を向けるだけで助けてくれる気配はない。実に薄情だ。

 

特に変な事は……いや、多少ラッキースケベはしたが、その日の夜に2人に搾り取られて許して貰っている。

 

 

「……別に」

 

「うん、別に」

 

そう言いながら2人は拗ねた表情を浮かべて俺を見てくる。仕方ない、こういう時は……

 

「んっ……八幡……」

 

「……ふにゅう……いきなりは反則だよ」

 

2人の頭を撫でる。すると2人はジト目を消してトロンとした表情を浮かべて俺の肩に頭を乗せてくる。2人が不機嫌な時の対処法は熟知しているからな。ここが家ならキスをしていたかもしれないが、流石にお袋とペトラさんが居る中では無理だ。

 

「おーおー、相変わらずのバカップルで」

 

「……こんな時にまで惚気ないで欲しいですね」

 

ニヤニヤ笑いと呆れ顔を向けられるが2人の機嫌を直すにはこれしかないんで勘弁してくださいな。

 

内心そんな事を考えていると、観客の歓声が上がったので意識をステージに戻すと……

 

「おっ、早速手の内を晒すのか」

 

セティ三姉妹の長女にして序列12位のパドマ・セティと相対していた若宮の右手にサーベル型煌式武装が握られていた。

 

 

 

 

 

遡ること1分……

 

「はあっ!せあっ!」

 

「まだまだっ!」

 

ステージの中央付近にて美奈兎とパドマが激突していた。パドマが三叉矛型煌式武装を振るいながら足技を仕掛けてくるのに対して、美奈兎は身を屈めて三叉矛を回避しながら両手をクロスしてパドマの蹴りを受け止める

 

同時に腕に若干の痛みが走る中、美奈兎はそれを無視してナックル型煌式武装でパドマの鳩尾を狙う。しかし当たる直前……

 

「甘い!」

 

パドマは三叉矛を盾のように構えて拳を受け止める。インパクトの衝撃によってパドマは多少吹き飛ぶが、星脈世代からしたら殆どノーダメージであろう。

 

さっきからこの調子で互いに決定打を決めることが出来ず小競り合っている状況である。故に無理に攻めることが出来ないが……

 

『美奈兎、アレをやるわ。今直ぐ煌式武装を準備して』

 

クロエが美奈兎の頭の中にこの状況を打破する為に新しい指示を出す。それには美奈兎も軽く驚いた。

 

『え?でもアレはチーム・ランスロットと戦うまでは……』

 

美奈兎はパドマの三叉矛を回避しながらもクロエの頭に返事をする。

 

『出し惜しみして負けたら意味ないでしょ?本戦の初めから手の内の一部を晒すのは好ましくないけど、確実に勝ちに行かないと』

 

クロエの言っている事は間違っていない。チーム・メルヴェイユの実力はチーム・赫夜の予想を遥かに上回っていた。そうなると出し惜しみなど言っていられないからだ。

 

『あ、う、うん!わかった!』

 

言いながら美奈兎は両手に装備してあるナックル型煌式武装を投げ捨てて腰にあるホルダーからサーベル型煌式武装を展開する。

 

「剣だと?お前のデータには剣を使っている場面は無かったが……まあ良い!」

 

パドマは一瞬だけ訝しげな表情を浮かべるも、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべて三叉矛を構えて高速の突きを放ってくる。

 

しかし……

 

「なっ?!」

 

美奈兎に当たる直前、美奈兎がサーベル型煌式武装を振るってパドマの一撃を逸らした。全くブレる事なく、鮮やかに。

 

そして返す刀で美奈兎はサーベル型煌式武装を駆使してパドマ以上の突きを放つ。対するパドマは引き戻した三叉矛で防ごうとするも、その前に美奈兎が突きの軌道を変えて、パドマの鳩尾に突きを放つ。

 

「ぐうっ!」

 

それによってパドマは吹き飛び、観客席からは大歓声が上がる。

 

『おおっと!ここで若宮選手、サーベル型煌式武装を使ってパドマ・セティ選手を圧倒している!』

 

『まさか格闘術以外にも技術を持っているとは……というか、あの剣技、フェアクロフ選手の剣技に似てるわね』

 

実況と解説の声がステージに響くが、解説の言葉は間違っていない。

 

現在美奈兎はクロエの能力『伝達』によって、ソフィアの剣技が伝達されている。つまり今の美奈兎はソフィアと同じ剣技を持っているのだ。

 

ソフィアは人を傷付けられない弱点を持っているが、単純な剣の腕ならアスタリスク最強と評されている。そんなソフィアの剣技を人を傷付けられる美奈兎が使えば……

 

「くそっ!」

 

パドマが焦りながらも反撃の糸口をつかもうとするも、美奈兎の猛攻がそれを許さない。美奈兎の振るうサーベルが弧を描き、風を裂きながらパドマに攻撃を続けているのだから。

 

 

パドマは必死になって守りを固めるも、完全に防戦一方となって制服のあらゆる箇所が裂けて血が流れ……

 

「そこっ!」

 

遂に美奈兎はサーベルでパドマの三叉矛を跳ね上げて手ぶらになったパドマの校章に神速の突きを放ち、校章を粉微塵にする。

 

『パドマ・セティ、校章破損』

 

機械音声がパドマの敗北を告げると観客席が再度湧き上がる。

 

『ここでチーム・メルヴェイユ、1人落ちた!』

 

『それによって拮抗していた試合が動くわね』

 

実況と解説の声が聞こえる中、パドマを撃破した美奈兎は身体に掛かる痛みを無視して他の戦場を見る。すると……

 

『美奈兎、ニーナの援護に行って。ただし明日の事を考えたら後2分しか使えないから急いで』

 

クロエから美奈兎の頭に直接指示が出る。

 

クロエの能力は味方に感覚と経験の伝達という破格の能力だが当然欠点もある。それはクロエが伝達出来るのは技術だけで、専用の肉体は伝達出来ないという事。

 

本来なら格闘戦を得意とする美奈兎の肉体にソフィアの剣技は合わず、ソフィアの剣技を使うと身体には猛烈な痛みが走る。

 

チーム・赫夜の5人は獅鷲星武祭に備えて、美奈兎の格闘術とソフィアの剣技をある程度使えるように身体を作ったものの所詮は付け焼き刃。

 

美奈兎がソフィアの剣技を使える時間は最大5〜6分。ただしこれは明日の事を考えなければの話だ。フルにソフィアの剣技を使うと、翌日は筋肉痛でマトモに動けなくなる。星武祭は毎日あるので限界まで使うのは悪手である。

 

よって美奈兎は明日の事を考えると実質3分しかソフィアの剣技を使えないのだ。それ以上使うと明日の5回戦で戦力外となってしまう。

 

美奈兎がソフィアの剣技を使ってパドマを撃破するのにかけた時間は1分半。つまりタイムリミットはクロエの言う通り1分半だ。

 

よって……

 

『了解!』

 

美奈兎はクロエの頭にそう返事をしてからサンドラと激戦を繰り広げているニーナの元に走り出す。

 

すると……

 

「そうはさせないよー!」

 

ソフィアと小競り合いをしていたディヴィカが、スバシニにソフィアの足止めを任せて美奈兎にハンマー型煌式武装を振るってくる。

 

それに対して迎撃をしようとする美奈兎だったが……

 

『ディヴィカは私がやるわ!』

 

美奈兎の頭にクロエの声が響くと同時にディヴィカの前にクロエが現れて、手に装備したナックル型煌式武装でハンマーの一撃を逸らす。

 

そして空いている左手でディヴィカにパンチを放つ。対するディヴィカは慌ててハンマーを引き戻してクロエの一撃を防ぐも重量のあるハンマーを無理に引き戻した為体勢が悪い。

 

「ちょっとー!あんたは遠距離タイプじゃないのー?!何でナックル型煌式武装を使ってるのよー?!」

 

ディヴィカが驚きながらクロエに文句を言うが、クロエはそれを無視して攻撃を止めない。今のクロエは自身の能力で美奈兎の格闘術をトレースしている故だ。星露に弟子入りした当初は10秒も使えなかった美奈兎の格闘術だが、今のクロエは1分近く使える。

 

クロエは両腕からラッシュを仕掛けながら美奈兎とニーナの頭に指示を送る。

 

『美奈兎!ニーナは長く保たないから急いで!ニーナは美奈兎が来たらソフィア先輩の剣技を伝達するからそれまで持ち堪えて!』

 

『『了解!』』

 

すると直ぐにクロエの頭に2人から了解の返事が来る。それを聞いたクロエは内心頷いてからディヴィカに向けて拳と蹴りを放った。

 

 

 

 

 

 

一方……

 

「しぶといわね……!」

 

ニーナとサンドラの戦いも激化していた。サンドラが距離を取って『グレールネーフ』を使って水の龍を放つと、ニーナは鍛え上げた肉体を駆使して攻撃を回避する。

 

そして返す刀で……

 

「八裂の葉剣!」

 

光り輝く剣を使って地面に広がって触手のような形態を取っている水を斬り裂きながらサンドラに近寄り……

 

「はあっ!」

 

サンドラの顔面目掛けて放つ。対するサンドラは一瞬目を見開くも冷静に『グレールネーフ』を振るって水の壁を生み出して光の剣を飲み込む。

 

対するニーナは予想の範疇と思いながら水の壁がある内にとサンドラの後ろに走り出す。しかし……

 

「しまっ……!」

 

水浸しになっている床に足を滑らせてバランスを崩してしまう。同時にサンドラを守っていた水の壁が無くなり……

 

「これで終わりよ、ニーナ……!」

 

『グレールネーフ』を振るってニーナ目掛けて水の龍を6体放つ。体力を消耗しているニーナに対処する手段はない。

 

(ごめん……負けちゃった……!)

 

ニーナが内心謝った時だった。

 

 

 

 

「ニーナちゃん!」

 

ニーナとサンドラの間に美奈兎が割って入り、ソフィアの剣技を駆使して6体の水の龍の首を全て斬り落とした。

 

「なっ?!」

 

これにはサンドラも予想外で驚きを露わにする。サンドラ自身チーム・赫夜なら水の龍を対処出来るとは思っていたが、美奈兎が剣を使って対処するとは思わなかった。

 

サンドラが戦慄する中、美奈兎をニーナの手を引っ張ってニーナの身体を起こす。

 

『ニーナ、美奈兎と合流出来た事だし一気に勝負を付けて』

 

同時にニーナの頭にクロエから指示が入る。それを聞いたニーナは頷きながら美奈兎と同じようにサーベル型煌式武装を起動する。

 

そして……

 

「行くよニーナちゃん!」

 

「うん……!」

 

2人は頷いてサンドラの元へ斬り込みに行く。対するサンドラはニーナの行動に驚くも……

 

「こっちも負けられないのよ……!」

 

怒号と共に『グレールネーフ』を振るって水の龍を8体を生み出して飛ばす。

 

対する2人は……

 

「天霧辰明流剣術中伝ーーー矢汰鳥!」

 

美奈兎がそう叫ぶと同時に高速で剣を振るって全ての龍の首を刎ねる。

 

本来なら美奈兎が天霧辰明流剣術を使うのは無理だが、美奈兎、そしてチーム・赫夜はソフィアが天霧綾斗との鍛錬の際に天霧辰明流剣術を学んだ事を知っているので、クロエの能力でソフィアの剣技を伝達すれば可能である。

 

美奈兎が水の龍を全て斬り落とした事によって道は生まれた。この隙を逃すわけにはいかない。

 

ニーナはそう思いながら身体に掛かる痛みを無視して走り出し、自身に襲いかかる水の触手を全て斬り払い……

 

 

「これで終わり……!」

 

そのままサンドラの校章を斬り裂いた。

 

『サンドラ・セギュール、校章破損』

 

『試合終了!チーム・赫夜!』

 

次の瞬間、割れたサンドラの校章が地面に落ちてステージには大歓声が上がった。



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こうしてチーム・赫夜は5回戦に進出する

『サンドラ・セギュール、校章破損』

 

『試合終了!チーム・赫夜!』

 

聖ガラードワース学園専用の観戦室にて、チーム・ランスロットを始めとした、獅鷲星武祭に参加しているガラードワースの生徒が敗退した生徒を含めてチーム・赫夜の勝利を告げるアナウンスを耳にする。

 

同時に観戦室にいる生徒の殆ど(特にチーム・ヴィクトリーのリーダーの男やサブリーダーの女)は胸の内に苦々しい感情を抱く。

 

それも当然である。チーム・赫夜が現レヴォルフの2トップや元レヴォルフの序列1位に鍛えられている事は有名である。(加えて界龍の序列1位にも鍛えられている)

 

ガラードワースと対立関係のレヴォルフの生徒に鍛えられたチームが勝ち上がっているのだ。ガラードワースの生徒からしたら気分の悪い話である。

 

しかしその一方で……

 

「ふむ……中々見所のある試合だったね」

 

チーム・赫夜の勝利に対して苦々しい感情を抱いていない数少ない人間であるチーム・ランスロットのリーダー、『聖騎士』アーネスト・フェアクロフは興味深そうにステージを見ている。視線の先ではチーム・赫夜のメンバーが抱き合っていて、チーム・メルヴェイユの面々はリーダーを囲んで慰め合っていた。

 

「そうですわね。個々の実力もそうですが、戦闘スタイルや各々のポジションに適した立ち回り方、味方への援護の速さ……両チームともチームを結成して1年近くとは思えない練度ですわね」

 

アーネストの隣に座る『光翼の魔女』レティシア・ブランシャールも感心したように頷く。瞳には純粋な感心しかない。

 

「やるねー。八幡にしろオーフェリアちゃんにしろ、強くし過ぎだろ?こりゃ俺達と戦う時に覚悟しないといけないかもな」

 

レティシアの後ろに座る『黒盾』ケヴィン・ホルストは楽しそうに笑う。八幡と共にレティシアをしょっちゅうからかう彼としては中々愉快な気分となる。

 

しかしガラードワースの面々の空気は重くなる。何故なら……

 

「ちょっとケヴィン。それはつまりチーム・トリスタンが負けると仰っているのかしら?」

 

レティシアは若干目を鋭くしてケヴィンを咎める。もしもチーム・ランスロットとチーム・赫夜が順調に勝ち上がれば準決勝で当たる。

 

しかしチーム・赫夜はチーム・ランスロットと戦う前に準々決勝でチーム・トリスタンと戦う可能性が高いが、ケヴィンの言い方だとチーム・トリスタンがチーム・赫夜に負けると言っているようなものだ。

 

「そこまでは思ってないって。ただエリー達じゃ割と厳しいと思っただけだよ」

 

「そうだな。どういう理屈かは知らないがチーム・赫夜の若宮とアッヘンヴァルはソフィアの剣技を使っていた。アレを攻略するのは至難だろう」

 

ケヴィンの意見に『王槍』ライオネル・カーシュも頷く。対するレティシアやエリオットを始めとしたチーム・トリスタンの面々は苦い顔をしながらも否定はしない。

 

ソフィアの剣技はアスタリスク最強クラスと評されていて、ガラードワースの会長を務めるアーネストの妹という事もあってガラードワースではかなり知られている。

 

アーネストと互角と評されるソフィアの剣技を他の2人が使っていたのだ。厳しい戦いになるのは容易に想像出来ることだ。

 

「うーん。さっきの試合を見る限り、ミス・フロックハートの周囲の万応素が揺らいでいた事から察するに……ミス・フロックハートは自身の仲間に対して技術を与える能力を持っているのかもしれない」

 

実際ミス・フロックハートも若宮さんの体術を使っていたしね、とアーネストが言うとその場にいた面々は納得の表情を浮かべている。序列1位だけあってアーネストの洞察力は一流だ。

 

「まあ獅鷲星武祭は何が起こるかわからないからね。僕達にしろ、エリオット達にしろ、現時点で勝ち残っているチームは秩序を誇りに最善を尽くすように」

 

アーネストが立ち上がり『白濾の魔剣』を掲げてガラードワースの面々に号令をかけると……

 

『了解!聖ガラードワースに栄光を!』

 

他のメンバーが足並みを揃えてそう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「(クソッ……王竜星武祭まで時間がない。後一年で比企谷を越えないと……!)」

 

一部の人間は苦い顔をしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えへへー、勝ったよー!」

 

チーム・赫夜の控え室。俺が恋人2人を連れて中に入ると若宮が元気良くこちらにやって来る。相変わらず元気な奴だな。

 

「おめでとう美奈兎ちゃん。見てたけど格好良かったよ」

 

「……当然よ」

 

「とりあえずお疲れさん。ところでお前とアッヘンヴァルとフロックハート、身体は大丈夫か?」

 

今言った3人ーーー若宮とアッヘンヴァルはフェアクロフ先輩の剣技を、フロックハートは若宮の格闘術をフロックハートの能力でトレースしたのだ。アレは強力だが技術を使う肉体は伝達されないので他人の能力を使うと身体に凄く負荷がかかるのだ。

 

そう言った意味で3人に尋ねると……

 

「うーん。結構痛い。明日全く動けないってのはないと思うけど、筋肉痛にはなってるかも……」

 

「私は大丈夫……!」

 

「私も痛いけど、明日には治ってると思うわ」

 

若宮、アッヘンヴァル、フロックハートはそう答える。まあ予想の範囲だ。若宮はパドマとリーダーのセギュールの2人相手にフェアクロフ先輩の剣技を使ったのだし、身体が痛いのは当然だろう。

 

「とりあえず今日はもう帰って休みなよ。5回戦で当たる相手がわかるのは夕方なんだし、寮で見た方が良いんじゃない?」

 

シルヴィは赫夜の5人にそんな提案をするが、俺も賛成だ。チーム・赫夜と当たるチームは界龍か星導館のチームだが、その2チームの試合は夕方に行なわれる。だから俺としては今日はもう帰ってその試合を見てから寝て明日の朝に対策を練るのがベストだと思う。

 

「そうするわ……帰りましょう」

 

フロックハートがシルヴィの言葉に頷くと、他の4人も同じように頷いた。

 

そして廊下に出て歩き出す。若宮、アッヘンヴァル、フロックハートが疲労しているので歩幅を合わせてゆっくりと。

 

「それにしても……本戦の初めからクロエさんの能力を使ったのは痛いですわね」

 

フェアクロフ先輩がため息を吐きながらそう口にする。

 

まあ初っ端から持っているカードの1枚を晒したのは痛い。おそらく他所の学園の諜報機関はフロックハートの能力について把握しているだろう。

 

しかし……

 

「ですが仕方ないと思いますよ。チーム・メルヴェイユのレベルは俺達の予想を上回っていたんで」

 

「そうね……確かに手の内を明かすのは出来るだけ避けるべきだけで、出し惜しみし過ぎて負けたんじゃ話にならないわ」

 

俺の意見にフロックハートが頷く。実際フロックハートの伝達の能力を使わなかったら厳しい戦いになっていただろう。負ける可能性もあったし、勝てたとしてもフロックハートの能力以外のカードを晒していたと思うし、そう考えたら今回の結果はそこまで悪くないだろう。

 

「ただ……可能ならチーム・ランスロットと当たるまで『ダークリパルサー』だけは隠しておきたいわ」

 

「……そうね。アレを知っていると知らないでは全く違うわね」

 

オーフェリアがしみじみ頷く。『ダークリパルサー』は材木座が作り上げたサーベル型煌式武装。しかしそれは普通の煌式武装ではなく、刃は超音波で出来ていて受け太刀による防御が出来ない代わりに相手の防御をすり抜ける。

 

また殺傷能力はなく相手の体内に超音波を流す能力を所有していて、食らえば一溜まりもない。俺やシルヴィも食らったが、アレを食らったら暫くの間はマトモに身体を動かす事も能力を使う事も出来なかった。

 

アレは人を傷付けられないフェアクロフ先輩の為だけではなく、優勝候補チームのエースを倒す為に用意したものだ。可能ならチーム・ランスロットと当たるまでは隠しておきたい秘密兵器だ。

 

「まあバレないに越した事はないが、負けそうになったら直ぐに使えよな?」

 

俺が赫夜の5人に確認をする。勿論優勝を目指す以上、チーム・ランスロットの対策をするのは当然だが、だからと言って目の前の一戦を疎かにして良い理由にはならない。本戦に上がったチームはどのチームも練度が高いのだ。負けそうになったら出し惜しみはしてはいけない。

 

それについては全員理解しているようで……

 

『はい!』

 

5人揃って良い返事をしてきた。これなら実力を発揮する前に負けた、なんてことにはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了、勝者チーム・ランスロット!』

 

所変わって自宅の自室、俺は今チーム・ランスロットの4回戦の試合を見ているが……

 

「やっぱり強いな……」

 

チーム・ランスロットの強さに辟易してしまっている。個々の実力ならチーム・エンフィールドやチーム・黄龍も負けてはいないが、チームの練度が桁違いに高い。

 

幾ら前回の獅鷲星武祭の時と殆どメンバーが変わっていないとはいえ、ここまでの実力だと頭が痛くなってくる。

 

「とりあえず『贖罪の錘角』のインターバルは100秒近くって事がわかったから良しとするか……」

 

試合を見るとガラードワースの序列5位『優騎士』パーシヴァル・ガードナーが純星煌式武装『贖罪の錘角』を使って対戦チームのリーダーの意識を刈り取って試合を終わらせていた。

 

『贖罪の錘角』は相手の精神力を削り意識を刈り取る純星煌式武装。一切の物理的破壊力を伴わない性質故に防ぐことは不可能だ。

 

(まあ、星露辺りなら食らっても平然としてそうだけど)

 

そんなことを考えていると……

 

「八幡君、ご飯出来たよー」

 

ドアからシルヴィが顔を出して夕食の完成を伝えてくるので、空間ウィンドウを閉じて椅子から立ち上がる。続きは飯を食べてから考えよう。

 

「わかった。今行く」

 

言いながらリビングに向かうと既に料理は並んでいた。言ってくれりゃ手伝ったのに……水くさいな。

 

「じゃあ……いただきます」

 

「「いただきます」」

 

シルヴィに続いて挨拶をして食事を始める。今回は……シルヴィが作ったな。味が濃いのがシルヴィ、サッパリした食感なのがオーフェリアだと長い付き合いで理解しているからな。

 

そんなことを考えながらいつものようにテレビをつけてニュース番組にすると……

 

『次のニュースです。俳優◯◯さんが今日未明に女優××さんに刺され死亡しました。取り調べによると◯◯さんは××さんと一般女性である△△さんの2人の女性と交際していることが判明しました。××さんは、◯◯さんに△△さんの方が好きだから別れろと告げられ、カッとなったと容疑を認めております』

 

嫌なニュースだな。二股をかけて片方の方が好きだから別れろと言うなんて……

 

内心辟易しているとチョンチョンと両肩を叩かれたので左右を見ると……

 

「八幡君、八幡君はあんな風に別れを切り出さないよね?」

 

「……私はシルヴィアに比べて可愛げがないし、つまらない女だけど……捨てないで欲しいわ」

 

今のニュースを見て真に受けたのか不安な表情を浮かべているオーフェリアとシルヴィがいた。オーフェリアはともかく、シルヴィが悲しみに満ちた表情をするのは初めて見る。

 

2人のそんな顔は見たくない。見るだけでこっちも嫌な気分になる。

 

だから俺は……

 

「安心しろ。俺はお前らの事を同じ位愛しているし、どちらかを切り捨てるつもりはない」

 

2人が理解してくれるように強い口調で返事をして2人を抱き寄せる。俺は2人に告白されて重婚でも良いから2人一緒に付き合ってくれと言われたが、あの日以降1日たりとも『どっちの方が上』などと考えた事はない。

 

俺がそう返すと2人は俺の腕に抱きついてくる。

 

「絶対だよ?」

 

「ああ」

 

「……私とシルヴィアをお嫁さんにしてね?」

 

「勿論だ」

 

「死ぬまで愛し続けてね?」

 

「死んでからも天国で愛してやるよ」

 

「……もうラッキースケベは止めて」

 

「……善処する」

 

「そこは絶対にしないって言ってよ?!」

 

「……八幡のバカ」

 

瞬間、2人は頬を膨らませながら俺を叩いてくる。いや、努力はするが今までの経験上、注意していてもやっちまうんだよなぁ……

 

内心辟易しながらも2人のポカポカパンチを受け入れる。まあ偶にはこんな風に過ごすのも良いか。いつもはシルヴィの流星闘技やオーフェリアの塵と化せを食らっているんだし。

 

「はいはい。ごめんな2人とも」

 

そう言って俺は2人の機嫌を直すべく頭を撫でる。怒られていてアレだが、こんな時間がずっと続いて欲しいものだ。

 

対する2人はポカポカパンチを止めてトロンとした表情を浮かべて俺に寄りかかってくる。本当に可愛いなぁ……

 

それから10分、俺は飯が冷めるまで2人の頭を撫で続けていたのだった。

 

 

 

 

しかしこの時の俺はまだ知らなかった。

 

近い将来に俺達3人の関係が世間にバレる事を。



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クインヴェールの観戦室にて比企谷八幡は5回戦を見る

 

獅鷲星武祭10日目

 

今日は5回戦が行われ、今日勝てばベスト8が決まる。優勝を目指しているチームからすれば当然負けられない戦いである。ハナから優勝は無理と判断しているチームもベスト8に上がる為に奮起している。

 

星武祭では本戦に出場すれば各学園から金や待遇の良い学園生活が支給される。勿論勝ち上がれば勝ち上がるほど待遇は良くなるが、ベスト8とベスト16では与えられる待遇が結構違うので否が応でもやる気が出るものだ。

 

まあ若宮達はハナから優勝を目指している人間なので関係ない話だが。

 

そんな訳で俺はいつものように恋人2人と一緒にシリウスドームにて応援に向かったのだが……

 

 

 

 

「何でお前らが居んだよ……?」

 

クインヴェール専用の観戦室にてチーム・赫夜が5回戦の対戦相手である星導館のチーム・ヒュノスティエラと戦っているのを俺は思わずボヤいてしまう。すると……

 

「いやいや!それはこっちのセリフだから!」

 

「レヴォルフの生徒のお前らがいる方があり得ないからな!」

 

ルサールカのミルシェとトゥーリアからツッコミが入る。2人の後ろを見れば同じルサールカのパイヴィとモニカは呆れたような目を俺に向けていて、ルサールカ唯一の良心のマフレナは苦笑を浮かべていた。

 

(そういや本来なら俺とオーフェリアが入れる場所じゃないんだったな)

 

獅鷲星武祭が始まってからクインヴェールの観戦室に毎日入っていたから失念していた。

 

ちなみにお袋とペトラさんはこの場に居ない。ペトラさんは仕事があって、お袋はペトラさん曰く昨夜歓楽街でカジノで遊び倒したらしく寝ているらしい。

 

閑話休題……

 

「あー、そうだった。悪い悪い、コーヒーやるから許してくれ」

 

「おっ、飲み物の準備なんて随分と気が利いてんな!」

 

「いただきまーす!」

 

俺が懐に入れていたMAXコーヒーを差し出すと、2人は笑顔で受け取ってプルトップを開けて……

 

「「甘いわ!」」

 

一口飲んだ瞬間、同時に突っ込んでくる。さっきからテンションの高い2人だな……

 

「何だよ?人生は苦い事が多いんだし、コーヒー位甘くて良いだろうが」

 

まあオーフェリアとシルヴィの2人と付き合ってからはそこまで苦い事は無くなったけどな。

 

「限度にも程があるからな。つーかオレ達はシルヴィアからお前と『孤毒の魔女』の2人に関する惚気話を聞かされているからブラックコーヒーが飲みてぇよ!」

 

トゥーリアが俺に怒鳴り散らしてきて、トゥーリア以外のルサールカのメンバーはウンウンと頷いてくるが……

 

「惚気話だと?シルヴィ、お前こいつらに惚気話を話してるのか?」

 

シルヴィが惚気話をするとは思えないんだが……。不思議に思いながらシルヴィを見るとシルヴィは首を横に振る。

 

「え?別に私は家で2人とどう過ごしているかを話してるだけで惚気てるつもりはないよ?」

 

シルヴィがキョトンとした顔でそう言うと、ルサールカの5人はギョッとした顔で俺を見てくる。

 

「え?!て事はアンタ、毎日シルヴィアとオーフェリアが自分達の身体をスポンジ代わりにして身体を洗ってきたり、2人に1日最低300回キスをしたり、2人に媚薬を飲ませて野獣になってるの?!」

 

えーっと、まあ確かに、シルヴィとオーフェリアと一緒に風呂に入る時は2人が自分達の身体にボディーソープを纏わせてから俺に抱きついて擦り付けてくるし、2人に1日最低300回はキスをしようと言われたり、ロドルフォに紹介して貰った媚薬を2人に飲ませた時には2人を雌犬扱いしてるな……

 

その点を考えると……

 

「まあ、事実だな」

 

ミルシェの問いに俺が頷くと……

 

「嘘ーっ?!てっきりシルヴィアが大袈裟に話していたと思ったわよ!」

 

モニカが叫び出す。どうやらルサールカの面々はシルヴィの言葉を信じていなかったようだ。

 

「……ケダモノ」

 

「ほっとけ。仕方ないだろ。シルヴィもオーフェリアもマジで可愛くて一緒に過ごしてると幸せな気分になりながら理性の1つや2つ、簡単に吹っ飛んじまうんだよ」

 

パイヴィの罵倒を一蹴する。2人の誘惑に勝てない俺は仕方ないだろう。あの2人の誘惑に勝てる男なんて居るはずがない。まあ2人が俺以外の男に対して誘惑なんてしないと思いたいが。

 

「えへへー、八幡君にそう言われると嬉しいなー」

 

「……私も今、凄く幸せよ」

 

横に座っているシルヴィとオーフェリアは俺に抱きついて頬にスリスリしてくる。マジで可愛過ぎる。18歳になったら即挙式を挙げたいくらいだ。まあシルヴィがアイドルをやってる場合は厳しいとは思うが、出来るだけ早く結婚したいな。

 

「いやいや!さり気なく惚気ないでイチャイチャしないでくれる?!」

 

ミルシェがそう言って地団駄を踏むが、本当にこいつらは騒がしいな。今は昼前でルサールカの試合が夕方とはいえ少しは緊張感を持てよ?

 

てか……

 

「いやいやミルシェ、イチャイチャなんてしてないからね?」

 

「……この程度のやり取り、付き合う前からやっていたわよ」

 

だよな。付き合う前からキスをされたり、一緒に風呂に入ったり、一緒に寝てる俺達からしたらこの程度の事はイチャイチャとは言わないな。

 

俺の中でのイチャイチャは、2人にプリキュアのコスプレをさせたり、3人一緒にお互いの身体を触りまくって楽しむことだし。

 

「……バカップル過ぎでしょ、この3人……」

 

「もうさっさと結婚しなさいよー!」

 

パイヴィとモニカが俺達に文句を言ってくる。出来れば俺達も早く結婚したいんだけどなぁ……シルヴィの仕事の都合上、早期の結婚は割と厳しいだろう。

 

そんな事を考えていると、歓声が上がったのでステージに意識を戻すと……

 

『ここでチーム・赫夜のフロックハート選手とアッヘンヴァル選手が剣を持って、若宮選手を襲うファンドーリン選手の攻撃を全て防いだ!』

 

『昨日のチーム・メルヴェイユ戦でも若宮選手とアッヘンヴァル選手が同じようにセギュール選手の攻撃を打ち落としておりましたね。ネットではコピー能力と言われてますが、実際のところどうなのでしょう?』

 

実況と解説の声が聞こえる中、フロックハートとアッヘンヴァルはフェアクロフ先輩の剣技をコピーして、チーム・ヒュノスティエラのチームリーダーにして星導館の序列4位『氷屑の魔術師』ネストル・ファンドーリンの放つ氷の礫を斬り払う。

 

現在チーム・赫夜は1人も落ちておらず、チーム・ヒュノスティエラは遊撃手が1人落ちている。

 

そしてフェアクロフ先輩と蓮城寺がチーム・ヒュノスティエラの前衛2人と後衛1人と、それ以外の3人がファンドーリンと向かい合っている。

 

そして若宮がファンドーリンに向かって突撃を仕掛ける。手にはサーベル型煌式武装はなく、本来若宮が使うナックル型煌式武装を装備している。これは昨日フェアクロフ先輩の剣技を使い過ぎた故だろう。でなきゃフェアクロフ先輩の剣技をコピーした方が確実に倒せるし。

 

そう思いながら若宮を見ると、若宮と向かい合うファンドーリンは手に氷の刀を生み出しながら再度氷の礫を放つ。遠距離で攻めて、当たれば良し、外れたら近接戦で倒す算段だろう。

 

しかしフロックハートとアッヘンヴァルが再度氷の礫を斬り払う。遠距離戦を苦手とする若宮の援護が目的だろう。

 

そんな中、若宮とファンドーリンの距離が3メートルまで縮まった瞬間だった。ファンドーリンが氷の刀を振り上げると同時に若宮は左手に装備してあるナックル型煌式武装をファンドーリンの顔面目掛けて投げつけた。

 

これにはファンドーリンも予想外だったようで、思わず刀でナックル型煌式武装を弾き飛ばす。しかしこれは囮であり、若宮は身を低くしてファンドーリンの懐に潜りナックル型煌式武装が装備されている右の拳を一直線に放つ。

 

対するファンドーリンは星辰力を利用した防御ではなく回避を選択したようで、後ろにジャンプをしたが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁっ……」

 

次の瞬間、若宮の放った拳の軌道上にファンドーリンの股ーーー股間が現れて、若宮の拳がモロにめり込んだ。

 

『ぐぉぉぉぉぉっ!』

 

同時にファンドーリンが苦悶に満ちた表情を浮かべ絶叫を上げながら地面に倒れこんだ。ファンドーリンの両手は勿論股間をおさえているが、俺も思わずおさえてしまった。

 

「若宮の奴、悪気はないとはいえ容赦ないな……」

 

「……ねぇ八幡。アレって痛いの?」

 

俺がしみじみ呟いていると、女子故にあの痛みを知らないオーフェリアが質問をしてくる。見ればシルヴィやルサールカも俺を見ていた。

 

「あー……痛いどころじゃないな。下手したらやり過ぎって事でペナルティを食らうかもな」

 

星武憲章において星武祭でやり過ぎと判断された場合、星武祭のポイントが減少されたりする。一応狙ったやった訳ではないから大丈夫だとは思うが、ステージ上にて悶絶しているファンドーリンを見ていると何とも言えない。

 

「そんなに痛いのかよ?あんな弱点を持ってるなんて男って損だなー」

 

トゥーリアがそんな風に言ってくる。それについては間違っちゃいないが、これについてはファンドーリンが対策をしてない事にも原因はあるだろう。

 

急所を狙われたら1発で逆転されるので対策をするのは必然だ。俺自身も首の裏と股間は常に警戒しているし、いつでも防御出来るように星辰力を張り巡らせている。

 

「まあ否定はしない……っと、もう終わりだな」

 

見ればフロックハートが未だに悶えているファンドーリンに近寄り、そのまま校章を切り裂いた。

 

『ネストル・ファンドーリン、校章破損』

 

『試合終了!勝者、チーム・赫夜!』

 

機械音声が勝利を告げる。しかし観客席は静まったままだ。暫くしてから疎らに拍手が生まれるも、歓声は生まれていない。

 

いや、まあ……確かに締まらない形で試合は終わったからわからないでもないが、一応これベスト8を決める試合だったんだぞ?

 

かつてここまで気まずい形で終了した試合はないだろう。それほどまでに空気が重い。

 

若宮達は観戦席からでもわかるくらい微妙な表情をしながらゲートに戻って行った。その間、クインヴェール専用の観戦席にも沈黙が生まれていたが、若宮達の退場により……

 

「と、とりあえずベスト8進出か。中々やるじゃねーか」

 

「そ、そうねー。ま、まあ手を抜いたとはモニカ達に勝ったんだしこれくらいは当然よ」

 

トゥーリアとモニカの若干低い声で漸く沈黙が破られた。ま、まあ確かにこれでベスト8に進出だし。めでたいっちゃめでたいし素直に喜んでおこう。

 

「そうだな。結局『ダークリパルサー』は使ってないし、今回の試合は百点満点だな」

 

試合の終盤でフロックハートの伝達能力を使ったが、アレはもう世間では有名なので、今後の試合ではそこまで影響は出ないだろう。

 

「あー……アレは確かにチーム・ランスロットと当たるまでは使わない方が良いよねー。アレを使えば『聖騎士』を倒せる可能性もあるし」

 

かつてチーム・赫夜と戦った際に『ダークリパルサー』を食らった事で負けたミルシェはしみじみと頷く。『ダークリパルサー』は相手の体内に超音波を流す煌式武装だが、アレを食らって平然としている人間は居ないだろう。ミルシェを始め、俺やシルヴィ、お袋も食らったら暫くの間マトモに動けなかったし。

 

(しかし『ダークリパルサー』を使ったら材木座は大丈夫か?もし仮に『ダークリパルサー』を使ってチーム・ランスロットに勝った場合『アルルカントの人間がクインヴェールに協力した』なんて言われてもおかしくないぞ……)

 

一瞬悩んだが、腹から空腹を告げる音が鳴るとどうでもよくなった。まあ材木座だから何とかするだろう、多分。

 

「まあな。だからこそ準決勝までは隠しておきたいぜ。それより俺はちょっと昼飯を買ってくる」

 

「マジで?じゃあついでにサンドイッチをよろしく頼むぜ!」

 

俺が昼飯を買ってくると言うとトゥーリアが手を挙げて頼んでくる。他校の生徒をパシらせるとは良い度胸だな。まあ別に文句はないけど。

 

「はいよ。他の6人は何か買って欲しいものはあるか?」

 

トゥーリアの分も買うなら他の6人の分を買っておくべきだろう。

 

「え?い、いや比企谷さんにそんなパシリを「私もサンドイッチ!」「モニカはナポリタン!」「……私はおにぎりで」え、えーっと……」

 

マフレナが遠慮しようとしたが、その前にミルシェとモニカとパイヴィが各々食いたいものを言って、引き攣った笑みを浮かべる。マフレナの奴、俺は別に気にしてないから他の4人程とは言わないが少しは図々しくなった方が良いぞ。

 

「別に気にしなくて良いぞ。マフレナは何が良いんだ?」

 

「で、ではパスタをお願いしても宜しいですか?」

 

「ああ。わかった」

 

「わざわざすみません。宜しければ手伝いましょうか?」

 

「いや、俺1人で充分だ。にしてもルサールカってマフレナ以外はお淑やかさが足りねぇな……」

 

「何だとおっ?!」

 

ミルシェが叫びトゥーリアやモニカ、パイヴィがブーイングをしてくるが、そういう所だからな?マフレナはこいつらのストッパーだが、大変そうだな。

 

内心マフレナに若干同情しながらも恋人であるオーフェリアとシルヴィを見る。

 

「で?お前らは何が食べたい?」

 

俺が尋ねると……

 

「「八幡(君)と同じで良いわ(よ)」」

 

即答される。

 

「……まあ2人がそれで良いなら構わないが。じゃあ行ってくる」

 

「……ええ。行ってらっしゃい。もしも大変なら手伝うわよ……あ、あなた」

 

オーフェリアが恥じらいながら俺をあなた呼びしてくる。マジで最高過ぎる。これにはシルヴィやルサールカのメンバーも若干恥ずかしそうにオーフェリアを見ていた。

 

「い、いや。俺1人で大丈夫だ」

 

何とかオーフェリアに返事を返すと……

 

「そうなの。じゃあ気をつけてね……だ、ダーリン」

 

今度はシルヴィにダーリン呼びされる。ま、マジでこれ以上は……!

 

「わ、わかったよ!じゃあまた後で!」

 

これ以上2人の顔を直視出来ない俺は半ば逃げるように観戦席を後にして、顔の熱を冷ますくらい全力で売店に向かって走り出した。頼むから売店に行くまで何事も起こらないでくれよ……

 

 

(アレ?ひょっとしてこれはフラグじゃね?)



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比企谷八幡はベスト8に進出したチーム・赫夜を出迎える

「ふぅ……とりあえずこれで全部だな……」

 

俺は自分や恋人のオーフェリアとシルヴィ、ルサールカの分、そしてチーム・赫夜の分の昼食を買って売店を出る。昼時のシリウスドーム、それも5回戦の最中だけあってメチャクチャ混んでいた。星武祭は決勝に近づくにつれて盛り上がるのは必然だが、この混み具合には慣れる気はしないな。

 

だから赫夜の分の昼食も買った。こいつらについては適当に選んだが大丈夫から。

 

(まあ、弁当は買ったし若宮達と合流してさっさと戻ろう……ん?)

 

少し離れた場所から騒ぎ声が聞こえたので騒ぎの元に歩いてみると……

 

 

 

「あいつら……」

 

見ればチーム・赫夜の5人が沢山の観客に囲まれていた。獅鷲星武祭が始まった頃は多少有名なチームだったが、ベスト8まで進出したので評価が上がったからだろう。

 

実際本戦以降、ネットでも評価がガンガン上がっているのであの人気っぷりも納得だ。しかしファンの数は多く、赫夜の面々は対応に苦慮しているように見える。これがレヴォルフの生徒なら邪魔だと一蹴出来るが、クインヴェールの生徒がそれをやったら学園の顔に泥を塗るだろうから出来ないのは容易に想像出来る。

 

とりあえず5人を助ける為に動くか悩んでいる時だった。

 

「あ、比企谷君ー!5回戦勝ったよー!」

 

若宮が持ち前のマイペースっぷりを発揮して笑顔でこちらに向かってくる。同時に観客は俺を見てからモーセの海割りのように若宮と俺の間に進路を作る。

 

「お、おう。見てたぞ。締まらない勝ち方だったけど、おめでとさん」

 

あんな終わり方をした試合は今までに一度も無かったし、未来永劫現れないと思うが、勝ちは勝ちだから良しとしよう。

 

周りからは好奇の目で見られるが気にしたら負けだ。既に俺が若宮達の面倒を見たのは有名だからな。

 

「あ、うんありがとう。ところでアレって痛いの?」

 

女故にあの痛みを理解出来ない若宮は先程のオーフェリアと同じ質問を繰り返してくる。

 

「ああ。痛いな。女のお前らじゃ理解出来ないとおもうが」

 

「ヘェ〜」

 

アレは男にしか理解出来ないだろう。試合を見た男は間違いなく股間を手でおさえていたと思う、

 

「それよりお前らは今から昼飯か?」

 

「うん!比企谷君はお弁当を持ってるけど、もしかして私達の分?」

 

「ああ。そんでオーフェリアとシルヴィとルサールカの分な」

 

この辺りは周りに聞こえないように小声で喋る。オーフェリアはともかく、シルヴィやルサールカと交流がある事を知られたら面倒な事になるのは容易に想像出来るし。

 

「ありがとう!お腹ペコペコだったんだよね〜!」

 

若宮は俺の空いている左手を握ってブンブン振ってくる。本当にこいつは純粋で可愛いなぁ。名前の通り兎っぽいし一緒に居ると癒される……

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「はっ!」

 

「あっ……!」

 

「ん?2人ともどうしたの?」

 

「「今、八幡(君)が女の子にデレデレした気が……!」」

 

「いやいや、2人して何を言ってるの?それはないでしょ」

 

 

 

 

 

 

 

所変わって売店前……

 

俺は苦笑しながら若宮が笑顔でブンブンしてくる手の速さを緩める。

 

「どういたしまして。それより混んでるから行くぞ」

 

人に見られるのは慣れてるが、いつまでも見世物になる趣味はないんでな。

 

「あ、そっか。皆〜!比企谷君がお昼ご飯買ってくれたから売店に行かなくて良いよ〜」

 

若宮が言いながら他の4人に話しかけるとフロックハートを先頭とした4人がこちらにやって来たので、俺は進行先にいる観客を一瞥する。同時に観客らが道を開けたので5人を連れて歩き出した。

 

 

暫く歩きドームの廊下に出ると売店前と違って人は少なくなったので、視線はそこまで感じなくなった。そしてクインヴェール専用の観戦席に戻るべくエレベーターに乗ると……

 

「わざわざ私達のお弁当も買っていただきありがとうございます。お幾らでしょうか?」

 

蓮城寺が綺麗なお辞儀をしてから財布を取り出す。初めて会った時から思っていたが1つ1つの仕草に品があって美しいな。流石癖の強いチーム・赫夜のメンバーの纏め役だな。

 

「別に今回はタダで良い。俺の奢りだ」

 

昔の俺なら奢りなんて絶対にしないと思うが、今の俺は割とこいつらチーム・赫夜を気に入っているからな。弁当の1つや2つ奢る事に忌避感を抱いていない。

 

「それよりベスト8進出おめでとさん。締まらない勝ち方だったが、『ダークリパルサー』を使わなかったし悪くない結果だろ?」

 

俺がそう言うと赫夜のメンバーは苦笑を浮かべる。戦った本人らからしたら実に気まずかっただろう。

 

「……そうね。今回は全員肉体にそこまで負担は掛かってないし、隠し玉の『ダークリパルサー』も出さずに済んだ……これで次のチーム・トリスタン戦で『ダークリパルサー』を使わなかったら準決勝は万全の状態で挑めるわね」

 

現時点でベスト8進出を決めたのはチーム・赫夜だけだが、次の準々決勝で当たるのは十中八九チーム・トリスタンだろう。ここで切り札を使わずに勝てば、準決勝で当たるチーム・ランスロットには最高の状態で当たれる。

 

しかし逆を言えばチーム・トリスタンで『ダークリパルサー』を使ったらチーム・ランスロットに対しての勝率は大きく下がるだろう。だから次の準々決勝も1ミリも油断出来ないのは当たり前のことである。

 

「まあその辺りは飯を食いながら話せば良いだろ」

 

話してる間にクインヴェールの観戦席がある階に着いたのでエレベーターから降りる。そして目的地がある左方向に行こうとすると……

 

「おや、比企谷君にソフィア……チーム・赫夜じゃないか」

 

右方向から聞き覚えのある声が聞こえたので振り向くと……

 

「お、お兄様?!」

 

フェアクロフさんを筆頭としたガラードワースの面々がゾロゾロとやって来る。毎回思うがガラードワースって獅鷲星武祭に参加するチームは集団で行動してるな。レヴォルフ否、ガラードワース以外の5学園では見れない光景だろう。

 

てか毎度のことながら葉山は俺を睨んでんじゃねぇよ。他のガラードワースの面々も俺を睨んでいるが、お前はあからさま過ぎるわ。

 

「どうもっす。そっちは今会場入りですか?」

 

「ああ。さっきの試合は見たけどベスト8進出おめでとう」

 

フェアクロフさんは含むものがない笑顔を見せてくる。本当この人って誠実だな。……まあ心の底にはとんでもない鬼気がありそうだけど。

 

「あ、ありがとうございます」

 

若宮は若干照れながらも返事を返し、他の4人もそれに続く。フェアクロフ先輩だけは若干慌てているが。

 

「チーム・赫夜の試合は全試合見てるけど、結成してから1年以内とは思えないよ。余程良い師に恵まれたのかな?」

 

フェアクロフさんはそう言ってあからさまに俺を見て笑ってくるが……

 

「それはお袋の事でしょう。俺は適度なアドバイスを何度かして模擬戦をしただけで良い師ではないですよ」

 

確かに若宮達の面倒は見たが、功績ならお袋や星露の方が上だろう。お袋はクインヴェールの生徒を、星露は界龍の生徒の力を底上げしてるし、2人の方が優秀なのは一目瞭然だ。

 

そう思いながら答えるも……

 

「そんな事ないよ!比企谷君の特訓は凄く役立ったよ!」

 

「美奈兎さんの言う通りですわ!私達の為に殆ど毎日時間を割いてくださって感謝しておりますわ!」

 

「お、おう……」

 

若宮とフェアクロフが俺に詰め寄りながら俺の言葉を論破してくる。予想外の勢いに思わずタジタジしてしまう。

 

チラッと左ーーーチーム・赫夜の3人を見るとアッヘンヴァルは頷き、蓮城寺は苦笑を浮かべ、フロックハートはため息を吐いて俺を見てくるが3人とも助けてくれる気配はない。

 

「ふふっ、だ、そうだよ比企谷君?」

 

そんな声が聞こえたので右を見ると、そこそこ交流のあるチーム・ランスロットの面々もフェアクロフさんとケヴィンさんは笑って、ブランシャールは意外そうな表情を、ライオネルさんとパーシヴァルは無表情と助けてくれる気配はない。

 

一方他のガラードワースの面々はチーム・ランスロットと親しいのが気に入らないのか睨んでくる。(特に以前俺の挑発に乗ったフォースターや俺を嫌っている葉山)今更どうこう言うつもりはないが、次に胸倉を掴んできたら容赦はしないぞ?

 

閑話休題……

 

「……みたいですね……っと、そろそろチーム・ランスロットの試合ですね。頑張ってください」

 

「気持ちはありがたく受け取りますが、普通貴方の立場からしたら私達の負けを祈るのでは?」

 

ブランシャールは呆れた表情を浮かべるが、当然理由がある。

 

「そりゃ敗退してくれるに越した事はないですけど、チーム・ランスロットの5回戦の相手の力じゃ無理だろうからな」

 

「本当に貴方はずけずけ言いますわね……」

 

「じゃあ聞くが俺が馬鹿正直に”お前らの事を信じてるからな。きっと勝ってくれるさ”なんて言ったら?」

 

「まず偽物だと思いますわね」

 

「お前もずけずけ言うなぁ……オカンが」

 

「ですから!オカン呼びは止めてくださいまし!最近じゃケヴィンだけでなくアーネストも私の事を母親みたいだと仰いますのよ!」

 

途端にブランシャールは真っ赤になって怒り出す。やっぱりブランシャールってフェアクロフ先輩と似てからかい甲斐があるなぁ。

 

「わかったよお母さん」

 

「そういう意味ではありませんわよ!お母さん扱いを止めてくれと申しているのですわ!」

 

「わかったよお父さん」

 

「私は女ですわよ!」

 

「我儘な奴だな……はぁ」

 

「何で私が悪いようにため息を吐くんですの?!」

 

「ちなみにブランシャール、砂糖かミルク、紅茶に入れるとしたらどっちだ?」

 

「何故そこで紅茶の話になりますの?!砂糖ですわ!」

 

「律儀に答えるのかよ……ところでさっきから叫んでばかりで疲れないか?」

 

「誰の所為だと思っていますのよーーーー?!」

 

遂にブランシャールの中の火山が噴火したようだ。やっぱりこいつ面白いな……思わず笑いが込み上がってくる。

 

見ればチーム・赫夜からは若宮とフェアクロフ先輩が、チーム・ランスロットからはフェアクロフさんとケヴィンさんが差はあれど笑っている。他のメンバーは唖然としているが。

 

すると……

 

「……八幡」

 

後ろから声が聞こえたので振り向くとオーフェリアがこちらに向かって歩いてきていた。

 

「おうオーフェリア。どうかしたか?」

 

「……お手洗いに行っていたらレティシア・ブランシャールの叫び声が聞こえたから、八幡がいつものようにからかっているのかと思ったのよ」

 

流石俺の恋人。俺の行動はしっかりと理解しているようだ。

 

「ビンゴビンゴ。いやー、ブランシャールって本当に面白いからな」

 

「……気持ちはわかるけど、もう直ぐ試合が始まるしおもち……レティシア・ブランシャールで遊ぶのは程々に」

 

「ちょっと待ちなさいオーフェリア・ランドルーフェン!貴女今私の事をおもちゃと呼ぼうとしませんでした?!」

 

「……気の所為よ、お母さん」

 

「で・す・か・ら!お母さん扱いするのは止めてくださいまし!」

 

「わかったわ……お父さん」

 

オーフェリアが薄く笑いながら言うと……

 

ブチッ……

 

「はっ倒しますわよ!」

 

いかん、少し揶揄い過ぎたようだ。ブランシャールの頭から何かが切れる音が聞こえてきて俺達にズンズン詰め寄ってくる。

 

「まあまあレティシア。もう直ぐ試合だから落ち着いて。比企谷君もミス・ランドルーフェンも余りレティシアを揶揄わないで欲しいな」

 

するとフェアクロフさんが間に入って仲裁をしてくる。確かに揶揄い過ぎだな。以後は迷惑をかけないようにTPOを弁えて揶揄う事にしよう。

 

「すみませんでした」

 

「……以後気をつけるわ」

 

「……全く!私を揶揄うのは止めてくださいまし!」

 

俺達が謝るとブランシャールは頬を膨らませてそっぽを向く。ブランシャールは何だかんだ子供っぽいのは知っていたが、実際に子供っぽい仕草を見ると癒しを感じるな。

 

「それじゃあ僕達はこれで失礼するよ。縁があったらまた」

 

フェアクロフさんがそう言って歩き出そうとした時だった。

 

「お、お兄様!」

 

俺の後ろにいたフェアクロフ先輩が俺の横に立ち、兄であるフェアクロフさんに話しかける。

 

「ソフィア?どうかしたのかい?」

 

不思議そうな表情を浮かべるフェアクロフさんに対して、フェアクロフ先輩は迷いが混じった表情を浮かべてから俯き、暫くの間深呼吸をして……

 

 

「私達はお兄様達を倒して……優勝してみせますわ!」

 

凛とした声でそう口にする。それによって場は静まる。見ればこの場にいる殆どの人が驚きの表情でフェアクロフ先輩を見ている。てか俺も若干驚いている。

 

フェアクロフ先輩は割と物事をハッキリ口にする人間だが、兄そして前シーズンのディフェンディングチャンピオンに優勝宣言をするとは思わなかった。

 

対して兄の方は軽く目を見開いて驚きを露わにするも、一瞬でいつもの爽やかな笑顔に戻り……

 

「そうか……じゃあもしも当たったら宜しく頼むよ……ああ、それと比企谷君にミス・ランドルーフェンにチーム・赫夜。ソフィアの事を宜しく頼むよ」

 

言いながらフェアクロフさんは自身の学園の生徒を引き連れて去って行った。その後フェアクロフ先輩を見れば両手を組んで俯いていた。

 

フェアクロフ先輩が叶えたい願いは知っているが、それ以外にも何かしら事情があるのだろう。知りたいのは山々だが、踏み込んで良いかどうかの分別はあるので聞くつもりはない。

 

「ふぅ……とりあえず昼飯を食って次に当たるチームを見ておこうぜ」

 

俺がそう口にすると、全員表情に差はあれど異を唱える人間はこの場に居なかったので、俺は6人の先頭に立ってクインヴェール専用の観戦室に向かって歩き出した。



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比企谷八幡は恋人2人と無意識にイチャついて、クインヴェール専用観戦室の空気を甘くする。

「あ、おかえり八幡君にオーフェリア。チーム・赫夜は準々決勝進出おめでとー」

 

クインヴェールの専用の観戦室に戻るとシルヴィが笑顔で手を振ってきた。やっぱり可愛い。少し離れ離れになっただけなのに懐かしさを感じる。マジで次からシルヴィがアスタリスクを出る時は俺とオーフェリアも一緒に行くべきだろう。

 

「ただいま。弁当を買ってきたぞ」

 

言いながら弁当の入ったビニール袋をテーブルの上に置くと……

 

「弁当来たー!」

 

「待ちに待った昼食だぜ!」

 

「試合に備えてしっかり食べないとね!」

 

「……お腹空いた」

 

ルサールカ(マフレナを除く)が我先にとビニール袋に群がる。毎回思うがルサールカってライブの時や試合の時を除いたらアイドルからかけ離れているな……

 

「す、すみません。いただきます……」

 

最後にマフレナがおずおずとビニール袋に近寄る。やっぱりこいつはルサールカの清涼剤だな。今度胃薬を買ってやるべきか?

 

ともあれ……

 

「俺も腹が減ったし食うか」

 

言いながら俺はシャケ弁を取り出す。色々迷ったがシンプルが1番と判断した故だ。同時にオーフェリアとシルヴィの分のシャケ弁を取り出してビニール袋をチーム・赫夜の5人に渡す。

 

「お前らにはどれを買ったら良いか分からなかったから適当に選んだ。そん中から選んでくれや」

 

「はーい!」

 

若宮が律儀に手を挙げてからビニール袋から昼食を取り出して、5人と話し合いを始める。そんな光景を見ながらも俺は恋人2人とシャケ弁の蓋を開けて……

 

「「「いただきます」」」

 

食べ始める。口の中にシャケが入ると旨味が広がる。元々シャケ弁はそこそこ人気の弁当だが、恋人2人と食べていると一層美味く感じるな。

 

「「八幡(君)」」

 

するといきなり両肩を叩かれたので左右をチラチラ見ると、オーフェリアとシルヴィがシャケを箸に摘んで……

 

「「あーん」」

 

俺に突きつけてくる。

 

「いやいや……違う弁当ならまだしも同じ弁当で食べさし合いは要らなくね?」

 

何でわざわざ同じ弁当でするんだかわからない。疑問に感じていると恋人2人は首を横に振り……

 

「違うよ八幡君。私達は八幡君にあーんをしたいだけだよ」

 

「……ええ。あーんをされている八幡は可愛いから」

 

再度箸を突きつけてくる。シルヴィはニコニコ、オーフェリアは薄い笑みを浮かべて更に距離を詰めてくる。俺の膝に空いている手を添えながら、俺の腕に柔らかな胸を押し付けながら。

 

「(うん、やっぱりこいつらには逆らえんな……)わかったよ、あーん」

 

言いながら口を開けると2人は笑いながら頷き……

 

「「八幡(君)、あーん」」

 

俺の口の中にシャケを入れてくる。同時に口の中に先程口にしたシャケ以上の旨味を感じる。これはアレか?シャケそのものの味に加えてオーフェリアとシルヴィの愛情が含まれているからか?

 

だとしたらマジで……

 

「八幡君八幡君、美味しい?」

 

「最高だな」

 

2人の愛情があればもう何もいらないし、何も怖くない。……あれ?この後に首を齧られたりしないよな?

 

「えへへー、ありがとう」

 

「嬉しいわ……大好き」

 

俺の返答に2人は嬉しそうにしながら更に強く抱きついてくる。本当に可愛過ぎる。ここが自宅だったら今直ぐイチャイチャしてる自信がある位だ。

 

内心そんな事を考えながら2人の抱擁を受け入れていると……

 

『甘いっ!』

 

そんな叫び声が聞こえてくるので、顔を上げるとルサールカとチーム・赫夜の10人が全員こちらを見て差はあれど顔を赤くしていた。

 

「さっきから黙って見てればこれ見よがしにイチャイチャと……!」

 

「アレなの?!彼氏が居ない私達に対しての嫌味か?!」

 

「イチャイチャするなら自宅でしなさいよー?!」

 

「……ブラックコーヒーが飲みたくなってきたわ」

 

トゥーリア、ミルシェ、モニカ、パイヴィが揃って文句を言いながら詰め寄ってくる。いや、俺達にとってはこの程度他愛のやり取りなんだが……

 

そう言いたいが向こうにとっては違うようだし、口にするのは止めておこう。口にしたら更に騒がしくなりそうだし。

 

「あー……とりあえず悪かったな以後気をつける」

 

とりあえず形だけ詰め寄ってくる4人に謝る。俺に抱きつく2人も俺の意図を理解したからか、特に何も言わずに少しだけ俺から距離を取る。

 

「全く……あー、私も彼氏が欲しいなー」

 

「意外だな。てっきりお前は興味ないと思っていたがな」

 

ミルシェのボヤキにそう呟く。

 

「うーん。昔はそこまで興味なかったけど、シルヴィアが毎日アンタの事を楽しそうに話してるのを聞いてると、彼氏ってどんなものかって興味が湧いたんだよねー。まあ今の所良い男は見つからないし、理事長は反対するだろうから当分先だと思うけど」

 

「そ、そうか……ちなみにペトラさんってまだ俺達の交際に反対してるの?」

 

「それは、もう、メチャクチャに。おかげで私達も彼氏の有無をしょっちゅう確認されてるよ」

 

「あはは……ごめんごめん」

 

ミルシェがジト目で俺達を見るとシルヴィが苦笑をしながら謝る。まあ世界の歌姫に彼氏、それも他の女も愛している彼氏が居ない居たら間違いなく大騒動になるだろう。

 

「あ、でも昨日理事長が、もしチーム・赫夜が今回の獅鷲星武祭で準優勝以上の結果を出して、アンタと『孤毒の魔女』がレヴォルフ卒業後にW=Wに就職してくれるなら、あんた達の関係が世間にバレても引き裂かないとか言ってたよ」

 

「本当?!」

 

「マジで!?」

 

「……嘘じゃないわよね?」

 

ミルシェの言葉に俺達3人が思わず驚き、ミルシェに詰め寄ってしまう。

 

「あ、う、うん。昨日理事長とあんた達の関係について聞いてみたらそんなことを言ってたよ」

 

なるほどな……クインヴェールひいてはW=Wに貢献すれば認めてくれるという事だろう。

 

「マジか……良し、若宮達。絶対に優勝してくれ」

 

元々優勝して欲しいと思っていたが、その気持ちは更に強くなった。これは是が非でも優勝して欲しい。

 

「もちろん!夢を叶える為にも、比企谷君達が平和に結婚出来る為にも頑張るよ!」

 

若宮が力強く頷くと、ため息を吐きながら呆れた表情を浮かべるフロックハート以外の赫夜のメンバーは小さく頷く。本当に良い子達だな。そしてフロックハートについては諜報機関の人間故に、俺達の関係についてあれこれ言われてそうだしマジで済まん。

 

「そうか……期待してるからな。だから先ずは……」

 

言いながら俺はチラッとステージを見ると……

 

『さあ時間となりました!これより5回戦第5試合が始まります!先ずは東ゲート、前大会の覇者にして、今大会優勝候補筆頭、聖ガラードワースのチーム・ランスロットの登場だぁっ!』

 

「優勝候補筆頭の試合を目に焼き付けておくべきだな」

 

ステージの東ゲートからは5人の騎士が粛々と歩いている。彼らとクインヴェールの専用観戦室にいる俺達の距離は200メートル以上離れているのに圧倒的なプレッシャーを感じる。

 

チーム・ランスロットの面々はフェアクロフさんを除いて絶対的な強さを持っている訳ではない。俺自身タイマンならフェアクロフさん以外には負ける気がしないし。

 

しかしタイマンではなく、チーム戦なら5人全員が1つの存在となり絶対的な力を発揮する。よく漫画とかで『チームワークによって1+1は3や4にもなる』なんて言葉が良くあるが、チーム・ランスロットの場合、1+1+1+1+1=5ではなく10や15になる感じだ。

 

「そうだね……もう次の次で当たるんだし、良く見とかないと……!」

 

若宮は観戦室の窓にへばり付き、食い入るようにステージを見る。熱心なのは良いが、窓にへばり付くな。

 

内心呆れている間にも試合開始の合図が起こり、試合が始まったが……

 

「圧倒的だな」

 

『うん(ええ)(はい)(そうね)』

 

俺の言葉にこの場にいる全員が肯定の返事をする。対戦チームも弱くはないが相手が悪過ぎた。

 

ブランシャールが光の翼で先制攻撃をして主導権を握ると、フェアクロフさんが『白濾の魔剣』で相手の防御をすり抜けながら校章だけを断ち切り、ケヴィンさんとライオネルさんが持ち前のコンビネーションで相手の陣形を崩して、パーシヴァルの『贖罪の錘角』で相手の精神を削る。

 

シンプルな戦術だが、個々のメンバーの実力が高いので、恐ろしいくらい正確で、隙がない。並みのチームではアレを崩せる事なく、下手をすれば崩そうとする前に負けるだろう。

 

 

そうこう考えいる間に、パーシヴァルの『贖罪の錘角』による金色の光によって試合は終了した。大歓声があがるなか、チーム・ランスロットの面々は現れた時と同じように粛々と退場し始める。

 

その時だった。

 

(今、一瞬……フェアクロフさんと目が合ったような……)

 

気の所為か知らないが、フェアクロフさんが上を見て俺を捉えたような気がした。

 

慌ててステージを見返してみるが、フェアクロフさんは既に視線を外して横を歩くブランシャールと話をしている。やはり気の所為だったのか?

 

「うーん。やっぱり勝てる未来が見えないなー」

 

窓にへばり付いていた若宮が悔しそうに呻く。まあ確かに、俺自身チーム・赫夜がチーム・ランスロットに勝てる未来は殆ど見えない。

 

(まあ全く見えない訳ではないけどな……)

 

一応勝てる未来は見えない事はない。作戦が全て上手くいけば或いは……って、レベルだが。だから俺のやる事は準決勝までに少しでも勝てる未来を見つけることだ。選択肢を増やせば勝率は上がるのだから。

 

そこまで考えていると……

 

「負けるんじゃないよ!あんた達を倒すのは私達なんだから決勝まで上がってきなよ!」

 

ミルシェが若宮に激励をする。どうやらミルシェは新年早々に行った試合の敗北によって生まれた屈辱を解消したいのだろう。瞳からは強い力を感じる。

 

「そうだそうだ!あの時の屈辱は決勝のシリウスドームで晴らしてやるぜ!」

 

トゥーリアもテンションを高めながら叫ぶ。後ろにいるモニカとパイヴィは力強く頷き、マフレナも苦笑をしながらも止めていない。どうやら全員がリベンジマッチを望んでいるようだ。

 

それに対してチーム・赫夜は……

 

『はい!』

 

同じように力強く返事をする。ライバル同士が決勝で会おう発言……平塚先生が聞いたら少年漫画云々言ってテンションを上げそうだな。

 

(いかん、容易に想像出来る。てかそんなんじゃいつまでも男が寄らなそうだ)

 

俺はもう彼女がいるんで違う人を探してくださいな。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ!今何か誰かに酷いことを言われたような……!」

 

「何を言っているんですか平塚先生。それより鶴見先生の結婚式は再来週の日曜日に決まりましたから予定を空けておくように」

 

「はい……!うぅ……結婚したい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

何か今平塚先生の涙を見た気がする。誰かの結婚式にでも参加するのか?

 

「八幡君?」

 

そんな事を考えているとシルヴィが肩を叩いて心配そうな表情で顔を覗き込んでいた。見ればオーフェリアも似たような表情を浮かべている。

 

「ん?あ、いや、少し考え事をしただけだから気にすんな」

 

言いながら2人の頭をクシャクシャしながら顔を上げる。実際2人に心配されるような事を考えていたわけじゃないからな。

 

「なら良いけど……何か嫌な想像でもしたの?」

 

「……もしも不安な事があったら直ぐに言って」

 

シルヴィとオーフェリアは不安な表情を消す事なく俺に詰め寄ってくる。参ったな……下らない事を考えていたのにそこまで心配されるとは思わなかったぞ。

 

こういう時は予想外のことを言って拍子抜けさせるのが1番だろう。そうなると……

 

「い、いや、アレだ。少しエロい事を考えて……」

 

それ以上は言えなかった。何故なら……

 

 

 

 

 

 

 

「ヘェ〜……何を考えていたのか心配したのに考えていたのはエッチな事なんだ〜?」

 

「……是非聞かせて貰いたいわね」

 

俺の恋人2人が迫力のある笑顔(瞳は絶対零度の眼差し)を浮かべながら俺に両腕を掴んできたからだ。ヤバい、これは間違えたな。

 

慌ててルサールカとチーム・赫夜に助けを求めようとするも……

 

「さ、さーて!もう直ぐ試合だし控え室に行こう!」

 

『おー!』

 

「……私達も明日に備えて学園で軽いトレーニングをしましょう」

 

「そ、そうだね……」

 

両チームともそそくさと観戦室から出て行った。その速さはまさに神速と評することが出来るほどだ。

 

(クソッ……こんなことになるなら中学時代の忌々しい過去あたりを言っとけば……!)

 

しかし覆水盆に返らず。2人は凄い笑みを浮かべながら俺に近寄り……

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)、そんなにエッチな事を考えたいなら私達以外では考えられないようにしてあげる」」

 

俺の首に腕を絡めて2人同時に俺の口の中に舌を入れて絡めてきた。

 

その後は言うまでもなく、3人で獣のように激しくキスを重ね続けて、夜になったら限界まで搾り取ると言われた。対する俺は2人の要求に対して逆らわずに受ける事を約束したのだった。

 

 



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やはりこの3人はバカップルで、3人の絆は無敵である

獅鷲星武祭10日目の夜……

 

5回戦が全て終了してベスト8が出揃った。いよいよ明日はベスト4を決める準々決勝がある。試合の組み合わせは……

 

 

第1試合

 

チーム・ランスロットVSチーム・アンドロクレス

 

第2試合

 

チーム・赫夜VSチーム・トリスタン

 

 

第3試合

 

チーム・ルサールカVSチーム・エンフィールド

 

第4試合

 

チーム・黄龍VSチーム・ヘリオン

 

って感じでベスト8に残ったチームの内、俺が目を掛けているチーム・赫夜もいるので是非応援に行くつもりだ。

 

そんな中、俺が何をしているかというと……

 

「んっ……ちゅっ……んんっ……」

 

「んんっ……はち、まん……ちゅっ…」

 

自宅の風呂場にて、恋人のオーフェリアとシルヴィの3人で一緒に湯船に浸かりながら2人からキスを受けている。2人は一糸纏わぬ姿で俺の身体に乗って身体を絡ませ、目を瞑りながらキスの雨を降らせてくる。

 

「八幡君……ちゅっ……んんっ……だい、しゅき……」

 

「ちゅっ……んむっ……れろっ……」

 

2人の可愛らしい舌は俺の口の中にある舌とネットリと絡まって唾液を送ってくる。2人とキスをするのは日常茶飯事だが、ここまで激しいキスは余りしない。

 

何故今日に限って激しいキスをしたかと言うと、昼に俺がアホな事を考えていたらシルヴィとオーフェリアが心配したので、心配をかけないようにエロい事を考えていたとその場で思いついた事を適当に言った。

 

しかしそれは逆効果で2人は『自分達以外でエロい事を考えられないようにする』と言ってきて思い切り誘惑をしてきたのだ。

 

「ぷはっ……!どう八幡君?気持ち良い?」

 

30分近く湯船に浸かりながらキスをしてのぼせかけた時だった。シルヴィとオーフェリアは唇と身体を離してきて、シルヴィは感想を聞いてくる。

 

「まあな。ただ少し激し過ぎるわ。マジで理性が吹っ飛びそうだ」

 

既に何度も2人を抱いたにもかかわらず理性が吹っ飛びそうになっている。付き合って間もない頃ならとっくに理性を吹っ飛ばしていているだろう。

 

「吹っ飛んでも良いのに……」

 

「おい」

 

オーフェリアの呟きに思わずツッコミを入れてしまう。しかしオーフェリアは特に気にすること無く再度俺に抱きついてくる。

 

「私もシルヴィアも八幡になら何をされても構わないわ……」

 

知ってる。2人は俺がどんな要求(勿論無茶な要求はしてないが)をしようと嫌な顔一つしないで、受け入れてくれている。

 

「それは知ってるよ。ただ大分身体が熱くなってきたしそろそろ出ようぜ」

 

流石に暑過ぎる。まあ湯船に浸かりながら30分近くキスをしていたら当たり前だけど。

 

「あ、だったら私の能力で身体の熱を冷まそうか?」

 

「そんなことに能力を使わんで良い。俺はもう出る」

 

言いながら湯船から出て脱衣所に向かうと後ろから2人が湯船から上がる気配を感じる。

 

「あ、待ってよー」

 

「……私も出るわ」

 

俺が脱衣所に着くと2人も直ぐに追いついて、美しい身体を隠すことなくバスタオルを取る。俺も2人に続いてバスタオルを取ろうとするも……

 

「偶には私達が拭いてあげる」

 

「……しっかり拭くから安心して」

 

言うなりシルヴィは背中を、オーフェリアは俺の胸板を拭き始めるが全く安心は出来ません。つーか他人に身体を拭かれるのって予想以上にくすぐったいな!

 

内心そう思いながらも2人は手を止めずに優しく、それでありながらしっかりと身体を拭く。

 

「ふふっ……八幡の身体、ガッシリしてて気持ち良いわ……」

 

オーフェリアはウットリとした声でそう言いながら右手で俺の脇を撫でてくる。そしてッーっと左手の薬指を立てて胸板を擦ってくるので破壊力がヤバ過ぎる。

 

「くっ……ま、まあ星露を相手にしてるし自然とな……」

 

星露と戦う時は遠距離攻撃は殆ど当たらないので必然的に白兵戦となる。ガンガン殴り合っている上に星露に打ち勝つ為に筋トレも増やしているので、自然と筋肉量は増えているのだ。

 

「やっぱりね。これは私も新曲を作らないと次の王竜星武祭で八幡君に負けそうだなー」

 

シルヴィはそう言ってくるが、それは勘弁して欲しい。前回の王竜星武祭では予想外の歌を何度も経験して押し切られたからな。

 

まあこっちも前回と違って比べものにならない程強くなったし、どうなるかわからんがな。

 

「まあ王竜星武祭で当たったら負けないからな?」

 

いくら大切な恋人が相手とはいえ易々と負けるつもりはない。前回負けた時は普通に悔しかったし。

 

「それはこっちのセリフだよ?オーフェリアにリベンジ出来ないのは仕方ないけど、八幡君には負けるつもりはないから」

 

「……私にリベンジをしたいなら出るわよ?」

 

「別に良いよ。オーフェリアはもう自由なんだし、無理してオーフェリアの身体に負担が掛かるのは嫌だし」

 

シルヴィは笑顔で首を横に振る。まあ俺も同感だ。オーフェリアが叶えたい願いがあるなら止めないが特にないなら出ないで欲しいのが俺の意見だ。俺自身オーフェリアに勝ちたい気持ちはあるが、最優先はオーフェリア自身の気持ちだ。既に自由になったオーフェリアに物事を強要するつもりはない。

 

「……ありがとう」

 

「別にお礼を言わなくても良いよ。それより八幡君の身体を拭かないと、ね♡」

 

シルヴィは言いながらタオルを背中から下半身ーー尻や足の方に動かして擦り始める。

 

「……そうね」

 

そしてオーフェリアもタオルを胸板から下半身に移すが……

 

「待てオーフェリア!流石に下は俺がやるからな!」

 

流石に下は無理だ。尻はまだしも俺の息子を拭かせる訳にはいかない。恥ずかしくて死ぬ。え?しょっちゅう搾り取られているから平気だろだって?馬鹿野郎、それとこれは別問題だ。

 

慌てながらオーフェリアを止めようとするも……

 

「ふふっ……ダメッ」

 

オーフェリアは蠱惑的な笑みを浮かべてから俺の下半身に手を添えて……

 

「あっ……ちょ待っ……!」

 

俺が止める間もなく、拭き始めた。恥ずか死ぬ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、マジで婿に行けない……」

 

自室のベッドにて俺は恥ずかしさに悶えてしまっている。オーフェリアとシルヴィに全身くまなく拭かれてしまった。マジで恥ずかしい……

 

しかし当の本人らは……

 

「あははっ、ごめんごめん。やり過ぎちゃったかな?」

 

「……でも大丈夫。私達が結婚するから婿に行けない事はないわ」

 

楽しそうに笑いながら俺に抱きついてくる。その瞳は笑っていて謝意がないのは丸分かりだ。

 

しかし2人にここまで揶揄われると割と腹が立つな。まあ元々俺が昼にアホな事を言ったのが悪いから文句を口にするつもりはないけど。

 

だから……

 

「お前ら……そこまで揶揄うなら雌犬にするぞ?」

 

言いながらベッドの傍にある戸棚からロドルフォから貰った特製媚薬を見せる。これを使うと2人は従順で卑猥な雌犬になる事は知っている。

 

すると2人は目をパチクリするも直ぐに真っ赤になる。2人が雌犬になると翌日は毎回悶えているので、相当恥ずかしい自覚があるのだろう。

 

しかし……

 

「じゃあ……お願いします」

 

「……思い切り可愛がって欲しいわ」

 

2人は真っ赤になりながら可愛らしい口を開けて薬を飲む体勢となる。冗談で言ったのだが、2人はやる気満々のようだ。

 

そんな体勢を取られるとこっちもテンションが上がってしまうな。久しぶりに楽しむか。最近は一方的に搾り取られてばかりだし偶には主導権を握りたい。

 

「はいよ。じゃあ……スるぞ?」

 

言いながら俺は2人に媚薬を飲ませて、間髪入れずに2人のパジャマを脱がせて……

 

 

「「「んっ……」」」

 

3人一緒にキスをする。艶かしい夜は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

「「……八幡(君)のエッチ……」」

 

ベッドの上にてオーフェリアとシルヴィが一糸纏わぬ姿で美しい肢体を俺の身体に絡めながらジト目で文句を言ってくるが……

 

「いやいや、人の身体を余さずに拭いて雌犬になったお前らも充分エロいからな?」

 

俺自身がエロいのは否定しないが、2人も負けず劣らずだろう。

 

俺がそう指摘すると2人は暗闇でもわかるくらい真っ赤になる。

 

「うぅ……もしかして八幡君はエッチな私達の事は嫌い?」

 

「んな訳ないだろ。お前らがどんな一面を持ってようと気にしないし、その全てを受け入れるつもりだ」

 

人間である以上絶対に人に見せたくない一面はある筈だ。しかし俺はそんな一面を含め全てのオーフェリアとシルヴィを受け入れて愛するつもりだ。

 

「そっか……うん、私も。どんな八幡君でも受け入れるよ」

 

「八幡……大好き……」

 

すると2人は優しく笑みを浮かべて更に強く抱きついてくるので、俺は2人の頭を優しく撫でる。やっぱり3人で過ごす時間は本当に幸せだ。

 

これから先、嬉しい事があったら3人で笑い合って、嫌な事があったら慰め合い3人で乗り越えていきたい。豪華な家や食事なんて要らない。オーフェリアとシルヴィが笑顔で居られるなら俺はそれで幸せなのだから。

 

だから……

 

「ああ。俺もお前らを愛しているよ」

 

今はこの場にある幸せを噛み締めて過ごすとしよう。俺は2人の頭から手を離して、2人の背中に手を回して眠りにつくまで抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

pipipi……

 

耳元から電子音が鳴り響くので瞼を開ける。同時に光が眼に入るので思わず眼を細めると、窓から日差しが入るのを認識する。見れば太陽は割と高い場所に上がっていて……

 

(……って、もう11時前じゃねぇか!)

 

見れば目覚まし時計は10時50分を示していた。完全に寝坊だ。今日は準々決勝があるってのに……こんな事なら6回もやらないで4回にしとけば良かったぜ。

 

内心後悔していると……

 

「んんっ〜?もう朝……?」

 

「ふぁぁぁっ……おはよう、八幡」

 

俺の身体に抱きついて寝ていた恋人2人が眠そうに瞼を開けるが……

 

「おはよう。朝ってかもう11時だな」

 

俺がそう言うと2人はパチクリ瞬きをしてからハッとした表情を見せてくる。

 

「11時……あはは、完全に寝坊だね」

 

「……仕方ないわ。昨日は3時過ぎまで起きていたのだから」

 

「まあな。それより早く朝食を食べてシリウスドームに行こうぜ。試合まで余り時間はないし」

 

チーム・赫夜の試合は12時からだ。今から朝飯を食べてシリウスドームに向かったら結構ギリギリである。

 

「そうだね。急いでご飯を作ろっか」

 

「……ええ。でもその前に……」

 

言うなり2人は俺の顔に近付き……

 

 

ちゅっ……

 

2人同時に俺の唇にキスを落としてくる。2人の愛情のこもったキスによって俺が幸せになる中、2人は俺から離れて……

 

 

「「おはよう八幡(君)、大好きよ(だよ)」」

 

見る者全てを魅了するであろう可愛らしい笑みを浮かべておはようの挨拶をしてきた。どうやら今日も幸せな1日を過ごせそうだな。

 

 

 

それから15分後……

 

「うーん。やっぱり八幡君のこれは便利だねー」

 

「そうね。流石世界で最も多彩な魔術師にして私の彼氏」

 

アスタリスク上空にて、シルヴィとオーフェリアが俺が生み出した影の龍に乗りながら感嘆の声を上げる。一般客や学園の人間は電車やバスを使うが、混雑した乗り物に乗るのは面倒故に能力を使って移動している。普通に電車でシリウスドームに行けば30分近くかかるが、影の龍に乗れば15分で着く。これならチーム・赫夜の試合に余裕で間に合うだろう。

 

「どういたしまして。世界最強の魔女と世界で最も万能な魔女にそう言われるとは光栄だな」

 

てか彼女に褒められると幸せになる。寧ろ昇天してしまいそうだ。

 

そんなアホな事を考えている間にも影の龍は空を駆けて、遂にシリウスドームに到着した。本来なら龍を地面に降ろす所だが、星武祭中のシリウスドーム周辺には露店や観客が沢山いるので龍が降りるスペースがない。

 

よって……

 

「丁度あそこら辺の窓が開いてるし、あそこから入るぞ」

 

俺がそう言ってシリウスドーム、より正確に言うとシリウスドームの開いているを指差す。

 

同時に龍は一度雄叫びを上げてゆっくりと窓に近付く。窓から入る際に廊下を歩いている観客は驚くかもしれないが気にしない事にする。

 

そして龍の首が窓と密着したので俺達は龍の首を伝ってシリウスドームに入る。すると……

 

 

「おっ、馬鹿息子に義理娘2人じゃん。奇遇だね」

 

「……どんな入場の仕方ですか?」

 

意外そうな表情を浮かべたお袋と呆れた表情のペトラさんが居た。何とも凄い偶然だな。

 

まあ、とりあえず……

 

「どうもっす」

 

挨拶くらいはしておくべきだろう。

 

 

 

しかしこの時は知らなかった。10分後、地獄を見る事になるとは……




もう直ぐ原作8巻の部分は終わりますが、多分9巻の部分は殆どカットすると思います。八幡は星導館じゃないので……


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チーム・赫夜VSチーム・トリスタン(前編)

クインヴェールの専用観戦室にて俺は今生き地獄を味わっている。マジで恥ずかしくて穴があったら入りたい位だ。

 

何故なら……

 

「そんで?八幡はどんな風に攻めたんだー?」

 

「え、えっと……媚薬を飲んで身体が熱い私達に優しくキスをしたり愛撫をしてきて……」

 

「……私達が泣いて激しく攻めてくれと懇願するまで焦らしてきたわね」

 

「おーおー、八幡の奴やるなー。Sの才能があるじゃん」

 

恋人2人がお袋に昨夜の夜の営みについて説明しているからだ。

 

シリウスドームに到着すると同時にお袋とペトラさんと合流したのだが、その際お袋に「お前、昨夜2人を抱いただろー?」と何故か1発でバレた。

 

俺達が恥ずかしがっている間にお袋はニヤニヤ笑いを浮かべてオーフェリアとシルヴィに問い詰めて2人が説明しているのだが……

 

(マジで恥ずかしい……死にてぇ……!)

 

何でこんな状況になってんだよ。実の母親に自分の夜の営みについて聞かれるとか拷問以外の何でもねぇよ!これにはシルヴィと付き合っている俺に対して良い感情を抱いていないペトラさんも同情の眼差しを俺に向けてくる。

 

内心悶えていると漸く、お袋はオーフェリアとシルヴィから事情聴取を済ませたのか2人から離れて俺の隣に座りニヤニヤ顔で肩を叩いてくる。

 

「いやー、やるな八幡よ。相変わらずラブラブで何よりだぜー」

 

「煩ぇ……マジでこれ以上言わないでくれ……」

 

何で母親にそんな理由で褒められるんだよ。お袋はそんなに俺を悶死させたいのか?

 

「まあそう言うなって。で、ペトラちゃんよ。こいつらラブラブなんだし引き裂かないでくれよ〜?」

 

「ですからちゃん付けはやめて下さいと何度も言っているでしょう?それと3人の関係ですが、彼らがクインヴェールひいてはW=Wにどれだけ貢献するかによりますね。少なくとも上の人間は2人の事を評価していますので」

 

そういや昨日ミルシェから準優勝以上に加えて俺とオーフェリアがレヴォルフ卒業後にW=Wに就職すればウンタラカンタラって聞いたな。

 

俺はシルヴィの為なら何でもやるのでW=Wに就職するのは問題ない。これはオーフェリアも同じだろう。昔ならともかく、今のオーフェリアはシルヴィを大切に想っているし。

 

となると問題は……

 

そこまで考えた時だった。

 

『さあいよいよ準々決勝第2試合の時間です。先ずは東ゲートから現れたるは、聖ガラードワース学園が誇る銀翼騎士団が一翼にして前大会の準優勝チーム!と言ってもメンバーは入れ替わっておりますが……それはともかく!『輝剣』エリオット・フォースター率いるチーム・トリスタン!』

 

実況のデカイ声が観戦室に響き、ステージを見れば東ゲートからチーム・トリスタンのメンバーが粛々とした様子で入場して歓声が上がる。

 

『そして西ゲート!今大会初出場!チーム結成してから僅か1年以内にもかかわらず、ベスト8まで勝ち上がってきたダークホース!クインヴェール女学園所属チーム・赫夜!』

 

実況の声と共に若宮達が西ゲートから入場して再度歓声が上がる。片や前大会の準優勝チーム、片や初出場でベスト8まで生き残るチーム。盛り上がるのも必然と言える。

 

『両チームとも危なげない試合運びでここまで来ましたが、どうでしょうか?』

 

『そうですね……チームの練度はチーム・トリスタンの方が上でありますね。ですがチーム・赫夜は味方の技術をコピーする規格外の能力がある上にまだ何か隠し球を持っていそうですし、勝敗を判断するのは難しいであります』

 

だろうな。チームの練度はチーム・トリスタンの方が上だ。しかしこれは仕方ない。ガラードワースのチーム・ランスロットやチーム・トリスタンの戦術は基本的に昔から同じと既に確立してある。対するチーム・赫夜は1年かけて作り上げた戦術を使う。こればかりはチーム・トリスタンが有利だ。

 

しかし勝負ってのはそれだけでは決まらない。作戦や選手の質やコンディション、所有している武器の数、フォーメーションの相性など色々な条件がある。

 

加えてチーム・赫夜のメンバーの個々の実力は決して悪くないので勝ち目は普通にあるだろう。

 

そんな事を考えていると、チーム・トリスタンのリーダーのフォースターがチーム・赫夜の連中に近寄り何かを言っているのが見える。しかし特に赫夜のメンバーは怒ってるようには見えないので挑発合戦はしてないのだろう。

 

「頑張れーチーム・赫夜ー」

 

「……負けないで」

 

「勝てー!私の給料の為に!」

 

内心呆れているとシルヴィとオーフェリアとお袋が若宮達にエールを送る。お袋だけは私慾に塗れているエールだけど。

 

「やれやれ……ちなみに貴方はどちらが勝つと?」

 

「チーム・赫夜」

 

ペトラさんに尋ねられた俺は即答する。

 

「根拠は?貴方の事ですから私情を抜いて判断したのでしょう?」

 

「ええ。簡単に言うとあいつらにはまだ奥の手が2つ残っているので」

 

「奥の手?1つは新年にルサールカとの試合で見せた超音波の剣だと思いますが、もう1つは何なんですか?」

 

ペトラさんの指摘は的を得ている。1つは当たればどんな相手でもマトモに動けなくさせる超音波の剣『ダークリパルサー』だ。まあアレはチーム・ランスロット戦での秘策なので、この試合では負けそうにならない限り使用しないだろう。

 

「ええ。それはですね……」

 

そこまで口にした時だった。

 

『さあいよいよ時間です!試合に勝ち準決勝でベスト4に1番乗りしたチーム・ランスロットと戦うのはチーム・トリスタンかチーム・赫夜か?!』

 

実況の声と同時にステージにいる10人が各々使用する武器を持ち準備を完了する。

 

「ま、とりあえず今は試合を見ましょう」

 

それによってステージから観客席に緊張感が伝わる中、遂に……

 

『獅鷲星武祭準々決勝第2試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始の合図を告げて試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『獅鷲星武祭準々決勝第2試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始の合図を告げるとステージにいる10人が動き出す。

 

今回はチーム・赫夜の前衛は2人で、チーム・トリスタンの前衛は3人だ。両チームの先陣を切るのは……

 

「行っくよー!」

 

「行きます……!」

 

チーム・赫夜からは切り込み隊長の若宮美奈兎、チーム・トリスタンからはチームリーダーのエリオット・フォースターだ。

 

『ソフィア先輩は前衛2人の足止めをお願いします。私とニーナと柚陽で『聖茨の魔女』ら後衛の足止めをするので』

 

『了解ですわ!』

 

クロエがソフィアに指示を出しながらハンドガン型煌式武装を展開して『聖茨の魔女』ノエル・メスメルに向けて光弾を放つも、もう1人の後衛が光弾を弾き飛ばす。

 

同時に杖型煌式武装に額を付けて祈るようにしゃがむノエルの足元から茨が生え始める。ノエルの能力は領域型と呼ばれる希少な能力で展開までに時間がかかるが、効果範囲を殆ど完全に支配下に置くことが可能である。つまり長期戦になればチーム・赫夜が不利になるということである。

 

よってチーム・赫夜はチームリーダーを早く倒す短期決戦となり、チームリーダーのエリオット・フォースターを倒す役割の人は若宮となった。

 

「やあっ!」

 

美奈兎がナックル型煌式武装に星辰力を込めてエリオットの顔面に右拳を放つ。

 

しかし……

 

「甘いですよ!」

 

その直前、エリオットは片手剣型煌式武装を軽く振るって美奈兎の拳を受け流す。そして間髪入れずに円を描くような斬撃を美奈兎の校章に放つ。

 

「おっと!」

 

対する美奈兎は身体を捻りながら回避するも、完全に回避する事は出来ず制服に剣が擦り制服が避ける。

 

身体を捻り体勢を立て直そうとした美奈兎だが、エリオットは休めることなく突きを幾度も放ってきてくる。美奈兎はナックル型煌式武装で突きを防ぐものの予想以上の攻撃速度に反撃の糸口をつかめずにいた。美奈兎には確信があった。今無理に反撃しようとしたら隙を突かれて校章を破壊される、と。

 

『美奈兎、長引かせると不利だからソフィア先輩の剣技を伝達するわ。今直ぐ煌式武装を変えて』

 

すると美奈兎の頭にクロエから指示がやってくる。対する美奈兎はクロエの頭に了解と返事をしながら腰にあるホルダーからサーベル型煌式武装を取り出そうする。

 

 

 

……が、

 

「それはさせまんよ」

 

「わわっ!」

 

その前にエリオットは予期していたかのように美奈兎の右手に向けて突きを放つ。それによって美奈兎は反射的に腕を上げて回避するも、エリオットの片手剣はそのまま突き進みサーベル型煌式武装の入ったホルダーを美奈兎のスカートから弾き飛ばす。

 

エリオット、ひいてはチーム・トリスタンはチーム・赫夜の『チームメンバー全員が他のチームメンバーそれぞれの技術を使用出来る事』に対して『武器を取ろうとした所を狙う』戦術を選択したのだ。いくらソフィアの剣技を持っていても剣が無ければ意味がないと判断した故だ。

 

そして武器を落として体勢を崩した美奈兎には隙が出来て……

 

「これで終わりです……!」

 

ホルダーを弾き飛ばしたエリオットの片手剣が一度引かれて、上段から振り下ろされる。今度は美奈兎の胸の校章目掛けて。

 

これはマズい、美奈兎がそう思った時だった。

 

『仕方ないわ……美奈兎、第2のカードを切るから構えて』

 

クロエから頭に指示が来る。同時に美奈兎は了解の返事をするまでも無く、身体を捻って上段からの振り下ろしを回避する。

 

そして……

 

「やあっ!」

 

軽くジャンプをしてから右足で片手剣に蹴りを入れてエリオットのバランスを崩し……

 

「そこっ!」

 

「くっ……!」

 

空いている左足でエリオットの顔面に蹴りを放つ。対するエリオットは顔面に星辰力を集中して防御の構えを見せるも、威力を完全に相殺するのは不可能だったようで顔面にモロに蹴りを食らった。

 

エリオットがよろめきながら数歩後ろに退がると同時に美奈兎が地面に着地して、観客席が湧き上がる。

 

『おおっと!若宮選手の先制パンチ、いや先制キックがフォースター選手に炸裂!アレは痛そうだー!』

 

『まあ顔面に蹴りを食らったら痛いでしょうね。でもアレって若宮選手本来の技じゃないね。若宮選手の技は何となく型がある技だけど、今の技は見る限り実戦で培われた荒々しい技だし』

 

実況と解説の声がステージに響く中、美奈兎は呼吸を整えながら先程弾き飛ばされたホルダーを装備し直して辺りを見渡す。

 

ソフィアは持ち前の剣技で2人の騎士の足止めをしていて、ニーナは得意の合成技でノエルの茨を食い止めて、クロエと柚陽はノエルを叩く為2人がかりでノエルの護衛の騎士に攻撃をしていて……

 

「やってくれますね……まさか顔面に蹴りを放つとは思いませんでしたよ……!」

 

美奈兎自身の相手をしているエリオットは先程の美奈兎の蹴りによって生まれた鼻血を拭いながら片手剣を構える。瞳には屈辱と怒りが見て取れる。

 

「ごめんね。負けるのが嫌だったからつい、ね?」

 

「別にそれくらいは構いませんが……今度は誰の技術を真似たのですか?」

 

詳細は明らかになっていないが、世間一般ではチーム・赫夜は『チームメンバー全員が他のチームメンバーそれぞれの技術を使用出来る』事については有名である。

 

しかしエリオット自身今の体術はチーム・赫夜のメンバーの技術ではないと確信を得ていた。

 

美奈兎がエリオットの顔面に放った蹴りは荒々しく美奈兎の技術ではないのは一目瞭然。よって先程の体術は美奈兎以外の技術であり、それを美奈兎がトレースしたのも一目瞭然だが、誰の技術かエリオットには理解出来なかった。

 

しかしエリオットが理解出来ないのも仕方ないだろう。

 

クロエの能力による伝達ーーーテレパシーなどは誰でも可能だが、クロエの能力の真髄である感覚、経験、技術の伝達は信頼した者同士でないと出来ないのだ。

 

そして今回美奈兎が使った技術は……

 

「今回はね、比企谷君の技術を真似したんだ」

 

美奈兎の言葉にエリオットが目を丸くして驚く。

 

既に美奈兎ひいてはチーム・赫夜は比企谷八幡を信頼していて、八幡自身もチーム・赫夜を信頼しているのでチーム・赫夜のメンバーは八幡の体術を使用することが出来る。

 

これがチーム・赫夜の第2のカード。週に一度、本気の『万有天羅』と戦う男が実戦で身につけた高レベルの体術の使用である。

 



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チーム・赫夜VSチーム・トリスタン(後編)

「アレは……」

 

クインヴェールの専用観戦室にて、クインヴェールの理事長のペトラさんは驚きを露わにする。目にはバイザーが装備されているが、声に若干驚愕の色が混じっているから直ぐにわかった。

 

「ほー、美奈兎ちゃん。馬鹿息子の動きをトレースしたな」

 

お袋は理解したように頷く。まあ偶にお袋と一緒にチーム・赫夜のメンバーと模擬戦をしたからわかるか。お袋の言う通り、今の若宮は俺の技術をトレースしているのがわかる。

 

ステージを見れば若宮がフォースター相手に蹴りを放ち、フォースターが回避した所で瞬時に距離を詰めて突っ張りを放ち、向こうが回避して反撃の突きを放つと身体を捻ってギリギリのところで回避している。

 

若宮の玄空流は様々な流派が混ざったカオスな流派だが、ある程度の形はある。しかし今の若宮の動きは完全に実戦で培われた荒々しい技ーーー俺が星露相手に磨いた動きそのものだ。

 

「……なるほど。まあ1年近く、面倒を見た貴方なら彼女達も信頼しているでしょうね」

 

ペトラさんは納得したように頷く。フロックハートの能力は伝達だが、感覚、技術の伝達は信頼した者同士でないと使えないのだ。

 

俺自身、赫夜のメンバーは信じているが、赫夜のメンバーは俺を信じてくれているか当初は若干緊張していたが、全員が使えた時は安心した。

 

まあ赫夜のメンバーが初めて俺の体術を使用した時は……

 

「ふ〜ん。仲が良くて嬉しいよ」

 

「……そうね。勝負はこれからね」

 

今みたいにオーフェリアとシルヴィがジト目で俺を見てきたんだよなぁ……確かに俺と赫夜のメンバーは信じ合っているのはフロックハートの能力が発揮出来たことから否定しないが、俺とお前達はそれ以上に信じ合っていると思うぞ?

 

「……ここで痴話喧嘩はやめてくださいね?貴方達が痴話喧嘩をするとブラックコーヒーを飲みたくなるので」

 

「そんな事はしないよ!」

 

そんな事を考えているとペトラさんとシルヴィが言葉を交わしているのが耳に入る。まあ俺としてもこんな場所で喧嘩をする気はない。どうせなら夜のベッドの上で違う喧嘩をしたい。

 

「……お願いしますよ。しかし……試合を見る限り彼の体術のレベルは高いですが、エリオット・フォースターには届かないでしょう」

 

ステージを見ると、フォースターは若干予想外の動きをする若宮に戸惑いながらも徐々に若宮の攻撃を対処している。

 

ペトラさんの言葉は間違っていない。実際獅鷲星武祭が始まる1週間前、星露との鍛錬を終えた後に俺は星露に俺自身の体術のレベルはどれくらいなのか?、と尋ねた。

 

対する星露の回答は界龍なら冒頭の十二人に入れるかどうかギリギリ、だった。つまり今の俺の純粋な体術のレベルは界龍の序列10位から20位だという事だ。

 

対するエリオット・フォースターの実力はガラードワースの序列6位で、界龍にいても冒頭の十二人に入れる実力はあるだろう。ペトラさんの言う通り、俺の体術だけでは奴を倒すのは厳しいだろう。

 

しかし……

 

「そうですね。ですが、それはあくまで俺の体術だけを使ったら、の話ですよ」

 

俺がそう口にすると同時に会場に湧き上がったような歓声が生まれる。どうやら新しい展開がやって来たようだな。

 

 

 

 

 

所変わってステージでは……

 

「く、女王の崩順列!」

 

ニーナが巨大な大砲を生み出し砲塔から光の剣を生み出し射出する。狙いは正面にいるノエル・メスメル……の足元から生まれている大量の茨だ。

 

巨大な光の剣が一直線に茨が広がる地面に突き刺さると、轟音が生まれて茨がブチブチと切れて消滅する。

 

しかし……

 

「ま、まだ出るの……?!」

 

唖然とした表情を浮かべるニーナの視線の先では未だにノエルが杖型煌式武装に額を付けてしゃがみこんで、足元から茨を生み出している。

 

さっきからこの調子だ。ノエルが足元から茨を生み出して、ニーナがそれを破壊すると、ノエルが再度足元から茨を生み出すの繰り返しだ。ニーナのチームメイトのクロエと柚陽はノエル本人に攻撃をしているも、護衛の騎士に防がれている。

 

しかしこのままだと不利なのはチーム・赫夜である。ノエルは星辰力だけを消費じているが、ニーナは違う。トランプを模したニーナの能力は星辰力だけでなく一度使ったスートと数字の組み合わせは丸一日使えなくなるのだ。

 

ニーナが使える能力のパターンは全部で4×13の52種類だが、既に18とかなり消費している。このまま行けばジリ貧になるのは確実だ。

 

ニーナの役割はノエルの茨を美奈兎とソフィアの元に近付かせない事。ノエルの能力はチーム戦で援護をする時は絶大な効果を発揮するので、ノエルをフリーにするのはチーム・赫夜の負けに繋がる。

 

しかしこのままだとニーナの能力は使えなくなるのでニーナは……

 

『クロエ!ソフィア先輩の剣技をお願い!』

 

攻め手を変えることにした。ニーナは腰にあるホルダーからサーベル型煌式武装を取り出し起動しながらクロエの頭に話しかける。

 

『わかったわ』

 

同時にクロエの周囲に星辰力が湧き出て、ニーナの身体に何かが伝わってくる。それを受け止ったニーナは……

 

「はぁっ!」

 

アスタリス最強候補と評される剣技を駆使して美奈兎とソフィアの方に向かっていた茨を全て引き裂く。その速さは圧倒の一言で、観客の大半は見えない速さだった。

 

「き、来た……!急いでお兄ちゃんのフォローを……!」

 

同時にノエルは驚愕の表情になりながら自分を守る騎士に指示を出すも……

 

「そうはさせないわ……!」

 

「美奈兎さん達の所には行かせません」

 

クロエが美奈兎の能力をトレースして護衛の騎士にナックル型煌式武装を装備した拳で殴りかかり、柚陽がノエルーーーより正確に言うとノエルの校章に向けて6本の矢を放つ。

 

「くっ!」

 

騎士はクロエの一撃を防ぐものの、予想以上の一撃にバランスを崩しエリオットのフォローもノエルの護衛も出来ない状況となる。

 

「うぅっ……」

 

一方のノエルも柚陽の矢を杖型煌式武装で全て弾くものの……

 

「やあっ!たあっ!」

 

ソフィアの剣技をトレースしたニーナが全ての茨を切り裂いてエリオット達前衛の援護が出来ない状態となっている。

 

(くっ……私が明日の試合で支障なく動ける為に後1分以内に勝たないと……!だから美奈兎達も頑張って……!)

 

ニーナはソフィアの剣技を使用する事によって生まれる激痛に耐えながらも美奈兎達にエールを送り、更に剣速を早めた。

 

 

 

 

 

 

一方、当の美奈兎は……

 

「はあっ!」

 

「そこっ!」

 

チーム・トリスタンのリーダーのエリオット・フォースターと激突していた。互いに叫び声を上げながら拳と剣を交える。

 

美奈兎が拳を放てばエリオットが片手剣で受け流し、エリオットが得意のカウンターで突きを放てば美奈兎が身を屈めて躱しながら足技を仕掛けている。

 

両者の制服は所々が裂けていて血もかなり出ていると、現時点では拮抗している。

 

普通に美奈兎とエリオットが戦えばエリオットの方が上である。しかし何故エリオットが美奈兎を倒せず拮抗しているかというと……

 

「くっ……2種類の体術は本当に厄介ですね……!」

 

エリオットの言う通り、現在美奈兎は本来自分が使っている玄空流と、八幡が星露との戦いで身につけた我流の体術の2種類の体術を使用している。

 

2種類の体術は全く違うスタイル故に弱点も違う。だから美奈兎はそれを利用して2種類の体術を交互に使ってエリオットを翻弄しているのだ。

 

それによって現在は互角の勝負を繰り広げているが、美奈兎の顔は優れない。何故なら……

 

(大分身体が痛くなってきた……!早めに決着をつけないと………!)

 

これはクロエの能力の恩恵を受けていればわかるが、他人の技術をトレースして使うのは身体に強い負荷が掛かる。技術というソフトが伝達されてもそれを使う肉体ーーーハードは伝達されないからだ。玄空流と真逆の八幡のスタイルを使う度に美奈兎の身体は悲鳴を上げている。

 

美奈兎が悩んでいると……

 

ーーー馬鹿正直過ぎだ馬鹿。格上に勝つには相手を騙す事……相手の想定を超える事が重要だーーー

 

自分の頭の中に鍛えてくれた男の顔と言葉がよぎる。何度も何度も自分の我儘に付き合って戦ってくれて、弱い自分を決して見捨てなかった友達の顔と言葉が。

 

(そう、だよね……!確かに強いけど、比企谷君や星露ちゃん、比企谷先生に比べたら怖くない……!)

 

そう思った美奈兎は……

 

『クロエ!ソフィア先輩の技術も伝達してくれない?!』

 

エリオットの片手剣を蹴りで防ぎながらクロエの頭に無茶振りな要求をする。

 

『正気?美奈兎の身体は八幡の技術を使ってかなり疲弊しているのよ。それにソフィア先輩の技術が加わったら……』

 

『それでも……勝ちに行きたいから!』

 

『ダークリパルサー』を使えば勝てるとは思うが、それはチームの手の内を全て晒すことを意味する。そうなったら優勝は殆ど不可能と判断した故だ。

 

『はぁ……15秒だけよ。それ以上は明後日のチーム・ランスロットの試合に影響が出るわ』

 

明日は調整日故に休みだが、長時間ソフィアの剣技をトレースすれば明後日の試合で美奈兎が戦力外になると判断したクロエは15秒以上のトレースは許さないと美奈兎に伝える。

 

『充分!絶対に決めてみせる!』

 

言いながら美奈兎はエリオットの薙ぎ払いを左手に装備したナックル型煌式武装でガードする。そしてバックステップで後ろに退がりながら……

 

「えいっ!」

 

右手に装備したナックル型煌式武装をエリオットの顔面に投げつける。エリオットはそれを簡単に斬り払うが、1秒の隙が生まれた。

 

そして1秒あれば充分であり、美奈兎は腰にあるホルダーからサーベル型煌式武装を起動して瞬時にエリオットとの距離を詰める。

 

そしてサーベルを振るうと風が吹き、片手剣を跳ね上げて、胸の校章を狙って突きが放たれる。エリオットは嵐のような猛攻を凌いでいるものの完全に防戦一方となっている。

 

ソフィアの剣技をトレースした美奈兎の攻撃は校章を破壊してはいないものの、圧倒的でありエリオットの防御を上回りエリオットの身体のあらゆる箇所から出血させている。こと単純な剣技においてソフィアの剣技はアスタリスク最強クラスだからだ。

 

「だからと言って負けられませんよ……!」

 

しかしエリオットも負けられないとばかりに、美奈兎の突きを受け流して返す刀で、片手剣を上段からサーベルに向けて振り下ろす。

 

「あっ……!」

 

同時に美奈兎の手からサーベルがはたき落される。ソフィアの剣技をトレースした美奈兎なら上段からの一撃を余裕で回避出来る筈だが、八幡の体術の体術を使用して予想以上にら身体に負担が掛かっていた為回避に失敗した美奈兎であった。

 

「先ずは1人……!」

 

エリオットがそう言って全身から血を流しながらも、痛みがないかのように美奈兎の校章に突きを放つ。サーベルを落として体力も限界に近い美奈兎にエリオットの攻撃を対処する術はない。

 

 

 

 

 

 

 

美奈兎1人なら。

 

『美奈兎、伏せて!』

 

美奈兎の頭にクロエの叫び声が聞こえると、美奈兎は間髪入れずに地面に伏せる。

 

すると美奈兎の頭スレスレの位置に光弾が飛んで、片手剣に当たり、エリオットの手から弾き飛ばす。クロエがノエルと護衛の騎士を相手にしながらも放った光弾だ。

 

「なっ?!」

 

エリオットが驚く中、美奈兎は全身から感じる痛みを無視して未だ左手に装備されているナックル型煌式武装に星辰力を込める。ここを逃したら勝ち目は薄くなると理解しているからだ。

 

「あぁぁぁぁっ!」

 

そして美奈兎は叫びながら、左手から血を流しながらもエリオットの校章に向けて拳を放ち……そのまま校章を打ち破った。

 

『エリオット・フォースター、校章破損』

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

機械音声がそう告げると歓声が上がり、美奈兎はステージの床にうつ伏せに倒れる。既に美奈兎は限界に近いがそれでも口元から笑みを消すことはなかった。

 

「後2試合……頑張らないと……」

 

その言葉は大歓声によってかき消され、美奈兎以外の人に聞かれる事はなかった。

 

チーム・赫夜、準決勝進出



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こうしてベスト4が出揃う

『エリオット・フォースター、校章破損』

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

 

機械音声がそう告げると観客席からは大歓声が生まれる。そんな大歓声が耳をつんざく中、俺も思わずガッツポーズをしてしまう。

 

『ここで試合終了!チーム・赫夜、前評判を覆して前回準優勝チーム相手に金星を挙げてベスト4に進出だー!』

 

『最後にクインヴェールがベスト4以上に進出したのは第19回の獅鷲星武祭ーーー15年前ですからね。これは大きいですよ』

 

実況と解説も興奮した声音で説明をする。まあ獅鷲星武祭のファンは金星が挙がるのを好むファンも多いからな。

 

「美奈兎ちゃん達、凄く成長したなぁ……」

 

「……そうね。八幡に弟子入りした頃は本戦に上がれるかわからないレベルだったのに」

 

「いやー、良かった良かった。楽しかったし、私の給料も上がるし一石二鳥だなー」

 

「貴女はそればかりですね……まあチーム・赫夜を成長させたのは事実ですし、昇給の申請はしておきますよ」

 

「おっ、マジで?ペトラちゃんサンキュー!」

 

「ですからちゃん付けは止めてくださいと何度も言っているでしょう?」

 

クインヴェールの専用観戦室にいる俺以外の面々も大小差はあれどテンションが上がっている。まあ久しぶりのベスト4だからな。気持ちは良くわかる。

 

しかし……

 

『チーム・赫夜、次はいよいよチーム・ランスロットとの試合ですが、前回の優勝チーム相手にどう戦うか今から楽しみですあります』

 

問題は次からだ。チーム・赫夜が頂に近付いているのは事実だが、次からは更に険しい道が待ち受けているのだ。明後日戦うチーム・ランスロットは今まで戦ったどのチームより個々の力もチームワークも上である。

 

チーム・赫夜が持てる全ての力を出して尚且つ運が良ければギリギリ勝てる……ってのが俺の考えだが、間違ってはいないだろう。

 

とはいえ……

 

「とりあえず若宮達に差し入れでも持って行くか……」

 

今回の試合で若宮とアッヘンヴァルはフロックハートの伝達能力を使用した。特に若宮は自分の体術に加えて、俺の体術とフェアクロフ先輩の剣技を使用したのだ。その消耗が半端ないのは容易に想像出来る。売店で果物や栄養回復ゼリーで買っておいてやるか。

 

俺がそう言って立ち上がるとシルヴィとオーフェリアもそれに続いて立ち上がり、俺の腕に抱きついて俺を引っ張る形で観戦室から出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

『エリオット・フォースター、校章破損』

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

所変わって聖ガラードワース専用観戦室にて、チーム・ランスロット及び獅鷲星武祭に参加して敗退したガラードワース所属のチームはチーム・トリスタンの敗北を目の当たりにした。

 

観戦室にいる生徒の内大半が信じられない気持ちで一杯だった。チーム・ランスロットとチーム・トリスタンはガラードワースの象徴である銀翼騎士団のメンバーから構成されたチームで、ガラードワースの生徒からすれば憧れそのものである。

 

その2チームの内、片割れが結成して1年以内のチームに負けたとなれば心中穏やかではないだろう。

 

(クソッ……まさかチーム・赫夜がベスト4まで来るとは……比企谷……!王竜星武祭では見てろよ……!俺はお前に勝つ……!)

 

一部の連中が的外れな怒りを胸に秘める中、ガラードワース最強のチームのチーム・ランスロットのリーダーのアーネストは紅茶を飲んで一息吐く。

 

「ふむ……想定はしていたが、エリオット達を倒すとはね……」

 

「ええ。チームは出来てから1年以内と浅い歴史ですが、比企谷親子にオーフェリア・ランドルーフェンという桁違いの3人が協力した事もあって侮れないチームですわ」

 

アーネストの隣に座るレティシアも真剣な表情をしながら試合を見ていた。目には一切の驕りは見えない。王竜星武祭を二連覇した女2人と世界最強の魔術師と評される男のネームバリューは大きい。

 

しかしレティシアは知らない。この3人に加えて『万有天羅』も一枚噛んでいる事を。

 

「うんうん。全員可愛い顔をしてるのに強い意志を感じるなー。今度食事に誘ってみようかな?」

 

「相変わらず浮ついた男。試合が終わって第一声がそれか?」

 

「レオこそ、相変わらず堅苦しいなぁ、そんなんじゃ彼女の1人も出来ないぜ」

 

ケヴィン・ホルストとライオネル・カーシュは真剣な表情を浮かべながらもいつものようなやり取りをして……

 

ズガァン!

 

「お二人共、関係ない話は止めてくださいね?」

 

パーシヴァル・ガードナーはいつものように銃を発砲して辺りの空気を凍らせる。チーム・ランスロットの面々からしたら慣れた光景だが、他のガラードワースの生徒は驚愕の表情を浮かべていた。まさかガラードワースの生徒会のメンバーの一員が観戦室で発砲するとは……と、考えながら。

 

「はぁ……お願いですからもう少し引き金を重くして欲しいですわ……そして、アーネスト。準々決勝が終わり次第チーム・赫夜の対策ミーティングで宜しいですの?」

 

レティシアはパーシヴァルの行動に頭痛と胃痛を感じ胃薬を飲みながらアーネストに尋ねる。(尚、レティシアは一色がシルヴィアとオーフェリアに文句を言われている動画がネットに配信されて以降常に胃薬を常備している)

 

「そうだね。チーム・赫夜の若宮さんが見せたあの荒々しい体術は予想外だったし、もしかしたらまだ秘策があるかもしれない」

 

当然の事ながらチーム・赫夜の総合力はチーム・ランスロットのそれに比べて遥かに劣っている。しかしアーネストは一切の油断をしていない。自分の妹は力の差を理解して尚、優勝すると言ったのだ。つまり何かしらの勝算があるとアーネストは考えている。

 

「まあそれは準々決勝が全て終わってからにしよう。今は次の試合に集中しないとね。……君達も次回に備えてしっかり見ておくように」

 

『はい!』

 

アーネストが後ろにいる全員にそう告げると、一斉に了承の返事が返ってくる。それを確認したアーネストは1つ頷いて、次の試合に備えて星武祭のスタッフがステージの整備をしている光景を眺め始めた。

 

(まさか本当に上がってくるとはね……僕の事は気にしなくても良いのに……ソフィア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……とりあえずこれくらい買っとけば充分か」

 

「あ、後は鎮痛薬も買っとかないと」

 

「……そうね」

 

現在俺は変装しながらシリウスドームの売店にて、同じように変装した恋人2人と一緒にチーム・赫夜に向けた差し入れを買っている。買い物カゴには果物や栄養回復ドリンク、鎮痛薬など様々な物が入っている。これもチーム・トリスタンとの戦いでかなり消耗したからだ。

 

そう思いながらも俺達は会計を済ませて売店を出る。

 

「さて……あと2回勝てば優勝だが……」

 

「その2回が大変ね……」

 

オーフェリアの言う通りだ。次の相手は前回のチャンピオンチームのチーム・ランスロット。決勝の相手はチーム・エンフィールドかチーム・黄龍のどちらかだと思うが、両チームともチーム・ランスロットと比べても大差ない実力だ。今までの相手とは文字通り桁違いだ。

 

「まあその為に試合以外の所で、私達がフォローしてあげないとね」

 

「同感だな。……っと、ここだな」

 

話してる間にもチーム・赫夜の控え室に到着したので、俺は事前に若宮達に渡された通行証となるカードを懐から取り出して、カードリーダーにスラッシュする。

 

するとカードリーダーからピーと機械音が鳴り出してドアが開くので中に入ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『え?』

 

そこにはバスタオル姿のチーム・赫夜のメンバーがいた。尚、フェアクロフ先輩とアッヘンヴァルに至っては着替えるためか下着を片手にバスタオルすら纏っていなかった。

 

予想外の理想郷に困惑する中、俺の両肩に手が置かれる。同時に全身に寒気が走り鳥肌が立つ。俺は恐る恐る振り向くと……

 

 

「「八幡(君)、またなの?」」

 

オーフェリアとシルヴィが絶対零度の眼差しを向けながら引き攣った笑みを浮かべていた。どうやら俺はラッキースケベの神に愛されているようだ。全然嬉しくないけど。

 

内心そう毒づく中、フェアクロフ先輩とアッヘンヴァルの悲鳴が控え室全体に響いた。

 

 

 

 

 

 

5分後……

 

「ほらよ。差し入れだ」

 

「……どうもありがとう」

 

俺は先程売店で買った品々をフロックハートに渡すと、フロックハートはジト目で俺を見ながら差し入れを受け取る。

 

横に座るオーフェリアとシルヴィは頬を膨らませていて、向かいに座るフロックハート以外のチーム・赫夜のメンバーは大小差はあれど顔を赤らめている。さっきのラッキースケベの所為だろう。しかしオーフェリアとシルヴィ以外の女子の裸を見たが予想以上に魅力て「「八幡(君)?」」……余計な事を考えるのは止めよう。

 

内心ビクビクしながら煩悩を断つ。普段ならオーフェリアとシルヴィにボコボコにされている所だが、今回ラッキースケベが起こった場所は暴れることを禁止されている控え室に加えて、若宮達が止めてくれたのでボコされずに済んだ。

 

まあネチネチ嫌味を言われた後に今夜搾り取ると言われたけど。俺が悪いとはいえ2日連続は結構キツイんだよなぁ……

 

「とりあえずお疲れ様。これを食べて明日はゆっくり休んでね?」

 

シルヴィは若宮達に優しい笑顔を見せる。先程俺に対して向けた阿修羅のような表情とは真逆の表情だった。

 

「……そうするわ。それにしても八幡の体術を使ったのは痛いわね……可能なら『ダークリパルサー』と一緒にチーム・ランスロット戦まで取っておきたかったわ」

 

フロックハートは若干悔しそうにしているが、アレは落ち度はないと思う。アレが無かったら負けていた可能性もあったし、寧ろ『ダークリパルサー』を残せたのは僥倖だろう。

 

「まあ使っちまった物をどうこう言っても意味ないだろ?それよりお前らは体力の回復に努めろ」

 

明後日の試合までに万全の状態にならなければ、タダでさえ低い勝率が更に下り、下手したら0になるかもしれないし。

 

「わかってるわ。とりあえず今日明日で回復に努めて、明後日の朝に最終ミーティングって感じで行くわよ」

 

『うん(ええ)(はい)!』

 

フロックハートがチームメイト4人にそう指示を出すと4人は了承の返事をする。若宮とアッヘンヴァルはソファーに転がりながら返事とダラシないが気にしない。こいつらは限界寸前だろうから。

 

「そうしろそうしろ。俺は俺でチーム・ランスロットの対策を練ってくるから明後日の朝によろしくな」

 

0.1%でも勝率を上げる必要があるからな。今夜2人に搾り取られてからは獅鷲星武祭が終わるまで遊ぶつもりない。俺も最後の最後まで全力を尽くすつもりだ。

 

「協力感謝するわ。最後までよろしくね」

 

「勿論だ」

 

「それと……ラッキースケベは余りしないでね」

 

「したくてしてる訳じゃねぇよ!」

 

フロックハートの言葉に思わずツッコミを入れてしまう。つーかフロックハートがラッキースケベって言ってくるとは予想外だ!

 

「それは理解しているけど……回数を思うと……」

 

「そうだよねー。わざとじゃないとわかっていても多過ぎだよねー」

 

「……だから偶に狙ってやっていると思ってしまうわ」

 

フロックハートのため息混じりの愚痴にシルヴィとオーフェリアがこれ見よがしに嫌味を言ってくる。言い返したいのは山々だが、事実だから言い返せねぇ……

 

結局俺は暫くの間2人の嫌味に耐え抜いて、獅鷲星武祭以降にする予定のデート代を全額払うことで何とか許して貰った。マジでラッキースケベの神様が居るなら是非ともお祓いしたいです、ハイ。

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

『試合終了!勝者チーム・黄龍!』

 

俺達はチーム・赫夜の控え室にて、準々決勝最後の試合であるチーム・黄龍とチーム・ヘリオンの試合の中継を見終えた。

 

第3試合のチーム・エンフィールドとチーム・ルサールカは序盤はルサールカが押してたものの、エンフィールドがルサールカで1番厄介なモニカと相討ちになって互角となった。その後、ミルシェがマフレナの援護を受けてチーム・エンフィールドのリーダーの沙々宮を叩こうとするも、沙々宮が天霧辰明流剣術を使って返り討ちにしてチーム・エンフィールドの勝利となった。

 

さっき終わったチーム・黄龍とフロックハートと因縁のあるチーム・ヘリオンの試合はチーム・黄龍のリーダーの暁彗がチーム・ヘリオンのリーダーのネヴィルワーズとエースのロヴェリカの2人を纏めて蹴散らしてチーム・黄龍の勝利となった。

 

よって明後日の試合は……

 

第1試合

 

チーム・ランスロットVSチーム・赫夜

 

第2試合

 

チーム・エンフィールドVSチーム・黄龍

 

と、いう感じになるが普通の客からしたらチーム・赫夜の場違い感が半端ない。

 

何故なら……

 

チーム・ランスロット

 

ガラードワーストップ5が揃っているチーム

 

チーム・エンフィールド

 

今シーズンの鳳凰星武祭の優勝ペアとベスト4の2ペアと序列2位がいるチーム

 

チーム・黄龍

 

メンバー全員が『万有天羅』の弟子であり界龍の冒頭の十二人であるチーム

 

チーム・赫夜

 

5人全員、ある分野においては突出した才能を持ちながら、それを帳消しにしてしまう程大きな欠点を持つ人間であるチーム

 

 

……うん、一般客からしたら運だけで勝ち上がってきたチームと思ってしまったかもしれないな。

 

しかし俺は当事者であるから知っている。奴らには可能性がある事を。チーム・赫夜以外の3チームは勝利をもたらすが、チーム・赫夜は可能性をもたらすだろう。優勝出来る可能性を。

 

 

「さて……全試合終わったし、帰りましょう。美奈兎とニーナはしっかり休むように」

 

「はーい」

 

「わ、わかった」

 

空間ウィンドウを閉じたフロックハートはそう指示を出すと若宮とアッヘンヴァルは消え入りそうな声で返事をしてフェアクロフ先輩と蓮城寺はコクンと頷く。

 

同時に俺達は立ち上がり控え室を出て、疲れ果てている若宮とアッヘンヴァルのペースに合わせてゆっくりと歩く。

 

そうしてシリウスドームを出ると辺りは夕暮れに包まれていた。秋だから4時過ぎでも薄暗くなっている。

 

それを認識した俺は影に星辰力を籠めて巨大な龍を生み出す。

 

「左の龍乗って帰れ。クインヴェールに行くように指示をしてある。この時間電車は混んでるからな」

 

こいつらに無駄な体力を浪費させる訳にはいかない。試合以外の所でサポートしてやらないとな。

 

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて……ほら行くわよ」

 

「はーい……ありがとう比企谷君〜」

 

若宮が疲れながらも笑みを浮かべて礼を言うと他の3人も頭を下げるなど礼をしてくるので、俺は軽く手を振って答える。

 

5人が龍に乗ると龍は雄叫びを上げてから翼を広げてクインヴェールがある方向に飛んで行った。

 

「さて、俺達も帰ろうぜ」

 

「そうだね……あ!そういえば冷蔵庫に余り食材が残ってなかったな。帰りにスーパーに寄るけど八幡君は何が食べたい?」

 

俺が両隣を歩く恋人2人に話しかけるとシルヴィがそんな事を聞いてくる。何が食べたいか……ふむ、色々食いたい物はあるが……

 

 

 

 

 

 

 

「スッポンで頼むわ」

 

流石に何の準備もしないで2日連続で搾り取られるのはキツいですから、ね?

 

 

 

 

その後、俺は恋人2人と夕食にスッポン鍋を食べて、風呂から上がった後に約束通り干からびるまで搾り取られたのは言うまでもないだろう。




唐突ですが、活動報告にアンケートを取りましたので時間のある方は回答をお願いします


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比企谷八幡は銀河の動きを知る

アンケートを取った結果、王竜星武祭編もやることにしました。

つきましては王竜星武祭での対戦カードについてもアンケートを取りたいので、時間のある読者は活動報告を見て答えていただけたら幸いです。




暗闇の中、いきなり光を感じたので、光を感じると同時に俺は目を開けると普段俺が見ている天井が目に入る。自宅の自室の天井だ。

 

「んー……もう朝か」

 

 

俺は目を擦りながらゆっくりと身体を起こす。すると右腕に柔らかい感触を感じたので右を見ると……

 

「んっ……八幡っ……」

 

白髪の美しい少女ーーー俺の恋人の1人であるオーフェリアが一糸纏わぬ姿で俺の腕に抱きついたまま寝ていた。そして俺の腕に当たるオーフェリアの胸はグニュッと形を変えている。

 

そういや昨夜はオーフェリアともう1人の恋人のシルヴィに搾り取られたんだよな。

 

そう思いながら左を見るも……居ない。パジャマがベッドの上にあるからシルヴィは先に起きたようだ。

 

時計を見れば9時。いつもは8時前に起きてるから寝坊だろうが、今日は獅鷲星武祭は調整関係で休みだから問題ない。

 

「さて……俺も起きるか……」

 

言いながら俺はオーフェリアを起こさないようにゆっくりと腕を動かしてオーフェリアから離れる。するとオーフェリアが眠りながらも不満そうな表情を浮かべる。何度も見た顔だが、俺はこの顔を笑顔にする方法を知っているので、俺はオーフェリアの顔に近付き……

 

 

ちゅっ……

 

そっとキスをする。すると不満そうな表情を浮かべていたオーフェリアの口元がふにゃりと幸せそうな表情に変わる。実に最高だ。不満そうな表情から幸せそうな表情に変わるのを見るのは何十回見ても飽きる気がしないな。

 

「おはようオーフェリア。もう少し寝てな」

 

オーフェリアに朝の挨拶をした俺はクローゼットから下着と服を取り出す。てか秋に全裸は寒いな……

 

若干の寒気を感じながらも俺は服を着てリビングに向かう。向かう先から良い匂いがすることからシルヴィが朝食を作ってくれているのだろう。

 

そう思いながらリビングに入ると……

 

「……わかったよ。助けたい気持ちはあるけど、八幡君を止めるよ。うん、じゃあまた」

 

シルヴィが真剣な表情で誰かと電話をしていたようだ。通話を終了して端末をポケットに入れている。同時に俺に気付いたのか目を見開く。

 

「あ、八幡君……お、おはよう」

 

明らかに誤魔化そうとする雰囲気を感じる。普通なら無理に問い質すつもりはないが今回は妙に気になったので……

 

「おはようシルヴィ。早速だが、さっきの電話について聞いて良いか?」

 

俺がシルヴィに問い質すとシルヴィはあからさまに目を逸らす。

 

「な、何のことかな?」

 

「……そうか。お前が話したくないなら仕方ない。とりあえず1週間はお前とキスをしないでオーフェリアだけと「待って待って!話すからそれは止めて!」……冗談だ」

 

「馬鹿〜!八幡君の冗談は心臓に悪いよ!」

 

するとシルヴィは真っ赤になりながら俺の胸をポカポカ叩いてくる。若干涙目になりながら。これは悪い事をしたな……

 

内心反省した俺は未だに俺の胸を叩いているシルヴィを抱き寄せて……

 

ちゅっ……

 

そっとキスをする。

 

「んむっ?!……んっ……ちゅっ……」

 

するとシルヴィは一瞬だけ驚きを露わにするも、直ぐに俺の首に両腕を絡めてキスを返してくる。シルヴィは俺のキスに一生懸命応えようとしながらキスを続ける。

 

暫くキスを続けると息苦しくなったのでシルヴィの唇から離れると、シルヴィはトロンとした目で見てくる。

 

「……ゴメンなシルヴィ。予想以上に悲しむとは思わなかった」

 

「……本当だよ。もうあんな冗談は止めてね?」

 

言われるまでもねぇよ。シルヴィの涙を見たら胸が痛くなるし。

 

「わかってる。それよりシルヴィ、さっきの電話は何だったんだ?」

 

「あ、うん。実はさっきペトラさんから連絡があって、少し前に銀河の実働部隊がアスタリスクに入ったみたい」

 

シルヴィは真剣な表情になってそう言ってくる。銀河ーーー星導館の運営母体の統合企業財体。

 

その実働部隊がアスタリスクに入ったという事は……

 

「十中八九エンフィールドの殺害か……」

 

それ以外には考えにくい。最近星武祭以外で起こった問題と言えばエンフィールドの爆弾発言だし。

 

(しかし何故今なんだ?)

 

疑問なのはそこだ。確かにエンフィールドは記者会見でラディスラフ・バルトシークと『翡翠の黄昏』について暴露するなど銀河に喧嘩を売る行為をしたし、狙われるのは仕方ない。

 

しかし今はタイミングが悪過ぎる。エンフィールドは獅鷲星武祭に、それも優勝候補のチームに所属している。その上銀河以外の統合企業財体はエンフィールドの爆弾発言から銀河の弱みを握ろうと目を光らせている筈だ。

 

ここでエンフィールドを始末するのは銀河に損失が出る筈だ。少なくとも俺が銀河の人間なら星武祭が終わってから殺す。そうすればそこまで波風を立てずに処理出来るだろうから。

 

そんな簡単な事を銀河の最高幹部が理解出来ない筈がない。にもかかわらず強硬策を使うという事は……

 

(エンフィールドはあの記者会見以外でも銀河に喧嘩を売る行為をした)

 

それ以外考えにくいな。でなきゃこんな時期に実働部隊をアスタリスクに入れる筈はないし。マジであいつは自殺願望があるんじゃねぇのか?

 

まあいい。今はシルヴィの話だ。

 

「要するにW=Wは今回の件に対して静観をするから、ペトラさんからエンフィールドと手を組んでいる俺を止めろと言われたんだろ?」

 

「……うん。もしも八幡君とオーフェリアが銀河の実働部隊と戦おうと家から出ようとしたら止めろって」

 

シルヴィが嫌な表情を浮かべながら頷く。まあペトラさんの考えは間違っちゃいない。

 

銀河がエンフィールドを殺せば獅鷲星武祭の優勝候補チームが弱体化するだけでなく、銀河は事情はどうであれ自分の学園の生徒会長を殺した事実が生まれる。

 

もしも万が一エンフィールドが生き延び、優勝したら記者会見で言った事に関して銀河の弱みになる。

 

つまりペトラさんーーー銀河以外の統合企業財体の人間からしたらエンフィールドが死のうが生きようが旨味が手に入るという事だ。

 

そしてエンフィールドと協力関係を結んでいながら、クインヴェールの歌姫のシルヴィと交際したり、チーム・赫夜を鍛えている俺が動いたりしたら、何かしらのイレギュラーが生じる可能性があると判断したのだろう。統合企業財体のペトラさんからしたら不確定要素は出来るだけ排除したいのでシルヴィを使って俺を止める算段のようだ。

 

とりあえず……

 

「安心しろ……と言うのは不謹慎かもしれないが、俺は動くつもりはない」

 

リーゼルタニアに行った時に出会ったギュスターヴ・マルローみたいに銀河の幹部が雇った外部の人間なら倒しても構わないが、銀河の実働部隊が相手なら俺も動くつもりはない。

 

理由としては3つある。

 

1つは単に死にたくないから。銀河の実働部隊がどの位の実力かは知らないが間違いなく怪物がいる筈だ。レヴォルフの運営母体のソルネージュの実働部隊、黒猫機関最強の『無貌』は一度会ったが桁違いの怪物だ。アレ位の怪物が銀河の実働部隊にいるならぶっちゃけ関わりたくない。まして部隊なのだから精鋭が他にも何十人もいるし、死ぬ可能性が高いのは目に見える。

 

2つ目はシルヴィに迷惑をかけたくないから。シルヴィはペトラさんから俺を止めろと言われている。シルヴィはW=Wと契約している以上何としても俺を止めるだろうし、失敗したらW=Wに何をされるかわからない。エンフィールドに悪いが俺の中の優先順位はシルヴィ>エンフィールドだ。

 

最後。これが1番の理由だが、妹の小町を巻き込みたくないからだ。小町は星導館ーーー銀河が運営している学園の生徒だ。もしも俺が銀河の実働部隊と戦ったら、銀河は間違いなく小町を捕らえて人質にしてくるだろう。下手したら既に小町の近くに実働部隊の一部を派遣しているかもしれない。もし俺が来た場合に即座に人質にする為に。

 

以上3つの理由から俺は銀河と敵対する気にはならない。

 

「そうなの?」

 

「ああ。統合企業財体のやり方は虫が好かないし、エンフィールドには悪いが俺にも譲れないものがある」

 

エンフィールドは統合企業財体の意向で狙われて、他の統合企業財体がそれをさせまいと動いたと思ったら、状況が変わるや否や見殺しにする……俺の好きなやり方ではないのは事実だが、それに逆らうつもりはない。

 

「……そっか……」

 

シルヴィは何とも言えない表情を浮かべる。真面目なこいつからしたら統合企業財体のやり方は気に入らないのだろう。それでありながら逆らえないのだから苛々するのも当然だ。

 

 

「おはよう……2人ともどうしたの?」

 

シルヴィの気持ちを理解して俺自身も何とも言えない気持ちになっていると、後ろから声が聞こえたので振り向くと事情を把握していないオーフェリアがキョトンとした表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。そんな事があったのね」

 

10分後、俺とオーフェリアはシルヴィの作った朝食を口にしている。その際にオーフェリアはシルヴィから事情を聞いた。

 

「……つまり私も動かない方が良い、と?」

 

「ペトラさん曰く、クインヴェールと繋がりがある2人が派手に動くとこちらにも被害が出るかもだって」

 

「……統合企業財体の人間からしたら当然の話ね。まあ良いわ、状況にもよるけど基本的に動かなければ良いのでしょう」

 

「ちなみにオーフェリアよ、状況にもよると言ったが、どんな状況になったら動くんだ?」

 

「八幡が動く場合」

 

オーフェリアは即答する。こいつの中では俺>統合企業財体の意向、と考えているようだ。気持ちは嬉しいが愛が重過ぎて応えられる自信がない。

 

そこまで考えている時だった。

 

 

pipipi……

 

テーブルの上にある俺の端末が鳴り出す。着信音からして電話だろう。

 

「オーフェリア、取ってくれ」

 

「わかったわ……八幡、天霧綾斗から電話が来てるわ」

 

天霧だと?じゃあ十中八九エンフィールド関係だろう。俺がエンフィールドと繋がっているのを知ってるし。

 

そう思いながらオーフェリアから端末を受け取り空間ウィンドウを開く。

 

「もしもし?」

 

『あ!もしもし比企谷?実は聞きたい事が「エンフィールドのことだな?」……わかってたの?』

 

「今さっき知った。状況はどうなってるんだ?」

 

『今は行方不明で、ユリスによるとクローディアの寮の部屋には戦った形跡があったみたい』

 

行方不明って事は寮で殺されてはいないのだろう。でなきゃ証拠隠滅をしている筈だ。

 

「てか今ユリスによるとって言ったが、別行動をしてるのか?」

 

『あ、うん。俺さっきまでガラードワースのブランシャールさんに呼ばれてね。今は星導館に戻ってユリス達と合流しようとしてるんだ』

 

「あのオカンに呼ばれた?」

 

何であのオカン……そういやあいつエンフィールドとは腐れ縁だしその関係か?

 

『オカン?』

 

見れば天霧がキョトンとした表情を浮かべる。しまった、今はブランシャールのオカンネタは関係ないな。

 

「何でもないから気にするな。それで?俺に電話したって事はエンフィールドの居場所を知ってると思ったのか?」

 

『うん。もしかしたら前にフローラちゃんを助けた時みたいにクローディアに発信機を付けてたらって思ってね』

 

「そういう事か……悪いが付けてないからわからん。俺は銀河は星武祭が終わってから動くと踏んではいたからな」

 

加えてエンフィールドからは距離を置くように言われて、あれ以降連絡を取ってないし。

 

『そっか……わかった。無理言ってゴメン』

 

「あ、待て。居場所は知らないが居そうな場所には心当たりがある」

 

『え?!本当?!』

 

天霧が頼んでくる。候補地点なら教えても大丈夫だろう。俺が他の統合企業財体から聞かされた情報を天霧に話すのは黒だが、俺の考えを話すならグレーだろう。

 

シルヴィとオーフェリアを見ると軽く目を見開いているが、止める気配はないので問題ないと判断したのだろう。

 

「あくまで候補地点だ。それでも良いな?ミスっても文句を言うなよ?」

 

『頼む!教えてくれ!』

 

「わかったよ。俺の考えではエンフィールドがいるのは星導館の敷地内……そうだな、港湾ブロックあたりだな」

 

港湾ブロックは各学園を取り巻くようにして広がっている倉庫街のような場所で、銀河本部は言うまでもないだろう。

 

『港湾ブロック?その根拠は?』

 

「良いか?連中からしたら都市部に逃げられるのは最悪だ。都市部でエンフィールドをぶっ殺したら証拠隠滅が難しいからな。間違いなく大顰蹙を買うだろう」

 

そんな事をしたら外部から来た客からも心証が悪くなって銀河そのものが他の統合企業財体に屑と文句を言われて潰れるだろう。

 

『だから人の少ない港湾ブロック?』

 

「少ないというか学園の港湾ブロックは無人化が徹底されてるんだよ。監視カメラはあるが星導館が所有するカメラだから掌握もしてるだろう。向こうからしたら最高の狩場だ」

 

俺は偶に影の龍に乗って空の散歩をするが、港湾ブロックを何度か見た事がある。あそこは作業用擬形体がいるだけで人は居ないのが特徴の場所だ。

 

『港湾ブロック……確かにそこならあり得そうだね』

 

「まあ絶対とは言わないがな。ただあそこに行く場合……ん?」

 

「どうしたの八幡君?」

 

「……通信不能になった」

 

いきなり空間ウィンドウから天霧の顔が消えて、通信不能のマークが出てくる。どうしたんだ?端末を見る限り壊れている訳ではない。

 

「シルヴィ、ちょっと今から空メールを送るぞ」

 

言いながら試しにシルヴィの端末に空メールを送ってみると……

 

pipipi……

 

シルヴィの端末が鳴り出す。って事は問題なのは俺の端末でなく天霧の端末だ。壊れたか、圏外の場所にいるかだな。

 

「ちっ……つくづく面倒な事件が起こってるな……ご馳走様」

 

「あっ、お粗末様でした」

 

言いながら俺はシルヴィの作った朝食を全て食べてから立ち上がる。本来なら一切干渉しないつもりだったが、気が変わった。

 

(少しばかり助けてやるとするか……)

 

無論、俺が手助けしてるとバレないレベルでな。そう思いながら俺は自室に戻って自身の影に星辰力を込め……

 

「羽ばたけ、影鴉」

 

影から1匹の影で出来た鴉を生み出す。そして机から小型カメラを取り出して鴉の足に付け、自室の窓を開けて……

 

「とりあえずあいつらの目と耳になってやるか」

 

そのまま大空へと羽ばたかせた。



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比企谷八幡は自分の出来る範囲で動く

活動報告にて幾つかのご意見を頂きました。

とりあえず全員が票をいれた八幡VSヒルダはやる事にしました。その次に人気の八幡VS綾斗もやりたい所ですね。

しかしまだ組み合わせについては割と悩んでいるので時間のある方は是非活動報告を見てアンケートに答えていただけたら幸いです。

尚、選択肢にない組み合わせでも大歓迎なのでコメントお願いします。

自分では八幡ではなく小町が葉山をボコした方が良いんじゃね?、と思ってしまったり……




「ふーむ……雨が降りそうだな。出来れば降ってくれたらありがたいんだが……」

 

 

「まあ雨が降れば探知が難しくなるからね」

 

自室にて俺は右にオーフェリア、左にシルヴィを置いてベッドの上に座りながら巨大な空間ウィンドウを見ている。空間ウィンドウには上空からのアスタリスクの映像が流れている。先程能力で影の鴉を生み出して、その鴉の足に付けたカメラが記録している映像だ。

 

俺は今エンフィールドの捜索をしている。見つけ次第天霧やリースフェルトに教えるつもりだ。本来なら干渉しない所だが、連中のやり方は気に入らない上に、天霧から助けを求められた以上何もしないってのは目覚めが悪過ぎる。

 

「……でも良いのかしら?バレたらシルヴィアのマネージャーに怒られるんじゃない?」

 

オーフェリアがそんな事を言ってくるが問題ない。何故なら……

 

「問題ないな。だってペトラさんはシルヴィに『俺とオーフェリア銀河の実働部隊と戦おうしたら止めろ』って言ったんだ。俺は単に次のデートに備えて能力を使って上空からあらゆる場所を下見しているだけだ。その時に偶々誰かが争っている光景を見てしまうのは、悪い事じゃないだろ?」

 

「……凄い屁理屈ね」

 

オーフェリアは呆れた表情を浮かべているが気にしない。

 

「屁理屈も立派な理屈だ。てかシルヴィが止めてない時点で問題ないだろ」

 

「まあ私としてもデートスポットの下見は重要だと思うな。その時に偶然クローディアが襲われている光景を見つけた場合、チームメイトの天霧君達に連絡を入れるのは当然だよね」

 

シルヴィもエンフィールドを見捨てるのは忍びないと思っているのか特に俺を止めようとしていない。

 

そんな事を話していると巨大な空間ウィンドウに星導館が映る。

 

「おっと、星導館が見えてきたな。良いデートスポットはあるか?」

 

「うーん。やっぱり人が少ない港湾ブロックとかが良いんじゃない?」

 

「え?シルヴィは野外プレイをしたいのか?」

 

「いやー……他の人に見られたら恥ずかしいし、自室が1番かな?港湾ブロックならキス程度にするよ」

 

「そっか。とりあえず下見をするか」

 

俺とシルヴィが詭弁を吐きまくりながらも空間ウィンドウを見ると、映像には既に星導館学園は見えなくなっており、学園部分と港湾ブロックの間にある巨大な運河のような水路を映している。

 

「……そういえば八幡。港湾ブロックって空を飛んだり泳いだりする以外にはどうやって行くの?」

 

「詳しくは知らんがアスタリスクの都市部と繋がっている車両ルートと、船を使った水上ルートと、学園内部から繋がる秘密のルートの3つがある」

 

「でも全て厳しくない?」

 

シルヴィの言う通りだ。車両ルートは都市部の許可が、水上ルートと銀河の許可が必要だ。秘密のルートは一般人が知る事は出来ないだろう。

 

都市部の許可は港湾ブロック関係者でない限り無理だろうし、銀河の許可は言わずもがなだろう。

 

「そうなると船を奪うか、リースフェルトの能力で空を飛ぶしかないな」

 

俺が居れば影の船や龍を作れるが、流石にそこまで協力したら俺や小町、ついでに最近アスタリスクに転勤した親父の身がヤバそうなので却下。一応天霧達には協力しているが、あくまで家から出ない範囲での協力だ。

 

え?お袋は身は心配しないのかって?お袋なら大丈夫だろう。寧ろ実働部隊を返り討ちにする光景しか見えない。お袋を殺したかったら星露クラスを連れてこないと無理だろうが、幾ら銀河の実働部隊でもあれクラスの実力者はいないだろう。

 

 

そう思いながら空間ウィンドウを見ると俺は驚きの感情が浮かぶ。鴉はいつの間にか港湾ブロックの上空に到着していて、空間ウィンドウには戦闘シーンが映されている。

 

それだけならまだ驚かない。エンフィールドが銀河の実働部隊と戦っているなら予想の範囲だから。

 

しかし今空間ウィンドウにエンフィールドは映っておらず……

 

「あらら……何で星導館の領地に『醒天大聖』がいるんだろう?」

 

界龍第七学院の元序列1位『醒天大聖』アレマ・セイヤーンが黒装束5人と戦闘をしている映像が流れている。まあ内1人は戦闘に参加してないが。

 

シルヴィも驚きを露わにしているが、俺には理由を理解した。

 

「多分星露が一枚噛んでるだろ。あのバトルジャンキーの事だから『万全なチーム・エンフィールドとチーム・黄龍の戦いが見たい』とか『星武祭だけじゃ刺激が足りないから適度なスパイスが欲しい』みたいな理由で動いてるんじゃね?」

 

俺は週に一度星露に鍛えて貰ってわかったことが2つある。

 

1つ、星露は間違いなく世界最強である事

 

2つ、星露は間違いなく世界で最も自己中である事

 

奴はとにかく楽しい事を探し求めていて、そこに一切の妥協や躊躇いは存在しない。

 

そして今回のセイヤーン派遣も間違いなく自分が楽しむ為だろう。実際俺の意見を聞いたシルヴィとオーフェリアも納得したように頷いている。

 

「かもね。それにしてもやっぱり彼女、強いね」

 

シルヴィが空間ウィンドウを見ながら感心する。空間ウィンドウではセイヤーンが黒装束の振るう刀を避けて、即座に違う黒装束の鳩尾に蹴りを入れてクレーンに叩きつける。そして飛んできた棒手裏剣をキャッチして投げ返し、避けた黒装束の顎に掌打を放ち気絶されると、そいつを掴んで違う黒装束に投げつける。

 

そうこうしている間に4人の黒装束は戦闘不能になり、セイヤーンと戦闘してない男だけとなる。その男は黒装束のメンバーの中で唯一頭部が露出している。上空からの映像なので詳しくは見えないが顔は老境に差し掛かっている事からかなりの歳だと思う。

 

しかし間違いなく断言出来る。あのジジイは間違いなく桁違いーーー俺やシルヴィ、暁彗に近い実力を持っているだろう。恐らくあのジジイが銀河の実働部隊の隊長だと思うが、マジでエンフィールドは危ないかもな……

 

「っと、それより連絡を入れないと」

 

無人化されている港湾ブロックであんな派手な戦闘をしているという事はエンフィールドが近くにいるのは間違いないだろう。

 

とりあえず俺はエンフィールドを除いたチーム・エンフィールドの4人に『星導館の港湾ブロックにて戦闘が行われている。多分エンフィールドもそこにいる』とメールを送る。

 

メールを送信すると同時に俺は鴉を操作してエンフィールドの捜索に移ろうとした。

 

しかし……

 

『さて……おぬしを片付ける前に、どこかの統合企業財体の鼠を片付けるとしようか』

 

そんな声が聞こえたかと思いきや、セイヤーンと対峙しているジジイが上を見上げて、空間ウィンドウに俺達を見ているような映像を見せてくる。あのジジイ……偵察を見破ってやがる……!

 

俺は同時に鴉を港湾ブロックから距離を取るように操作する。同時に黒い物体が飛んでくる。

 

辛うじて回避する事は出来たが、これ以上鴉を使ってエンフィールドの捜索をするのは無理そうだ。

 

そう判断した俺は鴉を操作してそのまま港湾ブロックから出る。さっきのジジイの言葉から察するに、鴉を操っているのが俺だとはバレてないようだが、もしも鴉を捕まえられたら足がつく可能性がある。

 

ここらが潮時だろう。俺は絶対に足がつかないよう念には念を入れて鴉にアスタリスクの外部を一周してから俺の影に戻るように指示を出して空間ウィンドウを閉じる。馬鹿正直に真っ直ぐ自宅に向かわせたら方向でバレるかもしれないからな。

 

「さて……家の中でやれる事は全部やったし、後は天霧達がエンフィールドを助けることを祈るか」

 

「そうね……とりあえず八幡、お疲れ様」

 

隣に座るオーフェリアが俺の頭を愛おしそうに撫でてくる。同時に幸せな気分になる。

 

「ありがとなオーフェリア、愛してる」

 

「ええ……私も八幡を愛しているわ」

 

オーフェリアは初めて出会った頃には想像出来ない位可愛い笑顔を見せて再度頭を撫でてくる。

 

「むぅ……えいっ!」

 

するとシルヴィが不満そうな声を出したかと思いきや、いきなり抱きついてきた。予想外の衝撃に俺はシルヴィに押し倒される形となる。

 

「どうしたんだよ?」

 

「八幡君、私にも愛してるって言ってよ……オーフェリアばかりズルいよ」

 

頬を膨らませながらシルヴィはおねだりをしてくる。嫉妬とかマジでこの子可愛過ぎだろ?

 

「わかったよシルヴィ……愛してる」

 

俺が愛してるとシルヴィに言うと……

 

「えへへー、私も愛してるよ、八幡君」

 

不満そうな表情を消して幸せそうな表情を見せてくる。本当に2人は自慢の彼女だ。今直ぐ結婚したい。

 

そんなアホな事を考えていると携帯端末が鳴り出す。この時間から察するにチーム・エンフィールドの誰かだろう。

 

案の定端末を見ればリースフェルトからだった。それを確認した俺は空間ウィンドウを開いて通話ボタンを押す。

 

「もしもし?」

 

『どういう事だ?!何故クローディアの居場所をわかったのだ?!』

 

予想通りの質問だな。

 

「さっきまで影で作った鴉を飛ばしてたら星導館学園の港湾ブロックでセイヤーンが黒装束の連中と戦闘しているのが見つかったんだよ」

 

『『醒天大聖』がウチの学園で?』

 

「ああ。このタイミングで無人化されている港湾ブロックで派手な戦闘をするとしたらエンフィールド関係だろう」

 

『まあその可能性は高いな……ちなみにクローディアは見てないのか?』

 

「それが探そうとしたら向こうにバレそうになって鴉を星導館から撤退させたからわからん」

 

『なるほど……ん?これは……!』

 

すると空間ウィンドウに映るリースフェルトの顔が下を向きながら強張る。何か新しい情報を手に入れたのか?

 

「どうした?天霧からラブコールでも来たのか?」

 

『この状況で来るわけないだろう!そうではなく!綾斗から連絡が来た。クローディアは本当に港湾ブロックにいるようだ。行く為のルートも記載されている』

 

何だと?恐らくルートは秘密のルートだと思うが、誰が教えたんだ?

 

「(まあ今はその情報に感謝するべきだろう)……そうか。じゃあ急いで助けてこい」

 

『ん?お前は来てくれないのか?』

 

「悪いが無理だ。助けてやりたいのは山々だがクインヴェールの理事長から派手に動くなと言われてるし、俺が動いて小町が巻き添えを食らうのはゴメンだ」

 

『そうか……いや、そもそも今回の事件に無関係のお前に頼むのは筋違いだな。済まなかった』

 

「別に気にしてない。それよりさっさと天霧と合流して助けに行け」

 

一分一秒も無駄にしている時間はないだろう。場所がわかっても間に合わなかったら本末転倒だし。

 

『わかった。必ず助けてくる』

 

そう言ってリースフェルトは通話を切るので俺は端末をポケットにしまう。とりあえず俺が銀河に目を付けられないレベルでやれる事は全部やった。後は天に祈る事くらいしか出来ないだろう。

 

「さて……可能なら無事だと良いんだがな」

 

「それは私も同感だけど、無傷ではいられないだろうね」

 

それについては同感だ。さっき俺の鴉を撃ち落そうとしたジジイは別格だ。エンフィールドの実力ならある程度戦う事は出来ると思うが勝つのは無理だろう。

 

仮に生き延びたとしてもそれなりのダメージにはなり、明日の試合に悪影響が出ると思う。つくづく今シーズンの星導館は厄介な問題が起こってるな。前シーズンの星導館は特に特徴のない弱小校だったのに。

 

「まあこれから先は俺がどうこう言っても仕方ないし、俺は俺の仕事ーーーチーム・ランスロット対策を練りますか」

 

エンフィールドの件について俺が出来る事はもう無い。だからここから先はチーム・エンフィールドに任せて、俺は明日の準備をしよう。

 

「じゃあ私とオーフェリアも手伝うよ。チーム・ランスロットの記録を見直して弱点になり得そうなものを探してみる」

 

「助かる。じゃあ俺はフロックハートと連絡を取って明日の試合のシミュレーションをするわ」

 

「……わかったわ。それと八幡」

 

「何だオーフェリア?」

 

「ラッキースケベはしないでね?」

 

「しねぇよ!」

 

てかシミュレーションは通信でやるのにどうやってラッキースケベをやれってんだよ?!普通に無理だからな!それともアレか?!俺のラッキースケベ能力なら空間ウィンドウ越しでも出来ると思っているのか?!

 

「……八幡なら、或いは」

 

「出来そうだよね……」

 

うわぁ……予想はしていたがどんだけ信用無いんだよ俺。てか当然の様に人の心を読むのを止めてくれませんかね?

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「ダメか……」

 

『ダメね……はぁ……』

 

自室にて俺は空間ウィンドウに映るフロックハートと一緒にため息を吐く。

 

明日の試合に備えてチーム・ランスロット戦のシミュレーションをやっているのだが全くマトモな案が出てこない。既に50種類以上の攻めるパターンを提示したが……

 

「1番マトモな作戦が正面突破って……」

 

『予想はしていたけど、いざチーム・ランスロットと戦うと理解してからシミュレーションすると頭が痛くなるわ』

 

「『はぁ……』」

 

再度一緒にため息を吐く。チーム・ランスロットはチーム戦に特化した獅鷲星武祭の中で究極なチームだ。チームメンバー5人を統合して融合させたチーム。

 

対抗するには下手な小細工をするよりチームとしてぶつかるのがベストだ。浮いた駒は速攻で食われるのがオチだ。

 

『……もう正面突破にしない?今から他の案を出しても碌な案は出ないでしょうし、どう正面突破するかを考えた方が効率が良いわ』

 

だろうな。どう正面突破ーーーその中でどうやってフェアクロフさんに『ダークリパルサー』を当てるか、それが勝敗を分けるだろう。

 

俺が了解の返事をしようとした時だった。

 

pipipi……

 

メールの着信音が鳴り響く。送り主は……天霧?

 

「すまん、ちょっとメールが来た」

 

フロックハートに一言断ってメールを開く。十中八九エンフィールド関係だとは思うが……

 

メールを開くと……

 

 

 

 

『とりあえず救出完了して、丁度今治療院の特別治療室に入ったところ』

 

そんな一文が表記されていた。メールの内容を理解すると同時に俺は安堵の息を吐いて椅子にへたり込む。どうやら予想以上に緊張していたようだ。

結局俺はフロックハートが話しかけてくるまで、安心していてフロックハートの存在を失念していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……じゃあ、この作戦で行くわね』

 

「だな。とはいえ最高の作戦で勝率が2.6%……もう絶望的過ぎて逆に笑っちまうな」

 

『……そうかもね』

 

空間ウィンドウに映るフロックハートはやつれた笑みを浮かべる。

 

自室にて、俺はフロックハートと一緒に対チーム・ランスロット戦のシミュレーションを6時間以上やって、丁度今目処がついた所だ。ちなみに恋人のシルヴィとオーフェリアは途中まで参加していたが、夕食が作る為に抜けている。

 

『ただ……もし仮に明日の試合でチーム・ランスロットを倒せて明後日「今はそれを考えるな」……そうね』

 

フロックハートの言いたい事は理解出来る。仮に明日チーム・ランスロットを倒せても優勝ではない。優勝するにはチーム・エンフィールドかチーム・黄龍のどちらかを倒さないといけないのだ。

 

そして俺の見立てじゃ勝ち上がってくるのはチーム・黄龍。チーム・エンフィールドは今日のアクシデントーーーエンフィールドが銀河の実働部隊に狙われるアクシデントに巻き込まれたのだ。先程天霧に聞いた所、エンフィールドは今も特別治療室にて寝ていて、他のメンバーも銀河の実働部隊や影星との戦いで消耗しているらしい。その状況で暁彗を倒すのは結構厳しいだろう。

 

「(まあ仮にチーム・エンフィールドが勝ち上がっても厳しいがな)……とりあえず決勝の事は明日の準決勝が終わってから考えよう。お前も6時間以上シミュレーションやって疲れてるだろうから今日は休め」

 

俺はともかくフロックハートは選手ーーーそれもチームの指揮官だ。万全な状態でないと勝てるものも勝てなくなっちまう。

 

『ええ。そうさせて貰うわ。じゃあまた明日』

 

そう言ってフロックハートは通話を切るので俺も空間ウィンドウを閉じてベッドに横になる。予想以上に疲れたな……まさか6時間以上も付き合うとは思わなかった。どうやら俺の中ではあいつらの存在が予想以上に大きくなっているようだ。

 

(是非とも優勝させたいもんだ……)

 

総武中が嫌だからアスタリスクに来た俺だが、来た時には想像出来ないくらい他人と関わりを持つようになった。そしてその関わりはどれも心地良い関わりばかりだ。

 

やっぱりアスタリスクに来て正解だ。総武中に居たんじゃ居心地の悪い詰まらない学園生活を送っていただろうが、今は大切な恋人2人を始めとした様々な人間によって楽しい生活を送れているし。

 

そんな事をぼんやりと考えている時だった。

 

「八幡、ご飯が出来たわよ。作戦会議は……終わってるみたいね」

 

恋人の1人であるオーフェリアがエプロン姿で自室に入ってきてそう言ってくる。

 

「丁度今終わった所だ。直ぐに行く」

 

そう返した俺はベッドから起きてオーフェリアの元に歩き出す。するとオーフェリアが俺の手を引っ張り歩き出すのでそれに続く。エプロン姿のオーフェリアに手を引っ張られるのは何となくドキドキするな。

 

手を繋ぐなんて日常茶飯事だが、違う見た目だとそれはそれで破壊力がヤバい。

 

そんな事を考えながらリビングに行くと、もう1人の恋人のシルヴィがオーフェリアと同じようにエプロンをつけながら料理をテーブルに置いていた。そして俺に気付くと見る者全てを魅了する笑みを浮かべてくる。

 

「お疲れ様八幡。八幡君の好物を一杯作ったから、ね?」

 

「……しっかり食べて疲れを取ってね」

 

マジで最高だ。2人と恋人になってから1年ちょい。2人は毎日俺の為に美味い飯を作ってくれている。

 

「ありがとなシルヴィ、オーフェリア」

 

改めて礼を言うと2人はキョトンとした表情を浮かべるも、それも一瞬で……

 

「「どういたしまして」」

 

俺にだけ向けてくれる優しい笑顔を見せてくる。それを見る度にここが俺の居場所だと思えてしまう。可能ならこの幸せが永遠に続いて欲しいものだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで八幡君。結局作戦はどうなったの?」

 

「基本的には正面突破だな。そこにチームメンバーが突出しない程度で作戦を織り交ぜていく」

 

「……まあチーム・ランスロットが相手なら間違ってはいないわね」

 

夕食の席にて俺は恋人2人にさっきまでフロックハートと話していた内容を説明する。夕食に話す話題としてはアレかもしれないが、オーフェリアとシルヴィもエンフィールドが一命をとりとめた事は知ってるから、話す内容は明日の試合の事しかない。

 

「細かい作戦は明日の朝説明する事になってるから、明日は早めに起きてシリウスドームの控え室に行くぞ」

 

「了解。それと八幡君、わかってるけど思うけどラッキースケベはダメだからね?」

 

言われて俺は昨日のやり取りを思い出してしまう。チーム・トリスタン戦が終わった後に差し入れをするべくチーム・赫夜の控え室に行ったら全員がシャワーを浴びてバスタオル姿だったんだよなぁ……

 

「いや待て。アレは事故だし昨夜搾り取って許してくれたんじゃないのか?」

 

「もちろん昨日の事は許してるよ。ただ明日はしないでねって言ったんだよ」

 

「……了解した。最善の注意を払って行動する」

 

まあ気を付けてアレなんだけどな。それを馬鹿正直に言ったら3日連続で搾り取られそうだから絶対に言わないけど。

 

「……なら良いわ。さあ、食べましょう」

 

オーフェリアがそう言ったので食べるのを再開する。とりあえず今は疲れた頭を回復させる事に集中しないとな。飯を食った後も対策を練らなきゃいけないんだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食から6時間後……

 

夕食を済ませた俺は予定通りチーム・ランスロットの対策を講じるべく、今回の獅鷲星武祭でのチーム・ランスロットの試合と、チーム・ランスロットのメンバー全員の今年度の公式序列戦の記録を全て見直した。

 

オーフェリアとシルヴィは途中まで一緒に対策を講じていたが、日が変わる直前に先に寝かせている。

 

昨夜俺達はお楽しみをしたので碌に寝てない。流石に3日連続夜更かしは美容に良くないと半ば強引に2人を寝かせた。2人は猛反対したが、俺が「じゃあ1週間はキス無しな」と言ったら大人しく寝てくれた。

 

閑話休題……

 

一応フロックハートとやったシミュレーションでは浮かばなかった新しい策も出てきたので有意義な時間だと思えるが……

 

「頭が痛え……」

 

6時間ぶっ続けで記録を見ていたから頭が痛い。あいつらが勝つ為なら安い犠牲だが、痛いものは痛い。

 

「マジで負けんじゃねぇぞ……」

 

思わず独り言を呟く。ここまで来たんだし優勝はして貰わないとな。

 

そこまで考えている時だった。不意に端末が鳴り出したので見てみる。すると画面にはクローディア・エンフィールドと表記されていた。

 

同時に俺が通話ボタンを押すと見知った金髪美女が映る。見ればあらゆる場所に治療の痕跡はあり控え目に言ってもボロボロだ。

 

「よう、とりあえず生きてるようだな」

 

『ええ、おかげさまで』

 

「礼を言われる事はしてないと思うぞ」

 

『あら?綾斗から聞きましたが、私の捜索に協力してくれたらしいじゃないですか?』

 

「気まぐれだよ気まぐれ。それより大丈夫なのか?今回は生き延びたみたいだが、次はヤバいんじゃね?」

 

統合企業財体の人間が一度失敗した位で諦める筈はない。直ぐに次の刺客を派遣するだろう。

 

『その件ですが大丈夫です。お母様にある情報を売りつけて暫くの間は狙われないでしょう』

 

その口調からは強い自信があるので、銀河にとって相当有益な情報を売りつけたのだろう。統合企業財体の最高幹部は利益を最優先とするからな。

 

「まあそれならそれで良いが……お前今回の件で何かあったのか?」

 

今までのエンフィールドは大人びた表情の仮面を被っているイメージだが、今のエンフィールドは年相応の可愛らしい表情を浮かべている。逃げてる間に何かしら心境の変化があったと思える。

 

『そうですね……未来には何があるかわからなくて、可能性を考える楽しさを知りましたね』

 

「何だそりゃ?」

 

『ふふっ……もう夜遅いので詳しい説明は後日にしますが、綾斗達にお説教を受けて色々と思うことが出来たのですよ』

 

「よくわからんが、お前が楽しそうなら良いんじゃね?それより明日は試合なんだし出来るだけ回復しとけよ」

 

チーム・エンフィールドが明日戦うのはチーム・黄龍。優勝候補のチームだが、今日銀河の実働部隊とやり合ったチーム・エンフィールドにはかなりキツい相手だろう。

 

『ここで私に回復しとけよと言うことは、明日までに比較的マシなコンディションになり、チーム・黄龍と潰し合えと思ってますね?』

 

「否定はしない」

 

仮に俺が応援しているチーム・赫夜がチーム・ランスロットに勝てたとしてもかなりボロボロになるだろう。

 

そうなったチーム・赫夜が優勝するには、決勝で戦うチーム・エンフィールドかチーム・黄龍がどれだけボロボロになっているかにかかっているからな。

 

仮にチーム・エンフィールドが明日までにマシなコンディションにならなかったらチーム・黄龍が殆ど無傷で圧勝するだろう。そうなったらチーム・赫夜が優勝するのは不可能。

 

だから俺としてはチーム・エンフィールドが明日までに出来るだけ万全に近い状態となりチーム・黄龍と潰し合って欲しい。

 

『貴方のそういう馬鹿正直な所は嫌いじゃないですよ。ですが1つだけ……優勝するのは私達です』

 

エンフィールドは空間ウィンドウ越しに不敵な笑みを浮かべている。どうやらこいつは本気でチーム・黄龍に勝つ気のようだ。

 

なら俺が言う言葉は決まっている。

 

「いや、優勝するのは若宮達チーム・赫夜だ」

 

もちろん準決勝まで残った4チームで1番弱いのはチーム・赫夜だ。しかし俺はあいつらに賭けてみたいと思っている。

 

『そうですか。では決勝で彼女らと戦うのを楽しみにしてますよ』

 

「ああ……それよりもう遅いから切るぞ」

 

明日に備えて早く寝たいし、それは向こうもだろう。

 

『ええ。ご迷惑をおかけしました』

 

「俺は気にしてないから天霧達にはもう一回謝っとけ。それと星武祭が終わったら今回の件について教えて貰うぞ」

 

今は星武祭に集中したいが、事件の顛末については知っておきたいし。

 

『わかりました。ではまた』

 

その言葉を最後にエンフィールドの顔が空間ウィンドウから消えたので俺は通話を切って端末を机に置いて息を吐く。色々あったが、とりあえず平和に終わったみたいだ。

 

(とりあえず俺も寝るか……)

 

そう思いながら俺はリビングの電気を消して寝室に向かう。寝室のドアを開けると既に真っ暗になっていたので窓からさす月明かりを頼りにベッドに向かう。そして俺がいつものようにオーフェリアとシルヴィの間に入ろうとすると……

 

「っ……!」

 

いきなりベッドから2本の手が伸びて俺のパジャマを掴み、そのままベッドに引き込んでくる。身体がベッドに叩きつけられると、間髪入れずに左右から柔らかい感触が伝わってくる。

 

「やっと来たね、八幡君」

 

「……ずっとずっと待っていたのよ」

 

左右から恋人2人の待ち望んでいたような声が聞こえてきた。そして2人は離すまいと強く抱きしめてくる。

 

「お前ら……寝てたんじゃないのかよ?」

 

「八幡君の言う通りベッドには向かったよ」

 

「でも、八幡が居なくて寂しくて眠れなかったのよ、ねえシルヴィア」

 

「うん。ライブとかで離れ離れの場合は一緒に寝れないってわかってるから割り切れたけど、同じ家にいるのに私だけ先に寝るのは無理だよ……」

 

シルヴィの寂しそうな顔が月明かりによって照らされる。それを認識すると胸に罪悪感が湧き上がる。

 

「ごめんなシルヴィ……よく考えたら俺も早く寝て朝に記録を見れば良かった」

 

オーフェリアはまだしも、シルヴィは1年の内、4割近くは離れ離れになっているのだ。一緒にいる間は寂しい思いはさせないようにしないとな。

 

「別に怒ってる訳じゃないよ。八幡君が美奈兎ちゃん達の為に一生懸命なのは嬉しいし……」

 

シルヴィは儚い笑みを浮かべるが、悪いのは俺だ。

 

「いや、お前らが気にする事はない。今後は気を付ける」

 

「「……ありがとう」」

 

2人はそう言って更に強く抱きついてくるので俺は2人の抱擁を受け止める。俺の行動は彼氏としてあるまじき行動だ。次からは気を付けないとな……

 

そう思いながら俺は一度ベッドから身体を起こして、ベッドの上にいる2人の方を向き……

 

「「「んっ……」」」

 

2人を抱き寄せて3人でキスをする。詫びの気持ちを伝えるべく強く押しつけるように。

 

唇を離すと2人は幸せそうな笑みを浮かべて俺を見てくる。

 

「……ありがとう八幡君。凄く気持ち良かったよ」

 

「……もう寂しい気持ちは吹き飛んだわ」

 

「なら良かった……お休み」

 

俺がそう言うと2人は頷き……

 

「「お休み、八幡(君)」」

 

ちゅっ……

 

俺に近付き再度キスをしてくるので俺は2人のキスを受け止めて幸せな気分になりながら、襲ってくる睡魔に身を任せた。



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比企谷八幡は遂に準決勝の朝を迎える

獅鷲星武祭準決勝当日

 

獅鷲星武祭も後3試合で幕を閉じる。しかしその3試合は今までの試合よりも白熱した試合になるだろう。

 

今俺は2人の恋人を連れてシリウスドームに向かっているが、道行く人達からは隠しきれない興奮が見て取れる。

 

まあ大半の人間が俺と繋がりを持つチーム・赫夜が負けると思っているだろう。悔しいが残った4チームの中でチーム・赫夜が総合力で劣っているのは事実だし。

 

しかしこの世には絶対はない。そしてあいつらを見ていると何かをやってくれそうだと思ってしまう。だから俺は少しでもあいつらの力になりたいと思っている。

 

そんな事を考えていると、いつの間にかシリウスドームに到着していた。今は午前9時でチーム・赫夜が出る準決勝第一試合まで3時間近くあるが、ドームには沢山の人が居て今か今かと待ち望んでいるのがわかる。

 

そんな観客を見ながら俺はチーム・赫夜の控え室に向かって歩き出す。集合時間は9時半なので余裕で間に合うだろう。まあ赫夜のメンバーの大半が真面目だから既に控え室にいる可能性はあるが。

 

暫く歩くとチーム・赫夜の控え室に到着するが、直ぐにパスカードを使わずに端末を取り出して電話をする。空間ウィンドウには若宮美奈兎と表記されていて、直ぐに小動物のような雰囲気を醸し出す少女が映る。

 

「もしもし若宮か?」

 

『あ、比企谷君!いきなり電話してどうしたの?』

 

「いや、丁度控え室に着いたんだが、今ドアを開けて大丈夫か?」

 

一昨日はいきなり開けた結果、チーム・赫夜の5人のバスタオル姿(内2人は全裸)を見たからな。同じヘマはするつもりはない。

 

そう判断して若宮に聞いてみると……

 

『ごめん。ちょっと待ってくれない?さっきソフィア先輩が飲み物を溢して丁度着替えてるんだ。ソフィア先輩が着替え終わったらこっちから開けるね』

 

若宮はそう言って通話を終了するが……

 

「危なかった……」

 

思わずそう呟いてしまう。見れば両隣にいる恋人のオーフェリアとシルヴィはウンウン頷いていた。

 

「良かったよ。ここで八幡君がいきなりドアを開けてたら今夜も搾り取ってたよ」

 

「いやいや、流石に搾り取りすぎじゃね?」

 

最大で6回もヤる時もあるが、アレは結構キツイんだよなぁ……翌日腰が痛くなるし

 

「……嫌そうに言ってるけど、八幡だって後半は楽しんでるじゃない」

 

「まあ……否定はしないけど」

 

返す言葉もない。確かに後半は深夜でテンションがおかしくなるからか結構楽しんでるのは事実だ。翌日に恥ずかしい思いをするけど。

 

そんなアホな事を考えているとドアが開いた。

 

「お待たせー、もう大丈夫だよ」

 

若宮の声につられて控え室に入ると、赫夜の5人が揃っていた。フェアクロフ先輩を見れば上着を着ていなかったが制服の上着を汚したと思える。まあシャツに校章を付ければ試合には影響はないし大丈夫だろう。

 

とりあえず今は本題に入ろう。

 

「サンキューな。とりあえず最初に聞くが全員体調はどうだ?」

 

1番重要な事を聞く。特に若宮とアッヘンヴァル。この2人は一昨日の準々決勝で俺の能力やフェアクロフ先輩の能力を使って肉体に負荷が掛かったから心配だ。ぶっちゃけ2人が万全じゃなかったら勝率が3%から0.01%以下に落ちるだろう。

 

対する2人は……

 

「私は大丈夫!昨日一日中寝たら元気になったよ!ニーナちゃんは?」

 

「わ、私も大丈夫……!」

 

若宮は元気良く手を上げて、アッヘンヴァルは小さく握り拳を作って元気である事をアピールする。

 

「私も大丈夫ですわ」

 

「私もです。昨日はゆっくり休めましたので」

 

「私も大丈夫ね。昨日八幡とのシミュレーションが終わってから直ぐに寝たし」

 

他の3人も各々元気である事を伝えてくる。良し、とりあえず勝つ為の最低条件はクリアしたな。こっちが万全じゃないと勝ち目はないだろう。

 

「なら良い。そんじゃ最後の作戦会議をするから座ってくれ」

 

言いながら俺とフロックハートは並んで端末を取り出して準備をする。そしてフロックハート以外の赫夜のメンバーと俺の恋人2人が椅子に座るのを確認すると同時に空間ウィンドウを開く。

 

「先ずはこれを見ろ。昨日俺とフロックハートが試算したチーム・ランスロット戦のシミュレーション結果だ」

 

若宮達4人は空間ウィンドウを見るとウンザリしたような表情を浮かべる。

 

「酷過ぎる……」

 

アッヘンヴァルの言葉に控え室にいる全員が頷くが仕方ないだろう。何せ戦闘パターンを最終的に300パターン出した結果、勝ち目のあるパターンは全部で8パターンーーーーつまり勝率は3%を下回っている。

 

「ええ。そしてその8パターンもやり方に違いはあっても基本コンセプトは正面突破よ」

 

チーム・ランスロットはチーム戦に特化した獅鷲星武祭の中で究極なチームだ。チームメンバー5人を統合して融合させたチームだ。もしもこちらのチームから1人でも突出したら、そいつは間違いなくなす術なく負けるだろう。総合力で劣っている以上それは愚策だ

 

「ですが、チームの練度はこちらが劣っているので正面突破は厳しいのでは?」

 

「そこを何とかするのが作戦だ。一応俺とフロックハートは作戦を立ててきたが聞いてくれ」

 

「わかりました」

 

蓮城寺の問いにそう返事をすると頷いてくるので俺はフロックハートと目を合わせてから頷く。

 

「ありがとう。じゃあ先ずは向こうの動きから説明するわ」

 

フロックハートがそう言って空間ウィンドウを操作するとチーム・ランスロットの5人が映る。

 

「チーム・ランスロットのフォーメーションは、前衛にリーダーのアーネスト・フェアクロフと制圧力の高いライオネル・カーシュ、中盤に支援能力の高いレティシア・ブランシャールとケヴィン・ホルスト、後衛に防御不能の攻撃を持つパーシヴァル・ガードナーといつものパターンだと思うわ」

 

「基本的にブランシャールとパーシヴァルは前に出ないで、ケヴィンさんは状況に応じてライオネルさんと組む……が、先に言っておくがパーシヴァルの校章は狙わなくて良い……ってのが俺とフロックハートの考えだ」

 

「え?防御不能の攻撃を持つガードナーさんは狙わないの?!」

 

俺達の言葉に若宮が口を開ける。気持ちはわからなくない。パーシヴァルの『贖罪の錘角』は危険だし潰すべきだと考えるのも仕方ない。

 

……が、

 

「それは止めておいた方が良い。パーシヴァルを叩く場合は前衛2人とケヴィンさんはともかく、ブランシャールは避けては通れないから倒すのは無理だろう」

 

空間ウィンドウにこれまでのチーム・ランスロットの試合を映す。ケヴィンさんは偶に前に出る時はあるが、ブランシャールは徹底して前に出ずに支援に徹している。つまりパーシヴァルの元に行くにはブランシャールを倒さないといけないのだ。

 

しかしブランシャールも3年前と違って桁違いに腕を上げているので突破するのは厳しい。その上パーシヴァルがブランシャールの援護をしたら赫夜のメンバーの1人は確実に落ちて、タダでさえデカい総合力の差が更にデカくなるだろう。

 

「それはわかりましたが、パーシヴァル・ガードナーを無視するのは少々危険ではなくて?」

 

「まあな。だがフロックハートの能力を使えば若宮達が戦闘中でもパーシヴァルの攻撃のタイミングがわかる」

 

「ええ。だから私は基本的に柚陽と一緒に後ろで前衛の援護をして、状況によってはソフィア先輩か美奈兎か八幡の能力をトレースして前に出るわ」

 

まあフロックハートはチームリーダーだから余程の事がない限り前衛に出ないだろう。

 

「なるほど……では前衛はどうしますの?」

 

「先ずライオネル・カーシュは機動力の高い美奈兎が。彼は制圧力は高いけど、武器が巨大だから詰め寄れば充分に勝機はあるわ」

 

「うん、わかった!」

 

「んでアッヘンヴァルは若宮の援護。ただしケヴィンさんが前に出たらケヴィンさんの相手をしろ。ケヴィンさんの防御力はガラードワーストップだから、フロックハートの能力をガンガン使って圧倒的な手数で倒せ」

 

「で、でもそれじゃあ明日の決勝は……」

 

「決勝の事は勝ってから考えろ。チーム・ランスロット相手に出し惜しみをする余裕はない」

 

確かにフロックハートの能力をガンガン使えば翌日は筋肉痛になる可能性が高い。しかしそれを恐れて出し惜しみして負けたんじゃ話にならないからな。

 

「わ、わかった!」

 

俺がそう言うとアッヘンヴァルは小さく頷く。表情を見る限り真剣だし、これで試合中に躊躇うことはないだろう。

 

「で、では私は……!」

 

フェアクロフ先輩の表情が強張る。どうやら自分の戦う相手を理解したようだ。

 

「ええ。ソフィア先輩はアーネスト・フェアクロフをお願いします。ソフィア先輩以外のメンバーではアーネスト・フェアクロフに手も足も出ないでしょうから」

 

フロックハートは断言するが、俺も同意見だ。多分フェアクロフさんの相手は妹のフェアクロフ先輩しか出来ないだろう。

 

理由はフェアクロフさんの持つ純星煌式武装『白濾の魔剣』だ。アレは任意のものだけをぶった斬りそれ以外の物をすり抜ける防御不能の能力を持っているので、対処するには防御ではなくて回避を選ばないといけない。

 

しかし普通の人は『白濾の魔剣』の能力を理解していても、身体が勝手に反応して防ごうとしてしまうので、厄介なのだ。

 

その点フェアクロフ先輩は兄妹だけあってフェアクロフさんの剣技に対して理解も深いだろうし、今日まで同じ防御不能の能力を持つ純星煌式武装『黒炉の魔剣』を持つ天霧相手に鍛錬をしていたのだ。フェアクロフさんの相手を出来るのは彼女しかいない。

 

フェアクロフ先輩も頭が良いのでフロックハートの意見を理解したようだ。緊張した雰囲気を見せながらも頷いた。

 

「尚、ソフィア先輩は負けない事を最優先にして、負けそうになった場合、『ダークリパルサー』を使ってください」

 

「わかりましたわ。幾らお兄様でもアレを受けたらマトモに動けなくなるでしょう」

 

だろうな。俺やシルヴィ、お袋もマトモに動けなくなったし、当てれば勝ちが大幅に近くなるだろう。まあフェアクロフさんクラスの相手に当てるのは至難だと思うが。

 

「んで蓮城寺はブランシャールの光の翼を撃ち落せ」

 

「わかりました。ですが全て撃ち落すのは無理だと思います」

 

だろうな。蓮城寺が一度に正確に放てる矢は8本。対するブランシャールが一度に使う翼は12枚。どんなに撃ち落しても最低4枚は残る。

 

「それは私がパーシヴァル・ガードナーの攻撃を注視しながら、回避のタイミングを皆の頭に伝えるわ」

 

「とりあえずフォーメーションについては以上だ。次に作戦に映るが心して聞けよ?」

 

『はい!』

 

メンバーから了解の返事が来たので俺は説明を始めた。

 

その際に幾つかぶっ飛んだ作戦も言ったので赫夜のメンバー(特に作戦を実行する人)は驚きを露わにしていたが、気にしない。勝つ為には奇抜な作戦も必要だからな。それこそ相手の想定の外にあるような奇抜な作戦が。

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「……これで作戦会議は終わりよ。後は……試合まで1時間半あるから軽いストレッチをしたり各々の担当する相手のデータを見ておいて」

 

「はーい」

 

「はい」

 

「わかりましたわ!」

 

「う、うん!」

 

フロックハートが作戦会議の終了を告げる。とりあえずやるべき事は全部やった。後は若宮達が自分が全力を尽くすだけだ。

 

「じゃあ俺達は観戦室に行くが、頑張れよ」

 

模擬戦をするならともかく、ストレッチや記録の見直し位なら俺達がいる必要はない。寧ろ居ることで緊張が増すかもしれないし。

 

「わかった!比企谷君!シルヴィアさん!オーフェリアさん!」

 

すると若宮が元気良く俺達に話しかけてくる。俺達3人は思わず顔を見合わせながらも、直ぐに若宮の方に向く。

 

「どうした?」

 

「私達、必ず勝つね!願いを叶える為だけじゃなくて、統合企業財体が3人の関係にケチを入れない為にも!」

 

力強くそう言ってくる。確かにW=Wはチーム・赫夜が準優勝以上になれば、俺とオーフェリアがW=Wに就職する事を条件に俺達3人の交際に一切ケチを入れないと言っていたな。

 

それを考えると思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「……そうか」

 

「ありがとうね美奈兎ちゃん」

 

「……期待してるわ」

 

俺達は礼を言って控え室を後にする。本当に良い奴らだな。付き合いを持ってから1年、色々ラッキースケベはやったが、比較的良好な関係は得られたので是非とも優勝する光景を見せて欲しいものだ。

 

昨日エンフィールドも言っていたが、可能性に思いを馳せるのも悪くないのかもしれない。

 

そんな当たり前の事を考えながら俺はクインヴェールの専用観戦室に向かって歩くのを再開した。



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比企谷八幡はお袋に秘密を暴露された後、イチャイチャして悶死する

チーム・赫夜のメンバーと別れた俺達はクインヴェールの専用観戦室に向かった。あそこなら基本的に静かに観戦出来るし、悪くない選択だが……

 

「暇だな」

 

「暇だね」

 

「暇ね」

 

俺と恋人2人は思わずそう呟きながらステージを見る。試合はまだ始まっておらず、現在はこれまでの試合を振り返っているが、どれも有力候補同士の知り合いで俺達は全部見た試合だ。観客は盛り上がっているが、俺達からしたら退屈極まりない。

 

試合前だから邪魔にならないように早めに若宮達と別れて観戦室に来たが、試合まで後1時間半ぐらいある為、観戦室には試合を見る予定のお袋やペトラさん、ルサールカの面々もまだ来ていない。これならもう少し若宮達と居ても良かったか?

 

「(まあ過ぎた事を言っても仕方ないか……)悪い、ちょっと手洗いに行ってくる。ついでに早めに昼飯を買っておくつもりだが、何か食いたい物はあるか?」

 

「「八幡(君)と同じで」」

 

2人は同時に即答する。さいですか……まあ、2人がそれを望むならどうこう言わないが。とりあえず俺と同じものを望むなら脂っこい弁当は止めておこう。

 

「はいよ、じゃあちょっと行ってくるわ」

 

2人にそう言った俺は観戦室のドアを開けて、売店のある階に行くべくエレベーターまで人にぶつからない程度の速さで走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず……俺とシルヴィとオーフェリアはサンドイッチ、ルサールカは前と同じで大丈夫だろう。ペトラさんはサッパリした物、お袋は……肉だろうな」

 

俺は売店で自分と恋人2人、ついでに一緒に観戦する面々の分の弁当も選んでいる。お袋はとにかく肉好きだから肉が多い弁当にしよう。どうせ幾ら食べても学校で生徒相手に暴れまくっていて直ぐにカロリーを消費するだろうし。

 

そんな事を考えながら売店を出ると……

 

『あっ』

 

チーム・エンフィールドの5人と鉢合わせする。なんて偶然だよ?

 

「あら比企谷君。昨日はご迷惑をおかけしました。改めてお詫びします」

 

先頭を歩くエンフィールドがぺこりと頭を下げてくる。大して協力していない俺にも頭を下げるなんて律儀な奴だ。

 

「気にしなくていい。それより今日の試合は大丈夫なのか?」

 

5人全員から疲労が見える。特にエンフィールドと天霧とリースフェルトは結構ヤバそうだ。

 

「万全ではないですね。まあ私達の試合は夕方からでるから、それまでには比較的マシになるでしょう。それよりそちらこそ大丈夫なのですか?」

 

まあそんな風に質問するのも仕方ない。若宮達の相手は獅鷲星武祭を二連覇しているチーム・ランスロットだし。

 

「一応万全だな。とはいえ厳しい戦いにはなるのは変わらないが」

 

「でしょうね。まあ私としては大金星が生まれることを祈っていますよ」

 

「それは決勝で闘う相手がチーム・赫夜の方が与し易いと受け取って良いんだな?」

 

「ええ。仮に勝てたとしてもボロボロになっているでしょうから」

 

「そうか。じゃあ俺はお前らがチーム・黄龍と潰し合うことを祈ってるな」

 

言いながら俺とエンフィールドは互いに笑い合う。しかしエンフィールドの目は一切笑ってないが、多分俺の目も笑ってないだろう。やはりこいつは腹黒いな。

 

「こ、怖いですね……」

 

チーム・エンフィールドの面々はドン引きしていて、刀藤に至っては怯えているが、俺からしたら剣を持ったお前の方が怖いからな。タイマンでやったら負けはないが結構梃子摺るのは確実だろう。

 

「まあ良い。それよりお前ら、随分と来るのが早いな」

 

チーム・エンフィールドとチーム・黄龍の試合は夕方で5時間近くある。俺はてっきり3時くらいにシリウスドームに入ると思っていた。

 

「第一試合を見ておきたいですし、落ち着いて作戦会議をするなら控え室が1番ですから」

 

「なるほどな……まあお前らを見る限り少し前のめりになっているように見えるし妥当な判断だな」

 

「はい。ですから少し落ち着いて第一試合を見て、作戦会議をする流れですね」

 

まあ昨日は色々あり過ぎたから気を張るのも仕方ないが。

 

「ならば、クローディアに聞いておきたい事がある」

 

するとエンフィールドの後ろにいた沙々宮が急に口を開けて手を挙げて……

 

「クローディアは綾斗に告白したのだろう?その結果を知りたい」

 

無表情でありながら爆弾を投下した。

 

「ぶふっ?!」

 

「ええっ?!」

 

その爆弾に天霧とエンフィールドが真っ赤になって噴き出す。まあ気持ちはわからんでもないが……もしかして昨日エンフィールドの雰囲気が変わったのはそれが原因か?

 

「い、いきなり何を言い出すのですか……!」

 

エンフィールドは真っ赤になって反論するが、妙に可愛くてドキドキしてしま『pipipi……』……メールだ。このタイミングで来るということは……

 

内心ビクビクしながらもメールを見ると……

 

『fromオーフェリア 八幡、今女子にデレデレしたわね。今夜搾り取るから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今私とオーフェリアさん以外の女の子にデレデレしたでしょ。今夜搾り取るから』

 

予想していたメールが来る。毎回思うが何でわかるんだよこいつらは……?まあいつものことだから気にしない。諦めて今夜は搾り取られよう。

 

そんな事を考えながら端末をしまい前を見ると、沙々宮がエンフィールドに詰め寄っていた。対するエンフィールドは真っ赤になってごにょごにょ呟いて、天霧も同じように真っ赤になっていて、リースフェルトと刀藤はハラハラしたように3人を見ている。今更だが、売店の前で何をやってんだ俺達は?

 

呆れる中、エンフィールドは一度深呼吸してから胸に手を当てて……

 

「その件に関しては、昨日の事件のどさくさに紛れて伝わったので私自身は良しとしません。ですからいつか自分から綾斗に気持ちを伝えるつもりです。以上っ!」

 

「……なるほど。つまりまだ私のアドバンテージは生きているということ。安心した」

 

沙々宮は安心したようにウンウン頷いているが、それはつまりこいつも天霧に告白したのだろう。女子2人に告白されるとか……リア充爆発しろ」

 

「いや!比企谷だけには言われなくないからね!」

 

天霧がツッコミを入れてくるが口に出していたのか?

 

「全くだ。オーフェリアとシルヴィア・リューネハイムの2人と付き合っているお前だけには言われたくないだろうな」

 

リースフェルトは呆れながら俺にツッコミを入れてくる。そうだ、いつも一緒に居て当たり前だと思っていたが、俺の理論じゃ俺もリア充じゃん。

 

「まあそりゃそうか。で、天霧はどうすんだよ?」

 

「どうすんだって……何を?」

 

「いやなに、1人の告白を受け入れるか、俺みたいに2人ーーー複数の告白を受け入れるかだよ」

 

「ええっ?!」

 

「……私としては綾斗を独り占めしたい」

 

「わ、私は綾斗の横に立てるならどちらでも……!」

 

「紗夜?!クローディア?!」

 

「何を言っているんだお前らは?!そ、それで綾斗!お前はどう考えているんだ!」

 

「あわわ……!わ、私は綾斗先輩の好きにしたら良いと思います!」

 

なるほどな、沙々宮は独り占めしたくて、エンフィールドは天霧と付き合うこと最優先。リースフェルトと刀藤はまだ告白してないようだが、今後どうなるかは天霧の対応次第だが……天霧は俺と違ってクソ真面目だろうし、1人の女子としか付き合わないだろう。

 

まあリースフェルトと付き合ってリーゼルタニアの王族の養子になったら、愛人云々でエンフィールド達とも付き合う可能性はあると思うが。

 

とりあえず……

 

「悪いが俺はこれで失礼する。互いに頑張ろうぜ」

 

言いながらチーム・エンフィールドの面々から背を向ける。弁当を買ったし、売店がこれ以上混雑する前に早めにクインヴェールの専用観戦室に戻るべきだろう。

 

「いやいや!引っ掻き回すだけ引っ掻き回していなくならないでよ!」

 

後ろから天霧の悲痛な叫び声が聞こえてくるが気にしない。同時に何故かワインが飲みたくなったが、未成年だから我慢しよう。

 

しかし何故俺は今、ワインを飲みたくなったんだ?

 

 

 

 

 

 

「それで綾斗?私は綾斗がハーレムを作るというなら受け入れますよ?」

 

「い、いやそれは……!比企谷……恨むよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで八幡、誰にデレデレしたのかしら?」

 

「エンフィールドにです、はい」

 

所変わってクインヴェールの専用観戦室にて、俺は今正座をしている。目の前にはドス黒いオーラを出したオーフェリアとシルヴィが仁王立ちしている。

 

2人の後ろでは一緒に試合を見るお袋やルサールカやペトラさんが野次馬精神を発揮している。しかし全員助けてくれる気配はない。

 

「ふーん。でも何でクローディアに?」

 

「えっと、実は昨日エンフィールドが天霧に告白したらしく、その話を沙々宮が暴露して、その時のエンフィールドの反応が可愛らしく思いました」

 

ここで嘘を言ったら間違いなく地獄を見るから正直に話す。しかし……

 

「ふーん……」

 

これほど平坦な声は聞いた事がない。マジで怖過ぎるわ。

 

「いや、その……済まん。ぶっちゃけ見惚れたのは事実だが、手を出すなんてことは考えてないからな?」

 

「当然よ……そんな事をしたら……」

 

オーフェリアはそう言うと一区切りして口を閉じる。ちょっと?!したらなにをするつもりなんだ?!

 

聞きたいのは山々だが、ここで聞いたら後戻りが出来なそうなので止めておく。

 

「まあまあ、その辺にしてやってあげなよ。馬鹿息子は他の女子にデレデレする事はあっても、愛してるのはシルヴィアちゃんとオーフェリアちゃんの2人だけなんだから」

 

内心ビクビクしているとお袋が仲介をしてくる。しかし俺は全く安心出来ない。何故ならお袋はニヤニヤ笑っているのだから。

 

「お義母さん……」

 

「本当だよ。だって……」

 

お袋はニヤニヤ笑いながら一つ区切り……

 

 

 

 

 

 

 

「八幡って私に将来2人の子供に名前を付ける時にどうしたら良いかって助言を求めてるくらいなんだから」

 

そのまま俺の秘密を暴露してきた。するとさっきまで膨れっ面を浮かべいたシルヴィとオーフェリアは一瞬だけキョトンとした表情になるも……

 

「え?!ええっ?!」

 

「……本当?」

 

顔を真っ赤にしながらお袋に詰め寄ってくる。ヤバい、これ以上は……!

 

慌てて俺がお袋の口を塞ごうとするが……

 

「痛ぇっ!」

 

俺の伸ばした腕は回避されてそのまま関節を極められる。明らかに話すのを止めるつもりがないのが丸分かりだ。

 

「本当だよー、他にも私や私の旦那に結婚指輪の渡す場所や新婚旅行の場所の決め方とか色々相談してるぞー」

 

「ちょっ?!お袋!それ以上はむぐっ?!」

 

今度は口を塞がれる。マジで容赦ないな。実の息子が悶えるのを見て楽しいか?!

 

俺は必死に振り解こうとするも、お袋に抑え込まれていて不可能だ。

そして……

 

「あ、後偶に、自分はシルヴィアちゃんやオーフェリアちゃんを幸せにしたいけど出来るか不安って私に愚痴る時もあるな」

 

遂に俺が1番悩んでいる悩みも暴露する。もう嫌だ……

 

「へ、へぇ……そうなんだ」

 

「……嬉しいわ」

 

シルヴィとオーフェリアは既に怒りの色を消して優しい表情で俺を見てくるが、マジで止めろ!!2人にそんな目で見られたら死ぬわ!

 

内心悶えまくっているとお袋は関節技を止めて俺を押してシルヴィとオーフェリアの元に飛ばす。

 

すると2人は正面から俺にギュッと抱きついてくる。

 

「八幡君……私は今でも充分幸せだよ。八幡君が幸せにしてくれるから」

 

「ええ。私を自由にしてくれてから、私は八幡と一緒に居られるなら他に何も望んでないわ」

 

お袋による暴露に加えて、2人の優しい笑顔に優しい抱擁によって俺の全身はとてつもなく熱くなっている。

 

しかしそれでありながらとても心地が良いので2人を引き離さずに、俺からも抱擁を返す。この温もりを感じたいが故に、俺自身も2人から幸せを与えられている事を伝えたいが故に。

 

 

 

 

 

「うわぁっ……」

 

「マジでバカップル過ぎだろこいつら……」

 

「……完全に私達の事を忘れてるわね」

 

「モニカ、ブラックコーヒーが飲みたくなってきたよ……」

 

「私も飲みたくなってきました」

 

「やれやれ……こんな甘い光景を見せないでくださいよ」

 

「人聞きの悪い事を言うなよペトラちゃん。私は馬鹿息子がシルヴィアちゃんやオーフェリアちゃんに怒られるのを助けようと善意でやったんだぜー」

 

「どの口が言いますか。先程自分の息子の秘密を嬉々と暴露していた癖に。それと何度も言いますがちゃん付けはやめてください」

 

「良いじゃんかよーペトラちゃん」

 

「……殴りますよ」

 

「おっ、良いぜー。私、前からペトラちゃんとも戦いたいと思ってたんだよねー」

 

「はぁ……つくづく貴女は万有天羅に似てますね」

 

 

 

 

 

それから30分後、俺はお袋やルサールカやペトラさんに抱き合っている光景を見られて悶えたのは言うまでもないだろう。

 

それとお袋はいつか絶対にしばき倒すと心に決めた。




今回も読んでいただきありがとうございます。

尚、王竜星武祭編の対戦カードですが、

八幡VSシルヴィア、八幡VSヒルダ、八幡VS綾斗はやると決めました。

他の組み合わせはまだ悩んでいますので、このキャラとこのキャラの戦いが見たいと思ったら活動報告のアンケートにご協力いただけたら幸いです


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激闘の準決勝、チーム・赫夜VSチーム・ランスロット(前編)

「クソッ……マジで死にたい……」

 

クインヴェールの専用観戦室にて俺は顔に残った熱を感じながら思わずそう呟いてしまう。

 

理由は簡単。さっきお袋が俺の恋人2人に俺の秘密をバラして、その後お袋以外にも人がいるのを忘れて、それを聞いた恋人2人と抱き合ったからだ。自分の秘密を沢山の人に暴露された挙句に恋人2人と愛を語り合うって、マジで死ねるわ。

 

「まあまあ八幡君。私は恥ずかしさより幸せの気持ちが勝ったから問題ないよ」

 

「……私もよ。八幡の私達に対する気持ちを改めて知れて嬉しいわ」

 

一方、俺の恋人のシルヴィとオーフェリアは一切気にする素振りを見せずに楽しそうに笑っていた。どうやら2人は俺に比べて羞恥心が無いようだな。

 

「そうだーそうだー。3人の愛が深まってよかったじゃねぇかー」

 

「ブチ殺すぞ」

 

「悪い悪い」

 

当のお袋本人はニヤニヤ笑いを浮かべながらおちょくってきたので思わずキレてしまったが、俺は悪くないだろう。俺が殺気を向けても全然気にしてないし。

 

「やれやれ……イチャイチャするなら第三者のいない所でお願いします。第三者からしたら堪ったものではないので」

 

「そうだそうだ!」

 

ペトラさんがため息混じりにそう言うと、ルサールカのミルシェが便乗して叫び、他のルサールカのメンバーもミルシェの意見に賛同する空気を生み出す。これについては完全に俺達が悪いので返す言葉がない。

 

「以後気をつける」

 

俺が小さく頭を下げる。まあ第三者からしたらアレな光景だからな。

 

そんな事を考えている時だった。

 

 

『さぁ!ついに迎えた第二十四回獅鷲星武祭準決勝!残す試合はこの試合を含めて3つとなりました!先ずは東ゲート!チーム結成から1年以内にもかかわらず、先の準々決勝で前回準優勝のチーム・トリスタンとの激闘を制し、クインヴェール女学園からは久方ぶりのベスト4まで駒を進めたチーム・赫夜ー!』

 

実況の梁瀬ミーコの声がシリウスドーム全体に響き渡る。同時にゲートが開き、若宮達チーム・赫夜が現れて耳を劈くような大歓声が生まれる。

 

「いやー、まさかあいつらがここまで来るとはなー」

 

ルサールカのトゥーリアは感慨深げにそう呟くが、この部屋にいる全員が同じ事を考えているだろう。

 

チームメンバー全員癖が強く、絶対的な才能がある訳ではないにもかかわらず、ここまで勝ち上がってきたのだ。若宮達と関わった俺も嬉しい気持ちがあるのを自覚している。

 

しかし……

 

「ですが今回の相手は今までとは桁違いの相手なのも事実」

 

ペトラさんの言うことも、この部屋にいる全員が正しいと理解している。チーム・赫夜がここまで勝ち上がったのは凄いが今回の試合は一筋縄ではいかないだろう。

 

そう思いながらステージを見ると、若宮達が出てきた東ゲートの反対側ーーー西ゲートの扉も開き……

 

『そーしてそして!西ゲートから姿を現したのは獅鷲星武祭二連覇し、三連覇を目指し準優勝まで勝ち進む絶対王者!聖ガラードワース学園のチーム・ランスロットー!』

 

5人の騎士が粛々とゲートから現れて、チーム・赫夜が入場した時以上の歓声が上がる。まあ予想内だ。客の殆どはチーム・ランスロットに期待しているだろう。

 

(若宮達の様子を見る限り緊張はしてないようだ……)

 

体力も万全だし、コンディションは最高だろう。これなら可能性は低いが勝ち目はあるだろう。

 

そんな事を考えながらステージを見るとフェアクロフさんがチーム・赫夜の方に歩いていき、チームリーダーのフロックハートと握手をする。

 

そして握手を終えると妹のフェアクロフ先輩と何か話してから踵を返してチーム・ランスロットの面々の所に戻る。

 

実に淡々としているが、チーム戦なのだから問題ない。語りたい事があるなら試合で語ればいいのだから。

 

『さあ!いよいよ試合開始時刻となりました!チーム・ランスロットが王者の貫禄を見せるのか?!はたまたチーム・赫夜が金星を挙げるのか?!』

 

実況の声が響くと同時にステージにいる面々はそれぞれ武器を持ち、試合の開始位置につく。

 

実況の声によってシリウスドーム全体に沈黙が生まれる中……

 

『獅鷲星武祭準決勝第一試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合開始が告げられる2分前……

 

ステージではチーム・赫夜とチーム・ランスロットが向かい合っている。しかし美奈兎を始め赫夜のメンバーはチーム・ランスロットが放つプレッシャーを強く感じ取っていた。

 

それこそ美奈兎達に稽古をつけた八幡や星露のプレッシャーに慣れていなければ気圧されていたであろう強いプレッシャーを。

 

するとチーム・ランスロットの面々の中から1人ーーーチームリーダーのアーネスト・フェアクロフが美奈兎達の方に歩いてきて、チームリーダーのクロエに向けて右手を差し出してくる。

 

「よろしく頼むよ」

 

「こちらこそ」

 

クロエは短くそう返してアーネストの手を取ると、アーネストは強く握り返してくる。

 

そして握手を終えるとアーネストは妹のソフィアを見る。

 

「ソフィア。君が僕の為に戦ってくれるのは素直に嬉しい……が、ソフィアが気にすることはないし、容赦はしないからね?」

 

「わかっておりますわ……ですが、私達も負けるつもりはありませんわ!」

 

ソフィアは強い口調でアーネストにそう返す。目に絶対に負けないと強い思いを乗せながら。

 

「……そうか」

 

対するアーネストはそれを見て小さく頷くとチーム・ランスロットの面々の元へ戻って行った。

 

すると……

 

『さあ!いよいよ試合開始時刻となりました!チーム・ランスロットが王者の貫禄を見せるのか?!はたまたチーム・赫夜が金星を挙げりのか?!』

 

実況の声が響くので、美奈兎達は煌式武装を展開する。向かい側ではチーム・ランスロットも似たような動きを見せている。

 

「さあ、いよいよチーム・ランスロット戦よ。これまで以上に厳しい戦いだけど……絶対に勝つわよ」

 

チームで1番冷静なクロエが熱い言葉を口にするのに対して美奈兎達は一瞬驚いた表情を見せるも……

 

「もちろん!」

 

「はい!」

 

「当然ですわ!」

 

「が、頑張る……!」

 

直ぐに笑いながらクロエの言葉に賛成する。それに対してクロエが嬉しい感情を胸に抱く。

 

試合前に落ち着いた空気を保つ中、遂に……

 

 

 

 

 

『獅鷲星武祭準決勝第一試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始を告げる。同時に大歓声が生まれるも、チーム・ランスロットは即座に一糸乱れぬ動きで布陣する。

 

前衛はこれまでの試合と同じようにアーネストとライオネル、中盤にケヴィンとレティシア、後衛にパーシヴァルという陣営だ。

 

対するチーム・赫夜は前衛にソフィアと美奈兎、中盤にニーナ、後衛にクロエと柚陽と基本的な陣営だ。

 

「さあ、参りますわよ!」

 

レティシアの言葉と同時にレティシアの背中から万応素が荒れ狂ったかと思えば10枚の光の翼が生まれる。

 

それが前衛のアーネストとライオネルを援護しようとすると、チーム・赫夜の方も動く。

 

「させないわ」

 

「そこです……!」

 

クロエがレティシアの顔面と校章に光弾を撃ち込み、柚陽が弓型煌式武装から6本の矢を生み出してレティシアの翼に向けて放つ。

 

「くっ!」

 

対するレティシアは10枚の翼の内、2枚をクロエからの攻撃に対する防御に使って光弾を防ぐ。同時に8枚の光の翼を放つも、内6本は柚陽の精密射撃によって破壊され、残った翼は2枚となって放たれる。

 

そして2枚程度であれば……

 

「やあっ!」

 

「はあっ!」

 

前衛の美奈兎とソフィアなら簡単に対処出来る。2人は自身らの持つナックル型煌式武装とサーベル型煌式武装で光の翼を簡単に破壊して、そのままアーネストとライオネルに向かっていく。

 

レティシアが再度光の翼を生み出そうとする中、両陣営の前衛2人がぶつかり合う。

 

「お兄様!勝たせていただきますわ!」

 

「ソフィアと剣を交えるのは久しぶりだけど、こちらも負けるつもりはないよ!」

 

ソフィアがアーネストの校章目掛けて袈裟斬りを放つとアーネストは『白濾の魔剣』で受け止める。互いの武器がぶつかることで火花が飛び散ると、アーネストはお返しとばかりに『白濾の魔剣』を振るい、ソフィアのサーベルをすり抜けて校章を狙う。『白濾の魔剣』は任意の存在だけを選んで斬る能力を持つので防御不能だ。

 

が……

 

「効きませんわ!」

 

ソフィアはわかっていたように身を屈めて回避するや否や、お返しとばかりに低い体勢のまま三連突きをアーネスト校章に向けて放つ。

 

「へぇ……」

 

アーネストは興味深そうに『白濾の魔剣』を盾のように構えて三連突きを防ぐ。

 

普通ならソフィアの神速とも言える突きに対応出来ないが、アーネストもソフィアが人を傷付けられない事を知っている。したがってソフィアが校章を狙ってくる事を予想出来たので全て防ぐことが出来たのだ。

 

もしもソフィアにその弱点が無かったら、どこを狙ってくるかわからずアーネストはダメージを受けていただろう。

 

しかしそれを差し引いてもアーネストはソフィアの立ち回り方に感嘆する。剣の腕が上がっているだけでなく、『白濾の魔剣』に対する立ち回り方が余りにも上手過ぎるという事に。

 

ソフィアは攻撃を済ませると、突きに対して防御の体勢を取っているアーネストから距離をとって体勢を整える。低い体勢のままでアーネストに勝つのは不可能だから。

 

その時だった。

 

『気をつけて!翼が来るわ!』

 

ソフィアの頭の中にクロエの声が聞こえたのでソフィアは上をチラッと見る。するとソフィアの頭上に2枚の翼が襲いかかってくる。少し離れた所でライオネルと対峙している美奈兎の頭上にも。

 

アーネストとの戦いに集中していたソフィアにはわからなかったが、クロエと柚陽がレティシアの翼をことごとく破壊している際、途中でパーシヴァルが短銃型煌式武装による援護射撃をしてきて、レティシアの生み出す翼を幾つか破壊し損ねたのだ。

 

しかしソフィアはクロエ達を責めるという考えは持っていない。チーム・ランスロットの面々の実力は自分達より上だという事は初めから理解していたので。

 

「わかりましたわ!」

 

言葉と共にソフィアはサーベルを振るって光の翼を斬り払う。人を傷付けられないソフィアでも剣技そのものはアスタリスクトップクラス。この程度の事はソフィアにとって朝飯前である。

 

しかし……

 

「はあっ!」

 

「くっ!」

 

目の前にいる兄を相手にするのは容易ではない。レティシアの翼を斬り払うのに気を取られた事によって生まれたソフィアの隙を逃さないように『白濾の魔剣』を上段から振るってくる。

 

対するソフィアはバックステップを駆使して紙一重で避けるも、アーネストは直ぐに『白濾の魔剣』を斬り上げて、ソフィアの制服の袖を割く。

 

それによってソフィアの左手から僅かに血が流れるも、剣を振るのには支障はない。

 

「まだまだですわ!」

 

 

若干腕に走る痛みを無視して上段からサーベルをアーネストの校章に振り下ろす。人を傷付けられないソフィアには校章以外を狙うことが出来ない故だ。

 

対するアーネストは『白濾の魔剣』でソフィアの上段の一撃を防ぎ、鍔迫り合いの形になる。

 

『白濾の魔剣』ならサーベルをすり抜けてソフィアの校章を狙えるが、その場合ソフィアもアーネストの校章を狙える。チームリーダーである以上自分の負けは許されないと考えているアーネストは『白濾の魔剣』の能力を使用せずにソフィアの上段を受け止める。

 

両者は一歩も引かぬ状態で鍔迫り合いをする。膂力や機動力はアーネストの方が上だが、鍔迫り合いで最も重要なのは絶妙な駆け引きでありソフィアの駆け引きの技術はアーネストと互角故に、両者は拮抗している。

 

すると次の瞬間、アーネストは『白濾の魔剣』を僅かに傾けてソフィアの上段の軌道を僅かに変える。するとソフィアは一瞬驚きを露わにするも、アーネストの反撃に備えて直ぐに剣を引く。

 

しかしその際にバランスを僅かだが崩してしまう。そんな一瞬だけ生まれた隙をアーネストが見逃す筈もなく、お返しとばかりにソフィアの校章に袈裟斬りを放つ。

 

対するソフィアは……

 

『クロエさん!八幡さんの体術を!』

 

『了解!』

 

クロエの能力によって八幡の体術をトレースしたソフィアは足に星辰力を込めるや否や地面を強く蹴り上げて、空へ舞いアーネストの袈裟斬りを回避する。

 

人を傷付けられないソフィアでも八幡や美奈兎の体術をトレースする意味がないという訳ではない。2人の体術はソフィアにとって攻撃に使用出来なくとも防御や回避には使用出来る便利な技術である。

 

アーネストの袈裟斬りが空を切り、斬り上げようとすると同時にソフィアは『白濾の魔剣』の柄に蹴りを入れて斬り上げを防ぐ。そしてそのまま空中で身体を捻りながら着地する。

 

同時に八幡の技術を使った反動で身体が痛むもソフィアは表に出さずにアーネストにサーベルを向ける。対するアーネストも『白濾の魔剣』を構えて仕切り直しとなるも、それも一瞬で直ぐに互いの武器を振るう。

 

「やるねソフィア……『白濾の魔剣』の対応が上手いとは思わなかったよ……!」

 

アーネストはソフィアの突きを配備するとカウンターとして『白濾の魔剣』の下段斬りを放つ。

 

「ええ!これでも私、天霧綾斗とも鍛錬をしましたので!」

 

「なるほどね……!それならこの立ち回り方も納得だよ!」

 

フェアクロフ兄妹は互いに言葉を交わしながらも互いの校章を虎視眈々と狙っている。ソフィアがアーネスト相手に互角にやり合えるのも、本人の言う通り天霧綾斗と戦ったからだ。

 

彼の持つ『黒炉の魔剣』は『白濾の魔剣』同様に受け太刀の出来ない純星煌式武装で、それを相手に半年近く鍛錬したソフィアは受太刀をしない戦い方を熟知したのだ。だからソフィアはアーネストと戦えている。

 

ソフィアは強く燃えながらアーネストの方に一歩踏み出そうとするも、その前……

 

『皆、気を付けて!アレが来るわ!』

 

クロエの声が頭に響く。同時にソフィアはチーム・ランスロットの最後尾を見ると、パーシヴァルが右手を高々と掲げた所だ。彼女の頭上には巨大な杯状の純星煌式武装『贖罪の錘角』が浮かんでいて煌々と輝いている。あと少しでアレから精神を削る金色の光が放たれるのだ。

 

それを確認したソフィアは……

 

『クロエさん!八幡さんの作戦を実行しますわ!失敗した場合に備えてフォローをお願いします!』

 

『了解したわ……ご武運を』

 

クロエがそう口にすると同時にソフィアは動き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー汝らに、慈悲と贖罪の輪光を」

 

「道連れですわ!一緒に気絶しましょう!お兄様っ!」

 

「何っ?!」

 

パーシヴァルの右手が振り下ろされて、同時にソフィアがアーネストを力強く抱きしめた。それによってアーネストは久しぶりに本気の驚きを露わにした。

 

そんな中、黄金色の光が放たれーーー

 



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激闘の準優勝、チーム・赫夜VSチーム・ランスロット(中編)

活動報告にてアンケートのご協力ありがとうございます。

とりあえず大体の組み合わせは決まりました。

しかし八幡VSヒルダや八幡VS綾斗と並んで八幡VS葉山が多いのは予想外でした。

八幡がシルヴィやヒルダや綾斗、ロドルフォや暁彗や陽乃あたりの強敵と戦うなら1万文字を超えるかもしれないですが、葉山だと500文字もしないで終わりそうですね……

まあとりあえず八幡VS葉山もやるかもしれないですがよろしくお願いします

……いっそ小町と葉山を戦わせるのもありじゃね?


準決勝開始2時間前……

 

「え?!ちょっともう一回言ってくれませんか?!」

 

チーム・赫夜の控え室にてソフィアの驚きの声が響く。視線の先には控え室にいる唯一の男性である八幡がいる。

 

「はい。チーム・ランスロットに勝つ作戦として……パーシヴァルが『贖罪の錘角』を放とうとしたらフェアクロフさんに抱きついて道連れを狙う……1発限りの博打戦術ですね」

 

八幡がそう口にすると八幡の隣に立つクロエは納得するように頷く。

 

「なるほどね……確かにソフィア先輩はアーネスト・フェアクロフはチームリーダーだから道連れはこちらの勝ちを意味するわね。加えて『贖罪の錘角』は精神を削る技で肉体には影響がないから明日の決勝戦でも支障無く戦えるわ」

 

「まあサクリファイス戦術だからアレだけどな。ともあれ決めるのはフェアクロフさんと戦うソフィア……フェアクロフ先輩です。先輩が嫌ならこの作戦は使わなくて大丈夫ですよ」

 

八幡がそう言ってソフィアを見ると、この場にいる全員がソフィアに視線を向ける。作戦としては至極合理的だが、サクリファイス戦術は基本的に良い感情を持たれないのは紛れもない事実だ。

 

対するソフィアは少しだけ考える素振りを見せてから口を開ける。

 

「そうですわね……私がお兄様相手にどれだけやれるかで判断しますわ。一方的に負けそうであったり拮抗しているなら、私の校章が破壊される前に実行しますわ」

 

それを聞いた八幡はソフィアをじっと見てから頷く。

 

「……わかりました。んじゃフロックハートはフェアクロフ先輩が抱きついたらフォローをお願いな」

 

「……わかったわ。じゃあ博打戦術の話はこれで終わり。次に『ダークリパルサー』を利用した勝ち方をーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

ステージにて……

 

「ーーー汝らに、慈悲と贖罪の輪光を」

 

「道連れですわ!一緒に気絶しましょう!お兄様っ!」

 

「何っ?!」

 

パーシヴァルの右手が振り下ろされて、ソフィアがアーネストを力強く抱きしめた。そしてソフィアは八幡の体術をトレースして『白濾の魔剣』を持つアーネストの腕を掴んで動けないようにする。

 

まさかアーネストも道連れ覚悟で抱きついてくるとは思わなかったようで驚きを露わにする。

 

そんな中、パーシヴァルは特に表情を変えず、右手を振り下ろすと同時に手を払うような動きを見せる。

 

するとパーシヴァルの頭上にある『贖罪の錘角』から黄金色の光が溢れさせ、ステージを薙ぎ払うかのように光の本流が迸る。その太さは丸々人を飲み込んで余りあるほど太かった。

 

相手の精神力だけを削り、一瞬で意識を刈り取る光の帯は一直線に進んでいき……

 

 

 

 

 

 

「なっ?!」

 

ソフィアとアーネストがいる場所スレスレを通った。その距離僅か5センチ。しかしソフィアからしたらそれは絶望的な距離である。

 

パーシヴァルは極めて鋭い観察眼を持っている。それは人の本質や真実を見通す目でもあり、彼女はソフィアの動きから道連れ狙いだという事を察知して、アーネストとソフィアだけに当たらないように『贖罪の錘角』を放ったのだ。

 

しかしソフィアやチーム・赫夜、チーム・赫夜に協力した八幡らにとっては知らない事で作戦の1つを潰されたのである。

 

作戦の失敗に一瞬だけ頭の中が真っ白になるソフィアだったが……

 

『ソフィア先輩、早く離れてください!』

 

頭の中にクロエの声が響くと同時にソフィアは現状を理解する。現在ソフィアはアーネストに抱きついているが、いつまでもこの状況でいる訳にはいかない。

 

それはアーネストもわかっているようで……

 

「ふっ!」

 

「きゃあっ!」

 

全身から星辰力を噴き出して半ば強引にソフィアの拘束から逃れる。それによってソフィアは吹き飛び、地面に倒れ伏す。

 

同時にアーネストはソフィアに追撃を仕掛けようとするが、ソフィアの後ろにいるクロエの援護射撃に足を止める。その間にソフィアは起き上がりサーベルを手に持ち構えを見せるが、内心では悔しい気持ちで一杯だ。

 

(想定はしていましたが失敗すると悔しいですわね。とりあえず博打戦術が失敗した以上、試合は美奈兎さん達の動きが重要ですから任せましたわよ……!)

 

ソフィアは内心そう呟きながら横を見ると、どうにか『贖罪の錘角』による一撃をやり過ごした美奈兎がライオネルと対峙していた。2人の後ろからはニーナとケヴィンが走ってきている。

 

今のところは作戦通りに行っているが、長期戦になるとチームの練度差によりチーム・赫夜が不利になる。

 

ステージの中央で美奈兎とニーナが試合の主導権を握るべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちっ!失敗か……」

 

クインヴェールの専用の観戦室にて、俺はパーシヴァルの放った『贖罪の錘角』の生み出す光の帯が抱き合っているフェアクロフ兄妹だけ当てない光景を見て舌打ちを漏らす。失敗する事も視野に入れていたとはいえ、悔しいものは悔しいな。

 

「なるほど……防御不能の純星煌式武装を逆手にとってサクリファイス作戦ですか。確かに失敗したのは痛いですね」

 

クインヴェールの理事長のペトラさんは納得しながら小さく頷く。

 

「で、馬鹿息子よ。次はどうすんだー?」

 

ペトラさんの隣に座るお袋はジャージ姿で日本酒をコップを使わずにグビグビ飲みながら尋ねてくる。スーツ姿で紅茶を飲むペトラさんとは対称的だな……

 

「元々この博打戦術は失敗覚悟だったからな。とりあえず若宮かアッヘンヴァルがライオネルさんかケヴィンさんを倒さないと勝ち目はないな」

 

「そんで片方を倒したら複数でアーネストちゃんを叩くと?」

 

「そんな所だな。さて……」

 

チラッとステージを見ると若宮とアッヘンヴァルはパーシヴァルの放った『贖罪の錘角』の生み出す光の帯を身を屈めたり、横に大きくジャンプをして回避している。

 

同時にブランシャールの光の翼に乗って『贖罪の錘角』をやり過ごしたライオネルさんとケヴィンさんが2人との距離を詰めにかかる。

 

ガラードワース最強の槍使いのライオネルさんとガラードワーストップの堅牢さを誇るケヴィンさん。俺でも倒すのに梃子摺るであろう相手だ。今の若宮とアッヘンヴァルには荷が重い相手だ。

 

が、決勝に行くには重要なチェックポイントである。若宮達が2人を倒すのは必須で、逆に若宮達が負けたらチーム・赫夜全体の負けを意味する大事な戦いだ。

 

(ここまで来たんだ。負けんじゃねぇぞ……)

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあっ!」

 

内心八幡が祈る中、ステージにいる美奈兎はナックル型煌式武装に星辰力を込めてライオネルの鳩尾に拳を放つ。

 

「ふんっ!」

 

対するライオネルはパルチザン型煌式武装を盾のように構えて美奈兎の拳を防ぐ。巨大な煌式武装に加えてライオネルの巨体は屈強であり、美奈兎の一撃ではライオネルの隙を作れない。

 

そしてライオネル返す刀でパルチザンで薙ぎ払いをする。対して美奈兎は後ろに跳んで回避しようとするが……

 

『後ろに跳ばないで!翼が来ているわ!』

 

頭の中にクロエの声が響くの見ればレティシアの翼が美奈兎の方に向かっていた。美奈兎を倒す為ではなく、美奈兎の逃げ道を防いでライオネルの薙ぎ払いを通す為に。

 

それを見た美奈兎は跳ぶ寸前に思い留まりライオネルの薙ぎ払いをナックルで受ける。しかし制圧力の高いライオネルの薙ぎ払いの威力は桁違いで……

 

「きゃあっ!」

 

美奈兎は防ぎ切れずに吹き飛んでしまう。2回地面を跳ねた所で漸く起き上がるダメージは軽くない。

 

「美奈兎、大丈夫?!」

 

吹き飛んだ先にはニーナが居て心配そうに話しかけてくる。それを見た美奈兎は返事をする前に嫌な汗が出るのを理解する。ニーナの近くに吹き飛んだという事は……

 

 

 

 

「おいおい。女子を吹き飛ばすなんて、レオはレディの扱いがなってないなぁ」

 

ニーナと相対しているケヴィンがいるという事である。陽気な表情を浮かべているが、目は決して笑っておらず長剣と黒い盾をしっかりと構えている。

 

「お前こそ試合中位、軽口を止めたらどうだ?」

 

ライオネルは渋い表情を浮かべながらもパルチザンを構えてやってくるが、それは美奈兎達にとって悪い状況だ。

 

ライオネルとケヴィンのコンビネーションは桁違いである。制圧力の高いライオネルと一撃離脱をメインとしたスタイルのケヴィンが組むと攻守の隙が殆ど無くなるのだ。

 

試合前のミーティングでも八幡とクロエが2人を組ませるなと口を酸っぱく言っていたが、合流を許してしまった。

 

美奈兎とニーナの内心に焦りが生まれる中、2人の頭にクロエの声が響く。

 

『マズい状態になったわ……作戦変更。私がソフィア先輩や八幡の技術を伝達するからガンガン使って。必要なら『ダークリパルサー』も使用して良いわ。戦闘が終わったら直ぐにソフィア先輩の援護をして』

 

確実に2人を倒す道を選んだクロエ。それを聞いた2人は小さく頷くと武器を変える。美奈兎は右手のナックル型煌式武装を外してサーベル型煌式武装を持ち、ニーナは両足に鋼靴型煌式武装を起動して右手にサーベル型煌式武装を持つ。

 

すると相対する2人の目が細まる。

 

「礼のコピー能力か」

 

ライオネルはそう呟く。ライオネルの発言通り、2人はクロエの伝達能力で技術を伝達されるつもりだ。

 

美奈兎はナックル型煌式武装とサーベル型煌式武装を持ち自分とソフィアのスタイルを、ニーナは鋼靴型煌式武装とサーベル型煌式武装を装備して八幡とソフィアのスタイルを使用する算段だ。

 

伝達の力を多用すると明日の決勝に支障が出るかもしれないがそうは言っていられない状況である。

 

「行くよニーナちゃん!」

 

「……うんっ!」

 

2人は小さく頷くとライオネルとケヴィンに向けて突撃を仕掛けた。

 

「ははっ!勇ましいねー!俺達も行こうぜ!」

 

「言われるまでもないな」

 

対するライオネルとケヴィンも同じように突撃を仕掛け、数秒後に美奈兎のサーベルがライオネルのパルチザンと、ニーナの鋼靴を纏った足による蹴りがケヴィンの長剣とぶつかり合い轟音がステージに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(今の所、ケヴィン・ホルストとライオネル・カーシュが合流したのを除けば概ね順調……いえ、ソフィア先輩は若干押されているわね。試合が長引くと徐々に差が広がって不利だから急がないと……)

 

ステージの端の方にいるクロエはレティシアの光の翼を避けながらハンドガン型煌式武装でレティシアの顔面を狙い続ける。放たれた光弾は全て光の翼で防がれるが問題ない。それによってレティシアの集中力は乱れ……

 

「そこです……!」

 

柚陽が光の翼を悉く撃ち落としてくれている故に。おかげでレティシアに一度に3、4枚の翼でしか攻撃出来ない状況になっている。

 

この試合においてクロエの仕事は3つある。

 

1つ目は今のようにレティシアの集中力を乱して、美奈兎達の戦いに茶々を入れるのを妨げること。

 

2つ目は自身の能力を使ってチームメイトに指示をしたり、能力を伝達すること。

 

そして3つ目は……

 

 

『第二波が来るわ!注意して!』

 

パーシヴァルーーー正確に言うと彼女が持つ純星煌式武装『贖罪の錘角』を常に監視して発動タイミングを伝えること。防御不能の光の帯を放つ『贖罪の錘角』は絶対に受けてはいけない攻撃だからだ。

 

「汝らに、慈悲と贖罪の輪光を」

 

クロエがチームメイトの頭にそう叫ぶと同時に『贖罪の錘角』が二度目の黄金色の閃光を放った。

 

幸い前衛の美奈兎達は特に苦労する事なく回避して、それぞれの相手と戦うのを再開する。前衛については問題ない。問題なのはクロエと柚陽がいる後衛だ。

 

『贖罪の錘角』のチャージ時間はデータから算出した結果、約100秒。つまり今から100秒は『贖罪の錘角』を気にしなくて良いが……

 

「今の内に叩かせていただきますわよ!」

 

レティシアがそう言うと光の翼は12枚生み出して放つ。今度は前衛3人ではなく、クロエと柚陽ーーーチーム・赫夜の後衛を叩く為に。

 

現在チーム・赫夜とチーム・ランスロットの陣形は本来中衛のケヴィンが前に出ている事によって同じ陣形となっている。

 

そうなると重要なのは必然的に援護となる。それはレティシアもわかっているようでクロエと柚陽に攻撃を仕掛ける

 

(おそらく向こうの狙いは私と柚陽を倒して援護を、より正確に言うと『贖罪の錘角』の攻撃タイミングを告げるのを妨げる事ね)

 

もしもクロエか柚陽が落ちたら負けに繋がる。柚陽が落ちたらレティシアの攻撃を妨げる者は居なくなり、レティシアの援護によって美奈兎達前衛は一気に崩れて負けるだろう。クロエに至ってはチームリーダーなのでクロエ自身が落ちたらチーム全体の負けだ。だからレティシアは早い内に後衛を潰す予定とクロエは判断した。

 

そこまで考えているとクロエの後ろから矢が放たれて光の翼を6枚破壊する。柚陽が一度に撃ち抜ける光の翼の枚数は最高で6枚。それを考えると最高の結果である。

 

クロエの射撃でレティシアの集中力を乱しても3、4枚は残る。

 

そう判断したクロエはいつものように光弾をレティシアの顔面に放ち集中力を僅かに乱すと同時に、腰からサーベル型煌式武装を抜き……

 

「はあっ!」

 

ソフィアの剣技をトレースして残った3枚の翼を全て斬り払った。

 

「やはりその剣技……ソフィアさんの……!」

 

ソフィアの幼馴染でソフィアの剣技を知っているレティシアは険しい顔をしてクロエを見る。そんなレティシアに対してクロエはいつものようにクールな雰囲気を漂わせて落ち着いている。

 

サーベルを持ちながら左手にナックル型煌式武装を装着する。クロエは美奈兎とソフィアの技術を使う算段だ。

 

「柚陽、このままだとジリ貧になる可能性が高いから勝負に出るわ。今から私は『贖罪の錘角』のチャージが完了する10秒前まで前に出るから、貴女は光の翼を破壊するのを続けて。ただしパーシヴァル・ガードナーの普通の射撃もあるから少し後ろに下がって、ね?」

 

「わかりました。ご武運を」

 

柚陽が笑顔で頷きながら後ろに下がると、クロエは小さく微笑みソフィアの元に向かう。

 

するとレティシアは行かせないとばかりに光の翼を10枚放つも、内5枚は柚陽の射撃で撃ち抜かれ、残り全てをクロエが斬り払う。

 

同時にソフィアの剣技を使った反動で身体に鈍い痛みが生じるもクロエは無視して走り続け……

 

「はあっ!」

 

掛け声と共にアーネストの真横から斬りかかる。対するアーネストは予想していたのかバックステップで回避する。それに対してアーネストと対峙していたソフィアは追撃を仕掛けようとするも、アーネストとの戦いで疲弊していて反応が遅れた。

 

『ソフィア先輩、無理をせずに一度下がってください』

 

『ええ、申し訳ありませんわ』

 

クロエの能力を使って頭の中でやり取りしながらもソフィアは後ろに下がる。同時にクロエがソフィアの横に並ぶと同時にアーネストが『白濾の魔剣』を無造作に持ちながらゆっくりと歩いてくる。

 

「まさか君が前衛に出るとは思わなかったよ」

 

アーネストの指摘は間違っていない。幾らソフィアや美奈兎や八幡の技術の恩恵を受けれるとはいえ、本来クロエはW=Wに買われた特殊工作員で戦闘タイプではない。実際にチームメイトの技術を使える時間も他の4人に比べて一段と短いのだから。

 

しかし……

 

「貴方達相手にリスク無しでは勝てないので」

 

クロエは美奈兎達と出会う前には絶対に見せないであろう不敵な笑みを浮かべてソフィアと共に走り出した。

 

 

 

 

 

試合が始まってから5分。この時点では両チーム1人も脱落していない。

 

しかし試合を見ている強者達はなんとなくだが理解している。決着の時が近いという事を。

 

そしてその直感は間違っていない。



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激闘の準決勝、チーム・赫夜VSチーム・ランスロット(後編)

「ふむ……クロエが前に出るという事は短期決戦に出ましたか」

 

「長引けば不利になるから間違っちゃいないだろ。まあ私がクロエちゃんならアーネストちゃんじゃなくて『黒盾』と『王槍』の方に向かうけどなー。そんで3人でアーネストちゃんを叩くな」

 

「それも1つの戦術ですね。しかしクロエがソフィアの脱落を防ごうとするのも間違ってはいないと思いますよ。何せソフィアが脱落したらアーネスト・フェアクロフがフリーになるので」

 

「まあどっちにしても試合はそこまで長引かねぇだろうなー」

 

クインヴェールの専用の観戦室にて、俺は試合を見ながら、俺と同じように試合を見ているペトラさんとお袋の戦術談義に耳を傾ける。見れば俺の恋人2人に加えてルサールカも、試合を見ながらお袋達の話に耳を傾けいた。

 

まあお袋にしろペトラさんにしろ星武祭で活躍してるからな。加えて年の功もあって中々興味深い話だと思う。つーかペトラさんはともかく、お袋が真面目に話しているのを見ると妙な気分になるな……

 

「しっかしここまでは順調だが……ここからが正念場だな」

 

今のところは順調だが、そうでなくては困る。チーム・ランスロットとの力量差を考えると順調でなかったらとっくに負けているだろう。そしてチーム・ランスロットに勝つには最後まで順調でないといけないだろう。試合の初めから最後まで常に順調でいるのがどれほど困難である事は理解出来る。

 

「……大丈夫。美奈兎達なら勝つ」

 

すると恋人の1人であるオーフェリアは両手をギュッと握りながらそう言ってくる。若宮達と友達になったオーフェリアからしたらそう思うのも当然であろう。

 

「そうだな……」

 

ならば俺も信じないといけないだろう。こんな俺でも1年間あいつらを見てきたんだし。

 

内心ハラハラしながらも改めてステージを見ると、試合が動き出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふんっ!」

 

「はあっ!」

 

ステージの中央付近にて美奈兎とライオネルの叫び声が聞こえて、同時に互いの持つ武器を使用する。

 

ライオネルのパルチザンが唸るような薙ぎ払いを仕掛ける。対する美奈兎はソフィアの剣技を駆使して、サーベルでライオネルのパルチザンを撫でるように受け流す。ガラードワースでトップクラスの槍使いのライオネルの薙ぎ払いだが、ソフィアの技術はその薙ぎ払いすら容易く受け流せる。

 

それによってライオネルは隙だらけとなるので、美奈兎はそれを逃すつもりはない。

 

「させませんわよ!」

 

ライオネルの背後にいるレティシアが柚陽の妨害を受けながらも光の翼を放つが、今の美奈兎を止めるのは不可能で、美奈兎が刃を一閃してやって来た4枚の翼全て斬り払う。

 

そして間髪入れずにライオネルの校章目掛けて神速の突きを放とうとするも……

 

ギィンッ

 

「あっ!」

 

ライオネルの校章に刺さる直前にレティシアの後ろーーーチーム・ランスロットの最後尾にいるパーシヴァルが小銃型煌式武装から光弾を放ち、美奈兎の持つサーベルを弾き飛ばす。

 

パーシヴァルは『贖罪の錘角』を除いても桁違いの射撃技術を持っている故に侮れない、試合前にクロエと八幡から聞かされていたがこれ程の射撃技術とは思わなかった美奈兎であった。

 

しかし美奈兎は悔しさを表に出さずにナックル型煌式武装に星辰力を込めて距離を詰める。対するライオネルはレティシアとパーシヴァルの援護を受けたので隙は大幅に減っているが、まだ体勢を立て直し切れておらず、防御の構えを見せていない。

 

よって美奈兎は攻めることにした。

 

「玄空流ーーー”転槌”!」

 

「ぐっ!」

 

怒号と共に放たれた美奈兎の肘打ちがライオネルの校章を狙うも、ライオネルが身体を僅かにズラした事により、美奈兎の肘打ちはライオネルの校章ではなく、ライオネルの鳩尾に叩き込まれる。

 

初めてマトモに食らったライオネルは苦悶の表情を浮かべるも目は死んでおらず、パルチザンを構えて上段の構えを見せる。

 

肘打ちをした美奈兎に回避する暇はない為、美奈兎は迎撃を選択する。腰にあるホルダーから『ダークリパルサー』を抜いて動き出す。

 

「うおおおおおっ!」

 

「まだまだぁっ!」

 

互いに雄叫びをあげて各々の武器を振るう。上段からライオネルのパルチザンが振り下ろされて、下段から美奈兎の『ダークリパルサー』が振り上げられて……

 

「ああっ!」

 

『ダークリパルサー』の特性故に、互いの武器がぶつからず美奈兎の肩にライオネルのパルチザンが叩き込まれる。それによってミシミシと嫌な音が美奈兎の左肩から聞こえるも、美奈兎は痛みを無視して『ダークリパルサー』を振るい……

 

「ぐうっ……!こ、これは……?!」

 

そのままライオネルの首に突き刺す。瞬間、ライオネルは苦しそうに悶えながらパルチザンを地面に落とし、その巨体ががくりと膝をつく。

 

『ダークリパルサー』は刃が超音波で構成された武器で殺傷能力が一切なく、相手の攻撃を受けれないという武器としては致命的な欠陥持ちの武器だが、長所として相手の防御をすり抜けるという破格な条件を持っている。

 

そして刃を構成する超音波は桁違いで強力であり、マトモに食らえば今のライオネルのように敵を前にしても隙だらけとなる。

 

そんな中美奈兎は肩に走る痛みに耐えながらも拳を突き出して……

 

『ライオネル・カーシュ、校章破損』

 

遂にチーム・ランスロットの一角を落とす事に成功して、ライオネルが強烈な頭痛により地面に倒れ伏す。それを確認した美奈兎はケヴィンの長剣を蹴りで受け流すニーナの頭にクロエの能力を使って話しかける。

 

『ニーナちゃん!ケヴィンさんは私がやるからニーナちゃんはアーネストさんの所に行って!』

 

ライオネルを倒したとはいえチームリーダーのアーネストを倒さねば勝利にならない。その為美奈兎はそこまで負傷してないニーナをアーネストの元に行かせることを考えたのだ。

 

それを理解したニーナは一瞬だけ迷うも……

 

『わ、わかった……じゃあ美奈兎も気をつけて』

 

美奈兎を信じる事にした。ソフィアの剣技をトレースしてケヴィンの盾に突きを放ち、僅かに隙が出来た所でアーネストの元に走り出す。

 

「悪いけど行かせないよ!」

 

「それはこっちのセリフだよ……ぐうっ……!」

 

ケヴィンはニーナを止めようと長剣を振るうも、その前に美奈兎が割って入りナックル型煌式武装で受け止める。校章は無事だが長剣を受けた衝撃がライオネルのパルチザンを受けた肩に走り、美奈兎の全身に苦痛が生まれる。

 

しかし美奈兎は痛みに屈することなく、『ダークリパルサー』を振るう。対するケヴィンは……

 

「おっと!危ねぇ!」

 

『ダークリパルサー』の詳しい能力を知らないが、ライオネルを倒すきっかけとなった武器である事は理解出来たので、食らってはマズイと思い大きく後ろに跳び『ダークリパルサー』の攻撃範囲から逃れる。

 

それは正しい判断だが、ニーナを行かせないという行動には大きな障害となる。既にニーナはアーネストとソフィアとクロエの元にかなり距離を詰めている。

 

チラッとそれを確認した美奈兎は小さく息を吐く。

 

「(多分私がケヴィンさんを足止め出来る時間は長くて2分……だからそれまでにお願い……!)行っくぞー!」

 

美奈兎は自身を鼓舞するかのように大きく叫び、身体に走る痛みを無視してケヴィンに突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライオネル・カーシュ、校章破損』

 

美奈兎がライオネルを撃破するのを告げると、アーネストと対峙するクロエとソフィアは安堵の息を吐く。

 

(美奈兎さんは自分の仕事を成し遂げた……私も負ける訳にはいきませんわ!)

 

(身体は痛いけどそうも言ってられないわね)

 

そして2人は奮起してアーネストに斬りかかる。対するアーネストは 『白濾の魔剣』を使って2人の斬撃を受け止めてカウンターを仕掛けてくる。狙いはチームメイトであるクロエだ。

 

対するクロエは八幡の体術をトレースして頭を後ろに倒してブリッジをする事でアーネストの斬り払いを回避する。アーネストは追撃を仕掛けようとするも……

 

「させませんわ!」

 

ソフィアがアーネストの校章目掛けて突きを放つので追撃をやめて 『白濾の魔剣』を防御に使用する。クロエはその間に体勢を立て直して再度サーベルを構えるも……

 

「うっ……!」

 

「クロエさん?!」

 

全身に走る痛みに思わず膝をついてしまいそうになる。クロエは短期決戦を狙うべくソフィアや美奈兎、八幡の技術を駆使してアーネストを攻めたが、アーネストの力がクロエの想定を超えていたのだ。

 

アーネストもそれなりにダメージを受けているが、このまま試合が続けばクロエの方が先にやられるのは必然である。

 

「どうやらその力は相当身体に負担が掛かるみたいだね」

 

アーネストがそう言って間合いを詰めようとした時だった。

 

「女王の心弾!」

 

アーネストの横から12の光弾が風を裂きながらアーネストに襲いかかる。対するアーネストは 『白濾の魔剣』で全て一閃するも僅かに隙が出来たのでソフィアはクロエを掴んでから距離を取り、光弾を放ったニーナがソフィアの横に立つ。

 

「大丈夫、クロエ?」

 

「何とか……でも肉体は大分限界ね」

 

実際クロエの身体はかつてないほど痛みを感じている。しかしクロエの中には諦めるという選択肢はなかった。

 

『でしたら私とニーナさんが攻めますわ。クロエさんはフォローを重視して状況によって動いてくださいまし』

 

ソフィアはアーネストに作戦がバレないようにクロエの頭にそう呟く。

 

『わかりました。ですが時間は無いので短期決戦でお願いします』

 

チラッと横を見れば美奈兎はケヴィンの足止めをしているが完全に押されているし、レティシアが先に援護を潰すべく柚陽を狙っている。このまま行けば負けるのは目に見えている。

 

『わかりましたわ!行きましょうニーナさん!』

 

『うん!』

 

同時に2人はアーネストの元に向かって動き出す。両者共にサーベルを持って上段から振るう。対するアーネストは 『白濾の魔剣』を振るって、サーベル2本を防ぐや否や 『白濾の魔剣』を盾のように構えて突撃を仕掛ける。アーネストの突撃に対してニーナは八幡の体術をトレースして身を屈めて回避するも……

 

「きゃあっ!」

 

既にアーネストとの戦いで消耗しているソフィアは対処出来ずに突撃をモロに受けて体勢を崩す。そんな隙をアーネストが見逃す筈もなく、 『白濾の魔剣』でソフィアに袈裟斬りを放つ。

 

ソフィアは何とか身体を起こして後ろに下がるも、その前にアーネストの 『白濾の魔剣』が校章ギリギリの位置にあるソフィアの胸を掠る。

 

『白濾の魔剣』は任意の物体だけを斬る能力なので実際ノーダメージではあるが、後一歩のところでソフィアの校章は破壊されていただろう。

 

更に……

 

『気をつけてください!アレが来ます!』

 

柚陽の声がクロエの能力を介して全員の頭に響く。同時に全員が顔を上げると、パーシヴァルの『贖罪の錘角』が黄金色の光を生み出している。『贖罪の錘角』のチャージが完了したのを意味する。

 

「汝らに、慈悲と贖罪の輪光を」

 

そして『贖罪の錘角』から光の帯が放たれ、同時にアーネストとケヴィンはレティシアの生み出す翼に乗る。

 

対するチーム・赫夜の5人も受けるわけにはいかないのでそれぞれ回避行動を取ろうとするも……

 

「美奈兎?!」

 

ケヴィンと相対していた美奈兎は膝をついていた。チームメイトの能力をトレースしてライオネルを撃破して、ケヴィンと相対していた美奈兎は既に限界でマトモに動くことが出来なかった。

 

そんな美奈兎に光の帯が襲いかかり……

 

『若宮美奈兎、意識消失』

 

機械音声が美奈兎の敗北を告げる。『贖罪の錘角』から放たれた光の帯が消えたので、光の帯をやり過ごしたクロエ達4人の視線の先にはステージに倒れ伏す美奈兎がいた。

 

(マズイわね……美奈兎が負けた以上ケヴィン・ホルストはこっちに来る)

 

そう判断したクロエの頬に汗が流れ始める時だった。

 

『クロエさん。このままでは負けますわ。ですからあの作戦を実行しましょう』

 

ソフィアの言葉が若宮以外の3人の頭に響く。同時に3人が息を呑む。試合前のミーティングで考えた作戦の1つだ。決まれば充分に勝機はあるが、失敗したら負けに繋がる作戦だ。

 

しかしソフィアは既に負けかけている今なら使用しても問題ないと判断して作戦の使用を提案する。

 

『良いんですか?』

 

『はい。どうしても負けられないので』

 

クロエの躊躇いの混じった問いにソフィアは躊躇い無く答える。それを聞いたクロエも覚悟を決めた。

 

『わかりました。ではソフィア先輩がアーネスト・フェアクロフをお願いします』

 

『わかりましたわ!』

 

クロエはソフィアの頭にそう指示を出しながらナックル型煌式武装を外して、腰にあるホルスターからハンドガン型煌式武装を出す。

 

同時にソフィアは痛む身体に鞭打って、レティシアの翼から飛び降りるアーネストとの距離を詰める。対するアーネストはソフィアの頭上から斬撃を放つ。

 

間一髪 『白濾の魔剣』による一撃を回避したソフィアは上段からサーベルを振るう。校章を破壊される訳にはいかないアーネストはソフィアの上段を 『白濾の魔剣』で受け止めて……

 

「はっ!」

 

即座に 『白濾の魔剣』を振り上げ、膂力の差を利用してソフィアのサーベルを跳ね上げる。ここにきてアーネストの剣技は一段とギアを上げる。

 

しかしこれはソフィアにとって予想の範囲内だ。

 

『ニーナさん、クロエさん!今ですわ!』

 

2人の頭の中に声を出しながらソフィアは腰のホルダーから『ダークリパルサー』を取り出して起動する。同時にアーネストの顔面目掛けて袈裟斬りを放つ。ソフィアが人を傷つけられない事を知っているアーネストは疑問に思いながらも 『白濾の魔剣』でソフィアの袈裟斬りを防ごうとする。

 

が……

 

「アーニー!回避しろ!その刃に絶対に触れるな!」

 

先ほど美奈兎がライオネルを倒したのを見たケヴィンの声がステージに響き、アーネストは反射的に 『白濾の魔剣』で受けるのを止めて後ろに跳んでソフィアの袈裟斬りを回避する。

 

受けようとしてから即座に回避する技術は圧倒的であり、対峙するソフィアも驚愕した程だ。

 

しかしソフィアに諦めるという考えはなく、前に一歩を踏み出して『ダークリパルサー』でアーネストに斬りかかる。

 

しかし既に『ダークリパルサー』が危険である事を理解しているアーネストに受けるという選択肢はない。アーネストは身を屈めてソフィアの一振りを回避して……

 

「ああっ!」

 

ソフィアの距離を詰めたまま剣の柄で『ダークリパルサー』の柄を叩き、再度ソフィアの手から引き離す。

 

そしてアーネストは手首を捻り 『白濾の魔剣』の切っ先をソフィアの校章に向けて神速の突きを放つ。この体勢からソフィアが対処する方法をはない。

 

しかしソフィアは……

 

(予想通り……ですわ!)

 

内心そう叫びながらクロエの伝達能力で八幡の体術をトレースし、同時に足に星辰力を込めて地面を蹴り、アーネストに覆い被さるかのように敢えて距離を詰めにかかった。

 

対するアーネストはソフィアの行動に眉を寄せるも、焦ることなく手首を再度捻り『白濾の魔剣』の軌道を変えて再度ソフィアの校章を狙いに行く。

 

そしてソフィアがアーネストの両肩を掴むと同時に……

 

「今……!」

 

『ソフィア・フェアクロフ、校章破損』

 

 

アーネストの 『白濾の魔剣』がソフィアの校章を破壊するも、ニーナがソフィアの後ろから『ダークリパルサー』を使ってソフィアもろともアーネストを刺す。

 

「こ、これは……!」

 

「くうっ……!」

 

同時にアーネストとソフィアの頭にとてつもない激痛が襲いかかる。しかしソフィアは口元に笑みを浮かべている。

 

「くっ……後は、お願いしますわ」

 

そう言って地面に倒れ伏す。それを確認したニーナはジャンプしてソフィアを飛び越えると、八幡の体術をトレースして鋼靴型煌式武装に星辰力を込めてアーネストに蹴りを放つ。『ダークリパルサー』の一撃をもろに受けたアーネストは対処出来ずに……

 

「ぐっ……!」

 

ニーナの蹴りがアーネストの鳩尾にめり込み後ろに吹き飛ぶ。それによって生まれた隙をニーナが逃すつもりもなく、『ダークリパルサー』を投げ捨てて普通のサーベルでアーネストの校章に突きを放つ。

 

「させるかよ!」

 

しかしその直前にケヴィンが割って入り黒い盾でニーナの突きを防ぐ。同時にレティシアの8枚翼がケヴィンの後ろからニーナに襲いかかる。

 

内5枚はニーナに当たる直前に柚陽が破壊するも……

 

「きゃあっ!」

 

残りの3枚は直撃してニーナを吹き飛ばす。同時にケヴィンがニーナとの距離を詰めて、それに一拍遅れてアーネストも若干フラフラしながらも走り出す。初めて『ダークリパルサー』の一撃を受けて尚、そこまで動けるのは驚愕の一言につきる。

 

対するニーナはボロボロになりながらも立ち上がり……

 

「絶対に……勝つ……女王の崩順列!」

 

ケヴィンの剣がニーナの校章に当たる直前に巨大な大砲を生み出して、自身の足元に放った。

 

直後、ニーナの足元から大爆発が生じて……

 

「うぉぉぉぉっ?!」

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

 

「ぐうっ!」

 

『ケヴィン・ホルスト、校章破損』

 

『ニーナ・アッヘンヴァル、校章破損』

 

ケヴィンとニーナとアーネストの叫び声が聞こえて、間髪入れずにケヴィンとニーナの校章の破壊が告げられる。アーネストはケヴィンの後ろにいて爆発を直撃せず校章は破壊されなかったが、『ダークリパルサー』の頭痛がある状態で爆風を食らったのでかなり苦痛を感じていた。

 

それを見たクロエは全身に走る痛みに悲鳴をあげながらも走り出す。これが最後のチャンス、ここで動かなければ負けてしまう。

 

「させませんわよ!」

 

「行かせません」

 

レティシアが10枚の翼を、パーシヴァルが光弾を放ちクロエを倒そうとする。

 

しかしクロエはそれを気にしないで歩を進める。何故なら……

 

「させま……せん!」

 

まだ味方がいるからだ。今までずっと後衛で援護に徹していた柚陽が弓を捨てて、クロエに当たる直前にソフィアの剣技をトレースして全ての攻撃を斬り払う。

 

「……ありがとう!」

 

クロエは礼を言ってアーネストとの距離を詰める。対するアーネストもここが正念場だと理解しているようで……

 

「悪いけど……こちらも負ける訳にはいかないよ!」

 

苦痛に塗れた表情でありながらも 上段から『白濾の魔剣』を振り下ろす。今までの中で最速の速度で。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

対するクロエも負けじとソフィアの剣技を使って最速の突きを放つ。既に身体は限界でサーベルを持つ右手からは血が噴出するにもかかわらず。

 

この試合において最速で放たれた上段斬りと突きはお互いの校章に向かっていき……

 

 

 

 

 

『アーネスト・フェアクロフ(クロエ・フロックハート)校章破損』

 

 

両者の校章を破壊する。

 

『試合終了!勝者ーーー』

 



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激闘を終え、各陣営は……(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

機械音声がステージに響く。それによってステージには沈黙が生まれるも……

 

 

 

 

『おぉぉぉぉぉぉっ!』

 

ステージを覆っていた防護ジェルが解除されると、大歓声が生じてシリウスドーム全体の空気を震わせた。

 

「か、勝ったの……?」

 

全身をボロボロにしたクロエが……腕から血を流しながらも呆然と呟くと……

 

「ああ……君達の勝利だよミス・フロックハート、おめでとう」

 

目の前にいるアーネストが頭痛によって額に手を押さえながらも爽やかな笑みを見せてくる。そして…….

 

『こ、ここで決着!チーム・赫夜、獅鷲星武祭二連覇をした絶対王者チーム・ランスロットを相手に大金星だー!』

 

『いやはや、驚きましたな。結成して1年のチームが勝つとは……!』

 

実況と解説の声を聞いて、クロエは自分達の勝利が事実であることを認識する。

 

「クロエ……!」

 

すると先ほど自らを犠牲にしながらもケヴィンを撃破したニーナが涙を流しながら駆け寄ってくる。その後ろから柚陽が笑顔でやって来て、未だに地面に倒れ伏しているソフィアもボロボロながら口元に笑みを浮かべている。

 

「お疲れ様です。最後のやり取りは見事でしたよ」

 

「……ありがとう。柚陽こそ最後にフォローしてくれてありがとう」

 

「チームメイトですから」

 

柚陽の笑顔にクロエも小さく笑顔を見せる。初めはやり行きでこのチームに協力する事になったクロエだが、今はこのチームと一員として戦える事に幸せを感じていた。

 

(後一戦……後一戦勝てば皆の願いが叶う……!)

 

チームを組んだ当初は殆ど不可能と思っていたが、クロエ達は遂に後一歩の所まで辿り着いた。

 

後一戦……チーム・黄龍かチーム・エンフィールドのどちらが勝ち上がってくるかわからないが強敵なのは間違いない。

 

しかしクロエの中では諦めるという考えはなかった。ここまで来た以上諦めるなど論外、石に齧りついても勝つつもりだ。

 

しかし……

 

「……とりあえず美奈兎とソフィア先輩を起こしましょう」

 

「あ、ソフィア先輩は私が運びますからクロエさんは無理しないでください。ニーナさんは美奈兎さんをお願いします」

 

「わかった……!」

 

今は休息が必要である。決勝は明日の正午だが、それまでにどれだけ回復するかが勝敗を分けるのだから。

 

そう思いながらクロエは柚陽とニーナが地面に倒れ伏す美奈兎とソフィアに駆け寄る光景を見ながら一息吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

クインヴェール専用観戦室……機械音声がチーム・赫夜の勝利を告げると、一拍おいて観客席から大歓声が生じるのがわかる。

 

そしてここでも……

 

「うぉっ?!」

 

「マジかよ?!」

 

「本当に勝ったよ〜!」

 

「……信じられないわ……!」

 

「す、凄い……!」

 

ルサールカの面々は大声で驚きを表現している。しかしこの場にいる全員は大小差はあれどルサールカと同じ意見だろう。

 

俺自身、勝てるかもしれないと思っていたが、いざ勝ったのを見ると胸の内に驚きの感情が生まれる。しかしそれ以上に嬉しい感情が生まれている。

 

(ここまで強くなるなんて……マジで嬉しいな……)

 

そこまで考えていると手がガッツポーズをしている事に気がついた。嬉しいのは事実だが、柄じゃない行動を見られると恥ずかしいので慌ててガッツポーズを解除しようとするも……

 

「ほ〜。アンタがガッツポーズをするほど喜ぶなんてな〜。ある意味美奈兎ちゃん達が勝った事より驚いたよ」

 

お袋がニヤニヤ笑いを浮かべながら俺を見てくる。最悪だ、よりによって1番見られたくない相手に見られたよ……!

 

「いやー、自分の息子がシルヴィアちゃんとオーフェリアちゃん以外ここまで感情を出すとは、親として嬉しいな〜」

 

「ブチ殺すぞ」

 

「やってみろクソガキ。久しぶりに腕を見てやるぜー?」

 

軽く殺気を出しながらお袋を見ると、お袋はカラカラ笑いながらも手招きしてくる。上等だ、いつまでも弱いと思っていたら痛い目を見るぞ。こっちは星露にしばき倒されているんだから。

 

「ちょっとちょっと?!八幡君落ち着いて!」

 

「……私達は変だと思わないから恥ずかしがる必要はないわ」

 

「お願いですから場所を考えてください。ここは観戦室ですからね?」

 

するとシルヴィとオーフェリアが俺を羽交い締めにして、ペトラさんが俺とお袋が間に入って仲裁に入る。まあ、確かに……ただでさえ他所の学園の専用観戦室に入るのも問題なのに、そこで暴れたりしたら間違いなく運営委員から罰を受けるだろう。それは学園全体にも迷惑が掛かるし止めるのが賢明だ。

 

「……わかったよ。わかったから2人とも離せ」

 

「え?2人の胸を堪能出来てるのに?」

 

「「……八幡(君)?」」

 

お袋が余計な事を言うと、2人が羽交い締めを止めたので振り向くとジト目で俺を見ながら低い声を出してくる。やっぱりお袋は俺の敵だ。

 

「いや待て2人とも。俺は別にそんな事を考えてないからな?」

 

「ふーん……」

 

「……嘘ね」

 

2人は全く信じてない。まあ俺は比較的エロいからな。信じてくれないのも仕方ないかもしれない。

 

しかし今回に限ってはマジでその考えは無かった。まあお袋に言われて柔らかいことを自覚したけど。

 

とりあえず……

 

「ま、まあ!それはともかく!若宮達は勝ったけど、相当負傷したし様子を見に行くわ。可能なら薬とかを売店で購入しとかないとな」

 

これは重要だ。チーム・ランスロットに勝ったのは素直に凄いと思うが、試合を見る限りチーム・赫夜もかなりのダメージを負った。だから俺としては少しでもフォローしたいと思う。べ、別にこの空気から逃げたいわけじゃないからね?!

 

「話を逸らしたね」

 

「話を逸らしたわね」

 

「話を逸らしたなー」

 

対してシルヴィとオーフェリアはジト目を、お袋はニヤニヤ笑いを浮かべながらそう言ってくる。てかこの空気を作ったお袋に言われるとガチでムカつくな。王竜星武祭に参加する前に絶対にお袋をぶっ倒してやる。

 

「……まあ、美奈兎ちゃん達のダメージが大きいのは事実だしそれは賛成だけど」

 

「だろ?じゃあ行こうぜ」

 

「あ!八幡君?!」

 

「早いわね……」

 

言いながら俺は早歩きでクインヴェールの専用観戦室を後にする。このまま観戦室にいたらまたお袋におちょくられそうだしな。

 

俺は背後から追ってくる恋人2人の気配を感じながらも足を速め売店に向かった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱり八幡はからかいがいがあるなー」

 

「貴女の場合、誰にでも揶揄うでしょう?」

 

「まあな。それよりペトラちゃん。美奈兎ちゃん達はチーム・ランスロットを撃破したけど、これなら馬鹿息子がW=Wに就職したら3人の交際を認めてくれんだよな?」

 

「……そうですね。完全に反対意見は消えることはないと思いますが、多分大丈夫でしょう」

 

「なら良かった。3人には幸せになって欲しいからなー」

 

「ただバレないように最善を尽くして欲しいですね。交際を認めたとしても3人の関係が発覚したら面倒な事になるのは間違いないですから」

 

「だよなー……ったく、第三者が人の交友関係にケチを入れてんじゃねぇよ。私が王竜星武祭を優勝して手に入れた願いはまだあるし、3人の関係がバレたら、ウザいマスゴミの皆殺しでも頼もうかなー」

 

「……ノンビリとした口調で恐ろしい事を言わないでください。というか頼まないでくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

聖ガラードワース学園の専用観戦室。そこは今沈黙に包まれていた。モニターにはチーム・赫夜のチームリーダーとチーム・ランスロットのチームリーダーが互いの校章を破壊しているシーンが映されている。

 

ガラードワースの専用観戦室にはチーム・トリスタンを始めとした今回獅鷲星武祭に参加した生徒が揃っているが、全員が信じられない気持ちとなっていた。

 

聖ガラードワース学園の人間からしたら、自学園の冒頭の十二人『銀翼騎士団』は憧れの存在である。

 

その『銀翼騎士団』のメンバーで構成されたチーム・ランスロットとチーム・トリスタンが結成して1年のチームーーーそれもガラードワースと折り合いの悪いレヴォルフの生徒が鍛えたチームに負けたのだ。そうなるのも仕方ないだろう。

 

「あり得ない……!こんなの間違っている!」

 

誰かがハッキリと口にする。同時に箍が外れたようで……

 

「そうよ!会長達があんな素人集団に負ける訳ないじゃない!」

 

「『孤毒の魔女』や『影の魔術師』が卑怯な手を教えたに決まってる!」

 

「そうだ!この試合は無効だ!」

 

チーム・ランスロットを崇拝する面々が騒ぎ出す。あたかもチーム・赫夜が悪だと評しながら。

 

暫くチーム・赫夜に対する文句が続くと……

 

「静かにしろ!ガラードワースの生徒ともあろうが他者を貶める発言は止めろ!」

 

痺れを切らしたチーム・トリスタンのリーダーのエリオットが怒鳴る。それによって大半の人は静まるが一部は納得していない。

 

「ですが!会長達が負けるなんてあり得ないです!」

 

「僕も同じ気持ちだ……が、会長達が負けたのは紛れもない事実だし、卑怯な手を使ったのなら運営が介入している筈だ。それがないという事は……」

 

実際チーム・トリスタンや本戦に出場したチームは感情的に納得はしてないが、チーム・ランスロットが負けた事を認めている。認めたくはないが、ここでチーム・赫夜を侮辱するのはチーム・ランスロットに対する侮辱でもある。それを理解しているが故にエリオットはチーム・赫夜の悪口を言う面々を諌めたのだ。

 

(来年から僕が会長になるんだし……次の獅鷲星武祭までの3年でもっと強くならないと……!)

 

既にガラードワースではエリオットがアーネストの後を継ぐ事は殆ど決まっている。今の自分は会長に遠く及ばないと理解するエリオットは今回の敗北を認め、3年に王者の奪還をする事を強く決意した。

 

それはチーム・トリスタンを始めとしたガラードワースの中でも強いチームのメンバーも同じ気持ちであった。

 

しかし一部のメンバーは未だに納得せず、チーム・赫夜ひいてはチーム・赫夜と深く関わっているオーフェリアや八幡に敵意を生み出していた。

 

 

 

 

 

 

 

(比企谷、王竜星武祭では見てろよ……!俺は絶対にお前を認めないし、お前を倒してみせる……!)

 

その中で今シーズンの鳳凰星武祭で不戦敗、獅鷲星武祭で1回戦負けした男が、前シーズンで王竜星武祭ベスト4の男に強い敵意を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

「ぱぽん!まさか我の『ダークリパルサー』が勝利の鍵を握るとはな!」

 

アルルカントアカデミーの『獅子派』の専用ラボにて『獅子派』の副会長であり、『ダークリパルサー』を開発した材木座義輝はチーム・赫夜の勝利を見て高笑いをする。

 

「おお!将軍の作った煌式武装が大活躍とは!我輩としても鼻が高いである!」

 

材木座と並んで試合を見る擬形体のアルディも興奮したような素振りを見せる。既にアルディは様々な事を学習して見た目はともかく、中身は殆ど人間のようになっていて、材木座とはかなり仲が良い。

 

「うむ!それでアルディ殿、実は我、王竜星武祭に備えて『ダークリパルサー』を上回る煌式武装を開発中であるのだが見てくれるか?」

 

言いながら材木座はアルディに新作煌式武装の設計図が表示された空間ウィンドウを見せる。

 

『獅子派』の会長、材木座の上司であるカミラ・パレートがアルディと同じ擬形体のリムシィを自身の代理として王竜星武祭に出場させるように、材木座も自身の代理としてアルディを出場させる腹である。

 

アルディは材木座に渡された空間ウィンドウを暫く見ると高笑いを生み出す。

 

「ふはははは!流石であるな将軍!願わくば我輩、この武器らを使用して再度刀藤綺凛と相対したいのである!」

 

「ふはははは!勿論そのつもりである!その点、チーム・赫夜は今回の試合で良いデータを生み出したのでより優れた武器を作れるであろう!やはりあの時に『ダークリパルサー』を生み出して正解だったな!」

 

「ほう?あの剣はお前が作り出したのか、材木座?」

 

「うむ!まあ我としてもチーム・ランスロットを打ち破るキッカケとなる程活躍をするとは思わなか、っ……た?」

 

いきなり後ろから聞き覚えのある女の声が聞こえ、材木座は内心冷や汗をダラダラ流しながら後ろを向くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかチーム・ランスロットを打ち破るキッカケを作った武器を作るとはな。それは素直に凄いと思うが、その努力をクインヴェールではなく自分の所属する学園に費やして欲しいものだ」

 

材木座の上司であるカミラ・パレートが額に青筋を浮かばせながら仁王立ちしていた。その隣にはリムシィがいてゴミを見るような視線で材木座を見ていた。

 

「あ、いや、カミラ殿……アレは八幡からの要請だし、一応アルルカントにも協力したのだが……」

 

材木座はしどろもどろになりながらも言い訳をする。実際材木座の功績は大きい。今シーズンの星武祭でアルルカントは鳳凰星武祭で7ペア、獅鷲星武祭では4チーム本戦に出場したが、内3ペアと2チームは材木座の作り上げた煌式武装を使用している。

 

しかし……

 

「そうだな。だがだからと言ってクインヴェールに協力する理由にはならないな。そんな余裕があるならリムシィの新作煌式武装の実験台になって貰おうか」

 

つい先程まで材木座に頼まれて小説を読んで疲れていたカミラは慈悲を材木座に与えるつもりはない。

 

「え?いやカミラ殿?流石にそれは「リムシィ、第二実験室の予約をしておいたから材木座を的にして試射してきれ」カミラ殿?!」

 

「了解しました。さあ行きますよ材木座義輝。時間は限られているので急ぎましょう」

 

リムシィはそう言って材木座の首根っこを掴み移動を始める。

 

「えっ?!ちょっとマジで止めて!」

 

材木座は思わず素の口調になるもリムシィは特に気にせず材木座をラボから引き摺りだす。カミラはそれを気にする素振りを見せずに空間ウィンドウを開き第二実験室の様子を映す。

 

材木座は過去何度もカミラを怒らせて、リムシィの新作煌式武装の実験台になっている。アルディも当初は材木座を助けようとしたがリムシィが……

 

「では貴方が代わりに的になりますか木偶の坊?私としては貴方をスクラップにする事に賛成ですので」

 

と言ったのでマッハで材木座を見捨てた。そんな訳で材木座は『獅子派』の副会長でありながら基本的に扱いが悪い。

 

空間ウィンドウにてリムシィが材木座を第二実験室に放り込んだ所でカミラは先程材木座が開いた空間ウィンドウに気付き覗いてみる。

 

「これは……相変わらずとんでもない煌式武装を考えるな。何故こいつはエルネスタに匹敵する才能を持っているのに小説家を目指すのだ?」

 

既に何百回も思っている事を呟きながら第二実験室の様子を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『模擬戦開始!』

 

『ルインシャレフ、モード『フェンリル』、発動』

 

『ちょっと待つのである!それはマジで……がはあっ!』

 

開始早々リムシィの新作煌式武装による一撃が材木座を吹き飛ばした。カミラはいつもの事なので気にせずに空間ウィンドウを見ながらデータの収集を始めた。

 

それから5分後、第二実験室には屍と化した材木座がいた。

 



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激闘を終え、各陣営は……(後編)

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

ーーー界龍第七学院黄辰殿、謁見の間にて……

 

「へー、チーム・ランスロットが負けるとはね……やるじゃん!」

 

チーム・黄龍の1人にして界龍の序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォンが楽しそうに頷く。謁見の間にはセシリーだけでなく界龍の殆どの序列者が並んでいた。

 

「だな。全員良い顔をしてるし」

 

セシリーの言葉に元界龍序列1位のアレマ・セイヤーンも似た表情で頷く。

 

「うむ。まさかここまで成長するとは思わなかったのう。やはりあの時に鍛える事にして正解じゃったようじゃな」

 

「ちょっ、ちょっ待ってください師父!」

 

玉座に座る『万有天羅』范星露の言葉に序列6位『天苛武葬』趙虎峰が焦るような声を出す。

 

「何じゃ虎峰?」

 

「今、鍛える事にして正解と言いませんでしたか?!」

 

「そうじゃ。美奈兎達についてじゃが、儂が稽古をつけていたのじゃよ」

 

星露はこともなげにそう返すも、謁見の間には騒めきが生じる。

 

「え?チーム・赫夜って比企谷八幡が鍛えてんじゃないの?」

 

「それは合っとるぞ。基本的には八幡じゃが、週に一度儂が稽古をつけておったのじゃ」

「つけておったのじゃではないですよ!どうして他校の生徒をあそこまで鍛えたんですか?!」

 

アレマの問いに星露が答えると、虎峰は信じられないとばかりに星露にツッコミを入れる。それも当然だろう。他校の生徒を獅鷲星武祭で二連覇をしていたチームを撃破する程までに鍛えたのだから。

 

しかし星露は特に気にする素振りを見せずに口を開ける。

 

「いやなに。半年くらい前に美奈兎達に助けて貰ってのう。その恩を返してから色々あって美奈兎達や八幡を鍛えることになったのじゃ」

 

さも当然のように語る星露に虎峰は頭痛と胃痛がやって来るのを理解してしまう。そんな簡単に他校の生徒ーーーしかも1人はアスタリスクで10本の指に入る怪物を鍛える星露の行動は虎峰の身体を蝕む。

 

「そういや星露ちゃん、今の比企谷八幡ってどれくらい強いの?」

 

「ん?彼奴の奥の手は5分しか使えんが、その5分においては全力の儂と互角に戦えるのう。あの時の彼奴との殴り合いは本当に心地良い」

 

楽しそうに喋る星露の言葉にその場にいた星露の弟子の間から再度騒めきが生じる。それもそのはず、殴り合いをするという事は星露を殴るという事を意味する。

 

しかし今の界龍の人間で星露に一撃を食らわせた者は1人も居ないのだから。

 

「へー!良いねー!星露ちゃん、次にあいつと戦う時にはあたいも連れてってよ!」

 

しかしこの場にいる面々の中で唯一星露の弟子でないアレマは心から楽しそうに星露に話しかける。バトルジャンキーであるアレマは自分より強い相手と戦うのを何よりの楽しみとしている故だ。

 

「構わんぞい。それにしても今から4年後……次の王竜星武祭で八幡と戦うのが楽しみじゃのう」

 

星露は今から4年後にある来シーズンの王竜星武祭を心待ちにしている。千年以上生きている星露からしたら4年などあっという間だ。

 

星露はその時に生まれるであろう血湧き肉躍る戦いに期待しながらも、チーム・赫夜の面々が笑顔を浮かべているのを眺め続けた。

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者チーム・赫夜!』

 

チーム・エンフィールドの控え室にて……

 

「あらあら……まさか本当に勝つとは思いませんでした」

 

クローディアは口に手を当てて驚きを露わにしている。可能性は考慮していたが、いざチーム・ランスロットが負けるのを見ると驚きの感情が浮かんでくる。

 

「全くだ。比企谷の奴、彼女の頼みとはいえ他所の学園の生徒をあそこまで鍛えるか?」

 

クローディアの隣に座るユリスも驚きの感情を抱いているが、どちらかというと呆れの感情の方が強い。

 

「……全く。フローラの件や小町達の件といい、比企谷はレヴォルフの生徒らしくなさ過ぎる」

 

「ん?ああ……まあ当然だろう。あの馬鹿はクジ引きで自分の行く学園を決めたのだからな」

 

「ええっ?!」

 

紗夜のため息混じりの独り言にユリスがツッコミを入れると、事情を聞いた綺凛からは驚きの声が上がる。実際ユリスもこの話を聞いた当初はとても驚いたものだ。

 

「全く呆れますよ。どうせなら星導館に来て欲しかったものです……まあそれは良いでしょう。本題に戻りますと、チーム・赫夜が絶対王者を倒してくれたのはありがたい話です。その上かなりボロボロですので明日の決勝では万全の状態で挑むのは無理でしょう。」

 

チーム・赫夜はチーム・ランスロットを撃破したとはいえ、かなりボロボロの状態である。決勝まで丸一日あるが、その時のチーム・赫夜のコンディションは良くて全力の7割から8割、とクローディアは考えている。

 

しかし……

 

「そうなるとこっちも準決勝で出来るだけ消耗しないで勝たないとね」

 

綾斗がそう口にする。言っていることは間違っていないが、言うは易く行うは難しだ。今のチーム・エンフィールドは昨日銀河の実働部隊と戦ってコンディションは万全の状態から程遠い。

 

この状態でチーム・黄龍の相手は厳しいし、よしんば勝てたとしても決勝では間違いなくボロボロになっているだろう。だからチーム・エンフィールドとしては優勝するには出来るだけ消耗しないでチーム・黄龍に勝たないといけないと中々の無茶をしないといけないのだ。

 

「ええ。試合まで時間があるのでもう少し作戦を煮詰めましょ。先ずはフォーメーションについてですが……」

 

クローディアが改めて作戦の説明を始めたのでチームメイトの4人は集中してクローディアの説明を聞き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……これだけ買えば大丈夫だな」

 

シリウスドームの売店にて、俺は恋人2人と一緒に買い物を済ませチーム・赫夜の控え室に向かう。

 

手にあるビニールには果物や栄養ドリンクや鎮痛剤、テーピングなどが入っている。チーム・ランスロット戦は激戦でメンバー全員が消耗しているだろうからフォローをしておきたい。

 

出来れば治癒能力者の回復が欲しいが、星武祭のルールで星武祭で負った傷を治癒能力者に回復させて貰うのは失格となってしまうので無理だ。

 

よって試合以外の所では可能な限りフォローしてやりたいのが俺の意見だ。今の俺が出来ることなんざこれくらいだし。

 

そんな事を考えながらもチーム・赫夜の控え室に着いたのでインターフォンを鳴らす。一応通行パスを持っているが、前にインターフォンを押さずにドアを開けたら若宮達が着替えていたからな。

 

『八幡?』

 

インターフォンから聞こえてきたのはフロックハートの声だった。

 

「俺だ。見舞いの品を持ってきたから開けてくれ」

 

『……直ぐに開けるわ』

 

言うなりドアが開いたので中に入る。すると予想通り全員が疲れている空気を醸し出していた。

 

既に意識を戻した若宮とアッヘンヴァルとフロックハートは限界に近いのかソファーに寝転んでいる。フェアクロフ先輩と蓮城寺は寝転んではいないが、顔に疲れの色が見て取れる。

 

「とりあえず決勝進出おめでとさん。そんでこっちが見舞い品な。しっかり食っておけよ」

 

言いながら果物や栄養ドリンクを取り出してテーブルの上に置く。

 

「うーん……食べたいけど動けないよぉ……」

 

若宮は動こうとするも身体に痛みが走っているのか動けない。まあこいつの場合、フロックハートの能力の伝達を使用した以外にもライオネルさんの攻撃をかなり食らったからな。

 

仕方ないか……

 

 

「……食わしてやるから口を開けろ」

 

俺はため息を吐きながらバナナの皮を剥いて、栄養ドリンクを手に持ち若宮にさしだす。

 

「「あ!」」

 

するとオーフェリアとシルヴィが声を上げるのでチラッと見るとジト目で俺を見ている。大体2人の考えはわかるが今回は事情が事情だし見逃してくれ。

 

「え?あはは……迷惑をかけてゴメンね?」

 

若宮は小さく笑いながら口を開けるので、バナナを食わせてドリンクの入った容器を口に突き出す。別に謝ることじゃない。お前は決勝に上がる為に全力を尽くしたんだ。ならば試合以外の所では俺が全力を尽くす場面だからな。

 

言いながら若宮を見ると差し出したものは全て口の中に入れたので、俺は次の相手にしようと若宮から目を逸らすと……

 

「ほーらニーナちゃん。しっかり食べてね?」

 

「……クロエはチームの要だからしっかり休んで」

 

シルヴィはアッヘンヴァルに、オーフェリアがフロックハートに俺が若宮にやったように食い物を差し出している。気の所為か2人とも頬を膨らませているような気がする。……今日は帰ったら甘えさせてやるか。

 

「では私達もいただきますわ」

 

「わざわざありがとうございます」

 

ソファーに寝転んでないフェアクロフ先輩と蓮城寺も礼をしながらビニールの中にある物を食べ始める。

 

「どういたしまして。それと他に鎮痛剤や包帯も買っといたから、後でシルヴィとオーフェリアにやって貰え」

 

テーピングをする以上若宮達は服を脱がなくちゃいけない。しょっちゅう事故で5人の下着姿や裸は見ているが、意図的に見るのはちょっと恥ずかしいから無理なので恋人2人に任せるつもりだ。

 

「わかった。じゃあ少し休んだら私とオーフェリアがやっとくから八幡君は暫く控え室から出てね?」

 

「……ないとは思うけど、もしまたラッキースケベをしたら搾り取るから」

 

「気を付ける」

 

どんだけ信用されてないんだって話だが、週に4回は若宮達にラッキースケベをしてしまっている以上否定は出来ない。

 

恋人2人の目が笑ってない笑顔を見て冷や汗を流しながらも俺はしっかりと首を縦に振った。まあラッキースケベをする気はないが搾り取られるのはそこまで嫌じゃないんだよなぁ、翌日が眠くて辛いだけで。

 

「というか搾り取るなんて、私達の前で言うのを止めてくれるかしら?」

 

フロックハートがジト目で俺達を見てくる。周りを見ればアッヘンヴァルとフェアクロフ先輩は顔を真っ赤に、蓮城寺は何とも言えない表情を浮かべ、そういった事情に疎い若宮はキョトンとした表情を浮かべていた。

 

まあ確かに女子校に通う面々の前でそういった話はアレだな。俺は軽く頭を下げて謝罪の意を伝えて控え室を後にした

 

 

 

 

 

 

 

控え室を出た俺は適当に時間を潰すべく、シリウスドーム内部にあるカフェに行くことにした。1時間くらいしたら向こうも応急処置を終えているだろう。

 

「とりあえず決勝の対策を練っておくか……」

 

決勝の相手がチーム・黄龍かチーム・エンフィールドになるかはわからないが準決勝以上に厳しい戦いになるだろう。

 

何せチーム・ランスロットを倒したとはいえチーム・赫夜はチームメンバー全員が軽くないダメージを受けているし、『ダークリパルサー』などの隠し球も全て曝け出してしまったのだ。

 

加えてチームの総合力も向こうが上。勝算があるとすれば準決勝でチーム・黄龍とチーム・エンフィールドが共倒れする位ボロボロになる事ぐらいだろう。

 

しかしそれを含めても勝算は低いのは間違いない。多分観客の殆どはチーム・赫夜の優勝は無理だと思っているだろう。

 

一応俺も明日までに策を練るが、厳しいのは紛れもない事実だ。

 

(可能ならあいつらの願いを叶えてやりたいもんだ)

 

若宮は月に行く事、フェアクロフ先輩は兄に代わって実家の跡を継ぐ事、フロックハートは自由になる事を願っている。

 

蓮城寺は修行の為に星武祭に参加しているから願いはない。

 

そしてアッヘンヴァルは金を手に入れて両親に楽にする為に星武祭に参加したが、準優勝以上が確定している時点である意味願いは叶っている。星武祭で本戦に出場した人間にはその時点で大金が約束されているからな。

 

「まあ……もしも無理なら俺が王竜星武祭で優勝した際にあいつらにあげるか」

 

元々総武中が嫌だからアスタリスクに来た上に、前回の王竜星武祭でもMAXコーヒーを一生分と願った俺だ。ぶっちゃけそこまで物欲はない。

 

オーフェリアとシルヴィが一緒にいる時点で絶対に叶えたい願いはない。今の俺にとって1番の願いは『3人で幸せに過ごすこと』なのだから優勝した暁には『チーム・赫夜の願いを叶えてやってくれ』と頼むのも良いだろう。別にあいつらの為に願いを使うの嫌じゃないし。

 

(いや、それはあいつらが優勝を逃してからだな。今はあいつらが優勝出来るように策を練る事が第一だ)

 

別にあいつらに願いを譲るのは吝かじゃないが、その前にあいつらを勝たせることを考えないとな……

 

そんな事を考えながら俺はカフェに向かって歩くのを再開した。途中チーム・赫夜との繋がりがある事から沢山の人から視線を向けられた。

 

それは当然の事だと割り切ったものの、カフェに着く直前に妙な不気味な視線を感じたのが妙に気がかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふん……!どうせチーム・ランスロットが負けたのも卑怯な手を使ったからですよー!あの人の所為でガラードワースでは居場所が無くなったし……絶対にスキャンダルになるネタを手に入れないと……!」



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比企谷八幡は決勝に備えて動き始める

「うーむ……やっぱり勝ち筋が見えねぇ……」

 

シリウスドーム内部にあるカフェにて、俺は空間ウィンドウを見ながらため息を吐く。周囲からは他の客に見られまくりだが気にしない。俺自身目立つのは嫌いだが、割りかし有名だからと割り切っている。

 

空間ウィンドウにはチーム・黄龍とチーム・エンフィールドがこれまでの獅鷲星武祭で行った試合を見るが、見る度に絶望が増してくる。

 

理由は簡単。戦闘スタイルは全然違うも両チームともチーム・ランスロットに匹敵するチームだからだ。

 

対するチーム・赫夜は全員が軽くないダメージを受けていて秘策も全て曝け出している状態だ。万全でも勝てる可能性は限りなく低いのに………今のチーム・赫夜は殆ど詰んでいる状態だ。

 

(ダメだ。全く思いつかない……やっぱり1人じゃ無理だしシルヴィやオーフェリアと一緒に考えてみるか)

 

3人揃えば文殊の知恵っていうからな。最愛の恋人2人が意外な案を出してくれるかもしれないし、2人と話している内に俺自身が奇抜な案を思いつくかもしれないしな。

 

そうと決まればチーム・赫夜の控え室に戻るか。俺が控え室を後にしてカフェで一杯やって1時間近く経過している。向こうも応急処置やテーピングを終わらせているだろうし。

 

俺は請求書を持って店員に現金を渡して、カフェから出ると……

 

「おっと」

 

「おや、比企谷君じゃないか」

 

偶然にもフェアクロフさん率いるチーム・ランスロットを始め、獅鷲星武祭に参加したと思えるガラードワースのチームが集結していた。

 

チーム・ランスロットの後ろにいる面々は俺に敵意を剥き出しにしているが、俺がチーム・赫夜と繋がりを持っている事から仕方ないだろう。特に怒りを出さずにフェアクロフさんと向き合う。

 

レヴォルフじゃ基本的に毎日これ以上の敵意を向けられているから全然怖くないってのが本音だ。てか序列入りした頃はしょっちゅう闇討ちをされてたし。

 

「どうもっす。全員揃ってる事はもう帰るんですか?」

 

「ああ。このまま第二試合を見ていきたいのは山々だけど、仕事が溜まっていてね」

 

そういやガラードワースの生徒会は割と統合企業財体に仕事を任されているってシルヴィから聞いた事があるな。

 

「そうですか。星武祭に参加しながら仕事なんて俺には絶対に無理ですね」

 

「ははっ、慣れてしまえばそこまで大変じゃないよ。それよりも今回は負けたよ」

 

「別に俺は星武祭に参加してないんで若宮達に言う言葉ですよ、それ」

 

「そうかな?確かに君は実際に参加してないけど、僕が思うに君自身チーム・赫夜の作戦立案に結構協力したと思うな。初めの道連れ戦法や僕とライオネルに頭痛を与えた剣、とかね」

 

「そういえばアレは結局なんだったんだ?俺の槍をすり抜けたから『白濾の魔剣』に似ているが」

 

フェアクロフさんとライオネルさんがそんな事を聞いてくるが話しても良いだろう。既にチーム・ランスロットは負けたし、俺が話さなくてもフェアクロフさん達なら1日もしないで理解するだろうし。

 

「アレは『ダークリパルサー』と言って刃が超音波で出来た煌式武装ですね。マトモに食らえば俺でもマトモに戦えなくなります」

 

というかアレを食らって平然と出来るのは星露くらいだろう。奴相手に使った事はないが食らっても嬉々として反撃してくる未来が容易に想像出来るわ。

 

「超音波……だからライオネルの槍をすり抜けたのですわね」

 

「まあ欠点として肉体的損傷がない事と受け太刀が出来ない事だな」

 

「肉体的損傷がない……つまりソフィアさんの為に作った武器ですわね」

 

「作ったのは俺じゃないが正解だ」

 

『ダークリパルサー』は強力だが、受け太刀を出来ない時点でリスクがデカい武器だ。実戦でアレを使うのはフェアクロフ先輩みたいに人を傷付けられない人間や、幻術を使える人間だろう。受け太刀は出来ないが一太刀浴びせれば大抵の敵の動きを封殺出来るし幻術使いとは相性が良い。

 

「それが前に言っていたソフィアさんの弱点対策ですか……本当に貴方は色々と手を回しますわね」

 

「よせよ、照れるだろ?」

 

「褒めてないですわよ!皮肉がわからないのですの?!」

 

「わかるけど敢えて、みたいな?」

 

「また私をからかうおつもりで?!」

 

「いや悪い。決勝の対策を練っていたら煮詰まってな。気分転換にからかってみた。やっぱりお前をからかうと楽しいわ」

 

さっきまで若干決勝の対策を練って疲れていたがブランシャールをからかったからか少し気分がマシになってきた。

 

「私は全然楽しくないですわよ!」

 

だろうな。これで楽しかったらドM以外の何物でもない。つーかブランシャールの場合、鞭を持ってドM男を叩くイメージが強いな」

 

「はっ倒しますわよ!」

 

するとブランシャールが真っ赤になって俺に詰め寄ってくる。もしかして口に出していたか。

 

「落ち着いてレティシア。試合にら負けたとはいえ星武祭に参加している選手が試合以外で暴れるのはマズイからね?」

 

するとフェアクロフさんがブランシャールの手を握って止めに入る。

 

「離してくださいアーネスト!この男とは一度決着をつけないと気が済みません!それとケヴィン!なに貴方も笑っているのですの?!」

 

「わ、悪ぃ……でもレティに鞭って結構似合うと思って……ぷふっ!」

 

「〜〜〜っ!」

 

ブランシャールは真っ赤になって俯く。どうやら少し揶揄い過ぎたようだな、反省反省。まあ次に会う時には再度揶揄う自信があるけど。

 

 

そんな事を考えながら俺はノンビリとブランシャールを眺めるが、存外に楽しかった事は口にしない。したら面倒な事になるのは目に見えているからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5分後……

 

「どうもすみませんでした」

 

漸くブランシャールが大人しくなったのでブランシャールと彼女を抑えたフェアクロフさんに謝罪をする。

 

「別に僕は怒ってないよ。ただ今後は自重して欲しいかな」

 

「全くですわ!いつかこの借りを返しますので!」

 

フェアクロフさんはともかく、ブランシャールはプリプリ怒っているが別に返さなくて良いからな?

 

「まあご自由に。それよりも時間を取らせて申し訳なかったな」

 

よく考えたらフェアクロフさん達が仕事があるから帰ろうとしていたが、俺のブランシャール弄りで無駄に時間が消費してしまったんだった。

 

「気にしなくていいよ。別に急を要する仕事はないからね。それより比企谷君は決勝の対策を頑張ってね」

 

「そうですわ!私達を打ち破ったのですから優勝しないと許しませんわよ!」

 

ブランシャールはビシッと指差しながらそう言ってくるが、そんな台詞は実際に戦った若宮達に言ってください。まあ後であいつらに伝えとくか。

 

「はいはい。まあ俺はやれるだけやるだけだ。んじゃ機会があればまた」

 

俺はチーム・ランスロットに一礼してから歩き出す。彼らと話している内に大分時間も経過した。今なら若宮達と会うのにちょうど良い時間だろう。

 

そしてガラードワースの面々の横を通り過ぎていると……

 

 

「……良い気になるなよ」

 

その途中、チーム・ヴィクトリーのリーダーにして、(俺以外の)皆仲良くを地で行く葉山が俺を睨みながら低い声で囁いてくる。

 

別に良い気になってねぇからな?てか前から思っていたが俺のこと嫌い過ぎだろ?まあ俺もこいつの事は好きじゃないけど。

 

しかしあの口調から察するに王竜星武祭で俺を倒すつもりか?だとしたらそれはそれで構わない。優勝を目指す以上誰であろうと叩き潰す事には変わりないのだからな。これについてはシルヴィや小町が相手でもだ。元々こういう性分だったのか、アスタリスクに来てから変わったのか知らないが今の俺は負けず嫌いなんでな。仮に葉山と当たったら受けて立つだけだ。

 

そんな事を考えながらも俺はガラードワースの面々が並ぶ列を通り過ぎてチーム・赫夜の控え室に歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

「うーす……って終わってんな」

 

チーム・赫夜の控え室に入ると既に全員が応急処置を済ませたようだ。部屋には薬品の匂いがする上、全員の肌に包帯が巻いてあるのが見える。

 

「ええ。と言っても明日までにどれ位回復するかはわからないけど」

 

フロックハートの言うように明日の決勝まで1日を切っている。明日も厳しい戦いだが、試合までにどれだけ回復しているかが勝敗に関わってくるだろう。

 

「だろうな。とりあえずお前らはどうすんだ?どの道明日の朝に対策ミーティングをすると思うが、第2試合もここで見るのか?」

 

「……そうね。私としては試合が始まる前にクインヴェールに戻って、試合開始まで休んで試合を見てから簡単にミーティングをして、終わると同時に休む……って流れが良いわね」

 

「まあ遅かれ早かれクインヴェールに戻る必要があるからね。試合はトレーニングステージで見ればいいんじゃない?」

 

シルヴィがそんな事を言ってくる。シルヴィの言うトレーニングステージとはクインヴェールの地下にある俺達が毎日鍛錬している場所だろう。

 

(今更ながら女子校に入り慣れている俺ってヤバくね?)

 

まあ理事長のペトラさんは了承してるし、シルヴィやチーム・赫夜、ルサールカは知っているけど。

 

「じゃあそうするか。若宮達は立てるか?」

 

「立てるけど〜歩きたくな〜い。比企谷君おんぶして〜」

 

「おんぶだぁ?……まあ疲れてるなら別に構わな「「……ダメ(ダメッ!)。私がやるわ(よ!)」」……そ、そうか」

 

俺が了承の返事をしようとするとオーフェリアとシルヴィが即座にダメと言って、間髪入れずにオーフェリアが若宮を背負う。

 

「他は大丈夫?もしも疲れてるなら私や八幡君の影人形がおんぶするからね」

 

「そこは俺じゃないのかよ?」

 

まあ女子をおんぶしたい訳じゃないけどさ……

 

「……だって、八幡が美奈兎達をおんぶしたら間違いなくラッキースケベを起こしそうだわ。例えば美奈兎をおんぶしたら直ぐにクロエがいる方向に転んで、八幡の顔と後頭部が美奈兎とクロエの胸に挟まれる可能性もあるし」

 

「だよね。他にもニーナちゃんをおんぶしたら次の瞬間、転んでフェアクロフさんの胸を揉んだり、柚陽ちゃんのスカートに顔を埋めそうだし」

 

「しねぇよ!」

 

恋人2人の言葉に思わずツッコミを入れてしまう。そりゃ何百回もラッキースケベをしたのは事実だが、そこまで想像されるのは遺憾である。

 

しかし……

 

「……実際にありそうね」

 

フロックハートがそう呟くとこの場にいる俺以外の人間が全員頷く。もうヤダ……ハチマンおうちにかえる。

 

「はぁ……どんだけ信用されてないんだよ。一応言っとくがわざとじゃないからな?」

 

「それはわかってるわよ。でも回数から察するに貴方のソレは能力なんじゃない?」

 

「んな訳ないだろうが……」

 

どんな能力だよ?そんな能力、あっても星武祭ではクソの役にも立たないに決まってるだろうが。普通に考えていらねぇよ。

 

内心フロックハートに毒づきながら控え室を出ると、他の面々もそれに続いた。

 

尚、シリウスドームからクインヴェールに向かう為に影の竜を生み出して向かったが、クインヴェールに到着して竜から降りる際、フェアクロフ先輩が竜の背中からずっこけて俺を押し倒す体勢になって俺の頬にフェアクロフ先輩の柔らかい唇が押し付けられた。

 

その時のオーフェリアとシルヴィの表情は一生忘れないくらい怖かった。しかし今回は俺は全く悪くないと思う。まあ何百回もラッキースケベをしてるから口にはしなかったけど。

 

そしてその後、オーフェリアとシルヴィはチーム・赫夜の前で俺の頬にちゅっちゅっしてきた。余りにも恥ずかしいので止めてくれと頼んだら……

 

「「嫌。今後、八幡(君)がラッキースケベをする度に八幡(君)を恥ずかしい目に遭わせるから」」

 

と同時に却下して即座に頬にキスを再開してきた。2人のキスを食らった俺は転んでラッキースケベを起こさないように普段の移動は能力を使うべきかと真剣に考えるようになった。

 

そして俺がオーフェリアとシルヴィの2人にキスをされる光景を見せられ、巻き添えを食らったチーム・赫夜の5人についてはマジですいませんでした。



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比企谷八幡は準決勝第2試合を見る

「さて……そろそろ準決勝第2試合が始まるな」

 

クインヴェールの地下にあるトレーニングステージにて、俺は恋人のオーフェリアとシルヴィ、深く関わるようになったチーム・赫夜の5人と明日の対策を練りながらそう呟く。

 

「そうだね。開始5分前だし一旦作戦会議はお休みにしよっか」

 

シルヴィがそう言うと空間ウィンドウを開く。先程俺は事故によって頬にフェアクロフ先輩のキスを受けて、オーフェリアとシルヴィは不機嫌になっていたが、今はもう大丈夫そうだ。

 

まあさっきまで2人にキスをされまくったからだろう。俺を恥ずかしい目に遭わせる為にチーム・赫夜の前で。

 

その際にチーム・赫夜の反応と言えば、若宮は顔を覆い、アッヘンヴァルとフェアクロフ先輩は顔から煙を出して倒れ、蓮城寺は苦笑をして、フロックハートはブラックコーヒーを飲みながらゴミを見る目で俺を見てきた。

 

 

 

『さあ!いよいよ準決勝第2試合です。既にあのチーム・ランスロット相手に大金星を手に入れたクインヴェール女学園のチーム・赫夜と頂点を争うことになるのは、果たしてどちらのチームなのか!先ずは東ゲート!今期の鳳凰星武祭を制したタッグを擁するチーム・エンフィールドー!』

 

実況の声と同時に東ゲートが開き、エンフィールドを先頭に5人がステージに現れて空間ウィンドウからも大歓声が伝わってくる。

 

『今回のチームリーダーはエンフィールド選手のようでありますな。噂によると昨日ちょっとしたトラブルから治療院に担ぎ込まれたらしいのですが、どうやら試合に支障はなさそうであります』

 

解説はそんな事を言っているがアレはちょっとしたレベルじゃないからな?まあトラブルの内容は知らない方が良い内容だけどな。

 

実際にこの場にいる面々で知ってるのは俺とシルヴィとオーフェリア、後はクインヴェールの諜報員のフロックハートだけだろう。現に他の4人は不思議そうな表情を浮かべながら解説の意見を聞いているし。

 

しかしエンフィールドを見る限り基礎的な戦闘には支障がなさそうだ。まあ今回の対戦相手が対戦相手だから無茶はすると思うけど。

 

『そーしてそして!西ゲートから姿を現したのは、その全員が冒頭の十二人!チームメンバー各々が攻撃手を務める今大会屈指の攻撃型チーム!『覇軍星君』武暁彗率いる界龍第七学院のチーム・黄龍ー!』

 

そして西ゲートから暁彗を先頭に界龍の制服を着た5人がステージに現れる。両チーム共に凄い迫力でチーム・ランスロットに勝るとも劣らない。

 

『こちらのチームリーダーは武選手でありますな。準々決勝ではチーム・ヘリオンのチームリーダーとエースの二人を撃破するなど圧倒的な力をみせつけましたね』

 

『その上、道士として高い実力を持つセシリー・ウォン選手に高い格闘技術とアスタリスクNo.2の速度を持つ趙虎峰選手も極めて優秀な選手であります!』

 

『まあアスタリスク最速の『影の魔術師』比企谷選手は能力有りでの速度であって生身の速度は趙選手の方が上ですね』

 

ああ、そういやネットではアスタリスク最速は影狼夜叉衣を纏った俺で次点に虎峰の名前が挙がっていたな。まあ実況の言う通り生身なら虎峰の方が遥かに上だろう。加えて影狼夜叉衣には使用中肉体に掛かる負担が大きいし。

 

そんな事を考えていると

 

『ん?』

 

『どうしました、柊さん?』

 

『いえ、趙選手の足元……あれは……』

 

足元?俺は空間ウィンドウを見ると、虎峰がブリッジからステージに向かって飛び出し宙を舞う。

 

そして地面に着く直前にくるりと身体を回転させた後、足の裏からオレンジ色光を放つと空中で再度跳ね上がった。虎峰の足を見れば脛まで覆う奇妙な形の鋼靴があり、甲の部分には深いオレンジ色のマナダイトが埋め込まれていた。

 

それを見た俺は嫌な予感に駆られる。あの動き、オレンジ色のマナダイト、それらから察するに……

 

「マジか、あの野郎、『ヘルメスの翔靴』を持ち込みやがったのかよ……!」

 

思わず口に出してしまう。最悪だ……よりによって1番渡って欲しくない相手の手に渡っちまったよ。

 

「マズイわね……『天苛武葬』が『通天足』を使うなんて鬼に金棒ね……」

 

同じようにフロックハートも冷や汗を流しながらも険しい表情で空間ウィンドウを見る。

 

「え?その『ヘルメスの翔靴』とか『通天足』って何?」

 

若宮が質問をしてきた。俺がそれに答えようとすると、その前にフロックハートが口を開ける。

 

「界龍が所有する純星煌式武装よ。元々はレヴォルフにおいて『ヘルメスの翔靴』と呼ばれていたんだけど、界龍に渡った後に調整されて『通天足』って名前になったの」

 

あ、名前が変わったんだ。流石諜報員だけあってフロックハートの言葉は重みがあるな。

 

「純星煌式武装……ちなみに能力は?」

 

「名前の通り、空を飛ぶ能力ですよフェアクロフ先輩」

 

「あー、それは確かに嫌な相手に渡ったね」

 

シルヴィが引き攣った笑みを浮かべると全員が険しい表情になる。

 

『ヘルメスの翔靴』改め『通天足』は能力だけ見ればそこまで強くない純星煌式武装だが、使い手が能力の高い拳士の場合驚異的な効果を発揮するでもある。

 

生身ならアスタリスク最速の虎峰が持つのはフロックハートの言う通り、鬼に金棒だろう。

 

(てかマジでチーム・エンフィールドが勝たないとヤバイな……)

 

チーム・赫夜はチーム・ランスロットとの戦いでボロボロだ。その状態でフェアクロフさんに匹敵する暁彗や強力な力を得た虎峰、高い星仙術を使うセシリーや高いコンビネーション能力を持つ双子がいるチーム・黄龍に勝つのは、言っちゃ悪いが無理だと思う。

 

士気が下がるから言わないが、もしも決勝の相手がチーム・黄龍なら若宮達が勝つ確率は0.0001%あるかないかだろう。

 

チーム・赫夜が優勝するにはチーム・エンフィールドがチーム・黄龍を打ち破り、その際にチーム・エンフィールドがボロボロになってないと厳しいだろう。それならまだ出し抜ける可能性はあるし。

 

そんな事を考えている間にも……

 

『さあいよいよ試合開始時刻になりました!決勝にてチーム・赫夜と覇を競うのはチーム・エンフィールドか?!はたまたチーム・黄龍か?!』

 

実況が試合開始時刻が迫っている事を口にする。同時に全員が各々の持つ武器を構える。まあ虎峰は拳士だから手には何も持ってないけど。

 

そして並び方を見るに、天霧と刀藤は暁彗と、リースフェルトと沙々宮はセシリーと虎峰、エンフィールドが双子とやり合う算段だろう。

 

それは間違っちゃいない。封印が全部解除された天霧ならともかく、今の暁彗を1人で相手をするのは無理だろう。エンフィールドが双子の足止めだろうし、リースフェルトと沙々宮が前シーズン鳳凰星武祭準優勝コンビ相手にどこまでやり合えるかが勝敗にかかるだろう。

 

そして遂に……

 

 

『獅鷲星武祭準決勝第二試合、試合開始!』

 

試合開始の合図が告げられてステージに動きが生まれる。さてさて……あいつらはどこまでやれるやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が始まって5分……

 

『…………』

 

全員が無言で、それでありながら険しい表情を浮かべている。理由は簡単。今まさに試合中だが、その試合はまさに激闘の一言だからだ。

 

試合の流れは予想通りでステージでは3つの戦いが生まれている。

 

1つはステージの中央にてチーム・黄龍のリーダーの暁彗とチーム・エンフィールドのエースの天霧と刀藤の戦い。これは様子を見る限り暁彗が押していて天霧と刀藤が何とか食らいついている。

 

2つはチーム・エンフィールドのリーダーのエンフィールドと界龍の双子の戦い。といっても戦いというよりはエンフィールドが自分を囮にして双子の足止めをしている感じだ。おそらく双子の幻術による援護を制限する算段だろう。

 

そして最後、3つ目の戦いは……

 

 

『咲き誇れーーー硝煙の炎爆花!』

 

『この程度……って臭っ!何ですかこの臭いは?!』

 

リースフェルトが放つ小さい火球が虎峰の近くで爆発して、同時に虎峰は苦しそうな表情をしながら鼻をおさえる。

 

3つ目の戦いはステージの中央にて試合の主導権を握る為に行われているリースフェルトと沙々宮VSセシリーと虎峰による2対2の試合だ。

 

と言っても既にセシリーの校章はリースフェルトに破壊されて、沙々宮は虎峰の一撃で気絶したのでリースフェルトと虎峰のタイマンとなっている。

 

本来なら昨日銀河とやり合って疲れているリースフェルトが不利だが予想に反して虎峰と互角に渡り合っている。

 

その理由だが……

 

「アレ絶対に貴方が教えた技でしょ、八幡」

 

「ああ、そうだ。と言っても正確に言うと俺との戦いの中であいつが編み出したんだよ」

 

フロックハートはジト目を向けて俺を見てくるので素直に認める。はい、俺がリースフェルトに色々と仕込んだからです。

 

リースフェルトは良くも悪くも馬鹿正直過ぎる。サポート系の技を持ってるも基本的には攻撃寄りの技が殆どだ。

 

リースフェルトの使用する能力の特性は炎。炎能力者は相手を焼くのが基本的だが、俺から言わせればそれはお利口さんでしかない。

 

炎の特性が相手を焼くのは間違ってないが焼く以外にも色々ある。焼いて一撃で戦闘不能にするのではなく、焦がして相手の動きを徐々に鈍らせたり、炎から生まれる硝煙や臭いで相手に不快感を与えたりと色々ある。

 

だから俺は実戦を通してリースフェルトに視野の狭さを教えたが……

 

(能力の発動タイミングといい……少し強くし過ぎたか……?).

 

予想以上の成長に思わず内心でそう呟いてしまう。恐らく星武祭が始まってからも鍛錬をしたのだろう。リースフェルトの実力についても上方に修正しないといけない。

 

そう思う中、リースフェルトは虎峰に自身の煌式武装を向けて……

 

『綻べーーー彼岸の却炎華!』

 

同時に地面に突き刺す。すると間髪入れずに虎峰の足元から朱く燃え盛る曼珠沙華が花開く。

 

『その程度!』

 

虎峰は『通天足』を纏った足で曼珠沙華を蹴り飛ばす。曼珠沙華は細かな塵となって散華する。しかし……

 

『ぐ……!』

 

次の瞬間、虎峰は苦しそうな表情を浮かべて地面に倒れ込む。何だありゃ?俺も見たことない技だ。

 

疑問に思っていると……

 

「曼珠沙華……彼岸花は有毒植物。ユリスは植物の特性を能力に織り込んだみたいね」

 

植物に詳しいオーフェリアがそう呟く。なるほどな……リースフェルトは基本的に炎の能力を植物に模して発動している。それに植物の特性を加えてもおかしくない。

 

しかし俺も知らないって事は星武祭が始まってから編み出したのか?

 

(もしくは王竜星武祭で強者と相対する時に編み出したのか、だな)

 

いずれにしろ無防備の状態で毒を受けた虎峰にリースフェルトの相手は無理だろう。現にリースフェルトを前にして地面に倒れ込んでいるままだし。

 

そんな虎峰にリースフェルトは……

 

『咲き誇れーーー六弁の爆焔花!』

 

火球を放ち、そのまま虎峰の身体を吹き飛ばす。

 

『趙虎峰、校章破損』

 

リースフェルトは撃破を確認すると同時に小さい火球を再度生み出してエンフィールドと戦う双子を牽制しながら暁彗の所に向かう。今のところエンフィールドは双子と互角に対して、天霧と刀藤の2人でも押されているのだから当然と言えば当然だろう。

 

試合は終盤に持ち込んできたのを理解して思わず前のめりになって空間ウィンドウを見る。見れば暁彗が刀藤の防御を崩して天霧を狙おうとする。

 

しかし同時にリースフェルトが持っている煌式遠隔誘導武装を全て暁彗の顔面や足に狙いをつけて放った事により暁彗の追撃は止まる。ナイスフォローだ。遊撃手としてリースフェルトはかなりの腕になっているのがわかる。

 

それによって刀藤は体勢を立て直し、天霧の横に並ぶ。その後ろにリースフェルトが立ち3対1となる。

 

しかしそれでも暁彗の相手をするのは厳しいと思う。今の暁彗は強い。見た所新しい技術はないが、基礎戦闘能力は俺と戦った時に比べて大分上昇している。

 

さてさて、決勝に上がるのはどっちやら……願わくばチーム・エンフィールドに勝ち上がって貰って欲しいものだ。

 

チーム・赫夜が僅かでも優勝する確率が上がる為にも。

 

そう思いながら空間ウィンドウを見ると戦いが始まっている。恐らく長くは続かないだろう。

 

 

『咲き誇れーーー赤円の灼斬花!』

 

空間ウィンドウに映るリースフェルトはそう叫び手に持つ細剣型煌式武装を暁彗に向けると周囲から大量の炎の戦輪が20近く現れて暁彗の校章に向かって襲いかかる。

 

 

対する暁彗は手に持つ棍をバトンのように回転して全て吹き飛ばす。校章が破壊されたら負けな以上当然の判断だが、僅かに隙が出来たのは紛れもない事実で……

 

『はあっ!』

 

『たあっ!』

 

その隙に天霧と刀藤が距離を詰めにかかる。対する暁彗はリースフェルトの牽制攻撃を全て防ぐと同時に……

 

『急急如律令、勅!』

 

地面から炎の壁を生み出す。同時に天霧が刀藤の前に出る。『黒炉の魔剣』を持った自分が出た方が良いと判断したからだろう。

 

そして即座に『黒炉の魔剣』で炎の壁を一閃する。しかしそれは囮のようで、

 

『破っ!』

 

『ぐうっ!』

 

暁彗を地を這う程に身を低くして、天霧に突撃を仕掛け天霧の右腕に拳を放つ。『黒炉の魔剣』に攻撃するのは危険と判断して天霧本人を狙ったのだろう。

 

見れば天霧は右腕に星辰力を込めているのがわかる。しかし完璧に防ぐのは無理だったようで『黒炉の魔剣』は天霧の手から離れる。

 

『終わりだ……!』

 

暁彗は強い口調でそう言うと、地響きが起こるくらいの一歩を踏み出して天霧の校章を狙いに行く。

 

これは暁彗の勝ちだ。

 

そう思ったが……

 

 

「何っ?」

 

暁彗の拳は空を切った。見れば天霧は先程炎の壁を囮にした暁彗同様に地を這うように身を低くしていた。

 

(マジか?!あのタイミングで回避しただと?!)

 

俺だけでなくこの場にいる全員が驚く中、天霧は腰にあるホルダーから予備の煌式武装を取り出して暁彗に斬りかかる。

 

が、暁彗も驚きの表情を浮かべたものの直ぐに後ろに下がって回避して即座に拳を振るう。

 

しかし天霧はそれをブレード1本で簡単に受け流し、即座にカウンターの突きを放つ。今まで見た突きよりも速く、そして鋭く。

 

対する暁彗は腕で防ぐが腕からは血を流して完全に防ぐことは出来てないようだ。しかしそんな暁彗を他所に天霧は既に剣を引いていて袈裟斬りを暁彗に放つ。

 

いつの間にか天霧は暁彗相手に有利に試合を運んでいた。

 

「な、何ですのアレは!?」

 

フェアクロフ先輩が思わずと言ったように叫ぶが、俺も同感だ。さっきまでより動きも剣技も別人のようになっている。

 

(もしや最後の封印が解けたのか?だとしてもこれは……!)

 

冗談抜きで強い。『黒炉の魔剣』無しで暁彗相手に押しているのだから。もしも『黒炉の魔剣』を持っている状態なら俺でも勝てないかもしれない。

 

そこまで考えている中、遂に天霧は暁彗の持つ棍を暁彗の手から弾き飛ばし、校章に狙って突きを放とうとする。

 

……が、

 

 

『ぐああああああ!』

 

その直前に天霧の周囲に魔法陣と紫色の鎖が現れてその身体に絡みつく。

 

(例のタイムアップだと?)

 

聞いた話じゃ1時間近くは大丈夫と聞いたが……もしかして3つ目の封印はまだ完全に解除されてなくて、今までは限定的に解除していたのか?

 

疑問に思う中、天霧の周囲にあった魔法陣と紫色の鎖は直ぐに無くなるも、天霧の身体は鈍い。おそらく今の天霧の実力は全ての封印がある状態ーーー序列入りも厳しいレベルだろう。

 

そんな中、暁彗は動く。

 

『万全のお前と戦えないのは残念だが……今度こそ終わりだ』

 

暁彗はそう言って天霧の斬撃によってボロボロになった拳を放つ。これが王竜星武祭なら天霧の負けだっただろう。

 

が……

 

「させません……!」

 

刀藤がその前に暁彗の横から斬りかかる。それを見た暁彗は天霧を狙うのを中断して刀藤に裏拳を放つ。

 

それによって暁彗の右腕は更にボロボロになり、刀藤の日本刀は砕け散る。

 

しかし刀藤はそれを気にすることなく、突き進む。そこには迷いはない。日本刀は完全に壊れている訳ではないのでそれを使って校章を狙う算段だろう。

 

対する暁彗は空いた左拳で刀藤を狙う。この距離なら星仙術を使うより体術の使用の方が早いからと推測出来る。

 

『咲き誇れーーー大紅の心焔盾!』

 

が、刀藤の前にリースフェルトの生み出す炎の盾が生まれる。それが暁彗の拳に当たると、一瞬だけ暁彗の拳の速さが鈍くなるも……

 

『はあっ!』

 

直ぐに盾を破壊して刀藤の腹に拳が叩き込まれ、刀藤の口からは血が出る。うん、アレは痛そうだ。

 

しかし……

 

『今ですーーー綾斗先輩!』

 

刀藤は口から血を流しながらも笑みを浮かべて暁彗の拳を抱き抱えそう叫ぶ。

 

それを見た暁彗はハッとした表情を浮かべるも……

 

 

『はぁぁぁぁっ!』

 

既に天霧はブレードを振るっている。封印の影響だと思うが、さっきに比べて剣速は遅く、鋭さもない。おそらく全て封印された時の状態なのだろう。

 

しかしこの状態なら暁彗が防御に回るより……

 

 

『武暁彗、校章破損』

 

『試合終了!勝者、チーム・エンフィールド!』

 

俺の予想通り、暁彗が防御に回るより天霧が暁彗の校章を破壊する方が早かった。

 

それによって決勝で若宮達チーム・赫夜とぶつかる相手が決まったのだった。



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比企谷八幡は予想外の邂逅をする

『武暁彗、校章破損』

 

『試合終了!勝者、チーム・エンフィールド!』

 

機械音声が勝利を告げると、ステージを覆っていた防護ジェルが解除されて、間髪入れずに大歓声が上がる。

 

『ここで試合終了!準決勝第二試合を制したのは、星導館学園のチーム・エンフィールド!』

 

『いやはや凄い激戦でしたね。特に最後。天霧選手が信じられないほどの技術で武選手を追い詰め、封印関係で動きが鈍くなってからの刀藤選手とリースフェルト選手の対応は見事でした』

 

実況と解説の声がクインヴェールの地下トレーニングステージに響く中、俺達はそっと息を吐く。余りの激戦に見ているこっちが疲れてきたな。

 

「決勝の相手はチーム・エンフィールド……だけど予想以上に向こうも負担が掛かっているから、もしかしたらもあり得るわね」

 

フロックハートが冷静にそう口にするが、俺もフロックハートの意見には同感だ。見れば刀藤は最後に暁彗の拳をモロに受けた為、医療班の用意した担架に乗せられている。ダメージから察するに明日の決勝は無理だろう。

 

他の4人も差はあれど若宮達チーム・赫夜同様にかなり疲弊しているので、優勝出来る可能性は充分にある。

 

とはいえまだまだ厳しいのは事実。天霧が最後に見せたあの力、まだまだ不安定みたいだがアレを使われたら刀藤がいない事を計算に入れても勝率が下がるだろう。

 

(てかあの野郎マジで強過ぎだろ?もしも『黒炉の魔剣』を完璧に制御したら最盛期のオーフェリアにも勝てるんじゃね?)

 

そこまで天霧の本気は次元が違った。もしも王竜星武祭で相対した場合に備えて今の内に対策をしとくべきだろう。

 

そんな事を空間ウィンドウを見れば両チーム共にゲートから退場していたので空間ウィンドウを閉じる。今日の試合は全て終わりであるのでこれ以上見る意味はない。

 

「さて……試合も終わったし対策ミーティングを始めるわ」

 

フロックハートがそう口にすると全員が真剣な表情のままフロックハートを見る。俺とオーフェリアとシルヴィは参加選手ではないが全力を尽くす所存だ。

 

「試合を見る限り刀藤綺凛は決勝には出れないと思うわ。一応出る場合に備えた話もするけど、とりあえず出ない事を前提とした作戦を練りましょう。先ずはフォーメーションだけど……」

 

フロックハートが説明を始めたので他の面々はメモや録音の準備を始めたり、空間ウィンドウを開いてチーム・エンフィールドの試合記録の整理を始める。俺も使えそうなフォーメーションを確かめるべくチーム・赫夜のこれまでの試合記録を調べ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「って感じで明日の試合は望みたいわね。何か質問は?」

 

フロックハートがそう口にするも全員無言のままだ。まあ2時間の間に沢山質問はしたからな。これ以上は早々出ないだろう。最悪明日の最終ミーティングですれば良い話だし。

 

「じゃあこれで作戦会議は終わり。皆、寮に帰って少しでも体力を回復するように早く寝なさいね」

 

フロックハートがそう言うが、俺の見立てじゃお前が1番体力を回復すべき人間だから気を付けろよ?

 

「はーい」

 

「わかりました」

 

「クロエさんもしっかり休んでくださいまし」

 

「明日で最後……!」

 

4人は各々特有の態度で了承した。アッヘンヴァルの言う通り泣いても笑っても明日で最後だ。悔いのないように頑張って貰いたいものだ。

 

(まあ悔いのないようにするには優勝しないと無理だと思うがな)

 

内心苦笑しながらも俺達も立ち上がる。

 

「あ、それとオーフェリアにシルヴィ。今から帰るけど、俺は今日義手の定期検診があるから先に帰ってくれ」

 

よくよく考えたら月に一度の定期検診がある。オーフェリアも体内の瘴気を制御するべく定期検診に行っていたが結構怠いんだよなアレ……

 

そんな事を考えていると……

 

「あ、私はさっきペトラさんに呼ばれたから先に帰ってて」

 

「……そういえば冷蔵庫の食材が足りなかったわ。買いに行きたいけど……」

 

シルヴィとオーフェリアが同時にそんな事を言ってくる。まさか三者共に用事があるとはな……

 

「仕方ない。全員用事があるしクインヴェールで別れるか。悪いがオーフェリア、食材の買い出しはお前に任せて良いか?」

 

流石に治療院に行ってから食材の買い出しは面倒だし、バラバラに行った方が効率が良いだろう。

 

「わかったわ。夕飯は何が食べたい?」

 

「「グラタン」」

 

俺とシルヴィは即答する。オーフェリアの飯はどれも美味いが、1番美味いのはグラタンだ。これについては一生変わらないと思う。

 

「……わかったわ。じゃあ2人が満足するグラタンを作るわ」

 

オーフェリアはそう言って小さく笑う。自由になってからのオーフェリアはよく笑うようになったが、昔とのギャップ差がありオーフェリアの笑顔は最高だ。これについては絶対に揺らがないだろう。

 

願わくば今後二度と彼女から笑顔が無くならない事を祈りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クインヴェールを出た俺は自宅の近くにあるスーパーに向かうオーフェリアと別れて治療院に向けて走り出す。本来なら影の竜に乗った方が早いが以前それをやって治療院に通う人をビビらせまくったから自重している。今更だが一般人に気を使う俺ってレヴォルフの生徒らしくなさ過ぎだな?

 

そんな事を考えていると……

 

「あら?比企谷君ではありませんか?」

 

いきなりそんな声が聞こえたので顔を上げるとエンフィールドとリースフェルトと沙々宮の3人がこちらにやって来る。しかし沙々宮はコックリコックリしながら歩いているがどんだけ器用なんだ?いや、まあ、今日の試合で疲れてるのだろうけど。

 

「よう。歩いてきた方向から察するに治療院に行ってたのか?」

 

3人が来た方向にある施設は俺が今から行く治療院ぐらいしかない。

 

「ええ。綺凛のお見舞いに」

 

「ふーん。じゃあやっぱり明日は出れないのか?」

 

「残念ですが。流石の綺凛も『覇軍星君』の拳をモロに受けた以上、無理と判断しました。今は入院中ですよ」

 

「まああいつの拳は痛いから仕方ないだろ?」

 

「……そんな風に言っているが、学園祭で『覇軍星君』を拳を受けて平然と戦ったお前が言っても皮肉にしか取れないぞ?」

 

リースフェルトは呆れながらそう言っているが、こっちは学園祭の前から暁彗より強い星露の拳を受けていたからなぁ……

 

「そいつは悪かったな。つーか天霧は?あいつも入院してんのか?」

 

「いえ。綾斗はお姉さんのお見舞いに」

 

ああ、そういやあいつの姉ちゃんは治療院の特別区画にいるらしいな。星武祭の前実行委員長が関係していることが原因らしいが、蝕武祭の件といい彼女は彼女で色々面倒な運命に巻き込まれてそうだな。

 

そんで優勝した暁には姉ちゃんの封印を解除するようだが……

 

「そうか……あいつの境遇には同情するが、明日は若宮達が勝つからな」

 

俺は若宮達チーム・赫夜が優勝して欲しいと思っている。あいつらは願いを叶える為にどんな訓練も耐え抜いてきたのだ。近くで見てきた俺としては若宮達に勝って欲しい。

 

「いいや。勝つのは私達だ」

 

俺の言葉に真っ先に反論するのは予想通り、負けず嫌いのリースフェルトだった。不敵な笑みを浮かべながら凄んでくる。

 

「ええ。私達も負けるつもりは毛頭ありません。優勝は我々が頂きます」

 

「そうかい、まあ今口論しても意味ないし、この辺りで止めとこう」

 

「そうですね。明日になれば嫌でもわかるのですから……そろそろ行きましょう。帰ってミーティングもしないといけないですし」

 

「そうだな。ではまたな比企谷。行くぞ紗夜」

 

「すやぁ……」

 

すると沙々宮は眠りながらも親指を立てて歩き出す。どんだけ器用なんだこいつは?

 

この場にいる全員が呆れる中、沙々宮は星導館がある方向に歩き出し、エンフィールドとリースフェルトがそれに続く。何つーか……あいつらも若宮達に負けず劣らず個性的だな……

 

そん事を考えながら俺は3人が見えなくなるまで見送って、再度治療院に向けて足を運びだした。

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「失礼しました」

 

治療院にある一室にて、俺は担当医に頭を下げてから部屋を後にする。メンテナンスは無事に終了した。また武器を仕込んでいた事に関しては煩く言われたが、こればかりは止めるつもりはない。どんな状況でヴァルダや処刑刀と相対するかわからない以上、あらゆる対策をしておくのがベストだろうし。

 

そう思いながら暫く廊下を歩いていると……

 

「……ん?妙だな……」

 

さっきから廊下で誰とも会わない。夜の治療院だから人が少ないのはわかるが、1人も居ないのはおかし過ぎる。実際に治療院に入った時は少数ながらも他人とすれ違ったし。

 

そう思うと胸の内に言葉にし難い不快な感情が生まれてくる。何というか……あるだけで虫唾が走る感情が。

 

(この感情……前にヴァルダと相対した時に似てる……まさか奴が近くにいるのか?)

 

俺の推測ではヴァルダは純星煌式武装で精神を操る能力を持っていて、代償として使用者を乗っ取る代償があると考えている。

 

あのネックレスはウルスラさんを解放した後に回収しようとしたが処刑刀に奪われた。だから違う人間を乗っ取っていてもおかしくないし。

 

そこまで考えていると少し離れた場所から剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。治療院の中にもかかわらずに、だ。

 

(やっぱりおかしい……!そんな音が聞こえてくるのに人が現れないなんて……)

 

嫌な予感がしてきたので俺は剣がぶつかり合う音がする方向に走り出す。

 

そして音のした方向ーーー治療院の中庭に行くと……

 

(あいつら……!)

 

天霧が仮面を付けた男ーーー処刑刀と相対していた。見間違える筈もない。あの仮面に『赤霞の魔剣』を見ればわかる。俺の手を斬り落とした男が天霧とやり合っている。

 

加えて2人の近くにはフードを被った人影がいる。顔は見えないが首にあるネックレスは間違いなくヴァルダの物だ。

 

何を持って天霧とやり合っているかは知らないが、助けに行った方が良いだろう。完全に封印解除した天霧ならともかく、今の天霧が処刑刀に勝つのは無理だ。

 

そう判断した俺は影に星辰力を込めながらも端末を取り出し、オーフェリアとシルヴィとお袋に、この前に連絡先を交換したヘルガ・リンドヴァル警備隊長に『処刑刀が治療院に現れた』とメールを送る。

 

これで4人が来てくれたら15分以内に来てくれるだろう。だから俺の仕事はそれまで足止めをする事だ。

 

そう思いながらも俺は窓を蹴破り、四色の魔剣を持ち対峙する2人を視界に入れて……

 

「影の刃群」

 

足元から100を超える影の刃を処刑刀に放つ。狙いは機動力を下げる為に処刑刀の足だ。

 

しかし処刑刀は『赤霞の魔剣』で天霧を『黒炉の魔剣』ごと弾き飛ばして影の刃を全て一閃する。やっぱりこの程度じゃ倒れないか。

 

「ふむ……こんな所で会うとはね……」

 

「忌避領域を軽々と破る……相も変わらず忌々しい男だ……!」

 

処刑刀は感心したように、フードの人間ーーーヴァルダは不愉快そうな声を出しながら俺を見てくる。俺は警戒しながらも天霧に話しかける。

 

「大丈夫か?」

 

「あ、うん。比企谷は何でここに?」

 

「そこのアホが原因で用意した義手の定期検診だよ。で?お前は処刑刀らといるんだ?」

 

「それがいきなり明日に備えて手助けをするとか言ってきて……」

 

手助けだと?前から思っていたが処刑刀の行動はいまいち分かり辛いな。

 

「……まあ良い。どの道俺としても左手の借りは返したい所だしな」

 

言いながら処刑刀とヴァルダを見ると処刑刀は考えるような素振りを見せてくる。

 

「ふむ……ここで引きたいのは山々だが……」

 

「引きたきゃ引いても良いぜ。ただしヴァルダだけは破壊させて貰うがな」

 

軽く挑発を返す。もちろんそんなことは考えていない。俺としてはここで2人を捕まえたいのが本心だ。とりあえず後10分ちょい時間を稼げばそれでこいつらは詰みだし。

 

「それは困るな。オーフェリア嬢に加えてヴァルダも奪われちゃたまらない……仕方ない、今後に備えて君はここで始末させて貰うよ、比企谷君」

 

言って『赤霞の魔剣』を俺に向けてくる。それで良い、オーフェリア達が来るまで遊ぼうぜ。

 

「って、訳だ天霧。俺はこいつと戦うからお前は好きにしろ。逃げたいなら逃げて良いし、戦うつもりならさっさと構えろ」

 

天霧はいきなり襲われたらしいし、俺の行動に協力する必要はない。

 

「……いや、協力するよ。姉さんを斬った男を野放しに出来ないしね」

 

言うなり天霧は『黒炉の魔剣』を構えて俺の横に並ぶ。まあ姉を斬った男が目の前にいるなら仕方ない反応だな。

 

「……そうかい。なら好きにしろ」

 

俺がそう言って処刑刀とヴァルダを見る。おそらくヴァルダは積極的に戦闘に参加しないだろう。これまでに二度ヴァルダと戦った。その事から奴は認識を阻害する能力や人払いの能力を持っているが、その力を使っている間はそこまで強くない。

 

処刑刀の正体は知らないがバレないことを最優先にしている以上、ヴァルダが認識を阻害する能力は常に使うだろうし。

 

そこまで考えていると処刑刀が頷く。

 

「ふむ、2対1か。なら私も本気を出さないといけないようだ」

 

やはりバレないことを最優先にしているようで、自分1人で戦うようだ。

 

すると処刑刀は両手を挙げ……

 

「なっ?!」

 

天霧の驚きの声が生まれると同時に、処刑刀の周囲に複数の魔法陣とそこから伸びた縛鎖が顕現して、処刑刀がそれを振るうと縛鎖は一瞬で粉々に砕け散って消え始める。

 

すると処刑刀の身体から禍々しく圧倒的な鬼気が放たれる。そのプレッシャーは星露とやり合っている俺でも若干気圧されてしまうレベルである。

 

縛鎖が完全に消え去ると処刑刀は『赤霞の魔剣』を軽く手の中で遊ばせ……

 

 

「それでは始めようかーーー久しぶりの殺し合いを」

 

瞬時に俺と天霧に詰め寄って『赤霞の魔剣』を振るってくる。上等だ、殺られる前に殺してやるよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「えっ?!ペトラさんゴメン!急用が出来た!」

 

「ちょっと?!シルヴィア?!」

 

 

 

 

 

 

「……八幡、直ぐに向かうから」

 

 

 

 

 

 

 

「あん?あの野郎また狙われたのか……おい匡子」

 

「な、何すか涼子姐さん?!」

 

「急用が出来た。今直ぐ治療院まで車出せ」

 

「え?!今まで酒を飲んでたんすけど?!」

 

「バレなきゃ問題ねーし、警備隊が出てきたら私が瞬殺するから早くしろ」

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 

「処刑刀……何の目的で現れたかは知らないが逃がさんぞ……!」




私事ですが、明日は泊まりで出かけるので更新はお休みさせていただきます


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比企谷八幡は因縁ある相手とぶつかる

処刑刀は瞬時に距離を詰めて『赤霞の魔剣』を振るってくる。対する俺は星露との戦いによって反射神経はとことん高くなっているので身を屈めて回避する。

 

対する天霧は『黒炉の魔剣』で『赤霞の魔剣』を受け止めるも……

 

「くっ!」

 

膂力の差で押され始める。しかし両手の天霧に対して処刑刀は片手で対峙している。信じられない程のパワーである。

 

「殴れーーー影籠手」

 

言いながら両手に影の籠手を纏わせて処刑刀の持つ『赤霞の魔剣』を殴りつける。同時に軽い音が辺りに響き処刑刀の持つ『赤霞の魔剣』の勢いが無くなる。

 

……が、

 

「甘いな!」

 

「ちっ!」

 

「うわあっ!」

 

次の瞬間、処刑刀は両手で『赤霞の魔剣』を持ち振り抜き、いきなり桁違いのパワーによって俺と天霧は後ろに吹き飛ぶ。幸い受け身は取れたものの、俺と天霧の間に距離が出来て、処刑刀は天霧目掛けて『赤霞の魔剣』を振るってくる。

 

天霧は『黒炉の魔剣』で何度か受けるも明らかに劣勢だ。今日の準決勝で見せた天霧でも勝ち目が薄いと俺は思う。だから今の天霧に勝ち目は無いだろう。

 

そして処刑刀の一振りが『黒炉の魔剣』を弾き上げる。そして天霧の空いた胸に必殺の一撃を叩き込もうとしてくる。

 

俺は急いで支援攻撃をしようとするが……

 

「おおっ!」

 

その前に天霧の動きが変わった。処刑刀にとって明らかに隙だらけだったにもかかわらず、天霧は『赤霞の魔剣』の一撃を回避して、拳を使ってカウンターの一撃を叩き込む。

 

対する処刑刀はカウンターの一撃をバックステップで回避するも先程弾き上げられた『黒炉の魔剣』の一撃が振り下ろされる。その速さは今まで見た天霧のどの一撃よりも速い。

 

「ふむ……漸く最後の封印が解かれたようだ」

 

しかし処刑刀は冷静に分析しながらも『赤霞の魔剣』で『黒炉の魔剣』を受け止めて、両者の間から轟音が生じる。

 

(だが、今はさっきより隙が少ない……!)

 

俺は背中に星辰力を込めて……

 

「影の鞭軍」

 

背中から8本の影の鞭を生み出し……

 

「ついでにこいつも……!」

 

材木座が制作した『ダークリパルサー』を4本取り出して宙に投げつける。同時に8本の影の鞭の内、4本が『ダークリパルサー』を捕まえる。

 

「行けっ!」

 

それを見た俺は8本の影の鞭を処刑刀に向けて放つ。前に開発した戦法だが、1発でも当たれば戦いの主導権を握れる技だ。まあ星露には全然効かなかったけど。

 

対する処刑刀は俺の攻撃に気付いたようで、圧倒的な膂力で天霧を押し退けるや否や『赤霞の魔剣』を一振りして影の鞭を全て斬り落とす。

 

それによって鞭が掴んでいた4本の『ダークリパルサー』は地面に落ちるが……

 

(テメェ相手にこの程度の策が効くわけないよなぁ……!)

 

即座に処刑刀との距離を詰めにかかる。こんなもの予想の範囲内だ。てか処刑刀や星露クラスが相手だと全ての作戦において失敗することを第一に考えてるし、そのおかげもあってスムーズに距離を詰めれる。

 

対する処刑刀は『赤霞の魔剣』を上段から振り下ろしてくる。その速さは今まで戦った剣士より断然速い。星露に匹敵する速さだろう。

 

(だが、これならギリギリ避けれる)

 

俺は当たる直前に身を捻りギリギリのところで『赤霞の魔剣』の一撃を回避して、左手を使って懐にしまってある最後の『ダークリパルサー』を起動して処刑刀に振るう。これなら……

 

当たる、そう思った一撃は……

 

「甘い」

 

処刑刀が振り下ろした『赤霞の魔剣』は途中で弾くように跳ね上げて俺の義手を斬り落とす。幸いにも斬られた箇所は義手の部分だったので俺自身に感じる痛みはないが、『ダークリパルサー』は地面に落ちてしまう。

 

「比企谷!……天霧辰明流奥伝ーーー修羅月!」

 

同時に天霧が処刑刀により追撃を仕掛ける。鳳凰星武祭で合体したアルディを倒した技か?!

 

天霧は処刑刀とすれ違いざまに相手を斬り伏せようとするが……

 

「ははっ!まだまだ甘いな!」

 

その直前に『赤霞の魔剣』を一回転して『黒炉の魔剣』を防ぐ。あの状況で防ぐのかよ?!

 

「(仕方ない……こうなったら……)下がれ天霧……爆!」

 

俺がそう言いながら天霧の首根っこを掴み後ろに跳びながらそう叫ぶと、斬り落とされて宙に舞った俺の義手が光り輝き……

 

 

ドゴォォォォンッ………

 

爆発を引き起こす。それによって爆音と爆風が生じ、上空に煙が上がる。

 

「比企谷、今のは……」

 

「仕込み武器だ」

 

呆気に取られた表情の天霧に簡単に返答する。

 

義手に仕込んだ能力の1つだ。音声認識で俺が一定以上の音量で『爆!』と叫ぶと自爆するように設定されている。他にもオーフェリアの毒や荷電粒子砲、ワイヤーなど色々仕込んでいるが、この3つは義手を斬り落とされた場合使えなくなる。

 

もしも義手を斬り落とされた場合に備えて仕込んだ自爆機能だったが……

 

「ははっ……!まさか義手に仕込みをしていたとはね。これは一本取られたよ」

 

爆風が晴れた先には『赤霞の魔剣』を盾にした処刑刀がいた。しかし俺の義手を斬り落として直ぐに爆発したからか、完全に防御仕切れなかったようで左手が若干焦げて煙が立っていた。

 

「こんなんで倒せるとは思ってないが、殆ど無傷かよ……」

 

「強い……!でもあいつの強さの要って何なんだ?」

 

「多分星辰力の質だろ?俺達の星辰力より密度が濃いんだと思う」

 

前に星露から強い意志や感情は星辰力を変質させると聞いた事がある。そして処刑刀は憎しみもしくは怒り、鬼気などによって星辰力を変換しているのだと思う。それが強さに変わっているのだろう。

 

「え?!でもそんな話「おしゃべりは後だ」……っ!」

 

奴の強さの根源については俺も興味があるが、奴らを目の前にして話すことではない。

 

「さて、こちらもやられっぱなしは趣味ではないのでね。お返しと行こうか」

 

処刑刀がそう呟き、『赤霞の魔剣』を俺達に突きつけると、『赤霞の魔剣』の刀身が分解するように細やかな破片へと分かれ、その破片が更に細かくなり……やがて処刑刀の手には巨大な柄だけが残されて、処刑刀の前方には無数の破片が赤い霞のように漂う。

 

それと同時に俺と天霧も動き出す。俺は自身の星辰力の半分を使って手にシンプルな形状の黒い槍を生み出し……

 

「比企谷!俺の後ろに!」

 

「わかってる」

 

天霧は『黒炉の魔剣』に星辰力を注ぎ『黒炉の魔剣』の刀身は巨大化するので俺は槍を持ちながら天霧の方に向かう。

 

そして天霧が巨大化した『黒炉の魔剣』を盾のように地面に突きつけると同時に

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「裁けーーー影王槍」

 

処刑刀が『赤霞の魔剣』の柄を振り下ろし、俺は手に持つ槍を投げつけて天霧同様『黒炉の魔剣』の後ろに隠れる。

 

直後、『黒炉の魔剣』の向こう側から物凄い轟音が聞こえてくる。何が起こっているからは見えないが今は俺が投げた槍が『赤霞の魔剣』の破壊の波とぶつかり合っているのだろう。

 

そんな轟音が暫く聞こえていると……

 

「ぐっ!」

 

音の種類が変わって『黒炉の魔剣』から衝撃が伝わってくる。その事から俺の影王槍が破壊されたのだろう。予想はしていたがやはり『赤霞の魔剣』の破壊力は桁違いのようだ。

 

「流石『黒炉の魔剣』だ。槍によって威力を削られたとはいえよく凌ぐ」

 

暫く『黒炉の魔剣』から軋む音が無くなると同時に処刑刀の声が聞こえてきたので、天霧が『黒炉の魔剣』を地面から引き抜くと俺達と処刑刀の間はボロボロになっていた。地面は吹き飛び、噴水は木っ端微塵となり水が辺りに噴出している。

 

「ったく……随分と物騒なもんを振り回すなオイ」

 

「あんな破壊力のある槍を投げた君に言われたくないな。しかしアレはオーフェリア嬢を傷つけた槍に比べて随分と威力が低いようだが?」

 

当たり前だ。影狼神槍は最盛期のオーフェリアの防御すらも打ち破る程の破壊力だが星辰力の消費が多いからな。

 

だから影狼神槍の3割位の威力の影王槍を使ったが……

 

(アレも並みの純星煌式武装とやり合えるんだがな、流石は四色の魔剣と言ったところか)

 

やはり『赤霞の魔剣』は四色の魔剣だけあって影王槍で攻撃を相殺するには無理なようだ。

 

そうなると俺の攻撃の選択肢は限られてくる。影王槍は影狼修羅鎧の一撃に匹敵する破壊力を持つ。そうなると影狼修羅鎧と影狼夜叉衣を使っても決定打を与えるのは厳しいかもしれん。

 

影狼神槍は更に論外。星辰力の消費が半端無い上に作るのに時間がかかる。向こうが待ってくれる訳ないし、仮に作れたとしても外れたら即負けに繋がってしまう。星武祭や序列戦ならまだしも命のやり取りの最中にリスクの高い事をする気はない。

 

(オーフェリア達が来るとしたら後7分くらいか?そうなるとこんなチマチマした戦いをしていたら時間稼ぎとバレるし、この辺で攻めに出るか)

 

こいつらと会えたのはラッキーだ。可能ならここで捕まえておきたい。そう判断した俺は……

 

「天霧」

 

「何かな?」

 

「ヴァルダ……あっちのフードの方を任せて良いか?」

 

「え?!」

 

「ほう……」

 

天霧は驚き、処刑刀は興味深そうな声を上げる。まあ当然だろう。小競り合いのレベルとはいえ、さっきまで二人掛かりで押されていたのだから。

 

「今から本気を出す……が、俺の本気は加減が出来ないから巻き添えを食らわせるかもしれん」

 

天霧レベルなら大丈夫かもしれないが、天霧にはまだ見せてない技である以上リスクの高い行動は避けるべきだろう。

 

「……わかった。任せる」

 

天霧は暫く考える素振りを見せるも、俺の意見に従ってくれるようだ。『黒炉の魔剣』を構えながらヴァルダと向き合う。

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

それを確認した俺がそう呟くと周囲に存在している影から水音に近い音が聞こえ始め、俺の顔に奇妙な感触が襲いかかり、視界が少し狭くなる。そしてその感触は徐々に首や胴体、足にも伝わる。

 

暫くすると俺の全身に狼を模した厚さ30センチ近くの分厚い西洋風の影の鎧が纏われる。

 

「……それで今の私に勝てると?」

 

「まさか、コイツでお前に勝つのは無理だろうな」

 

処刑刀の問いに俺は即座に否定する。去年の鳳凰星武祭の開催中に俺は影狼修羅鎧を纏って処刑刀とやり合った。あの時はある程度戦えたが、あの時の処刑刀は天霧の姉ちゃんの封印有りの状態だった。

 

星露との戦いで戦闘技術を高めたとはいえ、封印を解除した今の処刑刀相手に影狼修羅鎧は通用しないと俺は思っている。

 

ならば何故影狼修羅鎧を使うかというと、最後の切り札を発動する為に影狼修羅鎧の発動は必須だからだ。

 

そう思いながら俺は息を吐き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

ただ一言、そう呟く。

 

同時に俺の周囲から星辰力が爆発的に噴き上がり、影狼修羅鎧に纏わり付いたかと思えば、押し付けるように圧縮が始まる。

 

同時に俺の身体からギシギシと音が鳴り若干の痛みが生まれるも、俺はそれを無視して、更に影狼修羅鎧を圧縮するように星辰力を操作する。

 

そして遂に……

 

「ぐっ……おおおおおおおおおおっ!」

 

雄叫びと共に限界まで影狼修羅鎧を圧縮し切り、背中から翼を生やす。しかしその翼の形状は影狼夜叉衣が持つ竜の様な翼ではなく、人を不幸にする悪魔のようや翼だ。

 

「ほう……実に素晴らしい圧だ。それこそオーフェリア嬢やあのご老体に匹敵する程のね」

 

処刑刀は感心したように頷く。ご老体とは間違いなく星武だろう。オーフェリアとタメを張れる奴なんて星露以外考えられないし。

 

しかし処刑刀の言葉は間違っていないだろう。この力を使っている間の俺は星露相手に負けた事はないのだから。まあ勝ってもいないんだけど。

 

しかしこの影神の終焉神装は俺の魔術師としての能力の極致であり、使用すると間違いなく使った後は疲労困憊となる。使える時間は星露との戦いで伸びたとはいえ、根本的な部分の解決はまだである。

 

そして今の俺が影神の終焉神装を使える時間は最大10分だ。だから今の俺がする事は……

 

「ああ。だからお前はその圧をしっかり味わいな」

 

「……っ!」

 

処刑刀を10分以内に倒すことだ。俺は瞬時に処刑刀との距離を詰めて鳩尾目掛けて右拳を放つ。

 

対する処刑刀は『赤霞の魔剣』で右手を防ぐも……

 

「何っ……!」

 

轟音と共に『赤霞の魔剣』による防御を打ち破り、処刑刀を吹き飛ばす。それによって処刑刀は今俺達がいる治療院の中庭から直接繋がっている入口の方に飛んで行ったので……

 

(今度は逃がさねぇ……!確実にぶっ潰す……!)

 

俺は翼に力を込めて処刑刀のいる方に飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マズい……!忌避領域はまだしも認識干渉の範囲外に出られたら……」

 

ヴァルダは久しぶりに焦りの感情を抱きながら、急いで2人が飛んだ先に向かおうとするが……

 

「悪いけど、ここは通さないよ。比企谷にも頼まれたからね」

 

綾斗がヴァルダの前に立ち塞がる。

 

「ちいっ……!邪魔をするな……!」

 

綾斗からヴァルダの顔はフードで見えないが苛立っているのは丸わかりだ。ヴァルダは苛立ちながら両手に黒い光を生み出して綾斗に振るう。

 

対する綾斗も『黒炉の魔剣』を振るって迎え撃つ。『黒炉の魔剣』とヴァルダ、どちらも純星煌式武装である故にカラフルな火花を散らしてぶつかり合う。

 

「我の力を易々と……これだから四色の魔剣は……!」

 

「君達の目的はわからないけど危険なのはわかるからね。ここで倒させて貰うよ」

 

「ほざけ!」

 

意思のある純星煌式武装であるヴァルダと、全ての封印を解除した綾斗。八幡と処刑刀とはまた違う、絶対的な強者のぶつかり合いが生じた。



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比企谷八幡は恋人2人と共に歩む為に死力を尽くす

「やれやれ……ここまで吹き飛ばされたのは初めてだよ」

 

アスタリスク中央区、治療院のすぐ近くにある自然公園にて処刑刀は首をコキコキと鳴らしながらそう呟く。しかしそれでありながら『赤霞の魔剣』を持った手は油断なく構えている。

 

「安心しな。直ぐにまた吹き飛ばしてやるよ」

 

薄い鎧を纏った俺はそう言いながら構えを見せる。俺と処刑刀はつい先程まで天霧とヴァルダの4人で治療院の中庭に居たが、俺が自身の中切り札たる影神の終焉神装を展開して処刑刀を治療院の外部まで吹き飛ばしたのだ。

 

ヴァルダの人払いが発動しているか夜遅くだからか知らないが、幸いにも自然公園には俺と処刑刀以外の人間はいない。これなら多少暴れても大丈夫だろう。

 

「それは勘弁して欲しいな。それにしても……あの鎧を極限まで凝縮するなんて無茶をするね」

 

処刑刀からは若干の呆れの色を感じるが言っている事は間違っていない。

 

影神の終焉神装は影狼修羅鎧の分厚い鎧を極限まで凝縮して、その後に高速機動戦を可能にする翼を生やす技である。

 

影狼修羅鎧の厚さは30センチ位だが、影神の終焉神装の厚さは僅か2センチ。しかしその2センチの鎧は影狼修羅鎧の力を圧縮して生み出された鎧である。

 

当然の事ながら攻撃力と防御力は桁違いである。攻撃に使用すれば星露を吹き飛ばせるし、防御に転じれば星露の攻撃でも破壊された事はない。(ただし衝撃を完全に相殺するのは無理で何度か衝撃によってゲロの経験がある)

 

加えて機動戦の為に生み出した翼を使用すればアスタリスク最速で俺に追いつける人間はいないだろう。

 

しかし処刑刀の言うようにこの技はかなり無茶をする。何せ影狼修羅鎧を凝縮した鎧を纏って高速機動戦をするのだ。身体に掛かる負担は同じく機動力に特化した影狼夜叉衣の負担が可愛く思える程にヤバい。

 

結論を言うと可能な限り使いたくない技だが……

 

 

 

 

 

 

 

「お前が相手なら無茶をしないと勝てないだろうからな……マディアス・メサ?」

 

俺がそう言った瞬間、処刑刀ーーーマディアス・メサからは先程以上のプレッシャーを襲ってくる。俺は若干気圧されながらも意識を張り巡らせて構えを見せる。

 

「やれやれ……ヴァルダと距離を離れさせたのはこの為かい?」

 

俺の言葉を否定しないどころかそんな事を聞いてくるという事はビンゴだ。蝕武祭の専任闘技者である処刑刀の正体は星武祭運営委員長のマディアス・メサだ。

 

ヴァルダの認識干渉の範囲外に行って、もしやとは思ってカマをかけてみたが、事実とはな。

 

「偶然だよ偶然。で?星武祭の運営委員長さんが何を考えてこんな事をしてんだよ?」

 

マディアスの在り方は不気味で仕方ない。蝕武祭で専任闘技者をやったり、星導館のOBにもかかわらずレヴォルフが所有する『赤霞の魔剣』を持っていたり、星武祭の最中に俺や天霧を襲ったりと、やる行動が規格外で不気味極まりない……ってのが俺の本心だ。

 

そこまで考えていると……

 

「これから死ぬ君がそれを知る必要はない……ね!」

 

「……っ!」

 

マディアスは足に星辰力を込めて爆発的に噴き出して瞬時に距離を詰める。速い……!

 

対する俺は迎撃するべく右拳を振りかぶりマディアスの付けている仮面を破壊しようとするが、その前に俺の拳の前に『赤霞の魔剣』が振るわれて……

 

「「………っ!」」

 

轟音と共に辺りに衝撃が走り、俺達2人の間から周囲に半径5メートル近くのクレーターが生まれる。しかし俺とマディアスはそれを気にせずに拳と『赤霞の魔剣』をぶつけ合う。

 

星露にダメージを与えられるこの拳でも圧倒的な強者が持つ四色の魔剣が相手ではそう簡単に壊すことは出来ないようだ。目を凝らして見れば『赤霞の魔剣』からはギリギリと鈍い音と火花が生まれ小さく刃毀れをしているが、戦闘には全く支障のないレベルだ。

 

しかしこのまま鍔迫り合いをしても不利なのはマディアスも分かっているようだ。即座に鍔迫り合いを止めて僅かに距離を置いてから、間髪入れずに『赤霞の魔剣』を4度振るってくる。

 

しかし……

 

「無駄だ」

 

4度放たれた斬撃は鎧の肩、膝、腹、頭に当たるも、俺自身の身体に多少衝撃が走っただけで鎧を壊すには至らない。先程治療院の中庭で使ったら流星闘技ならともかく、その程度の攻撃で俺の最強の技を打ち破るのは不可能だ。

 

「どうやらそうみたいだね……なら」

 

マディアスもそれを認める。しかし直ぐに一歩下がり『赤霞の魔剣』による突きを放ってくる。今度の狙いは……

 

(ちいっ!関節を狙いに来たか!)

 

内心舌打ちをしながら俺はバックステップで回避する。いくら影神の終焉神装の防御力が桁違いと言っても、関節部分は身体を動かす為に比較的装甲が薄い。それでも高い防御力はあるが、四色の魔剣クラスの武器が相手なら簡単に斬れるだろう。

 

対するマディアスは一度引いたかと思えば3連突きを放ってくる。それは全て関節部分の脆い箇所を狙ったものだった。

 

俺は腕や足を動かして関節部分以外の場所で『赤霞の魔剣』を受け止めるも内心冷や汗ダラダラだ。今の所マディアスの攻撃は的確に関節を狙ってきている。俺が防御でミスをしたら即座に向こうが主導権を握るだろう。

 

(てかこいつ、やっぱりガキの頃から本気を出してなかったな)

 

俺は以前マディアスが参加した鳳凰星武祭の試合の記録を見た。その時にマディアスは本気を出してないと思っていたが、それはビンゴだ。いくら卒業後に蝕武祭で殺し合いをやっていてもここまで強いとなると、学生時代から本気を出してないのが丸わかりだ。

 

マディアスは間違いなく強い。それこそお袋やヘルガ・リンドヴァル隊長の様に、普通の人間とは異なる存在である星露やオーフェリアに限りなく近い領域にいる人間だ。

 

本当……アスタリスクに来てから幸せを手に入れたのは事実だが、厄介な事に巻き込まれまくりだな!

 

内心舌打ちをしながらも俺はマディアスの斬撃を凌ぎながら足を振り上げて……

 

「あら……よっと!」

 

そのまま地面に叩きつける。

 

「おっと」

 

すると足から衝撃が地面に伝わり、地面を割り砕きマディアスは前のめりにつんのめる。一撃でも決まれば俺が有利になる以上、環境を作るのは必須だからな。

 

そう思いながら俺はマディアスに向けて右ストレートを放つ。狙いは顔面だ。その仮面をぶっ壊してやるよ……

 

しかし……

 

「甘い!」

 

その直前にマディアスは『赤霞の魔剣』を俺の足元の地面に叩きつける。するとさっき俺がやったように地面は割れて、俺もマディアス同様にバランスを崩して前のめりになってしまう。

 

まあだからと言って攻撃しないのは愚策ゆえ、俺はバランスを崩しながらも拳を放つ。狙いは顔面ではなく鳩尾だが仕方ない。

 

しかしマディアスも食らってはマズい事を理解しているのでバランスを崩しながらも『赤霞の魔剣』で拳を防ぎ、拳と『赤霞の魔剣』による衝突によって地面に衝撃が走り新しいクレーターが出来上がる。

 

その衝撃によって俺達は吹き飛ぶような形で距離を取る。本来ならこの程度の衝撃で吹き飛ぶことは無いが、バランスを崩していたから仕方ないだろう。

 

(とりあえず……奴との力量差についてはある程度理解出来た)

 

パワーは俺の方が若干上、防御力は俺の圧勝、スピードは最高速度は俺の方が上だが最高速度までの到達時間は向こうの方が速い。

 

だがテクニックとバトルセンスは向こうの方が上だ。まあこれについては仕方ない。向こうは命がかかっている蝕武祭で専任闘技者として戦っていたのだ。経験値が違い過ぎる。

 

(向こうに一撃でも当てればこっちが有利……とはいえ無理に攻めたら一瞬で形勢が決まるし、この距離なら流星闘技が来る)

 

いくら影神の終焉神装でも『赤霞の魔剣』による流星闘技を食らったら一溜まりもないだろう。だから俺としては距離を詰めながら堅実な攻めをすれば良い話だ。

 

そう判断した俺は翼に星辰力を込めてから地面を蹴ると、次の瞬間にはマディアスの懐に入る。

 

するとマディアスは予想していたようで紙一重で回避するや否や『赤霞の魔剣』を振るってくるので俺は左肘で受け止める。関節部分ではないので問題ない。

 

「なら……これはどうかな!」

 

するとマディアスは『赤霞の魔剣』を俺にぶつけながらも、『赤霞の魔剣』に星辰力を込め『赤霞の魔剣』の刀身を大きくしてくる。それは徐々に大きくなり、先程天霧がマディアスの流星闘技を防ぐ際に準備した『黒炉の魔剣』と似たような形となり……

 

「はっ!」

 

「ちっ…」

 

そのまま振り抜いて俺の影神の終焉神装の腕の部分を僅かに破壊する。それによって僅かに血が飛び散る。

 

「やってくるじゃねぇ……か!」

 

「ぐっっっっ……!」

 

お返しとばかりにマディアスの鳩尾に蹴りを放つ。対するマディアスは星辰力を込めて防御したものの完全に防ぐことは出来なかったようで、腹からミシミシと音が鳴り、口からは血を流しながら吹き飛ぶ。

 

追撃を仕掛けようとするも、マディアスは吹き飛びながらも巨大な『赤霞の魔剣』を振るってくるので、追撃は諦めて斬られた箇所を修復する。

 

「ぐっ………流星闘技を使ってこれだけしかダメージを与えられないとはね、はっ……つくづく規格外の技だね」

 

マディアスはそう言って褒めてくるが……

 

「よく言うぜ。全く焦ってない以上策があるんだろ?」

 

マディアスの口調からは一切の焦りはない。寧ろ余裕があるように見える。

 

「ああ。確かにあるな」

 

マディアスがそう『赤霞の魔剣』を見せてくる。刀身を見れば……

 

「欠けている……?」

 

一部の箇所が僅かに欠けているのだ。刀身を見る限り、欠けたのは豆粒くらいの大きさだろう。

 

「ああ。そして欠けた破片は君の体内にある」

 

マディアスがそう言った瞬間……

 

「がっ……!」

 

突如、俺の腕ーーー正確に言うとさっきマディアスの『赤霞の魔剣』が切った箇所から激痛が走る。まるで俺の体内をかき乱すかのように。

 

そしてその痛む場所は徐々に動いていき次第には肩の方に向かっている。

 

(マズい……心臓に移動されたら詰む……!)

 

そう判断した俺は左手の部分だけ鎧を解除して……

 

「ぐぅぅぅぅぅっ!」

 

そのまま右手を手刀の形にして左肩から先全てを斬り落とす。それによって気を失いそうになるほどの激痛が走るが我慢だ。今気絶したら間違いなく死ぬ。

 

「惜しいな。あと少し遅かったら君の胴体に潜らせて詰めたんだがな」

 

マディアスがそう言って『赤霞の魔剣』を振るうと、さっき俺が斬り落とした左手から破片が飛び出て『赤霞の魔剣』本体に戻る。

 

危なかった……胴体に破片が移動したら取れなくてマディアスの言う通り死んでいただろう。しかしその前に腕を斬り落としたので死は免れた。

 

内心安堵の息を吐きながらも俺は影の義手を作り出し止血をしながら、その上に鎧を纏わせる。

 

「今のは危なかったぜ……が、テメェも深いダメージを受けているだろうが」

 

さっきマディアスの鳩尾に放った一撃、星辰力である程度はダメージを削られたが、星露を殴り飛ばせる一撃なんだ。奴も相当ダメージを受けている筈だ。

 

「否定はしないよ。正直言って呼吸をするのも大変だし、そろそろ決着がつけさせて貰うとしよう。長引くと警備隊が来そうだしね」

 

マディアスがそう口にすると先程のように『赤霞の魔剣』の刀身が細かい無数の破片となり、マディアスの手には柄だけとなる。

 

(さっきの流星闘技か!天霧は居ないし受けて立つしかないな……!)

 

避けれない事はないが、俺の後ろには会社などがある。避けたら無関係の人を巻き込むことになるだろう。

 

だから俺は左手を失った事によって生まれた痛みを無視して、無事な右腕に残りの星辰力の大半を張り巡らせる。

 

そして……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

互いに怒号をあげ、マディアスは『赤霞の魔剣』の柄を振り下ろし、俺は大地を揺らす程の一歩を踏み出してから右ストレートを放つ。

 

同時に赤い光の筋と漆黒の剛腕がぶつかる。それによって周囲に衝撃が走り自然公園の木々や時計台、噴水が吹き飛ぶが今は気にしている余裕はない。

 

今は目の前の絶対的な一撃以外のことを考えては死ぬ。

 

(クソッ……!流石に四色の魔剣の流星闘技はマジでヤバイな……!)

 

オーフェリアや星露の一撃に匹敵していて、流星闘技を受けている右手から全身に痛みが伝わってくる。加えて左手を失った痛みもあって今にも気絶してしまいそうだ。

 

が……

 

(負けてたまるか……!俺はオーフェリアとシルヴィとずっと一緒に居るって決めたんだから……!)

 

最愛の2人を思いながら右手に力を込めて、赤い光を受け止める。2人とはずっと一緒に居たいし、2人との幸せな時間を壊そうとする連中に負けるわけにはいかない。

 

そう思いながら更に右手に星辰力を込めようとすると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「塵と化せ」

 

「光の矢は 人々の思いを束ね 闇へと駆けて 突き進む」

 

俺の後ろから紫色の巨大な腕と、大量の光の矢が現れて赤い光の筋にぶつかり、やがて赤い光を打ち消す。

 

(この力は……)

 

力の正体について理解すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「こんなに無茶して………遅くなってごめんなさい(ごめんね)。八幡(君)」」

 

俺の最愛の恋人のオーフェリアとシルヴィが目から涙を流しながらも、怒りを露わにして俺の横に並んだ。



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遂に比企谷八幡は因縁ある相手との戦いにひと段落をつける

深夜、アスタリスク中央区にある自然公園にて……

 

 

「ごめんね八幡君……私達が遅くて左腕を失う事になっちゃって」

 

俺の恋人の一人であるシルヴィは悲しそうな表情で俺と斬り落とされた俺の左腕を見ながらそう言ってくる。しかしそれでありながら銃剣型煌式武装フォールクヴァングを構えながら処刑刀改めマディアスに意識を向ける。

 

「八幡を支えると決めたのに……でも安心して。直ぐにマディアス・メサを潰すから」

 

もう一人の恋人であるオーフェリアは目に浮かぶ涙を拭くことなくマディアスを睨む。

 

対するマディアスは離れて場所にいる俺からでもわかるくらい焦りの色を出している。

 

「やれやれ……こうなったら退かせて貰う「逃がさないわ」……しまった……!」

 

マディアスは逃走をしようとするが、オーフェリアの方が一歩速い。腰にあるホルダーから『覇潰の血鎌』を取り出して起動する。そして辺りに紫色の光が見えたかと思えばマディアスの身体は宙に浮かぶ。重力を弱くして浮かばせると自由は効かなくなるからな。

 

しかし向こうも相当の実力者だし、確実に捕まえる。俺は襲う痛みに頭痛を感じながらも右腕から数本の影の触手を生み出してマディアスを捕らえる。

 

そしてオーフェリアがマディアスに手を向けて……

 

「……これで終わりよ。昔は世話になったけど……八幡の敵なら容赦はしないわ」

 

オーフェリアの手から瘴気が現れてマディアスの全身を包み込む。

 

「ぐうっ……!まさか昔の飼い犬に手を噛まれるとはね……!それも向こうの世界を見て全て壊れた飼い犬にとは……!」

 

向こうの世界?なんだそりゃ?

 

マディアスの言葉に疑問符を抱く中、マディアスは意識を失った。しかし油断は出来ないので俺は両手両足を影の触手で拘束した後、影の塊をマディアスの口の中に入れる。これで万が一逃げれてもマディアスの体内に入った影の塊が奴の動きを制限するだろう。

 

 

「……確かに私は全壊寸前までに壊れたわ。けど、八幡の優しさに触れて直す事が出来たわ」

 

マディアスの拘束を済ませるとオーフェリアは気絶をしているマディアスにそう口にする。向こうの世界とはよくわからんが聞かないでおこう。マディアスの話では、オーフェリアはその向こうの世界を見て壊れたらしいし、嫌な世界と判断出来る。大切な恋人に嫌な記憶を蘇らせる訳にはいかないからな。

 

そんな事を考えていると、後ろからドタバタした音が聞こえてきたので振り向くと……

 

 

「無事か馬鹿息子?!」

 

「済まない、到着が遅れた……こいつは!」

 

「おいおい……何だこの状況は?」

 

恋人2人以外に連絡したお袋とヘルガ・リンドヴァル警備隊長と釘バットを持ったジャージの女性からこちらにやって来た。格好や雰囲気から察するにレヴォルフのOG、お袋の舎弟あたりだろう。

 

ヘルガ隊長はオーフェリアの毒を食らって気絶しているマディアスを見て驚愕の表情を浮かべる。

 

「見ての通りですよ。処刑刀の正体はマディアス・メサです。それよりも治療院の中には向かってください。こいつの仲間が天霧と戦闘しているんで」

 

完全に封印が解除された天霧が負けるとは微塵も思ってないが、ヴァルダも規格外だからな。万が一の事もあるし、こちらの戦闘が終わった以上加勢に行くべきだろう。

 

「……っ!わかった。それでマディアス・メサは……」

 

「私とシルヴィアが見ておくわ」

 

オーフェリアがそう言ってくる。まあオーフェリアの毒を食らった挙句、俺の影を体内に入れたし大丈夫だとは思うが。

 

「では任せた。済まないが比企谷に谷津崎、協力して貰うぞ」

 

「はいはーい……って訳で匡子、行くぞー」

 

「は、はい!……にしても天霧の野郎はどんだけトラブルに巻き込まれるんだよ……担任として頭が痛ぇ……」

 

そんな会話をしながら3人は治療院に向かっていった。今の会話でわかったがお袋が連れてきたジャージの女性……谷津崎匡子って元レヴォルフの序列二位じゃねぇか。お袋とは割と年齢が離れているので中等部時代辺りにお袋の暴れっぷりを見て憧れたクチだろう。

 

何にせよ、王竜星武祭を二連覇したお袋とヘルガ隊長、獅鷲星武祭優勝チームのリーダーの谷津崎さんの3人が天霧に加勢すればヴァルダは終わりだろう。

 

そう思っていると……

 

「八幡君、腕は大丈夫?」

 

シルヴィが今にも泣きそうな表情のまま詰め寄ってくる。まあ胴体に『赤霞の魔剣』の破片が入るのを避けるためとはいえ左腕を失ったからな。

 

「少し……いや、メチャクチャ痛いが大丈夫だ」

 

これも星露との修行のおかげだろう。確かに痛いのは事実だが、星露に殴られた時にはこれに近い痛みを感じるし。

 

「じゃあ八幡……私の瘴気を当てて。今痛覚を麻痺する瘴気を出したから」

 

言いながらオーフェリアは瘴気を出してくるので、俺は鎧を解除して斬られた箇所に当てると……

 

「ぐっ……!」

 

最初に若干痺れたが、直ぐに痛みが無くなった。寧ろ全くなくて不気味に思えるくらいだ。

 

「随分と便利な毒を持ってるな……」

 

「この毒は本来感覚を奪うもの。だから今回なように少量ならともかく、大量に使用したら痛覚だけでなく視覚や触覚、聴覚も奪われる危険なものよ」

 

なるほどな……少量なら薬代わりになるが、過度の摂取は文字通り毒になるようだ。

 

「まあ何にせよ助かった。お前らが来なかったら結構危なかったしな」

 

最後の流星闘技、こちらも全力で迎え撃ったが結構危なかったのは事実だ。もしもオーフェリアとシルヴィが来なくても負けはなかったと思うが相当にダメージを受けていたのは否定出来ない。そう考えると2人が来てくれたのは本当に感謝しかない。

 

「当然だよ……八幡君が困ってたら助けるのが彼女の私達の仕事なんだから」

 

「……ごめんなさい。私達が遅い所為で八幡の左腕が……」

 

俺がそう口にするとオーフェリアとシルヴィが涙を流しながらも俺に詰め寄ってくる。

 

「謝る必要はない。俺は気にしてないし命が無事なら安いもんだ」

 

そう言って俺は未だ残っている右手で2人を引き寄せて強く抱きしめる。実際に2人に連絡を取らなかったら死んでいた可能性もある。それを考えると命は無事で、腕一本で処刑刀とヴァルダを捕まえれる計算となり安い買い物だ。

 

「でも良かった……無事で」

 

「うん。今回は間に合ったけど、次にこんな……ううん。次はこんな事になる前に駆けつけるから」

 

2人はそう言って抱き返してくる。右腕だけで2人を抱きしめるのはぶっちゃけ辛いが気にしない。今は2人の温もりを感じていたいのだから。

 

暫く3人で抱き合っているが、

 

「さて……そろそろ治療院に行くから離してくれ」

 

いつまでもこうしている訳にもいかん。オーフェリアが痛覚を麻痺させてくれたとはいえ、血を流し過ぎたし治療院に行って血の補充をしたい。ぶっちゃけ頭がクラクラしてきた。

 

「そうね……でもその前に……」

 

オーフェリアがそう言って抱擁を解くとシルヴィもそれに続く。しかし顔だけは離さずに寧ろ距離を詰めて……

 

 

 

 

 

「「死なずに済んで嬉しいわ(よ)、八幡(君)」」

 

ちゅっ……

 

2人が同時に俺の唇にキスを落としてくる。瞬間、俺は頭のクラクラを忘れて一瞬で幸せな気分になる。2人がいる場所に帰ってこれた事を自覚出来たからだろう。

 

2人は直ぐに離れて涙を浮かばせながらも笑みを浮かべてくる。

 

「ああ、俺もまたお前らと会えて良かったよ」

 

言いながら俺は立ち上がる。多少よろめきはしたが2人が直ぐに支えてくれたので問題ない。

 

そして2人は俺を支えながら治療院に向かおうとしたので、俺は影兵を1体生み出してマディアスを担ぎ上げるように指示を出す。

 

そして俺は2人に支えられながら治療院に向かった。治療院からは轟音が聞こえてくるが、俺達が治療院に入る頃には終わっているだろうしな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった……!遂に……!遂に決定的瞬間を取れました〜!ストレス発散の為にカジノに行った帰りこんなラッキーが起こるなんて……早くネットにアップしないと!さぁて……明日以降が楽しみだな〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺がオーフェリアとシルヴィに支えられて治療院に入る。すると一際大きい轟音が聞こえたので若干足を早めて治療院の中庭に向かうと……

 

 

 

 

 

 

「ぐうっ……!」

 

「お〜お〜、お前弱いなぁ……ウルスラちゃんの肉体を使ってた時の方が強いんじゃね?」

 

「いやいや、姐さんが強過ぎるだけですからね?」

 

「油断はするなよ。星辰力は殆ど残ってないようだが、何をしてくるかは読めないからな」

 

既に戦闘は終わっていた。お袋がヴァルダの頭を踏みつけて、谷津崎さんがヴァルダの首元に釘バットを突きつけて、ヘルガ隊長がヴァルダの関節技をかけてヴァルダの動きを封じていた。やはり怪物3人が相手ではヴァルダも形無しだろう。

 

「あ、比企谷……え?腕は?!というかなんで実行委員長が?!」

 

一方、ヴァルダから少し離れた場所にいた天霧が顔に疲れと驚愕の色を乗せて俺を見てくる。

 

「左腕は無くなった。マディアスがいるかというとこいつが処刑刀だからだ」

 

「なっ……!」

 

俺が簡単に回答すると天霧の表情にある驚愕の色が濃くなる。まあ気持ちはわからんでもない。俺も天霧の立場なら同じようなリアクションをしているだろう。

 

「そんな事よりお前は無事か?」

 

「あ……う、うん。途中までは互角だったんだけど、3人が介入してからは一方的に……」

 

天霧がそう言ってお袋達を見る。どうやら天霧の口調や身体を見る限り特に大きい怪我はないようだ。

 

すると……

 

「さぁて……そろそろ締めにするか」

 

「があっ……!」

 

お袋がそう言って一度足を上げたかと思えば再度ヴァルダの顔面に踏みつけて、ヴァルダの首にあるネックレスを奪い取る。

 

するとネックレスから放たれていた黒い光が徐々に弱くなり、同時にヴァルダの身体から黒い色をした何かがネックレスのウルム=マナダイトと思われる宝石に吸収されていく。

 

アレは見た事がある。学園祭の時に俺が奴からネックレスを奪い取った時と同じ光景だ。

 

そして暫くすると黒い色はネックレスに全て吸収されて、ヴァルダはパタンと倒れて、見る限り動く気配はない。これでヴァルダの魂もネックレスに戻ったのだろう。

 

「ふぅ……終わりっと。疲れたー」

 

お袋は欠伸をしながら伸びをする。中庭を見る限りさっきまで派手な戦闘をしていたのだろうが、それをやった当事者とは思えない仕草だな……

 

「まさかこんな所で処刑刀を捕まえられるとはな……ともあれ今は治療が先だな。マディアス・メサは私が預かるから比企谷君と天霧君は院長の所に向かいたまえ」

 

まあ俺は治療の為に戻ってきたからな。天霧も軽くないダメージを受けているし妥当な判断だ。

 

「了解っす」

 

「とりあえずあたしはエンフィールド達に連絡を入れておくか……」

 

「んじゃ私はこいつを連れてくわ」

 

谷津崎さんは空間ウィンドウを開き通信を始め、お袋はヴァルダに乗っ取られていた少女を持ち上げる。見る限りボロボロの格好をした少女だが、大方どっかの貧民層の人間だろう。統合企業財体の人間なら幾らでも調達可能だし。

 

 

(これで処刑刀とヴァルダは捕まえた。後はディルクを押さえれば俺達の平和を崩す奴は居なくなる。まあディルクの奴はいるが対策は既に浮かんでるし問題ないだろう)

 

まあその為にはオーフェリアの協力が必要だが、その辺りは協力してくれるだろう。

 

そう思いながら俺は恋人2人に支えられながらお袋と天霧と共に治療院の中に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……義手の定期検診が終わってから1時間もしないで左腕を失うとは思わなかったわい!」

 

「……すんません」

 

治療院の病室の一室にいて、俺は院長であるヤン・コルベルの説教をさせながら治療を受けている。既に切り口は治癒能力によって塞がれたので後は輸血をして義碗を作れば問題ない。

 

尚、天霧とヴァルダに乗っ取られていた少女は俺に比べたら負傷していないので治癒能力を受けていない。まあ治癒能力による治療を受けれるのは俺みたいにヤバい状態の人だけだからな。

 

「まあまあ、そんな怒ってばっかじゃ血管が切れるぞジジイ」

 

「ふん!親子揃って儂の手を煩わせおって……!」

 

お袋はカラカラ笑いながらそう言うと院長がお袋に怒鳴る。どうやらお袋は院長とも交流があるようだ……院長にとって悪い意味で。

 

「やれやれ……それで?俺は今日は入院すか?」

 

「……んんっ?!ああ、そんで明日明後日に検査して義碗を作るからの。直ぐに部屋を用意するわい」

 

院長が面倒くさそうにそう言ってから空間ウィンドウを操作する。やれやれ……星脈世代は基本的に入院する事は余りないのに1年で2回も入院するとはな……

 

内心ため息を吐きながら俺は治療室に入ってきたナースに連れられて病室に入る。

 

そしてベッドに入ると同伴したオーフェリアとシルヴィが話しかけてくる。

 

「とりあえず今はゆっくり休みなよ。命に別状はないとはいえ疲れてるでしょ?」

 

「……そうね。今日はもう面会時間ギリギリだから明日の朝に着替えを持ってくるわ」

 

「頼む」

 

「任せて。その代わり早く退院してね?」

 

「……八幡が居ないのは寂しいわ」

 

2人は寂しそうにそんな事を言ってくる。そういや前に入院した時も寂しい云々言っていたな。また2人に寂しい思いをさせるのか、と考えると罪悪感が生まれる。

 

「わかってる。可能な限り頑張って早く退院する」

 

俺はそう言いながら右手で2人を抱き寄せて……

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

始めにオーフェリアに、続いてシルヴィにキスをする。2人が寂しそうな表情をする時は俺からキスをすれば、その顔を止めるのを知っているのは学習済みだ。案の定2人は一瞬だけ驚きの表情を浮かべても直ぐに幸せそうになり……

 

「「わかったわ(よ)。じゃあまた明日」」

 

ちゅっ……

 

同時に俺にキスをして病室から出て行った。俺は幸せな気分になりながら2人を見送ってから息を吐く。俺達の敵を排除出来た事に対する嬉しさを噛み締めながら。

 

(これで漸く平和が手に入るな……)

 

そう思いながら俺はやって来た睡魔に逆らわずにゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、ネット上では……

 

 

 

『影の魔術師、戦律の魔女と孤毒の魔女の2人とキス?!』

 

『レヴォルフのNo.2、自学園のNo.1と世界の歌姫相手に二股?!』

 

1人の少女がネットにアップした3人がキスをしている画像や動画が出回り、ネットが炎上した。



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いよいよ獅鷲星武祭最終日が始まる

「んっ……んん〜」

 

窓から注がれる光によって目を覚ました俺は伸びをする。と言っても左腕は無いので右腕だけで。

 

今日は獅鷲星武祭最終日で俺と交流が深いチーム・赫夜の試合だ。本来なら会場に直接応援に行きたいが、腕を斬り落とされた為入院しているので行けない。

 

(残念だ……勝つにしろ負けるにしろ、直接見届けたかったんだがな……)

 

そう思いながら俺は息を吐いて壁にある時計を見ると7時前。面会時間も朝食の時間もまだまだ先だ。

 

(とりあえず若宮達に入院した事を連絡しとくか……)

 

そう思いながら俺は傍のテーブルにある端末を取り出そうとすると……

 

「なんだこりゃ?」

 

見れば大量の着信履歴があった。恋人のオーフェリアとシルヴィを始め、妹の小町やお袋、チーム・赫夜や挙句にルサールカやペトラさんからも着信が来ていた。

 

ここまで着信履歴があるなんておかしい。前に左手を斬り落とされた時もここまでは来なかったし。特にルサールカやペトラさんから連絡が来るのは完全に理解出来ない。

 

どうしたものかと悩んでいると再度着信が来たので見ればペトラさんからだった。この人が何度も連絡するなんて余程重要な事なのだろう。

 

そう思いながら俺は空間ウィンドウを開くと、見覚えのあるバイザーを付けた女性ーーーペトラさんが映る。しかし気の所為かいつもより緊迫した表情だ。

 

「もしもし。何度も連絡して、なんか用ですか?」

 

『ええ。ですがその様子だと事情を知らないみたいね』

 

「は?」

 

事情って何だ?俺の左腕を斬り落とされた事についてか?

 

『昨日貴方、処刑刀と戦ったでしょう?』

 

「え?あ、はい。その後にヘルガ隊長に引き渡しましたが」

 

何で知っているのかとか聞かない。クインヴェールの諜報機関の能力はレヴォルフと並んで高い事で有名だし。

 

そんな事を考えていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『問題はその後です。貴方がシルヴィアとオーフェリア・ランドルーフェンの2人とキスをした画像がネットに出回っています』

 

ペトラさんが予想外の台詞を口にして来た。

 

「マジで?!」

 

思わずそう叫びながらも新しい空間ウィンドウを開いてネットに繋げてみると……

 

『影の魔術師、戦律の魔女と孤毒の魔女の2人とキス?!』

 

『レヴォルフのNo.2、自学園のNo.1と世界の歌姫相手に二股?!』

 

トップニュースにそんな見出しの記事が大量にあった。1番始めに目に入った記事を開いてみると……

 

「マジか……」

 

確かに俺がオーフェリアとシルヴィの2人とキスをしている画像があった。しかもタチの悪い事に捕まったマディアスや斬り落とされた俺の左腕は映っていない。マディアスが映っていれば銀河が自分らの評判が下がるのを防ぐ為に動画の削除に動いたのに……

 

「てか誰だよこれを撮ったの……?」

 

犯人がわかったら退院次第に潰す。漸く処刑刀とヴァルダを蹴散らしたのに、俺から平穏を奪ったのだ。絶対に許さん。

 

『そちらについてはこちらで調査中です。それよりもシルヴィアから話を聞きました。シルヴィアとオーフェリア・ランドルーフェンは貴方が左腕を失って心配したのかもしれないですが、今後はどんな状況だろうと細心の注意を払って行動してください』

 

ぐっ……確かにそうだ。マディアスを撃破したからかあの時の俺は周りの存在を見ていなかったのは否定出来ない。1番悪いのは写真を撮ってネットにアップした奴だが、安心して状況を失念した俺の行動にも問題はあるだろう。

 

てか……

 

「今後?その言い方だと、交際の許可はマジで出てるんすか?」

 

一応前にチーム・赫夜が準優勝以上の結果を出して、俺がW=Wに就職したら交際を認めると言われたが、正直半信半疑だったので改めて聴いてしまう。

 

『確かに3人の関係が公になったらW=Wからは損失が出るでしょう。しかし昨日の貴方の功績は大きいですから最高幹部からは反対意見はそこまで増えてない……というか減りましたよ』

 

「功績?処刑刀の逮捕ですか?」

 

『ええ。実は以前ベネトナーシュに金枝篇同盟ーーー処刑刀と絡んでいる組織について調査を頼んだ所全員消息不明となり、W=Wとしては金枝篇同盟を危険視していたのですよ』

 

金枝篇同盟?聞いた事はないが処刑刀が絡んでる時点でディルクも絡んでいるかもしれないな。

 

「だから処刑刀を倒した俺の功績を評価した、と?」

 

『加えて処刑刀の正体はマディアス・メサ。銀河の幹部が蝕武祭の専任闘技者である事はW=Wを始め、他の統合企業財体に知れ渡りました。これは銀河を叩くカードとしては破格のカードです』

 

なるほどな。今の世界には6つの統合企業財体が存在しているが6つ全て拮抗している。その拮抗を崩すには今回の件は極めて有効なカードだろう。

 

『それに……』

 

「それに?」

 

普段あらゆる事をハッキリと言うペトラさんが口籠るなんて珍しくて、思わず聞き返すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

『先程その件に関してシルヴィアに連絡したら『八幡君と別れるなんて絶対に嫌。もしもペトラさんやW=W、世間が私達3人の関係を引き裂くなら3人で心中して邪魔の入らない天国で愛し合う』と返され、それだけは避けるべきと判断しました』

 

「…………」

 

マジですかシルヴィアさん?そこまで想ってくれているとは思わなかったな。

 

「そ、そうですか……」

 

『ええ。会見で煩く言われたらそう発言すると豪語しました。シルヴィアが死んだら世間は間違いなく我々W=Wを叩くでしょう。そうなったらW=Wも銀河同様他の統合企業財体に狙われるのでそれを避けるべく3人の交際については反対を止めました』

 

なるほどな。つまりシルヴィの俺とオーフェリアに対する愛の力が統合企業財体の圧力を上回ったと……ヤバい、考えていたら恥ずかしくなってきた。

 

『まあ後日会見はするでしょう。その時は貴方とオーフェリア・ランドルーフェンにも参加して貰いますが宜しいですね?』

 

ペトラさんがそう言ってくるが、拒否を許さない声音だ。

 

(まあ逆らうつもりはないけど)

 

面倒なのは山々だが、断ったら日常生活においてマスゴミが寄ってくるかもしれん。それだったら大規模な会見でハッキリ言った方がだろう。会見をしてもマスゴミは来るだろうが数はマシになるだろうし。

 

「わかりました。期日についてですが、退院後で宜しいですか?」

 

『こちらもそのつもりです。シルヴィアに聞いたら退院は5日後と聞きましたが合っていますね?』

 

「はい」

 

『こちらとしては早くて1週間後、どんなに遅くても2週間以内にしたいのですが』

 

「じゃあ間を取って10日後で」

 

『わかりました。10日後にスケジュールとして組んでおきます。この件については私は今から最高幹部と話し合うのでこれで』

 

「よろしくお願いします」

 

俺がそう言うとペトラさんの顔が空間ウィンドウから消えたので、俺は通話をしていた空間ウィンドウを閉じてネットが繋がっている空間ウィンドウを操作して掲示板を見ると……

 

 

 

 

 

『死ね比企谷八幡』

 

『シルヴィアちゃんは世界の宝、独り占めなど万死に値』

 

『二股クズ過ぎwww』

 

『闇討ちしてやる。50人くらいで行けば殺せる』

 

それはもう俺の悪口で一杯だった。まあ二股は問題だから否定が仕切れないのが辛い。

 

ついでに50人じゃ俺を殺すのは無理だと思うぞ。集める人間の質によるが、序列二位になった当初、前の序列二位のロドルフォの部下150人と戦って全員沈めたし。

 

しかしここまで悪口があるって事は記者会見は荒れるかもな。てか学内でも闇討ちがあるかもしれないし。

 

「ま、だからどうしたって話だけどな」

 

世間から文句を言われる?そんなもん百も承知で2人と付き合う道を選んだんだ。たとえ記者会見で何を言われようが、世間がいくら反対しようが2人と別れるつもりはない。

 

それにいざとなったらシルヴィが言ったように3人で心中して邪魔の入らない天国で愛し合うのも悪くないしな。

 

そんな事を考えながら俺は一息吐いて朝食の時間までノンビリと過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間半後、朝食を食べ終えて電子書籍を読んでいると……

 

「八幡君、お見舞いに来たよ!」

 

「……着替えを持って来たわ」

 

面会時間の開始と同時にシルヴィとオーフェリアが病室に入ってくる。

 

「わざわざ悪いな」

 

「……いいえ。私達は八幡の彼女として当然の事をしただけよ」

 

「オーフェリアの言う通りだよ。それより八幡君、ペトラさんから連絡が来たよね?」

 

「ああ。10日後に会見だろ?」

 

「うん。反対意見は煩いだろうけど、3人で頑張ろうね」

 

「ああ」

 

「……そうね」

 

シルヴィはそう言ってくるがもちろんそのつもりだ。3人で幸せになるって決めた以上どんな障害も打ち破るつもりだ。

 

「まあ面倒なのは変わりないがな。ネットの反応を見たら暫くは平穏が崩れそうだ」

 

「……そうね。八幡の悪口ばかり……」

 

「全くだよ。確かに私達の関係は歪かもしれないけど、他人に迷惑をかけてないのに……」

 

2人もネットで俺の悪口を見たようで不満タラタラの表情を浮かべている。

 

「そんなプリプリすんな。俺は親しい人間に悪く言われなきゃそれで良い」

 

生憎と俺は赤の他人にどうこう言われた程度じゃ自分の在り方は変えない性格だしな。

 

「「八幡(君)がそう言うなら……」」

 

「良し、良い子だ」

 

「んっ……」

 

俺がオーフェリアの頭を撫でるとくすぐったいそうに身を捩る。たったそれだけの仕草なのに俺はオーフェリアにメロメロになってしまう。

 

「八幡君八幡君、私にも」

 

オーフェリアに癒されていると、シルヴィが可愛らしくおねだりをしてくる。何この子可愛過ぎだろ?

 

「はいはい、甘えん坊め」

 

「えへへ〜」

 

思わず苦笑しながらシルヴィの頭も撫でる。それによってシルヴィは満面の笑みを浮かべてくる。本当に可愛いなぁ……出来れば2人まとめて撫でたいが……今ほど左腕がない事を悔しいと思う事はないだろう。

 

「まあ処刑刀にヴァルダは蹴散らしたんだし、会見を乗り越えれば一段落つきそうだな」

 

「そうかもね。後は『悪辣の王』だけか……」

 

「あ、それなんだがオーフェリアに頼みがある」

 

「……私に?何かしら?」

 

「ああ。星武祭が終わってからでいいんだが、アイツを生徒会長の座から引きずり下ろしてくれ。アイツから可能な限り力を奪っておきたい」

 

レヴォルフの生徒会長は序列1位が指名した相手だ。オーフェリアがディルクの所有物だった時に奴を指名してそのままだったが、これを機にクビにしておきたい。

 

ぶっちゃけオーフェリアを自由にしてから直ぐにクビにしようか悩んでいたが、処刑刀やヴァルダと繋がっている状態でディルクをクビにして雲隠れされたら厄介だからクビにしなかった。

 

しかし今は処刑刀やヴァルダも捕まったしその心配はないと思い、俺はオーフェリアにそんな提案をしてみた。

 

「……わかったわ。じゃあ星武祭が終わったら理事長に八幡を新しい生徒会長にするように進言しておくわ」

 

「待てコラ。何故そこで俺を出す?」

 

確かにディルクをクビにしたいのは山々だが、後任として俺の名前を出してくるとは予想外だ。

 

「……だって私、レヴォルフで八幡以外の知り合いは居ないし、八幡の方が私より相応しいと思うから」

 

「まあ確かに六花園会議って結構腹の探り合いもあるし、オーフェリアより八幡君の方が向いてるかも」

 

ここでシルヴィもオーフェリアの弁護をする。いや、確かにオーフェリアって割と馬鹿正直だから腹の探り合いは向いてないかもしれないけどよ……

 

俺が返答に窮していると……

 

 

「八幡、私としては私自身が生徒会長になるより、副会長になって八幡を支えたいんだけど……ダメ?」

 

「ダメじゃない」

 

しまった。オーフェリアの上目遣いが可愛過ぎて思わず即答してしまった。やっぱオーフェリアは色々な意味で恐ろしいな。

 

内心後悔するも時すでに遅く……

 

「じゃあよろしく頼むわ……私も一生懸命八幡を支えるわ」

 

「決まりだね。八幡君と会議をするのも面白そう」

 

2人は満足そうにハイタッチをしていた。……もういいや、2人のそんな姿を見ていたら文句を言う気も失せた。ま、ディルクから権力を奪えるんだし、やるだけやるか……

 

「はいはい。わかりましたよ……未来の副会長にクインヴェールの会長さん」

 

「「んっ……ありがとう」」

 

言いながら2人を抱き寄せる。面倒な事は好きじゃないが2人がそれを望むなら俺はそれに応える以外の道はない。

 

そんな事を考えていると……

 

「「………」」

 

2人はツヤのある瞳で俺を見てくる。長い付き合いだからわかるがこれはキスをしろってジェスチャーだ。

 

まあ俺も2人とのキスは最高だから良いんだけど。

 

俺はそのまま2人の顔に近づく。すると2人は目を瞑って俺と同じ様に顔を寄せてくる。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす!比企谷君!腕の様子は………え?」

 

『あ』

 

唇を重ねる直前、若宮を戦闘にチーム・赫夜の5人が入ってくる。それによってこの部屋にいる8人は全員ポカンとした表情になる。

 

 

その時に俺の頭には2つの疑問か浮かんだ。

 

一つは、何故入院中にキスをしようとすると同じタイミングで人が入ってくるのか

 

そしてもう一つは、何故若宮達が介入した時は材木座の時と違って全く腹が立たないのだろうか

 

 

と、いう疑問だ。

 

まあとりあえず……

 

 

「あー、まあアレだ……ノックをしてくれ」

 

俺がそう言うとチーム・赫夜の5人は大小差はあれど顔を真っ赤にした。

 



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関係がバレても3人の絆は無敵である事には変わりない

「全く……交際が公になっても貴方達3人は変わらないわね」

 

病室にて、チーム・赫夜のフロックハートが呆れながらそう言ってくる。クインヴェールの諜報機関ベネトナーシュの人間故に昨日の騒動にも関わっているのかもしれない。

 

しかし……

 

 

「当たり前だ。俺達はどんなに邪魔が入って変わるつもりはない」

 

「うん。私達3人の絆は誰にも犯されないよ」

 

「……世間が反対しようと知ったことじゃないわ」

 

交際が公になった?だからどうした?俺達は何があろうとも3人で愛し合うと決めたんだ。人前で積極的にイチャイチャするつもりはないが、人目に付かない場所なら妥協するつもりはない。まあ今回は若宮達の予想外の介入があったけど。

 

「……その様子じゃ記者会見も大丈夫ね……それより左腕は大丈夫なの?」

 

「まあな。退院は5日後だ」

 

「思ったより早いですわね。ところで誰に斬り落とされたんですの?」

 

「ん?マディアス・メサ」

 

『えぇっ?!』

 

 

フロックハートを除いた面々が驚きを露わにする。

 

あ、ヤベ。逮捕されたからって馬鹿正直にフェアクロフ先輩の問いに答えちまったよ。一応星武祭の最終日に事を荒立てたくないらしく公表されてないので今の話は彼女らには予想外だろう。

 

 

「ま、マディアス・メサって星武祭の実行委員長の?」

 

アッヘンヴァルが驚いた表情のまま尋ねてくるが、こいつらなら話しても問題ないだろう。既にマディアスの名前は出しちまったし、俺がしらばっくれてもベネトナーシュのフロックハートに聞けば直ぐにわかる事だし。

 

「そう。そんでマディアスは蝕武祭の専任闘技者でもあって、昨日治療院にいた天霧を襲ったんだよ」

 

「その時に義手の定期診断に来ていたら八幡君が助太刀したって感じ」

 

「す、凄い偶然だね……ところでエクリプスって何?」

 

若宮が手を挙げて不思議そうな表情で聞いてくる。フロックハート以外のチームメイト3人も似たような表情をしているが、お嬢様が知らないのは無理もないだろう。

 

 

「星武祭では物足りない屑共が作った非合法・ルール無用の武闘大会」

 

「ギブアップは不可能で、試合の決着はどちらかが意識を失うか、もしくは命を失うかによって決まる大会で大分前に警備隊長に潰されたわ」

 

そういやフロックハートがアスタリスクに来る前に勤めていたPMCの社長リベリオ・パレートも蝕武祭の参加者だったな。ディルクも観客だったし意外と人気だったのかもな。

 

「ええっ?!そんな大会があったの?!」

 

「怖いですね」

 

「そんな大会の専任闘技者に襲われるって……」

 

「貴方と天霧綾斗は何をしたんですの?」

 

俺とフロックハートの言葉に赫夜の4人は驚きを口にする。そしてフェアクロフ先輩の質問には答えられないな。天霧については理由がわからないし、俺が狙われた理由についてはフローラの誘拐だのオーフェリアの自由だの色々な事情が絡み合っていて説明するのが怠いし。

 

「まあ色々だ。それより本題ーーー今日の決勝についてだが、マズいことになった」

 

「マズいこと?何かしら?」

 

赫夜のメンバーの中で唯一落ち着いているフロックハートが俺に問い返してくる。

 

「昨日の戦闘中に天霧の封印が全部解けた」

 

『はい?』

 

俺の言葉にチーム・赫夜の5人だけでなくシルヴィとオーフェリアもポカンとした表情になる。そういや2人にも言ってなかったな。

 

「え?ちょっと待って。つまり決勝での天霧綾斗は昨日の準決勝の試合で『覇軍星君』相手に見せた力をフルに使えるって事?」

 

「……そうなるな」

 

珍しく慌てた様子のフロックハートの問いにそう返すと、全員がゲンナリした表情を浮かべる。

 

(無理もないな……昨日の試合を見る限り封印が全部解けた天霧はフェアクロフさんよりも強いだろうし)

 

その上チーム・赫夜は昨日のチーム・ランスロット戦でボロボロだ。いくらチーム・エンフィールドの刀藤が参加しないからって実力差は埋まらず、寧ろ広がっただろう。

 

「それは厄介だし、作戦も変更した方がいいわね」

 

昨日立てた作戦では天霧をフェアクロフ先輩が、沙々宮を蓮城寺が、リースフェルトをアッヘンヴァルが足止めして、若宮とフロックハートがリーダーであるエンフィールドを叩く予定だったが、天霧の封印が全部解けた今、フェアクロフ先輩一人で足止めするのはキツいだろう。

 

「そうなると、誰か1人をソフィア先輩の所に入れるって事だよね?」

 

「ああ。俺としては若宮を入れるべきだな」

 

「私?!」

 

「当たり前でしょう?沙々宮紗夜と『華焔の魔女』はフリーにしたら危険だし、私より美奈兎の方が天霧綾斗相手に戦えるでしょうから美奈兎が1番の適任者よ」

 

驚く若宮にフロックハートがそう口にするが俺も同意見だ。

 

俺直伝の嫌がらせ技を会得したリースフェルトと高威力の煌式武装を複数所有する沙々宮をフリーにするのは論外だからアッヘンヴァルと蓮城寺は除外。若宮とフロックハートのどちらか1人がフェアクロフ先輩と一緒に天霧を足止めするならフロックハートの能力の恩恵を受けていなくても充分強い若宮が適任だ。

 

「わ、わかった」

 

「なら良い。他の4人は変更無しだが……フロックハートは大丈夫か?」

 

若宮が天霧の足止めをする事になった以上、フロックハートは必然的にエンフィールド………チームリーダー同士のタイマンとなるだろう。

 

フロックハートの伝達能力抜きなら絶対にエンフィールドが勝つ。

 

フロックハートがフェアクロフ先輩や若宮、俺の体術を伝達すれば勝ち目はあるが、フロックハートは昨日の試合の疲れが取れてないだろうし、ただでさえ短い技術のトレースの時間が更に短くなる。

 

普通に考えてフロックハートが不利なのは間違いない。かと言って若宮達他の4人は各々の足止めで行けないだろう。総合力は向こうの方が数段上なのだから。

 

「ここまで来たんだから意地でも何とかするわ」

 

俺の質問に対してフロックハートは不敵な笑みを浮かべそう言ってくる。初めてあったばかりの頃は昔のオーフェリア程じゃないが余り感情を出さない人間だったのに……俺もそうだが、人って変わるもんだな。

 

「なら頑張れ……っと、そろそろ時間が迫ってるしお前らはもうシリウスドームに行け」

 

今の時刻は10時半でドームまで15分近くだ。試合開始は12時だが前回の鳳凰星武祭の誘拐事件のように何が起こるかわからない以上、早めに会場入りしといた方がいいだろう。

 

「……そうね。緊張を解す為にも早めに会場入りはしておいた方が賢明ね、皆行くわよ」

 

フロックハートがそう言って立ち上がる。同時に若宮達も立ち上がり……

 

「優勝してくるね!」

 

「行ってきます」

 

「しっかりと見ていてくださいまし!」

 

「が、頑張るから……!」

 

全員やる気に満ちた表情で挨拶をしてくる。それに対する返答は決まっている。

 

「ああ、行ってこい」

 

「楽しみにしてるね」

 

「……頑張って」

 

ただ一言、激励するだけで十分だ。5人は小さく笑みを浮かべてから会釈をして病室から去って行った。

 

「勝てると良いな……」

 

「そうだね。私は仕事があって八幡君やオーフェリア程一緒に居た訳じゃないけど、あの子達の頑張りは知ってるから報われて欲しいな」

 

「そうね……ところでシルヴィア。貴女は会場に行かなくて良いの?」

 

オーフェリアがそんなことを聞いてくる。まあシルヴィは生徒会長だから閉会式には必ず出ないといけない。だから俺もフロックハート達と一緒に会場に向かうと思っていたが、違うようだ。

 

「閉会式は決勝が終わって1時間くらいしてからだから、決勝が終わってから行くつもりかな。それまでは八幡君の近くに居たいし、会場にマスコミが待機してる可能性もあるし」

 

なるほどな。確かにシルヴィがシリウスドームに入るのは絶対だし、待ち伏せしている可能性もゼロではないだろう。

 

それに……俺の近くに居たいからか……正直言って嬉しいな。左腕は無くなったが俺達3人の幸せを邪魔しようとする障害は2つ排除出来た。時間はかかるかもしれないが次の障害ーーーマスコミや世間の反応も排除していこう。

 

「そうかい……じゃあ決勝が始まるまでお前らに甘えても良いか?」

 

俺達は基本的に毎日甘えたり甘えられたりしているが、昨日の夜は別々に寝たので物足りない気持ちで一杯だ。だから決勝が始まるまで2人に甘えたい。

 

俺が2人に頼むと、2人は目をパチクリするも直ぐに笑顔になり……

 

「「もちろん、好きなだけ甘えて良いわ(よ)」」

 

 

 

 

ちゅっ……

 

同時に俺の唇にキスをしてくる。俺は幸せな気分になりながらキスを返す。

 

「んっ……ふっ……」

 

「八幡、君……ちゅっ…」

 

2人は俺の背中に手を回して目を瞑り、左右から挟み込むように俺にキスをしてくるので、俺は2人の唇に擦り付けるように唇を動かす。すると俺の唇に異なる柔らかい感触が伝わって気分が高揚としてくる。

 

(ダメだ……もっと堪能したい)

 

既に箍が外れた俺は我慢出来ずに自分の舌をオーフェリアとシルヴィ、2人の唇の間に挟み込むように出す。

 

すると2人は軽く目を見開いてから同じように舌を出して、俺達3人の間で3人の舌が重なる。上からシルヴィ、俺、オーフェリアの順であり、俺の舌は2人のそれにサンドイッチされている状態だ。

 

そして……

 

「んっ……ちゅっ……んんっ」

 

「はち、まん……だいしゅき……」

 

2人はそのまま舌を動かして俺の舌に絡みつく。それによってくすぐったい気持ちになるが、我慢だ。今はこれをずっと堪能したい。

 

(俺もお前らが好きだよ……オーフェリア、シルヴィ)

 

俺も2人に負けじと舌を動かして3人でネットリと絡め合う。出来ることならずっとこうやって3人で愛し合いたい。

 

卒業したら直ぐに挙式をして、愛し合いながら子供を作って、愛し合いながらも子供をしっかり育成して、子供が独り立ちしたら3人で愛し合って、孫を抱く事を楽しみとして、死ぬまで3人で愛し合いたい。

 

別に裕福じゃなくても良い。環境とかも恵まれたものでなくて良い。オーフェリアとシルヴィが居れば他に何もいらない。2人さえ居れば俺はそれだけで幸せだし生きていけるのだから。

 

そう思いながら2人を見ると、2人は舌を絡めながらも優しい笑みを浮かべて小さく頷いてくる。まるで俺の心情を理解しているかのように。

 

(もしそうなら本当に嬉しいな……んっ……)

 

そう思いながら俺は2人に負けじと一心不乱に舌を絡めるのを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(八幡、今貴方が伝えてきた事は私も同感よ。私は八幡とシルヴィア、2人が居れば幸せよ。私は一生2人を愛するから2人も一生私を愛して……)

 

 

(八幡君、君の言いたい事は理解出来たよ。私も3人で愛し合えるなら他に何も望まない。私とオーフェリアは八幡君に全てを捧げたい……だから八幡君も私達に全てを捧げて欲しいな)

 

オーフェリアとシルヴィア、2人も八幡と似たような気持ちを込めながら舌を絡め合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

 

pipipi………

 

「「「ぷはっ!」」」

 

アラームが鳴ったので俺達は舌を絡めるのを止めて少しだけ距離を取る。同時に俺達の舌に乗っていた唾液が僅かに垂れてベットに落ちるが、俺はそれにそこまで意識を向けていなかった。

 

何故なら……

 

「はぁ……はぁ……八幡、君……凄く気持ち良かったよ……コクッ……」

 

「んっ……やっぱり、八幡が居ないと、コクッ……ダメみたいね」

 

目の前にいる恋人2人が艶めかしい笑みを浮かべて俺達が生み出した唾液を飲んでいるのだから。喉が動くのを見れば妙にドキドキしてしまう。

 

しかしアラームは試合開始20分前に設定したが、それはつまり俺達は1時間ちょいもディープキスをしていた事を意味している。

 

やっぱり2人とのキスは麻薬のように思えてしまう。まあこんな麻薬なら喜んで中毒になると思うけど。

 

そんなアホな事を考えながらも空間ウィンドウを開くとシリウスドームではこれまでの試合の総評を行なっていた。見ればチーム・赫夜とチーム・ランスロットの試合を振り返っているから後少しだろう。

 

「あー……試合に出場する訳じゃないのに緊張してきたな」

 

これはアレだな。幼稚園の劇で主役を演じる息子の撮影をする母親みたいな感じだな。

 

「……私も少し緊張してきたわ」

 

「私も。私自身が王竜星武祭に参加するのとは違う緊張だな」

 

どうやら2人も差はあれど緊張してきたようだ。後1試合勝てば優勝だが、その後1試合がデカいんだよなぁ……

 

内心緊張しながらもこれまでの試合の総評は続き、遂に……

 

 

 

 

 

 

『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』

 

実況の声が流れて空間ウィンドウに映るステージから大歓声が沸き起こった。

 

いよいよか……頑張れよ、チーム・赫夜。



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決勝前、各陣営は……

クインヴェール専用観戦室にて……

 

 

『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』

 

「よっしゃ!遂にか!」

 

「ここまで来たら優勝しろー!」

 

「モニカ達の仇を討ちなさいよー!」

 

「……また大金星を手に入れなさい」

 

「が、頑張ってください……!」

 

実況の声にルサールカのトゥーリアが大きい声を上げる。他のルサールカの4人も差はあれどテンションを上げている。

 

しかしそれも当然だろう。自分の所属する学園のチームが久しぶりの決勝進出なのだから。

 

「いよいよ決勝かー。普通に戦ったら負けるけど、向こうは刀藤ちゃん居ないしどうなるんだか」

 

八幡の母である涼子はいつものようにジャージ姿で日本酒を一気飲みしながらそう呟く。それを見たペトラは毎度のように注意をしようとしたが、毎度のようにスルーされると判断して止めた。

 

「両チーム共に負傷が多いですから何とも言えないですね。それより貴女は息子の方に行かなくて良いんですか?」

 

ペトラは既に八幡が入院した事を知っているので涼子に尋ねてみるも……

 

「あん?馬鹿言ってんじゃないよ。馬鹿息子の事だ。シルヴィアちゃんとオーフェリアちゃんとイチャイチャしてんだろうし、邪魔するのも野暮ってもんだろ?」

 

涼子はペトラの問いを一蹴する。そしてその言葉は的を射ている。現に3人は1時間以上ディープキスをして、甘え合いながら試合開始を待っているのだから。

 

「そうですか。まああの3人ならそうでしょうね……そして10日後の記者会見でも平然と対処するのが容易に想像出来ます」

 

「それは同感だなー」

 

涼子もペトラも理解している。あの3人が別れる事は何があってもあり得ない事を、世間がどう反対しようとも絶対に揺らがない事を。

 

寧ろペトラはマスコミが余計なことを言って3人(特にオーフェリア)がブチ切れないかを心配している。社会的な立場ならまだしも、戦闘力的な意味であの3人相手に対抗出来る人間は万有天羅以外にはいないというのがペトラの考えである。

 

「まあ下手に誤魔化すより開き直った方がいいですが」

 

「そりゃなぁ……つーかよペトラちゃん、例の写真をネットにアップしたのって誰だ?」

 

涼子は笑顔のままそう口にするが、瞳は一切笑ってないのをペトラは知っている。今、涼子は明らかに怒っている。その上、瞳には凶悪な殺意も混じっている事をペトラは気付いてしまった。

 

話すべきかと悩んだが、話さない場合力づくでも聞き出してくると判断したペトラはため息を吐きながら口を開ける。

 

「ガラードワースの一色いろはという生徒です。以前シルヴィアとオーフェリア・ランドルーフェンに詰め寄られている動画にて2人に詰め寄られていた女子ですよ」

 

ペトラにとっては忌々しい記憶である。あの事件の所為でペトラの胃に穴が出来かけて、以降は胃薬を常備するようになってしまった。

 

それを聞いた涼子は小さくうなずく。涼子も義理の娘が出てくる動画と見たし、シルヴィアとオーフェリアから事情も聞いている。

 

「あー、あいつね。要するに逆恨み?」

 

「恐らくは」

 

「ったく……漸く処刑刀の問題が終わったと思ったら……始末するか?」

 

「今の所は様子見ですね。今後の状況次第では……と言ったところです」

 

「了解了解……っと、そろそろ始まるだろうし今は試合を見ようぜペトラちゃん」

 

「ですからペトラちゃん呼びはやめてください」

 

2人はいつものやり取りをしながらステージを見始めた。

 

 

 

 

ーーー界龍第七学院黄辰殿、謁見の間にて……

 

『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』

 

「ほっほっほっ、いよいよか。待ちわびたぞい」

 

玉座に座る界龍の序列一位范星露はワクワクしたように空間ウィンドウを見る。

 

「アタイも今から楽しみだねー。ま、どっちもボロボロだし長い試合にはならないでしょ」

 

星露の隣に立つ元序列一位のアレマ・セイヤーンも似たような表情をしながら試合を待ち望んでいる。

 

「そだねー。ま、私としては私達を倒したチーム・エンフィールドに勝って欲しいけど。ねぇ虎峰……ってまだこの状態?」

 

「……………」

 

準決勝でチーム・エンフィールドと戦ったチーム・黄龍のメンバーのセシリー・ウォンはチームメイトである趙虎峰に話しかけるも、虎峰は顔を真っ白に、それでありながら目と口から血を流していて明らかに不気味であった。

 

「趙師兄……よほど今朝のニュースが……」

 

虎峰の弟弟子らは虎峰を可哀想な眼差しで見る。今朝のニュースとは世界の歌姫であるシルヴィア・リューネハイムが比企谷八幡、オーフェリア・ランドルーフェンの3人でキスをしている事だ。

 

そのニュースを見た虎峰は口から吐血し、目から血涙を流しながら見間違いかと何度も何度もニュースを繰り返し読んだ。しかし何度も読んでも見間違いではなく、そのショックで虎峰の思考は停止したのであった。

 

「虎峰の事は放っておけい。こうなったら暫くは目を覚めんじゃろうしな。ほれ、もうじき試合が始まるぞ」

 

星露の言葉に虎峰を除いた星露の弟子は真剣な表情となり空間ウィンドウに視線を移して試合の開始を待ち始めた。

 

 

 

 

ガラードワース専用観戦室にて……

 

 

『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』

 

「いよいよですわね」

 

「そうだね」

 

ガラードワース生徒会副会長のレティシア・ブランシャールと生徒会長にして序列一位、チーム・ランスロットのリーダーのアーネスト・フェアクロフは言葉を交わす。

 

「レティシアはどっちが勝つと思うかい?」

 

「正直な所判断はつき難いですが……可能ならソフィアさん達がクローディアを倒して欲しいですわ。私達チーム・ランスロットを打ち破ったのですから」

 

レティシアはクローディアに借りを返せない事に対して不満を抱きながらそう返すと、アーネストは苦笑を浮かべる。

 

「レティシアらしいね。それにしても決勝が始まってから閉会式まではこれ以上問題は起こって欲しくないな……」

 

「全くですわ。鳳凰星武祭の誘拐騒ぎといい、今シーズンはいささか問題が起こり過ぎですわ」

 

ブランシャールの愚痴にレティシア以外のガラードワース生徒会の4人は内心頷く。

 

獅鷲星武祭が始まってから八幡とシルヴィアとオーフェリアの関係にしろ、マディアス・メサの逮捕(こちらは情報規制がされていて、統合企業財体や学園の理事会や生徒会メンバーしか知らない)など色々な問題が起こっている。

 

特に前者ーー八幡とシルヴィアとオーフェリアの3人の関係については統合企業財体前々から知っていたが、関わるとリスクがあると放置していた。

 

しかしガラードワースの生徒……一色いろはが暴露した事により一転した。もしも関係が公開された事が原因でシルヴィアが引退などした場合、一色いろはを擁するガラードワースも『お前らが余計なことをしたせいでシルヴィアは引退したんだ!』と叩かれる可能性もあると上層部は危惧している。

 

「そうだね……と、言っても僕達に出来る事は余りない。出来るとしたら祈るくらいかな?」

 

一色に関することも上層部が判断することになっていてアーネストらでも口出しする権利を持っていない。星武祭が終わってから直ぐに状況が変わることはないが、10日後の記者会見の結果次第では大きく状況が変わるとアーネストは危惧している。

 

(まああの3人の行動は手に取るようにわかるけどね。間違いなく記者会見でも普段通りに対応するだろうな)

 

アーネストだけではない。3人の関係についてある程度知っている人は記者会見でも甘々な空気を出す可能性があると考えている。

 

アーネストは容易に想像出来る未来に苦笑を浮かべながらステージに意識を戻した。

 

 

 

 

 

 

一方……

 

(比企谷……結衣の気持ちを考えずに違う人とそれも2人の女子と付き合うなんて許されると思っているのか?!普段の言動にも問題があるというのに……王竜星武祭でお前を倒してその歪んだ根性を叩き直してやる……!)

 

苛立ちを露わにした表情を浮かべながらステージを見る男もいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルルカントアカデミー、『獅子派』専用ラボにて

 

『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』

 

「いよいよであるなカミラ殿」

 

「そうだな。お前としては自分の開発した煌式武装を持つチーム・赫夜に勝って欲しいよな?」

 

「う……いや、その……済みませんでした」

獅子派の会長のカミラ・パレートと副会長の材木座義輝は雑務をこなしながらシリウスドームのステージを映す空間ウィンドウを見る。

 

「とはいえどちらもボロボロであるから全く勝敗が読めないのは何とも言えないな」

 

「うむ……しかし短期決戦になるのは間違いないのであるな」

 

材木座の上司であるカミラ・パレートは考えるようにステージを映す空間ウィンドウを見ると、材木座も頷いて答えるとある事を思い出してカミラに話しかける。

 

「そういえばカミラ殿、先程エルネスタ殿と連絡をしていたが何かあったのであるか?」

 

エルネスタはここ最近アスタリスクを留守にしている。カミラや材木座も仕事の都合でしょっちゅうアスタリスクの外部に行っているが、エルネスタのそれはカミラや材木座の比ではない。

 

「ん?仕事が中止になってもうすぐアスタリスクに帰るようだ。それとお前の相棒には感謝をしているようだ」

 

「八幡が?」

 

「ああ。どうやらエルネスタはマディアス・メサに仕事を頼まれていたようだが、奴が比企谷八幡に負けて捕まった事によって仕事が中止になったようで、もうすぐアスタリスクに帰るようだ」

 

カミラや材木座は既にマディアス・メサの正体も、既に捕まっていることも知っている。

 

「それはわかったが、何故中止になって感謝をするのであるか?」

 

「何でも報酬はエルネスタを逃がさない為か前払いしたらしい。それで仕事を半分くらい終わった中、マディアス・メサが捕まったから仕事は中止になった」

 

「つまり本来やるべき仕事の半分だけやった所で仕事が終わって、報酬も手に入ったから八幡に感謝をしている……なるほどな。ちなみにエルネスタ殿はマディアス・メサから何を報酬として渡されたのであるか?」

 

金銭ではない事は材木座でも理解出来ている。エルネスタはわざわざ星武祭の運営委員長からの仕事を引き受けなくても充分に稼いでいるのだから。

 

「それは知らない。あいつにしては珍しく教えられないと言っていたから」

 

「ほう?」

 

それは材木座にとっても興味深い返答であった。材木座はカミラともエルネスタともそれなりに交流を持っているが、材木座はカミラとエルネスタは仲の良い友人同士と見ている。そんなカミラに対して教えないと返すとは予想外であった。

 

「まあ詳しくは帰ってから聞けばいい。それよりももうすぐ始まるぞ」

 

「おお!そうであったな……それにしても相棒で思い出したが、八幡め。我より先に彼女を作るとは……リア充爆発しろ」

 

材木座がかませ犬のようにペッと唾を吐く仕草を見せるとカミラは思い切り呆れた表情になる。

 

「……お前こそ見合いの相手が大勢来ているだろう?見たところ美人も多いし受ければ彼女を通り越して妻が手に入るぞ」

 

獅子派の副会長である材木座は八幡と同様に中学時代と違って好待遇を受けている。高い技術力から統合企業財体や煌式武装メーカーから人気で、それらの幹部連中の娘を見合い相手として紹介されているくらいである。

 

カミラ本人も見合い相手として紹介されているが……

 

 

「いや……我、出来れば声優さんと結婚したい」

 

「はぁ……エルネスタといい、何故私の友人は天才でありながら残念なんだ……?」

 

「待てカミラ殿!我はエルネスタ殿程残念ではないぞ!」

 

「私からすれば50歩100歩だ!」

 

2人がギャーギャーと言い争う中、ステージに選手が入場し始めた。



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決勝!チーム・赫夜VSチーム・エンフィールド(前編)

『長らくお待たせいたしました!これより決勝戦が始まります!』

 

シリウスドームにて、実況のABCアナウンサー梁瀬ミーコの声が響くと一拍遅れてステージに大歓声が生じる。

 

「とうとう決勝かー。チームを組んだ頃は本当にここまで来れるのかと思ったけど……」

 

「とうとうここまで来ましたわね」

 

美奈兎とソフィアが感慨深くそう呟く。口にはしてないが柚陽やニーナ、クロエも似たような気持ちだった。

 

「そうね。結成当初はデコボコチームだったけど、色々あってここまで来れたわ」

 

言われて全員が過去を振り返る。

 

美奈兎が49連敗していてある意味クインヴェールで超有名であった事、柚陽が元々星武祭に出る気はなかった事、ソフィアが昔は王竜星武祭一本に絞っていた事、ニーナが鳳凰星武祭のタッグパートナーに切り捨てられた事、クロエが学園の諜報機関の人間である事。

 

5人は他にも色々振り返る。

 

チーム・メルヴェイユを倒した後一時クロエと引き離された事、その際にシルヴィアに助けて貰った事、シルヴィアがトレーニングの相手として八幡を紹介した事、その八幡に何度も叩き潰されたり胸やスカートの中に顔を埋められたり揉まれたり事故で頬にキスをし合った事……

 

 

『………』

 

そこまで考えると全員が大小差はあれど頬を染める。事故だとはわかってはいるが、恥ずかしいもの恥ずかしいのである。

 

「と、とにかく!これが最後だし、全てを出し切るわよ」

 

クロエが顔を赤くしながら熱から逃げるようにそう締めくくる。対して他の4人はクロエも同じ事を考えていると察して追求するのを止め……

 

『了解!』

 

全員で了解の返事をする。それと同時に実況の声が再度流れだす。

 

『先ずは東ゲート!チーム・メルヴェイユを始め、チーム・トリスタン、準決勝では絶対王者チーム・ランスロットを撃破するなど、今大会で大金星を何度も手に入れたクインヴェール女学院チーム・赫夜ー!』

 

それを聞いたチーム・赫夜の5人はギュッと顔を引き締めてゲートをくぐる。同時に大歓声が5人に浴びせられる。今までもそれなりの歓声を受けていたが、絶対王者のチーム・ランスロットを撃破したからか昨日までより一際大きな歓声であった。

 

スポットライトが当たる中、5人はステージに降りて深呼吸をする。ソフィアは既に2度星武祭に参加しているので彼女にとってこれが最後の試合だ。よってこのメンバーでする試合も最後を意味する。

 

結成して1年、年齢だけ見たら獅鷲星武祭に参加しているチーム……特にガラードワースのチームなどに比べて、チーム・赫夜は若いチームである。

 

しかしその1年はどのチームより濃厚な1年を過ごしたと5人全員が思っていた。叶うなら恩人や師匠や友人ーーーシルヴィアと八幡とオーフェリアの3人が見ている前で勝ちたいとも思っている。

 

絶対に勝つ。5人が強く決心している中、再び実況の声が生まれてくる。

 

『続いて西ゲート!準決勝にてチーム・黄龍と激戦を繰り広げ、見事この場に立つ権利を得た星導館学園チーム・エンフィールドー!』

 

同時に先程チーム・赫夜の5人が入場した時と同じくらいの大歓声が生まれ、それから少ししてからゲートと繋がっているブリッジから準決勝にてボロボロになって試合に出れない刀藤を除いたチーム・エンフィールドの4人が降りてくる。

 

同時に若宮達は若干気圧される。チーム・ランスロットに勝ったとはいえ、チーム・エンフィールドもチーム・ランスロットと同等の力を持っているチームだ。

 

しかし5人は全員折れてはいない。自分達は弱いのだと割り切っているのだから。

 

(気圧されるのは仕方ない。でも勝ちは絶対に譲らない……!)

 

クロエがそう思いながら前に踏み出すと、チーム・エンフィールドのチームリーダーであるクローディアが同じように前に出てくる。

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

「優勝は我々がいただきますので」

 

「それはこっちのセリフよ」

 

クロエとクローディアは笑顔を浮かべて握手をする。しかし両者の目は微塵も笑っておらず、バチバチと火花を散らして妙なプレッシャーを醸し出していた。

 

そして握手を解き開始地点に戻ると美奈兎が心配そうな表情を浮かべながら話しかけてくる。

 

「ねぇクロエ。さっき向こうの会長さんとプレッシャーをぶつけ合ったけど大丈夫?」

 

他の3人も似たような表情でクロエを見るが、クロエは笑顔で首を振る。

 

「大丈夫よ。ただ向こうもヤル気がある事を理解出来たわ。相手は遥かに格上……だけど格下が格上に勝てない道理はないのだから落ち着いて行くわよ」

 

実際に今回の獅鷲星武祭で何度も格上相手に金星を挙げた為、クロエの言葉には説得力があり、若宮達4人も特に抵抗なくクロエの言葉を受け止めた。

 

『さあいよいよ試合開始の時間です。泣いても笑ってもこれが最後!256チームの内、頂点に立つのはチーム・赫夜か?!それともチーム・エンフィールドか?!』

 

そしてステージに立つ9人が各々の武器を手にすると実況の声がステージに響き、観客席は一層盛り上がっていく。

 

 

大歓声があたかもステージを押し潰すかのように響く中、遂に……

 

 

『獅鷲星武祭決勝戦、試合開始!』

 

最後の試合開始の合図が告げられる。

 

 

「咲き誇れーーー赤円の灼斬花!」

 

「九轟の心弾!」

 

試合開始と同時に両チームの遊撃手であるユリスとニーナはそう叫び、自身の周囲にそれぞれ炎の戦輪と光の弾を生み出して放つ。他の面々は各々の役割を果たすべく動き出す。

 

「どどーん」

 

「させませんよ」

 

紗夜が放つ高威力のホーミングレーザーを6発放ち、柚陽の放つ流星闘技の矢が放たれてホーミングレーザー相殺させたり……

 

「はあっ!」

 

「あらあら……最初から全開ですね」

 

ソフィアの剣技をトレースしたクロエが肉体にかかる負担を無視斬りかかり、クローディアが『パン=ドラ』を使って巧みに攻撃を防いだりしている。

 

そしてユリスとニーナが放った遠距離攻撃がぶつかる中……

 

「はあっ!」

 

「くっ!」

 

「わあっ!」

 

この試合に参加するメンバーの中で最も強い綾斗の一振りがソフィアのサーベルを斬り落とし、返す刀で若宮の校章を狙った一振りを放ってくる。

 

幸い美奈兎はその前に『黒炉の魔剣』の攻撃範囲内から出るも、データより遥かに強い事を嫌でも理解してしまう。

 

しかし……

 

『気圧されちゃダメよ!作戦通りに行って!』

 

クロエの声が頭に響くと美奈兎ハッとした表情を浮かべて隣にいるソフィアを見る。対するソフィアが小さく頷いたのを確認して……

 

「やあっ!」

 

「たあっ!」

 

2人は敢えて綾斗との距離を詰めにかかる。対する綾斗は『黒炉の魔剣』で迎撃しようとするも……

 

 

「なっ?!」

 

その前に2人が校章に手を当てて守りの体勢となったので思わず『黒炉の魔剣』を引いてしまう。

 

そんな綾斗の隙を2人が逃すはずもなく……

 

「貰ったぁー!」

 

「そこですわっ!」

 

美奈兎の右ストレートとソフィアの突きが綾斗に襲いかかる。対する綾斗はバックステップで簡単に回避するが……

 

「まだまだっ!」

 

「逃がしませんわっ!」

 

美奈兎ソフィアも高い機動力で綾斗との距離を縮めにかかる。バックステップを使う綾斗と真っ直ぐ走る2人、どっちが早いかは論ずるまでもないだろう。

 

綾斗は美奈兎の拳とソフィアの剣を持ち前のスピードで回避するも反撃に転ずることが出来ずにいた。

 

もちろん2人の技術が高いというのもあるが、それだけで封印を全て解除した綾斗を抑え込むのは不可能である。

 

にもかかわらず、何故2人が綾斗を抑え込むことが出来ているかというと……

 

『美奈兎さん!順調ですからこのまま一気に攻めますわよ!』

 

『もちろん!やっぱりクロエと比企谷君の作戦は凄いよ』

 

2人は頭の中でそう会話を交わして更に距離を詰めにかかった。

 

 

 

 

 

 

 

前日ーーークインヴェール地下トレーニングステージにて……

 

「……って感じでアッヘンヴァルはリースフェルトと戦え」

 

「わ、わかった……!」

 

八幡の言葉にニーナは小さく頷く。それを確認したクロエも小さく頷くと口を開ける。

 

「それじゃあ最後ーーーチーム・エンフィールド最強の天霧綾斗についての作戦を紹介するわ」

 

クロエがそう口にすると『黒炉の魔剣』を持った綾斗が映る。

 

「もうわかっていると思うけど、天霧綾斗はソフィア先輩に近い剣技を持ちながら『黒炉の魔剣』を持っていて、体術のレベルも一級品の怪物よ」

 

「そうですね。綾斗さんは天霧辰明流の組討術や槍術、小太刀の使い方を得意としてますね」

 

綾斗と交流を持つ柚陽が頷くと、美奈兎とニーナとソフィアはゲンナリとした表情を浮かべる。

 

「うー、わかってはいたけど、改めて聞かされると厄介だなぁ……」

 

美奈兎がそう呟く。しかし八幡は表情を変えずに口を開ける。

 

「問題ない。確かに天霧は強いが勝算はある」

 

「えっ?!本当?!」

 

「八幡の言うとおりね。天霧綾斗は強いし『黒炉の魔剣』も厄介だけど、『黒炉の魔剣』は時として弱点になるわ」

 

「……『黒炉の魔剣』に弱点?そんなものあるの?」

 

八幡と同じようにチーム・赫夜に協力しているオーフェリアが小さく手を挙げて質問をする。オーフェリアとしては『黒炉の魔剣』なら自分の瘴気も斬れると思っているので、特に弱点が思いつかなかった。

 

その可愛らしい仕草に八幡は苦笑をしながら首を横に振る。

 

「ああ。『黒炉の魔剣』と戦う際は戦い方が3つある」

 

「ええ。1つは『黒炉の魔剣』と同格の純星煌式武装を用意する……まあこれは純星煌式武装を持っていない私達には無理だけど」

 

クロエは冷静に首を横に振る。何でも斬れると評される『黒炉の魔剣』でも同じ純星煌式武装を斬るのは無理だ。(正確には不可能ではないが、斬るのにとんでもない手間がかかるので割に合わない言われている)

 

「んで2つ目はとにかく遠距離から攻めるだが……これも却下だ。天霧クラスの相手に遠距離戦をする場合生半可な実力では足止めすら無理だ」

 

「そうね。天霧綾斗を遠距離から足止めをする場合、柚陽クラスの実力の人間を2、3人必要ね」

 

クロエは八幡の言葉に補足を入れてキッパリと無理と評した。一応クロエの伝達能力を使えば柚陽+柚陽の能力をコピーした美奈兎達……と、いう事も可能だが、それをすると必然的にユリスやクローディアをフリーにするのでリスクが高過ぎるので却下した。

 

「じゃあ3つ目の戦い方だけって事?どんな戦い方?」

 

ニーナが手を上げて質問をするので、八幡が口を開ける。

 

「それはだな……とにかく奴にひっつけ」

 

そう説明するとソフィアと柚陽は納得しような表情になり、美奈兎とニーナは頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「良い?『黒炉の魔剣』は確かに強力だけど、天霧綾斗は完璧に使いこなせていないわ。四色の魔剣は星辰力を上手くコントロールすれば持ち主に適したサイズにする事が出来るのよ」

 

言いながらクロエは新しく空間ウィンドウを開く。そこには昨年の鳳凰星武祭決勝の試合でユリスが綾斗の為に『黒炉の魔剣』のサイズを調整している光景が映っていた。そこに映る『黒炉の魔剣』は普段綾斗が使っているそれよりも遥かに小さく持ちやすそうな形であった。

 

「アレが天霧にとって最適な形。だけどアレはリースフェルトの協力があって出来たようだ。よってリースフェルトの協力がない状態の『黒炉の魔剣』は取り回しが悪い」

 

「だから距離を詰めて思い通りに動かせないようにするって事?」

 

「ええ。加えて『黒炉の魔剣』は何でも斬る能力。距離を詰められた中で無理に振るったりして、私達に重傷を負わせたらその場で失格になるわ」

 

星武憲章では試合中でやり過ぎる事を禁止されている。もしも無理に『黒炉の魔剣』を振るって致命傷になったら失格になるだろう。

 

『黒炉の魔剣』は強力だが、強力過ぎる故に状況によっては枷となってしまう純星煌式武装である。八幡とクロエはそこを読んで綾斗と距離を詰める作戦を提案したのだ。

 

「まあお兄様の『白濾の魔剣』に比べて『黒炉の魔剣』は星武祭では扱いが難しいですから」

 

ソフィアがそう呟くとようやく事情を理解した美奈兎とニーナも納得したように頷く。

 

「と、言うわけよ。基本的に天霧綾斗の相手はソフィア先輩だけど、場合によっては美奈兎やニーナが戦う可能性もあるし、その辺りはしっかりと考慮するように」

 

『了解!』

 

クロエが念押しするように話すと、クロエ以外のチーム・赫夜の4人は力強く返事をして、決勝前日の作戦会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら。綾斗の対策はバッチリみたいですね」

 

ステージの中央にいるクローディアは両手に『パン=ドラ』を持ちながら困ったような表情を浮かべ、襲ってくる拳を回避して返す刀で袈裟斬りを放つ。

 

「ええ。まあ昨日天霧綾斗の封印が全て解除された所為で美奈兎をこっちから外すことになったけど」

 

対するクロエは八幡の技術をトレースしてから身を屈めて袈裟斬りを回避して、そのまま『パン=ドラ』を蹴り上げる。そして追撃を仕掛けようか悩んだが……

 

(無理に攻めたら負けね……)

 

追撃を止めて距離を取る。追い詰められている状態ならともかく今はクロエとクローディアの戦い、チーム同士の戦いも拮抗している。そんな中チームリーダーの自分が無理に攻めるのは愚策とクロエは判断した。

 

「それは良かったです。流石に貴女と若宮さんの2人を相手にするのは厄介ですから」

 

クローディアは余裕のある笑みを浮かべているが、これはハッタリで内心では本当に安心していた。理由は簡単、ルサールカやチーム・黄龍、銀河の実働部隊との戦いで『パン=ドラ』の未来予知のストックが切れそうだからだ。

 

 

一方のクロエも悩んでいた。今の所は拮抗しているが、直ぐに戦況が動くと理解しているからだ。昨日の試合でクロエは満身創痍となり、今日も万全ではない。そんな状態で他人の技術をトレースしたら肉体に相当な負荷が掛かる。

 

そして限界が来たらクロエはなす術なくクローディアに負けると確信を得ている。

 

(やっぱり博打を仕掛けるべき……とはいえ今はダメ、動くとしたら誰か1人が落ちてから……!)

 

チーム・赫夜のメンバーが最初に落ちた場合、直ぐに負けに繋がるので、負けに繋がる前に勝負を仕掛ける。

 

チーム・エンフィールドのメンバーが最初に落ちた場合、その勢いに乗るべく勝負を仕掛ける。

 

クロエの方針は決まった。

 

(誰か1人が落ちるまでは無理な攻めをしない。それまではやられない事を最優先に……)

 

そう思いながらクロエは空中から襲う火の玉をサーベルで一閃してから、クローディアの斬撃を拳で受け流す。

 

同時に肉体に激痛が走るがクロエは表に出さない。出したらそこを付け込まれる可能性があるのだから。

 

 

(何としても勝つ……!自分の為、美奈兎達の為、八幡達の為にも……!)

 

クロエは肉体に掛かる激痛を無視して不敵な笑みを浮かべながらサーベルを構えてクローディアと剣をぶつけ合った。

 

決着はもうそんなに遠くない。



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決勝!チーム・赫夜VSチーム・エンフィールド(後編)

世間からしたら星武祭は今の世界で最も有名な娯楽である。星脈世代同士による強力な煌式武装や能力、常人には出せない桁違いの体術のぶつかり合い。

 

それらは観客からすれば娯楽として大人気であり、言うまでもなく決勝に近づくにつれて戦いのレベルも上がり、否応無しに盛り上がる。

 

今、シリウスドームで行われているのは獅鷲星武祭決勝だ。決勝のテレビの視聴率は毎回95パーセントを超えるほどのものであり、観客席は必ずと言っていい程大歓声に包まれているのが基本だ。

 

しかし今回の試合は一際歓声が上がっている。

 

何故かというと、ステージにいる面々が普段の獅鷲星武祭決勝に比べて死にもの狂いの雰囲気を醸し出しているからだ。

 

 

「咲き誇れーーー呑竜の咬炎花!」

 

「女王の崩順列!」

 

ユリスが細剣を振るうと同時にニーナが手を振り下ろす。

 

すると一拍遅れて両者の間に2種類の魔方陣が展開されて、そこから巨大な炎の竜と巨大な大砲が現れる。

 

そして間髪入れずに炎の竜と巨大な大砲から放たれた光の砲弾がぶつかり合う。最初は拮抗していたが、徐々に光の砲弾が炎の竜を壊し始める。ニーナの合成技の破壊力は各学園のトップクラスの相手にも通用するレベルだ。

 

しかし……

 

「燃え盛れ!」

 

ユリスも負けていない。大声で叫けぶとユリスの6本の煌式遠隔誘導武装が炎の竜に取り囲むように配置される。

 

そして次の瞬間、炎の竜の大きさは3倍近くに跳ね上がり光の砲弾を逆に食い始める。ユリスの奥の手の1つで、煌式遠隔誘導武装を媒体に万応素と星辰力の固有結合パターンを同調させて威力を上げたのだ。

 

それによって光の砲弾は遂に食い破られたが、ニーナは特に焦っていない

 

(破られるのは予想の範囲……!それに今なら……!)

 

『クロエ!八幡の体術をお願い!』

 

『了解!』

 

ニーナはクローディアと戦うクロエの頭に直接頼み込むと、全身から力が漲る。何度も経験している漲りを感じたニーナは回り込むようにユリスの元に走る。

 

ニーナは、煌式遠隔誘導武装を能力の強化に使っている時のユリスは制御に意識を集中している事を、準決勝でユリスがチーム・黄龍のセシリー・ウォンと戦った記録を見て学習済みである。

 

そして炎の竜が光の砲弾を破壊すると同時に……

 

 

「たあっ!」

 

「ぐっ……!」

 

八幡の体術をトレースしたニーナの蹴りが放たれる。対するユリスは手に持つ『ノヴァ・スピーナ』で防ぐも、予想以上の威力に後ずさりしてしまう。

 

「八裂の葉剣!」

 

しかしニーナは止まらない。八幡の体術でバランスを崩したユリスに対して光の剣を振るう。ユリスも煌式遠隔誘導武装を引き戻そうとするが、ニーナの方が早くユリスの制服の袖を切り裂き、血を飛び散らせる。

 

「まだまだぁっ!」

 

「これ以上はさせん!」

 

更に追撃を仕掛けるニーナだが、漸く追いついたユリスの煌式遠隔誘導武装の内3本の煌式遠隔誘導武装がニーナの一撃を防ぐ。そして残り3本の煌式遠隔誘導武装がニーナに襲いかかるのでニーナは追撃をやめて後ろに下がる。しかし完全には避けれずにユリスと同じように血を流す。

 

「ふぅ……データに比べて随分と攻撃的だな『戦札の魔女』」

 

「だって……これが最後だから……」

 

ニーナの言う最後とは、決勝だから最後だという意味、この5人でする試合は最後だという意味の2種類の意味を持っていた。

 

どちらの意味でもニーナにとって負けられない。ニーナは家族が楽を出来るよう金を稼ぐ為に星武祭に参加した。決勝に進出した時点で学園からは大金を貰えるのでニーナの願いは実質叶っている。

 

しかし今のニーナは自分の為だけでなく美奈兎達チームメイトの為、協力してくれた人々の為に戦っている。自分の願いが実質的に叶っているとはいえ負けるという考えは微塵も浮かんでいない。

 

「そうか……だが、こちらも負けられん!咲き誇れーーー九輪の舞焔花!」

 

「それはこっちの台詞!王太子の城壁!」

 

互いが怒号を上げて再び能力をぶつけあった。

 

 

 

 

 

 

「ずどーん」

 

「はっ!」

 

所変わって後衛同士の対決も拮抗していた。紗夜のヴァルデンホルト改のホーミングブラスターを柚陽の精密な射撃が全て撃ち落とす。

 

本来なら柚陽の実力は紗夜の足元にも及ばない。それでも拮抗出来ているのはチーム戦だからだ。

 

紗夜の持つ煌式武装はどれも桁違いの破壊力を持っているが、攻撃範囲も広くチーム戦だと味方も巻き込んでしまう危険性がある煌式武装でもある。

 

その為紗夜は、現時点で自分が持つ最強の煌式武装であるヴァルデンホルトを改造して威力を落としたホーミングブラスターを導入して試合で使っているが、それだけなら柚陽も何とか食らいつけているのだ。

 

そんな中、柚陽は紗夜の援護射撃を防ぎながらもヴァルデンホルト改に意識を向けていた。

 

(前回のホーミングブラスターが放たれてから今回の砲撃までの時間は60秒……次の攻撃後がチャンスですね)

 

柚陽は試合前に八幡とクロエから紗夜の煌式武装の特徴について聞かされている。基本的に高威力だが、連射は出来ず1発毎に大量の星辰力を消費する煌式武装だと。

 

そして柚陽は攻撃に転ずる為にヴァルデンホルト改のチャージ時間を完璧に把握した。

 

(次のチャンスまで4人を守らないといけませんね……)

 

内心そう思いながら柚陽は紗夜に向けて4本の弓を同時に放つ。すると紗夜はヴァルデンホルト改の反動制御用のバーニアを移動用に変化して、ステージを滑るように動いて回避する。

 

そしてヴァルデンホルト改の腕部ユニットを解放してハンドガン型煌式武装を展開して移動しながらも、柚陽とユリスと戦闘しているニーナの2人に向けて発砲する。

 

対する柚陽は新たに矢を1本生み出して、ニーナに向けて放たれた光弾を撃ち落とすべく放ち、自分に向けて放たれた光弾に対しては弓を盾のようにかざして守りの体勢に入る。

 

 

すると……

 

「くっ!」

 

「何っ?!」

 

柚陽の手に衝撃が走ると同時にユリスの声が聞こえてきた。予想外の声に柚陽は手に走る痛みを堪えながらニーナとユリスの方を見れば、ユリスが仰け反っていて、

 

「はあっ!」

 

「かっ……!」

 

同時にニーナの蹴りがユリスの鳩尾にめり込んだ。

 

柚陽は直接見でないので知らないが、柚陽の放った矢が紗夜の光弾を破壊した後偶然にもユリスの肩に矢が当たり、予想外の一撃にユリスは仰け反ってしまったのだ。

 

それによってニーナの攻撃が決まった、それを見た柚陽はチャンスと見た。

 

(本来なら沙々宮さんが次にホーミングブラスターを撃ってから攻めるつもりでしたが、このチャンスを逃すわけにはいきませんね……)

 

だから柚陽は弓型煌式武装を待機状態にしてからサーベル型煌式武装を展開しながらクロエの頭に呼びかける。

 

『クロエさん、ソフィア先輩の技術のトレースをお願いします』

 

『了解』

 

同時に柚陽は自身の身体に何かが入り込むのを実感する。何度も経験した他人の技術だ。

 

それを確認した柚陽は全力でユリスとの距離を詰めにかかる。普段なら運動音痴の柚陽だが、ソフィアの技術をトレースしている時には関係ない。

 

対する紗夜もユリスを潰されたらマズイとヴァルデンホルト改を待機状態に戻して、ユリスの元に走り出すが柚陽の方が速い。

 

「はあっ!」

 

柚陽が掛け声と共にサーベルを振るう。対するユリスはニーナの蹴りによって体勢を崩しながらも煌式遠隔誘導武装で防御する。

 

しかしソフィアの剣技を使う柚陽はサーベルと煌式遠隔誘導武装がぶつかると直ぐにサーベルを引いて三連突きを放つ。

 

放たれた突きの内、2発は煌式遠隔誘導武装によって防がれたが……

 

「ぐうっ!」

 

最後の突きは防げずユリスの脇腹を穿つ。掠っただけだが僅かに肉を飛ばし、ユリスの脇腹からは血が流れ出す。

 

しかしニーナは一切の容赦を見せず、ユリスが校章を守るように掲げる『ノヴァ・スピーナ』を八幡の体術を使って手から弾き飛ばす。

 

「これで終わりです!」

 

防御の無くなったユリスの校章を柚陽のサーベルが穿こうとする。

 

しかし……

 

 

「させない……」

 

校章に届く直前に、柚陽のサーベルとユリスの校章の間に紗夜のアークヴァンデルス改が割り込み、サーベルの突きを防ぐ。そして紗夜はそのままアークヴァンデルス改をバットのように振るって柚陽を弾き飛ばす。

 

「あっ……!」

 

尻餅をついて地面に倒れる柚陽に対して、紗夜はアークヴァンデルス改の銃口を向ける。

 

それに対してニーナはヘルプに入ろうとするが……

 

「私は気にせず!」

 

柚陽の珍しい叫び声を聞き一瞬驚くも直ぐに切り替えて、地を這うように身を屈めて紗夜のアークヴァンデルス改の下を走る。狙いは紗夜。ユリスは体勢を立て直すべく距離を取っているし、ダメージから速く能力を使えないからと判断したからだ。

 

そしてニーナの拳が紗夜の校章に向けて放たれると同時に、紗夜が手に持つアークヴァンデルス改の引き金を引き……

 

『沙々宮紗夜、校章破損』

 

紗夜の校章が粉々に砕かれて……

 

『蓮城寺柚陽、意識消失』

 

紗夜のアークヴァンデルス改の一撃をモロに食らった柚陽はステージの壁まで吹き飛び意識を失った。

 

「……やられた。ユリス、後は任せた」

 

ニーナの頭上にいる紗夜は悔しそうな声を出して試合の邪魔にならぬようステージの端に行くべくニーナから距離を取る。

 

「……全くあいつは。この状態の私に随分な無茶を言う」

 

一方のユリスは手を脇腹に当てながら苦笑を浮かべている。脇腹からは血が流れているがユリスから放たれる戦意は微塵も衰えていなかった。

 

その事からニーナは八幡の体術を使った事によって生まれた痛みに悶えながらも、ユリスから目を逸らさない。手負いの獣は危険と言われているが、今のユリスはまさにそれだけ判断したからだ。

 

(でも私だって負けられない……!絶対に勝つと誓ったんだから……!)

 

ニーナは内心で自身を鼓舞しながらユリスに向かって突撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『沙々宮紗夜、校章破損』

 

『蓮城寺柚陽、意識消失』

 

ステージの中央付近、美奈兎とソフィアと綾斗が戦っていると2人が脱落した事により3人の意識が一瞬だけ逸れる。3人が横を見れば、地面に倒れている柚陽と校章を破壊された故に邪魔にならないようステージの端に向かおうとする紗夜な目に入る。

 

それを見た美奈兎とソフィアは綾斗を、綾斗は美奈兎とソフィアを見ながら絶対に負けられないと改めて誓いながら戦闘を再開する。

 

「やぁっー!」

 

「そこっ!」

 

美奈兎とソフィアは再度綾斗との距離を詰める。『黒炉の魔剣』の取り回しの悪さを利用して綾斗の動きを制限する為である。

 

その為、2人より遥かに強い筈の綾斗は攻撃を凌ぐことは容易に出来ても反撃に転ずることが出来ずにいた。

 

このままだとマズいと綾斗は考える。自分がこの2人に負けることはないと思っているが、この状況が続けば間違いなく時間がかかるだろうから。

 

綾斗がチラッと横を見ればユリスとニーナが戦っているが、ユリスは脇腹に大ダメージを受けているのもあって、明らかにニーナがリードしている。

 

綾斗はこのまま自分が梃子摺っていればユリスがニーナに敗北してニーナがフリーになると考える。そうなると狙われるのはクローディア……

 

そこまで考えた綾斗はバックステップで美奈兎とソフィアから距離を取り『黒炉の魔剣』を待機状態にする。

 

(ま、マズい……!)

 

綾斗のやろうとしている事を理解した美奈兎とソフィアが焦る中、綾斗は腰からノーマルなブレード型煌式武装を起動して瞬時に距離を詰める。美奈兎とソフィアが徹底的に『黒炉の魔剣』対策をしてくるなら、『黒炉の魔剣』を使わず普通のブレードを使い、持ち前のスピードと手数で勝負すると判断した故だ。

 

そして間髪入れずに距離を詰めて、下段から斬り上げつつ、即座に手首を返して袈裟斬りを美奈兎に放つ。対する美奈兎は下段からの斬り上げは何とか右手に装備したナックル型煌式武装で防いだが、ナックル型煌式武装は壊れて、袈裟斬りは防げずに美奈兎の袖を切り裂く。

 

美奈兎が遅いのではなく、綾斗が速すぎるのだ。『黒炉の魔剣』を使っていた時に比べて威力は全く無いが、剣速と正確さは桁違いに上がっていて美奈兎の反応速度を上回っている。

 

「美奈兎さん!」

 

それを見たソフィアはサーベルを構えて神速の突きを放つ。狙いは綾斗の校章。圧倒的な速さによる突きで校章を狙えるのはソフィアの技術のレベルの高さを意味している。

 

しかし……

 

「はあっ!」

 

「なっ!」

 

綾斗は自身のブレードをソフィアのサーベルの横っ腹にぶつけて軌道を変える。

 

それによってソフィアのサーベルの切っ先は綾斗の校章から綾斗の胸に向けられるが……

 

「……っ!」

 

次の瞬間、ソフィアのサーベルを持った手の動きが鈍る。ソフィアの頭に血に染まった自分の手、顔を押さえ倒れる友人、駆け寄る兄ーーー生身の人を傷つけられなくなった原因が浮かんだからだ。

 

『ダークリパルサー』のようにトラウマがあっても戦えるようになったが、根本的なトラウマについて克服出来なかったのでソフィアのサーベルは綾斗の胸に当たる直前に止まって落としてしまった。

 

しかし……

 

「ソフィア先輩!」

 

美奈兎の声にソフィアはハッとした表情を浮かべながらも反射的に後ろに下がる。するとさっきまで校章のあった場所に綾斗のブレードが通り過ぎた。

 

(そうですわ……トラウマが蘇るのはまだしも、直ぐに立ち直らなければいけませんわね……)

 

そう思いながらもソフィアは追撃を仕掛け突撃をしてくる綾斗を見据えながら腰から『ダークリパルサー』を取り出して綾斗との距離を詰めにかかる。

 

『ダークリパルサー』を見た綾斗はハッとした表情を浮かべるも突撃を止めずにソフィアの元に走り出す。突撃している状態で急ブレーキをかけて避けるのは無理と判断したからだ。

 

そして綾斗はソフィアとの距離が2メートルを切ると

 

「天霧辰明流組討剣術ーーー"砥柄壬"!」

 

「ああっ!」

 

ブレードを右袈裟に斬り下ろす。ソフィアはそれを躱すも綾斗は直ぐに持ち手を変えて、ブレードの柄頭を『ダークリパルサー』を持つソフィアの腕に叩き込みソフィアの手を弾き上げる。

 

既に綾斗は『ダークリパルサー』の刀身は超音波で出来ていて防げないことを理解していた。だから超音波で出来ていない『ダークリパルサー』の柄もしくはソフィアの手を狙ったのだが、結果的に成功した。

 

しかし……

 

「こちらも負けられませんのよ……!」

 

ソフィアは弾き上げられた腕を強引に引き戻し綾斗に振り下ろす。無理に引き戻して腕からは悲鳴が上がるがソフィアをそれを無視して振り下ろす。

 

対する綾斗は引く事も考えたが……

 

「天霧辰明流剣術奥伝ーーー"罷牙蜂"!」

 

引いて『ダークリパルサー』を食らうのを避けるために攻めに出る。

 

綾斗の放つ神速の突きとソフィアの『ダークリパルサー』が交差して……

 

『ソフィア・フェアクロフ、校章破損』

 

「ぐっ……!」

 

綾斗のブレードがソフィアの校章を破壊して、ソフィアの『ダークリパルサー』が綾斗の肩を貫いた。

 

「後は任せましたよ美奈兎さん!」

 

校章を破壊されたソフィアはこれ以上の干渉が出来ないので、綾斗の肩を貫いた『ダークリパルサー』を待機状態にしながらそう叫ぶ。

 

「もちろん!」

 

美奈兎はそう言いながら綾斗に拳を放つ。対する綾斗はブレードを使って受け流すも、先程肩に刺さった『ダークリパルサー』から流された超音波によって生じた頭痛の所為でキレが落ちている。

 

綾斗にとって幸いだったのは美奈兎が昨日の試合の影響で満身創痍だという事と『ダークリパルサー』が刺さった場所が肩だという事。これが頭や頭に近い首だったらこれ以上の頭痛が綾斗を襲いマトモに対応出来なかっただろう。まさに綾斗にとっては幸運であった。

 

そして美奈兎にカウンターを仕掛け左のナックルも破壊する。破壊された美奈兎は焦る事なく後ろに跳んで……

 

『クロエ!ソフィア先輩の技術を!』

 

『了解!』

 

クロエの頭にそう念じると、力が入り込んでくる。同時にサーベルを取り出して綾斗に突っ込む。綾斗は迎撃するべくブレードを構えて、互いの武器をぶつけ合う。

 

すると2人の間に轟音とクレーターが生じて2人は弾くように後ろに跳ぶ。普段の2人ならともかく綾斗は頭痛に、美奈兎は昨日の試合の分も含めた激痛に苛まわれていて衝撃に耐えられなかった。

 

しかし2人は……

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁっ!」

 

叶えない願いを叶える為に身体に掛かる負荷を無視して怒号と共に突っ込んだ。

 

結果……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『若宮美奈兎、校章破損』

 

ステージの中央近くにて、クローディアと戦っているクロエの耳にそんな機械音声が入る。

 

(マズい……!天霧綾斗がフリーに!折角ここまで来たのに……!)

 

クロエは内心舌打ちをしながらクローディアを見る。現時点でクロエとクローディアの戦いはクロエが圧倒的に有利であった。

 

ソフィアの剣技に八幡と美奈兎の体術を駆使してクローディアを攻め立てた結果、クローディアは校章の破壊を防ぐべく『パン=ドラ』の未来予知のストックを全て使い果たした。

 

それによって『パン=ドラ』はただの双剣となってしまった。クロエも肉体に掛かる負荷で意識を飛ばしそうになってはいるがまだ耐えられるレベルであり、このまま続ければ勝ち目は十分にあると言える。

 

 

しかしそれはあくまでタイマンの話だ。綾斗がこの戦闘に介入すれば自分は負けるとクロエは考えている。綾斗はここから離れた場所にいる上、『ダークリパルサー』を受けたから来るまでに時間がかかるが……

 

(私がクローディア・エンフィールドを倒すより、天霧綾斗がこっちの方に来る方が早いに決まっている……これは、もう……)

 

クロエの頭に詰みという文字がよぎりそうになった時だった。

 

 

 

 

 

『ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト、意識消失』

 

そんな機械音声が流れたのでクローディアから目を逸らすとニーナの蹴りがユリスの脇腹にめり込んでいた。

 

それによって両チーム共に残りの人数は2人となった。ニーナと綾斗は比較的万全で、クローディアは切り札の未来予知を失い、クロエは満身創痍。試合は後1分もしないで終わるだろう。

 

『ニーナ!20秒で良いから天霧綾斗の足止めをお願い!死んでも勝つわ!』

 

『わかった!』

 

ここが勝負所と判断したクロエはケリをつけるべく、ニーナにそう指示を出すとクロエは全身に走る激痛を無視してクローディアにサーベルを向けて走り出す。

 

綾斗が止めようと動くが……

 

「絶対に、行かせない……!」

 

その前にニーナが割って入る。クロエ同様満身創痍であるが力を振り絞って綾斗に突撃を仕掛ける。

 

それを確認したクロエは上段からサーベルを振るってクローディアの校章を狙う。対するクローディアは『パン=ドラ』をクロスして受け止める。『パン=ドラ』の未来予知のストックは無いが、それ抜きでもクローディアの剣技は冒頭の十二人に匹敵するゆえだ。

 

しかしクロエにとってそれは予想内である。クロエはサーベルから手を離し、八幡の体術をトレースしてクローディアに足払いをかける。

 

「ぐっ、ぐうっ……!」

 

それによってクロエの身体に反動がかかり左足の腱が切れる音が耳に入るが、クロエはそれを無視して蹴りを放つ。

 

転びはしなかったもののクローディアはバランスを崩した。それを確認したクロエは先程手から離したサーベルを空中にて右手でキャッチする。

 

しかし……

 

「それ以上は……!」

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

クロエがサーベルの切っ先をクローディアに向ける直前、クローディアがバランスを崩しながらも『パン=ドラ』の一振りをクロエの右手に刺す。

 

そこからは大量の血が流れてクロエの頭に痛みが走りサーベルを落としてしまう。それによって今のクロエに隙は出来た。

 

「これで終わりです……!」

 

クローディアはそう言ってもう一振りの『パン=ドラ』をクロエの校章に向けて振るう。体勢を崩しながらも正確に校章を狙っている。クローディアの執念による結果だ。

 

しかし……

 

(まだよ……!まだ負けれない!美奈兎達が頑張ったのに私が足を引っ張る訳には……いかない!)

 

クロエの執念はそれを上回っていた。空いている左手を校章の前にかざし、『パン=ドラ』がクロエの左手にも刺さる。

 

「つか、まえたわよ……!」

 

しかしクロエの中には『パン=ドラ』が刺さる痛みより、校章が無事で嬉しい気持ちの方が上回っていた。ボロボロになりながらも笑みを浮かべて『パン=ドラ』を持つクローディアの両手を捕まえる。

 

「なっ?!」

 

予想を上回るクロエの執念にクローディアが絶句する中、クロエは右足を振り上げる。両手を封じられた以上足でしか攻め手がないからだ。

 

クローディアも慌てて足で防御しようとするも、クローディアが足を突き出す前にクロエの右足はクローディアの校章に向かう。

 

 

 

 

 

勝った、クロエがそう思いながら右足に力を入れると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブチッ……

 

クローディアの校章に爪先が当たると同時にクロエの右足から何かが切れる音が聞こえる。さっきも聞いた足の腱が切れる音だ。

 

クロエがそれを認識すると……

 

「あっ……」

 

クロエの身体から力が抜けて、足もずり落ちてしまった。

 

既にクロエの身体は限界をとっくに超えていたからだ。準決勝での疲れや後遺症、決勝が始まってからソフィア、美奈兎、八幡の技術の酷使、更にクローディアの『パン=ドラ』によって起こった大量の失血。

 

本来ならとっくに意識を失ってもおかしくない状態だったクロエの身体だ。寧ろよく保った方だが、遂に身体が本人の意思に反してしまった。

 

(お願い!勝ちがここまで来てるの……!今後一生歩けなくなっても良いから今だけは動いて私の足!)

 

クロエは内心叫びながらも足を振り上げようとするも、クロエの足は地面に落ちていく。

 

そして足が地面につくと、そのショック故かクロエの意識が急に朦朧とし始める。

 

(まだよ!美奈兎達の為にも、私の為にも……お願い、うご、い…………)

 

クロエは意識を覚まそうと奮起するも、効果が無くクロエを嘲笑うかのようにどんどん辺りが真っ暗になっていく。

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クロエ・フロックハート、意識消失』

 

『試合終了!勝者チーム・エンフィールド!』

 

クロエが涙を流しながら意識を失うと同時にシリウスドームに機械音声が流れて試合が終了したのだった。

 

 

一拍遅れて大歓声が沸き起こるもクロエの耳に入る事はなかった。



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決勝戦を終えて比企谷八幡達は……

『クロエ・フロックハート、意識消失』

 

『試合終了!勝者チーム・エンフィールド!』

 

「ふぅ……」

 

病室にて、俺は機械音声が流れるのを聞いてから大きく息を吐く。負けちまったか……

 

残念な気持ちになりながら空間ウィンドウを見ると、空間ウィンドウには地面に倒れ伏すフロックハートが映り、BGMとして大歓声が流れる。

 

『今!まさに!決勝戦に終止符が打たれました!256チームの頂点に立ったのはチーム・エンフィールドー!』

 

『両チーム死に物狂いで戦っているのが印象的でしたね。特に最後のフロックハート選手の足掻きには心底震えました』

 

実況と解説の声が流れる中、ステージに大量の救護班が入って若宮達チーム・赫夜の面々が運ばれるのを見た俺は空間ウィンドウを閉じる。

 

「負けちゃったか……」

 

「後一歩だったのに……」

 

見れば俺の恋人のシルヴィとオーフェリアも残念そうな表情を浮かべている。

 

オーフェリアの言う通り、本当に後一歩だった。リースフェルトと沙々宮を撃破して、完全に封印を解除した天霧相手に時間を稼ぎ、エンフィールドの校章を破壊する直前まで追い込めたのだ。それも準決勝で消耗している状態で。

 

見ていて俺もテンションが上がったし、側から見ても素晴らしい試合だった。それは俺だけでなく試合を見ていた人は全員同じ気持ちだろう。

 

しかし……

 

(勝てなかった以上、若宮達にとっては慰めにはならないよなぁ……)

 

第三者からすれば良い試合で満足しただろうが、当事者である若宮達からしたら悔しい極まりないだろう。願いを叶える後一歩の所で敗れたのだから。

 

今はまだ若宮達と会う事はないが、会ったらどう話して良いのかわからん。『良くやった』だの『良い試合だった』って言葉を言っても、『でも負けた』って返してくる可能性が高いし。とりあえずお疲れぐらいにしておこう。

 

「……とりあえず私は閉会式に出ないといけないからもう行くね」

 

シルヴィが残念そうな表情をしながらもそう言って立ち上がる。シルヴィは生徒会長だから表彰式と閉会式には出ないといけないから仕方ないだろう。

 

「わかった。じゃあまた後でな」

 

「……マスコミには気をつけて」

 

そうだった。決勝戦に夢中で失念していたが、俺達3人の関係は世間にバレたんだった。シルヴィがマスコミに捕まったら間違いなく面倒なことになるだろう。

 

「もちろん。閉会式が終わったらまた来るから」

 

シルヴィは小さく手を挙げてからそのまま病室を出て行った。それによって病室にてオーフェリアと2人きりになる。

 

普段ならイチャイチャする自信があるが、流石に今はそんな気になれない。

 

「………何というか、俺は戦ってないのに悔しいや」

 

ぶっちゃけ王竜星武祭でシルヴィに負けた時より悔しい。多分あの時は何となく参加したからで、今回は本気で勝たせようとしたチームが全力を尽くしても届かなかったからだろう。

 

するとオーフェリアが無事な俺の右手を握って優しい笑みを浮かべて俺を見てくる。

 

「……それは私もよ。八幡が退院したら美奈兎達の愚痴に付き合ってあげましょう。昔私が八幡がシルヴィアに負けた時に愚痴に付き合ってあげたように」

 

そういや俺もシルヴィに負けた後、昼休みにオーフェリアに愚痴ったな。まああの頃は恋人関係じゃなかったから『……貴方の運命がか弱かったからよ』って返されたけど。

 

それでもオーフェリアは俺の愚痴に最後まで付き合ってくれて、全部吐いた時は割とスッキリした。

 

(そう考えると、俺もあいつらの愚痴に付き合ってやるか。間違いなく言いたい事は山程あるだろうし)

 

一方的に負けたならともかく、後一歩のところで負けたなら悔しさは計り知れないだろう。とりあえずあいつらが退院したらとことん付き合ってやろう。

 

「そうだな。折角だしウチに呼んでお前の美味いグラタンを食わせてやろうぜ」

 

オーフェリアはグラタンは絶品だし、美味いもんを用意して少しでも鬱憤を晴らしてやるべきだと判断してそんな提案をしてみる。するとオーフェリアは小さく笑いながら頷く。

 

「任せて、腕によりをかけるから」

 

「おう……そういやもう直ぐ閉会式と表彰式だが、やっぱり副委員長が表彰すんのか?」

 

「でしょうね。というか美奈兎達は表彰式に出れないんじゃないかしら?」

 

言われてチーム・赫夜のメンバーを思い浮かべる。よく考えたら大半が俺や若宮、フェアクロフ先輩の能力をトレースしていて満身創痍だろう。

 

特にフロックハートなんて両手を『パン=ドラ』に刺されてるし。そう考えたらチーム・赫夜で表彰式に参加できるのって余り能力をトレースしていないフェアクロフ先輩だけじゃね?

 

そしてチーム・エンフィールドは刀藤は既に入院していて、リースフェルトは決勝で脇腹を穿かれ大ダメージを受けているから2人は出れない。

 

そうなると表彰式に参加するのはチーム・赫夜からはフェアクロフ先輩、チーム・エンフィールドからは天霧、エンフィールド、沙々宮と計4人か?普通獅鷲星武祭の表彰式には10人参加するのに、少ないな。

 

「まあそうかもな。とりあえず表彰式まで時間はあるし、オーフェリア」

 

「何?」

 

「林檎剥いてくれね?」

 

決勝戦を見たら思った以上に興奮して小腹が空いて、チーム・赫夜が差し入れてくれた林檎を食べなくなった。

 

俺がそう言うとオーフェリアはキョトンとした表情を浮かべるも……

 

「ふふっ……了解」

 

小さく笑みをこぼしてから林檎を剥いてくれた。そして剥いた林檎はウサギさんとなって俺の前に出てきたが、最近のオーフェリアは嫁力が高くてマジで幸せだ。

 

(早く結婚して幸せになりてぇな……まあ、世間は煩そうだけど)

 

そう思いながら俺は病室の窓から恋人が向かっているシリウスドームに視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「あー……もう、本当に多いなー」

 

シルヴィアはげんなりとした表情を浮かべている。彼女の視界の先、ステージに繋がる通路には大量のマスコミが居る。表彰式に出席する前に一言貰おうという腹とシルヴィアは考えている。

 

(本来なら無視したいけど、あそこまで通路を塞いでいたら通るのが面倒だな……)

 

正直に言うとシルヴィアは今直ぐ回れ右してシリウスドームを出て八幡とオーフェリアの3人とイチャイチャしたいと考えているが、生徒会長故にそれは許されない。

 

(一言だけ答えてステージに逃げる方が良いかも。世間じゃ沢山のデマが流れているし払拭しておきたいし)

 

既に八幡とシルヴィアとオーフェリアの関係は世間に知られている。

 

しかしネットでは『八幡がオーフェリアの毒を利用してシルヴィアを洗脳した』だの『八幡がシルヴィアを強姦して弱みを握った』だの八幡の悪口で溢れかえっていて、シルヴィアからしたら不愉快極まりない。

 

だからマスコミの前で大々的に自分達3人の関係を話すのも悪くないとシルヴィアは考えていた。そうすれば明らかなデマは消せるだろうから。

 

(うん、やっぱり我慢出来ない。世間にバレてふざけたデマが流れて苛々しているし、会見前にも言っちゃお!)

 

既にペトラから好きにしろと言われている以上シルヴィアの考えに反対する者はいない。だからシルヴィアは一息吐いてステージの方に歩き出す。

 

すると向こうもシルヴィアに気づいたのか大量のフラッシュを起こし始める。

 

「シルヴィアさん!例の噂は真実なんですか?!」

 

「表彰式に出る前に一言お願いします!」

 

そんな声が聞こえてくる。対するシルヴィアは焦ることなく記者の前に立ち、ゆっくりと手を掲げ、押し留めるようなジェスチャーをする。

 

すると記者はシルヴィアの仕草に拍子抜けしながらも静かになる。声が聞こえなくなると同時にシルヴィアが口を開ける。

 

「私は今から表彰式に参加するので時間はありません。ですから質問は1つだけ答えて、他の質問は後日行われる会見で答えます。そうですね……では貴方が質問してください」

 

シルヴィアが指差したのは自身にとって見覚えのある男性。何度か取材を受けたが、品のない質問をしない記者だ。

 

「で、では恐縮ですが……シルヴィアさんは比企谷八幡と交際している。そして彼はオーフェリア・ランドルーフェンとも交際しているのは事実ですか?」

 

予想通りの質問だ。記者からすれば根本的な質問をするのは当然である。

 

そんなことを考えながらシルヴィアは一息吸ってから……

 

 

 

 

 

 

「はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです」

 

記者の質問に正直に答えた。シルヴィアの発言が世界全体に流れて世界に大騒動を生み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

 

「だーはっはっはっはっ!流石シルヴィアちゃん!私の義娘になる女はこうでないとな!」

 

「貴女は笑い過ぎです。それにしても好きにしろと言った私が言うのもアレですが、賽は投げられましたね……」

 

「良いじゃんかよ。遅かれ早かれバレるんだし、上の人間は認めてんだろ?それよりも一色いろはを始末する場合、私にやらせろよー?」

 

「……裏の人間でない貴女に任せるのはリスクが高過ぎますからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

「おーおー、凄いねー。こりゃ虎峰、認めるしか……ええっ?!虎峰?!」

 

「………………ぐすっ」

 

「血涙に混じって普通の涙も流してる……師父は既にシリウスドームに行ってるし、誰か何とかしてー!」

 

「そこはウォン師姉がなんとかするべきでは?」

 

「そうですね。趙師兄とは前シーズンの鳳凰星武祭以前からのパートナーですし」

 

「うわ、この双子そうそうに逃げ出したよ。あたしも面倒なんだけど〜」

 

「えぐっ……ひっぐっ……」

 

「う〜ん。ガチ泣きは予想外だったな〜」

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

「おーおー、シルヴィアちゃんもやるねー」

 

「笑い事ではありませんわよケヴィン。今回の件を世間に公表したのはガラードワースの生徒。シルヴィア・リューネハイムの動き次第では我が学園にも損害が出るかもしれないのですよ?」

 

「でもよレティ。既に公表されちまった以上対応出来なくね?」

 

「ええ、本当にそうですわ。全く彼女は次から次へと……!パーシヴァル、予算が余っているなら胃薬を大量に追加するように申請しておいてくださいな」

 

「了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

「な、何ですかそれー?!どうせ騙されているに決まってますー!あの人が卑怯な所為で私は腫れ物扱いされてるって言うのに……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

「比企谷……!そんな歪んだ関係、俺は絶対に認めない……!お前がいるべき場所はそこじゃない事を王竜星武祭で負かせることで教えてやる……!」

 

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

「ねぇ小町ちゃん!お兄さんは本当に2人と付き合ってるの?!」

 

「そうだよ……凄くイチャイチャしまくってて小町も大変なんだよ!」

 

「へー!」

 

「はぁ……今日でこの質問50回以上聞かれたよ……別に3人の関係に異論はないけど面倒だなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

『はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです』

 

「遂に世間にバレたな」

 

「バレたわね」

 

病室にて俺はオーフェリアと一緒に空間ウィンドウに映るシルヴィを見る。シルヴィは一切動じることなく言い切った。しかも俺達3人の関係についてもハッキリと。

 

「ま、遅かれ早かれ10日後の会見でバラすつもりだけどな」

 

「そうね……でも私もシルヴィアと同じ気持ち。私達3人の関係は何があっても変わることはないわ」

 

オーフェリアは小さい声で、それでありながら力強く頷くが同感だ。俺は世間からなんて言われようとオーフェリアとシルヴィを愛する。会見でもその事をハッキリと言うつもりだ。

 

「そうだな……これから先面倒なことは山程あると思うが……」

 

そう言ってオーフェリアをチラッと見ると……

 

「……ええ、3人で乗り越えていきましょう」

 

俺の右手を握って優しい笑顔を見せてくる。この笑顔を守る為ならどんな障害も乗り越えていけるだろう。

 

俺は幸せな気分のままオーフェリアの手を握り返し、シルヴィが記者からの質問を切り上げてステージに向かう姿を目に焼き付けたのだった。



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入院しても比企谷八幡は忙しい

そういえばUAが100万を突破しました。読者の皆様には感謝の極みです。

今後ともよろしくお願いします


「はい。私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないです」

 

シルヴィアの言葉によって記者の間に騒めきが生じる。当然の事だ。まさかシルヴィア本人が交際している事を認め、その上3人揃ってカップルという爆弾を投下したのだから。

 

「えっ……ええと3人でカップルなんですか?」

 

先程シルヴィアに指名された記者は一度しか質問を許可されてないにもかかわらず、つい2度目の質問をしてしまった。

 

シルヴィアは答えるべきが悩んだが、答える事にした。ハッキリと知らせた方が良いと判断したので。

 

「はい。世間では八幡君が私とオーフェリアを相手に二股をかけていると言われてますがそれは事実です。でもそれは私とオーフェリアも同じであって、私は八幡君とオーフェリアを相手に、オーフェリアは私八幡君を相手に二股をかけています……ではそろそろ時間ですので失礼します」

 

シルヴィアはそう言うと一礼してステージに向けて歩き出すが、記者達は呆然としていた。記者の大半は比企谷八幡が二股をかけているとは思っていたが、3人の関係はそれ以上のものだと理解して思考を停止してしまったのだ。

 

結果一部の記者は表彰式が始まるまで思考を停止していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「やっぱりマディアス・メサは出てきてないか」

 

「当然でしょうね」

 

病室にて、俺はオーフェリアと一緒に表彰式と閉会式を見ているが、チーム・エンフィールドにトロフィーを渡しているのはマディアス・メサではなかった。おそらくマディアス・メサの補佐だと思うが顔に曇りが生じていた。

 

しかも表彰台には俺の予想通り、天霧とエンフィールドと沙々宮とフェアクロフ先輩の4人しか居らず、その事もあって表彰式はいつもより盛り上がりに欠けている。

 

勿論この表彰式も充分に盛り上がっているが、今まで何度も表彰式を見た俺からすれば盛り上がりが足りない。

 

「まあ仕方ないか……とりあえず奴が出てこないなら俺達の平穏も大丈夫だな」

 

もしも奴とヴァルダが出てきたら俺達の平穏は再度崩れる可能性が高い。可能なら一生牢屋から出てくるな。

 

「そうね……あ、そういえば」

 

するとオーフェリアはいきなりポケットから端末を取り出して空間ウィンドウを開いて操作を行う。

 

「どうしたんだ?」

 

「……レヴォルフの理事会にメールを送ったのよ。序列1位としてディルク・エーベルヴァインをクビにして八幡を新しい生徒会長にするようにしろって」

 

あー、そういやディルクから力を奪うために、オーフェリアにディルクをクビにしろと頼んだら俺をディルクの後任にするとか言っていたな。予想はしていたが、俺が生徒会長か……

 

「……憂鬱だな」

 

ディルクから力を奪うのは賛成だが、俺が生徒会長の仕事をやるのは正直怠いのが本心だ。

 

「……だから私が副会長として八幡を支えるわ。八幡の補佐でも、雑務でも、お茶汲みでも、エッチな事でも何でもやるわ」

 

「おい待て。最後にとんでもない事を言わなかったか?」

 

気の所為かエッチな事って聞こえたような気がする。

 

「気の所為よ」

 

「は?いや多分ちが「気の所為よ」そ、そうか……」

 

オーフェリアが重ねてそう言ってくるので思わず何も言えなくなってしまった。しかし生徒会室でエッチな事って、何処のエロゲだよ?

 

 

「……とりあえず八幡。理事会には申請しといたから退院した後、会見前に引き継ぎをしましょう。その時は私も護衛で行くから」

 

オーフェリアが本題に戻す。これ以上さっきの言葉について問うのは無理みたいだな。なら俺も諦めよう。

 

「はいはい……って、そろそろ終わるな」

 

見ればいつのまにか締めの挨拶となっていた。まあフェアクロフ先輩が準優勝のトロフィーを受け取った時点で興味を無くしたからどうでも良い。基本的に中継だと生徒会長も映らないし。

 

そんな事を考えながら第二十四回獅鷲星武祭は幕を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「それにしても……シルヴィアがあそこまで発言するとは思わなかったわ」

 

「あはは……まあどの道会見で言ってたし遅かれ早かれだよ」

 

「だな。んで会見の時は俺とオーフェリアも肯定すれば良し、だな」

 

「というかそんな事があったのですね……」

 

治療院の廊下にて、俺とオーフェリアはシルヴィとフェアクロフ先輩とら合流して若宮達の見舞いに来ている。俺は既に麻酔を打っているし、左腕が無い以外は健康だから自由に行動して良いと言われている。

 

そんな訳で俺達は表彰式前にあったやり取りを話しているが……

 

 

ーーー私が八幡君と付き合っている事も、八幡君がオーフェリアと付き合っている事も紛れもない事実です。そしては私はオーフェリアとも、オーフェリアは私とも付き合っています。私達は3人揃ってカップルであり、これについては何があっても変わることはないですーーー

 

ーーー世間では八幡君が私とオーフェリアを相手に二股をかけていると言われてますがそれは事実です。でもそれは私とオーフェリアも同じであって、私は八幡君とオーフェリアを相手に、オーフェリアは私八幡君を相手に二股をかけています……ではそろそろ時間ですので失礼しますーーー

 

あの時にシルヴィが言った事は鮮明に覚えている。チラッとネットを見たら『まさかの同意の上』『シルヴィアちゃんはレズビアン?!』などと、予想外であったと告げているのだ。まあオーフェリア限定でレズだろうな。

 

「そんな訳で10日後の会見は面倒なことになりそうですね。ちなみにフェアクロフ先輩、若宮達の容態ってどんな状態なんですか?」

 

「閉会式前に院長から聞いた所、美奈兎さんとニーナさんは治癒能力を受けて今日中に帰れますわ。ですが柚陽さんは3日、クロエさんは1週間の入院ですわ」

 

まあ大体予想通りだ。若宮とアッヘンヴァルはフロックハートの能力を使った事による疲弊だけだが、蓮城寺はそれに加えて沙々宮の高威力の煌式武装を食らったし、フロックハートは両腕を刺されたり両足の腱が切れたらしいし妥当なところだろう。

 

(しかしチームで1番クールなフロックハートがあそこまで熱くなるとはな……)

 

アレが決勝の試合の中で1番驚いたからな。あそこまで執念を感じた試合は初めてだ。余程勝ちたかったのだろうな。

 

チラッとフェアクロフ先輩を見る。目には泣き腫らした跡が付いている。気持ちは良くわかるが、他の面々にも付いていそうだ。泣いている女子の対処法なんて知らないぞ俺?

 

そんな事を考えている間にも若宮達が使う病室の前に到着したので中に入る。

 

「あ、ソフィア先輩!シルヴィアさん達も!」

 

「表彰式、お疲れ様……」

 

「わざわざ来ていただきありがとうございます」

 

病室に入ると既に治癒能力を受けたと思われる若宮とアッヘンヴァルが椅子に座っている。蓮城寺とフロックハートはベッドにいるが、フロックハートは相当のダメージだった故に眠っていた。

 

見れば若宮とアッヘンヴァルの目元にはフェアクロフ先輩同様に泣き腫らした跡が付いていた。跡がクッキリ残っているから相当泣いたと推測出来るが、今は落ち着いているようだ。

 

「よう。その様子じゃ日常生活に支障はなさそうだな」

 

「うん。まあ柚陽ちゃんとクロエは入院するけど……それよりも、ゴメン」

 

「あん?何がだよ?」

 

「せっかく一年近く訓練に付き合って貰ったのに……優勝出来なくて」

 

若宮はそう言って謝ってくるが、別に俺としては謝られても困るのが本音だ。俺は一年近くチーム・赫夜の訓練に付き合ったが、それ自体比較的楽しいものだった。決勝では惜しくも敗れたが、あの試合を見て俺は震えたしケチをつけるつもりもない。

 

そう口に出したいが悩んでしまう。『そんな事ない』だの『お前らはよくやった』なんて慰めの言葉を言うのは簡単だが、敗者に不用意な慰めは却って追い込んでしまう可能性もあるからだ。

 

「俺は別に気にしていないが、これからどうすんだ?夢は諦めるのか?」

 

「まさか!」

 

「ならウジウジすんな。そんな暇があるならさっさと完治させて次にどの星武祭に出るか決めるんだな」

 

もちろん悔しがることも大切だが、若宮達の顔には泣き腫らした跡があるので既に悔しがっただろう。ならば直ぐに夢を叶える為に次はどうすれば良いかを考えるべきだ。

 

「……っ!うん、私絶対に諦めない!」

 

若宮は両頬をパチンと叩いてガッツポーズを取る。流石昔49連敗して折れなかっただけあって、立ち直るのは早いな。まあそれが若宮の長所だけど。

 

「私は既に星武祭の参加資格はないですが、諦めません。星武祭以外の方法でフェアクロフ家の跡継ぎになってみせますわ!」

 

「私は修行の為に星武祭に参加しましたが……もしも出来る事があればお手伝いします」

 

「わ、私も、協力する……!」

 

若宮に続いてフェアクロフ先輩や蓮城寺、アッヘンヴァルもやる気を露わにしている。やっぱりこのチームは本当に良いチームだな。1年間一緒にいて面倒を見たのは正解だった。その経験は間違いなく俺にとっても糧になったと思える。

 

(これなら愚痴を聞く必要はなさそうだな。とりあえずフロックハートは早く目を覚ませよ)

 

そう言いながら寝ているフロックハートを見る。呼吸は落ち着いているが、他の4人に比べて明らかにボロボロだ。目覚めるのは当分先だと思うが早いところ目を覚まして欲しい。

 

フロックハートの願いは自由になる事だ。これについては将来W=Wに就職する予定の俺なら叶えられるかもしれないし、協力するつもりだ。

 

そんな事を考えながら俺はオーフェリアとシルヴィに試合の感想を話す若宮達チーム・赫夜の話に耳を傾け始めた。

 

そこには暗い空気は無く、話が盛り上がる中フロックハートの口元が一瞬だけ笑ったようにも見えた気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

チーム・赫夜と他愛ない雑談を済ませた俺達は俺が使っている病室に戻るべく廊下を歩いていると……

 

「よう馬鹿息子、元気そうだなー」

 

病室に着く直前に真横からそんな声が聞こえてきたので見ると、お袋とペトラさんがこちらにやって来た。

 

「まあな。てか馬鹿息子呼びは止めろって」

 

「はっ!恋人との平穏を手に入れる為とはいえ無茶やらかす奴なんざ馬鹿息子で十分だっつーの」

 

ぐっ……そこを言われたら返す言葉はない。確かにオーフェリアとシルヴィの2人と幸せを手に入れる為に色々と無茶をしたのは否定しないが……

 

「わ、悪い。お袋とペトラさんは赫夜の見舞いか?」

 

「それもありますが、貴方とオーフェリア・ランドルーフェンにW=Wとの契約について話があって来ました」

言いながらペトラさんは空間ウィンドウを2つ開いて俺とオーフェリアに渡してくる。

 

俺達3人の交際を認める条件はチーム・赫夜が準優勝以上の結果を出す事。そして準優勝だった場合は俺とオーフェリアがアスタリスク卒業後にW=Wに就職する事だ。

 

チーム・赫夜が準優勝だったので、俺達3人の交際を認められるにはW=Wと契約を交わすしかない。契約書には要約すると『比企谷八幡とオーフェリア・ランドルーフェンはシルヴィア・リューネハイムと交際する場合、レヴォルフ卒業後にW=Wに就職する』といった内容のことが書かれている。

 

それを見た俺は一度オーフェリアと顔を見合わせてから……

 

「ほらよ」

 

「………」

 

承認ボタンを押す。すると空間ウィンドウからピコンと電子音が鳴って大きく承認マークが押された。

 

「これでW=Wは俺達の関係にケチをつけないんですよね?」

 

「ええ。ですが一切も躊躇うことなく承認するとは思いませんでしたよ」

 

ペトラさんが呆れたような表情を浮かべるが……

 

「「当然です(よ)。俺(私)達3人は何があってもずっと一緒にいると決めてますから(いるから)」」

 

俺達から自由が若干奪われる程度で交際が認められるなら安い買い物だ。喜んで承認ボタンの1つや2つ押してやるよ。

 

「はっはっはっ!それでこその3人だな。んじゃペトラちゃん、約束通り後で上の連中に報告しとけよー?」

 

「わかってます。それともう1つ。10日後に会見がありますが、前日までに軽い打ち合わせがしたいのですが宜しいですね?」

 

「わかりました。では会見2日前でどうでしょうか?」

 

「大丈夫ですよ。では上には2日前に申請しておきますので」

 

そう言いながらペトラさんは赫夜の病室がある方向に向けて歩き出す。するとお袋もその後を追うが途中で足を止めて振り向いてくる。

 

「とりあえず正式に認められておめでとさん。会見の時は自分達の意見を思いっきり言いなよ?」

 

お袋は軽く手を挙げて助言をしてから去って行った。もちろん、嘘偽りなく俺達の気持ちを話すつもりだ。

 

そう思いながら俺達はお袋と別れ俺の病室に入ると……

 

「2人ともありがとう。私の為に契約をしてくれて」

 

シルヴィがいきなり俺とオーフェリアに抱きついて礼を言ってくる。

 

「気にすんな。俺はお前と引き裂かれないから安い買い物と思っているしな」

 

「……ええ。それにこれは私の為にやった事。私はもう八幡とシルヴィアがいない人生なんて嫌だからやった事でシルヴィアがお礼をするところじゃないわ」

 

言いながら俺達は3人で抱き合う姿勢となる。俺にとってオーフェリアとシルヴィは食事のように生きる為に必要な存在なのだ。それを放棄するのは死を意味するから契約しただけだ。

 

「八幡君、オーフェリア……」

 

するとシルヴィが艶のある表情で俺達を見てくる。これはアレだな……キスをしろって意味だよな。

 

そこまで考えると俺はオーフェリアと軽くアイコンタクトをしてから……

 

 

 

 

ちゅっ……

 

3人でそっと唇を重ねた。俺達3人の関係は不滅である事を告げるかのように。

 

するとオーフェリアもシルヴィも同じように強くキスをしてきたので負けじとキスを返す。

 

 

結局俺達はそのまま面会時間終了までの6時間、ずっとキスをしていたが、全然後悔は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふふーん!やっぱりネットでは最悪の評価……良い気味ですっ」



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比企谷八幡は退院して僅かな平穏のひと時を堪能する

獅鷲星武祭が終わってから5日後……

 

「んじゃ……お世話になりました。義腕、どうもありがとうございます」

 

治療院のロビーにて俺は治療院の院長に頭を下げて礼を言う。既に左腕には義腕が装着されていて体調も万全である。

 

「ふんっ……とりあえずお前さんの要望とおりマナダイトを複数加えて硬いものにしておいたわい。わかっとると思うが武器を仕込むでないぞ」

 

院長は鼻を鳴らしながらそう口にするが……

 

「大丈夫っす。知り合いには断られたんで」

 

これはマジだ。入院中に材木座が見舞いにやってきたので義腕が出来たら武器を仕込んでくれと頼んだら断られた。

 

何でもチーム・赫夜がチーム・ランスロットを倒すきっかけとなった『ダークリパルサー』を材木座が作った事を上司にバレてしばかれたらしい。そんな事があったんじゃ無理強いは出来ないと俺は諦めたのだった。

 

「なら良いわ……ふんっ!」

 

院長は鼻を鳴らしながら去って行ったので俺は一礼してから治療院を出ると……

 

「あっ!出てきたぞ!」

 

何と大量の取材陣がいた。理由は知らないが俺が入院して今日退院する情報を手に入れて張り込みをしていたのだろう。入院中に来なかったのは気難しい院長が追い払ったと推測出来る。

 

「例の二股に関する事ですがどう考えているのでしょうか?!」

 

「世間では猛反対を受けていますがどの辺りはどうするのですか?!」

 

「何か一言お願いします!」

 

取材陣がこちらに詰め寄ってくる。このまま行くと間違いなく時間を食うな……

 

どうしたものかと悩んでいると視界の端に変装したオーフェリアとシルヴィがいた。どうやら退院した俺を迎えにきたのだろう。

 

それについてはマジでありがたいので……

 

「それは会見で話しますので」

 

言いながら俺は足に星辰力を込めて、地面を強く蹴り、取材陣の波を飛び越える。そしてオーフェリアとシルヴィの前に立つと、今度は影に星辰力を込めて……

 

「起きろ、影翼竜」

 

5メートル程の黒い翼竜を生み出して、オーフェリアとシルヴィを乗せてから飛べと指示を出す。すると翼竜は一度けたたましく鳴いてから翼を広げて大空へと飛び立った。

 

すると2人は俺の方に近寄って……

 

「「退院おめでとう、八幡(君)」」

 

 

 

ちゅっ……

 

2人同時に俺の唇にキスをしてくる。2人が見舞いに来てくれた時もやっていたが、2人とするキスは本当に幸せだ。

 

「んっ……ありがとな2人とも、愛してる」

 

俺は両手で2人を強く抱きしめながらキスを返す。ここは上空500メートルで、アスタリスク上空を観光する飛行船は今の時間は飛んでいないので俺達の間に邪魔する存在は何一つ存在しない。

 

「うんっ……私も八幡君とオーフェリアを愛してるよ……ちゅっ……」

 

「……私も、3人で過ごすちゅっ……時間が1番好きよ……んんっ」

 

俺達は幸せを感じながら唇を重ねる。普段は基本的に室内でしかしないが、こんな風に屋外でやるのも悪くないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「ったく、マスゴミ共が……どこで俺が入院した情報を手に入れたんだが……一応聞くがウチにも来てるか?」

 

キスを10分した俺は自宅に帰るべく家の方に飛んでいる。ともあれ馬鹿正直に帰宅したら面倒なので一度再開発エリア辺りに寄って、そこで俺も変装してから帰るつもりだ。

 

「ううん。家はバレてないよ。ただ学園の新聞部や仕事先で会う取材陣は面倒なんだよねー」

 

シルヴィはげんなりとした表情を浮かべている。予想はしていたが改めて世間に知られると面倒だと思っているのだろう。

 

「まあ予想の範囲内だな。オーフェリアは?」

 

「行き帰りは変装してるからバレてないわ。ただ学園の新聞部がしつこいわ」

 

オーフェリアも似たような表情を浮かべている。その様子じゃ俺も復学したら捕まりそうだな。

 

(まあこうなる事は分かりきってたし仕方ないか。会見が終われば多少は落ち着くだろうしそれまで辛抱しよう)

 

下手にキレて俺達の関係に傷が付いたら面倒だから。そんな事を考えながら空を飛んでいると

 

pipipi……

 

俺の端末が鳴り出したのでポケットから取り出すと……

 

「うおっ、理事会からじゃねぇか。内容は……引き継ぎ資料じゃん。随分と早いな」

 

レヴォルフの理事会から生徒会長としての引き継ぎ資料や生徒会長に与えられる特権内容が記されている資料が送られてきた。

 

俺はてっきり退院してから引き継ぎ資料を貰うかと思っていたんだが……

 

「それは私が原因ね。八幡とあの男を会わせたくなかったから、八幡が入院中に彼の元に行って『早く引き継ぎ作業をしなさい。でないと八幡が生徒会長になった後に猫を使って殺すわよ』っておど……お願いしたから」

 

「お前今脅しって言ったよな?てか猫を使って殺すって……」

 

確かに猫が暗殺をするのは知っているが、ハッキリと口にしたのはオーフェリアだけだろう。

 

「……当たり前じゃない。確かにあの男は元私の所有者よ。でも今の私は八幡とシルヴィアのもの。2人に危害を加える人間は全て敵よ」

 

まあ俺もあのデブを殺したいけどよ……あいつの知り合いに腕を斬られたり、平穏を崩されたりしたからな。

 

「そうかい……じゃあ復学したら直ぐに生徒会長だな」

 

まさか俺が生徒会長になるとはな……レヴォルフに転入した当初は全く考えもつかなかったぜ。

 

「そうだね。2週間後の六花園会議では宜しくね」

 

「……私は副会長として八幡を支えるわ」

 

2人は楽しそうに笑っているが、そんなに俺が生徒会長になるのを楽しみなのか?

まあそれは置いといて……とりあえず役員も考えないといけないな。会長が俺、副会長にオーフェリアだから会計と書記と庶務の3人か……

 

(とりあえず樫丸は入れてやるか)

 

ディルクの秘書の樫丸は間違ってレヴォルフに入った小動物的少女だ。今まではディルクの秘書って事で他のレヴォルフの生徒に狙われなかったが、ディルクがクビになった以上狙われるだろう。流石にそれは可哀想なので保護するつもりだ。

 

(となると後は2人。普通に考えたらウルサイス姉妹だが、オーフェリアって俺があの2人と話すと不機嫌になるからなぁ……)

 

しかも獅鷲星武祭が始まる前に、廊下を歩いていたら転んでプリシラの胸に顔を埋めてしまったらオーフェリア凄く怒ったし。

 

一瞬そんな考えが浮かんだが、とりあえず正式に会長に就任してから考える事にした。今は家に帰って2人と甘いひと時を過ごすことが最優先だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

それから30分、真っ直ぐ帰宅せずに再開発エリアに降りた俺達はそこから影に潜って自宅に帰宅した。今度からはこうやって帰るべきだろう。家バレしたら間違いなくマスゴミが押し寄せてきそうだし。

 

閑話休題……

 

「お帰り。もう昼食は出来てて後は並ぶだけだから、座ってて」

 

「……退院祝いとして八幡の好きなグラタンを作ったわ」

 

シルヴィとオーフェリアはそう言ってキッチンに向かったので、俺はリビングの椅子に座る。治療院での飯は味気なかったから、久々にオーフェリアのグラタンを食べるのは楽しみで仕方ない。

 

そんな事を考えながらテレビを見るも……

 

『と、言うわけでシルヴィアさんが認めた以上、5日後の会見はその辺りを突くでしょうね』

 

そんな声が流れる。見れば番組情報を見れば『アスタリスク最大の恋愛問題の真相は如何に?!』って番組だと知った。

 

不愉快になった俺は適当にチャンネルを変えると……

 

 

 

 

 

『そうですね。男性を1人の女性を愛すべきです。ですから彼の在り方は間違っています』

 

街頭インタビューで葉山が真顔で俺の在り方を否定している。再度番組情報を見れば『世間の意見?!社会の変化は?!世界最大の二股事件に迫る?!』と表示されている。

 

(予想はしていたが……本当にこのニュースばかりだな)

 

新聞の番組欄を見れば、殆どが獅鷲星武祭関係の番組とマティアス・メサの逮捕関連番組、そして俺達3人の関連番組だった。

 

てか葉山の奴……

 

「あの葉虫……随分とふざけた事を言ってくれるわね」

 

「全くだよ。正直納得出来ない」

 

するとオーフェリアとシルヴィが不満タラタラな表情になりながらグラタンやサラダ、食器を持ってキッチンからやって来た。

 

「まあ葉山の言ってる事は間違っちゃいない。実際俺はお前ら2人の告白に対して返事に迷って重婚する道を選んだしな」

 

普通の人間が俺の立場なら、あの時にオーフェリアかシルヴィのどちらかを振っているだろうし。

 

「そうじゃなくて……八幡君のことをわざとヒキタニ呼びしている人が他人の在り方を否定する筋合いはないって思ったの」

 

ああ……まあ確かにその辺りはな……

 

「まあどの道俺は気にしてない。他人にどう言われようが俺はあの時、お前ら2人を同時に愛する道を選んだ事に後悔はないから」

 

これについては事実だ。俺は今2人と一緒に過ごせて本当に幸せだ。今思えばあの時にどちらかを切り捨てずに済んで心底良かったと思う。

 

「……そうね。私も付き合った当初はどうやってシルヴィアより愛して貰えるか考えたけど、今はこうして3人で過ごすのが1番幸せだわ」

 

「だよねー。いやー、あの頃は私も何としてもオーフェリアより愛して貰えるように考えたけど、途中で考えるのをやめて良かったよ」

 

どうやら2人も3人で過ごす道が最善だと思っているようだ。良かった……俺の独り相撲じゃなくて本当に良かった。

 

「俺もだよ……じゃあ久しぶりに3人で飯を食おうぜ」

 

やっぱり愛する恋人との食事は最高のひと時だからな。入院中は別々だったが、もう我慢出来ない。

 

俺がそう言うと2人は小さく頷き、俺の左右に座ってグラタンをテーブルに置いた。それを確認すると俺達は両手を合わせて……

 

 

 

「「「いただきます」」」

 

いただきますの挨拶をしてグラタンを食べ始めた。久々の3人で食べる食事はまさに最高のひと時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうですね。男性を1人の女性を愛すべきです。ですから彼の在り方は間違っています』

 

「ふふーんだ!ネットだけでなくテレビでも葉山先輩に悪く言われていい気味『高等部1年一色いろは、大至急理事長室に来るように』……え?」

 

 

 

 

 

 

それから10時間後……

 

「じゃあ電気消すぞ」

 

昼食はの後、俺はオーフェリアとシルヴィの2人と一緒にキスをしたり、変装して散歩に行ったり、一緒にキスをしたり、一緒に夕食を作って食べたり、一緒にキスをしたり、一緒に風呂に入ったりして今から寝る所だ。……今更だがキスしまくりだな俺。まあ嫌じゃないけど。

 

そんな事を考えながらも電気を消してベッドに入ると……

 

「えへへー。久しぶりに八幡君と寝れるなー」

 

「この日をずっと待ち望んでいたわ……」

 

即座にオーフェリアとシルヴィが抱きついてくる。2人と一緒に寝るのも1週間ぶりだ。正直言ってずっと待ち望んでいた。

 

(やっぱり俺も大分シルヴィとオーフェリアに溺れちまってるな……マジで次にシルヴィが海外ライブに行く時どうしよう?)

 

下手したら禁断症状が起こるかもしれない。それくらい俺の中ではシルヴィとオーフェリアの存在がデカイのだ。

 

「そうだな……俺も待ち望んでたよ……んっ」

 

「んっ……はち、まん……」

 

「ちゅっ……んんっ」

 

言いながら俺は2人の唇に順にキスを落とす。対する2人は驚くも俺のキスを受け入れてくれる。

 

「ちゅっ……八幡君からキスをするなんて珍しいね」

 

「偶には良いだろ。入院中は寂しかったんだから」

 

「……もちろん大歓迎よ。私達は八幡になら何をされても良いから……んっ」

 

「っ?!」

 

するとオーフェリアが蠱惑的な笑みを浮かべてキスをしてくる。同時に俺の中のリミッターが解除された。普段ならこの程度では解除されないが入院の際に2人とお休みのキスをしてないからか簡単にリミッターが解除された。

 

俺は即座に身体を起こして2人に見下ろすような体勢になる。2人は目を見開いて驚いているが知った事ではない。

 

「なら……今からお前らをメチャクチャにしても良いよな?」

 

暫くの間2人と別々に寝ていて、挙句に何をされても良いなんて言ってきたんだ。これ以上は我慢出来ない。

 

「……いいよ。私は八幡君の彼女だから……好きにして」

 

「……八幡になら何をされても受け入れるわ」

 

2人は艶のある表情を浮かべながらも抵抗はしない。それを聞いた俺は2人のパジャマのボタンを外す。するとオーフェリアは青の下着を、シルヴィはピンク色の下着を纏った姿を披露してくれる。

 

同時に俺は2人の唇にキスをしてから、2人の頬や耳、おでこや首筋にキスを落とす。

 

「八幡君……キス、上手すぎ、だよ……」

 

「んっ……くすぐったいわ」

 

2人は顔を赤くしながら身を捩るが、それがまた俺の理性を刺激する。こいつらはどんだけ誘惑が上手いんだよ?

 

そう思いながらも俺は先ずオーフェリアの、その次にシルヴィのブラジャーとショーツを脱がして、生まれた時の姿にする。

 

「じゃあ……久しぶりに」

 

俺が最後の確認をすると2人は笑顔で頷き……

 

「「ええ(うん)、来て八幡(君)」」

 

その言葉に俺は2人に覆い被さった。久しぶりの夜の営みは俺達の絆を更に強化する儀式のようでありながら、最高に気持ちが良かったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

会見まで後4日……



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比企谷八幡は会見に備えて動く

今回で200話に届きました。読者の皆様、ありがとうございます。

今後もよろしくお願いします


「それじゃあ八幡君とオーフェリアは、今日の夜8時にウチの学園に来て貰うから」

 

俺が退院してから3日、朝食を食べ終えて学園に登校しようとするシルヴィが俺とオーフェリアにそう言ってくる。

 

獅鷲星武祭が終わったのに何故クインヴェールに行くのかと言うと、明後日に行われる俺とオーフェリアとシルヴィの関係についての会見対策をする為だ。

 

「了解した。じゃあまた放課後に」

 

「……気をつけて」

 

「うん。じゃあお先に行ってきまーす」

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

言うなりシルヴィは髪の色を変えてから俺とオーフェリアにキスをして家から出て行った。それを見送った俺はテーブルの上にある紅茶を一気飲みしてから、髪の色を変えるように見せるヘッドフォンを装着する。同時にオーフェリアも同じようにヘッドフォンを装着して髪の色を栗色に見せる。

 

「さて……俺達も行くぞオーフェリア」

 

「……ええ。行きましょう」

 

オーフェリアが手を握ってそう言ってくるので俺もオーフェリアの手を握り返して家を出た。

 

 

 

 

 

 

オーフェリアと一緒に登校した俺は20分くらい歩き、レヴォルフに到着するが……

 

「相変わらずマスゴミが多いな……」

 

「本当ね……マスコミって暇人なのかしら?」

 

校門の前には大量のマスゴミがいる。全員俺とオーフェリアを待っているのだろう。

 

内心バレるな、と強く願いながら校門をくぐると……

 

(セーフ……なんとかバレなかったし、これなら放課後まで大丈夫だ)

 

基本的に外部の報道機関の人間は学園の敷地内に入ってはいけないルールなのだから。これで後は学園の新聞部と盲信的なシルヴィのファンに注意すれば問題ない。前者は影を使って逃げればいいし、後者は適当に目立つ場所に磔にすれば問題ないだろう。まぁ、暴れ過ぎると会見の時に心象が悪くなるから自重するけど。

 

え?二股かけてる時点で既に心象が悪いって?そこは気にすんな。今更どうしようもない事なんだから。

 

 

「じゃあオーフェリア、またな」

 

人目のつかない場所に着いた俺は変装を解きながらオーフェリアに向けて話しかけるとオーフェリアは小さく頷く。変装を教室なんかで解いたら変装している俺がどんな姿が1発でバレてしまうからだ。

 

「……ええ。じゃあまた後で」

 

そう言ってオーフェリアは俺と同じように変装を解いて自分の教室に向かったので、俺も自分の教室がある反対方向に向けて歩き出すが……

 

(この殺気……俺が序列入りした頃みたいだな)

 

転入初日に喧嘩を売ってきた序列入りをぶちのめした時にも辺りから殺気を向けられたが、あの時と似た空気だ。あの時は序列二位になるまで殺気を向けられていたが、今回はいつまで殺気を向けられるのやら……

 

俺はそんな事を考えながら……

 

 

 

「不意打ちするなら殺気を隠せ馬鹿」

 

「がはぁっ!」

 

背後から殺気丸出しでナイフ型煌式武装を振るってきたリーゼント野郎の腕を掴んでから、カウンターとして鳩尾に蹴りを叩き込む。

 

やれやれ……この調子だと後何回狙われるんだか……

 

内心ため息を吐きながら俺はリーゼント野郎をそのまま壁に叩きつけて再度自分の教室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って訳で教室でも襲われたから疲れた」

 

「……そう。お疲れ様」

 

放課後、俺はレヴォルフの図書館の個人ブースにてオーフェリアに膝枕をされている。オーフェリアの白魚のように綺麗な手が俺の頭に添えられて幸せな気分になる。

 

夜8時にクインヴェールに集合だが、今は四時と早過ぎるので人目のつかない場所でオーフェリアに甘えている。

 

本来なら生徒会室で甘えようと思ったが、まだ生徒会が発足してないので使えない。何でもディルクが生徒会長だった時はソルネージュの人間を役員にしていたらしく、それ関係が理由らしい。

 

生徒会が正式に発足されるのは会見以降故、今の俺はまだ生徒会室を使う権利はないと判断して図書館の個人ブースでオーフェリアに甘えている。

 

「あ〜、やっぱりオーフェリアの膝枕は最高だな」

 

マジで幸せだ。このまま24時間味わっても飽きることはないだろう。それほどまでにオーフェリアのムチっとした太腿は最高である。

 

「なら良かったわ……ところで八幡」

 

「何だよ?」

 

「生徒会の役員はどうするの?」

 

オーフェリアがそんな事を言ってくるが、生徒会の役員についてはある程度決めてある。

 

「会長に俺、お前が副会長で、イレーネを会計、プリシラを書記、樫丸を庶務に「……全員女じゃない。八幡のバカ……」痛ぇっ!」

 

オーフェリアが膨れっ面になりながら俺の耳を引っ張ってくる。可愛い、嫉妬するオーフェリアマジで可愛い。が、痛いから離してくれ

 

「ったく……俺がお前とシルヴィ以外の女を愛することはないからな?」

 

「……でも八幡、ラッキースケベはよくやるし」

 

ぐっ……確かに、そこを言われたら返す言葉はない。オーフェリアからしたらそれは間違いなく愉快な事ではないだろう。

 

しかし俺、レヴォルフに殆ど知り合いが居ないからなぁ……他に役員候補がいないのも事実。さて、どうしたものか?

 

返答に悩んでいるとオーフェリアがため息を吐く。

 

「……まあ良いわ。八幡って友達が少ないし仕方ないわ」

 

「さり気なくdisらないでくれない?」

 

「事実でしょ?八幡は友達が少ないし文句は言わないわ。ただもしもラッキースケベをしたら……」

 

「したら?」

 

俺がオーフェリアに尋ねると、オーフェリアは珍しく満面の笑みを浮かべ……

 

 

 

 

 

 

 

「一回ラッキースケベをする毎に、八幡のアドレス帳に載っている人1人に、八幡の趣味にプリキュアがある事をバラすわ」

 

とんでもない提案をしてきた。

 

「何だと?!」

 

思わず叫んでしまうが仕方ないだろう。こいつよりによって何て恐ろしい事を提案してくるんだ?!つまり俺が3回ラッキースケベをしたら3人に俺の趣味がプリキュアだという事をバラされるという事だ。

 

「わ、わかった。今後はマジで気をつける」

 

んなもんバレたら一生の恥だ。しかもその流れで2週間に一度は必ずオーフェリアとシルヴィにプリキュアのコスプレをさせて抱いているのもバレたら恥か死んでしまうし。

 

「……約束よ」

 

オーフェリアはそれはもう良い笑顔で俺の耳を引っ張るのをやめて頭を撫で撫でしてくる。ちくしょう、可愛過ぎて怒れねぇ……

 

結局俺はオーフェリアに逆らう事なく頭を撫で撫でされ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

「失礼しまーす」

 

「……お邪魔するわ」

 

「あ、来た来た。じゃあペトラさん。打ち合わせをしよっか」

 

「そうですね。ではそちらに座ってください」

 

クインヴェールの理事長室にて俺とオーフェリアはペトラさんとシルヴィと向かい合って座る。理由は明後日の会見に対する最後の打ち合わせだ。会見なんて面倒だが、仕方ない。

 

「んじゃ何から話すんですか?」

 

「そうですね、向こう側が絶対にしてくる基本的な質問に対する返答を考えるつもりです。……まあ二股をかけてる時点でどんな返答をしてもある程度は叩かれますけど」

 

ペトラさんは剣呑なオーラを出すが、それについては否定出来ん。二股をかけてる時点で問題行為なのだから。

 

「ですがその前に……オーフェリア・ランドルーフェン」

 

ペトラさんの視線が俺からオーフェリアに移る。対するオーフェリアはキョトンとした表情を浮かべている。

 

「……何かしら?」

 

「おそらく……というかほぼ確実に比企谷八幡の事をあからさまに悪く言う記者がいると思うけど、彼が侮辱されたからって星辰力を噴き出さないようにお願いします」

 

「あー、確かに八幡君の事を悪く言う人は出るだろうね」

 

2人の言う通り、間違いなく俺を悪く言う記者はいるだろう。そしてそれを聞いたオーフェリアは高い確率でキレるだろう。何せ俺がヒキタニ呼びされただけでブチ切れたし。俺に代わって怒ってくれる気持ちは嬉しいが……

 

「だよな。悪いがオーフェリア、今回は我慢してくれ」

 

流石に会見でブチ切れたりしたら心象に悪いし、オーフェリアには我慢をしてもらいたい。

 

対するオーフェリアは明らかに不満がありますといった表情を浮かべるも……

 

「……わかったわ」

 

事情を理解している為頷く。それを見たペトラさんも同じように頷く。

 

「結構。それと貴女が暴れなくても、明らかに悪意を剥き出しにした質問をする記者が居たらこちらで対処しますので」

 

「任せるわ。そんな屑が居たら社会的に殺して」

 

物騒な会話だが、もしも悪意ある質問をしてくる記者が居たら、その記者が所属しているテレビ局や出版社に抗議をしたり圧力をかけたりするのだろう。

 

統合企業財体の幹部のペトラさんがそう言うなら、どう加減してもその記者の人生は詰むだろう。オーフェリアもそれを理解しているからか不満タラタラの表情を消して頷いている。

 

「とりあえず1番重要な話はそれみたいですし、質問に対する返答を決めましょうか」

 

「ええ。先ず始めに向こうは貴方とオーフェリアに改めて関係を問うてくるでしょう。そこは普通に肯定するだけで良いですが問題なのは……」

 

「どうして2人と付き合うことになったのか、ですよね?」

 

「ええ。そこが会見の中で最も重要であり最も危険な質問です」

 

だろうな。俺個人に真っ先にしてくる質問は間違いなくその質問だろう。

 

しかしここで馬鹿正直に『重婚出来ないかとボヤいたら、2人がそれを聞いて重婚していいと言ってきて、2人と付き合った』なんて言ったら間違いなく叩かれるだろう。

 

(まあ何て答えても二股をかけてる時点で叩かれるけど、そこは気にしないでおこう)

 

そんな事を考えていると、シルヴィか口を開ける。

 

「じゃあさーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「……で、私の引退に関する質問に対する答えも決まったし……大体この辺りで良いよね」

 

記者がしてくる可能性の高い質問に対する回答を大方決まるとシルヴィがそう言ってくる。

 

「そうですね。大体この辺りで良いでしょう。当日に今回出なかった質問をされた場合は、焦らずに落ち着いて答えるように」

 

ペトラさんは俺とオーフェリアを見ながらそう言ってくるので俺とオーフェリアは頷く。まあ俺とオーフェリアは取材慣れしてないからな。しかしオーフェリアが焦る所は全然想像が出来ないな。

 

「じゃあ帰ろっか。八幡君、オーフェリア」

 

「……そうね」

 

言いながらシルヴィは俺の右腕に、オーフェリアは左腕に抱きついてくる。やれやれ、この甘えん坊め。

 

そう思いながらも俺は幸せな気持ちになりながら影に星辰力を込めて、2人と一緒に影に潜りそのまま理事長室を後にして自宅に向けて動き出した。

 

 

 

クインヴェールを出る頃になるとシルヴィが話しかけてくる。

 

「八幡君、いよいよ明後日だけど頑張ろうね」

 

「当たり前だ。仮に会見でどんな結果になろうと俺はお前ら2人と別れるつもりはない」

 

何で世論に影響されて別れなきゃいけないんだって話だ。俺が2人と別れるとすれば、2人から別れを切り出された時だけだ。

 

まあ……

 

「うん。私も何があっても2人と別れるつもりはないよ」

 

「……私もよ。私にとって2人は命より大切な存在なのだから」

 

2人が別れを切り出す事はないだろう。事前実家に帰った際に2人と繋がったあの夜以降、俺達は一心同体となったのだ。だから俺は別れを切り出すつもりはないし、オーフェリアもシルヴィも同じだろう。

 

「だよな……ところでさ……」

 

「ん?どうしたの?」

 

「その、アレだ……会見が終わったら一息つくしよ……デートしないか?」

 

星武祭や入院、会見とかあってぶっちゃけ精神的に疲れたし、久しぶりにデートしたい気持ちがある。最近デートしてないし。

 

若干恥ずかしく思いながらも2人を誘ってみると……

 

「もちろん大歓迎だよ」

 

「……何処に行くの?ショッピング?水族館?」

 

2人は笑顔で俺のデートの誘いを了承してくれる。良かった、2人に断られていたら自殺していたぞ俺。

 

「そうだな……何でも良いからブラブラしようぜ」

 

ショッピングだの水族館だのプールなども嫌いじゃないが、偶には金のかからないデートでも良いだろう。

 

「わかった。じゃあブラブラしよっか」

 

「なら自然公園やアスタリスクの湖岸にピクニックでも行きましょう」

 

「良いなそれ。それを最高なデートにする為にも明後日の会見を無事に終えよう」

 

俺達の会見が終わっても反対派は沢山いるだろう。しかし明後日の会見が終われば久しぶりにひと段落出来るんだ。そう考えると嫌でもやる気が出てくるものだ。

 

俺がそう口にすると2人は笑顔で頷き……

 

「「ええ(うん)」」

 

 

ちゅっ……

 

同時に俺の唇にキスをしてくる。それによって俺は幸せな気分になりながらテンションを大きく上げる。マジで今の俺なら何でも……それこそ星露相手に勝ち星を挙げれるかもしれん。

 

「んっ……ありがとな。愛してる」

 

言いながら俺も2人にキスを返す。やはりあの時ーーー鳳凰星武祭決勝にて2人に重婚しろと言われた時、2人の告白を受け入れた俺の選択は間違ってないと断言出来る。

 

そう思いながらも俺達はお互いに愛を伝えるキスを気が済むまで続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

そして2日後……

 

いよいよ会見の日を迎えた。



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いよいよ会見が始まる

「後20分か……」

 

星導館学園、生徒会室にて比企谷小町は巨大な空間ウィンドウを見ながらソワソワする。

 

「あらあら。小町さんはお兄さんのことが心配なのですか?」

 

小町が今いる部屋の主のクローディアはコロコロと笑いながら尋ねる。その周囲には先の獅鷲星武祭で優勝したチーム・エンフィールドのメンバーが揃っていた。

 

「別に緊張することもないだろう。比企谷もオーフェリアもシルヴィア・リューネハイムも気圧される事はないだろう」

 

「……というか、世間が幾ら反対してもあの3人が別れるとは思えない」

 

小町の右隣に座るユリスは呆れ顔を、左隣に座る紗夜は無表情を浮かべている。小町はユリスとはオーフェリア関係で比較的仲が良く、紗夜とは高速機動銃士と大艦巨砲戦士で相反する戦闘スタイルからライバル関係を築いている。

 

2人の言葉に対して小町は首を横に振る。

 

「いえ、そうではなくて……記者の人は十中八九お兄ちゃんを悪く言うと思いますが、その時にオーフェリアさんがブチ切れないかが心配なんです」

 

『あー』

 

小町の言葉にチーム・エンフィールドの5人が納得したような声を出す。

 

「ま、まあ多分テレビの前でキレることはないんじゃないかな?」

 

「そ、そうですよ。それをやったら世間からの風当たりが強くなりますし……」

 

「まあ、そうですね……」

 

綾斗と綺凛は小町を励ますようにそう言ってくる。もちろんそれは小町も考えている事だ。

 

(流石にオーフェリアさんも一回や二回なら大丈夫だとは思うけど……)

 

10回や15回兄を悪く言われたらキレそう……というのが小町の考えである。

 

(お願いだから記者はお兄ちゃんのことを悪く言い過ぎないでね……マジで)

 

小町な胃の辺りに手を置きながら会見が始まるのを待ち続けた。尚、途中でクローディアから胃薬を差し出された際は、ありがたく受け取って飲んだのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「後20分か……」

 

クインヴェール女学園学生寮最上階のミルシェの部屋にて、ミルシェは空間ウィンドウを開いてから胸に手を当てて深呼吸をしながらそう呟く。

 

「ま、今更外野がどうこう騒いでも仕方ないんだし、落ち着いて酒でも飲んどけ」

 

「いやいや比企谷先生!未成年にお酒を勧めないでください!」

 

ソファーに座る涼子がワインをミルシェに渡そうとするとマフレナが慌てて止めに入る。

 

「相変わらずマフレナは頭が固いなぁ〜。私は小学校の時から飲んでたぜ〜。ミルシェだって飲みたいだろ〜?このワイン200万したんだぜ?」

 

「200万?!そんな高いワインをガブガブ飲んでるのー?!」

 

予想外の値段にモニカは思わず声を上げてしまう。見れば他の4人も差はあれど驚きを露わにしていた。

 

「ん?ほらアレだ。あんたらや美奈兎ちゃん達が活躍したからボーナスを貰ったし、賭けで大勝利してなー。今の私の懐はあったかいんだよ」

 

涼子はチーム・エンフィールドの優勝に2億賭けた。そしてチーム・エンフィールドのオッズは1.52倍、すなわち涼子の懐には3億以上の金が入ったのだ。

 

加えてルサールカのベスト8入りとチーム・赫夜の準優勝のボーナスもあって涼子の懐はかなり温かくなっている。そんな訳で涼子は一本数百万のワインを大量に持ち歩いてありとあらゆる場所で飲んでいるのだ。

 

「っと、いつのまにか10分を切ってんじゃねぇか」

 

涼子の呟きにルサールカは驚きを消して空間ウィンドウを操作してテレビをつける。チャンネル操作はしない。どの番組も会見の様子を放送するのだから。

 

「さてさて……あいつらはどうなるやら……って、言っても結末は大体予測出来るけどな」

 

「そうですねー。絶対に別れる事はないですよ」

 

「たりめーだろ?あのバカップルが別れるだぁ?」

 

「そんな事、落星雨が降ってもあり得ないに決まってんじゃん!」

 

「……寧ろ会見でも平然とイチャイチャしそうね」

 

「あ、あはは……」

 

この場にいる6人は全員、3人が別れる事はない、人目があっても平然と愛を囁き合う3人が別れるなどあり得ないと確信を抱いている。

 

問題があるとすれば……

 

「記者の連中がウチの馬鹿息子をdisりまくってオーフェリアちゃんがキレないか心配だぜ」

 

涼子の呟きにルサールカの全員がコクコクと頷く。それを見た涼子は新しいワインボトルを取り出して景気付けするかのようにグビグビと飲み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「後20分……お願いだから引退しないで……!」

 

聖ガラードワース学園女子寮にて、一色いろはは顔を青くして、ガタガタと震えながら空間ウィンドウを開く。

 

一色は逆恨みから八幡を困らせるべく、八幡とシルヴィアとオーフェリアの関係を暴露した。

 

暴露した当初は一色の目論見通り、世間では八幡を悪く評価されていて、当事者の一色は内心大笑いしながらネットを見ていた。その時の時間は一色にとって本当に幸せで、可能なら永遠に続けばとさえ考えていた。

 

しかしその幸せも長く続かなかった。

 

獅鷲星武祭が終わってから、一色は理事長室に呼ばれて何事かと思ってきたら……

 

ーーーよくもあの3人の関係をバラしてくれたな

 

ーーーもしも会見でシルヴィア・リューネハイムが引退宣言をしたらどうしてくれる?

 

ーーー我々、そして他の統合企業財体は大分前から3人の関係を知っていたが、その事を恐れて公表しなかったのだ。

 

ーーーにもかかわらず、余計な事をしてくれた

 

ーーー既に他の統合企業財体もお前が暴露した事を把握しているだろう

 

ーーーもしも彼女が引退宣言をしたら他の統合企業財体は間違いなくガラードワースひいてはEPが3人の関係を暴露したと公表するだろう

 

ーーーそうなった場合、我々EPは世間から叩かれるだろう

 

ーーーもしもシルヴィア・リューネハイムが引退宣言をして、他の統合企業財体が我々が暴露したと公表したならば、世間からの批判を少しでも減らすべくこちらも貴様が原因と公表する予定だ

 

理事会のメンバーはそれはもうボロクソに一色を罵倒し尽くした。

 

結果、もしもシルヴィアが引退宣言して、他の統合企業財体が3人の関係を暴露したのはガラードワースひいてはEPと公表した場合、EPは自分らの総意ではなく一色いろはが勝手にやった事と公表する事にしたのだ。

 

つまり一色にとって最悪の場合、世間から『お前の所為でシルヴィアは引退した』と責められる事もあり得るのだ。

 

結果今の一色は、ただただシルヴィアが引退しない事を望んでいるだけだった。

 

しかし心の底では八幡に対する憎悪が増していた。

 

「私は悪くないのに……シルヴィアさんが引退宣言したらタダじゃおきませんから……!」

 

一色は瞳に強い憎悪を宿しながら空間ウィンドウを操作してテレビをつけた。

 

彼女の待つ運命は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「後20分か……」

 

「ねぇねぇ、葉山君はどうなると思う?」

 

聖ガラードワース学園の中庭にて、葉山隼人は沢山の男女に囲まれながら空間ウィンドウを開いて会見を待っている。

 

「わからない。ただ、彼は2人の女性と付き合っている……これは絶対に許されない事だよ」

 

「そうだよね!二股かけてるなんて最低だよ!」

 

「シルヴィアさんについても比企谷八幡が卑怯な手を使って手に入れたんだよ!」

 

「どうせチーム・赫夜についてもなんか卑怯な手を教えたに決まってるよ!でなきゃ会長達が負けるなんてあり得ないし!」

 

「これだからレヴォルフの屑は……!」

 

葉山の取り巻きは次々と八幡の悪口を口にするが、この場にいるリーダーの葉山は止めるつもりはなかった。八幡の在り方全てを認めていないし、チーム・赫夜がチーム・ランスロットやチーム・トリスタンを倒したのも何かズルをしたのだと思っている故に。

 

(全く比企谷の奴……元々人として間違っているのにレヴォルフに転入してから更に間違うようになったな……今回の会見で自分のした事を反省して本来いるべき場所に戻るべきだ。それでも戻らないなら……力づくで叩き潰してでも戻してやるよ)

 

葉山は内心でそう呟きながら、取り巻きが生む八幡に対する罵倒を耳にしながら空間ウィンドウに意識を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「後20分ですわね……」

 

聖ガラードワースの食堂にてレティシアは胃薬を準備しながら空間ウィンドウを開く。

 

「そうだね、この会見の結果次第ではウチも相当叩かれるだろうね」

 

レティシアの向かい側に座りパスタを口にするアーネストがそう呟く。

 

少し前の2人なら生徒会室の様な場所で見ているが、獅鷲星武祭が終わりチーム・ランスロットの5人は引退したので生徒会室を使用していない。(元々の役職から使用出来ない事はないがアーネストらの生真面目さ故に使用を拒否している)

 

「全くですわ……!以前の動画の件といい、彼女はどれだけ学園の品格を落とすやら……おかげで私の胃には穴が開きましたわ」

 

レティシアは言いながら胃薬を飲む。既にレティシアにとって胃薬は相棒そのものである。

 

「落ち着いてレティシア。薬の飲み過ぎは却って体に毒だから」

 

それを見たアーネストは苦笑しながらレティシアを宥める。

 

「そうは言いましても……!」

 

言いながらレティシアは水を飲んで胃薬を流し込む。レティシアの中では一色は忌避すべき存在である。

 

以前の八幡を侮辱してシルヴィアとオーフェリアに責められる動画が広まったり、最近ではカジノに入り浸っている噂もありガラードワースの評判は彼女一人の所為で大きく下がっているのだから。

 

そんな風にプリプリしながら胃薬を飲んでやけ食いをするレティシアはアーネストはため息を吐く。

 

本来ならレティシアの行為を咎めるべきかもしれないが、レティシアの気持ちもわからないでもないし、やけ食いと言っても上品な食べ方なのでアーネストはレティシアを咎めなかった。

 

「やれやれ……お願いだから平和に終わって欲しいものだよ」

 

 

 

 

アーネストはため息を吐きながら窓の外ーーー今回会見が行われるホテル・エルナトに視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「後20分か……」

 

ホテル・エルナトの一室にて、俺は恋人のオーフェリアとシルヴィ、シルヴィのマネージャーのペトラさんの4人で待機している。ある意味で星武祭より緊張する。ステージでの戦いは何百と経験しているが、会見での戦いは初めてだからな。

 

対してシルヴィとペトラさんは慣れているから特に緊張したようには見えない。オーフェリアも神経が図太いからか気にせずお菓子を食べている。

 

どうやら緊張しているのは俺だけのようだ。どうせなんと言われようと別れるつもりはないが煩く言われるのは勘弁して欲しいからな。

 

内心そう呟いていると、俺の右手に柔らかい感触を感じたので顔を上げると……

 

「………」

 

「……」

 

オーフェリアとシルヴィが優しい笑顔で俺の手を握ってくる。それを認識すると俺の中にあった緊張は雲散霧消されて、温かいものが染み込んできて幸せな気分になる。

 

(ありがとな、2人とも)

 

目で2人に礼を伝えると2人は小さく頷く。やはり俺達は言葉を交わさなくてもお互いの気持ちが理解出来るようだ。そこまで関係が進んだとわかると嬉しくて仕方ない。

 

2人の手から伝わる愛情に心が温かくなっていると、ドアをノックする音が耳に入る。

 

「どうぞ」

 

ペトラさんがそう口にするとスーツ姿の男性が入ってくる。

 

 

「失礼します。会見開始時間10分前となりましたので、会場へ移動をお願いします」

 

ついにきたか……まあ問題ない。俺はたった今2人から愛情の温もりを貰ったんだ。俺の前に敵はない。

 

「わかりました。じゃあ行くわよ」

 

「あ、ゴメン。ペトラさん先に行ってて。30秒したら直ぐに行くから」

 

シルヴィがそう返事をすると、スーツの男性は頭に疑問符を浮かべ、ペトラさんは呆れ顔を向ける。

 

「……わかったわ。ただし1分しても来なかったら乗り込むから。さ、行きましょう」

 

「え?い、良いんですか?」

 

「構いません。寧ろここに居ない方が良いです」

 

ペトラさんは戸惑うスーツの男性にそう口にすると男性を引っ張る形で部屋から出て行った。

 

同時にシルヴィは俺とオーフェリアを艶のある目で見てくる。ここまで来ればシルヴィの行動の意図も読める。

 

それはオーフェリアも同じようで目を瞑って顔を寄せてくる。対してシルヴィも顔を寄せてくるので、俺も2人の方に顔を寄せる。

 

そして……

 

 

 

ちゅっ……

 

3人でそっとキスをする。俺の唇の右側からはシルヴィの、左側からはオーフェリアの唇の柔らかい感触が伝わってくる。

 

10秒くらい唇を重ねた俺達は顔を離す。これで更に元気が出てきた。

 

「じゃあ行こうか」

 

「ああ(ええ)」

 

シルヴィの言葉に頷いた俺とオーフェリアは頷いて3人一緒に部屋を出た。

 

すると少し離れた場所に男性とペトラさんが居たので早歩きで追いつく。

 

「準備はしてきたわね?」

 

ペトラさんは呆れ顔を向けてくる。この準備とはキスの暗喩だろう。だとしたら……

 

「「「はい(うん)(ええ)」」」

 

「……そう」

 

ペトラさんはため息を吐いてから背を向けて歩くのを再開するので俺達もそれに続く。

 

それから少し歩くと豪華な装飾が備わった格式高い扉が目に入る。男性の足が止まった事や中から人の気配を感じることから……

 

「会見はこちらで行います。準備が宜しいですね?」

 

やはりか。しかし準備は2人とキスをした時点で万端だから問題ない。

 

俺達4人が頷くと男性がドアを開けるので俺達は中に入る。同時に無数のフラッシュが俺達を襲う。こうなる事はわかっていたが、予想以上のフラッシュに目を細めてしまう。王竜星武祭準決勝が終わって取材を受けた時よりも遥かに多いフラッシュだ。

 

しかし俺達は特に気圧される事なく椅子に座る。座る順番はペトラさん、シルヴィ、俺、オーフェリアの順に座った。記者からすれば左から1番左にペトラさんがいるように見える。

 

俺達4人が座ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこれより、比企谷八幡さんとシルヴィア・リューネハイムさん、オーフェリア・ランドルーフェンさんの3人の交際についての会見を執り行います」

 

司会の男性がそう告げて会見が始まった。いよいよだな……



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こうして会見が始まる

「ではこれより、比企谷八幡さんとシルヴィア・リューネハイムさん、オーフェリア・ランドルーフェンさんの3人の交際についての会見を執り行います」

 

司会の男性がそう告げて会見が始まり、再度無数のフラッシュが生まれる。失明する事はないだろうが眩しいな……

 

そんな事を考えていると1番近くにいる男性記者が手を挙げるので、司会者が先を促す。

 

「では最初に比企谷さんとランドルーフェンさんに質問というより確認ですが、貴方達とシルヴィアさんの3人は付き合っている……これについては事実ですか?」

 

まあ以前にシルヴィが認めたとはいえ、最初に事実かどうかの確認をするのは定石だよな。この辺りは予想通りだ。

 

対する俺達の返事は決まっている。

 

「「はい(ええ)、事実です(よ)」」

 

俺とオーフェリアは躊躇いなく肯定する。同時にフラッシュが焚かれる。

 

まあ当然だろう。俺とオーフェリアは今、シルヴィは獅鷲星武祭最終日に肯定したのだ。これによって『俺とオーフェリアとシルヴィの3人は付き合っている』事が紛れも無い事実として世間に広がったのだし。

 

「で、ではどういった経緯でそのような関係になったのでしょうか?」

 

今度は違う女記者が1番あり得る、それでありながら1番面倒な質問をしてくる。この質問が終われば大分楽になるだろう。

 

そこまで考えていると今度はシルヴィが口を開ける。

 

「はい。理由としては私とオーフェリアがそうしてくれと八幡君に強くお願いして、八幡君が了承したことによって今の関係となりました」

 

その言葉に記者達の間に騒めきが生じる。今の言い方だとオーフェリアとシルヴィが二股を望んだみたいな言い方だ。

 

記者達が騒めく中、オーフェリアがマイクを持つ。すると記者は驚愕の雰囲気を残しながらも騒めきを消してオーフェリアに視線を向ける

 

「……私とシルヴィアは鳳凰星武祭の期間中ーーー殆ど同時期に八幡に告白して、これでもかと八幡に自身をアピールした」

 

「でもちょっと攻め過ぎて八幡君に負担をかけてしまって……」

 

オーフェリアとシルヴィの言葉に嘘はない。何せ2人は抱きついたり、一緒に風呂に入ったり、唇や頬にちゅっちゅっしてくたし、負担がかかったまでとは言わないが、気圧されていたのは間違いない。

 

それで……

 

「それで俺が選べずにいたら、2人が『どちらか選べないならどっちも選べ』と言ってきて、2人の意見に従って2人を選びました」

 

俺の言葉に更に騒めきが生じるが気にしない。気にしたら負けだからな。

 

まあ俺が重婚出来ないのかと思わず口にしたら、2人がどっちも選べと言ってきたが正確だが。

 

「……つまり比企谷さんが最初にどちらかと付き合って、その後にもう1人を彼女にしたのではないと?」

 

うん、普通そう思うよな。まさかオーフェリアとシルヴィの方から両方選べなんて、側から見たら変だろう。

 

そんな女記者の質問に対して、オーフェリアとシルヴィは……

 

「「はい(ええ)。私とオーフェリア(私とシルヴィア)から両方選べと言いました(言ったわ)」」

 

一切口調を変えることなくそう答えた。

 

「そ、そうですか……ありがとうございます」

 

質問をした女記者は引き攣った笑みを浮かべながら礼を言ってくる。まさかここまで馬鹿正直にズケズケ言うとは思っていなかったのだろう。

 

女記者が黙ると第三者の記者が手を挙げる。司会者が先を促すようにジェスチャーを見せると男性記者が口を開ける。

 

「では3人に質問します。世間では二股をかけていて許されない事だと言われていますが、3人の考えを聞かせてください」

 

絶対来ると思った。世論はこう言っているがお前らの意見を聞かせろって質問。世間が悪く言ってるんだからお前らは悪だって空気を流すから嫌いなんだよなぁ……

 

まあだからどうしたって話だ。

 

そんな事を考えていると先ずはシルヴィから口を開ける。

 

「まあ世間から見たら私達の関係は歪だと思います。それについては紛れもない事実だからどうこう言いません……ですが、私にとってこの歪な関係は何物にも変えられない大切な関係なので崩すつもりはありません」

 

ハッキリとした口調でそう喋る。わかっていた事だが、ハッキリとそう言われると嬉しいな。

 

なら俺も恥を捨てて自分の本心を口に出すか。こっちがどれだけ本気なのか、俺達が別れる気がない事を世間に教えてやる。

 

「俺も同じ意見ですね。世間がなんて言おうと俺達3人は絶対に別れるつもりはないです。一生かけてオーフェリアとシルヴィを愛し続けます」

 

「……私も同じ意見よ。それ以前の話として……私達は倫理的には問題な行為をしているのは否定しないけど、法律的には何も悪い事をしていないから第三者が私達の関係に干渉する権利はないはずよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『まあ世間から見たら私達の関係は歪だと思います。それについては紛れもない事実だからどうこう言いません……ですが、私にとってこの歪な関係は何物にも変えられない大切な関係なので崩すつもりはありません』

 

 

『俺も同じ意見ですね。世間がなんて言おうと俺達3人は絶対に別れるつもりはないです。一生かけてオーフェリアとシルヴィを愛し続けます』

 

『……私も同じ意見よ。それ以前の話として……私達は倫理的には問題な行為をしているのは否定しないけど、法律的には何も悪い事をしていないから第三者が私達の関係に干渉する権利はないはずよ』

 

 

3人の放った言葉は世界中に発信された。当然彼らのいるアスタリスクにも……

 

 

 

 

 

 

 

「ふぉぉぉぉっ!!お兄ちゃんいつのまにあんな大胆な事を?!小町ポイントカンスト来たぁぁぁぁぁぁっ!ひゃっはぁぁぁぁっ!」

 

「待て小町!お前はどうしたんだ?!」

 

「……明らかに狂い出した」

 

「あ、あはははは……」

 

「ですが、3人は強い意志を持って発言しましたね。綾斗もあんな風に私に……」

 

「く、クローディア!くすぐったいよ!」

 

「そんなに恥ずかしがらなくても良い「お前はお前で何をやっているんだ?!」あらあら……」

 

 

星導館の生徒会室では小町が狂喜乱舞して……

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっー!遂に言いやがったよ!」

 

「比企谷先生は本当に楽しそうですね……」

 

「当たり前だろ?楽しいんだから」

 

「相変わらずですねー、それにしても本当にバカップルだなー」

 

「全くだぜ。砂糖を吐きそうだ」

 

「世間にバレた以上これからはガンガンイチャイチャしそうねー!」

 

「……ブラックコーヒーの売り上げが伸びそうね」

 

クインヴェールの女子寮では涼子が息子の将来に安心しながら高笑いして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、凄えバカップル……なあ、プリシラ」

 

「どうしたのお姉ちゃん?」

 

「アタシ達八幡に新しく生徒会役員にスカウトされたけどよぉ……つまり八幡と『孤毒の魔女』のイチャイチャを毎日見るって事じゃね?」

 

「あー、あはは……」

 

「あのデブの借金を立て替えてくれたのは感謝してるが、今からでもスカウトって蹴れねぇかな?」

 

レヴォルフ近くにあるマンションではウルサイス姉妹が未来の生徒会活動に不安を抱き……

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁちぃぃぃぃまぁぁぁぁんっっっ!貴様、相棒の我を置いて彼女を2人持つとは……王竜星武祭で見ておれ!我の全てを賭けて作り上げた純星煌式武装を超えた煌式武装の錆にしてくれるわぁぁぁぁぁっ!そして我も声優の彼女が欲しいわぁぁぁぁぁっ!」

 

「はははははっ!その意気であるぞ将軍!我輩も今から血が滾るである!」

 

「カミラ様、材木座義輝とアルディが混ざるとウザくて敵いません。そして何故材木座義輝は非凡なる才を持ちながらあそこまで残念な人格なのでしょう?」

 

「……私に聞くな。やはり私の後継者は奴から変えるべきか……?」

 

アルルカントのラボでは材木座義輝が来年の王竜星武祭に備えて一層気合を入れて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ですかそれー?!私はこんなに酷い目に遭ってるのに……しかもシルヴィアさんも何であんな屑に……!」

 

ガラードワースの女子寮では一色いろはが性懲りもなく逆恨みをして……

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷……!そうやって歪な関係を肯定するなんてどこまで歪んでいるんだ!やっぱり王竜星武祭ではお前を倒して矯正してやる……!!」

 

「そうだ!葉山くんならあんな卑怯者余裕だよ!」

 

「葉山君なら勝てるって!王竜星武祭で頑張って!」

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

「ありがとう皆、必ず勝つよ」

 

ガラードワースの中庭では葉山隼人が八幡を倒すと宣言して、取り巻きから賞賛を浴び……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あは、あはあはあは×♫℃↓◇!」

 

「虎峰?おーい虎峰?ダメだこりゃ?こりゃ暫く木派の方もアタシが面倒見ないといくないかもね」

 

界龍の食堂にて趙虎峰は完全に壊れ、セシリー・ウォンは彼を背負って医務室に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達3人の言葉に会場に唖然とした空気が流れ出す。

 

(はっ……大方世間の意見に屈すると思っていたのだろうが甘ぇよ。俺にしろオーフェリアにしろシルヴィにしろ、世間の評価に揺らぐ程度の関係じゃねぇよ)

 

そりゃ付き合った当初は世間の評価にビクビクしていたが時間が経つにつれて恐れは無くなり、実家に帰省した際に両親に交際を認められて夜に2人を抱いてからは一切恐れなくなった。

 

俺達3人の絆は何があっても綻ぶ事はないと断言出来る。俺はオーフェリアとシルヴィを、オーフェリアは俺とシルヴィを、シルヴィは俺とオーフェリアを幸せにする為に愛を捧げ、捧げられているのだ。

 

そんな俺達の関係がたかが世間からの悪評なんかで崩れる可能性は万が一にもない、完璧な0と断言出来る。

 

「で、では別れるつもりはないと?」

 

男性記者が手を挙げてそんなことを言ってくる。あたかも別れる事を望むような口振りで。テメェはさっきの話を聞いてなかったのか?そんなもん……

 

「「「ないです(ないわ)」」」

 

ある訳ねえだろうが。俺達が別れるとしたら死別以外あり得ねぇよ。

 

俺達がそう答えるとその記者は不満そうに鼻を鳴らしながら手を降ろす。大方シルヴィのファンだろう。態度には苛ついたが我慢だ。正直に言うと両手両足をへし折って磔にしてやりたいが、カメラの前でそんな事をやったら豚箱行きだし、我慢だ。

 

そんな事を考えていると違う男性記者が手を挙げる。見れば俺に対して明らかな下卑な表情を浮かべてくる。明らかに俺を怒らせるのを狙っているのだろう。見ればオーフェリアとシルヴィは不愉快そうな表情を、ペトラさんは面倒事が起こる可能性があると疲れた表情を浮かべていた。

 

 

(挑発したきゃしてみろ。俺は昔から馬鹿にされてきたからな。ちょっとやそっとの挑発に乗ることはないからな?)

 

そう思いながら記者を見れば……

 

「では比企谷さんに質問です。先程一生かけて2人を愛すると言いましたが、その言い方ですと2人を平等に心から愛しているのですか?」

 

「ええ。どちらか1人を優先した事はないですし、2人の事は本当に愛しています」

 

まあシルヴィの場合仕事の都合上離れ離れになるから、オーフェリアに比べて一緒にいる時間は少ない。しかしだからと言って2人と一緒にいる時はあからさまに優先順位をつけた事は一度もない。

 

俺がそう答えると記者は嫌らしい笑みを深めてくる。

 

「それは本当ですか?嘘を吐いてないですか?」

 

「吐いてないですね。何故そんな事を?」

 

「いえいえ。ネットの評価や私の考えではそうは思えないので」

 

「生憎ネットはあまり見ないので」

 

最近のネットが正確だがな。大半が俺の悪口見ていて不愉快になるのは容易に想像出来る。しかしそれだけで俺が嘘を吐いていると疑うとは思えない。

 

そう思っていると……

 

「ネットでは貴方がシルヴィアさんを手に入れる為、『孤毒の魔女』を言葉巧みに操り、洗脳効果のある毒を手に入れる為に利用「「ふざけるな!!」」ひいっ!」

 

次の瞬間、俺とシルヴィは椅子から立ち上がりふざけた質問をした記者に怒鳴り散らしていた。挑発には乗らないと決めていたが、こいつの発言が俺の逆鱗に触れた以上我慢出来ない。ここまでキレたのは生まれて初めてだろう。

 

チラッと隣を見ればシルヴィも憤怒に満ちた表情を浮かべていた。これほど怒ったシルヴィは初めて見る。

 

「ちょっとシルヴィア!落ち着いて!」

 

「……八幡っ、私は気にしてないから」

 

ペトラさんがシルヴィを、オーフェリアが俺の腕を掴んでくるが……

 

「私が洗脳?ふざけた事を言いますね?私は自分の気持ちに従って、八幡君とオーフェリアと共に歩むと決めたんです!私達の事を何も知らないのに勝手な事を言わないでください!」

 

「それ以前に俺がオーフェリアを利用しただと?ふざけるな!オーフェリアは物じゃねぇんだよ!」

 

何も言わずにはいられなかった。確かに俺はオーフェリアの所有権を持っているが、それを利用してオーフェリアに命令した事は一度もない。ディルクから離れた以上、オーフェリアには自由になって欲しいので俺は絶対にオーフェリアを物のように扱うつもりはない。

 

よって今の記者の言葉には看過出来ずに思わず叫んでしまった。本来なら俺の行動は問題行為かもしれないが後悔はしていない。

 

 

にしても会見前はオーフェリアがブチ切れないか危惧されていたが、まさか俺とシルヴィがブチ切れるとはな。会見での戦いは初めてだが予想外だ。

 

俺はふざけた質問をした記者に殺意を浴びせながらもそう考えた。頼むからこれ以上、俺を怒らせるなよ……?



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こうして会見は幕を閉じる

『『ふざけるな!』』

 

『私が洗脳?ふざけた事を言いますね?私は自分の気持ちに従って、八幡君とオーフェリアと共に歩むと決めたんです!私達の事を何も知らないのに勝手な事を言わないでください!』

 

『それ以前に俺がオーフェリアを利用しただと?ふざけるな!オーフェリアは物じゃねぇんだよ!』

 

「おおっ?!」

 

星導館学園の生徒会室にて、会見を見ていた小町が驚きの声を出す。小町以外にこの場にいるチーム・エンフィールドの5人も声にはしてないものの、顔には驚愕の色が混じっていた。

 

「これは驚きました……シルヴィアが怒ったのもそうですが、比企谷君があそこまで感情を露わにするのは予想外でしたよ」

 

「小町もですよ。兄は基本的に怒りませんし、偶に怒っても割と静かに怒るんですよ。ですが今回のように感情を露わにするという事は完全にブチ切れてますね」

 

クローディアの呟きに小町が返事をする。実際のところ、小町も兄があそこまで感情を露わにして怒るのは見たことがない。

 

「確かに驚いたが……オーフェリアの為にあそこまで怒ってくれると嬉しいな。あいつの恋人が比企谷とシルヴィア・リューネハイムで本当に良かった」

 

「まあユリスならそう思っても仕方ないよね」

 

一方のユリスと綾斗は小さく苦笑を浮かべる。彼女はオーフェリアの友人として、オーフェリアの為に怒った八幡とシルヴィアには感謝していた。

 

「ま、今回は記者の質問にも問題があったし、そこまで咎められない……と、思う」

 

「そうだと良いですね」

 

紗夜と綺凛はこれ以上会見が荒れない事を祈りながら空間ウィンドウを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテル・エルナトで会見に使われている一室。そこは今無言に包まれていた。先程まであった無数のフラッシュも今は焚かれていない。

 

理由は簡単、何故なら……

 

「……失礼しました。つい我慢が出来ずに」

 

「品のない言動をした事を謝罪します」

 

記者の目の前で頭を下げている2人が、つい先程まで部屋全体を包み込む程の怒気を生み出していたからだ。

 

比企谷八幡とシルヴィア・リューネハイム

 

今のアスタリスクで10本の指にはいる実力者である2人の怒気は記者達を黙らせるのに充分な効果があった。先程悪意のある質問をした記者は直接怒りを向けられて泡を吹いて気絶した。

 

その記者が気絶したからか、2人は落ち着きを取り戻して謝罪をしたが、記者達の間には恐怖心が生まれていた。ふざけた質問をしたら圧倒的な怒気を直接向けられると。

 

そこまで考えた記者は悪意のある質問をする事をやめた。何人かは会見前から悪意のある質問をしようと企んでいたが、2人の怒りをモロに受けてまで質問しようと考える人間は誰一人としていなかった。

 

こうして会見の続きが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……失礼しました。つい我慢が出来ずに」

 

「品のない言動をした事を謝罪します」

 

俺とシルヴィは謝罪をするべく頭を下げてから席に座る。いやー、まさか自分でもここまでブチ切れるとは思わなかった。

 

今は大分落ち着いているが、もしもふざけた質問をした記者が気絶しなかったら、まだ絶対に怒りを露わにして下手したら殺気を向けていたかもしれない。

 

しかしやっちまった……まあ今回は向こうの発言にも問題があったし、シルヴィもキレたから大丈夫……か?

 

「で、では質問がある方はいませんか?」

 

司会の男性の言葉によって漸く記者達は再起動する。しかし先程に比べて悪意のある視線は無くなっている。

 

すると1人の女性記者が手を挙げて、司会が先を促すような態度を取る。

 

「で、ではシルヴィアさんのプロデューサーであるペトラ・キヴィレフトさん、3人の交際についてはどう考えていますか?」

 

次にペトラさんか。まあプロデューサーにその質問をするのは当然だ。しかしペトラさんは俺と違ってこういった場所での戦い方を熟知しているし大丈夫だろう。

 

「3人の関係を知った当初は反対していましたが、今はシルヴィアの好きにさせています。彼ーーー比企谷八幡は先の獅鷲星武祭で準優勝したチーム・赫夜を導いた人でもありますし、私も3人のやり取りをそれなりに見ていますが、無理に3人の仲を引き裂いたりしたらシルヴィアが壊れる可能性があるので干渉するつもりはありません」

 

その言葉に先程の騒めきに比べたら小さいものの、騒めきが生じる。

 

実際ペトラさんは剣呑な雰囲気を出しながら暗に『3人の関係に茶々を入れてシルヴィアを壊したら許さない』って言ってるし。

 

「そうですか……ちなみに比企谷さんがチーム・赫夜を鍛えたのも、交際に関係しているのですか?」

 

「いえ。彼がチーム・赫夜を鍛えたのはプライベートであって、私ひいてはW=Wが強制した訳ではありません」

 

間違っちゃいない。まあ俺達3人の関係が世間にバレても交際を続けて良い条件はチーム・赫夜が準優勝以上の結果を出すことだったがな。

 

しかし俺は打算的な考えで若宮達に協力したつもりはない。当初はシルヴィに協力要請されたから何となく協力をしていた。しかし時が経つにつれてあいつらが強くなるのが楽しくなってきたから一層協力したのであって、交際云々の話は計算に入れていなかったのは間違いない。

 

これで事前に対策した質問は大分無くなってきたな。後はシルヴィの今後くらいだろう。

 

そう思っていると若干苦虫を噛み潰した表情の男性が手を挙げる。顔を見る限り悪意のある質問をしようとしてが、その前に出来ない空気を作り上がって苛々しているのだろう。

 

「……ではシルヴィアさんに質問ですが、3人の関係が露わになった事により引退する事も考えていますか?」

 

その質問に空気が一段と重くなる。記者から、そして世間からしたら1番気になる質問がきた。世界の歌姫の引退、それは間違いなく歴史的な事件として後世に語り継がれるだろう。

 

そしてその原因が俺であるということも間違いなく語り継がれるだろう。まさかこんなタイミングで(悪い意味で)歴史に名を残す事になるとはな……

 

それに対してシルヴィは……

 

「いえ、私としては少なくとも来シーズンの王竜星武祭が終わるまでは引退するつもりはありません。ですが……」

 

一息吐き……

 

 

 

 

 

 

「もしも、世間が『アイドルが恋愛するな』と私から八幡君とオーフェリアを引き離そうとするなら……私はその時点で引退します。私にとって1番大切なのは3人で過ごす時間ですから」

 

あーあ、言っちまったよ。賽は投げられたな……

 

ま、シルヴィが本気なら俺もとことん付き合ってやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もしも、世間が『アイドルが恋愛するな』と私から八幡君とオーフェリアを引き離すなら……私はその時点で引退します。私にとって1番大切なのは3人で過ごす時間ですから』

 

「ぐぅえっへへへへ……もう小町ポイント天元突破じゃん。ぐふふ……」

 

「お前の発言の予想外さも天元突破しているからな?」

 

 

 

 

 

『もしも、世間が『アイドルが恋愛するな』と私から八幡君とオーフェリアを引き離すなら……私はその時点で引退します。私にとって1番大切なのは3人で過ごす時間ですから』

 

「はっはっはっ、やるねーシルヴィアちゃん。自分に素直に生きる……私の義娘はそうでなきゃね」

 

「笑い事じゃないですよ!私達はシルヴィアさんを超えるのを目標にしてるのに……世間の奴ら、絶対に3人の邪魔すんなー!」

 

「というかあのバカップルの邪魔をしたら怖いから止めろー!」

 

「そうよそうよー!間違いなく面倒な事になるに決まってんじゃない!」

 

「……下手したらアスタリスクが崩壊しそうね」

 

「完全に否定できない所が怖いですね、あはは……」

 

 

 

 

 

 

『もしも、世間が『アイドルが恋愛するな』と私から八幡君とオーフェリアを引き離すなら……私はその時点で引退します。私にとって1番大切なのは3人で過ごす時間ですから』

 

「な、何ですかそれー?!こっちはあの卑怯者の所為で酷い目に遭ってるのに……!」

 

 

 

 

 

 

『もしも、世間が『アイドルが恋愛するな』と私から八幡君とオーフェリアを引き離すなら……私はその時点で引退します。私にとって1番大切なのは3人で過ごす時間ですから』

 

「な、何だよそれ?!」

 

「やっぱり比企谷八幡が脅してるのよ!」

 

「そうに決まってるよ!これだからレヴォルフの人間は……!」

 

「葉山君!王竜星武祭で比企谷八幡を倒してよ!そしてシルヴィアさんやあの男に騙されているチーム・ランスロットの人を救ってあげて!」

 

「もちろん。秩序の守護者たるガラードワースの一員として、あの3人の在り方は認められないしね」

 

「流石葉山君!頼りにしてるぜ!」

 

「葉山君頑張れー!」

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

 

 

 

 

『もしも、世間が『アイドルが恋愛するな』と私から八幡君とオーフェリアを引き離すなら……私はその時点で引退します。私にとって1番大切なのは3人で過ごす時間ですから』

 

「…………」

 

「あー、虎峰が前の発言で意識を失ってて良かった。でなきゃ今の発言でショック死したかもね……」

 

 

 

 

 

 

 

シルヴィの発言は会見場を圧倒した。爆弾発言をしたい以上騒めきが生じるのが普通だが、シルヴィの声音から本気である事が伝わったのか誰もが喋る事が出来ずにいた。

 

しかしマジで引退する可能性を示唆しちゃったな……確かにこれなら世間は俺達の関係を引き裂こうとはしないだろう。

 

しかしこれはこれで面倒な予感がする。一部の過激なシルヴィのファンが俺を襲ってきたりしそうだ。勿論別れるつもりはないので全員蹴散らすつもりだが、予想よりも厄介な気がするな。

 

「……他に質問はありますか?」

 

司会の男性が記者達にそう尋ねるも、誰もが答えずにいた。

 

まあ妥当だな。

 

何故二股をかけたか、それに対してどう思っているか、プロデューサーは反対しているかどうか、今後についてなど重要な質問は粗方終わったし、ここで悪意のある質問をする程記者も馬鹿じゃないだろう。

 

場合によってはオーフェリアがブチ切れる可能性もあるんだ。そしてオーフェリアのブチ切れは俺やシルヴィのブチ切れが可愛く見えるくらいヤバイからな。

 

暫くの間記者が絶句している。どうやら暫く再起動する事はなさそうだ。

 

「し、質問がないのなら、ここで今回の記者会見を終了致します。応答者の皆様は退室して下さい」

 

司会の人が上擦った声を出しながら退室を促すので俺達は立ち上がり、未だに呆然とする可能性記者に一礼しながら会見に使われていた部屋を後にした。

 

後になって知ったが、記者達は俺達が退室してから2分ほど呆然していたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く……まさか、オーフェリア・ランドルーフェンじゃなくて、貴方とシルヴィアが怒るとは思いませんでしたよ」

 

ペトラさんがため息を吐きながらそう言ってくる。会見会場から出た俺達は最初にいた控え室に戻ったが、部屋に入ると同時にペトラさんに怒られた。

 

「ごめんペトラさん。でもアレは我慢出来なくて……」

 

シルヴィは不満そうな表情を浮かべているが、俺もアレは我慢出来なかった。俺は幾らdisられても気にしないが、オーフェリアとシルヴィの侮辱だけは絶対に許さない。

 

「……まあ、今回は向こうの発言が明らかに問題でしたから、これ以上は言いませんが、今後は理性で怒りを抑えてくださいね」

 

「「はい」」

 

まあそれはそうだ。あの場で怒るより、会見の後に訴訟したり猫を使って始末した方が合理的だっただろうし。

 

「なら良いです。私は次の仕事があるのでもう行きますが、貴方達がホテルから出る時は必ず影に潜って出るように」

 

ペトラさんはそう言って控え室から出ていった。影に潜って出るって……

 

(まあ変装をして出たら、ホテルの外にいる記者や野次馬にバレる可能性もあるし妥当だな)

 

そんな事を考えている時だった。

 

「……八幡、シルヴィア。さっきは私の為に怒ってくれてありがとう」

 

オーフェリアが気恥ずかしそうに礼を言ってくる。それを見た俺とシルヴィは互いに顔を見合わせるも……

 

「あっ……」

 

そのまま2人でオーフェリアを抱きしめる。

 

「気にしないで。私も八幡君もオーフェリアの恋人として当たり前のことをしただけだから」

 

「そうそう。人の恋人を物みたいな言い方をする奴の言動に我慢出来なかっただけだ。俺はお前の事を一度も物だとは思ってないからな?」

 

オーフェリアは俺にとって物なんかじゃない。大切な、本当に大切な可愛い女の子だ。だからお前も気にするな

 

「んっ……」

 

俺とシルヴィはオーフェリアを強く抱きしめるとオーフェリアも顔を赤くしながらそっと抱き返してくる。それによって俺達は3人で抱き合う体勢となり幸せな気分になる。

 

ここまで来たらもっと幸せになりたい。そう思いながら顔を上げると、オーフェリアとシルヴィも同じように顔を上げていた。そして艶のある瞳で俺を見てくる。

 

(どうやら考えている事は同じみたいだな……)

 

俺が内心苦笑しながらも2人の顔に近付き……

 

 

 

 

ちゅっ……

 

会見前と同じように3人で唇を重ねる。2人の唇の気持ち良さ、これを上回るものは存在しないと断言出来る。

 

俺は一生、2人の唇を手放すつもりはない。もう俺にとって2人は半身のように大切な存在なのだから。

 

そう思いながら俺達はただただお互いを求めてキスを続けた。今日でまた俺達の幸せを邪魔する障害が一つ消えた。まだ邪魔な存在はあるがいつか必ず全て障害を取り払うつもりだ。

 

しかし今は……

 

 

「んっ……好き、大好きっ……」

 

「んんっ……ずっと、一緒だよ……ちゅっ……」

 

2人とのキスを楽しませて貰うとしよう



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比企谷八幡は六花園会議に初めて参加する

六花園会議

 

それはアスタリスクにある六つの学園、星導館学園、クインヴェール女学園、レヴォルフ黒学院、アルルカント・アカデミー、界龍第七学院、聖ガラードワース学園の生徒会長が1ヶ月に一度アスタリスクの中央区にある高級ホテル、ホテル・エルナトで行われる会議である。

 

生徒会役員が会議の内容を知る事は珍しくないが、それは会長から聞かされた場合であって、会議参加出来るのは各校の生徒会長のみだ。それ以外の人は生徒会役員や統合企業財体の幹部ですら入ることは許可されていない。

 

まあ参加する6人が変わる事当然の事であり、新しい年度になる時や星武祭が終わった時に会長が変わるパターンだ。

 

しかし同時期に2人も変わる事は長い六花園会議の歴史の中、一度も無かったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのカスや……ディルク・エーベルヴァインに変わって会長になった比企谷だ。以後よろしく」

 

「アーネスト・フェアクロフに変わりまして生徒会長に就任したエリオット・フォースターです。若輩者ですが宜しくお願いします」

 

今回、初めて同時期に会長が2人変化した。レヴォルフではディルクから俺に、ガラードワースではフェアクロフさんからエリオット・フォースターに変わったのだ。

 

「ふふっ、アーネストが変わるのは前に聞いていたので知っていましたが、比企谷君がなるとは思いませんでしたよ」

 

星導館の生徒会長のエンフィールドは楽しそうにコロコロ笑う。しかし言っている事は間違っていない。

 

ガラードワースの場合序列1位が生徒会長になる。そして前の1位のフェアクロフさんは今シーズンの獅鷲星武祭が終わったら引退する事は比較的有名だった。

 

だから統合企業財体E=Pを創設したフォースター一族の嫡男であるエリオット・フォースターが後を継ぐ事は不思議ではない。獅鷲星武祭が終わって初めての序列戦でフォースターがフェアクロフさんを倒して序列1位となって会長に就任した。

 

まあ試合を見る限り、フェアクロフさんが譲ったのは丸分かりだったけど。言っちゃアレだが、全力のフェアクロフさんが相手じゃフォースターは100回やって100回負けるだろう。

 

まあそれはともかく、譲って貰った形とはいえフォースターはフェアクロフさんを倒して会長に就任した。その辺りは既定路線であったので特に問題ない。

 

しかし俺の場合は……

 

「まぁな。俺もやる気はなかったが、ディルクから会長の座を奪う為にオーフェリアに違う奴を指名しろって言ったら、俺を指名してきたんだよ」

 

レヴォルフの生徒会長は序列1位が指名した相手だ。少し前まではディルクが生徒会長だったが神出鬼没なマディアス・メサとヴァルダが捕まった以上、奴を泳がす必要はないと判断して、奴から権力を奪う為オーフェリアに違う人間を指名しろと頼み、俺を指定して今に至るって感じだ。

 

「なるほど……まあディルク・エーベルヴァインが生徒会長でないならこちらも有難い話です」

 

「何だ?あのカスより俺の方が与し易いと?」

 

「いえ。あの男は割と星導館を目の敵にしていたので星導館と敵対していない貴方なら有難いと思っただけです」

 

なるほどな……ディルクは星導館、というか天霧を危険視して色々やってきたからな。天霧に恋するエンフィールドからしたらディルクは不倶戴天の怨敵だろう。

 

「まあ私としては八幡君と一緒で嬉しいけどね♡」

 

すると左隣に座る恋人のシルヴィが俺の腕に抱きついて、それはもう良い笑顔で抱きついてくる。

 

「いきなり抱きつくな、全く……」

 

そう言いながらもシルヴィの頭を撫でるとシルヴィはふにゃりと表情を緩める。

 

「だって八幡君が近くにいるんだもん。えへへー」

 

ちくしょう……前々からわかっていたが可愛過ぎだろ俺の彼女?

 

「あらあら、相変わらずラブラブですね」

 

「レティシア先輩が2人のイチャイチャには気をつけろとは言っていた理由が漸くわかったよ……」

 

「ほっほっほっ、人前でも平然と甘い会話をしてくれるわ。虎峰が見たら発狂しそうじゃのう」

 

「あの……それ以前にもう開始時間なんですけど」

 

そこまで考えているとエンフィールドとフォースター、界龍の生徒会長の星露と、アルルカントの生徒会長の左近がそんな事を呟きながら俺とシルヴィを見てくる。

 

言われて時計を見れば左近の言う通り開始時間を過ぎていた。

 

「悪い悪い……って、訳でシルヴィ離れてくれ」

 

俺がそう言うとシルヴィは不満タラタラの表情になる。この甘えん坊め。

 

「えー、もうちょっとだけ甘えて「帰ったら思いっ切り甘えて良いから」じゃあ帰ったら夕飯までずっとキスしてね?」

 

「……了解した」

 

帰ったら3時間以上キスをするのか。今日はもう1人の恋人のオーフェリアは若宮達チーム・赫夜と遊びに行ってるし、久しぶりにシルヴィと2人きりでキスをするようだ。

 

「もう普通に人前でもキスの約束をするんですね」

 

「だってもう世間にはバレてるし」

 

エンフィールドの苦笑にシルヴィが満面の笑みで答える。会見以降、シルヴィはテレビに出るときも平然と俺とオーフェリアに対して大好きと言うほど吹っ切れている。かくいう俺も街中で普通に2人とキスをする位には吹っ切れた。

 

「それより会議をしようぜ。てか会議って何をやるんだ?」

 

俺はディルクと仲が悪いから具体的な内容は知らない。

 

「会議の内容は学園祭の前には各学園の出し物関係、星武祭が近くなれば会場の準備やレギュレーションの調整、後は観客のトラブル対策とかですね」

 

俺の疑問に左近が答える。そういやアルルカントは昨年の鳳凰星武祭で代理出場という形で擬形体を出したが、その時は左近が手を回したのだろう。そう考えるとこの会議は割と重要なものと判断出来る。

 

「なるほどな。ちなみに星武祭が終わったばかりの今回は何を話すんだ?」

 

「そうですね……学園祭の議題は年が明けてから本題に入りますから、今回は他愛のない雑談をしながら学園祭に備えて軽いビジョンの説明、あたりですかね?」

 

「まあ星武祭が終わって最初の会議は大体そうだよね。あ、そういえばクローディアは優勝おめでとう」

 

「ふふっ、ありがとうございます。まあ決勝戦は本当に危なかったですけど」

 

言いながら俺を見てくる。まあ俺が若宮達チーム・赫夜を鍛えたのは有名だからな。そしてこれは知られてないが星露も鍛えたのだ。環境は間違いなくチーム・赫夜が1番恵まれていただろう

 

「あー、クロエは本当にあと一歩だったからね」

 

「儂は見ていて本当に楽しかったぞ。奇石とはいえ石のチームが玉の集いしチームを打ち破ったり、後一歩まで追い詰める……これだからこの街は堪らんのじゃよ」

 

星露は楽しそうに笑ってそう言ってくるが、俺も同感だ。若宮達は光る物はあるが玉か石なら石だ。にもかかわらずチーム・ランスロットを撃破してチーム・エンフィールドを追い詰めた。

 

負けたのは残念だったが見ていて素晴らしい試合だった。長い獅鷲星武祭でアレ程の試合は数える程しかないだろう。

 

だからこそ悔しい気持ちがある。この気持ちは暫く晴れないだろう。

 

「お前は本当に楽しそうだな」

 

「当然じゃ。儂が求めるものは強き者である。才があろうと無かろうが儂を滾らせる者は大歓迎じゃよ。その点で言えば次の王竜星武祭は楽しみで儂も参加したいくらいじゃよ」

 

星露の言葉で辺りの空気が変わる。王竜星武祭、最初の星武祭で3つの星武祭の中で最も盛り上がる星武祭だ。

 

「そういえば比企谷さん」

 

「何だ左近?」

 

「風の噂で聞いたのですけど、『孤毒の魔女』が次の王竜星武祭に出ないというのは本当なんですか?」

 

「ん?ああ、ディルクの所有物じゃなくなったアイツは叶えたい願いはないから出ないらしい。ま、あのアイツが出なくても王竜星武祭は荒れると思うぞ」

 

「そう、ですよね」

 

今シーズンの王竜星武祭は間違いなく歴代最大規模の王竜星武祭になると確信がある。

 

二連覇しているオーフェリアが出ない事で優勝の確率が上がると、王竜星武祭以外の星武祭に絞っている強者も王竜星武祭に参加する可能性がある。

 

また数十年ぶり、史上2人目のグランドスラムを成し遂げようとする天霧やリースフェルトを筆頭に各学園からは腕利きの猛者がゴロゴロ出てくるだろう

 

しかし……

 

「そういやフォースターよ。お前んところで王竜星武祭に出る奴で強い奴はいるか?」

 

ガラードワースは基本的に獅鷲星武祭に絞っているので、王竜星武祭に参加する選手の情報は掴みにくい。だから聞いてみるも……

 

「それで僕が馬鹿正直に答えるとでも?」

 

「思ってないけど、ダメ元で」

 

やはり答えてくれないか。ケチな奴め。

 

「では比企谷君のいるレヴォルフは比企谷君以外で誰が出てくるんですか?」

 

エンフィールドがニコニコしながら聞いてくる。

 

「教えてやっても良いが俺が答えた人数と同じ数だけお前も教えろ」

 

「あらあら。構いませんが早速王竜星武祭に備えて情報戦ですか?」

 

「まあそのつもりだ。言っとくが天霧とリースフェルトと小町は入れるなよ?」

 

可能なら星導館から出る人間も調べておきたいからな。

 

「あ、じゃあ私も参加しよっかな?」

 

「くくくっ、ならば儂も参加させて貰うとしようか。学園の長が言うなら信憑性はあるからのう」

 

するとシルヴィと星露もノリノリで参加してくる。となると後は……

 

「で、では僕も……」

 

左近も参加するようだ。これで後1人だ。俺達5人は残りの1人を見る。

 

「な、何ですかその目は?」

 

「いや?空気読めなんて思ってないから気にすんな」

 

「それ絶対に思ってますよね?!わかりましたよ参加しますよ!」

 

よし、フォースターも参加が決まった。ガラードワースの王竜星武祭に関する情報は少ないからな。手に入れておきたい。

 

「決まりですね。では何人発表しますか?」

 

「3人あたりで良いだろ?」

 

1人2人じゃ参考にはならないし、4人5人だと多過ぎる。

 

「私はそれで良いよ」

 

シルヴィが頷き他の面々も頷く。そして一息吐いて……

 

 

 

 

 

「「「「「「俺(私)(儂)(こちら)(僕)(ウチ)の学園から出る予定なのは………」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「思ったより平和だったな」

 

初めての六花園会議を終え、俺はシルヴィと共に自宅に入る。今日は初めに軽い情報戦をやった後は、軽い予算の話や他学園との合同作業の軽い打ち合わせなどをやって終わった。

 

「まあ今の時期はね。学園祭や星武祭直前は忙しいよ。それよりも初めの情報戦はやって良かったよ」

 

「だな。まさかガラードワースからは俺が叩き潰したい2人が出てくるんらしいしな」

 

さっきの情報戦を思い出す。フォースターはガラードワースから出る生徒として、序列34位の葉山、40位の一色に、46位の三浦の名前を出してきた。

 

これは明らかに本命を隠しているのが丸わかりの回答だが、それを責めるつもりはない。情報戦では重要な情報を隠すのは定石だ。俺もオーフェリアを除いてレヴォルフ最強候補の1人であるロドルフォの名前を出してないし、シルヴィも雪ノ下や由比ヶ浜と中堅クラスの人間の名前を出していたし。

 

しかしフォースターの出した3人の内の2人ーーー葉山と一色は俺が叩き潰したい人間だ。

 

特に一色、奴は俺達のキスシーンを撮って散々迷惑をかけてきた人間だ。もしも当たったら失格にならない程度に嬲ることも視野に入れている。

 

「あの野郎には散々迷惑をかけられたからな。当たったら全力ーーーそれこそ影神の終焉神装を使うつもりだ」

 

「いやそこは修羅鎧か夜叉衣にしなよ?終焉神装はやり過ぎだからね?」

 

ですよねー。星露と渡り合える終焉神装を一色程度の人間に使ったら死ぬ可能性は充分にあるしやめておこう。

 

「まあなんにせよ俺の前に立つなら全力で叩き潰すだけだ。今回は何としても優勝しないとな」

 

何せシルヴィは最後の星武祭だからな。ここで負けたらリベンジが出来なくなる。

 

「それはこっちのセリフだよ。八幡君には負けないからね?」

 

シルヴィは可愛らしくウィンクをしながらそう言ってくる。可愛いが譲るつもりはなさそうだ。

 

(まあハナから譲って貰うつもりはないけどな)

 

全力のシルヴィに勝たなきゃ意味ないし。アスタリスクに来てから俺も大分この街に染まってきたようだ。

 

「ああ。当たったら負けないから。俺のライバルさん」

 

「そうだね。でも今はライバルじゃなくて……恋人だよ」

 

ちゅっ……

 

するとシルヴィは俺の唇にキスをして、部屋に小さなリップ音か響く。

 

「随分いきなりだな……」

 

俺がそう口にするとシルヴィがジト目で俺を見てくる。え?今俺なんかしたか?

 

「八幡君、さっきした約束忘れたの?」

 

「約束?」

 

「帰ったら夕飯までキスをする約束」

 

「あ、アレか」

 

ヤバい、ど忘れしてた。内心冷や汗をかくなか、シルヴィはジト目で俺を見て俺の首に腕を絡めてくる。

 

「忘れてたんだ?」

 

「……済まん。許してくれ」

 

「……夕飯までじゃなくて寝るまでに変更するなら許してあげる」

 

寝るまでだと?つまり今3時だから9時間近くキスをしろと?マジで?

 

しかしシルヴィを見ると目がマジだった。これは断れないな……

 

「わかったよ、寝るまでキスしてやるよ」

 

俺がそう口にすると、シルヴィは直ぐに喜びを露わにして顔を近づけて……

 

 

「んっ……ちゅっ……」

 

再度キスをしてくる。このキス魔め、どんだけキスが好きなんだよ?

 

内心苦笑をしながらも俺もシルヴィにキスを返す。こうしてる時点で俺もキス魔になってきてるなぁ……

 

 

 

結局俺達はマジで寝るまでキスを続けたが、夕食後は帰ってきたオーフェリアも入れて3人でキスをした。その時に3人で座っていたソファーには若干唾液が溢れてしまったが、仕方ないだろう。



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比企谷八幡は冬休みの予定を考える

 

 

「そういや八幡、アンタは冬休みに恋人2人と一緒に実家に帰んのか?」

 

レヴォルフ黒学院の生徒会室にて、電子書類を片付けていると簡単な雑務をこなしているイレーネがそんな事を聞いてくる。

 

既に獅鷲星武祭が終わってから2ヶ月経過して冬休みまで1週間を切っているが、仕事は山程ある。

 

ちなみに他の役員のオーフェリアとプリシラと樫丸は別の仕事でここには居ない。尚、オーフェリアは仕事に行く直前に「もしもイレーネ相手にラッキースケベを起こしたら今夜干からびるまで搾り取るから」と低い声でそう言ってきてメチャクチャビビった。

 

閑話休題……

 

「いや。実は親父も今はアスタリスクで働いてて、実家は売ったんだよ」

 

「ほー、ちなみにアンタの親父って何の仕事をしてんだ?お袋の方は有名だけどよ」

 

レヴォルフに通う人間でお袋を知らない人間はいないだろう。何せオーフェリアの前に王竜星武祭で二連覇したり、ヘルガ・リンドヴァル警備隊長とやり合ったり、歓楽街のマフィア500人を治療院送りにしたりと様々な伝説を生み出しているし。母親ながら怖過ぎる……

 

「親父はアルルカントで『思想派』の事務をやってる。元々親父はアルルカントの『思想派』の人間だから」

 

「ほー、『原理の魔女』と同じか」

 

そういやアルルカント序列1位『原理の魔女』フェヴローニャ・イグナトヴィチも『思想派』の人間だったな。

 

「そうそう。学生時代は序列14位とそこそこ強いレベルだけどな」

 

親父の星武祭での最高成績は王竜星武祭ベスト16。割と良い成績で才能はある方だと思う。

 

まあ5回戦ではお袋に秒殺されたけど。しかしそれを見て弱いとは言わない。何故ならお袋は決勝戦の相手も30秒で倒したし。

 

「んで話を戻すが、両親共にアスタリスクに居るから新年に家族で会うかもな。年末年始はのんびり過ごしたい」

 

「ふーん。だから面倒くさがりのアンタが熱心に取り組んでいる訳なんだな」

 

イレーネは感心するようにそう言ってくる。今日の分の仕事はとっくに終わっているが、俺は冬休みに少しでも楽をする為に、冬休みにやる仕事の中で冬休み前でも出来る仕事をこなしている。

 

「まあな。でも何でお前もやってんだ?」

 

イレーネの場合、両親が屑だから絶縁状態だし、俺が立て替えた借金についてはディルクと違って星武祭で稼いだ賞金も返済に充てて良いと言ったので急ぎのバイトも無いはずだ。わざわざ必要以上の仕事をするとは思えない。

 

するとイレーネはそっぽを向きながら頬をポリポリ掻く。

 

「まーアレだ。ちょっと鍛錬でもしようかと、な。邪魔な仕事を早めに終わらせたいだけだよ」

 

鍛錬だと?まあ確かに『覇潰の血鎌』を失ってからのイレーネは体術の鍛錬を熱心に取り組んでいる。それはわかっているが、面倒くさがりのイレーネが仕事を早めにこなして鍛錬の時間を作るだと?

 

普通から考えにくい事だ。そうなると余程有意義な鍛錬……あ

 

(まさかイレーネもアレに参加しているのか?だったらカマをかけてみるか)

 

そう判断した俺は口を開ける。

 

「なるほどな……熱心で何よりだ。褒美に仕事が終わったら飯を奢ってやるよ」

 

「おっ、マジで?何を奢ってくれんだ??」

 

「ああ。最近見つけた中華料理店なんだよ。店の名前は……魎山泊」

 

俺がそう言った瞬間、笑顔だったイレーネの顔が凍りつく。ビンゴだな。

 

「やっぱりな……まさかお前も魎山泊の一員とは思わなかったぞ」

 

「な、何でテメエが知ってんだよ?!まさかお前も鍛えられているのか?!」

 

「んな訳ないだろ。あそこの生徒は壁を越えれる可能性のある人間だぞ」

 

魎山泊は星露が作り上げた私塾である。生徒は俺や天霧やシルヴィなどの壁を超えた人間を倒せる可能性のある人間だ。俺は星露に壁を超えた人間と言われているので生徒ではない。

 

「じゃあ何で知ってんだよ?」

 

「ちょっと前に星露に借りが出来てな。その借りを返す為に魎山泊でアシスタントをやってんだよ」

 

俺を鍛えてくれるというデカい借りが出来たので、俺は週に一度魎山泊に行き星露の手伝いをしている。

 

「ん?でも何でアタシはお前と会った事がないぞ?」

 

「俺が面倒を見てんのは能力者だからな」

 

星露は生徒の身体能力や反応速度を高めるのが仕事で、俺の仕事は能力者と戦って生徒の新しい技を磨くのを手伝う事だ。

 

「へー、ちなみに誰を鍛えてんだ?」

 

「悪いが星露に口止めされているから教えられないな」

 

「ちっ」

 

その辺りは公平を期す為だろう。実際にチーム・赫夜の件についても他言無用と言われたし。

 

ちなみに俺が面倒を見ているのはガラードワースの序列7位のノエル・メスメルとクインヴェールの序列35位のヴァイオレット・ワインバーグの2人だ。2人は共に能力者なので、俺が多彩な攻めを見せて攻撃のバリエーションを増やすように指導している。

 

しかしこの2人、才能はあるんだが負かすと面倒くさい。ノエルの方は割と泣き虫で泣くと罪悪感が凄いし、ヴァイオレットは負けると地団駄を踏んでキーキー喚いて煩くて苛々する。

 

魎山泊は週に一度だが、4日後にある魎山泊で俺がやるのはヴァイオレットだし……今から憂鬱だ。

 

「まあ来年になる頃はわかると思うぞ」

 

既に魎山泊が開いてから1ヶ月、俺の担当している2人は能力の幅が広がっているし、序列戦を見れば1発でバレるだろう。

 

そこまで考えていると……

 

「……ただいま」

 

「ただいま戻りました」

 

「こ、これが向こうから会長に渡された仕事です!」

 

他の役員3人が帰ってきて、最後に部屋に入ってきた樫丸が電子書類を渡してくる。どうやら会長の俺の承認が必要の書類のようだ。

 

「はいよ。とりあえずご苦労さん」

 

「……問題ないわ。それより八幡、イレーネにラッキースケベはしてないわよね?」

 

「してねーよ!本人に聞いてみろ」

 

帰ってまず聞く事がそれかよ?!前科があるとはいえどんだけ疑われてんだよ俺は?!

 

「……イレーネ?」

 

「い、いや!してねぇぞ!」

 

オーフェリアがドス黒いオーラを撒き散らしながらイレーネに質問する。イレーネは引き攣った笑みを浮かべながら首を横に振るうとオーフェリアからドス黒いオーラが消える。

 

「……そう、なら良いわ」

 

「そいつはどうも。それより外で仕事をしてきた3人は上がって良いぞ。イレーネも今日の分が終わってるなら構わない」

 

「……私は残るわ」

 

オーフェリアは手を挙げてそう言ってくる。オーフェリアは毎回俺が上がるときに上がるからな。まあ家が同じだし当然だけど。

 

「ふーん……じゃあ私は上がるわ。大分飽きてきたし」

 

「では私も失礼します」

 

「お、お疲れ様です」

 

そう言って3人は会釈をして生徒会室から出て行った。同時に俺とオーフェリアは2人きりになり、オーフェリアが俺の隣に座って電子書類の一部を取っていく。

 

「いつも悪いな」

 

「……副会長として、彼女として八幡を助けるのは当然のことよ」

 

「それでもだよ、ありがとな」

 

「……んっ」

 

オーフェリアの頭を撫でるとくすぐったいそうに目を細める。オーフェリアのこの仕草はマジで可愛いんだよなぁ……

 

「ところで八幡、クリスマスに何が欲しい?」

 

「あん?そうだな……オーフェリアとシルヴィだな」

 

「……八幡のエッチ」

 

「違ぇよ!お前らと過ごす時間って意味だよ!」

 

何でそっち方向だと思うんだよ?!そ、そりゃまあ……3人で聖なる夜を性なる夜にしたい気持ちがない訳じゃないけどな?

 

「……でも、八幡が望むなら」

 

「おーいオーフェリア?望む事を前提で話すのを止めてくれない?」

 

「望んでないの?」

 

「望んでます」

 

しまった。つい、ノリで答えてしまった。やはり俺はオーフェリアとシルヴィの前だとかなり素直になってしまうな。

 

「ふふっ……やっぱり八幡はエッチね」

 

オーフェリアはクスクス笑いながらそう言って電子書類を片付け始める。本来なら一言や二言言いたいが、少し前のオーフェリアなら絶対に見せない可愛らしい笑みを見てしまったら何も言えなくなってしまう。

 

しかしそんな自分は嫌いじゃなかった。

 

内心苦笑しながら俺は自分の仕事を片付けるのを再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後、仕事を済ませた俺とオーフェリアは家バレを防ぐ為にいつものように変装をしていつものように帰宅した。ここまではいつも通りだ。

 

そこから違いがあるとすれば……

 

 

 

 

 

 

「お、おかえり2人共。ご飯にする?お風呂にする?それとも……わ、私?」

 

もう1人の恋人が裸エプロン姿でそんな事を言ってくることだろう。玄関を開けてリビングに向かっていると、リビングから裸エプロン姿のシルヴィがやって来ていきなりそんな事を言ってきたのだ。

 

(マジでなんなんだこいつは?そんなに俺を野獣にしたいのか?)

 

こんな姿を見たら今直ぐ押し倒して食い尽くしたいだろうが。こいつは自分の可愛さを理解しているのか?

 

とはいえ……

 

「じゃあ、シルヴィで……んっ……」

 

「んっ……ちゅっ……」

 

これ以外の選択肢はないだろう。俺はシルヴィを抱き寄せてキスをする。するとシルヴィは目を見開いて驚くも直ぐにキスを返してくる。

 

同時に仕事で溜まった疲れが見る見る回復してくる。シルヴィのキスって凄過ぎだろ?

 

「……八幡、私もする」

 

するとオーフェリアも仲間外れにするとばかりに不満そうな表情を浮かべながら俺のシルヴィの間に入って同じようにキスをしてくる。

 

すると更に幸せな気分になる。やはりオーフェリアやシルヴィと一対一でキスをするより3人でする方が幸せになるな。

 

そう思いながら俺達は互いの唇を更に求めるべく強く抱きしめあった。

 

 

 

 

「で、何でいきなり裸エプロンで迎えてきたんだ?」

 

それから20分後、俺はオーフェリアとシルヴィに挟まれながら夕食を口にする。既にシルヴィは裸エプロン姿ではなくなっている。誠に残念極まりない。どうせならオーフェリアと一緒にダブル裸エプロンが見たかったんだが…….

 

「えっと今日クリスマスのプレゼントについて調べてたの。だけど中々良いのが無くて男の子の喜びそうなものを色々調べたら裸エプロンが目について……八幡君ってエッチだし」

 

「否定はしないが当たり前のように言わないでくれ」

 

そしてオーフェリアはコクコクと頷かないでくれ。

 

「じゃあ嫌だった?」

 

「いや全然全く」

 

「やっぱりエッチじゃん」

 

「いや待て俺は悪くない。悪いのはお前の可愛さだ」

 

「もー、八幡君ってお世辞が上手いんだから……えへへ」

 

シルヴィがそう言いながらもニヤニヤして俺に抱きついて甘えてくる。ほら、やっぱり可愛い。こんな可愛い子の裸エプロンを見て興奮しない男はいないだろう。まあ他の男に見せるつもりはないけど。

 

「全くこの甘えん坊め……それより飯を食べようぜ」

 

「あっ、そうだね」

 

「割と話し込んだわね」

 

話し込んだからか大分冷めちまっている。可能なら温かい飯が食いたいので話は一時中断する。それを聞いたシルヴィとオーフェリアも頷いて食べ始める。

 

そして暫く食べて、もう直ぐ卓の料理が無くなる頃シルヴィが口を開ける。

 

「あ、そういえば八幡君にオーフェリア。クリスマスイブなんだけどさ、今日美奈兎ちゃん達にクリスマスパーティーに誘われたんだけど一緒に参加しない?獅鷲星武祭についてのお礼もしたいらしいし」

 

お礼ねぇ……律儀な奴だ。俺は別にやりたいからやっただけなんだが。

 

「別に構わないがイブだけな。クリスマスはお前ら2人だけと過ごしたい」

 

去年はクリスマスとクリスマスイブはシルヴィが仕事でおらずオーフェリアと2人きりだった。勿論仕事だから仕方ないが、物足りなかったのは事実。シルヴィの仕事のない今年は3人でクリスマスを過ごしたい。

 

「もちろん。私もクリスマスは3人で過ごしたいし」

 

「……私も構わないわ」

 

「決まりだね。じゃあ当日までにプレゼントの用意をしといてね。プレゼント交換があるし」

出たよプレゼント交換。俺アレ嫌いなんだよな。相手が喜ぶプレゼントを選べる自信ないし。

 

しかし2人もパーティーに参加する以上頼るわけにはいかないし、エンフィールド辺りに助言を求めるか。

 

「了解した……」

 

嫌だが、流石に持っていかない訳にはいかないので俺は了承の返事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから6時間後……

 

 

「んじゃ、大晦日に俺の家だな」

 

『悪いな。私達夫婦の家は汚いし、小町は寮だから必然的にアンタん家しかないんだよ』

 

飯を食った後はいつものようにイチャイチャして、いつものように3人で風呂に入り、いつものように3人で寝ようとしている。今はお袋と年末年始の予定について話してるけど。

 

「別に構わないよ。じゃあまた大晦日に」

 

『あいよ。またな馬鹿息子』

 

お袋が通話を切ったので、俺も空間ウィンドウを閉じて端末をベッドの傍に置く。するてシルヴィとオーフェリアが部屋に入ってくる。

 

「八幡。年末年始の予定はどうなったの?」

 

「大晦日にウチに泊まることになった。って訳で年末に来客用の布団を買いに行こうぜ」

 

ウチにある寝具はベッド一つだけだし。親父にお袋に小町が来るなら布団の用意をしておかないといけない。

 

「はーい。でも八幡君は結構忙しいだろうし、私が買いに行こうか?クインヴェールの生徒会長ってお飾りだし」

 

「……まあ忙しいのは否定しない。状況によっては頼んで良いか?」

 

「もちろん。それじゃあ寝ようか。明日の早いし」

 

言いながらシルヴィは電気を消す。すると月明かりによって自室が照らされて、2人が俺に近付くのがわかる。

 

そして……

 

「「おやすみ八幡(君)、大好きよ(だよ)」」

 

ちゅっ……

 

いつものように3人でキスをしてベッドに入る。これでまた明日も頑張れるな。

 

それにしても最近は生徒会長の仕事や自身の鍛錬、魎山泊のアシスタントなど色々な事をやってるな。

 

アスタリスクに来る前の俺なら絶対に想像出来ない行為だが、不思議と気分は悪くなった。

 

それも全て俺に抱きついている2人の恋人のおかげだろう。2人によって俺は割と積極的になれたのだから。

 

(ありがとな)

 

内心感謝を告げながら俺は突如やってくる睡魔に逆らわずにゆっくりと意識を手放した。



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比企谷八幡は生徒会の仕事が無くとも割と忙しい

「撃ぇーっ!」

 

板張りが広がる空間にて、金髪の少女の甲高い声が聞こえる。同時に彼女の周囲の空間が歪むようにして拳大の砲弾が12発生まれて即座に俺の方に向かってくる。

 

俺は即座に足に星辰力を込めて横に思い切り跳んで砲弾の攻撃範囲から逃れ……

 

「そらっ」

 

俺が砲弾を回避した隙を突いて接近戦を仕掛けてこようとする少女に蹴りを放つ。

 

「くっ……やっぱり一筋縄ではいきませんの……!」

 

少女はマスケット銃型煌式武装で俺の蹴りを防ぎ直撃は避けれたが、衝撃を全て殺すことは出来ずに後ろに飛ぶ。俺はその隙を突こうと再度足に星辰力を込めて前に踏み込もうとする。

 

が……

 

「白幕の崩弾!……からの紅烈の崩弾!」

 

白い砲弾が彼女の足元に放たれて、白い煙を噴き出して身を隠す。そしてそれから数秒して万応素が騒めいたかと思えば、5メートルを超える巨大な紅の砲弾が俺に向かってくる。

 

煙幕を張って身を隠してから、高威力の一撃……彼女の能力からしたら理想の戦術だ。

 

が、まだ甘い。

 

「影の鞭軍」

 

俺は背中に星辰力を込めて背中から8本の影の鞭を生み出し……

 

「よっと」

 

『ダークリパルサー』を4本取り出して宙に投げつけて、4本の影の鞭に『ダークリパルサー』を掴ませる。

 

そして……

 

「行けっ!」

 

8本の影の鞭を放つ。内『ダークリパルサー』を持ってない鞭4本は紅の砲弾から俺を守るように放ち、『ダークリパルサー』を持った鞭は白い煙に身を隠す少女に向けて放った。

 

すると……

 

「ちっ……」

 

俺の前方で影の鞭と紅の砲弾がぶつかり爆発が生じて、爆風によって俺の右手を少しだけ焦がす。どうやらあの紅の砲弾は予想以上の威力があるようだ。

 

しかし……

 

「ぐぅぅ……!な、何ですのこれ?!」

 

少女のいる白い煙の中から苦しそうな声が聞こえてくる。右手に熱を感じながら声のした方向を見れば、煙が晴れて腹に『ダークリパルサー』を刺されている少女がいた。

 

『ダークリパルサー』は殺傷力はないが超音波によって相手に頭痛を与える煌式武装。既に少女はマトモに動くことは出来ないだろう。

 

そう思いながら俺は彼女に近づき……

 

 

 

「詰みだ。頭痛が治り次第反省会な?」

 

首に『ダークリパルサー』を突きつけてそう呟いた。

 

 

 

 

 

「きぃぃぃぃぃぃっ!悔しいですの悔しいですの!悔しいですの!」

 

それから15分後、俺と戦っていた少女ーーークインヴェール女学園序列35位ヴァイオレット・ワインバーグは悔しそうに地団駄を踏む。

 

俺は今界龍の序列1位の星露が作り上げた私塾『魎山泊』のアシスタントとして、俺と同じ能力者のワインバーグの指導をしている。

 

何故アシスタントをしているかというと、星露には処刑刀ひいてはマディアスとの戦いに備えて鍛えて貰ったという大きい借りがあるからだ。

 

俺を強くしてくれたのは感謝しているから、アシスタントをする事に対して面倒だとは思うが拒否するつもりはない。

 

しかしだからといって界龍とレヴォルフの生徒会長が他校の生徒を鍛えるって普通に問題じゃね?一応魎山泊に行く時は統合企業財体に悟られないように影に潜って来ているがバレたら絶対に面倒だ。

 

閑話休題……

 

俺の仕事は2つある。

 

1つは星露が確立させた能力者のスタイルを実戦で伸ばす事

 

もう1つは星露と戦って奴を楽しませる事

 

後者に至ってはアシスタント関係ないが気にしないでおく。

 

そんな訳で俺は今、前者の方の仕事ーーーワインバーグの面倒を見ているが、奴の悔しがりっぷりを見て頭痛を感じる。こいつマジでお嬢様のおの字もないな……

 

「うるせえぞハンバーグ。文句言ってる暇があるなら反省会やるぞ。もう頭痛は治ってるんだろ?」

 

「ワインバーグですわ!」

 

「お前が大人しくなったらやめてやるよ。ワインハンバーグ」

 

「ですから!……ああもう!わかりましたわよ!頭痛は治ってますから反省会をやりますわよ!」

 

何でこいつはここまで高飛車なんだよ。相撲部屋的な意味で可愛がってやろうか?

 

「へいへい。んじゃ先ずは総評から行くぞ。魎山泊に入ったばかりだから未熟だが、基本的な戦闘スタイルーーー至近距離からでも能力を使うのは間違っちゃいない」

 

少し前のワインバーグが遠距離に特化した戦い方で接近戦に弱かった。しかしまだ殆ど習ってないとはいえ、星露の鍛錬を受けたのでそれなりに形にはなっている。このまま行けば次の王竜星武祭には立派な武器になるだろう。

 

「だからお前のやる事は攻め手をとにかく増やせ」

 

「攻め手とはどちらですの?体術?それとも私自身の能力?」

 

「両方だが、前者は星露との戦いで自然と身につくだろうから、後者を中心にだ。お前の能力は俺や星導館のリースフェルト、ガラードワースのブランシャールみたいなバランスタイプではなくて、攻撃特化だから攻め手の数が強さに直結する」

 

ワインバーグの能力は万応素から銃弾や砲弾を作る能力だ。破壊力なら申し分ないが、防御力を高めたり機動力を上げたりする事は出来ないと、まさに攻撃特化の能力。

 

そんな奴が中途半端に防御性や機動性に直結する技を身につけても焼け石に水だ。それならいっそ全てを攻撃に注ぎ込んだ方が合理的だ。

 

「だからお前はとにかく沢山の種類の弾丸を作れるようになれ」

 

言いながら俺は空間ウィンドウを開いてワインバーグに投げ渡す。

 

「何ですのこれは?」

 

「PMCなどで使われている様々な種類の銃器の映像データだ。暇さえあればそれを見とけ。んじゃ10分後にもう1試合な」

 

短いかもしれないが、星露からは普通に容赦しないでやれと言われてるからな。多少厳しくはさせて貰う。

 

「比企谷先生並みにスパルタですわね……」

 

「あん?お袋ってそんなにスパルタなのか?」

 

クインヴェールの教師に就任して直ぐにクインヴェールの序列者をぶちのめしたのは知っているが、お袋の教育方針は余り聞かない。

 

「スパルタですわよ!獅鷲星武祭に備えた訓練では何度も吐かされましたわ!!」

 

お袋ェ……女子相手にゲロを吐かせるって……

 

「しかも桁違いに強過ぎますのよ!今日なんて授業で私に加えて美奈兎と雪乃、結衣の4人がかりで挑んで傷一つ付けられませんでしたのよ!!」

 

そんな事を言いながら空間ウィンドウを開いて渡してきたので見てみれば……

 

「うわぁ……」

 

圧巻の一言だった。若宮が拳を、雪ノ下が氷の槍を持って近接戦を仕掛けても軽々と受け流していた。しかもカップ酒を飲みながら。

 

流れを変えるべく後方にいるワインバーグと由比ヶ浜は砲弾と爆発する犬を放ったら、即座にカップ酒を飲み干してから容器を投げ捨て、若宮と雪ノ下の襟首を掴んだかと思えば砲弾と犬に投げつけて同士討ち。

 

2人が倒れた事によって呆気に取られたワインバーグと由比ヶ浜に蹴りを放って試合終了。

 

今更だがウチのお袋強過ぎだろ?そしてクインヴェールの生徒はそんなお袋に鍛えられている……ヤバイな。今シーズンの総合順位はレヴォルフがビリになるかも。

 

獅鷲星武祭が終わった時点での総合順位は1位が星導館、2位が界龍、3位がガラードワース、4位がアルルカント、5位がクインヴェールでビリがレヴォルフだ。

 

ここまで予想内だ。レヴォルフは鳳凰星武祭と獅鷲星武祭に弱いからな。

 

だからレヴォルフは毎回王竜星武祭に賭けているが、クインヴェールが予想以上に強くなったら順位を上げるのが難しくなる。

 

(まあいっか。レヴォルフもクインヴェール程じゃないがビリをとった事があるし)

 

そう思いながらスポーツドリンクを飲んでいると……

 

「どうじゃ八幡。此奴の状況は?」

 

今俺とワインバーグのいる異空間を作り出した張本人にして、魎山泊の創始者の星露がこの空間に入ってきた。

 

「ぼちぼちだな。てかお前今日は妙に遅かったな」

 

いつもなら俺とワインバーグの戦いを見ていてその後に俺と戦うが、今回は俺とワインバーグが戦っている時は居なかった。

 

「うむ。新しく目を付けた者に声をかけてきたのじゃよ」

 

その言葉に俺とワインバーグが息を呑む。新しく目を付けた者という事は壁を越えた者を倒せる可能性のある人間ということ事になる。

 

「誰ですのそれは?」

 

ワインバーグが星露に尋ねるが、気になるのも仕方ないだろう。基本的に魎山泊にいる面々は皆王竜星武祭を目指している者だし。

 

「秘密じゃ。まあ王竜星武祭が始まれば嫌でもわかる。それより八幡よ。早速だが儂と戦おうぞ」

 

星露はキラキラした目を向けてそう言ってくる。どんだけこいつは戦いに飢えてるんだよ?

 

「やるのは構わないが、お前今日の序列戦で大暴れしてたじゃねぇか」

 

今日は界龍の公式序列戦があったのだが、星露は挑んできた全ての挑戦者(星露の門下生でない序列入り)を秒殺していた。暁彗あたりなら戦えると思うが、あいつは獅鷲星武祭が終わってから武者修行の旅に出たらしい。

 

「何を言っておる。あの程度で儂が滾るわけないであろう。ここ最近儂の1番の楽しみはお主との戦いじゃ……破っ!」

 

次の瞬間、星露は俺に蹴りを放ってくるので、俺は星辰力を手に纏い星露の蹴りを受け止める。しかし完全に防ぐことは出来ずに後ろに吹き飛ぶ。

 

(上等だコラ。今日こそ金星貰うぞ……纏え、影狼修羅鎧)

 

そう思いながらも俺は自身の身体に黒く分厚い鎧を纏い……

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

即座にその鎧を凝縮して悪魔のような翼を背中に生やす。俺の最強の技は、既に星露との鍛錬で短時間なら後遺症なく使用出来るし、以前星露と戦った時にワインバーグの前で使ったらワインバーグの目も気にする必要はない。

 

俺は近くにある柱を蹴飛ばしその勢いで星露の元に向かいながら、背中の翼に星辰力を込めて加速する。

 

流星の如き速さで星露との距離を詰めると……

 

「くくくっ……!週に一度の戦いじゃ!全力でいかせて貰うぞ」

 

オーフェリアとは異なる絶対的な圧力を生み出しながら迎え撃つ構えを見せてくる。

 

そして……

 

「おらっ!」

 

「破っ!」

 

互いの拳が互いの顔面に当たり、互いは反発するかのように吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「くそっ……今日も勝てなかった」

 

俺は今アスタリスクの中央区にあるショッピングモールにいる。何でショッピングモールにいるかというと、チーム・赫夜とやるクリスマスパーティーに備えてプレゼントを買う為だ。

 

しかし女子の好きなもんなんて中々決められないな……

 

着いて早々どうすれば……と、悩んでいる時だった。

 

「あら?八幡さんではありませんの?」

 

後ろからそんな声が聞こえたので振り向くと知った顔がいた。

 

「フェアクロフ先輩、お久しぶりです」

 

噂をすればなんとやら、チーム・赫夜のメンバーのフェアクロフ先輩がいた。俺が生徒会長になってからは直接は合ってないが、偶にメールをするくらいには交流がある。

 

「そうですわね……って、ボロボロじゃないですね。またラッキースケベをしてシルヴィアとオーフェリアにやられたのですの?」

 

「違います。星露と戦った結果こうなりました」

 

てか俺が怪我した理由として真っ先に思い浮かんだのが、ラッキースケベによる制裁かよ?

 

「ああ……」

 

若干ショックになる中、フェアクロフ先輩は納得したように頷く。実際俺は星露と戦ってボロボロだ。

 

影神の終焉神装を使ってる時は何とか星露に食らいつけていたが、時間切れになった瞬間、鳩尾に星露の拳が叩き込まれて負けた。よって今回も俺が黒星であり、残念極まりない。

 

「まあそんな訳で俺の怪我の原因は戦闘による負傷です。てかフェアクロフ先輩は何でショッピングモールに?」

 

「はい。例のクリスマスパーティーのプレゼントを買いに。もしかして八幡さんも?」

 

「はいそうです」

 

「でしたらお願いがありますの。私、こういったものには疎いので付き合って貰ってもよろしくて?」

 

まあ、確かにフェアクロフ先輩は貴族の人間だから疎いかもしれないし、協力したいのは山々だ。

 

「でも大丈夫なんすか?一緒にプレゼントを探したら買う物がわかるじゃないすか?」

 

「そうですわね……あ!では気に入った物があったら、肩を叩きましょう。叩かれた方は店を出て待つというのはどうですの?」

 

……まあ、それなら問題ないが俺もこういったものに疎いからなぁ……

 

どうしたものかと悩んでいると……

 

「ダメ……ですの?」

 

フェアクロフ先輩がションボリした雰囲気になりながらも上目遣いで俺を見てくる。その顔は反則なんでやめて下さい。

 

「わかりましたよ、お付き合いします」

 

俺がそう口にするとフェアクロフ先輩はパアッと輝くような笑みを浮かべてくる。

 

「ありがとうございます。やはり八幡さんに頼って正解でしたわ。さ、参りましょう」

 

フェアクロフ先輩はそう言って歩き出すので俺はそれに続く。

 

(っと、その前にオーフェリアとシルヴィにメールを打たないと)

 

一応彼女じゃない女子と買い物をするからな。

 

俺が『ちょっとフェアクロフと会って買い物に付き合う事になったんだが良いか?』とメールに記して2人の端末に送信すると……

 

『いいよ。ただしラッキースケベはしないでね』

 

『わかったわ。ただしラッキースケベはしないで』

 

 

暫くしてから2人からそんなメールが来た。どんだけ疑われてんだよ?

 

内心釈然としない状態で俺はフェアクロフ先輩の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、八幡君にメールを送ったし行こうか」

 

「そうね。それにしてもわざわざ買い物に付き合ってくれてありがとう」

 

「別に良いって。私も久しぶりにショッピングモールに行きたかったし」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ユリスさん」

 

「ん?小町か、奇遇だな」

 

「そうですね……って、やっぱりお互いボロボロですね」

 

「全くだ。力が強くなる自覚はあるが、『万有天羅』の訓練は厳しいものだな……」

 

「そうですね。小町は食品を買いに来たんですけどユリスさんは?」

 

「私は生活必需品を少々な」

 

「あ、じゃあ一緒に行きませんか?」

 

「別に構わないぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉山君、やっぱりクリスマスパーティーの装飾を一番最初に買いに行こうよ」

 

「いやいや、先にケーキの予約だろ?」

 

「始めにバラバラになってプレゼントを買う方が良いんじゃない?」

 

「ははっ……落ち着きなよ。皆仲良くしないとね」

 

「あ、ごめんね。修行していて疲れた葉山君に気をつかっちゃって」

 

「そのくらいなら大丈夫だよ。疲れているのは俺の訓練に付き合ってくれている皆もだろ?それより早く行こうぜ」

 

 

 



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やはりソフィア・フェアクロフはポンコツである

「それで八幡さん。何が美奈兎さん達が喜ぶと思いますの?」

 

ショッピングモールにて、フェアクロフ先輩が俺に話しかけてくる。現在俺は偶然会ったフェアクロフ先輩と一緒にクリスマスパーティーのプレゼント交換で用意するプレゼントを探している。

 

周囲からはそれなりに視線を感じているが問題ないだろう。オーフェリアとシルヴィからは了承を得ているし、フェアクロフ先輩とは距離を取っているし、既に俺がチーム・赫夜に協力している事は有名だし。

 

邪推はされてネットで叩かれる事はあっても浮気扱いにはならないだろう。先月も魎山泊の修行を終えたばかりの若宮と偶然会って、一緒に飯を食った際は、特に浮気扱いにはならなかったし。

 

「そうですね……と、言ってもチーム・赫夜って全員趣味が違いそうですからね」

 

「まあ美奈兎さんとクロエさんでは趣味が全く逆ベクトルですわよね」

 

俺が若宮にプレゼントをあげるとしたら可愛い髪飾りとかだが、フロックハートの場合は万年筆とか手帳になるだろう。じゃあ無難に装飾品にすればどうかと言えば、蓮城寺も礼儀正しいタイプの人間で派手な装飾品は好まないだろうし、アッヘンヴァルも装飾品よりぬいぐるみを好みそうだ。

 

「となると女の子らしい実用品、ですかね?」

 

「実用品といいますとエプロンとかですの?」

 

「ですね。後は弁当箱とか……」

 

「なるほど……あ!あそこに雑貨屋がありますのでそこに行きましょう!」

 

見れば女の子向けの雑貨屋が目に入る。まああそこなら良い物がありそうだな。入るのに抵抗を感じるが、この際に文句は言ってられないな。

 

「了解しました。では……」

 

俺が小さく頷くとフェアクロフ先輩は人に迷惑のかからない程度の速さで早歩きをして雑貨屋に向かうので、俺はゆっくりとしたペースでそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雑貨屋は外から見たように女子向けの店で、可愛らしい物が沢山ある。レヴォルフの制服の着ている俺は完璧に異端なる存在だろう。店員さんや客は唖然とした表情を見せる。

 

しかしもう気にしない事にした。んな事で一々気にしているなら、シルヴィとオーフェリアの2人との交際も出来ないし。

 

「八幡さん八幡さん!このエプロンは如何でしょう?!」

 

そんな声が聞こえたので見ればフェアクロフ先輩が右手に薄ピンク色のエプロンを持っていた。

 

「良いですねそれ。可愛くもありながら綺麗さもありますし」

 

フェアクロフ先輩が持っていたエプロンは男の俺から見ても女の子らしくプレゼントに適したエプロンだった。これならチーム・赫夜のメンバーだけでなく、オーフェリアやシルヴィの全員が似合うだろう。

 

というかオーフェリアとシルヴィがこのエプロンを使って裸エプロンをやったらマジで最高だわ。俺が家に帰ると玄関で2人が『おかえりさない、ご飯にする?お風呂にする?それとも……私?』なんて恥じらいながら言ってきたら、俺は即座に理性を吹っ飛ばして玄関で2人を押し倒す自信があるくらいだ」

 

「は、ははははは八幡さん?!いきなり何を言ってますの?!」

 

そこまで考えているとフェアクロフ先輩の叫び声が聞こえてきたので顔を上げると、顔を真っ赤にしたフェアクロフ先輩がいた。否、店にいる他の客や店員も真っ赤になりながら俺を見ていた。

 

「なんすかいきなり?」

 

「それはこっちのセリフですわよ!い、いきなりは、は、裸エプロンだなんて……」

 

「え?もしかして口に出していましたか?」

 

「バッチリと」

 

マジか……俺の妄想が口に出たのかよ……これは恥ずかしいわ。

 

「そ、それで!八幡さんはシルヴィアとオーフェリアに裸エプロンをさせているのですの?!」

 

フェアクロフ先輩が詰め寄るように聞いてくる。気の所為かフェアクロフ先輩が興奮しているように見えるんだが……

 

「いえ。俺が2人に強要した事はないですね。偶に不意打ちでやってくるんです」

 

俺が家に帰ると偶に裸エプロンで迎えてくるのだ。しかも週に一度とかでなく不規則に。1ヶ月以上間隔をあける時もあれば、1週間ずっと裸エプロンで迎えてくる時もあり、予測が出来ない。出来ないが可能なら毎日やって欲しい。

 

すると……

 

「は、破廉恥ですわよ!そ、そんな裸エプロンだなんて……」

 

フェアクロフ先輩は真っ赤になってモジモジし始める。毎回思うがこの人可愛すぎだろ。もしもこの人が裸エプロンをしたら……

 

『お、おかえりなさいまし……八幡さん』

 

……ヤバい。間違いなくエロ可愛いだろ。見たいな

 

 

pipipi……

 

そこまで考えているとポケットからメールの着信音が鳴る。端末を開くとメールが2通来ていた。それも同じ時間に。

 

(ヤバい、このパターンは……)

 

冷や汗を流しながらメールを開くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『fromオーフェリア 八幡、今ソフィアの裸エプロン姿を想像したでしょ?今夜搾り取るから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今ソフィア先輩の裸エプロン姿を想像したよね?今夜搾り取るから』

 

怖い!何故わかった?!前から思っているが、オーフェリアとシルヴィ、俺の服に盗聴器……いや、盗聴器じゃ俺の頭の中は読み取れないし違うな。

 

(でも何でわかるんだよ?!アレか?!恋する乙女は無敵ってか?!)

 

 

「……さん?」

 

だとしたら本当に無敵だろう。俺が2人に勝てる要素はない。仕方ないが、今夜は大人しく搾り取られよう。

 

「……さん!」

 

まあ俺も搾り取られるのは嫌じゃ「八幡さん!」うおっ?!いきなりなんだ?

 

考え事を止めて顔をあげるとフェアクロフ先輩が俺の肩を叩いていた。

 

「なんすか?」

 

「なんすかではありませんわ。さっきから声を掛けているのに返事をしなかったので」

 

「すんません。ちょっと予想外のメールが来たんで」

 

恋人2人が俺の頭の中を完璧に読むというあり得ない事をやってきて思考を停止してしまったようだ。

 

「そうですの?……それより!裸エプロンのような破廉恥なやり取りは厳禁ですわ!」

 

いや、裸エプロンぐらい大丈夫でしょ。フェアクロフ先輩は既に俺が2人を抱いているのを知っているんだし。

 

しかし馬鹿正直にそう言うと面倒な事になるのは予測出来るので……

 

「わかりましたよ。今後は出来るだけ自重します」

 

とりあえず謝っておく。でないとフェアクロフ先輩は説教をやめないだろう。

 

それはダメだ。さっきからフェアクロフ先輩は周りを見失っているのか裸エプロン裸エプロンと何度も言っている。これ以上言い続けたらマジで俺の立場が危ない。

 

そう判断して謝った。しかし……

 

 

 

 

 

 

 

「約束ですわよ!言っておきますが裸エプロンだけではなく、ゴスロリやスクール水着、プリキュアのコスプレも自重してくださいまし!」

 

次の瞬間、フェアクロフ先輩は俺が2人によく頼むコスプレのラインナップを声に出して説教をしてきた。

 

「(おい!この人TPOを読んで説教しろよ!)フェアクロフ先輩!わかりましたから店で説教をするのはやめてください!」

 

「えっ……はっ!」

 

フェアクロフ先輩も今俺達のいる場所を理解したようだ。ハッとした表情で辺りを見渡すも……

 

(.あーあ、俺の趣味嗜好が知られちまったよ)

 

店内にいる全員がゴミを見る目で俺を見ていた。やっぱフェアクロフ先輩はポンコツだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでしたわ!」

 

それから10分、とりあえず店を出た俺達は休憩スペースに行った。そしてとうちゃくするや否やフェアクロフ先輩は土下座する勢いで頭を下げてくる。

 

「……お気にならさず。元はと言えば俺が裸エプロンなんてアホな事を考えて口に出したのが悪いんで」

 

そもそもの発端は女子との買い物中に裸エプロンなんてアホな事を考えて呟いた事だし。アレだけで店にいた人は俺の趣味が裸エプロンと理解したし。

 

「ですが、他の趣味を知られたのは私の所為ですし……」

 

まあ、そこはな、フェアクロフ先輩が興奮して周りを失念してたからだな……

 

てか……

 

「何で俺の趣味を知ってるんですか?」

 

そこだ。俺は話した覚えはないし、フェアクロフ先輩が俺の趣味をどうやって「獅鷲星武祭より前に私達チーム・赫夜がオーフェリアと女子会をした際に、無趣味だと思っていた八幡さんはどんな趣味かと聞いたら……」オーフェリアェ……奴には帰ったらお尻ペンペンの刑だな。

 

「はぁ……もう良いですから気にしないでください」

 

もう今更だろう。過ぎた事に怒っても意味がないし。

 

「ですが、八幡さんに迷惑を……ですから何かお詫びを……」

 

そう言われてもなぁ……思う事がない訳ではないが、お詫びを求める程ではない。

 

どうしたものかと悩んでいると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ!で、でしたらお詫びとして今度八幡さんの好きなプリキュアの格好をして恩を返しますわ!」

 

「ぶふぉっ!」

 

予想外の爆弾をぶっ込んできた。それによって俺は思わず吹き出してしまった。

 

「い、いや。流石にそれはフェアクロフ先輩も恥ずかしいですから……」

 

見たいかどうかと聞かれたら断然見たいが、フェアクロフ先輩も恥ずかしいだろうしそこまで求めていない。

 

すると……

 

「大丈夫ですわ!既に八幡さんには裸も下着姿も見られましたし、胸やお尻を揉まれたり、埋められましたから耐性はついてしますわ!」

 

ぐっ……確かに数え切れない程ラッキースケベをしたからな。そういった事に耐性をつけていてもおかしくないだろう。

 

 

しかしフェアクロフ先輩ってやっぱりポンコツだろ?本人は真面目に言っているだろうが、どうしてもポンコツにしか見えない。

 

それでありながら自覚してないし、流石PKS(ポンコツかわいいソフィア)だな……

 

「流石に少しは恥ずかしいですけど……八幡さんには迷惑をおかけしましたので、八幡さんが望むなら……」

 

フェアクロフ先輩が恥じらいながら俺の事をチラチラと見てくる。それはまさに破壊力抜群で、オーフェリアとシルヴィと付き合っていなかったら玉砕覚悟で告白している位可愛い。

 

てかもしもフェアクロフ先輩がオーフェリアとシルヴィと一緒に……

 

『ハートキャッチ、プリキュア!』

 

ヤベェ、是非見た「「八幡(君)、今の話、詳しく聞かせて欲しいわ(な)」」……え?

 

いきなりそんな声が聞こえたので恐る恐る後ろを見ると……

 

 

 

 

 

「いやー、まさか八幡君もこのショッピングモールに居るとはね。それで?詳しい話を聞かせてね?」

 

「……八幡のバカ」

 

ドス黒いオーラを纏ったシルヴィとオーフェリアがいた。どこから聞いていたかは知らないが……

 

 

「ちゃ、ちゃうんです」

 

俺は言い訳するしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「なるほどね。要するに八幡が妄想を口にしたら、ソフィア先輩が怒って、その際に八幡君の秘密の趣味を口にしたから、詫びとしてプリキュアのコスプレをすると言った訳だ」

 

事情を全て話すとシルヴィは呆れたように頷く。対称的にオーフェリアはシュンとした表情を浮かべる。

 

「……ごめんなさい八幡。元はと言えば私が余計なことを言ったから……」

 

ちくしょう、その顔は反則だ。帰ったらお尻ペンペンする予定だったが、そんな表情をされたら怒れない。

 

「はぁ……気にすんな。別に怒ってないからな」

 

正確には怒る気力を無くした。そんな表情をされたら怒るに怒れない。

 

「……ええ」

 

俺がオーフェリアの頭を撫でると、オーフェリアは小さく頷く。とりあえずこれなら大丈夫だろう。

 

「それで八幡君、ソフィア先輩にはプリキュアの格好をさせるの?」

 

シルヴィがさっきの話の件について聞いてくる。そうだな……

 

「あ、じゃあクリスマスパーティーの時にネタとして披露してください」

 

これなら俺も眼福だし、クリスマスパーティーのネタとして有効だろう。

 

「え?!ちょっ!美奈兎さん達にも見せるのですの?!私はてっきり八幡さんだけに「「ダメ、八幡(君)専用のプリキュアは私とシルヴィア(私とオーフェリア)だけだから」」……うぅ、わかりましたわ!」

 

オーフェリアとシルヴィの言葉にフェアクロフ先輩は言葉に詰まりながらも了承する。

 

「あ、別に本当に嫌ならやらなくても大丈夫ですからね?」

 

見たいのは山々だが、無理やりにまで見るつもりはない。そこのところはしっかりと考えている。

 

「い、いえ。悪いのは私ですから大丈夫ですわ」

 

どうやら恥じらいはあるようだが、絶対に嫌という訳ではないようだ。

 

「そっか……じゃあ私もクリスマスパーティーの時にプリキュアの格好を「是非頼む」即答だね……まあ良いけど」

 

しまった。つい即答してしまった。

 

内心後悔していると……

 

「あ!それなら全員プリキュアの格好で「全員に俺が含まれているなら絶対却下だ」あらあら……」

 

フェアクロフ先輩ェ……何て恐ろしいことを考えているんだ。俺のプリキュア姿とか誰得だよ?

 

「てかそろそろ買い物に戻りましょうよ」

 

さっきからプリキュアの話しかしてないし。人気の少ない場所で小声で話しているとはいえ話の内容がヤバいし。

 

「あ、そうだね。夜も遅いし行こうか」

 

言いながらシルヴィが歩き出すので俺達もそれに続く。そうだ、早めにプレゼントを決めないといけないからな。

 

そして暫く歩くと先導しているシルヴィが足を止めたので、シルヴィに追いついてからシルヴィが見ている方向を見れば……

 

 

 

 

 

「……は?」

 

なんか視線の先には小町とリースフェルトと葉山率いるガラードワースの生徒が揉めていた。見る限り葉山がなんか言って小町とリースフェルトが呆れていた。

 

……とりあえず話を聞くか。

 

場合によっては葉山達の息の根を止めなくちゃいけないかもしれないけど。



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比企谷八幡は頭を痛め、ガラードワースの生徒らは比企谷八幡を否定して、エリオット・フォースターは……

嫌な予感しかしねぇ……

 

俺は純粋にそう思った。視界の先には俺の可愛い可愛い妹の小町とオーフェリアの1番の親友のリースフェルトがいた。

 

それだけなら問題ない。呼びかけてから軽い雑談をして別れるって感じで済むだろう。

 

しかし2人と一緒にいる……否、向かい合っている面々が厄介だ。

 

(何故、あいつらが居るんだよ……)

 

そこには葉山率いるガラードワースの面々がいて、小町とリースフェルトの2人と向かい合っている。様子を見る限り葉山達が突っかかり、小町とリースフェルトが流している感じだ。

 

(2人の実力からすれば問題なく対処出来ると思うが、暫く面倒な状況が続きそうだな……仕方ない。怠いが介入する)

 

そう判断するとオーフェリアとシルヴィとフェアクロフ先輩も俺を見て小さく頷く。それを確認した俺も小さく頷き歩き出す。

 

「おーい、小町ちゃん。これどういう状況?」

 

そう言いながら俺が近寄ると全員がこちらに振り向いてきて……

 

「あ、お兄ちゃん。シルヴィアさんとオーフェリアさんもお久しぶりです」

 

小町が嫌そうな顔を消して笑顔で手を振ってくる。対称的にガラードワースの面々(特に葉山)は嫌そうな顔や驚愕した顔を見せてくる。大方俺やシルヴィを見たからだろう。

 

そんな事を考えていると小町はマジマジとフェアクロフ先輩を見る。どうしたんだいきなり?

 

疑問に思っていると小町が俺の方に目を向けて……

 

「え?お兄ちゃんもしかしてソフィア・フェアクロフさんも彼女にしたの?」

 

まあ第三者からしたら俺は3人を連れているように見えるだろうな。

 

「ち、ちちち違いますわ!私は八幡さんの彼女ではありませんわ!……あ!強い言い方で否定しましたが、べ、別に嫌って訳じゃないですけど……!」

 

フェアクロフさんは真っ赤になって小町に詰め寄るも、その後に俺を見て謝ってくる。別に俺は強く否定されても気にしないから謝らなくて良いのに……普段はポンコツだが、律儀な人だ。

 

そんな事を考えていると……

 

「ほうほう……」

 

小町は興味深そうに頷き……

 

「「………八幡(君)」」

 

オーフェリアとシルヴィはジト目で俺を見てくる。なんだその顔は?俺が何かしたか?

 

唯一の第三者であるリースフェルトにヘルプの視線を向けるも……

 

「……(プイッ)」

 

引き攣った笑みを浮かべてからそっぽを向く。今わかった、この場に俺の味方はいない。

 

(とりあえずこの状況をなんとかしないと俺の胃が死ぬ)

 

「そういや小町、話を戻すけど俺達が来る前に何があったんだ?」

 

あからさまに話を逸らしているが気にしないでおこう。俺が自分の中でそう結論づけていると小町がハッとした表情になって口を開ける。

 

「それがね、リースフェルトさんと買い物してたらそこの葉虫……じゃなくてガラードワースの生徒に『お兄さんが卑怯な事をしないように注意してあげて』とか言ってきたから、適当にあしらってたの」

 

小町がそう言うと、葉山とその取り巻きが不愉快そうに小町を睨む、小町は特に気にしてない素振りを見せている。リースフェルトを見れば小さく頷いているので事実なのだろう。

 

同時に俺の横にいるオーフェリアとシルヴィとフェアクロフ先輩が不愉快そうに目を細めているので手で制する。俺に関する事だから3人には関わって欲しくない。

 

3人が納得いかなそうな表情を浮かべるも小さく頷いたので俺は葉山と向き合う。

 

「おい葉虫……じゃなくて葉山。テメェ、人の妹に明らかなデマを吹き込んでんじゃねぇよ」

 

「俺は葉山だよ。わざと名前を間違えるなんて人としてどうかと思うぞ」

 

葉山は不愉快そうに鼻を鳴らす。明らかにガラードワースの生徒がする顔じゃねぇな。いくら取り巻きが葉山の後ろにいて葉山の顔が見えないからってその顔はやめておいた方が良いぞ?

 

「はっ、わざとヒキタニ呼びしてた奴に言われたくねぇよ……まあそれは良いや。それよりも話を戻すが人の妹に明らかなデマを吹き込んでんじゃねぇよ」

 

てかこんな葉虫が小町に近寄ってる時点で論外だ。今すぐにでも消毒してやりたい。

 

「デマ?俺は思った事を言っただけだよ。チーム・赫夜程度のチームが会長のチームに勝つなんてズルをしたかマグレに決まってる。そのチーム・赫夜が比企谷と絡んでいるならズルをしたとしか思えないな」

 

「何ですって!」

 

「君さぁ……!」

 

「どの口が……!」

 

「落ち着いてください」

 

チームを馬鹿にされたフェアクロフ先輩と恋人のシルヴィとオーフェリアが怒りを露わにして詰め寄ろうとするので手で制する。隣では小町が同じように詰め寄ろうとするとリースフェルトが止めていた。

 

良いぞ、こんな所で暴れたりしたらこっちの負けだ。向こうが口で攻めるならこっちも口で攻めるべきだ。

 

「「「でもっ!」」」

 

「良いから……まあ葉山の言う通り、チーム・赫夜がチーム・ランスロットに勝てたのはマグレに近いだろうな」

 

これについては事実だ。チーム・赫夜がチーム・ランスロットともう一度戦ったら十中八九負けるだろう。奇策に奇策を重ね、持てる力を全て出し尽くして勝ったのだから。

 

「だがよ……絶対王者相手にマグレ勝ち出来る可能性を持つチームはな、血反吐を吐く程一生懸命鍛えたチームだけだ。少なくとも小細工をしてないチーム・赫夜相手に何も出来ずに負けたチーム・ヴィクトリーみたいなカスチームじゃ無理だろうな」

 

これについても事実だ。獅鷲星武祭は大物食いが起こりやすい星武祭だが、大物食いを起こすにはある程度以上の努力が必要だ。その点で言えばチーム・赫夜は大物食いを起こせるレベルの努力はしたと断言出来る。

 

すると……

 

「何だと?!撤回しろ!」

 

「そうよ!葉山君のチームがカスな訳無い!アンタの方がカスじゃない!」

 

取り巻きがブーイングを浴びせてくる。それはもう目立つくらいに。こいつら本当にガラードワースの生徒か?葉山に盲信し過ぎだろ?

 

「事実だろうが。少なくとも予選1回戦で負けるようなカスチームのお山の大将が若宮達を侮辱する権利は「比企谷、少し黙れよ」……いきなりだな、葉山」

 

俺が話していると葉山が俺の胸ぐらを掴んでくる。こいつ煽りまくる癖に煽られると弱いな……

 

「てか葉山よ。痛いから離せ」

 

その気になれば力づくで引き離せるが暴力を振るったらこっちも同罪だからな。

 

「だったら撤回しろ!優美子達……俺のチームはカスなんかじゃない!」

 

「あー、はいはい。わかりましたよ撤回します。チーム・ヴィクトリーは強いです。はい撤回したら離せ」

 

「ふざけるな!真面目に撤回しろ!」

 

次の瞬間、葉山に顔面を殴られる。予想外の一撃だったので俺は碌に防御出来ずに後ろにある壁に叩きつけられる。しかも葉山の奴、拳に星辰力を込めたからか、威力があって歯が一本取れてしまった。

 

「お兄ちゃん!」

 

「……殺すわ」

 

「待て小町にオーフェリア!純星煌式武装を抜くな!」

 

身体を起こしながら前を見ると、葉山の後ろで小町が『冥王の覇銃』を、オーフェリアが『覇潰の血鎌』を取り出そうとしてリースフェルトに止められていた。まあショッピングモールで純星煌式武装をぶっ放したら間違いなく問題行為だろう。

 

「落ち着けお前ら。俺は気にしてない」

 

俺は2人の手にある待機状態の純星煌式武装を奪い取る。

 

「「でもっ!」」

 

「いいから落ち着け(ここでお前らが暴力を振るえば、お前らも裁かれる。……が、お前らが動かなかったら葉山だけが裁かれる)」

 

こっちが何もしなかったら悪いのは向こうだ。何せ向こうから先に喧嘩を売って、こっちが言い返したら胸ぐらを掴んだり殴ったりしてきたんだ。今回は完全に向こうに非がある。

 

それを聞いた小町とオーフェリアは渋々ながら頷く。とりあえず理解はしてくれて何よりだ。

 

内心安堵しながらも俺は葉山を見る。対する葉山は未だに俺の事を睨んでいるが気にしない。

 

「おい葉山。お前さっき真面目に撤回しろと言ったな。だったら王竜星武祭で俺に1発攻撃を当ててみろ。そしたら撤回してやるよ」

 

「1発攻撃を当ててみろ?ふざけるな、俺はお前に勝つ……!それでお前が間違っている事を教えてやる」

 

「俺が間違っているだと?」

 

「ああ、そうだ。お前の態度や言動、女性2人と付き合うなどふざけた神経、お前の在り方全てが間違っている事を証明してやる」

 

いや、わざとヒキタニ呼びしたり直ぐに暴力に走るヤツに言われたくないんだが。

 

しかしそこは突っ込まないでおく。俺の後ろにいる5人が大小差はあれど怒りを露わにしているし。

 

「ならやってみろ。ま、お前じゃ無理だろうがな……行くぞ」

 

今のところ、次の王竜星武祭に出るとわかっている人間で俺を倒せる可能性を持つ人間はそれなりにいるが、その中に葉山の名前はない。

 

魎山泊で努力しているならともかく、葉山には魎山泊に参加している人特有の傷がないし、葉山は魎山泊の人間じゃないだろう。

 

 

(ならば恐れる必要はない。寧ろ危険なのは小町とリースフェルトだな)

 

2人の身体には大量の生傷がある。俺はクインヴェールのワインバーグとガラードワースのノエル・メスメルの面倒を見ていてその際に大量の生傷がある事を知っているから、小町とリースフェルトが魎山泊の人間であることが容易に想像出来たし。

 

そんな事を考えながら俺は5人を連れて、葉山達から距離をとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、もう!あの葉虫、本当にムカつくなぁ!」

 

「全くですわ!美奈兎さん達を見下すだけでなく、暴力に走るなんて……許せませんわ!」

 

ショッピングモールを出ると小町とフェアクロフ先輩が地団駄を踏んで怒りを露わにする。怒ってくれるのは嬉しいが女子のする言動じゃねぇな……

 

「というか比企谷は何をやって『友情剣』と仲違いしているんだ?正直言ってお前と奴の接点がわからん」

 

リースフェルトが聞いてくる。まあ普通レヴォルフとガラードワースの生徒が交流を持つなんて珍しいからな。

 

「……あの男、八幡と同じ中学出身なの。その時からわざとヒキタニ呼びして八幡を見下してたのよ」

 

「なるほどな……しかしあそこまで敵意を向けるか?」

 

「色々あったんだよ色々。にしても今日は悪かったな。俺関係でお前らにも不愉快な気分を味あわせちまって」

 

小町とリースフェルトは葉山の言動にとばっちりを食らったのだ。俺にも責任がない訳じゃない。

 

「不愉快な気分になったのは事実だが、私はお前の事をどうこう思っていない。戦いにおいて性格は悪いとは思うが、外道ではないだろう」

 

「そいつはどうも。もしも今後あいつが突っかかってきたら連絡してくれ。俺が責任を持ってしまつ……注意しておく」

 

「今始末と言おうとしなかったか?」

 

「気の所為だ。それよりお前らはこれからどうすんだ?俺は気分が削がれたから帰る」

 

今からクリスマスプレゼントを買うのは怠い。イブまでまだ日にちがあるし、無理に今日買わなくても大丈夫だろう。

 

「そうだな……私も興が削がれたし帰るとしよう」

 

「私とオーフェリアも帰るかな。ちょっとムカムカするし」

 

「……そうね」

 

どうやら3人とも興が削がれたようだ。なら方針は決まったし……

 

「小町、フェアクロフ先輩。今日は白けたし帰りましょう」

 

未だに地団駄を踏む2人に話しかける。すると小町とフェアクロフ先輩がギュルンと首を回して口を開ける。

 

「八幡さん!もしも王竜星武祭であの男と当たったら再起不能になるまで叩き潰してくださいまし!」

 

「じゃあもしも小町があの葉虫と当たったらペナルティを貰うギリギリまで痛めつけるね!」

 

2人は俺にキスをしかねないくらいまで顔を寄せてそう言ってくる。どうやら2人の中で葉山は敵と認識したようだ。まあどの道俺もそのつもりだ。

 

「わ、わかったよ。それより夜も遅いし帰りましょう」

 

言いながら影に星辰力を込めて竜を三体生み出す。

 

「んじゃ小町とリースフェルトは一番右、フェアクロフ先輩は真ん中の竜に乗ってください。自身らの通う学園の校門に向かうように指示をしましたので」

 

「相変わらず便利ですわね。ではお言葉に甘えて」

 

フェアクロフ先輩がそう言ってから一礼して竜に乗ると、竜は一度雄叫びを上げてからクインヴェールの方向に飛んで行った。

 

「じゃあユリスさん。小町達も帰りましょうか」

 

「ああ。わざわざ済まんな」

 

2人がそう言ってから竜に乗る。すると竜が雄叫びを上げる。

 

「気にすんな。それより魎山泊の修行で疲れた身体を癒しな」

 

俺がそう言うと同時に竜は翼を広げて空へと飛んで行った。最後に小町とリースフェルトの顔にあった驚きの色が印象的だった。

 

「やっぱりあの2人も魎山泊の人間かよ……」

 

俺がため息混じりに愚痴るとシルヴィもゲンナリしたようにため息を吐く。

 

「それは厄介だね……でも小町ちゃんはともかく、何でリースフェルトさんも入ってるんだろ?」

 

それは俺も同感だ。魎山泊の生徒は玉石混交でいうと玉に近い石もしくは石に近い玉で、それでありながら壁を越えた人間に勝てる可能性のある人間だ。玉の中でもレベルが高い方にいるリースフェルトは魎山泊の対象ではない。

 

となると……

 

「多分星露の気紛れだろ」

 

それ以外考えられない。あの戦闘狂の考えは全く読めないし。

 

「そうかもね。それより帰ろっか」

 

「だな。ところでよ、帰ったら甘えても良いか?」

 

葉山との絡みによって生まれたストレスを解消したい。ストレス発散には2人と甘え合いをするのが一番だ。

 

俺の頼みに対して2人は……

 

「「もちろん、好きなだけ甘えて」」

 

ちゅっ……

 

笑顔を浮かべ2人同時にキスをしてくる。周囲に人がいるにもかかわらず。周囲からはキャーキャー声が聞こえてくるが、今更だ。会見以降俺達は外でもガンガンキスをしているし。

 

「ありがとな……続きは帰ってからしようぜ」

 

2人とのキスによって葉山に対するストレスは殆ど消えた俺は2人の手を引っ張り竜に乗る。同時に竜が雄叫びを上げて空へ舞い上がるので2人を抱き寄せる。早く帰って2人との時間を堪能するか。

 

俺はアスタリスクの夜の空に浮かぶ月を見上げながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、聖ガラードワース学園生徒会室にて……

 

「失礼しますわ。エリオット、調子は……エリオット?!」

 

ガラードワースの前副会長のレティシア・ブランシャールは新生徒会長のエリオット・フォースターの様子を見に生徒会室に来たが、当のエリオットは机に突っ伏していた。机の傍にはレティシアが残した胃薬と水の入ったコップがあった。

 

「エリオット?!どうしましたの?!」

 

予想外の光景にレティシアは驚きながらもエリオットに近寄る。するとエリオットは腹ーーー胃がある箇所を手で押さえながら起き上がる。

 

「レティシア先輩……これを」

 

エリオットは空間ウィンドウをレティシアに投げ渡すと、再度机に突っ伏した。レティシアは訝しげな表情を浮かべながらも空間ウィンドウを見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

『ガラードワースの『友情剣』、公共の場でレヴォルフの生徒会長を殴り飛ばす?!』

 

そんな見出しのニュースが映っていた。

 

「ぐうっ……!」

 

次の瞬間、レティシアの胃に再度穴が開いて、レティシアは地面な倒れ伏してしまった。

 

 

それから15分後、今のガラードワースの副会長のノエルが生徒会室に入ったら驚き悲鳴を上げたのは言うまでもないだろう。

 

 

 



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こうしてクリスマスパーティーが始まる

「良し、そんじゃそろそろ行くぞ。準備は大丈夫か?」

 

12月24日、世間で言うところクリスマスイブ。俺は自宅の玄関にて恋人2人に話しかける。

 

「大丈夫だよ。プレゼントも確認したよ」

 

「……料理も衣装も持ったわ」

 

恋人2人ーーーオーフェリアとシルヴィがそう言ったので俺も改めて持ち物を確認する……良し、大丈夫だな。

 

「んじゃ行くか」

 

そう言いながら俺は2人の両手を掴み、影に星辰力を込める。同時に影が俺達を捕まえてゆっくりと地面に入れ始めた。

 

俺達が影に入ったのを確認するとゆっくり動き始めた。

 

 

目指す場所はクインヴェール女学園女子寮、若宮美奈兎の部屋兼クリスマスパーティーの会場だ。

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「今更だが、女子寮に入るのは余りないから緊張するな……」

 

影に入ってクインヴェールに入ったことは何度もあるが、殆どがトレーニングステージで女子寮(シルヴィの部屋)には数えるくらいしか入ってない。

 

「……入らないのが普通よ」

 

「だよな。俺もシルヴィに誘われた時しか入ってないよ……って、危ねぇ」

 

廊下を進んでいると前から人が確認されたので動きを止める。影の中にいれば誰からも干渉されないが、影を動かしている時に見られたら不気味な光景と思われてしまうし、俺が怪しまれる可能性もあるので注意が必要だ。

 

そんな事を考えていると頭上から声が聞こえて、そのまま徐々に小さくなっていった。人が来る度に一々止まるのは面倒だな……

 

(まあ影が動いているのを見られるよりはずっとマシだが……)

 

そんな事を考えながらも更に進むとシルヴィが肩を叩いてくる。

 

「ここが美奈兎ちゃんの部屋だよ」

 

「了解……」

 

言いながら端末を取り出して若宮に電話をする。

 

『もしもし八幡君?』

 

「俺だ若宮。今お前の部屋の前にいるんだが、入って良いか?」

 

万が一着替えでもしていたらオーフェリアとシルヴィにしばき倒されるし確認は大事だ。

 

すると……

 

『ごめん。後5分くらい待ってくれない?』

 

どうやら着替え中なのかもしれない。若宮がそんな事を言ってくる。電話していと良かった。

 

「わかった。じゃあ準備が終わったらメールを送信してくれ」

 

そう言って空間ウィンドウを閉じる。とりあえずラッキースケベを起こすことはないと思うが、何故に待つんだ?服を汚したりしたのか?

 

疑問に思いながらも待つこと3分、若宮から『入って大丈夫』とメールが来た。それを確認した俺は小さく頷いてから影を移動して若宮の部屋の中に入る。

 

そして玄関に着くと……

 

「ふぅ……」

 

影から出て玄関で靴を脱ぐ。オーフェリアとシルヴィも同じように靴を脱いだので廊下を歩く。

 

「おっ、良い匂いがするね」

 

シルヴィが満足そうに言う。今回のクリスマスパーティーの料理は各自で持ってくる予定なので向こうもちゃんと用意したようだ。

 

安心しながらもリビングに繋がるドアに到着する。匂いはドアの向こうからするので、この先が今回のパーティー会場だろう。

 

そして扉を開けると……

 

 

 

 

 

 

 

『プリキュア、スマイルチャージ!』

 

5人のプリキュアの格好をしてポーズを取っていた。

 

「「「…………」」」

 

予想外の光景に俺とシルヴィとオーフェリアは思わず無言で目を擦る。そして改めて前を見ると……

 

(やっぱりプリキュアがいるな……)

 

若宮が楽しそうに、蓮城寺が苦笑をしながら、フェアクロフ先輩とアッヘンヴァルがメチャクチャ恥ずかしそうに、フロックハートが憮然とした表情でポーズを取っていた。

 

若宮は持ち前の天真爛漫な雰囲気を醸し出していて見ていて元気が出る。

 

蓮城寺はいつもの優しくおしとやかな雰囲気を出していて、普段絶対に着ない服と合わさって妙に興奮してしまう。

 

フェアクロフ先輩は抜群のスタイルを持っていながら子供っぽい衣装を着ていて目のやり場に困る。

 

アッヘンヴァルは小動物のような雰囲気を出しなから恥じらって、保護欲を駆り立ててくる。

 

フロックハートはプリキュアとしてはあるまじき表情だが、普段のフロックハートの性格とのギャップを感じて嗜虐心が生まれてくる。

 

それを認識した俺は端末を取り出して……

 

パシャ

 

写真を撮っていた。見ればシルヴィとオーフェリアも端末を構えていた。

 

すると……

 

「ちょっと待ってくださいの!写真を撮るのはやめて欲しいですの!」

 

フェアクロフ先輩が真っ赤になりながら詰め寄ってくる。どうしよう、メチャクチャ可愛い。

 

「あ、すみません。ところで何故全員着てるんですか?元々はフェアクロフ先輩とシルヴィとオーフェリアの3人の予定だった筈ですが……」

 

今はシルヴィとオーフェリアは私服だが、後で着替える予定だ。しかしフェアクロフ先輩以外のチーム・赫夜のメンバー4人もプリキュアの格好をするとは予想外だ。

 

「ええ!私達を獅鷲星武祭準優勝まで導いてくれた八幡さんに御礼をしようと、八幡さんの好みの格好をしたのですわ!」

 

フェアクロフ先輩が自身の大きな胸を張ってそう答えるが、俺にはそれが嘘だとわかった。

 

何故ならアッヘンヴァルとフロックハートがジト目で、若宮と蓮城寺が苦笑をしながらフェアクロフ先輩を見ているから。

 

「で?蓮城寺よ。本当は?」

 

「ソフィア先輩が『恥ずかしいので皆も着てください』と言ったので着ました」

 

うん、大体予想通りだな。やっぱりフェアクロフ先輩ってポンコツな気がする。

 

「じゃあ私達もプリキュアになろっか、オーフェリア?」

 

「そうね……美奈兎、洗面所を借りて良いかしら?」

 

「良いよー」

 

若宮が許可を出すと2人は持ってきた料理をキッチンに置いて、そのまま洗面所に向かった。プリキュアが7人……うん、ここはまさに天国だな。

 

「それにしてもフロックハートが参加するとは思わなかったぞ」

 

これはマジで予想外だった。見るからに不機嫌だけど僅かに見える恥じらいが凄く可愛い。

 

「私も最初はする気はなかったわよ。だけど他の3人が着たし……それに一応貴方には感謝してるから」

 

フロックハートはプイッとそっぽを向く。少し前までは殆ど無表情だったのに随分と変わったな。

 

「そりゃどうも。でも似合ってるぞ」

 

「殴るわよ?」

 

「馬鹿野郎。プリキュアが殴るなんて言葉を使うな……ってマジで殴ってきたぞ」

 

フロックハートが拳を突き出してきたので俺を左手の義手で受け止める。昔に比べてフロックハートの体術は大幅に向上しているが、マナダイトを大量に仕込んだ俺の義手を突破するのは厳しいようだ。

 

「まあまあクロエ落ち着きなよ。私も凄く似合ってると思うよ?」

 

「……それは褒めてるの?」

 

「もちろん!ねぇ皆?」

 

「はい。可愛いと思います」

 

「ポーズの練習をしている時は凄く良かったですわよ」

 

「わ、私も良いと思う……」

 

「そう……」

 

フロックハートは僅かに頬を染めてそっぽを向く。こういった仕草の破壊力が凄いな。

 

そこまで考えていると洗面所の方から足音が聞こえてきたのでそちらの方向を見ると……

 

 

 

 

 

 

 

「「ハートキャッチ、プリキュア!」」

 

恋人2人が、俺だけのプリキュアとなって決めポーズを見せてくる。最高だ。プリキュア7人に囲まれてのクリスマスパーティー。マジで天国かもしれない。

 

(しかしこの光景を誰かに見られたらガチで俺は社会的に死ぬな……)

 

側から見たら女子7人を侍らせて、プリキュアのコスプレをさせているように見えるだろう。これはガチで他人に知られる訳にはいかないな。

 

そんな事を考えていると……

 

「じゃあ全員揃ったし始めよっか。先ずは写真でも取らない?」

 

若宮がそんな提案をしてくる。まあ妥当な選択だな。アスタリスクに来る前の俺に集合写真なんて縁がなかったけど。何せとにかく目立たないようにと心掛けていたくらいだ。

 

しかし今回は……

 

「そうだね。じゃあ八幡君は中心ね?」

 

違うようだ。オーフェリアとシルヴィはいち早く俺の両隣に動いて、腕に抱きついてくる。

 

そして比較的小柄な若宮とアッヘンヴァルが俺の前に立って若干身を屈め、身長の高いフェアクロフ先輩と蓮城寺が俺の後ろに立って肩に触れてくる。

 

そしてフロックハートが一度俺達の前に立って空間ウィンドウを開き、カメラモードにしてからタイマーをセットし、すぐに若宮の隣な配置して……

 

 

パシャ

 

フラッシュが焚かれた。眩しさに目を細めるも無事に撮れたようだ。

 

同時にフロックハートが空間ウィンドウの元に歩き、なにかを操作するとフロックハート以外の7人の端末から音が鳴る。どうやらメールで写真を送ったようだ。

 

俺達は同時に端末を取り出して空間ウィンドウを開くと……

 

 

「おぉ……」

 

予想外に良い写真だった。俺と中列の中心にいて、恋人2人は俺の両隣にいて腕に抱きついて、若宮とアッヘンヴァルとフロックハートは俺の前にいて俺が覆いかぶさっているように、それでありながらすっぽりと収まっているように見える。

 

そして後列のフェアクロフ先輩と蓮城寺は若干身を屈めている俺の両肩に触れて俺に覆いかぶさっているようにも見える。

 

特に激しいボディタッチをしているわけではないが、写真では凄く密着しているように撮れている。俺的には最高の写真だ。今の待ち受けはオーフェリアとシルヴィのプリキュア姿だが、暫くはこれにしておくか。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて写真を見ると俺の趣味ってヤバくない?」

 

『それは今更』

 

プリキュア姿の7人から総ツッコミが入ったが、今回については否定出来ないので総ツッコミを受け入れるつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「じゃあ飲み物も行き渡った所で……乾杯!」

 

『乾杯!』

 

シルヴィがカップを持ち上げて乾杯の音頭をとるので俺達もそれに合わせてカップを持ち上げてぶつけ合う。

 

そして料理を食べ始めるか……どれも美味い。加えて周囲の7人は未だにプリキュアの姿だしマジで最高だ。ここは天国か?

 

「美味し〜い!何かこうしてパーティをしていると1年間を思い出すな〜」

 

「そうね……と、言っても大半が修行だったけど」

 

若宮の呟きにフロックハートが同意する。まあ今年の初めから10月末までは獅鷲星武祭及びそれに備えての訓練だったからな。

 

「ですわよね。何度も何度も八幡さんや比企谷先生、星露さんにボコボコにされて……よく無事でしたわね」

 

「いやいや、ちゃんと加減はしましたからね?」

 

影狼修羅鎧は使ったが、夜叉衣は殆ど使ってないし、影狼神槍と終焉神装は一度も使ってないし、本気は出していない。それはお袋や星露もだろう。ぶっちゃけ全力を出したら修行どころじゃない。

 

「でも結局一対一じゃ手も足も出なかったからなぁ……だから王竜星武祭までに強くなって八幡君に勝ちたいな」

 

若宮は手に握り拳を作りそんな事を言ってくる。葉山と言っている事は同じなのに、若宮の言葉は葉山のそれより重みを感じる。

 

(ま、当然か。チーム・赫夜のメンバーの中で若宮は俺に挑んだ回数が多いからな)

 

「そうか……ならその時を楽しみにしている。だから本番までに魎山泊で強くなっとけ」

 

「勿論……そういえば八幡君は星露ちゃんのアシスタントをしてるんだよね?」

 

「まあな。と仕事は能力者に実戦経験を積ませる事と星露と戦う事だな……っと、済まんが若宮よ、飲み物のお代わりを頼む」

 

「はーい」

 

言いながら若宮は冷蔵庫に行き、新しいボトルを持ってくる。なんかお袋がクリスマスパーティの為に大量のお菓子と飲み物を差し入れてくれたらしい。お袋にしちゃ気が利いている。

 

まあ当の本人は舎弟を連れて歓楽街で暴れているようだが

 

「前者はともかく、後者はアシスタントの仕事とは思えないですけど、星露さんならあり得ますわね」

 

蓮城寺の言う通り、能力者に実戦経験を積ませるのはともかく、星露と戦うのは絶対にアシスタントの仕事じゃないが気にしたら負けだ。だって星露だし言っても聞かないだろう。

 

「だろ……おかげで俺は毎週満身創痍さ……」

 

何であいつの拳は痛いんだろうか?身体は純星煌式武装で出来ていてもおかしくないだろう。

 

「ま、まあ!今日は楽しんで疲れを取りなよ。はい八幡君、あーん」

 

シルヴィ2人が食べ物を突き出してくるので有り難く頂く。やっぱり恋人によって食べさせられると美味いな……

 

そんな事を考えていると……

 

「おかわりをお願いしますわ!」

 

「……私も貰うわ」

 

「私も……!」

 

「……私も」

 

フェアクロフ先輩とフロックハートとアッヘンヴァルとオーフェリアがコップを片手にジュースをドバドバと注ぐ。そして一気に飲んだかと思えば、再度ジュースを注ぐ。

 

(あれだけ飲むなら相当上手いんだろうな……)

 

そう思いながら俺も3人がボトルから手を離したのを確認してコップに注ぐ。

 

そして口につけようとした瞬間違和感を感じた。

 

(ん?この匂い……)

 

嫌な予感がしたので一口飲むと……

 

「酒じゃねぇか!」

 

思わず叫んでしまう。これは絶対にただのジュースじゃない。アルコールの混じったジュースだ。

 

「え?!これお酒?!私のは問題ないよ」

 

シルヴィがそう言ってくる。どうやら普通のジュースもあるようだ。お袋の奴……差し入れに酒を混ぜてんじゃねぇよ!

 

わざとでは無いだろう。多分酒に酔った状態で差し入れを用意して、その時に酒も入れたのだろう。

 

「と、とりあえずあのジュースは回収しよう!」

 

状況を知った若宮が酒の入ったボトルを回収しようとしたが……

 

「ちょっと美奈兎さん!おかわりを飲むので取らないでくださいまし!」

 

「は、はい!」

 

フェアクロフ先輩の剣幕に若宮は思わず下がってしまう。その隙を突いてフェアクロフ先輩はボトルを奪い、酔っているであろうオーフェリア、フロックハート、アッヘンヴァルのコップにボトルを向ける。

 

(これ以上は不味そうだな……)

 

そう判断した俺はコップに注がれる直前にボトルを引ったくる。

 

「八幡さん!返してくださいまし!」

 

「そうよ。私達が喉が渇いているのよ……」

 

「身体も熱いし……!」

 

「八幡、返して……」

 

4人はそう言って俺にボトルを返すように言ってくる。4人の顔は真っ赤になって鼻息も荒い。完全に酔ってるな……

 

オーフェリアのおねだりに一瞬返してやろうかと思ったが、直前に踏み留まる。

 

「いやいや、これ以上は飲むのは良くないこと「ラッキースケベを起こす八幡さんにお説教を受けたくありませんわ!」……ぐっ」

 

フェアクロフ先輩の言葉に思わず黙ってしまう。確かに俺から説教を受けたくないだろう。

 

「そうね……寧ろ私達が八幡に説教をしないとね……!」

 

「ラッキースケベは良くないし……」

 

「私も八幡が他の女にデレデレする事を言いたいわ……」

 

フェアクロフ先輩に続いて酔っている3人も俺に詰め寄ってくる。余りの剣幕に俺は思わず気圧されてしまう。

 

(お袋ーーー!パーティが終わったら絶対にぶっ殺してやるからなぁ……)

 

そんな中、俺はお袋に呪詛の言葉を内心で呟く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、歓楽街にて……

 

 

「くしゅん……!あー、誰かが私に殺意を向けてるなー?」

 

「大丈夫ですか姐さん、風邪なら無理しないで帰った方が「バカヤロウ匡子、夜はここからじゃん。運動もひと段落ついて資金も手に入ったし次の店行くぞー」は、はい!」

 

『了解!』

 

「次はウォッカ飲みてーな、日本酒はさっき飲み過ぎたし」

 

元レヴォルフ黒学院序列一位『狼王』比企谷涼子はそう言ってから、元レヴォルフ黒学院序列二位『釘絶の魔女』谷津崎匡子を始めとした舎弟を数十人を連れて次の酒場に向かった。

 

彼女らの通った道には彼女らを倒して名を上げようと闇討ちをしてきたマフィア100人が地に伏していた。そして彼らの懐から財布が消えていた。



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クリスマスパーティーにて比企谷八幡は……

「それでね!八幡はエッチ過ぎるの!胸を揉んだりお尻に顔を突っ込んだり……!」

 

「それに……私達の下着や裸を見たり……エッチ、スケベ……ぐすっ……」

 

「加えて3人の関係が公表される前はバレないように私が情報統制をしていたのよ……そんな苦労をした挙句に3人のイチャイチャを見せられた私の気持ちがわかるの?!」

 

「その上、しょっちゅう他の女にデレデレして……私とシルヴィア以外の女にデレデレしないでよ、八幡のバカ、おたんこなす、絶倫」

 

クリスマスパーティーに参加している俺は正座をしてフェアクロフ先輩、アッヘンヴァル、フロックハート、オーフェリア、計4人から過去の罪について問われている。てかオーフェリア、女子がそんな事を言ってはいけないからな?

 

何故こんな事になっているかというとパーティーの最中に、4人は酒を飲んで酔ったからだ。何故未成年の集まりに酒があるかと言うと、お袋が差し入れた飲み物の中に酒が混じっていたのだ。

 

結果それを飲みまくった4人は酔って俺に接近をしているのだ。しかも全員素面とは態度が違うし。

 

フェアクロフ先輩は敬語を止めて、アッヘンヴァルは泣き上戸になって、フロックハートはヒステリックになって、オーフェリアはいつもより砕けた口調となっている。

 

尚、俺以外の素面の状態のシルヴィと若宮と蓮城寺は離れた所で固唾を飲んで見守っているだけで助けてくれる気配は「聞いてるの八幡?!」……ひいっ!

 

考えるのを止めて顔を上げるとフェアクロフ先輩、否フェアクロフ先輩を含めた酔いどれ4人がキスをしかねない距離まで顔を近づけていた。

 

「私達が説教してるのにまたエッチな事を考えて……」

 

「い、いや、エロい事は特に「嘘だっ!!」え〜」

 

ひ○らしネタは少々古くないか。てかフェアクロフ先輩がそのネタを言うとは……

 

「八幡はエッチな事ばかり考えているってシルヴィアとオーフェリアが言っていたわ!」

 

おい。思わず素面のシルヴィを見るとシルヴィは小さく謝るジェスチャーを見せてくる。彼女じゃかったらしばき倒している自信がある。

 

「ぐすっ……私達、凄く恥ずかしかった……ひっぐっ……」

 

「あ、いや済まん。本当にわざとじゃ「わざとじゃなくてもやったのは事実じゃない!」はい、仰る通りです!」

 

泣くアッヘンヴァルに言い訳をしようとしたら今度はフロックハートがヒステリック気味に怒鳴ってくる。俺がラッキースケベをした件についてはその日のうちに許して貰ったが、酔っている4人には関係ないようだ。

 

 

言うなりフロックハートが俺に近寄り

 

 

 

 

 

 

「いつもいつも私達を辱めて……!だから今度は……私達が八幡を辱めてあげるわ!」

 

言いながら俺の制服のボタンを外しから脱がしてワイシャツ姿にする。……って、待てい!いきなり何をするんじゃ?!予想外の光景に素面の3人も絶句してるし。

 

慌てながらもフロックハートを引き離そうとするも……

 

「そうよ!偶には私達の気持ちを知るべきだわ!」

 

フェアクロフ先輩がズボンに手をかけてズルリと下ろし始める。待て待て待て!これはもっとマズいだろ?!

 

フロックハートを一度諦めてフェアクロフ先輩を引き離そうとするも……

 

「んんっ……」

 

「うぉいっ!」

 

アッヘンヴァルが制服がはだけた事によって露わになった俺の首筋をペロリと舐めてくる。舌を見ればアッヘンヴァルがチロチロと舌を出していた。

 

(こ、こいつらマジでヤバい……!本気で俺のことを辱めに来てやがる……!)

 

酔いって怖過ぎるだろ……どんだけ飲んだんだよ?

 

予想外の3人の行動に焦っている時だった。

 

「……それ以上はダメ……!」

 

オーフェリアが3人にタックルを仕掛けて俺が引き離してくれる。おおっ!オーフェリアよ!流石にやり過ぎだと止めて「八幡を辱めるのは私の役割……!」違った。単に自分がやりたいだけだった……っておい!

 

「オーフェリア!それ以上はマズいって!」

 

オーフェリアはあろうことか3人がやっていた事を全て一人でやり始めた。首筋に舌を這わせて、右手でワイシャツを脱がし……

 

 

「待て待て待て!頼むからパンツは脱がすな!」

 

オーフェリアの左手がパンツに触れて下ろし始める。これはマジでマズい!何で楽しいクリスマスパーティーがこうなってんだよ?!

 

とりあえずこれ以上はマズいので影の禁獄を使ってオーフェリアを影の中に入れようとした時だった。

 

「優しき聖母は狂いし者に、幸福の笑みと、穏やかな子守唄を聞かせて、安らぎを与える」

 

歌声が流れ近くから万応素が噴きだす。同時に光の玉が酔いどれ4人に当たり……

 

 

「「「「………」」」」

 

そのまま地面に倒れ込み、口から可愛らしい寝息を生み出す。こんな事を出来るのは1人しかいない。

 

「ごめん八幡君。酔ってる人間を眠らせる歌を作ってて助けるのが遅くなっちゃった」

 

シルヴィが小さくウィンクをしながらそう言ってくる。歌を媒介とした能力だしシルヴィ以外には考えられない。

 

「いや、マジで助かった。ありがとな」

 

俺は改めてシルヴィに礼をする。特に揉める事なく事態を鎮静してくれたんだ。感謝しかない。

 

 

「わあっ!」

 

「あっ……」

 

すると若宮と蓮城寺が顔を真っ赤にして俯く。何だその反応は?俺なんか変な事をしたか?

 

疑問に思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君………パンツ、下がってるよ」

 

シルヴィが顔を真っ赤にしながら、それでありながらガン見しながらそう言ってきた。

 

………………………あ

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそッ……マジで死にたい」

 

俺は半ばヤケになりながらテーブルの上にあるチキンを食べる。マジで恥ずかしい。理由は簡単、さっきオーフェリアにパンツを脱がされたからだ。シルヴィには毎日風呂に入るときに見られているから問題ないが……

 

 

「……き、気にしなくて良いよ!ね、柚陽ちゃん?」

 

「ええ……私達も気にしてないので」

 

若宮と蓮城寺は別だ。見た2人だけでなく見られた俺もガチで気まずい。実際2人は顔を赤くしてチラチラと俺を見ているし。

 

マジで最悪だ。これというのも全部お袋の所為だ。子供のパーティーに酒を混ぜるなんて。年末にウチに来るときにぶっ飛ばす。

 

そんな事を考えていると……

 

「「「「んっ、んんっ……」」」」

 

横からそんな声が聞こえたので見れば、酔いどれ4人がゆっくりと起き上がり目を擦っていた。思ったより起きるのは早かったな。

 

「あれ?私寝てしまいましたの……?」

 

フェアクロフ先輩がそう言ってくる。口調はいつもの口調になっている。

 

(酔いが覚めたのか?だとしたら有難いんだが……)

 

そう思いながら4人を見ると……

 

「「八幡、さっきはごめん(なさい)」」

 

フロックハートとアッヘンヴァルか顔を真っ赤にしながら謝ってくる。謝罪の内容は十中八九アレだろう。フロックハートが俺の上着を脱がした事、アッヘンヴァルが俺の首筋を舐めた事だろう。

 

「……別に気にしてないから、お前らも気にするな」

 

本当はメチャクチャ気にしているが、それを表に出したら間違いなく面倒な事になるから出さない。タダでさえ、若宮と蓮城寺と気まずいのだから。

 

「え?何故クロエさんとニーナさんが八幡さんに謝っているのですの?」

 

「……本当に何があったの?」

 

するとフェアクロフ先輩とオーフェリアは頭に疑問符を浮かべながら俺達3人のやり取りを見ている。どうやらフェアクロフ先輩とオーフェリアは記憶が飛んだようだ。酔った時の言動といい、タチが悪過ぎだろ?今後オーフェリアと酒を飲むときは気をつけよう。

 

「なんでもない。それより飯を食べろよ。冷めちまうぞ?」

 

言いながら4人に食べるように促す。とりあえずフロックハートとアッヘンヴァルは違う事に集中すれば気が紛れるかもしれないし。

 

俺の言葉を理解したフロックハートとアッヘンヴァルは俺の考えに従い早いペースで食べ始め、オーフェリアとフェアクロフ先輩も未だに頭に疑問符を浮かべながらも食べるのを再開した。

 

あ、お袋の差し入れについてはお菓子以外の飲み物はちゃんと外しておきました。また酔ったりしたら面倒だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「じゃあプレゼント交換をやろうか!」

 

飯を食べてケーキを食べると、漸く気まずい空気が無くなったので若宮がそんな提案をしてくる。そういや先程のやり取りのインパクトが強過ぎて忘れていたな。

 

そう思いながら全員がプレゼントを取り出す。全員バラバラのサイズで包みの色も違う。

 

「これじゃ誰のプレゼントかわかっちゃうね……あ、そうだ」

 

するとシルヴィはいきなり俺を見てくる。何だ?俺にどうしろと?

 

「八幡君の能力でさ、全員のプレゼントに影を纏わせてわからないようにしてくれない」

 

「なるほどな……了解」

 

言いながら全員のプレゼントを一箇所に集め、終えると同時に自身の影に星辰力を入れて地面から影を取り出す。そしてそれをテーブルにあるプレゼントに纏わせる。

 

それによって巨大な黒い塊が生まれるも、塊は直ぐに7つの黒い紙袋、もとい影袋となる。

 

「これで問題ないな。んじゃ全員適当に取れ」

 

俺がそう言うとそれぞれがプレゼントを取るので俺も取る。俺が持ってきたプレゼントより重みがある気がするな……

 

「じゃあ時計回りにプレゼントを渡そっか。時間は……良し!」

 

シルヴィがタイマーをセットする。見れば1分12秒と微妙な時間だ。まあこれなら意図的に特定のプレゼントを狙うのは無理だし悪くない判断だ。

 

そう思いながらも俺は手元にあるプレゼントをシルヴィに渡す。同時にオーフェリアからプレゼントを渡されたので直ぐにシルヴィに渡す。

 

暫く続けていると……

 

pipipi……

 

アラームが鳴るので手の動きを止める。

 

「いよいよプレゼントを開けよう!」

 

若宮の言葉と同時にプレゼントを包んでいた影が俺の影に戻る。俺の手元には緑色の包み紙に包まれたプレゼントがある。

 

そして開けてみると綺麗な花が描かれた巾着袋が入っていた。プレゼントのチョイスから蓮城寺だろう。試しに見てみれば小さく笑顔を浮かべてきたしビンゴだ。

 

(折角貰ったものだ。煌式武装を入れておくか)

 

巾着袋は割とデカイし、最近は『ダークリパルサー』を数本持ち歩いているし。

 

そういえば俺のプレゼントは……

 

「綺麗なブローチ……次のライブで付けてみるか……」

 

どうやらフロックハートの手に渡ったようだ。見る限り反応も悪くないので良かった良かった。

 

安心しながら俺は早速腰に巾着袋を付けてポケットにある『ダークリパルサー』5本を入れた。いやー、ポケットだと邪魔だから助かったわ。

 

 

 

結局、プレゼントはどうなったかと言うと……

 

俺のプレゼント(サファイアが埋め込まれたブローチ)はフロックハートに、

 

シルヴィのプレゼント(可愛らしい髪飾り)はフェアクロフ先輩に、

 

オーフェリアのプレゼント(花の刺繍が付いたピンク色のハンカチ)はアッヘンヴァルに、

 

若宮のプレゼント(雪だるまが描かれた手袋)はシルヴィに、

 

蓮城寺のプレゼント(和風の雰囲気の巾着袋)は俺に、

 

フェアクロフ先輩のプレゼント(上品そうなブレスレット)は蓮城寺に、

 

アッヘンヴァルのプレゼント(手のひらサイズの熊のぬいぐるみ)は若宮に、

 

フロックハートのプレゼント(高級そうな万年筆と手帳)はオーフェリアに渡った。見る限り全員喜んでいたのでプレゼント交換は成功と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺達はお菓子を食べながら雑談したり、公式序列戦の試合を見て語り合ったり、今年を振り返ったりして生徒会の業務で怠くなっていた気分も良くなった。

 

しかしそんな楽しい時間にも終わりが来る。気がつけば25日と日が変わっていたので解散する事になった。

 

「んじゃ俺達は帰る。今日は誘ってくれてありがとな」

 

今日のパーティーは楽しかったと本気で思った。まあ途中で物凄い恥ずかしい思いをしたけど……いかん。思い出すと顔が熱くなってくる。

 

「ううん!こっちも凄く楽しかったよ!」

 

若宮達チーム・赫夜の5人もそう言ってくる。こちら側だけが楽しい思いをしたとかじゃなくて良かったぜ。

 

「そうかい。じゃあまた来年に会おうぜ」

 

「うん!……あ、八幡君達さえ良ければ年末も一緒に過ごさない?」

 

「悪いが年末年始は家族と過ごす予定になってるから無理だ」

 

「まあそうですわよね」

 

「そんな訳で無理だ。とりあえず今日は楽しかった、またな」

 

「また遊ぼうね」

 

「……さようなら」

 

シルヴィとオーフェリアも赫夜の5人に挨拶をすると、5人も笑顔で挨拶を返すのでそれを確認した俺は影に星辰力を入れてから自身の影に入って、クインヴェールの女子寮を後にした。

 

 

 

そして影に潜りながらそのままクインヴェールを出て、あと少しで自宅に着く時だった。

 

「「八幡(君)」」

 

いきなり後ろにいる恋人2人が話しかけてきた。何事かと思って振り返れば……

 

「「メリークリスマス」」

 

ちゅっ……

 

2人同時に俺の唇にキスを落としてきた。同時に俺の胸に温かな風が吹く。

 

だから俺も……

 

「ああ、メリークリスマス」

 

ちゅっ……

 

2人の唇にキスをする。そして3人で抱き合う体勢を取る。

 

聖夜に3人でキスをする。その行為は何ものにも勝る行為だと俺は思った。

 

アスタリスクに来る前はクリスマスなんてリア充のイベントと忌避していたが……

 

(恋人がいると最高のイベントだな)

 

そう思いながらキスを続ける。

 

俺達の間に介入出来る者は居ないと断言出来るだろう。

 

 

 

余談だが、翌日のクリスマスは、朝8時に起きてから食事やトイレの時間を除いて一日中キスをして、夜は性夜のひと時を過ごした。



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比企谷八幡は大晦日を過ごす

『新年まで後ちょっと、今年も色々あったよなー』

 

『だよな。と言っても一番インパクトのある事件はシルヴィア・リューネハイムの恋愛関係でしょ』

 

『ですよね。僕前にグルメ番組でアスタリスク中央区で食べ歩きをやった時に3人と会ったんですよ』

 

『え?話したの?』

 

『いえ。僕が食べる予定だった露店のアイスを食べてたんですけど、3人で1つのアイスを食べてたんですよ』

 

『それは店の前、ってかお前の前で堂々と?』

 

『はい。それで食べ終わると3人で抱き合って、し、舌を絡め合って……』

 

『あ〜、それはアイスどころじゃないな〜』

 

『それで結局番組はどうなったん?』

 

『とりあえずアイスは後回しにして……』

 

 

pi

 

 

『今年ももう直ぐ終わりですよね』

 

『そうだね。そして今シーズンの星武祭も王竜星武祭だけになるね』

 

『今シーズンの鳳凰星武祭と獅鷲星武祭は前シーズンより遥かに盛り上がったよな』

 

『そりゃ鳳凰星武祭には人工知能を持った擬形体、獅鷲星武祭にはチーム・赫夜というダークホースが盛り上げたからな』

 

『となると王竜星武祭でもダークホースが出るかもな』

 

『だよね。まあ、でも……今話題のバカップル3人は言うまでもなく圧倒的な力を見せるよね』

 

『ですね。今のアスタリスクで3トップの能力者の最強バカップル3人は間違いなく上位にーーー』

 

pi

 

 

 

『まあ世間から見たら私達の関係は歪だと思います。それについては紛れもない事実だからどうこう言いません……ですが、私にとってこの歪な関係は何物にも変えられない大切な関係なので崩すつもりはありません』

 

 

『俺も同じ意見ですね。世間がなんて言おうと俺達3人は絶対に別れるつもりはないです。一生かけてオーフェリアとシルヴィを愛し続けます』

 

『……私も同じ意見よ。それ以前の話として……私達は倫理的には問題な行為をしているのは否定しないけど、法律的には何も悪い事をしていないから第三者が私達の関係に干渉する権利はないはずよ』

 

『いやー、何度聞いても凄いですよね』

 

『全く。男性が2人の女性を愛するのはよく聞きますが、3人で愛し合う関係は少ないでしょう』

 

『関係が公になってからは平然と公共の場でも愛し合っていて、道行く人々は大量の砂糖を吐いーーー』

 

 

pi

 

『〜♪』

 

「わかっていたことだが、殆どの番組で俺達の話題が出てるな」

 

思わずそう愚痴る。今日は大晦日で、俺は恋人2人と炬燵に入ってのんびりとしている。さっきまでテレビを見ていたが、今年の総集をやる番組の殆どが俺達3人の名前を出している。余りにウザいので紅白歌番組に切り替える。

 

まあ世界の歌姫のシルヴィの恋愛事情が明らかになったしわからんでもないけど。

 

「仕方ない事ね。まあ時間が経てば冷めるでしょう」

 

オーフェリアがミカンを食べながらそう言ってくる。言ってることは間違っちゃいないが、それは当分先だろう。

 

「あはは……迷惑をかけてごめんね」

 

当の世界の歌姫であるシルヴィは苦笑いをしながら謝ってくる。今年は紅白に参加していないで俺達と新年を迎える予定だ。

 

自身が有名過ぎて、関係を持っている俺とオーフェリアに対して引け目でも感じているのか?

 

だとしたら……

 

「「謝る必要はない(わ)。俺(私)はお前(シルヴィア)と過ごしている時に迷惑と感じたことは一度もない(わ)」」

 

寧ろ過ごしていて楽しい以外の感情は一度も生んでいない。シルヴィ、そしてオーフェリアと過ごす時間は何物にも変えられない大切な時間だ。

 

俺とオーフェリアが同時にそう言うと、シルヴィは一瞬キョトンとした表情を浮かべるも直ぐに……

 

「ありがとう2人とも……大好き」

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

俺達の唇にキスを落としてくる。それによって唇には温かい温もりが感じる。既に何千何万と感じた温もりだが、俺はそれに飽きた事はなく、寧ろ麻薬中毒のように更に求めてしまう程だ。

 

俺は再度この温もりを感じる為に唇を寄せようとしたが……

 

ピンポーン

 

インターフォンが鳴ったのでシルヴィから距離を取って、空間ウィンドウを開く。

 

『あ、お兄ちゃん来たよー。お父さんとお母さんも一緒』

 

そこには小町と両親が映っていた。瞬間、俺の中でドス黒い感情が湧き上がる。

 

しかしそれを表に出さないように尽力しながら玄関に向かって鍵を開ける。

 

そして……

 

 

 

 

 

「邪魔すんぞ馬鹿むす「死ねこらぁぁぁぁぁぁっ!」うおっ?!なんだいきなり?!」

 

「「えぇぇぇぇぇっ?!」」

 

拳に星辰力を集中して、流星闘技の如く威力を高めた拳をお袋の顔面に放つ。それによってお袋の左右にいる親父と小町が驚きを露わにするが気にしない。

 

しかしお袋はいきなりの不意打ちにも関わらず、両手で俺の拳を受け止める。それによって足元のアスファルトが剥がれたがお袋は全く苦しそうな表情を浮かべていない。チッ!流石元序列1位か。影狼修羅鎧を纏って殴るべきだったな。

 

「おい馬鹿息子、会って早々殺すつもりの顔面パンチをするように教育した覚えはないぞ?」

 

お袋はカラカラ笑いながらも俺の拳を受け止める。

 

「黙れ。お袋の所為で俺はクリスマスパーティーでなぁ……!」

 

地獄にも等しい辱めを受けたんだ。あの屈辱は一生忘れないだろう。

 

「ちょっとちょっと!何があったの?!」

 

小町は焦るように俺とお袋に割って入るが、今は入るな。お袋をブチのめすのに巻き込んでしまうからな。

 

「あー、やっぱりこうなったか……とりあえず八幡君は落ち着きなよ」

 

「………」

 

同時に後ろから恋人2人が現れて、俺を羽交い締めにするので落ち着きを取り戻す。無理やり暴れたら拘束から逃れることも出来るが、2人が怪我するのは嫌だからな。

 

「何でこうなったんたよ……?」

 

親父の唖然とした表情が印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

「だーはっはっはっ!マジか?!それは悪いことを……ぶふぉっ?!」

 

「おいおい涼子、未成年に酒を渡しちゃ……くくっ!」

 

「ぷふふっ……お、お兄ちゃん巻き込まれ過ぎでしょ……あはははっ!」

 

リビングには俺の両親と妹の笑い声が響き渡る。

 

結局シルヴィが3人に何故俺がお袋に殴りかかったかーーー以前のクリスマスパーティーでの出来事を話した結果3人は大爆笑し始めたのだ。

 

どうやら敵はお袋だけじゃないようだ。マジでぶっ飛ばしたい。てかここが俺の家じゃなかったらぶっ飛ばしている自信がある。

 

「……八幡、前にも謝ったけどごめんなさい。記憶がないとはいえ、私は八幡に最低な事を……」

 

そんな事を考えているとオーフェリアが今にも泣きそうな表情をしながら謝ってくる。

 

以前クリスマスパーティーが終わってから、オーフェリアが俺とシルヴィに何故自分は寝ていたのかと聞いてきたので、説明をしたら涙目で謝ってきたのだ。俺は悪気がなかったからと許したが、今の反応を見る限りまだ気にしていたようだ。

 

 

「気にすんなオーフェリア。俺は別にお前に怒ってない」

 

オーフェリアの頭を撫でる。悪いのは酒を持ち込んだお袋だ。知らないで飲んだオーフェリアに落ち度はそこまでないだろう。強いて言うなら飲み過ぎは止めた方が良いと思うけど。

 

「だからお前は気にすんな。お前の悲しそうな顔は見たくないんだよ」

 

「んっ……」

 

オーフェリアはピクンと跳ねてから小さく頷く。世界最強の魔女なのに小動物みたいに可愛いなぁ……

 

そう思いながらオーフェリアを撫で続けると、お袋が俺を見て……

 

「八幡、メンゴ♩」

 

笑いながらそう言ってくる。マジでぶち殺したい……

 

「まあまあお兄ちゃん、折角の大晦日なんだし許してあげなよ」

 

「ちっ、わかったよ。その代わり年越し蕎麦はお袋が作れよ?」

 

オーフェリアとシルヴィは蕎麦を作るのに慣れてないので、この中で蕎麦を作れるのは比企谷の人間だけだ。そして家族で一番美味いのはお袋だ。俺を辱める原因を作ったのだから蕎麦を作るように要請してもバチは当たらないだろう。

 

「親を顎で使うとは良い度胸してんじゃん。まあ泊めて貰うんだし構わないよ」

 

お袋はそう言いながらもキッチンに向かった。良し、これで今年最後の仕事は終わったな。

 

「いやー、お兄ちゃんって今年は波乱の一年だったねー」

 

「人をラノベの主人公みたいに言うな。多少面倒事はあったが、そこまでじゃないだろ?」

 

「手と腕を斬り落とされて義手と義腕を作ったり、3人の関係が公になったお前は普通に波乱の一年だっだだろ……」

 

親父が呆れたように言うと、恋人2人と小町がうなずく。……うん、そう考えると波乱の一年だったな。寧ろ良く生きてるな俺。

 

「確かにそうかもな。てか親父はアルルカントに再就職してからなんかインパクトのあるイベントとかあったのか?」

 

アルルカントと言ったらマッドサイエンティストの巣窟と言われているし、何かしらあってもおかしくないだろう。

 

「ねぇよ。あったとしてもお前が巻き込まれたイベントに比べたら可愛いもんだ」

 

ですよねー。それが普通の返事ですよねー。

 

そんな事を考えていると……

 

 

『さあ!次は紅組から今躍進中の大型ルーキー、クロエ・フロックハートさんです!』

 

テレビからそんなアナウンスが流れたので俺達は意識を切り替えて空間ウィンドウを見る。

 

『先の獅鷲星武祭では圧倒的な執念で何度も金星を挙げたチーム・赫夜のチームリーダーであるフロックハートさん。歌でも星武祭でも実績を上げて、クインヴェールではシルヴィア・リューネハイム、ルサールカに次いで期待されている彼女の歌に注目です!』

 

同時に空間ウィンドウにお洒落な格好をしたフロックハートが現れてステージに立つ。

 

「うわー。前からわかっていたけど綺麗な人だね〜」

 

小町は感嘆の声を上げる。確かにフロックハートは美人だ。と言ってもシルヴィとは全く別のタイプだ。シルヴィは可愛さと美しさを兼ね備えているが、フロックハートは美しさに若干の儚さが含まれていて、それが美しさを際立たせている感じだ。

 

「あ!八幡君のブローチを付けてるよ!」

 

シルヴィがそう言ったので見ればフロックハートの胸には俺があげたサファイアが埋め込まれたブローチがあった。わざわざ紅白という大舞台で付けてくれるとはな……

 

「え?金に煩い八幡があんな高級そうなブローチをあげたのか?」

 

「意外だね。何で?」

 

親父と小町が不思議そうに聞いてくる。色々と言いたい事はあるが我慢だ。

 

「クリスマスパーティーのプレゼントだよ」

 

折角のパーティーだとテンションを上げた結果こうなった。最初は高いか?、と不安になったが、俺のブローチよりフェアクロフ先輩の用意したブレスレットの方が高い事を知って安心した。

 

俺がそう言うと……

 

「「クリスマスパーティーのプレゼント……ぷふっ……」」

 

親父と小町がなにかを思い出したかのように笑い出す。同時に俺は何を思い出したか直ぐに理解した。大方俺がクリスマスパーティーで生み出した黒歴史についてだろう。

 

それを理解した俺は親父と小町の頭を鷲掴みにする。すると指の間から2人の目が見開くのが理解出来る。

 

しかしもう遅い。地獄を味わえ。

 

「ま、待て八幡!俺達が悪かったから勘べぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「待って待って!お兄ちゃんにアイアンクローはいやぎにゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

俺が手の力を強めると、2人の悲鳴が空間ウィンドウに映るフロックハートの歌声で混ざり合ってカオスなBGMと化した。その際にシルヴィが顔に手を当てているが、昔俺にアイアンクローをされた事を思い出したのだろうな。

 

そんな事を考えながら俺はオーフェリアとシルヴィが止めるまでアイアンクローを続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、仕事が無くダラダラするのは最高だな〜、ずるる……」

 

お袋が年越し蕎麦を食べながらそう愚痴る。

 

午後8時半、俺とシルヴィとオーフェリアの家にて、俺は両親と妹と恋人2人と一緒に炬燵に入って年越し蕎麦を食べながら紅白を見ている。まさに理想的な大晦日の過ごし方だ。

 

「だよな〜。俺も年末の仕事は書類作業が多くて疲れたぜ。おーいオーフェリアちゃん。おかわりくれ〜」

 

「……ええ」

 

親父がカップを持つとオーフェリアが頷いて酒を注ぐ。普段は社畜の化身のような親父だが、仕事がないとダラダラするの相変わらずだな。

 

「俺もオーフェリアも年末は仕事が結構あったからな〜。あ、シルヴィ、お茶を取ってくれ」

 

「いいよ。カップに注ぐ?それとも口移しが良い?」

 

シルヴィがいたずらじみた表情を浮かべながらそんな事を聞いてくる。そんな事を聞いてくるのは予想外だが、答えは決まっている。

 

「カップで頼む」

 

カメラを構えているアホな妹がいるからな。やるならオーフェリアとシルヴィ以外の人間が居ない時だ。

 

「えー?お兄ちゃん口移ししないの?小町的にポイント「もう一度アイアンクローをするぞ?」な、なんでもないであります!」

 

途端に小町はニヤニヤ笑いを消して焦りながら敬礼をしてくる。提案しといてアレだが、そんなに痛いのか?

 

「まあ八幡君のアイアンクローは冗談抜きで痛いからね……って、お茶を注いだよ」

 

「ありがとな」

 

「八幡君八幡君、お礼に頭撫でてー」

 

シルヴィはニコニコしながらも自分の頭をポンポン叩いてアピールをしてくる。あざとい。でもそれ以上に可愛すぎる……!

 

「はいはい。この甘えん坊め」

 

「えへへー、やっぱり気持ちいいなー」

 

可愛い奴め。今すぐキスをして甘やかしたいがお袋がいる以上無理だ。間違いなくネタにしてくる。今も楽しそうに俺とシルヴィを見てるし。

 

「はいはい、どういたしまして……それにしてもマジで平和だ。頼むから王竜星武祭が終わるまで平和が続いて欲しい……」

 

こんな風に炬燵でのんびりと年越し蕎麦を食って紅白を見るなんてまさに至福のひとときだ。少し前からしたら考えにくい

 

(というか今シーズンに入ってから波乱が続き過ぎじゃね?)

 

誘拐犯と戦ったり、処刑刀という蝕武祭の専任闘技者に襲われたり、世界の歌姫と世界最強の魔女の2人とカップルになったり、他所の学園の生徒を鍛えたり、旅行先でテロリストに襲われたり、万有天羅て縁を持ったり、ヴァルダという正体不明の存在に襲われたり、左手首を切り落とされたり、再度処刑刀と相対して左腕を切り落とされさり……うん、明らかに波乱の日々だな。

 

「まあマディアス・メサとヴァルダとかいう訳のわかんねえ存在を潰したんだし大分マシになるだろ?てか馬鹿息子よ、やっぱり王竜星武祭には出んのか?あ、それとシルヴィアちゃんビールお願い」

 

お袋はシルヴィにジョッキを出すとシルヴィは笑ってジョッキにビールを注ぐ。シルヴィは気にしてないようだが、世界の歌姫にビールを注がせる事が出来るのはお袋ぐらいだろう。

 

「(とりあえずさっきの質問に答えるか……)勿論出る。シルヴィに借りを返したいからな」

 

あの時の悔しさは今でも覚えているし、借りは返しておきたい。

 

「ふふ〜ん。勿論私は受けて立つよ」

 

シルヴィはビール瓶をテーブルの上に置いて楽しそうに笑ってくる。しかし目には強い光があり譲る気はないのがよくわかる。

 

「頑張れよ〜シルヴィアちゃん、私の給料の為に」

 

「「「そこかよ」」」

 

お袋の言葉に俺と親父と小町の声がハモる。お袋は相変わらずブレねえな……

 

「ははは……頑張りますよ。でもお義母さんか鍛えた生徒は強くなってますから多分お給料は上がりますよ」

 

シルヴィが苦笑しながらそう言ってくる。まあ確かに……俺は魎山泊でクインヴェールのワインバーグを鍛えているが、成長が早過ぎる。

 

同じようにガラードワースのメスメルも目に見えて強くなっているが、ワインバーグの方が成長の伸びが早い。その事から魎山泊以外での環境はワインバーグ周囲の環境の方がいい事がわかる。

 

そしてそれは間違いなくお袋の影響だろう。クインヴェールの生徒でワインバーグ以外にも成長している人間がいるならお袋はその功績を称えられて昇給するだろう。

 

「だろう?ま、今回の王竜星武祭は盛り上がると思うぜー。私がしばき倒したガキ共が大量に出るからなー」

 

お袋は楽しそうにカラカラ笑う。お袋の奴、万有天羅を忌避している癖に万有天羅そっくりじゃねぇか。同族嫌悪ってヤツか?

 

「そうだよねー。他にも面白い人がたくさん出てくるかもね」

 

小町がそんな事を言っているが、面白い人とは魎山泊に参加している人のことだろう。全員が星露に鍛えられて各々の長所を伸ばしているのだ。ワインバーグとメスメルの成長の度合いを考えたら油断は出来ない。

 

(しかし魎山泊って何人いるんだよ?)

 

俺が知っている魎山泊の人間は、小町、リースフェルト、若宮、ワインバーグ、ウルサイス姉妹、メスメルの7人だが、多分他にもいるだろう。俺の予想じゃ15人くらいいると考えている。

 

「(まあ暫くすれば情報が入るか。それよりも……)そういや親父、面白い奴と言えばアルルカントから新しい擬形体も出るのか?」

 

噂ではアルルカントから新しい擬形体が王竜星武祭に出るという噂がある?

 

しかし六花園会議で左近に聞いてもはぐらかされるし、材木座に聞いたら『知らんわ!』とガタガタ震えながらそう言ってきて確実な情報を持っていないので、エルネスタとは派閥は違うがそれなりの地位にいる親父なら知っているだろうと聞いてみた。

 

「ん?詳しくは知らないが出すらしいぞ」

 

親父が蕎麦を食べながらも事もなくそう言ってくる。予想はしていたがやはりか……

 

「え?そうなの?!どんな擬形体?!」

 

「悪いが小町よ。お父さんは派閥が違うから詳しくは知らないんだよ。ただ、スペックはアルディとリムシィより遥かに上回っているらしい」

 

え?アレより更に上回っている擬形体が出んのかよ?加えてアルディとリムシィも出る可能性もあるし、マジで面倒だな。

 

「……まあまだ本番まで1年以上あるのだし、今は年末をゆっくりと過ごせばいいじゃない」

 

オーフェリアがそう言ってくる。確かにそうだ。幾ら話題が少ないからって大晦日に星武祭の話をするのはアレだな。今くらいは普通に凄そう。

 

「だな。どうせ新年早々仕事があるんだし。って訳で八幡、焼酎取って」

 

お袋は顔を赤くしながら焼酎を要求してくる。まだ飲むのかよ?!

 

「なぁ涼子。流石に飲み過ぎじゃ「馬鹿野郎、せっかくの休みに酒を飲んで何が悪いんだ、あぁん?」あ、はい」

 

弱っ!親父弱過ぎだろ?!軽く睨まれたら蛇に睨まれた蛙よろしく黙っちまったし。

 

てかお袋は休みじゃなくても授業中にも飲んでるだろうが。戦闘授業でも戦闘しながら酒を飲んでいるし。流石にシルヴィやネイトネフェルなどトップクラスの生徒を相手にする時は飲んでいないが、冒頭の十二人以外とやり合う時は大抵飲んでいる。しかもそれで負けないからタチが悪い。

 

「八幡〜。早く早く〜」

 

「はいはい。わかりましたよ」

 

ため息を吐きながら焼酎を渡すと、お袋は笑顔で焼酎を自分と親父のコップに注ぐ。

 

「いや涼子、俺はもうげんか「あん?」……ありがたくいただきます」

 

親父はそこまで酒に強いわけではないのだが、お袋には逆らえずに飲み始める。マジで不憫過ぎる。

 

そして酔ったお袋は怖過ぎる。オーフェリアも酔った時はある意味怖かったが、シルヴィが酔った場合はどうなるのだろうか。頼むからオーフェリアやお袋みたいに気性が激しくなるのは勘弁して欲しい。

 

 

 

それから10分後に親父は限界を超えたのか酔い潰れて寝てしまい、更にその30分後にお袋が同じように酔い潰れて寝始めた。2人の周囲には大量の酒瓶が転がっている始末。

 

新年まで3時間弱あるのに寝るの早過ぎだろ?、そしてどんだけ飲んだんだよ?

 

その2つの疑問が内心に埋まる中、俺はため息を吐いて2人を寝室に運んだのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

「4、えーっと……【ハネムーンは大成功。子宝を授かる。他のプレーヤーから3000円の祝い金もらう】……」

 

「小町ェ……これで4人じゃねぇか」

 

「「うぅ……」」

 

俺がため息を吐く中、オーフェリアとシルヴィが涙目で小町に3000円を払う。

 

「だ、だからゲームですからそんな目で見ないでください!」

 

俺達は年が明けるまで暇だから半生ゲームをやっているのだが、ドロドロと化している。

 

どんな状況かというと結婚マスで俺と小町が結婚したのだ。その瞬間、オーフェリアとシルヴィはジト目で俺達を見て、今のように子供が出来たら涙目になって祝い金を払っているのだ。

 

「じゃ、じゃあ次は私だね」

 

シルヴィが涙目のまま引き攣った笑みを浮かべながらルーレットを回すと……

 

 

【想い人が他人と結婚。悲しんだ後に仕事に生きる事を決意。臨時収入80000円を入手】

 

「「「…………」」」

 

「あ、あはは……私がぶっち切りの1位だね……うぅ……」

 

いたたまれない。成績がダントツなのに涙目のシルヴィをみるととてもそうは見えない。

 

マジで気まず過ぎる。遊び道具として半生ゲームを持ち込んだ、お袋はやはり俺の敵だ。

 

「………次は私ね」

 

オーフェリアがディルクの所有物だった時よりも悲しみに満ちた表情でルーレットを回す。出た数字は8で……

 

 

 

【想い人が知らない女とラブホテルに入る。ショックを受けていたら車に轢かれる。自動車保険を没収。ない場合は10000円払う】

 

「……八幡」

 

「いや!これはゲームだからな!」

 

オーフェリアが涙目で自動車保険を払いながら俺を見てくる。凄い罪悪感から思わず叫んでしまうが仕方ないだろう。

 

(くそっ……マジで胸が痛くなってきた……しかも次は俺の番だ)

 

頼むから変な場所には止まるなよ……

 

(お兄ちゃんお兄ちゃん!絶対に6を出して!そうすれば離婚出来るから!)

 

小町がアイコンタクトでそう言ってくるので、ボードを見れば6を出せば確かに離婚出来る。そうすればオーフェリアにしろシルヴィにしろ立ち直るだろう。

 

「(わかった。任せろ)……よし、それじゃあ……」

 

俺が息を吐いてルーレットを回す。ルーレットは徐々に速度を落としていき、やがて止まる。

 

ルーレットの針が指す場所は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8

 

【夫婦生活は最高にラブラブだ。なんやかんやあってベッドが壊れる。ベッドの修理費6000円払う】

 

「この愚兄がぁぁぁぁぁぁっ!よりにもよって最悪のマスに止まるなぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

小町が怒鳴り散らす。確かに最悪のマスだ。てかなんやかんやって何だよ?!

 

俺が内心叫んでいると……

 

 

「ぐすっ……八幡君……」

 

「いやっ……私達を捨てないで……!」

 

オーフェリアとシルヴィが涙を流しながら俺に見捨てないよう懇願してくる。凄く胸が痛くなる。

 

「小町、ゲームは中止だ。お前は風呂に入ってこい」

 

これ以上のゲームの続行は不可能だ。だから俺はゲームで俺と結婚したりベッドを壊した小町を遠ざけることにした。俺の発言の意図を理解した小町は小さく頷くとそのまま風呂場に向かった。

 

同時に俺は2人に近寄り優しく抱き寄せる。

 

「落ち着け2人とも。これはゲームだからな?俺はお前らを見捨てるつもりはないからな」

 

小町の事も愛してはいるが、家族としてた。異性として愛しているのはオーフェリアとシルヴィだけだからゲームのような事にはならないだろう。

 

「ごめんね……ゲームだとはわかってるけど……」

 

「想像したら涙が止まらなくなって……ごめんなさい」

 

「謝る必要はない。気持ちはよくわかる」

 

2人が俺に抱きついてそんな事を言ってくるが、納得した。確かに俺がオーフェリアとシルヴィか知らない男とラブホに入っていたらショック死する自信がある。

 

「だからお前らも気にすんな。俺は何があってもお前らを愛し続けるから」

 

「んっ……」

 

「ちゅっ……はち、まん……」

 

言いながら俺は自分からキスをすると、2人は一瞬驚きを露わにするも直ぐに俺のキスを受け入れる。

 

そして暫くの間交互に、偶に3人で一緒にキスをすると2人は徐々に落ち着きを取り戻した。涙は消えて今はただ3人でキスをしている。

 

「んっ、んむっ……はち、まん…く、ん……ちゅっ……」

 

「好き……だいしゅき………ちゅっ……だいしゅきなの……」

 

2人はそう言いながら自分らの存在を刻むかのように俺にキスをしてくる。だから俺も俺自身の存在を刻みこむように2人にキスを重ねた。

 

結局俺達は小町が風呂から出てリビングに入る直前までキスを続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後1分ね……」

 

オーフェリアはそう呟くので時計を見ると23時59分を示していた。俺は今恋人2人と妹と一緒に炬燵に入りながら新年を待っている。両親については酔い潰れて寝ている。

 

「あー、来年は面白い事があるかなー」

 

「だなぁ……腕を切り落とされるなんてもうゴメンだなー」

 

「そうならないように、私とオーフェリアが守るからね」

 

「……(コクッ)」

 

オーフェリアが小さく頷くと俺は2人にそこまで想われている事を理解して嬉しくなる。やっぱり2人がいるなら来年も良い年になるだろう。

 

そこまで考えているといつのまにか今年も後10秒で終わる。長かったなぁ……

 

5、4、3、2、1………

 

 

 

 

「「「「あけましておめでとう」」」」

 

秒針が0を指して日が変わると俺達4人は頭を下げて礼をする。年が変わったし挨拶はするべきだろう。

 

「さて、新年の挨拶も終わったし、小町は寝ようかな」

 

「もう寝るのか?」

 

「夜更かししたい気持ちはあるけど、明日……じゃなくて今日のお昼頃には初物セールにも行きたいし早く寝ようかなって」

 

あー、確かにな。そう考えたら夜更かしは良くないだろう。

 

「そうか。じゃあそこの和室を使ってくれ。布団は押入れにあるから適当に敷いてくれ」

 

「了解であります。あ、それと3人にお願いがあるんだけど」

 

「「「お願い?何だよ(何かな)(何かしら)?」」」

 

「うん。あのさ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もしも新年初エッチをするなら、防音はしてね?」

 

「「「っ?!」」」

 

真っ赤になった小町の言葉に俺達は去年千葉に帰ってきた時の言葉を思い出す。あの時俺はオーフェリアとシルヴィを始めて抱いたが、その時隣の部屋にいた小町は一睡も出来なかったんだよなぁ……

 

そこまで考えると俺自身、顔が熱くなるのを実感する。確かに小町の言いたいことはよくわかった。

 

「わ、わかった。気をつける」

 

「それならお好きにどうぞ……お休み」

 

小町はそう言って和室に入っていった。それを見送った俺達3人は真っ赤になった顔を見合わせる。

 

しかしそれも長くは続かず……

 

「わ、私達も寝よっか?」

 

シルヴィの言葉によって俺達も二階の寝室に向かった。寝室に着くとシルヴィは辺りに星辰力を込めながら歌い出す。

 

暫く歌うとシルヴィが真っ赤になって口を開ける。

 

「こ、これで2、3時間はこの部屋で生まれる音が外に出ないよ……だから……」

 

つまりはそういう事だろう。

 

「……だ、そうだオーフェリア?お前はどうする?」

 

「………」

 

対するオーフェリアは返事をしないでパジャマを脱いで下着姿になる。水色のブラジャーとショーツが露わになると俺の顔が更に熱くなるのを実感する。

 

言葉は口にしてないが、行動を見ればシルヴィと同じ意見なのがわかる。

 

「はぁ……じゃあやりますか……」

 

言いながら俺も同じようにパジャマを脱いで下着姿になりベッドに横になる。するとシルヴィもパジャマを脱いで上下ピンク色の下着を見せてから……

 

「八幡君……今年もよろしくね……んっ」

 

「ずっと……ずっと私達を愛して……ちゅっ……」

 

オーフェリアと一緒にキスをしてくる。そして首を絡めて互いの心臓の鼓動を確認し合う。こうしていると胸が温かくなり幸せな気分になってくるな……

 

そこまで考えた俺は……

 

「ああ。死ぬまで愛してやるよ……」

 

「ああっ……!」

 

「はち、まぁん……あぁんっ……!」

 

2人のブラジャーのホックを外して2人の首筋を交互に甘噛みする。

 

同時に2人が嬌声を上げるがそれを無視して2人を押し倒し、俺は野獣の如く2人の美しき肢体を食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

気がついた時には2時過ぎで2人は幸せそうな表情で俺に抱きついて甘えてきた。

 

普通正月の深夜に裸で過ごすのは寒い筈だが、2人と繋がったからか寒さを感じる事はなく、眠りにつくまで2人の温もりだけを感じ続けた。

 

 

 

 

 

 

あ、後ベッドが壊れたので早い内に買いたいと思います



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こうして新年が始まる

翌日……

 

「んっ、んんっ……」

 

瞼に朝の日差しを受けたので薄っすらと目を開ける。すると視界の先には……

 

「あっ、起きたね」

 

「ふふっ……起きたばかりの八幡、可愛いわ……」

 

視界の先には紫色の髪の可憐な女子と白色の髪の美しい女子ーーー俺の恋人のシルヴィとオーフェリアが一糸纏わぬ姿でクスクスと笑っていた。

 

「……おはよう、オーフェリア、シルヴィ」

 

瞼を擦りながらも2人に挨拶をすると2人は笑いながら俺の顔に近寄り……

 

「「おはよう八幡(君)、大好き……」」

 

 

ちゅっ……

 

俺の首に腕を絡めてからそっとキスをしてきた。シルヴィとのキスによって生まれた音が未だに寝惚けている俺を活性化させて、一瞬で幸せな気分にしてくれる。

 

そして俺の胸板には2人の大きな胸が当たり形を変えるくらい押し付けられていてドキドキする。

 

「んっ……ちゅっ……ぷはっ!俺も、お前らが大好きだよ」

 

2人とキスをし続けて少し呼吸が苦しくなり、息継ぎをしながら俺は2人の愛に応える。世間では未だに俺に対するアンチはあるが、もう気にしていない。世間が何と言おうと2人と一緒に愛し合う覚悟は出来ているのだから。

 

「私も八幡君の事が大好きだよ……こうやって君がいるだけてドキドキするの……んっ……」

 

言うなりシルヴィは俺から離れてから、俺の右手を掴み、自身の胸に押し付けてくる。すると手の平にシルヴィの柔らかな胸の感触と、その先にある心臓の鼓動が伝わってくる。

 

「んっ……八幡の心臓もドキドキしてるわ……」

 

対するオーフェリアは俺の胸に手を当てて愛おしそうに撫でてくる。それによって俺は自身の心臓の鼓動が早まるのを自覚する。

 

新年からこうやって2人と過ごせるなんて最高だ。一年の計は元旦にあり、というし今年はいい事がありそうだな。

 

ふと時計を見ると6時前。起きるにはまだ早い、朝飯を作るなら8時くらいで大丈夫だろう。

 

だから……

 

「なぁ……もう少しだけ甘えても良いか?」

 

両親は飲み過ぎだし、小町も休みの日は起きるのが遅い。だから俺達も少しくらいベッドで過ごしても大丈夫だろう。

 

「「もちろん」」

 

俺の頼みに2人は笑顔で了承するや否や、ベッドに倒れ込み両サイドから俺に抱きついてくる。

 

俺達は3人揃って裸だから寒いが、3人で身体を寄せ合うと直ぐに寒さが吹き飛んだ。やはり俺達は3人揃えばどんな障害も関係ない事を改めて理解した。

 

そして幸せな気分のまま、3人でキスを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

pipipi

 

「んんっ……もう8時か……終わりにするか」

 

暫く3人でキスをしていたら8時を告げるアラームが鳴ったのでキスを止めて身体を起こす。

 

「そうだね……名残惜しいけど、いつまでも寝ているのも良くないし」

 

「……そうね。お腹も空いたし朝食を作りましょう」

 

同じようにシルヴィとオーフェリアもベッドから身体を起こす。その際にシーツが2人の身体に纏われていて、裸よりエロく見えてしまった。

 

「とりあえず人数分の餅は焼いておくか……」

 

言いながらクローゼットに向かい着替えを取り、下着を履く。

 

「じゃあ私はお雑煮を作ろうっと」

 

「んじゃオーフェリアは洗濯を頼んで良いか?てかシルヴィ、新年早々勝負下着かよ?」

 

見ればシルヴィの奴、持ってる下着で1番エロい黒のTバックを着ている。

 

「うーん。朝からエッチな気分になったからかな?あ、でもスカートじゃなくてズボンを履くよ」

 

当たり前だ。万が一出掛けた時にエスカレーターに乗ってシルヴィの下着を見られたりしてみろ。俺は見た男の息の根を止めないといけない。まあ仮にスカートを履くならシルヴィの足に影を纏わせて見えないようにするけどな。

 

「なら良いが……よし、じゃあ行くぞ」

 

「うん」

 

「ええ」

 

俺が着替え終わると2人も同じようにして着替え終えるので、自室を出て一階に向かう。

 

しかしまだ誰もいない状態だ。どうやらまだ全員寝ているようだ。

 

そんな事を考えながらも俺とシルヴィは餅を取り出して、オーフェリアは洗濯をしに脱衣所に向かった。

 

そして海苔や醤油の準備をしていると……

 

 

「ふぁ〜、おはようお兄ちゃん、シルヴィアさん……」

 

「あ〜、くっそー、頭痛え……」

 

小町とお袋が欠伸をしながらキッチンにやってくる。

 

「よう。悪いが朝飯は俺達も起きたばかりだからもうちょっと待ってくれ」

 

正確に言うと起きたのは2時間近く前だが、さっきまで2時間近くイチャイチャしていて自室を出たのがついさっきだ。まあそれを馬鹿正直に言うと絶対にからかわれるだろうか言わないけど。

 

「ほいさっさー」

 

「私は頭痛いから良いや。つーか水をくれ。昨日はいつもより飲み過ぎた……」

 

お袋はげっそりした表情で水道水を飲み始める。お袋でコレなら親父は暫くの間起きないだろう。

 

そう思いながら餅を焼いていると、オーフェリアが戻ってきた。

 

「……おはよう、小町、お義母さん」

 

「おーっす、オーフェリアちゃん……あ、そうだ。私これ飲んだら寝るけどその前に……」

 

言いながらお袋が自分の鞄からポチ袋を俺達4人に渡してくる。

 

「はいお年玉。この場にいる全員は星武祭やアイドル活動で稼いでいるから要らないかもしんないけど、私の子供だし受け取りな」

 

私の子供という箇所を聞いたオーフェリアはシルヴィが喜びを露わにする。お袋の子供という箇所で喜ぶ、つまり俺と結婚する気があるという事だ。それを理解した俺も嬉しくなる。

 

「ありがとうございます、お義母さん」

 

「……ありがとうございます」

 

シルヴィと、珍しくオーフェリアが敬語を使って礼をする。対するお袋は顔色が悪い状態でもカラカラと笑う。

 

「良いってことよ。……んじゃ私は頭痛いし寝るわ。またなー」

 

そのままお袋はフラフラになりながら再度寝室に戻って行った。毎度思うが、飲み過ぎて翌日頭が痛くなるなら飲むなよ……

 

「(まあ行っても聞かないだろうがな)……とりあえず餅も焼けたし食べようぜ」

 

「そうだね。その時に今日の予定を決めよっか」

 

シルヴィの言葉に小町とオーフェリアが頷いたので俺は餅に海苔と醤油を添えてテーブルに運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で小町はショッピングモールに新年初物セールに行ってから学園の友達と会う予定だけどお兄ちゃん達はどうするの?」

 

小町が餅を食べながら聞いてくる。

 

「ショッピングモールに買い物には行くな。その後はデートてもするつもりだ」

 

「出来ればお参りとかやってみたかったけど……」

 

「……アスタリスクに神社はないわ」

 

まあ水上学園都市に神社があっても趣きも何もないからな。

 

「じゃあ一緒に買い物をして、終わったら別れて行動すんのか?」

 

「それが良いかなぁ……3人のイチャイチャは見ていて砂糖を吐きたくなるし」

 

小町が目を腐らせながら俺達3人を見てくる。明らかに目が腐っていて思わず引いてしまう。

 

「えーっと、小町ちゃん?私達は別にイチャイチャなんて…「3日前に自然公園で堂々とディープキスをしてましたよね?」あ、あはは……」

 

そういや魎山泊が終わった後に3人でデートしたな。

 

「あの時小町も友達と近くに遊びに行ったんですけと、それを物凄く気まずかったんですよ!3人が舌を絡める所を見せられ挙句、お兄ちゃん達が自然公園を出た瞬間友達からは嵐のように激しく質問をされるし……」

 

「す、すまん……とりあえずお前といるときはキスをしないようにする」

 

「お願いだよ……」

 

小町は目を腐らせながらため息を吐く。確かに俺達は関係がバレてからは堂々とデートしているからな。今後は人目のつかない場所でキスをしよう。

 

 

そう思いながら俺は朝食を食べて、4人で行く準備を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、相変わらず混んでるねぇ」

 

それから1時間後、開店して間もないにもかかわらず混雑しているショッピングモールを見て小町が呆れたようにため息を吐く。

 

「そりゃ新年だからな。それよりもさっさと初物セールに行くなら行こうぜ」

 

今俺達は入口にいるが、いつまでもここにいても意味がないからな。

 

「あいあいさー。前回来た時はあの葉虫の所為で楽しめなかったし、今日は思い切り楽しまないとね」

 

小町がそう言うが同感だ。最後にこのショッピングモールに来たのはクリスマスパーティーに使うプレゼントを買う為だが、その時に葉山に会って殴られたからな。ぶっちゃけ最悪の買い物だった。

 

「……全くね。しかもあの葉虫、八幡を殴った罰で序列を剥奪されて逆恨みをしているらしいし、何処まで私を怒らせれば気が済むのかしら?」

 

オーフェリアが小町の言葉に賛同する。シルヴィは苦笑いを浮かべているが、2人の言葉に対して注意していない。

 

あの事件の後、ガラードワースの生徒会長のフォースターが俺に事情を聞いてきたので正直に話した結果、フォースターは葉山に序列剥奪の罰を与えた。

 

しかしあいつらがあの程度で落ち着くとは思えないな……

 

「まあ気にすんな。もしもなんか言われてもシカトすれば良い話だ。というか小町よ、新年早々葉山の話なんてするな」

 

普通に気分が悪くなるし、そんな話をしたらショッピングモールに奴らが現れるフラグだからな?

 

「ごめんごめん。次から気をつけるよ。じゃあ行こっか」

 

小町がそう言って歩き出すので俺達もそれに続く。今日から新しい年で、毎日が楽しいってことは無い。時には嫌な事もあるだろう。

 

それについては運命だからどうこう言わないが、せめて今日くらいは平和に終わってください。一年の計は元旦にありって言うし、初っ端から面倒な事に巻き込まれるのはゴメンだ。

 

 

そう思いながらエスカレーターを使って二階に上がると……

 

「うわぁ……」

 

見ればあらゆる店で福袋コーナーがあるが、戦場と化している。主婦同士のぶつかり合い、男性同士が星辰力を噴き出しながらぶつかり合っている。

 

「凄い戦いだね……まあ一般人と星脈世代が別々だから大怪我はしないと思うけど」

 

シルヴィが苦笑したように呟く。星脈世代と一般人がぶつかったら冗談抜きで死者が出る為、福袋コーナーでは星脈世代専用の福袋コーナーと一般人専用の福袋コーナーの二種類がある。(尚、レジで星脈世代かどうかを確認する)

 

「で?小町の欲しい福袋はどれだ?」

 

「えーっとね……アレだね」

 

見た先には女性用の洒落た服が売られている店だ。福袋が大量に積んであるが、時間にはなっていないので福袋コーナーの周囲には人が寄っていない。

 

しかし大量の女性が獣のように福袋を見ていた。お前らはハイエナかよ?

 

「うーん。見る限り序列入りしている人はいないし余裕じゃない?」

 

シルヴィの言う通り有名な人は居ないし、見る限り全員大した力量ではない。

 

「ですね。これなら大丈夫でしょう」

 

言いながら小町が店に向かうと遂に時間となった。ホイッスルが鳴ると同時に星脈世代専用コーナーの近くにいた沢山の女性が足に星辰力を込めて福袋に飛びかかる。福袋を手に入れるのにここまで全力なのはアスタリスクだけだろう。

 

しかし……

 

「おっ、小町の奴やるじゃん」

 

見れば小町は他の女性の体当たりや手による掴みを受け流してゆっくり、それでありながら一歩一歩進んでいる。

 

「……力づくに進むというよりは受け流す感じかしら?」

 

「そうだね。これが実戦なら相手の近接攻撃を受け流して隙が出来た所にハンドガンを叩き込む感じかな?」

 

シルヴィの言う通りだろう。魎山泊に入門した人間は基本的に反応速度を高める為に星露と戦うので、近接戦の腕は大きく上がる。その中で各々に適したスタイルを確立する感じだ。

 

例えば俺が指導している生徒は2人いるが、ワインバーグはマスケット銃型煌式武装を使った接近戦と自身の能力を複合したスタイルで、メスメルは能力で相手を攻めて、向こうが接近戦を仕掛けてきたら接近戦を応戦するスタイルだ。

 

 

小町の場合はおそらく接近戦で相手の攻撃を受け流して、隙が出来た所で校章を銃で撃ち抜くスタイルだろう。

 

これなら格上の相手でも勝てる可能性はある。小町の銃の展開の速さと相手に狙いを定め発砲する速度はアスタリスクでもトップクラスだ。星露はそこに目を付けて勧誘したのだろう。

 

そうこうしている間にも小町はどんどん前に進み、遂に福袋の1つを手に入れた。

 

「おー、やるね小町ちゃん」

 

シルヴィは軽く驚きを露わにして、オーフェリアも拍手をする。確かに凄い。以前より成長しているのはよくわかるが……

 

(魎山泊で身につけた技術を福袋争奪戦に使うって……)

 

いや、まあ、手に入れた技術をどう使うかは自由「いただきですのー!」……この声は。

 

嫌な予感がした俺は視線をズラすと、少し離れた店で俺が魎山泊で面倒を見ているヴァイオレット・ワインバーグがハイテンションで福袋を持っていた。

 

(お前もかワインバーグ……)

 

見ればシルヴィも苦笑してるし。確かに今のワインバーグの身体能力なら余裕だろうけどさ……

 

呆れる中、ワインバーグは福袋も持って俺達がいる方向とは真逆の方に去って行き、福袋を売る準備をしている店に向かう。どうやら奴は何軒もの福袋争奪戦に挑むようだ。

 

「お待たせー……って、アレ?どしたの?」

 

呆れる中、小町がハイテンションで戻ってくるが、俺の顔を見て不思議そうな表情を浮かべる。

 

「いや、さっき魎山泊の人間がいて、お前と同じように鍛えた技術を利用して福袋を手に入れた奴がいたんだよ……」

 

「え?!誰それ?!小町、魎山泊のメンバーはユリス先輩とマクフェイル先輩しか知らないから教えて!」

 

マクフェイル?確か以前リースフェルトに突っかかりまくっていたアイツか。星露の奴、本当に色々な奴に声をかけてるな。

 

「悪いが無理だ。星露からは口止めをされてるんでな」

 

基本的に魎山泊の話は箝口令が敷かれているので話すのは厳禁だ。別に話しても星露がブチ切れるとは思わないが、鍛えて貰っている俺からしたら義理を欠くことになるから小町が相手でも教えるつもりはない。

 

「そっか。じゃあ仕方ないね」

 

小町は俺の本気度を理解したからか特に不満を漏らさずに頷く。納得してくれて何よりだ。

 

「悪いな」

 

「別に良いよ。それよりも次のお店に行こうよ!」

 

「わかった。あ、それが終わったらパフェを食べようぜ」

 

元々俺がショッピングモールに来た理由の1つは新年限定のパフェを食べる事だから。

 

「良いよ。小町もそれ食べたいし」

 

言いながら小町がエスカレーターに向かうので俺達はそれに続く。そして上に向かおうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ』

 

下の階から葉山率いるガラードワースの面々が俺達のいる階に上がってきたのだ。

 

……あーあ、フラグが成立しちゃったよ。新年早々面倒な事になりそうだな。



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新年早々比企谷八幡はトラブルに愛される

……マジで頭が痛くなってきた。肉体的な疲れではなくて精神的な疲れが原因で。ここまで痛くなるのは滅多にない。生徒会長の仕事をしてもここまでは疲れないだろう。

 

何故こんな風に頭が痛くなっているのかというと……

 

 

 

 

 

(何で新年早々にこいつらと会うんだよ……)

 

正月のショッピングモールの二階にて、俺は可愛い妹の小町と恋人2人のオーフェリアとシルヴィと一緒に買い物に来ていて三階に上がろうとしたら、俺と相反する存在である『友情剣』葉山隼人及びその取り巻きと鉢合わせしてしまった。

 

初めは向こうもポカンとした表情を浮かべるも直ぐに俺に対して憎悪に塗れた、ガラードワースの生徒らしくない視線を向けてくる。

 

対して俺の横にいる3人も明らかに不機嫌になりまさに一触即発の雰囲気だ。

 

周りにいる人は距離を取るが当然の判断だ。何せ世界の歌姫と世界最強の魔女が不機嫌なのだから。

 

とはいえ俺はどうこうするつもりはない。葉山達に対して思うところがない訳ではないが関わりたくないのは紛れも無い事実なのだから。

 

そう判断した俺は横で不機嫌な表情になっている3人に話しかける。

 

「さてお前ら。さっさと三階に行って福袋を買ってパフェを食べに行くぞ」

 

関わらないのが最善の道だ。奴らと関わっても百害どころか億害あって一利なしだ。

 

「そうだねー。朝はお餅だけで少し足りませんでしたし、早く買ってパフェを食べよう。ね?シルヴィアお義姉ちゃんにオーフェリアお義姉ちゃん?」

 

「うん、福袋が売られるまで時間がないし急ごっか」

 

「……私はパフェよりクレープを食べたいわ」

 

どうやら3人も関わるのを避けたいようで俺の言葉に乗ってくる。良し、じゃあ後はこのままこの場を離れ「待て比企谷」……空気読めよ三下。

 

「何だよ。こっちは忙しいからまた今度にしろ」

 

「どうせ大した用事じゃないだろ?それよりも聞きたいことがある」

 

あー、こりゃ話を聞くまで離さない気だな。半殺しにしてやりたいがそれをやったらこっちが咎められるからやらないけど。

 

「ちっ……わぁったよ。小町、オーフェリア、シルヴィ、先行ってろ」

 

こいつの話す事なんて十中八九ふざけた内容だ。3人に聞かせたらストレスが溜まるだけだろうし先に行かせた方が良い。

 

「……嫌よ。私は残るわ」

 

オーフェリアが即座に断る。

 

「大丈夫だって。お前が心配することはない」

 

「それで前に殴られたじゃん!小町も残る!」

 

「私も残る!」

 

すると小町とシルヴィも頷いてオーフェリアに賛成する。気持ちは嬉しいがこれ以上こいつらを葉山の近くに居させたくない。

 

「……頼む。先に行ってくれ」

 

「でも八幡に何かあったら……!」

 

 

俺が懇願するも、それでも尚、オーフェリアは引き下がらない。仕方ないか……

 

だから俺はオーフェリアを抱き寄せて……

 

「んっ……!」

 

『なっ!』

 

そっとキスをする。それによって葉山と取り巻きが呆気に取られた表情を浮かべも気にせずオーフェリアにキスをする。

 

10秒くらいしてからキスを止めてオーフェリアの耳に顔を寄せる。

 

「大丈夫だって。いざとなったら反撃するし、少しくらい信じてくれよ」

 

一応星露との鍛錬で最盛期のオーフェリアにならともかく、力を制御してある今のオーフェリアになら勝てる可能性があるくらいには強くなった自負がある。

 

「……わかったわ」

 

俺が頼むとオーフェリアは頬を染めながら小さく頷く。

 

「良い子だ……悪いけどお前らもオーフェリアと行ってくれないか?」

 

オーフェリアの頭を撫でながらシルヴィと小町に頼み込む。可能なら少しでも早くガラードワースの面々から離してやりたい。

 

「……わかった。ただし!」

 

シルヴィは一呼吸置いてから俺に近寄り……

 

ちゅっ……

 

キスを落とす。辺りからは歓声が上がるが気にしないでおく。俺達3人の関係が世間に公表されてから2ヶ月ちょい、既に堂々とデートしたりキスをして周囲から注目を浴びているし。

 

「絶対に無事に帰ってきてね」

 

見る男全てを惚れさせるであろう笑顔を見せてくる。まあ俺以外の相手には見せないと思いたいが。

 

「当たり前だ。そもそも俺があいつらに遅れを取ると?」

 

葉山達の人数は20人弱だが、見る限り序列入り出来る人間はいても冒頭の十二人入り出来る人間は1人もいない。これなら影狼修羅鎧抜きでも勝てるだろう。

 

「思ってないけど念の為。それじゃあ小町ちゃんも行こっか?」

 

「そうですね。わかりました……おい葉虫。もしもお兄ちゃんに危害を加えたら二度と剣を持てない身体にするので」

 

小町が軽く殺気を出しながら葉山を睨むと、葉山はビクッとしながら後退りするが、それに気付くと不愉快そうに小町を睨む。あの程度の殺気でビビるのに俺に勝つとか言ったのかよ。言っちゃアレだが、お前じゃ小町にも瞬殺されるだろう。

 

そんな事を考えていると3人がエスカレーターで上がって行った。3人が見えなくなったので口を開ける。

 

「で?何の用だ?こっちも暇じゃないから早めに済ませろ」

 

俺がそう言うと葉山は不愉快そうに鼻を鳴らしてから口を開ける。

 

「比企谷、いい加減他人を騙す卑怯な真似は止めたらどうだ?」

 

「は?」

 

こいつは何を言っているんだ?他人を騙す卑怯な真似を止めろだと?確かに俺も他人を騙す事はあるが、無闇に人を貶めたりはしてない。

 

少なくとも葉山が俺を悪と断ずる資格はないだろう。

 

「何の話だ?てか誰を騙したって言うんだよ?」

 

「決まっているだろう。ウチの生徒会長やシルヴィアさんをだよ」

 

は?フォースターとシルヴィを騙す?俺が?

 

「理解に苦しむな。そう思う根拠を説明してみろ」

 

「以前お前が俺達をカス呼ばわりした時だ。あの後に俺は会長に呼ばれて序列を奪われた。どう考えてもお前が裏で何かしたに決まっている」

 

こいつは何を言っているんだよ?マジで理解不能だ

 

「んなわけないだろ。そもそもお前がショッピングモールで俺に暴力を振るったお前が一番悪いだろうが」

 

あの事件はガラードワースに小さくない被害を与えた。何せ相手が折り合いの悪いとはいえ、レヴォルフーーー他校の生徒をショッピングモールで殴ったのだ。寧ろ罰としては緩い方だろう。

 

「暴力?アレは当然の行為だ。お前が俺達をカス呼ばわりしたから殴ったので、そこに正義はある」

 

「若宮達チーム・赫夜を卑怯者呼ばわりしておいて、どの口が言っているんだよ」

 

「俺は何も間違ったことを言っていない。あんな半人前のチームが卑怯な手を使わずにチーム・ランスロットを倒せる訳がない。皆もそう思うだろう?」

 

『そうだそうだ!』

 

『会長達が負けるなんてあり得ないわ!』

 

『この卑怯者が!』

 

葉山が後ろにいる取り巻きに確認を取ると、取り巻き共は俺に罵声を浴びせてくる。

 

(ヤバい、結構イライラしてきた……)

 

自分達は悪くない、お前らは悪だ、と言う葉山とそれに便乗する取り巻き……今すぐブチ殺してやりたい。

 

内心ため息を吐いている時だった。

 

「それにシルヴィアさんもだ。お前は記者会見で怒ったが、アレも実際は『孤毒の魔女』を利用した事実を指摘されたから誤魔化すつもり「葉山」……ひっ!」

 

そこまで聞いた俺は葉山の距離を瞬時に詰めて葉山の頸動脈に指を突きつける。すると葉山はさっきまでの威勢は無くなり、顔を青くする。

 

「別にお前が俺をどう思おうと自由だがな、次に俺がオーフェリアを利用だの下らない事を言ってみろ……殺すぞ?」

 

「うっ……あぁぁぁぁっ……」

 

本気の殺意を出すと葉山はガクガク震えながら尻餅をついて倒れ込む。アレだけ大口を叩いておいてこれかよ。しかもこれで俺に勝つって……もう笑うしかねぇよ。

 

興醒めだ。もうここにいる理由はないし、シルヴィ達と合流するか。

 

「テメェらもだ。もしもまた同じような事を言って俺を怒らせてみろ。死より苦しい地獄を教えてやるよ」

 

『ひいっ!』

 

最後に葉山の取り巻き共にも殺気を出しながら警告する。それによって全員が大小差はあれどビビりだす。一部の女子なんて泡を吹いて気絶したが、知った事じゃない。

 

もしもこいつらが王竜星武祭に出るなら本当の地獄を、自分らがどれだけぬるま湯に居たのか身体に刻み込むつもりだ。

 

そんな事を考えながら俺はビビる雑魚共を放置してシルヴィ達のいる三階に行くべくエスカレーターに乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(くそッ……俺が恐怖を感じる?ありえない、俺よりも弱い比企谷相手に怖がるなんてあり得ない……!きっとこれも何か卑怯な手を使ったに違いない……!つくづくふざけた奴だ。人として恥ずかしくないのか?!)

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃんお帰り」

 

三階に着くと直ぐに3人を見つけた。小町の手には新しい福袋があるので入手に成功したのだろう。良かった良かった。

 

「八幡君大丈夫だった?その顔を見ると大体予想はつくけど何を言われたの?」

 

「……暴力は振るわれてない?」

 

「大丈夫だ。今回もムカついたのは事実だが、軽く殺気を出しながら警告したらビビって黙ったし」

 

あの程度でビビる癖に俺に勝つ気とは笑っちまう。葉山の身体を見る限り多少鍛えているのはわかるが、少し努力すれば誰でもなれる程の領域だ。

 

アレなら前回の王竜星武祭の時の俺でも瞬殺出来るだろう。あの時よりも強くなっている今なら言わずもがなだ。

 

「なら良いけど……お兄ちゃん、多分あの葉虫、また文句を言ってくると思うから気をつけなよ」

 

小町がそう言えばオーフェリアとシルヴィもコクコク頷くが同感だ。アレだけ自己中な考えを持っているのだ。今はビビっていても暫くすれば俺が卑怯な手を使ったとか喚くのが容易に想像出来る。

 

(マジで面倒だな……いっそ王竜星武祭で優勝したら葉山を豚箱にブチ込むように……いや、流石にそれは勿体無いな)

 

葉山がウザいのは事実だが、あんな奴に関する事で星武祭の優勝特典を使うのは金をドブに捨てるようなものだ。

 

やっぱりアイツは星武祭で叩き潰した方が良いな。イカサマと思えないやり方で。

 

「わかってる。それよりも福袋を買えたならパフェを食べようぜ」

 

元々食べる予定だったが、葉山達との邂逅でストレスが溜まったので一層食べたくなった。ストレス発散には甘いものを食べるのが一番だからな。

 

「あいあいさー!じゃあ行こうか!」

 

俺の考えを理解したからか、小町は早足で目的の店に向かう。俺も小町に付いていこうとしたらオーフェリアとシルヴィが俺の両腕に抱きついてくる。

 

「とりあえず八幡君が無事で良かったよ」

 

「……甘い物を食べてイライラを無くしましょう」

 

あぁ……2人の笑顔を見ると癒される。これを見れば帰ってきたという気持ちが湧き上がる。

 

「ああ。思い切り食べようぜ」

 

俺は2人の手を強く握ってゆっくり、それでありながら確実に前へと踏み出した。

 

絶対にこの手を離さないと強く、誰よりも強く思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい八幡君、あーん」

 

「あーん」

 

それから20分後、シルヴィが笑顔でパフェを差し出してくるので口を開けるとパフェが口に入り口に甘みが広がる。

 

「八幡八幡、あーん」

 

するとオーフェリアがクレープをシルヴィと同じように差し出してくる。本当にこいつら可愛過ぎか?

 

「あーん」

 

口を開けるとクレープが口に入る。そしてストロベリーと生クリームの味が広がる。

 

うん、ただでさえ美味いスィーツが2人のあーんによって一段と美味くなっているな。

 

「うわー、相変わらずバカップルだなー3人は」

 

一方の小町は目を腐らせながら俺達を見てくる。しかし言わせて貰いたい。俺はともかく、オーフェリアとシルヴィがこれでもかなり自重している。いつもなら口移しをしたり、飯を食う場所が個室なら膝の上に乗ってきたりするし、いつもに比べたら全然大人しいくらいだ。

 

そんな事を考えていると……

 

「小町ちゃん小町ちゃん」

 

「え?何ですかシルヴィ「あーん」んっ!」

 

シルヴィが小町の口にパフェを入れる。対する小町は驚きながらもパフェを口にする。

 

小町が喉がコクンと鳴らすとシルヴィがクスクスと小さく笑いながら口を開ける。

 

「どう?美味しい?」

 

「あ……は、はい」

 

「そっか。なら良かった」

 

シルヴィが小さくはにかむと小町は頬を染めて少しだけ俯く。わかるぞ小町、シルヴィのはにかむ姿は老若男女問わず魅了するからな。今は俺も慣れたが付き合う前や付き合ってばかりの頃はドキドキしまくっていたし。

 

(ああ……こんな光景を見ていればストレスは徐々に無くなってくるな……)

 

さっきまでは葉山の所為でメチャクチャストレスが溜まっていたが、最愛の恋人2人と可愛い可愛い妹の3人と一緒に甘いものを食べてからか、今の俺は殆どストレスが無くなっている。

 

(これであいつらと会わなかったら文句無しで最高の新年だったんだが、まあ悔やんでも仕方ないから)

 

そう思いながら俺は自身の頼んだパフェを3人に食べさせる。すると3人も同じように食べさせ合いをした。全部食べるのに10分以上かかったが、これはこれで悪くないひと時だったと思ったのだった。

 

 

 

 

 

その後小町は友達と合流したので、俺はオーフェリアとシルヴィと一緒に街を歩きながらデートした。

 

その時は特に知り合いとも会う事がなかったので、平和な新年デートを満喫出来たのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

そしてその夜にガラードワースの生徒会室にて、エリオット・フォースターの胃に穴が開いて吐血したのも言うまでもないだろう。



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比企谷八幡は何だかんだ面倒見が良い

「影の刃群」

 

「行って!」

 

 

板張りが広がる空間にて、俺と緑髪の少女ーーー聖ガラードワース学園序列7位『聖茨の魔女』ノエル・メスメルの声が響くと互いの足元から大量の影の刃と大量の茨が生まれてぶつかり合う。

 

すると次の瞬間、影の刃は茨を次々に斬るが、メスメルの足元からはそれを上回る量の茨が現れて影の刃に絡みつき、お返しとばかりに影の刃を次々と破壊する。

 

(こいつ……どうやら年末年始も鍛錬していたな……)

 

俺は星露の作った私塾、魎山泊でアシスタントをやっていて能力者に実戦訓練を積ませる仕事をしていて、メスメルもその一人である。

 

最後に戦ったのは2週間前だが、その時に比べて茨の再生速度と威力が増している。こいつコソ練してたな。

 

俺が再度影の刃を出すとメスメルも負けじと茨を生み出してくる。このままじゃイタチごっこだ。

 

(さあどうする?このままじゃ負けるぞ)

 

今の状況は拮抗しているが星辰力ではこっちが遥かに多い。茨の再生速度が俺の影の刃の生産速度が同じである以上、この状況が続けば俺が勝つ。向こうも冒頭の十二人である以上、何かしら手を打ってくるだろう。

 

すると……

 

「薙ぎ払って!」

 

正面にいるメスメルがそう叫ぶと茨の蔦が絡み合って巨大な鞭となる。そして鞭がしなりを上げて振るわれると影の刃が次々と破壊されていく。

 

(茨を凝縮して破壊力を上げたのか……面白い)

 

そう思いながら全身に星辰力を込める。こうなった以上、影の刃だけで戦っていたら負けるのは時間の問題だ。たとえ訓練とはいえ勝ちを譲るつもりは毛頭ない。

 

だから俺は……

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

全身に狼を模した巨大な鎧を纏わせる。魎山泊では壁を超えた者達相手に勝てる可能性を見出す場所。そしてこれを纏った時の俺は壁を超えた者と星露に言われている。

 

別に鎧を纏わなくても勝ち目はあるが、今のメスメルがどれだけやれるか興味を持ったので少し本気を出す方針にした。

 

鎧を纏うと同時に茨の鞭が影の刃を全て破壊して、再度しなりを上げて俺に襲いかかる。

 

「おおっ……」

 

そして鞭が俺の鳩尾に叩き込まれると、腹に僅かながら衝撃が走り、少しだけ後ろに後退する。

 

「良い攻撃だ。だか……まだまだ足りないな」

 

言いながら鎧にぶつかってから引き戻そうとする茨の鞭を捕まえて……

 

ブチィッ!

 

 

そのまま力づくで引きちぎる。茨を掴んだ事で鎧の腕の部分に小さな穴が沢山出来るが直ぐに再生する。

 

「嘘っ……」

 

それを見たメスメルは呆然と立ち尽くすが、戦闘中にそれは悪手だ。どうやら能力の向上はしてもメンタルトレーニングは余りしてないようだ。

 

そんな隙を逃すはずもなく、俺は足に星辰力を込めてメスメルとの距離を詰めにかかる。するとメスメルはハッとした表情になり足元から茨を出す。しかし、

 

「残念ながら一歩遅いなぁ」

 

茨が増殖する前に茨の発生源を全力で踏みつける。次の瞬間、足元から衝撃波が走り……

 

 

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

その衝撃にメスメルが吹き飛ぶ。直に食らった訳ではないのでダメージは小さいが、体勢を崩しているのでさっき以上に隙だらけだ。

 

俺は更に一方踏み出して、メスメルに拳を突きつける。これが星武祭なら殴り飛ばしているが、鍛錬の途中に後遺症が残る可能性のある一撃を放つつもりはない。

 

「そこまでじゃ。八幡は鎧を解除せい」

 

すると今まで無言で俺達の試合を見ていた魎山泊の塾長の星露がそう言ったので俺は鎧を解除した。

 

 

 

 

 

 

「くくくっ。新年最初の魎山泊じゃが、中々良かったのう」

 

模擬戦を済ませて一息吐くと星露は楽しそうに笑いながら、オーフェリアが作ってくれたレモンの蜂蜜漬けを食べる。これはガチで美味くて、俺や星露だけでなく俺が鍛えているワインバーグとメスメルからも好評だ。

 

「そいつは良かった。と言っても色々反省する点はあるがな」

 

「あ、あぅぅ……」

 

俺がそう呟くとメスメルは小さい身体を縮こまらせながら俯く。今更だがこいつ、小町や若宮とは違ったタイプ妹属性があるな。

 

「うむ。八幡の影狼修羅鎧によって現時点でノエルの最強の技を防がれた際、ノエルは動きを止めたがそれは駄目じゃ。壁を超えた者達は僅かな隙を容易く突くことが可能じゃからのう」

 

「は、はい……」

 

星露の指摘にメスメルは小さく頷く。まあ戦闘、特に格上との相手との戦いにおいて隙を見せるのは厳禁だ。寧ろこちらが相手の隙を探して突かないといけないのに、相手に隙を見せちゃ勝率は著しく下がるだろう。

 

「ま、その辺りは実戦経験を積むしかないだろ?」

 

「うむ。そういう訳で今から『pipipi』……なんじゃ空気の読まぬ連中じゃ」

 

星露がなにかを言おうとしたが、その前に端末が鳴り出して、星露は明らかに面倒そうな表情を浮かべる。

 

「どうした?なんか用事か?」

 

「上から呼び出しを受けて少々な。居留守を使いたいのは山々じゃが、そうはいかん」

 

上とは十中八九統合企業財体辺りだろう。星露の立場ならスルーしても大丈夫だが、何かしらの理由があって参加するのだろう

 

「そういう訳で儂は今から界龍に戻るので今日はここまでじゃ。ノエルがもう少し自主練を続けたいなら八幡に頼むと良い。ではのう」

 

星露はそう言うと俺達の目の前から消える。普通ならあり得ない現象だが、星露なら何でもありとわかっているので気にしない。

 

(しっかし今日は星露との戦いがなくて良かったな)

 

俺が参加する魎山泊の流れは……

 

①星露がメスメル(ワインバーグ)と戦う

 

②反省会

 

③俺がメスメル(ワインバーグ)と戦って反省会で学んだ事を試すなどして経験を積ませる

 

④反省会

 

って感じだ。

 

しかしその後に俺は本気の星露に戦いを挑まれて戦うことになる。本気の星露との戦いは間違いなく俺の糧になっているだろう。

 

しかし奴の一撃は全て途轍もない破壊力があり、戦いが終わると全身に激痛がやってきて地獄で、ぶっちゃけキツ過ぎる。偶に逃げたいと思ってしまう位に。

 

「(まあ今日はやらないし、その分メスメルの鍛錬に付き合うか)……んでどうする?今日は時間に余裕があるがもう一戦やるか?」

 

メスメルは星露との鍛錬で多少ダメージを受けているが、さっきの試合で俺は影狼修羅鎧による一撃をメスメルに直接は当てていないので戦えるだろう。

 

「じゃ、じゃあ後一戦お願い、します……」

 

身を縮こまらせながらもヤル気に満ちた表情でそう言ってくる。

 

「わかった。じゃあレモンを食ったらやるぞ」

 

「は、はい。それと……比企谷さんに謝りたいことがあるのですが、良いですか?」

 

「は?謝りたいこと?」

 

メスメルに謝られるなんて意味がわからん。俺別にメスメルに迷惑をかけられた記憶もないし、何を言ってんだ?

 

「えっと……年末年始にウチの学園の葉山さんのグループが……」

 

「あー、アレな。その件なら既にお前んとこの会長と手打ちにしたから問題ねぇよ」

 

年末では葉山が俺を殴ったのでフォースターが俺に詫びをして、年始には俺が葉山グループに殺気を飛ばしたので俺がフォースターに詫びを入れた。それによってこの二件は手打ちにしたのでメスメルが謝罪をする必要はない。

 

「いえ、私も生徒会の人間ですから謝る義務はあります」

 

「頭の固い奴だな……ガラードワースの人間がレヴォルフの人間に謝るなんて前代未聞だろ?」

 

「それを言ったらレヴォルフの人間がガラードワースの人間に謝る方が前代未聞ですからね?」

 

あー、まあ柄の悪いレヴォルフの人間がガラードワースに謝る方があり得ない事だろう。しかし俺は葉山グループはともかく、ガラードワースそのものに敵対意識を抱いている訳ではない。頭が固い連中が多いとは思っていても悪感情は抱いてないしな。

 

「まあそうかもな。それよりそっちは大丈夫なのか?フォースターの奴、葉山の序列を剥奪したから揉めてるんじゃね?」

 

「……はい。私はお兄ちゃ……んんっ!会長の判断は間違ってないと思いますが、葉山さんのグループは納得してないようで校内で反対運動を起こしていて……」

 

うわぁっ……そりゃ生徒会のメンバーからしたら面倒極まりないな。大衆の意見って数が揃うと面倒な事になるし。

 

てかメスメルの奴、フォースターの事をお兄ちゃん呼びしようとして慌てて訂正したな。誤魔化したつもりだが顔が真っ赤だ。

 

しかしフォースターをお兄ちゃん呼びか。これはメスメルが勝手に呼んでいるのか、フォースターがメスメルにお兄ちゃん呼びをするように頼んだのか?

 

後者ならフォースターの奴、中々良い趣味をしてるな。メスメルって小さくて甘えん坊属性を持った小動物系女子だし、そんな女子にお兄ちゃん呼びを……ん?!

 

ーーーじゃあ三上、俺が勝ったら今後はお兄ちゃんと呼んでくれーーー

 

ーーーえぇぇぇぇっ?!ーーー

 

 

するといきなり不思議な光景が浮かぶ。

 

(何だこりゃ?俺が知らない可愛い女子にお兄ちゃん呼びを頼む光景が浮かんだだと?)

 

その時の俺の格好はレヴォルフの制服ではなくジャージに近い服装をしていたが、あんな服を俺は持っていない。

 

てか三上って誰だよ?俺の知り合いに三上って女子は居ないぞ。しかし三上の服装は総武の制服だが、中学の時の知り合いか?

 

そこまで考えているといきなり肩に何かが触る感触がしたので顔を上げると……

 

「あの、比企谷さん……いきなり黙って大丈夫ですか?」

 

「ん?いやすまん。少しボケっとしてた」

 

とりあえずさっき頭に浮かんだ事は忘れよう。なんだが知らないが忘れないと、俺が妹属性を持った女子にお兄ちゃん呼びをするように頼んでしまうかもしれない。そんな事をしたら問答無用でオーフェリアとシルヴィにぶっ殺される。

 

「それで反対運動ってそんなにヤバいのか?」

 

「そうですね……その、言い難いですけど、比企谷さんってガラードワースでは最悪の評価で……あ!いや、私は比企谷さんは優しいと思いますよ……!私を強くしてくれたり、相談に乗ってくれますし……!」

 

メスメルは慌てながらそう言ってくるが俺は……

 

「気にすんな。ガラードワースの大半の生徒からしたら当然の反応だ」

 

俺の事を挙げるとするなら……

 

①ガラードワースと折り合いが悪いレヴォルフの生徒会長

 

②世界の歌姫と付き合っていて、それでありながら二股をかけている男

 

③ガラードワースの前生徒会メンバーとそれなりに良好な関係を築いている男

 

④ガラードワースの代表のチーム・ランスロットとチーム・トリスタンを倒したチーム・赫夜の指導員

 

こんなところだろう。

 

ガラードワースの人からしたら不倶戴天の怨敵と思われても仕方ないくらいだ。フェアクロフさんとかのファンに刺されないか心配だ。

 

「で、ガラードワースでメチャクチャ俺が嫌われてるから、葉山はそれを利用して反対運動のメンバーを増やしている、と?」

 

俺がそう尋ねるとメスメルは小さく頷く。葉山の奴、世間で嫌われている俺の存在を使って自分のグループの勢力を拡大して、序列を取り戻す算段か?

 

だとしたら中々面白い手段だ。世間の意見ってのは案外馬鹿に出来ないからな。もしかしたら上手く行くかもしれないだろう。

 

しかし俺からしたら馬鹿の一言だ。そんな事をしている暇があるなら修行の一つをしろよ。俺に勝つとか言っといて自分のグループの拡大……葉山の奴、本気で俺より強いと思ってるな。俺に殺気を向けられてビビった奴がそんな余裕を持つとは、呆れを通し越して哀れすぎるわ。

 

ともあれ……

 

「そうか。じゃあ俺もそいつらと会わないように注意しておく。今までの経験上、会うと互いに面倒な事になるからな」

 

「……すみません。比企谷さんは卑怯な事をしていないのに……ですが気をつけてくださいね」

 

メスメルがそう言ってくる。普通に考えたらガラードワースの生徒が闇討ちをしてくるとは考え難いが、葉山の前例があるから可能性はゼロではない。

 

「ああ。俺にしろフォースターにしろ生徒会長になったばかりだし、これ以上の面倒は避けたいからな」

 

単にディルクから権力を奪うために生徒会長になった俺はともかく、フォースターは学園の為、そして将来統合企業財体に入る為に生徒会長になった。しかし会長に就任したばかりに余計な問題に関わるのは本来の仕事に差し障るだろう。

 

「はい……ただでさえお兄ち……会長はフェアクロフ先輩と比べられて大変だから……」

 

「だろうな。てかメスメルよ、もうお前がフォースターをお兄ちゃん呼びするのはわかったから取り繕わなくても良いぞ?」

 

「ふぇっ?!」

 

いや、そんな風に驚かれても……寧ろ今までのやり取りで誤魔化せると思っているのか?

 

「……まあ良い。とりあえず今後は奴らとの接触は避けるようにする……というわけでそろそろ休憩は終わりだな」

 

話していたら時間は大分経っている。休憩時間としては多過ぎだろう。

 

「っ……は、はい」

 

メスメルもそれを理解したのか立ち上がってから握り拳を作り、ヤル気に満ちた表情を浮かべる。

 

新年に迷惑をかけた詫びとして今日くらいはトコトン付き合ってやるつもりだ。

 

そう思いながら俺は距離をとって、自身の影に星辰力を込めて影の刃を生み出すと、メスメルも同じように足元から大量の茨を生み出して俺に放ってきた。

 

互いの攻撃がぶつかり周囲に衝撃が走り出すと俺は距離を詰めてメスメルに蹴りを放つ。

 

さてさて……しっかりと反応してくれよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺はメスメルと計4回戦った。結果は俺の全勝だが、最後の一戦は影狼修羅鎧を纏った俺にある程度対処出来たので悪くない結果だろう。

 

 

しかし3戦目では勝敗が決まった後に俺が茨に躓いてメスメルを押し倒して床ドンをしてしまった。

 

それに対してメスメルは顔を赤くしながらも許してくれたが、家に帰ると何故かオーフェリアとシルヴィにラッキースケベをした事がバレた。

 

その夜、二人には干からびるまで搾り取られたが、何故二人は俺に関することでは勘が良いのだろうか?



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なんだかんだ比企谷八幡はチョコを貰う(前編)

「あ、八幡さん。バレンタインチョコをどうぞ」

 

「ほらよ」

 

「ど、どうぞ!」

 

2月14日、世間で言うところのバレンタイン当日。いつものように生徒会長の仕事をしようと生徒会室に入ると、プリシラとイレーネと樫丸の3人がチョコを渡してくる。

 

「サンキュー……にしてもイレーネから貰えるとは思わなかったわ」

 

プリシラからは毎年貰っているが、イレーネから貰ったのは初めてだ。

 

「あー……まあアレだ。ディルクの奴から解放してくれたからな、その礼だ」

 

「解放っても俺に借金はしてるだろ?」

 

俺はディルクから権力だけでなく手駒を奪うべく、イレーネとプリシラの借金を立て替えた。しかしイレーネ達からしたら返済先が変わっただけで礼を言われる筋合いはない。

 

「アンタの場合、ディルクの時と違って星武祭の賞金や序列入りの特権の報奨金も返済に当てて良いと待遇がいいからな」

 

当たり前だ。俺はあのカスと違ってこいつらをどうこうしようとは考えてないからな。

 

「そうかい。とりあえずありがたく貰っておく」

 

「おう。ところでオーフェリアはいねぇのか?お前らいつも仲良く2人で来てるけどよ、風邪で休みか?」

 

「いや、バレンタインチョコの準備がどうとか言って先に帰った」

 

俺としてはオーフェリアとシルヴィのチョコを早く食べたいのだが、今回は連絡をするまで帰ってこないで欲しいとか言ってきたし。何を企んでいるんだ?

 

そこまで考えていると……

 

pipipi……

 

ポケットにある端末が鳴り出すので、取り出すと若宮から電話が来ていた。

 

何事かと思いながら空間ウィンドウを開いて通話ボタンを押す。

 

「もしもし、どうかしたか?」

 

『あ、八幡君?今日バレンタインだから八幡君にチョコをあげたいんだけど、時間はあるかな?』

 

そういや去年も若宮達チーム・赫夜の5人からチョコを貰ったな。会いに行きたいのは山々だが、今年は去年と違って生徒会の仕事があるからなぁ……

 

「別に行ってきても良いですよ」

 

返答に悩んでいるとプリシラがそう言ってくる。

 

「良いのか?」

 

「はい。今日は特に急ぎの仕事がないですから。ね、お姉ちゃん、ころなちゃん?」

 

「ああ。つーかお前はいつも真面目に働いてんだし、偶には羽目を外せよ」

 

「か、会長が居なくても頑張ります!」

 

どうやら3人は俺が休んでも良いと考えているようだ。それなら好意に甘えさせて貰うとしよう。

 

「わかった……んじゃ若宮。今時間も作れたから会えるわ」

 

『そう?じゃあ……クリスマスパーティーをした場所に来てくれない?』

 

クリスマスパーティーをした場所……つまりクインヴェールの女子寮の若宮の部屋か。女子寮とハッキリ言ったらイレーネ達にバレて面倒な事になると判断したからだろう。

 

それはそれでありがたいが何故女子寮?渡すなら適当に学校前とかでも良い気かする。

 

ともあれ若宮がそう言っているなら行くか。影に潜って行けば誰にも見つからずに若宮の部屋に行けるし。

 

「わかった。じゃあ今から行くわ」

 

『うん。それと来る時にもう一度連絡をお願い、またね!』

 

若宮はそう言うと通話が切れたので空間ウィンドウを閉じて端末をポケットにしまう。

 

「んじゃ今日は任せたわ。今度なんか奢るわ」

 

俺は3人に軽く一礼をしてから生徒会室を後にした。去り際にイレーネが「じゃあA5の肉で!」とか言ったが少しは遠慮しろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「うおっと、ルサールカが来たか……」

 

クインヴェールの女子寮にて、俺が影に潜り若宮の部屋に進んでいると前方からルサールカの5人がやって来たので動くのをやめて、その場に留まる。影が動いているのがバレたらまず俺だと疑われるだろうし。

 

そう思いながらジッとしていると頭上から声が聞こえる。

 

「それにしてもシルヴィアさん気合い入ってたよねー」

 

「だなー。あれなら比企谷の奴も喜ぶんじゃね?」

 

「本当、あの3人はバカップルだよねー」

 

「毎日惚気話を聞かされるこっちは溜まったものじゃないわ」

 

「まあまあ、ですがシルヴィアさんのチョコは食べたいですよね」

 

5人の会話を聞くと嬉しい気持ちが湧き上がる。どうやらシルヴィは相当気合いを入れて美味いチョコを用意しているようだ。これは期待が出来そうだ。

 

そう思いながら再度影を動かしていると、若宮の部屋に到着したので到着したとメールを送る。すると1分もしないで若宮から入って良いよ、とメールが来たので、ドアの隙間を縫って部屋の中に入る。

 

そして玄関で影から上がって靴を脱ぎ、リビングに向かう。にしてもわざわざ女子寮に呼んでまでチョコを渡すとはな……

 

そんな事を考えながらリビングに繋がるドアを開けると……

 

 

 

 

 

『プリキュア、スマイルチャージ!八幡(さん)(君)、ハッピーバレンタイン!』

 

チーム・赫夜の5人がクリスマスパーティーの時と同様にプリキュア の格好をしてバレンタインチョコを俺に突き出してくる。

 

そんな風にチョコを突きつけられた俺はというと……

 

 

(ここはまさに地上の楽園だ……!)

 

ただそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3分後……

 

「では次は……私の番ですね」

 

オレンジ色の派手な衣装を着た蓮城寺がほんの少しだけ恥ずかしそうにしながら俺の手を握って横に並ぶ。柔らけぇな……

 

そんな事を考えていると正面にいる若宮がカメラをかざして……

 

「じゃあ行くよー……はいチーズ!」

 

カシャ……

 

カメラ音が鳴り響く。そして蓮城寺が手を離すと……

 

「はい八幡さん、ハッピーバレンタイン、です」

 

柔らかい笑みを浮かべてバレンタインチョコを渡すので俺が受け取ると、再度カメラ音が鳴る。

 

「ありがとな」

 

俺は礼を言って鞄にチョコをしまう。

 

今回はバレンタインという事で俺は、クリスマスパーティーの日に集合写真を撮るよう頼んだ時みたいに、ツーショット写真を撮るように頼んだ。

 

その結果5人は承諾してくれて、俺と一緒に2人で並んだ写真とチョコを渡す写真を撮らせてくれている。

 

初めに若宮と写真を撮り、フロックハート、アッヘンヴァル、蓮城寺の順に撮り……

 

「で、では最後に私が……!」

 

最後のフェアクロフ先輩が恥ずかしそうにしながらも俺の横に立って腕に抱きついてくる。

 

それによって俺の胸中には少なからず驚きの感情が生まれる。腕に抱きつかれた事を驚いているのではない。若宮にも腕に抱きつかれたし、蓮城寺やアッヘンヴァル、フロックハートとは手を繋いで撮影をしたし。

 

しかしフェアクロフ先輩は誰よりも緊張しているのか物凄く強く抱きついてくる。よってフェアクロフ先輩の持つチーム・赫夜一のバストが俺の腕に押し付けられて、腕にはこの世のものとは思えない至高な感触が伝わってくる。

 

「あ、あのフェアクロフせんぱ「では美奈兎さん!お願いしますわ!」……」

 

ダメだ。既に俺の花笹を最後まで聞かずに若宮を促してるし、間違いなくポンコツが発揮したな。こうなったフェアクロフ先輩を止めるのは至難の技だ。

 

 

「じゃ、じゃあ行くよ…はいチーズ!」

 

カシャ……

 

カメラ音が鳴り響く。1枚目の写真は終わったので……

 

「で、では次にチョコを……」

 

フェアクロフ先輩は焦りながらも俺から離れ……

 

「八幡さん!ハッピーバレンタッ………インッ?!」

 

俺と向き合ってバレンタインチョコを渡そうとする直前、右足で左足を踏んで俺の方に倒れてくる。

 

予想以上のポンコツの発揮ぶりに思わず呆けてしまうと……

 

「うおぃっ!」

 

「きゃあっ!」

 

カシャ……

 

「あっ、撮れちゃった」

 

カメラ音と若宮の声をBGMにフェアクロフ先輩が俺ごと地面に倒れる。背中に痛みが走ると同時に……

 

ちゅっ……

 

頬から小さいリップ音が耳に入る。背中に感じる痛みに顔を顰めながらも、上を見るとフェアクロフ先輩が俺に覆い被さって頬にキスをしていた。

 

なんなんだこれは?今回ばかりは俺に過失はないよな?だって今回は俺ではなくフェアクロフ先輩が転んだし、転んだ理由も自分で自分の足を踏んだからで俺は関係ないし。

 

てか若宮達よ、そんな風に『またか……』って苦笑しながら見ないでくれ。今回は俺は悪くないからな?

 

「あっ……!こ、これは違いますの!」

 

事態に気付いたフェアクロフ先輩は真っ赤になりながら俺の顔から離れる。同時に俺の頬にあった柔らかい感触が消える。何度か事故でフェアクロフ先輩に頬にキスをされた事はあるが、オーフェリアやシルヴィとは違った柔らかさで気持ちが良い『pipipi……』メールだ。この流れで来るメールなんて誰から来たのか容易に想像出来る。

 

 

内心ため息を吐きながらメールを開くと……

 

 

 

 

『fromオーフェリア 八幡、今ソフィアにキスをされたでしょ?今夜搾り取るから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今ソフィア先輩にキスをされたよね?今夜搾り取るから』

 

予想通り2人からメールが来た。というかマジで何で俺の行動が読めてるんだよ?

 

既に何十回も思った事を改めて考えてしまった俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから20分後……

 

「じゃあ俺はもう行く。チョコ、ありがとな」

 

チーム・赫夜の協力も加えて恋人2人に何とか弁明した後に、他愛のない雑談をした俺は帰るべく別れの挨拶をする。まだオーフェリア達から帰って来いとメールが来てないが、先程小町からチョコを渡したいとメールが来たので今から星導館に行かないといけない。

 

「どういたしまして!次に会うときに感想を聞かせてよ!」

 

若宮が笑顔で手を振りながら言ってくる。5人からのチョコは本当に嬉しいが、一番初めに食べるのはオーフェリアとシルヴィのチョコと決めている。

 

「わかってる。じゃあまたな。オーフェリア達に弁護してくれたのはマジで助かった」

 

最後に礼を言ってから俺は影に入る。とりあえず搾り取られる事は免除して貰ったからな。嫌という訳ではないが、翌日は寝不足で辛い。

 

内心安堵しながらも寮を出てクインヴェールの校門に向かおうとした時だった。

 

 

pipipi……

 

いきなり端末が鳴り出した。誰だ?まさかとは思うが、オーフェリア達が前言を撤回して搾り取るって話か?

 

ポケットから端末を取り出して確認するも、そこに表示された名前はオーフェリア・ランドルーフェンでもシルヴィア・リューネハイムでもなく、ヴァイオレット・ワインバーグだった。

 

「(何故にワインバーグ?今日は魎山泊は無いし……次の魎山泊に備えて話し合いか?)……もしもし」

 

『もしもし比企谷さんですの?今時間はありますの?』

 

「あるにはあるがそこまで余裕がある訳では無い。何か用か?」

 

『バレンタインチョコを作ったのであげようと考えていますの。時間があるのでしたらクインヴェールの校門近くにあるカフェに来てくださいの、待ってますので。そ・れ・と!あくまで義理ですので!ぎ・り!』

 

その言葉を最後に通話が切れるのて端末をしまう。別に何度も言わなくても勘違いはしないんだがな……

 

そんな事を考えながら再度影を動かして女子寮を出て、クインヴェールの校門を出る。クインヴェールの近くにあるカフェは何度か言ったことがあるから場所については問題ない。

 

 

暫く進むと集合場所に着いたので俺はカフェの裏に回ってから影から出る。目の前でいきなり現れたら通行人の心臓に悪いと考慮したからだ。

 

そして俺は入り口に回ってカフェに入ると、呼び出したワインバーグが椅子に座って紅茶を飲んでいた。普段喧しいワインバーグが紅茶を飲んでいるのは凄く違和感を感じるな……

 

「ようワインバーグ。待たせて悪かったな」

 

そんな事を考えながらワインバーグの対面に座る。

 

「別に構いませんわ!そ・れ・よ・り!レディの許しを得る前に座るのは紳士としてどうかと思いますわよ!」

 

「レヴォルフの男にそんなもんを求めるな。つーかお前がレディ……はっ」

 

「きぃぃぃぃぃぃっ!何ですの馬鹿にしたしたような笑い方は!」

 

いやだって負けたら地団駄を踏みまくって喚きまくる人間をレディ扱いするのは俺には無理だ。

 

「悪かったよレディ(笑)」

 

「最後に余計な一言を付けるなですの!」

 

いや、お前も付けるなですのと、明らかに間違った言葉遣いを直せよ。俺は気にしないが側からしたら割と変だぞ?

 

「悪かったよ、紅茶をやるから落ち着けよ」

 

言いながらテーブルに置かれた紅茶を渡す。ワインバーグの紅茶を。

 

「あ、わざわざありが……って!これは私が頼んだ紅茶じゃないですの!貴方があげる以前の話で元々私のですわよ!」

 

やはりこいつもからかい甲斐があって良いな。怒り方はブランシャールに似ているが、雰囲気が違うのでブランシャールとはまた別の面白さがある。

 

「わかったわかった。クッキー奢るから許せ」

 

「そこはパフェにしてくださいですの!あ、店員さん、スペシャルジャンボパフェ一つお願いしますの!」

 

「……おい。じゃあ俺は牛乳で」

 

まだ小町と会う時間まで少しあるし一杯やる位は大丈夫だろう。

 

「はーい。少々お待ちください」

 

この野郎、俺が了承する前に頼みやがったよ。これのどこがレディなんだよ。まあ良いけどさ……

 

「ふふん!ではご馳走になりますの!」

 

ドヤ顔するな。次の魎山泊の鍛錬で影神の終焉神装を使いたくなってしまうからな?

 

「へいへい。なんでチョコを貰うはずがパフェを奢ってんだよ?」

 

「あ、貴方が私を辱めたからではないですの!」

 

言い方に注意しろ。からかったのは否定しないが辱めたのは否定させて貰うぞ。

 

「まあ良いですの……それよりも!」

 

ワインバーグは顔を赤くしながらもカバンから綺麗にラッピングされた箱を取り出してくる。

 

「一応魎山泊で鍛えて貰っていますのでそのお礼ですの!言っておきますけど、義理ですので!そこんところを勘違いするなですの!」

 

真っ赤になりながらそう言ってくるが……

 

 

「安心しろ。そんな事は百も承知だし、仮に本命だとしても俺はオーフェリアとシルヴィだけを愛すると誓ってるいるからな」

 

「そこで惚気るのは止めてくださいですの!」

 

いや、事実を言っただけで惚気てるつもりはないんだがな……

 

そう思うも口にしない。ワインバーグの性格上、口にするとより面倒な事になるのが目に見えるし。

 

ともあれ……

 

「悪かったよ。ともあれチョコはありがたく貰う。サンキューな」

 

貰ったのだから礼を言うのは筋だろう。その位は常識的なつもりだ。

 

 

 

「なっ……!ど、どういたしましてですの!自信を持って作ったのでしっかり味わって食べるのですの!」

 

対するワインバーグはしどろもどろになりながらもそう言ってくる。口調は変だがそのつもりだ。

 

 

そう思っていると、店員さんが俺達のテーブルにやってきたのて牛乳を受け取って飲み始める。

 

その際にワインバーグからお袋にボコボコにされた愚痴を聞かされまくった。その際は騒がしいと思いながらもそこまで嫌な気分にならなかったのは不思議だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーフェリア、こっちの下ごしらえは終わったよ」

 

「……こっちはもう少しで終わるわ。シルヴィアはアレの準備をしておいてくれるかしら?」

 

「わかったよ。今年は去年以上に八幡君を喜ばせるように頑張ろうね」

 

「……ええ。それと寝る前に使うアレも準備万端よ。一緒に八幡をメロメロにしてあげないと」



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なんだかんだ比企谷八幡はチョコを貰う(中編)

活動報告に新しいアンケートを実施してますので時間がありましたらご協力お願いします


2月14日バレンタイン。男にとっても女にとっても勝負の日であるだろう。

 

男はチョコを貰えるかどうかを、女は意中の彼にチョコを渡せるかなど様々な思いがある。まあ俺は恋人2人から貰えるからそこまで重要なイベントではないけど。

 

しかし渡してくれる女子がいるなら放置する訳にはいかない。

 

 

 

 

「思ったよりワインバーグと話してしまった。待ち合わせの時間には間に合うとは思うがギリギリだな……」

 

俺は影の竜に乗ってアスタリスク上空を飛んでいる。行き先は可愛い可愛い妹が通う星導館学園。妹がチョコをくれると言うので向かっているのだが、その前に俺にチョコをくれたワインバーグと少し話し過ぎたので時間はギリギリだ。

 

(まあ話すと言っても殆どワインバーグの愚痴を聞いていただけどな……っと、もう着いたか)

 

そんな事を考えているといつのまにか星導館の近くに着いていたので、下を見ると校門の前にアホ毛を生やした可愛い可愛い妹と薔薇色の美しい髪を持つ王女様ーーーリースフェルトがこちらを見上げているのが見えた。

 

同時に俺は影の竜を消して地面に飛び降りる。普通の人間なら死ぬが星脈世代の人間なら問題なく飛び降りれる高さだ。

 

重量に従って地面に向かった俺は、足が地面に着く直前に星辰力を込めて……

 

「よっと」

 

轟音を生み出しながら地面に着地する。その際に足元の舗装された道路が若干壊れたが気にしない。アスタリスクでは街中でも決闘が割と盛んで道路が壊れるなんて日常茶飯事だし。

 

「いやー、お兄ちゃん目立つのは嫌いとか言っといて随分とダイナミックな登場だねー」

 

そんな事を考えていると、小町とリースフェルトが呆れた表情でこちらに寄ってくる。

 

「したくてした訳じゃねぇよ。お前らと会おうとしたら知り合いに捕まって遅刻しそうだったから飛ばして来たんだよ。つーかオーフェリアとシルヴィの2人と付き合ってるのがバレた時点で目立たないようにするのは諦めたわ」

 

今俺は冗談抜きで世界で最も有名な人間だと思う。それこそ世界の歌姫と呼ばれるシルヴィよりも。何せそのシルヴィと世界最強の魔女であるオーフェリア相手に二股をかけているのだから。

 

もちろん悪い意味でだがな。これで良い意味として有名ならこの世界は間違いなく世紀末だ。

 

「まあそれもそっか。それよりも、はいチョコレート」

 

小町が可愛らしくラッピングしたチョコレートを渡してくる。

 

「サンキュー、愛してるぜ小町」

 

「小町はそうでもないけどありがとう」

 

酷え……そこは嘘でも愛してるって返して欲しかった。

 

「どんな返しだ……まあ良い。私からも……ほら」

 

リースフェルトが呆れた表情を浮かべながらチョコレートを渡してくる。

 

「サンキューな。お前のチョコは美味いから楽しみだぜ」

 

去年のバレンタインでもリースフェルトから貰ったが、去年貰ったチョコの中ではトップクラスの味だったし。

 

「いや……お前にはオーフェリアやフローラ、孤児院の件など沢山の恩があるからな。このくらい安いものだ」

 

「またそれか……前にも言ったがそれは俺がやりたいから、俺の目的の為にやったんで礼を言われることじゃねぇよ」

 

「ならばこう言わせて貰おう。チョコを渡すのは私がやりたいからやったのだ」

 

勝気な笑みを浮かべながらそう言ってくる。そう言われたら返せないなぁ……

 

「はいよ。じゃあそうしておく」

 

言いながらチョコをカバンに仕舞おうとするが、その前に突風が吹いて前に貰ったチョコがカバンから飛び出す。俺が慌てて掴んでカバンに仕舞うと小町が興奮しながら詰め寄ってくる。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!随分チョコが見えたけど誰から貰ったの?!」

 

目をキラキラしながらそんな質問をするな。正直余り答えたくないが今の小町は聞いてくれなそうだし、答えるか。

 

「生徒会の女子3人とチーム・赫夜の5人、後は魎山泊で俺が指導している女子が1人、計9人から貰ったな」

 

それに加えて今小町とリースフェルトから2個貰い、帰ったら恋人2人から貰えるので最低でも13個貰えるのは絶対だ。

 

「ほうほう……随分とモテモテですなー」

 

「魎山泊……やはり私以外にも能力者がいるのか?」

 

2人が全く違う言葉を口にする。てか小町の口調が親父口調でムカつく……

 

「まあな。そういやリースフェルトは星露の奴から俺との実戦訓練の話を聞いてないのか?」

 

俺の仕事は能力者の生徒に実戦経験を積ませること。リースフェルトも能力者である以上、星露から俺の話を聞いていてもおかしくないだろう。

 

「聞いてはいたが、断らせて貰った。……あ、いや、お前の教えが優秀なのは獅鷲星武祭前の訓練で知ってはいるが、切り札を晒したくないのでな」

 

「ほう……そこまで言うには相当な切り札を持っているのだろうな」

 

「ああ。当たりさえすれば万全の状態のオーフェリアでも倒せる自信がある」

 

リースフェルトの言葉からは強い自信がある。俺の直感では恐らくこれは嘘ではないと思う。

 

「へー……じゃあ王竜星武祭でユリス先輩と当たったら使われる前に仕留めないといけないですね」

 

「やってみろ。そう簡単に勝利を譲るつもりはない」

 

小町とリースフェルトが不敵な笑みを浮かべながらプレッシャーを出している。互いに魎山泊に参加している者同士色々あるのだろう。

 

だがそうは行かない。優勝するのは俺だ。昔ならともかく、今の俺は星露に毒されて大分戦闘狂になっている。

 

小町にしろリースフェルトにしろ、シルヴィが相手でも譲るつもりはないし、もしもオーフェリアが出る場合でも全力で勝ちに行くつもりだ。

 

そこまで考えている時だった。

 

 

pipipi……

 

俺のポケットから端末が鳴り出す。またか、今日は何度も来るな。電話の相手を確認するべく、端末を取り出すと『ノエル・メスメル』と表示されている。

 

それを確認した俺は目の前にいる2人に話しかける。

 

「悪い。電話をするから影に潜る」

 

言いながら自身の肉体を影に入れる。馬鹿正直に電話に出たらメスメルも魎山泊の人間とバレて、星露に対する義理を欠くからな。

 

「もしもし?」

 

『あ、比企谷さん。こんにちわ』

 

空間ウィンドウに映るメスメルは電話越しにもかかわらず丁寧に頭を下げてくる。

 

「(ちょっと気は弱いが本当に良い子なんだよなぁ……)ああ、こんにちわ。それで今日はどうしたんだ?」

 

だから俺も思わず挨拶を返す。

 

何事にも公平なフェアクロフさんもガラードワースの鑑だが、礼儀正しいメスメルも負けていないと思う。だから俺もつい鍛錬以外の事でも気にかけてしまうんだよなぁ……

 

(つーか葉山とかはメスメルの爪の垢を煎じて飲めよ、マジで)

 

てか葉山グループはレヴォルフでも通用すると思う。フェアクロフさんを崇拝するのは自由だが、若宮達に理不尽な言いがかりをつけないで欲しい。

 

閑話休題……

 

ガラードワースの一部の人間に毒づいていると空間ウィンドウに映るメスメルが頬を染めてから口を開ける。

 

「じ、実は私……日頃私の面倒を見てくれる比企谷さんに、バレンタインチョコを作ったのですけど……渡す時間はあるでしょうか?」

 

なにこの子、可愛過ぎだろ?こんな子にお兄ちゃん呼びされているフォースターが羨ましい。次の六花園会議で弄り倒してやろうっと。

 

「時間は問題ないが、場所はガラードワースから離れた場所にしてくれ」

 

今の俺はガラードワースの大半の人に嫌われているからな。小町やリースフェルトの時みたいに校門前に集合したら間違いなくイチャモンをつけられるだろうし、学園におけるメスメルの評価も下がるだろうし、可能ならガラードワース学園から離れた場所でチョコを受け取りたいのが本音だ。

 

『は、はい。では30分後に中央区のシリウスドーム前でどうですか?』

 

シリウスドームか。レヴォルフとガラードワースのちょうど真ん中にある場所を選んだろう。しかし……

 

「悪いが俺は今星導館の前にいるからプロキオンドーム前にしないか」

 

プロキオンドームは星導館とガラードワースの真ん中にあるステージだ。今日のプロキオンドームでは公式序列戦やライブとかもないので、人もそこまでいないだろう。

 

『わ、わかりました。では30分後にプロキオンドームの第1ゲート付近にあるラウンジでどうですか?』

 

「それなら構わない。じゃあまたな」

 

『は、はい。失礼します』

 

メスメルは最後に一礼してから通話を切る。最後まで礼儀正しい奴だなぁ……

 

そんな事を考えながら地上に戻ると、小町とリースフェルトが不思議そうな表情を浮かべて見ていた。

 

「お兄ちゃん、今の電話誰から?わざわざ影に潜って電話をするって怪しいよ?」

 

まあ普通に考えたらそうだよな。

 

「あー……実は魎山泊の人間から来たんだよ。そしつの身元をバレないように影に潜ったんで、危険な相手じゃないからな?」

 

「そうなんだ……あ!今日電話したって事はもしかしてバレンタイン関係?!」

 

「……まあそんな所だ」

 

「ヒャッハー!お兄ちゃんモテモテェェェェッ!小町ポイントカンス痛ったぁぁぁぁぁぁっ!舌っ!舌噛んだっ!痛いよお兄ちゃんっ!」

 

小町の奴、狂喜乱舞したかと思えば舌を噛んで悶絶し始めた。我が妹ながら残念過ぎる……

 

「……とりあえず保健室に行ってこい。リースフェルト、済まんが引率を頼む」

 

「……わかった。ほら、行くぞ」

 

「うぅぅぅ……」

 

思いっきり呆れた表情を浮かべるリースフェルトが小町を連れて星導館の学内に入って行った。マジで不憫過ぎるな……

 

 

そんな事を考えながら俺は2人が見えなくなるまで見送った。そして2人が見えなくなると同時に星導館とガラードワースの真ん中にあるプロキオンドームに向かって走り出す。プロキオンドームは走って10分ちょいなので影の竜を使わなくても大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

それから15分後、プロキオンドームに着いた俺は第1ゲートに入りラウンジに向かう。するとそこには待ち合わせの約束をしたメスメルと……

 

 

「何でブランシャ……オカンもここにいるんだ?」

 

そこにはガラードワースの前副会長のレティシア・ブランシャールことオカンがいた。

 

「何故本名を言おうとしてオカンに変えたのですの?!久々に会いましたが、私をからかうのは止めてくださいまし!」

 

するとオカンが顔を真っ赤にしながらキレて、テーブルを叩く。

 

「落ち着けよオカ……ブランシャール。そんなに怒っちゃメスメルがビビってるぞ」

 

見ればメスメルはビビった表情を浮かべている。

 

「誰のせいだと思っていますの?!」

 

「え?俺だろ」

 

「〜〜〜っ!」

 

ブランシャールが真っ赤になって震えだす。やはりこいつもからかい甲斐があるな。

 

「悪かったよ。で?話を戻すが何でお前もいるんだ?」

 

メスメルがいるのは当然だが、ブランシャールがいるのは完全に予想外だ。

 

「そこで直ぐに本題に戻すのは腹立たしいですわね……!まあ良いですわ。話を戻しますと比企谷八幡、貴方は魎山泊とかいう私塾でノエルを鍛えていますのね?」

 

「あん?それについては事実だが、もう魎山泊についてバレたのか?」

 

「ええ。しかしそれはウチだけでなく他の学園もでしょう。……まあ万有天羅だけでなく貴方も指導員の人というのを知る人は殆ど居ないでしょうけど」

 

「だろうな。で?何で俺が指導員ってわかったんだ?」

 

メスメルがバラしたとは思えないし、寧ろ俺の立場をどうやって知ったか気になってしょうがない。

 

「ええ。実は先週、食堂で昼食をとろうとしたら、ノエルが居たので話しかけようとしたら、ノエルが自分と貴方と戦っている記録を見ていたので事情を聞いたら……って感じですわ」

 

「メスメルェ……飯を食うときにも学ぼうとする心意気は認めるが、場所を選べ」

 

俺とそれなりに交流のあるブランシャールだったから良かったが、俺に敵意を抱くクラスメイトとかだったらマズイ事になっていたぞ。

 

とかお前はドジっ子属性も持ってんのかよ?つくづく思うが色々な意味で凄い奴だ。

 

「あぅぅ……ご、ごめんなさいっ」

 

呆れながらメスメルを注意すると、身を縮こまらせながら謝ってくる。その姿は小さな子供が謝るように見えて怒る気力を失わらせてくる。

 

「……まあ良い。それでオカンシャールはそれの確認に来たのか?」

 

「何ですのその呼び方は?!」

 

あん?オカンとブランシャールを合わせただけだ。

 

「気にすんな。それと俺は星露に恩義があるから協力しているだけで、メスメルを潰すつもりも利用するつもりも手を出すつもりもないから安心しろ」

 

「気にしますわよ!……まあ、貴方がなにかを企んでいるとは思わないですので、その辺りは信頼してますわ」

 

「そりゃどうも。んじゃそろそろ本題に戻ろうぜ。これ以上話を脱線していたらオカンシャールを弄りたくなる」

 

「張っ倒しますわよ!オカンシャール呼びは止めてくださいまし!」

 

真っ赤になって詰め寄ってくる。いかん、少々からかい過ぎたようだ。これ以上はやめておくか。

 

「わかったよ。止めるから離れろブランシャール」

 

そう言いながらブランシャールを座らせてメスメルを見る。するとメスメルが顔を真っ赤にしながらもカバンからチョコを出して……

 

「ど、どうぞ……いつも私を鍛えたり、相談に乗ってくれて、あ、ありがとうございましゅっ!」

 

………最後に噛んだ。

 

 

「うぅ……」

 

そして真っ赤なって俯く。マジでこいつは癒しだな。ガラードワースの大半の人間は嫌いだが、メスメルを見ているとその間は負の感情が出てこない。

 

からかいたいのは山々だが、ブランシャールと違って泣いてしまう可能性があるので止めておこう。

 

「……どういたしまして。チョコはありがたくいただく」

 

それだけ言ってチョコをカバンにしまう。するとオカンシャール改めブランシャールも鞄に手を入れて俺にチョコを渡してくる。

 

「え?お前もくれんのか?」

 

「ノエルーーー私の後任を鍛えてくれたり、ソフィアさんも貴方にはお世話になっているようですから……言っておきますが義理ですので!」

 

言いながら突きつけるようにチョコを渡してくる。んなもんハッキリ言わなくてもわかるからな?

 

「わかってるよ。とりあえずありがとな」

 

なんにせよチョコを貰ったので礼をするべきだろう。感謝感謝。

 

その時だった。

 

 

 

 

pipipi……

 

俺のポケットにある端末が鳴り出す。またか……これで何度目だ?またチョコ関係だろうな。

 

そう思いながら端末を取り出すと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『fromオーフェリア 八幡、私とシルヴィアのチョコの準備が出来たわから仕事が終わり次第帰ってきて。それと玄関に着いたら鍵を使わないでインターフォンを使って』

 

オーフェリアからそんなメールがやってきた。瞬間、俺の中に圧倒的な喜びの感情が生まれてくる。

 

 

 

 

 

 

 

(そうか。いよいよか……)

 

鏡を見ているわけではないのでこの時の俺がどんな表情を浮かべているのかはわからないが、俺の中には心の底から笑っているという確信があった。

 

 



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なんだかんだ比企谷八幡はチョコを貰う(後編)

俺は今アスタリスク市街を影狼夜叉衣を纏って高速で走っている。前にいる人間はこちらを見て驚きを露わにするが、次の瞬間には通り過ぎている。

 

メスメルとオカンシャ『ブランシャールですわ!』……ブランシャールからチョコを貰った俺は恋人から連絡が来たので自宅に向かっている。なんか今頭の中にブランシャールの声が聞こえきたような気がするが気にしない。

 

恋人2人が作ってくれたチョコだ。今すぐにでも堪能したい。俺は影狼夜叉衣に備わった翼に星辰力を込めてただ走る。今の俺は誰よりも速い自信がある。それこそ封印を全て解除した天霧や、身体強化されたシルヴィ、アスタリスク最強と評される星露よりも速い自信がある。

 

そんな風に全速力で進むこと3分……

 

「到着っ……!」

 

俺とオーフェリアとシルヴィの愛の巣に着いたので影狼夜叉衣を解除して早足で玄関に向かいインターフォンを押す。

 

『はーい』

 

すると愛しき恋人のシルヴィの声が聞こえてくる。あぁ、声を聞くだけで幸せななる……

 

「俺だシルヴィ、ただいま」

 

『あ、八幡君おかえり。今から30秒してから鍵を開けてくれない?』

 

「わかった」

 

そう言いながら俺は玄関の前に立って鍵を取り出す。同時に家の中からドタバタした音が聞こえてくる。音が徐々に近づくのを聞く限り玄関に向かっているのだろうが、なにをしているかはわからない。

 

(まあ2人の事だから変な事はしてないと思うが……っと、もう30秒だな)

 

言われた時間が経過したので鍵を使ってドアを開ける。するとそこには……

 

「「おかえりさない、貴方♡」」

 

ちゅっ……

 

恋人2人がメイド服に似た可愛らしい服を着て俺を迎えるや否やキスをしてくる。いきなりの行動に驚きはしたものの、俺も2人にキスを返して2人の想いに応える。

 

「ちゅっ……ただいま。その格好、凄く良いぞ」

 

初めて見る格好だが、2人とも凄く可愛い。今すぐにでもベッドに押し倒して甘えたいくらいだ。

 

「ありがとう。今日に備えて買ったんだけど……」

 

「……八幡に喜んで貰えて嬉しいわ」

 

シルヴィは満面の笑みを、オーフェリアは小さくそれでありながら確かな笑みを浮かべてくる。ダメだ、やっぱり俺の恋人は最強だな。

 

「今日の為ってことはバレンタイン専用の衣装か?」

 

「もちろん。……あ!でも八幡君がこの衣装が好きなら偶には着るよ」

 

「……八幡が何度も見たいなら何度も見せてあげる……それよりも鞄を預かるわ」

 

オーフェリアが手を差し出してくる。まるで新婚したばかりの妻が夫を迎い入れるように。

 

「じゃあ……ほらよ」

 

カバンを渡す。

 

「んっ……………八幡、随分チョコを貰ったわね」

 

するとオーフェリアが面白くなさそうな表情をしながらそう言ってくる。改めて自分のカバンを見ると大量のチョコが見える。

 

「ふーん……八幡君結構モテるんだね」

 

するとシルヴィも膨れっ面を浮かべながら俺を見てくる。俺が帰ってくるまでに貰ったチョコは……イレーネ、プリシラ、樫丸、若宮、蓮城寺、フェアクロフ先輩、アッヘンヴァル、フロックハート、ワインバーグ、小町、リースフェルト、メスメル、ブランシャールから計13個貰った。アスタリスクに来る前は小町以外からは貰ってないのでかなり貰っているだろう。

 

しかし……

 

「いやこれ全部義理だからな?」

 

間違いなく全部義理だろう。大抵がお礼としてチョコを渡していたし。というか一部の相手は俺じゃない奴に本命がいるし。

 

それ以前に……

 

「仮に本命が混じっていたとしても、俺が異性として愛するのはお前ら2人だけだ」

 

あり得ないが、もしも仮に貰ったチョコに本命が混じっていたとしても、そいつの想いに応えるのは無理だ。気持ちはありがたいが俺はオーフェリアとシルヴィ以外の女子を愛するつもりはない。

 

すると2人は途端に不機嫌そうな表情を消して笑顔になる。

 

「そっか……なら良かったよ」

 

「……ヤキモチを妬いてごめんなさい」

 

「別に気にしてない。それよりもお前らのバレンタインチョコを食べたい」

 

俺は2人のチョコを一番最初に食べると決めていたのだ。さっき連絡が来た時からずっと待ち望んでいたから早く食べたい。

 

「うん、じゃあリビングに来て」

 

シルヴィがそう言ったのでリビングに向かうと……

 

「うおぉ……」

 

 

テーブルにはチョコレートソースのかかったステーキを中心とした美味そうな料理があり、中央には見るだけで口の中が甘くなりそうな雰囲気を醸し出すチョコレートケーキが堂々と置いてある。

 

「チョコレートを使った料理は初めてだけど……八幡君の為に頑張ったんだ」

 

「八幡の口に合ったら嬉しいわ」

 

2人は健気にもそんな事を言ってくる。俺の為に慣れない料理を頑張って作るなんて男冥利に尽きるな……マジで幸せ過ぎて死んでしまうかもしれない程だ。

 

とはいえこんな料理を目の前にして我慢は身体に毒だ。是非とも頂こうじゃないか。

 

そう思いながらステーキをナイフで切って口に入れると……

 

「美味え……」

 

思わずそう呟いてしまう。ステーキにはデミグラスソース派だが、チョコレートソースも中々捨て難い。ちゃんとステーキそのものとマッチしていて最高だ。

 

「本当?ふふっ……」

 

「嬉しいわ。八幡の為だけに作ったのだから……」

 

両隣に座る2人は愛おしそうに俺の足をさすってくる。俺こそ大切な2人にこんな美味いものを作って貰えて嬉しいよ。

 

そう思いながらも2人の作った料理を全て美味しく平らげて、いよいよケーキを食べることになる。

 

すると2人はケーキをフォークで小さく取って俺に突き出し……

 

「「八幡(君)、あーん」」

 

「んっ、あーん」

 

俺にあーんをしてくるので口を開けてあーんされる。すると口の中に甘過ぎない甘味が広がる。加えて味も上品、店で売っても金を稼げてもおかしくないと思える。

 

「それは無理かな。これは八幡君の為だけに作ったから」

 

「私達の愛を込めたケーキは八幡以外には食べさせないわ」

 

「気持ちは嬉しいがナチュラルに心を読むな」

 

前に何故俺の心を読めるのかと聞いたら2人揃って『愛する人の考えなんて直ぐにわかる』なんて言ったが、だからといってここまでハッキリとわかるのだろうか?

 

いや、2人が特別なだけだろう。というか彼氏持ちの女子全員がオーフェリアとシルヴィのように心を読めたら普通に怖い。

 

(まあ2人になら俺の心を知られても構わないけどな……)

 

俺はオーフェリアとシルヴィを本当に愛している。最近は口に出す事もあるが、正直に言うと言い足りないと思えるくらいに。

 

2人の言うことが本当なら俺が2人を心の底から、誰よりも愛している事を知って貰えるのだから。それは嫌ではなく凄く嬉しい事だ。

 

(今の気持ちも……知ってるみたいだな)

 

見れば2人はさっきよりも優しい表情を浮かべて再度あーんをしてくる。これは逆らえないな……

 

俺は苦笑を浮かべながら再度あーんをされる幸せな時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむ。ワインバーグはともかく、メスメルの方には鎧を身につける方法を伝授するべきか?」

 

食後、俺は自分の部屋で魎山泊のメンバーのワインバーグとメスメルがくれたチョコを食べながら、ワインバーグとメスメルが俺や星露と戦っている記録を見ながらそう呟く。一応星露のアシスタントとして真面目に仕事はしているつもりである。

 

とはいえメスメルはともかく、ワインバーグについては実戦経験を積ませる事は出来ても具体的なアドバイスをするのはメスメルよりも難しい。

 

なぜならワインバーグの能力はあらゆる種類の砲弾を生み出す攻撃に特化した能力であり、俺のようにバランスタイプの能力者が教える事は限られている。

逆にメスメルは足元から茨を生み出す能力者で、自身の足元にある影を使用して戦う俺と似ているのでアドバイスがしやすい。

 

近いうちに影狼修羅鎧に似た茨の鎧を、最終的には影神の終焉神装に似た茨の装備を教えるつもりだ。

 

強剛な鎧は肉体にかかる負荷や消費する星辰力が半端ないので余り教えなくないが……

 

「あそこまで頼まれたらな……」

 

メスメル本人から影神の終焉神装に匹敵する装備を教えてくれと何度も何度も頭を下げられ、終いには土下座をしそうだったので最終的に俺が折れた。あそこまでされたら教えない訳にはいかない。

 

ともあれ、アレは教えるのに時間がかかるので他の事もやらないといけない。

 

俺は端末を取り出してメールを作成する。送り先はレヴォルフの装備局だ。装備局は以前材木座が作った『ダークリパルサー』を解析したので量産が可能となったので、メスメルに使用する分を作って貰うことにした。表向きは俺の為としておいて?

 

『ダークリパルサー』の恐ろしさはガラードワースの人間なら知っているだろう。何せ絶対王者のチーム・ランスロットを倒すきっかけとなった武器なのだから。

 

そして俺と戦闘スタイルが似ているメスメルが持てば、格上相手に勝てる可能性が増えるだろう。

 

え?レヴォルフの装備局で量産した武器をガラードワースの生徒に使わせて怒られないかって?大丈夫だろう、責任は製作者である材木座が取るだろうし。というか取らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「むっ!なんか嫌な予感と寒気がしたのである!」

 

「どうしたの将軍ちゃん?前者はともかく寒いのは冬だから当たり前じゃん」

 

「おじいちゃん変なのー」

 

「いや、寒さとは別の寒気が……というかレナティ殿!おじいちゃん呼びはマジで止めて!我カミラ殿……レナティ殿の父より若いのであるからな!」

 

「にゃははー、細かいことは気にしない気にしない」

 

「きにしないきにしなーい」

 

「ちょっ、待っ……レナティ殿?!抱きつくのはノォッ!」

 

「相変わらず将軍ちゃんは煩悩塗れなのに純粋だなぁ……レナティ 、おじいちゃんはレナティをおんぶしたいって」

 

「はーい。おじいちゃん、おんぶー」

 

「エルネスタ殿ォォォォッ!」

 

 

 

 

 

 

 

なんか今材木座の悲鳴が聞こえたような……気の所為だな。

 

とりあえず『ダークリパルサー』の追加の量産申請はしたし「八幡君、お風呂湧いたし一緒に入ろうよ」……風呂に行くか。

 

俺は空間ウィンドウを閉じてクローゼットに向かって着替えを取り出して、自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから20分後…….

 

「ねぇ八幡君、お願いがあるんだけど」

 

湯船に浸かっていると俺の背中に抱きついているシルヴィが耳元で囁いてくる。前方ではオーフェリアが俺に抱きついて甘えているが、既に何百と経験したことなので特に緊張しないでいる。慣れってのは恐ろしいな。

 

「なんだよ?」

 

「うん。あのさ、もうすぐ私とオーフェリアは出るけど……八幡君は私達が出てから5分くらいしてから出てくれないかな?」

 

ん?シルヴィ達が上がってから5分後に上がれだと?

 

「それは構わないが、何故だ?」

 

理由がわからん。先に上がってイタズラでもするつもりか?まあ2人にならイタズラをされても良いけどさ。

 

「……私とシルヴィアが八幡に第2のバレンタインの準備をしたいから」

 

疑問符を浮かべているとオーフェリアがそんな事を言ってくる。第2のバレンタインだと?意味がわからん。第2なんてしなくても飯の時に渡せば良くね?

 

「よくわからんがわかった」

 

なんだか知らないがとりあえず了解する。イタズラをするにしてもそこまで悪質なものじゃないだろうし。

 

「ありがとう。じゃあオーフェリア」

 

「……ええ。じゃあ私達はベッドで待ってるから」

 

2人はそう言って一糸纏わぬ姿で風呂から上がる。そして扉越しに身体を拭いているのがわかる。

 

(マジで何を企んでるんだか……)

 

そう思いながらも俺は湯船に浸かりながら時計を見る。しかしいつもは一緒に上がるからか、2人がいなくなった途端に寂しくなるな……

 

マジで『オーフェリアとシルヴィがいないと死んじゃう病』になったのかもしれん。

 

そんなアホな事を考えていると5分が経過したので俺も風呂から上がり身体を拭き、パジャマに着替える。

 

そして脱衣所を後にして階段を上る。さてさて、どんな事をしてくるんだが……

 

若干緊張しながらも遂に俺の部屋の前に到着したのでノックをする。

 

『入って良いよ』

 

シルヴィの声が聞こえてきた。どうやら入って良いようだし行くか。

 

「すぅ……はぁ……邪魔するぞ」

 

俺は一度深呼吸をしてから部屋に入る。するとそこには……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「お、おかえり、八幡(君)」」

 

一糸纏わぬ姿に真っ赤なリボンをーーー所謂裸リボン状態のオーフェリアとシルヴィが身体に巻いてあるリボンのように真っ赤にしながらベッドの上にいた。

 

え?マジで何なのこれは?俺の願望が具現化したものなのか?正直言って凄くエロいんですけど?

 

俺が絶句していると……

 

「は、八幡」

 

オーフェリアが真っ赤になりながらも話しかけてくるので再起動する。

 

「お、おう!どうした?その格好は……」

 

「うん。少し恥ずかしいけどこれが私達の第2のバレンタイン……」

 

「だから八幡……」

 

そこまで言うと2人は真っ赤になった顔を上げて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「「八幡(君)、私達をた・べ・て♡」」

 

蠱惑的な笑みを浮かべながら俺を誘ってきた。

 

次の瞬間、俺の中の何かが吹き飛んでベッドに飛び込み、2人の唇を奪いながら、両手で2人の胸や腰、尻や女子だけが持つ聖域を触れ始める。

 

もう無理だ。そんな刺激的な格好で誘われたら断れない。俺は獣のように2人を食い続けた。

 

 

 

 

 

 

 

それ以降、俺の記憶はなく、気がつけば俺自身も裸になっていて、俺と同じように裸のオーフェリアとシルヴィに抱きつかれながらベッドの上で仰向けで寝ていた。

 

翌日になってその時の事は殆ど覚えてなかったが、幸せだったのは確かだった。



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比企谷八幡は学園祭に備えて動く

「……という感じで今年は去年と違って合同企画はないので、学園同士ではそこまで細かい連絡は必要としないでしょう」

 

アスタリスク中央区にあるホテル・エルナト。そこの最上階にて俺は進行役であるガラードワースの生徒会長のエリオット・フォースターの話を聞いている。

 

今俺は1ヶ月に一度ある六花園会議に参加している。議題は来月に行われる学園祭についての打ち合わせである。とはいえ今フォースターが言ったように今回は去年のグラン・コロッセオみたいに合同企画はないのでそこまで綿密な打ち合わせはない。

 

「ですが、昨年はシリウスドームで刃傷沙汰が起こったこともあるので警備隊の数を増やしています。皆様が学園から派遣する風紀委員には警備隊と綿密に連絡を徹底するようお願いします」

 

フォースターがそこまで言うと、この場にいる俺以外の5人の生徒会長が俺をガン見してくる。

 

「おい。いくら刃傷沙汰に巻き込まれたとはいえ、見世物じゃないんだしそんなに見るな」

 

5人の気持ちはわからんでもない。ただでさえ学園祭中にシリウスドームで刃傷沙汰が起こるなんて前代未聞だってのに、事件に巻き込まれた張本人ーーー俺がこの場にいるのだし。

 

しかしだからと言ってガン見されるのは趣味じゃない。まあそんな趣味を持つ奴がいるとは思えないが。

 

「あっ、失礼しました……それで本題に戻しますと、警備隊からも各学園での警備の強化を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後…….

 

「……では今回の六花園会議はこれで終わりたいと思いますが、質問はありますか?」

 

フォースターが確認するが、全員手を挙げないので今回はこれで終わりだ。同時に全員が立ち上がり出口にと向かう。

 

「八幡君、会議も終わったしご飯食べに行こうよ?」

 

すると恋人のシルヴィが俺に抱きつきながら言ってくる。外食か……今日もう1人の恋人のオーフェリアは小町と遊びに行っていて家に帰っても飯は無いし……

 

「わかった。良いぞ」

 

偶にはシルヴィと2人で食うのも悪くないだろう。

 

「えへへー、ありがとう。八幡君大好き……」

 

シルヴィは幸せオーラを撒き散らしながら俺に甘えてくる。俺もお前に甘えられて幸せだが、他の会長4人がガン見しているから甘え過ぎはやめてくれ。てかフォースターに至っては胃薬を飲んでいるし。

 

(前にメスメルから聞いたが、マジでヤバそうだな……)

 

今のガラードワースでは生徒の3割近くが葉山グループ……俺を否定するグループらしく、そのグループの俺の否定運動でフォースターの胃がヤバいとメスメルから聞いた。

 

しかもこの前は俺がプロキオンドームでメスメルとブランシャールにホワイトデーのお返しを渡した所を葉山グループの人間に偶然見られたらしく、一時期はガラードワースで騒動が起こりフォースターの胃に穴が開いたらしい。

 

(マジで済まん。胃に穴が開いた理由は間違いなく俺と葉山だ)

 

フォースターの胃に穴を作るような行為をしているのは葉山だが、その原因は俺に対する逆恨み。俺もフォースターの胃痛の要因の一つだろう。

 

「(会議が終わってからメスメルのお兄ちゃんネタで弄ろうと思ったがやめたほうが良いな)……はいはい。そんじゃ飯を食いに行こうぜ」

 

言いながら俺はシルヴィを連れて早歩きで屋上庭園を後にする。やれやれ……俺もフォースターに比べたら大したことはないが胃薬を買っとくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にしても今年は平和だが、面倒だな……」

 

ホテル・エルナトの近くにある中華料理店にて、俺は北京ダックを食いながら思わず愚痴る。

 

「クインヴェールの生徒会は学園祭で仕事は殆どないから面倒ではないけど、1日しか八幡君とオーフェリアと遊べないなんて寂しいな……」

 

向かいに座るシルヴィは麻婆豆腐を食べながら寂しそうに呟く。シルヴィの言う通り、今年の俺とオーフェリアは生徒会の人間だ。レヴォルフの生徒会はクインヴェールの生徒会と違ってお飾りではないので、それなりに仕事がある。

 

まあガラードワースとか星導館に比べたらマシなので1日だけオーフェリアとシルヴィの2人とデートする時間は作れたけど。

 

「それは言っても仕方ない事だ。チーム・赫夜辺りを誘ったらどうだ?」

 

「うーん……じゃあ3日ある内の1日はそうしようかな。残り2日の内、1日は八幡君とオーフェリアとデート。残りの1日は……あ!じゃあレヴォルフの生徒会室に遊びに行こうかな?」

 

とんでもない事を言ってきたよ。普通他所の学園の生徒を生徒会室に入れる訳ない……

 

(いや、去年俺とオーフェリアとシルヴィはガラードワースの生徒会室でお茶を飲んだな)

 

葉山と一色の件について謝罪しに来たが、生徒会室に入れたのは予想外だったな。

 

「それは別に構わないが、仕事をやっているからつまらないぞ?」

 

「そうだよね……はぁ」

 

シルヴィは寂しそうにため息を吐くが、こればかりは仕方ない。仕方ないが……何とかしてやりたいな。

 

「じゃあシルヴィ、学園祭最終日にある後夜祭のダンスパーティで一緒に踊らないか?」

 

アスタリスク中央区にあるホテルでは、学園祭最終日に後夜祭がありダンスパーティもある。去年は左手首を切り落とされて参加出来なかったけど。

 

しかし今年は平和だろうし、生徒会長の俺がお偉いさんに挨拶をする為に後夜祭に参加するのは問題ないだろう。その後にシルヴィとオーフェリアと一緒に踊ったとしても違和感は無いはずだ。

 

「え?……あ、うん。もちろん良いよ。去年は一緒に踊れなかったし」

 

するとシルヴィは笑顔になって俺の提案を受ける。ああ、本当に可愛いなぁ……

 

しかしダンスか……誘っといてアレだがダンスの経験は全くない。小学校の時にフォークダンスをやったが、俺と組んだ女子が「別に手を繋がなくて良いよね?」とか言って、俺はエアオクラホマミキサーをやったし。

 

そんな事を考えている時だった。

 

「……八幡にシルヴィア?」

 

「あ、本当だ。奇遇だね」

 

そんな声が聞こえてきたので振り向くと、もう1人の恋人のオーフェリアと可愛い妹の小町がいた。アスタリスクには飯屋が無数にあるが、まさか偶然会うとは完全に予想外だ。

 

俺とシルヴィが驚いていると、オーフェリアが店員さんに話しかけて、こちらに向かってくる。

 

「一緒の席でも良いかしら?」

 

「もちろん」

 

可愛い恋人と可愛い妹が追加されるのだ。普通にOKだ。寧ろOK以外の返事なんてあり得ないまでである。

 

俺がそう返すと2人は礼を言って椅子に座って料理を注文する。

 

「そういえばお兄ちゃん。今日は六花園会議だったみたいだけど、何を話したの?」

 

「ん?学園祭に備えた話。基本的には学園外の組織……警備隊や六花施政庁との繋がりについての確認とかだな。今年は合同企画はないし、学園同士のトラブルは幾らかマシになるだろうから一般客とのトラブルに対する注意とかもあったな」

 

「ふーん。ところでお兄ちゃんは学園祭でデート出来るの?」

 

「1日だけな。ちなみにデートするなら何処が良いと思う?」

 

「うーん……小町は彼氏がいないからわからないや。とりあえずガラードワースに行く時は変装をした方が良いよ。お兄ちゃんガラードワースに凄く嫌われてるし」

 

それが小町の意見か。てか俺がガラードワースの生徒に嫌われているのは星導館でも有名なのか?

 

「じゃあクインヴェールでまたミスコンに参加し「それだけは勘弁してくれ」あはは……流石に冗談だよ」

 

シルヴィが笑いながらとんでもない提案をしてくるので慌てて止める。あんな黒歴史を再度生み出すなんて絶対に嫌だ。去年はギリギリバレなかったが、またバレない保証はないのだから。

 

「まあ小町としてもそれは止めて欲しいですね。ただでさえ学校でお兄ちゃんに関する質問をされまくっているのに、これ以上質問の嵐に巻き込まれるのは勘弁して欲しいです」

 

小町が目を腐らせながらそう言ってくる。やはり俺の妹だけあって、俺達3人に関する質問はされているようだ。俺達3人の関係については否定するつもりはないが、少々申し訳なく思ってしまうな。

 

「元々出るつもりはないから安心しろ。つーか小町はどこか行きたいのはあるのか?」

 

「小町は界龍のバトルイベントには出るかな?今の小町の実力がどれくらいか確かめたいし、場合によっては商品も貰えるし」

 

「バトルイベント……八幡が武暁彗と、私が雪ノ下陽乃と戦ったイベントね」

 

「お前の場合は戦いじゃなくて蹂躙だったけどな」

 

俺はともかく、オーフェリアのアレは戦いではない。一方的な蹂躙以外の何物でもない。

 

「あはは……あ、でも美奈兎ちゃんも腕試しをするつもり満々だったし見てみたいな」

 

「そういや俺が見ている魎山泊の生徒も出る事を考えていたな」

 

特にワインバーグ。自分がどこまで通用するか試してみたいとか言っていたな。

 

「そうなんだ。ところでお兄ちゃんは出るの?」

 

「微妙だな……」

 

星露と戦う場合影神の終焉神装を出さないといけないから嫌で、星露を除いたら一番強い暁彗は武者修行に出ていてアスタリスクに居ないし、全てが謎めいている梅小路は秘術関係でイベントには参加しない。

 

となると俺とやり合えるのは雪ノ下陽乃ぐらいだが、オーフェリアの一件もあるし、界龍の上層部が却下する可能性が高い。

 

「まあなるようになれだな。そもそも界龍に行くとは限らないし。ちなみにオーフェリアとシルヴィはどの学園に行きたい?」

 

「「八幡(君)と一緒ならどこでも良いわ(な)」」

 

「……ありがとな」

 

ちくしょう、可愛過ぎる。今すぐ結婚したい。

 

「うわー、相変わらずバカップルだな……だったらお兄ちゃん、クジ引きで決めたら?編入先もクジ引きで決めたんだし」

 

「クジ引きねぇ……」

 

今更だがクジ引きで編入先を決めるなんてふざけた話だ。しかしそのふざけた方法でレヴォルフに行く事になって良かった。レヴォルフ以外の学園だったらシルヴィはともかく、オーフェリアと仲良くなることも無かったのだから。

 

「ま、クジ引きにするか。1日アレが2つの学園を回れるから2回やるが、オーフェリア達もそれで良いか?」

 

俺が確認を取ると2人は頷くので、俺は端末を取り出して空間ウィンドウを開き、ルーレットアプリを開く。

 

そこにはレヴォルフ、アルルカント、界龍、星導館の名前が表示されたルーレットーーーアスタリスクに来る前に使ったルーレットが残っていた。

 

そこにガラードワースとクインヴェールの名前を追加する。そしてスタートボタンを押すと矢印が物凄い速度で回転する。

 

「じゃあ小町、ストップボタンを押してくれ」

 

「小町が?別に良いけどなんで?」

 

「この中で第三者なのはお前だし」

 

俺がそう言うと小町は一息吐いてストップボタンを押す。すると矢印は徐々に遅くなっていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「ふむ……イレーネ、カジノの方に予算について、オーフェリアは飲食店の方に食品の仕入れについての確認を頼む。それとイレーネ、激しくは揉めるなよ。出来るだけ穏便に済ませろよ」

 

 

既に空が真っ暗になる中、レヴォルフ黒学院の生徒会室にて俺は役員のオーフェリアとイレーネに指示を出す。

 

六花園会議が終わっても仕事は山程あるので嫌々ながらも仕事に勤しんでいる。社畜って辛いです……

 

「……わかったわ」

 

するとオーフェリアは小さく頷いて生徒会室を後にするが、イレーネは俺に詰め寄ってくる。

 

「おい八幡!なんで私が揉めること前提なんだよ?!」

 

「そりゃ毎回揉めてるからだろうが。お前この前歓楽街の違法カジノを暴れて潰したじゃねぇか。後始末をした俺の身になれ」

 

「お姉ちゃん!またそんな危ない事をして……!八幡さんに迷惑をかけちゃダメだよ!」

 

「あ、いや、それはだな……八幡ェ……プリシラがいる前で言うんじゃねぇよ……!」

 

「そこで俺を睨むな」

 

「お姉ちゃん?」

 

「い、いや……」

 

「さっさと行け。終わってからは今日のノルマはまだまだ残ってるぞ」

 

風紀委員の手配だの外部機関との連絡だのやるべきことはある。早いうちに終わらせないと帰りが遅くなる。

 

「ぐっ……了解っ……!」

 

イレーネは苦い顔をしながらも俺の意見に従って生徒会室を後にする。

 

「次にプリシラと樫丸は部活連の所に行って各クラブの出し物の概要を聞いてきてくれ。護衛は用意する」

 

言いながら俺は自身の影に星辰力を込めて……

 

 

「起きて我が傀儡となれーーー影兵」

 

同時に影からの2体の黒い人形が湧き出る。影兵は出した数が多い程個々の強さが弱くなる。

 

少し前なら2体生み出すと1体1体の実力は冒頭の十二人手前クラスの実力だったが、星露との激しい鍛錬をして以降、2体生み出すと1体1体の実力は冒頭の十二人中堅クラスの実力を持っている。

 

1体だけ生み出した場合、冒頭の十二人上位クラスで、先月の公式序列戦では10位のボニファーツ・プライセと9位のロスヴィータ・ディーツェを普通に蹴散らしたくらいだ。護衛としては申し分ないだろう。

 

「んじゃ任せたぞ」

 

「は、はい」

 

「わかりました」

 

影兵が2人の横につくと2人は頷き、生徒会室を出て行った。それを見送った俺は電子書類を片付けながら机の中にある黒い電話端末を取り出す。

 

これは俺の物であって俺の物ではない。レヴォルフ黒学院の生徒会長だけが使用を許される電話だ。

 

それを手に持った俺は目的の番号を打ち込む。

 

『どのようなご用件で?』

 

すると感情の篭ってない女の声が聞こえてくる。しかし俺は気にしない。もう慣れたから。

 

「学園祭期間中はディルクの監視に猫の追加を頼む」

 

即座に本題に入る。学園祭期間中は外部からの人間も多い。今のところディルクは大人しいが学園祭を利用して外部の味方と接触する可能性がある。俺としてはそれを避ける事を最優先としている。

 

『かしこまりました。金目と銀目を1人ずつで宜しいですか?』

 

「問題ない。ディルクが少しでも変な動きをしたら始末するように徹底しろ」

 

『了解しました』

 

返事を貰うと通話が終わったので端末を机の中にしまう。既にディルクには2人の猫に見張らせて、更に2人の計4人の猫に見張らせている。

 

加えて全員には妙な事をしたら即座に始末するように指示をしているので奴も無闇には動けないだろう。少なくとも俺が卒業して生徒会長を辞めるまでは。

 

端末をしまった俺は再度電子書類を作成する。早く終わらせて愛しい恋人とイチャイチャする為に。

 

 

 

その後俺は数時間かけて仕事を終わらせてオーフェリアと2人で自宅に帰った。そしたらシルヴィが俺達を労ったので俺達は遠慮なくシルヴィに甘える幸せな時間を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして月日は矢のように早く流れ、学園祭当日となった。



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こうして高等部最後の学園祭が始まる

学園祭初日……

 

「いや〜いい天気。今日は晴れて良かったよ」

 

我が家のリビングにて、俺の恋人の1人であるシルヴィが満足そうに朝食を食べながらそう呟く。

 

しかし言ってる事には同意する。俺は恋人2人とデートをする為に学園祭の初日だけ何とか暇を作ったのだ。雨でも降ったりしたら最悪の一言だ。

 

「そうだな。それよりも1日しか遊べないんだし早く出ようぜ」

 

「そうね……午前は星導館、午後は界龍って感じで良いかしら?」

 

「それでいいんじゃない?」

 

俺と俺のもう1人の恋人のオーフェリアが話しながら朝食を平らげるとシルヴィも賛成する。

 

オーフェリアの言う通り俺達がデートする場所は星導館と界龍だ。流石に1日で6学園を回るのは無理だからな。

 

「ああ。んじゃ行くぞ」

 

俺がそう口にすると2人は頷いて立ち上がり俺に抱きついてくる。2人の温もりを感じながらも俺は家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、去年も思ったが星導館の学園祭はシンプルだなぁ」

 

30分後、星導館の校門に着いた俺は思わずそう呟く。レヴォルフはカジノ一色、クインヴェールは全体的に華やかで、ガラードワースはヨーロッパ風、アルルカントは研究色が強く、界龍は中華風のオリエントな学園祭だが、星導館の学園祭はシンプル極まりなくアスタリスク外部の高校の学園祭に似ている。

 

「そうかもね。じゃあまずは何処に行こっか?もう正体はバレてるし多少はっちゃけても大丈夫でしょ?」

 

去年は変装がバレないようにスポーツ競技系の出し物には参加しなかったが、今は変装しないで堂々と歩いているので特に制限はない。まあ注目を浴びている事については今更だけど。

 

「だな。なんか遊びたいのがあったらやってみようぜ。まあその前にあのアイス屋に行きたい」

 

指差す先にあるのは去年、MAXコーヒー味のアイスを売っていたアイス屋だ。去年食った時に来年も行くと決めたあのアイス屋だ。

 

「あはは……じゃあ食べよっか」

 

シルヴィが苦笑しながら引っ張るので俺とオーフェリアもそれに続く。すると前にいる人々は割れるように道を作るが、俺達はモーセかよ?

 

呆れながらもアイス屋に着いたのでMAXコーヒー味のアイスを注文する。シルヴィはチョコミント、オーフェリアはオレンジ味を注目する。

 

そして各々が頼んだアイスを持って食べようとした時だった。オーフェリアとシルヴィが自身らのアイスを乗せたスプーンを突き出してきて……

 

「「はい、あーん」」

 

「んっ、あーん」

 

あーんをしてくるので口を開けてアイスを口にする。同時に口の中で甘味が広がる。

 

周囲からは騒めきが生じるが気にしない。少し前の俺なら緊張していたかもしれないが今は問題ない。寧ろオーフェリアとシルヴィを狙おうとする虫共に対する虫除けをしたいと思っているくらいだ。

 

俺達3人の関係が世間に公表されてからはいつもこんなやり取りをしているが、これをずっと続けたら2人に手を出す奴らは居なくなるだろう。つーか出した奴が居たら俺の持てる全ての力を駆使して滅ぼしてやる。

 

そう思いながらも俺はスプーンで自分のアイスをすくって2人に突きつける。

 

「ほらよ、あーん」

 

「「あーん♡」」

 

すると2人は同時に俺のスプーンに食いついてMAXコーヒー味のアイスを食べる。一つのスプーンに2人の唇が乗る……まるで2人がキスをしているようにも見えて嫌でもドキドキしてしまう。

 

(いや、まあ……2人がキスをするのはよく見てるけどな……)

 

しかしそれは夜、情事をする時だけであって、それ以外の時ではどうしてもドキドキしてしまう。見れば他の男子もガン見してるし、男の性ってヤツだろう。

 

そう思っていると2人は俺があげたアイスを食べ終えて……

 

「「あーん」」

 

再度あーんをしてくるので俺は遠慮なく食べた。結局、最初から最後まであーんして食べさせあった。

 

よってMAXコーヒー味のアイスは半分くらいしか食べれなかったが、2人のあーんは普通にMAXコーヒー味のアイスを食べた時よりも俺を満足させたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「はーい、三等の学園祭チケット10000円分ね」

 

「どうもっす」

 

遊戯部で行われているダーツで景品を当てた俺達は遊戯部を後にする。これまでに演劇や落星工学研究会の発表を見たりしたが、まあまあ楽しめている。

 

「んじゃ次は何処に行く?校内の有名どころは大分回ったし、次は屋外のイベントに参加するか?」

 

「うーん……あ!じゃあアレに行かない?」

 

シルヴィが窓から外を指差したので見ると……

 

「ウォーターサバイバル……?」

 

屋内プールで開催されている『ウォーターサバイバル』というイベントだ。パンフレットを見る限り水泳部と射撃部の合同企画のようだ。プールを見れば、スク水を着た男女がプールに浮かぶ浮島を飛び回り水鉄砲を打ち合っていた。

 

「……私は別に良いわよ。八幡は?」

 

「俺も構わないが……シルヴィは参加するのか?」

 

「うーん……面白そうだし出てみようかな」

 

「何っ?!」

 

つ、つまりシルヴィがスク水を着るという事だ。ビキニ姿のシルヴィは何度も見たことがあるが、スク水を着るシルヴィは見たことがない。どうしよう。ハッキリ言ってメチャクチャ見たい。

 

しかし……

 

(他の男子には見せたくねぇな……)

 

シルヴィの刺激的な姿を他の男に見せたくない。シルヴィは何度か雑誌の撮影で水着姿を披露しているが、ぶっちゃた話アレだって凄く嫌なのだから。

 

そんな事を考えていると……

 

「大丈夫だよ八幡君。私は八幡君以外の男子には興味ないから」

 

いつものように俺の心を読んだシルヴィは手を握りながらそんな事を言ってくる。すると周りの男子が膝をついて項垂れるが気にしない。

 

しかしシルヴィがそう言ってるなら俺がシルヴィを束縛するわけにはいかないな。

 

「……わかった。じゃあ好きにしろ」

 

「うん。ちなみに八幡君は出る?」

 

「出るわけないだろ。俺が水着に着替えてみろ。客の殆どは嫌な気分になるからな?」

 

俺は週に一度星露と戦っているので全身に生傷がついている。加えて左腕は義碗だし客からしたら気分が悪くなるだろう。(人工皮膚は星露と戦うと毎回剥がれて、付け直すのが面倒なので付けていない)

 

「あっ……ごめん」

 

「気にするな。俺はお前らに否定されなければ辛くない」

 

シュンとなって落ち込むシルヴィの頭を撫でながらそう返す。これは事実だ。毎日風呂に入る際は俺の裸を見ているが、2人は特に変な目で見ることなく俺と一緒に入ってるし。

 

「だから俺のことは気にせず楽しんでこい。俺はお前のスクみ……頑張ってる所を見たいんだから」

 

「今スク水を見たいって言おうとしたよね?」

 

「気の所為だ」

 

「本当、八幡君はエッチだなぁ……まあいっか。折角だし楽しんでくるよ」

 

シルヴィは俺にジト目を向けながらも参加することを表明する。するとオーフェリアも小さく手を挙げて……

 

「……なら私も参加するわ」

 

「お?マジで?」

 

「……ええ。折角自由に、そして平和になったのだから楽しみたいわ」

 

オーフェリアはそう言いながらプールを見る。出会った当初に比べて本当に変わったな……正直言って凄く嬉しい。

 

「わかった。なら俺はしっかり見ておくから思い切り楽しんでこい」

 

「……ええ。行きましょうシルヴィア」

 

「うん。じゃあ八幡君、私達受付に行ってくるね」

 

言いながら2人は受付に向かった。ここからは別行動だが、2人の実力ならトラブルに巻き込まれることはないだろう。

 

そんな風に信頼しながらも俺は学園祭に備えて作ったと思える特設観覧席に向かって歩き出した。

 

そして適当な席を探していると……

 

「あら、八幡じゃない」

 

いきなり声をかけられたので振り向くとそこにはチーム・赫夜のフロックハートと蓮城寺、アッヘンヴァルの3人がいた。

 

若宮とフェアクロフ先輩はいないが、ひょっとして……

 

「もしかして若宮とフェアクロフ先輩は参加するのか?」

 

「ええ。そして貴方が1人ということはシルヴィアとオーフェリアが参加するのね」

 

「まあな……っと、それよりも座ろうぜ」

 

今のステージを見る限りもうすぐ終わるが、次の試合ーーーシルヴィ達が出てくるであろう試合を立ち見で見るのは嫌だしな。

 

「そうね。じゃああそこに座りましょう」

 

フロックハートが指差した場所は最前列の席だった。

 

その意見に従った俺達が席に着く。同時にステージを見れば男女2人しか残っておらず、男子の方が女子の顔面に水鉄砲を放ち、女子をプールに落とすことで試合が終わった。

 

『ここで試合終了ー!激戦を制したのは界龍第七学院のーーー』

 

実況の声が流れると同時に歓声が上がる。学園祭はアスタリスクでは星武祭と並んで人気のイベントだ。盛り上がるのも必然と言える。

 

「しっかし、若宮とフェアクロフ先輩が参加するのかよ。多分2人は面白そうだから参加したんだろうが……」

 

「2人には致命的に向かない競技ですね」

 

蓮城寺の言う通りだ。若宮にしろフェアクロフ先輩にしろ近接戦に特化した戦闘スタイルで遠距離戦は大の苦手だ。言っちゃ悪いが真っ先に脱落するだろう。

 

「(まあ当人らが面白そうだから参加したんで、2人が楽しければ問題ないか。寧ろ……)フロックハートは出なかったのか?」

 

フロックハートの射撃能力は割と高い。先の獅鷲星武祭ではブランシャールの顔面を躊躇なく狙って動きを制限したくらいだし。

 

「一応美奈兎には誘われたけど余り気分じゃなかったのよ……水着は恥ずかしいし」

 

まあフロックハートがこう言ったイベントに進んで参加するとは思えない。アイドルとしては活躍しているが、元々積極的な性格じゃないし。

 

そんな事を考えていると……

 

 

『さあ続いて第四ゲームの開幕だぁっ!今回の参加選手は桁違いの大物だらけ!目ん玉見開いて見ておけよおっ!』

 

テンションの高い実況の声が響くと同時に次のゲームに参加するであろう選手がゲートからやってくるのが見えてくる。

 

『最初に現れたのは我が星導館が誇る冒頭の十二人の一角!今シーズンの鳳凰星武祭ベスト8にして先日の序列戦で4位の座を手に入れた『神速銃士』比企谷小町選手っー!』

 

実況の声に伴って俺の妹がステージに上がって歓声が起こる。まさか小町も参加しているとはな……

 

「そういえば八幡、貴方の妹の試合記録を見たけど、彼女も魎山泊のメンバーでしょ?」

 

フロックハートがそう言ってくる。流石に星露の教えを受けた人間なら簡単にわかるか。

 

「ビンゴ。多分シルヴィでもキツい相手だと思うぞ」

 

シルヴィの射撃技術も高いが、小町のそれはシルヴィよりワンランク上だ。ウォーターサバイバルでは能力の使用や相手に直接攻撃するのを禁止されているのでシルヴィが不利だろう。

 

そんな事を考えながらステージを見るとぞろぞろ人が入ってきて……

 

『おおっと!ここで現れたのは昨年の獅鷲星武祭でチーム・ランスロットを撃破して、我が星導館が誇るチーム・エンフィールドを後一歩まで追い詰めた2人!クインヴェール女学園の若宮美奈兎選手とソフィア・フェアクロフ選手の登場だー!』

 

実況の声に更に歓声が上がる。

 

「美奈兎、ソフィア先輩、頑張れー!」

 

気弱なアッヘンヴァルが珍しく大きな声を出して応援すると若宮とフェアクロフ先輩は笑顔で手を振ってくる。

 

しかし若宮にはスク水が凄く似合ってるが、フェアクロフ先輩がスク水を着てると凄くエロく見える。金髪のナイスバディの美人のスク水姿は観覧席にいる男を興奮させる。一部の男子なんてはぁはぁ言っていてキモいくらいだ。

 

『そしてそしてー!我が星導館が誇るチーム・エンフィールドのメンバーの1人!鳳凰星武祭ベスト4、獅鷲星武祭で優勝を果たした沙々宮紗夜選手だー!昨年の学園祭でもこのウォーターサバイバルで無双をした彼女の動きに注目しろよー!』

 

そんな声と共に沙々宮がいつものように眠そうにヨタヨタと歩く。しかしこいつの場合、試合が始まると別人のようにキビキビ動くからな。

 

「そういや蓮城寺よ。お前天霧の奴と昔馴染みだったよな?て事は沙々宮とも面識があるのか?」

 

「いえ。私が通っていた道場は天霧辰明流の分家筋にあたる道場です。綾斗さんが私の道場に来る事はあってもその逆は無いので沙々宮さんとは面識は無かったです」

 

「なるほどな……沙々宮っていつも巨大な煌式武装を使うイメージだから小型拳銃の腕前は知らないんだよなぁ」

 

だから天霧と昔馴染みの蓮城寺なら知っていると思ったが、沙々宮とは面識がなかったので得られた情報はない。

 

「まあ実況が昨年の学園祭で無双したとか言ったし相当の腕はあるでしょ」

 

だろうな。前の試合を見る限り序列入り出来る実力の者もいた。おそらく毎ゲームにそんな奴がいるだろう。そのゲームで無双出来るというなら沙々宮の腕前はフロックハートの言う通り相当高いと思える。

 

すると……

 

 

『そしてそしてー!トリを務めるのは……まさかのこの2人!現アスタリスク2トップの魔女にして、前シーズン王竜星武祭優勝準優勝ペア!』

 

実況の声に観覧席のボルテージが一段と上がる。当の2人はまだ出てきてないが凄い騒ぎだ。

 

『恋人であるレヴォルフ黒学院序列2位『影の魔術師』比企谷八幡に対して抱きつくのは当たり前!関係が公表されてからは人前でも平気でディープキスをぶちかます世界最強のバカップル!レヴォルフ黒学院序列1位『孤毒の魔女』オーフェリア・ランドルーフェンにクインヴェール女学院序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムだぁぁぁぁぁぁっ!』

 

同時にスク水を着た俺の最愛の恋人2人がステージに現れて先程以上の大歓声が沸き起こる。まあ最強の魔女であるオーフェリアと世界の歌姫のシルヴィが出るなら当然だ。

 

しかし……

 

「あの実況、随分と言ってくれるじゃねぇか……!」

 

ぶっちゃけイラッときた。言っていることは間違っちゃいないが、ハッキリと実況されたら結構苛立つ。

 

「フロックハート、お前の伝達能力を使ってくれ。あの実況の頭の中に呪詛を唱えまくってやる」

 

「……嫌よ。貴方の場合、実況の精神を壊しそうだし」

 

フロックハートが俺の頼みを一蹴する。失礼な奴だな、壊れる一歩手前で止めるからな?

 

『さあ!いよいよ開始時間!長年ウォーターサバイバルの実況を務める身としてはこれほどのメンバーの参加は初めてなのでワクワクするなぁ!観客もめいいっぱい楽しめよぉっ!』

 

そこまで考えると観覧席は更に盛り上がっている。……とりあえず実況をしばき倒すのは後にして俺も楽しむか。

 

そう思いながら俺はカメラを取り出してオーフェリアとシルヴィのスク水姿を写真に収める。スタイル抜群の2人のスク水姿は俺の中の理性をゴリゴリと削り出す。

 

俺が2人の写真を20枚ほど取ると、ステージにあるランプが点灯して………

 

 

 

 

『Start of the Game!』

 

試合開始が告げられた。さてさて、誰が優勝するんだか……



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ウォーターサバイバルは色々な意味で盛り上がる

ウォーターサバイバル

 

星導館学園の水泳部と射撃部による共同開催イベントで、簡単に言うとプールに浮かぶ浮島を跳び回り水鉄砲を使って自分以外の人をプールに叩き落とすサバイバルゲームだ。

 

ルールとして水鉄砲以外による攻撃ーーー相手を殴るなど直接攻撃や能力の使用の禁止があるが、それ以外は基本的にルール無用だ。

 

浮島を星脈世代の男女が高速で跳び回り、水鉄砲による激しい撃ち合いが高い人気を誇っているイベントである。

 

そんな星導館屈指の人気イベントを俺を観戦しているが……

 

 

 

『あぁっと!ここでランドルーフェン選手!沙々宮選手の水鉄砲を顔面にモロに食らって脱落っ!世界最強の魔女も純粋な水鉄砲の撃ち合いでは分が悪かったぁっ!』

 

「あぁ……よく頑張ったぞオーフェリア」

 

「やはり能力抜きだと厳しいですね」

 

「寧ろ長く保った方よ。オーフェリアは能力以外の遠距離戦のデータはないし」

 

「う、うん……それにソフィア先輩よりマシだよ……」

 

中々楽しんでます。ステージではオーフェリアが沙々宮の水鉄砲による一撃を食らってバランスを崩して浮島からプールに落ちていた。

 

ゲーム開始時には40人いたが今はシルヴィ、小町、沙々宮、若宮と、俺の恋人と妹と知り合いの4人だけだ。

 

4人は高い機動力を発揮して浮島を八双飛びよろしく跳び回って水鉄砲を撃ち合う。

 

しかし……

 

『若宮選手、当たらない!ゲーム終了までに当てることが出来るのか?!』

 

若宮の射撃の腕が酷過ぎる。何せ実況の言う通り若宮は、水鉄砲で1人も落としてないどころか、1発も当ててないレベルだ。そりゃ今まで近接戦しかやってないから仕方ないっちゃ仕方ないが……

 

それでも脱落してないのは高い機動力で他の人の攻撃を全て回避したからだ。被弾した回数も参加者の中でも少ない方だろう。

 

ちなみにフェアクロフ先輩は開始10秒もしないでポンコツが発揮されて、違う浮島に飛ぶが着地をした瞬間足を滑らせてプールに落ちた。このゲームが終わって合流したら物凄く悔しがるのが容易に想像できる。

 

そう思いながらもステージを見ると沙々宮が動き出す。足に星辰力を込めて浮島を破壊するかのように強く蹴り、若宮との距離を詰めにかかる。どうやら痺れを切らしたようだ。

 

対する若宮は方向転換しながらも牽制射撃をするも、逃げながらの射撃では沙々宮に当てることを出来ずにいた。

 

そして沙々宮が飛び移った浮島に着地して再度足に星辰力を込めて浮島を蹴ると同時に小町も動き出す。沙々宮と同様、足に星辰力を込めて大跳躍をして若宮の上に回り、上空から射撃をする。

 

同時に沙々宮も射撃を開始する。狙いはバランスを崩すべく両者共に若宮の左足に。

 

水鉄砲と言ってもただの水鉄砲ではない。サバイバルゲームに使う水鉄砲であるので高威力に改造されている。

 

そんな水鉄砲による二撃が足に当たれば……

 

『若宮選手、ついに脱落!高い機動力で逃げ続けていたが、中距離特化の比企谷選手と沙々宮選手の相手はキツかったようだ!』

 

若宮がプールに落ちる。それによって後はシルヴィ、小町、沙々宮の3人だ。しかし直ぐに1人脱落するだろう。何故なら……

 

「やっぱ小町が狙われたか……」

 

シルヴィと沙々宮は空中にいる小町を集中して狙う。自由のきかない空中にいる小町を落とすのは妥当な判断だ。対する小町は持ち前の射撃技術で2人の射撃を相殺するも2対1故に全てを凌ぐ事は出来ずに身体に何発も直撃する。

 

しかし小町は特に焦ることなく体勢を崩しながらも果敢に反撃してシルヴィと沙々宮に攻撃を当てる。空中、それも体勢を崩した状況で正確に2人を狙える技術は並大抵ではない。おそらく魎山泊で星露が鍛えたことによって開花した才能なのだろう。

 

それにしても……

 

「小町マジでカッケェな……お兄ちゃん嬉しい」

 

少し前、それこそ鳳凰星武祭の時に比べて格段に腕を上げている。兄としては嬉しい限りだ。

 

「貴方、もしかしてシスコン?」

 

感動しながら写真を撮っていると、フロックハートが呆れ顔を向けてくるが何を言っているんだ?そんなこと……

 

「当たり前だろ」

 

「即答……」

 

フロックハートとアッヘンヴァルが呆れた表情を、蓮城寺は苦笑を浮かべているが、妹を愛して何が悪い?小町は家族として心から愛して入り自信があるからな。自慢の妹だ。それこそ目に入れても痛くないほど可愛いと断言出来る。

 

そんな事を考えているとシルヴィが水鉄砲を未だに空中にいる小町に向けるのを止めて標準を下の方に合わせる。何をするつもりだ?

 

頭に疑問符を浮かべるなか、小町は浮島を移動する沙々宮の肩に水鉄砲を直撃させる。沙々宮はよろめき浮島に倒れるもプールには落ちていない。

 

同時に小町は近くの浮島に着地しようとするが、その前にシルヴィと沙々宮が新しい一手を打った。小町の足が浮島に着く直前に、2人は小町の足が着きそうな場所に水鉄砲を放つ。放たれた水弾は一直線に進んでいき……

 

『おおっと!リューネハイム選手と沙々宮選手の放った一撃が比企谷選手の右足に直撃!これは大きい!』

 

小町の右足に当たり、小町は着地に失敗して浮島から落ちかける。まだプールには落ちていない。体勢を立て直せば特に問題なく復帰出来るだろう。

 

(まあそんな隙を2人が見逃すはずはないだろうがな……)

 

内心ため息を吐きながらステージを見ると、シルヴィと沙々宮は一切の容赦なくよろめいている小町の足に再度水弾を撃ち込む。幾ら小町でも体勢を崩した状態で足に2発も水弾を食らえば……

 

「小町も脱落か……」

 

当然のようにプールに落ちる。これでシルヴィと沙々宮のタイマンとなる。

 

「美奈兎を逃げ難くするように上に跳んだのは悪くない戦術だったけど……2人の射撃技術の高さが予想以上だったわね」

 

だろうな。他の連中の場合、浮島に着地しようとする小町の足をピンポイントで狙うのは至難の技だ。褒めるべきはシルヴィと沙々宮ね射撃技術の高さだろう。

 

「これで一騎打ち……八幡さんはどちらが勝つと思いますか?」

 

蓮城寺はそう言ってくるが判断が難しい。

 

「そうだな……身体能力はシルヴィの方が圧倒的に上だが、動体視力とバランス感覚は沙々宮の方が上だし、時の運もあるし……」

 

「つまり、予想がつかない……?」

 

「まあそんな所だ」

 

アッヘンヴァルの問いにそう答える中、シルヴィと沙々宮が向かい合い、両手に水鉄砲を構えて自身らのいる浮島を蹴って互いの距離を詰めて両手に持つ水鉄砲の引き金を引いた。

 

それでありながら即座に回避して、すれ違いながら浮島を八双飛びよろしく飛び回る。それでありながら銃を撃つのは止まらない。

 

レベルの高い戦いに会場のボルテージは最高潮に達する。これはあたかも星武祭の本戦のようで俺自身もテンションが上がるのを実感する。

 

 

(負けるなよ、シルヴィ……)

 

俺が見守る中、シルヴィと沙々宮は再度距離を詰めながら引き金を引き……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……という訳でゲームを制したのはクインヴェール女学園のシルヴィア・リューネハイムさんです!」

 

実況の声と同時に歓声が上がる。最後の激戦でシルヴィは沙々宮をプールに落とした。しかしタイマンが始まってから5分近く戦ったので良い勝負だったと断言出来る。

 

「ではシルヴィアさん、一言お願いします」

 

トロフィーを持った実況がシルヴィに近寄りマイクを差し出すと、シルヴィはマイクを受け取り……

 

 

 

「八幡君、優勝したよ!」

 

それはもういい笑顔でピースを俺にしてきた。瞬間、周囲の人間が一斉に俺を見てくる。てかフロックハートに蓮城寺にアッヘンヴァルは距離を取るな。泣くぞ?

 

そんな事を考えていると……

 

「なるほど、彼氏の為に頑張ったと……それならトロフィーを渡すのも私より彼氏の方が良いでしょう!比企谷八幡さん、お願いしまーす!」

 

「ふあっ?!」

 

実況の人が予想外の事を言ってくる。え?!俺がやるの?!これにはシルヴィも驚きの表情を浮かべている。

 

俺が絶句している間にも実況は俺に話しかけてくる。

 

「比企谷さーん。次のゲームの時間が押してるので早くお願いしまーす」

 

『そうだそうだ!』

 

『早く上がりなさいよ!』

 

『今更恥ずかしかってんじゃねぇよバカップルが!』

 

『シルヴィアたんに手を出してんじゃねぇよ……!はぁはぁ……』

 

観客は実況の声に便乗して俺に文句を言ってくる。一部は違う事を言っているが。

 

(これは逃げられそうにないか……)

 

内心ため息を吐きながらも俺は背中に星辰力を込めて影の翼を生み出してプールの上にある表彰台に向かう。

 

「では比企谷さん、お願いします!」

 

実況はそれはもう良い笑顔でトロフィーを渡してくる。この野郎、後で半殺しにしてやる。

 

殺意を滾らせながらも、俺はトロフィーを受け取ってシルヴィに近寄る。同時にスク水を着たシルヴィが目に入る。間近で見ると凄くドキドキしてきた。

 

「あー……えっとだな……優勝おめでとう、シルヴィ」

 

最初の部分はしどろもどろになってしまうも、シルヴィにトロフィーを渡す。

 

「うん、ありがとう八幡君。凄く嬉しい」

 

シルヴィはそう言ってからトロフィーを受け取る。同時に観覧席から大量の拍手が生まれる。とりあえずこれで俺の仕事は終わりだな。

 

「比企谷さん、ありがとうございました。ちなみにですが……キスはしないのですか?!」

 

「ぶっ……!い、いきなり何を言ってんだよ?!」

 

予想外の言葉に思わず吹き出してしまう。こいつはさっきから……

 

呆れている時だった。

 

『そうだ!キスしろよ!』

 

『普段あれだけキスしてんだから出来るだろうが!』

 

『キース!キース!』

 

『キース!キース!キース!キース!』

 

観客がそんな事を言ってやがてキスコールになる。見れば小町や沙々宮もキスコールをしてるし、あいつらには後でアイアンクローの刑に処してやる。

 

(しかし少し前までは俺に対してアンチが多かったんだが……これはこれでウザいな…….)

 

俺達3人のキスシーンがネットに流れた当初は俺に対するアンチが強かったが、今年に入ってからは街中でもイチャイチャしまくったからか『このバカップル3人の関係を崩してはいけない』という風潮が高まっている。

 

おかげで今じゃ殆ど闇討ちはされなくなったが、こんな空気を生み出してくるのは厄介極まりない。

 

 

『キース!キース!キース!キース!』

 

しかもこいつらは未だにキスコールを続けているし、その上シルヴィも艶のある目で俺を見てくる。シルヴィとは長い付き合いだから目の意味もわかる。アレは……俺とのキスを求めている目だ。

 

これは……逆らえんな。

 

『キース!キース!キース!キース!』

 

「わかった!やるからキスコールは止めろ!」

 

俺が投げやりにそう叫ぶと一瞬で静まり全員がガン見してくる。どんだけ統率力が高いんだよこいつら…….

 

呆れ果てながらも再度シルヴィの元に近寄り肩を掴む。人前でキスをするのは慣れたが、周囲の空気に負けてキスをするのは初めてだから若干緊張する。

 

「じゃあ、シルヴィ……」

 

「うん、いつでも良いよ……」

 

シルヴィがそう言って目を瞑るので俺はシルヴィを抱き寄せ……

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

 

シルヴィの唇に自分の唇を重ねた。

 

『おおおおおぉぉぉぉぉ!!』

 

それによって外野からは興奮した声が聞こえてくるがもう良いや。一度やっちまったものは仕方ないし。

 

そう思いながら俺は制服が濡れる事を厭わずにシルヴィを抱きしめて、キスを続けた。

 

実況や悪乗りした小町達をしばき倒すのは後にして今はこの時間を楽しまないといけないからな。

 

 

 

 

 

 

 

「……凄い大胆」

 

「ですよね紗夜さん!いやー、お兄ちゃんも2人と付き合って積極的になったので嬉しいですよ」

 

「……悔しいわ。私も八幡に表彰やキスをされたかったわ」

 

 

 

 

 

 

「うん!やっぱり八幡君とシルヴィアさんは仲が良いね!」

 

「いや美奈兎さん、2人は良過ぎますわよ」

 

 

 

 

「あの男、目立つのが嫌いなのに目立ちまくりじゃない」

 

「まあまあクロエさん。あの空気の中、逃げるのは難しいですよ」

 

「き、キスをするのも難しいと、思う……!」

 

 

 

 

 

 

 

「な、何ですかあれー!私はあの屑のせいで最悪の学園生活なのに、何であの屑が幸せになっているんですかー!」

 

 

 

 

 

 

「比企谷……どうやってシルヴィアさんを誑かしたのか知らないが、王竜星武祭でお前を倒してシルヴィアさんをウチの会長と一緒にお前から解放してやる……!」



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午後の学園祭デートが始まる

「まさか沢山のお客様がいるなかでキスをするとは思いませんでしたよ」

 

「その話を蒸し返すな。モヒカンにするぞ?」

 

「予想外の報復を提案しましたね……」

 

「………八幡君、流石に女子をモヒカンにするのは……」

 

「やり過ぎね」

 

「冗談に決まってるだろうが、その顔は止めろ」

 

星導館の生徒会室にて、俺は恋人2人とエンフィールドの4人で昼飯を食っている。

 

何故こうなったかというと……

 

①ウォーターサバイバルの後、チーム・赫夜と軽く見て回る

 

②正午になる直前、チーム・赫夜はガラードワースにてフェアクロフさんと飯を食う約束をしているのでガラードワースに移動

 

③俺達……というか俺がガラードワースにメチャクチャ嫌われているのでチーム・赫夜と別れ星導館で飯を食うと決めた

 

④飯を買っていたらエンフィールドと鉢合わせしたので生徒会室に案内を頼む

 

……って、感じだ。

 

んで生徒会室でエンフィールドがおちょくってきて今に至る。

 

「んでお前は午後も仕事か?」

 

「ええ。綾斗と遊びに行きたいのは山々ですが、仕事も多いですし遥さんとの時間を邪魔する訳にはいきませんから」

 

「そういや天霧の奴、大博士のカス野郎に頼んで姉ちゃんの封印を解除したんだったな。その後はどうなんだ?」

 

一応生徒会長だから天霧と会ってなくてもその辺りの事情は把握している。俺としては大博士のペナルティを解除するのは危険だと思ったが、第三者の俺が天霧の行動について止める権利はないからな。

 

「もう日常生活には支障がないようですよ。それと比企谷君に処刑刀……マディアス・メサを倒してくれた事についてお礼を言いたいそうなので今度時間を作ってくださいな」

 

そういや天霧の姉ちゃんを斬ったのもマディアスらしいな。もうあいつらと関わりたくないから事情を聞いてなかったからすっかり忘れていた。

 

「別に礼を言われる事じゃねぇよ。俺の平穏を邪魔する奴だから倒しただけで他意はない」

 

実際奴と相対した時に俺の胸中にあったのは、俺とオーフェリアとシルヴィの平穏を崩されるかもしれないという焦りと怒りだけでしたし。

 

「相変わらず比企谷君は自分が最優先ですね」

 

エンフィールドはコロコロ笑っているが、お前も実際自己中だろうが。

 

俺が自己中なのは否定しないが、銀河に喧嘩を売った理由が天霧の胸の中で死ぬ為、その為にありとあらゆるものを利用していたエンフィールドに自己中呼ばわりされたくはないな。

 

「ほっとけ。まあその人と会ったら適当に受け取っておく」

 

「お願いしますね。それと比企谷君達は午後はどうするんですか?」

 

「予定としては界龍に行くつもり。クインヴェールの生徒もバトルイベントに参加するらしいし」

 

エンフィールドの問いにシルヴィが答える。実際魎山泊で俺が鍛えているワインバーグは出る気満々だし、若宮もフェアクロフさんと会った後に参加するとか言っていた。

 

どいつもこいつも王竜星武祭に向けて腕試しをする算段だ。星露としては本当に喜ばしいだろう。あのバトルジャンキーは自分が戦うだけでなく、強者同士の戦いを見るのも好んでるし。

 

「ああ。アレですか。去年もそうでしたが星武祭に参加する選手が腕試しをするという事でウチからも出る人がいると思いますよ。比企谷君達は出るんですか?」

 

「俺は出るつもりだ」

 

「でも比企谷君は誰に挑むのですか?やはり公主ですか?」

 

「んなわけないだろうが。王竜星武祭前に手の内全部晒すなんて真っ平ごめんだ」

 

俺が星露とマトモにやり合えるのは自身の最強技、影神の終焉神装があるからだ。しかしアレは王竜星武祭までバレたくないので魎山泊以外では使用してない。既に俺の弟子のワインバーグとメスメルは知っているが、界龍のステージなんかで使ってそれ以外の人にバレるなんて絶対に嫌だ。

 

「では誰と戦う予定ですか?『覇軍星君』は武者修行で休学中、『神呪の魔女』梅小路冬香は毎年出てないですし、『魔王』雪ノ下陽乃ですか?」

 

「いや……俺が考えてるのは趙虎峰かセシリー・ウォンあたりだな」

 

「ちなみに理由は?こういってはなんですがあの2人も強いですが、比企谷君に比べたら実力不足だと思いますよ」

 

「ああ違う違う。ただ戦うんじゃなくて能力抜きーーー体術のみで挑むつもりだ」

 

今回の目的は勝つ事ではなく、星辰力を効率良く体術に利用する技術を自身の身体を以って体験することだ。星脈世代なら誰もが星辰力を使って防御力や攻撃力を高めることが可能だ。

 

しかし瞬発力に活かすのは少しでも加減を間違えたら身体のコントロールを失う故に桁違いに難しい。

 

俺自身星辰力を身体強化に使用する事は出来なくもないが、界龍と拳士に比べたら付け焼き刃も良いところだ。

 

だから今回は壁を超えた人間に挑まずに、優秀な人間に挑み技術を盗む方向で行くつもりだ。

 

「あー、なるほどね。あの2人なら良い勉強になるね。八幡君、王竜星武祭に向けてやる気満々だね」

 

シルヴィも俺が挑む理由を初めて聞いたからか納得したように頷き俺を褒めてくるが……

 

「よく言うぜ。新曲を作っているお前だってやる気満々だろうが」

 

偶に自宅でシルヴィが歌っていて、聞いたことのない曲もある。アレは絶対に新曲を作っているとわかる。歌詞だけじゃどんな能力を発揮するかはわからないが、間違いなく王竜星武祭に備えての作曲だろう。

 

「当たり前じゃん。八幡君がどんどん強くなって、それ以外にも強い人は出てくるんだし、私も強くならないと優勝は無理だから」

 

だろうな。俺の知る限り今回の王竜星武祭に参加が確実な有力選手はシルヴィ以外にも沢山いる。

 

星導館からは魎山泊のメンバーの小町にリースフェルトにレスター・マクフェイル、中距離戦ならアスタリスク最強クラスの沙々宮が、

 

ガラードワースから魎山泊のメンバーのメスメルが、

 

界龍からは暁彗、雪ノ下陽乃、梅小路冬香と星露を除いた界龍最強の3人が、

 

アルルカントからは鳳凰星武祭準優勝の擬形体に加えて三体目の擬形体が、

 

レヴォルフからは俺の前に2位の座にいたロドルフォ、魎山泊のメンバーのウルサイス姉妹が、

 

そしてシルヴィの所属するクインヴェールからは序列2位のネイトネフェルに加えて魎山泊のメンバーの若宮とワインバーグ、鳳凰星武祭ベスト4の雪ノ下由比ヶ浜ペアなど、油断できないメンツが揃っている。

 

治癒能力者による治療が受けれない以上、トーナメントの組み合わせ次第では優勝するのは至難の道になる事もあり得る。

 

優勝する可能性を少しでも高めるにやれる事はやっておかないといけない。

 

 

「ふふっ……やはりレヴォルフもクインヴェールもやる気は十分ですね。だからこそ我が星導館は次の王竜星武祭で結果を出し、総合優勝をしないといけないですね……それこそマディアス・メサの失脚によって生まれた損失を補填出来るように」

 

そういや星導館のバックにいる銀河はマディアス・メサの逮捕によって他の統合企業財体から責められまくっていたな。

 

普通なら銀河は潰れているが、久しぶりに星導館が総合優勝をしそうなので辛うじて生きている状態だ。今シーズンの星武祭を盛り上げている星導館を潰したら間違いなく他の統合企業財体は世間から叩かれるだろうし。

 

しかし王竜星武祭である程度結果を出して総合優勝をすれば世間からの評価によって多少は持ち直すだろう。

 

そしてそうなる可能性は高いだろう。実際今の星導館は2位の界龍を突き放してぶっち切りの1位だし。

 

「あー、一応謝っておくべきか?」

 

マディアスの逮捕という、銀河が大打撃を受ける事件に俺は大きく関わっているからな。

 

「いえ。マディアス・メサの逮捕は間違ってないと思います。放っておけば碌でもない事になっていたでしょうから」

 

だろうな。奴の目的については多少知っているが放置したら間違いなく後々面倒な事になっていただろう。

 

「そうかい。ま、総合優勝を止めるのは無理だろうが、王竜星武祭の優勝は俺が貰うからな」

 

強敵が多いのは認めるが譲るつもりはない。アスタリスクに来てから負けるのが嫌いになったし。

 

「いやいや、優勝するのは私だからね?」

 

シルヴィが不敵な笑みを浮かべながら俺を見てくる。恋人が相手でも一切容赦しないようだ。まあ俺もするつもりはないけど。

 

「……私は立場上片方だけを応援するのは無理だけど……決勝で2人が当たるのを楽しみにしているわ」

 

オーフェリアは優しい笑みを浮かべてそう言ってくる。オーフェリアにそう言われちゃ頑張るしかないな……

 

 

そう思いながらも俺は昼飯を食べるのを再開した。話していたら大分時間を食っちまったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「んじゃ早速申請してくるか」

 

界龍に着いた俺達は校門の近くで売られていた団子を口にしながら大型ステージに向かって歩く。

 

周りでは刀を使った舞や武術の講習会が盛んに行われている。中々興味深いのはあるが俺の体術は実戦で身につけた我流なので余り有効活用出来ないだろう。

 

「うん、本当に能力抜きでやるから間違いなく厳しいだろうけど……」

 

「……頑張って」

 

2人はそう言ってくるが、正直厳しい。星露との鍛錬で近接戦の腕が上がったのは事実だが、セシリー・ウォンにしろ趙虎峰にしろ昔から星露の教えを受けているし。特に前者は体術に加えて星仙術も使うし。

 

「はいよ〜」

 

そう言いながら俺が受付に向かおうとした時だった。

 

「あ……は、八幡さん……」

 

その直前に右からそんな声が聞こえたので振り向くと……

 

「メスメルか。ここにいるって事は誰かに挑むのか?」

 

聖ガラードワース学園序列7位のノエル・メスメルが笑顔に浮かべながらこちらに向かってくる。同時にオーフェリアとシルヴィが不機嫌丸出しの表情をしながら俺を見てくる。後で説明するからその顔は止めろ。

 

「は、はい……今から5位のセシリー・ウォンさんの相手を予約しようと……」

 

「あ、マジで?んじゃ俺は虎峰と戦うか」

 

「え?八幡さんのことですからてっきり星露さんか雪ノ下さんかと……」

 

「今回は体術のみで戦って身体を以って技術を得る事が目的だからな。お前が言った2人に体術のみで挑んでも瞬殺されるだろうし」

 

星露との訓練は影神の終焉神装をマスターする事と実戦能力を高めるのが目的で細かい技術は習ってないからな。この機会を見逃すつもりはない。

 

「そうですか、アレだけ強いのに更に努力をなんて……尊敬します……!」

 

メスメルが笑いながらそう言ってくる。何この子?メチャクチャ可愛いんだけど?

 

そこまで考えていると左右の脇腹から激痛が走るので左右を見れば……

 

「ねぇ八幡君、この子って魎山泊のメンバーで八幡君に手取り足取り優しく鍛えられてるんだよね?」

 

「………バカ」

 

恋人2人が満面の笑み(ただし瞳は絶対零度)を浮かべながら俺の脇腹を抓っていた。痛い痛い痛いっ!確かに可愛いとは思ったけど、脇腹抓るのはノォォォッ!

 

「ま、待てシルヴィ。教えてるのは否定しないが手取り足取りって程じゃない!戦って反省会をするだけで、反省会で見つけた反省点は基本的に手取り足取りではなくて実戦で身体に教えてるからな!」

 

一応後遺症が残らないように多少は加減をしているが、それ以外では割と容赦なく鍛えている自負がある。それこそチーム・赫夜の時以上に。

 

「ふーん……まあいいや。それじゃあノエルちゃん。聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

 

「な、何ですか?」

 

メスメルが若干気圧されながらもシルヴィに返事をする。シルヴィの奴、何を聞く気だ。

 

内心冷や汗をかいていると……

 

 

「魎山泊でさノエルちゃん、八幡君にラッキースケベをされた?」

 

「わにゃっ?!」

 

シルヴィがそんな質問をすると、メスメルは妙な呻き声を出して後ずさり、顔を真っ赤にしながら俯く。明確な返事はしてないが、態度で丸わかりだ。

 

「へぇ〜……八幡君?」

 

「い、いや待てシルヴィ。わざとじゃない。メスメルの生み出す茨に引っかかってだな……てか「……言い訳なんて男らしくないわよ?」……はい、すみませんでした」

 

言い訳をしようとしたが、その前にオーフェリアが遮ってきて何も言えなくなった。怖過ぎる……

 

「あ、あのっ……!八幡さんはわざとやった訳じゃないですし、私も気にしてないですから……そのっ……許してあげてくれませんか?」

 

するとメスメルが真っ赤になりながらも上目遣いでオーフェリアとシルヴィを見て俺を弁護してくる。

 

するとそれを聞いたオーフェリアとシルヴィも若干頬を染めて悩んだような表情を浮かべる。どうやら小動物のような雰囲気を醸し出しすメスメルの弁護によって迷いが生まれたようだ。

 

 

そして……

 

「……はぁ、わかったよ。よく考えたら前にお仕置きはしたし、これ以上は言わないよ」

 

「……そうね」

 

良かった……2人から怒りのオーラがみるみる消えていく。マジでありがとうございますメスメルさん。今の貴女は小動物みたいな雰囲気を出しながらも天使のような雰囲気も感じます。

 

 

内心メスメルに感謝しながらも4人で受付に向かって対戦相手を申請した。

 

尚、受付の人がオーフェリアを見た瞬間、オーフェリアに参加禁止である事を伝えてきた。まあ昨年界龍の3位を普通の人間にしようとしたら当然の反応と俺は思った。



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比企谷八幡は己の実力を確かめる為に動く

界龍第七学院の中心にあるメインステージ、その特別観覧席にて……

 

「し、師父!新たに申請が2件来ました!」

 

「おっ、今度は誰じゃ?」

 

界龍の序列1位『万有天羅』范星露がステージにて、同学園の序列3位の雪ノ下陽乃がアルルカントの生徒を一方的に攻めているのを観ながら、観覧席に入ってきた係員に話しかける。

 

「まずはウォン師姉にガラードワースの序列7位『聖茨の魔女』ノエル・メスメルが申請をしました!」

 

「ほう!」

 

それを聞いた星露は楽しそうな声を出す。ノエルは星露が作り上げた私塾魎山泊のメンバーである。

 

今星露が見ている界龍の星露の門下生と戦うイベントでは、殆ど魎山泊のメンバーが星露の門下生に戦いを挑み星露を、そして観客を大いに盛り上がている。

 

よって星露からすればまた面白い試合が観れる事を意味しているのだ。

 

「おっ、今年に入ってから冒頭の十二人に挑まれるのは初めてだね。さっきのヴィオレットと同じように面白い試合になるといいなぁ」

 

係員の言葉に序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォンは楽しそうな表情を浮かべて伸びをする。

 

「それで?もう一件は誰じゃ?」

 

「はっ……それが趙師兄なのですが……」

 

係員が途端にしどろもどろな口調になる。するとそれを聞いた序列6位『天苛武葬』趙虎峰が訝しげな表情を浮かべる。

 

「僕ですか?その様子だと予想外の人物のようですが誰なのですか?」

 

虎峰が尋ねると、係員は冷や汗をかきながらも……

 

 

「そ、それが……レヴォルフ黒学院序列2位……大師兄を倒した比企谷八幡、です……」

 

「なっ?!」

 

『ええっ?!』

 

そう答えると当事者の虎峰を皮切りに、星露の門下生の間に驚きの感情が生まれだす。

 

唯一驚きの感情を浮かべていない星露も意外そうな表情を浮かべていた。

 

「八幡が?これはまた予想外じゃのう」

 

「ですよねー。虎峰、比企谷八幡となんかあった?もしかしてシルヴィア・リューネハイム関係で以前揉めたの?」

 

八幡とシルヴィアとオーフェリアの3人の関係が公表された時に虎峰が壊れた事をセシリーは知っている。よって彼女はその事が関係していると踏んだ故で虎峰に話しかけるも、虎峰は首を横に振る。

 

「い、いえ。彼と拳を交えたいとは思ってますが、会見以降は一度も彼と会ってないですね」

 

シルヴィアとの関係について詳しく尋ねたいとは思ってはいたが八幡と交流のない虎峰だった。

 

「しかしそうなると何故彼は趙師兄を?」

 

「こう言ってはなんですが、彼と趙師兄の間にはかなりの差があるかと」

 

そう呟くのは序列9位と10位の黎兄妹だ。2人の発言は虎峰の後輩としては悪い言い方ではあるが、虎峰を含めこの部屋にいる人間はそれを侮辱とは思わなかった。

 

暁彗を打ち破り、星露と殴り合える八幡の存在は、星露の弟子からしたら文字通り次元の違う存在である。

 

「もしかして双子みたいに嬲る趣味があるとかかなー?」

 

「いや、八幡は基本的にものぐさで生産性のない事はしないじゃろう。虎峰に挑むのも何か意味がある筈じゃ」

 

セシリーの言葉に対して星露が一蹴する。基本的に八幡はメリットのない事はしない。

 

「まあ良い。理由は知らんが虎峰よ、折角の機会であろうし受けてみると良いじゃろう」

 

星露がそう口にすると……

 

「はっ!この試合を是非とも糧にしてきます!」

 

八幡に対して色々な意味で対抗心を燃やす虎峰は強い口調で返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

受付を済ませた俺はオーフェリアとシルヴィと別れて、界龍に入って直ぐ偶然会ったメスメルと控え室に向かったのだが……

 

 

「それでですの!後一歩!後一歩のところで校章を破壊出来たのにトラップに嵌って負けてしまいましたの!悔しいですの納得いきませんの意義ありですのー!」

 

途中、先にこのイベントでセシリー・ウォンに挑んで敗北したワインバーグと鉢合わせして延々と愚痴を聞かされている。

 

正面ではワインバーグが紅茶をヤケ飲みしていて、メスメルはどうしたら良いのかオドオドしている。

 

本来なら俺1人がワインバーグの愚痴に付き合う予定だったのが、ワインバーグは俺と一緒に歩いていたメスメルを直ぐに自分と同じく魎山泊の人間と判断して捕まえた感じだ。

 

つまりメスメルはぶっちゃけるととばっちりを食らったのだ。マジで済まんメスメルよ。さっきシルヴィとオーフェリアに対しても弁護して貰ったのに。

 

「わかったよ。てか悔しいならヤケ飲みなんてしてないで記録を見直せよ。その方が生産的「そんなど正論は今は聞きたくないですの!それと学園祭が終わってから一層厳しく指導をお願いしますの!」……へいへい」

 

あー、暫くこの状態が続くだろうな。しかしさり気なく学園祭以降の話をしている限りある程度冷静さは残っているのだろう。あくまで僅かだと思うが。

 

そんな事を考えながら俺も紅茶を飲んでいると……

 

「比企谷選手、次出番ですので入場ゲートに案内します。付いてきてください」

 

界龍の制服を着たスタッフが控え室に入ってきてそう言ってくる。

 

「わかった。今直ぐ行く。んじゃお前ら、また後でな」

 

椅子から立ち上がりワインバーグとメスメルにそう告げる。

 

「は、はい……頑張ってください……」

 

「私達に指導をしているのですから負けたら許しませんの!」

 

そんな風に激励を受けるが、今回は体術のみで戦う予定だから勝てるかどうか微妙だ。てか今回の目的は勝つ事じゃないし。まあ恋人2人や弟子2人に勝てと言われた以上全力でやるけど。

 

「まあやるだけやる。じゃあな」

 

そう言って控え室を後にする。

 

「こちらをどうぞ。試合の時に使用される擬似校章です」

 

「どうも」

 

俺は胸から双剣がマークされた校章を外して龍がマークされている校章を取り付ける。

 

そして廊下を歩くと、時間が経つにつれて歓声が大きくなってくる。ステージに近づいている証拠だ。

 

暫く歩いていると、目の前に開いている巨大な門が目に入る。去年も目にしたステージのゲートだ。

 

そしてその真下では界龍の生徒がアルルカントの生徒と戦っている。今の所は拮抗している。

 

様子を見る限り界龍の方はそこまで強くないし、アルルカントの生徒も魎山泊のメンバーじゃないのが丸わかりだ。観客は盛り上がっているようだが、俺からしたらどうにもそそられないのが本音だ。

 

 

「去年も参加したからわかると思いますが説明をさせていただきます。実況が比企谷選手の名前を告げたら、比企谷選手はゲートをくぐってステージに降りてください。何かご質問はありますか?」

 

「特に問題ないな」

 

制限時間がある以外は普通の決闘と同じルールだし。

 

「そうですか。では自分は失礼します。ご武運を」

 

そう言ってスタッフの人は去って行った。スタッフを見送ると歓声が上がったのでステージを見ると界龍の生徒が倒れていて、アルルカントの生徒が喜んでいた。どうやら挑戦者が勝ったようだ。

 

そして2人がステージを後にすると実況の声が聞こえてくる。

 

『次の試合にまいります!先ずは東ゲート!今年一番の有名人!前シーズンの王竜星武祭ベスト4!六学園中最も過酷と言われるレヴォルフの序列争いで不動の2位に立ち続ける男!世界の歌姫と世界最強の魔女を彼女に持ち街中でディープキスをぶちかます世界最強のバカップルトリオの1人!『影の魔術師』比企谷八幡選手!』

 

実況の声が俺の名前を呼ぶのでゲートを潜りステージに降り立つ。それと同時にスポットライトが俺の身体に集中して、俺の名前を呼ぶ歓声が高まる。

 

(てか実況の奴……試合が終わったらガチでブチ殺す)

 

街中でディープキスをしたのは否定しないが、ハッキリと言うな。殆どシルヴィとオーフェリアからやってきて、俺は殆ど自分からやってないし。

 

『そしてそして!西ゲートからは我らが界龍の序列6位!前シーズンの鳳凰星武祭準優勝にして、先の獅鷲星武祭ベスト4!『天苛武葬』趙虎峰選手!』

 

同時に向かい側から可愛らしい男の娘、趙虎峰がステージにやってくる。改めて見ると戸塚と同じように本当に男か疑ってしまう。普通にそこらの女子よりかわ……っ!

 

すると急に殺気を感じる。

 

(この殺気……まさか!)

 

思わず観客席を見ると………視界の先に満面の笑みを浮かべながらもドス黒いオーラを放つオーフェリアとシルヴィがいた。ヤバい……試合より試合後の方が怖いんですけど……

 

そこまで考えている時だった。

 

「比企谷八幡、試合前ですが少しよろしいですか?」

 

向かい側にいた虎峰が話しかけながらもこちらにやってくる。とりあえずシルヴィとオーフェリアの件については後回しにしよう。今は弁明出来ないし。

 

「何だ?試合前だし手短に済ませろ」

 

「ええ。何故僕を指名したのですか?大師兄を倒し、師父とマトモに戦える貴方からすれば僕など雑魚でしょうに」

 

まあ予想通りの質問だな。

 

「今回お前に挑んだ目的は星辰力の細かな調整を学ぶ為だ。その場合お前のソレがお手本として最適と思ったから指名した」

 

「魎山泊で師父から習ってないのですか?」

 

「生憎俺は魎山泊の生徒じゃない。星露と戦ってはいるが殆ど殴り合いだ。実戦能力を高める事は出来ても技術そのものは余り高められない」

 

「なるほど……話はわかりました。僕としても一度シルヴィアさんの恋人の貴方とは戦いたかったですから」

 

言うなり虎峰は強気の姿勢を見せながら構えを取る。その構えには一切の淀みがなく、虎峰が一流の拳士である事を如実に表している。

 

「何だ?お前もシルヴィと別れろって文句のあるクチか?」

 

その事については文句は言わん。ファンの気持ちもわからんでもないからな。ま、別れるつもりはないけどな。

 

「……いえ。感情的には納得してないですが、シルヴィアさんのファンとして、彼女が幸せならどうこう言うつもりはありません」

 

……随分と潔い奴だな。ハッキリと納得していないと言われても全然苛立たない。葉山の時は殺意すら抱いた……いや、あの葉虫と一緒にするのは虎峰に失礼だな。

 

「ですからしっかりと見せて貰いますよ。師父に本気を出させ、シルヴィアさんをあそこまで惚れさせた貴方の実力を」

 

「そうかい……気合の入っているところ悪いが、今回俺は能力を使わずに体術のみで戦うからな」

 

言いながら俺も構えを取る。今回は勝ち負けより技術を学ぶことが優先だからな。

 

俺がそう返すと虎峰は一瞬だけ目を細めるも……

 

「何を以ってそう判断したのか知りませんが、貴方が体術のみで戦うなら力づくで能力を引き出してみせます」

 

構えを崩さずにそう言ってくる。同時に僅かにプレッシャーが強くなる。星露に比べたら微弱なものであるが、能力を使わずに挑む場合とてつもなく強い殺気と錯覚してしまう。

 

互いに睨み合っていると……

 

『試合開始!』

 

試合開始を告げるゴングが鳴り響いた。

 

 

 

 

次の瞬間、虎峰は瞬時に距離を詰めて掌底を放ってくる。同時に俺は右手でそれを受け流すも……

 

「破っ!」

 

次の瞬間には右手を引いていて、俺の脇腹目掛けて蹴りを放つ。咄嗟に脇腹に星辰力を込めて防御するも、衝撃だけは相殺出来ずに後ずさる。

 

お返しとばかりに俺も蹴りを虎峰の顎目掛けて放つ。すると虎峰は身を屈めて回避する。ならばと思い、踵落としをすると直ぐに横に飛んで、かかと落としは空振りする。

 

(速い……!)

 

俺が戦慄する中、虎峰は一度バックステップをしてから瞬時に距離を詰めてくる。

 

同時に俺は虎峰の星辰力が常に脚部で練りこまれている事を理解する。針の穴を通すような星辰力のコントロール技術、それが虎峰が星露に匹敵する速さを出せる要因だろう。

 

(つーか、星露は星辰力関係無しでこの速度なんだよな……)

 

試合中にもかかわらず、ついあのバトルジャンキーの規格外さに呆れてしまう。

 

そんな中、虎峰は神速の上段蹴りを放ってくるので俺は迎え撃つべく、身を屈めて回避して同時にアッパーを放つ。

 

しかし……

 

「甘いっ!」

 

虎峰は空中で全身に星辰力を張り巡らせて、コマのように回転しながら横にずれて俺のアッパーを回避する。

 

そして……

 

「そこっ!」

 

そのまま地面に向かいながらも俺の意識を刈ろうとしているのか首に蹴りを放ってくる。

 

これは食らったら負ける。そう判断した俺は腕を出して首を守る体勢となるが……

 

「ぐっ……!」

 

予想以上の破壊力に思わず吹き飛んでしまう。同時に観客席からは歓声が上がる。

 

(ちっ、やっぱり能力抜きだと勝ち目が薄いな……だが、少しの攻防でこいつの技術の概要は理解出来た)

 

後はこれを王竜星武祭までにモノにする事。かなりキツイと思うが絶対に成し遂げるつもりだ。そうと決まりゃ、早速試してみるか……

 

そう思いながら俺は虎峰と同様に脚部にて星辰力を練り出して……

 

 

 

 

 

「はあっ!」

 

そのまま虎峰の元に向かった。なんとしてもこの技術を会得する為に。

 

 

 

 

 

 

「まさか本当に能力抜きで戦うとは思いませんでしたの……」

 

「は、八幡さん、頑張ってください……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結構押されてるわね」

 

「……そうだね。八幡君は勝ち負けは最優先ではないって言ってたけど勝って欲しいな……」

 

「ええ……頑張って、八幡」

 





現時点での強さを知りたいと感想やメールが来たので書きます。

なお、時期は獅鷲星武祭があった年の年末とします

星露≧力を封じたオーフェリア≧八幡≧シルヴィア≧綾斗≧暁彗=ロドルフォ≧陽乃>ネイトネフェル>>>>(圧倒的な壁)>>>ユリス=紗夜≧リムシィ=アルディ>美奈兎≧ノエル≧小町=ヴァイオレット≧イレーネ=雪乃>プリシラ≧由比ヶ浜>葉山≧三浦>一色

って感じです。ちなみにこれは単純な実力であって相性は考えていないです


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比企谷八幡は技術を習得する

「はぁっ……はあっ……っ!」

 

俺は息を荒く、身体をよろめかせながら前を見て両手を前にかざす。すると両腕に圧倒的な衝撃が走り、後ろに吹き飛ぶ。

 

そして俺が吹き飛ぶと先程俺の両腕に衝撃を与えた男の娘ーーー界龍第七学院序列6位『天苛武葬』趙虎峰が脚部に星辰力を込めて俺との距離を詰めてくる。

 

対して俺も脚部に星辰力を込めて距離を詰めにかかるも……

 

「ぐっ……!」

 

星辰力を必要以上に込め過ぎて自身の身体でも制御出来ない速さとなってバランスを崩してしまう。

 

そんな隙だらけの俺に対戦相手の虎峰が何もしない筈もなく……

 

「破っ!」

 

「がはっ……!」

 

俺の鳩尾に拳を叩き込んでくる。脚部に星辰力を込めるのに集中していたので鳩尾に対する防御が遅れて、モロに拳を受ける。

 

それによって胃液が込上がり吐きそうになるが何とか堪えて後ろに下がる

 

(クソっ……やっぱり生身じゃ手も足も出ないな……)

 

内心舌打ちをしながら息を吐く。既に俺は全身に痛みが走り、制服も裂けるなどかなりボロボロだが、虎峰は殆ど無傷。カウンターで何発か攻撃を当てたが戦闘に支障はないだろう。

 

悔しいが今の俺の体術では虎峰には届かないようだ。その理由としては星辰力のコントロール技術。

 

俺自身も今まで何度も足に星辰力を込めて速度を上げた事があるが、虎峰はそれ以上に星辰力を込めて爆発的に速度を高めている。

 

例えるなら普段の俺が足に込める星辰力を100とするなら、虎峰は500位込めている。そうなればどちらが早いのか言うまでもないだろう。

 

じゃあ俺も500込めれば良いと思うが、そう上手くはいかない。その500を込めるのが難しいのだ。

 

星辰力を足に込める事自体は簡単だが、量ーーー500というのは絶妙な数字で、俺が足に込める星辰力を増やすと100から一気に1000や1500込めてしまう。

 

それなら虎峰以上の速さを出せるが余りにも速過ぎて自身の肉体を制御出来なくてさっきのようにバランスを崩してしまい隙だらけとなる。

 

要するに足に込める星辰力を100から500にする為には凄く繊細なコントロール技術が必要という訳だ。

 

しかも虎峰の場合、常に500の星辰力を込めて戦っているのだから恐ろしい。身体つきを見ればわかるが相当鍛錬を積んだのだろう。

 

(しかしどうしようか……さっきから星辰力を暴発し過ぎだな……)

 

今日まで俺は安定性を重視して脚部に星辰力を込める事はなかったが、更に上に行くには虎峰の技術を会得しないといけない。

 

爆発的な加速力を得れたら鎧を纏った俺も更に機動力を上げれる。極めれば星露すらも勝てるかもしれないし、是非とも身につけたい。

 

そんな事を考えていると、虎峰が構えを崩す事なく口を開ける。

 

「さっきまでの戦闘で貴方が本気を出さない理由は大体わかりましたが……そろそろ限界でしょう。能力を使わないならここで終わらせます」

 

言いながら虎峰の脚部だけでなく拳にも星辰力が溜まる。界龍の拳士は拳に星辰力を込めて爆発的な威力の一撃を放つ、流星闘技のような技を使う。今の虎峰は決着をつけようとしているのだろう。

 

そして虎峰の言っていることは正しい。既に何度も爆発的な加速力を得ようとしたが、星辰力の制御に失敗して、バランスを崩した際に虎峰の攻撃を何発も食らっていてかなりボロボロだ。

 

能力を使わないなら十中八九負けるだろう。それについても嘘ではない。

 

しかしただで負けるつもりはない。最後に一回くらいは成功してやるつもりだ。

 

俺はボロボロになったら身体に鞭打って構えを取り、脚部に星辰力を込める準備をしながら腕にも星辰力を込めて虎峰と同じようなスタイルを見せる。

 

パワーと防御力は俺の方が圧倒的に上だが、スピードと技術は虎峰の方が圧倒的に上だ。だから一回でも星辰力のコントロールに成功すれば……

 

そう思いながらも構えを崩すことなく、虎峰を見据える。そして互いの視線が交差すると……

 

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

虎峰がその風貌に似合わない雄叫びをあげて、大地を揺るがすような震脚を生み出しながら一気に距離を詰めにかかる。

 

(最後くらい決めてやる……!)

 

それと同時に俺も脚部に星辰力を込めて距離を詰めにかかる。針の穴を通すような繊細なコントロールをするべく。

 

すると……

 

(……出来た!)

 

最後の最後でバランスを崩すことなく、圧倒的な加速力を生み出すことが出来た。これまで生身では出した事のない速さーーーそれこそ影狼夜叉衣を使った時に匹敵する程の速さを生み出せた。

 

そして虎峰がこちらに掌底を放つ中、俺は直撃寸前に僅かに身を屈めて回避しながら星辰力を込めた突きを校章目掛けて放つ。ボロボロの状態にしては最高の一撃だろう。

 

 

 

 

 

「甘いですっ!」

 

しかし当たる直前に虎峰は身体を傾け校章の位置をズラしながら後ろに跳ぶ。それによって俺の拳は虎峰の脇に当たったが、虎峰が後ろに跳んで衝撃を受け流したからか、全く手応えを感じなかった。

 

(ちっ、今のタイミングを見るに咄嗟に行動した訳じゃないな)

 

おそらく俺が爆発的な加速を成功する事も計算に入れていたのだろう。やはり今の俺の体術では虎峰に勝つのは不可能だ。

 

内心舌打ちをしていると、後ろに跳んだ虎峰は全くダメージがないかのようにこちらに突っ込んでくるので、迎撃の構えを見せる。何もしないで負けるなんて絶対に嫌だからな。

 

そして再度脚部に星辰力を込めて距離を詰めにかかるも……

 

 

「ちいっ……!」

 

星辰力を込め過ぎて、再度一瞬だけ自分の制御出来ない速さとなり、バランスを崩し膝をついてしまった。やはりさっきのはマグレだったようだ。

 

すると虎峰がこちらに突っ込んできて……

 

「これで終わりです!」

 

叫び声と共に俺の顔面に飛び膝蹴りを放ってくる。今から腕を使って防御しようとしても間に合わないだろう。そして大量の星辰力を込められたアレを食らったら、こっちが星辰力を顔面に集中しても顎が砕ける可能性もある。

 

そこまで考えると……

 

「……っ!」

 

俺は反射的に影の盾を生み出して虎峰の飛び膝蹴りを防いでいた。咄嗟に生み出した盾なので、直ぐに轟音と共に壊れたが回避する時間は稼げた。

 

(やっちまった……能力を使わないで戦う予定だったのに……)

 

内心後悔しながら虎峰から距離を取る。

 

「やっと能力を使いましたか……僕としては全力の貴方と戦いたかったですよ……!」

 

虎峰は強気の笑みを浮かべながら構えを取る。全く、界龍の連中は本当に戦い好きが多いなぁ……

 

とはいえ一度能力を使ったし俺も使うか……、虎峰の技術は充分身体に教えられたし。

 

そう判断した俺は能力を使うべく、影に星辰力を込めると……

 

 

 

 

 

ビィィィィィィッ

 

『タイムアップ!試合結果、引き分け!』

 

「「……は?」」

 

ブザー音が鳴り、俺と虎峰の校章から機械音声が流れ引き分けを告げられる。

 

それによって俺と虎峰の口からは素っ頓狂な声が出てしまう。マジで?ここからって時に試合終了かよ?いや、まあ……制限時間有りだから仕方ないけどさ……

 

 

(空気読めよ……)

 

こうして俺の技術修得を目的とした試合は締まらない空気のまま幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

「ぷっ……あんなの実質負けじゃないですかー、やっぱり屑は大したことがありませんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛えっ!も、もうちょっと優しくお願いします……!」

 

俺はついうめき声をあげてしまっている。虎峰との試合を済ませた俺は医務室に行った。理由は簡単、最後以外は生身で虎峰と戦ってボロボロだからだ。

 

「包帯巻くのにこれ以上優しくは無理ですからね?……とりあえず応急処置は済ませました。星脈世代なら3日で完治するでしょう」

 

「了解っす」

 

言いながら椅子から立ち上がり近くにある制服を着ようとするが、虎峰との戦いで裂けまくってみずぼらしいので影に星辰力を込めて影の服を作る。

 

そしてボロボロの制服を肩にかけて医務室を出ると……

 

「……八幡君」

 

横からそんな声が聞こえてきたので振り向くと最愛の恋人のシルヴィとオーフェリアがこちらにやって来ていた。

 

「よう2人とも。悪いな、勝てなくて」

 

シルヴィとオーフェリアは勝って欲しいと言っていたが、結果は実質負けの引き分けだった。2人の期待に応えられないのは申し訳なく思ってしまう。

 

「気にしてないから良いよ。それよりも趙君と戦えて何か得られた?」

 

「ああ。学べた」

 

一度だけとはいえ、俺も爆発的な加速力を使えたのだ。それだけで充分な成果だ。

 

そしてこの経験を活かすつもりでもある。来月から公式序列戦では全て体術のみ使用していこう。そうすれば王竜星武祭までにある程度モノにする事も出来るだろう。

 

「……なら良かったわ。それよりも八幡、試合も終わったし色々見て回りましょう?」

 

「別に構わないが、メスメルの試合だけ見て良いか?」

 

一応俺の弟子だし、どんな試合をするのか見ておきたい。

 

「わかったわ。じゃあ行きましょう……あ、その前に」

 

言うなりオーフェリアは俺に近寄り……

 

「お疲れ様、八幡」

 

ちゅっ……

 

満面の笑みを浮かべながらキスを落としてきた。すると身体に感じていた激痛が不思議と和らいできた。やっぱりオーフェリアのキスは最高だな……

 

「あ、じゃあ私も。お疲れ様八幡君……大好き♡」

 

ちゅっ……

 

続いてシルヴィも満面の笑みを浮かべながらキスをしてくる。ああ、もう……本当にこいつらは可愛いなぁ畜生。もう痛みなんて全く気にしてないな。

 

「俺もお前らが大好きだよ……さあ、行こうぜ」

 

俺がそう言って歩き出すと2人が俺の腕に抱きついてそれに続いた。

 

王竜星武祭まで後9ヶ月ちょう、それまでに界龍の拳士の技術を極めてやる。アレを極めて影神の終焉神装を使えば星露にも勝てるかもしれないしな。

 

 

 

 

 

 

「師父、ただいま戻りました」

 

界龍第七学院の中心にあるメインステージ、その特別観覧席にて虎峰は部屋の主人である星露に礼をする。

 

「ご苦労じゃった。まあ、技術を得る為に能力を使ってない八幡の相手ならそこまで疲れておらんじゃろうがな」

 

「……まあそうですね。可能なら次に戦うときは全力の彼と相見えたいですね」

 

「うーむ……手を抜くことはないとは思うが、全力を出すことはないと思うぞ。彼奴の全力は肉体に負荷が掛かるものじゃろうし」

 

「ふーん。てか星露ちゃん、比企谷八幡の全力って星露ちゃんと殴り合えるんだろ?どんな技なの?」

 

すると星露の前に序列1位にいたアレマが星露に尋ねると、星露が空間ウィンドウを開いて操作をする。

 

すると観覧席にいた星露以外全ての人が息を呑んだ。

 

空間ウィンドウには魎山泊の会場にて星露と薄い漆黒の、それでありながら圧倒的なプレッシャーを醸し出している鎧を纏った八幡が殴り合いをしていた。

 

両者から血が流れていて戦いの激しさを如実に物語っていた。

 

「こ、これが彼の本気ですか……?」

 

虎峰は戦慄した表情を浮かべながら震えた声で星露に話しかける。空間ウィンドウに映る戦いは自分とは別次元の戦いであるが故に。

 

「うむ。影神の終焉神装と言って影狼修羅鎧を凝縮させる事で絶対的な破壊力と防御力を生み出す。既に儂と八幡は百戦以上戦っており、戦績は儂の全勝じゃが、その殆どは影神の終焉神装の時間切れによる勝利じゃな。儂が影神の終焉神装を壊した回数など10もないじゃろう」

 

星露の言葉に観覧席に騒めきが生じる。星露の全勝とはいえ、星露が一定時間内に壊せない物が存在するという事実に。

 

「ん?てことは星露ちゃん。もしも比企谷八幡が虎峰のように、星辰力の細かいコントロール技術を身につけたら…….」

 

「うむ、儂を相手にしても勝ち星を挙げれるかもしれんのう」

 

星露はそれはもう楽しそうに頷く。

 

実際のところ、星露は悦を感じていた。アスタリスクには自分が本気を出しても潰れないであろう人間は居るが、殆どは立場などがあったり警戒されている。また星露自身戸籍上ではまだ13歳未満なので、逃げ道のない星武祭の参加も出来ず、本当の強者との戦うことは殆どない。

 

その点、星露にとって八幡は自分が全力を出しても潰れることなくマトモに戦える上、週に一度は必ず戦えると最高の相手であった。

 

そんな彼が新しい技術を加えて自分を超えようとするならば……

 

 

 

 

 

「くくくく……くふふふふ!良いのう!想像するだけで滾ってしまうわ……!ああ、その時は是非とも殺し合いたいのう!」

 

星露は我慢が出来ずにいた。全てをねじ伏せる圧倒的な重圧を醸し出し、餓狼の如く獰猛な笑みを浮かべて高笑いを始めた。

 

その場にいた星露の門下生は星露に怯えながらも、星露と八幡が殺し合いをするなら巻き添えを食らわないよう、直で見ずにライブ映像で見ると心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっ……!」

 

「どうしたの八幡君?」

 

「……いきなり大声を出して、傷が痛むの?」

 

「……いや、なんというか……命を狙われた気がしただけだ」



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ノエル・メスメルは無意識の内に比企谷八幡とエリオット・フォースターの頭を痛める原因を作る

「良し……今の所順調だな……」

 

「そうだね。徐々にノエルちゃんの茨が広がってるしね」

 

「……領域型の能力を打ち破るには圧倒的な力を使わない無理」

 

界龍のメインステージの観客席にて、俺は恋人2人と一緒に、俺の弟子にしてガラードワース序列7位『聖茨の魔女』ノエル・メスメルと界龍序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォンが激突している。

 

勝負は今の所拮抗しているが、それはメスメルの有利を意味している。

 

何故ならメスメルの能力はオーフェリアの言ったように領域型能力で時間が経てば経つほど自分に有利な状況を作れるのだ。ステージを見れば全体の3割近くがメスメルの茨に侵食されている。

 

あの茨がある場所がメスメルのテリトリーで、あそこに一度入れば大幅に不利になるだろう。あの領域内では俺も影狼修羅鎧以上の技を使わなければ脱出は困難だし。

 

しかし……

 

『急急如律令、勅!』

 

向こうも冒頭の十二人だけあってバカではない。これ以上茨が広がるとマズイと判断したのか新しい呪符を取り出してそう叫ぶと、セシリーの前から巨大な雷の虎が生まれて、ステージに広がるメスメルの茨に向けて突撃を仕掛ける。

 

同時にメスメルが展開した茨は焼け焦げる。もちろんメスメルの力によって新しい茨が生まれるも、茨の再生速度より虎の攻撃能力が上回っている。

 

そしてステージの3割近く侵食していた茨も徐々に減っていき、2割近くとなっている。

 

(さて、どうするメスメル?この状況に対して何も出来ないなら王竜星武祭で壁を超えた面々に勝つなんて夢のまた夢だぞ)

 

勝てとは言わない。現時点ではセシリーの方が格上だから。

 

しかしだからと言って何もしないのは論外だ。能力者である以上、常に考え続けないといけない。格上を相手にしている時なら尚更、考える事を放棄するのは能力者としてあってはならない事だから。

 

そう思いながらメスメルを見ると、メスメルは新しい動きを見せる。まだ残っている茨ーーーステージの1割5分近く侵食している茨を雷の虎に破壊される前に自身の周囲に集めだ。

 

(何をするつもりだ?)

 

俺が疑問符を浮かべるなか、メスメルは自分自身と足元にある茨に星辰力を纏わせて、同時に大量の茨がメスメル自身に絡みつく。それによってメスメルは大量の茨に包み込まる。ステージには巨大な茨の球体が生まれて、メスメルはその中に包まれていて見えない。

 

そして……

 

『ま、纏えーーー聖狼修羅鎧……!』

 

そんな声が聞こえると茨の球体は凝縮し始める。それによって徐々に球体の大きさは小さくなり、それでありながら形が徐々に変わっていく。

 

その姿は狼を模した西洋風の茨の鎧だった。大量の茨を凝縮させて攻撃力と防御力を高める鎧だろう。

 

てか……

 

「これ完全に八幡君の影狼修羅鎧がモデルだよね……」

 

シルヴィの言う通り、メスメルの纏う鎧は俺の影狼修羅鎧と瓜二つだ。違うのは色と鎧の材料くらいだろう。

 

てかメスメルェ……俺の技をアレンジするのは構わないが、鎧の名前は変えろ!

 

何だよ聖狼修羅鎧って!普通にモデルが俺の影狼修羅鎧とバレるだろうが!下手したら俺とメスメルに繋がりがあるって疑われるぞ!てかガラードワースの生徒が修羅鎧なんて名前をつけるなよ!

 

もしもメスメルと俺に繋がりがあると疑われたらどうなるかって?決まってるだろ、葉山率いるガラードワースの俺否定集団が絶対に喚いて騒動が起こり、生徒会長のフォースターの胃に穴が開くだろうが!

 

(ヤバい、頭が痛くなってきた)

 

俺はステージにて鎧を纏ったメスメルがセシリーの雷の虎を殴り飛ばすのを見ながらフォースターに同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、聖ガラードワース学園の生徒会室……

 

「ノエル……せめて技の名前は変えてくれ。間違いなく一部の生徒が騒ぎだす……」

 

八幡に同情されているガラードワースの生徒会長のエリオットは手を胃に当てながらため息を吐く。手元には水の入ったコップと胃薬がある。

 

ノエルが界龍のイベントに参加する事を知っていたエリオットは空間ウィンドウを見て応援していた。尚、エリオットとしては直接応援に行きたかったが、仕事が多過ぎて断念した。

 

そして試合を見ていたらノエルは大量の茨を鎧の姿に変えて自身に纏わせた。それだけなら問題ない。自身の能力で自身に鎧を纏わせる能力者は普通にいるから。

 

問題は名前についてだ。ノエルは自身の新技を聖茨修羅鎧と言っていたが、明らかに八幡の影狼修羅鎧をモデルにしているのが丸わかりである。

 

それがエリオットの頭と胃を痛める。エリオット自身少し前までは八幡を嫌っていたが、今は特に嫌っていない。大半のレヴォルフの生徒と違って話が通じるし、こちらが喧嘩腰にならなければ普通の人間であるだから。

 

しかしそれを知ってるのはエリオットを始め、前期のチーム・ランスロットの5人やノエルと極めて少なくて、ガラードワースの大半は八幡を嫌っている。

 

ガラードワースの3割を占める葉山グループの面々は八幡を声高に否定している。それはもう更にグループのメンバーを増やそうと毎日。

 

残り7割は葉山グループに比べて声高に否定する訳ではないが、殆どが八幡に対して良い感情を持ってないのも事実。八幡が鍛えたチームが、自身らの通う学園の2トップチームのチーム・ランスロットとチーム・トリスタンを撃破したのだから。

 

そんな彼の技にそっくりの技をノエルが使えば……

 

「絶対に騒ぎが起きそうだ……うぅ、胃が痛い」

 

エリオットは更に胃薬を飲む。あの技が八幡の技をモデルにしたのは少しでも腕がある人間ならすぐに見抜くだろう。そしてその事は直ぐに広まって『八幡はノエルを毒して何かを企んでいる』みたいなデマが流れるとエリオットは考えている。

 

「もう嫌だ……今直ぐ会長を辞めたい……」

 

既に何度か葉山を始めとした葉山グループのメインメンバーを学園を排斥しようかと悩んだが、葉山達は倫理的に問題な行為をしているが犯罪行為をしている訳ではないので断念した。ここで排斥なんかしたら余計な噂が立つし、葉山グループの面々が敵になる可能性が高い故に。

 

エリオットがそう思う中、空間ウィンドウでは茨の鎧を纏ったノエルがセシリーの雷の星仙術を次々に殴り飛ばして距離を詰めにかかる。セシリーも雷を飛ばすも、茨を数本吹き飛ばすだけでノエルの足は止まらない。

 

正確に言うとノエルの身体にも雷を受けているが、セシリーの雷が茨に当たった瞬間、ノエルは茨に星辰力を込めて防御力を更にあげて、雷の威力を減らしている。そして茨を通してノエルに当たる頃には殆ど威力を殺されていて、星脈世代のノエルには実質的に無傷となっている。

 

しかしノエルが勝っているかと言ったら微妙である。腕を上げたとはいえノエルの格闘戦の実力はまだセシリーには遠く及ばず、ノエルの放つ拳は1発もセシリーに当たっていない。

 

ノエルの攻撃はセシリーに当たらず、セシリーの攻撃はノエルに効かず、暫く互いが躍起になって攻撃を放っていると……

 

 

ビィィィィィィッ

 

『タイムアップ!試合結果、引き分け!』

 

試合終了のブザーが鳴りだした。それを聞いたエリオットは安堵の息を吐きながら空間ウィンドウを閉じて息を吐く。

 

「『雷戟千花』と引き分けか。魎山泊の修行は相当凄いようだが……とりあえずノエルが帰ったら技の名前については注意をしとかいとな。後頭痛薬も買っておくか」

 

エリオットはそう言ってから本来やっていた電子書類の作成を再開したのだった。左手を胃がある場所に当てながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって界龍のメインステージの控え室……

 

 

「……って、訳でメスメルよ。技の名前を変えろ。仮に名前とイメージが定着しているなら変えなくても良いが、もしもガラードワースで俺との関係を聞かれてもとにかくしらを切れ。出ないとフォースターの胃が死ぬからな?」

 

俺は恋人2人を連れながらメスメルに注意をしている。

 

「は、はい……もう名前は私の頭の中で定着しちゃったのでなるべく口に出さないようにします…….」

 

するとメスメルは自分の身体を小さく縮こませる。顔を見ると小さい子供が怯えているように見えて、これ以上怒れない。怒ったら泣きそうたし。

 

「わかった……とはいえお疲れさん。あの鎧は初めて見たが、ちゃんと自主練はしていて何よりだ」

 

試合の結果については格上相手に引き分けだから文句は言わない。課題があるとすれば近接戦闘の技術をあげる事だろう。結局セシリーに攻撃を当てれなかったし。

 

「は、はい!ありがとうございます……!」

 

するとメスメルは咄嗟に可愛らしくはにかむ。この子表情豊かで可愛いな痛ぇ!

 

いきなり脇腹に痛みを感じたので左右を見るとオーフェリアとシルヴィが絶対零度の眼差しで俺を見ながらつねっていた。毎回わかるが何で俺の考える事がわかるんだよ?

 

「ど、どういたしまして……それよりお前は今から界龍を回るのか、それとも他所を回るのか?」

 

「いえ。生徒会の仕事があるのでガラードワースに帰ります。今回の試合も無理言って時間を作って貰ったので」

 

「そうか。大変だろうが頑張れよ」

 

「は、はい。じゃあ私は帰りますがまた来週、よろしくお願いします!」

 

「ああ。最後にもう一度言っておくが、ガラードワースで俺に関して質問をされたらしらを切っとけよ」

 

「はい、気をつけます……」

 

メスメルは小さく頭を下げてから控え室を出て行った。ガラードワースの生徒会が忙しいのは知っていたが真面目な奴め。俺がメスメルの立場だったら試合の後に少しだけあそんでるぞ。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「八幡君、ノエルちゃん相手に鼻の下を伸ばし過ぎだからね?」

 

「……八幡のバカ」

 

どうやら俺はまだまだ解放される事はなさそうだ。

 

その後、俺は控え室にて2人の怒りが収まるまでキスをされまくった。

 

本来なら1時間くらいされると思っていたが20分くらいしていたら控え室に虎峰が入っていて、目や鼻や耳に、口から血を流して倒れてそれどころじゃなくなって中断したのだった。

 

そんな感じでカオスな空気のまま、俺達のデートは幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「ふぅ……やっと学園に戻れたし、お兄ちゃん達の手伝いを「メスメルさん!」……ふぇ?!」

 

ノエルがガラードワースに戻ると高等部の制服を着た男子が近寄ってくる。その後ろには大勢の男女が。

 

「さっきの試合を見たけど、アレって比企谷八幡の技を真似たんだろ?もしかしてあの最低な男から習ったの?」

 

彼ははさも当然のように八幡を悪く言う。ノエルは理解した。彼は八幡を否定する葉山グループのメンバーだと。

 

同時にノエルは彼の言葉を聞き、珍しく怒りの感情を抱く。本当な自分の師匠を悪く言うなと言いたいノエルだが、自分が魎山泊の事を言ってエリオットや八幡に余計な仕事を増やしたくないノエルは一度深呼吸をして怒りを無理矢理抑え込む。

 

「いえ。八幡さんの記録は見ましたが、習ってはないです」

 

メスメルはそう口にする。既に八幡からホワイトデーのお返しを貰った事から、自分と八幡には繋がりがある事はガラードワースでも有名である。その時にはノエルは魎山泊の名前は出さずにナンパされた時に助けて貰った、と嘘を吐いて誤魔化した。

 

だから今回も八幡と殆ど接点がないように嘘を吐く。ノエル自身、自分と八幡の関係を知られても構わないが、自分の発言で第三者に面倒事を与える事が嫌なので誤魔化す事にした。

 

すると……

 

「なら良かったよ。あの男が君を鍛えたりした場合、君を利用してレヴォルフらしくガラードワースから色々と奪うだろ「八幡さんはそんな事をしません!」……え?」

 

先輩の暴言にノエルは思わず叫んでしまった。それに対して彼や背後にいるメンバーは絶句してしまう。

 

「確かに八幡さんはレヴォルフの人間ですが、理由もなく人に暴力を振るったり暴言を吐いたりはしないです!八幡さんの事を何も知らないのに八幡さんを悪く言うのは止めてください!」

 

普段は自分の意見を言わないノエルだが、尊敬する人をここまで悪く言われてスルーする事は出来なかった。

 

「い、いや。俺はメスメルさんがあの屑に巻き込まれないよう親切心で言っているんで……」

 

「結構です!八幡さんは屑なんかじゃなくお人好しな人です!葉山さんの言った事は全てデマです!」

 

ノエルはそう言って葉山グループに対して背を向けて生徒会室のある校舎に向けて走り去っていった。

 

葉山グループのメンバーは暫くの間呆然としたが、やがて動きだす。

 

そこには2つの動きがあった。

 

「普通に考えてメスメルさんがあんな最低男を弁護する訳がない」

 

「じゃあやっぱりあいつがメスメルさんを洗脳して……」

 

「どこまで最低なんだよ……皆、王竜星武祭では葉山君と一緒に比企谷八幡を倒して化けの皮を剥いでやろう!」

 

『おー!』

 

1つは八幡がノエルを洗脳していると判断して王竜星武祭で彼に裁きを与えようと決意する動きが。

 

 

 

 

「……どうみる?」

 

「私、ノエルちゃんのクラスメイトだけど彼女があそこまで本気の感情を出したのは初めて見たよ」

 

「じゃあノエルちゃんの言う通り葉山君の話はデマ……?」

 

もう1つは葉山の言葉に対して怪しみだす動きが生まれていた

 

 

 

2つの動きが後にどのような運命を引き起こすかは神のみぞ知る……



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比企谷八幡は後夜祭に参加する(前編)

学園祭3日目

 

今日は学園祭の最終日だ。その為か観客にしろ出し物をやっている生徒も一段と思い出作りをする為か盛り上がっている。

 

……しかし、まあ……

 

「プリシラ、この書類の確認をして、その後に職員室に提出してくれ。イレーネは部活連に行って後夜祭の、オーフェリアと樫丸は実行委員と合流して見回りと閉会式の打ち合わせをしてくれ」

 

「はい」

 

「へーい」

 

「……わかったわ」

 

「は、はい!」

 

仕事がある俺達レヴォルフの生徒会執行部には一切関係がないけどな。俺は電子書類を片付けながら思わずため息を吐く。

 

レヴォルフは星導館やガラードワースに比べたらマシだが、割と統合企業財体から学園の運営について任されている。こういう時を考えるとアルルカントやクインヴェールが羨ましい。両学園の生徒会は殆どお飾りで忙しくないし。

 

4人が出て行くと、必然的に俺1人となる。少し前の俺なら1人を好んでいたが、アスタリスクに来てから色々とクセの強い人間と会いまくったからか、少し寂しく感じてしまっている。

 

(やれやれ……戦闘能力は格段に強くなったが、こういう精神的な部分は時として弱くなったなぁ……)

 

まあ王竜星武祭は個人戦だからその辺りは大きな問題にならないから良いけど。

 

そこまで考えていると机の上に置いてある俺自身の端末が鳴り出したので見るとシルヴィから電話が来ていた。

 

「もしもし、どうかしたかシルヴィ?」

 

『あ、八幡君。例の後夜祭についてなんだけど、まだ集合時間や場所を決めてなかったから時間があるなら決めない?』

 

例の後夜祭とはアスタリスクの中央区にあるホテルで行われるダンスパーティーの事だ。レヴォルフでも後夜祭はあるが、基本的に一般開放以降は他校の入れず、レヴォルフの生徒だけで行われている。

 

一方中央区で行われる後夜祭は全ての学園の生徒が参加出来る祭だ。

 

統合企業財体のお偉いさんも出てくるので、挨拶という建前で参加するつもりだ。そうすれば自学園の学園祭の後始末を確実に後日に回す事も出来るし。その上恋人2人ともデートが出来るのだ。まさに一石二鳥だ。

 

「別に構わないぞ。ただ現地集合は混雑して難しいだろうから無しな?」

 

『あ、そうなんだ。じゃあ一般開放が終わったらレヴォルフの校門にいるね』

 

「わかった。じゃあまた後で」

 

そう言って通話を切って空間ウィンドウを閉じる。ダンスパーティーでは美味い飯も出るらしいからな。一般開放が終わるまでに仕事を終わらせて楽しみたいものだ。昨日ーーー学園祭2日目は仕事一色でクソ退屈だったからな。

 

(まあ、夜にオーフェリアとシルヴィを抱いてストレスは一切無くなったけど)

 

昨日3人で過ごした熱い夜を思い出していると……

 

pipipi……

 

レヴォルフの生徒会専用の端末が鳴り出した事によって中断された。何だ?誰だか知らないが人が昨日の情事について思い出しているのに邪魔をするとは良い度胸じゃねぇか。

 

「もしもし」

 

『運営委員から報告、西ホールにて歓楽街から来校したと思われる連中がイカサマをしたと言って大暴れしています。ただし救援求む』

 

繋げると静かな女子の声が聞こえてくる。ったく、昨日は南ホールでも似たような事件があったのに……相変わらずこの学園は騒動に愛されてるな。

 

俺は内心舌打ちをしながら立ち上がる。荒事に向いているオーフェリアもイレーネも今は居ないので俺がやらないといけない。さて、俺に面倒事を増やしたんだ。死より恐ろしい地獄を見せてやるよ。

 

俺は窓から飛び降りてそのまま一直線に西ホールに向かったのだった。

 

その十分後、カジノで暴れていたマフィアは全員磔にしておいたが問題ないだろう。磔にした場所は一般客の来ない校舎裏だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

『これより一般開放は終了いたします。ご来校ありがとうございました』

 

校内に向けてそんなアナウンスが流れる。同時に生徒会室の空気も弛緩したものに変わる。

 

「ふぅ……漸く終わったぜ」

 

「お疲れ様お姉ちゃん。今日はお姉ちゃんの好きなものを作るね」

 

「つ、疲れましたぁ……」

 

「……八幡、お疲れ様」

 

まだ後片付けなどの仕事はあるが基本的な仕事は終了したし、一般開放の時間が終わった以上、外部の客とのトラブルもないし比較的マシな状況だろう。

 

「ああ、お疲れ。とりあえずまだ仕事は残ってるが、今日やらなくて良い仕事だし、お前らも上がっていいぞ」

 

残りの仕事は今日じゃなくて明日明後日の土日にやっても問題ない仕事だ。今日やらなくちゃいけない仕事は早いうちに済ませたのでもう休んで良いだろう。

 

「おっ、そいつはありがてぇな。仕事漬けでうんざりしてたんだよなー」

 

イレーネが満足そうに伸びをしながらそう言うと……

 

「……貴女、さっきカジノで遊んでいたじゃない」

 

「なっ!テメェオーフェリア見てたのかよ?!」

 

「……ええ。実行委員の方に顔を出した帰りに」

 

「バラしてんじゃねぇよ?!」

 

オーフェリアが無表情のまま暴露した。ほう……こいつ俺がクソつまらない書類作業をしている時に遊んでいるとは良い度胸じゃねぇか。マジで羨まし……けしからん。てか俺も誘え……冗談だ。

 

「お姉ちゃん!八幡さん達が一生懸命仕事をしていたのに遊んでたの?!」

 

「い、いやプリシラ……仕事帰りについ、倍額貰えるキャンペーンが始まって我慢出来ずに「そこで我慢する!」うぅ……」

 

案の定プリシラはイレーネを論破する。こうなったらプリシラは止められないな……

 

「じゃ、じゃあ私は失礼します!お疲れ様でした!」

 

プリシラのお説教にビビりだした樫丸は足早に生徒会室から出て行った。賢明な判断だ。ここにいたらプリシラの説教後、イレーネの八つ当たりを受けるかもしれないからな。

 

「さて……シルヴィを待たせる訳にはいかないし、俺達も行くか」

 

「……そうね」

 

「あ!ちょっと待て!頼むから助けて「お姉ちゃん!」は、はい!」

 

俺とオーフェリアは背後からイレーネの悲鳴を聞きながら樫丸同様に生徒会室を後にしたのだった。

 

 

 

 

そして校門に向かうと、恋人の1人のシルヴィが立っていた。

 

「あ、八幡にオーフェリア、お疲れ様」

 

言うなりシルヴィが俺とオーフェリアに抱きついて労ってくる。たったそれだけの事なのに俺は一瞬で幸せな気分となる。さっきまでは疲労困憊だったにもかかわらず。

 

「おう。そっちは楽しかったか?」

 

「2人が居なかったら微妙かな。だから今から後夜祭は楽しもうね」

 

言いながらシルヴィは抱きしめる力を強めるので俺とオーフェリアも手を動かして3人で抱き合う体勢となる。やはり俺達は3人揃ってこその俺達だ。この関係を崩すつもりはないし、崩そうとする奴がいるならブチ殺してやるつもりだ。

 

 

 

 

 

 

 

それから20分後……

 

 

「うおっ、来たのは初めてだが中々賑わってるじゃねぇか」

 

 

「私も何度か来たけど、色々な人と交流出来て楽しいよ」

 

「……まあレヴォルフの生徒は私と八幡くらいだろうけど」

 

アスタリスク中央区の後夜祭会場に着いた俺は思わず感嘆の声を上げる。巨大なホールには明らかに高級そうな料理が置かれていて、中央では数十組のペアがダンスをしていた。男女ペアだけでなく、男同士、女同士でも踊っていた。

 

てか小町がチーム・ランスロットのケヴィンさんと踊ってるし……一応ダンスパーティーだから踊ることについては文句は言わないが、それ以上の事をしようとするなら息の根を止めないといけないだろう。

 

他にも知った顔は何人かいる。

 

天霧がエンフィールドと踊っていて、エンフィールドが天霧に密着すると、リースフェルトを始めとした天霧ラヴァーズが嫉妬していたり……

 

若宮が元気よくフロックハートと踊っていて、フロックハートが若宮の踊り方を注意してきたり……

 

ソフィア・フェアクロフ先輩が真っ赤になりながら兄のアーネスト・フェアクロフさんと踊っていて……

 

材木座が下手な動きでアルルカントの制服を着た擬形体のリムシィと踊ったり……

 

と、まあ中々カオスな空気を醸し出していた。特に最後、材木座お前、踊る相手がいないから擬形体に手を出したとかじゃないよな?

 

そう思ったが、俺の視界では材木座がリムシィとのダンスが終えて、擬形体の生みの親のエルネスタ・キューネと踊っていたので違うだろう。

 

しかも……

 

(うわ、葉山も居るし)

 

ガラードワースの制服を着た葉山が三浦と踊っているし。見ればオーフェリアとシルヴィも嫌そうな表情をしている。

 

流石にこんな場所で吹っかけてはこないだろうが、君子危うきに近寄らずだ。

 

「とりあえず夜飯を食おうぜ。腹が減って仕方ない」

 

ここは出来るだけ距離を取るべきだろう。葉山を抜きにしても仕事漬けで昼から何も食ってないし。いくら昼にシルヴィの愛妻弁当を食って幸せな気分が残っているとはいえ空腹については我慢出来ない。

 

「そうだね。じゃあ少しだけ食べよっか」

 

言いながらシルヴィが歩き出して離れた場所にある席を確保した。俺達は荷物を置いて料理を取りに向かう。無料で食えるし食えるだけ食っとかないとな。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、比企谷君達も来ていたのですね」

 

暫く高級料理に舌鼓をうっているとそんな声が聞こえたので顔を上げると料理を持ったエンフィールドがニコニコしていた。

 

「まあな。学園祭2日目と3日目は仕事漬けだったから3人で楽しみたかったんだよ」

 

「でしょうね。私も仕事漬けで疲れましたが、綾斗と踊ったら一瞬で疲れが吹き飛びましたよ」

 

「……それは当然の事。好きな人と過ごす時間は疲れを吹き飛ばす」

 

「まったくもってその通りですね」

 

「じゃあ私は恋人である八幡君とオーフェリアの疲れを吹き飛ばす為一生懸命頑張るね」

 

女子3人はそんな風に言ってくるが、顔が熱くなってくる。オーフェリアとシルヴィに好きって言葉は何度も言われているがさりげない会話で言われると結構恥ずかしい。

 

ちょうど持っている料理が少なくなってきたし、逃げるか。

 

「そりゃどうも。俺は料理が少なくなったか取りに行ってくる」

 

そう言って席を立ち、料理のある場所に向かう。その際に3人は笑いながら俺を見ていた。あたかも俺が恥ずかしくなったから逃げた、と理解しているかのように。

 

それを見た俺は更に顔が熱くなるのを自覚しながら料理を見渡す。顔の熱を冷ます為、冷たくもしくはサッパリした料理を食べるか。

 

そう判断してサラダを取ろうとしたら、使おうとしたトングを取られたので思わず顔を上げると……

 

「あ……比企谷も来てたんだ」

 

そこにいたのはハーレム王の天霧だった。すると天霧は俺を見た瞬間に顔を曇らせる。何だその顔は?腐った目をした俺を見てテンションが下がったのか?

 

「まあな。お前はエンフィールド達とのダンスの合間の休憩か?」

 

「あ、うん。連続で踊って疲れちゃったから」

 

「そうか……ところで俺になんか後ろめたいことでもあるの?」

 

俺がそう尋ねると天霧が軽く目を見開く。ビンゴだ。今の反応は何かしらあるのだろう。

 

「やっぱ何かあるんだな。もしかして俺がお前に迷惑をかけたか?」

 

「あ、いやそうじゃなくて……ちょっと悩みがあってね?」

 

悩み?天霧が持つ悩みなんて姉ちゃんが意識を戻した時点でないと………あ。

 

「もしかしてアレか?エンフィールド達4人から告白されて返事に悩んでるとか?」

 

「ぶっ……!い、いきなり何を……!それ以前に俺が告白されたのは4人じゃなくて3人だから!」

 

「そうなのか?てか3人ってエンフィールドと沙々宮、あと1人は誰だよ?」

 

リースフェルトか刀藤か?

 

それとも……

 

「まさかとは思うが小町か……?」

 

もしそうなら今日が天霧の命日だ。ダンスパーティーで踊るくらいなら百歩譲ってギリギリ、本当にギリギリ我慢するが、小町に手を出したら生かしちゃおけない。

 

天霧は俺の殺意に気圧されながらも首を横に振る。

 

「違う違う!小町ちゃんじゃなくて綺凛ちゃん!」

 

刀藤か……小町じゃないなら良いな。

 

「で?3人に告白されて返事に悩んでると?だったら3人の告白を受け入れろよ。そうすりゃお前も3人を振らずに済むし、3人もお前と付き合えてwin-winじゃねぇか」

 

俺は2人の告白の内、どちらか一方を切り捨てずに両方を受け入れた。その結果毎日が幸せである。天霧も3人の告白を受け入れたら振られる人間は居らず誰も傷つかずに済む。

 

え?複数の女子と付き合うのは問題かだって?知るか、世間が何と言おうと当事者達が納得してりゃ良いんだよ。しかも俺という前例があるので天霧はそこまで叩かれないだろう。

 

 

 

「いや、比企谷みたいに簡単には割り切れない……って!そうじゃなくて!悩みは別の事だよ」

 

なんだ違うのか?天霧みたいなヘタレの悩みなんて告白の返事くらいかと思ったぜ。てかリースフェルトは告白してないのかよ?ツンデレは二次元でしか通用しないから早めに素直になった方が良いからな?

 

「まあいい。そんで悩みはなんだよ?」

 

 

俺の顔を見るなり憂鬱そうな顔をしたんだ、俺にとっても面倒な話だとは思うが……

 

 

 

 

 

「実は『大博士』に関することなんだけど……」

 

うん、それだけで面倒、もしくは厄介な話と理解しました、まる



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比企谷八幡は後夜祭に参加する(後編)

「実は『大博士』に関することなんだけど……」

 

天霧のその言葉だけで俺は面倒、もしくは厄介な話と理解した。

 

『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズはアルルカントの学生でアルルカント創立以来の天才と評されている。

 

そして俺の恋人の1人であるオーフェリアを普通の人間から世界最強の魔女に変えた女である。最近は感情豊かになったオーフェリアだが、昔は実験の所為で全てに対して興味を失っていた。そのこともあって俺は彼女を嫌悪している。

 

また彼女は天霧に対して、天霧の姉ちゃんの意識を取り戻す事を餌に昔かけられたペナルティの解除を要請したのだ。

 

その際に天霧は姉ちゃんの意識を取り戻す為に『大博士』にかけられたペナルティを解除したのだが、天霧の様子を見る限り何かあったのだろう。

 

「それで?『大博士』となんかあったのか?」

 

「実はペナルティを解除する前に彼女に2つの条件を出したんだ」

 

「だろうな。あのイカレ女相手に何の制限もしないのはバカ極まりないからな。で?その条件の穴を突かれたりでもしたのか?」

 

「うん……俺が出した条件は『実験を行う際は全ての情報を公開する』、『人体実験を行うときには被験者との完全な同意を得る』の2つなんだ」

 

まあ大体予想通りの願いだな。しかしその程度の条件であの女が止まるとは思えない。アルルカントにいる知り合いーーー親父や材木座からは『大博士は完全に狂っている』と断言するくらいだ。

 

「だからオーフェリアみたいな借金のカタで連れられて来た連中を使ったのか?」

 

そう思って聞いたが……

 

「それが……彼女は自分自身を被験者にすると言ったんだよ」

 

「……っ!なるほどな……」

 

確かに自分自身を被験者とするなら天霧にどうこう言われる必要はない。『大博士』は納得しているのだから。

 

しかし……だからと言って自分自身を被験者にするとは……本当に狂ってやがるな。

 

「……話はわかった。要は『大博士』の研究で誰かが不幸になると思っていて、一度不幸になったオーフェリアの彼氏の俺に対して後ろめたい感情が湧いた、と?」

 

「まあ大体そんな感じかな。姉さんを取り戻した事については後悔してないけど……」

 

感情的には納得してないんだろうな。しかし俺には案がある。

 

「だったら星武祭に出れば良いだろうが」

 

「え?!い、今なんて言ったの?」

 

「だから星武祭に出れば良いだろって言ったんだよ。んで優勝してもう一度ペナルティを掛ければ良いじゃねぇか」

 

一番合法的で確実で手っ取り早いのはそれだ。『大博士』を殺したり、奴の持つ研究所をぶっ壊すのは犯罪だからな。

 

「で、でも……それじゃあユリスの邪魔に……」

 

あー、そういやこいつはリースフェルトの為に鳳凰星武祭や獅鷲星武祭に出ていたんだったな。てか天霧とリースフェルトって付き合ってないの?リーゼルタニアに行った時は結婚の話も出たみたいだけど、結婚しろよ。

 

まあそれはさておき……

 

「大丈夫だろ。リースフェルトがアスタリスクに来た理由は孤児院を救う為、国を変える為、オーフェリアを連れ戻す為の3つで、もう全部叶ってるじゃねぇか」

 

「あっ……!」

 

オーフェリアは俺が自由にしたし、孤児院は鳳凰星武祭で優勝した事で救われて、リーゼルタニアは獅鷲星武祭で優勝した事でヨルベルトさんの権利ーーー王権の拡大に成功している。

 

「つまりリースフェルトにとって絶対に叶えたい願いはない。だからリースフェルトと一緒に『大博士に再度ペナルティを掛ける』という願いを叶える為に王竜星武祭に出れば良いだろう」

 

リースフェルトの性格からして事情を聞いたら納得して、その願いを叶える為に王竜星武祭に参加すると俺は思う。加えて俺も絶対に叶えたい願いはないので天霧に協力出来るだろう。

 

仮にもし、俺、天霧、リースフェルトが大博士から研究を剥奪する為に王竜星武祭に参加すれば、成功確率は高くなるだろう。

 

「なるほど……とりあえず後でユリスに相談してみるよ」

 

「そうしろそうしろ。ま、お前が出てきたとしても優勝するのは俺だがな」

 

願いを大博士に対して使うのに対して不満はないが、優勝については譲るつもりはない。前回の王竜星武祭でシルヴィに負けた悔しさは今でも残ってるし、俺が優勝して願いを叶えるつもりだ。

 

「ははっ……もしも出る事になったらお手柔らかに」

 

「あー、まあ善処する」

 

口ではそう言ったがお手柔らかに挑んだら負けるだろう。

 

単純な戦闘力なら俺の方が天霧より上だと自負しているが、ありとあらゆる存在をぶった斬る『黒炉の魔剣』を持つ天霧とは相性が悪過ぎる。ぶっちゃけ一瞬でも手を抜きたら即座に負けに繋がると確信している。

 

「っと、俺はだいぶ飯を取ったし戻るわ」

 

「あ!俺もユリス達を待たせちゃ悪いし戻るよ。アドバイスありがとう」

 

「おう、じゃあな」

 

俺達が互いに一礼して各々の女が待つ席に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お帰り八幡君」

 

「……遅かったわね。まさかとは思うけどラッキースケベは「してねぇよ!」……なら良いわ」

 

席に戻ると恋人2人が出迎えてくれた。エンフィールドは居ないようだが、リースフェルト達の席に行ったのだろう。

 

てかオーフェリアさん、最初にラッキースケベをしたかどうかを確認するって酷くない?

 

「酷くないわよ。八幡は本当にエッチだから」

 

「だよね。影を操る以外にラッキースケベをする能力を持っていると思っちゃうくらいだよ」

 

だから心を読むのは止めてください。しかしラッキースケベを沢山やったのは事実だから否定しきれない。

 

「んなわけないだろうが。大体エロいのは否定しないが、俺が自発的にエロいことをするのはお前らだけだからな?」

 

ラッキースケベは何度もやっているが全て事故で、自発的にやったことは一度もない。つーかやったらガチでぶっ殺されるだろう。やるつもりはないけど。

 

「……うん、知ってる」

 

「……ごめんなさい。八幡に悪気はないのはわかってるけど、つい……」

 

「謝る必要はない。俺がラッキースケベをやりまくってるのは事実だし」

 

「「それもそうね(だね)」」

 

だからと言って即座に言われるのもどうなんだ?まあ別に気にしてないけど。

 

そう思いながら持ってきた料理を全て平らげる。高級ホテルの料理だけあって本当に美味かった。機会があったらまた食いたいものだ。

 

そして食後の紅茶を飲んでいるとシルヴィが口を開ける。

 

「じゃあ後夜祭のメインイベントのダンスをしよっか。八幡君はどっちから踊る?」

 

シルヴィにそう問われるが悩んでしまう。俺からしたら2人と踊れるなら順番なんて気にしないし。

 

仕方ない……

 

「んじゃコイントスで決めるか。表が出たらシルヴィが先、裏が出たらオーフェリア……で、良いか?」

 

俺が貨幣を取り出しながら2人に問うと、2人とも特に反論することなく頷いたので問題ない。

 

んじゃ早速運命のコイントスをするか…

 

 

「よっと」

 

恋人2人が見守る中俺はコインを宙に弾く。弾かれたコインは空中で回転して、やがてテーブルに落ちてチャリンチャリーンとコイン特有の音を出す。さてさて、結果……

 

「表……シルヴィアが先ね」

 

テーブルに置かれたコインは表、つまりシルヴィからだ。

 

「じゃあ八幡君、よろしくね」

 

「……ああ」

 

言いながらシルヴィは立ち上がり手を差し出してくるので俺はシルヴィの手を握って立ち上がる。

 

そして中央の方に向かって歩き出すと、周りにいた人間がモーゼの海割りのように広がって俺達に道を作る。多少……いや、メチャクチャ恥ずかしいが我慢だ。

 

ドキドキしながら生まれた道を歩くと幾つもの視線を感じる。中には知り合いの視線も混じっていた。穏やかな視線、面白そうなものを見る視線、呆れの色が混じった視線、羨ましそうな視線、明らかに侮蔑の混じった視線、etc……

 

そんな視線を感じながらもホールの中央に俺達は立つ。同時に今流れている曲が終了して次の曲が流れ始める。タイミング的には最適だろう。

 

するとシルヴィがもう片方の手を差し出してくるので俺も手を差し出して握る。義手だからムードがぶち壊しだがその辺りは気にしない。

 

そんな事を考えているとシルヴィが回り始めるので俺も同じ速度で回り始める。その際に音楽のリズムに合わせて体を揺らしたりしながら。

 

回転をしながらも周囲に目を配り、他にダンスを踊っている人とぶつからないように注意しながら身体を後ろに傾ける。同時にシルヴィがこちらに覆い被さるように前のめりの体勢をするので、シルヴィを支えながらシルヴィの顔に自身の顔を寄せる。

 

同時に辺りからは歓声が上がる。周りからしたら俺がシルヴィとキスをしているように見えても仕方ないだろう。事前にダンスの映像を見てある程度動きについて予習はしたが、実際にやると結構恥ずかしいな……

 

しかし俺は今……いや、永遠にシルヴィのパートナーなんだ。この程度で恥ずかしいなんて思ってはいけないな。だから俺は心に蓋をして恥じらいの感情を出さないようにしてから、そのままシルヴィを支えながら回るのを再開する。

 

するとシルヴィも楽しそうに笑いながらも俺に合わせて様々な動きを見せながら回り出す。

 

そんなやり取りが3分くらい続くと、俺達が踊り始めた時にホールに流れ始めた曲が終了したので、俺は回るのを止めて……

 

「あっ……」

 

そのままシルヴィを抱き寄せる。するとシルヴィは一瞬だけ驚くも……

 

「八幡君……大好きっ」

 

ちゅっ……

 

直ぐに笑顔になって抱き返してキスをしてくる。

 

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』

 

すると次の瞬間、辺りから歓声が上がる。それはまさに音爆弾と言っていい。イャンクックをビビらせる事も可能だろう。全くこいつは……いきなりキスをしてくるとは予想外だ。

 

だが、まあ……

 

「俺もだよ……んっ」

 

虫除けはしておいた方が良いだろう。さっきまでシルヴィに対していやらしい視線を向けていた男もいたし。

 

俺がキスを返すと再度歓声が上がる。やっといてアレだが、結構恥ずかしいな。

 

そう思いながらも俺はシルヴィの手を引いて元の席に戻る。同時に席に座っていたオーフェリアが拍手をしながら立ち上がり、俺の手を握ってくる。

 

「……2人とも本当に良かったわ。私もあんな風に踊りたいわ」

 

「もちろんだ。じゃあ行くぞ」

 

「……ええ」

 

「楽しみにしてるから頑張ってね」

 

「「ああ(ええ)」」

 

シルヴィから激励を受けながらも俺はオーフェリアを連れて再度ホールの中央に向かう。

 

「……じゃあ八幡、よろしく」

 

オーフェリアは若干恥ずかしそうに手を出してくるので、俺も手を伸ばしてオーフェリアの手を握る。

 

そして音楽に合わせて互いに回り始める。シルヴィの時と違ってオーフェリアの動きはぎこちないが……

 

(可愛い……)

 

一生懸命頑張ろうとしているオーフェリアの仕草はとても愛らしくて、俺をドキドキさせる。しかしそれも仕方ないだろう。少し前まであらゆるものに対して何の感情も抱かなかったオーフェリアが、頑張ろうとしているのだ。これでドキドキしない男は間違いなくホモだろう。

 

そう思いながらもオーフェリアを抱き寄せようとすると……

 

「あっ……!」

 

その前にオーフェリアが自分の足を俺の足にぶつけて尻餅をついてしまう。同時にスカートの中から青色の布ーーーショーツが目に入る。

 

一瞬ムラっとするも、直ぐに切り替えてオーフェリアを立たせる。他の野郎にオーフェリアの下着を見せてたまるかってんだ。

 

「大丈夫か?怪我はないか?」

 

「ええ……迷惑をかけてごめんなさい。シルヴィアだったら転ぶことはなかったのに……」

 

オーフェリアはシュンとしながら謝ってくる。本当に愛し過ぎるな……

 

「気にするな。誰にでも失敗はある。それよりも続きをやろうぜ。さっきよりゆっくりと回るからな」

 

というかドジっ子オーフェリアを見れて大満足だし。

 

言いながら俺はオーフェリアと距離を詰めながらゆっくりと回りはじめる。するとオーフェリアも身体を傾けたり、手の位置を変えたりしながらゆっくりと回り出す。

 

それから踊り続けたが、オーフェリアは何度かリズムを崩したり、足をよろめかせるも一生懸命頑張って踊り続けた。

 

そして曲が終わると、オーフェリアは自身の手を俺の手から離して……

 

 

「ありがとう八幡……大好き」

 

俺の首に手を回してシルヴィ同様、キスをしてくる。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

再び大歓声が沸き起こる。どうでもいいがオーフェリアもシルヴィも平然と沢山の人に囲まれてもキスをするようになったな。学園祭初日のプールの一件で慣れたのか?

 

まあ俺の返事は変わらないがな。

 

「俺も……お前とシルヴィを愛している」

 

どんな事があってもこれだけは変わらない自信がある。オーフェリアとシルヴィ、2人と一生ともに歩むという事だけは。

 

そう思いながら俺は大歓声に包まれながらもオーフェリアにキスを返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後俺達は後夜祭本来の目的ーーー他校生との交流をした。その際に俺はクインヴェールのチーム・赫夜の5人、星導館のチーム・エンフィールドの女子4人、ガラードワースのブランシャールとメスメル、界龍の星露、アルルカントの材木座が紹介したエルネスタとリムシィなどの女子と踊ったが、その時のオーフェリアとシルヴィからのジト目が痛かった。

 

尚、オーフェリアとシルヴィは殆ど女子と踊った。例外としてフェアクロフさんとは踊ったがフェアクロフさんなら大丈夫だと判断して何も言わなかった。あの人ガラードワースの鑑でガチの紳士だし。

 

また葉山がシルヴィをダンスに誘った時はガチで殺意が芽生えたが、シルヴィがハッキリと断ったので殺意を表に出さずに済んだ。まあその後に葉山に睨まれた時にもう一度殺意が芽生えたけど。

 

 

そんなトラブルも起こりかけたが、特に大きな問題は起こらずに後夜祭は終了した。

 

 

 

 

そして……

 

「はぁ……明日から後始末の仕事があるんだよなぁ……」

 

「面倒ね」

 

帰宅した俺達は一緒に風呂に入り、今から寝るところである。

 

「大変だろうけど、頑張ってね」

 

「ああ……って訳で寝ようぜ」

 

朝から仕事なのでそろそろ寝た方が良いだろう。後夜祭も楽しめたが、割と疲れたし。

 

「ええ、じゃあ……」

 

言うなりオーフェリアが目を瞑って顔を寄せてくる。シルヴィもオーフェリアの意図に気付いたのか目を瞑って顔を寄せてくるので俺も顔を寄せて……

 

 

 

 

ちゅっ……

 

3人で唇を重ねた。それによって俺達3人は一連托生だという事を改めて理解する。

 

その結果俺達は眠りにつくまでずっと3人でキスをし続けたのだった。



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王竜星武祭に向けて各陣営は……(前編)

「へぇ〜、では綾斗さんも王竜星武祭に出ると?」

 

「うん。ユリスとも話して『大博士』に非人道的な実験をさせない為にもね」

 

「加えて八幡も協力してくれるから、正直言って頼もしい。まあ、優勝するのは私だがな」

 

星導館学園の高等部校舎の廊下にて、小町は隣を歩く綾斗とユリスに話しかけてると、綾斗は小さく頷き、ユリスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「ほうほう……まあ小町としてはお兄ちゃんと当たる前に綾斗さんとは当たりたくないですね」

 

小町はため息を吐きながら手に持つペットボトルに入っているお茶を飲み干す。小町は優勝より大舞台で兄である八幡と戦って勝つ事を望んでいる。その事をこの場にいる人間は全員知っている。

 

「というかクローディアとしても総合優勝が目の前で同学園同士の潰し合いは避けたいだろうな」

 

今シーズンの星導館の順位は鳳凰星武祭と獅鷲星武祭を優勝したことから1位である。それも2位の界龍に対して圧倒的な差をつけながら。

 

しかし本戦の組み合わせ次第では首位の座を奪われる可能性もある以上、生徒会長のクローディアは同学園同士の潰し合いを避けたいと思っているのは当然である。

 

「そうですね。いくら優勝が間近とはいえ星武祭は何が起こるかわから『pipipi』……あ、すみません。メールです」

 

小町が2人に一言断ってから端末を開きメールを確認する。メールを見た小町は差出人と内容を確認すると目を細めてから綾斗とユリスを見る。

 

「すみません。小町は用事が出来たので失礼します」

 

「それは構わないが重要な用事なのか?」

 

ユリスが尋ねると小町は……

 

 

 

 

「はい。新しい純星煌式武装を用意しようとクローディアさんに申請したんです」

 

いい笑顔でそう言って生徒会室のある方に向かって走りました。その際に綾斗とユリスが驚きの表情を浮かべたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しまーす」

 

「はい。いらっしゃっい」

 

それから5分後、小町は元気良く星導館の生徒会室に入るとクローディアが笑顔で迎える。

 

「はい。学園祭の後始末が終わったばかりなのに純星煌式武装の申請してすみません」

 

「気にしないでください。小町さんも王竜星武祭で活躍が期待されている生徒です。そんな貴女に協力するのは生徒会長として当然ですから」

 

クローディアは小町の謝罪をやんわりと受け流す。実際の所小町は今回星導館から王竜星武祭に参加するメンバーの中ではかなり期待されている。

 

序列4位で、鳳凰星武祭ベスト8と高い実績のある。それに加えて星露の私塾の魎山泊のメンバーである事をクローディアは知っている。

 

クローディアの中ではユリス、紗夜と同じくらい活躍を期待している。そんな彼女の為に時間を割く事は特に問題ない事だ。

 

「ですが何故新しい純星煌式武装を?今持っている『冥王の覇銃』では不足ですか?」

 

「うーん。『冥王の覇銃』も強いですけど、弾速がそこまで早くないのでお兄ちゃんや綾斗さんみたいな壁を超えた相手には当たらないと思うので王竜星武祭が終わるまでは手放したいと思います」

 

『冥王の覇銃』は一撃に特化した純星煌式武装で弾速と射程はそこまで優れていない。加えて消費星辰力も半端ないので博打要素が強過ぎて今回の王竜星武祭では使いにくい、というのが小町の考えである。

 

「なるほど……話はわかりましたが、小町さんは『冥王の覇銃』以外に高威力の煌式武装を持っているのですか?」

 

今の小町の戦闘スタイルは、高い機動力と体術をメインに、複数の種類の銃を高速切替をしながら巧みに攻めるスタイルだ。そして小町が使う高威力の煌式武装は『冥王の覇銃』である。

 

「あ、それなら落星工学研究会の方にアテがあるので大丈夫です。いざとなったら厨二さんに頼んで作って貰います」

 

「厨二さん……まあ彼なら凄い銃を作るでしょうね」

 

クローディアの頭には夏でもコートを着る暑苦しい男ーーー材木座義輝の姿が浮かぶ。

 

2年前、綾斗が転入した直後に起こったアルルカントのスパイであるサイラス・ノーマンの事件の手打ちとして、星導館はアルルカントと煌式武装共同開発をする事となった。その時にクローディアは彼と会っている。

 

普段は訳のわからない事を言っている変人だが、煌式武装の製作の腕については、ユリスの持つ煌式遠隔誘導武装『ノヴァ・スピーナ』やチーム・赫夜がチーム・ランスロットを撃破するきっかけを作った煌式武装『ダークリパルサー』を生み出すなど圧倒的な実績を残している。

 

その所為でアルルカントからはしょっちゅう雷を落とされているようだが、その辺りはクローディアの知った事ではない。

 

「まあアテがあるなら問題ありません。それでは装備局に行きましょうか。ちなみに既に目を付けている純星煌式武装はあるのですか?」

 

クローディアが生徒会室を出ながら小町にそう尋ねると……

 

 

 

 

 

 

 

「決まってます。小町が使いたい純星煌式武装は……『迅雷装』です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

界龍第七学院黄辰殿、朱雀の間

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

界龍の序列5位『雷戟千花』セシリー・ウォンと序列6位『天苛武葬』趙虎峰の悲鳴が朱雀の間に響き渡る。同時に2人は地面に倒れ込んでしまい、2人と対峙していた女性が近寄ってくる。

 

「まだ……まだ足りない……!セシリー、虎峰。もう一本お願い」

 

女性ーーー界龍の序列3位『魔王』雪ノ下陽乃は目に強い執念を燃やしながら2人に話しかける。衣服が焦げてボロボロのセシリーと虎峰に対して、彼女には僅かにしか傷が付いていない。

 

「それは良いけど……陽姉、少し休みなよ」

 

「そうですよ。先程戦った沈雲ら双子も不安視していましたよ」

 

「無理だよ……今回の王竜星武祭で優勝しないと、私は一生雪ノ下の家の人形なんだから」

 

2人の提案に陽乃は首を横に振る。昨年の学園祭で陽乃は、総武中で文化祭を引っ掻き回して間接的に八幡が貶められる原因を作った事に対して激怒したオーフェリアによって一度、星脈世代としての力を奪われた。

 

その際に陽乃の母である秋乃が力を戻すように頼んだ結果、条件として陽乃に一切の自由を与えない事を提案して秋乃はそれを承諾した。

 

結果、陽乃は力を取り戻したものの秋乃によって自由を奪われた。放課後に遊びに行くことも禁止されているし、卒業後の進路や結婚相手も決められている。

 

陽乃がその状況を打破するには王竜星武祭で優勝する以外道はない。もしも優勝しなかった場合、陽乃は言葉通り雪ノ下家の人形と化すのだ。

 

「でもさ陽姉、今回の王竜星武祭はオーフェリア・ランドルーフェンが出ないけど、桁違いの面々が多いんだよ。今回は見送って、来シーズンの鳳凰星武祭とかじゃダメなの?なんならアタシが組んでも良いよ」

 

王竜星武祭まで半年以上あるが、既に各学園から出る面々の情報についてはある程度知られている。そして今回の王竜星武祭ではオーフェリアは出ないが、それによって前回以上に沢山の猛者が出てくると言われている。

 

また陽乃と同じように壁を超えた存在も多数出るとも言われている。

 

確認されているのは……

 

星導館からは『叢雲』天霧綾斗

 

クインヴェールからは『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムに『舞神』ネイトネフェル

 

レヴォルフからは『影の魔術師』比企谷八幡に『砕星の魔術師』ロドルフォ・ゾッポ

 

セシリー達がいる界龍からも陽乃以外に『覇軍星君』武暁彗に『神呪の魔女』梅小路冬香が出る。

 

見劣りするのはガラードワースだけだが、アルルカントからも3体目の擬形体も出ると噂されていて、世間では歴代最高の星武祭になると評されている。

 

セシリーも虎峰も陽乃が桁違いの実力を持っているのは知っているが、彼女なこれらの面子を相手に確実に優勝出来るかと言われたら首を横に振るだろう。現時点で陽乃は暁彗に負け越しているのだから。

 

そんなセシリーの問いに対して……

 

「それが学園から出ろって命令されたの。多分お母さんが私を自由にさせない為に学園上層部に圧力をかけたんだと思う。来シーズンの鳳凰星武祭とかで優勝させないように」

 

陽乃は目に強い怒りを生みながらそう返信する。既に陽乃には仮面が無くなって素の表情を浮かべている。仮面はオーフェリアによって完膚なきまでに破壊された故に。

 

陽乃の指摘は的を射ていた。秋乃は陽乃を雪ノ下の家に縛る為に統合企業財体幹部の立場を利用して、界龍の理事に陽乃を王竜星武祭に出させるように圧力をかけたのだ。

 

そして陽乃は界龍の特待生であるので、学園側が指定した星武祭には強制的に参加しないといけない。でないと退学処分となり雪ノ下の家に縛られるのは確実となる。

 

つまるところ陽乃は強者が集う王竜星武祭に参加するしか道がないのだ。

 

「そっか……じゃあ仕方ないから。もう一本やるよ虎峰ー」

 

「……まあそんな話を聞かされたらやらないわけにはいかないですよね……」

 

言いながらセシリーと虎峰は立ち上がり構えを取る。既にやる気は満々であり、陽乃も構えを取る。

 

「ありがとう、じゃあ星露が帰ってくるまでよろしく」

 

その言葉と共に陽乃は2人の元へ突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

アルルカントアカデミー、食堂にて……

 

「おーい将軍ちゃん」

 

「んむ、なんであるかエルネスタ殿?」

 

新しく『獅子派』の会長となった材木座義輝がラーメンを食べていると、『彫刻派』代表のエルネスタ・キューネがパスタを持ってピョンピョン跳ねながら材木座の向かいに座り、空間ウィンドウを開いて投げ渡す。

 

「はいアルディの貸出証明書と、王竜星武祭の代理参加に必要な書類。その2つを星武祭の運営に渡せばアルディは将軍ちゃんの代理で出せるよ」

 

「おお!わざわざ済まん。というか言ってくれれば我が取りに行ったのだが」

 

「気にしなくて良いよ。元々ご飯終わってから呼ぶつもりだったし。というかカミラは?一緒じゃないのー?」

 

「カミラ殿はリムシィ殿の新しい武器の製作でキリが悪いらしいのである」

 

「へー、ちなみにカミラの武器って凄いの?」

 

「ああ。中々興味深い武器である。それよりエルネスタ殿、貴様に聞きたい事があるのだが」

 

「ん?何かにゃ?」

 

エルネスタが猫のような口調で首を傾げる。アスタリスクに来た当初の材木座なら緊張してキョドッているが、今はエルネスタの態度にも慣れたので焦らずに口を開ける。

 

「貴様がレナティ殿を始めて紹介した時に、カミラ殿がレナティの武器を作ると言ったが、何故それを受けた?」

 

材木座がそう言うとエルネスタは口に笑みを浮かべたまま若干目を細める。

 

「ん?どういう意味かにゃ?友達の好意を素直に受け取る事がおかしいかな?」

 

「違う。我が聞きたいのは、何故ロボス遷移方式でウルム=マナダイトを多重連結出来るレナティ殿に普通の煌式武装を持たせるのかという事である。普通に考えて徒手空拳の方が合理的であろうに」

 

材木座がそう言った次の瞬間だった。エルネスタは瞳をにんまりと曲げてくつくつと笑い出す。

 

「へぇ……その言い方だと将軍ちゃんは直ぐに気が付いたんだ?カミラも気付かないのにやるねー」

 

「ふん。コアのコーティングに隙間があった時点で察したわ。貴様があんな隙間を見逃す筈はない。にもかかわらず隙間があるという事は何かしら理由があるに決まっているわ」

 

材木座はつまならそうに鼻を鳴らす。実際のところ材木座にしろエルネスタにしろ互いのことは認めている。互いに普段の言動はふざけていると思っているが。

 

「随分な高評価ありがとねん。とりあえずさっきの質問に答えるけどカミラの好意を素直に受け取ったのは本当だよ」

 

「……意外であるな。我、レナティ殿を作った時点でカミラ殿と決別するかと思ったぞ」

 

レナティの存在は兵器と擬形体の根幹に関わるもので、カミラにとって許容出来ない存在であると考えている材木座は、レナティのデータを見た際にその事を予想していた。

 

「うーん、確かにカミラとはいずれ別の道を歩くのは決まってるけどたった1人の友人だし出来るだけ長く歩きたいからさ」

 

それを聞いた材木座は嘘を吐いてないと察した。カミラのことを大切に思っているのは事実であっても、自分の夢の為ならばそれを捨てることが可能な人間であると。

 

「……なら少しでも長く歩けるように祈るべきであるな」

 

「もちろん。ちなみに将軍ちゃんならどうする?」

 

「何がであるか?」

 

「いや、私みたいに自分の夢の為ならあらゆる事を切り捨てられるのかなーって思ったからさ」

 

言われて材木座は考える。材木座個人としては小説家になりたいが……

 

「正直に言うとわからんな。我はエルネスタ殿と違ってそこまで大層な夢はないのであるからな」

 

小説家は煌式武装の研究をしながらも出来るし、切り捨なきゃいけないものがない以上材木座には判断が出来なかった。

 

ただ……

 

「我は貴様の夢について笑うつもりも否定するつもりはない。寧ろ友人と決別までしてでも夢を叶えようとする意志の強さについては敬意を表するな」

 

するとエルネスタは珍しく目を見開いて驚きを露わにする。エルネスタ自身否定されると思っていたが、そこまで言われるとは思わなかったのだ。

 

暫く驚きを露わにしていたエルネスタだったが、やがて小さく苦笑を浮かべる。

 

「やー、これは予想外だったよ。将軍ちゃん、普段は痛い人なのに偶に格好いいねー」

 

「待て。我の何処が痛い人であるか?」

 

「え?自分のこと剣豪将軍って言ったり、友達の居ない所」

 

「はっ!残念だったな。我には八幡と戸塚殿の2人がいるわ!」

 

「たった2人じゃん」

 

「1人しかいない貴様に言われたくないわ!まさかとは思うが貴様、友達が居ないから寂しくて擬形体を作った訳ではないであろうな?」

 

「ちょっと待ってよ将軍ちゃん!それじゃまるで私が痛い人じゃん!」

 

するとエルネスタは今度は珍しく怒りの感情を露わにする。

 

「いや、普通に痛い人であろうに……」

 

「聞き捨てならないにゃ〜!私の何処が痛い人なのかなぁっ?!」

 

「ふっ……自覚のない辺りが、また……」

 

「むぅぅぅっ!パクリ小説しか書けない厨二病患者にバカにされるなんて一生の恥だよ!」

 

「なんだとこの電波女がっ!」

 

「なんですとぉっ!この剣豪将軍(笑)っ!」

 

 

 

ギャーギャーワーワー!

 

2人の言い争いが食堂に響き渡る。

 

それを聞いていた2人の部下ーーー『獅子派』と『彫刻派』の人間は思った。

 

ーーーどっちもどっち、両者共に痛い人だ、と。

 

 

そしてこの食堂にいる全員は思った。

 

ーーーお前ら、絶対に友達だろう、と。

 

 

結局2人はカミラが来るまで言い争って、彼女から拳骨を食らったのは言うまでもないだろう。



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王竜星武祭に向けて各陣営は……(後編)

聖ガラードワース学園、第3食堂にて……

 

「葉山くん、序列16位に昇格おめでとう!」

 

『おめでとう!』

 

ガラードワースの生徒の3割の人間ーーー葉山グループの人間は食堂を貸し切り、グループのリーダーである葉山隼人を飲み物の入ったカップを高らかに上げて祝福していた。

 

理由は葉山の序列が上がって冒頭の十二人ーーー銀翼騎士団一歩手前まで辿り着いたからだ。

 

「ありがとう皆。これも皆の協力があったからだよ」

 

『きゃぁぁぁぁぁぁっ!』

 

『うぉぉぉぉぉっ!』

 

葉山がニッコリ笑いながら礼を言うと女子からは黄色い声が上がり、男子からは力強い歓声が上がる。

 

葉山はそんな皆を見ながらマイクを持って口を開ける。

 

「だがまだだ。俺達の目標は序列を上げる事ではなく比企谷によって汚されたガラードワースを元の姿に戻すことなのだから」

 

その言葉と共に葉山グループのメンバーが顔を引き締めて、リーダーの葉山を見る。

 

「第1目標としては俺達の誰かが序列1位になって比企谷に洗脳されたエリオット会長を辞めさせて、洗脳を解きながらガラードワースを元に戻す事だ。その為にも公式序列戦で会長に挑む権利のある人は積極的に挑んでくれ」

 

『了解!』

 

葉山の意見に食堂にいる全員が了解の返事をする。数百人の生徒をここまで従わせられるのは葉山のカリスマ性があってこそである。使い方については完全に間違っているが。

 

「もしもそれが無理なら第2目標ーーー王竜星武祭で比企谷を叩き潰してエリオット会長やノエルちゃんにした洗脳を解かせる事にしよう。真っ向勝負なら俺達が負けるわけはないけど油断しないように。奴がどんな卑怯な手を使ってくるかわからないからね?」

 

『了解!』

 

またしても食堂にいる全員が了解の返事をする。既に葉山グループの中で八幡は『雑魚なのに卑怯な手を使って2位にいて、ガラードワースを支配しようとしている屑』と評価されていた。

 

「なら良い。ガラードワースの未来は俺達の手にかかっている。皆、正義を成す為に俺に付いてきてくれ!」

 

葉山が右手を高らかに挙げる。同時に食堂が再度盛り上がる。

 

「きゃー!葉山君格好良い!」

 

「流石俺達の希望だ!」

 

「ガラードワースの平和を取り戻して!」

 

「葉山くんならあんな卑怯者瞬殺だよ!!」

 

「会長達の目を覚ましてやってくれ!」

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

食堂は隼人コールが起こる。それはまるで星武祭の会場で生まれる歓声によく似ていた。

 

(比企谷。俺はガラードワースいや……アスタリスクで1番努力して強くなった。ガラードワースはお前みたいな卑怯者の好きにはさせない。俺が皆を守ってみせる……!)

 

葉山は手を振って皆に応えながらそんなことを考えていたのだった。

 

 

 

 

 

同時刻、ガラードワースの冒頭の十二人専用のトレーニングルームにて……

 

「まさか、そんな……」

 

「ノエル……ここまで強くなっているなんて……」

 

部屋の隅に立つレティシア・ブランシャールとエリオット・フォースターは驚愕の表情を浮かべながら部屋の中心にある光景を見ている。

 

2人の視線の先には……

 

「ははっ……凄いよノエル。ここまで強くなるとは思わなかったよ」

 

「はぁ、はぁ……あ、ありがぐっ……!ありがとう、ござ、います……」

 

元序列1位のアーネスト・フェアクロフとノエル・メスメルがステージ中央にいた。

 

アーネストは苦笑しながら立っていて、ノエルは疲労困憊の状態で床に倒れていた。ノエルは息も絶え絶えで腕も変な方向に曲がっているなど見るからにボロボロであった。

 

しかし2人が驚いているのは、ノエルの状態ではない。正確にいうとノエルの状態についても驚いているが、それ以上に驚いた事があるのだ。

 

それは……

 

 

「……まさか一騎打ちでアーネストの校章を破壊するとは思いませんでしたわ」

 

レティシアの言うようにアーネストの校章は粉々になって、床に倒れ臥すノエルの頭の横に落ちていた。それはつまりノエルが模擬戦でアーネストに勝った事を意味している。

 

「僕もですよ。しかしノエルのあの技はなんなんでしょう?」

 

エリオットは先の試合を思い出す。序盤にノエルが茨でアーネストを足止めして、ある程度したらステージに展開された茨を纏って聖狼修羅鎧を使ってアーネストと接近戦を仕掛けた。その結果ある程度は打ち合えたが地力の差から徐々にアーネストが推し始めた。

 

そして後一歩でアーネストが鎧を破壊しようとした瞬間、ノエルが鎧に大量の星辰力を込めて、自身が纏っている茨を凝縮して更に強い鎧を生み出した。

 

その後、ノエルはアーネストの攻撃を全て弾き飛ばして捨て身で攻め続けた結果、アーネストの校章を破壊した。

 

しかし反動は大きくらしく、ノエルは床に倒れてまま一歩も動けずにいた。

 

「大方魎山泊で身につけた技でしょう」

 

「ですよね……」

 

2人の予想は当たっている。ノエルは八幡と星露の戦いを見て、八幡が使う『影神の終焉神装』を使えるようになりたいと思って、努力の末に自身の能力の極致となる技を会得した。

 

最も反動は桁違いに大きく、一度使うと暫くマトモに動けなく代物であるが。

 

「ともあれ、彼女を見る限り身体に強い負担がかかる技なのでしょう。保健委員を呼びますわよ」

 

言いながらレティシアは空間ウィンドウを開き保健委員に連絡を入れだす。それを確認したエリオットはノエルとアーネストの元に駆け寄る。

 

「お疲れ様でした」

 

「うん。それにしてもノエルは本当に強くなったよ。自分で言うのもなんだけど、負けるとは思わなかった」

 

 

アーネストは惜しみない賞賛を送るがエリオットも同感だった。ノエルが強くなっているのはエリオットも知っていたが、公式序列戦ではエリオットに譲った一戦以外は無敗、獅鷲星武祭を二連覇したアーネストにはまだ勝てないと思っていた。

 

にもかかわらずノエルはアーネストに勝利した。ノエルが最後に見せた神の様な容姿、アレは壁を越えた人間にも届くとエリオットは思った。

 

(やれやれ……ノエルにはお兄ちゃんと言われているが、普通に僕より数段強いだろ)

 

内心そう呟くエリオットの頭には、最低月に一度は必ず顔を合わせる幼女と腐った目をした男の顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

クインヴェール第2トレーニングステージ……

 

 

「よう、待たせたなシルヴィアちゃん」

 

トレーニングステージに入ってきたのはクインヴェールの教師である『狼王』比企谷涼子だった。

 

「いえ。お義母さんが忙しいのは知っていますから」

 

笑顔で首を横に振るのは涼子の義娘にしてクインヴェール序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムだった。

 

「いんや、世界の歌姫に比べたらそうでもないさ。んで?トレーニングステージに呼んだって事は模擬戦か?」

 

「はい……ただ今回は全力で戦ってくれませんか?」

 

シルヴィアの提案に涼子は目を細める。涼子はクインヴェールの教師なので生徒とは毎日鍛える為に戦っている。もちろんシルヴィアとも戦っているが、基本的に6割から8割の力で戦っていて全力は出していない。

 

「別に良いけど何で?言っちゃアレだけど今のシルヴィアちゃんじゃ本気の私に勝つのは厳しいと思うよ」

 

涼子は全力なら負けないと言っているが、シルヴィアはそれを侮辱と思わなかった。今までに何十回と模擬戦をやったが、多少手を抜いた涼子相手に負け越しているのだから。

 

しかし……

 

「実は昨日、新しい曲が……八幡君との戦いに備えた曲が出来たので試してみたいんです」

 

「へぇ……」

 

途端に涼子は餓狼の如く獰猛な笑みを浮かべる、根っからの戦闘狂である涼子からしたら、今の話は充分にテンションを上げる話であった。

 

「良いよ。そんな事情があるなら……本気でやってやんよ」

 

言うなり、涼子から圧倒的な星辰力とプレッシャーが湧き上がる。ありとあらゆるものをすり潰すとばかりの力がシルヴィアに向けられる。

 

そして涼子はポケットから緑色のマナダイトがはめ込まれた指ぬきグローブーーー鉤爪型煌式武装の狼牙を取り出して自身の両手に装着して、それと同時に指ぬきグローブから光の刃が左右からそれぞれ3本、計6本の光の刃が虚空から伸びる。

 

 

「っ……流石ですねお義母さん……!」

 

それに対してシルヴィアは引き攣った笑みを浮かべながらも自身が愛用する銃剣型煌式武装フォールクヴァングを起動して斬撃モードにする。

 

「さて……んじゃやろうか。歌うなら待っててやるからさっさと歌いな」

 

「良いんですか?」

 

「これが星武祭本番なら歌う前に潰すけど、今回は新曲のチェックが目的だろ?歌わなくてどうする?」

 

涼子が手をヒラヒラしながらそう言うので。シルヴィアも落ち着いて歌える。

 

「わかりました……では」

 

シルヴィアはそう言ってから一度大きく息を吸い込み。、かっと目を見開き……

 

 

「私は纏う、愛する者を守る為、支える為、共に戦う為」

 

自身の体内から膨大な星辰力を膨れ上がらせて、大気中の万応素を変換させる。そしてシルヴィアの周囲に光が生まれ出す。

 

1年前、シルヴィアの愛する者ーーー八幡が左手を切り落とされてから作り出した新曲。誰よりも強くなろうと考えた曲。

 

それが1年の時を経て漸く完成してそれが今、初めて披露される。

 

「纏いて私は動き出す、誰よりも強く、誰よりも速く、愛する者を奪おうとする敵を討ち滅ぼす為に……!」

 

 

次の瞬間、第2トレーニングステージは光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5分後……

 

ドゴォォォォォォンッ

 

「うわあっ!」

 

「な、何事ですの!」

 

「ば、爆発っ!」

 

「な、何が起こっているの?」

 

第1トレーニングステージにて鍛錬をしていた元序列35位『拳忍不抜』若宮美奈兎、現35位『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグ、40位『爆犬の魔女』由比ヶ浜結衣、14位『氷烈の魔女』雪ノ下雪乃は突如、トレーニングステージの壁が轟音と共に吹き飛んだ事に対して驚愕の表情を浮かべる。

 

驚いている中、第1トレーニングステージの中央に影が転がってきた。それが何かと言うと……

 

 

 

「はっ……!はーはっはっ!最高!最高だよシルヴィアちゃん!実に面白いっ!」

 

『比企谷先生!?』

 

4人は影の正体を見て驚愕の声をあげる。影の正体ーーー涼子は全身から血を流しながらも心底楽しそうに笑っているが、美奈兎達4人からしたら信じられない光景だった。

 

美奈兎達も涼子に稽古を付けられた事があるが、涼子の実力は最近になって4人がかりでマトモにダメージを与えられるようになるなど桁違いである事を知っている。

 

しかし目の前にいる涼子はテンションは高いが明らかにボロボロになっていた。そんな事が出来る人間がクインヴェールにいるとするなら……

 

「一応、今の私の最大技だったんですけど……その程度のダメージだとショックですね」

 

壊れた壁からやって来たのはシルヴィアだった。それを見た美奈兎達はシルヴィアなら……と納得すると同時に驚愕の表情に変わる。

 

シルヴィアが纏っているものを見たからだ。シルヴィアはクインヴェールの制服を纏っておらず、光の衣を身に纏っていた。加えて手には圧倒的な星辰力を感じる剣、背中には大天使を模した神々しい翼が12枚生えていた。

 

4人が絶句してシルヴィアを見ているとシルヴィアも美奈兎達に気付いて両手を合わせて頭を軽く下げる。

 

「あ、修行中に壁を壊して邪魔しちゃってごめんね」

 

「い、いえ……」

 

美奈兎は驚きながらも首を横に振る。美奈兎以外のヴァイオレット達3人も絶句はしているが怒りの感情はない。

 

「いやー、今のは面白かったぜー。んじゃ続きを『pipipi』……ちっ。もしもし、どうしたペトラちゃん?」

 

涼子が続きをやろうとした直後、ポケットの端末が鳴り出したので舌打ち混じりに空間ウィンドウを開くとクインヴェールの理事長のペトラ・キヴィレフトのげんなりした表情が映る。

 

『どうしたではないでしょう。たった今第2トレーニングステージの壁が壊れたと報告が来ました。どのような事があって壊れたのですか?』

 

「んー?シルヴィアちゃんの新技が受けたら背後にあった壁が吹き飛んだ」

 

涼子がそう言うとシルヴィアはあちゃーと言った表情を浮かべて、額をピシャリと叩く。

 

『……とりあえず話はわかりました。記録は今から確認しますが、とりあえず貴女とシルヴィアは今すぐ私の所に来てください。状況によってはトレーニングステージの禁止も考えないといけないので』

 

「えー!禁止にするほどじゃないだろ?」

 

『貴女達の使った第2トレーニングステージは我が学園の所有するトレーニングステージではトップクラスの頑丈さです。そのステージを壊せるとなると危険過ぎます。とにかく今すぐ来なさい』

 

同時に通話が切られるので涼子はため息を吐きながらシルヴィアを見る。

 

「って訳でシルヴィアちゃん、行こうぜ」

 

「あ、はい」

 

シルヴィアがそう返すと、身体に纏っていた光の衣や12枚の翼は消え去ってクインヴェールの制服を着たシルヴィアが現れる。

 

「んじゃトレーニングの邪魔して悪かった。詫びとして今度焼肉奢ってやるよ」

 

「4人ともごめんね。今度私からもお詫びするから」

 

涼子とシルヴィアはそう言って美奈兎達に頭を下げると、理事長室に向かって歩き出した。

 

それを見送ると……

 

「えーっと、今日は休みにしよっか」

 

美奈兎の問いにボロボロになったトレーニングステージにいる3人は首を縦に振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

板張りの大広間、そこはこの世界とは異なる世界であり、見渡す限り壁が見えない不思議な部屋であった。

 

そんな不思議な部屋には柱以外何もなく普段なら静寂しか存在しないが……

 

 

「くくくっ!良いぞ八幡よ!もっともっと儂を滾らせるが良い!」

 

「煩ぇよ。テメェマジでくたばれ!」

 

今は俺と星露がぶつかる事で生まれる打撃音によって騒々しくなっていた。

 

既に俺は影神の終焉神装を装備して拳を放ち、星露は初代『万有天羅』が残した伝説の仙具の業煉杵を嬉々として振り回し衝撃波を放ってきている。拳と衝撃波がぶつかると辺りに新しい衝撃が生まれ周囲の柱や板張りの床が吹き飛ぶ。

 

 

今日は魎山泊がある日ではない。では何故星露と戦っているのかというと……

 

①生徒会長の仕事として中央区にある施政庁に行く

 

②遣いが終わった後に、残りの仕事をやるべくレヴォルフに戻ろうとしたら生徒会室の緑茶が切れかけているのを思い出す

 

③茶の葉を買いに行ったら店で星露と鉢合わせ

 

④捕まって気がついたら星露の作った異世界にいる

 

⑤勝負を挑まれる

 

……って、感じだ。仕事が残っていたので断りたかったが余りに執拗に挑んできたので受けたのだ。しかしいきなり戦うことになるとは思わなかったわ。

 

今の所拮抗しているが、直ぐに崩れるだろう。俺の影神の終焉神装の時間切れで。

 

だからそうなる前にケリをつけるしかない。

 

そう判断した俺は星露に裏拳を放ち吹き飛ばす。もちろんこの程度で星露が倒せるはずもなく、直ぐに戻ってくるだろう。

 

しかし僅かにだが時間はある。リスクは高いがアレで仕留める。

 

そう思いながら俺は脚部に星辰力を込める。虎峰が得意とする爆発的な加速をやるつもりだ。既にある程度こなせるようになったが、生身の状態で影狼夜叉衣と同等の速度を出せるのだ。影神の終焉神装を使っている時に決まれば星露ですら反応出来ないと思う。

 

だから俺は星辰力を込めながら地面を蹴るも……

 

「ぐはぁっ!」

 

星辰力のコントロールに失敗して近くの柱に激突。生身でも10回に3回失敗する技術だ。影神の終焉神装を使っている時に兼任して使う難しさは言うまでもないだろう。

 

慌てて柱から顔を上げると、丁度時間切れとなり影神の終焉神装が解けて……

 

「がはっ!」

 

星露の一撃をモロに受けてしまった。わかっていたことだが、糞痛ぇ……

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ……今日も勝てなかった。やっぱり能力を使ってる時に加速力を爆発的に上げるのは難しいな」

 

試合が終わって俺は仰向けになりやがらも愚痴る。起きたいのは山々だが、星露の一撃が予想以上に痛くて起きれない。

 

「まあ当然じゃろう。ちなみに影神の終焉神装抜きなら出来るのかえ?」

 

「10回やって3回失敗するな」

 

「ふむ……八幡よ、暫く影神の終焉神装を使ってる状態で加速力を高めるのは止めい」

 

「身体に負担が掛かるからか?」

 

「うむ。先ずは生身の状態で確実に加速力を爆発的に高めるようになるのじゃ。さもなくば肉体に悪影響が出て日常生活に支障が出るじゃろう。全力のお主と殺し合いたい儂としてはそれは避けたいのじゃ」

 

理由が私的すぎだろ……てか殺し合いたいって言いやがったよこいつ。俺こんな若さで死ぬとか絶対に嫌なんですけど?

 

「……はいよ。気をつける」

 

「うむ。しかし八幡よ、暇ならばもう一戦やらんかえ?」

 

「悪いがパスだ、まだ仕事が残ってんだよ」

 

てか魎山泊のない日星露に挑まれるとか予想外過ぎだわ。マジでサボりたい

 

「むぅ……ならば仕方ないのう」

 

「悪いな。てか戦いたいなら界龍に戻って梅小路とか雪ノ下陽乃あたりに挑め」

 

「八幡が無理であるならそうするのじゃ。ではの」

 

星露がパチンと指を鳴らすと、茶の葉を売っている店の前に戻る。つくづく規格外な存在だな。しかも星露の姿も見えないし。

 

(ま、魎山泊以外で星露と戦えたのは良かったな……)

 

星露との戦いはガチでキツイが一戦ごとに強くなるのが理解出来る。今から王竜星武祭まで続ければ優勝できる可能性は大きく上がるだろう。

 

そんな事を考えながらも俺はレヴォルフに向けて歩き出した。



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こうして3人の関係は更に一歩進む

8月8日

 

それは俺の誕生日である。普段の俺ならいつもと変わらない日だが、今年は違う。今日俺は境界を越えて新しい世界へと踏み出す事が出来るのだ。

 

そんな俺が誕生日に何をしているかというと……

 

「ほらほら、さっさと攻めてこいよ。格上相手に受け身になってどうすんだー?」

 

「くぅぅぅっ!言われなくても!撃ぇー!」

 

女子と白兵戦をやってます。

 

脚部に星辰力を込めて加速力を爆発的に高めながらワインバーグと距離を詰めると、ワインバーグは悔しそうにしながらも自身の周囲から12発の砲弾を生み出して放ってくる。

 

対して俺は義手に星辰力を注ぐ。すると義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝くので……

 

「よっ!」

 

光が最高潮に輝いた瞬間に突きを放ち、そこから放たれた衝撃波がワインバーグの放つ砲弾を全て木っ端微塵にした。

 

「ええっ!なんですのその義手?!」

 

ワインバーグが驚きの色が浮かんだ表情を浮かべる。

 

これは義手に埋め込まれたマナダイトを強引に連結させて出力を上げて流星闘技を放ったのだ。

 

マナダイト多重連結させて出力を上げる方式をロボス遷移方式と呼ぶ。星導館の沙々宮の持つ巨大な煌式武装も同じシステムを導入している。

 

破壊力については純星煌式武装に匹敵するが出力が安定し難い上に、一回の攻撃ごとにインターバルが必要であると中々ピーキーなシステムだ。

 

10年前に否定された技術だが、俺はそれを気にしないで義手に取り入れた。理由はもちろん王竜星武祭に備えてだ。

 

今シーズンの王竜星武祭はまだ始まっていないにもかかわらず史上最高の王竜星武祭になると言われていて、参加する選手も桁違いでオーフェリアが出なくても優勝するのは厳しい。

 

加えて俺の切り札は肉体に掛かる負荷が大きい技が殆どだ。星武祭中には治癒能力者による治療を受けれない以上、肉体に負荷の掛からない攻め手を用意する必要がある。

 

そこで俺は義手にロボス遷移方式を取り入れる選択をした。結果俺の義手は純星煌式武装に匹敵するものとなり攻め手が増えたのだ。

 

しかも義手だから壊れても治癒能力者による治療は受けないで済む。壊れ易いのが欠点だが、レヴォルフの装備局に頼んで大量の義手のスペアを作るように頼んであるから問題ないだろう。

 

ちなみに運営委員に問い合わせたら義手型の煌式武装という事で許可は下りた。その際にオーフェリアの毒を仕込むのは却下されたが致し方ない。複数で挑む鳳凰星武祭や獅鷲星武祭ならともかく、個人戦の王竜星武祭で他人の能力を使うのは明らかに問題行為だし、世間からも叩かれそうだし。

閑話休題……

 

そんな訳でロボス遷移方式を取り入れた義手による流星闘技は純星煌式武装に匹敵する破壊力を持ち、ワインバーグの放った砲弾を全て破壊したのだ。

 

しかし今は戦闘中なので馬鹿正直に話すわけにはいかない。俺は拡大した義手を元のサイズに戻してからワインバーグに突っ込む。一度流星闘技を使用した以上暫くの間義手による流星闘技は使えないので体術で攻めるのみだ。

 

「くぅぅぅっ!量滅の崩弾!」

 

ワインバーグがそう叫ぶと、俺の前方に1発の砲弾が現れる。しかし現れると同時に砲弾はパカリと割れてそこから100を超える小さな砲弾が生まれる。

 

(榴散弾か……上等だ)

 

そう思いながらも俺は右手に星辰力を注ぎ……

 

「ふんっ!」

 

「撃ぇー!」

 

流星闘技を使って衝撃波を放つ。義手と違ってマナダイトはないので威力はさっきの流星闘技より弱い。

 

そして俺の衝撃波とワインバーグの放った無数の砲弾とぶつかり合う。大半の砲弾は相殺される。しかし相殺されなかった砲弾はこっちに向かうので……

 

「よっと」

 

持ち前の体術を駆使して回避する。それと同時に俺は脚部に星辰力を込めてワインバーグとの距離を詰めにかかる。この距離なら俺の方が速い。

 

と、その時だった。

 

「かかりましたわね!紅烈の崩弾!」

 

次の瞬間、ワインバーグが手に持つマスケット銃を天に掲げると俺達の間に真紅の巨大な砲弾が生まれて……

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

即座に爆発する。その衝撃と爆風によって俺は後ろに吹き飛ぶ。咄嗟に星辰力を防御に回したのでダメージはそこまでないが、制服はボロボロになった。

 

(しかしあの野郎、自分も近くにいる中であんな破壊力のある砲弾を使うなんて……っ!)

 

そこまで考えているとワインバーグのいる方向から万応素が荒れ狂うのを感じたので顔を上げると先程の大量の榴散弾が俺に襲いかかる。

 

「ちっ!影の刃軍!」

 

慌てて影の刃で迎え撃つも、全て防ぐのは不可能で俺に襲ってくる。

 

仕方なく急いで足に星辰力を込めて地面を蹴って榴散弾の攻撃範囲から逃れた時だった。

 

「予想通り……ですの!」

 

爆風の中からワインバーグが出てきて、空中にいる事でマトモに動けない俺の校章を拳で破壊した。

 

それによって模擬戦終了のブザーが鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふーん。勝利の後のパフェは最高ですの〜!」

 

所変わってアスタリスク中央区にあるショッピングモールの中のカフェにて、俺はワインバーグと一緒におやつのパフェを食ってるがドヤ顔がウザい。

 

ちなみに今日は魎山泊がある日ではなく、所用で街を歩いていたら偶然ワインバーグ会って、模擬戦に誘われた。

 

そんでアスタリスク中央区にあるトレーニングステージで模擬戦をやって俺が負けて今に至るのだが……

 

「浮かれるのは鎧を使った俺に勝ってからにしろ」

 

負けたのは事実だが今回は鎧抜きで戦った。本気ならまだ負けないだろう。

 

「言われなくてもそのつもりですの!王竜星武祭まで半年以上ありますし、それまでに絶対に強くなってみせますの!」

 

ワインバーグは高らかに宣言するが、王竜星武祭が開催される頃には間違いなく強くなるだろう。

 

ワインバーグの序列は35位。しかしこれは公式序列戦で格上に挑んでないからであって単純な実力ならクインヴェールでも10本の指に入っていると俺は考えている。

 

ワインバーグだけじゃない、若宮やイレーネやメスメルなど魎山泊にいる面々は序列は高くなくても実力なら学園屈指となっている。

 

(しっかし星露の奴、各学園の面々をここまで強くするとは予想外だ。ダークホースが沢山現れて王竜星武祭は間違いなく盛り上がるな……)

 

しかし界龍に不満を抱かせてまでする事か?今の界龍は相当荒れているみたいだし。

 

(まあそれは星露の問題だな……それよりも俺だ)

 

俺もまだまだ足りない部分はあるし、優勝を目指す以上後半年でその足りない部分を補わないといけない。

 

そう思いながら俺はパフェを食べるのを再開した。甘い物を食べて前向きにならないといけないからな。

 

その後パフェを食べ終えた俺達は30分くらいミーティングをして解散となった。

 

「では八幡さん、また3日後によろしくお願いしますの」

 

そう言ってワインバーグは去っていった。それを確認した俺は立ち上がりとある店に向かう。本来俺はその店に行く予定だったのだが、ワインバーグと偶然会って後回しにしたのだが、ワインバーグが帰った以上本来の目的を果たすつもりだ。

 

そして俺は目的の店に着いて……

 

「すみません。以前に当店で予約をした比企谷ですけど……」

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

夏の夕焼けがアスタリスクを照らす中、用事を済ませた俺は自宅に帰宅する。

 

鍵を取り出してドアを開けて中に入る。そして靴を脱いでリビングに向かうと……

 

「「八幡(君)、誕生日おめでとう」」

 

ちゅっ……

 

恋人のオーフェリアとシルヴィが俺に駆け寄ってきて唇を重ねてくる。同時に溜まっていた疲れは全て取れる。やはり2人の唇には魔法が宿っているのかもしれないな。

 

「ありがとう2人とも。愛してる」

 

ちゅっ……

 

言いながら俺は2人にキスを返す。3人でするキスは俺達を幸せにするのだから可能ならずっと味わいたいくらいだ。

 

「私も愛してるよ」

 

「……今日は八幡の為に腕によりをかけて作ったわ」

 

2人は俺にキスをしながらテーブルを指し示してくる。そこにはオーフェリアのグラタンを始めとした俺の好物がズラリと並んでいた。俺の為にここまでしてくれると彼氏としては嬉しく思う。

 

「それは嬉しいな。じゃあ早速貰って良いか?」

 

「もちろん。さあ座って座って」

 

2人に促されて席に着くとオーフェリアが早速グラタンをスプーンですくって……

 

「八幡、あーん」

 

スプーンを突き出してあーんをしてくる。既に何千どころか何万もあーんをされた俺からしたら恥じらいは一切無いので……

 

「あーん」

 

そのまま口を開けてグラタンを食べる。すると口の中に熱とチーズの旨味が同時にやってきてくる。それをゆっくり味わってから飲み込む。

 

「ありがとうオーフェリア。凄く美味かった」

 

あーんの補助効果もあって最高の一言だった。やっぱり料理には愛情だろう。一口食べただけで物凄く伝わってきたし。

 

「……なら良かったわ」

 

オーフェリアは小さくはにかむ。普段は割と無表情のオーフェリアのはにかみは破壊力があり過ぎる。これを見てドキドキしない男はいないだろう。

 

「八幡君八幡君」

 

するとオーフェリアと反対側に座っているシルヴィが肩を叩いてくるので振り向くと……

 

「あーん」

 

フォークに刺したチキンを突き出してくる。

 

「あーん」

 

だから俺はオーフェリアの時と同じように口を開けてチキンを口にする。

 

「どう?私が焼いたんだけど……美味しいかな?」

 

「最高」

 

「そっか……ふふっ」

 

不安の混じったようなシルヴィの問いに即座に返事をするとシルヴィは途端に嬉しそうな表情を浮かべてくる。

 

(やっぱり2人の笑顔は可愛いな……)

 

今まで様々な女子の笑顔を見てきたが、彼女だからかオーフェリアとシルヴィの笑顔は群を抜いていると思う。見るだけで何でも出来ると思えるほどに。

 

それから20分、俺は2人にあーんをされ続けながら2人の手料理を口にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ八幡君。私達からのプレゼント、受け取って」

 

夕飯を食べてケーキを食べ終えると、オーフェリアとシルヴィがプレゼントを渡してくる。どうやらバラバラではなく、2人が選んだプレゼントなのだろう。

 

受け取った俺は箱に付いてあるリボンを取って開けると……

 

「おおっ……綺麗だな」

 

驚きの感情が生まれてくる。

 

入っていたのはロケットペンダントだった。銀色のそれはとても美しくかなり高級である事がわかる。

 

しかし1番驚いたのは既に写真が入っていた事。そこにはディスティニーランドに行った際に撮った、白亜の城をバックに俺が2人にキスをされている写真だった。

 

「店員さんに頼んで入れて貰ったんだけど、どうかな?」

 

「……違う写真が良かったかしら?」

 

言いながらオーフェリアとシルヴィは俺が今貰った同じロケットペンダントを見せてくる。どうやら3人お揃いにしたかったようだ。

 

俺としては大歓迎だ。3人で同じ物を持つなんて実に良いと思うし。

 

そう思いながら俺は無言でロケットペンダントを首にかける。すると首に若干の重みが感じるが気持ちの良い重みである。

 

「あ……うん、やっぱり似合ってるよ」

 

「……3人でお揃い」

 

2人は幸せそうに笑ってくる。たったこれだけの事で笑ってくれるなんて嬉しい。可能ならこれからずっと、こんなさり気ないやり取りでも幸せを感じる日々を過ごしたい。

 

そう考えた俺は、今日の為に俺が用意した物を渡す決心をした。

 

「ありがとな……実は俺からもお前らに渡したい物があるから受け取ってくれないか?」

 

「え?八幡君が私達に?」

 

「……八幡の誕生日に物を貰うなんて思わなかったわ」

 

2人がキョトンとする中、俺はポケットから小さい、それでありながら高級そうな箱を取り出して2人に見えるように開ける。

 

「えっ?!八幡君?!」

 

「それは……」

 

2人が驚きの表情を浮かべる。箱の中にあるのはルビーが埋め込まれた3つの銀色の指輪だからだろう。

 

「今日、俺は18歳になったから結婚が出来る。こういったことは早過ぎるかもしれないが……」

 

一度深呼吸をして……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが好きだ。アスタリスクを卒業したら俺と……結婚してくれ」

 

指輪の入った箱を2人に突きつける。同時に顔が熱くなる。好きだとか将来云々については何度も話したが、指輪を渡してのプロポーズは初めてなので恥ずかしい。

 

俺が内心悶々としていると、2人は目尻に涙を浮かばせながらも笑みを見せて……

 

「不束者ですがよろしくお願いします……!」

 

「……私達を幸せにしてね」

 

俺のプロポーズを受け入れてくれた。同時に俺の中で嬉しさが込み上がみ、感極まって2人を抱き寄せる。

 

「わかってる……絶対に俺の全てを賭けて幸せにしてみせる」

 

これは2人と付き合った時から決めていた事だ。2人の告白を受け入れた以上2人を幸せにする義務があるのだから。

 

「ありがとう……ねえ八幡君、指輪……付けて欲しいな」

 

「……私も」

 

「わかった」

 

言いながら2人から離れてから、俺は1番左の指輪を取りオーフェリアの左手を掴む。既に2人の指のサイズは2人が寝ている時に測ったから問題ない筈だ。

 

そう思いながらオーフェリアの左手の薬指に指輪をはめるとピッタリと合った。

 

「わあっ……!」

 

するとオーフェリアは珍しくハッキリと喜びの色を露わにして自分の左手を眺める。そこまで喜んで貰えたなら男冥利に尽きるな。

 

そう思いながら俺は箱の中で1番右にある指輪を取り、今度はシルヴィの左手を掴み、薬指に指輪をはめる。

 

「ふふっ……八幡からの指輪……」

 

シルヴィはニヤニヤしながら指輪を眺める。シルヴィがそんな表情をするのを初めて見るので意外である。

 

(が、まあ喜んでくれて何よりだ)

 

これで重いとか言われたらショック死している自信がある。冗談抜きで。

 

そんなことを考えていると……

 

「「じゃあ最後に……」」

 

恋人2人が箱に残っている指輪を取り俺の左手の薬指にはめてくる。それによって俺達3人の左手の薬指には同じ指輪がはめられた。

 

そして俺達はゆっくりと顔を寄せ合い……

 

「「「愛してる(よ)(わ)」」」

 

ちゅっ……

 

3人で抱き合いながら唇を重ねた。もう俺達の関係は不滅だ。何があっても壊すつもりはないし、壊そうとするものは全て排除するつもりだ。

 

 

 

そう思いながら俺達はキスをし続けた。今はただこうしていたい。ただ3人で幸せを感じ続けたかった。

 

 

気が付けば朝になっていた。今まで何時間もキスをした事はあるが12時間以上したのは初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数ヶ月が経過した。

 

俺がシルヴィとオーフェリアに正式にプロポーズしてから色々あった。

 

いつものように3人でイチャイチャしたり、ワインバーグとメスメルを鍛えたり、星露と殴り合ったり、街に出たら偶然会った葉山と揉めて殴られたり、クリスマスに聖夜の夜を性夜の夜にしたり、大晦日にイチャイチャして年が明けてから2人を抱いたり、正月に明治神宮に向かったり、など色々な事があった。

 

思い出すと懐かしい事ばかりだが、今日から2週間は思い出に耽っている事はないだろう。

 

理由は簡単、これから始まるイベントに集中しないと足元を掬われるからだ。

 

 

そう、世界で最も盛り上がると言われているイベントーーー王竜星武祭に集中しないといけない。

 

遂に3年ぶりに行われる王竜星武祭の幕が開く。



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ついに王竜星武祭の幕が上がる

「ーーー以上の事から前実行委員長の言う通り星武祭のレベルは年々上昇している。煌式武装の性能の向上、それに合わせてのレギュレーションの変更なども変わっていく。未来の星武祭は過去の星武祭の先にあるのだ」

 

シリウスドームのステージに設えられた壇上から、マディアス・メサの後任の実行委員長が観客と選手に向けて高らかに謳う。

 

ついに始まった王竜星武祭。今は開会式を行なっていて、生徒会長の俺は他の生徒会長と共に壇上の隅にいる。

 

(やれやれ、生徒会長は開会式に強制参加だから怠いな……まあ今回の星武祭では欠席はしない方がいいだろうけど)

 

壇上からステージを見下ろすと200人以上の選手がズラリと並んでいる。基本的に開会式では、ガラードワースの生徒は一分の隙も無く並び、レヴォルフの生徒は殆どが欠席をする。

 

しかし今回は歴代最高の王竜星武祭になると事前から言われていたからかレヴォルフの生徒からも欠席が少なかった。ここまでレヴォルフの生徒が並ぶ開会式は今後あり得ないだろう。

 

(しっかし事前の情報通り相当の手練れが出場してやがるな)

 

ステージを見渡すと手練れは直ぐに見抜く事が出来る。

 

星導館の生徒がいる場所からは『叢雲』天霧綾斗、『神速銃士』こと小町、『華焔の魔女』ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト、沙々宮紗夜、『輪蛇王』ファードルハ・オニール、『倒鬼』東薙茨、『轟遠の烈斧』レスター・マクフェイルが目に入り、

 

クインヴェールの生徒がいる場所からは『舞神』ネイトネフェル、『拳忍不抜』若宮美奈兎、『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグ、『爆犬の魔女』由比ヶ浜結衣、『氷烈の魔女』雪ノ下雪乃が目に入り、

 

俺の所属するレヴォルフの生徒がいる場所からは『砕星の魔術師』ロドルフォ・ゾッポ、イレーネ・ウルサイスにプリシラ・ウルサイス、『沙竜』ロスヴィータ・ディーツェ、『叫炎の魔術師』ボニファーツ・プライセが目に入り、

 

ガラードワースの生徒がいる場所からは『聖茨の魔女』ノエル・メスメル、『友情剣 』 葉山隼人、『獄炎槌』三浦優美子、『魅惑槍』一色いろはが目に入り、

 

アルルカントの生徒がいる場所からは、『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズ、三体の擬形体に代理を頼んだ材木座義輝、カミラ・パレート、エルネスタ・キューネ、『双頭の鷲王』カーティス・ライトが目に入り、

 

界龍の生徒がいる場所からは『魔王』雪ノ下陽乃、『神呪の魔女』梅小路冬香、『鉄拳』川崎沙希、『水撃士』川崎大志が目に入る。

 

加えて俺と同じよう壇上にいる恋人『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムや未だに武者修行から帰ってきていない『覇軍星君』武暁彗も王竜星武祭に参加するのだ。

 

(ったく、オーフェリア抜きでも優勝は厳しいな……てか暁彗は遅刻しろ、マジで)

 

暁彗の試合は明後日だが、間に合わなかったら失格となる。俺としてはマジで間に合わずに失格となって欲しい。

 

というかこの場にいる全員が思っているだろう。獅鷲星武祭の時点での暁彗の実力でも優勝候補の一人に挙げられる。どんな武者修行をしているのかは知らないが今の暁彗は間違いなく優勝候補筆頭になっているだろう。俺自身、前に勝った時はギリギリだったし。

 

そんな事を考えている間にも実行委員長の話は続き、遂に……

 

「ーーーそれではこれより第25回王竜星武祭の開幕を宣言する!」

 

王竜星武祭の開幕が宣言される。同時に選手と観客からは圧倒的な大歓声が生まれ、ステージ全体を包み込んだ。

 

(ついに始まったか……絶対に優勝してやる)

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……疲れた」

 

「まあ八幡君は初めて壇上に上がったから仕方ないよ」

 

「……格好良かったから大丈夫」

 

シリウスドームの俺の控え室にて息を吐くとオーフェリアとシルヴィが抱きついてくる。2人の柔らかい身体が俺から疲れを無くしてくる。

 

「そりゃどうも。にしても初日から試合は怠いな……」

 

俺はCブロックに配置されていて試合は初日にこのシリウスドームで行われ、第4試合目と割と早い方だ。

 

ちなみにシルヴィの1回戦は最終日の4日目にシリウスドームで行われる。

 

「こればっかりは仕方ないよ。頑張って初日で1番目立ってね」

 

「いや天霧がいるから無理だろ……」

 

天霧は開幕試合ーーー今回の星武祭で最初の試合を担当する。シリウスドームで行う選手は基本的に優勝候補が多いが開幕試合を担当するのはその中でもトップクラスの人間がやる。前回の王竜星武祭の開幕試合では前々回の優勝者のオーフェリアがやっていたし。

 

その点で言えば鳳凰星武祭と獅鷲星武祭を制して2年以上序列1位をキープしている天霧は開幕試合にする相応しいと言えるだろう。

 

実際に大手のブックメーカーが出しているオッズでは……

 

シルヴィ……1.2倍

 

天霧……1.35倍

 

俺……1.48倍

 

暁彗……1.75倍

 

etc……

 

って感じだ。

 

閑話休題……

 

「……まあそうね。それより私としては1回戦の相手を完膚なきまでに叩き潰して欲しいわ」

 

オーフェリアはため息を吐きながら空間ウィンドウを開いてトーナメント表を表示する。そこには……

 

 

Cブロック1回戦第1試合

 

比企谷八幡VS葉山隼人

 

そう表示されている。まさか1回戦であいつと当たるとは思わなかった。

 

「そうだね。二度と卑怯とかイカサマって言えないようにして欲しいな。八幡君、この試合は絶対に勝ってね」

 

シルヴィがオーフェリアの意見に賛成する。どんだけ葉山の事が嫌いなんだよ?俺も嫌いだけどさ。あいつしょっちゅう正義がどうとか言って殴ってくるし。

 

「そのつもりだ。それより俺は飲み物を買いに行くがなんか飲みたい物はあるか?」

 

「……え?私かシルヴィアが行くわよ?」

 

「うん。八幡君は今から試合じゃん」

 

「まあそうだけど……少し落ち着かないからな。気分転換だよ気分転換」

 

「じゃあ……りんごジュースをお願い」

 

「……紅茶をお願いして良いかしら?」

 

「はいよー、ついでに昼飯も買ってくるわ」

 

言いながら俺は控え室を出た。待たせると悪いし早めに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

売店で飲み物だけでなく弁当も買う……その選択を俺は早々に後悔した。試合が終わってから買いに行くべきだった。

 

何故なら……

 

「…………」

 

『………』

 

葉山及び葉山グループの人間と鉢合わせしたからだ。最悪だ。マジで面倒だ。

 

内心後悔していると葉山が口を開ける。

 

「漸くこの時が来たよ。お前からガラードワースを救う機会が」

 

「は?」

 

何を言ってんだこいつは?マジで意味がわからないな。俺は別にガラードワースの独裁者じゃないんだが?

 

呆れる中、葉山は喋り続ける。

 

「正直言って1回戦で当たって良かったよ。これならお前に直接裁きを下せるからね」

 

「いや意味がわからないわ。俺が何をしたってんだよ?」

 

俺がそう返すと取り巻きが口を開ける。

 

「とぼけるな卑怯者!」

 

「そうよ!会長達を騙してるんでしょ!」

 

「でなきゃ会長達がお前みたいな社会のゴミと接点を持つ筈がない!」

 

あー、マジで面倒くさいな。星武祭の期間中だから手を出したら失格になるが、出して良いなら全員半殺しにしたい。

 

内心イライラしている時だった。

 

「何をしてるんですか……?観客が多い中で騒ぐのはやめてください……!」

 

そんな声が聞こえたので横を見るとガラードワースの生徒会副会長のノエルが早足でこちらに向かってくる。

 

「ノエルちゃんが来たか……ノエルちゃんは比企谷に洗脳されているし、一度引こう」

 

それを見た葉山はそんな事を言ってくる。いや洗脳って何だよ?俺はヴァルダじゃないから人を操る能力は持ってないからな。

 

内心そう呟くと葉山は一度俺を睨み……

 

「ステージで待っていろ。お前がどんな卑怯な手段を使うか知らないが、化けの皮を剥がしてやるぞ」

 

そう言ってグループのメンバーを引き連れて去っていった。二度と会いたくないものだ。

 

「だ、大丈夫ですか八幡さん?」

 

葉山達が見えなくなるとノエルが俺の目の前にやってくる。

 

「別に問題ない。いつものように挑発されただけだ」

 

「す、すみません……何度も八幡さんに迷惑をかけてしまって」

 

するとノエルは申し訳なさそうに頭を下げてくる。ノエルは悪くないのに律儀な奴だ。

 

「何度も言っているが気にすんな。お前は悪くないんだから」

 

「あっ……は、はい」

 

そう言いながらノエルの頭を撫でるとノエルはくすぐったそうに目を細めてから頷く。葉山と会って溜まったストレスが一瞬で癒される。

 

「わかればいい。ところでお前も昼飯を買いに来たのか?」

 

ノエルも初日にシリウスドームで試合がある。売店に来た以上昼飯を買いに来たとしか思えない。

 

「は、はい。そうです。八幡さんもですか?」

 

「まあそんな所だ」

 

「でしたらご、ご一緒してもよろしいですか?」

 

ここでノエルは予想外の提案をしてきた。飯を食う事についてではない。魎山泊の帰りに何度か一緒に飯を食った事があるし。

 

俺が予想外だったのは別の事だ。

 

「あん?構わないがフォースターと一緒に食わないのか?」

 

「お兄ちゃんは仕事が多くて、開会式が終わってからガラードワースに帰りました。私の分もやらなくちゃいけないですし……」

 

あー、なるほどね。ガラードワースの生徒会は仕事が他学園より格段に多いし、副会長のノエルは星武祭に参加するからフォースターの仕事は必然的に多くなる。

 

そこまで考えていると……

 

 

「ダメ……ですか?」

 

ノエルが不安そうな表情を浮かべながら上目遣いで俺を見てきた。

 

………

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜ん?それで連れてきたと?」

 

「……八幡は相変わらず優しいわね」

 

5分後、俺はノエルを連れて控え室に向かうと、オーフェリアとシルヴィにジト目で見られたので事情を説明している最中である。

 

「あ、あの!私が強くお願いしたからで、八幡さんを責めないでくれませんか?」

 

するとノエルがモジモジしながらも俺を弁護する。同時に2人はため息を吐いてジト目を消す。

 

「……まあいっか。八幡君の事だから他意はないだろうけど」

 

「……そうね。それに聞いた話じゃあの葉虫に絡まれていた八幡を助けたらしいし……座って良いわよ」

 

どうやら2人も納得してくれたようだ。良かった、ここで追い返したりでもしたら罪悪感で胃が死んでいたし。

 

「で、では失礼します」

 

言いながらノエルがオーフェリアの向かい側に座る。しかしレヴォルフの生徒の控え室にレヴォルフと仲が良くないガラードワースとクインヴェールの2人がいるとはな……結構カオスだ。

 

そんな事を考えているとタイマーが鳴った。同時に部屋の空気が僅かに引き締まる。どうやらそろそろ時間のようだ。

 

そう思いながら控え室に備え付けのテレビをつける。すると……

 

『はいはーい、というわけでこちらは王竜星武祭第1試合会場であるシリウスドームです。実況はABCアナウンサーであるわたくし梁瀬ミーコ、解説はなんとこの人!星猟警備隊隊長にして史上初王竜星武祭を二連覇した『時律の魔女』ヘルガ・リンドヴァル隊長です!』

 

『ヘルガ・リンドヴァルだ。よろしく頼む』

 

メインステージ実況でお馴染みのABCアナウンスの梁瀬ミーコと、お袋の天敵のヘルガ隊長が映る。流石歴代最高になり得ると評価されている王竜星武祭だけあって解説者も今までとは桁違いの大物だ。

 

『さて、今大会についてどう思いますか?』

 

『そうだな……今回は二連覇しているオーフェリア・ランドルーフェンは出場していないが、大本命が居ないという事で各学園から腕利きの猛者が沢山出ている。今回はオーフェリア・ランドルーフェンの一人勝ちがない代わりに激しい戦いになるだろう』

 

『そうですよね……そうなると優勝の予想は……』

 

『今回に限っては全く読めないのが本音だな。本戦に上がれる選手は予想出来るが、本戦の組み合わせが出ない限りなんとも言えないな』

 

でしょうね。いくら優勝候補筆頭のシルヴィでも組み合わせ次第では潰される可能性もある。俺も本戦初っ端4回戦から天霧と当たったらキツいし、仮に勝てても5回戦でシルヴィと当たったら負ける可能性が高いし。

 

「加えてノエルちゃんみたいに魎山泊の人間もいるからねー」

 

シルヴィの言う通りだ。星露に鍛えられた面々は間違いなくダークホースとして活躍するだろう。

 

俺の知る限り魎山泊のメンバーはノエル、ヴァイオレット、小町、リースフェルト、レスター・マクフェイル、若宮、ウルサイス姉妹だが、他にもいるだろう。そして間違いなく殆ど全員が本戦に上がるだろう。

 

実際にノエルは2回、ヴァイオレットは1回だけだが影狼修羅鎧を纏った俺に勝った上、星露にも攻撃を当てれるようになったし。

 

とにかく魎山泊のメンバーがいる以上予選でも一切油断しないのが良いだろう。

 

『……と、こうしている間にも、そろそろ開幕試合が近づいてまいりました!』

 

「おっと、もうそんな時間か」

 

「八幡さんは第4試合ですから開幕試合が終わった頃には出た方がいいですね」

 

「だな」

 

言いながら空間ウィンドウを見ると既に実況席ではなくステージが映し出されていた。

 

『さあさあさあー!先ずは東ゲートから姿を現したのは優勝候補の一角、一昨年の鳳凰星武祭と去年の獅鷲星武祭を制して、史上2人目のグランドスラムに手をかける今シーズンの立役者!星導館学園の序列1位!天霧綾斗選手ーーー!』

 

同時に東ゲートから天霧が現れて大歓声が沸き起こる。それはまさに音の爆弾で控え室にも響いてくる。

 

「しっかし対戦相手は気の毒だな……」

 

俺の言葉にオーフェリア達3人が頷く。天霧の対戦相手は界龍の序列40位。一応星露の弟子らしいが相手が悪過ぎる。

 

ネットでは既にこの試合の賭けが行われているが、『どっちが勝つか』の賭けは天霧の対戦相手が桁違いの倍率になって賭けそのものが不成立となったので、『天霧がどれだけの速さで勝つか』になったし。ちなみに俺は5秒以内に50万賭けた。当たれば2倍の100万だ。

 

そんな事を考えていると天霧が『黒炉の魔剣』を起動するが……

 

『おおっと!天霧選手の『黒炉の魔剣』のサイズが変わってます!』

 

『どうやら『黒炉の魔剣』を最適なサイズに調整出来るようになったようだな。天霧選手の弱点であった『黒炉の魔剣』のサイズ調整が無くなった今、天霧選手に死角は殆どないだろう』

 

実況と解説の声に観客席からは更に歓声が上がる。しかし俺達からしたら全く興奮出来ない。

 

(マジか……こりゃ益々厄介になりやがったよ……)

 

以前の天霧はサイズ調整が出来ずに巨大な『黒炉の魔剣』を持て余し気味だった。そこを突けば勝機はあるが、サイズ調整が出来るようになった以上付け入る隙は大きく減った。

 

(こりゃ天霧がシルヴィや暁彗、ロドルフォあたりと潰し合って欲しいもんだ)

 

ぶっちゃけ俺と天霧は相性が最悪だし。

 

『さあいよいよ開始の時間です!この開幕試合、勝つのは星導館か?!またまた界龍か!』

 

実況の声が聞こえてくるが、この場にいる全員が星導館が勝つと思っているだろう。

 

そして……

 

『王竜星武祭Aブロック1回戦1組、試合開始!』

 

試合開始の合図が鳴る。すると次の瞬間……

 

 

『ーーー校章破損』

 

開始地点にいる天霧が瞬間移動をしていると思えるくらい速く相手に切り込み、一瞬で校章を断ち切った。

 

『試合終了、勝者、天霧綾斗』

 

機械音声が勝利を告げるも観客席はシーンと静まっている。余りにも早過ぎて見えなかったのだろう。

 

「ノエル、見えたな?」

 

「は、はい!ギリギリですけど」

 

「なら良い」

 

俺がそう答えると空間ウィンドウからは歓声が上がる。やはり優勝候補筆頭が活躍すると興奮するのだろう。

 

そしてノエルもギリギリだが見えていたようで何よりだ。魎山泊では反応速度を最も重視していた。反応出来なきゃ何も出来ないからな。

 

しかしノエルも見えたという事は、天霧と相対した場合何も出来ずに負けるというのはない。それなら安心だ。

 

「さて……俺はそろそろ行くわ」

 

俺の試合は第4試合、今からゆっくりゲートに向かえば丁度良い時間だろうし。

 

「うん。行ってらっしゃい八幡君」

 

「……再起不能になるまで叩き潰してきて欲しいわ」

 

「は、八幡さん……頑張ってください」

 

俺が立ち上がると3人からエールを受ける。しかしシルヴィはともかく、オーフェリアは怖過ぎる。そしてノエルよ、応援してくれるのは嬉しいが俺の対戦相手はお前と同じ学園の生徒だぞ?

 

「(まあ突っ込んだら負けだろうしやめておくか)ああ、またな」

 

そう言いながら俺は控え室を後にした。先ずは1回戦、ここで勝って勢いに乗るか。

 

 

 

 

 

「ねぇノエルちゃん。さっき八幡君を応援したけど良いの?」

 

「……そういえば私達からしたらあの葉虫は不倶戴天の怨敵だけど、一応ガラードワースの生徒だったわね。私達は広めるつもりはないけど問題じゃないかしら?」

 

「確かにガラードワースの生徒会の一員からしたら問題かもしれないですが……私個人としては八幡さんに勝って欲しいですから」

 

「(この子の表情を見る限り八幡君に凄く懐いてるね……)ノエルちゃん。聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

 

「?何ですか?」

 

「八幡君の事は好き?あ、恋愛感情的な意味ね?」

 

「ふえっ?!八幡さんの事を優しいと思っていますし尊敬はしてます!で、ですがいきなり好きって聞かれても……うぅ……」

 

「(……可愛いわね)」

 

「(それは否定しないけど、結構危ないね。今のところ恋愛感情はないみたいだけど……)」

 

「(状況次第ね。今後も八幡が優しくし続けたら恋愛感情が生まれる可能性はゼロじゃないわ)」

 

「(やっぱり?前にチーム・赫夜のメンバーやヴァイオレットさんも同じこと質問をしたら一部がノエルちゃんと似たような反応をしたし)」

 

「(それはこっちもよ。前に八幡が居ない時に生徒会メンバーに聞いたらプリシラところなが似たような反応をしたわ)」

 

「(もう……八幡君のバカ……)」

 

「(……女誑し……)」




原作との違い

マディアスとヴァルダが捕まって金枝篇同盟は解散された事によって、解説がザハルーナからヘルガに変わったり、綾斗の対戦相手もアジュダハのゴースから普通の生徒に変わりました

次回は遂に葉山戦……の前に王竜星武祭までの葉山の日記をやりたいと思います


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因縁の対決 比企谷八幡VS葉山隼人



前話で次回は葉山の日記をやると言いましたが、葉山の日記は王竜星武祭1日目が終わってからにしました


『さあ王竜星武祭が始まっては1時間も経過してないにもかかわらず、この盛り上がり!次の試合で更に盛り上がりを見せるでしょう!先ずは東ゲート!今世界で最も名が知れている男!世界の歌姫と世界最強の魔女の2人を恋人に持つ世界最強の魔術師!レヴォルフ黒学院序列2位『影の魔術師』比企谷八幡ーー!』

 

実況の言葉と共に俺は東ゲートをくぐりステージに降りると……

 

『おぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

『BOOOOOO!』

 

歓声とブーイングが生じる。見ればガラードワースの生徒がブーイングをしていた。

 

『最強の序列2位と評される比企谷選手、歓声とブーイングを同時に浴びているぅっ!』

 

『まあガラードワースの生徒からしたら比企谷選手は嫌われているだろうな。先の獅鷲星武祭ではガラードワースの2トップチームは彼が鍛えたチームに敗れたのだから』

 

解説のヘルガ隊長の言う通りだ。加えてガラードワースでは葉山グループが俺の否定運動を盛んにやっているらしい。ソースはノエル。証拠は観客席にいる三浦や三馬鹿。

 

(本当にウザいな……控え室に戻ったら、恋人2人とガラードワースの清涼剤のノエルを見て癒されよう)

 

そんな事を考えていると……

 

『続いて西ゲート!友情を胸に秘め栄光を掴む。友愛の騎士!聖ガラードワース学園序列16位『友情剣』葉山隼人ー!!』

 

実況が俺の対戦相手の名前を告げる。すると一拍置いて……

 

『きゃぁぁぁっ!』

 

『格好いい!』

 

『こっち向いてぇっっ!』

 

一般の女性客は黄色い声を上げて……

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

ガラードワースの葉山グループのメンバーはいつもの応援をする。聞いてるだけで殺意が芽生える。

 

大体葉山って言うほど格好良いか?同じ爽やか系ならフェアクロフさんの足元にも及ばないし、ベクトルは違うが暁彗やロドルフォとかの方が格好良いと思う。

 

そんな事を考えている間にも葉山もステージに降りて俺の方に向かってくる。

 

「やあ、逃げずに来たんだね」

 

「逃げる必要性は感じないな」

 

「……まあどのみち俺が勝つから良いけど。それより最後の警告だ。今すぐガラードワースを支配しようとした事を俺に謝って会長やノエルちゃん、シルヴィアさんに対する洗脳を解くんだ。そうすれば悪いようにはしない」

 

……は?何でそうなるんだよ?フォースターにしろノエルにしろシルヴィにしろ洗脳なんてしてないからな?

 

てか100歩譲って3人に洗脳をしていたとしても葉山に謝る必要はないだろう。普通3人に謝るところだろ?

 

最後に悪いようにはしないとか言っているが、たかが学生のお前にそんな権利があるのか?10000歩譲って俺がガラードワースを支配しようとしたとしても罰を決めるのは統合企業財体であってお前じゃないからな?

 

結論を言うと……

 

「謝る必要はないな。何せ俺は悪くないのだから」

 

実際俺は洗脳なんてしてないし、葉山に謝る必要はないだろう。

 

俺がそう返すと葉山は不愉快そうに俺を睨んでくる。逆恨みもここまで来たら尊敬するわ。

 

「……やれやれ、やはり力づくで屈服させるしかないみたいだね」

 

こいつに上から目線で話しかけられるのって凄いムカつくな……予定変更だ。速攻でケリをつけるつもりだったがこいつには屈辱を刻み込んでやる。

 

「やってみろ。と言ってもお前の実力じゃ無理だからハンデをやるよ。そうだな……試合開始のブザーが鳴ってから5分、俺は能力を使わず、お前に直接攻撃をしないでやるよ。好きなだけ攻めてこい」

 

俺がそう言うと観客席からは騒めきが生じて、葉山はポカンとした表情になる。

 

『な、なんと比企谷選手!開始してから5分間攻撃をしないというとんでもない提案をしてきた!』

 

『そうとう余裕があるんだろうな』

 

実況と解説の声が流れると葉山は途端に不愉快な表情で俺を見てくる。

 

「ふざけるな。卑怯な手を使わなければ大したことのないお前に舐められる筋合いはない」

 

「いや、お前よりは大したことあるから安心しろ」

 

「やれやれ……本当に現実が見れてないようだね。なら敗北という形で現実を教えてやるよ」

 

言いながら葉山はサーベル型煌式武装を展開する。しかしデータに表示されている物とは違っていた。

 

「なんだそりゃ?いつもと違う武器だが隠し球か?」

 

「これは俺の仲間から貰った大切な煌式武装だ。卑怯者のお前に見せてやる!俺達の絆の力を!正義の力を!」

 

葉山はそう言ってサーベルを突きつける。同時にガラードワースの葉山グループがいる場所から黄色い歓声が上がる。

 

『葉山君格好良い!』

 

『卑怯者を成敗しちゃえ!』

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

 

マジで煩えな。頭が痛くなってきた。

 

『さあ!そろそろ開始時間となります!2回戦に進むのはレヴォルフか?!それともガラードワースか?!』

 

そんな実況の声が聞こえたので俺達は開始地点に向かう。同時に俺はポケットから手を出して軽く構えを取る。

 

そして……

 

『Cブロック1回戦第1試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始を告げる。すると葉山は即座にこちらに詰め寄ってくる。その速さは序列16位に相応しい速さである。

 

「はあっ!」

 

そして俺との距離を3メートルまで詰めると.叫び声と共にサーベルを俺の校章目掛けて突いてくるので……

 

 

「ほいっと」

 

バキィッ!

 

サーベルを掴んでそのままへし折る。同時に壊れたサーベルは待機状態に強制的に戻される。もう二度と使えないだろう。

 

「……は?」

 

それによって観客席は静まり、葉山は俺の目の前でポカンとする。お前さ、俺が5分間攻撃をしないって言ったから良いけどよ、敵を目の前に動きを止めるって馬鹿だろ?

 

『ふむ。あの速さの突きを見切ってから掴み、即座に破壊する……見事な動体視力と反応速度だ。どうやら比企谷選手は3年前と違って相当近接戦闘能力を高めたようだな』

 

ヘルガ隊長がそう口にすると一拍置いて……

 

 

『おぉぉぉぉぉぉっ!』

 

観客席に大歓声が沸き起こる。まさに音の爆弾と言ってもいいくらいだ。

すると葉山も漸く再起動したようだ。

 

「っ……!まだだ!まだ俺は負けてない!」

 

言いながら予備のサーベル型煌式武装を起動して構えを取る。対する俺は懐に手を入れて……

 

『おおっと?!比企谷選手、ここで懐から缶コーヒーを取り出したぁっ?!これは一体?!』

 

MAXコーヒーを取り出し、プルトップを開けて飲み始める。うん、甘くて最高だな。

 

『……やはり親子だな。比企谷選手の母親ーーー涼子の馬鹿も学生時代に星武祭で格下と戦う時は酒を飲んでいたし』

 

解説のヘルガ隊長が呆れた声音でそう言ってくるが、俺がやるのは今回だけだ。今まで葉山に殴られた借りを返す為に、とにかく舐めプをする。

 

すると案の定葉山はキレる。

 

「ふざけるな!どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんだ?!真剣に戦え!」

 

「だったら実力で真剣にさせてみろ。それよりもう2分経過してるから急がないと負けるぞ?」

 

「……っ!このっ!」

 

葉山は怒りながら俺の顔面目掛けて突きを放ってくるので、俺は身を屈めて回避する。てかガラードワースの生徒が躊躇いなく顔面を狙うのはどうかと思うぞ?

 

そう思いながらも葉山の三連突きを軽いステップで回避する。生憎だが、星露の攻撃を週に一度食らっている俺からしたら止まっているように見える攻撃だ。

 

そう思いながら暫く回避を続けていると……

 

『ここで4分経過!比企谷選手が攻撃に転じるまで後1分を切りました!』

 

実況の声と共に観客席が盛り上がる。その様子から俺の戦闘が見たいようだ。

 

すると目の前にいる葉山は焦ったような表情を浮かべるも、一瞬で消して自身の持つサーベルを大きく、そして長くする。

 

『葉山選手、流星闘技の準備をする!決まるのか?!』

 

『決まらなければ負けだろうな。流星闘技を放つ頃に5分が経過するだろうから』

 

そんな声を聞いているとサーベルが更に大きくなる。同時にMAXコーヒーを全て飲み終えたので、缶を口から離して投げ捨てる。試合が終わってからちゃんと拾うのでご安心ください。

 

そう思いながら俺も左手の 義手に星辰力を注ぐ。すると義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝く。

 

「食らえ!疾風突き!」

 

すると葉山のサーベルの大きさが最大になり、それてと同時に葉山が突きを放ってきたので……

 

「おらあっ!」

 

俺の義手に埋め込まれた2つのマナダイトの光が最高潮に輝いた瞬間に突きを放ち……

 

バキィッ!

 

「なっ!」

 

そこから放たれた衝撃波が葉山のサーベルを破壊する。

 

俺の義手のマナダイトは多重連結させて出力を上げるロボス遷移方式を導入しているのだ。単純な破壊力なら星導館の沙々宮の持つ巨大煌式武装に匹敵する破壊力を持っている。並みの煌式武装の流星闘技か など俺の義手の前では無力だ。

 

「何故だ?!俺の流星闘技ーーー皆との絆が込められた技がこんな簡単に破れる筈がない!」

 

すると葉山は信じられないように喚き出す。

 

「だから?そりゃお前が弱いかお前らの絆が大したことないんだろ?」

 

「そんな筈はない!俺はアスタリスクで1番努力を「黙れ」ひいっ!」

 

余りにもイラついたのでつい本気の殺気を出すと葉山はビビリ出す。アスタリスクで1番努力をしただと?笑わせるな。それが事実なら俺に一撃食らわせる事など朝飯前だぞ。

 

本当に努力した人間ってのはよ、ヴァイオレットやノエルみたいに壁を越えた人間に勝とうと努力した人間の事を言うんだよ。

 

お前がやる程度の努力なんて、どうせ誰でも出来るような努力なのは容易に想像出来るわ。

 

内心ブチ切れている時だった。

 

『ここで5分経過!遂に比企谷選手が攻撃に転じる時間となりました!』

 

実況の声に観客席のボルテージは最高潮に達した。漸く5分経過したか。退屈過ぎて凄く長く感じたな。

 

「さて、んじゃ行かせて貰うぞ」

 

言いながら俺は両足に星辰力を込めて加速する準備を見せる。それに対して葉山は……

 

「い、嫌だ…….!」

 

「あん?試合で嫌だなんて通用しないからな?」

 

言いながら殺気を出して一歩を踏み出すと……

 

 

 

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

葉山は大声で喚きながら俺に背を向けて逃げだす。それを見た俺は内心拍子抜けした気分になる。王竜星武祭が始まるまで散々俺の事を見下したり、殴ったりした癖に、逃げるのかよ?怒りを通り越して呆れるわ。

 

(もう良いや、終わらせる)

 

俺は星辰力を込めた足を使って地面を蹴り、瞬時に俺に背を向けて逃げる葉山との距離を詰めて……

 

「おらっ!」

 

そのまま葉山の背中に星辰力を込めた右手で殴り飛ばす。マナダイトを仕込んである左手じゃないだけありがたいと思え。

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

 

すると葉山は大声を出しながらステージの壁に激突した。そしてそのまま地面に倒れ伏し……

 

『葉山隼人、意識消失』

 

『試合終了、勝者比企谷八幡!』

 

機械音声が試合終了を告げる。すると一拍置いて観客席から圧倒的な歓声が上がる。

 

『ここで試合終了!比企谷選手、圧倒的な力を見せつけた!最強の2位は伊達じゃない!』

 

『オーフェリア・ランドルーフェンがいるから2位にいるだけで、他校なら比企谷選手は間違いなく序列1位になれるだろうな』

 

そんな声を聞きながら俺は息を吐く。あれだけ言っといてこれかよ?やっぱり今回ガラードワースはノエル以外雑魚だな。

 

そう思いながら俺はさっき投げ捨てたMAXコーヒーの空き缶を拾って出口に向かう。チラッと観客席を見ればガラードワースの葉山グループのメンバーが呆然としているのが丸分かりだった。

 

(まあ、もう終わったしどうでも良いか……さっさと帰ってオーフェリアとシルヴィとノエルを見て癒されよう)

 

俺は特に何も思う事なくステージを後にしたのだった。

 

 

 

比企谷八幡、1回戦突破。

 

 

 

葉山隼人の星武祭の成績

 

鳳凰星武祭 棄権により1回戦負け

 

獅鷲星武祭 1回戦にてクインヴェールのチーム・赫夜に敗北

 

王竜星武祭 1回戦にてレヴォルフの比企谷八幡に敗北



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比企谷八幡は己の試合を省みて、強者の試合を見る

「……ったく、あいつらはどれだけ質問をすれば気が済むんだよ……?」

 

1回戦を突破した俺がステージを後にすると即座に取材陣に捕まってインタビューを受けさせられた。

 

質問についても大会での目標だの、ライバルは誰かだの、今大会に向けてどんな努力をしたのか、みたいな質問なら文句はないが……

 

(オーフェリアとシルヴィに関する質問が多過ぎだろ……)

 

2人とはいつ結婚するだの、新婚旅行は何処にするのだとか王竜星武祭関係ないだろ?

 

そんな事を考えながら控え室に向かっていると……

 

(何だありゃ?随分と珍しい組み合わせだな)

 

視界の先にはリースフェルトと材木座が雑談している光景が見えた。

 

両者共に俺の知り合いで、今日シリウスドームで試合を行うが、あの2人がどういう関係なのかサッパリわからん。

 

予想外の光景にポカンとしていると、材木座の方が俺に気付き……

 

「おお八幡よ!直で会うのは久しぶりであるな!」

 

暑苦しい巨体で近付いてくる。そういやこいつに会うのは久しぶりだ。昔は義手の調整云々で割と会っていたけど。

 

「そうだな。確かに久しぶりだな」

 

「うむ。ちなみに先程の試合は見事であったぞ。葉山隼人が八幡に背を向けて逃げだした時は、我とエルネスタ殿、笑い過ぎて涙が出てしまったわ」

 

まあ側から見たら葉山の逃走っぷりは滑稽に見えるだろう。

 

「そりゃどうも。ちなみに何でお前がリースフェルトといるんだ?どんな接点だよ?」

 

「それは私の『ノヴァ・スピーナ』をこいつが作ったからだ。以降メンテナンス繋がりで何度か会っているのだ」

 

すると材木座同様こちらにやって来たリースフェルトが説明をしてくる。そういやアルルカントは2年半前にサイラス・ノーマンの事件で手打ちとして煌式武装の共同開発を提案したんだったな。

 

「なるほどな……てかお前、他校の生徒を強くし過ぎだろ?」

 

リースフェルトにしろチーム・赫夜にしろ、材木座の作った煌式武装を使っているし。

 

「チーム・赫夜を準優勝まで鍛えた貴様に言われたくないわ!それに貴様がチーム・赫夜に『ダークリパルサー』を渡した所為で我、上司に凄く怒られたんだぞ!」

 

途端に材木座が凄い剣幕で詰め寄ってくる。確か俺を通してとはいえ、アルルカントの材木座がクインヴェールの生徒に煌式武装を、それもチーム・ランスロットを倒すきっかけとなるような凄い煌式武装を渡すのは、アルルカントからしたらアレだろう。

 

(というか俺、ヴァイオレットとノエルにも『ダークリパルサー』を渡したんだけど……)

 

うん、これは胸の内に仕舞っておこう。バレたら面倒そうだし。

 

「あ〜……済まん」

 

「全くだ。よって今回の王竜星武祭で結果を出さないと我、ヤバイのだ」

 

「だから王竜星武祭に出たのか?」

 

「いや、元々出る予定ではあった。単に出る理由が増えたのだ……っと、もう時間だ」

 

確かに俺の試合が終わって大分時間が経っている。思いの外取材に時間を食ったようだ。

 

「そうか……まあアルディなら余裕だろ」

 

「当然である。対戦相手のあの女、総武中時代は女王気取りで威張り散らしていたが、アスタリスクでは有象無象の一人である事を教えてやるわ!」

 

「ん?『獄炎槌』はお前達と同じ中学だったのか?」

 

「まあな。と言ってもそこまで接点はないけど」

 

「お前といい、『魔王』といい……随分と総武中からアスタリスクに来ているな」

 

材木座、というかアルディの1回戦の相手はガラードワースの序列21位『獄炎槌』三浦優美子。中学時代葉山と並びクラスの女王として君臨していた女だ。

 

まあ幾らリア充でもアスタリスクでは強さが全て。友達が多くいようと強くなきゃ価値はないのだから、中学時代の功績も意味がないだろう。

 

「さて、そろそろ時間だから我は控え室に戻るが……」

 

そう言って材木座は俺とリースフェルトを指差して……

 

「宣言しておこう!優勝するのは我とアルディ殿である!」

 

高らかにそう宣言して去って行った。中学時代の材木座ならタダのカッコ付けと断じていたが、今の奴から凄い気迫を感じる。どうやら奴も俺同様にアスタリスクに来て大きく変化したのだろう。

 

「ふっ……面白い。鳳凰星武祭では綾斗に任せ切りだったからな。本戦で当たったら丸焼きにしてやる」

 

「随分と血気盛んなことで……」

 

一方のリースフェルトも不敵に笑っている。全くどいつもこいつも熱くなり過ぎだろ?本当、今回の王竜星武祭は強者が集いまくりだな。

 

「生憎と私は負けず嫌いなのでな。それと比企谷にも言っておく。お前には何度も世話になったが……もしも当たったら負けないからな?」

 

「こっちのセリフだ。叶える願いは同じだが、俺もシルヴィに挑みたいし負けるつもりはない」

 

勿論優勝したい気持ちはあるがそれ以上にシルヴィに挑み、そして勝ちたい。

 

リースフェルトが笑っているのを見ると俺も思わず笑ってしまう。昔の俺なら強い奴と戦うのなんて真っ平御免であったが、今の俺の中にはリースフェルトにしろアルディにしろ戦ってみたいという気持ちが混じっている。

 

これは絶対に星露の影響だろうな。奴の戦闘狂気質に感染して俺自身も戦闘に興味を持つようになったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから15分後……

 

「ただいま」

 

リースフェルトと10分程雑談した俺は、自分の控え室に戻ると……

 

「おかえり八幡君」

 

「……1回戦突破おめでとう」

 

「お、お疲れ様でした……」

 

恋人のオーフェリアとシルヴィ、妹属性満載で俺の心のオアシスのノエルが出迎えてくれる。ああ、3人の顔を見ただけでさっきまで溜まっていたストレスが無くなっていく……

 

「ああ。葉山との試合よりも取材陣との戦いに疲れたよ……」

 

「あー、さっき見たけど私達の関係についても聞かれてたね……」

 

「……2回戦は4日後だし問題はないわよ。あの葉虫との試合も無傷で勝ったのだから」

 

オーフェリアは黒い笑みを浮かべながらそう言ってくる。どんだけお前は葉山が嫌いなんだよ?いや、俺も嫌いだけどさ。

 

「あ、あの八幡さん……」

 

そんな考えながら空間ウィンドウに映るクインヴェールと界龍の生徒の試合を見ようとしていると、ノエルがおずおずと手を挙げて俺に話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

「は、はい。さっきの葉山先輩との試合なんですけど……ああいうのは良くないと思います……」

 

「と言うと?」

 

「その……5分間攻撃をしなかったり、試合中にコーヒーを飲んだりとかです」

 

「つまりノエルは舐めプをするなと?」

 

「は、はい。八幡さんが葉山先輩を嫌ったり恨みを持つのは、理不尽に罵倒されたり、殴られたりしていますから仕方ないと思います。ですが……星武祭で明らかに相手を見下した試合をするのは良くないと思います……」

 

ノエルはモジモジしながらもそう言ってくる。ノエルはマトモなガラードワースの生徒。舐めプとかは許容出来ないのだろう。

 

そう考えると俺も少しやり過ぎたかもしれない。葉山程度の相手に一少々大人気なかった気がする。おちょくるより瞬殺した方が良かったかもしれない。

 

見ればオーフェリアも少しだけ恥ずかしそうに目を逸らしていた。恐らくノエルの純真さに自分の考えが子供っぽいと思ったのだろう。

 

「……そうだな。次の試合からは舐めプをしない。約束する」

 

てか葉山だから舐めプしただけで次からは一切舐めプするつもりはないけどな。

 

「わ、わかりました……では」

 

するとノエルはおずおずと俺に小指を見せてくる。

 

「な、何だ?何を求めてるんだ?」

 

「え……?日本では約束する時に指切りというものをすると聞いたのですが……」

 

ああ、指切りね。確かに指切りでは小指を使うな。指切りなんて最近やってないから失念していたな。

 

「まあ良いが……ほれ」

 

俺も小指を差し出すと、ノエルは嬉しそうに小指を絡めてくる。

 

「「あっ」」

 

するとオーフェリアとシルヴィが素っ頓狂な声を出すので何事かと聞いてみようとするが、その前にノエルが手を動かして……

 

「ゆ、ゆ〜びきりげんまん。嘘吐いたら針千本飲ーます、指切った」

 

可愛らしく指切りげんまんをしてくる。そして指を切ると笑顔を俺に向けてくる。

 

「じゃあ八幡さん、約束を守ってくださいね」

 

「任せろ」

 

そんな風に頼まれたら約束を守らないとな。まあ元々葉山以外には舐めプをするつもりはないが。

 

「「………」」

 

「な、何だよ?」

 

そこまで考えているとオーフェリアとシルヴィが何かを探るかのように俺とノエルを見ていた。

 

「いや……私達の危惧している事になるかもって思っただけだよ」

 

「は?どういうことだ?」

 

「……何でもないわ。それより試合を見ましょう。それと……今夜は搾り取るから」

 

はい?!ちょっと待て!物凄い段階を飛ばさなかった?マジで意味がわからん。

 

疑問に思っているも、俺以外の3人は空間ウィンドウを見ているので、一先ず俺も試合を見る事にした。

 

『さあ!次の試合に参りましょう!お次は今シーズンの鳳凰星武祭準優勝をしたアルルカントの擬形体のアルディ選手とガラードワースの序列21位『獄炎槌』三浦優美子選手の試合です!』

 

『アルディ選手は鳳凰星武祭の時は『彫刻派』代表のエルネスタ・キューネ選手の代理でしたが、今大会では『獅子派』の新しい会長である材木座義輝選手の代理として出場している事から、使用する煌式武装も変化するだろう』

 

実況と解説の声が聞こえる中、ステージにアルディと三浦が向かい合う。見れば三浦は機嫌が悪そうだが、葉山が負けたからだろう。

 

「さて……材木座の事だ。またぶっ飛んだ煌式武装を用意したんだろうな」

 

「だよね……防御障壁も加わると絶対に厄介だよ……」

 

何せ今シーズンの獅鷲星武祭ではチーム・ランスロットを撃破するキッカケを作った煌式武装も開発したのだ。

 

今シーズンの鳳凰星武祭と獅鷲星武祭で本戦に上がったアルルカントの生徒の大半は材木座が作った煌式武装を使ってるし、技術者としては正真正銘の天才だろう。

 

「あの……その口振りだとお知り合いなのですか?」

 

「アスタリスクに来る前に同じ中学だったんだよ」

 

「そ、そうですか……葉山先輩や三浦先輩といい、八幡さんの中学の生徒って結構アスタリスクに来てますね」

 

否定はしない。しかしあいつらは来ないで欲しかった。特に葉山と一色。あいつらの所為でかなりストレスが溜まったし。

 

そうこうしている間にも、両者が開始地点に向かい各々の煌式武装を展開する。三浦は自身と同じくらいの大きさのハンマー型煌式武装を展開する。

 

対するアルディも煌式武装を展開するが……

 

「赤い……?」

 

アルディの煌式武装は全身真っ赤のハンマーだった。鳳凰星武祭の時は真っ黒なハンマーだった筈だが……

 

(ただ色を変えた訳ではないし……何なんだ?)

 

疑問に思う中、開始時間が迫っていき……

 

『Gブロック1回戦第2試合、試合開始!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「Gブロック1回戦第2試合、試合開始!」

 

試合開始を告げると同時に三浦は全身から怒りを撒き散らしながらハンマーを構えて走り出す。

 

(こんな人形さっさと壊して本戦に上がってやるし!ズルして隼人を倒したヒキオをぶっ潰さないといけないんだから!)

 

葉山グループの主要メンバーである三浦は八幡と葉山の試合を見て、八幡が卑怯な手を使ったと思っている。だから自分が八幡を倒して、茫然自失となっている葉山を助けようと考えている。

 

そんな三浦がアルディとの距離を10メートルまで縮めた時だった。

 

アルディはいきなり右手を三浦に向けて突きつけ、自身の前方に巨大な防御障壁を展開した。

 

『ここでアルディ選手、鳳凰星武祭で沢山の選手を苦しめた防御障壁を展開!しかし何故この距離で展開したのでしょうか?私の見立てですと早過ぎるのですが……』

 

『恐らくアルディ選手の持つハンマーが関係しているのだろう。見る限りハンマーの先端部分から火花が見える』

 

解説の声を聞いた三浦がアルディのハンマーを見ると、本当にハンマーの先端から赤い火花が飛んでいた。

 

それに対して三浦は若干気圧されるも……

 

(ふん!この距離ならハンマーも届かないし、防御障壁を使う意味はないし!)

 

そう思いながらアルディの後ろに回り込もうとする。真っ向から防御障壁とやり合うつもりはない。

 

その時だった。アルディが身体を動かして回り込もうとする三浦の方を向く。同時に先程アルディが展開した防御障壁もそれに合わせて、アルディと三浦の間まで移動した。

 

そして……

 

「むぅんっ!」

 

アルディが低い声を出しながらハンマーを防御障壁に向かって振るう。するとハンマーの先端が防御障壁に当たる直前に、ハンマーの先端から生まれた火花が防御障壁に当たり……

 

「行くが良い!」

 

次の瞬間、防御障壁が圧倒的な速度で三浦の元に飛んで行った。対する三浦は予想外の光景を目にしたからか足を止めていて……

 

「っ……がぁぁぁぁぁぁっ!」

 

防御障壁を叩きつけられて、そのままステージの壁まで吹き飛ばされて頭から壁にぶつかる。

 

そして三浦がぶつかったことによってステージの壁に巨大な穴が出来ると同時に……

 

『三浦優美子、意識消失』

 

『試合終了!勝者、材木座義輝!』

 

試合終了のブザーが鳴り、アルディの2回戦進出が決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者、材木座義輝!』

 

「おーおー、将軍ちゃんも中々面白い煌式武装を開発したねー」

 

アルルカント専用の観覧席にてエルネスタ・キューネはカラカラ笑いながら隣に座っている材木座を褒める。現在観覧席にはエルネスタと材木座以外存在しない。カミラはリムシィの最終チェックという理由で、レナティはエルネスタが試合がある明後日まで秘密にしておきたい理由でアルルカントのラボにいる。

 

「ほう?我の開発した『マグネット』の効果を理解したか?」

 

「いや名前で丸分かりだからね?……あのハンマーを振るうとアルディの防御障壁と反発する作用の力が生まれて、防御障壁を反発作用で吹き飛ばして相手にぶつける……本当にマグネットだね」

 

エルネスタの指摘通り『マグネット』は反発作用を利用して防御障壁を相手に飛ばすための煌式武装である。『マグネット』を防御障壁に振るうと、『マグネット』を振るう力によって防御障壁の飛ぶスピードは変化する。

 

加えてアルディの防御障壁はアルディの動力源となっているウルム=マナダイトから生まれた物であるので、実質的に純星煌式武装のようなものだ。純星煌式武装の力を高速で相手にぶつける、敵からしたら恐怖でしかないだろう。

 

しかしエルネスタが驚いているのはそこではない。真に驚いているのは『マグネット』を作り上げた材木座の腕前についてだ。

 

『マグネット』の能力はシンプルだが、作るのは大変難しい。

 

何故なら防御障壁ーーーつまりはウルム=マナダイトを完璧に理解しないと、防御障壁と反発する性質を持つ『マグネット』を作れないからだ。

 

ウルム=マナダイトは現在の落星工学技術でもその殆どが謎に包まれているが、材木座はアルディの動力源だけとはいえ、ウルム=マナダイトを完璧に理解したのだ。アルルカントで異常と称されているエルネスタからしても異常と思ってしまう。

 

(しかも将軍ちゃんの余裕から察するにまだまだ秘策はあるだろうな〜。何で将軍ちゃんって普段は駄目人間なのに、煌式武装が絡むと天才になるんだろ?)

 

エルネスタはそう思いながら材木座を見ていると、材木座も視線に気付いたのか訝しげな表情を浮かべる。

 

「何であるか?さっきらからジロジロと?」

 

「ん〜?何で将軍ちゃんは煌式武装が絡むと凄いのに普段は駄目人間だろうと思っただけにゃ〜」

 

「貴様に言われたくないわ!このボッチめが!」

 

「将軍ちゃんに言われたくないよ!将軍ちゃんアルルカントに1人も友達がいないじゃん!」

 

「はっ!我がアルルカントに友達がいないのは事実であるが、友達がいないから擬形体を作った貴様よりかはマシだわ!」

 

「だ・か・ら!それが目的で擬形体を作ったって言うのは止めてくれないかなぁ!ボッチ将軍っ!」

 

「何だと?!ボッチなのは貴様もだろうが、カミラ殿に迷惑をかけまくりの引き篭もりが!」

 

「将軍ちゃんの方がカミラに迷惑をかけてるでしょ?!」

 

 

カミラからすればどっちもどっちである。

 

2人は口喧嘩を始めるも、直ぐに取っ組み合いに変わる。アスタリスクに来る前の材木座なら女子に触れるなんて無理であったが、入学当初にエルネスタがからかいまくった事によって耐性がついたので問題なく取っ組み合いを出来ている。

 

 

結果2人は何時間も喧嘩していて、気がつけば初日の試合は全て終了していたのは別の話である。



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こうして王竜星武祭初日が終了する

 

 

 

『試合終了!勝者、材木座義輝!』

 

空間ウィンドウには材木座の代理として出場しているアルディが高らかにハンマーを掲げて勝利のポーズを見せている。

 

「まさか防御障壁を飛ばすとは思わなかったぜ……」

 

「私も予想外だよ。アレを食らったら身体強化した私でもキツいかも」

 

「そ、そうですね。それにアルディさんの防御障壁は動力源のウルム=マナダイトの能力と聞いています。実質純星煌式武装の防御障壁を飛ばす技術を持っている以上、他にも凄い煌式武装を持ってそうですね」

 

そんなアルディを見ながら俺達はさっきの試合の感想を述べているが、鳳凰星武祭の時に比べて格段に強くなっている。序列21位の三浦を瞬殺したのだから。

 

「……でしょうね。それにしてもあの男、それだけの才能があるのだから小説家は諦めれば良いのに……読み手としては面倒だわ」

 

オーフェリアがため息を吐きながら材木座に対する愚痴を吐く。それについてはマジで同感だ。

 

「え?材木座さんは技術者だけでなく小説家でもあるんですか?」

 

「まだ作家志望だ。と言っても書く小説はつまらない以外の感想が出てこない小説だがな」

 

「そ、そうなんですか……?」

 

ノエルの問いに俺達3人が頷く。大体俺か持ってるラノベの一部をパクってるし。

 

「まあそれは良い。それよりもお前の試合も近いし、そろそろ自分の控え室に戻っておけ」

 

既にシリウスドームで行われる初日の試合は半分以上終わっている。ノエルの試合も後20分もしないで始まるだろうから、そろそろ俺の控え室から帰った方が良いだろう。

 

「あ、そうですね……わかりました。今日は私に付き合ってくれてありがとうございました」

 

言いながらノエルは俺達にペコリと頭を下げる。流石欧州の貴族の人間だけあって綺麗な所作だ。やはりガラードワースにいるマトモな生徒は罵倒してくる葉山グループと違って礼儀正しいようだ。

 

「どういたしまして。じゃあまたな」

 

俺がそう言うとノエルは小さく礼をしてから控え室の出口に向かい……

 

「八幡さん!」

 

「どうした?」

 

「そ、その……私、頑張りますのでしっかり見ててください……!」

 

最後にそう言ってから出て行った。しっかり見ててだと?見るに決まってるだろ?ノエルは俺の可愛い弟子だし、ノエル自身も優勝出来る可能性を持っている以上、しっかりと対策はしておきたいし。

 

そんな事を考えているといきなり制服の裾を引っ張られたので左右を見るとオーフェリアとシルヴィがジト目を向けてきた。

 

「なんだよ?」

 

「「……別に」」

 

俺の質問に対して2人は一言だけそう言ってくるが、視線と行動を見る限り何かしら不満を持っているようにしか見えないんだが……

 

「……八幡君」

 

「何だよ?」

 

「今夜、搾り取るからね?」

 

「何でだよ?!いや、まあ……オーフェリアにも搾り取られる予定だったし良いけどよ……」

 

「だって八幡君、ノエルちゃんと仲良くし過ぎなんだもん……」

 

「……ノエルだけじゃないわ。美奈兎達とも仲が良いし……八幡の彼女は私とシルヴィアだけなのに」

 

「は?い、いや、確かに仲良くはしてると思うが、俺はノエルの事は妹みたいだと思ってるし、向こうも異性としては見てないだろ?」

 

それはチーム・赫夜のメンバーもノエルと同じだと思っている。向こうは俺を異性としては見てないだろう。

 

「「………」」

 

俺が反論するも2人はジト目を向けたままだ。全く納得してくれていないのが丸分かりだ。こりゃ今夜は干からびるまで搾り取られるな……

 

そう思っている間にも試合は進んでいき……

 

『続いての試合に参りましょう!先ずは東ゲート!栄光ある聖ガラードワースの銀翼騎士団の1人!ガラードワース序列7位『聖茨の魔女』ノエル・メスメル選手ー!』

 

実況の声が流れると同時にノエルが東ゲートから元気良く走ってくるのが見える。

 

『銀翼騎士団のメンバーは基本的に獅鷲星武祭に出ますからね。正直驚きました』

 

『加えてメスメル選手は後方支援タイプの能力者だ。彼女がどう戦うか見ものだな』

 

確かに獅鷲星武祭の頃のノエルは後方支援タイプだった。

 

しかし魎山泊の修行で後方支援タイプだけでなく、俺の影狼修羅鎧を模した聖狼修羅鎧を会得してバリバリの近接格闘タイプにもなった。

 

そしてその鎧を纏ったノエルは二回、影狼修羅鎧を纏った俺を倒しているくらいだし。

 

(しかもアイツ、絶対にまだ秘策を隠してるだろうからな……)

 

魎山泊でノエルと戦った際に俺に見せた最高の技は聖狼修羅鎧だが、俺の勘だとまだ手を隠している。おそらく王竜星武祭本番で俺やシルヴィ、壁を超えた人間との戦いに備えてだと思うが、今のノエルは危険だ。

 

(やれやれ……ヴァイオレットもそうだが、少し強くし過ぎたか?)

 

少なくともノエルとヴァイオレットは自分の所属する学園の序列1位に勝てる可能性はあると思う。流石に序列1位をキープするのは厳しいとは思うが1位になれる可能性は充分にあるだろう。

 

そうこうしている間にもノエルの対戦相手がステージに立つ。対戦相手は星導館の序列40位。普通にノエルの勝ちだろう。データを見る限り魎山泊のメンバーじゃないようだし。

 

そして……

 

『Oブロック1回戦第1試合、試合開始!』

 

アナウンスが流れると同時にノエルの足元から茨が猛烈な勢いで生えて、対戦相手に襲いかかる。

 

『試合開始早々メスメル選手の先制攻撃ー!ステージに茨が侵食を始める!』

 

『去年の獅鷲星武祭の頃と比べて展開速度が桁違いに上がっているな。これならサポートだけでなく立派な武器にもなるだろう』

 

ヘルガ隊長の言う通り、ノエルの能力は一年前に比べて展開速度、強度、規模に侵食範囲が桁違いに伸びている。あの茨の侵食に対抗出来るのは壁を超えた者か純星煌式武装を所有している人間くらいだろう。

 

星導館の生徒も剣を振って茨を斬ろうとするも、茨の強度が剣を上回り、そのまま茨は対戦相手の腕を飲み込んだ。それによって腕の自由が奪われて、間髪入れずに星導館の生徒の両手両足にも茨が絡みつき身動きが取れなくなっている。

 

(これは決まったな……俺自身も何度も経験している能力だが、相変わらずえげつないな……)

 

そう思いながら空間ウィンドウを見ればノエルが杖型煌式武装を持って、一瞬で距離を詰めてそのまま校章を破壊した。

 

『試合終了!勝者、ノエル・メスメル!』

 

試合終了の合図が鳴ると、ノエルは能力を解除して嬉しそうに握り拳を作る。戦い方はえげつないのに可愛いなおい。

 

「あらら……八幡君強くし過ぎでしょ?」

 

シルヴィが呆れたように言ってくるが否定はしない。自分で言うのもアレだがやり過ぎたな。しかもノエル以外にも魎山泊のメンバーはいるし、今年の王竜星武祭は一ミリも油断出来ないな。

 

 

そう思いながら俺はノエルがステージから退場するのを眺めながらため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

その後も試合は続いた。その中で有力候補はというと……

 

 

リースフェルトはいつものように敵を丸焼きにして、沙々宮が持ち前の巨大な煌式武装で敵を吹き飛ばしたり、若宮が持ち前のスピードを活かして敵の顎にアッパーをして1発KOしたり、レスター・マクフェイルが圧倒的なパワーで敵を5秒で沈めたり、プリシラが高い防御で相手の攻撃を受け切りカウンターで倒したり、雪ノ下が敵を氷の像に変えたり……

 

そんな感じで有力候補は特に問題なく勝ち上がり、王竜星武祭初日は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

試合は終わり各学園では様々な動きが生じていた。

 

 

 

「はっはー!美奈兎ちゃんも雪乃ちゃんも勝利か!このまま本戦に上がってくれたら私の給料が更に増えるぜー」

 

クインヴェールの理事長室にて教師の涼子は満足そうに酒を飲む。向かい側では仕事を終えたペトラが呆れながら涼子と同じように酒を飲んでいる。

 

「……貴女の場合もう充分に稼いでるでしょうに。まあ結果次第では昇給しますけど」

 

「さっすが統合企業財体の幹部だけあってペトラちゃんは話がわかるなー。教頭なんて事ある毎に私の事をレヴォルフの不良呼ばわりしてお前にやる給料はないとかほざくんだよ〜」

 

「まあレヴォルフの人間は基本的に嫌われますから」

 

実際涼子は他の教師からは割と嫌われているし、生徒の中でも嫌っている人は少なくない。

 

それでもクビにならないのは、高位序列者の生徒が涼子を慕っていたり、シルヴィアの義理の母だったり、クインヴェール全体の実力を大きく上げるという実績を出しているからだ。クインヴェールの中で星武祭に関して涼子を上回る実績を出している教師は1人もいない程に。

 

「まあ嫌われてるのは慣れてるけどな。それにしても今年の王竜星武祭は初日から大盛り上がりだな。私も参加したいぜ」

 

「貴女が参加したら更に荒れるでしょうね。まあ初日から盛り上がるのも当然でしょう。貴女の息子と天霧綾斗が圧倒的な力を見せたのですから」

 

ペトラの指摘通り、開幕試合を務め敵を5秒で仕留めた綾斗と、冒頭の十二人一歩手前の実力者相手に5分間攻撃をしないというハンデを与えたにもかかわらず、コーヒーを飲みながらも無傷の勝利をした八幡……ネットのニュースでは2人の記事が1番目立っている。

 

「ま、私の息子ならそんぐらいやらないとな。てかあの葉虫に負けてたら親子の縁を切ってたぜ」

 

涼子は酒瓶を掴み一気飲みしながら理事長室にある窓からガラードワースがある方角を眺めた。

 

 

 

 

 

 

「くそっ!くそくそくそくそくそ!くそぉっ!」

 

同時刻、聖ガラードワース学園の男子寮のある一室にて葉山隼人は髪をかきながら悔しさを露わにしていた。辺りにある家具は壊れたり倒れたりしていて、壁の一部には穴が生まれていた。

 

「あり得ない!ガラードワースを救う力を持つ俺が負けるなんてあり得ない!」

 

葉山はそう叫ぶも結果は覆らない。既に負けは決まっているのだから

 

「誰よりも努力したのに……何の努力もしていない比企谷に負けるなんてなにかの間違いに決まっている!くそっ!」

 

言いながら葉山は再度壁を殴りつけて穴を開けた。自身が誰よりも努力した天才で、八幡は卑怯な事しか出来ない屑と未だに思いながら。

 

「しかもあいつら……俺は悪くないのに逃げて……!」

 

王竜星武祭が始まる前は学園全体の4割近くを占めていた葉山グループだが、その内の9割が離脱した。理由としては簡単、アレだけ大口を叩いたにもかかわらず八幡に負けたからだ。

 

それだけならまだしも、5分間のハンデを与えられ、コーヒーを飲んでいる相手に対して何も出来ず、挙句に八幡に対して背中を向けて逃げた事は、幻滅する理由として充分である。

 

三浦を始めとした一部の人間は未だに八幡を卑怯呼ばわりしているが、学園全体から見れば葉山の評価は著しく下がっているのは紛れもない事実である。

 

余談だが、元から葉山グループに属していない人間の殆どは、八幡の事を嫌っていても八幡の実力を認めていたので葉山が勝つとは微塵も考えていなかった。しかし予想以上の葉山の無様な試合を見て葉山に対して呆れの感情を抱きながらガラードワースの品位が下がると嘆いているのだった。

 

閑話休題……

 

「クソッ……俺はガラードワースを救わなくちゃいけないのに……!こうなったらどんな手を使ってでも比企谷を倒さないといけない!星武祭中だが、正義は俺にあるし……」

 

葉山は目に執念の炎を宿しながらガラードワースを救うべく思考を開始したのだった。

 

 

 

 

同時刻、聖ガラードワース学園の女子寮では

 

「ノエル、1回戦突破おめでとう」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

ガラードワース元序列2位のレティシア・ブランシャールがルームメイトのノエルに賞賛の言葉を送ると、ノエルは恥ずかしそうにしながらも小さく頷く。

 

「去年に比べて天と地ほどの差がついていますし……頑張ってくださいまし」

 

「もちろんです……ただ、八幡さんや天霧さんの試合を見ると不安になってしまいますね……」

 

「まああの2人は文字通り桁違いでしたからそう思っても仕方ないでしょう。比企谷八幡の試合は問題のある試合でしたけど」

 

レティシアは今日の試合を思い返す。八幡の試合は5分間何もしないというハンデを与えたり、試合中にコーヒーを飲むなど完全に相手を見下した試合だった。

 

レティシア個人としては問題を起こして自分の胃に穴を開ける原因を作る葉山の事は好きではないし、八幡が葉山を嫌う気持ちは理解しているが、相手を貶める試合をするのはやり過ぎと考えている。

 

「あ、それなら大丈夫です。八幡さんはもうあんな試合をしないと私と指切りしてくれましたから」

 

「指切り?確か日本で約束をする時にする儀式でしたわよね?」

 

「はい。実は今日八幡さんの試合の後にああいうのは良くないって言ったら、次からはしないと指切りをしました」

 

「そ、そうなんですの?」

 

「はい。その前にも八幡さんに頭を撫でて貰って、それが凄く気持ち良くて……」

 

ノエルは楽しそうな表情で今日の出来事、というより八幡の事を語る。それを聞いたレティシアはとある考えを抱く。

 

(この子、相当比企谷八幡に懐いていますわね。ソフィアさんも凄く懐いていますし、相当の女誑しですわね……)

 

ふとレティシアの頭に八幡が左右に2人の妻を、そして後ろに八幡と交流の深い十人近くの女子を愛人として侍らせて、全員とキスをする光景が浮かんだ。その中にはレティシアと交流の深いソフィアやノエルもいて恥ずかしそうに八幡とキスをしていた。

 

(いやいや、流石にそれはない……ですわよね?)

 

レティシアは頭に疑問符を浮かばせながらも、暫くの間ノエルの話を聞き続けたのだった。

 

 

 

 

 

同時刻、アルルカントアカデミー『獅子派』専用ラボでは……

 

「馬鹿かお前達は!」

 

ゴツンッ ゴツンッ

 

「「痛ぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

『獅子派』前代表のカミラ・パレートの拳骨が現『獅子派』代表の材木座義輝と『彫刻派』代表のエルネスタ・キューネの頭に振り下ろされて、材木座とエルネスタは頭に手を当てて悶絶しながら床を転がる。

 

「喧嘩をしていて試合を殆ど見てない、挙句にドームを閉める為の見回りをする警備員に止められるまで喧嘩を止めないなんて本当に馬鹿か?!」

 

改めてカミラが2人に怒鳴ると2人は起きながら言い訳を始める。

 

「待てカミラ殿!エルネスタ殿と喧嘩したのは事実だが、優勝候補筆頭の八幡と天霧殿の試合はちゃんと見たのである!」

 

「そ、そうだよ〜。今日シリウスドームで試合をした選手の中でレナティに勝てる可能性が2人は見たんだしセーフだよね?」

 

「言い訳をするな!どんな相手だろうと警戒するのは当然だ。昨年の獅鷲星武祭でクインヴェールのチーム・赫夜が絶対王者のチーム・ランスロットを倒したのを忘れたか?!」

 

カミラがそう口にするとエルネスタが口を開ける。

 

「ちょっと〜?将軍ちゃんがチーム・赫夜にチーム・ランスロットを倒す鍵となった『ダークリパルサー』を渡した所為でこっちにもとばっちりが来たじゃん!」

 

「待てい!我はチーム・赫夜に渡したつもりはない!八幡が理由を教えずに作れと要求したのが悪い!」

 

「ぷっ……言い訳なんて男らしくないな〜剣豪将軍(笑)」

 

「その呼び方はやめい!擬形体以外友達のいないこの電波ぼっち!」

 

「なんですとぉっ〜!」

 

「いい加減に……しろ!」

 

ゴツンッ ゴツンッ

 

「「痛ぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

再度カミラの拳骨が火を噴いて、材木座とエルネスタ再度床に倒れてのたうち回ったのだった。

 

そこには天才研究者としての威厳は全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、比企谷八幡、オーフェリア・ランドルーフェン、シルヴィア・リューネハイムの家では……

 

「さあ八幡君、今日は寝かせないからね?」

 

「……女誑しの八幡が干からびるまで搾り取ってあげるわ」

 

俺、比企谷八幡はベッドの上にて下着一枚姿で恋人であるオーフェリアとシルヴィに押し倒されている。2人は既に身に何も纏っておらずヤる気満々のようだ。

 

長い付き合いからわかるが、これは逆らえないな。

 

「わかったよ、好きにしろ」

 

半ば諦めながら2人に身を委ねると……

 

 

 

「「八幡(君)の馬鹿……」」

 

ちゅっ……

 

言いながら俺の下着をずり下ろしながら同時にキスをしてきた。ダメだ……やっぱり2人には逆らえん。

 

 

 

気が付いた時には朝になっていて、俺の腰は痛くて、俺の両隣には一糸纏わぬ姿で幸せそうに寝ているオーフェリアとシルヴィがいたのだっな。



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王竜星武祭2日目、比企谷小町が動き出す

王竜星武祭2日目、俺は今恋人2人、オーフェリアとシルヴィを連れてカノープスドームの中を歩いている。何故メインステージであるシリウスドームでないかと言うと、理由は簡単。今日の場合シリウスドームで行われる試合よりカノープスドームで行われる試合を見たいからだ。

 

 

それにしても……

 

「ダメだ……頭と腰が痛過ぎる……」

 

思わずそう愚痴ってしまう。昨日恋人2人に搾り取られまくった際に腰を激しく動かした上、深夜3時まで続いたので結果としてコンディションは最悪である。まあ俺は既に1回戦を突破してるし、シルヴィの1回戦は明後日なので星武祭には影響がないだろう。

 

「ご、ごめん……つい、夢中になっちゃって……」

 

「……少しやり過ぎたわ」

 

両隣にいるオーフェリアとシルヴィはバツの悪そうな表情を浮かべながら謝ってくる。いや、別に怒っているわけじゃないんだがな……

 

そんな事を考えていると……

 

「あ!お兄ちゃん!オーフェリアさんにシルヴィアさんも!」

 

後ろから元気な声が聞こえたので振り向くと……

 

「……おいロドルフォ、何でテメェが小町と一緒にいるんだよ?」

 

可愛い妹とその隣に俺の前に序列2位の座にいた『砕星の魔術師』ロドルフォ・ゾッポがいた。

 

2人がカノープスドームにいるのはおかしくない。元々俺は今日カノープスドームに来たのは、可愛い妹である小町の試合とウチの学園のエースであるロドルフォの試合があるからだ。

 

しかし2人が並んでいるのは予想外だった。まさかとは思うがロドルフォの奴、俺の妹をナンパしたのか?だとしたら生徒会長の立場など無視して再起不能になるまで叩き潰してやる」

 

「おいおい、んな殺気を出しながら怖え事言うなって。一応俺、お前の妹を助けてやったんだし」

 

どうやら口に出していたようだ。しかし助けてやった?

 

「どういう事だ?」

 

「それがさ、さっき小町カノープスドームに行こうとしたら途中でレヴォルフの生徒にナンパされたの。それで無視して行こうとしたらその人腕を掴んできたの」

 

「何だと?そいつ今何処にいる?今すぐ殺すからそいつの特徴を教えろ」

 

人の妹にナンパするだけじゃ飽き足らず、ボディタッチをしただと?そんな万死に値する行為をする奴がいるとはな……猫を使って始末してやる。

 

「いやいや、殺さなくて良いからね。そんで小町が振り払おうとしたら、ロドルフォさんがそのナンパしてきた人の顔面を爆発させて助けてくれたの」

 

あー、なるほどね。確かにそれならロドルフォが小町を助けたと言っても納得だろう。

 

しかし1つだけ不満がある。

 

「おいロドルフォ、小町を助けてくれたのは感謝するが、顔面じゃ生温い。次からは心臓を爆発させろ」

 

ロドルフォは一定範囲内の星辰力へ干渉する事が出来る。

 

それは範囲内なら他人の星辰力へ干渉する事も出来て、界龍の拳士が得意とする拳や脚に星辰力を込めて攻撃力を高める技もロドルフォの前では阻害されるし、相手の星辰力に干渉して暴発させる事も出来る。

 

さっき小町を助けた時はナンパ男の顔面にある星辰力を暴発させたようだが、ロドルフォがその気になれば心臓や首を爆発させて殺すことも可能である。

 

「いやいや、歓楽街でマフィア同士の抗争をしてる時ならともかく、街中で心臓爆発はやらねぇからな?」

 

「だろうな。冗談で言ってみた」

 

殆ど毎日マフィア同士の抗争がある歓楽街や再開発エリアならともかく、中心街それも星武祭期間中に心臓爆発なんてやったら幾らロドルフォでもブタ箱行きになるだろう。

 

そしてそうなったらロドルフォの所属する学園の生徒会長である俺にもとばっちりが来そうだし。それは面倒だ。

 

「歓楽街なら殺すんですね……」

 

小町は引き攣った笑みを浮かべながらそう言ってくる。レヴォルフの生徒でマフィアに所属している人間は大抵殺しをやっている。

 

特にロドルフォはその中でもかなり殺している方だ。基本的には気さくな人間だが裏世界の敵に対しては一切の容赦を見せない悪鬼羅刹だろう。

 

レヴォルフの生徒である俺やオーフェリアや、汚い裏世界に対してそれなりに詳しいシルヴィならともかく、小町には刺激の強い話だろう。

 

「……私としては余り殺しをして欲しくないのだけど。偶に生徒会にも報告が入って仕事が面倒なの……」

 

オーフェリアがため息を吐きながらロドルフォをジト目で見る。レヴォルフの生徒会ではマフィア関係の仕事もあるが、その仕事をするのは荒事に慣れている俺とオーフェリアとイレーネだからオーフェリアにとっては仕事を増やしたくないのだろう。

 

ちなみにプリシラと樫丸には刺激が強過ぎると判断してマフィア関係の仕事は一切やらせていない。

 

そんなオーフェリアに対してロドルフォは笑いながら一蹴する。

 

「仕方ねぇだろ。向こうが殺そうとしてくるんだし。お前だって八幡を本気で殺そうとする奴が居たら殺すだろ?それと同じだよ」

 

「……なるほど。なら仕方ないわね」

 

「なるほどじゃねぇよ!俺の為に怒ってくれるのはありがたいが殺しはするな!」

 

ったく、こいつは……!そこまで想ってくれるのは嬉しいが、少々愛が重い気がする。

 

「はっはー!相変わらずのバカップルだな!てか八幡よ、テメェ随分と眠そうだが、昨夜はお楽しみだっただろ?何回戦までヤったんだ?」

 

「ほほう……予想はしてたけどやっぱりかぁ……葉虫を倒した記念で夜の営みをしたの?お兄ちゃんが野獣になったの?仔ウサギみたいに怯える2人を食べちゃったの?」

 

ロドルフォと小町が途端にニヤニヤした表情で揶揄してくる。ヤバい、半端なくウザい。今すぐ2人を殴りたい。

 

(ついでにロドルフォに小町よ。昨夜は6回戦まで突入して、野獣になったのは俺じゃなくてオーフェリアとシルヴィだからな?)

 

まあ馬鹿正直に言うとこの2人が調子に乗るのは一目瞭然だから口にしないけど。

 

一方のオーフェリアとシルヴィは真っ赤になって俯く。お前ら昨日アレだけ搾り取ったのに他人にからかわれると弱いのかよ?

 

呆れていると

 

pipipi……

 

「おっと、もうすぐ俺の試合の時間だな。んじゃぁな!どうせお前ら生徒会専用ブースで見るだろうが、人が来ないからってあんま盛るなよ?」

 

ロドルフォは楽しそうに笑いながら俺達に背を向けて去って行った。誰が盛るか!幾ら人が来ない生徒会専用ブースでも、そこまでチャレンジャーじゃないからな?てか今の俺は干からびてるし。

 

「それじゃあ小町もそろそろ行こうかな」

 

すると小町はそんな事を言ってくるが腑に落ちない点がある。

 

「もう行くのか?お前の試合はまだ先だと思っていたが」

 

「あー……そうじゃなくて、1人で静かな控え室に行って……あのクソ女をどうやって潰すか考えないといけないから」

 

小町は最後の部分を話す時に目を冷たくしながらそう言ってくる。そういや小町の対戦相手はアレだったな……

 

ため息を吐きながら端末を見ると……

 

Tブロック1回戦第1試合

比企谷小町VS一色いろは

 

と、表示されている。

 

一色いろは。ガラードワースの序列30位で『魅惑槍』という二つ名持ち。

 

男を誑かす槍使いだからそう呼ばれているらしいが、今の奴にその名前は相応しくないだろう。以前ノエルから一色の情報を聞いたが、以前オーフェリアとシルヴィを怒らせた動画がネットにアップされて以降孤立しているらしいし。

 

そして俺を貶める為に俺達3人のキスシーンの写真をネットにアップした人間でもある。

 

当初はガチで殺したかったが、時が経つにつれてバカらしくなったので殺意は消えた。今の俺は奴に対して好意も敵意もない。完全に興味がないのだ。

 

しかし小町にとっては未だに気に入らないのだろう。明らかに殺る気が見える。

 

「……わかってると思うが殺すなよ?」

 

滅多にないが、一応星武祭では事故によって死傷者出る事もある。悪意が無かったらまだ救われる可能性はあるが、悪意を持ってやった場合は間違いなく咎められるだろう。

 

小町が一色を恨むのに関してはどうこう言うつもりはないが、その辺りの線引きについては理解しないといけないので確認をする。

 

「わかってるよ。小町も悪目立ちしたくないし、適当にいたぶるだけにしておくよ。じゃあまたね」

 

言いながら小町も去って行った。様子を見る限り大丈夫そうだな。

 

まあどのみち小町の勝ちは確定だろう。一色の戦闘データを見たが、そこそこ優秀程度であるがそれだけだ。才能なら小町の方が数段上だし、努力の量も魎山泊に参加して居た小町の方が数段上。

 

加えて小町は純星煌式武装を持ってるし、間違いなく小町が勝つだろう。

 

「さて、んじゃ俺達も行こうぜ」

 

「あ……う、うん。そうだね」

 

「……早く行きましょう。大分人が集まっているし」

 

俺がそう言うとさっきまで顔を赤くしていた2人は漸く再起動して、俺の腕に抱きついてくる。こいつら本当に甘えん坊だな。

 

(ま、そんな甘えん坊な2人を心から愛してるけどな)

 

内心苦笑しながらも俺は2人の手を優しく握ってからレヴォルフの生徒会専用ブースに向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

それから20分後……

 

『試合終了!勝者、ロドルフォ・ゾッポ!』

 

レヴォルフの生徒会専用ブースにて、俺はステージ上にいるロドルフォが界龍の星露の弟子の子墨を爆発させて勝利するのを目にして息を吐く。

 

「ふぅ……序盤に仙具を使われた時は若干焦ったが、勝って良かった」

 

試合の流れはこうだ。

 

①ロドルフォの対戦相手の子墨は星露から貰った仙具を使って主導権を握ろうとする

 

②ロドルフォがそれをぶっ壊す

 

③子墨、予備のハンドガン型煌式武装を起動して攻撃

 

④ロドルフォ、巨大煌式遠隔誘導武装を起動してハンドガンを破壊

 

⑤子墨、武器を失ったので拳に星辰力を込めてロドルフォを殴る

 

⑥ロドルフォ、自身の星辰力に干渉する能力を使って子墨の拳にある星辰力を霧散させる

 

⑦子墨、殴るもノーダメージ

 

⑧子墨、暫くの間殴り続けるもロドルフォには効かずに遂にバテる

 

⑨ロドルフォが子墨の全身に漲る星辰力に干渉して、子墨の全身を爆発させて試合終了

 

……って感じだ。序盤は若干焦ったがロドルフォの勝利で終わった。

 

ウチのエースが1回戦早々で負けてみろ。今シーズンのレヴォルフの総合順位がビリになっちまうのは殆ど確定的だ。だから負けないで良かった。

 

「しっかしロドルフォの野郎、巨大な煌式遠隔誘導武装を武器にするようになってやがったとは……マジで面倒だな」

 

ロドルフォは俺に負けて序列外になってから1度も公式序列戦に出てないので古いデータしかなかったが、最新技術の煌式遠隔誘導武装を使用している以上、データは全くないと言っても良いだろう。色々な意味で当たりたくない相手だな。

 

てか俺が言うのもアレだが、試合中に遊び過ぎだろ?仙具をぶっ壊した時点で距離を詰めて全身爆破を使えばもっと早く勝てたのに、あの快楽主義者が……

 

「加えて星辰力に干渉する能力に高い身体能力ーーーレヴォルフの高位序列者って規格外の人が多くない?」

 

言いながらシルヴィは俺とオーフェリアをチラ見してくる。そこで俺達を見ないでくれませんかねぇ?

 

「安心しろ。その規格外の人を倒したり、ある程度戦えたお前も普通に規格外だから」

 

前回の王竜星武祭でシルヴィは俺を倒し、オーフェリア相手にある程度戦えた。普通に規格外の人間だろう。てか星露もシルヴィの事を壁を越えた人間と評していたし。

 

閑話休題……

 

「それよりもロドルフォの試合が終わった以上、もう直ぐ小町だな」

 

そう言いながらステージを見ると既にロドルフォと子墨は退場していて次の試合が始まっている。

 

「そうだね。まあ小町ちゃんは3回戦で当たるだろう結衣ちゃん以外には負けないでしょう」

 

言いながらシルヴィは空間ウィンドウを開くとトーナメント表が表示されている。Tブロックで小町を除いて1番強いのは由比ヶ浜だろう。クインヴェールの序列15位で鳳凰星武祭で小町を負かした。

 

試合のデータを見てみたが、爆発する犬を生み出す能力に加えて身体技術が鳳凰星武祭に比べて格段に上がっている。

 

間違いなくお袋の影響だろうが、Tブロックで小町を倒せるとしたら由比ヶ浜くらいだろう。

 

「まあ結局、今回の王竜星武祭は予選でも厳しい戦いがあるって事だ。……俺んところにも厄介そうな奴がいるし」

 

言いながら俺は自分の名前があるCブロックを見て、黒騎士という名前を指差す。ガラードワースの生徒なのだが、色々な意味で不気味な人間なのだ。

 

第1に見た目、マスクで口元を隠しているし、髪の色は多種多様の色が混じっていてカラフルなのだ。レヴォルフの学生ならまだしもガラードワースの生徒でこれはあり得ない。秩序と正義の意味を履き違えている葉山グループの人間ですらマトモな格好をしているのだから。

 

第2に名前。トーナメント表には黒騎士と書いてある。星武祭のエントリーは学籍通りに登録される。つまり黒騎士は普段から黒騎士と名乗っているという事だ。普通はあり得ない。

 

そして第3に戦闘データが一切ないのだ。記録を調べた所、戦闘記録がただの1試合もないのだ。ハッキリ言って異常としか思えない。

 

以前予選のトーナメント表が発表されてからノエルに聞いてみたら、申し訳なさそうにしながら教えられないと言ってきた。それはつまり学園上層部、つなわちガラードワースの運営母体である統合企業財体『E=P』も絡んでいる可能性もあるという事を意味する。

 

データが全くない上、統合企業財体が絡んである可能性のある人間。ハッキリ言って不気味極まりない。予選ブロックでも当たり外れはあるが、俺は間違いなくハズレの方だろう。

 

そこまで考えている時だった。

 

『さぁて!次の試合も盛り上がるだろうよっ!星導館の序列4位、世界で最も有名なバカップルの男を兄に持つ『神速銃士』比企谷小町のご登場だぁー!』

 

実況のクリスティ・ボードアンのそんな声が聞こえたので、考えるのを中断してステージを見ると可愛い妹がステージに降りていた。

 

さて、妹の初陣だし、目玉をかっぽじってよく見ておかないとな……



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憎悪VS逆恨み!比企谷小町VS一色いろは

『さぁて!次の試合も盛り上がるだろうよっ!星導館の序列4位、世界で最も有名なバカップルの男を兄に持つ『神速銃士』比企谷小町のご登場だぁー!』

 

カノープスドームの実況を務めるABCアナウンサーのクリスティ・ボードアンがそう叫ぶと、呼ばれた本人ーーー比企谷小町がゲートからステージに向かった。

 

「いやー、久しぶりにスポットライトを浴びたけどやっぱり星武祭は凄いなぁ」

 

ステージに立った小町は自分に照らされるスポットライトに目を細めてそう呟く。2年半ぶりに星武祭に参加した小町はこの眩しさに懐かしさを感じていた。

 

『アスタリスク最強の喧嘩屋の娘にして、世界最強のバカップルの妹である彼女がどんな暴れっぷりを見せるのか?!お前ら目ん玉かっぽじって良ーく見とけよ!』

 

『ちょ、ちょっとクリスティさん!落ち着いて……』

 

クリスティのハイテンションな説明に解説の護藤蓮也は慌てながら落ち着かせようとする。そんな実況と解説を聞きながら小町はため息を吐く。

 

(やれやれ、やっぱりお母さんとお兄ちゃんは目立ち過ぎだなぁ……)

 

小町は母と兄の業績を思い出す

 

母の涼子は史上2人目に王竜星武祭を二連覇したり、歓楽街最強の喧嘩屋としてヘルガ・リンドヴァル隊長と何度も戦った伝説を持ち、兄の八幡は世界の歌姫と世界最強の魔女の2人を恋人に持ち街中で堂々とディープキスをするようにイチャイチャしている伝説を持っている。

 

平和主義者の小町からしたら2人の行動は度肝を抜くものであり、学園でも友人に聞かれて若干辟易している。

 

そこまで考えていると……

 

「へ〜、直で見るのは久しぶりですけど、あの屑の妹とは思えないくらい普通な顔ですね〜」

 

いきなり前方からそんな声が聞こえたので顔を上げると小町の前方にはガラードワースの制服を着た対戦相手……一色いろはが醜悪な笑みを浮かべて小町を見ていた。

 

(……一色いろは。ガラードワースの序列30位で逆恨みでお兄ちゃん達の関係をバラした女……!)

 

小町は内心歯軋りしながら一色を見る。彼女は2年半前に葉山と組んで鳳凰星武祭に参加した。しかし葉山は1回戦が始まる前に兄である八幡をヒキタニ呼びしてオーフェリアの逆鱗に触れて、プレッシャーをかけられて気絶したのだ。

 

それによって葉山と一色の鳳凰星武祭は不戦敗となり幕を閉じたのだが、一色は葉山が八幡をヒキタニ呼びした事を棚に上げて八幡を恨むようになった。

 

以後一色は事あるごとに八幡の悪口を同じガラードワースの生徒に広めていたが、ショッピングモールでオーフェリアとシルヴィアに咎められて、そのやりとりがネットにアップされた事によって一色はガラードワースで孤立した。それに対して一色は一切反省せず更に八幡を恨むようになった。

 

そして獅鷲星武祭決勝前夜、カジノに行った帰りに中央区を歩いていたら八幡がオーフェリアとシルヴィアの3人でキスをしている光景を発見して、内心ほくそ笑みながら写真を撮ってネットにアップした。それによってネットで八幡は叩かれまくり一色は幸せだった。

 

しかしそんな幸せな日々は長くは続かず、一色は理事会に呼ばれて余計な事をしてくれたと責められまくったのだ。もしも3人の関係が原因でシルヴィアが引退して、ガラードワースの生徒が暴露したと世間にバレたらお前をスケープゴートにする、と。

 

結果シルヴィアは引退しないで済んだが、一色は何故自分がこんな目に遭っているのかと反省をすることはなく、より一層八幡に逆恨みをするようになった。

 

小町はそこまで詳しく知っているわけではないが、理不尽な逆恨みをして兄を悪口を広めたという事くらいは知っている。

 

しかしそれだけで十分だ。小町にとっては理不尽に兄を貶める人間は敵なのだから。兄を貶めるというなら、小町も一色を大舞台で失格にならない程度に貶めるつもりである。

 

そう思いながら小町は構えを取ると、一色は無視されたのが不快だからか挑発をしてくる。

 

「無視ですかそうですか。……ま、あの屑の目が腐っているように、貴女の耳が腐っているなら仕方ないですね」

 

「……は?」

 

聞き捨てならない挑発に小町は思わず声をあげる。すると一色は気を良くしたのか更に挑発をする。

 

「なんですか怒ったんですか?私は事実を言っただけですよ?」

 

「……少し黙ってくれないですかね?試合に集中したいので」

 

小町はブチ切れそうになりながらも務めて冷静にそう返すと、一色は嘲笑を浮かべながらも口を閉じない。

 

「は?試合?どうせ貴女もあのクズ同様に最低な手段しか使えないんでしょ〜?」

 

そこまでが限界だった。

 

「黙れ屑が」

 

「ひいっ!」

 

小町が魎山泊で鍛えられている最中に自然と身に付けた殺気を出しながら一色を睨むと、一色はビビリながら後ろに下がる。

 

「さっきから黙って聞いてれば随分と言ってくれるね。大体人の事を屑屑言ってるけど、アンタの方が屑でしょ」

 

小町がそう言うと一色は更にビビるも、直ぐに気を取り直してキレる。

 

「は?何で私があの屑より下なんですか?卑怯な事をしなければ大した事のない屑より下だなんてふざけた事を言わないでくれませんか?」

 

「……もう良い」

 

小町はそう言ってから一色に背を向けて開始地点に向かう。対する一色も不満タラタラの表情を浮かべながら開始地点に向かう。

 

両者が同時に開始地点に着くと、一色は槍型煌式武装を展開するも、対する小町は徒手空拳のままだ。小町が銃を使った戦闘スタイルは有名なので小町の構えを見た観客からは騒めきが生じる。

 

しかし小町はそれを無視して目の前にいる対戦相手である一色を睨みつける。

 

(お兄ちゃんがあの葉虫にやったみたいに最初の数分弄んでから一気に仕留めようと思ったけど止めた。最初から圧倒的な絶望を与えてあげる)

 

生まれて初めて本気でキレた小町は目の前にいる女を完膚なきまで叩き潰す以外の事を頭から除外してスタートダッシュの準備をする。

 

そして開始時間が近づくにつれて観客席も静まっていき……

 

『Tブロック1回戦第1試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始を告げる。同時に両者が前に出るも……

 

 

「なっ?!」

 

一瞬で小町はいろはとの距離を詰める。試合開始時点で2人との距離は50メートル近くある。そして2人が接近した場所は一色の開始地点から僅か10メートル程離れた場所。つまり一色が10メートル進む間に小町は40メートル進んだ事を意味する。

 

小町は魎山泊での修行にて近接戦闘能力と、星辰力のコントロールを星露との実戦で学んだ。圧倒的な強者との実戦訓練にて小町は界龍の拳士が得意とする、身体の要所に上手に星辰力を込める技術を身につけた。

 

今の小町はアスタリスク最速と評される趙虎峰に限りなく近い速度を出せる程に成長したのだ。

 

そして腕に星辰力を込めて右手で一色の持つ槍型煌式武装をへし折り、間髪入れずに左手で一色の右肩を掴み……

 

 

グシャリ

 

そのまま肩の骨を砕いた。

 

「っ!〜〜〜!」

 

それによって一色は声にならない悲鳴をあげて膝を地面につける。しかし小町は冷たい表情のまま、今度は一色の左肩を掴み……

 

 

グシャリ

 

再度肩の骨を砕いた。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!痛いっ!痛いぃぃぃぃぃっ!」

 

一色はそれによって今度は大声で叫び出す。対する小町は冷たい表情のまま拍子抜けした気分になる。

 

「この程度にお兄ちゃんを屑呼ばわり……バカじゃないの?」

 

小町は偽りなく自分の気持ちを口にする。小町が目標としているのは兄を超えること。その為に星露の元で過酷な訓練をしたのだ。

 

そして王竜星武祭前、最後の魎山泊にて小町は今の自分は兄に勝てる可能性はあるのかと星露に尋ねた。

 

対する星露は、お前が体術、射撃技術、純星煌式武装など持てる全てを使えば100回に1回は勝てると答えた。その事については不満はない。自分は壁を越えた人間ではないと自覚をしているから。

 

だから小町は目の前で膝をついている女の弱さと言動を見て強い苛立ちを感じていた。

 

(体術のみの小町相手に何も出来ないで肩を壊された癖にお兄ちゃんを屑呼ばわりしてるって……)

 

小町は内にある怒りを爆発させないように息を吐く。そうでもしないと殺してしまいそうだからだ。

 

「それじゃ二度と減らず口を叩けないよう、顎を砕いて終わりにするか」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

そう言いながら小町は右手に星辰力を込めて構えを見せると、一色は目から涙を、スカートの中から金色の液体を流しながら逃げようとする。

 

両肩を砕かれ、泣きながら失禁する一色は世間一般から見たら無様極まりない存在であった。

 

しかし小町の中には容赦するという考えは一切なく……

 

「じゃあね」

 

そのまま一色との距離を詰めて顎にアッパーをしようとする。

 

しかし……

 

「ぎ、ギブアップ!ギブアップします!」

 

小町の拳が一色の顎に当たる直前に、一色は自由の効かない腕を無理やり動かして自身の校章に触れてギブアップを宣言した。

 

『試合終了!勝者、比企谷小町!』

 

機械音声がそう告げて小町の勝利を告げるので、小町はアッパーをやめて拳を下ろす。このまま一色の顎を砕きたいのは山々だが試合が終わった時点で手を出したら問題行為になるので嫌々断念した。

 

しかし……

 

「ねぇ?」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

このままでは腹の虫が収まらないと小町が一色の元に近寄ろうとするが、足を踏み出した途端一色は更に激しく失禁をするので思わず距離を取る。

 

「汚いなぁ……まあ良いや。次にお兄ちゃんの侮辱をしてみなよ?死より恐ろしい地獄を教えてあげるから」

 

「……っ」

 

小町が殺気を剥き出しにしながらそう告げると一色は泡を吹きながら事切れたかのように地面に倒れた。

 

それを見た小町は一度ため息を吐いてから出口に向かい歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここで試合終了!小町の奴が開始10秒でいろは両肩を砕いて戦意をへし折ったー!』

 

『彼女達に何があったのか知らないけど、冒頭の十二人もしくはそれに近い実力の持ち主じゃない限り、比企谷選手の殺気に気圧されるだろうね』

 

レヴォルフの生徒会専用の観戦ブースにて実況と解説の声が流れる中、俺は恋人2人と一緒に息を吐く。

 

「いやー、小町の奴、完璧に強くなってやがるな」

 

「そうだね。速度なら身体強化をしてない私より速いと思うな」

 

「……公式序列戦ではこんなデータは無かったし、王竜星武祭が始まるまで完全に隠していたようね。それにしても良くやったわ」

 

オーフェリアはステージで気を失っている一色を見てガッツポーズをする。丁度同じタイミングで医療班がステージにやって来て一色を担架に乗せようとするが、その直前一瞬だけど動きが鈍くなる。おそらく失禁したのを見て躊躇してしまったのだろう。責められる謂れはない。

 

というか小町ちゃん怖い。俺の為に怒ってくれたのは嬉しいけど、ぶっちゃけ怖かった。一応ギブアップする前に攻撃をやめたし運営委員にはお咎めはないだろう。肩を砕く程度の事なら星武祭で割と起こる事だし。

 

「まあそうかもな……とりあえず見たい試合は終わったし、どうする?違うステージの中継でも見るか?」

 

今日カノープスドームで行われる試合の中で冒頭の十二人が出る試合は小町とロドルフォの試合だけだ。他の有力選手の試合を見たのでぶっちゃけ今日のカノープスドームで見たい試合はない。

 

「あ!じゃあ八幡君、シリウスドームに繋いでくれる?あのレナティって擬形体の試合が見たいな」

 

ああ。エルネスタが新しく作った擬形体か。確かに見ておきたいな。多分アルディやリムシィよりスペックが高いだろうし。

 

そう思いながら空間ウィンドウを開きシリウスドームで行われている試合を見れるように繋ぐと……

 

 

『Uブロック1回戦第1試合、試合開始!』

 

丁度レナティの試合が始まったようで……

 

『えーい!』

 

『だべぇぇぇぇぇぇぇっ?!』

 

開始3秒でレナティが手に持つ巨大な剣型煌式武装を振るって対戦相手である葉山グループの三馬鹿の1人である戸部をステージの壁に叩きつける。

 

『試合終了!勝者、エルネスタ・キューネ!』

 

そして試合は終わった。速い、余りにも速過ぎる。まさか見たい試合をテレビで見ようとしたら、丁度始まって10秒以内で終わるとは思わなかった。これにはシルヴィとオーフェリアも予想外だったようでポカンとしている。

 

「……よし、帰るか」

 

俺は思わずそう呟く。シリウスドームの予定も調べてあるが、レナティ以降の試合は優勝候補の選手は出てこないし、見る理由はない。それだったら帰って混雑する前に帰って、自宅で優勝候補選手の記録を見直した方が建設的だろう。

 

俺がそう言うと、2人は目を見合わせてから立ち上がり俺に抱きついてきた。どうやら異論はないようだな。

 

結果、俺達は帰りが混雑する前に帰宅し、記録を見直したり、イチャイチャしたりしていたら王竜星武祭2日目が終了した。

 

 

 

 

余談だが、小町との試合の後に治療院に運ばれた一色は完全に心が折れたようで休学する事になったらしい。どうせなら葉山も休学させて欲しいと思ったのは仕方ないだろう。



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本戦に出場する為、皆全力を尽くす

王竜星武祭7日目ーーー今日は一日かけて3回戦をやって64人から32人に振るい落とされる。

 

また残った32人は9日目から始まる本戦に出場する権利を得る。本戦に出れば例え1回も勝てなくても学園から相当な量の賞金や高待遇な生活を約束されるので必然的に皆やる気を出している。

 

そんな訳で本戦にかける選手達の情熱が観客にも伝わり、各ドームでは大きな盛り上がりを見せていた。

 

 

プロキオンドームでは……

 

 

「行けー!」

 

「ああもう!本当に鬱陶しいですね!」

 

ピンク髪の女子ーーークインヴェール女学院序列15位『爆犬の魔女』由比ヶ浜結衣が自身の周囲から大量の犬を生み出して対峙する女子ーーー星導館学園序列4位『神速銃士』比企谷小町に飛ばす。

 

小町は迎え撃つべく両手にもつハンドガン型煌式武装の引き金を引いて、犬の眉間を寸分違わず撃ち抜く。同時に犬が膨らんで爆発するので小町は下がる。

 

2人は2年半ぶりに激突していて今の所は拮抗している。単純な実力なら小町の方が数段上だが、由比ヶ浜の爆犬が虎視眈々と小町の校章を狙っているので攻めあぐねている状態となっている。幾ら小町の方が強くても校章が破壊されたら負けである以上迂闊に攻めることは出来ない。

 

一方の由比ヶ浜は若干の焦りを感じていた。今のところ自分より圧倒的に強い小町相手に戦えているが、由比ヶ浜は常に能力を使用している為、かなりの星辰力を消費している。

 

このまま今の状況が続けば由比ヶ浜の星辰力が切れるまでは戦えるが、星辰力が切れた瞬間即座に由比ヶ浜の負けに繋がってしまう。

 

だから必然的に由比ヶ浜は勝つために作戦を変更した。

 

「行け行けー!」

 

言いながら新たに10匹の犬を生み出して小町に飛ばす。対する小町は再度引き金を引こうとしたが……

 

「それー!」

 

その直前に由比ヶ浜が叫び、それと同時に全ての犬が爆発する。それによって爆風が大量に生まれて小町の視界から由比ヶ浜が見えなくなる。

 

(これは……爆風で視界を遮って犬を飛ばすつもりですかね……?)

 

幾ら小町でも見えない標的を撃つのは無理である。シンプルだが有効な作戦である。

 

だから後ろに下がろうとすると……

 

「たぁっ!」

 

由比ヶ浜が爆風の中から地を這うように身体を低くしながら小町との距離を詰めて蹴りを放ってくる。対する小町はハンドガンで蹴りを防ぎ直撃は避けたが、衝撃だけは打ち消せずに後ろに飛ぶ。

 

しかし由比ヶ浜は容赦しない。更に8匹の犬を生み出して小町に飛ばしてから自分自身も遅れて小町との距離を詰めにかかる。

 

「わわっ!お母さん強くし過ぎでしょ……」

 

小町は思わずそう愚痴ってしまう。能力の規模や威力は当然ながら、体術のレベルの向上や、能力と体術による複合戦闘技術の向上などを見ると、明らかに小町の母である涼子の指導の良さが伺える。

 

(仕方ない……本戦まで隠したかったけど出し惜しみは厳禁だし……)

 

言いながら小町は腰にある4つのホルスターの蓋を開ける。するとそこには待機状態の4つの煌式武装があるので全て起動する。同時に腰に重みが発生するが小町はそれを無視して……

 

「はっ!」

 

両手にある二丁のハンドガンを空中に投げて、腰にあるホルスターから一丁の巨大な銃を取り出し由比ヶ浜に向けて放つ。すると銃口からは30近くの弾丸が現れる。所謂散弾銃というヤツだ。

 

「おっとぉ!」

 

由比ヶ浜はそう言ってジャンプをする。由比ヶ浜は散弾銃の攻撃から逃れられたが、由比ヶ浜の生み出した爆犬は全て破壊される。

 

同時に小町は散弾銃をホルスターにしまってから、足に星辰力を込めて……

 

「たぁっ!」

 

叫び声と共に地面を蹴って飛び上がり、空中にて未だに宙に浮いている二丁のハンドガンを掴み、そのまま引き金を引いて由比ヶ浜目掛けて発砲する。

 

由比ヶ浜は驚きながらも空中で爆犬を生み出すも、まさか小町が空中に銃を取りに行くとは思わなかったようで反応は若干遅く……

 

「わあっ!」

 

何発かモロに食らって地面に落とされる。校章は無事だが小町からしたらダメージは軽くないように見える。

 

しかし小町は一切油断しない。自身の母親に鍛えられた人間がこの程度で折れる筈はないのだから。実際に地面にいる由比ヶ浜はこちらを見上げて爆犬を作ろうとしている。

 

確実に仕留める、そう判断した小町は……

 

「行くよーーー『迅雷装』」

 

腕に装備している黄色の石ーーーウルム=マナダイトが埋まっているブレスレットーーー純星煌式武装『迅雷装』を起動する。

 

すると小町の全身から電磁波のようなものが現れて、背中には小さい翼が4枚生える。

 

しかし翼があるにも関わらず、小町は重力に従って落ちている。それに対して小町は焦っていない。小町は既に知っているからだ。この翼の本質は空を飛ぶ事ではないという事を。

 

そう思いながら小町は由比ヶ浜を見据えて……

 

(ルートはこれで良いね。じゃあ……えいっ!)

 

小町が内心そう叫ぶと、背中に生えた4枚の翼が光り輝いたかと思えば一直線で由比ヶ浜の元に滑空攻撃を仕掛ける。その速さはまさに圧倒的の一言である。

 

しかし……

 

「まだまだぁっ!」

 

対する由比ヶ浜は毎日涼子にしばかれているので、小町の移動速度を見切っている。由比ヶ浜はそれを確認すると自身の能力を使用して、通り道となる場所に犬を設置する。能力の使用の速さや相手の軌道を読む実力、由比ヶ浜の実力の高さを物語っている。

 

しかし……

 

「たあっ!」

 

「ええっ!」

 

小町と犬がぶつかる直前に小町の身体は急上昇して、それによって犬の突撃は空を切った。

 

由比ヶ浜が驚く中、急上昇した小町の身体は速度を落とさずに即座に真下に急下降する。足場のない空中にもかかわらず平然と。

 

そしてそのまま由比ヶ浜との距離を詰める。それによって由比ヶ浜は能力を発動しようとするが、小町の方が一歩早く……

 

 

「貰いました!」

 

「うわあっ!」

 

そのまま由比ヶ浜の校章に蹴りを放つ。蹴りをモロに食らった由比ヶ浜はバラバラとなった校章が空に舞う中、背中から地面にぶつかる。

 

『由比ヶ浜結衣、校章破損』

 

『試合終了!勝者、比企谷小町!』

 

機械音声が小町の勝利を告げると観客席は一層盛り上がる。本戦出場が決まったのだから当然のことである。

 

小町は内心喜びながらも由比ヶ浜に近寄り手を差し出す。

 

「すみません結衣さん。最後の蹴り、少し強過ぎましたか?」

 

「ううん!大丈夫だよ!涼子先生の蹴りに比べたら全然!」

 

「いや、お母さんの蹴りと比べられても困るんですけど……」

 

「たはは……それにしても小町ちゃんの新しい純星煌式武装は凄いね。データで予習しても完全に反応し切れなかったし」

 

「まあ小町の今のバトルスタイルにはピッタリですから」

 

言いながら小町は腕に付けてある『迅雷装』に触れる。『迅雷装』の能力は発動前に移動コースを設定して、発動するとそのコースを高速移動する事を可能にする純星煌式武装である。さっき小町がやったようにコースによっては能力者でなくても簡単に空中で方向転換する事も可能である。

 

能力だけ見ればそこまで強力な純星煌式武装ではない。高速と言っても壁を越えた人間には見切れる速さだ。

 

しかし使い手によっては強力な純星煌式武装となり、小町のように体術を極めた人間が使えば、使用者は『体術のみによる高速移動』と『迅雷装を使った高速移動』の両方を兼ね備えた強力な存在と化す。

 

しかし代償は大きく、代償は水分で、10分使うと脱水症状一歩手前の状態になってしまう程なので短期決戦に特化した純星煌式武装である。今回は由比ヶ浜の能力が校章を破壊するのに向いている能力だったので使用したが、そうでなかったら小町は使っていなかった。

 

「そうかもね。あーあ、後一歩で本戦に上がれたのに……小町ちゃん!優勝目指して頑張ってね」

 

「はい!」

 

小町は由比ヶ浜の差し出した手を握って握手をする。小町の目標は兄を超えること、そして優勝することである。それは険しい道であるが諦める訳にはいかない。

 

小町は改めて決心しながら由比ヶ浜との握手を解いてゲートに向かって歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「小町は勝利したか……んでプリシラはシルヴィに負けたか」

 

俺は今シリウスドームにある自分の控え室にて、他のドームの試合を見ている。プロキオンドームでは小町が由比ヶ浜を撃破して、シルヴィがカウンターでプリシラの校章を破壊して本戦出場を決めている。

 

他にも天霧やロドルフォや暁彗など壁を越えた人間は余裕で本戦出場を決めているし、ノエルや若宮、レスター・マクフェイルのような魎山泊の人間も本戦出場を決めた。プリシラは残念ながら予選落ちだが、相手がシルヴィだし運が悪かったとしか言えない。

 

(まあシルヴィ相手にあそこまで保てたんだし将来性は高いな)

 

さっきまでシルヴィとプリシラの試合を見たが、プリシラは身体強化されたシルヴィの攻撃をギリギリながらも凌いだのだ。2年半前、鳳凰星武祭に参加した頃は『覇潰の血鎌』の補給役でしかなかった。それを考えればプリシラの伸びは高い方だろう。

 

そこまで考えていると……

 

『試合終了!勝者、ヴァイオレット・ワインバーグ!』

 

控え室にある備え付けのテレビからそんな声が聞こえたので顔を上げると、ヴァイオレットがドヤ顔をしながらガッツポーズを取っているのが目に入る。

 

(ヴァイオレットは勝ったか。まあ当然だな。そんでヴァイオレットの試合が終わったという事は次は俺か)

 

シリウスドームで行われる3回戦の予定ではヴァイオレットの次に俺の試合がある。

 

対戦相手はガラードワースの黒騎士という男。王竜星武祭以前のデータが全くない不気味な存在だ。

 

その上、1回戦では複数の銃型煌式武装を使った派手な戦い方をして、2回戦は槍型煌式武装で相手を秒殺するなど武器もバトルスタイルも全然違うという異質な存在だ。1回戦と2回戦のデータを見る限り俺より格下なのは間違いないがどうにも嫌な予感がする。

 

(だが、まあ……負けるつもりはないがな)

 

優勝を目指す以上負けるつもりはない。仮に奥の手を持っているならそれを使う前に倒せばいい話だ。

 

そう思いながら俺はテレビの電源切って、控え室を後にする。そして出場ゲートに向かって早歩きで向かっていると先程本戦出場を決めたヴァイオレットが前方からやってくる。

 

「よう。本戦出場おめでとさん」

 

「ふふん!当然ですの!」

 

俺がそう言って話しかけるとヴァイオレットはドヤ顔を浮かべてそう返してくる。相変わらず自信満々のようだ。

 

しかしそれも一瞬で引き締めた表情に変わる。

 

「ですが、本戦からはそう上手くはいかないでしょう。壁を越えた人達とぶつかる可能性があるのですから」

 

予選の3回戦までは基本的に有力選手同士がぶつからないが、本戦の4回戦からは有力選手しかいないので激しい戦いとなる。それなりに期待されている選手がいきなり序列1位と当たって瞬殺されるなんてザラにある事だし。

 

「それについては明日の抽選会でシルヴィが当たりを引くように祈ってろ」

 

星武祭は予選を1週間(1回戦に4日、2回戦に2日、3回戦に1日)かけて行い、8日目に抽選会を行い、9日目に4回戦、10日目に5回戦、11日目は調整日により休みで、12日目に準々決勝、13日目に準決勝、14日目に決勝と2週間かけて行われている。

 

今は7日目なので明日、選手にとって重要な抽選会が行われる。その抽選会は生徒会長がやり、クインヴェールに所属するヴァイオレットのクジはシルヴィが引くのだ。早い話、ヴァイオレットの星武祭に関する運命はシルヴィに託されたのだ。

 

「そうですわね。初っ端から貴方や天霧様、『覇軍星君』などに当たりたくありませんの」

 

「それは俺も同感だ」

 

初戦は運だけで勝ち上がってきた雑魚とやりたい。大体星武祭の本戦では毎回1人や2人、そんな雑魚が出てくるし。

 

「……っと。俺はもう時間だから行く。またな」

 

「ええ。相手は得体の知れない男ですが、私の師匠である以上負けることは許されませんの!」

 

言いながらヴァイオレットはビシッと俺に指差してくる。そう言って激励するのはありがたいが、俺を師匠というなら指差すな。アイアンクローをぶちかますぞ。まあ以前やったら泣かせちまったからやらないけど。

 

「はいはい。初めからそのつもりだ」

 

「なら良いですの!頑張ってくださいですの!」

 

「はいよ」

 

言いながらヴァイオレットの頭をポンと叩いてから、ヴァイオレットの横を通り過ぎてゲートに向かう。

 

 

 

 

『会場の皆様、お待たせしました!これよりCブロック3回戦、レヴォルフ黒学院の比企谷選手とガラードワースの黒騎士選手の試合を始めます』

 

さて、後一戦勝てば本戦だし……頑張りますか



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予選最大の戦い 比企谷八幡VS黒騎士(前編)

『さあいよいよCブロック最後の試合です!最初にステージに立ったのはこれまでの2試合で能力を使わずに圧倒した、レヴォルフ黒学院序列2位『影の魔術師』比企谷八幡選手です!』

 

そんな声が聞こえるなか、俺がステージに立つと歓声が沸き起こる。この試合でCブロックの本戦出場者が決まるから妥当と言えば妥当である。

 

『その比企谷選手と対峙するのは、全くデータが存在しない、使う武器もバトルスタイルも不明なガラードワース所属の黒騎士選手!今回も予想外の戦い方をするのか?!』

 

すると俺の目の前に黒騎士と呼ばれている男がやってくる。

 

(やっぱり直で見ると不気味だなおい)

 

髪の毛は多種多様な色が絡み合っていて、口には黒いマスクを装備していて、どう見てもガラードワースの生徒の姿ではない。

 

そんな事を考えていると黒騎士は煌式武装の発動体を取り出して起動するも……

 

『おおっと!今回の黒騎士選手は剣を使うようだ!』

 

『毎回違う武器を使うようだが、それが黒騎士選手の戦い方なのか?』

 

実況と解説の声が聞こえてくる。解説のヘルガ隊長の言う通り黒騎士は毎回違う武器を使っている。1回戦は銃型煌式武装を、2回戦では槍型煌式武装を使っていて、今はオードソックスなブロートソード型煌式武装を使っている。1回戦と2回戦を見る限り銃や槍の使い方の使い方は一流の一言だ。おそらく剣の腕も高いのだろう。

 

だからこそ腑に落ちない。それだけの才能があるなら一つの武器に絞って鍛錬した方が合理的だろう。そうすればこいつも壁を越えた人になれる可能性もあるのに。見る限り黒騎士は違うだろう。

 

まあ対戦相手の俺としてはありがたい話だからどうでも良いけど。

 

そう思いながら俺は開始地点に向かうと、黒騎士も同じように開始地点に向かう。しかし黒騎士は剣を構える素振りを一切見せずやる気があるように見えない。

 

(マジでなんなんだコイツは?一回戦の時は苛烈に攻めまくっていたが、今のコイツからは戦意が殆ど感じないんだが……)

 

そう思っている間にも時間は過ぎて……

 

『Cブロック3回戦、試合開始!』

 

遂に試合開始が告げられる。同時に俺は脚部に星辰力を込めて加速をしようとするが……

 

(は?)

 

黒騎士の奴、全く構えを変えずにぼんやりとこちらを見ている。身体を見ても星辰力を込めているようには見えないし、明らかに舐めているようにしか思えない。

 

しかしこうして睨み合っても意味はなく、寧ろ血気盛んな観客からブーイングを食らいそうだし動くか。

 

俺は一息吐くと、地面を蹴って瞬時に黒騎士との距離を詰めにかかる。

 

『おおっと比企谷選手!開始と同時に黒騎士選手の元に向かう!これは速い!』

 

『星辰力のコントロール技術を上手く取り入れているな。この技術を取り入れている界龍の拳士は多いが、比企谷選手を止められる拳士は界龍でもそう多くないだろう』

 

星露との鍛錬で生身の速度ならアスタリスクトップクラスの自負がある。2回戦と同じようにこれで終わらせる。

 

そう思いながら俺は黒騎士との距離を2メートルまで縮めると、右手に星辰力を込めて高速の突きを放つ。すると黒騎士は手に持つ剣でそれを受け流して袈裟斬りを放ってくる。正確に俺の校章を狙った一撃だ。

 

しかし……

 

「甘い」

 

俺はバックステップで袈裟斬りを回避して間髪入れずに左足を使った回し蹴りを黒騎士の脇腹に叩き込む。

 

すると黒騎士は後ろに跳ぶが手応えは全く感じなかった。おそらく直撃する直前に後ろに跳んでダメージを受け流したのだろう。今の体術といい、こちらの突きに対する受け流しといい、黒騎士は間違いなく一流だ。冒頭の十二人の中でも上位に入る程の実力なのは確実だ。

 

しかしそれだけだ。奴を見る限りヤル気も意思も全く感じない。意思の感じない人間の一撃など脅威に感じない。

 

そう思いながら再度脚部に星辰力を込めて、黒騎士との距離を詰めてラッシュを仕掛ける。それによって何発か黒騎士の身体に当たる。速度を重視した連撃なので一発一発の威力は低いが、暫く続けていれば倒せるだろう。

 

そう思った時だった。

 

「やれやれ……やはり貴方が相手ならこうなりますか。まあどうなろうとも知った事じゃありませんが」

 

初めて黒騎士が俺に話しかけたかと思えば、突如俺と黒騎士の周囲から黒い泥のような液体が大量に現れる。

 

(なんかヤバそうな色をしてるが……毒か?)

 

だとしたらマズい、そう判断した俺は黒騎士から距離を取る。毒についてはオーフェリアの毒を食らいまくって耐性がついているのは否定しないが、だからと言って馬鹿正直に食らう義理もない。

 

黒騎士と5メートル以上離れてみると、黒い液体は俺の方に向かってくることもなく、黒騎士の身体に纏わり始める。見れば黒騎士は俯くように立っていて、その間にも黒い泥は見る間に黒騎士の全身に纏わりつき……

 

『ここで黒騎士選手、全身に黒い鎧を纏ったぁっー!黒騎士選手は比企谷選手と同じように魔術師のようだ!』

 

実況の言うように黒騎士は真っ黒な西洋甲冑を纏っている。頭部の兜からは二本の角が生えていて悪魔のような風貌でもある。

 

(なるほどな……だから黒騎士って呼ばれているのか。この姿なら納得だ。しかしどうにも腑に落ちねぇな)

 

鎧を作ることは別に普通だ。俺やノエルは影や茨を使って鎧を作るし、黒騎士と同じ学園のガラードワースの序列11位の『鎧装の魔術師』ドロテオ・レムスは様々な鎧を作る能力を持つ魔術師だし。

 

妙なのは鎧を作る際に黒騎士の星辰力が何重にも重なっているように感じたのだ。まるで複数の人が鎧を作っているかのように。

 

こんな奇妙な感覚は初めてだが、今は後回しだ。何故かと言うと……

 

「グオオオオオオオオオ!」

 

目の前にいる敵さんが考える時間を与えてくれるとは思えないからだ。黒騎士は理性など全く感じられい獣のような雄叫びをあげると、手に持つブロートソード型煌式武装に先程の黒い泥を纏わせて巨大な剣を作り出す。

 

どうやら鎧を纏うと武器を変えるようだ。まあ巨大な剣なら細かい動きをしにくいからスピードタイプの俺にとってはありがたい話だが。

 

そう思いながら俺は鎧を破壊すべく黒騎士に向かって突っ込んだ。

 

 

 

 

『グオオオオオオオオオ!』

 

「遂に出たか……!出来ればアレが出る前に比企谷さんが倒して欲しかったけど……」

 

「お兄ちゃん、どういう事?あの黒騎士さんって何者なの?」

 

カノープスドームにあるガラードワース生徒会専用の観戦席にて、エリオットは嘆き、ノエルは頭に疑問符を浮かばせる。

 

エリオットは生徒会長故に多忙ではあるが、今日は比較的仕事が少なかったのでカノープスドームまでノエルの応援に向かった。そしてノエルが勝利した後に合流してシリウスドームにて行われている八幡と黒騎士の試合を見て今に至る。

 

ノエルは生徒会のメンバーだが、黒騎士については殆ど知らない。知っているのは上層部が半ば無理やり出場させた人間という事くらいだ。

 

しかしエリオットの反応を見る限り相当危険な人間と理解したので思わず質問をしてしまった。

 

それに対してエリオットはチラッとノエルを見てからため息を吐きながら口を開ける。

 

「………黒騎士はガラードワースの上層部育てていた多重人格の魔術師なんだよ。その数は全部で12人いる」

 

「12?!つまり十二重人格って事?!」

 

エリオットの言葉にノエルは驚きを露わにする。二重人格や三重人格などは聞いた事ばあるが十二重人格は前代未聞である。

 

「ああ。しかも十二人全てが魔術師としての素養があって、普段は一日毎に人格変わる」

 

「じゃあ今までの試合で使う武器が違ったのは……」

 

「その時の人格が得意とする武器を使っていたって事だ。そして危険な状態になると、全員の意思が混ざり合って能力が発言する」

 

「全員の意思……もしかして黒騎士さんが獣のようになったのはその影響かな?」

 

「恐らくはね。そして黒騎士の能力は『無敵』。十二人分の意思の力で編み上げられた鎧は文字通り桁違いの防御力を持つ」

 

言いながらエリオットが空間ウィンドウを見れば、黒騎士が自身のブロートソード型煌式武装に先程の黒い泥を纏わせている。エリオットとしては黒騎士が星武憲章に抵触する行為をしないかただただ不安である。

 

対してノエルは祈るように両手を握る。

 

(ガラードワースの生徒としては問題かもしれないけど……頑張ってください八幡さん。身勝手な願いですけど、八幡さんが負けるところは見たくないでし、八幡さんの格好良い所が見たいです……)

 

ノエルが八幡の勝利を祈る中、空間ウィンドウに映る八幡が黒騎士に向けて突撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

「ガアアアアアアアアッ!」

 

俺が黒騎士の元に向かって走り出すと黒騎士も俺の方に向かって走りだし、上段から巨大な黒い剣を振り下ろしてくる。理性を吹っ飛ばしたかのように見えながらも鋭い一撃だ。

 

しかし……遅い。週に一度、星露と殴り合っている俺からしたら余裕で対処出来る速さだ。だから……

 

「はあっ!」

 

俺は左に一歩ズレてから右手に星辰力を込めて、丁度振り下ろされる大剣の横っ腹を殴りつける。

 

「ガアッ?!」

 

すると大剣の軌道は大きくズレて、そのまま地面に突き刺さる。それによって今の黒騎士は隙だらけだ。

 

俺は返す刀でもう一度右手に星辰力を込めて……

 

「おらっ!」

 

渾身の力を込めて黒騎士の腹を殴りつける。しかし……

 

(効いてない、だと?)

 

黒騎士の鎧が砕けるどころか、ヒビ一つ入れられなかった。一応冒頭の十二人を倒せる位の一撃だったんだがな。俺が思うに、この鎧は自分の理性と引き換えにして発動する能力なのだろう。

 

 

「ギイイイイイイイイイイイ!」

 

そこまで考えていると、黒騎士が動き出す。雄叫びを上げながら地面に突き刺さった大剣を無理矢理引き抜いて俺の方に振るってくる。

 

マトモに食らうわけにはいかないので脚部に星辰力を込めて力一杯飛び上がる。同時に大剣が俺の真下を通過して、空中にいる俺に向かって切り上げようとしているので……

 

「ふっ!」

 

そのまま黒騎士の兜を蹴って黒騎士から距離を取る。黒騎士は顔面を蹴られたにもかかわらず、全くダメージを受けているようには見えない。やはりあの鎧は相当硬いな。下手したら影狼修羅鎧以上に。

 

(そうなると関節技で仕留めるか……)

 

重装甲の敵とやる時のセオリーだ。いくら強力な鎧を纏っていても関節が弱点となるのは間違いないからな。

 

「ガアアアアアアアアア!」

 

そこまで考えながら構えを取ると、黒騎士は大剣を構えて叫びながらこちらに突っ込んでくる。大して俺も黒騎士に向かって走りだす。

 

走りながらも俺は左手の義手に星辰力を注ぐ。すると義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝く。

 

そして……

 

「おらあっ!」

 

俺の義手に埋め込まれた2つのマナダイトの光が最高潮に輝いた瞬間に黒騎士の足元に衝撃波を放った。

 

すると地面が割られて黒騎士はバランスを崩して前のめりに倒れる。その隙に俺は黒騎士の後ろに回り、黒騎士の巨大な右腕を掴む。これで関節を外せば黒騎士は痛みでマトモに能力の発動は出来ないはず……

 

そう思いながら両手に力を入れようとした時だった。

 

「ギイイイイイイイ!」

 

黒騎士がいきなり叫んだかと思えば、鎧の右腕箇所から数十本の黒い棘が俺に向かって伸びてくる。慌てて後ろに跳ぶも……

 

「ちっ……!」

 

完全に回避することは出来ずに、右腕に棘が掠り血が飛び散る。左腕にも何発か当たったがこっちは義手だから問題ない。

 

地面に着地すると黒騎士は起き上がりこちらを向いてくる。予想はしていたがマジで面倒な相手だ。

 

クソ硬い鎧に加えて、関節技対策もバッチリしているし。まあ俺も同じ対策をしてるから何とも言えないけどさ。

 

内心ため息を吐いていると黒騎士の大剣に更に黒い泥が纏われて更に長大な剣となる。長さにして20メートル以上。

 

そして……

 

「ガアアアアアアアアアアアア!」

 

雄叫びをあげながらこちらに向けて振り下ろしてくる。その速さは圧倒的だ。

 

そんな一撃に対して俺は……

 

「あーあ。予選では能力抜きで勝ち抜こうと思ったんだがな」

 

言いながら自身の影に星辰力を込めて……

 

「纏え、影狼修羅鎧」

 

そう呟く。同時に影が俺の身体に纏わりつき、徐々に形を変えていき……

 

「ふんっ!」

 

「ギイッ?!」

 

狼を模した西洋風の鎧を纏うや否や、振り下ろされる大剣にアッパーをして跳ね上げる。それによって大剣は黒騎士の手から離れて地面に落下する。すると黒騎士の手から離れたからか、剣に纏わりついていた泥が落ちて元のブロートソード型煌式武装が現れる。

 

『おおっと!ここで比企谷選手!今大会初の能力の使用!しかもいきなり前回の王竜星武祭準決勝で使用した鎧の登場だぁーっ!』

 

実況のハイテンションの声に影響されてか、観客席のボルテージは更に上がる。鎧の外からは音の爆弾が爆発している。

 

そんな中、俺は一度息を吐いてから目の前にいる黒騎士を見て……

 

 

「さて……んじゃ、第2ラウンドと行こうぜ」

 

そう言って前に向かって走り出した。



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予選最大の戦い 比企谷八幡VS黒騎士(後編)

シリウスドームに打撃音と獣の雄叫びが響き渡る。普通の人間なら大抵驚き忌避をするが、今シリウスドームにいる人間は打撃音と獣の雄叫びを聞いて興奮し続ける。

 

観客のボルテージが更に上がり続ける中、シリウスドームのステージの中心では……

 

 

 

 

『殴り合いです!ステージの中心にて鎧を纏った比企谷選手と黒騎士選手が凄まじい殴り合っております!なんという激しいぶつかり合いだぁ!』

 

俺こと比企谷八幡は鎧を纏いながら、同じように鎧を纏う黒騎士という男と殴り合っていた。

 

互いに黒い鎧を纏って殴り合うなんてかなり珍しい光景だろう。基本的に能力者は白兵戦をしないし、鎧を纏う能力者もそこまで多くないし。

 

「ギイイイイイイイイイッ!」

 

すると黒騎士は先程俺が跳ね上げたブロートソード型煌式武装を拾って、泥を纏わせて巨大な大剣を再度生み出すが意味がわからん。さっき跳ね上げたから言えるがあの大剣じゃ影狼修羅鎧を突破するのは……っ!

 

そこまで考えた時だった。唯一泥が纏われていない場所ーーーマナダイトから強い光を感じる。間違いない、流星闘技をするつもりだ。

 

俺が顔を上げると、黒騎士は大剣を大きく振り上げて……

 

「ガアアアアアアアア!」

 

そのまま振り下ろす。すると巨大な斬撃が俺に向かって襲いかかる。まるで月牙◯衝みたいな技だ。

 

しかし黒い斬撃じゃないので怖くはない。俺の鎧を打ち破りたかったら黒騎士自身が月牙にならないと勝てないだろう。

 

そんなアホな事を考えながらも俺も右の拳に星辰力を込めて斬撃を殴りつける。そっちが流星闘技を使うなら俺も使わせて貰う。

 

そして俺の拳が斬撃とぶつかると右腕に若干衝撃を感じるが……

 

「おらっ!」

 

俺は無視して、そのまま斬撃を横薙ぎに振り払う。すると俺の真横に斬撃が飛んで行った。ステージの床には斬撃の痕がついているが、俺には関係ない。斬撃を飛ばしたのは黒騎士だし。

 

まあそれはともかく……向こうは流星闘技を使ったばかりなので向こうは直ぐに流星闘技を使うのは無理だろう。

 

そう判断した俺は即座に黒騎士との距離を詰めて、黒騎士の手にある大剣を力の限り殴りつける。すると刀身の半分が鈍い音と共に吹き飛んだ。その事から泥の量によって硬度に差がある事を理解する。

 

俺は追撃をするべく黒騎士の顔面に殴りかかるが、その前に黒騎士が泥で刀身を作り上げて、その刀身で俺の拳を受け止める。それによって衝撃が生まれて俺達の足元にクレーターが出来上がる。しかしそれでも尚、俺は互いの武器を交えていた。

 

そんな中、俺の胸中には苛立ちが生まれていた。

 

(くそッ、マジでウザすぎる……)

 

鎧は硬すぎるし、関節技の対策は鎧から棘を生やすという形で出来ているしガチでやり難い。影狼修羅鎧を纏った状態で関節技をかけようとするが、その場合小回りが利きにくい。てか無理やりやってこっちが関節技をかけられたら嫌だから無理な攻めはしない。

 

しかし厄介なのが例の泥。さっき俺は泥を纏わせていたブロートソード型煌式武装の刀身をぶっ壊したが、泥を纏わせる事で直ぐに使えるようにした。

 

その事から鎧を壊しても直ぐに再生する可能性が高い。そうなったらこっちの体力が削られてピンチになる。

 

(さて、どうしたものか……影神の終焉神装か影狼神槍なら鎧が再生する前に倒せると思うが、両方とも……特に後者は使いたくない)

 

前者は俺の最強の技だから、こんな早くに見せたくない。早く使ってはデータを取られる可能性が高いし。

 

後者は星辰力の消耗が大き過ぎるし、槍を作っている間は鎧を解除しないといけない。槍を作っている時にやられる可能性は高いし、万が一槍を外したら即負けに繋がる。

 

どうしたものか……ん?待てよ。アレならいけるかもしれないな。

 

一つだけ案が浮かんだから試してみる事にした。もしこれが駄目なら影神の終焉神装を使って倒そう。

 

そうと決まれば……やるか。

 

俺は息を吐いてから黒騎士を見据えて何度目かわからないが突撃を仕掛ける。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!!」

 

すると黒騎士は再度吠えて、泥で出来た大剣を振り下ろしてくるので俺は一歩横に避けてから大剣の横っ腹を殴りつける。今度は黒騎士の手から離れなかったが、軌道は大きく逸れて充分に時間を稼げた。

 

安心しながら俺は右腕を構えて……

 

「はぁっ!」

 

力の限り黒騎士の鳩尾を殴りつける。それに対して黒騎士は多少仰け反りはしたが、奴の鎧を砕くには至っていない。

 

しかしそれは予想の範囲内だったので今度は左手で同じ箇所を殴る。すると黒騎士はまた仰け反る。鎧はまだ砕けない。

 

「ギイイイイイイイ!」

 

再度右手で殴ろうとした時だった。黒騎士は吠えながらさっき俺が軌道を逸らした大剣を横薙ぎに振るい……

 

「ぐっ……!」

 

そのまま俺の鳩尾に叩きつける。鎧は砕けてはいないが、衝撃は完全に殺しきれずに伝わってきて胃液が口元まで込み上がってくる。

 

しかし俺はそれを無視して右腕を使って黒騎士の鳩尾を殴りつける。するとさっきより手応えを感じた。ヒビは入ってないが、もう直ぐ壊れそうだ。

 

(後一発……!)

 

俺は影を操り鎧の左腕の部分だけを大きくしながら、左手の義手に星辰力を注ぐ。

 

これは流星闘技を放つ為だが、義手を使って流星闘技を使う場合、俺の義手は本来の大きさの3倍となる。だから鎧の左腕の部分を大きくしないと義手が鎧の中で壊れてしまう可能性があるので、大きくしたのだ。

 

そして暫くして義手から力を感じ始める。鎧があるから見えないが義手に埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝いたのだろう。

 

だから……

 

「おらあっ!」

 

俺は黒騎士の鳩尾に最大出力の衝撃波を放つ。するとピシリと音がして、俺が殴った箇所の部分の鎧が剥がれる。ったく、本当に頑丈な鎧だな……

 

内心苦笑しながら俺は拳を黒騎士の鳩尾に更に深く減り込ませようとしたがそうは問屋が卸さなかった。

 

「ギギィィィィィィィッ!」

 

「ちっ……!」

 

黒騎士は腕を振り回して俺の顔面を殴りつけながら距離を取る。鎧越しながら全然痛くはないが……

 

「やっぱりな……」

 

問題はそこではなく……

 

『おおっとぉ?!比企谷選手が苦労して破壊した鎧が再生したぁ?!』

 

『頑丈な鎧に加えて再生能力……これほどの選手がガラードワースにいたとはな。能力を加味すれば序列1位なれてもおかしくないだろう』

 

目の前にいる黒騎士ーーー正確に言うと黒騎士の鳩尾の辺りを見れば、虚空から泥が生まれて俺が破壊した箇所を修復していた。予想はしていたがやはり修復が出来たか……

 

内心黒騎士の能力に呆れていると黒騎士は手に持つ大剣に今以上に泥を加えて、最終的には30メートル以上の大剣となる。

 

そしてマナダイトの光を強くしながら刀身を地面と平行に向けながら構える。おそらくさっきの飛ぶ斬撃を横振りで放つ算段なのだろう。獣みたいに叫びまくっている癖に意外と頭がキレるな。

 

「ガアアアアアアアアアアアア!」

 

そんな事を考えていると黒騎士が一歩踏み出して大剣を振るおうとしてきたので……

 

「残念だが……お前の負けだ」

 

「ギイッ?!」

 

そう言って俺が手をパーにしてから、直ぐに握り拳を作ると黒騎士の動きが止まった。

 

『な、何だ?!ここで黒騎士の動きが突如止まった〜?!これは比企谷選手の仕業かぁ〜?!』

 

実況がそう叫ぶが俺の仕業である。まあ観客には何が起こったかわからないだろうけど。

 

そう思いながら俺は更に拳を更に強く握ると……

 

「ガアアアアアアッ!ギアッ!ギィィィィッ!」

 

黒騎士は地面に倒れ込みのたうち回り始める。見るからに痛そうだ。まあ実際に痛いだろうけどな。

 

暫くの間黒騎士が地面でのたうち回っていると、手足の先から身に纏っていた泥が剥がれ始める。能力者は強い痛みを感じると能力の維持が難しくなるが、それが原因だろう。

 

黒騎士が暴れ回る間にも泥は徐々に剥がれていき、遂に鎧が全て剥がされて生身の黒騎士が露わになった。

 

 

 

 

全身が影に締め付けられている状態で。

 

同時に観客席からは騒めきが生じる。一部からは納得の声も聞こえてくる。

 

『あ、アレは比企谷選手の影……ですか?』

 

『ああ。先程比企谷選手が黒騎士選手の鎧の一部を壊した時に仕込んだと思える。外側から鎧を破壊するのではなく、仕込んだ影を使って内側から黒騎士選手本人を攻撃して能力の維持を妨げたのだろう』

 

ヘルガ隊長の言葉通りだ。外側から鎧を壊しても泥によって直ぐに修復されると思った俺は鎧の中に影を入れて暴れさせる作戦を立てた。

 

結果は大成功。一度鎧を壊した後に左腕に纏わせた影の一部を鎧の内側に送り込み、網のように広げて黒騎士の身体を縛り付けて今に至る。

 

さて……そろそろ終わらせるか。既に決着はついたようなものだし、早めに終わらせないとブーイングを浴びせられる可能性もあるし。

 

そう思いながら俺は握り拳を更に強く握ると、未だに喚いている黒騎士を締め付けている影が更に強く締め付け……

 

『黒騎士、意識消失』

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

機械音声が俺の勝利を告げる。するとワンテンポ遅れて観客席から大歓声が生じる。本戦出場が決まったからか、1回戦と2回戦で勝った時よりも一段と大きい歓声だった。

 

『ここで試合終了!Cブロックから本戦に出場するのはレヴォルフ黒学院の比企谷選手だぁー!』

 

実況の声を聞いた俺は息を吐く。黒騎士は予想以上の強さだった。コイツの能力については結局わからなかったが、序列1位になれてもおかしくない実力だった。まさか予選からこんな敵に当たるとはな、本当についてないぜ……

 

内心ため息を吐きながら俺は気を失った黒騎士に背を向けてゲートに向かって退場した。

 

 

 

 

 

 

彼の勝利によって、彼の知り合いは様々な反応をした。

 

「やったー!八幡君が勝ったよ!」

 

「当然ですわ!八幡さんなら本戦に出場すると信じていましたわ!」

 

「あのね、貴女達……一応八幡は他所の学園なんだからそこまで激しく喜ぶと目立つわよ?」

 

「ですがクロエさんの顔にも嬉しさが出てますよ?」

 

「う、うん……クロエは素直になった方が良いよ?」

 

「貴女達ねぇ……わかったわよ。私も八幡が本戦に出場して嬉しいわよ」

 

「あ、クロエ可愛い!」

 

「本当ですわ!これが噂に聞くツンツンデレデレというものですの?!」

 

「ツンツンデレデレ?ソフィア先輩、それは何でしょうか?」

 

「ソフィア先輩。その言葉の意味は理解出来ませんが何か不愉快なので言わないでください」

 

チーム・赫夜の5人はテンションの差があれど喜びを露わにして……

 

 

 

 

 

「八幡さん、おめでとうございます……!ふふっ……」

 

「ノエル……比企谷さんの勝利を祝うのは良いが、以降はTPOを考えてくれよ?もしもガラードワースの学園内で他所の学園、それもウチと仲の悪いレヴォルフの生徒の勝利を祝ったりしたら暴動が起きるし……僕の胃が死ぬ」

 

「あ……う、うん!ごめんお兄ちゃん!」

 

ノエル・メスメルは喜びを露わにして、それを見たエリオット・フォースターは最悪の未来を想像して胃の痛みを感じて……

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿なっ!比企谷の奴、今度はどんなズルをしたというのだ?!俺にもわからないということは相当なイカサマだろ?!」

 

葉山隼人は己の正義に則った結果、八幡が卑怯な事をしていると決めつけて……

 

 

 

 

「ぱぽん!流石我の相棒であるな!」

 

「いやいや、将軍ちゃんが彼の相棒はないでしょ?精々パシリじゃないの?」

 

「やかましいわこの電波ビッチ!」

 

「なんですとぉ〜!私の何処がビッチなのかにゃ〜?!」

 

「ハッ!我をからかう為に水着エプロンをするような女を電波ビッチ呼びして何が悪い!この電波ビッチボッチ!」

 

「3つ合わせるなんてムカつくなぁ!この剣豪足軽兵!」

 

「貴様よりによって我を足軽呼ばわりにしよったな!」

 

「何さ?!それとも剣豪草履取りが良かったかな〜?」

 

「ふざけるな!我は剣豪将軍、材木座義輝であるぞ!」

 

「うわ、真顔で言ったよこの人……痛いな〜」

 

「……よし、こうなったらカミラ殿にデマを流して「させるか〜!」わっ、貴様!いきなり押し倒すとは卑劣なり!」

 

「カミラにデマを流そうとした将軍ちゃんに言われなくないらね!こうなったら今日こそ決着をつけようじゃないか!」

 

「望むところだ!今日こそ貴様に引導を渡してくれるわ!」

 

材木座義輝とエルネスタ・キューネは試合の話から脱線して、毎度のように口喧嘩をしながら徐々に取っ組み合いを始めて……

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……やっぱり八幡君が勝ったね」

 

「……当然よ。私達の夫なのだから」

 

「うん。でもやっぱり八幡君は格好良いなぁ……」

 

「……ええ。惚れ直したわ」

 

「私もだよ。本戦でも私と当たるまでに格好良い所が見たいなぁ」

 

「……私は2人の活躍を楽しみにしているわ」

 

「ふふっ……ありがとうオーフェリア」

 

オーフェリア・ランドルーフェンとシルヴィア・リューネハイムは恋人の格好良い姿を見て頬を染めながら満足していた。

 

 

 

 

それから1時間半後、予選ブロック全32ブロックの試合が終了して本戦出場者32名が決まった。

 

王竜星武祭の本番はこれからである。



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こうして抽選会が始まる

王竜星武祭8日目、今日は試合は無く抽選会である。観客は抽選会を見学して、本戦トーナメントの組み合わせを見て誰が優勝するかとか、こいつはどこまで勝ち上がるのかとか色々と考えるのだろう。

 

しかし選手からしたらそんな事を考えいる余裕はない。何せ初っ端から序列1位や相性が最悪の相手と当たる可能性があるのだから。

 

しかも俺の場合、生徒会長であるので自分の学園のクジを引かないといけないので責任重大である。

 

(可能なら全員バラバラにして、俺が運で勝ち上がってきた雑魚と、ロドルフォが初戦から天霧やネイトネフェルと当たれば最高なんだがな……)

 

ロドルフォは近距離において比喩ではなく無敵だから、天霧やネイトネフェルのように近接戦に特化した壁を越えた人間を潰して欲しいのが本音だ。

 

(ま、そんな都合良い展開があるはず無いか)

 

そんな事を考えながら俺はシリウスドームに入る。今は俺1人である。

 

シルヴィはペトラさんに呼ばれていて、オーフェリアは星武祭に出て本戦に出場する俺とイレーネの分の生徒会の仕事をしているので、今は俺1人だ。まあシルヴィはもう少ししたら会えるけど。

 

そう思いながらドームに入ってレヴォルフの生徒会専用ブースに向かう。クジを引くまでお偉いさんのつまらない話があるのでそれまでは「あ!八幡くーん!」……この声は、アイツか。

 

振り向くと俺と同じように本戦に出場した若宮が元気良くこちらに走ってくる。チーム・赫夜の4人はいないが1人で来ているのか?

 

「よう若宮。1日遅いが本戦出場おめでとさん」

 

「ありがとう!八幡君もおめでとう。昨日の試合凄かったよ!」

 

「そりゃどうも。っても結構疲れたけど」

 

黒騎士は冗談抜きで強かった。もしも俺と別ブロックなら余裕で本戦出場を果たしたいただろうし、組み合わせ次第ではベスト8以上になっていたかもしれない。勝ったからいいものの、そんな奴と当たった俺は間違いなく運が悪いだろう。

 

「まあそうかもね。ところでシルヴィアさんはクインヴェールの生徒会専用の観戦室に居ますけどオーフェリアさんは一緒じゃないの?」

 

「オーフェリアはレヴォルフの生徒会室で俺とイレーネの仕事をやってる。てかフロックハート達はシルヴィと一緒にいるのか?」

 

「うん!他にもヴァイオレットや雪乃さんもいるよ!八幡君も来る?」

 

 

若宮からそんな誘いが来る。行きたいのは山々だが……

 

「遠慮しておこう。一応俺達は敵同士だからな」

 

獅鷲星武祭の時は俺が参加してなかったからともかく、王竜星武祭では俺も参加している。そんな人間が他所の学園の専用観戦室に入るのは少々抵抗がある。

 

「そっか……まあそうかもね。ごめん」

 

「別に謝る必要はない。俺こそ誘って貰っておきながら悪かったな」

 

「ううん!私が考えてなかっただけだから八幡君は悪くないよ!じゃあ私は行くね」

 

「ああ。初戦で当たったら負けないからな?」

 

「それはこっちのセリフだよ!絶対に叶えたい夢があるんだから!じゃあね八幡君!」

 

若宮はそう言って去って行った。相変わらず不思議な雰囲気を持った元気少女だな。見ていて頬が緩んでしまうな。

 

俺は若宮が見えなくなるまで見送ると、再度レヴォルフの専用観戦室に向かって歩き出す。

 

そしてエレベーターに乗る為曲がり角を曲がろうとすると衝撃が走る。どうやら人にぶつかったようだ。

 

「す、すみません」

 

「いや、こちらこそ……って八幡ではないか?」

 

俺が先に謝ると聞いた声が聞こえてくる。この声は材木座か。おそらくこいつも抽選会を見に来たのだろう。

 

そう思いながら材木座を見ると……

 

「お前……それはどうしたんだ?」

 

見れば材木座の体にはガーゼが貼られてあったり、引っかき傷がついていた。見る限りそこまでのダメージはないようだが、喧嘩をしたように見える。

 

もしかして……

 

「まさかとは思うが、闇討ちされたとかじゃないよな?」

 

材木座はアルディを代理として出場しているので、試合には出ないので怪我をする事はない。

 

にもかかわらず怪我をしているという事は他校の生徒から闇討ちされた可能性が高い。材木座の代理のアルディは予選の3試合全て、防御障壁を飛ばす戦法をとって30秒以内に勝ち上がるなど圧倒的な戦績を叩き出している。

 

そんなアルディを代理として出場している材木座を危険視するのは必然だから闇討ちされていてもおかしくない。

 

そう思いながら材木座に話しかけるも、材木座は首を横に振る。

 

「ん?これは違うぞ。エルネスタ殿と喧嘩してついた傷であって、闇討ちされて出来た傷ではないぞ」

 

エルネスタ?ああ、そういや学園祭のダンスパーティーで踊ったな。確かアルルカントの『彫刻派』の長で擬形体の生みの親で……

 

「お前の友達だっけ?」

 

「違うわ!」

 

すると材木座は即座に否定する。その反応の速さ尋常じゃないくらい速くて驚いた。

 

「八幡よ、我とエルネスタ殿は友人ではない。敵同士である。どんな場所でも喧嘩になるからな」

 

「そうなのか?見たところそこまで喧嘩をするタイプには見えないんだが」

 

俺がエルネスタに持つ印象は頭のネジが何本か外れている電波女だ。狂っているとは思うが喧嘩っ早い印象はないのが本音だ。

 

そう思う中、材木座は首を横に振る。

 

「甘いな八幡。我とエルネスタ殿は一緒に煌式武装の開発をする時も、一緒に飯を食う時も、一緒に学園祭を回った時も、一緒にプールに行った時も、仕事で一緒にアスタリスクの外に行った時にも、ありとあらゆる場所で喧嘩をする位仲が悪い……って、何故そこで我を馬鹿を見る目で見てくる?」

 

「別に……」

 

どこが敵なんだよ?一緒に学園祭を回ったり、一緒にプールに行ってる時点で絶対に仲が良いだろ?

 

「……このリア充が。死ねよ」

 

普通にリア充じゃねぇか。性格や本性はともかく、エルネスタの見た目は普通に可愛いし、そんな女子とプールや学園祭に行った時点でリア充だろう。こいつらは喧嘩するほど仲が良いを地で行っているようだ。

 

「何故そこで我が罵倒されるのだ?!それ以前に世界の歌姫と世界最強の魔女の2人と付き合っている貴様にリア充呼びされる筋合いはないわ!」

 

「そこを言われたら返す言葉はないな……」

 

自分で言うのもアレだが、俺は間違いなくリア充だろう。恋人2人と過ごす時間はこの上なく幸せだし。

 

「まあ良いわ。我も左近殿に用事があるからこれで失礼するが、八幡よ。貴様に2つ言わねばならんことがある!」

 

「何だよ!」

 

「1つ!この王竜星武祭を制するのは我とアルディ殿である!2つ!我とエルネスタ殿は友人関係ではない!」

 

材木座はそう言って去って行った。前者の宣戦布告についてはしっかりと受け取った。アルディは強敵だが当たったら俺も全力で相手をしよう。

 

しかし2つ目については嘘だろう。話を聞いただけで直接2人のやり取りについては殆ど見てないが絶対に仲が良いと思う。

 

何故なら……

 

(材木座の奴、エルネスタの事に文句を言いながらも口元が笑っていたし)

 

材木座は口では敵と言っていたが、心の底ではエルネスタとの喧嘩を楽しんでいるだろう。やっぱりアイツはリア充だ。

 

 

内心呆れながらも俺はエレベーターの元に向かい、乗るとレヴォルフの専用観戦室がある階を指定する。

 

そして指定した階に着いたのでエレベーターから降りて、観戦席に向かおうとした時だった。

 

「あ……八幡さん……!」

 

少し歩くと横から声が聞こえたので見ると、飲み物や軽食が売られているラウンジの席にノエルが居て、笑顔で手を振ってくる。癒しだなぁ……

 

「ようノエル。本戦出場おめでとさん」

 

昨日の試合は見たが圧勝していた。予想はしていたとはいえ弟子が勝ったとなると嬉しい気持ちがある。

 

「あ、ありがとうございます。八幡さんも昨日はおめでとうございます。見ましたけど、見事な戦術で、その……か、か、か、格好良かったです!」

 

真っ赤にしながらそんな事を言ってくる。

 

「お、おう」

 

思わずキョドッてしまうが仕方ないだろう。マジでなんなのこの子?恥じらいながら褒めてくるだけの行為なのにメチャクチャ可愛いんですけど?もしも恋人が居なかったら即座に告白してしまうくらい可愛いんですけど?

 

「そ、そいつはサンキューな。でもなノエル、流石に俺……レヴォルフの生徒がガラードワースの選手を倒して本戦に勝ち上がった事を祝うのは止めとけ」

 

万が一にも葉山グループにでも聞かれたりしたら面倒な事になる。幸い誰も聞いてなかったようだが、ここがもしガラードワースなら暴動が起こる可能性も0ではないからな。

 

「あ……そ、そうでした。ごめんなさい」

 

ノエルは慌てながら頭を下げてくるが、俺は別に怒っているわけではないんだが……

 

「気にするな。次から気をつければ良い。てかフォースターは一緒じゃないのか?」

 

「お兄ちゃんならE=Pの幹部の人と話しています」

 

「お前は行かないのか?」

 

「お兄ちゃんは生徒会としてではなくフォースター家の嫡男として話しているので」

 

なるほどな。フォースター家はE=P創立者の1人であるし、フォースターも卒業後はE=Pに入ることが殆ど確定しているし挨拶をしているのだろう。

 

「そういやお前は卒業後はどうすんだ?メスメルの家を継ぐのか?それともE=Pに入るのか?」

 

「両親は好きにしろと言ってます。E=Pに入ってお兄ちゃんの手伝いをしたい気持ちもありますが、最近は教師をしてみたいと思うようになりましたね」

 

「教師?」

 

「はい。私が八幡さんから習ったように、今度は私が能力を教えてみたいと思うようになりました」

 

「なるほどな……ま、良いんじゃね?お前は優しいし良い教師になるだろ」

 

レヴォルフの教師なんて授業は適当だし、授業中に酒を飲むしロクデナシ教師が多いが、ノエルの場合生徒に優しい良い教師になるだろう。

 

「あ、ありがとうございます……ちなみに八幡さんは卒業後の予定は決まっているのですか?」

 

「ん?俺は決まってるぞ。レヴォルフ卒業後はW=Wに就職が決まってる」

 

「W=W……もしかしてシルヴィアさんと交際する為の条件ですか?」

 

「まあそんな所だ」

 

先の獅鷲星武祭でチーム・赫夜が準決勝でチーム・ランスロットを倒したおかげで交際に干渉はされなくなった。

 

そしてチーム・赫夜が優勝すれば特に条件無くシルヴィとの交際が認められて、準優勝の場合はレヴォルフ卒業後にW=Wに就職することでシルヴィとの交際を認める約束だった。

 

結果は惜しくも準優勝だったので俺とオーフェリアはシルヴィと一緒に過ごしたい故に、卒業後にW=Wに就職する契約を交わしたのだ。

 

「……本当にシルヴィアさんの事が好きなのですね」

 

「まあな。シルヴィにしろオーフェリアにしろ本当に愛して……どうした?」

 

見ればノエルは頬を膨らませて俺を見ていた。何だその仕草は?予想外過ぎて驚きなんだが。てか可愛過ぎる。

 

「……なんでもないですから気にしないでください」

 

俺が尋ねてもノエルは首を振って答える様子を見せない。マジでどうしたんだこの子?

 

「……なら、もう少しはや……と会って……ておけば……」

 

疑問符を浮かべているとノエルはボソボソと何かを呟く。余程小さい声だったのでゴニョゴニョ言っているようにしか聞こえず、何を言っているのかわからなかった。

 

どうやら理由は知らないが俺の所為で怒らせてしまったようだ。これは悪い事をしたな。

 

しかしノエルを見る限り、不貞腐れた時のオーフェリアに良く似ている。そんな時に機嫌をとる方法としては……

 

 

「わにゃっ?!は、八幡さん?!」

 

いきなりノエルの声が聞こえたので考え事を中断して顔を上げると……俺の右手がノエルの顎を撫でていた。

 

(ま、マズイ!オーフェリアとシルヴィにやる癖が出ちまった!)

 

「わ、悪い!」

 

「あっ……」

 

俺は慌ててノエルの顎から手を離す。俺の馬鹿野郎!完全に変態じゃねぇか!思わず周りを見渡すも誰にも見られていないようだ。良かった……前に似たような状況になった時にフェアクロフ先輩の顎を撫でていたら恋人2人に見られて、その夜手錠で両手足を拘束されながら搾り取られたし。

 

「わ、悪かったノエル。ついオーフェリアとシルヴィにやる癖で……本当に済まん。なんか詫びをする」

 

もしもノエルが本戦で俺と当たったら棄権しろと言われても従うことは吝かではない。

 

「い、いえ。別に怒って……ちょっと待ってください。癖でと言いましたが、オーフェリアさんとシルヴィアさんにはやっているんですか?」

 

「そうだが?」

 

それがどうかしたか?、と思いながらノエルを見ると、ノエルは何か考える素振りを見せる。もしかして相当恐ろしい罰を要求してくるのか?

 

「で、では八幡さん。お詫びをすると言うのでしたら、抽選会が始まるまでさっきのを続けてください」

 

するとノエルは再度頬を膨らませながらそんな要求をしてくる。さっきのをって……

 

「顎を撫でることか?」

 

俺が尋ねるとノエルは小さく頷く。え?マジで?まさか要求されるとは思わなかったわ。オーフェリアとシルヴィは俺が顎を撫でると絶対にもっとやれと要求するが、そんなに顎を撫でるのが人気なのか?

 

「いや、でもだな……」

 

さっきは無意識だから出来たのだが、改めてやるとなると……

 

俺が悩んでいると……

 

「八幡さん……ダメ、ですか……?」

 

ノエルが涙目+上目遣いで俺を見てくる。

 

気がつけば俺の右手はノエルの顎に伸びていた。



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抽選が行われて各陣営は……(前編)

「んっ……あっ、八幡さん……んんっ」

 

「………」

 

シリウスドームのラウンジの一角にて、ノエルの喘ぎ声が聞こえてくる。そして彼女の顎には俺の手が添えられている。

 

何をしているかって?色々あってノエルの顎を撫でてたんだよ。え?変態だと?煩えよ、自分でもわかってるよ!俺だって初めは断ろうとしたんだが、ノエルの涙目+上目遣いのおねだりに逆らえなかったんだよ!

 

pipipi……

 

内心叫んでいると、いきなり端末が鳴り出したので、端末を取り出してみれば抽選会の時間まで10分を切っていた。そろそろ向かった方が良いだろう。

 

だから俺は……

 

「悪いがノエル、そろそろ抽選会に行くからここまでな」

 

「あっ……」

 

そう言ってノエルの顎から手を離すと、ノエルはピクンと跳ねてから小さく喘ぐ。顔を見ると真っ赤になってトロンとした瞳で上目遣いをしながら俺を見てくる。その姿は余りにも蠱惑的で俺の顔にも熱が生まれてくる。

 

幸い俺達のいたラウンジは人気の少なくトイレからも離れている場所の上、観客はステージで行われている予選の総評に夢中だから多分気付かれてないだろう。もしもバレたらど変態と呼ばれるかもしれん。

 

「お前はどこで抽選会を見るのか知らないが、見るなら人の少ないガラードワースの生徒会専用の観戦席にしとけ」

 

「そう、ですね……あの、八幡さん」

 

「どうした?」

 

「その、八幡さんが嫌でなければ……また撫でてくれませんか?」

 

え?またやるの?!いや別に嫌って訳じゃないけど。オーフェリアとシルヴィは俺の愛撫は気持ちが良いと言っていたが、本当なのか?

 

疑問に思っていると……

 

「………」

 

うるうるした目で見てくる。その目は止めろ。マジで逆らえん。

 

「……気が向いたらな。俺はもう行く」

 

そう言って俺はラウンジを後にして早足で入場ゲートに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「八幡さん……はぁ……2年半より前に八幡さんと会えてたら良かったのに。そうしたら私もシルヴィアさん達みたいに八幡さんの隣に……いや、今からでも……」

 

 

 

 

 

「あら比企谷君。結構ギリギリですね」

 

入場ゲートに到着すると俺以外の生徒会長5人は既に揃っていた。まあ全員時間を守るタイプだろうから仕方ないだろう。

 

「時間には間に合ったから問題ない」

 

「でも八幡君って基本的に五分前行動だよね。今日は2分前行動だったけどなんかあったの?」

 

「腹を壊していた」

 

真顔で嘘を吐く。流石に馬鹿正直にノエルの顎を撫でていたなんて言ったらヤバいしな。バレたら媚薬を飲まされてから両手両足を縛られて搾り取られるかもしれないし。

 

そんな事を考えていると……

 

『それではただいまから本戦トーナメントの抽選会を行います』

 

司会進行の声にステージからは圧倒的な歓声が上がる。まあ大半の観客はこれが目的で来ているようなものだしな。

 

そんな中、前シーズンで総合優勝をしたガラードワースの生徒会長のエリオットが1番最初に出て、2位のアルルカントの生徒会長の左近がそれに続く。どうやら前シーズンの総合順位の順にステージに向かうようだ。レヴォルフは前シーズン4位だったので左近の次の次に出る事になる。

 

そして前シーズン3位の界龍の生徒会長の星露がゲートから出たので一拍遅れて俺もゲートからステージに歩を進める。同時に観客席から歓声をモロに受ける。毎回思うが試合をしてないのに凄い盛り上がりだな。

 

そして俺達6人が壇上に立つと、壇上の中央に箱が置いてある。あの中に1から32と表記された紙が32枚入っているのだ。

 

ちなみに今回各学園が本戦に送れた人数は……

 

星導館6人

 

クインヴェール5人

 

レヴォルフ6人

 

ガラードワース 3人

 

アルルカント 5人

 

界龍 7人

 

……って感じだ。ちなみに前シーズンは……

 

星導館4人

 

クインヴェール3人

 

レヴォルフ10人

 

ガラードワース 4人

 

アルルカント 4人

 

界龍 7人

 

と、星導館とクインヴェールは前シーズンに比べて大きく伸びていて、俺が所属するレヴォルフは大きく下がっている。ガラードワースとアルルカント、界龍は毎シーズンそこまで人数は変化してないのだ。

 

そんな事を考えていると、エリオットがステージの中央に行き箱に手を突っ込み紙を取り出し……

 

「聖ガラードワース学園所属、ノエル・メスメル、14番」

 

言葉と共に上空に映るトーナメント表の14番の所にノエルの名前が乗る。

 

俺はレヴォルフだからガラードワースとアルルカントと界龍が終わった後、最初に引いた番号となる。それはつまり、ガラードワースとアルルカントと界龍から本戦に出場するのは15人なので俺は16番目に引いた番号である。

 

正に中間地点だ。その時にどんな組み合わせとなるのか不気味で仕方ない。

 

そんな事もありながら5分近く経過すると……

 

「続いて、レヴォルフ黒学院比企谷会長。こちらに来てクジを引いてください」

 

司会進行が俺の名前を出すので、俺はたった今クジを引き終えた星露とすれ違う形でクジの箱がある前に立つ。

 

そして上空にあるトーナメント表を見る。

 

(やれやれ……キッチリ別れたな)

 

今トーナメント表は15人埋まっているが、1から16までの番号の内8つが、17から32までの番号の内7つが埋まっている。

 

しかも壁を越えた人間についてもだ。界龍の壁を越えた選手ーーー暁彗、梅小路、雪ノ下陽乃はそれぞれ1番、4番、12番で、アルルカントの壁を越えた選手と擬形体ーーー『大博士』とレナティ は32番と25番……と見事に別れている。

 

(さて、俺は誰になるやら……)

 

一度深呼吸をしてから、箱に手を突っ込み1番初めに触れた紙を取り出して近くにいる司会に紙を渡す。すると司会は紙を開いて番号を確認してから一度息を吸って……

 

「レヴォルフ黒学院所属、比企谷八幡、31番」

 

俺の番号を告げる。31番だと?それってつまり……

 

俺は改めてトーナメント表を見上げると……

 

 

 

 

 

 

 

 

比企谷八幡VSヒルダ・ジェーン・ローランズ

 

そう表示されていた。それを認識した俺は息を呑む。まさか初戦から壁を越えた人間とはな……

 

ヒルダ・ジェーン・ローランズ。世間では『大博士』と呼ばれているアルルカントで最も天才と言われている女だ。

 

そしてオーフェリアを普通の人間から世界最強の魔女に変えた女である。以前天霧が姉ちゃんの意識を覚ます為に奴にかけられていたペナルティを解除したのだが、その後に奴は自身の肉体を実験に使ったのだ。

 

そしてその成果は既に確認済みだ。予選では星導館学園序列3位『輪蛇王』ファードルハ・オニールの持つ純星煌式武装『蛇剣オロロムント』をぶっ壊すというとんでも無い事をやってきたのだ。試合のデータを見てもどんな能力かはまだ理解出来ていないが間違いなく厄介なんは間違いないだろう。

 

しかし決まった以上文句は言ってられない。早く次のクジを引かないとな……

 

頭を切り替えた俺は再度息を吐いてから次のロドルフォのクジを引いたのだった。

 

 

 

 

 

 

それから10分後……

 

「以上をもちまして抽選会を終了します」

 

最後にクジを引くシルヴィが引き終わると司会がそう口にする。同時に観客席にいる観客も立ち上がり退場し始める。

 

すると……

 

「八幡君」

 

シルヴィが心配そうな表情をして俺に話しかけてくる。それを見た俺はシルヴィの言いたい事を理解する。

 

「大丈夫だ。今の所落ち着いているから。多分明日も万全な状態で挑めると思う」

 

いきなり『大博士』と戦うのは予想外だったが、決まった以上どうこう言うつもりはないし、焦ってもいない。

 

「なら良いけど……絶対に無茶はしないでね?気付いてないかもしれないけど、今の八幡君の顔……ちょっと怖いから」

 

シルヴィはそう言ってくる。どうやら落ち着いていながらも無意識のうちに冷静さを欠けているようだ。試合までに何とかしとかないとな。

 

その為には……

 

「シルヴィ」

 

「何かな?」

 

「帰ったら……お前とオーフェリアを相手に少しだけ甘えても良いか?」

 

最愛の恋人2人との時間を過ごしたいと思う。2人がいれば落ち着く事は容易だろうし。

 

俺のお願いに対してシルヴィは小さく頷く。

 

「いいよ……私とオーフェリアで良ければ好きなだけ甘えて良いよ」

 

「……ありがとな」

 

そう言って俺はシルヴィと恋人繋ぎをしながらステージを後にする。とりあえず試合まで丸一日以上あるし、コンディションは万全にしておかないとな……

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、星導館学園専用の観戦室にて……

 

「あ〜、クローディアさんくじ運悪過ぎでしょ?」

 

小町が目を腐らせながら愚痴りまくる。それを聞いたクローディアを除いたチーム・エンフィールドの4人は苦笑を浮かべたり同情の視線を向けてくる。

 

「まあ私と綾斗は比較的当たりだし、紗夜の相手も厄介だが、小町の相手に比べたら可愛いものだな」

 

ユリスが投げやりにそう呟く。綾斗の相手は界龍の『水撃士』川崎大志で、ユリスの相手がレヴォルフの『沙竜』ロスヴィータ・ディーツェ、紗夜の相手はアルルカントの『双頭の鷲王』カーティス・ライトである。

 

大志とディーツェも良い選手だが、綾斗とユリスの相手をするのは力不足である。紗夜の相手のカーティスは魎山泊のメンバー故に間違いなく強力な相手である。紗夜と言えども苦戦する可能性は高い。

 

しかし……

 

 

 

「そうですね。何せ小町の相手は壁を越えた選手ですから」

 

そう言いながら小町は再度トーナメント表を確認する。しかし何度見ても組み合わせは変わらず……

 

比企谷小町VSネイトネフェル

 

小町は改めてため息を吐く。

 

ネイトネフェル、クインヴェールの序列2位で『舞神』の二つ名を持つ。名前の通り舞と体術を駆使して戦う女性で無手の状態ならシルヴィアを上回るなど、間違いなく壁を越えた人間である。

 

前々回の王竜星武祭ではオーフェリアに、前回の王竜星武祭では八幡に負けていて2人にリベンジを公言している。

 

そんな相手が本戦の最初から当たるなんて運が悪いとしか思えない。

 

(まあ当たった以上やりますか……お兄ちゃんまでは凄く遠いけど)

 

小町が八幡と当たるとしたら準々決勝だが、それは険しい道である。何せネイトネフェルに勝てても、5回戦でも壁を越えた選手と当たる可能性が高いのだから。八幡本人も計算に入れたら小町は壁を越えた選手3連続と組み合わせが悪過ぎる。

 

「はぁ……とりあえず明日の試合を頑張らないと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、クインヴェール専用の観戦席では……

 

「あーあ、初戦から私と同じ魎山泊のメンバーか〜」

 

美奈兎はやれやれとため息を吐きながらトーナメント表を見る。そこには……

 

若宮美奈兎VSレスター・マクフェイル

 

そう表情されていた。今大会の予選の試合と、レスターのこれまでの戦闘記録を比べると実力差がモロに出ていたので、美奈兎は直ぐにレスターは自分と同じ魎山泊のメンバーと理解した。

 

「そうね。彼の攻撃は絶対に食らってはダメよ。単純なパワーなら今大会トップクラスなのだから」

 

美奈兎の友人のクロエはそう警告すると美奈兎は頷く。美奈兎の見る限り、単純なパワーだけなら八幡の影狼修羅鎧の拳より上だと思っている。そんな一撃を受けたら一気に勝負を決められてしまう。

 

「ふふん!美奈兎は大変ですのね!私は初戦は当たりですの!」

 

ヴァイオレットがドヤ顔でそう口にする。それは紛れもない事実でヴァイオレットの相手は運で勝ち上がってきた界龍の生徒だ。この場にいる全員がヴァイオレットの5回戦進出を確信している。

 

しかし……

 

「でもヴァイオレット、その代わり5回戦の相手はマズイんじゃない?」

 

「わ、わかっていますの!」

 

美奈兎の言葉にヴァイオレットはわかりやすいくらいにテンパる。ヴァイオレットは5回戦で間違いなく壁を越えた人間と戦うという確信を抱いている。

 

「ですが上等ですの!ここまで来た以上勝ち上がってみせますわ!そして準決勝で八幡さんを倒してみせるのですの!」

 

ヴァイオレットの目標は当然優勝だが、それ以外にも自分の師匠であり憧れの存在である八幡に勝つという目標がある。魎山泊では1回だけ影狼修羅鎧を纏った八幡を倒したが、その時の八幡は全力でない事をヴァイオレットは知っている。

 

ヴァイオレットは八幡の切り札、影神の終焉神装を打ち破りたいと思っているのだ。

 

 

ヴァイオレットや美奈兎がやる気を出している中……

 

 

「ゆきのん……」

 

「……大丈夫よ。由比ヶ浜さん。初めから私はこの為に出場したんだから」

 

観戦室の隅にて、予選で小町に敗北した由比ヶ浜が心配そうな表情で本戦出場を果たした雪ノ下雪乃に話しかける。

 

2人の視線の先にはトーナメント表があり……

 

雪ノ下雪乃VS雪ノ下陽乃

 

姉妹対決が行われる事を示していた。雪ノ下としては姉を超える事を目標としていたので、万全の状態で挑めるのは悪くないと思っている。

 

ただ、不安も当然あるので雪ノ下はクインヴェール最強の教師である涼子に話しかける。

 

「比企谷先生、私が姉さんに勝てるとしたらどの位の確率だと思いますか?」

 

アスタリスクに来る前の雪ノ下ならこんな自信のない質問はしなかっただろう。しかし雪ノ下自身は鳳凰星武祭で天霧に、普段の修行で酒を飲みながら戦う涼子に手も足も出ずに負けていて、壁を越えた人間の強さを知った。そして自分の姉も壁を越えた人間である以上、圧倒的な格上と認めるしかなかった。

 

そんな雪ノ下の質問に対して涼子は日本酒を一気飲みして……

 

「ぷはぁ〜。そうだな〜持てる力を全て出し切れば……100回やって2回くらい勝てんじゃね?厳しいけど頑張れよ、私の給料の為に」

 

「……結局そこに行き着くのですね。まあ、そのつもりです」

 

涼子の投げやりな返事に雪ノ下は呆れながらも頷く。涼子の戦術眼は確かなものであるのはこの場にいる全員が知っている。だから彼女の言うことは間違っていないだろう。

 

それを聞いた雪ノ下は一層やる気を出すようになった。

 

 

 

 

 

「いや〜、全員やる気があって何よりだよ。なぁペトラちゃん」

 

「ですからペトラちゃんは止めてください。それよりも、今回の王竜星武祭、貴女は誰が優勝すると思っていますか?」

 

ペトラが涼子に話しかけると涼子はうーんと唸りながら暫く考える素振りを見せてから……

 

 

 

 

 

 

 

 

「多分……シルヴィアちゃんかな?」



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抽選が行われて各陣営は……(後編)

「ノエル、組み合わせが決まったけど……って、幸せそうに顎を触ってどうしたんだ?」

 

エリオットが抽選会を終えて、ガラードワース学園生徒会専用の観戦席に入るとノエルが幸せそうな表情を浮かべながら自身の顎を触っていた。

 

「わ、わにゃっ?!」

 

エリオットの声にノエルは慌てて顎から手を離しワチャワャし始める。それを見たエリオットは明らかに何かあったのだと確信を抱いた。

 

「ノエル、僕が居ない間に何か「な、何もないよ……!」そ、そうか……」

 

エリオットは何かあると思って尋ねようとしたが、ノエルの剣幕に押されて何も言えなくなった。ノエル自身、エリオットに隠し事はしたくないが好きな男子に30分近く顎を撫でられた事は恥ずかしくて言えなかった。

 

「うん……それよりも組み合わせが発表されたし、私頑張るね……!」

 

「ああ。正直言って他の2人が勝つのは不可能に近いからね。ノエルには頑張って欲しい」

 

今回本戦出場を果たしたガラードワースの生徒はノエルを入れて3人だが、ノエル以外の2人の4回戦の相手はロドルフォとレナティと圧倒的な強者なので、エリオットが勝つのは不可能と考えても仕方ないだろう。特に前者はロドルフォと相性が最悪の近接特化タイプの生徒だし。

 

 

「う、うん……私、頑張るよ」

 

ノエルは小さく握り拳を作る。ノエルは他の2人と違って割と当たりの組み合わせである。少なくとも準々決勝までは壁を越えた界と当たらないのは絶対であるから、本戦出場を果たした32人の中で1番運が良いだろう。

 

(八幡さんと当たるのは決勝……私が上がれる確率は低いけど頑張ろう……!)

 

ノエル自身、自分を鍛えてくれた八幡に勝ちたいと思っている。それは本当に厳しい道と理解しながらも、諦める様子は見えない。

 

(でも先ずは目先の4回戦をしっかりと取り組まないとね……)

 

そう思いながらノエルは早速4回戦の対戦相手の記録を見始める。それを確認したエリオットは邪魔をしちゃマズイと思いながら紅茶を淹れ始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『では陽乃、3日後に界龍の食品流通会社『帝食』の御曹司とのお見合いがありますので。当日は朝9時までに私の所に来るように』

 

「いや、お母さん。一応星武祭の期間中なんだけど」

 

界龍第七学院の女子寮にて、雪ノ下陽乃は自分の母にして、統合企業財体『界龍』建築事業六花支部室長の雪ノ下秋乃の命令に対して遠回しに拒否をする。

 

それに対して秋乃は冷たい笑みを浮かべて……

 

『問題ありません。その日は調整日で休みですし……貴女は2日後の5回戦で負けているでしょうから』

 

「……っ」

 

その言葉に陽乃は僅かに眉をひくつかせる。しかし秋乃はそれに気付いているのか気付いていないのか判断のつきにくい笑顔を浮かべる。

 

『仮に5回戦を突破して更には準々決勝も突破しても、準決勝で当たるであろう武暁彗に負けるだけです。もう自由になるのは諦めてしまいなさい』

 

「……嫌よ。私はお母さんの駒じゃないから」

 

『そうですね。貴女が優勝すれば駒じゃなくなりますね』

 

明らかに余裕があり、陽乃が自分の駒になるという確信を抱いている。

 

『とにかく3日後にはお見合いがあるので朝9時までに私の所に来るように。文句があるなら比企谷さんを間接的に貶められる原因を作ってオーフェリア・ランドルーフェンの怒りを勝った自分自身を恨みなさい』

 

そう言って秋乃が通話を切って空間ウィンドウは真っ黒になる。話すべきことだけ話して通話を切る。そこに陽乃の意見は一切含まれていない。

 

次の瞬間、陽乃は怒りの余り携帯端末を壁に叩きつけていた。2年前の陽乃ならそんな事をする程荒れる事はなかったが、2年前の学園祭でオーフェリアに自身の力を奪われて、それを取り戻す条件として自由を失って以降、陽乃は1人でいる時しょっちゅう物に当たるようになった。

 

「なんとしても優勝しなきゃ……!オーフェリア・ランドルーフェンが出てない今回が最後のチャンスなんだから」

 

既に陽乃はオーフェリアに対して心が折れている。純星煌式武装『覇潰の血鎌』によって磔にされてから星脈世代としての力を奪われたあの日から陽乃はオーフェリアに対して勝てないと判断するようになった。

 

だから彼女にとってオーフェリアが出ない今回が最初で最後のチャンスであるのだ。

 

「先ずは雪乃ちゃんだけど……私の邪魔をするなら容赦しないから」

 

陽乃は一度ため息を吐いてから実妹の戦闘記録を見始めたのだった。

 

自由に振る舞えて、それでありながら親の仕事に憧れる為、妬ましく思ってしまう妹の記録を、陽乃は見続けた。

 

 

 

 

 

「おーおー、今回の会長殿のくじ運はあんまし良くないねー。ま、私としては面白そうな一戦だけど」

 

シリウスドームのアルルカント専用の観戦席にてエルネスタ・キューネは楽しそうに笑う。エルネスタの意見に対して観戦席にいる2人は対称的な表情を浮かべる。

 

「……私としてはもう少し後に当たって欲しかったがな」

 

「ぱぽん!我としては楽しみであるな!カミラ殿とは一度交えてみたいと思っていたのでな」

 

前『獅子派』会長のカミラ・パレートは苦い顔を、現『獅子派』の会長である材木座義輝は楽しそうな表情をしながらステージ上空にあるトーナメント表を見ると……

 

材木座義輝VSカミラ・パレート

 

本戦最初の4回戦から、いきなりアルルカント同士、代理出場同士、擬形体同士の戦いが起こる事を示していた。既にネットでもこの試合は大きく注目されている。

 

そんな中、エルネスタは……

 

「ぷぶっ……将軍ちゃん、カミラと交わりたかったんだ。こんな場所で堂々と言うなんてやるねー」

 

ぷるぷる震えながらそう口にする。すると材木座は一瞬ポカンとした表情を浮かべるも……

 

「ち、違う!カミラ殿違うからな!我が言いたいのはカミラ殿の作る煌式武装と戦ってみたいという意味であるからな!」

 

慌ててカミラに説明を始める。対するカミラは特に恥じらう事なくため息を吐く。

 

「安心しろ。説明を受けなくてもわかっているからな」

 

この手のやり取りは殆ど毎日経験している(巻き添えを食らっている)カミラはエルネスタが材木座をからかっている事を理解しているので冷静に対処する。

 

「す、済まん……エルネスタ殿!貴様、妙な誤解を招くような事を言うでないわ!」

 

材木座はカミラに謝罪をした後にエルネスタに怒りを向けるも、エルネスタは楽しそうな表情を浮かべるだけだ。

 

「え〜?でも将軍ちゃんだって、カミラと交わりたいって誤解を招くような言い方をしたじゃん?」

 

「状況からして貴様が余計なことを言わなければ、誤解を招くような事はならなかったであろうがこのビッチ!」

 

「ちょっと!私はまだ処女ですよ〜!」

 

「水着エプロンをしたり、クリスマスに酔って我を襲ったりする貴様は充分ビッチであるであろうに!というか貴様の場合、将来男の貰い手がおらず自分の作った擬形体と結婚しそうであるな!」

 

「うがぁぁぁっ!人を馬鹿にし過ぎだよ将軍ちゃん!将軍ちゃんだってどうせ結婚出来ないんだし、将軍ちゃんの為に美人の擬形体を作ってあげようか?!」

 

「何だと?!そんな事をしたら我、痛い人ではないか!」

 

「大丈夫だって!もう手遅れなくらい痛い人だから!」

 

「貴様言ってはならない事を……!今日という今日こそ貴様を泣かす!」

 

「それはこっちのセリフだよ!今日こそどっちが上か教えてあげるにゃ〜!」

 

言葉と共に材木座とエルネスタはいつものように互いの胸倉を掴み合い喧嘩を始める。2人は基本的にこのように1日最低3回、年に1000回以上喧嘩をするのだ。

 

それを見たカミラは内心呆れ果てる。

 

(本戦の組み合わせが決まったのにこの余裕……やはりこの2人は天才と馬鹿を両立しているな)

 

カミラは自身が才能に恵まれているという自負はあるが、目の前で馬鹿みたいに喧嘩をしている2人に比べたら劣っている自覚がある。

 

さっき組み合わせが発表した時も、2人は楽しそうにしながらも目には絶対的な自信が溢れていた。自分達は負けないという強い自信が。

 

(だが……私自身も負ける訳にはいかない)

 

リムシィと共に沙々宮紗夜との約束を果たす為にも。そこまで考えたカミラは立ち上がる。

 

彼女と戦う為には、本戦初戦から自身を超える頭脳を持つ男が作り上げた煌式武装を使うアルディとの試合に勝たないといけない。だからギリギリまで自分の出来る事をするべきだろう。

 

カミラはリムシィの装備を確かめようと帰ろうとすると……

 

「ふがぁぁぁぁっ!くたばれやエルネスタ殿!」

 

「それはこっちのセリフだよ!将軍ちゃんがくたばりなよ!」

 

ヒュー

 

ガツン ガツン

 

2人が取っ組み合って喧嘩した衝撃によって、2人の足から靴が外れてカミラの顔面に当たる。

 

カミラは自分の顔面に当たった物の正体を理解すると、ブチリと頭の中で何かがキレるのを理解する。

 

同時に……

 

「おい」

 

ただ一言、そう呟く。すると激しく喧嘩をしていた材木座とエルネスタは動きを止めて、ギギギとブリキのおもちゃの様に顔を動かしてカミラを見る。

 

同時に2人は明らかに怯えた表情に変わる。それを見たカミラは自身は相当怖い表情をしていると理解した。

 

しかし今のカミラにとってそれはどうでもいい事である。今カミラのするべき事は……

 

 

 

 

 

「この……馬鹿共がっ!」

 

ガツンッ ガツンッ

 

「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」

 

目の前で下らない喧嘩をした馬鹿2人を殴る事だ。カミラの拳骨によって2人の悲鳴が観戦席に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーフェリアさん。今日は上がった方がいいですよ」

 

「……何故かしら?まだ仕事が残っているわ」

 

レヴォルフ黒学院生徒会室にてプリシラがそう口にすると、オーフェリアは不思議そうな表情を浮かべると、イレーネが口を開ける。

 

「気付いてないのかよ?アンタの書類を見たけどケアレスミスばっかだぞ」

 

「……え?本当?」

 

「ああ。大方八幡の試合の事を考えてんだろ?」

 

イレーネの言葉にオーフェリアは息を呑む。30分程前に本戦の組み合わせが発表されたが、オーフェリアの恋人である八幡の対戦相手は自分と因縁のある『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズであった。

 

改めて考えると確かにその事に意識を割いて仕事どころではない。そして愛しい彼の元に向かいたくなってきた。

 

「……ごめんなさい。今日は上がって良いかしら?」

 

「ああ。さっさと行って甘いひと時を過ごしてこい」

 

イレーネがそう言うと同じ生徒会役員のプリシラところなも頷いた。それを確認したオーフェリアは3人に感謝の意を伝えて、早足で生徒会室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

俺とシルヴィは抽選会を終えて帰宅する。すると玄関にはオーフェリアの靴があった。これは俺も予想外だ。確かオーフェリアは今日生徒会の仕事をやると言ってレヴォルフに向かった筈だったが……

 

俺とシルヴィが頭に疑問符を浮かべていると、リビングの方から足音が聞こえてきて……

 

「……オーフェリア?」

 

オーフェリアが俺の元にやってきて無言で、それでありながら思い切り抱きついてきた。

 

「……八幡、シルヴィア。おかえりなさい」

 

「あ、ああ。ただいま、でもどうして早く帰ってきたんだけ?」

 

「さっき、組み合わせを見て……八幡の事が心配になって……」

 

言いながらオーフェリアは俺を抱きしめる強さを強める。まさかここまで彼女を心配させてしまうとはな……これも俺の弱さが原因であろうな。

 

「……心配かけて悪いな。だが、お前が居てくれて良かった。正直言って俺も緊張してるからよ……お前とシルヴィに甘えても良いか?」

 

3人で過ごせば俺の緊張は無くなるだろう。そしてオーフェリアの心配を薄れてくれるかもしれない。

 

俺の要求に対してオーフェリアは……

 

「っ……ええ。好きなだけ甘えて」

 

小さく笑みを浮かべながら受け入れてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……んむっ……んんっ……」

 

「ちゅっ……んちゅ……はち、まん、くん……」

 

「しゅき……八幡……だいしゅき……!」

 

それから2時間、俺達はリビングにあるソファーに座って3人で唇を重ねている。

 

俺は自身の緊張を無くす為、オーフェリアは自身の心配を無くす為、シルヴィは俺とオーフェリアの不安を和らげる為にキスをする。

 

既にお互いに舌を出して絡め合い、ソファーには唾液がこぼれ落ちているが俺達は気にせずに舌を絡め合う。

 

それによって俺の中にある負の感情はキスから生まれる幸福によって徐々に薄れていく。やはり3人でするキスは最強だな。

 

「んっ……八幡」

 

「ちゅっ……どうしたオーフェリア?」

 

「明日の試合……ちゅっ……八幡には、んっ……勝って欲しいから、頑張って……」

 

「うん、ちゅっ……『大博士』には負けて欲しくないな……んんっ」

 

オーフェリアとシルヴィは俺の勝ちを願いながらキスをしてくる。2人がそう言うなら俺の返答は決まっている。

 

「任せろ。持てる力を全て出して『大博士』を倒す」

 

そう言ってから俺はオーフェリアとシルヴィを抱き寄せて……

 

 

ちゅっ、ちゅっ

 

2人の額にキスをする。誓いのキスだし額にするのが1番だろう。俺がキスをすると2人はトロンとした表情を浮かべて俺を見てくる。

 

そして……

 

「「ありがとう八幡(君)、大好き……」」

 

ちゅっ……

 

再度3人でキスをする。それによって俺は更に幸せになる。2人とキスをすると俺の幸せの最大値は無限に大きくなる気がするな。

 

そう思いながら俺達は更に幸せになるべく、キスに溺れ始めた。

 

そして気が付いた時には寝巻きに着替えてベットにいたが、その時には緊張といった負の感情は完全になくなっていたので明日の試合は問題なく望めると思ったのだった。

 



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いよいよ本戦が始まる



今回で250話達成しました。読者の皆様ありがとうございます。そして今後もよろしくお願いします。

王竜星武祭編、300話までに終わるのか?


それと活動報告にアンケートを実施しましたので時間があれば協力お願いします


王竜星武祭9日目、今日からいよいよ本戦が始まる。予選を勝ち抜いた32人がぶつかり合い今日の夕方には16人になる。

 

予選と違って本戦は一部を除いて強者が集うので観客も盛り上がるのは当然だが……

 

「まだ試合が始まってないのに凄い熱気だな……」

 

「……そうね」

 

俺とオーフェリアはシリウスドームの廊下を歩きながら観客席を見て思わず呟く。ちなみにシルヴィはカノープスドームで試合があるので居ない。

 

シルヴィは俺を応援してからカノープスドームに向かいたかったようだが、シルヴィは俺と同様第1試合なので時間が重なっている為断念した。

 

ちなみにシリウスドームで行われる4回戦は……

 

第1試合 俺VSヒルダ・ジェーン・ローランズ

 

第2試合 雪ノ下陽乃VS雪ノ下雪乃

 

第3試合 アルディ(材木座義輝)VSリムシィ(カミラ・パレート)

 

第4試合 ネイトネフェルVS比企谷小町

 

以上の4試合だ。残りの12試合はシリウスドーム以外の大規模ステージ3つを使って4試合ずつ行われる。

 

しかしメインステージだけあって凄い盛り上がりだ。まあ今回は俺、『大博士』、雪ノ下陽乃、ネイトネフェルと壁を越えた人間が4人も出るからな。今大会にて壁を越えた人間は、俺、ロドルフォ、シルヴィ、ネイトネフェル、天霧、暁彗、梅小路、雪ノ下姉、レナティ、『大博士』の10人(1人は擬形体だけど)いるが、内4人がシリウスドームで試合をするから盛り上がるのも仕方ないだろう。

 

そう思いながら俺とオーフェリアは自分の控え室に入って息を吐く。後20分ぐらいしたら俺は入場ゲートに向かわないといけない。

 

相手は因縁ある『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズ。純星煌式武装を壊す圧倒的な力を見せた怪物だが、俺も負けるつもりはない。昨日オーフェリアとシルヴィに勝つと誓ったからな。

 

そう思いながら軽くストレッチをしようとした時だった。いきなりインターフォンが鳴りだした。どうやら来客のようだ。空間ウィンドウを開いて見れば若宮達チーム・赫夜がいた。

 

それを確認した俺は控え室のドアのロックを解除する。若宮達なら特に疑う必要はないだろう。基本的に全員馬鹿正直だし。

 

するとドアが開いて5人が入ってくる。

 

「お邪魔しまーす。ごめんね試合前なのに押しかけて」

 

「別に構わない。んでなんか用か?」

 

若宮にそう言う。若宮は午後にシルヴィと同じカノープスドームで試合がある。時間に余裕があるとはいえ俺の控え室に来るとは予想外だった。

 

「うん。八幡君にあげたいものがあってね。はいこれ!」

 

言いながら若宮は俺になにかを差し出してくるので見てみると……

 

「お守り?」

 

そこにはお守りがあった。しかし神社で買ったお守りではなく、明らかに手作りだ。しかもお守りを見ると表にはレヴォルフのマークである双剣が、裏には5つのイラストが描かれていた。

 

描かれているイラストはナックルと弓、サーベルにトランプ、そしてハンドガンだった。これは……

 

「お前らの武器を描いたのか?」

 

チーム・赫夜が使う武器だった。ナックルが若宮、弓が蓮城寺、サーベルがフェアクロフ先輩、トランプがアッヘンヴァル、ハンドガンがフロックハートが使う武器である。

 

「美奈兎さんを除いて私達は選手でないですが……」

 

「気持ちだけでも八幡さんと一緒に戦いたいと思っていますわ!」

 

「が、頑張って……!」

 

「相手は得体の知れない強敵だけど貴方なら勝てると思うわ」

 

5人がそんな風にエールを送ってくれる。そんな5人に対して俺の返答は決まっている。

 

「じゃあ……ありがたく貰っとくぜ」

 

言いながらズボンのベルトに付ける。わざわざ俺の為に作ってくれたのだ。貰わないと失礼というものだろう。

 

「どういたしまして!私は選手だけど、八幡君と当たるまでは八幡君の応援をするから!」

 

若宮はガッツポーズをしながらそう言ってくる。本当に元気な奴だな。見ていて癒される。

 

「ありがとな。俺もお前と当たるまでは勝ちを祈っとく」

 

当たったら容赦しないで叩き潰すつもりだが、当たるまでなら応援してもバチは当たらないだろう。

 

「うん!じゃあ私達はもう行くね。いつまでも邪魔したら悪いし」

 

「頑張ってください」

 

「八幡さんなら勝てますわ!」

 

「ちゃんと、見てるから……!」

 

「情けない姿は見せないでちょうだい?」

 

5人はそう言いながら控え室から出て行った。なんだか嵐のようだったな。まあ気持ちは嬉しかったけど。

 

「……良かったわね八幡」

 

オーフェリアは優しく俺に抱きつきながらそう言ってくる。確かにオーフェリアの言う通り良い時間だった。短い時間だったが有意義な時間と言えるだろう。

 

「ああ、本当に良かったよ……」

 

そう返すとオーフェリアは小さく笑ってから唇を寄せて……

 

ちゅっ……

 

触れるだけのキスをしてくる。気持ちは嬉しいが不意打ちは止めろ。でないとリミッターが解除されそうだし。呆れながらもオーフェリアの頭を撫でる。本当に可愛いなぁ……

 

そんな事を考えながら5分くらい頭を撫でていると再度インターフォンが鳴ったので空間ウィンドウを開くと今度はヴァイオレットだった。

 

俺はオーフェリアから離れてロックを解除するとヴァイオレットが入ってくる。その様子はかなり元気に見えるが気の所為ではないだろう。どうやらこいつのコンディションは絶好調みたいだ。

 

「お邪魔しますの!」

 

「いらっしゃいませー。もう直ぐ試合だからもてなしは出来ないが許せ」

 

「私は激励に来ただけですから結構ですわ!八幡さん!」

 

「何だ?」

 

「相手は相当の強敵ですが、八幡さんなら勝てると思っていますの!てゆーか私の師匠が負けるなんて許せないですの!」

 

そう言ってピシッと指差してくる。随分と強気な激励だな。

 

そう思っているとヴァイオレットがポケットからある物を渡してくる。若宮達と同じようにお守りなのかと思いながら受け取ると、お守りではなく待機状態の煌式武装であった。

 

起動してみるとマスケット銃が顕現される。いつもヴァイオレットが使用してる煌式武装じゃねぇか。

 

「お守りですの!いざとなったら使って欲しいですの!」

 

随分と物騒なお守りだな。まあ何かの役に立つかもしれないし、貰っとくけど。

 

「サンキューなヴァイオレット。お前も頑張れよ……まあお前は負けないと思うがな」

 

ヴァイオレットの相手は界龍の序列入りだが運だけで勝ち抜けたような雑魚だ。星露に一撃を入れて、一回だけとはいえ影狼修羅鎧を纏った俺に勝ったヴァイオレットが負けるのは絶対にあり得ない。

 

「当然ですの!ですが5回戦の相手は厳しいですの……」

 

途端にヴァイオレットの口調は弱くなる。まあヴァイオレットが5回戦で当たる相手は所謂壁を越えた人間だからな。緊張するのは致し方ない。

 

「んな風にやる前から弱気になってんじゃねぇよ。お前目標は優勝なんだろ?」

 

「……っ!と、当然ですの!誰が相手でも優勝するのは私ですの!」

 

するとヴァイオレットは即座にいつものテンションに戻る。やはりヴァイオレットは高飛車じゃないとな。高飛車じゃないヴァイオレットはそれはもうヴァイオレットじゃない。ヴァイオレット擬きだな。

 

「なら良い。とりあえずこの煌式武装は場合によっては使わせて貰う」

 

「ええ!絶対に負けるんじゃないですの!負けたら王竜星武祭が終わってから1日買い物に付き合って貰いますので!では、失礼しますの!」

 

ヴァイオレットはそう言ってから俺の控え室から出て行った。元気なのは良いがハイテンション過ぎだろ?てか1日買い物に付き合うって……

 

そう思いながらヴァイオレットに渡されたマスケット銃を待機状態にしてポケットに入れると視線を感じる。てかこの場で俺以外にいる人間は……

 

「…………」

 

「何だオーフェリアその目は?」

 

オーフェリア以外ありえないだろう。ものすっごいジト目で俺を見てくる。ハッキリ言って怖いです。

 

「……別に。八幡は相変わらず女子に慕われているって思っただけよ」

 

「いや慕われてるって言われてもだな……」

 

別に付き合ってる訳じゃないから良いだろ。ラッキースケベ以外では手を出してないんだし。

 

「………」

 

そう思いながらもオーフェリアは不機嫌なままだった。どうしたら良いんだよ?ディープキスでもすれば……ダメだ。絶対に夢中になって試合を忘れる自信がある。

 

どうしたものかと悩んでいたら再度インターフォンが鳴り出す。今度は誰だよ?今日は試合前から結構人が来るな。

 

そう思いながらも空間ウィンドウを開くと……

 

「……次はノエルね」

 

空間ウィンドウに映ったのはヴァイオレットと同じように俺の弟子だったノエルで、それを見たオーフェリアが更にジト目を強くしてくる。そこで俺をジト目で見るのは勘弁してください。

 

ともあれノエル相手に居留守を使うのは心が痛むので止めておこう。そう判断した俺は先のチーム・赫夜やヴァイオレットの時と同じようにドアのロックを解除する。

 

「八幡さん!」

 

ドアが開くと同時にノエルが元気良くこちらに向かって走ってくる。チーム・赫夜といいヴァイオレットといい元気な奴らだ。

 

「ようノエル。もしかして応援しに来てくれたのか?」

 

「は、はい!八幡さんの応援に来ました……」

 

既に6人も連続で応援に来てくれたので、そうだと思って確認してみるとノエルはコクコク頷く。

 

「そうか。わざわざありがとな」

 

「い、いえ!わざわざだなんて!私が八幡さんに会いたくて来ただけです……!」

 

なにこの子?メチャクチャ可愛いんですけど?今すぐハグしたいんだけど?

 

まあしないけどな。したら……

 

「………」

 

今現在俺の背中を抓っているオーフェリアが怒りそうだし。てか痛いからそこまで強く抓らないでくれませんか?

 

「そ、そうか……」

 

「は、はい……それで八幡さん。八幡さんの今回の相手ですが……」

 

「俺よりも強いから警戒しろ、と?」

 

「あ、い、いや、私は「誤魔化さなくて良い。俺自身、『大博士』の方が強いと思ってる」それは……」

 

実際単純なスペックなら『大博士』の方が上だろう。ウルム=マナダイトをぶっ壊したくらいだし。多分俺もウルム=マナダイト壊せない事はないと思うが奴より時間がかかるだろうし。

 

「だけど負けるつもりはない。格上だろうと勝ちに行くつもりだ。それはお前もだろう」

 

魎山泊で厳しい修行を積んだノエルも本気で優勝を目指している筈だ。つまり格上だろうと勝ちに行く心構えということになる。

 

「はい……私も負けるつもりはないです」

 

「だろ?そんで俺は今回格上の『大博士』に勝ちに行く。それだけだ」

 

「そうですね、強い人が勝つとは限らないですし……八幡さん!」

 

するとノエルがいきなり大声を出してくる。予想外の声に驚く中、ノエルが詰め寄ってくる。

 

「私と約束してください!必ず勝つと!」

 

そんな事を言ってくる。言われるまでもねぇよ。オーフェリアとシルヴィに勝つと誓った以上必ず勝つつもりだ。

 

「わかったよ。約束する」

 

「わ、わかりました……では」

 

するとノエルはおずおずと俺に小指を見せてくる。この仕草からして指切りだろう。

 

「ほれ」

 

俺も小指を差し出すと、ノエルは嬉しそうに小指を絡めてくる。前も思ったが柔らかいな……

 

そんな事を考えながらも指をしっかりと絡め合い……

 

「ゆ、ゆ〜びきりげんまん。嘘吐いたら買い物につ〜きあってからパフェお〜ごる、指切った」

 

可愛らしく指切りげんまんをしてくる。しかし今回は針千本ではなく買い物に付き合うだと?

 

予想外の約束にポカンとしているとノエルは指を切って……

 

「じゃあ八幡さん、約束を守ってくださいね」

 

そう言ってから控え室を出て行った。と、同時に後ろから寒気を感じたので振り向くと……

 

 

「……八幡、今の約束は何かしら?」

 

オーフェリアがドス黒いオーラを撒き散らしながら俺に詰め寄ってくる。余りのオーラに思わず一色のように失禁してしまいそうだ。

 

「ま、まてオーフェリア。向こうが提案しただけで、俺は別に……」

 

思わず後ずさりをしてしまう。ハッキリ言おう。メチャクチャ怖いです。

 

内心ビビりまくっていると……

 

pipipi……

 

俺の端末のアラームが鳴り出す。これは入場5分前を伝えるアラームだ。つまり今から会場に行かないといけない。

 

そこまで考えるとオーフェリアはドス黒いオーラを消して息を吐く。

 

「……続きは帰ってから聞くわ。だから八幡……」

 

オーフェリアはそう言ってから俺に近寄り……

 

 

ちゅっ……

 

そっと唇を重ねてくる。オーフェリアの柔らかい唇から熱が伝わってくる。

 

暫く唇を重ねているとオーフェリアは離れて……

 

「行ってらっしゃい」

 

満面の笑みでそう言ってくる。それに対して俺の返事は決まっている。

 

「行ってきます」

 

 

ちゅっ……

 

オーフェリアにキスを返す。必ず勝ってくるという気持ちを伝えるかのようにら、

 

10秒近くキスをした俺はオーフェリアから離れて一度会釈をする。するとオーフェリアが小さく頷いたので、俺は控え室を後にする。

 

そして入場ゲートに向かっていると再度端末が鳴り出したので見てみるとシルヴィからで……

 

 

『fromシルヴィ 時間がないからメールで話すね。私はこれから試合だけど八幡君もでしょ?会場は違うけど頑張ろうね』

 

そんなメールが来た。それを見た俺は嬉しく思う。若宮、蓮城寺、フェアクロフ先輩、アッヘンヴァル、フロックハート、ヴァイオレット、ノエル、オーフェリアにシルヴィ、沢山の人から激励を受けて俺は嬉しく思う。

 

皆の期待に応えるなんて柄じゃないが、勝たないとな……

 

そう思いながら俺は走り出し、入場ゲートをくぐる。

 

いよいよ本戦の始まりだ。

 



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激戦、比企谷八幡VSヒルダ・ジェーン・ローランズ(前編)

活動報告のアンケートの結果、王竜星武祭の後、番外編として大人になった八幡達のやり取りをやりたいと思います。

つきましてはどんな話を書くかはまだまだ悩んでますので、新しく活動報告を追加したので是非コメントお願いします




『さあいよいよ本戦の始まりです!このシリウスドームにて本戦開幕試合を務めるのレヴォルフ黒学院の比企谷選手とアルルカントアカデミーのローランズ選手です!』

 

言葉と共にステージに立つと大歓声が生じる。対面からは『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズがこちらに向かってくる。見るからに肉付きの薄い身体だが、その内側には圧倒的な力があるのを既に知っている。

 

そして彼女は俺の目の前に立つと

 

「きししししし!初めましてというべきですかね。今のオーフェリア・ランドルーフェンの持ち主さん?」

 

不気味な笑みを浮かべながらそう言ってくる。こうして対面しているだけなのに悍ましく思う。ディルクとは別の意味で危険な雰囲気を醸し出していて、こいつを見ると姉の為とはいえ、天霧がこいつのペナルティを解除したのは間違いではなかったのかと思ってしまう。

 

「その持ち主ってのは止めろ。俺はオーフェリアとは対等と思っているし、物みたいに扱うつもりはない」

 

俺がそう返すと『大博士』は呆れた表情を浮かべる。

 

「はぁ?あのイレギュラーを利用しないなんて随分と欲がないんですね。アレを自在に操れば世界を獲る事も不可能ではないのに」

 

その言い方からして彼女はオーフェリアの事を物のようにしか思ってないようだ。それだけで俺はコイツとは相容れない確信を持てた。

 

「生憎だが世界の覇権なんざ興味ない。それよりそろそろ開始時間だから戻れ。ま、失格になりたいなら止めないが」

 

「おっとこれは失礼。出来ればオーフェリア・ランドルーフェンを倒してあたしという完成品の証明をしたかったんですが、貴方もそれなりに強いので今はそれで我慢しましょう」

 

言いながら『大博士』は俺に背を向けて開始地点に戻る。どうやら奴はオーフェリアにやった実験を自分にも行い、そして王竜星武祭でオーフェリアを倒し自分の証明をしたかったようだな。

 

(つくづく気にくわねぇな。ま、俺がどう考えようが勝者が正しいんだし試合に集中するか)

 

そう思いながらも俺は息を吐いて開始地点に向かう。

 

それから暫くして……

 

 

 

 

『王竜星武祭4回戦第1試合、試合開始!』

 

試合開始の合図が起こる。同時に俺は足元にある影に星辰力を込めて……

 

「影の刃郡」

 

100を超える影の刃を一斉に『大博士』に放つ。予選では能力の使用を避けていたが彼女相手に出し惜しみは厳禁だ。

 

すると……

 

「きしししし!」

 

『おおっと!比企谷選手の攻撃がローランズ選手に当たる直前に弾かれたぁっ!』

 

『比企谷選手クラスの攻撃を弾くとなれば『黒炉の魔剣』クラスが必要か?』

 

次の瞬間、彼女の体内から圧倒的な星辰力が湧き上がったかと思えば、影の刃が彼女に当たる直前に全て弾き飛びこちらに向かってくる。

 

同時に俺は影から大量の手を生み出して弾かれた刃を掴み俺に当たるのを防ぐ。予想はしていたが全て弾いてきたか。

 

彼女は予選でもありとあらゆる攻撃をはじき返していたのだが、こうして直で見ると度肝を抜いてしまう。

 

「さてさて、次は私から行きましょうかね」

 

『大博士』はそう言って腕を振るう。すると本能的に恐怖を感じたので横に跳ぶと、さっきまで俺がいた場所が見えない何かに押し潰されるようにひび割れて凹んでいた。

 

「おやおや、予想はしていましたが当てるのは難しいですねぇ……流石は壁を越えた人間ですか」

 

彼女はそう言って拍手を送ってくるが、そこには余裕を丸見えである。

 

「そりゃどうも。にしてもお前も随分とシンプルな能力を持ってるな」

 

言いながら再度影の刃は放つ。今度は彼女を取り囲むように。

 

「ほほう!その言い方だとあたしの能力について理解しましたか?」

 

対する『大博士』が腕を横薙ぎに大きく振るうと、多方向から攻める影の刃がまたしても全て破壊される。

 

「お前の能力は純粋な『力』そのもの、違うか?」

 

そして彼女は手でバスケットボールをつくような動きをしてくるので、俺は星辰力を足に込めて走り出すと、俺が走り去った場所がドンドン凹んでいく。

 

「その通りです!あたしは昔から炎だの雷だの、貴方のように影だの、力を何か別の形に変換して使うのが不合理だと思っていたんですよ。おそらくそんなあたしの感性が発露した結果、『力』を使う能力者になれたのでしょう」

 

やっぱりな。力そのものをするとは、まさにシンプルイズベストを地で行った能力だ。

 

(とりあえず奴の能力はわかったし、少し攻めるか)

 

ぶっちゃけリスクもあるが、このままこの状況が続いたら不利なのは俺だ。何せ俺は逃げ続けるだけで体力を消耗してしまう。対して向こうはまだ一歩も動いていない上、星辰力はオーフェリアクラスの量だ。向こうの星辰力切れが起こる前に俺の体力が先に切れてしまうのは言うまでもないだろう。

 

「纏えーーー影狼修羅鎧」

 

言葉と共に俺の身体は即座に狼を模した鎧に包まれる。少し前なら鎧を纏うのに10秒以上かかっていたが、2年以上星露との鍛錬を積んだ事で1秒で纏う事が出来るようになった。

 

鎧を纏うと同時に俺は脚部に星辰力を込めて走り出す。これも星露との鍛錬で身につけた技法だ。おかげで鎧を纏っていても爆発的な加速力を得る事が出来た。

 

俺が走っていると、離れた場所にいる『大博士』が横薙ぎに腕を振るってくるので俺は咄嗟に横に走り出すと、さっきまで俺がいた場所から圧力を感じる。

 

(圧力から察するにパワーは桁違いだが……攻撃速度はそこまで早くないな)

 

加えて奴の能力は力という見えない存在を放つものであって、俺自身に直接干渉するタイプの能力だ。それなら特に苦労しないで回避出来る。

 

ただ……

 

(奴はまだ本気を出していない。自分で自分をオーフェリアより強い完成品と断言するくらいだからな)

 

奴は外道の屑だが、無能ではない。にもかかわらずオーフェリアより強いと断言するんだから奥の手がある筈だ。警戒していこう。

 

そう思いながら俺は『大博士』が腕を振るった瞬間……

 

「ふっ!」

 

星辰力を脚部に込めて再度爆発的な加速をする。今回は回避する為ではなく、『大博士』を倒す為に。

 

すると……

 

「おおっと、速い速い。ですが、貴方の力では私の力は破れませんよ、きししししっ!」

 

その言葉が聞こえると俺の前方から圧力を感じる。どうやら今度は『力』を攻撃ではなく防御に使用したようだ。

 

(ちょうどいい。奴の力の強度も確かめないとな……)

 

奴の『力』の強度を理解するとしないじゃ全然違うからな。まずは情報を得る。

 

だから俺は……

 

「ふんっ!」

 

右腕を振るって殴りつける。すると見えない『力』とぶつかって辺りに衝撃が走り俺の周囲にクレーターが生まれる。

 

しかし腕の先にはまだ圧力がある事から『力』を壊す事は出来ないようだ。

 

「きししししっ!素晴らしいパワーですが、あたしの力を破るには力不足のようですね?」

 

内心舌打ちをしながら距離を取ると、『大博士』は高笑いをする。奴の笑い顔はムカつくが言ってる事は紛れもない事実なので特に怒らずに考える。

 

(影狼修羅鎧のパワーでは無理か……となると、攻め手を変……っ!)

 

そこまで判断した時だった。目の前にいる『大博士』がパンチをする仕草を見せてきて、同時に俺の目の前にある『力』が向かってくるのを理解した。

 

近距離ゆえに避けれない、そう判断した俺は両腕に星辰力を込めて再度向かってくる『力』を殴りつける。するとその『力』は一瞬だけ動きを止めるも……

 

「がはっ……!」

 

直ぐに俺の両拳から生まれる力を打ち消して俺を吹き飛ばす。ヤベェ……想像以上に痛ぇ……

 

吹き飛んでから地面に着地した俺は反射的に横に跳ぶ。俺が『大博士』の立場なら……

 

ズズンッ……

 

予想通り、俺が着地した箇所に『力』が生まれてステージの床を凹ませる。危なかった……今のを食らっていたら多分負けてたな……

 

内心安堵の息を吐きながら正面を見ると『大博士』は余裕の笑みを浮かべている。

 

(わかってはいたがつくづく桁違いだな……とりあえず影狼修羅鎧じゃ勝てないから攻め手を変えるか)

 

そこまで考えた俺は自身の影に星辰力を込めて……

 

「目覚めろーー影の竜」

 

そう呟くと自身の影が辺り一面に広がり魔方陣を作り上げる。そして黒い光が迸り魔方陣を破るゆうに20メートルくらいの大きさの黒い竜が現れる。

 

俺は竜を召喚すると同時に『大博士』に向かって走り出し、竜に上空から回り込む形で突撃をするように指示を出す。

 

すると竜は一度雄叫びを上げてから上空に飛び上がり指示通り『大博士』の右に移動して突撃を仕掛ける。

 

そして俺が走り出す中、『大博士』との距離が10メートルまで切った時に……

 

「拐えーーー影波」

 

言葉と共に影から大量の黒い液体のような影が出てきて、そのまま波のような形となり影の竜と一緒に『大博士』に襲いかかる。

 

それに対して影の波によって俺の目には見えない『大博士』は……

 

「そんなんであたしを倒せるとでも?」

 

言葉と共に前方から圧力を感じる。同時に竜は『力』とぶつかって消滅して、影の波も『力』の壁にぶつかると徐々に消えて始める。

 

しかしこれは予想の範囲内だ。こんな小技で影狼修羅鎧による一撃を防げる『力』を突破出来る訳がない。本命は別だ。

 

影の波が徐々に消えていく中、俺は再度影に星辰力を込めて……

 

「刺せ、影刃」

 

自身の足元から一本の影の刃を生み出して、それと同時に地面に刺して掘り始める。すると特に邪魔が無いようで問題なく『大博士』の元に向かっている。

 

そんな中、遂に影の波が全て消滅して視界に『大博士』が見えると同時に俺は走り出す。

 

「またしても突撃ですか?そんなんじゃ無理ですよ」

 

『大博士』が呆れながら手を振るうと、またしても俺と『大博士』の間から圧力を感じる。さっきのように『力』を生み出したのだろう。

 

確かに奴の言う通り影狼修羅鎧で『力』を破るのは無理だ。だから……

 

 

「ああ。ならこれならどうだ?」

 

俺がそう言った瞬間、『大博士』の足元の地面からからさっき仕込んだ影の刃が飛び出して彼女の左腕に突き刺さる。

 

「なっ?!」

 

これには『大博士』も予想外だったようで、驚きの感情が顔に出る。同時に前方から感じた圧力も無くなる。どうやら規格外の力を持っていても、普通の能力者と同じように予想外の出来事に会うと能力が乱れるようだ。

 

その事に安心した俺は脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をして、『大博士』に突っ込む。

 

それに対して『大博士』は手を振るおうとするが……

 

「遅ぇ!」

 

「ぐほっ……!」

 

それより早く俺の拳が彼女の鳩尾に減り込む。それによって『大博士』は吹っ飛ぶが……

 

『ここで比企谷選手、ローランズ選手に一撃を与えた!しかしローランズ選手、殆どダメージを受けていない!』

 

 

「きしっ!きしししし!やりますね!影の竜と影の波は目眩しの囮で、本命は地面からの奇襲であたしの能力を撹乱、フィニッシュに貴方自身の一撃……流石世界で最も多彩な能力者。見事な繋ぎですね」

 

吹き飛んだのは僅か10メートルだけで、口から血を流してはいるがそこまでダメージを受けたようにも見えない。実際に鳩尾を殴った時も骨が折れる音がしなかった。こんな事は初めてである。

 

それはつまり……

 

(星辰力による防御か)

 

圧倒的な星辰力を身に纏って防御したのだろう。オーフェリアも圧倒的な星辰力を身に纏いあらゆる攻撃を無力化しているし。

 

(だからって影狼修羅鎧の一撃を食らってあの程度かよ?オーフェリアを超えたってのも強ち間違いじゃないかもな)

 

そう思いながら俺は息を吐いて構えを見せる。正直言って今の一撃で倒せないのは予想外だった。

 

 

全くだ。次にどう攻めるか悩んでいると……

 

 

 

「やれやれ……本当なら開始地点から動かないで倒すつもりでしたが予定変更です。貴方相手に手を抜いたら負ける可能性もあるので全力でいきましょうか」

 

その言葉と共に『大博士』は長剣型の煌式武装を取り出して起動する。

 

(剣だと?こいつ接近戦も出来るのか?)

 

疑問に思った瞬間だった。『大博士』は一気に距離を詰めてくる。その速度はまさに壁を越えた人間のそれだった。

 

そして上段から長剣を振り下ろしてくるので、俺は両手をクロスして受け止める準備をする。いくら速いと言っても見切れない速さじゃない。

 

しかし……

 

「無駄ですよ!」

 

その言葉と共に長剣から圧倒的な圧力を感じる。マズい!こいつ剣に自分の能力を纏わせてやがる!

 

これは食らったらマズいと思ったが、今更避ける事は出来ないので両腕に星辰力を込めて迎え撃つ体勢を取るも……

 

「ぐっ……!」

 

両手に圧倒的な衝撃が走る。同時に衝撃によって俺達の足元にクレーターが出来上がる。

 

(……っ!影狼修羅鎧を纏っていて、その上で両腕に星辰力を込めていても凄い衝撃だ……!)

 

生身の状態で食らったら間違いなく気絶しているだろう。それほどまでに『大博士』の力は桁違いだった。

 

しかし『大博士』は止まらず、血を流す左手を長剣から離して……

 

「ふっ!」

 

掛け声と共に振るってくる。それだけで俺は何をしてくるか読めたが、『力』の加わった長剣によって身動きは取れずにいたので……

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

横から襲ってくる『力』の伴流を避けることが出来ずにモロに食らって吹き飛んでしまう。

 

しかし、それでも尚、『大博士』は容赦をせずに瞬時に俺の懐に入ってくる。迎撃したいが、バランスを崩していて叶わない。

 

「これで終わりです!」

 

そして言って『力』を纏った長剣を横薙ぎに振るってくる。無論、避けれる筈もなく……

 

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

そのまま鳩尾に叩き込まれる。それと同時に影狼修羅鎧の鳩尾部分が壊れて、俺は先程以上に吹き飛ばされて……

 

「がはっ……!」

 

そのままステージの壁に叩きつけられる。口からは先程の横薙ぎの一撃が原因で血を流している。

 

(クソッ……力という圧倒的な力だけじゃなくて、オーフェリアクラスの星辰力、加えて圧倒的な剣技だと?)

 

マジでなんなんだこいつは?本当にオーフェリアを超えた存在じゃね?

 

何とかステージの壁から離れて正面を見ると……

 

「きししししっ!どうですか?あたしの圧倒的な力は?今の私は最強の魔女でありながら超人でもあるのですよ!」

 

『大博士』が高笑いしながらそう言ってくる。俺に攻撃しないでペラペラ喋っていることから圧倒的な余裕を感じる。

 

(.このままじゃ負けるだろうからアレを使うか……)

 

そんな彼女を見ながら俺は内心そう呟く。

 

影神の終焉神装

 

俺の最強の技であり、『大博士』同様に超越者である星露とも互角に戦える俺の能力の極致である。これを使えば勝ち目はある。

 

試合前はそう思っていた。……が、

 

(勝てるのか?影神の終焉神装で?)

 

確かにアレを使えば星露とはマトモにやり合える。それは事実だが、結局のところ俺は星露に一度も勝っていないのだ。

 

(くそっ……こんなネガティブな事を考えるな。どのみち使わないと勝ち目はないんだし……)

 

そう思いながらも俺は震えながら星辰力を込め始めるが、今影神の終焉神装を使っても不安定なモノしか作れないと思う。くそっ……ダメだ。余計な事を考えるな……!

 

内心が暗い感情で埋め尽くされそうになった、その時だった。

 

 

 

 

「頑張れ!お兄ちゃん!」

 

いきなり馬鹿でかい声が聞こえてきた。余りにも大き過ぎる声故に観客からは騒めきが生まれ、目の前にいる『大博士』も一瞬ポカンとした表情を浮かべていた。

 

しかし俺をお兄ちゃんと呼ぶのは小町しかいないので、俺は声の聞こえた方向を見ると観客席の一角に小町がいた。

 

しかし小町だけではなく……

 

「立て!お前の実力はそんなものじゃないだろう!」

 

「頑張って八幡君!」

 

「諦めないでください!」

 

「貴方はこんな所で負ける人間じゃないですわ!」

 

「勝って、八幡……!」

 

「私達を鍛えた貴方がこんな所で無様に負けるなんて許さないわよ!」

 

「負けたら1日だけでなく1週間買い物に付き合って貰いますわよ!」

 

「テメェ、アタシとプリシラの今の主の癖に負けたりしたらぶっ殺すぞ!」

 

「私もお姉ちゃんも八幡さんが負ける所は見たくないです!」

 

「八幡さん!私は八幡さん格好良い所を見たいです!頑張ってください!」

 

小町以外にリースフェルト、若宮、蓮城寺、フェアクロフ先輩、アッヘンヴァル、フロックハート、ヴァイオレット、イレーネ、プリシラ、ノエルが一箇所に集まっていて、大声で激励をしてくる。

 

普段物静かな蓮城寺やフロックハート、ノエルですらメチャクチャデカい声で激励をしてくる。

 

そして……

 

「八幡……負けないで……!勝って!」

 

入場ゲートからオーフェリアからの激励を受け取る。チラッと見れば涙を浮かばせながら俺を見ている。

 

同時に俺は身体に走る痛みを無視して立ち上がる。そうだ。勝てるかどうかじゃねぇ。若宮達チーム・赫夜やヴァイオレットやノエル、恋人2人に勝つと約束した以上勝たないといけないんだ……!

 

「きしししししっ!知り合いの声を聞いて立ち上がりますか。ですが貴方はあたしに勝てない。これについては不変の事実です……よっ!」

 

言いながら『大博士』はパンチをする仕草を見せてくる。同時に圧倒的な圧力がこちらにやって来る気配を感じる。どうやら俺を押し潰す算段なのだろう。

 

対して俺は一度息を吸って……

 

 

 

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

ただ一言、そう呟く。漫画の主人公って訳じゃないが、あいつらの声を聞いて不安が無くなっている。今ならいつも通り…….いや、いつも以上の力が出せる気がする。

 

同時に俺の周囲から星辰力が爆発的に噴き上がり、影狼修羅鎧に纏わり付いたかと思えば、押し付けるように圧縮が始まる。

 

同時に俺の身体からギシギシと音が鳴り若干の痛みが生まれるも、今の俺はそれを気にしない。寧ろ限界まで影狼修羅鎧を圧縮するように星辰力を操作する。

 

そして遂に限界まで影狼修羅鎧を圧縮し切り、背中から悪魔の如き翼を生やし……

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

雄叫びと共に右腕で前方からやって来る圧力を殴りつける。それによって俺の拳は一瞬だけ止まるも……

 

「おおっ?!」

 

直ぐに圧力を弾き飛ばし、腕から放たれた衝撃波が『大博士』に向かって飛んでいく。しかし俺と『大博士』は離れた場所にいるので衝撃波は簡単に避けられる。

 

『大博士』は衝撃波を回避すると高らかに笑いだす。

 

「きしししししっ!素晴らしい!素晴らしいですよ!比企谷八幡!これほどの力を持っているとは思いませんでしたよ!」

 

それはもう、本当に楽しそうに笑い出す。

 

「まさかあたしやオーフェリア・ランドルーフェンと違ってあちらの世界に踏み入れずにこれ程の力を出すとは……実に素晴らしい!是非とも研究したいものですねぇ!」

 

そんな『大博士』の言葉の中には色々聞きずてならない単語が多々あった。あちらの世界だの、俺を研究したいだの割とヤバそうな言葉が。

 

しかし……

 

「今の俺には関係ねぇ……お前に勝つこと以外どうでも良い……!」

 

目の前にいる彼女に勝つことが最優先だ。それ以外の事は考えるべきじゃない。

 

「きしししし!確かに貴方の力は素晴らしい。ですがあたしの方が強いです!貴方が勝つ事はあり得ないでしょう!」

 

 

「お前が俺より強いのは百も承知だ。だが……この試合だけは死んでも勝たせて貰うぞ、『大博士』!」

 

言葉と共に俺は脚部と悪魔の如き翼に星辰力を込めて『大博士』に突っ込んだ。

 

 

 

 

シリウスドームのステージにて2体の怪物がぶつかり合う。



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激戦、比企谷八幡VSヒルダ・ジェーン・ローランズ(後編)

八幡が影神の終焉神装を使う少し前……

 

『試合終了!勝者、シルヴィア・リューネハイム!』

 

カノープスドームにて4回戦第1試合を務めたシルヴィアが1番早くベスト16入りを決めた。

 

 

『ここで試合終了!シルヴィアの圧倒的な攻撃がって、シルヴィア?!いきなり何処に行くんだ?!』

 

実況のクリスティ・ボードアンがシルヴィアの勝利を高らかに宣言しようとしたが、シルヴィアが対戦相手の選手に一礼した後、直ぐに退場した事によって戸惑いの声を出してしまう。カノープスドームにいる観客からも戸惑いの感情が生まれている。

 

 

しかしシルヴィアは気にせずに退場して走り出す。理由は簡単、今直ぐにシリウスドームに行って最愛の恋人の試合を直で見たいからだ。

 

シルヴィアはとにかく走り、出口で待ち構えていた記者達もスルーして全力疾走でカノープスドームを出る。

 

「蒼穹を翔け、渾天を巡る意志の翼は、いつかキミを、明日の向こうへ導くだろう」

 

そしてシルヴィは息を吸って歌い出すと背中から光の翼が顕現して大空へと飛び立つ。

 

「八幡君……」

 

シルヴィアはシリウスドームに向かいながら最愛の恋人である八幡を思いながら端末を開いてネットに接続をする。ニュース速報にはまだシルヴィアの勝利しかない。それはつまりシリウスドームで行われている八幡とヒルダの試合はまだ終わってないことを意味している。

 

そして試合中継を見ると……

 

『呑めーーー影神の終焉神装』

 

影狼修羅鎧を纏った八幡がそう呟くと、鎧が凝縮して形状が変わった。

 

そしてそれを見たシルヴィアは戦慄する。あの状態の八幡は文字通り圧倒的な力を持っていると。

 

(多分、決着は近いし、急がないと……)

 

そう思ったシルヴィは光の翼に星辰力を更に加えて速度を上げる。一刻も早くシリウスドームに到着して自分自身の目で結末を見届ける為に。

 

(頑張って、八幡君……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスドームにいる観客は静まり返っていた。観客席は満席で、試合が行われているにもかかわらずに、だ。こんな事態星武祭が始まって以降一度も起こったことがない程だ。

 

しかし全員視線はステージに向けられていて一瞬たりとも逸らしてはいなかった。

 

今、シリウスドームのステージは正真正銘の戦場となっている。

 

戦場にいるのは『影の魔術師』比企谷八幡と『大博士』ヒルダ・ジェーン・ローランズの2人だけだ。

 

しかしたった2人だけの戦場は今の世界で最も激しい戦場であると、観客全員が思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらあっ!」

 

「きししし!させませんよ!」

 

俺が叫びながら右腕を振るうと、『大博士』は『力』を纏わせた長剣型煌式武装でそれを受け止める。同時に俺達の間にクレーターが出来上がるが気にしない。既に俺達のあるステージには50個以上出来ている。

 

衝撃によってステージにクレーターが出来るのは割とあるが50個以上出来た試合は長い星武祭の歴史の中でも俺達2人の試合だけだろう。

 

しかしそれも仕方ないだろう。何せ俺達が一回攻撃を重ねたらクレーターが1つ出来上がるのだから。

 

そう思っていると『大博士』は俺から距離を取ってから上段斬りをしてくるので、俺は一歩横に跳んで回避する。俺が避けた事で『大博士』の『力』を纏った長剣が地面に当たり、またステージに新しくヒビが生まれる。何でも良いが、次の試合出来るのか?

 

そんな事を一瞬考えるも直ぐに切り捨てて、必殺の右ストレートを『大博士』にぶちかます。すると直前に毎度の『力』が邪魔をするので直ぐに打ち砕く。

 

そして左腕で追撃の一撃を『大博士』の鳩尾に放つが……

 

「ぐぅぅぅぅっ!まだまだですよ!」

 

『大博士』は圧倒的な星辰力を鳩尾と足に回した為殆ど動かなかった。とはいえダメージはあるようで口から血とゲロを吐いている。普通なら気持ち悪いと思うかもしれないが、今は特に思わない。既に俺も吐いているし。

 

そんな事を考えていると、『大博士』先程振り下ろした長剣に『力』を加えて俺の横っ腹に向かって斬りつける。避けようとは思ったが、逃走先に『力』が生まれる。

 

それを影神の終焉神装を装備した拳で破壊して。逃げようとするも、向こうの方が一歩早く……

 

「ぐっ……!」

 

『力』が加わった剣が俺の横っ腹に当たる。終焉神装は破壊されず、吹き飛んではないが、俺の身体に衝撃が走り痛い。

 

しかし俺はそれを無視してもう一撃右ストレートをぶちかますと、向こうも迎え撃つべく長剣から右手を話して……

 

「ふっ!」

 

そのまま俺と同様に右ストレートをぶちかます。同時に俺の腕に衝撃が走り……

 

「ちいっ!」

 

「ぐうっ……!」

 

足元が衝撃によって爆発して、お互いに反発するように吹き飛ぶ。一旦仕切り直しのようだ。

 

『こ、これは凄い!比企谷選手とローランズ選手のぶつかり合いによってステージの原型は留めていない!何という戦いだぁ!私も長年星武祭の実況を務めておりますが、これほどステージがボロボロになったのは初めて見ます!』

 

『私もだよ。正直言って今のステージにいる2人は我々とは別次元の存在だ。あの2人を止められるのは最盛期のオーフェリア・ランドルーフェンと范星露だけだろう』

 

一度仕切り直しになったからか実況と解説の耳に入るが、それは違う。『大博士』やオーフェリア、星露が普通の人間とは別次元の強さを持っているのは事実だ。そして影神の終焉神装はその領域に入れる力を持っている。

 

しかし俺自身のスペックはその領域に留まる力を持っていない。オーフェリア達3人はどんな時にもその領域にいるが、俺は影神の終焉神装を使っている間ーーー20分ちょいしか使えない。

 

そして既に10分近く使っていて、影神の終焉神装を使う前に受けたダメージを考慮すると後5分くらいしか使えない。5分経過したら俺の負けを意味する。

 

「きしっ、きししししっ!やはり貴方は素晴らしい!是非貴方にはあちらの世界を見せたいものです!そうすれば貴方はあたしやオーフェリア・ランドルーフェンを超える存在になり得る……!まあ今回の勝ちはあたしが貰いますけど。おそらく貴方がその鎧を使える時間も長くないでしょうしね」

 

『大博士』は口元にある僅か血やゲロを拭いながらも楽しそうに笑いだす。この状況でも研究の事を考えるなんてマジでネジがぶっ飛んでやがる。

 

しかも俺の鎧が限界に近いのも理解してやがる。戦術眼も一流……こりゃマジで面倒だ。

 

しかし解せない事がある。

 

「確かに俺が鎧を使える時間は長くないのは事実だが、それなら何故俺と格闘戦をする?時間いっぱいまで遠距離から『力』を放ち続ければ勝てるだろうが」

 

「当然でしょう。どうせあたしが勝つのです。それなら派手に勝った方が世間から注目を浴びるから良いでしょう。遠距離からの攻撃で時間稼ぎなんてしたら、『近距離じゃ勝てないから時間稼ぎをした』と思われてしまうじゃないですか?」

 

そこには圧倒的な余裕を感じる。なるほどな……奴は世間に自分自身はオーフェリアを超えた存在である事を知らしめる事を目的としている。そんな彼女が時間稼ぎなんて使ったら強さに疑いが出るだろうな。

 

俺はその余裕を聞いて納得する。『大博士』の余裕にはそこまでムカつかない。

 

実際俺が勝つ可能性は遠距離戦をされたら0で、さっきまでのように近距離戦で2割あるかないかだろう。こっちの星辰力は余り余裕がないのに対して向こうはオーフェリア同様に無尽蔵の星辰力を持っている。

 

だが0ではない。それならまだやれる。勝ち目があるならやるだけだ。

 

(とはいえ向こうも負けそうになったら遠距離戦に移行するかもしれないし、その前にケリをつけないといけない)

 

それがどれほど大変なのかは言うまでもないだろう。近距離戦で勝率は2割弱、それでありながら向こうは近距離戦にこだわり続けるとは限らない。遠距離戦に移行したら即負け。

 

ハッキリ言って理不尽と思えるくらい厳しい戦いだ。そして今のやり方では戦う事が出来ても勝つのは厳しいので別の作戦を考えないといけない。

 

(何か奴の注意を引けるようなものは……ん?)

 

そこまで考えた俺はあるものに気がついた。あるじゃねぇか、注意を引けるようなものが。

 

すると俺の頭にポンポンと作戦が浮かんでくる。そしてその中で1つだけ良い作戦が浮かんだ。これが上手くいけば奴が遠距離戦に移行する前に倒す事が出来る。

 

ミスれば即負けに繋がるが、星辰力に限りがある以上普通に戦っていても負ける可能性が高いのでやるしかない。

 

やると決めると不思議と緊張はなくなった。やるだけのことはやろう。それが今の俺に出来る最善なのだから。

 

そう思いながら俺が構えを取って脚部と翼に星辰力を込めると、『大博士』も決着が近いのを理解したのか、笑いを消して長剣を構える。

 

次の瞬間……

 

「ふっ!」

 

俺は翼と脚部に溜めた星辰力を噴出して爆発的な加速力を生み出して『大博士』との距離を詰めにかかる。すると『大博士』は先程通り俺達の間に『力』の壁を生み出す。

 

さっきからこれの繰り返しをしている。

 

俺が突撃をする

『大博士』が『力』の壁を作る

俺が壁を壊す

『大博士』、それによって若干生まれた隙を突いて長剣で攻撃をしてくる

俺、長剣を防ぐか攻撃をする

 

って感じだ。それによってお互いにダメージを受けてはいるが、倒すには至れていない。これが続けば星辰力の少ない俺が負ける。

 

だから戦術を変えないといけない。俺は右腕に力を込めて『力』の壁を壊すと……

 

(影神の終焉神装、腰部分の鎧を解除……!)

 

鎧の一部を解除して左腰にあるホルダーから『ダークリパルサー』を取り出して起動して左腕で斬りかかる。

 

「きししししっ!その煌式武装は知っていますよ!ですがあたしの『力』には通用しません!」

 

同時に大博士は『力』を纏わせた長剣を振るって『ダークリパルサー』とぶつかる。本来なら超音波で出来た『ダークリパルサー』を煌式武装で防ぐのは無理だが、『大博士』の『力』を纏わせた煌式武装なら可能のようだ。

 

しかしこれは俺の予想の範囲内だ。俺はチラッと下を見て星辰力を込めながら……

 

「影の鞭軍」

 

背中から5本の影の鞭を取り出して、『大博士』に対して上から4本襲わせる。そして内1本を対して『大博士』に気付かれないように地面に潜らせる。

 

俺自身は『大博士』との距離を詰めながら地面に潜る鞭をバレないようにするも……

 

「どうせ上下からの奇襲でしょうが、一度食らった技など効きませんよ」

 

呆れながら空いている左手を振るうと、俺達の真上と足元に力を感じる。同時に上空からの4本の影の鞭と地面から出ようとする1本の影の刃を防ぐ。どうやら地表に『力』を地表に展開して地面から出られないようにしているのだろう。

 

それによって……

 

「畜生……!」

 

俺はそう呟いてしまうと、『大博士』は勝ち誇った笑みを浮かべる。大方俺の影による奇襲は全て失敗して万策尽きたと思っているのだろう。実際俺の影技による奇襲は全て失敗したし、遠からず俺の負けになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもの俺ならな。

 

(なーんちゃって)

 

そう思いながら俺は右腰にあるホルダーから試合前にヴァイオレットから貰ったマスケット銃型煌式武装を展開して『大博士』の顔面に放つ。

 

ハナから俺自身の攻撃も『ダークリパルサー』も、影の鞭による上下からの攻撃も、俺の悔しそうな声も全て囮だ。本命は普通の煌式武装による普通の一撃だ。

 

まさかここで場違いな煌式武装を使ってくるとは完全に予想外だったようだ。『大博士』は目を見開くも……

 

「ぐっ……!」

 

放たれた弾丸は『大博士』の鼻に当たり、彼女は仰け反る。元々ヴァイオレットの煌式武装は校章を破壊するのに向いていて敵を倒すタイプではないので威力は低いが、無防備の顔面に当たればそれなりのダメージになる。

 

同時に周囲に感じた圧力が消える。能力者特有の予想外のダメージを受けると能力が打ち消される現象が起こったのだろう。

 

それを認識した俺はヴァイオレットの銃を投げ捨てて……

 

「吹き飛べ……や!」

 

そのまま『大博士』の鳩尾に拳を叩き込む。

 

「ぐっ……あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

同時に『大博士』の口と鳩尾から悲鳴と骨が折れる音が聞こえる。今回は星辰力による防御が完全には間に合わなかったようだ。

 

俺の一撃をモロに食らった『大博士』はそのまま一直線に吹き飛んで、ステージの壁にめり込む。

 

それを認識した俺は脚部と翼に星辰力を込めて突撃を仕掛けれ。試合終了を告げてない以上、奴はまだ負けてない。遠距離戦に持ち込まれたら負ける以上、距離を開けるわけにはいかない故に。しかも前方を見れば『大博士』は壁に深くめり込んで逃げ場がない。こんな千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。

 

そして俺は『大博士』との距離を詰めて……左腕の一撃を放つ。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ……まだですよ!あたし自身という完成形を証明する為にも負けるわけにはいきません!」

 

俺の拳が『大博士』の校章な当たる直前に『力』の壁がそれを防ぐ。彼女を見れば口から血を流しながらも、目は死んでおらずマグマのような情熱を感じる。

 

『ここでローランズ選手、比企谷選手の一撃を防いだぁ!』

 

『ここが勝負所だな。ローランズ選手は壁にめり込んでいて逃げ場はなく、比企谷選手は星辰力が余り残っていない。つまり比企谷選手があの『力』を打ち破れば比企谷選手の勝ち、打ち破れなかったからローランズ選手の勝ちになる』

 

つまり最後は力と力のガチンコ勝負って訳か。魔術師でありながら原始的な戦いだな。

 

「そこを……退けぇ……!」

 

「誰が……!貴方こそ諦めなさい!」

 

俺が左腕に星辰力を込めると向こうも、『力』の壁の圧力を高めてくる。それによって俺達の足元に地割れが生まれて、空気が震える。

 

『なんという事でしょう!既にステージは崩壊寸前!防護障壁からも悲鳴が生まれております!勝つのはどちらか私には読めません!』

 

実況の声と共にステージは更に割れる。しかしこのままだと俺は負ける。拮抗しているんじゃダメなのだから。

 

(だが、ここまで来たら負けるわけには行かないんだよ……!)

 

そう思いながら俺は最後の手段を取ることにした。

 

(影神の終焉神装!その力の全てを俺の左手に凝縮しろ!)

 

内心そう叫ぶと俺の身に纏っていた影神の終焉神装が剥がれて、俺の左腕に集まる。それによって腕には重みが発生するが義手だから問題ない。

 

同時に『力』の壁からミシミシと音が鳴り出す。それによって若干俺が優勢になった事を意味する。

 

「くっ……!きししししっ!まだです!こんな所で負けるわけにはいかない……!」

 

その言葉と共に更に力の圧が強くなり、俺の優勢が無くなりつつある。

 

それはダメだ。時間的に優勢が無くなったら俺の負けが決まる。

 

そう判断した俺は俺も義手に星辰力を注ぐ。すると義手から力が生まれるのを実感する。

 

影神の終焉神装を左腕だけに凝縮して、挙句に流星闘技を放つ。そんな事をしたら間違いなく義手は流星闘技を放った瞬間に吹き飛ぶだろう。

 

しかし、やらない訳にはいかない。この試合だけは死んでも勝つと誓ったのだから。

 

俺は頭の中で応援してくれた妹や友人や弟子、最愛の恋人2人を思い浮かべながら義手に星辰力を込めて……

 

 

 

 

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

俺の義手に埋め込まれた2つのマナダイトの力が最高潮になったと思った瞬間に流星闘技を放つ。

 

影神の終焉神装を凝縮させた義手による流星闘技は絶対的な力を生み出し……

 

 

 

 

ドゴォォォッ!

 

『大博士』の生み出した『力』の壁を壁を打ち破り、『大博士』の胸にある校章を打ち砕く。

 

しかし放たれた最強の一撃はそれだけでは止まらず……

 

バギィッ!

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

 

俺の義手が粉々になると同時に、『大博士』を更にステージの壁にめり込ませて、遂には壁を打ち破りステージの外にある防護ジェルに叩きつけて、そのまま地面に倒れ伏す。

 

『ヒルダ・ジェーン・ローランズ、校章破損』

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

機械音声がそう告げると俺は漸く勝利したのを実感する。そして能力が解除されてさっきまで無視していた疲労が襲いかかってくる。

 

だが……

 

「はっ……やってやったぜ」

 

今の気分は本当に最高だった。

 



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怪物同士の戦いが終わり、各陣営は……

『ここで試合終了!ステージを壊すほどの激戦を制したのはレヴォルフ黒学院の比企谷選手!』

 

 

『最後の一撃は実に見事だった。終始不利であったにもかかわらず、諦めず様々な策を練る……実に面白い』

 

試合が終わって防護ジェルが無くなると、実況と解説の声が聞こえ、一拍遅れて大歓声が沸き起こる。それはもう音響兵器と思えるほどに大きい歓声が。

 

「ふぅ……」

 

俺は漸く一息吐く。とりあえずギリギリ、本当にギリギリだが勝ったな。約束は守れて良かった。

 

安堵の息を吐いていると……

 

 

 

「お兄ちゃん!」

 

『八幡(さん)(君)!』

 

そんな声がしたので振り向くと……

 

『おおっとぉ?!ここで比企谷小町選手を先頭に大量の選手がステージに降りてきた!学園はバラバラだが全員高位序列者もしくは星武祭で実績を出した人達だぁ!』

 

実況の言う通り小町を先頭にリースフェルト、若宮、蓮城寺、フェアクロフ先輩、アッヘンヴァル、フロックハート、ヴァイオレット、イレーネ、プリシラ、ノエルとさっき俺に激励をしてくれた面々がこちらに走ってきている。

 

予想外の光景に俺は驚き、観客席からは騒めきが生じる中、小町達は俺の目の前に辿り着いて……

 

「お兄ちゃん、5回戦進出おめでとう!」

 

「最後の一撃はスカッとしたぞ!」

 

「凄い戦いだったよ八幡君!」

 

「おめでとうございます。心からお祝い申し上げます」

 

「最後まで諦めないあの姿……やっぱり八幡さんは素晴らしいですわ!」

 

「お、おめでとう……!」

 

「あの力を吹き飛ばすなんて、八幡って普段は冷静なのに無茶苦茶ね」

 

「ふふーん!私の渡した銃のおかげで勝てたんですの!王竜星武祭が終わったら買い物に付き合って貰いますの!」

 

「お前やっぱ最高だな!最後の一撃スゲェじゃん!」

 

「お疲れ様でした!次も頑張ってください!」

 

「おめでとうございます……!そ、その……凄く格好良かったです!」

 

全員が俺の勝利を祝ってくれる。それについては純粋に嬉しいが……

 

(小町、フェアクロフ先輩、イレーネ、ノエル……抱きしめたりヘッドロックをするのは勘弁してくれ……)

 

今俺は前から小町に、右からフェアクロフ先輩に、左からノエルに抱きつかれて、後ろからイレーネにヘッドロックをかけられている。勿論4人とも悪意を持ってやっているわけではないのは知っているが、『大博士』と激戦をした後だから少し辛い。

 

とはいえ……こんな嬉しそうな表情をされちゃ振り解けねぇし、少しくらい我慢するか。後、ヴァイオレットに関してマスケット銃を貸してくれたのはマジで感謝してるから幾らでも買い物に付き合ってやる。

 

内心そう呟いていると……

 

「……八幡!」

 

「八幡君!」

 

今度は恋人2人の声が聞こえてきたかと思えば、入場ゲートからオーフェリアが、上空から光の翼を生やしたシルヴィがステージに降りてくる。

 

シルヴィは俺と同じ第1試合だから試合を終わらせてきたのだろう。幾ら相手がそこまで強くないからって早過ぎだろ。シリウスドームに来る時間も考えたら秒殺したとしか思えない。

 

そして2人がステージに降りるとこちらに走ってくる。同時に俺に接触している4人が離れて少し距離を取ると、オーフェリアとシルヴィは俺に抱きついてくる。

 

「お疲れ様、八幡君……」

 

「凄く格好良かったわ……」

 

2人はそう言って目に薄っすらと涙を流している。それを見た俺は右手で2人を抱き返す。こんな時に左手がないのがいたい。後でレヴォルフの装備局に頼んで予備の義手を用意させないとな。

 

まあそれはともかく……

 

「約束したしな。絶対に勝つって」

 

2人に誓いのキスをしたんだ。負ける事は絶対に許されない。

 

そう思いながら俺達は暫くの間、お互いの身体を抱きしめあっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

八幡の試合が終わって、各学園の人間は様々な反応をする。

 

 

「おー、やるじゃん馬鹿息子。もう私を超えたか?」

 

「おそらくは。彼といい、シルヴィアといい、天霧綾斗といい、今の世代は豊作ですね」

 

「だな。私の時もこんぐらい豊作だったらぁー。しっかしこれは優勝が読めなくなってきたな……私を倒したシルヴィアちゃんが優勝するかと思ってたんだがなー」

 

涼子とペトラは理事長室にて仕事をしながら語り合い……

 

 

 

 

 

 

「ほっほっほっ!素晴らしい!実に素晴らしいのう!影神の終焉神装を左腕だけに凝縮するとは!アレを食らえば儂も気絶するであろうな!」

 

「……楽しそうですね師父」

 

「当然じゃろう!儂を超える可能性を持つ人間なぞ儂にとっては至宝じゃ。ああ……儂が出る3年後の王竜星武祭がが待ち遠しいのう!」

 

「でも虎峰、その時は今度こそステージが壊れそうだねー」

 

「想像はしたくないですが、あり得ますね……」

 

星露は心から楽しそうに笑い、虎峰とセシリーは引き攣った笑みを浮かべ……

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……まさかこれほどの実力とは思いませんでした……もう優勝は諦めたらどうです、陽乃?ハッキリ言って貴女では彼に勝てませんから」

 

「……嫌に決まってる。私は自由になりたいんだから。それにあんな大技を何度も使える筈もないからまだわからないよ」

 

「……強情ですね。まあ良いでしょう。どうせ優勝は無理なのですから」

 

「……っ」

 

陽乃は母秋乃の言葉に怒りを覚え……

 

 

 

 

 

 

「まさかこれほどとはな……」

 

「う、うーむ。これは我とアルディ、優勝は無理かもしれないであるな……マジで」

 

「……アレを見ると私も自信を無くしたよ。それにしても私や材木座はシリウスドームで試合だが、ステージの修復を考えると開始時間は大幅に遅れそうだな」

 

「そうであるな。まあ先ずは目先の事を考えるべきであろうな。貴殿には我が入学した時から世話になっているが、勝たせて貰うのである、カミラ殿」

 

「それはこちらの台詞だよ材木座。勝つのは私とリムシィだ」

 

シリウスドームのアルルカント専用観戦席にいる材木座とカミラは互いに宣戦布告をし合って……

 

 

 

 

 

「うわぁっ……マジでヤバイね。レナティでも勝てるかわかんないかも」

 

プロキオンドームにてレナティの試合を待っているエルネスタは珍しく引き攣った笑みを浮かべて……

 

 

 

 

 

 

 

「うわ……何だよアレ?」

 

「怪物じゃん」

 

「というか葉山君。あんな怪物に勝てると思ってたのかよ?」

 

「確かに……」

 

「でも葉山君勝つ勝つ言っといて試合で逃げ出したよね」

 

「もしかして葉山君って口だけ?」

 

「って事は俺達葉山君の口車に乗せられたって事?」

 

「うわ。もしかしたら私達もあの怪物に目を付けられてる?」

 

「怖い事言うなって!とにかく!俺達も葉山君から距離取ろうぜ。葉山君といてあの怪物に葉山君の仲間って思われたら嫌だし」

 

「だな」

 

「そうだね」

 

ガラードワースの葉山グループの人間は葉山と距離を取る事を決めて……

 

 

 

 

 

 

「という訳で、比企谷を倒すのに協力してくれないか?」

 

『無理だよ。あの怪物を倒すなんて無理だよ』

 

「そこを何とか!ガラードワースの為なんだ!」

 

『もう良いって。もしも比企谷八幡がガラードワースを征服しようとするなら、俺達が動くんじゃなくて統合企業財体に任せた方が良いって』

 

「そんな……」

 

『というか葉山君、比企谷八幡に何も出来ずに負けたし無理に決まってんじゃん。それに俺、もう葉山君と関わりたくないし』

 

「何でだい?!皆仲良くするべきだよ!」

 

『だって葉山君、比企谷八幡の事を散々殴ってたじゃん。葉山君と一緒に居てあの怪物に敵と見られたら嫌だし。じゃあね、もう電話はかけないで欲しいな』

 

「待ってくれ……切れたか。……比企谷!卑怯な手を使っただけじゃ飽き足らず、俺から友人を奪うなんて、万死に値するぞ!」

 

葉山は更に八幡を逆恨みするようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリウスドームの第1試合が終わり、現在はステージの修復作業が行われている。星武祭において修復作業が行われるのは当たり前だが、今回は例年よりボロボロになった為、シリウスドームで行われる試合は本来の時間の開始時間より1時間延長する事になったのだ。

 

そんな中、俺は……

 

 

「失礼しました」

 

医務室にて治療を受けていた。と言っても星武祭中は治癒能力者による治療は禁止故に鎮痛剤を打ったり、包帯を巻いたくらいの応急処置だがな。

 

すると医務室の外にいたオーフェリアとシルヴィがこちらにやって来る。他の面々は既に各々の行くべき場所に向かっていていない。

 

「応急処置は終わったみたいだね。どうだった?」

 

「肉体に掛かった負担はデカイが明日の試合は出ても良いと。ただ影神の終焉神装は準決勝までは使わない方がいいって言われた」

 

そして少なくとも5回戦では絶対に使うなと言われた。

 

「……まあ見る限りあの力は相当肉体に負荷が掛かるから当然でしょうね。あ、それと八幡が治療を受けてる間に装備局に予備の義手の準備を頼んだわ。そしたら夜8時以降に取りに来いって言ってたわ」

 

「わかった。ありがとな。それよりこれからどうする?シリウスドームの試合を見るか?それとも違うドームに行くか?」

 

「うーん。他のドームの試合も興味あるけど……いいや。今日はシリウスドームに居ようかな」

 

「……私はどこでもいいわ」

 

「んじゃシリウスドームで見るか。俺もシリウスドームの試合が1番興味あるし」

 

この後にシリウスドームで行われる試合は、早い順に

 

雪ノ下陽乃VS雪ノ下雪乃

 

アルディ(材木座義輝)VSリムシィ(カミラ・パレート)

 

ネイトネフェルVS比企谷小町

 

の3試合だ。小町の試合も気になるし、擬形体同士の試合も興味あるからな。

 

そして雪ノ下の姉妹対決だが、俺も興味を持っているが、シルヴィはそれ以上に注目しているだろう。何せ勝った方がシルヴィと戦うのだから。

 

方針が決まった俺達はレヴォルフの生徒会専用観戦席に向って歩き出した。本来ならライバルのシルヴィを入れるのは御法度かもしれないが、疲れてるんだしその位は良いだろう。俺もクインヴェールの専用の観戦席に入った事あるし。

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

『永らくお待たせいたしました。ステージの修復も完了しまして、ただ今より第2試合を開始します!』

 

俺達が生徒会専用観戦席にて3人で舌を絡めていると実況の声が聞こえてくる。

 

「んっ……続きは後でな?」

 

「うん……第2試合が終わったら……第3試合が始まるまでやろうね?」

 

「それで第3試合が終わったら、第四試合が始まるまでまたやりましょう?」

 

俺が2人の唇から離れると2人はトロンとした表情を浮かべてくる。もちろんそのつもりだ。そんで第4試合が終わったら速攻で帰宅して飯を食べて、寝るまでキスをするつもりだ。

 

『先ずは東ゲート!今シーズンの鳳凰星武祭ベスト4!クールな表情で予選て相対する選手を凍らせたクインヴェール女学院序列8位『氷烈の魔女』雪ノ下雪乃選手の登場だぁぁっ!』

 

実況の言葉と共に東ゲートから雪ノ下が出てくる。見るからに体格や歩き方が良くなっている。どうやらお袋の元で相当鍛えたようだ。

 

『続いて西ゲート!前々シーズンの王竜星武祭準優勝、前シーズン王竜星武祭ベスト4!星武祭ではオーフェリア・ランドルーフェン選手以外では無敗を誇る才女、界龍第七学院序列3位『魔王』雪ノ下陽乃選手ーーー!』

 

続いて西ゲートから雪ノ下陽乃が出てくる。前シーズンと前々シーズンでは観客に手を振ったりしていたが、今は観客などいないかのようにスタコラ歩いている。自由を求める為に関係ないものをシャットアウトしているようだ。

 

「……何が私以外では無敗の女よ。トーナメントで当たらなかっただけであの女の実力は八幡やシルヴィアより下よ」

 

オーフェリアが冷たい目でステージを見ながらそう呟く。

 

「お前なぁ……どんだけ嫌ってんだよ?」

 

「今でも星脈世代の力を奪って普通の人間にしてやりたいくらいよ」

 

あっ、そうですか。どうやら相当嫌っているようだ。内心若干呆れながらステージを見ると2人は距離を詰めてなにかを話していた。

 

(あの2人仲が悪い……というか雪ノ下の方が姉を苦手としてるからな)

 

声は聞こえないがステージは悪い空気になっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、本戦最初の試合が雪乃ちゃんで良かったよ」

 

「……どういう意味かしら?」

 

「言葉通りよ。もし初戦が暁彗や天霧綾斗だったら厳しい戦いになって負ける可能性もあったし」

 

負けが許されない陽乃としては可能な限り強い相手と戦うのを避ける事を望んでいたので、最初が壁を越えてない自分の妹が相手だという事に内心安堵していた。

 

それに対して雪乃は眉を細めるも怒りを露わにしない。それを見た陽乃は一瞬だけ目を見開く。

 

「……ふーん。少しは成長したんだ」

 

「ええ。地獄に行ってきたから」

 

アスタリスクに来る前の雪乃なら突っかかっていただろうが、雪乃はクインヴェールで涼子に拷問に近い鍛錬を積んだ。涼子の鍛錬は容赦がなく、レヴォルフのOGだからか女子が相手でも躊躇わずに顔面や腹にも攻撃してくる。

 

それによって大半の生徒は心が折れたが、雪乃を始めとして耐え抜いた人間は全員大きく序列を上げている。

 

また拷問に近い鍛錬によって実力以外にもメンタルも相当強くなっていて、安い挑発は受け流せるようになっている。

 

「よくわかんないけど、私の前に立つなら潰すから」

 

陽乃はそう言って開始地点に向かうと、雪乃も同じように開始地点に向かい、両者は睨み合いをする。

 

その際に雪乃は陽乃の目に入っている凄まじい程の執念を感じて怖気が走り出す。

 

そんな中、遂に……

 

『王竜星武祭4回戦第2試合、試合開始!』



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本戦にて強者は動き出す

王竜星武祭4回戦第2試合、星武祭にしては珍しく姉妹同士の激突だった。

 

雪ノ下陽乃と雪ノ下雪乃

 

学園は違うも両者共に冒頭の十二人のメンバーである。予選にて陽乃は圧倒的な体術を駆使して、雪乃は自身の能力で対戦相手を凍結させて圧勝してきた。

 

加えて2人の容姿は極めて美しいので試合前、観客達は八幡とヒルダの戦いの興奮が冷めないまま姉妹対決を楽しみにしていた。美しき姉妹達が織り成す美しい戦いが観れる、と。

 

 

しかし現在、観客達は無言の状態で試合を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「はあっ……はあっ」

 

雪乃は息を吐いて呼吸を整える。同時に口の中に溜まった血を吐き出す。周囲には氷の破片が散らばっていて、前方では……

 

「やるじゃん雪乃ちゃん。10秒で倒すつもりだったんだけど、2分以上持ち堪えられると思わなかったよ」

 

姉の陽乃が絶対零度の眼差しを向けながら雪乃を褒める。しかしそこには微塵の容赦も油断もなかった。

 

2人の戦いは試合が始まってから一方的だった。陽乃が先手必勝とばかりに一瞬で距離を詰めたら雪乃は辛うじて回避して氷の弾丸を数百発生み出して放った。

 

しかし陽乃が腕に星辰力を込めて横薙ぎをすると氷の弾丸は全て吹き飛ばされたのだ。

 

その後陽乃は再度体術を駆使して雪乃に攻撃を仕掛け、雪乃はそれを躱して能力で攻撃をする。

 

 

それを暫く繰り返していく内に、雪乃は能力と回避に神経を使い過ぎて陽乃の体術についてこれなくなっていき、徐々にダメージを受け始め、鳩尾にチョップを叩き込まれて今に至る……って感じだ。

 

「でも甘い。雪乃ちゃんも相当鍛錬したみたいだけど、私には及ばない。量や質はまだしも、心構えがね」

 

「どういう……意味かしら?」

 

「じゃあ聞くけど、雪乃ちゃんは何で王竜星武祭に出陣したのかな?」

 

「それは……姉さんに勝ちたくて……」

 

「うん知ってる。でもそれってさ、最悪失敗しても自由は失われないよね?」

 

陽乃の言葉に雪乃はハッとした表情になる。自分の姉は王竜星武祭で優勝出来なかったら全ての自由を奪われる事を、改めて認識した。

 

「私はね……負けたら後がないの。負けたら本当に終わりなの。だから強くなった。ただ私に勝ちたいだけの雪乃ちゃんとは立場もモチベーションも違うの」

 

もしも陽乃がオーフェリアの一件が無くて自由が許されていたなら、陽乃の中に絶対に負けられないという強迫観念が生まれず、今ほど勝つ事に対する執念も薄かったかもしれず、雪乃にも勝ち目があっただろう。

 

しかし今の陽乃の中には絶対に負けられないというプレッシャーがあり、陽乃はそのプレッシャーに潰される事なく鍛錬をしたのだ。王竜星武祭に出場した選手の中ではトップクラスの量の鍛錬を。

 

只でさえ才能に差があるのに、モチベーションによって更に差が生まれたらどうなるかは言わずもがなであろう。

 

「さて、そろそろ終わりにしよっか」

 

「……っ!」

 

そう言って構えを見せる陽乃に対して雪乃は血を吐きながらも構えを見せる。

 

確かに自分は姉よりも劣っていて、鍛錬についてもモチベーションの差がある事も理解した。普通に考えれば勝てる要素はないだろう。

 

しかし……

 

『勝てない?だからって諦めてんじゃねぇよダボが。少なくとも美奈兎ちゃん達チーム・赫夜はどんな相手でも本気で勝つ気で挑んで才能の塊集団に勝ったぞ?それに比べりゃテメェの姉貴程度に勝つのは苦じゃねぇからな?』

 

酒を飲みながら毎日のように自分を叩き潰す教師の言葉を思い出して奮起する。相手が格上であろうと、才能の塊であろうと……ここで折れては勝てないのだから。

 

同時に雪乃の周囲から星辰力が爆発的が膨れ上がる。それを感じた陽乃は面倒な事になる前に潰そうとするが雪乃の方が一歩早く……

 

 

「凍てーーー氷界の獅子王……!」

 

雪乃の背後から全長10メートルを超える氷の獅子が生まれて、口から広範囲にわたって吹雪を生み出す。それを星辰力を自身の身体に纏わせて防御の姿勢に入る。それによってダメージは殆ど受けないが……

 

『おおっと!雪ノ下陽乃選手の足元が凍り始めた!』

 

『おそらくあの吹雪は敵を倒す技でなく足止めを目的としたのだろう。本命はおそらく……』

 

解説のヘルガがそう言うと同時に獅子は巨大な足を振り上げて……

 

 

「っ……!」

 

そのまま陽乃に叩きつける。同時に陽乃は吹き飛んでステージの壁に叩きつけられる。

 

それによって煙が上がって陽乃の姿は見えなくなるが雪乃は油断せずに獅子と共に歩を進める。この程度で自分の姉が負けるはずはないと思いながら。

 

すると……

 

「急急如律令、勅!」

 

煙の中からそんな言葉が聞こえて、同時に黒い龍が現れる。大きさは20メートル以上と八幡の影の竜に匹敵する大きさだ。違いがあるとすれば陽乃が呼び出したのは東洋の龍であって、八幡の呼び出すのは西洋のドラゴンといったところだろう。

 

陽乃が煙の中から出る中、雪乃は本能的な恐怖を感じるも屈する訳には行かずに、獅子に命令を出すと、両者の口から吹雪と黒炎が吐き出されてぶつかり合う。どうやら陽乃も同じ命令をしたようだ。

 

しかしそれも一瞬で徐々に黒炎が吹雪も呑み込み始めている。地力の差がある故に陽乃の龍が雪乃の獅子を追い立てる。

 

それを見た雪乃はこのままではマズイと判断して、氷の槍を顕現して突撃を仕掛ける。氷界の獅子王が破壊される前に、陽乃を叩くべく。

 

対する陽乃は体術を使わずに呪符を取り出して振るう。同時に呪符から黒炎の塊が生まれて襲いかかってくるが、雪乃は涼子との鍛錬で培った体術を駆使して次々に回避する。この程度の攻撃なら今の雪乃には脅威ではない。

 

そして遂に……

 

「穿てーーー氷烈の弾丸」

 

陽乃との距離が10メートルまで縮まったので牽制として氷の弾丸を生み出そうとした、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ざーんねん。それは偽物だよ?」

 

いきなり前方の虚空からそんな声が聞こえたかと思えば、雪乃と陽乃の間から口から若干の血を流したもう1人の陽乃が現れる。

 

同時に雪乃が先程まで狙おうとしていた陽乃が溶けるように消えていった。

 

(星仙術による幻覚?!マズい、早く避け……っ!)

 

雪乃はそこまでしか考える事が出来なかった。なぜかと言うと陽乃の拳が雪乃の鳩尾にめり込んでいたからだ。

 

星辰力の込められた陽乃の一撃は……

 

『雪ノ下雪乃、意識消失』

 

『試合終了!勝者、雪ノ下陽乃!』

 

雪乃の意識を奪い、陽乃に勝利を与える。

 

「ふぅ……一発食らったのは予想外だけど勝ったから良しとするか」

 

陽乃は口元に流れる血を拭いながら息を吐く。陽乃は獅子の一撃を食らって壁にぶつかった際に、その時に生まれた煙に紛れて『黒炎の龍を生み出す』星仙術と『自身の偽物を生み出す』星仙術と『自身の姿を隠す』星仙術を生み出して雪乃を欺いたのだ。

 

三種類の星仙術を即座に使える程の才能を持つのは界龍でも陽乃だけである。その才能は見事に発揮され、結果として雪乃は見事に騙されて偽物に攻撃をしようとしたので、その隙を突いて雪乃を撃破したのだった。

 

「さて……次からが本番ね。死んでも勝たせて貰うよ、『戦律の魔女』」

 

陽乃はそう言ってレヴォルフの専用観戦席にいるシルヴィアを睨みながらそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「気の所為か?なんかこっちを見てる気がするんだが?」

 

「八幡君じゃなくて私でしょ。次の試合で私と彼女が当たるから」

 

「……私のシルヴィアを睨むなんて……雑魚の癖に良い度胸してるわね」

 

レヴォルフの専用観戦席にて雪ノ下姉妹の試合を見終えた俺達はそう呟く。というかオーフェリアさん怖過ぎるからな?お前あの人が相手の時は本当に容赦ないな?

 

そう思いながら俺は携帯端末を取り出してベスト16に上がった選手を確認する。

 

今の試合で午前中の8試合は全て終わり、ベスト16に進出した選手は俺、シルヴィ、雪ノ下陽乃、レナティ、ノエル、天霧、梅小路、ヴァイオレット、の8人だ。まあ大体予想通りだ。

 

残りは午後の8試合だが、組み合わせを見る限り暁彗、ロドルフォ、リースフェルトあたりは十中八九勝ち上がるだろう。対戦相手もそこまで強くないし。

 

残りの4試合は割と予想が出来ない。特にアルディとリムシィの擬形体同士の対決とか、小町とネイトネフェルの試合とかは。

 

「とりあえず午前の試合は終わったし、飯でも買ってくるか」

 

「あ、じゃあ私とオーフェリアが買いに行くよ。八幡君は疲れてるでしょ」

 

「……そうね。とりあえず八幡は座ってなさい」

 

恋人2人は俺に気遣って有無を言わさぬ口調で休むように言ってくる。2人がそう言うならお言葉に甘えさせて貰うとしよう。

 

「わかった。任せる」

 

俺がそう言うと2人は出て行ったので俺は一息吐く。2人の言う通り今の俺はかなり疲れている。明日の相手は壁を越えた人間ではないが厳しい戦いになるだろう。

 

何故なら今の俺はかなり限界が近く、明日になっても万全には程遠い状態だという確信がある。

 

影神の終焉神装を使えず星辰力も全快まで回復してない状態、加えて筋肉痛もあるからから間違いなく厳しい戦いになるだろう。

 

(とりあえず明日を乗り切れば調整日で1日休みだから頑張ろう)

 

まあ明日を乗り切るのか難しいんだがな。ともあれ明日の試合までは無駄に身体を動かさないようにしないとな。

 

そこまで考えた時だった。手に持つ俺の端末が鳴り出したので見てみるとノエルからの電話だった。時間を見る限り試合が終わってインタビューを済ませたから電話をしてきたのだろう。

 

そう思いながら空間ウィンドウを開いて繋げると、ノエルの顔が映る。

 

「もしもし?」

 

『八幡さん、勝ちましたよ……!』

 

「ああ、知ってるよ。4回戦突破おめでとさん」

 

『あ、ありがとうこざいます……!』

 

ノエルは顔を赤くしながら身体を縮こまらせる。本当に可愛いなこの子。庇護欲が湧いてくるわ。

 

「とはいえこれからが本番だぞ」

 

ベスト16に残る選手の中には運で勝ち残った人間は1人もいない。ノエルの次の相手はまだ決まってないが、壁を越えた人間じゃないとはいえどちらも強敵だし。

 

『は、はい!頑張ります……!決勝戦で八幡さんと戦いたいですから……!』

 

「そうか。俺は絶対に決勝に行くから来るなら来い」

 

『はい!……あ、それと八幡さんにお願いがあるんですけど……』

 

途端にノエルはモジモジしながら顔を赤らめる。ノエルの事だから無茶なお願いはしてこないと思うが、あの顔を見ると妙に嫌な予感がする。

 

「なんだよ?言ってみろ」

 

しかし何も聞かずに却下する訳にはいかないので聞いてみると……

 

『その……今、シリウスドームに向かっているんですけど、午後の試合、一緒に見ませんか?』

 

午後の試合を見るだと?俺自身嫌ではないが……オーフェリアとシルヴィが嫉妬しまくるんだよなぁ。あいつらも大袈裟だろ?ノエルが俺に恋してるならまだしも、恋してないんだしそこまで嫉妬しなくても良くね?

 

内心返答に悩んでいると……

 

『………』

 

涙目+上目遣いで俺を見てくる。毎度思うがこいつのそれは反則だと思い。マジでドキドキしてくるし。

 

俺が揺らいでいると……

 

『………八幡さん』

 

涙目+上目遣いの状態で俺の名前を呼んでくる。それによって俺の意思は徐々に傾いていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふーん。それでノエルちゃんが来るんだ」

 

「……相変わらず女子と仲が良いわね」

 

5分後、飯を買ってきた恋人2人に説明をすると、2人はジト目で俺を見てくる。

 

「す、済まん。返答に悩んだんだが、奴の涙目+上目遣いには勝てなかった」

 

「それソフィア先輩の時もだよね?というか王竜星武祭が始まってから思ったけど八幡君モテモテだね」

 

「なんでそうなんだよ。確かに基本的に毎日お前ら以外の女子とも見てるが向こうは恋愛感情はないだろ」

 

初日はノエルと、2日目はチーム・赫夜と、3日目は偶然会ったエルネスタと、4日目は星露と、5日目はヴァイオレットと、6日目はフェアクロフ先輩と見て、7日目は1人で見た。そんで昨日は抽選会だから試合は無くて、今日はノエルと見る。シルヴィの言う通り女子と一緒に見ているが向こうは絶対に俺に恋愛感情を持ってないだろう。

 

そう思って2人を見ると……

 

「なんだよその目は?」

 

何故か馬鹿を見るような目で俺を見てくる。俺が馬鹿なのは否定しきれないが、そこまで言う程馬鹿じゃない……と、思いたい。

 

「「別に」」

 

2人はそう言ってから俺に背を向けてゴニョゴニョと話し出す。

 

 

「(ねぇオーフェリア、実際ノエルちゃんは落ちてるよね?)」

 

「(……私の見立てでは完全に落ちてるわ。後ソフィアとヴァイオレットも危ないわ)」

 

「(あ、でもヴァイオレットちゃんは天霧君の大ファンだから、前の2人よりはまだ安心かな)」

 

「(そうね。ソフィアは基本的にチーム・赫夜として動くし……問題はノエルね)」

 

「(うん。彼女、引っ込み思案な性格だと思ったら予想以上に積極的だし、八幡君はノエルちゃんみたいな子に弱いから)」

 

「(……全くよ。何で八幡って有名な人間にモテるのかしら?)」

 

「(知らないよ。仮に今言った面々に加えて、ソフィア先輩以外のチーム・赫夜のメンバーや、レヴォルフの生徒会メンバーも加わったら……)」

 

「(……否定しきれないのが怖いわね)」

 

「(もう……八幡君って皆に優しいんだから)」

 

「(……女誑し)」

 

 

 

 

2人の声は小さく何を言ってるか全くわからないが俺をdisっているのは間違いないだろう。解せぬ。

 

 

結局2人はノエルが来るまでコソコソ話をするのをやめなかったのだった。



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擬形体対決 アルディVSリムシィ

『さあいよいよ午後の試合が始まります!この試合は今大会一番の変わり種!お互いにアルルカント同士で、代理出場同士、新旧『獅子派』の会長同士、加えて擬形体同士の対決だぁー!』

 

テンションの高い実況に観客席からは大歓声が生じる。既にステージには両擬形体がいる。

 

現『獅子派』会長材木座義輝の代理として出場しているアルディ

 

前『獅子派』会長カミラ・パレートの代理として出場しているリムシィ

 

両者は既に互いに武器を持って構えている。アルディは予選の時同様に真っ赤なハンマー型煌式武装『マグネット』を構え、対するリムシィは左手に予選の時に使っていたアサルトライフル型煌式武装を持ち右手には……

 

 

「おお!それがカミラ殿の作った煌式武装であるか!」

 

「ええ。カミラ様が私の為に作り上げた煌式武装の1つ『ルインゲルツ』です。これで打ち倒してみせましょう木偶の坊」

 

「ふははははっ!望むところである!将軍から賜った煌式武装の真の力を見せてやるとしようか!」

 

「丁度良い機会です。カミラ様と材木座義輝、技術者としてどちらが上からハッキリさせましょうか」

 

言いながら両者は開始地点に向かう。本来ならリムシィはアルディのセーフティとして設定しているのでアルディはリムシィに逆らえないが、今大会ではエルネスタはその設定を解除している。

 

そうこうしている間にも試合開始時間は迫り……

 

 

『王竜星武祭4回戦第3試合、試合開始!』

 

 

 

 

 

 

『王竜星武祭4回戦第3試合、試合開始!』

 

「さて、ついに始まったか……」

 

レヴォルフの生徒会専用の観戦室にて俺がそう呟くと、早速試合は動き出す。

 

アルディが早速防御障壁を展開して、『マグネット』を振るって反発作用を利用して防御障壁を飛ばすと、リムシィは飛行ユニットの出力を上げてそれを回避すると、左手にあるアサルトライフル型煌式武装で攻撃をし始める。

 

それをアルディが当然のごとく防御障壁で防ぎ、反撃とばかりに防御障壁を飛ばす。

 

「予選の時から2人とも同じスタイルですけど……」

 

「……手の内を隠してるに決まってるわ」

 

「それは間違いないね。ただ、その奥の手の出し所次第では勝敗が変わるかも、ね?」

 

シルヴィが俺に確認を取ってくる。シルヴィの言っていることは正しい。正しいっちゃ正しいが……

 

「シルヴィよ、膝から降りてくれないか?」

 

現在シルヴィは俺の膝の上で試合を見ている。右にオーフェリアが、左にノエルが俺の影の腕に抱きついていると、ぶっちゃけヤバい状態だ。他の客が来ない生徒会専用の観戦室だから良かったものの、ここが普通の席だったら俺は完全にど変態扱いされているだろう。

 

そんな事を考えながらシルヴィに頼むも……

 

「嫌、私が勝ち取った場所だから降りない」

 

俺の提案は即座に一蹴される。こうなったシルヴィは頑固だからなぁ……

 

「……狡いわシルヴィア。第3試合が終わったら代わって」

 

「幾らオーフェリアでも今日はダメ。恨むならさっきチョキを出した自分を恨んでね」

 

「で、でも……男の子の膝に座るのは良くないと思います……」

 

「いやいや!最初に八幡君の膝の上に座ろうとしたノエルちゃんに言われたくないからね!」

 

「あ、あぅ……そうでした」

 

ノエルは真っ赤になって俯く。どうしてこうなったかと言うと……

 

 

 

①ノエルが観戦室にやって来る

 

②オーフェリアとシルヴィ、俺の隣は自分達だと言って俺に抱きつく

 

③ノエル、俺の膝の上に乗りたいと頼んできた

 

④オーフェリアとシルヴィ、全力でノエルを止めにかかる

 

⑤揉めるに揉めた末にジャンケンで決める事になる

 

⑥シルヴィのグーがオーフェリアとノエルのチョキを打ち破る。

 

⑦シルヴィ、俺の膝の上に座る

 

……って感じだ。しかしノエルが俺の膝の上に座りたいと言ってきた時はビックリしたわ。自由になってからも普段余り感情を出さないオーフェリアも驚いていたし。

 

閑話休題……

 

ともあれ、今は揉めている3人を止めないといけないな。

 

「とりあえず3人とも落ち着け。今は試合を見るのに集中しろ」

 

元々試合を見る為にここにいるんだ。喧嘩をするんだったらシルヴィを膝から降ろす事も考えないといけない。

 

「「「……わかったわ(わかったよ)(わかりました)」」」

 

俺が頼み込むと3人も不毛な争いと判断したのか大人しくなる。良かった良かった。女子の喧嘩は苦手なんだよな……

 

内心安堵の息を吐きながらステージを見ると……

 

「おっ、リムシィの右手にある銃、凄いね」

 

シルヴィの言う通り、空中にいるリムシィの右手にある巨大な銃ーーーそれこそリムシィの身長以上の大きさの銃から放たれる高密度エネルギーがアルディの放つ防御障壁を打ち破りアルディの元に向かう。

 

アルディとリムシィは遠く離れているのでアルディも簡単に高密度エネルギーを回避するが、あの防御障壁を打ち破る手段を持っているのは大きい。

 

アルディも負けじと防御障壁を再度放つと、リムシィは飛行ユニットの出力を上げてギリギリの所で回避する。

 

その事から察するにリムシィの右手にある巨大な銃は連射は出来ないのだろう。まあアレほどの威力の高密度エネルギーを連射が出来るとしたら純星煌式武装じゃないと無理だろう。

 

そんな事を俺の左腕に抱きついているノエルが肩を叩いてくる。

 

「どうしたノエル?」

 

「はい。試合を見る限りリムシィさんの方が有利……ですよね?」

 

「まあな」

 

今の所、お互いに攻撃を一発も食らってないが有利なのはリムシィだろう。何せリムシィは飛行ユニットによって飛べる上に防御障壁を打ち破る手段を持っている。対するアルディは遠距離攻撃は『マグネット』の反発作用による防御障壁の射出のみ。普通に考えればリムシィの方が圧倒的に有利だろう。

 

しかし……

 

(カミラ・パレートがアルディの防御障壁を打ち破る煌式武装を用意したんだ。材木座もそれに匹敵する煌式武装を用意している筈なんだがな……)

 

そこが腑に落ちない。材木座はウザいが煌式武装の開発についてはガチで天才だと思っている。そんな材木座が防御障壁を射出する煌式武装だけしか用意していないというのは考え難い。何か秘策を隠してる気がする。

 

そう思った時だった。

 

『おおっと!ここでリムシィ選手、追加武装を使い出したぁっ!』

 

実況のそんな声が聞こえてきたので改めてステージを見ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

「対自立式擬形体用浮遊機雷、起動。散布開始」

 

ステージ上空にいるリムシィがそう叫ぶと、リムシィのユニットから大量の浮遊機雷が放たれて、真っ直ぐにアルディに向かう。

 

「むぅぅぅっ!嫌な予感がするのである!」

 

言うなりアルディは『マグネット』構えて振るい防御障壁を機雷に向けて放つ。すると機雷は10個以上纏めて吹き飛んだ。

 

しかし……

 

「それならこれでどうでしょうか?」

 

リムシィがそう呟くと機雷は真っ直ぐではなく、アルディを囲むように動き出す。アルディは防御障壁を飛ばして次々と破壊するも焼け石に水、遂に機雷はアルディとの距離を10メートルまで縮めた。

 

「おっと!これは危険であるな!」

 

機雷の威力は高くないが校章が破壊されたら負けである以上、馬鹿正直に食らう訳にはいかないのでアルディはバックステップて後ろに下がる。

 

機雷の爆発は防御障壁で防げるが、その間に防御障壁を打ち破ることが出来る『ルインゲルツ』を使われたら危険と判断したアルディは防御障壁を使わずに機雷から距離を取る。

 

幸い機雷の速度はそこまで速くないので捕まることはないが……

 

『ここでアルディ選手、壁に追い込まれたぁっ!』

 

『機雷で逃げ場を奪い高密度エネルギーで防御障壁ごと吹き飛ばす算段のようだな』

 

アルディが機雷から逃げているといつの間にかアルディはステージの壁に追い込まれていた。防御障壁を飛ばして機雷を少しずつ破壊しているが……

 

(機雷が全て破壊されるより私が貴方を仕留める方が早いでしょう。ですが……材木座義輝が何か奥の手を用意していない筈がないので確実に行きましょう)

 

リムシィはそう判断を下して左手に持つアサルトライフルを捨てて、鳳凰星武祭で沙々宮紗夜と戦った時に使用したルインシャレフを起動して……

 

「接続開始」

 

リムシィがそう呟くとルインゲルツとルインシャレフがリムシィの身体の前で合わさり、最初からそうであったかのような超巨大な煌式武装が姿を現わす。

 

「ルインドラーヴァルフーーーチャージ開始ーーー私の勝ちです、木偶の坊」

 

リムシィは淡々と呟きながら機雷をアルディに寄せながら、ルインドラーヴァルフのチャージを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「にゃはー!凄いじゃんカミラ!浮遊機雷にしても、複合煌式武装にしても凄い物を隠し持っているじゃん!」

 

「おねーちゃんすごーい!」

 

シリウスドームのアルルカント特別観覧席にてエルネスタとレナティがハイテンションで手を叩く。

 

「一応レナティや沙々宮との戦いまで見せたくなかったんだがな……それよりも材木座」

 

「……なんであるか?」

 

カミラは冷静な表情で材木座に話しかける。対する材木座はいつもの調子に乗ったドヤ顔ではなく神妙な表情で返事をする。

 

「奥の手は出さないのか?確かにアルディの防御障壁の性質を理解して反発作用を利用して射出する『マグネット』は凄い煌式武装だ。だが……」

 

「……それだけでは壁を越えた人間には勝てないと?」

 

「ああ。それはお前が1番よくわかっている筈だ。そしてお前がその事実を前にして何の策も練らないなどあり得ない」

 

「だよね。将軍ちゃんって普段の行動はバカだけど、会議の時や星武祭の時は真面目だし、何か策を握ってるんでしょ?」

 

カミラは材木座の小説の腕については最低レベルと評しているが、煌式武装の開発に関しては高く評価している。

 

そんな彼が『マグネット』だけ用意したぐらいで優勝すると断言する筈はない。だからカミラは材木座に奥の手があると尋ねたのだ。

 

それに対して材木座は……

 

「奥の手?ステージを見るがよい。そろそろ出すであろうから。それとエルネスタ殿は後でしばき倒す」

 

材木座がそう言ったのでカミラもエルネスタもステージを見ると、リムシィはルインドラーヴァルフのチャージをしながら機雷をアルディに寄せていて、アルディは……

 

 

『何だあっ!ここでアルディ選手の右腕に巨大なガントレットの様な物が装備されたぁ!』

 

自身の右腕に薄い水色の巨大なガントレットを装備していた。同時にアルディが前方に防御障壁を顕現する。

 

そして次の瞬間、ガントレットから光が放たれて……

 

 

「馬鹿なっ!そんな筈がっ!」

 

「嘘でしょ?!」

 

「ふみゅー?」

 

カミラと珍しくエルネスタも驚きを露わにしてステージの光景を凝視していた。一方のレナティは不思議そうな表情をしながらステージを見ていて……

 

「ふふふっ……!さあ見るが良い!我が『スプレッダー』を!」

 

材木座はいつもとは違う笑みを浮かべいた。

 

 

 

 

「ルインドラーヴァルフーーーチャージ完了」

 

言いながらリムシィがルインドラーヴァルフのチャージを完了してアルディに標準を合わせようとした時だった。

 

『何だあっ!ここでアルディ選手の右腕に巨大なガントレットの様な物が装備されたぁ!』

 

実況のそんな声が聞こえたので狙いを定めながらアルディを見ると、アルディの右腕に薄い水色の巨大なガントレットを装備していた。同時にアルディが前方に防御障壁を顕現して……

 

 

「『スプレッダー』発動である!」

 

次の瞬間、ガントレットーーー『スプレッダー』から水色の光が放たれて……

 

「なっ……!」

 

アルディの前方に展開されていた防御障壁がバラバラに分解された。

 

しかし防御障壁は消える事なくアルディの前方に顕現されている。先程まであった1枚の巨大な防御障壁は、小さい防御障壁100枚以上に分割されていた。

 

同時にアルディは『マグネット』を構えて振りかぶる。それを見たリムシィはアルディの行動パターンを察知して、ルインドラーヴァルフを放とうとするも、アルディの方が一歩早く……

 

「むぅぅぅんっ!」

 

アルディが低い声を出しながら『マグネット』を大量の防御障壁に向かって振るう。同時に『マグネット』の先端から火花が生まれ、それが大量の防御障壁に当たり……

 

ドドドドドドドドッ……

 

「しまった……!」

 

100を超えた小型防御障壁は『マグネット』の効果で高速で放たれ、アルディ周辺に浮いていた機雷を始め、リムシィの飛行ユニットやカミラの作り上げた最高傑作のルインドラーヴァルフを穿った。

 

それによって機雷は全て消失して、飛行ユニットを破壊されたリムシィは地面へと落下する。

 

『なななな何と!アルディ選手の右腕に装備されたガントレットから光が出たかと思えば防御障壁はバラバラに分解され、それを射出したぁ!』

 

『ガントレットは防御障壁の散弾銃を作るための道具のような物だな。防御障壁は分解されても威力そのものは変化しないだろう。あのガントレット……恐ろしい煌式武装だな』

 

ヘルガはガントレットーーー『スプレッダー』は防御障壁の散弾銃を作る為の道具ーーー防御障壁を分割する能力と言っているが、それは正確な解ではない。

 

『スプレッダー』は防御障壁の形状を変える能力である。先程のように分割したりするだけではなく、防御障壁を小さく凝縮したり、大きく広げて強度が下がる代わり防御範囲を広めたりと様々な事が出来る煌式武装である。

 

実況と解説の声がステージに響く中、リムシィは体を起こそうとするが……

 

「くっ……!」

 

次の瞬間、リムシィのの真ん前に防御障壁が展開されたかと思えば、アルディの右腕にある『スプレッダー』が光り、防御障壁は大きく広がりリムシィに覆い被さって身体の自由を奪う。

 

同時にアルディが距離を詰めてきて『マグネット』を突きつける。

 

「我輩の勝ちであるなリムシィ」

 

アルディは高らかにそう告げる。それを聞いたリムシィは鳳凰星武祭以来に悔しい感情が湧き上がる。

 

しかし既に自分自身でも負けを認めている。どう足掻いてもアルディには勝てないと認めてしまっている。

 

「……不本意ですが私の敗北です、木偶の坊」

 

リムシィはため息混じりにそう告げると、胸の校章が判定を下す。

 

『試合終了!勝者、材木座義輝!』

 

機械音声が代理人である材木座の名前を高らかに宣言して、一拍置いて大歓声が沸き起こった。

 

擬形体同士の異色対決は材木座とアルディに軍配が上がって幕を下ろしたのだった。



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4回戦最終試合の前に比企谷八幡は妹に激励しに行き、残された女子3人は……

『試合終了!勝者、材木座義輝!』

 

レヴォルフの専用観戦席にて機械音声が代理人である材木座の勝利を告げると観客席からは歓声が沸き起こった。星武祭の本戦だけあって桁違いの歓声が。

 

 

しかし俺達選手にとってはテンションは上がらず、寧ろだだ下がりだ。

 

「んだよ、あのガントレット……チート過ぎだろ?」

 

俺が思わず呟いた愚痴に選手であるシルヴィとノエルは小さく頷く。防御障壁を飛ばすだけならまだしも、分割して散弾銃のように飛ばしたり、網のように相手を拘束するとかマジで厄介過ぎるわ。

 

材木座の野郎、マジでとんでもない煌式武装を作りやがったな。流石チーム・赫夜の使う煌式武装『ダークリパルサー』やユリスの使う煌式遠隔誘導武装『ノヴァ・スピーナ』を作り上げただけのことはある。

 

(ったく……マジで今回の王竜星武祭は一ミリたりとも油断出来ねぇな)

 

アルルカントから出る選手では壁を越えた選手はレナティだけだと思っていたが、あのガントレットを装備したアルディは壁を越えた人間とも充分に戦えると思う。

 

しかし俺とアルディが戦う可能性は低いだろう。5回戦でアルディと戦うアイツは冗談抜きで強いし。しかもアルディにとって相性が最悪だし。

 

そこまで考えながらステージを見ると、アルディがリムシィをお姫様抱っこして退場する。その事からリムシィはあの防御障壁による散弾によって歩けなくなったのだろう。リムシィの方は不満タラタラの表情をしてるけど。

 

(とりあえずこれで3試合は終わったし、後は小町の試合か……)

 

言いながらトーナメント表を見る。そこには……

 

比企谷小町VSネイトネフェル

 

そう表示されている。初っ端から『大博士』と当たった俺が言うのもアレだが、小町の奴も初っ端から運がないな。

 

ネイトネフェルはクインヴェールの序列2位。つまりクインヴェールではシルヴィの次に強い女だ。まあ若宮やヴァイオレットみたいに公式序列戦で上の人間に挑まない人間もいるから絶対とは言えないけど。

 

彼女の特徴を挙げるなら界龍の拳士同様、己の肉体のみで戦う事だろう。しかし界龍の拳士とは違って舞を駆使した体術を使う。しかもその舞は素晴らしく思わず見惚れてしまうのだ。

 

そして見惚れた人間は無意識のうちにパフォーマンスが崩されてしまう。特に近接戦をする選手にとっては大きなディスアドバンテージである。

 

俺は3年前の王竜星武祭準々決勝でネイトネフェルと戦ったが、寄られた際は奴の舞に見惚れて負けそうになったし。まあ最後は俺が遠距離から圧倒的な広範囲攻撃で舞関係なく倒したけど。

 

しかし今の小町からしたら最悪の相性だろう。今の小町は体術と純星煌式武装『迅雷装』をメインに近接射撃戦を得意としている。ネイトネフェルの舞に見惚れてパフォーマンスが落ちる可能性は高いだろう。奴の舞はダメだとわかっていても見惚れてしまうし。

 

(ヤバい……考えるにつれて心配になってきた。ちょっと会いに行きたいな)

 

一言激励にでも行こうか。もしも小町が緊張してるなら解してやりたいし。仮に集中したいから帰れって言われたら帰れば良いし。

 

そう決めた俺は膝の上に乗っているシルヴィに話しかける。

 

「済まんシルヴィ。次の試合まで時間があるし、ちょっと小町に会いに行きたいから降りて貰っても良いか?」

 

「あ、うん。わかった。気をつけてね」

 

するとシルヴィは呆気なく了承して俺の膝の上から降りてオーフェリアの隣に座る。

 

「悪い。お前らも行くか?」

 

「いやいや、兄妹水入らずでどうぞ」

 

シルヴィが笑顔で首を横に振り、オーフェリアとノエルも頷く。気遣いが出来ていて優しいな。

 

「わかった。じゃあまた後で」

 

俺は3人に会釈をしてからレヴォルフの専用観戦席を後にして小町の控え室に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

八幡が去ってからのレヴォルフの専用観戦席では……

 

「さて……八幡君が居なくなったしノエルちゃんには話があります」

 

「な、何でしょうか……?」

 

シルヴィアがそう口にするとノエルは若干怯えだす。それを見たシルヴィアは若干罪悪感を感じた。

 

「(少しプレッシャーを与えちゃったかな?まあ言っちゃったものは仕方ないし……)前にも聞いたけどさ、八幡君の事、好きでしょ?」

 

「ふぇっ?!」

 

シルヴィアがそう尋ねるとノエルはさくらんぼのように真っ赤になる。それを見たシルヴィアとオーフェリアは即座にビンゴだと理解する。

 

「ま、ま、前にも言いましたけど八幡さんの事は尊敬「……怒らないから八幡に恋してるかYesかNoで答えて」あぅぅ……」

 

ノエルが手をわちゃわちゃしながら以前の同じ事を言おうとしたが、オーフェリアが一刀両断する。それによってノエルは俯く。

 

(これ絶対にYesだよねオーフェリア?)

 

(でしょうね。というかこれでNoって答えたら凄いツンデレよ)

 

八幡の恋人2人がアイコンタクトを交わす中、ノエルは俯きながらブツブツ呟くも、やがて真っ赤にしながらも顔を上げて……

 

 

 

「は、はい……わ、私は八幡さんの事が……す、好きです……!」

 

自分の胸中を口にする。目の前にいる2人は驚いていない。以前聞いた時から薄々予想していた故に。

 

2人の胸中にある感情は新しく生まれたライバルに対する危機感と、自身らの恋人の無意識の女誑しぶりに対する僅かな怒りだけだ。

 

2人は八幡を女誑しだと思ってはいるが、八幡は新しい女が欲しいから優しくしているのではなく、純粋な気持ちで優しくしている事を知っている故に、偶に嫉妬する事はあっても八幡を激しく責め立てた事はない。

 

「……そう。貴女が八幡を好きになったのは八幡が優しいから?」

 

「は、はい。魎山泊で私に付きっ切りで稽古を付けてくれたり、能力が伸びないときは親身になって相談を聞いてくれたり、大きな怪我をした時は直ぐに治療院に運んだりと凄く優しくて、気が付いたら……八幡さんの事が……」

 

ノエルは真っ赤になりながらも自分の気持ちを語る。対する2人は特に表情を変えずに聞いている。

 

(完全に私達と同じね……)

 

(……寧ろそれ以外思いつかないわ。八幡が女を口説く所なんて想像出来ないわ)

 

(だよねー)

 

2人は再度アイコンタクトを交わす。2人はノエルに対して怒りは抱いていない。ノエルが誰を好きになろうがノエルの自由だし、自分らも同じように八幡の優しさに触れて恋に落ちたので、ノエルが八幡に恋した事も理解は出来る。

 

しかし……

 

「話はわかったよ。でも……」

 

「私達は八幡の恋人……貴女、いえ……他の誰にも渡さないわ」

 

それとこれは別である。八幡に恋するのは自由だが、だからと言って自分の立場を譲るつもりはシルヴィアもオーフェリアもない。

 

そんな2人に対してノエルは……

 

「い、いえ……奪うつもりはないです」

 

「「え?」」

 

奪うつもりはないと答えた。それを聞いたオーフェリアとシルヴィアは予想外の返事ゆえにポカンとした表情を浮かべる。

 

「私では2人から八幡さんを奪えるとは思えないですし、八幡さんは2人を愛しています。私が2人を八幡さんから離そうとしたら八幡さんに嫌われそうですし私は2人から八幡さんを奪うつもりはないです」

 

ノエルは恥じらいながらもハッキリそう答える。それを聞いたオーフェリアとシルヴィアはノエルの顔を見ると嘘を言っている様子は一切見えなかった。

 

だから2人は安心したのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ですから私が2人のように八幡さんに愛して貰えるように頑張ります……!」

 

ノエルの次の一言で吹き飛んだ。

 

「ちょっ!ちょっと待って!今何て言ったの?!」

 

「ですから……2人の立場を奪うのではなく、私が2人と同じ立場になるのです」

 

「……つまり、八幡には三股をしろと?」

 

「え、ええっと………は、はい。八幡さんは二股をしていますので、三股をする場合も抵抗なく出来るかと思います……」

 

ノエルの言葉にオーフェリアとシルヴィアは戦慄する。葉山や一色と違って、ガラードワースの誇りであるノエルがそんな事を口にしたのだ。嫌でもノエルが本気で八幡を愛している事を理解してしまう。

 

「……話はわかったよ。でも大丈夫なの?私やオーフェリア、八幡が認めるかどうかは別として、家が認めてくれるの?」

 

「両親は私の将来についてはどうこう言いません。……まあ多少言われるとは思いますが譲りたくないです」

 

「……本気なのね?」

 

「はい。八幡さんが言ってました。本気で勝ちたいなら常に考え続けて、なりふり構わず行けって」

 

「それ違うからね?!八幡君が言いたいのは星武祭の話だよね?!」

 

シルヴィアは思わずツッコミを入れてしまうがノエルは止まらない。絶対に譲らないとばかりに。

 

「た、確かに八幡さんは星武祭について話したと思いますが……根本的な部分は同じだと思います」

 

ノエルはそこまで言うと顔を赤くしながら一呼吸置いて……

 

「は、八幡さんと結婚するという勝利を得る為には常に考え続けて、なりふり構わずに行きたい、です……」

 

譲らない口調で2人にそう告げる。すると……

 

(八幡君のバカァァァァァァッ!勿論八幡はそんなつもりでアドバイスしたんじゃないんだろうけどさ!なんで恋敵を強くしてるのさ?!)

 

(八幡のバカ、アホ、おたんこなす、絶倫……!)

 

2人は内心で八幡に怒りをぶつけまくったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ?今オーフェリアとシルヴィに凄いdisられた気がするんだが……」

 

シリウスドームにある控え室に向かう途中、俺の頭の中にオーフェリアとシルヴィの俺に対する文句が聞こえてきた。一応と思い周りを見渡すも、選手の使う控え室の近くだからか一般の客はおらず、居るのは清掃員のおじさん1人だけた。

 

やっぱり気の所為か。*気の所為ではありません。

 

そう判断した俺は足を早めながら進み、漸く小町の控え室に到着したのでインターフォンを押す。

 

『あれ?どしたのお兄ちゃん?』

 

するとインターフォンから小町の声が聞こえてくる。声だけで判断すると震えてはいない。

 

「まあアレだ。一応激励しに来た。もしも緊張して会えないってなら帰る」

 

俺も前回の王竜星武祭でシルヴィと相対する前は緊張して1人になりたかったし。

 

『んー、大丈夫だよ。さっきお母さんとお父さんも来たし』

 

同時にドアが開くので中に入るとテーブルの上には小町が使う様々な種類の銃型煌式武装や純星煌式武装『迅雷装』が置かれていた。その事から察するに……

 

「最終チェックか?」

 

「うん。相手が相手だし、チェックし過ぎってのはないしね」

 

だろうな。相手は壁を越えた人間であり、小町は違う。対策のし過ぎってのはないだろう。

 

「はぁ……クローディアさんもクジ運悪過ぎでしょ?何で小町は怪物二連戦なんだろ……」

 

小町の言う通り、仮に4回戦でネイトネフェルに勝てたとしても次の相手も壁を越えた選手だ。おそらく小町は本戦出場した面子の中でトップクラスで運が悪いだろう。

 

「過ぎた事を言っても仕方ないだろ。気持ちはわからんでもないが4回戦以外のことは考えるな」

 

「だよね。ちなみにお兄ちゃんはなんかアドバイスない?」

 

「俺の場合、能力で遠距離から尚且つ広範囲攻撃で倒したからアテにならない」

 

アレは俺だから出来たんで能力者である小町には出来ないからアドバイスにならない。

 

強いて言うなら……

 

「まあアレだ。今から付け焼き刃の戦術をやっても意味ないだろうから本来のスタイルを崩さないようにしろ」

 

小町のスタイルは近接射撃戦。舞によって敵を魅了するネイトネフェルとは相性は良くないが、それ以外の戦い方では勝負の土俵に上がる事なく負けるだろう。そもそも魎山泊は己の得意スタイルを伸ばして壁を越えた人間に届かせる目的で作ったんだし。

 

「だよねー……もうこうなったら当たってくだけろだよ!」

 

小町は言いながら自分の頬をパチンと叩く。見る限り緊張は少しは解けたようだ。

 

「まあ安心しろ。仮にお前が負けたら準々決勝で奴を再起不能になるまで叩き潰してやるから」

 

「いやいや、星武祭で私情を挟んじゃダメでしょ?」

 

「お前1回戦で一色を再起不能にしなかったか?」

 

「アレは人の形をした塵だからノープロブレム」

 

「発音が良いのがムカつくな……」

 

「前に英語で赤点だった時にユリスさんから習ったからね。まあそれはともかく!小町が負けたからって私情を挟んで相手を叩き潰すなんて止めてね。というかそれ以前に……」

 

小町は一度息を吸ってから俺を指差して……

 

「小町は絶対に勝ち上がるから、そんな仮定はいらないよ!」

 

そんな風に宣言をしてくる。見ると小町からは風格も漂っているし、魎山泊で相当強くなったのだろう。心も身体も。

 

「そうか……なら俺も5回戦を突破するからお前も上がってこい」

 

俺も厳しい戦いになるが小町がああ言った以上、勝たないといけない。

 

「了解!絶対に負けないからね、お兄ちゃん?」

 

小町が笑顔でそう言うと……

 

pipipi……

 

小町の端末が鳴り出す。時間からして次の試合が近づいてる証拠だろう。

 

「おっと。試合開始30分前じゃん。悪いけどお兄ちゃん、小町最終チェックをするから、そろそろ戻って貰って良いかな?」

 

小町の言い方は人によっては腹立つかもしれないが、俺は特にムカつかない。小町が可愛いってのもあるが、試合前に人が居たら緊張して本来のパフォーマンスを発揮出来ない人間もいるからな。

 

「はいよ。んじゃあ頑張れよ」

 

俺はそう言って小町の控え室を出る。そしてレヴォルフの専用観戦席に向かいながら端末を開くと、既に小町とネイトネフェル以外の試合は全て終了していて、15人が5回戦に進出している。

 

兄の俺が4回戦の開幕試合を務めて、妹の小町が4回戦のトリを務めるとはな……長い星武祭の歴史でもそんな事は殆どないだろう。そもそも兄妹が揃って星武祭に参加すること自体余り多くないからな。

 

そう思いながら早歩きで歩いているとレヴォルフの専用観戦席に着いたので、パスを使ってドアを開ける。

 

「よーっす。小町の激励は終わっ……た?」

 

部屋に入ると予想外の光景が目に入る。オーフェリアとシルヴィは顔を真っ赤にして怒っていて、ノエルは申し訳なさそうにしている。何だこの状況は?

 

内心疑問符を浮かべていると、オーフェリアとシルヴィがこちらにやってきて……

 

「「八幡(君)、王竜星武祭が終わったら一回だけ本気で殴らせて」」

 

「はいぃっ?!」

 

予想外の一言を言ってきた。マジでどうしたんだ?

 

その後、俺達は席に着いたが、さっきの発言について理由を尋ねるも2人はシカトしながらジト目で見てきて、ノエルに尋ねても申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。

 

結局オーフェリアとシルヴィは最後の試合が始まるまでシカトしていたのだった。マジで怒らせるような事をしたか?



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4回戦最終試合、比企谷小町VSネイトネフェル(前編)

『さあいよいよ本日最後の試合です!先ずは東ゲート!銃士てありながら圧倒的な体術で勝ち上がってきた星導館学園序列4位『神速銃士』比企谷小町選手ーっ!』

 

 

実況の声と共に東ゲートから小町が全力疾走で現れてステージに立つ。見る限り気圧されている様子はないな。

 

『続いて西ゲート!世界トップクラスの舞踏家で、無手の格闘戦なら今大会トップクラス!クインヴェール女学園序列2位『舞神』ネイトネフェルー!』

 

続いて西ゲートから長い髪と高貴な顔立ち、エキゾチックな褐色肌を持った美女ーーーネイトネフェルがゆっくりと西ゲートから現れる。

 

直で見るのは前回の王竜星武祭以来と久しぶりだが、歩いてるだけで魅力を感じてしまっている俺がいる。

 

「さてさて……本日2戦目の壁を越えた人間とそうでない人間の激突か……」

 

「私は生徒会長としてはネイトネフェルを、義理の姉としては小町ちゃんを応援したいんだよなぁ……」

 

「……別に応援したい方にすれば良いんじゃないかしら?ノエルは八幡と葉虫の試合で八幡を応援してたんだし」

 

「す、すみません……私はあの時生徒会としての立場より自分の気持ちを優先してしまいました……」

 

ノエルは真っ赤になりながらも申し訳なさそうな表情を浮かべる。しかし俺は怒っていない。可愛い弟子に応援されるのは嬉しいし、何よりそんな表情をされたら怒るに怒れない。

 

「…….気にしなくて良いじゃない。応援された程度であの葉虫が八幡に勝てるとは思えないのだから」

 

「え、えーっと……」

 

オーフェリアの身もふたもないフォローにノエルはどう反応したら良いのかわからないとばかりにオロオロし始める。この辺りはガラードワースの生徒らしいな。

 

(しかしオーフェリアの言ってる事も決して間違いじゃないんだよなぁ……)

 

漫画やアニメじゃ主人公がヒロインに応援されて覚醒するのは良くあるが、現実だと余り起こり得ない事だ。ノエルが葉山を応援しても覚醒するとは限らないし、言っちゃアレだが葉山が覚醒しても大して強くなってない気がする。

 

「そう言えば葉山で思い出したが、アイツ俺に負けてからまだ俺の事を学内でdisってるのか?」

 

ふと気になったのでノエルに尋ねてみる。別に雑魚が何百人来ても蹴散らせる自信はあるが面倒なものは面倒だ。闇討ちされない様に、ある程度情報を集めておくべきだろう。

 

「い、いえ……八幡さんが圧倒的な勝利を挙げてから葉山先輩のグループの人数は大きく減りました。朝の集会も無くなりましたし」

 

なるほどな……まあ客観的に見て俺と戦った時の葉山は無様だろう。イレーネなんて笑い過ぎて顎が外れて俺に八つ当たりしてきたし、それらを考えると葉山グループのメンバーが減るのも妥当だろう。

 

しかし今気になる発言があったな。

 

「ねぇノエルちゃん。朝の集会って何かな?」

 

シルヴィアが俺が疑問に思った事をノエルに聞く。確かに気になる。ノエルの言い方だと葉山が主導として朝の集会をしているように聞こえる。

 

「実は……葉山先輩は三浦先輩や戸部先輩など、葉山先輩のグループを主体として、毎日中庭で集会をやっていたんです」

 

言いながらノエルは珍しく不愉快そうな表情を浮かべる。こいつがそんな表情をするって事は相当酷い集会なのだろう。

 

「大方、俺の悪口を言ってからガラードワースを救うとか言ってんだろ?」

 

「は、はい……」

 

「え?冗談抜きで馬鹿じゃないの?」

 

「あの葉虫、随分とふざけた真似をしてくれるわね……!」

 

俺が尋ねるとノエルは小さく頷く。それに対してシルヴィは心底呆れた表情を、オーフェリアは憤怒に染まった表情に変わる。俺はと言うと呆れた表情をしていると思う。

 

アイツマジで何をやってんだ?毎日中庭で俺の悪口を言ってガラードワースを救う発言だと?側から見たらカルト集団にしか見えねぇわ。

 

「というか風紀委員は止めないのか?」

 

「一応そんな話は何度も出たんですけど……実際の所犯罪行為をしている訳でもないですし、葉山先輩のグループの人数は王竜星武祭が始まるまでは全校生徒の4割近くを占めていたので揉め事は起こしたくないと、軽い注意で終わらせたみたいです」

 

「本当にカルト集団みたいだなオイ」

 

実際の所葉山グループは犯罪行為をしているわけでもなく、ただ中庭で俺の悪口を言っているだけだからな。それだけの為に学園の生徒4割を誇る葉山グループと敵対したくない風紀委員会の気持ちも分からなくはない。

 

「でも八幡君が勝ったから集会は無くなったんだよね?」

 

「はい。加えて葉山先輩の影響力が下がったので、お兄ちゃんの胃痛の原因の9割が無くなりました」

 

フォースターェ……胃痛の原因の9割が葉山グループって……マジですみません。1番悪いのは葉山だが、葉山に憎まれている俺も間接的にフォースターの胃を痛めている要因だろう。今後フォースターが胃痛に苛まわれていたら、俺が治療費を負担しよう。

 

そんな事を考えていると……

 

『さあいよいよ開始時間です!4回戦最後の試合!5回戦に上がるのは星導館かクインヴェールかぁっ?!』

 

実況のそんな声が聞こえてくる。しまった、葉山の馬鹿げた話をしている間にそんな時間が経過していたようだ。見れば小町もネイトネフェルも開始地点にいるので俺達4人は頭を切り替えてステージを見る。

 

そして……

 

『王竜星武祭4回戦第4試合、試合開始!』

 

試合開始の宣言が出された。

 

 

 

 

 

 

 

『王竜星武祭4回戦第4試合、試合開始!』

 

試合開始の宣言がされると同時に小町とネイトネフェルは互いに距離を詰めにかかる。小町は近接射撃戦を得意としているし、ネイトネフェルは能力者でもなく純星煌式武装や煌式武装すらも使わず己の肉体のみを武器としているので当然である。

 

小町の作戦はシンプルだ。自分自身がネイトネフェルの舞に魅了されるまえに仕留める短期決戦だ。ネイトネフェルは近接戦だけに特化した人間だが、壁を超えた人間だ。遠距離からドカドカ撃っただけで勝てるなら苦労しない。

 

「行くよーーー『迅雷装』」

 

小町は走りながら腕に装備している黄色の石ーーーウルム=マナダイトが埋まっているブレスレットーーー純星煌式武装『迅雷装』を起動する。

 

すると小町の全身から電磁波のようなものが現れて、背中には小さい翼が4枚生える。

 

 

(ルートはこれで……えいっ!)

 

小町が内心そう叫ぶと、背中に生えた4枚の翼が光り輝いたかと思えば上空に飛び上がり、即座に滑空してネイトネフェルに詰め寄る。

 

『迅雷装』の能力は発動前に移動コースを設定して、発動するとそのコースを高速移動する事を可能にする純星煌式武装である。さっき小町が設定したコースは一度上空してから直ぐに滑空してある程度進んだら空中で回り込むようにするコースだ。

 

同時に小町は右手に散弾型煌式武装を、左手にハンドガン型煌式武装を展開する。ネイトネフェルの後ろを取れたら発砲するつもりだ。

 

幾らネイトネフェルでも近距離から散弾を撃たれたら避けれないと判断した故に。仮に散弾を避けたら体術とハンドガンが攻めるつもりだ。

 

するとネイトネフェルが動きを変える。先程まで真っ直ぐに進まず、明らかな無駄な動きを時々する動きを見せ始める。

 

それを見た小町は嫌な予感をしながらも滑空して、地表に近づくと同時にネイトネフェルの後ろに回り込むような動きをする。

 

そしてネイトネフェルの後ろを取った瞬間、彼女は同時に後ろを向いて……

 

「はあっ!」

 

そのまま装飾品を付けた腕を振るって散弾銃を跳ね上がる。それによって散弾銃の銃口は上に向けられた。

 

しかし小町もこの程度の事は予想していたので、即座に散弾銃を叩き落すようにネイトネフェルに投げつける。当たらない銃など価値はないと判断した故に。

 

それに対してネイトネフェルは首を軽く動かして簡単に避けたので、小町はハンドガン型煌式武装の引き金を引いて光弾を3発放つ。光弾はネイトネフェルの胸の校章、頭、首と、当たれば一気に主導権を握れる場所である。

 

一瞬で狙いを定めて校章に向けて正確に発砲する小町。小町の単純な射撃技術は先天的な才能に加えて魎山泊での鍛錬もあって、シルヴィアを始め沙久 々宮紗夜やパーシヴァル・ガードナーなどアスタリスクトップクラスの銃使いよりも上回っている。

 

しかし相手は壁を越えた怪物。それも近接戦に特化した怪物故に圧倒的な反応速度で全て回避する。勝ち残っている選手の中で、圧倒的な近距離で頭と首の胸に狙った光弾三発を躱せる選手はネイトネフェルを含めても殆ど居ないだろう。

 

しかし小町は焦ってはいなかった。確かにネイトネフェルは怪物だが、小町は魎山泊の人間。週に一度ネイトネフェルが可愛く思える怪物と戦っていたので、全然焦ることなく……

 

「たあっ!」

 

腕に星辰力を込めてネイトネフェルの校章に向けて突きを放つ。対するネイトネフェルはその突きさえも回避しようとするが……

 

「ちいっ……!」

 

光弾三発を回避した状態で小町の突きを回避する事は出来ずに、小町の突きがネイトネフェルの肩を裂く。それによって僅かだが血が流れる。先制を取ったのは小町だった。

 

しかし小町は……

 

「まだまだぁっ!」

 

即座に追撃を仕掛ける。1秒でも油断したら即座に逆転される事を知っているからだ。

 

そんな小町の回し蹴りに対してネイトネフェルは……

 

「ふっ!」

 

回し蹴りで迎え討つ。しかし小町のそれと違って洗練された美しい蹴りであった。

 

2人の蹴りがぶつかり、辺りに衝撃が生まれるも地力の差から小町が押され始める。

 

それを確認した小町が押し切られるのは防ぐ為、腰から新しい散弾銃を取り出してネイトネフェルに向けて即座に放つ。

 

しかしネイトネフェルの方が一歩早い。無理に押し切るのを止めて距離を取って散弾銃の攻撃範囲から逃れる。

 

(うわー、星露ちゃんの言ってた通り壁を越えた人間の反応速度は尋常じゃないなー)

 

小町は引き攣った笑みを浮かべながらため息を吐く。実際小町がネイトネフェルの立場なら出来ないと思っている。

 

すると今度はネイトネフェルが動き出す。対して小町は迎撃の為に散弾銃とハンドガンを撃ちまくるが全て回避される。速さはそこまで早くないが、ネイトネフェルの動きが独特過ぎて先読みが出来ない状態となっているのだ。

 

小町は先読みして相手に正確な射撃を浴びせるのが得意だが、ネイトネフェルの動きは明らかに無駄な動きも含まれていて先読みがしづらいのだ。

 

(だったらこっちも距離を詰めにかかる……!)

 

小町は負けじと距離を詰めにかかる。どうせ遠距離から攻めても回避されるのが目に見える。星辰力の無駄である。

 

そして距離を5メートルまで縮めるとお互いが動きだす。ネイトネフェルは身体を回転させながら右手で突きを放ってくるので小町は散弾銃で受け流す。

 

それによって二丁目の散弾銃も地面に落ちるが、小町は気にせずハンドガンを向けてネイトネフェルの顔面に躊躇いなく放ちながら、蹴りを放つ。

 

しかし……

 

「えっ……?」

 

小町の蹴りは胸を狙った筈だが、僅かにズレて脇腹に向かっていた。しかもそこには空いたネイトネフェルの左腕があるにもかかわらずに、だ。

 

小町が戸惑う中、ネイトネフェルは小町の蹴りが脇腹に当たる直前に掴み……

 

「ふんっ!」

 

そのまま投げ飛ばす。それによって小町は地面に叩きつけられる。星辰力を身体に纏ったからそこまでダメージはない。

 

しかしこのまま受け手に回っていれば負けると判断した小町は急いで起き上がるも……

 

「あれ……いない……はっ!」

 

目の前にネイトネフェルが居なかったので、一瞬だけ戸惑うも直ぐにネイトネフェルの居場所を理解して上を見ると……

 

「やっぱり上空か……!」

 

上空にもかかわらず身体を回転しながら距離を詰めてくる。対して小町はハンドガンで迎撃するも全て両手両足で光弾を弾き飛ばす。

 

そして……

 

「はあっ!」

 

掛け声と共に踵落としを放ってくるので小町は『迅雷装』を起動してネイトネフェルの後ろに回るようにコースを設定して動きだす。

 

ネイトネフェルの踵落としが小町の頭に当たる直前に背中の翼が光り、踵落としを回避してネイトネフェルの後ろに向かう。

 

しかし向こうも予想をしていたようでゆっくりと、それでありながら蠱惑的に振り向く。ネイトネフェルが振り向く中、小町は既に攻撃体制に入っていて、正拳突きを放つ。

 

ネイトネフェルは落ち着いて正拳突きを受け流し、反対の手にある銃が自分に向けられる前に掴んで狙いを定める邪魔をする。

 

そして小町が銃を手放しながら蹴りを放とうとするもその前に……

 

「遅いっ!」

 

「うっ!」

 

その前にネイトネフェルは手に持つ銃を小町の顔面に投げつける。モロに食らった小町は大きな隙を作ってしまう。

 

そしてそんな隙をネイトネフェルが逃すはずもなく……

 

「はあっ!」

 

お返しとばかりに小町の校章に向かって正拳突きを放つ。対する小町は校章を守る為に、星辰力を込めた腕でガードするも……

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

衝撃だけは打ち消せずに後ろに吹き飛んだ。何とか起き上がるも全身から鈍い痛みを感じる。

 

(強い……!でもそれ以上に、あの舞が美し過ぎて厄介だなぁ……!)

 

小町は内心舌打ちしながらネイトネフェルを睨む。確かに小町とネイトネフェルの間には差があるか、単純な戦闘力なら魎山泊で鍛えた小町とネイトネフェルには絶対的な差はない。少なくともここまで一方的にやられる程ではない。

 

にもかかわらず小町が一方的にやられているのは、小町自身無意識のうちにネイトネフェルの美しい舞に気を取られているからだ。

 

舞によって正拳突きや蹴りの放つタイミングはいつもよりズレているし、パフォーマンスの質も悪い。

 

(舞に流されちゃいけないのは知ってたけど、ここまでとは思わなかったよ……!)

 

小町自身、データや母と兄から聞かされていたが相対するとここまで恐ろしいものとは思っていなかった。惑わされてはダメだとわかっていても身体の反応が鈍くなっている。

 

そんな中、ネイトネフェルは……

 

「大分わらわの舞に惑わされているな。そろそろお前もわらわの舞の虜にしてみせようぞ……!」

 

ゆっくりと、それでありながら蠱惑的に小町の元に向かってきていた。

 

そこには壁を越えた人間らしき圧倒的な風格が漂っていた。



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4回戦最終試合、比企谷小町VSネイトネフェル(後編)

「小町ピンチじゃん」

 

 

 

レヴォルフの専用観戦席にて俺は4回戦最後の小町とネイトネフェルの試合を見ているが小町が押されている。単純な実力ならネイトネフェルの方が上なのは事実だが、ここまで一方的にやられる事はない。

 

そうなると答えは一つだ。

 

「小町の奴、ネイトネフェルの舞に見惚れてやがるな……まあ美しいから仕方ないけどさ」

 

それ以外に考えられない。ネイトネフェルの舞は美しく、見る者全てを惹きつける力を持っている。俺自身3年前の王竜星武祭で奴と戦った時に見惚れてしまったくらいだ。しかも3年前より遥かに美しくなっている。アレを間近で見たらマトモなパフォーマンスを発揮するのは困難だろう。

 

(しかもアイツ、能力者でもないし、純星煌式武装持ちでもないんだよな……)

 

それはつまり自分の肉体だけで他人を惹きつける舞を披露しているということだ。ハッキリ言って異常過ぎる。

 

「うん……私も久しぶりに見たけど凄く綺麗だな……」

 

「そうですね……私もネイトネフェルさんみたいに綺麗になれば、八幡さんに……」

 

「ん?なんか言ったかノエル?」

 

「わにゃっ?!な、なな、何でもないです!」

 

ノエルは顔を真っ赤にしながら両手を振るって否定するが、絶対に何かあっただろ……ハッキリ言って怪し過ぎる。

 

「そ、そうか。まあアレだ。もしも悩みがあるなら聞くからな?」

 

気になるが聞かないでおこう。無理に聞いたらノエルに悪いし……

 

「……………」

 

「……………」

 

何故かドス黒いオーラを撒き散らしているオーフェリアとシルヴィを更に怒らせそうな気がするから。

 

そう判断して俺はノエルに無難な返しをすると、ノエルは目をパチクリするも直ぐに笑顔になって……

 

「お願いします。それと……八幡さんさえ良ければ、これから先ずっと、私が悩んだ時には相談に乗って貰っても良いですか?」

 

そんな質問をして……

 

「「なっ?!」」

 

何故かオーフェリアとシルヴィ驚きの声に出し。今驚くような要素があったか?いや……俺にはないだけで2人にはあるかもしれないけどさ。

 

ともあれ……

 

「もちろんだ。俺が解決出来るかはわからないが、困った事があるならいつでも相談に乗るぞ」

 

可愛い弟子が困っているなら助けるのが師匠である俺の役割だ。余程難しい問題でないなら喜んで力になろう。

 

俺がそう答えると……

 

「……っ!はい、ありがとうございます!」

 

ノエルは満面の笑みで礼を言ってきて……

 

「むぅぅぅっ……堀の埋め方が上手いな……」

 

「……本当に危険ね」

 

シルヴィとオーフェリアはノエルに戦慄の表情を浮かべている。お前ら、何故にノエルを警戒するんだ?シルヴィはともかく、オーフェリアは選手じゃないだろ?

 

「ちなみに八幡さん。もしネイトネフェルさんが準々決勝で八幡さんと当たった場合戦いますか?」

 

「そりゃ遠距離から広範囲攻撃だな。体調が万全なら影神の終焉神装を纏ってカウンターの一撃を放つ」

 

ネイトネフェルの拳は破壊力抜群だが、星露のそれに比べたら可愛いものだ。影狼修羅鎧ならまだしも影神の終焉神装を破るのは無理だろう。

 

しかしネイトネフェルはオーフェリアが相手でも素手以外の戦闘はしないから、必ず懐に向かってくるのでカウンター狙いの一撃で仕留めた方が合理的である。

 

そんなことを考えながらステージを見ると小町がネイトネフェルに押されている。一応やり合えてはいるが、小町のパフォーマンスの質はネイトネフェルの舞によって落ちている。

 

このままこの状況が続けば、小町の身体にダメージが蓄積して舞に云々関係なくネイトネフェルの攻撃を捌けなくけるだろう。

 

(さてどうする小町?ネイトネフェルに勝てないようじゃ俺に挑むのは無理だぞ?)

 

加えて小町の5回戦の相手はレナティ、彼女の底はまだ知らないが奥の手を隠しているだろう。今の状態でも壁を越えているにもかかわらずにだ。

 

少なくともここでネイトネフェル相手に何も出来ないようじゃ俺に勝つのは無理だろう。

 

そう考えながら改めてステージを見ると……

 

「ほう……」

 

小町の表情が変わっていた。アレの目には心当たりがある。アレは死んでも勝ちに行く目だ。目を見る限り腹を括ったようだな。

 

内心感心している中、小町は動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

八幡が観戦席にてステージを見ている中、小町は痛む身体に鞭打って走り出す。身体の至る箇所から血を流したり軋みながらめ折れる気配は見当たらない。

 

(今は何とか食らいつけているけど、このままの状況が続けば負けちゃうし……やるしかない!)

 

現在小町とネイトネフェルの試合はネイトネフェルか大きく押している。最初はある程度戦えた小町であったが、試合に進むに連れてネイトネフェルの舞に見惚れてしまい、無意識のうちに戦いのリズムを崩されて、パフォーマンスの質も下げられているのだ。

 

それでも魎山泊で鍛え上げた体術で何とか食らいつけてはいたが、肉体が消耗し過ぎている。これ以上続けば食らいつく事すら出来なくなるので、小町は博打覚悟で攻めるしかなかった。ネイトネフェルとの戦いにおいて今後試合が終わるまでに一回でも守りに入ったら負けると小町は考えていた。

 

対するネイトネフェルも小町との距離を詰めにかかるが、いつものように真っ直ぐではなく、回ったり迂回をしたりと戦闘において明らかに無駄としか思えない行動を取る。

 

しかし小町は知っている。アレも舞の一種で自分は無意識のうちに惹き込まれている事を。

 

小町はネイトネフェルの踊りを出来るだけ見ないようにしながら背中に装備してある『迅雷装』に星辰力を込めて移動コースを設定し始める。

 

 

同時に小町の喉が乾きだす。『迅雷装』代償は使用者の体内にある水分。10分使うと脱水症状一歩手前の状態になってしまう程なので短期決戦に特化した純星煌式武装である。

 

既に試合が始まってから5分以上経過している上、ネイトネフェルから受けた攻撃によって生まれたダメージもあるので、小町が『迅雷装』を使える時間は殆ど残っていない。

 

そして小町は『迅雷装』による高速機動でネイトネフェルの後ろに回り込む。

 

「それはさっき見た。もう手の内はないのか?」

 

するとネイトネフェルは小町の行動を予想していたようで、失望したような声を出しながら後ろを向く。

 

このままだとさっきの二の舞になるところだが……

 

(もう、一回……!)

 

ネイトネフェルが後ろを向き切る前に再度『迅雷装』を使って、さっきと同様にネイトネフェルに回り込むように設定して起動する。

 

それによって身体に激痛が走る。『迅雷装』は自分が設定したコースを高速で移動する純星煌式武装であるが、肉体に掛かる負荷はかなり大きい。

 

しかもそれを2回連続で使用したのだ。普段の小町なら多少苦しく思うくらいだが、ネイトネフェルの攻撃を受けてボロボロになっている今は普段とは桁違いの激痛が生まれて小町の身体を苛まわっている。

 

しかし小町はそれを無視して腰にあるホルスターから待機状態の煌式武装を取り出す。確かに痛いのは事実だが痛みについては星露との戦いで慣れているし……

 

(ノーリスクで壁を越えた人間に勝つなんて無理だしね……!)

 

言いながらも小町は遂にネイトネフェルの背後に回る。そして手に持つ煌式武装を起動する。3丁目の散弾銃型煌式武装だ。

 

ネイトネフェルは再度振り向こうとするが小町が引き金を引く方が一歩早く……

 

ドドドドドドドドッ……

 

「ぐうっ……!」

 

轟音と共に大量の光弾がネイトネフェルに被弾する。ネイトネフェルは殆ど小町に背を向けていたので校章の破壊は出来なかったが相当のダメージを受けたようで口から血を流している。

 

それを確認した小町はトドメを刺すべく再度散弾銃の引き金に手をかける。もう一発食らえば限界に近づくだろうし、そうしたら『迅雷装』を使ってネイトネフェルから距離を取り、遠距離戦に徹して倒す……と、いうのが小町の作戦である。

 

しかし……

 

「舐めるな!」

 

引き金を引く前にネイトネフェルはダメージが無いかのように小町の方を向いて散弾銃をはたき落とす。それによって小町の最有力プランは消失した。

 

しかし小町は予想していたかのように足に星辰力を込める。最良の策など簡単に成功する訳がないと思っていたので立ち直りは早かった。

 

そして次の瞬間小町は自分の舌を上と下の歯に挟み……

 

 

ガリッ……

 

思い切り噛む。

 

「ぐぅぅぅぅっ……!」

 

それによって小町の口から激痛が走り血が流れるが、小町はそれを無視してネイトネフェルに蹴りを放つ。

 

対するネイトネフェルは訝しげな表情をしながらも小町の蹴りを掴もうとするが……

 

「なにっ……!」

 

先程までのリズムの崩された蹴りではなく、力の込められた小町本来の蹴りだった。

 

予想外の一撃にネイトネフェルは小町の足を掴むことが出来ずに、腕にモロに蹴りを受けてしまう。

 

「なるほどな……舌を噛んだ痛みで、わらわの舞による誘惑されている自分の心を殺したか……!」

 

ネイトネフェルの指摘通りだ。小町は自分でもダメだと理解していてもネイトネフェルの舞に惹かれて、本来の力を出せていない事を自覚していた。

 

それを何とかしない限り勝てないだろうと判断した小町は、痛みで誘惑を無くそうと考えて、舌を噛んだのだ。

 

結果、目論見は大成功。小町はネイトネフェルの舞に惑わされることなく蹴りを放つ事に成功した。

 

散弾銃の大量の光弾と元の状態に戻った小町の蹴りによってネイトネフェルも小さくないダメージを受けた。これによって勝負はまだわからなくなった。

 

小町は舌から血を流しながらも追撃を仕掛ける。ネイトネフェルの舞による誘惑から逃れることは出来たが、代償として舌を噛んだ為に自身の身体は限界に近い事を理解しているからだ。

 

(ここで休んだら負け……次で決める……!)

 

小町はそう思いながら前を見るとネイトネフェルが正拳突きを放ってくるのか見えたので……

 

(『迅雷装』!)

 

内心でそう叫ぶとネイトネフェルを見たまま後ろに下がり正拳突きを回避してから……

 

「はあっ!」

 

次の瞬間、ネイトネフェルとの距離を瞬時に詰めて蹴りを放つ。今回小町が『迅雷装』を使って設定したコースは一度距離を取って即座に距離を詰めるコース、要するにネイトネフェルを見たまま往復したのだ。

 

勿論傷付いた体を高速で往復したので、体内から骨が軋む音が聞こえるも、小町は進む。今のネイトネフェルは大振りの正拳突きを放って隙が出来ているのだ、逃すわけにはいかない。

 

しかしネイトネフェルも負けてはいない。口から血を流しながらも小町の蹴りを受け流し、追撃とばかりに星辰力を込めた右腕で銃を持った小町の右腕をへし折る。

 

「……っ!〜〜〜!」

 

それによってネイトネフェルに狙いを定めていた小町の右腕は下りてしまう。銃は手放してないがこの距離で右腕を下ろしてしまうのは痛い。

 

そして遂にネイトネフェルが動き出す。小町から一歩距離を取ったかと思えば、再度距離を詰めてくる。彼女の足から最高潮のリズムが刻まれ、弾けるように舞い踊りながら……

 

「終わりだ……砂鏡乱舞!」

 

「かっ……!」

 

次の瞬間ネイトネフェルの拳は小町の胸に吸い込まれる。その直前小町が身体を捻った事で辛うじて校章には当たらなかったが、胸に衝撃が走り肋骨が折れる音が2人の耳に入る。

 

それによって胸から激痛が走り口からはとめどなく血が流れる小町だったが……

 

「つか、まえ……ましたよ……!」

 

「……っ!」

 

それでも戦意は死んでおらず空いている左手に残りの星辰力の大半を注ぎ込んでネイトネフェルの腕を掴む。

 

これにはネイトネフェルも予想外だったようで驚きの表情を浮かべながら小町の左手を振り払おうとするが振り払えない。小町の左手からは大量の星辰力と強い執念を感じる。

 

ネイトネフェルが左手を振り払おうとする中、小町は折れている右腕を無理やり上げ始める。右腕は折れているにもかかわらず、小町は痛みを顔に出さなかった。

 

それを見たネイトネフェルは小町の銃をはたき落とそうと動き出す。

 

この距離なら小町が校章に狙いを定めて発砲するよりネイトネフェルが小町の銃をはたき落とす方が早い。ネイトネフェルはそんな確信を持っているし、小町自身も同じ考えを持っていた。

 

だから小町は狙いを定めて発砲するのをやめて、自身のハンドガンに埋め込まれたマナダイトに大量の星辰力を加える。それこそマナダイトのキャパシティを超えた量の星辰力を。

 

それを見たネイトネフェルは小町の目的を理解した。余りにもぶっ飛んだ目的を。

 

「貴様正気か?!そんな事をしたらわらわに勝てることが出来ても明日の試合が出来なくなるぞ!」

 

「ここで負けるよりはずっとマシです!勝てれば明日は無理やりにでも出ます!」

 

小町はネイトネフェルの問いを一蹴して更に星辰力をマナダイトに込める。するとマナダイトはいつも以上に輝きだす。それはもう危険な程に。

 

そして遂に……

 

チュドォォォォォンッ………

 

小町のハンドガン型煌式武装ーーーより正確に言うとハンドガン型煌式武装に埋め込まれたマナダイトが爆発して……

 

『ネイトネフェル、校章破損』

 

『比企谷小町、校章破損』

 

爆風によって小町とネイトネフェルは背中から地面に倒れる中、二つの機械音声が重なるように同じ言葉を告げる。しかし直ぐ後に……

 

『試合終了!勝者、比企谷小町!』

 

小町の名前が告げられる。同時に大歓声が沸き起こるが、小町は起き上がる事が出来なかった。

 

小町の身体はボロボロになっている。右腕は折れている上に焼き焦げて、肋骨にはヒビが入り、『迅雷装』を使い過ぎた事によって全身に痛みがあり、代償によって脱水症状一歩手前と最悪の状態である。寧ろ良く意識があるくらいだ。

 

「……随分と無茶をするな。流星闘技を失敗する奴はごまんと見たが、流星闘技の失敗を武器にする奴はお前が始めてだ」

 

身体を起こしたネイトネフェルは呆れながら小町を見る。小町がしたのはネイトネフェルの言う通り、流星闘技の失敗だ。

 

流星闘技をするには一定量の星辰力を込める事を必要とするが、星辰力のコントロールは難しい。込める量が少ないと攻撃の意味がないし、多すぎると今回のようにマナダイトが壊れて爆発する。

 

しかし小町は敢えて爆発させてネイトネフェルの校章を破壊しようとしたのだ。普通に発砲して校章を破壊しようとしても、その前にネイトネフェルに銃をはたき落とされると判断した故に。

 

銃をはたき落とされたら小町の勝ちは無くなるので、小町は道連れ覚悟でマナダイトを爆発させた。

 

結果は大成功。小町自身も相当のダメージを受けたが、ハンドガンの位置は小町の校章よりネイトネフェルの校章の方が近かったのでネイトネフェルの校章の方がコンマ数秒だけ早く破壊された。

 

「は、はは……こうでも、しな、きゃ……貴女、には、勝てない……ので」

 

小町は息絶え絶えになりながらも笑みを浮かべる。対するネイトネフェルはむすっとした表情を浮かべる。

 

「馬鹿にも程があるぞ……まあ負けは負けだ。敗者であるわらわはこれ以上何も言わん」

 

「あ、ありがとう、ござい、ました……」

 

ネイトネフェルはそう言って小町に背を向けて歩きだすので小町は倒れながらも礼を口にした。

 

それと同時に救護班がステージに入って小町の元に寄ってくるも、小町はそれに気付く前に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして4回戦16試合は幕を閉じてベスト16が出揃った。

 

5回戦の組み合わせは……

 

 

〈5回戦〉

 

第1試合

 

天霧綾斗

VS

アルディ(材木座義輝)

 

 

第2試合

 

ロドルフォ・ゾッポ

VS

ヴァイオレット・ワインバーグ

 

 

第3試合

 

レナティ(エルネスタ・キューネ)

VS

比企谷小町

 

 

第4試合

 

比企谷八幡

VS

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

 

 

第5試合

 

武暁彗

VS

梅小路冬香

 

 

第6試合

 

若宮美奈兎

VS

イレーネ・ウルサイス

 

 

第7試合

 

ノエル・メスメル

VS

沙々宮紗夜

 

 

第8試合

 

シルヴィア・リューネハイム

VS

雪ノ下陽乃

 

 

 






今回で4回戦が終了しました。尚、5回戦の組み合わせは原作と大きく変えています。

ちなみに原作だと……

①天霧綾斗VSロドルフォ・ゾッポ

②ノエル・メスメルVS梅小路冬香

③レスター・マクフェイルVS黒騎士

④武暁彗VSユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

⑤ヴァイオレット・ワインバーグVS沙々宮紗夜

⑥リムシィVSレナティ

⑦ネイトネフェルVSシルヴィア・リューネハイム

⑧オーフェリア・ランドルーフェンVSヒルダ・ジェーン・ローランズ

って感じですが、本作品では……

①天霧綾斗 VSアルディ
 
②ロドルフォ・ゾッポVSヴァイオレット・ワインバーグ

③レナティVS比企谷小町

④比企谷八幡VSユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

⑤武暁彗VS梅小路冬香

⑥若宮美奈兎VSイレーネ・ウルサイス

⑦ノエル・メスメルVS沙々宮紗夜

⑧シルヴィア・リューネハイムVS雪ノ下陽乃


って感じになってます。

次回もよろしくお願いします


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4回戦が終わり、各陣営は……(前編)

「うがぁぁぁっ!悔しい悔しい悔しいぃぃぃぃぃっ!」

 

治療院にて、俺は可愛い妹の可愛くない呻き声を聞いている。妹の小町はベッド上で叫びまくっている。

 

 

「わかったから少し落ち着け。喚いた所で5回戦に出れないという事実は変わらないだろう」

 

「そ、そうだけどぉ……!」

 

俺がため息混じりにそう言うと小町は不満タラタラの表情を浮かべながらも黙り込む。

 

今日の4回戦で小町はネイトネフェルに勝利した。ギリギリとはいえ、壁を越えていない小町が壁を越えたネイトネフェルを倒したのだからそれについては本当に凄いと思う。

 

しかしその勝利の為の代償は大きかった。

 

肋骨と右腕の骨が折れ、『迅雷装』の酷使によって全身に多大なダメージを受けて、『迅雷装』の代償によって脱水症状一歩手前となり、流星闘技の失敗による爆発で右腕全体を焼け焦がすなど、星脈世代でも完治するまでに時間がかかる程のダメージを受けたのだ。

 

結果として小町は試合終了と同時に意識を失い治療院に運ばれて、ヤン院長は治癒能力による治療が必要と判断して小町に治癒能力を使用した。

 

そしてそれは小町の5回戦のステージに上がる権利を失った事を意味する。星武祭で負った傷を治癒能力者に回復して貰った場合、その時点で星武祭への参加資格を失う。

 

つまり小町は敗退扱いされるということだ。一応ネイトネフェルを倒したので結果はベスト16という形になるが、俺と戦う事を望んでいた小町からしたら納得のいかない結果だろう。

 

「まあアレだ……俺と戦いたいなら王竜星武祭が終わったら戦ってやるよ」

 

壁を越えた人間に勝てたんだ。兄として妹が望む事を叶えてやっても良いだろう。

 

「え?!本当に?!嘘だったらお兄ちゃんの黒歴史シルヴィアさんとオーフェリアさんに教えるよ!」

 

「恐ろしいことを言うな。戦ってやるからそれはマジで止めろ」

 

「約束だよ!」

 

「はいはい。戦ってやるから先ずは身体を治せ」

 

「ほーい……あ、そういえばお兄ちゃん」

 

「何だよ?」

 

「お兄ちゃんは身体は大丈夫なの?お兄ちゃんも4回戦で相当無茶したじゃん」

 

小町が心配そうに俺をーーー正確に言うと肩から先がない左肩を見ながらそう言ってくる。

 

小町の言う通り、俺も相当無茶をした。『大博士』が強過ぎたとはいえ影神の終焉神装を使い過ぎたし、最後の一撃を放った際に義手は耐えきれずにぶっ壊れてしまった。

 

「義手はオーフェリアが装備局に頼んで予備を用意してるから問題ない。肉体については微妙だな」

 

何せ影神の終焉神装は当然で、医者からは影狼修羅鎧と影狼夜叉衣も使わない方が良いと言われたし。

 

「そっか……大変だと思うけど頑張ってね」

 

おーい小町ちゃん。気持ちは嬉しいけど俺の相手は星導館の人間だよ?

 

一瞬そう思ったが気にしない事にした。俺だって獅鷲星武祭ではクインヴェールのチーム・赫夜を応援したし、ノエルも今回の王竜星武祭1回戦で自分の学園に所属する葉山ではなく俺を応援してくれたし。

 

『面会時間終了10分前です』

 

そこまで考えていると治療院全体にそんな放送が流れる。どうやら今日の見舞いはここまでのようだな。

 

「じゃあ小町。またな」

 

「ほーい、お見舞いありがとうね」

 

小町は手を振ってくるので俺も小さく会釈をして病室を出る。とりあえず見舞いは終わったし早くレヴォルフに行って義手を取り付けないとな。

 

俺は息を吐いて怒られない程度の速さで早歩きをして治療院を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、クインヴェール女学園専用ステージでは……

 

「とりゃあ」

 

「わわっ!」

 

沢山の生徒が見守る中、クインヴェール最強の教師である涼子がクインヴェール最強の生徒であるシルヴィアと体術のみで戦っていた。最も明日に備えてのウォーミングアップの為、2人とも全力の3割程の力で戦っている。(それでも生徒の9割近くは2人のやり取りを見切れていないが)

 

涼子の放った蹴りをシルヴィアは星辰力を込めた両腕で防ぐも予想以上の衝撃に思わず吹き飛んでしまう。今回シルヴィアは能力抜きで戦っているのでかなり一方的に押されている。

 

同時に涼子は脚部に星辰力を入れて爆発的な加速をして距離を詰める。界龍の拳士が主に使う技術だが涼子も当然のように使える。

 

そしてそのまま吹き飛ぶシルヴィアを追い抜いてから、後ろを向き……

 

「よっと」

 

シルヴィアを抱きとめて……

 

「勝負アリだな。ほれほれー」

 

「ひゃぁんっ!お、お義母さんっ!いきなり止めて……あんっ!」

 

そのままシルヴィアの大きな胸を揉み始め、シルヴィアは顔を真っ赤にしながら喘きだす。シルヴィアの扇情的な姿に2人の戦いを見ていた生徒らは顔を真っ赤にしてガン見し始める。

 

「おー、前より大きくなってんじゃん。馬鹿息子に揉まれまくって大きくなったのかー?」

 

「そ、そうですけど……やんっ!は、恥ずかしいですっ……!」

 

シルヴィアは涼子に揉まれながらも、自身の恋人に揉まれる姿を想像して顔に熱を生み出した。

 

こうして5回戦に備えてのウォーミングアップは色々な意味で涼子の勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

「いやー、悪い悪い。ついノリに乗っちまったよ」

 

「つ、次からは止めてください……!」

 

十分後、ステージの控え室にて涼子は酒を飲みながら謝ると、シルヴィアは顔を真っ赤にしながら涼子を睨むが、涼子からしたら可愛く思えてしまう。

 

「だから悪かったって。でも良いだろ?シルヴィアちゃん、王竜星武祭が始まってから結構気が張ってたし、今回の件で少しは気を緩めたんじゃね?」

 

「うっ……ま、まあ否定はしません」

 

涼子がカラカラ笑いながらそう言うとシルヴィアはそっぽを向きながらも涼子の指摘を受け入れる。

 

実際今回の王竜星武祭は前回に比べて雰囲気が全然違う。オーフェリアという絶対王者がいない為か、選手一人一人の優勝に懸ける思いが一段と増しているのだ。

 

にもかかわらず、八幡や綾斗や暁彗などの壁を越えた人間に加えて、星露に鍛えられた魎山泊のメンバーと有力選手が大量に参加しているので、シルヴィアは知らず知らずの内に気を張っていた。

 

だから涼子のおちょくりは張っていた気を緩める良いきっかけにはなったのは事実であり、それについては感謝をしているが……

 

「だからって……沢山の人がいる場所で胸を揉むのは……」

 

出来れば違うやり方で気を緩めて欲しかったのがシルヴィアの本音だ。

 

「わりーわりー。いやしかしマジで柔らかかったな……若い頃のヘルガや匡子の奴より揉み心地が良かったぜ?」

 

「警備隊長と『釘絶の魔女』の胸を揉めるのはお義母さんだけでしょうね……」

 

シルヴィアは半分呆れ半分驚きの感情を浮かばせながら涼子を見る。対する涼子はヘラヘラ笑う。

 

「いやいや、普通に揉むぞって確認すれば揉ませてもらえるぜ?まあそれは良いや。それより明日からは毎回骨のある奴が出てくんだし頑張れよ?」

 

涼子が笑いながらも真剣な声音でそう呟くとシルヴィアの顔も自然と引き締まる。シルヴィアは今日まで4回戦った。その際に多少梃子摺る事もあったが殆どは一方的な勝利であったが、5回戦からは壁を越えた人間とぶつかるのだ。

 

後4回勝てば優勝だが、シルヴィアは優勝するには最低3回壁を越えた人間と戦わないといけないと考えている。

 

そして明日が第1戦。界龍の序列3位『魔王』こと雪ノ下陽乃。今までの実績は王竜星武祭に2度出場して準優勝とベスト4が1回ずつで負けた試合はオーフェリアに負けた試合と、シルヴィアと同じ記録である。

 

そしてオーフェリアの逆鱗に触れて一度全ての力を奪われた女でもある。オーフェリアは未だに彼女を毛嫌いしているが、シルヴィアはそこまで憎んではいない。

 

八幡がアスタリスクに来る前の文化祭についての話は聞いている。その時の彼女の言動について思う所はあるが、シルヴィアにとって1番許せないのは相模であった。自分の仕事を放棄した挙句に尻拭いをした八幡の事を悪く言ったのだから。

 

閑話休題……

 

そんな訳でシルヴィアは陽乃を憎んでいる訳ではないので、憎しみによって視野が狭まるという事はないとシルヴィアは判断している。

 

だから涼子の言葉に対して……

 

「もちろんです。誰が相手でも一切の油断をしないで全力を尽くして優勝します」

 

力強く返事をした。雪ノ下陽乃だろうと武暁彗だろうと天霧綾斗だろうと、そして恋人である八幡にも負けたくないのだ。

 

そう、シルヴィアは誰よりも負けず嫌いであるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、アルルカントアカデミー『獅子派』の専用ラボでは……

 

「将軍ちゃ〜ん。邪魔するよ〜」

 

エルネスタは材木座のラボに入る。ラボは大型の機械で埋め尽くされていて、床にはどこから何を繋いでいるのかわからないようなケーブルが束になって広がっている。

 

大抵の人はこれを見て気圧されるが、エルネスタの場合は違う。自分の所有するラボも似たようなものであるから。

 

そして唯一開けたスペースから材木座が現れてエルネスタの元に歩く。

 

「何の用であるか?」

 

「ん〜。ほら、前に『彫刻派』が『獅子派』に頼んだ煌式武装関係の書類」

 

「ああ。わざわざ済まんな。というか言ってくれれば部下に取りに行かせたぞ」

 

「良いって。元々カミラにも用があってそのついで。それより将軍ちゃんは明日に備えて武器のチェックかな?」

 

エルネスタの視界の先にはバラバラとなった煌式武装ーーーアルディの使用する『マグネット』と『スプレッダー』があった。加えて見覚えのない武器もあるが状況から見て、まだ試合で見せていない奥の手とエルネスタは推測した。

 

「うむ。明日の相手は天霧殿であるからな。アルディ殿は鳳凰星武祭での借りを返したいとやる気になっておるし、我もアルディ殿の為に出来る事はやっておきたいのである」

 

だから材木座は一度アルディの持つ武器を隅々まで調べて、改良出来る箇所は全て改良する気でいた。

 

「そっか……ねぇ将軍ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」

 

そんな材木座に対してエルネスタは珍しく神妙な表情をしながら材木座に話しかける。

 

「何であるか?急に改まって?」

 

「前から思ってたんだけどさ……将軍ちゃんはアルディの事をどう思ってるかな?」

 

「……済まん。質問の意図が読めないのだが」

 

「そんな難しく考えなくて良いから。思った事を素直に言って」

 

エルネスタはいつもの無邪気な笑顔ではなく真顔で材木座に話しかける。それを見た材木座はいつもの揶揄いではなく、真剣に質問しているのだと理解する。

 

だから材木座も真剣に答える事にした。

 

「友であるな」

 

そう言い切った。材木座自身アルディと一緒に煌式武装の開発や星武祭の研究をしたり、アルディにアニメを教える事を楽しく思っているのでそう答えた。

 

「そっか……」

 

それを聞いたエルネスタは心から喜びを感じた。エルネスタの夢は、自分の手で人と等しい存在を創る事と、擬形体が人間と同じ権利を得る事である。

 

前者は自分のコントロール下になく強制停止装置も備わっていないレナティを開発した事で叶った。

 

しかし後者は中々思うようにいかない。自分の部下は擬形体の存在を認める事はあっても人間より下だと思っている。

 

一番の友人であるカミラも大切だが最終的に決別をする運命である。

 

カミラの目標は『究極の汎用性』、つまり誰にでも使いこなせる武器を作ることだがそんな武器は存在しない。どんな武器でもそれを扱う人間によって性能が変わるのだから。

 

だからカミラは人間ではなく、擬形体に武器を扱わせるべきと考えている。どんな複雑な武器でも擬形体なら自在に扱う事が可能だろうから。

 

そこまでならエルネスタと同じ道だが、カミラは自我があっては人間と同じだから、擬形体に自我はあってはならないと考えている。人間と同等の存在を創る事を目標としているエルネスタとは相反する考えだ。

 

エルネスタ自身カミラの目標を馬鹿にするつもりはないが認める事は出来ない。

 

だからこそエルネスタは材木座のアルディを友と言う発言を、アルディを綾斗に勝たせてやりたいと言う発言を聞いた時は心から感動した。

 

エルネスタは自分の夢は誰からも理解されないと思っていたし、それならそれで良いとも思っていた。第三者から理解されなくても知った事じゃないとばかり。

 

しかし改めて材木座とアルディのように人間と擬形体が仲良くしているのを見れば嬉しく思った。

 

「ねぇ将軍ちゃん……今後もアルディとは仲良くしてあげてね?」

 

「?エルネスタ殿の発言の意図はよくわからんが、我としてはそのつもりであるぞ」

 

「そっか……うん、ありがとうね将軍ちゃん」

 

エルネスタは心から感謝を込めて礼をする。彼女自身材木座の事は敵だと思っているが、同時に自分の理解者でもあると思えたので礼をする。

 

「っ……」

 

すると材木座は顔を赤くしながら後退りする。それを見たエルネスタは頭に疑問符を浮かべる。

 

「どうしたの将軍ちゃん?いきなり後退りして」

 

エルネスタが問いかけると材木座は悩みながらも渋々口を開ける。

 

「いや、その……我、今までエルネスタ殿の笑顔を見てきたが……今の笑顔は今までの仮面じみた笑顔ではなく、普通の女子の可愛らしい笑顔と思っただけだ」

 

するとエルネスタはポカンとした表情を浮かべるも……

 

「はぁっ?!い、いきなり何を馬鹿な事を言ってるのさ将軍ちゃんは?!」

 

「い、いや、我は客観的な事実をぶふっ?!」

 

直ぐに顔を真っ赤にしながら材木座をどつく。それによって材木座は尻餅をついて地面に倒れる。

 

「書類渡したからもう行くから!じゃあね将軍ちゃん!」

 

エルネスタは材木座に背を向けてラボから去っていった。ラボのドアが閉まると材木座は起き上がり頭に疑問符を浮かべる。

 

「……何であったのだ?」

 

その問いに答える人間は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くもう!全くもう!将軍ちゃんってばいきなり馬鹿な事を言って!」

 

エルネスタは肩を怒らせながらアルルカントの廊下を歩く。それを見た他の生徒はモーセの海割りの如くエルネスタに対して道を作る。

 

そんな彼らはエルネスタの初めて見せる表情を見て驚いていた。

 

何故なら……

 

 

 

 

 

「本当に……馬鹿っ」

 

今のエルネスタの顔は誰よりも女の子らしい顔だったからだ。



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4回戦が終わり、各陣営は……(後編)

『模擬戦終了!勝者、雪ノ下陽乃!』

 

 

界龍第七学院、冒頭の十二人専用トレーニングルームにて模擬戦終了を告げる機械音声が響き渡ると雪ノ下陽乃は息を吐き、仰向けで床に倒れていたセシリー・ウォンは上半身だけ起こす。

 

「いやー、やっぱり陽姉は強いよー。2年前に比べて格段に強くなっているね」

 

「当たり前だよセシリー。でないと私に自由はないんだから」

 

陽乃はセシリーを起こしながらそう返事をする。2年以上前にはセシリーは陽乃相手に1割から2割の勝率を出していたが、2年前すなわち陽乃がオーフェリアによって一時的に力を奪われた後に自由を奪われてからは一度も勝てていない。セシリーも努力はしているが陽乃の努力はセシリーのそれを大きく上回っていた。

 

「だよねー。でもそろそろ休みなよ。これ以上やって怪我したら明日の試合絶対に負けるよ?」

 

セシリーの言葉に陽乃は若干眉を寄せる。陽乃の明日の対戦相手は自分から自由を奪った比企谷八幡とオーフェリア・ランドルーフェンの恋人。それだけで陽乃の胸に黒い感情が浮かび上がる。

 

しかしそれは一瞬ですぐその感情を吹き飛ばす。忌々しいとは思っているが実力は本物。

 

過去の王竜星武祭では陽乃はシルヴィアと当たる前にオーフェリアに敗れているので相対した事はないが間違いなく強いだろう。ネットでの評価もシルヴィアの方が上回っている。

 

そんな彼女があり相手な以上、鍛錬のし過ぎはないが、セシリーの言っている事も理にかなっている。もしもこれ以上鍛錬をして怪我なんてしたら、明日の試合は一方的に負ける可能性が高くなる。だから怪我する前にしっかり休息を取るのは正しいだろう。

 

色々考えた結果……

 

「……わかったよ。でもあと1戦だけお願い」

 

「はあ〜、わかったよ。ただし明日の試合、絶対に勝ってね?」

 

セシリーはため息を吐きながらも開始地点に向かう。

 

「もちろんだよ。明日の試合だけじゃなくて以降の試合も勝つつもりだよ……!」

 

それを聞いた陽乃は友人に感謝しながらセシリー同様に開始地点に立つ。今回の王竜星武祭が自分にとって最後の星武祭である以上、優勝出来なかったら自由は一切無くなるのだ。

 

陽乃はその事に恐怖を覚えながらも呪符を取り出してからセシリーに向かって突撃を仕掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、聖ガラードワース学園の女子寮では……

 

『試合終了!勝者、沙々宮紗夜!』

 

ノエル・メスメルが5回戦で当たる紗夜の4回戦の試合を見ている。彼女が戦った相手はアルルカントの『双頭の鷲王』カーティス・ライト。煌式遠隔誘導武装に乗って高速機動戦をする男だが、ノエルの見立てではカーティスは自分と同じく魎山泊の人間と思っている、

 

そんな彼を割と一方的に倒した紗夜は壁を越えた人間ではないとノエルは考えているが……

 

(使ってる煌式武装も計算に入れたら壁を越えた人間とも良い勝負が出来そうだなぁ……)

 

紗夜の煌式武装はどれも高威力で1発でも食らえば即気絶するだろう。

 

その上4回戦では大砲タイプの煌式武装だけでなく、1分間に数千発の光弾を放つ煌式武装や近接高火力戦闘用の杭打式の煌式武装もあった。それらは先の鳳凰星武祭や獅鷲星武祭で使って来なかったので王竜星武祭に備えて新しく調達したものと判断出来る。

 

(特にあの杭打タイプの煌式武装の破壊力は桁違い……私の聖狼修羅鎧も破壊出来るかもしれない。確実に勝つ為にアレを使った方が……いやいや、それはダメ……?)

 

ノエルには切り札がある。それはノエルの能力の極致とも言える技であり、ガラードワース最強のアーネストを倒した事もあるし、他の壁を越えた人間も倒せる自信がある。

 

普段内気なノエルだがその技に関してだけは強い自信があり、紗夜に使えば瞬殺出来る自信があるが……

 

(アレはシルヴィアさんとの試合に取っておきたい……)

 

仮にノエルが紗夜を倒して準々決勝に進出したら戦う相手はシルヴィアか陽乃になるが、ノエルはシルヴィアが勝つと思っているが。

 

そしてノエルとしてはシルヴィアと当たるまでは切り札を使いたくないと考えている。明日の紗夜戦で使えば楽に勝てると思うが、シルヴィアに奥の手を見せる事になり準々決勝での勝率は大きく下がる。

 

かといって切り札を温存していては紗夜の相手は厳しいというのが本音だ。切り札抜きで紗夜と戦った場合、勝てる可能性は充分にあるが負ける可能性も充分にあると考えている。

 

一瞬だけ弱気になるも直ぐに頬を叩いて弱気な自分を吹き飛ばす。

 

(こんな所で弱気になっちゃダメ……!シルヴィアさんの所まで上がらないといけないんだから……!)

 

ノエルは今日の4回戦が終わって、八幡達と別れる際にシルヴィアがノエルに話しかけてきたのだ。

 

『ノエルちゃん、準々決勝まで上がってきてね。ノエルちゃんがどれだけ八幡君の事を想ってるのか見極めたいから、ね』

 

その時のシルヴィアは笑顔だったが、目が真剣だった。それを見たノエルはシルヴィアに挑みたいと強く思った。

 

ノエルが八幡に対する恋心を自覚したのは去年の4月ーーー八幡が高3になった頃で、八幡がシルヴィアとオーフェリアの2人と付き合いだしたのは2年半前の夏ーーー八幡が高1になって数ヶ月の時だ。

 

自分の好きになったのは彼女持ちの人間ーーーそれも2年近く仲良く付き合っている人間だ。そんな彼に愛して貰える立場になれるのは桁違いに難しいだろう。もしもノエルが第三者の立場なら絶対に無理と思える程に。

 

でもノエルは諦めたくなかった。既に彼に心を奪われた彼女は諦めたくなかった。彼の事は本当に大好きだからノエルは諦めたくなかった。

 

(シルヴィアさんが私を認めてくれるかはわからないけど、無様な試合をしたら認めてくれる訳ないし……決めた!)

 

ノエルは明日の試合で本当にピンチにならない限り切り札を使わない事にした。やはりアレはシルヴィアとの戦いに取っておきたい。

 

「そうなると明日の試合に備えて何か新しい策を練らないと……!」

 

言いながらノエルは更に2つ空間ウィンドウを開く。1番左には自分自身の戦闘データを、中心には先程から見ていた紗夜のデータを、一番右には自身の師匠である八幡の戦闘データが表示される。

 

ノエルはそれを見て紗夜との戦いに備えるのだった。明日の5回戦に勝つ為、準々決勝でシルヴィアで万全の状態で相対する為に。

 

そして……

 

(決勝まで上がって八幡さんと戦いたい……!)

 

無論八幡が決勝まで上がれる保証はない。八幡と反対のブロックだが、そこには綾斗、レナティ 、ロドルフォと当然のように壁を越えた人間がいるのだから。

 

しかしノエルは半ば確信していた。八幡は決勝まで上がる存在である事を。

 

だからこそノエルも決勝に上がりたいと考えていた。ノエルがいるブロックにもシルヴィアや暁彗、冬香や陽乃がいるにもかかわらずに、だ。

 

ノエルは改めて強い決意をしながら開いた空間ウィンドウに映るデータを見始めた。

 

尚、データ収集は日が変わる直前まで行い、その時に話しかけてきたレティシアと雑談している際に『頑張って八幡と結婚したい』と言ってしまい、レティシアを驚天動地させたのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、レヴォルフ黒学院の装備局では……

 

「処置、完了しました」

 

「どうもっす」

 

白衣を着た女性ーーー装備局にて俺の義手を用意してくれた女性がそう言うので義手を動かす。

 

今日の試合で俺は『大博士』と戦い、勝つ為に全ての力を賭けた結果義手が粉々になったのでこうして修理をしている。激闘を終えてから義手の装備、ハッキリ言ってかなり疲れる。自分の欲望に正直になれば今直ぐ自宅のベッドで寝たいのだが、5回戦は明日なのでそうも言っていられない。

 

何しろ明日の対戦は相手はリースフェルトだ。魎山泊で鍛えられた人間だし間違いなく強いだろう。

 

加えて明日の俺は今日の激闘の反動で万全の状態からは程遠いだろう。医者からも影神の終焉神装は絶対に使うな、使えば今後の日常生活に支障が出る可能性が高いと言われたし。

 

「どうですか?違和感は感じないですか?」

 

「大丈夫です。それより装備についてですが……」

 

「問題ありません。前回と同じ装備を入れておきました」

 

「どうもっす」

 

言いながら俺は立ち上がる。義手の装備も終わったし帰ってリースフェルトの戦闘データでも見るか。

 

一応アスタリスクで最も多彩な能力者と言われている俺だが、今は実質的にリースフェルトだろう。俺は星露との戦いによって今は近接戦に特化したスタイルだから、リースフェルトの方が多彩な攻めを出来るだろう。

 

加えて俺はボロボロになっている……普通にヤバイな。まあ諦めるつもりは毛頭ないけど。『大博士』を負かしたから奴の野望は止められたが、それは目標の一つであって、俺にはまだ優勝するという目標があるので負ける訳にはいかない。

 

そう思いながら装備局を出ると端末が鳴り出したので見れば……

 

「材木座?」

 

俺と同じようにベスト16に進出した材木座から電話が来ていた。

 

疑問に思いながらも空間ウィンドウを開いて繋げてみると、材木座はいつものウザいドヤ顔でなく神妙な表情を浮かべていた。

 

『八幡か?夜分に済まん。少し相談があるのだが良いか?』

 

「相談?星武祭関係ならお断りだぞ?」

 

幾ら旧知の仲とはいえ、星武祭ではライバルだしおいそれと簡単にこちらの情報を渡すわけにはいかない。

 

『いや。星武祭は関係なくエルネスタ殿についてなんだが……』

 

材木座は一瞬悩んだような素振りを見せてから説明を始める。

 

何でも明日の試合に備えてアルディの武装をチェックしていたらエルネスタがやって来てアルディをどう思っているのかと聞いて材木座が友と答えた。

 

そしたらエルネスタは材木座に今後もアルディと仲良くして欲しいと言ったら材木座は快諾したようだ。

 

『そしたらエルネスタ殿はいつもとは違う可愛らしい笑みを浮かべて礼を言ってきたので、我はその件について指摘したのだ』

 

「指摘って可愛らしい笑みだなって指摘したのか?」

 

『うむ。するとエルネスタ殿は真っ赤になって我をどついてきたのだ。エルネスタ殿が我に手を出すのは基本的に我が挑発した時、もしくは我と口喧嘩した時なのだが、今回は特に挑発も口喧嘩もしてないのに手を出してきたのだ』

 

「……それで?」

 

『今回、エルネスタ殿が我をどついた理由を知りたいのだ?何度考えてもわからんのだ』

 

「………」

 

ヤバい。今直ぐ電話を切りたくなった。神妙な顔をしていたから何を相談してくるかと思えば……

 

(何で俺はこんな時に惚気話を聞かされてんだよ?!エルネスタがどついた理由だと?明らかに照れ隠しだろうが……!)

 

というか何でお前ら付き合ってないんだよ?敵だどうこう言ってるが普通にカップルじゃねぇのかよ?!

 

真面目に聞いた俺がバカだった。同時に材木座の鈍感っぷりには呆れたし少し意趣返しをしよう。

 

「うーむ……俺にはわからんし、そこはやっぱりエルネスタ本人に聞いたらどうだ?」

 

『いや……エルネスタ殿は我をどついた後に直ぐに去って行ったのだ。理由は知らないがそんな反応をした彼女が教えてくれるとは思えないのだが……』

 

「なら何度も聞いてみるんだな。技術者のお前が知らないままってのはアレだろ?」

 

尤もらしい言い訳をする。これで材木座がエルネスタに何度も聞いてくれれば俺的には面白いが流石にそれは……

 

『……うむ。やっぱりそうであるな!わかったぞ八幡。今日はもう遅いから無理だが、明日エルネスタ殿に聞いてくる事にするわ!』

 

え?マジで?本人に聞くの?自分が提案しといてアレだが、マジでやるの?

 

「そ、そうか。んじゃ俺は用事があるし切るわ」

 

『うむ。わざわざ相談に乗って貰って済まなかったな。可能なら貴様とは準決勝で当たりたいものである!さらばだ!』

 

そんな声と同時に通話が終わったので俺は端末をしまう。マジで済まん材木座。

 

内心に罪悪感が生まれるを実感しながら俺は歩き、レヴォルフを出ようとすると……

 

「……お疲れ様、八幡」

 

恋人の1人であるオーフェリアが校門にて待っていた。相変わらず可愛いなぁ……

 

「待っててくれたのか?悪いな」

 

「……大丈夫。私が八幡と一緒に帰りたかっただけだから。それよりも義手はどう?」

 

「問題ない。前回の義手に対して違和感も殆どない」

 

「なら良いわ。5回戦はユリスが相手だけで2人とも頑張って」

 

オーフェリアはそう言ってくる。どうやらオーフェリアは次の俺とリースフェルトの試合では両方応援するスタンスで行くのだろう。それならそれで構わない。オーフェリアがどう応援しようとオーフェリアの自由だし、それ以上に両方とも応援するって事はちゃんと俺を応援してくれるって事だし。

 

「ありがとな。んじゃ帰ろうぜ」

 

言いながら右手を差し出すとオーフェリアはそれを掴んでくる。柔らかな手が俺を幸せにしてくる。

 

「そうね。シルヴィアもそろそろ帰ってるだろうし、2人はゆっくりと休んだ方が良いわ」

 

互いに互いの手を握ってゆっくりと歩く。冬の寒い風が吹くが俺達の握った手から感じる熱が寒さから守ってくれていた。

 

 

それから俺達は帰宅して、既に帰宅していたシルヴィと一緒にいつものように風呂に入って、いつものようにキスをして、いつものように3人で一緒に寝たのだった。

 

 

 

 

そして翌日……王竜星武祭10日目、5回戦の幕が上がる。



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2年半ぶりの激突、天霧綾斗VSアルディ(前編)

王竜星武祭10日目、今日5回戦を行いベスト8が決まる。本戦は昨日から行われていたが既に運で本戦進出を果たした人間は篩にかけられたので、今日試合をする16人は全員強者だ。よって観客達も必然的に盛り上がっている。

 

ちなみに本戦はシリウスドーム、カノープスドーム、プロキオンドーム、カペラドームと4つの大規模ステージを使用するが、今回の試合は……

 

 

シリウスドーム

天霧綾斗

VS

アルディ(材木座義輝)

 

俺こと比企谷八幡

VS

ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト

 

 

カノープスドーム

ロドルフォ・ゾッポ

VS

ヴァイオレット・ワインバーグ

 

武暁彗

VS

梅小路冬香

 

 

 

プロキオンドーム

ノエル・メスメル

VS

沙々宮紗夜

 

シルヴィア・リューネハイム

VS

雪ノ下陽乃

 

 

 

カペラドーム

若宮美奈兎

VS

イレーネ・ウルサイス

 

レナティ(エルネスタ・キューネ) *不戦勝

VS

比企谷小町 *不戦敗

 

 

って感じで各ステージにて2試合ずつ行われる。まあ小町は不戦敗だからカペラドームではノエルと沙々宮の試合だけだが。

 

俺は昨日に引き続きシリウスドームだが、これは間違いなく昨日の4回戦で1番盛り上げたからだろう。シリウスドームは凄い試合を行った選手に割り当てられるし。昨日ネットサーフィンをしていたら4回戦の16試合では俺と『大博士』の試合が1番盛り上がったって評価だから予想はしていた。

 

そして天霧と材木座の代理で出場したアルディの試合がシリウスドームで行われる。これもよそうしていた。何せ今シーズンの鳳凰星武祭決勝で戦った2人なのだから。

 

それについては予想はしていたが……

 

 

 

 

 

 

 

「八幡貴様ぁぁぁぁぁぁっ!貴様がふざけたアドバイスをした所為で余計にどつかれたではないかぁぁぁぁぁぁっ!」

 

まさか材木座が俺のアドバイスを馬鹿正直に受け入れた事だろう。

 

レヴォルフの専用観戦席にて、俺はボロボロになった材木座に詰め寄られている。ちなみにこの場には俺と材木座しかいない。オーフェリアは生徒会の仕事をやって貰っていて、午後からの試合のシルヴィはペトラさんに呼ばれていていない。

 

昨日俺は材木座から『自分がエルネスタの笑顔が可愛らしいと言ったらどつかれたんだが、何故どつかれたのかわからない』と相談を受けた。俺はエルネスタの照れ隠しだと直ぐにわかったが、その前に材木座が惚気まくって苛々したので冗談半分で『エルネスタに直接聞いてみろ』と言った。

 

そしたら材木座の奴、マジでエルネスタに『何で笑顔が可愛らしいと言っただけで我をどついたのだ?』と聞いてボコボコにされた。

 

実際にネットではアルルカントの生徒が記録したらしく、食堂にて顔を真っ赤にしたエルネスタが材木座に乗って顔面を殴る動画がアップされている。というかこの時のエルネスタ、結構可愛かった。

 

「悪かったよ。てかあんなふざけたアドバイスを馬鹿正直に聞くとは思わなかったわ!」

 

確かにあんなふざけたアドバイスをした俺もどうかと思うが、特に疑わずにエルネスタに聞いたコイツが1番問題だろう。普通に照れ隠しって分かれよ!

 

「貴様ふざけたアドバイスとわかっていたのかしたのか?!」

 

「当たり前だろうが!疲れてる状態で惚気話を聞かされたんだし少しくらい意趣返ししてもバチは当たらないだろうが」

 

「はぁ?我は惚気話なんてした記憶がないわ!そもそも彼女が居ないのに惚気話が出来る訳ないであろうが!」

 

「…………」

 

「……何故そこで黙るのであるか?」

 

「……別に」

 

あんな惚気話をしといて彼女じゃないってマジでなんなんだお前は?さっさと結婚しろよ……

 

内心材木座とエルネスタの関係に呆れ果てている時だった。

 

『長らくお待たせしました!本日から5回戦!準々決勝への切符をかけて壮絶な戦いの始まりだぁ!』

 

実況の声が聞こえて観客席が湧き上がる。同時に材木座も真剣な表情になり、ステージに注目する。まあ材木座の代理が出るんだし真剣に見るのも当然だろう。

 

(となるとヴァイオレットとノエルの試合もそろそろだしメールをしとくか)

 

言いながら俺は端末を取り出してヴァイオレットとノエルの端末に頑張れよ、とメールを送る。ヴァイオレットの相手はレヴォルフに所属するロドルフォだが、その辺りは気にしない。

 

『さあ先に姿を現したのは西ゲートより入場してきたアルルカントアカデミー『獅子派』会長材木座義輝の代理として出場!予選では防御障壁を吹き飛ばし全ての対戦相手を1発KO!4回戦の擬形体同士の対決ではリムシィ選手を退けたアルディ選手ー!』

 

『一撃で相手を仕留める威力を持つ防御障壁を大量に飛ばすのは脅威だろう。『黒炉の魔剣』なら防御障壁を斬るのは可能だが、全てを斬り落とすのは困難だろう』

 

そんな事を考えながらメールを送ると実況と解説の声が聞こえて、西ゲートからはアルディはステージに向かって歩いている。足の速さは遅いがそこからは圧倒的な威圧感を感じる。

 

そしてステージに立つと同時に左手に『マグネット』を、右腕に『スプレッダー』を装備する。

 

「天霧が来る前から臨戦態勢とは相当気合が入ってるな」

 

「当たり前だ!敵は優勝候補の中でもトップクラスの優勝候補であるからな!最初から全力で行かなければ足元がすくわれるわ!」

 

だろうな。俺がアルディなら同じ事をするな。正直言って今の天霧は桁違いだ。俺にとって『黒炉の魔剣』は相性が最悪だし。

 

『そしてそして、東ゲートから現れたのは星導館学園の『叢雲』天霧綾斗選手!史上2人目のグランドスラムを成し遂げる為にアルディ選手を越えられるのか?!』

 

『両者は2年半前の鳳凰星武祭で激突しているが今のアルディ選手はリムシィ選手と合体していないし、天霧選手は自力で『黒炉の魔剣』をコントロール出来るようになっているなど随分と状況が違うな』

 

『そう言われると天霧選手が有利だと思いますが……』

 

『何とも言えないな。4回戦でアルディ選手が見せた防御障壁を細かく分割して散弾のように飛ばす技は侮れないし、これは私の勘だが……アルディ選手、というより材木座選手はまだ奥の手を隠している気がする』

 

「と、ヘルガ隊長はそう言っているがどうなんだ材木座選手?」

 

「当然ある」

 

俺の問いに材木座は即答する。予想はしていたが本当にあるのかよ?どんな物かはわからんが絶対に厄介な物だろう。

 

「てか奥の手があるって俺に言って良いのか?」

 

「構わん。どうせこの試合では使うだろうからな……それよりもそろそろ試合だから話は後にするぞ」

 

まあ確かにそうだな。今は試合に集中するか。

 

 

 

 

 

 

「ふははははは!久しぶりであるな!天霧綾斗!」

 

「そうだね。2年半ぶりかな?」

 

ステージに立ったアルディは高らかに笑う。対する綾斗は穏やかな声で返しながらアルディを観察する。

 

単純なスペックならリムシィと合体した時の方が上だが、何故か今のアルディを見ているとあの時よりも危険だと綾斗は考えている。

 

「そうであるな!吾輩としてはこの時を楽しみにしていたのである!将軍から賜った素晴らしき煌式武装を駆使して勝たせて貰うのである!」

 

アルディは高らかに笑いながらハンマー型煌式武装『マグネット』とガントレット型煌式武装『スプレッダー』を高らかに見せつける。

 

綾斗も将軍ーーー材木座義輝の存在を知っている。ユリスの煌式遠隔誘導武装やクインヴェールのチーム・赫夜がチーム・ランスロットを打ち破る際に使用した煌式武装、そして警備隊に入隊した姉の遥も材木座が作り上げたブレード型煌式武装を作ったのだから。

 

クローディアから渡された有力選手のデータではヒルダやエルネスタと並ぶ天才と評されている。そんな彼が作り上げた武装をフルに使うアルディの存在は軽視出来ない。

 

(しかもヘルガ隊長の言うようにまだ奥の手を隠しているな……)

 

これは勘だが十中八九奥の手を隠していると綾斗は見ている。

 

とはいえ今は出してないようだし最低限の警戒だけしておく、と綾斗は判断して開始地点に向かう。

 

同時にアルディも開始地点に立って左手に『マグネット』を構えて臨戦態勢を取る。

 

そして遂に……

 

『王竜星武祭5回戦第1試合、試合開始!』

 

試合開始の合図がシリウスドーム全体に響いた。

 

同時にアルディは防御障壁を展開して、即座に右腕に装備してある『スプレッダー』を輝かせて防御障壁を100分割する。

 

アルディの前方に防御障壁が小さく分割されてアルディがいつでも『マグネット』を振るえるようにする中、綾斗は『黒炉の魔剣』を構えたまま動かない。

 

『おっと開始早々両者共に動かない!』

 

『仕方ないだろう。両者共に下手には動けまい。アルディ選手の場合攻撃を外したら天霧選手に寄られるだろうし、天霧選手の場合防御障壁の散弾についてまだ理解が浅いだろうからな』

 

ヘルガの言う通りである。アルディは綾斗の速さを警戒していて、綾斗はアルディの防御障壁の散弾化について警戒して下手に動けずにいた。

 

しかし観客からしたら知った事ではなく、2人が動かないと判断して直ぐにブーイングを起こす。基本的に星武祭を見る観客は気持ちが昂ぶっているからか異様に気が短い。

 

「どうしたのであるか天霧綾斗?!先に行っておくが吾輩から攻めることはないと思うが良い。吾輩は機械故に待つ事は苦でないのである!」

 

アルディがそう言うと綾斗はどうやら自分から攻めなければいけないと判断しながら息を吐く。

 

「わかったよ。それじゃあこちらから行かせて貰うよ!」

 

言うなり綾斗は真っ直ぐにアルディとの距離を詰めにかかる。その速度は尋常じゃない程早く観客の9割以上は綾斗の速さを見切れないだろう。

 

しかしアルディは機械故に問題なく見きれるので……

 

「ふんっ!」

 

掛け声と共に『マグネット』を振るう。すると次の瞬間、『マグネット』から火花が生まれて、大量の防御障壁が綾斗に向かって高速で飛んで行く。

 

それに対して綾斗は迎撃ではなく、回避を選択した。脚部に星辰力を込めて爆発的な加速力を生み出しながら横に大きく跳ぶ。するとさっきまで綾斗が居た場所周辺に大量の防御障壁が降り注ぐ。

 

しかし綾斗はそちらを見ず、無理して攻めずにその場に留まり、アルディから目を逸らさずにいた。『マグネット』を振り終えたアルディは即座に綾斗のいる方を見て防御障壁を展開して『スプレッダー』によって大量に分割する。

 

(時間にして2〜3秒か……)

 

綾斗は防御障壁を放った後に次の防御障壁を展開するまで時間を測っていたのだ。これを知っているのと知らないのとでは大きく違う。

 

現在綾斗とアルディの距離は50メートル近く。この距離だとアルディが防御障壁を放った直後に斬り込んでも、アルディの校章を斬る前にギリギリ次の防御障壁を展開されてしまうと綾斗は考えている。

 

(だからもう少し距離を詰めないと……)

 

綾斗は警戒しながらも少しずつ距離を詰める。綾斗の作戦としては……

 

①アルディとの距離を45メートル近くまで詰める

 

②一気に距離を詰めにかかる

 

③アルディが防御障壁を散弾のように放ってくるだろうから、それを回避する。

 

④アルディが次の防御障壁を展開する前に『スプレッダー』を破壊する

 

と、いう感じだ。遠距離攻撃手段を持たない綾斗にとって1番厄介なのは防御障壁の形状を変化させる『スプレッダー』である。あれを破壊すれば防御障壁を分割する事は出来なくなり、綾斗が一気に有利になると判断したからだ。

 

そして綾斗が綾斗との距離を45メートルまで詰めた瞬間……

 

「はあっ!」

 

掛け声と共に再度突撃を仕掛ける。対するアルディも迎撃するべく『マグネット』を振るい大量の防御障壁を飛ばす。

 

すると綾斗は防御障壁とぶつかる直前に……

 

「天霧辰明流剣術中伝ーーー矢汰烏!」

 

圧倒的な速度で『黒炉の魔剣』を振るい全ての防御障壁を焼き切った。

 

「な、なんと?!」

 

これにはアルディも予想外だったようで声には驚きの色が混じっていた。綾斗の矢汰烏は鳳凰星武祭でも使われていたのでアルディも知っていてはいたが、前に比べて剣の速度や鋭さは格段に向上していた故に。

 

綾斗は全ての防御障壁を焼き切ると再度アルディに突撃を仕掛ける。狙いは当初の予定通り『スプレッダー』だ。

 

校章を狙うという選択肢もあったが、綾斗はアルディが奥の手を隠している以上危険と判断して、それ以外の装備を破壊する事を優先した。

 

敵の手の内がわからない以上無理に攻めるのは厳禁であり、今現在までに判明しているもので驚異的な武器を潰すというのは間違いなく正しい戦術である。

 

 

 

 

 

 

 

しかし……今回それは悪手であった。

 

綾斗がアルディとの距離を10メートルまで縮めた瞬間、アルディは……

 

「『ダメージングハンマー』、起動である!」

 

掛け声と共に右手に煌式武装を起動する。

 

するとアルディの右手には水色のハンマーがあった。しかし濃い水色である『スプレッダー』と違って、透明に近い水色のハンマーだった。

 

そしてアルディは綾斗目掛けて『ダメージングハンマー』を振るう。対する綾斗はアルディの行動について訝しげに思いながらも『黒炉の魔剣』で防ごうとする。

 

その時だった。『ダメージングハンマー』が『黒炉の魔剣』にぶつかる直前に一瞬光り輝いたかと思えば……

 

「ぐうっ……!」

 

綾斗の頭に頭痛が走り、思わずよろめいてしまう。頭痛によって『黒炉の魔剣』も下ろしてしまい『ダメージングハンマー』を斬る事は叶わなかった。

 

(この痛み、『ダークリパルサー』と同じ……っ!)

 

そこまで考えているとアルディが自分とアルディの間に防御障壁を展開する。

 

(マズい……!ここで防御障壁の散弾を撃たれたら負ける……!)

 

そう判断した綾斗は頭痛を耐えながらもアルディが『スプレッダー』を使用する前に防御障壁を『黒炉の魔剣』で焼き切る。防御障壁は『スプレッダー』を使って分割される前に切られたので、この場には無く綾斗は最悪の状況は避けれた。

 

 

最も最悪の状況であって悪い状況は変えられず……

 

「むぅんっ!」

 

アルディの『マグネット』が綾斗の腹に叩き込まれる。防御障壁による射出が無くとも充分な破壊力で……

 

 

「がっ……!」

 

モロに食らった綾斗は食らう直前に星辰力を全身に込めたので気絶は免れたが、全身に走る衝撃に苦悶の表情を浮かべながら吹き飛んだ。

 

 

2年半ぶりに行われた綾斗とアルディの戦いは序盤はアルディがリードしていた。



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2年半ぶりの激突、天霧綾斗VSアルディ(後編)

『ここでアルディ選手の一撃が天霧選手の鳩尾に叩き込まれたぁ!』

 

『当たる直前に星辰力を込めたからそこまでダメージはないだろう。寧ろ厄介なのはあの水色のハンマーだな』

 

 

「ふむ……おそらくアレは『ダークリパルサー』を改良したものだろうな……って、エルネスタ。お前はいつまで拗ねているんだ?」

 

アルルカントの専用観戦席にてカミラ・パレートは呆れた表情を浮かべながら、隣に座りながら顔を赤くして頬を膨らませているエルネスタに話しかける。

 

「別に拗ねてないよ〜だ。単に将軍ちゃんが馬鹿だと思ってるだけだよ」

 

言いながらもエルネスタは表情を変えずにそう口にするとカミラは呆れたようにため息を吐く。

 

何故エルネスタがこんな態度を取っているのかはカミラも知っている。昨日エルネスタは材木座に可愛いと言われて、照れ隠しで材木座をどついた。

 

その時に材木座は何故どつかれたのか理解出来なかったので、今日の朝エルネスタに馬鹿正直に聞いたら、エルネスタは昨日のやり取りを思い出して材木座に強く当たったのだ。

 

(全くこいつらは……本当は仲が良いのだから素直になれば手っ取り早いんだがな……)

 

これはカミラだけでなく材木座とエルネスタ以外の『獅子派』と『彫刻派』の人間も同じように考えている。2人は小さなキッカケさえあれば直ぐに付き合うだろうと。

 

そのキッカケは、材木座とエルネスタは普段喧嘩でコミュニケーションを取っているので中々見つからない。だからこそ今回のやり取りはキッカケを生み出すと思っていたが.材木座がストレートに言い過ぎたから、エルネスタは素直になれなかった。

 

カミラは内心呆れ果てていて、エルネスタは不満タラタラの表情を浮かべていた。

 

(将軍ちゃんの馬鹿……食堂で答えられない質問について馬鹿正直に尋ねてくるなんて……本当にデリカシーがないんだから)

 

エルネスタは怒りながら今日の朝の食堂のやり取りについて思い出す。

 

ーーーなあ、エルネスタ殿。昨日は何故いきなり我をどついたのだ?差し支えなければ詳しい事情を教えて貰いたいーーー

 

それによって更なる怒りを生み出しながら……

 

ーーーいや、その……我、今までエルネスタ殿の笑顔を見てきたが……今の笑顔は今までの仮面じみた笑顔ではなく、普通の女子の可愛らしい笑顔と思っただけだーーー

 

 

ーーー友であるなーーー

 

昨日のやり取りについても思い出し、恥ずかしさと嬉しさも生み出す。3つの感情が混ざり合ってエルネスタは……

 

(本当に……将軍ちゃんは馬鹿なんだから……)

 

とても優しい笑顔でステージにいる材木座の友であるアルディを見つめだす。それを見たカミラは不思議そうな表情を浮かべる。

 

(今、何があったのだ?エルネスタの中の怒りが薄まったようにも見える。それに、これはまるで……)

 

 

 

 

恋する乙女のようだった。

 

そこまで考えたカミラはこれ以上考えると試合を見る方を疎かになりそうと判断して、エルネスタと材木座に関する事について考えるのをやめて、ステージの方に視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ここでアルディ選手の一撃が天霧選手の鳩尾に叩き込まれたぁ!』

 

「良しっ!良いぞアルディ殿!」

 

レヴォルフの専用観戦席にて実況のそんな声が聞こえると、隣に座る材木座は握り拳を作りながら立ち上がり喜びを露わにする。まあ気持ちはわからんでもないな。自分の代理人が優勝候補筆頭の1人相手にリードしたんだし。

 

「ところで材木座。アレって『ダークリパルサー』のハンマー版か?」

 

さっきの天霧の表情を見る限り苦悶に満ちていた。その事からあのハンマーは『ダークリパルサー』の能力を基にして作られた煌式武装と思える。

 

「うむ。我が開発した『ダメージングハンマー』、効果は『ダークリパルサー』と同じで超音波を生み出す煌式武装だが、使い勝手はこちらの良いだろう」

 

言いながら材木座は空間ウィンドウに表示して俺に渡してくるので見れば『ダメージングハンマー』の情報が載っていた。

 

それを見てみると大体の情報がすぐにわかった。簡単に言うと……

 

①超音波の威力は『ダークリパルサー』の5割

 

②刀身そのものが超音波である『ダークリパルサー』と違って、インパクトの瞬間に超音波を放つので相手に当てなくても超音波を浴びせられる。効果範囲は『ダメージングハンマー』から半径3メートル

 

③超音波の発生装置はハンマーの内部にあり、ハンマーそのものは超音波で出来ていないので受け太刀が可能

 

……って、感じだ。

 

ぶっちゃけ近接戦に特化した人間からしたら最悪の相性だろう。半径3メートルとか結構デカい。

 

しかしそれだけなら少し厄介や煌式武装ってだけでそこまで脅威ではない。問題なのは『ダメージングハンマー』を持っているのが、防御障壁や、防御障壁の形状を変えたり飛ばしたり出来る煌式武装も持つアルディだという事だ。

 

防御障壁、『マグネット』、『スプレッダー』、『ダメージングハンマー』

 

以上の4つの煌式武装を装備したアルディは間違いなく壁を越えた人間と渡り合えるだろう。

 

現にステージでは綾斗がアルディから離れて、防御障壁を分割して散弾のように放つアルディの猛攻に防戦一方となっている。

 

今の所は先程『マグネット』の一撃を食らった以外は攻撃を避けているが……

 

(超音波の影響で動きがドンドン鈍くなってるな)

 

天霧の動きは徐々に鈍くなっている。まあ今の天霧の体内には超音波が流れていて、星辰力で防御したとはいえ鳩尾にハンマーを食らったんだし、鈍くなっても仕方ない。

 

今の所は全て回避しているが、長くは続かないのは間違いない。そして1発でも食らえば天霧の動きは更に鈍り、そこからは完全な蹂躙となるだろう。

 

しかもアルディはカウンターを警戒して天霧に近付かずに遠距離戦に徹している。

 

天霧は1発攻撃を食らう前に何とかしないといけないだろう。でなきゃ負けを意味する。

 

(さて……どうなるやら。俺としちゃ天霧が負けてくれるとありがたいんだがな……)

 

アルディも厄介だが、俺からしたら『黒炉の魔剣』を持つ天霧の方が厄介だし。

 

そこまで考えていると丁度防御障壁の散弾攻撃をギリギリ回避した天霧が動きだすが……

 

『おおっと?!ここで天霧選手、『黒炉の魔剣』を自分の額にかざしたっ!これは一体?!』

 

『まさか……』

 

実況の言う通り、天霧は自身の額に『黒炉の魔剣』をかざしている。マジで何をやっているんだ?ヘルガ隊長はわかったみたいだが、俺にはわからん。

 

頭に疑問符を浮かべているとステージに熱波が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅんっ!」

 

アルディの掛け声と共に大量に分割された防御障壁が綾斗に襲いかかるが、辛うじて回避する。

 

しかし……

 

「はぁ……はぁっ……」

 

綾斗は疲弊していた。色々と理由はあるが先程受けた超音波だろう。獅鷲星武祭決勝で『ダークリパルサー』を受けた綾斗はアレと同種類の超音波と理解出来た。

 

その時の頭痛に比べたらマシだが、あの時とは状況が大きく違っている。あの時戦ったのは近接戦に特化した美奈兎だったので頭痛に耐えながらもカウンターで勝てたが、今のアルディは遠距離戦に徹しているので碌に近付けない。

 

このままだといつか嬲り殺しになると綾斗は理解している。1発食らったら連鎖が続きそのまま負けに繋がるだろう。

 

どうするべきか悩んでいると……

 

(……もしかしてアレなら……)

 

綾斗の頭に1つの案が生まれた。上手くいくばこの状況を打破出来る案が。

 

失敗すれば自分は負けるだろう。頭痛に苛まれている状態では天地がひっくり返ってもアルディに勝てないのだから。

 

そう思うと同時に綾斗は『黒炉の魔剣』を頭に近付ける。

 

『おおっと?!ここで天霧選手、『黒炉の魔剣』を自分の額にかざしたっ!これは一体?!』

 

『まさか……』

 

実況と解説の声が聞こえる。ヘルガは何をやろうとしたのか直ぐに理解したようだ。綾斗はそれを当然だと思った。何せヘルガは1年前に似たような行動を見たのだから。

 

 

「何を企んでいるかは知らんが……これで終わらせるのである!」

 

言うなりアルディは防御障壁を展開して『スプレッダー』で大量分解をする。

 

そしてアルディが『マグネット』を振るおうとするが、その前に……

 

「ふっ……!」

 

その前に『黒炉の魔剣』が震えたかと思えば真っ赤な熱波がステージを走り抜ける。

 

それによってアルディは思わず『マグネット』を振るう腕を遅める中、綾斗は大きく息を吐いて……

 

「はっ!」

 

そのままアルディに突っ込む。先程までとは打って変わって圧倒的な速度で。

 

『ここで天霧選手、先程とは打って変わって圧倒的な速度でアルディ選手に詰め寄る!さっき額に『黒炉の魔剣』をかざしていたがアレが関係しているのか?!』

 

『おそらく天霧選手は『黒炉の魔剣』で超音波そのものを焼き切ったのだろう』

 

『ちょ、超音波をですか?!え、いや、いくらなんでもそれは……!』

 

『信じられないかもしれないが、実際に天霧選手の速さを見れば答えは出ているだろう。天霧選手は鳳凰星武祭で『覇潰の血鎌』の能力そのものを焼き切ったし、不可能ではあるまい』

 

ヘルガの言う通り。綾斗は『黒炉の魔剣』を使って体内にある超音波を焼き切ったのだ。

 

普通はそんな考えを思いつかないかもしれないが、ヘルガの言う通り『覇潰の血鎌』の能力そのものを焼き切ったり、姉の遥はヴァルダによって自身の記憶に上書きされていた部分を焼き切ったのを見た綾斗には思いつけたのだ。

 

だから実行に移したところ大成功。多少の倦怠感は残っているが超音波が体内から無くなった事で綾斗は本来の速さを取り戻した。

 

「むぅぅぅっ!まさか体内にある超音波を焼き切るとは予想外……だが吾輩を負けるわけには行かないのである!」

 

言いながらアルディは『マグネット』を振るい大量の防御障壁を射出するも綾斗はそれを一瞥して……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

『黒炉の魔剣』に星辰力を大量に込めて刀身を分割してない状態のアルディの防御障壁と同じくらいの大きさにすると、それを地面に突きつけて盾のように構える。

 

すると『黒炉の魔剣』に触れた小さな防御障壁は一瞬で溶けて、それ以外の防御障壁は綾斗の真横を通り過ぎていった。

 

そしてそれが通り過ぎると同時に綾斗は『黒炉の魔剣』を元の大きさにして再度距離を詰める。防御障壁を展開するまで後2秒あるが、それなら綾斗がアルディとの距離を詰める方が早い。

 

「まだまだである!」

 

アルディは戦意を滾らせながら『ダメージングハンマー』を振るう。もう一度頭痛を与えて『黒炉の魔剣』で焼き切る前に倒す算段である。

 

『ダメージングハンマー』が一際強く輝いた時、アルディが『ダメージングハンマー』を振り切る前に綾斗が『黒炉の魔剣』を振るい……

 

「なっ?!」

 

そのまま『ダメージングハンマー』から放たれる超音波だけを焼き切った。それによって『ダメージングハンマー』はただのハンマーと化して、隙だらけだ。

 

アルディは慌てて防御障壁を展開するも……

 

「天霧辰明流剣術奥伝ーーー修羅月!」

 

綾斗は即座に『ダメージングハンマー』からアルディの胸にある校章を見ながら高速で突き進み、すれ違いざまにアルディの校章を防御障壁ごとぶった切った。

 

 

『材木座義輝、校章破損』

 

『試合終了!勝者、天霧綾斗!』

 

こうして2年半ぶりに行われたリベンジマッチは2年半前と同じ技を使った綾斗の勝利で幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

『ここで試合終了!天霧選手、序盤は押されていたものの『黒炉の魔剣』の特性を活かしての逆転勝利!』

 

「アルディ殿ぉぉぉぉぉぉっ!良く戦った!良く戦ったのである!貴様は我の誇りだぁぁぁぁぁぁっ!」

 

レヴォルフの専用観戦席にて材木座の雄叫びが響き渡る。本来なら煩いから黙らせると思うが、今回だけは思い切り叫ばせる事にした。

 

最後は体内にある超音波を焼き切るという事が原因で逆転を許したが、アルディの戦いは見事の一言だった。だからアルディの友人である材木座が叫ぶとのを致し方ないと判断して好きなだけ叫ばせる事にしたのだった。

 

暫く材木座は叫ぶとやがて息を吐いてから俺を見る。

 

「済まん八幡よ。我は今からアルディ殿の様子を見に行かねばならんのでこれで失礼する。思い切り叫んで済まなかったな」

 

「別に構わない。じゃあな」

 

俺がそう言うと材木座は一礼して去って行った。それにしても初戦からこれって……前回の王竜星武祭より遥かにレベルが高いな……

 

そう思いながらアルディと天霧がステージから去っていくのを眺めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「「あ」」

 

材木座がアルディを迎えに行こうと星武祭参加者の専用通路を歩いていると曲がり角でエルネスタと遭遇した。

 

「おっ、将軍ちゃんお疲れ〜」

 

最初に話しかけたのはエルネスタだった。朝に見せた怒りは既に無くなっているかのように穏やかな声で話しかけてくる。

 

「前半は押していたが残念だったな」

 

 

「エルネスタ殿にカミラ殿か。2人もアルディ殿の様子を見に来たのか?」

 

「まあね〜。それと将軍ちゃんがへこたれてないか様子を見に来たにゃ〜」

 

「ふん。我がこの程度でへこたれる訳がなかろう。敗北にへこたれてる暇があるなら新たな煌式武装を作るわ」

 

「まあ何度もへこたれずに小説を書いているお前なら当然か」

 

カミラの言う通り、材木座はアルルカントに入学してから3年近く経過して何百回も書いた小説がつまらないと言われてもへこたれずに書き続けている。幾ら星武祭とはいえ、一度の敗北で折れるはずがないだろう。

 

「まあ将軍ちゃんならそうだろうね。もしも泣いていたら慰めてあげようと思ったけど杞憂だったみたい」

 

「泣くか!我一応高3だぞ!」

 

「にゃはは〜、ごめんごめん」

 

材木座のツッコミにエルネスタはケラケラ笑う。いつもなら口喧嘩に発展する2人だが、材木座は負けた事によって、エルネスタ無意識のうちに材木座に気遣って特に揉めるつもりはなかった。

 

「ま、それよりもアルディを迎えに行こうよ。最後の剣士君の一撃でボディにダメージを受けただろうしね」

 

「まあ駆動する分には問題ないが早めに直すに越したことはないだろう」

 

「うむ……それと、エルネスタ殿」

 

「ん?何かにゃ?」

 

「その、何であるか……朝は済まなかったな。事情については分からないが、あそこまで怒るという事は相当不愉快だったのだろう?改めて謝罪する」

 

言いながら材木座は頭を下げる。材木座はエルネスタの暴行はやり過ぎだとは思ったが、あそこまでやるという事はエルネスタ自身が相当気にしている事だと思って謝罪する。

 

それを聞くと同時にエルネスタの中には若干の呆れが生まれる。

 

「(本当に将軍ちゃんって鈍感で甘いよね〜)……別に。私もちょっとやり過ぎだし謝るよ、ごめんね。でも今後は聞かないで欲しいな〜?」

 

いくら面の皮が分厚いエルネスタでもそっち方面の話には疎く、照れ隠しである事を説明するのは無理である。

 

「う、うむ。今後は気をつける」

 

「オッケー、それじゃあアルディの所に行こうか。話を聞いて準決勝の参考にもしたいしね」

 

レナティと綾斗が当たるとすれば準決勝だ。当然対策をしなくてはいけないのでアルディからも話を聞いておきたいのがエルネスタの本音だ。

 

「だろうな……エルネスタ殿」

 

「ん?何かな?」

 

「レナティ殿が天霧殿と当たるには、準々決勝で八幡と当たるが……頑張って勝ち上がるがよい」

 

「?意外だね、てっきり私だけじゃなくて八幡ちゃんを応援すると思ったよ」

 

これは純粋な疑問だった。エルネスタは材木座は日頃口喧嘩している自分より相棒と公言している八幡を応援すると思っていた。

 

すると……

 

「まあ確かに、八幡は相棒だが……エルネスタ殿が夢を叶える為に今回の王竜星武祭に懸けた思いは知っているからな。エルネスタ殿は敵であるが、出来れば報われて欲しいと思っている」

 

材木座が星武祭に出場した理由は上層部からの命令、『獅子派』会長の責務を果たすため、自分の開発した武装が壁を越えた人間に届くかなど色々あるが、自分自身よりエルネスタの方が情熱を持っていると材木座は考えている。

 

材木座にとってエルネスタは敵であるが、擬形体に懸ける思いは本気で、常に頑張っている事を知っているので報われて欲しいと思ってエルネスタに激励するも……

 

「はぁ〜?!はぁ〜?!な、なななな何をいきなり言ってるのかな?!へ、変な事を言わないでよ!将軍ちゃんの馬鹿っ!」

 

途端にエルネスタはテンパりだしてアルディがいるであろう方向に走り去って行った。

 

残ったのはエルネスタの行動を理解出来ずにいる材木座と……

 

 

 

 

(お前らさっさと付き合ったらどうだ……?)

 

心底呆れた表情を浮かべるカミラだった。



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高飛車お嬢様と外道の激突、ヴァイオレット・ワインバーグVSロドルフォ・ゾッポ

シリウスドームにてアルディと綾斗の戦闘が始まる直前……

 

『さーて、いよいよ5回戦の始まりだぁ!先ずは東ゲート!星辰力に干渉するってチート能力を持ったアスタリスク最強のマフィアの頭領!レヴォルフ黒学院元序列2位『砕星の魔術師』ロドルフォ・ゾッポの登場だぁーっ!』

 

 

カノープスドームにて、実況のクリスティ・ボードアンのハイテンションの声と共に、ロドルフォが白い歯を煌めかせながらブリッジを歩き出す。

 

同時に大歓声が沸き起こり、それを西ゲートの入り口付近にいるヴァイオレット・ワインバーグの耳に入る。

 

(流石に壁を越えた人間が出る試合は盛り上がっていますのね……てゆーか堂々とマフィアの頭領って言って大丈夫ですの?)

 

ヴァイオレットが内心呆れながら実況の声を聞いている時だった。

 

pipipi……

 

ヴァイオレットの端末がいきなり鳴り出した。こんな時に誰からだ?、と疑問に思いながら端末を開くと……

 

『from八幡さん 頑張れよ』

 

そんな一言が書いてあるメールが来ていた。それを見たヴァイオレットは不思議と口元に笑みを浮かべる。

 

(当然ですわ!この試合に勝って、天霧様にも勝って準決勝で八幡さんを倒すのが私の目標ですの!)

 

そう思いながらヴァイオレットは自身の両頬を叩いてやる気を出す。相手は元序列2位。言うまでもなく強敵だが、王竜星武祭に参加すると決めてからは強敵と当たる事は予想していたので特に緊張しない。

 

ヴァイオレットが一層気合いを入れるとアナウンスが入る。

 

『続いて西ゲート!これまでの4試合!多彩な砲弾で相手を吹っ飛ばしたぶっ飛びガール!クインヴェール女学園序列35位『崩弾の魔女』ヴァイオレット・ワインバーグゥゥゥゥゥッ!』

 

色々と突っ込みたい箇所のある実況にヴァイオレットは頬を引攣らせながらもゲートをくぐりステージに降りる。

 

同時に正面からロドルフォがやってくる。

 

「はっはー!中々良い女じゃねぇか!見る限り序列35位程度に収まる器じゃねぇし、良いね良いねー!」

 

ロドルフォは楽しそうにヴァイオレットを値踏みするのように全身を観察する。そんな中、ヴァイオレットはロドルフォの放つ圧倒的なオーラに気圧される。

 

(ロドルフォ・ゾッポ……八幡さんの前に序列2位にいた男。わかってはいましたが、本当に桁違いですわね……!)

 

ヴァイオレットも星露との鍛錬で間違いなく強くなったが、やはり壁を越えた人間に比べたら劣っているのは事実だ。実際ロドルフォは陽気に笑いながらも目の奥が笑っていない。

 

そんな風にロドルフォを警戒する中、ロドルフォ本人は楽しそうに喋り続ける。

 

「これまでは適当に嬲って楽しんでたが、お前とは戦うことで楽しめそうだしよろしくなー!」

 

嬲って楽しむ、それを聞いたヴァイオレットはロドルフォは自分とは別世界の人間と嫌でも理解する。

 

試合前に当然ロドルフォのデータを見たが、ロドルフォは掴み所のない人間だった。基本的に嬲って蹂躙するのを楽しんだり、真っ向勝負を楽しんだり、相手の攻撃を受けることすら楽しむなど気分によって戦い方を変える変わり者だ。

 

またマフィアとしてのデータもあり、そこには徹底的な自己中で他者の尊厳を一切考えない外道悪鬼であると載っていたが、それは間違いないようだ。ヴァイオレットからすれば嫌悪しか湧かない存在である。

 

「……私は勝つ為に来たので全力でやる事はあっても楽しむつもりはないですの」

 

ヴァイオレットは冷たい表情を浮かべながらそう口にするも、ロドルフォは特に気にした素振りは見せない。

 

「それならそれで構わねぇさ!俺は俺で楽しませて貰うからよ!」

 

言いながらロドルフォはヴァイオレットに背を向けて開始地点に向かうのでヴァイオレットも同じように開始地点に向かう。

 

両者が開始地点に立つとヴァイオレットはマスケット銃型煌式武装を展開する。対するロドルフォは1回戦で見せた超大型煌式遠隔誘導武装を起動する素振りは見せない。

 

(どうやら最初は能力のみで戦うつもりみたいですのね……普通なら遠距離から攻めるのがセオリーですけど……)

 

 

ロドルフォの能力は一定範囲内の星辰力へ干渉する能力で、データではロドルフォ本人を中心にした半径2メートル程度の内部と書いてあった。

 

その範囲内なら他人の星辰力へ干渉する事も出来て、界龍の拳士が得意とする拳や脚に星辰力を込めた一撃を無力化する事や、相手の全身を暴発させる事も可能と破格の能力である。

 

それならロドルフォの能力の範囲外から攻めるのが基本だが、ロドルフォの場合身体能力も桁違いだし、煌式遠隔誘導武装によって簡単に防がれるのは容易に想像出来る。それらの事からヴァイオレットは長距離からの攻撃でロドルフォを倒すのは不可能と判断した。

 

となると取れる戦術は限られてくるが……

 

『そろそろ時間だぜー!勝つのはレヴォルフかクインヴェールか、お前ら目ん玉見開いてよーく見とけよぉっ!』

 

クリスティのハイテンションの声を聞いてヴァイオレットは前にいるロドルフォを見据える。時間が迫ったし、既にある程度の策は考えているので続きは試合が始まってから考えると決めた。

 

 

そして……

 

『王竜星武祭5回戦第2試合、試合開始!』

 

遂に第2試合の幕が上がったのだった。

 

同時にヴァイオレットはロドルフォに向かって走り出す。それを見た観客からは困惑の空気が流れだし、ロドルフォも僅かにだが眉を寄せる。

 

『おおっと!ここでワインバーグ、ロドルフォ・ゾッポに向かって走り出す。奴の能力を知らない馬鹿なのか、はたまた爆発されたい生粋のドMなのかぁー?!』

 

『ちょ、ちょっとクリスティさん!言葉を選んで……!』

 

クリスティのハイテンションな説明に解説の護藤蓮也は慌てながら落ち着かせようとする。

 

そんな中、ヴァイオレットはとにかく走り続けロドルフォとの距離を25メートルまで縮めると……

 

「撃ぇーっ!」

 

マスケット銃型煌式武装を一振りする。掛け声と共にヴァイオレットの周囲の万応素が荒れたかと思えば、虚空から12発の拳大の大きさの砲弾が生まれて即座にロドルフォに向かって放たれる。狙いは全てロドルフォの足だ。校章を狙っても回避されるのがオチと判断した故に。

 

「おっと!」

 

対するロドルフォは砲弾の軌道を見切ったのか最小限のステップで回避する。対してヴァイオレットは次の手を即座に打つ。

 

「白幕の崩弾!」

 

言葉と同時にヴァイオレットが放った砲弾は空中で爆発すると白煙を噴き出してロドルフォとヴァイオレットの周囲に広がって……

 

『ここで両者が白煙に包まれやがっただとぉっ?!観客席からはともかく両選手からしたら全く見えないこの状況?!これは一体なんなんだあっ?!』

 

『おそらくゾッポ選手の能力対策かな?彼の能力は一定範囲内の星辰力に干渉するものだけど、干渉するべき対象を捕捉しなければ発動出来ないだろうし』

 

解説の言う通り、ヴァイオレットが煙幕を展開したのはロドルフォの星辰力に干渉する能力に対抗する為だ。煙幕を展開すればロドルフォは相手を視界に入れられず能力が発動出来ないとヴァイオレットは判断した故に煙幕を展開したのだ。

 

ロドルフォの能力は強力だが、この状況なら広範囲攻撃や追尾攻撃を持つヴァイオレットが有利だ。

 

よってヴァイオレットはロドルフォの機動力を削るべく白煙に包まれながら星辰力を込めて……

 

「必中の崩……っ!」

 

放とうとしたら前方ーーーロドルフォのいる方向から圧倒的な星辰力を感じたので、ヴァイオレットは攻撃を中止して距離を取る。

 

するとさっきまでヴァイオレットが居た場所とその周辺に斬撃が走った。床を見れば巨大な跡が出来たので相当強い攻撃と判断出来る。

 

同時に煙が無くなったので見れば……

 

(予想以上に早い登場ですの……!出来れば起動する前にダメージを与えたかった……!)

 

大型煌式遠隔誘導武装を3本を自身の周囲に守るように展開しているロドルフォが凶悪な笑みを浮かべて立っていた。

 

『ここでロドルフォ・ゾッポ、大型煌式遠隔誘導武装を起動!一気に勝負をかける気かぁっ!観客が盛り上がってるのに早過ぎるぞ!厳つい顔して早漏かぁっ!?』

 

実況のクリスティがぶっ飛んだ発言をする中、ロドルフォは楽しげに笑って……

 

「さてと……そんじゃ楽しくやろうぜ!楽しくよぉっ!」

 

言葉と共に両手を広げると、3本の煌式遠隔誘導武装の内、2本をヴァイオレットに向けて飛ばす。内、1本はロドルフォの近くに残っているので防御用と推測する。

 

「くっ……!」

 

対するヴァイオレットはバックステップで回避しながら砲弾を生み出して放つ。しかし大型煌式遠隔誘導武装は頑丈で一瞬動きを止める程度だった。

 

(本当に頑丈過ぎですの……!)

 

ヴァイオレットは内心苛立ちながらロドルフォの猛攻を回避する。状況は悪いと言って良いだろう。

 

一応ヴァイオレットの技の中には破壊力重視の技もあるし、それを使えば煌式遠隔誘導武装も壊す事も可能だが……

 

(ロドルフォ・ゾッポの前で大技は余り使いたくないですの……!)

 

大技の展開には基本的に隙が生じるが、ロドルフォが虎視眈々と狙っているのが危険過ぎる。距離を詰められる=負けとなるこの試合では余り隙がある技を使いたくないのがヴァイオレットの本音だ。

 

(とはいえ、いつまでもこうしていても勝ち目はないですの……こうなったら……!)

 

ヴァイオレットは二振りの煌式遠隔誘導武装を回避すると同時にマスケット銃の引き金を引いてロドルフォの顔面に向けて放つ。

 

「おいおい。そんな豆鉄砲じゃ、こいつは突破出来ないぜぇ?」

 

ロドルフォの言葉と共に、大型煌式遠隔誘導武装がロドルフォの顔面の前に移動し、盾のようにマスケット銃から放たれた光弾を防ぐ。

 

しかしそんな事は予想の範囲内だ。本命は……

 

「黒槍の崩弾!」

 

一撃必殺の砲弾だ。ヴァイオレットの前方に1発の槍の形をした黒い砲弾が現れて一直線に突き進む。同時にヴァイオレットの近くにあった煌式遠隔誘導武装の1本を破壊する。

 

『ここでワインバーグ、ロドルフォ・ゾッポの3本の煌式遠隔誘導武装の内の1本を破壊したぁっ!』

 

『見る限り相当星辰力の込められだ弾丸だね。アレを食らってマトモに立てる人間はいないね』

 

解説の言葉にヴァイオレットは当然と思う。何せこの技は自身の師匠である八幡の影狼修羅鎧を打ち破る為に開発した技なのだから、幾ら頑丈な物とはいえ只の煌式遠隔誘導武装を破壊できないようじゃ話にならない。

 

ヴァイオレットがそう思う中、黒い砲弾は一直線に向かうが……

 

「あらよっと!」

 

そんな掛け声と共に横に跳んで回避して、ギラギラの笑顔を見せてくる。

 

「確かに破壊力はあるみてぇだが、単発じゃ俺は倒せねぇよ!」

 

その言葉にヴァイオレットは内心舌打ちをする。ヴァイオレットが一度に生み出せる砲弾の数は基本的に、威力がない砲弾ならば多く、威力がある砲弾なら少なくしか生み出せないのだ。先程放った黒槍の崩弾を今のヴァイオレットでは1発しか放てない。

 

とはいえ煌式遠隔誘導武装の1つを破壊したのは事実、ヴァイオレットは次の1本を壊しに向かう。煌式遠隔誘導武装を破壊すればロドルフォは遠距離戦が出来なくなり、寄ってくるはずだ。ロドルフォの能力は恐ろしいが自分の力を全てぶつければ何とか対処出来るとヴァイオレットは考えていた。

 

そう考えているとロドルフォが動き出した。ヴァイオレットの近くにて生き残っている煌式遠隔誘導武装を引き戻してからヴァイオレットに向かって走りだす。それによってロドルフォは2つの煌式遠隔誘導武装を従わせる形で走っている。

 

対するヴァイオレットは後ろに下がりながら砲弾を生み出す。ロドルフォが攻めてくる状況で足を止めるのは愚策だ。

 

「粉微塵になりやがれですの!紅烈の崩弾!」

 

ヴァイオレットが後ろに下がりながら、5メートル以上の巨大な砲弾が現れてロドルフォに向かって突き進む。破壊力ならヴァイオレットの技の中でもトップクラスの技だ。

 

「はっはー!良いね良いねー!そうこなくっちゃなぁ!」

 

するとロドルフォは2つある煌式遠隔誘導武装をの内の1つを前方に飛ばす。そしてヴァイオレットの放った砲弾と向かい合わせて……

 

 

『ここでロドルフォ・ゾッポ、煌式遠隔誘導武装で流星闘技だぁ!』

 

『制御の難しい煌式遠隔誘導武装で流星闘技なんて難しい事を簡単にするのはゾッポ選手が魔術師として高いレベルだという事を示しているね』

 

只でさえデカい煌式遠隔誘導武装の刀身を2倍以上の大きさにしてそのまま砲弾をぶった切った。

 

それによって爆風が生じるがロドルフォはそれを気にせずに走りだす。速度はヴァイオレットよりロドルフォの方が速いのでこのままだと負けるだろう。

 

自分の技が悉く効かない事によってヴァイオレットの胸中に一瞬だけ恐怖が生まれるも、直ぐに押し留めてロドルフォを睨まながら能力を発動する。

 

「白幕の崩弾!」

 

言葉と同時にヴァイオレットが放った砲弾は空中で爆発すると白煙を噴き出してロドルフォとヴァイオレットの周囲に広がる。

 

同時にヴァイオレットは星辰力を込めて新しい技を使おうとする。使おうとするのは量滅の崩弾という文字通り無数の砲弾を放つ技である。幾らロドルフォでも白い煙の中で無数の砲弾を受けたらマズいと判断しての行動だ。

 

そう思って能力を発動した時だった。その前にロドルフォが煙から出てくる気配を感じたのでヴァイオレットが能力を使用しようとするが……

 

「はっはー!悪ぃが煙の中に居たらヤバそうだしこっちも新技でスピードアップしたぜー!」

 

煌式遠隔誘導武装に乗ったロドルフォが圧倒的なスピードでこちらに向かってくる。

 

それを見たヴァイオレットは内心驚く。煌式遠隔誘導武装に乗る手法は珍しいがアルルカントの『双頭の鷲王』カーティス・ライトが使っている前例があるのでそこまで驚いていない。

 

しかしロドルフォが煌式遠隔誘導武装に乗る戦法は初めて見る。その上新技と言った以上ぶっつけ本番で新しい技術を身につけたという事を意味する。

 

(能力頼りの凡夫ではなく、バトルセンスも桁違いですの……っ!)

 

そこまで考えたヴァイオレットはハッとした表情で顔を上げると既にロドルフォはヴァイオレットとの距離を10メートル以内に縮めていた。

 

この距離ならあって無いようなものである。そう判断したヴァイオレットは後ろに下がろうとするがロドルフォの方が一歩早くて、足に星辰力を込めるや否や煌式遠隔誘導武装を蹴りつけて、ヴァイオレットに飛びかかる。

 

そして……

 

「ぐうっ……!」

 

ヴァイオレットが後ろに跳ぶと同時にヴァイオレットの両手両足が爆ぜた。その事からロドルフォの能力を受けたのと判断出来る。

 

全身に入る痛みにヴァイオレットが膝をつくとロドルフォがヴァイオレットの真ん前に立つ。

 

「中々楽しかったがここまでだな!降参してくれね?俺は女の顔面を爆発する趣味はないんでな?」

 

その言葉にヴァイオレットは歯軋りをする。実際ロドルフォの言う通りで、この状況でヴァイオレットに勝ち目は殆どないだろう。

 

しかし……

 

(私もここまで上ってきた以上諦められないですの!)

 

言いながらヴァイオレットは最速で能力を発動しようとする。放つ技はヴァイオレットの技の中で最速の閃光の崩弾で狙いはロドルフォの校章。

 

確かにこの距離ならロドルフォの全身爆破攻撃は避けれないが、一回爆発に耐えればまだ勝機はある。この距離ならロドルフォでも自分の攻撃を避けれないだろうし。

 

そう思いながら星辰力を込めようとするが……

 

 

「閃光の崩……えっ?」

 

星辰力を込められずに能力の発動が出来なかった。ロドルフォに気圧されてミスをしたのかと思い、再度能力を発動するべく星辰力を込めようとするがまたしても失敗する。

 

「だから無理だって。お前が能力を発動するべく星辰力を込めようとしてるのを俺が阻害してんだから能力の発動は出来ねぇよ」

 

そんな戸惑うヴァイオレットを他所にロドルフォは笑いながら説明をする。

 

それを聞いたヴァイオレットは戦慄する。ロドルフォの能力は星辰力に干渉する能力とは知っていたが、能力発動の阻害も出来るとは思わなかった。

 

(星脈世代が相手なら殆ど無敵だとは聞いていましたが……これほどまでとは思いませんでしたの……!)

 

両手両足は爆発して満足に動けず、ロドルフォの近くにいる以上能力の発動は邪魔をされる。まさに詰みというヤツだろう。

 

それはロドルフォもわかっているようで再度降伏を促してくる。

 

「で?どうするよ?さっきも言ったが出来るだけ女の顔面は吹き飛ばしたくないし降参してくれねぇか?」

 

それを聞いたヴァイオレットは歯軋りをする。悔しいがロドルフォの言うようにヴァイオレットに勝ち目はない。ここで無理に攻めるのは勇敢ではなく無謀だろう。

 

一昔前のヴァイオレットなら負けを認めず、無謀に突っ込んでいたが……

 

「……わかりましたの。私の負けですの」

 

今のヴァイオレットは冷静な判断を下せるようになったので、悔しい思いをしながらも校章に触れながら負けを宣言する。

 

すると一拍遅れて……

 

『試合終了!勝者ロドルフォ・ゾッポ!』

 

ロドルフォの勝利を告げられて観客席からは大歓声が沸き起こる

 

そんな中……

 

「ぐっ……!」

 

試合が終わったからかヴァイオレットは両手両足に感じる痛みが増したように思えて、そのまま地面に向かって倒れだす。

 

(悔しい、ですの……申し訳ありませんですの……はちまん、さ……)

 

そこまで考えるとヴァイオレットは意識を失ってステージに倒れ伏したのだった。



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ロリっ子対決 ノエル・メスメルVS沙々宮紗夜(前編)

プロキオンドームにて……

 

「ふぅ……」

 

 

ノエルは控え室で緊張していた。試合まで後20分位あるが緊張が解けずにいた。

 

ノエルの対戦相手は沙々宮紗夜、高威力の煌式武装を幾つも使いこなして鳳凰星武祭ではベスト4、獅鷲星武祭では優勝と好成績を挙げている強敵だ。

 

(でも、私は負けたくない……!ガラードワースを立て直す為にも、八幡さんとシルヴィアさんに認められる為にも……!)

 

ノエルが王竜星武祭に参加した理由は2つある。

 

1つはガラードワースの為。現在ガラードワースは割と困っている状態である。

 

新会長となったノエルの兄的な存在であるエリオットが前会長のアーネストと比較されて苦労していたり、ガラードワースと仲の悪いレヴォルフの生徒とはいえ葉山が他所の生徒会長ーーー八幡を殴り飛ばしたり、学外にて八幡を馬鹿にする生徒が増えるなど様々な問題が起こっている。

 

特に葉山グループについては学内でも八幡の否定運動をしていて、事情を聞いたエリオットは毎回胃に穴を開けて週に一度は治療院に通っているほとだ。

 

よって世間でもガラードワースの評価は下がっているのでノエルは王竜星武祭で結果を出して少しでも評判を上げようとしている。

 

 

そしてもう一つは自分の為。自分の恋する相手である八幡とその恋人であるシルヴィアとオーフェリアに認めて貰う為。

 

ノエルが恋した八幡は彼女持ち、それも2人で世界の歌姫と世界最強の魔女と自分とは天と地ほど離れた存在である。

 

ノエルは自分でも身の程知らずと思っているが、シルヴィアとオーフェリアのように彼に愛されたいと思っている為、少しでも認めて貰える可能性を上げる為に王竜星武祭に参加したのだ。

 

そして昨日ノエルは八幡とシルヴィアとオーフェリアと一緒に試合を見たが、別れ際にシルヴィアに……

 

『ノエルちゃん、準々決勝まで上がってきてね。ノエルちゃんがどれだけ八幡君の事を想ってるのか見極めたいから、ね』

 

そう言われた。それはつまり可能性があると見ても良いのだろうとノエルは思った。

 

だからノエルは5回戦で負けるつもりはなかった。ここで勝って準々決勝でシルヴィアと戦って認めて貰えるように頑張りたい。

 

そしていつか、八幡やオーフェリアにも認めて貰い……

 

 

 

 

 

 

 

 

『ノエル……可愛いよ』

 

『は、八幡さん……お世辞は止めてください。私なんかよりシルヴィアさんやオーフェリアさんの方が……』

 

『お前こそ私なんかって卑下するのは止めろ。お前は可愛い……シルヴィもオーフェリアもお前を認めたんだから、お前も自信を持って俺の所に来い』

 

『あっ……!やぁっ……八幡さん…!』

 

『ノエル……んっ……』

 

『んっ……ちゅっ……は、八幡さん……優しくお願いします』

 

『ああ……元気な子供、産んでくれよ?』

 

 

 

 

 

 

そこまでが限界だった。

 

(〜〜〜っ!わ、私っ、何を考えて……!)

 

ノエルはベッドの上にて自分が八幡に押し倒さながらキスをして、子作りをしようとした所で妄想を止めて、顔を真っ赤にしながら首を横に振る。

 

「うぅぅぅ……」

 

ノエルが真っ赤になりながら両手で顔を覆っている時だった。

 

pipipi……

 

ノエルの端末がいきなり鳴り出した。こんな時に誰からと疑問に思いながら端末を開くと……

 

「ふぇっ?!は、八幡さん?!」

 

先程自分が妄想の中とはいえ純潔を捧げようとしていた相手からのメールが来ていた。同時にノエルはさっきの妄想を思い出して更に顔に熱を生み出す。

 

(な、何のメールかな?もしかして……さっきの妄想のやり取りに関係するメールじゃないよね?)

 

普通に考えたらあり得ないが、妄想を終えてから直ぐにメールがきた以上可能性がありそうなのは事実だ。

 

恐る恐るメールを開くと……

 

『from八幡さん 頑張れよ』

 

そんな一言が書いてあるメールが来ていた。同時にノエルは安堵の息を吐く。

 

(良かった……普通のメールで。い、いや別に八幡さんとそういう事をするのが嫌ってわけじゃないけど、まだ私達は付き合ってないんだし……でも、いつかは八幡さん達3人に認められて……)

 

ノエルは再度顔を真っ赤にしながら首を横に振る。その顔はまさに恋する乙女の表情だった。

 

暫く首を振っていると、遂にノエルの試合の時間となった。

 

pipipi……

 

試合開始5分前のアラームが鳴ると、ノエルは意識を切り替えて、一度深呼吸をしてから控え室を後にする。

 

ノエルの目指すのは優勝だ。今から戦う紗夜だけでなく、準々決勝で当たるであろうシルヴィアや、準決勝まで上がるであろう暁彗や、決勝に進出するであろう八幡にも負けたくないとノエルは思っている。

 

一層気合いを入れて入場ゲートをくぐると、眩い光と大歓声がノエルを迎えた。

 

『ここで西ゲートから入場したのはガラードワースのノエル・メスメル選手!気合いの表れなのか猛ダッシュでの入場だぁー!』

 

実況の声が聞こえるなか、ノエルはゲートから続くブリッジを走りステージに飛び降りる。前方には既に紗夜が居てこちらに歩み寄ってくる。

 

「よろしく」

 

「は、はい!よろしくお願いします……!」

 

紗夜の出す手に対してノエルも同じように手を出して握手をする。

 

『うんうん、試合前に小ちゃくて可愛い2人の握手……見てて和むわぁ』

 

解説の左近千歳がそう口にするとノエルと紗夜は若干眉を寄せる。

 

「私はまだまだ成長期。数年後にはナイスバディになっている筈」

 

「わ、私だって八幡さんの喜びそうな抜群のスタイルになりたいのに……」

 

ノエル自身、幼児体形ではなくシルヴィアやオーフェリアみたいに抜群のスタイルを欲しがっている。(*尚、八幡自身、ノエルは今のままで可愛いと思っている)

 

そんな願望から思わず口にしてしまい、それが紗夜の耳に入る。

 

「ん?お前は比企谷の事が好きなのか?」

 

「ふぇっ?!え、ええと……はい」

 

既に自爆した以上隠し通せないと判断したノエルは白状した。それを聞いた紗夜は眉をひそめる。

 

「お前と比企谷に接点があるとすれば……やはり魎山泊のメンバーか」

 

「は、はい」

 

紗夜は魎山泊の存在も、八幡が魎山泊にてアシスタントを務めている事も知っている。その事からノエルが魎山泊のメンバーだと思ったのだが、ビンゴだった。

 

「やっぱりな……比企谷からあの2人を奪うのは超難しい……というか無理だと思うぞ?」

 

「い、いえ……奪うつもりはなくて、私もあの中に入りたいのです……」

 

「……まあ奪うよりそっちの方が可能性は高いな」

 

紗夜の言葉にノエルは頷く。八幡からシルヴィアとオーフェリアを奪うのは殆ど不可能だ。それなら奪うのでなく仲間に入れて貰う方が上手くいく可能性はあるだろう。(それでも十分難しいが)

 

「何にせよ勝つのは私だ。リムシィとの再戦は出来ないが、負けるつもりはない」

 

言いながら紗夜は鋭い目付きでノエルを見てくる。少し前のノエルならビビっているが……

 

「わ、私も負けるつもりはありません……!」

 

握り拳を作って紗夜を見返す。鋭い目付きではないが、紗夜はノエルの目から強い力を感じた。

 

「そうか。なら試合でハッキリ白黒つけよう」

 

そう言って紗夜はノエルに背を向けて開始地点に向かうので、ノエルも同じように開始地点に向かう。

 

『何を話していたかはわからないけど、お互いに闘志を剥き出しにしてる感じだなぁ……』

 

『まあ勝てたらベスト8入りだし仕方ないんとちゃう?』

 

実況と解説がそんな風に会話をする中、ノエルは杖型煌式武装を展開する。対する紗夜は……

 

「三十五式煌型重機関砲グランヴァレリア」

 

丸太ほどの大きさはあろうかという巨大な機関砲を起動する。それを見たノエルはやはりと思った。ノエルは紗夜のデータは何度も見たが、あのグランヴァレリアはノエルの能力と相性が良いことを知っているから。

 

ノエルが警戒心を高めながら杖を構えて、紗夜がグランヴァレリアの砲口をノエルに向けて暫くすると……

 

『王竜星武祭5回戦第3試合、試合開始!』

 

試合開始の合図が告げられた。

 

同時に2人が動き出す。ノエルの足元から大量の茨が生まれ、紗夜の持つグランヴァレリアからは大量の光弾が放たれて目の前にいる敵に向かう。

 

次の瞬間、轟音と共に茨と光弾がぶつかり合う。茨と光弾はぶつかり合って千切れたり消滅したりする。しかし今の所は拮抗していて互いに無傷だ。

 

ノエルの茨と紗夜のグランヴァレリアの光弾を比べた場合、1発1発の攻撃力や耐久性はノエルの茨の方が2倍近くとかなり上だ。

 

それでも拮抗しているのは紗夜のグランヴァレリアの攻撃速度が桁違いだからだ。ノエルは毎分2000本近くの茨を生み出せるが、紗夜のグランヴァレリアは毎分4000発の光弾を放てると、紗夜の攻撃速度はノエルの倍近くだ。

 

つまり現状、ノエルがパワーで攻めて紗夜が手数で対抗している感じだ。

 

普段のノエルは手数で押すタイプで、紗夜はパワーで攻めるタイプなので今の状況は、2人の戦闘スタイルを知っている人からしたらかなり異常である。

 

しかし……

 

(若干だけど私が押されてる……!)

 

僅かに、ほんの僅かだが紗夜のグランヴァレリアの攻撃がノエルの茨を押していた。予想はしていたが、やはり紗夜の煌式武装は桁違いのようだ。

 

(やっぱりこの程度で勝てる相手じゃない。こうなったら……!)

 

そこまで考えたノエルは腰から待機状態の煌式武装を2つ取り出して起動する。それは剣型煌式武装で刀身は水色だった。

 

それを見た紗夜は嫌な表情に変わる。理由は簡単、それは……

 

『ここでメスメル選手、剣型煌式武装を展開したぁ!』

 

『アレ見たことあるわぁ……確か前回の獅鷲星武祭でチーム・赫夜が使っていた『ダークリパルサー』とちゃうん?』

 

解説の言う通り、あの剣は獅鷲星武祭で大暴れした『ダークリパルサー』と紗夜は考えているからだ。

 

ノエルが『ダークリパルサー』を持ってる事は不思議ではない。紗夜自身『ダークリパルサー』の製作者である材木座義輝が、ノエルの師匠である八幡と中学からの知り合いである事は知っている故に。

 

しかしアレの恐ろしさを知っている故に紗夜は思わず嫌な表情を浮かべている。同時に製作者のドヤ顔が紗夜の脳裏に浮かぶ。

 

(材木座の奴……次に共同開発で星導館に来た時に1発ぶちかます)

 

紗夜は内心でそんな恐ろしい事を考えるなか、ノエルが2本のダークリパルサーを上空に投げ上げる。

 

同時にノエルの足元から生える大量の茨の中から2本の茨が上空に生えて『ダークリパルサー』を捕まえて、上空から紗夜目掛けて振り下ろす。

 

それを見た紗夜はグランヴァレリアを一瞬だけ上空に向けて光弾を放ち、『ダークリパルサー』を掴んである茨を吹き飛ばし『ダークリパルサー』もノエルと紗夜から離れた場所に落ちる。1発食らっただけで猛烈な頭痛を受ける『ダークリパルサー』対策をするのは必然だ。

 

しかし紗夜が一瞬だけ隙を見せたので、ノエルは自分自身と足元にある茨に星辰力を纏わせる。普通に攻めていたのでは紗夜が有利故に違う戦術を取らないのいけないので、ノエルは攻め方を変えたのだ。

 

同時に大量の茨がノエル自身に絡みつき、ノエルは大量の茨に包み込まる。ステージには巨大な茨の球体が生まれて……

 

そして……

 

「纏えーーー聖狼修羅鎧……!」

 

茨の球体の中からそんな声が聞こえると茨の球体は形を変えながら徐々に小さくなる。

 

暫くすると狼を模した西洋風の茨の鎧を纏ったノエルが現れた。同時に観客席からは歓声が湧き上がる。

 

『ここでメスメル選手、圧倒的なオーラを醸し出した鎧を身に纏う!』

 

『さっきの『ダークリパルサー』は鎧を纏う為の時間稼ぎちゅうことやな。ていうかあの鎧、レヴォルフの比企谷選手の鎧に似てへん?』

 

解説の指摘は正しい。ノエルの聖狼修羅鎧は八幡の影狼修羅鎧をモデルにして作った技なのだから。

 

ついでに言うとノエルの切り札の大半が八幡の技をモデルにしているが、能力が似ているからだろう。

 

それを見た紗夜はグランヴァレリアを待機状態にして……

 

「三十九式煌型光線砲ウォルフドーラ……ずどーん」

 

ウォルフドーラを起動して即座に放つ。グランヴァレリアは手数重視で攻撃力が低いので鎧を纏ったノエルには通用しないと判断したからだ。

 

ウォルフドーラから放たれた光線は一直線にノエルに突き進むも……

 

「やあっ!」

 

ノエルの可愛らしい掛け声と共に放たれた可愛くない拳によって呆気なく消し飛ばされる。

 

それを見た紗夜は予想以上の破壊力に眉をひそめる。ウォルフドーラは紗夜の持つ10種類の煌式武装の中で3番目に攻撃力の高い煌式武装だ。そんなウォルフドーラの攻撃を呆気なく防げるという事はノエルの纏う鎧は桁違いの防御力を持っているという事である。

 

つまり端的に言うと……

 

「……強い」

 

紗夜はそう言いながら、自身に向かって突撃を仕掛けるノエルを睨む。

 

対する紗夜は一息吐いてからウォルフドーラを消して……

 

「四十二式煌型杭打式粒子砲アレスブリンガー」

 

次の煌式武装を展開する。同時に紗夜の右腕を覆うようにして細長い円筒型の煌式武装が顕現する。

 

アレスブリンガーは近接高火力戦闘用に紗夜が開発した新型煌式武装であり、接近戦において紗夜の技術が最大限に発揮される専用武器だ。

 

それを見たノエルは鎧の右腕に星辰力を込める。ノエルは紗夜が4回戦でアレスブリンガーを使って『双頭の鷲王』カーティス・ライトの煌式遠隔誘導武装『シャルウルカズ』を一撃で粉砕したのを見ている。

 

単純な破壊力なら今大会屈指の一撃である以上、こちらも全力を出さないといけない。

 

(念の為、左腕の茨を右腕に移す……!)

 

ノエルがそう念じると、聖狼修羅鎧の左腕の部分の茨が無くなり、全て右腕部分に移り分厚くなる。

 

そして……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「天霧辰明流沙々宮式砲剣術ーーー肆祁蜂・爆砕……!」

 

掛け声と共に力と力がぶつかり合った。



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ロリっ子対決 ノエル・メスメルVS沙々宮紗夜(後編)

『おおっと!メスメル選手と沙々宮選手の力と力のぶつかり合いぃっ!何て破壊力だ!』

 

『2人ともちっこいのに恐ろしいなぁ』

 

プロキオンドーム控え室。シルヴィア・リューネハイムはノエルと紗夜の試合を見ている。今は聖狼修羅鎧を纏ったノエルの右腕と紗夜の放った超高威力超低射程の光線がぶつかり合い、大爆発が生じている。

 

彼女は午後からノエル達と同じプロキオンドームで雪ノ下陽乃と試合があるが、それまで暇なので午前の試合を見ている。

 

他のドームでも試合が行われているが、シルヴィアはノエルと紗夜の試合を見ている。何故かというとシルヴィアが陽乃に勝った場合、準々決勝の相手がノエルか紗夜だからだ。

 

「それにしてもノエルちゃん、本当に八幡君の戦闘スタイルに似てて妬けちゃうなぁ……」

 

シルヴィアは少し羨ましく思いながら空間ウィンドウを見る。ノエルは自分の恋人である八幡に恋をしている人間で、ある意味シルヴィアが1番警戒している人間だ。

 

ノエルが八幡に恋をしている事については文句は言わない。誰が誰を好きになろうと自由だし、ノエルが八幡に恋した理由は自分と同じく彼の優しさに触れたからだし。

 

しかし……

 

(それとこれとは別……八幡君は渡したくない)

 

シルヴィアの偽りざる気持ちだ。シルヴィアとしては八幡が女子と連んでいるだけで胸にモヤモヤが湧く。新しい恋人が出来たらその数倍以上のモヤモヤが生まれる自信がある。

 

(でも……ノエルちゃんって優しいから、もしかして)

 

シルヴィアはネガティブな思考をしてしまう。シルヴィアは王竜星武祭が始まってから本格的に関わるようになったが、本当に良い子だ。

 

礼儀正しいし、細かい気遣いも出来るし、小動物みたいな容姿が保護欲を駆り立てる。同性のシルヴィアから見ても本当に素晴らしい女性だ。

 

そんな彼女なら自分達より八幡を幸せに出来るかもしれないと思ってしまう。ワザとじゃないとはいえ八幡がラッキースケベをすると直ぐに八幡に手を出してしまう自分達よりも。

 

(ダメ……どうしても悪い方向に考えてちゃう……それに、なんで私は昨日ノエルちゃんに見極めるなんて言ったんだろう?)

 

シルヴィアは昨日ノエルに……

 

『ノエルちゃん、準々決勝まで上がってきてね。ノエルちゃんがどれだけ八幡君の事を想ってるのか見極めたいから、ね』

 

と言った。側から見たらチャンスをあげてるような言い方にも聞こえる。八幡に自分とオーフェリア以外の彼女が出来たら嫌なのに。

 

(今でもよくわかんないけど……やっぱり本気で八幡君を愛してるからかな?)

 

八幡とオーフェリアとシルヴィアの3人の関係はアスタリスクでも有名で世界最強のバカップルと評されている。

 

しかしノエルはそれを知って尚、八幡に愛されたいとシルヴィアとオーフェリアの前で宣言した。その事からノエルは本気で、それこそ自分とオーフェリア位彼を愛している……と、シルヴィアは考えている。

 

(……うーん!これ以上考えても仕方ないし、明日考えよう!少なくともノエルちゃんが準々決勝に上がらなければ関係ないんだし)

 

言いながら空間ウィンドウを見ると、先程2人が激突した事によって生まれた爆風の中からノエルと紗夜が出てくる。

 

見ればノエルの右腕にある茨は全て剥がれていた。その事から紗夜の一撃の方が破壊力を持っていた事を意味している。

 

「さて……アレを見る限りノエルちゃんが不利だけど、どうなるやら……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「天霧辰明流沙々宮式砲剣術ーーー肆祁蜂・爆砕……!」

 

掛け声と共に力と力がぶつかり合った。ノエルの聖狼修羅鎧の右腕と紗夜のアレスブリンガーから放たれる光線がぶつかり合って……

 

 

ドゴォォォォォンッ……

 

大爆発が起こり、周囲には爆煙が、互いの足元にはクレーターが生まれる。そんな中ノエルの右腕は紗夜のアレスブリンガーを破壊しようと、紗夜のアレスブリンガーから放たれた光線はノエルの右腕に纏われる鎧を打ち破ろうとしている。

 

結果……

 

「ぐぅっ……!」

 

紗夜のアレスブリンガーから放たれた光線がノエルの右腕に纏われる茨を全て吹き飛ばす。それでも尚、光線は消えずにノエルの制服の右袖を焼き、生肌も若干焦がしていた。

 

アスタリスクの六学園の制服は星武祭に備えて衝撃や熱に強いが、紗夜のアレスブリンガーの火力はそれを上回ったのだ。もしも制服が熱に弱かったらノエルの右腕は大火傷をしていたのは間違いない。

 

(何て破壊力……純星煌式武装を上回ってるよ……!)

 

ノエルは右腕に走る痛みを無視しながら鎧を修復して紗夜を見据える。対する紗夜は一度アレスブリンガーを振ってから再度同じ構えを見せる。こちらに来ないという事はカウンター狙いと推測出来るので迂闊には攻める事が出来ない。

 

(どうしよう……!聖狼修羅鎧じゃ力負けするし、大量の茨で攻める戦術はさっき通用しなかったし、他の技を使わないと……!)

 

しかし聖狼修羅鎧で力負けしたという事は大抵の技が効かないだろう。そうなると思いつく技は2つしかない。

 

1つは聖狼夜叉衣。聖狼修羅鎧に使う茨を両手両足に移したり、背中に翼を生やして、防御力を捨てる代わりに攻撃力と機動力を得る衣を纏う技だが、即座に却下した。

 

理由は防御力が低過ぎるからだ。もしもカウンターの一撃を食らったら間違いなく気絶して負ける自信がノエルにはあった。

 

機動力で翻弄してカウンターを出来ない状態にするパターンも考えたが、紗夜は天霧綾斗の幼馴染。彼と鍛錬をしているなら見切れる可能性が高い。聖狼夜叉衣の速度は綾斗の機動力より殆ど互角だし。

 

そうなると聖狼夜叉衣は紗夜相手に使うのは少々リスクが高いと考えてしまう。

 

となると、残るは1つ……

 

(アレしかない、よね……)

 

ノエルは頭にある技ーーーアーネスト相手にも勝ち星を挙げた最強の技を思い浮かべる。アレを使えば紗夜に勝てるのは間違いないだろう。

 

しかし準々決勝で当たる可能性が高いシルヴィア相手に見せたくない気持ちが強い。初見か否かで勝率は大きく変わるのはずっと昔の時代からだ。

 

そんな事を考えていると紗夜が動き出す。

 

「四十一式煌型誘導曲射粒子砲ヴァルデンホルト改……ずどーん」

 

紗夜がそう呟きながらヴァルデンホルト改を起動して全砲門を一斉に放ってくる。

 

ノエルが慌てて横に跳ぶもヴァルデンホルト改は追尾性能を持った攻撃を放つ煌式武装。六条の光の奔流は弧を描いてノエルの鎧に当たる。聖狼修羅鎧は機動力が低いので全弾命中して……

 

「うぅ……!」

 

鎧の一部が剥ぎ取られる。幸い校章は破壊されてないが若干身体に衝撃が走る。ヴァルデンホルトは紗夜の持つ煌式武装の中で2番目に破壊力を持つ煌式武装であり、ノエルの鎧を破壊することに成功していた。

 

ノエルは鎧を修復しながらある考えに至った。

 

(……やっぱりアレを使おう。使ったら次の準々決勝は厳しいけど、出し惜しみして5回戦で負けたら意味ないしね……)

 

ノエルは内心そう呟くと体内から星辰力を込め始める。一度切り札を切ると決めたなら一切の躊躇いはなかった。

 

すると……

 

ーーー頑張れ、ノエルーーー

 

そんな声が耳に入ってくる。普通に考えたらあり得ない。その声の主はプロキオンドームではなくてシリウスドームにいるのだから。

 

だけどノエルにはどうでも良かった。例え幻聴だとしても彼の声援は心強いのだから。ノエルはテンションが上げながらも更に星辰力を込める。

 

ノエルの様子を見た紗夜は危険と判断したのか再度ヴァルデンホルト改の一斉攻撃をしてくる。

 

それによってまた六条の光の奔流がノエルに襲いかかるも……

 

 

 

 

「呑めーーー茨神の創造神装」

 

ただ一言、そう呟く。同時にノエルの周囲から星辰力が爆発的に噴き上がり、聖狼修羅鎧に纏わり付いたかと思えば、押し付けるように圧縮が始まる。

 

同時にノエルの身体からギシギシと音が鳴り若干の痛みが生まれるが、ノエルはそれを気にしない。

 

寧ろ好きな男の最強の技と同種の技を使う事を改めて認識しながら限界まで聖狼修羅鎧を圧縮するように星辰力を操作する。

 

そして遂に限界まで聖狼修羅鎧を圧縮し切り、背中から大天使の如く6枚の翼を生やし……

 

「やぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

雄叫びと共に左腕を振るう。すると……

 

ゴッ……!

 

左腕から放たれる圧倒的な衝撃がヴァルデンホルト改から放たれた六条の光の奔流を全て吹き飛ばす。

 

余りの光景に先程まで盛り上がっていた観客も静まってしまう。

 

『え、ええっと……これは……』

 

『信じられへんけど……拳圧で沙々宮選手のホーミングレーザーを消しとばしたんとちゃう、かな?』

 

実況のナナ・アンデルセンと解説の左近千歳の口から出る声は信じられないとばかりに震えていた。長く星武祭の実況と解説を務めたいた2人からしても信じられないのだろう。

 

(結構ギリギリだった……能力の発動中に負けたんじゃ笑えないからね)

 

ノエルは苦笑しながら自身の身に纏う鎧を見渡す。

 

これがノエルの最強の技、茨神の創造神装。聖狼修羅鎧を凝縮することで圧倒的なパワーと防御力を、背中に生えた6枚の翼によって圧倒的な機動力を得ている。

 

勿論モデルは八幡の影神の終焉神装だ。地面から茨を生やすノエルの能力と、地面にある影を伸ばして戦う八幡の能力は酷似している故に彼の戦い方を模倣するのは合理的である。ノエル個人としては好きな人の奥義に憧れていたという理由もあるが。

 

そして紗夜のヴァルデンホルト改の攻撃を全て撃ち落としたノエルは背中にある6枚の茨の翼を羽ばたかせて一直線に紗夜に向かって突撃を仕掛ける。

 

対する紗夜はヴァルデンホルト改のバーニアを全開にしてステージを滑るようにしながら距離を取りながらホーミングレーザーを放つも……

 

 

『何とメスメル選手!向かってくるホーミングレーザーを全て弾き飛ばしぁっ!』

 

『いや硬過ぎやろ……』

 

先程聖狼修羅鎧の装甲を剥がしたヴァルデンホルト改のホーミングレーザーだが、茨神の創造神装相手には傷1つ付かなかった。

 

それを見た紗夜は近付いてくるノエルを見据えながらヴァルデンホルト改を待機状態にする。ヴァルデンホルト改が効かないなら紗夜も最強の武器で迎え撃たないと負ける故に。

 

 

「四十二式煌型杭打式粒子砲アレスブリンガー」

 

先程ノエルの聖狼修羅鎧をぶち破ったアレスブリンガーを展開する。同時に紗夜の右腕を覆うようにして細長い円筒型の煌式武装が顕現する。

 

アレスブリンガーは近接高火力戦闘用に紗夜が開発した新型煌式武装であり、接近戦において紗夜の技術が最大限に発揮される専用武器である。ノエルがこちらに寄ってくるからアレスブリンガーが1番ノエルを倒せる可能性のある煌式武装だ。

 

(今度は負けない……!)

 

ノエルがそう念じながら速度を上げて……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「天霧辰明流沙々宮式砲剣術ーーー十昆薊・爆裂……!」

 

ノエルはシンプルに拳を放ち、紗夜はアレスブリンガーを持って身体を捻るように薙ぎ払う。

 

茨神の拳と超高威力超低射程の光線による薙ぎ払いがぶつかり合い……

 

「やあっ……!」

 

「むぅぅぅっ!」

 

茨神の一撃が光線による薙ぎ払いを、紗夜のアレスブリンガーもろとも吹き飛ばした。紗夜は咄嗟に回避しようと身体を捻ったのでノエルの拳を直撃しなかったものの衝撃波によって遠くまで吹き飛び、残ったのは圧倒的な力を宿した神装を纏ったノエルとアレスブリンガーの残骸だけだった。

 

ノエルはアレスブリンガーの残骸を一瞥すると紗夜の元に突っ込み、右腕の部分だけ茨を剥がして……

 

「えいっ!」

 

可愛い声と共に紗夜の校章にパンチを入れて校章を破壊する。茨神の創造神装を纏った状態で紗夜を殴ったら、今後紗夜の日常生活に支障が出る可能性を危惧した故に。

 

『沙々宮紗夜、校章破損』

 

『試合終了、勝者ノエル・メスメル』

 

機械音声がノエルの勝利を告げると、毎度のように一拍遅れてステージに大歓声が降り注ぐ。

 

「むぅ……近接戦でアレスブリンガーが力負けするとは思わなかった」

 

紗夜はフラフラしながらも起き上がるので、ノエルは茨神の創造神装を解除して紗夜の元に向かう。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「ちょっとクラクラするけど問題ない。寧ろアレスブリンガーがお釈迦になった方が痛い」

 

「ええっと……」

 

ノエルがポカンとした表情を浮かべる中、紗夜は口を開ける。

 

「まあ負けは負けだ。決勝戦で綾斗と当たるまでは応援する」

 

紗夜は無表情ながらノエルを応援する。それについては素直に嬉しいが……

 

「いえ。決勝戦にあがるのは八幡さんです」

 

ノエルはそう返す。八幡と綾斗が当たるとしたら準決勝だが、ノエルは八幡が勝つと考えている。

 

すると紗夜は無表情ながら首を横に振る。

 

「いや、勝つのは綾斗だ」

 

「八幡さんです」

 

「綾斗」

 

「八幡さん」

 

「綾斗……!」

 

「八幡さん……!」

 

それからノエルと紗夜は暫くの間、互いに一歩も引かずに額をぶつけるように互いの想い人が勝つのだと揉めあったのだった。



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午後の試合を前に比企谷八幡は……

『そんでよ、後一歩の所で純星煌式武装を使われて負けたんだよ!あー……マジで苛つく!』

 

「だからわかったって。つーか俺今から昼飯を食う所なんだよ。愚痴なら俺の試合が終わってから幾らでも聞いてやるから後にしろ」

 

シリウスドームの廊下にて、俺は飯を食いに行く途中にイレーネから電話を受けて愚痴を聞かされている。

 

イレーネは午前中にカペラドームにて若宮と激突して僅差で敗北した。序盤はイレーネが押していたが、押し切る前に若宮が純星煌式武装『重鋼手甲』を使って逆転したのだった。

 

「てかベスト16なら学園から充分な褒賞金ーーーそれこそ俺への借金も返済出来て完璧な自由になれんだからそれで我慢しとけ。というか喚いても結果は変わんないんだし」

 

星武祭で本戦に出場出来た選手は学園から様々な特典を貰える。優勝すれば統合企業財体からありとあらゆる願いを叶えられる権利を貰えるが、大抵の選手の願いは本戦出場によって学園から与えられる特典で叶うくらいだ。

 

俺なんて前シーズンの王竜星武祭でベスト4になって特典の賞金でMAXコーヒーを実質飲み放題だし。

 

そしてイレーネはベスト16。俺が立て替えた借金も返せるくらいの金は貰えるだろう。

 

『そりゃそうだけどよ……やっぱり悔しいんだよ!今日お前の試合が終わったら愚痴に付き合えよ!』

 

「別に構わないが、その前にヴァイオレットの見舞いに行かせろよ」

 

ヴァイオレットは午前の試合でロドルフォに敗退した。その際に両手両足を爆破されたので治療院に運ばれたので見舞いに行きたい。不幸中の幸いなのは顔面や全身を爆発されなかった事だろう。

 

ロドルフォが女好きの性格で良かった……これが女に興味ないレヴォルフのチンピラから容赦なく全身を爆発させていただろうし。

 

『そういやロドルフォの奴と戦った女もお前の弟子だったな。まあそんくらいは鎌わねぇよ』

 

「はいよ。んじゃ飯食うからまたな」

 

言いながら空間ウィンドウを閉じて、俺はシリウスドームを後にして近くにあるカフェに向かう。

 

すると幸いな事にちょうど一席が空いたので遠慮なく座る。そしてウェイトレスさんにサンドイッチとコーヒーを頼んでから空間ウィンドウを見る。

 

午前の4試合は全て終了して、あと2時間もしないで午後の試合が始まる。

 

ちなみに午前の試合でベスト8入りが決まったのが天霧、ロドルフォ、ノエル、若宮、それと小町の不戦敗によって不戦勝となったレナティ だ。

 

そんで準々決勝の相手は天霧とロドルフォが戦うのは決まっていて、ノエルの対戦相手はシルヴィか雪ノ下陽乃、若宮の対戦相手は暁彗か梅小路のどちらかだ。

 

残ってる試合は俺とリースフェルト、暁彗と梅小路、シルヴィと雪ノ下陽乃の3試合だ。

 

(今日の試合でリースフェルトに勝ったら次はレナティ……マジで怠いな)

 

レナティの試合は勿論見ているが、圧倒的な機動力と攻撃力で予選の3試合全てを10秒以内で終わらせている。しかも戦い方は殆ど遊び半分で底はまだまだ見えない程だ。言っちゃ悪いが小町が万全な状態で挑んでも勝ち目は薄いのは間違いない。レナティの実力はネイトネフェルより上だろうから。

 

そんな事を考えている時だった。

 

「相席しても良いか?」

 

いきなりそんな声が聞こえてきたので顔を上げると……

 

(おいおい、リースフェルトかよ……)

 

そこに居たのは1時間半後にぶつかるリースフェルトだった。時間から考えるにコイツも同じく昼食を食べに来て、混雑している所で俺を見つけたから相席を頼んだのだろう。

 

別にリースフェルトと相席する事に不満がある訳ではないので……

 

「好きにしろ」

 

「そうか。では遠慮なく相席させて貰おう」

 

言いながらリースフェルトは俺の向かいに座って、ウェイトレスに注文をする。だったそれだけの事なのに凄く華があって美しかった。流石は王女と言ったところだろう。

 

暫くしてから俺達のテーブルに料理を置かれたので食べ始める。そしてリースフェルトが紅茶を含んだ瞬間に……

 

「ところでリースフェルトよ、愛しの天霧は一緒じゃないのか?」

 

「ぶふっ……!」

 

軽くおちょくると、リースフェルトは案の定咽せた。下品吹き出すような事は無かったが、それ故に息苦しそうだ。

 

暫くリースフェルトは呼吸を整えると、顔を赤くしながら俺に詰め寄ってくる。

 

「な、なななな何を言っている?!私と綾斗はそんな関係じゃ……!」

 

いや、真っ赤になった挙句完全に否定してない時点で完璧にホの字じゃねぇか。材木座とエルネスタもそうだが、さっさと付き合えよ。

 

「あー、悪かった。んで結局天霧は?」

 

「はぁ、はぁ……綾斗ならアルディの一撃を食らった時に骨に異常がないか確かめに治療院に行っている」

 

リースフェルトは未だに息苦しくしながらも説明をする。言われてみれば納得だ。モロにアルディのハンマーを受けたのだし確認はしておくべきだろう。

 

「そうかい……にしても今年の王竜星武祭はマジで疲れるわ……」

 

「まあお前の場合、ハズレくじを引きまくりだからな」

 

リースフェルトの言う通りだ。予選の3回戦では黒騎士、本戦最初の4回戦では『大博士』と壁を越えた人間2連戦とは嫌がらせのように思えてしまう。

 

「その点お前は羨ましいぜ、今のところハズレと当たってないし」

 

「いや、今から1時間半後にお前と言うハズレと戦うな」

 

「人をハズレ呼ばわりすんな。寧ろ当たりだろうが。今の俺は影神の終焉神装を使えないんだぞ?」

 

「むっ……影神の終焉神装とは昨日の試合で使った技か?」

 

「そうそう。医者から今日は絶対に使うなって言われてんだよ」

 

まあ自分でも使ったらヤバいと思うけど。影狼修羅鎧はともかく、高速機動戦を得意とする影狼夜叉衣も比較的危ないだろう。

 

「ふむ……そう考えたら当たりかもしれないな。……比企谷」

 

「何だよ?」

 

「高等部に進学してからお前には何度も世話になった」

 

「何だよいきなり?俺は自分のやるべきことをやっただけで世話したつもりはねぇよ」

 

「お前がそう思ってなくとも私はそう思っている。オーフェリアの件にしろ、フローラの件にしろ、孤児院の襲撃の時とお前には感謝しても足りないくらいだ……だが」

 

リースフェルトは一度区切ってから俺を見る。

 

「今回は勝たせて貰うぞ。一度くらいお前に勝ちたいからな」

 

「……やってみろ。言っとくが俺が万全の状態から程遠いからって易々と勝てると思うなよ?」

 

確かに影神の終焉神装が使えないのは痛いが、アレを使えなくてもそう簡単に負けるつもりはない。俺も星露と週に一度は戦っているんだし、生身でも充分に強くなった自負がある。

 

「そのつもりだ。私もお前達壁を越えた人間に勝つ為に地獄を経験したんだ。易々と負けるつもりはない」

 

あ、やっぱりこいつも地獄を見たんだな。俺はノエルとヴァイオレットを通じて星露の鍛錬を見たがアレは壁を越えてない人間にはまさに地獄だった。リースフェルトの言葉から改めて魎山泊の鍛錬は地獄だという事を理解してしまう。

 

(やれやれ……5回戦も一筋縄では行かなそうだな)

 

そんな事を料理を食べるのを再開する。もう直ぐ戦う相手がいるのに不思議と焦る事なく、穏やかな時間を過ごす事が出来たのが意外だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれから1時間20分後……

 

「さて、そろそろ行きますか」

 

リースフェルトと飯を食った俺はリースフェルトと別れた後、控え室に戻って軽いストレッチをしたり、リースフェルトの戦闘記録を見ていた。

 

そんで試合10分前になったので控え室を後にした。今からチンタラ歩いていけば入場ゲートには試合開始5分前には着くだろう。

 

そう思いながら選手専用通路を歩いている時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷!」

 

いきなり後ろから声がしたので振り向くと……

 

「随分な挨拶だな、葉山。人として恥ずかしくないのか?」

 

そこには1回戦にて俺に敗北した葉山がいて俺の胸倉を掴んで壁に叩きつけてくる。痛いなオイ。

 

すると葉山は憎悪と憤怒が込められた目を向けてくる。

 

「黙れ!卑怯な手を使うだけじゃ飽き足らずに『華焔の魔女』に八百長を頼む奴に言われたくない!お前の方こそ人として恥ずかしくないのか?!」

 

「八百長?何の話だ?」

 

「とぼけるな!昼に彼女と一緒にいただろう!その時に彼女に負けるように頼んだに決まってる!」

 

うわ面倒だな……まあ確かに対戦する者同士に一緒に飯を食っていたら、人によっては星の売り買いをしていると思われても仕方ないかもしれないな。

 

だが……

 

「してねーよ。単に飯を食っただけだ」

 

これは事実だ。バレたら間違いなく面倒な事になるし、それ以前にリースフェルトの性格からして星の売り買いなんて絶対にしないだろう。

 

しかし……

 

「嘘を吐くな!どうせ今までの試合も八百長で勝ったんだろ?いい加減に認めろ!」

 

葉山は俺の言葉を一蹴する。ヤバい、試合前なのにガチで苛ついてきた。

 

「だからしてねぇって。じゃあ聞くが俺は1回戦で八百長をするようにお前に頼ん「比企谷、少し黙れよ」おいおい。言い返せないからって暴力か?」

 

「煩い。俺の時は洗脳でも「何をしてるんですか……?!」の、ノエルちゃん?!」

 

途中で声が割り込んできたので見れば俺達の横には午前中にベスト8に進出したノエルがいて、怒りを露わにしながらこちらにやってくる。

 

「これから試合を行う選手に暴行を加えようとするなんて何を考えているんですか!秩序の代行者たるガラードワースの品位を更に落とすつもりですか?!」

 

ノエルはそう言ってくるが、ガラードワースで秩序の代行者たる人間って俺の知る限り少ないんだよなぁ。少なくとも学園の4割を占めていた葉山グループの人間は違うだろうし。

 

(てかノエル、更に落とすって言ったが、これって葉山の所為だよな……?)

 

内心呆れるなか、葉山は俺の胸倉から手を離してノエルに顔を向ける。

 

「待ってくれノエルちゃん。俺はただ秩序の代行者として比企谷の八百長を止めようとしただけなんだ。あの屑を止めるだけであって間違った事はしてないし、ノエルちゃんも比企谷にかけられた洗脳を解いて一緒に比企谷の愚行を止めよう!」

 

いやいや、洗脳って何だよ?俺にそんな能力ねーよ。どんだけ被害妄想が激しいんだよ?

 

「八幡さんは洗脳能力を持ってないです!それに八幡さんを屑って言わないでください!」

 

「俺は事実を言っている!君は騙されているんだ!正気に戻ってくれ!」

 

「私は正気です!大体八幡さんに洗脳能力があるなら三年前の王竜星武祭でシルヴィアさんに勝っている筈です!」

 

「……っ!」

 

ノエルの言葉に葉山が黙り込む。まあ確かに俺に洗脳能力があれば負けはないだろうな。あの時の俺とシルヴィは殆ど互角だったし。

 

「い、いや……それは……そ、そうだ!前回の王竜星武祭以降に目覚めた能力で、比企谷はそれで「いい加減にしてください!それ以上八幡さんを悪くいうなら先程八幡さんの胸倉を掴んで壁に叩きつけていた事を運営委員会に報告します!」っ!ま、待ってくれ!俺は悪くない!それに万が一俺が悪いと判断されたらガラードワース全体が咎められる可能性があるんだ!」

 

「構いません!明らかに葉山先輩が悪いのでガラードワース全体で罰を受けることも考えています!」

 

ノエルは言い切った。それを見た俺は冗談抜きで驚いた。

 

もしここでノエルが運営委員会に報告したら間違いなくガラードワースは罰を受けて評価が下がるだろう。

 

ノエルは元々ガラードワースの下がった評価を上げる為に王竜星武祭に参加しているのだ。にもかかわらず、ノエルは葉山が悪い事をしているのを止める為に報告しようとしている。

 

ノエルこそガラードワースの模範的な生徒だろう。フェアクロフさんが引退したから弱体化すると言われていたガラードワースだが、ノエルみたいなのが生徒会にいるなら大丈夫だろう。

 

「くっ……ここまで洗脳されてるとは……!比企谷!お前の思い通りにはさせない!いつか絶対にお前からガラードワースを守ってみせる……!」

 

葉山はそう言ってから足早に去って行った。あいつはマジで何がしたかったんだよ?

 

呆れていると……

 

「すみませんでした八幡さん……!」

 

ノエルが頭を下げて謝ってくる。別にお前は悪くないのに律儀な奴だな。

 

「別に気にしなくていい。それと運営委員会に報告しなくていいからな?」

 

「で、ですが……「だから気にすんなって」は、はい……」

 

ノエルは納得いかない表情を浮かべながらも小さく頷くが、それで良い。俺自身葉山をウザいとは思うが、だからといってガラードワース全体を責めるつもりはない。

 

もしも俺が運営委員会に報告したら葉山は裁けるが、フォースターやノエルにも迷惑がかかるだろう。そしたらフォースターの胃が爆発しそうだし、ノエルが王竜星武祭に参加した理由も潰れてしまうし黙っているつもりだ。

 

葉山については王竜星武祭が終わってから落とし前をつけさせて貰うがな

 

「そんな事よりも準々決勝進出おめでとさん。まさか影神の終焉神装をモデルにした技も作ってるとは思わなかった」

 

さっきノエルの試合を見たが、ガチで驚いた。魎山泊での鍛錬にて手の内を隠しているのは知っていたが、影神の終焉神装をモデルにした技もあるとは思わなかった。

 

「え、ええと……八幡さんのアレを見て強いと思ったので作ってみました……ダメでした?」

 

「いやいや、それはお前の自由だから俺はどうこう言わない……っと、済まんがそろそろ時間だし失礼する」

 

葉山の所為で余計なロスを食らってしまった。時間的には間に合うが奴に時間を奪われたのはムカつくな。

 

「あ……その前に八幡さん。エールを送りたいので頭を少し下げて、ちょっと目を瞑ってくれませんか?」

 

そんな事を考えているとノエルは真っ赤に、それで不安そうな表情を浮かべて聞いてくる。

 

「別に構わないが早めに済ませろよ」

 

言いながら目を瞑って頭を少しだけ下げる。何をする気だ?目を瞑って顔を下げるって、訳がわからん。

 

疑問符を浮かべていると……

 

 

ちゅっ……

 

いきなり……に柔らかい感触が伝わってくるので思わず目を見開くと、ノエルが俺の……にキスをしていた。

 

予想外の展開に驚いている中、ノエルは俺から離れて……

 

 

「そ、その……頑張ってください!」

 

そう言ってから走り去って行った。その速さは尋常じゃないくらい速かった。それに対して俺は……

 

 

 

「リースフェルトとやり合う前から顔が熱くなっちまったじゃねぇか……」

 

顔に熱が溜まるのを実感しながらも入場ゲートに向かって歩き出したのだった。



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激戦、比企谷八幡VSユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト(前編)

『さぁ!いよいよ午後の試合です。先ずは東ゲートから現れるのは星導館学園序列5位、史上2人目のグランドスラムの権利を有する『華焔の魔女』ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト選手だぁぁっ!』

 

『魔女としてはシルヴィア・リューネハイム選手と並んでトップクラスだな。近・中・遠距離戦でも抜群の安定感を示していて今大会屈指のオールラウンダーだろう』

 

西ゲートにて待機している俺は向かいの東ゲートからリースフェルトが走って、ステージに飛び降りるのを目にする。

 

リースフェルトがステージに降りたってことはそろそろ俺の番だろう。

 

『続いて西ゲート!レヴォルフ黒学院序列2位、昨日の4回戦では圧倒的な力でステージをボロボロした前シーズン王竜星武祭セミファイナリスト、『影の魔術師』比企谷八幡選手の登場だぁっ!』

 

『今回の戦いは実に興味深いな。両者共にアスタリスクでもトップクラスに多彩な技を持つ能力者同士のぶつかり合いだからな』

 

実況の声が聞こえたので俺も西ゲートをくぐり、歓声とスポットライトを浴びながらステージに飛び降りるとリースフェルトがこちらにやってくる。

 

「昼食の時以来だな。改めてよろしく頼む」

 

言いながら手を差し出してくるので、俺も差し出す。前回の王竜星武祭でもシルヴィに握手を求められたが律儀だなぁ……

 

「ああ。よろしく」

 

言いながら握手をするとリースフェルトがマジマジと見てくる。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや……気の所為かもしれないが、顔が赤いぞ?」

 

「……っ!」

 

リースフェルトェ……事情を知らないとはいえ思い出させないでくれよぉ……また顔が熱くなっちまうし

 

「わ、悪いな。ちょっと暑いから顔が赤いんだと思う?」

 

「今は2月だぞ?」

 

「………さて、そろそろ試合開始だし開始地点に行くぞ」

 

「……この短時間で何があったんだ?」

 

ノエルにキスされました。まあ馬鹿正直に言うつもりはないけどな。

 

「まあ色々だ」

 

俺はさっき感じた柔らかい感触を思い出して顔を熱くしながらもリースフェルトに背を向けて開始地点に向かう。そして正面を見るとリースフェルトも開始地点に向かっていて、ホルダーから煌式遠隔誘導武装を取り出して起動する。

 

対する俺は徒手空拳だ。星露との鍛錬の影響で基本的に素手で戦うようになった。『ダークリパルサー』は持っているが状況に応じて使用するのであって初っ端から使うつもりはない。

 

そして俺達が互いに構えを取ると……

 

『王竜星武祭5回戦第5試合、試合開始!』

 

タイミングを狙っていたかのように試合開始を告げられる。

 

同時に俺は走り出して、リースフェルトは手に持つ『ノヴァ・スピーナ』を向ける。

 

そして……

 

「咲き誇れーーー赤円の灼斬花!」

 

「影の刃軍」

 

同時に能力を使用する。リースフェルトの周囲からは炎の戦輪が、俺の足元からは影の刃が生まれて互いに向けて放たれる。

 

その数は両者共に50を優に超えていて……

 

ドドドドドドドドッ……

 

当たった瞬間大量の爆発が生じる。影の刃は溶けるように崩れて、炎の戦輪は弾けるかのように消滅した。

 

しかしこんなのは唯の挨拶である。俺は爆風を手で払いながらもリースフェルトに詰め寄る。対するリースフェルトはバックステップをしながら俺に煌式遠隔誘導武装を3本飛ばしてくる。

 

「おらっ!」

 

だから俺は迎撃するべく腕に星辰力を込めて殴り飛ばす。すると3本の煌式遠隔誘導武装は壊れはしないが遠くに吹き飛ぶ。

 

しかしそれは囮だったようで、残り3本の煌式遠隔誘導武装がリースフェルトの周囲に配置され、星辰力が湧き上がり……

 

「咲き誇れーーー重波の焔鳳花!」

 

言葉と同時にリースフェルトを中心として何重もの焔の波が放射状に迸る。

 

「(そっちが波なら俺も波を使わせて貰うか)拐えーーー影波!」

 

言葉と同時に俺の足元から影の波が生まれて放射状に迸り、焔の波とぶつかり合う。

 

それによって2種類の波がぶつかり合って消滅する中、俺は再度影に星辰力を込めて……

 

「起きて我が傀儡となれーーー影兵」

 

そう呟く。するとと俺の影が黒い光を出し、5体の黒い人形が湧き出る。その姿は真っ黒ではあるが全て俺と同じ体格をしている。

 

5体の影兵を出すや否や俺は腰にあるホルダーから『ダークリパルサー』を起動して影兵に投げ渡す。

 

すると2種類の波が対消滅するので、俺は影兵5体にリースフェルトを叩くように指示を出す。

 

すると影兵が広がりながらもリースフェルトの元に向かって走り出すので俺もそれに続く。

 

暫く走るとリースフェルトが動きだす。

 

「咲き誇れーーー九輪の舞焔花!」

 

桜草の形をした火球が5体の影兵に向かって襲いかかる。しかし影兵は横に跳んだり、ジャンプしたりして回避する。

 

当然のことだ。影兵の実力は一度に出した影兵が多ければ多いほど個々の実力は弱くなるが、星露との鍛錬にて能力を高めた俺の影兵はかなり強くなった。今出した影兵1体1体の実力は冒頭の十二人に入れるかギリギリレベルなので牽制攻撃程度で倒せるものではない。

 

しかし……

 

「咲き誇れーーー隆炎の結界華!」

 

次の瞬間、高さ10メートル程の火柱が20本近く俺達の周囲に噴き上がり、それによって5体の影兵は全て吹き飛ばされて、奴らが居た場所には『ダークリパルサー』が転がっていた。

 

そして全ての火柱は俺の方に向かってくる。前に獅鷲星武祭でも見たが便利な技だな。

 

しかしこれは予想の範疇だ。星露の元で鍛えた連中相手に上手くいくとは思えないし、本命は……

 

「食らえ……」

 

俺自身による攻めだ。火柱が俺に向かいだすと同時に脚部に星辰力を込めて……

 

「ふっ……!」

 

瞬時に爆発的な加速をして一気にリースフェルトの元に突撃を仕掛ける。リースフェルトの火柱は追尾性だが、この速度に追いつくのは無理だろう。

 

「ちぃっ……咲き誇れ!天刃の大輪華!」

 

リースフェルトが舌打ち混じりにノヴァ・スピーナを頭上に掲げると上空に巨大な戦輪が顕現して、俺に向かって放たれる。

 

対する俺は更に脚部に星辰力を込めて……

 

「遅ぇ!」

 

戦輪が俺に下されて当たる直前に再加速をして直撃を避けた。

 

「なっ!」

 

リースフェルトは驚きの表情を浮かべながら煌式遠隔誘導武装で守りに入ろうとするが一歩遅い。

 

「貰った……!」

 

その前に俺の拳がリースフェルトの鳩尾にあたる。校章は破壊出来なかったがこれなら大ダメージ……んんっ?!

 

次の瞬間、予想外のことが起こった。

 

リースフェルトの姿がゆらりと揺らぎ、掻き消えたのだ。それはもう溶けるように。こいつは幻術か!

 

内心驚愕していると、背後から万応素が吹き荒れる気配を察知したので振り向くと……

 

「咲き誇れ、蜜執の破茜花!」

 

背後にリースフェルトがいて数十発の炎の弾が数十発出現して俺に襲いかかってくる。

 

対する俺は影の刃で迎撃するも、幾つかの弾丸は羽虫のように不規則な動きをして回避する。

 

(なるほどな、大分想像力は高まったようだな)

 

だが……甘いな。その程度では俺には届かないぞ。

 

そう思いながら俺は義手に星辰力を注ぐ。すると義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝くので……

 

「はあっ!」

 

光が最高潮に輝いた瞬間に突きを放つ。同時に義手から放たれた衝撃波が火の弾を全て吹き飛ばし……

 

「ぐうっ……!」

 

リースフェルトもその衝撃波に巻き込まれて後ろに吹き飛ぶ。とはいえ俺とリースフェルトは比較的離れた場所にいるのでそこまでダメージはないだろう。

 

『ここで比企谷選手が先手を取ってリースフェルト選手にダメージを与えたぁ!』

 

『素晴らしい攻防だな。リースフェルト選手は自身は格下であると自覚して幻術などの対策をしっかりと練り、比企谷選手はどんな状況でも冷静にリースフェルト選手の攻めを確実に潰し、能力だけに頼らない堅実な攻めをする……どちらも能力者としては手本のような戦い方だ』

 

『確かに如何にも能力者同士のぶつかり合いですね』

 

『この試合を見ている能力者ーーー特に将来星武祭に出る予定の子供達は2人の戦いを見ておくと良いだろう。2人の戦い方は勉強になる』

 

実況と解説の声が聞こえる。随分と高評価だな。これだけ言われるなら第三者から八百長とは思われないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ……比企谷があんなに強い筈がない!どうせ彼女を洗脳して良い勝負をするようにしてるに決まっている……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、リースフェルトは起き上がる。本来ならここで追撃を仕掛けるが、リースフェルトは設置型トラップもよく使うから焦りは禁物だ。一気に攻めるより少しずつ堅実に攻めた方が良いだろう。

 

「……流石だな。魎山泊で編み出した技が悉く対処されるとは思わなかったぞ」

 

「いや……お前こそ中々面白い技を使うな」

 

特に幻術には驚かされた。見る限りかなり上手く出来ていたし。俺はアスタリスクで最も多彩な能力者と評されているが、もうリースフェルトの方が多彩な能力者だろう。俺は星露との鍛錬で近接戦闘をするようになったし。

 

「それを言ったらお前の義手もだろ。それ……紗夜の煌式武装と同じ仕組みだろう?」

 

「ああ」

 

俺の義手は2つのマナダイトを強引に連結させて出力を上げるロボス遷移方式を取り入れていて、星導館の沙々宮の持つ巨大な煌式武装をモデルにして作り出した。彼女の銃を見て便利と思ったから採用したのだ。

 

破壊力については純星煌式武装に匹敵するが出力が安定し難い上に、一回の攻撃ごとにインターバルが必要であると中々ピーキーなシステムだが、タイミングを掴めばそこまで問題なく使用出来るし。

 

「ふふっ……万全の状態から程遠いお前なら……と、心の隅ではそう思っていたが、やはり一筋縄ではいかないか」

 

リースフェルトは自嘲気味に笑いながらそう呟くがこっちも同感だ。

 

とはいえいつまでも睨み合っていては拉致があかない。観客からブーイングが飛んできそうだしな。

 

そう判断しながら俺は背中に星辰力を込めて……

 

「羽ばたけ、影鷲の大翼」

 

背中から巨大な翼を6枚生み出してから空を飛び、リースフェルトに向かって突撃を仕掛ける。

 

「撃ち落としてくれる!咲き、突貫の紅槍花!」

 

同時に地上にいるリースフェルトがそう叫ぶと、幾つもの魔法陣が展開されて、炎の槍がロケットのように発射される。

 

「おっと、速いな」

 

言いながら俺は再度義手に星辰力を注ぎ、マナダイトの光が最高潮に輝いた瞬間に衝撃波を放ち、全ての炎の槍を粉砕しながらリースフェルトとの距離を詰めに向かう。

 

「ちぃっ……一瞬も足止めが出来ないか……咲き誇れ、極楽鳥の橙翼!」

 

するとリースフェルトも炎の翼を生やして空を飛ぶ。牽制として地面に映る俺の影から刃を放つも、全て回避される。

 

『ここで両者共に空中戦に移行!リースフェルト選手、受けに回っていますが攻めに転じることが出来るのか?!』

 

『とはいえリースフェルト選手も殆ど無傷だから勝機はあるだろう』

 

実況と解説の声を聞きながらも俺は突撃を仕掛ける。空中戦なら星露と嫌ってほどにやったから自信がある。

 

「咲き誇れ、天焼の群茜鳥!」

 

対するリースフェルトは背後から火の鳥を数十羽生み出して、俺に襲わせる。攻撃しながらも俺の視界を奪う算段か。一石二鳥の一手とは中々面白い。

 

か、それを食らうほどお人好しじゃないんでな。

 

「よっと」

 

俺は6枚の翼の内、2枚を俺の前方に盾のように構える。すると爆音がしたかと思えば2枚の翼は溶けて、3羽の火の鳥がやってくる。沢山いた火の鳥は影の翼を破壊すると同時に消滅したのだろう。

 

そして3羽だけなら能力抜きで対処出来る。俺は3羽の鳥を殴りつけて消滅させると、リースフェルトとの距離を詰めにかかる。その際にリースフェルトがノヴァ・スピーナをこちらに向けて能力を発動しようとするので……

 

「させねぇよ」

 

俺は義手の掌をリースフェルトに向けると高速であるものを撃ち出す。そしてそれがリースフェルトの近くまで行くと……

 

 

パパパパパパパパパパパパッ……

 

軽い爆発と閃光が生じる。そして一拍置いてリースフェルトは嫌な顔をしながら鼻をおさえる。

 

今放った物は軽い爆発と閃光、加えて硫黄の臭いを凝縮した球だ。能力者は能力を発動する際に一定以上の集中力とイメージの強さを必要とするが、アレは集中力を阻害する為の武器だ。

 

そしてリースフェルトは案の定、能力の使用に失敗したので、俺はこの隙を逃さないとばかりに距離を詰めにかかる。

 

リースフェルトはハッとした表情を浮かべ……

 

「っ!咲き誇れ大紅の「遅い……!」かっ……!」

 

炎の盾を展開しようとするが、完全に展開する前に俺の星辰力を込めた拳がリースフェルトの鳩尾に当たる。

 

同時にリースフェルトの腹からみしりと骨が軋む音が聞こえて、彼女は地面へと叩き付けられる。

 

見ればリースフェルトの背中から炎の翼は消えていてヨロヨロと起き上がろうとする。

 

それを見た俺はチャンスと思い……

 

「纏えーーー影狼夜叉衣」

 

すると地上に映る俺の影から緑色の魔方陣が展開されて光り輝く。それと同時に俺の両手足には分厚い鎧が、背中には天女が纏うような羽衣と竜の背中に生えているような巨大な翼が生まれる。

 

そして完全に展開すると同時に……

 

「………っ!」

 

背中にある羽衣も翼に星辰力を込めて、先程よりも数倍の速度でリースフェルトとの距離を詰めにかかる。リースフェルトの背中から翼は消えているし、幻術を使用している様子も見えない。

 

だから今の内に確実に潰しに行く。影狼夜叉衣は肉体に負荷が掛かるから使わない方が良いと言われているが、影神の終焉神装と違って使うなとは言われてないから大丈夫だ。それに使うのは僅か数秒だけだし、明日は調整日で休めるから問題ない。

 

そう思いながらも俺はリースフェルトの元に突っ込み……

 

「はあっ!」

 

全力を込めて拳を放つ。同時にボキリという音が聞こえたかと思えば、地面にクレーターが出来て煙が湧き上がる。

 

しかし俺の中には達成感が沸いてない。何故なら……

 

 

「お前……今何をした?」

 

手応えでわかる。今リースフェルトの腕を折ったのは間違いないが、俺が狙ったの胸の校章だ。その事から察するに辛うじてだが回避されたという事だ。

 

しかしどうやって回避したのかはわからない。背中に炎の翼はなかったし、幻術の気配はなかった。仮に幻術を使用しているならノーダメージの筈だ。

 

よって俺はリースフェルトがどうやって回避したか疑問に思っていると……

 

「なに……瞬間的に加速をしただけだ」

 

 

煙の中からだらんとぶら下がった右腕を押さえているリースフェルトが出てくる。

 

そして彼女の足首周囲には小さな炎の翼が何枚も羽ばたいていた。

 

「なるほどな……加速補助能力か」

 

「ああ。極楽雛鳥の輝鳥、瞬間的な加速に特化している。お前達壁を越えた人間との戦いに備えて準備した技だ」

 

「まあ確かに魎山泊の人間なら覚えていても当然だな」

 

魎山泊は壁を越えた人間に勝つ為の私塾。壁を越えた人間の速度に対抗するには加速補助能力を会得するのは良い判断だろう。

 

「だがどうする?見る限りダメージは小さくないだろう?」

 

「それはお前もだろう。顔が苦痛に歪んでいるぞ?」

 

ちっ、どうやらバレているようだな。内心舌打ちをしながら影狼夜叉衣を解除する。短時間とはいえ肉体に負荷が掛かる影狼夜叉衣を使って、4回戦での傷が癒えていない俺の身体は、激痛に苛まれている。

 

今の影狼夜叉衣で勝つつもりだったので、今の失敗はかなり大きい損失だ。

 

つまり……

 

「否定はしない。……決着まで長くないな」

 

俺が勝つにしろリースフェルトが勝つにしろ勝負が着くまで長くはないだろう。リースフェルトもそれを理解しているのか構えを取る。

 

 

そして……

 

「行くぞ比企谷」

 

「来い」

 

お互いに穏やかな声で一言だけ話してから動き出したのだった。



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激戦、比企谷八幡VSユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト(後編)

「咲き誇れ、乱咲の赤刀!」

 

リースフェルトが、そう叫ぶと炎の刃が20本近く生まれて俺に向かって飛んでくるので、右足に星辰力を込めて……

 

「ふんっ!」

 

蹴り上げてそこから放たれる衝撃波で全て打ち消す。そして即座にリースフェルトとの距離を詰めにかかると、その前に足元に魔方陣が展開される。

 

(設置型能力か……馬鹿正直に食らうのは論外……!)

 

だから俺は能力が発動する前に脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をして魔方陣の外に出る。肉体は悲鳴をあげるが星露やオーフェリアの攻撃を食らった時に比べたら大した事はない。

 

だから痛みを無視しながらリースフェルトとの距離を詰めるも……

 

「咲き誇れ、大紅の心焔盾!」

 

リースフェルトの懐に入る直前に炎の盾が顕現される。俺は星辰力の込めた右腕で即座に破壊するも……

 

「ちっ……!」

 

その間にリースフェルトは足に極楽雛鳥の輝鳥を発動して俺から距離をとっていた。

 

『これは凄い!リースフェルト選手、比企谷選手の攻撃を悉く回避している!』

 

『押してるのは比企谷選手だが、リースフェルト選手を捉えきれていないな』

 

解説のヘルガ隊長の言う通りで、あの能力はマジで厄介だ。ハッキリ言って早過ぎる。脚部に星辰力を込めて爆発的な加速を使えば捉えられるだろうが、その前にリースフェルトの能力が邪魔をして捉えきれていない。

 

影狼夜叉衣はさっき使ったから使えないし、使いたくない。使えば即座に勝てるかもしれないが、明後日の試合に影響が出るかもしれないし。

 

影神の終焉神装に至ってはドクターストップがかかっているから論外だ。即ち鎧系の技抜きでリースフェルトに勝たないといけないのだ。

 

しかしそこまで焦ってはいない。確かに今の俺はリースフェルトを捉えきれてはいない。それについては事実だが……

 

(リースフェルトは既に影狼夜叉衣の一撃を受けてるし、俺にまだ攻撃を当ててない)

 

俺自身リースフェルトの能力を躱したり迎撃したりしてそれなりに星辰力は消耗していて、影狼夜叉衣による反動を受けているが、リースフェルトからは1発も攻撃は受けていない。

 

対するリースフェルトは影狼夜叉衣による一撃を受けて腕の骨が折れている。どっちが有利なのかは一目瞭然だろう。

 

(しかし腑に落ちないな……何故リースフェルトは攻めてこない?)

 

確かにボロボロになりながらも対処しているのは凄いが、攻めない限り勝つのは不可能なのは当然だ。にもかかわらず全く攻めてこない……これが反撃する余裕がないなら良いが、何かを企んでいるなら危険だ。

 

(そして恐らく後者だ。奴の目は死んでない)

 

リースフェルトの目は諦めてない。寧ろ虎視眈眈と俺を出し抜こうとしている。何を企んでるかは知らないが長引かせると面倒だ。

 

(一気に仕留める)

 

俺は脚部に星辰力を込めて何度目かわからない爆発的な加速をする。肉体に負荷は掛かるがまだ戦闘には支障はないだろう。

 

「咲き誇れ、炎捩の螺旋華!」

 

すると今度は炎の錐が6本現れて俺に襲いかかるので、腕に星辰力を込めて全て薙ぎ払うも、足を止めてしまい……

 

「綻べーーー燐焦の焔絨毯!」

 

次の瞬間、俺の足元から可憐な炎の花が地面を埋め尽くして灼熱の絨毯が広がる。どうやらただ逃げ回っていたのではなく、設置型能力を準備していたのだな。

 

しかしこれは予想内、俺は足に熱を感じながらも冷静にジャンプして灼熱の絨毯の範囲から出る。

 

すると……

 

「綻べ、業釣の灼華剣!」

 

俺が灼熱の絨毯から逃れるや否や、俺の頭上に大量の炎の短刀がずらりと並んで俺と降り注いでくる。

 

(二重の設置型能力……リースフェルトの星辰力の残量から察するに勝負に出たな)

 

そう思いながら俺は義手に星辰力を注ぐ。すると義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝くので……

 

「んなもん効かねえよ」

 

光が最高潮に輝いた瞬間に上空に衝撃波を放ち短刀を全て破壊してからリースフェルトの方へ走り出す。

 

「だろうな。その程度で倒せるなどと思ってない!」

 

リースフェルトがそう言って俺にノヴァ・スピーナを向けると、俺の足元に魔方陣が展開されて……

 

「綻べ、彼岸の却炎華!」

 

次の瞬間、俺の足元から不気味な程朱く燃え盛る曼珠沙華が生まれる。

 

(マズい……!これは毒だったな)

 

前回の獅鷲星武祭で趙虎峰はこれを食らってマトモに動けなくなり敗退した。どの程度の毒かは知らないが馬鹿正直に食らうつもりはない。

 

だから俺は曼珠沙華が開く前にジャンプして……

 

「影よ」

 

自身の影に星辰力を込めるや否や、自身の影を地面から出して曼珠沙華を包み込む。これなら毒が漏れ出ることは無いだろう。見る限りトラップタイプの技でパワータイプの技じゃないし。

 

そして俺は曼珠沙華を包み込む影のカバーに着地すると即座にリースフェルトの元に駆け出す。三重の設置型能力をするとは本当に驚いた。

 

星露との鍛錬以降、余り使わなくなったが昔は俺も設置型能力を偶に使っていた。しかし二重は出来ても三重は出来なかった。それから判断するにリースフェルトの星辰力のコントロール技術は俺を上回っている事を意味している。

 

そう思いながらも走り出す。リースフェルトは三重の設置型能力の使用で星辰力はほとんどない筈だ。手負いの獣程恐ろしい存在はいないのでそろそろ終わらせる。

 

そう思いながら脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をすると……

 

「さ、咲き誇れ、焦炎の熟害華!」

 

巨大な八重咲きの花弁が俺の前に現れる。わざわざ俺に当てずに進路に設置するという事は、恐らくアレで時間稼ぎして幻術を使用するか設置型能力を使用するのだろう。

 

(なら、あの花を突き破って最短で潰すまで……)

 

そう判断した俺は……

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

全身に星辰力を込めて炎の花を突っ切って、同時にリースフェルトの校章に突きを放つ。対するリースフェルトは身体を動かして校章の位置をズラすも……

 

「がはっ……!」

 

左肩に俺の突きが当たり折れる音が聞こえる。校章は破壊出来なかったが、両腕を折った以上更に俺が有利となった。

 

このまま押し切る。そう思いながら再度走り出そうとするが……

 

「ぐっ……!」

 

唐突に身体に痺れが生まれて、足に込められた星辰力が雲散霧消する。

 

「これは……毒か……!」

 

「……ああ。さっきお前が突き破った花はな……夾竹桃だ」

 

夾竹桃、俺でも知ってる有毒植物だ。

 

「なるほどな……お前が毒の花を設置したのも俺の考えを読んでたって事か……!」

 

俺は毒の花を見たときに『リースフェルトが仕込みをする為の時間稼ぎ用の技』と判断して、仕込みの時間を与えないように無理矢理突っ切った。

 

しかしリースフェルトは仕込みをするつもりはなく、俺を嵌める為に毒の花を用意したのだろう。

 

これはマジで一本取られた。俺の思考を読んで毒の花を仕込み、俺自身をマトモに動けなくしようとする作戦だろう。お世辞抜きで素晴らしい作戦だ。

 

しかし……

 

「甘ぇよ……毒には驚いたが、俺には届かねぇよ……!」

 

「馬鹿な?!毒が効いてないのか?!」

 

その作戦には一つだけ穴がある。俺が立ち上がるとリースフェルトは今度こそ驚愕に満ちた表情を浮かべている。

 

「効いているさ……ただなぁ……」

 

俺は一息吐いてから足に力を込めて……

 

 

 

 

 

「オーフェリアの毒に比べたら可愛過ぎんだよ……!」

 

「があっ……!」

 

言いながらリースフェルトの鳩尾に拳を叩き込み、同時に骨が砕ける音が聞こえる。

 

確かに無防備にリースフェルトの毒を食らったのは痛いが、オーフェリアの毒を何十回も食らった俺からしたら、苦しいってだけで戦えないレベルって訳ではない。

 

リースフェルトは俺が毒に対して耐性がある事を失念して、俺が毒を食らったのを見て一瞬だけ油断してくれたので、そこを突かせて貰った。

 

リースフェルトを見ると苦しそうな表情を浮かべながら口から血を流していた。

 

しかしまだ目は死んでおらず……

 

「つか、まえ、た、ぞ……」

 

言いながら折れた両腕で、リースフェルトの鳩尾にめり込んである拳を掴んできた。

 

同時に俺達の足元に直径20メートルくらいの魔方陣が展開される。この規模から察するに逃げれない。

 

(こいつ……油断はしていたかもしれないが、保険はちゃんと掛けてやがったか……!)

 

これはマズい。このまま何もしないんじゃ設置型能力が発動して俺が負ける。リースフェルトは自身の能力をレジスト出来るので、設置型能力が発動してもノーダメージだ。

 

じゃあ逃げるかと言われたら厳しい。俺の身体は毒に犯されていて動きが鈍いし、直径20メートルの魔方陣である以上今からじゃ間に合わない。

 

そうなると……

 

(俺がその前にリースフェルトの校章を破壊する)

 

言いながら右腕に、ついでに明後日の試合に備えて少しでもダメージを減らすよう全身にも星辰力を込めてリースフェルトの校章に突き出す。毒と昨日の疲れと、影狼夜叉衣を使った事で痺れるような痛みが生まれるも我慢して拳を突き出す。

 

 

同時に足元にある魔方陣の光が一段と強くなり……

 

「終わりだ……!」

 

「ほころ、べ……大輪の爆耀華……!」

 

俺がリースフェルトの校章を粉砕すると同時に、途方もない巨大な花が膨れ上がり、気がつけば炎の花に包まれていた。

 

「がっ……ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

全身に熱によって激痛が走る中……

 

『ユリス=アレクシア・フォン・リースフェルト、校章破損』

 

『比企谷八幡、校章破損』

 

そんな機械音声が流れだして……

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

俺の勝利を告げられる。すると一拍置いて大歓声が沸き起こるが、今の俺には耳障りで仕方ない。

 

正面にいるリースフェルトを見れば……

 

「気絶してやがる……」

 

どうやらさっきまでは気合いで無理矢理動いていたようだ。それで試合が終わったから緊張の糸が切れたのだろう。

 

ともあれ、両腕が折れた状態で放置するのはマズいので俺はボロボロになりながらもリースフェルトを地面に倒れないように優しく支えて、救護班の到着を待つ。

 

すると1分もしないで救護班がやってきたので、俺はそっと救護班にリースフェルトを渡して、ゆっくりと歩き出す。

 

俺自身は最後の一撃で火傷はしたが、全身に星辰力を展開したので大ダメージには至っていない。まあ上半身は丸裸だが、こればっかりは仕方ないだろう。

 

多少恥ずかしい気持ちになりながらも、俺はステージを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「クソッ……比企谷が勝つなんて……!何故だ?!俺の方が顔も成績も社交性も上なのに……!こうなったら……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛え……!」

 

俺は今シリウスドームの医務室のベッドで横になっている。試合が終わってから応急処置を済ませた俺は体力が限界に近いのでベッドで休んでいる。本音を言うと治癒能力者による治療を受けたいが、受けたら準々決勝に出れないので我慢した。

 

ちなみにリースフェルトは俺以上にボロボロなので治療院に運ばれて治癒能力による治療を受けることになっていてここには居ない。自分でやっといてアレだが、リースフェルトは両腕に加えて肋骨が折れているから妥当なところだろう。

 

そんな事を考えながらベッドで横になっていると……

 

「八幡さん……!」

 

医務室にノエルが入ってくる。恐らく見舞いだと判断出来る。医務室にはドクターと俺以外にいないし。

 

「5回戦お疲れ様でした!見てましたけど、本当に格好良かったです!」

 

笑顔で詰め寄ってくる。それについては元気があって良いと思うが……

 

(ダメだ……思わず見てしまう……!)

 

俺の視線はノエルの唇に固定してしまっている。試合前に俺の……に触れたあの柔らかい唇に。

 

するとノエルも気付いたのか顔を真っ赤にしてくる。

 

「あ、あの……八幡さん、さっきは、その……」

 

「べ、別に気にしなくて良い。アレはただの激励だろ?」

 

「えっ……そ、そうです!激励という意味でしました!」

 

するとノエルも激励という意味でしたと言ってくる。うん、アレは激励だから恥ずかしがる必要はない………

 

「「…………」」

 

やっぱり無理でした。恥ずか死ぬ……仕方ないらここは逃げの一手だ。

 

「と、ところでノエルよ。俺は疲れたから少し寝るんだが良いか?」

 

「あ……は、はい。わかりました」

 

ノエルは俺の考えをわかったようにコクコクと頷くので

 

「んじゃお休み。またな」

 

そう言って目を瞑ってノエルを視界から外す。すると本当に疲れていたからか、さっきまであった恥ずかしい気持ちに睡魔が上書きされてゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……八幡さんの寝顔、可愛い……」

 

医務室にてノエルは寝ている八幡を見て愛おしそうに頭を撫でる。同時に彼の顔が目に入りノエルの中で彼に抱かれたい、彼に全てを捧げたいという欲求が生まれ始める。

 

(ダメ……!これは八幡さん達3人に認められてからにしないと……)

 

ノエルが真っ赤にしながら首をブンブン振っている時だった。

 

「……八幡、体調はどう……貴女も来ていたのね?」

 

八幡の恋人の立場であるオーフェリアが医務室に入ってきた。そしてノエルを見るや否やジト目で見てくる。

 

ノエルは一瞬だけ怖気ずくも直ぐにいつもの表情になる。こんなところで気圧されていてはダメとばかりに。

 

「はい。大切な人が負傷したので」

 

それを聞いたオーフェリアの眉がピクリと動く。こいつ本気だな……とばかりに。

 

とはいえここで怒るのは違うという事はオーフェリアも理解している。誰が誰を好きになろうとも自由なのだから。 妥協するつもりはないが。

「……そう。まあ良いわ。それよりも貴女にお願いがあるのだけど」

 

「お願い、ですか?」

 

ノエルが首を傾げる。自分には八幡をくれとお願いしたい事はあるが、オーフェリアからお願いとは完全に予想外だった。

 

「……ええ。至聖公会議を使ってあの葉虫を監視して欲しいの」

 

「至聖公会議ですか?試合前の件で危険視したからですか?」

 

「……待って。試合前?何があったの?」

 

「あ、はい。実は……」

 

ノエルはオーフェリアに葉山が八幡に洗脳や卑怯なことをしていると胸倉を掴んでいた事を説明する。

 

「あの葉虫……本当にふざけた真似をしてくれるわね……!」

 

オーフェリアは怒りを露わにしながら震えだす。それを見たノエルはある疑問を抱く。

 

「あの……オーフェリアさん。さっき至聖公会議を派遣するように頼んだ理由は試合前の件があったからじゃないんですか?」

 

「……いいえ。試合前の件は貴女に聞いて知ったわ」

 

「では何故至聖公会議の派遣を頼んだのですか?」

 

「……さっき医務室に行こうとしたらあの男も医務室に向かっていたから、八幡に何をするつもりだってカマをかけたら舌打ち混じりに逃げ出したのよ。だから八幡を闇討ちするのかと思ったわ」

 

オーフェリアとしてはその場で潰したかったが、その前に葉山が人がいる場所に逃げたので断念したのだ。

 

「なるほど……わかりました。お兄ちゃんに申請するように頼んでおきます」

 

星武祭にて敗退者が勝ち残っている選手に闇討ちを仕掛けるのは重罪だ。何度か起こっているが露呈した場合、闇討ちをした生徒の所属する学園は暫くの間世間から叩かれる。

 

ガラードワースから闇討ちする生徒が出たら来年度以降の入学者も減るし、レヴォルフにも多額の賠償金を支払わないといけないし、そして何よりエリオットの胃が爆発する可能性もあるだろう。

 

ノエルは即座に空間ウィンドウを表示してエリオットにメールを送る。

 

「とりあえずメールはしておきました。多分お兄ちゃんなら派遣してくれるでしょう」

 

「……どうもありがとう」

 

「いえ。私も好きな人が傷つくのは嫌ですから」

 

ピシリ

 

「……そう。それはいい事ね。私も彼氏の八幡が傷つくのは嫌よ」

 

ピシリ

 

「……そうだと思います。ですから私も未来の彼氏の八幡さんを守る為に頑張ります」

 

ピシリ

 

今、医務室の空気は絶対零度と化した。オーフェリアは表情を引き攣らせながらもノエルを睨み、普段臆病なノエルもこれだけは譲れないとばかりに頬を膨らませてオーフェリアを見返す。

 

2人は結局八幡が目覚めるまで睨み合っていたのだった。



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5回戦最終試合、シルヴィア・リューネハイムVS雪ノ下陽乃

「……知らない天井だ」

 

目を覚ました俺の第一声はそれだった。こんなセリフ、漫画やアニメだけでしか登場しないと思ったが、実際に見覚えのない天井だったからか思わず口にしてしまった。

 

すると……

 

「「おはよう(ございます)、八幡(さん)」」

 

横から声が聞こえたので見れば可愛い恋人であるオーフェリアと、可愛い弟子のノエルがベッドの脇にいた。オーフェリアには生徒会の仕事を頼んでいたが、ここにいるって事は終わったのだろう。

 

「さっきの試合見たわ。お疲れ様」

 

オーフェリアはそう言って優しい笑顔を見せてくる。起きて早々オーフェリアに笑顔を見れるなんてガチで幸せだな。

 

「おう。ちなみに今何時だ」

 

「後15分で5時ね」

 

つまり3時間以上寝たのか。まあ割と疲れて……

 

「え?て事は界龍同士の試合は……」

 

「少し前に終わりました。勝ったのは武さんです。記録見ますか?」

 

「それは後で良い。それよりもシルヴィの試合だ」

 

ノエルがそんな風に尋ねてくるが遠慮する。何故なら5時からシルヴィの試合があるのだからそっちを見ないといけない。界龍同士の潰し合いは帰ってからゆっくりと見よう。

 

「そうですね……シルヴィアさん、勝てますかね?」

 

ノエルはそんな事を言ってくるが、腑に落ちない点がある。

 

「ノエル。その言い方だとシルヴィに勝って欲しいように見えるが、シルヴィに勝って欲しいのか?」

 

シルヴィと雪ノ下陽乃を比べたらシルヴィの方が上だと思う。まだ互いに手の内は見せてないが、この前お袋がシルヴィに負けたと言っていたので、シルヴィの方が強いと思う。

 

俺はシルヴィに借りを返したいからシルヴィに勝って欲しいが、普通の奴なら雪ノ下陽乃より格上と評されるシルヴィに負けて欲しいと思うだろう。

 

「あっ……えっと、はい。勿論勝ちを優先するならシルヴィアさんには負けて欲しいですけど、私個人としてはシルヴィアさんと戦って認められたいですから……」

 

「?お前の実力や今日までしてきた努力を考えたら普通に認めて貰えると思うぞ」

 

シルヴィは基本的に誠実で真面目な努力家だ。そんな彼女が怪物揃いの王竜星武祭で勝ち上がる為に死にものぐるいで強くなったノエルを認めないはずがない……ってのが俺の考えだ。

 

「いえ。それとは別の意味で認めて貰いたいんです……」

 

はい?別の意味ってなんだよ?星武祭で戦うんだし、実力以外に何があるんだ?

 

頭には大量の疑問符が浮かぶも、聞くのは止めておこう。理由は知らないがオーフェリアがジト目でノエルを見ているし。

 

「よくわからんがシルヴィに認めて貰えるように俺も応援……っ!」

 

そこまで話しているとオーフェリアからドス黒いオーラが噴き出される。え?ちょっと待って。今オーフェリアを怒らせる事をしたか?ラッキースケベはしてないぞ?単純にノエルがシルヴィに認めて貰えるように応援しただけなんですけど?

 

内心ビビりまくっているとオーフェリアか俺の耳に顔を寄せて……

 

「八幡、今夜搾り取るから」

 

ただ一言、そう言ってきた。それだけで俺は逆らえない事を即座に理解する。こうなったら俺の返答は決まっている。

 

「……了解した」

 

是以外の返事はあり得ないのだ。

 

 

 

 

 

 

10分後……

 

『さあ本日最後の試合でーす。東ゲートから現したるは前々シーズンに王竜星武祭準優勝、前シーズンに王竜星武祭ベスト4にして界龍第七学院序列3位『魔王』雪ノ下陽乃選手ぅー』

 

俺達はシルヴィの試合が近付いたからかオーフェリアは怒りを鎮めたので、俺達3人は医務室にて試合を見ている。しかし何故オーフェリアがさっき怒ったのかは理解できていない。気になるっちゃ気になるが聞いたらヤバそうなので聞かないでおいた。世の中知らない方が良い事なんて山ほどあるからな。

 

カペラドームの実況のABCアナウンサーのドミティラ・クルス・ファノーリスのノンビリした説明と共に雪ノ下陽乃が東ゲートから出てくる。表情を見る限り硬い表情だ。まあ負けたら自由が無くなるのだから必然だろう。

 

『続いて西ゲートォー。前々シーズンに王竜星武祭ベスト4、前シーズンに王竜星武祭準優勝と雪ノ下選手と同等の実績を上げたクインヴェール序列1位にして世界の歌姫『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイム選手ぅー』

 

すると西ゲートからシルヴィが出てきて観客席からは圧倒的な歓声が上がる。それこそ俺や天霧、雪ノ下陽乃など壁を越えた人間が出てきた時よりも遥かに大きな歓声が。やはり世界の歌姫だけあって半端ねぇな。

 

「さて……シルヴィに勝ち上がって貰わないとな」

 

俺としては決勝でシルヴィと戦いたい気持ちがあるので、こんな所で躓いて欲しくない。

 

(あ、でもだからって準々決勝でノエルにも負けて欲しくないんだよなぁ……)

 

もちろん決勝でシルヴィと戦いたいのは間違いないが、だからって1年ちょい面倒を見たノエルにも頑張って欲しい。中々複雑な話だ。

 

「……シルヴィアなら負けない」

 

オーフェリアは自信満々に頷くが、お前どんだけあの人の事嫌いなんだよ?

 

「ちなみに八幡さんはどっちが勝つと思いますか?」

 

「シルヴィだな」

 

まあこれは私情だけと。好きな女に勝って欲しいと思うのは当然のことだからな。

 

そんな事を考えながら俺は試合開始時間まで落ち着いて待つことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、カペラドームステージにてシルヴィアがステージに立つと正面にいる陽乃に睨まれる。

 

(事情は知ってるけどさ……私を睨まないで欲しいな)

 

シルヴィアは内心辟易していた。陽乃が自分の自由を奪ったオーフェリアと八幡を憎んでいるのは知っているが自分を睨むのは止めて欲しかった。

 

確かにシルヴィア自身も止めなかったが、自由を奪ったのは八幡とオーフェリアだし、そもそもの原因は陽乃の自分勝手な行動である……とシルヴィアは考えている。

 

(まあ、向こうの事情がどうであれ負けるつもりはないけど)

 

シルヴィア自身負けず嫌いであるので、勝ちを譲るつもりはない。シルヴィア自身八幡の恋人になった時点で叶えたい望みはないが、優勝することで自分自身を更なる高みへと進ませたいと考えている。

 

そんな事を考えていると……

 

『いよいよ時間が迫ってまいりましたぁ。準々決勝に進出するのはクインヴェールか、はたまた界龍かぁ?』

 

 

そんな声が聞こえたのでシルヴィアは自身の愛用する銃剣一体型煌式武装フォールクヴァングを起動する。対する陽乃は徒手空拳のままであり、その事から最初は体術とくるのだとシルヴィアは判断した。

 

そして……

 

『王竜星武祭5回戦第8試合、試合開始!』

 

本日最後の試合が始まった。

 

同時に陽乃は走り出して距離を詰める。その速さは桁違いで壁を越えた人間には相応しいものであった。

 

しかしシルヴィアも壁を越えた人間であるので見切れる速さだ。フォールクヴァングを射撃モードにして光弾を陽乃の足元に連射しながら距離を取ってから息を吸い……

 

「ぼくらは壁を打ち崩す、限界の先に境界を越えて、傷を厭わずに、走れ、走れ」

 

身体強化の歌を歌いだして、全身から力が漲るのを感じるや否やフォールクヴァングを斬撃モードに変えて陽乃に突撃を仕掛ける。

 

同時に陽乃が右腕による正拳突きをシルヴィアの顔面に仕掛けてくるので、シルヴィアは首を僅かに動かして回避してから、袈裟斬りを仕掛ける。

 

対する陽乃は左腕に星辰力を込めてフォールクヴァングを横殴りにして剣の軌跡をズラすも……

 

「ちっ……!」

 

同時にシルヴィアが左足で蹴りを陽乃の鳩尾に叩き込む。陽乃は当たる直前に鳩尾に星辰力を込めて、当たる瞬間に後ろに跳んだのでダメージは全くと言って良い程無かった。あの状況で無傷でやり過ごせるのは陽乃の体術のレベルが桁違いだという事を意味している。

 

しかし陽乃の中には僅かながら、それでありながら確かな焦りがある。僅かなやり取りで自分の体術が身体強化されたシルヴィアの体術に劣っている事を理解出来たからだ。

 

身体強化されたシルヴィアの体術は綾斗や暁彗に匹敵して、今のアスタリスクで単純な体術でシルヴィアに勝てる人間は星露、涼子、ヘルガだけだろう。

 

対して陽乃の体術は暁彗より僅かに下回っているので、シルヴィアよりも僅かに下回っていて、その事実が陽乃を焦らせる。

 

負けたら自分は自由を奪われて母ひいては雪ノ下の人形になる……と。

 

そこまで考えた陽乃は首を横に振ってから心の中にある焦りに蓋をする。焦りは動きを鈍らせ勝率を下げる故に。

 

そして陽乃はシルヴィアから距離を取り、懐から呪符を取り出し……

 

「急急如律令、勅!」

 

星仙術を使用する。呪符からは黒い炎が大量に現れてシルヴィアの元に向かう。それに対してシルヴィアは距離を取りながら走って回避をする。1発でも食らうと面倒だからだ。

 

陽乃の星仙術が生み出す黒炎は殺傷能力は高くないが触れると暫くの間消えずに相手の体力と星辰力を削る。実際に前シーズンの王竜星武祭では当時の星導館の序列1位を黒炎で削り倒したのだ。

 

シルヴィアが高速でステージを走り回り黒炎を回避していると、陽乃が痺れを切らしたのか再度呪符を取り出す。

 

しかし先程とは違って取り出した枚数は数百枚と桁違いで……

 

「急急如律令、勅!」

 

言葉と同時に陽乃の前方から圧倒的な力を感じたかと思えば黒い龍が現れる。大きさは20メートル以上で雰囲気は東洋の龍と言ったところだ。

 

4回戦で雪乃相手に見せた龍に似ているが根本的に違う箇所がある。それは……

 

『何とぉ、雪ノ下選手、首が8つある龍ーーー八岐大蛇を召喚したぁ?!』

 

首が8つある所だ。8つの顔は全てシルヴィアを見据えている。それを見たシルヴィアは顔を引き締める。前回の王竜星武祭では見ていない。すなわちこの3年間で新しく編み出した切り札なのだろう。

 

「焼き尽くせ!」

 

既にオーフェリアによって仮面を完膚なきまでに破壊され、自由を求める陽乃が執念を篭った声で叫びながらシルヴィアを指差すと、八岐大蛇は一斉に黒炎を吐き出す。

 

対するシルヴィアはバックステップで回避するも、徐々に追い込まれていく。

 

何せ8つの首の内、シルヴィアを直接狙う首は2つで、4つの首はシルヴィアの周囲ーーーそれこそ上空に黒炎を放ち逃げ場を制限して、残りの2つの首は自分の周囲に黒炎を放ちシルヴィアを寄らせないようにと万全の状態なのだから。

 

そうこうしている内に遂にシルヴィアはステージに壁に追い詰められる。周囲には黒炎が絨毯のように大量に広がっていてシルヴィアは袋の鼠と言った所だろう。

 

一応全身に星辰力を込めて突っ切れば多少のダメージを受けるだけだが、今後を考えたらダメージは受けたくない。

 

(仕方ない。一気に仕留めるか)

 

そう判断したシルヴィアは息を大きく吸って……

 

「私は纏う、愛する者を守る為、支える為、共に戦う為」

 

自身の体内から膨大な星辰力を膨れ上がらせて、大気中の万応素を変換させる。そしてシルヴィアの周囲に光が生まれ出す。

 

「なんだか知らないけど、これで終わりだよ!」

 

陽乃がそう言った瞬間、八岐大蛇は8つの首を一斉にシルヴィアに向けて黒炎を放つ。モロに食らったら体力と星辰力はあっという間に枯渇するだろう。

 

しかしシルヴィアは特に焦ることなく歌う。愛する者ーーー八幡を守る為に、誰よりも強くなる為に考えた曲だ。負ける道理はない。

 

そして……

 

「纏いて私は動き出す、誰よりも強く、誰よりも速く、愛する者を奪おうとする敵を討ち滅ぼす為に……!」

 

次の瞬間、シルヴィアの身体が光に包まれたかと思えば……

 

「なっ?!」

 

そこから放たれた光がシルヴィアに浴びせようとした黒炎を全て弾き飛ばしたのだ。

 

これには陽乃も予想外だったようで驚きながらも自分の所に跳ね返ってきた黒炎を回避する。

 

そして光が徐々に無くなっていくと……

 

『美しい……、リューネハイム選手、美しい衣を身に纏って現れました!』

 

クインヴェールの制服を纏っておらず光の衣を身に纏ったシルヴィアが現れた。

 

手には圧倒的な星辰力を感じる光の剣、背中には大天使を模した神々しい翼が12枚生えていて、その姿はまさに……

 

 

『大天使……!』

 

この場にいる全員がシルヴィアの美しさと神々しさの混じり合った姿に目を逸らせずにいた。

 

対戦相手の陽乃ですら絶句している中、シルヴィアが右手に持つ光の剣を振るうと、そこから放たれた光の帯が一瞬でステージに広がっていた黒炎を吹き飛ばす。

 

すると陽乃も目の前にいるシルヴィアに意識を向ける。そこから感じる圧倒的な力は星露とは別種の力のように見えた。

 

しかし折れる訳にはいかない。折れたら自分に自由は無くなるのだから。

 

そう思いながら陽乃は八岐大蛇に指示を出すと八岐大蛇は口を開き、再度黒炎をシルヴィアに向けて放つ。

 

対するシルヴィアは光の剣を振り上げて……

 

「光神の撃剣」

 

横薙ぎに振るう。同時に光の斬撃が放たれて黒炎を全て消し飛ばして、八岐大蛇の首を同時に全て斬り落とす。それによって八岐大蛇は苦しそうな声を出して溶けるように消える。

 

それを確認したシルヴィアはゆっくりと陽乃に向けて歩き出す。決して早くはないが一歩ずつ確実に。

 

側から見れば大天使が歩いているように見えるが、陽乃からしたら死神の足音にしか聞こえなかった。

 

切り札の八岐大蛇は呆気なく消し飛ばされ、体術では劣っている。自分でも勝ち目がないという考えが浮かび出し、先程蓋をした焦りが蓋を突き破って心に侵食し始める。

 

そして頭には母の嗜虐的な笑みに、自分の婚約者候補の顔が浮かび陽乃から冷静さを奪い……

 

「う、うぁ……」

 

シルヴィアから後退りをする。対してシルヴィアは足を止めて光の剣を振り上げる。

 

それを見た陽乃はまた光の斬撃が来ると嫌でも理解してしまい……

 

「くそぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

懐から大量の呪符、それこそ数千枚の呪符を取り出して上空に浮かばせて……

 

「食らえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

そのまま巨大な黒炎を纏わせた球を生み出す。大きさにして半径50メートルを上回る程の球を。

 

しかしシルヴィアは一切気圧される事なく……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

そのまま光の剣を振り下ろす。すると光の奔流が黒炎の球と陽乃を纏めて呑み込んで……

 

『雪ノ下陽乃、意識消失』

 

『試合終了!勝者、シルヴィア・リューネハイム!』

 

陽乃は地面に倒れ伏して機械音声がシルヴィアの勝利をドーム全体に伝える。

 

一拍遅れて観客席からは大歓声が沸き起こって、同時にシルヴィアは光の衣を解除して息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

こうして5回戦は全て終了してベスト8が出揃った。よって調整日を1日挟んで準々決勝が行われる。

 

準々決勝の組み合わせは……

 

 

 

比企谷八幡VSレナティ(エルネスタ・キューネ)

 

 

天霧綾斗VSロドルフォ・ゾッポ

 

 

シルヴィア・リューネハイムVSノエル・メスメル

 

 

武暁彗VS若宮美奈兎

 

 

となったのだった。



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調整日でも平穏はない(前編)

『雪ノ下陽乃、意識消失』

 

『試合終了!勝者、シルヴィア・リューネハイム!』

 

空間ウィンドウからそんな声が聞こえてシルヴィが光の衣を解除するのを見た俺は空間ウィンドウを閉じて息を吐く。

 

「シルヴィが勝つのは予想していたが、あの力は予想外だったな……」

 

あの光の衣は桁違いの力を持っていた。壁を越えた人間である雪ノ下陽乃の技を悉く打ち破ったのだから、シルヴィの技の中でも最強クラスだろう。

 

「……恐らくはお義母さんを倒したのもあの力を使ったからね」

 

オーフェリアは満足そうに頷いているが、お前どんだけ雪ノ下陽乃が負けることを望んでいたのかよ?

 

まあそれはともかく、アレがお袋を倒した技だろう。実際に戦ってないからわからないが、俺の影神の終焉神装と比べたら攻撃力は向こうの方が上なのは間違いない。防御力と機動力はまだ不明だが間違いなく強敵だろう。

 

「……凄いです。でも!頑張って勝って認めて貰わないと……!」

 

ノエルは若干気圧されながらもやる気を剥き出しにしている。そしてそれと同時にオーフェリアはジト目でノエルを見るし、マジでなんなんだ?まあ聞いたら血を見る事になりそうだから聞かないけど。

 

そんなことを考えながら俺はベッドから起きて帰宅の準備をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間後……

 

「ただいまー」

 

ノエルと別れてから自宅に帰宅した俺とオーフェリアが玄関の鍵を開けて家の中に入ると……

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも……私?」

 

シルヴィが裸エプロンの姿で俺達を迎えてくれる。薄ピンク色のエプロン越しでもわかる圧倒的な膨らみ、サイズが小さいからか惜しげも無く晒される美脚、そして若干の恥じらいの色のあるシルヴィの表情。

 

俺の天使は俺の疲れを一瞬で無くしてくれる。ここは間違いなき桃源郷だろう。生きてて良かった……

 

しかし、まだだ。まだ足りないものがある。それは……

 

「もちろんシルヴィだな。ただ……」

 

「ただ?」

 

シルヴィとオーフェリアが首を傾げる中、俺はオーフェリアを見て……

 

「オーフェリアも裸エプロンになってくれ……」

 

天使が1人だけじゃ足りない。やはり2人でないとな。

 

「……八幡のエッチ」

 

俺の要望に対してオーフェリアは若干頬を膨らませながらも靴を脱いでキッチンの方に向かった。どうやらオーフェリアも裸エプロンになってくれるようだ。

 

「じゃあ、今日は私とオーフェリアで八幡君の疲れを癒すね……」

 

言いながらシルヴィは俺の方に寄ってきて……

 

 

ちゅっ……

 

約数時間ぶりにキスをしたのだった。

 

俺は懐かしさを感じながらもオーフェリアが裸エプロンになって戻ってくるまでシルヴィの唇を奪い続けて、オーフェリア裸エプロンになってやって来てからは3人でキスをしまくったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ八幡君。明日は3人で久しぶりにデートしようよ」

 

暫くしてリビングのソファーの上にて俺が裸エプロン姿の2人とイチャイチャしていると、シルヴィがそんな提案をしてくる。

 

「……私もしたいわ。王竜星武祭が始まってから3人で過ごす時間は減ったし、その間八幡は他の女子……特にノエルと仲良くしてるし」

 

「だよねー。八幡君いっつも女の子と居るしね」

 

オーフェリアとシルヴィがジト目で俺を見てくる。その目は止めろ。特にやましい事はしてないからな。今日試合前にノエルにキスされたけど。

 

まあそれはともかく、3人でデートするのは久しぶりだし良いか。次の対戦相手はレナティだし気分転換して緊張を解いておきたいし

 

「わかった。あ、でも途中でヴァイオレットの見舞いに行って良いか?」

 

ヴァイオレットは今日の5回戦にてロドルフォに手足を爆発させられて治療院に入院している。本当は今日行くつもりだったが、リースフェルトとの戦闘で思った以上に疲れたので今日はパスしたのだ。

 

しかしヴァイオレットが女で良かった。でなきゃロドルフォに顔面もしくは全身を爆発させられていた可能性もあったし。

 

「それなら良いよ。私も生徒会長として明日のデートが終わってから行く予定だったし」

 

「そうか。んじゃ何処行きたいんだ?」

 

 

「……私は3人と一緒ならどこでも良いわ」

 

「うーん……遊園地とかは疲れるから適当にブラブラしようよ。甘いもの食べたりショッピングしたり」

 

「んじゃ適当にブラブラな」

 

「うん。じゃあ予定も決まったし寝るまでイチャイチャしようね?」

 

「……今夜は寝かせないから」

 

言いながら裸エプロン姿の恋人2人は俺に近寄り……

 

 

 

ちゅっ……

 

3人でキスをする。マジでコイツら天使過ぎだろ?

 

結局俺達は飯と風呂の時間を除いて寝るまでずっとキスをして、ベッドに入ってからも身体を重ねてイチャイチャしまくったのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日、星武祭の調整日より1日休みである。外部から来た客はアスタリスクの街を周り、元からアスタリスクにいる学生らはこれまでの試合やこれからの試合を語り合ったりと色々な過ごし方をしている。

 

勝ち残っている俺とシルヴィはオーフェリアと一緒にデートをする事になっている。

 

しかしその前にヴァイオレットの見舞いに行く予定であったのだが……

 

 

「きぃぃぃぃぃぃっ!悔しいですの納得できませんの不服ですの異議ありですのー!」

 

これだけ元気なら見舞いの必要は無かった気がする。ヴァイオレットはベッドの上にて喧しく喚いている。個室だったから良かったものの、他の病人がいたら間違いなく迷惑千万だろう。

 

「わかったから少し落ち着け。悔しいのはわかるが、今は治療に集中して次に繋げろ」

 

「そんなド正論なんて今は聞きたくないですの!八幡さんは勝ったからそんな風に言えるのであって負けていたら私と同じようになっているに決まってるですの!」

 

まあそこを言われちゃ返す言葉がないな……これについてはシルヴィの苦笑いしてるし。

 

「しかもなんなんですの?!あのロドルフォ・ゾッポのふざけた能力は!あんなのチートですわよ!」

 

それについては同感だ。まさか星辰力に干渉して能力の使用を阻害するとは思わなかった。ロドルフォは距離さえ詰めればオーフェリアに勝てると言われているが、それは事実だと思う。

 

「きぃぃぃぃぃぃっ!悔しいですの!準決勝で八幡さんと戦いたかったですのぉぉぉっ!」

 

ヴァイオレットは歯軋りしながらそんな事を言ってくる。小町やノエルも王竜星武祭で俺と戦いたいと言っていたが、そんなに戦いたいのか?

 

「そんなに俺と戦いたいなら王竜星武祭が終わったら戦ってやるよ。だから落ち着け」

 

俺がそう口にするとヴァイオレットは喚くのを止めて俺を見てくる。

 

「本当ですの?マジですの?!嘘ではないですの?!」

 

「別に構わない」

 

元々お前とは魎山泊にて週に一度戦っていたからな。そのくらいお安い御用だ。

 

「絶対ですわよ!」

 

「わかったって」

 

結局俺はヴァイオレットに何十回も確認をされたが、どんだけ疑われてんだよ?面倒臭がりとはいえ、そのくらいなら簡単にOKするからな?

 

 

 

 

 

 

 

「さて……見舞いも終わったし、次は何処に行くか?」

 

治療院を出た俺は恋人2人に尋ねる。あの後俺達は小町の見舞いにも行ったが、王竜星武祭が終わる頃には退院出来るそうだ。星脈世代は基本的に常人より遥かに高い回復力を持っているのだ妥当なところだろう。

 

「うーん……とりあえずブラブラしよっか」

 

「そうね……」

 

言うなり恋人2人が抱きついてくるので俺は2人の手を握りながら商業エリアに向かって歩き出す。

 

道を歩く度に沢山の人ーーー外部の人間が俺達を見ている。中には指を指したり、写真を撮っている人もいるが気にしない。というか既に何度も撮られまくったから慣れた。

 

暫く歩いていると広場の端に人垣が出来ているので行ってみると……

 

「グッズ屋か……」

 

遊歩道の壁際に星武祭のグッズ屋かあり、露天商が沢山の客に手慣れた様子で対応している。

 

「はい天霧綾斗の写真付きペンダントね!毎度あり!」

 

露天商が売ってるのは版権を無視した海賊版である。正規の品は学園が管理している正規の店や星武祭の会場、はたまたネットで購入出来て、露店では売らない。

 

しかし何故非正規グッズに沢山の客が流通しているのかというと、その素材が普通に流通しているものではなく半ば盗撮めいた手段で手に入れたものばかりだからだ。

 

それらの商品は星武祭の人気の下支えになっていて、学園側も大目に見ているので、今の所警備隊からもお目こぼしをされている。

 

まあ学園がクレームを入れたらアウトなので過激なグッズはないけどな。

 

そんな事を考えていると……

 

「さぁさぁ!既に今回の王竜星武祭で活躍した選手のグッズも売られているよ!お勧めは一昨日の4回戦でシリウスドームを半壊させた比企谷八幡の鎧姿のポスターだよ!」

 

「ください!」

 

「……欲しいわ」

 

「はい毎度ありってえぇぇぇぇぇっ!」

 

『えぇぇぇぇぇぇっ!?』

 

人混みによって姿が見えない露天商が影神の終焉神装を纏った俺のポスターを紹介していると、シルヴィとオーフェリアが瞬時に人混みを嗅ぎ分けて、少ししてから露天商と客の驚きの声が響き渡る。まあ普通そうだよな。

 

そう思う中、人混みによって見えないが恋人2人がいる方向を見ながら耳を傾ける。

 

「私とオーフェリアに1つずつお願いします!」

 

「いや、それは良いけどよ……アンタら比企谷八幡の彼女なんだし本人に頼めば良いんじゃないか?」

 

店員の言う事は一理あるが、俺としてはチョット無理だ。

 

理由は簡単、影神の終焉神装は強力故に発動するだけで肉体に負荷が掛かるからだ。幾ら恋人2人が見たいと言っても何の理由も無しに使うのは勘弁して欲しい。

 

すると……

 

「「それはそれ、これはこれ」」

 

2人の声が聞こえてくる。マジで恥ずかしいからグッズ屋から距離を取ろう。幸い客の殆どはオーフェリアとシルヴィに意識が向いているし。

 

「はぁ……とりあえず毎度あり」

 

店員は戸惑いながらも職務を遂行する。同時にオーフェリアとシルヴィが人混みから出てきて俺に俺のポスターを見せてくる。

 

「どう八幡君?このポスター、すごく見栄えが良いよ?」

 

「帰ったら私の部屋に貼るわ」

 

同時に店にいた客は俺に気付き騒めき声を上げてくる。もう良いや、どうにでもなれ……

 

「そ、そうか……なら良かった。それよりも大分目立ってるし場所を変えよう」

 

俺はそう言って2人の手を引っ張って速足でこの場を去った。恋人2人に自分のポスターを見せられて恥ずかしい気持ちと俺のポスターなんかで恋人2人が喜んでいるのを見れて嬉しい気持ちを胸に秘めながら。

 

 

 

 

 

 

 

「いやーまさか当人達が来るとはな……それはさておき!さぁさぁ!まだまだ新作は寄っといで!お勧めは「八幡さんのグッズ、全種類ください……」おっ、毎度ってぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

『えぇぇぇぇぇぇっ!?』

 

八幡達3人が去ってから露天商を含めてその場にい面々はポカンとしていたが、やがて再起動して商品の売買をし始めるも、次に来た客を見て再度大声が響いた。

 

「あ、あの、どうかしましたか?」

 

キョトンとした表情を浮かべるのは聖ガラードワース学園の銀翼騎士団の一員にして、序列7位、今回の王竜星武祭でベスト8に進出している『聖茨の魔女』ノエル・メスメルだった。

 

予想外の客に露天商は驚きをしたものの……

 

「い、いや……毎度あり」

 

何とか再起動してノエルに商品を渡す。

 

「ありがとうございます。レティシアさん、買えました」

 

商品を受け取ったノエルは腕一杯に八幡関係の商品を抱えてレティシアに話しかける。それはもう本当に幸せそうな笑みで。

 

対するレティシアはノエルの笑顔を見て若干気圧されながらため息を吐く。

 

「ノエル……貴女が誰のグッズを買うのは自由ですわ。海賊版を買う事についても学園側が見逃してる店ですのでどうこう言いませんが……ポスターは部屋に貼り過ぎないでくださいまし」

 

「は、はい。わかってます……八幡さん、格好良い……」

 

ノエルはレティシアの言葉に頷いてから、トロンとした表情で八幡のグッズを見る。側から見たらノエルの顔はまさに恋する乙女の表情であった。

 

そしてノエルは表情通り八幡に恋する1人の女の子だ。

 

(本当にメロメロですわね。比企谷八幡はまさに「八幡さんの鎧姿のポスターをくださいまし!」ソフィアさんまで……あの男、正真正銘の女誑しですわね。天霧綾斗とどっちの方が女誑しなのでしょう?)

 

レティシアは新しく現れた自分の知り合いが露天商に八幡のグッズを求めている光景とノエルが恋する乙女の表情を浮かべながら八幡のグッズを眺めている光景を見比べながらそんな事を考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

「んじゃそろそろ昼飯を食おうぜ」

 

ある程度ブラブラした俺は2人に話しかける。何だかんだデートでは色々あった。

 

お茶の専門店に行ったら星露と鉢合わせしてしまい、キラキラした目で俺とシルヴィに王竜星武祭が終わったら戦ってくれと頼んできたり……

 

行政区の方に言ったら雪ノ下家当主の秋乃さんと長女の陽乃と会って秋乃さんには陽乃から自由を奪ってくれてありがとうと礼を言われたり……

 

陽乃の方は俺に殺意に向けてきてオーフェリアが殺意を向き返したらビビったり……

 

歓楽街の近くでお袋か違法カジノを1人で潰していて責任者を殺そうとしたのを止めたり……

 

と色々あった。

 

午前の物凄いインパクトのあるデートだった。いや、まあ3人でショッピングしたり、合法カジノで遊んだ時はそれなりに楽しかったけどさ、疲れて腹が減ったのは否めない。

 

「そうだね。何処で食べよっか?」

 

「……マコンドで良いんじゃない?近いし外部の客は少ないし」

 

オーフェリアの言うマコンドはチーム・赫夜の若宮の友人がバイトをやってるカフェだ。

 

出る料理の味も良いが、店の場所がメインストリートから一歩外れた場所にあり学生客はともかく外部からの客には気付かれにくく、星武祭期間中でも混雑している事はない店だ。

 

基本的にクインヴェールの生徒が利用する場所だが、俺は恋人2人を始め、チーム・赫夜の5人に妹の小町、ヴァイオレットやノエルらと何度も足を運んでいるので殆どお得意様となっている。

 

よって……

 

「だな。見る限り他の飲食店は混んでるし」

 

「決まりだね。じゃあ行こうか」

 

俺とシルヴィはオーフェリアの意見に従ってマコンドに向けて歩き出した。

 

そして歩くこと10分。目的地に到着したのでマコンドのドアを開けると……

 

 

 

 

「さあ、覚悟は出来たか材木座?」

 

「待て待て待て!落ち着け沙々宮殿!出来てない!出来てないからな!」

 

「頑張れー沙々宮ちゃん!」

 

「煽らないでください!紗夜さんも落ち着いてください!」

 

「くっ……こうなったら!」

 

「ひゃあっ!ちょっと将軍ちゃん?!いきなり抱きついて何をするつもりかな?!」

 

「貴様も道連れだ!さあ沙々宮殿!撃てるものならエルネスタ殿ごと撃つが良い!」

 

「わかった」

 

「ちょっと待てい!人質がいるのに撃とうとするなんて貴様に人の心はないのか?!」

 

「人質をとる将軍ちゃんがそれ言うの?!というか撃たないで!」

 

 

沙々宮が巨大な煌式武装を材木座に向けていて、材木座がエルネスタを道連れにしようと抱きついていて、エルネスタが顔を赤くしながらも必死に沙々宮の煌式武装から逃げようとして、刀藤が必死になって3人を止めていた。

 

カオスだ、カオス過ぎる……

 

俺達3人が絶句していると俺は刀藤と目が合った。

 

「………」

 

「………」

 

暫く沈黙が続く中、俺は……

 

「良し、違う店にしよう」

 

戦略的撤退する事に決めた。それについてはオーフェリアもシルヴィも賛成のようで俺と一緒に踵を返して店を出ようとするが……

 

 

 

「お願いですからこの状況を何とかするのを手伝ってくださーい!」

 

刀藤が悲痛な声を出しながら俺達を呼び止める。

 

結局俺達は必死過ぎる刀藤を見捨てる事は出来なかった。

 

 



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調整日でも平穏はない(後編)

「……なるほどな。話は大体理解した。とりあえず1番の原因は俺だな」

 

 

「全くである!昨日も怒られたのであるぞ!加えて今日は沙々宮殿にぶっ放されそうになるし……!」

 

カフェ『マコンド』の席にて、俺はコーヒーを飲みながら頷くと材木座が喚き出す。普段ならウザいと一蹴するが、今回については全面的に俺が悪いので特に反論はしない。

 

両隣には恋人であるオーフェリアとシルヴィが居て、向かい側には刀藤と沙々宮、材木座とエルネスタがいた。

 

何故3人でデートしていたのにこんな状況になったのかというと、デートの最中に昼飯を食おうと行きつけの店であるマコンドに入ったら、沙々宮が煌式武装を起動して材木座に向けていて、材木座がエルネスタを抱きしめて道連れにしようとしていて、刀藤が沙々宮を必死に止めるというカオスな状況だったのだ。

 

関わると面倒なのは丸見えだったので逃げようとしたら刀藤に捕まって、今に至る感じだ。

 

そんで何故4人が揉めていたかというと……

 

①沙々宮、昨日負けたストレスを発散するべくやけ食いをすると刀藤を連れてマコンドに入る

 

②それから少しして沙々宮同様に昨日負けたストレスを発散する為にやけ食いを考えていた材木座に、私の分も奢ってとエルネスタが同伴してマコンドに入る

 

③4人が鉢合わせする

 

④沙々宮昨日の試合で対戦相手のノエルが『ダークリパルサー』を使った事を思い出す

 

⑤『ダークリパルサー』の製作者は材木座

 

⑥沙々宮キレて煌式武装を展開

 

って感じだ。

 

そんでノエルに『ダークリパルサー』を渡したのは俺なので材木座に怒られているのだ。

 

閑話休題……

 

 

「だから悪かったって。つーかもう終わったんだしゴチャゴチャ言うな」

 

「開き直りおったぞこいつ……」

 

材木座が呆れた表情を浮かべているが知らん。都合の悪い過去は基本的に振り返らない主義なんでな。

 

「にゃははー。まあぶっ放されなかったから良いじゃん」

 

「貴様は貴様で他人事だな」

 

「実際他人事だしねー。まあ将軍ちゃんに抱きしめられて道連れにされそうになったけど」

 

「あ……まあ済まなかったのである」

 

エルネスタはジト目で材木座を見る。しかし若干頬を染めているしお前らさっさと付き合えよ?

 

しかし……

 

「この席、面子が凄すぎだろ……」

 

思わずそう呟いてしまう。自分で言うのもアレだが、この席顔ぶれが尋常じゃない。

 

何せ……

 

俺 レヴォルフの序列2位で今回の王竜星武祭にて準々決勝進出

 

シルヴィ 世界の歌姫でクインヴェールの序列1位で俺同様に今回の王竜星武祭で準々決勝に進出

 

オーフェリア レヴォルフの序列1位で王竜星武祭二連覇したアスタリスク最強の魔女

 

刀藤 元星導館序列1位で鳳凰星武祭ベスト4にして獅鷲星武祭優勝

 

沙々宮 序列外でありながら刀藤同様鳳凰星武祭ベスト4にして獅鷲星武祭優勝、今回の王竜星武祭にてベスト16

 

材木座 アルルカント最大派閥の『獅子派』の長にして学生でありながら年収数千億、今回の王竜星武祭にてベスト16の実績を持つ男

 

エルネスタ アルルカントの派閥の1つ『彫刻派』の長にして、鳳凰星武祭準優勝にして今回の王竜星武祭にて準々決勝に進出

 

 

改めて考えたら凄い面子だ。他の客もギョッとした表情で俺達の事をガン見しているし。

 

「ねぇねぇ八幡ちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」

 

そんな事を考えていると、正面に座る明日俺と戦うエルネスタが俺に話しかけてくる。まあ実際ステージに立つのは代理のレナティだけど。

 

「何だよ?」

 

「あのさー、八幡ちゃんが4回戦で『大博士』をぶっ飛ばした鎧なんだけどさ、明日は使えるの?」

 

馬鹿正直に聞いてくる。こいつ……情報戦でもやる気か?

 

「使えるな。どの程度使えるかは言わないが」

 

「えー?教えてくれても良いじゃん」

 

「じゃあお前と材木座がどこまで行ったのか教えてくれたら教えてやるよ」

 

俺がそう返すとエルネスタは一瞬だけキョトンとするも……

 

「はぁ〜?!それ誤解だから!その言い方だと私と将軍ちゃんが付き合ってるみたいな言い方だけどそんなんじゃないからね!」

 

「そうである!我とエルネスタ殿は『獅子派』と『彫刻派』の長として同盟を結んではいるが、個人的には敵同士である!」

 

「いや、素直になれずにどついた奴が言っても説得力がないからな?」

 

「ちょっと!何でそれを……はっ!まさか将軍ちゃんに直接問い詰めてみろってアドバイスしたのって……」

 

「俺だな」

 

「何てことをしてくれるのさ馬鹿ーっ!」

 

「落ち着けエルネスタ殿!我も八幡にキレたが、店内では暴れるな!」

 

「離して将軍ちゃん!今直ぐ八幡ちゃんをぶっ飛ばさないと気が済まないよ!」

 

エルネスタはふんがーっ!とばかり俺に飛びかかろうとするも材木座が羽交い締めしてエルネスタを止める。

 

2人が揉める中、沙々宮が小さく手を挙げて俺に話しかけてくる。

 

「2人には何をしたんだ?」

 

見ればオーフェリアとシルヴィ、刀藤も気になる素振りを見せてくる。やはり女子だけあって恋バナに興味があるのか?

 

そう思いながらも俺が事情を説明すると……

 

(え?あの2人本当に付き合ってないの?)

 

(……普通にラブラブじゃない)

 

(もどかしいな……)

 

(え〜っと……長く一緒に居たので恋人という概念が無くなったんですかね?)

 

シルヴィが頭に疑問符を浮かべ、オーフェリアと沙々宮が呆れた表情を浮かべ、刀藤は真剣に2人の関係について考察を始める。

 

マジで疑問だが、何故あの2人は付き合わないんだろうか?どっちかが告れば直ぐに付き合って、俺達3人以上のバカップルになると思うぞ?

 

内心呆れ果てていると、大分落ち着いたエルネスタがピシッと俺に指を突きつけてくる。

 

「こうなったら明日の試合でレナティが八幡ちゃんをボコボコにするから覚悟しといてね!」

 

「やってみろ。返り討ちにしてやるよ」

 

「上等だよ!行くよ将軍ちゃん!」

 

言うなりエルネスタは材木座の手を掴んで立ち上がる。

 

「エルネスタ殿?!いきなりどうしたのであるか?!」

 

「念には念を入れてレナティのメンテナンス時間を増やすから将軍ちゃんも付き合って!」

 

「我もか?まあ構わないが……」

 

「決まりー!じゃあ八幡ちゃん、明日は勝つから首を洗って待っててねー!」

 

「エルネスタ殿?!……済まんが我はこれで失礼する!」

 

エルネスタはそのまま材木座の手を掴んでマコンドを後にしたのだった。

 

(普通に手を繋いでいたが……やっぱりお前は仲良いだろ?)

 

俺は今この場にいる人間は全員俺と同じ事を考えているのだという確信があった。

 

「全く……嵐のような2人組だな」

 

「いやカフェで煌式武装ぶっ放そうとしたお前も嵐みたいな人間だからな」

 

「シルヴィア・リューネハイムとオーフェリア・ランドルーフェンの2人と街中でディープキスをする比企谷も嵐のような人間だろう?」

 

「え、えーっと……あはは」

 

刀藤は苦笑いしているが、彼女の仕草が俺達が嵐のような人間である事を肯定している。

 

「まあ八幡君は嵐のような人間かもね。色々なトラブルに巻き込まれてるし」

 

恋人のシルヴィにも言われたよ。しかもオーフェリアもコクコク頷いているし、やっぱり俺は嵐のような人間なのか?

 

「ま、まあアレだ。今年はディルクは監視してるし、マディアス・メサも捕まったし明らかにヤバいトラブルは起こらないだろ?」

 

鳳凰星武祭の時は天霧とリースフェルトを潰すためにフローラが拉致されて、獅鷲星武祭の時は決勝前日にマディアス・メサが天霧を襲撃したりと桁違いにマズイトラブルが起こったが、騒動を起こしたディルクは黒猫機関に監視させているし、マディアス・メサは警備隊に捕まったので今年はヤバいトラブルは起こらないだろう。

 

「そうである事を祈る。ただでさえハル姉も忙しいのだから」

 

ハル姉?ああ、天霧の姉ちゃんか。そういや警備隊に入隊したんだった。んで歓楽街で暴れたお袋を捕まえようとしたって聞いたな。結局お袋は捕まってないし、倒したのか逃げ切ったのだろう。

 

警備隊は星武祭期間中にトラブルの対処で忙しいし、これ以上トラブルが増えない事を願うのは当然だろう。

 

「そうでしょうね。ところで比企谷さんは大丈夫なんですか?」

 

「何がだよ?」

 

「いえ、昨日の試合でユリス先輩の……」

 

「ああ……問題ない。多少痛いが戦闘には支障無い」

 

寧ろリースフェルトの方が心配だ。昨日の今日だし顔を合わせたら向こうも気分が悪くなるかもしれないと思って見舞いには行ってないが、両腕と肋骨が折れていて軽くない怪我だし。

 

「そういや刀藤は王竜星武祭に出なかったんだ?」

 

「あ、それは私も気になるな」

 

シルヴィアも気になったのか刀藤に話しかける。刀藤も壁を越えた人間で単純な剣才なら天霧やフェアクロフ兄妹を上回ると評されている。加えて最近になって純星煌式武装を持つようになったし、王竜星武祭に出るものかと思っていた。

 

まあ俺としちゃ出なくて良かったけど。

 

「一応出るか悩みましたが、来シーズン以降にしました。来シーズンには綾斗先輩もユリス先輩も紗夜先輩も出れないですから……」

 

なるほどな。誰であろうと星武祭に出れるのは3回までだ。既に星導館は総合優勝が殆ど決まっているので、刀藤は来シーズン以降を見据えて今回の王竜星武祭に出なかったのだろう。もし俺が星導館の生徒会長なら刀藤に来シーズン以降に出てくれと頼んでいるかもしれないな。

 

「そうかい。じゃあ来シーズンの王竜星武祭に出るならよろしくな」

 

俺は来シーズンの王竜星武祭に出るつもりだ。そして刀藤も間違いなく王竜星武祭に出るだろう。天霧が引退したら星導館最強は刀藤だし。

 

「はい。その時はよろしくお願いします」

 

言いながら刀藤はペコリと頭を下げてくる。礼儀正しいなぁ……ノエルに若干似てる気がする。礼儀正しい所とか、妹属性を持っている所とか、小動物みたいな容姿な所とか。

 

 

そんな事を考えながらも俺達は他愛のない雑談をしながら昼食を食べた。元々3人で食べる予定だったが、5人で食べるのもなかなかどうして楽しかった。

 

明日に備えてリフレッシュをする目的で外出したが、目的は果たしたと言えるだろう。

 

 

 

 

 

それから3時間後……

 

「んー、今日は楽しかったぁ!」

 

空に綺麗な夕焼けが生まれる中、アミューズメントパークを出たシルヴィは満足そうに伸びをする。

 

昼食を食べた俺達は、刀藤と沙々宮と別れてアミューズメントパークに行ってカラオケやボウリングをして楽しんだ。尚、シルヴィが自分の歌を歌ったら100点満点を出していた。

 

「……そうね。久しぶりにした3人のデートは楽しかったわ」

 

オーフェリアも満足そうに頷いているが俺も同感だ。基本的にアミューズメントパークなんて行かないが、恋人と一緒だと乗り気になれたし。

 

「これで明日の準々決勝は最善の状態で行けるな」

 

気分も最高。これなら明日の試合でも最高のパフォーマンスで試合に臨めるだろう。

 

「うん。八幡君は頑張ってね。あのレナティって女の子、強いし、間違いなく奥の手を持ってる筈だから」

 

シルヴィは真剣な表情を浮かべているが俺も同感だ。レナティは壁を越えた存在だが、今の状態なら普通に勝てる自信がある。

 

それでもエルネスタは俺に勝つと言ったんだ。何かしら勝算ーーー奥の手を隠し持ってるだろう。鳳凰星武祭でも合体という度肝を抜かすような隠し球を持っていたし。

 

「ああ。お前も頑張るよ。今のノエルは強いぞ」

 

何せあいつ俺の影神の終焉神装を模した技を開発したし。アレを使った時のノエルは間違いなく壁を越えた人間とマトモにやり合えるだろう。

 

「わかってるよ……八幡君が手取り足取り鍛えたからね」

 

シルヴィがジト目で俺を俺を見てくる。するとつられてオーフェリアもジト目で見てくる。どうしろと?俺にどうしろと?

 

返答に悩んでいる時だった。

 

「八幡さん!」

 

いきなり後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。同時にオーフェリアとシルヴィの目が更に鋭くなる。

 

恐る恐る振り向くと……

 

「八幡さん、こんな所で奇遇ですね!会えて嬉しいです!」

 

先程話題に上がっていたノエルが満面の笑みで元気よく駆け寄ってくる。ちくしょう、こんな時にアレだが可愛過ぎる。

 

そしてノエルの後ろからはブランシャールが胃の辺りに手を押さえながらこちらにやって来る。その様子からまた葉山がなんかやらかしたのか?

 

「そうだな、奇遇だな。お前も明日に備えて気分転換か?」

 

「はい……シルヴィアさん」

 

ノエルは頷くなり、シルヴィアの前に立ち頭を下げる、

 

「明日の試合、よろしくお願いします」

 

対するシルヴィもジト目を消して頷く。

 

「よろしくねノエルちゃん。言っておくけど負けないからね?」

 

「それは私もです。勝ってシルヴィアさんに認められたいので全力を尽くします」

 

ノエルは顔を上げてシルヴィと睨み合う。そこには星武祭以外の何かも掛かっているように思える。シルヴィもそうだが、それ以上にノエルの気合いは一段と凄い。どんだけシルヴィに認められたいんだ?

 

「やはりこうなりましたのね。胃が痛くなりますわ……っと、それよりも比企谷八幡。貴方に話がありますの」

 

漸くノエルに追いついたブランシャールが俺に話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

「昨日の葉山隼人の件ではご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんですの。昨日の夜エリオットが上層部に報告した結果、彼には監視がつきましたので」

 

「そうか。それは助かる」

 

何せ昨日はいきなり胸倉を掴まれて壁に叩きつけられたからな。決勝前とかに干渉されたら迷惑極まりないからな。

 

そんな事を考えているとノエルとシルヴィの会話は終わったようでノエルが俺に近寄ってくる。

 

「八幡さん、私……明日は頑張りますので、見ててください!」

 

強い決意を込めた表情で俺を見てくる。何かはわからないが絶対に譲らない目をしている。やはりノエルにはガラードワースの立て直し以外にも王竜星武祭に参加した理由があるのだろう。

 

「わかった。見ておく」

 

返答は決まっている。恋人と可愛い弟子が戦うんだ。是非ともこの目に焼き付けておきたい。

 

「ありがとうございます。では失礼します」

 

「昨日は申し訳ありませんでしたわ」

 

2人は一礼してその場を去った。同時にシルヴィが俺に詰め寄ってきて決意の混じった表情で俺を見てくる。

 

「八幡君、明日は絶対に勝つからね」

 

「お、おう……」

 

「なら良し。じゃあ帰ろっか」

 

シルヴィはそう言って俺の右腕に抱きつき、対するオーフェリアは俺の左腕に抱きつくので俺は2人の手を握りながら自宅に向かって歩き出した。

 

 

 

こうして調整日の1日は終了した。色々とインパクトのある事はあったが、気分転換にはなっただろう。

 

 

そして翌日……

 

王竜星武祭12日目にして準々決勝の幕が上がる。



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良い試合とは……? 比企谷八幡VSレナティ(前編)

王竜星武祭12日目

 

現時点で残っている選手は8人であり、今日準々決勝を行い4人が負ける。

 

試合の組み合わせはこうなっている

 

シリウスドーム

 

俺こと比企谷八幡VSレナティ(エルネスタ・キューネ)

 

 

カノープスドーム

 

天霧綾斗VSロドルフォ・ゾッポ

 

 

プロキオンスドーム

 

武暁彗VS若宮美奈兎

 

 

カペラドーム

 

シルヴィア・リューネハイムVSノエル・メスメル

 

って感じだ。

 

「……八幡、緊張してる?」

 

すると控え室にて俺の隣に座っているオーフェリアが心配そうに俺を見てくる。今日は生徒会の仕事が少ないので直接俺を応援しに来てくれている。

 

「緊張してないって言ったら嘘になるが大丈夫だ。多少の緊張は持っておいた方がいいからな」

 

緊張し過ぎはダメだが緊張がなさ過ぎるのもダメだろう。その点今の俺は程よく緊張してる状態で悪くないだろう。

 

「なら良いわ。もう直ぐ時間だけど頑張ってね」

 

「ああ……オーフェリア」

 

言うなり俺はオーフェリアの肩を掴み唇を奪う。するとオーフェリアは一瞬だけど驚きの表情を浮かべながらも俺のキスを受け入れて、自分からもキスをしてくる。

 

暫くの間キスをした俺達は……

 

「行ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

互いに一言だけ言葉を交わして、俺は笑顔を浮かべたオーフェリアに見送られながら控え室を後にした。

 

そして入場ゲートに繋がる通路を歩いているとポケットにある端末が鳴り出したので見てみると……

 

『fromシルヴィ 行ってらっしゃい、八幡君』

 

『fromノエル 行ってらっしゃい、八幡さん』

 

シンプルなメールが届いていた。文面、君とさん以外同じじゃねぇか……しかも同時に。狙ってやったのかよ?

 

それを確認した俺は頬が緩むのを自覚しながら2人に『行ってきます』と返信して再度入場ゲートに向かって歩き出す。

 

入場ゲートに繋がる通路にも会場の熱気と興奮が伝わってくる。王竜星武祭も準々決勝まで来たから必然だろう。

 

そして……

 

『さあ王竜星武祭12日目!今日は準々決勝!ベスト4に進出出来るのは誰なのか!いよいよ開幕です!』

 

実況の声によって観客のボルテージは更に上がる。前回の王竜星武祭で経験しているが準々決勝以降になると一段と騒がしいな。まあ10万人の客がいるから仕方ないっちゃ仕方ないが。

 

『いよいよ入場です!先ずは東ゲート!レヴォルフ黒学院序列2位!世界最強の男と評されたこの男!『影の魔術師』比企谷八幡ー!』

 

実況の声が俺の名前を呼んだので入場ゲートをくぐると眩い光の波と大歓声が俺に降り注ぐ。

 

(相変わらず騒がしい。これがロドルフォあたりならハイテンションになるが、俺は寧ろローテンションになるな……まあ戦闘には支障ないけど)

 

そう思いながらゲートから続くブリッジを渡り、ステージへと飛び降りる。

 

『続いて西ゲート!鳳凰星武祭に続いて今大会でもダークホース!アルルカントアカデミー『彫刻派』代表エルネスタ・キューネ選手の代理擬形体、レナティ選手ー!』

 

そんな声が聞こえると一拍置いて……

 

「えーい!」

 

可愛らしい声と同時にステージに可愛らしい姿の女子……の形をした擬形体のレナティが降りてくる。

 

見た目は10歳前後の金髪幼女と可愛らしいが油断はしてない。なんせこのレナティ、準々決勝に進むまでの試合全てを10秒以内で終わらせている。(小町は不戦敗故にノーカンとする)

 

そんな風に警戒していると、レナティがこっちにやって来て手を差し出してくる。

 

「にひひー!よろしくねーはちまん!」

 

天真爛漫な笑顔でそう言ってくる。そんな無邪気な表情を見ると呼び捨てにされてもムカつかない。

 

「よろしく、良い試合にしよう」

 

言いながらレナティの手を握る。見る限りレナティは純粋だし、その位は良いだろう。

 

「良い試合?んー……」

 

するとレナティはきょとんとした表情で首を傾げる。表情を見る限り俺の言っている事がわからないようにも見えるが、俺分かり難い事を言ったか?

 

疑問符を浮かべているとレナティが握手をしたまま俺に話しかけてくる。

 

「ねぇはちまん。良い試合ってどんな試合?」

 

「は?」

 

「うん。ただ勝つだけの試合は良い試合じゃないんでしょ?レナ、どんな試合が良い試合なのかわかんないの」

 

なるほどな……こいつは圧倒的な力を持っているが、まだ何も知らないようだ。どうやら精神についてはアルディやリムシィと違って子供なんだな。

 

しかし良い試合か……

 

「良い試合ってのは本人が満足した試合だな」

 

「満足……?はちまんは満足した試合をしたことあるの?」

 

「一回だけな。まあ負けたから悔しい気持ちもあったけど」

 

俺が満足した試合は3年前のシルヴィとの試合だ。お互いに全力を出し合った勝つか負けるかのクロスゲーム。負けたがあの時は妙にスカッとした。アレは俺の中で満足した試合だろう。

 

「負けたのに満足?んー?よくわかんない」

 

本当に純粋だな……これから先、学ぶ内容によっては聖者になるかもしれないし、悪者になるかもしれないな。ある意味恐ろし過ぎる

 

「まあ難しく考えるな。お前が普通に試合をやればいつかわかるだろ。それよりもう直ぐ時間だし手を離すぞ」

 

言いながらレナティから手を離す。

 

「あ、うんわかった!でもでも、勝つのはレナだから!」

 

「やってみな」

 

その言葉を最後に俺とレナティは開始地点に向かう。俺はいつものように徒手空拳で、対するレナティはシルヴィが愛用するフォールクヴァングと同じ銃剣型煌式武装ユードムラを持っている。しかしシルヴィのそれと違って大きさは3メートル近くある。

 

レナティが使う武装はユードムラたった1つだけだ。しかし油断は禁物。あの武装による一撃は食らったらアウトだしな。

 

そう思いながら構えを取ると……

 

『王竜星武祭準々決勝第1試合、試合開始!』

 

胸の校章が試合開始を告げる。瞬間、レナティは圧倒的な速度で俺との距離を詰めてきて……

 

「えーい!」

 

可愛らしい声を出しながら可愛くない斬撃を放ってくるので、俺は真横に跳んで回避すると、ステージの地面には巨大な斬撃痕が生まれる。データでは見たがつくづくふざけた破壊力だ。

 

「影の刃軍」

 

そう思いながらも俺は影に星辰力を込めて50本以上の影の刃を一斉に放つ。狙いは全てレナティの校章。

 

対するレナティはユードムラで薙ぎ払いをして影の刃の7割を斬り飛ばす。残りの3割についてはユードムラを剣状態から巨大な銃状態に変更して、即座に光弾を放ち破壊する。

 

それを見た俺は脚部に星辰力を込めて、爆発的な加速をしてレナティに詰め寄り正拳突きを放つ。見た目は幼女だから側から見たらヤバい光景だが、レナティ相手に手を抜いたら即負けに繋がるだろうから気にしない。

 

するとレナティはユードムラを再度剣状態にして俺の一撃を受け止めるので右足に星辰力を込めて蹴りを放つとレナティも同様に蹴りを放ってぶつけ合う。

 

それによって俺とレナティの足元に衝撃が走り……

 

「ちっ……」

 

「にゅにゅっ?!」

 

お互いに弾かれるように距離を取る。同時に俺は義手に星辰力を注ぐ。奴を相手に妥協をするのは厳禁だ。

 

そして義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝くので……

 

「はあっ!」

 

光が最高潮に輝いた瞬間に突きを放つ。するとレナティはユードムラを大きく振り上げて……

 

「ふみぃぃぃぃぃっ!」

 

気合いの入った叫び声を上げながら振り下ろす。すると……

 

ドガァァァァァンッ……

 

俺とレナティの真ん中辺りで大爆発が生じる。状況から察するに俺の流星闘技によって生まれた衝撃波をレナティがぶった切ったのだろう。俺達の間にあるステージの床には斬撃痕があり、爆発によって捲れている。

 

しかし俺とレナティはそれを気にせず再度突撃を仕掛けて……

 

「はっ……!」

 

「やぁーっ!」

 

掛け声と共に攻撃を仕掛ける。レナティがユードムラから斬撃を飛ばせば俺が回避して、俺が距離を詰めようとすればレナティはユードムラを銃状態に変更して光弾を放ち、俺を近寄らせないようにしてくる。

 

(ちっ……擬形体だけあって攻撃が正確だな)

 

そう思いながらも俺は半ば無理矢理レナティとの距離を詰めて、拳をぶつけながらも足元の影に星辰力を込めて……

 

「殴れ、影拳士の剛腕」

 

「にゅっ?!」

 

次の瞬間、影から巨大な腕を生み出してレナティを殴り飛ばす。俺と拳を交えていたレナティは避ける事が出来ずにモロに食らって後ろに吹き飛ぶ。

 

それを受けたレナティは地面に叩きつけられるも、直ぐに地面を蹴って起き上がる。

 

「凄い凄い!はちまんって4回戦で見せた鎧が無くても強いんだー!」

 

そして楽しそうにはしゃぐ。擬形体だから痛覚が無いのか全然ダメージを受けていないようにも見える、

 

(しかし腑に落ちないな……)

 

レナティの実力は大体把握した。高い身体能力に擬形体故の正確な攻撃に高性能の煌式武装、それらを総合すると間違いなく壁を越えた存在だろう。

 

しかしこれなら鳳凰星武祭で見せてきた合体したアルディの方が数段上の実力だ。

 

その事から察するにレナティは間違いなく奥の手を持っている。エルネスタなら間違いなく仕込んでるだろうし。

 

内心警戒しながらレナティを見ると……

 

「うーん。こうなったら本気を出そうっと!」

 

言うなりレナティはユードムラを放り投げる。何をするつもりなのかはわからないが油断は禁物だ。ここは……

 

疑問符を浮かべながらも警戒を続けながら脚部と自身の影に星辰力を込めている。正面にいるレナティの瞳の色が変わり……

 

「えーい!」

 

次の瞬間、俺の目の前にいて手刀を振り下ろそうとしてくる。

 

(マズい……!間に合え!影雛鳥の闇翼!)

 

内心そう叫ぶと足首に小さい影の翼を何枚も生やし、星辰力を込めた脚部による蹴りを地面に放ち横に跳ぶ。

 

すると……

 

「んなっ!」

 

思わず素っ頓狂な声を出してしまった。レナティの手刀はさっきまで俺がいた場所をスッパリと切り裂いていて、ステージには10メートル近くの斬撃痕が刻まれていたのだ。

 

(何つーパワーとスピードだよ?一昨日にリースフェルトの加速補助能力を見てなかったら回避出来ずに負けてたな……)

 

さっか俺が使った影雛鳥の闇翼は一昨日の試合でリースフェルトが使っていた極楽雛鳥の輝翼を俺の影で真似たものだ。

 

影雛鳥の闇翼に加えて星辰力を込めた脚部による爆発的な加速のおかげでギリギリ回避出来たと言ったところだ。

 

「やっぱり生身で勝つのは無理か……纏え、影狼修羅鎧」

 

言いながら影に星辰力を注ぐと、影が俺の身体に纏わりついて、狼を模した西洋風の鎧と化す。

 

(こいつ相手に様子見は厳禁だ。一撃で仕留める)

 

そう思いながら俺は息を吐いて…….

 

「にひひひひひ!そーれ!」

 

満面の笑みでこちらに向かってくるレナティを迎え撃つ。レナティが手刀を横薙ぎに振るってくるので俺は身を屈めてギリギリの所で回避して……

 

「にゅにゅっ!」

 

右手でレナティの鳩尾を殴る。対するレナティは全然ダメージを受けてないようだが、体勢は崩れている。

 

当然そんなチャンスを俺が逃すつもりもなく、俺は義手に埋め込まれたマナダイトに星辰力を注ぐ。奴を

 

そしてレナティが体勢を立て直すと同時に義手から圧倒的な力を感じたので……

 

「はあっ!」

 

渾身の一撃を放つ。ロボス遷移方式によって多重連結したマナダイトによる流星闘技だ。いくらレナティでもタダじゃ済まない筈だ。

 

そう思った時だった。

 

「ふみいいいいいいいっ!」

 

レナティが叫び声を上げながら下段から蹴りを俺の左腕に向かって放つ。それによって流星闘技を使用した俺の左腕とレナティの足がぶつかり合い……

 

「うおっ……!」

 

足元にクレーターが生まれながら、一瞬だけ拮抗するも直ぐに押し切られて俺は後ろに吹き飛ぶ。一度だけ地面を跳ねてから体勢を立て直すと既にレナティがこちらに向かってくるので影雛鳥の闇翼を発動してレナティから距離を取る。

 

そして俺が構えを見せるとレナティも無理に攻めずに足を止める。見かけの割に冷静だな。マジで面倒な相手だ……

 

「やっぱりはちまんはすごーい。レナの演算だとさっきの蹴りで倒せるはずだったのにー!」

 

「そりゃどうも。お前こそ急に強くなったが何をしたんだ?」

 

レナティの瞳の色が変わった瞬間、レナティのパワーとスピードは桁違いになった。レナティの右腕から今もなお桁違いの力を感じる。

 

「んー?はちまんの左腕と同じだよ?」

 

俺の左腕と同じ……そうか!

 

「なるほどな。つまり普段のお前は並列処理方式でコアを制御してるが、今のお前は俺の義手と同じくロボス遷移方式によってウルム=マナダイトを多重連結してるんだな」

 

「だーい正解!レナね、今のレナが一番好き!体の奥からどんどん力が湧いてくるの!」

 

ロボス遷移方式は俺の義手にも使われていて、マナダイトを多重連結させて出力を上げる方式である。破壊力については純星煌式武装に匹敵するが出力が安定し難い上に、一回の攻撃ごとにインターバルが必要であると中々ピーキーなシステムだ。

 

普通のマナダイトでも純星煌式武装に匹敵する破壊力を出せるのだ。純星煌式武装の素材であるウルム=マナダイトをロボス遷移方式で多重連結したら、それこそオーフェリアや星露クラスの力になるだろう。

 

しかし普通のマナダイトではなくウルム=マナダイトでやるとは完全に予想外だ。俺やこの方法に慣れている沙々宮でも制御するのは無理だろう。普通に暴発する未来しか見えない。

 

それでもレナティが暴発しないという事はエルネスタの技術が桁違いだという事を証明している。

 

(あの野郎マジで厄介な擬形体を作りやがって……試合が終わったら材木座とデキてるってネット掲示板に書いてやる)

 

そう思いながら俺はレナティを見据えて作戦を立てるのであった。

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「はっ(むうっ)!何か試合が終わったらとんでもない事になる気がするなぁ(のである)!」

 

アルルカントアカデミーの専用観戦室にて、八幡とレナティの試合を見ていたエルネスタと材木座は嫌な気配を感じながら叫んでいた。



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良い試合とは……? 比企谷八幡VSレナティ(後編)

「はぁっ……!」

 

「えーい!」

 

掛け声と共に俺とレナティの拳がぶつかる。それによって足元にクレーターが生まれるも、俺達はそれを無視してぶつかり合う。

 

単純なパワーなら動力源である複数のウルム=マナダイトをロボス遷移方式によって多重連結しているレナティの方が上だが今の所は拮抗している。

 

何故なら……

 

『比企谷選手、鎧から大量の棘を生み、地面に刺すことで支えとして、レナティ選手の攻撃とぶつかり合っています!』

 

『加えて鎧の腹部分から影の刃を出してレナティ選手の意識を割いてレナティ選手のパワーを減らしているな。単純な力ならレナティ選手の方が上だが、比企谷選手は工夫でその差を埋めているな』

 

実況と解説の言う通り、俺はレナティと攻撃を打ち合いながらも、

影を使ってレナティの意識を割いたり自分の身体を支えたりして何とか戦えている。

 

「もー!はちまんの攻撃、面倒だよー!」

 

レナティは不満タラタラな表情を浮かべながら拳の力を強める。流石ウルム=マナダイトをロボス遷移方式によって多重連結しているだけあってパワーは底知れない。これは防げそうにないな。

 

そう判断した俺は鎧から地面に刺している影の刃を抜いて、一旦後ろに跳ぶ。レナティの校章に向けて影の刃を飛ばしながら。

 

「むぅぅぅっ!」

 

影の刃はレナティからしたら雑魚かもしれないが、校章を狙う技なら無理は出来ないだろう。案の定レナティは悔しそうな表情を浮かべながらも、校章を守る為に後ろにジャンプした。

 

しかしマジで厄介だな。今の所は拮抗しているが、このまま続けば拮抗は崩れて徐々に俺が不利になるのは確実だ。

 

しかしどうするか?影神の終焉神装を使えば勝てる自信はある。実際に昨日1日休んだから医者から使っても良いと言われてるし。

 

しかしアレは肉体に強い負荷が掛かる。もしも使って勝てたとしても明日の準決勝では使えな……ん?

 

(待てよ。よく考えたら俺が準決勝で当たる相手って天霧かロドルフォだし影神の終焉神装は使えなくね?)

 

ロドルフォは星辰力に干渉する能力を持っているので影神の終焉神装を纏っても内部から爆発してくるだろうし、天霧は『黒炉の魔剣』で影神の終焉神装を焼き切るだろう。

 

そう考えると……

 

(レナティとの戦いで影神の終焉神装を使って、明日の準決勝で使えなくても問題ないじゃん)

 

どうせ肉体が消耗してなくても使い機会はないんだし。寧ろ使わないでレナティに負ける方が損じゃねぇか。

 

そう判断した俺は……

 

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

ただ一言、そう呟く。すると俺の周囲から星辰力が爆発的に噴き上がり、影狼修羅鎧に纏わり付いたかと思えば、押し付けるように圧縮が始まる。

 

同時に俺の身体からギシギシと音が鳴り若干の痛みが生まれるも、今の俺はそれを気にしない。寧ろ限界まで影狼修羅鎧を圧縮するように星辰力を操作する。

 

そして遂に限界まで影狼修羅鎧を圧縮し切り、背中から悪魔の如き翼を生やし……

 

「よっ……とっ!」

 

そう呟いて息を吐く。同時に辺りに衝撃が走り俺の足元にヒビが入る。

 

「あっ!はちまんの本気だー!」

 

するとレナティは興味深そうに俺を見てくる。本当に純粋な奴だな……

 

「まあな。そんじゃ続きをやろうか」

 

「うん!レナはまだ満足ーーー良い試合についてよくわからないけど、今のはちまんとバトルしたらわかる気がするなー!」

 

「そうかい。そうなる事を祈っとく……じゃあやろうか」

 

そんな風に言われたらこちらとしても全力で相手をしよう。てか全力を出さないと足元を掬われるし。

 

「うん!」

 

俺とレナティは一言だけ言葉を交わして互いの拳をぶつけ合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『殴り合いです!比企谷選手とレナティ選手、ガードを捨てて殴り合いをしています!2人の殴り合いの余波でステージはボロボロ!比企谷選手はステージを壊さないと気が済まないのかぁっ!』

 

『比企谷選手も好き好んでステージを壊している訳ではなかろう。ともあれノーガードで圧倒的な力による殴り合いはシンプルだが見ていて気持ちが良いな』

 

「にゃははー。レナティってば凄く楽しそう。やっぱり八幡ちゃんと当たれて良かったなぁ」

 

アルルカントアカデミーの専用観戦室にて、レナティを代理としているエルネスタは嬉しい気分で実況と解説の声を聞きながら、ステージにて行われている八幡とレナティの殴り合いを見ている。

 

「うむ。人間の場合勝って当然の試合よりも勝てるかわからない試合をした方が大きな変化を与えるからな。それを踏まえてこの試合を見れば、レナティ殿は勝っても負けても良い方向に成長すると思うのである」

 

「うん。やっぱり王竜星武祭に出して良かったよ」

 

隣に座る材木座がそう言うとエルネスタは頷く。

 

実際のところ2人が見る限り、今のレナティは本当に楽しそうに八幡の影神の終焉神装を突き破るべく殴っている。逆に八幡がレナティを殴ると、やったなー、とばかりに悔しそうに殴り返している。

 

レナティが生まれてから1年少しだが、エルネスタも材木座もレナティがここまで感情を露わにするのは初めて見た。この試合は間違いなくレナティの糧になると確信を抱いている。

 

「でも母親としてレナティには勝って欲しいな」

 

自分の願いを叶えたいからだけでなく、レナティには強者からの勝利によって生まれる快感を得て欲しいと思っている故に。

「ま、エルネスタ殿からしたらそうであろうな。我としてもエルネスタの努力が報われて欲しいし勝ってもらいたい所である」

 

「なっ?!い、いきなり何を言ってるのかな将軍ちゃんは?!」

 

エルネスタは材木座の言葉に思わず頬を染めて突っかかってしまうも、材木座は頭に疑問符を浮かべた表情だった。

 

「?我何か変な事を言ったのであるか?我は思った事を口にしただけであるぞ」

 

「〜〜〜!もう良いから黙っててよ!将軍ちゃんの馬鹿!アホ!厨二!童貞!」

 

「何故そこで我、disられないといけないのだ?!」

 

材木座が顔を赤くするエルネスタに文句を言う間にも、ステージでは八幡とレナティな殴り合いは続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふみゅみゅみゅみゅみゅみゅっー!」

 

「痛ぇなこら、お返しだ……!」

 

レナティが可愛い声を出しながら1発1発が純星煌式武装以上のラッシュを放ってくるので、俺も負けじとラッシュを返す。

 

同時に周囲にはドドドドドッと激しい轟音が響き渡り、両者の足元から衝撃が走りステージ全体にヒビが入る。

 

そしてレナティの攻撃は影神の終焉神装越しに俺の身体に僅かだが衝撃を与えて、俺の攻撃は衝撃によってレナティの堅固な皮膜装甲から火花を生み出している。

 

全身に痛みが徐々に蓄積してくるがどうでも良い。今はただレナティとの殴り合いを楽しみたい。

 

正直に言おう。今の俺はレナティとの殴り合いに悦を感じている。レナティが純粋無垢だからか俺も純粋に楽しいという感情が湧いている。

 

少し前の俺なら絶対にあり得ないが、これは間違いなく星露との鍛錬の影響かもしれないし、実際に俺の心の奥底に強い闘争心があったのかもしれない。

 

しかし今はそんな事はどうでもいい。今の俺はレナティを打ち負かす事以外どうでもいい。

 

「そらっ!」

 

「にゅにゅっ!」

 

互いにラッシュをする中、俺は一度左腕でレナティの一撃を受け流し、間髪入れずに右手を使ってレナティの腹に一撃入れる。それによってレナティの腹から火花や青白い電気がバチバチと鳴り出すが……

 

「むぅぅぅっ!やったなーはちまん!お返しだぁー!」

 

レナティは悔しそうな表情を浮かべながらも両腕を使って俺の右腕を掴み、そのまま宙にぶん投げる。

 

俺が空中に吹き飛ばながらもステージを見ると、レナティは一度力を溜めるように屈み込み、大きくジャンプをして俺に襲いかかってくる。

 

同時に俺は翼を羽ばたかせてからレナティの方に突撃を仕掛けて……

 

「はあっ!」

 

「ふみぃっ!」

 

空中で拳をぶつけ合う。すると辺りに衝撃が走り……

 

「ちっ……!」

 

「わわわっ!」

 

お互いは磁石の反発作用の如く吹き飛び、俺は天井の防護ジェルに、レナティはボロボロになっているステージに叩き付けられる。

 

だから俺はそのまま防護ジェルを蹴ってステージにいるレナティに向かって突撃して拳を振り下ろす。

 

「わわわ!これはマズいかも!」

 

レナティは言いながら横に一歩ジャンプして俺の一撃回避する。それによって俺の一撃はステージの床に当たり……

 

「あ、やべ……」

 

『何とぉ!何と何と!比企谷選手の一撃によって遂にステージが割れたぁっ!』

 

『私も長年星武祭を見ているがステージが割れたのは初めて見るな。そしてこの状態で試合を続けるのか?』

 

『ええっと……運営委員会からは中止が伝えられてないから続行ですね。とはいえ試合が長引けば中止になるかもしれないです』

 

しまった。俺とレナティの戦いによって防護ジェルは壊れなかったが、ステージに限界が来たようだ。これって弁償するのか?

 

疑問符を浮かべながら俺は割れ目に飲み込まれないように距離をとってからレナティを見るとレナティが提案をしてくる。

 

「ねぇねぇはちまん、ちょっと良い?」

 

「何だよ?」

 

「試合が長くなって中止になったら嫌だしさ、一発勝負しよー?」

 

「一発勝負?」

 

「うん。前におじいちゃんが持ってる漫画を読んだ時に似たような場面があったし」

 

「おじいちゃんって誰だ?材木座か?」

 

「ん」

 

レナティが頷くが材木座がおじいちゃんだと?あいつはお父さんじゃないのか?お母さんはエルネスタで。

 

まあ今は良いや。それよりもレナティの提案した一発勝負についてだ。確かにレナティの言うように勝負が長引いて試合が中止になったりしたら嫌だし、早めにケリをつけられたらありがたいが……

 

「ルールは?」

 

「はちまんとレナが一番強い攻撃をぶつけ合って吹き飛んだ方の負けー」

 

「もしもお互いの攻撃が弾けた程度で吹き飛ばなかったら?」

 

「にゅ?んー……もう一回ぶつけ合うはダメー?」

 

言われて考える。おそらく罠ではないだろう。レナティと戦ってわかったが彼女は純粋だから。

 

そしてステージが割れた事、俺自身の体力の消耗具合を考えると長引くのは面倒だし……

 

「わかった。その勝負受けて立つ」

 

受けることにした。この勝負が一番勝率が高いし、こいつとの戦いは最後まで小細工なしでやりたいし。

 

「にひひー!決まりー!じゃあお互いに準備しよう?」

 

レナティはそう言ってから比較的ボロボロになっていない場所に立ち上がり自身の左腕に触れる。

 

すると左腕が光り輝き信じられない程のエネルギーを感じ取れる。アレは明らかにヤバい光だ。光から圧力を感じるし。

 

とはいえ相当無茶な技のようだ。レナティの左腕からは光だけでなく火花も生まれているし。恐らくロボス遷移方式によって多重連結したウルム=マナダイトによる流星闘技と思えるが、間違いなくリスクのデカイ技と思える。

 

そんな事を考えながら俺もレナティの正面に立ち……

 

(影神の終焉神装、その力の全てを俺の左手に凝縮しろ)

 

内心そう呟くと俺の身に纏っていた影神の終焉神装が剥がれて、俺の左腕に集まる。それによって腕には重みが発生するが義手だから問題ない。

 

そして義手に埋め込まれたマナダイトに星辰力を込める。すると鎧の内部から圧倒的な力を感じる。

 

影神の終焉神装を凝縮させた義手による流星闘技、4回戦にて『大博士』を倒した技であり、破壊力だけなら今の俺が放てる最強の技だ。

 

技の準備が完了すると、レナティも丁度終わったようで俺と向き合う。先程まで周囲を輝かせていた光は左腕に集まっている。そこからも圧倒的な力を感じる。

 

「はちまんは終わったー?レナは準備出来たよー?」

 

「安心しろ。俺も準備出来た」

 

「にひひっ!じゃあやろっか、一発勝負!」

 

「ああ。やろうか」

 

レナティが笑いながらそう言って構えを取るので、俺も頷いて構えを取る。

 

互いに構えを取って一息吐いて……

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「ふみぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

お互いに掛け声を上げて距離を詰めてお互いの左腕をぶつけ合う。

 

瞬間、俺とレナティの拳から圧倒的な衝撃が生まれて、比較的無事だったステージの一部にも穴が開いて、防護フィールドに衝撃が叩きつけられてギシギシと鳴り出す。

 

そんな中、俺達は自分達の拳の激突によって生まれる衝撃を無視して拳を押し付け合う。目の前の敵を倒す、それ以外の事を考えたら負けだ。

 

そんな中、俺の左腕だけに凝縮した影神の終焉神装は徐々に剥がれだし、圧倒的な光を煌々と輝かせるレナティの左腕にヒビが入る。

 

しかし……

 

「ぐっ………ぐぅぅぅぅっ!」

 

「にゅにゅにゅにゅにゅっ!」

 

俺達は特に気にせずに力を込める。他の事に気を取られて意識を割いたりしたら押し切られる……!

 

そう思いながら力を込めていると何秒か、何十秒か、はたまた何分経過したか知らないが遂に……

 

 

 

 

 

バキィッ!

 

ドゴッ……!

 

影神の終焉神装が義手ごと粉砕されて、同時にレナティの左腕がスパークを散らしながら粉々になり……

 

「がはっ!」

 

「にゅにゅにゅにゅっ!?」

 

俺達の壊れた腕から衝撃が走り俺とレナティは磁石が反発するように吹き飛んだ。

 

そしてステージの壁にぶつかってから地面に倒れ伏す。一応全身に星辰力を込めたから骨は折れてないようだが、全身から痛みを感じる。

 

俺が痛みを感じながら身体を起こすと、同じように離れた場所にいるレナティもよろめきながらも身体を起こす。向こうは全身から火花やスパークが散っているから相当限界だろう。

 

(まあ俺も割りかし限界に近いな)

 

星辰力はともかく、影神の終焉神装を使うのは無理だろう。使ったら肉体に掛かる負荷で気を失いそうだし。

 

そう思いながら俺はゆっくりとレナティの元に向かう。するとレナティもゆっくりだが俺に近寄ってくる。一発勝負ではお互いに吹っ飛んだので引き分けだ。つまり必然的に違うルールで勝負をつけないといけない。

 

そして観客席が無言の中、俺達はお互いに触れ合える位までの距離に近寄る。

 

「さてレナティよ。一発勝負では引き分けだったがどうする?」

 

「んー……今の一発勝負でレナ、エネルギーの殆どを使って限界。はちまんも似たような状況だよね?」

 

「まあな。んでどうする?今からチマチマした勝負をするか?」

 

この状況でチマチマした勝負をするのはやる気が出ないが決着をつけないといけないからなぁ……

 

「えー、レナそんな勝負やりたくなーい。はちまん何か良い案ある?」

 

「良い案ねぇ……じゃんけんとか?」

 

一応じゃんけんも一発勝負だしな。まあ星武祭の勝敗をじゃんけんで決めるのは前代未聞だろうけど。

 

そんな風に軽い冗談を言うと……

 

 

「ぷっ……!にひひっ……良いじゃん!じゃんけんで決めようよ!」

 

レナティは名案とばかりにぴょんぴょん飛び跳ねるがマジで?軽い冗談で言ったんだけど。

 

ともあれレナティは乗り気だし良いか……

 

「はいよ。じゃあ一発勝負な」

 

「ふふーん。勝つのはレナだから」

 

言いながら俺が手を出すとレナティも無事な右手を出してくる。

 

『な、何をするのでしょうか?』

 

『全くわからん』

 

実況と解説はそんな事を言っているが、この場にいる全員、いやこの試合を見ている全員が予想出来ないだろう。

 

そんな事を考えながらも俺とレナティは顔を見合わせて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「最初はグー!じゃんけん……ぽん!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺→パー

 

レナティ→グー

 

勝敗が決まった。

 

「ふみぃぃぃぃぃっ!?」

 

レナティは手をグーにしたまま驚愕の声を上げる。顔には信じられないという色が混じっている。

 

「俺の勝ちだ、レナティ」

 

「うぅぅぅ!く〜や〜し〜い〜!」

 

レナティは悔しそうにしながらも自身の校章に手を当てる。そして俺を見てから口を開ける。

 

「はちまん!次は負けないから!」

 

「はっ、次も俺が勝つ」

 

「むぅぅぅっ!レナの負け!」

 

レナティはそう言って自身の負けを認める。

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

機械音声が俺の勝利を告げる。すると一拍置いて……

 

 

 

 

 

 

『えぇぇぇぇぇぇっ!?』

 

観客席からは驚愕の声が響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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レナティとの終わり方がぶっ飛んだ試合は終わり、比企谷八幡は控え室に戻る

『こ、ここで試合終了!ステージが崩壊する程の激戦は何とぉっ!じゃんけんによって幕を下ろしたぁ!』

 

『長い星武祭の歴史でもこれほど斬新な終わり方は無かったな……』

 

実況と解説の呆然とした声が響く。そして観客席からは歓声は生まれず戸惑いと驚愕の声が生まれていた。自分で提案しといてアレだが、じゃんけんはぶっ飛んだ案だな……

 

てかこの試合を見ている知り合いは呆れてそうだ。

 

 

 

 

 

 

「だーはっはっはっはっ!馬鹿だ!馬鹿過ぎる!私以上に馬鹿だ!それでこそ私の息子!」

 

「まさかじゃんけんで星武祭準決勝の勝敗を決めるとは……」

 

「何考えてんだアイツ?!馬鹿?!」

 

「マジで馬鹿じゃねぇの?!」

 

「馬鹿過ぎじゃない!」

 

「……本当に馬鹿ね」

 

「え、えーっと皆さん、気持ちはわからなくないですけど、あそこまで馬鹿というのは……」

 

涼子とペトラ、ルサールカの5人は八幡を馬鹿呼ばわりして……

 

 

 

 

「「えぇぇぇぇぇぇっ!?」」

 

「……凄い終わり方ですね」

 

「柚陽、それを言うなら馬鹿な終わり方の間違いでしょう?」

 

「八幡って……馬鹿?」

 

チーム・赫夜の美奈兎とソフィアは驚き、柚陽が苦笑していて、クロエとニーナは八幡を馬鹿呼ばわりしていて……

 

 

 

 

 

 

「まさかじゃんけんで勝敗を決めるとはな……」

 

「えー……お兄ちゃん、考え方吹っ飛び過ぎでしょ?」

 

入院しているユリスと小町は呆れ果てて……

 

 

 

 

 

「比企谷……!ズルをしただけじゃ飽き足らず、星武祭という神聖なステージでじゃんけんで勝敗を決めるなんてどこまでふざけてるんだ……!やっぱり比企谷を倒さないとアスタリスクに平和は来ない……皆を救う為に奴を討たないと……!」

 

 

『(何を言っているんだこいつは?)』

 

『(知るか。ともかくこの馬鹿が比企谷八幡に手を出そうとしたらその前に阻止するぞ)』

葉山隼人は八幡により一層怒りを抱き、彼を監視する至聖公会議のエージェント2人は葉山の言動に呆れ果てて……

 

 

 

 

 

「くくくっ……!じゃんけんとはまた愉快な事をやりよるわ!やはり八幡が欲しいのう……!暁彗や、主に叶えたい願いがないのなら優勝した暁には八幡を界龍に編入させるのじゃ。そうすれは儂は毎日八幡と戦える」

 

「必ずや」

 

星露は満面の笑みを浮かべて一番弟子の暁彗に命じ、暁彗自身も闘争心を滾らせながら了承して……

 

 

 

 

「もう、八幡さんったら……でも、戦ってる時の八幡さん、格好良かったなぁ……」

 

ノエルは八幡の行動に若干呆れながらも、八幡の戦闘を思い出して恋する乙女の表情を浮かべ……

 

 

 

 

「あはは……八幡君凄いなぁ、色々な意味で」

 

シルヴィアは若干口元を引攣らせながら笑みを浮かべ……

 

 

 

 

「八幡……馬鹿?でもそんな八幡も好き……」

 

オーフェリアは頬を染めながら空間ウィンドウに映る八幡を眺めて……

 

 

 

 

 

「にゃはは〜。これは予想外だな〜」

 

「うむ、まさかじゃんけんで勝敗を決めるとはな……しかしエルネスタ殿からしたら良かったのでは?」

 

「ほほう……ちなみにそう思う理由は?」

 

「普通の擬形体ーーーそれこそアルディ殿やリムシィ殿が主であるエルネスタ殿の代理をするなら絶対自分から負けを認めることはないが、レナティ殿はそれに反して負けを認めた。今までの擬形体と比べたらあり得ない行為だが、完全に自律した擬形体を作る事を目標にしている貴様からすれば良いことであろう」

 

「まあね。負けちゃったのは悔しいけど、レナティが自分の意思で負けを認めたのはそれと同じくらい嬉しいね」

 

「これで自律した擬形体の製作は完了、すなわち貴様の夢が1つ叶った訳だ」

 

「残りは擬形体に人間と同じ権利を持たせる事だけど……将軍ちゃんさ。来シーズンの鳳凰星武祭に備えて煌式武装作ってくれない?」

 

「来年度の鳳凰星武祭で優勝してアルディ殿達3人を正式に学生にする算段か?」

 

「そ、今シーズンの鳳凰星武祭では剣士くんに、今大会では八幡ちゃんに負けちゃったけど、来シーズンの鳳凰星武祭は強い選手が居ないだろうし確実に勝っておきたいんだ」

 

「まあその位なら良いだろう」

 

「ありがと将軍ちゃん」

 

エルネスタと材木座は試合で負けたが、穏やかな口調で今後について話し合いながらステージにいる八幡とレナティを見ていた。

 

 

 

 

 

試合が終わったにもかかわらず、歓声がないのはなんとも微妙な気分だ。

 

そんな事を考えているとレナティが俺の元にやってくる。

 

「はちまん!レナ、はちまんとバトル出来て良かった!はちまんのおかげで良い試合ってのがわかった!」

 

「って事は満足したのか?」

 

「うん!負けたのは悔しいけど、はちまんと殴り合ったり、一発勝負をしたのは楽しかった!またバトルしよう!」

 

「はいはい」

 

言いながらレナティは手を出してくるので、試合前と同じように俺も手を出して握手をする。

 

観客からしたら俺達の試合について思うところがあるかもしれないが俺からしたら知った事じゃない。何故なら……

 

「はちまんはどうだったな?楽しかった?」

 

「ああ」

 

観客が俺達の試合をどう思おうと、俺はレナティと戦えて本当に楽しかったからな。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……マスコミの連中は本当にしつこいな。こっちはレナティとの試合で疲れてるし、天霧とロドルフォの試合を見ないといけないってのに」

 

俺はため息を吐きながら早足でオーフェリアの待つ控え室に向かう。マスコミの連中は予想通り何故じゃんけんで勝敗を決めたの聞いてきた。

 

だから俺は『一発勝負で勝敗が決まらなくて、チマチマした勝負は怠いからじゃんけんにした』と正直に答えたが、それ以外にもリースフェルトとの八百長だのどうでもいい質問ばかりされてぶっちゃけ凄く疲れた。

 

内心苛々しながらも俺の控え室に入ると……

 

「お疲れ様、八幡……」

 

オーフェリアが俺の元にやってきて……

 

ちゅっ……

 

そっとキスをしてくる。すると身体に走る痛みが薄れた気がする。それほどまでにオーフェリアのキスは魅力的だった。

 

「ただいま。にしても疲れたよ」

 

「まあアレだけ激しい戦いをしたらそうでしょうね。……というか何故じゃんけんで勝敗を決めたのかしら?」

 

お前も聞いてくんのかよ?まあ気持ちはわからんでもないがよ……

 

「実は……」

 

俺はさっきマスコミにした回答を口にする。それを聞いたオーフェリアは何度か小さく頷いた。

 

「……話はわかったわ。とりあえず準決勝進出おめでとう」

 

「サンキュー。んで俺の対戦相手はどうなるやら……」

 

そう言いながらオーフェリアの後ろにあるテレビを見れば、既に天霧とロドルフォの戦闘は始まっているが……

 

「何であいつは『黒炉の魔剣』を使ってないんだ?」

 

見れば天霧は『黒炉の魔剣』ではなく徒手空拳なんだ?一応ロドルフォとは距離をとっているが徒手空拳でロドルフォに勝つのは絶対に無理だ。

 

「最初は使っていたけど、ロドルフォ・ゾッポが『黒炉の魔剣』に注ぎ込む星辰力を遮断して使えなくしたの」

 

なんだそりゃ?!確かに『黒炉の魔剣』の代償は大量の星辰力だし、ロドルフォは星辰力に干渉する力を持ってるけどよ……そんな事が出来るなんてチートだろ?

 

「……影の中に入れる貴方の能力も大概だと思うわ」

 

「人の心を読むな。そんじゃあ、何で天霧は軽傷を負っているけど負けてないんだ?」

 

身体を見る限り手足の一部と胸の部分がが焦げているが、アレはロドルフォの能力を食らったからだろう。

 

しかしそれはつまりロドルフォの能力の範囲内に入ったからだが、それだったらロドルフォは手足とかではなく全身を爆発した方が合理的だ。まさかとは思うがロドルフォの奴、天霧を嬲る為にわざと全身爆発させなかったのか?

 

「解説によれば、高速移動する天霧綾斗の動きを捉えきれずに身体の表層部分の星辰力にしか干渉出来なかったみたい」

 

「なるほど……っと、ロドルフォのやつ本領発揮したな」

 

見ればロドルフォが巨大な煌式遠隔誘導武装を3本起動していた。一昨日の試合で1本はヴァイオレットに壊されたが修理が完了しているようだ。

 

対する天霧は『黒炉の魔剣』ではなく普通のブレード煌式武装を起動する。

 

「ねえ八幡、何故『黒炉の魔剣』を起動しないのかしら?」

 

「そりゃ相手の間合いで使えなくなる『黒炉の魔剣』を使っても意味がないからだ。仮にロドルフォが攻めてきて、天霧が攻撃を防ごうとした時に使用されたらヤバいだろ?」

 

「……?でも『黒炉の魔剣』を封じるくらいなら天霧綾斗本人を叩くのが合理的じゃないかしら?」

 

「その辺りは駆け引きだな。天霧を狙うと思わせて『黒炉の魔剣』を封じて煌式遠隔誘導武装で仕留めるか、『黒炉の魔剣』を封じると思わせて天霧を狙うか……って感じだな」

 

「……つまり天霧綾斗が『黒炉の魔剣』を持ってる時は、戦いの主導権はロドルフォ・ゾッポが握ってるの?」

 

「ああ。天霧はそれを嫌って普通の煌式武装を使ったんだろう」

 

『黒炉の魔剣』を使ってるならロドルフォは煌式遠隔誘導武装を使わないが、ノーリスクで天霧の元に攻めれるからな。

 

逆に普通の煌式武装を使っている時は煌式遠隔誘導武装は厄介だが、身体がロドルフォの間合いに入らないように注意するだけで済むからな。

 

そんな事を考えるなか、ロドルフォの煌式遠隔誘導武装3本が同時に天霧に襲いかかる。上空から一本、中段から一本、下段から一本と天霧を挟み撃ちするかのように攻め続ける。

 

対する天霧は回避したり、自身の煌式武装で受け流す。今大会トップクラスの身体能力を持つ天霧からしたら見切れるだろう。

 

それでも受けに回っているのは、ロドルフォの能力を警戒しているからだろう。何せロドルフォの間合いに入ったら即負けだから。

 

テレビに映る天霧は煌式武装を使ってロドルフォの煌式遠隔誘導武装を受け流したり、躱したりしている。そしてロドルフォが距離を詰めにかかると全力ダッシュで距離をとる。

 

そんな攻防が続いていると……

 

「……煌式遠隔誘導武装の動きが雑になっているわ」

 

オーフェリアの言う通り、ロドルフォの煌式遠隔誘導武装の動きが雑になっている。これはロドルフォが疲れたからだろう。

 

煌式遠隔誘導武装は強い集中力と星辰力のコントロールが必要で長期戦には向いていない。

 

加えてロドルフォの能力は一撃必殺の能力で基本的に長期戦はしない事もあるので、長引けば長引く程動きが鈍くなるだろう。

 

それは天霧も理解しているようだ。いきなりブレード型煌式武装を地面に向けたかと思えば一閃して、その衝撃を利用して砂煙を立ち上げる。

 

普段のロドルフォなら通用しないかもしれないが、疲れているロドルフォなら効果はあるだろう。

 

そう思った時だった。

 

天霧が煙に紛れて攻撃を仕掛けようとした瞬間、天霧の背後から刀身を二倍近くに膨らませた煌式遠隔誘導武装が襲いかかる。

 

(煌式遠隔誘導武装3本による流星闘技か!相変わらずバトルセンスはずば抜けてやがるな……!)

 

内心ロドルフォの技量に感心する中、天霧はブレード型煌式武装で受け流そうとするもパワーが違い過ぎる故に呆気なく吹き飛んだ。

 

慌てて回避しようとするも、二本は回避出来たが、最後の一本が天霧の右足をざっくりと抉る。

 

それによって膝をついた天霧に再度煌式遠隔誘導武装が襲いかかるが……

 

「ここで『黒炉の魔剣』を起動したか」

 

天霧が『黒炉の魔剣』を起動したので、煌式遠隔誘導武装は天霧から距離を取る。

 

「……これはロドルフォ・ゾッポの勝ちね」

 

オーフェリアがそう言ってくるが、俺も同じ意見だ。足は抉られて機動力は下がっている。加えて『黒炉の魔剣』による攻撃はロドルフォの能力によって阻害される。俺の見る限り詰みだろう。

 

そう思う中ロドルフォはゆっくり、それでありながら一切油断しないで天霧に迫っている。口元は笑っているが警戒は解いてないだろう。

 

それに対して天霧は……

 

「ん?」

 

ロドルフォの能力の範囲外から『黒炉の魔剣』を薙ぎ払った。何やってんだこいつは?

 

疑問符を浮かべていると、ロドルフォの顔から笑みが消えて驚愕に染まる。いきなりどうしたんだ?

 

テレビではロドルフォは慌てた様子で天霧から距離を取ろうとしているが、その前に天霧が大きく踏み込む。しかし何故か天霧は全身爆発をしていない。

 

そしてそのまま『黒炉の魔剣』を振るってロドルフォの校章を断ち切っていた。

 

『試合終了!勝者、天霧綾斗!』

 

試合終了のお知らせが来るがテレビからは歓声が聞こえずに静まり返っている。観客も何が起こったかわからないからだろう。

 

マジで天霧は何をしたんだ?ロドルフォの反応や天霧の思い切りの良さを見る限り、ロドルフォの能力が発動出来なかったようだが…….あ。

 

(なるほどな。天霧の奴、万応素を焼き斬ったのか)

 

能力者が能力を発動するには万応素と星辰力を必要とする。万応素を媒体としてそこに星辰力を込める事で能力を発動する、

 

いくらロドルフォの能力が星辰力干渉能力でも万応素が無ければ発動は出来ないので、天霧はロドルフォの周囲にある万応素と焼き斬って能力を使えない隙を突いたのだろう。

 

(しっかしロドルフォの能力も大概だが、『黒炉の魔剣』は本当にチートだな)

 

所有者が斬りたいと思えば超音波や万応素など目に見えない存在すらも斬れるからな。多分俺の影神の終焉神装やオーフェリアの瘴気ですら簡単に斬れるだろう。

 

(マジで面倒だ。俺明日こいつと戦わなくちゃいけないのかよ……?)

 

相性が悪過ぎる。一応作戦は立てているがぶっちゃけ怠い。ロドルフォが勝ってくれたら割と勝算があるんだがな……

 

そんな事を考えている時だった。

 

「……落ち着いて。確かに天霧綾斗は強いし八幡との相性は悪いけど、八幡も強いわ。八幡は自分のやってきた努力を信じて頑張れば結果は出るはずよ」

 

オーフェリアが優しい笑みを浮かべ俺の手を握ってくる。同時に緊張が和らいでくる。

 

「……っ。そうだな、済まないオーフェリア」

 

ぶっちゃけ天霧に気圧されていたが、恋人の前で情けない姿を見せるのは論外だ。勝てるかどうかは知らないが、やれる事はしっかりとやろう。

 

「気にしないで。私は八幡が勝つって信じているから」

 

オーフェリアは俺の頭を撫で撫でしてくる。本当にオーフェリアには敵わないなぁ……

 

そう思いながら俺は暫くの間オーフェリアに頭を撫で撫でされ続けるだけの存在と化した

 

 

 

 

 

 

 

午前の2試合が終了した。

 

準々決勝も残り2試合。

 

プロキオンドームにて武暁彗と若宮美奈兎が、カペラドームにてシルヴィア・リューネハイムとノエル・メスメルが激突する。

 

 

奇しくも両試合共に魎山泊の生徒2人が壁を越えた人間に挑む試合となったのだった。

 



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比企谷八幡はプロキオンドームに向かって若宮美奈兎に激励しに行く

準々決勝も2試合が終了した。

 

第1試合である俺とレナティの試合は一進一退の攻防を繰り広げて、最後にはお互いに限界が来たのでじゃんけんで勝敗を決める事になり、俺のパーがレナティのグーを打ち破った。

 

第2試合である天霧とロドルフォの試合は終始ロドルフォが有利であったが、最後の最後に天霧が『黒炉の魔剣』を使って万応素を焼き斬ってロドルフォが能力を使えない状態にして逆転勝利した。

 

 

そんで残りは2試合。

 

第3試合はプロキオンドームにて『覇軍星君』武暁彗と『拳忍不抜』若宮美奈兎の試合が、第4試合カペラドームにて『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイムと『聖茨の魔女』ノエル・メスメルの試合が行われる。

 

この2試合は魎山泊の生徒が壁を越えた人間に挑む試合であって非常に興味深い。王竜星武祭に参加した魎山泊の生徒で壁を越えた人間を倒したのはネイトネフェルを倒した小町だけだ。

 

若宮とノエルが暁彗とシルヴィ相手にどこまでやれるか、はたまた勝てるかどうか気になる所だ。

 

そんな訳で俺は恋人の1人であるオーフェリアを連れてプロキオンドームに来ている。出来ればもう1人の恋人のシルヴィも一緒に行きたいが、シルヴィはカペラドームにて第4試合があり集中する為に1人になりたいそうなので居ない。シルヴィが居ないのは残念だが、自分の我儘にシルヴィを振り回すわけにはいかないからな。

 

そう思いながらも俺は若宮の控え室に到着したのでインターフォンを押す。

 

「若宮、俺だ。今時間あるか?」

 

『直ぐ開けるね!』

 

若宮の声が聞こえたかと思えば直ぐにドアが開くので中に入る。するとそこには予想通り若宮以外にもチーム・赫夜のメンバーもいて……

 

「八幡さん!準決勝進出おめでとうございます!」

 

「なっ……!八幡……」

 

フェアクロフ先輩が満面の笑みで俺に抱きついてきて、それを見たオーフェリアが一瞬驚きの表情を浮かべるも、直ぐに俺をジト目で見てくる。

 

言いたい事はわからんでもないが、俺を責めるのは違うからな?フェアクロフ先輩から抱きついてきたし、フェアクロフ先輩を見る限り俺の後ろにいるお前にに気付いてないようだし。

 

「先程の試合、見ましたわ。最後のじゃんけんには驚きましたが……素晴らしい試合でしたわ!最後の拳と拳のぶつかり合い!泥臭いと思う人は多いと思いましたが、凄く格好良かったですわ!」

 

言いながら抱きしめる強さを強めてくる。同時に背後から感じる視線の力が強くなる。どうしろと?俺にどうしろと?若宮達4人は一切助ける素振りを見せないし薄情な奴らだ。

 

ともあれ、先ずは離れて貰わないとな……

 

「ど、どうもっす。それはわかりましたがそろそろ離れ「準決勝も楽しみにしてますわ!相手は八幡さんと相性最悪の天霧綾斗ですが、八幡さんなら勝てると信じてますわ!また私に格好良い姿をお見せくださいまし!」あ、はい……」

 

離れてくれと言おうとしたが、その前にフェアクロフ先輩は俺の言葉に被せて激励をしてくるので普通に返事をすることしか出来なかった。ちくしょう、マジで可愛過ぎる……

 

内心ドキドキしていると……

 

「……八幡、そろそろ離れて」

 

「うおっ!」

 

「きゃあっ!」

 

オーフェリアが俺の首根っこを引っ張ってフェアクロフ先輩から距離を取らせる。

 

「……八幡の馬鹿。それにしてもソフィアも八幡にくっつき過ぎじゃないかしら?」

 

「あら?私は単に八幡さんの勝利を祝っただけでいやらしい気持ちで抱きついた訳ではありませんわよ」

 

フェアクロフ先輩がドヤ顔を浮かべながらそう口にする。対するオーフェリアはジト目をやめない。

 

「……つまり他意はないと?純粋に八幡を祝っただけ?」

 

「ええそうですわ」

 

「……そう。じゃあ聞くけどもしも八幡から抱きつかれたらどうするのかしら?」

 

「もちろん抱き返します……はっ!」

 

「やっぱり他意があるじゃない……」

 

「え、えーっと……」

 

オーフェリアがフェアクロフ先輩に詰め寄り、フェアクロフ先輩は引き攣った笑みを浮かべて目を逸らす。どうなってんだあれは?てか俺がフェアクロフ先輩を抱きしめるだぁ?そんな事はないだろ?

 

ラッキースケベによって何回か抱きしめたのは事実だがアレは事故で、自発的に抱きしめた事は一度もないからな。

 

まあそれはともかく……今はあの2人の諍いを止めないとな。

 

内心ため息を吐きながらも俺はオーフェリアとフェアクロフ先輩の仲裁に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから3分後……

 

「んで若宮よ。調子はどうなんだ?」

 

オーフェリアとフェアクロフ先輩の仲裁に入って疲れた俺は本来の目的である若宮の様子を確認する。

 

「体調は大丈夫。けど緊張は無くならないよ」

 

若宮は落ち着かずにそわそわするが仕方ないだろう。準々決勝にて若宮が戦う相手は界龍の序列2位『覇軍星君』武暁彗だ。準々決勝に残った面子の中でも上位クラスの実力者だ。

 

一昨日の5回戦では同じ界龍の序列4位『神呪の魔女』梅小路冬香との戦いでは星辰力を効率的に変質させる錬星術って技を使って激戦を制した。

 

錬星術については詳しく知っているわけではないが、星辰力を防御に特化した星辰力に変えればありとあらゆる攻撃を弾き、攻撃に特化した星辰力に変えれば素手で純星煌式武装と打ち合えると思える程に凄まじい技である。

 

若宮が勝てる可能性は1パーセントを切っているだろうし緊張するのも致し方あるまい。

 

しかし多少緊張を解さないと勝率は0になるだろう。格上相手に最上のパフォーマンスを発揮出来ないようじゃ話にならないし。

 

「気持ちはわからんでもないが少しは落ち着け。マッ缶飲むか?」

 

「いや、それは甘いから良いや」

 

美味いのに勿体ない奴め。

 

「落ち着きなさいって美奈兎、確かに『覇軍星君』は桁違いだけど、貴女はそれ以上の桁違いと戦ったのよ」

 

フロックハートがそう言ってくる。それ以上の桁違いとは間違いなく星露だろう。

 

「そうですよ。後3回勝てば優勝なんですから前向きに行きましょう」

 

「ここまで来たならしのごの言っても意味がないですし最善を尽くしなさいな!」

 

「だ、大丈夫だって!美奈兎も努力したんだから!」

 

そうだろうな。若宮の身体を見ると相当鍛えられたのがわかる。魎山泊のメンバーだけあってノエルやヴァイオレットと同じくらいのフィジカルを持っているだろう。

 

(こういうのを本当の努力なんだよなぁ……)

 

俺を逆恨みするどっかの誰かは誰よりも努力したとか言っといて、普通にクソ弱かったからなぁ……てかアイツは何を根拠に俺が洗脳しているって考えているんだ?

 

そんな事を考えていると……

 

 

pipipi……

 

テーブルの上にある端末が鳴り出す。同時に若宮は顔を引き締めてからアラームを止める。

 

「じゃあ時間だから行ってくるね」

 

若宮はそう言ってから握り拳を作ってやる気満々アピールをしてくる。ノエルとは別の意味で癒される存在だなぁ……

 

まあそれはともあれ激励の一つはした方がいいだろう。普通激励するのは若干恥ずかしいが、若宮とはそれなりの付き合いだし激励はするべきだろう。

 

「若宮」

 

「ん?なにかな八幡君?」

 

「頑張れよ」

 

「もちろん!」

 

どうやら話してる間に緊張が解けたようだ。これなら特に問題なく最高のパフォーマンスを発揮出来るだろう。

 

「勝って夢に近づきなさい美奈兎」

 

「美奈兎さんなら勝てますわ!」

 

「落ち着いて最善を尽くしてください」

 

「きっと勝てる……!」

 

「……頑張って」

 

「ありがとう皆、また後で!」

 

言いながら若宮が控え室から出て行った。それを確認したフロックハートはテレビの電源を入れる。するとまだ誰も居ないプロキオンドームのステージが映し出される。

 

「相変わらず試合が始まってないのに凄い熱気だな」

 

「うん……ちなみに八幡、美奈兎が『覇軍星君』に勝てる可能性はどれくらい、かな?」

 

アッヘンヴァルがそんな事を聞いてくるが……

 

「良くて1パーセント、低くて0.1パーセントくらいだな」

 

純星煌式武装を使った若宮の実力は壁を越えた人間に届き得るが、暁彗は壁を越えた人間の中でも上位クラス。錬星術の効果がどれくらいかは知らないが5回戦の梅小路との戦いが暁彗の全力ならそのくらいだろう。

 

俺が正直に言うと赫夜のメンバーの雰囲気は重くなる。ハッキリとした数字を言われたからか?

 

「んな落ち込むなって。大体俺の妹も勝率3パーセント以下にもかかわらずネイトネフェルを倒したんだし、第2の金星が生まれるかもしれないだろ?」

 

「そ、そうですわよね!」

 

フェアクロフ先輩がテンションを上げながらそう言うと雰囲気が大分マシになる。良かった、この空気の中で試合を見るなんて絶対に嫌だからな。

 

(しかし……口にはしないが若宮が優勝するのは厳しいだろうな)

 

これについてはガチだと思う。今のところ敗退していない俺、天霧、若宮、暁彗、シルヴィア、ノエルの6人の中で優勝出来る可能性が1番低いのは若宮だ。

 

これは実力云々の話ではない。小町がネイトネフェルを倒した事から若宮も壁を越えた人間に勝てる可能性は充分にある。

 

にもかかわらず俺が勝てないと断言するのは若宮の持つ純星煌式武装『重鋼手甲』の代償にある。

 

『重鋼手甲』の代償は睡眠。使用時間に応じて長大な睡眠時間を必要とするもので、これがトーナメント戦である星武祭では最悪の相性なのだ。場合によっては24時間以上睡眠を必要とするが、そうなったら次の試合には間に合わず失格になってしまう。

 

若宮が持てる力を全て使って戦えば暁彗に勝てる可能性はあるが、間違いなく代償の睡眠時間は桁違いのモノとなり翌日の準決勝には出れないだろう。

 

仮に試合に間に合っても暁彗との戦いでは間違いなく満身創痍になってマトモに動けないだろうから優勝するのは厳しい……と、俺は考えている。それを言ったら間違いなく空気が重くなるだろうから言わないけど。

 

(とはいえ今は応援に集中しよう。実際の所何かしら奇跡が起こるってこともあり得るからな)

 

そんな事を考えながらもテレビを見ていると……

 

『さあいよいよ時間でーす。このプロキオンドームで行われる準々決勝の試合はクインヴェール女学院所属『拳忍不抜』若宮美奈兎選手と界龍第七学院所属『覇軍星君』武暁彗選手の激突だぁ!』

 

『両者共に拳を武器にしている珍しい組み合わせやなぁ』

 

確かにそうだな。拳を武器にする選手はいるが、準々決勝で拳士同士の激突を見るのは初めてだし。

 

「それにしても美奈兎って化けたわよね」

 

「いきなりどうしたフロックハート」

 

「だって2年前まではアスタリスク最弱扱いされていたのよ。それがここまで化けるなんて誰も予想出来ないわよ」

 

『ああ……』

 

フロックハートの言葉に俺達全員が納得する。まあ確かに……アスタリスク最弱の学園と言われているクインヴェールで前代未聞の49連敗をしていた若宮が、今や獅鷲星武祭準優勝、王竜星武祭ベスト8入りと好成績を残したのだ。こんなの誰も予想出来なかっただろう。

 

(しかも壁を越えてない人間がだからな。そう考えると再度奇跡を起こしそうだな)

 

そんな事を考えていると、いつのまにかステージに若宮と暁彗が立って握手をしていた。どうやら俺が考え事をしている際に2人とも入場したようだ。

 

とりあえず今は考え事をしないで試合に集中するか。

 

 

 

 

 

 

「よろしくお願いします、暁彗さん!」

 

プロキオンステージにて、ステージに降りた美奈兎は同じようにステージに降りた暁彗に手を差し出す

 

「ああ。こちらこそよろしく」

 

対する暁彗は握手を返さないのは礼に反すると判断して美奈兎の手を握る。同時に美奈兎の手からこれまで積んできたであろう努力を感じ取った。

 

暁彗は美奈兎が星露に稽古を付けて貰っていた事は聞いているが、予想以上に鍛えられている事に若干驚きの感情を抱いた。

 

「師父に鍛えられた実力、見せて貰うぞ」

 

「あっ、やっぱり魎山泊を知ってるんですか?」

 

「ああ。他所の学園の人間を鍛えていると聞いた時は驚いたがな」

 

「あはは……まあ普通驚きますよね。私からしたら鍛えて貰って感謝してますけど」

 

「くくっ……師父は手加減と思えぬほどのギリギリまでを攻めてくるからな。お前も苦労しただろう」

 

「はい」

 

暁彗は自分も経験した星露との鍛錬を思い出して笑いながら美奈兎に尋ねると美奈兎は苦笑気味に頷く。実際の所、美奈兎は星露との鍛錬で何度も吐きそうになったくらいだ。

 

美奈兎は地獄のような修行を思い出しながらホルダーから純星煌式武装『重鋼手甲』の発動体を取り出して起動する。同時に美奈兎の両手を肘まですっぽりと覆う巨大な銀色の手甲が顕現する。

 

「それではそろそろ時間なので開始地点に行きましょう。私は暁彗さんより弱いですが勝たせて貰います!」

 

言いながら美奈兎はがちんと手甲をかち合わせる。

 

「望むところだ。俺も比企谷八幡に借りを返したいのでな、勝ちを譲るつもりはない」

 

暁彗が王竜星武祭に参加した理由は色々あるが、最大の理由は星露を除いたら初めて自分に敗北を与えた八幡に借りを返す為である。

 

互いに強い決意をしながらも開始地点に向かう。暁彗は特に武器を取り出さない。獅鷲星武祭では棍を使っていたが、今大会では無手での戦闘を貫いている。

 

「さあいよいよ開始時間だ!準決勝に進むのはクインヴェールか、はたまた界龍か?!」

 

実況の声がプロキオンドーム全体に響く中、美奈兎と暁彗は構えを取って臨戦態勢を取る。

 

そして……

 

『王竜星武祭準々決勝第3試合、試合開始!』

 

機械音声が試合開始を告げて試合が始まった。



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元アスタリスク最弱とアスタリスク最強の一番弟子の激突! 若宮美奈兎VS武暁彗

『王竜星武祭準々決勝第3試合、試合開始!』

 

試合開始の合図があった直後だった。

 

「破っ!」

 

いきなり地面が抉れて吹き飛び、四方遥か先までひび割れが走る。

 

それがただの震脚であったと気づいたの者はこの試合を見ている人間でも一握りだろう。

 

暁彗がやったのは極めて単純な踏み込みからの掌打とシンプルな攻撃。しかし暁彗本人のスペックが桁違いなので、一撃必殺の技と化している。

 

噴き上がった粉塵がゆっくりと晴れる、クレーターの中心にある光景は……

 

「全力で放ったつもりだったが……よくぞ防いだ」

 

「結構ギリギリですけど……ね!」

 

暁彗と美奈兎が拳をぶつけ合っていた。見る限りどちらも拮抗している。

 

普通に考えたら暁彗の攻撃をマトモに防ぐのは殆ど不可能だ。にもかかわらず美奈兎が暁彗と拮抗出来ているのは……

 

『若宮選手の純星煌式武装『重鋼手甲』やね。効果は知っとるけど、武選手の攻撃を防ぐレベルとは思わんかったわ』

 

解説の言う通り、美奈兎の所有する『重鋼手甲』のおかげである。『重鋼手甲』は『重鋼手甲』自身の重量を自在に変化させる能力である。

 

重さは即ち破壊力に直結する。美奈兎は『重鋼手甲』を文字通り桁違いの重量に変えて暁彗の拳を迎え撃ったのだ。結果として2人の足元にクレーターが出来るが、美奈兎は暁彗の初撃を無傷で受け止めた。

 

今まで暁彗は5回戦以外の試合全てにて一撃で勝利した事もあって観客席は大盛り上がりだ。

 

しかしステージにいる2人はそんな歓声を気にせずに、拳をぶつけ合い……

 

「はっ!」

 

「よっと!」

 

お互いに距離を取る。美奈兎は足を地面に付けると同時に両手に装着した『重鋼手甲』の重さを限界まで軽くして暁彗に突撃を仕掛ける。

 

『重鋼手甲』はインパクトの瞬間だけ重量を増やすのが基本である。でないといくら星脈世代でもマトモに動けないからだ。

 

対する暁彗も第二撃を放つべく地面を吹き飛ばす程の震脚を起こして美奈兎との距離を詰めて、蹴り上げを放つ。鍛え抜かれた強靭な脚から放たれる一撃は、どんな相手でもモロに受ければ一瞬で意識を奪える程の破壊力を持っているだろう。

 

 

対する美奈兎は……

 

(速い……でも星露ちゃんと同じ蹴りだから躱せる!)

 

身を屈めて紙一重の所で暁彗の蹴りを回避する。暁彗の蹴りの速度は圧倒的だが、星露の蹴りと同種のもので星露のそれに比べて若干だが遅いので、美奈兎は対処出来たのだ。同時に美奈兎は身体を起こしながら『重鋼手甲』の重量を文字通り桁違いに増やして……

 

「玄空流ーーー螺鉄!」

 

「ぐっ……!」

 

そのまま暁彗の鳩尾に裏拳を叩き込む。それによって暁彗は若干苦しそうな表情を浮かべながら口から若干の血を流し、3メートル程後ろに吹き飛ぶ。

 

『なんとなんとぉっ!先制は若宮選手!優勝候補の武選手に一撃浴びせたぁっ!これは凄い!』

 

実況がハイテンションな声を出して、それに釣られる形で観客席のボルテージが上がる。あたかも大金星を期待しているかのように。

 

しかし美奈兎の胸中は観客席の空気に反して驚愕の色で染まっていた。

 

(嘘……?今の一撃であの程度のダメージなの?)

 

美奈兎は5回戦で自分と同じ魎山泊のメンバーであるイレーネと戦ったが、試合終盤に『重鋼手甲』を使って今打った技を使って撃破した。

 

その時の『重鋼手甲』の重さはたった今暁彗に攻撃した時と同じ程の重量だが、食らった時の反応が違い過ぎる。

 

イレーネは今の一撃を受けて50メートル以上吹き飛んでそのまま壁に激突して気絶したが、暁彗は僅か2、3メートルしか飛ばなかった。

 

加えて僅かに血を流した程度の事から殆どダメージを受けていない事を美奈兎は嫌でも理解してしまった。

 

また美奈兎は暁彗の鳩尾あたりから異様な質感の星辰力を感じ取れた。自分の星辰力とは異なる性質の星辰力を。美奈兎は暁彗が一昨日の試合で使っていたのでそれを知っている。

 

「それって星辰力を効果的に変える……」

 

「錬星術だ。お前の攻撃を受ける直前に、俺の星辰力を防御に特化した星辰力に変質させて鳩尾に纏わせた。まあそれでも完全に防ぐことは出来なかったが、これは俺の錬星術は未熟だからかお前の一撃が見事だからだろう」

 

暁彗は不敵な笑みを浮かべながらそう言うが、美奈兎は口元を引き攣らせる。

 

(未熟であれ程の効果があるの?もしも錬星術を極めたらシルヴィアさんや八幡君よりも強いかもね……)

 

とはいえ美奈兎は暁彗が錬星術を極めていない事に安堵した。確かにダメージは殆ど受けてないがノーダメージではないので勝機はまだある。もしも錬星術を極めていたら勝ち目はなかっただろうし。

 

(こうなったら暁彗さんが倒れるまで殴るだけ!やるぞー!)

 

美奈兎は内心気合いを入れながら、両腕に装備してある『重鋼手甲』をガチンとぶつけてやる気を露わにする。

 

同時に暁彗も動き出す。地面を蹴って美奈兎に突撃をしてくるので美奈兎は地を這うように走り出し……

 

「たあっ!」

 

「噴っ!」

 

暁彗と右拳をぶつけ合う。同時に周囲にクレーターが発生するが、暁彗はそれを無視して左拳に攻性星辰力を纏わせて美奈兎に振るう。

 

対する美奈兎はこの状況では躱せないと判断して左腕に装備する『重鋼手甲』の重量を増やし……

 

「ぐっ……うっ……!」

 

暁彗の拳を受け左腕に痛みを感じながら後ろに吹き飛ぶ。しかし回避するのが不可能である以上これが美奈兎にとって最善の手である。恐ろしいのは圧倒的な重量を持つ『重鋼手甲』の防御を上回った暁彗の拳である。

 

対する暁彗は即座に攻める。脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をしたかと思えば即座に正拳突きを放ってくる。

 

美奈兎は急いで体勢を立て直して横に跳ぶも……

 

(ぐっ……拳圧の余波だけで痛いよ……!)

 

直撃は避けれたが、暁彗の拳から放たれる衝撃は避け切れずに全身に痛みを感じる。

 

長引くとこちらが不利、そう判断した美奈兎は体勢を立て直して暁彗に突撃をする。対する暁彗は振り向きざまに腕を振るい……

 

「ふんっ!」

 

重量を増やした右腕の『重鋼手甲』とぶつかり合う。それによって美奈兎の全身に衝撃が走るが……

 

「えーいっ!」

 

空いている左手を使って腰にあるホルダーから待機状態の『ダークリパルサー』を起動して暁彗の顔面に向かって投げつける。

 

予想外の展開に暁彗は一瞬だけ隙を作るも直ぐに頭をズラして回避する。既に暁彗はこれまでの美奈兎の試合を見ているので『ダークリパルサー』を所有していると踏んでいた為、簡単に回避する事が出来た。

 

しかしその一瞬の隙を美奈兎は見逃さずに……

 

「貰ったぁっ!」

 

左腕に装備してある『重鋼手甲』の重さを先程初めて暁彗に攻撃を当てた時の重さの倍にして暁彗の鳩尾に叩き込む。

 

対する暁彗は先程のように鳩尾に防性星辰力を込めてガードの体勢に入り……

 

「面白い……!」

 

今度は5メートルくらい吹き飛ぶ。しかし暁彗は笑っていて、美奈兎の拳には殆ど手応えを感じなかった。先程よりも若干苦しそうな表情を浮かべるも実質ノーダメージだと美奈兎は判断している。

 

だから美奈兎は……

 

「まだまだぁっ!」

 

暁彗に攻撃を仕掛ける。防御に入ったら直ぐに削られる事を恐れるが故に。

 

対する暁彗は足に攻性星辰力を込めてから振り上げて、地面に叩きつける。同時に暁彗の足元にクレーターが出来て衝撃波が美奈兎を襲う。

 

美奈兎は全身に星辰力を纏わせて衝撃波によるダメージを軽減するも、暁彗に隙を見せてしまう。美奈兎の視界の先では暁彗がこちらに向かって突撃をしてから脚に攻性星辰力を纏わせて飛び蹴りをしてくる。狙いは一撃で仕留めるか美奈兎の腹。

 

それを回避したり防いだりするのは不可能と美奈兎は判断した。しかし馬鹿正直に食らった負けであるから美奈兎は右腕に装備した『重鋼手甲』を構えて……

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

暁彗の足が近付いた瞬間に『重鋼手甲』に重量を加えて暁彗の足の横っ腹を殴り飛ばして軌道を変える。攻撃を避けれない、そして防げないならは受け流すしかないからだ。

 

しかし暁彗の蹴りを完璧を受け流すのは美奈兎に技量では不可能であり美奈兎の左腕に掠った。

 

 

バギィッ……

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

それによって美奈兎の左腕から骨が折れる音が聞こえる。 掠っただけで骨が折れるのは暁彗の力が絶対的だという事を意味している。

 

しかし……

 

「まだっ……まだぁっ!」

 

美奈兎は痛みに悶絶しながらも自分の横を通り過ぎた暁彗に向けて右ストレートを放つ。すると暁彗は全身に防性星辰力を纏わせて振り向く。

 

美奈兎の拳が暁彗の肉体に当たり、周囲に衝撃が走る中……

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

美奈兎は悲鳴に近い雄叫びを上げながら『重鋼手甲』の重量を上げて破壊力を増やす。その量は初めに使った時の重量の約5倍。

 

余りの重さによって右腕が悲鳴をあげるも美奈兎はそれを無視して右腕を振り抜く。それによって……

 

「ぐはっ!」

 

遂に暁彗をマトモに吹っ飛ばす事に成功。暁彗は一度地面に叩きつけれてから10メートル以上吹き飛んだ。

 

『ここで若宮選手、左腕を折られながらも武選手を吹き飛ばす!』

 

『なんちゅう執念や。彼女の辞書に諦めるって文字はなさそうや』

 

解説の言う通りである。美奈兎の最大の武器は体術でも純星煌式武装でもなく、何があっても諦めない心である。

 

アスタリスクにいる学生は基本的に『本気で星武祭に挑む学生』と『才能に限界を感じたから星武祭を諦めてそれ以外で楽しむ学生』の2つに分かれている。後者は基本的に前者の人間が序列戦や決闘で負けまくってなる場合が多い。

 

しかし美奈兎の場合49連敗しても全く折れる事なく挑み続けていて、強くなった今でもその心を持っている。

 

だから美奈兎は腕の痛みを無視して殴る事が出来て、暁彗を吹き飛ばせたのだ。

 

「大したものだぞ。まさかあの状況で殴ってくるとは思わなかった」

 

暁彗はそう言いながら身体を起こし口から出る血を拭う。先程よりは多少ダメージを受けたようだが、それでも殆どダメージを受けていないように美奈兎には見えていた。

 

(マズい。長引いたら……というか後3分もしたら限界が来る!)

 

美奈兎は表情には出さないも焦りを感じていた。『重鋼手甲』は『重鋼手甲』自身の重さを変化する純星煌式武装。すなわち攻撃力を上げる為に重くすると当然のように腕に負荷が掛かる。

 

美奈兎の玄空流は身体の捻りと円の動きを中心とした格闘術で、攻撃の瞬間に身体を適切なやり方で捻り負荷を減らしているが完全に減るわけでない。

 

加えて左腕も折れている事から美奈兎がマトモに動ける時間は僅かだろう。

 

しかし……

 

「だからって……諦める訳にはいかないよね……!」

 

骨が折れながらも笑みを浮かべて構えを見せる。その表情は戦う時の涼子や星露に良く似ていた。

 

「……良い顔をしているな。そんな表情を浮かべる人間は大抵強い」

 

「ありがとうございます……暁彗さんも星露ちゃんに似たような表情をしてますよ?」

 

美奈兎の指摘に暁彗は一瞬だけキョトンとするが直ぐに獰猛な笑みを浮かべて……

 

「これ以上ない褒め言葉だ」

 

そう言って脚部に星辰力を込めて駆けてくる。対する美奈兎は迎撃を選ぶ。骨が折れている以上逃げた所でジリ貧になるだけだし、それならいっそ相討ち覚悟で攻めた方が良いと判断した結果だ。

 

そして……

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

お互いに雄叫びを上げながら右拳をぶつけ合う。暁彗は攻性星辰力を、美奈兎は『重鋼手甲』に自分の腕が耐えきれない程の重量を込めて。

 

それによって美奈兎の右腕からも骨が折れる音が聞こえて、右腕から全身に衝撃が走り、終いには足から地面に衝撃が伝わってステージに今までより遥かに大きいクレーターが出来て2人のバランスを崩しにかかる。

 

しかし暁彗は特に焦る事なく、左拳を構えて美奈兎を殴りにかかる。

 

対する美奈兎はバランスを崩しながらも左拳を握って……

 

「ぐっ……あぁぁっ!」

 

「何っ!」

 

折れた左腕で暁彗の左拳を防ぐ。それによって美奈兎の左肩から先の骨が全て折れるか美奈兎は折れない。壁を越えた人間に勝つには腕一本安いとばかりに思っているが故に。

 

これには暁彗も予想外だったようで驚きを露わにする。星露から教えを受けている事から執念はあるのは予想していたがここまでとは思わなかったようだ。

 

そんな暁彗を他所に……

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

美奈兎は足を振り上げて暁彗の校章に向けて放つ。もう両腕は折れていて使い物にならないから足で攻めるしかないのだ。

 

限界である美奈兎の放つ蹴りは遅く、星脈世代でもなくても簡単に躱せる程遅かった。

 

しかし暁彗にはその蹴りが今まで美奈兎の放ってきた技の中で唯一恐怖を感じた。両腕が折れているにも関わらず勝ちを狙いにくる美奈兎の蹴りを恐怖と感じる。

 

しかしそれも一瞬……

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

暁彗は恐怖を振り払うかのように叫び足を振り上げて地面に叩きつけて衝撃波を生み出す。

 

それによって美奈兎の蹴りは弾かれて美奈兎はバランスを崩し倒れ始める。

 

しかしまだ美奈兎の眼は死んでいないので暁彗は動く。満身創痍でありながら諦める姿勢を見せない美奈兎に対して暁彗は最大限の警戒と敬意を払い……

 

「見事だ、若宮美奈兎……師父を除いて、お前が1番の強敵だった」

 

右腕に攻性星辰力を纏わせて美奈兎の鳩尾に拳を叩き込んだ。瞬間、美奈兎の全身に凄まじい衝撃が走り一瞬で意識を刈り取った。

 

そして美奈兎が地面に倒れると……

 

『若宮美奈兎、意識消失』

 

『試合終了!勝者、武暁彗!』

 

試合終了の知らせがステージに響き一拍置いて大歓声が沸き起こる。

 

そんな大歓声に包まれる中、暁彗は救護班によって運ばれる美奈兎を見て一礼してから退場したのだった。

 



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準々決勝最終試合は目前である

『試合終了!勝者、武暁彗!』

 

機械音声が暁彗の勝利を告げて、即座に救護班がステージに入って意識を失った若宮を搬送する光景がテレビに映される。

 

すると……

 

「ぐすっ……美奈兎さん、よく頑張りましたわ……!」

 

「格好良かった、よぉ……!」

 

若宮とのチームメイトであるフェアクロフ先輩とアッヘンヴァルは泣きながら若宮の健闘っぷりを褒めている。同じチームメイトの蓮城寺とフロックハートは泣いてはないが惜しげもなく拍手を送っていた。

 

そして俺も同じ気持ちだった。若宮は負けてしまったが暁彗相手に一歩も引かずに、両腕が折れても尚、勝ちに行く姿勢は側から見ていて凄いと思った。

 

シルヴィも3年前にオーフェリア相手に最後の最後まで粘ったが、若宮の執念はあの時のシルヴィのそれを上回っていただろう。

 

人によっては無様な悪足掻きと言う奴もいるかもしれないが、俺はそうは思わない。圧倒的な格上相手に最後まで諦めないのは並大抵のことではないからな。

 

「さて……とりあえず容態を確認しに行こうぜ」

 

幸いシルヴィとノエルの試合まで時間はある。それまでに若宮の意識が戻るかはわからないが、容態を知る事ぐらいは出来るだろう。

 

俺がそう提案しながら立ち上がると、オーフェリアが俺に続き、チーム・赫夜の4人も同じように立ち上がり、若宮の控え室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

若宮が運ばれたのは治療院だった。まだ治療中なので顔は合わせてないが、若宮はもう敗退したので治癒能力者であるヤン院長から治癒能力を受けるらしい。それなら命に別状はないと安堵した。

 

しかし小町といい、リースフェルトといい、ヴァイオレットといい、今回の若宮といい、今大会で本戦に出場した選手治療院送りが多過ぎだろ?内1人は俺が原因だから強くは言えないけど。

 

俺達が廊下にあるベンチに座っていると……誰かが走ってくる気配を感じたので顔を上げると……

 

「あ、八幡君とオーフェリアも来てたんだ」

 

シルヴィがこちらにやってくる。おそらくまだ試合まで時間があるなら若宮の見舞いに来たのだろう。

 

「まあな。まだ治療中だ」

 

「そっか……美奈兎ちゃん。最後に無茶し過ぎたから心配だよ」

 

それについては同感だ。何せ若宮の奴、最後の局面で折れた左腕で暁彗の拳を受けたのだ。こう言っちゃアレだが無茶のし過ぎとしか思えない。

 

そんなことを考えていると扉が開く音がしたので横を向くとヤン院長が出てくる。

 

「院長!美奈兎さんの容態はどうなんですの!」

 

フェアクロフ先輩が一番最初にヤン院長に詰め寄り一拍置いてからチーム・赫夜の3人がフェアクロフ先輩に続く。

 

「とりあえず治療はした。今は寝ているが暫く安静じゃ。ただ……左腕については全ての骨が砕け散っておるから完治までは時間がかかるし、後遺症は残る」

 

「後遺症とはどのレベルで?」

 

「戦闘する時に若干鈍るくらいで日常生活では殆ど影響はないじゃろう。ただしもしも今日の様なやり取りが起こったら左腕のない生活ーーーそれこそ儂の義手に武器を仕込むそこの馬鹿同様、義手に変えないといけないじゃろうな」

 

言いながらヤン院長は俺をガン見してくる。そこまでガン見されると照れるなぁ……嘘だけど。

 

そう思いながら俺は無くなった左肩から先を見る。レナティとの戦いで吹き飛んだし、今日の夜にまたレヴォルフの装備局に行って義手の装着をしないといけないな。流石に片手で天霧に勝つのはマゾゲーだ。

 

「ともあれ今日の治療は終わりじゃ。また寝とるから騒ぐでないぞ」

 

ヤン院長はそう言って去って行くので、俺達は一礼した後に若宮の病室に入る。

 

すると俺の予想通りボロボロになっていて両腕ーーー特に左腕には大量の包帯が巻かれていた。これは確かに後遺症が残るレベルの損傷だろう。

 

「ったく……こんなになるまで無茶しやがって……」

 

「……気持ちはわかるけど手首や左腕を斬り落とされた八幡に言われたくないでしょうね」

 

「だよね。八幡君、4回戦の『大博士』との戦いでも凄い無茶したし」

 

恋人2人がそう言ってくる。そこを言われたら返す言葉はないが……今は言わないでくれよ……

 

内心2人に愚痴る中、赫夜の4人は若宮の側まで駆け寄る。

 

「全く……美奈兎さんは本当に無茶をしますわね……!」

 

「それにしても今回は無茶し過ぎよ」

 

「ですが美奈兎さんの場合、退院してからも状況によってはまた無茶をしそうですね」

 

「そ、そうだよね……その前に私達が止めないと……!」

 

そんな会話が耳に入るが同感だ。若宮と知り合ってから2年以上経過しているがアイツは無茶をするタイプの人間だ。場合によっては無茶をせざる得ないかもしれないが、それ以外の場合には無茶をしない様に徹底するべきであろうな。

 

そんな事を考えながら俺達は暫くの間若宮が目を覚めるのを待っていたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1時間半後……

 

「じゃあ私達はそろそろ行くね。美奈兎ちゃんが起きたら宜しく言っといて欲しいな」

 

『はい!』

 

シルヴィとノエルの試合まで30分を切ったのでシルヴィは俺とオーフェリアと一緒にカペラドームに行く為にチーム・赫夜のメンバーにそう告げると了承の返事が返ってくる。

 

「……じゃあまた後で会いましょう」

 

「シルヴィとノエルの試合が終わったらまた来る。その時には起きてりゃ良いな」

 

言いながら俺達は若宮のいる病室を後にする。結局若宮は俺達が病室を出るまで目が覚める事は無かった。命に別状はないとはいえ不安である。俺としては早く目覚めて天真爛漫な笑顔を見せて欲しいと思っている。

 

そんな事を考えながら俺達は走りカペラドームに入り、選手の控え室がある場所の前に着く。

 

「じゃあシルヴィ、頑張ってこいよ」

 

「うん、ありがとう八幡君」

 

「……絶対に勝ってね。というより負けてもノエルを認めないでちょうだい」

 

「あはは……認めたくないのは事実だけど、そこまでハッキリ言われると応えにくいなぁ……」

 

「おい待て。何でそこで認めるなって言うんだ?アイツは今日まで血反吐を吐く程努力をしたんだぞ?」

 

最低でも週に一度はノエルの面倒を見ていたが、その度にノエルは一歩一歩前に進んでいた。俺が出した課題も毎回こなしていたので魎山泊が無い時も相当努力している事がわかり、俺は認めている。

 

確かにシルヴィやオーフェリアは俺程ノエルと接点があるわけではないが、そこまで頑なに認めないのは違うと思う。

 

すると……

 

「ああ違う違う。ノエルちゃんの実力や努力は認めてるよ。私とオーフェリアが話していることは実力や努力とは別の事」

 

あ、そうなのか。まあシルヴィは努力している人間を認めないような人間じゃないからな。

 

しかし……

 

「じゃあ何を認めないんだ?」

 

実力や努力を認めてるなら何を認めてないんだ?ノエルは性格も良いし認められないってのはないと思うが?

 

「それは秘密」

 

疑問を口にするもシルヴィは一蹴する。オーフェリアを見てみればコクコク頷くので2人から聞くのは無理だろう。

 

「……よくわからんが聞かないでおく。まあ頑張れよ」

 

「うん、じゃあ……」

 

ちゅっ……

 

シルヴィは俺の唇にそっとキスをする。柔らかい感触が俺の唇に伝わるもそれは一瞬で、シルヴィは俺から距離をとってからオーフェリアにも同じようにキスをして……

 

「行ってきます、八幡君、オーフェリア」

 

笑顔を見せてから控え室に向かった。その笑顔を見ていると幸せな気分になる。

 

「さて……んじゃ俺達も観戦室に向かうか」

 

「……ええ」

 

だから俺は幸せそうな表情を浮かべているオーフェリアの手を引っ張ってレヴォルフの専用観戦席に向かって歩き出した。

 

そんな風に幸せな気分のまま専用観戦席に向かうべく曲がり角を曲がると

 

「「「…………」」」

 

最悪な事に葉山と鉢合わせした。さっきまで幸せな気分だったのに一瞬で最悪の気分になっちまったよ。これってある意味才能じゃね?

 

とはいえ関わったら面倒なのでスルーを「待て比企谷」……面倒だな。

 

内心舌打ちしながらも葉山を見れば苛立ちに満ちた表情を浮かべている。

 

そして葉山の背後には誰もいないように見えるが人の気配が2つある。これが昨日ブランシャールが言っていた監視者で葉山が俺に手を出そうとしたら止めに入るのだろう。

 

それなら最低限警戒しておけば大丈夫だろう。そう判断して口を開ける。

 

「何だよこっちは暇じゃないんだから手短にしろ」

 

でないと俺の横にいるオーフェリアが爆発しそうだし。今はギリギリ耐えているようだが、俺にはわかる。今のオーフェリアは爆発寸前だ、

 

「お前……神聖な星武祭でじゃんけんによって勝敗を決めるなんてふざけているのか?!恥を知れ!」

 

そう言って俺に怒鳴ってくる。うーん……まあ確かにそれについては否定出来ないな。じゃんけんで勝敗を決めたのは俺とレナティが初めてだし、人によってはふざけていると思っているかもしれないだろう。

 

しかし……

 

「お前……いや、第三者には関係ない。アレは俺とレナティが話し合って双方の合意を得て決めたんだから部外者が口を挟むな」

 

レナティは俺に一発勝負しろと提案して俺は受け、俺はレナティにじゃんけん勝負をしろって提案してレナティは受けた。後からレナティが『やっぱりじゃんけん勝負はどうかと思う』とケチを付けてきたら考えるが、完全な部外者である葉山が俺とレナティのやり取りに口を挟む権利はない筈だ。

 

「ふざけるな!俺はアスタリスクの将来を考え、観客の気持ちを代弁しているんだ!素直に自分の非を認めて準決勝を辞退しろ!そして今まで洗脳して勝ち上がった事を白状して警備隊に自首しろ!」

 

葉山がそう言って怒鳴ると怒りより呆れの感情が生まれる。オーフェリアはブチ切れ一歩前だしもう嫌だこいつ……

 

「嫌だね。そもそも運営委員が俺を失格にしてないんだから問題ないだろうが。お前こそ俺に何も出来ずに負けたんだし自分の弱さを認め「比企谷、少し黙れ……がぁぁぁぁぁぁっ!?」……おー、凄えな」

 

葉山が俺に掴みかかろうとした瞬間、葉山の背後の虚空からスーツを着た男性が2人現れて、内1人が星辰力を噴き出しながら葉山の肩に触れると葉山に電撃が走り、葉山は意識を失って倒れる。

 

(見る限り相当の電撃だな……んでもう1人は幻術系能力者だろうな)

 

そう考えていると電撃を放った方の男が葉山を担ぎ上げて、もう1人の方が俺と向き合う。

 

「至聖公会議のスティーブだ。こっちはヴォルグ。職業柄偽名だが、容赦して欲しい」

 

「気にすんな。ウチの黒猫機関のメンバーも偽名だからな」

 

「感謝する。既にそちらには話が届いているな?」

 

「ブランシャールから聞いた。んで葉山はどうすんだ?」

 

俺としては処刑して欲しいが、こればっかりはガラードワースの運営母体のE=Pが決めるだろう。

 

「現状において我々は『葉山隼人が比企谷八幡に危害を加えようとしたら、阻止して懲罰房に送れ』として指示されているだけだ。懲罰房以降の事は上層部の管轄であり我々の管轄外だ」

 

「そうか。じゃあもう話は終わりだし、行って良いぞ」

 

「失礼する」

 

言うなりスティーブ(偽名)がパチンと指を鳴らすと彼の周囲に星辰力が噴き上がり、彼と葉山を担いだヴォルグ(偽名)が溶けるように消えて、暫くしてから気配を無くなった。

 

「さて、そんじゃあ観戦席に……って、お前はガッツポーズをするな」

 

「……だって、八幡を散々侮辱した男が漸く裁かれるのよ。今まではのらりくらりと逃げていたあの葉虫が」

 

そうかい……いや、まあ俺自身も葉山に散々殴られたし、落とし前をつけるつもりだったけど。

 

「まあ良い。それよりも早く観戦席に「八幡さん!」……次はお前か、ノエル」

 

再度観戦席に行こうとすると今度はノエルに捕まる。まあノエルは葉山に真逆で全く苛つかないか良いけど。

 

しかし何故かオーフェリアはジト目でノエルを見るが、お前ノエルに恨みでもあるのか?

 

 

「つい先程至聖公会議の2人から事情を聞きました!迷惑をおかけして申し訳ありません!」

 

そんな事を考えているとノエルは綺麗なお辞儀をしてくる。ここまで綺麗なお辞儀をされると寧ろこっちが申し訳ないな……

 

「謝らなくて良い。お前は何も悪くないんだから」

 

実際の所悪いのは葉山だ。ノエルが何1つ悪くないのから謝る必要はない。

 

「す、すみませ「だから謝らなくて良いって」あぅぅ……」

 

ノエルは小さく縮こまる。なんか俺が悪い事をしているように感じてしまうな。

 

「それよりも試合が近いんだし控え室に行っとけ。試合前に妨害行為が起こる可能性もあるんだし、あんまり彷徨かない方がいいぞ」

 

実際俺は一昨日入場ゲートに行こうとしたら葉山に絡まれたし。試合前に出来る限りの不安要素は排除しておくべきだ。

 

「は、はい……それと八幡さん」

 

「なんだ?」

 

俺が尋ねるとノエルはモジモジするも、やがて意を決したように顔を上げて……

 

「しっかり見ていてください!この試合、シルヴィアさんに認められる為にも、私の全てをお見せします!」

 

そう言ってから一礼して去って行った。実に良い顔をしていた。これならマジで金星を挙げれるかもしれないな。

 

「……本当に良い顔ね。ソフィアより危険だわ」

 

「いきなりどうした?」

 

何故そこでフェアクロフ先輩の名前が出てくるんだ。イミワカンナイ。

 

「何でもないわ。それより行きましょう」

 

「あ、おいオーフェリア」

 

オーフェリアはそう言って俺の手を引っ張って歩き出すので俺もそれに続いて観戦席に向かったのだった。

 

 

結局何故ノエルとフェアクロフ先輩の名前が出たのかについては教えてくれなかったが妙に気になってしまう。そしてマジでノエルは何をシルヴィに認めて貰いたいんだ?

 

 

 

 

 

 

 

その事実を知るのは今から数時間後であるという事を、この時の俺は知らなかったのだった。



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準々決勝最終試合 シルヴィア・リューネハイムVSノエル・メスメル(前編)

『さあさあ皆様お待ちかね!いよいよカペラドームでも準々決勝の試合が始まります。先ずは東ゲート!世界の歌姫にしてクインヴェール女学院序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイム選手ー!』

 

レヴォルフの専用観戦席からステージを見ると東ゲートからシルヴィが出てきて観客席に手を振る。

 

それによって大歓声が沸き起こるが、これはいつもの事なので気にしない。星武祭の本戦については毎回こんなものだから。

 

そんな事を考えているとゲートから続くブリッジを歩いているシルヴィがこちらを向いてウィンクをしてくるので、俺とオーフェリアは手を振り返す。可愛いなぁ……

 

そしてシルヴィがブリッジからステージに飛び降りると一拍置いて……

 

『続いて西ゲート!聖ガラードワース学園の序列7位!銀翼騎士団の一員である『聖茨の魔女』ノエル・メスメル選手!』

 

西ゲートからノエルが出てきてゲートから続くブリッジを歩き出す。見る限り特に緊張しておらず平常心を保っているのがわかる。

 

ノエルを見ているとブリッジの中間地点あたりでこちらを向いて小さくはにかみながらほんの僅かだが頭を下げてくる。こいつはこいつで礼儀正しいなぁ……

 

「……八幡はどっちが勝つと思う?」

 

そんな事を考えながらノエルがブリッジを歩くのを見ているとオーフェリアが話しかけてくる。

 

「わからん。ノエルも壁を越えた人間と戦う手段を得たからな」

 

ノエルの奴、俺の影神の終焉神装を模した技も開発したからな。アレは肉体に負荷が掛かるから教えなかったので、ノエルは我流で覚えたという事だ。その事からノエルの魔女としての才能は高レベルである事を示している。

 

シルヴィはシルヴィで光の衣を纏ったら雪ノ下陽乃を一方的に倒したからな。3年前に比べて実力は桁違いに向上しているだろう。

 

(まあどの道激戦にはなるだろうな)

 

試合前にノエルと会ったがあの時のノエルの目には強い決意が宿っていた。あの目をした人間は強いからなぁ……

 

そんな事を考えているとノエルはブリッジの先端から飛び降りてステージに降り立つ。そして地面に着地するとゆっくりとシルヴィの元に向かう。対するシルヴィもノエルの元に向かって歩き出す。

 

(大方試合前に挨拶をするんだと思うが……なんというかプレッシャーを感じるな)

 

見ればシルヴィとノエルの背中からは圧倒的なオーラを感じる。オーフェリアの禍々しいオーラとも、星露のあらゆるものを捩じ伏せるオーラとも違う。

 

そう、何というか……

 

「女特有のオーラ?」

 

そう呟く中、遂に2人は手の届く位置まで近寄りお互いに手を差し出した。

 

 

 

 

 

 

 

「よろしくねノエルちゃん」

 

「はい!こちらこそよろしくお願いします」

 

2人はそう言いながら握手を交わす。観客席から見れば爽やかな光景に見えるだろう。

 

 

 

しかし……

 

「ノエルちゃんが凄く努力したのは知ってるけど、彼氏が見ているし勝ちは譲らないよ」

 

ピシリ

 

「当然ですね。ですが私もシルヴィアさんに認められて八幡さんのお嫁さんになれるように頑張ります」

 

ピシリ

 

「……へぇ、まあ良いんじゃない。認めるつもりはないけど」

 

ピシリ

 

「……そうですか。ですが本気で勝ちたいならなりふり構わず行けって、八幡さんと2人きりで手取り足取り修行をして貰った時に習ったので頑張ります」

 

ピシリ

 

実際は空気が凍っていた。2人は表面上は爽やかに言葉を躱しているが、目は一切笑っておらず力を込めて握手をしていた。

 

「ふーん……後で八幡君にはお仕置きかな。ま、それはともかく口で戦っても意味ないし、続きは試合で語ろっか」

 

「……負けません」

 

2人はそう言ってから、同時に背を向けて開始地点に向かう。そしてシルヴィアはフォールクヴァングを射撃モードにして、ノエルは杖型煌式武装を起動する。

 

『さあ両者が煌式武装を起動した所で開始時間が迫ってまいりました!ベスト4の内既に三枠が決定している中、最後の一枠を埋めるのはどちらなのか?!』

 

実況の声が流れる中、2人は構えを見せて…〜

 

 

 

『王竜星武祭準々決勝第4試合、試合開始!』

 

試合開始が告げられる。

 

「さあ、行って!」

 

次の瞬間、ノエルの足元からは大量の茨が生まれて一斉にシルヴィアに襲いかかる。これまでの5試合の内、紗夜と戦った5回戦以外の4試合は全て大量の茨によるゴリ押しで仕留めたノエルであるが、今回は気合いの入り方がいつも以上だからか、茨が生まれる速さもいつも以上となっていた。

 

対するシルヴィアは射撃モードにしたフォールクヴァングから茨に連射して次々に破壊するも焼け石に水である。

 

(やっぱり能力抜きじゃノエルちゃんに勝つのは無理だね。だったら……)

 

シルヴィアはバックステップをして茨から距離を取り、息を吸い……

 

「ぼくらは壁を打ち崩す、限界の先に境界を越えて、傷を厭わずに、走れ、走れ」

 

身体強化の歌を歌いだして、全身から力が漲るのを感じるや否や足に星辰力を込めてから振り上げて地面に叩きつける。

 

するとシルヴィアの足から衝撃波が生まれて、シルヴィア足元に迫っていた茨を吹き飛ばす。身体強化されたシルヴィアは綾斗や暁彗に匹敵する身体能力を持っているのでその程度の事は造作もない。

 

対するノエルは一瞬だけ焦るも、直ぐに戦意を取り戻す。ガラードワースを立て直す為、シルヴィアに認められる為、そして何より自分の成長した姿を大切な人に見て貰う為にもノエルは負けたくないし気持ちで一杯だった。

 

シルヴィアが再度足に星辰力を込めて振り上げようとするので、ノエルはその前に自分自身と足元にある茨に星辰力を込める。

 

すると大量の茨がノエル自身に絡みつき、ノエルは大量の茨に包み込まる。ステージには巨大な茨の球体が生まれて……

 

「纏えーーー聖狼修羅鎧……!」

 

次の瞬間、茨の球体の中からそんな声が聞こえると茨の球体は形を変えながら徐々に小さくなり、暫くすると狼を模した西洋風の茨の鎧を纏ったノエルが現れた。

 

「出たね……まだ影神の終焉神装を模した鎧は出してこないか……」

 

言いながらシルヴィもフォールクヴァングを射撃モードから斬撃モードにして、全力でノエルの懐に向かう。対するノエルは迎撃するべく、拳を振り下ろすも紙一重のところで回避される。

 

ノエルの一撃を回避したシルヴィアはフォールクヴァングをノエルの脇腹に振るうも……

 

「たぁっ!」

 

「……っ!やっぱり効かないか!」

 

アッサリと弾かれてノエルからカウンターを食らいそうになった所で身体を捻ってギリギリ回避する。そして間髪入れずにノエルの鳩尾に拳を2発叩き込む。

 

それに対してノエルの鎧は壊れてはいないものの、衝撃はノエル本人に届いていた。

 

「くっ……まだまだぁっ!」

 

ノエルは左手で自分の鳩尾にめり込んでいるシルヴィアの左手を掴み、右手でシルヴィアに殴りかかる。

 

対するシルヴィアは左手を掴まれている以上、回避は不可能なので右拳を強く握り迎撃する。

 

すると両者の拳がぶつかり合い辺りに衝撃が生まれる。

 

2人は最初の内は拮抗していたが、徐々にシルヴィアが押されている。ノエルの想いの力が魔女の力に干渉しているのかシルヴィアは鎧から感じる圧力が先程より増したと感じていた。

 

このまま押し切られるのは避けたいと思うシルヴィアは足に星辰力を込めて自身の左手を掴んでいるノエルの左手に蹴りを放つ。

 

それによってノエルの手からシルヴィアの左手が離れたのでシルヴィアはバックステップをしてから距離を取り……

 

「僕らは登る、天界の城にて力を得る為、ただただ登る、登る」

 

息を吸って歌い出す。するとシルヴィアの身体が光に包まれだし……

 

「得て僕らは動き出す、敵を討つべく、鮮やかに、軽やかに」

 

次の瞬間、シルヴィアの首から下の部分に白銀の騎士鎧を身に纏っていた。それを見たノエルは息を呑む。ノエル、いやこの場にいる全員はアレを知っている。

 

アレは……

 

『ここでリューネハイム選手、3年前に比企谷選手を倒した鎧を身に纏ったぁ!奇しくもあの時と状況が似ているぅ!』

 

そう、シルヴィアが3年前の王竜星武祭にて八幡と戦った際に使用して、そして打ち破った技である。

 

 

 

 

 

 

 

「……懐かしいわね」

 

「懐かしくはあるが、俺にとっては嫌な思い出だな」

 

レヴォルフの専用観戦席にて俺とオーフェリアはシルヴィが白銀の鎧を身に纏ったのを見て話し合う。

 

3年前の王竜星武祭にて、俺はあの鎧を着たシルヴィに負けたからな。全力を尽くして負けたのだから満足はしたが悔しい事は悔しい。

 

(ともあれ今のノエルじゃ厳しいだろうな)

 

今のノエルとシルヴィの状況は3年前の俺とシルヴィが戦った時の状況と酷似しているからだ。

 

3年前の時点で俺の影狼修羅鎧はシルヴィの白銀の鎧より性能は上だったと思うが、シルヴィの圧倒的なバトルセンスが鎧の性能差を埋めて、挙句に俺を打ち破ったのだ。

 

そして今の状態を見る限りノエルの鎧とシルヴィの鎧の性能差は殆ど無し。すなわち鎧を纏う本人同士の差が勝敗を分けるが……

 

(バトルセンスはシルヴィの方が圧倒的に上。こうなった場合ノエルが勝つにはシルヴィを出し抜く程の厄介な策を生み出すか、俺の影神の終焉神装を模した鎧を使うかだな……)

 

そう考えながら俺は意識をステージに戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たぁっ!」

 

「やあっ!」

 

可愛い掛け声と共に2人がぶつかり合う。シルヴィアの一撃がノエルの脇腹に、ノエルの一撃がシルヴィアの鳩尾に当たり、お互いの身体に衝撃が走る。

 

しかしお互いにそれを無視して攻撃を続ける。ノエルが足元から茨を生み出せばシルヴィアは足から衝撃波を放ち吹き飛ばし、シルヴィアがノエルに連撃を叩き込めばノエルは鎧の防御に頼りながらもカウンターの一撃を叩き込む。

 

そんなやり取りが続くとノエルの息が徐々に上がってきている。一方のシルヴィアはそこまで息は上がっていなかった。

 

しかしそれも仕方ない事である。強くなったとはいえノエルは壁を越えてない人間であり、対戦相手のシルヴィアが壁を越えた人間である以上消耗は激しくなるのは必然だ。

 

 

そんな中シルヴィアは動き出す。ノエルとの距離を詰めながら斬撃モードにしたフォールクヴァングの刀身を大きくして……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

流星闘技を放つ。狙いは……

 

「わわっ!」

 

ノエルの足元である。すると光の刃が地面を割り砕き、ノエルはバランスを崩して前のめりに転びかける。いくらノエルの鎧が頑強とはいえ足元を崩されてしまったらどうしようもない。

 

それによってノエルに隙が生じた瞬間にシルヴィアはカウンターを警戒しながら大きく距離をとってから、フォールクヴァングを放り投げてから両腕をノエルに突き出して……

 

「裁きの咆哮」

 

言葉と共に両掌から圧倒的な光を生み出す。前回の王竜星武祭があった時のシルヴィアの最強の技で、八幡の影狼修羅鎧を破壊した技でもある。

 

そして両掌にある光が最高潮になって放たれると同時にノエルは起き上がり……

 

 

「呑めーーー茨神の創造神装!」

 

次の瞬間、ノエルの周囲から星辰力が爆発的に噴き上がり、聖狼修羅鎧に纏わり付いたかと思えば、押し付けるように圧縮が始まる。

 

そしてシルヴィアの放った光の奔流がぶつかる直前に遂に限界まで聖狼修羅鎧を圧縮し切り、背中から大天使の如く6枚の翼を生やし……

 

「やぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

叫びながら光の奔流を掴み、そのまま振り払う。すると、振り払った方向に光の奔流は飛んでいき、ステージの床をごっそりと抉り取った。

 

「遂に出てきたね……」

 

シルヴィアの表情に真剣さが増す。愛する男の最強の技を模した技。模倣と言っても侮るつもりはシルヴィアにはなかった。5回戦にて紗夜の圧倒的な破壊力を持つ煌式武装を一蹴したのだから。

 

(だったらこっちも最強のカードを切るだけ……!)

 

言いながらシルヴィアは息を吸って……

 

「私は纏う、愛する者を守る為、支える為、共に戦う為」

 

自身の体内から膨大な星辰力を膨れ上がらせて、大気中の万応素を変換させる。そしてシルヴィアの周囲に光が生まれ出す。

 

「させない……!」

 

すると離れた場所にいるノエルはこちらに向けて突っ込んでくる。言葉の通り、ノエルは警戒している。何せシルヴィアは5回戦で壁を越えた人間である陽乃を一蹴したのだ。

 

ノエルが高速で詰め寄る中、シルヴィアは焦ることなく歌う。焦れば歌の精彩さが欠けて能力の効果も鈍るのだから。

 

そして……

 

「纏いて私は動き出す、誰よりも強く、誰よりも速く、愛する者を奪おうとする敵を討ち滅ぼす為に……!」

 

ノエルがシルヴィアと距離を詰めて拳を振り上げると同時にシルヴィアの身体が光に包まれ……

 

 

 

 

ドゴォォォォォッ……

 

光から出てきた光の剣がノエルの拳とぶつかり合い、そこから生まれる衝撃波によってステージに巨大な穴があく。

 

光が徐々に無くなる中、ノエルが更に力を込めると、光の剣からも同じように力を感じて……

 

「くぅ……!」

 

「わわっ!」

 

両者共に押し切るかのように力をぶつけ合った。すると2人の激突によって力が反発して2人はそのままステージの壁に向かって吹き飛ぶ。

 

しかし両者共に壁にぶつかる直前に背中に生えた翼を広げて飛行することで衝突を避ける。

 

そして空中にいるノエルが前を見ると、クインヴェールの制服を纏っておらず光の衣を身に纏ったシルヴィアがノエルと同様に空を飛んでいた。

 

手には先程ぶつけ合った圧倒的な星辰力を感じる光の剣、背中には神々しい翼が12枚生えていて、その姿はまさに大天使や光の神と言って良いだろう。

 

「ギリギリ間に合って良かった……ここからが本番だよ」

 

シルヴィアはそう言って不敵な笑みを浮かべてくる。対するノエルは負けたくないとばかりに構えを取る。

 

 

 

 

そして……

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

光の神と茨の神は雄叫びを上げてぶつかり合った。



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準々決勝最終試合 シルヴィア・リューネハイムVSノエル・メスメル(後編)

レヴォルフ専用の観戦席にて……

 

「さて……両者切り札を切ったが、ノエルは短期決戦を望んでるだろうな」

 

俺はステージで行われている光の神と茨の神ーーーシルヴィとノエルの試合を見ている。

 

理由は簡単、ノエルの技が俺の技を模した技だからだ。ノエルの動きを見れば俺の技の欠点を見抜けるかもしれないし、シルヴィを見れば俺の技に対してどういう戦法をとってくるか把握できる。両者の試合を見れば間違いなく俺の糧になる筈だ。

 

ステージを見れば2人の戦いは空中戦に移行していて、2人はそれぞれ翼を羽ばたかせて何度も何度も激突を繰り返していて、防護フィールドからはギシギシと音が鳴る。

 

「……そうね。でも勝つのはシルヴィア」

 

オーフェリアは力強く頷き、シルヴィの勝ちを確信している。まあ総合力はシルヴィの方が数段上だし、そう判断するのも仕方ないだろう。

 

(ただ見る限りシルヴィの纏ってる光の衣に綻びが生じているからダメージは通ってるし、案外わからないかもな)

 

俺としては2人とも頑張って欲しい。シルヴィとは決勝で当たりたいから勝って欲しいと思っているが、かと言って俺が面倒を見て、死に物狂いで努力してきたノエルに負けて欲しいなんて思えない。

 

どちらが勝つかはわからないが2人とも全力を尽くして、俺とレナティのように満足の行く結果になって欲しいものだ。

 

そんな事を考えながらも俺は再度ステージで戦う2人を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっ」

 

カペラドームステージの上空にてシルヴィアとノエルは何度目かわからない激突を繰り返す。

 

シルヴィアの拳がノエルの顔面に、ノエルの拳がシルヴィアの脇腹に当たる。2人の攻撃は互いの鎧と衣を壊すには至っていないが衝撃は打ち消しきれずに2人の身体には鈍い痛みが生まれる。

 

しかし2人はそれでも尚、動きを止めずに攻め続ける。特にノエルは壁を越えた人間ではないので長期戦をしたら負けなので攻め数を増やす。

 

「やあっ!せやっ!」

 

掛け声と共に放たれる果敢な攻めに流石のシルヴィアも防戦気味となる。

 

しかしそれでもシルヴィアは焦らずにノエルの攻撃を捌いていて致命傷になる一撃は受けていない。

 

(やっぱりノエルちゃんは短期決戦狙いだね……体力とか能力に掛かる負荷を考えたら妥当だけど……こっちも負けないから!)

 

内心そう叫びながらも冷静に致命傷になりそうなノエルの攻撃を捌くシルヴィアであった。

 

一方のノエルは攻撃をしながらも焦りの感情を抱いている。自分の攻撃が通用しているとはいえ倒すには至れてないからだ。

 

加えて……

 

(ぐぅ……!大分痛みも出てきたし急がないと……!)

 

自身の茨神の創造神装は八幡の影神の終焉神装に匹敵する力を持っているノエルの最強の技だ。これを使えばノエルは壁を越えた人間とも渡り合える。

 

しかし能力を使う器ーーーノエル自身は八幡と違って壁を越えた人間ではないので茨神の創造神装を使うと肉体に物凄い負荷が掛かるのだ。

 

壁を越えた人間てある八幡ですら長時間の使用は出来ないのだ。ノエルならば言うまでもなく八幡よりも使用可能時間は少ない。

 

よってこのまま状況が変化しなかったらノエルの負けは確定である。

 

(そんなの嫌……負けたくない!)

 

そう判断したノエルは攻め手を変えた。茨の翼に力を入れてから一旦上昇して、即座に下にいるシルヴィアに向かう。そして腰の部分の鎧を一旦解除して、腰にあるホルダーからノエルの持つ『ダークリパルサー』9本を起動する。

 

普通の人間なら9本の煌式武装の使用は無理だが……

 

「茨の鞭よ、来たれ!」

 

ノエルの場合は別だ。ノエルがそう叫ぶと背中に生えている翼の下から7本の茨の鞭を生み出して、それぞれの先端に『ダークリパルサー』を備え付けて、残りの2本を両手に持つ。

 

 

同時にノエルはシルヴィアに近寄りながら茨の鞭を振るって7本の『ダークリパルサー』を投げつける。

 

『ダークリパルサー』の恐ろしさを知っているシルヴィアは1本も食らってはダメと判断して背中に生えた翼を振るって突風を起こし、飛んできた7本の『ダークリパルサー』の軌道を変える。

 

するとノエルが両手に持っていた『ダークリパルサー』2本を間髪入れずに投げつけてきたので回避して、投げながら突撃してきたノエルの右拳を受ける構えを見せる。

 

そして2人の拳がぶつかろうとした瞬間、ノエルは左手を使って腰から10本目の『ダークリパルサー』を起動しながらシルヴィアを殴りつける。ノエルは初めから10本の『ダークリパルサー』を所有していたが、最後の1本を確実に当てる為に最初から全てを使わなかったのだ。

 

ノエルの一撃を受け止めたシルヴィアはマズイと判断して回避しようとするが……

 

「うぅ……」

 

僅かに回避しきれず『ダークリパルサー』はシルヴィアの首に掠った。切っ先が一瞬だけ掠った程度なので少し頭が痛くなる程度であるが……

 

「そこっ!」

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

現在ノエルの攻撃を受けているシルヴィアにとっては致命的で、防御が僅かに緩みノエルの一撃が、シルヴィアの防御を打ち破る。

 

それによってシルヴィは地面に叩きつけられる。シルヴィアが倒れた場所には巨大なクレーターが出来て、ノエルの一撃の破壊力の凄さを漂わせる。

 

するとノエルは……

 

(これで決める……ぐうっ!)

 

全身に掛かる負荷に苦悶の表情を浮かべるも直ぐに意識をシルヴィアに向けて地面に向けて急降下する。その速さはまさに圧倒的な一言だ。

 

それに対してシルヴィアは背中に痛みを感じながらも無理矢理身体を起こしてその場から離れる。同時に無理矢理に身体を動かした反動で更なる激痛に苛まれるが気にしない。何せ……

 

(痛いけど、ノエルちゃんの一撃を食らった方が絶対に痛いからね……)

 

シルヴィアがそう思う中、勢いに乗ったノエルは急にシルヴィアのいる方向に方向転換出来ずに……

 

 

ドゴォォォォォンッ……

 

ノエルの拳が地面に当たり、ステージに巨大な割れ目を生み出してそれが、ステージ全員に広がっていく。

 

しかしノエルはそれを気にする素振りを見せずに、即座にシルヴィアの方を向いてから拳を振り上げながら突撃を仕掛ける。

 

対するシルヴィアは頭痛を感じながら光の剣を振り上げる。壁を越えた人間である雪ノ下陽乃を一撃で沈めた必殺の一撃だ。

 

それを見たノエルは迎え討つ方針を取る。回避する事は可能だが、ノエルの肉体は限界に近づいていて、いつ茨神の創造神装が解除されるかわからないの時間をロスしたくないのだ。

 

そして……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「光神の撃剣」

 

ノエルの拳と光の斬撃がぶつかり合う。両者の放った必殺の一撃は圧倒的であり、シリウスドームに続いて崩壊し始める。2人の足元を中心に地面は割れて、互いの身体に衝撃が走り、防護フィールドに衝撃があたり轟音が響き出す。

 

しかし2人は一歩も引かずに剣と拳をぶつけ合う。死んでも譲らない、譲れば負けるとばかり。

 

そんなやり取りがどれだけ続いたか……

 

「ぐうっ……!」

 

肉体に限界が近付いてきたのか、光の剣がノエルの拳を押し始める。

 

(押し負けてる……まだ!負けたくない!)

 

ノエルは一瞬気圧されるも直ぐに戦意を取り戻し、腕から悲鳴が聞こえるのを無視して拳に力を込める。

 

しかし……

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

肉体には限界が来てしまい、シルヴィアの光の剣がノエルの拳を打ち破りノエルを吹き飛ばす。そしてシルヴィアの一撃によってノエルの右腕に纏う茨は全て剥がされて、それにつられるかのようにノエルの茨神の創造神装が全て解除される。

 

ノエルは地面に叩きつけられて一度大きくバウンドして再度地面に叩きつけられて漸く動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ここでリューネハイム選手の一撃がメスメル選手に叩き込まれたぁっ!これは痛い!』

 

レヴォルフの専用観戦席にて俺は実況の声を聞きながらステージを見る。ステージではノエルがうつ伏せに倒れていて、シルヴィが一歩一歩近寄っている。

 

試合終了の宣言はされてないので校章は破壊されていないし意識も失っていないだろうが、シルヴィが大幅に有利だろう。

 

なんせ界龍の3位である雪ノ下陽乃を一撃で沈めた光の剣を食らったのだから大ダメージは必須。加えてノエルの右腕は折れている。いくらノエルの能力が腕に影響されにくいからと言って、壁を越えた人間相手に骨折はキツイだろう。

 

これについては俺だけでなく、隣に座るオーフェリアや実況や解説や観客、終いにはノエルと対戦しているシルヴィも同じ考え……いや、下手したらノエルの負けと判断している人間も沢山いるだろう。

 

しかし……

 

 

 

『え?!な、何とメスメル選手、立ち上がりました!』

 

見ればノエルはボロボロになりながらもゆっくり、それでありながら確実に立ち上がっていた。

 

(マジか……!アレを受けて戦えるのか?!)

 

どうやら俺の弟子は予想以上タフなようだ。師匠でありながら気付かないとはな……

 

内心苦笑しながらも俺はステージにて一生懸命立ち上がろうとするノエルから目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

シルヴィアは今本気で驚いていた。ここまで驚いた事はそうない。これ以上驚いた事なんて、八幡の腕が斬り落とされた時や八幡にファーストキスを奪われた時くらいだろう。

 

そんな彼女が驚いている要因は……

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

目の前にてボロボロになりながらも立ち上がろうとするノエルを見ているからだろう。

 

先程シルヴィアはノエルを気絶させるつもりで全力の一撃を放ったが、ノエルの茨神の創造神装を破る事は出来たもののノエル本人に勝つ事は出来なかった。

 

シルヴィアの光神の撃剣はシルヴィアの持つ技の中で最強クラスの一撃だ。今ので倒せなかったのは予想外である。

 

「……正直今ので倒せなかったのは驚いたよ。凄いねノエルちゃん」

 

シルヴィアは偽りない賞賛をノエルに送る。対するノエルはよろめきながらも漸く立ち上がる。

 

「ありがとう、ございます……はぁ……ですが、私も、負けたくない、ので……!」

 

ノエルはボロボロになりながらも笑みを浮かべて杖型煌式武装を起動して左手に持つ。右手は折れて全身は傷だらけだが目は死んでおらず、戦意は微塵も衰えていない。

 

「……やっぱり立ち上がれるのは八幡君の恋人になりたくて私に認められたいからなの?」

 

シルヴィアは無意識のうちに声を低くしながらそう尋ねる。しかしシルヴィの予想に反してノエルは首を横に振る。

 

「……いえ。確かに私は八幡さんの恋人になりたいですし、その為にシルヴィアさんに認められたいと思っています。ですが……」

 

ノエルは1つ区切ってから口を開ける。

 

「ですがそれ以上に、私がどれだけ強くなったかを八幡さんに見てもらいたくて……八幡さんに格好悪い所を見せたくないんです……!」

 

そう言いながらノエルは足元から茨を生やす。その姿を見たシルヴィアは凄く格好良く思えた。

 

「……そっか。なら私も全力でノエルちゃんを倒す!」

 

だからシルヴィもノエルの覚悟に応えるために光の剣を振り上げ……

 

「光神の撃剣……!」

 

そのまま振り下ろす。

 

「望むところ……です!」

 

対するノエルは茨を生やして、シルヴィアの光の剣ではなくシルヴィアの腕に絡みつけた。剣に絡みついても直ぐに斬り落とされるが、腕なら僅かな時間だが拘束は可能である。

 

そしてノエルはシルヴィアの剣の動きが止まったのを見ると間髪入れずにシルヴィアとの距離を詰めに掛かり、杖型煌式武装をシルヴィアの校章を破壊するべく振り上げる。

 

それと同時にシルヴィアが腕に絡みついた茨を振り払い………

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

お互いに全力で叫びながら、全力でお互いの武器を振るった。

 

そして……

 

『ノエル・メスメル、意識消失』

 

『試合終了!勝者、シルヴィア・リューネハイム!』

 

シルヴィアの光の剣が一足早くノエルの意識を刈り取った。ノエルの杖型煌式武装がシルヴィアの校章から僅か5センチの位置にあり接戦であった。

 

「ふぅ……って、大丈夫?」

 

試合が終わってシルヴィアが息を吐くとノエルがシルヴィアの方に倒れてくるので、シルヴィアは慌てて、それでありながら優しく抱きとめる。

 

するとシルヴィアの手や胸から感じるノエルの感触から途方も無い努力をしたのが簡単に理解出来た。

 

加えて試合で見せた戦闘力や不撓不屈の精神、シルヴィアからしたら尊敬するべきものである。

 

 

 

「あーあ……本当は認めるつもりはなかったんだけどねぇ……ごめんねオーフェリア」

 

シルヴィアは苦笑しながらノエルを支えて、ステージに入ってきた救護班にノエルを引き渡したのだった。

 

 

 

 

こうして準々決勝は全て終了してベスト4が出揃った。

 

翌日の準決勝の組み合わせは……

 

 

比企谷八幡VS天霧綾斗

 

 

シルヴィア・リューネハイムVS武暁彗

 

という組み合わせになった。



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ベスト4が出揃い、比企谷八幡は……

レヴォルフの専用観戦席にて……

 

『これにて準々決勝は全て終了です!王竜星武祭も後2日となりました!明日は準決勝ですがシリウスドームは本日の試合によって崩壊して修理が間に合わないとの報告がありました。本来は午前10時からシリウスドームにて天霧選手と比企谷選手の試合がありますが、予定を変して午前10時からカノープスドームにて試合が行われる事になりました』

 

実況のそんな声を聞いたので……

 

「んじゃシルヴィの迎えに行くぞ」

 

「……そうね」

 

俺と恋人のオーフェリアは立ち上がり、観戦席を後にする。全ての試合が終わった以上、ここにいる意味はない。

 

シルヴィを迎えに行ってから、治療院に行ってノエルと若宮の見舞いに行かないといけないからな。多分ノエルもダメージを見るにカペラドームの医務室ではなく治療院に運ばれているだろう。

 

(しっかし今回の王竜星武祭、治療院に送られる選手多過ぎだろ?)

 

まあ内1人であるリースフェルトは俺が送ったけどさ……小町にしろ、若宮にしろ、ヴァイオレットにしろ、ノエルにしろ、やっぱり多いだろう?

 

そんな事を考えながら選手の専用通路を歩いていると前方からシルヴィが走ってくる。相変わらずクソ可愛くて癒されるなぁ……

 

「お疲れ様シルヴィ」

 

「……準決勝進出おめでとう」

 

「ありがとう。やっぱりノエルちゃんは強かったよ」

 

言いながらシルヴィは苦笑を浮かべる。まあ確かにノエルは強かった。実力だけでなくメンタル的な意味でも強かった。シルヴィの最強の一撃を食らって尚、気を失わずに、折れずにシルヴィに挑んだのだから。

 

「……ったく、なんでアスタリスクにいる女子は大半が男前なんだよ?」

 

今回の王竜星武祭に参加した俺の女子の知り合いは全員ボロボロになりながらも諦めずに戦っていたし、普通にそこんじょそこらの男よりも格好良いだろう。

 

「あはは、それは否定し切れないかもね……それよりもオーフェリア」

 

「何かしら?」

 

オーフェリアが尋ねるとシルヴィは両手を顔の前に合わせて謝るポーズを見せて……

 

「ごめん……ノエルちゃんのことを認めちゃった」

 

そんな事を言ってくる。俺はシルヴィの発言に疑問を抱いた。認めちゃったと言っていたが、それではまるでノエルを認める事を悪と思っているようにも聞こえる。

 

(いや、でも試合前にシルヴィはノエルの実力や努力は言っていたな。マジでシルヴィとオーフェリアはノエルの何を認めたくないんだよ?)

 

疑問符を浮かべながら2人を見るとオーフェリアは息を吐いてから首を横に振る

 

「……別に気にしてないわ。貴女がそう判断したなら私がごちゃごちゃ言うつもりはないわ。ただ……貴女が認めたからって私が認めるとは限らないわよ」

 

「もちろん。それはオーフェリアの自由だよ」

 

……?マジでなんの話をしてんだよ?てか内容はわからないが相当重要なことを話してる気。理由はなくて直感だけど。

 

「……まあいっか。それよりも全試合終わったし、若宮とノエルの見舞いに行かないか?」

 

「うん、私もその予定だったし良いよ」

 

「……決まりね」

 

方針が決まった。ならば急ごう。時間は有限であるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

「邪魔すんぞ若宮〜」

 

「あ、八幡君にシルヴィアさんにオーフェリアさん!お見舞いありがとう」

 

治療院の若宮の病室に入ると、若宮がボロボロになりながらも笑みを浮かべてくる。

 

「目が覚めて何よりだ。身体の調子はどうだ?」

 

「麻酔はしてるから痛みはないよ。調子もボロボロの割には悪くないし。それとシルヴィアは準決勝進出おめでとうございます」

 

「ありがとう。ちなみにクロエ達は居ないの?」

 

あ、そういやチーム・赫夜の4人が居ないな。何処に行ったんだ?

 

「クロエ達なら私の着替えとか入院に必要な物を準備する為に少し前に一旦クインヴェールに戻りました」

 

「そっか……とりあえずお疲れ様。美奈兎ちゃんの試合は見たけど凄かったよ」

 

「あはは……そうですか?結構惨めな反抗にしか見えないですよ」

 

「そんな事ないよ。あの『覇軍星君』相手に最後まで諦めなかったのは凄く格好良かったよ。前にも言ったけど、私は美奈兎ちゃんのファンなんだから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

若宮は顔を赤くするが仕方ないだろう。シルヴィにファン呼ばわりされたら誰でも照れてしまうに決まってる。

 

「……とりあえず今は身体を休ませなさい。折れてる腕で武暁彗の拳を受けたんだし」

 

オーフェリアの言う通りだな。勝ちを狙いにいくその執念は凄いと思うが、アレはやり過ぎだろう。

 

「そうするよ……それよりシルヴィアさんは気を付けてくださいね。あの錬星術、本当に凄いですから」

 

錬星術……確か星辰力を効率の良い星辰力に変える技だったか?確かにアレは厄介だ。星辰力を防御重視の星辰力に変えれば純星煌式武装の一撃すら耐えるし、攻撃重視の星辰力に変えればありとあらゆる防御を紙のように吹き飛ばす一撃と化す。

 

まあ後者については錬星術抜きでもそうだけど。錬星術抜きでも暁彗は怪物だし。

 

「わかってる。多分今まで戦った人間の中ではオーフェリアの次に強いだろうし」

 

だろうな。暁彗は普通に序列1位になれる人間だ。星露が居なかったらまず間違いなく界龍の1位になっているだろう。

 

「ま、俺としてはシルヴィに借りを返したいから負けんなよ?」

 

「もちろん負けるつもりはないよ。それより八幡君こそ大丈夫なの?八幡君にとって天霧君は最悪の相性だよ?」

 

だよなー。今勝ち残っているのは俺とシルヴィ、天霧に暁彗の4人だが、その中で天霧は俺と1番相性が悪い。何せありとあらゆるものをぶった斬る『黒炉の魔剣』を持っているのだ。

 

しかも今までの試合では自身の体内にある頭痛や、大気に含まれている万応素すらもぶった斬るなど『黒炉の魔剣』を使いこなしている。その事から察するに俺の最強の技である影神の終焉神装すらもぶった斬られるだろう。

 

「まあ何とかする……」

 

厳しい戦いになるのは間違いないが一応作戦はある程度考えている。まあ天霧クラスに通用するかはわからないけど。

 

「八幡君がそう言うなら信じるよ。とりあえず先に言っとくけど……私は明日勝って決勝に上がるから」

 

シルヴィは真剣な表情を浮かべてそう言ってくる。その目に偽りはない。つまり錬星術を身につけて更に強くなった怪物、武暁彗に勝つつもりなのだろう。

 

ならば俺の返答も決まってる。

 

「なら俺も明日勝って決勝にあがる」

 

そんで決勝も勝って俺が優勝するだけだ。ここまで来たらシルヴィに優勝したい。

 

だからその為にも明日の準決勝は相性云々言わないで絶対に勝ち上がってやる。

 

俺は改めて優勝する事を誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから15分後……

 

「じゃあ俺達はもう行く。またな」

 

若宮と他愛ない雑談をした俺達は病室を後にする事にした。この後にノエルの様子の確認、小町やヴァイオレットの見舞いにも行かなくちゃいけないからな。

 

「あ、うん。わざわざお見舞いありがとう。準決勝頑張ってね」

 

「ああ。じゃあまたな」

 

「また明日来るね」

 

「……お大事に」

 

挨拶を交わした俺達は病室を出て、次はノエルの病室に向かって歩き出す。

 

「とりあえず元気そうで良かったぜ」

 

「まあね。負けたから悔しそうだったけど、夢を諦めてないようで良かったよ」

 

「あいつが夢を諦める姿なんて想像出来ねぇよ」

 

「……そうね。ちなみにノエルの病室はどこなの?」

 

「あそこだな」

 

俺がある一室を指差す。ノエルも入院しているだろう。何せ雪ノ下陽乃を一撃で仕留めたシルヴィの大技を2発も食らったのだから。

 

そんな事を考えながらノエルの病室のドアを開ける。

 

「邪魔するぞノエル」

 

「あ!八幡さんと……さっきぶりですね」

 

ノエルは初めは満面の笑みを浮かべるが、シルヴィを見ると若干笑顔が暗くなる。まあついさっきシルヴィに負けたばかりだから仕方ないだろう。

 

「そうだね。さっきぶりだね」

 

シルヴィは普通の顔をしているが若干空気が重いな……

 

「とりあえず体調はどうだ?」

 

この空気を変えるべく、本来聞こうとした事について尋ねてみる。

 

「あ、はい。右腕の骨折以外はそこまで重傷じゃないですから準決勝はともかく、決勝戦は見に行けると思います」

 

「思ったより早くて良かった」

 

「はい……それと八幡さん。負けてしまってごめんなさい」

 

ノエルは申し訳なさそうに謝って来るが……

 

「謝る必要はない。負けたからって俺は怒ってないからな」

 

実際俺はノエルに対して怒ってない。不甲斐ない試合をして負けたなら小言の1つはしていたかもしれないが、ノエルは良い試合をしたし褒める事はあっても怒る事はないと断言出来る。

 

「寧ろ最後まで諦めないお前の姿勢には感服した。だから今回の敗北を糧にして来シーズンの獅鷲星武祭に活かせ」

 

良い試合をしても次に活かせないと意味がない。以前ノエルに聞いたが最後の星武祭は2年後の獅鷲星武祭に出るらしいし、その時までにもっと強くなるべきだろう。

 

「……っ!はい!絶対に強くなります!」

 

それを聞いたノエルは強い目を俺に見せながら了解の返事をしてくる。良い返事だ。これなら次の獅鷲星武祭はノエルが居るであろうチーム・ランスロットは優勝出来るだろう。

 

「なら良い。ところでノエルに聞きたいことがあるんだが?」

 

「?何ですか?」

 

「いや結局何をシルヴィに認めて貰いたかったんだ?」

 

何を認めて貰いたいのかは知らないので気になって仕方ない。

 

「ふぇぇぇっ!」

 

するとノエルは真っ赤になって慌てだす。何だその仕草は?変な質問だったのか?

 

疑問符を浮かべていると……

 

「ノエルちゃん。私はノエルちゃんを認めちゃったんだし、もう話しちゃえば?」

 

「ふぇ?!そ、そんなんですか?!」

 

「本当は認めるつもりはなかったんだけどね。何なら2人きりにしてあげようか?」

 

「……シルヴィア、貴女が良いなら止めないけど、それで良いの?」

 

「うん。ただし……」

 

言うなりシルヴィはノエルの耳元でなにかを囁く。すると暫くしてシルヴィが離れるとノエルは真っ赤になりながら……

 

「し、ししししないですよ!」

 

否定の言葉を口にしてくる。なにを話したんだよ?

 

「なら良いよ。それじゃあ後は2人でごゆっくり」

 

言いながらシルヴィはオーフェリアを連れて出て行った。それによって必然的に俺とノエルは2人きりになるが……

 

「……………」

 

ノエルは真っ赤になりながらも俺をチラチラと見ていて話す気配はない。そんな仕草をされると俺も変な気分になってしまうので早いところ話して欲しいものだ。

 

「なぁノエル。話したくないなら無理には聞かないからな?」

 

興味あるのは山々だが、本当に話したくないなら無理に尋ねるつもりはない。

 

「い、いえ……いずれ越えないといけないですから話します」

 

ノエルはそう言ってから顔を真っ赤にしながら息を吸って……

 

 

 

 

 

 

「八幡さん。私は八幡さんの事が好きです」

 

俺に告白してきた。

 

………え?

 

ちょっと待て。今なんて言った?俺の聞き間違いでなければ俺の事が好きって言わなかったか?

 

それってつまり……

 

 

「告白?」

 

「は、はい。私はもう八幡さんの優しさに溺れてしまいました。これから先ずっと八幡さんを愛したいし、愛されたいし」

 

ノエルが肯定した事によって聞き間違いでないことを理解して、同時に顔が熱くなる。ヤバい……告白なんて2年半ぶりにされたがメチャクチャ恥ずかしい。今すぐに悶死したいくらいだ。

 

嘘かと思いながらノエルを見れば真っ赤になって涙目になりながらも俺から目を逸らしてないので嘘ではないのだろう。

 

それに対して俺の返事は……

 

「ノエル、気持ちは本当に嬉しいが「シルヴィアさんとオーフェリアさんを切り捨てる訳にはいかないから無理、ですか?」……そうだ」

 

ノエルの告白は嬉しいがそれとこれは別だ。ノエルの告白を受け入れる為にオーフェリアとシルヴィを捨てるなんて絶対に無理だ。

 

だからノエルとは付き合えない、そう言おうとしたがノエルが自分からそれを言ってきたので俺はそうだと答えた。

 

「わかっています……八幡さんの中で1番はあの2人の同着で、私は3番目以下である事はわかっています。八幡さんが2人を切り捨てられないのは当然です」

 

ノエルはわかっているように頷きながらそう言ってくる。言っている事は事実だ。俺の中での1番はオーフェリアとシルヴィの同着であり、ノエルは10番目以内には入っているが1番ではない。

 

(でも何でそれをわかっていながら告白したんだ?それに俺の事が好きなのはわかったがシルヴィの認める云々の話はまだ出てないぞ)

 

疑問符を浮かべていると……

 

「で、ですから2人に勝つのでなく、2人と八幡さんの3人に認められてから……その……2人のように愛して貰いたいんです」

 

ノエルが予想外の発言をしてくる。

 

(そう来たか!オーフェリアとシルヴィを抜いて1番を奪うのではなく、俺達3人に認められてからオーフェリアとシルヴィ同様に俺に愛して貰う道を選んだのかよ!)

 

「い、いや……ガラードワースの人間がそんな道を選んで良いのか?」

 

仮にもし俺達3人の中にノエルが加わったとする。そしたら俺は三股をかけているように扱われるが、ノエルの実家が反対する可能性が高いだろう。

 

「わ、私の家は貴族の家にしては珍しく、私の将来について言わないので、多少言われるかもしれないですが、大丈夫だと思います。それに……家の反対程度で八幡さんの事を諦めたくないです!」

 

ハッキリと言うな!恥ずかしくて仕方ないわ!

 

(と、とりあえず、さっきシルヴィの言っていた認めるってのはそういう事なのだろう)

 

つまりシルヴィはノエルが俺達3人の中に加わっても良いと思ったのだろう。その事については俺はシルヴィじゃないのでどうこう言うつもりはない。

 

しかし……

 

「お前の気持ちはわかった。だが、今の俺にはそんな気持ちはないからな?」

 

「わかってます。ですから何年、何十年かけてでも絶対に3人に認められるように頑張ります」

 

「いや、それは嬉しいがそんなに長引くなら他の男に「……私、八幡さん以外の男性には抱かれたくないです……」ぶほっ!ま、真顔で恥ずかしい事を言うな!」

 

「あっ!〜〜〜っ!」

 

ノエルは自分の失言に気付いたのか真っ赤になって俯く。ヤバい、気まずい空気になってきたし逃げよう。

 

「と、とりあえず俺はもう失礼する!悪いが今の俺はお前と付き合うつもりはない。以上!」

 

「わ、わかりました……!ですが、いつか絶対に八幡さんに愛して貰える立場の女になってみせます……!」

 

「……お前、そんなになりふり構わない女だったのか?」

 

「八幡さんが言ったんじゃないですが。本気で勝ちたいなら常に考え続けて、なりふり構わず行けって」

 

ここでそれを出すか?!畜生!完全に予想外だわ。

 

「お前、本当に魎山泊に入って強くなったなぁ……」

 

俺はそう口にすることしか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから5分後……

 

「あ、おかえり八幡君」

 

ノエルの病室を出るとオーフェリアとシルヴィが近くのベンチに座っていて俺に気付くと駆け寄ってくる。

 

「……どうなったの?」

 

「ノエルに告白されたから断ったら、いつか絶対にシルヴィとオーフェリアと同列に並んでみせるって言われた。今更だが、あいつ強くなり過ぎだろ?」

 

「「強くしたのは八幡(君)でしょ(だよね)?!八幡(君)のバカッ!」」

 

オーフェリアにどうなったか聞かれたので正直に言うと、2人が俺に詰め寄ってくる。

 

そう言われたら……確かにそうだ。まさか彼女持ちの俺が彼女の恋敵を強くしているとはな……こりゃ2人にジト目で見られても仕方ないだろう。

 

「本当!八幡君って誰にでも優しいんだから!ノエルちゃん以外にもライバルがいるってのに……!」

 

「八幡のバカ、アホ、おたんこなす、八幡、絶倫、ど変態」

 

2人はここぞとばかりに俺をdisってくるが、返す言葉がないので俺は2人のdisりを甘んじて受けたのだった。

 

結局俺は帰ってからも2人にdisられ続けて王竜星武祭12日目の幕が下りたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

 

「くそっ!何故だ?!何故俺が懲罰房に入れられるんだ?!俺はガラードワースを救う為に比企谷を倒そうとしたのに……この仕打ちはあんまりだろう!比企谷の奴、E=Pの人間すらも洗脳して品行方正の俺を貶めるなんて……恥を知れよ!」

 

聖ガラードワースの懲罰房にて葉山隼人は荒れていた。自分が懲罰房にいる事に対して間違いだと叫ぶ。

 

「本来なら今頃俺は星武祭本戦に参加していたというのに比企谷の奴……どこまでふざけているんだ!」

 

葉山は自分は王竜星武祭でベスト8以上だと確信していたが、八幡のイカサマの所為で一回戦負けになったと八幡を恨んでいた。

 

「覚えていろよ比企谷……俺は無実だから直ぐに此処を出る。そうしたら粛清をしてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『覚えていろよ比企谷……俺は無実だから直ぐに此処を出る。そうしたら粛清をしてやる!』

 

「マジでなにを言っているんだこいつは?」

 

「サイコパス過ぎるな……」

 

聖ガラードワース学園の懲罰房監視室にて、ガードマンの2人は今日懲罰房に入れられた男がいる部屋のカメラを見て、男ーーー葉山隼人の言動を見てほとほと呆れていたのだった



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こうして準決勝が始まる

王竜星武祭13日目

 

 

現時点で残っている選手は4人であり、今日準決勝を行い2人が負けて勝ち上がった人間が翌日の決勝戦に出れる。

 

試合の組み合わせは

 

 

カノープスドーム

 

天霧綾斗VS俺こと比企谷八幡

 

 

プロキオンドーム

 

シルヴィア・リューネハイムVS武暁彗

 

って感じとなっている。本来俺と天霧の試合はシリウスドームにて行われる予定だったのだが、昨日の準々決勝にて俺とレナティが戦った際にステージがボロボロになってしまい修復が間に合わないとの事で、俺と天霧の試合はカノープスドームでする事になったのだ。

 

「はぁ……今更だが緊張してきた……オーフェリア、俺の代わりに代理出場してくれね?」

 

カノープスドームにある控え室に向かう俺は右隣に歩くオーフェリアに思わずそう愚痴ってしまう。情けないかもしれないが準決勝で戦う天霧は相性が最悪だし。

 

「多分厳しいわね。5回戦で天霧綾斗は体内にある超音波を斬ったし、それを考えると体内にある瘴気を斬りそうだから、今の私じゃ厳しいわ」

 

「それ以前に擬形体以外で代理出場は無理だよね?」

 

左隣を歩くシルヴィが至極真面目にツッコミを入れてくるが、もちろん冗談だからな?

 

「言ってみただけだ。それより試合まで後1時間あるしお菓子でも「はちまーん!」うおっ!」

 

「「なっ!」」

 

いきなり後ろから衝撃が来て、俺の背中から腹に手が回される。誰かと思って腹に回された手を解いて後ろを見れば……

 

「レナティか、昨日ぶりだな。元気してたか?」

 

昨日の準々決勝で俺と戦ったレナティがいた。昨日戦ったばかりだが、レナティの目には悪意や敵意を感じないのはレナティが純粋だからだろう。

 

てかオーフェリアとシルヴィは睨むな。幼女相手にヤキモチを妬くな。

 

「うん!お母さんに腕も直して貰ったし元気いっぱい!これでいつでもはちまんとバトル出来るー!」

 

テンションを上げてそう言ってくる。無邪気で楽しそうな表情だ。これにはオーフェリアとシルヴィも毒気を削がれたような表情を浮かべる。

 

それについてはレナティの天真爛漫な性格の賜物だろう。しかし……

 

「流石に天霧と戦う前にお前とのバトルは勘弁してくれ。王竜星武祭が終わったら戦ってやるから」

 

レナティと戦った後に天霧と戦ってみろ。間違いなく秒殺されるだろう。

 

「本当?!やったー!はちまんとのバトルだー!」

 

レナティは無邪気にぴょんぴょんと跳ねる。本当に癒しだなぁ……

 

「ねぇオーフェリア、なんかレナティちゃん可愛いね?」

 

「……そうね。私達もこんな子供を産みたいわ」

 

「だよね。早く子作りがしたいよ」

 

しかし後ろから恋人2人の話が聞こえてくるがまだ早いからな。せめて学生の内は子作りは勘弁してください。

 

内心2人にそう言っているとレナティがふと思い出したように俺に話しかけてくる。

 

「あ、そうだ!はちまんは昨日お母さんに何をしたのー?昨日の夜、お母さんがはちまんの名前を出して怒鳴っていたよ?」

 

「昨日の夜?ああ、アレか。いやアレだ、ネットでお前の母ちゃんとお前の爺ちゃんはデきてるって「やっぱり八幡ちゃんの仕業かー!」ようエルネスタ、偶然だな」

 

まあ予想はしていた。レナティがいる以上、エルネスタが居てもおかしくないだろう。

 

「偶然だなじゃないよ!何デマネタをネットにアップしてるのさ!」

 

「いやデマじゃないだろ?お前と材木座はデきてるのは事実だろ?」

 

「デマだからね?!私と将軍ちゃんは敵同士!だから!」

 

「敵同士がカフェ行ったり、学園祭を回ったり、プールに行くわけないだろ?」

 

普通にカップルだろうが。寧ろこれで付き合ってないのがおかしいからな?

 

「それは誤解だから!カフェに行ったのは将軍ちゃんに奢って貰うからで、学園祭やプールは本来カミラと2人で行く予定だったんだけど、カミラに急用が入ったから将軍ちゃんを誘っただけで、他意はないからね!」

 

「「「………」」」

 

「……なんでそこでバカを見る目で見ながら黙るのかな?」

 

「ふみゅ?」

 

レナティは不思議そうな顔をしているが仕方ないだろ?本来一緒に行く相手が居ない場合に、誘ってる時点で少しは気があるだろ?

 

てかカミラの場合、エルネスタと材木座を2人きりにする為にわざと急用を作ったのかもしれない。*その通りです

 

「何でもねぇよ。それより俺はもう直ぐ試合だからまたな」

 

三十六計逃げるに如かずだ。エルネスタの文句を聞いているほど暇じゃない。

 

そう判断した俺はオーフェリアとシルヴィの両手を掴み走り出すと……

 

「あっ、こら!覚えてろよー!」

 

「はちまーん!試合頑張ってねー!応援してるよー!」

 

エルネスタの怒号とレナティの激励が耳に入る。前者は全面的に無視した後に忘れるが、後者については応援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……あいつらはさっさと付き合えよ」

 

「あはは……まあ一緒に居すぎて恋愛感情がないんじゃない?」

 

「……でなきゃあの女は相当なツンデレ」

 

自身の控え室に着いた俺達3人は真っ先に先程のエルネスタとのやり取りを思い出す。もうマジであいつらはさっさと付き合えよ。喧嘩しながらも普通にイチャイチャするタイプだろうが。

 

「まあそれは良いや。それより2人とも、済まないが緊張しているから試合前まで甘えても良いか?」

 

緊張している時は2人に甘えるのが1番だからな。最善の状態で天霧に挑まなければ勝てないだろうし。

 

「もちろん、好きなだけ甘えて良いよ」

 

「……たっぷり愛してあげる」

 

2人が蠱惑的な笑みを浮かべながら俺の希望を受け入れてくれる。良かった良かった。これなら緊張は無くなるだろう

 

そう思いながら唇を寄せようとすると……

 

pipipi……

 

いきなり俺の端末が鳴り出した事によって動きを止める。若干拍子抜けしながらも端末を取り出してみれば小町からだったので空間ウィンドウに表示して繋げる。

 

「もしもし?」

 

『あ、お兄ちゃん。もう直ぐ試合だけど大丈夫?緊張してない?』

 

「割としてる」

 

『まあ相性悪いし仕方ないよねー。でも頑張ってね。星導館の人間として綾斗さん応援しないのは問題かもしれないけど、小町はもう一度お兄ちゃんとシルヴィアさんの試合が見たいんだ』

 

「任せておけ。絶対に決勝に上がってみせる」

 

緊張はしてるのは事実だが、負けるつもりはない。勝って決勝にあがり可能ならシルヴィと戦って優勝したいからな。

 

『なら良かった。じゃあお兄ちゃん、頑張ってねー』

 

その言葉を最後に通話が切れるので空間ウィンドウを閉じる。入院しているのに元気な奴だ。病は気からって言うし、この調子なら王竜星武祭が終わったら直ぐに退院出来そうだな。

 

そう思っていると肩を叩かれたので振り向くと唇を突き出してくる恋人2人がいた。どうやらキスをしたいのは俺だけではないようだ。

 

そう思いながらも俺は再度唇を寄せ……

 

pipipi……

 

ようとしたが再度端末が鳴り出したので思わずズッコケてしまう。何なんだよこのタイミングは?!狙ってるのか?

 

疑問符を浮かべながら端末を見れば小町ではなく、ヴァイオレットからだった。

 

「……もしもし」

 

『あ、八幡さんですの?もう直ぐ試合ですけれど体調は大丈夫ですの?何か不安はありますの?』

 

「大丈夫だ。なんか用か?」

 

『決まっているじゃありませんの!激励をしに連絡をしましたの!』

 

「そりゃどうも。でもお前天霧のファンじゃないのか?」

 

前に星武祭の海賊版のグッズ屋で天霧のグッズを大量に買い込んでいるのを見たし。

 

『そうですけど!八幡さんのファンでもありますの!個人的には私、八幡さんと天霧様で行う決勝戦が見たかったですの!』

 

おいヴァイオレット、お前一応クインヴェールの生徒なんだから俺と天霧による決勝戦ーーー暗にシルヴィが負けるような言い方は止めとけ。まあシルヴィはその辺りの事を気にしないだろうけど。

 

「そりゃどうも。まあ俺と天霧が戦うのは決勝じゃなくて準決勝だから諦めろ」

 

『わかってますわ!どちらも頑張ってくださいですの!私の師匠なんですから情けない戦いをしたら許しませんの!』

 

その言葉を最後に通話が切れるので空間ウィンドウを閉じる。相変わらずハイテンションの奴だ。それなりにヴァイオレットも重傷だったのだが、この様子なら小町と同様に早めに退院出来そうだな。

 

内心安堵の息を吐いている再度肩を叩かれたので振り向くと不満そうな表情を浮かべている恋人2人がいた。ちくしょう、お預けを食らっている2人が可愛過ぎる……

 

とはいえ俺も2人とキスをしたいので今度こそ……

 

pipipi……

 

またかよ?!もうマジで何なんだよ?!誰だよ?!何で通話が切れてから1分もしないで電話が来るんだよ?!

 

端末を見ると……

 

「今度は……ノエルかよ」

 

次に電話してきたのは昨日俺に告白してきたノエルだった。その時に俺はノエルの告白を断ったが、ノエルは諦めずに俺とシルヴィとオーフェリアに認められて、シルヴィとオーフェリアがいる場所に到達すると宣言してきたのだ。

 

そんなこともあって若干緊張してしまうがシカトする訳にもいかないので……

 

「……もしもし」

 

『あ、八幡さん。おはようございます。少しお話があるんですけど、時間はありますか?』

 

「大丈夫だから気にすんな。で?話ってなんだ?」

 

しかし何故に小町、ヴァイオレットに続いてノエルと入院している人間から電話がくるんだよ?あの3人まさかのグルで俺に悪戯をしているとかじゃないよな?

 

『あ、はい。もう直ぐ準決勝ですから八幡さんに一言声を掛けたくて……その、厳しい戦いになると思いますが頑張ってください』

 

「そのつもりだ。ここまで来たら優勝するつもりだ」

 

『そうですか……私は八幡さんが優勝しているのを信じてますから頑張ってください!』

 

「ありがとな、頑張る」

 

可愛い弟子に信じて貰えるなら俺も期待に応えないとな。元々優勝するつもりだが、その気持ちは更に強くなった。

 

『はい!あ、それと……』

 

するとノエルはいきなり顔を赤くしてモジモジし始める。何事かと思いながらノエルに尋ねようとするが、その前にノエルが顔をキッと上げて……

 

 

 

 

 

 

 

『…………大好きですっ!』

 

そう言ってから通話を切った。

 

(あの馬鹿……最後にそんな捨て台詞を残して通話を切ってんじゃねぇよ!顔が熱くて仕方ない)

 

マジで何なの?可愛すぎだろ?

 

内心顔に熱を感じていると……

 

「痛えっ!」

 

両肩に激痛が走り出す。恐る恐る振り向くと……

 

 

「「…………」」

 

オーフェリアとシルヴィがドス黒いオーラを撒き散らしながら笑みを浮かべている。マズい……!天霧との試合の前に死んでしまうかもしれない……!

 

内心冷や汗をダラダラかいていると……

 

「「八幡(君)、お仕置き」」

 

言いながら2人は蠱惑的な笑みを浮かべてから俺に近寄り……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ!いよいよ準決勝の始まりだぁ!先ずは東ゲートから登場するのはシリウスドームを2度ぶっ壊したイかれた破壊者!レヴォルフのNo.2の比企谷八幡だぁ!今回の試合も……って!おおっ!何と何とぉ!比企谷の顔全体に大量のキスマークが付いてある!試合前にどんだけ盛ったんだぁ!』

 

実況のそんな声を聞きながら、俺は入場ゲートに繋がるブリッジからステージに降りる。顔に大量のキスマークを付けている状態で。

 

観客から騒めきと嫉妬の睨みを受けながらため息を吐く。

 

先程俺は恋人2人にキスをされまくったのだが、途中で2人は口紅を塗って俺の両頬にキスをしてきたのだ。

 

それは吸い付くようなキスで、吸い取られて唇が離れるとあら不思議、俺の両頬にキスマークが出来ました。

 

その後試合開始時刻5分前まで両頬だけでなく顎や額とあらゆる場所にキスをされ続けて、結果俺の顔面には100近いキスマークがある。

 

試合前に消そうとしたが、2人が笑顔(ただし瞳は絶対零度)で止めてきたので、このままの状態で試合に出る羽目になってしまったのだ。

 

 

(クソ恥ずかしい……まあ2人の愛の証だし我慢するか)

 

そんなことを考えていると……

 

『続いて西ゲート!グランドスラムまで後2試合!星導館学園序列1位!天霧綾斗の登場!アスタリスク最強の男と評される2人の激突、お前ら目ん玉かっぽじって見とけよー!』

 

そんな声が聞こえたかと思えば天霧が同じようにステージに降りてくる。そしてこっちに近寄ると引き攣った笑みを浮かべてくる。全く予想通りの反応だな。俺が天霧の立場なら間違いなく同じ表情を浮かべる自信がある。

 

「え、ええっとひき「顔の事は何も言うな。それよりもよろしくな」あ……う、うん。こちらこそ」

 

どうやら見なかった事にしてくれるようだ。これは有難い話だ。

 

「さて……なんだかんだお前とは付き合いが長いがやり合うのは初めてだな」

 

「そういえばそうだね。俺的には比企谷とは余り戦いたくないなぁ」

 

「それはこっちのセリフだ。てか『黒炉の魔剣』を使わないでくれ」

 

そうすれば勝てる自信は大分増える。まあ厳しい戦いにはなるだろうけど。

 

「いやいや、それやったら俺が大幅に不利になるからね」

 

「そりゃそうか……っと、もう時間だし開始地点に行かせて貰うが負けないからな」

 

「はは……まあ俺は全力でやるだけさ」

 

俺達は言葉を交わすと踵を返して開始地点に向かう。同時な天霧は『黒炉の魔剣』を起動する。アレをどう対処するかがこの試合のキモだし気をつけないとな……

 

そう思いながら俺は徒手空拳の状態で構えを見せると……

 

 

 

『王竜星武祭準決勝第1試合、試合開始!』

 

遂に準決勝の幕が上がった。



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準決勝第1試合 比企谷八幡VS天霧綾斗(前編)

 

『王竜星武祭準決勝第1試合、試合開始!』

 

試合開始と同時に天霧は高速でこちらに突っ込んでくる。予想通りだ。天霧は能力者が相手だと基本的に速攻で仕留めにくる傾向があるし。

 

「羽ばたけーー影雛鳥の闇翼」

 

対して俺はそう呟いて足首に小さい影の翼を何枚も生やし、天霧がこちらに来た瞬間に……

 

 

「はあっ!」

 

「危ねぇ」

 

脚部と翼に星辰力を込めて滑るように横に跳ぶ。斬撃は掠ってすらおらず余裕に回避出来た。

 

俺は反撃とばかり自身の影に星辰力を込めて影の刃を数本飛ばす。それに対して天霧は『黒炉の魔剣』で全て斬り払ってから、再度俺に突撃しながら袈裟斬りを放ってくるので、再度同じように脚部と翼に星辰力を込めて滑るように横に跳ぶ。

 

(一応回避出来たが、さっきよりギリギリ……今は無傷だったが天霧の実力なら直ぐに攻撃を当ててくるだろう)

 

面倒だ。回避に集中すれば余裕で回避出来るが反撃に転じる事が出来ず、回避だけではなく攻撃にも意識を回したら回避がギリギリになる。

 

マジで面倒くせえ……とりあえず俺が勝つには回避しまくって天霧の星辰力が無くなるのを待つ……いや、向こうの方が星辰力あるし却下だ。

 

仕方ない、普通に攻めるか。

 

そう判断した俺は脚部と翼に星辰力を込めて爆発的な加速をして天霧との距離を詰めにかかる。

 

そして正拳突きを放とうとすると天霧は拳の軌道に『黒炉の魔剣』を置くので、俺は攻撃手段を拳から蹴りを変える。

 

対する天霧は後ろに跳んで回避するが予想通り。この程度の攻撃が当たるはずないよな。

 

そう思いながらも俺は脚部と翼に星辰力を込めて爆発的な加速をしながらも足元の影に星辰力を込めて……

 

「殴れ、影拳士の剛腕」

 

次の瞬間、影から巨大な腕を生み出して天霧に向かわせる。対する天霧は『黒炉の魔剣』で一閃するも……

 

(僅かに隙が出来た……!)

 

地面から生えてきた腕を斬り落とす為に『黒炉の魔剣』は振り払われた状態だ。今なら攻撃を当てれる筈……

 

そう思いながら俺が拳を天霧の放った瞬間だった。天霧が突きを躱し腕を伸ばしてきて俺の奥襟を掴んできた。

 

「天霧辰明流組討術ーーー」

 

天霧がそう呟くと間も無くふわりと身体が浮き上がったような感じがして天地が逆転する。

 

「ーーー刳輪祓!」

 

次の瞬間、背中に衝撃が走る。おそらく柔道の技に近い技だろう。剣以外にも腕があるのは知っていたがこれ程とは思わなかった。

 

すると天霧はトドメとばかりに『黒炉の魔剣』を振りかざしてくる。

 

アレを食らったらマズイので俺は腰にあるホルダーから待機状態の『ダークリパルサー』を取り出して即座に起動して……

 

「ふっ!」

 

そのまま天霧の足に投げつける。俺が放った『ダークリパルサー』は寸分違わず天霧の足に当たり……

 

「うっ……」

 

若干苦しそうな表情を浮かべ『黒炉の魔剣』を持つ手の動きも鈍くなる。いくら当たった箇所が頭から首から遠い足でも高密度の超音波を食らえばそれなりキツイだろう。

 

そう思いながらも俺は痛みを無視して身体を起こして……

 

「食らえ」

 

天霧から距離を取りながら、義手を天霧に向けてそう呟く。すると掌の部分から銃口が生まれて光弾が天霧に向けて飛んで行く。

 

それに対して天霧は頭痛によって動きが鈍くなっているので何発か食らう。まあそれでも序列1位だけあって顔を顰めながらも校章を守り、義手に仕込んであるアサルトライフルの射程外に出る。

 

本来なら天霧は『ダークリパルサー』によって頭痛を感じているので、追撃を仕掛ける所だが……

 

「やっぱりそう来たな」

 

天霧が『黒炉の魔剣』を自身の額に当てたかと思えば周囲に熱波が生まれて、熱波が消えた頃には天霧の顔に苦痛の色が無かった。

 

俺の予想通り『黒炉の魔剣』で体内にある超音波や頭痛を焼き斬ったのだろう。

 

事前に天霧がアルディとの試合で頭痛を焼き斬っているのを見ておいて良かった。でなきゃ追撃を仕掛けてカウンターを食らっていたかもしれない。

 

(とりあえず最初の攻防は痛み分けか……)

 

そんな事を考えていると、今度は天霧が距離を詰めてくる。どうやら本当に頭痛を焼き斬ったようなので動きに淀みがない。

 

「影の刃軍!」

 

言うなり自身の影から300を超える刃を生み出して、天霧を囲むように放つ。1発でも当たればこっちが主導権を握れるんだが……

 

「天霧辰明流剣術中伝ーーー矢汰烏!」

 

そう簡単には行かないよなぁ。圧倒的な速度で『黒炉の魔剣』を振るい全ての影の刃を焼き切った。300を超える刃は徐々に減っていくが全て斬り捨てる算段なのだろう。つくづくふざけた実力だ。

 

だが……

 

『ここで比企谷八幡、圧倒的な速度で天霧綾斗との距離を詰めにかかる!』

 

そんなのは予想の範囲内だ。俺の本当の目的は天霧にダメージを与えることではなく、天霧に矢汰烏を打たせる事だ。

 

矢汰烏は高速で剣を振るい、一斉に襲いかかる攻撃を蹴散らす技だ。『黒炉の魔剣』の能力も考慮したらオーフェリアの圧倒的な瘴気の腕の群れすらも蹴散らせるだろう。

 

しかしあの技、攻撃が終わると若干隙が出来るのが弱点なのは学習済みだ。まあ当然だろう、あれだけ剣を振って隙が出来ないなんてあり得ないし。

 

そう思いながら丁度全ての影の刃を焼き斬った天霧を見据えながらも脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をして……

 

「せあっ!」

 

勢いに乗ったまま蹴りを放つ。しかし当然ながら回避されて反撃とばかりに『黒炉の魔剣』を横薙ぎに振ってくるので身を屈めて回避する。同時に頭上から熱を感じるが髪を焼き切ってないよな。この歳でハゲとか絶対に嫌だ。

 

そんな事を考えながらも俺は身を低くしたまま天霧にアッパーをぶちかます。

 

それによって天霧の口からは血が流れるが……

 

「まだまだぁっ!」

 

そのまま俺の腕を掴んだかと思えば、そのまま俺を振り上げてから……

 

「がはっ!」

 

そのまま地面に叩きつける。それによって俺の口内に胃液が上ってくるが気にしていられない。目の前にはすでに『黒炉の魔剣』を振り上げている天霧がいるんだから。

 

アレを食らったマズい。そう判断した俺は自身の影に星辰力を込めて……

 

「吹っ飛べ……!」

『黒炉の魔剣』が俺に当たる直前に自身の影から黒い腕を生み出して、俺を掴ませてからぶん投げるように指示を出す。

 

それによって俺は天霧から離れた場所に吹き飛んで再度地面に叩きつけられる。それに痛みが生まれるも校章を破壊されるよりはマシだ。

 

そう思いながら体勢を立て直すと、天霧は顎をさすりながらもこちらを油断なく見ている。

 

(もうマジで面倒だな……レナティとの試合による疲れも残ってるし……)

 

1番面倒なのは『黒炉の魔剣』だ。今の所1発も食らってないが、こちらの攻撃が効かないのに加えて超音波すらも焼き斬るから主導権を握れない。

 

(しかもこれまでの攻防でわかったが、俺の能力は殆ど効いてない)

 

何度か天霧に攻撃を当てたが、それは全て俺が直接攻撃したもので能力による攻撃ではない。しかも直接攻撃が決まった時は俺も天霧から攻撃を受けてるし。

 

(長期戦はこちらが不利……まずは『黒炉の魔剣』及び天霧本人を通り抜けて攻撃を当てて反撃を受けないようにするべきだな。そうすりゃ徐々に主導権はこっちに来る)

 

 

そう判断しながら俺は背中に星辰力を込めて……

 

「羽ばたけ、影鷲の大翼」

 

背中から巨大な翼を6枚生み出してから空を飛び、腰にあるホルダーから2本目の『ダークリパルサー』を取り出して右手に持ち……

 

「ふっ!」

 

そのまま天霧に向かって6枚の翼の内、4枚を大きく広げて……

 

「せあっ!」

 

そのまま切り離して天霧を刺すように向かわせる。そしてそれから一拍置いてから『ダークリパルサー』を翼を死角にして天霧の眉間目掛けて投げつけて、俺自身も突撃を仕掛ける。

 

2メートルを超える大きさの翼4枚を一斉に天霧に襲わせる。対する天霧は『黒炉の魔剣』で4枚の翼を一閃してから首を動かして『ダークリパルサー』を回避した。

 

(つくづく厄介だな……だが!)

 

距離は詰めれた。この距離なら一撃当てれる。俺はそのまま翼を羽ばたかせて……

 

「貰った……!」

 

「させない!」

 

一撃を叩き込む直前になって、天霧は『黒炉の魔剣』を地面に突き刺して棒高跳びのようにジャンプして俺の上に回って突進を回避する。

 

「ちいっ!」

 

舌打ちをしながら天霧の元に急旋回すると、天霧はまだ空中にいる。空中なら地上より身動きが取れないしまたまチャンスはある。

 

そう思いながら俺は天霧との距離を詰めながら背中に生えた残り2枚の翼を切り離して天霧に放つ。

 

全ての翼を切り離した事で地面に着地する中、天霧は空中にもかかわらず身体を捻って……

 

「天霧辰名流剣術中伝ーーー十毘薊」

 

空中で二連撃を叩き込み翼を焼き斬る。本当に化け物かよ……!

 

(だが、予想通りだ……!)

 

アスタリスク最強クラスの身体スペックを持っている天霧なら回避出来てもおかしくないだろう。まあ実際に見れば度肝を抜いてしまったが。

 

そう思いながらも俺は脚部に星辰力を込めて飛び上がる。現在の天霧は動きの制限されている空中にいる上に、技を使ったばかりで隙はある。

 

だから俺も空中に跳び上がり天霧に必殺の一撃を叩き込むべく足を振り上げて……

 

「終わりだ……!」

 

そのまま天霧の首に振り下ろす。これで俺の勝ちとまでは行かないが圧倒的に有利になるだろう。

 

そう思ってはいたが……

「がっ……!」

 

その直前に天霧は『黒炉の魔剣』の柄を俺の足に叩きつける。ミシミシと骨の軋む音が鳴る中、俺の足の軌道はズレて……

 

「がはっ!」

 

そのまま天霧の背中に当たり、天霧は地面に叩きつけられる。しかし天霧の背中からは圧倒的な星辰力を感じたのでダメージは余りないだろう。

 

内心苛々していると天霧は直ぐに起き上がり『黒炉の魔剣』を構える。これ以上の追撃は無理だな……

 

「羽ばたけーー影雛鳥の闇翼」

 

俺はそう呟いて足首に小さい影の翼を何枚も生やしてから、一気に加速して天霧から大きく離れた場所に着地する。

 

同時にさっき『黒炉の魔剣』の柄をぶつけられた事によって痛みか生まれた右足を見る。

 

(折れてはないが動きに支障は出そうだな。試合終了まで影雛鳥の闇翼は使った方が良いな。しかしマジで星露と鍛錬しといて良かった)

 

なんせ向こうに『黒炉の魔剣』がある以上、影狼修羅鎧も影神の終焉神装も紙のように斬られてしまうだろう。だから必然的に鎧抜きで戦わないといけないが、体術を鍛えまくったからかどうにか互角にやり合えている。

 

もしも3年前の状態で挑んでいたらなす術なくやられている自信がある。

 

(とはいえこちらも軽くはないダメージだ。残る武装は『ダークリパルサー』6本にナイフ型煌式武装が4つ、荷電粒子砲と臭い付きの爆竹とアサルトライフルと自爆機能を備えマナダイトを2つ仕込んだ義手が1つ)

 

とはいえ天霧も『ダークリパルサー』の恐ろしさは知っているし、義手の能力についても大半を知っている。奥の手の自爆機能もマディアス・メサと戦った時に見られているし。

 

(加えて俺の技のストックも無くなってきてる)

 

正確に言うと天霧に通じるであろう技のストックだ。一応アスタリスクで最も多彩な能力者と呼ばれているだけあって技の数には自信があるが、天霧みたいに強い武器を持った壁を越えた人間に通じる技はかなり少ない。

 

(作戦は立てたいが……向こうは待ってくれないだろうな……)

 

見れば既に天霧は『黒炉の魔剣』を持ってこちらに突っ込んでくる。間違いなく俺に作戦を考える時間を与えない算段だろう。

 

仕方ない、戦いながら作戦を考えるか。

 

もちろんそれは厳しいだろう。一瞬でも油断したら即負けになるだろうし。

 

だが、負ける訳にはいかない。小町やヴァイオレット、ノエルやオーフェリアやシルヴィに勝てと言われた以上負けたくない

 

仲間の為に戦うなんて少し前の俺なら馬鹿馬鹿しいと一蹴しているかもしれないが、アスタリスクに来て沢山の人と縁を作った俺には馬鹿馬鹿しいと一蹴する事は出来ないようだ。

 

そんな事を考えながらも俺は脚部と足首に生えている翼に星辰力を込めて天霧を迎撃する構えを取ったのだった。

 

 



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準決勝第1試合 比企谷八幡VS天霧綾斗(後編)

「そこだ!行け綾斗!」

 

「ああっ!避けてお兄ちゃん!」

 

治療院にある病室にて比企谷小町とユリス=アレクシア・フォン・リースフェルトは身体に大量の包帯を巻きながら空間ウィンドウに映る試合を見ている。空間ウィンドウでは綾斗が『黒炉の魔剣』を振るって八幡が紙一重で回避して蹴りを放ち、綾斗に防がれていた、

 

「惜しい!行け行けー!」

 

「避けろ!そしてカウンターで仕留めろ!」

 

小町は肋骨と右腕の骨折に加えて右腕全体に大火傷を、ユリスは両腕と肋骨が折れているにもかかわらず、元気な声で応援していた。

 

「頑張れお兄ちゃん!小町はお兄ちゃんとシルヴィアさんの対決が見たいんだから!」

 

「いや、勝つのは綾斗であいつがグランドスラムを達成するんだ!」

 

そこまで言うと小町とユリスはお互いに睨み合う。病人であるにもかかわらず、凄いプレッシャーを放つ。

 

「勝つのはお兄ちゃんです!」

 

「いや、綾斗だ」

 

「お兄ちゃん!」

 

「綾斗!」

 

「もー、何ですか?!そんなに綾斗先輩を応援出来るんでしたら普段からアプローチしたらどうですか?!」

 

「な、何故そんな話になる?!別に私は……!」

 

「はいはい。そのセリフは聞き飽きました。というかマジで告った方が良いですよ?既に紗夜さんやクローディアさんや綺凛ちゃんは告ってますし、綾斗先輩はお兄ちゃんと違ってハーレムを作らない可能性が高いですから早めに攻めた方が良いですって」

 

「そ、それは……いや、しかしだな……」

 

「はぁー、やっぱりユリスさんってツンデレですね」

 

「ツンデレって言うな!」

 

小町とユリスは戦いを見ながら平和なやり取りをしていた。

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「良し行け天霧綾斗!そのまま馬鹿息子をぶっ倒せ!」

 

クインヴェールの理事長室のソファーにて涼子は酒を飲みながらハイテンションになり試合をみている。

 

「こちらは仕事中なので静かにしてくださいと、既に10000回以上注意してるんですが。というか何故天霧綾斗を応援してるのですか?」

 

一方、執務机にて仕事をしているペトラは涼子を見てため息を吐く。

 

「悪りぃ悪りぃ。次から気をつける。何故天霧を応援してるかって?そりゃあ天霧綾斗の勝ちに賭けてるからだよ」

 

涼子はさも当然のようにそう返すとペトラは思い切り呆れ顔になる。

 

「その言葉も既に10000回以上聞きましたよ……ああ、それと貴女に報告があります」

 

「あん?何だよ急に」

 

「先程情報が入りましたが、昨日シルヴィアとノエル・メスメルの試合の前に葉山隼人が貴方の息子に危害を加えようとして、至聖公会議の人間に拘束されたようです」

 

「ほー、あの葉虫捕まったんだ。ま、聞いた話じゃガラードワースで散々ウチの馬鹿息子disりまくってんだし因果応報だろ」

 

「そうですね。ちなみに貴女の息子には洗脳能力を持っているのですか?」

 

「あん?持ってねーよ。大方自分より下と決めつけてる八幡が上だからズルしてると思ってんだろ?」

 

涼子は呆れながらも酒を飲み干して空間ウィンドウに映る自分の息子と綾斗の試合を見るのだった。そんな涼子を見たペトラは葉山の愚行を知りほとほと呆れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「頑張って……八幡さん!」

 

治療院のある病室ではノエルが祈るように両手を合わせて綾斗と戦っている試合を見ている。

 

ノエルの見舞いに来たレティシアはノエルの応援を見て訝しげに思った。ノエルが八幡を応援するのは何度も見たが、いつも以上に気合が入っているように見えていた。

 

「あの、ノエル……比企谷八幡と何かありましたの?」

 

だから尋ねてみると……

 

 

 

「はい……実は昨日、八幡さんに告白しました」

 

「ぶふっ!」

 

ノエルが頬を染めながらそう言うと、レティシアは思わず吹き出してしまう。八幡と何かあったのは予想していたが、ノエルが告白しているというのは完全に予想外であった。

 

「そ、そうですの……それで結果は……?」

 

「もちろんダメでした。ですが諦めないで頑張っていつか絶対にシルヴィアさん達と同じ領域に達してみせます……!」

 

ノエルが握り拳を作りながらそう返すとレティシアは茨の道を歩くノエルの姿をイメージしたのだった。

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「……マズイね」

 

「……どういう事かしらシルヴィア?今の所互角に見えるけど」

 

カノープスドームの八幡の控え室にて、試合を見ているシルヴィアが苦い表情をしながら呟き、それを聞いたオーフェリアが頭に疑問符を浮かべる。

 

「単純な戦況はね。でも八幡君が近接戦で戦えているのは能力をフルに使っているからで、この状況が続けば八幡君は星辰力切れしちゃうね」

 

「じゃあ八幡は早く天霧綾斗を倒さないといけないのね?」

 

「でも天霧君クラスの人間に無理に攻めたら返り討ちに遭う可能性が高い」

 

実際シルヴィアは綾斗の身体能力は身体強化の歌を歌った自分と互角と判断している。加えて『黒炉の魔剣』もあるので無理な攻めは負けに繋がる可能性が高い。

 

「……そうなると八幡はどうするべきかしら?『黒炉の魔剣』がある以上、鎧も使えないし」

 

「奇策に奇策を重ねて隙を作るしかない、ね……」

 

シルヴィアとオーフェリアは会話をしながらも心配そうな表情を浮かべながらテレビにて綾斗と相対する八幡を見つめ続けていたのだった。

 

 

 

 

「刻め、影手裏剣豪雨」

 

俺がそう呟くと右腕に纏った影の籠手から百を超える手裏剣が顕現して天霧に襲いかかるが、天霧は左右に跳んで全て回避しながら距離を詰めにかかる。

 

「ちっ!速すぎるな……」

 

舌打ちをしながらも義手の掌から銃口を出して、天霧の足元に光弾を放つ。

 

勿論1発も当たってないが、流石の天霧でも大量の手裏剣と光弾の2つを相手に動きを鈍らない、という事はなく若干足が鈍る。

 

それを確認した俺は脚部と足首にある影雛鳥の闇翼に星辰力を込めて天霧との距離を詰めにかかる。

 

すると影手裏剣と光弾を全て対処した天霧がこちらを見ながら『黒炉の魔剣』を構えるので、その前に腰にあるホルダーからナイフ型煌式武装を3本展開して天霧の顔面と足元と腹に投げつける。

 

対する天霧は顔面と腹を襲うナイフは身体を少しズラして回避して、足元を狙うナイフは『黒炉の魔剣』で斬り落とす。

 

これで残りのナイフ型煌式武装は1本だが問題ない。隙は出来たのだから。

 

俺は瞬時に天霧との距離を詰めてからジャンプして天霧の頭目掛けて蹴りを放つ。同時に足元にある影を見て……

 

「影の刃軍」

 

自身の影から100近くの影を出して天霧の足を狙う。『黒炉の魔剣』は低く構えている状態で上空からは俺の足、下からは影の刃。倒せるかはわからないがダメージを与える事は可能だろう。

 

すると……

 

「天霧辰明流剣術初伝ーーー沙塵桜」

 

一度手首を捻ったかと思えば『黒炉の魔剣』を振るって影の刃を叩き斬りながら地面に叩きつける。

 

すると砂煙が舞いあがって俺の視界も砂煙に覆われる。慌てて蹴りを放つも、俺の蹴りは空を切った。

 

そしてそれと同時に……

 

「天霧辰明流組討術ーーー櫃羽穿!」

 

煙の中から足を襲ってくる。俺は咄嗟にクロスしてガードするも衝撃は打ち消せずに吹き飛ぶ。

 

すると間髪入れずに天霧が煙の中からこちらに向かってくる。このままじゃ負けるので

 

「荷電粒子砲、発射」

 

義手の掌から砲塔を取り出して俺と天霧がいる場所の中心にぶっ放す。すると荷電粒子砲は地面に当たって床を吹き飛ばし、砂煙や破片が宙に舞って俺の視界から天霧が消える。

 

それから警戒しながら後ろに下がるも、天霧が攻めてくる気配は感じないが、おそらく俺のカウンターを警戒しているからだろう。あいつってかなり用心深いし。

 

(危ねぇ……とりあえずギリギリだが食らいつけてるな……)

 

内心安堵の息を吐いていると、煙が晴れて離れた場所に天霧がいた。

 

今の状況はお互いにそれなりにダメージを受けているが、戦闘には支障ないレベルである。

 

(とはいえこちらは長引くと面倒だな。残る武装は『ダークリパルサー』3本にナイフ型煌式武装が1つ。義手についてはアサルトライフルはエネルギー切れで、荷電粒子砲は残り2発。臭い付きの爆竹と自爆機能はまだ使用してない)

 

加えて天霧相手に使える能力は殆どストックが切れている。将棋で言うなら王手に近い状態だ。勿論俺が追い詰められている側で。

 

(……一応作戦はあるが……ミスをしたら負けるんだよなぁ……)

 

俺の頭には作戦が1つある。しかしミスをしたら即負けに繋がる博打に近い戦術だ。

 

ぶっちゃけ余りやりたくないが、他に作戦がないのも事実。それならいっそ博打に挑むのも悪くないと考えている。

 

「仕方ねぇ……このままチマチマやっても勝ち目ないしやりますか」

 

そう判断した俺は脚部と影雛鳥の闇翼に星辰力を込めて爆発的な加速をしながら腰にあるホルダーから『ダークリパルサー』とナイフ型煌式武装を取り出す。対する天霧も同じように突っ込んでくるので俺はある程度距離を詰めてから『ダークリパルサー』を天霧の顔面に、ナイフを足に投げつけて……

 

「荷電粒子砲、発射」

 

一拍遅れて荷電粒子砲を天霧に向けて放つ。時間差で放った三連攻撃な対して天霧は……

 

「天霧辰明流剣術中伝ーーー矢汰烏!」

 

高速で『黒炉の魔剣』を振るって全て撃ち落とす。それと同時に俺との距離を詰めて……

 

「天霧辰明流剣術奥伝ーーー修羅月!」

 

薙ぎ払うかのように俺に『黒炉の魔剣』を振るいにかかる。

 

しかし俺は特に焦っていない。ここまで予想通り。矢汰烏は使った後に若干の隙が出る。俺はそれを知っているし、天霧も俺が知っている事を知っているだろう。

 

だから天霧は俺が『矢汰烏を使った隙を突いてくる』と判断する。するとどうなるかって?

 

答えは簡単。攻撃される前に距離を取るか、攻撃される前に潰すかの二択だ。そして天霧は俺を潰す選択を選んで、俺はそれを望んでいた。

 

潰すとなるとそれなりの技を使ってくるが、俺は修羅月を使ってくると思っていた。何故なら天霧は鳳凰星武祭決勝を始めここ1番の時には大抵修羅月を使ってくるからだ。

 

修羅月は相手を横切りながら高速で剣を振るう一撃必殺技だが、回避出来れば向こうはほんの僅かだが振り向くまでの時間、すなわち隙がある。

 

俺としてはその修羅月を回避して、その際に出来た隙を突くって感じだ。それも修羅月が当たる直前に。回避する事自体は簡単だが、余裕を持って回避した天霧は修羅月を中断してくるだろう。俺が狙っているのは修羅月を放った後に生まれる隙だからギリギリで回避しなきゃいけない。

 

(まあ修羅月を回避しないと意味がないんだが……な!)

 

そこまで考えていると天霧は既にこちらとの距離を詰めている。狙いは間違いなく校章であって、寸分違わずに狙っているだろう。

 

俺がやるべき事は2つ。校章を破壊されない事と、その上で致命傷を受けないことだ。前者は当然として、後者についても明日の試合を考えたら成功するべきだろう。

 

そして遂に……

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

天霧が掛け声と共に『黒炉の魔剣』を振るってくるので、俺は……

 

「ふっ!」

 

天霧が『黒炉の魔剣』を振りながら俺を横切ると同時に、僅かに身体をズラす。

 

その結果……

 

(痛ぇ……!だが回避には成功!)

 

脇に『黒炉の魔剣』が掠って血が流れる。しかし目論見は成功。校章は無事だし天霧は修羅月を中断しないで放ってくれた。

 

俺は脇から生まれる痛みと血を無視して後ろを振り向くと、丁度天霧が『黒炉の魔剣』を振り切ったところだ。

 

(こいつを待っていたんだよ!)

 

 

そう言いながら俺は義手の掌を天霧に向けてあるものを撃ち出す。対する天霧は俺の反撃を警戒してか振り向こうとするが……

 

 

パパパパパパパパパパパパッ……

 

「ううっ?!」

 

それは悪手である。天霧が振り向くと同時に軽い爆発と閃光と硫黄の臭いが生じる。いくら天霧と言えど振り向きざま、無防備の状態で食らったらマトモに動けないだろう。

 

とはいえ念には念を入れて俺は右手で『黒炉の魔剣』を掴んで動きを封じる。それによって右手から熱を感じて激痛が走るがそれを無視して左腕の義手を天霧の胸に突き出す。

 

義手で『黒炉の魔剣』を掴めば火傷はしないが、天霧を確実に仕留める為には武器を大量に搭載した義手を使いたい。

 

だから俺は右手の火傷を覚悟で、左手を天霧の胸に向けて……

 

 

 

 

「(俺の勝ちだ天霧!)……爆!」

 

そう叫んだ瞬間、俺の義手が光り輝き……

 

 

 

ドォォォォォンッ……

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「ぐぉぉぉぉぉぉっ!」

 

爆発して俺と天霧はその衝撃で反発するように吹き飛び……

 

 

『天霧綾斗、校章破損』

 

『比企谷八幡、校章破損』

 

両者の校章が破壊される事を告げられる。それから一拍置いて……

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

俺の名前が挙げられた。天霧の方が先に破壊されたのは爆心地が俺の校章より天霧の校章の方が近かっただろう。ギリギリだけど……

 

(ともあれ勝ちは勝ちだ……俺は決勝に上がったぞシルヴィ)

 

そう思いながら俺は観客席から大歓声を浴びながら暫くの間、大の字になって床に倒れたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃準決勝か……今まで卑怯な手を使っていた比企谷もそろそろイカサマを見破られて捕まるだろう。いつまでも卑怯な手が通じると思うなよ……!」



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色々ありながらも試合の時間は近付いていく

「痛ててててっ!ち、鎮痛剤!鎮痛剤を早くお願いします!」

 

「はいはい……打ったわ。直ぐに痛みが引くわよ」

 

「あ、あざす」

 

カノープスドームの医務室にて、決勝に進出した俺は医務室にて治療を受けているが身体がマジで痛い。

 

全身は天霧の容赦ない攻撃に加えて最後の自爆でメチャクチャ痛いし、右手は『黒炉の魔剣』の動きを封じる為とはいえ掴んだので大火傷、左手は自爆によって吹き飛ぶとかなりボロボロだ。

 

(まあ天霧相手にこの程度のダメージなら僥倖か……)

 

ちなみに天霧はというと、既に敗者となったので治療院に行って治癒能力による治療を受けている。ルールだから当然っちゃ当然だがマジで羨ましい。俺も治癒能力による治療を受けたいです!

 

そんな事を考えていると……

 

「処置が終わったわ。とりあえず今日は安静にしときなさい。でないと明日の試合で負けるわよ」

 

言われるまでもない。決勝を前にしてはしゃぐなんて馬鹿極まりないだろう。

 

「わかってますよ。んじゃ処置ありがとうございました」

 

そう言ってから俺は一礼して立ち上がる。明日までにどの程度回復するかはわからないが、明日はどんな状態でも全力を出すつもりだ。明日が最後の試合だから次の試合はないので、出し惜しみをする必要はないからな。

 

息を吐いてから医務室を出ると……

 

「……お帰り八幡。決勝進出おめでとう」

 

「私も上がるから待っててね」

 

恋人2人が俺を出迎えてくれる。すると先程まであった疲れが薄まってくる。2人の笑顔には癒し成分が含まれているのだろう。

 

「わかってる。待ってるから夕方の試合で勝ってこい」

 

「うん!」

 

夕方にシルヴィと暁彗の準決勝第2試合が行われる。この試合は間違いなく激戦となるだろう。

 

片や歌を媒介としてあらゆる事象を引き起こす世界で最も万能な魔女

 

片や錬星術という星辰力の性質を変える規格外の術と世界最強の存在に鍛え上げられた肉体を持つ武人

 

この勝負については俺個人としてはシルヴィに勝って欲しいが、どっちが勝つかについては全く予想出来ない。

 

(ま、シルヴィがこう言っているのだからシルヴィを信じるか。てかどっちが勝ち上がろうと俺がそれを上回るだけだ)

 

シルヴィが勝ち上がろうと暁彗が勝ち上がろうと俺は負けるつもりはない。ここまで来たら優勝を目指すだけだ。

 

そこまで考えていると……

 

pipipp……

 

オーフェリアのポケットから音楽が流れだす。この着信音は……

 

「……試合前に八幡から預かった端末ね」

 

やはり俺の端末に着信が来たようだ。というか試合前にも沢山電話が来たが狙っているのか?

 

疑問符を浮かべていると、オーフェリアはポケットから俺の端末を取り出して俺に渡そうとするも……

 

「…………」

 

「何故そこでジト目で俺を見る」

 

「………ノエルからの電話よ」

 

「………ふーん。決勝進出のお祝いの言葉なんじゃない?良かったね八幡君」

 

恋人2人からジト目で見られる。理不尽過ぎる……そりゃ試合前に2人の前で大好きって言われたから睨まれるのは仕方ないけどさ、これについては俺、悪くないだろ?(*ノエルは試合前に電話した際はオーフェリアとシルヴィアに気付いていないです)

 

「……出ないの?」

 

「出て良いのか?」

 

「……八幡に来た電話なのだから私達がどうこう言うつもりはないわよ」

 

そう思うならジト目は止めてください。胃が痛くなるので。

 

「(ともあれスルーするのは申し訳ないし出るか)じゃあ失礼して……もしもし?」

 

空間ウィンドウに表示してから繋げるとノエルの顔が空間ウィンドウに映る。

 

『あ、八幡さん!決勝進出おめでとうございます!』

 

「ありがとな」

 

『試合を見ましたが本当に格好良かったです』

 

「そうか?泥臭い戦いだっただろ?」

 

奇策に奇策を重ねてギリギリ勝ったのだ。泥臭い勝負でガラードワースの人間からしたら受け入れられない勝負だと思う。

 

「いえ。諦めないで勝ちに向かう姿勢を見せていた八幡さんは格好良くて……ますます好きになってしまいました……」

 

「お、おう……」

 

頬を染めるノエルを見て思わず言葉に詰まってしまうが、そういった事をハッキリと言うのは止めて欲しい。でないとドキドキしてしまうし、恋人2人に睨まれて胃が痛くなってしまう。

 

するとノエルは一度首を振ってから俺に話しかけてくる。

 

『そ、それより!明日の決勝なんですけど、院長から許可が下りたので直接応援に行きますから頑張ってください!』

 

「そ、そうか。それはありがた「はちまーん!」……うおっと!」

 

『ええっ!』

 

そこまで話しているといきなりレナティが現れて俺に抱きついてきて、空間ウィンドウに表示されるノエルの顔に驚きの色が混じりだす。

 

「決勝進出おめでとー!レナ、明日の決勝も見に行くから頑張ってね!」

 

持ち前の純粋無垢な子供のような笑顔を浮かべてくる。癒されるわぁ……

 

レナティの純粋さに癒されていると……

 

『あの、八幡さん……もしかして彼女も八幡さんの事を……』

 

ノエルが不安そうな表情で俺を見てくる。悪い事をしてないのに罪悪感が湧いてくるな……

 

しかしノエルの質問に対する答えはNoだろう。俺自身レナティに懐かれている自信はあるが、ノエルと違って恋愛感情はないと判断出来る。

 

そう返事をしようとすると、その前にレナティが割って入る。

 

「あー!はちまんと似た鎧を付けた人だー!初めまして!」

 

『え?ええっと……初めまして?』

 

「昨日の試合見たけどすごかったー!今度はレナともバトルしよう!」

 

『えっと……バトル?』

 

「うん!バトル!」

 

言いながらレナティはシャドーボクシングをする。そこらの人が見たらレナティは可愛らしく見えるが、1発1発の破壊力を知っている俺からしたら全然可愛くない。

 

まあそれはともあれ、レナティの純粋な言葉にノエルは不安そうな表情を消して焦りだす。どうやらノエルもレナティの純粋無垢な性格に戸惑っているのだろう。

 

しかし……

 

『ごめんねレナティちゃん。私の学校は基本的にバトルが禁止されているんだ』

 

ノエルの所属するガラードワースは決闘が禁止されている。俺や星露が鍛えた時は異空間だからバレなかったが、それ以外の場所で他所の学園の生徒と戦うのは厳しいだろう。ましてレナティは擬形体だから星武祭期間外に学園の外に出るのは厳しいだろう。

 

「ちぇー、じゃあ仕方ないかー」

 

レナティは不満タラタラの表情を浮かべるも無理に挑むつもりはないようで簡単に引き下がった。

 

その時だった。

 

「あー、居たー!」

 

後ろからそんな声が聞こえてきたので振り向けばレナティの母親のエルネスタが顔を真っ赤にして怒りを露わにしながらこちらに走ってくる。そういやさっきは試合前だから途中で逃げたな。

 

今回は疲れているので逃げよう。

 

「じゃあレナティ、お前の母ちゃんが怖いから逃げるわ。また明日な。行くぞオーフェリア、シルヴィ」

 

言いながら俺は走りながらオーフェリアとシルヴィを顎で来るように促すと、2人もそれに従って走りだす。後ろから叫び声が聞こえてくるか気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

2分後……

 

「そんな訳で明日応援に来るなら無理はするなよ?」

 

カノープスドームの外に出た俺はノエル相手に先程の電話の続きをする。エルネスタ本人は運動神経が悪いようで直ぐに撒けた。

 

『もちろんです。あ、それとシルヴィアさん、私としては八幡さんとシルヴィアさんの試合が見たいので夕方からの試合、頑張ってください』

 

「あ、うんありがとう。もちろんそのつもり」

 

ノエルの応援にシルヴィは一瞬キョトンとするも直ぐに頷く。昨日の今日だし揉めないか心配だったが、思った以上に仲が悪くなくて良かった。

 

『あ、私検査があるので失礼します。お時間を取らせていただいてありがとうございました!』

 

「おう。また明日」

 

『はい!では失礼します』

 

ノエルが一礼すると通話が終わったので空間ウィンドウを閉じる。

 

「さて……シルヴィの試合まで時間はあるが飯でも食いに行かないか」

 

天霧の試合でかなり疲れたし、美味いものを食べて体力を回復しておきたい。シルヴィについても夕方にある試合に備えて英気を養っておきたいだろうし。

 

「もちろん。じゃあ行こっか?」

 

「……どうせなら行政区の立派なレストランにでも行きましょう。八幡の勝利祝いとシルヴィアの景気付けに」

 

それが良いだろうな。たまには行政区にある美味い飯屋で食事をしたいし。しかしその前に……

 

 

 

 

 

 

「そろそろ顔に付いてあるキスマークを落として良いか?」

 

既に天霧との試合で全世界に発信されたとはいえ恥ずかしいですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後

 

2人の許可を貰ってキスマークを落とした俺は行政区にある割とゴージャスなレストランで飯を食う事になった。流石に高級レストランとまでは言わないが予約無しで食える店にしては上出来な店だ。

 

俺はそんな店で先程の試合で溜まった疲れを癒そうと考えていたのだが……

 

「八幡君八幡君、このハンバーグ美味しいよ?あーん」

 

「八幡、こっちのムニエルも美味しいわよ?あーん」

 

恋人2人が俺に密着して全ての料理をあーんで食べさせてきて、周囲から殺意の混じった視線を受けまくりで癒しが半減しております。

 

家の中でなら慣れてるが、今回はいつも以上に積極的な気がする。2人の食器を持ってない方の手は俺の太腿をさすってくるし、さっきソーセージを食べた時はソーセージゲームをさせられたし。

 

「なぁ、お前ら……なんかいつも以上に積極的じゃね?何があったのか?」

 

「……だって王竜星武祭が始まってからイチャイチャする時間が減って寂しいから」

 

それについては否定しない。オーフェリアはともかく、俺とシルヴィは王竜星武祭(特に本戦)が始まってからイチャイチャする時間が大幅に減った。特に壁を越えた人間と戦った時や大ダメージを受けた時はイチャイチャせずに寝たし、王竜星武祭が始まって以降、俺は2人を1回も抱いていない。

 

まあ翌日に試合がある以上仕方ないっちゃ仕方ないが、物足りないのは事実だ。だから今いつも以上に積極的なのだろう。

 

「……それに八幡、ノエルに告白されていたし」

 

「うっ……それは済まん」

 

「別に八幡が謝ることじゃないわ。誰が誰に恋しようと自由なのだから。単純に私が嫉妬してるだけよ。それより……んっ」

 

オーフェリアはポテトを咥えて俺に突き出してくる。これはアレか?ソーセージゲームに続いてポテトゲームをしろって言いたいのか?

 

(仕方ない。2人は寂しいみたいだしやるか。てかソーセージゲームをやった時点で今更だろうし)

 

そう思いながら俺はオーフェリアの咥えるポテトの反対側を咥えて食べ始める。するとオーフェリアは見た目によらず物凄いスピードでポテトを食べだす。どんだけキスをしたいんだお前は?

 

俺は内心呆れながらもオーフェリア同様にポテトを食べて……

 

 

 

ちゅっ……

 

オーフェリアとの唇の距離をゼロにする。同時にオーフェリアの柔らかい唇の感触が伝わってくる。そして周囲の客はカメラを構えているが、もうどうでも良いや。撮られるのは慣れたし。

 

そう思っているとオーフェリアが俺の首に腕を絡めようとしてくるので俺はオーフェリアから距離を取る。

 

オーフェリアは不満そうな表情を浮かべるが、オーフェリアが腕を俺の首に絡める=ディープキスをするってのはわかっている。飯を食い終わってない状態でディープキスをしたら店を出るのが数時間後になってしまうのは簡単に想像できるから、心を鬼にしてオーフェリアを引き離す。

 

するといきなり右肩を叩かれたので横を見ると……

 

「んー……」

 

シルヴィがサラダのアスパラガスを咥えて俺に突きつけてくる。お前もかシルヴィ……

 

(まあオーフェリアにもやったんだしやらないとな)

 

そう思いながら俺がアスパラガスを口にすると、シルヴィは物凄い勢いよくアスパラガスを食べ始める。オーフェリアもそうだがお前らどんだけキスをしたいんだ?

 

(まあ俺も嫌じゃないけどさ……)

 

そう思いながらもアスパラガスを食べだして……

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

そのままキスをする。やはりキスというものは麻薬のように恐ろしいな。ちゃんと頻度を考えてしないといけない。

 

結局俺達は飯を食い終わるまでこのようなやり取りをしながら食事をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「じゃあ八幡君、オーフェリア。行ってくるね」

 

プロキオンドームのシルヴィの控え室にて、シルヴィは俺とオーフェリアにそう言ってくる。

 

シルヴィは今から準決勝があり、界龍の序列2位の暁彗と戦う。勝った方が明日の決勝で俺と戦う事になる。

 

「……気をつけて」

 

「だな。相手は間違いなく強いが、頑張れよ」

 

「ありがとう……あっ、その前にお願いがあるんだけど良いかな?」

 

「何だ?」

 

「正直に言うと結構緊張してるんだ。だから……3人揃ってのキスがしたいな」

 

シルヴィはそんな事を言ってくるが、その程度の事ならお安い御用だ。

 

オーフェリアを見ると小さく頷いたので俺達は身体を寄せ合い……

 

 

 

 

「「「んっ………」」」

 

そのまま3人で唇を重ねる。俺の唇にはオーフェリアとシルヴィの唇の感触がするので、試合をするシルヴィの唇には俺とオーフェリアの唇の感触がするだろう。

 

暫くキスをしているとシルヴィが唇を離して満面の笑みを浮かべてくる。

 

「ありがとう2人とも……行ってきます」

 

その言葉を最後にシルヴィは控え室から出て行った。顔を見る限り緊張は無くなっているようだ。これなら試合もベストな状態で挑めるだろう。

 

「さて……俺達は応援するぞ」

 

「……そうね」

 

そう言いながら控え室に備え付けのテレビをつけるとプロキオンドームのステージが映されて……

 

 

『長らくお待たせいたしました!これより準決勝第2試合を開始致します!』

 

実況の声が聞こえてると、一拍置いて控え室に轟音が響きだす。星武祭に参加している人間ならこの正体を知っている。

 

これは歓声だ。試合を待ち望んでいた観客達の歓声である。しかしこれほどの歓声は星武祭でも余り聞かないほどだ。

 

しかしそれも仕方ないだろう。

 

何せ今から戦う人間は世界の歌姫とアスタリスク……いや、世界最強の一番弟子なのだから。

 

 

こうして歌姫と武神の戦いの幕が上がる。



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準決勝第2試合 シルヴィア・リューネハイムVS武暁彗(前編)

『さぁ!ついに迎えた王竜星武祭準決勝第2試合!残す試合はこの試合を含めて2つとなりました!既に決勝進出を決めているレヴォルフ黒学院の比企谷選手と戦うのはどちらなのか?!』

 

実況の声が響くと観客席からは更なる歓声が生まれる。それを東ゲートの入り口付近で聞くシルヴィアはその騒々しさに眉をひそめる。

 

(今回の王竜星武祭もいざ始まるとあっという間だったなぁ……)

 

シルヴィアは昨日までの激闘を思い出す。これまでシルヴィアが行った6試合の内、印象に残った試合3試合。

 

3回戦のプリシラとの試合、5回戦の陽乃との試合、そして昨日の準々決勝で戦ったノエルとの試合だ。

 

特に昨日のノエルとの試合。対戦相手のノエルは自分の切り札を使っても一度は耐えて最後まで諦めずに自分に挑んできた。アレはシルヴィアから見ても見事であり素直に感嘆した。

 

(まああそこまで頑張る原因が八幡君の為ってのが妬けちゃうけど)

 

シルヴィアは苦笑しながら誰にでも優しい八幡の顔を頭の中に浮かべる。つい先程キスをしてくれて激励してくれた想い人の顔を。それを思うとつい頬を緩めてしまう。

 

今から戦う相手はかつてないほどの強敵。シルヴィア1人だけなら緊張するかもしれないが、試合前に自分の命より大切な2人から激励されたシルヴィアの辞書に緊張という文字は無かった。

 

すると……

 

 

『先ずは東ゲート!世界中の誰もが知っている世界の歌姫にしてクインヴェール序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイム選手ぅー!』

 

実況が自分の名前を呼ぶのでシルヴィアは東ゲートをくぐってステージに繋がるブリッジを歩きだす。同時に星武祭恒例の大歓声とスポットライトがシルヴィアに降り注ぐ。昨日までも大量に浴びたが、今回はそれは昨日までとは一線を画していた。

 

そしてブリッジからステージに飛び降りて自身の銃剣一体型煌式武装フォールクヴァングを取り出していつでも起動出来るようにする。

 

『続いて西ゲート!生きる伝説『万有天羅』の一番弟子にして界龍の序列2位!星辰力を効果的に変質するというある種異次元の技を会得した男!『覇軍星君』武暁彗選手の登場だぁー!』

 

実況がそう叫ぶとシルヴィアの頭上から圧倒的な気配を感じる。離れているにもかかわらず、暁彗がこちらに歩いてくるのを理解してしまう。

 

そして暁彗がステージに降りるとシルヴィアは思わず息を呑んでしまう。

 

鍛え抜かれた体躯から感じる力はただただ圧倒的である。シルヴィアもこれまで強い人間とはそれなりに戦ってきたが、今の暁彗はシルヴィアがこれまで対峙した人間の中では最盛期のオーフェリアの次に強いと断言出来る。

 

(少なくとも3年前の王竜星武祭時代の私や八幡君じゃなす術なく負けるだろうね)

 

そんな事を考えていると暁彗がこちらに近付いてきて手を差し出してくる。

 

「よろしく頼む、『戦律の魔女』」

 

「こちらこそ宜しくね」

 

そう言われたのでシルヴィアも手を出して暁彗と握手をする。同時にシルヴィアは暁彗の手から伝わるオーラを再度息を呑んでしまう。

 

「先に言っておく。決勝に上がって比企谷八幡に挑むのは俺だ」

 

言うなり暁彗は少しだけ握手する力を強める。暁彗自身王竜星武祭に参加した1番の理由は星露を除いて最初に自分に黒星を与えた八幡にリベンジをする事故に気合の入り方はこれまでとは一線を画していた。

 

同時にシルヴィアは暁彗の本気具合を理解した。同時に既に試合は舌戦という形で始まっているという事も理解した。

 

「悪いけどそれは無理かな。八幡君には上がってこいって言われてるし」

 

対するシルヴィアは不敵な笑みを浮かべながら暁彗同様に握手する力を強めて暁彗に応える。

 

「ふっ……予想通りの返事だ。とはいえ決勝に行くには目の前にいるお前に勝たないといけないからな。比企谷八幡の事を今は忘れよう」

 

「だろうね」

 

そういう暁彗に対してシルヴィアも同意する。試合が始まったら目の前にいる相手以外の事を考えたら負けに繋がるとシルヴィアも暁彗も理解している。

 

「さて、そろそろ開始時間だし戻ろっか。勝たせて貰うよ」

 

「望むところだ」

 

言いながら2人は真っ向から視線をぶつけ合い開始地点に向かい、シルヴィアはフォールクヴァングを斬撃モードにして、暁彗は徒手空拳のままだ。

 

『いよいよ開始時間です!勝ってレヴォルフと覇を競うのは界龍か、はたまたクインヴェールか?!』

 

実況の声によってステージにいる2人の空気は一層張り詰めて、観客席は一層盛り上がる。

 

そして……

 

『王竜星武祭準決勝第2試合、試合開始!』

 

試合開始の合図が響いた直後…….

 

「破っ!」

 

暁彗がそう叫ぶといきなり地面が抉れて吹き飛び、四方遥か先までひび割れが走り、粉塵が舞い上がる。

 

暁彗がやったのは極めて単純な踏み込みからの掌打とシンプルな攻撃。しかし暁彗本人のスペックが桁違いなので、一撃必殺の技はなっている。事実1回戦から4回戦はこの一撃で勝ち上がっている。冒頭の十二人でも上位クラスでない限り暁彗の一撃を耐えるのは不可能だろう。

 

しかし……

 

「うわー……初っ端から飛ばすねぇ」

 

今回の対戦相手は暁彗同様に壁を越えた人間であった。

 

噴き上がった粉塵の中からシルヴィアが飛び出して引き攣った笑みを浮かべている。

 

同時に舞い上がった粉塵はゆっくりと晴れクレーターの中心には……

 

「ただの煌式武装で俺の攻撃を受け流すとは……見事だ」

 

異様な質感の星辰力ーーー錬星術によって変換された攻性星辰力を纏った拳を構えた暁彗がいた。その表情はまさに不敵の笑みと言っていいだろう。

 

シルヴィアは開始直後に暁彗が放ってきた拳を腹に当たる直前にフォールクヴァングによる流星闘技で受け流して軌道を逸らしたのだ。

 

開始直後に瞬時に距離を詰めて一撃必殺の拳を放つ暁彗も怪物だが、その一撃を咄嗟の流星闘技で受け流したシルヴィアも桁違いの力を持っている事を意味する。

 

(とはいえ今のは結構ギリギリだったし、早く歌わないと……)

 

歌わない状態で挑んでも暁彗に勝てないとシルヴィアは判断して、フォールクヴァングを射撃モードにして光弾を放ちながら全力で距離を取る。

 

対する暁彗は自身の星辰力を錬星術によって防御に特化した防性星辰力に変換するや否や身に纏ってシルヴィアに突撃をする。

 

すると光弾は暁彗に当たるも1秒すら暁彗を止める事は出来なかった。

 

それにはシルヴィアも驚愕した。フォールクヴァングは銃剣一体型煌式武装だけあって剣の方にもリソースを割いているが、W=Wの最高傑作と言われる煌式武装であり、射撃モードによって放たれる光弾は充分な破壊力を持っている。

 

にもかかわらず暁彗は全く意に介さずに突き進んでくるのだからシルヴィアは危険と判断した。

 

同時に守りに入った負けとも判断したので、息を吸って……

 

「ぼくらは壁を打ち崩す、限界の先に境界を越えて、傷を厭わずに、走れ、走れ」

 

ステージに歌声を響かせる。するとシルヴィアの身体の奥から力が噴き上がり、それに比例するかのように観客席のボルテージが上がる。

 

同時にシルヴィアはフォールクヴァングを斬撃モードに切り替えて暁彗に向かう。

 

「想いだけでは追いつけないから!願うだけでは超えられないから!力の限り、その先へ!」

 

いつも以上に気合を入れて歌いながら暁彗に斬りかかる。すると暁彗は右腕に防性星辰力を込めてシルヴィアの斬撃を受け止めて、左腕に攻性星辰力を込めてシルヴィアに殴りかかる。

 

対するシルヴィアは即座に身体を捻って暁彗の掌打を回避してフリーの左腕で暁彗の鳩尾に二撃拳を叩き込むも、暁彗は全くダメージを受けてないように左腕を使って薙ぎ払いをしてくる。

 

 

シルヴィアはフォールクヴァングを暁彗の右腕から外してから、フォールクヴァングで流星闘技を使用して薙ぎ払いを受けるも……

 

「おおっとっ!」

 

押し負けて後ろに吹き飛ぶ。しかし自身の身体に直撃した訳ではないので殆ど無傷の状態で身体を起こす。

 

しかし余裕はない。何故なら暁彗が追撃をするべくシルヴィアの方に向かっているからだ。

 

暁彗を見据えたシルヴィアは息を吐いて違う歌を歌う。

 

「光の矢は 人々の思いを束ね 闇へと駆けて 突き進む」

 

すると大量の光の矢がシルヴィアの周囲に現れて一斉に暁彗に向かう。同時にシルヴィアはバックステップで距離をとって次の歌を歌おうとするが……

 

「噴っ!」

 

暁彗が攻性星辰力を込めた右腕を上げてから振り下ろすと、そこから放たれる衝撃波が光の矢を全て消滅して、地面には巨大なクレーターが生まれる。

 

「………」

 

『………』

 

これにはシルヴィアどこらか観客も絶句してしまう。暁彗の戦闘スタイルは全て基本に忠実なスタイルだ。やってる内容そのものは界龍の基礎を基にした戦い方だ。

 

しかし暁彗本人のスペックに加えて星辰力を効果的に変質させる錬星術によって圧倒的な力を出しているのだ。

 

それについてはシルヴィアも試合前から理解はしていたが、自分の技を悉く粉砕するのを見ると絶句してしまう。

 

「(本当にデタラメだね……!だったら……!)蒼穹を翔け、渾天を巡る意志の翼は、いつの日かキミを、明日の向こうへ導くだろう」

 

暁彗がこちらに詰め寄る中、シルヴィアは新しい歌を歌う。同時に背中から光の翼が顕現されて空を飛ぶ。

 

 

八幡も似たような飛行能力を持つが性質は大分違う。八幡の影の翼は形を変えたり、切り離して飛ばすなど多様性が武器であり、シルヴィアの光の翼は単純に飛ぶことしか出来ないが機動力は八幡の翼より数段高い。

 

そしてフォールクヴァングを射撃モードに光弾を暁彗に向けてフルオートで放つ。暁彗からしたら雨のように感じるだろう。

 

しかし暁彗は特に焦ることなく、フォールクヴァングから放たれる光弾を回避したり撃ち落としたりしながら懐から大量の呪符を取り出す。

 

星仙術を使えば懐に数千枚の呪符を仕込む事が出来るが、星露を除けば界龍最強である暁彗が取り出した呪符は、暁彗のように星仙術を使う陽乃やセシリー、沈雲や沈華より遥かに多い枚数であった。

 

そして呪符を四方八方にばら撒いたかと思えば、ジャンプして呪符を足場にしながらシルヴィアとの距離を詰めにかかる。

 

その動きは尋常ではなく、空中にもかかわらずシルヴィアが放つ光弾を呪符を足場に八双飛びよろしく飛び回り簡単に回避する。その速さは空中戦特化型の純星煌式武装『通天足』を装備した趙虎峰に匹敵する速さだった。

 

その上、何発か光弾が当たっても防性星辰力を突破出来ずに実質ノーダメージである。

 

(もう!速いし硬いし強いって……だったら!)

 

シルヴィアは内心毒づきながらもフォールクヴァングから光弾を放つ。ただし狙いは暁彗ではなく、暁彗が足場に使用している呪符だ。いくら暁彗でも足場が無ければ飛べないと判断したからだ。

 

シルヴィアが徐々に呪符を破壊し始める。しかし暁彗は特に焦ることなく、寧ろ楽しそうな表情を浮かべる。

 

「やるな!ならば……急急如律令、勅!」

 

暁彗がそう叫ぶと呪符の一部から雷が生まれて、シルヴィアに降り注ぐ。呪符はあらゆる方向にある故にあらゆる方向から雷撃がやってくる。

 

対するシルヴィアは全神経を集中して紙一重で回避するも、一瞬、ほんの一瞬だけ暁彗の事を意識から外した。

 

それを暁彗が気付いたのか知らないが、それと同時に足場にしている呪符を爆破させて、その勢いのままシルヴィアに襲いかかる。

 

それを見たシルヴィアは慌てて回避しようとするも……

 

「うわあっ!」

 

暁彗の蹴りはシルヴィアの光の翼を貫く。暁彗が蹴りの勢いを殺さずに地面に穴を開けながら着地する中、シルヴィアの光の翼は消えてゆっくりと地面に落下する。

 

シルヴィアが下を見れば暁彗がクレーターから出て再度呪符をばら撒き始める。空中にいるシルヴィアの所に向かって叩き落とす算段とシルヴィアは判断した。

 

(今の所大きなダメージはないけど……本気を出さないと負けるね)

 

暁彗の実力はシルヴィアの予想以上だった。今はまだ戦えているが、この状況が続けば遠くない未来に負ける、とシルヴィア確信していた。

 

だから……

 

「私は纏う、愛する者を守る為、支える為、共に戦う為」

 

だからシルヴィアは歌う。自身の最強の技を発動する為に。歌い始めるとシルヴィア自身の体内から膨大な星辰力を膨れ上がらせて、大気中の万応素を変換させる。そしてシルヴィアの周囲に光が生まれ出す。

 

そして……

 

「纏いて私は動き出す、誰よりも強く、誰よりも速く、愛する者を奪おうとする敵を討ち滅ぼす為に……!」

 

 

次の瞬間にシルヴィアの身体が光に包まれたかと思えば、次の瞬間に光が薄くなり光の衣を身に纏ったシルヴィアが光の翼を羽ばたかせて空中に留まる。

 

手には先程ぶつけ合った圧倒的な星辰力を感じる光の剣、背中には神々しい翼が12枚生えている。これまでなら5回戦や準々決勝でも見せていたが……

 

「光神の神弓」

 

今回は違った。次の瞬間に空いている左手に巨大な光の弓が生まれたかと思えば、右手に持つ光の剣を矢のように構えて……

 

 

「光神の滅矢」

 

引いたかと思えば光の剣は一直線に暁彗に放たれて……

 

 

 

 

ドゴォォォォォォォォォンッ

 

 

 

光の剣が暁彗の近くに着弾して大爆発を起こしたのだった。



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準決勝第2試合 シルヴィア・リューネハイムVS武暁彗(後編)

『ここでリューネハイム選手!雪ノ下選手とメスメル選手を倒した光の剣を矢として放ったぁ!なんて破壊力だ!』

 

プロキオンドームのシルヴィの控え室にて、備え付けのテレビには大爆発が生じて、実況の声が響く。

 

「あの剣を飛び道具として使うとはな……」

 

「破壊力は八幡の槍より低いけど、光の衣を纏った状態で使えるのは大きいわね」

 

俺と恋人の1人であるオーフェリアは現在、もう1人の恋人であるシルヴィの試合を見ながら語り合っている。確かにオーフェリアの言う通り俺の影狼神槍は単純な破壊力なら俺の技の中でも最強クラスだが、使用する際は影狼神槍以外の技を一切使えないという大きな欠点を持っている。そう考えたら飛び道具としては多少威力が低くてもシルヴィの方が便利だろう。

 

「だな。それより暁彗には効いたのか?試合が終わってないから校章は無事で意識を失ってない筈だが……」

 

今現在も光の剣によって生まれた爆風が漂っているが試合終了を告げられてないので暁彗はまだ負けてないのはわかるが、爆風から出てこないのは不気味極まりない。シルヴィもカウンターを警戒してか無理に攻めずに上空で待機している。

 

その時だった。爆風の中から十字の斬撃が煌めいたかと思えば、一気に爆風が吹き飛ばされて……

 

「おいおい……今のを受けてその程度かよ……」

 

若干左腕を焦がした暁彗が出てくる。全身に異様な質感の星辰力を纏っている事から、錬星術を使って防性星辰力を生み出し全身に纏わせながら左手を突き出して防御したのだろう。

 

結果左腕に纏った防性星辰力を突き破ったようだが、それ以上のダメージを与えられなかったようだ。

 

(しかも暁彗の奴、メチャクチャ楽しそうに笑ってるし……こりゃマジで厳しい戦いになるだろうな)

 

そう思いながら俺は試合を見るのを再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

プロキオンドームのステージにて……

 

「今のは良い一撃だったぞ『戦律の魔女』。まさか防性星辰力を破られるとは思わなかった」

 

暁彗は楽しそうに笑いながらも、懐から呪符を取り出して再度四方八方にばら撒いたかと思えば、呪符を足場にしてシルヴィアに突撃を仕掛ける。

 

対するシルヴィアは再度光の剣を生み出しながら引き攣った笑みを浮かべる。

 

(アレを受けてあの程度のダメージなのね……錬星術だっけ?世界には私の知らない技がまだまだあるなぁ……)

 

そう思いながらもシルヴィアは背中に生えた12枚の翼を広げて暁彗に突撃する。光の衣を纏った状態で長期戦は危険だからだ。肉体に掛かる負荷は影神の終焉神装に比べたらマシだが、消費星辰力は影神の終焉神装を上回っている為、長期戦には向いてないのだ。

 

だからシルヴィアは暁彗との距離を詰めにかかろうとすると、暁彗が先程のように呪符に蹴りを入れて一気に距離を詰めてきて……

 

「はあっ!」

 

「光神の豪剣!」

 

シルヴィアの間近にある呪符に飛び移り、間髪入れずに攻性星辰力を込めた拳を放ってくるのでシルヴィアも負けじと圧倒的なオーラを纏わせた光の剣を振るう。

 

瞬間、拳と剣ぶつかり合う。

 

「ぐっ……!」

 

「ううっ!」

 

そしてその衝撃によって2人は反発するように吹き飛び、ステージの壁に激突する。しかしそれも一瞬で2人はすぐさま地面に着地して、お互いに向かっていき……

 

「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

掛け声と共に再度拳と剣をぶつけ合う。それによって生まれる衝撃が地面に巨大なクレーターを作るが、今度は2人共踏ん張った事で吹き飛ぶ事はなく、攻め続ける。

 

シルヴィアが剣や拳を振るえば暁彗は校章を始め頭や首、金的などの急所のみ躱してそれ以外の攻撃は防性星辰力を見に纏わせて防ぎ、暁彗が反撃とばかりに拳を振るえばシルヴィアは光の剣で防いだり受け流して、僅かに隙が出来たら射撃モードにしたフォールクヴァングから光弾を放つ。

 

シルヴィアの光の剣と衣、フォールクヴァングから放たれる光弾と暁彗が纏う攻性星辰力と防性星辰力がぶつかり合い、激しい戦いの中に確かな美しさが生まれ観客達を魅了する。

 

そんな中、ステージで激しく、それでありながら美しい光景を生み出す2人は観客など眼中にないようぶつかり続ける。

 

「ふははははっ!流石は比企谷八幡の伴侶だ!」

 

「どうもありがとう!貴方こそ昔に比べて随分と表情が豊かになったね!」

 

2人は攻撃を交わしながら言葉も交わす。暁彗の一撃必殺の拳とシルヴィアの大天使の一撃がぶつかり合い辺りに衝撃が起こり、昨日の八幡とレナティの試合のようにステージの崩壊が始まる。

 

「だろうな!昔は師父の為だけに戦っていたが、今は強い相手と戦う事が何よりも楽しい!だから……!」

 

暁彗が笑いながら防性星辰力を身に纏い、左拳でシルヴィアの光の剣による横薙ぎの一撃を掴み……

 

「楽しみながらお前を倒し、決勝で比企谷八幡との戦いを楽しませて貰うぞ!」

 

攻性星辰力を纏った右拳をシルヴィアの鳩尾に叩き込む。瞬間、光の衣越しに衝撃が走り……

 

「きゃぁぁぁぁっ!」

 

そのままステージの壁に向かって吹き飛ぶ。暫くするとステージの壁にぶつかり、背中に衝撃が走った事によって口から血が出るものの、シルヴィアはそれを無視して壊れた光の衣を修復して暁彗を見据える。

 

(痛いなぁ……そして強いなぁ……)

 

シルヴィアは口元の血を拭いながらも光の剣を構えて突撃してくる暁彗を迎え撃つ。光の剣で袈裟斬りをすると暁彗は身を屈めて躱しながら低い体勢で掌打を放ってくるので12枚の翼の内8枚でそれを防ぐ。

 

翼と拳がぶつかると1秒で翼が吹き飛んだが、1秒あれば簡単に回避出来る。シルヴィアは残り4枚の翼を羽ばたかせて一瞬で暁彗の後ろに回り……

 

「光神の撃剣!」

 

光の剣を暁彗の背中に叩き込む。するとそこから血が噴き出るも、暁彗は意に介さずにシルヴィアに背を向けたまま、光の剣を掴み……

 

「むんっ!」

 

「うわわわわっ!」

 

そのまま思い切り振り回す。同時にシルヴィアは空高くに飛ばされて、暁彗は呪符を足場にシルヴィアに突撃を仕掛ける。

 

暁彗の攻撃を受けたら一気に不利になるのはシルヴィアも知っているので、無理矢理投げ飛ばされた事によって生まれた頭痛を無視する。

 

そして先程破壊された事によって失った翼8枚を生み出して、計12枚の翼を羽ばたかせて空中で体勢を立て直して、光の剣を構えながら暁彗に突撃して……

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

「おぉぉぉぉぉっ!」

 

試合が始まって何度目かわからない衝突が生まれる。暁彗の拳とシルヴィアの光剣は壁を越えた人間でも大ダメージを与える程の破壊力だ。互いの身体に直撃しなくても其処から生まれる衝撃は2人の身体に充分に伝わってくる。

 

しかし身体スペックでは暁彗がシルヴィアを上回っているので真っ向からぶつかると暁彗に分がある。

 

だからシルヴィアは暁彗とぶつかる時に必ず途中で受け流すような形で暁彗の拳の威力を殺すのだが……

 

(くっ……!流石に向こうも修正してくるよね……!)

 

暁彗の武の才に恵まれた人間。最初は拳の威力を殺されていたが、試合が進むにつれて腕を捻ったり途中で引いたりして、受け流しの難易度を上げながら攻める。

 

よってシルヴィアは少しずつ、しかしそれでありながら確実に押されているのを嫌でも理解してしまう。

 

(仕方ない……本当は八幡君との戦いまで使いたくなかったけど、この際そんな事は言ってられないよね……!)

 

そう判断したシルヴィアは一度深呼吸してから暁彗から距離を取り、自身の光の剣を見て……

 

「裁きの光剣よ、我が翔ける翼を贄に捧げて、必滅の神槍に昇華せよ」

 

そう呟くとシルヴィアの背中に生えた12枚の翼が切り離されて、光剣の周囲を周り、最終的に剣に纏わりつき、1メートル程の槍となる。大きさそのものは剣の時と殆ど変わらないが神々しさが増していた。

 

それを見た暁彗は危険と判断した。原理についてはわからないがあの槍は間違いなく一撃必殺の技と確信を抱いていた。

 

普通なら避けるのが最善と判断するが暁彗は違った。自身の右腕に錬星術によって生み出した攻撃性に特化した星辰力を纏わせて迎え討つ体勢になる。

 

暁彗は星露の一番弟子として相手の切り札を避けるという考えはなく、それ以上にあの技を打ち破りたいという気持ちを抱いていた。

 

すると右腕に纏われた攻性星辰力が更に濃くなりだす。詳しい理由はわからないが強くなるならそれで構わないと暁彗は判断した。

 

そして両者の右腕に槍と拳という圧倒的な力が感じる中、シルヴィアは苦笑を浮かべる。

 

「なんか……昨日の八幡君とレナティちゃんの試合に似てるね」

 

言われて暁彗も昨日の八幡とレナティの試合を思い出す。確かに試合の終盤にて2人は最強の一撃をぶつけ合っていた。

 

「確かに似ているな。だが俺は運によって勝ちを決めるのは御免だな」

 

「あはは……まあ八幡君のアレは私も予想外だったよ」

 

そう話しながらも2人は笑顔(ただし瞳はお互いにギラギラしている)で構えを取り……

 

「おぉぉぉぉぉっ!」

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

互いに雄叫びを上げながら一瞬で距離を詰めて必殺の一撃を放つ。攻性星辰力の赤と光の槍の白がぶつかり合い……

 

 

 

ゴッッッッッッ……

 

2人の足元から爆発が生じて、ステージの床の破片が四方八方に飛び散り防護フィールドに当たり甲高い音をあげる。

 

しかしシルヴィアも暁彗も爆発を一切気にせず、目の前の敵を見据える。今の所は拮抗しているが……

 

(此処で決着をつける!)

 

シルヴィアは空いている左手にフォールクヴァングを持ち射撃モードにする。同時に暁彗も同じ事を考えていたのか左拳に星辰力を構える。

 

そして互いに互いの右手に向けて攻撃を放つも……

 

 

「やあっ!」

 

僅かにシルヴィアの放った光弾が暁彗の右腕に当たる。今の暁彗の右腕には攻性星辰力だけ纏われていて防性星辰力を纏われていないので充分なダメージとなる。

 

それによって暁彗に僅か、ほんの僅かだけ隙が生まれたのでシルヴィアはその隙を逃さずに光の槍で暁彗を貫いた。

 

「ぐうっ……!」

 

これには暁彗も大ダメージのようだ。刺さった箇所からは夥しいほどの血が流れだす。

 

「これで終わりだよ!」

 

それを見たシルヴィアはフォールクヴァングを斬撃モードに変えてトドメを刺すべく校章に振るう。

 

しかし……

 

「はははは!まだまだだ!」

 

「なっ?!」

 

左腕でフォールクヴァングを掴み、血だらけの右腕に刺さった光の槍を掴んで砕いた。これにはシルヴィアも驚き、暁彗を見れば執念に燃えた瞳をシルヴィアに向けていた。

 

「俺は武暁彗!界龍第七学院の序列2位にして『万有天羅』范星露の一番弟子!この程度でやられる程ヤワではない!」

 

暁彗はそう言いながら左腕を振ってフォールクヴァングを跳ね上げると……

 

「噴っ!」

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

血だらけの右腕でシルヴィアの鳩尾を殴る。ボロボロな右腕で放った一撃はこれまで以上の破壊力で遂にシルヴィアの光の衣を粉砕する。

 

それによってクインヴェールの制服が露わになり、口からは血を流すがシルヴィアはそれを無視して……

 

 

「(まだまだ……!)ぼくらは壁を打ち崩す、限界の先に境界を越えて、傷を厭わずに、走れ、走れ」

 

一度息を吸ってステージに歌声を響かせる。身体強化の歌を歌ったシルヴィアの身体の奥から力が噴き上がり、それを確認するや否やフォールクヴァングを構えて暁彗に突撃をする。

 

対する暁彗も決着が近いからか両腕に攻性星辰力を込めてシルヴィアに襲いかかる。

 

「破ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「想いだけでは追いつけないから!願うだけでは超えられないから!」

 

暁彗は叫びながらシルヴィアは歌いながらぶつかり合う。暁彗が左の拳を振るうとシルヴィアはフォールクヴァングによる流星闘技を放つ。

 

同時にフォールクヴァングは粉々になる。シルヴィアは長い間使っていた武器が壊れて胸に痛みが生まれるも、一旦意識から外して左手で暁彗の左肘を殴って暁彗の一撃の軌道を逸らす。

 

それと同時に……

 

「力の限り、その先へ!」

 

シルヴィアがサビを歌い上げるとシルヴィアと暁彗の右拳が互いの校章に向かい、両者の校章が破壊される。

 

すると一拍置いて……

 

 

 

 

 

『武暁彗、校章破損』

 

 

『試合終了!勝者シルヴィア・リューネハイム!』

 

シルヴィアの方がコンマ数秒早く暁彗の校章を破壊して準決勝の幕を下りたのだった。



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準決勝が終わり……

『武暁彗、校章破損』

 

『試合終了!勝者シルヴィア・リューネハイム!』

 

その声は聞こえると同時にシルヴィアは荒い息を吐きながらよろめく。光の衣や身体強化の加護があったとはいえ暁彗の拳を何発も受けたので、肉体はかなり消耗していてマトモに動けなかった。

顔は笑顔であった。恋人との約束通り決勝に進出出来たのだから。

 

「大したものだ。最後の一撃は実に見事だったぞ」

 

暁彗は苦笑を浮かべながらシルヴィアに近寄るも、シルヴィアは思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。

 

(いやいや……平然と動けるって凄過ぎでしょ?)

 

見る限り暁彗もダメージは大きいが平然と動けている。これは生身のスペック差である事をシルヴィアは嫌でも理解してしまう。

 

「ありがとう。でも勝てたのは運が良かっただけだよ」

 

シルヴィアはそう言うが、実際本当に運が良かったと思っている。今回は偶々シルヴィアの方が早く校章を破壊したがもう一度戦ったら逆の結果になる可能性は充分あり得るし、校章の破壊が勝利条件に無く蝕武祭のように勝利条件が相手の死や気絶ならばシルヴィアは暁彗に負けていただろう。

 

「ならばその運を引き寄せたお前が凄いだけだ」

 

言いながら暁彗は手を差し出してくるのでシルヴィアも手を差し出して握手をする。

 

「今回は俺の負けだ。お前は今回の王竜星武祭が3回目の星武祭だから、星武祭で当たることはないがいずれ借りは返す」

 

暁彗はそう言って握手を解いて踵を返してゲートに向かう。それに対してシルヴィアは……

 

 

 

 

「いやいや。もう貴方と戦うのは嫌だなぁ……」

 

苦笑を浮かべながら暁彗が退場するのを見届けてからステージの床に大の字に倒れるのであった。

 

 

 

 

 

 

「決勝の相手はシルヴィアね……」

 

「ああ。漸くだ。漸く3年前のリベンジが出来る」

 

プロキオンドームのシルヴィの控え室にて、俺とオーフェリアはテレビに映るシルヴィを見ながらそう呟く。

 

準決勝のシルヴィと暁彗の試合はまさに一進一退の攻防を繰り返した実に見事な試合だった。勝つか負けるかわからないクロスゲームはいつ見ても興奮する。

 

「……どっちが勝つか私は楽しみだわ」

 

「俺が勝つ……っと、それよりも迎えに行こうぜ」

 

テレビを見ればシルヴィはボロボロになりながらも退場し始める。今から迎えに行けば取材陣に捕まる前に合流出来るだろうしな。

 

「……そうね。行きましょう」

 

オーフェリアから了承を得たので俺達はテレビを消して控え室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

3分後……

 

「お疲れ様シルヴィア」

 

「良い試合だったぞ」

 

「ははっ……どうも、ありがとう」

 

ゲートに向かうとシルヴィがよろよろしながらも笑みを浮かべて手を上げてくる。致命傷は受けてないようだが相当体力を失ったようだ。これはシルヴィにこれ以上歩かせる訳にはいかないな。

 

「シルヴィ、医務室まではこれに乗っていけ」

 

そう判断した俺は影に星辰力を込めて影の絨毯を生み出す。絨毯はフワフワと浮きながらシルヴィの横に浮かぶ。

 

「ありがとう……じゃ、遠慮なく」

 

シルヴィは俺に礼を言うと絨毯の上に乗ってそのまま横たわる。その事から相当消耗したのが改めて理解出来る。

 

「どういたしまして。っても明日の試合は大丈夫なのか?」

 

「多分大丈夫。何度か攻撃を受けたけど身体強化された状態だったり、見に光の衣を纏った状態だったし戦闘に支障はないよ」

 

つまりは体力切れという訳だ。まあ暁彗を相手にすれば仕方ないだろう。

 

「だから明日は多分出れるから安心して」

 

「そうか。ならば心置きなくリベンジをさせて貰うとしよう」

 

「いやいや、私が勝つからリベンジは諦めなよ」

 

シルヴィは横になりながらも不敵な笑みを浮かべてくる。ちくしょう、普通に可愛すぎるわ……

 

内心そう思いながらも俺達は医務室に向かった。そして直ぐに治療をした結果医者によると明日の試合は特に問題なく行えるようで安心した。ボロボロの状態のシルヴィに勝った所で嬉しくもなんともないからな。

 

 

 

 

 

同時刻……

 

『くそっ!何で俺はこんな所に!比企谷の奴、ここから出たら正義の名の下に殺してやる……!そうすれば会長やノエルちゃん、シルヴィアさん達も目を覚まして俺を称えてくれる筈だ!』

 

「はぁ……今は懲罰房にいるから動けないが出所後も監視を付けないといけないな……」

 

聖ガラードワース学園の生徒会室にて、その部屋の主人であるエリオット・フォースターは懲罰房の看守から渡された記録を見ながら、会長に就任して以降相棒となった胃薬を飲みながらため息を吐く。既にエリオットの胃には何度も穴が空いていて次に空いた時は手術して金属製の胃にすると決めている。

 

「全く……大体比企谷さんに洗脳能力があるならレヴォルフで序列1位になってるし、今回の王竜星武祭でボロボロにならずに済んでるだろうに……これだから総武中の生徒は……」

 

エリオットは再度胃薬を飲む。もはやエリオットにとって胃薬は一心同体のようなものである。外出する時も校章、煌式武装、携帯端末と一緒に持ち歩く程である。

 

現在六学園の中で唯一名門と称され、秩序を重んじるガラードワースだが、微妙な評価となっている。

 

理由は簡単、今回の王竜星武祭で葉山隼人と一色いろはが余りにも無様な試合を行なったからだ。

 

前者の葉山は対戦相手の八幡が5分間攻撃しなかったにもかかわらず何も出来ず、挙句に背中を見せて逃走とガラードワースいや、アスタリスクの生徒として相応しくない行動を見せて、世間からは臆病と叩かれている。

 

後者の一色は対戦相手の小町に両肩を砕かれてからギブアップをした。それだけなら叩かれないが、試合後に一色は堂々と失禁したのでそれが原因で世間からは無様と叩かれている。

 

 

不幸中の幸いなのはノエルが頑張ったからだろう。結果はベスト8で昨日の準々決勝ではシルヴィア相手に見事な試合を見せた。シルヴィア相手に一歩も引かず、執念の果てに後一歩まで追い詰めた事によってノエルの評価は凄く高くなっている。それが無かったらガラードワースの評価は危険だったとエリオットは確信を抱いている。

 

「ともあれ王竜星武祭も明日で終わり……ノエルが負けてウチの学園が絡むことはないし「会長」……どうしましたか?」

 

エリオットが独り言を呟くと生徒会室に男子制服を着た女子生徒ーーーガラードワースの序列5位『優騎士』パーシヴァル・ガートナーが入ってくる。役職的にはエリオットの方が上だが、パーシヴァルの方が歳上なのでエリオットは敬語を使っている。

 

「先程廊下を歩いていたら三浦優美子含め一部の生徒ーーー葉山隼人の拘束について不満を持つ生徒達による不穏な動きを確認しました」

 

パーシヴァルの言葉にエリオットは胃に手を当てる。またか、またなのか?、とばかりに。

 

「そうか……ちなみにパーシヴァルさんは彼女らがどう動くと考えていますか?」

 

「葉山隼人の救出、もしくは彼女らが騒乱の元凶と思い込んでいる比企谷さんに襲撃を仕掛けると思います」

 

パーシヴァルの言葉にエリオットは内心で頷く。今までガラードワースの内部で行われていた運動を見るに、三浦を含め総武中の人間は葉山を崇拝しているとエリオットは考えている。そしてそんな彼女らがどう動くかも容易に想像出来る。

 

「パーシヴァルさん。E=Pに連絡をして至聖公会議の人間を彼女らを監視するように申請をお願いします。僕は比企谷さんに連絡をして注意を呼びかけておきますので」

 

明日は王竜星武祭ーーーそれも歴代最高と言われる王竜星武祭の決勝だ。そんな日にガラードワースの生徒が八幡ーーー決勝に参加する人間に襲撃をしたらガラードワースの評価は間違いなく地に堕ちるだろう。エリオットとしてはそれは絶対に避けたいと考えている。

 

「わかりました。それと風紀委員にも監視の要請をしておきます」

 

それはパーシヴァルも同じ意見のようで小さく頷き、一礼してから生徒会室を後にした。

 

それを見送ったエリオットは王竜星武祭が始まってから何百回目かわからないため息を吐きながら手元にある書類を片付け始める。

 

「さて……早く仕事を終わらせて連絡をしないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……という訳です。一応彼女らには監視はしてますし、比企谷さんの実力なら問題ないかもしれないですが、気を付けてください』

 

「わかった。わざわざ済まないな」

 

俺は空間ウィンドウに映るフォースターに軽く頭を下げる。シルヴィの治療が終わって自宅に戻って自室でぐうたらしていたらフォースターからホットラインによる連絡が来たのだ。何事かと思えば葉山グループの幹部が不穏な動きをしているらしいから注意をしろとの事だった。

 

『いえ。それにしても総武中の生徒って問題を起こし過ぎじゃないですか?』

 

「否定はしない」

 

葉山グループは自身らがトップカーストであることを自覚して自分勝手な行動をしていたり、文化祭実行委員の大半は己の役割を放棄して遊び呆けているような問題児だからな。

 

「ともあれ話はわかった。万が一闇討ちを仕掛けてきたら反撃しても良いな?」

 

葉山グループのメンバーはムカつくが自分から喧嘩を売る気はない。しかし向こうが仕掛けてくるなら一切の容赦なく潰すつもりだ。

 

『その辺りはお任せします』

 

「なら良い。んじゃ明日の閉会式でな」

 

各学園の生徒会長は基本的に閉会式の参加を義務付けられているからな。フォースターとは明日の閉会式で絶対に会う。まあ俺とシルヴィは準優勝以上は決まっていて必ず表彰されるから話す時間はないだろう。

 

『はい。それでは失礼します』

 

フォースターはそう言うと通話を切るので俺は空間ウィンドウを閉じて端末をテーブルの上に置いてベッドに倒れ込む。

 

(本当に面倒だな……とりあえず明日は人目の多い場所にいるようにして、入場する時は影に潜って移動しよう)

 

万が一闇討ちをされて怪我でもしたらシルヴィに負けるからな。警戒するに越した事はない。それと念には念を入れて黒猫機関にも護衛を頼んで……でもあいつらは餌代が高いからなぁ……

 

 

面倒な事態に内心ため息を吐いているとドアをノックされる音が聞こえてくる。

 

「どうした?」

 

『……八幡、ご飯が出来たわよ』

 

言われて時計を見れば7時前と飯の時間になっていた。どうやら家に帰ってから大分時間が経過していたようだ、

 

「わかった、今行く」

 

言いながらドアを開けるとエプロンを着けたオーフェリアが立っていた。

 

「行きましょう。それと八幡……さっき誰と電話していたの?」

 

「あん?フォースターと明日の件についてな」

 

「明日の件?閉会式に関する事?」

 

「まあそんな所だ」

 

勿論嘘だ。実際は葉山グループの幹部が俺に襲撃を仕掛けてくる可能性があるからと注意を促されたのだが、馬鹿正直に言うとオーフェリアがブチ切れそうだから閉会式に関する事にしておく。というかオーフェリアとシルヴィをこれ以上葉山グループのメンバーと関わらせたくない。

 

そんな事を考えながら一階に降りると豪華な料理が並んである。普段はオーフェリアとシルヴィの2人(偶に俺も含めた3人)で料理を作るが、今回はオーフェリアが俺とシルヴィを休ませるべく一人で作ってくれた。

 

「……シルヴィア、ご飯が出来たわよ」

 

美味そうな料理に口内に唾液が生まれる中、オーフェリアは一階の和室に入ってそう言うと、少ししてからシルヴィが欠伸をしながらリビングにやってくる。大方疲れが溜まっていたから休んでいたのだろう。

 

眠そうなシルヴィだが、オーフェリアの作った料理を見ると目を見開いて笑みを浮かべる。

 

「凄いご馳走だね……ありがとうオーフェリア」

 

「気にしないで。明日の決勝で八幡とシルヴィアには頑張って欲しいから」

 

オーフェリアが優しい笑みを浮かべて椅子を引くので俺達は座る。俺の右にはオーフェリアが、左にはシルヴィが座って……

 

「「「いただきます」」」

 

3人で同時に挨拶をして王竜星武祭期間中の最後の晩餐を始めたのだった。

 

その時に俺が食べたオーフェリアの料理はこれまで食べたどの料理よりも美味であって食うだけでやる気と力が漲ってきた。料理が身体を作ると言うが、オーフェリアの料理はまさにそれであろうと思ったのだった。

 

 

 

 

 

それから4時間後……

 

「んじゃ寝るぞー」

 

そう言って電気を消す。

 

俺達は夕飯を食った後、いつものようにテレビを見たり本を読んだり、キスをしたり、一緒に風呂に入り、今から一緒に寝る。

 

普通に考えたら明日大舞台で戦う俺とシルヴィが一緒に過ごすのは変かもしれないが、平常とは違う行動を取って違和感を感じ、明日のパフォーマンスが悪かったら嫌だと判断していつも通りに過ごしたのだった。

 

俺がベッドに入ると左右から2人が抱きついてくる。

 

「……八幡君。明日はよろしくね」

 

2人の柔らかい感触を堪能しているとシルヴィがいつもの口調でそんな事を言ってくる。それに対する返事は決まっている。

 

「ああ。よろしくな」

 

3年ぶりにシルヴィと戦うのだ。今から楽しみで仕方ない。リベンジをしたいってのもあるが、あの時の試合は数少ない満足した試合だった。可能なら明日も3年前と同じように満足した試合をしたいものだ。

 

「……私は明日、美奈兎以外の赫夜のメンバーと一緒に観るけど、私達は中立だから2人とも頑張って」

 

どうやらチーム・赫夜は中立の立場のようだ。他校の俺も応援してくれるのは嬉しいが、自分の学校の生徒会長だけを応援しないのをクインヴェールの生徒にバレたら面倒だろうな……

 

まあ今は良いや。それよりも言いたいことがある。

 

「オーフェリア」

 

「……何かしら?」

 

「俺達の応援、よろしくな」

 

「……っ、もちろんよ」

 

オーフェリアが笑顔で頷くのを確認すると、今度はシルヴィを見て……

 

「シルヴィ」

 

「何かな?」

 

「明日は良い勝負にしようぜ」

 

「もちろん!」

 

シルヴィもオーフェリアと同じように笑顔で頷く。良かった、これならどんな結果になろうとも、きっといい試合になるだろう。

 

(さて……最後の試合、全力で楽しむ為にも早く寝ないとな)

 

俺は安心しながらゆっくりと瞼を閉じる。睡魔がやって来たので逆らうつもりはなかった。

 

すると俺の意識は薄くなって次第に真っ暗となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日……

 

王竜星武祭14日目

 

遂に決勝戦が始まる



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遂に王竜星武祭最終日が始まる

活動報告にアンケートを実施してますのでご意見ください


pipipi……

 

アラーム音が耳に入ったので薄っすらと目を開けると、部屋の窓からは眩しい朝の日差しが部屋全体を照らしていた。

 

それによって完全に目を覚ました俺は未だに鳴り続けているアラームのスイッチを切ってベッドから身体を起こして伸びをする。そして左右を見渡すと誰も居なかった。どうやら俺が最後のようだ。

 

(しっかし決勝に相応しい程良い天気だな……)

 

改めて窓を見れば雲1つないまさに快晴だった。今日の正午には王竜星武祭の決勝があるが、最後の試合に相応しい天気と言って良いだろう。

 

そんな事を考えていると部屋の外から良い匂いがしてくる。おそらく俺の可愛い恋人が朝飯を作ってくれているのだろう

 

「嗅いでいたら腹が減ってきたな……」

 

 

早速朝飯にありつくべく、俺はベッドから降りてパジャマを脱ぎ捨ててレヴォルフの制服に着替える。

 

真っ黒の制服を身に纏い寝室を出てから階段を下りてリビングに向かうと……

 

「あ、おはよう八幡君。ちょうど今起こそうとしてたんだ」

 

「……おはよう八幡。もう少しで出来るから座っていて」

 

恋人であるシルヴィとオーフェリアが優しい笑みを浮かべながら俺を迎えてくれる。

 

「おはよう」

 

2人に挨拶を返した俺は席に座ってついてあるテレビを見れば予想通り今日の正午に始まる決勝の事に関するニュースで俺とシルヴィのこれまでの試合を映している。あ、今葉山の背中を殴るシーンが流れた。

 

「あ、八幡君。私試合前にペトラさんに呼ばれてるからご飯を食べたらクインヴェールに行くね」

 

今の時刻は9時ちょい。って事は9時半頃に家を出るのか。

 

「こんな時にも仕事の話か?」

 

「多分激励だと思うな。3年前も決勝前に呼ばれてペトラさんやルサールカから激励を受けたし。それに予備のフォールクヴァングを取りに行く予定だし」

 

そういやシルヴィの煌式武装のフォールクヴァングは昨日暁彗にぶっ壊されていたな。

 

「なるほどな。話はわかった。んじゃ次に会うのはステージだな」

 

「そうだね。私、八幡君と戦うのが今から楽しみだよ」

 

「俺もだよ」

 

俺はアスタリスクに来てから決闘や公式序列戦、星武祭であらゆる相手と戦ったがシルヴィとの戦いはトップクラスに楽しい戦いだった。

 

(というか楽しいと思える戦いが少ないんだよなぁ……良い勝負は割としてるが心から楽しかったと断言できる試合なんてシルヴィとの試合とレナティとの試合ぐらいだし)

 

そんな事を考えていると食器の音が聞こえたので考え事を中断して顔を上げるとテーブルの上に焼いたフランスパンを始め、ベーコンやスクランブルエッグ、コンソメスープなどいかにも朝食らしい料理が置かれていた。

 

見ればオーフェリアが優しい笑みを浮かべながらフォークとスプーンを並べている。

 

「さあどうぞ。召し上がって」

 

オーフェリアがそう言うので俺とシルヴィは両手を合わせて……

 

「「いただきます」」

 

言いながら食べ始める。同時に旨味によって先程まで溜まっていた眠気が吹き飛んでいく。試合に備えてしっかり食べておかないとな。

 

「あ、それと八幡。私は10時にクロエ達と商業エリアで待ち合わせをしているから9時半ごろに出るわ」

 

「シルヴィと殆ど同じ時間か。わかった」

 

「……八幡はどうするの?」

 

「俺は1番落ち着く家でリラックスしたいし、10時過ぎに家を出て10時半頃に会場入りするつもりだ。11時前に小町と会う約束をしているからな」

 

その際も影に潜って会場入りするつもりだ。例の葉山グループの襲撃があるかもしれないから万全を期していきたい。

 

「じゃあ今日は全員バラバラだね」

 

「まあ偶にはこんなこともあるだろ」

 

言いながら朝食を食べる。今日は試合が終わるまでは全員バラバラだな。まあ終わってから直ぐに会えるし我慢だな。

 

そんな事を考えながらも俺達は決勝当日にもかかわらず、楽しい朝食タイムを過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあまたね八幡君」

 

「次会うのはシリウスドームね」

 

午前9時半、俺は自宅の前でシルヴィとオーフェリアを見送る。シルヴィはこれからクインヴェールに向かって、オーフェリアは商業エリアに向かう。

 

「ああ。じゃあまた後で」

 

言いながら俺は2人に寄ると2人も同じように顔を寄せてきて……

 

 

ちゅっ……

 

3人でキスをする。2人の唇の感触が伝わり更に力が漲ってくる。これならどんな相手にも負ける気はしない。

 

暫くキスをすると2人は離れてから両者共に笑顔を見せて、各々の目的地に向かって歩き去って行った。

 

2人が見えなくなった俺は一息吐いてから自宅に入り、自室に向かって煌式武装の準備をする。『ダークリパルサー』も昨日の試合で何本か天霧の『黒炉の魔剣』に焼き斬られたし、予備の煌式武装をホルダーに入れる。

 

(というか今大会で有力選手が『ダークリパルサー』を使いまくっているが材木座は大丈夫なのか?)

 

俺とベスト8入りしたノエルと若宮が使ったし。ついでに言うとベスト16のヴァイオレットも使ってはいないが所有している。今更だが『ダークリパルサー』便利過ぎだろ?

 

そんな事を考えながらも煌式武装の準備をして、義手の内部にある仕込み武器の確認をする。

 

(荷電粒子砲にアサルトライフル、臭い付き爆竹に自爆機能もちゃんとあるな……良し、装備は万端だな)

 

装備を確認した俺はベッドに座り、昨日までのシルヴィの戦闘記録を見直す。要注意なのは昨日の暁彗戦で見せた光の槍。アレは多分俺の影神の終焉神装を一撃で打ち破れる可能性はあるだろう。

 

(だが槍の使い方は圧倒的って訳じゃないし何とか出来るだろう……)

 

見る限りシルヴィの槍の使い方は一流だが、フォールクヴァングを使っている時のシルヴィの方が強く感じる。アレは一撃必殺だろうし、直ぐに使う事はないだろう。

 

(となると厄介なのは光の衣だな)

 

今大会で始めて披露して、雪ノ下陽乃戦で見せた光の衣。見る限り単純性能なら俺の影神の終焉神装の方が上だが、能力を使用する俺とシルヴィのバトルセンスを比べたらシルヴィの方が一枚上手だ。さてさて、どう攻めるか……

 

俺は改めて今回の王竜星武祭のシルヴィの記録を見直したのだった。

 

 

 

 

30分後……

 

「んじゃ……行くか」

 

記録を見直してある程度の作戦を考えた俺は自身の影に星辰力を込めて影の中に入り、そのまま家を出る。これで控え室まで行けば観客に捕まる事はないし、葉山グループのメンバーから襲撃を受ける事もないだろう。

 

そうして影に潜った俺は可能な限り速くシリウスドームに向かうと、沢山の人が色々な店を見渡している。これらの人間は決勝を直で観れずテレビで見る人間だろう。ドームで直で観れる人間は既にドーム入りしている筈だ。実際3年前の決勝では殆どの人間が2時間以上前からドーム入りしていたし。

 

(しかし世界で一番人気のイベントーーーそれも最も盛り上がる場面に俺が出るとはな……本当、人生ってのは良くわからんな)

 

アスタリスクに来る前は力を隠してノンビリと過ごしていたんだがな。それが今は王竜星武祭ファイナリストだし。

 

そんな事を考えながらもシリウスドームに向かうと、進むにつれて影越しでも凄い熱気が伝わってくる。ドームの外にある露店の利用客も今か今かと待ち望んでいるような表情を浮かべている。

 

(こりゃ影の中に入って良かった。でなきゃ間違いなく捕まって色々と話を聞かされそうだし)

 

内心安堵の息を吐きながらも俺はドームの中に入り、選手控え室に向かう。選手控え室がある区画は今大会に参加した選手及び選手が同行を許した人間しか入れない。

 

つまりその区画に入れる人間は今大会の参加者256名+αと少ないので熱気はそこまでないだろう。

 

そう考えながら目的の区画に入ろうとすると……

 

「うげっ……」

 

三浦や葉山グループの三馬鹿を筆頭にガラードワースの生徒がズラリと歩いていた。そしてその背後には複数の手練れの気配を感じるが、前に葉山を拘束した面々もいるだろう。

 

三浦達は全員ポケットに手を突っ込んでいるが、ポケットの中には間違いなく待機状態の煌式武装があるだろう。馬鹿正直に煌式武装を出したら巡回する警備員に捕まるからな。

 

しかも今はただ歩いているだけだから至聖公会議が動く事は無理だろう。連中も出来るだけ顔を表に出したくないだろうし。

 

(ちっ、闇討ちなんて馬鹿げた考えは持ってる癖に保身に関しては上手いな)

 

内心舌打ちをしている時だった。

 

俺の頭上を歩く音が聞こえたので顔を上げると……

 

「あ、ヒキオの妹じゃん。ちょっとツラ貸せし」

 

試合前に会う約束をしている小町が三浦達に呼び止められていた。小町は俺に会いにきたのだろうが、向こうからしたら俺を呼ぶ為の餌でしかないだろう。というか小町の奴、両腕に包帯を巻いているが大丈夫か?

 

そんな事を考えていると、三浦の上から目線の要求をされた小町は……

 

「お断りします。小町は暇じゃないですし、どうせ兄を呼んで逆恨みを晴らす為の餌にするつもりでしょうから」

 

普通に要求を蹴った。まあ少しでも見る目を持つ人間なら余裕でわかるだろう。

 

しかし向こうからしたら当然納得する筈もなく……

 

「は?あの屑の妹の癖に逆らってんだし」

 

当然のように文句を言ってくる。それに対して小町は怒らずに嘲笑を浮かべる。

 

「いやいや。お兄ちゃんが屑なら、その屑に1回戦で負けた貴女達のボス猿はそれ以下ですよ?というかアルディさんに秒殺された貴女も良い勝負ですからね」

 

小町がそう言うと三浦率いるガラードワースの面々は……

 

「はぁ?!何ふざけた事言ってんだし!隼人が負けたのはヒキオが卑怯な事をして、あーしが負けたのは偶々だし!」

 

『そうだそうだ!葉山君があんな屑に負ける訳ない!』

 

『葉山君は序列16位で今大会に参加したガラードワースのメンバーではノエルさんの次に強いんだぞ!』

 

案の定キレて小町に突っかかる。てか今大会に参加したガラードワースのメンバーでノエルの次に強いだぁ?俺からしたら3回戦で戦った黒騎士の方が葉山より強かったぞ。

 

(確かに黒騎士を除いたらノエルの次に強いかもしれないが、ノエルとの差は雲泥の差だろ?)

 

ノエルはシルヴィ相手に良い勝負を出来たし、壁を越えた人間と戦える実力を持っているが、葉山はぶっちゃけ雑魚だろう。

 

そんな事を考えていると小町も同じような事を考えたのか露骨にため息を吐く。

 

「あー、はいはい。話はわかったんで失礼します。小町これから兄に会うんで雑魚に構ってる暇はないんです」

 

言いながら小町が俺の控え室に向かおうとする。すると葉山グループの面々は猿のように真っ赤になってポケットに手を入れて……

 

「ふざけんなし!屑の妹があーしらに逆らうなし!」

 

煌式武装を取り出そうとする。予想通りの展開だ。しかし妹に手を出させる訳にはいかないので俺は影から出て止めようとするが……

 

 

「がっ……!」

 

小町は瞬時に先頭にいる三浦と距離を詰めて足払いをしたかと思えば、バランスを崩して地面に倒れた三浦の顎を蹴って気絶させる。流石魎山泊のメンバーだけあって鮮やかである。

 

それを見たガラードワースの面々はポカンとした表情になるも、直ぐに顔に怒りを浮かばせてポケットから煌式武装を取り出そうとするも、小町はそれよりも速く地面に倒れ臥す三浦の腹に蹴りを入れてガラードワースの面々に叩きつける。

 

「うわあっ!」

 

それによってガラードワースの面々は驚きを露わにしてメチャクチャ動揺する。戦場において必要以上に動揺するのはこの上ない愚行である。

 

そんな隙を小町が見逃す筈もなく……

 

「三浦さんになんて事を!絶対に許さながっ!」

 

「なっ!なんで両手を骨折しているのに……ぐぅっ!」

 

「だ、だべぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

「がはっ!」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

高速で全員の頭や顎に蹴りを入れる。すると全員頭を揺らされて脳震盪を起こしたのか地面に倒れ臥す。やはり小町も魎山泊で鍛えただけあって強くなってるな。

 

(一応影の外に出て戦う準備はしていたが、俺が出る幕はなかったようだな。しっかし三浦達が弱過ぎる。幾ら小町が強いからって両手を使えない状態で何も出来ずに負けるか普通?)

 

内心呆れながら倒れている葉山グループのメンバーを見ると、小町が息を吐いて口を開ける。

 

「それじゃあ小町は行きますが……そこでコソコソ隠れている人達。今回はガラードワースに訴えないので後はよろしくお願いしますね」

 

そう言って小町は俺の控え室に向かって行った。暫くすると虚空から4人のスーツ姿の男性が現れる。内2人は以前葉山を拘束したスティーブとヴォルグがいるから至聖公会議のメンバーだろう。

 

4人はアイコンタクトをすると三浦達を担ぎ上げて再度虚空に消えた。仕事が早いのは第三者に見られたくないからだろう。俺は見ているけど。

 

そんな事を考えながら俺は小町の後を追ったのだった。

 

 

尚、いきなり影の中から出て小町に話しかけたら小町はメチャクチャビビって腰を抜かしてしまった。

 

お前さっきアレだけ暴れたのにそれだけでビビるっておかしくね?



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比企谷八幡とシルヴィア・リューネハイムは決勝前に激励を受ける

「ではシルヴィア、そろそろ会場に向かいましょう」

 

「うん、わかってる」

 

クインヴェールの理事長室にてペトラがシルヴィアに話しかけるとシルヴィアは頷いて立ち上がる。

 

「んじゃ私も行くわ。例の葉虫一派がシルヴィアちゃんを狙う可能性は0じゃないし」

 

「よろしくお願いします」

 

同時にペトラの横に座っていた涼子も立ち上がりペトラにそう言うとペトラも頷く。万が一これから決勝に参加するシルヴィアが試合前に怪我でもしたら大問題なので、ペトラとしてもシルヴィアの護衛に世界で10本の指に入る実力者の涼子を就けるのは賛成である。

 

「じゃあ行こうぜー」

 

涼子がテンションを上げながらシルヴィアとペトラの手を引っ張りながら理事長室を出る。そしてエレベーターで一階に降りてから送迎用の車がある場所に向かうと……

 

 

「シルヴィアさーん!」

 

いきなり甲高い声が聞こえたのでシルヴィアが振り向くと、そこにはクインヴェールのNo.2アイドルのルサールカリーダーのミルシェを筆頭に沢山の生徒が揃っていた。その数は200人以上であり、中には冒頭の十二人のメンバーなどの高位序列者もいて、クインヴェールの戦力の殆どが集まっていた。

 

「決勝頑張ってくださーい!」

 

「クインヴェールの序列1位底力を比企谷の奴に再度見せてやれー!」

 

「久しぶりにクインヴェールが王竜星武祭優勝を果たすのよ!」

 

「頑張って……!」

 

「後から応援に行きます!」

 

「優勝トロフィーを持ち帰ってくださいお姉様!」

 

「クインヴェールに栄光を!」

 

沢山の生徒がシルヴィアを応援する。同時にシルヴィアは自身が序列1位であること、生徒会長である事を改めて認識した。

 

(そうだよね……今日の決勝戦が私の最後の試合……頑張ろう)

 

恋人である八幡には悪いが決勝戦を譲るつもりはない。自分が負けず嫌いであるから、クインヴェールの序列1位にして生徒会長であるから、そして自分の学園の生徒の期待に応えたいから。

 

だからシルヴィアは持ち前の笑顔を浮かべてから笑顔で手を振る。

 

「皆……行ってきます!」

 

それに対してミルシェ達の応援陣は一瞬ポカンとした表情を浮かべて顔を見合わせるも……

 

 

『行ってらっしゃい!』

 

すぐに満面の笑みを浮かべて手を振り返した。

 

それを見たシルヴィアは幸せな気分になりながら再度手を振って、送迎用のリムジンの後ろに乗る。そしてペトラが前の席に、涼子がシルヴィアの横に座るとリムジンはゆっくりと動き出して、クインヴェールの校門をくぐって、アスタリスク中央区ーーーその中心であるシリウスドームに向かって走り出したのだった。

 

(待っててね八幡君。絶対に負けないから……!)

 

シルヴィア不敵な笑みを浮かべながら遠くに見えるシリウスドームを眺めだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん頑張ってね。もう妨害はないだろうから全力を出しても大丈夫だし」

 

シリウスドームにある俺の控え室にて俺は実妹の小町から激励を受けている。妹からの激励って本当に元気になるなぁ……

 

「わかってる。ところで身体は大丈夫なのか?」

 

小町はさっき三浦率いる葉山グループのメンバーにちょっかいをかけられた際に両腕の骨が折れた状態でぶちのめしたが、怪我がないか心配である。

 

「大丈夫だって。1発も食らわなかったし」

 

「なら良いが……」

 

「お兄ちゃんってば本当に心配症だなぁ……というかあの人達弱過ぎじゃない?」

 

否定はしない。獅鷲星武祭の時に比べて殆ど強くなってないし。三浦は後一回星武祭に参加する資格を持っているが、今のままじゃ葉山同様に全て1回戦負けで終わるのが目に見えるわ。

 

「だな。そういや小町は最後の星武祭は何に参加するんだ?」

 

「当然3年後の王竜星武祭に決まってんじゃん!大舞台でお兄ちゃんと戦いたいし、星露ちゃんも出るだろうしね」

 

ああ……そういや3年後には星露も王竜星武祭に参加出来る歳になってるな。そう考えるとマジでやる気が削がれてくる。あいつマジで強過ぎてやる気が削がれるし。オーフェリアが力を制御して弱体化した以上、星露に勝てる人間はいない気がするな。

 

「そうかい……まあ頑張れ」

 

「うん!……っと、そろそろ小町行くね。シルヴィアさんの所にも行かないといけないし」

 

「そうか。じゃあまたな」

 

「うん!じゃあ頑張ってねー!」

 

小町はそう言ってから控え室から出て行った。いつも通りハイテンションだ。

 

(まあ見ていてこっちも癒されるけどな……)

 

そう思いながら俺は軽いストレッチをし始めた。決勝まで1時間弱、万全を期しておかないとな。

 

そう思いながら暫くストレッチをしているとインターフォンが鳴り出すので空間ウィンドウが表示すると……

 

『は、八幡さん……いらっしゃいますか?』

 

俺の愛弟子の1人にして、一昨日俺に告白をしたノエルが控え室前にいるのを理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シルヴィアがリムジンに乗ってシリウスドームに到着してドームに入り選手の控え室がある区画に向かうと、その区画の手前にて取材陣が待ち伏せしていて一斉にシルヴィアに詰め寄りにかかる。

 

これは予想内である。3年前も似たような事を経験したし、今シーズンの獅鷲星武祭ではルサールカもドームに向かう時に取材陣や観客に詰め寄られた事がある。

 

その時にはシルヴィアは試合前だから若干鬱陶しく思っていたが……

 

 

 

 

「退け、試合前にシルヴィアちゃんの邪魔すんな。潰すぞ」

 

今回は涼子という最強の護衛が全てを擦り潰すが如く圧倒的なプレッシャーを噴き出して取材陣を追い払った。

 

マスコミは基本的に文句を言われたら有る事無い事を報道する傾向があるが、涼子に対してそれをやることは厳禁としている。

 

涼子は学生時代に雑誌記者に取材を受け、不躾な質問をされた際に堂々と死ねと言った。結果その雑誌記者は涼子を悪く書いた雑誌を出版した。

 

しかしその雑誌が出版された翌日、涼子は元レヴォルフ序列2位『釘絶の魔女』谷津崎匡子を始めとした舎弟らを引き連れて、雑誌の出版社に殴り込みをして、出版社のビルを倒壊させた。

 

結果としてテレビ局や雑記の取材記者は涼子を悪く報道するのは厳禁であると学んだのだった。したら自分の会社ビルも倒壊させられると内心ビビりながら。

 

レヴォルフ最強の喧嘩屋は報道の自由すら捩じ伏せるのであった。

 

 

閑話休題……

 

その考えは今でも受け継がれていて、涼子のプレッシャーを感じた取材陣は逆らわずにシルヴィア達から距離をとった。

 

「……メディア嫌いは相変わらずですね。まあ試合前にシルヴィアに対して邪魔になる可能性のある要素を排除するのはありがたいですが」

 

「だろー?もっと褒めて良いぜペトラちゃん」

 

「だからと言って殺気を出し過ぎです」

 

「はいはーい……って、オーフェリアちゃんに赫夜のメンバーじゃん!」

 

涼子の視線の先にはオーフェリアとチーム・赫夜の5人がいた。美奈兎だけは暁彗との戦闘の傷が癒えておらずボロボロになっているが1人も欠けずに揃っていた。

 

「シルヴィアさん!シルヴィアさんと八幡君の応援に来ました!」

 

先頭を歩く美奈兎はボロボロになりながらも持ち前の笑顔を浮かべながら寄ってくると、シルヴィアも自然と口元が緩む。

 

「シルヴィアさんと八幡さんの試合、楽しみにしてます」

 

「是非とも2人の全力が見たいですわ!(……そして八幡さんの格好良い所も見たいですわ)」

 

「2人とも頑張って……!」

 

「クインヴェールの生徒としては問題かもしれないけど、私達は中立だから、2人とも頑張って欲しいわ」

 

続いて柚陽、ソフィア、ニーナ、クロエがシルヴィアに応援する。その際に全員自分と八幡の応援に来たと口にする。

 

「シルヴィア……貴女と八幡の試合、どっちが勝つかわからないけど、どちらも頑張って」

 

そして最後にオーフェリアがシルヴィアの前に立ち優しい笑みを浮かべて激励してくる。

 

(なるほどね……ここにいるメンバーは全員中立か)

 

普通に考えればシルヴィアと同じクインヴェールに所属する美奈兎達が八幡の応援をするのはあり得ないが、シルヴィアは仕方ないと考えている。

 

美奈兎達は八幡から協力を得て獅鷲星武祭で準優勝と好成績を残した事もあって、八幡の事を恩人と考えている。

 

(というかソフィア先輩、普通に八幡君の格好良い姿を見たいって言ったの聞こえてるからね?)

 

見ればオーフェリアも気が付いたようでソフィアをジト目で見ていた。しかし当の本人は気づいてないのか、はたまた気づいていながら無視をしているのかわからないが特に表情を変えずにいた。

 

「ありがとうね皆、そう言って貰えると嬉しいよ。そう言えば八幡君の応援には行ったの?」

 

「……いいえ、まだ行ってないわ。もう少ししたら行くつもり」

 

しかしシルヴィアはそれを表に出さずに笑顔で礼をする。しかしオーフェリアは気付いていた。シルヴィアの口元がほんの、ほんの僅かだけ引き攣っている事を。同時にオーフェリアの口元も引き攣り始める。

 

((何故八幡(君)はモテるのかしら(モテるんだろう)?八幡(君)の馬鹿、アホ、八幡、女誑し、絶倫、鬼畜……!))

 

2人は顔に笑みを浮かべながらも、心の中で自身の恋人のモテっぷりに対して悪態を突き始める。

 

それに対して2人の様子がおかしい事を気付く者は居なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ決勝か……俺は比企谷に嵌められてここを出れないが……優美子、戸部、大和に大岡に皆……俺に代わって比企谷の暴挙を止めて冤罪で捕まった俺を出してくれ。そうしたら俺が優美子達ーーーガラードワースを、最終的にE=Pの最高幹部になって世界を良い方向に導くから。比企谷が捕まれば、比企谷に嵌められて事で奪われた俺の星武祭の挑戦権も戻ってくる筈だから……!」

 

 

 

『そろそろ決勝か……俺は比企谷に嵌められてここを出れないが……優美子、戸部、大和に大岡に皆……俺に代わって比企谷の暴挙を止めて冤罪で捕まった俺を出してくれ。そうしたら俺が優美子達ーーーガラードワースを、最終的にE=Pの最高幹部になって世界を良い方向に導くから。比企谷が捕まれば、比企谷に嵌められて事で奪われた俺の星武祭の挑戦権も戻ってくる筈だから……!』

「……マジで何を言っているんだ?」

 

「俺が知るか……って、マジか?」

 

「どうした?」

 

「たったいま至聖公会議から連絡があって葉山隼人のお仲間を拘束したみたいだ」

 

「て事はまた比企谷八幡に闇討ちをしようとしたのか?……わかった。到着次第持ち物を全て没収して懲罰房にぶち込むぞ」

 

 

俺は今途轍もなく緊張している。顔は熱く、心臓がドクドクと高鳴っているのを自覚する。

 

しかしこれは試合が近いから生まれる緊張ではない。試合による緊張は3年前から経験しているので、そこまでドキドキすることはない。

 

では何故緊張しているかというと……

 

 

 

「……………」

 

「……………」

 

理由は簡単。一昨日俺に告白してきた女子と2人きりだからです。俺に告白してきた女子ーーーノエルは俺の隣に密着してきて、顔を赤くしながら何も言わずにチラチラとこちらを見てきて、目が合うと更に真っ赤になって目を逸らし、暫くするとまたチラチラ見てくる。

 

さっきからこれの繰り返しで俺の顔も熱くなってくる。一昨日ノエルの告白は断ったとはいえ……

 

ーーー八幡さん。私は八幡さんの事が好きですーーー

 

ーーー…………大好きですっ!ーーー

 

ノエルに言われた言葉を思い出して顔を熱くしてしまう。あの時のノエルは比喩抜きでクソ可愛かったし。

 

そんな風に暫く無言の時間が続くも……

 

「あの、八幡さん……」

 

遂にその時間は終わりを迎えた。ノエルが俺に話しかけてくる。ぶっちゃけまだ恥ずかしいがシカトする訳にはいかないのでノエルを見れば顔を真っ赤にしながら俺を見ていた。身長差があるので上目遣いをしているように見えて破壊力がヤバ過ぎる……

 

「な、なんだ?」

 

「その……もう直ぐ決勝ですけど……頑張ってくださいね」

 

言うなりノエルは折れていない左手で俺を手を握ってくる。それはとても柔らかく、とても温かく、とても気持ちが良かった。

 

「そのつもりだ。お前や小町、若宮やヴァイオレットも頑張ったんだしな」

 

今回の王竜星武において魎山泊のメンバーは大半が病院送りになるほどボロボロになるまで戦った。どの試合も見ていて本当に格好良いと思った。

 

魎山泊のアシスタント講師として参加していた俺もノエル達に恥じない戦いをするべき……と考えている。

 

「ありがとうございます……ですが、八幡さんも頑張っていて、その、凄く格好良くて………試合を見る度に八幡さんを好きだという気持ちが大きくなりました……」

 

っ……だから!お前はマジで恥ずかしい事を言うな!お前はアレか?応援に見せかけて俺を悶死させて試合に出場出来ないようにするつもりなのか?

 

「そ、そうか……」

 

「はい……激励の言葉を言えたので私は失礼します……これ以上ここにいたら恥ずかしいので」

 

是非お願いします。ノエルを嫌っている訳ではないが、2人きりで過ごしたら緊張と恥ずかしさで胃がやられてしまうしな。

 

「わ、わかった。じゃあな……」

 

「はい……じゃあ……」

 

俺がさよならの挨拶をすると、ノエルは俺に近寄り……

 

 

ちゅっ……

 

俺の唇に限りなく近い頬にキスを落としてくる。俺は顔を動かせない。顔を動かしたら間違いなく唇同士がぶつかり合う自信がある。

 

暫くノエルからキスを受けているとノエルは俺から離れて……

 

「頑張ってください……!」

 

顔を熟した林檎のように真っ赤にしてから逃げるように控え室から出て行った。同時に顔に熱が溜まるのを自覚する。ノエルが自発的に俺にキスをしたのはこれで2回目(ラッキースケベをした時に何回かされた事はある)だが、恥ずか死ぬわ……

 

だから俺は顔の熱を冷ますべく備え付けの水道から水を出して頭から被る。真冬に真水を被れば当然寒いが、顔に熱が溜まった俺からしたら特に問題なかった。

 

暫くの間水を被り、やがて冷たさを感じるようになったので水道の水を止めて、備え付けのタオルで頭を拭きストレッチを再開する。

 

頭が冷えると恥ずかしい気持ちは失っていて嬉しい気持ちで胸が一杯になる。あそこまで激励されたらやる気が出るのが人の常だ。

 

「ありがとな、ノエル」

 

そう呟きながら暫くストレッチを続けていると……

 

pipipi……

 

試合開始5分を切るのを意味するアラームが鳴り出す。そろそろ時間だな……

 

俺は一度伸びをしてから控え室を出る。すると……

 

「あ、まだ居た!」

 

横からそんな声が聞こえてきたので見ればオーフェリアとチーム・赫夜の5人がこちらに向かってやって来た。この状況で来るって事は……

 

「もしかして激励に来てくれたのか?」

 

「うん!もう直ぐ試合だけと頑張ってね!」

 

「どちらが勝つかはわかりませんが良い勝負を」

 

「最後に格好良い所を見せてくださいまし!」

 

「2人の戦い、楽しみにしてる……」

 

「クインヴェールの人間としては間違った考えだけど、2人とも頑張って欲しいわね」

 

俺が尋ねると赫夜の5人は首肯しながら激励してくる。ハッキリと言われたらこっちも嬉しくなる。

 

そして……

 

「……八幡」

 

恋人であるオーフェリアを呼んだかと思えば……

 

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

優しい笑みと共に俺の唇にキスを落としてくる。ノエルにされた時と違って正真正銘のマウストゥマウスだ。

 

『ええっ!』

 

後ろにいる5人は驚きの表情を浮かべるが、オーフェリアは特に表情を変える事なくキスを続けて、唇を離したかと思えば……

 

 

「……行ってらっしゃい」

 

ただ一言、そう言ってくる。同時に胸に温かい気持ちが湧き上がってくる。オーフェリアの言葉に対する返事は決まっている。

 

 

 

「ああ……行ってきます」

 

俺は一言、そう返してからオーフェリアと赫夜の5人に小さく会釈をしてから、背を向けて入場ゲートに向かって歩き出した。

 

色々な人から激励を受けて今の俺のコンディションは最高だ。これならシルヴィが相手でも勝つ自信はある。

 

 

 

そう思いながら入場ゲートに到着すると……

 

『長らくお待たせいたしました!これより王竜星武祭決勝戦です!』

 

実況が最後の試合が始まることを告げて観客席からは大歓声が沸き起こったのだった。

 

いよいよだな……



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最終決戦、比企谷八幡VSシルヴィア・リューネハイム(前編)

『さあいよいよ決勝戦です!2週間に渡って行われた激戦もこれで最後!勝って覇を勝ち取るのはどちらなのか?!先ずは東ゲート!世界最強の男にして世界最強の魔術師!レヴォルフ黒学院序列2位『影の魔術師』比企谷八幡ーっ!』

 

先に俺の名前が呼ばれたので俺がゲートをくぐり、ステージに繋がるブリッジを渡り始めるとこれまで以上の歓声が湧き上がる。

 

そんな中、俺の目に止まるのは……

 

「はちまーん!頑張れー!」

 

アルルカントの専用観戦席にて元気良く応援してくるレナティや……

 

『BOOOOOO!』

 

俺を嫌っているであろうからブーイングをするガラードワースの生徒らや……

 

「いっけーお兄ちゃん!ファイトー!」

 

星導館の専用観戦席にてエンフィールドらと一緒に居ながら応援してくる小町などだった。

 

(というか葉山グループの主要メンバーが捕まったのにブーイングされるとは思わなかったわ)

 

大方俺を嫌っているが実力行使をしないタイプの人間だろう。あの手の人間はウザいが実害がないから放置しても大丈夫だろう。

 

そんな事を考えながらもブリッジを歩くと、ガラードワースの専用観戦席にいるノエルや、観客席の最前列にて先程激励をしてくれたオーフェリアやチーム・赫夜の5人が手を振ってくるので振り返す。

 

というかノエルはともかく、何故オーフェリア達は普通の観客席にいるんだ?お前らの立場なら若宮の使っていた控え室や、レヴォルフの生徒会専用観戦席を使える筈だが……

 

(まあ本人らが選んだ場所ならどうこう言う必要はないな)

 

そう思いながら俺はブリッジからステージに降りて深呼吸をする。

 

すると……

 

『続いて西ゲート!今回は彼氏彼女のぶつかり合い!世界の歌姫にして世界で最も万能な魔女!クインヴェール女学園序列1位『戦律の魔女』シルヴィア・リューネハイム選手ーっ!』

 

俺の対戦相手の声が聞こえたかと思えば再度大歓声が沸き起こった。そして頭上のブリッジからは圧倒的な気配を感じる。彼女は今ステージに向けて歩いているのだろう。観客席の一角ではクインヴェールの生徒が集まってシルヴィを応援している。

 

そして……

 

「……こうしてステージで相対するのは3年ぶりだね、八幡君」

 

彼女ーーーシルヴィは懐かしそうな表情を浮かべながら俺に近寄ってくる。言われて俺も過去を振り返る。3年前の王竜星武祭準決勝、そこで俺はシリウスドームのステージにてシルヴィと出会ったのだ。そして俺はオーフェリアとお袋以外の人間に敗北を喫した。

 

「そうだな……」

 

「初めて八幡君と会った時は良いライバルになると思っていたけど、こうして恋人になった状態で再度相対するとは思わなかったよ」

 

「俺もだよ」

 

世界の歌姫と付き合うなんて未来誰も予想出来ないだろう。予知能力を持つ人間がそう言っても信じない自信があるし。

 

「シルヴィ」

 

「何かな?」

 

俺が話しかけるとシルヴィは聞き返す。色々と話したいことがあるが、1番言いたい事を言わせて貰う。

 

「よろしくな」

 

言いながら手を出す。もちろん全力で勝ちに行くが、シルヴィとは満足した試合をしたいからな。

 

「うん。こっちこそよろしくね」

 

対するシルヴィは笑いながら俺の出した手を握ってくる。その手からは温かさが伝わってくる。

 

暫くの間握手をした俺達は握手をやめて無言で開始地点に向かう。1番言いたい事は言った。後は戦いで語るだけだ。

 

『さあそろそろ開始時間です!世間からは史上最大と評価されたこの王竜星武祭で頂点に立つのは比企谷選手か?!はたまたリューネハイム選手か?!』

 

実況の声を聴きながら俺は息を一つ吐いて徒手空拳のまま構えを取る。対するシルヴィはフォールクヴァングを取り出して射撃モードにする。フォールクヴァングは昨日の準決勝で暁彗に壊されたが、ちゃんと予備を用意したようだ。

 

構えを取りながらシルヴィと見つめ合っていると観客席も静まる。多分固唾を飲んで見ているのだろう。

 

そんな風に沈黙が続く中、遂に……

 

 

『王竜星武祭決勝戦、試合開始!』

 

試合開始の合図がステージ全域に広がった。

 

同時に俺は自身の影に星辰力を込めて、シルヴィは息を吸って……

 

「羽ばたけーー影雛鳥の闇翼」

 

「ぼくらは壁を打ち崩す、限界の先に境界を越えて、傷を厭わずに、走れ、走れ」

 

俺は自身の足首に小さい影の翼を何枚も生やし、シルヴィは自身の歌声をステージに響かせる。するとシルヴィアの身体の奥から力が噴き上がりフォールクヴァングから光弾を放ちながら高速でこちらに詰めてくる。

 

対する俺は影の翼と脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をしてシルヴィの放つ光弾の軌道から大きく距離を取る。

 

そしてシルヴィの後ろを取りながら蹴りを放つとシルヴィは俺に背を向けたまま回避してフォールクヴァングを斬撃モードに変えて斬りかかってくる。見る限り刀身の形状は変わってないので流星闘技ではない。

 

(ならば回避でなく防御を取る……)

 

俺は義手を突き出してシルヴィのフォールクヴァングを受け止める。それによって義手とフォールクヴァングからは火花が散る。しかし俺達は気にせずに……

 

「「はあっ!」」

 

互いに足を使って蹴りを放つ。そしてぶつかり身体に衝撃が走るが、直ぐに俺が押され始める。

 

当然だろう。俺自身近接戦の実力は大きく向上したが、身体強化の歌を歌ったシルヴィの近接戦の実力はアスタリスクでもトップクラスと実力差がある。

 

よって俺もこれ以上無駄なやり取りをするつもりはないので、そのまま足をズラしてシルヴィの蹴りを受け流す。そして完璧に受け流すと同時に影に星辰力を込めて影の刃を一気に数十本シルヴィに向けて放つ。

 

するとシルヴィはバックステップで回避するので……

 

「拐えーーー影波!」

 

影に星辰力を込めながらそう呟くと足元から高さ10メートル、幅30メートル程の黒い波が生まれてシルヴィに襲いかかる。同時に俺は走り出す。

 

影波は俺がシルヴィとの距離を縮めて奇襲をする為の囮だ。影波はあくまで目眩し系の技で攻撃性は低いし。

 

そう思いながら俺はシルヴィに詰め寄る影波の後に続いて前に進む。観客からしたら俺の目的は丸分かりだろうが、シルヴィからしたらそうは行かないだろう。

 

 

 

俺は即座に距離を詰めて腰にあるホルダーから『ダークリパルサー』を取り出してシルヴィに向かって袈裟斬りを放ちながら足に星辰力を込めて再度蹴りを放つ。

 

するとシルヴィは首をズラして『ダークリパルサー』を回避しながら、膝で俺の蹴りを受けとめるも……

 

 

「きゃぁっ!」

 

衝撃は打ち消せずに僅かに吹き飛ぶが予想通りだ。『ダークリパルサー』と威力だけの蹴り、どちらを回避するべきかと言ったら断然『ダークリパルサー』だからな。

 

だから俺は間髪入れずにシルヴィとの距離を詰めにかかる。そして義手による追撃の一撃を放つもフォールクヴァングで止められて火花が飛ぶ。

 

「やるねー、八幡君。3年前は防戦一方だったのに」

 

「当たり前だ。弱点を放置する訳ないだろうが」

 

3年前にシルヴィと戦った際、俺は接近戦に弱かったので最初はシルヴィに寄られて猛攻に晒されていた。そんで押し切られそうになったから影狼修羅鎧を使って押し返した。ま、その後は白銀の騎士鎧を纏ったシルヴィと激しい攻防を繰り広げて、負けたけど。

 

とにかく俺はあの日以降弱点であった近接戦は鍛錬によって弱点じゃなくした。

 

そんな事を考えているとシルヴィが一歩下がってからフォールクヴァングによる三連突きを放ってくる。対する俺は義手と右腕に星辰力を込めて何とか校章を防いだが、衝撃は打ち消せずに身体に響く。

 

守りに入ったら負けだし俺も攻めますか……

 

「纏え、影狼修羅鎧」

 

言いながら影に星辰力を注ぐと、影が俺の身体に纏わりついて、狼を模した西洋風の鎧と化す。幸いシルヴィは天霧の持つ『黒炉の魔剣』のようなチート武器は持ってないので今回は持てる全てを出す事が出来る。

 

鎧を纏った俺はシルヴィに詰め寄ろうとするが……

 

「来たね……だったら3年前と同じ戦い方をしようっと!」

 

シルヴィは言いながらフォールクヴァングの刀身を大きくして、そのまま俺の足元に流星闘技を叩き込む。すると俺の足元が崩壊してバランスを崩してしまう

 

直ぐに立て直すことは出来たが、既にシルヴィは俺から距離をとっていて……

 

「僕らは登る、天界の城にて力を得る為、ただただ登る、登る」

 

歌い出す。この歌は知っている。シルヴィの歌はどれも良い歌だが、この歌だけは好きになれない。

 

そんな事を考えているとシルヴィアの身体が光に包まれだし……

 

「得て僕らは動き出す、敵を討つべく、鮮やかに、軽やかに」

 

次の瞬間、シルヴィアの首から下の部分に白銀の騎士鎧を身に纏っていた。

 

そう、3年前の王竜星武祭で俺を破った鎧を纏っていたのだった。この歌を聴くとどうしても3年前にシルヴィにぶっ飛ばされた事が頭によぎってしまう。

 

ともあれ俺はあの時に比べて強くなったから負けるつもりはない。つーかあの白銀の騎士鎧を打ち破らなければ、光の衣を纏ったシルヴィに勝つのは絶対に無理だろうし。

 

そう思いながらも俺は一歩踏み出してシルヴィの鳩尾目掛けて殴りかかると、シルヴィは防御せずに俺の一撃を受ける。

 

「やるね……でも効かないよ!」

 

シルヴィは僅かに後退しただけで殆どダメージを受けていない。3年前は苦しそうな表情を浮かべていたってのに、予想はしていたがシルヴィも格段に強くなっているな……

 

とはいえ俺も負ける訳にはいかない。そう思いながら俺は追撃を仕掛けるべく再度シルヴィを殴りに掛かるが、シルヴィも何発も食らうほどお人好しじゃないので、軽いステップで俺のラッシュを全て回避する。

 

そして反撃とばかりに、フォールクヴァングによる多連突きや鎧を纏った脚による蹴りを放ってくる。

 

鎧越しに衝撃は来るも特に問題なく耐えられる。だったら多少リスクを覚悟しても攻めないとな。

 

そう思った次の瞬間、シルヴィは俺に蹴りを放ってくるので、俺は防御をしないでシルヴィの足を捕まえて……

 

「おらっ!」

 

「きゃあっ!」

 

軽く放ってからそのままシルヴィの腹を殴り、シルヴィを遠くへ吹き飛ばす。鎧越しとはいえ鳩尾に1発当てたのでそれなりのダメージになっただろう。

 

だが勝つまでは油断出来ない。俺は更にダメージを与えるべくシルヴィの元に走り出す。観客からしたら容赦ないかもしれないが、そこは見逃して欲しい。

 

その時だった。突如シルヴィは起き上がってら息を吸って、俺に射撃モードになったフォールクヴァングを向けると……

 

「光の矢は 人々の思いを束ね 闇へと駆けて 突き進む」

 

歌によって生み出された大量の光の矢と共に、フォールクヴァングの銃口から光弾が放たれて俺に向かってくる。

 

それらの攻撃は威力を重視したものでなく、速度と攻撃範囲を重視したものである。

 

よって……

 

「痛くはないが……ウゼェ……」

 

ダメージはチクチクする程度で殆どないが動き難いので攻撃範囲から逃れるのに時間がかかる。

 

どうしたものかと悩んだ時だった。シルヴィアは警戒しているからか、更に大きく距離をとってから、フォールクヴァングを放り投げてから両腕を俺に突き出してくる。

 

その技に見覚えがあった。何せ俺が以前シルヴィと戦った時に使った技なのだから。

 

(面倒だな……アレを回避するのは光の矢に縫い止められているので厳しい……仕方ない。真正面から迎撃するか)

 

そう判断した俺は左手の義手に星辰力を込めて……

 

「裁きの咆哮」

 

言葉と共に両掌から圧倒的な光が生まれて次第に大きくなっていく。頼むから間に合ってくれよ……

 

内心祈りながら義手に星辰力を込めていると、遂にシルヴィの両掌にある光が最高潮になって放たれる。光の奔流は圧倒的な高密度エネルギーであり、俺に向かって一直線に進んでいく。

 

それと同時に……

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

俺の義手に星辰力が溜まりきったので迎撃するべく左拳を放つ。同時に影狼修羅鎧の黒い籠手から衝撃波が放たれてシルヴィの放った光の奔流とぶつかり合う。

 

それによって足元の床は剥がれて、鎧はギシギシと鳴りだす。正直言って結構ギリギリだ。

 

しかし……

 

(いくらお互いに本気を出していない探り合いの状況でも負ける訳にはいかないんでな……!)

 

そう思いながらも俺は左腕に力を込めて……

 

「ふんっ!」

 

そのまま光の奔流を地面に叩きつける。すると一拍遅れて着弾地点からステージ全体にヒビが入るが、俺はそこまでダメージを受けてないので問題ない。

 

(よし、これで3年前のシルヴィの最強の技は撃破出来た)

 

ここからが本番だ。今の一撃を凌げた以上、シルヴィは今出せる最強の技で来るだろう。こちらも最強の技を出さないと勝てないのは間違いない。

 

(全力で来いシルヴィ……そんなお前を倒して優勝するのは俺だ……)

 

内心更にやる気を出しながら俺は前方にいる目の前で楽しそうに、それでありながら不敵に笑うシルヴィを見るのだった。

 

 

 

 

 

 

今までの戦いは八幡とシルヴィアにとっては只の探り合いであり、全く本気を出していない。

 

しかしそんな間も無く、手加減抜きの本当の戦いが直ぐに幕を開けるのだった。



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最終決戦、比企谷八幡VSシルヴィア・リューネハイム(中編)

『比企谷選手、リューネハイム選手の放った光の奔流を地面に叩きつけたぁ!』

 

『3年前に負けた技に打ち勝ったか。そうなればここからが本番だな』

 

大歓声の中、実況と解説の声が耳に入るも俺は気にせず、目の前にいる白銀の騎士鎧を纏ったシルヴィを見据える。対するシルヴィは特に焦りの色を浮かべていない。寧ろ当然とばかりの表情だった。

 

「あー、やっぱり3年前に使っていた技じゃ勝てないか」

 

やはり予想はしていたようだ。

 

「そりゃこっちも鍛えたからな」

 

「だろうね。それでどうするの?八幡君も強くなったけど、その鎧じゃ私には勝てないよ?」

 

だろうな。影狼修羅鎧を纏った俺は今のシルヴィーーー白銀の騎士鎧を纏ったシルヴィに勝つ事は出来ても、切り札である光の衣を纏ったシルヴィに勝つのは無理だ。

 

よって……

 

 

 

 

 

「だろうな。……って訳でそろそろお互いに本気でやろうぜ」

 

チマチマやるのは趣味じゃない。最後の試合、それもシルヴィが相手なんだし全力でやりたいのが本音だ。

 

それはシルヴィも同じのようで頷く。

 

「オッケー。それじゃあお互いに本気でやろうか。恨みっこなしだからね?」

 

「たりまえだ」

 

俺がそう返すとシルヴィは目を閉じて大きく息を吸う。そして吸い終えるとカッと目を見開き……

 

「私は纏う、愛する者を守る為、支える為、共に戦う為」

 

最強の技を発動する為に歌い始める。同時にシルヴィの周囲の万応素が荒れ狂い、シルヴィ自身の体内から膨大な星辰力を膨れ上がり、シルヴィの身体から光が生まれ出す。

 

 

それに対して俺も最強のカードを切るべく……

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

ただ一言、そう呟く。同時にシルヴィ同様、俺の周囲の万応素が荒れ狂い、体内の星辰力が爆発的に噴き上がり、影狼修羅鎧に纏わり付いたかと思えば、押し付けるように圧縮が始まる。

 

同時に俺の身体からギシギシと音が鳴り若干の痛みが生まれるも何時もの事なので、気にせずに限界まで影狼修羅鎧を圧縮するように星辰力を操作する。

 

そして遂に限界まで影狼修羅鎧を圧縮し切り、背中から悪魔の如き翼を生やし……

 

「おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

影神の終焉神装を身に纏う。これで俺の準備は整ったが、シルヴィはまだ準備が終わってないので攻撃は仕掛けない。勝ちを優先するなら今の内に叩くべきだが、それやったら全世界から顰蹙を買いそうだからな。

 

何より俺自身そんな詰まらない勝ち方を嫌う。星武祭でシルヴィと戦うのは最後だし悔いのない試合にしたい。

 

 

 

 

そんな事を考えているとシルヴィの歌が一層強く響く。

 

「纏いて私は動き出す、誰よりも強く、誰よりも速く、愛する者を奪おうとする敵を討ち滅ぼす為に……!」

 

次の瞬間、シルヴィアの身体が光に包まれたかと思えば……

 

 

「遂に出やがったな……」

 

光の衣を身に纏ったシルヴィが12枚の光の翼を羽ばたかせて俺と対峙する。手には圧倒的な星辰力を感じる光の剣と、これまでに何度も見ているが本当に大天使のような姿だ。シルヴィの美貌を加えたら女神だ。比喩抜きで美し過ぎる。悪魔のような翼を生えた俺とは対称的で、本当に神話のような戦いになりそうだな。

 

準々決勝のレナティとの戦いでは悪魔と幼女のぶつかり合いと酷い絵面だったが、今回は幾分かマシだろう。

 

「じゃあやろっか、八幡君」

 

シルヴィは圧倒的な力を纏いながらも穏やかな口調で俺に話しかけてくる。そしてあたかも楽しそうに笑っている。

 

なら俺の返答も決まっている。

 

「ああ、やろうぜシルヴィ」

 

俺も自分で驚くほど穏やかな口調でそう返す。レナティの時と同じだ。今はただシルヴィと戦いを楽しみたい。

 

俺達はお互いに笑いながら拳と剣を構えて……

 

 

「「はぁぁぁぁぁっ!」」

 

お互いに叫び声を大きく上げながら翼を羽ばたかせて距離を詰めにかかる。

 

 

 

 

 

 

 

それから2分、八幡とシルヴィアは互いの力を遠慮なくぶつけ合っている。2人の激突によってステージは徐々に崩壊して、それに比例するかのように会場及び視聴者は大盛り上がりしている。

 

そんな中……

 

 

「今の所は拮抗していますね……」

 

「だよねー。小町の見る限りスピードは互角で、パワーとディフェンスはお兄ちゃんの方が上だと思うけど……」

 

「バトルセンスはシルヴィアの方が上でしょう」

 

「……加えて星辰力の消耗具合次第で流れは変わる」

 

「更には奥の手を隠している可能性もあるからな」

 

「要するに予想がつかないって事だね」

 

星導館の専用観戦室では小町がチーム・エンフィールドの5人と勝敗を予想して……

 

 

 

 

「くくくっ……良い!実に良い!」

 

「……師父、本当に楽しそうですねー」

 

「当然じゃろうセシリーや強者と強者のぶつかり合いは見ていて血が騒ぐ!今すぐにでも儂もあの場に入って戦いたいのう!」

 

「いやいや!入っちゃダメですからね!」

 

「なんじゃ虎峰、随分と頭が固いのう」

 

「俺も反対です師父。今師父が入ったら試合は中断されるでしょう。ですから王竜星武祭が終わってから2人を界龍に招いて三つ巴をするのが良いかと」

 

「そういう問題ですか大師兄?!」

 

「確かにそうじゃのう……良し!暁彗や、王竜星武祭が終わったら八幡とシルヴィアを界龍に招くから、2人と儂とぬしの4人で四つ巴をやるぞ。間違いなく楽しい勝負になるわい」

 

「……御意!」

 

「……ねー、虎峰。師父のことだから絶対にやるよね?」

 

「でしょうね。その時は絶対に直接見るのは止めましょう。4人がぶつかったら冗談抜きで防護フィールドが吹き飛びそうですから」

 

界龍の専用観戦室では星露が楽しそうに予定を立てて、暁彗が笑みを浮かべながら星露の提案に従い、虎峰とセシリーは顔を引き攣らせていた。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり八幡さんもシルヴィアさんも凄いなぁ……」

 

「まああの2人は今大会でもトップクラスの実力だからね。でもノエルも準々決勝で見事な試合を見せたじゃないか」

 

「そうですわ。1年であそこまで成長したノエルも立派ですわ」

 

「おかげでガラードワースの評価も最悪の事にならずに済んだし……ノエルはよくやってくれたよ」

 

「ううん。私なんかまだまだだよお兄ちゃん。だから最後の星武祭ーーー2年後の獅鷲星武祭までにもっと強くなるよ」

 

「そうか……なら僕も会長として頑張るから、獅鷲星武祭では頼りにしてるよ」

 

「うん!(それに、もっと強くなって八幡さんとオーフェリアさんに認めて貰わないといけないし……)」

 

「……ノエル、聞こえてますわよ」

 

「ふぇ?!」

 

「どうしたんだい?レティシア、ノエル?」

 

「な、何でもないです!」

 

「そうですわね。男性であるアーネストとエリオットは聞かなくて良いですわ」

 

「「???」」

 

ガラードワースの専用観戦室ではノエルが顔を真っ赤にして、レティシアは若干呆れ顔をしていて、アーネストとエリオットは頭に疑問符を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何でヒキタニがあんなに強いのよ?!」

 

「あんな屑が……俺達の憧れた場所で戦うなんて……!」

 

「ふざけんなよ!世の中間違ってるだろ!」

 

「そうよそうよ!あんなのが決勝に行けるなら私達だって……!」

 

総武高3年の教室では、相模を始め昔八幡を見下していた人間は、自分達が八幡より劣っている事実を認めずに文句を言い合っていた。

 

 

 

 

 

 

「行け行けー!」

 

「2人とも凄いですね……」

 

「壁を越えた人間でも上位クラスの実力ですから当然でしょう……それにしても八幡さん……格好良いですわ」

 

「……むぅ」

 

「修羅場……」

 

「お願いだからここでは起こらないで欲しいわ……」

 

観客席にてオーフェリアはチーム・赫夜の5人と一緒に八幡の試合を見るも、八幡をウットリとした表情で見るソフィアにヤキモチを妬いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

俺とシルヴィが最強の技を使ってから5分……

 

「はぁ!」

 

「光神の撃剣!」

 

俺達は一歩も譲らずに戦闘をしている。互いに叫ぶと同時に拳と光の剣をぶつけ合う。

 

それによって地面にはクレーターが出来上がるも、シルヴィはクレーターに意識を向けることなく即座に剣を引き、返す刀で蹴りを放ってくる。だから俺は敢えてその蹴りを受ける。すると鎧越しにほんの僅かだが衝撃が走るも、それを無視してシルヴィに必殺の右ストレートをぶちかます。

 

しかし俺の拳がシルヴィの腹に当たる直前にシルヴィは翼を広げて空中に回避する。だから俺も翼を広げて空に飛ぼうとするが……

 

「させないよ!」

 

「ちぃっ!」

 

シルヴィがその前に光の剣を俺の足元に叩きつける。同時に足元の床がバラバラになって、飛んでいなかった事により足を地面に付けていた俺もバランスを崩してしまった。

 

舌打ちしながらも上を見上げると……

 

「光神の神弓」

 

シルヴィの空いている左手に巨大な光の弓が生まれて、右手に持つ光の剣を矢のように構えて弓を引き始める。あの技は知っている。確か……

 

(昨日の準決勝で暁彗相手に見せた技……いや、違う!)

 

見れば光の剣の形が変わっていく。元々シルヴィの光の剣はバスタードソードタイプだが、レイピアタイプに変わっている。

 

(おそらく貫通力を高めたな)

 

だとしたらマズい。バスタードソードの状態で放った一撃は錬星術とかいう力によって防御に特化した星辰力を生み出して全身に纏わせた暁彗にダメージを与えた技だ。マトモに食らったら俺の影神の終焉神装も打ち破るかもしれない。

 

慌てて体制を立て直してその場から距離を取ろうとするも……

 

 

「光神の滅矢」

 

それよりも早く光の剣は一直線に俺に向かって放たれて……

 

 

 

「ちぃっ!」

 

地面に着弾する。しかし昨日と違って大爆発は起きずに、刺さった箇所に深い穴を開けた。予想通り貫通力を高めたようだ。

 

そして光の剣は俺の左の義手に掠って、義手を影神の終焉神装ごと貫き、腕部分の鎧の一部が剥がれて穴の開いた義手からはバチバチ火花が飛んでいる。試しに動かして見るも義手は動かす事も、アサルトライフルを出す事も出来なかった)

 

(これは使えないな……全く、何つー破壊力だよ)

 

内心驚愕しながらも俺は義手を切り離してから足元にある影に星辰力を込めてから影の義手を作る。

 

そしてグーパーして動くのを確認した俺は影の義手の上に鎧を修復してから翼を広げてシルヴィと同じように空を飛ぶ。

 

「やってくれんじゃねぇかシルヴィ……今のは効いたぜ」

 

言いながらシルヴィとの距離を詰めて蹴りを放つとシルヴィは再度光の剣を生み出して受け止める。

 

「八幡君こそやるじゃん。今の一撃で倒すつもりだったんだけどね」

 

シルヴィは褒めながら剣で押し切ろうとしてくるので、足に星辰力を込めて逆に押し返す。

 

「残念だったな。アレはもう食らわん」

 

食らったら即負けに繋がりそうだからな。てか頭に食らったら貫通してそうだな。まあ影神の終焉神装は頭と首、金的など急所の周囲を一段と分厚くしてるから大丈夫だとは思うが。

 

(しかし義手の性能を無力化させられたのは痛いな)

 

俺の義手は冗談抜きで強いと思う。実際本戦に上がってからは何度も義手の恩恵を受けているし、準決勝に至っては義手のおかげで勝てたし。

 

とはいえ義手が無くても戦いようは幾らでもあるから問題ない。

 

そう思いながら俺は光の剣を押し返した勢いに乗ってシルヴィの脇腹目掛けて突きを放つとシルヴィは……

 

「うっ……!」

 

攻撃を回避しなかった。光の衣は突き破れなかったが衝撃は打ち消せなかったようで苦しそうな表情を浮かべるも動きを止めずに……

 

「はあっ!たあっ!」

 

一度光の剣を消したかと思えば間髪入れずに俺の顔面に拳を叩き込む。

 

「ちっ……!」

 

シルヴィの攻撃に対して内心舌打ちをしながら紙一重で躱す。大したダメージはないが、顔面パンチは怖いからこれ以上食らいたくない。

 

「勝つのは俺だ」

 

言いながら俺はシルヴィが再度放ってきた正拳突きをわざと受ける。それによって一瞬ビビるが、それを無視してシルヴィの腕を掴む。

 

シルヴィは驚きの表情を浮かべながら空いている方の腕で腹や腕を殴るが我慢だ。何故なら今が絶好のチャンスなんだから。

 

「はあっ!」

 

「うぅっ!」

 

俺が空いている腕でシルヴィの鳩尾を殴るとシルヴィは呻き声を上げて攻撃を止める。

 

当然そんな隙を逃すつもりはなく……

 

「ふんっ!」

 

そのままシルヴィをぶん投げて地面に叩きつける。それによってシルヴィの周囲に半径3メートル以上のクレーターが出来て、シルヴィは仰向けになって倒れるのが目に入る。

 

だから俺はトドメを刺すべく翼に星辰力を込めてシルヴィとの距離を詰めにかかる。

 

するとシルヴィはよろめきながらも起き上がり……

 

「裁きの光剣よ、我が翔ける翼を贄に捧げて、必滅の神槍に昇華せよ」

 

そう呟くと同時に背中に生えた12枚の光の翼が切り離されて、光剣の周囲を周り、最終的に剣に纏わりつき、1メートル程の槍となる。

 

(出たなシルヴィの一撃必殺……!)

 

そう思いながら俺は右腕に星辰力を込めて、左腕の部分の鎧を右手に移譲する。

 

本来なら全身の鎧を腕に集中させたいが、万が一シルヴィが俺の校章を狙っている場合、校章を剥き出しにするのは危険なので胴体部分の鎧は右腕に移譲しない事にしたのだ。

 

そして俺が拳を振りかぶるとシルヴィも槍を構えて……

 

 

 

 

「「はぁぁぁぁぁっ!」」

 

お互いに叫び声を上げながら衝突した。

 

 

決着まで、そう長くはない。

 

 



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最終決戦 比企谷八幡VSシルヴィア・リューネハイム(後編)

「「はぁぁぁぁぁっ!」」

 

お互いに叫び声を上げながら衝突する。俺の影神の終焉神装を纏った右腕とシルヴィの高密度の光の槍がぶつかり合う。

 

同時に俺の拳と槍の先端から激しい火花と圧倒的な衝撃が生まれ、俺達の足元にあるステージの床は崩壊して、近くにある防護フィールドからはギシギシと悲鳴が生まれる。

 

「ぐぅぅぅぅっ!」

 

「うぅぅぅぅっ!」

 

腕に激痛が走るが俺はそれを無視して槍を破壊するべく力を込める。しかしシルヴィも負けたくないとばかりに押し返してくるので破壊する事が出来ずにいた。

 

「この、負けず嫌いめ……!」

 

「それはこっちの、セリフだよ……!八幡君は面倒くさがりなんだからギブアップしなよ……!」

 

「面倒だが、それ以上にお前に負けたくないんでな……!」

 

3年前の悔しさは1日たりとも忘れてない。シルヴィは大切な恋人だが、同時に1番のライバルと思っている。だからこそ俺は負けるつもりはない。何が何でも勝つ、だから……

 

「おぉぉぉぉぉっ!」

 

押し勝つ為に更に力を込める。右腕からは骨が軋む音が聞こえるが知ったことじゃない。今日は決勝、つまり最後の試合だから試合が終われば治療院で治癒能力による治療をして貰えるのだから。

 

「くっ……!まだまだぁっ!私だって、負けたくないんだよ!」

 

後一歩で押し切れそうになった時、シルヴィは光の衣を解除して槍に移譲していた。

 

同時に槍が少しずつ太くなり圧力が増して押し返される。おそらくシルヴィは俺が一点に影神の終焉神装を集中させる技を使ったのだろう。既に俺の戦い方を何度も見たシルヴィなら出来てもおかしくない。

 

(とはいえこのままじゃ押し負けるし、こっちも動くか……全ての力を右腕に移譲する!)

 

内心そう呟くと鎧が解除されて、その全てが右腕に集まり右腕は丸太のように太くなる。これで条件は同じ、後は気合や体力の勝負だ。

 

そう思った瞬間だった。

 

ピシリ……

 

何かがヒビ割れるような音が耳に入る。何事かと思えば俺の影神の終焉神装とシルヴィの光の槍にヒビが入っている。俺のシルヴィの一撃は並大抵のものじゃ打ち破れない高威力の技だが、高威力同士の激突だからかお互いに深いダメージを受けているようだ。

 

 

そして遂に……

 

 

 

バキィッ……!

 

 

「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

限界が訪れたのか俺の鎧とシルヴィの槍が破壊されて、高威力同士の激突によって生じた衝撃が俺達を吹き飛ばして背中から地面に叩きつけられる。

 

(クソッ……全身が痛え)

 

最後は右腕以外は生身になったので背中に入った衝撃はモロに伝わって激痛が走る。星脈世代だから良かったが普通の人間なら間違いなく背骨が折れているだろう。

 

痛みに悶えながらも身体を起こすとシルヴィも同じように身体を起こしていた。ただし制服もシルヴィ本人もボロボロになっていて世界の歌姫らしくない姿だ。

 

しかし目は死んでおらず強い視線を俺に向けてくる。やはりまだ戦意はあるようだ。

 

 

(まあ俺もあるけどな)

 

そう思いながら自身の中に残っている星辰力を確認する。今俺の中にある星辰力は最大値の1割前後とかなり少ない。これじゃ影神の終焉神装は当然として影狼修羅鎧や影狼夜叉衣も使えないな。

 

とはいえ諦めるつもりはない。レナティ戦では俺もレナティも星辰力とエネルギーが殆ど0だったからジャンケンで勝敗を決めたが、星辰力が残っている以上戦うつもりだ。つーか決勝戦をジャンケンで勝敗を決めたらそれこそ大顰蹙を買いそうだし。

 

見ればシルヴィもフォールクヴァングを斬撃モードにして構える。向こうもどちらかの校章を破壊もしくは意識が消失するまて戦うだろう。

 

俺は息を吐いてからなけなしの星辰力を影に注ぎ込み……

 

「羽ばたけーー影雛鳥の闇翼」

 

 

俺は自身の足首に小さい影の翼を何枚も生やしてシルヴィに向かって走り出す。遠距離からチマチマ攻めても簡単に回避されるから星辰力の無駄だ。

 

 

「ぼくらは壁を打ち崩す、限界の先に境界を越えて、傷を厭わずに、走れ、走れ」

 

対するシルヴィも俺を迎え撃つべく自身の歌声をステージに響かせる。同時にシルヴィアの身体の奥から力が噴き上がるのを理解する。

 

するとシルヴィも俺と同様に距離を詰めにかかる。その速度は速いっちゃ速いが、ダメージが蓄積しているからか万全の状態に比べたらかなり遅い。

 

しかし……

 

「はあっ!」

 

「ちっ!」

 

シルヴィの袈裟斬りに対して足首に生やした翼を羽ばたかせて回避して、身体に鈍い痛みが生まれる。俺自身もダメージを蓄積しているので能力の補助がないと回避するのは厳しい速さだ。能力を使えば回避は出来るも、半ば無理やり身体を動かしているので当然ボロボロの身体に激痛が走る。

 

俺はそれを無視して再度シルヴィとの距離を詰めて、シルヴィのフォールクヴァングにアッパーをぶちかまして跳ね上げる。そうしてガラ空きになったシルヴィの胴体ーーーより正確に言うと胸の校章に拳を放とうとする。

 

しかしその前にシルヴィはフォールクヴァングを持っていない左手で俺の左拳をを鷲掴みにする。

 

シルヴィの掌から骨が軋む音が聞こえてシルヴィは苦悶の表情を浮かべるが口元には笑みを浮かべていた。

 

「貰ったよ……!」

 

アレはマズイと思ったのは束の間、シルヴィはそのまま跳ね上がっていたフォールクヴァングを俺の校章に振り下ろしてくる。肉を切らせて骨を断つってヤツか……!だったら俺も……!

 

「ぐうっ……!」

 

俺もシルヴィに負けじと右手でフォールクヴァングの刀身を掴む。同時に腕の骨が軋み血が流れるが、ここで手を離したら負けに繋がるので死んでも離すつもりはない。

 

現在俺達は下手に動けない状況となった。俺の左拳はシルヴィに掴まれていて、フォールクヴァングを持ったシルヴィの右腕は俺の右手が掴んでいる。つまり両者共に腕を使えなくなっている状況だ。そうなれば……

 

「おらあっ!」

 

「やあっ!」

 

俺とシルヴィは自身らの右足に星辰力を込めて互いの左足に叩きつける。腕が使えないなら足を使うしかない。

 

しかし、俺達の足から骨が折れる音が聞こえ、今まで以上の激痛が走る。やはり骨が折れるのは痛い上に動きに支障が出るから面倒だ。

 

だが俺は動く。そんな痛みに気を取られて負けるなんて絶対に嫌だ。ここまで来たらシルヴィに勝ちたい。

 

だから俺はシルヴィに掴まれた影で出来た左腕を無理やり振り解いてシルヴィの校章目掛けて正拳突きを放つ。するとシルヴィは校章を守る為に身体をズラして拳の着弾箇所を左腕にしながら、右手に持つフォールクヴァングの刀身を大きくして、刀身を掴んでいる俺の右腕に流星闘技を放ってくる。

 

結果……

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

俺の右腕に巨大な斬撃痕が刻まれて、シルヴィの左腕からは骨が折れる音が聞こえてくる。これには思わず俺も我慢出来ずに膝をついてしまい、シルヴィもよろめきながら尻餅をついてしまう。

 

『ここで両者共にダウン!共に激痛に耐えられなくなったのか?!』

 

『まあ両者共に全身にダメージを受けて腕と足が使用不能になっているから仕方ないだろう。なんにせよ決着は近いな……』

 

だろうな。俺は左手は影の義手で右手は斬られてマトモに動かせずに、左足は骨折。対するシルヴィも左腕と左足の骨折と似たような状態だ。

 

加えて骨が折れる前に受けたダメージや、昨日の準決勝で天霧と暁彗にやられたダメージもあって、俺は当然として、シルヴィも疲労困憊だろう

 

しかし……

 

「やって、くれるね……!」

 

シルヴィは瞳をギラギラ輝かせながらも笑みを浮かべて立ち上がる。足はよろめき折れている左腕はブラブラ揺れているが戦意は微塵も衰えず、寧ろ更にプレッシャーを感じてしまう程だ。

 

「そっちこそ、な……長い付き合いだが、お前がここまでギラギラした目をするのは余り見ないぞ」

 

俺がラッキースケベをした日の夜に、俺から搾り取る時に似たような目をするが、その時よりは遥かに強い力を感じる。

 

「そうかもね……負けず嫌いだから、この状況でそういう目が出来るんだと思うよ……」

 

言いながらシルヴィは折れてない右手に持つフォールクヴァングの鋒を俺に向けてくる。

 

「勝負はこれからだよ……!先に言っとくけど、両腕両足が折れても校章が破壊されない限り、意識がある限り戦うからね……!」

 

シルヴィが負けず嫌いなのは知っていたがここまでとはな。

 

(だが……俺も負けるつもりはない。こっちも校章が無事で意識があるなら戦い続けてやる)

 

だから俺も左足が折れているにもかかわらず、膝を起こしてシルヴィと向き合う。

 

(俺はもうマトモに能力を使えるほど星辰力はないがシルヴィもだろうな)

 

もしもシルヴィが星辰力を残しているなら空を飛んで遠距離戦に徹すれば勝てるだろうし。

 

つまり互いに防御に星辰力を回せないので後1、2発食らったら負けだろう。

 

(まさかここまで極限な戦いになるとはな……星露に毒されたからか、楽しくなってきた)

 

こんな状況にもかかわらず、楽しいと思ってしまう俺は間違いなくイカれてるだろう。

 

そう思いながらも俺は息を吸って……

 

「行くぞシルヴィ……!」

 

「うん……!」

 

シルヴィと言葉を交わしてからお互いに距離を詰めにかかる。互いに左足が折れていて痛みが生じているので、観客からしたら鈍臭い動きかもしれないが、今の俺達にとっては全力である。

 

そして距離を詰めると俺は左手の影の手に力を込めて、シルヴィはフォールクヴァングを上段に構えて……

 

「はあっ!」

 

「はっ!」

 

互いにぶつけ合う。同時にフォールクヴァングから俺の身体に衝撃が伝わってくるがシルヴィも限界に近いのが耐えられるレベルだ。

 

同時に俺はフォールクヴァングを受け流して、隙を突いてシルヴィに殴ろうとするもシルヴィも同じ事を考えていたようで、俺よりも早く動き、フォールクヴァングで俺の拳を受け流して……

 

「ぐうっ……!」

 

そのまま俺の胴体を斬りつける。幸い校章には当たらなかったが、胸からは血が噴き出して力が抜ける。全身のダメージに加えて大量の出血、最早俺の意識は朦朧としてきている。

 

しかし……

 

「負けて、たまるか……!」

 

俺は舌を噛んで無理矢理意識を覚醒させて、影で出来た左手になけなしの星辰力を込めてシルヴィの右腕を殴りつける。

 

「ぐっ……うぅぅぅぅっ!」

 

すると骨が折れる音が聞こえると同時にシルヴィは苦しそうな表情を浮かべながら右手に持つフォールクヴァングを地面に落とす。慌てて拾おうとするが右腕に自由が効かないようで、拾えずにフォールクヴァングは地面に落ちる。これでシルヴィに攻める手段はない。

 

そう思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。シルヴィの右腕に一撃を当てると、その時に使った影で出来た左手はボロボロに崩れながら俺の足元にある影に吸い込まれた。

 

これは俺の体力と星辰力と精神力に殆ど限界が来て、能力の維持が出来ないからだろう。

 

(ここでかよ……!後一歩って時に武器を無くすなんて……!)

 

マジでヤバい。右手はシルヴィに斬られて上がらないし、左腕は今崩壊して使えなくなった。左足も折れていて残りは右足だけだが、折れている左足だけで俺の身体を支えるのは無理だろうから右足は上げれないだろう。

 

そうするにシルヴィを倒す手段がないって事だがそれは、シルヴィもだろう。星辰力は枯渇寸前、両腕の骨折、左足の骨折と使えるのは右足しかないが、俺と同じ理由で使えないだろう。

 

(てかマジでどうすんだ?このまま武器がないんじゃ勝て……あ)

 

あるじゃねぇか。最後の武器が。しかもその部位は酷いダメージを受けてないので充分勝ち目はある。

 

内心歓喜の感情を抱いた俺がシルヴィを見ると、シルヴィは何かを閃いたような表情を浮かべたかと思えば俺にボロボロな笑顔を見せてくる。それを見た俺は確信した。シルヴィも俺と同じ事を考えている、と。

 

(実際シルヴィも俺と同じ武器を持ってるからなぁ……)

 

そう思いながら俺とシルヴィはボロボロの身体に鞭打って密着ギリギリまで距離を詰める。

 

「……八幡君」

 

するとシルヴィが唐突に話しかけてくる。

 

「どうした?」

 

予想外の展開に一瞬驚いたが直ぐに返事をするとシルヴィは笑ったまま口を開ける。

 

「負けないから」

 

「こっちのセリフだ」

 

言いながら俺も笑ってしまう。最後の最後って時にこんな穏やかに談笑するとはな。

 

内心苦笑しながらも俺は息を大きく吸うと、シルヴィも同じように大きく息を吸う。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴッッッッッッ……!

 

俺とシルヴィは互いの頭を振りかぶってからぶつけ合う。同時に頭から鈍い音と衝撃が生まれ、生温かい感触が生まれる。おそらく血が流れているのだろう。

 

最後の勝負は頭突き勝負だ。俺もシルヴィもお互いに星辰力は尽きて能力が発動出来ず、両手足も全くと言って良いほど役に立たなくなった以上、俺達に残された武器は頭しか残っていない。

 

しかしシルヴィを倒すには至れてないのでもう一度振りかぶり……

 

 

ゴッッッッッッ……!

 

再度お互いに額をぶつけ合う。すると更に血が生まれて左目が血で見えなくなるが、目の前にいるシルヴィから意識を逸らすのは危険なのでスルーする。つーか左手は無くて右腕は斬られて感覚がないから拭えない。

 

「この、石、あたま、が……っ!」

 

「そ、れは……こっちのセリフ、だよ……!」

 

互いに悪態を吐きながらも、再度頭を振りかぶって……

 

 

ゴッッッッッッ……!

 

3度、頭突きをして額をぶつけ合う。最早頭の感触もなくなってきたが止まる訳にはいかない。

 

(ここまで来たら、勝ちてぇ……!)

 

だから俺はシルヴィよりワンテンポ早く息を吸って……

 

 

ゴッッッッッッ……!

 

「ううっ……!」

 

4度目の頭突きをする。今回はシルヴィが振り切る前に頭突きをしたので俺が押し勝ち、シルヴィは後ろによろめく。

 

しかし俺は止まらない。シルヴィの精神力から察するに勝負が決まるまで1ミリたりとも油断するつもりはない。

 

だから俺は再度、これまで以上に大きく息を吸って頭を振りかぶり……

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで……終わりだ!」

 

 

 

ドゴッッッッッッッッッ……!!

 

最後の力を振り絞り、渾身の一撃を叩き込む。

 

(立つな……!俺は、もう……限界だ……!)

 

今はなんとか意識を保っているが一瞬でも気を抜いたら即座に意識を失う自信がある。

 

そんな事もあって祈るように目の前にいるシルヴィを見れば、シルヴィはこちらを見ながら笑みを浮かべて……

 

 

 

 

 

 

 

「……おめでとう」

 

小さく、それでありながらハッキリした口調でそう言うと、口元に笑みを浮かべたままゆっくりとこちらに倒れてくる。地面に倒れ伏すも起き上がる気配はない。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

『シルヴィア・リューネハイム、意識消失』

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

そんな声が耳に入る。同時に俺は理解する。俺がシルヴィに勝利した事を。

 

そして俺の胸中には歓喜が流れてくる。

 

(はっ……遂にやった……って、俺も限界か……)

 

優勝した事に安堵したのか気が抜けてしまい、意識が朦朧としながらも横に倒れていくのを理解する。

 

(ま、勝ったし良いや……楽しかった、ぜ……シル、ヴィ……)

 

そのまま床に倒れ伏す。最後に感じたのはステージの冷たい床の感触だった。




次回、本編最終回です


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学戦都市でぼっちが動く

『ここで試合終了!歴代最高と評される今回の王竜星武祭で頂点に立ったのはレヴォルフ黒学院の比企谷八幡選手ーっ!』

 

『最後の戦いは素晴らしかった。比企谷選手もリューネハイム選手も文字通り、持てる力を全て出していたからな。覇を競う王竜星武祭らしい終わり方だ』

 

実況と解説の声が聞こえる中、シリウスドームにいる観客らは大歓声をあげていた。

 

八幡とシルヴィアの戦いは正真正銘、全てを賭けた試合だった。出し惜しみなく能力を使い、星辰力が少なくなったら体術による激突、終いには両手両足が使えなくなっても諦めず頭突きのぶつかり合い。観客からしたら血湧き肉躍る戦いであり、ただただ大興奮する試合であった。

 

八幡とシルヴィアがステージに倒れ伏すと即座に救護班がステージに入ってきて、2人を担架に乗せて搬送するが、その間観客は皆八幡とシルヴィアに拍手を惜しげなく送り続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

「あーあ……小町も強くなったけどまだまだ足りないなぁ」

 

「そうだな……私が5回戦で戦った時の比企谷は万全から程遠かったしな」

 

「確かに比企谷君は強いです、加えて後一回星武祭に参加する資格を持ってますから来シーズンの王竜星武祭も大変でしょう」

 

「……問題ない。その時までに綺凛も小町も強くなっている」

 

「紗夜先輩?!」

 

「それにクローディアもいるしね。俺とユリスと紗夜は今回で引退だけど、綺凛ちゃんも小町ちゃんは来シーズン、頑張ってね」

 

「「はい!」」

 

 

星導館の専用観戦室にて小町と綺凛は来シーズンに備えて気合を入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

「すごいすごーい!はちまんが勝ったー!やったー!」

 

「ふふっ、レナティは本当に八幡ちゃんのことが好きだねー」

 

「うん!レナまた今度はちまんとバトルしたい!」

 

「そっかー。じゃあ次は勝つように頑張ろうね?」

 

「うん!おかーさんも頑張ってね!」

 

「ふにゅ?何を頑張れば良いの?」

 

「おじーちゃんと恋人になる事!アレ?でもおかーさんとおじーちゃんって恋人になれるのかな?」

 

「な、ななな何でそんな話になるのかな?」

 

「にゅ?だっておとーさんやおにーちゃん、はちまんも言ってたよ?おかーさんとおじーちゃんは喧嘩ばかりしてるけどりょーおもいだって言ってたよ?」

 

「ちょっ?!カミラにアルディに八幡ちゃんも何言ってんだか……!レナティ違うからね?!私と将軍ちゃんは両想いじゃないからね!」

 

「え?おかーさん、おじーちゃんの事好きじゃないの?」

 

「え?!と、当然だよ!実際私と将軍ちゃんは敵だしね……ま、まあ偶に話していて楽しいって思ったり、偶に一緒にに居たくなったりしたり、優しくしてくれたりしてるから大っ嫌いって訳じゃないけど……さ」

 

「うん!やっぱりおかーさんとおじーちゃんは仲良しだー!」

 

「何でそうなるのかなぁ?!」

 

アルルカントの専用観戦室にてレナティが元気良くはしゃぐ中、エルネスタ真っ赤になって否定をする。

 

しかしこの時の彼女は知らなかった。自分は材木座と喧嘩をしながらもこれから先ずっと一緒に過ごす事を

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほほほっ!実に見事な試合じゃったのう!」

 

「そうですねー。まさか最後は頭突きで決着をつけるとは思いませんでしたよ」

 

「うむ。やはり八幡にしろシルヴィアにしろ、是非ともウチに来て欲しいのう……」

 

「いやいや。比企谷さんは卒業した後はW=Wに就職が決まっているらしいですから無理ですよ。シルヴィアさんは言うに及ばずです」

 

「うーむ……ならば仕方あるまい。2人が退院次第レヴォルフとクインヴェールに殴り込みに行く事にしようではないか。暁彗や、ぬしも儂と同伴して楽しもうではないか」

 

「御意」

 

「いやいやいや!殴り込みは勘弁してください!大師兄も悪ノリしないでください!」

 

「あー虎峰。私、トイレに行ってくるから」

 

「って、逃げないでくださいセシリー!」

 

界龍の専用観戦室にて、星露はぶっ飛んだ提案をして暁彗がそれに乗り気で虎峰は慌てて2人を止めにかかり、セシリーは逃げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「やった……!八幡さんが勝った!」

 

「そうですわね……泥臭い試合でしたが、目が離せず不思議と興奮してしまいましたわ」

 

「そうだね。それにしてもレヴォルフの生徒が優勝して嬉しくなるのは今回だけかもね」

 

「今回が異常ですからね。というか何故比企谷さんってレヴォルフなんですか?六花園会議で話す時も話が通じますし、余り粗暴ではないですし他所の学園ーーーそれこそウチでも浮く事なく通えると思いますが」

 

「でしょうね。呆れた事にあの男、編入先をクジ引きで決めたのですの」

 

「「ええっ?!」」

 

「……まあその反応が普通ですわよね」

 

「ははっ。もしもウチに来てくれたなら獅鷲星武祭三連覇出来たかもね」

 

「……本当に破天荒な人だ」

 

「(まさか八幡さんがクジ引きで入る学校を決めてたなんて……もしもガラードワースに来てくれたら八幡さんとの学園生活を送れて最初に八幡さんの恋人になれたかもしれないのに……いやいや!まだ諦めるのはダメ……シルヴィアさんには認められたんだし、これから頑張って八幡さんとオーフェリアさんに認められて、八幡さんのお嫁さんにならないと……!)」

 

 

ガラードワースの専用観戦室にてアーネストは出会ったばかりの八幡の発言を思い出して苦笑をして、レティシアとエリオットは呆れ返り、ノエルは八幡と過ごす学園生活を妄想して、今後八幡の嫁になれるように一層奮起したのだった。

 

ちなみにこの5年後、ノエルは八幡と……

 

 

 

 

 

 

 

「隼人!」

 

「優美子?!それに皆?!どうして君達が?!」

 

「それがヒキオを粛清しようとしてシリウスドームに行ったら、ヒキオの妹に会って、隼人の事を屑呼ばわりしながら襲いかかってきて……」

 

「なっ?!兄妹揃って性根が腐ってるなんて……!優美子、今は我慢だ。いつか必ず懲罰房を出て、比企谷達を正義の名の下に粛清するぞ!」

 

「隼人……うん!あーしらは間違ってないよね!」

 

『そうだ!俺達は間違ってない!』

 

『俺達は誇りあるガラードワースの未来を担う人間なんだから正しいに決まってる!』

 

『今は捕まっているが、いつか葉山君が比企谷八幡から全てを救ってくれるさ!』

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

「皆……ありがとう!これからも俺に付いてきてくれ!比企谷から世界を救うぞ!」

 

『もちろん!』

 

ガラードワースの懲罰房にて、葉山隼人は突如やってきた三浦達に驚くも彼女らの発言(全て嘘)を聞いて比企谷兄妹に怒りを抱き、懲罰房を出てから八幡と小町を粛清すると誓ったのだった。

 

それを聞いた三浦達は内心喜びながら葉山の応援をし始める。そこには確かに希望が満ちていた。……正しい希望かはさておき。

 

尚、看守室にいる看守が呆れ果てているのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「ぐすっ……シルヴィアさーん!」

 

「良い勝負だったぜー!うぅっ……」

 

「最高よー!……ひっぐっ」

 

「……本当に見事だったわ……スン」

 

「素晴らしかったですぅ……!」

 

「おいおいルサールカよ泣くなって……ま、良い勝負だったのは同感だけどよ」

 

「ええ。結局シルヴィアが優勝出来なかったのは残念ですが」

 

「ま、そういう事もあんだろ。重要なのは楽しめたかどうかと、敗北を次にちゃんと活かせるかだぜ?」

 

「そうですね……まあシルヴィアなら大丈夫でしょう」

 

「だろうな……って訳でペトラちゃん。閉会式と表彰式終わったら飲みに行かね?」

 

「随分と急な誘いですね。まあ偶には良いでしょう。ちなみに場所は?」

 

「ん?ホテル・エルナトの展望バー」

 

「……良くそんな席を手に入れられましたね。一体どうやって?」

 

「知りたいか?」

 

「遠慮しておきます。絶対に聞きたくないです」

 

クインヴェールの専用観戦室にて、ルサールカは人目を憚らずに泣き始めて、涼子は2人の試合を肴に酒を飲み、ペトラは涼子の質問に対して関わらないことを決めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い勝負だったね……」

 

「はい。全てを賭けた戦い……私、胸が熱くなってしまいました」

 

「私もですわ!2人とも実に見事に一進一退の攻防でしたわ!」

 

「私もいつか、あんな風に強くなりたい……!」

 

「ニーナならきっとなれるわ。ねぇオーフェリア?……オーフェリア?」

 

「…………何?」

 

「何でもないわ。それより涙は拭きなさい。感動したって気持ちはわからなくもないけど、貴女は後で八幡とシルヴィアに会いにいくのよ?どうせなら優しい笑顔で迎えてあげないと」

 

「っ……そうね。ありがとう……私、八幡とシルヴィアの所に行って良いかしら?」

 

「もちろん。私達は待ってるからごゆっくり」

 

「ええ……じゃあまた後で」

 

チーム・赫夜もルサールカ同様に感動して、オーフェリアは涙を流しながらも八幡とシルヴィアが向かったであろう治療院に向かって走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「……知らない天井だ」

 

「そうだね……でも横には知っている人がいる」

 

目を覚ますや否やそう呟くと、横から声が聞こえたので顔を動かすと……

 

「おはよう八幡君」

 

隣にはシルヴィが笑みを浮かべて俺を見ていた。そして横の時計を見れば3時過ぎ。決勝は正午からだったので3時間近く寝ていたのだろう。

 

「おはようシルヴィ、やった俺が言うのもアレだが随分とボロボロだな」

 

シルヴィはベッドの上にいて、頭には包帯を巻いていて両腕と左足にはギプスが付いていて明らかにボロボロだった。

 

「いや、八幡君も大差ないからね?」

 

言われて俺は自分の状態に気付く。頭には包帯を巻いていて、右腕には包帯が巻かれていて左腕は肩から先が無く、左足にはギプスとシルヴィと大差ない。

 

「だな……しかし痛みが全くないから治癒能力による治療をして貰ったみたいだな」

 

「そうだね……それにしても、今年は勝てると思ったんだけどなー」

 

シルヴィはそんなことを言っているが、そこまで悔しそうではなく、寧ろ満足した表情だった。

 

「ありがとうね八幡君。負けたのは悔しいけど楽しかった。最後に戦えたのが八幡君で良かったよ」

 

そんな風に礼を言ってくるが、俺も同感だ。シルヴィと持てる全てを賭けた戦いは激痛が伴ったがスカッとした気分で幕を下ろしたからな。

 

「俺もだよ。お前と戦えて良かった」

 

シルヴィとの試合ーーーいや、今回の王竜星武祭を通して俺は更に強くなれたと思っている。一部を除いて、どの試合も俺の糧になれただろう

 

 

そんな風に思いながらシルヴィと笑い合っていると……

 

 

「八幡、シルヴィア。入るわよ」

 

オーフェリアが病室に入ってくる。見れば目元が赤く、息を切らしていた。そして俺達の元に寄ると今まで1番優しく、それでありながら美しい笑みを浮かべて……

 

 

「2人とも、お疲れ様……!」

 

俺とシルヴィを労ってくる。それだけで俺は幸せな気分になってくる。見ればシルヴィも同じ気持ちのようで優しい笑顔を浮かべている。今すぐハグしたいが、俺もシルヴィも腕が動かないので断念する。

 

「うん。オーフェリアも激励ありがとね」

 

「全くだ。退院したら美味い飯を食わせてくれや」

 

「……わかったわ。腕によりをかけて作るわ」

 

オーフェリアは満面の笑みを浮かべながら小さく頷く。その笑顔は初めて会った頃には絶対に浮かべないような笑みで見ていて興奮してしまう。

 

(ああ、やっぱりアスタリスクに来て良かったな……)

 

俺は心からそう思う。昔は一人で本を読んで、ボンヤリと過ごしていれば満足だったが今では無理だろう。

 

アスタリスクに来て色々癖のある人間と出会ったり、自分より遥かに強い人間や互角に渡り合える人間と戦ったり、可愛い弟子達を通じて戦いの楽しさを知ったりと、楽しい事だらけだ。可能なら死ぬまでこんな風に過ごしたいものだ。

 

 

「じゃあグラタンはお願いな」

 

「あ、私もオーフェリアのグラタン食べたい」

 

「ふふっ……はいはい」

 

そんな事を考えながら俺達は他愛ない雑談を楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

3時間後………

 

 

「ーーー以上の事から今回の王竜星武祭は歴代最高だと判断出来ます。力と力の激突、全てを賭けた戦いと個人戦の王竜星武祭らしい戦いーーー」

 

俺は今車椅子に乗ってシリウスドームーーーより正確に言うと表彰式のステージにて、運営委員長の話を聞いている。隣には同じように車椅子に乗っているシルヴィと、俺達の後ろにオーフェリアとルサールカのミルシェがいる。

 

俺とシルヴィは生徒会長故に原則表彰式と閉会式には出ないといけないが、今回は運営委員会からは出なくて良いと言われた。

 

しかしシルヴィが最後の星武祭だし表彰式には出たいと言ったので、俺も出る事にした。その時にヤン院長は物凄い怒ったが最後には車椅子での参加ならと許可したので表彰式に参加する事が出来た。

 

ちなみに表彰式に出席する選手は優勝者と準優勝者だけであるのに何故オーフェリアとミルシェがいるのかというと、俺とシルヴィは両腕がマトモに動かせずにトロフィーが受け取れないので代わりに受け取る為だ。

 

 

そんな事もあって俺とシルヴィは表彰式に参加しているが、参加すると言った時の知り合いの反応は凄かった。最初は無理しないで寝ろと物凄く反対して説得に苦労したし。(特に小町やノエル)

 

閑話休題……

 

ともあれ俺とシルヴィとオーフェリアは今表彰式のステージに立っている。その際に同じ生徒会長のフォースターとエンフィールドは呆れ顔を、左近は苦笑い、星露は楽しそうに笑っているが気にしないでおく。

 

「さて、それでは優勝者と準優勝者をお呼びしようか」

 

そんな事を考えていると運営委員長がそう言ってくるので、オーフェリアが俺の、ミルシェがシルヴィの車椅子を押して委員長の前に出ると観客席から大歓声と拍手が沸き起こった。

 

「先ずはシルヴィア・リューネハイム、どんな時も笑みを絶やさずに戦いした事を称える。準優勝おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

シルヴィがボロボロになりながらも一礼すると大きなトロフィーを差し出されるのでミルシェが代わりに受け取る。

 

運営委員長は1つ頷くと、次は俺と向き合ってシルヴィが受け取ったトロフィーより一段と大きなトロフィーを取り出す。そこにはアスタリスクの象徴たる六角形の紋章が刻まれている。アレこそ星武祭に参加する人間がなによりも求めるものである。

 

「そして比企谷八幡。力を象徴とする王竜星武祭にて、あらゆる強者を文字通り力で打ち破った事を称える。優勝おめでとう」

 

「どうもっす」

 

俺が一礼すると優勝の証たるトロフィーを差し出されるので、オーフェリアが俺の前に出て代わりに受け取る。

 

すると運営委員長は俺とシルヴィに向きを変えるように促す。同時にオーフェリアとミルシェが車椅子を動かして、メディアの取材陣がいる方向に身体を向けられる。

 

「さあ!我々に至上の戦いと興奮を与えてくれた彼らに盛大な拍手を!」

 

同時に会場から先程以上の歓声と拍手が巻き起こり、フラッシュが焚かれまくる。王竜星武祭が始まってから最も盛大で熱狂的な喝采だ。

 

 

(ふぅ、目立つのは好きじゃないが……偶にはこういうのも悪くないな)

 

内心苦笑しながら俺は暫くの間、拍手と歓声を受け続けたのであった。

 

 

初めて足を踏み入れた頂点が立つ場所……思っていたより居心地が良かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………

 

………………

 

………………………

 

………………………………

 

 

 

 

「……て」

 

真っ暗の中、いきなり声が聞こえて身体に軽い衝撃が走る。何なんだよ一体?

 

「起き……い。もう……よ」

 

次の瞬間、さっきよりハッキリした声が聞こえて身体を揺らされる。同時に目を閉じている事を理解する。

 

だから……

 

「んんっ……」

 

目を開ける。するとそこにはスーツを着た女性が呆れた表情を浮かべていた。長い常盤色の髪にミステリアスな雰囲気な美女。彼女は……

 

「フロックハート……いや、クロエか」

 

「そうよ。だけど貴方にフロックハートって呼ばれるのは久しぶりね。昔の夢でも見たのかしら?」

 

「ああ。俺がシルヴィを王竜星武祭で倒したーーー20年以上前の夢をな」

 

随分と懐かしい夢を見た。それでありながら鮮明な夢を。同じ夢を偶に見るが毎回鮮明な夢である。

 

「なるほどね……貴方が私をクロエ呼びするようになったのはW=Wに就職してからだし、フロックハート呼びをしても仕方ないわね」

 

「だな。それより本題に入るぞ。俺を起こしたって事は仮眠時間は終了で仕事が来たんだな?」

 

「ええ。さっき報告があって歓楽街を根城とするマフィアグループが最近W=Wの所有する倉庫を出入りしているらしいからその情報を集めてこいとの事よ」

 

歓楽街のマフィアがW=Wの所有する倉庫の出入り……コソ泥だとは思うが容赦はしない方が良いな

 

「了解。クロだとわかったら潰した方が良いか?」

 

「いえ。とりあえず情報の収集を第一にしろとの事よ」

 

「はいよ。んじゃさっさと終わらせて家に帰らないとな」

 

「あら。自分の妻達に早く会いたいからかしら?」

 

クロエがからかうように笑ってくるが、それだけじゃない。

 

「それもあるが、今日は茨がウチに帰って来るんだよ」

 

可愛い愛娘がやって来るんだ。思い切り可愛がって仕事のストレスを発散しないといけない。そんな中、仕事を明日に回すなんて絶対に嫌だ。

 

「茨ちゃんが帰ってくるの?何で?」

 

「茨は週に一度は親と過ごしたいってガラードワースの寮じゃなくて、俺んちで過ごすんだよ。マジで天使じゃね?」

 

「……相変わらずの親バカね。でも毎週必ず自宅に帰るなんて律儀じゃない」

 

「だろ?それに比べて他の3人ーーー歌奈も翔子も竜胆も各学園に入学して3ヶ月近いのに1回も帰って来ないんだぜ。お父さん寂しい」

 

いっそ俺が直接出向こうか?……いや、それやってキモがられたら嫌だしな……

 

「歌奈は今アメリカ横断ツアーなんだから仕方ないでしょう。翔子ちゃんと竜胆ちゃんは何故?」

 

「翔子はレヴォルフの女子を全員纏め上げてヤンチャしまくってて、竜胆は毎日黄辰殿に籠りきりって虎峰から聞いた」

 

俺には娘が4人いるが全員その学園に染まっている気がする。

 

「破天荒過ぎね……まあ良いわ。それより時間よ。八幡に地図データを送るから現場に向かって頂戴」

 

「あいよ。んじゃ情報手に入れたら直ぐに送るから、対策しとけよ?」

 

クロエにそう言ってから俺は自身の影に星辰力を込めて、そのまま影の中に入る。俺が情報収集に向かう時は絶対にバレないようにW=Wの社内から影の中に入っている。

 

レヴォルフを卒業して20年近く経過した。当時は星武祭だの序列戦だの生徒会長の仕事で忙しかったが、今は諜報員をやったり教師をしたりと学生時代よりも忙しい。

 

だが……中学時代の頃ならいざ知らず、今の俺は大変とは思っても嫌ではない。

 

そう思いながらも俺は影に潜ったまま端末を開き、愛する妻達からの行ってらっしゃいメールを見て幸せな気分になりながらもW=Wの本社を出て歓楽街に一直線に突き進んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……と。家族の為にも、頑張って働きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学戦都市でぼっちは動く 完




ひとまずこれで本編は終了です。読者の皆様、読んでいただきありがとうございます。

今後の予定としては前に言ったように本作品の後日談や番外編、次回作の予告を投稿していきます。

その際投稿ペースは少し遅くなりますがご了承ください

今後もよろしくお願いします


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後日談
後日談編 比企谷八幡は仕事を終えて家族の元に帰宅する


「そんじゃ次は3日後の夜7時に、クインヴェールの港湾ブロックに攻めるぞ。その時間は見回り擬形体の交代時間である情報を手に入れたからな」

 

 

「ああ。その際はクインヴェール本陣に火を放って気を引けよ」

 

アスタリスク歓楽街、その中でマフィアが多く集まる一角にて、俺比企谷八幡は影の中に入ってマフィア『ディアス・フィアーズ』のアジトに潜入して情報を収集している。部屋では幹部クラスと思える2人が話し合っている。

 

『ディアス・フィアーズ』は歓楽街にある中堅マフィアの1つで、構成員は100人程度と少ない。ロドルフォが頭目をしている『オモ・ネロ』は今や2000人近くだが、この程度の規模のマフィアなら恐るるに足りない。

 

(今回は命令に従って情報収集に徹するが、これなら俺一人でも潰せるだろ)

 

内心そう思いながらも任務を遂行するべく、奴らのやり取りを記録する。情報が漏れない限り連中は3日後の夜7時に港湾ブロックに攻めるだろうから、W=Wはそこで捕まえてから『ディアス・フィアーズ』を潰す感じで動くだろう。

 

そこまで考えている時だった。

 

 

「皆さーん。予定は出来上がりましたかー?」

 

ドアが開いて甘ったるい声が聞こえてくる。瞬間、嫌な気分になる。この声、二十年以上聞いていないが忘れはしない……!

 

 

 

「あ、いろはちゃん!3日後に港湾ブロックから盗む事を決めたよ!」

 

そう、かつて俺に逆恨みをして色々とふざけた事をやった一色いろはなった。

 

(学生時代に失禁して精神病院に入院したのは知っていたが、まさかマフィアになってるとはな……って事はW=Wにちょっかいを掛けるのは俺に対する逆恨みか?)

 

「そうですか〜?ありがとうです〜」

 

それを聞いた一色はあざとい笑みを浮かべる。同時に男2人は鼻の下を伸ばす。人の趣味についてアレコレ言うつもりはないが一色って俺より一年下だったよな?俺は今38歳で今年39になるから一色は37か38な筈、幾ら見た目が若いからって鼻の下伸ばし過ぎだろ?

 

(まあ情報は得たしデータを送るか)

 

内心3人のやり取りに呆れていると3人揃って部屋を出るので、影の中からクロエの端末に録音データを送信する。そしてそのまま天井に移動してテーブルの上にある地図を見る。てか幾らアジトの中だからって置きっ放しにするなよ。俺みたいに影に潜れる奴からしたら馬鹿極まりないぞ?

 

(とはいえありがたいけど……ふーん。恐らく地図にバツマークが付いてある場所を狙うのだろう。場所はAー7にCー4、Gー14に、Kー2だな)

 

場所を確認しながら影の中から写真を撮ってクロエに送信する。すると直ぐに電話が来るのでそれに出る。

 

「もしもし」

 

『情報ありがとう。後は私が上と話すから上がって良いわよ』

 

「わかった。じゃあ任せた」

 

『ええ……あ、それとさっきソフィアから連絡があって来月に日本に来るらしくて、貴方とも会いたいって言っていたわよ』

 

ほう。ソフィアさんが来日するのか。偶に連絡はするが直で会うのは久しぶりだな。

 

「そうか……んじゃ来月は仕事を入れ過ぎないように頼んどくわ」

 

『私も来月の仕事は入れ過ぎないようにするわ。私からの連絡は終わり。また週明けに』

 

その言葉を最後に通話が終わったので俺は端末をポケットに入れてから影に潜ったまま『ディアス・フィアーズ』のアジトを後にした。

 

アジトを出る直前に嬌声が耳に入ったが気にしない事にしたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

「漸く着いた……」

 

アスタリスク外縁居住区にある自宅の前に着いた俺は影から出て息を吐く。時刻は既に10時を過ぎている。土曜の夜と言っても中央区からは離れている為、人は殆どいなかった。

 

仕事を終えて疲労困憊の俺はポケットから鍵を取り出して玄関の鍵穴に差し込む。その気になれば影に潜ったまま家に入れが、10年ぐらい前にそれやって、当時4歳だった娘の1人の歌奈を泣かしてしまったので以後一度もやっていない。

 

「ただいまー」

 

そんな事を考えながらも鍵を開けると、リビングの方からドタバタと足音が聞こえて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「おかえり(なさい)、八幡(君)(さん)!」」」

 

美しき嫁達が一斉に抱きついてくる。俺はいつもの事なので慌てずに3人を抱き返す。

 

「ただいま。シルヴィ、オーフェリア、ノエル」

 

美しき嫁達ーーーシルヴィとオーフェリアとノエルに挨拶を返しながら3人の顔を見る。

 

「お仕事お疲れ様。ご飯は食べてきた?」

 

そう尋ねてくるのはシルヴィ。元世界の歌姫でありもう直ぐ40にもかかわらず、20代で通用するくらい若く見える。天は二物を与えずというが、シルヴィを見ていると絶対に嘘と思えてしまう。

 

「いや、食べてない」

 

「じゃあ夕飯の残りがあるから準備するわ。今日は私が担当したの」

 

言いながら優しい笑みを浮かべるのはオーフェリア。かつては全てに絶望していて深い悲しみを抱いた表情を浮かべていたが、今は見る影もなく明るい性格となっている。趣味で花屋を経営しているが従業員とは楽しそうにやっていてとても嬉しく思う。

 

「なら楽しみにしてる、後茨はいないのか?」

 

「茨ちゃんは来客用の部屋で勉強をしてますよ八幡さん」

 

そう言って来客用の部屋を指差すのはノエル。元々は俺の弟子だったが途中で俺の事を好きになって告白してきたのだ。

 

当初は付き合う気は無かったし、オーフェリアもシルヴィも最初は認めてなかったが、ノエルは諦めずにアプローチを重ねて結果、王竜星武祭でシルヴィが認めて、その3年後、俺が大学3年の時にオーフェリアが認めて、遂には俺も大学を卒業する直前にノエルの事を認めてしまい、大学卒業と同時に結婚した。

 

……まああの時の話は止めよう。今は幸せだが当時はエリオットの胃が爆発したり、どっかの葉虫グループが俺を殺そうとして捕まったりと大変だったし。

 

「そうか。じゃあ飯を食う前に会ってきて良いか?茨を見て疲れを癒し「お父様!」おう茨。直で会うのは1週間ぶりだな」

 

元気な声を出しながら俺に抱きついてくるのは比企谷茨。俺とノエルの子供で、長い緑髪を持ち目元を隠していて小動物のような雰囲気を醸し出すなどノエルと瓜二つだ。違いがあるとすればノエルの見た目がロリっ子で、茨はロリ巨乳である所だろう。

 

しかし可愛い見た目に反してメチャクチャ強い。茨がガラードワースに入学して3ヶ月しか経過してないが入学して最初の公式序列戦で冒頭の十二人を除いて最高位の13位を、その次の公式序列戦でガラードワースの序列1位のメリクリウス・ブランシャールを撃破して1位の座と生徒会長の座を手に入れた。

 

そんな風に強い彼女だが、俺からしたら愛する子供の1人だ。

 

「お父様と会うのを楽しみにしていました……」

 

茨はウットリした声でそう言ってくる。やっぱり俺の娘クソ可愛いわ。妻も居るし、ここで歌奈と翔子と竜胆もいれば天国なんだがなぁ……

 

「そうか。俺もだよ」

 

「はい!それでお父様。今日も一緒にお風呂入ったり寝てくれませんか……?」

 

ったく、この甘えん坊め!まあ甘えられると幸せだから良いけどさ。

 

「はいよ……まあ、その前に、飯を食わせてくれや」

 

ぶっちゃけ仕事漬けで疲れたし。

 

 

 

 

 

 

 

「はい八幡、あーん」

 

「あーん……うん、美味いぞオーフェリア」

 

「ふふっ……大好きよ」

 

「ああ。俺も大好きだよ」

 

食卓についた俺はオーフェリアのあーんによって差し出された餃子を食べる。ただでさえ美味い料理があーんによって更に美味くなる。オーフェリアマジ天使。

 

「次は……サラダが食べたいな」

 

「では私が……あーんです」

 

次にサラダに近い茨が俺にあーんをしてくるので口を開けてあーんされる。

 

「お父様……美味しいですか?」

 

「ああ。オーフェリアの美味い料理に茨のあーんが加わって最高だ」

 

「嬉しいです……ありがとうございます」

 

茨は頬を薄っすらと染めながら微笑み礼を言ってくる。もう最高、俺の娘マジで可愛過ぎる。

 

「んじゃ次は米が食いたいな」

 

「じゃあ私が……は、八幡さん……あ、あーん」

 

次にノエルが箸で米を摘んで俺に突き出してくる。既に千回以上あーんしているのに慣れてないのか、ノエルは未だに恥じらいの表情を浮かべながらあーんをしてくる。

 

「(ま、恥じらいがある方が可愛いから良いけど)はいよ、あーん」

 

ノエルのあーんによって米が口に入るのでゆっくりと食べると、口の中に甘みとノエルから伝わる愛情が広がる。

 

「最高」

 

「本当ですか?」

 

「だから毎回確認すんなって。普通にお前のあーんは最高だからな」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

ノエルは恥じらいながら礼を言ってくる。もう何なの?毎回思うがお前ら俺を幸せにしないと気が済まないのか?

 

「んじゃ次は……ソーセージを頼むわ」

 

「じゃあ私だね……んっ」

 

するとシルヴィは当然のようにソーセージを咥えて突き出してくる……おい。

 

「いやシルヴィよ、今日は茨がいるんだぞ?」

 

シルヴィだけでなくオーフェリアやノエルともソーセージゲームとかフライドポテトゲームをやるが、娘の前でも当然のようにやるのは……

 

「大丈夫ですお父様。既に何回か見ていますので慣れました」

 

「なら良いが……んっ」

 

内心苦笑しながらもソーセージを咥えるとシルヴィは物凄い速さで食べ始めて……

 

 

ちゅっ……

 

唇が合わさる。同時にソーセージの肉感にシルヴィのキスが上乗せされてメチャクチャ美味くなる。

 

「どうかな八幡君?美味しかった?」

 

「当然」

 

「なら良かった……大好きだよ」

 

シルヴィのキスが添えられたソーセージを不味いと思う男はいないだろう。まあ他の男に食わせる気は毛頭ないけど。

 

そんな事を考えながらも食事は進んでいく。俺の手元には食器はない。基本的に毎日嫁達(週に一度は茨も)が食べさせてくれるから必要ないが故に。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

 

「お父様……ちゃんと洗えてますか?」

 

俺は今、風呂で茨に背中を洗って貰っている。ちなみに嫁3人は既に身体を洗い終えて湯船に浸かっている。

 

「ああ。ただもう少し強く頼む」

 

茨の洗い方は少し弱過ぎるし、もう少し強い方が俺としてはありがたい。

 

「わかりました……では」

 

すると背中に少し重みを感じる。あぁ……実に気持ちが良い。愛娘に背中を洗って貰えるなんて幸せ過ぎる。

 

「最高。じゃあ流してくれ」

 

「はい、お父様」

 

言うなり茨はシャワーの水を出して俺の身体に付いてあるボディーソープを洗い流す。暫くシャワーを浴びると身体が綺麗になった自覚が湧く。今日は割と暑くて汗をかいたが、それを流したからだろう。

 

「さて……んじゃ入るぞ」

 

言いながら茨と湯船に入ると……

 

「おい……入って直ぐに抱きつくなお前ら」

 

前方からシルヴィが、右方からオーフェリア、左方からノエルが抱きついてきて、一拍置いて後方から茨が抱きついてくる。同時に4人の柔らかい身体の感触が伝わってくるので、思わずツッコミを入れてしまうも。

 

「「「「だって八幡(八幡君)(八幡さん)(お父様)に抱きつくのは気持ち良いから(ですから)」」」」

 

こいつら……天使じゃねぇか。そこまで言われたら抵抗する気も失せるな。

 

そう思いながらも4人の抱擁を受け入れる。後ろから抱きついてくる茨は仕方ないとして、前と左右に抱きついてくるシルヴィ、オーフェリア、ノエルの顔を見て癒される。

 

マジでヤバ過ぎる……4人は自分の命より大切な存在であり、まるで麻薬のようだ。一緒に居ればいるほど、一層求めてしまっている。

 

(前から分かっていたが、何とか自制する術を考えないとな。俺って普段は冷静だけど、場合によってはすぐに冷静さを失うし)

 

しかし……

 

「八幡、大好き」

 

「八幡君、好きだよ」

 

「八幡さん、愛しています……」

 

「お父様、もう少し強く抱きしめても良いですか?」

 

うん、やっぱり逆らえません。これに逆らうのは絶対に無理だろう。

 

そんな事を考えながらも4人を離すことはせずに、のぼせるまでの30分、ずっと抱きしめられていました。

 

 

 

 

 

30分後……

 

「んじゃノエルに茨、寝るぞ」

 

自室の寝室に入りながらそう返す。既にベッドの上にはノエルと茨がいる。基本的には4人で寝るが、茨が帰ってくる日はノエルと茨の3人で寝ている。その辺りはシルヴィもオーフェリアも理解して気遣ってくれる。

 

「はい……それじゃあお父様お母様、お休みのキスをしてください」

 

茨は期待するような眼差しで俺とノエルを見てくる。俺には娘が4人いるが茨は1番ファザコンでありマザコンであると思う。

 

なんせ歌奈は10歳で、翔子は6歳、竜胆は8歳で親と一緒に風呂に入らなくなっり一緒に寝なくなったが、茨だけは13になっても一緒に風呂に入ったり一緒に寝ている。自分で言うのもアレだが間違いなくファザコンでマザコンだろう。

 

ともあれ……

 

「はいよ」

 

ちゅっ……

 

言いながら茨の額にキスをする。俺は親バカだからな。特に文句なく毎回茨の額にキスをしている。

 

見ればノエルも同じように茨の額にキスをする。

 

「ありがとうございます。これで良い夢が見れます」

 

「そうかい。んじゃ電気を消すぞ」

 

言いながら電気を消す。普段ならノエルともお休みのキスをするがノエルの場合、娘の前では恥ずかしいので今日はしないで寝る。

 

ベッドに入ると俺とノエルは茨を間に挟んで優しく抱きしめる体勢を取る。

 

「お休みノエル、茨」

 

「はい……お休みなさい。八幡さん」

 

「お休みなさい、お父様お母様」

 

最後にお休みの挨拶をして俺達は睡魔に逆らわず、ゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

こんな風に俺達の平和な日常は続いているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「出ろ葉山隼人。出所だ。もう二度と戻ってくるなよ」

 

「……はい。(比企谷……俺の正義の刃を回避して、警備隊を洗脳させて……よくも俺を刑務所に押し込んでくれたな……!今に見ていろよ!)」




はい。後日談1話目です。

それと大人になった八幡達の情報については後書きに書きますのでよろしくお願いします


登場人物紹介

比企谷八幡 (38)
W=W所属諜報機関実働部隊隊長兼クインヴェール女学院戦闘部門担当教師

学生時代に交わしたペトラとの契約によりレヴォルフ卒業後にW=Wに就職。影に潜るという破格の能力によってW=Wの諜報能力を大幅に伸ばし6つの統合企業財体トップにした。その功績によってエリオット、クローディアに続き史上3人目の星脈世代出身の最高幹部候補に挙げられるも精神調整プログラムを受けたくない為辞退して、中堅幹部として過ごしている。

週に3日クインヴェールの教師として生徒に戦闘技術を叩き込んでいる。面倒見の良い事から生徒から慕われて割とラブレターを貰ったり、告白もされている。

一応全部断っているが嫁に知られた場合、その日の夜は乾涸びるまで搾り取られる。



比企谷・R・シルヴィア (39) *旧姓:シルヴィア・リューネハイム

星武祭運営委員会

元世界の歌姫であって、40近くても20代でも通用する美貌を持っている。八幡と結婚して以降、当初はW=Wの幹部としてアイドルをプロデュースしていたが、アイドルプロデュース以外にも様々な事を経験したいと星武祭運営委員会に移籍する。目標は45までに運営委員長になる事。

結婚してから10年以上経過しているが1日最低100回はキスをすると学生時代と変わらずに八幡とラブラブしている。尚、嫉妬深さは変わらず八幡がラブレターを貰ったり告白されたら問答無用で搾り取る。





比企谷・R・オーフェリア(39) *旧姓:オーフェリア・ランドルーフェン

フラワーショップ『ジ・アスタリスク』店長

学生時代と違って陰鬱な表情は消えて幼少時代の頃のように感情豊かになり、趣味として花屋を開いて花の世話をしている。オーフェリアの店の花は綺麗なモノが多くお偉いさんが来賓席に設置する為にと多々購入している。また物事にも積極的になり同年代のアスタリスクのOGとの交友関係は広い。

シルヴィア同様、八幡と結婚してから10年以上経過しているがラブラブ生活は変わらない。常に八幡を喜ばせる方法を教えている。ただしシルヴィア同様に嫉妬深い、




比企谷・M・ノエル(35) *旧姓:ノエル・メスメル

聖ガラードワース学院戦闘部門兼英語部門担当教師

学生時代八幡の弟子として鍛えらた経歴を持ち、八幡が恋人を持っているにもかかわらず恋に落ちてしまった。茨の道と理解しながらも八幡の恋人になると決意。中3の時に王竜星武祭に参加して結果はシルヴィアに敗北してベスト8だったが、その戦いっぷりを体験したシルヴィアは感嘆してノエルの事を認める。

王竜星武祭が終わって以降も暇が出来たら八幡にアプローチをかける。高等部に進学して暫くしてからオーフェリアに1回でも勝てたら認めると言われて、ノエルが大学部に進学するまでにオーフェリアに500回近く挑み続けたが一度も勝てずにいたが諦めずに挑み続ける。

痺れを切らしたオーフェリアは終焉の孤毒を使ってノエルから星脈世代の力を奪ったが、普通の人間になって尚勝負を挑んでくるノエルに戦慄。半ば根負けする形で自分達の関係に加わる事を認める。

オーフェリアとシルヴィアに認められてからは未だに悩み続ける八幡にアプローチをかけ続け、遂に八幡がレヴォルフを卒業する直前に想いを受け入れて貰えた。

その事によってノエルは『世界最強のバカップル3人の間に入れた人間』とある意味で生きる伝説と化した
 


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比企谷八幡は娘と一緒に街に出る

日曜日。それは休日と呼ばれ、基本的に仕事がない日である。偶に上司から呼ばれるとイラッとするが、呼ばれない時は最高の日である。何せ完全な自由があるのだから。

 

そんな中、俺が何をしているのかと言うと……

 

 

 

 

「よーし茨。そろそろ飯を食おうぜ」

 

「はい!お父様!」

 

愛娘の茨と一緒に街に出て遊んでいます。茨は俺の手を握りながら楽しそうな表情を浮かべている。

 

現在俺は茨と2人きりだ。本来なら茨の母であるノエルを始め同伴者がいるが、シルヴィとノエルは上司から急な呼び出しを受けて、オーフェリアは元々ユリスと遊ぶ予定があったので必然的に茨と2人きりになった。

 

(まあ偶には娘と2人きりってのも悪くないけどな)

 

そう思いながら茨の手を引っ張りながら商業エリアを歩いていると、前方にある店のドアが開いたかと思えば……

 

 

「むっ?八幡!八幡ではないか!久しいのう!」

 

若い女性がジジイ言葉を口にしながら笑顔を浮かべてこちらに寄ってくる。知り合いではあまるが余り関わりたくない人間である。

 

「……ああ、そうだな星露」

 

彼女は范星露。6歳の頃からアスタリスク最強と言われていて生きる伝説たる『万有天羅』の二つ名を持つ女性である。俺が学生の頃は完全に幼女だったが、今は女性らしい姿と見た目は大きく変わっている。

 

界龍第七学院を卒業した後は初代と二代目と同じように教職に就いていて、俺の娘の1人も星露から教えを受けている。

 

「そうじゃろうな。お主が統合企業財体で働き、儂が教職に就いてからは殆ど会ってないのう……それよりそこにいるお主の娘、茨じゃったか?竜胆同様に素晴らしい香りを放ちよる。是非とも味わってみたいのう」

 

言いながら星露の目は俺から茨に移る。餓狼のような雰囲気を醸し出していて、今にも茨を食べてしまいそうだ。周囲の人間は星露の醸し出す圧倒的なプレッシャーに逃げたり腰を抜かしたりしている。

 

しかし当の茨はと言うと……

 

「申し訳ありませんがガラードワースは公式序列戦以外での戦いは禁じられております。会長たる私が率先して破る訳には参りません」

 

全くプレッシャーに臆することなく頭を下げて断りを入れる。流石俺の娘だけあって全く気圧されていない。

 

「むぅ……相変わらずガラードワースの面々は頭が固いのう」

 

星露は不服有り気に頬を膨らませる。星露の事を何も知らない人間ならクソ可愛く見える仕草だが、星露の実力を知っている俺からしたら全く可愛くない。

 

「おまけに八幡とは戦えないし……」

 

星露は不満そうに俺を見るが、俺は星露と戦うつもりはない。何故なら……

 

 

「あのな……俺とお前が戦うのは星武憲章違反だからな?」

 

星武憲章とは簡単に言うとアスタリスクにある法律で、その中で『比企谷八幡と范星露はアスタリスクで戦う事を禁止する』という項目がある。

 

何故こんな項目があるのかというと今から17年前、俺が大学3年の時の話だ。俺は3回目すなわち最後王竜星武祭に参加して決勝で星露とぶつかることになった。

 

 

 

 

 

 

 

結果は試合中止。勝ちでも負けでも引き分けでもなく試合中止だ。

 

試合は自分で言うのもアレだがあの試合は本当に激戦だった。俺は完全に極めた影神の終焉神装を纏い、星露は初代万有天羅が残した至高の仙具を惜しげなく使用してぶつかり合った。

 

その際に俺達がぶつかり合う度に周囲に地震が生まれ、最終的には防護フィールドが壊れるという事態になった。

 

壊れた瞬間に試合中止を言われ、観客は全員無事に避難出来たが、その直後、俺と星露の激突が生み出したダメージがシリウスドームをゆっくり、それでありながら確実に崩壊へと導いた。

 

それによってその時の王竜星武祭は優勝者無しという形で幕を閉じた。再戦するのかという意見も出たが、運営委員は『次は犠牲者が出るかもしれない』と判断して再戦を認めず、俺と星露が戦うのを禁止するという星武憲章を追加したのだった。

 

星露だけなら星武憲章なんてシカトすると思うが、俺はシルヴィ達に迷惑を掛けたくないので星露と戦うつもりはない。

 

「そうじゃのう。お主は戦う気がないし、実に惜しい。あの時の戦いは今でも夢に見ると言うのに……」

 

星露は本当に残念そうに呻く。まあ俺もあの時は中途半端な結果だったし不満がない訳じゃない。しかし法律を無視して家族に迷惑をかけてまではやりたいないのが本音だ。

 

「諦めろ。というか俺じゃなくても今の星脈世代はかなり豊作だろ?」

 

前シーズンの王竜星武祭なんて本戦に参加した選手32人の内15人が壁を越えた人間だったし。最盛期のオーフェリアや星露クラスの人間は居ないが星露が本気を出しても潰れない人間は比較的いるし、俺と遊べないならそっちと遊べば良い。

 

「そうじゃのう……儂も長い間生きておるが、ここ最近は儂や八幡が学生の頃と同じくらい豊作じゃからのう」

 

「まあな。そういや竜胆は元気にやってるか?」

 

竜胆は俺とシルヴィの娘でクインヴェールに通う歌奈の双子の姉にして、界龍の序列1位と生徒会長を兼任している。

 

とはいえ黄辰殿の扉を開けてないので万有天羅の名は持っておらず、万有天羅の称号は星露が卒業しても尚持っているのだ。

 

「うむ。生徒会長故に忙しいが、暇が出来れば即座に儂に挑みに来ておる。3日に1回のペースじゃが、最近の儂にとって1番の楽しみじゃ」

 

「お姉様……界龍に入ってますます戦い好きになってしまったようですね……」

 

茨が乾いた笑みを浮かべる。竜胆は昔からバトルジャンキーだったが、界龍に入ってますます顕著になったようだ。こりゃ次に会った時は間違いなく勝負を仕掛けてくるだろうな。星露と関わった奴は基本的にバトルジャンキーになるし。

 

そんなことを考えていると……

 

「む、そろそろ時間じゃから儂は帰る。八幡仕方ないとして茨よ、ガラードワースを卒業したら是非とも儂と戦おうぞ」

 

星露はそう言ってから去っていった。星露の場合俺みたいに教師以外に統合企業財体と繋がりがあるのでそれ関係だろう。

 

(しっかし星露の奴、ガラードワースの生徒に卒業した後に勝負を挑むのは相変わらずだな)

 

ノエルやアーネストさんも卒業してから星露に挑まれていたし、奴の戦闘狂っぷりは死ぬまで治らないだろう。

「さて……んじゃ話を戻して飯を食いに行くが、マジで星露と勝負すんなよ」

 

「わかっていますお父様」

 

「なら良い」

 

言いながら俺はノエルと手を繋いだままカフェ『マコンド』に入る。学生時代からしょっちゅう通っているが、今でも気に入ってる店だ。

 

「いらっしゃーい……って、比企谷さんじゃないですか!随分と久しぶりですね!」

 

言いながら俺に話しかけてくる眼鏡の女性はチェルシー。元々クインヴェールの学生で美奈兎の友人。今は店長だが、学生時代には『マコンド』でバイトをしていたので俺とも長い付き合いだ。

 

「最近仕事が忙しいかったんだよ。一応クインヴェールの教え子にはこの店勧めてるからそれで許せ」

 

「あー、だから最近クインヴェールの学生の数が増えたんですか。納得です……っと、それじゃあ好きな席にどうぞ」

 

「あいよ」

 

言いながら俺は迷わずレジから一番離れた四隅の席に座る。この席は初めてチーム・赫夜のメンバーと『マコンド』でミーティングをした席だ。そこに座ると昔の事が頭の中に浮かんでくる。

 

(懐かしいな。昔はどう獅鷲星武祭を制するかを考えながら閉店直前までミーティングをしていたな)

 

ミーティングが終わってからは凄く疲れたが、気持ちの良い疲れだったし、ミーティングをしているときは結構楽しかったのが本音だ。そんな俺は今、娘を連れて飯を食おうとしているのだ。時が経つと色々なモノが変わる事を改めて理解するのだった。

 

そんな事を考えながらメニューを開いて注文しようとした時だった。

 

 

 

 

「八幡に茨?偶然ね」

 

いきなりそんな声が聞こえたので顔を上げるとオーフェリアと、今日オーフェリアと遊ぶ約束をしていた天霧・R・ユリスがいた。

 

「奇遇ですねオーフェリアおば様。ユリス様もお久しぶりです」

 

茨がユリスに丁寧に頭を下げる、ユリスも茨に会釈をする。茨は基本的に他人を様付けで呼ぶが、立場的に義理の母であるオーフェリアとシルヴィの事はおば様付けで呼ぶ。

 

「そうだな。最後に会ったのは小学校卒業以来だな。相席してもいいか?」

 

「もちろんだ。お前は日頃オーフェリアを助けているらしいからな。邪険にするつもりはない」

 

ユリスは王女だが、国王については兄が就いているので式典が行われる時以外はアスタリスクでオーフェリアと一緒に花屋をやっている。そしてオーフェリアはユリスに対する感謝をしょっちゅう口にしている。

 

古い付き合いだけでなく妻を助ける人間を邪険にするつもりは俺の中には毛頭ない。

 

「そうか。では遠慮なく」

 

言いながら2人が目の前に座ってメニューを開いてから暫くして定員さんを呼んで各々料理を注文する。その際に見覚えのない店員(多分新人)が驚いた顔をしていたが仕方ないだろう。

 

何せ……

 

俺→元レヴォルフ序列2位にして初代世界の歌姫の恋人

 

オーフェリア→元レヴォルフ序列1位にして王竜星武祭二連覇

 

茨→現ガラードワース序列1位にして生徒会長

 

ユリス→鳳凰星武祭と獅鷲星武祭優勝者にして正真正銘の王女

 

なのだ。そんな4人が普通のカフェに来ているんだ。俺も店員の立場なら間違いなくビビる自信があるからな。

 

 

 

 

 

 

「ほうほう……相変わらず綾斗の野郎は忙しいみたいだな」

 

俺達は料理を食べながら他愛無い雑談をする。

 

「全くだ。就いてる仕事が仕事だから仕方ないと言えばそれまでだが……」

 

「偶には綾斗と乳繰り合いたい、と?」

 

「ぶぶっ!げ、下品な言い方を止めろ!」

 

「そ、そうですよお父様!はしたないです!」

 

ユリスと茨に怒られる。まあ真面目な2人からしたら乳繰り合うなんて言葉は御法度だろうな。

 

「でも八幡の言ってる事は間違ってはいないでしょ、ユリス」

 

「オーフェリア!……いや、まあ興味わけじゃないが……」

 

「お前結婚したのにまだツンデレやってんのかよ?」

 

「ツンデレって言うな!」

 

ユリスは俺に怒鳴ってくるが、お前絶対にツンデレだからな。結婚したんだし素直になれよ。オーフェリアとシルヴィなんて結婚する前から堂々と抱くように要求していたぞ?ノエルは恥じらいながらだけど。

 

「まあ良いじゃない。家にいる時はラブラブしてるんでしょう?」

 

「いや、まあ……確かにそうだが……最近じゃ小町の奴も綾斗にアプローチをかけていて気が気じゃないんだ……」

 

あー、まあ確かに小町はまだ結婚してないからな。36になって結婚してないなら焦るのも仕方ないだろう。

 

(でもヘルガさんは独身のまま警備隊を引退したし、平塚先生も50過ぎだけど結婚してないからなぁ……いや、結婚しないと出来ないじゃ意味が違うか)

 

小町の場合、容姿のレベルは高いし結婚出来てもおかしくないんだがなぁ……

 

「ま、良いんじゃねぇの?綾斗もハーレム築いてるんだし、今更1人や2人増えても変わんないだろ?」

 

綾斗も色々あって(主に俺の後押し)、複数の女性と結婚している。今も職業柄モテるし妻が増える可能性も充分にあるだろう。

 

「いや、まあそうだが……これ以上綾斗に妻が増えるのは、嫌なんだ……」

 

ユリスは顔を赤くしてモジモジしながら髪を弄る。ユリスは三十代後半だがオーフェリアやシルヴィ、ノエル同様二十代にも見えるので凄く可愛く見える

 

「おっ、ここでツンデレのデレが出たな」

 

「だからツンデレと言うな!」

 

「良いじゃないユリス。可愛いわよ」

 

「顔が笑ってるぞ!ええい!私をからかって楽しいか?!」

 

「「当然」」

 

「そこでハモるな!」

 

ユリスは顔を赤くしながらギャーギャー騒ぎ出す。うん、やっぱりお前は昔からそうだったが、弄られ属性があるな。

 

「お父様もおば様も楽しそうですね……」

 

茨が苦笑いしながらそう言ってくるが、人をからかうのは楽しいぞ?まあ茨はクソ真面目だからしないと思うけど。

 

そんな事を考えながら茨の頭を撫でると、茨はくすぐったそうに目を細めて小さく身をよじる。やっぱり俺の子供はクソ可愛い。早く歌奈や翔子や竜胆とも会いたいものだ。

 

それから俺とオーフェリアは茨が止めるまでユリスをからかい続けた。久しぶりに騒がしい食事をしたが悪くない時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

それから4時間後……

 

「んじゃあな茨。また来週来いよ」

 

飯を食ってから俺達は4人で色々と周り、夕方になって聖ガラードワース学園まで茨を送っていた。本当は今日も一緒に寝たかったが茨は明日から学校だから仕方ない。俺の家はガラードワースから離れてるし。

 

「はい!ではお父様もおば様もユリス様もお元気で!」

 

茨は頭を下げてからガラードワースの校門をくぐった。俺はそんな茨の背中を見ていると校舎からスーツ姿のノエルが出てきた。ノエルは茨と何か話したかと思えば、そのまま校門を出て俺達の方にやって来る。

 

「ようノエル。仕事は終わったのか?」

 

「はい。八幡さん達は茨ちゃんを送ったということは今から帰るんですよね?一緒に帰っても良いですか?」

 

「もちろんだ。あ、その前にユリスを送るわ」

 

「ん?いや、私は綾斗と外で飯を食うから大丈夫だ」

 

「そうか。じゃあわかった。気をつけてな」

 

「またねユリス。今日は楽しかった」

 

「次会うとしたら女子会をする時、ですかね?」

 

「だろうな。ではまたな」

 

ユリスはそう言ってから綾斗が勤務する警備隊本部がある方向に歩いて行った。ユリスが見えなくなるまで見送った俺は左右にいるオーフェリアとノエルに話しかける。

 

「じゃあ帰ろうか」

 

「はい……あ、その前に……」

 

ノエルはそう言ってから俺に近寄り……

 

 

「ただいま……」

 

ちゅっ……

 

そのまま唇にキスをしてくる。キスを受けた俺は愛おしく思いながらキスを返す。

 

「おかえり。続きは帰ってからな」

 

「っ……はい!」

 

「八幡、私ともキスして」

 

「はいよ……んっ」

 

「ちゅっ……んんっ」

 

おぬだりをするオーフェリアにノエルと同じようにキスをする。もう街中でもキスをする事を当然と思ってしまっている自分が恐ろし過ぎる。

 

「さ、帰ろうか。今日はシルヴィは遅いみたいだし3人で飯を作って労ってやろうぜ」

 

シルヴィは星武祭の運営委員でもう直ぐ鳳凰星武祭が近いとあって帰りは遅いからな。

 

俺の意見に対して2人は……

 

「「ええ(はい)」」

 

頷きながら俺の腕に抱きついてくるので、俺達3人は自宅に帰った。

 

 

 

そして3人で一緒に夕飯を作ってからシルヴィが帰ってくるまで3人でキスをしまくって、シルヴィが帰ってきたら4人で飯を食べて、4人でキスをしながら風呂に入って、夜ベッドの上で4人で身体を重ねたのだった。

 

気が付いた時には夜2時を過ぎて全員一糸纏わぬ姿であったのは言うまでもなく、終わった後も幸せだったのも言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

しかしこの時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

「……比企谷……俺達を不幸な目に遭わせた罰はお前の命で償って貰うぞ」

 

俺達の幸せな日々にちょっかいを入れる人間がいるという事を。




登場人物紹介

比企谷茨 (13)

聖ガラードワース学園所属序列1位兼生徒会長

二つ名 聖女

八幡とノエルの娘。母親が所属していたガラードワースに入学。入学して最初の序列戦で13位に、2回目の序列戦で1位になるなど、アーネストと同じ結果を出した。

所有煌式武装はレイピア型煌式武装。魔女でもなく純星煌式武装持ちでないが圧倒的に強く、それでありながら美しい剣技と八幡から習った体術で他を寄せ付けない。

ファザコンでありマザコン。

基本的に八幡とノエルが最優先。生徒会長に就任した時の第一声が「お父様とお母様の娘として恥ずかしくない結果を出してみせます」

小学校の卒業アルバムの将来の夢を書く欄には「お母様のように強く、聡明な、優しい女性になってお父様のように強く、格好良く、甘えさせてくれる男性と付き合う事」と書くほど。

八幡にならファーストキスと純潔を捧げても構わないと思っている。

八幡とノエルを侮辱する人間は全て敵と考えている。

生徒会長になって以降、クラスメイトの男子が八幡のことを「複数の女性を侍らせる屑」と言ったのを聞いた際は、頭に血が上り生徒会長権限で至聖公会議を使って抹殺しようと本気で考えた。(後に冷静になって止めた)




范星露(31) *戸籍上は31歳だが実年齢は1000歳を超える

界龍第七学院講師

三代目万有天羅で現アスタリスク最強。学生時代から変わらず強者との戦いを望む戦闘狂。

14歳の時に范星露としては初めて王竜星武祭に参加。決勝まで無傷で勝ち上がり、決勝で八幡と激突。お互いに持てる力を全てぶつけ合った結果、ドームを崩壊させて長い星武祭の歴史の中で初めて優勝者の居ない星武祭を生み出した。八幡と戦えない事が何よりも不満に感じている。

最近は八幡の娘の竜胆に注目していて本気で喰いたいと考えている。





天霧・R・ユリス(38)

フラワーショップ『ジ・アスタリスク』店員

綾斗の妻の1人

王女であるが、王権は兄のヨルベルトが持っているので有事の時以外はアスタリスクで暮らし、現在はオーフェリアが趣味で経営している花屋の従業員として充実な毎日を過ごしている。

時たま星導館のOGとして学園に顔を出して、後輩達の能力の使い方や能力者としての立ち回り方を厳しく教えている。

結婚してからもツンデレは健全でオーフェリアと八幡にしょっちゅうからかわれている。









次回は大人になった材木座のとある1日を綴った話です。


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材木座義輝の1日

我は材木座義輝。元剣豪将軍である。

 

何故元かと言うと大学を卒業して30になる直前に急に恥ずかしくなったからだ。今は厨二病だったと理解しているが、昔は本気で将軍だと思っていたので恥ずかし過ぎる。

 

しかも十数年間も厨二病にかかっていたのか一人称も我になってしまった。初めは直そうとしたが、気付いたら我と言っているので諦めた。

 

そんな我が今、何をしているのかと言うと……

 

「ふぅ……目玉焼きは焼けたし、後は紅茶を淹れたら起こしに行くか……」

 

2人分の朝食を作っているのだ。我は二つの皿に目玉焼きを一つずつ乗せて、傍にソーセージを添える。

 

我の自宅はアスタリスクの外縁居住区、加えてアルルカントとレヴォルフの中間にある。我の仕事先である技術開発局はアスタリスク中央区にあるので外縁居住区からは距離があるが、中央区は人が住むのに適してないので我は外縁居住区に住んでいるのだ。

 

(さて、紅茶も入ったし起こしに行くとするか……)

 

我は内心ため息を吐きながらキッチンを出て、階段を上って自室に向かいドアを開ける。そこには……

 

 

「むにゅ〜、ふにー」

 

我が宿敵にして居候のエルネスタ殿が我のベッドで眠っている。

 

我は内心ため息を吐きながらもベッドに近寄り、そのままエルネスタ殿の頭が乗せられている枕を引っこ抜くとエルネスタ殿は目を覚ます。

 

「起きろエルネスタ殿、出勤20分前であるぞ」

 

「にゅ〜、将軍ちゃんおはよ〜う」

 

エルネスタは眠そうに挨拶をするが、やはり我の宿敵である。既に将軍は辞退したのに未だに将軍と呼び続けているし。

 

とはいえ長い付き合いからエルネスタ殿が我を将軍呼びする事を止めないのは簡単に理解できるのでどうこう言うつもりはない。それよりも今はエルネスタ殿を起こす事が重要だ。

 

「それよりも朝食は出来てるから早う食べろ。カミラ殿がアスタリスク郊外に出張しているから気が抜けておるな」

 

「まあ否定はしないな〜。とりあえず起きるから将軍ちゃん着替えさせて〜」

 

「はぁ……わかった」

 

我を内心ため息を吐きながらエルネスタ殿のパジャマのボタンを外してから脱がして、それに続くかのようにズボンを脱がし、エルネスタ殿を下着姿にする。下着は上下オレンジ色の派手な下着でありエルネスタ殿の抜群なスタイルと合っていた。

 

学生時代の我なら間違いなく焦っているが、我は既に10年以上ーーー軽く千回はエルネスタ殿の着替えを手伝っているから慣れてしまっている。

 

(しかしこの女、元々研究以外ではダメ人間であったが、我と同棲してからそれが増しておるな)

 

我は内心呆れながらお姫様だっこをしてエルネスタ殿をベッドから地面に立たせて上着とスカートを着せる。その際にエルネスタ殿は欠伸をしていたので思わずラリアットをしたくなったが我慢した。我の忍耐力凄くね?

 

「ふぁ〜、ありがとう将軍ちゃん。ところで朝ごはんは〜?」

 

「トーストと目玉焼きとソーセージである。早く行くぞ」

 

「あ、待ってよ将軍ちゃん」

 

我が自室を出て一階に降りると後ろからエルネスタ殿の気配を感じる。

 

(全く……エルネスタ殿は本当にだらし無いのう……)

 

我がエルネスタ殿と同棲を始めたのは大学を卒業してから少し後のことだった。当時我とエルネスタ殿は別々に暮らしていた。しかしある日エルネスタ殿はガスの元栓を開きっぱなしで外出した為に火事になって家が燃え、我の家に滞在させろと言ってきた。

 

当時の我は火事が原因なら仕方ないと判断して、家を買うまでなら……と、同棲を認めたが、それから10年以上経過した今でもエルネスタ殿は家を買っていない。

 

既に何度か尋ねてみたが、「良い家が見つからない」とか「将軍ちゃんみたいに良い下僕……お世話係がいない」云々言って家を買う気配がないので仕方なく家に置くことにしたのだ。

 

ちなみにエルネスタ殿が下僕と言った時はコークスクリュー・ブローをぶちかましたが我は悪くないだろう。

 

(……まあ生活費は折半だし、技術開発局の設立をする際に資金の何割かを提供してくれた恩があるので叩きだすような真似はしないであるがな)

 

技術開発局は我とカミラ殿が設立した、世界中に煌式武装を中心にあらゆる製品を売り出す会社である。その設立の際にはエルネスタ殿にも協力して貰い、エルネスタ殿自身も擬形体部門の長をしている。

 

当初は色々問題があったが、今は世界最大の技術会社として認知されている。我としては死ぬまでに四色の魔剣を超えた煌式武装を開発したいものである。

 

 

閑話休題……

 

そんなこともあって会社設立の恩もあってエルネスタ殿を家に置いている訳だが……

 

「エルネスタ殿、ケチャップをかけ過ぎであるし、口元が汚れているぞ」

 

「将軍ちゃん、拭いて〜」

 

「やれやれ……」

 

研究以外でダメ人間であることに対して危機感を持って欲しいのである。

 

我は呆れながらもティッシュでエルネスタ殿の口元を拭くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

それから5時間後……

 

「義輝、例の武装の試作品が出来たから実験場を貸して欲しい」

 

アスタリスク中央区にある技術開発局地下5階にて、我が1つのマナダイトで複数の武器を生み出す煌式多種顕現武装の開発をしていると、後ろから眠そうな声が聞こえてきたので振り向く。

 

「紗夜殿か。もう開発が完了したのか」

 

そこにいたのは天霧紗夜ーーー旧姓沙々宮紗夜殿であった。紗夜殿は技術開発局煌式武装開発部門長補佐、つまり我の右腕である。普通部下が敬語を使わないのは問題かもしれないが、紗夜殿とは高校時代からの知り合いなので気にしていない。

 

「ん、結構苦労した」

 

「それはご苦労であったな。データを見せてくれ」

 

我がそう言えば紗夜殿は空間ウィンドウを展開して我に渡してくる。

 

(ふむふむ……四十五式煌型撃滅砲ディザスターカノン……マナダイトの数は……12で出力はデータによると……あり過ぎであるな。というか暴発がしないか不安であるな……)

 

実に興味深い煌式武装だ。しかし……

 

「これ……実験場の壁が耐えられるか?」

 

「わかんない。ギリギリ」

 

問題はそこだ。技術開発局の実験場の壁はかなり強固であるが紗夜殿の開発した煌式武装はデータを見る限り桁違いの破壊力である。ぶっちゃけ防げるか不安だ。

 

(しかし折角開発したのだし研究者として是非……待てよ)

 

よく考えたら実験場の壁に撃つ必要はない。実験場の壁より遥かに強固な存在を我は知っている。

 

そこまで考えた我は端末を取り出してある人物に電話をかける。すると直ぐに相手は電話に出たので……

 

 

 

 

 

 

「あ、八幡であるか。実は八幡に頼みがあってだな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「では八幡、よろしく頼むぞ」

 

「へいへい。んじゃ紗夜。さっさと撃て」

 

 

実験場にて我が友人である八幡がそう呟く。その身には最強の鎧である影神の終焉神装を纏っている。

 

紗夜殿の新作煌式武装は実験場の壁すらも破壊しかねないので、我は最強の鎧を持つ八幡に的になってくれと頼んだ。

 

八幡も最初は渋っていたが、我が会社の最新煌式武装を無料で提供すると提案したら受けてくれた。学生時代からそうであったが八幡は現金である。

 

ともあれ八幡が了承したので問題ないだろう。

 

「了解ーーー四十五式煌型撃滅砲ディザスターカノン」

 

紗夜殿も頷き煌式武装を展開するが……

 

「デカ過ぎだろ……」

 

八幡がそう呟くが無理もない。紗夜殿が起動した煌式武装は5メートルを超える巨大な煌式武装であって、紗夜殿のお気に入りのヴァルデンホルトを上回る大きさであるからな。

 

そして……

 

「どどーん」

 

紗夜殿が緊張感のない声がそう呟くとディザスターカノンに備わった12個のマナダイトが光り輝き、青白い光の奔流が八幡に向かって襲いかかる。

 

対して影神の終焉神装を纏った八幡は右腕を突き出して光の奔流を受け止める。

 

しかし、それと同時に足元に巨大なクレーターが生まれながらも八幡が後ずさりする。それはつまりディザスターカノンの一撃は、影神の終焉神装を纏っている八幡の右腕だけでは防げない事を意味する。

 

すると八幡は左腕も上げて光の奔流に突き出すも……

 

「マジか……」

 

そのまま光の奔流は八幡を飲み込んだ。そして

 

 

 

 

ドゴォォォォォン……

 

光の奔流はそのまま壁にぶつかって大爆発が生じた。煙も大量に生まれてどうなったか見えないが……

 

『実験場の壁が崩壊しています!データ、数値化されました!直ちに送ります!』

 

実験場の外にいる職員からデータが送られたので空間ウィンドウを開いて確認する。

 

「ふむ……単純な出力なら四色の魔剣の一角『赤霞の魔剣』に匹敵するな……八幡、生きておるかー?」

 

学生時代に万有天羅と激戦を通り越して死戦を行った八幡が死ぬ訳ないが、念の為に声を掛けてみると……

 

「生きてるに決まってんだろ……」

 

半ば呆れた声が聞こえて、煙の中から八幡が現れる。ただし両腕部分の鎧は吹き飛んでいて、左腕の義手からは火花が散って、右腕からは血が流れていた。

 

「……私の最高傑作でその程度のダメージ……予想はしていたがちょお悔しい」

 

紗夜殿はそう言っているが、影神の終焉神装を纏った八幡にダメージを与える事自体凄い事であると我は考えている。八幡が最後に挑んだ王竜星武祭では万有天羅以外の人間、八幡に傷を付けられなかったのだから。

 

「いやいや。正直純星煌式武装よりビビったぜ。ちなみにその煌式武装、次撃てるのにどのくらい時間がかかるんだ?」

 

紗夜殿が開発したのだしディザスターカノンは複数のマナダイトを多重連結するロボス遷移方式を取り入れている。破壊力はご覧の通りであるが、高出力を維持する為に一回の攻撃ごとに長大のインターバルを必要とする欠点を持っている。

 

八幡の義手にもロボス遷移方式を取り入れているのでそんな質問をしたのであろうが……

 

 

 

 

 

 

「多分5分ちょっと」

 

「……ピーキー過ぎだろ」

 

……うむ、やはりマナダイト12個を多重連結したのは凄いが、それだけ接続したらインターバルも長くなるな、うん。これは仕方ない

 

我は八幡の呆れ顔を眺めながらもデータの整理を始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

6時間後……

 

「それで結局八幡には報酬を上乗せする事に……って、エルネスタ殿。シャンプーを使っているときはシャワーを出しっ放しにするでない」

 

「はいはーい。まあ八幡ちゃんもそれなりにダメージを受けたんだし、要求するのも当然でしょ」

 

仕事を終えた我は自宅に帰宅して風呂に入っている。するとエルネスタ殿はいつものように一緒に入ってくるが、偶には我一人で入りたい。エルネスタ殿必ず湯船ではしゃぐし。

 

そんな事を考えていると……

 

「えーいっ!」

 

身体を洗い終えたエルネスタ殿は湯船に飛び込み、水飛沫が我の身体に飛び散る。幾ら我の家の湯船が10人以上入れる湯船とはいえ、はしゃぐのは勘弁して欲しい。

 

「エルネスタ殿。何度も言うが湯船に飛び込むのは「とりゃあっ!」……」

 

エルネスタ殿に注意をしようとしたが、その前にエルネスタ殿は我の顔面に水をかけてくる。首を振るって顔にかかった水を振り払うと、視界には楽しそうに笑うエルネスタ殿が目に入る。

 

 

……よろしい、戦争だ。

 

我はお返しとばかりにお湯をエルネスタ殿の顔面に放つ。しかしエルネスタ殿はそれより早く湯船に潜ったかと思えば、そのまま我に近寄り湯船から出て直ぐに我の肩を掴んでそのまま押し倒してくる。

 

湯船に沈められたら我が不利である。だから我は顔が湯に浸かる前にエルネスタ殿の脇を掴み、押し上げる事で押し倒すのを妨げる。

 

そしてお返しとばかりにエルネスタ殿の身体を起こし、今度は我がエルネスタを湯船に沈めようとする。力と力のぶつかり合いなら我の方が有利であるから。

 

しかし……

 

 

「こうなったら……道連れだよ!」

 

後一歩でエルネスタ殿を湯船に沈められるという時だった。エルネスタ殿は我の背中に手を回して抱きついてくる。

 

(しまった……!このままエルネスタ殿を沈めたら我も沈んでしまう……おのれ!卑怯な手を使いよるわ!)

 

我はエルネスタ殿を振り払おうとするもエルネスタ殿は離す気配はない。まあ引き離されたら負ける事を理解しているからだろう。

 

暫くの間互いに一糸纏わぬ姿で抱き合ったまま攻防を続けていると疲れが生まれてくる。見ればエルネスタ殿だ。我やエルネスタ殿は星脈世代ではあるが八幡や紗夜殿と違って身体を動かさないから、スタミナは常人と比べて大差ないからだろう。

 

すると……

 

「ねえ将軍ちゃん、謝るから休戦にしない?」

 

エルネスタ殿がそんな提案をしてくる。それに対して我も疲れているので……

「うむ……休戦にしようか」

 

エルネスタ殿の提案を受けた。こうして不毛な争いは幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

 

「じゃあ寝るぞエルネスタ殿」

 

「はーい。おやすみ将軍ちゃん」

 

自室の電気を消してベッドの上に乗ると横から気配を感じる。言うまでもなくエルネスタ殿の気配だ。エルネスタ殿が同じベッドで寝るのはいつもの事だ。同棲し始めた当初、エルネスタ殿が純情な我を揶揄う為にベッドに潜り込んできたのが一緒に寝るきっかけであった。当初は焦りまくったが直ぐに慣れて、焦る事はなくなった。

 

しかしそれでもエルネスタ殿は我と同じベッドで寝るのだ。理由は知らない。聞いたところで毎回はぐらかすから聞いても無駄である。

 

エルネスタ殿は我の宿敵であるので一緒に暮らしたり同棲する事は普通はあり得ないだろう。

 

しかし長く一緒に暮らしているウチに、2人で過ごす時間も悪くないと思うようになった我もいる。

 

我とエルネスタ殿の関係は宿敵同士であるが、最近になってそれ以外の関係もあるのかもしれないと思うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間経過すると、ベッドで寝ている2人は眠りにつきながらも寝返りをうち、お互いに幸せそうな表情で身体を抱き合うのであった。




登場人物紹介

材木座義輝 (38)

技術開発局煌式武装開発部門長

アルルカントを卒業してからカミラ、エルネスタと一緒に技術会社を設立。社内での立場は社長のカミラに次ぐNo.2だが、デスクワークは殆どせず、工場で率先して煌式武装の開発をしている。自身の立場を誇示せず煌式武装の事を最優先にしている故に部下からの信頼は厚い。

30代に上がる直前に厨二病を卒業するも、長年の癖で一人称は我のままであったり、時々昔のような発言をする。

エルネスタとは同棲しているが結婚はしていない。しょっちゅう口喧嘩はするも学生時代と違って敵意は薄れていて一緒に飯を食べたり、一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たり、長期の休みには2人で旅行に行くなどそれなりに仲は良い。



エルネスタ・キューネ (39)

技術開発局擬形体開発部門長

アルルカントを卒業してからカミラと材木座と一緒に技術開発局を設立して、以前金枝篇同盟に頼まれて作ったがお蔵入りとなった量産型戦闘擬形体ヴァリアントを統合企業財体やPMCに売りつけて莫大な資金を得た後に、擬形体と人間が対等の立場になるように日々努力している。

現在は材木座と同棲していて、家にいる時は家事は基本的に材木座に任せぐうたらしている。喧嘩はしょっちゅうするも学生時代と違って、そこまで敵意を抱いておらずなんだかんだ一緒にいる内に、2人で過ごす時間をそれなりに楽しんでいる。

唇同士のキスも夜の営みも結婚もしていないがエルネスタ自身「別にしても良い」と思っていて、周りからは下手な夫婦より仲が良いと思われている。




天霧紗夜(38) 旧姓:沙々宮紗夜

技術開発局煌式武装開発部門長補佐

綾斗の妻の一人で星導館卒業後にカミラと材木座に誘われて技術開発局に就職する。現在は極限の武器の開発を目指していて日々煌式武装開発に取り組んでいる。

結婚してからは綾斗相手にデレデレとなるが、シルヴィアの影響を受けて綾斗がラブレターを貰ったり告白をされたなら嫉妬心が爆発して、その日の夜はクローディアと一緒に搾り取る。


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比企谷八幡は表と裏の仕事をこなす

活動報告にアンケートを実施しましたので協力お願いします


クインヴェール女学院職員室にて……

 

pipipi……

 

「はいこちらクインヴェール女学院です」

 

電話の音が鳴ったかと思えば、初老の男性教師が電話に出る。それを確認した俺は手元にある書類に目を戻して教え子の戦闘記録を見直す。

 

俺はW=Wで実働部隊もやっているが、クインヴェールで教師もやっている。担当科目は昨年度定年退職したお袋と同じ戦闘科目についてだ。

 

戦闘科目は星武祭の結果に繋がるのでかなり重視されていて、教師も星武祭で好成績を残した人間ばかりだ。今のクインヴェールに戦闘科目担当教師は12人いるが、その内俺を含めた4人は星武祭で優勝経験があるし。

 

んで俺は中等部の生徒を担当しているが、今年は俺の娘の歌奈を筆頭に中々有力な生徒がゴロゴロ入学している。場合によっては今シーズンは総合優勝を狙えるかもしれない。

 

俺が学生時代だった頃のクインヴェールは万年最下位と弱小だったが、お袋がクインヴェールで働いてからは大きく変わった。お袋がクインヴェールに就職してから定年退職するまで丸々6シーズンあったが、その時の順位は4位を2回、3位を1回、2位を2回、そして総合優勝を成し遂げた。

 

それまでクインヴェールは一回しか総合優勝をしてないが、2回目の総合優勝はお袋のおかげである事は誰の目から見ても明らかである。

 

閑話休題……

 

お袋の影響もあってクインヴェールは徐々に弱小校で無くなっているので、息子の俺もクインヴェールの為に尽力しないといけない。

 

「その為にも有力な新入生を早い内に強く「比企谷さーん、星導館学園の天霧さんからお電話ですよ。番号は12番で」あ、はい。わかりました」

 

いきなり名前を呼ばれたので俺は手元にある電話を取って12番のボタンを押す。星導館の天霧って事は……

 

「もしもし」

 

『あ、八幡さん。お久しぶりです』

 

「やっぱり綺凛か。久しぶりだな」

 

電話の相手は天霧綺凛ーーー旧姓刀藤綺凛だった。

 

予想はしていた。天霧を苗字に持つ俺の知り合いは5人いるが、綾斗は星猟警備隊に、ユリスはアスタリスク中央区にある花屋に、紗夜は技術開発局に、クローディアは星導館の運営母体の銀河に所属している。

 

となるとあり得るのは星導館で俺と同じように教師をしている綺凛以外ありえない。

 

『そうですね。最後にあったのは3ヶ月くらい前ですから』

 

俺の娘4人と綺凛の息子は同じ年で同じ小学校に通っていたので、俺は妻3人と綺凛と一緒に卒業式に参加したから3ヶ月ぶりなのは正しい。

 

「んで、俺に何の用だ?わざわざ職員室に電話をかけてくるって事は星導館の教師としてクインヴェールの教師である俺に用があるんだろ?」

 

プライベートの話ならクインヴェールの職員室ではなく、俺の携帯に直接電話をする筈だからな。

 

『はい。実は星導館では鳳凰星武祭が始まる前に他学園と合同で訓練をしようと考えているので、その件についてお話があります』

 

他学園との合同訓練?星武祭以外でも他所の学園と合同でイベントを企画するのはあるが訓練ってのは初めて聞くな。

 

「ちなみに理由は?」

 

『はい。星武祭では他所の学園と競い合う場所です。人によっては緊張してしまい本来の実力を発揮出来ない……というパターンもあるのでその対策として、新入生を中心に他学園との交流を考えてみたんです』

 

なるほどな……一理ある。俺は教職に就いてから10年以上で、その間色々な生徒を見てきた。その中には星武祭ーーーいつもと違って他学園の生徒と戦う事に緊張して、勝てる相手に負けた新入生もいた。綺凛の言う通り星武祭前に他学園と軽く戦えばその緊張を和らげることも可能だろう。

 

ともあれ……

 

「とりあえず話はわかった……が、俺の一存では決められないから後日連絡で良いか?」

 

『もちろんです。ただ、鳳凰星武祭まで1ヶ月半とそこまで時間がある訳ではないので……1週間以内に返事を頂けると助かります』

 

「わかった。それまでに連絡する」

 

『はい。それではよろしくお願いします。……失礼します』

 

そう言って通話が切れたので受話器を置く。合同訓練か……星武祭が年々変わっていくように、学園の在り方も年々変わっていくなぁ……

 

とりあえずこの件についてはペトラさんに報告をしとかないといけ『pipipi……』メールか。この着信音って事はクロエからだろう。

 

俺が端末ーーー自分の端末ではなくW=Wから支給された専用を取り出すと……

 

 

『作戦開始1時間前。教師から諜報員に変わって配置について』

 

そんな簡素なメールだった。それを見た俺は手元にある電子書類を閉じて立ち上がり、校長にメールを見せる。俺がW=Wの諜報員も兼任していることを知っている校長は1つ頷いたので、俺は一礼して職員室を後にした。

 

 

 

 

「さぁて……ネズミ捕りの時間だぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

PM6:45 クインヴェール港湾ブロックの一角にて……

 

「こちらエイト。Aー7についた。見回り用の擬形体以外の存在は確認されていない」

 

俺はAー7地点にある倉庫の隅に身を潜めながらオペレーターのクロエに連絡を入れる。

 

何故普段は人が入らない港湾ブロックにいるのかというと、歓楽街にいるマフィア『ディアス・フィアーズ』が今夜7時にW=Wの倉庫から物資を盗むという情報を手に入れたからだ。

 

俺の担当する倉庫には煌式武装が保管されていて、連中が狙おうとしている物の中では1番高価な物が保管されている倉庫である。

 

ちなみに隠密行動をする際、俺は自分の名前をエイトと呼んでいる。馬鹿正直に名前を出したら盗聴してくる奴に情報を与えるようなものだからな。

 

そんな事を考えていると……

 

『こちらソーマ、Cー4に到着しました。人影はありません』

 

『こちらアネッサ、Gー14に到着。敵の気配無し』

 

『こちらヤミー、Kー2に到着するも、敵確認出来ず』

 

俺以外の諜報員からも連絡が来る。どうやら他の場所にも来てないようだ。

 

『了解。でも用心して。さっきクインヴェールを見回りしているグループから不審な人間ーーー火を放つ可能性のある人間がいるって連絡が来たから』

 

なるほどな……そう考えると港湾ブロックに攻め込む人間は7時丁度に攻めて、速攻で盗んで、速攻で逃げる算段だろう。長引いたら不利なのは明白だし。

 

そこまで考えている時だった。遠く離れた場所ーーー湖から万応素が反応する気配を感じる。双眼鏡を使って見れば湖の上を高速で移動している物体が4つ見える。マトモな方法で外部から港湾ブロックに行くには専用の電車に乗る必要があるので、十中八九敵襲だ。

 

「こちらエイト。未確認物体を確認、任務を開始する」

 

『こちらソーマ。エイト同様未確認物体を確認。処理を開始します』

 

『こちらアネッサ、ソーマ同様未確認物体を確認。上陸次第任務に移行します』

 

『こちらヤミー、未確認物体を確認。戦闘準備をする』

 

 

俺達4人が臨戦態勢に入る。仕事としては可能なら拘束、無理なら抹殺を指示されている。妻と子供を持っている俺からしたら、可能な限り殺しはしたくないので頑張ろう。

 

そう思っていると湖から人が5人出てきて上陸してくる。そして内4人が倉庫に入っていく。1人は十中八九見張りだろうが……

 

「甘い」

 

次の瞬間、俺は脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をして見張りの男に近寄り……

 

「落ちろ」

 

「がはぁっ!」

 

そのまま腹部に蹴りを叩き込む。男は苦しそうな表情を浮かべながら湖に落ちる。見れば男はプカプカと仰向けに浮いている。顔は水から出ているので死にはしないだろう。先ずは1匹……

 

「見張りがやられたぞ!」

 

「馬鹿な?!俺達の行動が筒抜けだったというのか?」

 

倉庫の中から戦闘音を聞いた4人が驚くようにこっちを見るが遅過ぎるな。

 

「影よ」

 

俺がそう呟くと自身の影が大量に地面から生えて、そのまま全ての倉庫全体を包み込む。出入り口だけでなく壁の部分も全てだ。万が一壁を壊してもその先は影の膜がある。俺は完璧主義者だからな。絶対に逃がさん。

 

「さあ好きなだけ盗めば良い。どうせ出られないんだし」

 

いくら大量に盗んでも出入り口さえ封鎖すれば意味ないんだよ。これで任務達成だ。良かった、殺しをしないですんだぜ。

 

同時に倉庫から銃声が聞こえてくるが無駄だ。俺の影の膜を破りたきゃ純星煌式武装でも持ってこい。

 

内心そう思いながら俺はクロエに通信を行う。

 

「こちらエイト。任務完了。1人を気絶、4人を倉庫内に閉じ込めた」

 

『こちらソーマ、任務完了しました』

 

『こちらアネッサ、任務完了。全員拘束した』

 

『こちらヤミー、任務完了。全員殺害完了』

 

 

ヤミーの奴、相変わらず殺しが好きだな。流石人殺しをする為に諜報員に入っただけの事はある。

 

内心呆れているとクロエから通信が入る。

 

『了解。クインヴェールに直接襲撃を掛けてきた連中も拘束成功。既にそっち正規の兵を向かわせているから、彼らが来たら帰還して』

 

「『『『了解』』』」

 

クロエの指示に対して俺達は了解の返事をして正規の兵が来るまで滞在するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「やられました……!こちらの動きが読めていたようです!」

 

「なっ?!」

 

アスタリスク歓楽街にある『ディアス・フィアーズ』のアジトの一室にて、港湾ブロックに向かった部下の服に仕込んであった盗聴器から現状を知った部下がそう告げると『ディアス・フィアーズ』のリーダーと一色いろはは驚愕の声を上げる。

 

しかしそれは一瞬で一色は即座に思考を再開する。

 

(動きが読まれた以上、ここにいるのは危険……潮時かな)

 

一色は即座に逃げる事を選択した。

 

元々彼女は八幡に対して復讐する事しか考えていなかった。そこで一色はW=Wにちょっかいをかけているマフィアを探して、『ディアス・フィアーズ』を見つけたのでリーダーに色仕掛けをして気に入られて味方を得たのだ。

 

しかし動きが読まれた以上、『ディアス・フィアーズ』と縁を切ってから逃げないといけない。

 

(とりあえずリーダーを可能な限り肉盾にして逃げないと……途中で殺してほとぼりが冷めるまでビジネスホテルにいれば問題ない……!)

 

そう結論づけた一色はリーダーに媚を売って逃げるのに協力するように頼もうと近付いたその時だった。

 

 

 

ドゴォォォォォンッ…….

 

「がはっ!」

 

爆音と共にドアが吹き飛んだ。ドアはそのまま下っ端に当たり下っ端はドアと壁に挟まれる。

 

何事かと思いリーダーと一色はドアが飛んできた方向を見れば目を見開いてしまう。そして直ぐにガタガタと震えだす。

 

何故2人が怯え出したのかというと、そこにいた人が予想外の人だったからだ。

 

それは……

 

 

 

 

 

 

「『猿王』、比企谷翔子……!」

 

レヴォルフ黒学院序列1位『猿王』比企谷翔子だった。彼女はレヴォルフと馴染み深い歓楽街にいる人間からも知られている。

 

何故かというと翔子は今年の春に入学したにもかかわらず、入学初日に当時の序列1位を決闘で下して序列1位を手にしたのだ。以後3ヶ月間、ありとあらゆる相手から積極的に決闘を受けながらも全て蹴散らしている。

 

そんな彼女は母親と同じ真っ白な髪を揺らしながらギラギラした瞳を向けてくる。

 

「よう。『ディアス・フィアーズ』のボス猿共。単刀直入に言うがよぉ、てめぇら私のダチ相手にカツアゲしたみたいだし潰させて……ん?おい、そこのお前」

 

「ひっ!な、何ですか?」

 

いきなり翔子に呼ばれた一色は失禁してしまうが、翔子は無視して口を開ける。

 

「間違えたら迷惑をかけるから先に尋ねとくぜ?テメェ、学生時代にウチの親父とお袋達の関係を暴露した一色いろはか?」

 

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 

対する一色は失禁しながらも顔から鼻水や涙を流して、窓から逃げようとするが、その前に翔子が動きだす。

 

「ビンゴだ。んじゃ覚悟しろよ?殺しはしないが地獄を見せるから」

 

言うなり翔子は先回りしてから一色に足払いをかけて転ばせる。それによってうつ伏せになって倒れる一色に対して、翔子はジャンプして……

 

「……っ?!〜〜〜っ!」

 

そのまま一色の頭を踏み潰す。死なないように加減したが、一色には耐えきれず頭を床にめり込みながら悶絶する。翔子は気絶しないように攻撃したので、気絶によって痛みから逃れることは出来なかった。

 

それを確認した翔子は即座にリーダーの方を見てから、脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をしてから鳩尾に拳を叩き込む。

 

「かっ……!」

 

リーダーはそのまま気絶して床に倒れこむ。同時に翔子は部屋を見渡し、隅に金庫を発見したので無理矢理開ける。そして友人がカツアゲされた金額ーーー32000円だけを抜き取って金庫の扉を閉める。

 

「さーてと、ちゃっちゃとアイツに返してやって遊びに行くか」

 

翔子はそう言ってそのまま窓から降りたのだった。

 

翔子は敵には容赦しないが、友人の為ならマフィアすら潰す女である。友人が僅かな額の金を取られただけで怒りを露わにする。

 

それに加えて圧倒的な実力もあるので、レヴォルフの女子らは年関係なく、今年入学したばかりの翔子に心酔しているのであった。

 

『猿王』比企谷翔子

 

彼女はまさしく生きる伝説『狼王』八代涼子の再来と言われるのだった。

 

その15分後W=Wが放った刺客が一色及び『ディアス・フィアーズ』のメンバーを捕まえたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 




登場人物紹介

比企谷翔子(13)

レヴォルフ黒学院序列1位

二つ名 猿王

八幡とオーフェリアの娘で生粋のバトルジャンキー。入学初日に前序列1位を決闘で下して1位となる。入学してから3ヶ月、申し込まれた決闘は全て受けて全勝している。また祖母譲りのカリスマ性によって大量の舎弟を持つ。

戦闘スタイルは純粋に体術のみ。しかし身体のありとあらゆる箇所に星辰力を込める技術レベルが高く、不規則な動きが可能で大抵の人間はマトモに反応出来ずに敗北する。

ガラは悪いが仲間には優しい。仲間が傷つけられたら犯人をどこまでも追い詰めて叩き潰すのを信条としている。

腹違いの姉妹である茨や竜胆、歌奈との仲は悪くないが、暇さえあれば勝負を挑む癖を持っている。その際茨と歌奈は辟易して、竜胆は喜んで勝負を受ける。

目標は父の八幡に勝つ事。






一色いろは

ガラードワースOGであるが、鳳凰星武祭では相方の葉山がオーフェリアによって気絶されられた事で八幡を逆恨み。更にシルヴィアとオーフェリアに怒られた動画が出回った事によりぼっちとなり更に八幡を逆恨み。恨みを晴らすべく王竜星武祭に2度出場するも、高2の時に参加した試合では小町に、大学2年の時に参加した試合では星露に瞬殺される。

小町に敗北した際は失禁して、ガラードワースの評判を下げる要因となり上層部から「これ以上動かれると迷惑だ」と言われて一般生徒から隔離させられて卒業まで懲罰教室で過ごしていた。

それがきっかけで八幡に殺意を抱き、八幡が所属するW=Wに嫌がらせをしようと20年以上動いていた。




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比企谷八幡は結婚して10年以上経っても妻に甘えまくる

 

「って訳で今から帰るから三十分くらいしたら家に着く」

 

港湾ブロックでの攻防を済ませた俺はW=Wに帰還して後始末を終わらせたので、自宅に連絡する。

 

『わかった。お仕事お疲れ様』

 

『お疲れ様』

 

『お疲れ様です』

 

「ああ。それでだな……今日は疲れたし、久しぶりに癒されたい」

 

俺がそう言うと空間ウィンドウに映るシルヴィはニヤニヤ笑い、オーフェリアはクスクス笑い、ノエルは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

『良いよ。ちなみにリクエストは?』

 

「裸エプロンで」

 

躊躇いもなくそう答える。プリキュアコスも良いが今日は裸エプロンの気分だ。

 

『了解。じゃあまた後で』

 

シルヴィはそう言って空間ウィンドウを閉じる。さて、俺も急いで帰らないとな……

 

 

 

俺は早足でW=Wの廊下を歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあて、八幡君は裸エプロンが見たいんだって。2人とも準備しようね」

 

「わかったわ」

 

「は、はい……」

 

シルヴィアがそう言うとオーフェリアは当然のように、ノエルは恥ずかしそうに返事をして服を脱ぎ始めるので、シルヴィアも同じように服を脱ぐ。

 

シルヴィアとオーフェリアはいつも通りに服を脱ぎ、ノエルは恥ずかしそうにしながらも一切淀むこと無く服を脱ぎ、遂には一糸纏わぬ姿となる。

 

そしてその状態でエプロンを着けて裸エプロンの姿となり、玄関に向かう。

 

これは八幡がW=Wにて裏仕事を終えた時に起こる出来事で、八幡の妻3人は八幡の疲れを癒すべく八幡の希望に応えようと全力を尽くすのた。

 

彼女らは八幡の要求を断るつもりはなかった。自分達の1番の幸せは八幡の幸せなのだから、どんな格好を要求されても従うつもりだ。

 

彼女らは八幡が帰ってきたら癒してあげようとばかり、今か今かと八幡の帰りを待つ望んでいたのだった

 

 

 

 

 

「ああ……早く帰らないとな」

 

俺は早足で自宅に向かっている。さっき俺はシルヴィ達3人に帰ってきたら裸エプロンで迎えるように頼んで了承を得た。つまり俺が帰ったら玄関には裸エプロン姿の嫁3人が裸エプロンで待っているということだ。

 

え?良い歳して嫁に裸エプロンを着せるのはマズイって?煩え悪いか!仕方ないだろうが、俺の嫁3人とももう直ぐ40なのに見た目は20代だし見たいんだよ!嫁の可愛いところが見たいんだよ!マズイならマズイで嫁3人の裸エプロンが見れるなら構わん!

 

そんな事を考えながらも早足で進むと遂に我が家に到着する。俺は流れるような動きで懐から鍵を取り出して、流れるような動きで鍵穴に鍵を入れてドアを開ける。

 

すると……

 

 

 

 

 

「「「おかえりなさい、八幡(君)(さん)」」」

 

予想通り裸エプロン姿のオーフェリアとシルヴィとノエルが俺を迎えてくれた。最高だ……今すぐベッドに連れて行ってメチャクチャにしたい。

 

「ただいま。全員似合ってる」

 

マジでエロ可愛い。やっぱり俺の嫁は最高だな。

 

内心ムラムラしているとノエルが恥ずかしそうに手を上げてくる。

 

「本当ですか八幡さん?私は2人と違ってスタイルが良くないのですが……」

 

ノエルは不安そうに言ってくる。止めろ、俺の前でそんな顔をするな。

 

そう思った俺はノエルを抱き寄せて唇を奪う。

 

「んっ?!んんっ……」

 

対するノエルは驚くも、それも一瞬で直ぐに目を瞑って俺のキスを受け入れてくる。

 

暫くキスをした俺は唇を離してからノエルに話しかける。

 

「そんな事はない。お前は間違いなく可愛いから自信を持て。そもそも俺がお前を好きになった要因は顔やスタイルじゃなくてお前の頑張っている所を見たからだぞ」

 

もちろんノエルが可愛いのも要因の一つだが、1番の理由は俺の付き合う為に、オーフェリアに力を奪われて尚諦めずに挑む不屈の闘志に揺れ動かされたからだ。あの時、ノエルはこう言った。

 

 

ーーー私が星脈世代じゃなくなった事は、八幡さんを諦める理由にはなりません!もう一戦お願いします!ーーー

 

普通の人間になっても世界最強クラスのオーフェリアに挑んだのだ。あの時は現場にいた俺もオーフェリアもシルヴィも戦慄してしまった。

 

特にノエルと対峙していたオーフェリアは圧倒的に上回っていたのに、普通の人間になって尚挑んでくるノエルに気圧されて、俺達3人の関係に入る許可を出したのだ。

 

その後色々あって俺はノエルの告白を受け入れたが、その要因は間違いなく俺の事を想ってくれている心だと断言出来る。

 

「だからスタイル云々なんて言わなくて良い。その格好も俺の為にしてくれて嬉しいぞ」

 

「っ……はい。ありがとうございます」

 

ノエルは小さく、それでありながら嬉しそうに頷く。良かった良かった。嫁が不安そうな表情をしていたら俺も嫌だしな、

 

「なら良し……んじゃ本題に戻るが……」

 

言いながら俺はノエルから離れて、3人を視界に入れるや否や……

 

「たっぷりと癒してください」

 

3人を抱き寄せて、そのまま両手を使って抱きつく。仕事で疲れたから誰よりも愛らしい3人に癒されたいです。

 

俺がそう言うと、3人は顔を見合わせて……

 

 

「「「もちろんよ(だよ)(です)!」」」

 

ちゅっ……

 

3人同時に俺の唇にキスをしてくる。同時に幸せな気分になり、仕事で溜まった疲れはみるみる失っていくのがわかる。やはり俺にとって3人の妻と4人の娘は食事のように生きる為には必要の存在みたいだ。

 

「ありがとなお前ら……愛してる」

 

ちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……

 

言うなり3人の唇にキスを落としていく。夜は長いし、明日に備えて思い切りイチャイチャして体力を回復しないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「んっ……ちゅっ……んんっ、はち、まんっ……」

 

「んんっ……うぅ……」

 

「あっ……はぁっ……んんっ、八幡、さん……」

 

「やあっ……んんっ……あんっ……」

 

自宅のリビングには水音と嬌声が響く。どんな状況かと言うと、俺はソファーに座って膝の上にオーフェリアを乗せながらキスをして、両手を使って左右に座るシルヴィとノエルの身体を触っている。

 

水音は俺がキスを激しくするとオーフェリアの口から出て、嬌声は俺がシルヴィとノエルの胸を揉んだり尻を撫でたりすると2人の口から出ている。

 

正直に言うと今直ぐ3人を抱きたいが、明日は朝一で仕事があるので断念している。基本的に3人を抱くと1人2回、計6回シていて大体3時過ぎまで起きているからな。

 

だからその分イチャイチャをしないといけない。そう思いながら唇と両手の動きを激しくしようとした時だった。

 

「んんっ……そういえば八幡。今週の土曜日、私達3人は用事が出来たから帰りが遅くなると思うわ」

 

いきなりそんな事を言ってくるが……

 

「まさか……男か?」

 

3人同時に用があるって……まさかとは思うが、俺じゃ夫として不足だから違う男と会うのか?

 

思わず血の気が引くと、オーフェリアが慌てて首を横に振る。

 

「違うわよ。女子会をする約束をしたからよ。多分盛り上がると思うから遅くなるって言ったのよ」

 

「なんだ……良かった。てっきり俺以外の男に興味を持っ「「「そんなことないわよ(ないよ)(ありません)!」」」お、おう……」

 

そこまで言うと3人は詰め寄りながら俺の言葉を否定する。余りの勢いに思わず気圧されてしまった。

 

「私達が好きなのは八幡。それ以外あり得ないわ」

 

「そうだよ。40年近く生きたけど、八幡君より良い男には一度も会ってないからね」

 

「大丈夫ですよ八幡さん。私はずっと……八幡さんの事が好きですから」

 

そうだよな……良かった良かった。てっきりマジで嫌われたかと思ってしまったぜ。

 

「「「そんなことないわよ(ないよ)(ないです)、私達は何があっても八幡(君)(さん)の事を愛し続けるわ(続けるよ)(続けます)」」」

 

「心を読むな。だが、まあ……ありがとな」

 

言いながら俺はシルヴィ、オーフェリア、ノエル、もう一回ノエルにしてから、オーフェリア、シルヴィ……と、順番にキスをする。3人に対して愛している事を伝えるように。

 

3人は俺のキスを受けると様々なリアクションをするが全員嬉しそうにキスを返してくれるのが何よりだった。この調子なら俺達の愛は誰にも崩される事はないと断言出来る。

 

そう思いながらも俺達はキスを続けて気が付けば、全員の唇は唾液塗れになっていたのは当然と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「んでノエル。合同訓練についてはどう考えてる?」

 

「私としては賛成ですね。緊張して力を出せない人もいるので星武祭以外で他学園の生徒と競うのは良いと思います」

 

「良いんじゃない?運営委員会としては、力を出せずに呆気なく終わる試合は望んでないからね」

 

「それは6学園合同でやるの?」

 

「綺凛は真面目だし全ての学園に提案してると思うぞ……ま、協調性のないレヴォルフや秘密主義のアルルカントが参加するとは思えないが」

 

リビングにて、俺達ーーーより正確に言うと教師である俺とノエルが仕事をしていて、シルヴィとオーフェリアが手伝っている感じだ。真面目に仕事をしているが、俺以外の全員が裸エプロンってのがまた妙にムラムラしてしまう。

 

議題は今日の夕方に綺凛に言われた他学園との合同訓練についてだ。その話はクインヴェールだけでなくガラードワースにも渡っているいて、ガラードワースの賛否が分かれているらしい。クインヴェールについては今日一日考えて、明日各々の考えを示して話し合う感じだ。

 

俺としては悪くないと考えている。他校の生徒と戦わせて星武祭で緊張を減らしたり、他所の有力ペアを見ることも出来るし。

 

(……まあ、代わりにこっちの有力ペアを見せないといけないのが問題だけどな)

 

他所の学園の有力ペアの動きは見たくて、自分の学園の有力ペアの動きは見せたくないのはどの学園も一緒、つまりどの学園も「自分の学園の手の内を晒しても他所の学園の手の内を見たい」か「自分の学園の手の内を晒すのは絶対に嫌だ」の二手に分かれる筈だ。

 

俺として前者の考えだか、俺と同じクインヴェールの戦闘科目担当教師はどう考えているかわからないからな。とりあえず明日以降打ち合わせをする……って感じだろう。

 

そんな事は考えていると、ポケットに入ってある端末が鳴り出したので見れば材木座から電話が来ていた。

 

(.何の用だ?まさかとは思うが、また煌式武装の実験台か?)

 

別に実験台になるのは構わないが、今は仕事中だから後日非番の日にして欲しい。

 

「(ともあれ電話に出るか)すまん、ちょっと電話が来たから席を外す」

 

「誰から?もしかして女?」

 

オーフェリアとシルヴィはジト目で、ノエルは悲しそうな表情で俺を見てくる。

 

「違ぇよ!材木座からだよ!何で真っ先に女って発想になるんだよ?!」

 

「「「だって八幡(君)(さん)、生徒からよくラブレターを貰ったり告白されているし(いますし)」」」

 

ぐっ……た、確かに。全部断ったとはいえ、新年度が始まってから3ヶ月近く経過していている中、告白は4回されてラブレターは7枚貰っている。

 

そう考えると疑われても仕方ないかもしれないが……

 

「安心しろ。俺が好きなのはお前らだけだ」

 

言いながら3人の唇にキスをする……って、シルヴィ。さりげなく舌を絡めようとするな。やりたいのは山々だがやると止まらなくなるからな?

 

3人にキスをしてジト目や悲しそうな表情を消した俺はリビングを後にして通話をする。

 

「何だ材木座?今仕事中だから手短にしろ」

 

『安心せい。直ぐに終わる。八幡は今週の土曜日は空いておるか?』

 

「今週の土曜日?ちょっと待て」

 

言われて空間ウィンドウを開いて予定表を見ると……

 

「急な呼び出しが無ければ夕方の5時に仕事は終わるがそれがどうかしたか?」

 

『うむ。我実はその日に暇が出来たので久しぶりに男子会をやろうと思ってな。八幡も参加せんか?』

 

土曜日ねぇ……まあシルヴィ達も女子会に行って俺は暇だし良いか。

 

「わかった。参加する。ちなみに面子は前回と同じか?」

 

『そのつもりだ。いや良かった……既に他の3人からは了承を得ていたが、貴様に用事があったら申し訳ないからな』

 

「別に構わねぇよ。しかし男子会も久しぶりだな」

 

前にやったのは春休みだから3ヶ月半ぶりだ。

 

『仕方なかろう。全員仕事が忙しいし、寧ろたった3ヶ月程度でまた男子会をやるとは思わなかったわ』

 

だろうな。男子会に参加するメンバーは5人だが内3人は統合企業財体の幹部で、残り2人も毎日忙しい仕事に就いてるし。

 

「だな。で?どこに集合するんだ?」

 

『今回は順番的に貴様が決めて構わんぞ』

 

「じゃサイゼで」

 

『え?マジで?我は構わないが、それで良いのか?』

 

材木座は素っ頓狂な声を出すが俺は気にしない。

 

「良いんだよ。アスタリスクについて話し合うならともかく、愚痴り合いするのに高級レストランなんざゴメンだ。つーか久しぶりにミラノ風ドリアが食べたい」

 

前回はそこそこ高級なバーで男子会をやったが、アレも俺からしたら高級過ぎたし。

 

『……まあ貴様が決めたら文句は言わん。集合場所は前回と同じ場所だからな。ではな』

 

言うなり通話が切れたので俺は端末をしまってリビングに戻る。すると1番近くにいたノエルが立ち上がって俺に近付いてくる。それによってチラッとエプロンの下が見えて興奮するが我慢する。

 

「あの八幡さん……先程はどんな内容の電話だったのですか?」

 

「ん?いやお前らと同じように土曜日に男子会やろうぜって誘い」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「ああ。それより夜も遅いしそろそろ風呂に入ろうぜ」

 

大分夜も更けたし、明日に備えた方が良いだろう。

 

俺がそう言うと3人は頷いて仕事を切り上げて立ち上がり風呂場に行くので俺もそれに続いた。最近は仕事ばかりだし男子会では愚痴を思い切り吐くとするか……

 

 

そう思いながら俺は風呂場に着いてから服を脱ぎ3人と風呂に入るのだった。

 

 

 

尚、風呂場にて3人に誘惑されまくった結果、理性が吹き飛んで3人を抱いて、翌日は寝不足になってしまいました。1日が24時間ではなく30時間くらいあれば……

 

 

 




いつも読んでいただきありがとうございます。

誠に申し訳ございませんが、明日から所用で更新が遅くなると思いますがご了承ください。前回みたいに半年近く更新しないってのはないと思いますけど……多分


何卒よろしくお願いします


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サイゼリヤで男子会が始まる

サイゼリヤ

 

ファミリーレストランの一種であり学生は学校帰りにゲームをしたり宿題をする為、サラリーマンは外回りの合間に小腹を満たす為、主婦は雑談をする為など様々な用途で利用されている。

 

国民にとって人気を博するファミリーレストラン、それがサイゼリヤである。

 

しかしそんなサイゼリヤのアスタリスク中央区店は今現在緊迫した空気が流れていた。店員も利用客も全員がある一席を見ていた。

 

その席には5人の男性がいる。しかしその男性5人が桁違いの有名人なのだ。

 

 

学生時代に鳳凰星武祭と獅鷲星武祭を制して王竜星武祭ベスト4、卒業後は世界最強の魔女候補の1人である『時律の魔女』ヘルガ・リンドヴァルの後継者として星猟警備隊隊長の座に就いた天霧綾斗

 

学生時代に鳳凰星武祭準優勝、獅鷲星武祭ベスト4、王竜星武祭ベスト8と好成績を残して現在は統合企業財体、界龍の諜報工作機関龍生九子の第七府、特務機関の《睚眦》エースエージェントである趙虎峰

 

学生時代に作り上げた煌式武装によって母校のアルルカントの成績の向上に貢献し、自身も代理とはいえ王竜星武祭ベスト16、鳳凰星武祭優勝、王竜星武祭ベスト8と好成績を残し、現在は世界最大の技術会社である技術開発局のNo.2である材木座義輝

 

学生時代に生徒会長として獅鷲星武祭二連覇と総合優勝を2度成し遂げ、卒業後フェアクロフ家の次期当主の座は妹に渡したものの、ブランシャール家に婿養子入りした後、E=Pにてヨーロッパエリアのスカウト部門を統括する統合エンターテイメント事業本部調査室室長を務めるアーネスト・ブランシャール

 

学生時代に王竜星武祭ベスト4入りと優勝した後、最後の星武祭で世界最強たる范星露と戦いアスタリスクで最も有名な建造物のシリウスドームの破壊、初代世界の歌姫であるシルヴィア・リューネハイムとの結婚などありとあらゆる伝説を生み出した世界最強の男である比企谷八幡

 

 

 

世界でもかなりの有名人5人が席に座って話し合っているのだ。店員からしたらあの席に向かうのは勘弁して欲しいと思っている。また店員達は彼ら5人は秘密の会議をしているとも考えている。

 

しかしその考えは大きく間違っていた。

 

彼らは男子会をする為にサイゼリヤに来ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はミラノ風ドリアで」

 

「我も当然ミラノ風ドリアだな」

 

「俺もミラノ風ドリアで」

 

「3人ともメニューを見る前から決めてるんだね」

 

「そうですね。一切の躊躇いがないって事はよく足を運ぶんですか?」

 

俺と材木座と綾斗が一斉にミラノ風ドリアを注文するとアーネストさんと虎峰が不思議そうに尋ねる。どうやらこの2人はサイゼに来た事がないようだ。アーネストさんはともかく、虎峰もそうだとは思わなかった。

 

「いや、アスタリスクに来てからは殆ど食べてないな」

 

アスタリスクにもサイゼはあるがレヴォルフの近くにはないから年に数回くらいしか行っていないだろう。

 

「我もだ。しかしアスタリスクに来る前は週に最低一度は来ていたな」

 

「あ、やっぱり?俺も学校帰りに食べてたよ」

 

「意外だな。綾斗殿は寄り道するタイプではなかろう」

 

「あー……姉さんが失踪した頃は父さんときまずくて学校帰りにサイゼで勉強してたんだよ」

 

「なるほどな……まあ2人も迷ったらミラノ風ドリアにしといた方が良いっすよ」

 

「じゃあ僕もそれにしようかな」

 

「では僕もそれで」

 

「決まりだな。んじゃ押すか」

 

言いながらテーブルの隅にあるボタンを押すとインターホンのような音が響く。

 

「そのボタンを押すと人が来るのかい?」

 

「そうです」

 

アーネストさんがそんな事を聞いてくる。まあこの人の場合、ファミレスに縁がないだろうし知らなくても仕方ないだろう。

 

そんな事を考えているガチガチになった女性定員が俺達のテーブルにやって来る。

 

「え、ええと……ご注文はお決まり、ですか……?」

 

ガチガチじゃねぇか。別に不満がある訳ではないが新人か?まあ良いか

 

「ミラノ風ドリア5つとドリンクバー5つで」

 

慣れた口調で注文する。てかサイゼをチョイスしたのは俺だが、星猟警備隊隊長と世界トップクラスの企業のNo.2と統合企業財体の幹部3人がファミレスに入るって異常じゃねぇか。

 

「か、かしこまりました。ドリンクバーはあちらにありますので」

 

言いながら店員は去って行った。とりあえずドリンクバーに行きますか。

 

「ところでドリンクバーとはなんだい?」

 

「ドリンクバーってのは一度頼めば何種類も何杯も飲んで良い制度ですよ」

 

「なるほど……それであの装置から飲み物が出る、と?」

 

「そうです」

 

流石欧州の貴族。ドリンクバーのドの字も知らないとはな……

 

内心苦笑しながらも俺達は立ち上がりドリンクを用意し始める。ちなみに俺と材木座がコーラで綾斗と虎峰が烏龍茶、アーネストさんが初めて見て興味を持ったメロンソーダを用意した。

 

「んじゃ乾杯と行きますか。アーネストさん、音頭を取ってください」

 

「ん?僕かい?」

 

「我もアーネスト殿に一票であるな」

 

「僕もです。この中で1番リーダーシップを発揮できるのはアーネストさんですから」

 

「俺も賛成です」

 

そりゃそうだ。この中で1番カリスマ性があるのはアーネストさんだし。

 

「では……久しぶりの再会を祝して……乾杯」

 

「「「「乾杯」」」」

 

5人でカップをぶつけ合い一気に飲む。喉を潤すとアーネストさんが口を開ける。

 

「前に5人であった時は3月ーーー新年度前だけど最近どうかな?」

 

「俺は忙しいっすね。元々俺は中等部の生徒の受け持ちですから面倒を見ないといけないんで」

 

加えて裏の仕事もあるし、ぶっちゃけキツイ。まあやりがいがあるから頑張ってるけど。

 

「我も初めてアスタリスクに来た生徒の為の煌式武装の開発が忙しいであるな!まあ元々忙しいが」

 

「俺は今はそこまで忙しくないですけど……鳳凰星武祭が始まれば忙しくなりますね」

 

「まあ星武祭や学園祭の期間中は外部の客が多くやって来るので仕方ないでしょう」

 

「まあね。昨年度の王竜星武祭決勝の取り締まりは大変だったよ。虎峰君はどうなの?」

 

「僕ですか?僕の最近の仕事は鳳凰星武祭に参加する有力ペアの調査ですけど、大分終わって今は忙しくないですね。アーネストさんはスカウトが仕事ですけどどうですか?」

 

「今の所は割と暇だね。ただ8月は新学期に備えて忙しくなりそうだよ。特待生の確保もしないといけないからね」

 

なるほどな。俺と材木座が忙しくて、綾斗と虎峰、アーネストさんはそこまで忙しくないようだ。

 

「まあガラードワースは名門ですからね……そういや綾斗。話は変わるけどお前の娘は鳳凰星武祭に出んのか?」

 

「零と紗枝は出るつもりらしい。歌歩と優子は王竜星武祭に絞るって言っていたね」

 

「なるほど……それにしても星導館の1位から4位がお前の娘ってのは恐れ入るわ」

 

「いやいや!八幡の娘の方が恐ろしいですからね!」

 

「全くである!6学園中4学園の序列1位が貴様の娘とはどういう事であるか!」

 

虎峰と材木座がツッコミを入れてくる。

 

あー……確かにそうだ。茨はガラードワース、竜胆は界龍、歌奈はクインヴェール、そして翔子はレヴォルフで序列1位の座についているからな。メチャクチャ恐ろしいな、うん。

 

「まあ否定は出来ないな……」

 

「あはは……茨ちゃんは獅鷲星武祭に絞るって言ってたけど他の3人は王竜星武祭一本に絞るのかい?」

 

「翔子と竜胆はそう言ってました。歌奈は知らないです。あいつの場合一応序列1位ですけど戦いより歌を優先してるので」

 

翔子と竜胆はバトルジャンキーだが、茨と歌奈はそこまで戦いを好んでいない。特に歌奈はガキの頃から歌う事が1番好きだからな。下手したら星武祭に出ないかもしれない

 

「そうなんですか。そうなれば王竜星武祭は荒れますね」

 

「寧ろ荒れない王竜星武祭があったか?」

 

「ないな。八幡なんてシリウスドームを「黙れ」あ、はい」

 

材木座が余計な事を言おうとしたので軽く殺気を出して黙らせる。

 

俺は大学三年の時に王竜星武祭に参加して、決勝で星露と戦ったが、激戦の余り防護フィールドを破壊した挙句シリウスドームを壊したからな。今は修復され損害賠償は要求されなかったがアレは間違いなく黒歴史だ。

 

「ったく、嫌な事を思い出したぜ……」

 

「まあ優勝者が無しだからね。気持ちは良くわかるよ」

 

「しかし再戦を許したらもう一つドームは壊れるでしょうから運営の判断は正しいと思いますよ」

 

「つーかもっと頑丈な防護フィールドにしろよ。多分今の防護フィールドを壊せる自信があるぞ」

 

「いや、そんな簡単に言える事じゃないからね?」

 

いやいや、『黒炉の魔剣』を持ってる綾斗なら可能だろう。ま、綾斗は星導館を卒業したら『黒炉の魔剣』を持ってないけど。

 

「あ、でも今度我が技術開発局が新しい防護フィールドを取り入れるから期待するが良い」

 

ほほう……世界最大の落星工学研究会社の技術開発局の新作か。それなら期待しても良いかもな。

 

「それは楽しみだ。しかしお前の会社も色々な物を作ってるな」

 

「まあしかし代償として忙しいがな。おかげで我は結婚も出来ないわ」

 

「いや、エルネスタとは結婚してないのかよ?」

 

思わずツッコミを入れてしまう。何度か材木座の家に遊びに行ったがエルネスタと同棲している事は知っている。しかもリビングにはエルネスタの私服が散らかっていたりと、かなり住み慣れているように見えた。

 

だから2人は結婚していると思ってツッコミを入れたのだが、材木座は首を横に振る。

 

「何を言っておる?確かにエルネスタ殿は我と同棲しているが結婚はしとらん。特に浮ついた生活はしておらず我が苦労しておるだけだ」

 

「へぇ、どんな生活なんですか?」

 

「本当に苦労する生活よ。朝起きたら我が朝食を作り、出来上がったらエルネスタ殿のパジャマを脱がして着替えをさせて、一緒に朝食を食べたら技術開発局に向かって、その後は別々に行動するのてあって……」

 

材木座は一息吐いてから再度口を開ける。

 

「それで勤務時間が終わったら一緒に帰宅して我が夕食の準備をして、一緒に夕食を食べたら、一緒に映画を見たりして風呂が沸いたらいつも通り一緒に入り、風呂から上がったら我の部屋で一緒に寝る……って感じであるな」

 

「「「「………」」」」

 

俺達は思わず無言になってしまう。こいつマジか?同棲してるからそれなりに仲は良いと思っていたが予想外過ぎるわ。

 

「……何故そこで無言になる?」

 

「何でもねーよ。それよりちょっと時間寄越せ」

 

言うなり材木座を除いた俺達4人は顔を寄せる。というかアーネストさんガラードワースを卒業してからノリ良いな。

 

(話を聞く限り嘘じゃないと思うがバカップル過ぎじゃね?)

 

(40歳直前になっても街中で平気で妻3人とディープキスをする八幡が言いますか?まあ意見に同意ですけど)

 

(これはアレだね。長く一緒に居るせいで結婚という概念がなくなったのだろう)

 

(でもどうするのかな?エルネスタと結婚しないなら相手は見つからないと思うよ)

 

綾斗はそう言っているが間違いではないだろう。既に世間では材木座とエルネスタはデきてる扱いになってるし、エルネスタと同棲している時点で他の女子と結婚するのは厳しいだろう。

 

そう思いながら俺達は離れて材木座を見る。

 

「まあアレだ……結婚するならエルネスタは悪くない選択肢だと思うぞ。お前の場合宿敵として見てるようだが、女として見たら在り方は変わるかもしれないぞ」

 

「ふぅむ……一応、まあ参考にはしておく。ちなみに主らは結婚生活は楽しいか?」

 

結婚生活は楽しいかだっと?愚問だな。

 

「楽しいに決まってんだろ。基本的に毎日イチャイチャ出来るし」

 

「「「「いや、それは結婚する前からだよね(であろう)(ですよね)」」」」

 

4人が一斉にツッコミを入れてくる。解せぬ。結婚する前からイチャイチャしていたのは否定しないけど。

 

「まあ八幡の話はともかく……僕も結婚前と後を比べてもそこまで変わってないですよ。セシリーの性格は子供の頃から変わらず破天荒ですから」

 

「僕の所も同じかな。レティシアとは幼少からの付き合いだったし、結婚してからも殆ど同じように接してるよ」

 

「俺は……まあ楽しいといえば楽しいけど、4人ーーー特に紗夜とクローディアが積極的過ぎて……」

 

「積極的?何かあったんですか?」

 

虎峰が不思議そうに尋ねると綾斗は顔を赤くしながらも口を開ける。

 

 

「その……偶にだけど勤務中にアスタリスクに通う女子からラブレターを貰ったり告白されたりするんだけど……その場合何故か4人にバレて、その日の夜は……紗夜とクローディアがメインで搾り取ってきて……」

 

そこまで言うと綾斗は黙る。大方恥ずかしくてこれ以上言えなくなったのだろう。

 

「なるほどな。俺もラブレターを貰ったり告白されたら搾り取られるぜ。翌日の仕事はガチで辛い」

 

「まあ貴様と綾斗殿のハーレムメンバーからしたらこれ以上ハーレムメンバーが増えるのは嫌なのであろう。ちなみにどのくらいの頻度でヤるのだ?」

 

材木座がズケズケと聞いてくる。

 

「えっと……俺は週に1、2回かな」

 

「俺は2回から4回だな。虎峰は?」

 

「えっ?!僕も答えるんですか?!」

 

「当たり前だろ?あ、答えたくなかったら答えなくて良いぞ。後日俺の嫁経由でセシリーに聞くから」

 

「どの道知られるんですね、はぁ……マチマチですね。1週間以上しない時もあれば3日連続という時もあります。基本的にセシリーが酔い具合によって左右されてます」

 

材木座がズケズケと聞いてくるので俺達は答える。男子会は羽目を外して話し合う場所なので隠し事はしない。つーか隠し事をしても女子経由でバレるから意味がない。

「ふむ……それでアーネスト殿は?」

 

「大体2週間に一度かな」

 

アーネストさんも答える。つーか統合企業財体の幹部3人と星猟警備隊隊長と世界トップクラスの技術会社のNo.2がファミレスでエロトークをするってカオス過ぎだろ?

 

「それでその時は野獣化する、と?」

「いや、虚化みたいな言い方するなよ……まああのアーネストさんが相手ならどんな女も屈服されるでしょうね」

 

「だよね」

 

「ですよね」

 

俺の言葉に綾斗と虎峰が同意する。アーネストさんは普段は紳士だが、リミッターか外れると野獣のように獰猛になる。

 

初めて見たのは15年以上前。アーネストさんがガラードワースを卒業して直ぐにウチのお袋がアーネストさんに勝負を挑んだ時だ。

 

最初はガラードワースで有名な流派の剣技を使った戦い方をしていたが、お袋が追い込み始めると獰猛な笑みを浮かべ相手を屠るのに特化した剣技を使い始めたのだった。

 

しかもお袋が斬りまくっても、更木隊長よろしく血を流しながらも笑顔で反撃をしたのだ。結果はアーネストさんが試合中に血の出し過ぎで気絶したがあのまま続けていたら死んでいただろう。

 

それ以降アーネストさんは自分と互角以上に戦える程の強い敵と戦うと野獣化するようになった。

 

余談だがその姿が世間に知られると、只でさえ葉山と一色の所為で下がったガラードワースの評価は更に下がったのは言うまでもないだろう。最近になって漸く評価を得るようになったが、アーネストさんがガラードワースの評価を下げる要因の一つになるとは思わなかったわ。

 

閑話休題……

 

しかしもしもアーネストさんがベットの上で野獣化したらどんな女子も直ぐに屈服させられるだろう。

 

「いやいや、ああなるのは強い相手と戦う時だけだよ」

 

アーネストさんはそう言ってくるが、俺は貴方とは戦いたくないですからね?

 

「つまり悦を感じるのは戦う時だけという事ですか?」

 

「まあね。それはもちろん楽しい事は色々あるけど、1番は自分の力を思い切り振るえる時だね」

 

「なるほど……何にせよ妬ましいわ。我は未だに経験が無いというのに」

 

材木座は恨みの篭った視線で俺を見てくるが知った事じゃない。

 

「てかそんなに女を抱きたいなら風俗とか歓楽街に行けよ。幾らでも抱けるぞ」

 

風俗は金さえあれば女を抱けるし、材木座レベルの立場で歓楽街に行けば女は普通に寄ってくるだろう。

 

「それはそうであるな……実際我も何度か風俗に行こうとしたのだよ。しかし……」

 

「「「「しかし?」」」」

 

材木座が神妙そうな表情を浮かべるので俺達4人が尋ねると……

 

 

 

 

 

 

 

「店に入ろうとしたら毎回何故かエルネスタ殿の笑顔が浮かんでな……気が付けば風俗に背を向けて自宅に帰ろうとしていたのだよ」

 

 

「「「「………」」」」

 

完全にホの字じゃねぇか!お前らマジで何なんだ?!早く結婚しろよ!

 

これには俺と材木座以外の3人も呆れた表情になる。

 

「……何故そこで我を馬鹿にしたような目で見るのだ」

 

材木座は理解してないようだ。マジでブン殴りたい……

 

「何でもねぇよ……ただ一つだけ言っておくが、何故エルネスタの顔が浮かんだか考えてみろ」

 

「うん?それが1番だよ」

 

「寧ろ考えてください。でないと僕達がもどかしい気分になるので」

 

同感だ。てかマジで結婚しろよ。今後もそんな甘酸っぱい話を聞いているだけで胸焼けがするし。

 

「よくわからんが……とりあえず了解した」

 

材木座は頭に疑問符を浮かべながらも了解したので、とりあえず考えるようになったなら良いだろう。

 

 

 

 

 

その後、俺達はエロトークや子供の話、家庭内での話をしたが、久々に思い切り話せたので有意義な時間だと思えた。

 

そして夜の10時過ぎに解散となったが、次に男子会をするのが待ち遠しいと思ってしまった。

 

 

 

そして次の男子会まで材木座がエルネスタと結婚しておけとも思ってしまったのだった。



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男子会が行われる中、女子会も行われる

アスタリスク中央区に存在するとあるレストラン。そこは大通りから外れた場所にあるので沢山客が来る事はないが、上品な味が有名でお偉いさんがお忍びで来る事もある。

 

そして今日、そのレストランのVIPルームには大量の有名人が集まっていた。

 

「というわけでクローディアが遅刻だけど、久しぶりの女子会に……乾杯!」

 

『乾杯!』

 

シルヴィアがコップを掲げてそう言うと、その場にいる女性らは同じようにコップを掲げるのだった。

 

部屋にいる人間は10人だが、全員世界でも有名な人物だった。

 

リーゼルタニアの王女にして鳳凰星武祭と獅鷲星武祭覇者である天霧・R・ユリス

 

今世界で最も知られている剣術の刀藤流の最高指導者にして、星導館学園の戦闘教師を務める天霧綺凛

 

世界でトップクラスの技術会社である技術開発局のNo.2である材木座義輝の右腕である天霧紗夜

 

アスタリスクの治安を守る世界でも人気の職である星猟警備隊に所属して警備隊隊長の天霧綾斗の右腕てある比企谷小町

 

元世界の歌姫にして星武祭運営委員会の比企谷・R・シルヴィア

 

王竜星武祭を二連覇して世界最強の魔女と謳われる比企谷・R・オーフェリア

 

獅鷲星武祭覇者にして世界最強のバカップル3人の中に混ざる事が出来た生きる伝説である比企谷・M・ノエル

 

欧州を代表するブランシャール家当主であるレティシア・ブランシャール

 

界龍の講師をしながら、夫と共に界龍の諜報工作機関龍生九子の第七府、特務機関の《睚眦》エースエージェントである趙・W・セシリー

 

世界最大の技術会社の擬形体部門のトップを務める、世界最強クラスの技術者のエルネスタ・キューネ

 

 

世界中の誰もが知っているほどの有名人10人がレストランに集まっているのだ。

 

 

「いやー、最近どうですか?忙しいですか?」

 

ワインを飲みながらそう尋ねるのは小町。いつも警備隊として厳かな雰囲気を出しているが、今はプライベートなので本来の軽い性格を出している。

 

「私はブランシャール家当主ですから忙しいですわ」

 

「私は鳳凰星武祭の有力選手の調査は終わったけど、講師として色々忙しいかなー」

 

「私はもう直ぐ鳳凰星武祭が始まるし運営として忙しいな」

 

「私の花屋は趣味でやってるからそこまで忙しくないわ」

 

「私は……最近忙しいですね。あ、それと綺凛さん、例の合同練習についてですが、ガラードワースは参加することになりましたよ」

 

「あ、そうなんですか。ありがとうございますノエルさん」

 

ノエルと綺凛は楽しそうに話し合う。2人は学生時代と殆ど見た目は変化せず子供っぽいので、この場にいる全員は2人を見て癒されている。

 

「ちなみにノエルさん、八幡さんが所属するクインヴェールについてはわかりますか?」

 

「クインヴェールは結構賛成反対がぶつかり合ってるみたいで、まだ決まってないですね」

 

「あ、すみません……」

 

「いえいえ。それより綺凛さんは忙しいんじゃないですか?」

 

「そうですね。星導館としては鳳凰星武祭でポイントを稼がないといけないので忙しいです。クローディアさんが遅れるのもそれが原因ですから」

 

「私はいつも忙しい。煌式武装は幾ら作っても注文が来る」

 

「だよねー。私の所も擬形体の注文が殺到してて、私の研究の時間が減って面倒だよ」

 

「私は基本オーフェリアと花屋で働いて、偶に星導館でアシスタントをするくらいだからそこまで忙しくないな」

 

「ほーほー、やっぱり皆色々な道を歩んでますねー」

 

「それを言ったら小町もだろう。警備隊なんて名誉な仕事に就いているのだから」

 

小町のぼやきにユリスはそう返す。実際警備隊の最大の敵である涼子の娘である小町が警備隊に入隊した時はアスタリスク全域を揺るがした程であったのだ。

 

「まあやりがいのある仕事ですよ……結婚しにくい仕事ですけど」

 

小町からは哀愁が漂う。この中で小町とエルネスタだけが独身であるが故に。

 

「だからと言って私達の綾斗にちょっかいをかけるのは止めて貰おう」

 

「えー、良いじゃないですか紗夜さん。他に良い男が居らず独身の小町を救済してくださいわよー」

 

「確かに剣士くんは良物件だね。あーあ、私も良物件の男が欲しいなー」

 

「……お前は義輝と結婚してないのか?」

 

紗夜がそう口にするとエルネスタ以外の全員が同じ気持ちになりながらエルネスタを見る。エルネスタが材木座と同棲している事はこの面子にとっては周知の事実である。

 

「え?結婚も交際もしてないよ。将軍ちゃんは私の事好きじゃないだろうし。ま、良物件だとは思うけど」

 

「へー、どんな風に良物件なの?というかどんな暮らしをしてるの?」

 

セシリーが興味深そうに尋ねるとエルネスタは考えるような素振りを見せてから口を開けて……

 

 

「えーっとね、朝になったら将軍ちゃんが私を起こしてくれて、直ぐに私のパジャマを脱がして着替えさせてくれて、将軍ちゃんが作ってくれた朝ごはんを一緒に食べて、一緒に仕事場に行って別々の仕事をやって、勤務時間が終わったら一緒に帰宅して、将軍ちゃんが作った夕食を一緒に食べて、一緒に映画を見たりして、将軍ちゃんがお風呂を沸かしたら私の服を脱がしてから一緒に入って、お風呂から上がったら将軍ちゃんの部屋で一緒に寝る……って感じかな」

 

「そ、それを毎日やってるのかな?」

 

「え?なんかおかしい所があった……って、何でそんな私を馬鹿にしたような目で見るのさ?!」

 

『………』

 

セシリーは頬を引き攣らせながらエルネスタに質問をするもエルネスタは即答する。それによってエルネスタ以外の人は全員無言でエルネスタに呆れを混ぜた視線を向けて、エルネスタは怒りを露わにする。

 

しかしエルネスタ以外の9人はエルネスタの叫びを無視して顔を寄せ合う。

 

(え?本当にあの2人付き合ってないんですか?小町からしたら結婚しててもおかしくないと思いますけど)

 

(だよねー。私虎峰と結婚してるけど、あそこまでラブラブじゃないよ)

 

(私もですわ……まあ、アーネストが真面目というのもありますけど)

 

(いや、しかし……私達も綾斗とそこまでラブラブじゃないぞ)

 

(まあ綾斗さんが忙しいってのもありますけど)

 

(……それを差し引いても義輝とエルネスタは仲が良過ぎる)

 

(まあ確かにね。私達は八幡君とあれくらいラブラブしてるけど……)

 

(私やシルヴィアとノエルは八幡と結婚しているから問題ないわ)

 

(ですがあの2人は結婚どころか付き合ってない状態でアレですから相当凄いです……)

 

9人の考えは1つだった。お前らさっさと結婚しろという考えを全員が持っている。

 

「ま、まあアレですよ。厨二さんも10年以上エルネスタさんを家に置いているんだし嫌ってないと思いますよ」

 

「というより世間ではお前と義輝はデきているって言われてるから、義輝以外の男と結婚するのは厳しいと思うぞ」

 

紗夜の言葉にエルネスタ以外の全員が頷く。実際材木座とエルネスタは学生時代から仲が良いこともあって世間では恋仲と認知されている。

 

それは2人が学生時代から無意識のうちにイチャイチャしていたことが原因であるが、その状態で他の結婚相手を探すのは無理な話というものだ。

 

「そっか……改めて考えてみるよ」

 

エルネスタがそう言うと9人は大きく頷いて、結婚しろと強く願ったのだった。自分達のブラックコーヒー摂取量を減らす為に。

 

「まあ頑張ってください。ところでもう直ぐ鳳凰星武祭ですけど、この中で自分の子供が鳳凰星武祭に参加するって人は居ますか?」

 

「私の紗枝と綺凛の零が組んで参加する」

 

小町の質問に紗夜が手を挙げて答える。同時にこの場の空気が僅かに引き締まる。

 

「おーおー、星導館の序列1位と4位ペアを出すなんて本気だねー。私達界龍からも強い奴を出さないとマズイかも……まあ2トップは王竜星武祭に絞ってるけど」

 

言いながらセシリーはシルヴィアを見る。シルヴィアの娘の竜胆は界龍の序列1位であるのでセシリーもそれなりに付き合いを持っている。

 

「竜胆は王竜星武祭以外興味ないからね。ちなみにユリス、歌歩とクローディアの優子は鳳凰星武祭に参加しないの?」

 

シルヴィアがユリスにそう尋ねると……

 

「歌歩は王竜星武祭に絞っていて、優子は獅鷲星武祭に出るらしいですよ」

 

返答はユリスの後ろから聞こえたので見てみれば……

 

「あっ、クローディア。お疲れー」

 

そこにはスーツを着た金髪の女性ーーー天霧・E・クローディアがニコニコしながら立っていた。

 

「お疲れ様。すみません、会議が長引いてしまったので遅れました」

 

「まあ銀河の最高幹部なんですから仕方ないですよ。どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

クローディアは小町から渡されたワインを飲んで一息吐く。

 

「それで?優子は獅鷲星武祭に出るのですの?」

 

クローディアがワインのグラスを口から離すとレティシアがクローディアに話しかける。

 

「ええ。優子曰く『八幡さんの娘がいる限り王竜星武祭を制するのは厳しい』と言ってましたから」

 

「なるほどね……まあ歌奈は出るか知らないけど私の竜胆とオーフェリアの翔子は王竜星武祭に出るき満々だしね」

 

「まあ獅鷲星武祭に出るなら丁度良いですわ。ウチのメリクリウスはチーム・ランスロットのメンバーですし、楽しみにしてますわ」

 

「わ、私の所の茨ちゃんも頑張ります」

 

クローディアの娘の獅鷲星武祭参加に、ガラードワースに所属する娘を持つレティシアとノエルもやる気を出す。ガラードワースOGとして全力でサポートする考えを持っている。

 

「警備隊の小町としては平和に終わればそれで良いですね……ま、小町達が学生の頃に比べたら平和ですよね」

 

「そうだな……フローラの誘拐があったり……」

 

「八幡君がオーフェリアを自由にする為に金枝篇同盟とやり合ったり……」

 

「私が銀河に喧嘩を売って実働部隊に命を狙われたり……」

 

「治療院で八幡と綾斗がマディアス・メサと戦ったり色々あったわね」

 

「加えて葉山隼人及びそのグループメンバーが闇討ちを仕掛けようとしたり色々ありましたわね」

 

「終いには八幡さんと星露さんがシリウスドームを壊したりしましたね」

 

「あー、そう考えると私達の世代って面倒事が多かったね」

 

セシリーの言葉に全員が頷く。改めて思い出すと最近の星武祭期間に生まれるトラブルは随分と温いものになったと思える。

 

「あ、そういえば小町思い出しました!実は先日、ノエルちゃんの一件の時に捕まった葉虫グループが出所されたんです」

 

その言葉に八幡の妻3人を筆頭に全員が嫌な表情になる。

 

今から15年以上前、八幡は大学卒業する直前、長年アプローチしてきたノエルの告白を受け入れて結婚を約束した。

 

世間では大きな騒ぎとなったが、その際に葉山グループは八幡はノエルを利用してガラードワースの運営母体である統合企業財体E=Pのコネを手に入れると判断した。

 

そして葉山グループは八幡を暗殺してガラードワースを救うべく、八幡に闇討ちを仕掛けたが、結果は当然惨敗。

 

全員半殺しにした八幡はそのまま警備隊に突き出した。結果として葉山グループは懲役15年以上となり、ガラードワースの評価は最悪となり、判決を聞いたエリオットの胃は爆発して1ヶ月以上の入院となった。

 

「ふーん……わかった。しっかり警戒しておくね」

 

「まあ八幡があんな雑魚集団に遅れをとるとは思わないけど」

 

「絶対に八幡さんに怪我なんてさせません」

 

八幡の嫁3人は小町の言葉に強く頷く。自分の愛する夫が傷つく所を見たくないが故に。

 

「私達E=Pの方でも監視するようにしておきますわ……それにしても本当総武中の人は碌なのが居ませんわ。この前も相模という生徒が問題を起こしたので調べてみれば母親は総武出身ですし……」

 

レティシアの言葉に八幡の嫁3人はピクリと反応する。相模と言ったら八幡の嫁3人にとっては不倶戴天の怨敵だ。何せ自分の事を棚上げして散々八幡を侮辱した女なのだから。

 

「総武中って色々とすごい学校だねー。確か八幡ちゃんと将軍ちゃんも総武出身だったし」

 

「陽姉も総武中出身だったな」

 

「総武中って良い意味で有名な人と悪い意味で有名な人の差がありすぎだな」

 

紗夜の言葉に全員が苦笑しながらも頷く。

 

「まあその話はここまでにしましょう。折角の女子会で暗い話をしても意味ないし」

 

「そうだねー……あ!じゃあ折角だし夫持ちの人に聞きたい事があるんだけど」

 

オーフェリアの言葉にエルネスタが大きく手を挙げて……

 

 

「旦那とはどれくらいのペースでヤってるの?」

 

『ぶっ……!』

 

予想外の爆弾にユリスと綺凛とノエルとレティシアが噴き出す。一方夫の居ない小町はそう言った話を苦手としないクローディアと紗夜とシルヴィアとオーフェリアとセシリーは噴き出した4人の口を拭いてあげている。

 

「な、ななななんだその破廉恥な質問は?」

 

「えー、だって夫を持ってるとどれくらいか気になるし。それでどれくらいのペース?」

 

「誰がそんな質問を「大体週に1、2回」紗夜!馬鹿正直に答えるな!」

 

「意外と少ないねー。セシリーは?」

 

「私?私はケースバイケース。1週間以上いない時もあるし3日連続って時もある。まあ虎峰ってチキンだから毎回受けに回ってるけど」

 

「あー、虎峰さんって積極的には見えないですから。ちなみにレティシアさんは?」

 

「小町も悪ノリしないでくださいまし!答えませんわよ!」

 

小町がエルネスタ同様に警備隊の人間にあるまじき下衆い笑みを浮かべながら質問をするもレティシアに一蹴される。

 

「ちぇー、じゃあシルヴィアさん達は?」

 

「週に2日から4日かな」

 

「ちなみに何回戦まで?」

 

「最大で一人当たり2回戦、計6回戦だね」

 

「えっ?お兄ちゃんって絶倫?」

 

『ぶっ……!』

 

再度ユリスと綺凛とノエルとレティシアが噴き出す。ズケズケという小町の言葉に耐えられずにいた。

 

「そうだと思うよ。でも毎回終わった後に優しく頭を撫でて可愛いって言ってくれて凄く嬉しいんだ」

 

「全く飽きる気はしないわね」

 

「良いなー皆さん男がいて。小町も欲しいー!綾斗さんちょうだい」

 

「「「「却下(だ!)(です)(です!)」」」」

 

「ちぇー」

 

言いながら小町はやけ酒を始める。そこにはアスタリスクの治安を守る警備隊の面影は全くと言って良いほどなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後……

 

「じゃあそろそろお開きにしよっか」

 

夜10時を回った所でシルヴィアがそう口にする。

 

「ですよねー。小町も明日は仕事ですよー」

 

「私もE=Pで会議がありますわ」

 

「ま、各々忙しいかもしれないけど、次の女子会まで頑張ろっか」

 

セシリーの言葉に全員が頷く。皆、1日1日を一生懸命生きているので、今日休んだ以上明日からまた頑張らないといけない。

 

「そうですね。ではまた会う時まで……解散」

 

クローディアの解散の言葉を合図に各々の家がある方向に向かって歩き出した。

 

シルヴィアとオーフェリア、ノエルはというとレヴォルフとクインヴェールとレヴォルフの中間にある自宅に向かって歩き出す。

 

暫く歩いていると……

 

「「「八幡(君)(さん)!」」」

 

3人の旦那である八幡が歩いてくるのが目に入る。

 

「おう。お前らも帰りか?」

 

「まあね。八幡君達は男子会どうだった?」

 

「いや、いつも通り愚痴りあったな。まあ楽しかったけど」

 

「それは何よりね……今日は疲れたから早く帰って寝ましょう?」

 

「だな……明日からまた忙しいし頑張らないとな」

 

「はい……じゃあ……」

 

ノエルがおずおずと呟くとこの場にいる4人は一斉に目を瞑り……

 

 

 

 

 

ちゅっ……

 

4人で一斉に唇を重ねる。触れるだけの短いキスだが、それだけで4人の中に幸せの感情が生まれる。

 

 

そして4人は顔を見合わせてから笑顔を浮かべて自宅に帰宅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「おっ、帰ってきたかエルネスタ殿」

 

エルネスタが自宅に帰ると先に帰った材木座が迎えてくる。

 

「カバンは持つぞ。それと酔っているだろうからスポーツドリンクを飲むっ良い。少しでもマシになるぞ」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

エルネスタは女子会で言われた事もあって特に揶揄うことなく礼を言いながらリビングに上がって、材木座が差し出してくるスポーツドリンクを飲む。

 

 

「飲んだら少し寛いでから寝ろ。今日は風呂に入らず明日仕事前にシャワーを浴びると良いだろう」

 

「そうする……ねぇ将軍ちゃん」

 

「なんだ?」

 

「私が将軍ちゃんに結婚しようって言ったらどうする?」

 

「ぶほっ!」

 

エルネスタ発言に材木座は思わず噴き出してしまった。暫く咳き込んでから材木座はエルネスタに話しかける。

 

「い、いきなりどうしたのであるか?」

 

「うーん。女子会で独身の私が結婚するとしたら将軍ちゃんって話が出たから」

 

「貴様の所もか。我もだよ」

 

「あっ、男子会でもそんな話をしたんだ……ま、でも将軍ちゃんは私の事好きじゃないし、ないか」

 

エルネスタが軽く笑いながらそう口にする。すると材木座はそっぽを向いて……

 

「ふん。好きでないならとっくに追い出してるわ」

 

「え?それって……」

 

「……まあ、アレだ。貴様は敵だが、10年以上一緒に住んでいたら貴様と過ごす時間も住めば都となったのだよ」

 

ぶっきらぼうにそう口にする材木座の言葉にエルネスタはキョトンとするも……

 

「……うん。私も将軍ちゃんと過ごすこの時間、結構好きだな」

 

ニコニコしながら自分の考えを口にする。すると材木座は不機嫌そうな表情を浮かべたまま空間ウィンドウを開いてエルネスタに渡す。

 

そこには『婚姻届』と表記されていた。

 

「えっ?将軍ちゃん、これって……」

 

「貴様が結婚という話を出したのなら少しはそんな考えがあるのだろう。嫌なら捨てるといい」

 

「でもなんで将軍ちゃん、婚姻届なんて持ってるの?」

 

エルネスタがそう尋ねると材木座は顔を赤くして……

 

「……学生時代に声優と直ぐに結婚出来るようにと準備をしていた」

 

恥ずかしそうにそう告げる。

 

「ぷっ……!あははっ!将軍ちゃんらしいや!カミラが海外から帰ってきたら教えてあげようっと!」

 

それを聞いたエルネスタは目尻に涙を浮かばせるくらい大笑いをする。

 

「やめんか貴様っ!……ええいっ!我を悶死させる気か?!」

 

材木座がエルネスタに詰め寄る中、エルネスタは笑いながらも材木座が差し出した婚姻届を表記した空間ウィンドウを手を伸ばし……

 

 

 

「えいっ♪」

 

自分の書くべき箇所に書くべき事を記入して承認ボタンを押す。同時に空間ウィンドウからピロンと軽やかな音が流れて空間ウィンドウが消える。市役所に届け出されたからだ。

 

「………は?」

 

予想外の展開に材木座がポカンとする中、エルネスタはいつもの笑顔を浮かべて……

 

 

「これからも宜しくね、将軍ちゃん♪」

 

いつものペースでそっと唇を重ねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……って事があってエルネスタ殿と結婚したわ』

 

「早ぇよ!」

 

材木座からの電話に思わず声を上げてしまった俺は悪くないだろう。

 

マジでなんなんだこの2人!今まで20年以上付き合ってもない癖にイチャイチャしていたのに、結婚について真剣に考えてみろと言ったらその日の内に結婚って!

 

 

「あー、はいはい。お幸せに」

 

そう言って俺は通話を切って空間ウィンドウを閉じたのだった。

 

なんかもう……凄く疲れました、はい……



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合宿前にも色々ある

300話達成しました!読者の皆様ありがとうございます


「……と、言うわけで今回の鳳凰星武祭でウチは壁を越えた人間は出ないんで、言い出しっぺの星導館より情報の価値は低いのて合同合宿に参加する事に賛成ですね」

 

クインヴェール女学園の会議室にて、俺は他の戦闘担当教師陣と例の合同合宿についての話をしている。

 

「比企谷先生、それは確かな情報なのですか?」

 

「はい。実は昨日俺は綾斗達と男子会に、ウチの嫁3人も綾斗の妻4人が参加する女子会に参加した際に聞きましたから確かな情報です」

 

「えっと……話は脱線しますが、その男子会と女子会ってどんなメンバーだったんですか?」

 

「男子会は俺、綾斗、虎峰、アーネストさん、材木座の5人で、女子会はウチの嫁3人に綾斗の嫁4人、妹の小町に、エルネスタ、レティシア、セシリーはの11人ですね」

 

その言葉に騒めきが生まれる。まあ参加するメンバー全員が星武祭で実績を出している上に、統合企業財体の幹部だったり、警備隊の人間だったら世界トップクラスの会社の重鎮だからな。

 

「とにかく、話によれば綾斗の娘ーーー零と紗枝は出るらしいので情報収集しておくに越したことはないと思います」

 

俺がそう言うと合同合宿反対派のメンバーはメンバー同士で話し合い、やがて1人が手を挙げる。

 

「比企谷先生、それならば合同合宿に賛成したいと思います。前シーズンでは後一歩のところで星導館に総合優勝を奪われたのです。今シーズンで総合優勝する為には鳳凰星武祭で星導館に出来るだけ稼がせないべきです」

 

俺が学生だった頃のクインヴェールは星武祭を生徒の魅力を引きだす為のステージとしか思ってなくて、総合優勝を狙っておらず毎回六学園最下位であった。

 

しかしお袋がクインヴェールの教師に就任してからは一転、魅力を引き出しながら勝つという方針に変化して、毎シーズン総合優勝を狙いに行く学園に変化した。

 

客を魅了しながらも実績を出すようになったクインヴェールの人気は今や六学園ぶっち切りとなったくらいだ。

 

それによって教師陣も総合優勝をする為の最善の道を行くようになり、俺の意見が理に適っていると判断してくれたのだろう。

 

ならば俺は賛成してくれた教師の期待に応えるだけだ。

 

「では合同合宿の件については決まりですね。今後他学園との交渉は自分がするとして、次に公式序列戦の制度についてですが……」

 

そんな事もあって他学園との合同合宿については行われる事が決まった。

 

 

 

 

 

 

「って訳でウチの学園も参加する事になったわ」

 

『わかりました、ご協力感謝致します』

 

職員会議を終えた俺は合同合宿発案者の綺凛と電話をしている。しっかし職員会議って毎回毎回気を張ってるから疲れるなぁ……

 

「どういたしまして。ちなみに参加する学園と合宿場所は決まったのか?」

 

『はい。参加する学園は星導館、クインヴェール、ガラードワース、界龍の四学園で、合宿場所は大津です』

 

大津……アスタリスク外部にして銀河の本拠地がある場所か。随分と本気具合が見えるな。

 

「わかった。じゃあ詳しい日程が決まったら早めに教えてくれ」

 

そしたらW=Wとしての仕事やクインヴェール教師としての仕事の調整をしないといけないからな。

 

『わかりました、では失礼します』

 

空間ウィンドウに映る綺凛が小さく一礼して通話を切ったので空間ウィンドウを閉じて端末をポケットにしまう。

 

しっかし界龍も参加するのか……理由はない。理由はないが……

 

 

「なーんか嫌な予感しかしねぇな……」

 

思わずそう呟いてしまう。この合宿、間違いなく平和に終わる事はない気がしてならない。

 

 

 

 

 

 

「はーい……じゃあ日程が決まったらまた連絡ちょうだい、またねー」

 

「なんじゃセシリー。例の合宿について進展があったのかえ?」

 

同時刻、界龍の職員室にてセシリーが綺凛との電話を終えると、界龍最強の星露が話しかけてくる。

 

「あ、師父。うん、結局レヴォルフとアルルカントを除いた四学園でやる事になった。合宿場所は大津だね」

 

「大津……アスタリスク外部じゃのう……はっ!そうじゃセシリー!その合宿についてじゃが、クインヴェールの引率教師に八幡は来るかのう!」

 

「八幡?綺凛ちゃんは来るって言ってたけど?」

 

「ならば儂も同伴させて貰うぞ!久しぶりに八幡と戦いたいしのう!」

 

「はっ?!えぇぇぇぇぇぇっ!」

 

星露の突然の発言にセシリーを始め、職員室にいる教員は全員驚きの声を上げるも仕方ないだろう。八幡と星露の戦いによってシリウスドームが破壊されたのは有名な出来事なのだから。

 

「いやいやいや!2人が戦ったら星武憲章違反でしょう!師父はともかく、八幡が違反するとは思えないんだけど!」

 

セシリーが慌てながら注意するも星露は気にする素振りを一切見せずにいた。

 

「甘いなセシリー。星武憲章はアスタリスク内部での法律。アスタリスク外部には適応されない!よってアスタリスク外部の大津で戦えば儂も八幡も法律で罰せられらる事はないのじゃ!」

 

星露の言葉にセシリーはハッとした表情になる。彼女の言う通り、星武憲章では八幡と星露の戦闘は禁止されているのでアスタリスクで戦うのは無理だが、アスタリスク外部なら特に制限はない。

 

(こ、これは凄い事になりそうだなー。私1人の手には終えないし、虎峰も誘ってみようっと)

 

セシリーは満面の笑みを浮かべている星露を見て引き攣った笑みを浮かべながら、虎峰も道連れにする選択をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでだな八幡よ。エルネスタ殿が朝食を作ってくれたのだよ。味はお世辞にも美味いとは言えんが、不安そうな表情の彼女を見ると不思議と箸が進むのだよ』

 

「あー、はいはい。それは愛の力だな」

 

仕事を終えて帰宅した俺は、自室にて材木座から惚気話を聞かされている。

 

材木座とエルネスタが結婚したのは昨日だが、奴の話す惚気話は正直言ってガチで甘過ぎる。基本的にコーヒーは甘党派の俺でもブラックコーヒーを求めてしまうくらいだ。

 

『しかも八幡、我わかったのだが……』

 

「何をわかったんだよ?」

 

『……キスというものは甘いな』

 

「俺は20年以上前から知っとるわ!」

 

何で俺はこんな初々しい話を聞かないといけないんだよ?!マジでなんなんだお前らは?!結婚する前は無意識のうちに凄くイチャイチャしていた癖に、いざ結婚するとこっちが恥ずかしくなるくらい初々しいやり取りをやってんだよ?!

 

「で、今幸せなのか?」

 

『うむ……昨日までは結婚する事を考えてなかったが、なんというか……良いものだ。胸が温かい』

 

「そうかい……それはなによりだな」

 

もうやだ……何かメチャクチャ甘い純愛小説を読んでる気分だ。後で嫁の1人にブラックコーヒーを淹れて貰おう。

 

『それでだな八幡よ……新婚旅行に行くとしたら何処が良い?』

 

「あん?俺達は草津の温泉宿にしたぞ」

 

『……えらく地味ではないか?』

 

「うるせぇな。俺の嫁達は温泉に憧れてたんだよ」

 

全員ヨーロッパ出身で日本の温泉に強く興味を持っていたから温泉宿にしたんだ。そんで3人とも満足してくれたので本当に良かった。

 

『ふむ……そんな考えもあるのか。そうなればやはりエルネスタ殿と行ったことのない場所にするべきであるな……』

 

そういやこいつ、結婚する前から長期の休みにエルネスタと旅行に行っていたな。何でこいつらアレだけ仲が良いのに結婚するのは遅かったんだよ?

 

「そこはエルネスタ本人と決めろ。てか俺は仕事があるからそろそろ切るぞ」

 

嘘だけど。これ以上こいつの甘過ぎる惚気話は聞きたくないのが本心だ。

 

『むっ……それは失礼した。ではな八幡、また我が困ったら相談に乗ってくれると助かるわ』

 

誰が乗るか。また惚気話を聞かされるのが目に見えとるわ。

 

「気が向いたらな」

 

そう言って通話を切って空間ウィンドウを閉じる。これ以上話していると面倒な予感しかしないし。

 

ともあれ惚気話を聞かされまくってメチャクチャ口が甘いのでブラックコーヒーを飲もう。

 

口の中の甘みを消すべく一階に向かうと……

 

 

「はい。ブラックコーヒーが出来たわよ」

 

「ありがとうオーフェリア」

 

「では早速飲みましょう」

 

丁度俺の嫁達がタイミングよくブラックコーヒーを淹れていた。なんというナイスタイミングだ!

 

「済まんオーフェリア。俺の分も淹れて貰って良いか?」

 

俺がそう尋ねると嫁達も俺に気付いたようでこちらを向いて……

 

「もしかして八幡君、義輝君から惚気話を聞かされたの?」

 

「ああ……もしかしてお前らはエルネスタから?」

 

「うん。本人は惚気話をしているつもりはなかったみたいだけど、話してる内容が凄く甘かったら……」

 

「なんなのあの2人。結婚する前は無意識にイチャイチャしていたかと思ったら、結婚したら初々しくなるのかしら?」

 

「知らん。恋愛なんて人それぞれだからな。俺だって三股かけてるし、今オーフェリアとの出会いを思い出すと良く結婚出来たなって思うぞ」

 

初めてオーフェリアと会った場所はレヴォルフの校舎裏だ。中2の終わり頃、序列2位の座を手に入れる少し前に色々な人間に目を付けられていて、人目のつかない場所を探していたら気に入った場所にオーフェリアがいたのだ。

 

最初はどうしようか悩んでいたが、当時のオーフェリアはまるで俺に興味を持っておらず、居ないかのように過ごしていたので俺も気にしないでオーフェリアから少し離れた場所で飯を食ったのが、オーフェリアとの出会いだ。

 

その後は1ヶ月くらいお互いに無言で飯を食っていたが、俺が序列2位になってからオーフェリアが話しかけてきたのだ。何故ここで飯を食べるのかと。

 

そん時に俺が人と関わりたくないと返すと、オーフェリアは小さく頷いてまた無言になって飯を食うのを再開した。

 

その後、俺が序列戦でオーフェリアに挑んでボコボコにされたりしながら、週に一度言葉を一言二言交わして、中3になって王竜星武祭に参加した頃には普通に会話するようになった。

 

振り返ればアソコから結婚まで漕ぎ着けた俺って凄くね?

 

「そうね。あの頃の私は幸せを諦めていたけど、今は違うわ」

 

言うなりオーフェリアは俺の肩に頭を乗せてスリスリしてくる。既に歳は40以上だが見た目は学生時代と殆ど変化しておらず美しい。加えて昔と違って感情は豊かになって笑顔が可愛らしい。実に最高の妻だ。

 

「それは何よりだ……しっかし結婚と言えば俺達はもう結婚して15年以上経ってるな」

 

3人と結婚したのは大学を卒業して少ししてからだ。それからは色々あった。

 

式では3人のウェディングドレスを見て興奮したり、

 

その晩に初夜を迎えてノエルの純潔を奪ったり、

 

新婚旅行では4人で温泉を楽しんだり、

 

W=Wの諜報員としてクロエとコンビを組んだり、

 

仕事が軌道に乗ってきた時に妻3人が妊娠したり、

 

両親やチーム・赫夜のメンバーや天霧ハーレムに子供の名前を付けるのに協力して貰ったり、

 

育児休暇を手に入れる為に他所の統合企業財体の情報を手に入れまくったり、

 

3人の出産に立ち会ったり、

 

子供を適度に甘やかして適度に厳しく育てたり……

 

結論を言うと……

 

「うん。やっぱり俺お前らと結婚して良かったわ」

 

ただ純粋にそう思った。3人と結婚してからは毎日が幸せだ。家に帰れば3人は笑顔を見せてくれる。それだけで生き甲斐があるってものだ。

 

「うん。私も八幡君と結婚して良かったよ」

 

「私今、凄く幸せよ」

 

「私もです……八幡さん、死ぬまで一緒に居させてください」

 

すると嫁達3人が俺に抱きついてくる。この温もりがあればまさに百人力だ。

 

しかし……

 

「ノエル。死ぬまでじゃない。死んでからも天国で一緒に居ろ」

 

今男性の平均寿命は90歳前後で、仮に俺が90歳で死ぬとしたら後50年ある。

 

しかし俺からしたら僅か50年しかない。4人で過ごす時間は1000年あっても足りないだろう。だから死んでからも一緒に居るつもりだ。

 

その事を聞いたノエルは一瞬キョトンとするも……

 

「はい!」

 

満面の笑みを浮かべながら了承する。それを聞いた俺は胸が熱くなるのを実感しながら抱きついている3人を抱き寄せて………

 

 

ちゅっ……ちゅっ……ちゅっ……

 

オーフェリア、シルヴィ、ノエルの順番にキスをする。まだまだこれからもこんな風にイチャイチャして過ごしたいものだ。

 

 

そう思いながら俺は眠くなるまで愛する嫁3人の唇にキスの雨を降らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「隼人ー。さっき仕入れた情報なんだけど、今度クインヴェールと星導館とガラードワースと界龍の四学園がアスタリスクの外で合同合宿をやるみたい。そんでヒキオも参加するみたい」

 

「本当か……良し!皆聞いてくれ!ガラードワースの為に動いた俺達を理不尽な目に遭わせた比企谷を今度こそする粛清するぞ!世界の平和の為にも、皆協力してくれ!」

 

 

『任せろ!俺達は正義の遣いだ!悪の化身である比企谷を殺しても問題ない!』

 

『そうだそうだ!アイツの所為で俺は両親から絶縁されたってのに!』

 

『今こそ!葉山君と一緒に裁きの鉄槌を!』

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

「皆……ありがとう!比企谷から世界を救う為に協力を頼む!合宿まで時間はあるし武器と計画の用意をするぞ!」

 

『おーーー!』



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比企谷八幡は大人になってもトラブルを危惧する

「では合同合宿は2週間後の月曜日から水曜日までやって木曜日の朝にアスタリスクに帰る予定となりました。こちらが栞ですのでご確認を」

 

クインヴェール職員室にていつものように戦闘部門担当教師同士の職員会議をしている。

 

それだけなら特に問題はないが、毎回進行の担当が俺ってのは勘弁して欲しい。

 

何故俺がやっていると言うと、最近退職したお袋が戦闘部門でカリスマ性を発揮していて、その影響だからか息子の俺もお袋と同じ事をやらされている。……まあ今の所大きなミスをしてないのが不幸中の幸いだろう。

 

「何か質問は?」

 

俺が尋ねてみるも、特に異論はないようだ。良かった……栞の作成は慣れてないからな。

 

「ないようならこれで朝の職員会議は終了します。それと午後から自分は歌奈の迎えに行かないといけないので悪しからず」

 

言いながら俺は一礼してから職員室にある自分の席に座って電子書類の整理を始める。

 

さて、早い所書類を片付けて、アメリカ横断ツアーを終えてアスタリスクに帰国する歌奈を迎える準備をしないとな。

 

 

 

 

 

 

4時間後……

 

「早く帰ってこいよ……」

 

「もう八幡君ったら……少し落ち着きなよ」

 

アスタリスクにある空港にて、娘の歌奈が乗っている飛行機を今か今かと待っているとシルヴィが苦笑いしながらそう言ってくる。隣にはオーフェリアとノエルも居て、2人もシルヴィと似たような表情を浮かべている。

 

そして周囲には大量のマスコミが展開されている。大方世界の歌姫である歌奈に用があるのだろう。一部の人は俺達を撮っているが一々キレて有る事無い事報道されたら面倒なのでシカトする。

 

「煩え、可愛い可愛い歌奈が帰ってくるんだ。落ち着ける訳ないだろ」

 

「相変わらず親バカだね……まあ私も楽しみだけど」

 

シルヴィがそう言ってくるが、俺も3人が出産するまで、自分が親バカだとは全く予想してなかったわ。初めは適度に接すれば良いと思っていたのだが、生まれた直後に抱いたらそんな考えは即座に吹き飛び、立派な人間にすると考えたくらいだ。

 

そこまで考えている時だった。

 

「む!そこにいるのは八幡ではないか?」

 

「加えて妻3人もいるじゃん、おーい!」

 

背後からそんな声が聞こえてくる。声からして材木座とエルネスタだろう。空港にいるって事は仕事でアスタリスク外部に行くのか?

 

疑問に思いながら振り向く。しかしそれと同時にブラックコーヒーを無性に欲したくなる。何故なら……

 

(その初々しい恋人繋ぎを見せつけんな……!)

 

見れば2人は恋人繋ぎをしながらこちらに歩いているが2人の反応が初々しい。材木座は照れていつもの高笑いをせずに自身とエルネスタの手を頑なに見ず、エルネスタはいつもの天真爛漫な笑顔ではなく恥じらいの混じった笑みを浮かべて繋がっている手を見ている。

 

それはまさに付き合ったばかりのカップルが手を繋ぐのを恥ずかしがっているようにも見える。俺達からしたら甘過ぎる……

 

ともあれ新婚夫婦のやり取りに文句を言うのも野暮だし鋼の理性で文句を言うのを我慢する。

 

「……よう。お前らは仕事か?」

 

俺は呆れなどの感情を表に出さず、2人に話しかける。

 

「いやいや違うよん。私達はカミラを迎えに来てるの」

 

そういやカミラの奴、アメリカで新しい煌式武装の技術について発表していたな。んで発表が終わったから帰ってくるようだ。

 

「そうかい……それと一応エルネスタにも言っとくが結婚おめでとさん」

 

「にひひー、どういましまして。まだ結婚して一月も経ってないけど、結婚する前とは違った意味で楽しいよ。ね、将軍ちゃん?」

 

エルネスタは言いながらレナティそっくりと笑顔を見せてくる。義理とはいえ親子だから本当にそっくりだな。まあエルネスタはレナティと違って黒い笑みも持ってるけど。

 

「……まあ退屈はしてないな」

 

「そっかー、なら良かった」

 

さり気ない会話なのに2人の間から生まれる空気は甘い。エルネスタの奴がさり気なく繋いである手をギュッギュッしているのが拍車をかけているからだろう。

 

正直言って今すぐブラックコーヒーを買いに行きたいくらいだ。見れば俺の嫁3人も僅かだが引き攣った笑みを浮かべている。(オーフェリアに至っては呆れ果てている)

 

「そういえばさ新婚旅行に行くとしたら何処が良いかなー?」

 

そんな俺達の気持ちを他所にエルネスタは俺達に話しかけてくる。

 

「今まで行った事ない場所にすりゃ良いじゃねぇか」

 

「うん。結婚する前は何処に行った事があるの?」

 

シルヴィの質問に対して……

 

「うーん、ハワイに泳ぎに行ったり、カナダに避暑に行ったり、ヨーロッパでウルム=マナダイトが落ちた場所周辺に調査と観光に行ってり……かな?」

 

随分と楽しそうな旅行だな。てか何でお前らこれで結婚が遅いんだよ?下手したら俺達より早く、それこそ学生結婚とか出来ただろうに。

 

「あー……海外が多いみたいだし、偶には日本にしたらどうだ?」

 

「となるとディスティニーとかUSJとかかな?……あ、ディスティニーは将軍ちゃんの地元だから将軍ちゃんは行き慣れてる?」

 

「いや……当時の我、友達が居なかったから家族以外とは行った記憶がないな」

 

材木座ェ……しかし馬鹿にするつもりはない。俺もアスタリスクに来る前は友達が居なかったので家族以外とは行ってないから。

 

まあアスタリスクに転向してからは嫁3人や娘4人だけでなくチーム・赫夜のメンバーやウルサイス姉妹など様々な人と行ったけど。

 

「相変わらず将軍ちゃんは悲しい事をカミングアウトするなー。じゃあ私と行って家族以外とも行ったようにしよっか?それに将軍ちゃんの両親に挨拶しないといけないし」

 

「そういえば婚姻届は提出したが親にはまだ報告してなかったな。なら新婚旅行の前に一度実家に帰るか」

 

報告してないで婚姻届を出したのかよ?本当にこいつらは色々ぶっ飛んでるな……

 

そんな事を考えている時だった。窓から大きな音が聞こえてきたので見れば巨大な飛行機が着陸していた。俺達がいるゲートの近くに着陸したので十中八九アメリカからの便だろう。

 

「さて……暫くしたら降りてくるだろうからお前らは俺にしっかり掴まっとけよ」

 

俺は嫁3人にそう話しかける。マスコミに捕まったら面倒なので歌奈がゲートから出てきたら、速攻で歌奈の身体に触れて影の中に入る算段を立てている。影の中に入れば星露やオーフェリアですら対処出来ないからマスコミ程度ではどうにもならないだろう。

 

「あ、私達も早くカミラを迎えたいからお願いねー」

 

言うなりエルネスタと材木座が俺にしがみついて影の中に入れる準備をし始める。

 

(まあ偶には良いか……っと、来たな。しかも2人同時に来ているし手間が省けたな)

 

ゲートを見れば俺の娘にして世界の歌姫二世である歌奈と世界最大の技術会社である技術開発局所長のカミラがなにやら話しながらこちらに向かってくる。

 

同時にマスコミが大量にフラッシュを焚く。今まで空港まで歌奈を見送ったり迎えた事はあるが相変わらず慣れる気配はしないな。

 

そう思いながらも俺は自身の影に星辰力を込めてから、そのまま影の中に入って2人の元に近寄り……

 

「よっと」

 

「うわあっ!」

 

「な、何だ?!」

 

そのまま2人の足を掴んでそのまま影の中に引きずり込む。その際に2人が驚きの声を上げるが気にしない。

 

「よう歌奈。1ヶ月ぶりだな」

 

「やっほーカミラ。お仕事お疲れ様ー」

 

「パパ?!ママにオーフェリアさんにノエルさんも……あ、もしかしてパパの影の中?」

 

歌奈は理解が早いようだ。即座に自分の状況を理解する。

 

「なるほどな……これなら取材陣に捕まらずに済むな。礼を言うぞ」

 

「別に気にすんな。歌奈を迎えに来たら偶然、そこの新婚夫婦と会ったからな。もののついでだ」

 

「そうか……って待て!今なんて言った?!」

 

するとカミラは焦るような態度で俺の肩を掴んでくるが、俺は今、変な事を言ったか?

 

「今新婚夫婦と言わなかったか?!」

 

あー、その事か。

 

「あー、ごめんカミラ。報告忘れてたけど先日将軍ちゃんと結婚したんだ」

 

なんだその昨日コンビニに行ったみたいな軽いノリは……

 

「何っ?!お前ら2人は結婚しないで無自覚に砂糖を振りまくだけで進展はしないと思っていたんだが……何があったんだ?!」

 

あ、やっぱりカミラも俺……というか材木座とエルネスタと関わりのある人間らと同じ事を考えていたようだ。

 

「んー。この前私と将軍ちゃんが男子会と女子会をやった時に、結婚云々の話が出て私は将軍ちゃんについて考えたらって言われて、将軍ちゃんは私について考えたらって言われたの。だから帰ってから結婚について考えて話し合ったら、結婚するのもアリかなーって思ったから結婚したの」

 

「まあそんな訳だ」

 

「考えろと言われたその日に結婚するとは……お前達とは長い付き合いだが、相変わらずぶっ飛んでいるな……」

 

「止せいカミラ殿、照れるではないか」

 

「そうそう。長い付き合いなんだし褒めなくて良いよ?」

 

「褒めてないわ!」

 

「「ひいっ!」」

 

カミラの怒声に新婚夫婦が悲鳴をあげる。結婚してもカミラに対して頭は上がらないようだ。

 

とりあえずあのトリオは放っておこう。今は……

 

「おかえり歌奈」

 

愛娘の帰還を喜ぶべきだろう。俺がシルヴィと同じ歌奈の紫色の髪を撫でると歌奈はくすぐったそうに目を細める。

 

「ただいまパパ、ママ、オーフェリアさん、ノエルさん」

 

「おかえり。アメリカはどうだった?」

 

「ご飯が脂っこいものが多かったかな。ツアー中は殆ど遊べなかったし、今度は家族全員でプライベートで行きたいな」

 

「それは楽しそうね……でも茨はともかく、翔子と竜胆は余り興味ないから厳しいわね」

 

オーフェリアの言う事は的を射ている。翔子と竜胆はガキの頃から戦い以外の事に欲を抱いてないからな。なんというか中学生にもなって家族旅行をしている姿が全く想像出来ない。

 

「あはは……まあそうかも。それよりも疲れちゃったし早く帰らない?」

 

歌奈がそう言ってくる。そうだな……確かに今は歌奈の疲れを取る事が最優先だな。

 

だから…….

 

「よし、んじゃ急いで空港を出るぞ……さっさとそいつら影の中から追い出したいし」

 

チラッと見た先には……

 

 

 

 

「って感じでまだ結婚して一月も経ってないけど、楽しいよ〜」

 

「うむ。結婚生活も悪くないし、カミラ殿も早くしないと行き遅れ「大きなお世話だ……!」ひぎゃぁぁぁぁぁっ!」

 

電波女が笑顔で惚気て、元厨二病の男が苦労人にアイアンクローをされている光景が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「とりあえずお疲れさん。暫く仕事は入ってないんだしゆっくり羽を伸ばしな」

 

自宅に帰宅した俺と嫁3人と歌奈は嫁3人が作った料理を食べながら話している。

 

「うん。それとさツアー終盤に知ったんだけど、四学園で合同合宿するんだっけ?」

 

「そうだが……そういや各学園の生徒会長は可能なら出席しろって話だったな」

 

一応他学園との合同合宿なんて初めてなので挨拶的な意味で生徒会長には召集がかかっている。まあ四学園の内、三学園は俺の娘だけど。

 

「そうなんだ……はぁ、茨と竜胆はともかく、優子は苦手なんだよなぁ」

 

「まあ優子ちゃんは母親に似て腹黒いからね」

 

シルヴィは苦笑しながら歌奈の肩を叩く。優子ってのは綾斗とクローディアの娘で星導館の序列2位にして生徒会長も務めている。何度か会ったが母親の血を濃く受け継いでいて強かだ。

 

俺もシルヴィも学生時代に生徒会長をやっていたので、当時星導館の生徒会長をやっついたクローディアの腹黒さを知っている。奴と同等の腹黒さを持っているなら歌奈も苦労するだろう。

 

「ま、でもお前も優子も鳳凰星武祭に参加する訳じゃないし、そこまで腹の探り合いはしないだろ……問題は俺の方だな」

 

俺がそう言うと同じく合同合宿に参加するノエルは苦笑いを浮かべて、事情を知らないシルヴィとオーフェリアと歌奈はキョトンとした表情を浮かべている。

 

「えっ?なんでパパが?」

 

歌奈が質問をするので……

 

「実はな、界龍の引率教師なんだが、今朝セシリーから電話があって、星露も同伴するらしい」

 

「「「あー」」」

 

すると3人が納得したように頷く。セシリーから電話がきた時はマジでビビったくらいだ。

 

星露の事だ。合宿先に着いたら真っ先に勝負を挑んでくるだろう。アイツ、王竜星武祭で戦って以降、会う度に戦いたい戦いたいと文句を言ってくるし。

 

今まで戦わずに済んだのは星武憲章があったからだが、合宿先は大津ーーーアスタリスクの外で星武憲章の影響が及ばない場所だ。

 

そんな場所に居る以上、星露は絶対に俺に勝負を挑んでくるだろう。下手したらノエルや綺凛にも挑む可能性が高い。

 

(無理だと思うが頼むから平和に終わってくれ……)

 

 

内心俺は叶う事がない願いを込めて祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

 

「くくくっ……合宿が待ち遠しいのう……!八幡との再戦は勿論、綺凛やノエル、八幡や綾斗の娘達……是非とも喰いたいのう……!」

 

星露が餓狼の如く獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「ああ……早く比企谷を殺さないと……そしたら比企谷が色々な人に仕掛けた洗脳は解けるだろうから、俺はノエルちゃんと結婚してメスメルの家に認められてからE=Pの幹部に入って世界を平和に変えてやる。その為にも……」

 

再開発エリアのビルの一室にて、1人でいる葉山隼人は醜悪な笑みを浮かべて空間ウィンドウを見る。

 

 

 

 

「その為にも是非とも俺の捨て駒になってくれよ?」

 

空間ウィンドウには三浦や戸部を始めとした葉山グループのメンバーの写真が写されていたのだった。




比企谷歌奈 (13)

クインヴェール女学園所属序列1位兼生徒会長

二つ名 歌王

八幡とシルヴィアの娘で竜胆の双子の妹。小学校時代からトップアイドルとして活躍して、卒業後は母親が所属していたクインヴェールに入学。入学して1ヶ月以内で世界の歌姫二世と呼ばれるようになった。

戦いに興味がある訳ではないが、両親の名に恥じないようにする為に、入学して2ヶ月以内に序列1位になる,

所有煌式武装はシルヴィアから貰った銃剣一体型煌式武装のフォールクヴァング。

奇跡的に母親と同じく、歌を媒介にして様々な事情を引き起こす能力を所有する魔女。歌の精度はシルヴィアより上だが身体能力はシルヴィアの方が上。

茨に比べたら大したことはないがファザコンでありマザコン。両親と一緒に風呂には入ってないが、頭を撫でられる事を好んでいる。



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いよいよ合宿が始まる

「さて……んじゃお前ら。繰り返し言うが、今回は合同合宿だ。くれぐれも他学園とのトラブルを起こすなよ。でないと俺の給料に響くから」

 

クインヴェール女学園の校門の近くにて、俺は今回合宿に参加する生徒40人弱にそう指示を出すと生徒からはクスクス笑いが生まれる。

 

「ハッチー先生はお金あるでしょう?学生時代に星武祭で好成績出してるし、妻3人もお金持ちだし」

 

1人の生徒がそんな事を言ってくる。確かに星武祭で結果を出せば優勝出来なくても大金が手に入る。俺自身星武祭でかなり稼いだし、W=Wに就職してからもかなり収入がある。

 

加えて俺の嫁3人はと言うと……

 

シルヴィア=元世界の歌姫

 

オーフェリア=王竜星武祭二連覇

 

ノエル=ヨーロッパ屈指の名家の娘

 

……と、かなり金持ちだ。実際に生徒らがトラブルを起こしつ減給食らっても生活に支障はない。支障はないが……

 

(なんか給料を減らされるのは嫌なんだよなぁ……)

 

前にお袋は金があっても昇給されたら嬉しいし、減給されたら嫌だと言っていた気持ちを働くようになって理解した。

 

とにかく話を戻すと……

 

「金があるないじゃない。減給されんのが嫌なんだよ。それよりも早くバス乗れ。飛行機が飛んでから空港に到着したんじゃ洒落にならないからな」

 

俺がそう言うと教え子達はハッとしたような表情を浮かべてからぞろぞろとバスに向かって乗り始める。

 

「よし、んじゃ歌を歌奈……じゃなくて比企谷も乗れ」

 

「わかったよ、パ……先生」

 

最後に生徒会長の歌奈にそう指示を出す。学校では一応教師と生徒だから苗字呼びにしている。俺自身名前で呼んでも良いと思うが一応念の為だ。まあ偶に今みたいにウッカリ名前呼びしてしまう時もあるけど。

 

それは歌奈もで偶に俺をパパと言ってしまうが、お互い様なので気にしない。

 

「これで全員……んじゃよろしくお願いします」

 

俺もバスに乗って運転手さんにそう頼むと、バスのドアが閉まってゆっくりとクインヴェールの校門をくぐり空港のある方向へと走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

空港に到着した俺達は大津に向かう飛行機の搭乗ゲートに向かうと、そこには既に星導館とガラードワースの生徒が集まっていた。どうやら俺達クインヴェールは3番目のようだ。まあ集合時間には間に合ったし、ビリじゃないから良しとしよう。

 

「よーっす綺凛。久しぶり。ノエルは朝ぶりだな」

 

言いながら話しかけると綺凛は穏やかな笑みを、ノエルは僅かに頬を染めながら笑みを浮かべていた。

 

「直で会うのは久しぶりですね八幡さん。お久しぶりです」

 

「はい。朝ぶりですね、八幡さん」

 

「今日から宜しく頼むわ……てめーらも3日世話になるんだし挨拶しとけ」

 

『宜しくお願いします!』

 

俺がそう言うと俺の生徒らは一斉に星導館陣営とガラードワース陣営に頭を下げる。

 

『宜しくお願いします!』

 

すると向こう側も同じように挨拶をしてくる。俺が学生だった頃は、一部のガラードワースの生徒の民度は低かったが、今のガラードワースはそうでもないみたいで安心した。

 

「今日から宜しくお願いしますね、歌奈さん」

 

「あー、うん。宜しくね優子。茨も宜しくね」

 

「はい!是非合宿は成功させましょう!」

 

内心そんな事を考えていると歌奈はガラードワースの生徒会長の茨と、星導館の生徒会長の優子と談笑している。とりあえず六花園会議の時の様に腹の探り合いはしないようだ。

 

(まあして貰っても困るんだがな……アレ結構神経使うし)

 

学生時代に俺は生徒会長をやっていたから月に一度の六花園会議に参加していたが、星武祭が近い時の六花園会議は新しいルールの導入関係でマジで醜い腹の探り合いをしていた。

 

やれ複数の純星煌式武装の所有許可だの、やれ擬形体に純星煌式武装を持たせる許可だの、やれ校章の強度の強化だの色々あった。思い出すだけで頭が痛ぇ……

 

すると……

 

「ほほう!錚々たる面々じゃのう!見るだけで胸が高鳴るのう!」

 

そんな楽しそうな声が聞こえてくる。聞いたことのある声ーーーというか一生忘れない声が聞こえてくる。

 

声のした方向を見れば万有天羅こと范星露とセシリー、それに続く形で虎峰が目を腐らせながら胃に手を当てて歩いていた。

 

それを見て察した。おそらく虎峰は、今回の合宿で間違いなく問題が起こるから……と、セシリーに道連れにされたのだろう。

 

「よう星露にセシリー。虎峰は……ドンマイ」

 

「……今直ぐに帰りたいですけど」

 

虎峰は目を腐らせながらため息を吐く。不憫だ……学生時代にも星露やセシリーに振り回されていたのに、40近くになっても振り回されるとはな……

 

「ごめんってば!でもさ、私1人で今回の合宿に参加するのは荷が重いし、そこは夫婦としてよろしく!」

 

「はぁ……次からは勘弁してください……」

 

セシリーは苦笑いしながら両手を合わせてお願いすると、虎峰は諦めたようでため息を吐く。ドンマイ

 

内心虎峰にドンマイコールをしていると、1人の少女ーーー俺の娘が他の界龍の生徒を押しのけるように出てきて俺に向けてニカッと笑みを浮かべてくる。

 

「あっ!父さん久しぶり!」

 

そう言って挨拶するのは俺とシルヴィの娘にして歌奈の双子の姉である竜胆。界龍の序列1位にして生徒会長だから代表として今回の合宿に参加したのだろう。

 

(しかも見る限り最後に会った時より遥かに強くなっているな)

 

体つきや感じる星辰力は前より遥かに増していて序列1位に相応しい雰囲気を醸し出している。今の界龍で竜胆を止められる生徒はいなくて、教師の中でも星露と暁彗、アレマくらいだろう。

 

「久しぶりだな。偶には家に帰って来いや」

 

歌奈は世界の歌姫だから仕方ないが、竜胆と翔子も茨のように週に一度は帰ってきて欲しい。

 

「やー、ゴメンゴメン。界龍って強い奴がいるから楽しくて……とううか父さんが遊びに来てよ。そしたら思い切り暴れられるし」

 

このバトルジャンキーめ……俺はそんな子に育てた覚えはないぞ。星露の影響を受けまくったのだろう。

 

「まあ気が向いたらな……」

 

「はいよー……あっ!茨達も既に来てんのか!」

 

そう返すと竜胆は生徒会長3人がいる所に向かって走り出した。そして暫くすると3人は困った顔をしているが大方竜胆に戦闘するように頼まれたのだろう。アイツはサイヤ人か?

 

「と、とりあえず飛行機に乗りましょう!もう直ぐ搭乗時間です」

 

俺が内心呆れる中、綺凛は話を逸らすように手を叩くが賛成だ。この空気を変えるには多少強引さは必要だろう。

 

「綺凛の言う通りだな。全員ゲートに向かうぞ。忘れ物がないか各自しっかりと確認するように」

 

『はい!』

 

教え子達が大きく返事をしたので、生徒らを引率する形で搭乗ゲートに向かって歩き出す。

 

(アスタリスクの外に行くのは今年の初めにノエルの実家ーーーメスメル家に行った以来だな……とりあえず合宿は成功させたいものだ)

 

俺は内心合宿の成功を祈りながら飛行機に乗ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「さて皆、四学園の生徒は全員乗ったし俺達も行こうか」

 

搭乗ゲートから離れた場所にいる葉山隼人が周囲にいる自分の仲間に声をかける。そんな彼は黒髪のカツラを付けてサングラスをかけていて、普段の彼とは明らかに別人だった。

 

「変装したとはいえバレる危険性もあるから飛行機では無駄に雑談すんなし」

 

『りょうかい!』

 

隣に立つ三浦優美子も銀髪のカツラを付けてポニーテールにしているなど見事な変装をしている。他のメンバーも髪の色や形を変えて変装をしている。

 

その数約20人。これが八幡を粛清しようと考えているメンバーである。全員刑務所に入った人間だが、自分達は間違っていると考えている人間は一人としていない。八幡を殺す事は正義の名の下において当然だと考えているのだ。

 

そして葉山と三浦を除いた18人が三浦に引っ張られる形で搭乗ゲートをくぐると、葉山はワンテンポ遅れてそれに続く。

 

(今度こそ……今度こそ比企谷を殺して沢山の人にかけられた洗脳を解かないといけない。もしも解けたら……)

 

葉山は醜悪な笑みを浮かべながら、八幡が死んで洗脳が解けた場合の未来を想像する。

 

葉山の想像する未来とは……

 

ーーー葉山君!あの卑怯者にかけられた洗脳を解いてくれてありがとう!ーーー

 

気にしなくて良い。人を助けるのは当然なんだから。

 

ーーーなんだ、やっぱり葉山君は悪くないじゃん!!ーーー

 

ーーー葉山君最高!ーーー

 

それは過大評価だよ。俺は大したことないさ。

 

ーーーまさか我々も洗脳にかけられていたのか……これは葉山君に恩賞が必要だなーーー

 

止してください。俺は当たり前の事をしただけですから。

 

シルヴィアが葉山に感謝したのを筆頭に世界中の人々が彼を賞賛して、統合企業財体も彼に感謝の意を示して……

 

 

ーーー葉山さん!私を助けてくれてありがとうございます!それで……葉山さんさえ良ければ私と結婚してくれませんか?ーーー

 

ノエルちゃん……俺なんかで良いのかい?

 

ーーーはい!本当は比企谷さんなんかじゃなくて葉山さんの事を好きになっていた筈だったので!ーーー

 

……わかったよノエルちゃん。宜しくね

 

ーーーいやー、君のように世界の救世主がメスメル家に婿入りしてくれるとは……父親として鼻が高いよ!ーーー

 

俺もメスメル家に相応しい人間になれるように努力します

 

ーーー葉山君、君さえ良ければE=Pで働かないかい。君のように世界の救世主が入ってくれれば我がE=Pは更なる飛躍を遂げる事が出来るーーー

 

俺なんかで良ければ宜しくお願いします

 

ーーー隼人さん、洗脳されてない状態では初めてですので……優しくお願いしますーーー

 

わかったよノエルちゃん。んっ……

 

ーーーんっ、隼人、さ、ん……ーーー

 

ノエルと結婚してメスメル家に婿入り、そして統合企業財体の一角のE=Pの幹部入りする想像だった。

 

(最高だな……待っててくれ皆。直ぐに比企谷を殺して洗脳を解いてみせるから)

 

そう思いながら葉山はポケットから手帳を取り出して表紙裏に貼られたノエルの写真を見る。

 

(そして待っててねノエルちゃん。洗脳を解いた暁には俺と結婚して本当の幸せを教えてあげるから……例え優美子達を犠牲にしても)

 

葉山はそのままノエルの写真にキスをしてから三浦達に追いつくように早歩きで歩き出したのだった。

 

 

 

 

「ひっ!」

 

「どうしたノエル?!」

 

飛行機に乗るとノエルはいきなり悲鳴をあげて怯え出す。幸い俺とノエルは個室を使っているので、ノエルの悲鳴によってトラブルは生じてないが結構驚いたのは事実だ。

 

「い、いえ、その……」

 

「その?」

 

「何か今……八幡さん以外の男性に洗脳されて、襲われる光景が頭によぎって……」

 

言いながらノエルは震えだす。同時に俺の中にはかつてないほどの怒りが生まれだす。

 

(誰だ人の嫁に手を出す屑野郎は?!そいつが実在するなら絶対にぶっ殺す……!)

 

ノエルが自分の意思に従って俺と別れ違う男の元に向かうならガチ泣きはするが止めはしない。

 

しかし誰かに襲われるってなら、襲った人間は必ず殺す。これはノエルに限らずオーフェリアやシルヴィ、翔子や竜胆、歌奈に茨でも同じだ。俺の家族に害を与える奴は容赦しないで殺すつもりだ。

 

ともあれ今はノエルを安心させる事が重要だな。

 

「落ち着け、ここには俺とノエルしかいないんだ。俺以外の男に襲われるって事はあり得ないからな」

 

言いながらノエルを抱き寄せて頭を撫でる。するとノエルは少しずつ震えを無くして、顔から恐怖を消していく。

 

「……もう大丈夫です。ありがとうございます」

 

「なら良かった。でも何でいきなりそんな事が頭に浮かんだんだ?」

 

「わかりません。本当にいきなりだったので……もしかして予知とかじゃないですよね?」

 

「俺はお前じゃないから何とも言えないが……もしも予知でお前が襲われるってなら俺が死んでもお前を守る」

 

「あっ……はち、まん、さん……」

 

言いながら俺はねノエルを抱きしめると、彼女も小さい吐息を漏らしながら抱き返してくる。

 

「もしも予知なら覆すだけだ」

 

「ありがとうございます八幡さん……大好きです」

 

ノエルはさくらんぼの様に真っ赤になりながら更に強く俺を抱きしめて……

 

 

ちゅっ……

 

そっと俺の唇にキスを落としてくる。ノエルだけは未だにキスをすると真っ赤になる。

 

「俺もだよ……んっ……」

 

「ちゅっ……んんっ」

 

言いながらノエルにキスを返すと、ノエルも負けじとキスを返す。見れば顔には恐怖は無くなっていて真っ赤な顔でキスを続けるノエルがいた。

 

(本当に可愛い奴め……しかし洗脳か。昔葉山は俺が洗脳していた云々言っていたが……奴が何か企んでるのか?)

 

綾斗と小町からはつい最近葉山グループは刑期を終えて出所したって聞いたし。連中の事だ。また俺に襲撃をしてくるかもしれないし警戒しとくべきだろう。

 

(まあ今は良いや。今はノエルとのキスを楽しまないといけないし)

 

そう思いながら俺は飛行機が発進してから大津に着くまでの1時間の間、ノエルとキスをし続けたのだった。

 

尚、降りる時に唾液が座席に零してしまったのは申し訳なかったです。



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合宿は最初から波乱である

「おー……ここが銀河の本拠地か。W=Wの本拠地とはまた違った雰囲気だな」

 

大津に到着して銀河の専用空港から降りた俺は、銀河の本社を見て思わずそう呟いてしまう。目の前には高さ500メートルを超える巨大なビルが威風堂々と聳え立っている。W=Wの本社は高さ300メートルちょいのツインタワーだが、あのビルとは勝るとも劣らない雰囲気だ。

 

「(っと……雰囲気に呑まれてる場合じゃないな)全員集合しろー」

 

俺がそう呼びかけると俺の前に歌奈を先頭にクインヴェールの生徒が並ぶ。隣にいるノエル、綺凛、セシリーの前にも同じ感じで各学園の生徒が生徒会長を先頭に並んでいる。

 

「それでは今後の予定をお話しします。今からホテルの鍵を渡すので受け取ったペアは割り振られた部屋に向かって、荷物を置いてからロビーに集合してください。その後ステージに向かいます」

 

綺凛がそう説明するので俺は事前に渡されたカードキーをカバンから取り出して口を開ける。

 

「んじゃ今からカードキーを渡すから呼ばれた奴は前に来い。先ずは中1から行くぞ。ペアの桐ヶ谷と比企谷。前に来い」

 

今は教師だから歌奈の事も苗字で呼ばないといけない。ここで名前呼びは示しがつかないからな。

 

「はーい」

 

「はい」

 

言うなり2人は俺の前に来るのでカードキーを渡す。

 

「ありがとうございます……あ!今日の特訓が終わったら部屋に遊びに来ても良い?」

 

「あ、私も良いですか?!」

 

『じゃあ私もお願いします!』

 

『狡い!私も!』

 

『私も!先生と戦術について議論を交わしたいです!』

 

『あんたそんな事を言って比企谷先生に攻め込むんでしょ?!この前先生にラブレター渡したの知ってんだから!』

 

『貴女だって比企谷先生に告白したじゃないの!抜け駆けを考えてるんでしょ?!』

 

歌奈の発言をきっかけに後ろにいる女子が叫び出す。てか最期の2人。そんな事を堂々と発言すんな。嫁が怒るから。

 

チラッと横を見れば……

 

(ヤベェ……怒ってはないが……今にも泣きそうだ)

 

メチャクチャ悲しそうな表情で見ている。俺がシルヴィやオーフェリアなら夜に搾り取られるが、ノエルの場合搾り取りに来ないから対処が難しいんだよなぁ。

 

ともあれ……

 

「却下だ」

 

妻がいるのに他の女、ましてや生徒を自分の部屋に入れるなんて論外だ。

 

『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』

 

すると生徒の大半が不満を露わにしているが知った事じゃない。そもそも戦術なんてホテルのロビーでも普通に話せるし。

 

「煩い黙れ。黙らないと今期の戦闘科目の単位やらないぞ」

 

俺がそう言うと生徒らはブーブー言いながらも少しずつ落ち着きを取り戻す。やはり単位を盾にするのは正解だったな。

 

「おら、比企谷と桐ヶ谷はさっさと部屋に行け。次行くぞ。テスタロッサと劉、前に出ろ」

 

言いながら俺は次の1年生ペアに向けてカードキーの準備をするのだった。

 

それが終わった後にどうやってノエルのご機嫌をとるかについて考えないとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

20分後……

 

「いやだから本当に悪かったって。部屋に入れるつもりはないから悲しそうな顔をしないでくれ」

 

自分の泊まる部屋に着いた俺は、一緒の部屋に泊まるノエルに頭を下げる。

 

「……八幡さんは悪くないです。ただ私が勝手に嫌な気分になっただけなんですから……」

 

ノエルは気にしてないように笑うが、いつも浮かべる笑顔に比べて暗い。怒っているわけではないようだが、嫌な気分になって自己嫌悪しているのだろう。

 

お前が自己嫌悪する必要なんてないのに。

 

「いや、嫌な気分になるのは悪くない。俺もお前らが他の男と一緒にいるのを見ると嫌な気分になるし……ごめんな」

 

言いながらノエルをギュッと抱きしめる。それなりに女子と交流を持っているが、自分が心から愛している女は妻と子供だけである事を知って貰うように。

 

「い、いえ!八幡さんは悪くないですよ!ただ……寂しいのは否定しません。だから……その、今日の練習が終わったら……甘えても良いですか?」

 

不安そうな表情+上目遣いで俺におねだりをしてくる。破壊力がヤバ過ぎる……

 

「……本番抜きなら好きにしろ」

 

俺がそう言うとノエルは不安な表情を消して笑顔を浮かべる。守りたいこの笑顔。

 

「わかりました。では宜しくお願いします」

 

「はいよ」

 

了承した俺はノエルから離れて、スーツから戦闘服に着替える。俺の戦闘服はレヴォルフの制服そっくりだ。学生時代は10年近く着ていたからか、戦闘服も似たような感じにしてしまった。

 

(まあノエルの戦闘服もガラードワースの制服そっくり……緑か)

 

そんな事を考えながらノエルの着替えをつい見てしまう。髪の毛と同じ色の下着は中々刺激的だ。

 

とはいえガン見していたらノエルはメチャクチャ恥ずかしがるし、これ以上は止めておこう。

 

そう思いながら俺はノエルに背を向けてから煌式武装を装備したのだった。

 

 

 

 

 

30分後……

 

「それでは今日の流れを説明します。今日は今回の合宿の目的の一つである本番での緊張を軽減することです」

 

琵琶湖のほとりにある特設ステージにて俺達教師は四学園の生徒らと向かい合っている。

 

「基本的に他学園と決闘する事はないので、今日は他学園のペアと戦って本番の空気に慣れる事をします。またコンビネーションについての相談があるならいつでも受け付けますよ」

 

綺凛はそう言って生徒らを見渡す。俺もまだまだ未熟だし生徒に対する接し方といい学ぶべき箇所はあるな。

 

「では最初に界龍とクインヴェールが戦ってみましょう。その間に星導館とガラードワースが基礎練、コンビネーションの確認……って感じで行きたいと思います。何か質問とか要望とかはありますか?」

 

綺凛が確認すると竜胆が手を挙げるのを確認出来た。何だ?アイツは鳳凰星武祭に出ない筈だが……

 

何か嫌な予感しかしねぇ。そう思っていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「要望なんだけど、父さんと星露ちゃんが戦っているのが見たいなー」

 

竜胆ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!何余計な事を言ってんだよ?!星露が来た時点で予想は出来ていたがわざわざ言ってんじゃねぇよ!

 

その言葉に騒めきが生まれる。まあ長い星武祭の歴史の中で唯一決着が付かなかったからな。世間では今でもあの時の続きが見たい……って声もあるし。

 

「だ、そうじゃ八幡。愛娘が見たがっているようじゃがどうする?」

 

星露はニコニコ否、ニヤニヤしながらそう言ってくる。あの野郎、俺が娘の頼みを断れないのを知ってそう言ってるな……

 

結論を言うと俺自身星露と戦うのは怠いが嫌って訳じゃない。王竜星武祭で決着を付けれなかったのは納得してないし。

 

問題は……

 

「ステージの強度は大丈夫なのか?」

 

問題はそこだ。防護障壁を壊せるのに戦ってまたステージがブッ壊れるとか嫌だからな?

 

そう思いながら綺凛を見ると綺凛は首を横に振る。

 

「合宿前に銀河からはメインステージで八幡さんと星露さんは戦わせるなと言われてるので無理ですね。2人が戦っていいのは琵琶湖に浮かぶ人工島以外認めないとのことです」

 

「人工島?そんなの琵琶湖にあるんですか?」

 

虎峰がそう尋ねる。

 

「私の権限では利用目的は知りませんが、以前銀河がなんらかの目的で琵琶湖に作ったんですよ。もう使用されてないので戦うなら自由に使って良いと言われました」

 

言いながら綺凛は空間ウィンドウを開いて俺達にデータを見せてくる。

 

(大きさは直径400メートルの円形……シリウスドームの5倍近くの大きさで、島の位置は1番近い岸から5キロ以上離れている……悪くないな)

 

防御障壁はないようだが岸から5キロ以上離れているなら第三者に巻き添えは食らわないだろう。

 

つまり俺と星露が戦う際の障害はないという事を意味する。またそれは星露との戦いは避けれない事も意味している。障害がない以上星露はどんな手を使っても俺と戦おうとするのは容易に想像出来る。

 

よって……

 

「わかったよ。綺凛、その人工島に案内してくれ」

 

戦いを受ける以外の選択肢はなかった。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

同時に生徒の間からは歓声が上がる。まあネットじゃ俺と星露の再戦を希望する声が続出、今も王竜星武祭が近づくとニュースで俺と星露の話を聞く事もあるし。

 

「そうかそうか!儂はその返事をずっと待っておったのじゃ!」

 

星露は子供のようにはしゃぐ。今はスタイル抜群の美女になっているが中身は全く変化してないようだ。

 

「わかりました。では最初に八幡さんと星露さんの戦いを見学したいとおもいます」

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

綺凛の言葉に再度歓声が上がる。中にはガラードワースの生徒もいる。決闘が禁止されているガラードワースとはいえ、ここいるのは星武祭に参加する人間。決闘を見るのを趣味としている奴はいるのだろう。

 

「いやー、あの戦いがまた見れるなんて来た甲斐があるなー、ねー虎峰?」

 

「続きが気になるのは同感ですが、出来るなら仙具は使わないで欲しいですね。前回の件で僕は上からネチネチ嫌味を言われたので」

 

虎峰は目を腐らせながら俺と星露を見てくるが、こればっかりはどうしようもないだろう。

 

俺と星露の王竜星武祭決勝にて、星露は初代万有天羅と二代目万有天羅、そして三代目万有天羅である星露自身が作り出した仙具をこれでもかと使いまくり、俺はその内の半分以上をぶっ壊したのだ。

 

界龍の宝である仙具をぶっ壊した事に対して星露は笑って許してくれたが、統合企業財体は当然良い顔をしなかった。

 

仙具の所有者にして製作者にして万有天羅たる星露が許してくれたから大きな問題にはならなかったが、許さなかったら間違いなく揉めていただろう。実際虎峰の胃に穴が開いたし。

 

「安心せい虎峰。今回は仙具の中でも初代が残した仙具しか使わないつもりじゃ」

 

マジか……初代が残した仙具だけした使わないのかよ。

 

俺は王竜星武祭で幾つも仙具を壊したが、初代万有天羅が残した仙具については対処は出来たが破壊は出来なかった。そうなるとかなり厄介だ。

 

「(まあ決まった以上、どうこう言っても仕方ないな……)それよりもやるなら早くやろうぜ。後のスケジュールに支障が出る」

 

「そうじゃのう。済まんが綺凛よ、例の人工島まで案内を頼む」

 

「はい……それでは私は案内するのでそれ以外の方は待機していてください。このステージにあるモニターから2人の戦いは見れますので」

 

綺凛がそう言って歩き出すと星露もそれに続く。顔を見るとワクワクしているのが丸わかりだ。

 

「じゃあノエル。ちょっくら言ってくるわ」

 

「はい……じゃあその前に……」

 

ノエルは言うなり俺に顔を寄せて……

 

ちゅっ……

 

そっと俺の唇にキスをしてくる。

 

『キャァァァァァァァッ!』

 

すると今度は女子を中心に黄色い声が上がる。まさかノエルが人前でキスをするとは完全に予想外だ。

 

そう思いながらノエルを見ると、ノエルは茹で蛸のように真っ赤にしながらも俺の首に腕を絡めてキスをする。あたかも第三者に見せつけるように。

 

暫くキスを受けているとノエルは真っ赤になったまま俺から離れて……

 

「か、勝ってください!」

 

強く激励をしてくる。今の俺の胸中には色々な気持ちがある。いきなりキスをするなと思ったり、星露に勝てなんて無茶言うなと思ったり、その他にも色々な感情が浮かぶ。

 

しかし……

 

「ああ」

 

妻の期待に応えないつもりはない。俺は勝てる保障はないが勝つと返事をする。

 

するとノエルはひまわりのように明るい笑顔を見せてくる。そんな期待が籠もった顔を見せられたら頑張らないとな……

 

内心苦笑しながらも俺は綺凛と星露に続いて歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『葉山君。比企谷八幡が船に乗って琵琶湖の上を移動してる』

 

「琵琶湖を渡っている?少し調べるから待ってくれ」

 

琵琶湖のほとりにあるホテルの一室にて、葉山隼人は仲間から通信を受けたので調べてみると、壁に設置してある巨大モニターに船に乗って移動している八幡と綺凛、星露が、モニターの端には巨大な人工島が映されている。

 

「なるほどな……岸から離れた人工島で万有天羅と戦うつもりか。しかしそれなら防護フィールドがないから干渉出来るな」

 

葉山は言いながら他の回線を開く。

 

「優美子、戸部、大和に大岡。比企谷が万有天羅と戦い始めたら、『シーボンバー』を遠隔操作して人工島に設置、状況によって起爆してくれ」

 

『でも隼人。アレでヒキオを倒せるとは思えないんだけど』

 

「倒さなくても隙を作れたらそれで良い。そしたら万有天羅の攻撃をモロに受けて終わりだ」

 

葉山が立てた作戦は幾つかあるが、その内の一つは星露の力を利用する作戦だった。

 

『そっか!そうすればあーしらが殺した事にならないね!』

 

『さっすが隼人君。マジぱないわー!』

 

『だな』

 

『それな』

 

4人も賞賛の声を葉山に浴びせてくる。それを聞いた葉山は内心ほくそ笑む。

 

(比企谷を殺せたら良し、殺せなくとも爆弾を使ったのは優美子達だから問題ない。仮に優美子達が捕まったとしても俺の名前を出す前に口封じをすれば問題ないな)

 

 

そんな風に考えた葉山は仲間との通信を切って、カバンからアルバムを取り出す。そこには大量のノエルの写真があった。

 

ガラードワースの制服を着たノエルの写真、私服を着たノエルの写真、八幡と結婚した時のウェディングドレスを着たノエルの写真(八幡の部分は切ってある)、そして学生時代に盗撮した下着姿やスクール水着姿のノエルの写真など、まさに千差万別だった。

 

「待っててねノエルちゃん。優美子達を犠牲にしてでも君を助けて、俺と結婚して俺との子供を作るって世界で1番幸せなイベントを体験させてあげるからね」

 

葉山自身、八幡を殺してノエルを手に入れる事が出来るなら仲間を切り捨てる事に対して躊躇うつもりは一切なかった。

 

葉山は醜悪な笑みを浮かべノエルの写真に声を掛けながら作戦の成功を祈るのだった。

 

 

 

 

 

 

「それでは擬似校章をどうぞ。ルールは星武祭と同じで校章の破壊、意識消失、ギブアップ宣言によって勝敗が決まります。宜しいですね?」

 

「うむ」

 

「ああ」

 

人工島に着いた俺と星露は綺凛から擬似校章を渡されながらルールの確認を受けるので頷く。

 

「では私はこれで失礼します。5分後に開始宣言を通信でしますので、両者共にご武運を」

 

綺凛は一礼して船に乗って元来た道を戻り始める。巻き添えを出さないって意味では正しいだろう。

 

そう思いながらも俺と星露は人工島の中心に向かって歩き出す。急いで行った所で直ぐに試合が始まるわけではないのでゆっくりと。

 

「いよいよじゃのう八幡。儂はこの時をずっと待ち望んでいたぞ」

 

隣を歩く星露は昔と変わらず楽しそうな笑みを浮かべいる。

 

「そんなに楽しみだったのかよ?」

 

「うむ。儂はこれまで八幡以外にも暁彗を始めとして陽乃や冬香、綾斗やアーネスト、前警備隊長など様々な強者と戦ったが、決着がつかなかった試合は八幡との試合だけじゃ」

 

まあそうだな。俺の知る限り、星露は基本的に無敗。負けた試合は1度も見た事がないが、勝てなかった試合は唯一俺との試合がある。

 

「だから前回の続きをするのを夢にまで見たくらいじゃよ。八幡もあの時よりも力を付けているようだし楽しみで仕方ないわい」

 

「そりゃどうも……が、俺も負けられないんでな」

 

ノエルと約束したってのもあるが、それ以上に一度でいいから星露に勝ちたいって気持ちがある。

 

そんな事を考えていると中央に着いた。どうやら話してる内に随分と歩いたようだ。

 

「さて……んじゃ50メートル位離れようぜ」

 

「うむ、楽しみにしておるぞ」

 

最後に一言だけ言葉を交わした俺達は星武祭のルールと同じように数十メートル距離を取る。

 

いよいよだ。18年ぶりの星露との戦いだ。クインヴェールの教師に就いてから壁を越えた生徒とは何度も戦ったが、格上との対決は本当に久しぶりだ。気を引き締めていかないとな……

 

 

そう思いながら構えると星露も似たような構えを見せてくる。しかし顔は餓狼のように獰猛な笑みを浮かべていた。早くもやる気満々のようだ。

 

そして……

 

 

『試合開始!』

 

胸の校章から試合開始の合図か響き試合が始まったのだった。



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怪物VS怪物 比企谷八幡VS范星露(前編)

『試合開始!』

 

試合開始の合図があった直後だった。瞬時に50メートルくらい離れた場所にいる星露が消えて……

 

「ふんっ!」

 

「おっと」

 

次の瞬間、俺との距離を詰めて右手による掌打を放ってくるので、俺は身体を僅かにズラして回避する。

 

それと同時に星露が最初にいた周辺地面が抉れて吹き飛ぶ。それはつまり星露の速さが桁違いだという事を意味する。

 

俺が星露の初撃を躱すと、星露は次に左手による張り手を放ってくるので右手に星辰力を込めて放つ。

 

同時に右手に衝撃が走り、右手から足元に衝撃は伝達して、俺と星露の足元には巨大なクレーターが生まれる。

 

しかし俺はそれを無視して、クレーターが出来た事によって浮き上がった星露の回し蹴りを当たる直前に左手で受け流す。それによって左手に若干の痛みが走るが回し蹴りをモロに受けるよりはマシだから気にしない。

 

「くくっ……鎧抜きで儂の攻撃を対処出来るとは腕を上げたのう!」

 

「ある程度だけだ」

 

これは事実。生身でも星露の攻撃に対してある程度対抗出来るようになったがある程度だ。受け流す事は出来ても反撃するのは至難だし、長引けば徐々に綻びが生じて負けるだろう。

 

よって……

 

「影の刃軍」

 

俺はわざと後ろに跳んで星露との距離を取るや否や影の刃を生み出す。数にして1000。学生時代に比べて成長したので当時より出せるようになっている。

 

「ほほっ!良いぞ良いぞ!」

 

しかし成長しているのは星露だけではないようだ。満面の笑みを浮かべて1000の刃を全て回避する。しかもよく見れば制服すら切れていない。

 

(野郎……だったら……!)

 

そう思いながら俺は影の刃を維持したまま『ダークリパルサー・改』を1本起動して星露の真上に投げつける。

 

そして……

 

「爆!」

 

そう叫ぶと『ダークリパルサー・改』は爆発して、そこから超音波か周囲に放たれる。『ダークリパルサー・改』は最近材木座が開発した煌式武装であり、今のように所有者の意思で超音波爆弾にする事も可能な煌式武装である。

 

「ほほう!広範囲に超音波を放てるようにしたのか!」

 

対する星露は笑ってはいるが少し、ほんの少しだけ動きが鈍っている。大抵の人からしたら変わってないように見えるだろうが、俺にはハッキリと動きが鈍っているのがわかる。

 

当然そんな隙を逃すつもりはない。俺はそのまま影のある1000本を一斉に星露に向けて放つ。並の相手なら全身串刺しとなってあの世行きだろうが星露なら死ぬ事はないだろうなら問題ない。

 

そう思った時だった。突如星露の周囲の空間がグニャリと歪んだかと思えば形状が芭蕉の葉に似た扇が出てきて星露の手に収まったかと思えば……

 

「ふんっ!」

 

星露がそれを振るう。同時に扇が光ったかと思えばそこから圧倒的な突風が生まれて影の刃を一瞬で吹き飛ばす。

 

それどころか俺自身も吹き飛ばそうとしてくるので、俺は脚部に星辰力を込めて爆発的な加速をしてこの場を離れる。するとさっきまで俺がいた場所の地面が吹き飛び、地面に穴が生じて琵琶湖の水が跳ね上がる。

 

(風を生み出しただけでこれ程の衝撃……思い当たるのは一つしかねぇな)

 

それは……

 

「仙具だな?」

 

「如何にも。初代が作り出した仙具の一つ『芭蕉扇』である」

 

言いながら星露は手に持つ巨大な扇を見せてくる。

 

(芭蕉扇……大妖魔牛魔王の妻である鉄扇公主が持っていたと言われる、神風を生み出す秘宝だったっけか?また面倒な物を持ってきやがって……)

 

嫌な気分にはなっているが驚きはしない。何せ王竜星武祭では闘戦勝仏が所有していたと言われる『如意金箍棒』を使ってきたし。

 

ともあれ向こうが初代万有天羅が作った仙具を使ってくるなら生身では戦いにすらならないだろう。

 

だから俺は……

 

「纏え、影狼修羅鎧・改」

 

言いながら影に星辰力を注ぐ。同時に影が俺の身体に纏わりついて、狼を模した西洋風の鎧と化す。

 

しかし普段の影狼修羅鎧と違って背中には黒い翼ーーー影狼夜叉衣に備わっている竜のような翼が生えている。

 

そして装備を完了すると同時に翼と脚部に星辰力を込めて……

 

「はあっ!」

 

瞬時に星露との距離を詰めて右拳を振るう。狙いは『芭蕉扇』を持つ星露の左腕だ。

 

「ほほう!」

 

「ぐっ……」

 

対する星露は楽しそうに笑いながら身体を捻って回避しながら俺の腹を軽く蹴ってくる。鎧越しとはいえ結構痛え……

 

内心舌打ちしている星露は大きく後ろに跳んで距離を取り『芭蕉扇』を振るう。同時に『芭蕉扇』からは竜を模した豪風が地面を削りながら俺に向かってくる。

 

しかしモロに食らうつもりはないので、豪風が届く前に翼を羽ばたかせて『芭蕉扇』の生み出す豪風を回避して直ぐに星露との距離を詰める。

 

星露の近接戦闘能力は恐ろしいが、遠距離戦だと強力な仙具を使ってくるだろう。対する俺の遠距離攻撃は仙具に比べたら勝てない。よって俺が勝つ為には必然的に近接戦になるのだ。

 

「おらあっ!」

 

左ストレートを放つ。すると星露は右手で俺のストレートを受け流し、左手に持つ『芭蕉扇』を振るおうとしてくる。近距離で食らっては不味い……

 

その前に俺は左足を蹴り上げて『芭蕉扇』を跳ね上げる。今がチャンス……

 

そう思って俺は右手に星辰力を込めて星露の顔面に拳を振るう。

 

「それを食らうのは得策ではないのう」

 

しかしその前に星露は『芭蕉扇』を盾にして、俺の拳が『芭蕉扇』に当たった瞬間に後ろに跳ぶ。

 

(当たった瞬間に後ろに跳んで威力を殺したな……)

 

俺も会得している技術だが、星露がその技術を使えば殆ど無傷で済むだろう。

 

「ふははっ!良いぞ八幡!実に良い!」

 

星露はボロボロになった『芭蕉扇』を持ちながら満面の笑みを浮かべて立っている。口元を見れば僅かに血を流しているが予想通り殆ど無傷だ。

 

「八幡、そなたのその鎧、影狼修羅鎧と影狼夜叉衣を混ぜ合わせた鎧であるな?」

 

「そうだ」

 

星露の問いに頷く。

 

影狼修羅鎧は硬いが遅く、影狼夜叉衣は速いが脆い。つまり前者を纏った攻撃は綾斗や綺凛みたいなスピードタイプには当て難く、後者を纏った場合星露や暁彗みたいにタフネスな奴からカウンターを食らったら即アウトになってしまう。

 

だから俺は多少出力を落としても両方の鎧の長所を兼ね備えた鎧を開発したのだ。勿論苦労した。影神の終焉神装みたいに肉体に負荷が掛かる鎧なら簡単に作れるが、そこまで肉体に負荷が掛からない鎧を作るのは星辰力の細かい制御が重要だから。

 

しかし何とか完成させる事に成功。以降は任務で良く使う程だ。

 

普段の俺のパワーと防御とスピードを1000とすると、影狼修羅鎧と影狼夜叉衣を纏った時の俺は……

 

影狼修羅鎧

 

パワー10000

防御10000

スピード1200

 

影狼夜叉衣

 

パワー10000

防御1000

スピード12000

 

って感じで、影狼修羅鎧・改は……

 

パワー7500

防御8000

スピード7000

 

とバランスよく作られた鎧で、肉体にもそこまで負荷が掛からないので弱点らしい弱点はないのだ。

 

「くくっ……!これだから戦いは止められない!壁を超えし者は常に儂の予想を上回る!さあ!続きと行こうぞ!」

 

言うなり星露は笑いながらボロボロになった『芭蕉扇』を投げ捨ててから瞬時に俺の元まで来て掌打を放ってくる。

 

だから俺も迎え撃つ。レヴォルフ時代に星露の影響を受け過ぎて白兵戦が好みになってしまったが故に。

 

(ま、星露もそうだが俺と殴り合える人間なんて少ないんだし、久々に殴り合いをやりますか)

 

そう思いながら俺は胸の内の高鳴りを拳に乗せて掌打を放ち、星露の拳とぶつけ合うことで足元に巨大なクレーターを生み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

ステージにいる四学園の生徒らはモニターに映る八幡と星露の戦いを見てテンションを最高潮まで高めている。

 

「いやー、やっぱりあの2人は桁違いだねー。まるで天災同士のぶつかり合いだよ」

 

観客席にいるセシリーは興奮しながらモニターを見る。モニターでは星露の拳が八幡の鎧の兜を破壊している。

 

「そうですね……ああ、『芭蕉扇』はもう使えないみたいですし、また上から嫌味を言われそうだ……」

 

セシリーの隣に座る虎峰は目を腐らせながら今後の未来を想像して頭を抱える。虎峰は合宿が終わると同時に界龍上層部に嫌味を言われると確信を持っていた。

 

「えっと……止めた方が良かったですか?」

 

「いえ……綺凛さんが止めても師父は聞かなかったと思いますのでお気になさらず」

 

「うん、絶対に止まらないね」

 

綺凛が若干申し訳なさそうに言うと、虎峰は苦笑しながら首を横に振り、セシリーはうんうん頷く。星露を良く知っている虎峰とセシリーからしたら止めるのは絶対に無理と思っている。

 

「そうですね……それにしても2人とも全く本気を出してないですし、どうなるのでしょう?」

 

八幡の妻にして、一時期星露から教えを受けていたノエルからしたら2人は全く本気を出していないのが丸分かりだ。

 

それはノエルだけでなくこの場にいる全員がそう思っている事だ。八幡は最強の鎧を纏ってないし、星露もシリウスドームを壊す要因となった仙具を使っていないから。

 

(厳しい戦いなのは知ってますが……頑張ってください、八幡さん)

 

ノエルは祈るように手を合わせて愛する夫を応援する。そこには夫に対する愛しか存在せずそれ以外の男など眼中に無かった。

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

『葉山君!俺の担当していた『シーボンバー』が2人の戦闘の余波で破壊された!』

 

『こっちも壊れた!』

 

『こっちは大丈夫……あ!今壊れた!』

 

「(クソッ、これで6つ目か!高い金を払って買ったのに……!)わかった。とりあえず生きてる『シーボンバー』は全て撤収してくれ」

 

とあるホテルの一室にて葉山隼人は仲間から入る報告に内心舌打ちをしながら指示を出す。

 

『シーボンバー』は技術開発局が開発した使い捨ての水中戦用の爆弾型煌式武装である。元々は水中を移動させて敵の戦艦の底に貼り付けて爆発させる用途で作られた煌式武装である。

 

葉山達は人工島の底に貼り付けて八幡がその上に乗った瞬間に爆発させる算段だったのだが……

 

(万有天羅め!余計な事をするな!)

 

星露が放つ一撃一撃は全て桁違いで人工島全体に衝撃が走り、起爆する前に片っ端から『シーボンバー』を破壊しているのだ。

 

『シーボンバー』は誤爆を防ぐ為に所有者の操作以外で壊れる事は絶対にないが、今回はそれが仇となって壊れても爆発せずに湖底に沈んでいく。

 

だから葉山は生きている『シーボンバー』を撤収する方針を取ったのだ。『シーボンバー』を始めとした八幡を殺す為の武器には大金を払ったので無駄にしたくないが故に。

 

尚、出所したばかりの葉山達がどう稼いだかと言うと、再開発エリアにいるチンピラを複数で襲って金を奪ったのだ。明らかに犯罪行為だが、葉山達は『比企谷という悪を消す為に社会のゴミから資金を寄付して貰った』と一切気にしていない。

 

閑話休題……

 

そんな訳で葉山は無駄な損害を避ける為に『シーボンバー』を全て撤収させたのだ。

 

「クソッ……万有天羅め!俺達は世界の為に動いているのに余計な事を……!」

 

葉山は内心毒づきながらモニターを見れば、八幡と星露が殴り合いをして人工島をガンガン壊している。

 

「比企谷にしても卑怯な手を使っている癖に……そんなんで勝って恥ずかしくないのか!」

 

葉山は未だに八幡は卑怯な手を使っていると考えている。星武祭で負けたのも八幡がイカサマをしたと考えている。

 

「だが俺は諦めない……!そして必ずノエルちゃんを救ってみせる!」

 

葉山はそう叫びながら違うモニターを起動する。するとステージにて八幡と星露の試合を見ながら祈るように手を合わせているノエルが映る。

 

「待っててねノエルちゃん。君がいる場所は比企谷の隣じゃないんだ。直ぐに助けて俺の花嫁にしてあげるからね?」

 

葉山はそう言いながらモニターに映るノエルを見て薄く笑い、手元にあるノエルの写真にキスをして息を粗くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

既にどれだけ時間が経過したかはわからない。

 

俺が拳を振るうと星露はそれを避けたり受け流したり、モロに受けながらもカウンターを仕掛けてくる。

 

そして星露が拳を振るってくる時は敢えて受けてカウンターをしている。それによって身体には痛みが走るがこうでもしなきゃ星露に攻撃を当てるのは難しい。

 

「はあっ!」

 

「はっ!」

 

すると今度は偶然にも互いの拳同士が当たり地面に衝撃が走り、人工島に穴が空くので湖に落ちる前に無事な箇所に移る。試合が始まってから5分程度なのに人工島の半分は壊れている。

 

「くくくっ……!やはり八幡との戦いは良いのう!胸が熱く高鳴りが止まらん!」

 

星露は口から血を流しながらも心から楽しそうに笑う。やはり星露が折れるって事はあり得ないだろう。

 

「じゃがまだじゃ」

 

星露がそう呟くと星露の手元の周囲が歪んだかと思えば虚空に穴が現れ始める。

 

「儂が本当に戦いたいのは、その状態の八幡ではない」

 

虚空からは神々しさを秘めた漆黒の槍が現れる。その槍の刃の片側には三日月状の刃が付いて鈍い輝きを放っている。

 

俺はその槍を知っている。アレは……

 

「『方天画戟』……!」

 

シリウスドームの防御障壁を破壊した、星露の持つ仙具の中でも最強の破壊力を持つ仙具であった。

 

「行くぞ八幡よ!」

 

俺が戦慄するが、星露は『方天画戟』を持って圧倒的な速度でこちらに詰め寄ってくるので意識を星露に集中する。

 

そして……

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

こちらも負けじと最強のカードを切る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

怪物と怪物の激闘は苛烈さを増していく。




登場人物紹介

葉山隼人(39)

皆仲良くを地で行く優等生(ただし八幡を始めカースト外の人間は除く)

皆で仲良く楽しい学園生活を送る為に中学卒業後はガラードワースに進学。入学当初は順調に過ごしていたが、鳳凰星武祭に参加した際に八幡を無意識のうちに見下した態度を取った事からオーフェリアの逆鱗に触れる。

以後徐々に八幡に対して負の感情を抱くようになり、八幡や八幡と繋がりのある人間は卑怯な事をしていると思い始める。獅鷲星武祭でチーム・赫夜に瞬殺された事によって感情が爆発。

八幡が卑怯な事をした、ありとあらゆる人間を洗脳したと判断してグループの人間と共に、八幡の罪を裁くべく動き出す。その際に八幡を殴ったり、学内で八幡の悪口を言うグループを作ったりした。それによってガラードワースの評価は下がったが自分は関係ないと思っている。

その後王竜星武祭で八幡と当たる。その際に八幡を倒して皆を救うと意気揚々と挑むも、背中を見せて逃亡する醜態を全世界に公開される。

その件によってグループメンバーの大半を失い、それも八幡の所為と思い込み、好き勝手させないと八幡に闇討ちを仕掛けるがE=Pの諜報員に拘束される。そして王竜星武祭最終日に同じように八幡に闇討ちをしようと考えて拘束された三浦達と一緒に八幡の粛清を誓い合う。

王竜星武祭が終わって少ししてから懲罰房から出して貰うも八幡に対する憎悪は晴れず、グループメンバー30人前後と鍛錬をする。この間特に問題は起こしていない。

その4年後、ノエルがシルヴィアとオーフェリア同様に八幡と結婚するニュースが世界中に流れて、八幡はノエルを洗脳してメスメル家やE=Pとのコネを手に入れようとしていると判断する。

即座にグループメンバーと共に闇討ちを仕掛けるも呆気なく返り討ちにあって全員懲役15年以上の刑に処された。

獄中でも八幡に対する憎悪を滾らせていてノエルを救うと強く思っていた。それが暫くの間続くと、ノエルは洗脳されているから八幡と結婚したのであって本当は自分の事が好きだと思うようになる。

それが15年以上考えた結果出所する頃には自分とノエルは運命の赤い糸で結ばれている、自分とノエルは両想いとまで思うようになり、八幡の粛清と同時にノエルとの結婚も夢見るようになった。



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怪物VS怪物 比企谷八幡VS范星露(後編)

仙具

 

それは万有天羅の二つ名を持つ人間が作り上げた特殊な武装。煌式武装や純星煌式武装とは異なる性質を持つ武装故に詳しい情報については万有天羅以外知る者はしない。

 

しかし万有天羅以外の者でも分かる事はある。それはどの仙具も並の煌式武装を遥かに上回り、純星煌式武装に匹敵する事だ。

 

そんな仙具の中でも桁違いな力を持つ仙具が3つある。

 

1つは闘戦勝仏が使用していたと言われる『如意金箍棒』

 

伝承通り伸び縮みする事が出来る棒だが、伸縮速度は桁違いで音速を遥かに上回る程だ。何度も伸縮しながら放つ高速の連撃はまさに圧倒の一言である。それによって『如意金箍棒』は最速の仙具と言われている。

 

2つ目は初代万有天羅の最高傑作と言われる『業煉杵』

 

独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵と神々しさを秘めた三種の金剛杵から成り立つ仙具、金剛杵から放たれる未知のエネルギーの衝撃波は肉体と精神に桁違いなダメージを与えたり、エネルギーの壁はありとあらゆる攻撃を防ぐ攻防一体でバランスの取れた仙具である。それによって『業煉杵』は最高の仙具と言われている。

 

そして最後に挙げられる桁違いの力を持つ仙具とは……

 

 

「行くぞ八幡よ!」

 

満面の笑みを浮かべながら俺に詰め寄ってくる星露の手にある『方天画戟』だ。

 

かつて最強の武将と言われし呂布奉先が持っていた武器と同じ名前の仙具だ。そしてこの『方天画戟』だが、仙具にしては珍しく特殊な効果はない。

 

しかし何故数ある仙具の中で桁違いの力を持つ仙具と称されているのかと言うと……

 

理由は簡単、普通の仙具にあるような能力を封印して、その分の出力を全て槍の性能に注ぎ込んであるからだ。

 

それに『方天画戟』による一振りは桁違いで、振った時に生まれる風圧が純星煌式武装の一撃に匹敵して、直撃さえすればシリウスドームの防御障壁すらも破壊する事が可能。ぶっちゃけシリウスドームが崩壊した1番の原因は『方天画戟』だ。

 

『如意金箍棒』が最速の仙具で『業煉杵』が最高の仙具なら、『方天画戟』は最強の仙具である。

 

そしてそんな桁違いの仙具を使ってくる以上、こちらも最強のカードを切らないといけない。

 

 

「呑めーーー影神の終焉神装」

 

俺は自身の最強の技の名を告げる。

 

同時に俺の周囲から星辰力が爆発的に噴き上がり、影狼修羅鎧・改に纏わり付き、鎧を押し付けるように圧縮が始まる。

 

同時に俺の身体からギシギシと音が鳴るも学生時代と違って痛みは感じない。これも成長した証だろう。

 

そう思いながらも限界まで影狼修羅鎧を圧縮するように星辰力を操作して、限界まで影狼修羅鎧を圧縮すると背中から悪魔の如き翼を生やして息を吐く。

 

同時に全身から辺りに衝撃が走り俺の足元にヒビが入る。

 

影神の終焉神装

 

影狼修羅鎧を凝縮し高速機動が可能な翼を生やした俺の最強の鎧だ。

 

(鍛錬でならともかく、対人戦で使うのは本当に久しぶりだ)

 

これを使うのは壁を超えた人間の中でも上位の人間が相手な時なだけだ。それ以外の敵は終焉神装を使わなくても問題なく対処出来るので使う機会は限られている。

 

しかし星露に勝つにはこれを使わないと絶対に無理だろう。

 

そこまで考えていると星露が上段から『方天画戟』を振り下ろしてくるので俺は両手に星辰力を込めてからクロスして防御態勢を取る。

 

次の瞬間……

 

 

ゴッッッッッッッッッッッッ!

 

腕に圧倒的な衝撃が走り、同時にその衝撃が地面に伝わって直径400メートルの人工島が一瞬で粉々に砕け散った。

 

それによってバランスを崩した俺と星露は一旦距離を取る。既に人工島は完全に崩壊したので俺は翼を羽ばたかせて、星露は周囲に大量の呪符をばら撒きそれを足場にしている。

 

(しかし……大分ダメージを受けていたとはいえ人工島を一撃で破壊するなんて……久しぶりに見たが『方天画戟』の破壊力ヤバ過ぎだろ?)

 

俺は手に感じる痛みに顔を顰めながら『方天画戟』の威力に呆れてしまう。

 

この人工島は決して脆くない。全力を出してないとはいえ俺と星露が5分戦っても半壊程度で済んだのだから。

 

しかし『方天画戟』の一撃で半壊した人工島は完全に崩壊した。これは人工島が脆いのではなく『方天画戟』の威力が高いからだろう。

 

何せ終焉神装+星辰力による防御でもメチャクチャ痛い上、籠手部分が凹んでしまったし。

 

「くくくっ……!遂に出たのう!」

 

だから籠手部分の修復をしていると星露はクツクツと楽しそうに笑い始める。余りにも笑い過ぎて目の端に涙を浮かべるほどに。

 

「本当に楽しそうだな、お前」

 

「当然じゃろう!儂はずっとこの時を待っておったのじゃ!」

 

言いながら星露は『方天画戟』を構えて、足場となった呪符を蹴って俺に向かってくる。空中であるにもかかわらず、その速さは普段と遜色ない速さである。

 

俺も受けに回って負けなので翼を羽ばたかせて猛スピードで星露との距離を詰める。

 

しかし星露との距離が10メートルを切った所で急上昇して、即座に星露の後ろに回り込み蹴りを放つ。狙いは意識を刈り取る為に首だ。

 

対する星露も負けておらず俺に背中を向けたまま呪符を蹴って、そのまま俺の足に乗ってくる。わかってはいたがつくづくデタラメな存在だな。

 

そこまで考えていると寒気がしたので顔を上げると星露が俺の足から降りながら『方天画戟』による薙ぎ払いを仕掛けてくる。狙いはさっきの俺と同じように意識を刈り取る為に首だ。

 

もちろん馬鹿正直に喰らうわけにはいかないので、俺は左手に星辰力を込めて『方天画戟』にアッパーをぶちかます。それによって壊すには至らなかったが、星露の手から離すことには成功する。

 

だから俺は追撃を仕掛けるべく右手を振るうと星露は手に圧倒的な星辰力を込めて防御する。同時に衝撃が足元の湖に走り大きなクレーターが出来たかと思えば、元の形に戻ろうとする反動で俺と星露に大量の水を浴びさせる。

 

しかし俺も星露も気にせずに攻撃を仕掛ける。目の前にいる相手の方が危険だから。

 

星露は俺の右手を防ぎながらも足に星辰力を込めて二度蹴りを俺の鳩尾に放ってくる。

 

「ぐっ……!」

 

それによって腹には衝撃が走り、吐き気を催すも、俺はそれを無視して空いている左手で肘打ちを星露の鳩尾にお返しする。

 

「ふははっ!良いぞ八幡!もっと来るのじゃ!」

 

星露は血を流しながらもそう言ってガンガン殴ってくる。壁を超えた人間だろうと一撃で沈められる終焉神装の一撃も、普通の人間とは別種の存在である星露を一撃で沈めるのは無理だ。

 

俺のやる事は1つ。こちらが戦闘不能になる前に星露をノックダウンする事。

 

だから俺は星露の拳や蹴りによって生まれる多大なダメージを無視して、星露の身体のありとあらゆる箇所に攻撃を仕掛ける。

 

足払いを仕掛けようとしたらその前に違う呪符に飛び移り、そこから飛び蹴りを放ってくる。だから俺は敢えて食らいながらも星露の足を掴む。

 

それによって胸に激痛が走り鎧の口まで血とゲロが込み上がってくるがそれを無視して……

 

「ふんっ!」

 

「ぐはっ!」

 

星露の鳩尾に拳を叩き込む。同時にミシミシと音が聞こえて、星露は口から血を流しながら後ろに吹き飛ぶ。

 

(今のは結構ダメージか入ったな……このまま押し切る)

 

俺は翼を羽ばたかせて加速して星露との距離を一気に詰める。後一発決めればこちらが有利……っ!

 

そこまで考えた時だった。視界が僅かに暗くなったのでチラッと上を見れば、先程跳ね上げた『方天画戟』が落下するのが見えた。それも星露がいる場所に。

 

(マズい……アレを持たせる前に仕留めないと)

 

俺は内心焦りながらも更に加速して星露に詰め寄るも一歩遅かった。既に星露の手には『方天画戟』があってこちらに振り下ろしている。

 

(この速度じゃ回避は間に合わない。間に合っても無理な回避になって肉体に負荷が掛かりまくるし迎撃するか)

 

そう思いながら俺は義手に星辰力を注ぐ。すると義手は本来の大きさの3倍となり埋め込まれた2つのマナダイトが光り輝き……

 

「はぁっ!」

 

「そこっ!」

 

光が最高潮に輝いた瞬間に左手を突き出して『方天画戟』とぶつけ合う。同時に拳と『方天画戟』から衝撃が生まれて俺と星露に襲いかかるも……

 

(このままだと押し負けるな……)

 

今の所は拮抗しているが、徐々に押されているのがハッキリとわかる。しかし今から無理矢理逃げても完全に回避するのは無理で、かなりのダメージを受けるだろう。

 

(それならいっそ……その力の全てを俺の左手と右足に凝縮しろ)

 

内心そう呟くと俺の身に纏っていた影神の終焉神装が剥がれて、俺の左腕と右足に集まる。

 

それによって左腕からミシミシと音が聞こえるも漸く『方天画戟』による一撃を食い止める事は出来た。となれば当然……

 

(向こうも第二撃を用意してるよな……)

 

見れば『方天画戟』を持っていない星露の左腕からは信じられない程の星辰力が籠っている。どうやら奴も同じ考えをしているようだ。星露を見ればニカッと子供のような笑みを浮かべていた。

 

そこまで考えると同時に俺は凝縮された鎧を纏った右足に力を込め、星露は圧倒的な星辰力を込めた左腕を振り上げて……

 

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

お互いに叫び声と共に最強の一撃を胸の校章に叩き込んだ。

 

瞬間……

 

ドォォォォォォォォォンッ

 

爆音と共に俺と星露は磁石の反発作用の如く弾けるように飛んで、バラバラになった校章が目に入ったかと思えばそのまま琵琶湖の湖面に叩きつけられたのだった。

 

 

 

 

 

 

『『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』』

 

銀河の特設ステージにあるモニターにて、八幡と星露が叫び声を上げながら互いの校章に最速の一撃を叩き込む映像が映される。

 

そして……

 

ドォォォォォォォォォンッ

 

爆音がステージに響き、モニターには琵琶湖に巨大な穴が出来て、八幡と星露が反発するように吹き飛んで琵琶湖に叩きつけられる映像が映される。

 

その光景に四学園の生徒を始め、ノエルや綺凛、虎峰にセシリーも絶句している。王竜星武祭の時以上に激しい一撃がお互いの校章に叩き込まれた光景はステージにいる全ての人間を沈黙させたのだ。

 

そんな中……

 

『比企谷八幡、校章破損』

 

『范星露、校章破損』

 

2つの機械音声が重なるように同じ言葉を告げる。

 

しかし基本的にこの制度による試合に相打ちは存在しない。意識消失ならまだしも校章破損の場合、コンマ以下の差異まで計測が可能だからだ。

 

 

『試合終了!勝者、比企谷八幡!』

 

結果、0.02秒早く星露の校章の方が早く破壊される結果となった。

 

するとステージに静寂が生まれるも、それも一瞬。

 

『おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』

 

直ぐに大歓声が沸き起こってステージを揺らす。ステージには200人程度の人しかいないのに歓声の強さは星武祭のそれに匹敵していた。

 

「まさか師父が……」

 

「や、やー……これは予想外だったね」

 

星露の弟子である虎峰とセシリーは呆然として……

 

「凄い……私もまだまだ修行が足りませんね」

 

綺凛は2人の戦いを見て自分も強くなると決意して……

 

「凄い!やっぱりパパは強い!」

 

「マジか!師父を倒すなんて父さんパネェ!」

 

「流石ですお父様!」

 

歌奈、竜胆、茨は父親の勝利にハイテンションになり……

 

「おめでとうございます、八幡さん……!」

 

ノエルは目尻に涙を浮かばせながらも笑って夫の勝利を祝うなど様々な反応が生まれるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー……身体が痛え……」

 

俺は今琵琶湖に浮かびながら空を見上げている。最後に星露の一撃をモロに受けたので身体が動かない。

 

(というかどっちが勝ったんだ?)

 

俺は吹き飛ばされながらも俺と星露の校章が破壊された事を告げる機械音声は耳にしたが、どっちが勝ったかを告げる機械音声は聞く前に水面に叩きつけられたので聞こえなかったのだ。正直言ってどうなったか全く予想が出来ない。

 

暫くプカプカと浮かびながら空を見上げているとチャプチャプと水が跳ねる音が聞こえてきたかと思えば……

 

「実に見事な試合じゃったぞ八幡よ。やはり八幡との戦いは血湧き肉躍る最高の戦いじゃ」

 

そんな声が聞こえてきたので俺は無理矢理身体起こして見れば、星露が足に星辰力を込めて水の上を歩いていた。

 

「そりゃどうも。ちなみにどっちが勝ったんだ?俺勝敗のカギがを告げる機械音声は聞いてないんだよ」

 

「八幡じゃよ。儂の方がほんの僅か遅かったようじゃ」

 

「マジで?俺が勝ったのか?」

 

正直言って信じ難いので思わず聞き返してしまう。

 

「うむ。確かに八幡の名前を告げていたな」

 

それに対して星露は頷きながらそう返す。その事から事実である事は間違い無いようだが……

 

(ヤベェ、かなり嬉しい)

 

今まで一度も勝てなかった相手、それも世界最強である彼女に勝てたのだ。正直言ってかなり嬉しい。

 

「まさか儂を倒せる人間が現れるとは思わなかったわい。またいずれ手合わせ願うぞ」

 

星露は楽しく笑いながらそう言ってくるが疲れている様子は全く見られない。つくづく規格外な奴め……星露を見ていると試合に勝って勝負に負けた感じがする。俺はマトモに動けないしこれが校章無しの実戦勝負なら負けていただろう。

 

(やっぱりまだまだ星露との距離はあるなぁ……)

 

さっきまでの嬉しさは減ってしまうが仕方ないだろう。これで勝ったと胸を張るのは少々厳しい。

 

「へいへい」

 

だから俺は星露の誘いを受けるつもりだ。次にやるときには胸を張って勝ったと言えるくらい強くなると決意しながら。

 

それから俺は迎えの船が来るまでのんびりと星露と空を眺めるだけの存在となったのだった。

 

 

 



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こうして合宿1日目が終わる

「まさかあの人工島を吹き飛ばすとは思いませんでしたよ」

 

迎えの小型ボートに乗って岸に戻ろうとしたら、開口一番に綺凛はそんな事を言ってくる。しかし綺凛の口調や性格を考慮した場合、嫌味で言っている訳ではないので安心した。

 

「済まんのう綺凛や。久しぶりの八幡との試合で興奮してしまった結果ああなってしまったわい」

 

星露は軽く笑いながら謝っている。まあ防御障壁をぶっ壊す『方天画戟』による一撃を人工島が耐えるってのは無理な話だろう。

 

「そういやあの人工島、弁償云々はあんのか?」

 

「いえ。元々使わなくなっていた人工島なので特にお咎めはないですよ」

 

良かった……人工島の値段は知らないが弁償するんだったら間違いなく莫大な金を要求されていただろうし。

 

内心安堵していると岸が近づいてきた。俺と星露の戦いの余波はないようで安心した……って、アレはノエルじゃねぇか。

 

見れば船着場にはノエルが立っていてこちらを見ている。そしてボートが船着場に到着すると走ってきてから……

 

「お疲れ様です!八幡さん!」

 

ボートに乗るなり俺に駆け寄って笑顔で俺を労ってくれる。そんなノエルを見ると不思議と疲れが取れていく。

 

内心ノエルに癒されていると、顔を赤くした綺凛と楽しそうに笑う星露が気を遣ってくれたのか一足先にステージの方に向かって行ってくれた。試合前にノエルにキスをされたこともあったので、2人きりにしてくれるのはありがたい。

「そしておめでとうございます!私、凄く嬉しいです……!」

 

ノエルは目をキラキラしながら俺を褒めるが俺は素直に喜べない。

 

「でもよ、俺が勝てたのは校章破損であって実戦なら負けてたぜ?」

 

正直言ってルールに則って勝利を得たのであって単純な実力ならまだ星露の方が上であるのは明白だろう。

 

しかしそんな俺の言葉に対してノエルは首を横に振る。

 

「確かに人によってはそう思うかもしれません。ですが星露さんと戦った事のある私からすれば、校章の破壊自体桁違いの難易度である事を知っています」

 

そう言ってノエルは俺の服が濡れているにもかかわらず俺を優しく抱きしめてくる。すると胸の内に温かさが生まれてくる。

 

「私だけでなく生徒達も八幡さんの勝利に文句を言っている人は居ませんでしたし、八幡さんは胸を張って良いと思います」

 

「……そうか」

 

そこまで言われたら少しくらい喜んでもバチは当たらないだろう。実際ノエルに言われて胸がスッとしたし。

 

「それに戦ってる時の八幡さんは、その……凄く格好良くて……ほ、惚れ直しちゃいました……」

 

ノエルは真っ赤になっておずおずしながらも自分の気持ちを口にしてくる。この馬鹿野郎……そこまで言われたら……!

 

「……馬鹿が。こっちも惚れ直しちまったじゃねぇか」

 

ちゅっ……

 

「んっ?!んんっ……ちゅっ……」

 

気が付けば俺はノエルの唇を奪っていた。触れるだけの優しいキスではなく、押し付けるような強引なキスをしていた。

 

対するノエルは顔を赤くしながらも俺の首に腕を絡めてキスを返してくる。それによってノエルの唇からは愛情が沢山伝わってきて幸せの奔流が流れてくる。

 

出来るならいつまでもこうしていたいが今は合宿中なので、俺は名残惜しく思いながらもノエルの唇から離れる。

 

「ぷはっ……ノエル。続きは今日の合宿が終わった後に部屋でな」

 

俺がそう言えばノエルは真っ赤になりながらも笑顔で頷く。

 

「わかりました。その時を楽しみにしています」

 

そう言って自分の腕を俺の腕に絡めてくるので、俺はノエルをエスコートする形でステージに向けて歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「比企谷ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

琵琶湖の近くにあるホテルの一室にて、葉山隼人は怒り狂っていた。モニターには八幡とノエルがキスをしている光景が映されていた。

 

「あいつ……俺のノエルちゃんに手を出すなんて……万死に値するぞ!万有天羅との戦いでも卑怯な手を使ったに決まってる!」

 

言いながら机を殴りつける。葉山は自分の未来の妻(と思い込んでいる)ノエルに手を出し、卑怯な手を使って星露を倒した八幡に対して怒りを露わにする。

 

「作戦は万有天羅の所為で失敗するし……何とかして比企谷の洗脳を解かないといけないのに邪魔をするな!」

 

葉山は一度叫んでから通信を繋ぐ。通信先は自分のグループメンバー全員だ。

 

「とりあえず全員ホテルに戻ってくれ。作戦を練り直す」

 

『了解!』

 

メンバー全員から了承を得た葉山は通信を切ってから舌打ちをする。

 

「幸い爆弾の存在はバレてないから俺達の存在もバレてないだろう。やはりバレていない内に仕留めるしかない……」

 

言いながら葉山は空間ウィンドウを開きマップを展開する。

 

「深夜にホテルを爆破は銀河に目を付けられるし……いや、優美子達を騙して自爆テロをさせればいける……やっぱりダメだ。比企谷や優美子達は死んでも良いがノエルちゃんが傷つくのはダメだ。やはり比企谷が1人になった時に……待っててねノエルちゃん。直ぐに君を救ってあげるから」

 

それから葉山は殺意を滾らせながら1人作戦の立案に没頭するのだった。

 

 

 

 

 

 

星露との戦いが終わってから2時間、たった今俺の目の前で行われた界龍の男女ペアとガラードワースの女子ペアの試合がガラードワースの男女ペアの勝利で終了した。

 

「んじゃ総評行くぞ。先ず界龍側。基本的な連携はちゃんと詰め込んである点は評価するが掛け声は変えろ。馬鹿正直に突きだの袈裟斬りなんて言ったら作戦がバレるだろうが。格上に勝つ為には手の内を限界まで隠す事が重要なんだからな?」

 

『はいっ!』

 

「次にガラードワースペア。最初に片割れを潰す戦術を否定するつもりはないが露骨過ぎだ。バレてる状態で片割れを潰すのは難しいからそこんところ考えろ。それと作戦をミスしたら後悔は引き摺るな。試合が終わるまで忘れるのも技術の1つである事を常に意識しろ」

 

『はいっ!』

 

「なら良し。次の試合で同じミスをすんなよ?」

 

俺がそう言うと生徒4人は一礼して離れていったので記録をつける。今の所低評価なペアは少ないな……

 

現在俺は試合を観察して、戦ったペアにアドバイスをしている。ちなみにアドバイスをしている教員は俺と綺凛と虎峰で、ノエルとセシリーと星露は自ら学生ペアと戦い、実戦経験を積ませている。

 

本来俺は学生ペアと戦う担当だったが、星露との戦いによって体力を消耗し過ぎた故にノエルと役目を変わったのだ。

 

「そちらの調子はどうですか?」

 

俺が担当したペアの成績を確認していると綺凛が話しかけてくる。

 

「今の所特に酷いペアはないな。どのペアもある程度の実力はあるし、俺達の学生の頃なら本戦出場出来るペアが多いな」

 

「そうですか。私の所も似たような感じですが、クインヴェールのペアは大体高評価ですよ。どんな訓練をしたんですか?」

 

「あん?魎山泊で星露がやったように、白兵戦で俺と戦って反応速度をとにかく高めただけだ」

 

以前星露は壁を超えた人間とそうでない人間は反応速度の速さによって分けられていると言っていた。

 

そしてそれは厳然たる事実である。実際に序列1位や2位と戦った人間はマトモに反応する事が出来ずに敗北しているのだから。

 

「随分とハードな訓練ですね。心が折れた方とかはいないんですか?」

 

「いやいや、流石にこの訓練を全員にやらせてる訳じゃねぇよ。事前に募集したメンバーだけにしか施してないからな」

 

「あ、やっぱりそうなんですか」

 

綺凛は納得したように頷くが当然だ。学生によっては星武祭を諦めたり、興味のない人間もいる。そんな生徒にやらせる訓練じゃないので、今俺が提示した訓練は事前に説明会を開いて、それを聞いて尚申請してくる人間にしか施していない。

 

「当たり前だ。しっかしお前んところの学園はキッチリ連携を取れてるな」

 

「ありがとうございます」

 

星導館の既に10ペア近く見ているが、全ペア中々の連携を取れていた。それこそ場合によっては格上も食える程のレベルの連携を。

 

「やっぱり合宿は成功だな。他所の学園には他所の学園の長所があって刺激になっている」

 

「そうですね。鳳凰星武祭の結果次第では獅鷲星武祭前にも合宿をやってみませんか?」

 

「悪くない話だ」

 

獅鷲星武祭は5人でチームを組んで戦うチーム戦だ。5人1組のチームを作る事自体難しいので、基礎的な訓練は出来ても練習試合を碌に出来ない事もある。それによって優秀な選手が多いチームなのに経験不足で早く負けるって事も少なくないので獅鷲星武祭に備えて他校との合宿をするのは悪くない話である。

 

……まあ今回の合宿の結果次第では統合企業財体が却下する可能性もあるが。

 

俺は綺凛と共に模擬戦をしているペア相手にアドバイスをする仕事を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

5時間後……

 

「あー、やっぱり温泉は最高だわ。身体の疲れが癒されるわー」

 

今日のカリキュラムを終えて俺は今温泉に入っている。この温泉は体力回復促進効果があるようで疲れが取れている。

 

「口調が年寄りみたいですよ」

 

すると一緒に風呂に入っている虎峰がそう言ってくるが……

 

「実際年寄りだからな。つーか虎峰、お前バスタオル巻け。刺激が強過ぎる」

 

「僕は男ですよ!女扱いするのは止めてください!」

 

いや、そうは言ってもな……顔つきはモロ女だし、肌も綺麗だし、手足もスラっとしているし、普通に女にしか見えず、バスタオルを巻いてない虎峰を見ると罪悪感が半端無い。

 

ぶっちゃけると、虎峰が女湯に入って俺の嫁3人の裸を見たとしても俺は怒らない気がする。

 

「悪いが無理だ」

 

「即答しないでください!」

 

「いやだって俺、学生時代にお前に関する星武祭グッズを店で見たけど購入したファン殆ど男だぜ」

 

星武祭に関するグッズは基本的に男向けと女向けに分けられているが、虎峰のグッズは男向けの方に売られていた。その事から虎峰は男の娘として男性から人気である事は簡単に推測出来る。

 

しかも獅鷲星武祭で活躍してから暫くの間はシルヴィア、オーフェリア、ユリスに次いだ売り上げを出したらしいし。

 

「何故そこで知りたく無い事実をカミングアウトするんですか?!」

 

「いや現実を知って貰おうと……いっそ取ったらどうだ?」

 

「取るって何をですか?!」

 

「何って……ナニだろ?」

 

そうすりゃ俺達男は温泉などに入った時に罪悪感で苦しむ事はない。女子についても虎峰の容姿を見れば文句を言ってくる奴は少ないだろうし、ウィンウィンの関係だ。

 

そう思っている時だった。

 

「絶対に取りません!」

 

虎峰は顔を真っ赤にして温泉から上半身を出そうとしてくるので、慌てて顔を伏せる。

 

「わ、悪い!見てないからな!」

 

「何故女子の裸を見るような態度を取るんですか?!」

 

「女子みたいだからだよ!」

 

「いい加減女扱いするのは止めてください!」

 

いや無理だから。単純なルックスなら下手な女子どころか大半の女子より上回ってるし。

 

そんな事もありながら俺は頑なに虎峰の裸を見ないようにしながら虎峰の文句を適当にやり過ごしたのだった。

 

そしてそれと同時に明日は温泉に入らず、部屋のシャワーだけで済ませる事を決意したのだった。

 

 

尚、最後に虎峰の裸を見てドキドキしてしまった。済まん、シルヴィ、オーフェリア、ノエルよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それにしても驚いたぞ八幡よ。まさかあの生きる伝説たる万有天羅に勝ち星を挙げるとはな』

 

騒がしい入浴が終わった後、自室で寛いでいたら材木座から電話きたので応対しているが……

 

「そりゃどうも……てか何でお前がそれを知ってんだよ?お前今エルネスタと新婚旅行に行ってるんじゃなかったのか?」

 

俺の記憶が正しければ材木座は今、エルネスタと一緒に京都に新婚旅行に行っている。大津と京都は近いからか?

 

『いや、実は我の部下が煌式武装の取引で銀河本部に向かっていて、其奴に聞いたのだよ。まあ銀河本部のお膝元故に戦闘記録は持っていないが』

 

「なるほどな。それなら仕方ないな。てかお前、今温泉に入ってんのか?」

 

空間ウィンドウを見れば材木座の周囲には湯気が上がっている。その事から温泉もしくはサウナあたりにいるのだと推測出来る。

 

『うむ。今丁度旅館の家族露天風呂に『えーいっ!』え、エルネスタ殿!今電話中である!』

 

『えへへー。ごめんごめん』

 

いきなり空間ウィンドウに映る材木座が倒れたかと思えばエルネスタの顔がチラッと見えて、水飛沫が上がる。

 

その事から察するに……

 

「(エルネスタが温泉に浸かっている材木座に飛びついたな……)悪い、取り込み中みたいだし明日連絡しろ。俺は疲れたから寝る」

 

最後に一言だけ詫びて通話を切った。夫婦のやり取り中に話すのは野暮って奴だろう。てかアイツら普通にバカップル過ぎだろ?大爆発とかしないかな?

 

内心そんな事を考えていると……

 

「あ、八幡さんはもう帰ってきたんですね」

 

浴衣を着たノエルが部屋に入ってくる。湯上がり姿のノエルは色っぽく見える。

 

「ああ。それと俺は疲れたからもう横になる。テレビとか見たいなら構わないが、音量はそこまで大きくしないでくれると助かる」

 

「いえ。それよりも昼の約束を、その、お願いしても良いですか?」

 

「昼……キスの続きだな」

 

「……はい。八幡さんと2人きりになるのは久しぶりですから……もう我慢が出来なくて……」

 

言いながらノエルはそのまま俺のベッドに上がってきて俺に身体を寄せてくる。艶のある瞳は俺を見据えて逸らさない。

 

確かにノエル、というか妻の内の1人と2人きりになるのは久しぶりだ。基本的に4人一緒が殆どだし。

 

「ノエル……」

 

「それに……今日は八幡さん、凄く頑張りましたから……八幡さんを癒したいです」

 

「……頼んで良いか?」

 

「もちろんです。一生懸命ご奉仕しますね」

 

ノエルは優しい笑みを浮かべて俺に顔を寄せてくるので、俺はノエルの肩を掴んでゆっくりと抱き寄せて……

 

ちゅっ……

 

そっと唇を重ねる。ノエルの唇から愛情が伝わってくるので俺も負けじと愛情を送り返す。

 

「ノエル……脱がすぞ?」

 

「……どうぞ」

 

一旦キスを止めてから俺がノエルに確認をすると、ノエルは顔を赤らめながらも了承するので、俺はノエルの浴衣の帯を緩めてそのまま脱がす。

 

 

「あっ……八幡、さん……んっ……」

 

すると薄ピンク色の下着に包まれたノエルが目に入る。同時に俺はノエルを抱き寄せてキスを降らしたのだった。

 

 

 

 

 

久しぶりの2人きりの時間はまだ始まったばかりである。



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男達の夜は中々過激である

「んっ、ちゅっ……んんっ……」

 

「んっ……んちゅっ……はち、まんさん……」

 

銀河のホテルの一室にて水音と嬌声が部屋に響き渡る。音源は俺とノエルの口から。

 

現在俺はベッドの上でノエルと抱き合いながら唇を重ねている。キスをする中、俺は口を開いてそこから舌を出してノエルの口を開いて半ば強引にノエルの舌に絡める。

 

「んっ……ちゅっ……んんんっ……!」

 

舌が絡まり合うとノエルは目を見開いて驚きを露わにするも、直ぐに目を瞑って舌を動かしてくる。それによってピチャピチャと水音が増して更に興奮してしまう。

 

だから俺は一度唇を離して左手でノエルの肩を掴み、右手でノエルの胸をブラジャー越しに揉む。

 

「ひゃんっ!は、八幡さんんっ……!くすぐったいです……あんっ!」

 

ノエルは顔を赤くしながら喘き出す。そんな風に牝の表情を見ると益々興奮してしまうのが人の性である。

 

「ならもっとくすぐったい思いをさせてやるよ」

 

そう返しながら先程より少し優しくノエルの胸を揉みしだく。痛くならないよう気遣いながら、それでありながら撫でるように。

 

「あっ、うんっ、あんっ……八幡さんの……んっ……エッチ……」

 

ノエルは喘ぎながらジト目で見てくるが知らん。今の俺の理性は半分吹き飛んでいるのだから。

 

俺は更に淫らなノエルが見たいのでノエルの肩を掴んでいた左手を胸に移し、両手で揉む。ノエルの胸は小さいが、それでも膨らみはあり両手にスッポリ収まるので揉み心地は最高だ。

 

「ああっ!んっ……八幡さんっ……あんっ!触り方、エッチですんんっ!」

 

ノエルは感じたみたいで息を荒くしながら激しく動く。普段大人しいノエルがエロくなるとギャップ萌えをするな……

 

ともあれノエルを少し落ち着かせる為、俺はノエルの唇に優しくキスをする。

 

「……んっ?! ……んぁっ、ちゅっ…」

 

するとノエルは一瞬驚いた顔を浮かべるも、直ぐに冷静になって、俺の首に腕を絡めて俺のキスに応えてくれている。

 

「八幡さん、ちゅっ……大好きです……んんっ」

 

キスをしながらノエルは俺に大好きと言ってくる。見れば息は荒いが優しい笑顔を浮かべて、キスを通じて俺に幸せを送ってくれている。

 

「知ってる……俺もお前に想われて幸せだ」

 

俺は大学時代に、ノエルが俺と付き合うべく、形振り構わず必死で動き回ったのを知っている。

 

ーーー私が星脈世代じゃなくなった事は、八幡さんを諦める理由にはなりません!もう一戦お願いします!ーーー

 

ーーーもう私は八幡さん以外の事を考えられないんです……お願いします。これからも隣に居さてください!ーーー

 

ーーー世間が認めなくても関係ないです。3人が認めてくれているので何も問題ない筈です!!ーーー

 

アレは今でもハッキリ覚えている。俺とオーフェリアとシルヴィの3人の間に入ろうとしたのだから。

 

当初俺達3人にその気はなかった。しかしノエルが血の滲むような努力をした結果、大学卒業間近には俺達3人はノエルを受け入れていた。

 

俺達もまさか星脈世代としての力を失っても、ヨーロッパ屈指の名家との縁を失おうとしても諦めないとは思わなかった。結果としてオーフェリアもメスメル家も認めたし。

 

そこまで想われたら誰でも嬉しいだろう。現に俺はメチャクチャ幸せだし。

 

だから俺はノエルと愛し合う。更なる幸せを求めるために。

 

俺はノエルのもっと可愛い所が見たくて堪らないので、キスを止めて、自身の唇をノエルの唇からノエルの耳に移動して……

 

「はむっ……」

 

「ひゃあっ?!」

 

ノエルの耳を甘噛みする。同時にノエルは大きな声で喘ぎながらビクンと跳ねる。ダメだ、ノエルの反応が愛し過ぎる。

 

更に俺は歯を立てずに口を動かしてノエルの耳をはむはむする。

 

「やあっ!く、くすぐった…あぁんっ!」

 

ノエルは抵抗するが形だけの抵抗だ。ならば遠慮するつもりは毛頭ない。まだまだこれからだ。俺ははむはむした状態で舌を出してノエルの耳を舐め回す。え?変態だって?馬鹿野郎、夫は可愛い嫁の前では常に狼なんだよ。

 

「ひゃっ! んっ、耳、なめちゃっ……んあっ!ひゃぁん!!やっ!……く、くすぐったいですぅ……」

 

ノエルは喘ぎながらビクンビクンと跳ねる。顔を見れば息を荒くして牝の表情を浮かべている。

 

(もっとだ、もっと見たい……)

 

だから俺はわざと音が出るように舐めて、終いにはノエルの耳の穴に舌を入れて上下に動かす。

 

「ひあっ!八幡さん……舌、いれ、んっ、んくっ……あっ、やあっ!!」

 

するとノエルが興奮し過ぎて暴れる。ヤバい、少しやり過ぎたようだ。

 

「悪い。少しやり過ぎたか?」

 

俺は謝りながらノエルの耳から口を離す。当のノエルは息を乱してトロンとした表情で俺を見ている。下着姿である事もあって今のノエルは凄く卑猥に見える。

 

ノエルは暫くの間、息を乱すも徐々に呼吸が整えて、完全に落ち着くと……

 

「八幡さんのエッチ……」

 

俺に抱きついてジト目で俺を見ている。目を見れば蔑みの色はなく、仕方ないなぁ……と言った感じの色が混じっていた。

 

「いや済まん。ノエルが余りにも可愛くてな」

 

これについては仕方ないだろう。可愛い妻と下着姿でキスしてりゃ、誰でも理性が吹っ飛ぶだろう。

 

「もう……八幡さんはそうやっていつも私が喜ぶ事を言いますね」

 

ノエルは優しい笑みを浮かべながら胸を俺に押し付けて頬ずりをしてくる。

 

「お前……いや、お前だけでなくシルヴィやオーフェリアもいつも俺が喜ぶ事をしているな」

 

「当然です。私もシルヴィアさんもオーフェリアさんも八幡さんの事が好きですから」

 

ノエルはそう言って抱きしめる力を強める。同時にノエルから温もりを感じて顔に熱が溜まりドキドキしてしまう。

 

「ありがとな」

 

「どういたしまして……それより八幡さん……まだまだ欲求不満ですね?」

 

ノエルは蠱惑的な笑みを浮かべながら俺の中にある欲求不満について指摘をしてくる。

 

「……否定はしない」

 

「ふふっ……やっぱりですね。ですから……続きをしても、良いですよ?」

 

ノエルはそう言ってから顔を寄せて……

 

ちゅっ……

 

そっとキスを落としてくる。そんな風にされたら我慢する必要はないだろう。

 

「じゃ遠慮なく……」

 

言いながら俺はノエルの背中に手を回してブラジャーのホックを外して、そのままベッドに放る。

 

「あっ……」

 

するとノエルの胸が生まれたままの時の状態となって曝け出される。

 

決して大きいとは言えないノエルの胸。しかし確かに膨らみはあって、形と肌は綺麗だ。加えてノエルの恥じらいの表情によってノエルの裸は美術品のように綺麗だった。

 

「ノエル……」

 

「どうぞ……好きにしてください」

 

「ああ……」

 

ここまで来たら我慢するのは無理だ。俺はノエルの胸に顔を寄せて……

 

 

 

 

「あぁんっ!」

 

そのまま貪り始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間後……

 

「すぅ……んんっ……」

 

「ふふっ……八幡さん可愛い……」

 

ノエルは一糸纏わぬ姿で、同じように一糸纏わぬ姿の八幡の寝顔を見て幸せな気分になる。

 

結局八幡の体力の都合上本番はしなかったが、本番以外の事は全てやり尽くし、2人は久しぶりの2人きりの時間を堪能したのだった。

 

既に八幡は眠っているがノエルは目を覚ましていて八幡の温もりを感じている。

 

「好きっ……大好き……」

 

ちゅっ……

 

ノエルは八幡の唇にキスをしながら昔を思い返す。

 

ーーーまあ良いんじゃない。認めるつもりはないけどーーー

 

ーーー私はシルヴィアと違って優しくないから認めるつもりはないわーーー

 

ーーーお前の気持ちは嬉しいが諦めろーーー

 

八幡を好いて第三者に自分の気持ちを知られた当初、当然ながら自分の気持ちを知った人間からは批判的な意見を言われた。

 

しかしノエルは絶対強者3人を相手にしても一切諦めず……

 

ーーー私は認めるよ。ただ八幡君とオーフェリアに認めさせる手伝いはしないからね?ーーー

 

ーーー本当に馬鹿……私の負けよ。貴女の場合死ぬまで諦めなさそうだしーーー

 

ーーーそこまで俺を愛してるなら切り捨てるのは無理か……わかったよ。宜しくなーーー

 

結果として絶対強者3人に認められて、八幡の恋人の1人になる事が出来た。

 

それからの日々は本当に幸せだった。4人でデートをしたり、恋人3人で女子会をしたり、偶に八幡と2人きりでデートをしたり、3人でウェディングドレスを選んだりした。

 

そして遂には……

 

ーーー今日からお前らの夫になるがよろしくなーーー

 

ーーーノエル、お前と初夜を迎えるの、楽しみにしていたーーー

 

ーーー茨。それが娘名前だ。お前のように強く気丈な女になるようにお前の能力から考えたーーー

 

結婚、初夜、妊娠など夫婦特有のイベントを体験して今に至る。

 

八幡と交際してから今日まで、ノエルは毎日が幸せだった。嫌な日など1日も無かった。そしてこれからも幸せな日々を過ごしたいと思っている。

 

「八幡さん、明日からも宜しくお願いします。一生お側に居ますから」

 

ちゅっ……

 

そう言ってノエルはもう一度八幡にキスをしてから、自身の身体を八幡の身体に絡めて、背中に手を回して襲ってくる睡魔に逆らわずゆっくりと目を閉ざした。

 

その後、八幡とノエルはお互いに裸で抱き合いながら幸せそうな表情で眠ったのだった。

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「ああ……ありがとうノエルちゃん。俺もノエルちゃんのことが好きだよ。両想いで良かった……俺は一生君の側にいるから、君も俺から離れないでね?」

 

幸せそうな表情で幸せな夢を見ている男もいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

俺が目を覚ますと目の前には女神……じゃなくてノエルがいた。しかし女神と間違えたとしても仕方ないだろう。ノエルは一糸纏わぬ姿で俺に抱きついて幸せそうな表情を浮かべているのだから。

 

チラッと時計を見れば5時過ぎ。朝食は7時半から食えるので後2時間ぐらいしたらベッドから起きるべきだろう。

 

つまり……

 

「後2時間はこうして良いんだよな……」

 

俺はノエルの背中を回して起こさない程度に手の力を強める。もっとだ。もっとノエルの温もりを感じたい。

 

「はち、まんさ……しゅき、大好き……」

 

対するノエルは寝言で俺の名前を呼んでくる。何この子?寝ている時にも俺をドキドキさせてくるの?末恐ろし過ぎだろ?

 

全く……本当に愛おしいな。

 

「俺もだよ。お前が好きだ」

 

ちゅっ……

 

寝ているノエルの唇にキスを落とす。結婚しているのだからこの程度の事はしても問題ないだろう。既にノエルのファーストキスも純潔も貰っているのだから。

 

暫くの間俺がノエルにキスをしていると、ノエルはゆっくりと瞼を開ける。細まった目がマジで可愛すぎる。

 

「んっ……んんっ……、はち、まんさん……?」

 

「ああ。おはよう、ノエル」

 

俺が挨拶をするとノエルは暫くの間目をパチクリするも、直ぐに意識を覚醒したのか笑顔を見せて……

 

「はい。おはようございます、八幡さん……」

 

ちゅっ……

 

おはようのキスをしてくる。同時に抱きつく力を強めて一層密着する状態となる。

 

しかし俺はノエルの行動を嬉しく思う。朝から俺を喜ばせてくれるのだ。嬉しくない訳がない。

 

「おはよう。今日も一緒に頑張ろうな」

 

「はい。ところで今何時ですか?」

 

「5時過ぎだな」

 

「朝食は7時半からでしたね……じゃあ八幡さん。7時まで甘えても良いですか?」

 

「当然」

 

寧ろ俺もそのつもりだったし。合宿のメニューが始まればイチャイチャは出来ないし、今の内にノエル成分を補給しておかないといけない。

 

「良かった……じゃあ遠慮なく……んっ……」

 

言うなりノエルは俺の唇にキスを落としてから自分の手足を俺の手足に絡めて思い切り甘えてくるので、俺も負けじとノエルにキスを返して頭や尻を撫でるのだった。

 

 

 

そして7時を過ぎた頃にはベッドのシーツは唾液と汗でビショビショだったのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁぁっ〜。八幡にノエル、おはよ〜う」

 

ベッドから起きた俺は着替えて食堂に向かうとセシリーが欠伸をしながら手を振ってくる。隣に座る虎峰も眠そうにしている。セシリーはともかく規則正しい虎峰が眠そうなのは意外だ。

 

「おはようございます」

 

「おはようさんセシリー。虎峰もおはよう」

 

「はい……おはようございます」

 

「眠そうだな。眠れなかったのか?」

 

「ええ……その、寝る前に少しお酒を飲んだんですが、セシリーが酔っ払って……」

 

虎峰は顔を若干赤くする。それを見ただけで何があったのか理解した。

 

「搾り取られたと?」

 

「……はい」

 

「あはは、ごめんごめん。酔った勢いに任せちゃった」

 

「それなら飲まないでください……」

 

虎峰は目を腐らせながらセシリーを文句を言う。その目は昔の俺の目並みに腐っていた。

 

「いやー、師父から貰った酒を無碍にするのはダメでしょ?」

 

何やってんだあのロリガキは。合宿所に酒を持ち込むなバカ。

 

内心呆れ果てている時だった。いきなり2種類のメロディが流れだす。片方は俺のポケットにある端末からで……

 

「僕の端末ですね」

 

もう片方は虎峰からだ。同時にメロディが流れだすって事は誰かが俺と虎峰の端末にメールを一斉送信したのだろう。

 

疑問に思いながらも俺と虎峰がポケットから端末を取り出し空間ウィンドウを開くと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

from:材木座義輝

 

エルネスタ殿と朝チュンをしてしまった。余りにも幸せ過ぎて死んでしまいそうなのだがどうすれば良いのか?

 

 

 

 

材木座からそんなメールが来ていた。それを見た俺は思わず虎峰を見る。すると向こうも俺を見ていて、同時に頷く。

 

そして……

 

「「知るか(知りませんよ)!とりあえずおめでとう(ございます)!!」」

 

思わず叫んでしまった。そんな事を一々報告すんじゃねぇよ!一応祝福はするが、遅過ぎるわ!

 

俺達の叫び声によって第三者から注目を集めてしまうが仕方ないだろう。合宿が終わったら材木座はぶっ飛ばす。



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合宿2日目、生徒らが活発に動く中、不穏な動きが存在する

合宿は2日目に突入した。合宿に参加している生徒らは初日に他校の生徒と交流したからか、昨日より張り切って鍛錬や模擬戦に励んでいる。どのペアもイキイキした表情やギラギラした瞳を持って積極的に訓練に励んでいる。

 

そんな中、俺は……

 

 

 

 

 

「おらおら。鎧を纏ってない俺に勝てないようじゃ竜胆を超えるなんて夢のまた夢だぞ……呑め、影波」

 

言いながら影に星辰力を込めて黒い大波を生み出してステージにいる界龍第七学院序列4位の趙龍苑と序列5位の趙燐音にぶつける。

 

「させないっ……急急如律令、勅!」

 

すると燐音が呪符を取り出しながら叫ぶと、そこから雷の龍が生まれて影の波の一部を破壊する。そして雷の龍によって生まれた穴からは龍苑が出てきて俺に襲いかかってくる。その足には界龍が誇る純星煌式武装『通天足』が装備されている。

 

龍苑と燐音は虎峰とセシリーの子供で、ウチの竜胆と同じく今年の春に入学した。そして親と同じスタイルを身につけている。

 

息子の龍苑は父親の虎峰同様に体術をメインウェポンに、娘の燐音は母親のセシリー同様に雷系の星仙術を武器にしていて、見る限り学生時代の虎峰とセシリーと同格以上の動きを見せている。

 

とはいえ……

 

「馬鹿正直過ぎだ」

 

まだ子供故に攻撃が割と単純だ。そう言いながら龍苑の蹴りを紙一重で受け流す。確かに蹴りの速度は一級品だ。それについては否定しないが虎峰に比べれば鋭さはないし、それ以前の話として星露の蹴りを何百回と食らった俺からしたら簡単に見切れる速さだ。

 

暫くの間、龍苑の蹴りを受け流し続けていると、蹴りが徐々に鈍くなっている。これについて一発も直撃させてない事によるストレスと焦りが原因だと判断出来る。

 

俺は龍苑の蹴りを受け流しながらも、チラッと龍苑の後ろを見れば燐音は呪符を取り出してはいるものの攻めあぐねている。

 

理由は多分、燐音の星仙術は母親同様にパワー型で細かい制御が出来ず、下手に攻撃したら龍苑も巻き込んでしまうからだろう。

 

(さて、そろそろ終わらせるか。次のペアも待ってるだろうし)

 

方針を決めた俺はそのまま龍苑が放つ踵落としを掴む。既に焦りによって龍苑の蹴りの質は下がっているので簡単に掴めた。

 

「影よ」

 

そして足元の影から触手を生み出して龍苑の両足首を縛り付ける。これで『通天足』は使えないし、自由に動くのは無理だろう。

 

「行け」

 

俺が触手に指示を出すと触手は龍苑を俺の上に運びグルングルン回転させる。

 

「うわわわわわわわわわわっ!」

 

頭上からは龍苑の悲鳴が聞こえ、その声は徐々に弱々しくなってくる。少し可哀想かもしれないが模擬戦でも手を抜くつもりはない。

 

そしてそのまま燐音に向かって走りだす。対する燐音は呪符を俺に向けてくる。

 

だから俺は……

 

「急急如律りょうわぁっ!」

 

星仙術を使用する前に俺と燐音の間に龍苑を投げつける。すると燐音は龍苑を巻き込むつもりはないのか星仙術の発動を止める。

 

当然そんな隙を逃すはずもなく、俺は腰のホルダーから『ダークリパルサー』を取り出して目を回している龍苑を切り、間髪入れずに燐音に投げつける。只でさえ目を回しているのに『ダークリパルサー』の超音波を受けたのだ。気を失ってなくても実質戦闘不能だろう。

 

それに対して燐音は身体を動かして回避するも、ほんの少し掠ったようで苦悶の表情を浮かべる。

 

勿論こんな隙を見逃すつもりはない。

 

「纏えーーー影狼夜叉衣」

 

そう呟くと俺の影から緑色の魔方陣が展開され、同時に俺の両手足には分厚い鎧が、背中には天女が纏うような羽衣と竜の背中に生えているような巨大な翼が生まれる。

 

そして展開すると同時に……

 

「詰みだ。負けを認めろ」

 

背中にある羽衣も翼に星辰力を込めて、圧倒的な速度で燐音の後ろに回り込み燐音の首に触れる。

 

「ま、参った」

 

燐音は両手を上げて降参の意思を示す。流石にこの状況から逆転は無理と理解したのだろう。

 

だから龍苑を見てみれば……気絶しているし。何度も回転させてからの『ダークリパルサー』の二連攻撃はやり過ぎたか?

 

俺は多少やり過ぎた事を完成するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ総評に入るぞ。先ず龍苑だが真っ直ぐ過ぎる。大抵の相手なら問題ないが壁を超えた人間には通用しないからな。『通天足』を使い際は三次元での高速移動だけじゃなく、緩急もつけろ」

 

「わかりました!」

 

試合が終わって龍苑が目が覚めたので総評をする。今日は昨日と違って俺も生徒と戦う方を担当している。

 

「次に燐音。母親がガサツだから仕方ないが、もう少し小手先の技術も身に付けろ」

 

「何だとー!」

 

少し離れた場所からセシリーが文句を言ってくるが知らん。お前がガサツでズボラなのは事実だろうが。

 

「ゴリ押しを否定するつもりはないがそれだけじゃ勝てないからな。教わるならセシリーじゃなくて暁彗あたりに頼め」

 

「はーい」

 

燐音は母親に似た陽気な笑みを浮かべながら手を挙げる。頼むから母親のようにズボラな女になるなよ……?

 

「わかってるなら良い。そんじゃあ今から他所の学園……そうだな。冒頭の十二人がいるペアに勝負を挑んでこい。勝ち負けはどうでも良いが、今言った事を最優先に試してみろ」

 

俺が指示を出すと2人は頷いてステージから去って行ったので成績を付け始める。若さ故に実戦経験が少ない事が弱点となっているな。

 

ただ、スペックそのものは高いから3年後4年後にはとんでもない2人組になるのは間違いない。

 

(とりあえず今日も皆やる気を出しているな……これなら星武祭も盛り上がるな)

 

俺としては可能な限り星武祭を盛り上げていきたい。理由は妻のシルヴィが星武祭の運営委員会のメンバーだからだ。俺達が盛り上がる為に裏で動き、運営委員会のシルヴィがそれを活かす。そうすればシルヴィは更に上に行けるだろう。

 

シルヴィの目標は運営委員長になる事だから俺も協力を惜しまないつもりだ。

 

そう思いながら成績のチェックをしていると、いきなり首に腕を回されて痛みを感じる。

 

「は〜ち〜ま〜ん?誰がガサツだって〜?」

 

後ろを振り返る事は出来ないが声からしてセシリーだろう。セシリーはガサツ呼ばわりされる事を不満に思っているようだが……

 

「事実だろうが。前にお前の部屋の写真を見たがアレを見てお前をガサツと思わない奴はいないと思うぞ?」

 

「ぐっ……そこを言われたら返せない……というか写真って何さ!」

 

「あん?前に虎峰に見せて貰った」

 

男子会をする度に虎峰はセシリーの散らかしっぷりを愚痴っている。前に写真を見せて貰った時はドン引きしてしまった。

 

男子会に参加するメンバーの自室は基本的に綺麗だ。例外として材木座の部屋は煌式武装や部品などで汚いが、一定期間したら掃除をするので虎峰に掃除を任せているセシリーよりはマシだろう。

 

「虎峰〜!何をバラしてんのさ〜!」

 

セシリーは怒りを露わにするが、虎峰は今違うステージにいるからな?

 

「こうなったら虎峰の黒歴史もバラしてやる!知ってる八幡?」

 

「何だよ?」

 

「実は何度か虎峰に女装させて街を歩いたんだけど、その度に虎峰、最低3回はナンパされたんだよ」

 

「マジで?」

 

「マジで」

 

へぇ……まあ、確かに……奴が女装したら完璧な美少女だろう。ナンパする奴が居ても不思議じゃない。

 

しかし妻が夫に女装させるってどんな夫婦だよ。材木座とエルネスタの甘々夫婦もだか、俺の周囲にいる夫婦って変な奴多過ぎだろ?

 

まあそれはともかく……

 

「良い情報をありがとさん。今度ネタにさせて貰うわ」

 

こんな面白いネタを俺の胸の内に仕舞っておくなんて勿体ない。是非とも次の男子会で話そう。

 

「おーおー、八幡も悪い人だねー」

 

「バラしたお前が言うな。てか今は休憩時間じゃないんだからそろそろ戻れ」

 

「ほーい」

 

セシリーはそう言って元の場所に戻っていった。それなりに長い付き合いだが破天荒な奴だ。

 

(にしても虎峰の女装か……ネットに落ちてないか?)

 

ふと興味が湧いたのでネットで『趙虎峰 女装』と検索してみる。すると……

 

(ヤベェ、クソ可愛い……)

 

ありました。ミニスカートを履いて恥じらいの表情を浮かべている虎峰の写真がありました。ネットの反応を見ると『似ている』『本物か?』『いや、そっくりさんだろ』など肯定的否定的な意見があって断言はしてないが、俺にはわかる。これは絶対に虎峰本人だ。20年近くの付き合いがあるのだから俺の目は誤魔化せん。

 

てかマジで可愛過ぎる。これならナンパしても仕方ないだろう。普通に美少女にしか見えない。

 

気が付けば俺は無意識のうちに保存をしていた。いや、これは違いますよ?虎峰をからかう為に保存したんで目の保養目的じゃないですからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間後……

 

昼食の時間になり、俺達教員は生徒と共に食べることになったのだが……

 

「は、はい八幡さん。あーん」

 

「お父様、あーんです」

 

「……あーん」

 

可愛い嫁であるノエルと可愛い娘である茨にあーんをされてます。

 

マジで恥ずかしい。この場にいる全員が俺達を見ている。茨同様、俺の娘である歌奈は呆れ顔を、竜胆は楽しそうに笑っている。

 

綺凛は恥ずかしそうに、虎峰は呆れながら、星露とセシリーはニヤニヤ笑いを浮かべながら俺達3人を見ている。

 

「お父様。私とお母様のあーんは如何ですか?」

 

しかし当の茨は全くに気にせずに笑顔で聞いてくる。何故こうなったのかと言うと……

 

①昼飯の時間になる

 

②弁当が配られる

 

③茨が俺に近づいてあーんをしてくる

 

④茨、ノエルに一緒に俺にあーんをさせようと提案する

 

⑤ノエル、暫く悩んだ末に了承する

 

⑥俺、あーんされている

 

……って感じだ。茨は堂々とファザコンっぷりを露わにしていて、ノエルも茨に乗せられて甘えてくる。

 

ぶっちゃけメチャクチャ恥ずかしいが、昨日生徒らの前でノエルにキスをされた時よりはマシなので我慢だ。

 

ともあれ茨の質問には答えないとな。

 

「最高だ。ありがとな」

 

「ふふっ、ありがとうございますお父様」

 

茨は既に甘え全開だ。マジで俺の娘可愛過ぎる。

 

「八幡さん……こちらもどうぞ」

 

そして恥じらいながら卵焼きを差し出してくる妻も可愛過ぎる。もうアレだ。幸せ過ぎて死んでしまいそうだ?

 

俺は口元に笑みを浮かべながら2人からあーんをされ続けたのだった。後半になると恥ずかしい気持ちは無くなったが、その時はどうでも良かった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「くそっ……!比企谷の奴、俺のノエルちゃんに手を出すなんて身の程を弁えろよ……!」

 

ホテルの一室にて、葉山隼人はモニターに映る八幡達3人の食事を見て苛々している。

 

葉山は本気で怒りを露わにしていた。葉山にとってノエルは自分の運命の相手であり、自分と結婚して子作りをするのは必然と考えている。

 

「万有天羅に勝ったのも卑怯な手を使ったに決まってる。卑怯な手を使うだけじゃなくて俺のノエルちゃんを犯して、孕ませる……ふざけるな!」

 

怒りの余り、テーブルを殴りつけて叩き壊す。今は自室で1人だから他人の耳目を気にせずに怒りを剥き出しにしている。

 

「とはいえ、今比企谷を殺すのは無理だ。比企谷は不意打ちをすれば殺せるが、教員らは桁違いの人間。生徒らの中にも序列1位がいる以上今動くのは無理だ」

 

葉山としては八幡を殺すだけでなく、八幡を殺した後にノエルと結婚する事を目標としているので捕まってはいけないのだ。よって無理な殺しは厳禁だ。

 

「やっぱり比企谷が1人の時じゃないとダメか……皆、聞こえるか?とりあえず監視の半数は一旦ホテルに戻ってきてくれ」

 

葉山は一部の人間を残して仲間を撤退させる。今殺したらリスクが高いので夕方以降に闇討ちをする方針に切り替える。

 

「問題はどうやって比企谷を他の連中と引き離すかだな……そこまで時間がある訳ではないし、落ち着いて考えないとな」

 

葉山はそう言ってから煌式武装とトラップの調整を始めるのだった。その瞳は真剣そのもので葉山の性格を知らない人からしたら真面目に見えるだろう。

 

「いざとなったら念の為に用意した技術開発局の使い捨て巨艦型煌式武装を使ってでも……」

 

言うなり葉山は巨大な砲塔を備えた巨大煌式武装を見て下卑た笑みを浮かべるのだった。

 

 

そして数時間後、彼らは動き出す。

 

 

 

 

同時刻……

 

 

「んっ!何故か我の開発した煌式武装が悪の手に渡った気が!」

 

「何言ってんのさ将軍ちゃん。それより音羽の瀧の水だけどどれを飲む?」

 

「うーむ……学業は社会人だから要らんし、恋愛についても結婚してるから……長寿の水であるな」

 

「だよねー。私も将軍ちゃんと長く一緒に居たい長寿だね。じゃあレッツゴー」

 

「わかったからいきなり腕を組んで恋人繋ぎをするのは止めんかい!」

 

「えー?良いじゃん、昨日は一杯愛し合ったんだし」

 

「いや、まあ、そうだがな……しかし普段破天荒なエルネスタ殿が子兎の様に怯えるとは思わなかったわい……まあ可愛かったけど」

 

「う、うるさいよ!初めてだったからしょうがないじゃん!それより!ほら!早く行くよ!」

 

「痛っ!エルネスタ殿、強く握り過ぎである!」

 

「知らないよ!将軍ちゃんのバカ!」

 

清水寺の音羽の滝近くにて、世界最大の技術会社の重鎮夫婦が喧嘩しながらも幸せオーラを撒き散らし、周囲の人々に砂糖を吐かせていたのだった。



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比企谷八幡は闇討ちされる

「やっぱり星導館の生徒が1番総合力が高いな」

 

「ありがとうございます。ですが個々の実力ならクインヴェールと界龍の方が上だと思います」

 

「おー、良いこと言うねー、ありがとうね綺凛ちゃん」

 

「でも連携ならガラードワースが1番じゃね?フォローの仕方も上手いし、星武祭じゃなくて実戦なら1番重要だ」

 

「はい。ガラードワースで助け合いの精神を信条としていますから」

 

「良い心掛けですね。僕達が学生時代の頃のガラードワースは比喩表現抜きで酷かったですから」

 

「そういえば八幡に闇討ちするようなうつけが居ったのう」

 

「アレはガチで不愉快だったから話すの止めろ」

 

「それは済まんかったのう」

 

2日目の訓練を終えて俺達教員は専用の部屋でミーティングという名の雑談をしながら飯を食べている。

 

そんで今各学園の総評に入ったが、ガラードワースの話をした際に葉山グループの話が出てきたので思わずイラッとしてしまった。

 

しかし仕方ないだろう。連中は学生時代に俺の事を貶める運動をしたり、俺を殴ったり、挙句に返り討ちにしたから良いものの俺や小町に闇討ちを仕掛けてきたのだからな。

 

その後に刑務所に入れられて、つい最近出所したらしいが、また襲撃をしてきそうな気がする。

 

「とりあえず大体話したい事は終わったしそろそろお開きにするか」

 

今の話の所為で大分イラついたし。

 

「そうだねー、じゃあ解散。明日の朝にまたねー」

 

セシリーがそう言って解散の宣言をするので俺達は席から立ち上がり、部屋を出て各々の部屋に向かう。

 

「八幡さんはこれからお風呂ですか?」

 

「いや、今日はシャワーだけで良いや」

 

昨日虎峰の裸を見てドキドキしてしまったし。男なのにあの色っぽさは反則だ。もしも奴が女で、俺がレヴォルフではなく界龍に編入していたら告白している自信がある。

 

「そうですか……で、でしたら一緒に入りませんか?」

 

「もちろん」

 

ノエルが真っ赤になりながら魅力的な提案をしてくるので即答するが仕方ないだろう。妻と一緒にシャワーを浴びるなんて普通の事だし。

 

(折角だし洗いっこをしたないな……)

 

そんな事を考えている時だった。突如メロディが流れだす。俺の端末の着信音ではないので……

 

「あっ、ちょっと失礼します」

 

ノエルの端末の着信音となる。ノエルは端末を開く。すると真剣な表情を浮かべながら空間ウィンドウを見て、やがて俺に申し訳なさそうな表情を見せてくる。

 

「すみません八幡さん。機密事項なので詳しい事は言えませんがE=Pの方から銀河に仕事があり、私も同伴しろと指示が来たのでちょっと銀河の本社に行かないといけない事になりました」

 

ノエルの言葉に俺は頷く。仕事が入った事については仕方ない。俺もよくW=Wの幹部が他所の統合企業財体の幹部と会談する時に呼ばれることもあるし。

 

「それはどんぐらいかかるのか?」

 

「わかりませんが仕事の内容から察するに……30分から1時間くらいだと思います」

 

「じゃあそれまで散歩してるから仕事終わったらメールしてくれ」

 

「えっ?!い、いや大丈夫ですよ!私に気遣わずに先に入ってください」

 

「いやお前と一緒に入りたいから待ってる」

 

ぶっちゃけノエルと風呂に入れるなら30分から1時間どころか4時間以上待っても余裕で我慢が出来ると断言出来る。

 

するとノエルは真っ赤になって俺を見上げてくる。上目遣いの破壊力やば過ぎだろ?

 

「もう八幡さんったら……じゃあ待ってて貰っても良いですか?私も……八幡さんと一緒に入りたいですから」

 

「もちろんだ。仕事頑張れよ」

 

「はい!」

 

ノエルは笑顔で俺に一礼してから走り去っていった。走り方も可愛いなぁ……

 

「さて……適当に時間を潰しますか」

 

折角だし琵琶湖のほとりでも歩くか。昨日は星露との戦いに意識を集中していて碌に見てなかったが、観光地としては有名だし。

 

 

 

 

 

 

『葉山君!比企谷八幡が一人でホテルから出て来たよ!』

 

「なんだって?!」

 

琵琶湖の近くにあるホテルの一室にいる葉山隼人はホテル周辺の見張りを担当している仲間からの伝令を聞いて声を上げる。葉山自身、そんな絶好のチャンスが生まれるとは予想外であった故に声には驚きの色が混じっていた。

 

しかし直ぐに醜悪な表情に変わる。

 

「わかった。じゃあホテルから離れた所で襲撃をかけよう。ただし捕まらない事を最優先にね」

 

『了解!』

 

仲間から了解の返事を聞いた葉山は笑みを深めて通信を切る。

 

「さて……いよいよ比企谷を殺す時が来た。ノエルちゃんの為に死んでくれよ?」

 

葉山の中には既に三浦達に対する仲間意識は無く、ノエルを手に入れる為の駒以上の価値を感じていなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……1人ってのは存外寂しいな……」

 

琵琶湖の近くにある自然公園のベンチに座りながらそう呟く。散歩をしてから20分、琵琶湖のほとりを歩いた俺は何となく目に付いた自然公園に入って、何となく目に付いたベンチに座っている。

 

学生時代ーーーそれこそ高等部に進学する前までは1人で過ごす事を好んでいたのだが、高校1年の夏にオーフェリアとシルヴィの2人と付き合うようになってからは、1人で過ごす時間は減っていった。

 

しかしその事に対して不満は抱かず、寧ろ1人で過ごす時間を寂しい時間と思うようになったくらいだ。やっぱり散歩をしないでホテルで誰かと雑談しとけば良か「お父様!」この呼び方は……

 

「茨?」

 

見れば俺の娘の茨が笑顔でこちらに向かって走ってくる。見ているだけで俺の中の寂しい気持ちは吹き飛んでいく。

 

「お父様!こんな所で会えて嬉しいです……ああ、お父様の温もり……」

 

そんな中、茨は立ち上がって迎えようとした俺に遠慮なく抱きついて甘えてくる。ファザコンなのは前から知っていたから驚きはしない。

 

「俺も会えて嬉しいが、何でお前はここに?」

 

「私は散歩をしていたらお父様を発見しましたので。お父様も散歩ですか?」

 

「ああ。ノエルは急な仕事でいないから……っ!」

 

その時だった。急に殺気を感じたかと思えば少し離れた場所の茂みかは大量の光弾がこちらにやってくる。その数軽く数えて300以上だ。

 

同時に俺は足元の影から触手を生み出して、茨は腰にあるホルダーからレイピア型煌式武装を取り出して全ての光弾を払い落とす。

 

「まさか銀河のお膝元で襲撃してくるとはな」

 

「そうですね。狙いは私かお父様のどちらでしょう?」

 

「確証はないが多分俺だ。時期的にお前が襲われる理由はない」

 

茨はガラードワースの序列1位、つまりチーム・ランスロットのリーダーだ。だから獅鷲星武祭に備えて闇討ちする奴もいるかもしれない。

 

しかし今は鳳凰星武祭直前で獅鷲星武祭は1年以上先だから、時期的に茨が狙われる理由はない。

 

よって狙われているのは絶対とは言わないが俺だろう。俺は学生時代に色々な連中から恨まれてるし、W=Wに就職して以降汚れ仕事も経験済みだし恨んでる人間が居てもおかしくない。

 

ともあれやられっぱなしは趣味じゃない。俺1人ならともかく、茨を巻き込んだ時点で容赦するつもりはない。

 

俺は内心ブチ切れながらも影の触手を伸ばして光弾が飛んでくる方向に叩きつける。

 

すると2人が宙に舞うが2人とも仮面を付けていて素顔がわからない。

 

そして光弾の数からして他にもいるだろうから、とりあえず1人を捕まえよう。そうしたら芋づる式で犯人がわかるはずだ。

 

そう判断した俺は影の鎧を纏いながら走り出す。影狼修羅鎧や影神の終焉神装に比べたら威力は低いが、今放たれた光弾レベルなら簡単に弾けるだろう。

 

チラッと横を見れば茨も走り出している。敵がどんな奴か知らないが吹っ飛んだ人間の身のこなしから察するに大した実力はないだろう。

 

そう思った時だった。茂みの中からカプセルが投げられたかと思えば空中で爆発して紫色の煙を辺りに噴出する。

 

「(色からして毒か?)下がれ茨!」

 

俺は茨を掴んで後ろに跳ぶ。俺は昔からオーフェリアの毒を食らっているからある程度毒の耐性はあるが、茨は耐性がない筈だ。

 

加えて経口摂取ではなく、目や耳にダメージを与える毒なら俺も耐性はないし、無理に攻め込むのはリスクが高過ぎる。

 

俺は襲撃者がいる場所から距離を取って自分と茨の周囲に影の壁を展開する。これなら光弾は無効化出来るし、煙は四方八方に広がってはいるがまだ俺達がいる場所には届かないので問題ない。

 

そう思っていると……

 

「お父様!」

 

いきなり影の壁に穴が開いたかと思えば、光の奔流が流れてきて俺の義手を吹き飛ばした。

 

幸い腕に掠っただけだが……

 

「……いい度胸してんじゃねぇか」

 

ここまでやられて反撃しない程俺は人間が出来ている訳ではない。

 

「呑め、影波」

 

言うと影の壁が波の形となって、そのまま毒煙を呑み込む。完全に呑み込んだ瞬間、右手で握り拳を作ると影の波はそのまま丸い球体となる。これで毒煙は閉じ込めたから俺を阻む物はない。

 

前を見れば例の仮面集団が離れた場所にいて俺に背を向けて走って、やがて琵琶湖に飛び込む。

 

俺が琵琶湖のほとりに向かうと誰一人見つからない。その事から察するにダイビング装備を準備していたと推測出来る。

 

いくら俺でも夜中に湖の中にいる人間を見つけだすのは無理だ。影の刃を使って湖に突き刺せば殺せるかもしれないが、殺すと後処理が面倒な上に娘が見ているので却下だ。

 

(どんだけ用意周到なんだよ……だが、墓穴を掘ったな。さっき吹き飛ばした2人を残してる)

 

最初にぶっ飛ばした2人は回収されておらず未だに地面に倒れ伏している。こいつらを捕まえて尋問すれば他の連中の正体もわかるだろう。

 

そう思った俺は犯人2人に近づこうとすると茨が心配そうな表情でこちらに詰め寄ってくる。

 

「お父様大丈夫ですか?!」

 

今にも泣きそうな表情だが心配は無用だ。

 

「ああ。義手は吹っ飛んだが、肉体にはダメージがないから問題ない」

 

強いて問題があると言うなら久しぶりに義手が壊れたので、久しぶりに左肩から先が軽くなっている事くらいだろう。

 

「それより問題は襲撃者だ。今から拘束して銀河に連れて行く。一応お前も付いてきてくれ」

 

「はい!」

 

言いながら俺は影の触手を生み出して犯人2人を拘束した後に仮面を剥がす。すると明らかに人相の悪い2人の男性の顔が露わになる。見る限り外国人だが、どっかで見たような気がする。

 

(まあ良いや。とりあえず銀河で人物照会をするか)

 

そう判断した俺は影の触手を影の球体に変えて、そのまま犯人2人を中に閉じ込める。俺が直で拘束するのは危険だから念には念を入れるべきだろう。

 

その時だった。

 

 

ドォォォォォォォォォンッ……

 

「ぐっ……!」

 

「きゃあっ!」

 

影の球体に綻びが生じたかと思えば、いきなり爆発して爆風が俺と茨に襲いかかる。

 

影の球体を見れば徐々に爆風は無くなるも、そこには犯人2人の影も形もなかった。恐らく木っ端微塵になったと推測出来る。

 

(まさかこいつら捕まるのを恐れて自決したのか?それとも口封じか?)

 

何にせよ爆発の所為で死んだのは間違いない。人の死を見た事は何度もあるが慣れるのは難しいな……

 

「う、嘘ですよね……人が死んで……」

 

茨は明らかに怯えた表情を浮かべる。幾ら壁を超えた人間と言っても中学1年の女子。人の死を見るのは無理なのだろう。

 

「落ち着け茨」

 

「あっ……」

 

俺は茨をそっと抱きしめる。こうする事しか出来ないが、今は茨から離れてはいけない。

 

「怖いのは当然だ。ゆっくりで大丈夫だから落ち着け」

 

「お父様……怖かったです」

 

茨は俺の背中に手を回し抱き返してくる。こんなんで茨が落ち着くなら喜んで付き合ってやる。

 

(自決だが口封じだか知らないが、人の娘にトラウマを刻んだ奴など万死に値する……!)

 

俺は久しぶりの本気の殺意を胸に押し込めながら茨を抱きしめ続けた。

 

結果茨が落ち着いたのはそれから30分後だったが、その間俺の中の殺意が薄れる事は無かったのは言うまでもないだろう。

 

 



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こうしてトラブルだらけの合宿は終わる

「皆、聞いて欲しい。先程入った情報だが、トーマスとダグの2人だが、比企谷に拘束される前に自決した……」

 

琵琶湖の近くにあるホテルの一室にて、葉山隼人は悲痛そうな表情を浮かべてそう口にする。部屋には葉山以外に三浦や戸部、大和に大岡など八幡に襲撃を仕掛けてあの手この手を使って逃げたメンバー15人弱がいた。

 

葉山の言葉にその場にいる全員が大小差はあれど驚きを露わにする。まさか死ぬとは……と思っているのだろう。

 

『そんな……』

 

『嘘だろ?』

 

案の定不穏な空気が流れだす。しかし葉山はこの空気を変えるべく口を開ける。

 

「2人が死んだのは悲しい。だが……だからこそ比企谷を裁かなくてはいけない」

 

葉山がそう言えば騒めきは無くなり部屋にいる面々が顔を上げる。そして全員が葉山を見ると葉山は口を開ける。

 

「俺はあいつらが自害することを知らなかった。という事はあいつらは俺達の情報を漏らさない為に自害したんだ。そこまで覚悟を持ったあいつらの遺志を継ぐべきだ!そうだろ!」

 

葉山が握り拳を作りながらそう宣言すると……

 

「隼人……うん!そうだよね!」

 

『そうだ!俺達は間違ってない!』

 

『あいつらの遺志を継いで比企谷を殺すぞ!』

 

『そしてあの屑の頭蓋を2人の墓の前に突きつけてやるべきよ!そうすれば2人も成仏するわ!』

 

『皆、葉山君の言うようにこれからも頑張ろう!』

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

『HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!』

 

部屋にいる面々は一斉に葉山を祝福する。それを見て聞いた葉山は小さく頷き口を開ける。

 

「ありがとう。とはいえ自害して爆発した以上、バレるリスクもあるし撤収しよう。今回は残念だったが、また作戦を練ってアスタリスクで裁こう」

 

『了解!』

 

言いながら葉山以外の人は全員部屋を出て各々の部屋に向かった。それに対して葉山は笑顔で手を振って見送るも、誰も居なくなると笑みを消してドカッと荒々しい音を立ててソファーに座る。

 

 

「ふぅ……比企谷の殺害は失敗したが口封じは出来たから良しとしよう」

 

葉山は安堵の息を吐く。

 

実際トーマスとダグは自害するつもりはなかった。しかし葉山は口封じの為に高火力の爆弾を護身用の閃光玉と偽って渡して、八幡に捕まった瞬間に起爆して殺害したのだ。自分らの存在をバレないように。

 

葉山の中に罪悪感は無く……

 

「全く……比企谷程度相手に捕まるなんて無様で、死んで当然だな」

 

寧ろ葉山の為にと動いた2人に対して侮蔑の感情を抱いていた。最早葉山の中に仲間意識は無く、三浦達にも同じ爆弾を持たせている。

 

「加えて10人以上で闇討ちした結果が左手の義手。右手を吹き飛ばすならまだしも、義手を破壊しても意味ないだろう……本当に使えない連中だな」

 

口に出してこの場にいない三浦達を毒づく。役立たずだと。

 

そして葉山は立ち上がり片付けを始める。銀河のお膝元で暴れたのだ。銀河に目を付けられても仕方ない。

 

「さて……これ以上暴れるのは危険だし続きはアスタリスクに帰ってからのお楽しみにしますか」

 

言いながら葉山は荷造りをしながらノエルの写真を取り出して……

 

「待っててねノエルちゃん。直ぐに比企谷から助けてあげるから。そしたら俺と結婚して幸せに過ごそうね」

 

ちゅっ……

 

下着姿ノエルを写した写真にキスをしてから片付けを再開するのだった。アスタリスクに帰ってから八幡を殺す為の作戦を練りながら。

 

葉山は本当にやる気満々であった。目標や手段などは最悪であるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事があったんで、今日は茨も一緒に寝かせるからな?」

 

「わかりました。母親として少しでも安心させたいですし賛成です」

 

襲撃を受けてから2時間、俺は妻のノエルにそう話す。アレから俺と茨は銀河に報告をして、僅かに残っていた襲撃犯の皮膚の一部を鑑識に渡して、事情聴取を受けて少し前に解放され、今は合流したノエルに事情を話している。

 

一応銀河の連中には爆発によって焼けた襲撃犯の皮膚の一部を渡したが、余りにもボロボロになっていて人物照会は難しいと言われた。1人でもわかれば芋づる式に仲間がわかるというのだから残念極まりない。

 

ちなみに茨は今は着替えを取りに行っていてここには居ない。一緒に行きたいのは山々だが、他の生徒にバレると面倒なので我慢だ。

 

「それより八幡さんは大丈夫ですか?」

 

「あん?見た目はバイオレンスだが怪我はしてねぇよ」

 

幸い向こうは影に隠された俺を撃ったので狙いは甘くら義手以外にダメージは一切なかった。

 

尚、義手についてはアスタリスクに帰ってから付けるつもりだ。銀河の連中からも義手の提供をされたが材木座の作った義手が1番と言って断った。というか銀河の連中が作った義手には盗聴器とか仕込んでそうだし。

 

「それもですけど……私が言ってるのは胸の中にある殺意についてです」

 

「っ……よくわかったな」

 

「何年八幡さんの妻をやっていると思ってるんですか?隠してるつもりかもしれませんがバレバレです。多分オーフェリアさんとシルヴィアさんも1発で見抜きますよ」

 

当然のようにそう言ってくる。胸の中に仕舞って出さないように尽力を尽くしていたのだかな……

 

「八幡さんが怒るのは当然です。私もそうですから……ですが、殺しはしないで欲しいです」

 

ノエルが悲しそうな表情を浮かべながらそう言ってくる。正直に言うと、俺を殺そうとしたり茨に酷いものを見せた襲撃犯一味を皆殺しにしたいと思っている。

 

しかしノエルの言葉を聞いて殺意が少しだけ薄くなる。殺したいのは事実だが、妻に殺しは止めろと言われたら躊躇ってしまう。加えてもしも公になった場合、W=Wが庇ってくれるかもしれないが妻や娘が風評被害を受ける可能性が高い。

 

それだけはダメだ。自身の殺意を発散して大切な人に迷惑をかけるのだけはやってはいけない。

 

「……わかった。殺しはしない」

 

家族がいる中で私情を挟むのは論外だ。俺はノエルの頼みを聞いて、特に不満を持たずに了承した。

 

「そう言ってくれて良かったです。さ、部屋に行きましょう」

 

言いながらノエルは優しい笑みを浮かべて右腕に抱きついてくるので、俺はノエルをエスコートする形で自室に向かった。その時には怒りは溜まっていたが、殺意は殆ど薄れていた。

 

 

ちなみにオーフェリアとシルヴィにこの件について報告したら、2人とも(特にオーフェリア)がブチ切れて鎮めるのが大変でした。

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「んじゃ寝るぞ」

 

自分の部屋にて、俺は嫁と娘に話しかける。部屋に戻った後、茨と合流して一緒に風呂に入ってパジャマに着替えて、今から寝るところだ。

 

既に時計は11時を回っていた。明日は帰るだけだが、早く寝るに越したことはないだろう。

 

「はい……あの、今日もお休みのキスを……」

 

茨は恥ずかしそうにお休みのキスをおねだりしてくる。当然断るつもりはない。

 

「はいよ。デコ出せ」

 

俺がそう言うと茨はデコを出すので俺は茨を抱き寄せて……

 

ちゅっ……

 

そっと額にキスをする。そしてノエルはそれに続く形で……

 

ちゅっ……

 

同じように茨の額にキスをする。同時に俺とノエルは茨を挟んでベッドに入り、茨を抱きしめる。

 

「茨ちゃん。寝られないなら直ぐに言ってね。私と八幡さんが何とかするから」

 

「いえ。こうしてお父様とお母様に抱きしめて貰ってるだけで充分です」

 

茨は笑顔を見せながらそう言ってくる。顔を見れば既に恐怖は殆どないし、これなら明日には元の調子に戻るだろう。

 

しかし油断は出来ない。仮に調子を戻しても、些細なことでトラウマとして蘇る可能性もあり得る。当然毎日茨の側にいるのは不可能だが、一緒に居られる時は可能な限り気を配らないといけない。

 

「よし、じゃあ寝るぞ」

 

「「はい、お休みなさい」」

 

妻と娘がそう言ったので、俺は妻と一緒に娘を抱きしめて瞼を閉じる。今日も疲れたし、早く眠れるだろう。昨日と違ってノエルと情事はしないし。

 

俺は突如やってくる睡魔に逆らう事なくゆっくりと目を瞑り眠り始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

翌日……

 

「……という感じですね。鳳凰星武祭まで短いので、今回の合宿で得た経験を活かして精進してください。では八幡、最後に一言お願いします」

 

虎峰はそう言って俺にマイクを渡してくる。

 

今日は合宿最終日。と言っても帰るだけだかな。今は教員が生徒らに最後の挨拶をしていて、綺凛、ノエル、星露、セシリー、虎峰が話し終えて最後に俺の番になる。

 

俺が前に出ると空気が変わるが、これは俺の左手がない事だろう。既に生徒らは俺と茨が襲撃を受けた事に関する情報は共有しているが、改めて俺の左手の存在がない事を知ってビビっているのだと推測出来る。

 

(まあ無い物をどうこう言っても仕方ないか……)

 

そう判断した俺は変わった空気を気にすることなくマイクのスイッチを入れて口を開ける。

 

「んじゃ話すがお前らも長話を聞くのは興味ないだろうし手短に話すわ」

 

生徒は基本的に教師の長話を忌避する。これについては俺が子供の頃から変わってない事実だろう。

 

「とりあえずお疲れ。初めての合同イベントって事で戸惑いもあったかもしれないが記録を見る限り、それぞれ自分達のやるべきことを理解出来ただろうし、本番までに研鑽し続けろ。そんで本番ではその事を見せてみろ。お前らがぶつかり合うのを楽しみにしている……以上」

 

細かい事を言うなら、まだまだ足りないが大体こんなもんで良いだろう。俺は一息吐いてから綺凛にマイクを返す。

 

「ありがとうございます。それではただいまをもちまして閉会式を終了致します。尚、帰りは銀河が用意した飛行機を使用して帰りますので生徒の皆様は各学園の先生の指示に従ってください」

 

行きは民間用の飛行機で来たが、俺が襲われた事もあって帰りは万全を期して銀河が専用の飛行機を用意してくれた。銀河の幹部も乗る飛行機だけあって並の煌式武装なら簡単に防げる程の強度を誇った飛行機を。

 

「おらお前ら。俺についてこーい」

 

「パパ。怪我は大丈夫なの?」

 

すると歌奈が話しかけてくる。まあ父親の左腕が吹き飛んでいたら普通気になるよな?

 

「問題ねーよ。ただ生活に支障が出るから帰ったら材木座に頼んで作って貰う」

 

確か材木座は今日の夕方にアスタリスクに帰ると言っていたから明日にでも作って貰うつもりだ

 

「なら良いけど……困ったら遠慮なく言ってね?」

 

「ああ、ありがとな……さて、そんじゃ行くから付いて来い」

 

『はーい』

 

生徒らが了承したので俺は先導する形で飛行機に乗る。そして生徒らを指定された箇所に座らせてから自分の席に座る。すると5分くらいしてからガラードワースの生徒を誘導したノエルが俺の隣に座ってくる。

 

「お疲れ様です八幡さん」

 

「お疲れ。合宿は終わりだが、内容は良かったし獅鷲星武祭でもやらないか?」

 

今回の合宿についてだが内容そのものは間違いなく成功だろう。普段戦わない他学園との戦いをして刺激的だっただろうし。

 

「そうですね……私としても賛成です。チーム戦は自分の学園のみでやるのは難しいですから。ただ……その場合、しっかりと防衛策を練るべきでしょう」

 

ノエルは俺を見ながらそう言ってくる。まあそうだよな。今回俺は大事にするつもりはないが、普通に問題行為だし。

 

「だな……っと、そろそろ発進するからシートベルトを付けないとな」

 

「あ、はいそうですね」

 

俺達がシートベルトを安全の為に付け、5分くらい経過すると飛行機は発進して空を舞う。窓からは銀河の本社ビルと琵琶湖がハッキリと見えて美しかった。

 

(とりあえず合宿は終わったが……やっぱり平和に終わらなかったな、うん)

 

内心苦笑しながら俺はアスタリスクに着くまでノエルの頭を撫でるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「ああ、我が家が懐かしい」

 

「そうですね。だった数日離れただけなのに凄く懐かしいです」

 

俺とノエルは自宅を前にして幸せな気分になる。

 

銀河本社からアスタリスク空港まで1時間、アスタリスク空港からクインヴェールまで40分、クインヴェールから自宅まで20分近くかけて漸く帰って来たのだ。

 

「とはいえいつまでもここに居てもアレだし開けるぞ」

 

「そうですね。今開けます」

 

言うなりノエルが鍵を取り出して玄関のドアの鍵を開けるので……

 

「「ただいま」」

 

2人で挨拶を返す。するとリビングの方から足音が聞こえてきて……

 

「「おかえりなさい!」」

 

オーフェリアとシルヴィがやって来て俺とノエルに抱きついてくる。

 

「義手を破壊された時は驚いたけど……八幡はそれ以外に怪我してない?」

 

「ああ。心配かけて悪かったな」

 

「本当だよ!それと茨ちゃんも現場にいたらしいけど大丈夫なの?」

 

「はい。翌日には落ち着きを取り戻していました」

 

「なら良かった。八幡君、ノエルちゃん」

 

「「何だよ(何ですか)?」」

 

改まった感じの空気になったので俺とノエルは身構える。そんな中、オーフェリアとシルヴィは俺達を抱きしめたままだった。

 

「色々大変だったと思うけど……」

 

一息、

 

「「お疲れ様」」

 

ちゅっ……

 

唇を寄せてきて4人でキスをする。それによって幸せな気持ちが湧き上がってくるのを実感する。

 

やはり4人でいるのが1番だ。ノエルと2人きりで過ごす時間も良かったが、やはり4人揃っているのが1番だ。

 

「ああ、ありがとな」

 

俺はそう言って暫くの間玄関で3人とキスをし続ける。オーフェリアとシルヴィに会うのは2日ぶりなので思い切り堪能させて貰おう。

 

結果、俺達は2時間以上キスをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁて、一度襲撃に失敗した以上、暫くは動かない方が良いな……待ってろよ比企谷。優美子達を道連れにしてでもお前を殺す。ノエルちゃんは俺が幸せにするからお前は地獄で歯を食いしばっているんだな」



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痛い天才夫婦の新婚旅行①

我は材木座義輝。元剣豪将軍である。

 

つい最近学生時代から縁があったエルネスタ殿と結婚したのだ。結婚する前のエルネスタ殿はとにかくだらしがなく完全に居候状態であったが、結婚してからは我の家事を手伝ってくれたりと妻として動いてくれている。

 

まだお世辞にも家事能力が高いとは言えないが、我に質問したりネットで調べたりするなど一生懸命さが伝わっているので、とても嬉しく思う。

 

そんな訳で結婚して一月も経過していないが、我は結婚する前に比べて遥かに幸せである。以前我が相棒である八幡が『結婚すると人生が変わる』と言っていたがその通りであった。

 

こんな事ならもっと早くにエルネスタ殿と結婚していれば……と、思ってしまうくらい今の我は幸せだ。それはエルネスタ殿も同じ意見なようで事あるごとに愚痴をこぼしてくる。

 

そんな我は今何をしているのかというと……

 

 

 

 

 

 

「いやー、久しぶりの京都だから楽しみだなぁ。ね?将軍ちゃん?」

 

エルネスタ殿と京都に新婚旅行に行っているのだ。我もエルネスタ殿も忙しい立場故に結婚してからも中々暇を作れなかったが、漸く作れたのだ。

 

「そうであるな。仕事で京都に来た事はあるが、観光目的で来たのは中学の修学旅行以来であるな」

 

「そうなんだ〜。ってことは八幡ちゃんと観光したの?」

 

「いや。その時には八幡は既にアスタリスクに行っていたな」

 

我に一言も告げずにアスタリスクに行ったかと思えば、暫くしてレヴォルフの序列2位になっていたのだ。正直あの時は度肝を抜いてしまったくらいだ。

 

「それよりも早く荷物をホテルに置くぞ」

 

折角観光に来たのだから回らなければ損である。我にとってもエルネスタ殿にとっても休みは貴重なのだから。

 

「そだねー。じゃあ行こっか」

 

エルネスタ殿は言うなり我の手を握って走り出すのでそれに続く。そんなエルネスタ殿は学生時代と変わらずハイテンションな状態で走っている。

 

学生時代は憎らしい笑顔であったが、今はその笑顔を見ると誰よりも可愛らしい笑顔に見える。これも結婚したからであろうな。

 

我は内心苦笑しながらもエルネスタ殿に続く形でホテルに向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「おー!ここが映画村か。一度行ってみたかったんだよねー」

 

ホテルにてチェックインして荷物を置いた我とエルネスタ殿は太秦映画村の前にいた。実際にドラマや映画の撮影にも使われる時代劇テーマパークで精巧に作られたセットや池田屋などが再現された街並み、時代コスプレ体験にお化け屋敷や忍者屋敷など様々なアトラクションがある観光名所だ。

 

我としても中学時代は班行動故に行けなかったので楽しみである。おそらく学生時代ーーーまだ厨二病を拗らせていた我なら間違いなくハイテンションになって周りの人に迷惑をかけていた自信がある。

 

 

 

大手門をくぐると辺り一面江戸の街並みになっている。厨二病を卒業した我でもこういうのを見ると楽しくなってくる。

 

暫く歩くと侍の格好をした2人が殺陣をやっているのが目に入る。客は皆興奮しているが我はイマイチ興奮し切れない。

 

隣をチラッと見ればエルネスタも似たような表情を浮かべている。これはおそらく我とエルネスタ殿はアスタリスクで圧倒的な剣士同士のぶつかり合いを間近で何度も見て目が肥えているからだろう。

 

折角の新婚旅行である。余りエルネスタ殿を退屈させるの愚策だ。

 

そこまで考えていると視界の隅に『史上最恐のお化け屋敷』と表記されたアトラクションがある。

 

「エルネスタ殿。折角だしアレに入らないか?」

 

我がそう言ってお化け屋敷を指差す。同時にエルネスタ殿は我が指差した方向を見て、いつもの楽しそうな笑みを浮かべる。

 

「いいよー。私スリルは大好きだし」

 

「そういえばエルネスタ殿は学生時代にスリルを沢山味わっていたな」

 

擬形体のデータ収集の為にサイラス・ノーマンを唆して星導館の生徒を襲撃したり、レナティ殿を作る為に金枝篇同盟に協力したりと中々スリルな事をやっている。

 

その事について我はどうこう言うつもりはない。我もロドルフォ・ゾッポが頭目をやっているアスタリスク最恐のマフィア『オモ・ネロ』を味方につける為に大量の煌式武装を採算度外視で格安で売ったり、ライバル会社を叩き潰すべく『オモ・ネロ』に動いて貰ったりとそれなりに外道な事をやっているのだから。

 

我の言いたい事を理解出来たのかエルネスタ殿は苦笑いを浮かべる。

 

「まあね。でもアレは目的の為に動いた結果、スリルを味わったんでスリルを味わう為に動いた訳じゃないよ」

 

「知っとるわ。それでどうする?入るのか?」

 

「うーん……私は興味あるけど、将軍ちゃんは怖いんじゃないの?」

 

エルネスタはニヤニヤした表情を浮かべて俺を揶揄っているが浅はかだな。

 

「馬鹿め。ブチ切れたカミラ殿の方が怖いに決まっているわ」

 

ブチ切れた時のカミラ殿はガチで怖い。ゴミを見る目を向けながらしてくるアイアンクローは失禁しそうになるくらい怖い。

 

「ぷっ……あははっ!そうだよね!怒ったカミラの方が多分怖いよね!」

 

エルネスタ殿はそれはもう楽しそうに笑う。やはりあのアイアンクローの威力を知っている人間からしたら当然だろう。

 

「確かにそれなら怖くないかもね。それじゃあ行こっか」

 

言うなりエルネスタ殿は我の腕に抱きついてくるので、一応夫である我はエルネスタ殿をエスコートする形でお化け屋敷に入るのだった。

 

どうせなら怖いものが出てきて怯えるエルネスタ殿が見たいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「……何故だろう紗夜。今無性にあのバカップルを殴りたくなってきたな」

 

「エルネスタと義輝?多分2人がカミラの事を怖いとか言ったんだと思う、勘だけど」

 

「実際にあり得そうだな」

 

 

 

 

 

 

お化け屋敷に入ると、そこには異様な空間が広がっていた。江戸時代をモチーフにしたようだが最低限の灯りしかなく、加えてその配置が視線を誘導して、おどろおどろしいシンボルを的確に浮かばせている。そして周囲から聞こえる怨嗟の声と念仏が雰囲気を際立たせる。

 

このお化け屋敷に入るのは初めてだが……

 

「いやー、予想以上に雰囲気あるねー」

 

見ればエルネスタ殿も引き攣った笑みを浮かべている。それなりに裏の道を歩いているエルネスタ殿でも、純粋に怖がらせる為の施設は初めてのようで若干恐怖しているようだ。

 

しかしそれは我も同感だ。たかがアトラクションと侮っていたが中々怖い。学生時代の我なら失禁していたかもしれない。

 

そんな中暫く歩いていると……

 

「ぶるぁ!」

 

「きゃあっ!」

 

お化け(恐らく機械ではなくら中の人あり)が不気味な叫び声を上げて飛び出してきて、エルネスタ殿は予想外の展開に可愛らしい声を上げて驚きを露わにする。

 

その際には我も相当ビビったのは否定しない。否定しないが……

 

(エルネスタ殿の悲鳴、可愛過ぎではないか?)

 

エルネスタの驚く声は聞いた事はあり悲鳴は初めて聞くが、かなり可愛らしい声であった。

 

とはいえ初めて妻の悲鳴を聞いた以上、安全は確認しないといけないな。

 

「大丈夫であるか?」

 

「あ……うん。予想外の展開に驚いただけで特に問題ないよ」

 

「なら良いが……存外可愛い声を出すな」

 

「う、煩いよ!日本のお化けって不気味だから仕方ないじゃん!カミラとは別の怖さだよ!」

 

エルネスタ殿は顔を赤くしながら叩いてくる。普段は飄々としてる癖に偶に見せる感情が可愛らしい。

 

「悪かったな。次からは気をつけるから行くぞ」

 

「将軍ちゃんのバカ……」

 

我が手を差し出すとエルネスタ殿は毒づきながらも手を握ってくるので歩きだす。その後も暗くてひんやりした血みどろな道を、生首やら落ち武者などに追い回されながら先に進んだのだった。

 

 

 

 

 

 

5分後……

 

「いやー、日本のお化け屋敷を舐めてたよ。結構怖かったね」

 

出口に着いて日の光を浴びているとエルネスタ殿がそう言ってくる。しかし顔を見ると満足そうな色を確認出来た。その事から楽しめたのは理解出来たので我としても満足である。

 

「まあ否定はしない。結構ヒヤヒヤする場面があったからな。ま、エルネスタ殿の悲鳴を聞けたから満足したがな」

 

「だからそれは言わないでよ!いきなり予想外の事をされたら誰だって驚くじゃん!」

 

「ふっ、それはエルネスタ殿が未熟だからだろう?」

 

我がそう言えばエルネスタ殿はジト目で俺を見てくる。

 

「ふーん?じゃあ将軍ちゃんは予想外の事をされたら驚かないんだ?」

 

「我か?当然であろう。我の精神は鋼のように頑丈であるからな」

 

そう言った時だった。

 

「ふーん?そうなんだ?じゃあ……」

 

エルネスタ殿はいきなり俺に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「えいっ!」

 

ちゅっ……

 

沢山の人がいる中で、いきなり我の唇を奪ってきた。既に何度も味わった事のある柔らかい感触が我の唇に伝わり……

 

「って!貴様いきなり何をするのだ?!」

 

まさかいきなりキスをされるとは予想外過ぎるわ!既に何度もしているのでするのは構わないが人目のつかない場所でして欲しい。我は八幡と違って人前で堂々とキスをする度胸などないのだから。

 

我が文句を言うと……

 

「ほら?将軍ちゃんだって予想外の事をされて驚いてんじゃん?これでおあいこだね?」

 

エルネスタ殿は満面の笑みを浮かべながらそう言ってくる。そこを言われると返す言葉がない。

 

「そうであるな……我の負けだ」

 

「にひひー、私の勝ちー。後でパフェね?」

 

「まあそのくらいは構わんが……既に結婚して財産は共有しているから奢る意味はないのではないか?」

 

「あ、そっか。じゃあ……えいっ!」

 

「んむっ!」

 

するとエルネスタ殿は我の首に腕を絡めて再度我の唇を奪ってきた。柔らかい感触が再度伝わり……って違うわ!

 

「エルネスタ殿?!」

 

「あははっ。将軍ちゃんの可愛い姿が見れたから今ので終わり!次行くよー」

 

エルネスタ殿は楽しそうに笑いながら我の手を引っ張って歩きだす。向かう所敵なしだ。

 

(おかしい……結婚してからのエルネスタ殿は強くて勝てる気がしないな)

 

最近のエルネスタ殿は色々な意味で我をかき乱して、その勢いは止まる事を知らない。

 

(ま、最近の我はエルネスタ殿にかき乱されて楽しいと思っているから構わないが)

 

そう思いながら俺は小さく笑いながらエルネスタ殿に引っ張られる形で次の遊び場に行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後我とエルネスタ殿は時代コスプレや忍者屋敷で遊んだ後に、龍安寺の枯山水を見たり、金閣寺を拝観時間ギリギリまで見てからホテルに帰った。

 

エルネスタ殿の性格的に寺などは興味ないと若干不安だったが「将軍ちゃんと回るのは楽しいよー」などと嬉しい事を言ってくれたので安心した我だったのだ。

 

ただ不意打ちでキスをして我の反応を楽しむのは止めて欲しいと思ったのは仕方ないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

材木座とエルネスタを見守るスレ583

 

~~~~~~~~

 

145:名無しの見守り人

2人を京都で発見。時期的に考えて新婚旅行

 

146:名無しの見守り人

>>>146

マジで?!

 

147:名無しの見守り人

写真くれ

 

148:名無しの見守り人

婚約発表されて1ヶ月弱で新婚旅行か

 

149:名無しの見守り人

遅くね?

 

150:名無しの見守り人

>>>2人とも仕事が忙しいからだろ?

 

151:名無しの見守り人

『エルネスタが材木座の手を引っ張っている写真』

 

152:名無しの見守り人

初々しいwww

 

153:名無しの見守り人

禿同www

 

154:名無しの見守り人

エルネスタ天真爛漫過ぎるwww

 

155:名無しの見守り人

まるでエルネスタが娘で材木座が父親みたい

 

156:名無しの見守り人

俺、元材木座のクラスメイトだけど見慣れた光景

 

157:名無しの見守り人

>>>156

マジでか?!

 

158:名無しの見守り人

156の人間だけど……

『アルルカントの廊下にて、制服を着たエルネスタが材木座を引っ張っている写真』

 

『エルネスタが材木座の手を引っ張ってプールに入ろうとしている写真』

 

158:名無しの見守り人

仲良過ぎwww

 

159:名無しの見守り人

学生時代からこんなんだったのかよ……

 

160:名無しの見守り人

>>>158

の割に結婚するの遅くね?

 

161:名無しの見守り人

恋心を自覚するのが遅かったんじゃね?

 

162:名無しの見守り人

それよりも京都にいる人でこのスレ見ている人は逐一報告ヨロ

 

163:名無しの見守り人

>>>162

禿同。よろしくお願いします

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

231:名無しの見守り人

『映画村のお化け屋敷の出口でエルネスタが材木座とキスする写真』

 

232:名無しの見守り人

>>>231

何でだぁぁぁぁぁぁっ!

 

233:名無しの見守り人

wwwwwwww

 

234:名無しの見守り人

大胆過ぎるwww

 

235:名無しの見守り人

お化け屋敷で何があったwww

 

236:名無しの見守り人

人前で堂々www

 

237:名無しの見守り人

>>>235

231の人間だが、予想外の事をされたら云々言っていた

 

238:名無しの見守り人

>>>237

予想外のキスをしたという事?

 

239:名無しの見守り人

お化け屋敷の中で何か起こったのか?

 

240:名無しの見守り人

なんか予想外のお化けに驚かされて、いつものように喧嘩したんじゃね?そんでエルネスタがキスをして驚かせたとか?

 

241:名無しの見守り人

>>>240

あり得る

 

242:名無しの見守り人

あり得るな

 

243:名無しの見守り人

だからって人前でするか?

 

244:名無しの見守り人

エルネスタって八幡ハーレムとは同じで気にしないタイプだからじゃね?

 

245:名無しの見守り人

>>>244

かもな。でもキスの雰囲気は全然違くね?

 

246:名無しの見守り人

>>>245

わかる。エルネスタからは初々しさを感じて、八幡ハーレムからはエロさを感じる

 

247:名無しの見守り人

前にカフェでお茶を飲んでいたら、目の前で八幡が嫁3人とディープキスをしていてクソ恥ずかしかった

 

248:名無しの見守り人

>>>247

ドンマイwww

 

249:名無しの見守り人

>>>247

それは気まずいwww

 

250:名無しの見守り人

俺も見たことある。マコンドってカフェで見た

 

251:名無しの見守り人

堂々過ぎるwww

 

252:名無しの見守り人

>>>250

247の人間だけど、俺もマコンドで見た

 

253:名無しの見守り人

マコンドwwww

 

254:名無しの見守り人

キスの現場www

 

255:名無しの見守り人

今度言ってみよう。世界でもトップクラスの有名人が何度も行くなら味に自信がありそう

 

256:名無しの見守り人

禿同

 

257:名無しの見守り人

>>>255

禿同。ついでに4人のキスシーンを直で見たい

 

258:名無しの見守り人

アレはアスタリスク名物だから

 

259:名無しの見守り人

大分話が逸れているが新しい写真が手に入った

 

『エルネスタが材木座の首に腕を絡めてキスをする写真』

 

260:名無しの見守り人

>>>259

まさかの2度目

 

261:名無しの見守り人

この2人はこの2人でバカップルwww

 

262:名無しの見守り人

世界で最も甘い新婚旅行www

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜



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痛い天才夫婦の新婚旅行②

「いやー、色々回ったけど楽しかったねー」

 

「そうであるな。まあエルネスタ殿がはしゃぎ過ぎて疲れたが」

 

「あはは!ごめんごめん。だからラーメン食べて元気を出さないとね」

 

午後6時、我はエルネスタ殿と一緒にバスに乗りながらホテル……ではなく、飯屋向かっている。行く場所は京都屈指のラーメン激戦区にある天下一品総本店だ。全国チェーンされている店だが、直営店、それも総本山となれば一度食べてみたいのが本音だ。中学の時の修学旅行では色々あって食べに行けなかったからな。

 

「うむ。それと帰りに酒を買って良いか?」

 

「もちろん。一杯飲んでハイになろうね」

 

「貴様の場合、飲み過ぎるでないぞ?」

 

エルネスタは酔うと激しいスキンシップをしてくる。結婚する前にも激しいスキンシップを受けていたが、結婚した以上一線を越える可能性も充分にあり得るだろう。嫌ってわけではないが……

 

「善処するよ……ってもう着いたから降りよ?」

 

話し込んでいると目的地から1番近いバス停に到着したので我らは降りる。

 

そして暫く歩くとラーメン屋が大量に並んだ場所が目に入るので目的地の天下一品に入る。幸いな事に席には余裕がある。店員を見れば驚きの表情を浮かべているがいつもの事なので気にしない。

 

「ねぇねぇ将軍ちゃん。他の人のを見てる限り凄い脂っぽいんだけど」

 

テーブル席に着くと向かい側に座るエルネスタ殿は若干引き攣った笑みを浮かべながら他人が食べているラーメンを指差す。見る限り他の客はこってりを食べているが、確かにアレは女性にはキツイかもしれない。

 

「あっさりもあるから大丈夫であろう。それでも不安ならサイドメニューの炒飯辺りを頼んで、我のラーメンの一部をやる」

 

「じゃあそうしよっかな。私は炒飯で」

 

「では我はこってりで」

 

我らが注文すると店員は頷いて店の奥に向かう。観光中には余り間食をしてないので腹が減って仕方ない。

 

「ねぇ将軍ちゃん。今日は楽しかった?」

 

料理を待っているとエルネスタ殿がそんな質問をしてくる。何故いきなりそんな質問をしてくるのかは理解出来ないが……

 

「楽しかったであるぞ」

 

即答する。中学時代の修学旅行にて時間の都合上行けなかった場所に行けた事や、エルネスタ殿と色々な場所を回れた事、エルネスタ殿がはしゃぐ所を見れた事など、それら全てが楽しかった。

 

「なら良かった。私だけが楽しかったならどうしようって思ったからさ」

 

「エルネスタ殿が他人に気を遣うなんて……成長したなぁ」

 

我はエルネスタ殿は余り他人の気持ちを考えないタイプであると思っている。にもかかわらず我に気遣うとは結構嬉しい。

 

「にゃはは。将軍ちゃん辛辣だね。でも私は成長してないよ。私が気を遣う相手なんて将軍ちゃんとカミラくらいだしね」

 

「そうか。なら良かった」

 

「ん?何が?」

 

「いやなに、エルネスタ殿の中では我とカミラ殿は同等の立場みたいだから嬉しく思っただけだ」

 

学生時代の我ならエルネスタ殿にどう思われてようと特に気にしなかったと思うが、10年以上同棲して仲良くなって結婚してからはエルネスタ殿に良く思われていると嬉しい気持ちが浮かんでくる。

 

「っ……ま、まあ学生時代は敵だと思ってたよ。でも同棲しているうちに敵愾心は無くなって、いざ結婚って時にはカミラと同じくらい大切な人って思うようになってたね」

 

するとエルネスタ殿はほんのりと頬を染めながらそんな事を言ってくる。どうやらその辺りの考えも我と殆ど同じようで安心した。

 

「それにしても将軍ちゃん良く真顔で恥ずかしい事を言えるね」

 

エルネスタ殿は頬を染めたまま軽くジト目で見てくるが……

 

「既に結婚した以上、妻に隠し事をする必要はないからな。それに……」

 

「それに?」

 

「……厨二病を拗らせていた頃の我はもっと恥ずかしい事を言っておったからな」

 

今思えば当時の我、マジで痛過ぎる。思い出しただけで悶死してしまう。

 

「ぷっ……!確かに確かに!そりゃそうだね!当時の将軍ちゃんの発言に比べたら恥ずかしくないよね!」

 

エルネスタは一種キョトンとした表情を浮かべるも直ぐに楽しそうな表情を浮かべてケラケラ笑う。余りに笑い過ぎて目尻に涙を浮かばせるほどに。

 

「そこまで笑うでない!我も恥ずかしいのだから」

 

「ごめんごめん……あー、笑った笑った。やっぱり将軍ちゃんと話すのは楽しいな」

 

「我は恥ずかしいがな……」

 

内心ため息を吐いてしまう。黒歴史というのは消えないから厄介だ。マジで死にたい。

 

そこまで考えていると注文したラーメンと炒飯がテーブルに置かれる。料理からは良い匂いがして食欲を増進される。

 

「「いただきます」」

 

2人で挨拶をして食べ始める。同時に箸には重量感がかかるが、これは麺をコーティングするかのように粘度たっぷりのスープが原因だろう。今まで沢山のラーメンを食べたが、ここまでこってりしたラーメンは数少ない。

 

口にすると濃厚な旨味が全身に渡り喜びを感じる。久しぶりに食べるがやはりラーメンは最高だ。

 

「将軍ちゃん、あーん」

 

ラーメンの味に感動していると、向かいに座っているエルネスタ殿がそんな事を言いながら炒飯を乗せた蓮華を突き出してくるので我は口を大きく開ける。同時に口の中に炒飯が入り咀嚼すると、これもまた旨味が湧いてくる。

 

「美味いな。そっちもラーメン食べるか?」

 

「じゃあ一口だけ……んっ」

 

するとエルネスタ殿は目を瞑って可愛らしい口を大きく開ける。これはアレか?あーんしろと?

 

我が絶句しているとエルネスタ殿は目を開けて口を指差してくる。どうやら本当にあーんしろと要求しているようだ。

 

(仕方ない。妻の要求に応じるのも夫の我の務めか……)

 

我は内心ため息を吐きながらも蓮華にラーメンとスープを乗せてエルネスタ殿に突き出す。

 

「ほれエルネスタ殿。あーん」

 

「あーん……おっ!凶暴な旨味だね!」

 

どうやらエルネスタ殿には好評のようであった。まあ濃厚だから当然だろう。

 

「将軍ちゃん将軍ちゃん。もう一口貰っても良いかな?」

 

「別に構わん」

 

エルネスタ殿はそう言ってくるが断る理由はない。

 

「ありがとう。じゃあ……んっ」

 

「ほれ、あーん」

 

エルネスタ殿は口を開けて当然のようにあーんをしてくるので、我は先程のようにラーメンとスープを乗せた蓮華をエルネスタ殿の口に運ぶ。

 

「あーん……ありがとう将軍ちゃん」

 

するとエルネスタ殿はいつもの天真爛漫な笑顔で礼を言ってくる。たったそれだけの事なのに我は凄く良い気分になっていた。

 

我はやはり結婚というのは人を大きく変えるものだという事を改めて理解しながらラーメンを食べるのだった。その時の時間はまさに至福の時間だったと断言出来るだろう。

 

 

 

 

 

 

それから30分、飯を食った我とエルネスタはコンビニで大量の酒を買ってからホテルに戻り部屋に戻った。

 

そして暫くテレビを見ながら寛いでいると、エルネスタ殿が唐突に話しかけてくる。

 

「ねぇねぇ将軍ちゃん。お風呂なんだけどさ……これ一緒に入らない?」

 

エルネスタ殿が見せてくるパンフレットを見ればそこには家族露天風呂と表記されている。概要を見てみると小さい露天風呂を貸し切れるようで恋人同士や新婚からは人気のようだ。

 

「別に構わないぞ」

 

既にエルネスタ殿とは何百回も一緒に風呂に入っているのだ。今更恥じらう気持ちなど全くない。

 

「決まり〜。じゃあ早速行こうか」

 

言うなりエルネスタ殿は自分の鞄から着替えを取り出すので、我も同じように自分の鞄から着替えの準備をする。そして着替えを持ってロビーに向かい、家族露天風呂の予約の有無を確認すると丁度空いているという事もあって直ぐに使う事が出来るようで安心した。

 

直ぐに申請した我とエルネスタ殿は脱衣所に入る。見れば家族ーーー少人数を想定しているからか脱衣所は狭かった。

 

「将軍ちゃん将軍ちゃん。脱がせてー」

 

そんな事を考えながら服を脱ごうとすると、エルネスタ殿がからかうようにそんな事を言ってくる。

 

「それはどっちの意味であるか?我がエルネスタ殿の服を脱がす意味か?それともエルネスタ殿が我の服を脱がすという意味か?」

 

前者だけなら同棲してからしょっちゅう脱がしているから問題ない。しかし後者は勘弁して欲しい。我自身、脱がされる経験は少ないので恥ずかしい。

 

一縷の望みをかけてエルネスタを見ると、エルネスタ殿は満面の笑みで……

 

「え?両方」

 

我の望みを粉砕してくる。うん、まあ予想はしていたがな……

 

「はぁ……わかったから万歳するが良い」

 

エルネスタ殿が一度言った以上意見を変える事はない。諦めて脱がされよう。

 

「はーい」

 

エルネスタ殿が万歳するので我は上着を脱がしてスカートのホックを外して降ろす。同時に紫色のセクシーな下着に包まれたエルネスタ殿が露わになるが……

 

「………」

 

「ん?どしたの将軍ちゃん?もしかして見惚れちゃった?」

 

エルネスタ殿がイタズラじみた笑みを浮かべてくる。確かにエルネスタ殿のセクシーな姿に見惚れたのは否定しないが、我が気付いたのは……

 

「エルネスタ殿。以前より贅肉が付いてないか?」

 

瞬間、エルネスタ殿はポカンとした表情になるも、直ぐに顔を真っ赤にしてプルプルと震えだす。あ、なんか地雷を踏んだ気がする……

 

内心我が戦慄しているとエルネスタ殿はキッと睨み……

 

「バカッ!」

 

「ぶふぅっ?!」

 

思い切りビンタをされてしまった。予想外の一撃に我は背中から地面に倒れると、エルネスタ殿は真っ赤になったまま馬乗りしてくる。

 

「将軍ちゃんデリカシーなさ過ぎ!今のはエルネスタ的にポイント低いよ!」

 

そして我に倒れ込む形で我の胸板をポカポカ叩いてくる。エルネスタ的に……まさか小町殿のネタを使用してくるとは予想外だが、存外可愛くて驚いた。元々エルネスタ殿は子供っぽい言動をする時が多いが、今回は一段と顕著な気がする。

 

とはいえ……

 

「済まん。今のは我が悪かった。謝罪する」

 

確かにデリカシーが足りなかっただろう。親しき仲にも礼儀ありというし、誠心誠意謝るべきだ。

 

「反省してる?」

 

「うむ」

 

「ふーん……じゃあキスして」

 

「承知……え?今何と?」

 

「だ〜か〜ら、私にキスしてって言ったの?基本的に私からで将軍ちゃんからする事は殆どないじゃん」

 

「いや、確かにそうだが……」

 

どうにも躊躇いが生じてしまう。されるのとするのは大きく違うと綾斗殿が言っていたがアレは紛れもない事実だ。どんな場所でも平然とディープキスをぶちかます八幡が異常なだけだ。

 

とはいえ……

 

「わ、わかった。するから離れてくれないか?」

 

現在我はエルネスタ殿に押し倒されている。そしてエルネスタ殿は我の上から抱きついている。加えて今のエルネスタ殿は下着姿で、我の胸板にはエルネスタ殿の豊満な胸が当たっていて形を崩している。客観的に見たらヤバい絵面である。

 

だから我はエルネスタ殿に離れるように頼んでみるも……

 

「却下」

 

即座に却下する。予想はしていたが断言されるとはな……

 

「……わかった」

 

だから我は了承する。こうなったエルネスタ殿に逆らうのは愚策だから。

 

「決まり〜。じゃあ宜しくね?」

 

エルネスタ殿がそう口にするので、我は首だけ起こしてエルネスタ殿の顔に近づき……

 

 

「んっ……」

 

そのまま一瞬触れるだけの口付けをする。同時に我の唇から全身に熱が生じるが仕方ないだろう。キスをされるのは慣れたが、キスをするのは慣れていないのだから。

 

「……これで文句はないな?」

 

「……うん。良いよ、許してあげる」

 

エルネスタ殿を見れば若干頬を染めているようだが、恥ずかしいならそんな提案をするでない。

 

「じゃあ続きといこうか。将軍ちゃん、私もそろそろ脱がすから将軍ちゃんも脱がしてね?」

 

言いながらエルネスタ殿は身体を起こして高速で我の服を脱がし始める。そういえば元々脱がし合いをする話だったな。

 

だから我はエルネスタ殿のブラジャーのホックを外してからショーツを下ろす。我が脱がし終えるとエルネスタ殿も我の上下の下着に手をかけて……

 

 

 

「じゃあ……入ろっか?」

 

一糸纏わぬ姿となったエルネスタ殿に引っ張られる形で家族露天風呂に入るのだった。今更だが……緊張してきた。



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痛い天才夫婦の新婚旅行③

「んっ……あっ……そこっ……」

 

家族露天風呂の室内ーーーシャワーがあるスペースにて、エルネスタ殿の嬌声が響き渡る。

 

「エルネスタ殿?背中を洗ってるだけで喘ぐのを止めてくれないか?」

 

我は今、エルネスタ殿の綺麗な背中を洗っているのだが、特に力を込めているわけではないにもかかわらず擦る度に喘いでくる。自宅ではそんな風に喘いだ事など殆どないのに。

 

「だって将軍ちゃんの手つきが前に比べて変わってるから」

 

「いや待て。いつも通りにやっているつもりなんだが」

 

「ううん。10年以上将軍ちゃんに身体を洗って貰ってるからわかる。最近になって将軍ちゃんの手つき、いやらしくなってるよ?」

 

マジで?最近なんかあったと言われたら結婚くらいだ。つまり結婚してから我の手つきはいやらしくなったということか?

 

我としては変えたつもりはないのだが、10年以上我に身体を洗われているエルネスタ殿がそう言うって事は、無意識のうちに変えているのかもしれん。

 

「す、済まん。そんなつもりは無かった」

 

とはいえエルネスタ殿を不快にさせたのなら申し訳ない。今後を気を付けていくべきだ。

 

「あ、別に怒ってるわけじゃないよ。これはこれで気持ち良いから続けて」

 

「……まあエルネスタ殿がそう言うなら」

 

「んっ……お願いね……あっ」

 

我はエルネスタ殿の背中を再度擦るとエルネスタ殿の口から嬌声が出てくるも、今度は気にせずに背中を洗う。いつものように、平常心で。平常心で……

 

(しかしエルネスタ殿の肌、本当に綺麗であるな……)

 

エルネスタ殿は特に手入れをしている訳ではないにもかかわらず、綺麗な肌を持っている。まるで美術品のようだ。

 

今更だが……性格は破天荒だが、天才的な頭脳てな圧倒的な美貌の持ち主であるエルネスタ殿と結婚するって、我の人生かなり波乱であるな。

 

そう思いながらもエルネスタ殿の肌を傷つけないように優しく擦り背中全体を洗う。

 

「後ろは終わったみたいだね。じゃあ前もお願いね?」

 

エルネスタ殿は我が丁度背中を洗いシャワーを浴びせようとしたタイミングでそんな事を言ってくる。

 

10年以上同棲したからかエルネスタは上や後ろーーー頭や背中だけでなく、前ーーー胸や腹を恥ずかしがらずに我に洗わせてくる。最初は恥ずかしくて出来なかったが、今の我からしたら特に問題ない。

 

「わかったわかった」

 

我は一度頷いてから手を擦り、泡を立ててから右手をエルネスタ殿の胸に、左手をエルネスタ殿の腹に回し……

 

 

「あぁんっ……!」

 

そのまま擦り始める。慣れというものは実に恐ろしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

5分後……

 

「これで良し……上半身は洗ったぞ」

 

エルネスタ殿の上半身ーーー頭に首、肩や腕や脇、胸に腹に背中を洗い終わった我はシャワーを止めながらエルネスタ殿に話しかける。

 

「ありがとう。じゃあ下半身洗うから先に温泉に行ってて」

 

「わかった。では先に失礼する」

 

我はエルネスタ殿に一礼してから外の露天風呂に向かう。下半身についてはエルネスタ殿が自分で洗っている。流石にそれはエルネスタ殿も恥ずかしいようだし、我自身も恥ずかしいから断っている。

 

 

露天風呂がある外に出ると満点の星空が見え、幻想的な空気を醸し出している。露天風呂は家族用に作られたものであって狭いが、この空間を独り占め出来るというのは悪くない。

 

そこまで考えていると脇に置いた端末が鳴り出した。誰かと思い見てみれば我の部下からだ。彼は確か今銀河本部に仕事に行っている筈だが……

 

(何?!八幡が万有天羅を倒しただと?!)

 

仕事以外にもそんな内容が記されていた。確か八幡が所属するクインヴェールは星導館とガラードワース、界龍と銀河の本部付近にて合同合宿をしていた。万有天羅が八幡に挑んだのは一目瞭然だ。彼女は八幡と戦いたいと常に公言していたのは有名だ。

 

だからアスタリスクの外で八幡に挑んだのだろう。その辺りについては理解出来る(理解したくはない)が、まさか八幡が勝つとは予想外だ。八幡も強いが万有天羅の実力は八幡以上だて思う。

 

そんなメールを見た我は思わず八幡に電話をかけてしまう。

 

『もしもし。どうした材木座?』

 

「八幡か。いやなに、貴様が万有天羅に勝ったというのは本当か?」

 

『……耳が早いな。まあ一応勝った』

 

どうやら本当に勝ったようだ。やはり八幡は人間ではなく怪物のようだ。

 

「しかし一応とは何だ?」

 

『いやな、校章は破壊したんだけど向こうも殆ど同時刻な上に、俺は満身創痍で向こうは普通に動けてんだよ』

 

つまり勝負に負けて試合で勝ったという事か?

 

「なるほどな……それにしても驚いたぞ八幡よ。まさかあの生きる伝説たる万有天羅に勝ち星を挙げるとはな」

 

実際我は本気で八幡を凄いと思った。万有天羅の校章を破壊出来たのはこれまでに八幡だけだ。他の面々は校章の破壊どころかマトモに勝負すら出来ないし。

 

『そりゃどうも。てか何でお前がそれを知ってんだよ?お前今エルネスタと新婚旅行に行ってるんじゃなかったのか?』

 

「いや、実は我の部下が煌式武装の取引で銀河本部に向かっていて、其奴に聞いたのだよ。まあ銀河本部のお膝元故に戦闘記録は持っていないが」

 

出来るなら戦闘記録は見てみたい。後で八幡か虎峰殿あたりに頼んでみるとしよう。

 

『なるほどな。それなら仕方ないな。てかお前、今温泉に入ってんのか?」

 

「うむ。今丁度旅館の家族露天風呂に「えーいっ!」え、エルネスタ殿!今電話中である!」

 

そこまで話していると身体を洗い終わったエルネスタ殿が可愛らしい掛け声と共に風呂にダイブして我の背中に抱きついてくる。同時に我の背中には豊満な柔らかい膨らみを、我の顔には水を感じてしまう。幸い鼻には入らなかったが結構ビビった。

 

「えへへー。ごめんごめん」

 

対するエルネスタ殿は子供がイタズラをした後に謝るような笑顔で謝ってくる。やはりエルネスタ殿は狡いな。実害はないのでそんな顔をされたら仕方ないと思ってしまう。

 

『悪い、取り込み中みたいだし明日連絡しろ。俺は疲れたから寝る』

 

すると八幡はそんな事を言って通話を切るが、奴は絶対に誤解している。だから我は慌てて再度電話をするも繋がらない。……明日以降に連絡をしておくか。

 

「それよりエルネスタ殿、そろそろ離れてくれい」

 

「はーい」

 

するとエルネスタ殿はそう返事をすると我の背中から離れて、我の横に移動する。肩と肩が触れ合い、我の首筋や肩にはエルネスタ殿の綺麗な髪が当たりくすぐってくる。

 

我は普段エルネスタ殿の身体を洗ったり抱きしめられたりしているが、いつもとシチュエーションが違うからか肩と肩が触れ合っているだけでドキドキしてしまっている我がいる。

 

「ところで将軍ちゃん。さっきは八幡ちゃんと電話してたみたいだけど、何について電話してたの?」

 

「ん?実はさっき銀河に出向している我の部下から、八幡が万有天羅に勝ったと報告が来たからその確認をしたのだよ」

 

「マジで?!八幡ちゃん、あの怪物に勝ったの?!」

 

するとエルネスタ殿は珍しく驚きを露わにしながら食い気味に尋ねてくる。まあ万有天羅の実力は世界最強と言われている。そんな彼女が負けたとなれば気になるのが人の性分だろう。

 

「詳しい情報は知らないがギリギリ勝ったらしい」

 

「ほぇ〜、凄いね〜」

 

エルネスタ殿は素直に八幡を褒める。

 

「そんな訳で確認の電話をしていたらエルネスタ殿が我に飛びついてきたという訳だ」

 

「にゃはは、ごめんごめん。将軍ちゃんを驚かそうと思ってさ」

 

楽しそうに笑いながら謝ってくるが、どうにも調子が狂ってしまう。

 

「次からは気をつけてくれよ……」

 

「はーい……えへへ〜」

 

エルネスタ殿はそう言って我の肩に頭を乗せてスリスリしてくる。同時に八幡が以前に『妻に甘えられると幸せ過ぎて死ぬかもしれない』と言っていた事を思い出す。当時はぶっちゃけ惚気話と苛々したが、エルネスタ殿と結婚した後は八幡の言った事を理解出来るようになった。

 

(エルネスタ殿がからかうのは慣れているが……エルネスタ殿が甘えてくるのはどうにも恥ずかしいな)

 

そこまで考えている時だった。

 

「ねぇねぇ将軍ちゃん」

 

「何である「えいっ」……か?」

 

エルネスタ殿が我を呼ぶので顔を向けようとしたらエルネスタ殿の指が我の頬に当たる。

 

「にひひー」

 

見ればイタズラ成功!、って感じの笑みを浮かべていた。それは魅力的な笑みだがぶっちゃけイラッときたので、両手を使ってエルネスタ殿の頬を引っ張る。

 

「ふぇっ?!ひょうひゅうひゅん、ひゃにゅにゅひゅへにゅにょ?!(え?将軍ちゃん、なにをしてるの?!)」

 

「我をからかったお仕置きである。ほれほれ、モチモチしてるな」

 

偶には我も仕返しをしないと気が済まん。

 

そう思いながらエルネスタ殿の頬を引っ張り続けていると……

 

「ふむぅっ!えいっ!」

 

「ぬおっ!」

 

エルネスタ殿は無理矢理我の拘束を解いたかと思えば我に抱きついて、そのまま首筋に舌を這わせてくる。それによって今までに感じた事のない快感が押し寄せてくる。

 

「え、エルネスタ殿?!それは勘弁!うおぃっ!」

 

「やーだね。私をからかった罰は重いんだから。んっ……ちゅっ……」

 

今度は首筋にキスをしてくる。さっきの舌とはまた別の快感がやって来て、我はエルネスタ殿に対して徐々に抵抗が出来なくなっているのを理解する。

 

(いや、結婚してもエルネスタ殿に負けるつもりはない。こうなったら……)

 

我はそのままエルネスタ殿の耳に顔を寄せて、耳を甘噛みする。

 

「ひゃあっ!しょ、将軍ちゃん?!」

 

するとエルネスタ殿は我の首筋に舌を這わせるのをやめてビクンと跳ねながら喘ぎだす。その反応は今まで見たどの反応よりインパクトがある事から、エルネスタ殿は耳が弱いのを理解する。

 

偶にはエルネスタ殿相手に主導権を握りたいは我は夢中になってエルネスタ殿の耳をはむはむする。

 

「んんっ!将軍ちゃんっ!謝るからんあっ!耳だけはやぁっ!耳だけは止めて……あんっ!」

 

我が甘噛みを続けるとエルネスタ殿は涙目で止めるように懇願しながら逃げようとする。そこには普段の飄々としたエルネスタ殿は居なかった。少々やり過ぎたようだ。

 

「済まん。少し調子に乗った」

 

我が慌ててエルネスタ殿の耳から距離を取ると、エルネスタ殿は真っ赤になりながら涙目で我を見ていた。普段見せる事はないエルネスタ殿の表情に我の中の理性の壁にヒビが入る。

 

「……最初にイタズラをしたのは私だから謝るけど、耳だけは勘弁して欲しいな。昔から耳は弱くて……多分私の性感帯は耳だと思うの」

 

「そうだったのか?済まん、軽率だった。次からは耳はやらん」

 

もう一度エルネスタ殿のあの顔は見たいのは山々だが、エルネスタ殿を見る限り本気で勘弁して欲しいようなので止めておく。

 

「うん……ごめんね」

 

「エルネスタ殿が謝る事ではない。いつものように不敵な笑みで居てくれ。我はエルネスタ殿の笑顔が好きであるからな」

 

さっきの表情も好きだが、1番は不敵に、それでありながら楽しそうに笑っている表情だ。

 

「なっ?!い、いきなり変な事言わないでよ!将軍ちゃんのバカ!」

 

「我は事実を言っただけだ。変な事を言ったつもりはない」

 

「〜〜〜っ!」

 

エルネスタ殿は真っ赤になって俯く。さっき一度主導権を握ったからか、今の我には余裕を持っていて羞恥心が薄れているようだ。

 

そんな事を考えながらエルネスタ殿を見ると、エルネスタ殿は顔を上げる。顔を見れば赤みは残っていて我をジト目で見ている。

 

 

「全く将軍ちゃんは……デリカシーが無かったり、偶に鬼畜になったり、いきなり変な事を言ってきたりして、不意打ちで私をドキドキさせてきて……」

 

言うなりエルネスタ殿は我の首に腕を絡めて睨んでくる。目を見れば怒りや羞恥、歓喜など様々な感情が見える。

「本当に将軍ちゃんなんか……」

 

エルネスタ殿は真っ赤になりながらも顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「……愛してるよ、バーカ」

 

ちゅっ……

 

そのまま我の唇に自分の唇を重ねてくる。既にエルネスタ殿とは何度もキスをしているが、今回のキスは今までしたキスよりも愛を感じる。

 

しかも一瞬触れるだけのキスではなく、ずっとキスをし続けている。ここまで長時間キスをされると我もその気になってくる。

 

「我もだよ、バーカ」

 

我もそう返してエルネスタ殿の首に腕を絡めてキスを返す。同棲していた頃は無意識のうちに除外していたが、実際我は相当前からエルネスタ殿の事を好いていたのだろう。

 

そんな事を考えながらも我達はキスを続ける。我らは結婚してからも愛してるなんて言葉をハッキリと口にした事はなかったが、今回お互いにハッキリと口にしたからか、我の中で遠慮という存在は無くなった。

 

今ならハッキリと認められる。我はエルネスタ・キューネを愛していると。

 

それは多分エルネスタ殿もだろう。いつもより積極的で激しいキスをしてくる。

 

だから我はエルネスタ殿に応えるかのようにキスを続けるのだった。

 

 

結局我とエルネスタ殿は20分以上唇を重ねていた。



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痛い天才夫婦の新婚旅行④

家族露天風呂を入ること40分……

 

「ぷはっ!ねえ将軍ちゃん。熱くなったしそろそろ上がろっか」

 

我とキスをしていたエルネスタ殿が唇を離しながらそう言ってくる。言われてみれば身体が熱くなってきている。エルネスタ殿とのキスに夢中になっていて失念していた。

 

前に八幡が『妻とキスをしていたら時間を忘れる』だの『妻とのキスは麻薬だ』と言っていたがガチのようだ。既に20分以上キスをしていたし、まだしたいと思っている自分がいる。今後は中毒にならないように注意しよう。

 

「そうであるな」

 

「にひひ〜」

 

そう思いながら風呂から上がると、エルネスタ殿も風呂から上がり我の腕に抱きついてくる。顔を見れば楽しそうな表情ーーー我が1番好きな笑顔を浮かべていて、こちらも自然と笑みを浮かべてしまう。

 

そして脱衣所に着いたので我はタオルを取ろうとするが、その前にエルネスタ殿が先に取って……

 

「私が拭いてあげるからじっとしてね〜?」

 

のんびりとした口調で我の身体を拭き始める。何故いきなり我の身体を拭くのかは理解出来ないが、それなりに気持ちが良いことに加えて本人が望んでいるようなので任せることにした。

 

エルネスタ殿の拭き方はまるで親が小さい子供の身体を拭くように優しい拭き方で、それだけで不思議と気分が良くなってくる。子供扱いされているようで少々恥ずかしいが。

 

そして3分近く経過すると全身を拭かれたので下着を着て、そのまま持ち込んだ浴衣に着替え、未だに一糸纏わぬ姿のエルネスタ殿の方を見る。しかし当の本人は特に身体を隠さず我に話しかけてくる。

 

「どう将軍ちゃん?ちゃんと拭けたかな?」

 

「うむ。ちゃんと拭けておるぞ。感謝する」

 

「じゃあご褒美にちゅーして」

 

エルネスタ殿は笑ってから目を瞑り唇を突き出してくる。此奴、最初からそのつもりで我の身体を拭いたのか?

 

とはいえエルネスタ殿が折れる事はないし、するとしよう。我自身風呂での一件で特に恥じらう気持ちはないのだから。

 

そう判断した我はそのままエルネスタ殿の唇にキスを落とす。

 

「んっ……ご馳走様でした。じゃあ次は私の身体を拭いて」

 

言いながらエルネスタ殿は新しいタオルを渡してくるので、我は最初にエルネスタ殿の頭を拭き始める。既に10年以上やっている事なので問題ない。

 

「やっぱりエルネスタ殿の髪は綺麗だな」

 

「そう?別に興味ないから手入れをしてないけど」

 

それはつまり手入れしなくても綺麗だという事。それはそれでエルネスタ殿は選ばれた人間である事を意味している。つくづく我は思う。我の妻はとんでもない存在であるのだと。

 

そんな事を考えながらも我はエルネスタ殿の髪を拭き、終えると肩や腕に胸と徐々に下の方を拭き始める。それから2分してエルネスタ殿の美しい脚を拭いた我はタオルを専用の置き場に置く。

 

「ほれ、これで全て拭いたのである」

 

「ありがとね将軍ちゃん……んっ」

 

するとエルネスタ殿は我の唇に自分の唇を重ねてくる。おそらくさっき我がしたように身体を拭いた礼のつもりなのだろう。

 

暫くキスを受けているとエルネスタ殿は我から離れて、水色の下着を着てから浴衣を着る。湯上がり姿のエルネスタ殿は色っぽく見えて興奮してしまう。

 

「では部屋に戻るか?」

 

「うん、お酒飲んでぐうたらしよ?」

 

エルネスタ殿は我の提案に頷きながら自分の腕を我の腕に絡めてくるので、我がエスコートする形で脱衣所を後にした。

 

家族露天風呂というものも、中々良いものであるな……

 

 

 

 

 

 

 

『……というわけで2人の戦いは琵琶湖の水質や周囲の環境に大きな影響を及ぼしています。銀河、ひいては他の統合企業財体からの声明はまだですが、場合によっては全世界で2人の戦いが禁止される可能性はあり得るでしょう』

 

「ほぇ〜、やっぱりあの2人の戦いは次元が違うね」

 

エルネスタ殿がテレビを見ながらそう呟き、ビールを一気に飲み干す。現在我とエルネスタ殿は部屋のテレビを見ながら酒盛りをしているが、テレビでは八幡と星露が戦った後の琵琶湖が映されている。

 

「全くであるな」

 

我はそう返しながら焼酎を飲む。実際テレビのキャスターが言うように、八幡と万有天羅の戦いはアスタリスクのみならず全世界で禁止される可能性もあり得るだろう。

 

「そしてそんな八幡ちゃんを殺そうとしてた……葉虫だっけ?アイツ馬鹿だよねー」

 

「同感だな」

 

葉山隼人ひいては彼のグループは八幡がノエル殿を洗脳して自分のモノにしようとしたのを止めた云々言っていたがらしいが、我からしたら馬鹿極まりない。八幡の能力は影を操る能力だし、それ以前に八幡の性格からしてそんな事をするとは思えない。

 

「しかも彼奴らつい最近出所したようだが、また八幡に闇討ちをしてきそうであるな」

 

「いやいや将軍ちゃん。流石に15年以上ブタ箱に入れられたんだし、それはないでしょ?」

 

エルネスタ殿は笑いながら否定をする。ふむ……確かにそうだろうな。15年以上服役しておいて反省しないなど馬鹿を通り越した馬鹿だろう。

 

「いや、まあ無いとは思うが、どうも友人が心配でな」

 

「将軍ちゃんって心配性だね〜。そんな事有り得ないのに」

 

「ははっ!そうであるな。少し気にし過ぎたようだな」

 

「そうだよ。お酒飲んでリフレッシュしなよ」

 

エルネスタ殿はそう言って我のカップにビールを注いでくる。

 

全くだ。いくら葉山グループでも15年もすれば反省して危害を加えることはないであろう。仮にあったとしても今の八幡の実力を知れば危害を加えるなど馬鹿な考えをするとは思うまい。

 

(どうやらエルネスタ殿のように少し心配性になり過ぎたようだ。心配性になる事は悪い事ではないかもしれないが、度が過ぎると判断力が鈍るだろうし注意しておこう)

 

「うむ。では頂くとしようか!」

 

我はそう言ってエルネスタ殿がカップに注いでくれたビールを一気飲みする。葉山グループなど詰まらない事など忘れてエルネスタ殿との時間を楽しむべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「さてエルネスタ殿、そろそろ寝ようか」

 

「は〜い」

 

買い込んだ酒も底を尽きたのでエルネスタ殿に話しかけると、エルネスタ殿は顔を赤くしながら手をフラフラと挙げる。事前に予想はしていたが相当酔っているな……

 

内心呆れながらも敷かれた布団に入る。するとエルネスタ殿は2つ布団が敷かれているにもかかわらず……

 

「えへへ〜」

 

笑いながら我の布団に入って抱きついてくる。この甘えん坊めが、元々子供っぽい性格だが更に子供っぽい性格になっておるな……

 

内心呆れている時だった。

 

「ねぇねぇ将軍ちゃん。もう寝るの?夜はまだまだこれからだよ〜?」

 

言いながらエルネスタ殿は自身の肢体を我の身体に絡めてくる。酔っている事もあって一際色っぽく見える。

 

「当然であろう。既に11時を過ぎているのだ。酒も無くなった以上、特にする事がないのだから。他にする事でもあるのか?」

 

普段我もエルネスタ殿も深夜番組は見ないし、偶に徹夜でゲームをする事はあっても旅行にはゲームを持ってきていない。そうなると必然的に寝るぐらいしか無いと思う。

 

そんな我に対してエルネスタ殿は蠱惑的な笑みを浮かべてから我の耳に顔を寄せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

「あるじゃん……エッチとか?」

 

「ぶふぉっ!」

 

いきなり爆弾を投下してきた。予想外の一撃に我は思わず噎せてしまっが仕方ないだろう。

 

「大丈夫将軍ちゃん?いきなり吹き出して」

 

「だ、誰の所為だと思っておるのだ?!いきなり恥ずかしい事を言うでない!」

 

そんな風に馬鹿正直に言われたらどう対処したら良いのかわからないではないか!

 

「ダメかな?もう結婚したんだしおかしくないよね?……それとも40近い私なんかより若い子としたいの?」

 

するとエルネスタ殿は不安そうな表情を浮かべてそんな事を言って、我の内側に罪悪感を生み出す。

 

「そ、そんな事はない!ただ恥ずかしいと思っただけでエルネスタ殿が嫌という訳ではない!」

 

これについては事実だ。我はまだ童貞である。過去に何度も風俗に行こうとするも、店に入る直前にエルネスタ殿の笑顔が浮かんでいて、気がつけば風俗に背を見せていた。

 

昔は何故エルネスタ殿の笑顔が浮かぶのか理解出来なかったが、今ならエルネスタ殿の事を無意識のうちに好いていたのだと理解出来る。

 

「じゃあ良いじゃん……ね?」

 

エルネスタ殿は途端に不安な表情から蠱惑的な表情に変えて、再度我の身体に自身の身体を絡めてくる。流石にそこまで言われて何もしないというのは男ではないだろう。

 

「……本当に良いのであるな?」

 

「……良いよ。好きにして」

 

「………わかった」

 

据え膳食わぬは男の恥とも言うし我も覚悟を決めよう。それ以前にエルネスタ殿にここまで攻められ、我自身我慢が出来なくなっている。

 

我はそのまま身体を起こしてエルネスタ殿を押し倒す体勢となり、間髪入れずに浴衣を剥がす。

 

そして水色の下着に包まれたエルネスタ殿の顔に近寄る。見れば艶のある瞳で見上げてくる。

 

「じゃあ……」

 

「……うん。優しくお願いね」

 

「承知した」

 

我は一度頷くと、右手でエルネスタ殿のブラジャーに手をかけて、更にエルネスタ殿の顔に近付きそっとキスを落とし……

 

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「すぅ……んんっ……」

 

我の隣にてエルネスタ殿が一糸纏わぬ姿で幸せそうに寝息を立てていた。そんな姿を見ると幸せな気分になってくる。

 

「しかも夜の営みは人を変えると聞いていたがマジなようだな……」

 

我より遥か前に結婚した八幡や綾斗殿から『夜の営みをする時の妻は昼間とは大きく変わる』と言われていたがマジであった。

 

前戯の時は普段通りであったが、いざ本番となるとエルネスタ殿は普段絶対に見せない子兎のように怯えるような表情で我を見てきたのだ。まあ嗜虐心が目覚めて遠慮なく食べたけど。

 

「やれやれ……こうなった以上しっかりと責任は取らんとな」

 

同意の上とはいえ、エルネスタ殿を食べた以上、我はこれから一生かけて責任は取らないといけない。

 

(まあ嫌ではないがな……)

 

言いながら我はエルネスタ殿の頭を撫でる。昔ならいざ知らず、今の我はエルネスタ殿を好いている事を理解しているのだから。

 

そう思いながら我は自身が眠りにつくまで我の身体に抱きつくエルネスタ殿の頭を撫で続けるのだった。



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痛い天才夫婦の新婚旅行⑤

翌日……

 

「……もう朝か」

 

光を感じたので目を開けると、窓から朝日がさして部屋を明るくし、雀がチュンチュン鳴く声が耳に入る。太陽はそこまで高く上がっていないのでまだ早朝だろう。

 

「んんっ……ん〜」

 

そこまで考えていると耳元から寝息が聞こえてきたので横を見れば……

 

 

「……そういえば、昨日はエルネスタ殿を食べんだったな……」

 

エルネスタ殿が一糸纏わぬ姿で我の身体に抱きついている。表情を見る限り幸せそうなので良い夢を見ていると推測出来る。

 

(今の時間は6時前……まさか朝チュンを経験するとはな)

 

昨夜我はエルネスタ殿と1つになった。そして朝になってお互いに生まれたままの姿でスズメの鳴き声を聞く……普通に朝チュンであるな。

 

そこまで考えている時だった。

 

「んんー……朝か〜」

 

そんな声が聞こえたかと思えばエルネスタ殿も目を覚ましていた。一糸纏わぬ姿で眠そうに目を擦る姿は不思議と魅力的だった。

 

すると向こうも我に気付いたようで艶のある表情を浮かべながら我に絡みついてくる。

 

「……おはよう将軍ちゃん。昨日は激しかったね」

 

「否定はしない……が、エルネスタ殿も大差ないだろうに」

 

最初は怯えていたが、終盤になってからのエルネスタ殿は比喩表現抜きで卑猥だった。物凄い大きな声で喘ぎながら我の名を呼んでいたし。あれ絶対に隣の部屋に聞こえていたと思う。

 

「そ、それはそうだけど……あ、アレは将軍ちゃんが激し過ぎたからだよ!」

 

するとエルネスタ殿は真っ赤になりながらも我に文句を言ってくる。その表情は普段のエルネスタ殿は絶対に見せないような表情で我の胸を高鳴らせる。

 

つくづく思う。何故我はこんなに可愛らしい女性と10年以上同棲しておきながら、結婚するのが遅かったのだろうか。

 

「それは済まん。ちゃんと責任は取る」

 

「うん。それと子供が出来た場合に備えて名前も考えてね?」

 

「うむ……」

 

昨日のエルネスタ殿は危険日であった。加えて生でシたので妊娠のキッカケとなった可能性もゼロではない。同意の上だから問題はないが、デキてしまったら責任は取るつもりだ、

 

「なら良し。じゃあ……」

 

言うなりエルネスタ殿は身体を我の方に寄せて……

 

 

 

「おはよう、将軍ちゃん」

 

ちゅっ……

 

可愛らしい笑みを浮かべて我の唇を奪ってくる。同時に昨夜の一件を思い出して我自身も気持ち良くなってくる。

 

だから我は……

 

「ああ。今日もよろしく頼む」

 

「んっ……」

 

エルネスタ殿のキスに応え出す。するとエルネスタ殿は目を瞑って負けじとキスをしてくる。

 

 

結局我らはずっとキスを続けて、気が付いたら1時間以上経過しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「おーおー、やっぱり日本の建造物は珍しいねえ」

 

我とエルネスタ殿は今清水寺の入り口前にて五重塔を見ている。時期的に紅葉は見えないが、五重塔や京の街並みは中々迫力がある。

 

「そうであるな。我も清水寺は初めてであるから楽しみである」

 

「えっ?修学旅行の時には行かなかったの?」

 

「修学旅行は3泊4日で初日はクラス単位で、2日目はグループごとで、3日目は自由行動で4日目は帰宅だったのだ。それで我のクラスは初日に伏見稲荷に行って、2日目は鞍馬山や貴船の方に行ったので清水寺に行っていないな」

 

確か八幡が在籍していたクラスは清水寺に行っていたんだったか?20年以上も前だから殆ど覚えておらん。

 

「なるほど……あれ?3日目の自由行動には行かなかったの?」

 

「いや、3日目には新型煌式武装の発表会があったからそれに行った」

 

元々我はぼっちだから修学旅行はサボる事も視野に入れていた。しかし新型煌式武装の発表会があるということで、両親から入場券を貰ったから修学旅行に参加したのだ。

 

「にゃはは、将軍ちゃんらしいや。まあ将軍ちゃん友達いなそうだし仕方ないか」

 

「喧しいわ、貴様こそ我の立場なら発表会に行っていただろうに」

 

「ま、否定はしないね」

 

「だろうな。それよりも早く入ろうではないか」

 

「そだねー。夕方には帰るんだし急ごっか」

 

言いながらエルネスタ殿は我の腕に抱きついて歩き出す。出来るなら1週間近く旅行をしたかったが、我もエルネスタ殿も忙し過ぎて一泊二日しか予定を作れなかった。

 

(いっそエルネスタ殿が妊娠したら仕事を辞めるべきか?)

 

仮に子供が出来たら目一杯世話をしたい。そうなると今の仕事は忙し過ぎる。金なら腐る程あるしその選択も視野に入れておくべきであるな。

 

そんな事を考えながら我とエルネスタ殿は正門をくぐる。同時に視界には小さめのお堂が目に入る。しかも入り口では神社にしては珍しく呼び込みをしているのだ。

 

「ねぇねぇ将軍ちゃん。アレ行ってみよ?」

 

エルネスタ殿も興味を持ったようで、小さいお堂を指差しながらそんな風に提案をしてくる。パンフレットを見ればそれは胎内めぐりと言って、暗闇の中お堂を巡る事によってご利益があるらしい

 

「ん?別に構わんぞ」

 

「決まり〜。じゃあ行こっか?」

 

「ああ……痛っ!」

 

「どしたの将軍ちゃん?どっか怪我したの?」

 

エルネスタ殿が心配そうな表情を浮かべるが怪我ではない。怪我ではなく……

 

「いや……昨夜の一件で腰が痛くてな……」

 

流石に4回はやり過ぎた。腰が痛くて仕方ない。

 

「あははっ!ま、仕方ないでしょ?私も股が擦れてひょこひょこ歩きだし」

 

「す、済まん」

 

「別に良いって!私も気持ち良かったし……」

 

エルネスタ殿は少しだけ頬を染めながらそう言ってくる。そんな風に言われたら恥ずかしくて仕方ない。

 

「そう言ってくれるとありがたい。それよりも早く行こうぞ」

 

「そ、そうだね」

 

そもそも寺で卑猥な話をするなんて罰当たりにも程がある。だから我はエルネスタ殿の手を引っ張って、お堂に向かい靴を脱いで金を渡す。

 

お堂の入り口にある階段を見れば真っ暗であった。まるでRPGのダンジョンの入口によく似ている。

 

「しかし……本当に暗いな」

 

中に入ると闇は濃くなり、光が徐々に消えていく。幸い手すりがあるから大丈夫だが、無かったら間違いなく距離感覚と方向感覚を失うだろう。

 

「大丈夫でしょ。手すりもあるし……将軍ちゃんが手を握ってくれてるんだし」

 

すると暗闇からエルネスタ殿の優しい声が聞こえて、握っている手の力が強められる。同時に我の手に熱が伝わって温かな気持ちになる。

 

だから我も握る力を強めながら歩くと、黒一色だった視界に灯りが飛び込んでくる。

 

胎内めぐりは暗い道の先に大きな石がありそれを回しながらお願い事をする場所だが、どうやら石はライトアップされているようだ。

 

「将軍ちゃん将軍ちゃん。お願い事、決まった?」

 

「ああ」

 

「へぇ、何にしたの?」

 

「死ぬまで平和に幸せに過ごせる事であるな。エルネスタ殿は?」

 

「うーん……色々あるけど……」

 

「あるけど?」

 

「子宝に恵まれる事、かな?」

 

「ぶふぉっ!」

 

予想外の一撃に思わず吹き出してしまう。いや確かに、昨日は子宝を得る為に頑張ったけど……!

 

我が内心焦る中、エルネスタ殿は楽しそうに笑いながら石に触れる。

 

「将軍ちゃん可愛〜い。それより一緒に回そっか」

 

「切り替えが早すぎるぞ……まあ了解した」

 

言いながら我はエルネスタ殿ね手に触れて一緒に石を回す。エルネスタ殿は目を瞑り回し終えるとパンパンと手を叩いてお辞儀をするが、それは神社に行った時の作法である。まあ外国人だから知らなくても仕方ないか……

 

そう思いながら我も同じように平穏な生活を願う。贅沢は言わない、特に事故などに巻き込まれなければそれで良い。

 

「じゃあ行こっか」

 

「うむ」

 

エルネスタ殿は目を開けて我を見てくるので我も頷きながら出口に向かって歩きだす。

 

そして出口が近付くと……

 

 

 

 

 

 

「ところで将軍ちゃんは何人子供が欲しい?」

 

「ぶふぉっ!」

 

「にゃはは〜」

 

再度投下された爆弾によって再度吹き出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

胎内めぐりから出た我らは本堂に入り、清水の舞台に入った。舞台からは京都市内を見渡せる壮大な景色だ。流石に清水寺最大の人気スポットだけの事はある。

 

「良い景色だな……エルネスタ殿。折角だし写真を撮らないか?」

 

我がそんな提案をするとエルネスタ殿はキョトンとした表情を浮かべるも、直ぐに楽しそうな表情を浮かべる。

 

「良いよ〜。でも将軍ちゃんから提案するって珍しいね」

 

「……まあ偶には良いであろう。それよりも誰かに頼むか」

 

「そんな事しなくてもこうすれば良いじゃん」

 

エルネスタ殿は我の腕に抱きながらポケットから端末を取り出してカメラモードにして、端末を動かす。

 

そして……

 

「はい、チーズ!」

 

ちゅっ……

 

パシャ

 

シャッター音と共に我の頬にエルネスタ殿の柔らかい唇が触れる。同時にエルネスタ殿は我から離れて、端末を弄り今撮った写真を見せてくる。

 

「どうどう?」

 

エルネスタ殿が見せる写真には、普段通りの表情を浮かべている我と、我に抱きつきながら楽しそうに笑ってキスをするエルネスタ殿が写されている。背景には京の街並みが写されている上に、自撮りにしてはそれなりに良い写真だ。が……

 

「悪くはないが、いきなりキスをするのは止めい」

 

「ごめんごめん。次から気を付けるね」

 

エルネスタ殿はそう言っているが賭けても良い。直ぐに忘れて同じような事をしてくるだろう。エルネスタ殿の性格や目が笑っている事を考えたら当然だ。

 

「さ、じゃあ次に行こっか」

 

言うなりエルネスタ殿は我の手を引っ張って歩きだす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

材木座とエルネスタを見守るスレ583

 

~~~~~~~~

 

657:名無しの見守り人

清水寺にて材木座とエルネスタ発見

『エルネスタが材木座の腕に抱きつく写真』

 

658:名無しの見守り人

今日は清水寺に回るのか

 

659:名無しの見守り人

俺昨日清水寺に行った。悔しい……

 

660:名無しの見守り人

>>>659

ドンマイ

 

661:名無しの見守り人

俺も清水寺にいる。今から正門に向かう

 

662:名無しの見守り人

>>>661

報告ヨロ

 

663:名無しの見守り人

楽しみ

 

664:名無しの見守り人

どんなイチャイチャをするのやら……

 

665:名無しの見守り人

657の人間だが、今とんでもない事を発見。材木座が突如腰に手を当てて苦しみだした

 

666:名無しの見守り人

>>>665

腰だと?!

 

667:名無しの見守り人

>>>665

それってまさか?!

 

668:名無しの見守り人

>>>665

ヤったのか?!

 

669:名無しの見守り人

>>>668

いや、それは結論早過ぎだろwww

 

670:名無しの見守り人

同感だな

 

671:名無しの見守り人

流石にそれはないだろwww

 

672:名無しの見守り人

>>>668

661の人間だが多分ヤった。丁度今2人の横を通ったけど、エルネスタが股が擦れてひょこひょこ歩きとか言ってた

 

673:名無しの見守り人

>>>672

ファッ?!

 

674:名無しの見守り人

>>>672

マジで?!

 

675:名無しの見守り人

wwww

 

676:名無しの見守り人

遂にかwww

 

677:名無しの見守り人

おめでとうwww

 

678:名無しの見守り人

このスレの最初から見ていた者としては感慨深い

 

679:名無しの見守り人

同意

 

680:名無しの見守り人

遂にか……材木座は腰が痛く、エルネスタは股が擦れた……何回戦までヤったんだ?

 

681:名無しの見守り人

>>>680

3回戦

 

682:名無しの見守り人

>>>680

4回戦

 

683:名無しの見守り人

>>>680

3回戦

 

684:名無しの見守り人

全員多く考え過ぎwww

 

685:名無しの見守り人

まあそれだけヤってもおかしくないが

 

686:名無しの見守り人

672の人間だ。盛り上がってる所悪いが進展あり。2人は胎内めぐりに行った

 

687:名無しの見守り人

>>>686

おっ、遂に来たか!

 

688:名無しの見守り人

という胎内めぐりって何だ?

 

689:名無しの見守り人

誰か知ってる奴いるか?

 

690:名無しの見守り人

>>>689

詳しくは知らないがお堂の中にある石を回すと願いが叶うってご利益があるらしい

 

691:名無しの見守り人

>>>690

情報サンキュー

 

692:名無しの見守り人

しかし2人は何を願うんだ?

 

693:名無しの見守り人

>>>692

子宝に恵まれる事じゃね?

 

694:名無しの見守り人

>>>692

ずっと幸せにいられますようにとか?

 

695:名無しの見守り人

>>>693

もう少し激しくイチャイチャ出来るように?

 

696:名無しの見守り人

皆、そっち系の願いだなwww

 

697:名無しの見守り人

当然だろ?あの2人結婚してから一層イチャイチャしてるし。

 

698:名無しの見守り人

だろうな。それ以外想像出来ない

 

699:名無しの見守り人

全くだ

 

700:名無しの見守り人

665の人間だが、2人が胎内めぐりを終えて出て本堂に向かった

 

701:名無しの見守り人

来たー!

 

702:名無しの見守り人

待ってたぜ!

 

703:名無しの見守り人

どんなイチャイチャをするんだ?!

 

704:名無しの見守り人

報告宜しく!

 

705:名無しの見守り人

頼むぜ!

 

706:名無しの見守り人

686の人間だが、700の人間と頑張る

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜

 

751:名無しの見守り人

『清水の舞台でエルネスタが材木座の頬にキスをする写真』

 

752:名無しの見守り人

>>>751

ヒャッハー!!

 

753:名無しの見守り人

甘い!甘過ぎるぜ!

 

754:名無しの見守り人

>>>751

良いぞ!もっとやれ!次は材木座からキスしろ!

 

755:名無しの見守り人

>>>754

それもディープで!

 

756:名無しの見守り人

盛り上がり過ぎだろ……



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痛い天才夫婦の新婚旅行⑥

清水の舞台を後にした我とエルネスタ殿は経路に沿って進み、そのまま地主神社を通り過ぎて音羽の瀧に向かう。

 

地主神社は清水寺の境内に位置する神社で、縁結びの神様として有名だが、既に我とエルネスタ殿は縁が結ばれている上、観光客によって大変混雑しているので行く必要性を感じないのでスルーした。

 

音羽の滝に流れるのは清水寺の名称の由来となった霊水だ。学生時代の我なら『飲めば悪を倒す為の力を得られる!』とガブ飲みしそうである。

 

「ねえ将軍ちゃん。あの滝の水を飲むみたいだけどさ。なんのご利益があるの?」

 

そんな風に昔の自分を考えていると、我の腕に抱きつくエルネスタ殿が話しかけてきた。

 

「確か向かって左から順に学業成就、恋愛成就、延命長寿だった気がするな」

 

「なるほど……うわ」

 

エルネスタ殿は我の説明を聞いたかと思えば突如引き攣った笑みを浮かべる。視線の先には滝があるので我も見てみると、白衣を着た女性が大五郎の空ボトルを持って恋愛成就の水を汲みまくっていた。

 

(まさかあのような人がおるとは……平塚女史以外にもいるとは思わなかったぞ)

 

学生時代に生活指導を担当していた平塚教師、彼女は未だに結婚出来ずに教職をしている。中学の時に音羽の滝で大五郎の空ボトルを用意して恋愛成就の水を汲み過ぎて注意されたと聞いたが、まさか彼女以外にもいるとは予想外である。

 

しかし平塚教師は生涯独身で終わりそうであるな……

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「はぅっ!」

 

「どうしたんですか平塚先生?!」

 

「い、いや……なんというか、いきなり心を抉られて……」

 

総武中の職員室にて悲鳴が鳴り響いていた。

 

 

 

 

そんな事を考えながらも暫く並んでいると……

 

「あー!隼人君、恋愛成就の水飲んだー!」

 

「隼人君さ、誰かに恋してるん?」

 

「いや、出会いが欲しいからだよ」

 

前からそんな声が聞こえてきたので見れば、丁度水を飲む場所で金髪の学生が沢山の女子に囲まれていた。

 

(名前や見た目といい……若い頃のあの男を思い浮かべてしまうな)

 

以前八幡を闇討ちしたあの男に……いや、それは目の前の彼に失礼だな。彼は見る限り星脈世代ではないし。

 

そんな風に考えている時だった。突如我の頭に電流のようなモノが走るイメージが生まれ……

 

「んっ!何故か我の開発した煌式武装が悪の手に渡った気が!」

 

思わずそう呟いてしまう。何故か今、フードを被って見た目がわからない連中が夜に我の開発した使い捨て巨艦型煌式武装をぶっ放す光景が浮かんだ。何だ今の光景は?

 

「何言ってんのさ将軍ちゃん。それより音羽の瀧の水だけどどれを飲む?」

 

対してエルネスタ殿は呆れた表情を浮かべながら我を見てくる。……とりあえずさっき思い浮かんだ光景については気にしないでおこう。今は昼だから多分気の所為だし。

 

「うーむ……学業は社会人だから要らんし、恋愛についても結婚してるから……長寿の水であるな」

 

長寿については運も必要であるからな。

 

「だよねー。私も将軍ちゃんと長く一緒に居たい長寿だね。じゃあレッツゴー」

 

言いながらエルネスタ殿は腕を組んだまま恋人繋ぎをしてくる。エルネスタ殿の予想外の行動に、我の顔は熱くなってくる。

 

「わかったからいきなり手を引っ張るでない!」

 

「えー?良いじゃん、昨日は一杯愛し合ったんだし」

 

我の言葉に対してエルネスタ殿は楽しそうに笑っているだけだ。これを崩すのは厳しい……何だかんだエルネスタ殿を止めた回数は少ないのだから。

 

「いや、まあ、そうだがな……しかし普段破天荒なエルネスタ殿が子兎の様に怯えるとは思わなかったわい……まあ可愛かったけど」

 

我はしどろもどろになりながらも何とかそう返す。実際に食べる直前のエルネスタ殿は涙目で不安そうな表情であった。そしてそれが更に我をそそらせた。

 

「う、うるさいよ!初めてだったからしょうがないじゃん!それより!ほら!早く行くよ!」

 

我がそう返すとエルネスタ殿は真っ赤になって我の手を強く握って歩きだす。

 

「痛っ!エルネスタ殿、強く握り過ぎである!」

 

一応我も星脈世代であるから余裕で耐えられるが結構痛い。その事からエルネスタ殿は相当力を込めているのだと容易に推察できる。

 

「知らないよ!将軍ちゃんのバカ!」

 

エルネスタ殿は我の言葉を一蹴して前にと歩き出す。全く……昔に比べて随分と女の表情を浮かべるようになったな。

 

そんな事を考えながらエルネスタ殿に引っ張られていると、周囲の人が一斉にブラックコーヒーを飲みだす。側から見れば結構異常な行為だ。もしかしてこの音羽の滝では並ぶ間にブラックコーヒーを飲む作法でもあるのか?(*単純に2人のやり取りを見てブラックコーヒーを飲みたくなっただけ)

 

 

そんな風にエルネスタ殿に手を強く握られること10分、いよいよ我達の番となったので、エルネスタ殿が先に柄杓を持って長寿の水を取り飲み始める。飲む度にエルネスタ殿の喉がコクコクとなって妙にエロく見えてしまう。

 

「ぷはっ!冷たくて美味しい……はい将軍ちゃん」

 

言いながらエルネスタ殿は柄杓を渡してくるので、我も同じ長寿の水を飲む。エルネスタ殿の言うようにヒンヤリとしていて……ん?

 

(待てよ、これって間接キスではないのか?)

 

思い返せば確かに間接キスだ。我は除菌済みの柄杓を取らずエルネスタ殿から直接受け取ったのだから。

 

(な、なんだか妙に恥ずかしいであるな……)

 

普通のキスやディープキスも経験済みだが、何故か妙に恥ずかしい。この気持ちは絶対にエルネスタ殿に知られないようにするべきである。でなきゃ絶対にからかってくるだろう。

 

そう思いながら我が柄杓を置き場に置こうとすると……

 

「ねぇねぇ、今のって間接キスだよね?」

 

エルネスタ殿が全てわかっているかのようにニヤニヤ笑いを浮かべながらそう言ってくる。

 

「そうであるな。それよりも後がつかえているから早く「私との間接キスはどうだった?」……」

 

やはりエルネスタ殿は良い性格をしておるな。わざわざ我の口から聞かせようとするなんて。

 

しかし向こうがそう来るならこっちにも考えがある。

 

「まあ良かったな……しかし、昨夜淫らになったエルネスタ殿のキスに比べたら物足りないのである」

 

我が笑いながらそう言うと、エルネスタ殿は顔からニヤニヤ笑いを消して、代わりに怒りと羞恥が生まれる。

 

「それは言わないでよ!将軍ちゃんの馬鹿!」

 

「貴様が先にからかったのが悪い」

 

偶には我だって主導権を握りたいからな。こんくらいは言っても良いだろう。

 

「だからって昨日の事を言うなんて……義輝の馬鹿……」

 

「ぐはっ!」

 

エルネスタ殿がジト目で我の名前を呼ぶと思わず吹き出してしまった。昨夜の営みでも名前呼びは経験したが、普段アダ名呼びしているエルネスタ殿が名前呼びをするのは破壊力がある。加えて赤面+ジト目だ。最早我にエルネスタ殿の一撃を防ぐ力は無かった。

 

「にひひ〜、将軍ちゃん可愛いね。良し良し」

 

エルネスタ殿はジト目を消して勝ち誇った顔で我の頭を撫で撫でしてくる。くそっ……やっぱりエルネスタ殿には勝てる気がしない。まさにカカア天下だ。

 

「わかったから頭は撫でるな。後がつかえているから行くぞ」

 

「はーい」

 

人前で頭を撫でられるなんて恥ずかし過ぎるわ。我は街中でディープキスをする八幡と違って羞恥心が馬鹿になってないからな。

 

我は未だに笑い続けるエルネスタ殿を引っ張りながら音羽の滝を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数時間、我とエルネスタ殿はとにかく楽しんだ。南禅寺や銀閣寺に行ったり、食べ歩きをしたり、煌式武装の専門店に行ったり、京料理を食べたりと様々な事をしたが、その全てが楽しかった。

 

しかしその楽しみにも終わりが来る。

 

「あー、もう終わりか〜。もうちょっと遊びたかったなぁ」

 

京都駅の新幹線にて、エルネスタ殿は不満ありありの表情を浮かべながら発車を待つ。我としては後2、3日遊びたいが、仕事という存在があって無理なのだ。我もエルネスタ殿も会社で高い地位にいるのだから。

 

「我も同じ気持ちだが喚いても仕方なかろう。次に旅行する時はもう少し休暇を用意してから行こうではないか」

 

いざとなったら紗夜殿に我の地位を渡して引退するのも悪くない。

 

「そうだねー……じゃあ将軍ちゃん。次は沖縄に行かない?」

 

「沖縄か……良いぞ。我も是非行ってみたい」

 

「決まり〜。じゃあいつか行こうね……子供が出来たら」

 

「え、エルネスタ殿?!」

 

「にひひ〜」

 

エルネスタ殿の投下した爆弾に思わず焦ってしまう。ふとした瞬間に爆弾を投下するのは止めて欲しい。心臓がバクバク高鳴ってしまう。

 

「はぁ……頼むから揶揄うのは止めてくれい。心臓が保たんわ」

 

「ごめんね。でも子供も沖縄に行きたいのは本音かな」

 

エルネスタ殿は優しい表情を浮かべながらそう言ってくる。

 

「ま、まあ確かにそれには我も同意だ。だからもしも子供が出来たら沖縄に行くぞ」

 

実際、子供が出来たら色々な場所に連れて行ってやりたい。八幡を始めとした我の男友達は大小差はあれど全員子供に目一杯の愛を注いでいる。そんな光景を見ていると、我も愛を注ぐべきと思うようになってくるのだ。

 

「じゃあ私も子供を産むよう頑張るから、将軍ちゃんも頑張ってね?」

 

エルネスタ殿は蠱惑的な笑みを浮かべながら我の肩に頭を乗せてくる。畜生、八幡じゃないが我の嫁マジで可愛過ぎるわ。

 

「はいはい。わかっとるわ」

 

「んっ……」

 

エルネスタ殿の髪を撫でると、くすぐったそうに目を細める。そんな仕草を見せるエルネスタ殿をもっと見たいと思った我は更に撫でていると、新幹線の発車ベルが鳴りだしてゆっくりと進み出す。

 

するとエルネスタ殿が頭を我の肩に乗せるのを止めて向かい合う。

 

「将軍ちゃん将軍ちゃん」

 

そして顔を近付けて、我が言葉を発する前に……

 

「大好き〜」

 

ちゅっ……

 

いつもの笑顔でキスをしてくる。それによって我は一瞬だけ呆けてしまうが、不意打ちは既に何度かされているので……

 

「我もだよ」

 

直ぐにエルネスタ殿に意識を向けてキスを返す。いつまでも意識を飛ばしているだけの我ではないからな。

 

するとエルネスタ殿は嬉しそうに甘えてくるので我はエルネスタ殿を思い切り甘やかしながらキスを返す。今の我の胸中には幸せしか存在しなかった。

 

今回の新婚旅行は一泊二日と短い旅行だった。しかしエルネスタ殿と結婚して以降初の旅行であったからか、エルネスタ殿とより親密な関係となり、エルネスタ殿の事をハッキリと好きと思えるようになった。実際にエルネスタ殿と身体を重ねた事もあるしな。

 

だから我は今後自分の持つ力全てを使って、我とキスをする世界で最も素晴らしい女を幸せにすると心に誓った。

 

ずっとエルネスタ殿の隣に居たい

 

ずっとエルネスタ殿の笑顔を見ていたい

 

ずっとエルネスタ殿の力になりたい

 

その3つの考えは未来永劫、我の胸から消える事はないと断言出来る。

 

こうして我とエルネスタ殿の一泊二日の新婚旅行は最高の終わり方で幕を閉じたのだった。

 

しかし……

 

 

 

 

 

 

「んむっ……ちゅっ……んんっ、将軍ちゃん、もっと、激しく」

 

新幹線の中でディープキスをするのは恥ずかしいので勘弁して欲しい。さっきから注目を浴びてるし。

 

(まあエルネスタ殿が激しくと言った以上止める気はないがな)

 

そう思いながらも我はエルネスタ殿のディープキスに応えるかのようにディープキスをして、終点に着くまでキスを続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、降りる時に我とエルネスタ殿の席に大量の唾液が落ちてあるのは言うまでもない事だろうが、気にしないでおく。

 

 



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鳳凰星武祭は近い

合宿から帰った翌日……

 

「すみません。12時から材木座とアポを取ってる比企谷ですけど」

 

俺は今材木座が幹部をやっている技術会社『技術開発局』にいる。理由は簡単。合宿中に義手を壊されたから新しい義手を作らないといけないからだ。

 

「いつもありがとうございます。こちらにも話を届いております。執務室でお待ちとの事です」

 

言いながら受付のお姉さんは許可証を渡してくる。これは毎度のことなので俺は慣れた手つきで許可証を受け取り、エレベーターに乗り指定の階を選択する。

 

そして指定の階に到着すると既に何十回も歩いた廊下を歩き、執務室の前に着いたのでインターフォンを押す。

 

『今開ける』

 

その言葉と同時に扉が開くので中に入ると、材木座は作業着姿で書類作業をしていた。

 

「済まんな八幡よ。今ちょっとキリが悪いからそこに座って話し相手になってくれないか?」

 

「それは構わないが話しながらでも出来るのか?」

 

「重要部分は終わって、あとはサインするくらいの仕事だからな」

 

「なら良いが……とりあえず頑張れ」

 

「うむ。それより八幡よ、合宿では災難だったな」

 

「全くだ」

 

まさか合宿で10数年ぶりに義手を吹っ飛ばされるとは思わなかった。戦闘訓練は有意義だったし、ノエルや茨と過ごした夜は最高だったが、あの闇討ちの所為で微妙な合宿になってしまった。

 

「しかし貴様、学生時代からそうであったが、イベントがある度に面倒事に巻き込まれるな」

 

「言うな。俺が1番わかってる」

 

認めるのは癪だが否定はしない。星武祭期間中には誘拐事件の解決に動いたり闇討ちを受けたりして、文化祭では手を斬り落とされたりしたからな。

 

「てかお前はお疲れさん。エルネスタと大人の階段を上ったんだろ?」

 

この前そんなメールが来ていたし、今の材木座は一皮剥けた如く男らしく見える。言うまでもなく童貞を卒業したのがわかる。

 

「う、うむ。八幡の言う通りだった。あの時のエルネスタ殿ーーー嫁は本当に可愛かった」

 

「だろ?」

 

普段の嫁も可愛いが、夜に淫らになる嫁は昼とは別の魅力がある。

 

シルヴィは夜になるとドSになるし、オーフェリアは昼に比べて恥じらいの色を見せて、ノエルはヤる前は恥ずかしがるがいざ1つになると物凄い喘ぎ1番激しく動く。

 

3人とも昼とは全く別だが、昼の状態と比べても勝るとも劣らない。普通に全員魅力的に感じる。

 

「で?ヤった時のエルネスタってどんな感じなんだ?」

 

気になるのはそこだ。以前男子会で、嫁持ちはヤった時の嫁の状態を説明したんだ。材木座もヤった以上説明する義務がある。てか聞きたい。

 

「うむ……前戯の時はエルネスタ殿がリードしていたな。いつものように揶揄う感じで」

 

「それはなんとなく想像出来るな」

 

寧ろ主導権を握らないエルネスタはエルネスタじゃない。

 

「しかしな……」

 

すると材木座は神妙な表情を浮かべる。そのせいか俺も思わず背を伸ばして材木座の一挙一動に注目してしまう。

 

「しかし?」

 

「アレであるな?エルネスタ殿はいざ本番となった瞬間、怯え出して涙目で見てきてグッときてしまった」

 

「何それ見たい」

 

エルネスタが涙目+怯えとか見たいわ。まあそんな表情を見れるのは材木座の特権だから無理だけど。

 

「だろう?我も見た時は理性を吹っ飛ばしてしまったわ」

 

「そりゃ良かったな。ちなみに何回戦までヤった?」

 

「4回戦であるな」

 

「ド変態め」

 

「最高で6回戦までヤった貴様に言われたくないわ」

 

ぐっ……そこを言われたら返す言葉がない。しかしだからと言って4回戦も充分変態だろう。

 

「否定はしない。ともあれおめでとさん」

 

「うむ……って、書類は終わったしラボに行こうか」

 

材木座がそう言って空間ウィンドウを閉じながら立ち上がるので、俺もそれに続く形で立ち上がり執務室を後にする。

 

「しかし今回の襲撃犯だが、誰だか予想出来たか?」

 

「微妙だな。俺が捕まえた襲撃犯2人は爆死して、銀河によれば爆発が凄過ぎて情報を掴めなかったらしい」

 

まあ肉体が全くと言っていい程だったからな。

 

「ふむ……我の方でも調べてみるぞ?」

 

「助かる」

 

一応俺も統合企業財体の幹部だからW=Wの兵隊を使う事も可能だが、連中は俺以外の兵でもあるので余り信用していない。

 

何せW=Wの中には俺を嫌っている人間もいるからな。そいつらと繋がりを持っている以上、俺が狙われているって情報は知られたくない。流石に堂々と危害を加えることはないだろうが、軽い嫌がらせをしてくる可能性は0じゃないし。

 

しかしマジで襲撃犯は予想出来ないな……誰だが知らないが茨に軽いトラウマを与えたんだし、生き地獄を味あわせてやるつもりだ。

 

そんな事を考えながらも材木座の所有するラボに着いたので中に入る。すると既に義手と義手を取り付ける装置が用意してあった。

 

「では始めるぞ八幡よ。我は装置の電源を入れているからそれを飲んで座っていろ」

 

材木座はそう言って中身の入った試験管を渡してくるので一気飲みする。これは一時的に飲んだ人間の痛覚を遮断する薬だ。義手を取り付ける時、この薬が無いとメチャクチャ痛い。てかあっても結構痛い。

 

「飲んだぞ」

 

「うむ。では行くぞ」

 

材木座がそう言うので俺は左肩を上げる。同時に装置が義手を俺の方に動かして……

 

 

 

「ぐっ……!」

 

そのまま俺の肩と接続した。

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

「処置完了である。試しに動かしてみるが良い」

 

義手の装着を完了するので腕を動かす。痛みは感じないし、上手く稼働している。材木座の腕を疑っている訳ではないが成功して良かった。

 

「特に問題ないな」

 

「ならば良し。もしも異変に感じたら直ぐに連絡するがよい」

 

「わかった。今回も世話になったな。失礼する」

 

「うむ。それと八幡よ。これをやる」

 

言いながら材木座はポケットからある物を取り出してくるが……

 

「カブト虫?」

 

「正確にはカブト虫型自律思考擬形体だ。エルネスタ殿が開発してくれたもので設定した対象と対象の周囲を監視する。今後それを貴様の周囲に付けておくといい」

 

「つまり俺に付けておけば襲撃された場合に情報を得られると?」

 

「うむ。加えてこれは自律思考擬形体故に、襲撃された記録を手に入れた場合、その後に最善と思える行動を取る……それこそ逃げ出した襲撃犯を追尾したりとか」

 

マジか……仮に合宿の時みたいに俺が逃してもこの擬形体が追ってくれる訳だ。もし俺が追わなかったら向こうも死ぬことはないだろうから情報を得られるだろう。

 

「わかった。ありがたく受け取っておく」

 

「うむ。貴様が負けるとは思ってないが気をつけておくのだぞ」

 

「ああ……っと、そんな良い物を貰ったんだしこっちも礼をしないとな」

 

言いながら俺は空間ウィンドウを開いて材木座にある物のデータを渡す。

 

「こ、これは?!」

 

それを受け取った材木座は驚きを露わにしながら俺と空間ウィンドウを交互に見る。

 

「今度それ買ってエルネスタに使ってみろ。メチャクチャ興奮するぞ、ソースは俺」

 

「い、一応考慮はしておく……しかし八幡よ、お主も中々Sであるな」

 

「自覚はある。またな」

 

俺は材木座に軽く会釈をしてラボを後にする。今日は仕事もないし帰って寝るか。まだ合宿の疲れが取れ切ってないし。

 

 

 

 

 

八幡が去った後……

 

「ふむぅ……一応買ってみるか」

 

材木座は唸りながらも八幡が渡した空間ウィンドウを操作して購入ボタンを押す。空間ウィンドウには『どんな女も一発絶頂!史上最強の媚薬』と表示されていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……って、誰もいないんだった」

 

自宅に帰った俺はため息を吐きながらリビングに向かう。今日は俺以外誰もいない。シルヴィは鳳凰星武祭が近いから仕事が忙しく、ノエルはE=Pの幹部と会食、オーフェリアはシリウスドームのVIP席に置く花について運営と話をしていていない。

 

俺は教師としてもW=Wの人間としても非番だ。昔の俺なら休みで喜んでいると思うが、今は寂しくて仕方ない。

 

早く帰ってきてくれと思った時だった。突如端末が鳴りだしたのでポケットから取り出す。誰だが知らないが暇潰しに付き合ってくれるとありがたい。

 

そう思いながら電話の相手を見ると一瞬だけ思考が停止する。電話の相手が予想外だったからだ。

 

しかし無視をするのは論外なので電話に出る。

 

「もしもし」

 

『もしもし、八幡さんですよね?お久しぶりですわ』

 

「そっすね。お久しぶりですーーーソフィアさん」

 

電話の相手はソフィア・フェアクロフさん。学生時代にシルヴィによって縁が出来た人だ。最初は余り良く思われてなかったが、時が経つにつれて仲良くなれて、今でも割と連絡をしている。

 

そして……

 

『そうですわね。もう少しマメに電話してくださいな。想い人との電話は何よりも楽しみなのですから』

 

そう、かつてノエルと同じく、俺と付き合う為に物凄いアプローチをしてきたのだ。

 

告白されたのは俺が大学1年の頃で、ソフィアさんの願いである『フェアクロフ家の当主になる事』を叶えて直ぐの事だった。

 

当初フェアクロフ家はアーネストさんに当主を継がせる予定だったが、チーム・赫夜と関わりソフィアさんの願いを知った俺は願いを叶えるべく色々と動いた。例を挙げるならフェアクロフ家にフェアクロフ家と敵対する家の機密情報を片っ端から提供した事とかだ。

 

結果、フェアクロフ家はソフィアさんを次期当主にする事を約束して、それを理解したソフィアさんは俺に礼をした後に告白をしてきたのだ。

 

当然オーフェリアとシルヴィは反対したが、ソフィアさんはノエル同様に全く諦めることなく俺にはアプローチを、2人には交渉をし続けた。

 

それが暫く続いた時だった。ソフィアさんが俺にアプローチをしている事が本家にバレて猛反対を受けた。

 

それは仕方ない事だ。フェアクロフ家はヨーロッパ最大の名家。幾ら協力したとはいえ、レヴォルフのNo.2、それも二股掛けてる男を家に取り入れるのは無理だろう。

 

当時ソフィアさんはノエル同様に家の人間の反対を押し切ろうとした。しかし俺と付き合うなら次期当主はアーネストさんにすると言われ、ソフィアさんは悩んだ末に家の要求を受け入れて俺に対するアプローチは止めた。

 

ノエルの場合は絶縁してでも俺と付き合おうとしたから成功出来たが、ソフィアさんの場合アーネストさんに代わって当主になるのが願いであるので、絶縁は絶対に出来ないことである。

 

そんな訳でソフィアさんとは結婚してないが、もしも家の反対が無かったらソフィアさんは殆ど確実に俺と結婚していたと思う。ノエル並みに積極的だったし。

 

閑話休題……

 

そんな訳でソフィアさんもプライベートでは堂々と俺の事を好きと言ってくる。以前その事を軽く注意したら、政略結婚故に夫も自分に自分以外の女性に愛しているのを公言しているから問題ない、と一蹴された。

 

要するにソフィアさんは結婚しているが、政略結婚なのでソフィアさんもその夫もそれぞれ違う人を愛しているのだ。

 

「そりゃどうも。てかわざわざ電話するって事はなんか用事があるんすか?」

 

『ええ。実は私、鳳凰星武祭を見に来ますので、よろしければ一緒に見ません?美奈兎さん達も一緒ですの』

 

そういや同僚のクロエを除いたチーム・赫夜のメンバーと会うのは久しぶりになるな。偶に連絡を取り合うとはいえ直接会いたいのは事実。

 

故に……

 

「わかりました。可能な限り仕事をないようにしておきます」

 

俺はソフィアさんの誘いを受けることにした。

 

『それは良かったですわ。では詳しい予定は鳳凰星武祭が開催される3日前あたりに決めましょう。ところで今はお時間ありますの?』

 

「ありますがどうかしましたか?」

 

俺がそう尋ねるとソフィアさんは表情を真っ赤にしながら口を開ける。

 

『いえ、折角ですのでもう少しお話がしたいですわ……』

 

「もちろん良いですよ」

 

俺は即答する。そんな表情を見せられたら断るのは無理だ。

 

『ありがとうございます。実はですね……』

 

こうして俺はソフィアさんと2時間近く電話したのだった。久しぶりの彼女との雑談は楽しくて俺の暇を潰してくれたのだった。

 

だから俺は鳳凰星武祭でソフィアさんひいてはチーム・赫夜のメンバーと会う気持ちがより一層強くなるのだった。

 

ただソフィアさん、電話を切る時に投げキッスをするのは止めてください。一応ソフィアさんの初めてを奪ったとはいえクソ恥ずかしいですからね?

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「もう直ぐ鳳凰星武祭が開催される……その時警備隊は外部からの客によるトラブルの対応があるし、比企谷を殺す為の漬け込む隙はある……」

 

暗い部屋で葉山隼人は空間ウィンドウを開きながら八幡を殺す計画を立てている。

 

それを10分近く続けているとキリが良くなったので、葉山は空間ウィンドウから顔を逸らしてポケットからノエルの写真を取り出す。

 

「待っててねノエルちゃん。鳳凰星武祭では絶対に比企谷を殺して洗脳を解いて、俺の花嫁にしてあげるからね?そうすれば君は世界で一番幸せな人間になれるから」

 

ちゅっ……

 

そして写真に写るノエルの唇にキスをして、再度空間ウィンドウに目を向けるのだった。

 

 

ーーー鳳凰星武祭の開幕は近い



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いよいよトラブルの予感が漂う鳳凰星武祭が始まる

『ーーーというように今回も無事に鳳凰星武祭が開催出来ることを誇りに思い……』

 

 

「しっかし何年経っても開会式はつまらないな……」

 

鳳凰星武祭当日、俺は今観客席にて開会式を見ている。一応クインヴェールの教師だからクインヴェールの観戦席に入れるが今回は違う。

 

何故かと言うと……

 

「仕方ないじゃない。これも星武祭のしきたりなんだから」

 

隣にはオーフェリアがいるからだ。一応俺が同伴すれば入れない事はないが他の教師は良い顔をしないし、生徒らがオーフェリアに色々質問してきそうだからクインヴェールの観戦席には行かないつもりだ。

 

ちなみにシルヴィは運営委員として星武祭期間中は忙しくて夜以外会わなくて、ノエルはガラードワースの教師同士でガラードワースの観戦席にいて、クロエを除いたチーム・赫夜のメンバーは仕事の都合上2日目にアスタリスク入りをする。

 

「でも、私は久しぶりに八幡と2人きりで嬉しいわ」

 

言いながらオーフェリアは優しい笑みを浮かべて俺の肩に頭を乗せてくる。自由になってからオーフェリアはどんどん感情を取り戻して、今や普通の女性と同じくらいになっている。そんなオーフェリアはとにかく愛おしい。

 

「そりゃどうも。確かにお前と2人きりになるのは久しぶりだな」

 

4人一緒に過ごすことは多いが2人きりは余りない。シルヴィとはご無沙汰だし、ノエルも合宿の時は2人きりだったが合宿の前に2人きりなったのは半年以上前だ。

 

「ええ。だから楽しみだわ……んっ」

 

オーフェリアは俺の首にキスをしてくる。この甘えん坊め。

 

「ったく……」

 

俺はオーフェリアの攻めにドキドキしながらも頭を撫でる。大切な妻にそんな風に甘えられたら俺に拒否する選択はない。

 

結果、俺は開会式が終わるまでオーフェリアとお互いに甘え合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

1時間後……

 

「んじゃどこのドームに行くか?俺としてはこのシリウスドームかカノープスドームで試合を見たいんだが」

 

開会式が終わり、俺達は売店で昼飯を買いながらそんな話をする。

 

今日行われる有力ペアによる試合は、シリウスドームで行われる綾斗の娘ペアによる試合とカノープスドームにて行われる虎峰の子供ペアによる試合だ。

 

今回の鳳凰星武祭で優勝候補2トップの試合である以上、見ておきたいが時間の都合上、生で見るのはどちらか片方だけだろう。

 

「カノープスドームが良いわ。あの女の娘が負けるところが見たいわ」

 

オーフェリアは即答する。そういや虎峰の子供の龍苑と燐音ペアの対戦ペアはアレだったな。

 

言いながら端末を取り出して空間ウィンドウが表示する。そこには……

 

 

界龍第七学院

趙龍苑&趙燐音

 

VS

 

聖ガラードワース学園

相模綾乃&玉縄正義

 

そう表示されている。以前トーナメント表が発表されてから調べてみたが相模綾乃はあの相模南の娘だ。それを知った時の嫁3人はメチャクチャ不機嫌になったが、今でもハッキリ覚えている。

 

というかあの悪辣女と結婚する男がいる事に驚き……いや、あいつ外面は良かったんだったな。

 

ともあれオーフェリアが見たいなら止めはしないし、カノープスドームに行くか。

 

「わかった。じゃあカノープスドームに「八幡ちゃぁぁぁぁぁぁんっ!」うおっ!え、エルネスタ?!」

 

売店から出ると同時にエルネスタが猛スピードでこちらに突っ込んでくる。その顔には羞恥と憤怒の色が含まれている。

 

そしていきなり俺の胸倉を掴んでくる。マジでいきなりどうした?それなりに恨まれる事はやっているが、エルネスタに恨まれる事はした覚えはない。

 

予想外の展開に俺だけでなくオーフェリアも驚いているとエルネスタが俺の胸倉を掴んだまま口を開ける。

 

「八幡ちゃん将軍ちゃんに媚薬を教えたでしょ?!アレ凄いヤバかったんだけど?!」

 

あ?媚薬……あー、アレか。前に材木座か闇討ちに備えてカブト虫型自律思考煌式武装を貰った礼に、凄い媚薬の紹介をしたな。まあ元々アレ、ロドルフォから紹介された物だけど。

 

「アレを教えたの?八幡も中々容赦ないわね」

 

例の媚薬を経験済みであるオーフェリアは若干呆れ顔で俺を見てくる。まあアレを飲ませた嫁3人は雌犬と化すからな。

 

「まあな。でもエルネスタよ、何だかんだ楽しんだだろ?」

 

実際俺の嫁3人は終わった後に興奮したと言っていたし、例の媚薬を綾斗ハーレムにも紹介したら4人全員凄かったと評価したし。

 

「そ、それはそうだけど……だからって初っ端からアレはキツ過ぎるよ!将軍ちゃんに媚薬を渡すならもうちょっと効果の薄い媚薬にしてよ!」

 

エルネスタは更に俺に対して文句を言ってくる。まあ確かにあの媚薬はその手の業界では凄過ぎると評判だ。

 

しかし……

 

「え?て事は薄い媚薬なら良い……もしかして雌犬になる事自体は嫌じゃないと?」

 

「なっ?!〜〜〜っ!馬鹿っ!」

 

俺がそう言うと真っ赤になって……

 

パァンッ!

 

「へぶっ!」

 

俺の頬に平手打ちをして走り去って行った。その速さはまさに電光石火の一言だ。

 

「……八幡、今のはデリカシーなさ過ぎよ」

 

オーフェリアがジト目で俺を見てからポカポカと頭を叩いてくる。その仕草可愛過ぎだろ?威力も全然ないし。

 

とはいえ今回は流石にズケズケ言いまくった俺が悪いな、うん。今後は少し自重しよう。

 

(しかし材木座の奴が今後自重するかはわからないがな)

 

あの媚薬、女子に使うと凄くエロくなり男からしたら何度も使いたくなる一品で、俺も毎日使っているわけではないが月に3、4回は使う程気に入っているくらいだ。多分材木座も何度か使うだろう。

 

「悪かった、次からは気を付ける。それよりもカノープスドームに行こうぜ」

 

まだ時間に余裕はあるが念には念をってヤツだ。

 

「そうね」

 

そう思いながら俺がオーフェリアに手を差し出すと、オーフェリアは小さく頷いてから手を差し出して恋人繋ぎをしてくる。

 

オーフェリアの手から感じる温もりによって幸せになりながらも歩き出す。大切な女と手を繋いで行動する……実に幸せだ。

 

そんな風に幸せな気分のまま、カノープスドームに行くべくシリウスドームの出口に向かおうとすると……

 

 

 

 

 

 

 

「だからノエルちゃん。比企谷と離婚して俺と結婚するんだ!」

 

「ですから!私が愛する人は八幡さんであって貴方ではないです!」

 

「君は騙されている。君の隣に立つべきなのは俺なんだ。絶対に幸せに出来るし、君は比企谷と別れるべきだ!」

 

「知りません!私は今が一番幸せなんです!」

 

一瞬で幸せな気分を失った。見れば俺を殺そうとした葉山がトイレの前でノエルを口説いていたのだ。

 

そして俺の胸中には怒りの感情が湧き上がってくる。あの野郎……人の女を口説くとかふざけてんのか?そんな奴見た事ねぇよ。どっか別世界のアスタリスクにはいるかもしれないけど。

 

「おい葉山。ブタ箱から出たかと思えば人の女を口説くなんていい度胸してんじゃねぇか……」

 

内心ブチ切れながら2人の元に向かう。するとノエルはパアッと明るい表情を浮かべ、対称的に葉山は殺意を込めた表情を浮かべる。

 

「……相変わらずふざけた言動をするな君は。まあ良い、ここは引こう……ノエルちゃん。いつか君にかけられた比企谷の洗脳を解いて俺の花嫁にしてあげるからね」

 

言いながら葉山は踵を返して走り出すが、ノエルを花嫁にするだと?!ふざけた事を言ってんじゃねぇよ!

 

俺は反射的に自身の影に星辰力を込めようとするが……

 

(ちっ!人が多過ぎて捕まえられねぇ!)

 

葉山が逃げた先には一般客やアスタリスクに所属する学生が溢れかえっていて葉山だけを捕まえるのは無理だ。第三者の存在を無視すれば捕まえるのは可能だが、それをやったら俺が捕まるだろう。実際葉山がやった事は俺からしたら許されないが、犯罪行為ではないのだから。

 

「(まあ捕まえられない以上ほっとこう。それよりも……)大丈夫かノエル?」

 

嫁の心配が第一だ。俺は半ば慌てながらもノエルに話しかけるも、ノエルは笑顔で頷く。

 

「大丈夫ですよ。助けていただきありがとうございます」

 

「そのくらいは良いんだが……何があったんだ?」

 

俺が気になった事を話しかけると、ノエルは笑顔を消して嫌そうな顔をする。コイツがこんな顔をするって事は相当不愉快だったのだろう。あの葉虫、人の嫁になんてことをしやがるんだよ?

 

「えっと……ガラードワースの観戦席で開会式を見届けた後に解散となって、お手洗いに行った後に話しかけられて……」

 

「で、口説かれたと?」

 

「……はい」

 

「あの野郎マジで良い度胸してるな……ノエル」

 

「何ですか?」

 

「一応言っとくが俺はお前を洗脳してな「そんな事は知ってます!」お、おう……」

 

念の為にノエルに洗脳してない旨を告げようとしたら、途中でノエルの大声がそれを遮る。

 

「八幡さんに洗脳能力がないのは知ってますし……何より私は自分の気持ちに従った結果、八幡さんを好きになったんです!この気持ちは嘘偽りない本物の気持ちです!」

 

ノエルは強い口調で俺に詰め寄ってくる。そこには嘘偽りはなかった。

 

「そう言ってくれると俺も嬉しい。ありがとな」

 

「いえ。妻として当然です」

 

俺が礼を言うとノエルは小さい、それでありながら僅かに膨らんでいる可愛らしい胸を張る。仕草可愛過ぎだろ?

 

「そう言ってくれると助かる。てかお前は1人か?」

 

「はい。ですから何処のドームに行くか悩んでいて……」

 

「なら私達と一緒にカノープスドームに行くのはどうかしら?私と八幡が居ればあの葉虫もノエルに寄ってこないでしょう?」

 

するとオーフェリアがそんな提案をしてくる。まあ一理ある。ノエルは見た目は気弱そうだから1人で居たらまた葉虫が寄ってくる可能性は充分にあり得るだろう。しかし俺とオーフェリアが側に居れば向こうも近づいて来ないだろう。

 

そんなオーフェリアの提案に対してノエルは少々申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「それはありがたいですけど……良いんですか?」

 

「?何がかしら?」

 

「その……オーフェリアさんにとって八幡さんと2人きりの時間を邪魔しちゃうので……」

 

ノエルがそう言うとオーフェリアはキョトンとした表情になるも直ぐに優しい笑みを浮かべる。

 

「馬鹿ね。確かに八幡と2人きりの時間は欲しいけど、それよりもノエルの安全の方が欲しいわよ。出会った当初ならいざ知らず、今の私にとって貴女は八幡やシルヴィアと同じくらい大切なんだから」

 

オーフェリア……お前イケメン過ぎだろ?今のはグッときたぞ。

 

「っ……!はいっ!ありがとうございます!」

 

「決まりね。じゃあカノープスドームに行くわよ」

 

「はい!」

 

言いながらオーフェリアは左腕に、ノエルは右腕に抱きついて甘え全開だ。クソ可愛過ぎて死んでしまいそうだ。

 

「了解。じゃあ行くぞ」

 

俺はそう言ってから2人をエスコートする形でシリウスドームを後にしてカノープスドームに向かった。

 

2人の温もりを感じながら、葉虫に殺意を抱くことを忘れずに。

 

 

 

 

 

 

「クソッ……俺と結婚するという幸せを一蹴するなんて、相当強い洗脳をされてるな。だがいつか絶対に比企谷の洗脳を解いて、沢山の人を救ってノエルちゃんと結婚してやる……!今に見てろよ比企谷……!」




おまけ

「全く!八幡ちゃんはデリカシーがないんだから!」

「どうしたのだエルネスタ殿?」

「あ、将軍ちゃん?実は……って感じなの」

「彼奴本当にデリカシーがないのう……」

「でしょ?……ところでさ将軍ちゃん。将軍ちゃんはさ、私を雌犬にしたいのかな?」

「ふむ……まあ確かにあの時のエルネスタ殿は興奮した……が」

「が?」

「やっぱり我にとって1番見たいエルネスタ殿の表情は普段の笑顔であるからな。偶に雌犬にする事はあっても、雌犬に定着させるつもりはない」

「い、いきなり変な事を言わないでよ将軍ちゃんの馬鹿!」

「え?!なんか我変な事を言ったか?」

「煩い!将軍ちゃんの馬鹿!アホ!厨二病!大好きだよバーカ!」

「何故我そこまで罵倒されるの?!我もエルネスタ殿の事大好きだけど!」

「っ……!だからハッキリと言わないでよ!義輝の馬鹿!」

「き、貴様こそいきなり名前で呼ぶな恥ずかしくて仕方ないわ!」


ギャーギャーワーワー!!


「甘ぇ……」

「あのバカップルめ……TPO弁えろよ……」

「やっべ……口から砂糖が出てきやがる」

「急いでブラックコーヒーを買わないとな……」

「俺も買おう」

「僕も……」

「私も」

鳳凰星武祭初日、シリウスドームに売られているブラックコーヒーが全て売り切れるという事態が発生したのだった。


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グダグタな試合は白ける

カノープスドームの観客席にて……

 

「第1試合が始まるまで後20分ちょいか……短いように感じるが長いな」

 

 

「そうですね。私も待ち遠しいです」

 

「まあ私が楽しみにしてる試合は少ないけど」

 

俺は今ノエルとオーフェリアに挟まれながら試合を待っている。シルヴィは運営委員会としての仕事があるから居ないのが悔しい。星武祭の時期になるといつもそうだ。オーフェリアとノエルと過ごす事はあるが、シルヴィと過ごす時間は殆どない。

 

寂しい気持ちはシルヴィも同じのようで星武祭が終わって一息つくと暫く会えなかった反動でいつも以上に甘えん坊になるが、今回もメチャクチャ甘えてくるだろう。だから俺は思い切り甘えさせてやるつもりだ。

 

「だろうな。今日カノープスドームで試合をするペアで優勝候補なのは龍苑と燐音ペアだけだからな」

 

虎峰とセシリーの子供にして、界龍第七学院序列4位の趙龍苑と序列5位の趙燐音。今日カノープスドームで試合をするペアではこの2人がぶっち切りで強い。合宿で俺にボコボコにされて以降奮起したのか、最新のデータは合宿前のそれに比べて大きく成長していたし。

 

そこまで考えていると……

 

『やっはろー!ってわけで第32回鳳凰星武祭第二会場であるカノープスドームだよ。実況は私、ABCアナウンサーの雪ノ下結衣、解説は星導館学園OGにして星猟警備隊隊長補佐をやってる比企谷小町ちゃんに来てもらったよ。小町ちゃんやっはろー』

 

『結衣さんやっはろー!』

 

そんなやり取りが耳に入る。星武祭の解説者は基本的に『かつて星武祭で優秀な成績を残した人間』かつ『現職が六学園と深い繋がりを持っていない仕事である人間』が選ばれる。つまり六学園で教師をやっている俺やノエル、綺凛やセシリーが解説に呼ばれる事はない。呼ばれるとしたら退職してからだろう。

 

ちなみに今花屋で働いているオーフェリアは偶に解説に呼ばれる事があり、偶に割と容赦ない評価を下す事から一部のドMからは人気が出ている。

 

(てかお前らもう直ぐ40歳になるってのに、まだやっはろー言ってんのかよ……)

 

学生時代にも恥ずかしいと思っていたが、30代になってもやってるって結構痛いぞ。まあ本人ら楽しそうだから良いけど。

 

『いよいよ始まるけど小町ちゃんから見て今回の鳳凰星武祭はどうかな?』

 

『うーん……ま、星導館の零ちゃんと紗枝ちゃんは凄く強くて優勝候補だと思いますよ。綾斗さん繋がりで何度か模擬戦してますけど紗枝ちゃんは私と互角で零ちゃんは私より強いですから』

 

『へー、やっぱり天霧警備隊長の子供だけあって強いんだ。他にはどうですか?』

 

『やっぱり界龍の趙兄妹とかガラードワースの聖騎士コンビあたりですかね。今回はサプライズ的な選手は居ませんし』

 

『なるほど〜。そういえば私達が鳳凰星武祭に出た時はアルルカントがすっごいロボットを出してたよね!』

 

『ええ。そのシーズンは厨二さんとエルネスタさんとカミラさんのアルルカントトリオが色々引っ掻き回してましたよね〜。それと結衣さん、ロボットではなく擬形体ですからね?』

 

そんなやり取りを聞きながら俺は昔ーーー高1の頃行われた鳳凰星武祭に思いを馳せる。

 

「懐かしいなーーー俺ん時は色々ぶっ飛んだイベントがあったし」

 

誘拐事件が起こったり、星武祭実行委員長に襲撃されたりと前代未聞な事件が起こりまくった。

 

「そうね。確かに色々な事件があったわ。でも私は最終日に八幡の恋人になれた事は今でも鮮明に覚えているわ」

 

オーフェリアは笑顔でそう言っているが、それについては俺もだ。世界最強の魔女と世界の歌姫に告白されて付き合うなんてイベントを忘れる方が無理って話だ。

 

「私は当時八幡さんとは接点が無かったですけど、オーフェリアさんとシルヴィアさんが幸せそうに笑っているのは容易に想像出来ます」

 

ノエルの言う通りだ。あの時の2人の表情は1番印象に残っていて一生忘れない確信がある。

 

「っても、ノエル。お前が俺の彼女になった時も同じ表情を浮かべてたぞ?」

 

加えてガチ泣きしてたし。俺がそう言うとノエルは顔を真っ赤にして上目遣いで俺を見てくる。

 

「だ、だって……4年近く願った恋ーーーそれも至難な恋が叶ったからつい……」

 

まあ確かに……既に彼女を、それも2人持っていた俺を振り向かせるのは至難だろう。実際シルヴィは優し過ぎたからともかく、オーフェリアに認められるまで3年弱、俺が了承するまで4年近く掛かったし。

 

「ふふっ……可愛いわね」

 

「あっ……」

 

オーフェリアが妖艶な笑みでノエルに顎クイをやると、ノエルは恥ずかしそうに喘ぐ。何その百合プレイ。もっとお願いします。

 

『そろそろカノープスドームでも第1試合の時間だね。先ずは東ゲート!界龍第七学院序列4位『疾風怒濤』趙龍苑と序列5位『雷霆』趙燐音の趙兄妹だよー』

 

結衣ののんびりした声と同時に東ゲートから界龍の制服を着た趙兄妹がステージに立つ。同時に歓声が上がる。優勝候補が出ると必ず盛り上がるのは必然だ。

 

『かつて星武祭で大暴れした趙さんとセシリーちゃんの子供が遂に参戦!親譲りの体術と星仙術のお披露目が楽しみだね!』

 

『そうですね。今の時代は小町達の子供達が星武祭に参加するのが、多いけどこの2人はかなり強い方ですね……まあ小町の姪4人がトップですけど』

 

 

小町の姪、つまり俺の娘4人を意味する。まあ否定はしない。俺とオーフェリアの娘の翔子はレヴォルフの序列1位で、俺とシルヴィの娘の歌奈と竜胆はクインヴェールと界龍の序列1位、俺とノエルの娘はガラードワースの序列1位だからな。それについては理解出来るが俺の身内を自慢するな。

 

そんな事を考えていると、反対側から対戦相手の相模&玉縄ペアが現れる。とはいえ会場の空気は趙兄妹が勝つ空気になっていて、この中でいつも通りに戦うのは無理だろう。

 

(というかデータを見る限りいつも通りに戦っても負けるだろうな)

 

散々人に迷惑をかけた女の娘だから……と、データを見たが特徴がないのが特徴ってくらい平凡な戦闘スタイルだった。そしてそれは相方の玉縄も同じだ。

 

ちなみに普段の学園生活はどうかというと、ノエル曰く、相模はクラスのリーダーで引っ込み思案な性格の子をパシらせたりして、玉縄ってのはクラス委員長らしいが、委員会ではロジカルシンキングだのグランドデザインだのオミットだのわざわざカタカナ語を使っていて委員会を混乱させているらしい。

 

(今更だがガラードワースって名門呼ばわりされてるけど、ロクデナシ多過ぎだろ?)

 

ガラードワースの話は結構聞いているが、銀翼騎士団以外からは良い話を余り聞かないし。てか俺の時は闇討ちしてくるアホもいるし。

 

そんな事を考えながらステージを見ると4人が向かい合う。趙兄妹はいつも通りの表情を浮かべ、相模が勝ち誇った笑みを浮かべ、玉縄は真面目な表情を浮かべながらろくろを回すようなジェスチャーをしている。最後については意味がわからん……

 

『じゃあいよいよ時間だね!2回戦に上がれるのは界龍か?!はたまたガラードワースか?!』

 

結衣の声に4人が開始地点に立って向かい合う。ネットのオッズでは趙兄妹は1.0009倍で、相模&玉縄コンビは1905倍だったが果たして……

 

 

『鳳凰星武祭Cブロック1回戦第1試合、試合開始!』

 

 

 

 

 

 

『鳳凰星武祭Cブロック1回戦第1試合、試合開始!』

 

「行くわよ!足を引っ張ったら許さないから!」

 

試合開始と同時に相模綾乃は剣型煌式武装を展開しながら相方である玉縄正義に叫ぶ。

 

「もちろんさ。僕と君のボンズとエフォートがあればロウズする可能性はナッシング「はあっ!」……えっ?」

 

『玉縄正義、校章破損』

 

対する玉縄は両手でろくろを回すようなジェスチャーをしながら了解の返事をしようとしたが、ろくろを回すようなジェスチャーをしていたが故に武器を出していなかったので、龍苑の拳によって校章が破壊された。

 

「そ、そんな……!この僕が……!こんなのディスアグリーだ……!」

 

玉縄は未だにろくろを回すようなジェスチャーをしながら愕然とする。

 

「ちょっと!何遊んで「隙だらけだよ〜?」しまっ……!」

 

『相模綾乃、校章破損』

 

『試合終了!勝者趙龍苑&趙燐音!』

 

玉縄の奇行に相模が怒鳴っていると燐音の放った呪符が爆発して相模の校章を破壊した。

 

こうして優勝候補ペアによる試合は10秒もしないで幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

『ここで試合終了!勝ったのは界龍の趙兄妹ペア!』

 

『うーん。1ヶ月前の公式序列戦の記録は見ましたが、随分と機動力が上がってますね〜。合宿でお兄ちゃんにボロカスにされたって聞いたし、その屈辱が強くしたんだと思いますね』

 

 

結衣と小町の声を聞きながら俺はステージを見るが酷い試合だった。玉縄はろくろ回しをしただけだし、相模も何かする前に負けたし。これまでの星武祭で最も酷い試合は俺と葉山の試合とネットでは評価されているが、今の試合によって最も酷い試合は変更されるかもしれない。

 

ちなみに1番人気の試合は俺とシルヴィの2度目の試合で、1番ぶっ飛んでいる試合は俺と星露の試合で、1番予想外だった試合は俺とレナティの試合だ。何でもいいが全ての試合に俺の名前が載っているのが解せない。

 

閑話休題……

 

「酷い試合ね……ノエル、ガラードワースの評価がまた下がったかもしれないけど頑張って」

 

「あはは……まあ、私達が結婚する時に起こった事件に比べたらマシですから何とかなりますよ」

 

オーフェリアも俺と同意見なようでノエルを励まし、対するノエルは弱々しい笑みを浮かべながら否定はしない。実際あの試合は酷かった。てか玉縄は何故ろくろを回すようなジェスチャーをしていたんだ。アレは何か技を放つ為のルーティーンなのか?だとしたら奇妙過ぎるルーティーンだな。

 

そんな事を考えていると趙兄妹はステージを後にして、相模は玉縄に文句を言っている。しかし俺からしたら50歩100歩だからな?

 

そんな感じでカノープスドーム最初の試合は酷い試合として幕を下ろして、その後は流れるように試合が行われて星武祭1日目が終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー……最初の試合はアレだったが、星武祭のレベルは年々上がってるな」

 

1日目の試合が終わり、俺とオーフェリアとノエルはカノープスドームを後にして自宅に向かっている。

 

「そうですね。序列外ペアと序列入りペアの試合でも結構良い試合をしている事もありましたね」

 

「ええ。でも予選だからイマイチ盛り上がりに欠けるわね。予選から盛り上がった星武祭なんて八幡が高3と大学3年の時に出た王竜星武祭くらいじゃない?」

 

今の王竜星武祭も人気だが、オーフェリアが今言った2つの王竜星武祭はぶっち切りの人気だ。予選から高位序列者と星露の私塾である魎山泊に通う人間がぶつかり合ったし。

 

「まあ今は星露も上から煩く言われて魎山泊をやってないし「あ、八幡君、オーフェリア、ノエルちゃん!」この声は……シルヴィ」

 

いきなり横から話しかけられたので見れば、スーツ姿のシルヴィがこちらに向かって元気良く走ってくる。

 

「奇遇だね。今から帰るなら一緒に帰って良いかな?」

 

「もちろん構わないが、今日は随分と早いんだな」

 

今は7時前だが、シルヴィ毎回星武祭の時期では9時過ぎまで働いているのでここで会ったのは結構驚いた。

 

「今日はW=Wのお偉いさんの対応だけだったから」

 

なるほどな。星武祭の方の仕事はやってないなら試合が終わった時点で帰れるだろう。

 

「そうか。じゃあ帰ろうぞ」

 

「はーい」

 

シルヴィが了承したので俺達4人で一緒に帰る。それだけで俺は幸せな気分だ。こうやって4人で一緒に居るのが1番だ。

 

そんな事を考えながら10分近く歩き、自宅に到着するも……

 

「あれ?電気が点いてるな」

 

見ればリビングの窓からは光が見える。確か電気の確認はした筈だが……

 

「もしかして茨ちゃんが来てるんじゃない?」

 

「あー、週に一度ウチに来る茨ならあり得るな。ともあれ開けるぞ」

 

言いながら俺は玄関の鍵を開けて中に入る。すると……

 

「あ、お帰り」

 

「え?歌奈?」

 

丁度トイレから歌奈が出てきた。シルヴィは驚いているが同感だ。歌奈はクインヴェールに入学してから一度も帰ってきてなかったし。

 

すると……

 

 

 

 

 

 

「あ、皆様お帰りなさい!」

 

「おー、お邪魔してるよ〜」

 

「足を踏むな竜胆!……久しぶりだな親父にお袋」

 

俺と嫁3人の子供である茨に竜胆に翔子がリビングからやって来る。それはつまり俺の子供が全員揃っている事を意味している。

 

(マジで何があったんだ?)

 

茨はともかく、他の3人は各学園に入学してから1回も帰ってきてない。そんな3人と茨が一堂に会するなんて完全に予想外だ。

 

(まあ……久しぶりに家族8人揃ったんだし良いか)

 

俺は幸せな気分のまま靴を脱いでリビングに向かった。折角の家族団欒を楽しまないといけないからな。




すみませんが、明日から26日まで所用でおやすみさせていただきます

人物紹介

比企谷小町(37)

星猟警備隊隊長補佐として綾斗の補佐を担当している。星露との鍛錬の元、鍛え抜かれた実力は時として壁を超えた人間相手に勝てる時もある。学生時代、最後の王竜星武祭の準々決勝で八幡と戦い、途中まで追い込めたものの、影神の終焉神装を使われて敗北。

現在の職場では部下からの信頼は厚いが男との縁はない。最近婚期を気にして綾斗に迫るもユリスを始めとした綾斗ハーレムに止められている。





雪ノ下結衣 (39)(旧姓:由比ヶ浜結衣)

クインヴェールOG。大学3年の時に最後の王竜星武祭に参加した際は5回戦で星露と激突して敗北。負けはしたが、壁を超えていない人間尚且つ魎山泊に通っていない人間でありながら星露に一撃を与えた唯一の人間として名を挙げた。

卒業までに雪乃に勉強を教わり、何とかABCテレビに入社。学生時代から健在しているアホなキャラを使って人気アナウンサーとして絶賛活躍中で、30になってから星武祭の実況を担当するようになった。

同じABCアナウンサーとして入社した雪乃とはずっと仲良しで、一緒に過ごしている内に友情以上の感情が生まれ、30の時に雪乃と結婚して世間を騒がせた。



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久しぶりに家族が集まる

 

 

「しかし……茨はともかく、歌奈達3人が来るとは思わなかったぞ」

 

鳳凰星武祭初日の夜8時、俺は今嫁3人と子供4人と一緒にリビングでのんびりしながらそう呟く。こうして家族全員でのんびりするのは4ヶ月ぶりだ。

 

「別に私は中央区で美味い飯を食おうとしたら茨に捕まったんで好きで来たわけじゃねぇよ。そんで連行されてたら歌奈と竜胆が歩いていて、付いてきたって感じだよ」

 

そんな俺の呟きに対して俺とオーフェリアの娘である翔子が母親譲りの白い髪をいじりながらぶっきらぼうに返事をする。好きで来たわけじゃないって……お父さん悲しい。

 

内心悲しんでいると、俺とノエルの娘である茨が優しい笑みを浮かべながら口を開ける。

 

「でも翔子さん、偶にはお父様達に甘えたら……って私が誘った時嬉しそうでしたよ」

 

「え?マジで?」

 

茨の言葉に思わず聞き返してしまう。今のは完全に予想外だわ。

 

「は?!茨テメェ何言ってんだよ?!私は別に親父に甘えたいなんて思ってねぇからな!」

 

対する翔子は真っ赤になりながら茨の言葉を否定するが、それが照れ隠しである事は翔子以外の全員が理解出来ているだろう。

 

「いや、それはないでしょ。翔子って昔から嫌な事は絶対にしないし。だから本当は甘えたいんじゃないの?」

 

「竜胆は黙ってろ!」

 

次に翔子は竜胆に食ってかかるが、俺からしたら全く怖くなく……

 

「そうかそうか。そいつは嬉しいな」

 

「っ……止めろクソ親父!離せ!」

 

愛おしく思ってしまい、俺は翔子を抱えて自分の膝の上に乗せて抱きしめる。対する翔子は離せと怒鳴るが形だけの抵抗なのは容易に想像出来る。何せ翔子の体術は俺より上だから本気で暴れたら容易に離れられるし、

 

それ以前に俺は抱きしめてはいるが力は全く込めていない。それこそ非星脈世代でも解ける位緩い拘束にもかかわらず、翔子は俺の拘束から逃れない。

 

「そう言うな。久しぶりに会ったんだし」

 

言いながら俺は翔子の頭を撫で撫でする。母親譲りの白い髪の撫で心地は母親のそれと似た感触だ。

 

「頭を撫でるな!私もう13だぞ!」

 

「大丈夫だって。茨はウチに帰ってきたら毎回一緒に風呂に入ったり寝てるぞ?」

 

言いながら翔子の頭を撫で続ける。

 

「茨はファザコンだからな!てか撫で方上手過ぎだろ!?」

 

「基本毎日誰かの頭を撫でてるからな」

 

「だからって……あ〜!もう!好きに撫でろよ!今回だけだからな!」

 

漸く素直になったか。ならば遠慮なく可愛がろう。俺は翔子を抱きしめる強さを強めて、髪の毛をくすぐる。

 

「くっ……!この歳になって可愛がられるとか屈辱過ぎる……いっそ殺せ」

 

「リアルでくっころを聞くと思わなかったぞ……で?最近学校はどうだ?」

 

「ん?毎日決闘やってて楽しいぜ。マフィアを潰すのもやりがいあるし」

 

翔子は抵抗するのを止めてそう返す。ネットには毎日ありとあらゆる決闘や序列戦のデータが流れていて、翔子のデータはかなり出ている。

 

沢山決闘をやっているのは知っていたが楽しんでいるなら何よりだ。

 

「もう……翔子さんったら。決闘を沢山するのはダメですよ?」

 

「そうだよ。しかも再開発エリアや歓楽街のマフィアグループをボコボコにするのはやり過ぎじゃない?」

 

「え?何それ楽しそう。今度も私も連れてってよ」

 

比較的温厚な茨と歌奈は翔子に苦言を呈し、好戦的な竜胆は楽しそうに同伴の許可を求める。対称的だな……

 

「別に良いけどオモ・ネロには喧嘩売らない方が良いぞ。ロドルフォの奴、クソ強いし竜胆からしたら相性悪いし」

 

翔子はそんな事を言っているが、今とんでもない事を聞いたような……

 

「翔子?貴女、ロドルフォ・ゾッポに挑んだの?」

 

オーフェリアが何処から呆れたような表情で翔子に話しかける。見ればシルヴィと歌奈は引き攣った笑みを、ノエルと茨は驚いた表情を、竜胆は面白そうなものを見る表情を浮かべていた。

 

俺は自分の顔を見れないが多分呆れた表情を浮かべているだろう。オモ・ネロはレヴォルフの元序列2位のロドルフォが率いるアスタリスク最大のマフィアグループだ。

 

俺がアスタリスクに来る前から存在していたマフィアグループだが今は俺が学生時代だった頃に比べて大きく成長している。

 

当時の構成員は1000人近くだったが今は2000人以上であり、加えてロドルフォは世界最大の技術会社である技師開発局の最高幹部の材木座と友好関係を築いている。

 

そんな大マフィアの頭領に戦いを挑むなんて我が娘ながらぶっ飛んでいやがる……

 

「まあな。っても負けたけど。綾斗のオッさんみたいに奴の反応速度を上回って倒そうととしたけど無理だった」

 

ロドルフォの能力は一定範囲内の星辰力へ干渉。能力の範囲内なら他人の星辰力へ干渉する事も出来て、拳や脚に星辰力を込めて攻撃力を高める技は阻害され、相手の星辰力に干渉して暴発させる事も出来る。よって近接戦でロドルフォは無敵に近くて、ロドルフォと戦う際は遠距離で戦うのが基本だ。

 

そんで綾斗は王竜星武祭でロドルフォと戦った際は高速機動を駆使して能力を使う前に倒す戦術を使った。まあその戦術は終盤になって使えなくなり、最終的には『黒炉の魔剣』のチート能力で勝ったけど。

 

そして翔子も同じ戦術を使ったのだが負けたと言っている。

 

「まあこればっかりは相性が悪過ぎだから仕方ないだろ」

 

「そこで優しく頭を撫でんな!……まああん時は私が弱かったのが悪い。次にやる時はもっと速くなって奴の反応速度を上回ってやるぜ」

 

翔子は俺の膝の上で小さく握り拳を作る。そんな翔子を見ると愛おしく思える。

 

「……ほどほどにしなさいよ」

 

オーフェリアはジト目で翔子を見ながら注意をする。母親としては娘が危ないことに首を突っ込んで欲しくないのだろう。

 

「はいはい。ってか親父。そろそろ降ろせ。茨が羨ましそうに見ていて鬱陶しいから」

 

「なっ?!い、いきなり何を言っているんですか翔子さん!」

 

「違うのか?違うなら良いや。私がこれからずっと親父の膝の上に「ダメです!」やっぱり羨ましいんじゃん。さっさと乗れ」

 

言いながら翔子はニヤニヤした表情を浮かべながら俺の膝から降りて茨に座るように促す。

 

「翔子さん意地悪です……お父様。お父様の膝の上に乗っても良いですか?」

 

茨は不安そうな表情で見てくるが……

 

「もちろんだ。好きなだけ乗れ」

 

断る理由はないので喜んで了承する。それで茨が喜ぶなら安いものだ。

 

「では……」

 

言うなり茨は俺の膝の上に座るので、翔子の時同様に優しく抱きしめて頭を撫でるのだった。

 

「あっ……」

 

すると茨はピクンと跳ねて色っぽい声を出す。声音から察するに気持ちが良いようなので安心した。だからもっともっと気持ち良くさせてあげないとな。

 

「えいっ!」

 

「あっ……お母様……」

 

するとノエルが正面から俺と茨に抱きついてくる。それによって俺とノエルは茨を挟む形で抱き合う体勢となる。どうやらノエルも茨を甘やかしたいようだ。

 

(だったら2人で思い切り甘えさせてやるか……)

 

そう思いながら俺は茨が満足するまで頭を撫で撫でするのだった。

 

 

 

 

 

「相変わらず茨はファザコンだねー」

 

「そうだね。歌奈と竜胆も久しぶりに私の膝の上に乗らない?」

 

「ママ……じゃあ久しぶりに」

 

「あ、じゃあ私も歌奈の次にお願い」

 

「はいはい。じゃあ5分したら竜胆ね」

 

「じゃあ翔子も私の膝の上に乗って」

 

「お袋もかよ?!いいよ別に!親父で充分「遠慮しないで」って乗せようとする!……わかったよ!自分で乗るから乗せようとするな!」

 

そんな感じで家族全員温かな雰囲気を醸し出していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

2時間後……

 

「んじゃ寝るぞお前ら」

 

風呂に入って寝室に入った俺はそう言いながら電気を消す。今日はベッドを使わずに布団を敷いて8人全員同じ部屋で寝る。元々娘が各学園の寮に入るまではこうやって8人揃って寝ていたのでおかしい事はない。

 

ちなみに風呂も8人揃って入りたかったが、茨を除いた娘3人は反対したのが残念だった。まあ茨が例外であって年頃の女子が親と一緒に風呂に入るのは普通に考えて少ないからな。俺も小学校に上がった頃には一人で入っていたし。

 

「父さんと寝るのは久しぶりだなー」

 

「そうね。恥ずかしいけど、偶には悪くないわ」

 

俺の両隣で寝る竜胆と歌奈はそう言ってくる。寝る際の並び方は一列で、順番は寝室の扉から翔子、オーフェリア、シルヴィ、竜胆、俺、歌奈、茨、ノエルって感じだ。ちなみに順番についてはくじ引きで決めたが、この並び方になった時、茨が悔しそうにしているのが印象的だった。

 

「だな。お前らは明日も生徒会の仕事があんのか?」

 

「私は生徒会というよりアイドルの仕事かな」

 

「私はある。本来なら龍苑に任せたいけど龍苑は鳳凰星武祭に出てるし、私がやらないといけないんだよなー」

 

竜胆はため息を吐きながら愚痴るがそれが普通だからな?

 

てか俺の学生時代、当時界龍の生徒会長だった星露は虎峰に仕事を任せていて、今の界龍の生徒会長の竜胆は虎峰の息子に仕事を任せる……アレか?虎峰の血を引く人間は苦労人の業を背負っているのか?

 

「(まあ龍苑にやらせないなら大丈夫か)とりあえず頑張れ。茨も生徒会の仕事があるだろうし、翔子はどうすんだ?」

 

「私?私は舎弟の連中と寮で騒ぎながら鳳凰星武祭を見る予定」

 

「理想の過ごし方だな。つーかお前は生徒会長をやらないのか?なれば結構な権力が手に入るぞ?」

 

俺も生徒会長をやったが在籍中は結構な権力が手に入る。所属する学園の運営母体の統合企業財体の人間を使えたり、学内でありとあらゆる箇所で優遇されたりと中々の権力だ。

 

俺はディルクをクビにする為だけに生徒会長になったが、生徒会長になって以降は手に入れた権限をフルに使ったくらいだし。

 

そんな俺の質問に対して翔子は……

 

「魅力なのは否定しないけどそこまで興味ないな。そもそも私、書類作業嫌いだし」

 

そう返す。まあ否定はしない。生徒会長の権力は魅力的だったが仕事はガチで面倒だった。単純な書類作業を始め、ソルネージュとの会談や会食、落星工学技術会社との提携関係、他学園との腹の探り合いなど面倒な仕事が多々あったしな。

 

「ま、気持ちはわかる。俺も面倒だったからな」

 

「にもかかわらず生徒会長をやったのはあのデブを抑える為だろ?」

 

「良く知ってんな。お前には話した覚えはないが」

 

「こっちも色々とコネを持ってんだよ」

 

なるほどな……まあディルクが表に出ることはないだろう。ディルク本人はソルネージュの監視下にあって、マディアス・メサは未だに投獄中、ヴァルダは警備隊が危険だと破壊したらしいし。

 

よって俺の平穏を崩す馬鹿は葉山グループだけとなった。一度投獄されたにもかかわらず、未だに復讐心を持っていて尚且つノエルを狙っている。ハッキリ言って万死に値する存在だ。可能なら星武祭期間中に捕まえたいものだ。

 

「あんまり危険なコネは持つなよ?場合によっては面倒になるから」

 

「わぁってるって。てかそろそろ寝ようぜ」

 

「だな……んじゃお前らそろそろ寝るぞ、お休み」

 

「「「「「「「お休み(なさい)」」」」」」」

 

俺がお休みと言うと嫁3人と子供4人が返事をしてくれるので、幸せな気分のままゆっくりと瞼を閉じた。明日は久しぶりにチーム・赫夜の5人全員と会うし今から楽しみで仕方ない。

 

そんな事を考えながら俺は瞼を閉じてゆっくりと意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「ああ……ノエルちゃんノエルちゃん……本当は俺の事が好きなのに比企谷の洗脳の所為で俺に冷たく当たって可哀想に。でも俺は気にしてないよ。必ず比企谷を殺して洗脳を解いて俺の花嫁にしてあげるからね」

 

再開発エリアのホテルの一室にて葉山隼人は執念に塗れた瞳をギラギラと輝かせながらノエルの写真を見ていた。

 

 

 

 

 

同時刻……

 

「ああ……いよいよ明日には美奈兎さん達や八幡さんに会える……早く明日になって欲しいですわ……」

 

アスタリスク中央区にある高級ホテルの一室にて、ソフィア・フェアクロフは自分にとってかけがえのない友人、そして自分が恋心を抱き、自分のありとあらゆるものを捧げた相手を想像して心から幸せそうな笑みを浮かべていた。



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比企谷八幡は久しぶりに弟子と再会する

お久しぶりです。

約3ヶ月ぶりとなってしまいました。

遅れた理由としてはモチベーションの低下です。資格試験の勉強や左足の骨折、終いには祖母の死もあってマジでやる気が出ませんでした。

ぶっちゃけ今もモチベーションは低いですので次回の投稿も未定ですがよろしくお願いします


「じゃあ八幡君。私はもう行くけどくれぐれも美奈兎ちゃん達にラッキースケベをしないでね」

 

早朝7時。アスタリスク中央区の運営委員会本部前にてシルヴィはジト目でそんな事を言ってくる。

 

今日は鳳凰星武祭2日目だ。しかし俺は今日、嫁3人とは別行動を取る。

 

シルヴィは運営委員会の仕事があり、ノエルはガラードワースの教師としての仕事があり、俺はW=Wとしての仕事があり、それをやりつつチーム・赫夜と会う予定だ。そしてオーフェリアは俺達が仕事があるが故にユリス達と星武祭を見に行くので、今回は全員バラバラに過ごすのだ。

 

そんで俺は今、同じタイミングで家を出たシルヴィを運営委員会本部まで送っていたが……

 

「しねーよ!」

 

思わず叫んでしまった。まだ本日最初の試合が始まるまで2時間以上あるので人は少ないが、街を歩いている人全員が俺を見るくらいの大声を出してしまった。

 

「だって八幡君、美奈兎ちゃん達に数え切れない程ラッキースケベをしたじゃん。ちゃんと回数知ってるんだからね?」

 

「え?マジで?」

 

「うん。美奈兎ちゃんには386か「わかった!俺が悪かった!今日は気をつけるからそれ以上は勘弁してください!」……絶対だよ。嘘ついたら今夜搾り取るからね?」

 

「ラッキースケベはしないから安心しろ」

 

「なら良し。じゃあまたね八幡君」

 

シルヴィは笑いながら頷くと、そのまま運営委員会本部の中に入っていった。そして俺はシルヴィが見えなくなるまで見送ると運営委員会本部に背を向けてクインヴェールの方向に向かって走り出した。美奈兎達と会うのは午後だが、それまでは仕事があるからな。早い所クインヴェールに行かないいけない。

 

 

 

 

 

 

それから30分後……

 

「漸く着いたし、さっさと仕事を終わらせるか」

 

俺はW=Wのツインホールにあるクロエの執務室の前に到着したので懐から専用のカードキーを取り出してカードキーをセットする。そして中に入ると……

 

「あら八幡……って危なかったわ。後10秒早く来ていたら見られていたわね」

 

丁度黒いスーツを着ようとしているクロエの姿が目に入る。どうやら執務室で着替えていたようだ。しかし俺が少しでも早かったらクロエの下着姿を目に入れていたかもしれない。

 

(危ねぇ……クロエの言う通り後10秒早かったら、ラッキースケベをしてたかもしれないな……)

 

そこまで考えているとポケットの端末が鳴り出す。メールだ。このタイミングからして嫁達からだろう。あいつら何処に居ようと、俺がラッキースケベをすると何故か理解してメールを送ってくるから。

 

しかし今回はガチでラッキースケベをしてないのでハッキリ否定するつもりだ。

 

そう思いながらメールを開くと……

 

『fromオーフェリア 八幡、ラッキースケベをしかけたでしょ?未遂だから良いけど、ラッキースケベをしたら今夜搾り取るから』

 

『fromシルヴィ 八幡君さ、今ラッキースケベをしかけたよね?今回は未遂だから良いけど、もしもしたらさっき言ったように今夜搾り取るから』

 

『fromノエル 八幡さん。今エッチな事をしそうになりましたよね?今回は未遂みたいですから何も言いませんが、出来れば今後もしないでくださいね?』

 

だ・か・ら!何でお前らは俺の行動を把握しているんだよ?マジで俺の服に監視カメラや盗聴器を仕込んでいるのか?!(仕込んでいない)

 

(まあ良い。幸い未遂だから文句は言われてないし本題の仕事に入ろう)

 

未遂である以上どうこう考えても仕方ない。だから本題に入るべきだ。早く仕事を終わらせて美奈兎達と会える状況を作らないといけないし。

 

そう思いながら俺はクロエに話しかける。

 

「ラッキースケベが起こらなくて何よりだ。それより仕事をくれ」

 

「そうね……じゃあこれ。今回は実働部隊としてじゃなくて私のアシストをお願いね」

 

言いながらクロエは空間ウィンドウが表示して俺に渡してくる。見ればW=W以外の統合企業財体の弱点になりそうな情報がびっしりと表記されている。

 

(やれやれ、書類の精査は好きじゃないが実働部隊としての仕事がないんだから仕方ないか)

 

喚いても仕事がなくなる訳ではないのだから俺に拒否権はないのだ。

 

「はいよ。そんじゃさっさと終わらせるか」

 

「そうね。ところで八幡。貴方、合宿の時に襲われたじゃない」

 

「それがどうした?」

 

「絶対とは言い切れないけど、葉山一味って可能性が高いわ」

 

クロエはそんな事を言ってくる。それについては俺も同じ考えだ。昨日ノエルを口説いた葉山は俺を見た時に憎悪を剥き出しにしていた。

 

加えて結婚前に闇討ちをしてきた事も考えると十中八九葉山グループと思える。

 

しかし……

 

「なんか証拠は見つかったのか?」

 

決定的な証拠が見つからないのだ。幾ら怪しいと言っても証拠が無ければ捕まえるのは無理だろう。

 

「証拠はないわ。ただ、貴方が乗った大津行きの飛行機の乗客リストを調べたら、葉山一味の名前が表記されていたわ」

 

「なるほどな」

 

確かにそれは怪し過ぎるな。20年近く前に俺を殺そうとした相手と同じ便の飛行機なんて出来過ぎている。例の襲撃犯が葉山グループのメンバーである可能性は高い。

 

しかしこれはあくまで状況証拠だ。決定的な証拠ではない以上、向こうは間違いなくシラを切るだろう。

 

「しかしこれだけじゃ捕まえるのは証拠不足で無理ね。どうにかしてボロを出してくれないかしら……」

 

クロエはそう言っているが、向こうは自害してくる連中だから厳しいだろう。口封じか自決かは知らないが、死ぬ以上情報を掴むのは至難だ。

 

(やはりここはワザと襲われて、材木座から貰ったカブトムシ型自律思考擬形形を使って証拠を手に入れるのが最善だな)

 

受身に回るのは好きじゃないが、証拠が殆ど無い今、無理に探ろうとしてボロを見せる訳にはいかない。ここは多少リスクを負っても確実性を重視していこう。

 

ともあれ……

 

「まあ今日明日襲われるってのはないし、今は仕事に集中しようぜ」

 

流石にW=Wの本拠地の中で襲われる事はないだろうし、今やるべきことに集中しないといけない。

 

「それもそうね。じゃあさっき渡した仕事を宜しくね」

 

「はいよ」

 

クロエが空間ウィンドウが表示して仕事をやり始めながら指示を出すので俺も彼女に続くように空間ウィンドウに意識を向けて仕事を始める。

 

 

 

 

 

 

5時間後……

 

「……良いわ。確認したから上層部に送信して。そしたら今日の仕事は終わりよ」

 

電子書類を確認したクロエはそう言ってくるので、俺は上層部に暗号メールを送信する。

 

「送信したぞ」

 

「ご苦労様。じゃあ仕事も終わったし美奈兎達と会いましょう」

 

クロエがそう言うと音楽が流れる。これは俺の端末の着信音ではないので必然的にクロエの端末だと判断出来る。

 

クロエが端末を取り出して空間ウィンドウを開く。そしてふむふむ頷いたかと思えば顔を上げて俺を見てくる。

 

「タイミングバッチリね。丁度今クインヴェールの前にいるみたい。入校許可証を発行しながら向かいましょう」

 

「了解。申請しとく」

 

言いながら俺は入校許可証を4つ申請しながらクロエと一緒に執務室を後にする。何だかんだ美奈兎達と会うのは久しぶりだから楽しみにしている自分がいる。

 

そして申請を済ませながらエレベーターで一階に降りて校門に向かうと美奈兎達4人が立っている。それを見た俺とクロエの足は自然と早くなる。

 

そうなると足音が響き、向こうも俺達に気付く。すると美奈兎とソフィアさんが先頭になって俺達の方に走ってきて……

 

「「久しぶり(お久しぶりですわ)!」」

 

そのまま勢いに乗って美奈兎はクロエに、ソフィアさんは俺に抱きついてくる。同時に柔らかい感触が俺の身体に伝わってくる。

 

「……相変わらず元気そうで何よりだわ」

 

チラッと隣を見ればクロエが仕方ないなぁ、とばかりに苦笑しながら美奈兎を抱き返している。そんな光景は学生時代に何度も見たが、幾つになっても2人は変わらないやり取りをしていて微笑ましく思う。

 

そしてこちらは…….

 

「会えて嬉しいですわ……本当に、今日をどれだけ待ち望んだことか……!」

 

ちゅっ……ちゅっ……

 

ソフィアさんが俺の両頬にキスをしてくる。しかしこれはソフィアさん曰く友愛のキスだから問題ないとのことだ。実際プリシラやヴァイオレットにもされてるし、間違いではないだろう。

 

「そりゃどうも。そう言ってくれると俺も嬉しいです」

 

「ありがとうございます。星武祭期間中はいつも空いていますので、八幡さんも空いている時は一緒に居てくださいまし……」

 

「それは構いませんが、嫁達ーーー少なくともオーフェリアは居ますよ?」

 

「問題ないですわ。シルヴィア達にも会いたいですし、私は自分の愛する人と一緒に居られるなら……」

 

ソフィアさんはそう言って艶のある表情を浮かべながら俺を見てくる。

 

(や、ヤバい……普段清楚な人がエロくなるのは刺激が強過ぎる……)

 

これ程エロいソフィアさんを見たのは、ソフィアさんが正式にフェアクロフ家当主を継ぐ前に、一回だけ一夜を過ごした時以来だ。あの時のソフィアさんもガチでエロかったし。

 

てか幾ら愛し合ってないとはいえ、夫持ちのソフィアさんが俺に愛を囁くのは毎度の事ながら危な過ぎだろ?

 

「そっすか……それよりも離れてくれませんか?ここは人目につく場所なんで」

 

幸い今は星武祭の真っ最中の昼だから校門前と言えど人は居ないが、いつ現れてもおかしくないだろう。

 

「わかりましたわ……ですが、また後でギュッとさせてくださいまし」

 

俺がそう言うとソフィアさんは名残惜しそうに俺から離れる。それに対して俺は拒否しない。拒否しても抱きつかれるのは容易に想像出来るから。

 

そんな事を考えながらも俺はソフィアさんから目を逸らして、ニーナを見ると……

 

「ひ、久しぶり……!」

 

そのまま俺の腰に抱きついてくる。40近くでも20代で通じるニーナの抱擁は側から見たらロリコンに見えるかもしれない。

 

「久しぶりだなニーナ。元気にやってたか?」

 

「うん。仕事は忙しいけど、毎日充実してるよ……」

 

「なら良かった。もうスッカリ気の弱さは無くなってるな」

 

出会った当初は学生時代のノエル以上に気の弱かったニーナだが、この様子では気の弱さは無くなっていると思える。

 

「うん。これも全部八幡のおかげだよ」

 

「俺は何もしてねーよ。お前自身が変わっただけだ」

 

そう思いながら優しく抱き返す。確かに幾度かアドバイスはしたが、最終的にニーナが変わるように努力をしたのだ。アドバイス程度で俺のおかげと言うならかなり謙遜している。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして……んで柚陽も久しぶりだな」

 

「はい。お久しぶりです。息災で何よりです」

 

ニーナとの抱擁を解きながら柚陽と向かい合うと柚陽は丁寧に頭を下げてくるので俺も頭を下げる。何年経っても変わらずに礼儀正しいな。普段の言動も丁寧だし、どっかの葉虫グループも見習って欲しいものだ。

 

「ありがとな。そっちは大丈夫か?元気にやってるか?」

 

「はい。最近仕事も変わって慌ただしかったですけど、元気にやっていますよ」

 

「そういや最近昇格したらしいな。ま、仕事が変わると最初は怠いけど頑張れや……んで」

 

「八幡く〜ん!久しぶり!」

 

言いながら頭を上げて横を見ると、美奈兎がクロエとの抱擁を解いてそのまま俺に抱きついてくる。こいつも学生時代の頃から変わらず小動物のような雰囲気丸出しだな。

 

「久しぶりだな……それとニュース見た。前に電話で言ったけど、改めて言わせてくれ……おめでとさん」

 

「ありがとう!前に電話で言われた時も嬉しかったけど、直接言われるともっと嬉しいな!」

 

「それは良かった。久々に会ったんだし、詳しい話をゆっくり聞かせてくれや。……他の3人もな」

 

赫夜のメンバー全員と会うのは本当に久しぶりだ。いつも一緒に仕事をしているクロエ以外の4人の話をたっぷりと聞きたい。

 

そう思いながら4人を見れば……

 

「「「「うん(はい)(ええ)!」」」」

 

満面の笑みを浮かべながらそう言ってくる。そう言って貰えて俺は本当に嬉しい。

 

「決まりね。じゃあ早く行きましょう」

 

クロエがそう言って美奈兎達4人に入校許可証を渡しながら再度クインヴェールの校門をくぐる。

 

それを見た俺達は笑みを浮かべながら幸せな気分でクロエに続いて校門に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「あれは……比企谷にチーム・赫夜……まさかまた何か卑怯な事を企んでいるのか?屑に、その屑の弟子5人だ。何かしら企んでいるに違いないし、俺とノエルちゃんの幸せの為にも作戦の変更も考えないとな……」




登場人物紹介

ソフィア・フェアクロフ (39)

欧州の名家であるフェアクロフ家当主。本来なら兄のアーネストが継ぐ仕事が本人の嘆願や八幡やシルヴィアやオーフェリアの協力もあって家を継げる事が出来た。

それによって元々八幡に抱いていた恋心が更に増大してノエルと同様、八幡にアプローチをかける。(その際にノエルとは状況に応じて協力しあっていた)

その際にオーフェリアとシルヴィアに認められ、八幡に振り向いて貰えるようにアプローチをしていたが、フェアクロフ家にそれを認知され猛反対を受ける。フェアクロフ家は八幡と付き合うなら次期当主をアーネストに戻すとソフィアに告げる。

それを聞いたソフィアは1ヶ月間悩むも、幼少時代からの願いであった『アーネストの代わりにフェアクロフ家を継ぐ』を選択して八幡との結婚を諦める。

現在はフェアクロフ家当主として同じ欧州の名家の当主と結婚して子供をもうけているが、未だに恋心は八幡にある。

尚、結婚前に両親には内緒でファーストキスと処女を八幡に捧げている。(事前にシルヴィアとオーフェリアからの許し有り)


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