真・恋姫†無双 北郷警備隊副長 (残月)
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原作
第一話


他の連載も終わってませんが恋姫を再度プレイした際にこんな話を書いてみたいと思い、執筆に至りました。


 

 

 

世の中には不思議が溢れている。

未だにテレビではUFO特集や心霊特集等の番組も放送しているしUMAを捕まえようとしている人達もいる。

 

そんな不可思議な事を物語として書く人も沢山居る。

それは認めるし、それは面白いと思う。

だがそれは空想の産物。実際にはあり得ない。

 

だから目が覚めたら子供になっていたとか、月が1/3を残して消えたりとか、ある日、突然妹が11人近く出来るとか……そんな事はありえない。ありえない

 

 

「と……思ってたんだけどなぁ……」

 

 

いい加減、現実逃避も止めよう。それをした所で事態は変わらなそうだし。

さて、今更ながら再確認しよう。俺の名は『秋月純一』

某会社に勤めるサラリーマンだ。ちなみに25歳で彼女無し。

うん、ここまではOK。

 

さて、次にだが俺は昨日の残業が少しばかり長引いた為に帰宅は夜になり、仕方なく俺はコンビニで夕食とビールとタバコを買って帰宅。シャワーを浴びた後に夕食&晩酌。んで寝た。

うん、ここまではOK。

 

朝目覚めたら駄々広い荒野に居た。←今、ここ。

 

 

うん、わからん。何故こうなった?

空を眺めながらそんな事を思うが当然返答は無し。

今現在俺はスーツを着て荒野の真ん中に一人。俺が着てるのは仕事で着ているスーツ。持ち物は携帯電話、タバコ×2、マッチ×1、ジッポ、財布、手帳。

どうでもいいけど俺はタバコはマッチ派である。

 

 

「……フゥー」

 

 

タバコに火を灯して一旦ブレイク。肺に満たされる煙が俺の頭を少しリラックスさせてくれる感覚になる。

しかし辺りを見渡しても荒野。遠くには山しか見えず。何処の秘境ですか此処?明らかに日本じゃない地形だし。

 

 

「誰かに尋ねようにも人っ子一人いないし……」

 

 

ドッキリとかにしては手が込みすぎてるし『ドッキリ大成功』のプラカード持った仕掛人が隠れる場所も無い。

と……いかん、いかん。また現実逃避しかかってた。

 

 

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 

悲鳴……近いな。じゃなくて!人が居るのか!だったらここが何処か聞けるじゃん!

俺は急いで悲鳴の聞こえた方に走った。

 

 

走った先には絵に描いた様なチンピラが三人。具体的にはヒゲ、デブ、チビのトリオ。

対して襲われてるのは猫耳フードの小柄な女の子。

なに、この分かりやすいシチュエーション。

 

 

「来ないでよバカ!男が私に触らないでよ!」

「んだとこのアマ!」

「やっちまおうぜアニキ!」

「だ、だな」

 

 

なんかチンピラに絡まれてる猫耳フードがチンピラを更に煽っていた。襲われてんなら相手を挑発すんな!つーかアイツ等、ナイフ持ってるし!だが、とりあえずチンピラはこっちに気付いてないから……

 

 

「不意打ち!」

「あだっ!?」

 

 

適当に拾った木の棒で手前のヒゲの頭を後ろからぶっ叩いた。完全に油断してたからクリティカルヒット!

 

 

「な、なん……ぶげっ!?」

 

 

驚いていたチビをミドルキックで撃破。問答無用?仕方無いじゃん、だって刃物持ってて怖いんだもん。

 

 

「ア、アニキ、チビ!?ぶぎゃ!?」

「ふー……なんとかなった」

 

 

残ったデブも木の棒で顔面殴ってK,O,。完璧な不意打ちでチンピラ撃破。つーか、このチンピラ共なんかアクション映画とかドラマとかに出てきそうな格好してるけどこれ如何に?

それよかこのお嬢さんに話を聞かねば。

 

 

「っと……大丈夫だったか?」

「男が話しかけないでよ汚らわしい!」

 

 

あれー?襲われてたのを助けたのに罵倒されましたよ?

 

 

「ああー……それはすまない。でも聞きたい事があってな」

「………チッ。まぁ、まがりなりにも命を助けられたんだし不本意だけど答えてあげてもいいわよ」

 

 

下手に出たら舌打ちして更に超上から目線だよチクショー。でも俺の方が年上なんだしここは大人の余裕でサラリと流そう。

とりあえずチンピラが復活したらマズいので、その場から移動しながらだけど。俺は前を歩く猫耳フードに話しかける。

 

 

「ここは何処なんだ?恥ずかしながら迷子でな」

「はぁ?馬鹿なの?ここは豫州潁川郡よ」

 

 

振り返った猫耳フードの視線が汚らわしい物を見る目から哀れみの視線に変わった。いや、大した差はないけど。ん、ちょっと待て……よしゅう?豫州潁川郡って何処だ?

 

 

「アンタ、もしかしてこの国の人間じゃないの?」

「この国と言うか今現在、自分が何処に居るのかすらわかってないんだが」

 

 

俺が頭を捻っていたのを見た猫耳フードが質問を重ねるが俺にも何がなんだか……それを見た猫耳フードは深い溜め息の後、口を開いた。

 

 

「この国は漢よ。今はもう朝廷の中が腐っちゃってるから、もうじき乱世になるだろうけどね」

「そうか漢か……漢?」

 

 

漢って……ちょっと待て漢?ああ、この間、飲んだ日本酒の熱燗は美味かった……じゃなくて。

朝廷って三國志の小説とか映画を見た時に何度も話に出てきたけど……いや、待て。仮に……仮にの話だが今、ここが古代中国だとすれば約1800年前?いやいやいやいやいやいやいやいやいや。

 

 

「いやしかし……さっきのチンピラ共の格好……言われてみれば三國志の映画を観た時に野盗があんな姿だったけど……いや、まさかねぇ……ああ、そう言えばあの映画、DVD借りに行こうかな……」

「……何、訳の分からない事、言ってんのよ」

 

 

思っていた事が口に出ていたのか猫耳フードは怪訝な表情で俺を見ていた。

 

 

「ああ……うん。少し、考え事を……あ、そう言えば自己紹介もしてなかったな俺は秋月純一だ」

「…………男なんかには名も教えたくないんだけど」

 

 

話を変えようと思って自己紹介したのに、話をする気もねーよ、この猫耳フード。

なんか今までの話の流れでこの子は男嫌いってのは解ったけど。

 

 

「………荀彧よ」

「………What?」

 

 

猫耳フードが名前を教えてくれたのは嬉しい。妙に間があったのは苦渋の選択からか。しかし……あり得ない……あり得ない名を聞いたが故に何故か俺の口からは英語が飛び出した。荀彧……まさか……

 

 

「ほわ……何?」

「あー……スマン」

 

英語は通じない。うん、そろそろ腹を括って聞いてみようか。

 

 

「えーっと荀彧さん?もしかして曹操の所で働いてたりする?」

「な、なんで私が曹操様のところに仕官しようと思ってるの知ってるのよ!?」

 

 

 

 

俺は何故か三國志の世界に迷い混みました。

目の前の可愛い毒舌娘は王佐の才と言われた荀彧だった。




『秋月純一』

某会社に勤めるサラリーマン
25歳
彼女無
アニメや漫画が好きなオタク
酒やタバコ好き

原作主人公『北郷一刀』とは別の場所に降り立った男


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第二話

 

 

 

◇◆side荀彧◆◇

 

 

 

アイツと初めて会ったのは親の指示で仕方なく勤めていた袁紹の所に見切りをつけて実家に帰る途中のことだった。

私は実家の近くまで行くと言う商人の馬車に相乗りさせて貰い、近くの村から歩いて実家のある町まで一人で歩いていた時だった。

町のすぐ近くだった事もあり、油断している所を野盗に襲われてしまった。 野盗は男が三人。

ゲスな笑みを浮かべて近づく男達に私は嫌悪感から悲鳴をあげた。

 

 

「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

男達は私の悲鳴に回りに誰もいない事を悟ったのかニヤニヤと笑いながら近づく。私は曹操様に身も心も捧げると決めたんだからこんな奴等に触れさせてなるものですか!

 

 

「来ないでよバカ!男が私に触らないでよ!」

「んだとこのアマ!」

「やっちまおうぜアニキ!」

「だ、だな」

 

 

男達が私を取り囲む。私は恐怖で体が動かなくなっていた。

私は思わず、目を瞑ったその瞬間だった。

 

 

「不意打ち!」

「あだっ!?」

 

 

聞こえたのは先程の男とは違う男の声と野盗の悲鳴。

 

 

「な、なん……ぶげっ!?」

 

 

更なる悲鳴に目を開けると見たこともない黒い服を着た男が野盗と戦っていた。

 

 

「ア、アニキ、チビ!?ぶぎゃ!?」

「ふー……なんとかなった」

 

 

あっという間に野盗三人を倒してしまった黒服の男は額の汗を拭った後に私の方に歩み寄る。ちょっと来ないでよ!

 

 

「っと……大丈夫だったか?」

「男が話しかけないでよ、汚らわしい!」

 

 

すると男は私の言葉に黙る。ふん、男なんかこれで十分よ!

 

 

「ああー……それはすまない。でも聞きたい事があってな」

「………チッ。まぁ、まがりなりにも命を助けられたんだし不本意だけど答えて上げてもいいわよ」

 

 

目の前の男は汚らわしい男にしてはまだマシな様だし、不本意だけど命を救われたから答えてあげるわ。

でも私を襲おうとした野盗が目覚めたら元の木阿弥になるから一先ずその場を後にした。

 

 

「ここは何処なんだ?恥ずかしながら迷子でな」

「はぁ?馬鹿なの?ここは豫州潁川郡よ」

 

 

黙って歩けば良いものを男は私に話しかけてくる。しかも迷子ですって?何、馬鹿なの死ぬの?

しょうがないから場所を教えてあげたけど男は首を傾げてる。まさか本当にわからないのかしら?

 

 

「アンタ、もしかしてこの国の人間じゃないの?」

「この国と言うか今現在、自分が何処に居るのかすらわかってないんだが」

 

 

私の予感は的中したらしく男は自分がどの国に居るかもわかっていないみたい。私は深い溜め息の後、口を開いた。

 

 

「この国は漢よ。今はもう朝廷の中が腐っちゃってるから、もうじき乱世になるだろうけどね」

「そうか漢か……漢?」

 

 

漸く場所がわかったのか男は納得した様子になったが、すぐに顎に手を添えて何かを考える仕草をしている。

 

 

「いやしかし……さっきのチンピラ共の格好……言われてみれば三國志の映画を観た時に野盗があんな姿だったけど……いや、まさかねぇ……ああ、そう言えばあの映画、DVD借りに行こうかな……」

「……何、訳の分からない事、言ってんのよ」

 

 

男はブツブツと何か考え事をしている。と言うか『でーぶいでー』って何よ?私は男を怪訝な表情で見る。

 

 

「ああ……うん。少し、考え事を……あ、そう言えば自己紹介もしてなかったな俺は秋月純一だ」

「…………男なんかには名も教えたくないんだけど」

 

 

何か考え事をしていた男は私の言葉に明らかに話を変えようとしている。何よ、自己紹介したって私の名は教えたくもないわ。ん、『秋月純一』……珍しい名前ね。姓は『秋』名が『月』字が『純一』かしら?

相手が名乗ったし……まがりなりにも命を助けられたんだし……ああもう!

 

 

「………荀彧よ」

「………What?」

 

 

私が仕方なく、仕方なく!名前を教えてやったら男は訳の分からない言葉を発した。『ほわと』って何よ!

 

 

「ほわ……何?」

「あー……スマン」

 

 

私の質問に男は一度、天を見上げて……何、諦めた様な顔してんのよ……

 

 

「えーっと荀彧さん?もしかして曹操の所で働いてたりする?」

「な、なんで私が曹操様のところに仕官しようと思ってるの知ってるのよ!?」

 

 

 

 

目の前の男は何故か私がこれから曹操様の所へ仕官する事を知っていた。コイツ何者よ!



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第三話

 

 

 

 

ハッキリ言えばしくじった。荀彧は先程の俺の失言から俺が何者かを超怪しんでる。まさか『僕、未来から来たんだよ!』とか言えねーし。

 

 

「なんで、私が曹操様の所に仕官しようと思ってるの知ってるのよ!」

「ああー……ええっと……」

 

 

荀彧は俺のネクタイを引っ張りながら叫ぶ。地味に苦しいんで止めて。

 

 

「話すと……長いんだけど」

「長くてもいいから話して……って男が近寄らないでよ!」

 

 

荀彧から近付いたのに何故か俺が悪い事にされた。解せぬ。

その後、少し嘘をついた。曹操や袁紹が俺の居た国でも有名だと言う事。そして最近、袁紹の下を去った軍師の噂を聞いたと話した。

 

 

「それで私が荀彧だって気付いたって事?」

「正直予想外だった……女の子だったし」

 

 

荀彧の言葉に俺は思った事を口にした。いや、だって三國志の武将って大概男だし。

 

 

「女の子で……って今、有名な武将は大抵女性よ?」

「俺の聞いた噂では男だったんだが。荀彧も男で曹操もだぞ」

 

 

俺の発言に荀彧はザッと退いた。うん、想像して青ざめたんだね。

 

 

「私が男ってあり得ないわよ!」

「ですよねー」

 

 

うーんと腕を組んで悩む俺に荀彧は耳元で叫ぶ。キーンと耳鳴りがして五月蝿い。結局、荀彧は納得はしていないがそれ以上の追求はしてこなかった。うん、疑いの目線は消えてない。

 

 

「それで……なんでアンタはこの国に居たのよ?」

「いや、それがサッパリ。自宅で寝ていた筈なんだけど……」

 

 

荀彧の質問にジェスチャーを交えて説明。俺が知りたいっての。

 

 

「何、拐われて来たって事?」

「むしろそっちの方が話が早かったんだけどな」

 

 

拐われたとなれば犯人がいる筈。そうなれば犯人探して捕まえる所だ。だがしかし俺は自宅に居たし、仮に犯人が居たとしてもアパートに居た俺を拉致して1800年前の中国に送り込むって壮大なアホな話あり得ないでしょ。

 

 

「つまり、無能なアンタは自分の居た国から漢に来るまで気が付かぬまま拐われて無人の広野に棄てられたって訳ね?」

「言葉の端々にトゲがあるけど、概ねそんな感じかな」

 

 

とてつもないアホを見る目で荀彧は俺を見る。少なくとも俺はMじゃないからその目は止めて。

なんてアホな会話を繰り広げている間に町に到着した。

 

 

「はーあっ。とんでもない日だったわ」

「まったくだ」

 

 

荀彧の言葉に頷く俺。うんうん、あっという間だったけど凄い体験をしたもんだ。

 

 

「で……アンタ、いつまでついてくるのよ?」

「っと……そうだったな。しかし俺には行く宛が……」

 

 

そう話をしながら荀彧に着いてきたが町に着いたからと言って俺に行く宛がある訳じゃない。

 

 

「ふふん、良い気味ね」

 

 

そして俺の不幸を笑ってるよ、この猫耳フードちゃんは……

なんて思っていたら近くの屋敷から女性が数名出てきた。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ええ、今帰ったわ」

 

 

屋敷から現れた女性達は荀彧の知り合いか?いや、でもお嬢様とか言ってるし……あ、もしかしてこの時代のメイドさん?。

っと思ったら全員が俺を指差して口をパクパクさせてる。……何事?

 

 

 

「「お、お嬢様が男連れで帰られたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

「は?………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「………どゆこと?」

 

 

女性達の悲鳴に近い絶叫が鳴り響く。荀彧がそれと同時に叫ぶが俺には何がなんだか。

 

 

「ど、どうしましょう!?」

「ま、まずは荀緄様にご報告を!?」

「宴です!宴の準備を!」

 

 

バタバタと再び屋敷に慌ただしく戻っていく女性達。いや、マジで何事?

 

 

「なぁ、荀彧……今のは……」

「全部……アンタの所為よ!!」

 

 

何事かと聞こうと思ったら、気合いの入った言葉と共に荀彧のアッパーが放たれて的確に俺の顎を捉えた。超痛い。

 

 

「あらあら、まあまあ」

「げ、母様……」

 

 

俺が痛む顎を押さえていたら屋敷から荀彧そっくりの女性が出てきた。背は荀彧と似て低いが荀彧と違って髪型はロングヘアー。目元は少々タレ目で何処か優しげな雰囲気の人だった。

 

 

「御初にお目にかかります。荀家の長をしております荀緄と申します」

「っと……秋月純一です」

 

 

おっとりとした雰囲気だが、しっかりとした口調で挨拶されたので俺も慌てて頭を下げた。

 

 

「それで桂花ちゃんと、どの様なご関係で?」

「母様!?」

「えーっと……ご関係と言いますか……」

 

 

俺と荀彧の関係が気になるご様子の荀緄さん。つーか桂花って荀彧の事で良いんだよな?

俺は少し割愛しながらも荀彧との出会いから今に至るまでを説明した。

 

 

「あらあらー。じゃあ桂花ちゃんの命の恩人なのですね」

「違います」

 

 

俺の説明に荀緄さんは『あらあら』と笑いながら話を聞いていた。荀彧は即座に否定するが荀緄さんが荀彧の額に指を指してメッと叱る。

 

 

「駄目よ桂花ちゃん、命の恩人にそんな言い方しちゃ。純一さんが助けてくれなきゃ桂花ちゃんは今ごろ、その野盗の皆さんに○○が××で△されて……」

「あああ、もうっ!黙って母様!」

 

 

突如マシンガントークになった荀緄さん。しかも内容が猥談だし。荀彧が慌てて止めてるけど凄いこと口走り始めたよ。

 

 

「もう桂花ちゃんたら」

「溜め息を吐きたいのは私の方です……」

 

 

なんとか荀緄さんの口を押さえて猥談マシンガントークを止めた荀彧だが明らかに疲れた表情になっていた。

 

 

「兎に角、桂花ちゃんがお世話になりましたから今夜は泊まって行ってくださいな」

「……………私は部屋に戻りますから!」

 

 

荀彧を助けた礼として荀緄さんは俺を泊めてくれるらしい。正直、凄く助かったけど荀彧は男の俺が泊まる事に当然、不満があるらしく不機嫌な顔でズンズン歩いて屋敷の中へと行ってしまう。

 

 

「あらあら、桂花ちゃんったら。純一さんは夕飯もご馳走しますから楽しんでいって下さいね」

「え、ちょっ荀緄さん!?」

 

 

荀緄さんは俺の腕にスルリと腕を絡めると楽しそうに「あらあらー」と笑ってる。ある意味、恐るべし。

その後、夕飯をご馳走になってお酒も振る舞われた。中国のお酒って白酒だっけ?アルコール度数は高かった気がする。

 

 

「………フゥー」

 

 

俺は食休みと酒で熱くなった体の火照りを冷ます為に外でタバコを吸っていた。

本当になんなんだろうな……この状況。

 

 

朝目覚めたら見知らぬ広野に居て、チンピラに絡まれた女の子助けたら歴史の偉人で、その荀彧が女の子で、毒舌吐かれて、荀緄さんのお礼と猥談トーク聞かされて……

 

 

「何このラインナップ……」

 

 

今日一日を振り返ると非常にアホらしい。こんな事を他の人に話したらバカにされるかイカれてると思われるわ。

そう言えば夕飯の前に別れてから荀彧と会ってないな。あの様子じゃ俺には会いたくないんだろうけど。そんな事を思いながら俺はタバコを消して、あてがわれた部屋に行って寝る事にした。




荀緄は史実では荀彧の父親です。恋姫世界観で女性に変更しました


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第四話

 

 

「……………知らない天井だ」

 

 

朝一番起きてから出た一言。うん、昨日の事は夢オチだったなんて事はなかった。

実は朝起きたら元通りなんて淡い希望も持っていたのだがそうはいかないらしい。

 

 

「やれやれ……っと」

 

 

布団から体を出して体を伸ばす。パキポキと骨が鳴る辺り、運動不足なのだろう。

これからどうするかな……昨日は泊めてもらえたけど今日はそうはいかないだろうし……兎に角、朝飯かな。そう思った俺は寝間着からワイシャツとズボンに着替える。ジャケットは家を出る時でいいや。ネクタイを適当に絞めて部屋の戸を開けて外に出れば昨日出会った猫耳が見えた。

 

 

「おはよう荀彧」

「ア、アンタ誰よ!?」

 

 

 

わーお……本気で一晩たったら人の事、忘れてるよこの子。

 

 

「昨日、会ったばかりだろうが……」

「昨日……ああ、アンタね。昨日と服が違うから間違えたわ」

 

 

つまり荀彧は昨日俺の顔を覚えたのではなく服で覚えていたらしい。スーツに負けたよ俺の存在。

荀彧と朝の挨拶を済ませて食堂に向かえば既に荀緄さんが席に着いて待っていた。

 

 

「おはようございます母様」

「おはようございます荀緄さん」

「あらあら、おはようございます桂花ちゃん、純一さん」

 

 

荀緄さんは昨日と変わらずニコニコと挨拶をしてくれた。本当に荀彧との差が凄いな、この人。

そんな事を思いながら進む朝食。荀彧の罵倒がBGMの朝食とはこれ如何に?

時おり、気は滅入ったが朝食を済ませて、さてこれからどうしようかと思った所で荀緄さんが俺に話しかけてきた。

 

 

「時に純一さん、これ読めますか?」

「凄く……漢字です。じゃなくて読めませんね」

 

 

荀緄さんから渡された紙には漢字で一文が書かれていたがサッパリ読めない。そうなんだよな忘れかけてたけど、ここは中国。文字は全て漢文なわけで。

 

 

「はん、やっぱり男は無能ね」

「あらあら、桂花ちゃん。純一さんは異国の地から漢に来たんですよ。それも誘拐されたとなれば仕方のない事です」

 

 

俺を見て悪い笑みを浮かべる荀彧。黙ってりゃ可愛いのに……

対する荀緄さんはメッと荀彧を叱る。アンタ等、本当に対極の性格だな。

 

 

「と言うわけで純一さん。暫く我が家に泊まってくださいな。文字やこの国の風習を教えて差し上げます」

「あ、はい………って、ええっ!?」

「母様!?」

 

 

荀緄さんの提案に俺は頷いたけど意味を理解して俺は驚いた。当然、荀彧も驚いてる。

 

 

 

「純一さんは桂花ちゃんを救ってくれて、更に異国の地で困ってるんですもの見過ごせないわ。はい決定」

「ちょ、ちょっと母様!」

 

 

荀緄さんはニコニコとしながら次々に物事を決めてしまう。荀彧は席を立ち、荀緄さんに詰め寄る。

 

 

「母様、私は反対です!恩なら一泊させた事で返したでしょうし、何より男なんか住まわせるなんて!」

「桂花ちゃん、命を救われた恩義は一泊じゃ返せないわ。それに困ってる人を見捨てるのは荀家の恥よ。それに純一さんは異国の方なのでしょう?この国にも異国の知を知る事は益にもなるわ」

 

 

荀緄さんは荀彧の意見を一刀両断する。流石に家長の言葉ともあり、荀彧は納得してないけど荀緄さんの意見が正しいと思ったのか話はそこで終わった。

 

 

「……仕官の準備があるから失礼します」

「はーい、頑張ってね」

 

 

 

荀彧は諦めたのかさっさっと食堂から出ていってしまう。出る時に俺をキッと睨み付けて行った。いや、どんだけ嫌われてんの俺?荀緄さんは『あらあらー』と笑っていた。

その後、俺は暇をもて余していた。と言うのも荀緄さんから『授業は午後からにしますからお昼までは好きに過ごしてください』と言われた為に手持ちぶさたなのだ。

 

 

 

「おう、お客人」

「っと?」

 

 

ボーッと中庭を眺めていたら後ろから話しかけれた。振り返ると如何にも屈強な男の人が立っていた。

 

 

「奥様から聞いたがお嬢様を助けてくれたそうだな」

「奥様って荀緄さんですか?それにお嬢様って荀彧ですか?」

 

 

思わず立ち上がりながら質問をぶつけてしまう。つーか、この人、背高いな。185㎝くらいはありそうだ。

 

 

「ああ、そうだ。荀家の家長が荀緄奥様。その御息女が荀彧様って訳よ」

 

 

ハッハッハッと笑う男性。ああ見えて荀彧ってお嬢様なんだな。

 

 

「おっと申し遅れた。ワシは『顔不』荀家の警護を任されとる者だ」

「俺は秋月純一です」

 

 

自己紹介されたので俺も頭を下げた。なんかこの人、『武人』って感じがするな。

 

 

「おう、それでな。奥様から聞いたのだが、お嬢様を助けた際に三人も倒したとか」

「不意討ちで油断してた所を叩いただけですよ」

 

 

顔不さんは誉めてくれたけど正面切っての戦いは無理だろう。相手も刃物持ってたし。

 

 

「何を言う、不意討ちでも三人倒せば良いものよ。それにお嬢様を守りながらなら尚の事だ」

「ああー……その……」

 

 

ヤバい。なんか顔不さんの口振りから荀家での俺の評価が妙に高い気がする。持ち上げないで!俺、ただのサラリーマンだから!

 

 

「どれ、ちっと手合わせでも………」

「あ、あのですね……俺には武術の心得なんかは無くてですね……」

 

 

なんか雲行きが怪しくなってきた。俺は漫画とかアニメで格闘技のマネ事とかしたけど本格的なのは無いって!

 

 

「安心しろ、手加減するから」

「お願い、通じて俺の意図!」

 

 

ハッハッハッと笑いながら俺の襟首を掴んで引きずる顔不さん。いやー!嫌な予感しかしない!と思っていたのだが予想とは違って顔不さん、優しかったよ。

 

武術の心得が無いことも歩き方で察したみたいで簡単な組手程度で済ませてくれた。逆を言えば顔不さんが本気を出せば俺は簡単にボコボコにされてしまう訳だが悲しいから考えない様にしよう。

 

 

「しかし秋月殿は武の才がありそうだ。どうだ、鍛えてみぬか?」

「俺に……武の才が?」

 

 

組手で疲れて座り込んでいたのだが顔不さんの話に起き上がる。今まで会社勤めばかりで武道なんかした事ないから意外な一言だった。

 

 

「特に『気』の才能がありそうだ。本気で鍛えれば武将になるのも夢ではないぞ」

「いや、武将って大袈裟な……って気?」

 

 

顔不さんは俺が武将になれる程の力があるって言うけどそれは過大評価だって。思わず苦笑いしたが俺は顔不さんの言った一言に動きを止める。え、今『気』って言った。

 

 

「気……ですか?」

「ああ、気功だ。ワシも少しは修練した身。秋月殿の中から中々の気を感じ取れるぞ」

 

 

え、マジですか?気功なんて漫画の世界の話だと思ってた。

 

 

「ふむ。ちっとやってみるか」

「え、あ、はい」

 

 

なんて考え事をしていたら顔不さんが俺の前にドカッと座る。そして手を合掌の様に合わせた後、力を込める仕草を見せた。すると顔不さんの両手の間には小さな光が……ってスゲー!

 

 

「これが……気なんですか?」

「そうだ。体の中に流れる気を制御し、普段とは違う力を見せる。それが『気』だ」

 

 

俺の質問に答えてくれた顔不さんはフゥと一息。それと同時に光は消えた。

 

 

「ハッハッハッ、興味が湧いたか?」

「そりゃもう!」

 

 

顔不さんは不適な顔で笑っていた。そして俺は大興奮。何故なら空想の産物だと思っていた事を修得出来るかもしれないってテンション上がるわ!

その後、俺は顔不さん指導の下、気を練る鍛練を始めた。

顔不さん曰く、俺の気に対する筋は悪くない所か寧ろ早い修得らしい。

 

その後、テンションが上がった俺は荀緄さんの言っていた『午後からの授業』をスッカリ忘れてしまい、涙目で怒っている荀緄さんに顔不さんと共に平謝りをする事となった。

因みにそんな俺達を見て荀彧は「これだから男は……」と鼻で笑っていた。




今回出た『顔不』はオリジナルキャラです



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第五話

 

 

 

 

俺が荀家に居候してから数日が経過した。

俺の一日は朝に武術の鍛練。昼には荀緄さんの授業。夜は顔不さんや荀緄さんを交えて酒盛り。そして就寝前のタバコ。

これがここ数日の俺の過ごした日々だった。

 

顔不さんとの武術の鍛練はめちゃくちゃキツい。

主に組手と気の練りをしている。気の鍛練には幾つか段階があるらしく。『気の発動』『気の掌握』『気の放出』と分かれるらしい。

俺は初期の段階の『気の発動』をしている。

顔不さんが言うには気は誰の中にもあるらしく、それを認識できるかどうかで気の扱いが違うらしい。

俺は早々に気の存在を認識できたので、かなり早いスピードで気の発動を会得している。

顔不さんがやっていた掌に気を集める事は出来る様になった。と言っても相当集中しないと出来ないけど……これも暫くやらねばならない。

 

 

次に荀緄さんの授業。

文字の読み書きが主だ。俺は漢文は読めないと伝えたら荀緄さんは幾つかの本を持ってきてくれた。挿絵付きで読みやすいと思ったら子供向けの絵本だった。文字が読めず、絵本で勉強をする大人。この情けない状態を脱する為に相当頑張る気力が沸いた。荀彧なんて通り掛かりに俺の授業風景を見て爆笑しやがった。

 

そして夜は顔不さんや荀緄さんを交えて酒盛り。

元々酒好きな俺は顔不さんの晩酌に付き合う様になり、そこに荀緄さんも加わる様になり、毎晩宴に近い。

二人も相当酒が好きみたいで俺の知ってる酒の話をするとかなり、食い付いた。主にビールとか日本酒とか。

うろ覚えながらテレビでやっていた製造法を教えると荀緄さんは『なるほど……』と呟いていた。アレ、俺なんか地雷踏んだ?

 

そして就寝前のタバコ。毎日数本吸ってるから流石に残り少なくなってきた。流石にここで新しいタバコ買うのは難しいよなぁ……マルボロなんて売ってるわけないし。

しかし買い物と言えば侍女さんの荷物持ちとして買い物に付き合うのだが……この時代には合わない物が多い。

町行く女の子がミニスカートやらニーソックスやら、やたらお洒落な格好をしているのが多い。眼鏡とかも明らかにこの時代のデザインじゃねーし。そもそも曹操や荀彧が女の時点で歴史が狂ってるとは思うが。あ、そう言えば煙管とか売ってたな。俺のタバコの本数減ってたから買うのもありか。侍女さんに『買ってあげましょうか?』と言われたが流石にそこまで厚かましくはなれない。

 

歴史が違うと言えば『真名』の存在だ。真名とは、この国の風習で本人が心を許した証として呼ぶことを許す名前であり、本人の許可無く“真名”で呼びかけることは、問答無用で斬られても文句は言えないほどの失礼に当たるらしい。

因みに俺が真名の存在を知ったのは、つい先日、荀緄さんや侍女さん達から『桂花ちゃん(お嬢様)から真名は教えてもらいましたか?』と聞かれたからだ。

真名の意味を知らなかったので荀彧に聞いたら罵倒と共に竹筒を投げつけられた。的確に顔面に当てる辺り、見事なコントロールだ。

その後、真名について小一時間程、説教を受けた。俺が真名の事を知らなかったのを差し引いてもキツい説教だったと言っておこう。

 

そう言えば、数日後に荀彧が曹操に仕官する為に家を出ると言っていた。顔を会わせれば相変わらず罵倒されまくっているが居なくなるのは寂しいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2日後。俺は気を使える事を知った日から考えていた事がある。俺はある意味、この為に気の鍛練を頑張っていたと言っても過言ではない。

 

 

俺は両手を正面に突き出す

 

「かぁ……」

 

そして体を屈めながら球を掴む様な体制で両手を腰に引きつけ……

 

「めぇ……」

 

手のひらに全身の気を集中させ……

 

「はぁ……」

 

溜めた気が手と手の間で力を生む。そしてそれが丸みを帯びた気の塊となった、これなら行ける!

 

「めぇ……」

 

全国の少年が憧れた夢の技を今、解き放つ!

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

俺は気合いと共に両手を突き出した。俺の突き出した両手からエネルギー波が出た!確かに俺はかめはめ波を撃ったんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの話をしよう。

確かに『かめはめ波』を習得した俺だが問題も山積みとなった。

まず第一にかめはめ波を撃った俺だが、その直後に倒れた。

顔不さんの話では体内の気を全て注ぎ込んだ為に気が枯渇して意識を失ったらしい。あの手の技を放つには気を使う分だけ小出しにしなければならないらしいのだが、そんな事は当然知らない俺は全てを使いきってしまったのだ。

暫く安静にしていれば気が体に満ちて治るらしいが面目ない。それを考えるとドラゴンボール初期で山を丸ごと消し飛ばした亀仙人のかめはめ波はどれだけの気を消費したのだろうか。あ、よくよく思い出せば亀仙人、月を消し飛ばすくらいの……止めよう。話のスケールがデカ過ぎる。

 

第二の問題として破壊力だ。

俺は初めて放つから精々、初期の悟空。つまり、亀仙人のマネをして放ったかめはめ波レベルを想像していたのだが思いの外、破壊力があった。

試しに弓の的を標的として撃ったのだが的を破壊した俺のかめはめ波はそのまま壁をも突き破って空の彼方へと消えたらしい。

 

つまりは、荀家の屋敷の塀を破壊してしまった訳だ。

他に被害がなかったのは喜ばしいが居候させてもらってる人の屋敷を破壊ってどんだけ無礼を働いてるんだよ俺!

 




『かめはめ波』
『ドラゴンボール』で亀仙人が編み出した体内の潜在エネルギーを凝縮させて一気に放出させる技。
孫悟空の得意技であり、作品を代表する技。
本編での初披露は亀仙人がフライパン山の火事を消すために放ったものであり、攻撃技としてではなかった。なお、この際に火事は消したものの、亀仙人が張り切りすぎたため同時にフライパン山も吹き飛んでしまった。



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第六話

 

 

 

うぅ……体が痛い……

昨日のかめはめ波を撃ってから体が超痛い。顔不さんの話だと気が枯渇して全身筋肉痛状態なのだという。界王拳を使った悟空の苦しみってこんな感じなのだろうか。

3日もすれば治るらしいが、それまでは安静にした方が良いとの事。

3日……か。荀彧が仕官しに行くのは2日後。見送りも無理かな……

荀彧は俺が見送りに行っても嫌がるんだろうけど。

 

今日は一日、布団の中で過ごす事になった。真っ先に荀緄さんや顔不さんは見舞いに来てくれた。

顔不さんからはしっかり休むように言い渡されて、荀緄さんはニコニコとしながら本を読んでくれた。あ、この状況でも授業はするのね。

顔不さんの気の講義は気の扱い方による物だった。

気の扱いには大まかに二種類。『強化系』と『放出系』らしい。念能力ですかと思わず聞きそうになったが実は関係はとてつもなく近い。

『強化系』は身体能力の向上等が主で此方は無意識に気を使ってる武将が多いとか。そう言えばこの間、噂で鉄球を振り回して野盗を退治してる子供が居るとか聞いたけど、それもその部類の人間なのだろう。

そして『放出系』は俺が放った『かめはめ波』等の気功を体外に放つ技が主になり、こちらは才能の部分が多いらしい。他にも医療気功と言って傷を癒す気功も存在するらしいがこれも放出系に属するとか。噂じゃ五道……なんとかと言う医者がそれの使い手と聞いた。いつかは会ってみたいものだ。

 

授業や講義が俺の気を紛らわしてくれた。なんせ他にやる事がないのだ。

テレビも無ければラジオも無い。新聞すらないから暇潰しも出来ない。やれる事があるとすれば昼寝か文字の練習くらいだ。

 

荀緄さんの授業が終わるといよいよ暇となる。風邪とかなら体が疲れて眠れるもんだが、俺のは筋肉痛(気肉痛か?)なので、眠くもならない。

等と暇な時間を過ごしていると荀緄さんが授業後も俺の部屋に来て話をしてくれた。退屈なのと寂しさに潰されそうだったので助かります。

 

 

「明日……桂花ちゃんが曹操様の所へ行ってしまいますね」

「そうですね……でも、それが荀彧の望みですから」

 

 

こんな話題をしてくるのは荀緄さんが寂しいからなんだろう。いや、俺も荀彧が居なくなるのは寂しいけどさ。

 

 

「純一さん、ありがとうございます」

「ん……俺、なんかしましたか?」

 

 

突然、お礼を言う荀緄さん。いやいや、礼を言うのは居候の立場の俺ですから。

 

 

「桂花ちゃん……今まで男の方と話す事なんて無かったんですよ。今ではすっかり純一さんと仲良くなって……」

 

荀緄さんには俺と荀彧は仲良く見えるらしい。俺、荀彧に会う度に会話の8割ほどが罵倒で埋め尽くされてますが。

 

 

「俺……嫌われてるんじゃないですかね?罵倒されてますが」

「まさか、桂花ちゃんは素直じゃないだけですよ。今まであの子は話し掛けられた男性と話もせずに無視してましたから。あの子と会話が成立する。それだけでも凄いんですから」

 

 

荀緄さんは本当に嬉しそうに目を細めて俺を見ていた。過大評価ですよ、荀緄さん。

 

 

「荀緄さん、お礼を言いたいのは俺もなんですよ。この国に来てから、最初に話をしたのは荀彧なんです。荀彧が居なかったら俺は荒野で野垂れ死んでいた」

 

 

そう、偶然だったとは言ってもあの時、襲われている荀彧と会わなかったら少なくとも俺は此処に居ない。

 

 

「その後で荀家に居候させて貰ったのも……全部、荀彧と会ったから……それにアイツの容赦無しの罵倒も……俺の悩みを……忘れ……」

 

 

話の最中なのに眠くなってきた。荀緄さんは「あらあら」といいながら俺の頭を撫でてくれる。本当に……此処に来てから色んな人に世話になり……っぱな……し……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side荀彧◆◇

 

 

 

ここ数日、私は不機嫌だった。それと言うのも数日前に出会った『秋月純一』こいつが原因だ。

野盗から助けられたその日に母様の指示で奴を泊まらせる事になってしまった。

ここまではまだ仕方ないとしても、問題はその後。

なんと母様は朝食の席で秋月を居候させると言い出したのだ。男なんかを屋敷に住まわせるなんて反対よ!

私は母様に猛抗議したけど、家長の権限で決められてしまう。男なんか無能で、臭くて、短絡思考だから嫌いなのよ汚らわしい!

 

私は秋月を睨むと予定より早く曹操様の所へ仕官すると決めた。そうすれば男なんかと一緒にいなくても済むと思ったから。

その日の夜、私は仕官の準備をしていて夜遅くまで起きていた。母様や顔不の笑い声が聞こえたから酒盛りしてるのね。顔不は先々代から荀家に尽くしてくれてる一家だから無下には出来ないけど声が聞こえない所で飲んでくれないかしら。

 

そんな事を思っていたら中庭に動く影が……まさか賊!?と思ったけど杞憂だった。

中庭で秋月が煙草を吸っていた。故郷から持ってきていた煙草らしいのだが煙草は臭くて嫌い。そうでなくても男嫌いだってのに。一言、文句を言ってやろうと思ったが私の足は止まってしまう。

秋月は煙草を吸いながら憂いのある顔で空を見ていた。空に浮かぶ月に何かを重ねて見る様に。

秋月の話を信じるなら秋月は気がつけば突然異国に足を踏み入れた事になる。故郷の事を考えてるのかしら。私はその場を後にする事にした。何を言って良いのか解らなくなってしまったわね。

 

秋月が居候して更に数日、私は偶々、開いていた秋月の部屋の中を見てしまう。そこには幼児向けの絵本を片手に勉強をする秋月の姿が。私はそれを見た瞬間、声を上げて大爆笑してしまった。この国の文字がわからないからって大人が幼児向けの絵本を片手に真面目に勉強している様は笑い話にしか見えない。その後、笑われた事を怒りに来た秋月だけど、悔しかったらこの本くらいは読めるようになりなさいと言ってやった。悔しそうにしている秋月を見るのは良い気味だ。

 

次の日、秋月が私に「真名ってなんだ?」と聞いてきた。私は転けて持っていた書類に墨を溢してしまう。ああ、もうやり直しじゃない!じゃなくて……

 

 

「真名を尋ねるな馬鹿!」

「あだっ!?」

 

 

私は近くにあった竹筒をおもいっきり奴の顔面に投げ付けた。痛がっている、当然の報いよ!

その後、秋月の話では母様や侍女達から私から真名を聞いたか訪ねられたらしい。母様は兎も角、侍女達まで私と秋月の関係を疑ってる。私は男なんて嫌いなんだから止めて欲しい。侍女と言えば秋月は侍女の話題にもよく上がる。先日などは一人の侍女が秋月に贈り物をしようとしたらしい。秋月に贈り物は断られたが買い物は楽しかったって言ってたわね。確か、煙管を見てたとか言ってたけど私には関係ない。

とりあえず私は目下の馬鹿に『真名』の重要性を説かねばならない。覚悟しなさいよ秋月!

 

 

 

その2日後、秋月が倒れた。

私が屋敷に帰ると塀の一部が破壊されていた。何事かと問い合わせれば秋月が気を使った技で勢い余って塀を破壊したらしい。ほんの数日前まで素人同然だった奴がなんて進歩の早さだ。その反面、読み書きの習得が遅い気もするが。

一応、様子を見に行ってみると部屋には母様が居た。戸が開いていたので中の会話を思わず聞いてしまった。

 

 

「桂花ちゃん……今まで男の方と話す事なんて無かったんですよ。今ではすっかり純一さんと仲良くなって……」

 

 

母様には私と秋月は仲良く見えるらしい。秋月なんて大っ嫌いですから!

 

 

「俺……嫌われてるんじゃないですかね?罵倒されてますが」

「まさか、桂花ちゃんは素直じゃないだけですよ。今まであの子は話し掛けられた男性と話もせずに無視してましたから。あの子と会話が成立する。それだけでも凄いんですから」

 

 

秋月の言葉を母様は否定する。素直云々は兎も角……確かにまともに話した男は秋月くらいね……

 

 

「荀緄さん、お礼を言いたいのは俺もなんですよ。この国に来てから、最初に話をしたのは荀彧なんです。荀彧が居なかったら俺は荒野で野垂れ死んでいた」

 

 

私はあの日の事を思い出す。突然現れて私を助けた……そっか……あの日の出会いが今に繋がっているのね。

 

 

「その後で荀家に居候させて貰ったのも……全部、荀彧と会ったから……それにアイツの容赦無しの罵倒も……俺の悩みを……忘れ……」

 

 

会話の最中で秋月は眠ってしまったのか声が途絶えた。悩み?いつもヘラヘラ笑ってる奴に悩みなんてあるのかしら?

 

 

「あらあら、純一さん……やっぱりお疲れなのね」

 

 

続いて聞こえてきたのは母様の言葉。疲れてる……確かに気を使い果たしてるとは聞いてるけど……

 

 

「知らない異国の地に一人きり……強がって笑っていても、誤魔化せませんよ」

 

 

強がって笑う?確かに秋月はいつも笑って……まさかいつも笑ってるのは異国の地に一人きりだから寂しさを紛らわせる為に?それに私に罵倒されてる時は悩みが……あ、そうか。私は秋月と最初に話した人だから信用されてるのね。じゃなくて男に信用されたって気持ち悪いだけよ!

 




『界王拳』
『ドラゴンボール』に登場する技の一つ。気を限界まで高めて一時的に戦闘能力を底上げする、いわゆるパワーアップ技。戦闘力の増強に引き換え、体力を大幅に消費するというハイリスクを伴う、ある意味で博打に近い技となっている。


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第七話

 

 

 

かめはめ波騒動から2日が過ぎた。今日は荀彧が曹操の所へ仕官する日だ。

荀彧は意外にも部屋で寝ていた俺の所へと来て「じゃ……行くから」と別れを告げに来た。思わず可愛いと思いながら「行ってらっしゃい」と言ったら何故か竹筒を顔面に投げられた。解せぬ。

その話を荀緄さんと顔不さんに話したら大爆笑された。何故に?

 

そして更に次の日になり、俺の体は治った。前回の失敗を糧に同じ事は繰り返さないようにしなければ……

となると顔不さんの講義にもあった『気の掌握』をしっかりとやらねば。これは気をコントロールの事を示すらしく、俺のかめはめ波は『気の放出』本来はこの二つを同時に鍛えなければならないのだが俺は段階を踏まずに『気の放出』をメインに気功波を放った為にコントロールが出来ずに気が枯渇する程の放出をしてしまった。

顔不さんの話にあった気を小出しにするやり方をするとなると『かめはめ波』よりも『波動拳』の方になるのか?

いや、俺の気の総量を考えると『我道拳』の方が建設的な気もする。

まあ、それ以前に体も鍛えなきゃだけど。

 

それから数日は顔不さんの鍛練と荀緄さんの授業がメインとなった。鍛練は主に組手や筋トレ。そして気の練りやコントロール。

 

荀緄さんの授業も変わらずだが時おり、侍女さんの買い物を俺が肩代わりしてくる事もある。買い物をして文字の読みや商品を知る事も勉強になるのだと言う。確かに勉強にはなるが初めてのお使いみたいで少し情けなくもある。

 

そして夜は酒盛りなのだが今日は驚きな一言を聞かされた。なんと荀緄さんは俺の話から日本酒作成に着手し始めたらしい。

え、俺の話から日本酒を作り始めたの?つーか、俺もうろ覚えの知識しかなかったんだけど……まさか、それだけで作る行程まで持っていくとは予想外だった。確か、日本酒って出来るまでに半年くらい掛かる筈だったけど……

でもなんだろう……この人は作ってしまう気がする割りとマジで。

 

さて、この国の噂になっている事が幾つかある。まず黄色の布を巻いた賊どもが暴れてるとの事だが恐らく黄巾党の連中だろう。三國志の歴史の中でも始まりの乱の切っ掛けとなった連中だ。張角・張宝・張梁が首領だった筈だが……だが劉備や孫策、そして荀彧が仕官しに行った曹操。他にも袁紹、袁術、公孫瓉と言った武将が動く。彼等……いや彼女達が軍を率いて黄巾を潰す筈だ。

そういや、噂を聞く限りやはり武将は殆どが女性らしい。本来の歴史と食い違いが起きてるのか?と言うか男の武将が女になるのなら女の武将は男になるのか?そう言えば絶世の美女と言われた貂蝉は……いや、考えるのはよそう。嫌な予感がする。

 

次に『天の御使い』の噂だ。詳しくは覚えていないが流星と共に現れ、乱世を沈める存在だとか。

眉唾物の噂だな……まあ、俺も似たようなもんか。なんでも曹操の所に御使いが居るって聞いたけど荀彧も会ったのかな?

 

そんな事を思いながら、数日過ごした。その間も俺は鍛練をしていたが、気の総量は中々、増えなかった。顔不さんの話では俺には決定的に足りない物があるらしい。それが何か、聞いてみたが自分で気付かないと意味がないと言われてしまい、未だに解らず仕舞いだ。

 

荀緄さんの授業のお蔭でなんとか読み書きは出来るようになった。いや、この歳になって勉強ってのはキツかった。パソコンも無いし、馴れない筆で書くのは大変だ。

字が下手だと言われたが、こればかりは馴染みが無いので仕方ないと思う。

 

 

その後、俺は荀緄さんの頼まれ事で少し離れた町へとお使いに行くことになった。今までは同じ町の中で買い物に行っていたので楽しみだ。

そして俺は……顔不さんの言っていた、俺に決定的に足りない物の意味を知る事になる。




『波動拳』
『ストリートファイターシリーズ』の代表的な技の一つで掌型の波動を放つ遠距離技。リュウやケン、さくら等のキャラが技の使い手。

『我道拳』
『ストリートファイターシリーズ』でダンが使い手の技。波動拳と違い、技の射程距離が極端に短い。波動の技なので攻撃力はそれなりにある。


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第八話

 

 

 

 

 

 

荀緄さんから頼まれたお使いで、普段住む街から少し離れた街へと行く事になった俺。と言っても町の商人が馬車でその街まで行くので相乗りさせて貰っているのだが。

 

思えばこれが俺がこの世界に来てから初めての遠出となる。荀彧と会ってから今まで荀家の屋敷に居候していたし、買い物や頼まれ事も街の中でしかしてなかったからな。顔不さんからは、外を知るのが一番の蓄えとなるなんて言われた。

 

 

「兄ちゃんは……この辺りの人なのかい?」

「ん……ああ、いや。俺は日……いや、少し離れた国から来たんだ」

 

 

商人さんから話し掛けられて思わず、俺は『日本』と言い掛けた。三國志の頃だと日本の呼び名は……いいや思い出せそうにない。

 

 

「いや、変わった服だと思ってな」

「これは俺の国じゃ仕事着なんですよ。文官が着る服って言えば良いのかな?」

 

 

そう、俺は久々にスーツに袖を通した。鍛練の時にスーツを着てると普通に汚れるしな。まあ、普段からワイシャツにネクタイで過ごしてはいたのだ。だが今回は他所に行くこともあって久々に上着にも袖を通した。うん、仕事に行く時みたいな気持ちになってきてる。

 

 

「そうかい。他の国じゃ文官さんはこんな服を……」

 

 

商人さんは何処か感心した風に俺のスーツを見ていた。うん、嘘は言ってない。

なんて雑談をしていたら街に着いた。んーっ朝から馬車に揺られていたから体が痛い。

商人さんにお礼をした後に街中をブラリと散策。

少し買い食いをしながら頼まれていたお使いを済ませた。

 

 

「お母さん、あれ買って」

「はいはい」

 

 

手を繋ぎながら街行く親子。平和なもんだ。俺が三國志と思われる世界に来てから暫くたったけど俺の目には平和な光景が広がっている。

だが見知らぬ街や村では黄巾の連中が暴れてるらしい……そう思うと……少しモヤモヤする。

タバコに火をつけて一服。最近、こうやって自分を落ち着かせる事に慣れてきたな……あ、二箱有った内の一箱目が無くなりそう。吸いすぎたな。

 

 

「て、敵襲だぁーっ!」

「っ!?」

 

 

ボンヤリと空に消えていく煙を見ていた俺だが突然の町民の声にタバコの灰がポロっと落ちた。

 

 

「門を閉めろ!」

「早く家の中に!」

 

 

ざわざわし始めた街の中で俺は逃げ惑う人達と一緒に逃げようとしたが先程の親子の子供が転んで怪我をしてしまっていた。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「い、痛いよ……痛いよぅ……」

 

 

俺は思わず、転んだ子供に駆け寄るが子供は擦り傷が出来て泣いていた。こんな子供が泣いている……なのに俺は逃げるだけか?今の俺は気を使う事も出来るのに?飄々と荀家にお世話になっているだけなのか?

 

 

「そっか……痛いよな」

「………おじちゃん?」

 

 

突如、変わった俺の態度に目の前の子供は泣き止んだ。いや、泣き止んだのは結構だが『おじちゃん』は止めて。俺はまだ20代だから。

俺はポンと子供の頭に手を乗せて笑みを浮かべる。

 

 

「泣くなよ、男の子だろ?」

「う、うん……」

「あ、ありがとうございます。さ、早く逃げるわよ!」

 

 

俺の言葉に男の子は完全に泣き止んでくれた。その直後、母親が男の子を連れて行く。母親ははぐれた子供の面倒を見てくれた俺に礼を言うと避難していく人達の中に消えていった。

 

 

「さて……と」

 

 

俺はタバコを地面に投げると足で踏んで消す。目指すは街の外に来ている馬鹿共の所。

 

 

 

「行けーっ!」「攻めろ、攻めろ!」

「街に入れさせるな!」「もっと防柵を作るんだ!」

 

 

街の塀の近くでは街に入ろうとする黄巾の連中と街に入れまいと防戦の軍。いや、義勇軍かな。

さて、義勇軍の手伝いをするか。

 

 

「はーい、ちょっくらゴメンなさいよ」

「え、ちょっとお兄さん何してんねん!?」

 

 

俺は黄巾の連中が揃ってる門の近くへと歩いていく。何やら防柵用の材料を集めていた女の子が俺に手を伸ばしていたが時間も無いし、早々と済ませるか。

俺は両手を前に突き出す。その先には黄巾の皆さん。

 

 

「かぁ…めぇ…はぁ…めぇ……」

「な、気が集まって……凪みたいに気使いかいな!?」

 

 

俺の両手に集まり始めた気の塊に驚く女の子。いや、今気づいたけど関西弁だよな、この子。まあ、気にせずにいってみよう。

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「どっひやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

俺のかめはめ波に驚いた女の子は尻餅を着いていた。そして俺のかめはめ波は防柵を作っていた義勇軍の人達の隙間を縫って黄巾の皆さんへとまっしぐら。

着弾したかめはめ波は黄巾の皆さんを吹っ飛ばして、その勢いをそのままに空へと消えていった。なるほど、前に荀家の塀を破壊した時に気弾は空へと消えたと聞いたがこんな感じだったのか。そういや、今回は気の消費が少ない気がする。

俺は唖然としている街の皆さんを尻目に門へと近付く。

 

 

「今ので敵の勢いは削れましたから、そのまま防柵を作ってください」

「あ、ああ……だがアンタは?」

 

 

俺はタバコに火を灯しながら街の外へ視線を向けた。そこには、かめはめ波の余波で苦しむ黄巾の皆さん。門の辺りから見ると……まあ、沢山控えてらっしゃる。

町民の方が俺に何者かを聞いてくるが……まあ、通りすがりの未来人です。何処の謎転校生だ俺は。

 

 

「………ま、少なくともアナタ方の味方ですよ。それに……」

「なんなんだテメェ!」

 

 

俺が町民へ話しかけてる途中で黄巾の一人が俺に向かって叫ぶ。良いこと、言おうと思ったのにチクショウ。

ま、でも……覚悟は決まったさ。うん。俺はタバコを少し強めに吸って煙をフゥーと吐く。煙は俺の前に小さな線を引いた。

 

 

「この白線からは……ここから先は全面通行止めだ。通りたきゃ今のをもう2、3回は喰らう覚悟をしろや」

 

 

俺の言葉に黄巾の連中はビビった様子だ。うん、この調子でいければ良いのだが……



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第九話

 

 

 

 

街に入ろうとする黄巾の連中をかめはめ波で一時的に黙らせたが、そう長くは続かないだろう。門は他にも三ヶ所、東西南北とあるので全てを守らねばならない。

 

 

「ちょっ……お兄さん何者や!?」

「んー……」

 

 

先程の女の子が俺に詰め寄る。まあ、突然現れてあんな事すりゃ当然か。つーか、この娘……ヤバい……何がヤバいって……ああ、イカンイカン……視線を落としたらガン見してしまう。

 

 

「俺は偶々この街にいた者だ。あの連中が気にくわないから戦いに参戦した……じゃ理由にならないか?」

「なんやお兄さん、正義の味方のつもりかいな」

 

 

俺の言葉に女の子は胡散臭げに俺をジロジロと見る。俺が正義の味方なら変身してから戦うよ。

 

 

「ほら、話してないで防柵を作ってくれ」

「あ、ああ……ほな、後で話聞かせてな!」

 

 

俺がポンと背を叩くと女の子は我に返り、慌てて防柵作りに戻る。さて、俺はもう一発、かめはめ波をお見舞いしてやろうかと思ったが……なんか黄巾の連中の数がさっきの倍近い。

これはヤバいかも。

 

 

「おい、お主!」 

「あ、はいはい……どちら様?」

 

 

ヤバいなぁ……なんて思っていたら後ろから声を掛けられ、振り向くと青い服に身を包んだ美人とお団子三つ編みの女の子が居た。

 

 

「我が名は夏侯淵。此方は許褚だ。先程の気弾はお主の物か?」

「俺は秋月純一。質問の答えなら気弾を放ったのは俺だ」

 

 

名乗られて質問をされたのでこっちも自己紹介して質問に答える。すると美人は笑みを浮かべた。

 

 

「そうか。私が他の門の所へ行っている間に南の門が突破されそうになったと聞いて焦ったのだが、お主の気弾が状況を変えてくれた、感謝する」

「ありがとねー!」

 

 

深々と謝罪する夏侯淵と明るく礼を言う許褚。アンバランスな組み合わせな二人だな。ん……夏侯淵と許褚?

 

 

「つかぬ事をお聞きするが……まさか曹操の所の?」

「なんだ知っていたのか?」

「そだよー」

 

 

OH……やっぱりだよ。夏侯淵と許褚って言えば曹操の軍の中でもトップクラスの武将の筈。まさか、こんな所で会う事になるとは……

 

 

「いや……噂で聞いていた程度のもんだよ。それに荀彧……知り合いが曹操の所へ仕官したんでな、気になってたんだ」

「ほぅ……ではお主が「あの馬鹿」か」

 

 

俺の発言に夏侯淵はクスリと笑みを浮かべた。それに「あの馬鹿」とは何ぞや?

 

 

「桂花と話しているとな、時おり「あの馬鹿」の話になるのだよ。名は教えてはくれなんだがお主の事で間違えなさそうだ」

「いつもツンツンした態度で「あの馬鹿」さんの話をしてるよ」

 

 

楽しそうに話す夏侯淵と許褚。許褚さんよ、「あの馬鹿」を名前みたいに呼ばないで。

 

 

「さて、秋月……街には我々曹操軍の先遣隊が守りを固めて、街の義勇軍も加わった事でなんとか黄巾の大軍を防ぐ事が出来ている……だが腕の立つ者が加わってくれれば更に助かるのだが……」

「そう言われちゃ断れないし……まあ、元々断る気はねーよ」

 

 

そう言って俺と夏侯淵と許褚は街に入ろうとする黄巾の連中を睨んだ。

 

 

「ふ……ならば頼むぞ。そして死ぬなよ、桂花との話を聞かせてもらうのは面白くなりそうだからな」

「いきなり戦意を削ぐ話をしないでくれ……」

 

 

静かに笑みを浮かべる夏侯淵とケラケラと笑う許褚。なんか勝っても、ろくな結果にはなりそうに無い気がする。

その後だが俺は夏侯淵と許褚の曹操軍、楽進・李典・于禁率いる義勇軍で街に立て籠り、二つの部隊が連携し街の防衛をする事となった。

そんな中で夏侯淵と許褚、楽進・李典・于禁は真名交換までしていた。いや、俺とはしてないんだけどさ。

因みに楽進は体に傷を持ち、髪を長い三つ編みにしている娘で于禁は眼鏡を付けて、愛らしい声と口調の娘だ。そして先程、俺と話した関西弁の娘が李典だった。

マジで男の武将はいないのか、この世界。しかも楽進・李典・于禁って魏の武将やんけ!勢揃いか!

それはさておき、俺は街の防衛と時おり、纏めて敵を吹っ飛ばす為のかめはめ波係りとなった。いや、頼りにされるのはいいんだが『かめはめ波係り』って何よ!?鉄砲隊の扱いか!?

なんてツッコミ入れても、この世界の住人には通じないしなぁ……悲しいわ

 

 

「夏侯淵様!西側の大通り、三つ目の防柵まで破られました!」

「……ふむ、防柵はあと二つか。どのくらい保ちそうだ?李典」

「せやなぁ……応急で作ったもんやし、あと一刻保つかどうかって所やないかな?」

 

 

一刻って確か30分位だったっけ?つーか、今までよく保った方なんだよな。

 

 

「微妙なところだな。姉者達が間に合えばいいのだが……」

「しかし、夏侯淵様が居なければ、我々だけではここまで耐えることはできませんでした。ありがとうございます」

 

 

悔しそうにだが冷静に戦力分析をする夏侯淵。クールだねぇ……楽進も似たタイプだな。

 

 

「それは我々も同じ事。貴公ら義勇軍がいなければ、連中の数に押されて敗走していたところだ」

「いえ、それも夏侯淵様の指揮があってのこと。いざとなれば、後の事はお任せいたします。自分が討って出て……」

「おいおい……それは……」

 

 

夏侯淵との話の中で楽進は玉砕覚悟の特攻をしようとしている。俺が止めようとしたら許褚が楽進の前に立った。

 

 

「そんなのダメだよっ!」

「っ!」

 

 

楽進の玉砕覚悟の発言に、許褚が声を上げてそれを否定した。そんな許褚の声にその場に居た全員の視線が許褚に集中している。

 

 

「そういう考えじゃ………ダメだよ。今日は絶対春蘭様達が助けに来てくれるんだから、最後まで頑張って守りきらないと!今日、百人の助けるために死んじゃったら、その先助けられる何万もの民を見捨てることになるんだよ!」

 

 

見事な口上だ。こんな小さな子がこれだけの事を言えるとは……

 

 

「………肝に銘じておきます」

「………ふふっ」

 

 

楽進は自分の未熟さを感じたのか楽進は大人しくなり、夏侯淵が何故か笑った。

 

 

「な、何がおかしいんですか、秋蘭様ー!」

「いや、昨日あれだけ華琳さまや北郷に叱られていたお前が、一人前に諭しているのが……おかしくてな」

 

 

抗議する許褚に夏侯淵は静かに笑う。なるほど受け売りだった訳ね。

 

「あー!「あの馬鹿」さんまで笑ってる!」

「いや……それ、名前じゃないからね。そろそろ止めてマジで」

 

 

ムーっと怒る許褚。だから名前じゃないから、その呼び名は止めなさい。泣きたくなるから。

そんな話をしていたら于禁が慌てて走ってきた。

 

 

「夏侯淵様ー!東側の防柵が破られたのー。向こうの防柵は、あと一つしかないの!」

「アカン!東側の最後の防柵って、材料足りひんかったからかなり脆いで、すぐ破られてまう!」

 

 

于禁と李典の会話にその場がピリッとなる。ここからが本格的にヤバくなりそうだ。なら……俺の次の行動は決まったな。

 

 

「わかってる。ここが正念場だ、気合を入れていけ!」

「東側には俺が行こう。俺の技なら纏めて吹っ飛ばせるからな」

 

 

夏侯淵の叫びに俺は東側に向けて歩き出す。一人でも多く居た方が良いからな。

 

 

「秋月……もうすぐ我等の増援が来る……時間稼ぎで十分だからな」

「ああ……わかってるよ」

 

 

俺はタバコに火を灯しながら東側の門へと歩き出す。そこで立ち止まり、夏侯淵達の方に振り向く。

 

 

「時間を稼ぐのはいいが……別に全部、倒してしまっても構わんのだろう?」

 

 

俺は笑いながら冗談染みた言い方をした。俺は今、笑えているだろうか。今回の戦いは俺の初陣となった。

正直、テンション上げたりして誤魔化していたけど俺の胃に込み上げる物がある。買い食いなんかするんじゃなかったよチクショウ

歴とした戦争を体験している俺はこうやって自分を誤魔化さないと膝が震えるくらいだ。さっきは覚悟を決めたつもりだったが……体は正直なものだ。

等と思いながら東側の門へ行こうとした時、銅鑼の音が鳴り響いた。



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第十話

 

 

 

銅鑼の音が鳴り響いた後の話をしよう。銅鑼の音は増援の合図だったらしく外から見えたのは曹と夏の文字の旗。それは曹操と夏侯惇の旗印。

俺が手伝う必要もなく、あっという間に黄巾の連中は退治された。ドヤ顔で先程のセリフを言ったので非常に恥ずかしい。

 

 

「秋蘭、季衣!無事か!」

「危ないところだったがな……まあ、見てのとおりだよ姉者」

「春蘭様ー!助かりましたっ!」

 

 

無事、本隊と合流を果たした先遣隊の夏侯淵と許褚は黄巾を街から追い払い、仲間との再会に喜んでいる。俺は少し離れた位置でタバコを吸っていた。なんて呑気にしていたら金髪の美少女と白い服の少年が来た。あれ……少年の方は服に見覚えが……つーか学生?

 

 

「三人とも無事で何よりだわ。損害は……大きかったようね」

「はっ。しかし彼女等と彼のおかげで、最小限の損害で済みました。街の住人も皆無事です」

「……彼女等と彼とは?」

 

 

そんな金髪の美少女の言葉に楽進・李典・于禁の三人が前に出る。もしかして、あの金髪の美少女は曹操なのか?

 

 

「……我らは大梁義勇軍。黄巾党の暴乱に抵抗するために、こうして兵を挙げたのですが……」

「「あーっ!?」」

 

 

真面目に自己紹介を済まそうとしている楽進の言葉を遮る声。見れば互いに指を指して口を開けてポカンとしている。

 

 

「何、どうしたの?一刀、春蘭」

「華琳。ほら、竹籠の……」

「いえ、以前に我らが街に竹籠を売りに来ていた者と同じ人物だったのでつい……」

 

 

同時に曹操に説明を始める少年と夏侯惇。同時に言ってやるなよ。知ってる顔だったんだな。知ってる顔と言えば荀彧は居ないのかな?なんて思っていたら于禁の口を慌てて夏侯惇が塞ぐ。何やら隠したい事があるのかボソボソと話をした後に于禁もコクコクと頷いて了承した。

 

 

「あの時の姉さんが陳留の州牧様やったんやね。兄さんの方も曹操様と一緒やし」

「まさかの出会いだなぁ」

 

 

李典と少年が馴染みながら話をしてる。ふむ、話の筋からすると別の街で楽進・李典・于禁が竹籠を売ってる時に曹操、夏侯惇、少年と会ってたって事か。

 

 

「……で、その義勇軍が?」

「はい。黄巾の賊がまさか、あれだけの規模になるとは思いもせず、こうして夏侯淵様に助けていただいている次第です……」

「そう。己の実力を見誤ったことは兎も角として……街を守りたいという、その心がけは大したものね」

「面目次第もございません」

 

 

曹操の問い掛けに楽進は不覚と言った表情で答える。真面目なんだな。あ、なんか少年がチラチラとこっちを見てる。

 

 

「とはいえ、あなた達がいなければ、私は大切な将を失うところだったわ。秋蘭と季衣を助けてくれてありがとう」

「はっ!」

 

 

曹操の言葉に頭を下げる楽進。なんか既に主従って感じに見える。いや、曹操が女王様って感じでもあるんだが。

 

 

「あの、華琳様。もしよかったら凪ちゃん達を華琳様の部下にして、もらえませんか?」

「義勇軍が私の指揮下に入るということ?」

 

 

許褚が曹操と楽進の話に参加する。曹操の疑問に楽進が曹操に説明を始めた。どうでもいいけど俺、かなり蚊帳の外だな。

 

 

「聞けば、曹操様もこの国の未来を憂いておられるとのこと。一臂の力ではありますが、その大業に是非とも我々の力もお加えいただきますよう……」

「ふむ……そちらの二人の意見は?」

「ウチもええよ。陳留の州牧様の話はよう聞いとるし……そのお方が大陸を治めてくれるなら、今よりは平和になるっちゅうことやろ?」

「凪ちゃんと真桜ちゃんが決めたなら、私もそれでいいのー」

 

 

李典、于禁も楽進の意見に賛成し頷く。それを見て、曹操は夏侯淵の方を向く。

 

 

「秋蘭。彼女達の能力は……?」

「一晩共に戦っておりましたが、皆鍛えればひとかどの将になる器かと」

 

 

曹操に楽進達の能力を聞かれて答える夏侯淵。なんかチラッとこっちを見たか?

 

 

「そう季衣も真名で呼んでいるようだし良いでしょう。三人の名は?」

「楽進と申します。真名は凪……曹操様にこの命、お預けいたします!」

「李典や。真名の真桜で呼んでくれてええで。以後よろしゅう頼んます」

「于禁なのー。真名は沙和っていうの。よろしくお願いしますなのー」

 

 

曹操は三人の名を聞き、楽進・李典・于禁は曹操に真名を預ける。良かったね三人とも。あ、曹操がこっちに視線を向けた。

 

 

「そう凪、真桜、沙和ね……それと、そこの男は?」

「その者は楽進達と同じく我々と戦ってくれた者です。まだ荒削りですが相当の気の使い手です。そして恐らく桂花の言っていた「あの馬鹿」と思われます」

 

 

曹操に聞かれた夏侯淵は俺の事を説明を始める。いや、持ち上げた説明と「あの馬鹿」呼ばわりは止めてくれ。

 

 

「あら……あの桂花が「あの馬鹿」って言う程の男はアナタなのね?」

「荀彧はいったいどんな説明をしてたのか非常に気になりますな」

 

 

俺はタバコの火を消すと曹操に歩み寄る。この子、背は低いけど威圧感半端ねぇんだけど……

 

 

「話は時折、桂花から聞いているわ。異国から来たそうね?」

「そのようです。自分には何がなんだか解らぬ内に巻き込まれたのが妥当な説明になりますが」

 

 

曹操の問いになんとなく敬語で答えてしまう。

 

 

「それは、そっちの彼も同じだろ。なあ、学生君?」

「あ、そうですね。俺も華琳に拾われてから大変だったので」

 

 

俺が笑いながら少年に話し掛けると少年は苦笑いを浮かべながら答えてくれた。

 

 

「まあ、そう言うな。この世界を体験するなんて学校じゃ学べないぞ」

「そうなんですけど……」

 

 

俺の言葉にハハッ……と苦笑いの少年。やっぱりこの学生君も俺と同じか。

 

 

「アナタ……一刀と同郷なの?」

「え……あっ!」

「やっぱりか……学生服だからまさかとは思ったけど」

 

 

俺は上着を脱いで肩に担ぐ。曹操の言葉に学生君も気が付いた様だ。

どうやら目の前の学生君も俺と同じく日本から……未来から来たらしい。

 



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第十一話

 

 

 

学生君、改め『北郷一刀』から事情を聴くと状況的には俺と同じだった。ただ俺と違う場所に居て、いきなり野盗に襲われたのを三人の女の子に助けられたらしい。真名の存在もそこで知ったらしいが迂闊にもそこで、助けてくれた三人の内の一人の真名を口にしてしまい刺され掛けたとか。

そして謝罪の後に曹操の軍に拾われて未来の事もそこで話し、未来の知識を買われて今に至るとの事。今は街の警備隊の仕事をしてるらしい。

 

それに対して俺は荀彧を助けてから荀家に居候して、武術の鍛練や読み書きの教えを受けたりと一刀と比べると楽々としてたんだなぁ……

因みに俺、一刀、そして曹操は皆と少し離れた位置で話をして居た。天の国=未来の話になる訳だが流石に天の御使いが未来人と広めるのはマズいとの判断だった。

 

 

「………そう」

 

 

一通り話を終えた俺だが曹操は顎に指を這わせて何かを考える仕草をしている。美少女は悩む仕草も様になってるなぁ。

 

 

「貴方……名は?」

「秋月純一。字と真名は無い」

 

 

曹操の問いに答える俺。そして次の曹操の言葉は意外な言葉だった。

 

 

「あなた、私に仕えなさい」

「はい?」

 

 

いきなりのスカウトに俺は呆けてしまう。いや、会って数分で曹操にスカウトされるってどんな状況よ!?

 

 

「アナタは北郷一刀と同じく、天の国の住人……そんな奴が野放しになってるのは危険なのよ」

「二天は要らず……ってか?」

 

 

曹操は俺に試す様な視線をぶつけてきている。『天』を名乗るものが多く現れてはその意味が薄くなるし、争いの種にもなる。

そして曹操は俺の言葉に笑みを浮かべた。

 

 

「そう。そしてアナタが他国に行くような事になるなら私はアナタを消さなければならない」

「そりゃご勘弁」

 

 

俺は曹操の言葉に舌を出して於ける。殺されるのは嫌だし……何より同郷の一刀がいるなら断る理由はないな。

 

 

「就職先の誘いがあるならお受けしますが……一度、荀家に戻ってからでよろしいか?頼まれ事も有ったし……何より世話になった家に不義理を残したくないんで」

「礼を尽くせる人間は嫌いじゃないわ。この戦が終わったら一度、帰る事を許しましょう」

 

 

俺の言葉に曹操は許可をくれた。オマケに評価は上がった模様。

 

 

「我が名は曹操、真名は華琳よ。私の事は好きに呼びなさい」

「確かに受けとりました。……大将って呼ばせて貰いますよ」

 

 

まさか、いきなり真名を預けられるとは凄い驚いた。これが器の大きさって奴かね。さて、好きに呼べと言われたけど流石に国のトップを呼び捨てには出来ない。一応、社会人だったんでそこはケジメだな。かと言って『華琳様』と呼ぶ気にもならん。となれば『大将』と呼ぶのが妥当かね。後、一応とは言えど敬語はしなければ。

 

 

「よろしくお願いします、秋月さん」

「純一でいいよ。大将の所に仕えてるのはそっちが先なんだから色々と教えてもらうぞ?」

 

 

そして俺と一刀は握手をしながら笑った。同郷の人間が居るだけでも安心感は違うものだ。

その光景を見た大将はニコりと笑うと楽進・李典・于禁とも向き合う。

 

 

「さて、さしあたりアナタ達四人は、一刀に面倒を見させます。別段の指示がある時を除いては、彼の指揮に従うように」

「…………は?」

 

 

ほう、いきなりだなマジで。一刀なんか俺と握手したまま固まってるし。

 

 

「どうしたのよ?」

「い、いや……俺に任せるのはどうかと思うんだけど?」

 

 

一刀は握手をほどくと大将に詰め寄る。まあ、話を聞く限り、一刀は学生だから急に部下とか言われても戸惑うか。

 

 

「あら、何か問題がある?」

「いや……俺に部下が出来ても……あ、ほら年上の純一さんもいるし!」

「いくら年上でも俺は新参なんだぞ。それに大将がお前を指名したんだから心意気には答えて見せろ」

 

 

大将の言葉に踏ん切りのつかない一刀に裏拳でポンと胸を叩いてやる。大将は俺の行動に驚いた様だ、ポカンとしてる。

 

 

「うぅ……やってみます」

「なら結構。他に異論のある者は?」

「異義あり!」

 

 

一刀は観念した様に頷く。頑張れ少年。そして大将が辺りを見回して異論はないかと聞くがこの采配に異を唱えるものが一人。あ、やっぱり曹操軍に居たんだな猫耳ちゃん。

 

 

「問題大有りです!なんでこんなのに、部下をお付けになるんですか!しかも秋月まで!」

「あ、居たのか桂花」

 

 

ズカズカと乱暴に来たのは荀彧は一刀に抗議してる。つーか一刀、荀彧の真名知ってたんだな。

 

 

「ふん!あんたと違って私は有能なの!華琳様、周囲の警戒と追撃部隊の出撃、完了しました。住民達への支援物資の配給も、もうすぐ始められるかと」

「ご苦労様、桂花。で、何の話だったかしら?」

 

 

一刀を流れるように罵倒した荀彧に大将はニヤニヤと笑っている。やはりドS、弄る気満々だ。

 

 

「北郷の事です!こんな変態に華琳様の貴重な部下を預けるなど……!」

「あら、一刀なら上手く活用してみせると思うけれど?」

「俺もフォローするしな」

 

 

荀彧は一刀を嫌ってんなー。大将は一刀を評価してるけど荀彧は納得してない様子だな。あんまり我が儘言うんじゃありません。

 

 

「アンタは黙ってなさい!大体なんで此処に居るのよアンタ!」

「荀緄さんの頼まれ事でこの街に来てたんだよ。んで戦に巻き込まれて一晩戦ってた」

「嘘だ!」

 

 

荀彧の言葉に説明をしたのだが何故か嘘つき呼ばわりされたよ。しかも言い方が何処ぞのヤンデレヒロインだよ。

 

 

「アンタが戦える訳無いじゃない!」

「そうでもないぞ桂花。私は一晩、秋月の戦いを見ていたが見事なものだった」

「ありがとう夏侯淵」

 

 

そう言えば荀彧は俺がかめはめ波を撃ってから倒れてる事しか知らないんだっけ。夏侯淵が俺のフォローをしてくれる。ああ、優しさが身に染みる……

 

 

「………ふんっ!」

「痛っ!」

 

 

夏侯淵の優しさに感動したら何故か、荀彧に足を踏まれた。理不尽な。

 

 

「私は結構平気かもー。意外とカッコイイしー」

「ウチもええよ、この人達が上司なら色々学べそうやし」

「曹操様の命とあらば、従うまでだ」

 

 

于禁・李典・楽進は口々に言う。取り敢えずの納得はしてくれたみたいだな。

 

 

「どうなの一刀。三人こう言ってくれてるし、純一も納得してるのよ?」

「わかったよ、三人とも宜しく」

 

 

とうとう観念したのか一刀は彼女達と俺の上司になる事を決めた様だ。

 

 

「よろしゅうな、隊長」

「了解しました。隊長」

「はーい、隊長さーん」

 

 

それぞれが一刀に隊長としての挨拶をする。舐めきった態度だなオイ。

 

 

「そうね……純一には一刀の補佐をしてもらおうかしら」

「んじゃ副隊長か?」

 

 

大将の言葉に俺は驚く。いや、新人をいきなり副隊長に任命すんなよ。

 

 

「副隊長か……純一さんだと副長って感じですね」

「鬼の副長ってか?」

 

 

ハハハッと笑う俺と一刀。そんな光景を見て、大将はニヤッと笑った。あ、嫌な予感。

 

 

「そうね……なら純一は北郷隊の副長を正式に任命します。皆は何か異論はある?」

「特に問題はないかと」

「良かったね、四人とも!」

 

 

マジで副長に任命されたよ。俺、鬼の副長みたいに厳しくないよ?

その後、大将は残った面子に聞いて回ってる。夏侯淵や許褚は頷いてくれてる。まあ一晩、一緒に過ごしたから、ある程度信頼されてるのかな?

 

 

「春蘭はどう?一刀に問題でもある?」

「いえ、これで北郷も少しは華琳様の部下としての自覚も出るのではないかと。彼等の実力は私はまだ知りませんが秋蘭が言うなら間違いはないと思います」

 

 

今まで黙っていた夏侯惇に話しかける大将。一刀の評価は低い……のか?

 

 

「自覚……一応、あるつもりなんだけど」

「お前ほど無い奴も珍しいぞ」

「それではこの件はこれでいいわね。物資の配給の準備が終わったら、この後の方針を決めることにするわよ。各自、作業に戻りなさい」

 

 

一刀の意見もバッサリと切られる。その後、大将の方針決めで皆は作業に戻った。俺も手伝いますかね……にしても副長か



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第十二話

 

 

 

 

俺は軍議に呼ばれていたので、軍議が行われる大きな天幕に向かった。本来なら物資の配給の手伝いでもしようかと思ったのだが大将から「一刀の補佐になるなら軍議に出る機会も増えるから学んでおきなさい」と言われた為に軍議に参加。天幕に到着すると既に大将や夏侯姉妹、季衣と荀彧に凪と真桜もいた。

 

因みに部下になるって事で楽進・李典・于禁の真名を授かり、季衣からも真名を預かった。季衣には荀彧の言っていた「あの馬鹿」呼ばわりはなんとか止めさせた。

凪・真桜・沙和は俺の事を『副長』と呼ぶようになり、夏侯姉妹からは『秋月』と呼ばれる様になり真名も預かる事になった。なぜかと言えば秋蘭が『一晩ともに戦い、背を預けたのだ。真名を預けるには足りぬ理由か?』『しゅ、秋蘭が真名を授けるなら私も預ける!』との事。

 

荀彧は真名を預けてくれなかった。何かを言いかけた段階で大将が待ったを掛けたのだ。『あら、桂花?一刀の時は私が命じたけど無理に純一に真名を預ける必要は無いわよ?』

等と言った為に荀彧が何を言おうとしたかは判らず仕舞い。しかも『純一の最初の目標は桂花から真名を授かる事ね』と超ドヤ顔で言ってきやがった。わかってて邪魔しに来やがったなドSめ。

それは兎も角、どうやら天幕に来たのは俺が最後だったらしく、俺が天幕に入ると軍議が始まった。因みに沙和は補給物資の配給作業の為に此処にはいない。

 

 

「さて、これからどうするかだけど……新しく参入した凪達もいることだし、一度状況をまとめましょう。春蘭」

「はっ。我々の敵は黄巾党と呼ばれる暴徒の集団だ。細かいことは……秋蘭、任せた」

「やれやれ……」

 

 

大将の後を引き継いで春蘭が説明を開始と同時に秋蘭にバトンタッチ。

いつもの光景なのかな。秋蘭が諦めた様子で春蘭の代わりに前に出る。あ、なんか苦労してるッポイな。

 

 

「黄巾党の構成員は若者が中心で、散発的に暴力活動を行なっているが……特に主張らしい主張はなく、現状で連中の目的は不明だ。また首領の張角も、旅芸人の女らしいという点以外は分かっていない」

「分からないことだらけやなぁ」

 

 

確かに分からないだらけだ。分かってるのは暴力行為と首領の名が張角って事とその人物が女旅芸人って事か。あ、張角も女なのね。

 

 

「目的とは違うかもしれませんが……我々の村では、地元の盗賊団と合流して暴れていました、陳留の辺りでは違うのですか?」

「同じようなものよ。凪達の村の例もあるように、事態はより悪い段階に移りつつある」

 

 

悪い段階って事は小さい集団のバカ騒ぎが同じような集団や盗賊団と手を組み始めたって事か。

確かに昨日の連中も数は凄かったな。これ以上、増えると軍でも対応しきれなくなるって事ね。

 

 

「これからは、暴徒と言えど一筋縄では行かなくなったわ。ここでこちらにも味方が増えたのは幸いだったけれど……これからの案、誰かある?」

「この手の自然発生する暴徒を倒す定石としては、まず頭である張角を倒し、組織の自然解体を狙うところ……ですが……」

 

 

大将の質問に荀彧が答えるけど……そりゃ無理な話だな。だって……

 

 

「張角って何処にいるんですか?」

「もともと旅芸人だったせいもあって正確な居所は掴めていない。というより、むしろ我々のように特定の拠点を持たず、各地を転々としている可能性が高い」

 

 

そう。張角の居場所が分からん事には討伐もクソもない。噂を聞いて捜索したとしても、確証がない上に空振りに終わる可能性の方が高い。現代ならネットとか目撃情報とか出せるんだろうけど。

 

 

「成程。本拠地が不明でどこからでも湧いて出る敵か……そりゃ苦労するな、攻めようもないし」

「そうよ。でもだからこそ、その相手を倒したとなれば、華琳様の名は一気に上がるわ」

 

 

一刀の呟きに荀彧も頷く。ふむ、だけどまあ……凄い人気なんだな。ただの旅芸人から黄巾党が生まれるまでに人が集まるとは。現代のアイドルグループだってテレビとかの広報で人気が出るもんだけど、人伝の噂くらいしか話を聞く機会がない人達の間でそこまで人気が出るもんなのか?

 

 

「す、すいませーん。軍議中、失礼しますなのー」

「どうしたの、沙和。また黄巾党が出たの?」

 

 

等と俺が考えていると沙和が恐縮しながら天幕の入口から顔を出していた。

 

 

「ううん、そうじゃなくてですねー」

「何だ。早く言え」

「街の人に配ってた食糧が足りなくなっちゃったの。代わりに行軍用の糧食を配っていいですかー?」

 

 

春蘭の促しに用件を伝える沙和。ああ、早くも食料が足りなくなったか……ん、食料が?

 

 

「桂花、糧食の余裕は?」

「数日分はありますが……義勇軍が入った分の影響もありますし、ここで使い切ってしまうと、長期に及ぶ行動が取れなくなりますね」

 

 

そういや、昨日の連中も数は凄かった。そう俺達でさえ食料が足りなくなっている。

 

 

「とはいえ、ここで出し渋れば騒ぎになりかねないか。いいわ、まず三日分で様子を見ましょう」

「三日分ですね。分かりましたなのー」

 

 

大将の指示を受けて、沙和は天幕を出る。それを見送った大将は荀彧に視線を移して指示を与えている。

 

 

「桂花、軍議が終わったら、糧食の補充を手配しておきなさい」

「承知しました」

「すみません。我々の持ってきた糧食は、先程の戦闘であらかた焼かれてしまいまして……」

 

 

ふむふむ。義勇軍の食料は焼かれた。だけど黄巾の連中は未だに元気に動いていると……チラッと一刀を見れば何かを考え込んでる。ふむ、同じ答えに行き着いたかな?

 

 

「気にしなくていいわよ。アナタ達がそれ以上の働きを見せてくれれば」

「なあ、華琳。糧食の補充は相手もする。けどあれだけの部隊が居ると相当な糧食が必要となる……よな?」

 

 

大将の会話に横やりで参加した一刀。その言葉に大将もピンと来たようだ。

 

 

「……なるほど」

「にゃ?」

「その手があったわね」

「ど、どういう意味だ?」

 

 

文と武で明らかに差が出たな今の会話。主に大将と荀彧、春蘭と季衣で分かれたが。ならば俺が説明しよう。

 

 

「あれだけの部隊が動くには武器はともかく、糧食は現地調達じゃ無理がある筈。だからその糧食や武器をどこかに集めてる集積地点がある筈って事だ」

「あら、純一も理解していた様ね」

「一応……勉強はしてたものね」

 

 

俺が一刀の説明を引き継いで発言すると大将は感心した風に。荀彧は笑いを堪えながら……今、荀家での俺の勉強風景思い出してるなコイツ……

 

 

「華琳様、すぐに各方面に偵察部隊を出し、情報を集めさせます」

「ええ。桂花は周辺の地図から、物資を集積できそうな場所の候補を割り出しなさい。偵察の経路は、どこも同じくらいの時間に戻ってこられるように計算して。出来るわね?」

「お任せ下さい!」

 

 

秋蘭が即座に偵察を出すと大将は次いで桂花に指示を出した。即決の判断スゲーなマジで。

 

 

「他の者は、桂花の偵察経路が定まり次第出発なさい。それまでに準備を済ませておくように!」

 

 

黄巾党を確実に仕留める捕らえられるとなり一気に忙しくなり始める。さて俺は……どうしよう?

思えばやる事、ねーわ。俺、部隊持ってるわけじゃねーし、軍師みたいに知恵を出すタイプでもないし。

沙和の手伝いにでも行ってこようかな?



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第十三話

 

 

沙和の手伝いにでも行こうかと思えば大将に引き留められた。なんでも一刀とは違う視点での天の国。つまりは未来の話が聞きたいらしい。

ただし曹操の歴史の話を除いてとの事だ。なんでも自身の未来の歴史を知ると視野が狭まるからいらない、との事。

とは言ってもなぁ……俺もしがない社畜なんですが……

 

 

「一刀の話だと……確か『殺羅理萬』だっけ?」

「……サラリーマンな」

 

 

覇王様、それは何処のアサシンですか?訂正を入れつつ、サラリーマンの事や俺自身の話をした。んで、少し悩みを打ち明ける。

 

 

「気の量が急に増えた?」

「俺はただの一般人だったんで気の量は増えにくいと思ってたんですよ……鍛えても中々、成果が出なかったんで」

 

 

そう、この街に来てから戦闘に参加してから俺の気の量は格段に増えていた。たった一発のかめはめ波で体力を使い果たした最初の頃とは違い、昨日から数発、放ったのだが未だに体力に余裕があった。とは言っても後、二発が限度か。

 

 

「気の量が増えたのは街での戦闘を経験してからなのね?」

「ん……まあ、そうなるかな?正しくはその前だな。街で子供が泣いていて、子供が泣く切っ掛けになった黄巾の連中に頭にきたんだが……」

 

 

ふむ、と考える仕草の大将。

 

 

「なら、それね。アナタは戦う意思に目覚めたからよ」

「戦う……意思」

 

 

ロトの勇者みたいなもんですか?あ、違いますよね。

 

 

「アナタは今まで天の国から来てから戦そのものが未知のものだった。何処か、遠いこと……悪く言えば他人事として無関心だったのよ。それが自ら戦うと決めた事で闘志が沸き、気の量も増えた……って事よ」

「………つまりは気の持ち様ってか?」

 

 

そんな都合の良い…….

 

 

「やる気のない人間に相応の実力が備わると思って?」

「………ぐうの音も出ません」

 

 

どんだけ人を見る目があるんだよ。何者……あ、魏の曹孟徳様でした。

俺の悩みも聞き終えた辺りで春蘭が敵の本陣を見つけたと報告しに来た。さて、本陣を見つけたが敵は移動の準備の真っ最中。早くしなければ敵は逃げてしまうとの事だった。

 

 

「この馬鹿!」

「……すまん」

 

 

大慌てで出発準備となった所で荀彧の怒号が聞こえてきた。その前には一刀が申し訳ないと項垂れている。

 

 

「おいおい、何事?」

「秋月……アンタの上司は予備の糧食を3日どころか全部配っちゃったのよ!」

 

 

俺が大将と共に現場に駆けつけると荀彧から事情説明。なぁにしとるか学生君よ。

 

 

「つい……張り切りすぎちゃって……ごめんなさい」

「………まあ、今回はすぐに移動しなくちゃいけないし、撤収準備や引き継ぎの手間が省けたから特別に私の指示だった事にしてあげる。でも次に同じ事をしたら……わかってるわね?」

 

 

素直に謝る一刀に大将は笑みと威圧のダブルパンチ……恐っ!

 

 

「純一、アナタも一刀の補佐なら……今後は手綱を握りなさい」

「………肝に命じます」

 

 

去り際にとんでもねー、一言残したよ覇王様。いや、見てれば別だけどさっきまで話をしてたから止めようもないっての。いや、今後はこうならないようにフォローしろって事だよな。

 

 

「一刀……まあ、一度失敗したなら次に活かせ。学生は学ぶのも仕事の内だ」

「純一さん……はい!」

 

 

ポンと頭を叩いて気持ちを入れ換えさせる。反省も良いが気持ちを切り替えないと同じことを繰り返すぞ。返事もしっかりとしていたから大丈夫だろう。

 

 

全部隊が出発し終えてから数刻後、普通に行軍すれば、半日はかかるところを強行軍でわずか数刻で目的地まで駆け抜けた。そこは、山奥にポツンと立っている古ぼけた砦だった。

 

 

「既に廃棄された砦ね……良い場所を見つけたものだわ」

「敵の本隊は近くに現れた官軍を迎撃しに行っているようです。残る兵力は一万がせいぜいかと」

 

 

大将は砦を見ると呟く。確かに立派な城……いや、砦か。凪の補足説明から敵は大した量はいないらしい。

 

 

「軍が来たから砦を捨てるのか?勿体無いなぁ」

「きっと華琳様のご威光に恐れをなしたからに決まっているわ。だから、わざわざ砦まで捨てようとしているのだろう」

 

 

一刀の言葉に春蘭が反応する。いや、いくら曹操が来たからってそんなに過敏にはならんだろう。

 

 

「連中は捨ててある物を使っているだけだからな。そういう感覚が薄いのだろう。多分、あと一日遅れてたらここももぬけの殻だった筈だ」

「全く。厄介極まりない連中ね……それで秋蘭。こちらの兵力は?」

「義勇軍と併せて、八千と少々です。向こうはこちらに気付いていませんし、荷物の搬出で手一杯のようです。今が絶好の機会かと」

「ええ。ならば、一気に攻め落としましょう」

 

 

大将と秋蘭の会話で次々に話が決まる。これだけの武将が揃ってれば兵力差はあまり関係ないか?

 

 

「華琳様。一つ、提案が」

「何?」

 

 

と、話が決まり掛けた時、荀彧が話に加わる。

 

 

「戦闘終了後、全ての隊は手持ちの軍旗を全て砦に立ててから帰らせてください」

「え?どういうことですか?」

 

 

荀彧の意見に首を傾げる一同。それを代表するかの様に季衣が荀彧に訪ねる。

 

 

「この砦を落としたのが、我々と示すためよ」

「なるほど。黄巾の本隊と戦っているという官軍も、本当の狙いはこの砦。ならば、敵を一掃したこの城に曹旗が翻っていれば……」

「……面白いわね。その案、採用しましょう。軍旗を持って帰った隊は、厳罰よ」

 

 

なるほどね、曹操の軍の威光を分かりやすく表現するのか。そんで通りすがりが旗を見れば噂も一層広まるって事か。

 

 

「なら、誰が一番高いところに旗を立てられるか、競争やね!」

「こら、真桜。不謹慎だぞ」

「ふん。新入り共に負けるものか。季衣、お前も負けるんじゃないぞ!」

「はいっ!」

「姉者……大人気ないぞ」

 

 

旗刺し競争となり、それぞれが張り切り始める。主旨が変わってねーか?俺は旗無いから関係ないけど。

 

 

「そうね。一番高いところに旗を立てられた隊は、何か褒美を考えておきましょう。あくまで狙うのは敵の守備隊の全滅と、糧食を一つ残らず焼き尽くすことよ。いいわね」

「あの……華琳様?」

 

 

大将の言葉に話は終わりとなり掛けたのだがそこで沙和が口を挟んだ。

 

 

「何?沙和」

「その食料って……さっきの街に持って行っちゃダメなの?」

 

 

その質問は先程まで配給作業をしていた沙和らしいものだった。優しいんだな。

 

 

「ダメよ。糧食は全て焼き尽くしなさい」

「どうしてなの?」

「一つは華琳様の風評は上がるどころか傷付く事になるの。糧食も足りないのに戦に出た曹操軍は、下賎な賊から食料を強奪して食べましたと」

 

 

大将の言葉に不満の沙和は食い下がろうとするが荀彧が引き継いで説明をする。風評や噂ってのは馬鹿に出来ないからな。俺も会社にクレームの電話が来るだけで冷々したもんだ。

 

 

「かと言って奪った糧食を街に持っていけば、今度はその街が復讐の対象になる。今より、もっとね」

「あっ」

 

 

大将の言葉に沙和は、ハッとなった。そう、ここで糧食を焼かずに回収すれば曹操軍の風評は最悪なものとなる。そして、それを街に持っていけば黄巾党の復讐の対象になる。それで街が襲われでもすれば本末転倒って事だ。

 

 

「あの街には警護の部隊と糧食を送っているわ。それで復興の準備は整うはず。華琳様はちゃんと考えているから……安心なさい」

「そういうこと。糧食は全て焼くのよ。米一粒たりとも持ち帰ることは許さない。それがあの街を守るためだと知りなさい。いいわね?」

「そうそう。それに敵から奪ってきましたって言って渡すのも沙和も嫌だろ?ちゃんと胸を張ってやれる事をしようや」

「あ……うん、なの」

 

 

荀彧や大将の言葉と共に俺はタバコを吸いながら沙和に話しかける。うん、素直で良い子だ。なんとなく頭を撫でてやると戸惑いながらも笑ってくれた。

 

 

「………女ったらし」

「………え?」

 

 

え……今、誰かは分からなかったけどエラく不名誉な事をボソッと誰かが言われた。

 

 

「なら、これで軍議は解散とします。先鋒は春蘭に任せるわ。いいわね?春蘭」

 

 

いや、俺としては終わりにしたくない。さっきの一言、誰が言いやがった!?

 

 

「はっ!お任せ下さい!」

「この戦をもって、大陸の全てに曹孟徳の名を響き渡らせるわよ。我が覇道はここより始まる!各員、奮励努力せよ!」

 

 

軍議も終わり、部隊の配置の段階に入ったのだが義勇軍で構成された部隊は凪達三人がやってくれるので俺と一刀はそれを見ているだけだった。ぶっちゃけ俺や一刀が口出ししても役には立たない。俺としては先程の『女ったらし』発言は誰だったのか探りたい次第であります。

その後、凪達が戻ってきてから何故か俺と一刀の金で凪達の歓迎会をする事になった。いや、俺も新人なんだから歓迎される側なんだけど……

まあ、年上の意地もあるし……仕方ないか。

 

そうこうしている内に曹操軍は黄巾党の物資集積地点を強襲した。とは言っても俺は部隊を持っている訳じゃないので一刀と共に少し後方で戦いを眺めていた。

 

 

「どうした!この夏侯元譲に挑む者はおらんのか!?この腰抜け共が!」

「せいやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「はあああああああっ!」

 

 

城のあちこちから聞こえる気合いの入った声。頑張っている様でなによりだ。さて、俺も一発かましとくか。

 

 

「かぁ…めぇ…はぁ…めぇ…」

 

 

俺が構えると一刀は「まさか……」って顔になった。うん、気持ちは分かる。俺も初めての時はそんな顔をしてたから。

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

俺のかめはめ波は黄巾の一団を纏めてぶっ飛ばした。今のが最後の一団だったのかな?なんかバタバタと兵士の皆さんが確認に来てるし。

 

 

「目的は果たしたぞ!総員、旗を目立つところに刺して、即座に帰投せよ!帰投、帰投ーっ!」

 

 

春蘭の声が城の中全体に響いてる。どんだけ大声なんだか……さて、俺はここから暇だな。だって旗無いし。

俺はタバコに火を灯すと適当な所に腰を下ろす。

 

 

「どこに旗を刺そうかなー?」

「ん……季衣か」

 

 

フゥーと煙を吐いていると旗を持ってウロウロとしている季衣。

 

 

「あ、オジ……純一さん」

「はーい、純一さんですよー」

 

 

フゥーと再び煙を吐く。今『オジさん』って言おうとしたな?言ったら気で強化した拳でゲンコツ落としてやる。

 

 

「何してんだ?」

「うん、旗刺すのに高い場所探してるんだー」

 

 

ふむ、俺は旗が無いし……手伝うくらいはするか。

 

 

「だったら季衣、あの塔が一番高いと思うぞ」

「あの塔?」

 

 

俺が指差したのは砦の中でも一番高い塔。ただアホみたいに高い為に他の誰も旗を刺しに行ってない。

 

 

「確かに高いね。じゃあ、行ってくるねー!」

「おーう。気を付けろよ」

 

 

嬉しそうに旗を持ったまま走っていく季衣。元気だねぇ……

 



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第十四話

 

 

 

◇◆side桂花◇◆

 

 

 

まさかだった……まさか黄巾討伐で赴いた街にアイツがいるなんて……しかも義勇軍と一緒に戦ってた!?あり得ないわよ、アイツは少し鍛練した程度で音を上げる奴だったんじゃ……

 

でも一緒に戦った秋蘭の話ではアイツは気を巧みに操り戦っていたと言う。しかも秋蘭は『たまに姉者以外の者に背を預けるのも悪くない』とか言ってたし……買い被りよ、アイツはただの馬鹿なんだから。そしてアイツは華琳様の指示で義勇軍の将と共に北郷の部下となった。立ち位置としては北郷の補佐、凪達の上司となるらしい。アイツが北郷の補佐なら丁度良いわ。死ぬほどこき使ってやるんだから。

 

その後、軍義をした折りに黄巾党の補給路を断つ作戦が決まった。その際にアイツは勉強をちゃんとしていたらしく、すぐに補給路を断つ作戦に気づいた。

 

「あれだけの部隊が動くには武器はともかく、糧食は現地調達じゃ無理がある筈。だからその糧食や武器をどこかに集めてる集積地点がある筈って事だ」

「あら、純一も理解していた様ね」

「一応……勉強はしてたものね」

 

 

春蘭や季衣に北郷の説明を引き継いで発言すると華琳様は感心した風に頷いていたが、私はそれどころじゃなくなってしまった。アイツは少し前まで荀家で絵本を読んで勉強をしていたのだ。それも真面目な顔で。私はそれを思い出すと笑いを堪えるのに必死だった。

アイツは私の方を見ていたけど笑いを堪えるのに必死だったのバレたかしら?

 

 

軍義を終えると各自、やる事が多く解散となった。アイツはやる事がないのか暇そうにしていた。暇なら私の小間使いにしようかと思ったら華琳様に呼ばれていく。なんでも北郷とは違った知識の持ち主らしく華琳様はその話を聞きたいのだと仰られた。

私は華琳様と話をするアイツ見てイラッときた。なんでアイツが華琳様と楽しげに話をしてるのよ!華琳様と楽しく話をするのは私の役目よ!

 

なんて言いたかったけど華琳様の手前、そんな事も言えない。私は私の仕事を終えると私にとって目障りな男その二、北郷一刀が配給をしていた。沙和と交代したと言ってた……って、あの馬鹿何してるのよ!?

北郷は3日分と言われた筈の糧食の全てを配っていた。本っ当に男はろくな事しないわね!

私は石を北郷に投げて頭に当てると大馬鹿に説教をしてやると決めた矢先に華琳様と秋月が来た。どうやら話は終わったらしいわね。

 

 

「おいおい、何事?」

「秋月……アンタの上司は予備の糧食を3日どころか全部配っちゃったのよ!」

 

 

私は先程の分と今の怒りを同時に秋月にぶつける。春欄が敵の本拠地を見つけてなかったら飢え死にする所なのよ!まったく、こんなのが秋月の上司で大丈夫なのかしら?

 

 

「つい……張り切りすぎちゃって……ごめんなさい」

「………まあ、今回はすぐに移動しなくちゃいけないし、撤収準備や引き継ぎの手間が省けたから特別に私の指示だった事にしてあげる。でも次に同じ事をしたら……わかってるわね?」

 

 

北郷は華琳様に頭を垂れる。それを見た華琳様は広いお心で北郷を特例で許した。華琳様はその場を離れると同時に秋月に歩み寄る。

 

 

「純一、アナタも一刀の補佐なら……今後は手綱を握りなさい」

「………肝に命じます」

 

 

華琳様の一言に苦笑いになる秋月。秋月は直ぐ様、北郷に向かい合うと口を開いた。

 

 

「一刀……まあ、一度失敗したなら次に活かせ。学生は学ぶのも仕事の内だ」

「純一さん……はい!」

 

 

秋月は北郷のポンと頭を叩いて気持ちを入れ換えさせていた。こうゆうのに慣れてるのかしら。

その後、全部隊が出発し終えてから数刻後、普通に行軍すれば、半日はかかるところを強行軍でわずか数刻で目的地まで駆け抜けた。そこは、山奥にポツンと立っている古ぼけた砦だった。

私は華琳様の威光を分かりやすく表現する為に旗を落とした砦に刺していく事を進言した。その案はアッサリと通され、将の間では競い合いが始まった。鼓舞にも影響しそうね。

そしていざ、砦を攻めると言う段階で沙和が口を挟んだ。

彼女の言い分は糧食を持ち帰り、街に配りたいとのもの。沙和らしい意見ね。でも、それをすれば一時的に街は救われても華琳様の評判は地に落ちる。その事を説明していると秋月はタバコを吸いながら私達の方に歩み寄ってくる。

 

 

「あの街には警護の部隊と糧食を送っているわ。それで復興の準備は整うはず。華琳様はちゃんと考えているから……安心なさい」

「そういうこと。糧食は全て焼くのよ。米一粒たりとも持ち帰ることは許さない。それがあの街を守るためだと知りなさい。いいわね?」

「そうそう。それに敵から奪ってきましたって言って渡すのも沙和も嫌だろ?ちゃんと胸を張ってやれる事をしようや」

「あ……うん、なの」

 

 

秋月はタバコを吸いながら、沙和の頭を撫でた。沙和も沙和で戸惑いながらも笑っていた。何よ、なんか手慣れてる動きじゃない……イライラするわね。

 

 

「………女ったらし」

「………え?」

 

 

私は思わず考えた事が口に出てしまった。小声で言った為に秋月は誰が発した言葉か分からず、辺りをキョロキョロとしていた。良かったバレなかったわね。

その後、砦は直ぐに落とす事が出来た。まあ、これだけの将が集まって落とせない方が可笑しいわね。

 

 

 

「どうした!この夏侯元譲に挑む者はおらんのか!?この腰抜け共が!」

「せいやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「はあああああああっ!」

 

 

城の中で戦っている声が響く。そんな中、私は秋月と北郷を見つけた。乱戦の中、秋月は腰を低く何かの構えを取る。何よ、あの変な構えは……

 

 

「かぁ…めぇ…はぁ…めぇ…」

 

 

何かを呟く秋月。それに比例して秋月の手には気が集中し始めていた。秋月の隣で北郷は何か凄く驚いていた。

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

秋月が両手を前に出すと、その手から気弾が放たれた。アレが荀家の塀を破壊した技なのね。気を使えると聞いていたけどアレ程の使い手だったなんて……

 

 

「目的は果たしたぞ!総員、旗を目立つところに刺して、即座に帰投せよ!帰投、帰投ーっ!」

 

 

私が呆然としていると春蘭の声が響く。こうして黄巾の補給路を断つ作戦は成功で終わった。

帰り道、華琳様のお言葉で皆の士気が高まる中、華琳様がふと、何かを思い出して足を止める。

 

 

「ああ、そうだ。例の……旗を一番高いところに飾るという話だけれど……結局誰が一番だったの?」

 

 

華琳様の一言にその場に居た者が『あ……』と一様に思い出す。

 

 

「あーっ!なんか忘れとる思うたら、それか!」

「ハッハッハッ初めての戦で、そこまでの余裕はなかったか!まだまだ青いなぁ!」

 

 

真桜は忘れていたらしく、春蘭はしっかりと覚えていたらしい。この手の事は忘れないのに書類仕事は忘れるんだから都合の良い頭よね。

 

 

「それで誰が一番だったのかしら?」

「確か……真ん中の高い塔の屋根に旗が刺さってましたよね?」

 

 

華琳様の問いに沙和が思い出したかのように呟く。そう言えばと伝える。砦の中心に高い塔はあったけど……まさか、あの屋根に刺さってた旗!?

 

 

「あれ、僕の旗!」

「季衣……どうやって刺したんだ?」

 

 

季衣が嬉しそうに手を上げている。なんとも言えない空気になりかけた時、北郷が季衣に質問する。

 

「何処に旗を刺そうか悩んでたら純一さんが『あの塔が一番高いぞ』って教えてくれたんだー。後は登って刺してきたの。僕、木登り得意だから!」

 

 

季衣の言葉に皆が黙る。またアイツなのね……北郷の補佐になると決まったけど天然で他者の手助けして回ってる印象だわ……

 

 

「あれ?その純一さんは?」

「ふむ、そう言えば先程から姿が無いな」

 

 

北郷が秋月が居ないことに首を傾げている。秋蘭も知らないとなると何処に行ったのかしら?

 

 

「純一は先に帰らせたわ。私に仕えると決まったけど、世話になった荀家に挨拶はしたいそうよ。許昌まで行ってから帰ると時間が掛かるから直接帰らせたわ。挨拶が済んだら許昌に来るように伝えたから一刀、その後は任せるわよ」

「それで居なかったのか。了解、警備隊にも伝えとくよ」

 

 

先に帰った!?しかも私に黙って荀家に帰るって何考えてんのよ!

 

 

「桂花、純一は貴女にも帰ることを告げようとしてたけど撤収準備の指揮をしてたから遠慮したみたいよ?」

「はぅ!?か、華琳様ぁ~」

 

 

私の心情を予想してか華琳様は秋月の事を話してくれた。

 

 

「まあ、挨拶だけなら直ぐに帰ってくるさ」

「しゅ、秋蘭!?」

 

 

ポンと私の肩を叩く秋蘭。何よ、その悟った様な顔は!

ハッと見渡せば春蘭や一部を除いてはニヤニヤと私を見ている……って……

 

 

「アンタ等、何を勘違い……」

「あら、私は何も言ってないけど心当たりがあるの桂花?」

 

 

華琳様の言葉は私の胸を貫いた。秋月~皆に誤解されてるのはアンタの所為だからね!許昌に来たら覚悟しなさいよ!!



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第十五話

 

 

 

俺は掃討戦が終わると大将から馬を借りて荀家に向かっていた。最初は普通に帰ろうかと思っていたのだが許昌に寄ってからだと時間が掛かるから先に帰りなさいと言われた。

そして挨拶を済ませたら直ぐに許昌に行き、北郷警備隊に参加せよとの事だ。今までと違って忙しくなりそーだね。

 

等と考え事をしていたらアッサリと到着。流石に馬だと早いわ。因みに馬に乗る練習は俺が荀家に居候した次の日から顔不さんから習っていた。だって今まで、車か電車で移動してたんだもの。馬なんか乗った事、ねーっての。

そんな訳で武術の鍛練と共に馬上の練習も平行して行われた。数日掛かったが今は普通に乗れる様になった。

現代ではやった事のない馬術や気の扱いなどの才能があるとは何かの皮肉としか思えないな。

 

荀家に到着すると荀緄さんに怒られた。そりゃ当日に帰ってくるはずが二日と掛かれば怒りもするわ。顔不さんも何事かと聞いてくる。俺は全部を話した。荀緄さんの頼まれ事を済ませた事。そんで街で戦闘に巻き込まれた事。荀彧にも会った事。流れで曹操に仕える事になった事。

顔不さんには気の扱い方がわかった事を。戦う事の覚悟も、全部話した。

荀緄さんも顔不さんも静かに話を聞いてくれた。そして全ての話を終えてから俺は頭を下げた。世話になった人達に何も相談せずに曹操の所で働くと勝手に決めてしまってスイマセンと。

 

 

「……いいんですよ」

 

 

荀緄さんはそんな俺に優しく声を描けてくれた。そして下げた頭を撫でられた。

 

 

「元々、純一さんがこの国での習わしを学ぶ為だったんですもの。その純一さんが曹操様の所に仕えるのが決まるのは喜ばしい事だわ」

「……荀緄さん」

 

 

俺は頭を上げて荀緄さんを見た。荀緄さんは俺の頭を撫でながらも涙目になっていた。

 

 

「不思議ね……最初は桂花ちゃんを助けてくれたお礼のつもりだったのに……アナタは私の息子みたいになっていたわ」

「荀緄さん………痛っ!?」

 

 

荀緄さんの言葉に涙腺が緩み掛けた所で顔不さんが俺の背を平手で叩いた。

 

 

「辛気臭い顔をするなお主の門出だ!ワシとしても弟子が腑抜けでは困る!」

「いつから弟子認定っ!?」

 

 

バシバシと叩き続ける顔不さん。顔不さんの中では俺は弟子に認定されていたらしい。まあ、悪い気はしないが。

その後、少し宴となった。少なくとも明日、二日酔いにならない程度の飲み方だった。顔不さんにはもっと豪快に飲めと言われたけど少しやる事がある。宴を終えると俺は竹筒に幾つかの案を書いた。以前の日本酒の事もあるが僅かばかりの知恵で恩返し。中身は開けてを御覧あれってね。

 

さて、そんなこんなで次の日の朝。俺は許昌へ向けての出発となった。

荀緄さんや顔不さんに見送りをされた。少し泣きそうな顔の荀緄さんに「桂花ちゃんの事、お願いしますね」と言われた。まあ……曹操の軍で同僚になる訳だし頑張ります。

でも荀彧に「手伝うよ」と言っても「いらない」「あっち行け」とか言われそうな気も。

 

そして、いざ出発となると荀緄さんから何かを渡された。何かと開けてみたら中から銀の装飾の煙管が。

 

 

「純一さんの新たな門出に……ってね」

「受け取っとけ。故郷のタバコも残り少ないんだろ?」

「ありがとう……ございます」

 

 

荀緄さんはウインク一つ、顔不さんは不適な笑顔で俺を見送ってくれた。プレゼントまで貰って恐縮です。ああ、もう……此処に居ると泣きたくなってくる。

さて、許昌に向けて出発!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様と上手くいきますかな?」

「桂花ちゃんも満更じゃないわ。きっと大丈夫よ……うふふ、純一さんが義息子になる日が楽しみだわ」

 

 

 

旅出た後、顔不さんと荀緄さんのこんな会話がされている事を俺は知らなかった。



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第十六話

 

 

世話になった荀家を出た俺は早速、許昌を目指した。先日、お使いで行った街から離れた街だが行き方は聞いているし、大将から借りた馬も居るから移動は楽だ。

 

そして到着しました許昌。何、途中経過?何事もなかったよ珍しく。やめとこ言ってて悲しくなる。

許昌に到着した俺は城の警備隊に話をして、通行許可を待った。いくら警備隊の副長に任命されたからって、俺はまだ魏では名も知られてない男だ。余計なトラブルは避けるべく、ちゃんと手順を踏んで城に行くべきだと考えたからだ。そして待つこと、数分。

 

 

「純一さん!」

「北郷警備隊の隊長みずからお出迎えとは頭が下がります」

 

 

迎えに来たのは一刀だった。大将に言われてきたんだろうな。

 

 

「そんな言い方は止めてくださいよ」

「俺は部下。一刀は上司だろ」

 

 

俺の発言に眉を潜めた一刀だが俺が笑うと一刀も笑った。ノリが分かる奴は好きよ俺。

 

 

「華琳に頼まれてきました。玉座の間に案内します」

「おう、頼むわ」

 

 

俺は一刀の案内で城を歩く。思えば城って初めてだな俺。今までは街中彷徨くだけだったから。

キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、一刀が足を止めた。此処が玉座の間らしい。

 

 

 

「中で華琳が待ってます」

「はいよ。一刀は?」

 

 

流石に俺、一人はキツいんだけど……

 

 

「あ、俺も一緒です。警備隊の話があるとかで」

「そっか。助かったわ」

 

 

一刀も一緒らしい。そして話の口振りから即座に仕事の話になると思うべきだな。俺はネクタイを絞め直すと一刀が先に入った玉座の間へと入る。

そこには玉座に座る覇王・曹孟徳。なんと言うか……絵になるな。女王様って感じが特に。

下座には夏侯姉妹と荀彧の姿も。あ、荀彧から視線逸らされた。

 

 

「待ってたわ秋月純一。荀家への挨拶は済ませたのかしら?」

「全て済ませてきました。荀彧にも宜しく伝える様にとの言伝も預かっております」

 

 

俺は頭を下げつつ、大将の話に応える。俺の返答に満足したのか大将はそのまま話を続けた。

 

 

「なら結構。秋月純一、アナタには天の御遣い北郷一刀の補佐を命じます。役職は北郷警備隊の副長に任命。後の事は一刀に聞きなさい」

「慎んで拝命致します」

 

 

大将から仕事の割り振りと役職を貰った。この間も思ったがド新人に役職を与える子……恐ろしい。

 

 

「私は仕事が出来る者に仕事を与えるわ。秋蘭からアナタの話を聞いたし、一刀の同郷なら彼を支える事も容易いでしょう?」

「は、了解です」

 

 

エスパーかアンタは?アッサリとこっちの思考を読み取ったよ。

 

 

「それと……この間はもう少し、砕けた口調だったでしょう?完全に砕けとは言わないけど話易い風で構わないわ」

「は、畏まり……いや、止めた。了解ですよ大将」

 

 

俺の仕事用の口調はNGが出された。一刀の事もあるし、普段通りに話せって事ね。

 

 

 

「今日は一刀に城と街を案内させるわ。明日から警備隊の仕事を本格的に始めるから備えなさい。一刀、後は任せるわ」

「ん、わかった」

「了解ですよ」

 

 

大将の名を受けて一刀が頷く。今日はまだ体が休められるらしい。馬に揺られてばかりだったから助かるわ。

その後、春蘭から「華琳様の為に励めよ」秋蘭から「これから宜しく頼む」と言われた。うん、此方こそヨロシク。

 

 

「荀彧もこれからヨロシクな」

「………ふん」

 

 

荀彧にも挨拶したのだがプイッと逸らされた。僕、何かしましたかね?

秋蘭は照れているだけだと言ってくれたけど内心は傷付いてます。

 

その後、一刀に案内されて城の中の一室を借り受けた。今後の俺の生活する部屋だ。大切にしよう、うん。

部屋に持ってきた少ない荷物を置くと俺と一刀は街へと繰り出した。これは街の案内と必要な物を買い揃える為である。

並んで街並みを歩く。やっぱ他の街とは違うな、活気もあるし何より人が笑ってる。

 

 

「良い街だな」

「はい。でも、その分……犯罪やトラブルも多くて。スリとか強盗とか、喧嘩とか……」

 

 

俺の言葉に一刀も同意するが一刀は疲れた様子で言葉を繋げる。苦労してんだな。

 

 

「だからこその北郷警備隊なんだろ。頑張ろうや隊長」

「はい……副長」

 

 

俺の言葉に一刀も笑って返してくれた。やはり同郷って事で馴染みやすいな一刀は。

 

その後、買い物を済ませた俺達は城壁の上を歩いていた。駄弁りながら俺達は互いの情報交換をしていた。

俺は会社の事や元々住んでいた場所の事。一刀は学校の事や家の事だ。島津分家と聞いた時は驚いたよ、流石に。

そして話は俺の『気』の話になる。やはり先日の『かめはめ波』は一刀の心を捉えたらしく一刀は少々興奮気味に話を聞いていた。

 

 

「気が使えるなら、武将とも渡り合えるんじゃないですか?」

「いんや、無理だな。俺の気は凪とは違う感じだし」

 

 

一刀は俺が武将みたいに強いのではと聞いてくるがそれは無い。何故かと言えば俺は気の『溜め』が遅いのだ。凪は気弾を蹴りと共に放つが俺は一発のかめはめ波を撃つのに約5~6秒は掛かる。つまりは……

 

 

 

『いくぞ、春蘭!かぁ……めぇ……』

『隙あり!でやぁぁぁぁぁぁっ!』

 

 

かめはめ波を撃とうとした瞬間に斬られて終わるな。うん、ゾッとする未来だ。

そもそも今までの俺の戦いや技は壁にかめはめ波を撃ったり、離れた位置から黄巾の連中にかめはめ波を撃ったり、背後から不意打ちしたりと俺にとって条件が揃ってる時の話ばかりだ。仮にタイマンで戦うとなったら俺は戦力には加算されないだろう。今後の課題だな。それと、気を使った技をどんどん試してみよう。可能なら行動の選択肢も増えそうだし。

凪にも話を聞いてみるか。あの娘の方が気の使い手として完成されてるんだろうから。

 

その後、なんやかんやと話ながら一刀と盛り上がった。だが一刀はテンションが高いと言うか落ち着かない感じだ。聞いてみると部下を持つのが初めてだから緊張しているとの事だ。まあ、この間まで学生だったのが急に部下だなんだと言われれば当然か。

 

 

「気持ちは分からんでもないが落ち着け一刀。それにラムちゃんも言ってるだろ『あんまりソワソワしないで』ってな」

「……古いですよ」

 

 

俺のボケにツッコミを入れる一刀。俺は古い漫画も好きだからこの手のネタはちょくちょく入れよう。通じるのは一刀だけだけどね。

さて、明日から本格的に北郷警備隊の始まりだな。頑張ろう。



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第十七話

 

 

さて、本日より始動の『北郷警備隊』街の平和の為に頑張りましょう。と思っていたのだが……

 

 

「隊長、緊張しとるん?さっきから「さて」しか言うてへんやん」

「いや……人前に立つのに馴れてなくて。俺は基本的には恥ずかしがり屋で小心者だからさ」

 

 

昨日の事もあったがまだ緊張気味らしいな。真桜のツッコミに一刀は苦笑い。

 

 

「アハハッ、そう言う事を自分で言っちゃうのが隊長らしいねー」

「その言葉に引っ掛かりを感じるがそー言う事だ」

 

 

そして沙和の失礼を感じる発言にも一刀は笑った。それに感化された真桜と沙和も笑い始める。玉座の間に笑い声のみが響き渡る。

 

 

「はあ……隊長、しっかりして下さい」

「……あ、はい」

 

 

笑っていた一刀に凪の言葉が刺さる。一刀はへこみつつもなんとか持ち直そうとしている。

 

 

「副長も黙ってないで何か言ってください」

「……俺が口を挟まなければこの空気がどれだけ続くかと思ってな。一刀、隊長らしくとは言わんがシャンとしろ。真桜、沙和。一刀はお前達の上司に当たる人間なんだから対応を変える様に。凪、叱りをありがとう。この隊には必要な事だな」

 

 

凪が俺に水を向けたので少し真面目な口調で話を始める。

 

 

「さて、本日より北郷警備隊の副長に任命された秋月純一だ。立場的には一刀の部下兼補佐。立場的にはお前達の上司になるからヨロシク。一刀、挨拶と仕事の内容の説明を」

「え……あ、はい!」

 

 

俺は真面目な顔付きと口調で一刀と凪・真桜・沙和に向き合いながら挨拶と仕事の内容を一刀に促す。一刀は慌てながら俺の一歩前に出た。凪達も俺の態度に少し驚いている様で背を少し伸ばしていた。

 

 

「あ、えっと……本日より華琳の命でキミ達の上司になった北郷一刀です。街の警備隊の指揮を任される事になりました。つきましては、この様な案を考えたので意見を聞きたい」

 

 

一刀は挨拶と共に巻物を広げた。そこには街の警備案や巡回ルートが記されていた。ふむ、中々考え込んだ案だな。真桜と沙和も先程の態度とは違い一刀の巻物を見ている。凪は元からだとしても二人には少しマジな空気を出しすぎたか?

 

 

「純一さ……副長のお考えは……」

「あー……もういいよ一刀。無理に口調を変えんでも。少しマジになりすぎた」

 

 

先程の俺の真面目な挨拶に感化されたのか場がピリッとした空気になっていた。いかんいかん、今後に関わるレベルの話になりそうだ。

 

 

「俺は一刀の部下なんだし無理に繕う必要もない。お前はお前なりの仕事をしてみろ」

「純一さん……はい」

 

 

一刀はその後、口調を元に戻し凪達と警備の打ち合わせを始める。先程の空気は幾分かマシになったけどグダグダな空気になりそうだ。

 

その後、街に出てパトロール。もとい警邏を始めた。始めたのだが……

のんびりな沙和、ツッコミ役の真桜、ひとり真面目な凪。

なんて言うかかなりグダグダだった。俺はならべく口を出さないようにと思っていたのだが、この雰囲気だとそうも言ってられないか……

そして、その予感は見事に命中した。

 

 

「あーっ!阿蘇阿蘇の新刊!」

「見てやっ!絶版になったからくり夏侯惇!」

 

 

真桜と沙和の二人は自分の趣味に没頭。一刀はそれに翻弄されている。俺がハァーとため息を吐いたと同時に聞こえてきたのは悲鳴。

 

 

「ひ、ひったくりだー!」

「待てぇー!」

 

 

振り返れば、そこには何かを抱えて逃げる男とそれを追う凪。

 

 

「何があったんですか!?」

「ひったくりだよ、アイツが店の商品をかっさらって行きやがった!」

 

 

一刀が慌てて事情を聴くと店の店主が答えた。なるほど、やっと街の警備隊らしい仕事になったか。

俺も一刀も走って、盗人を追うがチョロチョロと逃げ回り、中々捕まえられずにいた。

そして業を煮やした凪は気を身に纏った。メラメラと燃える闘志は凪の気そのもの。

 

 

「待て凪!街に被害が出る」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

凪は一刀の制止も振り切って気を足に溜めた。そして気弾を放とうと構え……あ、ここで止めないとヤバい事になるな。

 

 

「はい、そこまで」

「え、うわっ!?」

「隊ちょ、……きゃあっ!?」

 

 

俺は一刀を凪の正面に回して突き飛ばす。一刀は凪に抱きつく形となり、凪は突然一刀に抱き付かれて可愛い悲鳴を上げた。ボイスレコーダーがあるなら録音したかった。

 

 

「さて、今度は……テメェだ!」

「な、なん……ひっ!」

 

 

俺は盗人を追い、全力ダッシュ。俺の剣幕に怯えて逃げ始めた盗人は相変わらずチョロチョロと逃げ回るがなんとか捕まえた。俺、汗だくだけどね。

 

 

「純一さん!」

「副長!」

「あーっ!街が大変なの!」

「なんや盗人かいな、副長が捕まえたん?」

 

 

俺が取っ捕まえた盗人は縄で既に縛っておいた。そんな時に一刀や凪も到着。そして阿蘇阿蘇とからくり夏侯惇を手にした沙和と真桜も到着。ああ、もう……

 

 

「一刀、お前は……もう少し部下を使える様になろうな。凪は少し、肩の力を抜こうか」

「スイマセン。純一さん」

「は、はい……」

 

 

俺の言葉に一刀は謝り、凪は俯いた。凪はたぶん俺が盗人を追いかけてる間に一刀からお説教を受けたな。さて、後はサボった二人だな。

 

 

「あ、あんな副長……見逃したらアカン思うたんよ……からくり夏侯惇」

「あ、阿蘇阿蘇もすぐに売れちゃう……の」

 

 

俺は上着を脱いで肩に担いでいる。ああ、もう暑いから腕捲りもするか。ワイシャツの袖を纏めあげると俺は若干怯えながら言い訳をしに来る真桜と沙和に視線を向けた。

 

 

「真桜、確かに絶版になった物があったのは嬉しいよな。でもそれは盗人を見逃す理由になるのか?真桜のからくりに対する情熱はこれからの魏に必要になってくるだろう……さて、沙和も同じだな。沙和の情報通は市場を調べるには最適な物だろう。でも盗人が街に蔓延る事は沙和のお洒落とかに必要か?」

 

 

俺の言葉に真桜も沙和も俯く。この手の人間には下手に叱るよりもこの方が効く。俺の説教を見ていた一刀や凪は説教されている二人と俺を交互に見ながらオロオロとしている。

 

 

「一刀、凪。後は任せた。コイツ等のフォローと盗人を詰め所に連れていって……一刀は後で警備の巡回の手順の見直し案の提出かな」

「え、あ、はい!」

「あ、その……申し訳ありません副長」

 

 

俺は一刀と凪に真桜と沙和を任せると煙管を取り出して火を灯す。俺がフゥーと煙を吐くと一刀と凪は慌てて行動開始。

真桜と沙和のフォローをしながら先程の盗人を詰め所までの連行を開始した。

 

俺は四人の少し後ろを歩く形で考え事をしていた。

この個性的な三人の部下と頼りない上司が少し不安になったのと……この後、行われるであろう警備隊の予算会議を思うと少し頭が痛くなった。一刀よ、補佐と言っても俺にフォローしきれる内容にしてくれよ。

 



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第十八話

本来は十七話と同時に更新予定だった話です。少し遅れましたけど投下。


 

 

 

警邏も終了して、凪達を解散させた後に本日の反省会スタート。俺と一刀は隊長室で向かい合って話を始める。

 

 

「さて……今日だけど一刀にはどう見えた?」

「その……グダグダだったかと……」

 

 

俺の言葉に一刀はズーンと沈みながら答える。うん、気持ちはわかる。

 

 

「真桜と沙和はフラフラとどっかに行っちゃうし……凪も俺の話は聞いてなかった気が……」

「真桜と沙和は兎も角。凪のあれは真面目が過ぎるだけだろうな」

 

 

一刀は今日の事を思い出してるんだろうな。真桜と沙和はアッサリとサボるわ、凪は一刀の制止も振り切って気弾で盗人を仕留めようとした。仮に凪を止められなかったら街は気弾で破壊されていた可能性が高い。

 

 

「報告書……どうしましょう?」

「報告書と言うよりは始末書だな」

 

 

おずおずと俺の顔を不安気に見上げる一刀。うん、報告書よりも始末書の方が潔い気がしてきた。

 

 

「ま、それは兎も角として……報告書は少し捻って書いた方が良いな……真桜は『からくりに対する情熱は高く、今後の魏の技術向上に役立つ見込み有り』沙和は『流行りや噂に詳しく市場に精通して、情報を集める切っ掛けとなる』凪は『任務に忠実。街の警備案や治安改善に意欲的』と書いとくと良いな」

「………言い換えれば変わる物なんですね」

 

 

悪い事も書き方を変えれば違った印象になる。だが大将はこんな事をアッサリと見破る気もするが……

 

 

「本当に凄いですよね……純一さん」

「ん、何がだ?」

 

 

少し考え事をしていた俺に一刀はポツリと呟く。

 

 

「俺、今日の警邏……緊張してたんです。初めての部下が出来て……本当に俺が隊長で良いのかなって。そしたら案の定、真桜と沙和には甘く見られて凪からは叱られて……純一さんがビシッと言ってくれなかったら多分、今日は仕事にならなかった」

 

 

一刀は心情を話してくれた。やっぱ不安だったんだな。

 

 

「結局、俺は今日何もできなかった。ただ純一さんに頼りきりで……」

「……アホ」

 

 

マイナス思考に陥った一刀の額に俺はデコピンを一発。地味に痛かろう。

 

 

 

「じゅ、純一さん?」

「街の警備案はお前が出したんだろ?それを大将が認めて形にしたんだ。それはお前の功績だ、俺は後から来てその功績の仕事に就いただけなんだぜ」

 

 

そう、後から聞いた話だったのだが魏に来たばかりの一刀は文字も読めなかった頃に街の警備案を出して大将を驚かせたらしい。一学生が叩き出した意見とは思えず、曹孟徳から一本とったと大将も楽しげに話していた。

 

 

「お前はお前なりにやればいい……他の誰かと比べて自分は駄目な奴だと言うもんじゃねーよ」

「………やっぱ純一さんには敵わない気がします」

 

 

俺の言葉にハハッ……と苦笑いの一刀。これならもう大丈夫かな?

 

 

「そんな大層なもんじゃないんだよ、俺も。この世界に来てからひたすら混乱してばかりだ。潰れないように踏ん張ってるだけだよ」

「………華琳は今の俺達を『胡蝶の夢』って言ってました」

 

 

胡蝶の夢……確か荘子は夢に胡蝶となり、自由に楽しく飛び回っていたが、目覚めると紛れもなく荘子である。しかし、荘子が夢に胡蝶となったのだろうか、胡蝶が夢に荘子になったのか誰にもわからないって内容だったか……

 

 

「夢か現か幻か……って奴だな」

「思えば俺たちの立場だと今の状況って何かの冗談か……奇跡みたいですよね」

 

 

俺の言葉に一刀は何処か思う事があるのか苦笑いだった。確かに三國志の世界にタイムスリップした挙げ句、武将は皆女性とは何かの冗談にしか思えない。そして一刀の言葉にはこう答えるしかあるまい。

 

 

「奇跡も魔法も……あるんだよ」

「最後の一言余計でしたね」

 

 

俺が微笑みながら言うと一刀は鋭いツッコミを入れてくれた。うん、キレがあるね。

 

 

「じゃ……俺はもう行くわ。予算会議は明日になったから他の書類を纏めないとならないんでな」

「あ、わかりました。お疲れさまです」

 

 

俺は俺で大将から頼まれてる意見案があるので纏める為に隊長室を後にした。

 

 

「さて……今日の事を反省したなら明日以降に反映させてくれよ?」

 

 

俺は隊長室を出た後に曲がり角に話し掛ける。その曲がり角には真桜の髪が少しはみ出ていたのだ。姿は見えないが多分、凪と沙和もいるな。気付かなかったけど隊長室での話聞いてやがったな多分。ま、反省してる様だし後は野となれ山となれ。

やれやれ、なんか手の掛かる弟や妹が出来た気分だ。俺はそんな事を思いながら自室へと戻るのだった。



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第十九話

 

 

 

初仕事の次の日。俺は朝早くから鍛練場に来ていた。

 

 

「ふ……はぁぁ……」

 

 

俺は上着は脱いでワイシャツとズボンのみの服装で鍛練をしていた。気を練る修行は毎日していた。それと言うのも『かめはめ波』以外の技も使える様になる為だ。今のままでは色々と中途半端だからね。

 

候補としては直接打撃系統の技と即座に打てる放出系統の技の確保だ。打撃系ならシャイニングフィンガーやアバンストラッシュ(ブレイク)。放出系なら霊丸や波動拳と言った所か。

過去に……少年時代に憧れた技を使えるとなればワクワクしてしょうがない。練っていた気も充実し始めたし……やってみるか。

因みに一番やって見たかった『舞空術』は早々に諦めた。何故かと言えば気のコントロールを幾度となく試したが一切、空を舞う事はなかった。顔不さんに聞いてみたが気で脚を強化しての跳躍なら可能だが空を飛ぶ事は出来ないとの事だった。世界最高の殺し屋みたいに柱を投げて、それに乗る練習の方が良いのだろうか……?

 

それは兎も角として俺は周囲に誰もいない事を確認すると両手を腰元に供える。全身に張り巡らせた気を両腕に回して留める。更に狙いを定めて……今だ!

 

 

「波っ!」

 

 

俺が両手を前につき出すと溜めた気が上手く出てくれた。通常のかめはめ波よりも気の密度を濃く撃った分、少し虚脱感があったが今は技に集中する!

 

 

「はぁぁぁぁぁ……はっ!」

 

 

 

俺は気をコントロールして気弾を上空へと向かわせる。ここまでは順調だ。

そう俺がしているのはクリリンが使用した『拡散エネルギー波』である。これを習得できれば戦いの時にかなり有利になるし、援護にも使える。

よし、一定の高さまで気弾が上昇した……今だ!

 

 

「ばっ!」

 

 

 

俺の気合いと共に気弾は地に向かう。これで上手く拡散してくれれば……あれ、拡散しない?と言うか気弾の塊が加速して俺の方に……ヤバっ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、俺は自身の放った拡散エネルギー波の失敗版の気弾の塊の直撃を食らった。拡散に失敗した挙げ句、コントロールをミスって自分に落とすってアホだな俺。

しかも気弾の威力はそれなりにあったらしく、俺の居た場所は小さなクレーターが出来上がった。

そして気弾が俺に直撃した際に爆発が起きて朝の城に轟音が鳴り響き、騒ぎを聞き付けた大将や夏侯姉妹も来たと言う。

俺はと言えばクレーターの中心地で気絶していたらしく、医務室に運ばれ、目が覚めた後に事情聴取を受け、後程一人でクレーターの埋め立て作業をする羽目になった。

その日、予定していた予算会議や警邏の仕事は休む事となってしまった。副長としての威厳が損なわれるなぁ畜生。

荀彧?見舞いにも来なかったよ……

 




『拡散エネルギー波』
ドラゴンボールでクリリンが使用した技。突き出した両腕から一つの強力な気功波を放ち、その後複数に分裂させることで多くの敵を攻撃する技。


『シャイニングフィンガー』
Gガンダムに登場するシャイニングガンダムの必殺技。右手にエネルギーを集中して敵の顔面に叩きつける技。


『アバンストラッシュ』
ダイの大冒険の代表的な技の一つで剣や刀を逆手に構えて、腰を低く捻り、一気に前斬りを放つ技。アローとブレイクに分けられてアローは放出斬撃。ブレイクは直接斬撃となる。


『霊丸』
幽々白書の代表的な技の一つ。指先に霊力を集中させて放出する技。


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第二十話

 

 

◇◆side真桜◇◆

 

 

最初の印象は変わった兄さんやった。戦場になった街で会うた時、ウチは防柵を作ってたんやけど、そこにフラッと現れた兄さん。

兄さんは黄巾の連中が街の外に来ているのを見ると妙な構えを取った。何してんねん、この人。

 

 

「かぁ…めぇ…はぁ…めぇ……」

「な、気が集まって……凪みたいに気使いかいな!?」

 

 

凪みたいに気を使う人間は見た事あるけど、気の集束が凪よりも濃いんやけど……

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「どっひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

兄さんの気弾に驚いた、ウチは尻餅を着いてしもた。その気弾は黄巾の連中を纏めてぶっ飛ばして気弾は空へときえてもーた。

ウチが呆けとる間に兄さんは街の人達に防柵を早く作る様に指示した後に黄巾の前に出て、タバコを少し強めに吸って煙をフゥーと吐く。その煙は兄さんの前に小さな線を引いた。

 

 

「この白線からは……ここから先は全面通行止めだ。通りたきゃ今のをもう2、3回は喰らう覚悟をしろや」

 

 

なんや偉いカッコいい事、言うんやなぁ……

その後、兄さんはウチの上司になった。街での戦闘の後、華琳様から御遣いの兄さんの下で働くように言われた後、そっちの兄さんも上司になったんやった。どちらも兄さんってややこしいけど、隊長と副長に役職分かれたから今後は呼びやすいわ。

 

その後、副長は一度他の街へ帰ったけど直ぐに許昌に来た。その後でウチはめっちゃ後悔した。最初から仕事サボった所為でめっちゃ怒られた。いや、怒られたちゅーか、呆れられたちゅーか……

兎に角、ウチは嫌な気分になった。あの兄さんには嫌われたくないって気持ちが強なった。沙和も怒られた事に肩を落としていたから同じ気持ちなんやろか?

その後、隊長室で隊長と副長が話してるのを盗み聞きし取ったけど副長にはバレてた。そんでウチ等が隠れてるのをアッサリと見破ると話し掛けてきた。

 

 

「さて……今日の事を反省したなら明日以降に反映させてくれよ?」

 

 

うう……怒られた後に気を使われるってキツいわ。しかもあんな困った様に笑われたら何も言い返せへん。

もしも……ウチにお兄ちゃんが居たらこんな感じなんかなって思ったわ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side沙和◇◆

 

 

 

沙和が初めて副長に会ったのは街での戦いの時だったの。私は華琳様に糧食の問題を頼んでいたら却下されちゃった時にタバコを吸いながら私達の方へ来たの。

 

 

 

「あの街には警護の部隊と糧食を送っているわ。それで復興の準備は整うはず。華琳様はちゃんと考えているから……安心なさい」

「そういうこと。糧食は全て焼くのよ。米一粒たりとも持ち帰ることは許さない。それがあの街を守るためだと知りなさい。いいわね?」

「そうそう。それに敵から奪ってきましたって言って渡すのも沙和も嫌だろ?ちゃんと胸を張ってやれる事をしようや」

「あ……うん、なの」

 

 

副長はタバコを吸いながら私の頭を撫でたの。タバコは服や髪に臭いが付きやすいから嫌いだけど副長の臭いは嫌な感じはしなかったの。

 

 

「………女ったらし」

「………え?」

 

 

私以外の誰かが言った言葉に副長はキョロキョロと辺りを見回す。なんか可愛いの。

この後、副長は色々な事を聞かせてくれたの。例えば着ている服の名前が『すーつ』って言うらしく天の国の文官が着る服らしいの。私が服に興味あることを話したら天の国の服を色々と教えてくれるって言ってたの、凄く嬉しいのー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side凪◇◆

 

 

初めて会った時の印象は凄い人だった。真桜から話は聞いて戦いの最中に彼の気弾を見たが凄まじい。

気を使うには段階があり、まずは気を体内に張り巡らせて身体能力の向上にする。次に体外への放出や武器に気を纏わせる等の技術を学ぶのだが彼はどうやったのか気の放出から出来たらしい。しかし逆に体に気を張り巡らせて身体能力の強化はまだ出来ないと言っていた。順番がバラバラだった。

 

その後、隊長と共に副長に任命されたあの人は初仕事の次の日に気弾の練習をして自爆したと聞いた。それならまだ仕方ないと思うのだが自爆の仕方が問題だった。

 

気の操作を失敗して気弾を浴びたと聞いたが、先程述べた身体能力強化や気の放出、気を武器に纏わせるの更に先をいく行為を失敗したが平然とやってのけたのだ。なんて無茶苦茶な人なのだろうと思うと同時に医務室に運ばれていく副長を見て、彼と言う人物がより一層わからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side一刀◇◆

 

 

 

 

初めて純一さんと会ったのは黄巾党の征伐に出た秋蘭達の援軍として着いていった時だった。秋蘭達の戦いの手助けをしていてくれたらしく、秋蘭は純一さんの強さを高く評価していた。華琳はその純一さんに話がしたいと言って純一さんを呼びつけた。桂花からも『あの馬鹿』なんて呼ばれ方してたけど男嫌いの桂花が話題に上げるだけ凄いと思う。

 

 

「話は時折、桂花から聞いているわ。異国から来たそうね?」

「そのようです。自分には何がなんだか解らぬ内に巻き込まれたのが妥当な説明になりますが」

 

 

華琳と話す時、純一さんは背を伸ばしていた。後で聞いたのだが意識的に姿勢を伸ばす相手だと感じたらしい。

その後も華琳と話す純一さんは途中で俺に話を振ってきた。それにより、純一さんも俺と同じく未来から来た事が判明した。その話を聞いて、俺は純粋に嬉しくなった。この世界に俺は一人じゃないと思えたからだった。その後もトントン拍子に話は進み、純一さんも魏に所属となった。ただ……歳上の純一さんを部下に持つ事になったのは複雑だった。

そして迎えた北郷警備隊、始動の日。案の定、俺は真桜や沙和にナメられ、凪には呆れられた。だけど純一さんは毅然とした態度で凪達に接していた。その後の仕事も純一さんがメインで進めて俺は態度でらしい事をせずに一日が終わった。

 

俺は純一さんの方が隊長をするべきだと思ったが純一さんはそれを否定した。そして純一さんの言葉に励まされた。

『他の誰かと比べて自分は駄目な奴だと言うもんじゃねーよ』

そう言われて俺は再び、やる気を起こした。前に華琳に仕事の事で叱られたけど同じ気持ちになった。俺は俺らしくと言われたが純一さんを目標にしたいと思った。

 

次の日になると朝早くから城に爆音が鳴り響いた。何事かと華琳や春蘭や秋蘭も音が鳴り響いた場所へと行ったらしく俺もその場へ急行した。場所は鍛練場……そこには何故か小規模のクレーターの中心地で気絶している純一さん。

一先ず純一さんを医務室に連れていった俺達だが純一さんが目覚めてから聞いた話は俺たちの予想の斜め上だった。

 

純一さんは気弾の練習をしている際にコントロールをミスって自分に落としてしまったらしい。以前のかめはめ波も驚かされたが、まさか拡散エネルギー波までもやってしまうとは純一さんには本当に驚かされてばかりだ。

俺にとって尊敬すべき大人の人がこんな風にドジを踏むなんて思うと俺は純一さんに更に親しみを持てた気がした。



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第二十一話

 

 

新技特訓をして気絶した次の日になり、状況整理。

拡散エネルギー波の失敗による盛大な自爆をした俺はクレーターの中心で気絶していたらしい。気のコントロールをしたつもりだったが見事に失敗。漫画の登場人物の凄さを日々実感しつつある。『生兵法とは大怪我の基』とはよく言ったものである。

 

一刀は気絶していた俺を見て『ヤムチャみたいだった』等と言っていた。え、そんなポーズで気絶してたの俺?操気弾とかの練習も考えてたけど止めとこ。じゃないと、いつか皆の前で何者かに自爆され『ヤムチャしやがって』を披露する羽目になりそうだ。

 

そんな話は兎も角として本日は普通に警備隊に復帰。予算会議は先伸ばしになった為に今日は通常の勤務だ。

何故かと言われれば俺が寝込んでいた間にまだ会っていなかった魏の将に会った為である。

 

一人目は曹仁、真名を『華侖』

二人目は曹洪、真名を『栄華』

三人目は徐晃、真名を『香風』

 

はい、それぞれ魏の重鎮です。またしても皆が女の子でした。また可愛いんだわこの子等。

 

しかして、やはり癖がある。それと言うのも栄華はとてつもなく厳しい。『魏の金庫番』等と言われる程に財布の紐が固く、昨日も見舞いに来た一刀と共に来たのだが寝込んでいた人間に予算組の話をするとか鬼か。予算は当面の警備隊の動きを見てから判断するとか言われたから暫くは頑張らないとな。因みに俺作成のクレーターは俺自身が埋め直し作業をしたので作業費を請求される事は無かったのは助かった。その後、華琳からの口添えもあったのか渋々ながら真名を許してもらえた

 

華侖と香風に会ったのは俺が魏に来てから直ぐだった。華侖は大将との挨拶を済ませた後に廊下でバッタリとあったのだ。その場に一刀も居たので紹介をして貰い、アッサリと真名を預けられた。真名が本当にこの世界において重要なのか疑いたくなる。本人曰く『華琳姉も春姉も真名を許してるから大丈夫ッス。一刀っちとも仲が良いみたいだし……これから、よろしくッス純兄!』との事だった。『純兄』って呼ばれるのも悪くないな。

これは余談だが華侖は『脱ぐ癖』があるらしく、暑かったり、テンションが上がると兎に角、脱ぎたくなるらしい。それを知らなかった俺は華侖の脱衣シーンを見てしまい、何故か近くに居た荀彧に『見るな馬鹿っ!』の声と共に目潰しを食らった。

 

そして香風。この子は少々ポヤンとした所がある。また一刀を『お兄ちゃん』とか呼んでたし。俺の事は『純一さん』と呼んでくれた。この世界の女の子は……いや、女の武将は露出を高めなきゃならない決まりでもあるのだろうか。香風も割りと際どいよ服装。

 

この三人は前回の黄巾の戦いの時には城待機だったらしい。まあ、城の警護をする将がいないってのはマズいからな。

 

街の警邏は滞りなく終了。それと言うのも真桜、沙和の両名が真面目に仕事をしてくれたのだ。まあ……まだ寄り道をする癖はあるのだが、職務を放り出さず気になる物は店の人にキープしてもらう等の処置をして仕事を続けてる。本当はそれもどうかとは思いつつも俺も買い食いなどはしてるので……まあ、仕方ない。仕事ってのは真面目にやりつつ気を抜く所は抜かねばならない。難しいよね。

 

 

警邏が終わった後に俺は多少の時間が出来たので城の片隅を自由に使わせて貰える様に大将に許可を貰いに行った。最初は渋っていた大将に「天の知識を使った物を試したい」と話したらアッサリと許可と予算が下りた。栄華には「役に立たない物だったら後々、請求の半分は純一さんに回します」と釘を刺されたが許可さえ降りればこっちのものだ。後々、驚かせてやる。

兎も角、許可を貰った俺は城の中に存在する廃材や街に行って安く仕入れられる材木などを購入した。俺が何かを作る事に興味を示した真桜が覗きに来たが今はまだ秘密だ。完成したら真桜にも使わせてやるか。女の子だから喜ぶだろうし。

 

さて、ある程度準備を済ませたがいきなりは作らない。俺の知識がうろ覚えって事もあり大雑把でも設計はしなければならないのだ。これは夜にでもするとしよう。

となれば最早、日課にすると決めた技の開発に取り組むしかあるまい。昨日の『拡散エネルギー波』は失敗したから……今日は打撃系で行くか。

 

俺は城の壁に立て掛けた的に向かい合って気を練る。放出系とは違って身体中に気を張り巡らせる。そして凪が使用している技の様に攻撃力を高めたい場所に気を少し多目に回す。体に気が回って熱くなってきた……足に気を溜め、意を決して技に入る!

俺は的から、ある程度距離を詰める為に走る。そして一定の距離に到達すると跳躍して空中で一回転しながら足を前に出し的に迫る。そう、これぞ全国の少年が憧れた技その二『ライダーキック』

 

 

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

通常のライダーキックは無理があるのでクウガのマイティキックを使う。これは上手く行った!的に迫る俺はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんでこうなるかねぇ……」

 

 

俺はその場に座り込んで煙管を吸いながら呟いた。

結果的に技は成功したが威力が高かったのか気で強化された足はそのまま的を貫き壁に足跡がクッキリと出来てしまった。

 

なんだろう……技が成功したのに……こう、スッキリしないと言うか絞まらないなぁ……と感じるのは。

 

俺は現実逃避をしながら大将や荀彧、栄華にどんな言い訳をするべきか頭を悩ませるのだった。




今回出た『栄華』『華侖』『香風』は英雄譚に出てくるキャラです。


『操気弾』
ドラゴンボールでヤムチャが使用した技。バレーボール程の気の塊を操る技。原作と映画で各種一回ずつ使用されたが大した威力ではなかったのか食らった敵は、ほぼノーダメージだった。

『ライダーキック』
仮面ライダーの最も有名な技。真上に飛び上がり怪人目掛けて落下しながら蹴りを放つ。歴代の仮面ライダーになる度に新しいライダーキックが生まれるが初代がその技の先駆けとなった。

『マイティキック』
仮面ライダークウガでクウガがマイティフォーム時に使用する必殺技。 全力で助走を付けて低軌道から飛び蹴り叩き込む技で更にクウガの力も加わり強力なライダーキックとなっている。


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第二十二話

 

 

 

 

壁に足跡を付けた俺は荀彧や栄華にめちゃくちゃ怒られた。的を破壊するのは仕方ないにしても壁を破壊するなと……俺だって壊したくて壊してる訳じゃないんだがな。

どうにも新技開発をすると何かしら壊れるな。俺の気のコントロールが悪いってのもあるのだろう。

 

凪に聞いたのだが俺は一度に込める気の量が多いらしい。

例えば俺の気の総量を100としよう。俺がかめはめ波を放つ際に10の気を込めればいいのに、俺は40近い気を込めてるらしい。はっきり言えば過剰に気を注ぎ込んで威力がハネ上がり、尚且つ気の無駄遣いと化してるらしい。なんとなくアニメや漫画とかだと気を込める動作が妙に力が入ってる描写があるから、それの影響かもしれない。

因みに壁は仮修理で穴埋めしといた。なんか新技開発と共に俺の工事スキルもアップしている気がする。

 

さて、それは兎も角として説教の次の日。俺は城の片隅で許可を貰った物を作成に取り掛かっていた。一応、昨日の夜に設計図を書いたが……ぶっちゃけ、うろ覚えでしかも素人知識なので上手く行くかは分からないが今回の一件が成功すれば色々とやれる事の幅が増えそうだ。頑張らねば。

 

まず地面に棒で線を引く。ある程度、スペースを確保できなければ後々、大変になるからだ。次にサイズ……取り敢えず一人分は確保出来ればいいか。試作段階の物だし、万が一失敗しても廃材利用だから工賃も安く済むし。

 

 

「あ、副長。仕事サボって何してるん?」

「普段から仕事サボってる奴に言われたかねーよ。そしてコレは仕事の一貫だ」

 

 

通り掛かった真桜に野次を入れられた。これも仕事だってのに。

 

 

「なんやコレ……?釜戸なんか作って何する気なん?」

 

 

真桜は俺が作業していた物の設計図を見て首を傾げた。アッサリと釜戸と見抜く当たり流石だ。

 

 

「ちょーっと試したい事があってな。ま、楽しみにしてろ」

「……な、なあ副長?ウチも手伝っても……ええかな?」

 

 

俺が真桜から設計図を取り返すと真桜は自身の頬をかきながらそう告げてきた。ふむ……真桜なら工作も得意だし、何より完成したら物を試して貰うのも悪くない。

 

 

「よし。なら真桜にも手伝って貰おうかな」

「んんぅ……よっしゃー!」

 

 

俺の言葉に嬉しかったのか真桜は握り拳を空に向けて叫ぶ。

そんなに嬉しかったのか?

 

 

「天の知識を使った物なんてワクワクする事、目の前でやられて我慢なんか出来へんよ!それに……」

「そりゃ結構。なら真桜には釜戸の土台から作って貰おうかな」

 

 

目がキラキラしてる真桜。本当にカラクリ好きなんだな。なんか語尾が小さくなって聞こえなかったけど、まあいいか。真桜に先程の設計図を渡すと真剣な眼差しで目を通した後にニカッと笑った。

 

 

「任せとき!ウチに掛かればこんなん、あっと言う間に完成や!」

「マジで速攻で出来そうだな。なら俺も次の作業に入るか」

 

 

釜戸作成を真桜に任せた俺は次の作業に入る。木の板を何枚も組み合わせて……

 

 

「うーん……ここをこうすりゃもっと良くなるわなぁ……なぁ、副長?設計図を通りやなくても大丈夫?」

「ん、改造するのか?」

 

 

俺は俺の作業を開始しようと思ったら真桜が設計図を片手に俺に訪ねる。

 

 

「いやな、ここを……こうしたら……」

「あー……そこな。耐久性の問題が……」

 

 

俺と真桜は設計図とにらめっこをしながら改善案を出していた。流石本職と言いたくなるが本職は警備隊である事を忘れてはいけない。

 

 

「ふむ……なら今日は此処までにするか。真桜、その設計図を預けるから改善案出してくれるか?後、こっちは小屋の設計図な」

「え、ちょっ……ウチの案で大丈夫なん!?」

 

 

俺が設計図を渡すと真桜は慌てた様子で俺に聞き返す。新人時代に、いきなり仕事を任された俺もこんな感じだった気がするな……

 

 

「真桜はさっきも改善案出してくれたろ。その感じで十分だ」

 

 

俺は煙管に火を灯しながら真桜に指示を出す。俺の素人な設計よりも良いものを書き上げそうだ。

 

 

「……ほな、任された!早速手直しや!」

「それはいいけど真桜……徹夜はするなよ」

 

 

気を良くした真桜は即座に行動に移そうとしたが俺の言葉に足を止めた。そのままギギギッと首だけを此方に回す。

 

 

「なんで……わかったん?」

「玩具を貰った子供みたいに、はしゃいでれば分かるっての。設計図は任せたけど明日の警邏に影響が出るのも目に見えたし……」

 

 

俺は煙管を真桜に向けて突き出す。真桜は煙の出る煙管を見てキョトンとしている。

 

 

「睡眠不足は良い仕事の敵だ。それに、美容にもよくない」

「……ぷっ……アハハッ!副長、気障すぎるわ!」

 

 

俺の好きな台詞の一つだが元ネタを知らない筈の真桜に爆笑された。キザと言われりゃそりゃそうか。

 

 

「アハハ……ハーっ……笑ったわ。でも……嬉しいわ。ウチの事そんな風に言うてくれて」

「……なら笑うなよな……ったく」

 

 

爆笑を終えた真桜は先程の爆笑とは違う……何て言うか恥じらう乙女な笑い方をして俺はドキッとした。思わず真桜に背を向けてフゥーと煙を吐く。ヤバいなんか耳まで熱い。

 

 

「副長……この設計図、預からせて貰うわ。ほな、また明日!」

「おう、任せたわ」

 

 

そのまま真桜は俺と顔を会わせずに立ち去ってしまう。

 

 

 

「か……はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

俺は座り込んで煙管を吸いながら白い溜め息を再び吐く。

 

 

「何やってんだかねー……俺も……」

 

 

消えていく紫煙をボンヤリと見上げながら俺はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side真桜◇◆

 

 

アカン、アカン、アカン、アカン、アカン、アカァァァァァァァァァッン!

 

熱い、顔がめっちゃ熱いわ!なんやねんさっきの副長!ウチは副長から預かった設計図を胸に抱きながら自分の部屋まで全力疾走していた。思い出すのは先程の事。

 

最初はただの興味本意やった。副長が城の片隅でなんか作ってたから冷やかしに行っただけやのに……副長は真面目な顔付きで何かを作っとった。ウチの冷やかしの言葉にも皮肉で返してきたのは、いつもの事やけど天の国の物を作ってると気付いた時にはウチは自然と口が開いてた。

 

 

「天の知識を使った物なんてワクワクする事、目の前でやられて我慢なんか出来へんよ!それに……副長とも……一緒に居れるし」

「そりゃ結構。なら真桜には釜戸の土台から作って貰おうかな」

 

 

ウチの最後の言葉は副長には聞こえてなかったんやろうか?全然普通の態度や。ちょっと悔しい思いもしたけど副長の手伝いをやらせて貰えるのは嬉しかった。

その後、釜戸や小屋の設計図の手直しを頼まれた。基本的な部分は変えずに細かい部分を変えて欲しいと頼まれた。

ヤバい……超嬉しいわ。こんな楽しそうなのを仕事として出来るなんて最高や!今日は徹夜やな!

 

 

「……ほな、任された!早速手直しや!」

「それはいいけど真桜……徹夜はするなよ」

 

 

ウチは速攻で部屋に籠ろうと走ろうとした矢先に副長に呼び止められた。副長、なんでウチの考え分かったん!?

 

 

「なんで……わかったん?」

「玩具を貰った子供みたいに、はしゃいでれば分かるっての。設計図は任せたけど明日の警邏に影響が出るのも目に見えたし……」

 

 

副長は煙管をウチに向けて突き出す。煙管の先から出る煙と副長を思わず見つめてまう。

 

 

「睡眠不足は良い仕事の敵だ。それに、美容にもよくない」

「……ぷっ……アハハッ!副長、気障すぎるわ!」

 

 

偉く真面目な顔で気障なことを言う副長。アカン、なんか笑いのツボに入った!

 

 

「アハハ……ハーっ……笑ったわ。でも……嬉しいわ………ウチの事そんな風に言うてくれて」

「……なら笑うなよな……ったく」

 

 

一頻り笑うとウチは副長の言った言葉を思わず考えてしまう。ウチは沙和みたいにお洒落をしてる訳やないけど一応は女の子やからそれなりに気は使っとる。副長はそんなウチの事を見てくれてたんやな。そんな事を思うと妙に副長の言葉が嬉しくなってまうわ。

副長は照れなのかウチに背を向けてまう。あ、背中……意外と広いんやなぁ……って、アカン、さっきのを見た後やと副長の一挙一動に注目してまう。なんか顔が熱い!

 

 

「副長……この設計図、預からせて貰うわ。ほな、また明日!」

「おう、任せたわ」

 

 

ウチは副長の顔も見んと逃げるようにその場を後にした。

 

 

「はぁー……はぁー……」

 

 

自室に戻ったウチは部屋の鍵を閉めるとそのままズルズルと扉に背を預けたまま座り込んでしまう。

なんなんやろう……いつものウチやったら、さっきの副長も笑い飛ばして弄りに行ってたんやけど……

 

 

「あーっもう!こんなんウチらしくないわ!」

 

 

ウチは今の思考から逃げる為に副長から預かってた設計図を広げた。今はこれに没頭しよう、うん。ウチは設計図を広げた。

あ……これ。副長の煙草や臭いやな。設計図の紙に染み付いてるわ。

 

 

「~~~~~~~っ!」

 

 

 

ウチは頭を抱えながら先程からの思考から逃げる様に部屋に備え付けの布団に転がった。

ウチ……ホンマにどうしたんやろ……



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第二十三話

 

 

 

 

◇◆side桂花◇◆

 

 

私はここ暫く不可解な行動をしている秋月の事を華琳様に尋ねていた。秋月は華琳様に城の片隅を使わせて貰うように許可を取っていたが何をしているのか。それに真桜もその小屋に出入りしているみたいだし……

 

 

「純一が何をしてるか……ね」

「はい、許可を取ったとは言っても小屋を作成して何をしているか不明でしたので」

 

 

謁見の間には華琳様、春蘭、秋蘭、栄華、北郷と揃ってる。しかし誰に聞いても誰も秋月が何をしているか知らないとの事だった。

 

 

「そう言えば……最近、純一さんと真桜が警邏の時も良く何かを話してるな」

 

 

北郷が思い出したかの様に言うけど私が知りたいのはその内容なのよ!

 

 

「確かに……予算を出した身としても何をしているのか知りたいですね」

 

 

秋月のやる事に予算の一部を出した栄華も不満気味ね。何をしているのか分からないのに予算だけ持っていかれればそうよね。

 

 

「純一は天の国の物を作ると言ってたわよ。真桜はその手伝いかしらね」

「その様です。真桜も最近は秋月に付いて回ってる様ですし」

 

 

華琳様のお言葉に秋蘭も同意していた。確かに最近、あの二人が一緒の居る事が多いわね……

 

 

「うむ、最近のアイツ等は仲が良いな!」

 

 

春蘭、話が既に違ってるわよ。でも確かにあの二人の距離感が近いわよね……

 

 

「ふむ……純一が何をしているのか気になるわね……なら見に行きましょう。今の時間ならその小屋に居るでしょうし」

「御意!」

 

 

華琳様の提案に春蘭が答えた。その場に居た者が秋月の小屋を目指した。

そして小屋に辿り着くと小屋の回りには何かの作業をして居たのか様々な物が散乱していた。

良く見ればその小屋も少々変わった形をしていた。屋根が高く高めの位置に窓が付いている。

 

 

「先程まで何かの作業をしていたのでしょうか?」

「そうみたいね。あら、小屋の中から話し声が聞こえるわね」

 

 

秋蘭の言葉に同意しかけた華琳様が小屋の中での声に気づく。多分、秋月と真桜ね。

全員で小屋に近づいて扉を開けようとした、その時だった。

 

 

『な、なんや恥ずかしいわ……副長の前で裸になるって……』

『脱がなきゃ始められないだろ。脱ぐときは後ろ向いてるから……』

 

 

中から聞こえてきた声にその場にいた全員の動きが止まる。これって秋月と真桜よね……。

 

 

『え、ええで副長。準備万端や……ちょっと怖いけど』

『最初だけだ。慣れれば癖になるぞ』

 

 

中で服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえたと思ったら真桜の少し怯えた様な声が聞こえた……ちょっと……これって

 

 

『ん……うぅ……熱いわ』

『初めてだとやっぱツラいか?』

 

 

何かに耐えるような真桜の声にそれに対して気遣うような秋月の声。

 

 

『あ、でも……めっちゃ気持ちええわ……』

『そうだろ?』

 

 

中の様子が声だけで生中継されている。一緒に来ていた他の皆も顔を赤くして聞き入っている。

 

 

『最初は恥ずかしかったり、熱かったりで大変やったけど……こんなに気持ちええなら皆、虜になってまうわぁ~』

『すっかり顔がトロけてるな……』

 

 

何よ……何よ……こんな事をする為に小屋を作ったの?私には何も言わなかった癖に……

 

 

『でもええんやろか……ウチが初めてで……』

『真桜には色々と世話になったからな。その礼もあるんだから、その気持ちよさに身を任せとけ』

 

 

私はもう我慢の限界だった。何よ!アンタの世話をしたのは私が最初でしょ!私には何もしなかったのになんで真桜の方が先なのよ!

私は小屋の扉の取っ手に手を掛けて勢い良く扉を開いた。

 

 

「ちょっと、アンタ等!何して……るの?」

「…………荀彧、何してんだ?」

「え、ちょっ桂花!?いや、なんで他の皆さんも一緒なん?皆でウチの風呂を覗きかいな!?」

 

 

 

そこに居たのは釜戸の上に大きな桶を構えて、その中に入ってる真桜と釜戸の火の調節をしながら扇子の様なもので自身をパタパタと扇いでる秋月だった。

 



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第二十四話

 

 

 

 

俺はここ数日、真桜と共に設計したある物を作っていた。それは『五右衛門風呂』だ。大人が一人で入る簡易風呂。俺が何故コレの作成に踏み切ったかと言えば毎日風呂に入りたいからだ。

この時代の人間なら兎も角として俺の居た現代では毎日の風呂は当然。悪くてもシャワーくらいは浴びるものだ。だがこの時代においては風呂は高級なものであり、庶民は入れるものではなく権力者や役人でさえ『風呂日』と定められた日に入るらしい。なんせこの時代の風呂と言えば現代で言うところの大浴場並みに広いのだ。浴場を洗うのも湯を沸かすのも、かなりの手間であり気軽に入るものではない。故の『風呂日』である。

それ以外の日は桶に水なりお湯なり溜めて手拭いで体を拭く。残った水や湯で髪を洗うのが当然との事だ。

 

だが手入れも簡単、使う湯も大浴場よりも遥かに少ない五右衛門風呂なら毎日入っても問題はない。それどころか女の武将や文官が多いのだ。五右衛門風呂は受け入れられて量産される可能性も高い。『狭いが湯に浸かれる』と言うアドバンテージはデカいと俺は確信を持っていた。

欲を言えばドラム缶にプロパンガスを連結した『ドラム缶風呂』が一番簡単なのだがドラム缶もプロパンガスも存在しないので五右衛門風呂に至った。

 

さて、基本的な設計を真桜に任せたのだが予想通り俺の設計を遥かに上回る物を書いてきた。明らかに徹夜した顔だったが良いものを書いてくれたのと期待した顔をされては怒れないわな。設計図の件は誉めたが流石に作るのは明日以降だ。こんな寝不足状態で作業開始とかあり得ない。真桜は不満を口にしていたが。

 

さて真桜を部屋に送ってから俺は新技開発兼明日からの工事作業の準備としよう。俺の目の前には山積されている木材が大量にある。その殆どが廃材であり本来なら燃やして終わりの代物ばかりだ。だが燃やせば五右衛門風呂の燃料にもなる物を無駄にはしない。かと言って、このままではサイズが大きすぎで邪魔となってしまう。ならば、どうするか。切るしかない。そして俺の新技開発で切る技となれば、あの技しかない!

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

俺は右手を空に向けて掌に気を集中させる。すると球状の気弾が出てくるが俺が目指すのは操気弾ではない。イメージしろ……もっと薄く伸ばして……なんでも切れる円盤状に……

 

 

「く……うう……」

 

 

ヤバいキツい!何がキツいって気弾を一定量キープしながら形を変えるって結構難しい!だが気の消費はあるが気弾は少しずつ形を変えてきた。そして円盤状になった、今だ!

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ気円斬!」

 

 

俺は気合いと共に気円斬を解き放つ。気円斬は真っ直ぐ綺麗に材木の方に飛んでいく。『避けろナッパ!』と言う人も居ないので材木に命中する筈。そして気円斬が材木の真ん中に当たった。

 

よし、真っ二つ!………にはならなかった。材木には命中したのだが材木は『切れた』と言うよりは『折れた』のイメージだ。本当ならスパーンと綺麗に切れた筈なんだけど……

もしかしてこれは……俺の編み出した気円斬は形だけが気円斬なだけで切れ味ゼロ?なるほど謎は解けた、それも嫌な方向で。

 

つまり俺の気円斬は気弾が形を変えただけで本来の気円斬みたいにカッター状にはなってなかったらしい。さしずめこれは『気円斬』ではなく『気円弾』って所か?いや、これは実践じゃ使えない。気の消費も激しいし、コントロールにも時間がかかる。

本当に上手くいかないな……んじゃ次は『気功砲』……は止めた。気が枯渇するのが目に見える。

俺は溜め息を吐きながら一部割るのに成功した材木を片付けるのだった。

 

それから数日。俺と真桜は警邏を終えると小屋と五右衛門風呂の作成に勤しんでいた。予定していた半分ほどの時間と予算で完成したのは真桜の再設計のお陰だろう。と言うわけで。

 

 

「一番風呂は真桜に譲ろう」

「え、ホンマにええん?」

 

 

俺の言葉に真桜は目をキラキラとさせたが少々遠慮している。まさか完成品を一番に使わせて貰えるとは思ってなかったんだろう。

 

 

「真桜には手伝ってもらったし大将に見せる前に試運転しとかなきゃだからな。早く準備してきな」

「え、今すぐ!?」

 

 

真桜は俺の言葉に胸を隠しながら後ずさる。こらこら、何を想像した。

 

 

「な、なんや恥ずかしいわ……副長の前で裸になるって……」

「脱がなきゃ始められないだろ。脱ぐときは後ろ向いてるから……」

 

 

恥じらいの乙女になった真桜。うん、いくらなんでも脱衣シーンは見ないぞ。本当なら水着でも用意したかったが、この時代に水着はなかった。いや、と言うか水着が無くても何故か下着や服の種類は現代と変わらない。明らかにオカシイ気もするがツッコミを入れたら負けな気がする。そういや一刀は大将の下着選びをさせられたとか言ってたな。

……………なんとか気を紛らわせようと思ってたけど厳しい。後ろで衣擦れの音が聞こえるから正直生殺し状態だ。

 

 

「え、ええで副長。準備万端や……ちょっと怖いけど」

「最初だけだ。慣れれば癖になるぞ」

 

 

真桜の言葉に振り返れば真桜は手拭いを二枚使って上下の大事な所を隠していた。振り返った俺だが即座に視線を反らす。うん、正直直視できない位に良い体です。俺は真桜から視線を反らしたまま指で風呂に入れとジェスチャーをする。風呂の中に入れば視線を反らさなくても大事な所は見えなくなるから大丈夫。

 

 

「ん……うぅ……熱いわ」

「初めてだとやっぱツラいか?」

 

 

湯船に入ったであろう真桜の声に振り返ると真桜は湯船に浸かっていたが湯の熱さに我慢する様な顔になっていた。

 

 

「あ、でも……めっちゃ気持ちええわ……」

「そうだろ?」

 

 

湯船に浸かった事で少なくとも胸は見えなくなった。俺は釜戸の前に陣取っているので立ち上がらない限りは真桜の裸を見る事はない。いや、見たくない訳じゃないつーか、自分から提案しといてなんだがハイパー生殺し状態だよ。

 

 

「最初は恥ずかしかったり、熱かったりで大変やったけど……こんなに気持ちええなら皆、虜になってまうわぁ~」

「すっかり顔がトロけてるな……」

 

 

最初の恥じらいは何処へやら。真桜は完全にリラックスしてる。俺は自作の団扇をパタパタと扇いでいた。釜戸の火の調整用に廃材を組み合わせて作った即興の団扇だが思いの他、上手く出来たみたいで風が心地よい。

 

 

「でもええんやろか……ウチが初めてで……」

「真桜には色々と世話になったからな。その礼もあるんだから、その気持ちよさに身を任せとけ」

 

 

真桜の言葉に俺は思った事を口にする。今回の五右衛門風呂の作成は真桜の手助けがなかったら、もっと時間が掛かっていた。その報酬が一番風呂なら安いものだ。

それに入ってみた感想を添えて大将に報告しなければならないから俺以外の意見も欲しかったんだし。

 

 

「ちょっと、アンタ等!何して……るの?」

「…………荀彧、何してんだ?」

「え、ちょっ桂花!?いや、なんで他の皆さんも一緒なん?皆でウチの風呂を覗きかいな!?」

 

 

 

今回の五右衛門風呂は概ね成功だな……と思っていたら何故か荀彧が怒った様子で小屋に突入してきた。いや、何してんのお前?荀彧の後ろには大将、一刀、春蘭、秋蘭、栄華と勢揃いだし。

あ、流石に真桜も慌ててるな……って驚いたからって風呂から身を乗り出すな!

 




『気円斬』
クリリンが独自に編み出した技。気を円盤状のカッターに練り上げ物体を寸断する。
ベジータや18号、悟空、フリーザも使用している。


『気功砲』
天津飯の必殺技で体中の「気」を両手に集め、手を重ねて親指と人差し指で四角形を作り、その間から気を放つ強力な気功波。
しかし気の消耗は激しく、勢い余って全ての気を放出してしまうと命を落とす危険がある。


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第二十五話

 

 

 

 

何故か突入してきた荀彧や小屋の外で呆然としている一刀達。いや、どんな状況コレ?

 

 

「なんやなんや、皆で覗きかいな」

「お前は取り合えず湯に浸かってろ。色々と見えるから」 

 

 

一刀も居るし、俺は真桜を湯船に肩まで浸からせる。

 

 

「で……純一、アナタが作っていたのはコレなの?」

「ああ。これぞ天の国で昔から使われていた『五右衛門風呂』って奴だ」

 

 

大将の疑問に答えたが皆さんの視線がキツめです。俺、何かしましたかね?

 

 

「ほう、風呂なのかコレは?」

「ああ、釜戸の下で薪を燃やして湯を沸かしてるんだ。底の所が鉄板になっていて熱を伝える役割を果たしてる」

 

 

興味深そうに秋蘭が真桜が入ってる五右衛門風呂の観察を始める。

 

 

「釜戸で湯を沸かすのなら熱いのではないか?それに底が鉄板なら尚更だ」

「鉄板の上に乗るための木で作った中蓋があるんだよ。じゃないと火傷するから」

 

 

春蘭の疑問も尤もだ。それを知らずに入って火傷をした人も多いらしい。

 

 

「なら、この水瓶はなんですか?足し湯の為ですか?」

「足し湯と温度調節の為の水だよ。五右衛門風呂は沸くまでが時間が掛かるけど沸いたら一気に熱くなるから水を足して調整しないとダメなんだ。因みに回りが鉄板で固められてるから余熱で中々、冷めないから暖かいのは長続き。更に温熱効果で体の芯から暖まるぞ」

 

 

栄華が指摘したのは釜戸の近くに置いておいた水瓶。現代の五右衛門風呂なら水道の水でも足せば良いが今はそうもいかない。となれば水瓶で水の確保が必要だったのだ。

 

 

「って言うかなんで『五右衛門風呂』って名前なのよ」

「確か……石川五右衛門が釜茹の刑にされたのが由来なんでしたっけ?」

「そりゃ俗説って事らしいけどな」

 

 

荀彧は名前が気になった様子。一刀よ、それは俗説らしいぞ?まあ、釜茹=五右衛門のイメージは根強いが。後は何でも斬れる刀を持つ御仁か。

 

 

「その五右衛門とやらは何をしたのだ?釜茹の刑なぞ余程の重罪なのだろう?」

「石川五右衛門は所謂『義賊』って奴でな。手下や仲間を集めて、頭となり悪事を繰り返したんだが相手は権力者のみだった。当時の政権が嫌われていた事もあり、庶民の英雄的存在になっていたらしい」

 

 

春蘭は五右衛門風呂よりも石川五右衛門の存在そのものが気になったらしい。まあ、聞かれても俺もうろ覚えなんだが。

 

 

「天の国にもそんな者が居たのね。どの国でも変わらないのかしら」

「まあ義賊とか大泥棒とか色々と説はあるがな」

 

 

大将の言葉に五右衛門の辞世の句を思い出す。

『石川や 浜の真砂は尽くるとも世に盗人の種は尽くまじ』

この言葉はどの世界でも通じるな……やめとこ堂々巡りになりそうだ。

 

 

「ふ、ふくちょ~……」

 

 

なんて考え事をしていたら真桜の声が……あ、やべ。

 

 

「熱い~……」

「すまん、大丈夫か?」

 

 

話に夢中になっていて五右衛門風呂に入ってる真桜を忘れてた!すっかり茹で上がってるよ。

 

 

「大将、俺と一刀は外に出るから後は任せた。そこの戸棚に手拭いと湯のみが入ってるから使ってくれ」

「わかったからアナタ達は早く出なさい」

「さっさっと行きなさいよ変態!」

 

 

俺は大将に真桜の後の事を頼んだのだが邪魔だと言わんばかりに外に追い出された。荀彧、地味に痛いから脛を蹴るな。

外に出た俺と一刀はちょっとブレイク。

俺が煙管を吸い始めると一刀が口を開く。

 

 

「五右衛門風呂を作るってスゴいですね」

「持ってた知識を動員したに過ぎねーよ。お前こそ、町の改善案の草案見たけどアレは『割れ窓理論』だろ?」

 

 

一刀は俺をスゴいと言ったが俺から見ればキチンと持っている知識を有効利用する一刀がスゴい。俺には向かない職業なだけに頑張れと言いたいんだからな?

 

 

「北郷、秋月。もう中に入っても大丈夫だぞ」

 

 

なんて話していたら秋蘭が声を掛けてくる。一先ず、大丈夫になったみたいだな。

中に入ると未だに熱いのか真桜は団扇をパタパタと扇いでいた。服も上のビキニと短パンだけと中々に扇情的な感じだ。

 

 

「真桜さんから見せてもらった資料や設計図から見ると量産は可能な範囲内ですね」

「そうね……これだけのお風呂が作れるなら普及しない手はないわ」

 

 

大将と栄華は既に五右衛門風呂の量産まで視野に入れてる。流石としか言いようがないな。

 

 

「ふむ……これなら鍛練の後でも気軽に風呂に入れるのか」

「それもあるけど毎日入れるってのが大きいわね……」

 

 

春蘭、荀彧は興味深そうに五右衛門風呂を観察してる。これは色々と上手くいったな。

 

 

「ところで秋月。この風呂に注意点はあるのか?」

「ん、ああ……さっきの真桜を見てわかる通り熱くなりやすいから水を足して適温にしたりとかしないとだな。後、中蓋が無いと普通に火傷確定」

 

 

秋蘭の疑問に答えた俺だが確かに危険も多い。いきなり普及させると不味いかもしれないな。

 

 

「ふむ……なら純一。この五右衛門風呂の沸かし方から入り方、注意点を纏めた資料の作成を命じるわ。まずは城の中での利用。馴染み次第、民にも五右衛門風呂の提供をするわ」

「となると……暫くはこの試作品のみの稼働だな」

 

 

大将の言葉に同意しつつ俺は五右衛門風呂を見た。頑張って作ったが当分はこれ一台な訳だ。

 

 

「まあ、ええやん。副長の考えが通ったんやで。ウチも頑張った甲斐があるっちゅー訳や」

「そうだな。それと真桜、髪はちゃんと拭け」

 

 

嬉しそうに話しかける真桜だがまだ髪が濡れていた。俺は溜め息を吐くと手拭いで真桜の髪を拭いてやる。つか、真桜って髪を下ろすと印象変わるな。普段から髪留めで纏めてるから新鮮だ。

 

 

「ちょ、副長!子供やないんやから……」

「手伝って貰ったお礼の続き……かな?」

 

 

最初は嫌がった真桜だが、俺の言葉に大人しくなった。なんか……懐かしいなこの感覚。そんな事を思いながら真桜の髪を手拭い越しに撫でていたのだが気が付けば真桜はジト目で俺を見ていた。

 

 

「………どうした?」

「いやな……副長。妙に手慣れてへん?」

「…………へぇ」

 

 

俺が質問すると真桜はジト目のまま俺に聞いてくる。大将も面白い話題を見つけたって顔しないで。

 

 

「昔……ちょっとな」

「そ……なら今は止めとくわ」

 

 

俺はあの娘の事を思い出したがすぐに頭の片隅に追いやった。

ん……ちょっと待て大将。「今は」って事は後々聞く気満々ですかい?

 

 

「…………ふん」

 

 

荀彧は荀彧でそっぽ向くし……

 

 

 

因みにこの後だが大将や春蘭達も順番に五右衛門風呂に入っていった。狭いだなんだと文句をつけられたが、しっかりと湯に浸かっていったらしいので満足はしたのだろう。

因みに湯に浸かっていったと言っても俺は中に居た訳じゃない。秋蘭と真桜にある程度の注意点を任せて俺と一刀は報告書作りに勤しんでいたからだ。

荀彧には『華琳様のお風呂を覗こうだなんて私がさせないわよ!』と強く言われて追い出されたってのもあるけど、俺一応制作者なのにこの扱いは解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後々だが秋蘭から「桂花も気持ち良さそうに五右衛門風呂に入っていたぞ」と教えられた。情報感謝です。



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第二十六話

五右衛門風呂作成の次の日。

俺は朝から新技開発の失敗をやらかした。今回は気の消費を押さえてかめはめ波を放つ練習をして居たのだが上手くいかなかった。気を押さえようとした結果、かめはめ波の出が悪くなった。気の塊が掌を越えるサイズで出たかと思えば細いビームみたいのが飛び出してきた。正直情けなくて泣きそうになる。さながらリーダー波みたいな感じだったから。

 

俺は情けない結果に終わった朝の鍛練を止めると荀彧からの呼び出しで仕事となった。

荀彧に呼ばれて北郷警備隊の全員が荀彧の護衛に付く事になった。何故かと荀彧に聞いたが『黙って着いてこい』と言われたのと、大将からも護衛の件は正式に頼まれていたので、それ以上は何も言えない。

何をするかも知らされないまま俺達は街の郊外にある森まで来ていた。因みに今回この森の散策に来ているのは俺、一刀、荀彧、凪、真桜、沙和の五名だ。

 

 

「なぁ、桂花ぁ。そろそろ教えてーな。今回ウチ等は何するんよ?」

「今回の任務は……怪しい人影を頻繁に目撃するという報告があった森の調査よ。アナタ達には実際の調査と、もし怪しい人影を発見した時の対処をしてもらうわ」

 

 

そういや街の人達の噂もあったな。森に怪しげな影を見たとか。明らかに小動物の影では無かったので噂になっていたな。もしかして……

 

 

「怪しげな人影……黄巾の連中か?」

「それってー、沙和達が用心棒ってこと?」

「えぇ。私も痕跡についての調査を行うから、もし何かあったら私に知らせてちょうだい」

 

 

俺と沙和の言葉に荀彧も頷く。なるほど痕跡調査となると俺達では無理だから荀彧が来た訳か。だったら早めに言ってくれても良いだろうに。

 

 

「わかりました。桂花様の警護は私達にお任せください」

「頼りにしているわ」

 

 

凪は任務となり、真面目な対応だ。是非とも真桜や沙和にも見習ってもらいたい。

 

 

「しかし……怪しい人影か……」

「ま、この手の話はとにかく地味な調査が必要になるな」

 

 

一刀の言葉に俺は反応する。そうあくまで噂話から出た目撃情報なのだ。確実に証拠が出てくる訳じゃなく、ひたすらに調査のみを行い、何かしらの情報を持ち帰る。その為には兎に角、探し回るしかない。刑事ドラマとかで見た知識でもあるが、時間を掛けつつ詳細を探らねばならないのだ。

 

 

「…………」

「ん、おい桂花?どこに行くんだ?一人じゃ危ないぞ」

 

 

そんな中、荀彧は護衛の俺達を置いて何処かに行こうとする。慌てて一刀が呼び止めるが荀彧はギロリと此方を睨むと更に離れようとした。

 

 

「荀彧、何か見つけ……」

「隊長、副長。私が行きますから」

 

 

俺も声を掛けようとしたのだが凪が俺を追い越して荀彧の護衛に行く。あ、なるほど……

 

 

「そうだな。俺や一刀じゃ行けないから凪に任せる。何かあったら大声を出すんだぞ」

「了解です。桂花様、私が一緒に……」

 

 

意図を察した俺が凪に指示を出す。荀彧からは睨まれたけど察して口にしなかったんだからまだ良い方だろ。まあ、女の子が大人数で来ている時に離れるとしたら理由は一つだろう。

俺は手頃な岩に腰を下ろすと煙管に火を灯した。

 

 

「副長、桂花が何をしたかったか気付いたんは驚いたわ」

「ふくちょーに女心が分かるとは意外なのー」

「あ、そう言う事か……危なく桂花に問い詰める所だった」

 

 

真桜、沙和、一刀の順に俺に話しかけてきた。一刀、もしも口に出していたら大将のオシオキ確定だぞ?

 

 

「大人になるとな……女性関係には特に気ぃ使うんだよ。まして気難しい相手なら尚更な」

 

 

フゥーと紫煙を眺めながら俺は呟く。なんか昨日といい『アイツ』の事を思い出すな……もう終わった関係なのに。

 

 

「副長……昨日も気になったんやけど……」

「「キャアアアアアアアァァァァァァァァッ!!」」

 

 

真桜が俺に何かを聞こうとした時だった。荀彧と凪の悲鳴が森に響き渡った。まさか黄巾の連中が出たのか!

 

 

「行くぞ!」

「「「はいっ!」」」

 

 

俺の言葉に一刀達は直ぐ様気持ちを切り替えて悲鳴が聞こえた方へと走った。そして、そこで見た光景とは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イヤァ!蛇ぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「や、やめて……来ないで!」

 

 

数匹の蛇に迫られて腰を抜かしてる荀彧と凪。二人は抱き合う様に身を寄せていた。

 

 

「………凪よ。護衛がそれでどうする?」

「わ、私……蛇だけは苦手なんです!」

「い、いい……いいから助けてよ!」

 

 

俺の言葉に凪は震えた声で答えて、荀彧は涙目だ。二人とも蛇苦手だったんだな。

 

 

「ったく……」

 

 

俺はそこらの枝を拾うと蛇の回りを威嚇する様に叩く。蛇は直接叩いたりすると、怒って反撃してくるので、追いやる感じでヘビの周りを叩けば、その場からはいなくなるとテレビでやっていた。俺に威嚇された蛇は驚いたのか、その場から去っていく。

 

 

「……やれやれ」

 

 

俺は溜め息と共に枝を肩に担ぐ。隣を見れば一刀が凪に駆け寄っていた。

 

 

「ほら、凪。もう大丈夫だから」

「す、すみません隊長」

 

 

凪は一刀の胸に抱かれる形で体を預けてる。もしかして腰が抜けたか?いつもは凛々しい凪も蛇でこうなるのか。真桜と沙和は冷やかしの視線を送ってる。

 

 

「大丈夫だったか荀彧?」

「ふ、ふん……アンタも少しは役に立つみたいね」

 

 

俺が話しかけると荀彧は俺に刺のある言葉を返してきた。でも、いつもの感じよりも元気が……あ、もしかして。

 

 

「荀彧も腰が抜けたか?」

「~~~~~~~っ!」

 

 

俺の予想が当たったのか荀彧は声にならない声を上げて顔を赤くした。あ、やべ可愛いとか思っちまった。

 

 

「腰が抜けたなら意地を張るなよな、まったく」

「ち、ちょっと触らないでよ汚れる!」

 

 

俺が荀彧を横抱きに。所謂『お姫様』だっこをすると荀彧は案の定、暴れ始めた。こらこら暴れるんじゃない。

 

 

「そのままじゃ帰れないだろ?少しの間だけ我慢……危ねぇ!」

「え、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

暴れる荀彧を宥めようとした俺だが視界の隅に『怪しい人影』を見つけてしまった。ヤバイと判断した俺は乱暴だったが荀彧を真桜と沙和の方に投げた。

 

 

「ちょっといくら何でも乱……暴……」

「副長、桂花の態度も悪かった……」

「ふくちょー、女の子はもっと………」

 

 

 

荀彧、真桜、沙和の三人は俺に抗議しようとした途中で声を失った。そう……確かに怪しい人影は確かにあったのだ。だが『怪しい人影』は間違いであり、正しくは『怪しい巨大な人影』

もっと正しく言うなら『人影』では無かった。

 

俺達の目の前には……三メートル程の巨大な熊が居て、俺達を見下ろしているのだ。額の妙な模様は三日月の様にも見え、その鋭い口からは涎を垂らして如何にも『エサ、ミツケタ』って感じを出していた。




『リーダー波』
世紀末リーダー伝たけしの主人公たけしの必殺技の一つ。
リーダー的な気を溜める事によって出せる気功波。かめはめ波の様な構えからデカイ気の塊が出るが前に進むのは三センチ程の細いビーム。何故か曜日で火・木・土しか使用できない。


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第二十七話

 

 

 

 

◇◆side一刀◇◆

 

 

俺達の目の前には三メートル程の巨大な熊が居た。もしかして噂の怪しい人影ってこの熊の事なのか!?

 

 

「こりゃあ……クマったね……」

 

 

純一さんが冷や汗と苦笑いをしながらボケるがツッコミを入れる余裕は誰にもない。

 

 

「熊程度なら私が……あ、あれ?」

「凪?」

 

 

凪が勢い良く立ち上がろうとしたがペタんと座り込んでしまう。あ、凪はさっきの蛇騒動で腰が抜けてるんだった。って事は桂花もだよな。真桜と沙和に支えられてる桂花も動けそうにない。

 

 

「ぐるるるるるる……」

「仕方ない……俺が何とかするか」

「じゅ、純一さんが!?」

 

 

熊の唸り声にビビった俺だけど純一さんが一歩前に出た。そして、構えを取った……そっか純一さんにはソレがあった!

 

 

「かめはめ……波ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

純一さんの手から放たれた、かめはめ波は熊に直撃した。したのだが……

 

 

「え……嘘。倒れない?」

「副長の気を浴びてあの程度の損傷……あの熊は相当強い筈です!」

 

 

純一さんのかめはめ波の直撃した筈の熊はケロッとしていた。気を使える凪がかめはめ波の威力から、あの熊はかなりの強さだと判断していた。

 

 

「ふ、ふくちょー!私達が戦うの!」

「そやで副長はウチ等の代わりに桂花を守ってや!」

 

 

純一さんの代わりに私達が戦うと沙和と真桜が出てくるけど純一さんは首を横に振るう。

 

 

「ダメだ……お前達は荀彧の護衛に付け」

「ちょ、なんでなん!?ウチ等は気は使えへんけど総合的な戦闘なら……」

 

 

真桜の言葉を遮ると純一さんは上着を脱ぎ始めた。

 

 

「一刀は魏にとって天の御遣い。そして荀彧は魏の筆頭軍師だ。どちらも失う訳にはいかん。それに……俺はお前達よりも年上で男だ。少しばかりの見栄も張りたくなるんだよ」

「え、ちょっと……」

 

 

純一さんは脱いだ上着を桂花に投げ渡す。

 

 

「預かっていてくれ……じゃないとボロボロになっちまうから……よ!」

「な、この気の使い方……まさかっ!?」

 

 

戸惑う桂花を置いておき純一さんは力を溜める様なポーズを取る。何かに気づいた凪が隣で凄く慌ててた。

 

 

「隊長、副長を止めてください!副長は自身の気を爆発させるつもりです!」

「なんやそれ!?」

 

 

凪の慌てた様子を見た真桜が沙和と一緒に桂花を連れてくるが、ただ事ではなさそうな事態に焦っていた。

 

 

「我々、気を使える人間は自身の内部に気を張り巡らせて強化する事ができる……だが」

「あ、ふくちょー!?」

 

 

凪の説明の途中だったが純一さんは熊に向かって行ってしまう。沙和が気づいたが既に遅かった。

 

 

「体内に凝縮された気を高めて爆発させる……これは破壊力は通常の数倍もの力にもなりますけど……威力が高すぎて肉体が崩壊する程の……大規模な爆発を起こします」

 

 

凪が説明する中、純一さんは熊の虚をつくと熊の背中に張り付いて必死にしがみついている。熊は『離れろコイツっ!』と言わんばかりに暴れ始めた。

ちょ……ちょっと待ったこのシチュエーションだとこの後の展開はマズい!

 

 

「副長は我々を助ける為に……自身を犠牲にする気なのでは!?」

「な……ふざけんじゃないわよ!」

 

 

 

凪の解説で事態は飲み込めたがそれを認めてはならない。桂花も今の説明で現状を理解して叫んだ。俺も夢中で叫んだ!今止めないと大変な事になる。

 

 

「止めてください純一さん!」

「じゃあなお前等……死ぬんじゃねーぞ」

 

 

俺の制止の声に振り返りながら笑みを浮かべた純一さん。そして純一さんの体から気が溢れ出して光を放つ。その光が最大限に到達した時、純一さんはクマを道連れに大爆発を起こした。

 

 

「じゅ……純一さぁぁぁぁぁぁぁぁっん!!」

「副長っ!!」

 

 

俺と凪は同時に純一さんの名を呼んだ。激しい爆風と砂塵が舞う中で純一さんの安否は分からない。

少し離れた位置では真桜や沙和に支えられて立っていた桂花が膝から崩れ落ちて呆然と爆発した地点を見つめていた。良く見れば真桜も桂花同様に呆然としていた。沙和は唖然として口をポカンと開けて動けなくなっていた。

先程の凪の解説通りなら純一さんの体は木っ端微塵に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……ビックリさせやがって」

「ってアンタが残るんかい!?」

 

 

煙が晴れて姿を現したのは何故か無事だった純一さん。俺は大声でツッコミを入れた。なんとなくドラゴンボール的な話かと思ったけど純一さんがナッパなのは違うでしょ!?

 

 

「いやー……流石に死ぬかと思った」

「なんで、無事なのとか……色々とツッコミを入れたいんですけど」

 

 

ハッハッハッと笑う純一さん。いや、アナタは餃子やアバン先生のしたメガンテみたいな自爆をしたのでは?

なんて思ったら桂花がユラリと立ち上がった。あれ、桂花も凪と同じで腰が抜けてたんじゃ?

 

 

「……させ……な…わ……この……」

「あ、ゴメン荀彧、聞き取れなかった」

 

 

桂花は何かをボソボソと喋ったのだが俺も聞き取れなかった。純一さんが耳を傾けようと体を前屈みにしようとした瞬間だった。

 

 

「心配させんじゃないわよ、この馬鹿!」

「ぐふぉ!?」

 

 

桂花は叫びと共に純一さんのボディーに見事なボディーブローを叩き込んだ。それと同時に純一さんが悲鳴を上げると、そのまま桂花を押し倒す様な体勢で倒れた。

 

 

「ち、ちょっと馬鹿!何すんのよ秋月!………秋月?」

「………………」

 

 

桂花を押し倒した純一さんに抗議する桂花だが返事がない。微動だにしない純一さんに流石の桂花も異常を感じた様だ。

 

 

「あの……副長は先程の気の放出で限界だったのでは?そこに桂花様がトドメを刺した形になったのではないでしょうか?」

 

 

凪の言葉にその場にいた全員が納得してしまった。さっき妙に明るい態度をしていたのも、それを悟らせない為の演技だったのかな?

 

 

 

「もう……最悪よ」

 

 

 

純一さんに下敷きにされながら呟いた桂花。でも言葉にいつもの勢いはなく、どちらかと言えば『しょうがないんだから……』と言ってるようにも見えた。

 




『さよなら天さん』
ドラゴンボールで餃子が使った技。相手の背中に張り付き、自爆する。天津飯を助けるためにナッパ相手に使用。

『メガンテ』
ドラゴンクエストシリーズに登場する自爆呪文。自らの命と引き換えに魔力的な爆発で敵を道連れにする呪文。敵では主に『はくだん岩』が使用してプレイヤーを悩ませる存在となっている。


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第二十八話

 

 

 

 

 

『起きてください先輩』

「ん……もう後、五時間寝かせて……」

 

 

微睡みの中、俺を起こす声が聞こえる。懐かしい声だ。

 

 

『講義の全てをサボる気ですか。いい加減にしないと単位落としますよ』

「昨日は大学のサークル仲間と朝まで呑んでたから……単位は代返お願い」 

 

 

ああ、これは夢だ……

 

 

『まったくもう……起きなさい!』

「ごふぁっ!?」

 

 

だって……アイツとは……

 

 

「寝てる人間の腹を踏みつけるって鬼か!?」

『先輩が起きてくれないからです。さ、私と共に大学に行くか、私の一撃で眠りにつくか二択です』

 

 

『』とは……

 

 

「通学か気絶の二択かよ!?」

『だって……そうでもしないと先輩、大学サボってばかりだから……』

 

 

もう……

 

 

「ああ……もう、わかったから泣きそうな顔になるなよ」

『はい!さ、行きましょう先輩!』

 

 

別れたんだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………俺の部屋か」

 

 

夢から覚めて目を開ければ見慣れた天井。体がダルい……今は何時だ……?

頭がボンヤリして思考が定まらない。

 

 

「っ……いてて……」

 

 

体を起こそうとしたが身体中に痛みが走り上手く起き上がれない。この感覚は覚えがある。初めてかめはめ波を撃った時に気が枯渇して動けなくなった時と同じなのだ。

 

 

「っか……駄目だ」

 

 

なんとか上体を起こしたが立ち上がれそうにない。再び寝台にボフッと体を寝かせた。体を動かすことが叶わない。

思い出すのは熊を相手に自爆紛いの技を使った事だ。

まあ……自爆と言うか体の外側に俺の気をすべて放出しただけなのだが。顔不さんから気を用いた自爆技を聞いてはいたが流石にそれをする気にはなれなかった。ならば気を自分の内側で爆発させるのではなく外側で爆破したらどうなるか。結果は大成功だった。ウルトラダイナマイトみたいな形になったが熊の背中に張り付いていたから至近距離での自爆。というか至近距離じゃなきゃ威力が極端に低くなるんだろうけど。

 

それは兎も角……窓から見える空は暗い。となれば今は夜か?と言うか……アレからどうなったんだ?荀彧や一刀達は無事なのか?

誰かから話を聞かなきゃ状況もわからん。

 

 

「あ、あんた……」

「ん……」

 

 

ボケッと窓から空を見ていたが部屋の入り口付近から声が聞こえて首を動かしてそちらを見ると荀彧が驚愕の表情で俺を見ていた。手には竹簡が……仕事中だったのかな?

 

 

「おはよう……って言うべきか?」

「…………馬鹿」

 

 

俺の言葉に毒舌を吐きながら寝台近くの椅子に座る荀彧。

 

 

「どこまで覚えてるの?」

「んー……自爆技を使って体力ギリギリの所に荀彧の一撃を食らって……荀彧の方に倒れた所までは」

 

 

荀彧の質問に答える俺。先程よりも思考がクリアになったからなのか鮮明に思い出してきた。

 

 

「その後、アンタは私を押し倒すように倒れてきたわ……汚れちゃったじゃない」

「そりゃ……悪かった」

 

 

荀彧は椅子に座ったまま俯いていて表情を伺う事が出来ない。やっぱ怒ってるかな?

 

 

「アンタは……三日も寝てたのよ」

「え……マジかよ」

 

 

荀彧は俯いたまま口を開く。前回は一日寝てたが今回は三日。余程の状態だったのか?

 

 

「あの後、大変だったんだからね。熊はあの状態から起き上がって逃げるわ、アンタを運びたかったのに凪は腰を抜かしたままだったし、真桜は泣き続けて使い物になら無かったから」

「あー……そう」

 

 

え……あの熊、アレで仕留められなかったのかよ。それに真桜も泣き続けてって……

 

 

「アンタが呑気に寝てる間に色々と動きがあったわ……」

「いや、少なくとも呑気では無かったんだが……」

 

 

嫌な夢も見ちまったからな……

その後、荀彧から聞いた話では黄巾は更に勢力拡大をしていたらしいのだが突如、勢いが落ち始めた。

なんでも呂布が出陣して黄巾の本隊を叩いたらしい。曰く呂布一人に対して三万の軍勢だと。ホンマかいな。しかも呂布が勝ったらしい。

流石はこの世界だ。色々とぶっとんでやがる。

他にも春蘭が孫策に借りを作ったとか……この三日間で色々起こりすぎだろ。

本来はもっと時間を掛けた話の筈だけど……

 

 

「華琳様からのお達しよ。『秋月純一はそのまま傷を癒す事に集中する事。五右衛門風呂みたいな物の案があるなら随時、設計図を書き上げて提出なさい。』以上よ」

「え……傷を癒す事に……って警備隊の仕事が……」

 

 

荀彧の言葉に起き上がろうとしたが肩を押されて寝台に戻される。

 

 

「私に押さえつけられる位に弱ってる奴が何言ってんのよ。とにかく寝てなさい馬鹿」

「………わかったよ」

 

 

確かに荀彧に押さえつけられる程度で大した抵抗が出来ない状態で警備隊の仕事は無理か。

 

 

 

「じゃ……私は行くから」

「ありゃま……行っちゃうんだ」

 

 

荀彧は竹簡を持つと扉の方へと行ってしまう。

 

 

「仕事の途中で少し様子を見に来ただけだもの……」

「そっか……呼び止めて悪かったな」

 

 

思えば荀彧は大将の言葉を伝えに来ただけなんだろうな。じゃなきゃ俺の見舞いに荀彧が来るとは思えないし。

 

 

「……………」

「荀彧?」

 

 

 

荀彧は扉に手を掛けただけで部屋から出ていこうとはしていない。どうしたんだ?

 

 

「………なんでも……ないわよ」

「え、あ……荀彧!?」

 

 

 

不安気で……それでいて何かを聞きたそうにしている荀彧の表情。どうしたのか聞こうとしたら荀彧は部屋を出ていってしまう。あの顔は気にかかるな……

 

俺が目覚めたと聞いた一刀達が見舞いに来てくれた。

真桜は俺を見るなり抱き付いてきた。見舞いに来てくれた事は嬉しかった。そして真桜が抱き付いてきた際に押し付けられた胸が超柔らかかった。

因みに一刀達の話だと荀彧が一番見舞いに来てくれていたらしい。荀彧は俺に仕事を回す為だと言っていたらしいが。

それを教えてくれた大将や秋蘭のニヤニヤした顔が印象的だった。




『ウルトラダイナマイト』
ウルトラマンタロウの必殺技の一つ。自身のパワーを高めた後に相手に抱きついて自爆する技。威力が高すぎる故に一度の使用で自身の寿命を削る荒業。
因みに破壊力はウルトラマンタロウの持つ技の中でも二番目に高い。


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第二十九話

 

 

 

意識は取り戻したが仕事に戻れない。なんせ、あれから二日は過ぎたが未だに寝台で寝ているのだ。

と言うのも起き上がろうものなら一刀を筆頭に真桜、凪、沙和が「無茶はいけない」と止めに来るのだ。

春蘭や季衣は多少の運動は必要だとフル装備で鍛練に誘ってくるが秋蘭や栄華に止められていた。正直助かりました。

 

華侖や香風は暇を見つけては会いに来てくれる。まあ、オヤツの時間が主なのだが。

大将は来る時間がいつもバラバラだ。なんやかんやと見舞いに来てくれるのは嬉しいが、いい加減自由が欲しい。あ、駄目ですかそうですか。

因みにだが暇潰しにと囲碁や将棋をしたのだが完膚なきまでに叩き潰されました。勝てるとは思っちゃいなかったが泣きたくなった。

 

あれから荀彧は一度も来てない。なんとなく荀彧の最後の顔が気になってはいるのだが部屋から出るのも禁止されてるのでは荀彧に会うなど到底無理だった。

 

 

そして次の日、俺は自由を得た!

既に歩ける位にまで回復したのだからお願いしますと大将に頼み込んだらOKを貰った。ただし完全回復まで新技開発禁止と天の国の物を作る事の二つを命じられた。しかし……新技開発は兎も角、天の国の物を作る方は既に目処が立っている。

と言うのも数日寝たきりだった俺は「車椅子があればなぁ」と何度となく思っていたのだ。そして大将から天の国の物を作れと言われればコレしかあるまい。

車椅子を作れれば医療関係の話にもなる。前回の五右衛門風呂同様に即座に設計図を書き始めた。

 

以前、テレビで見たのだが車椅子の歴史はかなり古くなんと最初の車椅子の資料が出てくるのは紀元前五百年のギリシャだ。まあ、当時は車椅子ではなく車輪の着いたベッドで最初は車椅子ではなく、移動式ベッドとして作られていたらしい。

その後に出てくる最古の車椅子の使用者はなんと諸葛亮孔明なのだ。つまりはこの時代発祥の物と言える…………今思ったけどコレ出しても大丈夫なのだろうか?五右衛門風呂は兎も角、これから孔明が作り出そうとしている物を先んじて出してしまう。

なんか歴史を大幅に変えてしまいそうな気が……とは言っても有名武将の殆どが女性の段階で歴史は狂ってる気がするが。

それは頭の片隅に追いやるとして……用途を絞り、大まかな説明と設計図を書いた物を真桜に渡しておいた。これで数日後には車椅子も出来るだろう。

 

仕事を終えた俺は城壁の上へと来ていた。風が気持ちいいし、見張らしもよい。ここで煙草を吸うのは俺のお気に入りだ。

ここ暫く、煙管ばかり吸ってたから久しぶりにマルボロ吸うか。

 

 

「ん……荀彧?」

「………」

 

 

俺が煙草を口に咥えると荀彧が来た。俺はそれに構わずに火を灯したのだが荀彧は珍しく嫌がらなかった。

 

 

「…………煙草、嫌いなんじゃなかったっけ?」

「嫌いよ。それを吸うアンタもね」

 

 

今日も荀彧は切れ味抜群だった。この間の表情は俺の見間違いか?暫し無言が続いたが荀彧が口を開いた。

 

 

「今日……北郷と凪が黄巾の連絡網を捕らえたわ。紙にこれから黄巾党が集まる場所や時間が指定されていたわ」

「マジか」

 

 

荀彧の言葉に驚かされた。つまり黄巾党の根城の場所が判明したって事だろ。一刀に凪よ大功績じゃねーか。

 

 

「近日中に魏は黄巾党に総攻撃を仕掛けるわ。ただし……」

「ただし……?」

 

 

荀彧はハァと溜め息を吐くと俺を指差した。

 

 

「華琳様からはアンタを戦場に出すなと言われたわ」

「うわーい。ここにきて仲間はずれ?やっぱ理由は俺が倒れたからか?」

 

 

なんとなく……予想はしていた事態が来た。一刀は前戦には出ないしどちらかと言えば軍師タイプだ。対して俺はどちらかと言えば直接戦うタイプ。そんな俺が気が枯渇してマトモに戦えないなら当然の結果だな。

 

 

「それもあるけど今回は華侖と香風も連れていくそうよ。普段は守りにしている子だけど今回は戦場に行くのよ。つまり華琳様はアンタにこの街の守護を命じたのよ」

「なるほど……今回はお留守番って事ね」

 

 

これで漸く話が繋がった。俺の体が治っても新技開発させなかったのは俺が駄目になると本来連れていく予定だった華侖達を残さざるを得ない。ならば俺の行動を禁止して守り役に徹しさせる為って訳か。

一刀は天の御遣いとしての役割もあるから連れていくだろうし……となれば俺が残るべきか。

 

 

「華琳様からの命なんだからしっかりしなさいよ。じゃあね」

「はーいはいっと。そっちも気を付けてな」

 

 

俺が考え事をしていると荀彧はさっさっと行ってしまう。やっぱ煙草の臭いは嫌ですか。俺は荀彧の背を見送りながらこの後の事を思う。

 

 

「これで黄巾が終わるとしたら……次は董卓か」

 

 

次に起こるであろう動乱に、俺はボンヤリと空に消えていく紫煙を見つめていた。

 

そして大将達が出陣して黄巾党は壊滅した。他の勢力も居たらしく劉備や孫策も居たのだろう。どんな人達だったのか気になるなぁ。

因みに俺はと言えばわりかし暇だった。他国が攻めてくるという事態はなく、盗人が出てそれを捕まえる程度のものだ。

仮に他国が攻めてくる事態になったら俺はまた自爆技でもして戦わなきゃか?そうなったらウルトラファイティングボンバーで……止めた。鳩尾に一発良いのを貰って昏倒する未来しか見えなかった……

まあ、ともあれ……黄巾党が無くなって、これでめでたしめでたしかと思っていたのだが。

 

 

「天和でーす」

「地和よ」

「人和です」 

「純一さん、この子等をアイドルにするように華琳に頼まれたんで俺がマネージャーするからプロデューサーをお願いします」

 

 

一刀がやたらと可愛い女の子三人を連れてきた。いやアイドルってどうしろと……って言うか黄巾党滅ぼしに行ってたんじゃなかったのか?色々と説明プリーズ。




『ウルトラファイティングボンバー』

ドラゴンボールZ、リクームの必殺技。全身にエネルギーを溜め、周囲に強大な爆発を起こす……らしいのだが技名を叫んでる途中で悟空の一撃を食らい技は不発に終わった。


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第三十話

 

 

 

 

正直驚かされた。これが素直な感想だ。

今の世を騒がせていた黄巾党の首領があの三姉妹だったとは。

 

長女の張角が天和。次女の張宝が地和。末っ子の張梁が人和。確かに可愛いがこの三人で大陸を揺るがせた暴動が起きたのか……詳細を聞けばこの三人の『人を集める力』に目を着けた大将は三人を生かす代わりに名を捨てさせ、自身に尽くせと取引を持ちかけ、末っ子の人和がそれを承認した。しかし大将は三人の今後を一刀に丸投げしたのだ。そして俺にもお鉢が来たって訳か。

まあ、今日の所は単なる顔見せだけだったが後日、仕事の話をしなければならない。

さて、今俺が何をしてるかと言えば厨房で料理を作っていた。黄巾党壊滅に至っての宴会をするというのだが、荷手解きや事後処理を考えると恐らく夜になる。

 

 

「……………」

 

 

ならば食事を先に食べさせ、夜に宴会にするのが一番かと思って一刀や凪達に作っていたのだ。

 

 

「………………」

 

 

俺は独り暮らしをしていたから料理の腕には自信がある。

 

 

「………………」

 

 

と言うかさっきから視線を感じる様な……

 

 

「………………お腹すいた」

「うおわっ!?」

 

 

気が付けば背後に人が居た。全く気が付かなかったんだけど!?

振り返るとそこには赤髪の女の子がこっちを見ていた。城の中じゃ見かけない子だな。

 

 

「…………」

「………腹減ってんのか?」

 

 

暫し無言で見つめあったのだが俺の炒飯の匂いに女の子の腹が『ぐぅ~』と鳴る。

 

 

「………食べるか?」

「…………っ!」

 

 

 

俺の問いに、こくこくと首を縦に降る。余程腹が減っていたのか四人前はある炒飯をパクパクと凄いスピードで食べていく。

ま、悪い子じゃなさそうだし、食べ終わったら話を聞いてみるか。

 

 

「秋月副長」

「ん、どうした?」

 

 

なんて幸せそうに炒飯を食べる子を見ていたら城の兵士が姿を現した。

 

 

「曹操様がお呼びです。謁見の間に来るようにとの事です」

「謁見の間に?わかった……えーっと……」

 

 

事を告げると兵士は行ってしまうが……この子どうしよう?俺が視線を向けると頭に?を浮かべて小首を傾げてるし。

 

 

「俺はもう行くけど食べてていいからな」

「…………ん」

 

 

俺は赤髪の子の頭を撫で、謁見の間に急いだ。

謁見の間に到着すると既に他の面子は招集をかけられたいた様で全員揃っていた。俺が最後か。なーんか皆、不機嫌そうだけど?

 

「華琳。今日は会議はしないはずじゃなかったのか?」

「私はする気はなかったわよ。貴方達も宴会をするつもりだったんでしょう?」

 

 

そう今日はお疲れ様って感じで解散したのに直ぐに集められたから皆が不満そうにしている。一刀の問いに答えた大将も不満気な顔だ。

 

 

「宴会……ダメなん?」

「バカを言いなさい。私だって春蘭や秋蘭とゆっくり閨で楽しむつもりだったわよ」

 

 

真桜の言葉にサラリと予定を話す大将。『流石、大将。そこに痺れる、憧れるぅ』と舌の先っぽまで出かかった冗談を引っ込めた。今、冗談を言ったら八つ当たりをされると感じたからだ。

 

 

「すまんな。疲れとるのに集めたりして。すぐ済ますから、堪忍してな」

 

 

と其処へ真桜と同じく関西弁の女性が謝罪しながら広間に現れる。サラシに袴って凄い格好だな。

 

 

「貴方が何進将軍の名代?」

「や、ウチやない。ウチは名代の副官の張遼や。よろしゅうな」

 

 

張遼ってまた有名なのが来たな……

 

 

「なんだ。将軍が直々にというのではないのか」

「アイツが外に出るわけないやろ。クソ十常侍どもの牽制で忙しいんやから」

 

 

春蘭の疑問に答える張遼。十常侍って確か三国志の中でも結構な悪役だったよな……うろ覚えだが十常侍の後に董卓の暴政だったかな?

 

 

「ほれ、陳宮。さっさと用件を済ませんかい」

「分かっているのです。でも……」

 

 

なんて、考え事をしていたら話が進んでいた。張遼が陳宮という少女に話を促すがなんとも歯切れが悪い。

 

 

「何か問題でも?」

「そ、それが…….呂布様が居ないのです」

 

 

大将が問い掛けると陳宮の口からとんでもないビッグネームが飛び出した。思えば張遼、陳宮と来ているのだから、その繋がりで呂布でも可笑しくはない。でも居ないってどういう事だ?

と思っていたら謁見の間の扉が開き始める。呂布のご登場か?

 

 

「……………」

「れ、恋殿ーっ!?」

 

 

何故か先程の赤髪の少女が来ていた。しかも炒飯を盛っていた皿を持って。いやいやいや、ちょっと待て。まさかあの子が呂布?全然、そんな風には見えなかったんだけど!?なんて思っていたら赤髪の少女は俺の所まで来て皿をスッと差し出した。ってあの炒飯は軽く四人前はあったのに全部食べたのか!?

 

 

「………ご馳走さまでした」

「………はい、お粗末さまでした」

 

 

俺は皿を受け取ったが皆の視線が痛い。

ついでを言えば俺の頭の中で『秋月アウトー!』っと妙に間の抜けたアナウンスが流れた気がした。

呂布はそんな空気をものともせず張遼と陳宮と共に並び立つ。

 

 

「曹操殿、こちらへ」

「はっ」

 

 

陳宮に促され、大将は呂布の下まで歩み寄ると、片膝を着いて頭を垂れた。あー……相手の方が地位が上なんだな。

 

「……………」

「えーっ呂布殿は『此度の黄巾党の討伐、大儀であった!』と仰せなのです!」

「……………は」

 

 

呂布は一切口を開いていないが陳宮が代弁をしている。大将はそのままの姿勢で返事をした。

その後も陳宮が呂布の代わりに大将に質問と非難を浴びせていた。その度に大将のこめかみがピクリと動いているのを見ると冷々するんだけど……

 

 

「『今日は貴公の功績を称え、西園八校尉が一人に任命するという陛下のお達しを伝えに来た』と仰せなのです!

「は。謹んでお受けいたします」

 

 

そして一通り、話が済むと大将に新たな地位が与えられた。

つーか、陳宮が代りに代弁してるが、ホントに呂布の言葉なのか正直疑問だ。呂布なんか明らかに、ものぐさな顔してるし。

 

 

「『これからも陛下のために働くように。では、用件だけではあるが、これで失礼させてもらう。』と仰せなのです!」

 

 

やっと終わった。帰り際に呂布がチラリと俺の方を見た気がしたけどなんだったんだろう?

しかし呂布達が帰ったけど場の空気は重たい。ふと気が付けば皆の視線は俺と一刀に。

『どうしましょう?』と一刀がアイコンタクトしてきたけど、『頼む』と俺は顎で大将を指した。一刀は諦めた様に大将に歩み寄る。

 

 

「なぁ、華琳……」

「話し掛けないでっ!」

 

 

謁見の間にビリビリと大将の声が響く。やっぱスゲー怒ってんな。

 

 

「ああ、もう……腹が立つわね……」

 

 

ヤベェよ大将の回りに『ゴゴゴッ』って文字が見える。その雰囲気に誰もが圧倒されていたのだが、ふと大将と目があった。大将の目はこう語っていた『一発殴らせろ』と。

俺は覚悟を決めて上着を脱ぐと一刀に預け大将の前に立つ。そして体に気を張り巡らせて構えをとった。

 

 

「呼っ!」

「はぁっ!」

 

 

俺の腹に大将の拳が突き刺さる……って超痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?

いや、気で体強化して三戦まで使ったのにダメージがデカ過ぎるんですけど!?

 

 

「ふぅ……少しは気が晴れたわ。皆、明日は二日酔いで遅れてきても目をつぶるわ。思い切り羽目を外しなさい。行くわよ春蘭、秋蘭」

「「御意!」」

 

 

予想外のダメージにその場に踞る俺を一瞥して大将と春蘭は行ってしまう。秋蘭だけは俺に合掌をしてくれたが。俺が呂布と会っていた為に待たせたとかを含めてもどんだけ怒ってたんだよ。

因みに次の日に『何故、呂布に食事を振る舞った』と大将に問われて正直に話したら、もう一発頂く羽目になった。




『三戦』

グラップラー刃牙で愚地独歩が使用した技。
空手道に古くから伝わる守りの型で呼吸のコントロールによって完成されるこの型は完全になされた時に、あらゆる打撃に耐えると言われる。


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第三十一話

 

 

 

 

 

俺と一刀は街の警備案について話をしていた。とは言っても以前、一刀が書いていた『割れ窓理論』が主なのだが。

 

話は盛り上がっていたのだが凪達が隊長室に来て昼の誘いに来てくれた。意外な事に三人の中で一番グルメなのは凪らしい。ただ好きな物を聞いたら、やたら辛いもののラインナップが多かったが。

まあ、部下からのお誘いは嬉しいもので俺と一刀は揃って昼飯に行く事にした。

凪の勧めで店を決めて注文を頼む。

 

 

「ウチは、麻婆豆腐と炒飯」

「沙和は麻婆茄子と炒飯と……後、餃子も食べるのー」

「麻婆豆腐、麻婆茄子、辣子鶏、回鍋肉、白いご飯で……全部大盛り、唐辛子ビタビタでお願いします」

「えっ!?」

「おいおい……」

 

 

真桜、沙和、凪の順番に注文したのだが凪の所で一刀は驚いて吹き出した。いや、俺も正直驚いて呆れたんだが。頼んだ料理が全部、唐辛子を使った物のオンパレードなのだから。しかも大盛り。

 

 

「あははは、沙和も初めて見た時は『そんなに食べて大丈夫?』って聞いちゃったもん」

「まあ、隊長と副長の気持ちもよう分かるけど、凪やったら大丈夫やで。行きつけの店じゃいつもやっとる事や」

「俺は麻婆豆腐、餃子、白いご飯で」

「あ、俺も白飯と餃子、焼売で」

 

 

俺達の会話に凪は恥ずかしそうに少し俯いていた。まあ女の子だろうがよく食べるのはよい事だ。そういや食べると言えばこの間の……

 

 

「そーいや、この間の副長には驚かされたわ。呂布将軍を餌付けしとったんやから」

「いや、餌付けって訳じゃなかったんだがな」

 

 

真桜の言葉は少し否定した。でも匂いに釣られて来た呂布も呂布だと思うが。

 

 

「でもまさか、あんなポヤンとした子が天下の飛将軍とは思わなかったですよ」

「確かにな。でもまあ……悪い子には見えなかったよ」

「あ、ふくちょーが飛将軍を狙ってたの」

 

 

一刀の言葉に同意した俺だが沙和が茶化してきたのでデコピンを一発。

 

 

「どっちかちゅーたら副長が料理できた方が意外や」

「此処に来る前は一人暮らししてたからな。料理は得意な方だ」

 

 

そろそろ日本食が恋しいしなんか作るか?なんて話している内に注文した料理が来た。様々な料理がテーブルの上に所狭しと置かれていく。

 

 

「おー美味しそうなの」

「せやな」

「ああ」

「それじゃ!」

「食べるかな」

 

 

五人で「いただきます」と言ってから食事開始。

 

 

 

「悪い、凪。酢醤油取ってくれんか?」

「もぐもぐ……んぐっ、ん……はい」

「へへっ。おーきに。副長、沙和、酢醤油いるやろ?」

 

 

真桜は凪から受け取った酢醤油を俺と沙和に渡そうとしている。気が利くな。

 

 

「ありがとう。真桜ちゃんにしては気が利くのー」

「いやな、その餃子、酢醤油つけて食ったら旨いやろなと思うてなぁ」

「もー。素直に頂戴って言えばいいのに。じゃあ、一個あげるの」

「おーきにな」

「凪ちゃんも食べるー?」

「……ん、食べる……」 

 

 

食事をしながら女の子同士でシェアするのは、この時代からなのかと思ってしまう光景だな。つーか凪の食事スピードが凄い早い。

 

 

「……隊長、それ何?」

「ん、麻婆丼だけど?」

 

 

真桜が一刀の食べていた物に気づき怪訝な視線を送ってる。

 

 

「麻婆丼?なんやのそれ?」

「名前通りだよ。丼に盛り付けた白飯に麻婆豆腐をぶっかけた丼物」

 

 

「はぁ!?麻婆豆腐を白ご飯にかけてるて……気持ち悪っ!」

「邪道だよ、邪道~変。なのー」

「もぐもぐ……むぅ……」

 

 

真桜と沙和は真っ向否定。凪は何も言いはしないが、嫌そうに眉を顰めていた。

 

 

「そうか。こっちには麻婆丼は無いんだな。天の世界じゃ当たり前だったんだけどな。食うの楽だし」 

「そーなん?ウチ等からしたら、抵抗あるわ…….」

 

 

三人は一刀の言葉に疑いを掛けている。俺等の常識は一部は完全に通じないんだよな、この世界。

 

 

「なら麻婆丼を食ってみたらどうだ?一刀、一口だけ食わせてみろよ」

「うーん……じゃ、一口だけ」

「隊長。失礼します」

「ん~……そんならウチも!」

 

 

俺の言葉に三人は一刀の丼から差し出した麻婆丼をレンゲで一口分だけ取って食べた。

 

 

「……どうだ?」

「うわわっ!?旨いで、コレ!」

「うん、おいしー。何コレ、びっくりー!」

「……意外」

 

 

一刀は不安そうに聞くが三人には大好評の様だ。

 

 

「白米と麻婆豆腐ってのは別個で食べても旨いし、丼にした時の相性もいい。ついでを言えば辛い麻婆豆腐もご飯と一緒にすると味がまろやかになって食べやすいときた」

「って言うか純一さんもナチュラルに俺の丼を食べさせないでくださいよ」

 

 

解説をする俺に一刀からのツッコミが入った。餃子と焼売を一個ずつやるから勘弁してくれ。

 

 

「今度、沙和もやってみるのー」

「こんな事やったら炒飯やのーて、ウチも白ご飯にしときゃ良かったなー」

「やってみよ」

 

 

凪は一刀同様に自分の白飯に麻婆豆腐をかけて同じように麻婆丼を作り、真桜は白飯を頼まなかった事を後悔していた。沙和は次来たときは麻婆豆腐と白飯は確定だな。

 

 

「真桜、白いご飯が良いなら俺のを食べるか?代わりに炒飯は貰うが」

「ええの!?するする交換するわ!」

 

 

俺の提案に真桜はバッと俺の白飯を取り上げると炒飯を渡してきた。どんだけ麻婆丼、気に入ったんだよ。

そんな時だった。パリンと皿の割れる乾いた音がした。振り返れば店の店主がプルプルと震えてこっちを見ている。

 

 

「あの……何か?」

「そ、それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

俺が何事かと訪ねたら店主は叫びながら厨房へと駆け込んだ。それと同時に何かを作る音がガシャガシャと聞こえてくる。

 

 

「アハハッ麻婆丼、作ってるんとちゃう?」

「……震えてたのは料理の閃きを得たからか」

 

 

つまりは麻婆丼に感涙して作ってみたくなったと。真桜は俺の白飯で麻婆丼食べてご満悦みたいだし。

 

 

「店主さん、最初から麻婆丼にするつもりなら餡を少し多目にして葱も多目にしてくれ」

「そ、そうか……餡を増やす事で白米と絡みやすくなり、葱を増やす事で豆腐と挽き肉以外の食感を増やす……アンタは神か!?」

 

 

少しアドバイスをしたら感激している店主は俺を『神』と呼び始めた。とんでもねぇ、アタシャ神様だよ…….ってか。とりあえず神様呼びは止めさせた。

その後、食事を済ませた俺達はそれぞれの仕事に戻る事にした。

 

 

「あー……ビールが飲みてぇ……」

 

 

俺は城に戻る最中、煙管に火を灯して食事中に思っていた事を口にした。だって餃子に焼売って完全にビール案件じゃん。現代の味とビールが恋しいわ。



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第三十二話

 

 

 

 

「ふ……はぁぁぁ……」

 

 

今日も朝から新技開発。と言うかやっと新技開発解禁となったので俺は鍛練場で気を練っていた。

今回、俺が試すのは、かめはめ波等の気功波ではない。

直接打撃、だが遠くの敵を見定めて放つ技。

 

 

「ふぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

体に張り巡らせた気を拳に集中させる。そして狙うべきは自身の足元。

 

 

「………はっ!」

 

 

俺は素早く片膝をつくと拳を地面に叩きつける。これぞシャフル同盟ブラックジョーカーの最終奥義!

 

 

「ガイアクラッシャー!!」

 

 

俺の拳から気が地面に向けて放たれる。これで……これで……あれ?

 

 

「…………失敗か」

 

 

確かに気は地面を伝って衝撃を生んだ。しかし『ポヒュッ』となんか気の抜けた音がしただけで終わり。本来なら岩山が出来る筈が単に地面を鍬で耕した程度の荒れ方にしかならなかった。

あー……これ、雨が降ったら泥濘になるな……

 

 

「ガイアクラッシャーが出来れば色々と使い道が増えたのになぁ……」

 

 

これじゃ畑を耕す為の技みたいだ。いや、これはこれで便利だとは思うが。

泣きたくなったが次の技にトライ。どっちがと言えば此方がメインだ。用意したのはなんの変哲もない槍。だがコレに気を通して相手に投げつけてはどうか?

そう、青タイツの憎めない兄貴の必殺の槍『ゲイ・ボルク』になるのではと考えたのだ。

 

 

「さて……上手くいくか……」

 

 

今までの経験上、上手くいくと思った物ほど失敗に終わっている……しかも気が枯渇したり、自身に大ダメージを負う結果が殆どなので希には成功させたいものだ。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

槍を持つと俺は槍に気を流し込む。すると槍に淡い光が灯り始める。これは俺の気が槍に籠り始めた証拠だ。

 

 

「狙うは……其処だ!」

 

 

俺は槍を逆手に構えて壁に備え、的へと狙いを定める。

 

 

「行くぞ……ゲイ……」

 

 

俺は槍に込めた気を最大限にして振りかぶった。

 

 

「ボルクッ!」

 

 

俺は叫びと共に槍を投げ放つ。今回は上手くいったのか、槍は光を発しながら的へと真っ直ぐに走っていく。これは……成功か!ってちょっとヤバい!?投げた的の近くに春蘭が歩いてる!鍛練に来てたのか……兎に角、其処に居たら危ない!と叫ぼうとしたのも束の間。

 

 

「ん……なんだ?」

「んなっ!?」

 

 

春蘭はまるで蚊でも追い払う様に俺のゲイ・ボルクを剣で叩き落とした。え、俺の必殺技は蚊と同レベルですか?

呆然としていた俺に春蘭は『あ、スマン。邪魔したか?』とか言ってくる始末。春蘭に取って今のは驚異でもなんでもなかったららしい。

 

 

俺の全身全霊を込めた技は魏の大剣様に到底足元にも及びませんでした。

因みに槍は粉々になった。槍に気を込めた段階で強度的に保たなかったらしい。

凪に話を聞いたら道具に気を込めるにはやはり適切な量を込めないと器の方が破壊されるとの事だ。

午後の仕事もあるのに俺は意気消沈するしかなかったよ……




『ガイアクラッシャー』
Gガンダムでアルゴ・ガルスキーが使用した技。地面に拳を打ちつけ、大地を隆起させる。
隆起した大地は巨大な針山のようになり、受けた相手はダメージと共に岩塊で機体が拘束される。


『ゲイ・ボルク』
Fateシリーズでランサー『クー・フーリン』の宝具。
魔槍の呪いを最大限開放して渾身の力で投擲する。


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第三十三話

 

 

 

◆◇とある兵士◆◇

 

 

私は最近、入隊したばかりの新兵だ。魏の兵士となった者はまず最初に北郷警備隊と言う街の警備部隊に入るのが決まりらしい。

 

配属されるのは楽進、李典、于禁のそれぞれが預かる小隊に配備され、街の見回りや三将の指導の下で隊列や武術の指南を受ける。

ここまでは良いのだが楽進小隊長達の上司に当たる方々が……なんとも不思議な方々だった。

それは大陸中の噂となり、曹操様の陣営に舞い降りた『天の御遣い』様だ。彼の名は『北郷一刀』と言い、真名は無いそうだ。警備隊の間では彼の総称を『隊長』と呼んでいる。

武力はないが人当たりが良く、警邏に出れば街の者は皆、隊長と話したがる。彼は自身の存在を鼻に掛ける事なく、自然体であるが故に民からも慕われている。

更に曹操様に召し抱えられている為に夏侯姉妹等の魏の重鎮にも変わらぬ態度を取っている。彼は大物とも言えるがうつけとも言える。それでいて隊長は曹操様や夏侯姉妹に気に入られて……その男女の関係に近いと聞く。その快挙を称えて皆は口々に『魏の種馬』と呼んでいたりする。

 

更にわからないのが警備隊の副長である『秋月純一』だ。

彼は隊長と同郷らしく隊長と親しい。更に軍師の荀彧様の家で兵法を学び、気を扱う強者らしい。

彼もまた気さくで柔軟な思考の持ち主らしく隊長と同様に街に出ると良く民と話をしていた。その事を副長に訪ねたら『人の話を聞くのが街の様子を知る事にもなる。見るだけじゃ伝わらない物もあるのさ』と言っていた。この人は隊長と同じなのだと深く思った。

更にこの人は天の国の物を次々と作り出している。と言うのも副長が創案を出し、李典小隊長が一部の兵を伴って作り上げる。その一部の兵もカラクリ好きな者を集めて作った『北郷警備隊カラクリ同好会』と言うらしく、なんと国から予算が出ているそうだ。

この予算を『魏の金庫番』と恐れられている曹洪様から取ってきたのだと言うから警備隊の隊員は副長の偉業を奇跡と話していた。

余談だが曹洪様からの交換条件で于禁小隊長と提携して天の国の服の作り上げる『北郷警備隊お洒落同好会』をも立ち上げた。これには曹操様も一枚噛んでいるらしく、考えた案を街の服屋に委託しているそうだ。

この間、作った試作を一緒に見せて貰ったのだが……確か『冥土服』とか言っていた。名前の割りには可愛い服だった。

 

 

そして何よりも皆が副長を凄いと思ったのは男だと言うだけで罵倒を浴びせる様な荀彧様が副長の前だと少々、様子が変わる。李典小隊長もいつもは明るい方なのだが副長と一緒に居る時は年相応の少女の顔だ。

魏の重鎮を落としていく隊長と副長に我々は『魏の種馬兄弟』と呼んでいた。隊長が弟で副長が兄らしいが。

 

 

さて長々と考えてしまったが、そろそろ警邏に……

 

 

 

「いくぞ!超級覇王電え……って痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「じゅ、純兄ーっ!?」

 

 

また、副長が新技開発で何かをしてしまったらしい。曹仁様の悲鳴も聞こえたが、一緒に居たのだろう。

私は近くに居た同僚と少し笑うと声が聞こえた鍛練場の方へと走り出したのだった。




『超級覇王電影弾』

Gガンダムで東方不敗が使用した技。
荒ぶる鷹のポーズのような構えをとった後、頭から体当たりを仕掛ける。 頭部以外の部分が、渦巻状の光弾に包まれていて敵陣に突撃した後に『爆発っ!』の掛け声と共に100体近いMSを一瞬で破壊し尽くした。


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第三十四話

 

 

 

 

「あー……死ぬかと思った」

「いや、むしろ良く無事でしたね」

 

 

超級覇王電影弾の失敗をやらかした俺は一刀ととある場所へと向かっていた。しかしまあ、今回の失敗は特に酷かった。なんせ体に螺旋状の気を纏わせようかと気のコントロールをしたら失敗して体が気で捻られた。人間を直接雑巾絞りしたらこうなるよね、的な感じに。しかも、そのまま体勢を崩して顔面から地面に激突。俺の新技開発に興味をもって見学に来ていた華侖も慌ててたし。やっぱ素人が真似しちゃアカン技やね。

 

 

「さて……一刀はもう三姉妹には会ったんだろ。事務所まで貸したとか聞いたけど?」

「あ、はい。純一さんの事も伝えてあります」

 

 

俺が未だに違和感の残る首をゴキッと鳴らしながら聞くと一刀も教えてくれた。そう今日は黄巾の首謀者でもあった張三姉妹と仕事の打ち合わせだ。と言っても調整役や三姉妹の面倒は一刀が担当で俺は予算やライブのアイディアを出す役なのだが。

 

 

と言うわけで張三姉妹の事務所に来たのだが……

 

 

「あー……暇~……」

「もう、なんで私達が待たされなきゃならないのよ」

「仕事なんだからちゃんとして二人とも。もうすぐ来る筈だから」

 

 

 

事務所の扉を開けたらダラけてる天和、待たされてる事にイラつく地和、姉二人とは違って真面目に対応をしている人和と揃っていた。

 

 

 

「一刀、コイツ等の予算は九割カット。ストリートミュージシャンからスタートさせろ」

「気持ちはわかりますけど落ち着いて。この子等、いつも大体こんな感じですから」

 

 

三姉妹の態度に俺はストリートミュージシャンからスタートさせた方が良いと思った。コイツ等ハングリー精神の欠片も無いぞ。

 

 

「あー、もう遅いよ一刀!」

「ちぃを待たせるなんて良い度胸ね」

「お待ちしておりました一刀さん。貴方が予算や案を出してくださる秋月さんですね」

「ああ。前は自己紹介と挨拶しか出来てなかったな。一応、キミ達の予算を国から預かる形になった秋月純一だ」

 

 

 

真っ先に一刀に抱きつく天和、文句をぶつける地和、一刀への挨拶もそこそこに俺に挨拶をしてくる人和。マジでコイツ等をアイドルにしろってか?今の所、人和しか評価できねーよ。

 

 

「なによ、その顔。ちぃ達じゃ不満だっての?」

「不満つーか不安なんだよ」

 

 

地和が俺の表情から何を考えているか察したようだが若干違う。一刀は良い子達と言っていたが俺には果てなく不安が募るばかりだ。

 

 

「ごめんなさい。姉達は歌や踊りには熱心なんですが……」

「お願いします純一さん」

 

 

人和と一刀が真っ先に頭を下げに来た。慣れてる辺り、普段から振り回されてるな二人とも。

 

 

 

「はぁ……まあ今回は顔合わせみたいなもんだし……人和、今後の営業と予算の話をしたいけど良いか?」

「勿論、喜んで」

 

 

 

天和と地和は一刀に任せて俺は人和と簡単ながら打ち合わせを始めた。村で行う営業と予算決め。更に演出やステージの割り振りなどを決めていた。

とりあえず現代のアイドルがしていそうな事を教えると人和は可能な範囲でそれを取り入れていた。吸収力半端無いんだけど、この子……。あれだな兄弟とかで上がダメだと下の子が良くなる的な……

ともあれ、今日の所はこんなもんだな。低予算で組んでライブの結果次第で今後の予算が変わる仕組みだ。

むしろ俺がでしゃばるよりも一刀に任せた方が良さそうだ。

一刀にもある程度任せて、困ったら相談しろとも言っておいたし。

 

その後、天和、地和、人和に見送られて事務所を後にした俺と一刀。意外だったのは天和がライブの話をした時に目を輝かせて、やる気を出した事だった。最後にはちゃんと頭を下げてきたし。まあ、今後もヨロシクってね。

 

一刀は城に戻るが俺は外食してから帰る事にした。適当な店で食事をすませた後に城に帰ろうと思ったのだが、その帰り道で呼び止められた。

 

 

「そこのお若いの……お主も複雑怪奇な運命に翻弄されておるな。御遣い殿も大層、深い運命に晒されていたが主も同様じゃ」

「………えーっと占い師さん?」

 

 

ローブを被って顔が伺えないけど声からして恐らく老婆。その人に突然声をかけられ………と言うか占われた。複雑怪奇な運命って……あんまり良い内容じゃなさそうだし。

 

 

「川の流れは変えられぬ、変えてはならぬ。石を投じれば波紋が広がる。塞き止めれば川は朽ちる。道を増やせば枝分かれをして大河となる。されど大筋は残る、その道を変えてはならぬ。……大局には逆らうな。逆らえば身の破滅となろう」

「色々と難しいな。でも、占いありがとさん」

 

 

正直ちんぷんかんぷんです。まあ、占いは占いだし深くは考えないようにしよ。俺は占い師の婆さんに占い代を払うと煙管に火を灯して城へ帰る事にした。

 

 

「大局には逆らうな……か」

 

 

その部分だけが妙に印象に残ったが……考えてもしゃーないわな。俺は消えていく紫煙と共にその考えを忘れる事にした。

 



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第三十五話

 

 

 

先日の占いが妙に気になる気もしたが占いは占い。深く考えてもしゃーないと思い仕事に打ち込むこと、数日。

俺は新たな技を会得する為の動作を体に再確認していた。以前、失敗したゲイ・ボルク……更に上をいこうじゃないか。

 

 

「……………はっ!」

 

 

俺は体中の気を両腕に回す。そして真桜に作ってもらったレプリカ剣に気を通す。今回は頑丈に作ってもらった物なので壊れる心配もない。名付けて『エクスカリバーモドキ』

 

 

「………束ねるは星の息吹」

 

 

俺はエクスカリバーモドキを正面に構えるとターゲットとなる的を見据える。因みに真桜やカラクリ同好会による鍛練場の壁の補強工事は既に完了している。毎回、壊すくらいなら金を掛けて頑丈にしといた方が良いからね。

 

 

「………輝ける命の奔流」

 

 

と言う訳で今回は遠慮なしにぶっぱなす!俺は両手に構えたエクスカリバーモドキを振りかぶり、気を最大にする。

 

 

「受けるが良い、エクス……」

 

 

そう、解き放つのは『 約束された勝利の剣』

 

 

「ちょっと、純一?」

「カリ……ばぁっ!?」

 

 

危なっ!集中してた所に足払い掛けられて顔から地面にダイブ。超痛い、妙な声出しちゃったよ!鼻が痛い!鼻を押さえながら立ち上がり振り返れば大将が居た。一刀、秋蘭、季衣に……後の三人は誰だ?

ボブカットの可愛い子にボーイッシュな感じの子。それに頭に大きめなリボンを着けた子だ。城じゃ見ない子達だな?

 

 

「大将……そちらの子達は?」

「私は顔良。袁本初様の使いで来ました」

「アタイは文醜だ!」

「私は……典韋です」

 

 

顔良、文醜、典韋ってまた有名所だな。自己紹介の中にもあったけど顔良と文醜って言ったら袁紹の二枚看板だったな。典韋って魏の武将の名前の筈。最早……女の子なのが当たり前だな、この世界。思わず三人の顔を見詰めたら大将が呆れた風に口を開く。

 

 

「あら、早くも品定めかしら純一?一刀もだけどアナタも手が早いものね」

「悪質なデマを広めるな。ああ、逃げないで……って言うか引かないで」

 

 

大将の発言に顔良、文醜、典韋がサッと一歩引いた。泣くぞ、コラ。つーか、さっき打った鼻の奥が痛い。あ、鼻血が……

 

 

「どうだか、鼻血なんか出してイヤらしい」

「スゴいや、この人。数秒前の自分の行動忘れてるよ」

 

 

俺は鼻を押さえながら大将にツッコミを入れる。

 

 

「んで、その袁紹殿の使いが何故、城に?」

「それをこれから聞くのよ。でも貴方には頼みたい事があるの」

 

 

袁紹はこの大陸でも名家の筈。その人物が自身の二枚看板を派遣してでも伝える事って、どんだけ重要事項なんだろう?

でも大将は俺には別の仕事を与えるッポイな。

 

 

「この二人の戦いの見届け役よ」

「ごめん、せめて説明して」

 

 

大将はズイッと季衣と典韋の背を押して俺の前に出す。いや、子供の喧嘩に介入しろと?

んで、事情を聴いたら更に頭が痛くなりそうだった。

季衣は『良い仕事に着けたよ。一緒に働こうよ。お城に来てね』的な手紙を典韋に書いた。しかし典韋は季衣のお馬鹿ぶりを知っていたので大きな建物を城と勘違いしたと判断した。そして街に来た典韋だが季衣は見付からない。仕方ないので街の料理屋で働く傍ら、季衣を探していた典韋だが本日、季衣が顔良達を連れて店に現れる。そこで互いに連絡の仕方が悪いと口喧嘩からマジ喧嘩に発展。

店の中で大喧嘩を始めた二人だが顔良と文醜の手によって喧嘩は一時中断したが蟠りを残すくらいなら思い切り、やりなさいと大将が提案。

 

 

「で……二人がやり過ぎないように見張ってろと?」

「そうね。後は怪我をした時の応急措置くらいは任せるわ」

 

 

やれやれ。まあ、子供の喧嘩くらい……いや、ちょっと待て。季衣はあれでも魏の武将として恥じないくらいの力を持っている。それに喧嘩をしようという典韋も同じくらいに強い筈。それを俺一人で万が一の時には止めろってか。

ヤバい……なんか死亡フラグだ。こんな宇宙の戦闘民族みたいな子供二人を止めるって無理じゃね?

 

 

「がるるるる……」

「ううぅぅぅ……」

 

 

互いに睨みあってる季衣と典韋。視線で火花が散ってるよ。

そのまま大将達は行ってしまう。顔良だけは『失礼します』と頭を下げてくれた。めっちゃ良い子だよ。

 

 

「さて……」

 

 

俺は未だに睨みあってるチビッ子二人に視線を移す。下手に止めるよりも、やりあわせる方が良いのは俺も賛成するけど。

 

 

「はぁ~……真桜とカラクリ同好会にも声掛けて……場所は近場の森な。後、街の人が近づかない様に見張り要員も確保しといて」

「了解です」

 

 

俺は近くに居た警備隊の隊員に指示を出す。隊員が素早く動いてくれる。俺は季衣と典韋の間に入る。

 

 

「はい、ブレイクブレイク」

「純一さん」

 

 

互いに睨みあっていた二人は俺という介入者が出た為に一瞬、張り詰めた空気が緩んだ。俺は季衣の頭を撫でた。

 

 

「此処じゃ被害が出るから外に行こうな。典韋もそれで良いよな?」

「は、はい」

 

 

俺は典韋の頭にポンと手を置く。少し戸惑った様子だけど典韋も納得してくれたみたいだった。

さて、お子様二人のデスマッチ観戦と行くか。

 

 

 




『エクスカリバー.約束された勝利の剣』

Fate/stay nightのセイバー『アルトリア・ペンドラゴン』が持つ剣であり、その代名詞とも言える宝具。聖剣というカテゴリーの中において頂点に立つ最強の聖剣。
歴代サーヴァントの宝具の中でもトップクラスの破壊力を持つ。


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第三十六話

 

 

 

 

さて、チビッ子二人を連れて近場の森へ来たのは良いのだが……

 

 

「季衣の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「流琉のわからず屋ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

可愛らしい声とは裏腹に土地破壊を続けるチビッ子二人に俺は煙管を吸っていた。轟音と共に森の形が変わっていく。

なんか、森をテーマにした映画でこんなシーンあった気がする。

ある程度距離を取った位置で見ているのだが二人の武器が武器だから稀に此処まで届くから怖い。

 

二人の武器はぶっちゃけガンダムハンマーと巨大なヨーヨーなのだが二人の気質が出てるな。

季衣のハンマーは真っ直ぐ飛ぶタイプ。野球で言えばストレートだ。

対する典韋のヨーヨーは多少の軌道の変化が見える。野球で言えば変化球って所か。

 

 

「副長!お二人の戦いの被害が甚大です!」

「折れた木とかは回収して城に運んどいて薪と工事用の材木にするから」

 

 

同行してもらったカラクリ同好会の面々に指示を出す。連れてきて正解だった。彼等には破壊された木を運んで貰ったり、街の人が森に近づかない様にして貰ったりと働いてもらっていた。

 

 

「ふ、副長……さっきから超怖いんやけど……」

「耐えろ。俺達が居なくなったら更に被害が出る」

 

 

真桜が俺に若干怯えた様子で話しかけてくる。いや、俺だって怖いちゅーねん。

 

 

「まあ、油断しなければ……危なっ!?」

「副長、自分で油断しなければって言っといて、それは……うひゃあ!?」

 

 

危ねぇ!ハンマーとヨーヨーが交互に襲ってきやがった。少し戦いから視線を外したらコレかよ。

 

 

「も、もう……いやや……何回目か分からへんで」

「もう少ししたら大将達の話も終わるだろうから、もう少しの辛抱だ」

 

 

そう。今のが始めての危険というわけではなく今まで幾度となく危険に晒されていたのだ。かと言って警備隊の隊員を前に出したら間違いなく、ぶっ飛ばされる。故に俺と真桜が他の隊員よりも前に出なければならないのだ。

って言ってる側からハンマーとヨーヨーが同時に……同時!?

ヤバい流石に同時にこっちに飛んでくるのは今まで無かった。俺は真桜を後ろから庇うように抱き止めると右手に気を集中する。

 

 

「ひゃ……ふ、副長っ!?」

「ハアッ!」

 

 

真桜が驚いて妙な声を出したが俺は気にせずハンマーを気で強化した手で弾き返す。弾き返したハンマーは、そのままヨーヨーとぶつかって俺達の位置からは反れた。二人は未だに白熱しているのか、そのまま戦いを続行していた。息も上がってきてるし、そろそろお仕舞いか?

つーか、今のかなり上手くいったな。気で強化して手のひらに気を放つ形が一番良いのか?

今の感じもフェニックスウイングみたいな感じだったし。これならベルリンの赤い雨とかも使えるかも。

 

 

「どう?調子は」

「おお大将。見ての通りだ」

 

 

なんて考え事をしていたら大将が来た。一刀や荀彧も来ていた。あれ、荀彧が超睨んでるんだけど。

 

 

「見ての通りねぇ……アナタが真桜の胸を揉んでいる様にしか見えないわよ」

「え……あ……」

 

 

大将の言葉に状況整理。俺は先程、真桜を庇った際に胸を鷲掴みしていた。現在、左手が凄い幸せになってる。

 

 

「いつまで揉んでるのよ!」

「って!?」

 

 

荀彧の背後からの蹴りに俺は真桜から手を離してしまう。

 

 

「巨乳!?やっぱり巨乳なの!?」

「痛たたたたたたっ!?」

 

 

荀彧はそのまま俺にストンピングを浴びせる。痛てぇ、妙に的確に打ってくるんだけどコイツっ!?

 

 

「やるなら徹底的にやれか……ホントに全力でやっていたのか」

「その方が遺恨が残らないもの。可愛いものだわ」

 

 

いや、お前達も無視してんなよ!?いつの間にそんなスルースキルを身に付けた!

 

 

「い、いややわ副長……揉みたいんなら言ってくれれば……」

「………………」 

「痛だだだだだっ!?」

 

 

恥じらいながらもそんな事を言ってくる真桜。その言葉に反応してか荀彧の蹴りの威力がアップした。ちょっと待ったマジで痛いって!

疲れたのか荀彧の蹴りが止むとチビッ子二人の戦いも終わりに近付いた様だ。

 

 

「……流琉、お腹すいた」

「……作ってあげるから、降参しなさい」

 

 

仲が良いのか悪いのかわからん会話だな。俺は立ち上がると埃を叩いて払う。

 

 

「やだ……流琉をぶっ飛ばして、作らせるんだから!」

「言ったわね……なら、季衣を泣かして、ごめんなさいって言わせるんだから!」

 

 

あ、第二ラウンド開始の予感。ゴング鳴らしたいな。

 

 

「ちょりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

再び飛び交うハンマーとヨーヨー。まだ、やる気らしいな……あ、木の破片が……こっちに……

 

 

「荀彧、危ないぞ少し下がってろ」

「え、ひゃあ!?」

 

 

さっきの要領で飛んできた木の破片を打ち払う。なるほどコレは便利だ。

 

 

「あ、ありが……っふん」

「そこまで言ったんなら最後まで言ってくれよ」

 

 

助けられた事に礼を言い掛けた荀彧だが途中で止めて、そっぽを向く。礼を言うにしてもちゃんと顔を見なさいっての。

なんて荀彧と話をしていたら色々と状況が終わっていた。大将と一刀の話も終われば、チビッ子二人の戦いも終わった様だ。二人揃って倒れてる。

 

 

「…………きゅう」

「………うみゅぅ」

「やれやれ。向こうも終わったようね」

 

 

チビッ子二人の状況と俺達を見て大将が話を切り出す。って事は俺の方も見て放置してやがったな。

 

 

「……ゴメンね、流琉。ボク、流琉と早く一緒に戦いたかったから……手紙、きちんと書けてなかったんだよね」

「いいよ。私も季衣と早く働きたかったから……州牧さまの所で将軍をやってたのは、びっくりしたけどね」

 

 

なんか川原で殴りあった不良の仲直りシーンを見てる気分だ。

 

 

「じゃあ、ご飯……作ってくれる?」

「うん。一緒に食べよ」

「ようやく決着が着いたようね。二人とも」

 

 

話が纏まった所で大将が一歩前に出る。大将が典韋を立たせると話を切り出した。

 

 

「もう一度誘わせてもらうわ。季衣と共に、私に力を貸してくれるかしら?料理人ではなく、一人の武人……武将として」

「わかりました。季衣にも会えたし……季衣がこんなに元気に働いている所なら、私も頑張れます」

 

 

話を聞いてはいたが大将は元々、典韋を料理人として誘っていたらしい。だが典韋は季衣との事があって断っていたらしいが。

 

 

「ならば私を華琳と呼ぶ事を許しましょう。季衣、この間の約束。確かに果たしたわよ?」

「はい、ありがとうございますっ!」

「約束?」

 

 

季衣と大将の約束。話の流れからすると典韋を城に招くって所か。

 

 

「ふぅー……やれやれだ。あ、城に戻ったら五右衛門風呂、沸かしといて。あのチビッ子達も入るだろうし」

「了解です」

 

 

俺はそれを遠目に見ながら煙管を吸う。警備隊の隊員に先に指示を出しといた。戦いまくって汗だくだし泥だらけになってるから、風呂にも入りたいだろう。それに……

 

 

「薪は大量に生産されたからな……」

 

 

俺は破壊し尽くされた森の惨状を見て呟いた。木は折れ、岩は破壊され、近くに居た猪が数匹仕留められていた。

とりあえず折れた木は材木に。仕留められていた猪は城で出す食材行きだな。当分、どちらにも困ることはないだろう。薪の方は生木なので当分、乾かしてからだけど大量確保には違いない。

 

 

「副長、あのお二人に任せれば猪狩りが楽になるのでは?」

「この国から猪がいなくなるから止めとけ」

 

 

隊員の一人がそんな事を言ってくるが国中の猪の全てを狩りかねない。

とりあえず城に戻ってから顔良と文醜が話していた袁紹の使いの話を聞かないとか。

そういや、顔良って可愛かったな……って荀彧。俺は何も口にしてないんだから無言で足を踏むな。

 




『フェニックスウイング』
ダイの大冒険のラスボス、大魔王バーンが真の肉体に戻った時に使える防御技。魔法力を弾く衝撃波を伴った超高速の掌撃を放つ。その衝撃波によって並みの攻撃とあらゆる魔法は弾かれる。


『ベルリンの赤い雨』
キン肉マンの超人ブロッケンJr.の技。ナイフの如く鋭い手刀で相手を切り裂く技。その傷口から吹き出した血がまさに雨のように降り注ぐことからその名がついたとされる。


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第三十七話

 

 

 

顔良と文醜からもたらされた袁紹の話とは反董卓連合の話だった。

 

『董卓の暴政に、都の民は嘆き、恨みの声は天高くまで届いている』と言うことで皆で董卓を倒そうと声を挙げたらしい。その連合には袁紹を筆頭に袁術、公孫賛、馬騰等の三国志の有名な武将の大半が名を連ねていた。恐らくだが劉備もいるんだろうな。

 

だけど、反董卓連合なんて名ばかりの物で実際の所は董卓が権力の中枢を握った事への袁紹の腹いせらしい。しかも文醜はそれを否定しなかったとか。

要は統制の取れていない都の文官がやりたい放題にしている事を、董卓の所為にして滅ぼして更なる権力増大をする為なのだろう。なんとも頭の痛くなる話だが、この世界は少なくともそんな世界なんだよな……俺や一刀の居た平和な時代とは違うんだから。

 

そして大将はこの連合に参加を決めた。下手に逆らって波に飲まれるよりも波の先に立って波の頂にいたいと思ったとの事だ。つまりは混乱が起こるのを外から見るより、内側からしっかり見届け、確実に収めたいって事なんだろう。

 

だが正直、気乗りはしない。話を聞く限りでは俺の知る歴史とは既に大きく違ってきてる。本来の歴史なら董卓は暴政を確かにしていたのだが、この世界の董卓は寧ろ状況を良くしようとしていたのだ。それを袁紹はコレ幸いと攻める事にした。正しいことをしようとした結果がコレだ。

大将に言わせれば隙を見せる方が悪いとの事だが……

まあ、ともあれ反董卓連合には俺や一刀も行く事になった。天の御遣いを広める為と俺達に諸侯の皆を見させる為とか。

 

まあ、そんな訳で戦場に行く事ともなれば戦わねばならない事態に陥るかもしれない。毎回、自爆する訳にもいかないので新技開発だ。

何気なく行った事だったが拳に気を纏わせて戦うやり方もありだと思った。なんせ季衣のガンダムハンマーを弾く事に成功したのだから。

 

凪の話では俺は極端な才能らしい。と言うのも気の放出や武具に気を纏わせる等本来は達人の領域らしい。だが気を手のひらに集中させたりするのは寧ろ基本型なのだが何故か俺は不得手なのだ。要は順序がバラバラなのだ。

アレだ、スーパーサイヤ人になれるのに空を飛べない的な。

それを嘆けばどうにかなる訳ではないので対策は必要だ。その対策の一環が『武器』になるだろう。

武器の使用で技の範囲や戦いかたの幅も広がるが……普段から気を使った技ばかりなので今一武器を使う感覚になれない。レプリカ剣や兵士の使う槍などは使用したが本格的には使ってない。

だったら、いっその事、凪みたいに籠手とかにするか?

真桜に頼んで鉤爪とか収納式のを作ってもらうか。そうすればベアークローからのスクリュードライバーを放てる筈だ。でも全体力使った技を回避されてトドメを刺されるのは嫌だな。

まあ、ベアークロー無しでもマッハ・パルバライザーとかもあるけど……前回失敗した超級覇王電影弾の二の舞にならないように気を付けよう。

 

 

 

因にだが凪の話では気は二種類存在して『内気功』と『外気功』に分かれる。

内気功とは自分で練り上げた気を使う事で外気功とは自分以外の気を吸収して使用する事らしい。ただし外気功を使えるのはそれこそ五十年は修行した者が使う技らしく凪にも使えないそうだ。コレを聞いた俺は『元気玉』を試す事を諦めた。

 

 





『ベアークロー』
ウォーズマンの手の甲に収納されている鉤爪。武器ではなく、あくまでウォーズマンの体の一部の認識。

『スクリュードライバー』
ウォーズマンの代名詞とも言える技の一つ。
片手のベアークローを突き出し、錐揉み回転しながら相手に突っ込み刺し貫く。この技で数々の超人たちを再起不能にし、ラーメンマンにもトラウマや後遺症を植え付けた。

『二刀流ベアー・クロー』
七人の悪魔超人編でバッファローマンに放った起死回生の一撃。普段は片手だけで使用するベアー・クローを両手から出し(100万+100万で200万)、トップロープから普段の2倍のジャンプを行い(200万×2で400万)、さらに3倍の回転を加えることにより(400万×3で1200万)、一時的に超人強度1200万パワー相当の威力を発揮したスクリュー・ドライバー。その際、全身が発光して「光の矢」となる。
この計算式はウォーズマン理論と呼ばれる。

『マッハ・パルバライザー』
両手を合わせ全身をドリル状に錐揉み回転させて相手を穿つ突進技。鉄柱を軽く砕く程の威力を持つ。
キン肉マン二世でクロエ(ウォーズマン)が弟子のケビンマスクにベアークローを使用しないスクリュードライバー『マッハ・パルバライザー』を伝授した。

『元気玉』
ドラゴンボールで悟空が界王から学んだ技の一つ。両手を上げ、自然からエネルギーを少しずつ集めて球体を作り、それを投げつける技。 集める量によっては小惑星程のサイズも作成可能。


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第三十八話

 

 

 

「なんで……こんな事になってんのよ?」

「うん。俺にも予想外だった」

「それだけ秋月さんの案が素晴らしかったのでしょう。あ、コレも可愛い……」

 

 

城に届けられた大量の衣装に俺や荀彧は少々あきれて、栄華はルンルンと服を選んでいた。

さて、何故こうなったかと言えば以前、俺が案を出した服のデザインや小物の意見を服屋の店主に伝えた事から始まる。この時は沙和の意見として『街の経済が回れば賑やかになる』との事で俺は手始めとして未来の知識の服の委託を考えた。その結果、店主の頭に稲妻が走ったらしく思い付くままに様々な服を作り上げたのだと言う。

少し前に様子を見に行った時にはメイド服が既にあった事に驚きと喜びを感じたものだ。

 

それは兎も角、店主は素晴らしい意見を出してくれた礼として作った服を大量に持ってきたのだ。大将に話を通したのでそろそろ来る頃だが……

 

 

「うわっ、凄い量」

「コレ全部がそうなの?大したものだわ」

 

 

一刀と一緒に来た大将。微笑ましいですよ覇王様と言いそうになったが止めとこう。荀彧と大将のツープラトンを食らいそうだ。

 

 

「これ……全部女物なの?」

「いんや。服屋の店主には色んな意見を伝えただけでな。でも少し見た感じだと男物と女物で半々だな」

 

 

女物は明るい色が多いから、そっちに目が行きがちになるが中にはしっかりと男物の服が入ってる。

 

 

「へぇ……確かに色々とありますね。あ、トレンチコートまで」

「え、マジで?着てみるか」

 

 

一刀の持っていたトレンチコートを受け取ると袖を通す。なんか普通に着心地良いんだけど。現代のアイディアをアッサリと作り上げるとは恐るべし。

 

 

「似合いますね純一さん」

「まあ、元々冬場には、よく着てたからな」

 

 

スーツの上から羽織るには丁度良いんだよな。これは嬉しいかも。

 

 

「それで中折れ帽子でも被ったら刑事か探偵ですね。ハードボイルドみたい」

「トレンチコートに中折れ帽子って銭形かよ。後、俺は探偵ならスカルが好きだ」

 

 

ハードボイルドって格好いいよね。俺だとハーフボイルドだけど。

 

 

「それでパードボイルド、これは何?」

「なんで教えてもいない天の国の言葉を出した?それは作務衣だな」

 

 

荀彧の言葉にツッコミを入れる。誰がパーだコンチクショウ。的確な言葉を作りおって。

 

 

「作務衣?」

「それも天の国の服なのかしら?」

 

 

栄華や大将も気になった様だ。荀彧が手にした作務衣に興味津々といったご様子。

 

 

「作務衣ってのは……天の国のくつろぎ服みたいなもんかな。パジャマ……寝巻きに使う人も多いし。元々は禅宗の僧侶が日々の雑事を行うときに着る衣らしいが」

「浴衣とか甚平とかと同じですよね」

 

 

俺も元々は作務衣はパジャマに使う事が多かった。これも丁度良いし、俺の普段着としてしまうか?

 

 

「天の国の服も色々とあるのですね……」

「純一さんのアイディアの伝え方が上手いのか……この国の職人が凄いのか……」

 

 

栄華と一刀は他の服も見ている。確かに服屋の店主、凄いよな。ざっくりとした説明と俺の描いた下手な絵でここまでのクオリティの高さを求めるとは。ん、これは……

 

 

「これなんか荀彧に似合いそうだな」

「あら、良い感性ね純一。確かに似合いそうだわ」

 

 

俺は荀彧に見えないように大将側に服を持っていく。大将もその服を見てすぐに頷いた。すると即座に荀彧が反応を示す。

 

 

「秋月の事だからイヤらしい服なんでしょ?」

「その論法だと大将の感性もイヤらしいがな」

 

 

荀彧の言葉に思わず反論したが大将って割とオープンにスケベだよな。『大将のオシオキ=イヤらしい事』的な計算式ができてるし。

まあ、でもこの服は普通の服だが荀彧には似合うと思う。

 

 

「ふむ……桂花。私は純一の感性を信じて服や小物の案を出させたわ。貴女はそれを否定するのかしら」

「い、いえ……その様な事は……」

 

 

あからさまなドS顔の大将が荀彧を追い詰めて壁にトンと手を着いた。壁に追い詰められた荀彧は少し怯えた様な反応をしたが、その表情は愉悦に歪んでる。あ、こらアカンわ。

 

 

「取り込みになるなら失礼するか。行くぞ一刀、栄華」

「え、あ、はい」

「は、はひ!」

「あら、見ていかないの?」

 

俺は大将と荀彧の世界に見入っていた一刀と栄華に声を掛けて部屋を後にしようとする。しかし大将に呼び止められた。

 

 

「見たいのは山々だが見たらエラい事になりそうだからな。ま、ごゆっくり」

 

 

荀彧の乱れる姿はヒジョーに気になるが見たらリアルに殺されかねん。それにこれ以上、荀彧に罵倒されるネタを増やすのもな。

 

 

「つー訳なんで失礼するよ」

「そう……貴方の好きになさい」

 

 

俺の言葉に大将はツマらなそうにしていた。あれ、俺は選択肢を間違えたか?しかしこれ以上此処に居ると大将の機嫌を損ねかねないし、俺は一刀と栄華を連れて部屋を出る事にした。連合の準備もしなきゃだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………何よ……馬鹿……」

 

部屋を出た時に僅かに聞こえた荀彧の声は何を意味したのだろうか。気にはなるが今さらあの部屋には戻れないなぁ……



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第三十九話

 

 

 

俺達は大将の号令の下、軍を率いて都を目指していた。反董卓連合の集まりの為だ。魏を出てから数日になるようだが目的地近辺までは来ているがまだ先のようだ。

 

 

「んー。集合場所まで結構あるなぁ……」

「これでも近い方よ。西方の馬騰などは、この何倍もの距離を、私たちよりはるかに迅く駆け抜けるというわ」

 

 

俺の耳には一刀と大将の会話が聞こえる。

 

 

「西方の人達は騎馬の民だからだろ……生まれてすぐに馬に乗る人達と一緒にされても困るよ」

「相変わらず、変な所にだけは詳しいのね」

「とは言っても必要な知識だろう?」

「荷物は黙ってなさい」

「あ、はい」

 

 

一刀と大将の会話に参加しようとしたら荀彧に睨まれて黙る俺。今現在、俺は縄でグルグル巻きにされて馬車の荷物と一緒に運ばれている。

何故、こんな事になったかと言えば反董卓連合に出発する日に新技開発をしたのだ。

 

 

『行くぞペガサス流星……ぎゃぁぁぁぁぁっ!腕が!?』

『ふ、副長ーっ!?』

 

 

なんか右腕の筋肉がつった。寝てる時に足がつったみたいに凄い張ってる感じ!たまたま近くにいた新兵に心配されたが続いて第二弾!右腕が痛いので左腕でトライ。

 

 

『獣王会心げ……痛だだだっ!捻れる!?』

『副長、もう止めてください!?』

 

 

とまあ、技を見よう見まねで撃とうとしたら腕の筋肉がエラい事になった。しかも気が枯渇して気絶。しかしその日の内に出発予定だったので俺は気絶したまま馬車の荷台に縛られた状態で輸送されたのだ。

そして先ほど、目を覚ましたけど出発する前に騒がせた罰として未だに縛られたままだった。

しかもお目付け役として荀彧が俺の隣に座っているのだ。この間の一件から妙にギロッと睨まれる事が多くなった。泣ける。

 

 

「だらしないよ、兄ちゃん」

「そうですよ、兄様」

 

 

季衣と流琉のチビッ子コンビが一刀を嗜める。因みに流琉はこの間から一刀を『兄様』と呼んでいた。流琉にそう呼ばれた一刀の頬が緩んだのを俺は見逃さなかったよ。

そして俺の事を『オジ様』と呼ぼうとした流琉。俺は思わず流琉を『クラリス』と呼ぼうとしたがギリギリで踏みとどまった。それを言ったら『オジ様』呼びを認めた事になりかねない。

とりあえずは季衣と同じ様に呼ぶようにと頼んどいた。

 

 

 

「華琳様、袁紹の陣地が見えました!他の旗も多く見えます!」

「こりゃ……凄いな」

 

 

荀彧の言葉に俺は縄で縛られたままの体を起こして陣地を見る。と……陣地からこっちに人が来た。あの子は……顔良だったな。文醜はいないみたいだが……

 

 

「曹操様!ようこそいらっしゃいました!」

「顔良か、久しいわね。文醜は元気?」

「はい。元気すぎるくらいですよ。って……なんで秋月さんは縛られてるんですか?」

「ちょーっと仕事でミスっちゃってね」

 

 

顔良が縛られてる俺に気づく。うん、気配りの出来る子だね。アハハと乾いた笑みを浮かべたが話は続く。

 

 

「で、私たちはどこに陣を張れば良いかしら?案内してちょうだい」

「了解です。それから曹操様、麗羽様がすぐに軍議を開くとのことですので、本陣までおいで頂けますか?」

「わかったわ。凪、沙和、真桜。顔良の指示に従って陣を構築しておきなさい。それから桂花は、何処の諸侯が来ているのかを早急に調べておいて」

 

 

顔良との挨拶もそこそこに大将は指示を出す。いや、俺は?

 

 

「私は麗羽の所に行ってくるわ。春蘭、秋蘭、それから一刀は私に付いてきなさい。純一は此処で凪達の監督を命ずるわ」

「りょーかい……って縄を……」

 

 

大将はそのまま一刀を連れて行ってしまう。いや、俺の拘束を解いてから行けや!

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ありがと」

 

 

見かねた顔良が縄を解いてくれた。うぅ……優しさが身に染みる。と言うか顔良さんが俺の縄を解く為に急接近。

これはヤバい!自然と顔良さんが俺を見上げる形になるので上目使いっぽい。

可愛いなぁと思ってたら背中に衝撃が。振り返ると荀彧が俺の背中を蹴っていた。

 

 

「………仕事しなさいよ」

「あ、はい……んじゃ顔良さん。凪達に指示を頼みます」

「そ、そうですね。どうぞ此方へ」

 

 

妙なプレッシャーを放つ荀彧。これは下手に逆らうより従った方が良いな。顔良さんもそれを察したのかそそくさと行動開始。

なーんか、この間から本当に機嫌悪いな荀彧。ま、考えても仕方ないか。今は仕事しよ。

 

そう思った俺は顔良さんの指示のもと陣営設置に勤しんだ。時おり、妙に荀彧に睨まれた気がしたが……




『ペガサス流星拳』
聖闘士星矢の主人公の必殺技。秒間数百発の音速の拳の連打。 

『獣王痛恨撃/獣王会心撃』
ダイの大冒険に登場するクロコダインの必殺技。腕に闘気を集中させ、前方に闘気の渦を放つ。
ダイ達の仲間になった時、バダックの勧めにより獣王痛恨撃から獣王会心撃と改名。 


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第四十話

 

 

 

荀彧に睨まれながらも陣営設置完了。他の陣営も気になるがサボると荀彧が怒るから抜け出さないが今、この場には三国志の英雄が勢揃いしてる様な状況なのだ。

劉備、孫策、袁紹、袁術、公孫瓚……他にもまだまだ居るんだろうけど。

後、気になってたのは今のところ、有名武将は皆女性だから全員が女性なのでは?と考えていた。

荀彧に初めて会った時にも聞いたが有名武将は皆女性と言っていたから間違ってはいないのだろう。

あれ、それでいくと董卓も女性なのだろうか?調べてもらったけど董卓の容姿の情報ってあまり無かったんだよな。

それに写真も無い時代だ。容姿等も人づてで聞くしかない訳で天和……張角の時もあり得ない絵姿が伝わってたし。

 

まあ、都に行けば全部分かるよな。つーか、これから汜水関を攻めに行くんだよな……呂布とか出てきたら最悪やん。

とまあ悩んでいたのだがそんな間にも事態は進む訳で俺達の目の前には汜水関が聳え立っていた。

 

 

「アレが汜水関……」

「デケーな。今からアレを落とせってか」

 

 

巨大な砦を一刀と俺は見ていた。簡単に落とせと言われて落ちるもんでもなかろうに袁紹も無理を言う。そもそも作戦が『優雅に華麗に前進』って。ドラクエのコマンド並みに簡単な指示だろ。そんな事言われたら仲間も混乱するわ。セルフメダパニか。

 

 

「始まりましたね。でも……本当に見ているだけでいいのでしょうか?」

「いいんだってさ。指示あるまで戦闘態勢のまま待機って、華琳の命令だしな」

「まあ、今んところはこっちが有利みたいやし、大丈夫やろな……」

 

 

心配そうな凪に大将の指示待ちな一刀。真桜も一応は事態を見ている。

俺は先鋒として前に出ている劉備と孫策を見ていた。遠目だからしっかりとは見えないがフォルムや髪の長さからいって、やはり女性みたいだ。

煙管の煙をプカプカと空に漂わせて汜水関を見ていたのだが此処まで届く怒号が聞こえてきた。

 

「聞けぃ!董卓軍の将兵達よ!わが名は関雲長!大徳、劉備様が一の刃である!其方の将は関に篭りきりでよほど武に自信がないと見えるな!!違うというのであれば出て来い!!この青龍堰月刀の錆にしてくれるわ!」

 

 

遠くてよく見えんが黒髪のポニーテールが見えた。あれが関羽か?

 

 

「なんか汜水関が騒がしくなったのー」

「恐らく華雄が挑発に乗って打って出ようとしているのを仲間が止めている……と言う所だろう」

 

 

沙和の呟きに凪が答えた。なるほど武人の誇りがあるからこそ、あの挑発に乗ってしまったって所か。でも出てきてない辺り、なんとか抑えられてるんだろう。

 

 

「汜水関守将、華雄に告げる!我が母、孫堅に破られた貴様が、再び我らの前に立ちはだかってくれるとは有り難し!その頸を貰うにいかほどの難儀があろう?無いな。稲を刈るぐらいに容易いことだろう!どうした華雄。反論は無いのか?それとも江東の虎、孫堅に破られたことがよほど怖かったのか?それほどの臆病者、戦場に居て何になる?さっさと尻尾を巻いて逃げるが良い……ではさらばだ、負け犬華雄殿!」

 

 

今度は孫策と思わしき桃色の髪をした女性が汜水関に向かって叫んでいる。なるほど過去に因縁があった相手なのか。三国志のいつ頃の話か分からんからコメントしづらいが、やはり効く挑発なのだろう。

汜水関の上から華雄と思わしき声が聞こえる。それに加えて華雄を止めようとする仲間の声も。

その後も武人の誇りやなんやと関羽や周囲に居た武将が叫ぶが汜水関は開かない。なんとも我慢強い人たちだ。ふむ……だったら……

 

 

 

「と言う訳で汜水関まで行ってこようと思うんだが」

「何が『と言う訳』なのよ」

 

 

大将に話を持っていったら荀彧に睨まれた。だって、あのままじゃ汜水関、落とせそうにないし。

 

 

「なら純一、貴方なら開けられるとでも?」

「確証はないけど……天の国の武将がやった事を試してみたいと思って……どうでしょう?」

 

 

大将の質問に『天の国』のフレーズを交えて話す。これなら乗ってくれるか?

 

 

「………いいでしょう、試してきなさい。ただし無事に帰ってくる事と彼処には他の陣営も居るのだから粗相の無い様にね」

「りょーかい。さて、準備準備。流琉、ちょっと手伝って」

 

 

大将の許可も得たし早速行こう。押して駄目なら引いてみろ。引いて駄目なら押してみろってね。

流琉に準備を手伝ってもらった俺は少々重い荷物を背負って汜水関に向かっていた。因みに大将からは軍を動かす訳にはいかないから行くなら一人で行きなさいと言われた為に一人で向かっている。

真桜や華侖等の一部の人間は一緒に行くと言ってくれたが俺が大将に無理を言ったのだ、その責任を背負わせる訳にはいかん。

さて汜水関の前まで来たが未だに動きはない。武将の挑発と汜水関から聞こえる女性の怒りの声ばかりが響いていた。

 

 

「こりゃー……長引きそうだな」

「そうね。それで貴方は何者?」

 

 

俺の一人言に返事が返ってきた。振り返れば桃色の髪をした女性が俺の後ろに立っていた。この人が孫策……ヤバい超美人だよ。

 

 

「あ……と。俺は許昌の警備隊副長、秋月純一。手伝える事があればと陣営から抜け出してきました」

「ふーん……許昌は曹操の所よね?汜水関の動きがない事に関しての視察と牽制。後は他の陣営の観察……って所かしら?」

 

 

おおぅ……アッサリと見抜かれた。まあ、観察っても俺の個人的な興味によるものなんだが、なんで分かったんですか……あ、勘ですか。やっぱ凄ぇよ英雄。此方の予想を遥かに越えた答えが返ってきた。

 

 

「まあ、手伝ってくれるのは助かるわね。あの通り、華雄にしては我慢強く堪えてるから」

「はぁ……まあ俺も確証はないんですけどね」

 

 

なんか孫策さんの目が俺が何をするのか楽しみって視線になってる。さて、どうするか。

 

 

「なんかこう……簡単に出てこさせる方法って無い?」

「うーん……さっきみたいに挑発するのもいいけど……例えば相手より自分が勝ってる部分を思いっきり馬鹿にするとか?」

 

 

準備を始めた俺に話しかける孫策さん。俺は準備を進めつつも答えた。口喧嘩とかだとそれが一番効くからね。

 

 

「そっか……なら……」

 

 

孫策さんは少し前に出るとスゥと息を吸った。何を叫ぶ気なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華雄のひーんにゅうぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 

 

ひーんにゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……

 

 

んにゅうぅぅぅぅぅぅぅぅ……

 

 

にゅうぅぅぅぅぅぅぅぅ……

 

 

うぅぅぅぅぅぅぅぅ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場が静かになった。時が止まったかと思う程に静かだ。孫策さんの叫びだけが山彦みたいに響く。

だが次の瞬間。

 

 

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁっ!殺す、アイツだけは絶対に殺す!!」

「落ち着いてください華雄将軍!?」

「おい、縄かなんか持ってこい!将軍が限界だ!」

 

 

 

なんか思った以上に効果が出た。汜水関から華雄の声が聞こえる。多分、部下の声かな……必死に華雄を引き留めてる感じだ。

汜水関は開かなかったが孫策さんは爆笑してる。

いや、つーか孫策さん?俺この後、自分の陣営に戻るの怖いんですけど。

魏の陣営に視線移したら、なんかヤバいオーラ出てるし。主に大将と荀彧だな、あのオーラの発信源は。『貧乳』のフレーズに反応しそうなの、あの二人だし。

はぁ……陣営に戻ったら味方に殺されるかも俺……



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第四十一話

 

 

 

ヤバい……今の俺の素直な感想だ。先程の孫策さんの『貧乳』宣言から味方の陣営のみならず他の陣営からも怒りのオーラが見てとれる。他の陣営にもいたのね貧乳を気にしてる子。

 

 

「あっはっはっ……あー、スーっとした」

「貴女の気晴らしにはなったんでしょうが俺は味方の陣営に戻るのが怖いのですが」

 

 

ケラケラと笑う孫策さん。俺は貴女のせいで味方に殺されかれないのですが。まあ、愚痴っても仕方ないので本来やる筈だった事の準備を進めていると汜水関の前に居た武将がこっちに来た。

 

 

「孫策殿、先程の叫びは何なのですか?」

「面白かったのだー!」

「あら、関羽、張飛」

 

 

関羽と張飛!?三国志の最大ビッグネームの関羽と会えるとは……どんな人……え?

 

 

「ま……愛美?」

「はい?」

 

 

俺は吸っていた煙管を落としてしまう。なんで愛美が……いや、違う。アイツが此処に居る訳がない。凄いポカンとした顔してるし。でもマジで似てる。

 

 

「あ、いや……申し訳ない人違いだった。俺の知っている人に凄く似ていたから見間違えた、すまない」

「そうでしたか。勘違いをさせてスミマセン。我が名は関羽と申します」

 

 

俺と黒髪の少女は互いに頭を下げた。やっぱりこの子が関羽なのか。向こうも名乗ってくれたし俺も名乗ろうと口を開いた、その時だった。

 

 

「それでオジちゃんは誰なのだー?」

「ぐはっ!?」

 

 

共に来ていた少女。恐らく張飛は俺をストレートに『オジちゃん』と呼んだ。無垢で残酷な一言に俺は吐血しそうになった。そしてその場に倒れ混む。

 

 

「オジちゃんどうしたのだー?」

「……ぐふっ」

 

 

倒れた俺に追い討ちを掛けた張飛。ふ、ふふ……言葉のみで俺を倒すとは流石は三国志の英雄の一人。

 

 

「こら、鈴々!申し訳ありません!」

「にゃー、痛いのだ!」

 

 

張飛の頭を掴み頭を下げさせる関羽。苦労してるね姉上様。

俺は口元の血を拭う仕草をしながら立ち上がる。

 

 

「いや、構わないよ」

「まあまあ、あの子くらいの歳なら誰もオジさんに見えちゃうって」

 

 

関羽に謝られて、張飛にオジさんと呼ばれて、孫策さんに慰められて。何この状況?

 

 

「改めて自己紹介させてもらうよ、俺は秋月純一。許昌の警備隊の副長だ」

「改めて関羽です」

「張飛なのだー」

 

 

改めて自己紹介。やっぱりこの子等が関羽と張飛か。しかしまあ、見知らぬ子供に『オジちゃん』って呼ばれた時の『あ、ヤバい年取った』感は半端無い。地味に大ダメージ受けたよ。

 

 

「さて、準備してた鉄板の設置も済んだし始めるか」

「何をする気なの?」

 

 

興味津々と覗き込んでくる孫策さん。

 

 

「孫策さん、お酒は好き?」

「人生の伴侶とさえ思っているわ」

 

 

ふむ、此方は問題なし。

 

 

「関羽、張飛。食べ物の好き嫌いは?」

「ないのだー!」

「私も特にありませんが……秋月殿、何をお考えなのですか?」

 

 

こっちも問題はないな。ならば試してみよう。

 

 

「うん、では説明しよう。華雄達を汜水関から引っ張り出す為に今から此処で簡単な宴会をします」

「「「はい?」」」

 

 

三人の声が重なった。まあ、そうなるわな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程、設置した鉄板を火で熱して熱々にする。その上に様々な野菜や肉などを乗せて炒める。更に炒めた具材に麺を合わせ、酒を振り掛けるとジュワーと良い音と香りが辺りに立ち込める。

 

 

「凄いわねー、炒め物?天の国の料理?」

「お腹すいたのだー!」

「……………」

「これは天の国の料理でね。『焼きそば』って言うんだ。はいはい、すぐ出来るよ」

 

 

俺達は汜水関から少し離れた位置に簡易設置した席で鉄板を囲んでいた。俺の作る焼きそばに興味を示しつつ酒を飲む孫策さん。ヨダレをダラダラと垂らす張飛。俺を少々、疑わしい目で見ている関羽。

つーか孫策さん、アンタの飲んでる酒は料理用に持ってきた奴なんですが。

 

程よく炒めたら特製の塩ダレを混ぜ合わせる。因みにこの塩ダレは俺が現代でも作っていた物で大抵の料理に合う物となっている。だがこの時代において『塩』は貴重なものであり、俺がこの塩ダレを作ったら『無駄使いをするな馬鹿!』と荀彧と栄華に怒鳴られたが、後々この焼きそばを振る舞う予定なので、その時に味に驚くが良いわ。

なんて思っていると塩ダレが麺や具材と絡み合い熱で素晴らしい香りを放つ。

うおっ、張飛のヨダレが滝みたいになってる。早く食べさせてやるか。仕上げに刻みネギを炒め合わせて、ネギ油を少々かければ完成。

 

 

「これぞ『ネギ塩焼そば』だ。さ、御上がりよ」

「「いっただきまーす!」」

 

 

俺が皿に盛ると孫策さんと張飛は迷わずに食べ始めた。いや、俺が言うのもなんだが少しは疑いなさいっての。

特に孫策さん、アンタは王様なんだから。って言っても多分……『大丈夫よ。え、理由?勘よ、勘』とか言いそうだが。

張飛は張飛で凄いスピードで平らげてるし。

 

 

「秋月殿……これが策なのですか?」

「一応ね。散々、侮辱された上に自分達が守る砦の前で宴会なんかされたら怒り心頭だろ?」

 

 

この策は天の国の武将……って言うよりは漫画の『花の慶次』にならっての行動なのだが黙ってよ。

 

 

「んー、美味しいー。お酒も進むわ」

「はむっ、はぐっ……おかわりなのだ!」

「孫策さん、一応は作戦での宴会なんだから酒は程々にしてくれ。張飛はもう少し落ち着いて食え」

 

 

まったく落ち着かないな…………なんか、ごくナチュラルに給仕をさせられてるが今、抗議してもムダだな。

関羽は関羽でタメ息吐いてるし……でも、その仕草がまんま愛美で俺の心境はちっとばかし複雑だ。関羽にも焼きそばをよそって渡そうかな、なんて思っていたら汜水関の扉が開いた。え、作戦成功?

 

 

「孫策ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!今すぐその頸を落としてやる!美味そうな匂いを汜水関まで流しおって!!」

 

 

華雄とその部下が汜水関から出て突進してきた。積年の怨みと食べ物の恨みがかなり混じった叫びだったが……

 

 

「さてと……作戦も上手くいったし、良いお酒も飲めたから気分が良いわ」

「お腹いっぱいになったから負けないのだ!」

 

 

ゾクッとした。俺の背後で孫策さんと張飛が立ち上がって武器を手にしたのだが、その瞬間空気が変わった。

先程までの和な雰囲気から武人のそれに。こんなに早く切り替えが出来るものなのか。

 

 

「秋月、貴方は退きなさい。元々、此処は私や関羽達が任された関所だし、手伝ってもらった借りは必ず返すから」

「そうだな……俺は下がらせて貰おうか……」

 

 

予想外にも作戦が上手く行きすぎた。此処は元々、孫策さんや関羽が任された場所。それに俺は手伝いで来た程度だし、何より戦闘になったら俺は足手まといだな。

 

 

「おっと、逃がすと思うてか」

「げ、もう来た!?」

 

 

すたこらさっさっと下がろうかと思ったら、目の前には強面のオッサンが。いや、来るの早すぎね?まだ華雄ですら孫策さんの所に辿り着いて無いってのに。

 

 

「我が名は胡軫!我等の武と誇りを汚した貴様を許さん!」

「え、俺?」

 

 

胡軫って言えば確か、三国志で華雄と同等の将軍だった筈、なんでそんなのに目を付けられ……

俺はチラリと視線を孫策さんに移す。そこには一騎討ち中の孫策さんと華雄。更に反対側では関羽と張飛が華雄の部下達と戦っていた。あ、これ詰んだわ。俺にしか目がいかないパターンですね!

 

 

「死に行き、地獄に行ったならば閻魔に我が名を伝えよ。貴様を殺した男の名をなっ!」

 

 

胡軫は手にした巨大な棍を俺に突きつける。

え、マジで俺が戦うの?



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第四十二話

 

 

あー……やべぇ……どうしよう?

皆様、三国志の武将を前にやるべきコマンドを教えてください。

 

 

▶『たたかう』

  『どうぐ』

  『はなす』

  『にげる』

 

 

どれを選んでもアカン気がする。つーか、このオッサンも見逃す気無しって目をしてるし。

少なくとも俺の実力で敵う相手じゃないのは確かだ。だったら不意を突いて逃げるしかない。そう思った俺は即座に行動に出る事にした。指先に気を集中して……

 

 

「どどんっ!」

「むっ!?」

 

 

俺の放った『どどん波』に驚いた様子の胡軫。顔を狙ったので避ける筈。その隙に逃げ……あれ?なんか避ける仕草しないんだけど……それどころか息を吸って……ってまさか!?

 

 

「かぁっ!!」

「嘘っ!?」

 

 

信じられない事に胡軫は俺のどどん波を気合いでかき消した。マジかよ……そりゃ世界最高の殺し屋も狼狽えるわ、こんなん見たら。

 

 

「ほほぅ……気の使い手とは珍しい。だが、まだ不馴れの様だな」

 

 

いや、今の一撃で察しすぎだろ。だが多少は警戒してるのか距離を開けたままなのは嬉しい。ヒュンヒュンと棍を振り回す様は正に三国志の武将だ。正直怖いが今、背を見せたら確実に襲われる。

 

 

「逃げんのか?まあ、逃がす気もないがな」

「どんだけ、やる気なんだよ……ったく」

 

 

逃げられないと悟った俺は胡軫を正面に見据えると構えた。

 

 

「……屁のツッパリはいらんのですよ」

「ほう、言葉の意味はわからんが大した自信だな」

 

 

この人、俺や一刀と同じで現代から来たんじゃなかろうな?さっきから返しが上手いんだけど偶然?

 

 

「この胡軫の一撃に耐えられるかなっ!」

「げ、速っ!?」

 

 

振り回していた棍の勢いをそのままに俺に突進してくる胡軫。どうする回避?いや、絶対に間に合わない!

 

 

「かあっ!!」

「硬度10ダイヤモンドパ……グウッ!?」

 

 

避けられないと思った俺は体に気を通して身体強化でガードした。上手い事、左腕でガード出来たけど超痛い……痛くて吐きそうになってきた。これ腕、折れてんじゃね……

 

 

「ほう……よくぞ防いだな。だが、二度目があると思うなよ?」

「二度も……食らいたく……ねーよ……」

 

 

左腕を押さえながらなんとか立ち上がるけど痛すぎる。胡軫は胡軫で楽しそうにしてやがるし。

さて、どうする?逃げられないのは今の一撃で良く判ったし……かと言って戦って勝てる相手じゃない。左腕……超痛いけどギリ動かせる……気を通してるから痛みが和らげてるのか?

 

 

「他も気になるのでな……貴様への興味は尽きぬがこれで終いよ!」

「……っ!」

 

 

俺の考えが纏まらない内に襲い掛かってくる胡軫。どうせマトモに戦って勝てる相手じゃない……だったら……俺は両腕に気の殆どを回して十字に構えた。

 

 

「いぎっ!?」

「何っ!?」

 

 

俺の頭に向かって真っ直ぐに振り下ろされた胡軫の棍に俺は左腕を盾に距離を詰めた。痛い!超痛い、泣きそうになる……つーか俺馬鹿だなっ!?

一瞬で色んな事を考えたけど相手も驚いてるからチャンスは今しか無いっ!交差していた両腕を左腕を残して外すと右腕を腰元に引き寄せる。後は放つだけ!

 

 

「スペシウムアタックっ!」

「ぬおおっ!?」

 

 

俺は胡軫のボディーに拳を叩き込むと同時に気を一気に解放した。ゼロ距離での一撃に胡軫も効いたのか後退りをして膝を着いた。あ、ヤベ……気を一気に使いすぎた……意識が……

 

 

「秋月っ!」

「秋月殿!?」

 

 

遠くから聞こえる孫策さんや関羽の声を聞きながら俺の意識は遠退くのだった。




『どどん波』
『ドラゴンボール』で鶴仙流の奥義。指先に気を集中させ放つ技。生半可なかめはめ波より威力は上らしい。後にサイボーグ化した桃白々が『超どどん波』を使用したが天津飯の気合いでかき消された。

『硬度10ダイヤモンドパワー』
『キン肉マン』の悪魔将軍の技と言うよりも体質。自身の強度を軟体生物からダイヤモンド並に変化させる。いかなる打撃技も跳ね返し、またあらゆるものを切り裂く。コレを破るにはダイヤモンドパワーを用いるか、それ以上のパワーで砕くしか手はない。

『スペシウムアタック』
『ウルトラマン超闘士激伝』でウルトラマンが開発したスペシウム光線の強化技。スペシウム光線の構えからエネルギーを集中してアタック光線の形で放つ。拳に集約した状態でゼロ距離から放つパターンもあり、此方の方が威力が上。



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第四十三話

 

 

 

◆◇side桂花◇◆

 

 

汜水関に向かった秋月は孫策や関羽達と何か談笑をしたかと思えば何故か料理を始めた。その料理の匂いが此方の陣営まで流れてきている。

その匂いに春蘭や季衣は腹を鳴らして涎を垂らしている。秋蘭や流琉は今度教えて貰おうかと呟いている。あの馬鹿、敵の陣地の目の前で何してんのよ!

 

 

「なるほど……散々侮辱した後で相手に舐めた態度をとる……挑発としては効果的だわ」

「華琳様!」

 

 

私が汜水関を見ていたら華琳様が隣に立っていた。華琳様が声を掛けてくださるまで私が気づかないなんて……

 

 

「心配かしら、純一の事?」

「ま、まさか!あんな馬鹿、死んでしまえばと……」

 

 

華琳様は優しげな微笑みで聞いてくださるけど私はそんな事はちっとも思っていない。私が言葉を重ねようとすると汜水関の扉が開き始めた。

 

 

「上手くいったようね。各員は戦闘準備のまま待機。純一が戻り次第、行進の準備を……」

「あの華琳様……秋月はそのまま戦う姿勢に入っていますが……」

 

 

華琳様のお言葉を春蘭が申し訳なさそうに遮る。だがその事よりも私も華琳様も汜水関に視線を移した。そこには汜水関の将と戦っている秋月の姿が。あの馬鹿、即座に撤退して来なさいよ!?

 

 

「退く間を逃してしまった様ね……」

「秋月はあれで間を読むのに長けています。恐らく、秋月の予想以上に速くあの将が出てきたのでしょう」

 

 

華琳様のお言葉に秋蘭が同意と解説を交えて頷いた。私はその言葉を聞きながら、あの馬鹿から視線を移せなかった。

秋月は明らかに自身よりも格上相手に挑むなんて無謀すぎる!

 

 

「かあっ!」

「硬度10ダイヤモンドパ……グウッ!?」

 

 

あの馬鹿は将の攻撃をなんとか防いだ様だけど一撃で足下が覚束ない状態になっている。遠目で見ても左腕に故障を感じているのは明らかだ。

将は笑みを浮かべて秋月と話をしていた様だが棍を振り上げた。真っ直ぐに振り下ろして馬鹿の頭を砕く気なのっ!?

 

 

「他も気になるのでな……貴様への興味は尽きぬがこれで終いよ!」

「……っ!」

 

 

将の一振りを秋月は十字に構えた。あの馬鹿、受け止められる訳ないでしょ!

 

 

「いぎっ!?」

「何っ!?」

 

 

将の棍を秋月は受け止めていた。受け止めた際に秋月の痛そうな声が響く。自身の一撃を止められた事に驚いたのか将は動きを止めてしまう。その好機を見逃さなかった秋月は交差していた両腕を左腕を残して外すと右腕を腰元に引き撃ち抜いた。

 

 

「スペシウムアタックっ!」

「ぬおおっ!?」

 

 

秋月の一撃に将も効いたのか後退りをして膝を着いた。しかし問題はそこからだった。秋月はそのまま倒れてしまったのだ。

 

 

「秋月っ!」

「秋月殿!?」

 

 

孫策や関羽の秋月を心配する声が聞こえた。それよりも秋月は……

 

 

「ちぃ……よもやコレほどとは……だが」

 

 

一撃を食らった将は殴られた部分を一撫ですると立ち上がり、持っていた棍を秋月に向けた。まさかっ!?

 

 

「お主が未熟で助かった……このまま成長しては強敵となりうるからな。では、さらばだ!」

「秋月っ!」

「させるかぁっ!」

 

 

私はこんな所から声を出しても意味はないと分かっていても秋月の名を叫んだ。将の棍は無慈悲に秋月に……と思ったが、なんと孫策が助けに入った。なんで孫策が!?

 

 

「ちぃ!邪魔を……」

「退きや胡軫!汜水関はもうアカン!」

 

 

胡軫は邪魔された事に苛立ちを感じつつ関羽と戦おうとしたが張遼の言葉に舌打ちをした後にその場から退いていった。

良かった……アイツは無事だ……

 

 

「桂花、良かったわね」

「はい、一時はどうなるか……と……」

 

 

華琳様のお言葉に振り返りながら言葉を出したのだが途中で飲み込んだ。振り返ると華琳様、春蘭、秋蘭、季衣、流琉がニヤニヤとしていたから……

 

 

「ん、んんぅ……あの馬鹿、もっと上手く戦いなさいよね」

「はーい、こんにちは」

 

 

私は咳払いをしながら皆に背を向けた。ああ、もうっ!

その場の空気に耐えられないと思っていたのだが、その空気を破る様に孫策が現れた。共に来ていた呉の兵隊達に担がれながら秋月も一緒だ。気が枯渇して眠っていた時と同じような状態だからやはり先程の光は秋月の気なのだろう。

 

 

「孫策。私の軍の者が面倒をかけたわね。」

「構わないわよ。彼のお陰で汜水関を落とせたんだもの」

 

 

そう……確かに秋月の行動で華雄や先程の将は汜水関から出てきた。秋月が将と戦ったから孫策は華雄と戦い、関羽と張飛はその部下と戦えた。結果を見れば秋月の助力はかなり大きい。

 

 

「汜水関は彼のお陰で落とせたけど、彼自身の命は私が救ったわ」

「そうね……なら純一に関する貸し借りは無しね。春蘭の件は別にするわ」

 

 

孫策と華琳様の会話は正に王の会話。私たちは割り込めないわね。

 

 

「期待しないで待ってるわ……って言いたいけど彼の働きを見たら期待しちゃうかも」

 

 

そう言って孫策は軍医から治療を受けている秋月を見て楽しそうに笑った。コイツ……まさか孫策にも……

 

 

「ま、そう言う訳で。じゃーねー」

 

 

孫策はそのままヒラヒラと手を振りながら去っていった。その後も関羽や張飛も共に戦った身として心配だったと見舞いに現れ、更に顔良も秋月の負傷を聞いて様子を見に来ていた。

更に関羽からは興味深い話を聞けた。なんでも秋月は関羽を見た際に『愛美』と呼んだらしい。単なる人違いだったそうけど……そう……思わず名を呼ぶような女が居たのね。

 

 

「……う……うぅ……」

「アンタって……本当に馬鹿よね」

 

 

苦しそうにしたまま寝込む秋月。私はその隣に座ると秋月の顔を覗き込む。後々、問い詰める事が増えたわね。覚悟しときなさいよ。



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第四十四話

目が覚めたら……痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?ボケる間もなく左腕に激痛が走った!

 

 

「痛だだだだ……っ……此処は?」

 

 

激痛で却って意識が戻った感じだ。左腕が超痛い……ん、添え木に包帯?それに体の節々も凄い痛い。

えーっと確か……そうだ、汜水関で胡軫と戦って……また気を失ったのか俺は。もう少し防御面を鍛えなきゃかな……それと気の総量も増やさないと。

って此処は馬車の中か?今頃だが俺はどうなったんだ?いかん、頭が働かない……つか、妙にボーっとする。

あ、馬車の入り口に見覚えのある兵士が。

 

 

「あ……曹操様!秋月副長が目を覚まされました!」

「そう、ご苦労様。後は私が話をするわ」

 

 

馬車の外から大将の声が聞こえた。そうか、あの兵士は俺が目を覚ますのを待っていたのか……ん?なんでそんな監視のつく状況に?

 

 

「おはよう、純一。気分はどうかしら?ああ、寝たままで構わないわ」

「左腕が超痛い。後、自分がどうなったかわからないから………気分は微妙かな」

 

 

俺は起き上がろうとしたのだが大将に止められた。汜水関で戦ってた筈が気が付けば馬車の中じゃ気分も微妙だよ。

 

 

「汜水関で華雄と胡軫を誘き出した所まで評価するけど、その後は駄目ね。戦ったアナタは気を失ったのよ。その後、孫策がアナタを私達の陣営まで連れてきてくれたわ。孫策は華雄達を誘き出してくれたけど、その後アナタの命を救ったから貸し借りは無しと言ってくれたわ」

「そっか……俺が気を失った後は孫策さんが助けてくれたのか……」

 

 

大将の説明に少しずつだが俺が気を失った後の出来事がボンヤリとだが分かってきた。

 

 

「その後、関羽や張飛、顔良も見舞いに来たわよ」

「関羽達や顔良が?申し訳ない事をしたな」

 

 

余程、心配させたんだな。でも他の陣営から見舞いに嬉しかったりして。

 

 

「モテモテね」

「いや、そんな楽しそうな顔で言わんといて」

 

 

大将の悪戯な笑みは嫌な予感しかしないんだけど。今も愉悦神父みたいな笑みだし。

 

 

「それで……愛美って誰なの?」

「……………なんで、その名を?」

 

 

大将の口から出た名前に俺はピタリと動きを止める。なんで大将が愛美を……

 

 

「関羽から聞いたのよ。初めて会ったときに誰かと間違われたとね。その時の名前が『愛美』と聞いてるわ」

「……そっか」

 

 

迂闊だった……いや。それぐらいに似ていたから、しょうがないって気もするが。

 

 

「面白い話でもなんでもないよ。三年前に別れた彼女ってだけだ。その子と関羽が似てたんだよ……生き写しか、双子みたいに」

「そう……だ、そうよ桂花」

「…………っ!」

 

 

俺の言葉を聞いた後に満足そうにした大将は馬車の外に話し掛ける。それと同時に物音がしてから誰かが離れる足音がした。

 

 

「もしかして荀彧?」

「アナタが気を失ってから人目を盗んで見舞いに来てたわよ。その愛美の話も気にしてたみたいだし。まあ、三日も寝ていれば当然だけど」

 

 

人目を気にしながらでも見舞いには来てくれてたのか……ん、三日?

 

 

「ちょっと待て……俺が倒れてから三日?」

「そうよ、因みに虎牢関は既に陥落したわよ。これから都に向けて進軍する所だもの」

 

 

OH……どうして俺は毎回こうなんだ。黄巾党の時も肝心な時にリタイヤしてたし。まあ、愚痴っても仕方ないか。

 

 

「だったら……今後は?」

「都には抗う力なんかないから殆ど入るだけね。住民の保護や町の復興、炊き出しの指示も出すわ」

 

 

もう戦後に向けての話なのね。まあ、ここまで来れば争いも起きないか。

 

 

「純一、目が覚めたのなら外に行きなさい。皆、アナタの心配ばかりしてたのよ」

「ん……ああ。そりゃそうか」

 

 

少し考え事をしていたが大将の言葉にハッとなる。確かに三日も寝たきりなら心配かけっぱなしだろうし。でも左腕が痛くて動けそうに……つーか、これは折れてんのか?

 

 

「この痛み止めを飲んでおきなさい。多少はましになるわ。後、可能なら左腕に微量の気を流しときなさい。痛みが和らいで治りを早くさせるから。後、その左腕は折れてはいないそうよ。ただヒビは入ってるから暫くは痛むと軍医が言っていたわ」

「あ、はい……」

 

 

此方の心配は無用とばかりな感じだ。俺の思考を読んだとしか思えない対策の早さだよ。

 

 

「んじゃ……行きますかね」

「怪我を追加させるんじゃないわよ」

 

 

痛み止めを飲んでから馬車から出る俺と大将。痛だだだだっ!やっぱ痛い!でも左腕に気を通すと痛みがマジで和らいだ。驚いた……感覚的には腰痛の時に湿布を貼って痛みが引く的な感じだが……

 

 

「それと春蘭の所へはまだ行かないで。あの子、怪我をしてしまったから今は誰にも会いたくないそうよ」

「……春蘭が怪我!?」

 

 

まさか虎牢関での戦いで怪我を!?

 

 

「詳しくは後で話すわ。でもお願いだから今はそっとしてあげて」

「……お願いね。了解した」

 

 

大将にしては珍しい『お願い』それを断るほど俺も馬鹿じゃない。

俺は煙管に火を灯すと歩き出す。いや、やっぱまだ左腕が痛いから気を紛らわせる為に吸うんだけどさ。

 

 

「さて……一刀達と合流するか」

 

 

俺は左腕の痛みに耐えながら一刀達と合流すべく歩き始めた。



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第四十五話

つ、疲れた……いや、何が疲れたって……各諸侯の皆さんが俺と胡軫の戦いを見ていたらしく、俺は少しばかり有名になっていた。曰く『天の御使いと同郷の者』『警備隊副長』『気を使う戦士』『天の種馬兄弟』『女ったらし』

後半二つは悪意を感じる呼び名だよな。まあ、そんな感じで歩いてるだけで各諸侯の皆さんが声を掛けてくる。

中でも一番疲れたのは袁紹だった。なんせ……

 

 

『あら、アナタが華琳さんの所の下男二号ですの?汜水関での働き結構でしたわ。まつ毛一本分の好感をもって差し上げますわ、オーホッホッホッ!』

『斗詩はアタイのだからな!絶対にやらないからな!』

『もう、麗羽様!文ちゃん!ごめんなさい秋月さん。お体を大事にしてくださいね』

『アナタも苦労してますね。頑張ってください』

 

 

とまあ……袁紹、文醜、顔良、田豊の順に慌ただしく言いまくられて去っていった。マトモに労ってくれたの顔良と田豊だけだよ……

一刀達と合流すると一刀を筆頭に皆が来てくれた。いや、それは嬉しいんだがチビッ子三人は俺に抱きついてきたのだが左腕が痛む為にめちゃくちゃ声を殺して叫んだ。まあ、察した秋蘭が季衣達を引き剥がしてくれて助かった。

秋蘭は春蘭が怪我をした時に凄い取り乱した様だが今は平常心を取り戻したと言っていた……でも自分で大丈夫って言うのは信用できな……あ、はい。俺もですよね。

 

その後、北郷警備隊と共に行動する事になったが……一刀達は俺を取り囲むように歩く。これ以上怪我をさせない為?どんだけ危なっかしいと思われてんだよ。確かに重症になって帰ってきたのは事実だが正直、息が詰まるわ。

 

少し離れるか……煙管も吸いたいし。とりあえず少し路地に入って一服。はー……落ち着くわ。

一刀達と少し離れて街中を探索していたらなんか怪しげな一行が……ってあれは呂布?

 

 

「あ……秋月」

「……よう」

 

 

やっほーと挨拶をしそうな雰囲気で呂布が挨拶してきた。一刀から虎牢関での戦いの話は聞いたけど三国一の武将には見えないよなホントに。

 

 

「あ……怪我……してる」

「ん、ああ……汜水関でちょっとな……」

 

 

呂布は俺の怪我が気になった様だ。「痛い?」と上目使いで聞いてくる。会って直ぐに怪我に気づいて気遣いできるのは優しい証拠。是非とも魏の皆さんにも見習ってほしい。

 

 

「ちょ、ちょっと恋!見付かったらヤバイのよ!?」

「あ、ごめんなさい」

「え、詠ちゃん……」

 

 

すると呂布と共に居た少女が呂布に声を掛ける。三つ編みに眼鏡にツリ目……委員長タイプだな。つーか呂布の後ろには。その子の他にも女の子が。こっちはなんか上品な子だ。箱入り娘って感じの。着ている服も立派だし貴族の娘とかかな?

 

 

「副長、離れないでください!」

「勝手に動くなウジ虫なのー!」

「心配掛けすぎやで!」

「純一さん、何かあったら大変なんですから!」

 

 

等と思っていたら一刀達が来た。過保護すぎんだよ今のお前等。

 

 

「げ、曹操の所の……」

「へぅ……」

 

ん?この三つ編みちゃんは何かを警戒し始めた。箱入り娘ちゃんは怯えてる。呂布は……って待った待った!完全に戦闘体制に入ってる!

 

 

「ちょっと待ったお前等。呂布も戦わないでくれ、な?」

「………ん」

 

 

俺の言葉に従ってくれた呂布。助かった……流石に戦いになったら止められそうにも無かったから。

 

 

「ちょっと恋!なんでソイツの言うことを聞いてんの!?」

「………秋月、良い人」

 

 

三つ編みちゃんの怒鳴りにも呂布はこてんと首を傾げながら答えた。ああ、なんか小動物みたいで可愛い。

 

 

「だからって……」

「なあ、嬢ちゃん……呂布の真名呼んでるけど親しいんだ?」

 

 

俺は思った事を口にした。うん、俺の脳裏に掠めた予想が当たったらとんでもない事だ。まさかだよ……うん、まさかだ。

 

 

「もしかして君たち……」

「な、何よ……」

 

 

じっと三つ編みちゃんを眺めてしまう。この怯え方はやはり……

 

 

「董卓に連れてこられて何かされた……」

「ち、違うこの子は董卓じゃない!」

 

 

俺と三つ編みちゃんの声が重なる。ん?俺はてっきり董卓に連れてこられた何処かの貴族の娘かと思ったんだが……ん?『この子は董卓じゃない?』って……え?もしかして……

 

 

「キミが……董卓?」

「へぅ……」

 

 

俺が聞くと箱入り娘ちゃんの方は俯いてしまった。え、当たり?いやいや、まさかでしょ正史で暴虐とか呼ばれたのが……

 

 

「き、貴様等!董卓様から離れろ!さもなくばこの華雄の斧の錆としてくれるぞ!」

「か、華雄!?」

 

 

否定したかったけど追加情報。もとい華雄が息を切らしながら走ってきた。もう確定だ、三つ編みちゃんも華雄の名を呼んでるし。

 

 

「ちょっと落ち着いて華雄。えっと……キミが董卓で間違いないなかな?」

「………はい」

「月!」

 

 

俺が膝をつき目線を合わせた状態で話し掛けると答えてくれた。そっか……この子が……

 

 

「先程此方の方に……居た、華雄!」

「むっ!?」

 

 

俺の後ろで何やら聞き覚えのある声が。振り返ってみると関羽と張飛、そして見知らぬ青髪の少女。

 

 

「あ、秋月殿!?お体は宜しいのですか?」

「ああ、休ませてもらったら随分良くなったよ。心配かけさせたな」

 

 

俺を視界に納めると関羽は俺に話しかけてくる。ヤバイな……まだ情報整理が済んでない。

 

 

「それよりも関羽はなんで此処に?」

「先程、華雄が凄い早さで駆け抜けていくのが見えたので、その先に董卓が居るのではと思い追いかけてきたのですが……」

 

 

その勘、当たってるよ。事実、董卓が目の前に居るんだし……

 

 

「ぐ……」

「ど、どうすれば……」

 

 

華雄と三つ編みちゃんはなんか凄い追い詰められてるし……上手く行くかな?行き当たりばったりだけど、出たとこ勝負だな。

 

 

「ああ……華雄が此処に居たのは間違いじゃないが……居るのは董卓の所で働いていた子達だけだぞ」

「…………え?」

 

 

俺はポンと三つ編みちゃんの背を叩いた。三つ編みちゃんはポカンとしている。

 

 

「董卓は各地から貴族の子や優秀な人材を集めていたみたいなんだ。この子達もその一部だな。華雄や呂布はその子達の事を気にかけていたから心配で走ってきたんだよ」

「そ、そうなのですか?董卓は人拐いみたいな事までしていたとは……」

 

 

よし、いい感じに騙されてくれてる。

 

 

「待て貴様、何を勝手な事を……私は董卓様の……むぐっ!?」

「少し黙っていてくれ華雄。それで俺達は街の様子を探っている間に困っていたこの子達を見つけてな。華雄は俺達がこの子達に乱暴したと勘違いしてたみたいで気が立ってるんだ。それに俺や関羽は汜水関で華雄と戦っただろ尚更だ」

 

 

余計な事を口走ろうとした華雄の口を背後に回り込んで右手で塞ぐ。なんかムグムグと不満を口にしたけど今は無視。

 

 

「ふむ……では秋月殿はどうなさるおつもりですかな?」

「っと……キミは?」

 

 

黙っていた青髪の少女が前に出て来た。初めてみる子だ。

 

 

「おや、自己紹介もせずに失礼しました。私の名は趙雲、今は劉備軍に所属しております」

「秋月純一だ。そこの天の御使いと同郷って言えばわかるかな?」

 

 

趙雲ってマジかよ……関羽、張飛、趙雲と揃ってんのかよ!

 

 

「おや……ではアナタが種馬兄……」

「すいません、その噂の出所を教えてください。即、殲滅しに行くので」

 

 

どんだけ噂になってんだよ!事実無根だ!

 

 

「おや、違うとでも?今も華雄への情熱的な包容が見られますが?」

「情熱的って……そんなんじゃ……」

 

 

趙雲の言葉にチラリと華雄を見る……………………耳まで赤くなっていた。

 

 

「後ろから羽織る様に抱き締めて更に口を塞ぐ……更に耳元には常に貴殿の吐息が……」

「わかったから止めてくれ。華雄も離すから暴れたり、話の腰を折らないでくれる?」

「………ん、ぷぁ……」

 

 

ヤバい、趙雲にニヤニヤした笑みは弄る気満々の笑みだ。焦った俺は華雄から手を離したのだが華雄はペタンとその場に座り込んでしまった。え……何、今の可愛い声と仕草。

 

 

「ほう……これはこれは流石は種馬兄」

「いや………これはですね……」

 

 

いや、あの……なんか、よくない流れなのは分かる。華雄さん、もしかしてアナタは男への耐性0ですか?

あ、董卓と三つ編みちゃんが華雄へ駆け寄ったけど顔が赤い。いや、待って。なんか俺が100%悪者みたいになってるんだけど。

 

 

「あわわ……」 

「だ、大胆なのー」

「もう……ウチならいつでも……」

「す、凄いです純一さん」

 

 

いや、お前等も顔を赤くして見入るな。否定っつーかフォローしろよ!

 

 

「ごほん……兎に角、この子等は俺達が保護をする。関羽達も似たような子がいたら優しくしてやってくれ」

「そ、そうですね……では秋月殿も体をお大事に」

「バイバイなのだオジちゃん!」

「おやおや、夜がお楽しみですな」

 

 

俺は話題を変える為に強引に話を進めたが関羽達は何かを勘違いしたまま行ってしまう。趙雲よ、それはドラクエの宿屋の台詞だ。

さて、後は……混乱しきってる、この子等に話を聞かなきゃな……



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第四十六話

 

 

 

 

関羽達を見送った後に事情を聴く事に。やはり箱入り娘さんは董卓で三つ編み眼鏡ちゃんは軍師の賈駆だった。

この場には董卓、賈駆、呂布、華雄と董卓軍のトップが揃ってる。一刀の話では張遼は魏の陣営に居て今後は魏の武将になるとの事。ならば董卓達も匿えるのでは?と言う話の流れになったのだが……

 

 

「それは……出来ません。私達の為に戦ってくれた皆さんを放って私だけ逃げるなんて……」

「でも賈駆さんも呂布さんも華雄さんも貴女が死ぬのを望んでる訳じゃ……」

 

 

現在、説得は凪達に任せていた何故かと言えば……

 

 

『アンタ等、あの種馬兄弟!?月に近寄らないで!』

『へ、へぅ……』

『先程の包容も凄かった……あれが種馬の実力か……』

 

 

警戒心バリバリの賈駆に顔を真っ赤にしている董卓。更に華雄は先程の事を思い出してるのか俺から少し距離を取っていた。うん、泣きそうになる。

 

 

「と言うかここで議論しても最終的な決断は大将なんだよな」

「そうですよね……華琳がなんて言うか……」

 

 

俺と一刀は離れた位置で話をしていた。なんやかんやと言っても最終的な決断は大将だし、大将にお願いしに行くにしても董卓自身が納得してない。これは難しいか?

 

 

「そ、その秋月……どうにか董卓様を説得できないか?ほら、汜水関で私や胡軫にしたみたいな知恵で」

「悪知恵を働かせようにもなぁ……そういや、胡軫はどうしたんだ?陳宮も居ないみたいだし」

「胡軫は虎牢関の戦いから姿が見えなくなった。ねねは恋がお願い事をした」

 

 

華雄が俺にどうにか説得できないかと聞いてくるが流石になぁ……と言うか顔を赤くしてモジモジしないで可愛いから。姿が見えない二人も気になったのだが呂布が教えてくれた。陳宮は兎も角、胡軫は行方知らずか……

 

 

「ちょっと、アンタ達も何か言いなさいよ!」

「自分で俺達をつま弾きしといて言うわーこの子……」

 

 

董卓の説得が難航しているのか賈駆が俺達を呼ぶ。最初からそうしてくれよ。

うーん、とりあえず思い付いた所から話してみるか。

 

 

「んー……董卓さんや。董卓が俺達の陣営に来てくれれば賈駆、華雄、呂布、陳宮を救える事が出来る。それに張遼も既に居るから皆と再会できるぞ」

「皆を救える……」

 

 

お、少し効いたか?ならばこのまま推し進めるか。

 

 

「それにまだ抵抗を続けてる兵士達も華雄が説得する、そうだよな?」

「ん……ああ!私が声を掛ければ兵士達は戦闘を止めてくれる筈だ!」

「猪武者の割には兵士からの信頼は厚いからねアンタ……」

 

 

俺が華雄に水を向けると華雄は突然の事態に驚いたが頷いてくれた。更に賈駆の一言もそれを後押しする発言だ。今の一言で軍師としてどれだけ苦労したかと込められた言葉だった気もするが。

 

 

「で、でも私は……私のせいで死なせてしまった人達を差し置いて逃げるなんて出来ません!私はやはり非道で冷血なんです!」

 

 

話はしたけど董卓の意思は固そうだ……まいったな。多分、自分が原因で戦が起きて人を死なせてしまったと罪悪感の方が強いんだろう。

 

 

「御使い様、秋月さん……」

「ゆ、月?」

 

 

なんて考えていると董卓は懐から小刀を取り出すと自分の喉元に突きつけた。って、ちょっとお待ちなさい!

 

 

「私の首を差し出します……お願いですから詠ちゃん達は助けてください」

「月、駄目っ!」

 

 

董卓の願いに賈駆が叫ぶ。こんな良い子を死なせちゃ駄目だと思った俺は夢中で董卓に手を伸ばした。

それと同時にザシュッと刃物で肉を切る音だけが聞こえた。



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第四十七話

 

 

 

 

 

◆◇side賈駆◆◇

 

 

 

反董卓連合……それは僕達にとって忌まわしい連合だ。都で悪政をしていた文官を処罰したのだがそれが『董卓は都の権力を奪い暴政を敷いている』とされた。

都が既にボロボロなのは誰もが承知の上だし、僕達はそれを立て直そうと頑張った矢先にこれだ。

この反董卓連合を打ち立てたのは袁紹……名家として名高いが馬鹿の象徴とも言える存在。僕達を事実無根の大悪人にした張本人。そしてその馬鹿の口車に乗った他の諸侯。

なんで……なんで正しい事をした僕達がこんな目に遭ってんの!?

その後も散々だった。元々の勝ち目が薄かった上に董卓軍は華雄の指導が変に行き届いてしまってるのか大半が猪だった。策も無く、ただひたすらに突進を繰り返して汜水関と虎牢関の両方を陥落させられた。

 

その後は……もう何も考えなかった。ひたすらに月を連れて逃げた。途中で恋と音々音と合流をしたがまだ油断は出来ない。その矢先だった、都に連合の者達が入り込んできている。早くしないと逃げ場がなくなる!今現在、一度恋の家に行ってセキトと張々を連れていく話をしていたけど時間が無い。ねねの発案でねねだけ別行動を取ってセキトと張々を連れて脱出。その後に合流と決まったのだけど恋?……いない。あの子何処に?キョロキョロと辺りを見回していると恋は連合の武将と話をしていた。

 

 

「ちょ、ちょっと恋!見付かったらヤバイのよ!?」

「あ、ごめんなさい」

「え、詠ちゃん……」

 

 

僕が声を掛けると恋は素直に頭を下げたけどヤバい事には違いない。その直後、曹操の所の武将がゾロゾロと現れた。恋は即座に戦闘体制に入ったけど男の指示にしたがってそれをやめてしまう。その後の会話で僕の失敗で月が董卓である事がバレてしまう。

しかも華雄がこの場に来た為に関羽や他の武将も呼び込んでしまった。どうしよう、焦って考えが纏まらない。華雄も失敗の連続で責任を感じているみたいだけど華雄にこの場を切り抜ける知恵は期待できないし……

 

 

「ああ……華雄が此処に居たのは間違いじゃないが……居るのは董卓の所で働いていた子達だけだぞ」

「…………え?」

 

 

僕が悩んでいるとポンと男は僕の背を叩いた。華雄も呆気に取られていた。その後も男は口から出任せで僕達の正体を隠してくれた。なんで……なんで僕達を庇うの?

 

 

 

「待て貴様、何を勝手な事を……私は董卓様の……むぐっ!?」

「少し黙っていてくれ華雄。それで俺達は街の様子を探っている間に困っていたこの子達を見つけてな。華雄は俺達がこの子達に乱暴したと勘違いしてたみたいで気が立ってるんだ。それに俺や関羽は汜水関で華雄と戦っただろ尚更だ」

 

 

上手く騙せそうな所で余計な事を口走ろうとした華雄の口を男は背後に回り込んで右手で塞ぐ。なんかムグムグと不満を口にしている。うわっ……華雄、顔真っ赤になってる。思えば、あんな風に抱き締められて口まで塞がれたら無理矢理求められてるみたいだし。

なんて思っていたら関羽と共に来ていたという趙雲がニヤニヤとしながら此方を見ていた。まさか僕達の正体に気づいて!?

 

 

「おや……ではアナタが種馬兄……」

「すいません、その噂の出所を教えてください。即、殲滅しに行くので」

 

 

違ったみたい……気にしてるのは男の方ってコイツ等、今噂の『天の御遣い』『北郷一刀』と『御遣いと同郷の者』『秋月純一』しかも他の噂では『天の種馬兄弟』と言われてる存在。

 

 

「おや、違うとでも?今も華雄への情熱的な抱擁が見られますが?」

「情熱的って……そんなんじゃ……」

 

 

趙雲の言葉を否定したけど華雄は顔が真っ赤になっている。僕の知る限り華雄は武ばかりで他は大した興味を持っていなかった。だから男への耐性も無い筈。

 

 

「後ろから羽織る様に抱き締めて更に口を塞ぐ……更に耳元には常に貴殿の吐息が……」

「わかったから止めてくれ。華雄も離すから暴れたり、話の腰を折らないでくれる?」

「………ん、ぷぁ……」

 

 

焦った秋月は華雄から手を離したのだが華雄はペタンとその場に座り込んでしまった。僕と月は思わず華雄に駆け寄る。あ、なんか凄い乙女な顔になって……え……何、華雄のこんな状態初めて見るんだけど…….

 

「ごほん……兎に角、この子等は俺達が保護をする。関羽達も似たような子がいたら優しくしてやってくれ」

「そ、そうですね……では秋月殿も体をお大事に」

「バイバイなのだオジちゃん!」

「おやおや、夜がお楽しみですな」

 

 

秋月が無理矢理な話題転換をすると関羽達は少々の誤解と共に去ってくれた。でも関羽達が居なくなったからといって月への脅威が無くなった訳じゃない。

 

 

「えっと……少し話を……」

「アンタ等、あの種馬兄弟!?月に近寄らないで!」

「へ、へぅ……」

「先程の抱擁も凄かった……あれが種馬の実力か……」

 

 

秋月が話しかけに来るけど月に近寄るな種馬!華雄もノリ気になってんじゃないわよ!

 

 

「………はぁ。凪、董卓達と話をしてやって。俺や一刀じゃ話が進まないから」

「え、は、はい」

 

 

秋月の指示で凪と呼ばれた少女が前に出た。秋月は北郷と下がって話を聞くみたいだ。

秋月や北郷の話では霞は曹操の陣営に居て今後は曹操の武将になるとの事。ならば僕達も匿えるのでは?と言う話の流れになったのだが……

 

 

「それは……出来ません。私達の為に戦ってくれた皆さんを放って私だけ逃げるなんて……」

「でも賈駆さんも呂布さんも華雄さんも貴女が死ぬのを望んでる訳じゃ……」

 

 

当の月が拒んでいた。月は自身の責任を感じ、後悔の念に押し潰されそうになっているのが分かる。

華雄が秋月に知恵を借りようとしているが秋月も困った様子だ。月がここまで拒むとは思ってなかったのだろう。その後、秋月の説得でなんとかなりそうかと思ったけど月は首を縦には振らなかった。

 

 

「で、でも私は……私のせいで死なせてしまった人達を差し置いて逃げるなんて出来ません!私はやはり非道で冷血なんです!」

 

 

月、それは違う!私達は間違ってなかった。もしも間違っていたと言うなら僕達が都でした悪政を敷いていた文官を処罰した事も間違いになる。いつも頑張ってる月だから僕達は付いていくと決めたのよ!

 

 

「御使い様、秋月さん……」

「ゆ、月?」

 

 

そんな僕の思いは月には届かなかった。月は懐から隠していた小刀を取り出すと自分の喉元に突きつけた。待って何をする気なの月……

 

「私の首を差し出します……お願いですから詠ちゃん達は助けてください」

「月、駄目っ!」

 

 

月の願いに僕は叫んだ。僕達だけ生き残っても月が居ないんじゃ嫌!でも間に合わない。僕は起こるだろう惨劇から目を背けた。それと同時にザシュッと刃物で肉を切る音だけが聞こえた。いや……嫌、見たくない!

 

 

 

「い……痛ぅぅぅぅぅぅぅ…」

「あ……秋月さ……ん?」

 

 

 

聞こえてきたのは秋月の痛みに耐えるかの様な声と月の困惑したかの様な声。僕が視線を戻すと月が自身の喉に突き刺そうとした小刀の刃を素手で掴んで止めた秋月の姿。

刃を掴んだ右手から血が流れ、月の着ていた服に降り注ぐ。

 

 

「なぁに……してくれてんのかな?」

「あ、ああ……」

 

 

秋月は月から小刀を取り上げると手を広げた。秋月の右手はズタズタになっていた。突き刺そうとした刃を受け止めたのだから当然だが見た目が酷いことになっている。もしも秋月が止めなかったらその小刀が月の首に……と思うと僕は力無くその場に座り込んでしまった。

 

 

「なぁ董卓……」

「え……あ……」

 

 

秋月が月に話しかけるけど月は呆然としていた。

 

 

「助かる可能性があるなら諦めないでくれよ。都に攻め入った俺達が言うのもなんだけど……無駄な死を……痛たたっ」

「あ……て、手当てを……」

 

 

秋月が月を説得しようとしていたが正気に戻った月が秋月の手に触れた。

 

 

「おいおい、董卓……俺は今……」

「だ、駄目です!手当てをしてください!」

 

 

秋月の意見を押し退けて月は秋月の手を手当てしようとしていた。月は自分の着ていた服の一部を破ると包帯みたいに秋月の手を巻き始める。

 

 

「………董卓はさ……さっき自分を非道で冷血なんて言ってたけど、やっぱ違うな。本当に非道で冷血なら自分の自害を止めた人間の手当てなんかしないさ」

「そ、それは……へぅ……」

 

 

秋月は手当てを続ける月の頭に左手を置いて撫で始める。少し手慣れた様な仕草で。

 

 

「なぁ董卓。今、董卓が死んだら皆はどう思うかな?親友が目の前で自害した。守るべき主君の自害を見届けた。大切な友と……優しい子と言ってくれた子達に……それを見せつけるのか?」

「あ……私は……私は……」

 

 

秋月の言葉に月は泣きそうになっている。華雄はどうして良いのかオロオロしてるし、恋はいつもの様に月をジッと見ていた。秋月が僕の方を見て微笑んだ……あ、そういう事。

 

 

「ねぇ……月。僕は生き残ったとしても月が居ないんじゃ嫌よ」

「月……一緒……」

「董卓様……私にこの戦の敗けを償わせる時間を頂けませんか?」

 

 

僕も恋も華雄も月が生き残る事を望んだ。そして月が秋月の手の応急処置を終えると秋月が口を開いた。

 

 

「皆、董卓と一緒が良いってさ……うちの大将に話を持っていってみるから……最後まで諦めずに生きてみてくれないか?」

「………グスッ……はい」

 

 

月は泣いていた。ズッと我慢していたけど気持ちが溢れ出て泣いてる。悔しいけど月の心を動かしたのは秋月純一……コイツなのよね。

 

 

「よし、早速行動だな。俺は大将の説得を……って痛だだだだだだだだっ!?」

「へ、へぅ!?」

「しっかりしろ秋月!」

「副長、手ぇ怪我してんのに握り拳をすりゃ当然や!」

「ふくちょー、右手に巻いた布がドンドン赤くなってるのー!」

「衛生兵ー!」

 

 

秋月が気合いと共に立ち上がると右手の状態を忘れた訳じゃないだろうに握り拳でそれを悪化させて地面にのたうち回っていた。その行動に月や華雄。秋月と一緒に来ていた他の武将も慌て始める。さっきまでの真面目な顔付きはまるでなく、ただの馬鹿にしか見えなくなっていた。

 

 

「純一さん、華琳の説得は俺がやりますから早く陣営に戻って治療を!」

「な、なんの……シャア専用になっただけだ大丈夫……イタタ……」

「あ、秋月さん……」

 

北郷の言葉に右手の親指を立てた秋月だがその手は既に赤く染まっており、それを見た月が心配で泣きそうになっている。本当にコイツ等に任せて大丈夫なのかしら……でも先程まで、僕達の心にあった焦燥感はいつの間にか無くなっていた。



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第四十八話

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

「そう……そう言う事……」

 

 

私は今、華琳様の天幕で董卓達の話を聞いていた。先程、都の偵察に出ていた北郷達。その最中、秋月が董卓達を見つけて董卓達の保護を考えた。北郷達は董卓の正体がバレない様に陣営に戻ると華琳様に上申を申し出た。

華琳様は董卓の話と北郷達の補足説明を静かに聞いておられた。今、この場には華琳様、私、春蘭、秋蘭、北郷、董卓、賈駆、華雄、呂布、陳宮。

そして董卓の保護を考えた当の馬鹿は……

 

 

「ギャアアアアァァァァァッ!痛い、痛い!ギブ、ギブ!ノオォォォォォっ!?」

「大人しくしてください副長!」

 

 

医療用に立てた天幕からあの馬鹿の悲鳴と軍医の叫びが聞こえる。華琳様に怪我をするなと言われて舌の根も乾かぬ内に怪我をして来たんだから当然の罰よね。

董卓の話を聞く限りだと董卓の自害を止めた際に素手で刃を掴んだとか言ってたけど……

 

 

「あ、あの……」

「純一の事なら今は忘れなさい。あれも罰の一貫よ」

 

 

董卓は秋月の悲鳴が気になってるみたいね。まあ、あんな風に聞こえれば気になるのも当然だけど。聞こえ方からすれば治療を受けてると言うよりも拷問みたいだしね。

 

 

「さて、董卓……純一の考えだし、一刀の口添えもある。更に私に益があるから申し出を受けるわ」

「あ、ありがとうござ……」

「ただし」

 

 

華琳様の寛大なお心に董卓が礼を言おうとしたけど華琳様はそれを遮った。

 

 

「董卓、賈駆の両名は死んでもらうわ」

「なっ!?保護を受けてくれるんじゃないの!?」

 

 

華琳様のお言葉に賈駆が驚いている。助かると思った矢先に言われたら驚くわよね。

 

 

「董卓と賈駆の名はもう大陸中に知れ渡ってるわ。それを庇えば私に不利益となるの」

「……でもっ!」

 

 

そう、暴虐董卓を保護すれば華琳様の立場が危うくなる。そうならない方法は一つ、董卓と賈駆が死ぬ事だけ。

でも華琳様は約束を違える方じゃないわ……恐らく……って春蘭や秋蘭も驚いてるけど側近なら華琳様のお考えを察しなさいよ。

 

 

「わからないの?董卓と賈駆の名は有名になりすぎてるのよ。逆を言えばそれ以外はあまり知られていない」

「…………あ、名を捨てろって事か!」

 

 

私が口を開くと北郷は華琳様の意図を察した様だ。もっと早くに気付きなさいよ鈍感。

 

 

「そう言う事よ。董卓と賈駆は名を捨てなさい。でなければ私でも貴女達を匿うのは不可能よ」

「わかりました……従います」

「月っ!?」

 

 

華琳様の提案……いえ、譲歩に董卓が頷き、賈駆が抗議の声を上げたけど董卓は賈駆の手を取った。

 

 

「詠ちゃん……私達は秋月さんに全部を任せたんだよ?その秋月さんは大将さん……曹操様の判断に従うって……私は秋月さんをこれ以上苦しめたくないの。それに私達が受け入れれば華雄さんも恋ちゃんもねねちゃんも皆一緒なんだよ?」

「うぅ……月……」

 

 

董卓の言葉に唸る賈駆。秋月の提案ってのが気に入らないけど確かに今の条件が最大の譲歩だからこれ以上は望めない筈よ。

 

 

「曹操、本当に僕達をどうにかしないの?」

「くどい。この曹孟徳に二言は無い!」

 

 

最後に念を押す賈駆に華琳様の激が飛ぶ。最後まで疑いの目をしていた賈駆だけど董卓の言葉に最後は頷いて礼を言った。当然よね。

 

 

「礼なら純一になさい、私は利があるから動くだけ。董卓軍の兵士と呂布、華雄を組み込めるのは非常に大きいわ」

「は、はい……」

 

 

歯に衣を着せぬ華琳様の発言に董卓は戸惑ってる。

 

 

「さて……董卓と賈駆はこの場で真名を渡しなさい。これより董卓と賈駆を名乗る事を禁ずるわ」

「はい……私の真名は月。曹操様にお預けします」

「もう真名だけの名になるのね………詠よ」

「……恋」

「音々音なのです」

「……………」

 

 

董卓と賈駆は思うところがあるのだろうけど仕方の無い事よ。その後も呂布と陳宮の真名は聞いたけど華雄だけは黙っていた。

 

 

「…………申し訳ないが私には真名が無い。私が物心がつく前に親は他界した。故に私は真名を授かる事が無かった……私に渡せる名は華雄……これのみだ」

「そう……なら華雄で結構よ」

 

 

話はここまでと華雄との会話を打ち切った華琳様。あまり踏み込む気はないとの意思表示。多分、華雄は気づいてないけど……

 

 

「月……貴女達の任せる仕事は後々伝えるわ……今は純一にその事を話してきなさい」

「は、はい!」

 

 

華琳様のお言葉に董卓……いえ、月は嬉しそうに天幕を出ていった。それに続いて詠や華雄、恋、音々音も出ていく。

 

 

「桂花も行ってくれる?純一の怪我も気になるし……あの子達の今後も考えたいの。一刀、警備隊の件だけど……」

「……承知しました」

 

 

私にも秋月の所へ行けとの指示を出した華琳様はすぐに北郷との会話を始めた。多分、月達の今後を話すのね。

そっちも気になるけど……今は怪我をしたあの馬鹿の所へ行かなきゃね。まったく……余計な心配ばかり掛けさせるんだから……

 



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第四十九話

魏の陣営に戻る途中で不安気にしていた陳宮を保護。呂布の説明もあり、共に行く事となった。一緒に連れていた犬の張々とセキトも何事もなく付いてきてくれた。なんか凄い人懐っこいな。

そして魏の陣営に到着し、いざ大将に董卓達の事を説明しようと思った矢先だった。

 

 

「ちょ、副長!なんで怪我してるんですか!?皆、集合!副長を医療用の天幕に押し込むぞ!」

「「おーっ!」」

 

 

警備隊の面々に見付かるなり担ぎ上げられて運ばれた。いや、なんでやねん!

 

 

「曹操様からのご命令です。怪我して帰ってきたら問答無用で治療させろと」

「どんだけ予想済みなんだよ覇王様!?」

 

 

つーか、俺が怪我をして戻る事を前提に話を進めてやがったな!?

 

 

「あいや、ちょっと待った!俺は大将に……」

「あ、純一さん。俺が華琳に話をしますから治療を受けてください」

 

 

裏切った一刀!ブルータスお前もか!?

 

 

「隊長の許可も得た!進めー!」

「待て……ああ、もう!一刀、そっちは任せたからな!」

 

 

不安は残るが治療を受けない事にはコイツ等も納得しそうにないし……一先ず治療を受けてから大将の所に行くか。

俺は警備隊の面々に担がれながら、そんな事を思っていた。

うん、甘い考えだったよね……

 

 

 

「ギャアアアアァァァァァッ!痛い、痛い!ギブ、ギブ!ノオォォォォォっ!?」

「大人しくしてください副長!」

 

 

いや、大人しく出来るわけ無いって!さっき小刀を止めた際に右手がズタズタになったけど実は気を通して痛みを紛らわせていたんだけど治療の為に気を止める様に言われた。そして気を止めると激痛が!更に斬れた部分の縫合や駄目になった皮の切除。麻酔ほぼゼロだから激痛!警備隊の面々に体を押さえられてなけりゃ大暴れしてるわ!

 

 

「やめろジョッカー!ぶっとばすぞ!」

「副長に治療を受けさせないと我々が曹操様にぶっとばされます!」「後生ですから治療を!」

 

 

俺の叫びに警備隊の面々は俺の体を押さえつけながら叫ぶ。うん、理由も使命も分かるけど痛いんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

そうだ、この治療が終わったら波紋の呼吸を覚えよう!あの複雑骨折を数秒で治すビックリ医療を!

 

暫くして地獄の苦しみのような時間が終わった。うん、今思えば酒でも飲んで痛みを誤魔化しておけばよかったよ。

「副長、お疲れ様でした」「お大事に」と言い残して去っていく警備隊の面々。お前ら許昌に戻ったら覚えとけよ。めんどくさいシフトにしてやる。

 

 

「はぁー……超痛ぇ……」

「副長、その程度で済んだと思ってください。下手をすれば指を切り落とさねばならなかったかもしれないのですよ?」

 

 

包帯でグルグル巻きの右手を見ながら呟いた。俺の呟きに軍医は説明をしてくれたが俺はやはりアホな事をしたと思った。でも刃を止められなかったら董卓は死んで賈駆達の心に深い傷を残しただろう。軍医から痛み止めの飲み薬を貰って口にした。

 

 

「当分、動かさないで下さい。縫合は済みましたが激しい動きや衝撃を与えれば傷が開きますよ」

「あいよー」

 

 

軽くグーパーと手を開いたり握ったり。普通に痛いがなんとか動かせる。つーか、現状で俺両手が駄目になってる……ま、でも……

 

 

「秋月さん!」

「秋月!」

 

 

医療用の天幕に慌てた様子で入ってきた董卓と賈駆。

 

 

「どうだった?」

「少し……込み入った事情は出来ましたけど………私も詠ちゃんも……」

「……温情を貰えたわよ」

 

 

 

二人は涙を流しそうになっている。何があったか聞くのは後だけど……

 

 

 

「そっか……よかったよ」

「……はい」

「……グスッ」

 

 

二人を抱き寄せて頭を撫でる。右手と左腕に痛みは走るが……この子達を救えたのなら、この痛みも悪くないと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

この後、天幕に入ってきた呂布、陳宮、荀彧に見られて大変な事になった。呂布は「恋も……」と言って抱きついてきた。陳宮は「恋殿になにをするのです!」と俺の足を蹴ってきた。荀彧は「最っ低……」って超睨んできてるし……

 




『波紋の呼吸』
特殊な呼吸法により、体を流れる血液の流れをコントロールして血液に波紋を起こし、『波紋疾走』と呼ばれる力を生み出す。その力は『太陽の力』とも言われている。
用途としては治癒に使ったり、普通の攻撃では倒せない吸血鬼や屍生人を浄化させることができる。 


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第五十話

反董卓連合の戦いから数週間。拠点を許昌から洛陽に移した魏……ここでもズレてきたな歴史。確か魏の拠点は許昌のままだった筈だけど……まぁ、その事に拘っても意味がない。

俺がやるべき仕事は変わらない。そう街の警備任務だ……さぁ今日も張り切って仕事に……

 

 

「秋月、警邏に行くなら私も行くぞ」

「あ、ああ……行こうか華雄」

 

 

仕事は変わらんが変わった事が幾つかある。一つ目は華雄の事だ。あの日、華雄は大将に自分を将としては扱わずに一兵卒としてほしいと申し出たらしい。華雄は反董卓連合の戦いを深く反省して一から出直したいと考えたとか。だが流石に元将軍を一兵として扱うのは無理がある。しかも華雄を慕う董卓軍兵が不満を出しそうだ。

そこで妥協案が『北郷警備隊副長補佐』と新たに作られた役職に着かせる事。これは現在、両手が駄目になっている俺の代わりに仕事をする為の役職。

と言うのが表向きな理由で大将からは『補佐にしている間に華雄に色々教えなさい。華雄からの話では華雄は武以外はなにもしてこなかったらしいわ。逆を言えばそれ以外を教えれば華雄は今後化けるかもしれない』との事で俺が教育係。

うん、かなり無理がある。万全状態でも抑えられない華雄をどうしろと?

と思っていたのだが華雄は意外にも大人しくなった。落ち着いて行動する事を心がけているみたいで余程、反董卓連合の戦いが後を引いてるのかも知れない。

 

そして他にも変わったと言えば……

 

 

「純一さん、これから警邏ですか?行ってらっしゃいませ」

「怪我するんじゃないわよ」

 

 

月と詠が俺のメイドになった、メイドになった。重要な事なので二度言いました。

これも大将発案なのだが保護すると決めたのは良いがおおっぴらに警護を付けると怪しまれる。かと言って城の中に居ながら何もしないのは変。ならば、この二人に与える仕事は?となり二人は侍女となった。俺の専属となったのも今や俺の補佐となった華雄が一緒にいるから護衛になる。しかも一刀との仕事も多いから警備隊の兵士も動かせると一石二鳥どころか三鳥仕留める結果となった。

ついでを言えば完成したメイド服を月と詠に着させた結果、大将や栄華は自分の侍女にすると言い出したがなんとか止めた。うん、あの可愛さを見たらそうなるのもわかる。余談だがメイド服の完成度から栄華が北郷警備隊お洒落同好会の予算のアップを取り付けてくれた。服の案を考えなきゃなぁ……

 

さてメイドの月と詠の仕事だが、やはり俺の肩代わりが多い。月は俺の身の回りを色々としてくれた。服を着させてくれたり、食事を手伝ってくれたり。詠は筆が持てない俺の代筆を頼んでる。後は草案を考えた時のアドバイスとか。

やはり両手が使えないのは不便だ。今のところ、華雄、月、詠に仕事を任せきりにしてる。男としてはなんとも情けないと思うが少しでも働こうとすると三人揃って止めに来るから無茶もできん。

因みにこの状態を作り上げたのは大将である。やり口が的確だよな。俺に仕事をさせつつ無茶をしようとしたら止める人間を近くに配置させるって……他にも意味はあるのよ。と大将は言っていたが妙に嫌な予感がする。

 

そして恋とねねだが一刀が面倒を見ている。何故かと言われれば、この二人は元々董卓軍でも扱いが難しかったらしく、兵を率いて戦うよりも単独で動く遊撃の方が多かったらしい。まあ、恋のポヤンとした感じでは難しいよな。それをねねが軍師として他の部隊との調整をしていたとか。ともあれ扱いが難しく軍の中に入れるのが難しいとなり、ならば天の御遣いの護衛兼有事の遊撃部隊として扱うとの事だ。

恋も恋で一刀に懐いてるや様子で概ね良好な関係と言えるだろう……ただ、ねねは恋絡みだと暴走しがちだ。この間も『恋殿を餌付けするとは何事ですかー!』と一刀を蹴ったらしい。それに怒ったのは凪や季衣、流琉、香風。理不尽な理由で一刀を傷付けたと、ねねを叱った。更に立場的に今は魏に忠誠心を見せねばならないのに関係にヒビを入れる気かと詠からの説教。極め付けに恋からも『ねね……ダメ……』とポカリと軽く拳骨を食らった。周囲から散々怒られたねねは助け船が無いことに漸く気付いて泣きながらも謝り、態度を少しずつ変えていった。

と言うか泣きながら俺の所に来て『どうしたら良いのか分からないのです!』と言っていたので態度を改めて『ごめんなさい』してきなと言ってやった。後日、それがうまく言った事を俺に告げるとそのままフラりと寝てしまった。なんやかんやで疲れてたのだろう。戦に負けて急に陣営を移動となり、回りは見知らぬ人ばかり。気を張ってたから一刀にもキツく当たってたのかもな。俺は眠ってしまった、ねねを寝台に寝かせて軽く撫でてやる。まったく……寝顔は素直なもんだ。

 

 

「………とーさま」

 

 

寝言を言うねねは可愛がったけど俺はまだそんな歳じゃありません。



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第五十一話

何もする事がないと考え事の時間が増えるのは仕方の無い事だと思う。警邏は華雄がメインで動くし、書類仕事は詠がやる。身の回りは月が全てやってくれる。

休みが出来たと思えば嬉しい限りだが女の子に働かせて俺だけ休んでるってのは悲しい気分だ。

 

一方の一刀は警備隊の隊長として……いや、それ以外の件でも忙しいんだろう。

思えば先日は大将、春蘭や秋蘭に付き合って買い物したらしいが回った店の数が凄かった。20件近くの店を回りきって様々な服や小物を買ったらしい。女性の買い物は大変なんだな……と思ったが半分は視察染みたものだったとか。しかも一刀は大将の下着選びをさせられたとか言ってた。

…………大将も一刀をからかってる部分が多い。なんやかんやと無理難題や男にとってハードルの高いことを要求する。それに慌てる一刀を見て楽しんでいる。愉悦神父か。

春蘭、秋蘭の両名も一刀と親しい。大将を共に支えると誓ったらしいがそれ以上の感情があるとみた。

 

栄華や華侖も一刀と仲良さげに話しているのを良く見る。華侖の場合、何かをやらかして一緒に怒られてるパターンが多い気もするが……栄華の場合だと仕事の話や天の国の話が殆どか?でも若干、男嫌いの気があった栄華が一刀と仲良くしているのは驚いた。先日も『一刀さんから聞きましたが秋月さんは……』と言っていたが話の導入から一刀の話だし、本人も気付いているのか呼び方が『北郷さん』から『一刀さん』になっていた。これは後々の展開が楽しみだな。

 

チビッ子三人組も一刀と良く遊んでる。季衣、流琉、香風は一刀を『お兄ちゃん』と慕っている。まあ、まだまだ子供だなぁ…………と思う反面、背伸びが微笑ましい。

 

最近、軍に入ったばかりの恋やねねも同様かな?一刀の非番の日とかピッタリと一刀に付いて回ってるみたいだし。大将にも『純一に懐いていたのに意外だわ』と言われたが恋はどちらかと言えば餌付けに近く、ねねは……なんか俺を父親として見ている節がある。ぶっちゃければ恋とねねは揃って『父親に甘える娘』みたいな感じで俺と接している感がある。その事を大将に話したら納得したと言う笑みと共に『少し間違ってるわよ』と言われた。

 

天和、地和、人和は言わずともって所だな。振り回されてる感じだが三人とも一刀以外のマネージャーはいらないって言ってるみたいだし。

 

次に霞だがアッサリと魏に馴染んでいた。元々の気質もあるのだろうが誰とでも仲良くしていて、俺も何度か飲みに誘われた。でも今、手がこんなんで月達が許してくれなかった為に未だに飲みに行けてない。まあ、そんな中で一刀と飲む機会があった一刀は霞と飲んで意気投合していた。その日の夜に真桜が『隊長が仕事サボって姐さんと飲んでたわ』と言っていた。おおかた誘われて、なし崩しに飲んで遅刻したな一刀。

 

次に凪と沙和だが一刀に随分と入れ込んでいる……と言うか、沙和は警備隊の仕事で一刀から教えられた事がハマったのか順当な仕事ぶりだった。『某国海兵隊式指導』をするとは思わなかったが……

一方の凪は最初から一刀を慕っていた気がする。最初は上司。次に尊敬。更に親しみと次々に一刀に当てられたって所か。多分、一刀を慕ってると言う面では一番は凪だろう。

 

それにしても一夫多妻が当たり前の時代とは言っても魏の曹操と良い関係になるって……一刀、凄いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side一刀◇◆

 

 

 

 

反董卓連合の戦いから数週間。兎に角、忙しかった。俺の仕事の補佐をしてくれていた純一さんが怪我で仕事から離れた事がこんなにも影響するなんて。

今、純一さんは怪我を治す傍ら、月、詠、華雄に自身の仕事を教えていた。これは怪我をした純一さんの代わりをしてもらう為の処置らしく。華琳曰く『純一は療養させようにも勝手に怪我をしていくから止める存在が必要になるわ。月達が懇願すれば無理はしないでしょ』との事。

 

それを踏まえても……純一さんは常々凄い人だと思い知らされる。反董卓連合でも孫策、関羽と共に戦い友好を築いていた。

そして本来の歴史なら反董卓連合で死んでしまう武将を何人も助けた。更に月、詠が純一さんのメイドになった……男のロマンを叶えましたね純一さん。月と詠はそれぞれ違う形で純一さんの手助けをしてるけど……月は純粋なメイド。詠は敏腕秘書って感じに見える。

 

華雄も純一さんの仕事を手伝っている。主に手を怪我した純一さんの代わりに警邏をしている。最初は不安だったけど凪みたいに真面目なタイプみたいだ。でも霞は華雄に元気がないと言っていた。それなりに長い付き合いだけど、あんなに大人しい華雄は始めて見たって言ってたけど……時折、純一さんを見る華雄の目が乙女だった。月達を保護した時に純一さんが華雄を抱き締めたけど、その影響もあるんだろうなぁ。

 

他の陣営も言うなら袁紹の所の武将、顔良さんとも仲が良さそうに見えた。本人曰く『苦労人としてのシンパシーを感じた』って言ってたけど……あの人、鼻の下伸ばしてたし。でもあの『彼女にしたい素朴で家庭的な子』って感じだからわかる。

 

真桜は割りと素直に純一さんが好きだと言っている。自分の気持ちに気付いたら止まれなくなった。からくり方面でも気が合うし、仲の良い兄妹にも見える。最近で無遠慮にあの胸を純一さんに押し付けてる。正直かなり羨ましい。

 

最後に桂花……アイツは何故、あそこまで純一さんに素直にならないのだろうと本気で思う。まだ純一さんに真名を預けてないみたいだし。『私が男に真名を許すわけ無いでしょ!アンタは華琳様にも言われたから本っ……………当に嫌だけど特例よ!』と言っていた。桂花が純一さんの事を意識してるの他の皆にもバレバレなのに……

 

華琳は『あら、微笑ましいじゃない。それに桂花は素直じゃないだけよ。寧ろあの状態から素直になった時を思うと……楽しいじゃない』と言っていた。当人同士に任せろと言いたいのだろうけど、その過程を見て楽しんでいるのは良くわかった。

 

純一さんの事だから、その辺りは上手くするんだろうなぁ……なんて思っていたのだが……

次の日、純一さんが再度、右手を負傷したと警備隊に報告が上がった。その連絡をしたのは……桂花だった。

 



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第五十二話

俺は朝早くから起きていた。ここ数日、教えてもらった事を実践する為だ。

気を両腕に集中する。一定量をキープしながら、その気を逃さない様に左腕と右手に染み込ませる様にする。無理はせずに目を閉じて座禅を組んで、集中をする。

これは鍛練ではなく一種の治療である。気を意識して怪我をした箇所に流して自己の治癒能力を底上げするやり方で所謂『治療気功』って奴だ。本来は自身の気を他者に分け与えて傷を癒すのが本来のやり方だが、俺は自身に医療気功を使っているので傷を癒す反面、体力はゴリゴリと削れていく。

でも折れかけた左腕が本来とは違ったスピードで治っていくのは感動ものだ。凄い疲れるけどね。

 

この治療は凪から聞いたのだが予想以上に使えそうだ。ただこの医療気功にはデメリットが存在する。それは気を過剰に送ると副作用が発生する事だ。

例を言えば傷を負った者に気を送りすぎると傷は治るが送りすぎた気の分、体が太ってしまうと言う副作用もあったらしい。

そうならない様に慎重にやらねば……それにあまり無理をしてると……

 

 

「秋月さん……」

「ああ無理な鍛練とかじゃなくてリハビリ……簡単に言うと体が鈍ってるから適度な運動をしただけだよ月」

 

 

俺を起こしに来た月が俺を呼ぶ。最近、潤んだ瞳の月に言われるのが当たり前になってきてる。月自身、怪我をさせた負い目とかもあるんだろうけど、端から見れば俺が悪者となってしまう。

 

 

「なら……良いんですけど無理はしないでくださいね」

「ああ。気を付けるよ」

 

 

月は手慣れた手つきで俺の寝巻きを脱がすとスラックスとワイシャツを着させてくれる。これもここ数日で見慣れた光景だ。

…………見慣れたからって月に脱がされるのは慣れない。でも断るのも凄い悪い気がして言い出せないし……。まあ、手が治るまでのまでの話だ。俺は手の感覚を確かめる意味も含めて久々にネクタイを絞めた。今までは手の痛みから上着も着ないワイシャツとスラックスのみの格好だったけど、ネクタイを絞めるくらいには大丈夫になってきた。いや、まだ痛いのは痛いんだけどね。

 

着替えを終えると月と共に食堂へ。そこでは見知った顔が既に食事や談話に花を咲かせていた。

 

 

「おはよう詠」

「あら、おはよう秋月」

 

 

給仕をしていた詠に挨拶。月は食堂へ行くと同時に詠の手伝いを開始していた。

 

 

「月、コイツ直ぐに起きたみたいね?」

「詠ちゃん……ううん。今日は秋月さん、自分で起きてたんだよ」

 

 

詠の質問に少ししょんぼりと答える月。はて、何故に落ち込む?と考えていたら詠が俺の耳を引っ張り俺の体勢を低くさせる。痛いっての!

 

 

「ちょっとは考えなさいよ!月はアンタを起こすのを楽しみにしてるのよ!」

「そ、そうなの?」

 

 

ギリギリと耳をつねる力が増していく。いや、ちょっとは弁明させて!

 

 

「今日はたまたま早起きしちゃったんだよ。それに治療気功を試したかったし……」

「まったく……月を泣かしたら許さないんだから」

 

 

俺の言葉に詠は漸く手を離してくれる。あー痛かった。

 

 

「泣かせないよう頑張るよ」

「そうしなさい。はい、朝御飯」

 

 

満足したのか詠は俺に朝御飯を乗せたトレーを渡す。ふむ、ネクタイを絞めるくらいは大丈夫な訳だし今日から箸を……

 

 

「ありがとう詠ちゃん。さ、秋月さん食べましょう?」

「ああ……うん」

 

 

俺が今日から箸を使おうかと思っていたのだが月が率先してトレーを持っていってしまう。ああ……これから始まる事を思うと恥ずかしい。

 

 

「はい。秋月さん」

「ありがとう月……あむ」

 

 

そう所謂『あーん』って奴。俺が箸やレンゲが使えないから代わりに月が食べさせてくれるんだけど超恥ずかしい。回りでは霞や沙和がニヤニヤしながら見てるし。凪は『なるほど……』とか言ってる。何の参考にする気だ?

恥ずかしい時間ほど長く感じるものだが朝御飯を終えて、茶を一杯。うん、落ち着く。

 

 

「さて、そろそろ行くか」

「はい。いってらっしゃい秋月さん」

 

 

片付けをしてくれた月が見送りまでしてくれる。本当に良い子だよな。

 

 

「ちょっと待って秋月。ほら、曲がってる」

「ん、おお……悪いな」

 

 

食堂から出ようとした俺を引き留めたのは詠。詠は背伸びをしながら俺のネクタイを直してくれた。ヤバい……超可愛い。

 

 

「おーおー、出掛ける前の旦那の身支度を整える新妻みたいやなぁ」

「に、新妻っ!?」

 

 

今の状況を霞が冷やかし、詠が過剰反応をしてしまう。

 

 

「ち、違う!僕はそんなんじゃ……」

「おんや~?何が違うん?」

 

 

明らかに慌てまくる詠に明らかにからかっている霞。もしかしてこれが董卓軍の日常だったんだろうか?

 

 

「ほ、ほら!アンタはさっさっと仕事に行きなさいよ!華雄が待ってるわよ!」

「お、おう」

 

 

 

形勢不利と判断した詠は俺の背を押して食堂から追い出す。確かに俺がいると、からかわれる率も上がるわな。

そして警邏に出ると華雄と一緒だ。今日のシフトは午前中に華雄と警邏をして午後から真桜とからくり開発へ、夜は栄華、沙和と共に新たな服のアイデア出し。出来る仕事も増えてきたから一種のヒモ生活も終わっていた。と言うか終わらせたんだけどね。

 

 

「……………」

「……………」

 

 

警邏に出たは良いのだが華雄が喋らない。いや、今までは仕事の話だとか色々してたんだけど今日に限って妙に静かなんだけど。その割りにはチラチラこっちを見てるし……俺、なんかしちゃった?

 

 

「副長、あちらの通りで喧嘩が……」

「ん、わかった。華雄、行くぞ!」

「……承知した!」

 

 

静かだった華雄も仕事となるとスイッチが切り替わる。警備隊の案内で現場に到着……到着したのだが……

 

 

「何よ、アンタ達が因縁つけてきたんでしょ!」

「ああん!?女が意気がってんじゃねーぞコラっ!」

 

 

絡まれていたのは荀彧だった。絡んでるのは恐らく酔っ払い。なんか凄いヒートアップした言い合いになってんだけど。

 

 

「秋月副長!」

 

 

そんな中、俺に駆け寄ってきたのは警備隊の若者。丁度良いし何があったか聞いててみるか。

 

 

「お疲れさん。この状況は?」

「自分も途中からしか分からないのですが……見ていた者の話では……」

 

 

ざっくり話を聞くと顛末はこうだ。

何やら考え事をしていた荀彧は街を歩いている内に酔っ払いの男達に声をかけられた。当然の事ながら断る荀彧だったが酔っ払いが何かを言った途端に荀彧はキレて罵声を浴びせた。それがヒートアップしたまま今に至る。

 

荀彧の男嫌いは今に始まった事じゃないが……なんか妙だよな。なんて思っていたら華雄も到着。話し合いで解決しようと思ったら男の一人が拳を振り上げた。それを見た瞬間、俺は走り出していた。

 

 

「荀彧に何してんだテメェ!」

「ぐはっ!?」

 

 

俺は荀彧を殴ろうとしていた男の顔面を殴った。超痛ってぇぇぇぇぇぇっ!今すぐに叫びたいが、この状況でそれは出来ん。じんわりと右手の包帯が赤く染まっていく……

 

 

「あ……秋月?」

「荀彧……大丈夫だったか?」

 

 

俺の右手からポタポタと流れ落ちる血の滴と俺の顔を交互に見ながら呆然と呟いた荀彧。ったく……また傷が開いちまった。



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第五十三話

 

 

◆◇side桂花◇◆

 

 

その日、私は機嫌が悪かった。いえ、その日に限らずずっと機嫌が悪かった……。反董卓連合が終わってから元董卓軍の兵士や武将を吸収して魏は更なる力を得たと言える。それは華琳様が天下を取るための足掛かりになるから素晴らしい事……そう素晴らしい事なのに……

 

 

「はい。秋月さん」

「ありがとう月……あむ」

 

 

あの馬鹿と月がやっている事を見るとイライラする。確かに秋月は手が使えないけど、そこまで甘やかせなくてもいいんじゃないの!?

その後も……

 

 

「ちょっと待って秋月。ほら、曲がってる」

「ん、おお……悪いな」

 

 

食堂から出ようとした秋月を引き留めた詠は背伸びをしながら秋月の『ねくたい』を直していた。近づきすぎよアンタ等!

 

 

「おーおー、出掛ける前の旦那の身支度を整える新妻みたいやなぁ」

「に、新妻っ!?」

 

 

今の状況を霞が冷やかし、詠が過剰反応をしている。なによ、デレデレして。

私は騒いでる秋月や詠を無視して配膳を下げるとその場から逃げるように食堂を後にした。モヤモヤする……イライラする……ああ、もう!考えが纏まらない!

私はその後の仕事も手に就かなかった。筆を進めようとしても頭に思い浮かぶのは先程の光景。

はぁ……駄目ね。全然集中できないわ。私は一度、頭を冷やす為に城の外へ出た。気分転換も必要よね。

 

でも……なんなのかしら……私は別に秋月が何をしようが関係ない。真名すら預けてない奴になんか気を止める必要もない。なのに……なんで……

 

 

「お嬢ちゃん、俺達と飲まない?」

「嫌よ、他を当たって」

 

 

私は思考の海に沈んでいたけど、それを引き上げたのは見知らぬ男達だった。酒臭いから昼間から飲んでるろくでなしなのだろう。こんな誘いになんて私は絶対に乗らない。

 

 

「おいおい……断るにしても言い方ってのがあるだろ?」

「触らないでよ!」

 

 

男は私の肩を掴んで引き止めようとした。触らないでよ汚れる!私は男の手を乱暴に振り払った。

 

 

「んだと、この女!」

「さては、ろくな男と付き合っちゃいないな!」

「女一人をほったらかしにしてんだ、そうに違いないぜ!」

 

 

酔っ払いの言葉とは言っても私はカチンと来た。何も知らない癖に……

 

 

「確かにあの馬鹿は……ろくなもんじゃないけど……アンタ達みたいな奴等よりもよっぽどマシよ!」

 

 

私は考えるよりも先に口が動いていた。何も知らない奴にあの馬鹿を悪く言われたくない。

 

 

「んだと……何処のどいつだか知らねぇが……」

 

 

そもそもコイツ等は余所者だろう。この国で私や秋月を知らないのは余所者である良い証拠だ。

 

 

 

「何よ、アンタ達が因縁つけてきたんでしょ!」

「ああん!?女が意気がってんじゃねーぞコラっ!」

 

 

男の一人が拳を振り上げた。殴られると思った私は思わず目を閉じてしまう。あれ……衝撃が来ない?

 

 

「荀彧に何してんだテメェ!」

「ぐはっ!?」

 

 

私はその叫びに瞳を開く。其処には私を庇いながら、酔っ払いを殴り飛ばした秋月が。

 

 

「あ……秋月?」

「荀彧……大丈夫だったか?」

 

 

秋月の右手からポタポタと流れ落ちる血の滴と顔を何度も視線を移してしまう……って、この馬鹿!

 

 

「何……してるのよ……」

「い、いや……荀彧が危ないと思ったから……つい」

 

 

私が睨みを効かせて問うと秋月はしどろもどろになりながら答える。

 

 

「アンタね……その傷が開いたのを私の責にするつもり?」

「あー……そういう訳じゃ……」

 

 

秋月の態度に私はもう限界だった。

 

 

 

「アンタが怪我したら私はどうしたらいいのよ!?私を庇ってアンタが怪我したら私はちっとも嬉しくないんだからね!」

「お、おい……」

 

 

私は秋月のねくたいを引っ張りながら叫ぶ。それこそ子供みたいに。

 

 

「やれやれ……見せつけてくれるな」

「華雄……」

 

 

ため息を吐きながら近づいてくる華雄。

 

 

「華雄さん、コイツ等は?」

「警備隊の詰所に連行しろ。残りの者は後処理に当たれ」

 

 

捕縛された酔っ払い達が連行されていく。どうやら私達が言い争いをしている間に私に絡んでいた酔っ払い達を倒してしまったらしい。華雄は手慣れた様子で指示を出している。

警備隊の仕事についてから落ち着きが出たのかしら……前よりも毅然とした佇まいね。

 

 

「悪いな華雄。任せきりにして……痛てて」

「気にするな。その為に私が居る……と言いたいが秋月が怪我をしたのでは私はその役割は果たせなかったと言えるがな」

 

 

痛みに耐えながら秋月が華雄に謝罪をするが華雄は冗談混じりの返しをする。春蘭みたいな猪かと思ってたんだけど……これは評価を改めるべきかしら。

 

 

「あー……その……」

「ふっ……冗談だよ。桂花、悪いが私は警邏の続きがあるし、他の警備隊の兵士は酔っ払いの連中の連行で居なくなる。秋月の治療を頼めるか?」

 

 

華雄の冗談に笑えなくなっていた秋月に苦笑いを溢すと華雄は私にそんな事を言ってきた……これ、本当に華雄なのかしら?董卓軍の頃とは大違いなんだけど。他人を気遣える辺りが特に。

 

 

「仕方ないわね……秋月の怪我の報告も私がしとくわ。さ、行くわよ」

「お、おい荀彧!?」

 

 

私は秋月のねくたいを引っ張る。そのまま私は秋月を連れて、城へ戻る事にした。

城に戻った私は医務室で秋月の包帯をほどいていた。血濡れで少々触りたくないと思いつつも私は包帯を解いていく。その下の傷を見る為に。

見てみれば傷は然程酷くはなかった。しいて言うなら閉じかけていた傷口が開いた感じかしら。私は血を拭うと新しく包帯を巻く。

 

 

「何様のつもり?アンタは怪我を悪化させない為に月や詠、華雄が補佐についてるのよ。なのに怪我をするとか馬鹿なの?」

「……返す言葉もないな」

 

 

私の言葉に苦笑いの秋月…………本当に馬鹿なんだから。

 

 

「…………『桂花』よ」

「え?」

 

 

私の言葉に秋月は目を丸くして私を見てる。あ、こんな顔初めてみるかも。

 

 

「なによ……私の真名は受け取れないの?」

「え……いや、だって……」

 

 

まったく……素直に受け取りなさいよ。説明なんかしたくないんだから。

 

 

「勘違いしないでよね。まがりなりにも二度も救われたんだもの………特別よ」

「そっか……ありがとう。荀彧の真名、預からせてもらう」

 

 

私が口にした『特別』の言葉に秋月は嬉しそうにしてる。そんな話をしている内に新しい包帯を巻き終えた。

…………ついでだから書き足しておこうかしら。

 

 

「え、ちょっ……何を……」

「いいからジッとしてなさい」

 

 

私は医務室に備え付けられている筆を手にすると新たに巻いた秋月の包帯に『使用禁止』と書く。

 

 

「これで、ちょっとは懲りなさいよね」

「皆に笑われそうだなコレ」

 

 

秋月は私の書いた文字を眺めている。そうやって暫くは笑い者になってなさい。私に心配かけたんだから当然の報いよ。

 

 

「ありがとうな………桂花」

「~~~~っ!?」

 

 

秋月が私の真名を読んだ時、胸が弾けるかと思った。顔が熱い!何……これ?

 

 

「お、おい……桂花?」

「わ、私!アンタの怪我の報告とかしてくるから!」

 

 

私は思わず秋月から距離を取り、部屋を出ていく。

熱い。秋月に真名を呼ばれるだけで顔が熱くなるのがわかる。まるで初めて華琳様に真名を呼ばれた時みたいに……って、いやいや無い!あり得ない!

そう……私は朝からイライラしてたし胸もモヤモヤしてたから……これはその延長なんだわ!そうに違いない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも私の胸は今……ドキドキしていた。



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第五十四話

荀彧……いや、桂花から真名を許された次の日。月に起こしてもらった俺はある一つの危機に陥っていた。

 

 

「桂花さん……これは私の役目です」

「そうね。でもコイツの怪我を悪化させたのは私よ。責任をとるわ」

 

 

俺の目の前では用意された朝食を前に静かに、それでいて気迫に満ち溢れた桂花と月が睨みあっている。二人はどちらが俺に食べさせるのかを争っていた。

事の始まりは朝食が用意されてからだった。いつもの様に俺に朝食を食べさせようとした月だが桂花が持っていた食器を奪ったのだ。本人曰く、『その手を使えなくしたのは私よ。だ、だから……私が食べさせてあげる』と宣言。これに月は『最初に怪我をさせてしまったのは私です。最後までやります』と食器を奪い返した

月は顔は笑っているが一歩も退く気は無さそうだ。俺が口出しをすると更に悪化しそうだし……どうしたら……

 

 

「二人とも秋月が困っているだろう。仕事の時間も差し迫ってるんだぞ」

「……華雄」

「華雄さん……」

 

 

二人が取り合っていた食器をヒョイと取り上げると諭すような口調で華雄は語り掛ける。桂花は指摘された事にも自覚があったのか『仕方ないわね』と退き下がった。月は……あれ?なんか泣きそうに……華雄も既にいないし。

 

 

「華雄なら月から逃げる様に食堂から出ていったわよ」

「大将……ってなんでまた逃げるとか……」

 

 

いつの間にか食堂に来ていた大将が俺に話しかける。

 

 

 

「華雄さん……私達とこの国に来てからズッとなんです……避けられてて……」

「ああ、もう……月、泣かないで……」

 

 

華雄に避けられてる事に涙を流す月。あ、そうか……反董卓連合の時の事が未だに尾を引いているんだ……

月はもう許したつもりなんだろうけど、華雄は任された関所を二つも落として董卓軍を敗北させたとの罪悪感がある。それだから月に会わせる顔が無いって所か?

 

 

「ふむ……これ以上、関係改善が望めないと仕事にも支障をきたすわね」

 

 

大将は月を慰める詠から視線を俺に移す。

 

 

「頼めるかしら純一」

「えーっと……何故俺に?」

 

 

大将の言い出した事だ。拒否なんか出来ないのはわかってるが、何故俺に白羽の矢が当たったのかだけ聞いときたかった。

 

 

「あら、華雄はアナタの部下なのよ。部下の様子を見るのは上司の勤めでしょ?それに……」

「そ、それに?」

 

 

大将の言い分はわかる。一応、俺の補佐として頑張ってくれてるんだから……

 

 

「それに桂花から自力で真名を預かれたんだもの、きっと華雄も立ち直らせてくれるわ」

「「っ!?」」

 

 

俺と桂花は同時に顔を見合わせた後に大将に視線を戻す。あ、超がつくくらいニヤニヤしてる。これは……マズい!

 

 

「じゃ、俺は警邏に行くと共に華雄の様子見てくるわ!」

「あ、ちょっと、私を置いて逃げるな!」

 

 

俺は朝飯もろくに食わずに警邏に出ることにした。俺が食堂を後にしたと同時に桂花宛の質問疑問が飛び交っていた。 すまん、桂花。後でなんか奢るから。つーか、なんで大将は俺が桂花から真名を預かれたの知ってんだよ。昨日の話だってのに。

 

さて警邏に出たは良いが華雄は俺の前じゃいつも通りだった。いや、いつも通りの様に振る舞ってるのかな……あれだけの事があって『もう忘れた』なんて事はないだろうし。

仕方ない……今日の夜にでも酒に誘うか。今のまんまじゃ何を聞いてもマトモに答えるとは思えないし。

仕事の事だろうが、プライベートな事だろうが愚痴を溢せば

多少なり楽になるだろう。ふと思ったが、これって飲みニケーションになるのだろうか……俺は会社でしょっちゅう参加させられていたが……いや、飲みニケーションではなく普通の酒の誘いと言う事にしとこ。

 

警邏の途中で華雄に夜の酒の話をしたらアッサリと受けてくれた。華雄も話したい事があるのだとか。

その話を聞くためにも今日は酒盛りしなければならない。

因にだが城に戻ると同時に今朝、一人で逃げた事で桂花に30分ほどの説教を受けた。『ま、まあ……華琳様からお褒めの言葉を頂いたから良しとするわ』と顔を赤らめていた。本当にお褒め『言葉』だったのかも怪しいが踏み込むと面倒な事になりそうなのでスルーしよう。

 

なんやかんやで夜になり、華雄と酒を飲むことに。因みに飲む場所は俺の部屋でだ。

最初は飲みながら仕事の話。次に俺が天の国に居た頃の話。話をしていると会話も弾むし、酒も進む。さて、華雄の悩み相談を受けようか……………と思ってたんだけどな。

 

 

「う……ぐすっ……」

 

 

突如、華雄が涙声で啜り泣く様な状態になった。え、俺がまた何かしちまった!?

 

 

「私は……なんでこうなんだ……任された関所で敗北し……董卓様を……守れなかった……」

「華雄……」

 

 

華雄の思いは俺の想像以上だった。反董卓連合の時の事は華雄にとって最大級のトラウマとなっている。

 

 

「董卓様の……皆の笑顔を見る度に思うのだ………私が強ければ……私が孫策に負けなければ……」

「………」

 

 

そっか、真面目で融通が効かないけど責任感が強くて勝ち負けに拘り過ぎてるんだな、華雄は。

 

 

「それに……貧乳って……言われて……」

 

 

あ、気にしてたのかアレ。でも華雄は貧乳って感じじゃ……まあ、孫策と比べると流石に負けてるか。

それにそれを言ったらウチの大将や軍師は……やめとこ。考えただけで殺されかねない。

兎に角、泣いてる華雄をどうにかしないとな。

 

 

「華雄……月も詠も霞も恋もねねも誰も華雄のせいで負けたなんて言ってなかっただろ?今、皆は華雄がそんな調子だから心配してるぞ。今の華雄は気負いすぎだ」

「……わ、私は……」

 

 

俺は治りかけの左腕で華雄の頭に手を伸ばす。華雄は俯き気味で顔は見えない。

 

 

「華雄も一兵卒からやり直したいって言ってたんだろ?償いをするつもりで。確かに立場は出来ちゃったかもだけど……俺も手伝うし、色々教えるからさ。自分から孤独になろうとなんかするな」

「………」

 

 

俯いたままの華雄の髪を撫でる。あ、凄いサラサラで良い香りが……

 

 

「皆、勿論俺も……華雄が心配だから」

「あき……つき……」

 

 

髪を撫でていたのだが華雄はやっと顔を上げた。その瞳に溜った涙が溢れ出していた。

 

 

「……優しく……するな!」

「わっ!華雄!?」

 

 

華雄は俺を押し倒し、抱き付いてきた。両手を俺の背中に回して泣いている。ヤバい、華雄って意外と華奢で柔らかい……

 

 

「優しくされると何もわからなくなる!私は……私はどうしたらいいんだ!教えてくれ秋月!」

「華雄……言ったろ。色々教えるからって。慌てなくても良い」

 

 

俺は泣き崩れる華雄をなるべく優しく抱き返した。華雄は驚いた様子だけど少し落ち着いてくれた。

 

 

「皆も……俺も華雄と一緒に居るんだ。焦らなくたっていい……何をするにしても……一人で抱え込まなくていい。二人いれば楽しい時は二倍楽しめる。そして苦しい時は半分で済む」

「そう……だな……」

 

 

華雄は冷静さを取り戻したのか大人しくなっていた。俺の言葉を聞いて静かに顔を上げた。

 

 

「なら……ずっと一緒に居てくれる証がほしい」

「証……どうすれ……むっ」

 

 

俺の言葉を遮って華雄が顔を近づけて……そのままキスされた。先程まで飲んでいた酒の匂いと華雄の香りがした。

 

 

「ふふっ……証だ」

「か、華雄……」

 

 

悪戯な笑みを浮かべた華雄はポフッと俺の胸に頭を乗せる。その直後にスースーと寝息が聞こえ始めた。もう寝たのか……張っていた気が緩んで疲れが一気に来たのか……それとも酒の飲みすぎか。

俺は眠ってしまった華雄を起こさないように抱き上げると寝台に寝かす。華雄との距離が近くなり思い出すのは先程のキス。柔らかかったなぁ……俺は思い出す様に指で自身の唇に触れた。

さて……華雄も寝ちまったし俺も……あ、寝る場所がない。俺の部屋で飲んでいて華雄に寝台を譲ったら俺の寝る場所ないじゃん。

…………仕方ない、床で寝るか。俺はスヤスヤと眠る華雄に『オヤスミ』と小さく言ってから瞼を閉じて……俺の意識は直ぐに沈んだ。



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第五十五話

「ん……朝か」

 

 

朝日に照らされて目が覚める。昨日は……あ、そっか。華雄と飲んでから、そのまま寝たんだった。んで華雄が先に寝ちまったから俺は床で寝て……痛たた……やっぱ床で寝ると体が痛い。

 

 

「おい華雄……朝って……寝相悪いのか?」

「ん……うぅ……」

 

 

起き上がって華雄を起こそうと思ったら華雄は寝台の上で眠そうに丸まっていた。布団は少し乱れて華雄の肌が見えている。

と……いかんいかん。見とれてる場合じゃない。早くしないと月が俺を起こしに来てしまう。こんな状態を見られたら……

 

 

「華雄……起きろ華雄……」

「ん……う……」

 

 

寝惚けてるよ。普段はスパッと起きる華雄が珍しいな。兎も角早く起こさないと……

 

 

「純一さんおはようございます」

「秋月、朝よ起きなさい」

「あ………」

 

 

なんて思っていたら月が来た。しかも間の悪い事に今日は詠もセットで来ている。二人は俺と華雄を見てピシッと固まった。

さて状況整理

 

俺 →服半脱ぎ状態で気だるげ。

華雄→俺の寝台の上で服と布団が乱れた状態で寝ている。

状況→俺が寝台で寝ている華雄の傍に立っている。

 

結果→あ、これ詰んでるわ

 

 

 

 

 

 

「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 

 

 

 

俺の部屋に月と詠の悲鳴が鳴り響く。

神よ、俺はアンタに何かしちまいましたか?

そうか俺が嫌いか?俺もアンタなんか嫌いだよバーカ。

 

俺の部屋に向かって聞こえる無数の足音に俺は現実逃避をしながら神を呪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暫くした後に俺は玉座の間で正座をしていた。

 

 

「ではこれより警備隊副長秋月純一の審議を執り行う」

「極刑でよろしいかと」

 

 

大将の言葉に間髪入れずに桂花が意見具申。気のせいかしら……桂花の背後に不動明王が見えるんだが。

 

 

「いやー……いくらなんでも極刑は行き過ぎちゃう?」

 

 

苦笑いの霞が意見を出す。

と言うか……真面目そうに見える審議だが一部は笑ってる。そりゃそうだ。別に俺が夜這いをして華雄を襲った訳じゃないんだから本来はこの状況もおかしい訳で。

 

 

「だそうよ桂花?」

「いえ、断固許しません」

 

 

ニヤニヤと笑う大将が桂花に微笑むが桂花は許さないと拒む。ああもう……頼むから冷静になって桂花。そのままじゃド坪にハマるから。大将のドS心が思いっきり刺激されてるから。

 

 

「そう……何故許せないの桂花?」

「このケダモノをこれ以上野放しに出来ません!それに私が真名を預けたのに何も……あ……」

 

 

漸く頭が冷え始めた桂花。大将の仕掛けた罠にハマった事に気付いたが時既に遅し。

回りが既に冷やかす視線を桂花に送ってる。

 

 

「桂花って……つんでれなのー」

「なんや沙和『つんでれ』って?」

「たいちょーが言ってたの。素っ気ない振りをして実はその人に惚れてたり素直じゃない人を『つんでれ』って言うんだってー」

 

 

沙和と真桜の会話が聞こえる。それが耳に入って桂花の耳は赤くなっていく。

 

 

「あー大将。そこらで止めてくれんかね?」

「あら、純一。こんな可愛い桂花を愛でるのを止めろと言うの?」

 

 

俺の言葉に大将は愉悦な笑みを浮かべていた。ドS全開だよ愉悦覇王様。

 

 

「いや、可愛いのは認めるが……」

「~~~っ!」

「いやぁ……天然って怖いわぁ…….」

 

 

俺の発言に桂花がビクッとなり、霞が言葉を漏らす。つい本音をポロっと出しちまった。俺の隣で桂花の顔が真っ赤になってるし。

 

 

「色んな意味で……この馬鹿ぁ!」

「ほぶぁっ!?」

 

 

俺の頭に桂花の踵落としが決まる。いや、俺が反応できないレベルの踵落としを放つとは恐るべし。

 

この後だが漸く起きてきた華雄が昨晩の話をして俺は無罪放免となった。いや、元から大将はそれを見抜いていた節があったけど。

 



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第五十六話

無罪を勝ち取った次の日。俺は右手が殆ど治った事もあり久々に鍛練場へと足を踏み入れていた。因みに俺は特注で作って貰った胴着を着ていた。まあ、鍛練用にと思って服屋の親父に言ったら作ってくれたのだ。まさかあのまんま作るとは思わなかったけど。

 

 

「久々だけど……一先ず気は使えるな」

 

 

俺は掌に気の塊を作り出そうとする。するとポゥと気の光が灯りホッとした。

休んでいた間に使えなくなったとかシャレにもならん。

 

 

「さて……やってみるか」

 

 

俺はビシッと構えを取る。両手を前に突き出す。そして胸の前でアミダを組むように素早く切る。仕上げに両手を突き出して……狙うは壁に設置された的!

 

 

「フリーザーっ!!」

 

 

特に意味の無い叫びを上げると同時に気弾を発射!やった上手くいった!命中した気弾は見事に的を破壊した。こんなに上手くいったの初めてかも。

 

 

「しっかしまあ……少し休んでた割にはちゃんと使えたな」

 

 

俺は自身の掌を見ながら呟く。こんなに上手くいったのも驚きだが暫く鍛練そのものを休んでたので使えなくなったのかと不安だったが……いや、技が上手くいったのを考えると休む前よりも調子が上がった気がする。

 

 

「副長、朝の鍛練ですか?」

「ん、ああ。おはよう凪」

 

 

考え事をしていたら凪が鍛練場に来た。動きやすい服装をしているから凪も朝の鍛練か?

 

 

「手も治ったから体が鈍る前に鍛えようと思ってな。久々で心配だったけど気もちゃんと使えたよ」

「そうでしたか。気を一度使えた者は余程の事がないと忘れませんよ。体が使い方を覚えますから」

 

 

なるほど。自転車に乗らなくても乗り方は忘れないもんな。

 

 

「………副長、それは新しい胴着ですか?……なんて言うか……派手ですね」

「ああ……うん。天の国で有名な武道家が着ていた胴着なんだ」

 

 

そう。凪の発言の通り俺は派手な色の胴着……つまり亀仙流の胴着を着ている。

それと言うのも服屋の親父に様々な案を出した時に寝不足と深夜のテンションで幾つか悪ふざけの産物。つまり、アニメとか漫画の服も数着案として出してしまったのだ。それを服屋の親父は律儀にも作ってくれて……作ってくれたのに着ないのもなんなので今、着ているのだ。まあ、鍛練用にすればいい。

因みに背中の文字は『亀』や『幸』ではなく『魏』の文字が入っていたりする。

凪は凪で納得したのか『これが……天の……』と呟いている。凪も気を使うし興味があるのか?

 

 

「凪、ちょっと組手をしないか?」

「わ、私が副長とですか!?」

 

 

俺の提案に、なんか恐れ多いとリアクションをする凪。いや、そんな深刻に受け取らないで。

 

 

「そんな大袈裟なもんじゃなくてさ……少し体を動かしたいんだ無理をしない程度にさ」

「そ、そうですか?……だったら」

 

 

凪は不安そうに俺と向き合う。いくら俺が怪我ばかりしてると言ってもそこまで弱く見られてるのはショックだな。一丁脅かしてやるか。

俺は人差し指に気を溜めると凪に向かって指鉄砲の構えを取る。

 

 

「伊達に夏コミ出てねぇぜ、霊丸っ!」

「きゃあっ!?」

 

 

予想外だったのか凪は可愛い悲鳴を上げながらも俺の放った霊丸を避けた。

 

 

 

「副長……病み上がりだからと心配してましたけど今の気弾を見て安心しました。今度は私から行きます!」

「お、おう!来い!」

 

 

 

どうやら凪は俺が弱いのではなく病み上がりの方を気にしていたみたいだ。俺の霊丸を見て気に問題が無くて安心したのと武人としての血が騒いだのか瞳に火が灯ってる。

 

この後、俺と凪は組手をした。まあ、当然の事ながら俺が負けたのだが良い運動になったと思う。

逆に凪は手加減をしながら戦っていただろうから気疲れもあるのだろう。

 

だけどまあ……今日一番驚いたのは……

 

 

「かめはめ波!」

「って嘘ぉ!?ぐぶっ!」

 

 

 

そう……凪がかめはめ波を放ったのだ。どうも俺が仕事を休んでいた間に一刀から話を聞いて、真桜にも話を聞いたらしい。更に以前の熊騒動の際に俺が撃つところを見て修得に至ったとか。

見よう見まねでかめはめ波を修得した悟空を見る亀仙人の気持ちってこんな感じなのね……と俺は才能の差を思い知らされるのだった。




『バーニングアタック』
未来トランクスが使用した技。
印を切るように両手を高速で動かすことで気を練り上げ、突き出した両手から強力な気弾を放つ。
フリーザに放ち、技は避けられたが一瞬の隙を突きフリーザを剣で一振りの下に倒した。


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第五十七話

 

 

朝の鍛練を終えて朝食を済ませた後に久々にマトモな警邏へ。因にだが先日の事を引きずってるのか月や詠とは少しぎこちない。早めに関係改善したいものだ。

 

さて、警邏をする傍ら、俺は少々悩みがある。

それは今朝、鍛練を終えた後に大将に呼び出された事にある。

 

 

「純一、貴方に華雄隊の指導を命じるわ」

「いきなり話がぶっとんだな。なんでまた?」

 

 

いや、いきなり隊を預かれとかどんなムチャ振りだよ。

 

 

「華雄と共に下った華雄直属の隊なんだけど……少し前の華雄みたいに誇り高いのよ」

「……ああ」

 

 

大将の一言でなんとなく察してしまった。少し前の華雄って事は反董卓連合の時の華雄だろう。その頃の華雄と言えば誇りが高すぎで回りが見えず挑発にもアッサリと乗ってしまう。

今でこそ華雄はそんな自分を省みて成長したが部下だった華雄隊の兵士は未だにそのままなんだろう。恐らく、指導したのだろうがプライドが高い為に大した効果も無かった筈。

 

 

「それで俺が……って言っても俺が指示しても言うことを聞いてくれるとは思えないんだけど」

「大丈夫よ、華雄にも指導を任せるから」

 

 

ああ……元上司の華雄が指導に当たれば言うことは聞いてくれるか。

 

 

「そして純一は華雄隊を指導しながら彼等の思考を変えていきなさい」

 

 

つまり猪突猛進を直せって事ね。まあ、最近の華雄を見てればそう思いたくもなるか。

猪突猛進じゃなくなった華雄は腕も立つし、回りを見て的確な指示を出す。更に他の者へのフォローも完璧と言える。最近では書庫に足を伸ばして勉強もしてるとか。

 

 

「今の華雄が砦を守っていたら……反董卓連合はもっと苦戦してたわね」

 

 

少し悩む仕草で呟く大将。うん、それには同意する。

 

 

「兎も角、華雄と共に元華雄隊の指導を命ずるわ。華雄には後程、役職を与えると伝えて頂戴」

「了解です」

 

 

副長補佐以外にも役職を与えるか……いや、それよりも。

 

 

「指導って……俺は何を指導するんだよ?」

「あら、こんな時こそ天の知識じゃないの?」

 

 

あー……なるほどね。つまり俺の持つ未来の知識で華雄隊を鍛えろと。

 

 

「どうなるかわからんぞ?」

「あら、やってみて始めて効果もわかるものでしょう?やるだけやってみなさい。その時が来たら評価してあげるわ」

 

 

と……まあ、こんなやり取りがあって俺は華雄と隊を預かる事に。俺のさじ加減で決まる部隊か……マジでどうしよう。

 

 

「一刀が沙和に某海兵隊式の指導を教えたからなぁ……他のやり方じゃないと……」

 

 

やり方が被るのは良くないし、大将は評価するって言ってたから半端な事は出来ないし……

うーむ、特殊部隊みたいにするか……いや、それこそ新撰組みたいに?いやいや、いっその事、ショッカーみたいな黒タイツ集団……ん、集団?

あ、それがあった。アレを参考にしながら部隊として指導すれば上手く行くかも。よし、華雄に話して新部隊の設立&指導といきますか。



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第五十八話

華雄隊の指導を任された俺は昼飯時に一刀と凪、華雄と合流して今朝方、大将から頼まれた事を話した。その内容に一刀と凪は苦笑い。華雄は頭を抱えていた。

 

 

「すまない秋月。私の監督不届きだ」

「いんや、そればっかりじゃないさ」

 

 

華雄は頭を下げるが悪いのは華雄ばかりじゃない。そもそも他の国に下って元上司がその国の方針にしたがってるのに元部下が言う事を聞かないってのが間違ってる。会社だったら人事に殴り込みを掛けるレベルだ。

 

 

「ま、兎に角……俺と華雄は当分の間、華雄隊の指導に当たる事になる」

「純一さんと華雄だけでやるんですか?」

 

 

俺の言葉に一刀が尤もな事を聞いてくる。うん、それだけじゃないんだな、これが。

 

 

「指導をするのは俺と華雄と……恋とねねだ」

「え……大丈夫なんですか?」

 

 

俺の発言に一刀、凪、華雄がピタリと動きを止めた。残り二人の気持ちを代弁するかの様に凪が尋ねてくる。

その大丈夫はどっちの意味だ?恋が指導の立場で大丈夫って事か?それとも兵士達の身の安全が大丈夫かって事か?まあ、両方かな。

 

 

「いつまでも恋とねねを遊ばせておく訳にはイカンと言う事でな……流石に指導は無理だからどちらかと言えば模擬戦の相手かな」

「その段階で華雄隊が駄目になるんじゃ……」

 

 

うん、一刀のご指摘ごもっとも。だが、それも狙いの一つでもある。

 

 

「確かに大半は恐れを成したり、再起不能になる可能性も高い。だが逆を言えばそれを乗り越えれば最高の兵士にもなる……と言う事か?」

「流石……理解が早くて助かる」

 

 

華雄は真っ先に俺の考えに気づいたみたいだ。それともう一つ。

 

 

「付け加えると……恋には『手加減』を覚えさせたいってのもある。あのままじゃ他の将との鍛練にも支障を与えかねん」

「そう……ですね……」

 

 

俺の言葉に恋との鍛練を思い出したのか凪がブルッと震えた。

俺は参加しなかったのだが魏の武将が数人集まっての鍛練があったらしく、そこに凪も参加していた。そんな中で春蘭が恋に『本気で来い』と自殺志願者としか思えない一言を放つ。その後の事は言うに及ばず。鍛練に参加した者を全員叩きのめした恋は『お腹すいた』とその場を後にした。

今でこそ、味方だが本気の恋と戦うって洒落にもならん。

そして皆には話さなかったが、ねねの話だと『恋殿はあれでも無意識に手加減してるのです。本当の意味での本気は誰も見た事が無い筈なのですぞ』と言っていた。

流石にねねの大言壮語と思いたいが……恋だからなぁ。

 

 

「とまあ……色んな意味で今回の華雄隊の指導は今後の魏のあり方にも影響を及ぼすぞ」

「責任重大すぎますよ」

 

 

少し遠い目をした俺に一刀のツッコミが入るが話を続ける。

 

 

「今後の華雄隊のあり方だが……まず恋との鍛練で一部の精鋭を選ぶ。選考した精鋭は独立した部隊へ……と言うか俺の部隊になる。残りの者は指導を受けさせつつ問題だった猪突猛進を直して改めて華雄の部下へと迎え入れる形になるな」

「待て秋月。私は既に将ではないのだぞ。それを……」

 

 

俺の説明に華雄が横やりを入れる。ま、その通りなんだけどさ。

 

 

「華雄が警備隊の……俺の補佐になってるけど、さっきも話した通り一部の精鋭が俺の部隊になるんだ。その補佐役にも部隊を預けた方が良いって話になってな」

「む、むう……」

 

 

俺の言葉に華雄は口を紡ぐがまだ納得してない様子。

 

 

「そうですね……隊長には私達、三羽烏が居ますけど副長や補佐の華雄さんだけ部隊が無い状態でしたから丁度良いのでは?」

「だが……しかしな」

 

 

凪のナイスフォローが入るがまだ納得してない。しょうがないトドメの一言と行きますか。

 

 

「実はな……大将からの言伝てだが華雄には俺の補佐の他に役職が与えられる予定だ。多分、その役職の為にも部隊は必要になる筈だぞ」

「ん……うぅ……わかった」

 

 

最後の最後で漸く首を縦に振ってくれた華雄。多分、大将は未だに少し後ろ向きの華雄を立ち直らせろって意味も含めて話をしたんだな、多分。

 

 

「でも純一さん。精鋭部隊って……まさかスペシャルファイティングポーズを?」

「誰がギニュー特戦隊を作るなんて言ったよ?ファイティングポーズしろってか?」

 

 

いくら強くてもあのノリは嫌すぎる。技も基本的には隙だらけだし。でもあの当時のベジータよりも強いんだよな。

でもリクームの技はどれもアカン……と言うか失敗するのが目に見えてるし。イレイザーガンとか原作通りになりそうだしファイナルポーズなんか絶対にしたくない。ってかやったら味方に殺されかねない。




『スペシャルファイティングポーズ』
ギニュー特選隊が登場、出動時に使われているポーズ。
エリート部隊が掛け声と共に変なポーズを取る様子はかなりシュールでフリーザは毎回唖然としながら汗を流してる。
ゲーム等ではポーズをする事でステータスが上昇したりもする。

『イレイザーガン』
大きく開いた口にエネルギーを溜め、強力な気攻波を発射する。その破壊力は星の形を変える程。口から放つ為に強制的に口を閉められると自爆する。

『ファイナルポーズ』
中腰になり相手に尻を向けた妙なポーズをとる。厳密には相手を攻撃する技ではないが、ジースの台詞によれば「リクームの十八番」らしい


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第五十九話

 

元華雄隊の皆さんの指導を開始する日となり、俺は朝早くから鍛練場に居た。

元董卓軍の精鋭と言う事もあり、元華雄隊はビシッと既に整列を完了している。ここまでは良いのだが……マトモに聞くのが華雄のみ。

彼等からしてみれば『誇り高き華雄隊が何故、曹操の将の言う事を聞かねばならんのだ』って事らしいが流石にそれはもう通じないんだよ?って言うか、その為に華雄とか月の立場が悪くなり始めてんだからな?

環境改善等の名目もあるので早く始めるとするか。

 

 

「コホン……えー、本日より」

「我等、華雄隊は貴様の言うことなぞ聞くか!」「そうだ、我等の誇りは誰にも汚されはせんぞ!」「華雄将軍、なんか言ってやってください!」

 

 

俺が挨拶を始めようとしたら華雄隊の兵士は俺に反発し始めた。いや、早ぇーよ。

ふと、隣を見ると華雄が顔を押さえて、しゃがんでいた。

 

 

「どうした、華雄?」

「……………昔の自分を見ている様で恥ずかしい」

 

 

うん、こうしてみて初めて昔の自分の愚かさを目の当たりにしてる。黒歴史を暴かれた学生の気分もこんな感じだろう。中二で色々と痛い事をしたのを高校の時の友達に暴露された的な。

まあ……これもある種のリハビリだ。華雄には悶え苦しんで貰おう。

 

 

「少し話を……」

「止めてくれ秋月……私の心が持たない……」

 

 

俺の服の端をギュッと握る華雄。やだ、何これ可愛い。

 

 

「貴様、華雄将軍に何をした!」

「者共、華雄将軍を取り戻すぞ!」

 

 

空気の読めないバカ共が支給された武具を手に俺を睨む。ああ……もう……色々と考えてたけどもう止めた。むしろ他の人達がキレた理由もよくわかった。

 

 

「文句のある奴……かかってこい。華雄が必死にこの国に馴染もうとしているのに邪魔しかしてないんだ……もういいよね?」

「お、おい……なにかヤバそうだぞ」

「ちょっと待て!あいつ、胡軫将軍と戦ってた奴じゃ……」

 

 

俺が体に気を充満させると兵士達は少し退く。つーか、今さら俺に気付くとか……やっぱ根本から性根を叩き直さんと駄目か。

 

 

「華雄……少し離れていてくれ」

「な、何故だ、秋月!?これだけの兵士の数だ……一人では……」

 

 

華雄も自身の斧を持って俺に助太刀しようとしているが今から俺がやる技は華雄が居ては放てない。

 

 

 

「よく聞いてくれ華雄。今から俺が兵士の半分を一気にぶっ飛ばす技を放つ。でもその技は敵味方問わずにぶっ飛ばす技だから華雄は一度離れてくれ」

「う、うむ……わかった」

 

 

華雄を引き寄せて耳打ちする。華雄は顔を赤くしながらも従って離れてくれた。

そして華雄が離れたと同時に兵士達が俺を取り囲む。

 

 

「ふっふっふっ……我等、華雄隊に喧嘩を売るとはな」

「華雄将軍が離れた今、貴様に手加減をする必要もない」

「覚悟せいっ!」

 

 

それぞれが俺を格下だと見て油断している。なら好都合だ。

 

 

「思えば……俺はお前達の上司になるのに挨拶をしてなかったな」

 

 

俺は気を体に張り巡らせた状態で指先に力を集中する。

さて、丁寧に挨拶してやるか。俺は人差し指と中指に気を集中させて『クンッ』と空に向かって突き出す。

 

 

「な、なんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ば、馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

悲鳴と怒号が飛び交う。俺を取り囲んでいた兵士達は地面から吹き出した爆発に巻き込まれていったのだ。

これぞナッパ流の挨拶。少しばかり丁寧にやり過ぎちまったかな……だって……

 

 

「どうだ……参ったか?俺は参ったぞ」

「って、なんで秋月まで巻き込まれてるんだ!?」

 

 

一度離れた華雄が戻ってきて倒れていた俺を抱き上げる。いやぁ……身体中痛いわ。

 

 

「あの技……本来ならもっと威力もあるし、自分は爆発に巻き込まれないんだけど……何故か上手くいかなくてな……」

「結局、只の自滅ではないか……まあ、兵士達は皆、倒れているが……」

 

 

俺の挨拶に元華雄隊は全滅していた。一部はなんとか立ち上がっている。まあ、俺の技は殺傷能力ほぼゼロだから怪我で済んでるだろうけど戦うまでは無理の筈。

この後だが休憩してから改めて元華雄隊と話し合いとなった。

今のままでは華雄や元董卓軍に居た者の立場が悪くなる事と更により選った精鋭部隊を作る話。話を聞き終えると元華雄隊はそれぞれの反応を示した。その後、華雄からの口添え……と言うか改めて魏に下った自覚を持てとか、お前達の誇りはお前達自身が汚しているとか……まあ、この辺りは俺が口を挟む訳にはいかない。華雄なりのケジメの付け方だしね。

俺は煙管を吸いながら元華雄隊と話をする華雄を見詰めていた。凛々しく話す彼女は紛れもなく元華雄隊が憧れて慕う華雄なんだな……と。少しばかり元華雄隊の気持ちがわかった気がするわ。そう思いながら俺は紫煙を空に撒くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こっちは余談だが様子を見に来た元董卓組である月、詠、霞、恋、ねねは俺が怪我をした事に大慌て。

状況説明をしたら月と詠からめっちゃ怒られた。




『挨拶/ジャイアントストーム』

ナッパの代名詞とも言える技。人差し指と中指を揃えて「クンッ」と天に向かって突き出し、自分を軸とした広範囲を破壊させる技。 
ナッパがベジータと共に地球に降り立った際、挨拶代わりにと、この技を披露し巨大な爆発と共に一瞬にして東の都は壊滅し、技の中心部はクレーターと化していた。
範囲を絞ることも可能で、悟空との戦いでも使用しており、土埃を舞い上げて悟空の動きを見切ろうとした。


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第六十話

月と詠の説教から解放された俺は城に戻り、自室を目指していた。

 

 

「ったく……手加減なしなんだからよ……」

 

 

俺はゴキッと肩の骨を鳴らす。

月と詠の説教は今までで一番凄かった。まあ、自分達が原因で怪我させといて、それが治ったら元部下が原因で怪我すりゃ当然か。月なんか涙目だったし……あれだな普段は優しい分、怒ると怖いタイプだ。その点、桂花や詠はその場で即座に説教とか当たり散らすタイプだ。

どちらにせよ、説教は確定なのが泣ける。

 

 

「やれやれ……この後は報告書を纏めないとな」

 

 

大将に取り敢えず経過報告とかしなきゃならないから……後は今後の運営から精鋭の抜擢と……あー、頭痛くなりそう。

と……考えながら歩いてたらもう部屋についてたか。

 

 

「ただいまー……っても誰も……」

「おかえり」

 

 

あれ?誰も居ない筈の俺の部屋から返事が帰ってきたぞ。オカシイナー。

 

 

「報告書が上がってきたんだけど……また怪我したんですって?」

 

 

俺の部屋で待ち構えていたのは桂花だった。

桂花は俺の寝台に腰を掛けたまま腕を組み、静かに俺を見ていた。あ、今日は説教で寝れないかも。

 

 

と思ってたんだけどな。

 

 

「ちょっひょ……聞いへるの?」

「ああ、うん。ばっちり聞いてるよ」

 

 

どうしてこうなった?

いや、最初は怪我をした事や自滅した事を罵倒されていたんだけど途中から仕事の話へ。そんで途中から桂花が大将から良い酒を貰ったから飲もうと酒を飲み始める。

そもそも最初は俺を酒に誘うつもりだったらしいが俺が怪我をした為に説教からのスタートとなったのだが……

まあ、それは兎も角……俺も桂花も結構なペースで酒を飲んだ結果、桂花が先に酔っ払いと化した。呂律が回らずに話す姿は可愛いです。

つーか、隙だらけなんだけど。普段では考えられないくらいに距離が近いんですけど。

 

 

「にゃによー……あらひのおしゃ……ひっく……が飲めなひの?」

「俺はまだ飲むけどお前はもう止めとけ」

 

 

こんだけ酔っ払ってても飲もうとする桂花から杯を取り上げる。さっき聞いた話じゃ明日は休みらしいが、それでも飲み過ぎだっての。

 

 

「あぅ……じゃあ、こっひ……」

「え、桂……」

 

 

俺から杯を取り上げられた桂花は座っていた椅子から、なんと俺の膝の上に座った。うわ、すごい柔らかい………じゃなくて、ちょっとお待ちなさい!

 

 

「んー……おいひい……」

「えぇー……いや、桂花さん?」

 

 

更に俺が酒を飲んでいた杯で飲み始める。いや、色々とヤバイんですけど、この状況。あ、髪から良い香りが……って、いやいや。耐えろ、俺!

 

 

「あ、あのな桂花……こうゆう事は……そう、愛しの華琳様にしなさいな」

「いいれひょ……わらひが……あんたを、しゅきでやっへる……んらから……」

 

 

今、呂律が回ってなかったけど俺の事、『好き』って言ったか?まさか……桂花が……あ、ちょっと待って、甘えられて。こんなに密着してると俺も流石に我慢が……

 

 

「あ、あのな……桂花。男ってのは箍が外れやすい。ましてこんな状況じゃ……」

「すー……すー……」

 

 

あいたぁ……寝ちゃったよ。この状況で?

 

 

「はぁ……ま、相当飲んだしな……」

 

 

俺はやれやれと空いた徳利を見ながら溜め息。飲みすぎってのもあるけど、疲れもあるんだろうな。

桂花が酔う前の話が本当なら袁紹が公孫賛の領土を攻めたと言っていた。当然の事ながら公孫賛の軍が耐えられる訳もなく、討ち取られた……と聞いているが真偽の程は定かじゃない。それにこの世界は俺の居た時代の知識との食い違いがある。この辺りは一刀と相談だな

まあ、そんな状勢が変わってきたので桂花も情報集めとかで苦労してたみたいだ。まったく……本当に……

 

 

「わ、軽い……」

 

 

取り敢えず膝の上から桂花をお姫様抱っこの体勢に変える。桂花の軽さに少し驚いた。いや、間違っても重いとか言ったら魏の女性陣に殺されかねないのはわかってるよ。

 

 

「頑張りすぎだよ……桂花……」

「ん……うぅ……」

 

 

俺が桂花を抱き上げたまま、寝台に寝かせると少し寝苦しそうにしていた。

出来る事なら家まで送るべきだが桂花の自宅……と言うか屋敷は城の外にあるのだ。その間を、お姫様抱っこはキツい。いや、桂花は軽いから運ぶのは楽なんだけど後の事を考えると実行は出来ないな。

 

 

「おやすみ……桂花」

「…………ん、んぅ……」

 

 

まるで返事をしたかの様に寝息が聞こえた。

俺は、この間の華雄の時みたいに床で寝るか。

でも、桂花が隣で無防備に寝てるかと思うと……こう……寝付けない。

結局……俺はこの後、眠れるまでの1時間ほど悶々と過ごす事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

 

私は秋月と酒を飲んでいた。途中から酔っていたせいで記憶が少し飛んでるけど衣服の乱れが無いからまだ無事な筈。

迂闊だったわ……華琳さまから『良い酒が手に入ったのよ。桂花にも少しあげるわ、純一と飲んできなさい』って言われて私は秋月と飲む事に。

でも、この馬鹿は元華雄隊の指導をして怪我をしたらしい。もう……馬っ鹿じゃないの!?

この間の怪我が治ったばかりで怪我をするんじゃないわよ!

 

私はその事も含めて秋月を怒鳴った。そしていつ頃からか仕事の話をした。袁紹や公孫賛に動きがあった事を。

その途中から記憶が曖昧なんだけど……一番の問題は今よね。

私は今、秋月に横抱きで抱えられている。

どうにも私は飲みすぎで眠ってしまったらしい。目は覚めたけど酔いのせいで体が動かない。それに……私は寝てると思ってる秋月を見ると起きる間は完全に逃してしまっていた。あ、もう……顔、近いのよ!

 

 

「頑張りすぎだよ……桂花……」

「ん……うぅ……」

 

 

馬鹿馬鹿馬鹿!起きてるのよ、気付きなさいよ!って……え……これって秋月の布団?

私、秋月が普段使ってる寝台に寝かされた……まさか、この後は………ま、ままま待って!?まだ心の準備が!?

 

 

「おやすみ……桂花」

「…………ん、んぅ……」

 

 

秋月は私の髪を撫で、『おやすみ』と告げる。え、何もしないの?……このまま、なだれ込むのかと思ったわ。

私がホッとしていると、秋月はそのまま床で寝てしまった。

 

 

 

「何よ……馬鹿……」

 

 

 

私は未だに残る、酔いと眠気に負けて、布団に潜り込む。

すると眠気は倍増したけど胸のドキドキが増して………その後も私は中々、寝付けなかった。

 

 



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第六十一話

 

体が……つーか、頭が痛ぇ……

ヤバぃ……体が動かねぇほどにツラい……完璧に二日酔いだよ。あまりにも飲み口が良いから昨日の酒を飲みすぎだ。

 

 

「桂花は……起きれる訳ないか」

 

 

思えば昨日は相当に酔ってたし……下手すりゃ昨日の事は覚えてない可能性が高い。

むしろ忘れていた方が良いのかも。だって昨日の事を覚えてたら『何すんのよ、このケダモノ!』って言いそうだもの。

 

 

「さて……以前の事を考えると、そろそろか……」

 

 

俺はフゥーと溜め息を吐くと自室の扉に視線を移した。

 

 

「純一さんおはようございます」

「秋月、華琳から今日は朝遅めに起こしに行きなさいって言われたんだけど……」

「………」

 

 

予想通り月と詠が来た。しかも詠の発言から差し金は大将と見た。

そして前回と同じで二人は俺と桂花を見てピシッと固まり……

 

 

 

 

 

「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

「おはよう月、詠。取り敢えずこれは誤解だから。月は五右衛門風呂で朝風呂沸かしてきて。詠は俺と桂花に二日酔いの薬、お願い」

 

 

あぁ……二日酔いに、この絶叫は響くわぁ……俺は月と詠に後の指示を出しておく。

ほら、既にこの部屋に向かう足音を聞くとこの後の展開が先読み出来るから言っておかないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……気分はどうかしら純一?」

「二日酔いで最悪。あ、でも昨日の酒は美味かったよ」

 

 

部屋に乱入してきた春蘭に縄でグルグル巻きにされた後に大将の前に引きずり出された俺。自分で言うのもなんだが、この状況に馴れすぎだろう。

 

 

「貴様、華琳様の前でなんて口の聞き方だ!」

「ゴメン、春蘭……今はその怒鳴り声もキツいんだわ」

 

 

春蘭の声が二日酔いの頭にズキズキと響く。

 

 

「あら、昨日は桂花とお酒を楽しめた様ね」

「やっぱ大将の差し金か……月や詠に何か言っただろ?」

 

 

なんつーか、予想通りの状態になりつつあるぞ。

昨日、桂花に酒を渡した大将は俺を誘うように言って、更に月、詠に朝遅めに起こしに行くようにと伝えた訳だ。

 

 

「その分だと気遣いは無駄に終わったかしら?」

「生殺しが続いたけど可愛い桂花は存分に見れたかな」

 

 

俺は縄から抜け出しながら大将の質問に答える。昨日のあの状態で何も出来ないってハイパー生殺しだっての。

 

 

「そう……まあ、桂花の気分転換にもなったから良しとしときなさい」

「この所、働き詰めだったからか?」

 

 

昨日の桂花から聞いた袁紹の話が本当ならバタバタしただろうからな。

 

 

「それもあるけど………桂花の一番の悩みは純一だからよ」

「ん、なんて?」

 

 

後半、大将の声が小さくなったんで聞き取れなかった。

 

 

「気にしなくて良いわよ。桂花から話を聞いたのなら戦に備えなさい。麗羽の事だから、これからの動きは早いわよ」

「りょーかい。俺は朝風呂行くわ」

 

 

大将の話を聞き終えた俺は朝風呂へ。あー、頭痛ぇ……さっさっとサッパリしたい。

 

 

「ふむ……流石だな秋月」

「ん?何が流石なんだ秋蘭?」

 

 

秋蘭の関心に春蘭が反応する。

 

 

「気づかないのか姉者。秋月は姉者が縛った縄から、いとも簡単に抜け出しているんだぞ」

「え……あ……」

 

 

俺が縄から抜け出した事に漸く気付く春蘭。縄抜けってコツを知ってれば実は簡単に出来たりする。教えないけどね。

 

 

「ほいじゃー……俺はこれで」

「はいはい、後の報告書を楽しみにしてるわ」

 

 

大将の言葉に俺は少し青ざめる。そういや、昨日の内に報告書を書こうと思ったけど桂花と酒飲んでたから忘れてた。

朝風呂から上がったら書かなきゃな。

 

五右衛門風呂に行く途中で月と詠に会った俺は今朝の事を謝られた。誤解されるのは多いけどこうして誤解が直ぐに解けるのは良い事だと思う。

俺は詠から二日酔いの薬を貰うと五右衛門風呂設置小屋へ。

 

 

「さーて……朝風……ろ……」

「……な、ななななっ!?」

 

 

俺が五右衛門風呂設置小屋に行き、扉を開くと其処には一糸纏わぬ姿の桂花が……風呂から出たばかりの状態で体を拭いていた。OH……コイツぁ、とんだToLOVEるだ。

 

 

「この……馬鹿ぁっ!!」

「ありがとうございましたぁ!?」

 

 

桂花は近くに置いてあった風呂桶をナイスコントロールな投球で俺の顔面に。

この後、俺は再度、春蘭に連行されて大将の前に引き連れて行くのだった。

 

 

後に話を聞いたら俺と大将が話をしている間に桂花も起きたらしく、月や詠の薦めで朝風呂へ。

その後、俺が月や詠と会ったが、その頃には桂花も風呂から上がったものだと思っていたらしく何も言わなかったらしい。

結果、俺は桂花の裸を拝ませて貰うというToLOVEるイベントに遭遇したのだった。



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第六十二話

大将からの二度目の説教が終わった後に朝風呂を済ませてから華雄隊の指導場所へ赴いた俺だが未だに二日酔いがキツい。詠から薬は貰って飲んだのだが大して効いてない気がする。ウコンか液キャベが欲しい……

 

 

「副長、大丈夫なん?」

「大丈夫だったら指導に加わってるよ……」

 

 

俺の付き添いで来てくれた真桜が心配してくれるが元気が出ない。俺と真桜は指導している華雄を遠巻きに木陰の下で見学していた。

 

 

「飲みすぎやで、まったく……」

「………歳かねぇ、俺も」

 

 

真桜の溜め息にフト溢した一言。昔はあの位、飲んでも平気だったんだけどな……

 

 

「ふ、副長……そんな、ツラいなら横になったらどないや?」

「ん……そうだな。少し横になるか」

 

 

真桜の提案に素直に乗ることに。いや、マジでそんくらいツラいんだわ。

 

 

「ほ、ほな……どうぞ」

 

 

真桜は俺の隣に腰掛けると自身の太ももをポンポンと叩いた。マジで?

 

 

「んじゃ……遠慮無く」

「わ、悩み無しかいな」

 

 

素直に膝枕を受け入れた俺に真桜は驚いた様だ。

 

 

「なんだ誘っておいて?」

「だ、だって副長……いつも、そんな簡単に話に乗らへんやん」

 

 

ああ……そういや確かに、この手の話には乗らなかったかもな。

ま、たまには良いだろ。

 

 

「少し寝るから……適当な時間で起こしてくれ」

「……それは、ええけど副長……なんで顔がこっち向いてるん?」

 

 

膝枕は普通、顔が外側を向くけど俺は真桜側に顔を向けていた。うん、心なしか元気になってきたゾー。

 

 

「……据え膳な真桜が悪い」

「思いきった、言い掛かりやでソレ」

 

 

あー……ヤバい。柔らかいし、絶景過ぎる色々と。普段から俺を、からかってる割には顔が赤くなってる真桜が可愛いし。

つーか、桂花と言い、華雄と言い、隙だらけなんだよ。男としては理性を総動員して耐えてるってのに……あ、ヤベ……マジで眠くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side真桜◇◆

 

 

 

 

「副長、大丈夫なん?」

「大丈夫だったら指導に加わってるよ……」

 

 

二日酔いの副長が心配で元華雄隊の指導に着いてきたけどホンマにツラそうやな。ウチと副長は指導している華雄を遠巻きに木陰の下で見学していた。

 

 

「飲みすぎやで、まったく……」

「………歳かねぇ、俺も」

 

 

飲みすぎ、ちゅーよりも男女の仲を拗らせすぎなんとちゃう?ついこの間、華雄との事でもめたばかりやん。なんでウチには何もしてくれないんやろ……ウチの方から割と体くっつけたり、腕組んだりとかしてるんやけど……冗談混じりでやってるのがアカンのやろか?

 

 

「ふ、副長……そんな、ツラいなら横になったらどないや?」

「ん……そうだな。少し横になるか」

 

 

副長……もしかして、ウチには興味ないんやろか?もしかしてホンマに貧乳派なんやろか?試したろか。

 

 

「ほ、ほな……どうぞ」

 

 

ウチは副長の隣に座ってポンポンと膝を叩く。ま、ちゅーても副長の事やから何もせーへんやろうけど……

 

 

「んじゃ……遠慮無く」

「わ、悩み無しかいな」

 

 

え、えええっ!?副長はアッサリとウチの太ももに頭を乗せてきた。なんで今日は乗り気なん!?

 

 

「なんだ誘っておいて?」

「だ、だって副長……いつも、そんな簡単に話に乗らへんやん」

 

 

ううぅ……予想外や。それに顔がウチの方、向いとるし……普通、顔が外側向かへん?

 

 

「少し寝るから……適当な時間で起こしてくれ」

「……それは、ええけど副長……なんで顔がこっち向いてるん?」

 

 

副長は普通に寝ようとしとるけど、ウチはそれ所やない。副長の髪がくすぐったいし、副長が喋ると吐息が……うう……それにウチの服装やと膝枕の時ってアカンとちゃう?は、恥ずかしいわ……副長はウチの様子を見てニヤニヤしとるし。

 

 

「……据え膳な真桜が悪い」

「思いきった、言い掛かりやでソレ」

 

 

ホンマ……卑怯やわ。普段から何も感じてないみたいな態度取ってるのに、こんな時にそんな言い方。

 

 

「……すー……」

「副ちょ……寝てもうた……」

 

 

もう……期待させといて、そりゃないやろ。

 

 

「……もう……副長がズルいからウチもズルするわ……んちゅ……」

「……ん……」

 

 

ウチは寝てる副長の頬に口付けをした。副長が一瞬、身動ぎした気がするけど。

次は副長から口付けしてな……ウチは自分の唇を指でなぞりながら……そんな事を思った。



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第六十三話

先日の様々な騒動から一転。今は街の警邏に出ている。

しかし、油断はできない。なんせ大将の予想では袁紹は次に蜀に攻め入り、その後に魏に来ると予想してるのだ。

 

 

「その前に……華雄隊と俺自身を鍛えないとな……」

 

 

拳をグッと握る。街を……国を守る………それに……桂花や華雄、真桜、月、詠……っとイカンイカン……この間から気が緩んでるな。

でもなぁ……そろそろ、俺も我慢つーか………理性の限界と言うか。

この間の桂花の時は特にヤバかった。桂花が酔い潰れて寝なかったら最後まで行ってたぞ。

俺は煙管に火を灯して、そのまま街を行く。

 

 

「やれやれ……この世界に来てから目まぐるしいな」

 

 

俺は思う……なんで、この世界に来たんだろう……来てしまったんだろうと。

もう現代には帰れないのだろうか?いつかは帰れるのだろうか?

ずっと考えないようにしていた疑問が頭に過る。

 

もしも……もしもだが、俺がこの世界から現代に帰れないのだとすれば……俺はもっと自由に生きているだろう。

だが、怖いのはこの世界で大切な者が出来てから別れねばならない時だ。

 

 

「……愛美の時はツラかったなぁ……」

 

 

前の彼女と別れた時は悲しくなり、ツラかったが涙は流さなかった。だが今はどうだろう?

やるべき仕事も、親しい人も……愛しい者も……現代に居た時と同じくらいに出来てしまっている。

これで現代に帰る日が来ると思うと……ツラい。でも現代には俺の両親や友人達が居る。どちらかを選べなどとは残酷な選択だ。

 

 

「胡蝶の夢……か。笑えないな」

 

 

俺は右手に気を集中して気弾を作る。こんな事は当然の事ながら現代では出来なかったが今は出来る。

子供の頃、誰もが憧れた『かめはめ波』の習得や使ってみたいと思っていた技の数々を実際に使えるのは本当に夢の様だ。

いや、今朝も『爆砕点穴』を失敗した俺が言うこっちゃないが……普通に突き指したわ。

だが俺の技の習得具合を見ても異常とも言える。本当に夢の中の出来事みたいに。

今のこの俺は夢の中なのか?もしも、この夢から覚めたら桂花達との事は単なる夢の中の話なのか?

あまり良い考えとは言えない思考が頭の中をグルグルと回る。

一刀は大将に『今』を考えなさいと言われたらしい。確かに先の事を考えて、今が駄目になるなら目の前の事を全力で生きろって事だろう。

 

 

「でも………いつかは、答えが出るんだよなぁ……」

 

 

フゥーと紫煙を吐く。空に消えていく煙みたいに俺の悩みも消えてくれれば良いのに。

 

 

「あ、純一さん!」

「ん……おお、一刀。そっちも警邏か?」

「お疲れさまです、副長」

 

 

凪を共にしている一刀が俺を見つけて歩み寄ってくる。

 

 

「お疲れさん。一刀、なんか疲れた顔してんな、なんかあったか?」

「あ、あはは……」

「春蘭が……いえ、何も言わないでください」

 

 

俺の問いに苦笑いの凪に一瞬何かを言いかけて口を閉ざす一刀。

春蘭か……何をしたんだか。なんやかんやで一刀に文句が多いけど何かと信頼してる節はある。

 

 

「愛されてるねぇ……一刀」

「……む」

 

 

俺の発言にムッとした顔の凪。お前さんも含めて一刀は非常に愛されてるよ。

 

 

「愛って……なんなんでしょうね」

 

 

疲れきった顔で俺に問いかける一刀。大将に何か無茶振りをされたか春蘭に追いかけ回らせたからだな、この顔は。

だが若者の悩みを聞くのも大人の勤め。答えをやろう。

 

 

「愛は……躊躇わない事だろ」

「誰も、そんな宇宙刑事的な返しは望んでませんよ」




『爆砕点穴』
らんま1/2の響良牙の必殺技。
岩や地面の「ツボ」を押し、爆破するように砕いてしまう。 
土木技であり、北斗神拳とは違って人体には無害だが爆破した岩などの石つぶてで攻撃が可能


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第六十四話

一刀から鋭いツッコミを貰った後、各々の担当する地域へと向かう為に再度、別れて警邏に励む。とは言っても俺の担当はもうすぐ終わるので後は城に帰るだけだ。

 

 

「旦那!」

「っと……服屋の親父さんか」

 

 

不意に呼ばれた渾名。そう、俺は此処の職人さん達に『旦那』と呼ばれているのだ。と言うのも魏に来てから俺は大将から許可を貰った後に、この国の職人さん達に服や武器、料理の話を色々と話したのだ。

その結果、俺は頼りになる知恵袋として職人さん達と仲良くなり、今では旦那と呼ばれるようになっていた。ちょっと銀さんみたいな気分だ。

 

 

「旦那、見てくださいよ!旦那に教えて貰った天の国の服、もうバカ売れですよ!」

「そりゃ良かった。教えた甲斐もあるよ」

 

 

服屋の親父は興奮気味に俺に話しかけてくる。この世界では何故か、現代と変わらん服や小物があるから教えても大丈夫だろうと現代で流行ってる服や昔流行った服を教えた途端に服屋の親父はそれを作り始めた。

まあ、俺の趣味も多少は入ってる。月や詠のメイド服なんて良い例だ。

 

 

「それで旦那……旦那に頼まれてた服、出来ましたぜ」

「ナイス……じゃなくて、ありがとう」

 

 

服屋の親父は風呂敷に包んだ服を俺に手渡す。少々大きめだが、それは服が数着入ってるからに他ならない。

 

 

「しかし……今回も良い仕事が出来ました。曹洪様や于禁様にもお礼を」

「ああ、必ずしとくよ」

 

 

コソコソと話す俺と服屋の親父。実は服に関しては栄華の全面バックアップがあったりするのだ。以前にも話したが俺の服のアイディアで経済が潤う&可愛い服が得られると二重取りの状況に栄華が『国で支援します』と言い放ったのだ。まあ、流石に贔屓になるから表立っては言わないけどね。

実はこの話は服屋だけに収まらない話なのだ。

 

例えば武器屋だが、カラクリ好きな真桜が俺の発案の武器を作り、武器屋の親父がそれに感化されて色々作り、強い武具が出来るなら我等も協力すると春蘭以下、武将が話をする程。

 

更に料理屋は大将や凪といったグルメな者達が率先している。料理人である流琉や秋蘭が様々な天の国の料理を作り上げ、それを大将や凪が試食して市場に話が通る。

 

 

それぞれが趣味にハマり、更に国が潤い、人の為になる。こんな良い循環が魏では起きている。まあ、それに付け込んでくる悪い奴等も居るがそこは警備隊の出番だ。

そんなこんなで、国の重鎮がそれぞれにバックアップしている様な状況なのだ。だが、おおっぴらに国の支援の形じゃ体裁の問題もあるので俺や一刀が間に入って調整をする形なのだ。その過程で俺の私事も入っても問題はあるまい。

だって今回頼んだ服とか詠に絶対に似合う筈だし。

 

 

「皆様には絶対に似合う服だと確信を得ております」

「ありがとう服屋の親父。俺も、同じ意見だ」

 

 

俺と服屋の親父は熱い握手を交わしていた。この親父も中々のやり手である。

この後、服屋を後にした俺だが武器屋と料理屋で同じやり取りをする事になった。

とりあえず頼んどいた木刀が来たから一刀に渡しとくか。

 

 



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第六十五話

「ふぅぅぅぅ……はっ!」

 

 

深い呼吸の後に振り下ろされる一刀の木刀。

俺が武器屋から預かった物を渡したのだが思った以上にに手に馴染んでるみたいだな。

 

 

「おー……しかし、思ったより様になってるな」

「ハハハ……部活でやってたのとジイちゃんに習ってたので」

 

 

俺は亀仙流の胴着を着て、一刀の素振りを見ていた。謙遜する一刀だが、体の芯がピンと伸びてるから才能は有るんだとおもう。

 

 

「……って言うか純一さん。亀仙流の胴着似合ってますね」

「そうだろう?自分でもビックリだ」

 

 

似合う以上に、この胴着の着心地が良いのだ。動きやすいし、馴染みが良い。服屋の親父、恐るべし。

 

 

「あれ、隊長と副長、何してるん?」

 

 

一刀の素振りが勢いに乗ってきた頃に真桜が来た。後ろには凪、沙和、霞と続いてる。

 

 

「最近、鈍ってきてるから体を動かそうと思ってな」

「俺はいつもの新技開発だ。後は一刀の素振りを見学かな」

 

 

真桜は一刀の素振りに疑問を抱いた様だ。まあ、確かに普段の一刀は鍛練とかするイメージないしな。

 

 

「隊長は武術の心得があったのですか?」

「ん……まあ、少し齧った程度だけど」

 

 

一刀は素振りを中断して凪達と向かい合う。

 

 

「そうでしたか……隊長、私と手合わせしてくれませんか?」

「え、俺が凪と!?敵うわけないじゃないか!」

 

 

凪の提案に一刀はオーバーリアクション。どんだけ自分の弱さにコンプレックス抱いてんだよ。

 

 

「敵う、敵わないじゃなくて手合わせなんだから、試しにしてみろよ。勝ち負けに拘らずにな」

「は、はぁ……じゃあ、頼む凪」

「はい、胸をお借りします!」

 

 

俺の言葉に意を決したのか、一刀は木刀を握り、凪は拳を構えた。

 

 

「ほな、ウチが立会人になるわ。双方、始め!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「でりゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 

霞の合図に一刀と凪は同時に動いた。

一刀は木刀の分、リーチがあるから少し優勢に戦っているが凪は将として戦い続けた経験則がある。まあ、凪が勝つだろうな。

 

 

「あら、一刀に武術の心得あるとは意外だわ」

「なるほど……だから警備隊に入ってそれなりに働けたのですね」

「うーむ」

「でも腕は大した事ないわね」

 

 

二人の戦いを観戦していたら大将、秋蘭、春蘭、桂花とゾロゾロと来た。皆、休憩かい?

 

 

「ほう……北郷の武術は変わってるな」

「天の国の武術なのかしら?」

「恋殿の方が強いのですぞ!」

 

 

とか思ってたら華雄、詠、月、ねね、恋と勢揃い。

月は救急箱を持ってきてる。本っ当に良い子だよなぁ。

 

 

「双方、それまで!」

 

 

等とそうこうしている間に決着がついた。結果は予想通り凪の勝ちだ。

そして大将は一刀の剣、と言うか『剣道』に興味を持った様だ。まあ、この時代の武とは明らかに違うからな。

一刀が剣道の在り方を大将達に説明していると先程の戦いに感化された春蘭が一刀に戦いを挑んだ。

 

大将の命により『一刀VS春蘭』の戦いが決定。

一刀よ、骨は拾ってやるから全力で戦ってこい。

なーんて思ってたら俺の胴着の袖がクイッと引かれた。視線をそちらに移すと恋が俺の胴着の端を指で引っ張っていたのだ。

 

 

「どうした恋?」

「………恋も」

「あら、恋は純一と戦いたいみたいね」

 

 

小さく哀願する恋に大将はニヤリと笑みを浮かべた。

え、これ……死亡フラグ?

 



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第六十六話

 

 

 

はて……どうして、こうなった?

俺と恋、一刀と春蘭が戦う事になってから30分程しか経過していないのに観客席から実況席まで出来上がってる。

警備隊の連中も警邏に出てる奴以外は全員揃って見に来てるみたいだし。いや、警備隊だけじゃなく、城の中の者が殆どギャラリーとして来ているな、この人数だと。

 

 

「さぁーて、これから始まります御前試合。実況は私、皆の妹事、地和がお送りします!解説は華琳様と桂花様!」

「よろしく、お願いするわ」

「どっちも死ねばいいのに」

 

 

地和は最近、実況が板に着いたな。大将は兎も角、桂花は単なる野次……と言うか罵倒だ。

 

 

「さぁて!今回皆様にお送りする対戦は……魏の大剣と名高い春蘭様!対するは魏の種馬、北郷一刀だー!」

「フハハハー!北郷など、一撃で倒して見せるわ!」

「いや、完全武装!?」

 

 

ノリノリの紹介に春蘭は乗り気な対応をしている。

と言うか春蘭、フル装備だよ。完全に戦に行く体勢だよアレ。

対して一刀は少々ボロい鎧に木刀。しかも、あの鎧って一刀が警備隊に入ったばかりの頃に先輩から貰ったお下がりって聞いてるし。

 

この状況……なんつーか、ライオンの前にチワワが居る錯覚が見えるんだが。

だが、俺も人の事は言ってられない。なんせ相手が……

 

 

「………………」

 

 

ポヤンとした顔で俺を上目使いに眺める少女。この子が天下の飛将軍などと誰が思うのだろうか。

いや、しかし油断など出来ない。俺は直接確かめた訳じゃないが恋は黄巾の本隊三万を一人で相手をしたと聞く。最初は『んな、バカな』等と笑ったが今は笑えない。

なんせ、さっき地和が顔を会わせた時に、めちゃくちゃビビってた。それは即ち、先程の話が偽りじゃないと確信を持つのには十分すぎる証拠だ。どうりで、このお祭り騒ぎに天和が騒がないわけだよ。怖がって萎縮してるんだもん。人和は冷や汗、流してたし。

 

まあ……今、冷や汗を流したいのは俺や一刀な訳だが。

一刀と春蘭の戦いが始まったか。まあ、予想通り、一刀が春蘭に追いかけ回されている。だが、なんやかんやで春蘭の太刀を避けているのだから大したもんだ。

明らかに一刀が不利な状況から、大将の発案でハンデが付いた。

それは『一刀は春蘭に一撃を与えたら勝ち。逆に春蘭は一刀を完全に倒さねば勝ちにはならない』とまあ、物凄いハンデだ。

だが、春蘭相手ではこのハンデも意味を成さないだろう。

 

 

「どうした、北郷!華琳様に出された条件なら私に勝てると思ったか!?」

「どわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

春蘭の大剣が一刀の頭上を掠める。頑張れ、一刀。生きて帰ったら今夜は俺が酒を奢ろう。

そして、決着の時は来た。

 

 

「あ、アレはなんだ!?」

「バカめ、そんな手に引っ掛かるか!」

 

 

一刀は春蘭の背後を指差しながら叫ぶ。流石の春蘭もそこまでバカじゃなかったか。

 

 

「あ、華琳が色っぽい姿に!」

「なんだとっ!?」

 

 

あ、今度はアッサリと引っ掛かった。大将が絡むと頭のネジが緩むな春蘭。

そして、その隙を突いて一刀の軽い一撃が春蘭に当たった。それは即ち、一刀の勝利を意味する。

その後、春蘭は今の戦いを抗議したが一度、決着した戦いに異論を挟むなと大将の鶴の一声で終わる。

さて……次は俺の番か。

 

 

「双方、前へ!」

「………ん」

「………応」

 

 

審判をしている霞の声で俺と恋は向かい合って互いを見る。

恋の右手には専用の武器の方天戟。さて、どうするか……いや、恋を相手に小細工は無用か。

 

 

「始め!」

 

 

霞の合図が出たと同時に俺は両手を既に腰元に構えていた。先手必勝!

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ちょ、いきなりかいなっ!?」

 

 

俺が溜め無しで放った、かめはめ波に霞は驚きながら数歩引いた。流石にあの距離では自らも巻き込まれると思ったのか良い判断だ。

 

 

「…………ん」 

 

 

対する恋は迫るかめはめ波に左手を翳して……って、まさか!?

なんと恋は左手で俺のかめはめ波を受け止めると、そのまま左後方へと投げ飛ばしてしまった。

あまりの光景に俺は疎か、周囲のギャラリーでさえ静まり返ってしまっている。

 

 

「少し……痺れた」

「あ……そ、そう」

 

 

俺が不意打ちに近い状況で全力で放った、かめはめ波は恋の左手を少し痺れさせる効果しかなかった様だ。

これは俺のかめはめ波が弱いのか、恋の戦闘力が桁外れなのか……いや、考える暇は無さそうだ。

 

 

「次は……恋が行く」

 

 

方天戟を右手で構える恋に俺は『私の戦闘力は53万です』と何故か幻聴が聞こえた。



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第六十七話

 

 

 

初めてラディッツに会ったときのピッコロって、こんな気持ちだったんだね。勝てる気がしないよ。

不意打ちに放った、かめはめ波は全く通用しなかった……さて、どうする?

 

①操気弾

②猛虎落地勢

③邪王炎殺黒龍波

④セクシーコマンドー

 

 

ダメだ……ろくな選択肢が出てこない。俺が自爆するか負ける未来しか見えない。

①かめはめ波が通用しなかったんだから操気弾なんか絶対に効かない。

②謝って済むなら、こんな戦いは起きなかったし、この状態で恋が止まるとは思えない。

③右腕が使い物にならなくなるっての……しかも恋なら黒龍波返しとかしそうだし。

④論外だ。使ったら女性陣が総出で俺を殺しに来るな。

 

 

「………行く」

 

 

って、考えてる時間も無い!恋は方天戟を振りかぶって俺に迫る。

 

 

「危なっ!?」

「……避けた?」

 

 

迫る方天戟をギリギリで避ける事が出来た……と言うか恋も手加減してくれてるんだろうな。じゃなかったら俺が恋の攻撃を避けられる筈がない。

 

 

「仕方がないな……ならば見せてやるよ」

「………?」

 

 

俺の台詞に恋は小首を傾げる。ああ、もう……可愛いな恋は。って和んでる場合じゃない。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ………界王拳!」

「………変わった?」

 

 

そう、俺が使ったのは界王拳。ここ暫く鍛練が出来なかった代わりに俺は体内の気のコントロールを独学でだがやっていた。その結果、短時間だが界王拳擬きが使える様になった。だが、この技はデメリットの方が大きい。

 

 

「だあっ!」

「………恋も……本気で行く」

 

 

俺の蹴りを防いだ恋は俺の強さが先程までと違う事に気付いて、目付きが変わった。あ、コレはマジの目だ。

放たれる方天戟の一撃を身を低くして避けた俺は勢いをそのままにアッパーを放つがアッサリと見切られて避けられてしまう。

 

 

「す、すごい……恋と戦えてるなんて……」

「いつもの副長じゃないみたいなのー」

 

 

詠の驚愕の声と沙和の意外そうな声が聞こえた。沙和は後で覚えとけよコンチキショウ。

なんて意識が少し逸れた所でスッと力が抜ける感覚が来た。げ……まさか、もう!?

 

 

「や、やば……」

「………秋月!」

 

 

俺の意識が飛びそうになったと同時に桂花の声が聞こえた気がした。

俺は体から力が抜けて前のめりに倒れそうになる。あ、ヤバい…………と思ったら、なんか顔に柔らかい物が……

目を開けてそれを確認すると、そこには恋の胸が。

あ、そっか……倒れた拍子に恋の胸に顔を埋めてしまったのか……アハハー

 

 

「何をしてんのよ!(のですかー!)」

「ぐふぉっ!?」

 

 

背中に凄まじい衝撃が!振り返れないけど多分、桂花とねねが同時に俺の背中に飛び蹴りを入れたな。超痛い!

 

 

「やれやれね。純一、その技……恋と一時的にとは言ってもマトモに戦えたのは見事よ。でも時間制限付きでは話になら無いわ」

「ごもっともです……」

 

 

大将はアッサリと界王拳擬きの欠点を見抜いていた。そう、俺の界王拳は体内の気を爆発的に消費する為に発動時間が極端に短い。多分1分くらいだ。しかも本来の界王拳と違って、いきなり力が抜けてしまうので、今みたいに急に体が動かなくなる。車やバイクがガス欠で急に動きが止まるのと同じだな。

アレだな、急に力が抜けて動けなくなるのはマリオがスターで無敵状態になるけど時間が来たら解除されて、その直後にクリボーにやられる的な。

 

 

「で……いつまで恋の胸に顔を埋める気?」

「い、いや……体が動かないから……俺にはどうにも……」

 

 

絶対零度の様に冷えきった詠の声に俺はマジでビビった。いや、だって本当に背筋が冷たくなってるんだもんよ。恋は恋でなんか俺の頭を撫でてるし。

 

 

「だが、そのままと言う訳にもいかんだろう。私が運んでやる」

「え……うわっ!?」

 

 

華雄の声が聞こえたと思ったら急に体が浮いた。視線を上げれば華雄が俺を抱き上げていた。お姫様だっこで。

 

 

「あの……華雄?流石に男がこの抱き方されると恥ずかしいんだが」

「ふ……お前は体が動かないのだから我慢しろ。私に身を委ねていればいい」

 

 

俺の言葉に華雄はキランと星が出そうな笑みを浮かべた。あらやだ、イケメン。

そのまま、華雄は俺を部屋まで運ぼうとするが桂花が呼び止める。

 

 

「ちょ、ちょっと!秋月はこの後、私と警備隊の会議だったのよ。部屋に行くなら私も行くわよ!」

「あ……純一さんがお部屋に戻るなら私も……」

「そうね、その体じゃ仕事になら無いでしょ手伝うわ」

 

 

桂花を皮切りに月と詠も同伴を申し出てくれた。真桜も着いてこようとはしたけど、お前はこの場の後片付けがあるだろうが。

 

 

「あっとそうだ……大将」

「なによ?」

 

 

俺は力が入らない体を無理をしながら大将に話しかける。華雄に頼んで顔を近づけて貰ってから大将の耳元に手を添えて……

 

 

「さっき一刀……カッコ良かっただろ?ちゃんとカッコ良かったって言ってやれよ?」

「~~~~っ!」

 

 

大将だけに聞こえる様にボソッと言ってやると大将は顔を赤くした。やはりな。さっきの一刀と春蘭の戦いの時に一刀を見詰める顔が所謂『恋する乙女』になっていた。ギャラリーは当然、戦いを見ていたから大将の表情を気にしている者は居なかったから知っているのは俺だけだろう。

 

 

「バカを言ってないで、さっさっと体を治しなさい!」

「いだっ!あー……体は夜には治ると思う。体力が無くなっただけだし、休めば治るさ」

 

 

大将のデコピンか額にヒット。体が動かない状態でのデコピンって結構痛い。

周囲には大将が怒って顔が赤くなったように見えているが、ありゃ図星を指摘されて顔が赤くなった口だな。

 

 

「ちょっと……華琳さまと何を話したのよ?」

「んー……今後のあり方かな?」

 

 

桂花に質問されるが……うん、間違ってない筈。大将と一刀か……面白くなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの後、部屋に戻った俺だが……

 

 

「純一さん、お茶をどうぞ」

「大体ね、アンタは普段から……」

「秋月、先程の界王拳だが……」

「なあなあ、副長。からくり同好会の次の活動なんやけど……」

「ちゃんと寝て休まないとダメなのですぞ!」

「なんで、ねねも秋月と一緒の布団で寝てるのよ!」

 

 

この日、俺の部屋に月、桂花、華雄、真桜、ねね、詠が見舞いとして入り浸っていた。

ねね、心配してきてくれたのは嬉しいけど俺の布団に潜り込むのは止めなさい。




『猛虎落地勢』
らんま1/2の無差別格闘の早乙女流に伝わる奥義。
怒り狂う相手の前で、即座に平身低頭身を投げ出し、深々と謝罪の意を述べて相手の怒りを逸らす。
要するに、ただの土下座である。

『邪王炎殺黒龍波』
幽々白書、飛影の最強の技。自らの妖気を餌に魔界の炎の黒龍を召喚し、放つことで相手を焼き尽くす技。 

『黒龍波返し』
黒龍波を受け止めて術者に投げ返す力業。武威が使用。

『セクシーコマンド』
すごいよマサルさんのタイトルにもなっている格闘技。
通常の格闘技によく使われる『フェイント』を技に昇華している。分かりやすく言えば、相手の隙を無理矢理引き出す為、楽に攻撃を当てられる。
技の中にズボンを下ろしたり、チャックを開けたまま戦うなど若干、下ネタが多い。


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第六十八話

◆◇side桂花◇◆

 

 

その日は……朝から戦場だった。

 

 

「桂花……お前は秋月を好いているのか?」

「ぶふっ!?」

 

 

警備隊の事もあり、秋月、北郷、華雄と会議をしていた私だけど華琳様に呼ばれて秋月と北郷が居なくなってから華雄が妙な事を口走った。私は飲んでいた、お茶を思わず吹いてしまう。

 

 

「あ、あんた……急に何をとち狂った事、聞くのよ!?」

「なんだ違うのか?」

 

 

私が叫ぶが華雄はサラリと聞き流す様に返してくる。本当に反董卓連合の時とは別人ね。

 

 

「あ、あのねぇ……私は男なんか大っ嫌いなのよ!まして秋月なんて会った時から私に害を成す疫病神よ!」

「ほぅ?ならば私が秋月と恋仲になっても、桂花には不都合はないのだな?」

 

 

何よ、急に……別に秋月が誰と一緒になったって私は……

 

 

「ふむ……ならば今日の夜にでも秋月を誘うとするか。そのまま酒に誘って……」

「勝手にすれば?私よりも胸があるんだから秋月も喜ぶんじゃないの?」

 

 

勝手にしなさいよ。それに秋月もきっと華雄の方が良いと言う筈……私みたいに可愛いげがない女なんて……

 

 

「桂花………それは嫌みか?私は確かに桂花よりも胸はあるが全体的に筋肉質だ。お前の様に柔らかな女らしい体ではない」

「あんたこそ、嫌み?出るとこ出て、引っ込むところが引っ込んでるなんて羨ましいんだけど」

 

 

華雄の発言にイラッと来た。何よ……胸があって、腰が細くて、足がスラッとしてるなんて反則よ。華琳様は別格だけどね。

 

 

「私からしてみれば普段の桂花が嫌みだがな。普段から秋月と共にいる機会が長いし、何よりも桂花と話している時の秋月は何処か、安らかな気を放っているぞ」

「はん、当然よ。あいつの面倒を誰が最初に見たと思ってるの?」

 

 

そうよ、私があの馬鹿の……って何で、こんな話になってるのかしら……華雄に、あの馬鹿を取られると思うと……こう、胸の辺りがモヤモヤと……

 

 

「そうか……だが、私が奴と恋仲になれば、それも私のものだがな」

「………勝手ばかり言ってるんじゃないわよ!あの馬鹿は私が……」

 

 

そう嫌だ……あの馬鹿が……

 

 

「ただいまー」

「…………おかえり」

 

 

私の思考を止めたのは私と華雄の対立の張本人だった。

呑気にヘラヘラとコイツは……

 

 

「ん……何、この雰囲気?」

「桂花……勝負は夜だ。勝った方が夜、秋月と共に過ごす」

「わかった……でも私が勝つわよ」

 

 

私と華雄は睨み合う。事情を知らない秋月はオロオロと私と華雄を見比べていた。

 

 

 

 

そして夜になり、夕食の時間。秋月は城の外で夕食を食べさせている。

私と華雄は城の食堂で席を挟んで睨みあっていた。

そして私と華雄の間に居るのは霞と流琉。

 

 

「ほな、呑み比べ勝負開始や。審判はウチが勤めるわ」

「あ、あの……無理はしないで下さいね」

 

 

そう、私と華雄は呑み比べで勝負する事になった。武では華雄が有利だし、知では私が有利だ。

勝負を公平にする為にお酒の呑み比べ勝負となってしまった。と言うか審判が一番の飲んべえって大丈夫なのかしら?まあ、流琉も居るし大丈夫よね。

それに私も華雄も明日は非番だから酔いつぶれても問題ないし……いや、問題有るわね。酔いつぶれたら、華雄の勝ちになってしまうから。

 

 

「ほな、呑み比べ開始や!あ、流琉。おつまみ、よろしゅう」

「はーい」

 

 

霞に頼まれて早速、ツマミを作りに行く流琉。本当に審判する気、あるのかしら?

 

 

 



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第六十九話

 

 

 

その日、俺は一刀、桂花、華雄と警備隊の今後について話をしていた。

袁紹との戦が目前に迫る中、やはり街の安寧を考えるのは警備隊の仕事なのだから。

まあ、会議とは言っても警邏で回る場所とか時間やシフト関係の話が主な訳だが。

そして、ある程度話が進んだ所で大将に一刀と共に呼ばれた。俺と一刀が呼ばれたって事は未来の話関係か。

 

急いで玉座の間に行った俺と一刀だがやはり話の内容は未来……と言うかこの国の歴史の事だった。

実はこの手の話になると俺は口出しができない。何故かと言えば、俺は三国志の事は既に記憶が薄れている。一刀はまだ学生で授業とかでやった所なら覚えているのだろうが俺は既に大まかなストーリー以外は忘れているのだ。

流石にメジャーな武将の名前は覚えてるけど歴史背景とかはサッパリ。

 

と言う訳で今現在は大将と一刀の話を聞くばかりだ。まあ、大将は未来の歴史は重要視はしておらず、寧ろその事を話したら罰を与える的な口ぶりだ。大将の気質を考えれば未来が決まってるなど許せないんだろうけど。

 

そして話が一通り終わると俺は退室した。大将はまだ一刀に話があると言って残らせたけど……まあ、言うだけ野暮か。

と、思いつつも余計な世話を焼くのは年上の性か。俺は一刀には聞こえないように大将に耳打ちする。

 

 

「大将……一つだけ御進言を上げますが、一刀はハッキリと言わなければお気持ちが伝わる事がないとだけ言っときましょう。鈍感なんでね」

「~~~~っ!大きなお世話よ!!」

 

 

ハッハッハッ、鈍感な学生と素直になれないツンデレ少女の恋愛は良いものだ。俺は大将の拳や蹴りを避けながら、そんな事を思っていた。

……………イカン、かなりオッサンの思考になってきてる。

 

 

「隙有り!」

「あいたっ!?」

 

 

一瞬の隙を突いて大将の拳が俺を捕らえた。流石、覇王様。相手の隙を見逃さない。

 

 

「いい……今後、そんな事を言ったら……」

「こんな時代なんだ……むしろ言わなきゃダメなんじゃねーの?」

 

 

俺をマウントポジションで殴り掛かりそうになっている大将。だが俺の一言に動きを止める。

そして俺の上から降りると俺に退室する様に促した。

 

 

「純一……話はわかったわ。だったら……今度、話に付き合いなさい」

「はいはい、大将の頼みにゃ断れませんな」

 

 

俺は立ち上がり、踵を返しながら玉座の間を後にした。

あれ?なんか思った以上に話が通用したぞ。なるほど、覇王様は恋愛が不得手……止めた。なんかこの思考を続けるとろくな事になりそうにない。サッサッと桂花と華雄の所に戻ろ。

 

 

しっかしまあ……平和だよな。いや戦の話をしたばかりで、こんな事を思うのは変だと思うが。

街の警備の話にしても、先程の大将の話にしても平和の中での会話がして俺は気が安らかになっていた。

 

って、ちょっと待て……ヤバいぞ……こんな事を思ってると所謂、戦争映画とかで『ほんわかしてる時に急に死んで場を引き締める役』みたいなポジションになってる。

特に俺は何故か戦場で武将の方々に遭遇する率が妙に高いんだ。胡軫なんか良い例だ。確かに挑発したのは俺だけど、まさか、いきなりロックオンされるとは思わなかった。

なんて考えていたらさっきまで会議してた部屋についていた。待たせたし怒ってるかな?

 

 

「ただいまー」

「…………おかえり」

 

 

部屋に入ると桂花と華雄が睨み合っていた。桂花が俺に返事をしてくれたけど妙に怒ってる。なんかジト目で睨まれた。

 

 

「ん……何、この雰囲気?」

「桂花……勝負は夜だ。勝った方が夜、秋月と共に過ごす」

「わかった……でも私が勝つわよ」

 

 

え、ちょっと会議から抜けた間に何があったの?なんかスゴい剣呑なんだけど。

うーむ、この状態を打破するには……そうだ夕食にでも誘って話を……

 

 

「秋月、今日の夕食は外で食べてきて」

「申し訳ない。だが必要な事なのでな」

 

 

俺が話を切り出そうとしたら桂花と華雄に背中を押されて部屋から追い出された。

あー……なんだろ。妙に背中が煤けてる感じ……心に風が吹いてるみたいだ。

 

俺は煙管に火を灯して夕飯、何食べよーかなー……と考えていた。

寂しくなんかないんだからね!誰に言う訳でもない言葉を心の中で叫びながら俺は街に行く事にした。



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第七十話

 

 

 

◇◆side詠◇◆

 

 

僕達が魏に来てから暫く経過した。最初は名前を捨てなきゃならなかったり、侍女の仕事をする事になった時は眩暈がしたわね。

でも天の国の侍女用の服は可愛いし……何よりも月が生き生きとしているのが嬉しい。

反董卓連合の時の月は凄く気落ちしてたけど、この国に来てから月は本当に遣り甲斐のある仕事にありつけたと言わんばかりの雰囲気。最近では月がメイド長、僕がメイド副長なんて呼ばれてる。

まあ、僕としても現状の仕事に不満はないわ。

 

 

「おっちゃーん、お酒おかわり」

「副長さん、今日は飲み過ぎなんじゃないかい?」

 

 

訂正。不満はあるわね。

僕と月は珍しく同じ日に休みを貰った。街中で買い物をしたり、お茶をして楽しんで。そして夕御飯を食べてから帰ろうかと話をしていた時に秋月と会ってしまった。

秋月は詳しい事情は話さなかったけど、城で夕食を食べる事が叶わなかったらしく、外に食べに来たのだと言う。

話の流れから秋月、月、僕で一緒に夕飯を食べに行ったのだが、秋月が妙にお酒に溺れていた。

秋月がお酒好きなのは知ってたけど、こんなやけ酒みたいな飲み方をしているのは初めて見た。

 

 

「じゅ、純一さん。飲みすぎですよ」

「んー……月は優しいねー」

 

 

月が秋月の心配をすると秋月は月の頭を撫で始めた。ちょっと、勝手に月の髪に触るな!

 

 

「へ、へぅ……純一さん……」

「ゆ~え~」

「調子に乗るな!」

 

 

月を抱き締め始めた秋月に僕の我慢は限界に達した。僕は秋月の手の甲を思いっきりツネ上げる。

 

 

「痛ったたたた!冗談だって、酔っぱらいの戯言と見逃してくれ」

「それで見過ごしたら警備隊は要らないでしょ!桂花や華雄が居ないからってハメを外しすぎよ!」

 

 

いつもの調子とは違う秋月を叱る僕。でも、その直後、怒りは四散した。

桂花と華雄の名を出した途端に秋月は酔いが急に覚めた様に静かになって月を離したのだ。え、ちょっと急にどうしたのよ……それにさっきの顔……

 

 

「ごめんな月。少し飲み過ぎちまったな」

「あ、いえ……そ、その……」

 

 

秋月の急な態度の変わり様に月も混乱してる。ちょっと……何があったの!?

 

 

「少し煙草、吸ってくるわ。おっちゃん、まだ飲むから酒だけは用意しといて」

「へい。でも次を最後にしてくださいよ。あんまり飲ませちまうと、そっちの嬢ちゃんに叱られそうだ」

 

 

店の店主に話し掛けて外へ出る秋月。店の店主は苦笑いに成りながらも、お酒の準備は進めていた。

 

 

「ね、ねぇ月。さっきの秋月、変じゃなかった?」

「うん……まるで寂しさを紛らわせるみたいに、お酒飲んで空元気を出してるみたいに思えたよ」

 

 

僕が月に問うと月も同じ違和感を感じていたのか不安そうな顔つきで僕に話しかけていた。

何があったんだろう……秋月はいつも笑っていて、悩みなんか微塵も感じさせない人。どれだけ仕事で失敗しようが、自らの技で自爆しようが周囲を心配させない様に笑ってる。

北郷や他の武将達も秋月が年上なのも含めて頼りにしてる。

だから、こんな秋月は初めて見た。

 

 

「あ、本当に月と詠なのです」

 

 

なんて僕が考え事をしていると店に、恋とねねが入ってきた。本当に、なんて言う辺り誰かから僕達が此処に居ることを聞いたのかしら?

 

 

「外で、とーさ……秋月が煙草を吸ってたのです。『月と詠も居るから一緒にどうだ?』なんて言ってたから来てやったのですぞ」

 

 

途中で言い直したけど、ねねは秋月の事を『とーさま』と呼ぶことがある。本人の前や兵士の前じゃ言わないように気を付けているみたいだけど、僕達の前だと時おり呼び方が、とーさまになっていた。

ねねは昔、生まれた村を追い出された過去があるって聞いたから尚更、秋月に父親を求めているのね。

 

 

「しかし……あの酔い方を見ると、やはり原因は桂花や華雄なのですぞ」

「………ん」

 

 

ねねは入口と言うよりも外に居るであろう秋月の方向を見て呟いた。恋もそれに同意する様にコクリと頷いている……って、ちょっと待って。秋月があんな状態の理由を知ってるの?

 

 

「桂花と華雄が秋月の取り合いをしたのです。勝負の仕方は飲み比べ。勝った方が今日の夜に秋月と共に過ごすとの事。そして秋月に知られると恥ずかしいからと桂花と華雄は秋月を除け者にして、今は城で勝負の真っ最中なのです。しかも秋月にその事を告げずに」

 

 

呆れた……桂花と華雄の勝負はわかったけど当人をほったらかしにすれば、却って印象悪くなるのに。秋月は除け者にされて落ち込んでたって所かしら。

まったく……爪弾きにされて落ち込むなんてコイツにしては……え、でも……ちょっと待って。そんな事で、空元気を振る舞わなくちゃならないなんてコイツらしくない。酷く脆い物を見ている様だ。まるで拠り所を失い、怖がっている迷子の様に。

 

 

「ふー……少し落ち着いた。恋、ねねも好きなもの食べていーぞ」

「………ん」

「言われなくても、そうするのです!」

 

 

煙草から戻ってきた秋月が席に戻ってきた。恋やねねも席に座らせると先程、店主に最後にしてくれよと言われた酒を飲み始めて、恋とねねには料理をご馳走して。

すっかり、いつもの秋月に戻ってる。僕はその事に胸がチクリと痛んだ。つまり、僕達は秋月の心の拠り所になれてない。気を使い、助け守らなきゃいけない存在。

秋月は否定するだろうけど………僕達は秋月の重石になってる。

そんな事もあってか僕は秋月を『頼りになるけど、頼っちゃいけない人』と感じていた。

 

 

「どうした詠?飲まないのか?」

 

 

僕が席にも着かずに立っていたのが気にかかったのか秋月が僕を呼ぶ。

どうするか……もう決めちゃった。

 

 

「座るわよ。それよりも、もうそれ以上は飲まないでよね」

「ああ、御無体な!?」

 

 

僕は秋月の持っていた徳利を奪う。既に半分も飲んでる……まったく……

 

 

「これ以上はダメよ。飲むなとは言わないけど量を考えなさいよね」

「って!」

 

 

 

僕は徳利を持つのとは逆の手で秋月のオデコにデコピンを当てる。

僕はまだ桂花や華雄みたいに、心を許されてないみたいだけど……だったら信頼されるまで世話焼きさせて貰うわよ。

僕は秋月のメイドなんだから。



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第七十一話

更新遅れて申し訳ないです。理由の方は活動報告の方に書きました。


◆◇side桂花◇◆

 

 

華雄と飲み比べ勝負をしてから、どれくらいの時間が経過したかも分からない……ひっく……

 

 

「わ、わらしは……まだまだ平気よ……」

「ふ、ふん……抜かせ。呂律が回らなくなって来てるではないか……」

 

 

私と華雄は机を挟んで、にらみ合いながら酒を飲む。こいつ……いい加減に潰れなさいよね……

 

 

「あちゃー……まさかここまで本気の勝負とは思わなかったわぁ」

「ど、どうしましょう……霞さん」

 

 

私達の後ろでは霞と流琉が慌てた様子で私達の勝負を見守っていた。

 

 

「奴は……あの男は私が守らねばならん。そして、その役目は私のものだ。貴様ごときに先に譲る気はない」

「ふん……言ってくれるじゃない。アンタにアイツの何がわかるのよ……あの馬鹿の笑ってる顔も嫌な顔も……全部、私のなのよ」

 

 

華雄と私の言い争い。どっちも互いに譲らない話……の筈だった。

 

 

「だったら……その時点で桂花の敗けだな。何故、私が奴を守ると言ったと思う」

「どういう意味よ……」

 

 

華雄の意味ありげな言葉に私は食いついてしまう。あの馬鹿は私と一緒の時間が長いんだから私よりもアイツを知っているとは考えづらい。

 

 

「アイツは………秋月は強い様に見えて、ひどく脆い。最近のアイツは先の見えない暗がりを恐る恐る歩いている様に見える。桂花……さっきお前は秋月はお前のものだと言ったが……奴の苦しみはわかってやれていたの……か……」

「何よ……私がっ!……寝ちゃった……」

 

 

私が何かを反論しようとしたら華雄はそのまま机に顔を預けて寝てしまった。やっぱり限界だったんじゃない……。

でも気になる事、言ってたわね……秋月が強い様に見えて、脆いって。

 

 

「まったく……飲みすぎやで。審判役はツラいなぁ」

「私達よりも飲んだくせに、よく言うわね」

 

 

私が考え事を始めると、霞が華雄に肩を貸して無理矢理、立たせた。

 

 

「審判役なんかやってると酒を飲んでも酔えへんのや。特にこんな話されとったらな」

 

 

私と華雄にとっては真面目な勝負だったけど霞や流琉は巻き込まれた側だから大変だったのかしら。

 

 

「ま、今日のところは桂花の勝ちな。片付けは流琉がやるし、ウチは華雄を部屋に運ぶから……お楽しみしてきたらー?」

「な、何を……た、確かに、それを賭けた勝負だったけど……私は別に……」

 

 

霞の言葉に動揺して、素っ気ない言葉を出そうとした私に霞は人差し指を立てて、止めた。

 

 

「桂花が素直やないのはわかっとる。さっきの言い方で桂花が純一のいっちゃん近い場所におるのも理解したけど……一旦、純一の事を見てあげた方がええで……ほななー!」

 

 

言うだけ言って霞は華雄を連れていってしまう。流琉は既に片付けをしていたので、挨拶を残して私は食堂を後にした。

食堂を後にした私の行き先は秋月の部屋。

べ、別に私が行きたい訳じゃない。そう、勝負に勝ったから仕方なく……

 

 

「うー……頭痛ぇ……」

「だから飲みすぎるなって言ったのよ」

「秋月……お酒臭い」

 

 

なんて独り言を言っていたら秋月、詠、恋が反対側の廊下から来た。

来たと言うか……秋月が恋に背負われて詠がそれを支えてる。どんな状況よコレ。

 

 

「アンタもねねも似たり寄ったりよ。アンタはお酒の飲み過ぎ、ねねはご飯の食べ過ぎ」

「いやぁ……つい」

 

 

ぐったりしてる秋月に文句を言ってる詠。なるほど私と華雄が追い出しちゃったから外で詠達と夕食にしたのね……

 

 

「ねねは月が部屋に連れていったけど……アンタはそう簡単な話じゃないんだから、これに懲りてお酒を控える事ね」

「俺だって酔いつぶれたい時があるのよー」

 

 

恋に背負われたまま詠との会話を続ける秋月。私はなんとなく隠れてしまい物陰から話を盗み聞きしていた。

 

 

「でも桂花も馬鹿よね。華雄との勝負でアンタを追い出したんじゃ本末転倒じゃない。あれで筆頭軍師が勤まるのかしら」

 

 

言ってくれるわね詠……今度、象棋でボコボコにしてやるわ。

 

 

「バカを言うな。桂花から知略を取ったら貧乳しか残らんぞ」

「アンタ……本人が聞いてないと思って言うわね」

 

 

ちゃんと聞いてるわよ!後で覚えときなさいよね、アイツ等……その後、恋は秋月を背負ったまま、部屋に入っていく。

どうしよう……このまま部屋に入っても恋達が居るし……それにアイツも酔い潰れてるから行っても……

 

 

「秋月なら、もう寝たわよ。よっぽど心労が溜まってたのね」

「詠っ!?」

 

 

私が考え事をしていると背後から声をかけられて驚いた。振り返れば、そこには詠が腕組みをして立っている。何処か威圧的な感じね……

 

 

「な、何よ……」

「アンタ……秋月との付き合いが長いってだけで、アイツの事、理解してないのね」

 

 

な、何よ急に!しかも私が秋月の事、わかってないってどういう意味よ。

 

 

「秋月は寝てるわ。僕と恋はもう行くし、アンタがこれから秋月の部屋に行って……何も感じないなら秋月と一緒にいれないわよ」

 

 

え……何よ、それ……私が意味を聞き出す前に詠は行ってしまう。本当になんなのよ。

私は詠の言葉を妙に重く受け止めてしまったのか、秋月の部屋に入るのも躊躇ってしまった……いやいや、何を緊張してるのよ私。ただ、アイツの様子を見に来ただけじゃない。

 

 

「くかー……くー……」

 

 

居るわね……かなり呑気に寝てる。仮にも警備隊の副長なら私が部屋に入った段階で気配で起きなさいよ。まあ、起きられても困るけど。

でも……さっき詠は秋月は心労が溜まってると言っていた。この能天気に悩みなんかあるわけ?

そう言えば母様も昔……『知らない異国の地に一人きり……強がって笑っていても、誤魔化せませんよ』って言っていた。

 

もしかして、私と華雄が今日、秋月を除け者にして傷ついた?まさか……コイツに限ってそれはないと思う。

認めたくないけどコイツは魏にとって北郷共々、重要人物となってきている。北郷も同郷からなのかコイツを頼って……あ、そっか……

 

 

「秋月には……頼れる人がいない……」

 

 

行き着いた答えに私は頭が冷えるのを感じた。

華琳様は仕えるべき主。春蘭達は同僚。北郷は同郷とは言っても頼るよりも頼られる事が多い筈。だったら……

 

 

「だったら……秋月が頼るのは……私?……」

 

 

その仮定が当たっていたとするなら今日、私のした事は……

 

 

「ん……んぅ……」

 

 

私が悩んでいると秋月は寝台の上で寝返りをした。寝返りをして出来た隙間は人一人が入るには十分な幅だった。

 

 

「………責任を感じる訳じゃないけど……特別なんだからね」

 

 

私は靴を脱ぐと秋月の寝台に膝を乗せて体重を掛ける。そして先程、出来た隙間に体を潜り込ませた。

お酒の匂いがする……私も相当、飲んだけどコイツも相当、飲んだわね。飲みすぎのせいなのか……私のした事のせいなのか……秋月は寝苦しそうにしている。

 

 

「アンタは……私が捕まえててやる……だから……一人じゃないわよ」

 

 

私は秋月の服を掴みながら、そう言ってやると秋月の顔は少し緩んだ。



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第七十二話

 

 

 

意識が覚醒し、瞼を開ける。すると、差し込んでくるのは朝日の光。もう朝か……昨日は飲みすぎたな。まあ、俺は今日休みだし二日酔いでも構わない。

桂花や華雄の事もあってか昨日は次の日の事を考えなかったからな。まあ、今日の俺は自由だ。フリーダムだ。そうと決まれば、欲望に身を任せよう。

惰眠を貪りたい俺は二度寝をしようと寝返りをして……

 

 

「あ……おはよう秋月……」

 

 

そこには何故か桂花の添い寝姿。なるほど、俺は寝ぼけているらしい。瞼を閉じて更に深い眠りに落ちるとしよう。

グッバイ地球……そして、ちょっぴりヤンチャな人類達よ。

 

 

「二度寝するんじゃないわよ。それとも私と一緒なのは現実逃避したい出来事な訳?」

「い、いや……どちらかと言えば、あり得ない光景だと思ったんだが……頬を抓られて痛いのは夢じゃないようだ」

 

 

桂花は寝たまま俺の頬を指で抓る。うん、普通に超痛い。

 

 

「いや……つーか、なんで一緒に寝台に?昨日の記憶が若干飛んでるんだけど……ヤっちまった?俺、ヤらかした?」

「昨日は何もなかったわよ……アンタが寝た後に私が潜り込んだだけだから……」

 

 

俺の抱いた不安に桂花が答えた。そ、そうなのか……なんかホッとしたわ。

 

 

「何よ……何もなかった事に安心したの?」

「いや、それだけの事をして覚えてないのがヤバいと思ってたからさ。何もなかったのならそれはそれで。むしろ、その事をしたのなら、ちゃんと覚えていたい……ぶっ!」

 

 

桂花がジト目で俺を睨んでいたので本音トークをしたら顔を真っ赤にした桂花が枕を投げてきた。

 

 

「こんの……変態!」

「む、それは心外だな。大切な思い出は残すべきだ。むしろ変態と言うならお前と大将の……」

 

 

桂花が怒鳴ってきたので反論したら、その途中で口を手で塞がれた。

 

 

「アンタ……なんで知ってるのよ!?」

 

 

 

いや、単にカマをかけただけなんだけど、見事に引っ掛かったよ。むしろ入れ食いだ。それに気づいた桂花も顔を俯かせて震えている。

 

 

「ハハハッ。まあ……相手は大将だし……深くはツッコミはしねーよ……って危なっ!?」

「死ねーっ!!」

 

 

桂花さん、人に物を投げるんじゃありません!ま、待て竹筒はまだしも、文鎮はヤバいって……あーっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……許して貰えたの?」

「暫く雑用をしろとさ……ったく」

 

 

桂花の暴走が収まった頃。流石に弄りすぎたと謝ったのだが桂花の態度はツンツンのままだった。それこそ会ったばかりの頃の様な状態だ。

その事を大将に話していたら笑われた。

 

 

「ま……漸く桂花も心の整理がついたのよ。まだ何度か悩むでしょうけどね」

「んな、簡単に解決するなら悩みとは言わないだろ」

 

 

やれやれと俺と大将は揃って溜め息を吐いた。

 

 

「兎に角、問題が解決したなら雑用に行ってきたら?薪拾いだっけ?」

「俺は今日非番だったんだがなぁ……」

 

 

大将の言葉に俺は肩を落としながら、本日出勤している警備隊の人間の一部を連れて森へと向かった。何故、一部かと言われれば袁紹の軍勢が近々、魏に攻め入ると予想されているからだ。その為に警備隊も駆り出されているので雑用をするのは必要最低限の人数と定められている。

実を言えば今回のも薪拾いが名目だが怪しい人物や斥候が彷徨いていないかを探る為でもある。

 

 

「副長……今日はお休みだったのでは?」

「それに体調も悪そうですし……我等でやりますよ」

 

 

同伴している警備隊が声を掛けに来てくれる。優しさが身に染みるわ……しかし、今日仕事をしているのは猫耳軍師のせいだし、体調が悪いのはぶっちゃけ二日酔いだ。

なんて思ってた時だった。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「なっ!?」

 

 

森の陰から何者かが飛び出して俺に襲いかかってきた。俺は咄嗟に何者かの攻撃を避けると即座に戦闘体勢に入る。襲撃者は布で顔を隠しているので何者なのか伺い知れない。

 

 

「貴様、何者だ!?」

「我等を魏の警備隊と知っての行動か!」

 

 

回りの警備隊が襲撃者に対して叫ぶが襲撃者は持っていた棍棒を肩に担ぐと体勢を低くして構える。しかし、随分小柄な奴だ……でも、こりゃ話は通じそうにないな……

 

 

「尋常に……正々堂々勝負!」

「奇襲の段階で正々堂々じゃないだろ」

 

 

襲撃者が襲いかかってくると同時に俺は胸の辺りでバレーボール位の気弾を生み出す。この技は酔っている時、または二日酔いの時に威力を発揮する。つまり、今の俺にはお誂え向きの技って事だ。

 

 

「錬妖球っ!」

「え……ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

襲撃者は俺の目の前まで迫って来ていたが俺の気弾の方が早く当たり、襲撃者は吹っ飛ばされた。ふぅー……ぶっつけ本番で成功してくれて助かった。

 

 

「副長!」

「お見事です!」

「凄いです。さすが副長!」

「驚きました!」

 

 

回りの警備隊が褒め称えに来る。よせやい、本人が一番驚いてんだよ。こんなに上手くいくとは思わなかったから。

 

 

「ぐ……うう……」

「っと……まだ、やる気か?」

 

 

褒め称えられて良い気分のところに呻き声が。見れば錬妖球で吹っ飛ばした襲撃者が起き上がろうとしていた。その行動に警備隊の面々も視線を俺から襲撃者へと移す。

 

 

「この強さ……やはり自分の目に狂いは無かったッス!」

 

 

襲撃者は巻いていた布を取り払うと俺の前に来て膝を着いた。その容姿は、ねねや流琉と変わらない年頃の子供。

 

 

「自分の名は高順!お願いします、どうか自分を弟子にしてください!」

 

 

着いた膝を曲げて、両膝を付き、俺に土下座をして弟子入りを志願した襲撃者。

え……どうしろってのよ……しかも名前が高順っ!?




『錬妖球』
幽遊白書で酎が使用した技。自らの妖気を酒気とブレンドさせ、球状にして投げつける。


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第七十三話

 

 

 

 

「と……言うわけで連れて帰ってしまったんだが……」

 

 

あの後、高順の弟子入りを断ったのだが高順は俺の足にしがみついて離れようとしなかった。どうしたものかと悩んだ結果、大将に相談しようと連れて帰えざるを得なかった。

因みにいきなり城に行くのは、なんだと思って現在は警備隊の詰所に居る。

 

 

「アンタが拾ってくるのは人じゃなくて薪でしょうがっ!」

「ごもっともでございます」

 

 

桂花は俺の胸ぐらを掴んで叫ぶ。はい、まったくその通りなんですが事情が事情なので勘弁して。

今、詰所には一刀、大将、桂花、華雄、凪、沙和、真桜と警備隊関係者勢揃いとなっている。

 

 

「えっと……高順だったよな?なんで純一さんの弟子になりたいんだ?」

「あ、はい!自分……実は反董卓連合の時に街から抜け出して戦を見に行ってたんス。その時に秋月副長と胡軫将軍の戦いを見て……震えました。自分も……この人みたいに強くなりたいって!」

 

 

一刀が高順になんで俺に弟子入りしたいかを問うと意外な答えが帰ってきた。あの戦いを見てたのか……うん、なんか補正が掛かった見解だね。俺はあの時、胡軫にボコボコにされて最後の最後に反撃しただけだからなぁ……

つーか、高順が弟子になるのは本来の歴史とはかなり食い違いが起きる。

 

警備隊の詰所に大将と桂花が来る前に一刀から聞いたのだが、高順は本来の歴史だと呂布の部下で『陥陣営』と呼ばれる程の武人だったと聞く。蜀や魏に戦いを挑んで最後には曹操に捕らえられて最期を迎えた……ってのが高順らしいのだが……

ぶっちゃけ、そんな風には見えないし、恋との繋がりも無さそうだ。

そんな中、真桜と沙和が高順に俺の説明をしているのだが……

 

 

「なぁ、高順?副長は気は使えるけど他はポンコツやで」

「そうなのー。種馬の癖にフニャ○ンなのー」

 

 

とりあえず真桜と沙和の給料はマイナスっと……。沙和は女の子が下ネタを使うんじゃありません!

 

 

「高順……副長は警備隊の偉い方で……」

 

 

……そもそも、高順が弟子入りって以前に三国志の登場人物が皆、女性ってのも既に歴史が破綻している気もするが……

 

 

「それでも自分は秋月さんに……」

「あのね……あの馬鹿はあれで忙しいのよ?それを……」

 

 

加えてを言うなら……反董卓連合で命を落とすはずだった月や華雄が生きて魏に居るのも歴史からズレてる……

 

 

「そう……決意は固いようね。聞けば純一の気弾にも耐えたそうじゃない」

「は、はい……でも凄い効きました……」

 

 

そんなんで大丈夫なんだろうか……このまま行くと、本来描かれている三国志の話との食い違いが……

 

 

「決まりね。純一、後は任せるわ」

「………え、何が?」

 

 

ヤベっ……考え事に夢中で話を聞いてなかった。

 

 

「アンタ……華琳様のお話を聞いてなかったの?」

「す、すまん……考え事に集中して……」

 

 

桂花が俺の頬を抓る。最近、この扱いに慣れてきてる自分が怖いわ。

 

 

「なら、もう一度だけ言うわ。純一、高順を弟子として北郷警備隊に組み込みなさい。これは命令よ」

「え……いや、俺……弟子を取れる程、強くは……」

 

 

大将の無茶な命令に反発しようとするが……

 

 

「何も一から全てを教えろとは言わないわよ。それに気を抜きにした戦いなら高順の方が強いわよ。アナタは警備隊の仕事を教えつつ、高順に色んな物を学ばせなさい。季衣や流琉、香風みたいにね」

「あー……はい」

 

 

こりゃ反論するだけ無駄か。強制的に弟子を取らされて、更に新人指導か。仕事が増えるなぁ……と言うより俺に弟子が出来る段階で不安しかない。

 

 

「さて……じゃあ高順。これから俺はお前を弟子にして北郷警備隊の新人として迎え入れる。いいか?」

「は、はい!自分は名は高順。真名は大河ッス。よろしく、お願いします師匠!」

 

 

し、師匠っ!?いきなり呼び方がブッ飛んだ。振り返れば全員が、笑いを堪えてプルプル震えてる。

 

 

「ったく……俺は秋月純一。お前の真名、確かに預からせて貰ったぞ大河」

 

 

俺は片膝を着いて、大河と目線を合わせる。ったく……こんな純粋でキラキラした目をしたら断れないっての。

この後、大将達にも真名を預けた大河。さてさて……これからどうなるか……

 

 

「この後、仕事の予定もないし……真桜。大河を風呂に連れていってやれよ。警備隊に入るなら使う機会もあるだろうし」

「そやね。大河、ウチと一緒に行こか。なんなら一緒に入る?」

「そ、そんな……女の人と一緒に風呂なんて恥ずかしいッスよ!」

 

 

俺が真桜に大河を風呂に連れていって欲しいと頼んだら、真桜は裸の付き合いをしようとしたのだが……大河の言葉で皆の動きがピタリと止まった。

 

 

「大河……女の子同士で恥ずかしいのか?」

「あ……やっぱり皆さん、勘違いしてたんスね。自分、男ッス」

 

 

凪が絞り出した言葉に大河は溜め息を吐きながら答えた。え、マジで男なの?まるっきり女顔なんだけど。

 

 

「昔からなんスよ……間違えられるの」

「ま、まあ……どんまい」

 

 

ズーンと暗くなった大河の肩をポンと一刀が叩いて慰める。この手の悩みは本人にしかわからないよな。因みにこの後だが大将直々にチェックが行われて大河は男だと断定された。どんなチェックしたのよ大将……

城に戻ってからは五右衛門風呂に連れていき男同士の裸の付き合いをした。本当に男の子だったよ。裸見なきゃ気づかないレベルって凄いわ。

 

 

 

そして、その日はもうトラブルは無いだろうと思っていたのだが……緊急連絡を受けて俺は寝ていた所を叩き起こされた。

その緊急連絡の内容は『劉備が袁紹に国を追われて民と共に魏の国境付近まで来ている』との報告だった。




名  高順。
真名 大河。
髪型 黒髪のショートヘアー。
年齢 季衣、流琉と同年代
服装 七分丈のシャツにハーフパンツ。スポーツシューズの様な靴を履いている。
容姿 中性的な顔立ちで、日焼けの為か肌が浅黒い。
身長 季衣や流琉よりも少し高い程度。
一人称 自分。
口調 語尾に『ッス』を付けるのが口癖。


嘗て秋月と胡軫の戦いを見た際に秋月に憧れを抱いて半ば、押し掛け弟子の様な形で弟子入りした。
秋月の事は『師匠』と呼ぶようになる。
中性的な顔立ちで、よく間違えられるが歴とした男。本人曰く『十人中、九人には間違われる』との事。
今まで自由奔放な戦い方をしていた為に固定された戦い方をしない。ある意味で秋月と通じるものがある。
性格そのものは真面目な部類だが、年相応に遊び好きで人懐っこい。
秋月の気弾をマトモに喰らっても、すぐに回復する程のタフネスの持ち主。


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第七十四話

 

 

 

 

寝ていた所を叩き起こされて不機嫌な俺は玉座の間に向かっていた。

 

 

「ったく……俺の眠りを妨げやがって……」

 

 

こっちは昼間から妙に頭痛がしてたってのに……そういや、大河を弟子にするって決めた辺りからなんだよな、頭痛がしてたの。

 

 

「遅くなりましたかね?」

「確かに遅かったわね。話はもう終わったわ。これから劉備達に会いに行くから、付いてきなさい」

 

 

俺が到着した頃には会議は終わってた。大将はスタスタと俺の横を通り抜けて行ってしまう。確かに少し遅れたけど、俺の扱い酷くね?

 

 

「ほら、さっさっと行くわよ。状況は向かう途中で説明してあげる」

「痛ったたたた!?耳を引っ張るな!」

 

 

俺が若干、ショックを受けていると桂花が俺の耳を引っ張る。待て、それはマジで痛いんだって!

痛む耳を押さえながら聞いた話によるとこうだ。

 

自分の国を袁紹に攻められそうになった劉備は国を捨てて民と共に逃げた。目指す先は南方。

しかし、その南方を目指すにも一番安全な道が魏の領土を通行する事なのだ。

そして、その許可を得る為に関羽が早馬で魏へと赴き、要件を伝えた。

 

そして今、目指しているのは劉備が本陣を張っている野営地ということだ。

それは兎も角として……気になっている事が……

 

 

「キミ達、誰?」

「おやー、初対面で真名を聞かないとはお兄さんと同郷の方とは思えませんねー」

「風。あの時、一刀殿もわざとでは無かったと聞いているのですから、その言い方は良くないわよ」

 

 

そう。劉備の本陣を目指す最中、見覚えのない女の子が二人陣営に混ざっていたのだ。

そちらの話も聞くと俺が少し魏を留守にしている間に魏に入った軍師らしく、大将も真名を預けたらしい。

大将が真名を預けて軍師に抜擢されるって名のある軍師なのだろうと思って名前を聞いた。

ふわーと髪と雰囲気の感じの子が程昱。眼鏡をした真面目そうな子が郭嘉。

マジか……これで魏の大軍師揃い踏みじゃねーか。

 

ちなみに反董卓連合の時に会った趙雲と旅をしていたらしく、一刀ともその時に会っていたらしい。この時に一刀は程昱の真名を迂闊にも言ってしまったらしく、趙雲に刺され掛けたとか。

 

話が逸れたが、程昱と郭嘉の真名を預けてもらった。程昱は『風』郭嘉は『稟』

大将の命令ってのもあるが、一刀と話している内に俺の話も聞いていたらしく真名を預けても大丈夫だろうと判断したらしい。

俺も自己紹介をしてから一刀同様に真名が無いことを伝えると風は『純一さん』、稟は『純一殿』と呼ぶそうだ

 

この時は知らなかった事だが稟は妄想が凄いらしく、しかもその妄想で鼻血を出す癖があるのだとか。

魏に来る武将は何かしらの個性を抱えてくるのがお約束なのだろうかと思った俺は間違っていない筈。

 

 

なんて話をしていたら劉備の陣営に辿り着いた。

大将は劉備の本陣に直接向かうと言い始めて、桂花や春蘭が騒いだけど結局、劉備の本陣へ行く事に。

そこで俺、一刀、春蘭、季衣、流琉、香風、大河、稟と護衛兼勉強と言う形で同伴する事になった。

正しくを言えば護衛は春蘭。補佐が稟。

俺、一刀、季衣、流琉、香風、大河が勉強組な訳だが。明らかに経験不足なメンバーに経験積ませようって感じだからなー。

そういや俺、劉備に会うの初めてだな。どんな娘なんだろ?少し楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんて思ってたら桂花の投擲した竹筒が俺の頭にヒットした。かるく100メートルくらいは有るんだけど、この距離で俺の頭に当てるって桂花のコントロールが凄い事になってきてると俺は思い知らされるのだった。

 

 



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第七十五話

 

 

 

 

俺は劉備の本陣を目指しながら先程の桂花の投擲を考えていた。

 

 

「桂花も良い肩になったな。あの距離を当てるとは」

「いや……言う事はそれだけですか?」

 

 

俺の呟きに苦笑いの一刀。いや、プロリーガーでも困難な事を成し遂げた事を素直に誉めたいのよ俺は。

そして一刀と雑談してる内に劉備の本陣に到着。

 

 

「曹操さん!」

 

 

陣に入ってすぐのところで桃色の髪で関羽と似たような服を着た娘が待っていた。あの娘が劉備か……

 

 

「…………久しいわね。劉備。連合軍の時以来かしら?」

「はい。あの時はお世話になりました」

「それで今度は私の領地を抜けたいなどと……また、随分と無茶を言ってきたものね」

「すみません。でも、皆が無事にこの場を生き延びるためには、これしか思いつかなかったので……」

「まあ、それを堂々と行う貴女の胆力は大したものだわ……いいでしょう。私の領を通ることを許可しましょう」

「本当ですか!」

 

 

おいおい、マジかよ。この手の会話で口を挟むとろくな事に成らないから黙ってたんだけど、まさか無条件で……いや、大将に限ってそれは無いな。今までの経験からすると……むしろここからが話の本番と言える。

 

 

「華琳様!?」

「華琳様。劉備にはまだ何も話を聞いておりませんが……」

「聞かずとも良い。……こうして劉備を前にすれば、何を考えているのかが分かるのだから」

 

 

稟や春蘭は大将の言葉に驚いてる。いや、まあ……話が此処で終わればのリアクションだよ、それは。

 

 

「曹操さん……」

 

 

対して劉備は顔全体に感謝と感激を滲ませている。近くで話を聞いていた関羽や張飛も喜んでいるけど……

 

 

「ただし街道はこちらで指定させてもらう。……米の一粒でも強奪したなら、生きて私の領を出られないと知りなさい」

「はい!ありがとうございます!」

 

 

本当に嬉しそうに感謝を述べる劉備。一刀もトラブルが無いとホッとしてるみたいだけど……

 

 

「それから通行料は……そうね。関羽でいいわ」

「…………え?」

「…………え?」

 

 

桃香と一刀がきょとんとしている。いや……劉備は兎も角、一刀はそろそろ大将の行動パターンを読めや。

つーか、似てるなお前等。リアクションまったく同じじゃねーか。

 

 

「何を不思議そうな顔をしているの?行商でも関所では通行料くらい払うわよ?当たり前でしょう……貴女の全軍が無事に生き延びられるのよ?もちろん、追撃に来るだろう袁紹と袁術もこちらで何とかしてあげましょう。その対価をたった一人の将で賄えるのだから……安いものだと思わない?」

 

 

むしろ関羽が手に入るなら此方としても破格な交渉って事か……確かに関羽の強さは反董卓連合の時に見たからお買い得な事なんだろう

 

 

「……桃香様」

「曹操さん、ありがとうございます……でも、ごめんなさい。愛紗ちゃんは大事な私の妹です。鈴々ちゃんも朱里ちゃんも……他のみんなも、誰一人欠けさせないための、今回の作戦なんです。だから、愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ、意味がないんです。こんな所まで来てもらったのに……本当にごめんなさい」

 

 

関羽が劉備に視線を送ったと同時に劉備は頭を下げて関羽を渡す事を拒んだ。でも、どうする気だ?他に案がないから魏の領土を通行するなんて考えをしたんだろうに。

 

 

「そう……さすが徳をもって政を成すという劉備だわ……残念ね」

「桃香様……私なら」

 

 

大将は残念そうにしてるな。そんなに関羽が欲しかったのか?……いや、この感じは……

 

 

「言ったでしょ?愛紗ちゃんがいなくなるんじゃ、意味がないって。朱里ちゃん、他の経路をもう一度調べてみて。袁紹さんか袁術さんの国境あたりで、抜けられそうな道はない?」

「はい、もう一度候補を洗い直してみます!」

 

 

劉備は気持ちを切り替えたかの様に帽子を被った小さな子に指示を出している。あの子が軍師なのか?あ、大将の回りの空気が歪んで見える。気のせいじゃ……なさそうだ。

 

 

「なあ、華琳……」

「……劉備」

「……はい?」

 

 

一刀が大将に何かを言おうとしたが、それを遮って大将が劉備に話しかける。あ、これヤバイわ。そう思った俺は思わず耳を塞いだ。

 

 

「甘えるのもいい加減になさい!」

「……っ!」

 

 

スカウターが壊れんばかりの怒号が大将から発せられた。劉備陣営は勿論、此方の陣営もマジビビりする程だ。

 

 

「たった一人の将のために、全軍を犠牲にするですって?寝惚けた物言いも大概にすることね!」

「で……でも、愛紗ちゃんはそれだけ大切な人なんです!」

 

 

怖ぇー……今までで一番怖いよ大将。あ、ウチのチビッ子達が恐がって俺の服の裾、掴んでる。

 

 

「なら、その為に他の将……張飛や諸葛亮、そして生き残った兵が死んでも良いと言うの!?」

「だから今、朱里ちゃんに何とかなりそうな経路の策定を……!」

 

 

大将の言葉にも最早、ギリギリの劉備。他所の国の王様を否定したくわねーけど。大将の言うように甘いのだろう。

 

 

「それが無いから、私の領を抜けるという暴挙を思いついたのでしょう?……違うかしら?」

「………そ、それは……」

 

反論できない劉備は大将に言われるがままだ。いや、反論の余地がないのは、その場の誰もがわかっちゃいるんだが。

 

 

「諸葛亮」

「はひっ!」

 

 

大将に水を向けられた諸葛亮と呼ばれた軍師の子はビビってる……まあ、さっきまでの大将を見てれば……え、諸葛亮?この子が?

 

 

「そんな都合の良い道はあるの?」

「そ……それは……」

 

 

しどろもどろになっている諸葛亮。つまり、それは他に道が無いと言う事に他ならない。この子が孔明か……いや、見えねーなマジで。

 

 

「稟。この規模の軍が、袁紹や袁術の追跡を振り切りつつ、安全に荊州か益州に抜けられる経路に心当たりはある?大陸中を渡り歩いた貴女なら、分かるわよね?」

「はい。幾つか候補はありますが……追跡を完全に振り切れる経路はありませんし、危険な箇所が幾つもあります。我が国の精兵を基準としても、戦闘若しくは強行軍で半数は脱落するのではないかと……」

 

 

大将が稟に訪ねると稟は淡々と質問に答えた。魏と劉備軍では練度に差がありすぎて比べるのも酷か。今、俺の指導の下で鍛えてる特殊部隊なら別か。

そんな事は重々承知している孔明は俯いてしまい、最後の希望も断たれた劉備はショックを受けている。

 

 

「現実を受け止めなさい、劉備。貴女が本当に兵のためを思うなら、関羽を通行料に、私の領を安全に抜けるのが一番なのよ」

「桃香様……」

 

 

選択を迫られ、関羽に見詰められて……劉備は顔を俯いてしまう。答えが出せずにどうしたら良いのかわからないんだろうな。

 

 

「……どうしても関羽を譲る気はないの?」

「…………」

「まるで駄々っ子ね。今度は沈黙?」

 

 

もう大将の問い掛けにも答えられない劉備。長い沈黙が場を支配していた。

 

 

「はぁ……もういいわ。貴女たちと話していても埒があかない。益州でも荊州でもどこへでも行けば良い」

 

 

完全に呆れた大将が劉備に通行許可を出した。溜め息をしてまるで子供の相手なんかしたくないと言った感じの雰囲気だ。

 

 

「ただし」

「……通行料ですか?」

「当たり前でしょう……先に言っておくわ。貴女が南方を統一したとき、私は必ず貴女の国を奪いに行く。通行料の利息込みでね」

 

 

大将の言葉を聞いて流石に話の流れを読んだのか劉備が大将に問いかけ、大将は頷いた。

 

 

「そうされたくないなら、私の隙を狙ってこちらに攻めてきなさい。そこで私を殺せたなら、借金は帳消しにしてあげる」

「……そんなことは」

「ない?なら、私が滅ぼしに行ってあげるから、せいぜい良い国を作って待っていなさい。貴女はとても愛らしいから……私の側仕えにして、関羽と一緒に可愛がってあげる。一刀も純一も嬉しいでしょう?」

「え、ええっ!?」

「いや、愛らしいのは認めるが……」

 

 

わざわざ悪役に徹してるって感じだな大将。それとその手の話題を急に振らないで。一刀は動揺してるし、俺は本音をポロッと言っちまった。

 

 

「稟。劉備たちを向こう側まで案内なさい。街道の選択は任せる。劉備は一兵たりとも失いたくないようだから……なるべく安全で危険のない道にしてあげてね。純一と大河は稟の護衛よ」

「はっ」

「了解」

「は、はいッス」

 

 

大将の言葉にそれぞれ返事をする俺達。このまま劉備達と一緒に行こうとすると警備隊の面々や兵士達が俺の所に来た。何事よ?

 

 

「副長!相手は他国の王や武将です!」「どうか自重を」「新入り、副長を見張ってろよ」

「おい、待てやコラ」

 

 

口々に俺が蜀の皆さんに手を出さないようにと言ってくる兵士達。俺が劉備に手を出すと?

 

 

「お前等……俺をなんだと思ってる?」

「「種馬兄」」

 

 

一糸乱れず言ってくる兵士達。OK.皆殺しの時間だ。

 

 

「纏めて吹っ飛ばしてやる……フィンガーフレア……」

「馬鹿やってないで、さっさっと行きなさい」

 

 

俺が気の塊を指先に集めた所で大将に中断された。くそう、国に戻ったら覚えてろよテメェ等……

 

この後、俺と大河は稟の案内の下、劉備達の先導をする事になった。

やれやれ……ってアレ?

確か三国志で、この場面って関羽が魏に一時的に行く話じゃなかったっけ?まさかまた俺や一刀の知る歴史から外れた話になってるのか……そんな事を思いながら俺は煙管に火を灯した。

 

 




『スカウター』
ドラゴンボールで使用されている装置で離れた位置の、ある程度強い戦闘力反応をレーダーのように表示する機能や、強い戦闘力反応の出現・接近を警告する機能を持っている。
桁外れの戦闘力を持つ者をスキャンすると、スカウターに負荷がかかりすぎて爆発してしまう


『フィンガーフレアボムズ』
ダイの大冒険の敵キャラ、氷炎将軍フレイザードの持ち技。漢字表記は「五指爆炎弾」
5本の指から1つずつメラゾーマ相当の炎を放つ。同じ相手に放つ、分散させて複数の相手に放つ事も可能。



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第七十六話

 

 

 

俺は大河、稟と並んで劉備達を安全な街道へと案内していた。先程の会合もあってか、とてつもなく空気は重いが。

しても、まあ……さっきの大将は怖かった。「少し、頭冷やそうか」と言われてブッ飛ばされるかと思うほどに。

 

 

「私達の案内はここまでです」

「郭嘉さん、ありがとうございます」

 

 

っと……考え事をしてる間に国境まで来ていたらしい。気付けば劉備が稟に頭を下げていた。

 

 

「お気になさらず。私は華琳様の命でここにいるのですから」

 

 

礼を言う劉備にツンケンな態度だ。稟からしてみれば劉備は受け入れがたい存在って事ね。

 

 

「秋月殿……秋月殿も曹操殿の言う事に賛成だったのですか?」

 

 

等と劉備と稟を観察していたら関羽が俺に話し掛けてきた。しかも答え辛い質問を……って、さっきまで話していた劉備と稟も此方を見てる……まいったな。

 

 

「んー……劉備さんや」

「は、はいっ!」

 

 

俺が劉備に話し掛けてると劉備は少し顔を赤くして俺と向き合う。はて、何故赤くなる?

 

 

「むかーし、むかし。ある所に一人の王が居ました。勇猛果敢で民に慕われる王だ」

「あ、あの……」

 

 

俺の突然の語りに関羽が話しかけてくるが今は無視。

 

 

「その王はある理由から遠征を決めました。五万の兵を連れて隣国と戦いをしたのです。しかし長きに渡る旅に食料を失ってしまいます」

 

 

俺の話に何事かと劉備陣営の武将や軍師も集まってくる。

 

 

「食料の無い軍は少しずつ飢えて倒れる者が増えていきます。王の前で一人……また一人と……」

 

 

劉備陣営所か稟や大河まで超真面目に聞いてるし。でも此処で話を止めるのは……無理だな。んじゃ続行。

 

 

「王は苦しむ兵に涙を流し、自分の食べる食事を目の前の数人の兵に渡しました。キミはこの王を……どう思う?」

「わ、私は……立派な王様だと思います。自分の食事を分け与えて優しい王様だなって……」

 

 

俺の問いに正直に答えた劉備。この問いは、とある漫画の一文にある物だ。そして劉備が出した答えはその物語の主人公が出した答えと同じ。

 

 

「そっか……それがキミの答えなんだな」

「ま、待ってください!私は間違ってたんですか!?」

 

 

劉備は慌てた様子で俺に聞いてくる。さっき大将に言われた事が相当、響いてるらしい。

 

 

「間違いかどうかは……自分で考えなきゃな。ウチの大将に言われた事や今までの自分のしてきた事を悩んで考えて……答えを出すしかない」

「は、はい……」

 

 

俺が答えを出す気がないのを察したのか劉備は俯いてしまう。いや、なんか俺が泣かせた的な雰囲気が回りに立ち込めてるんだけど……まさかとは思うけど大将はこの状態の劉備のフォローを俺に任せるつもりだったのか?いや、そりゃねーか。

 

 

「真実ってのは問い掛ける事にこそ、その意味もあれば価値もある……さっきの王の話もこの言葉も天の国の物語や言葉だ。キミは関羽や張飛、孔明を導く存在なんだろ?民のためにも……道はキミが決めなきゃな」

「うぅ……はい」

 

 

俺に出来るフォローは此処までだな。これ以上、肩入れするとマズい気がするし。俺は俯く劉備の頭を撫でたい衝動に駆られたがなんとか耐えた。

なんて言うか……劉備の最初の印象はヒマワリみたいな娘だった。明るくて笑顔が似合う、平和を望む娘。

だが大将の話の後や今を見ると危なっかしい印象も有る。このまま悪い方向に進まなきゃ良いんだが……

 

 

「さて……帰るぞ大河、稟」

「はいッス!」

「純一殿……先程の劉備の頭を撫でようと手が動いてませんでしたか?」

 

 

元気に返事をした大河に俺の事をキッチリ観察していた稟。土下座しますから桂花達には言わないで、後が大変そうになるから。

さて、早く魏に戻って袁紹と袁術の軍を相手をしなきゃなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに魏に戻った後、稟が劉備達の事を大将に報告して、それ経由で桂花に話が届きました。お陰で今も桂花の態度はツンツン状態です。解せぬ。




『少し、頭冷やそうか』
魔法少女リリカルなのはStrikerS、第8話で言うことを聞いてくれない生徒(ティアナ)に対して、なのはが指先から放った魔法弾。
「管理局の白い悪魔」が「白い魔王」にクラスチェンジした瞬間。


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第七十七話

 

 

 

 

「うーむ……どうしたものかな……」

「副長、どないしたん?難しい顔して」

 

 

俺がある悩みを考えていると真桜が話し掛けてきた。後ろには一刀、凪、沙和と一緒に居る。

 

 

「あー、わかったの。桂花のご機嫌をどうやってとるか悩んでるの!」

「そっちは後で土下座してくるさ」

「土下座じゃないとしたら、何を悩んでるんですか?」

「いえ、隊長と副長はその流れに慣れすぎです」

 

 

沙和は機嫌の悪い桂花のご機嫌とりと勘違いした様だが違う。あの後、稟の報告から俺と劉備のやり取りを聞いた桂花の機嫌が急降下したのだ。まあ、そっちは後で土下座してくるとして。

一刀の質問も尤もだが凪のツッコミも当たってる。最近、この流れに慣れてきてる自分が怖いわ。

 

 

「うむ……悩みなんだがな。大河の修行をどうしようかと思ってな……」

「大河の……修行ですか?」

 

 

俺の言葉に凪が聞き返してくる。大河を弟子にした俺だが、どんな修行をするか悩みっぱなしなんだよ。

 

 

「でも大河って副長より強いやろ」

「それが一番の悩みの種だ」

 

 

そう……大河は素で俺より強い。でも大河は俺の弟子になりたいと強く志願した。そして俺が師匠となった訳だが自分より強い弟子に何を教えろと?

大河は武器を持たない拳や蹴りで戦う俺と同じタイプだが、一撃は大河の方が重いし、素早さも大河の方が速い。

俺が大河に勝ってるのは身長や体格の差から出るリーチの違いくらいだ。後は気による攻撃。となれば大河に教えるのは『気』による戦いかと言われればそうじゃない。何故ならば。

 

 

「ふくちょーが大河に気を教えたら大河も『アッー!』ってなるの」

「俺が技を失敗する前提で話を進めるな」

 

 

沙和の言葉に反論したいが七割くらいの確率で失敗してるから否定もしきれん。それと、その叫びは意味合い変わってくるからな?

 

 

「そうだな……亀の甲羅背負って走らせたり、『亀』と書いた石を遠くに投げて拾わせてくるか?」

「それは亀仙流の修行ですよね?」

「天の国の修行方法ですか?」

 

 

俺がふと漏らした一言に一刀のツッコミが入る。凪は天の国の修行が気になる様子。

 

 

「だったら……魏の武将数人でタコ殴りにするとか」

「それ、ライダーリンチですよね?下手をすれば再起不能ですよ」

 

 

ある意味、最恐の特訓法だ。世界を救ったライダー七人からの集団リンチ。

 

 

「まあ……大河が帰ってくるまでには考えとくか」

「ああー……今、大河って華雄と一緒なんでしたっけ?」

 

 

そう、一刀の言葉通り大河は今、華雄と行動している。それと言うのも劉備達を追ってきた袁紹軍を追い返す役目を華雄が率先して受けて、大河は実戦経験が必要と大将から指示を受け、今はここに居ないのだ。

今回は追い返すだけなので、それが終われば態勢を整えて袁紹、袁術の両軍を相手にする事になる。

袁家は馬鹿だが名家で大陸の多くを支配する。しかも袁術は反董卓連合の時に世話になった孫策率いる軍も居る。油断は出来ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに大河に技を教える為に俺も新技開発として『龍炎拳』を試したら、地面が少し抉れた程度で終わった。泣ける。




『亀仙流修行』
重い亀の甲羅を背負って牛乳配達をしたり、土木作業をこなして、亀と書かれた石を崖から落として、それを取りに行くなどの修行を行い、基礎体力を異常な程に鍛える。

『ライダーリンチ』
歴代のライダーがスカイライダーに施した特訓。七人のライダーがスカイライダーをタコ殴りにした後に、それぞれの技を叩き込み、最後に七人のライダーキックで終わらせる一種の集団リンチ。これに耐えたスカイライダーは凄まじいパワーアップを遂げた。

『龍炎拳』
ジャングルの王者ターちゃんに出てくる技。手に気を纏わせ、手刀と共に大地を切り裂く技。


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第七十八話

体調を崩しました。皆様もお気をつけ下さい。


 

 

 

 

◆◇side一刀◇◆

 

 

 

今日から純一さんが大河と修行をするって言ってた。どんな修行をする事にしたんだろう?

すると鍛練場から純一さんの声が聞こえてきた。

 

 

「答えろ、大河!流派、東方不敗は!!」

「お、王者の風よ!」

 

 

何処かで聞いた様な掛け声だ。まさかと思って鍛練場を覗いてみると案の定だった。

 

 

「全新!」

「系列!」

「「天破侠乱!!」」

 

 

純一さんと大河は殴り合いながら叫び続け最後に互いの拳をブツけた所で動きを止める。

 

 

「「見よ!東方は赤く燃えているぅぅぅぅ!!」」

 

 

締めの言葉を声高らかに決めた二人。いや、何をノリノリでやってるんですか……

 

 

「うーむ。天の国の修行とは変わってるんだな」

 

 

その光景を見た華雄の感想を聞けたけど、アレは修行じゃなくて単なる挨拶だから。

 

 

「さて……軽い運動をした所で本格的に修行を開始する」

「は、はいッス!」

 

 

 

あ、流石にアレを修行とは言わないんだ。でもいったいどんな修行をする気なんだろう……

 

 

 

「と言いたい所だが、ぶっちゃけ大河は素で俺よりも強い。だから俺が教える事が無い」

「そ、そんな……自分は師匠に……」

 

 

まさかの純一さんの発言にショックを受けている大河。それを純一さんが待ったを掛けた。

 

 

「待て待て、修行をしないとは言ってないだろ。俺も強くならなきゃならないから修行は俺も一緒にする」

「師匠と一緒に……」

 

 

純一さんと一緒に修行と聞いて大河はパアッと明るい表情になった。

 

 

「では修行を始める前に……これに着替えろ」

「これは……師匠が着てる胴着ッスか!」

 

 

純一さんが取り出したのは亀仙流の胴着。デザイン的には子供の頃の悟空の形だ。因みに純一さんは最初から胴着を着ている。

大河は嬉しそうに着替えを始めたけど……本当に女の子に見間違えそうだよ。

 

 

「師匠、この重りは何ッスか?」

「それは手首と足首に付けるんだよ。重りが体の負担となって、修行の効果を高めるぞ」

 

 

純一さんが大河に渡したのはリストバンド型になっている重り。中には鉛が入ってるらしく、見た目以上に重くなってる。更に背中にはリュックみたいに重りを入れた袋を背負ってる。

 

 

「よし、これで準備万端だな」

「お、重いッス……」

 

 

胴着と重りを装備した大河は純一さんと違って動き辛そうだ。季衣、流琉、香風みたいに大河もスーパーチビッ子かと思ったけど違うのかな?

 

 

「その重りは普段から負荷を掛ける事で体を鍛える。大河、取り敢えず鍛練場の回りを十周走ってこい」

「はいッス!」

 

 

純一さんの指示を受けて大河は走り出すが直ぐに重りに負けて足取りが悪くなる。

その光景を見ていたら純一さんが次の準備のために荷物を置いてある俺と華雄の場所まで歩いてきた。

 

 

「でも意外でしたよ。大河があんなに動けなくなるなんて」

「実を言うと大河の重りは俺の倍くらいなんだが……それであんだけ動けるんだからアイツも十分規格外だよ」

 

 

 

俺の疑問に純一さんからはスゴい言葉が飛び出した。やっぱこの世界は子供でも規格外な存在ばかりだと改めて思い知らされた。




『流派東方不敗式挨拶』
流派東方不敗の人間同士の出会った際の挨拶であり、互いに殴りあって力量を見るなどの行為も含まれている。


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第七十九話

未だ……不調です。


 

 

 

 

さて、大河が鍛練場を走り回ってる間に次の準備をしとくか。

 

 

「純一さん……それってグローブですか?」

「ああ。服屋の親父さんに概要を伝えたら作ってくれてな。しかもオープンフィンガータイプだ」

 

 

そう。俺が準備しといたのは組手用のグローブだ。服屋の親父さんにある程度を話したら作ってくれた。因みに本来は軍手でも作って貰おうかと思って頼んだんだけど、その場で思い付いてグローブも頼んどいたのだ。そしたら此方の予想を遥かに上回る物が出来上がった訳だが。

因みに軍手は街の大工に人気の商品となっている。

 

 

「コレが有れば組手も少しはマシになるかと思ってな。ま、これからは俺も同時進行で修行をしていくさ」

「純一さんらしいですね」

 

 

因みにサイズは大人サイズが二つと子供サイズが二つ。ある意味、組手をするのに最適な数が揃っていた。

俺はグローブを付けると数発のジャブを放つ。うん、良い出来だわ。

 

 

「よし……ならば」

 

 

俺は息を吸って身体中の気をコントロールする。身体中に張り巡らせた気は俺の身体の身体能力を上げてくれる。

 

 

「よし。この状態をキープしつつ組手だな」

 

 

俺が考えた自身の修行は先ずは基礎体力と体作り。そして気のコントロールだ。

気を高めた状態で大河と組手や基礎トレーニングを行えば良い修行になる筈。基礎トレーニングは兎も角、気に関しては以前、顔不さんに聞いたものを取り入れているから効果は有る筈。

そして大河の修行目的は更なる体力作りだ。大河の武器は素早さと自由奔放な戦い方だが、それは体力が尽きたら打つ手無しとなってしまう。ならば重りを付け体力作りと無駄の無い動きを叩き込むのが主な目的となる。

 

 

「師匠!走り込み終わったッス!」

「お疲れさん。大河、これを手に付けな」

 

 

走り込みを終えた大河に俺はグローブを渡す。そしてグローブの意味を簡単に説明した後に少しの休憩を挟んで組手開始だ。

 

 

「はっ!」

「せやっ!」

 

 

いざ組手を開始したのだが、やはり体が重い。全身に着けた重りがキツいわ。

重りを付けたから大河のスピードも半減されて動きが見える様にはなったが重りを付けてるのは俺も同様だから動きが鈍くなる。だからこそ、この重りに慣れ、修行を終えた頃には俺も大河も強くなってる筈。

 

 

 

「よし、大河!隙あらば俺を倒す位の覚悟で来い!」

「はい、師匠!」

「がふっ!?」

 

 

俺の言葉を聞いた大河は俺の脳天に華麗な踵落とし(重りによる威力増)を放ち、それに対処できなかった俺は一撃の下に倒れた。

 

 

「ふっ……お前に教える事はもう何もない」

「し、師匠ー!?」

 

 

地に伏した俺を大河が揺さぶる。マジで俺が指導する意味無くね?



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第八十話

 

 

 

俺が大河にK.O.されて情けない師匠をしている間に袁紹、袁術の陣営に動きがあった。

袁紹と袁術の軍は兵士の数は多いが武将が少ない。故に魏を挟む形で二面的に数で攻めてくるだろうと予想されていたのだが此処で予想外の事が起きた。

なんと袁紹と袁術の両軍は手を組んで一つの軍となり此方に決戦を挑んできたのだ。流石、袁家……こちらの予想の斜め上を行くな。

 

 

「普通、こういう時って相手を囲ったり、挟み撃ちにしないか?」

「馬鹿なだけよ。どうせ『勇猛果敢に攻め入るのですわ』とか言って顔良や田豊の意見を無視してるのよ」

 

 

俺の呟きに桂花が答えた。うん、その姿が容易に想像できる。と言うか桂花もイラついていた様に見える。あ、そう言えば桂花は一時期、袁紹の所に居たんだった。苦労したのね……

 

 

「兎に角……兵を集結させて戦えるというなら、こちらに負ける要素は何もないわ。ただ、警戒すべきは……」

「……袁術の客将の孫策の一党かと」

 

 

孫策か。確かにあの人ナチュラルに強かった。あれで客将ってんだから。いつまでも袁術に飼われる感じじゃないな。

 

 

「そういうことね。だから袁術の主力には春蘭、貴女に当たってもらうわ。第二陣の全権を任せるから、孫策が出てきたら貴女の判断で行動なさい」

 

 

 

春蘭が孫策の相手か……マトモに孫策の相手できるのは、この陣営じゃ春蘭と霞くらいか?

 

 

「相手はどうしようもない馬鹿だけれど、河北四州を治め、孫策を飼い殺す袁一族よ。負ける相手ではないけれど、油断して勝てる相手でもないわ。これより我等は、大陸の全てを手に入れる!皆、その始めの一歩を勝利で飾りなさい。いいわね!」

 

 

俺が考え事をしている間に軍議は終わっていた。大将の言葉を締めに皆が動き始める。俺も部屋から出ようかと思ったのだが大将に呼び止められた。

 

 

「一刀と純一は残りなさい。話す事があるわ」

 

 

と俺と一刀は居残り決定。はて、何かしたっけな?俺の疑問を余所に皆が出ていって俺と一刀と大将が残る。

 

 

「さて……二人を残した理由だけど……華雄の事よ」

「華雄の事……また何かやらかした?」

「華雄が何か問題を起こしたら即、俺の所に報告が来る筈だが?」

 

 

大将の言葉に一刀と俺は同時に首を傾げた。最近は何も問題なかった筈だが。

 

 

「今じゃないわ……これからよ。私達がこれから戦うのは袁紹、袁術、孫策よ……この意味わかるわね?」

 

 

あ……そっか。袁紹は董卓の恨み。そして孫策は因縁を持った相手の娘。下手すりゃ華雄が命令無視の暴走をするかもしれない。

 

 

「貴方は華雄の手綱をしっかりと握りなさい。霞は自制が効くだろうけど華雄は危なげなのだから」

「華雄の場合、手綱を持つ人間を引きずってまで突撃しそうだけど」

 

 

大将と一刀は俺を見ながらコメントを溢す。いや、どうしろと?

 

 

「どうにかして華雄の手綱を握っていなさい。貴方はある意味、麗羽以上に予想が付かないんだから」

「こっちの予想の右斜め遥か上空を飛んでいきますよね純一さんって」

 

 

誉めてもいないし、人をミスター・○ーンみたいに言うな一刀よ。

 

 

「はいはい。ま、華雄の事は任されたよ」

 

 

俺は軽い溜め息を溢し、玉座の間を出る。しかし華雄の手綱を握れか……

 

 

「反董卓連合の時は縄で縛って開門できないようにしようとしたらしいが……」

 

 

あの時、散々挑発されてキレそうになったのを霞が必死に押さえ、更に部下は縄で華雄を縛って突撃させないようにしようとしたらしい。

結局、華雄を縛る前に突撃を許してしまったらしいが……

 

 

「いざとなったら……マジで華雄を縄で縛るか?」

「純一殿。先程の会……ぎ……」

 

 

玉座の間を出て警備隊の詰め所に戻る途中で稟と遭遇した。稟はさっきの会議で聞きたいことでもあったのか俺に歩み寄る途中だったのだが俺の独り言をバッチリと聞かれてしまった。

 

 

「じゅ……純一殿が華雄を縄で縛り……あまつさえ、その体を……プーッ!」

 

 

俺の独り言を聞いた稟は妄想を加速させて鼻血を出して倒れた。今回のオチはお前か稟。



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第八十一話

さて、対袁紹&袁術軍との戦いが始まりました。

開戦はやはり舌戦。まあ大将にアッサリと言い負かされた袁紹が引っ込むと戦は始まった。

 

 

「純一さん、遠くでバゴーンとかドゴーンって轟音が鳴り響いてるんですが……」

「そーだなー……」

 

 

俺と一刀は高台の上から戦場を見ていた。超圧倒的な戦いに少し引くくらいだ。

真桜が作成した遠石機。大岩を大量に飛ばす兵器に袁紹軍は士気をゴッソリと落とされて、更に春蘭・恋を先頭に武将の突撃を食らう。

袁紹軍は数の上では圧倒的に多いが逆を言えば数だけだ。厳しい訓練に耐え抜いた魏の精鋭相手では歯が立たないだろう。

 

 

「敵ながら……春蘭や恋の相手をする袁紹軍に同情します」

「俺等からすれば人間サイズの光の巨人を相手にするよーなもんだしな」

 

 

恋は巨大化でもしたら光の巨人と渡り合えるのでは?と最近マジに思うようになってきた。昨日も俺が試しに放ったアバンストラッシュAを何事もなかったかの様に方天戟の一撃で、かき消された。恋にとって俺のアバンストラッシュは、そよ風レベルだったと判明すると泣ける。

それは兎も角、俺が戦場を見ながら煙管を吸っていると華雄が俺の所まで来た。やはり来たか。

 

 

「あ、秋月……私も」

「駄目。俺等は遠石機の護衛と戦場の後詰め。こっちから打って出るのは今回は無し」

 

 

俺は華雄が全部言い切る前に華雄の動きを制した。相手が袁家だし出たいのはわかるが駄目なものは駄目。ったく……大将も華雄を押さえとけとか結構な無茶ぶりだ。

 

 

「で、でも師匠。皆が戦ってるのに自分達は何もしないのは、もどかしいッス」

「何もしないんじゃなくて何かあった時に動くのが俺等だ。それに大河はこれが初陣だろ。焦る気持ちもわかるが落ち着け。戦場を見通すのも勉強だと思え」

 

 

初陣に焦る大河を落ち着かせる。大将から大河には戦場の空気を味わわせる様にと言われてたけど、こりゃ大変だわ。

そうして二人を押さえつつ戦場の動きを逐一見ていたのだが既に勝敗は決していた。

以前にも話した事だが袁紹&袁術の軍勢は兵士は多いが武将が少ない。今も戦場の動きの報告を聞いていたが顔良、文醜の部隊以外は敗走を始めている。田豊が指示を出して戦線を崩壊しない様にはしているのだろうが最早、時間の問題か。

 

 

「副長、一部の戦場に動きが。既に敗走を始めた袁紹軍ですが強い武将が我等の動きを塞き止めています。如何いたしましょう?」

「敗走の殿か?いや……それとも此方の一角を崩しに来たか……」

 

 

などと思っていたら伝令が来た。敗走している部隊を援護しているのか?それと囮として動きに来ているのだろうか?伝令を伝えに来た兵士にその武将が誰なのか聞こうと思ったら再度、伝令が来た。

 

 

「報告します。敵の一部が此方に向かってきています!旗の文字から敵武将は顔良かと!」

 

 

顔良か……反董卓連合の頃の印象を考えると兵士の為に囮になりに来たか、貧乏クジを引かされたか……まあ、どっちかだろうな。どの道、放っておく訳にはいかないか。

 

 

 

 




『アバンストラッシュA』
ダイの大冒険の代表格の技。アバンストラッシュにも二種類存在して此方は闘気を衝撃波のように飛ばして攻撃するタイプの撃ち方。威力が控えめな反面、離れた敵を攻撃できる上に連射が効く。
通称アバンストラッシュアロー


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第八十二話

 

 

 

 

恐らく撤退の殿の役目をしに来たであろう顔良。それが偶々、俺が居た部隊の近くに来たから俺の部隊で対応したのだが……

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「師匠や華雄さんに比べたら楽勝ッス!」

 

 

大河や魏の兵士達が顔良の部下達を倒し……

 

 

「ふん……中々やるようだが……私の敵ではないな」

「くっ……こんなに強いなんて……」

 

 

華雄が顔良を追い詰めていた。いやー……マジで俺、何もしてないよ。しっかし二重の意味で予想外だった。

大河は修行の効果が早くも出始めてる。俺と組手をした時よりも遥かに素早く、そして的確に相手を倒している。

そして華雄は顔良との戦いの最中でも兵士達に指示を出し、周囲を見ながら戦っていた。元々、猪武者と呼ばれていた華雄だけど、警備隊の仕事をさせて落ち着いて辺りを見る事を覚えさせたら、指揮官としての働きが凄い事になった。

俺……師匠や警備隊の副長として誇れる部分無くなってるなぁ……外は晴れてる筈なのに頬に雨の滴が流れそう。

 

 

「む、どうした秋月?取り敢えず顔良は気絶させて縛っておいたぞ」

「師匠、顔良さんの部隊の方々ある程度倒したら皆さん逃げてったッス」

 

 

ここまでくると、この涙は顔良宛の気がしてきた。袁紹の軍の練度が低いのは聞いてたけど、将軍置いて逃げるかね普通。

 

 

「わかった……大将の指示も聞かなきゃだから顔良は俺の天幕に運んどいて」

「副長、曹操様が来る前に手を出されるとお怒りを……痛っ!」

 

 

相も変わらず誤解されたままの種馬疑惑を信じる部下を殴った俺は間違っていない筈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side顔良◆◇

 

 

 

なんで文ちゃんは言うことを聞いてくれないんだろう……私や田豊ちゃんや軍師の皆さんが決めた戦術を無視して突撃。

全軍を石鎚のように固めて前進するって言ったのに『任せろ、アタイが全部、切り裂けばいいんだ』って言って突撃して行った。他の隊に援護を行かせようとしたら曹操軍の新兵器みたいな物から大岩が飛んできて戦線はボロボロ。

田豊ちゃんに麗羽様を任せて私は隊を引き連れて前に出ようとした。

そしたら曹操軍の夏候惇将軍や元董卓軍の呂布将軍が突撃してきて隊は離散した。今まで見たこともないくらいにアッサリと。

 

 

「顔将軍、指示を!」

「……あ、はい!部隊を固め、そして前進!文醜部隊と合流の後に撤退を!」

 

 

それでもなんとかしようと部下に指示を出し、せめて麗羽様の撤退する時間と文ちゃんを助けに行かなきゃ。

まずは助けてから、それから考えよう、今後のことを。

でも、私の考えは打ち砕かれる。

 

 

「顔将軍、部隊が散り散りになり、逃げ出す者達が!」

「袁紹様は真っ先に逃げてしまわれました!」

「袁術様の部隊と連絡が取れません!」

 

 

次々に飛んでくる報告に私は目眩がした。田豊ちゃんは麗羽様を押さえ切れなかったのかな?麗羽様は私達に全部押し付けて逃げちゃったのかな?袁術様はどうしたんだろう。きっと逃げちゃったんだね。

私がそれでも戦線を何とか一角でも切り崩そうと部隊を動かしたら、そこには元董卓軍の華雄将軍に……秋月さん。

 

 

「ほほぅ……後詰めで退屈していた所だ。私が相手をしよう」

 

 

そう告げた華雄将軍は大斧を私に向ける。その闘気は反董卓連合の時とは比べ物にならない程に高まっていた。

 

 

「華雄……顔良は……」

「ふっ……わかってるよ。出来る限り生け捕りにするさ」

 

 

秋月さんの問いに華雄将軍は私から視線を逸らさずに答えた。私を生け捕りにするって……いくらなんでも私を甘く見すぎです!

 

 

「はぁぁぁぁっ!」

「遅いっ!」

 

 

私は大槌を振りかざし、華雄将軍を押さえ付けようとしたけど叶わなかった。華雄将軍は大斧で私の大槌の軌道を変えると、そのまま大斧の柄で私を殴り飛ばす。

 

 

「かはっ……まだ!」

「遅いと言っただろう!」

 

 

一撃貰ったけど、この程度なら問題ない。私は大槌を横薙ぎに振るうが華雄将軍は無理に受け止めず、間合いを詰めて大槌が振り抜かれる前に私の胸に掌底を叩き込んできた。予想外の攻撃に私は勢いを殺せずに吹き飛ばされてしまった。

 

 

「その程度か?華雄隊は顔良の部隊を包囲しつつ、殲滅しろ。深追いはするなよ!」

「あ……ぐ……」

 

 

殴り飛ばされた私は大槌を杖代わりになんとか立ち上がるけど、華雄将軍の重い一撃に体は参っていた。そんな私を余所に華雄将軍は部下に指示を出している。反董卓連合の時とはもう別人かと思う。

そして秋月さんの近くにいる少年は凄い早さで私の部下を倒していく。もう……駄目なのかな……

 

 

「ふん……中々やるようだが……私の敵ではないな」

「くっ……こんなに強いなんて……」

 

 

私はもう……どうしたら良いのかわからなかった。文ちゃんは居ない。麗羽様は逃げちゃった。私はなんで戦ってるんだろう……そんな私の隙を突いて華雄将軍は私の腹部に拳を入れた。

 

 

「秋月からの頼まれ事でもあるからな命は取らん。少し眠れ」

 

 

華雄将軍は力の入らなくなった私の手を縛ると肩に担ぐ。朦朧としている意識の中で私は秋月さんと華雄将軍の会話を聞いていた。

 

 

「む、どうした秋月?取り敢えず顔良は気絶させて縛っておいたぞ」

「師匠、顔良さんの部隊の方々ある程度倒したら皆さん逃げてったッス」

 

 

華雄将軍とさっきの男の子かな?秋月さん、師匠って呼ばれてるんだ。

 

 

「わかった……大将の指示も聞かなきゃだから顔良は俺の天幕に運んどいて」

「副長、曹操様が来る前に手を出されるとお怒りを……痛っ!」

 

 

華雄将軍の肩で揺られながら話を聞いてるけど……秋月さんってやっぱり種馬のなのかな?噂は本当なんだ。

 

 

「ったく……今度、本格的に噂の出所を確かめるか。華雄、後詰めの指揮を頼む。俺は顔良を天幕で休ませてから大将の所に行くから」

「うむ、心得た」

 

 

華雄将軍は肩から私を下ろすと秋月さんに渡したみたい。クラクラする……もう意識が飛びそう……

 

 

「ったく……なんで、こんな疲れた顔してるんだか……大将の所に行くまで時間があるから少しでも休んでくれよ」

 

 

そう言って私の頬に手が添えられる。意識が朦朧としてるけど、それは秋月さんの手だとすぐにわかった。

 

 

なんだろう……秋月さんの手は暖かくて……心地好くて……

 

 

私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 



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第八十三話

 

 

 

 

袁紹軍との戦いは曹操軍の勝利で幕を閉じた。まあ、ある意味順当な勝利な気もするが。

そして戦を終えた後、俺は目を覚ました顔良を連れて大将の所へ。顔良は抵抗もなく、此方の指示に従うと言ってくれた。

大将の天幕へ行き、事情を話したのだが桂花は『またか、コイツ……』みたいな目で俺を見ていた。

 

 

「そう……話はわかったわ。では顔良……貴女はどうしたいの?」

「私にはもう……行く宛もありません。袁紹軍は無くなってしまいましたけど、文ちゃんや麗羽様を探そうと思います。きっと困ってると思うので」

 

 

大将の問いに俯き気味に答える顔良。それを聞いた大将は溜め息を吐いた。

 

 

「貴女の麗羽に対する忠誠心は大した物だけど……アレに尽くしても損するばかりよ?」

「で、でも麗羽様も文ちゃんも私が居ないと……」

 

 

大将は顔良を半ば諦め気味に説得をするが顔良は二人が心配なのか聞く耳を持たない様子だ。

 

 

「と言うか袁紹達に頼られてるからってアレは異常よね」

「………共生依存って奴かもな」

 

 

桂花の呟きに俺は以前、テレビか何かで知った知識を呟いた。

 

 

「なによ、その共生依存って……」

「依存されることに依存してしまうって事。簡単に言うと誰かに頼られなきゃいけない、頼られれば嬉しいって気持ちが強いって感じか?話を聞くと袁紹は顔良や田豊に政治を丸投げ。更に文醜は顔良頼りきりらしいしな。しかも袁紹、文醜は顔良に対して悪気ゼロだから始末に悪いし。どんなにダメな奴にでも頼られれば、それを愛と感じるが如く顔良の精神状況も変わっていったんじゃないか?」

「だそうよ顔良。貴女の今の顔を見れば思い当たる節は多そうね」

「あ……あ……私……」

 

 

顔良はフルフルと震えながら今までの事を思い出しているのか青ざめ始めてる。

 

 

「はぁ……この調子じゃ放り出すのは酷ね。純一、顔良の事を任せるわ。落ち着いたらアナタの所に寄越すから面倒を見なさい」

「え、あー……了解です」

 

 

有無を言わせぬ大将の視線に俺は頷く事しか出来なかった。桂花が凄い睨んできてるけど。

取り敢えず顔良が落ち着くまでは俺は顔を出さない方が良さそうだ。大将もまだ顔良に話があるって言ってたし。

 

 

「まったく……種馬が……」

「あの……今回、俺は顔良を救った位置だよね?なんで俺が手を出す為に顔良を連れてきたみたいな風になってんの?」

 

 

桂花の言葉に流石に抗議の声を上げるが桂花の冷たい視線が変わらない。

 

 

「救った……ねぇ。そうやって人の心の弱味に付け入る気?」

「できりゃ、心の隙間を埋めてやったと言って欲しいね」

 

 

少なくとも俺は善意での行為なのだが。自分で言っといてなんだが、心の隙間を埋めるってなると笑顔が素敵なサラリーマンを思い出す。ドーン!とかは出来ない……と言うかしたくない。

まだ色々と抗議はしたいが大将と顔良の話を邪魔する訳にもイカンので俺は大将の天幕を後にした。

 

 

 

 

因みに国に帰った後に大将から『顔良を警備隊に組み込みなさい。ああ、他の仕事を教えても構わないわ。顔良の好きにさせてあげなさい』と言われた。

いったい何の話をして、この結果に至ったんだか……




『ドーン!』
『笑ゥせぇるすまん』の主人公・喪黒福造の使う術か魔法。
客の願望を叶えるが、約束を破ったり忠告を聞き入れなかった場合にその代償を負わせ、破滅に追い込む際に使用される。
その効果は客によって様々で酷いパターンだと財産的・精神的・社会的な破滅や家庭崩壊に陥る。また死亡したり、人間の姿から別の生き物にされてしまう。
逆に軽いパターンだと会社の上司からの叱責、失職、失恋程度で済む。


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第八十四話

 

 

さて、国に帰った俺達だが大将の言い付けで顔良に警備隊の仕事を教える事に……とは言っても、あーだこーだと説明するよりも俺や一刀と一緒に居た方が分かりやすい筈。

 

 

「…………」

 

 

俺の後ろを無言で付いてくる顔良。大将と何の話をしたかは分からないのだが俯き気味で顔は晴れてない。やっぱ、この間の話が尾を引いてるのかな。

 

 

「副長殿、蒸したてのが出来た所だ。持っていってくれ!」

「お、ありがとう。あ……もう一つ貰えるかな?」

 

 

街中を散策していたら肉まん屋の親父さんが蒸したての肉まんをくれた。顔良の分も貰おうと思ったら親父さんはニヤッと笑った。

 

 

「なんだい新しい女かい?副長殿も手が早いねぇ!」

「店を潰したろか?」

 

 

素敵な事を抜かした肉まん屋の親父に気功弾を撃ち込んでやろうかと思ったけど、互いに冗談だと分かってるのでゲラゲラと笑いながら肉まんを受けとる。

 

 

「っと……そうだ副長殿。向こうの区画の方なんだが……なんかガラの悪そうな奴等が最近、住み着いてたぜ」

「ん、わかった。調べとくよ、あんがとね」

 

 

親父さんからの情報も得てから顔良に肉まんを渡す。俺はすぐに肉まんを食べたのだが顔良はポカンとしていた。

 

 

「あ、あの……秋月さんって警備隊の副長なんですよね?あんなに気さくに話し掛けられんですか?」

「ん、まーね。堅苦しいの好きじゃないし。一刀も大体、同じだぞ。顔良も冷めない内に肉まん食べな」

 

 

顔良の話を聞きながら、もしゃもしゃと肉まんを頬張る。お、更に旨くなってるな。やるな、親父さん。

 

 

「あ、はい……あ、美味しい。ってそうじゃなくて!なんで警備隊の副長さんが威厳も感じさせない事をしてるんですか!」

「旨いなら何より。質問の答えだが……んー厳しさも大事だけど俺は人の繋がりを大事にしたいからかな?」

 

 

顔良は信じられない物を見たと言わんばかりな感じだ。

 

 

「人との……繋がり?」

「警備隊が街に居るから安心ってのもそうだけど、だからって物々しい雰囲気じゃ街の人たちは落ち着かない。だからある程度、親しい方が良いのさ」

 

 

一刀も俺とほぼ同じ考え方をしてる。まあ、親しみを持てるのとサボりで意味が違うが。

 

 

「それでさ、さっきの肉まん屋の親父が情報くれただろ?あれも親しくして接しやすいから教えてくれたんだ。ただ厳しいだけの警備隊だと、さっきの親父さんは詰め所に足を運んで上申しないと国には聞き入れてもらえない」

「それをお手軽にする為に……ですか?」

 

 

顔良は俺の話にかなり食い付いている。何かを確かめる様に。

 

 

「それが全部とは言わないよ。でも街の人達の協力も得て、街を良くしていくのも警備隊の仕事……かな?」

「…………本当に袁家とは違うんですね」

 

 

俺の発言に顔良は俯きながら小声で何かを呟いた。何を呟いて何を考えたのか俺には分からないが顔良には大事な事なんだろう。

その後、俺は街の巡回を続けながら服屋や武器屋を回って頼んどいた物のチェックや進行状況を確かめる。顔良はその事に、いちいち驚いていた様子だが。

 

 

「ま、俺の一日はこんな感じかな。今日は巡回を主軸にしたけど事務仕事は別にしてるから」

「今日のも十分事務仕事……いえ、なんでもないです。今日はありがとうございました。明日は北郷さんの方に付いていってみます」

 

 

巡回を終えて城に戻ると俺は顔良に仕事の事を改めて伝えた。何か言いたそうだったけど、顔良は俺に頭を下げて行ってしまった。

 

 

「なーんか、焦ってる感じ……かな?」

 

 

俺は煙管に火を灯して肺に煙を入れる、今日の顔良は何処か焦ってると言うか……

 

 

「ま、大将も絡んでるし俺が考えるこっちゃないか」

 

 

フゥーと煙を吐く。明日は一刀の所か……大将も国の仕事を教えろって言ってたし、顔良次第かね。

 

 

「あ、純一さん!」

「副長、お疲れ様です」

「一刀に凪か、そっちは終わったのか?」

 

 

俺と同じく、街の巡回に出ていた一刀や凪が戻ってきた。

 

 

「はい。こっちの方は問題なしです」

「おう、お疲れさん。こっちの方は肉まん屋の親父さんに聞いたんだが……」

 

 

俺と一刀は簡単に情報交換をする。あ、そう言えば。

 

 

「明日だが顔良がそっちに付くぞ」 

「隊長に顔良さんが?」

 

 

俺の言葉に凪の眉がピクッと動いた。

 

 

「大将の言い付けでな、今日は俺の所に居たよ。明日は一刀の所ってな。凪、大将の推薦でもあるし、頼まれ事でもあるんだ」

「うぅ……はい」

 

 

多分、凪は顔良が一刀に何かすると思ってるんだな。まあ、つい先日まで敵側だったんだから仕方ない。

 

 

「凪、何かあるとは思えないけど明日の一刀の護衛……任せたぞ」

「ハッ!承知しました!」

 

 

俺が凪に指示を出すと凪はパアッと明るくなった。そのまま意気揚々と明日の予定を組みに行ってしまう。

 

 

「あんなに張り切って……愛されてるねぇ一刀。大事にしろよ、あんな良い娘は特に」

「愛されてる……って俺は皆を大事にしますよ」

 

 

俺の言葉に一刀は真っ直ぐ俺を見た。ふむ、これなら大丈夫だな。

 

 

「そうか……んじゃ、嫉妬に駆られて斬られないように気を付けろよ。俺はバッドエンドコーナーで道場でも開いて待ってるからな」

「不吉な事を言わんでください」




『タイガー道場』
『Fate/staynight』でバッドエンドを迎えることで転送される謎の空間。 本作に登場するキャラの(自称)そっくりさんが二人がクリアへの道筋を教えてくれる。更にメタネタや裏話を遠慮なく、ぶっこんでくるので単なるネタ空間と化している。


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第八十五話

難産でした……次回はスッキリ描きたい……


 

 

 

 

◆◇side顔良◆◇

 

 

袁紹軍が倒され、麗羽様や文ちゃんとはぐれて曹操様の所で保護されて数日。

私は曹操様の治める国と麗羽様の治めていた国の違いを見せつけられた気分になっていた。

 

曹操様の薦めで暫く、この国のあり方を見学する事になったけど……税が安く、国益が安定してる。民に笑顔が溢れ、皆さん生き生きとしていた。

麗羽様と曹操様で生きざまが違うと分かっていたけど、ここまで国に差が出るなんて思ってなかった。

 

そして、ある日。私はこの国の警備隊副長、秋月純一さんのお仕事を手伝う事になった。以前、麗羽様の発案した反董卓連合の時に会った不思議な人。その後も何度か会う機会があって、その度に目が離せなくなる人だった。

今日の彼の仕事は街の巡回だと聞いていたのだけど……街に出てから民に気さくに話し掛けられていた彼を見て信じられなかった。街の警備隊とは犯罪者が居ないかを見張る役目なのでは?と思っていたから。

 

 

「っと……そうだ副長殿。向こうの区画の方なんだが……なんかガラの悪そうな奴等が最近、住み着いてたぜ」

「副長さん、新作の小物を作ったんですが」

「この間、教えてくれた天の国の服を……」

 

 

それからも彼は街の人や商人から話し掛けられ、その一つ一つを聞き逃さずに聞いていた。思ったけど、これって街の警備の巡回なのかな?何故、こんな事をするのかと聞いてみたら彼は『人との繋がり』を大事にしたいと答えた。

私も麗羽様の代わりに街の警備案とか出してたけど根本から違う物だった。

その後も街の巡回をしながら街の人達の相談を受けて予定していた時間よりも少し遅れて城に戻った。

 

 

「ま、俺の一日はこんな感じかな。今日は巡回を主軸にしたけど事務仕事は別にしてるから」

「今日のも十分事務仕事……いえ、なんでもないです。今日はありがとうございました。明日は北郷さんの方に付いていってみます」

 

 

秋月さんは今日はただの巡回だと言ったけど今日のも十分に事務仕事だったと思う。街の人達の声を聞いてそれを改善案に盛り込んで、部下に指示を出して……

 

 

「私がしてきたのって……何だったんだろう……」

 

 

私は秋月さんの傍を離れると、ポツリと呟いた。その言葉に答えてくれる人は此処にはいない。麗羽や文ちゃんの代わりに田豊ちゃんと頑張って政治や軍備を頑張っていたけど……この国を見てしまうと自分の何もかもが否定された気分だった。

 

次の日になり、警備隊の北郷一刀さんと楽進さんと一緒に巡回に出たけどやはり秋月さんと同じで民との触れ合いを大事にしてる。

そのやり方は曹操様の方針かと聞けばそうではなく隊長と副長の方針ですと楽進さんから返答が来た。その言葉に私は益々分からなくなってしまう。

曹操様からは、この国に留まって見識を広めなさいと言われたけど、秋月さんと接していると……

 

 

「行くぞ、シャイニングフィン……痛ったー!?」

「師匠ーっ!?」

 

 

秋月さんの悲鳴と高順君の叫びが聞こえる。彼が本当にわからなくなるけど……目が離せないのは決まりかな?



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第八十六話

 

 

 

 

顔良の案内をした次の日。書類仕事を終えた俺は大河と組手をしていた。いつものように俺が劣勢だったのだが、俺は起死回生の一手に懸けた。

 

 

「行くぞ、シャイニングフィン……痛ったー!?」

「師匠ーっ!?」

 

 

気を右手に一気に集中させたら右手の指がビキッと嫌な音を立てた。鋭い痛みに俺はその場に倒れ混む。

 

 

「くお……あああぁぁぁぁぁ………」

「し、師匠、師匠!?」

 

 

大河が俺を案じて身を揺さぶるが右手がヤバイくらいに痛い。

 

 

「あ、秋月さん!?しっかりしてください!?」

「純一さん!」

「副長!」

 

 

俺の悲鳴を聞き付けたのか顔良や一刀、凪も来たようだ。いや、顔は上げてないから声での判断なんだが。この後、俺は四人に運ばれて医務室へと搬送された。

 

 

 

 

 

「副長……どうやったら右手の指を同時に5本も突き指するんですか?」

「いやぁ……右手に気を集中したらビキッときたわ」

 

 

最近、俺の専属となりつつある医師のジト目を視線から反らしながら答えた。なんとも最近は遠慮がなくなってきたな、この人も。

 

 

「副長……以前は普通に気を手に込めてましたよね?」

「ん、ああ……今回使った技は掌全体に気を込めて相手の顔に叩き込む技だったんだが……」

 

 

手に気を集中させるのには慣れてきた筈だったんだがなぁ……

 

 

「…………副長、もしかして掌だけではなく指にも気を込めましたか?」

「ああ、掌の気を叩き込んだら指先の握力で相手を逃がさない技だから」

 

 

凪の質問に答えた俺だが凪は、その答えに得心が行ったという表情になる。

 

 

「はぁ……それが原因です。気を一定の箇所に集中させるにはそれ相応の気を操らねばならないのです。指先に集めたり、すぐに放つだけなら兎も角、気を指先と掌に集中させれば器……つまり副長の手が保たなかったのでしょう」

「あー……なるほどね」

 

 

凪の説明で指五本を同時に突き指するミラクルを引き起こした原因がわかった。

今までは拳に気を集中したり、掌だけだったのを指先にまで範囲を伸ばしたのが原因だったのか。しかも全体を気で覆うのではなく指に気を這わせた結果、俺の手は気を保つ事が出来ずに崩壊……とまでは行かなくとも突き指状態になったと。

 

 

「副長の体は怪我の見本市ですな。若い医師達の勉強になります」

「この国の医療に貢献できて何よりだよ」

「アンタ……皮肉を言われてる自覚を持ちなさいよ」

 

 

随分な言われようだがマジで医療貢献になってるだけに笑えない話だ。だが俺の身を持って若い医師の勉強に役立てるのならば……なんて思ってたら後ろからツッコミが入る。振り返れば呆れ顔の桂花が居た。

 

 

「桂花、来てたのか?」

「そこの馬鹿が怪我をしたって報告を聞いたから見に来たのよ」

 

 

一刀が桂花の来訪に驚くと桂花はサラっと理由を述べて俺の方へと歩みを進める。

 

 

「ったく……アンタは!」

「ほーひ、ひたひって……」

 

 

桂花は流石に怪我人を叩く気にはならなかったのか俺の頬を両手でつねっていた。

 

 

「アンタね……忙しくなりそうな時に余計な心配させるんじゃないわよ!」

「ほりゃ……わるかっはな」

 

 

桂花は俺の頬をつねったまま叱るが俺はこんな状態じゃ喋れないってのに。

 

 

「あれ、それじゃ桂花ちゃんは仕事を差し置いて秋月さんのお見舞いに来たんですか?」

「っ!!」

 

 

そこで桂花の行動に驚いた顔良が思った事を口にした。まあ、袁紹の所に居た時代の桂花しか知らないなら、そりゃ驚くか。桂花は桂花で自分の行動を指摘されて顔を赤くしてるし。可愛いなぁ。

 

 

 

 

 

 

こんな風に思ってもらえて……俺もそろそろ決めるべきかな。一刀や大河に冷やかされ、二人に罵声を浴びせる桂花にそれを止めようと宥める凪と顔良を見ながら……俺はぼんやりとそんな事を思っていた。

 



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第八十七話

 

 

 

 

この世界に来てから元の世界に帰る事を考えていたが……その手立てが一切見当も付かない。

いつかは帰れると考え、惚れた女にも何も言わなかった。

元の世界に帰る事を諦めた訳じゃないけど、俺ももう少し己の気持ちに素直になっても良いと思い始めてる。

じゃあ惚れた女に告白しに行くかと問われれば今現在は無理な訳で。

 

 

「ですから、この予算は……」

「だとしてもなぁ……」

 

 

現在、俺は魏の金庫番相手に交渉を続けていた。つーか、俺がする交渉じゃない気がするのだが。

警備隊の予算の話をしに来たのだが現在、軍の拡大による影響で警備隊にこれ以上、予算は割けないと言われ、何とか都合をつけてほしいと交渉をしているのだが難航中である。

 

 

「………一息着きましょうか。互いに熱くなりすぎてます」

「ふー……そうだな」

 

 

栄華の提案に俺も乗る事にした。確かに少し熱くなっちまったかな。

しかしまあ……何かを決意すると仕事が入ったり、用事か入ったりとままならないものだ。

 

 

「………何か悩みでもおありですか?」

「……ん、喋っちまってたか?」

 

 

溜息を吐いた俺に栄華がお茶を差し出しながら聞いてくる。口にしちまってたかな?

 

 

「いえ、数日前から様子が違って見えていたので……って何でニヤニヤと私を見るんですか?」

「いやな。俺が悩みを抱えているのは事実だが男嫌いの栄華が俺を見ていてくれたかと思うとな」

 

 

確かに俺はここ数日考え事をしていたが男嫌いを自称していた栄華がそんな風に男である俺を気にしていてくれたとはな。

 

 

「わ、私だけじゃないです!一刀さんや桂花も気にしていたので!」

「そうかい。ありがとな」

 

 

俺は栄華に礼を言うと共に、やはりこの国で生きていく覚悟を決めるべきだと再認識していた。元の国に帰りたい気持ちは未だ、変わらない。でも元の世界と同じくらいに、この世界を好きになり始めてる。

 

 

「巨乳は我等の敵である!!」

「「「敵である!!!」」」

 

 

俺がそんな感傷に浸っていたら外から謎の雄叫びが聞こえた。

 

 

「今のは……桂花か?」

「後半は禀さんや季衣、流琉ですね……」

 

 

真っ昼間から何を叫んでるんだアイツ等は……

 

 

「さて……少しクールダウンした所で……」

「そうですね。でも譲る気はありませんよ?」

 

 

今のは聞かなかった事にして再び、会議を始めようとした所で部屋の戸が開いた。

 

 

「こんにちはーなのー!」

「さ、沙和!副長も栄華様も仕事中なんだぞ!?」

「あはは……お邪魔します」

 

 

元気よく沙和が入ってきたと思ったら凪が沙和に手を引かれて入ってきて、それに続いて一刀が入ってきた。

ってよく見れば凪はいつもの服装ではなく……

 

 

「制服?」

「あー!副長も制服って言ったのー!」

 

 

俺の呟きに沙和が反応を示した。どうも話を聞くと凪が今、着ている服は沙和のオリジナルらしく、この服装を見た一刀も同じ感想を言ったらしい。そして今は色々な人に凪のオシャレデビューを見せに回ってるらしい。

 

 

「なるほどね。だが似合ってるぞ凪」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

モジモジしながら礼を言う凪はいつもの凛々しい雰囲気とは違って実に可愛らしい。一刀も同じ事を思っていたのか俺と目があった一刀は同時に立ち上がりピシッガシッグッグッと意志疎通を試みる。

やはり女の子が可愛いのは万国共通で素晴らしい事なのだ。

 

 

「秋月さん……予算の件ですが口利きしてもよろしいですよ。ただし……」

「わかっている……任せろ」

 

 

栄華は俺に何かを訴える視線を送ってくる。その瞳はこう語っていた『予算に口利きする代わりに可愛い服を所望します』と。俺も凪の姿を見て心が洗われたよ。服屋の親父に渡すつもりだった天の国の服の案を大量放出すると今決めた。

 

 

「交渉成立だな」

「いいでしょう」

 

 

俺と栄華は先程、一刀としたのと同じようにピシッガシッグッグッと意志疎通を交わした。

一度見ただけで覚えるとは栄華、恐るべし。




『ピシッガシッグッグッ』

ジョジョの奇妙な冒険第三部で海底を潜航中の潜水艦から敵の攻撃により脱出を余儀なくされてしまう。
その際、ジョセフから水中での簡単なハンドサインを指導されたのだがポルナレフは自分もハンドサインを知っていると言うとハンドサインをやって見せる。
『手を叩く→ピースサイン→右目に親指と人指す指で作った○を当てる→額に右手をかざして遠くを眺める仕草をする』だった。 
これを見た花京院はすかさず「パン、ツー、マル、ミエ」→「パンツ丸見え」と読解。ポルナレフは花京院とタッチし、互いに意思疏通が叶った事に更なるハイタッチを行った。
それが『ピシッガシッグッグッ』である


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第八十八話

 

 

 

◇◆side文官◇◆

 

 

私は名もない文官。私は魏の文官として書庫で日々働いているのですが、少し前から魏へと来ていた警備隊の副長、秋月純一様の事をお話しします。

副長さんは荀彧様のご実家で文を学んだらしく、字は少々乱れていましたが読み書きは問題なくこなされる方でした。

副長さんと荀彧様は仲が悪い様に見えて実際は仲が良く……と言いますか、荀彧様が素直になれていないだけなのですが……これは城に仕える者達の総意かと思います。

このお話はそんなお二人の身に起こったお話なのです。

 

 

これは、とある日。

副長さんが所用で書庫にいらしたのですが、荀彧様も偶然居合わせて荀彧様は副長さんにキツいお言葉を浴びせていました。一通りお言葉を聞いた副長さんは、再び仕事に戻っていきました。後程、お話を聞いたら『もう慣れた』との返答が……やはり只者では無いと実感します。

 

それは兎も角、副長さんはお人好しで自身の仕事がお済みになった後も文官の手伝いを始めていました。バタバタと書庫を走る副長さんに荀彧様の機嫌は悪くなっていきました。

何故なら、副長さんに仕事をお願いしている文官の大半が女性だったからなのです。

副長さんは文官の間でも評判が良く、話題にもよく上がります。それ故に、ここぞとばかりに女性文官達は副長さんに仕事を頼んでいます。

そしてそれに比例して荀彧様の機嫌も悪くなっていってます。荀彧様はフンと鼻を鳴らすと自身の仕事へ戻ってしまいました。

荀彧様はご自身が欲しい本の一つが高い所においてあり、目一杯手を伸ばして本を取ろうとしていますが、無常にも少し届かないでいる。すぐ横に置いてある足場を使えばいいのでしょうが荀彧様は意地になっているのか一向に足場を利用する気配がありませんでした。私は差し出がましいと思いながらもお手伝いをしようと思ったら本を抱えたままの副長さんが彼女の隣に行き、目当てであろう本を取る。

 

 

「ほら、これだろ?」

「あ、秋……あ、ありがとう」

 

 

不意に助けが来た事に驚いた荀彧様でしたけど、それが副長さんだと気付いて顔を赤くされていました。上司に言うべき言葉ではないのですが非常に可愛いです。

 

 

「ったく……意地張らないで足場を使えよな」

「そ、そうね……次からはそうするわ」

 

 

副長さんの指摘に荀彧様は顔を赤くしたまま頷きました。以前の荀彧様でしたら、こんな対応は無かったかと思うとドキドキです。

 

 

「足場を使わないなら俺を呼べよ。そのくらいなら手伝えるんだからよ」

「あ……う、うん」

 

 

副長さんの笑みに顔を赤らめたまま頷く荀彧様。甘い、とてつもなく甘酸っぱいですよ、お二人共!

 

 

「じゃ、また後でな」

「あ、待って秋月!」

 

 

そのまま立ち去ろうとする副長さんを呼び止めようとした荀彧様。呼び止められた副長さんは勢い良く振り返ってしまいました。

 

 

「ん、どうした桂花?」

「きゃっ!?」

 

 

振り返った副長さんの肘が荀彧様の胸の辺りに当たってしまいます。

 

 

「あ、悪い桂花。アバラは大丈夫だったか?」

「え……アバラ?」

 

 

副長さんは荀彧様の安否を気にしている様ですが遠目で見ていた私には別の意味で安否が気になりました。だって……

 

 

「ああ、今強く当たっちまったからな。痛くなかったか?」

「………あのね、秋月」

 

 

副長さんは本当に純粋に荀彧様の事が心配なのでしょうが……荀彧様は自身の胸に手を当ててプルプルと震えてらっしゃいます。私はハラハラとお二人のお話を聞いていました。

 

 

「アバラじゃなくて……胸なんだけど……」

「………………………………………え」

 

 

荀彧様は涙目になって副長さんに訴えかけ、副長さんは「あ、ヤバい」と言った表情になってます。

数分後、荀彧様が椅子に座って足を組み、見下ろされる形で床に正座している副長さんの姿が。

書庫の中なので非常に目立ってますが誰も言い出せません。

この光景は曹操様が書庫にいらっしゃるまで続いていました。

 

このお二人が素直に好き合うのは、いつ頃のお話になるのでしょうか?

今日も女性文官の間では噂話が絶えません。



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第八十九話

 

 

 

俺は今、至福の時を迎えていると言っても過言ではない。

男ならば誰もが夢見る『自分の為に料理を作ってくれる女の子』それが今、俺の前にいるのだから

 

 

「そうですよ……はい、お上手です」

「う、む……そうですか。ありがとうございます」

「華雄の上達ぶりは凄いわね……私も負けらんないわ」

 

 

厨房に立ち、料理をする月と華雄と詠。エプロン姿で台所に立つ女の子って良いね!

 

 

「なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い」

 

 

そして今日も桂花の毒舌は切れ味抜群である。と言うのも、この間の胸の一件以降、言葉の端々にトゲがある。そろそろ泣きたい。

 

 

「いえ……桂花さんは純一さんが他の女の子に鼻の下を伸ばしてるのにイラついてるんじゃ……」

「シッ!言わない方が懸命だ」

 

 

向かい側の席じゃ流琉と一刀が並んで座ってる。うん、後で覚えてろよ。

 

 

「しかし意外でしたよ。華雄が料理をしてるなんて」

「ちょっと前から始めてな。最初の頃は俺が教えてたんだが今じゃ俺なんかより、よっぽど上手く作れる様になってるよ。それに天の国の料理も少しずつ覚えてきてるしな」

 

 

一刀は華雄の料理を意外と言ったがそれは間違いじゃない。それこそ最初の頃は大変だったんだから。

 

 

「でも華雄さんの手並みは凄いですよ。月さんや詠さんと同じくらい手付きが良いです」

「慣れ始めたらメキメキと上達してな……最初の頃なんかは酷かったんだぞ……例えば……」

 

 

 

◆◇導入編◆◇

 

華雄に頼まれて俺が料理を教える事になった。華雄も色々な事に目を向ける様になったのは良いことだ。張り切って教えてやろう。

 

 

「んじゃ、この包丁で野菜を切ってくれ」

「任せろ……どりゃあっ!」

「野菜ごと、まな板を切るなーっ!」

 

 

野菜もろ共に、まな板まで切れたよ。危ない……と言うかどんだけ力を入れたんだよ。

 

 

 

 

◆◇炒め物◆◇

 

「野菜を炒める時は油を少し鍋に……」

「む……これくらいか?」

 

 

俺の言葉を聞いた華雄はザパーッと大量の油を鍋に投入し始めた。

 

 

「鍋の淵、ギリギリまで油を流すな!少しと言っただろ!」

「量を多くすれば美味くなるものではないのか!?」

「何処から仕入れた、その知識!?」

 

 

 

◆◇包丁編◆◇

 

華雄は次々に野菜をみじん切りにしていく。最初の頃とは違って包丁の使い方もかなり上手くなってるな。

って、華雄は切る予定じゃない野菜までみじん切りにし始めてる。

 

 

「避けろ、菜っ葉ーっ!……じゃなかった。菜っ葉は切らなくて良いから」

 

 

俺は華雄が切ろうとしていた菜っ葉を横に移動させた。

 

 

 

◆◇材料採取編◆◇

 

「肉だな……よし、山に行って猪でも狩りに……」

「市場に行って買ってこような」

 

 

大斧を持って山へと向かおうとした華雄を止めた俺は間違っていない筈。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「と……まあ、こんな次第でな」

「むしろ、その状況から良くここまでの料理を……」

 

 

俺が話をしている間に華雄、月、詠の料理は完成していた。

先程、話していた初期の華雄の駄目っぷりを聞いていた一刀、流琉、桂花は目を点にしている。

そして皆で揃って食事を頂く事に。

 

 

「うわっ、美味っ!」

「凄いです!」

「………やるわね」

 

 

一刀、流琉、桂花の順に感想が出るが三人とも驚いた様子だ。まあ、さっきまでの話を聞いた後にこんだけ美味い料理が出てくれば当然のリアクションか。

 

 

「ど、どうだ秋月?美味いか?」

「ああ、美味いよ華雄。ありがとな」

 

 

俺が素直に感想を言うと華雄はガッツポーズをした。俺も料理をするけど、やはり作ったものが美味いと言われるのは嬉しいからな。

 

 

「私も料理人として今度、華雄さんにお教えしますね」

「ああ、よろしく頼む!」

 

 

華雄の料理に触発された流琉が華雄と熱い握手を交わしていた。なんか凄いやる気だ。

 

 

「でも、まあ……さっきの華雄や月や詠を見てると……純一さんと新婚さんみたいでしたね」

「「「っ!!?」」」

 

 

一刀の何気ない一言に華雄、月、詠の顔が一気に赤くなった。ふむ、この三人が新婚か……少し想像してみると……

 

 

「悪くない、って言うか凄く良い……痛っ!?」

「………フン!」

 

 

俺の溢した言葉に桂花が俺の足を踏みつけた。しかもそっぽ向かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの後だがドヤ顔の華雄と桂花で喧嘩が始まってしまう。月と詠は先程の俺の言葉が効いているのか顔を赤くしたままでマトモに俺と話をしてくれなかった。

トドメとばかりに大将から『天の国の知識を出したのに私を呼ばなかったわね?』とお叱りを受けた。



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第九十話

 

 

 

「副長さんもまた珍しいものを発注しますな」

「悪いね、無茶言って」

 

 

俺は服屋の親父さんに、とあるデザインを描いた服の案を渡して作るように頼んでいた。最初に発注書を見て、首を傾げた親父さんは間違っていない。俺がそれだけアホな服の案を出したのだから。

 

 

「ああ、いえいえ!副長さんのお陰でウチの店は儲かってるんですから副長さんの頼みなら作ってみせます!」

「そっか。じゃあヨロシク頼みます」

 

 

親父さんに改めて服の注文を頼んだ後に俺は服屋を後にする。今回、頼んだ服はぶっちゃけ新しい技開発の為に必要な物だ。あの発注書通りに作れたとして、後は俺次第。だがこれが上手くいけば俺の強さは更なる段階へ……やめとこ、何らかのフラグにしか思えないわ。

 

 

「と……あれは……」

 

 

煙管に火を灯して城へ帰ろうとしたのだが、その途中の茶屋で見かけたのは……おいおい、マジですか!?

茶屋に居たのは月、詠、華雄、顔良。何やら危険な取り合わせだ。何があったらこの面子で茶屋に揃うんだよ!

これは何があったか確かめなくては……とりあえず気付かれないように茶屋に入って客を装って話を聞くか。

こそこそと店に入り、月達の死角になる席に座り、話をこっそりと聞く事に。

なんせ、顔良は反董卓連合を決めた袁紹の部下だった。その事に関して今まで問題が起きなかった方が凄いとも思えるが、この状況は大丈夫か?まあ、まずは会話を聞いて……

 

 

「じゃあ……月ちゃんは、その後で秋月さんと?」

「はい。華琳様に命じられて詠ちゃんと一緒に純一さんの侍女になりました」

 

 

あれー?予想外にも仲良く話してる。てっきり一触即発な雰囲気になるのかと思ってたんだけど。

 

 

「斗詩も侍女やってみる?学ぶ事が多いわよ」

「ふむ、その冥土服とやらも似合いそうだな」

 

 

詠と華雄も普通に会話してるし……あれ、俺の勘違い?なんか考えが先走り過ぎた?

ごくごく普通の女の子の会話だよ……なんかもっと殺伐とした雰囲気を予想していただけに驚きだ。

ともあれ、何事もないならそれはそれで良し。なんか肩透かしを食らった気分であるけど……

 

でもまあ……俺が見たかった光景でもあるんだよなぁ………争っていたとは言っても、いつかは手を取り合える世界。劉備もこんな世界を目指すとは言っていた気がするけど……大将からは『アナタと劉備では根本が違う部分がある』と言われた。

ま、これ以上は考えても仕方ないし、盗み聞きも野暮だな。

俺は店に茶代を払い、月達に見付からないように店を後にした。

ふと思ったが、この世界に来てから茶ばかりだから、そろそろコーヒー飲みたい……

 

この後、城に戻った俺は鍛練をしていた。新しい技の開発もそうだが、今は俺の中の気をコントロールする事が重要なのだ。

そして気をコントロールして放つ技がこれだ。

 

 

「ジャン……ケン……グーッ!」

 

 

俺は気を拳に集中して木にぶら下げた簡易サンドバッグを殴った。サンドバッグは俺の拳の威力に一瞬、宙を舞うが木に縛り付けられたロープによって引き戻される。

この簡易サンドバッグは俺が考えたもので、ずだ袋に砂を入れて上の口を縛った上で木に吊るしたものだ。

徒手空拳で戦う者の鍛練には最適だし、木とか岩を直で殴って自爆を防ぐためでもある(主に俺が)

 

さて、珍しく鍛練も無事に終わったので書類仕事に勤しむ俺。言っていて少し悲しくなったが周囲の認知もこんなもんなので最近は気にしなくなってきた。

 

 

「……ん?」

 

 

書類を纏めていく最中、気になる項目を見つけた。

『顔良を侍女として一時的に働かせる事について』なんだこりゃ?そういや、今日街で見かけた顔良も久しぶりな気がした。暫く、魏内部の様々な部署に顔を出してるとは聞いていたけど今度は侍女?そう言えば詠が侍女として働くか?みたいな事は言ってたけど……

 

 

「顔良のメイド服か……ヤバい超似合いそうじゃん。スカートはロングスカートとか似合いそう」

 

 

と言うか、あのビジュアルなら寧ろメイド服がマッチしすぎる。是非とも見てみたいな。

 

 

「って……そっちは兎も角。なんで顔良はここまで色々な所を回ってるんだか……」

 

 

見た感じ、警備隊・武官・文官・雑用と色々して最後に侍女の仕事を学びに来てるみたいだし……袁紹の所から離れて思うところがあるんだろうけど、ちっと不自然だ。でも大将が何も言わないって事は問題はないんだろうけど。

 

 

「と……そろそろ寝るか」

 

 

考え事をしながら仕事をしてたら結構な時間が経過していたのか窓から外を見れば、すっかり暗くなっていた。この世界には当然時計なんてないので、感覚的に時間を図るしかないんだが、恐らくもう寝る時間くらいにはなってる筈。んじゃこの書類を纏めたら寝るかな。

と思ったのも束の間。少々控えめにだが俺の部屋の戸がノックされた。

 

 

「はーい。鍵は開いてるよ」

「失礼します。純一さん」

 

 

部屋に入ってきたのは月だった。まだメイド服姿のままで、お盆にはお茶を乗せている。

 

 

「さっき部屋の前を通った時に部屋の明かりが付いていたので、まだ起きてると思ってお茶をお持ちしました」

「ありがとう……月」

 

 

優しく微笑む月に俺は思わず、泣きそうになる。月の優しさを1%でも桂花に移植できないかなマジで。

 

 

「ど、どうされたんですか?」

「ん、月の優しさを噛み締めてた」

 

 

俺は月からお茶を受けとると口にする。うん、昼間はコーヒー飲みたいとかボヤいたけど月のお茶があるなら、いいやとさえ思えるなぁ。

 

 

「そう言えば……純一さん。お昼頃にお茶屋さんに居らしたんですか?」

「ぶ……っ!?」

 

 

月の言葉に口にしたお茶を吹く所だった。なんでバレた!?

 

 

「じ、実は華雄さんが純一さんが居たと言っていたので……」

「あー……そっか」

 

 

月の言葉に思わず納得した。今の華雄なら気配を察する事は容易いだろう。にしても簡単にバレるとは……

 

 

「私や詠ちゃんや華雄さんを気にしてくれてたんですよね?斗詩さんが居たから……」

「うん……まあ。でも普通に会話してたから驚いた」

 

 

そう。昼間も思ったのだが顔良は袁紹の……

 

 

「純一さん……私、今の生活が好きなんです。確かに反董卓連合の時に名を無くしました。今までの私を全て消し去ってしまった戦い。でも……純一さんが私を救ってくれた」

 

 

月は俺の右手に手を重ねてくる。俺の右手には、あの時、月を止める為にした行動の爪痕が残されていた。

 

 

「その時の私と斗詩さんが重なって見えたんです。斗詩さんは袁紹さんの命令にしたがって都に攻め入ったけど……その結果全てを失った。君主も友達も……」

 

 

そっか……月の言葉でやっとわかったかも。月と顔良は立場が逆転してしまったから今の顔良の気持ちがわかるんだ。自害しようと自暴自棄になった自身と重ねて。

 

 

「でも最初は大変だったんですよ。詠ちゃんやねねちゃんから斗詩さんには近づくなって言われたり、華雄さんは顔良さんと決闘しようとしたり……」

「その光景が目に浮かぶよ。でもどうして、その状態から真名を交換しあう仲に?」

 

 

元董卓組としては袁紹配下の者を取り入れるのは反対ってのはよくわかるんだが、どうして真名を交換できたのやら。

 

 

「私は少しずつでしたけど……斗詩さんとお話しするようになったんです。そして分かったんです。斗詩さん……魏に来てから今までの自分を後悔してるって」

「後悔してる?」

 

 

月の言葉に思わず聞き返してしまう。

 

 

「袁紹さんの言いなりで色々な事をして……反董卓連合も劉備さんの時も……」

「あー……自分の意思は其処に無かったって事か」

 

 

自身の意思は其処になくても、やった事は罪。もしかして大将はその事を顔良に学ばせる為に?

 

 

「はい。斗詩さんとお話をする内に斗詩さんが自責の念に押し潰されそうなのを見ちゃったんです。泣いて……董卓への謝罪も聞けました」

「その事を会話の中から察した詠や華雄も参加してお昼のお茶会か」

 

 

なんとく察しは付いた。顔良が本気で反董卓連合の事を悔いている事を悟った月や詠達は自身の事は明かさなかったけど、顔良の謝罪を受け入れたんだ……董卓の名は既に死んだ。だから月個人として月は顔良を受け入れたんだ。

全てを否定するんじゃなくて、かと言って全てを水に流す訳でもなく……少しずつ歩み寄る事を決めたって事か。

 

 

「月達が……それに納得したなら良いんじゃないか?まだギクシャクはするだろうけど……」

「クスッ……この事は純一さんが教えてくれたんですよ」

 

 

俺の言葉に月は面白そうにクスクスと笑う。はて、何故俺が?

 

 

「月……それって」

「純一さんは……無自覚ですから……」

 

 

月は座っていた椅子から立ち上がると俺の隣に立つ。スッと俺の首に腕を回して……

 

 

「好きです……大好きです純一さん」

 

 

そう言った月の言葉と共に俺の頬に、とてつもなく柔らかい何かが押し付けられていた。それと同時に感じる女性特有の良い匂い。

月は俺の頬に自身の唇を当てていた。

 

 

「え、あ……」

「お、おやすみなさい!」

 

 

俺が呆然としている間に月は俺から素早く離れてしまう。

そして顔を真っ赤にしたままパタパタと走って部屋から出ていってしまった。

 

 

「あー……完全に不意打ちだったな」

 

 

なんて口では言うものの俺の心臓はヤバいくらいにバクバクと活動を活発にしている。

と言うか今さら、頬にキスされた程度でドキドキしている自分にも驚いてはいるのだが。

 

 

 

 

 

 

だから俺は気づかなかった。開いた扉の影から今の俺と月の一部始終を見ていた奴が居た事に。

 

 




『ジャジャン拳』
『ハンターハンター』主人公ゴンの念能力。
『グー』拳に集中させたオーラで相手を殴りつける。
『パー』掌に集中させたオーラを相手に向かって撃つ。
『チー』手に集中させたオーラを剣に変化させ相手を切り裂く。


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第九十一話

 

 

「真桜の様子が変?」

「はい……」

 

 

月に頬をキスされてから3日後。朝の鍛練をしていた俺に凪が相談を持ちかけたのが始まりだった。

 

 

「またカラクリの事で何か失敗でもしたか?」

「いえ……それとはまた別な感じでして……」

 

 

俺の言葉に凪は複雑そうな声を出す。ふむ、何かあったかマジで?

 

 

「警邏の最中に表情をコロコロと変えていました。急に怒ったり、顔を赤くしたり、泣きそうな顔になったりと……」

「中2病でも発症したか?」

 

 

真桜の行動を聞くと思春期特有の症状にしか思えない。

 

 

「発症って……病気なのですか!?」

「いや、そこまで深刻に受け止めるもんじゃねーよ。要は心の問題……かな?」

 

 

俺は汗を拭うと煙管に火を灯す。やれやれ、何があったんだか。

ここ暫く事務の仕事ばかりで外に出てなかったから真桜の様子を知るよしもなかったんだが。

 

 

「まぁ……今日は昼から俺も警邏だし、その時に真桜の様子を見てみるか」

「よろしく、お願いします。最近の真桜は警邏を真面目に勤しみ、普段とは違う様子なので」

 

 

俺に頭を下げる凪だが真面目に勤しんでるなら本来は結構な筈なのだが、真桜の評価はやはりそんなもんなんだろうな。

やれやれ。しかし本当に何があったんだか……

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

「………」

「………」

 

 

さて、午後になり警邏に出たのだが、普段から喋り倒す真桜が終始無言なのだ。何となく空気も重いので俺から口を開くのも躊躇ってしまう。

なんなんだかなぁ……話も出来ないから何があったかも聞けないし。

 

 

「とー……秋月!」

「ん、ねねか」

 

 

どうしたものかと悩んでいたら、ねねが向こうの通りから歩いてきた。

 

 

「ねねは買い物か?」

「そうなのですぞ……って頭を撫でるななのです!」

 

 

買い物袋を抱える姿が微笑ましくて思わず、ねねの頭を撫でる。なんで頭を撫でたくなるんだろう不思議だよね。

 

 

「あ、あ……やっぱりなんか……」

「ん、真桜?」

 

 

ねねとじゃれていると真桜が驚愕の表情で俺を見ていた。いや、何事よ?

 

 

「やっぱり……副長は貧乳好きやったんか!?」

「いや、なんの話をしてんだテメーは!」

 

 

何を思ったから大声で叫んだ真桜に俺はビシッと真桜の額にチョップを一撃。何をトチ狂ってるんだ!

 

 

「だ、だって……この間、月っちと副長が……接吻をしてるの見てもーて……今もねねとイチャついて……そ、それで副長は貧乳好きなのかなーって」

「見てたのかよ!?」

「ゆ、月と接吻とはなんですとー!?後、貧乳って言うななのです!」

 

 

何を口走ってるんだコイツは!?いや、見られてたのも驚きだけどさ。

 

 

「やっぱあれか!無いか有るかわからんくらいのがええんか!?」

「落ち着け真桜!」

 

 

俺の部屋とか城の中ならまだしも街中で叫ぶ内容じゃないだろうが!

 

 

「曖昧なさんせんちでプニッとしたのがええのか!?」

「ちょっ!じゃなくて意味わかって言ってんのか!」

 

 

3㎝って微妙に言えてないから意味はわかってないなコイツ。

 

 

「そ、そやかて……華雄や顔良は兎も角、桂花とか詠とか月とかねねとかー!」

「具体的な落差を示すななのですー!!」

 

 

真桜の言葉に完全にキレてる、ねね。この場に桂花が居なくて良かったよ。殺されてたからね……たぶん俺が。

さて、これ以上被害拡大をされる前に……

 

 

「よっ……と」

「え……うひゃあ!?」

 

 

俺は真桜を正面から抱き抱えると米俵を担ぐみたいに肩に真桜を担いだ。真桜の腹が俺の肩の上に来る感じで。

 

 

「ちょ……副長!?」

「とーさま!?」

「やかましい!これ以上変な噂が流れる前に帰るぞ!」

 

 

驚く二人を後目に俺は城へ向けて全力ダッシュをした。途中で警備隊の若いのに会ったんで少しばかり残業を頼んだ。本来、俺と真桜が回る予定だった巡回コースを回るようにしてもらった。残業手当てを出さんとな。

 

 

 

◆◇◆◇ 

 

 

 

「ったく……ただでさえ、種馬兄なんて不名誉な噂が流れてるんだから勘弁しろよ」

「うぅ……すんません」

 

 

城に着く頃にはすっかりと冷静さを取り戻した真桜は顔を赤くしたまま俺の部屋で正座をしている。ったく……凪の言っていた、ここ数日の真桜の様子が変だったのは月が俺の頬にキスをしたのを見たらしく、その事から俺が貧乳好きだと勘違いをしたらしい。なんちゅー勘違いだ。

 

 

「だって……副長、ウチが胸を押し付けてもなんもしてくれへんやん」

「ギリギリの所で耐えてんだよ阿呆が」

 

 

立ち上がりプーっと頬を膨らませる真桜。何も感じてないとでも思ったのか。理性を総動員して耐えてるんだよ。

 

 

「あー、そっか。副長はへたれやからウチに手を出せへんのやな」

「………真桜」

 

 

流石にカチンと来たので俺はユラリと立ち上がると真桜に歩み寄る。

 

 

「あ、あれ……副長?お、怒ってしもた?」

「………」

 

 

俺は無言のまま真桜に歩み寄り、真桜は俺の態度に脅えながら後退りをして壁に背を向ける。

そしてトンと真桜の背が壁にブツかると俺は真桜の顔のすぐ横に手を乱暴に突いた。ドンと音が鳴ると同時に真桜がビクッと震えた。そして怯えた表情で俺を見つめる真桜に俺はなんかゾクッとした。ヤバい……なんか俺の中で目覚めそうな予感。

 

 

「真桜、そんだけ挑発したんだから……覚悟は出来てんだろうな?」

「え、あ、ちょっ、待って副長……ウチ……そんな……」

 

 

俺の言葉にいつもの調子はなく、ただ狼狽しまくりの真桜。俺がグッと身を寄せると真桜は身を固くして震えていた。

そんな真桜に俺は迫り……額にキスをした。

 

 

「え……ふぇ?」

「少し迫られてそんな調子じゃ……身が持たないぞ」

 

 

キスをした後に離れた俺を真桜は額に手を当てながらポカンとしていた。

 

 

「月との事も……真桜が思ってるほどの事は無かったよ。だから……焦って変な噂流さないでくれよな」

「もう……ズルいわ副長……そんなん言われたら……」

 

 

俺はそう真桜に告げると真桜はニヤッと笑うと俺に迫り、つま先立ちになって俺の肩に手を乗せて背伸びをしながら俺の額にキスをした。

 

 

「へへー……お揃いやね」

「な、おま……」

 

 

真桜は悪戯が成功したと、いつもの表情に戻っていた。

 

 

「副長がウチを嫌いにならんで良かったわー。ほ、ほなウチはカラクリの調整があるからー!」

 

 

と思ったのも束の間。真桜は早口にそう告げるとバタバタと俺の部屋を出ていった。

 

 

「強がってたんかな……やれやれだ」

 

 

最後のは真桜が強がって……と言うか照れ隠しでやったってのは良くわかった。

 

 

「ま、これで……….」

 

 

そう真桜の調子も良くなり、解決だと思っていたんだ……この時までは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、ねぇ……秋月は貧乳好きだと聞いたんだけど……」

 

 

顔を真っ赤しながら聞いてくる詠。

そう……あの時、俺は真桜を担いで城に戻ったが、ねねは俺の部屋に来る事はなかった。

その時、ねねは俺にキスした事をなんと月本人に聞きに行った挙げ句、真桜が口走った事を話したらしい。

その結果、城に『秋月は貧乳好き』と噂が流れてしまったのだ。

 

 

こうして俺は今、ほぼ毎日の様に誤解を解く日々を過ごすはめになる。

因みに一番誤解を解くのに時間が掛かったのは桂花だったりする。

 

 



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第九十二話

 

 

 

 

◇◆side一刀◇◆

 

 

数え役満姉妹の大型ライブ。

本日は視察も兼ねて華琳達も見学に来ている。一番良い席を確保して楽しんでもらう&今後の予算をもぎ取る算段だと純一さんらしい意見を出していた。

三姉妹……特に天和と地和には今回のライブの重要な事だから調子に乗らない事と釘を刺しておいたし、純一さんからも気を付ける様にと言われていたから大丈夫。因みにその純一さんは仕事で徹夜だから終わり次第合流するって言ってた。

準備は万端。これで大丈夫。

そう……大丈夫だと思っていたんだ……

 

 

『あれれ~?声を出さない子達が居るぞ~!』

 

 

マイク越しに地和が此方を指差している。そう、貴賓席に案内された華琳達だがライブの熱に押され気味でファンがする叫びをしなかったのだ。その結果、盛り上がらないと地和が文句を付けて、ファンクラブの連中が血走った目で此方を睨んでいた。

暴走したアイドルのファンって怖いよね。

 

 

「貴様らぁぁぁぁぁっ!烏合の集まりだと思って堪えていればいい気になりおって!下がれ下がれ下郎ども!このお方をどなたと心得る!」

 

 

遂にファンの行動にキレた春蘭が大声で叫ぶ。その姿はご老公の付き人の如く。いつもなら純一さんがやるポジションだけど今日は居ないから……

 

 

「畏れ多くも先の副将軍………」

「……副将軍って誰よ」

「……空気読め、北郷」

「お前は少し黙っていろ」

「………うぅ、すまん」

 

 

ボケたら華琳達からの総ツッコミで黙らされた。この状況下で、いつもボケられる純一さんが改めてスゴいと思わされるよ。

 

 

「このお方をどなたと心得る!畏れ多くも魏国国主、曹孟徳様にあらせられるぞ!」

「頭が高い!控えおろう!」

 

 

春蘭と秋蘭が華琳の両サイドに控えて叫ぶ。いや、だから水戸のご老公なんだってそれは。兎に角、この流れはマズい。なんとか話を静めないと……

 

 

『ええい!皆の者、出合えっ、出合えぇぇぇい!』

「「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

「地和のバカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

地和の叫びに呼応したファンが一斉に押し寄せる。だから純一さんにも釘を刺されたけど華琳達相手に騒ぎはマズいんだってばぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!。だが俺の叫びも虚しく華琳達もノリノリで対応を始めていた。

 

 

「ふん。この曹孟徳に楯突こうなど、何という身の程知らず。春蘭、秋蘭。構わないから、やっておしまいっ!」

「はっ!」

「はっ!」

 

 

華琳の号令の下、その場に居た武将達は武器を構えて……ってヤバいって!?

俺が頭を抱えてどうしようと思った、その瞬間だった。

俺達の背後から円盤形の気弾が飛んできて、迫り来るファンの足元に突き刺さった。気弾は地面を抉り、俺達とファンの間に溝を作った。って……この気弾は、まさかっ!?

 

 

 

 

 

 

「随分な騒ぎだな……手伝ってやろうか?ただし真っ二つだぞ……」

「純一さんっ!?」

 

 

火の灯した煙管を吸いながら此方に歩み寄る純一さん。

着ているスーツは着崩れてワイシャツとスラックス。そして緩めたネクタイで怠そうにしていた。

そうか……仕事が終わったら来るって言ってたけど、そのまま来たんだな。

 

 

「急いで仕事を終わらせて……徹夜明けで来てみれば……なんだ、この騒ぎは?」

「あ……いや、その……」

 

 

純一さんの問いに答えられない。と言うか、眠たいのか目が座ってる純一さんが怖すぎる。

会場も水を打ったみたいに静かになっている。

 

 

「地和……盛り上がるのは結構だが騒ぎにはするなと言った筈だが?」

『あー……えっと……盛り上がって……つい』

 

 

地和もテンションが上がった状態だったから、やってしまったけど純一さんの登場で頭が冷えたのか、今はヤバいと本能的に感じてるみたいだ。さっきまでの勢いが完全に消えていた。

 

 

「つい……ね。ついで地和は国の王に暴徒をけしかけたのか?」

『あ、その……』

 

 

フゥーと紫煙を吐く純一さん。っと言うか純一さん……真島のお兄さんみたいです。

その雰囲気に華琳達も黙っちゃってるし。

 

 

「んだとコラッ!地和ちゃんに文句あるってか!?」

『あ、馬鹿!?』

 

 

その時だった。ファンの一人が純一さんに食って掛かったのだ。地和もマイク越しに叫ぶがファンの一人は既に純一さんに向かって走っている。

 

 

「悪い子には何が有ると思う?……拳骨だ」

 

 

そう言うと純一さんは腕をグルグルと回し始めた。え、何を……?

 

 

「舐めるな!」

「食らえ……必殺!」

 

 

純一さんの相手を馬鹿にした様な行為に殴り掛かろうとファンの一人が拳を振り上げた瞬間、純一さんも間合いを詰めた。

 

 

「ア~ンパーンチっ!」

「ぶふぁっ!?」

 

 

純一さんの拳が先にファンの顔に直撃し、ファンは10メートル程、吹っ飛ばされた。いや、でも、アンパンチってアンタ……

 

 

「さあ……次は誰かなぁ~?」

「な、舐めやがって……行くぞ!」

「「おうっ」」

『ああ、皆、ちょっと待って!?』

 

 

純一さんが再度、腕を回し始めるとファンの一部が又しても暴徒と成り始めて純一さんに襲いかかる。人数としては10人程度。先程の事もあってか大半のファンは頭を冷やした様だが一部はまだ頭が熱い様だ。

人和の制止も無視して暴動が始まってしまった。

 

 

「アンパーンチ!」

「ぐぶぁ!?」

「つ、強いぞ!?」

 

 

純一さんのアンパンチによって潰されていく一部の暴動達は兎も角、大半のファンは引き気味だ。

今までで一番上手くいってる技が、アンパンチってどうなんですか純一さん……

 

 

「うぅむ……見事な技だ、あんぱんち」

「何処がだ、ただ腕を回してから殴っているだけではないか」

 

 

純一さんと暴動の戦いを見ていた華雄の呟きに春蘭は疑問をぶつける。いや、疑問は俺もあるんだけど。

 

 

「あの技の恐ろしい所は腕を回すことにある。腕を回す事で、間合いを測りづらくなり、更に遠心力で加速された拳が射程圏内に入ったと同時に襲ってくる。何とも恐ろしい技だ」

「な、なんと……」

 

 

華雄の解説に驚く春蘭。華雄の解説は凄いけどあれは、ただのアンパンチだから!

その後、春蘭や霞達も暴動鎮圧に加わり、数え役満姉妹の大型ライブは中止……と言うか延期になった。暴動を鎮圧の後に純一さんがステージの上で地和を正座させて説教をする事態となったのだ。

 

勢いに任せて馬鹿な騒動を起こすなら二度と大型ライブはさせないと怒ったんだ。確かにそれを許したら黄巾の時と同じだからね。天和と人和は地和を止められなかった事を叱られてたけど。

その姉妹が説教をされる光景を見た、ファン達も熱くなるのは良いが周囲に迷惑をかけたら暴徒と変わらんと純一さんの一声で静まり反省していた。

 

全てが終わって、舞台袖に戻った純一さんはフラりとベンチに倒れて寝てしまった。純一さんも徹夜明けのテンションで少し変になってなんだな。

 

でも、あんな状況でも妙に上手く纏めるのは純一さんらしいかな?

 




『アンパンチ』
アンパンマンの一番有名な得意技であるパンチ。片腕を振り回して力を貯め、渾身のパンチを放つ。
その威力はバイキンマンの乗る円盤やバイキンメカを山の向こう側まで吹っ飛ばし、星にする程。


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第九十三話

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

数え役満姉妹の催しから数日。私は華琳様から命じられた仕事をこなしていた。そして、少し息抜きと城の中を散歩していたのだけど……

 

 

「どうした秋月!あんぱんちとやらを放って見せろ!」

「見切られると分かってる技を出すと思ったか?食らうが良い、太陽け……って熱っ!?」

 

 

中庭で華雄と模擬戦をしている秋月が居た。先日とは違う技を華雄に使おうとしたらしいが技を放とうとした瞬間、顔を押さえて踞る。

 

 

「くおぉぉぉぉぉぉぉぉ……顔が熱い!?」

「何をしようとしたんだ秋月?顔に向かって気を放てば当然だろう?」

 

 

華雄の発言から秋月は顔に気を集中しようとしたらしいけど、あれって完璧な自滅よね?

 

 

「こ、この技は太陽拳と言ってな……瞬間的に気を集中させて光を放って相手の目を眩ませる技なんだが……」

「それでか……ほら、大丈夫か?」

 

 

苦しんでいる秋月に華雄は用意していたのか、濡らした手拭いで秋月の顔を拭いていた。なんか……この間から距離が近いわよね。

 

 

 

◆◇

 

 

「純一さん、お茶をどうぞ」

「おお、ありがとう月」

 

 

月の淹れたお茶を嬉しそうに飲む秋月。月の顔が赤いのはアイツを意識してるからよね……

 

 

◆◇

 

 

「副長の言うてた頑丈な棍棒ってこんなんか?」

「お、流石だな」

 

 

秋月と真桜は新しい素材で作った棍棒の固さを確かめていた。

 

 

「でも、なんで棍棒なん?」

「警備隊の武装としては此方の方が適切かと思ってな。まあ、試作だし俺が試しに使ってみるか」

 

 

並んで武具の確認をする二人。

 

 

「ウチとしては……副長の下の棍棒を確かめたいんやけど」

「女の子がそんな事を口にするんじゃありません」

 

 

秋月は手にした棍棒で真桜の頭を叩く。叩かれた真桜も笑ってる。軽口で話し合えるのは通じ合ってるからって気がした。

 

 

◆◇

 

 

「うーむ……やっぱ勝てないか」

「ふふん、ねねに勝とうなんて10年早いのです!」

 

 

今度はねねを相手に囲碁をしてる。ねねは秋月の相手をしてやってるなんて、言ってたけど逆よね?秋月がねねの相手をしてる感じよね間違いなく。

 

 

◆◇

 

 

「秋月……買い物に出たら服屋の店主さんから『副長さんから頼まれた、服や衣装が出来ましたとお伝えください。その中の『あの服』なら貴女に似合いそうだ。もしかして貴女に着せる為に考案した服なんじゃないですか?』って言われたんだけど?」

「親父さんめ……でも確かに『アレ』は詠に似合いそうだ。服が届いたら着てくれないか?」

 

 

秋月は仁王立ちして睨んでいる詠にサラッと答える。

 

 

「ふ、ふーん。着て欲しいんだ……だったら僕の前で土下座でも……」

「お願いします」

「即座に実行するな!止めてってば……ああ、もう!頭を上げて!」

 

 

詠の強がった言葉に即座に土下座をした秋月。そんなに着て欲しい服とかあるのね……詠も悩む事無く土下座をした秋月に却って焦ってるわね。

 

 

◆◇

 

 

ここ数日、なんとなくアイツを見てたけど……仕事の合間に女の子と絡みすぎじゃないかしら……しかも私には何もしない癖に……

私は書庫で苛つきを抑えながら仕事をしていた。なんで私、こんなにイライラしてるのかしら……

 

 

「え、副長さんに?」

「そうなんですー。相談したら親身に相談に乗ってくれて……」

「流石、優しいわね」

 

 

書庫で仕事をしている文官達の話し声が聞こえる。そう……文官達にも手を出してるのね…。

私は不機嫌なまま、書庫から出る。イライラして仕事にならないわね。少し早いけど夕飯にしようかしら。

 

私が食堂に向かっていると向こうの通りに秋月が書類を抱えていた。私のこのイライラの全てをぶつけてやろうかと思ってアイツの所へ行こうとしたら死角になって気づかなかったけどアイツの隣に歩いてる人物が目に入る。

それは最近、魏に入った顔良だった。袁紹の所から離れてから生き生きとしてるのよね……ま、まさか秋月と…………

 

 

「斗詩も魏に慣れてきたみたいだな」

「はい、秋月さんのお陰ですよ」

 

 

いつの間に真名の交換したのよ……私はその事を問いただそうと歩み寄ろうとした。その瞬間だった。

 

 

「あ、あの……今晩、お食事ご一緒しませんか?」

 

 

え……?

 

 

「その……あんまり美味しくないかもしれないですけど……料理は得意な方なんです。だから……どうでしょう?」

「まあ、今日の夕飯も決めてなかったし……ご馳走になろうかな」

 

 

顔良の言葉に秋月は悩むそぶりを見せた後に承諾していた……

 

 

「やったぁ!じゃあ行きましょう!」

「おっと……焦らなくても良いって……」

 

 

顔良は秋月の答えが嬉しかったのか秋月の腕に抱き付いて共に歩いていく……もう、なによ!なによ!

私は文句の一つでも言ってやろうかと思ったけど……先程まであった苛つきは消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで……こんな……」

 

 

 

 

 

私は胸を抑えてその場に座り込んでしまう。

なんでこんなに苦しくて……寂しいのよ……




『太陽拳』
独特のポーズで頭部から気を放ち相手の目をくらませる。サングラス越しなら直視しても問題ない程度の光量と思われるが、逆に目で物を見る相手であれば相当の格上にも通用する地味に強力な技。 
使い勝手良いらしくコツを掴めば誰でも使用可能で天津飯以外にも複数の技の使い手が存在する。


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第九十四話

 

 

 

 

斗詩から夕食をご馳走になった次の日。俺は服屋に出向いていた。

 

 

「しっかし……まさかの出来上がりだ」

「頑張らせて頂きました」

 

 

先日、詠から服や衣装が出来上がったと聞いてはいたがここまでのクオリティで仕上げるとは……

 

 

「副長さんに頼まれていた特注は此方ですが……」

「うん、注文通りで何より。つーか完成度の高さに驚いてるよ」

 

 

詠に着せるつもりだった服とは別に新技開発の為に考案した服も出来上がっていたが、頼んだ通りに出来てる。明らかにこの時代の服じゃないのだが、そこは割愛。

服を受け取った後も話し込んでしまって、すっかり夕方になってしまったが俺は今日は非番なので問題ない。むしろ新しい衣装話で盛り上がりすぎたくらいだが。

 

城に戻った俺は栄華に服の報告をしていた。新作をいくつか見せたのだが目がキラキラしてる。確かに今回の服の出来は最高とも言えるからな。ついでを言えば一刀も驚くだろう……クククッ。

 

 

「そう言えば秋月さん?桂花に何かしましたか?」

「ん、桂花に?」

 

 

栄華は何かを思い出したかの様に俺に問いかけるが桂花になんかあったのか?

 

 

「ここ最近、様子が変だったので……秋月さんが何かしたのかと……」

「むしろ最近は桂花に何もしてねーよ。大将から新しい仕事を頼まれたって言ってたからな」

 

 

俺だって桂花と喋るのを我慢してるのに桂花に何かしたのかと思われるのは心外だ。

 

 

「なら良いのですが……」

 

 

ジト目で睨まれる。いや、俺ってどんだけ信用ないのよ。

悲しい思いもしながら俺は栄華と今後の街の経済の話をしてから部屋を後にした。そろそろ大将も行動を起こすって言ってたから忙しくなるな。

 

 

「………ちょっと」

「ん、桂花?」

 

 

夕飯を食べようかと食堂を目指していたら背後から声を掛けられる。振り返ると桂花が俺を睨んでいた。

 

 

「どうしたんだ桂……ぐぇ!?」

「……………」

 

 

桂花は無言のまま俺のネクタイを引っ張る。待った待った首が絞まるから!?

 

 

「お、おい桂花?」

「…………」

 

 

俺が話しかけても桂花は無言のまま、俺のネクタイを引きながらズンズンと歩いていく。なんかドナドナされる牛の気分なんだが

そんな事を思って到着したのは城の中にある桂花の部屋だった。

桂花は乱暴に部屋の戸を開けると中に入り、俺もそれに続いて部屋の戸を閉めた。そういや、桂花の部屋に入るの初めてか。って……なんか嗅ぎなれた臭いが……

 

 

「………ひっく」

「桂花……お前、酒飲んでるのか?」

 

 

そう。桂花の部屋の中には酒の臭いが充満していた。よく見れば机の上には酒瓶があるし。その事に驚いていると桂花が俺を寝台に突き飛ばした。

 

 

「あ、あの……桂花……さん?」

「…………」

 

 

ギシッと寝台が軋む音がした。俺が寝台に倒れた後に桂花も寝台の上に膝を乗せ、なんと俺に跨がってきた。

 

 

「どうしてくれんのよ……」

「……え?」

 

 

何事なのかと俺が狼狽えていると桂花が口を開いた。いや、いきなり恨み節を言われても。

 

 

「華琳様から仕事を貰ったのに……イライラすんのよ。アンタの顔がチラついて……集中できないのよ……」

「え……あの……」

 

 

いきなりの告白に驚く。いや、仕事で集中できないのが俺のせい?

 

 

「辛いのよ……アンタが他の娘達と話してるのを見ると……もっと……もっと私にも構いなさいよ!」

「………桂花」

 

 

俺はマジで驚いてる。桂花がポロポロと涙を流して本音を俺に語っているのだから。

 

 

「ごめん……桂花が大将から仕事を任されたのを知ってたから邪魔しないようにと思ってたんだが」

「駄目よ。許さない」

 

 

俺の謝罪に即答である。

 

 

「んじゃ……どうしたら良い?」

「あ、アンタを……今から襲うわ」

 

 

何を言うてるんですか、このネコミミ王佐の才は。コラコラ、ネクタイを緩めて脱がそうとするな!

 

 

「落ち着けよ桂花。桂花は酔ってんだからさ」

「あ、当たり前よ!酔ってなかったらアンタ相手にこんな事するわけないでしょ!全部、お酒のせいよ!」

 

 

え……なんかしっかりとした返事が来た。

 

 

「そうよ……お酒が私を狂わせてるのよ……」

 

 

口調もしっかりしてるし……もしかして桂花は、この行動の全てを酒のせいにしたいのか?

だとすれば色々と納得できる。今までの発言は酒で酔っていたから本心じゃないと言い張りたいのか……

その線が当たりかもな。桂花から酒の臭いはするが泥酔って感じじゃないし。

今も不安げな顔で俺を見てるから間違いはなさそうだ。

 

 

と……言うかですね……

 

 

「桂花……顔こっち……」

「え?……む……ちゅ……ん」

 

 

俺は桂花を引き寄せてキスをした。

桂花は驚いた様子で固まってしまい、されるがままだった。

 

 

「ぷぁ……ちょっと待って……」

「襲うと言っておいて口づけで驚くなよ」

 

 

桂花はされるがままだったが俺を押し退けて拒もうとしたが俺の言葉に恥ずかしそうに黙ってしまう。

………その姿が可愛すぎて俺の理性は完全にノックアウトされた。

 

 

「よっと……」

「え、きゃあっ!?」

 

 

俺は桂花の左手を掴んで自身の方に引き寄せる。それと同時に俺は桂花と入れ替わるように体を起こした。

これで桂花が寝台に背を預け、俺が上になる形となる。

 

 

「え、あ、その、ね……」

「…………」

 

 

体勢が入れ替わり、桂花には先程までの『酔った』と言った演出はもう無かった。

俺が黙っていた事に恐怖を覚え始めたのか何を言おうかも定まらない様だ。

 

 

「俺さ……色々と我慢してたのよ。この世界に来てから世話になった桂花や魏に来てから仲間になった娘達のも含めて理性でなんとか耐えてた……でもさ」

 

 

そう、この世界の娘達は色々と無防備だから。いや、狙っての行動もあったんだろうけどさ。

俺の言葉に桂花も聞き入っている。だから俺は耳元で囁いた。

 

 

「好きな娘にこんな事されて我慢なんか出来るかよ」

「~~~~っ!?」

 

 

その言葉に桂花の顔は酒以外の理由で一瞬で真っ赤になった。

俺はもう止まる事は出来ない。

此処から先は大人の時間だ。

 

 



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第九十五話

 

 

 

 

桂花との熱い夜を過ごした次の日。

 

 

「…………夢オチってのは無かったか」

 

 

俺は行為に及んだ後に桂花の部屋でそのまま寝た。と言うか、お互いに力尽きて寝てしまったと言うか。

今までのパターンから邪魔が入ったり、桂花が嫌がったりしたりとしてきたが、そんな事もなく。

 

 

「スー……スー……」

 

 

俺の隣で寝ている桂花。昨日は無茶させ過ぎたな。

さて、この後様々な問題が山積みな訳だ。

 

まず一つ目。この後の桂花との関係だ。

昨夜の桂花は酒を飲んでいた。更に桂花は酔った勢いでの行動だと言い張っていた。つまり今回の事を無かった事にされそうなのだ。やっと本懐を遂げたのでこれは勘弁だ。

 

そして二つ目。荀家の事だ。

荀緄さんと顔不さんに桂花との事を頼まれていたのだが、こんな意味の頼まれ事じゃ無かろう。むしろ娘を傷物にしたとか言われかねん。荀緄さんがグッジョブしてる絵が頭の中に流れたが何故だろう。

 

最後に三つ目。ぶっちゃけ大将の事だ。

今回の一件。仮に黙っていたとしても全てを見通されてる可能性がある。

 

『私の可愛い桂花を傷物にしたのよ。覚悟は出来てるわよね?』

 

ヤバい。一番リアルに想像できた。

だが落ち着け俺。COOLだ、COOLになるのだ。

こういう時こそ落ち着いて行動しなければ……

 

 

「桂花、秋月が昨日の夜から姿が見えんのだが何かしらな……」

「あ……」

 

 

俺が今後の事を考えていた所で華雄が桂花の部屋に来た。俺も桂花も裸で寝台に揃って寝ていたバッチリ見られた。

 

 

「な、なななっ!?なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「何よ……うるさい……あ……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「…………こう来たか」

 

 

華雄の声に桂花が目覚めた。目覚めてから寝ぼけていた桂花だが目が覚めたと同時に状況を理解して悲鳴を上げた。

俺はと言えば、この後の展開を考えて頭を痛めていた。

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「で、申し開きはあるかしら?」

「いや、この状況に疑問はあるんだが」

 

 

何故か玉座の間がお白州みたいになってんだけど。

春蘭と秋蘭が刀持ちの武将みたいになってるし。

俺はと言えばワイシャツとスラックスを着た後にお白州で正座していた。

 

 

「……言い残す事はそれだけかしら?」

「お奉行様。流石に乱暴すぎますな」

 

 

大将は絶を取り出して俺の首を刈ろうとしたが俺は真剣白羽取りでなんとか受け止める。

 

 

「あら私の桂花を傷物にしたのよ。首を切られる程度で済むなら御の字でしょ」

「本懐を遂げた次の日に死んでたまるかよ……流石に抵抗するわ!」

 

 

俺は大将の絶を弾き返すと気を体に込める。それに対して春蘭が構えるが上等!

 

 

「ほぅ……ならば華琳様に代わり私が相手を務めよう」

「今の俺は阿修羅すら凌駕する存在だ」

 

 

剣を構える春蘭に俺は気を込めて相対する。

 

 

「ほう……後悔するなよ?」

「後悔なんかするかよ。じゃなきゃ惚れた女を抱くわきゃないだろ」

 

 

春蘭から本気の闘気を感じる……だからと言って今から退けるか!

 

 

「そ、ならいいわ」

「「へ?」」

 

 

いざ戦いが始まる瞬間に大将から許しが出た。何故に!?

 

 

「か、華琳様!?」

「純一が不純な動機だったり桂花を抱いた事に後悔しているようなら許さなかったわよ。でも春蘭と戦おうとした気概や今の言葉を聞けば十分よ」

「大将……」

 

 

大将の言葉に俺も春蘭も驚いていた。まさか大将からアッサリとお許しが出るなんて。

 

 

「し、しかし華琳様!」

「姉者、華琳様がお許しになられたんだ。我等が意見するべきではない」

「む……むぅ……」

 

 

戦いが中断された事に春蘭は不満を言おうとしていたが秋蘭に咎められて剣を納めた。いや、俺も驚いてんだけど。

 

 

「純一もお咎め無しよ。朝風呂にでも行ってくれば?」

 

 

大将はそう言うと玉座の間から出ていってしまう。いや、今の一連の流れはなんだったの?

 

 

「華琳様は最初から咎める気は無かったのだろう。秋月の気持ちを確認しときたかったんだろうさ」

「成る程、流石は華琳様だ。秋月、華琳様に感謝しろよ」

 

 

秋蘭も春蘭も大将に続いて出ていってしまう。そういや、秋蘭は慌てた様子もなかったし、大将の考えをわかってたのかな。春蘭はわかってなかったみたいだけど。

大将からの咎めがないなら心配事の半分は解消されたもんだな……安心したし、風呂行こ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あんた……」

「あー……また、このパターンか」

 

 

風呂場に来た俺を迎えたのは五右衛門風呂に入ろうとしている裸の桂花。

俺は桂花から手桶が飛んでくると思って目を瞑ったのだが、いつまで経っても手桶が飛んでこない。

妙だと思って目を開けたら其処には少し不満そうに五右衛門風呂に入る桂花の姿。

 

 

「………何、ボーっとしてんのよ。入ったら?」

「え、あ……ああ」

 

 

手桶を投げないどころか、一緒に風呂の提案までしてくれた。

俺は戸惑いながらも桂花と風呂に入る事にした。



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第九十六話

 

 

 

狭い五右衛門風呂に俺と桂花は一緒に入っていた。

俺が胡座をかいて座り、その上に俺に背を向ける形で桂花が乗るのだが……昨日の今日でこんな事をされると流石に……また理性が飛びそうになるっての。かと言って止める気はサラサラ無いが。

 

 

「……何、盛ってるのよ。これだから種馬は……」

「俺が種馬なら桂花は肌馬……ぶっ!?」

 

 

桂花の発言に反論したら頭突きが来た。超痛い。

 

 

「次、肌馬って言ったら殺すわよ」

「はいはい……っと」

 

 

んじゃ、盛りのついた雌猫……と言おうかと思ったけど止めた。二発目の頭突きが来そうだったから。

 

 

「ねぇ……前に言ってた愛美ってどんな娘だったの?」

「………急にどうした?」

 

 

何故このタイミングで愛美の事を聞くかなコイツは……

 

 

「教えて……お願い」

「………愛美は俺の大学の後輩だった」

 

 

抗議しようかと思ったけど桂花の真剣な眼差しに、この質問に意味があると思って俺は真面目に答えた。

 

 

「大学って前に北郷が話してた学校って奴?」

「一刀が行っていた所とはまた少し違うけどな。それぞれの分野を選考して学ぶ所かな。そんで愛美は俺の一つ下の娘だった」

 

 

同じサークルに居たって言っても分からんだろうからそこは割愛。

 

 

「そんで……2年くらいかな付き合ってたのは……俺の卒業間近に別れてな」

 

 

思い出してると段々辛くなってくるな……

 

 

「振ったの?」

「振られたの……愛美曰く、俺は運命の相手じゃないんだと……」

 

 

思い出したら凹んできた。桂花の柔肌に癒されよう……軽く抱き締めたら抵抗しなかった。驚きながらも素直に堪能する。

 

 

「運命の……って何よそれ」

「なんでも……夢を見たそうだ。その夢の中で、ある人とまた出会う約束をしたんだと。そして俺はその相手じゃないんだとさ」

 

 

当時の事を思い出すと中々に泣けてくる。桂花の胸の辺りに手を伸ばしたら抓られた。

 

 

「随分勝手な話なのね……アンタは納得したの?」

「しなかったさ……でも真面目な娘でそんな事を言い出す奴じゃなかったから本気なんだと感じてさ。魏の軍勢だと……凪に近い感じかな」

 

 

そう愛美は凪みたいに真面目な塊みたいな娘だった。それだけに真剣な思いだったと気付いて別れを受け入れたんだ。

 

 

「……最後の……質問なんだけど……」

「なんだ?」

 

 

桂花が少し俯いて最後の質問をすると言ってくる。これ以上何を話せと?

 

 

「その……愛美って娘と肉体的な関係はあったの?」

「…………」

 

 

これはいったいなんの拷問ですか?前の彼女の事を根掘り聞かれたと思えば、その手の関係まで聞かれたよ。

 

 

「………あったよ」

「………そう」

 

 

俺の答えにチャプンとお湯に顔を沈める桂花。いや、話をしてキツいのは俺なんだが。何が悲しくて今、好きな娘の前で前の彼女の話をせにゃならんのだ。

 

 

「私はもう行くわ。昨日仕事に集中できなかったから今日は仕事しなきゃだから」

「ああ……そう」

 

 

なんとも昨日関係を持ったってのにドライだねぇ。マジで無かった事にされたか?

 

 

「……ねぇ」

「ん、どうし……む」

 

 

五右衛門風呂から出ようとした桂花だが突然振り返ったかと思えば俺にキスしてきた。俺の肩に手を置いて抱き締めるように。

 

 

「ん……んちゅ……」

「……ん……は……」

 

 

 

なんとも情熱的に舌を絡めるキス。キスが終わって離れると俺と桂花の唇から銀の一筋の橋が出来上がったが直ぐにプツンと切れた。

 

 

「あ、あの……桂花?」

「あ、アンタは初めてじゃなかったかもだけど私は初めてだったの。で、でもアンタがこの世界に来てからの初めては私なんだからね!」

 

 

早口言葉で捲し立てる桂花に俺はやっと理解した。桂花は今までの俺を知らないから知ろうとした。聞くのも辛いだろう事をちゃんと口に出して質問した。今までの桂花じゃ考えられない。

今までの桂花なら天の邪鬼で聞こうともせずに拗ねるだけだったんだろうけど……一晩で素直になったもんだ。

 

 

「そ、それと……仕事が終わったらアンタの部屋に行くから……」

 

 

そう告げると脱衣所にダッシュ……と言うか脱兎した桂花。

最後の一言……お前は俺を萌え殺す気か。



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第九十七話

◆◇side桂花◆◇

 

 

風呂場を後にした私は書庫へと向かい、仕事に没頭していた。昨日、出来なかった分を今日やらないと華琳様に報告できないからね。

昨日、集中できなかったのが嘘のように私は筆を走らせていた。むしろ此処までスラスラと進むと私自身驚いている。

 

 

「仕事は捗っている様ね」

「か、華琳様!?」

 

 

私が仕事を進めていると書庫に華琳様が居らした。書庫の文官達も慌てている。

 

 

「ああ、他の皆は仕事を続けて。私は桂花と話をしにきただけだから」

「「御意」」

 

 

華琳様の一声で文官達は仕事に戻る。華琳様が私に話……この瞬間思い付くのは昨日片付けられなかった仕事の事と……昨日の秋月との事。

 

 

「桂花……昨日の事なんだけど?」

「は、はい……」

 

 

ニコニコと歩み寄る華琳様。華琳様のこの時の目は私を可愛がってくださる時の目。でも今の私には少し嫌な予感のする物だった。

 

 

「純一と閨を共にしたそうね?」

「……………はい」

 

 

 

華琳様が私を後ろから、優しく抱き締めてくださった。

いつもの様に優しく、甘い包容。昨日、今日と秋月も私を抱き締めたけど雲泥ね。ったく……アイツももっと私を労りなさいよね。

 

 

 

「ふふっ……妬けるわね桂花。私の包容最中に『誰』の事を思い浮かべたの?」

「か、華琳様!?私は別に秋月の事なんか……」

 

 

私は華琳様のお言葉にハッとなる。華琳様に包容していただいてるのに他の事を考えるなんて、ましてや秋月の事を……

 

 

「あら桂花?私は『誰』と言ったのよ。純一とは言ってないのよ?」

「は、はぅ……華琳様ぁ~」

 

 

華琳様は待ってましたと言わんばかりの対応……い、いけない。このままでは……

 

 

「ねぇ……桂花?」

「は……はい」

 

 

華琳様は私の包容を解くと私の前に回る。

 

 

「純一は貴女を抱いた事を後悔してないそうよ。しかも、純一が貴女を抱いた事を咎めようとしたら抵抗したわ。春蘭と戦おうとする覚悟まで見せてね。愛されてるわね」

「~~~~~っ!?」

 

 

華琳様のお言葉に顔が熱くなるのがわかる。頬が緩むのを感じる。ヤバい……嬉しい、嬉しすぎる。これって、もしかして……私が秋月にベタ惚れ……

 

 

「まったく……男嫌いの桂花を雌猫にしてしまうなんて、やり手ね純一は」

「か、華琳様~」

 

 

私の態度にやれやれと肩を竦めてしまう。

 

 

「あら、でも……そんな雌猫の桂花と純一を一緒に可愛がるのも面白いわね。桂花、想像してみなさい?」

「か、華琳様と秋月と……」

 

 

私は想像した。二人揃って私を……ああ、いけません華琳様!秋月も……そんな……

 

 

「………ふみゅう」

「あ、ちょっと桂花!?」

 

 

その光景を想像していたら頭が熱くボーッとなって私の意識は遠のいた。

 

この後、目覚めた時。既に夜遅くになってしまい、華琳様から今日はしっかり休むようにと言いつけられ、私は秋月の部屋には行けなかった……クスン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side華琳◆◇

 

 

「………ふみゅう」

「あ、ちょっと桂花!?」

 

 

私が想像してみなさいと言ってから桂花はブツブツと妄想をしたのか最後には湯気が出そうな程に顔を赤くしてから目を回して倒れてしまった。私は慌てて桂花を抱き抱える。

 

流石に予想外だったわね。桂花が純一にベタ惚れだとは思ったけど、ここまでなんて。

 

 

「曹操様、荀彧様は……」

「日頃の疲れが出たようね……休ませるから、貴女達に仕事を任せても良いかしら?」

「ハッ!お任せください!」

 

 

心配そうに桂花の事を見にきた文官達。

私の言葉に元気よく返事をしてくれた。慕われているのね

 

 

「それにしても……」

 

 

未だに私の膝で気を失っている桂花。とりあえず夜は純一と約束でもしてるだろうから断らせないと駄目ね。

 



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第九十八話

 

 

 

朝風呂にも入り、仕事の後の希望もあるかと思うと仕事にもやる気が出る。さ、頑張って街の警邏に行こうか。

 

 

「副長、荀彧様を抱いたって本当ですか!?」「副長、遂に本気を出したって?」「流石、種馬兄。本領発揮ですか?」「他の娘も待ってますよ副長!」

 

 

集合場所に言ったら次々に囃し立てる警備隊の諸君。

もう、コイツ等ったらー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※暫くお待ちください

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……何処で聞いた、その話?」

「副長……溜め無しで気功波を放ちましたね……」

 

 

俺の手加減抜きの気功波を食らった警備隊の皆さんは大半が地に伏している。凪のツッコミも聞き流したくなる状態だ。

 

 

「もう城内の噂なのー」

「朝から華雄が騒いで、春蘭が驚いて大声を上げたから一気に噂が広まりましたね」

「あの時か……」

 

 

沙和と一刀の言葉に納得した。そういや、朝目撃ドキュンされたのは華雄だった。そこから一気に噂が広まるとは迂闊だった。

 

 

「うぅ~……貧乳か!やっぱ副長は貧乳好きなんか~っ!?」

「お前はお前で妙な事を叫ぶな!」

 

 

話に加わらなかった真桜が叫んだ。この状況でそんな事を叫ぶな阿呆!

 

 

「だ、だって~……一番、脈の無さそうやった桂花が一番乗りしてまうんやもん……」

「うっ……」

 

 

真桜の言葉に俺も言い淀んでしまう。確かに今まで月や詠、華雄、真桜、斗詩からアプローチを受けていた。そんな中で口喧嘩……と言うか一方的に罵倒されていた桂花と一足飛びで関係を持てばそうもなるか。いや、でも俺が貧乳好きと噂を広められるのは困るんだが。

 

 

「しっかし荀彧様とはなぁ……」「賭けは俺の勝ちだな」「配分どうだったっけ?」

 

 

なんて思っていたら俺の気功波で倒れていた警備隊の皆さんが起き上がってくる。コイツ等……俺でトトカルチョしてやがったな。とりあえず警邏が終わったら、もう一発叩き込んでおくか。

 

 

「ったく……」

「でもこれだけ噂になるのは純一さんが慕われてるからですよ」

 

 

俺の溜め息に一刀が慰めるような口調で話しかけるが、それはお前も同じだからな?

この後、警邏に出た後も落ち着かなかった。桂花の言葉が頭の中でリフレインする。

 

『そ、それと……仕事が終わったらアンタの部屋に行くから……』

 

超インパクトがある。なんて言うか……シンプルな分、破壊力が半端無い。

 

なーんて、思ってたんだけど。

 

 

 

「桂花だけど、今日は部屋には行かない……と言うか行かせないわよ」

「…………はい?」

 

 

仕事が終わって食堂で飯を食っていたのだが大将からそんな事を言われた。桂花が来ないのは一先ず、置くとしても何故、大将がそれを知ってるの?

 

 

「桂花だけど……私が少し、弄ったら倒れちゃったのよ。本当に……昨日何があったのかしらね?」

「いや……その……」

 

 

大将の睨みにダラダラと冷や汗が流れる。

 

 

「まったく……私と寝たときでも見た事無い顔してたわよ」

「すいません……もう勘弁」

 

 

大将の言葉に追い詰められてるのもあるけど桂花が来ない事がダメージデカいわ。

 

 

「………桂花を可愛がるのも結構だけど、他の娘達も気に掛けなさい」

「……ああ、わかってるよ」

 

 

大将の言葉が妙にズシンと響いた。俺は桂花と関係を持ったが他の娘達も気に掛けてくれていた。それに気づかない程、鈍感じゃない。

 

 

「アナタや一刀の居た所じゃ一人を愛するのが当たり前みたいだけど……アナタが本気で彼女達を思うのなら彼女達とちゃんと向き合いなさい」

「………了解ですよ」

 

 

本当に全部、お見通しなんだな。つーか、国のトップからお許しが出るとか……

 

 

「頑張りなさい種馬兄。弟を見習いなさい」

「持ち上げてから落とすなや」

 

 

種馬云々は兎も角、月達とも向き合う……か。

ん……?と言うか、大将の口ぶりからすると一刀の女絡みは全部把握してるって事か?

 

あんま考えんとこ……考えるなら月達との事だな。

俺はそんな事を思いながら冷めた夕食をかっ込んだ。



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第九十九話

 

 

 

 

 

「どうした秋月……お前の力はこんなものか?」

「………弱い」

「ぐ……がはっ……」

 

 

倒れた俺を見下しながら告げる華雄と恋。

何故、こんな事になったのだろう……俺は地に伏しながら、そんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

◆◇一時間程前◆◇

 

 

「うりゃあ!」

「よっと……」

 

 

大河の拳を受け流すと俺はそのまま腕を取り、勢いをそのまま利用して投げ飛ばす。

大河も流石に身軽なので軽々と体を捻り、衝撃を殺しながら着地した。

 

 

「ふー……少し休憩にするか」

「押忍!」

 

 

俺と大河は朝から鍛練をしていた。桂花の事があって数日気の抜けた生活をしてしまったが体に喝を入れなければならないと思って気合いの入れた組手をしていた。

そして朝から鍛練をして居たので、ちょっと一息。流石に疲れた。

 

 

「良い気合いだな秋月。私も混ぜてもらおうか」

「え……華雄……?」

 

 

背後から掛けられた声に振り返ると華雄が自身の武器を持って立っていた。若干、殺気だっている気もするが。

 

 

「あ、あの……華雄?」

「細かい話は無しだ……」

 

 

妙な雰囲気に俺は嫌な予感がしたから、まずは話をしようと思ったのだが華雄は大斧をグッと強く握りしめて振りかぶった。

 

 

「私と……戦え!」

「危なっ!?」

 

 

真っ直ぐに振り下ろされた大斧は俺が立っていた位置に突き刺さる。咄嗟に飛び退いたけど、飛び退かなかったら只じゃ済まなかっただろう。

 

 

「か、華雄!ちょっと待て!?」

「問答無用だぁ!」

 

 

迫り来る大斧の連撃をなんとか避けているが当たるのも時間の問題。そして今の華雄は話が通じない。

この二点は間違い無さそうだ。キレた春蘭と同じだな。

多分だけど俺と桂花絡みの事なんだろうなぁ……

 

 

「ちっ……話を聞くにも華雄の頭を冷やさないとか」

 

 

俺は覚悟を決めると手に気を込める。

 

 

「か…め…は…め……」

 

 

かめはめ波を撃とうとしたその時だった。ゾクッと背後に寒気走り、振り返るとそこには華雄と同じく武器を構えた恋の姿が……

 

 

「波っ!」

 

 

俺はかめはめ波を恋の足元に向けて放ち、その反動で飛んだ。これぞ緊急離脱かめはめ波!

と……飛んだところまでは良かったのだが、この後、壁に激突して頭を打った。超痛い。

 

 

「ふむ……お前も来たか恋」

「うん……恋もやる」

 

 

多分、恋のやるは「(鍛練を)やる」の意味だったんだろうけど俺には「殺る」に聞こえたのは気のせいかしら。

 

 

「秋月……許さない」

 

 

あ、これは「殺る」の方だわ。じゃなくて!

 

 

「あ、あの………恋?なんで、そんなやる気に?」

「月と詠、ねね……元気無かった」

 

 

俺の質問に恋は答えてくれた。少し言葉が足りない気もするが……ん、月達が元気無い?

 

 

「えーっと……その原因が俺?」

「……」

 

 

コクリと頷く恋。

 

 

「少し前から元気が無かった。他の人に聞いたら秋月と桂花が原因って城の皆が言っていた」

「………あー」

 

 

なんとなくだが話の輪郭は掴めてきた。つまり、俺と桂花が関係を持った事で月達は少なからずショックを受けた。そしてその事を元気つけたいと思った恋は原因を探し、答えが俺だと行き着いた……と。

そして城の皆とは兵士や文官、侍女達に訪ねたのだろうが、彼等もまさか、こんな結果になるとは思わず、恐らくボカした言い方をしたのだろうが、恋は言葉そのままに受け取った。その結果が『秋月をボコボコにする』と言ったところか?

んで、その流れで行くと……華雄の方は噂とかじゃなくて直接、俺と桂花の寝ているところを見てた訳だから誤解とかじゃなくて本気で来てた訳だ。

変な話、自分で撒いた種が原因とも言えるか……大将の言葉が重く、のし掛かる。

 

 

『桂花を可愛がるのも結構だけど、他の娘達も気に掛けなさい』

『アナタや一刀の居た所じゃ一人を愛するのが当たり前みたいだけど……アナタが本気で彼女達を思うのなら彼女達とちゃんと向き合いなさい』

 

 

そっか……そうだよな。桂花との事で浮かれてたけど月達と向き合わなきゃならなかった。

その対応が遅れたから、この状況な訳で。なら自分のケツは自分で拭かなきゃだな。

 

 

「華雄……恋……来い!」

「ほぅ?」

「……行く」

 

 

先ずは二人との対話が必要だが今は話が通じないだろうし、ガス抜きも兼ねて俺が相手をせねば。俺は意を決して華雄と恋に構えをとる。二人は俺が戦う姿勢を見せたと同時に武器を構えた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

そして今に至る。一対一でも勝てないの一対二なんて勝てる訳ねー。しかも、華雄も恋もいつもより強かった気がする。

 

 

「ま、まだ……だ」

 

 

俺は立ち上がり、気を両手に込めて手を合わせる。満身創痍でこの技は危険だが……やるしかない。

 

 

「お、おい……秋月?私もやり過ぎたが……これ以上は……」

 

 

頭が冷え始めた華雄が慌て始めたが、俺にも意地がある。そしてこれは俺の贖罪でもあるから少しは痛い思いをしなければとも思う。

 

 

「食らえ、万国吃驚掌!」

「っ!」

 

 

そうこれぞ亀仙人の奥義、万国吃驚掌。本来は体の中の静電気とかを集めるが俺は気で代用する。俺は気を常に放出し、敵にダメージを与え続ける。気の消費とコントロールが難しく、放つ側が失敗すると自身にダメージが返ってくるが……俺は恋に向けて万国吃驚掌を放った。これで少しは……

 

 

「えいっ」

「…………えぇー」

 

 

なんと恋は俺の万国吃驚掌を体を振るっただけで振り払った。俺の技が未熟なのか恋が規格外なのか……まぁ……両方か……

 

 

「秋月?……秋月!?」

「し、師匠ー!?」

 

 

 

俺の前で小首を可愛らしく傾げる恋。それを見ながら俺は意識が遠退いていった。それと同時に聞こえてきたのは心配する様な声で俺の名を呼ぶ華雄と大河の声だった。

あれ、そういや途中から姿が見えなかったけど、大河は何処に居たんだろうか?

 




『逆かめはめ波/離脱かめはめ波』
かめはめ波を相手に向けるのではなく反対に放ち、その反動を利用する技。攻撃手段としては体当たり。回避としては敵の攻撃を避ける・天下一武道会で場外敗けを防ぐ為に使用された。

『万国吃驚掌』
亀仙人の持つ技の中で対人に優れた技。体内に流れる微量な電流を互いに合わせた手の平に集中させ、腕を突き出すと共に放射する。被弾した相手は空中に浮遊させられることによって四肢の自由を奪われ、やがては感電死してしまうという、非常に危険な技。


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第百話

 

 

 

 

 

『ごめんなさい……ごめんなさい先輩……』

 

 

……そんなに謝るなよ。

 

 

『だって……私のわがままで……』

 

 

愛美の思うようにすればいいさ。

 

 

『はい……さようなら……先輩』

 

 

ああ……じゃあな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……あ……?」

 

 

目を開ければ見慣れた天井。痛む体は俺の思う通りには動いてくれず、ただ全身に痛みが走っただけで終わった。

ああ、久々にやっちまったな……まあ、華雄と恋の悪魔超人コンビと戦えばこうもなるか。

 

 

「すー……すー……」

「…………桂花?」

 

 

静かに聞こえた寝息に首を動かせば俺が寝ている寝台に上半身を預けて眠る桂花の姿。壁を背に寄り添う様に月と詠が眠り、ねねが月の膝を枕に寝ていた。真桜は椅子に座ったまま、船を漕いで寝ている。

 

 

「皆……集まってたのか?」

「秋月さんが倒れたと聞いてから皆、大慌てだったんですよ?」

 

 

俺の呟きに来る筈の無い返事が返ってきた事に驚いて視線を移せば、そこには水を溜めた手桶に浸した手拭いを絞る斗詩の姿が。

 

 

「斗詩……」

「シーッ静かに。皆さん、漸く寝た所なので……」

 

 

俺が斗詩の名を呼んだら怒られた。漸く寝た……あ、窓の外を見ると真っ暗……どんだけ寝てたんだか。あれ……そう言えば……

 

 

「華雄さんと恋ちゃんは華琳様が罰を与えましたよ。『いくらなんでも、やり過ぎよ。暫くの間、罰を受けなさい』って言ってました」

「………そっか」

 

 

斗詩は俺が知りたかった事を先読みして教えてくれた。いや、もしかしたら大将が予想して斗詩に言っといたのかも知れんが。

 

 

「華雄さんも……きっとどうして良いか分からなくなったんだと思います。好きな人に気持ちを打ち明けられず……その中で好きな人が他の人と一緒になったから……華雄さんはこれが初恋だと言っていましたから……」

「どうしたら良いか分からなくなったからって……」

 

 

斗詩の言葉にタラリと汗を流した。どうしたら良いか分からなくなって頭がオーバーヒートを起こして、暴走……うん、せめてもの救いは対象が桂花じゃなくて俺だった事かな。うん。

 

 

「大河君は秋月さんが華雄さんと恋ちゃんが戦ってる事を知らせに来てくれたんですよ。朝議の最中にバタバタと走り込んで来ました」

「そっか……あの時、大河が居なかったのは助けを呼びに行ってくれたのか」

 

 

ナイス判断だ大河。仮に一緒に戦っていたら屍が一つ増えて終わりになっていた。

 

 

「その後、皆で現場に駆けつけたら……ちょうど秋月さんが倒れた所でした」

「ああ……体力の限界と気が枯渇して倒れた辺りか」

 

 

最後に華雄の声と大河の声だけは聞こえていた。つまり丁度、その時に大河が大将達を連れてきたのだろう。

 

 

「…………秋月さん。もう無茶はしないでください」

「俺はしたくないんだけど、向こうから来るからさ……」

 

 

少なくとも俺から喧嘩を売った覚えはない。今回は潔く買っちまった気もするが。

 

 

「皆、心配してたんですよ」

「それは……この惨状を見ると分かるかな」

 

 

斗詩の言葉に苦笑いな俺。回りを見渡せば桂花や月達が俺を心配してくれたのは、よく分かる。

 

 

「勿論、私も心配してましたからね」

「う……すまん」

 

 

顔を近づけて念を押す斗詩。睨んでるつもりかもだけど可愛いなぁおい。

 

 

「目が覚めたばかりでしょうけど……もう一度寝ておいた方が良いですよ。明日から私と大河君と華雄さんで秋月さんの仕事を手伝いますけど忙しくなりそうですから」

「え……忙しく?」

 

 

何故に忙しくなると?

 

 

「秋月さんは知らなくて当然です。今朝の会議で決まった事ですから」

「あはは……俺が寝てる間に決まった事なのね」

 

 

そりゃ知らなくて当然か。

 

 

「だとすれば……明日から手伝ってもらうのに、こんな遅くまで看病させちまってゴメンな」

「いいんですよ私が好きでしてる事ですし……それに」

 

 

俺の謝罪を斗詩は笑顔で返してくれた。本当に頭が下がる。

 

 

「私も……諦めてませんから」

「っ!」

 

 

斗詩はフワリと顔を近づけると、ほんの少し触れる程度のキスをしてくれた。

 

 

「今は皆が寝てるから……少しだけ役得です」

 

 

斗詩は嬉しそうに笑うと、そのまま部屋を出ていく。まったく……敵わないな。この世界の女の子達は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

「今は皆が寝てるから……少しだけ役得です」

 

 

何が役得よ、他の皆は寝てるけど私は起きてるわよ!

私は秋月の寝台で寝てたんだから、そこで話せば私は目が覚めるに決まってるでしょ!

ああ、もう……起きる間を逃したわ……

 



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第百一話

 

 

 

華雄&恋のタッグにボコボコにされた次の日。

俺、完全復活!

 

一晩寝たら回復した。いや、傷はまだまだ痛むけど体力はすっかり回復した。やっぱ寝るのが一番か。

因にだが目覚めたら誰もいなかった。

俺が目覚めるよりも早く、皆は起きたらしく昨日、斗詩が言っていた『忙しくなる』に関連してるのだろう。

机の上には書き置きが残してあり、目が覚めたら大将の所へ行くようにとのお達しだった。書き置きの端には『心配させるな馬鹿!』と恐らく桂花の書き置きも残されていた。

 

 

「心配させてばっかりだもんなぁ……」

 

 

俺は寝巻きからスーツに着替えながらボヤいた。なんつーか……頑張ってトレーニングしてるけど成果が見えないのがツラい。

こうなったらやってみるか地獄のトレーニングを……毎日腕立て100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10kmこれだけやれば強く……止めた。なんかハゲそうだ。

 

キュッとネクタイを絞めて大将の下へ。なんかお小言も言われるだろうなぁ確実に。

 

 

「ふ、副長!?もう起きても大丈夫なのですか!?」

「あ、おはよう凪。歩ける程度には回復したよ」

 

 

仕事中なのか書類を抱えた凪と出会う。ちゃんと書類仕事もしていてエラいわ凪。是非とも真桜と沙和にも見習ってほしい。まあ、そんなこんなで凪と共に歩いていると疑問が凪から飛んできた。

 

 

「あの……副長。華雄さんから話を聞いたのですがまた新技を使ったとか……」

「ああ……今回使ったのは万国吃驚掌って技なんだけど……」

 

 

華雄から俺の新技を聞いて同じ気の使い手として気になった凪は技の概要を知りたかったらしい。俺は技の名と効果と俺が失敗した……と言うか恋に通じなかった事を話した。……話したのだが凪は信じられないものを見る目で俺を見た後に深く溜め息を吐いた。

 

 

「副長……本当にどうして、そんなに出鱈目なんですか……」

「え……俺、ディスられた?」

 

 

なんか凪にとてつもなく馬鹿にされた。解せぬ。

 

 

「良いですか副長。以前にも話しましたけど気の使い手には段階があります。『気の発動』『気の掌握』『気の放出』と」

 

 

それは覚えてる。基礎を顔不さんに学んだ時にも言われた事だ。

 

 

「気の発動は言うまでもなく気を使える者。気の掌握は気を操る事で拳や武器に気を纏わせたり身体能力を上げる事が出来る者。そして気の放出は気を体外に放ち攻撃、または気功で傷を癒す事なのですが……副長は順番がバラバラなんです」

 

 

ハァ……と溜め息が止まらない凪。俺ってそんなにダメなのか?

 

 

「今回の件にしても副長が万国吃驚掌を放つ前に自身の気を体内で練り上げてから撃つべきでした。にも関わらず副長は体力の無い状態で技を半端に完成させた……もう異常ですよ」

「そんなにか?」

 

 

俺はギリギリいっぱいの状態だったからそこまで考えが回らなかったんだが。

 

 

「……その状態なら技が発動する前に倒れてますよ。それに今回は副長も早々と回復してますし」

「そっか……技が恋に通じなかったのは出力が単に足りなかったからか……」

 

 

俺が凪の言葉に納得……ん、早々と回復して?

 

 

「言われてみれば……今回は一晩で体力が戻った?」

「副長も最初の頃は寝込んだりしてましたよね?それも3日間も。でも今回は一晩で回復されてます。私でもあそこまで気を使ったのなら一晩で回復は無理ですよ」

 

 

凪の言葉にハッとなる。言われてみれば寝込む機会が多かった俺だけど倒れて寝込む度に俺の寝込む時間は少なくなっていた。もしかして……俺って自分が思っているよりも強くなってるのか?

 

 

「後は……副長のお相手が強すぎるのも問題ですね」

 

 

考え事をしていた俺に凪の言葉が耳に入って俺はピタリと動きを止めた。

俺の今までの戦績。

『VS野盗』

『VS顔不』

『VS黄巾党』

『VSクマ』

『VS胡軫』

『VS恋』

『VS大河』

『VS華雄&恋』

 

 

大半が格上じゃねーか。しかも、これ等の間に新技開発で自滅してるのも含めると倒れて寝てる期間も多い訳だ。

なんか無駄にタフネスになった気分だ。

 

 

「ん……でもだったら何で俺の気は枯渇しやすいんだ?鍛えられてる割りには倒れてる率が高い気が……」

「それは副長が慣れない技を使うからです。普段でも慣れないことをすれば疲れますよね。気を使う事柄は通常の数倍は消耗が激しくなる筈です。しかも副長が気を使い始めたのが最近なら尚の事です」

 

 

あー……段々原因が判明してきた。つまりは俺の気はまだ発展途上なのに俺が様々な技を試したからだ。思えば今の俺は、かめはめ波を数発撃てる様になっている。それは俺がかめはめ波を撃つのに慣れてきたからだ。逆に新技開発は慣れない事をして更に神経を集中しているから非常に消耗が激しい。

最近になって体を鍛え始めているが倒れたと言う事は俺の気を使う技術はまだ基礎が出来てないと言う事になる。

謎が解けると単純なものだ。要は俺の勇み足だっただけだし。暫くは技の開発よりも気に慣れる事を練習した方が良さそうだ。

それを考えると見ただけで相手の技をものにするドラゴンボールの住人は流石である。

 

 




『サイタマ式トレーニング』
ワンパンマンの主人公サイタマが3年かけて行ったトレーニング。
腕立て100回、上体起こし100回、スクワット100回、ランニング10kmを毎日休まず行う。
サイタマはこれで理不尽な程に強くなったが敵からは『嘘をつくな』と言われ、弟子のジェノスからは『ツラくない。むしろ一般的なトレーニングだ』と評された。


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第百二話

 

 

まだ凪と気の話をしたかったけど、大将の所へ行かなきゃならないので一旦別れる事に。

なんか凪も季衣と遠征らしい。話を少しだけ聞いたのだが他の面子も遠征やら討伐とか調査で結構城を離れているとか……俺が知らない間に何が決まったんだか……まあ、大将に話を聞けばわかるか。

 

 

「失礼します」

 

 

俺は大将の部屋に話を聞くべく入った。

 

 

「ふふ……桂花ちゃんも純一さんの前では、お猫さんですね~」

「ほら、桂花。私達に純一との営みを教えてみなさい」

「か、華琳様ぁ~」

 

 

俺は静かに扉を閉めた。

風と大将が桂花に尋問していた。これは関わったら確実にヤバいと俺の危機察知能力が警報を鳴らしていた。

 

 

「さて……書類整理でもしてくるか」

「逃がさないわよ」

 

 

逃げようかと思ったら、いつの間にか扉が開いており、大将が俺の肩を掴んでいた。

 

 

「元気そうね純一。回復したなら何よりだわ」

「すいません……お腹痛いんで早退します」

 

 

ニコニコとしているが決して笑っていない大将。

心なしか掴んでる手にも力がスゴい入ってる。

 

 

「あら、一日寝ていたのにまだ体調か悪いのかしら?。まあ、逃げたければ逃げなさい。私と風はこれから桂花に可愛らしい服を着せるわ。生着替えよ」

「大将、体調は万全なので是非とも拙者を末席にお加えください」

「あらら~。純一さんもお兄さん同様に非常に素直なのですよ」

 

 

大将の言葉に俺は即座に片ひざを着いた。風が何やら呟いたが見逃すわけにはイカン。

 

 

「この馬鹿……そ、そんなに見たいなら……その……」

「はいはい、桂花ちゃんもノロケないでください。あくまで純一さんを留める為の方便なのですから」

 

 

意外にも桂花がノリ気だったが風の一言で騙された事に気づく。チクショウ。

 

 

「まったく……妬けるわね。ま、そっちは後回しにするわ。純一、これが当面貴方に預ける仕事よ」

「後々追求はされるのね……っと?」

 

 

どうやら桂花関連の事は言い逃れ出来ないようだ。そんな事を思いながら渡された資料に目を通したのだが……

 

 

「大将……ちぃとばかり将が足りなくねぇかい?」

「そうね、やる事が多いのよ」

 

 

俺の問いをはぐらかす大将。自分で理解しろって事か……春蘭や秋蘭等の主要な将や軍師は討伐や遠征、調査に出る。

霞や他の一部の武将はまだ城に居るが数日後には調査に出る予定っと……ものの見事に城から将が居なくなるな。

今後、城に残る主だった面子は大将、一刀、俺、桂花、風、真桜、斗詩、大河、月、詠となる。月と詠は将でも軍師でもないが一応カウントしてみただけだ。

要は東西南北の各方面に武将や軍師を派遣し、中央には殆ど残っていない状況な訳で……いくらなんでも城をがらんどうに空けすぎだ。まるで敵に隙を見せる為に無理に春蘭達を遠征に向かわせた様な……って、まさか……

 

 

「大将……大きい獲物を釣るにしては餌が大き過ぎませんかね?」

「あら、美味しい餌を用意するのも釣り師の腕の見せ所じゃない」

 

 

ビンゴ。大将はわざと城に将を残さずに派遣した。そしてがら空きになって攻めに来るであろう者を待っているのだ。

そして今の勢力圏で魏に攻め入るような所はある程度限られてくる。大将はどの勢力が来るかを待つと同時に、その力すら計るつもりだ。乱暴すぎる気もするが……

 

 

「って……あれ?華雄と恋は?」

 

 

資料に目を通していたのだが華雄と恋の名は無かった。

 

 

「斗詩から話は聞いてるとは思うけど二人には罰を与えたわ」

「え……何をしたんだ?」

 

 

罰を与えたって……資料に名前が載らないってよっぽどだぞ。何をした……?

 

 

「あら、簡単な事よ。貴方が作った特殊部隊の訓練もうすぐ終わるらしいじゃない」

「ああ……アレね」

 

 

大将の言葉に俺が創設した部隊を思い出す。元華雄隊の一部を引き抜いて特殊な訓練を積んでいる部隊。基本的には華雄、恋、ねねに訓練相手は任せてる。俺は時折り、様子を見に行ってる程度だが前に見たときはもう殆ど訓練は済んでおり、すぐにでも実行部隊になれそうな感じだった筈だけど。

 

 

「その『特殊部隊がちゃんと機能するまで秋月純一との接触を禁ずる』それがあの二人に課した罰よ」

「……………それって俺にも罰になってないか?」

 

 

あの二人からしてみれば俺に会えないのは罰になる。だがそれは俺も二人に会えなくなるので俺にも罰が与えられた様な状態だ。

 

 

「純一……『私は他の娘達も気に掛けなさい』『本気で彼女達を思うのなら彼女達とちゃんと向き合いなさい』と言ったわよね?その忠告が無駄になった結果よ。貴方も甘んじて罰を受けなさい」

「……りょーかい」

 

 

つまり、今後はそんな事が起きないように気を付けろって事ね。

 

 

「でも……気持ちはわかるわ。こんなに可愛い桂花なんですもの夢中になるわ」

「ひゃん!か、華琳様!?」

 

 

大将はそう言いながら桂花の背後に素早く回り込み、服の上から桂花の胸を揉み始めた。大将の細い指が桂花の胸を揉んで桂花は小さな悲鳴を上げる。

俺はその光景をじっくりと特等席で拝まされた。

 

 

「華琳様、桂花ちゃん。純一さんが獲物を前にした虎みたいになってますよ」

「ん……ごほん」

 

 

風の一言に俺は咳払いを一つ。いや、こんな光景が目の前で繰り広げられて視線を反らすなんて出来ない。いや、出来る筈がない!反語。

 

 

「や、やぁ……見ないで秋月ぃ……」

 

 

次の瞬間、俺のハートは桂花にステラ(流星一条)された。

熱い吐息と潤んだ瞳でそのセリフはヤバい。もう完全に撃ち抜かれた。

大将はと言えば呆然とした顔の後に一気に顔が赤くなった。そうだよね。今のは一撃必殺だったよね。覇王様にも効いたようだ。

 

この後だが色んな意味で燃え上がった大将は桂花を連れて閨に引きこもり、俺と風は追い出された。超後ろ髪引かれてます。

俺はと言えば遠征に出る将達の仕事を一刀と共に肩代わりして仕事をしなければならないのだが……

 

 

「集中出来そうにねぇ……」

 

 

先程の光景が目に焼き付いた俺は仕事に集中出来ないまま今日一日を過ごす羽目になった。

 




『ステラ(流星一条)』
Fateシリーズの登場人物アーラシュの宝具。
あらゆる争いを終結させる弓矢。
その射程は2500km(千島列島から沖縄くらいまでの距離)


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第百三話

 

 

 

大半の将と軍師が居ない今、街を守るのは警備隊の仕事となる。普段と違う部分があるとすれば俺と一刀が出払っている人達の仕事をしている事だろうか。

ぶっちゃけやる事が多い。重要な案件は大将、桂花、風が処理しているが、それ以外のものは全て俺と一刀の所へと回ってくる。分担して処理はしているが正直追い付かない。

と言うか書類の処理だけならまだしも俺と一刀の本来の仕事である警備隊の仕事もあるのだ。

そっちは大河に任せてる部分もあるが当然、大河一人に出来るわけもなく俺か一刀が時折、気晴らしも兼ねて警邏に出るのが最近の状況だ。

そして当然一人抜けると仕事は大変になる……まあ、月や詠や斗詩にも手伝ってもらってる。

 

そんで……今日は俺が警邏の日な訳で。今現在、警邏と言う名の気晴らし散歩をしていた。だって書類の処理ばかりで気が滅入るんだもん。

因みに真桜は工房に籠って色々と発明をしていた。なんでも大将からの頼まれ事をしているらしい。なんか霞が遠征に出る前に武器のデザインで揉めてたらしいけど帰ってきたら話を聞いてみるか。

 

 

「副長!あちらの通りの巡回を完了しました!」

「ん、ご苦労さん」

 

 

巡回を終えた兵士が俺に敬礼をした後に城へと戻っていく。さて、俺も城に戻ってトレーニングかな。

実を言えば俺は最近、常にトレーニングをしている。筋トレ等のトレーニングではなく主に『気』を取り扱う方だが。

 

日常的に俺は体内で気を練るトレーニングをしていた。書類仕事や警邏の最中でも地味にキツいが頑張った。

と言うのも凪曰く俺の気を扱う力は非常にアンバランスらしい。そしてその状況で俺は様々な技を試す事をした為に体がそれに対応出来ていないとの事。

まあ、アレだ……RPGとかでバランスよく鍛えようとしたけどステータスが低くてそもそも弱いキャラとか。戦士なのに無理矢理魔法覚えさせようとしたりとか。魔法使いなのに刀剣を鍛えたりとか。

まあ、そんな感じで俺は色々と中途半端なのだろう。

それは凪にも指摘されたのだが俺が気を使った新技開発をしていた事で気を使う方面の事は下地が出来ているから鍛えれば問題はないとの事だ。何度も倒れた事は決して無駄では無い。それがわかっただけでも嬉しかったりする。

 

 

「ま……ここ数日でそれも解消されつつあるか」

 

 

俺は掌に気弾を作り出す。以前よりも簡単に尚且、鍛えられた気弾だ。

散々失敗してきたが今ではいとも簡単に出来てしまう。

そして大将に言われた事でも俺は焦っていたのだろう。

 

いつか帰れるのか。

それとも帰れないのか。

 

その考えが俺の頭に常にあったから俺の心は落ち着かず、気にも乱れが生じていたらしい。

 

「いい?『息』とは『自分』の『心』と書くのよ。貴方の心が乱れてるのは自らの心が落ち着いていないと思いなさい。焦るなとは言わないわ。でも……貴方が背負うものが既にある事を……心に刻みなさい」

 

 

その時の大将の言葉が妙に印象的だった。背負うもの……か。

 

 

「師匠、お願いするッス」

「ん、ほんじゃ……今日も頑張るか」

 

 

犬だったら尻尾をブンブンと振っているだろうと思う大河と共に俺は鍛練場へと足を運ぶ。実は最近、俺は大河と秘密特訓なるものをしていた。この特訓内容は大将や桂花にすら秘密にしている。いや、秘密の特訓をしている事はバレてるけどね。内容を秘密にしてるだけで。

大将や桂花、詠に散々問い詰められたが俺と大河は意を決して返答をする。

 

 

「それは秘密ッス……」

「何故ならば……」

「「その方が格好いいから」」

 

 

俺と大河は息の合ったセリフを出す。実は追求されたらこう答えると決めていた。

この後、大将の拳と桂花&詠の軽い説教が待っていたが秘密特訓の事は話さなかった。だって秘密兵器になる予定なんだもの。

 

 

そして、そんな日々を過ごしていたのだが、ある日報告が入る。蜀が魏の領土に進攻を開始したと。




少し長くなりそうだったので分割。次回より戦です。


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第百四話

 

 

 

 

「本陣の設営、終わりました」

「両翼もやで」

「一応……全部完了です」

「あいよー、お疲れさん」

 

 

一刀、真桜、斗詩の報告を聞きながら煙管を吸い、プカプカと煙を上げる。蜀が攻めてくる事を聞いてから俺達は街から出て近くの城へと移った。街の人達が被害を被らない様にする為とそちらの方が迎え撃ち易いからだ。

 

 

「ご苦労さま。なら、すぐに陣を展開させましょう。向こうは既にお待ちかねよ?」

「……大軍団だな」

「そーだな」

 

 

大将の言葉に一刀が平野に展開する蜀軍を見回す。一刀の言葉に俺は同意する。どんだけ戦力かき集めてきたんだか。

 

 

「そうかしら?」

「報告やったら、約五万やったっけ?」

「旗は……劉、関、張、趙……」

 

 

数もさることながら一流どころの武将揃い。本来なら籠城して明日には帰ってくるであろう春蘭達を待つのが一番なのだが……

 

 

「最初から守りに入るようでは、覇者の振る舞いとは言えないでしょう。そんな弱気な手を打っては、これから戦う敵全てに見くびられることになる」

「いや……五倍以上の兵力に対して籠城しても誰も文句言わないと思う」

 

 

俺の意見は一刀寄りだな。流石に五倍の敵とか無理すぎる。さながらフリーザに挑んだバーダック如くだよ。

 

 

「それにこの戦いで負けたら、劣勢でも相変わらず攻めに出た覇王とか、項羽の再来とかって言われるんじゃないか?」

「だからこそよ。ここで勝てば、我が曹魏の強さを一層天下に示すことが出来る。こちらを攻めようとしている連中にも、いい牽制になるでしょうよ」

「そうすりゃみんなの負担も減る……か」

 

 

ここを終点と思わずに先を見越して……か。俺みたいな一般人とはそれこそ感覚が違うんだろうな。

 

 

「その為には一刀、純一。その命、賭けてもらう必要があるわ……頼むわよ」

「へぇ……」

「……ああ」

 

 

大将の言葉に俺は感心して一刀はポカンとしていた。大将は俺達のリアクションに小首を傾げる。

 

 

「……どうしたの一刀、変な顔をして。純一もニヤニヤ笑うなんて何よ?」

「いや、そうやって面と向かって頼むなんて言われたの、そういやはじめてだなー、と思ってさ……」

「うんうん……遂に大将も素直……痛だだだだっ!?」

「そうだったかしら?」

「華琳様!出陣の準備、終わりました!いつでも城を出ての展開が可能です……って何をしてるのですか?」

 

 

会話の最中に大将がごくナチュラルに俺の右足を踏んでいる。余計な口出しはするなってか!?

 

 

「何でもないわ……桂花、流石に仕事が早いわね」

「はっ。各所の指揮はどうなさいますか?」

 

 

そのまま続けられる会話。皆、注目しよう?秋月さんが踏まれてるのよ?

 

 

「中央は私自身が率いるわ。左右は桂花と風で分担しなさい」

「俺はどうする?」

「一刀は真桜と共にで全体を見渡しておきなさい。戦場の全てを俯瞰し、何かあったらすぐに援軍を廻すこと。それが貴方の仕事よ」

「……了解。頑張ってみる」

 

 

着々と話は進むけど……俺は?

 

 

「先日の反董卓の戦で、諸葛亮と関羽の指揮の癖は把握しております。必ずや連中の虚を突いて見せましょう!」

「ええ。よろしく……それと純一、大河、斗詩は一刀と共に戦局を見なさい。そして援軍を廻す際には貴方達が率いる事」

 

 

成る程、援軍を廻すにしても各所の指揮は必要って事か。

 

 

「なあ華琳。それで……勝てるのか?」

「勝つのよ」

 

 

不安げに聞く一刀に大将は間髪入れずに答えた。ここまで来たらやるしかないってね。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

さて、戦の前に両陣営の大将により舌戦が行われているのですが……当然の事ながら俺達に聞こえる筈がない……筈がないのだが大将が劉備を言い負かしている様にしか見えない。

 

 

「……っと……秋……」

 

 

そもそもの話をすると大将もこの状況になる事を見越してたのかもだよなぁ……

 

 

「聞い……月……」

 

 

だとすれば……痛いっ!?突如足に痛みが走る。見てみれば桂花が俺の左足を踏んでいた。さっきは大将に右を踏まれたので左右の足を踏まれちまった。

 

 

「私を無視するなんて良い度胸ね?」

「すまん……ちっと考え事してた」

 

 

足を踏まれたまま睨まれる。あ、ヤバい。近距離で桂花が俺を見上げてるって。ちょっとしたシチュみたい。

 

 

「まったく……さっきの質問だけど、ねねが何処に行ったか知らない?誰も姿を見てないそうなのよ」

「ああ、ねねなら蜀が攻めてきたって報が来たときに大将から別命受けて国を離れたよ」

 

 

蜀が来たと聞いてから大将はねねに別命を下していた。なんで俺がそれを知っているかと言えば俺もそれに少し関わっているからだ。

 

 

「……ししょー」

「ん、なんだいつもの元気はどうした大河」

 

 

桂花の疑問に答えたら今度は大河の元気がなかった。

 

 

「だって……優しそうな劉備さんが攻めてくるなんて……」

 

 

大河は前回会った時の印象で『劉備は優しい人』と言う認識をしていた。だからこそショックだったのだろう。

 

 

「大河も見ただろうけど劉備も前に大将に怒られてただろ?それで劉備も思うところがあったんだろうよ」

「………うぅー」

 

 

俺の言葉に大河はまだ不満そうだ。ポンポンと頭を叩くけど機嫌は治りそうにない。ったく……

 

 

「劉備は大将に対価の支払いの話をされていただろ?それに対して劉備は答えを出したんだ。それを受け止めるのは俺達だがな……」

 

 

そう……劉備は大将の問いに言葉ではなく態度で示した。攻めてこいと言われて迷わず攻めに来た辺り、周囲も囃し立てた可能性は高い気もするが。

 

 

「ま、大将の忠告だったんだろうな」

「忠告ッスか?」

 

 

大将なりの忠告だったのだと思う。優しさだけでは乗り切れない物があると。いつか逃げられない時が来ると……

 

 

「そ、曲がりくねった優しい忠告」

 

 

ま、大将も素直じゃないし。と、まあ…….俺等が話をしていたら舌戦を終えた大将が帰ってきた。

妙に機嫌が良さそうな辺り、前回同様に言い負かしてきたな、あれは……

 

 

「聞け!勇壮なる我が将兵よ!この戦、我が曹魏の理想と誇りを賭した試練の一戦となる!この壁を越えるためには、皆の命を預けてもらう事になるでしょう!私も皆と共に剣を振るおう!死力を尽くし、共に勝利を謳おうではないか!」

 

 

そして戻ってきた大将の鼓舞が響く。蜀陣営も同様に盛り上がり始めてる。始まるか……

 

 

「敵軍、動き出しました!」

「これより修羅道に入る!全ての敵を打ち倒し、その血で勝利を祝いましょう!全軍前進!」

 

 

大将の号令で俺達も動き出す。俺も準備しといた荷物を持ち、立ち上がる。

さぁて……行きますか。

 



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第百五話

 

 

 

そんな訳で戦が始まった。

大将が籠城を最初からするのは嫌と言ったので迎え撃つ事になったのだが……

 

 

「もう限界だな……大将、呼び戻して籠城するぞ」

「そ、そんなん言うたかて華琳様は前線の真っ只中やで!?」

 

 

そう……いくら鍛えた魏の精鋭と言っても数の暴力には敵わなかった。どうにか戦線を支える様に指示を出し、援軍を回していたのだが流石に限界だ。

 

 

「だったら俺が行きます!華琳を連れ戻す!」

「た、隊長!?隊長が行ったかて何も変わらへん!むしろ邪魔に……」

「行くぞ一刀。大将の説得は任せた」

 

 

今にも飛び出していきそうな一刀に真桜が抗議しようとしたが俺は止めるべきではないと思った。ぶっちゃけ大将の説得とか一刀くらいしか出来そうにないし。

 

 

「真桜、斗詩と一緒に残存戦力を纏めてくれ。それと相手方に気付かれない様に籠城の準備な。大河は一刀の護衛だ」

「ああ、もう……後で文句言うたるからなっ!」

「り、了解ッス!」

「あの……純一さんは?」

 

 

俺は真桜と大河に指示を飛ばす。一刀は俺がどうする気か気になっている様だ。

 

 

「俺は新しい装備を着てから行く。先に行け、大将の説得もそうだが先ずは安全の確保だ」

「わかりました!」

 

 

俺の言葉を聞いた一刀は大河と共に大将を探しに行った。後は俺がこの日の為に用意したコイツを纏うだけだ。

俺は袋からソレを取り出すと身に纏う。ぐ……重っ……予想以上の重量だが仕方ない。

それに、ねねは間に合わなかったのか……そろそろ来ても良い頃だと思ったんだがな。まあ、愚痴っても仕方ない。俺は新たな装備の付属として一緒に作った帽子を被る。これで完璧だ。

新しい装備を纏った俺は城から出ると大将を連れ戻す為に先に行った一刀と大河を探す。

 

 

「居た……ってアレは胡軫!?」

 

 

意外にも一刀達は直ぐに見付かったが予想外の人物も一緒だった。まさかの胡軫だ。

反董卓連合以降、足取りが掴めなかったが蜀に居たのか……一応、行方を探しては居たが……前回の劉備との顔合わせの時には居なかったから油断してたな。

胡軫と関羽、趙雲が大将と一刀と大河の目の前。そしてそれを囲うように兵士達が陣形を組んでいる。生け捕り……または確実に仕留める為の処置なのだろう。どういう訳だか大河は一刀の足元で倒れてる。なんとか立ち上がろうとしている辺り、意識はあるのだろう。

 

俺はギリギリ、バレない距離を保ちつつ間を待った。一瞬の隙が出来れば救出に迎えると判断したからだ。

そしてその時は直ぐに来た。胡軫は一刀と大将を仕留めようと棍で横薙ぎにしようとしていたのだ。

 

一刀と大将が危ないと思ったと同時に駆け出した。不意を突いて兵士達を跳ね除けた俺は更に加速して、一刀と胡軫の間に割り込み、腕を十字に組んでガードした。胡軫の棍が俺の腕にメキッと音を立ててめり込む。痛い……だが以前の程のダメージは無い。

 

 

「ふぅ……なんとか間に合ったか」

「そ、その声……純一さんですか!?」

 

 

一刀は声で俺だと気づいた様子だ。よし、そのまま大将を庇ってろよ。

 

 

「秋月……殿なんですね?」

「ほほぅ……あの時の若造か」

 

 

関羽も俺の声を覚えていたのか何処か悲しそうな声で対する胡軫は嬉しそうに俺かと聞いてくる。その言葉に俺は待ってましたと答えるしかない。

 

 

「違うな……今の俺は……」

 

 

そう……今の特注コートを纏った俺は……

 

 

「キャプテンベラボーだ」

 

 

ビシッと親指を自身に向けて立てる。

そう、これぞ服屋の親父と武器屋の親父の共同製作『なんちゃってシルバースキン』

 

本来のシルバースキンは攻撃が当たった瞬間硬質化するが、そんなものを作るのは不可能だ。

そこで俺が考えたのはコートの下地に鎖帷子の様な物を編み込む事。そしてそれに気を通す事で防御率を格段に上げる事が出来る仕組みになっている。凪の鎧や手甲みたいなもんだな。

なんちゃってシルバースキンと凪の鎧の違いを挙げるなら、凪の鎧は通常の鎧と違って動きやすさ重視で軽量化&身に纏う面積が少ないと言う事。逆に、なんちゃってシルバースキンは全身をカバーする鎧のようになっている。その分、凪の鎧よりかは重いが通常の鎧よりも軽くて動きやすくなっている。更に凪と同じく気を鎧の部分に纏わせる事で防御率を高める。凪は一部に気を纏わせるコントロールをするが、なんちゃってシルバースキンは常に微量の気を流し続け、常に防御率が高いようにしている。そして先程、胡軫の一撃を防いだ様に部分的に流す気の量を増やせばその部分の防御率を高められる。

 

デメリットがあるとすれば今の俺は気功波の類いの使用が難しい事だろう。

理由としては単純で気を全身に回すのと部分的に気を集中する作業をする為に気のコントロールをしているからだ。その状況で、かめはめ波を撃とうとすれば、気の量が足りなくなるか自爆の二択。いつもの気絶パターンと化してしまう。気功波を使うとすれば全身に回してる気を止める事。しかしそれをすれば、なんちゃってシルバースキンはただのコート型の鎖帷子となってしまう。

つまり、肉弾戦がメインとなるのだ。まあ、それもブラボー技を駆使すれば問題ない……筈。

そして自己紹介の名乗りで周囲の視線が冷たくなった気がする。

 

 

「なんとも粋な名乗りだ。愛紗、やはり良い御仁のようだ」

「何処がだ……華蝶仮面の様に苛立たしいだけだ」

 

 

趙雲、ありがとう。少し救われた気がする。関羽……お前は誰かに恨みでもあるのか?

 

 

「ほぅ……あの時よりも強くなった様だな」

「秋月殿……私とて退く気はありません」

「やれやれ……ならば私は……」

 

 

ヒュンと胡軫の棍と関羽の青龍偃月刀が俺の方に向けられた。趙雲は……大将と一刀を見定めている。

うん……ヤバい気もするが……いや、ヤバい気しかしないがやるしかない。

そう、思いながら俺は強く拳を握った。

 

 

 




『シルバースキン』
武装錬金のキャラ『キャプテンブラボー』の武装錬金。
攻撃に対して瞬時に金属硬化して鱗のように剥がれ落ち、破損部分は瞬時に再生、着装者を完全防御する。 
その防御力は全武装錬金中トップクラス。

『キャプテンベラボー』
同作品内で主人公と対立する事になったキャプテンブラボー。その事を信じられない主人公は目の前のキャプテンブラボーは偽者で『お前はキャプテンベラボーだ!』と偽者である事を主張したが、そんな事はなくキャプテンブラボー本人だった。


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第百六話

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「必殺ベラボー正拳突き!」

 

 

振るわれた関羽の青龍偃月刀の一撃をガードしつつ、受け流すと間合いを詰めてブラボー正拳突き改めて、ベラボー正拳突きを放つが体勢を整えた関羽は青龍偃月刀で受け止めてしまう。つーか、青龍偃月刀硬いな!?

 

 

「隙あり!」

「危なっ!?」

 

 

続いて胡軫の棍が迫ってきていたので瞬発的に身を低くして避ける。低い体制から体を伸ばしてアッパーを放つが胡軫は距離を開けて避けられてしまう。

 

 

「ならば私の牙も御賞味あれ」

「なんの……あ……」

 

 

続いて趙雲が跳躍しながら俺に槍を向けてくるのだが、それが問題だった。趙雲の服は丈が異常に短い。それ故に少し動いただけで中が見える訳で。俺は趙雲の白い服と綺麗な肌の間に一匹の蝶を見た。

 

 

「せいっ!」

「ちいっ!?」

 

 

俺の胸を狙った突きを上手く避けると趙雲は槍の柄を下段から払うように上段へとかち上げた。俺はそれを肘で叩き落とすと趙雲との距離を開ける。

 

 

「ふぅ……危ねぇ……」

 

 

思わず本音が口から漏れた。なんちゃってシルバースキンのお陰でダメージ少ないけど関羽、趙雲、胡軫を俺が相手をするのは流石に無理がありすぎる。

 

 

「ふふっ……見事な腕前ですな。我等、三人を同時に相手をして無事とは」

「そりゃどーも」

 

 

趙雲の言葉に俺は平静を装いながら答える。いや、正直、ギリッギリッだからね。

こりゃ大将と一刀と大河を連れてサッサッとトンズラした方が良さそうだ。俺は退く為に片足を半歩後ろに下げる。

 

 

「おや、こんなに良い女が居るのに逃げる算段ですかな?」

「………こりゃ困ったね」

 

 

少しの挙動で考えが読まれた。出し抜くのは難しいか……

 

 

「純一さん、俺も華琳を連れて大河と逃げようとしたんだけど趙雲が立ち塞がって逃げられなかったんだ……あと少しだったのに……」

「そちらの御遣い殿も上手く逃げ仰せようとしたものだ。愛紗や胡軫ならまだしも私には通じんよ。そちらの少年も筋が良かったが私の相手にはならなかった様ですが」

 

 

成る程……一刀は目潰し用の煙玉を用意していたけど趙雲は関羽や胡軫とは少し離れた位置に居たのだろう……そして大河は突破口を開こうとして戦いを挑んだが敗れた……って所か。

参ったな……何がマズいって搦め手が通じない相手が一番厄介なんだよな……

 

 

「秋月殿……降伏してください。桃香様もそれを望んでいます」

「関羽……」

 

 

そんな中、関羽は辛そうな顔で降伏を進めてくる。生憎だがそれは出来ないんだよ。俺は関羽達に見えないように一刀にハンドサインを送る。

 

 

「関羽……俺は俺なりに思う所がある。だから……」

「秋月殿!」

 

 

俺は全身に回していた気を解くと右手に気を集中する。そして辺りを見回してから大将に話を振る。

 

 

「大将……確か劉備が退いたのは、あっちの方角だったよな?」

「え?……ええ、あっちの方よ」

 

 

俺は大将に劉備が退いていった方角を確認すると右手に集中した気を放つ。俺は掌の上には作り出した気弾を振りかぶった。

 

 

「行けぇ!」

「や、止めて下さい秋月殿!」

 

 

俺が気弾を劉備が退いた方角の空へ投げると、その場に居た全員が俺の投げた気弾に視線が集中していた。それこそ俺の狙い通り。

 

 

「弾けて混ざれっ!」

「なっ!?」

 

 

俺が上空に投げた気弾は俺の合図に弾けた。それと同時に辺りに眩しい位の光が差し込む。

 

 

「なんだコレは!?」

「ま、眩しい!?」

「目がぁ……目がぁ~!」

 

 

関羽や胡軫達も目が眩んでる様子。これぞ俺の編み出した、なんちゃってパワーボール。当然、大猿になんてなれない。これの効果は実は太陽拳の様に眩しい光を出すだけだ。太陽拳が使えずに悔しい思いをした俺が試行錯誤の末に作り出した技だ。

実は出撃前に一刀にはコッソリと、なんちゃってパワーボールの事を話していた。そしてハンドサインを送ったらパワーボールを使うと指示を出しておいた。つまり、この場で目が眩んでいないのは俺と一刀のみ。

俺は大河をおんぶし、一刀は大将を抱く。しかも所謂、お姫様抱っこ。

 

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

 

俺は一刀と共に包囲から脱出する。早く城に戻って籠城戦しなきゃだな。

 

 

 

 

 

 




『ブラボー正拳突き』
キャプテンブラボーの13の技の一つ。ホムンクルスを生身で倒せる強力なパンチ。


『パワーボール』
ドラゴンボールでベジータが使用した技。星の酸素と自身の気を混ぜ合わせることで、小型の月を作り出す。


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第百七話

今回は短めです


 

 

 

なんちゃってパワーボールで上手い事、隙を作ったけど長持ちはしない上に城までの距離を考えれば邪魔も入るだろう。急がないと……って大将が妙に静かだ。

ふと一刀に視線を写せば、一刀に抱かれ、少々うっとりとした瞳で一刀を見上げてる………惜しいな、携帯のバッテリーが切れてなきゃ速写してたわ。

 

 

「待ぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「ヤバッ……もう回復したのか!?」

 

 

無駄な事を考えていたら後ろから関羽が追っかけてきた。その直ぐ後ろには趙雲も一緒に向かってきてる。胡軫は追ってこなかったのか……まあ、ムスカ状態だったしダメージデカかったのだろう。

 

 

「ちょっと、追い付かれるわよ!」

「しょうがないだろ!俺は大河背負ってるし、そもそも装備が重いんだよ!」

 

 

大将の言葉に反論するが確かに追い付かれそうだ。なんちゃってシルバースキンのデメリットその2。『重すぎて移動するときには不便』が追加された。

 

 

「とは言っても……迎え撃つにはちと厳し……いや、このまま走り抜け一刀!」

「え、あ、はい!」

 

 

どうしようかと悩んでいた俺だが前方に『援軍』が見えたので、一刀に指示を出す。間に合ってくれたか!

俺と一刀が城に向けて走り続けると謎の一団が前に立ちふさがる。一刀や大将は敵かと思って足を止めようとしてしまうが俺はそのまま走り抜けろと一刀の肩を叩く。その意図を察したのか一刀は少し遅れてだが走り続け、そしてその一団を追い越した後、関羽と趙雲が迫ってくるがその一団は揃って口を開いた。

 

 

「「まばゆきは月の光、日の光!正しき血筋の名の下に、我等が名前を血風連!」」

 

 

そう、彼等こそ俺と華雄で鍛えた精鋭部隊『血風連』

実は彼等の修行場所は魏からそう遠くない山の中なのだ。今回の騒動が起きてから俺はねねに華雄、恋、血風連を連れてくる様に頼んでおいた。本来なら戦の前に合流できるのがベストだったけど、このタイミングで来てくれたのは有難い。

 

 

「愉快な連中の様だな」

「だが数だけだ。突破するぞ」

 

 

趙雲と関羽が血風連を見てそれぞれコメントを出す。甘いな……血風連を鍛えたのは俺だけじゃないんだぜ?

 

 

「やれやれ……容易に突破出来ると思ったか?」

「貴様……華雄!?」

 

 

血風連の一団から一人が前に出る。それは血風連と共に来た華雄だった。

 

 

「秋月、北郷……先に行け。私は関羽を相手にする」

「ふん……貴様ごときが私の相手になるだと?」

 

 

華雄の挑発にアッサリと乗って来る関羽。やっぱ此方を甘く見てやがるな。

 

 

「隊長、副長。ここは我等にお任せを」

「頼んだ。行くぞ、一刀……華雄、待ってるからな」

「え、あ……はい!」

「ああ……すぐに合流するから待っていてくれ」

 

 

血風連の一人に声を掛けられた俺はそのまま一刀を連れて城へと走った。華雄は俺の言葉を聞いて小さな笑みを溢して答えてくれた。

 

 




『血風連』
ジャイアントロボに登場する十傑集直系の怒鬼直属の戦闘集団。
高い戦闘力を持ち、チームワークを活かした集団戦法を駆使する。全員が編み笠を深く被り、武器は七節棍や刀。


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第百八話

遅くなりました。更新再開です。


 

 

 

 

◆◇side華雄◆◇

 

 

私と恋は先日の罰を受けて魏から少し離れた山の中で魏の特戦部隊となる『血風連』の最終調整をしていた。

しかし罰の内容が『特戦部隊が仕上がるまで秋月純一との接触を禁ずる』とはな……正直、とてつもなく堪えるものだ……

今まで秋月と共に過ごすことが多かった分、離れるととても寂しいと言うか……ふ、私も桂花の事は馬鹿に出来んな。

 

そんな事を思いながら血風連の仕上げを行い後数日と行った所で魏からねねが来た。しかもやけに慌てた様子で。

話を聞けば蜀が魏に攻めに来たと言う。劉備め……先日、魏の領土を素通りさせて貰った上にこの仕打ち……特に関羽は反董卓の時の挑発の借りも返させて貰おうか。

 

 

「聞けぃ者共!今、魏に蜀が攻め入ろうとしている!我等はこれより魏に戻り、蜀を叩き潰すぞ!これは魏を守ると同時に我等の初陣となる!その姿を大将、曹孟徳に見せ我等の強さを証明して見せるのだ!」

「「御意!!」」

 

 

私の号令に揃って返事をした血風連は即座に陣地を撤収させ、我等は魏へと急いだ。

秋月の教えで血風連の指導は完璧なものとなっていた。個人の技量もそうだが連携した強さを持たせる事で、その力を更に高めさせる。秋月の話では血風連とは天の国の物語に出てくる部隊だそうだが素晴らしい部隊だ。私もその物語をいつか読みたいものだ。

 

そして馬を急がせ魏に戻ると既に戦は始まっていた。近くに居た魏の兵士に話を聞き状況を確認した私は大将と北郷。そして秋月を救う為に兵達に指示を出す。

 

 

「ねね、私は血風連と共に秋月達の救出に向かう。お前と恋は城の付近の蜀の兵士を倒して退路を確保してくれ」

「………お前、本当に華雄なのですか?」

 

 

私の指示に疑いの視線を送ってくる、ねね。確かに昔の私なら有無を言わさずに突撃していただろう。

 

 

「私とて成長しているのだ……それにまた守れないなんて事にはなりたくないからな」

「あたっ!」

 

 

私は軽く拳骨をねねの頭に落とす。それと同時にねねの頭を撫でた。

 

 

「………頼むぞ」

「だったら殴るななのです!」

 

 

私が溢した一言にねねは涙目になりながら恋を連れて城の方へと向かっていった。少し力を入れすぎたか?まあ、それについては後で謝るしかないな。

ねねと恋と別れた私は血風連と共に秋月達を探そうと動き出した、その時だった。

突如、気弾が空に放たれたかと思えば、それが眩しい光を放ったのだ。私たちは離れた位置に居たから大した事にはならなかったが近場にいたら目が眩んでいただろう。だが、あんな事を仕出かすのは魏では一人しかいない。

そう確信した私は血風連に指示を出す。

 

 

「これから大将や副長が通るだろう!蜀の追撃を防ぐ為にも隊列を作れ!」

「「ハッ!」」

 

 

私の指示に従った血風連。そして予想通り、大将を抱いた北郷に大河を背負った男……見慣れぬ服を着ているが秋月の筈。

そして彼等が来た時、関羽達も後を追ってきたが我等はそれを阻むように前に出た。

 

 

「「まばゆきは月の光、日の光!正しき血筋の名の下に、我等が名前を血風連!」」

 

 

血風連の代名詞と秋月から教えられた台詞を叫ぶ血風連。ふふ……私も血が騒いできたよ。

 

 

「愉快な連中の様だな」

「だが数だけだ。突破するぞ」

 

 

趙雲と関羽が血風連を見てそれぞれ感想を述べるが趙雲は兎も角、関羽は粋と言うものがわからん様だな。それに我等を格下に見ているのが容易に解る。

 

 

「やれやれ……容易に突破出来ると思ったか?」

「貴様……華雄!?」

 

 

血風連の一団から私は前に出る。私の登場に驚く関羽と趙雲。少しばかり良い気分だ。

 

 

「秋月、北郷……先に行け。私は関羽を相手にする」

「ふん……貴様ごときが私の相手になるだと?」

 

 

私の挑発に関羽は私を見下した態度を取る。あの時と同じと思うなよ。

 

 

「隊長、副長。ここは我等にお任せを」

「頼んだ。行くぞ、一刀……華雄、待ってるからな」

「え、あ……はい!」

「ああ……すぐに合流するから待っていてくれ」

 

 

血風連の一人に声を掛けられた秋月は北郷を連れて城へと走った。私に声を掛けてくれた時、帽子をズラして顔を見せてくれた。ああ、やはり私はアイツが好きなんだ……まったく恋とは厄介な感情だな。

 

 

「華雄……貴様ごときが私の足止めが出来ると思っているのか?すぐに後を追わせて貰うぞ!」

「……やれやれだ。血風連は趙雲の相手をしろ」

「「ハッ!」」

 

 

関羽の言葉に私は溜め息を吐きつつ血風連に指示を出した。何故だろうな……以前見た時よりも関羽の存在が小さく感じるな。

 

 

「来い関羽……以前の私だと思うなよ!」

 

 

私は金剛爆斧を握り締めると関羽の青龍偃月刀と刃を合わせた。

 



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第百九話

 

 

 

◆◇side趙雲◆◇

 

 

強い……正直な感想だ。華雄が精鋭と言っていた血風連は見事な動きで私を翻弄していた。

血風連は私が攻勢に出ると数人が前に出て私の槍を受け止める。そして受け止めた数人とは別に背後から両脇に私を挟むと七節棍を振るう。私が退がり七節棍を避けると追撃で正面から突きが来る。

それを受け止めれば、今度は側面から蹴りが飛んできたので私は距離を取るが血風連は私の包囲を崩さずに居る。

 

非常にやりづらい相手だ。血風連は集団戦闘の専門家と言った所か……付かず離れず。それでいて私の間合いの外から中へと切り替えが早い。私の距離での戦いが出来ない……やっかいなものだ。

それに血風連を率いていた華雄も同様のようだ……愛紗が相手をしていたが分が悪そうだ。

 

 

「くっ……はぁ……はぁ……」

「どうした……お前の実力はこんな物なのか?」

 

 

息切れを起こし満身創痍が目に見える愛紗と息切れを起こさず、悠々としている華雄。どちらが優勢なのかは明らかだ。

愛紗の油断もあったのだろうが華雄は凄まじく強くなっていた。あろうことか華雄は愛紗との戦いの最中にも回りに居た血風連以外の兵達にも指示を出しながら斧を振るう。つまり愛紗との戦いは余所見をしながらでも出来ると言う事の現れだ。

 

ギリッと歯軋りが聞こえた。それは愛紗の物なのか私自身の物なのか……いや、両方か。私も愛紗も桃香様の剣となると誓って戦ってきた。なのになんだ……華雄や血風連が現れただけで先程までの優位性が失われた。

しかも、この血風連は魏の精鋭とは言っても兵の一部にしか過ぎない筈。なのに私は足留めをされて愛紗は格下と見ていた華雄に劣勢。

 

なんて……なんて惨めなんだ……

 

 

「頃合いだな……退くぞ」

「なんだと……逃げるのか!?」

 

 

華雄の一言に私を取り囲んでいた血風連はザッと一気に引いていく。ここまで統率が取れているとは、やはり侮れないな。

愛紗は華雄が逃げると思っている様だが、それは違うだろう……

 

 

「ふん……私の仕事は撤退援護だ。貴様等を討つ事ではない。それにそろそろ追い掛けないと追い付けなくなりそうだから……なっ!」

「ぐぅっ!?」

 

 

 

華雄は我々に事情説明をすると同時に愛紗に重い一撃を放つ。なんとか防いだ愛紗だが、その隙に華雄は血風連と共に既に退却していた。

反董卓連合の時は猪武者にしか見えなかった華雄だが今は違う。周囲と状況の判断を冷静に下し、自身も前に出る理想的な将軍となっていた。この短期間の間にどうやったら、そこまで強くなれるのだ?

 

 

「逃げられたか……逃げ足だけは速いようだな」

 

 

愛紗は華雄が去った方角を見て呟いたが私はそうは思わない。恐らく愛紗は先程の戦いも自身の油断が招いた事だと思っているのだろうが、それも違うだろう。華雄は何かの切っ掛けで化けたのだ。只の猪武者から有能な将へと。

やれやれ……魏には誰かを育てるのに優秀な人材が居るようだ。まさか噂の天の御遣いか?まさかな。

 

 

 

 

 

◆◇side秋月◆◇

 

 

 

 

「いっくしょ!」

「風邪ですか純一さん?」

 

 

一刀や他の兵達と全力と城へと戻った俺達。恋とねねが兵を纏めて退路を確保してくれて本当に助かった。そして城に到着したと同時にくしゃみが出た。誰か噂でもしてんのか?

 

 

「なんとか戻ってこれて良かった。華雄達もこっちに向かってるみたいです」

「足留めの後に直ぐにこっちに来たみたいね。下手に追撃をするよりも良い判断だわ」

 

 

一刀の話の通り、華雄も関羽達の足留めをした後に直ぐに後を追ってきたらしい。良かった……昔の華雄ならそのまま突撃していたかもしれないと思うとゾッとするわ。

 

 

「華琳も助けて、華雄や恋とも合流して……なんとかなるかもな」

「なんとかするのよ」

 

 

ふと一刀と大将を見てみれば一刀は少し震えていた。そっか一刀は武将との戦いを間近に感じたのは今回が初めてだったのか。

 

 

「そっか……そうだよな。ハハッ……まだ少し覚悟が足りなかったみたいだ」

「あら、私を救ったのだから貴方達は英雄って言われるかもしれないわよ」

 

 

そんな一刀を察したのか大将は冗談混じりの話を始める。

 

 

「俺は英雄なんて柄じゃないよ」

「一刀……」

 

 

一刀は大将の言葉を首を横に振って力無く笑った。そんな一刀に大将も掛ける言葉を失ってる。ふむ……ならば。

 

 

「心配するな一刀。遊び人は悟りの書がなくてもレベル20で英雄になれる」

「純一さん、それは賢者です」

 

 

 

俺のボケに鋭いツッコミが入った。だが、それと同時に先程までの笑みから本当の笑みへと変わったのを感じる。大将の顔色も少しはマシになったか。やっといつもの調子になってきたか。

 

 

と……そんな話をしている間に華雄と血風連も城に戻ってきた。城門を閉じて遂に始まる籠城戦。もう一踏ん張り頑張りますか。

 

 

 




『悟りの書』
ドラクエ内のレアアイテムで悟りを開くための書物で、これを持っていると『賢者』に『転職』できるようになる。特定のモンスターが落とす超激レアアイテム。ドロップ率は約1/2048と言われている。
因みに悟りの書無しでも『遊び人』を鍛えれば賢者になれるので大半のプレイヤーは遊び人から賢者に転職させた。



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第百十話

お気に入りが3000を越えました。ありがとうございます!


 

 

 

 

遂に始まった籠城戦。

中々城を落とせない蜀は様々な手を使ってきた。既に使われなくなった地下古水道に侵入しようとしてきたが桂花の指示により封鎖罠設置がされており、蜀の兵を潰した。更に直接城門を攻め落としに来た連中には無限丸太落とし装置で返り討ちにした。

しかし、どうしても城を落としたい蜀の皆様は未だに諦めずに城攻めを続けている。中でも胡軫は気合いが入っている。

 

 

「こうなったら自決か特攻……DEAD OR ALIVE」

「結果的にどちらも死にますよ、それ。それにそんなの許しませんからね」

 

 

なんちゃってシルバースキンを着たまま城壁の上から様子を見ていたのだが、俺の呟きに一刀の鋭いツッコミが入る。

 

 

「そんな真似したら私も許さないわよ」

「あ、そうだ。真桜は?」

 

 

腕を組んで俺を睨む桂花。桂花と一刀のダブルブリザード視線に俺は視線を泳がせながら先程から姿の見えない真桜の事を訪ねる。

 

 

「大丈夫よ。別の作戦が有るから、そちらを任せているだけ」

「そうかなら良いが……」

 

 

姿が見えないから心配してたんだけど他の作戦に行ってたのか……部下が頑張ってるなら俺も……

 

 

「一刀、弾岩爆花散で奴等を吹っ飛ばしてやるから後は頼んだぞ」

「明らかに自爆技じゃ無いですか。純一さんはバラバラになったら元には戻りませんよ」

 

 

等と一刀とバカな会話をしていたのだが周囲が騒ぎ出してきた。

 

 

「華琳様!地平の向こうに大量の兵が!」

「敵の増援か!?」

「劉備もそれほどまでの余裕が有るわけ……」

 

 

慌てて城壁の向こうを見れば、確かに地平の辺りに大量の煙が見える。桂花の叫びに俺も驚き、一刀も驚愕していた。

 

 

「狼狽えるのはやめなさい!……桂花。新たな部隊の旗印を確認なさい」

「旗は……何あれ!?こんな大量の旗って……それに将軍格の旗が幾つも!どこかの連合軍なの!?」

「………まさか西の部族連合か……!?」

 

 

ザワザワとし始めたが大将の叱咤に皆が黙り、状況確認が始まった。

 

 

「んー……ちがいますねー………」

「あれは、まさか!」

「旗印は夏侯、郭、典、許、楽、于、李、お味方の旗ですねー」

 

 

俺も身を乗り出して城壁から身を乗り出して見てみると風の言葉通り見えているのは味方の旗。

 

 

「え、だって、春蘭たちは明日の朝までかかるって……それに、李って、真桜だよな?なんで向こうに居るんだ!?」

「こっそりと探しに行ってもらったのよ………まあ、必要無かったみたいだけれど」

 

 

一刀の呟きに答えた桂花。どうやら真桜が探しに行くまでもなく皆が帰還していた様だが。

やれやれ……これで大丈夫だな……

俺は城壁に背を預けて座り込む。

 

あー……なんか疲れたな……

天の国……現代か……今は何もかも皆、懐かしい……

 

俺は疲れからか瞼を閉じる。其処で俺の意識は途絶えた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side桂花◇◆

 

 

 

春蘭達が予想以上に早く帰還をしてくれたおかげで一気に反攻の兆しが見えてきた。私達は華琳様の指示で蜀を押し返し始めた。

すると、いつもなら五月蝿いくらいの秋月が妙に静かだった。

 

ふと見てみれば秋月は城壁に体を預けたまま座り込み、静かになっていた。

壁に寄りかかったまま動かなくなった秋月。その姿に私はすごく嫌な予感がした。

 

 

「ちょっと、秋月?」

「…………」

 

 

私が声を掛けても返事が無い。ちょっと……まさか……

 

 

「あ、秋月!?」

「……………すかー……ぐー……」

 

 

心配して叫んだ私に返ってきた返答は人を小馬鹿にした様な小さな寝息。コイツ……この間で寝たって言うの!?

 

 

「この馬鹿……」

「寝ているのなら寝かせてやりなさい。今回の純一は大金星だったのだから」

 

 

こっちが心配したってのにコイツは……殴ってやろうかと思ったら、小さな笑みを浮かべたまま華琳様が私の肩に手を置いて制止する。

蜀を追い払って戻ってきた春蘭が北郷に食って掛かってるけど私は溜め息を吐くしかなかった。

 

 

「心配させないでよ……馬鹿」

 

 

私は秋月の隣に腰を下ろす。起きたら文句言ってやるんだから覚悟しなさい。

 

 





『弾岩爆花散』
ダイの大冒険の敵キャラ『フレイザード』の奥の手。
『氷炎爆花散』の変形で、身体を爆弾の如く破裂させた後に自身の体であった岩を操り、嵐の如く相手に攻撃を加え続ける必殺技。
この岩石一つ一つがフレイザードの意思を持っており、砕けば砕くほどフレイザードが有利になる。
自分の身体なので好きに元の身体に戻ったり、巨大な岩石にする事も可能。


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第百十一話

 

 

 

 

 

蜀を追い返した次の日。俺は途中で気絶……と言うか疲れからか寝てしまっていたらしい。

どうやら、なんちゃってシルバースキンは界王拳を使った時よりも気の消費は激しくないものの結構、気の消費があったらしく熊の冬眠の如く俺は眠ってしまったらしい。援軍が来て、気が抜けたってのもあるんだろうけど。

 

しかし俺にとって口惜しいのは大将と一刀のラブコメシーンを見逃した事だ。

初めての実戦で体の震えが止まらなかった一刀を大将が優しく抱いたらしい。ちくしょう、そんな弄り甲斐のあるシーンを見逃してしまうなんて……まあ、それですら春蘭に邪魔されたらしいが。

 

そして俺はと言えば……死んだように眠ってしまった為に桂花に心配され、月はそんな俺を見て血の気が引いて倒れそうになり、詠やねねは目に涙を溜めていたとか。真桜や華雄は蜀に俺が殺られたと勘違いして、蜀に更なる追撃をしようとしたらしい。斗詩は事後の後始末をしている最中で俺の事を聞いたらしく、普段の落ち着きからは想像できないくらいに慌てていたらしい。心配かけて本当にスイマセン。

 

そんな死んだ風に眠ってから目が覚めれば当然の様に皆さま方からの有難い説教を頂きました。特に月と詠がスゴかったです。

 

 

「ま、今回は寝たきりにならないだけマシか」

 

 

俺は城内を散歩する傍ら体を伸ばす。今まで技の反動とかで、ぶっ倒れてたから今回は大成功とも言えるだろう。それ以上に俺が関羽や趙雲と互角に渡り合えたってのも大きいが。だが今回の戦いでは関羽達が俺のなんちゃってシルバースキンに驚いていた&見慣れない物である、この二点を踏まえても全力ではなかった気がする。胡軫は恨み全開って感じだったけど……

 

 

「ま、兎に角……」

 

 

俺は拳をグッと握る。なんか……強くなった実感を得るのが嬉しいのは男なんだからなのだろう。久々に中2病になりそうだわ。

 

そして俺が強くなったと同時に嬉しいのは華雄&血風連の華々しいデビューだ。大将を助けた上に追撃の足止めを見事に果たした。正直、俺の想定以上の働きをしてくれた。

 

逆に大河は今回、気合いが入りすぎたと言うか相手が悪かったと言うか……趙雲に挑んで返り討ちにされていた。先程見舞いにも行ったのだが非常に凹んでいた…………と言う事はなく寧ろ、気合いが入った様だ。

 

 

「師匠!自分、もっと強くなりたいッス!!」

 

 

と非常に気合いが入っていた。修行に関しては俺も望む所だ。俺も今回の、なんちゃってシルバースキンで自信が付いた。他にも試したい事が沢山あるからな。

大河にも、そろそろ気功波の指導をしてみるか。

 

 

そんな事を思いながら俺は煙管に火を灯す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと、忘れてたけど服屋の親父に頼んでいた服も届いてるから女の子達にも着て貰わないと。実に楽しみだ。

 

 



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第百十二話

 

 

 

 

「さて……此処に集まってもらったのは他でもない」

 

 

俺は城にある某室にて碇司令の如く、顔の前で手を組んで凄みを出す。俺の目の前には一刀、栄華、沙和と並んでいる。

この面子こそ北郷警備隊おしゃれ同好会の幹部だ。因みにこの部屋はおしゃれ同好会の会議場所としていつも使われている部屋だったりする。

 

 

「秋月さん……貴方や一刀さんは兎も角、私は忙しいんですよ」

「いや、俺も純一さんも割りと忙しいんだが……」

 

 

栄華が不満を口にして一刀が反論する。

 

 

「お前の不満も尤もだ栄華。だが……今回の話は今後の北郷警備隊おしゃれ同好会の活動に大きな影響を及ぼす話となる」

「なんですって……」

 

 

俺の言葉に栄華は反応を示した。うん、だが……本題は此処からだ。

 

 

「まず……つい先程、春蘭と秋蘭が倒れて医務室に運ばれた」

「え……あの二人が!?」

「いったい……何が……」

 

 

俺の言葉に驚く一刀と栄華。驚かないのは俺と沙和のみ。なぜならば、その現場に居たからだ。

 

 

「俺がプロデュース……いや、案を出した服が完成し、二人に見せた。そしてそれを華琳が着ている所を想像したのだろう……二人は静かに鼻血を出した。その後、医務室行きだ」

「まさか……稟じゃあるまいし」

「恍惚とした表情で服を見つめながら鼻血が出てたのー」

 

 

俺の説明に一刀は否定気味だったが沙和がその場に居た時の状況を補足説明する。

 

 

「そ、そんな素晴らしい服が出来上がったと言うのですか!?」

「いや……作ったのは月達が着ている様なメイド服。そして天の国の巫女が着る巫女服」

 

 

俺が作った服は計四着。その内の三着を春蘭と秋蘭に見せたのだ。

 

 

「そして……誰とは言わんが『金色の閃光』と呼ばれ人気投票でも上位に君臨し、金髪・ツインテール・鎌と条件が揃ったので思わず作り上げた魔導師の服だ」

「リリカルでマジカルな感じの娘ですか!?」

 

 

俺の説明に一刀は食い付いた。うん、気持ちは良く分かる。

 

 

「あえて言おうタイトルは『死に刈る☆華琳』だと!」

「純一さん!俺はアンタに一生付いていくよ!」

 

 

俺と一刀は熱い握手を交わした。これ以上の熱い握手は存在しないだろう。

 

 

「二人で盛り上がってないで説明してくださいな」

「あ、悪い……と、まあ俺の作った服で魏の柱とも言うべき二人が撃沈したんだ。この流れで行くと……?」

「そっか……桂花や稟なんかは絶対に倒れる」

 

 

栄華のツッコミが入ってから説明を続けて一刀が納得をした。つまりこのままだと『華琳様大好き勢』が鼻血による出血多量で仕事にならんと言う事だ。

 

 

「うー……せっかく盛り上がって来てたのにーなの」

「俺とて悔しいさ……桂花にも着て欲しい服が沢山あるってのに」

「秋月さん、然り気無くノロ気ないで下さい」

 

 

沙和が悔しそうな声を出すが俺だって悔しいんだ。なんて思っていたら栄華からツッコミが入った。

 

 

「因みに桂花にはどんな服を作ったんですか?」

「ふ……所謂『猫耳パジャマ』だ」

 

 

俺は部屋の片隅に置いておいた服を取り出して見せる。その服を見た栄華はスッと俺に手を伸ばし……意図を察した俺は栄華とピシガシグッグッと意思疏通。

 

 

「是非とも着ている所を見てみたいです!」

「他にも月にはブレザー。詠にはセーラー服。華雄には……」

「いや、どんだけ作ってるんですか。見てみたいけど」

「あー、これも可愛いの!」

 

 

作ったは良いがまだ着て貰ってない服が大量にあるので見てもらうと、まぁー盛り上がる事。

だがな一刀……先程言っていた服だが一着だけは既に大将に渡してあるんだ。それを見れるかは……お前次第だぞ。

大量の服を栄華や沙和と見ている一刀を眺めながら俺はそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side華琳◆◇

 

 

純一がつい先日私に渡してきた服。これは一刀が天の国で通っていた学校で着ていた服の女子仕様の物らしい。

おしゃれ同好会の活動で作った物を私に届けに来た純一は妙にニヤニヤとしていた。

 

 

「これを着て一刀に見せろって事なのかしら……」

 

 

私は身に纏った『ふらんちぇすか学園制服』を鏡に写して見ていた。

 

 

「一刀が喜ぶのかしら……」

 

 

私はポツリと呟く。純一はなんやかんやで結構気遣いが出来る人間だ。その反面で面白がっている様にも見えるけど。

 

 

「純一の言う通りになるのは癪だけど……一刀に用事があるのも本当の事だし……行こうかしら」

 

 

私は踵を返すと部屋を出る。確か……おしゃれ同好会の会議があるって言ってたわね。私はその会議が良く開催されている部屋へと向かった。

 

 

 

 

 



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第百十三話

 

 

「しかし……こうしてみると服のサイズがバラバラですね」

「そこは個人差があるから仕方ないだろう」

 

 

一刀が大量の服を見て呟いた。うん、魏の女性陣って落差が激しいからね。栄華と沙和には『サイズ』とは天の国における『大きさ』を示すものだと以前教えたので、話はこのまま進められる。

 

 

「たいちょーやふくちょーはいつもその服だから関係ないかもだけど、女の子は大変なのー」

「そうですよ。特に背が伸びたり、胸が大きくなると服の採寸が合わなくなりますから」

「いや……これが俺達の一張羅だから」

 

 

沙和と栄華の言葉に苦笑いの一刀。確かに一刀は制服。俺はスーツと着た切り雀だからなぁ……最近は武道着やなんちゃってシルバースキンとか着てるけど。

でもまあ、男なんてそんなもんだ。

 

 

「でも確かに……女の子は大変なんだな」

「あー、たいちょーの視線が沙和の胸に来てるのー」

 

 

一刀の発言に沙和は「いやん」と言わんばかりに胸を隠しながら抗議の声をあげた。言うほど嫌がってる様には見えんが。

 

 

「い、いや……それは……ゴホン」

 

 

わざとらしく咳払いで誤魔化そうとしている一刀。うん、一刀よ気持ちは分かるぞ?まして思春期なら当然とも言えるだろう。

 

 

「あ、そうだ!大人の純一さんの意見は?」

「あら、興味深いですね」

「聞きたいのー!」

 

そして矛先を俺に向ける一刀。後で覚えとけよ、この野郎。

栄華も沙和も弄る気満々な顔だし。

良かろう……ならば聞かせてやる。

 

 

「甘いな一刀。俺は巨乳は至高の萌えだが貧乳は究極の萌えだと思っている。相反する存在……だが、それが良い」

 

 

俺の言葉に三人は聞き入っている。いや、予想外の答えだったのかな?

 

 

「それぞれに特徴としての差が際立つがそれは個性と言うもの。逆にそれがその娘の魅力とも言えるな」

「純一さん……俺はまだ修行が足りなかった……」

 

 

俺の言葉にガクッと膝を着く一刀。ふ……若さとはそう言うものだ。

 

 

「貴方達……お姉様や桂花に聞かれたら洒落に……あ」

「どうした栄華……げ」

 

 

栄華が俺達に注意を促そうとして途中で言葉を失った。俺が振り返ると、大将が満面の笑みで扉を開けたまま硬直している。

 

 

「あ、あの……大将?これはですね……」

「そ、そう……会議が盛り上がりすぎちゃってさ……」

 

 

俺と一刀はなんとか大将の怒りを沈めようとしたが効果は無さそうだ。笑みを浮かべたまま絶を片手に歩み寄るのは最早、恐怖でしかない。栄華と沙和は既に部屋の片隅に避難している。逃げ場は……無さそうだ。

等と俺が思考に逃げていたのだが大将は俺と一刀の前に立つと絶を振り上げ、口を開いた。

 

 

 

「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」

 

 

 

そう言って大将は、その手に持った絶を……アーッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で……なんの話だったの?」

「その質問は出来たら絶を振り下ろす前に聞きたかったです」

 

 

俺達は大将の前で揃って正座をしていた。

因みに絶は俺が真剣白刃取りで受け止めた。人間死ぬ気になってやれば案外出来るものだ。

 

 



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第百十四話

 

 

 

 

「天の国の服も悪くないわね」

「流石です、お姉さま!」

 

 

俺と一刀がプロデュースした服を身に纏う大将。そしてそれを称賛する栄華。

確かに似合ってんだよなぁ。一刀もズッと見惚れてる感じだし。

現在、北郷警備隊おしゃれ同好会では大将のファッションショーが開催されていた。先程までの事を大将に話したら服を着てみたいと言い出し始めた。流石に大将も女の子故に服に興味が行く様子。

ツッコミはしなかったけど、先程まで大将が着ていたのは俺が一刀から聞き出してデザインしたフランチェスカ学園の女子の制服だったりする。

 

それはさておき、ファッションショーが開催されてから大将はかなりの数の服に着替えてる。巫女、ナースと言った服からカジュアルな現代風の服も華麗に着こなしていた。

 

それでまあ……現在は……

 

 

「ほら……桂花?貴女を逮捕しちゃうわよ」

「ああ……華琳様……」

 

 

大将を探しに来た桂花が婦人警官の服を着た大将に手錠を掛けられて押し倒されていた。因みに手錠は俺が真桜に詳細を話したら簡易的な物だが作ってくれた。いつも思うのだが現代の物をアッサリと再現してしまう真桜の才能は凄いな。それに頼りきりなのも現状だが。

大将は盛り上がってるけど……そろそろ止めるか。

 

 

「あー……大将。お楽しみのところ悪いが、そこまでにしとこうか?」

「もう、何よ。せっかく桂花と楽しんでたのに」

 

 

その格好で人を襲って、その発言は色々とアウトな気もするが此処は三国志的な時代だし、深くツッコんだら負けな気がするな。

 

 

「ほら、他にも服があるし……他にも見たいって一刀が目で訴えてるぞ」

「もう……仕方ないわね」

 

 

俺の言葉に大将は渋々ながら桂花の上から降りた。やれやれ……あのまま放置していたら色んな意味で収まりが付かなそうだったから止めて正解だな。大将はそのまま他の服を持って着替えに隣の部屋へと行ってしまう。

 

 

「邪魔しないでよね……せっかく華琳様と楽しんでたのに」

「そりゃ悪かったな」

 

 

文句を言ってくる桂花。俺はその言葉をサラッと流しながら手錠を外そうとするのだが外れない。

 

 

「あれ……おんや?」

「ね、ねぇ……ちょっと?」

 

 

俺の動きから事態を察し始めた桂花が不安げな表情で俺を見詰める。うん、その予想は当たってると思う。

 

 

「ヤバい……外れない」

「ちょっと、どうするのよ!?」

 

 

ガシャガシャと手錠を鳴らす桂花。いや、その手錠を使ったのは大将なんだが。

 

 

「こんな状態じゃマトモに仕事も出来ないじゃない!」

「それにこんな所を襲われたら……」

「いや……其処で俺達を見ないでくれよ」

「そうだぞ桂花。仮に襲うなら俺が……痛いっ!?」

 

 

絶望した様な顔をした桂花。その途中で栄華が口を挟んで俺と一刀を見る。馬鹿を言うな栄華。桂花を襲うとしたら、それは俺の役目……と言おうとしたら桂花が手錠された手で俺を殴った。的確に手錠を武器にする辺り侮れない。

 

 

「馬鹿な事、言ってんじゃないわよ!」

「いや、混じりっ気無しの本気だ」

 

 

踞りそうになった俺を押し倒して桂花が俺の腹の上に乗る。そして胸ぐらを掴みながら叫ぶが俺は冷静に返した。

 

 

「つまり秋月さんは『桂花を抱く男は俺だけだ』って言いたいんですね」

「甘っまーいの♪」

 

 

そんな俺達のやり取りを栄華と沙和がニヤニヤとしながら見ていた。他人の目を気にしない会話をしたのも俺達だけど外野から弄られるのも悔しい。桂花は桂花で顔を真っ赤にして言葉を失ってる。

 

 

「お前らなぁ……」

「あら、面白い事になってるようね」

 

 

反論しようかと思ったら着替えを終えた大将が戻ってきた。

今回、大将がチョイスしたのはフランチェスカとは違う制服だったりする。とある科学の的な制服なのだが……おかしいなビリビリをイメージしながら作ったのに、ツインテールに小柄な体格の為に、どちらかと言えばテレポーターの方になってる。いや、似合ってるんだけどさ。

 

 

「どう一刀?」

「スゴい似合ってるよ華琳!」

 

 

スカートを翻して着ている服と自身を見せ付ける大将。所謂『魅せ方』がわかってるよなぁ。現代ならトップモデルみたいだ。

しかし、まあ……真っ先に一刀に聞く辺り乙女だねぇ……一刀に誉められて頬染めてるし。

 

 

「華琳様、此方ですか?朝議での事ですが……」

 

 

その時だった。大将を探して稟が部屋に来たのだ。マズい……俺は直感的にそう感じた。

 

 

「か、華琳様……なんと可愛らしいお姿に……そして秋月殿と桂花が……ふ、ふふ……」

 

 

稟の視線は華琳に釘付けになった後に、稟は俺と桂花を交互に見てからブツブツと何か言っている。

あ、こりゃアカン。俺は上に乗っていた桂花を抱き抱えると大将と一刀の方に投げ渡す。二人は驚きながらも上手いこと桂花をキャッチしてくれた。

そう……俺の予想通りならこの後……

 

 

「か、華琳様ぁ……ふ、ふぷ……プゥーッ!」

「ぎゃぁぁぁぁっ!やっぱりぃぃぃぃっ!?」

 

 

稟の鼻から大将への愛と妄想によって構築された鼻血が吹き出して、ちょうど俺の居た位置に雨となって降り注いだ。スラックスは無事だが上半身のワイシャツは血塗れと化した。

俺は血塗れになりながらも立ち上がり、自身の服を見てから……叫ぶしかない。

 

 

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「純一さん、ネタが古いです」

 

 

 

俺の叫びに一刀のツッコミが入った。

因みに桂花の手錠は真桜に任せて外してもらいました。

 

 

 

 



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第百十五話

 

 

 

 

「大体ね、アンタは……っ!」

「いや、俺ばかりに責任がある訳じゃ……」

 

 

桂花と口喧嘩する俺。はて、どうしてこうなったんだか……と少し前を思い出すと俺は朝食を済ませた後に警備隊絡みの事で桂花と話をしていた。最初は普通に警備隊の話をしていた筈なのだが途中から桂花の機嫌が悪くなっていき、現在に至る。俺が何かしちまったのかと聞こうかと思えば飛んでくるのは罵詈雑言。原因の切っ掛けすら掴めない状態だ。

 

 

「た、種馬の癖に二人きりになったのに手を出さないって……どうなのよ!」

「………ほほぅ?」

 

 

罵詈雑言の中に本音が混ざってた模様。なるほどなるほど。

 

 

「あ、その……違っ……」

「そうだよなぁ……この間の手錠の時にも期待させといて結局何も無かったもんなぁ……」

 

 

俺はユラリと桂花に歩み寄る。桂花は自分の失言とそれを望んでいた事を俺に察知された事の羞恥で顔が赤くなって涙目になっていた。ああ、もう……可愛いなぁ。

 

 

「それはそうと……そんな罵詈雑言を出してしまう口はよろしないかもなぁ」

「な、何よ……もともとはアンタが……んっ!?」

 

 

何かを言おうとした桂花の唇を俺は自分の唇で塞ぐ。驚いて抵抗しようとした桂花だけど、すぐに落ち着いて俺に身を委ねてくれた。本当にこう言う時はすぐに素直になるな。

 

 

「……っは」

「ん……あ……」

 

 

俺と桂花の唇が離れると互いに息を吸う。急だったし驚いたから長くは出来なかったけど充分に……

 

 

「や、駄目ぇ……もっとぉ……」

 

 

次の瞬間『刺し穿つ死棘の槍』が俺の心臓を打ち抜いた。

桂花はトロンとした瞳と表情で俺の首に腕を回して抱きついてきたのだ。いや、もう……反則過ぎるぞ。

うん、朝だけど……いきなり大人タイムだなコレは。

そう思いながら俺は桂花を押し倒そうとした。

 

 

「桂花?先日決まった草案の件なの……です……が……」

 

 

なんてまあ……図った様なタイミングで栄華が訪ねて来た。

栄華は俺と桂花の状況を察すると分かりやすく顔の下から上へとメーターが上がるみたいに真っ赤になっていく。

 

 

「な、何をしてるんですかっ!?」

「うーん、男女の……へぶっ!?」

「答えないでよ馬鹿っ!」

 

 

栄華の問いに答えようとしたら的確に顎にアッパーが来た。

この後、めちゃくちゃ説教された。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

さて、説教受けてから警備隊の仕事を済ませた後、俺は鍛練場に来て気を高めていた。

 

 

「今の俺なら……出来る」

 

 

俺は両手から気を放ち頭上で気のアーチを作る。アーチをキープしながら更に力を込めていく。

気による戦い方のコツを掴んだ俺は次のステージへと向かうべく様々な事を考えた。

気を刃にして攻撃できるのであれば気を爆弾の如く破裂させて広範囲への攻撃が出来るのではないかと。気を爆発させる事は以前、熊相手に自爆技で実証済み。ならば、その爆発を相手に気弾として放ち、着弾と同時に爆発を引き起こせば大ダメージとなるだろう。

 

 

「よし……行くぞ!」

 

 

俺は上手く行くと確信していた。なんちゃてシルバースキンやなんちゃてパワーボールも上手く扱う事が出来たし、俺の気を扱う技術は向上している筈。

俺は両手から発して頭上でアーチを作っていた気の塊を頭の上で手を組み、合体させる。

 

 

「これぞ究極の爆発呪文イオナズンッ!」

 

 

俺は両手を突き出して気弾を放つ。俺の両手から放たれた気弾が放たれ……あれ?前に飛ばない?あ、なんか手元で光が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐らく今回は……気を意図的に爆発させようとした為に気の制御が上手くいかず副長の掌から気弾が放たれる事がなく、更に『爆発させる』と意識していた為に爆発だけは上手くいった……と思います」

「冷静な解説ありがとよ」

 

 

鍛練場には爆発によるクレーターが大きく出来ていた。俺はその中心でボロボロになりながら音を聞きつけて来た凪の解説に耳を傾けていた。久々にヤムチャしちまったよ。気絶はしなかったけど。

 

 

「しかし凄い爆発でしたね。城が揺れましたよ」

「ドリフだったらアフロになるレベルの爆発を引き起こしたな」

 

 

一刀が驚いた様子で告げに来るが俺が一番驚いてんだよ。

しかし、まあ……今回の事で気の取り扱いが更に難解になったが……

今回の失敗は普段と違い『気を練る』『気を放つ』だけではなく『気を練る』『気を制御する』『気を放つ』『気を爆発させる』とした為に失敗。結果として『気を練る』『気を爆発させる』だけが発動。結果、自分の手元でイオナズンが炸裂した訳だ。

 

 

「とりあえず穴埋め作業しましょうか」

「………そーね」

 

 

手慣れた様子で俺の作り上げたクレーターの埋め立て作業を開始する警備隊面々。

 

 

「いつもすまないね」

「それは言わないお約束ですよ」

 

 

俺の言葉に苦笑いながらも作業を手伝ってくれる一刀。

この後、大将と桂花に呼び出されて、むっちゃ怒られた。

桂花は先程の事が途中で中断された憤りも含めて怒ってた気もするが。

 

 

 

 

 

 




『刺し穿つ死棘の槍』
fateシリーズのランサー『クー・フーリン』が編み出した対人用の刺突技。真名解放すると槍の持つ因果逆転の呪いにより「心臓に槍が命中した」という結果を作ってから「槍を放つ」という原因を作る。つまり必殺必中の一撃を可能とする。


『イオナズン』
ドラゴンクエストシリーズに登場する呪文で『イオ系』最上位呪文で、大爆発を起こし敵全体に大ダメージを与える。全シリーズを通して相手に与えるダメージがデカい呪文。
DQ9以降では更にこれを上回る呪文として『イオグランデ』が存在する。
『ダイの大冒険』でも魔王ハドラーが使用しており、呪文を放つ際には両手を使わねばならない。これは他の極大呪文にも共通していた(ベギラゴン、バギクロス等)



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第百十六話

 

 

 

 

 

イオナズンの失敗による自爆をしてから数日。今回は然したる怪我もなかったので復帰も早い。以前の俺なら気絶したもんだが俺のタフネスぶりも上がっているとみた。

 

さて……今回は怪我もなかったし……新しい技の目処も立った。本来なら順調と言えるのだが……

 

 

「…………」

 

 

食堂で朝飯を食っていたのだが背後からの視線がキツい。自爆をした日から詠が俺の事を睨んでる。もう超不機嫌オーラが出ている。何があったかと話し掛けようとしても不機嫌なまま、そっぽを向いて行ってしまう。まるで取り付く島も無い。

 

 

「まいったなぁ……話も出来ないんじゃ」

「少し前の桂花みたいですね」

 

 

俺の呟きに一刀も同意する。確かに、あのツンツン状態は桂花みたいなんだよな。なんか拗ねてると言うか。

 

 

「そうね、純一。以前の華雄の時もそうだけど、ちゃんと彼女達と向き合いなさいと言った筈よ」

「……大将」

 

 

これまた、いつの間に食堂に来たのか大将が俺を睨んでいた。いや、正しくは笑みを浮かべているのだが凄みが有ると言うか……

 

 

「詠には任せてる仕事も多いし、今後に影響しても困るわ……………解ってるわね?」

「………了解です」

 

 

大将の言葉が『訳:早急に問題解決しないとオシオキ』に聞こえた。うん、間違っちゃいない筈。

しかし、どうにかしろってもなぁ……

 

 

「土下座でもしてくるか」

「すすり泣きも追加ですね」

「以前にも言いましたけど、お二人はその行動に慣れすぎですよ」

 

 

俺と一刀の会話に凪のツッコミが入った。

 

 

「純一さん……」

「月……」

 

 

等と話をしていたら配膳を終えた月が俺を見上げていた。はぅ……しかも、そんな泣きそうな顔しないで罪悪感ハンパないから。

 

 

「純一さん……詠ちゃんはきっと拗ねてるんだと思います」

「やっぱそうか……拗ねてるか」

 

 

月のアドバイスで詠がやはり拗ねてると確信する。でも拗ねてる原因は……

 

 

「あ、あの……やはり副長が桂花様ばかり構ってるからなのでは……真桜も愚痴ってましたし」

「ああ……そう」

 

 

うん。俺が原因なのは良く分かってきた。凪に愚痴る辺り警備隊には噂が伝わってる可能性が高いな。

 

 

「そっか……うん。とりあえず詠と話してくるよ。それに……月もゴメンな」

「へ、へぅ!?」

 

 

俺は謝罪と共に月を抱き締める。わ、凄い軽い。抱き心地も抜群。恥ずかしがるのが最高。星三つです。

 

 

「よし、行ってくる」

「は、はい……行ってらっしゃい」

 

 

俺は月から離れる。ポーッと顔が赤くなってる。その状態でも俺を送り出そうとするのは流石だ。詠の機嫌直したら月にも時間作るよ。

食堂を出る際に一刀と凪に視線を移したのだが凪が一刀をチラチラと見ていた。顔はめっちゃ乙女になっていた。頑張れよ一刀。俺も頑張るから。

 

 

さて、通りすがりの兵士達から話を聞くと詠は書庫へと向かったらしい。その情報を得た俺は急いで書庫へと向かった。

書庫に到着して文官に挨拶をしながら詠を探す。途中で『今日は荀彧様はまだお越しになってませんよ』と言われた。改めて桂花ばかりに気を使ってたと実感される。

そんな事を思っていたら詠を発見。椅子に座ってなんかの本を読んでいた。

 

 

「詠……少し話があるんだがいいか?」

「…………」

 

 

詠は俺の言葉を聞いても手元の本から視線を移さずに無言を貫いている。

 

 

「頼む……話を聞いてくれ」

「……よいしょ」

 

 

俺は土下座をして詠に頼み込んだのだが詠は座っていた椅子から俺の背に乗る。

 

 

「違うぞ詠。上に乗ってくれって意味じゃない」

「……踏めばよかった?」

 

 

顔を上げて抗議しようとしたら詠は座ったまま俺の顔をグリグリと踏みつける。俺はMじゃないから嬉かないぞ。

 

 



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第百十七話

 

 

 

土下座をしたら上に乗られて顔を踏まれた。うん、普通に酷くね?でも、靴のまま踏まずに靴を脱いでから踏んだのは詠の優しさなのだと思いたい。

 

 

「………で、何の用なの?」

「ああ、その……デートのお誘い……かな?」

 

 

俺の上から降りた詠の冷たい視線と質問を受けながら答える。我ながらデートの誘いとか……

 

 

「でぇと?何よそれ、天の国の言葉?」

「あ……そりゃ通じないか……えーっと逢い引きって言えば分かるか?」

 

 

最近、忘れがちだったが三国志の時代とかで横文字は通じないわな。確かデートに該当するのは逢い引きだった筈だけど違ったかな?

 

 

「ま、まあ……兎に角、俺と出掛けようって話だ」

「………いやよ。桂花でも誘ったらいいじゃない」

 

 

詠は顔を赤くした後にサッと本で顔を隠すとそっぽを向いた。

やっぱ月が言ったみたいに拗ねてる感じだな。桂花を引き合いに出す当たり特にそう感じる。こう言う場合は……

 

 

「実力行使!」

「ひゃあっ!?」

 

 

俺は椅子に座っていた詠の両足を片腕で抱えると同時に反対の腕で詠の背に腕を回す。そのまま俺が立ち上がれば詠を抱き上げた状態、所謂『お姫様抱っこ』に出来るのだ。背もたれがない椅子に座っていた詠相手にだからこそ出来た荒業である。

 

 

「ち、ちょっと!下ろしてよ!」

「だーめ。詠が素直に話を聞いてくれないからこっちも実力行使だ。城の外に用事があるから付き合ってもらうぞ」

 

 

俺はそう言いながら書庫を後にする。お姫様抱っこのままで。当然ながら人目を引くが覚悟の上だ。

途中で桂花とすれ違って『話を聞かせてもらうわよ』『今度話すから今は勘弁して』とアイコンタクト。通じ会ってる事を喜ぶべきなのか尻に敷かれ始めてるのを嘆くべきなのか……

 

まあ、兎に角……

 

 

「此処が今回の目的地だ」

「此処って……」

 

 

多少顔がひきつってる詠。それもその筈。この店は以前、詠が俺との関係を冷やかされた服屋なのだ。つまりは俺の御用達。

 

 

「此処に預けてる服を着てほしくてな。詠の為に作った一品だぞ」

「ぼ、僕の為に……じゃなくて!そう言うのは僕じゃなくて桂花や月に……」

 

 

詠の為に作ったってのも嘘じゃない。いつかプレゼントするつもりだったのも間違いじゃないが、詠の話を聞くために少しばかり話しやすい状況を作りたいのが本音だ。

 

 

「じゃ……お願いします」

「「はーい!」」

 

 

俺が店の中に声を掛けると店の中から元気よく女性店員が出てくる。二人はガシッと詠の両腕を捕らえて拘束した。

 

 

「さ、参りましょう!」

「副長さんから頼まれましたから任せてください!」

「ま、待って!僕は着るとはぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 

凄い勢いで店の中に連れ込まれていった詠。ドップラー効果付きで店の中に吸い込まれていった。店員さんのテンションも妙に高かったな。

 

 

「副長さん、いらっしゃいませ」

「店長さん。おじゃましてるよ」

 

 

俺が店に入ると店長さんが迎えてくれた。店員二人が詠を連れてったから当然か。

 

 

「急な訪問で驚きましたよ」

「んー……ちっと複雑な話があってね。話しやすくする為に少し散歩してんだわ」

 

 

店長さんと軽く話をしていたら店の奥から先程の店員が戻ってきた。着替え終わったかな?

 

 

「流石副長さん、あの服素敵です!」

「そうそう、可愛いですよ!」

「そっか……んで、着替えた詠は?」

 

 

先程のテンションが持続されたままだった。しかし着替えた筈の等の本人が居ない。と思ったら不満気な顔で詠が店の奥から出てきた。

そして出てきた詠の姿に俺は目を奪われた。

 

 

「………何よ」

「ブラボー……おお、ブラボー……」

 

 

素晴らしいの一言だった。今の詠はセーラー服を着ている。しかも髪型や眼鏡は変えていないので見事なまでにマッチしていた。

似合うとは思ってたけどここまでとは……不覚、この秋月。戦力を見誤ったわ……俺は思わず拍手をしながら詠を見詰めた。

 

 

「な、何よ……ぶらぼうって」

「超似合ってるって事だ。素晴らしい」

 

 

顔を赤くしたまま聞いてくる詠に俺は親指をグッと立てて答える。是非とも『委員長』と呼びたい逸材だ。

 

 

「に、似合ってる……そっか……」

 

 

俺の言葉に詠の表情が緩んだ気がする。やっと笑ってくれたかもな。

 

 

「それで僕を連れ出したのって……」

「さ、行こうか。まずはお茶かな?」

「へ……ち、ちょっと!?」

 

 

詠が早くも話を終わらせようとしたので手を引いて店の外へ。不機嫌になる前に色々としましょーね。

この後、お茶したり、買い物したりと詠の機嫌を取った。最初は拒み気味だった詠も途中からは純粋に楽しんでくれていたみたいだ。繋いだ手も離さないでくれたしね。今は夕食を食べた後に酒を飲んでいた。

 

しかし……俺ほどの年齢の男がセーラー服の似合う娘を連れ回すって現代だったら色々とマズい気もしたが……考えないようにしよ。後が怖そうだ。

さて……散々遊んだ後でそろそろ本題に……

 

 

「ねぇ……僕に聞きたいことがあるんでしょ?」

「……ありゃまー」

 

 

聞こうと思ったら先手を取られた。

 

 

「なんで僕が不機嫌だった……とか?」

「んー……そこまで先読みされるとどう聞こうか悩んだ自分が虚しくなるな」

 

 

完全に読まれてたよ。しかもちょっと気を使われてるし。

 

 

「だったら僕も聞きたい……なんで秋月は……その桂花以外には手を出さないの?噂は聞くけど実際には桂花だけでしょ?」

「………思ったよりも深く刺さった質問だなぁ。前に話したかもだけど……天の国じゃ一夫多妻は認められてない。だから……」

 

 

だから桂花以外には関係を作ってないと言おうとしたら詠が先に口を開いた。

 

 

「でも……秋月も『種馬』が仕事なんでしょ。北郷は色々と関係持ってるみたいだけど」

「『種馬』が仕事として認知されてる件に関しては別に話し合うとしてだ……」

 

 

もう既に仕事として認知されてる辺りが泣ける。だからと言って種馬だから抱いたと思われるのも心外だ。

 

 

「秋月……アンタが僕達を思って手を出さないのは分かったけど……それはそれで残酷なのよ。僕達は少なくとも……その……待ってるんだから……」

「そっか……またやっちまったな俺は」

 

 

大将からの『ちゃんと他の娘も見ろ』の言葉をまたしても再認識してしまった。詠がここ暫く機嫌が悪かったのは俺が正しく『何もしなかった』からだ。期待させといて桂花ばかりにかまけて他の子を蔑ろに……した覚えはないが彼女達にはそう思われてしまう。特に詠からしてみれば月を泣かすなってのもあるんだろう。

 

 

「俺も……まだまだだなぁ……」

「普段の気遣いがそこにも発揮して欲しいわね」

 

 

溜め息を吐いたら詠から追い討ちの一撃が来た。いや、俺も悩んでるのよ?

 

 

「あのな……俺も結構堪えてる部分があるんだぞ……真桜とか華雄なんて隙が多いし……」

「だったら悩まずに行けばよかったじゃない。特にあの二人もアンタに惚れてるのが目に見えてるんだし」

 

 

俺の言葉にも詠は酒を注ぎながら答える。いや、だから頑張って理性を総動員してるんだよ俺。真桜は服装があんな感じだし、華雄は華雄で鍛練の時とかも服の裾が舞って視線に困る時があるし。

 

 

「月や詠はメイドって普段から愛でたいし、斗詩は世話焼き女房みたいで甲斐甲斐しいし、ねねは時おり布団の中に潜り込んでくるしで……普段から理性と煩悩の戦いなんだぞ」

「そうね……普通に腹立たしいわね。それでいて桂花が一番なんでしょ?」

 

 

あ……やばっ。詠からフツフツと怒りのオーラが……確かにさっきの言い方だと自慢してるみたいだよな。

 

 

「………意気地無し」

「さっきの話聞いてた?意気地云々じゃなくて堪えてるんだからね?」

 

 

詠はジト目で俺を睨む。俺は俺なりに悩みがあるっちゅうのコイツは……

 

 

「とことん話し合おうか?」

「そうね……僕も不満があるから言っとくわ」

 

 

互いの杯に酒を注ぐ。こうなりゃとことん言ってやろうじゃないの。

 

って感じで酒飲んで口喧嘩したら、かなりスッキリした。思えばここまで誰かに悩みを打ち明けて語り合ったの、この世界に来てから初めてかも。ありがとな詠。

飲み終えてから城に戻る間は気まずくなってたけど……俺はもう一つ……抑えていた言葉を詠に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

 

 

秋月にでぇとに誘われてから服を着替えて……

 

街中を仲良く散策して……

 

夕御飯を食べてからお酒を飲んで……

 

秋月の悩みと僕達の思いを話したら……

 

それから暫く口喧嘩をして……

 

互いに言いたい事を沢山言い合って……

 

帰り道は互いに無言になって……

 

城に着く頃には二人とも頭が冷えて気まずくなって……

 

そのまま別れて部屋に戻ろうかなって思っていたら……

 

秋月の口から聞きたかった言葉が出て……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は断らずに彼の部屋へと一緒に行った。

 

 

 

 



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第百十八話

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朝日の光が窓から差し込み俺は目を覚ます。体が心地好い疲れを残したままだ。と言うのも……

 

 

「すー……すー……」

 

 

隣で可愛らしい寝息を立てながら眠る詠が居るからだろう。詠って三つ編みを解くと雰囲気変わるよな。髪も長いんだし髪型変えると可愛いかもな。ポニーテールとかにしてみたい。なんて思いながら詠の髪に触れていたら詠が目を覚ました。

 

 

「お、おはよう……」

「ああ……おはよう」

 

 

恥ずかしがりながら布団で顔半分を隠してる詠。何気なく可愛いぞ詠。ポイント高いわ。

しかし……これで名実共に種馬か。一刀は割りと飛ばしてる感じだが……まあ、一刀は若いしな。逆に俺くらいの歳だとこう……色々と男女の関係の悩みがあるから踏み出せなかった訳だが、この時代の人達から見れば俺や一刀の方が違った考えをしてるんだよな。貴族や将軍は本妻の他にも側室とか居るのが普通みたいだし

その事を以前、大将に相談しようと思ったが普段から女を侍らせてる人に相談してもアカンかった。

 

 

「ね、ねぇ……秋月」

「ん、どうした……」

 

 

詠の声に振り替えれば詠は既に着替えを始めていた昨日プレゼントしたセーラー服ではなくメイド服へと着替えている。生着替えとは詠も大胆に……

 

 

「見るな、馬鹿!」

「……そっちが呼んだんだろ」

 

 

なんて事はなく枕が飛んできた。

 

 

「あ、ごめん……そ、その月になんて話せばいいかと思って……」

「あー……そうだよな」

 

 

詠が悩んでいたのは月の事だ。俺の自惚れじゃなければ月も俺の事を思ってくれている。前に頬にキスしてくれた時の事を思い出すと……じゃなくて。

月が詠を心配するように詠も月を心配する。そして月の気持ちに気づいていた詠は先に俺と関係を持ってしまった事を悩んだ。

 

 

「その責任は……俺が負わなきゃだよな」

 

 

俺は月や他の子達にも話をしなければと思い立ち上がった……その時だった。

 

 

「ぐ……あああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ちょ、秋月!?」

 

 

俺は激しい激痛に教われた。立てなくなり両膝を着く。これは……この痛みは……

 

 

「大丈夫なのっ!?ねぇ、秋月!?」

「ぐ……か……はぁ……」

 

 

詠が心配して俺に駆け寄るが俺は返事をするのもツラい……これは……この体の芯から痛む……この痛みは……

 

 

「ちょっと、誰か来て!秋月が!?」

 

 

詠は自分ではどうにもならないと思ったのか廊下に出て声を張り上げる。良い判断だ、俺はもう……立てそうにない……

 

 

「秋っ……純一!」

 

 

俺がスローモーションに床に倒れるのを見た詠は俺の事を純一と呼び……俺はその場に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎっくり腰……ですか」

「みてーだな」

 

 

俺専用のベッドが完備された医務室で一刀の呆れたような呟きに答えた。

俺はベッドにうつ伏せで寝ていた。だって仰向けに寝てると痛いんだもの。ちなみにだがぎっくり腰の正しい体勢とは無いらしく本人と体と症状によって変えなければならないらしい。今回はうつ伏せが楽な体制なので、うつ伏せしてる。でも、うつ伏せだけだと腰に負担が掛かるので痛みが少し引いたら体勢変えないとな。

 

 

「まったく………心配させて」

「随分素直になりましたね桂花」

 

 

医務室で溜め息を吐く桂花に稟が珍しそうに呟く。うん、最近素直だからね猫耳軍師様は。

 

 

「それで……純一の体調はどうなの?」

「ふむ……普段の疲れが出たようですね。暫く安静にしていてください」

 

 

大将は俺の容態を軍医に聞いている。彼も最早、俺の専属とかしてるな。

 

 

「安静だと?そんな物はな……叩けば治る!」

「止めろ、何をする気だ!」

 

 

なにやら物騒なことを言った後に握り拳を振り上げた春蘭。そんな春蘭を華雄が真っ先に止めてくれた。

 

 

「まだ何もしていないだろうが!」

「何かしてからじゃ手遅れだ、たわけ!」

 

 

春蘭を羽交い締めにしたまま医務室を出ていく華雄。本当に最近、優秀な将軍だよな。互いに武器持ってない状態で春蘭を制圧できてるんだから。

 

 

「日頃の疲れね……昨晩が激しかっただけじゃないの?」

「っ!!?」

 

 

大将はチラリと詠を見ながら呟き、詠は目に見えて分かりやすく顔を一瞬で真っ赤にした。桂花の時といい見てたんじゃなかろうな覇王様。



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第百十九話

 

 

 

 

「あー……ツラいなー……」

 

 

医務室から自分の部屋に戻った俺は部屋で寝ながら煙管を吹かしていた。だって暇なんだもの。

かと言って出掛けるほど腰の痛みが引いた訳じゃない。つーか、飲んだ痛み止めが超効いてるんだけど怖いくらいに。

医務室から出るときに大将の妙な笑みが気になる。あれは詠にする質問が楽しみなのか、調合した薬の効き目が知る事が出来たのが嬉しかったのか……いや、両方か。

 

しかし……医者の話じゃ過労って言ってたが、そんなに疲れが溜まっていたのだろうか。思えば、この世界に来てから色々あったからな。体は休めても心が休まってなかったのだろうか。

 

気を覚えて自爆して。大将の所に行ってから自爆して。反董卓連合で自爆して。桂花と仲良くなって自爆して。大河を弟子にしてから自爆して。

 

 

「自爆しかしてねぇ……」

 

 

思い返してみると自爆しかなかった……新技開発も八割は失敗してるし。

 

 

「風呂行こ……」

 

 

俺は溜め息と吐くと煙管の火を消して風呂場へと向かった。腰痛の時は風呂に限る。しかも今回は五右衛門風呂ではなく、大将達が使ってる大風呂を使っても良いと大将から言われている。医務室から出る時に沸かし始めると言っていたからそろそろだろう。

 

 

「副長、お疲れさまです。準備できてますよ」

「ああ、ありがとう」

 

 

大風呂へと行くと侍女が風呂の準備は済んでいると教えてくれた。

と言うわけで大風呂。五右衛門風呂も嫌いではないが大風呂で広々と入るのも好きだ。

俺は痛む腰を我慢しながから服を脱ぎ、浴場へ。

 

 

「さて、入るか」

「はい。では、お背中流しますね」

 

 

いざ入ろうかと思った俺の独り言に返事が帰ってきた。しかも背中を流してくれるとはありがたい……じゃなくて!

 

 

「ゆ……ゆえ?」

「は、はい……」

 

 

振り返れば手拭いで前を隠している月。恥ずかしいのか頬は赤く染まっている。

 

 

「あ、あの……なんで」

「そ、その……華琳様から『純一は後でお風呂に行くだろうから体が不自由な純一を助けてあげなさい』……と」

 

 

なるほど、あの時の笑みはこの事を予想してたからか。完全に掌で踊らされてるな俺。月は月で顔を真っ赤にして俺を見上げてる。

 

 

「あー……その、お願いできるかな?」

「は、はい!」

 

 

俺の頼みを月は聞いてくれた。俺が腰を下ろすと月は背中を洗い始めてくれる。

無心だ……無心となれ。この状況で欲望を出すのはダメだ。

 

 

「……くすっ」

「どうかしたのか月?」

 

 

俺がこの状況下で無心になろうとしているのを月が笑った。そんなに可笑しかったか?

 

 

「あ、いえ……詠ちゃんも同じだったのかなって……思ったら」

 

 

月の言葉に俺は思考が止まる。そういや詠の事をどう話せば……

 

 

「詠ちゃんとの事……詠ちゃんから聞きました」

「え……詠から?」

 

 

ちょっと待て。詠から昨夜の事を聞いたってのか?

 

 

「あー……ごめん。俺は……」

「謝らないでください。詠ちゃんにも謝られたんですけど私は怒ってないんです。寧ろ嬉しかったんですよ」

 

 

謝ろうとしたが月に止められた。え、って言うか嬉しかった?

 

 

「詠ちゃんはいつも私に遠慮しちゃうんです。でも、詠ちゃんが自分から純一さんと一緒になったって聞いて嬉しかったんです」

「そっか……」

 

 

体を洗ってもらってから二人して湯船に浸かる。月は俺の隣にピッタリと並んでいる。

しかし、聞くと月と詠って似てるんだよな。互いが互いの事を思うところが。

月は詠の事を思ってるし、詠は月の事を思ってる。正直、俺が関係を持つのが詠が先じゃなくて月だったとしても同じように『良かった』と言う気がした。

 

 

「月……」

「え、純一さ……ん」

 

 

俺は月にキスをした。密着してる分、月のドキドキが伝わってるみたいだ。

 

 

「俺は……その……他の国から来たから感覚が違うだろうけど……みんな大事にしたい……だから」

「わかってます……私だけじゃなくて詠ちゃんも華雄さんもねねちゃんも桂花さんも斗詩さんも真桜さんも」

 

 

俺の言葉を遮って月は皆が同じ気持ちだと教えてくれた。

 

 

「他の誰かが言うことかだからと、ご自身の気持ちに無理をしないでください。純一さんにとっての一番が誰かはわかっています。それでも……私は、私達は貴方をお慕いしています」

「そっか……うん」

 

 

 

途中から泣きたくなっていた。俺が思う以上に彼女達はしっかりと俺を見ていた。寧ろ俺が躊躇っていた事や悩みも見抜かれていた。

 

 

「純一さん?」

「ん、ああ……酒飲みたいと思ってな」

 

 

月はが不安そうな顔で俺を見ていた。俺は誤魔化すために咄嗟に酒を飲みたいと告げる。いや、嘘じゃないよ。風呂に入りながら熱燗って最高じゃん?

 

 

「だ、駄目ですよ!」

「わかってる。言ってみただけだからさ」

 

 

プクッと頬を膨らませた月を抱き寄せる。

わかってるよ……体を治してからだよな。

 

そんな事を思いながら俺は月と風呂を堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日、ニヤニヤと笑みを浮かべた大将に詠の事も含めて質問攻めにされた。

 

 



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第百二十話

長くなりそうだったので一旦区切ります。今回は短め。


 

 

 

◆◇side斗詩◆◇

 

 

私は大河君と一緒に街の警邏に出ていた。その途中で私は秋月さんの容態を聞いていた。大河君の話だと秋月さんの腰痛は大分回復したみたい、良かった。

 

 

「じゃあ……秋月さんは部屋で仕事してるの?」

「桂花さんを始め、月さんや詠さんが部屋から出さないようにしてるッス」

 

 

秋月さんの腰痛は結構良くなったと聞いてたけど……なんでそんな事になってんだろう?

 

 

「ほっとくと師匠はまた怪我をするだろうから外に出さない方がいいって言ってたッス」

「そんな子供みたいな……ああ、うん。そうかも」

 

 

私は大河君の話した桂花ちゃん達の言葉を否定しようとしたけど妙に納得してしまった。秋月さんって放っておくと当たり前の様に怪我をしていくから……

 

 

「師匠は『暇ーだ、酒飲みてー、煙草吸いてー』って言ってたッス」

「秋月さんらしいなぁ……」

 

 

秋月さんの真似をしている大河君。その姿が妙に似ていて笑ってしまう。

でも大河君の話が本当なら秋月さん相当暇してるのね。警邏が終わったらお見舞いに行こうかな?

 

 

「顔良隊長!彼方の通りで騒ぎが!」

「わかりました。行こう大河君!」

「了解ッス!」

 

 

部下の一人が街中の騒ぎを報告してくれた。私は大河君と一緒に騒ぎが起きている場所へと急ぐ。

騒ぎが起きているのは居酒屋だった。そこでは酔っ払った男性三人が道行く人に喧嘩を売ったり、居酒屋の店員の女の子に絡んでいる。女の子は叩かれたのか右頬が赤くなっている。

 

 

「やめなさい!」

「あぁん!?なんだテメェ等!?」

 

 

私が女の子に絡んでいた男の人を引き離すと酔っ払った男の人達は私を睨んでくる。

 

 

「北郷警備隊の者です。暴れるのを止めなさい!」

「あんだぁ?北郷警備隊は酒を飲むのが罪だって言うのか?」

「飲むのが悪いんじゃ無いッス。飲んで人に迷惑を掛けるのが悪いんスよ!」

 

 

私が名乗ると酔っ払いの一人が言い返してくる。大河君がそれに正論を返す。でも酔っ払った人達は話が通じずに暴れるのを止めそうにない。それどころか出された料理を投げてくる始末。

私が警備隊の皆さんに目配せすると全員が頷いてくれた。そして酔っ払い達を取り押さえようとした、その時だった。

 

 

「おばあちゃんが言っていた」

 

 

その場に居た全員が声のした方に振り返る。この声……秋月さん!?でも少し声が違うような……

 

 

「男がしてはならない事が二つある。食べ物を粗末にする事と……女の子を泣かせる事だ」

 

 

秋月さん……なんだと思う。何故ならばそこに居たのは眼鏡をかけて髪型を変え、普段とは違う服装の秋月さんだったから。そして何故か秋月さんは右手を空に向け、指差していた。

 

 

 




『天道語録』

『仮面ライダーカブト』の主人公『天道総司』がことあるごとに発言する名言であり、彼の尊敬する数少ない人物である『おばあちゃん』の言葉。
必ず右手を天に向け、指を差しながら「おばあちゃんが言っていた」という言葉から始まる。


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第百二十一話

 

 

 

 

「……暇だ」

「碁を打つのにも飽きたのですか?」

 

 

最早、何度目になるか分からないボヤキが口から発せられ、向かい側に座るねねが応えた。とも言うのも俺は部屋で暇をもて余しているからだ。

時を少し遡り、ぎっくり腰になった俺は仕事を休まざるを得ない状態となってしまった。しかし、その腰痛も一週間ほど安静にしたのでほぼ回復。

さて、体も治ったので仕事をしようかと思ったのだが、そこで桂花が待ったを掛けた。

 

 

「中途半端な治し方だとまた再発するわよ。休みなさい」

 

 

と俺に仕事をさせない動きに出たのだ。いや、流石に大将が止めるかと思えば

 

 

「そうね……この先、やる事が増えるから純一に倒れられても困るわ」

 

 

と桂花の案に乗ってきたのだ。マトモな理由のようにも思えたが一瞬見せた笑みがなんとも嫌な予感を感じさせる。

そんな訳で既に三日程経過したが未だに城から出られない日々を送っていた。

そして監視役として初日は桂花が俺の部屋に書類を持ち込んで仕事。二日目に詠が俺の部屋に。三日目には月が付き添う形となっていた。

そして四日目となる今日はねねが俺の相手をしてくれているのだが朝から碁ばかりしていたので流石に飽きてきた。朝は大河が警邏の前に顔を出しに来たが、挨拶くらいで行ってしまったので結局は退屈なのだ。

今までの心配事もあるからなんだろうけど、流石に体が鈍りそうだ。

 

 

「うーむ……体を動かさないのが却って悪影響になりそうだ」

「だったら、ねねに良い考えが有るのですぞ!」

 

 

肩をゴキッと鳴らした俺にねねが良い笑顔を向けてきた。ほほぅならば聞かせてもらおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

 

あの馬鹿が腰を痛めてから11日が経過した。放っておくと勝手に自滅していくあの馬鹿を止める為に私は華琳様に進言したところ受け入れてくださった。詠や月も賛同したのが大きかった。でも華琳様には私達の考えが見通されていたらしく……

 

 

「早く体を治して貰わないと逢い引きも出来ないもの……ね?」

 

 

私達だけに聞こえるようにコソッと告げられた言葉に私達は顔を赤らめた。華琳様にはバッチリとバレていたのだから。

そして秋月が7日ほどで治ったと言っていたが私達は結託してアイツを城から出さないようにした。常に誰かがアイツに付き添っていれば無理もしない筈と踏んでいたのだ。

 

 

「今日はねねに任せたけど……大丈夫かしら?」

 

 

私は秋月の部屋に向かいながら考える。朝から秋月の傍に居れる事を喜んでいたけど……少し不安だった。

ねねも大人ぶってるけど子供なのよね……時折、秋月を『とーさま』って呼んでるし。

私が考え事をしてる間に秋月の部屋の前まで来ていた。私が戸を開けようとしたけど、戸が少し開いていて中から声が聞こえてきた。

 

 

「ありがとう、ねね。気持ちいいぞ」

「なによりなのです」

 

 

な、何してるのよアイツ等!?私は思わず息を飲んで声を沈めた。今の声は間違いなく秋月とねね。私はそのまま聞き耳を立てた。

 

 

「意外だったな、ねねがこんな特技を持ってるのは」

「なら、もっと気持ちよくしてあげるのです」

 

 

ねねの特技で秋月が気持ち良く……え、ちょっと……まさか。私は頬が熱を持つ感覚を感じながら部屋から聞こえてくる声を聞いていた。

 

 

「秋月、カチカチなのです」

「最近忙しかったからな……腰痛で大人しくしてたけど自分じゃ出来ないからな」

 

 

私は耳を済まして扉の影に張り付き、会話を聞き逃さないようにする。

 

 

「ほら、此処を押すと気持ち良くなるのですぞ」

「くはぁ……効くぅ……」

 

 

この会話……そう……アイツ、ねねにまで手を出したのね……

 

 

「秋月の背中……暖かいのです」

「そうか?そう言うねねは指がふにふにしててちょっとくすぐったいかな?」

「むぅ……ねねは子供じゃないのです」

 

 

私が気遣っていたにも関わらず他の娘と……

 

 

「もういいぞ。ねねも、してばっかりじゃ疲れるだろ?」

「大丈夫なのです。その……とーさまはちゃんと気持ち良くなれたのですか?」

 

 

私のイライラは頂点に達した。

 

 

「ああ、ねねが頑張ってくれたからな」

「えへへ……だったら、もっと頑張るです」

 

 

もう我慢できない!私は扉に手を掛けた。

 

 

「ちょっとアンタ達!何して……る……の」

 

 

部屋に入って見た光景に私は言葉を失った。

 

 

 

 

 

◆◇side桂花end◆◇

 

 

 

 

 

寝台にうつ伏せになって、ねねにマッサージをしてもらっていたら桂花が勢い良く部屋に入ってきた。いや、何事よ?

 

 

「どうした桂花?」

「何……してるの?」

 

 

俺の質問に、質問が返ってきた。そいつはルール違反だな、と思ったが桂花は顔を俯かせている。過去の経験上この雰囲気はヤバい。正直に話した方が良さそうだ。

 

 

「ねねがマッサージ………肩揉みとか背中の指圧をしてくれるって言うんでな頼んだんだ」

「ふふん、ねねに掛かれば簡単なのです!」

 

 

ねねが俺の背中から降りたのを感じたので起き上がる。おお、スゴい楽になった。肩が軽いわ。

 

 

「そう……それは良かったわ」

「何故、そう言いながら竹筒を振りかぶる?」

 

 

桂花は答えに納得……したのか?いや、理解はしたけど納得してない感じがする。

 

 

「紛らわしいことしてんじゃないわよ!」

「え、何と勘違いしたんだ?」

 

 

今まさに投げようとした桂花だが俺の一言にピタリと動きを止めた。そしてみるみる内に顔が真っ赤になっていく。

 

 

「言えるわけ無いでしょ馬鹿!」

「ぷろぁ!?」

 

 

桂花の投げた竹筒を顔面に食らった。その後、桂花は部屋を出ていってしまう。

 

 

「……ねねが悪かったのですか?」

「しいて言うなら間が悪かったかな」

 

 

俺は痛む鼻を押さえながら答える。大方、桂花の勘違いだろう。真桜の風呂の時もそうだったし。

 

 

「さて……と」

「何をするのですか?」

 

 

俺は立ち上がると部屋の服棚から幾つかの服を取り出す。普段はスーツばかり着てるから市井の人が着る服を着るのは久し振りだ。

 

 

「何、着替えて外に行こうと思ってな。暇だし料理のひとつでもしようと考えたんだが材料を買いに行かなきゃなんだ」

「桂花や月達から外に出すな言われてるのです……って目の前で着替えるななのです!」

 

 

おっとお子様には生着替えは刺激的だったかな?ねねは俺に背を向けてる。なんてアホな事考えてないでサッサッと着替えよ。ほんでもって服屋の親父から作って貰った伊達眼鏡を装備。髪も少し崩すか。

なんせ、そのまま行って『副長が外歩いてましたよ』なんて話が出れば桂花達も更に怒りそうだし。

ま、サッと行ってサッと帰ってくれば問題ないだろう。

それに先程の詫びも含めて料理を振る舞うと決めたんだし。

 

 

「と、兎に角……そんな変装しても駄目なのですぞ」

「だったら、ねねも一緒に行こうか?俺が怪我をしないように監視してれば良い。それに、ねねにも俺の料理を味わって貰いたいからな」

 

 

フンとそっぽを向いていた、ねねだけど俺の言葉に振り返る。ふむ、あと一歩。

 

 

「そうだな……ねねも一緒に料理して恋に振る舞ってみるか?きっと喜ぶぞ」

「ぐずぐずしないで行くのですぞ!」

 

 

俺の言葉に目を輝かせ、俺の手を引くねね。まあ、待ちなさい。出掛ける前にやる事があるから。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「うぅ~……恥ずかしいのです」

「そう言うな、似合ってるぞ」

 

 

城を抜け出した俺とねねは手を繋いで街中を歩いていた。何故、ねねが恥ずかしがってるのかと言えば、着ている服が普段と違うからだ。俺が変装したのに、ねねがそのままじゃ意味がないので、ねねにも着替えて貰った。

現在のねねは所謂フリフリな可愛い服を着ている。栄華が見たら間違いなく食いつくなコレ。そして縛っていた髪を解き、帽子を脱がせた。手を繋いで歩いているのは親子っぽく見せる為だ。

ここまでやれば俺だとは気づくまい。実際、料理の材料を買った際にも市場の人は俺に気付いてなかったし。ねねがアドリブで俺の事を『とーさま』も呼んだのも効果有り。

それに……ねねが俺の手を割りと強く握ってる。離したくないって言ってるみたいだ。

 

そんな訳で俺は左手でねねと手を繋ぎ、右手で先程買った豆腐を持っていた。

何故豆腐かと言えば俺が作る料理は麻婆豆腐と決めたからだ。厨房に器を借りに行くついでに材料を確認した所、ネギや挽き肉などは有ったのだが豆腐だけがなかった。そこでボウル状の器を借り、市場まで買いに来た。

しかし、良い豆腐が買えた。この豆腐で麻婆豆腐を作れば最高の麻婆豆腐になるだろう。

拘りの一つだが俺の麻婆豆腐は辛さは控えめで味をまろやかにする様に心掛けている。辛すぎると麻婆豆腐の味が解らなくなってしまうからだ。そこで辛味を控え目にして、旨味を引き出す。言わば味のパーフェクトハーモニー……完全調和だ。

さて、買うものも買ったしサッサッと帰るか……

 

 

「北郷警備隊の者です。暴れるのを止めなさい!」

 

 

と思ったら聞こえてきた斗詩の声。何事かと通りを見てみれば北郷警備隊の皆さんに斗詩と大河。

酔っ払い関係のトラブルかな?遠目で見てみれば酔っ払い達は料理を警備隊に投げ付けている。更に店員の女の子は殴られたのか頬が赤くなり涙目だ。

その時だった。ねねが繋いでいた手を離し、俺が持っていた器を俺から取り上げる。

 

 

「とーさまを外に出すとこうなると思ったから桂花や月達が止めてたのです。揉め事に率先して首を突っ込むのが目に見えてたのですぞ」

「うっ……」

 

 

ねねからの指摘に言葉を失う。グサリと刺さるね。

 

 

「待っててやるからサッサッと終わらせてくれば良いのです」

「………ありがとな」

 

 

豆腐が入った器を両手でしっかりと握るねね。俺はねねの頭を一撫ですると居酒屋の方へ歩き出す。

 

 

「おばあちゃんが言っていた」

 

 

警備隊の面々が居るし、正体がバレない様に俺は少し声を低くしながら声を掛ける。

 

 

「男がしてはならない事が二つある。食べ物を粗末にする事と……女の子を泣かせる事だ」

 

 

俺は天を指差しながらポーズを決めた。バレてないよね?



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第百二十二話

数話前にぎっくり腰の話を書きましたが本当にぎっくり腰をしてしまいました。ヤバい感がハンパないです。
少し良くなったので執筆再開。今回は短めです。



 

 

 

変装をして声を少し変えたけど……どうだろう。斗詩は明らかに疑いの視線を送ってきてるし。

 

 

「なぁんだと、てめぇ!」

「俺たちはなぁ!」

「やんのかこるぁ!」

 

 

なんて思ってたら酔っ払い三人は俺に絡んできた。

 

 

「酔って店ならびに通行人への迷惑行為。覚悟しろよ?」

 

 

俺はグッと拳を握ると体を弓のように捻りあげ、限界まで伸ばす。そして、それを撃ち放つように全てを拳に乗せる!これぞ花山薫の方程式「握力×体重×スピード=破壊力」

 

 

「ぶげふっ!?」

 

 

花山薫みたく人を数十メートルは飛ばせなかったけど威力は充分だ。

 

 

「や、野郎っ!」

「おい止せ!」

 

 

残った二人は片方が刃物を取りだし、片方は酔いが醒めたのか刃物を取りだした方を止めていた。

 

 

「お前らなんかに……俺の気持ちがわかって堪るか!」

「………お前が何に苦しんで酒に溺れたのかは知らん……だが、他の人に迷惑を掛けていい理由にはならないな」

 

 

俺は襲い掛かってくる刃を避ける。ぶっちゃけ普段から恋や華雄の攻撃を見ている俺には通じないだろう。慣れって怖いわぁ。

だが、このままと言うわけにもイカン。落ち着いてタイミングを合わせなければ1.2……1.2.3……よし、このタイミングだ。俺は右足に気を集中して……今だ!

 

 

「1.2.3.……ライダーキック!」

「はぶぅ!?」

 

 

俺は振るわれた刃を避けて気を集中していた右足でカウンターを叩き込んだ。流石に背後からの回し蹴りは無理があるって。

しかし、冷々した。慣れたと言っても素手VS刃物って怖いから。でも、まあ綺麗にカウンター入ったな。完全に気絶してら。

 

 

「す、すいません!もうしませんから……」

「その辺りは警備隊の皆さんに言うんだな。じゃ俺はこれで……」

 

 

残りの一人は完全に戦意喪失していた。だったら俺の仕事は終わりだな。さて、後は警備隊に後を任せて……

 

 

「逃がしませんよ」

「俺は善意で揉め事を止めた一般人。出来ればこのまま見過ごして欲しいんですけど」

 

 

逃げようと思ったら斗詩に肩をがっしりと捕まれた。

 

 

「あら、一般の方なら尚更です。協力していただいた方のお名前を聞かなきゃですね」

「俺は……その……」

 

 

ニコニコとしている斗詩が却って怖い。ここは取り敢えず名乗らねば……えーっと

 

 

「俺の名は……雲井ひょっとこ斉だ」

「仮にも偽名を名乗るなら、もっと考えてくださいね秋月さん」

 

 

俺の名乗りに斗詩は深い溜め息を吐いた。完全にバレてら。

と言うか、しょうがないじゃん咄嗟に名乗ったんだから前田慶次と同じだよ。

 

 

「まったく……なんで変装なんかしてるんですか?」

「いや……城を抜け出したとバレたら大変な事になるだろうから変装して買い物済ませたら素早く帰ろうかと思って」

 

 

ヒソヒソと城から抜け出した事と変装の経緯を話した。

 

 

「本当に素早く帰るなら問題なかったんですけどね……」

「う……すまん」

 

 

斗詩にジト目で睨まれる。確かに首を突っ込むほどじゃ無かったんだろうけどさ。

 

 

「今回の事は黙っててあげますから……今度は私と出掛けてくださいね?」

「お、おう」

 

 

斗詩は俺の耳元で囁く。斗詩もなんやかんやで甘え方が上手いよな。ドキッとしたわ。

この後、警備隊の事を斗詩に任せ、俺はねねと城に戻り、料理に取り組んだ。

作った麻婆豆腐は皆に好評だったが凪には辛味が足りないと少しばかり不評だったが。

ま、外に出た事もバレなかったし、料理も作ったで問題無だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と……思ってたんだけど。

 

 

「純一、城に引き込もって退屈だったのは理解するけど、もう少し方法を考えなさい」

 

 

夕食後の後片付けをしていたらすれ違い様に大将からボソッと告げられた。本当に何処までお見通しなんだよ覇王様。




『花山薫の方程式パンチ』
バキシリーズの登場人物『花山薫』が使うヤクザパンチ。
「握力×体重×スピード=破壊力」という方程式から、強力な一撃を生み出す。その威力は人を数十メートル吹き飛ばし、時には装甲車を数メートル先まで殴り飛ばし破壊する程の威力を持つ。


『ライダーキック(カブト)』
仮面ライダーカブトが使うライダーキック。既存の仮面ライダーとは違い、相手が背後から飛び掛るタイミングに合せて、振り向きざまにカウンターで放つ上段回し蹴り。


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第百二十三話

お待たせしました。更新再開します。


先日のぎっくり腰も治って、数日。やっと自由を手にした俺だが現在違った意味でピンチである。

 

 

「どうした秋月!貴様の実力はこんなものか!?」

「ぐ……くそっ……」

 

 

そう、何故か俺は春蘭と模擬戦の真っ只中なのだ。何故こうなったかと言えば……復帰した俺が鍛練場に顔を出す→華雄と春蘭の鍛練中→二人に見つかる→休んだせいで体が鈍ったのではと疑いを掛けられる→Let's模擬戦。

 

と、まあ……流れるように模擬戦となった。何故春蘭としているかと言えば華雄とは普段から模擬戦とか血風連の訓練で互いの手の内を知られているので私が相手をすると春蘭が立候補。こっちには拒否権すら与えられなかった。

 

そんな訳で俺はなんちゃってシルバースキンを装備した上で春蘭と戦っているのだがいかんせん不利だ。

だが、この間のカブト版ライダーキックを成功させた俺には対策もある。

 

俺は素早くしゃがむと地面をバァン!と強めに叩く。それと同時に気で強化した脚力でジャンプしながら標的である春蘭に迫りながら両足で蹴りを放つ!

 

 

「RXキック!」

「む、ぬぅん!」

 

 

これぞRXキック。決め技ではないがダメージを与える繋ぎ技として、これ以上のものはない!実際、俺を攻めていた春蘭も初めて防御に回ったし。この隙を逃すわけがない!

俺は予め用意していた模擬刀を構えると気を集中して模擬刀に注ぎ込む。すると模擬刀の刃が気の光で輝き始める。ここまで上手く出来てると少し怖い気もするが、いざ!

 

 

「ギャバンダイナミッ……く?」

「………折れたではないか」

 

 

俺がギャバンダイナミックを放つと春蘭も大剣で迎え撃とうと振りかぶった。そして刃が重なったと同時に俺の持っていた模擬刀はアッサリと折れてしまった。何故に!?また気の出力不足だったのか?

 

 

「ふむ……秋月の気に模擬刀の方が保たなかったらしいな」

「そう……なのか?」

 

 

華雄が折れた刃を持ちながら教えてくれた。前だったら気の出力不足で駄目になったもんだが。

 

 

「以前見た時と違った気がしたのでな。それに秋月の気の強さは私がよく知っているさ」

「そっか……華雄が言うならそうなのかもな」

 

 

華雄に武の事を誉められると流石に嬉しいな。普段から負けっぱなしってのもあるが。

 

 

「なんだまったく……どの道、戦うことが出来なくなったのだろう?秋月は先の戦で関羽や趙雲と対等に戦ったと聞いたから試してみたくなったと言うに」

「いや……あれは騙し騙し戦っただけだからな?」

 

 

どうやら春蘭は俺が関羽達と戦った時の事を聞いたらしく俺の強さを確かめようとしたらしい。過大評価したみたいだけど、あの戦いでは俺は防御を固めつつ、相手の隙を突いただけだからな?

 

 

「それに強さを言うなら華雄だろ?撤退の時に関羽と戦って推していたって聞いたけど」

「既に華雄とは刃を合わせた。華雄の強さは私も認めているぞ」

 

 

へぇ……春蘭が認めるって余程の事だな。『私が華琳様の一番だ!』なんて、いつも言ってるから意外だ。

 

 

「春蘭に認められた強さって凄いな華雄」

「それは結構だが春蘭がしつこかったんだ。仕事があるはずなのに私に模擬戦を申し込みに来たんだからな。秋月が倒れてから数日毎日な。秋蘭に仕事を押し付けていた様だから私が数日手伝ったくらいだぞ」

 

 

なんか立場逆転してないかい?春蘭よりも華雄の方がこの国の将軍に見える。うん、気のせいだと思いたい。

 

 

「ま、俺の強さを確かめるのは次回にしてくれ」

「なんだ用事でもあるのか?」

 

 

鍛練場を後にしようとする俺に春蘭が質問してくる。この後、警邏に行って終わったら斗詩とデートなんだよ。




『RXキック』
仮面ライダーBLACKRXの使うライダーキックで片手で地面を叩いた後、ジャンプ中に前方に跳びながら後方回転を加えて両足で蹴り込むライダーキック。

『ギャバンダイナミック』
ギャバンの決め技。
レーザーブレードで敵を真一文字に叩き斬る。ジャンプしながら一回転を加えて斬るverもある。


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第百二十四話

 

 

 

 

警邏を終えてから斗詩と合流した俺は城を出て街へと出ていた。私服に着替えた斗詩は俺の左腕を抱き締めながら共に歩く。ぶっちゃけ俺は今、左腕に全神経が集中している。だって桂花よりも……やめた。考えただけで後々、何か言われるような気がする。

 

この後、適当な食事所に入って夕飯&晩酌。この店は最近、気に入ってた店だ。料理が美味いし、何よりも酒の種類が豊富だから。

そんでまあ……二人して酒を楽しんでいたのだが……

 

 

「ふきゅう……せかいがまわってまふぅ~……」

 

 

既に斗詩が酔い潰れていた。斗詩ってこんなに酒に弱かったっけ?机に体を預けたまま顔が赤い。

 

 

「斗詩、飲み過ぎだぞ。親父さん、水を貰える?」

「はふゅ……らいじょうふ……れふ」

 

 

俺が店の親父さんに水を頼み、斗詩を抱き起こすがフラフラだ。斗詩は大丈夫と言ってるみたいだけど呂律が回ってない状態で言われても説得力皆無だよ。

水を飲ませたけど余程酔っているのか口から少し零れてしまう。水に濡れた唇……ほんのり赤みの掛かった頬って……いや、イカンイカン。ちゃんと介抱せねば。

この後、酔い冷ましにと少し外の空気を吸わせる為に外へ出て店から椅子を借りて外で腰を掛けていた。酔った体には夜風が心地好く感じる。

 

 

「あ、秋月しゃん……私はもう大丈夫れふから……」

「まだ微妙に呂律が回ってないからもう少し大人しくしてな」

 

 

先程よりかは酔いが覚めてきてる様だがまだ呂律が回ってない上に立ち上がろうとしたけどプルプルと足が震えて立ち上がれそうにない。

 

 

「う……はい……」

 

 

 

そう言うと斗詩は俺の隣に座り込む。俺は煙管に火を灯してフゥーと紫煙を吐く。もう少し斗詩が落ち着いたら帰るか。ここまで斗詩が酒に弱いとは思わなかった。

 

 

「んふふ……秋月さん……」

 

 

そしていつもはしないみたいに甘えてくる。俺の肩に頭を乗せてスリスリと嬉しそうに俺の腕に抱きついてくるのだ。ヤバい……超可愛い。

 

 

「あー……斗詩、そろそろ帰ろうか?」

「え……あ、はい」

 

 

このままでは俺の理性の方が耐えられなくなりそうだ。俺は煙管を消すと斗詩に帰るように促すが斗詩は不満そうにしていた。俺もね、もう少しは続けたかったんだよ。でもここ外だからね。少し乗り気になっちゃったけど夜の街の人の目って結構気になるから。

俺は店の親父さんに支払いを済ませ、帰ろうかと思ったのだが肝心の斗詩が駄目だった。酔いは覚めてきているがまだ足下が覚束無い様でフラフラと危なっかしい。

 

俺は着ていたスーツの上着を脱ぐと斗詩の腰元に袖を巻く。こうしないとスカートの中が見えちまうからな。

斗詩の前に片ひざ立になり斗詩を背負うと立ち上がる。斗詩が苦しくなさそうなのを確認すると俺は城へと向かって歩き始めた。

ある程度の酔いは覚めたみたいだけど斗詩がこれ以上具合が悪くならないように、揺らさないように歩かないとな。なんて思っていたらスルッと斗詩の腕が俺の首に掛けられる。そのままフワリと優しく抱き締められた。

 

 

「秋月さんは……優しすぎます」

 

 

弱い訳でもないが強くもない自然な力の加減で俺の体に身を寄せていた。

俺の背中にとてつもなく柔らかい物が押し付けられている。

 

 

「麗羽様や文ちゃんの所から離れて……寂しくて……心細かった私に優しくして……」

 

 

ポフッと俺の背に顔を埋める斗詩。そっか……そうだよな。慣れてきていたけど斗詩は袁紹の所に居たんだ。それが急に陣営が変われば心細いよな。

 

 

「ズルいですよ……本当に。ただ優しいだけじゃなくて皆を笑顔にして……周りに心配要らないって笑って……」

 

 

斗詩は今まで抱えていた物を吐き出すかのように告げる。もしかして今日、妙に酒に弱かったのは張り詰めていた緊張の糸が緩んだからなのかな。

 

 

「……好きになっちゃいますよ皆……私も月ちゃんも詠ちゃんもねねちゃんも華雄さんも真桜ちゃんも……でも一番なのは多分、桂花ちゃん」

 

 

斗詩の言葉に俺はドクンと心臓が跳ねた気がした。え、桂花が一番俺を好きって……

 

 

「桂花ちゃん、隠してるつもりなんでしょうけど女の子達の間じゃ噂になってるんですよ。文官さんや侍女さん達なんか『どうやって副長と荀彧様をくっ付けようか』なんて会議までしてるみたいですし」

 

 

斗詩さん?酔いのせいか口が軽くなってませんか?でも俺にとっては嬉しい情報だけど。つーか、俺の知らない所でそんな会議が行われていたとは。まあ、俺も人の事は言えない事してるけど。

 

話をしている内に城に到着。門番に事情を簡単に話すと「これからお楽しみですか?」と聞かれたので斗詩を揺らさない様に門番を蹴った。

そして門から斗詩の部屋に行くまでの間に背中からは寝息が聞こえてきた。

俺は斗詩の部屋に入ると備え付けの寝台に寝かせる。布団を掛けて寝ている様子は実に心地よさそうだ。

 

 

「おやすみ……斗詩」

 

 

俺は寝ている斗詩に軽くキスをしてから部屋を出た。キスした時に少しだけ微笑んだ様に見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 



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第百二十五話

 

 

 

「この件は大将に確認してからだな」

「了解です」

 

 

俺は書類に目を通してから凪に渡す。暫く休んでたから確認する書類が多い。

 

 

「ん……この南通りの怪しい店ってのは?」

「最近、開店した様なのですが……ぼったくりの疑惑が出てます」

 

 

どの時代でも、ぼったくりってあったのね。こっちは後々、店に赴いて確認しなきゃだな。

 

 

「それと副長、真桜の部屋の近隣の方々から苦情が……」

「またか……真桜にはなんか言った?」

 

 

凪がとてつもなく言いづらそうに俺に真桜の事を告げに来る。おおよその予想が付いた。

 

 

「一応、話はしたのですが……」

「いや、いいわ……」

 

 

凪が言いづらそうにしてるのが既に答えだ。まったくアイツは……

 

 

「ちょっと行ってくる」

「お願いします。私では怒っても最近、効果が薄いので」

 

 

部屋を出る俺に凪は頭を下げる。本当に苦労してんな。今度、飯でも奢ってやろう。

さて、真桜には拳骨をくれてやろう。

 

そもそも以前から真桜の部屋の周辺から苦情が殺到していたのだ。今回の件は良い機会だ。たっぷり説教してくれよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「う~む……やっぱりこの部分は……いや、あかんあかん!妥協したら一流の職人は名乗れんで……ぴぎゃ!?」

「一流なら作業場で仕事しろ。何回注意させる気だ」

 

 

俺は自室で一人言を繰り返しながら作業に没頭している真桜の頭に拳骨を落とした。

 

 

「な、何すんねん副長!」

「何すんねんじゃないだろ。作業なら作業場でしろと何度言わせる気だ」

 

 

そう、これは初めての事じゃない。真桜は作業場で仕事をせずに自室でやってしまう。そして作業場でする作業を自室でやれば当然近隣に音が鳴り響き五月蝿い。そしてその五月蝿さから苦情が出て俺や凪の所に報告が来る。その度に怒りに行くのだが中々改善されないので毎回の事となっていた。

 

 

「そんなん言うたかて、その場で浮かんだ閃きは逃したくないねん!」

「だったら、それを書き残してから作業場でしろ。真桜の工兵としての仕事は認めるがそれ以上に苦情が来てるんだよ」

 

 

いや、真桜の気持ちもわかるんだよ?アイディアって一瞬だからね生まれるのも通りすぎるのも。

 

 

「うぅ~……ウチかて毎度叩かれたくないねん」

「俺だって毎回、拳骨落としたい訳じゃないぞ」

 

 

ジト目で睨んでくる真桜だが俺だって好きで拳骨してる訳じゃないぞ。やれやれ、飴と鞭な訳じゃないけど少しは甘やかしてやるか。

俺は真桜を抱き締めてやる。

 

 

「うひゃあ!?ふ、ふくちょ……」

「真桜……いつも真桜の工兵としての技術には助けられてる。でも、その事で周囲に迷惑が掛かってるのも事実なんだ」

 

 

俺は真桜の耳元で囁く。いつも悪ノリが過ぎる真桜だがこう言う時は大人しい……と言うか乙女だ。

 

 

「俺も真桜を叱るのは頼りにしてるし可愛いと思ってるからなんだ。少しは……解ってくれよ?」

「副長……うん」

 

 

俺が真桜を抱き締めながら髪を撫でてやる。真桜は気持ち良さそうに撫でられ続け体を俺に預けてる。

まったく……普段からこれくらい素直に……ん?

 

 

「………………………ふーん」

「………………………OH」

「ふくちょ?……あ」

 

 

何故か視線を感じて振り返れば部屋の戸が開いており、そこには書類を持った桂花が立っていた。その視線は凍てつく波動を放っているかのように冷たい。

 

 

「真桜の部屋が五月蝿いって苦情が私の所まで報告書が上がってきたから真桜に注意しようかと思ってきたんだけど……そう。そう言う事なの」

「あ、あの……桂花さん?」

 

 

ヤバい……とてつもなくヤバい。今までの経験上この流れはマズい。と思っていたら桂花がズンズンと近づいてくる。あ、超怒ってるな。

 

 

「……離れなさいよ!」

「とっ!?」

「ひゃっ!?」

 

 

互いに抱き合っていた俺と真桜だったが桂花が俺の襟首を掴んで引き剥がされる。突然の事態に俺と真桜は悲鳴を上げた。

 

 

「ほら、行くわよ!真桜は部屋の片付けをして五月蝿くしないようにしなさい!」

「は、はい!了解や!」

「お、おい桂花!?」

 

 

桂花は何処にこんなパワーがあるのか俺をズルズルと引きずったまま部屋を出ていく。真桜も勢いに押されて桂花に敬礼で返した。

 

 

「おい桂花、少し強引だったんじゃ……」

「………アンタが他の娘と抱き合ってんのは見たくなかったのよ」

 

 

引きずられたまま桂花に先程の事を聞こうとしたら桂花は振り返らずに答えた。よく見りゃ耳まで真っ赤になっている。

 

 

「そうかい……」

「……馬鹿」

 

 

桂花の態度に少し嬉しい思いをしていたのだが、桂花は不満そうに口を開く。焼き餅焼く位には素直になってくれた訳ね。

 

 

因みにこの日以降、真桜は作業場で仕事をする様になってくれた。時おり、まだ自室で作業する為に俺が怒りに行くのだが……それを待っているかの様に真桜はいつも悪戯な笑い方をしていた。

 

 

 




『凍てつく波動』
ドラクエシリーズの特技で効果は相手パーティーにかかっている補助魔法等の特殊効果をすべて消す。主にボスキャラが使用してくるのでボス戦では苦労させられるプレイヤーが多かった。


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第百二十六話

 

 

 

 

 

 

「うおりゃあっ!」

「甘いっ!」

 

 

俺の持つエクスカリバーモドキと華雄の大斧が噛み合って火花を散らす。力比べでは華雄には勝てないので俺は身を引き、エクスカリバーモドキを横薙ぎに払う。

 

 

「良い反応だ……だが!」

「ごふっ!?」

 

 

華雄は大斧の柄を俺の腹に叩き込む。なんちゃってシルバースキンを着てなかったらヤられてたな。

俺は殴られた衝撃を利用して華雄と距離を取る。然り気無くなんちゃってシルバースキンに回していた気を解く。

 

 

「行くぞ……新必殺!」

「むっ!」

 

 

俺がエクスカリバーモドキを逆手に構えると華雄は大斧を構え直す。俺はそれと同時にエクスカリバーモドキに気を込めて地面に突き刺す。

 

 

「ガンフレイ……ぶはっ!?」

「……今回は地面が爆発したか」

 

 

地面に刺したエクスカリバーモドキから発せられた気は暴発して石つぶてと土埃が俺を襲う。華雄からは呆れた様な声が発せられていた。

 

 

「痛てて……失敗した」

「毎回飽きないわね、純一。それとも笑いを取るためにやってるのかしら?」

 

 

盛大に自爆した俺を笑う大将。失礼な俺は毎回本気だ。

 

 

「ふざけてる訳じゃないんだがな」

「副長、先程の技はどのような技なのですか」

 

 

やれやれと俺はなんちゃってシルバースキンに付いた土埃を落としていると凪は先程の技を訪ねてくる。真面目だねぇ。

 

 

「さっきの技はガンフレイムって言ってな。地面に剣を突き刺して火柱を出す技なんだが気を使って代用できないかと思ったんだが」

「そうですね……その説明通りの技なら気を伝達させる技術を学ぶべきかと」

 

 

凪は先程のガンフレイムを真面目に検証してくれている。ふむ、技術次第なら再現は可能か?

 

 

「しかし……純一さんが羨ましいです」

「ん、そんなに自爆したかったのか?お勧めはしないぞ痛いから」

 

 

同じく見学に来ていた一刀が呟く。俺はエクスカリバーモドキを地面から引き抜きながら答えた。

 

 

「いや、自爆したい訳じゃないですよ」

「そりゃそうか」

 

 

好きで自爆する奴は栽培戦士くらいだ。

 

 

「純一さんって『気』を使って技を色々と試してるじゃないですか。やっぱり憧れますよ」

「まあ……気持ちはわかる」

 

 

俺も初めてかめはめ波を撃った時は体が震えたよ。

 

 

「だが一刀よ。気を使うだけが全てじゃないぞ」

「え、どういう事ですか?」

 

 

俺はなんちゃってシルバースキンの帽子を脱いで華雄と向き合う。華雄は何事かと首を傾げている。

 

 

「行くぞ、13のブラボー技の一つ!」

「じゅ、純一さん!まさか……」

 

 

俺の叫びに一刀は何をする気なのか気付いたようだ。ならば刮目せよ!

 

 

「悩殺、ブラボキッス」

「はぅ!?」

 

 

俺が投げキッスをすると華雄はヘソの辺りを押さえながら声を上げた。おお、効果があった。

 

 

「な、なんだったのだ今のは……きゅんと来たぞ」

 

 

顔を赤くしながら俺を見詰める華雄。可愛いけどむしろ効いた方がビックリしてるんだが……

 

 

「華琳、凪……悩殺、カズトキッス」

「あ、あぅ…….」

「馬鹿!」

 

 

 

俺の後ろでは一刀が大将に技を試していたが効き目がなかったのか一刀が大将に殴り飛ばされていた。凪はその場にしゃがみこんでしまう。

 

 

「今度やったら、ブチ撒けるわよ」

「……ふぁい」

 

 

一刀が血溜まりに倒れ、大将の手には絶が握られていた。状況と台詞がマッチし過ぎだよ。

でもよく見りゃ大将の顔真っ赤だし凪は立ち上がれなくなってるから効果は抜群だと思う。

 

むしろ大将相手にやろうと思った心意気を評価するぞ一刀。

 

 

 

 

 

 




『ガンフレイム』
ギルティギアシリーズのキャラ『ソル=バッドガイ』の技。
地面に封炎剣を突き刺し、そこから火柱を発する飛び道具。

『悩殺ブラボキッス』
キャプテンブラボーの13の技の一つ。ただの投げキッスなのだが女の子をときめかす効果を持つ。


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第百二十七話

 

 

 

 

「うーん……相も変わらず新技は上手く行かないな」

 

 

俺は調理場で食材を刻みながら呟いた。つい先日のガンフレイム失敗が少しばかりショックなのだ。

なんちゃってシルバースキン以降は技の極端な失敗が無かったのだが今回は久々の自爆だった。

 

 

「一応、修行はしてるのに……やり方が悪いのか……」

 

 

凪に言わせれば『副長は常識が色んな意味で通じないので私の助言では……』との事。凪も最近は言うようになったなぁ。

でも、まあ……なんちゃってシルバースキンのお陰で大した傷も追わなかったし気絶もしなかった。

 

 

「あれだな。一歩進んで二歩下がる的な……」

「それは前に進んだとは言わないわよ」

 

 

独り言に返事が返ってきたので振り返れば桂花が調理場に来ていた。

 

 

「桂花、どうしたんだ?」

「アンタが部屋に居ないから探しに来たんでしょうが」

 

 

俺の質問に答えながら調理場に入ってくる桂花。俺は嬉しさと笑いを堪えるのに必死だった。

だって桂花が俺を探しに来た事を否定しなかったんだもん。以前なら『華琳様に頼まれたのよ』とか言い訳付けてたけど、それが無くなった。それだけでもスゴい嬉しい。

 

 

「で、何で料理してんのよ。小腹が空いたなら……」

「ああ、いや。小腹が空いたんじゃなくて大将からの頼まれ事でな。これも仕事なんだよ」

 

 

桂花が俺に質問をしてくるが俺も単に小腹が空いたと言う理由で料理をしてる訳じゃないのよ。

 

 

「華琳様から?」

「ああ、天の国で野営や遠征の時に簡単に作れて大量生産可能な料理や保存の効く料理は無いかと聞かれてな。で、まあ……簡単に料理の概要を話したら『作れ』の一言が飛んできた」

 

 

大将も割りと無茶ブリをする。大将の舌を満足させられるのは魏でもごく一部の料理人だけだってに。とりあえず食材は切り終わったから次は割下か。

 

 

「ふーん……これがその料理?」

「ああ、まだ下拵えの段階だけどな」

 

 

俺はそう言いながら調味料を合わせていく。三国志みたいな世界なだけあって調味料にも偏りを感じたが味見をしつつ味を整える。

 

 

「なんて料理なの?見たことないわ」

「この料理は牛丼ってんだ」

 

 

鍋で牛肉とネギを炒め、ある程度、火が通ったら割下を投入。後は煮込むだけだ。

 

 

「牛丼?」

「簡単に言うと薄く切った牛肉を炒めて汁で煮込んだ物を白飯の上にかける料理だ」

 

 

保存は効かんが大量生産って言うなら牛丼は大丈夫だろう。作り方さえ分かれば簡単に作れるし。

 

 

「ふーん……あ、良い匂い」

「ふむ……どれ」

 

 

煮込む過程で甘じょっぱい匂いが調理場に充満する。俺は小皿に汁を少し移して味見をする。ふむ、再現したい味に近くなってるな。ここは他の意見も聞いてみたいところ。

 

 

「桂花、少し味見をしてくれないか?」

「あ、うん。わ、美味しい!」

 

 

同じように小皿に汁を少し移して桂花にも味見を頼んだ。汁を飲んだ桂花からは『美味しい』の一言に俺は安堵する。

 

 

「なら、この味で決まりだな。大将と一刀呼んで試食会だな」

「ちょっと、私好みの味で良いの?華琳様にお出しするんでしょ?」

 

 

俺の呟きに桂花は不安そうな表情で聞いてくる。

 

 

「だからこそ俺はそれを出したいんだよ。俺が作って桂花が味見したってな」

「秋月……」

 

 

俺と桂花は鍋を挟んでそんな会話をしていた。俺の言葉に桂花は何かを言おうとしたが、その時だった。

 

 

「……お腹空いた」

「なんだ、この良い匂いは?私にも食べさせろ!」

「純一さん、僕もー!」

 

 

突如、調理場の扉が開いて恋、春蘭、季衣の魏の腹ペコトリオがやって来た。牛丼の匂いに釣られて来たか。

 

 

「桂花、丼にご飯盛ってくれ。俺は汁の味を調整するから」

「はいはい。まったく、手が掛かるわねアンタ達は」

 

 

俺は桂花に指示を出しながら鍋を見る。桂花は面倒と口では言いながらも丼にご飯を盛り、春蘭達に毒づいていた。

 

 

「俺達、手の掛かる子供を抱えた夫婦みたいだな」

「そうね……でも春蘭みたいな子供は嫌よ」

 

 

俺の言葉に桂花は苦笑いをしながらも応えてくれた。春蘭みたいなのが子供だったらお父さん立つ瀬ないわ。

桂花が盛ってくれたご飯の上に牛丼の汁を鍋から移して完成っと。

 

 

「へい、お待ち」

「なんだこれは?」

 

 

俺は恋達の前に牛丼を出すが春蘭が見たことない牛丼に躊躇った。

 

 

「牛丼と言ってな、天の国の料理だ。春蘭、文句を言うのはいいけど恋と季衣は既に食べてるぞ負けていいのか?」

「な、何!?」

 

 

俺の言葉に隣の恋や季衣を見る春蘭。二人は部活帰りの学生みたいに牛丼をかっ込んでいる。見ていて気持ちの良い食べっぷりだ。

 

 

「純一、おかわり」

「僕もー!」

「ぬ、負けるか!」

 

 

早くもおかわり要求の恋と季衣。春蘭も負けじと牛丼を口にして美味いとわかったのかスゴいスピードで食べ進めていく。

 

 

「桂花、ご飯盛ってあげて」

「ちょっと、華琳様にお出しするんでしょ?」

 

 

俺の言葉に文句を言いながらも丼にご飯を盛る桂花。

 

 

「この状況じゃ仕方ないだろ。もう少し食べたら落ち着くだろうし」

「まったく……甘やかすんだから」

 

 

俺の発言に不満そうだけど素直に盛ってくれてる辺り桂花も甘いと思う。

 

 

「ほい、おかわりお待ち」

「わーい!」

「はふはふはふっ!」

 

 

出されたおかわりを喜ぶ季衣に間髪入れずに食いつく恋。フードファイターか。

 

 

「牛丼とは汁があるから食べやすいな」

「量としては普通にしたつもりだったんだがな。因みに汁が多目なのが『ツユダク』汁が少な目なのが『ツユヌキ・ツユギリ』って言うんだ」

 

 

春蘭の疑問に答えた俺。因みに俺は牛丼はキン肉マンと同じくツユギリ派だったりする。

 

 

この後だが……三人のフードファイターは鍋で作った牛丼を殆ど平らげてしまい大将へ出す分が無くなってしまう。

と言うのも俺が途中から考え事をしていて残量を考えずに春蘭達のおかわりに対応してしまったからだ。気付いたときには鍋は空。

俺は慌てて食材を買いに行こうと思ったのだが調理場を出る際に大将と一刀に遭遇。

うっかりと三人に料理を振る舞ってしまい牛丼が無くなったと事情を話したら、ミッチリと怒られた後に後日作り直すようにと言われた。

 

 

それよりもだ……俺が途中から考えていたのは桂花の事だ。

先程の会話の中で夫婦や子供の話をした時に……桂花は否定をしなかった。それって桂花が俺との事を思ってくれている?……いや、俺の考えすぎか。単に気にしなかっただけかもな。



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第百二十八話

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

「居ないわね……」

 

 

私は先日、またしても自爆したと聞いた秋月の部屋を訪ねていた。気絶や怪我は無かったと聞いたけどもう出歩いてるのかしら。

私が来たんだから無駄足を踏ませないで欲しいわね。それとも他の娘と一緒なのかしら……

私が悩んでいると通りすがりの侍女が「副長さんなら調理場向かいましたよ」と教えてくれた。私は侍女に礼を言うと調理場へと向かう。

調理場に到着すると秋月が居た。中に入って声をかけようとしたけど秋月は食材を刻みながらブツブツと呟いている。私が入ってきた事にも気付かない辺り余程、集中しているのだろう。

 

 

「あれだな。一歩進んで二歩下がる的な……」

「それは前に進んだとは言わないわよ」

 

 

私が声を掛けると、やっと気づいた秋月が振り返れる。間抜けな顔して何考えてたんだか。

 

 

「桂花、どうしたんだ?」

「アンタが部屋に居ないから探しに来たんでしょうが」

 

 

呑気な質問をしてくる馬鹿に私は溜め息を吐きながら答えてやる。心配させるなって言うのよ。

 

 

「で、何で料理してんのよ。小腹が空いたなら……」

「ああ、いや。小腹が空いたんじゃなくて大将からの頼まれ事でな。これも仕事なんだよ」

 

 

この馬鹿が料理をしている事に疑問を持った私だが秋月からは意外な答えが返ってきた。

 

 

「華琳様から?」

「ああ、天の国で野営や遠征の時に簡単に作れて大量生産可能な料理や保存の効く料理は無いかと聞かれてな。で、まあ……簡単に料理の概要を話したら『作れ』の一言が飛んできた」

 

 

何処か遠い目をしている秋月は私との会話を続けながら手際よく調理を続けていた。

 

 

「ふーん……これがその料理?」

「ああ、まだ下拵えの段階だけどな」

 

 

天の国の料理だからなのか作業行程を見ても私にはどんな料理かわからなかった。

 

 

「なんて料理なの?見たことないわ」

「この料理は牛丼ってんだ」

 

 

牛丼って事は牛肉を使う料理なの?珍しいわね。

 

 

「牛丼?」

「簡単に言うと薄く切った牛肉を炒めて汁で煮込んだ物を白飯の上にかける料理だ」

 

 

秋月の説明に私は物を想像する。簡易的に出来る上に大量生産に向く料理なら確かに遠征の時に利用できるかも。

 

 

「ふーん……あ、良い匂い」

「ふむ……どれ」

 

 

グツグツと煮込まれた鍋から沸き上がる匂いに私は思わず声を上げてしまう。味見をしていた秋月は少し悩んだ素振りを見せてから私に皿を差し出した。

 

 

「桂花、少し味見をしてくれないか?」

「あ、うん。わ、美味しい!」

 

 

つい反射的に皿を受け取った私は汁を味見する。その味は私が食べた事の無い味で素直に驚いてしまった。

 

 

「なら、この味で決まりだな。大将と一刀呼んで試食会だな」

「ちょっと、私好みの味で良いの?華琳様にお出しするんでしょ?」

 

 

秋月の呟きに私は驚いてしまう。華琳様にお出しするのに私の舌なんかで確かめた物を出すなんて。

 

 

「だからこそ俺はそれを出したいんだよ。俺が作って桂花が味見したってな」

「秋月……」

 

 

秋月の言葉に私はドキッとしてしまい、先程の皿に視線を移してしまう。そういえば、この皿は秋月が使った皿で……つまりは間接……

 

 

「……お腹空いた」

「なんだ、この良い匂いは?私にも食べさせろ!」

「純一さん、僕もー!」

 

 

思考の海に沈み掛けた私を引き戻したのは春蘭達だった。季衣や恋なら兎も角、大人の春蘭まで食べ物の匂いに釣られたのはどうかと思うけど。

 

 

「桂花、丼にご飯盛ってくれ。俺は汁の味を調整するから」

「はいはい。まったく、手が掛かるわねアンタ達は」

 

 

秋月の言葉に私は従う。大方、私に頼んだみたいにコイツらにも味見をさせる気なのね。それほどの舌を持ってるとは思えないけど。

 

 

「俺達、手の掛かる子供を抱えた夫婦みたいだな」

「そうね……でも春蘭みたいな子供は嫌よ」

 

 

秋月の言葉に私は苦笑いだった。だってそうでしょう?季衣みたいに元気な子や恋みたいに純粋な子なら兎も角、春蘭みたいなのが我が子だったら苦労しかないわよ……って、違う!何で私は秋月との子供の事なんか考えてるのよ!?あ……でも秋月って面倒見が良いから子供の世話とか任せられるかも……

 

 

「桂花、ご飯盛ってあげて」

「ちょっと、華琳様にお出しするんでしょ?」

 

 

秋月の言葉にハッとなる。私ったら何を考えて……

 

 

「この状況じゃ仕方ないだろ。もう少し食べたら落ち着くだろうし」

「まったく……甘やかすんだから」

 

 

私は文句を言いながらもご飯を持ってやりながら秋月の甘やかしに呆れていた。コイツ、子供とか出来たら絶対に甘やかすわね。私がしっかりしないと……………じゃなくて何で私はコイツとの夫婦生活を考えてるのよ!

ああ、もう……なんか駄目だわ。

 

私が頭を抱えていると先程みたいに考え事をしているのか上の空になっている秋月が春蘭達のおかわりに答えていた。

 

 

「ちょっと、秋月!鍋が空じゃない!?」

「え、あ……しまった!」

 

 

私が指摘すると秋月は正気に戻ったのか空になった鍋を見て慌てている。

 

 

「ヤバいな……大将が来る前に作り直さなきゃ!桂花、俺は市場に行ってくるから後を頼んだ!」

「ちょっと!」

 

 

秋月は走って調理場から出ていってしまう。この状態で丸投げしないでよ!と思ったら、ぎこちない動きで戻ってきた。それもその筈。調理場の外には華琳様が要らしていたのだから。

秋月はその後、頭を下げながら事の顛末を話していたけど己の失態を認めたから華琳様が許す筈もなく、そのまま説教が始まっていた。

 

私は華琳様に怒られる秋月を見ながら先程の秋月が発した夫婦や子供の事を考えていた。

 

コイツは私が悩んだり考えてる事を知らないのよね……馬鹿馬鹿しいと思うと同時に少しは察しなさいよと思う気持ちを持っていた。

 

 

「………馬鹿」

 

 

私の口から自然と漏れた言葉は秋月に向けた物だったのか……それとも私自身に向けた物だったのか……わからなくなってしまった。



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第百二十九話

昨日の牛丼だが作り直したは良いが大将からダメ出しを食らった。牛肉の調達などの手間を考えると牛丼は遠征には向かないとの事だ。他の候補としてはカレーを考えていたが、この時代の人達に受け入れられるかが心配だ。

後はスモークサーモンとかか?タバコで作る方法もあるらしいけど……

 

まあ、その件は一先ず置いておく事となり、俺は通常業務に戻る事になった。

警邏をして書類整理。その後は一刀との会議をしてから兵士の訓練へと向かう。

 

その中で俺は新たな鎧を身に纏っていた。

黒く光るボディに体にフィットする鎧。そして顔を隠す為の仮面。そう……これこそ!

 

 

「俺は……ファイティングコンピューターだ」

「って何でウォーズマンなんですか!?そこまで言ったら仮面ライダーでしょ!?」

 

 

俺の纏った鎧に一刀のツッコミが入る。

 

 

「いやー……ライダーも考えたんだけど先にウォーズマン鎧が出来もんだからさ。木彫りで作ったんだけど上手く出来てるだろ?」

「まさかの手作りですか!?しかも木製!」

 

 

いや、勿論遊びで作った訳じゃないぞ。一応、考えがあっての事だし。

 

 

「実はな……気を伝達させる物によって力の強弱が変わるんだ。例えばだが真剣と木刀に気を通したとしよう真剣なら切れ味が上がる。木刀なら打撃力が上がると効果が違うが気を通す量に関しては木刀の方が気の伝達率が高い」

「なるほど……あれ、でも凪は鋼の手甲とか使ってますよね?」

 

 

俺の説明に納得した一刀だが更に疑問が出た。目の付け所は悪くないな。

 

 

「当然ながらデメリットがあってな木製だと気を送りすぎると器の方が保たない。だから凪は鋼の手甲を使ってんだろ。因にだが……俺の鉄甲も特別製でな。ベアクローが収納されているぞ」

「なんで、そこまで知識があって毎回自爆してるんですか?それと無駄にギミックに手が込んでますね」

 

 

ガションと手甲からベアクローを出したら一刀から溜め息とツッコミが来た。

 

 

「俺だって好きで自爆してる訳じゃない。前回の失敗を踏まえて新しい技の開発をしてるけど、その度に新しい問題が浮上してくるんだよ」

「事ある毎に自爆してるから最早、警備隊の名物と化してますよ」

 

 

俺はウォーズマン鎧を脱ぎながら自爆の事を説明する。一刀よ、人を自爆天使みたいに言うな。任務了解とか言わないから俺は。

 

 

「ま、色々試すしかないって事だ。やりもしないで駄目だとは決めつけたくないんでな」

「それは良いですけど心配する側の身にもなって下さいよ。毎回、フォロー入れるのも大変なんですから」

 

 

そりゃ悪かったな。でもまぁ……今度のは自信作だし失敗はあるまい。

 

 

「まさかとは思いますけど……次はゲームとかのアイテムとか武器を試そうとか思ってますか?」

「……………」

 

 

一刀の言葉に俺は手にした物を袋に詰め直した。一刀の顔は驚愕に染まっていた。

 

 

「今、仕舞いましたよね!明らかに魔界村の槍でしたよね!?」

「試作品だ、気にするな!」

 

 

コイツ、勘が良くなってきてるな。まさか予想されるとは思わなかった。

 

 

「しかも、なんつーマニアックなチョイスしてるんですか!」

「古いゲームほど難易度高いし中毒性は高いよな」

 

 

FCのゲームはシビア過ぎるけどハマるものが多い。俺も動かせるFCを探して頑張ったものだ。

 

 

「それに……暴れん坊天狗とかケルナグールに走らなかっただけマシだと思え」

「そこまで行くと知ってる人はかなり少数だと思います」

 

 

確かに……とは思うが、それを知っている一刀も只者ではあるまい。

色んな意味で熱い議論をして居た俺達だが時間も差し迫ったので解散。なんか一刀は大将に呼ばれているらしい。面白くなりそうだから見に行きたいけど試作品の片付けがあるから無理だな。

そんな事を思いながら片付けをしていたら猫耳の影が俺に差し込む。この影の持ち主は一人しかいないな。

 

 

「桂花、どうした?」

「顔を上げないで良く私って気付けるわね」

 

 

いや、これ以上無いくらいに分かりやすいヒント引っ提げてるからだよ。

 

 

「また遊んでたの?」

「仕事だっての」

 

 

どうも桂花から見ると俺のやってる事は遊びに見えるらしい。まあ、趣味が入ってるのは否定できんが。

 

 

「ま、いいわ。それ片付けたら時間有るわよね?」

「お、珍しいな。お誘いか?」

 

 

桂花の言葉に俺が煙管に火を灯しながら聞くと桂花は少し俯いた。あれ、いつもなら即座に否定が来るのに?

 

 

「そうよ……悪い?」

「…………いや、スゴい嬉しい」

 

 

目を反らしながら頬を赤く染めて拗ねた様に言う桂花。

そのリアクションは反則だっての。

 



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第百三十話

 

 

 

片付けも終わったので桂花と街へ。夕食兼晩酌の為だ。

本当なら本格的に飲みたかったのだが桂花から止められて少ししか飲んでない。話があるから泥酔したくないし、させたくないそうだ。

 

すぐに話を切り出すかと思っていた桂花だけど歯切れが悪く、中々話を切り出そうとはしなかった。

何かを話そうかと口を開くのだが直ぐに閉じてしまう。なんと言うか……まだ自分の中で何を話すか纏まってない感じだ。

俺は桂花が話をするのを待っている間に酒をチビチビ飲んでいた。

 

 

「その……アンタさ……」

「んー…….?」

 

 

俺が煙管に手を伸ばそうとした所で意を決した様に桂花が話を始めた。割りと長かったな。

 

 

「天の御遣いじゃないけど……北郷と同郷なのよね?」

「ん……ああ。一刀とは同じ国に居たな」

 

 

桂花の言葉に俺は久しぶりに日本を思い出す。そういや、この国に来てから随分と時間が経過したよな。

 

 

「アンタにも……帰る国があるのよね?」

「帰りたいとは思っても帰れるかは別だがな」

 

 

思えば無茶苦茶な事だらけで最近は現代にどうやれば帰れるか考えてなかったな。それほど、この国に馴染んでたって事か……仕事に忙殺されてるとも言うが。

 

 

「もしも……帰れるとしたら……帰りたいの?」

「………フゥー」

 

 

桂花の発言に俺は煙管は止めて久々にマルボロに火を灯して吸う。久々に感じるマルボロの匂いにすっかり忘れた感覚を思い出していた。

 

 

「どうなんだろうな……帰りたいと思って帰れるなら苦労はないし……」

「………」

 

 

俺の言葉に桂花が俯く。何を思って俺が国に帰るなんて話を切り出したんだか。

 

 

「ずっと……この国に来てからバタバタとしてたから、その考えはなかった。天の国でも俺の知り合いや家族は居る訳だし……せめて一言は伝えたいかな」

「………そう」

 

 

つーか、俺はハッキリと帰りたいとは今は言えない。だって俺が現代に帰ると言う事は桂花とは会えなくなるって事なんだから。

 

 

「………華琳様の覇道の途中で帰るなんて言い出したら、とっちめてやろうかと思ったけど要らない心配だったわね。私が一生死ぬほど、こき使ってやるから覚悟しなさいよ」

「く……くくっ……」

 

 

俺は桂花の言葉に笑いを堪えられなかった。桂花は俺が笑ったのを見て怒り始める。

 

 

「ちょっと、何笑ってるのよ!」

「だってさ『一生死ぬほど、こき使ってやる』って事は……一生一緒に居るって事だろ?」

 

 

俺の言葉に桂花は自身が出した言葉の意味を再確認して顔がカァーと赤くなっていく。ああ、もう……可愛いなぁ。

 

 

「いやぁー、まさか桂花からプロポーズされるとはねー」

「何よ『ぷろぽーず』って……」

 

 

俺がケラケラと笑っていると桂花がプロポーズの意味を訪ねてきた。まあ、わからんよな。

 

 

「天の国の言葉で求婚を意味する言葉だ」

「きゅ、求婚……ち、違うからね!私が言いたかったのは……」

 

 

見るからに慌てる桂花。もう少し見ていたい気もするが弄り過ぎると後が怖いし止めとくか。

 

 

「わかってるって。勢いと意地張りで言っちまったんだろ?」

「……その、分かってるって顔も腹立つんだけど」

 

 

俺が煙草の火を消しながら話すと桂花からジト目で睨まれた。解せぬ。

その後、いつもの調子に戻った桂花と酒を飲んだのだが桂花が案の定酔いつぶれた。なんか胸の支えが取れたかの様にスッキリとした顔をしていた。

つっかえる程、胸が無かろうと思わず視線を下げた辺りで目潰しが来た。酔っていても的確に狙う辺り侮れん。

 

店を出る時にはフラフラだがなんとか歩ける程度に回復した桂花と並んで歩く。城までの道程だが俺は少しでもゆっくり歩きたかった。

桂花が『酔ってるから』と俺の服の袖を掴んでいるのだ。微妙に素直に成りきれてないのが桂花らしい。

そんな幸せタイムも直ぐに終わりを迎えた。城に着いた俺達だがなんとなく部屋には戻らなかった。

まあ、互いに明日の仕事が朝早いからどちらかの部屋に……なんて事にはならないのだが。

 

 

 

「アンタ……言ってたわよね。この世界に来てから大変だったって」

「ん……ああ」

 

 

桂花が俺の袖から手を離したかと思ったら口を開く。うん、大変だったけどなんで、このタイミングでその話を?

 

 

「私も本当に大変なんだからね……背伸びするの」

「え……んむ」

 

 

桂花が背伸びをして俺の首に手を回してキスしてた。身長差もあってか桂花は爪先立ちになりながらキスをしてくれている。俺は桂花の背に手を回して支えた。

どれくらいの時間だったかはわからない。触れた程度だったのか……それとも十数秒だったのか。その認識も出来ない位に急だった。そして桂花が離れる素振りを感じた俺は背中に回していた手を離す。ゆっくりと離れた桂花の顔は湯気が出るのでは?と思うほどに真っ赤だった。

 

 

「そ、その……おやすみ!」

 

 

桂花はそのまま逃げるように……と言うかマジで逃げて行った。俺はその場にしゃがみ込む。既に体を重ねた間柄だってのに、こんなにドキドキさせられる。

 

 

「あー……もう不意打ち過ぎるだろ」

 

 

俺の唇には先程まで触れていた桂花の柔らかな唇の感覚が名残惜しそうに残っていた。



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第百三十一話

今年最後の更新になります。来年もヨロシクです。


 

 

 

 

桂花にドキドキさせられた次の日。俺は大将に呼び出されて、大将の部屋に来ている。詳しくはまだ聞いていないが恐らく重要な事なのだろう。

 

 

「さて……秋月純一。貴方は一刀と同郷……そうよね?」

「ええ、間違いないでしょう。お互いの情報交換もしたけど、その情報に齟齬は無かったんで」

 

 

開口一番に聞かれたのは一刀と同郷の事か……となると、やはり話の内容は天の国の事か?でも、その割には一刀は呼んでないみたいだし。

 

 

「なら聞きたいのだけど……一刀は天の国だと学生と呼ばれる立場と聞いたわ」

「ああ。俺は社会人で一刀は学生だが?」

 

 

思えば一刀は普通の学生だったんだよな。それが魏の警備隊隊長と人生とは分からないものだ。俺が言えることではないが……

 

 

「そう、そうよね。でも貴方も数年前までは、その学生だったんでしょう?」

「ん、ああ。大学を出たときは22だったからな」

 

 

さっきから何故か大将は既に知っている内容ばかり聞くんだ?ん……もしかして。

 

 

「元学生だし、一刀と同郷だから一刀の趣味や思考もわかるだろうから、教えて欲しい……か?」

「…………」

 

 

俺の問いに無言の大将。沈黙は肯定ってね。

 

 

「そういや、俺の作った服を迷わずに着て一刀に見せに行ってたな」

「そうだったかしらね」

 

 

俺の言葉に惚けた様子の大将。ヤバい面白すぎるぞ、この状況。

まさか大将が一刀の為に俺に相談を持ち掛けて来るとは……

 

 

「ふむ……一刀は無理に迫ったり高圧的な態度を取るよりも普通に接する方が良いぞ。後、春蘭や秋蘭みたいに接するみたいじゃなくて……」

「私は何も聞いてないわよ」

 

 

俺の言葉を遮る大将。その割にはピクピクと耳が動いてるから興味津々と見た。

 

 

「ああ、俺も聞かれちゃい無い。だからこれは俺の独り言だな」

「そう……勝手になさい」

 

 

そう言う大将は落ち着きなく脚を組み直したり、トントンと指で自身の腕を突いている。一刀の事となるとボロが出やすいな。

今なら『死刈☆華琳』の衣装を進めたら着てくれるだろうか?いや、話を持ち掛けた段階で俺の首が刈られかねん。

 

 

「ま、俺に言える事があるとしたら、自然体で付き合うのを進めますよ。曹孟徳としてではなく、只の華琳として……ね」

「………覚えておくわ」

 

 

俺は大将に最後のアドバイスを送ると大将はそっぽを向いた。多生なり自覚はあるのね。

そんな事を思いながら部屋を後にした俺だが、その帰り道で一刀と会う。

 

 

「どした一刀?」

「あ、その……華琳、俺の事何か言ってました?純一さんだけ呼ばれたから……」

 

 

なるほど……俺だけ呼ばれたから自分の事を怒る話でもしてたと思ってるのか。

 

 

「ちげーよ。今後の相談だよ」

「わ、そうなんですか?」

 

 

俺は少し乱暴に一刀の頭を撫でる。少し戸惑った様子の一刀に俺は笑ってしまう。

大将は一刀の事を知りたいと俺を呼び、一刀は大将と俺がどんな話をしているかを気にした。

それはつまり互いが互いを思って行動してるって事だ。立場は違うんだろうけど学生の恋愛を見て相談に乗ってる気分た。

 

 

「ま、心配はいらんさ。それよりも報告書纏めて大将の所へ行ってきたらどうだ?」

「は、はい。そうします!」

 

 

俺が手を離すと一刀は行ってしまう。頑張れよ若人よ。

 

 

「何、ニヤニヤしてるのよ」

「おおっと、このタイミングで毒舌かよ」

 

 

少しいい気分で一刀を見送ったと思ったら昨日とは違ってツンツン状態の桂花が書類を抱えて俺を睨んでいた。

 

 

「なーに怒ってるんだよ」

「……別に」

 

 

俺の言葉にフン!とそっぽを向く桂花。何をそんなに怒って……あ、もしかして。

 

 

「俺が大将の所に行ったのは今後の相談があったからだ。桂花が思うような事は無かったぞ」

「ふ、ふーん……そう。わ、私は別に華琳様にアンタが呼ばれた事なんか気にしてないし、華琳様がアンタの毒牙に掛かるかもなんて心配してないし……この種馬」

 

 

素直な心情吐露ありがとう。お前は俺をなんだと思ってる?あ、種馬ですよね。

それにしてもこれはどっちに焼き餅焼いてるんだか微妙な所だよな。しかも最後には毒吐かれたし。

 

 

「ま、ともあれ……」

「な、何よ……」

 

 

俺は笑みを浮かべると桂花に歩み寄る。

 

 

「そーんな、悪い事を言う口は塞がないとな」

「え、待っ……ん……」

 

 

俺は桂花の唇に自身の唇を押し付ける。昨日とは立場が逆になったな。

キスを終えて名残惜しいが離れると桂花はトロンとした表情になっていた。さっきのツンツン状態からのギャップが激しいから破壊力ハンパないです。

 

 

「じ、じゃあ……今後は毒舌は控えるようにな」

 

 

俺は早足にその場を後にする。自分で言った先程の発言が恥ずかしかったのもあるが、今の状態の桂花を見ていたら色々と……主に理性が止まらなくなりそうだったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆side桂花◇◆

 

 

私の唇を強引に奪った馬鹿は自分で言った事が恥ずかしくなったのか逃げるように去って行った。

私は自分の唇を指でなぞる、さっきまで押し付けられていたアイツの唇を思い出す。

本当に馬鹿よね。私が悪口を言う度にアイツが口付けをしてくるなら……

 

 

「もっと……言いたくなるわよ馬鹿」

 



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第百三十二話

あけましておめでとうございます。
今回はかなり短め。


 

 

 

 

最近、俺の仕事が増えた。いや、軍の仕事とかじゃない。更にを言えば警備隊の仕事でもない。かと言って国の政治の話でもない。

では、何が増えたか……その答えはここにある。

 

 

「副長さん、俺……最近、飲み屋のお姉さんに惚れてて……」

「秋月様、警備隊の彼に想いを伝えたいのですが」

「あ、あの……私……好きな人が居て……」

 

 

と、まあ……何故か恋愛相談を持ち掛けられるのが多い。ここ最近急に増えたのだ。しかも男女問わずで街中でも相談される事もあってとっても不思議。特に城の中で働いてる方々の話が多い気もするが何故こんな事態に?

 

 

「うーん……断り辛いし参ったな」

「何が参ったん?あ、桂花と夜の営みをどうするか悩んでるん?」

 

 

俺が悩んでいると一緒に警邏に出ていた真桜がニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて俺を見ていた。丁度良いし真桜に話してみるか。

 

 

「真桜……俺は今、悩みを抱えていてな。どうするべきかなーって思ってるんだ」

「も、もう……桂花の体に飽きたんなら……」

 

 

ふむ、上司の話をマトモに聞こうとしない部下には……

 

 

「ふぎゅうぅぅぅぅぅっ!?痛い痛いて!?」

 

 

俺は真桜の鼻を摘まむと垂直に持ち上げる。これって地味に痛いんだよね。しかも俺と真桜じゃ深長差があるから更に痛い筈。

 

 

「真桜ちゃーん?オジさん、真面目に聞いてるの」

「わかった!わかったから許してーな!」

 

 

真桜に泣きが入ってきたから摘まんでいた鼻を離す。涙目になりながらも俺を睨むとはまだ反抗するか。と、思った所で後ろから声を掛けられた。

 

 

「アンタ達、街中で何してるのよ?」

「こんにちは純一さん、真桜さん」

「詠、月。実はな……」

 

 

振り返れば買い物帰りなのか荷物を持った詠と月。俺は先程、真桜に話そうと思った事を説明しようとしたら先に真桜が口を開いた。

 

 

「痛たた……酷いで副長。ウチの(鼻の)先端を摘まんで持ち上げるなんて。女の子は優しゅうしてほしいんやで」

 

 

真桜は態とらしく胸を押さえながら誤解しそうな事を口走る。しかも重要な部分を抜かして話やがった。そして嫌な予感がしたので振り返ると詠の体から何やらオーラの様な物が立ち上がっている。

 

 

「こんの……変態!」

「あぼっ!?」

 

 

その直後、詠の拳が俺の腹に突き刺さった。エラく腰の入ったパンチだったと記述しておこう。

 

 

「……が……ど……」

「………どうせ僕は小さいわよ!」

「やっぱり……純一さんも大きい方がいいのかなぁ……」

「うーわー……予想以上やった……」

 

 

意識を失う直前に耳にしたのは詠の怒りの籠った発言と月の少し悲しそうな呟きだった。

後、真桜……俺が目を覚ましたら覚えとけよ?



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第百三十三話

◇◆side詠◇◆

 

 

真桜の発言から思わず秋月を殴ったけど意識を取り戻した秋月から話を聞くと真桜の悪戯だった事が判明した。思わずカッとなって殴っちゃったから謝ったんだけど……

 

 

「ああ、いいっていいって。コイツが悪いんだし」

「痛ったたたたたたっ!?」

 

 

秋月は真桜に抱き付くような体勢で絡んでいる。天の国では格闘技の一つで関節技と呼ばれる技術らしい。

 

 

「これぞモモスペシャルその二『アグラ・ツイスト』」

「ちょっ、堪忍や!痛たたたたっ!?」

 

 

秋月は笑いながら真桜に技を掛けている。コイツ等の関係って恋人と言うよりも兄妹よね。

 

 

「それで……なんでこんな事になってんのよ」

「んー……それがな」

「待ってや!普通に会話を始めんといて!」

 

 

私と秋月は普通に会話を始めようとしたけど真桜が先に音を上げた。

そして真桜の拘束が解かれないまま聞かされたのは秋月が最近、様々な人から恋愛相談を持ち掛けられる事。その事に首を傾げていた秋月は真桜に何故そんなことになったのかと聞いた所、真桜が悪ふざけをしたらしい。そしてその最中で僕と月が会って現在に至るとの事。

 

 

「理由は……なんとなくわかるかも」

「え、マジで?」

 

 

コイツも本当に無自覚よね。月も苦笑いだし。

 

 

「アンタは自分で思ってる以上に他の人から好かれてるのよ」

「それに人当たりもよくて話しやすいですし」

 

 

コイツや北郷は自分の事を平凡だと思っているけど、それはあり得ない。天の御遣いと呼ばれ、華琳や魏の重鎮とも気軽に話が出来る存在。それで有りながら気さくに話しかけやすい。でも、それ以上に城の中の人間や民達が相談を持ちかけたのは別の理由だろう。

 

 

「何してるのよ……アンタ達」

「あらあらー純一さんったら大胆なのですよー」

「秋月殿が真桜と、くんずほぐれず……プーッ!」

 

 

と其処へ桂花、風、禀の軍師三人が通りがかる。桂花は秋月と真桜が絡み合ってるのを冷めた視線を送り、風は面白い物を見たと笑みを浮かべて、禀はいつも通り妄想を膨らませて鼻血を出して倒れた。

 

 

「この間もそうだけど、真桜の方がいいわけ?」

「いや、そう言うんじゃなくて……」

 

 

桂花の睨みにたじたじの秋月。その隙を見計らって真桜は既に脱出していた。

 

 

「きっちり聞かせて貰うからね」

「いやいや、聞くなら今聞いて!明らかに話の姿勢じゃねーし!」

 

 

そう言って桂花は秋月の耳を引っ張って連れていく。

 

 

「あ、副長!まだ警邏の途中やで!」

「アンタがそれを言うの?アンタがサボってるの私の所まで報告来てるんだけど?」

「後の事はウチに任せてやー」

 

 

ズルズルと引きずられている秋月を止めようとした真桜だけど反論できなくなって笑顔で見送る。責任逃れに秋月に差し出してるけどサボってるのがバレてる段階で手遅れよね。

 

 

「頼りになる部下ね」

「しっかりサボってるのがバレてるねー。怖いよ母さんや」

 

 

桂花の嫌みに秋月は何処か諦めた様な声を出している。

 

 

「誰が母さんよ!」

「お似合いなのですよー」

「秋月殿と桂花の夫婦……ふ、ふふ……」

 

 

桂花は顔を赤くして摘まんでいた耳から手を離して秋月の頭を殴り、風は後で弄る気満々みたい、禀も鼻に詰め物をしながら笑みを浮かべてる。最近よく見る流れよね。

 

 

「も、もう……行くわよ!」

「はーいはいっと。あ、月に詠も一緒に帰ろうか」

「後で華琳様に報告ですね」

「面白い事になりそうなのですよー」

 

 

桂花は耳まで真っ赤にしながら秋月の手を引く。禀と風は面白そうに後を着いていく。僕と月は秋月の提案に乗って一緒に帰る事にした。

 

 

「ねぇ、月」

「なぁに、詠ちゃん?」

 

 

僕が話しかけると月は小首を傾げる。僕は秋月が恋愛相談を持ち込められる一番の要因を口にした。

 

 

「相談される一番の要因は桂花と恋仲になった事よね」

「そうだよね」

 

 

僕の言葉にアハハと笑みを浮かべる月。男嫌いを公言していた桂花を落としたとあって城の中でも街の中でも噂になったから魏の民は秋月を恋愛の達人とでも思ったのだろう。月も思い当たる節が多いから笑ってる。そして笑った後、月は秋月と桂花の後を追う。

 

 

「ほんと……なんで、あんなのに惚れちゃったんだろ」

 

 

僕の溜め息は誰かに聞かれる事もなく消えていき、僕は皆の後を追って歩き出した。

 




『アグラ・ツイスト』
『THE MOMOTAROH』の主人公モモタロウが使用する「モモ・スペシャル」のその二。下半身をインディアン・デスロック、上半身をコブラ・ツイストで攻める複合技。


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第百三十四話

 

 

 

 

 

◆◇side凪◆◇

 

 

 

私は今、副長と戦っている。いつもの鍛練と平行して行われていたのだが実践式修行として鍛練の締め括りに私と副長が試合形式で戦う事となった。

今回、副長はなんちゃてしるばーすきんと言う戦闘服は纏わずに以前から使用していた亀仙流の胴着を着ている。副長曰く『なんちゃてシルバースキンに頼ってばかりじゃなくて己を鍛えたい』と仰っていた。

 

 

「うおりゃあ!」

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 

副長の右拳を反らしながら、がら空きとなった脇腹に肘を叩き込もうとしたが副長は左手で私の肘を受け止めると逆に右足で私の足を払う。私は体勢を崩してしまうが副長の腕を掴んで、引っ張りながら体勢を入れ換えて副長を押し倒した。私の下になった副長の顔面に拳を突き付ける。

 

 

「………まいった。降参」

「はい、お疲れ様でした」

 

 

副長の降参を聞いてから私はフゥと一息ついて副長から離れる。

 

 

「いやー、まいったまいった。まだ凪には敵わないな」

「私にも気を使うものとして、そして将としての意地があります。まだ副長には負けませんよ」

 

 

副長は軽口で負けて悔しいと言う。私もまだ負ける気はないと言うけど内心では穏やかじゃない。副長は確実に強くなっている。今回こそ、なんちゃてしるばーすきんを装備していないが、もしも装備していたら先程の戦いの結果は逆転していたかもしれない。

 

 

「師匠、出来ないッス!」

「やってみろ!気合いだ気合い!」

 

 

副長は私との戦いを終えた後に試合を見ていた大河に気の使い方を教えていた。大河は座り込んで掌に気を込めている。

 

 

「手がじわーと熱くはなってるッス」

「掌に気を集中させる事は出来てるな……放出させるとなると……」

 

 

大河も大河で物凄い早さで気の扱いを習得していた。今は気の放出で手間取っているらしいが、それでも私よりも早い習得だ。

 

 

「はぁ……」

 

 

私は思わず溜め息を漏らす。私が幼い頃から修行してやっとの思いで習得した気を僅かな期間で習得していく副長と大河に私は僅かにだが劣等感を感じたのかも知れない。

 

 

「凪、お前からもアドバイス……じゃなかった、助言は無いか?」

「凪さ~ん、お助けッス~」

 

 

私の方を向く副長と大河。助けを乞うているけど私の助言では……

 

 

「私などでは……やはり副長が教えた方が良いのでは?」

「何言ってんだよ。凪は魏の武将の中で一番、気の扱いが上手いだろ。凪以上の使い手は知らんぞ」

 

 

ああ、もう……こう言う所は本当に隊長と副長は良く似ている。誰かが落ち込んでいる時に持ち前の優しさと感覚で誉めたり慰めたりする。

 

 

「それに俺が教えると大河が自爆しかねん」

「どんな教え方をするつもりですか!?」

 

 

副長の発言に驚く私。こう言った思考も私達とは違う。隊長も『純一さんはいつもこっちの考えの斜めを行く』と言っていた。

 

 

「仕方ありませんね……では私がご教授させていただきます」

「おう、頼むよ凪」

「お願いします凪さん!」

 

 

私は仕方がないと言いながら副長と大河に気の扱い方を教えていく。

出来の悪い兄と手の掛かる弟を持ったようだと思ったのは私の秘密だ。

 



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第百三十五話

 

 

 

 

凪、沙和の二人が一時的にだが街の警備から外された。その理由は涼州の馬騰へ魏に下るようにと交渉しに行く人物の護衛と付き添いらしい。

その話を聞いた俺は見送りにと交渉団がいるであろう門へと行く。

馬騰か……反董卓連合の時は代理で馬超が出てたらしいけど、どんな人なんだろう。そんな事を思っていると門に到着。

交渉事となれば行くのは秋蘭辺りかな?

 

 

「お、なんだ秋月。馬騰の所へ行く私の見送りか?」

「大将は涼州に火種を送り込む気か?」

 

 

なんとそこに居たのは秋蘭じゃなくて春蘭だった。一番交渉に向かない人物に俺は思わず本音が出た。春蘭を送り込むなんて『戦争しようZE!』と言ってる様なもんだ。

 

 

「私じゃ不満だと言いたいのか秋月?」

「危なっ!いや、交渉と聞いていたから秋蘭が行くもんだと思ってたから……」

 

 

春蘭は大剣を抜くと即座に斬りかかってきた。俺は真剣白羽取りで受け止めると疑問を口にする。

 

 

「華琳さまが馬騰の所へ行くのは私だと指名してくださったのだ、わかったか!」

「スマン!わかった、わかったから先ずは剣を下ろそうか!」

 

 

流石に春蘭のパワーにいつまでも耐えるなんて無理!手が痺れてきた!

 

 

「おやおや、仲良しさんですねー」

『おっと男女の仲に口を挟むのは野暮だぜ嬢ちゃん』

 

 

俺がギリギリの状態で耐えていると風と宝譿が茶化してきた。

 

 

「風……この状態を見て、そんな事が言えるのか?」

「はいー。お兄さんと純一さんはとても似てるのですよー」

 

 

つまり風視点だと春蘭に斬られてる一刀は仲良しの証拠……なるほど奥が深い。って言ってる場合じゃない!

 

 

「春蘭、俺が悪かった。勘弁してくれ」

「ふん、最初からそう言えば良いのだ」

 

 

そう言って春蘭は大剣を下ろす。最初の段階で謝ったのに……とは言わない方が良いな。春蘭はそのまま兵達への指示の為に離れていった。

 

 

「そもそも今回の交渉相手は馬騰さんなのでー、同じ位の官位を持っている春蘭様が交渉に出向くのが礼儀なのですよ」

「官位……ああ、なるほどね」

 

 

官位は実際に朝廷から授けられた位。馬騰はその正式な官位だから同じ位の官位を持つ春蘭じゃなきゃ駄目だって事らしい。

 

 

「因みに魏の内部で馬騰さんと同じ位の官位を持っているのは華琳様と春蘭様。後は元董卓軍だった恋ちゃんと霞ちゃん、華雄さんくらいですかねー」

「正式な官位ってなると、そんなもんか」

 

 

秋蘭が官位がそこまで無いのは意外だったな。もうちっと高いかと思ったが

 

 

「風様、副長。お疲れさまです」

「ふくちょー、サボりなのー?」

 

 

等と風と話をしていたら凪と沙和が来た。どいつもこいつもサボりと決め付けやがって。

 

 

「確かに俺は警邏の最中にサボる事もあるが……お前等程じゃないからな?」

「痛たたたたたたっ!?」

 

 

いつぞやの真桜みたく沙和の鼻を詰まんで持ち上げる。本当に地味に効果的だ。

 

 

「一応見送りにな。一刀も来たがってたけど書類が貯まってたからそっちを優先させた」

「………そうですか」

 

 

俺の言葉に凪は少ししょんぼり。見送りなら俺よりも一刀に来てほしい気持ちもわかるけどさ。

 

 

「副長、隊長がサボらない様に見ていてください」

「……そーだな」

 

 

凪の言葉に俺は苦笑いになった。俺もサボる事もあるし、何よりも凪の言葉の真意は『隊長の女癖の悪さを見といて下さい』なんだろうと思った。まあ、本人も気づいてないッポイけど。

 

 

そうこうしている間に交渉団は出発した。暫くの間、春蘭、風、凪、沙和に会えないな。

しかし涼州か……トラブルが無い事を祈りたい。

俺はそう思いながら煙管に火を灯した。

 

 

 



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第百三十六話

 

 

 

 

交渉団を見送ってから、なんのトラブルも無かったのだが交渉団が帰ってきてからトラブルが発覚した。

馬騰は『己は最後まで漢の臣である』と言って魏に下るのを拒んだ。と言う訳で俺達の涼州行きが決定した。

 

 

「ま、なんにしても急すぎるんだよなぁ……」

 

 

俺は服屋と鍛冶屋の親父に頼んでおいた物を受け取ってから帰路についていた。以前、頼んだ品が完成したとタイミング良く連絡が来たのだ。

 

 

「ま、交渉だけで上手く行くなら戦にはならんか」

 

 

俺は煙管に火を灯しながら呟く。今回の交渉は春蘭が代表だが実際に交渉したのは風だった。そりゃそーか。

しかしマズいのが次の相手が騎馬主体だと言う事だ。

ぶっちゃけ俺の今までの戦い方は対武将。血風連は華雄が監修しているから騎馬戦にも対応出来るけど俺自身は馬に乗って戦う経験は寧ろ少ないくらいだ。なんちゃてシルバースキンだと重すぎて馬が辛いだろうし。

 

 

「ま、それを解消させるのがコレな訳だが」

 

 

俺は服屋の親父から渡された服を包んだ袋に視線を移す。

これは、なんちゃってシルバースキンに続く物だ。

 

 

「後は気孔波の類いで牽制とかか?」

 

 

こんな時に拡散かめはめ波が使えたら……と思ってしまう。ジャイアントストームは自分も味方も巻き込む自爆技と化してしまったし。

それにしても涼州か……桂花の話じゃ細かな部族からなる連合みたいな地域らしい。反董卓連合みたいなもんかと思ったのだが五胡と言う董卓の時よりも長く戦ってる因縁深い相手だから反董連合みたいな寄せ集めよりも統率が取れている集団との事だ。

ただ……一番の心配する所が今回の行き先が涼州だと言う事。相手が馬騰……つまりはその子である馬超とも戦うと言う事だ。馬超と言えば蜀の五虎大将軍の一人だ。西涼の錦馬超の名で有名な武将だ。反董卓連合の時には会わなかったけど女の子らしい。

 

 

「なんとなーく……嫌な予感がするんだよなぁ……」

 

 

今までの経験から歴史に名高い武将の名を聞くと嫌な予感がする。なんせ今まで関羽、趙雲と戦ってきたのだ。更に胡軫にもロックオンされてるし。この流れで行くと涼州に到着してから馬超と即エンカウントして戦う事に……いや、流石にそこまで無いと思いたい……無いよね?

 

 

「関羽や趙雲、胡軫の時はぶっちゃけ不意打ちだったから、なんとかなったけど馬超は完全に戦闘体勢で来るだろうから……う~む」

 

 

なんちゃてシルバースキンの事やなんちゃってパワーボールの事で相手のペースを乱してから戦ったからなぁ。後は華雄や血風連の増援もあったし。

 

 

「いっそ、新技開発に勤しむか……」

 

 

悩んだ末に俺は新たな技を生み出す事にした。うん、少しでも生存確率を上げとこう。

 

 

 

 

 

 

因みにだが、新技開発をしようとしたら桂花以下数名から止められた。遠征前に潰れる気かと……そこまで深刻に言われるとは割りとショックだ。

 



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第百三十七話

 

 

 

 

涼州に向かう事となり数日。馬や馬車に揺られながら俺達は涼州に入り始めていた。

流石に遠いな一日馬や馬車で移動して数日掛かるんだから……車やバイクなら一日とか考えない方が良いのだろう。馬車以外の乗り物を何か考案するべきだな、うん。

例えば……柱か何かを投げてそれに乗り移り高速飛行する世界最高の殺し屋式移動方法とか。

 

 

「いっそ試しに大河を丸太に括り付けてから投げるか?」

 

 

大河なら軽いから丸太を投げる事さえ出来たらマジで出来そうな気がしてきた。

 

 

「何、ブツブツ危ない事、言うてんねん純一」

「ん、ああ……ちっと考え事」

 

 

馬車の荷台で考え事をしていたのだが口に出ていたらしい。霞に話しかけられるまで気付かないなんて、よっぽど考えに集中していたらしい。

 

 

「なんやしたい事があるから馬やのーて馬車の荷台に乗りたい言うから荷台に乗せてんやで。サボりかいな」

「いや、やりたい事があるのはホント。今はちょっと考え事しながら作業してたから」

 

 

咎める様な霞の言い分に反論しながら俺はサイズ調整をしていた手袋を装着する。うん、サイズもピッタリだな。手を握ったり、開いたりしても違和感無いし。

 

 

「その手袋ってあれか?『なんちゃってしるばーすきん』とか言う奴かいな」

「これはその改良版。本当は調整してから、この遠征に着たかったんだが時間がなくてな。それで今やってんの」

 

 

霞はこの手袋をなんちゃってシルバースキンと思ったらしいが実は違う。これは服屋と鍛冶屋の親父に頼んで作ってもらった、なんちゃってシルバースキン第二弾。前回は時間があったからサイズ調整したけど、今回は受け取った次の日に出発したから時間がなくて、この数日間荷台で揺られながら作業に没頭していた。

 

 

「そうなん?ほんで大河を丸太に括り付けるて何する気やったん?」

「………いや、一種の修行法になるかなーって」

 

 

霞に投げ掛けられた疑問に、本当の事言っても伝わらないだろうから誤魔化してみた。

 

 

「もうちっと修行考えた方がええで?聞いたけど大河、最近修行が滞ってるらしいやん」

「んー……大河はちっと特殊なタイプ……いや、特殊な感覚の持ち主みたいなんでな通常の修行じゃ伸びが悪そうなんだよ」

 

 

霞の言い分に苦笑いの俺。そう最初の頃は兎も角、気の修行を初めた大河だが気の放出が上手くいかず停滞してる状態が続いていた。

 

 

「まあ、気の事に関しても条件付きだが使用は可能になった。後は実戦で感覚養って行くしかないかな?」

「そんならええけど……師匠がこんなんじゃ大河も苦労するでホンマに」

 

 

霞の言葉に、ほっとけとツッコミを入れようと思ったら何やら周囲が騒がしくなり始めた。

 

 

「何事や!?」

「奇襲です!涼州の騎馬部隊が奇襲を仕掛けてきました!」

 

 

霞の叫びに伝達役の兵士が叫んだ。涼州に入っていきなりこれかよ。

 

 

「狼狽えるな!こっちも騎馬隊集めて対抗すんで!」

「後方にも伝達してくれ。補給部隊は防御を固める様に指示を」

「御意!」

 

 

霞と俺の指示を聞いた伝達役の兵士は走っていく。俺はと言えば先程までサイズ調整をしていた服を身に纏い帽子を被った。

 

 

「さぁて……初めての騎馬戦だな」

 

 

俺は荷台から飛び降りると迫ってくる涼州の兵士達を見据えて構えた。

 

 

 




『桃白白式移動方』
ドラゴンボールの登場人物『桃白白』が行う特殊な飛行方法。
武空術を使えない桃白白が主に柱や大木などを上空へ投げ飛ばし、それに飛び乗って移動する。 その速度はジェット機以上とされている。


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第百三十八話

 

 

 

 

新たな装備を纏った俺は馬車から飛び降りると迫り来る騎馬隊に視線を向ける。

 

 

「騎馬か……スピード勝負になる……なっと!」

「ぬおっ!?」

 

 

俺は足に気を集中させて跳躍し、迫り来る騎馬隊に向けて飛び蹴りを放つ。自分でも思った以上に高く跳んだのでビビった!新しいなんちゃってシルバースキンは思いの外、気の調整が難しそうだ。

しかし相手も流石だ。完全に不意を突いたと思ったのに器用にも馬上で体を捻って俺の飛び蹴りを避けやがった。

 

 

「何者だ、面妖な奴め!」

「俺か?俺は……キャプテンベラボーだ」

 

 

涼州の騎馬隊の一人が叫んだので名乗った。場の空気が若干冷えた気がしたが戦いは続く。

 

 

「単なる馬鹿だ!」

「畳み掛けるぞ!」

「ふっ……敵を甘く見ると痛い目を見るぞ!」

 

 

俺の事を下に見た涼州の騎馬隊が数騎、駆けてきたので俺は先程よりも足に気を込めて、その場でジャンプする。おおっと!?さっきもそうだけど高くて結構怖い!

 

 

「流星……ベラボー脚!」

 

 

俺は跳躍した勢いに加えて足に気を込め直してある程度の高さからに落下しながら騎馬隊に迫った。予想外の俺の攻撃に騎馬隊は足を止めてしまう。それは悪手だと言っておこう。俺はそのまま流星ベラボー脚を騎馬隊の一人に浴びせた。蹴られた奴は馬を置き去りに数メートル吹っ飛んだ。おお、思った以上の威力になった。

 

 

「俺が単なる馬鹿ならお前等は複数の馬鹿だな。俺を甘く見た事を後悔させてやる……」

「くそっ……退け!退け!」

「退却だ!」

 

 

俺が睨みを効かせながらグッと拳を握ると騎馬隊はアッサリと退いて行った。周りを見れば他の騎馬隊も撤退してる。随分、アッサリと退くな。

 

 

「純一、足止めしてくれて助かったで!」

 

 

俺が退いて行く騎馬隊を見ていると霞が戻ってきた。

 

 

「役に立てたか?」

「純一がさっきの騎馬隊を足止めしてくれてたから側面の攻撃に耐えれたんや。さっきの騎馬隊が来てたら隊列崩されて、もっと被害がデカなったで」

 

 

目に付いた騎馬隊を相手にしただけだが思った以上にプラスの結果になったらしい。

 

 

「んで……なんなん?その服?」

「なんちゃってシルバースキン第二弾。なんちゃってシルバースキン(攻)って所か」

 

 

霞が俺の服を見て眉を潜める。そう、俺の着ている服は『なんちゃってシルバースキン』の第二弾。今回のシルバースキンは前回の物と違い、体全体を鎖帷子で防御するのではなく、拳や関節、脛などの部分を手甲等で覆い、急所などの部分のみを鎧で固める。それらを服で装飾して見た目は単なるロングコートにしか見えない様になっている。言ってみれば気を込めて戦う為の物で、初代なんちゃってシルバースキンが常に防御の為に気を流し続けるのに対して第二弾は瞬間的に気を手甲や脛当てに送り込み攻撃力や跳躍力を上げる物だ。

因みになんちゃってシルバースキン(攻)のデザインはシルバースキンアナザータイプだったりする。

 

 

「しかし……涼州に入っていきなり奇襲とは思いやられるな」

「奴さん、奇襲に馴れとったわ。粘らずに一撃与えてから即離脱。しかも動きが速いからこっちの立て直しが済む前にもう一度来る。苦労するでホンマ」

 

 

俺と霞はやれやれと肩を竦める。そしてその予想通り俺達は数日奇襲され続ける日々を送る事となる。

 

 

 




『流星ブラボー脚』
キャプテンブラボーの13の技の一つ。十メートル近く飛び上がり、電柱を地面にめり込ませるほどの威力の飛び蹴りを放つ。ぶっちゃけライダーキック。

『シルバースキン・アナザータイプ』
普段使っている核金とは違う核金を使って発動させたシルバースキン。デザインが違うだけで性能は従来の物と同様。


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第百三十九話

 

 

俺と真桜、沙和、霞は夜の見張りをしていた。涼州に来てから毎日奇襲を受ける日々……夜くらいは寝たいと思うがほぼ毎日夜襲を受けていた。ぶっちゃけ昼間の方が寝れる気がする。なんて思いながら欠伸をしていたら一刀が起きてきた。

 

 

「おはよー」

「何や、眠そうやねぇ。隊長」

「おはよう一刀。少しは寝れたか?」

 

 

真桜と俺が話しかけると一刀は眠そうに口を開いた。

 

 

「ああ、大丈夫。でも最近、眠りが浅くて……地面に布を敷いただけで寝苦しいのに、ようやく寝られたと思ったら、襲撃があるし……」

「せやねぇ……昨日はめずらしゅう夜襲がなかったけど、ここの所ほとんど毎日やったもんね」

 

 

真桜の言葉通り昨日は夜襲が無かった。正直ありがたかったよ。なんちゃってシルバースキン(攻)は重大な欠陥が見つかったから。

 

 

「真桜は元気だな」

「元気なもんかい。単に夜明け前から起きとったから眠う見えんだけや」

「むしろ徹夜明けのテンションだな」

 

 

一刀の言葉にツッコミを入れる真桜。話し相手が増えるだけでも眠気は多少飛ぶからありがたい。

 

 

「夜の見張りだったのか、お疲れ様。純一さんもですか?」

「ああ、これから一眠り……出来たら良いなぁ……」

 

 

俺は煙管に火を灯す。眠さと疲れからか肺に染み渡る煙が深く感じられた。

 

 

「うー……眠たいのー……」

「沙和も夜の番だったのか?」

「ウチもやで」

「霞もか。おはよう」

 

 

沙和と霞も夜の番明けで順次、顔を出す。人の事言えないが眠そうだねぇ。

 

 

「夜起きてるのはお肌に悪いの……真桜ちゃーん。そばかす、ひどくなってないー?」

「大丈夫やと思うけどなぁ……隊長、どない思う?」

 

 

沙和の質問を真桜がニヤリと笑みを浮かべてから一刀に振る。ああ、弄る気満々だな。

 

 

「たいちょー、この辺とかひどくなってないのー?」

「お、おい。ちょっと、そんなに顔を近付けるなって!」

 

 

沙和に体を寄せられて、どぎまぎしている一刀。沙和も寝惚けているのか無防備に一刀に体を寄せている。もうキスする距離だよね、これ。

 

 

「近寄らないと分からないのー」

「だ、大丈夫だからっ!」

 

 

一刀は沙和の肩を掴んでひっぺがした。普段、それ以上の事をしてるだろうに。

 

 

「んもぅ!二人とも、適当に言ってるの!ふくちょー、どうかな?」

「……見た目はそんな悪くなってなさそうだぞ」

「そやね、あんまり変わっとらん様に見えるわ」

 

 

一刀と真桜の意見は宛になら無いと思ったのか俺に聞いてくる沙和。スマン、ぶっちゃけわからんのだ。霞も同様のようだ。

 

 

「おはようございます」

「おはようッス」

 

 

なんて話をしていたら凪と大河が起きてきた。二人とも目がパッチリ開いて完全に目が覚めてる感じだ。

 

 

「おはよう、凪、大河」

「凪も大河も早いなぁ」

「この時間は普通、皆起きているのでは?」

「自分も朝日が昇ったら起きてるッスよ?」

 

 

俺と一刀の言葉に首を傾げる凪と大河。素で真面目なコンビは朝も異常に早起きなのだと判明した。

 

 

「凪ちゃーん、大河ー。私のそばかす、ひどくなってないー?見て見てー」

「……すまん、沙和。こういうのは良く分からなくてな……皆に聞いてくれ」

「じ、自分も同じッス……」

「も、もう皆なんて知らないのー!」

 

 

沙和は最後の望みと凪と大河に詰め寄るが返ってきた答えは沙和の望むものでは無かった。プルプルと震えた沙和はその場を後に走っていってしまう。

 

 

「あーあ、行ってもうた。隊長のせいやで?あそこで沙和の腰くらいこう、グッと抱いて見せてやな……」

「お、おい真桜!?」

 

 

真桜は一刀をジト目で見た後に凪を抱き寄せ腰に手を回した。スルリと凪の細い腰に真桜の指がかかる。

 

 

「『沙和。お前の美しさは、そばかすくらいで損なわれるものじゃないよ』……くらい言わなアカンで」

「離してくれ……真桜。と言うか揉むな」

 

 

芝居染みた演技と言葉を凪に囁く真桜。凪は少し慌てた様だが今は呆れていた。更にオマケとばかりに真桜は凪の胸を揉んでいる。

 

 

「いや、俺がやったら駄目だろ……それは」

「そやね、それに一刀がそんな台詞を吐くとは思わんなぁ……」

「だ、大胆ッス……」

「………フゥー」

 

 

一刀、霞、大河の順にコメントを出す中、俺は煙管の火を消して立ち上がる。

 

 

「真桜、夜の番お疲れ様……疲れ、取ってやろうか?」

「え、ひゃっ!?ふ、ふくちょ……」

 

 

俺は真桜から凪を引き離すと真桜の腰に手を回して抱き寄せる。突然の事態に真桜は慌て始めた。

 

 

「ほら、逃げないで……」

「あ、ちょ……待ち……あ、あかん……」

 

 

腰から背中に手を回して真桜の体が少し浮く位に抱き寄せる。真桜は爪先立になりながらも俺にしがみついた。

 

 

「ふ、ふわわ……」

「見たらアカンでー」

「だ、大胆……」

「こ、これが大人のやり方か……」

 

 

顔を真っ赤にした大河の目を霞が手で覆い、凪は俺の行動に顔を赤くしている。一刀は俺の動きに感心していた。

 

 

「……って言ってやれば良いんだとさ」

「へ……あ……」

 

 

俺が真桜から手を離すと真桜は残念そうな声を出す。

 

 

「人をからかうなら、それ相応の事は……ってな」

「うぅー……ズルいわ大人って……」

 

 

俺にからかわれた事を悟った真桜が俺を睨む。俺はスッと真桜の耳元に顔を寄せる。

 

 

「人を呪わば穴二つってな。少しは反省しろ……それとも本当にこれから仮眠も出来ない様にしてやろうか?」

「~~~~~っ!?」

 

 

俺が耳元で囁きながら髪を少し撫でてやると言葉の意味を察した真桜は顔を真っ赤にして天幕の中に逃げ込んだ。俺も徹夜明けで少しテンションが変になってるらしい。

 

 

「ふ、副長……大河の様に小さな子も居るのですから、もう少し自重を……」

「……そうだな。俺も少し軽率だったかもしれんな」

 

 

顔を赤くしたままの凪に咎められる。少しやり過ぎたかな。

しかし、まあ……夜襲ばかり続くと身が持たんな実際。兵士達も疲れが見えるし………何かしらの対策は必要だよな。

なんて思っていたのだが、この日の数日後を境に夜襲の数は少しずつ減っていくのだった。

 



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第百四十話

 

 

 

 

涼州に入ってから数日後。日に何度も奇襲を受ける日々が続いていた。いくら魏の精鋭と言っても毎日この調子じゃ身が保ない。因みに先日は奇襲仕掛けてきた部隊にナッパ流の挨拶をしてやった所、大変好評で即座に逃げていった。俺の体はボロボロだったが元からマトモに戦えない状態なので今更である。今回発明した『なんちゃってシルバースキン(攻)』だが、かなり体に悪い。と言うのも瞬発的に気を高めて戦う為に、その気の運用に馴れていない俺の体は着いてこれなかったのだ。結果、体の一部が筋肉痛となっている。

感覚的には『普段、体を動かさないのに久々にバッティングセンターで体を動かして筋肉痛になった』的な感じだ。

 

 

「どうにも上手くいかんなぁ……」

 

 

俺は痛む体を起こして天幕の外に出た。すると其処には荷物に体を預けて眠る凪が。

 

 

「……すぅ……すぅ……」

「凪は生真面目だからな……他の人より気苦労も多いか」

 

 

俺は毛布をソッと凪の膝に掛ける。今は少しでも寝ていてくれ。そんな俺の思いを察するかのように一刀や霞も静かに俺と合流。

 

 

「ごめんなさーい、遅れました!」

「季衣を起こしてたら遅れたッス!」

 

 

いつも元気印の季衣が寝坊とは珍しい。大河も季衣を起こして遅れたか。

 

 

「……はっ!?奇襲か!」

 

 

チビッ子二人の声に目を覚ました凪。まだ寝ぼけてるな。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

「ちょっ!?こんな所で気弾を撃とうとするな!?」

 

 

寝ぼけてる凪は気を放ち、そのまま気弾を撃とうとしている。一刀の声も届いていない様だ。

 

 

「はぁ!」

「あうっ!?」

 

 

その直後、霞の手刀が凪の意識を刈り取った。お見事。

 

 

「た、助かったよ霞」

「こんな所で気弾撃たれてたまるかいな」

 

 

やれやれ……こんなんで、今回の遠征大丈夫なんだろうか。俺はそんな事を思いながら煙管に火を灯した。

そして、そんな俺の思いとは裏腹に大将から涼州の街へ行くようにと指示を受けた。街で行うのは工作員の補給物資の引き渡しや情報交換。こんな街にまで魏の工作員を仕込むとは……なんて思っていたら工作員をしていたのは張三姉妹だった。

表向きは張三姉妹のライブだが、三姉妹や付き人達が街で諜報活動や物資の確保など色々してくれていたらしい。ぶっちゃけ人和がメインでやっていたんだろたうけど。

そして三姉妹のライブを行う事で涼州の兵士達の奇襲の数を減らした。黄巾の乱の原動力となったものは侮れないな。

 

 

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

傍目に見ても盛り上がりすぎだろ。どんだけ娯楽に餓えてたんだか……。

 

 

「味方の陣地でやれば士気上がるんじゃないかな?」

「ふむ……良い案ですね。検討しましょう」

 

 

一刀の呟きに稟がマジな答えを返していた。

俺は舞台で踊り歌う三姉妹を見つめた。大将達を招いたライブでは良くない行動を起こしたもんだが、こうしてみると本当にトップアイドルって感じだよな。

 

 

「俺もプロデューサーとして色々考えるか……」

「あ、それ良いですね。天和達も純一さんのアイディアの服とか着たがってましたよ」

 

 

俺の発言に一刀が三姉妹が俺の意見を求めてると教えてくれる。ふむ……なら考えてみるか。

 

 

「天和は衣装を変えてEMOTIONとか歌って欲しいな」

「ミーアですか……俺はラクス派なんですが」

 

 

俺の案に一刀は不満そうだ。別に俺もミーア派と言う訳じゃないんだがな。

 

 

「天和はラクスっぽくないだろ。それに想像してみろ……天和がミーア・キャンベルの衣装を着ている所を」

「ぐっ……似合いすぎます」

 

 

キャラ的に天和はラクスよりもミーアっぽい。スタイルとかも、かなり近いのでは?

 

 

「一刀殿も純一殿も何か邪な事を考えませんか?」

「ソ、ソンナ事ナイヨー」

「これも立派な仕事の話だぞ稟」

 

 

ジト目で禀に睨まれ一刀は片言で否定した。ショートするまで興奮するなよ一刀。

それに一刀はマネージャーで俺はプロデューサーなんだ。うん、仕事の話には違いない筈。

取り敢えず今回の遠征が終わったら服屋の親父と相談だな。

 

 



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第百四十一話

 

 

 

涼州の兵士達の奇襲率を落としてから俺達は馬騰の構える城へと向かっていた。途中で馬超や馬岱とも戦う事になった。

大将は馬騰と対峙する事を楽しみにしてたのか出てきたのが馬超で残念そうにしていた。

へぇ……あれが馬超か、可愛いな。なんて思っていたら腹部に鋭い痛みが走った。

 

 

「ふぐっ!?」

「何、鼻の下伸ばしてるのよ」

 

 

桂花の肘が俺の腹にめり込んでいた。いや、ちょっと見とれてただけじゃん…….

この後、舌戦で馬超を負かした大将が面白くなさそうに戻ってきた。なんで負かしたのに不満そうなんだか。

 

 

「麗羽よりも弱かったわ」

 

 

袁紹よりも舌戦が弱いって……かなり致命的だよなぁ。なんて思う間もなく戦が始まる。相手は当然のごとく騎馬主体の部隊だったが大将の発案で真桜率いる工兵隊が地面を掘り水を流して泥濘に変えた。こうする事で騎馬の機動力を完全に奪った。

馬超や馬岱が騎馬から降りて戦いを挑んできたが霞や春蘭達に任せて大将や俺達は城へと向かった。

 

 

「あ、待て!」

「あーばよ、とっつぁーん」

 

 

馬超達が後を追おうとしたけど俺はこの手のお決まりの台詞を残して城を目指した。

 

 

「何なの、『とっつぁん』っんて?」

「世界的に有名な犯罪者を捕まえる人の事」

 

 

大将の疑問に俺は煙管を吸いながら答えた。

そして俺達は馬騰の城へと到着。当然の事ながら護衛の兵達も居たが秋蘭や華雄も同行していたので相手をしてもらう事に。いつもの事ながら俺も一刀も何もしてないな。

 

 

「馬騰を探しなさい!抵抗しない城の者は傷つけては駄目よ」

「了解」

 

 

城の中へ入ると大将からの指示を受けて俺や兵達は馬騰を探す。と言うか……馬騰を探し当てたとしても俺なんかじゃ返り討ちの確率が高い。とは言っても探さない訳にはいかんが。

 

 

「ま、部屋の一つ一つを見ていくしか……あ?」

 

 

俺が気まぐれに部屋を開けたら寝台に体を半分起こしている女性にその周囲に数人の侍女が居る。

 

 

「ま、まさか……もう来るとはな」

「あー……もしかして、馬騰さん?」

 

 

なんでこう……妙な所で当たりを引くかな俺も。馬騰は馬超の髪をセミロングにした感じで少し痩せていた。

 

 

「去りな……私は曹操に膝を折る気はない」

「取り敢えず話を聞いてもらえませんかね?」

 

 

ハッキリ言って怖ぇーよ。この人の一睨みでこっちは萎縮しちまったってのに。眼光だけで人を殺せそうだよ。

 

 

「ん……お前もしかして噂の天の御使いか?」

「そりゃ俺じゃねーよ。もう一人の方だ」

 

 

大将の所に居る男で武将みたいなのは俺か一刀くらいだからな。そりゃ勘違いされるか。

 

 

「そうか……なら、お前が種馬兄か」

「涼州にまで来て、その名で呼ばれるとは思わなかったなぁ……」

 

 

……もしかして大陸全土に噂が広まったんじゃなかろうな。

 

 

「ふ……くくっ……まさか最後に天の御使いの片割れに会えるとはね……」

「ん……ちょっと待った最後って……」

 

 

馬騰の言葉に違和感を感じた俺が歩み寄ろうとした瞬間。馬騰が血を吐いた。

 

 

「なっ!?」

「私は曹操に屈しない……地獄まで逃げ切ってやるよ」

 

 

驚いている俺を尻目に馬騰は笑みを浮かべた。まさか死ぬ気か!?

 

 

「おい、アンタ!?」

「毒さ……私はもう戦えそうにないんでね。さっき飲ませてもらったよ」

 

 

毒っ!?なんでこんなにアッサリと死のうとすんだよ!?

 

 

「馬鹿か!」

「アンタ……気の使い手か?無駄だよ毒を飲んだのはアンタが来る前だ。もうとっくに体に回ってる……」

 

 

俺は自身の気を馬騰に送り込もうとするが効果が薄そうだ。くそっ!もっと医療気功の事を学んどくべきだった。

 

 

「何を……悔しそうにしてるんだい?私は……敵だぞ」

「敵だろうが味方だろうが……人の死は嫌だ……」

 

 

今まで散々戦いの中で人の死を見てきたが嫌なものは嫌だ。甘いと言われても構わない。人の死に慣れる事はいけない事だと思うから。

 

 

「参ったね……最後の最後でアンタみたいのに会っちまうとは……アンタ、名前は?」

「秋月純一……字と真名は無い」

 

 

馬騰は震える手で俺の手を掴んだ。なんとなく察してしまう。この人はもう……

 

 

「そうかい……覚えとくよ。それと最後に頼みたい……アタシの娘に……遺言を……」

 

 

俺は馬騰の言葉に無言で頷く。俺は自然と握る手に力を込めた。

 

 

「アンタはアンタの道を……行き……な……」

 

 

その言葉を最後に馬騰の手からスッと力が抜けた。それと同時に大将が部屋に入ってきた。

 

 

「純一?……馬騰!?」

 

 

その光景に大将は目を見開いた。俺は馬騰さんの手を離すとソッと布団の上に乗せてから離れる。

 

 

「馬騰さんは毒を飲んで自害した。『私は曹操に屈しない……地獄まで逃げ切ってやるよ』だとよ」

「そう……他には?」

 

 

大将は毅然とした態度をしているが、その肩は震えていた。

 

 

「俺の名を教えて……馬超宛の遺言を託された」

「そう……下がりなさい。他の誰もこの部屋に入る事を禁ずるわ」

 

 

大将の言葉に頷いた俺は部屋を出た。途中で一刀とすれ違ったから部屋に入らない方が良いと伝えてから俺は城の城壁へ向かった。

 

 

「………線香の代わりがこんなんで悪いけど」

 

 

俺は煙草に火を灯して城壁の上に立てる。煙が空に向かって登って行くのを見届け、俺は手を合わせた。

 

 

「さよなら……馬騰さん」

 

 

最後にほんの少ししか話さなかったけど……良い人だと感じた。

俺は空に向かって登り消えていく煙に目を伏せて馬騰さんに別れを告げた。



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第百四十二話

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

「秋月の様子が変?」

「……うむ」

 

 

涼州の遠征から帰ってきた華雄から、そんな話を聞いた。華琳の話では秋月は馬騰の最後を看取ったのだと言う。そして、その後から秋月の様子が変だったらしい。何処か上の空でボーッとする時間が増えていたらしい。

確かにここ数日、心此処にあらずって感じだったわね。

 

 

「アイツが能天気なのは、いつもの事だけど今回は様子が変ね……」

「ああ……桂花が話しても効果が薄かったからな。重症だ」

 

 

確かに重症だわ。でも桂花が話しても反応が薄いんじゃ僕が行っても……

 

 

「頼むぞ詠……桂花に次いで秋月の信頼を勝ち取ってるのは……お前だ」

「……華雄」

 

 

華雄は僕と肩をポンと叩くと行ってしまう。秋月の信頼を得ていると聞いて僕は頬がニヤけてしまったが、秋月の性格から皆を信頼しているのでは?と思ってしまう。

 

 

「先ずは……秋月に会わなきゃね」

 

 

僕は秋月を探しに行く事にした。城の中に居るなら自分の部屋か桂花の居る部屋か……言ってて少しイラッと来たけど探してみよう。そして部屋に居ないとなれば……彼処ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕の予想通り秋月は部屋には居なかった。そして部屋に居ない場合、高確率で城壁に居る。そこで煙管を吸う事が多いから。

そして僕の予想通り秋月は城壁の所にいた。煙管を吸いながらボーッと空を眺めてる。華雄から聞いてたけど、本当に腑抜けになったみたい。

僕は秋月の隣に立つけど秋月はチラッと此方を見たけど直ぐに視線を空に戻した。

 

 

「………何か言いなさいよ」

「鳥が飛ぶ、ご覧のとーり……ごふっ!?」

 

 

口を開いたかと思えばくだらない冗談が聞こえたので思わず秋月の腹に拳を叩き込んでしまった。まったく……本当に腑抜けてるわね。普段とは違った意味で。華雄達が心配するのも無理無いわね。

 

 

「本当にどうしたのよ?」

「………俺がしてきたのって……何なんだろうなって思ってな」

 

 

僕の言葉に秋月は立ち上がると再び、煙管を咥える。

 

 

「ここ最近、技の開発やら装備を充実させてただろ?技は兎も角、装備の方は割りと順調だった。涼州での戦いも有利に進められる事が多かったし」

 

 

秋月の話を聞く限りじゃ問題はない。寧ろ、順調な方だと思う。

 

 

「で、な……俺は馬騰さんに会って……」

「そこまでは聞いたわ」

 

 

秋月が城の中をさ迷って偶然、馬騰の居た部屋を引き当てたと。

 

 

「いい人だったよ。大将とは違った意味で器が大きかった」

「そうね……僕も馬騰とは何度も会ってるけど将として恥じない人物よ」

 

 

秋月はそう言いながら自分の掌を見詰めた。その瞳はいつもの物ではなく悲しさや自分の力の無さを咎めている……そんな風に見えた。

 

 

「でも。馬騰さんは死を選び……俺は助ける事が出来なかった」

 

 

秋月はそう言って拳を握る。そして再び開いた時には手の中に気弾が生まれていた。

 

 

「馬騰さんの手から力が抜けた時……俺は自分の力の無さを恨んだよ。俺の手の中からスルッと命が落ちちまった」

「……秋月」

 

 

僕は……秋月が言いたい事がなんとなくわかった気がした。今、秋月は……泣きそうになっている。

 

 

「この国に来てから俺は『気』の力を得た。役職を貰って色んな人を助けた……けど俺は……」

「もう……いいわよ」

 

 

言葉を繋ごうとした秋月の手を握った。秋月は馬騰を救えなかった事を悔やんでいる。秋月は無理無茶を平然とする。失敗しても笑ってる。それは周囲を笑わせる為だ。だから皆はそんな秋月を見て、どんな時でも卑屈にならずに次を目指していけた。

そんな秋月が今回は目の前の死に耐えきれなくなっていた。秋月も戦場に出るから死を間近に見るのは初めてではない。でも……馬騰の時は、ほんの少しでも触れてしまった人の心に

秋月の心が揺らいだ。

 

 

「アンタは優しすぎるのよ……そんなんじゃ潰れるわよ」

 

 

劉備と考えが近い何て言われてる秋月だけど劉備と決定的に違う所がある。それはこの覚悟だろう。

劉備は『平和にしたい』と言っているが蜀に張り込ませている間者の話では劉備は軍備を関羽や張飛に丸投げしていて、政治も孔明に任せきりだと聞く。自身で動いて戦い悔やむ秋月とは違う。秋月は自分で動いた上で悩んで平和を望んでいる。

僕は秋月の手の感触を確かめる。掌には月の自害を止めた時の傷がまだ残っていた。

 

 

「でも……アンタは力の無さを嘆くけど僕や月はこの手に救われた。華雄も恋もねねも斗詩もそうよ」

 

 

僕は秋月の手が好きだった。戦っている者の手にしてはいつも安らぎを与えてくれる様な手が。

 

 

「だから……自分に力が無いなんて言わないで。僕達を助けた事を……嘆くような事も」

「………詠」

 

 

僕は秋月の手を握り額に押し付ける。

 

 

「力が無いと言うなら強くなってよ……いつもみたいに……笑ってよ……」

「……詠」

 

 

僕は気が付いたら涙を流していた。馬騰の事で傷付いていた秋月を慰める筈だったのに僕は泣きたいのに泣けない秋月を見ているのが辛くて泣いてしまった。

 

 

「そっか……んじゃいつもみたいに」

「え……ひゃあ!?」

 

 

一瞬、暗い声を出したかと思ったら、いつもの声に戻った秋月は僕の胸を揉み始めた。なんで!?

 

 

「あ、詠……胸が大きくなった?」

「アンタが揉むからでしょ。最近、お気に入りの下着が着れなくなって困って……じゃないわよ!!」

「おぶっ!?」

 

 

僕の胸を揉み続ける秋月の顎に狙って平手打ちを放つ。パーンと良い音が鳴ると同時に秋月が倒れた。

 

 

「なんで、いつもみたいにって言ってから胸を揉むのよ!?」

「痛ぁ……いや、いつものパターンだと俺か一刀がセクハラした疑いで殴られる事が多いから……でも、気合い入ったよ」

 

 

そう言って立ち上がった秋月の頬には僕が付けた紅葉が綺麗に出来ていた。そして、その瞳は先程までと違っていつもの秋月の瞳だった。

 

 

「ありがとな詠」

「紅葉付けた状態で格好付けられても絞まらないわよ」

 

 

秋月はいつもの笑みを浮かべていたが頬に紅葉が付いたままじゃ冗談にしか見えない。

でも、先程まで沈んでいた表情からいつもの秋月に戻っていた。

 

 

「まだ思う所はあるけど……馬騰さんの頼まれ事もあるし頑張らなきゃだな」

 

 

馬騰からの頼まれ事が何なのか気になったけど……秋月が元気になったなら良いか。僕は空を見上げる秋月を見ながらそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇おまけ◆◇

 

 

 

「先を越されたわね、桂花」

「私は気にしてませんから」

 

 

そんな二人のやり取りを見ていた華琳と桂花が居たとかなんとか。



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第百四十三話

 

 

 

詠のお陰で気力を取り戻した俺は張り切って修行に専念……出来たら良かったのだが、ここ数日ボーッとしていた為に書類が溜まっていた。大将からは「今回の事は馬騰の事もあったから見逃したけど……次は無いわよ」と言われた。しっかり見抜かれてたな。

 

 

「やれやれ……骨休みをする事もままならんな」

 

 

サボってた俺が言えた義理じゃないか。山と積まれた書類に一枚一枚に目を通していく。

 

 

「役満姉妹衣装案……マジか」

 

 

確かに考えるとは言ったけど普通に書類に混ざってるとは……人和辺りだな、こんなやり方するのは。

 

 

「ま、ある程度は考えてるし……ガンダムかマクロスで行くか」

 

 

どうせなら面白可笑しくしてやろう。前にも思ったが天和ってミーアが似合いそうだし。

 

 

「人和はランカ辺りか……地和はどーすっかな」

 

 

考えれば考える程に面白くなっていきそうだ。特に三姉妹はノリノリでやってくれそうだからな。

 

 

「ま、この件は後だな。他には……」

 

 

大半の書類は警備隊絡み物なのだが一部は違ったりする。先程の役満姉妹の衣装案が良い例だ。城内の厄介事を解決する役もしてる……なぜ俺にお鉢が回ってきたのかは謎だが。そんなこんなで書類を処理しているけど終わりが見えない。

 

 

「ん……真桜の奴また発明を部屋でやってやがるな」

 

 

苦情の類いの書類も混じってるし。やれやれ気晴らしも含めて殴りに行くか。ボキボキと指の骨を鳴らしながら立ち上がろうとすると俺の部屋の扉が開く。

 

 

「あれ、桂花?」

「………」

 

 

入ってきたのは桂花だった。桂花は不満顔のまま部屋に入るとそのまま椅子に座ってる俺の膝の上に乗って来た。

 

 

「あ、あのー……桂花さん?」

「……ん」

 

 

桂花は俺の膝に座ったまま体を預けてくる。柔らかい……良い匂いが……ヤバイな……遠征とかあったし、帰ってきてからもボーッとしてたから女の子と触れ合う機会がなかったから理性が……

 

 

「け、桂花さん……ぼかぁ……まだ仕事がですね……」

「何よ、詠とはしてたのに?」

 

 

しっかり見られてたか。

 

 

「しかも詠のは下着が合わなくなる程度に揉んでたんでしょ」

 

 

 

そういいながら自分の胸に手を置く桂花。天然に男を誘う仕草はしないでマジで。

 

 

「ズルいわよ……本当に」

「いや、その……詠ばかりを構ってた訳じゃないんだぞ。詠の胸が大きくなったのは、たまたまで……」

 

 

少し俯いた桂花に捲し立てる。なんの言い訳をしてるんだ俺は。

 

 

「違うわよ!ズルいわよ、アンタばかり!いつもいつも私がアンタを追いかけてばかりじゃない!」

「あー……」

 

 

そういや、最近は桂花から来てくれる事も多かった気がするが……こんな事を言ってくれるとは本当に素直になったし可愛いもんだ。でも俺だって我慢してる方が多いんだぞ?

だって本能のままに動いたら止まらなくなりそうなんだもん。

 

 

「何よ……言いたい事があるなら言いなさいよ」

「あー……もう」

 

 

桂花はプーッと頬を膨らませてる。桂花は俺に不満なんだろうけど俺は俺で耐えてるってのに。

 

 

「あんまり騒ぐと、その口をまた塞ぐぞ」

「っ!」

 

 

耳元で囁いた俺の言葉の意味を察した桂花は顔を真っ赤にして唇に指を這わした。

 

 

「やってみなさいよ……この馬鹿」

 

 

桂花は顔を赤くしたまま俺を見上げた。その顔は少し挑発的だ。

 

 

「超喜んでやるんだから」

 

 

そう言って笑う桂花にドキッとした。カウンターにも程があるぞチクショウ。



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第百四十四話

 

 

 

 

 

「大将も手加減なしだな……手加減があったから、この程度なのか……」

 

 

俺は先程まで大将のお説教を貰っていた。昨日、桂花が可愛かったんでハッスルしてしまったのだが、その為に昨日の段階で処理しようと思ってた書類がまんまそのままだった。

しかも大将からは『そんな可愛い桂花を独占とは狡いわね』と言われた。うん、あの目はマジだった。

そんな訳で俺は数日間、書類仕事に忙殺される事となった。しかし、忙しくなるのはこれからだと、その時の俺には知るよしもなかった。

 

それは劉備の領から戻った間者の報告で判明した現在の劉備の状況だ。劉備は周囲の諸侯を取り込んでいるらしい。中には先日戦った馬超も混ざってるらしいが。

 

 

「これで劉備の所には黄忠、厳顔、魏延と言った主要な将が劉備に降ったと」

「黄忠も……?」

「ああ……そうか」

「黄忠がどうかしたの一刀?純一も何かあるの?」

 

 

秋蘭の報告の中で聞いた武将の名に反応した一刀と俺。忘れてたけど黄忠もそりゃ居るよな。

 

 

「確かに黄忠は弓の名手として名高いが……他の厳顔と比べて、殊に警戒すべき相手でもないぞ?」

「いや、何でもない。続けてくれ」

「少し聞いた名前だったから気になったってだけでな」

 

 

一刀も俺も会議の続きを促した。三国志の知識がうろ覚えの俺でも覚えてる。関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠……これで劉備の所には五虎将が揃った事になる。

この五人が揃った劉備は相当の脅威ってのは俺でも覚えてる。どうするべきかな……あんまり三国志の事を覚えてないから中途半端な情報はかえって混乱を招きそうだし……

 

 

「ちょっと純一、聞いてるの?」

「え、あ……」

 

 

大将の声にふと回りを見渡せば、その場の視線が俺に注がれていた。

 

 

「あー……すまない。少し考え事にのめり込み過ぎた」

「まったく……黄忠の事でも考えてたの?人妻で色気が凄いらしいじゃない」

 

 

俺が素直に謝罪をすると大将から、とんでも発言が飛び出した。

 

 

「ほう……秋月は人妻が好みか?」

「いや、今のは大将のデマだから」

 

 

華雄がジト目で俺を睨むが俺はサラリと避ける。黄忠がどんな女性なのかは気になったが。

 

 

「話を聞いてなかった秋月にも簡単に説明すると暫くは静観よ。劉備、孫策の二面作戦となるわ。だから警備隊の方にも力を入れて新兵を鍛えなさい!」

「わーはっよ」

 

 

桂花に頬をつねられながら返事をする。後で詳細を聞き直さないとな。

 

一先ず軍義も終わり、午後の訓練へ。本来なら俺も大河を連れて修行を行うのだが今回は違った。

先程まで軍義を聞いてなかった罰として秋蘭の偵察任務への同行を言い渡された。その話を聞いてから俺は秋蘭と合流して流琉を探す。

 

 

「ま、偵察ならいいさ。最近、書類仕事で外に出てなかったから丁度良い」

「やれやれ……頼もしいのか図太いのか」

 

 

俺の態度に秋蘭は呆れ気味だった。そう言うなよ、体を動かしたいんだからさ。

 

 

「っと……そう言えば偵察の行き先を聞いてなかったな」

「そうだったな。行き先は定軍山だ」

 

 

定軍山か。なんかどっかで聞いた気がするけど……なんだったかな?

 

 

 

 



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第百四十五話

 

 

 

 

 

 

「あー……超ダルい……」

 

 

俺は馬車の荷台に揺られ空を見上げながら呟いた。何故か城を出た辺りから急に体調が悪くなり今は馬車の荷台で寝転がっていた。

 

 

「情けないぞ、秋月」

「そうですよ、純一さん」

 

 

秋蘭と流琉に言われるが返す言葉もない。

 

 

「なんでこうなるかねー」

「その体勢が当たり前になってきてるな」

 

 

俺の呟きに秋蘭が呆れたように話す。うん、俺の所定の位置みたくなってるからね。

 

 

「いっその事、俺専用の荷台を用意するか……」

「その計画は既に華琳様と桂花で話し合われていたな」

 

 

何やら俺の知らない間に俺専用の荷台計画が発生していた模様。

 

 

「とりあえず暫く寝るわ……定軍山に着いたら起こして」

「……やれやれだな」

 

 

俺はゴロンと寝直す。秋蘭の呆れた声が聞こえたが寝て体力の回復に努めよう。なんか妙に体が重いんだよな。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

あれから数日かけて定軍山に到着した。でも俺の体調は優れないままだった。

 

 

「まだ体調が悪いのか秋月?」

「ああ……」

 

 

とりあえずジャケットを着て立っているがダルい。ったく……なんなんだか。

 

 

「まあ、今回は偵察任務だ。無事に帰ろうではないか」

「そうですよ、それに帰ったら季衣が用意してた、お肉が食べ頃ですよ」

「そりゃあ楽しみだ。早く元気にならなきゃな」

 

 

そういや出立前に季衣が肉を買ってきてたな。偵察任務が終わる頃には食べ頃になってるか。

 

 

「では、各自散開して周囲の偵察を……」

 

 

秋蘭が兵士達に指示を出そうとした、その瞬間だった。複数の弓矢が飛んできて兵士達を貫いた。

 

 

「なっ!?」

「敵襲だ、散開しろ!」

「楽な偵察任務……って訳にはいかなくなったか……」

 

 

流琉が驚愕し、秋蘭が兵士達に指示を出す。俺は飛んできた矢の方角に視線を移す。其処には蜀の兵士達と思われる連中が弓を構えていた。

 

 

「ちっ、逃げるぞ!」

「し、しかし……」

「え……」

「秋月の言う通りだ!散開しながら距離を取れ!」

 

 

俺の叫びに兵士達は慌てた様子だが秋蘭の一声で一斉に動き出す。

 

 

「走れ走れっ!」

「純一さん、さっきよりも元気じゃないですか!?」

 

 

一目散にダッシュした俺に流琉が叫ぶが、こんな時に体調が悪いって言ってらんないっての。

 

 

「前にも敵が!」

「舐めんなっ!」

「ぎゃっ!?」

 

 

前を走っていた兵士が叫ぶと同時に俺は飛び蹴りで前方の敵を蹴り飛ばす。

 

 

「秋月、前を頼む!」

「おう、任せ……どわっ!?」

 

 

秋蘭の頼みを受け入れようとした瞬間。俺の足場が崩れて体勢を崩してしまう。って……ヤバイ!?

 

 

「秋月!?」

「純一さん!?」

「俺に構うな!生き残る事を考えろっ!」

 

 

崖から落ちる俺に秋蘭と流琉が手を伸ばそうとしたが俺は拒んだ。俺よりも自分の事を考えな。俺は山の斜面から転がり落ちながらそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごふっ!?」

 

 

結構急な斜面を転がり落ちていたが崖の下に到着したのか俺の体に激しい衝撃が来た。

 

 

「ぐ……かふ……」

 

 

ヤバい……まともに呼吸が出来ない……俺は立ち上がれない体を起こしながらなんとか近くにあった岩に背を預ける。

 

 

 

「ふぅ……はぁ……随分と落ちたな……」

 

 

山の斜面を見上げると結構な高さだったと言うのが解る。よく無事だったな俺。

 

 

「痛ててっ……秋蘭達は逃げられたかな?」

 

 

痛む体を動かす。節々が痛いけど折れちゃいないな……

 

 

「兎に角……秋蘭達を探さないと……」

 

 

なんとか立ち上がろうとした時だった。近くの茂みがガサガサと揺れる。

 

 

「誰だ!……って……おい……」

 

 

茂みの置くから出てきた奴を見て俺の頬はピクピクと震えた。俺はこの局面で再会したくない奴と再会を果たしてしまった。



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第百四十六話

◇◆side秋蘭◇◆

 

 

私は魏の領土に現れる不審な者達の調査で定軍山に向かっていた。恐らく劉備の手の者だろうがいつもの間者の類いの者だろうと話し合い私は流琉と秋月を連れて調査に来ていた。

 

何故か、秋月の体調が悪くなっていたが秋月の為に行軍の速度を落とすわけにはいかない。最早、所定の位置と化した馬車の荷台で寝転がる秋月。

 

 

「あー……超ダルい……」

「情けないぞ、秋月」

「そうですよ、純一さん」

 

 

秋月の発言に私と流琉は溜め息を吐いた。これが当たり前になっているな。

 

 

「なんでこうなるかねー」

「その体勢が当たり前になってきてるな」

 

 

秋月の呟きに私は思わず笑ってしまう。遠征等に行った際には行きも帰りも馬車の荷台に揺られている事が多い。北郷よりも多いのではないか?

 

 

「いっその事、俺専用の荷台を用意するか……」

「その計画は既に華琳様と桂花で話し合われていたな」

 

 

秋月の発言に思い出すのは先日話し合われていた秋月の移送計画。最早、怪我をする事を前提で話が進められていた。

 

 

「とりあえず暫く寝るわ……定軍山に着いたら起こして」

「……やれやれだな」

 

 

秋月はそのまま寝てしまう。流琉は秋月に毛布を掛けている。その姿は情けない父親か兄の世話を焼く娘か妹に見えた。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

あれから数日かけて定軍山に到着し、偵察任務を開始しようとしたのだが秋月の体調は優れないままだった。

 

 

「まだ体調が悪いのか秋月?」

「ああ……」

 

 

私が声を掛けてもフラフラとしている。城を出てから体調を崩しているが大丈夫なのだろうか。

 

 

「まあ、今回は偵察任務だ。無事に帰ろうではないか」

「そうですよ、それに帰ったら季衣が用意してた、お肉が食べ頃ですよ」

「そりゃあ楽しみだ。早く元気にならなきゃな」

 

 

私の発言に流琉が加わる出立前に季衣が肉を買ってきていたな。偵察任務が終わる頃には食べ頃になってるか。私も手伝うとしよう。姉者も楽しみにしているだろうからな。

 

 

「では、各自散開して周囲の偵察を……」

 

 

そして私が兵達に指示を出そうとした、その瞬間だった。複数の弓矢が飛んできて兵士達を貫いた。

 

 

「なっ!?」

「敵襲だ、散開しろ!」

「楽な偵察任務……って訳にはいかなくなったか……」

 

 

流琉が驚愕し、私が兵達に指示を出す。秋月は腹を決めたのか先程までの体調の悪さを振り切って覚悟を決めた顔になっていた。

 

 

「ちっ、逃げるぞ!」

「し、しかし……」

「え……」

「秋月の言う通りだ!散開しながら距離を取れ!」

 

 

秋月の叫びに兵士達は慌てた様子だが私の一声で一斉に動き出す。秋月は機転が利くな……この一瞬で状況を読んだか。

 

 

「走れ走れっ!」

「純一さん、さっきよりも元気じゃないですか!?」

 

 

秋月は兵達の前を走る。偶然なのかもしれんが理想的な形だ。秋月と流琉が前衛で私が後衛となる。

 

 

「前にも敵が!」

「舐めんなっ!」

「ぎゃっ!?」

 

 

前を走っていた兵が叫ぶと同時に秋月は飛び蹴りで前方の敵を蹴り飛ばす。ふむ、何気に姉者や華雄に似てきたな。だが、これなら……

 

 

「秋月、前を頼む!」

「おう、任せ……どわっ!?」

 

 

戦いやすさを受け入れて秋月に前衛を頼もうとした瞬間、山の斜面近くに立った秋月の足場が崩れ足を踏み外してしまう。

 

 

「秋月!?」

「純一さん!?」

「俺に構うな!生き残る事を考えろっ!」

 

 

高さとしては斜面と言うよりも崖から落ちる秋月に私と流琉が手を伸ばそうとしたが秋月は拒んだ。それどころか我等を気遣う。

 

 

「秋蘭様、純一さんが!?」

「………前を見ろ流琉。秋月の事は気掛かりだが先ずは我等が生き残る事を目的としろ」

 

 

流琉は不安そうに私に話しかけるが私は少し思案した後に秋月を探さない事にした。秋月を探す事で不利になる可能性が高い上に兵達の統率を崩すわけにはいかない。

 

 

「追っ手を振り切ってから回り道をして秋月を探すぞ……それに私にはアイツが簡単に死ぬとは思っていない。なんせ桂花がお気に入りの『あの馬鹿』だからな」

「ぷっ……そうですね。早く探してあげないと私達が知らない間に怪我が増えそうですし」

 

 

私の発言に流琉は笑った。そして秋月の怪我の心配をしつつも先程よりも安心はした様だ。死ぬなよ秋月……お前が死んだら私は桂花に会わせる顔がない。

 

 

◇◆◇◆

 

 

あれから一晩経過したが状況は悪くなる一方だった。連れてきていた兵達の数は半分以下になり、私も流琉も満身創痍の状態となっていた。我等を追っている連中は狩りをするように我等を追い立てていた。

最早、これまでと思い山よりも広い平原に出て敵の確認をしようとすると山を出た瞬間に浴びせられる雨のような矢が降ってくる。待ち伏せされた!私が流琉に指示を出そうとするが私の前には黄忠を名乗る将が立ちはだかる。

私は黄忠に流琉は馬岱に阻まれてしまい兵達が蹂躙されていく。このままでは……!そう思った瞬間だった。

黄忠の立っていた位置の近くに一本の丸太が飛んできたのだ。

 

 

「なっ!?……くっ!」

 

 

その光景に黄忠は素早く避ける。飛んできた丸太がズズンと音を立て地面に斜めに突き刺さる異常事態に周囲の者も動きを止めて見入ってしまう。

そして、その丸太の上には人が乗っていた。その人物は丸太の上に立ちながら腕を組み此方を見下ろしている。

 

 

「なんとか間に合ったらしいな」

「秋月、無事だったか!」

「貴方が天の御使いの片割れ……」

 

 

先日離れてしまった秋月が現れたのだ。私も黄忠も驚く中、秋月はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「落ちた崖の先で会いたくなかった奴と会っちまったがお陰で包囲網を崩せそうだぞ」

「何を……なっ!?」

「な、なんだあれは……」

 

 

秋月の言葉と指差した先に視線を移した黄忠が驚愕の声を上げ、私は言葉を失ってしまう。そこには額に三日月の模様を持つ巨大な熊が蜀の兵士達を襲っていた。

 



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第百四十七話

 

 

丸太の上に乗っている俺をその場に居た者が見ている。超怖かったけど桃白白式移動法は上手く行った。これも、あの熊と会ったお陰だな。

 

 

崖から落ちた先で、あの熊と出会った俺は傷だらけとなった体を奮い立たせてなんとか戦おうとしたら、なんと熊は俺の傷を舐め始めたのだ。食べる前段階かと思ったのだが傷を治すかのように舐め続ける仕草は仲間を思う優しさにも思えた。

 

 

「ま、まさか……あの戦いで友情が芽生えたか……危なっ!?」

 

 

俺が手を伸ばしたら噛みついてきやがった!素早く引っ込めたけど!

 

 

「グルルッ……」

「さっき俺の傷を舐めたのは味見だったか……」

 

 

俺は立ち上がると手に気を込めた。気弾を放ち、熊から距離を取った。

 

 

「当然、効かないわな」

 

 

俺の気弾をマトモに当たった熊はケロリとしていた。くそっ……相変わらず出鱈目だな。って……あれ?なんで気弾を撃てたんだ俺?さっきまで体調最悪だったのに。

 

 

「グルルッ……」

「って、考えてる場合じゃないか」

 

 

俺の体調の問題は後回しだな……さて、この強い熊を相手にどうしたものか。

 

 

「居たぞ!」

「射て、射てっ!」

「あ、ヤバっ!?」

 

 

なんて、思っていたら蜀の兵士達が現れて弓を構えていた。いや、前門に熊。後門に蜀の兵士って最悪だな!?

あ、放たれた矢の一本が熊に突き刺さった。

 

 

「グルルッ……グオオオオオオッ!!」

「あーあ……」

 

 

矢を放たれた怒りからか熊は蜀の兵士達へとまっしぐら。

 

 

「たかが熊だ!やって……ぐあっ!」

「な、なん……ぎゃあ!?」

「た、助け……」

 

 

蜀の兵士の皆さんは熊に一方的にやられてる。なんとか倒そうとしてるけど俺の『かめはめ波』と『さよなら天さん』を食らっても倒せなかった熊だぞ。アンタ等に倒せる筈がない。

 

 

「ま、好都合だな……秋蘭達と合流しよ」

 

 

俺は熊を蜀の兵士達に任せて、その場を後にして秋蘭達を探しに行った。しかし、互いに移動していた為か一晩経過しても合流は出来なかった。そして夜が明けて広場の方から声が聞こえたので木に登って確かめると秋蘭と流琉を発見。兵士も一緒の様だが数が減っている。

 

 

「ったく……熊の時も思ったけど蜀って性質の悪いマネしてくれるな。不意打ちに集団リンチとは……ね」

 

 

しかし……劉備の指示なんだろうか。あの娘らしくない気がするが……

 

 

「グルルッ……」

「あ、お前もそう思う?」

 

 

鳴き声が聞こえたので視線を地面に移したら俺の登った木の下に先ほどの熊が……

 

 

「マズいな……秋蘭達を助けに行きたいけど、これじゃ……」

 

 

足下に熊が居るんじゃ助け……に……も……

 

 

「う……嘘……」

 

 

 

なんと熊は俺の登った木に手を掛けるとメキメキと根本から引っこ抜き始めた。俺は思わず木にしがみつくが、どんどん傾いていく。

 

 

「あ、あの……熊さん?」

 

 

遂に木は地面から離れた。そして熊は投擲の構えを取っている。

 

 

「ちょっ……待った!」

「グオオオオオオッ!!」

 

 

咆哮と共に熊は俺のしがみついていた木を投げ付けた。投げられた方角は先程、秋蘭達が居た方角。

 

 

「こ、こうなったら……やるしかないよな」

 

 

俺はバランスを取りながらそのまま気弾で木の枝と根を破壊して丸太に仕立てあげ、着地に備えた。

そして地面に突き刺さった丸太の上で腕を組み、あたかも最初から、その体勢で飛んできたかの様に振る舞う。

 

 

「なんとか間に合ったらしいな」

「秋月、無事だったか!」

「貴方が天の御使いの片割れ……」

 

 

俺が無事だった事に喜んでくれる秋蘭になんかスゴい美人が居た。

 

 

「落ちた崖の先で会いたくなかった奴と会っちまったがお陰で包囲網を崩せそうだぞ」

「何を……なっ!?」

「な、なんだあれは……」

 

 

俺が指差した先には、先程俺をぶん投げた熊が引き続き蜀の兵士達を襲っていた。矢を射たれた恨みを晴らしてるみたいだ……あの矛先が俺に向かなくて良かった本当に。

 

 

「さぁて……秋蘭も助けられたし、後は……」

「ふざけるな!」

 

 

ギリギリの所で秋蘭を助けられた事に安心した瞬間だった。涼州で見た馬超が俺に迫っていた。

 

 

「な、ちょっと待て!」

「うるさい!お前さえ居なければ夏候淵を討てたんだ!」

 

 

俺の制止にも馬超は止まらない。そして憎しみの目を俺に向けている。

 

 

「母様の仇を討つ!」

「だったら話を聞……がっ!?」

 

 

俺の言葉を遮って馬超の槍は俺の脇腹を削った。俺は脇腹を押さえながら膝を突き、立ち上がれなくなった。

 

 

「これで終わりだぁぁぁぁっ!」

 

 

馬超は俺の脳天に向けて槍を振り下ろそうとしている。おいおい……マジかよ。桂花に……会えなくなっちまう……

 

 

「魔閃光!」

「何っ、うわっ!?」

 

 

俺が一瞬の走馬灯を感じた瞬間。俺の背後から気弾が飛んできて馬超を吹き飛ばした。振り返れば大河が両手を突き出す構えをしていた。そうか、大河が俺の教えた気弾を放ったんだな。気を放つ事が出来なかったのに大した進歩だ。

 

 

「く、くそ……まだだ!」

「駄目よ翠ちゃん!魏の兵士が周囲を包囲し始めてる!」

 

 

馬超は立ち上がりまだ戦う気だったらしいが先ほどの美人さんに止められている。悩んだ仕草を見せてから蜀の兵士達は退却していった。そうか……大将達が来たんだな。随分早いご到着で……

 

 

「師匠!」

「大河……お前はやれば出来る子だと信じてたぜ……」

 

 

駆け寄りながら俺を呼ぶ大河を見て俺は微笑み……そのまま意識を失った。

 

 

 




『魔閃光』
孫悟飯の必殺技。額の前で掌を重ね、そこから気功波を放つ。かめはめ波よりも気の集束が早く、気に不馴れな頃の悟飯がピッコロから学んだ技。


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第百四十八話

 

 

 

『先輩は卒業したら、どうするんですか?』

『まだ先の話だからなぁ……やりてぇ事もないし』

 

 

ああ……

 

 

『先輩、ゲームとかアニメが好きなんですから、その手の就職先はどうなんですか?先輩、器用貧乏で雑学豊富なんですから』

『さりげなくディスるな。まあ、その方向もありかなぁ……』

 

 

また……この夢か。

 

 

『ちゃんと考えた方が良いですよ。大沼先輩はもう内定貰ったらしいですよ』

『アイツは前から、その話が出てたからな』

 

 

我ながら……未練が残ってんのか?

 

 

『就職駄目だったら愛美が俺を養って』

『せ、先輩はそう言うことを軽々しく言い過ぎです!』

 

 

顔を真っ赤にしてる愛美。まだこの頃は楽しかったんだよなぁ……夢だし触れられる訳じゃないけど俺は愛美の肩に触れようと手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると右手にムニュっと柔らかな感触が帰ってきた。

 

 

「きゃあっ!?」

「あ……あれ?」

 

 

夢の中で愛美の肩に伸ばした手は柔らかい感触を手に伝えていた。悲鳴付きで。

 

 

「あ、秋月さん?」

「……斗詩?」

 

 

俺の右手は斗詩の胸を鷲掴みしていた。手が凄い幸せになってる。斗詩は手拭いを持った体勢のまま固まっていた。

ヤバいな……何か言わないと……

 

 

「け、結構なお手前で」

「あ、その……恐縮です」

 

 

胸を揉んどいて、この会話は変だとは思うが……あれ?俺は何をしてたんだっけ?此処は……天幕の中か?

 

 

「あ……そうだ!俺は馬超に……」

「意識がハッキリとしたのは良いんですけど……手を離してください」

 

 

俺はそこでやっと意識がハッキリとした。斗詩は俺の右手を胸から引き剥がす。優しいなぁ……桂花とか詠ならビンタの返し付きだ。

 

 

「秋月さんは馬超さんに腹部を……正確には脇腹を刺されて意識を失ったんですよ」

「そっか……そうだったな」

 

 

意識を失う直前に怒り狂った馬超に襲われて腹を刺されたんだったっけ……その直後に大河が気功波を撃って……って、あれ?

 

 

「そう言えば、なんで大将達が定軍山に?」

「北郷さんが華琳様に秋蘭さんの危機だと進言したらしいです。その後、軍を纏めてから行軍速度を最大にして定軍山に向かったんです」

 

 

一刀が進言したって事は……今回の定軍山の事は歴史に関わる事だったのか?俺は忘れてたけど、その可能性が高いな。

 

 

「大変だったんですよ、桂花ちゃんや華雄さんも来ると騒いだりしてましたから」

「ああ……心配させちまったな」

 

 

国を完全に空ける訳にはいかんわな。桂花、華雄は留守番か。

 

 

「そしたら……その……秋月さんが目を覚ましたと同時に私の胸を……」

「スンマセンでし……痛っ!?」

 

 

斗詩の発言に土下座しようとしたら脇腹に鋭い痛みが走った。

 

 

「だ、駄目ですよ!少しとは言っても脇腹に槍が刺さったんですから!」

「き、気を付けるよ……」

 

 

危ねぇ……また気絶するところだった。

 

 

「大将達は?」

「今は軍義中の筈ですよ」

 

 

軍義って事は何かあったのか……

 

 

「……行ってみるか」

「駄目ですよ!まだ立ち上がるのも無理なんですから!」

 

 

 

斗詩が慌てて止めに来るが状況を知りたいんだ。少しの無茶はするさ。

 

 

「じゃあ……斗詩が支えてくれ。それなら歩けそうだから」

「……はぁ。仕方ないですね」

 

 

斗詩は俺の発言に溜め息を溢したが俺の隣に立って肩を貸してくれた。

 

 

「いつもスマないね」

「それは言わない約束ですよ」

 

 

小芝居の親子みたいな、やり取りをしながら天幕を出る。因みにだが、あの熊は蜀の兵士達を叩きのめした後に山に帰っていったらしい。なんかまた会いそうな気がするが今はそれどころじゃないな。

大将達に合流すると一斉に視線が此方に向いた。心配させたな。

挨拶もそこそこに話を聞くと、大将達に追い立てられた馬超は近隣に打ち捨てられた城に逃げたらしい。そして籠城するかと思った馬超だが城の門が完全に開けられた状態で放置されていた。それを見た春蘭は罠だと叫んだらしいが周囲の視線は冷ややかな物で……

風の話ではあれは趙雲の策ではないかとの事。小さな城を開けて、そこを曹操に攻めさせる。曹操は小さな城を全軍挙げて攻めたと風評を出す気か?と挑発しているらしい。

 

 

「やってくれるなぁ……」

「そうね……でも大胆な考えは悪くないわ」

 

 

俺の呟きに大将は楽しそうだ。

 

 

「さて……城に行こうかしら」

「か、華琳様!?」

 

 

大将の発言に春蘭が驚く。なるほど趙雲や馬超に会いたいって訳ね。

この後、一悶着あったけど大将、風、流琉、季衣、俺。俺は傷が痛むので流琉と季衣に支えて貰っていた。

 

 

「完全に開いてるな」

「貴女の友人は大した策を取るわね風」

「んー……間違いなく星ちゃんの考えですねー」

 

 

この状況下で、この考えが出来るって凄いな。

 

 

「でも、誰もいませんね」

「呼べば出てくるかな?」

 

 

流琉の発言に季衣が良いことを思い付いたと手を上げた。

 

 

「やってみたら季衣」

「はーい。誰か居ませんかー?」

「此処に居るぞー!!」

 

 

大将の言葉に頷いた季衣が城の中に声を掛けると同時に誰かが飛び出してきた!

 

 

「貴女……馬岱ね?」

「ぐ……お……」

「そうだよ……って、そっちの人はなんで蹲ってるの?」

 

 

突如現れた馬岱と思われる少女に大将が話しかけるが俺はそれどころじゃない。

 

 

「驚いた拍子に傷が開いたみたい……」

「傷……って事はオジさんがお姉様の邪魔をした人?」

 

 

然り気無く人の心に傷を付けながら馬岱は俺を見る。張飛といい蜀のチビッ子は俺の心を抉るなぁ……マジで。

 

 

「馬超はどうしたの?」

「お姉様は貴女に会いたくないって」

 

 

馬岱の言葉に何処か納得できた涼州を攻めたのは魏だし、その結果、馬騰さんは亡くなったのだから。

 

 

「そ、なら馬超に伝えて馬騰は涼州の流儀で埋葬したと」

「それ……本当?」

 

 

大将の言葉に馬岱は目を見開く。敵対していた人間がそんな事をするとは思わなかったんだろう。

 

 

「嘘をついてどうなるの。なんだったら墓の場所も教えるわよ」

 

 

そう言って大将は馬騰さんの墓の場所を説明した。馬岱も場所がわかるのか、うんうんと何度も頷いている。

 

 

「用事も済んだし、帰るわよ」

「あ、ちょっち待った」

 

 

大将は用件が済んだので帰ろうとしたけど俺はまだだ。

 

 

「馬岱、馬超に伝えて欲しい事がある」

「良いけど……お姉様、凄い目の敵にしてたよ?」

 

 

今回、秋蘭を倒せるチャンスを潰したのは俺だったからなぁ……恨まれてるッポイ。

 

 

「可愛い顔してたけど凄い目で睨まれてたからなぁ」

「あら、品定めは忘れないわね種馬兄」

「お姉様は奥手だから苦労するよ?」

 

 

俺の発言にいつもの調子で弄りに来る大将。何故か馬岱も話に乗ってきた。

 

 

「そっちの話は置いておけ。出来たら馬超に直接伝えるべきだが……馬騰さんの遺言だ」

「え、叔母様の……なんで!?」

 

 

俺の言葉に馬岱は先程以上に驚いていた。そっか俺が馬騰さんの最後を看取ったと知らないなら当然か。

 

 

「偶然だったけど俺は馬騰さんの最後を看取ったんだ。そこで馬超宛の遺言を預かった」

「じゃあ……お姉様は叔母様の最後を看取って遺言を託された人を恨んだ上に討とうとしちゃったんだ……」

 

 

俺の言葉に馬岱は不安げな表情になる。まあ、それに関しちゃ色々と間が悪かったとしか言いようがない。

 

 

「知らなかったなら仕方ないさ。それで馬騰さんの遺言だけど……『アンタはアンタの道を行きな』これが遺言だ。馬超に伝えてくれ」

「…………」

 

 

託された遺言を聞いて馬岱は黙ってしまう。そして顔を見上げると俺とまっすぐ向き合う。

 

 

「お名前……聞いてもいい?」

「秋月純一……字と真名は無い」

 

 

馬岱に名を聞かれた時、馬騰さんとの最後のやり取りを思い出した。

 

 

「わかった……ちゃんと伝える。ありがとね純一さん!」

「ああ……頼んだぞ」

 

 

ちゃんと遺言を伝えると言ってくれた馬岱の頭を撫でてから俺は流琉と季衣に支えられながら城を後にした。



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第百四十九話

 

 

 

 

◆◇side翠◆◇

 

 

私の居た涼州は曹操の軍に攻め入られた。私や蒲公英、一族の皆は逃げ延びて蜀に下った。悔しい……母様の仇の曹操や魏の将を討つと私は心に決めた。

 

そして意外な事に仇を討つ機会は早くに訪れた。蜀の軍師、諸葛亮・朱里の発案で魏の領土ぎりぎりの所に間者を配置し、その事を調べに来た将を討つ。

この策を実行して出てきたのは曹操の側近の夏候淵だった。その付き添いに典韋に天の御使いの片割れと言われてる男だった。

私達は定軍山に誘き寄せた夏候淵達を討つべく、待ち伏せをして一晩掛けて追い立てた。情報操作もしていたので魏から援軍が来るはずがない。

そして一晩明け、夏候淵達が山から下りて広場に出た時、絶好の機会が訪れた。

黄忠・紫苑が夏候淵の相手をして蒲公英の相手をする典韋。そして数の少なくなった魏の兵士達を蜀の兵士が数で圧倒する。私は夏候淵を討つ好機を待ち、遂にその時を来た。私が飛び出して夏候淵を討とうとした瞬間……何故か丸太が飛んで地面に刺さった。そして丸太の上には天の御使いの片割れが立っていた。コイツ……まさか丸太で空を飛んできたのか!?

 

その後は酷いものだった。天の御使いの片割れが現れてから、夏候淵も典韋も息を吹き返して紫苑や蒲公英を押し返していた。更に何故か妙に強い熊が蜀の兵士を襲っていた。

なんなんだよ……なんなんだよコイツは……

この天の御使いの片割れが現れてから順調に進んでいた策が全て崩された。私は持っていた槍に力を込め、飛び出した。

 

 

「さぁて……秋蘭も助けられたし、後は……」

「ふざけるな!」

 

 

私は呑気にしている、この男に苛立ちを感じた。

 

 

「な、ちょっと待て!」

「うるさい!お前さえ居なければ夏候淵を討てたんだ!」

 

 

コイツさえ……コイツさえいなければ上手くいった筈なんだ!

 

 

「母様の仇を討つ!」

「だったら話を聞……がっ!?」

 

 

私は男の言葉を遮って男の脇腹を削った。男は脇腹を押さえながら膝を突き、立ち上がれなくなった。

 

 

「これで終わりだぁぁぁぁっ!」

 

 

男に槍を突き刺そうと私は振りかぶる。私の仇を討つ邪魔をした天誅だ!

 

 

「魔閃光!」

「何っ、うわっ!?」

 

 

その直後、男の背後から気弾が飛んできて私を吹き飛ばす。体勢を立て直しながら気弾の飛んできた方に視線を移すと、私の方に両手を突き出している女の子が居た。

 

 

「く、くそ……まだだ!」

「駄目よ翠ちゃん!魏の兵士が周囲を包囲し始めてる!」

 

 

私は男と女の子を倒そうと立ち上がったけど紫苑に止められ、撤退せざるを得なかった。撤退の時、蜀の兵士を襲っていた熊はペッと唾を吐いて山へと帰っていった。本当になんなんだ、あの熊は。

 

 

撤退の際に星と合流した私達は打ち捨てられた城に逃げ込んだ。籠城しても簡単に落とされてしまいそうな城だが、星の策で『曹操は小さな城を全軍挙げて攻めたと風評を出す気か?』と挑発した。その効果はあったらしく曹操の軍は城の手前で進軍を止めていた。そんな中、曹操が数人従えて城の中へと入ってきていた。

 

 

「おいおい、曹操の奴来ちまったぞ!?」

「何かあるのかしら?」

 

 

私と紫苑は動揺した。このまま帰るかと思ったのに。

 

 

「おや……天の御使いの片割れ殿もいらしている様だ」

「アイツも……」

 

 

私はギリッと歯を噛んだ。アイツが居なければこんな事には……

 

 

「何をしに来たか訪ねる必要がありそうだな。翠、行くか?」

「誰が行くか!」

「じゃあ、蒲公英が行ってくるよ!」

 

 

星が私に行くかと聞いてくるが行きたくない。代わりに蒲公英が行くと言ってくれたので私は蒲公英に任せる事にした。私は城の石垣に腰を下ろした。なんでだろう……なんか疲れちゃった気がする。

 

 

暫くすると曹操との話を終えた蒲公英が戻ってきた。戻ってきた蒲公英は少し悲しげな顔をしていた。

そして蒲公英の話は私達を驚かせるものだった。

曹操は母様を涼州の流儀で丁重に葬り、埋葬してくれたらしい。更にお墓の位置も教えてくれた。

紫苑も曹操は母様を配下にしたいと考えていたからあり得ない話ではないと言ってくれた。

しかも話はそれだけではなく……

 

 

「母様の……遺言!?」

「うん……最後を看取った天の御使いの片割れ……純一さんが遺言を託されたって」

 

 

私は驚愕した。私がさっきまで討とうとした男が母様の遺言を託されていたなんて。

 

 

「そ、それで……」

「あ、うん……『アンタはアンタの道を行きな』だって」

 

 

天の御使い経由で蒲公英から聞いた母様の遺言。なんとなく母様らしい言葉だと思って笑ってしまう。

 

 

「ふむ……相も変わらず面白い御仁だ」

「確か……魏では種馬兄弟って言われてるのよね?」

 

 

星と紫苑があの男の話をしている。私は思った疑問を星にする事にした。

 

 

「星は前に会った事があるのか?」

「うむ。反董卓連合の時と魏を攻めた時にな」

「噂じゃ女ったらしって聞くよね」

 

 

星の説明に蒲公英がニシシッと笑みを浮かべながら聞く。そうか……女ったらしか。

 

 

「『女ったらし』もそうだが……どちらかと言えば『人たらし』だがな」

「人……たらし?」

 

 

星の言葉に思わず聞き返してしまう。

 

 

「うむ……あの御仁は会う人物に様々な影響を与えてな。元董卓軍の連中もそうだし、蜀ならば桃香様もその一人と言えるな。愛紗もあの御仁を気にかけていた」

「え、桃香様や愛紗もかよ!?」

 

 

私は星の言葉に驚く。まさか桃香様や愛紗までそうなんて……

 

 

「言っておくが気にかけていると言っただけで恋愛感情とは言ってはおらんぞ」

「だ、誰が……そんな事を……」

「気にしてたんだねお姉様」

 

 

ニヤニヤとした笑みを浮かべる星と蒲公英。後で覚えとけよ、ちくしょう。

 

 

「ま、強いのか弱いのか。魅力があるのか無いのか。よくわからん御仁だが……見ていて飽きはせぬよ」

「…………」

 

 

星の言葉に城から出ていく際に脇腹を押さえながら、曹操に付き添っていた典韋達と話を交わしつつ笑っている男を見た私は先程、何も知らなかったとは言えど、傷つけてしまった事を酷く後悔していた。

 



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第百五十話

 

 

 

「…………よう」

「おはようございます」

 

 

目を開けて最初に飛び込んできたのは天井。そして視線を移した先には本を読む禀の姿が。起き上がろうとしたら脇腹に痛みが走った。

 

 

「痛……たたた……」

「無理はしない方が良いですよ。浅かったとは言っても脇腹を削られていたのですから。倒れた時の記憶はありますか?」

 

 

倒れ……そうだ、確か馬岱に頼まれていた遺言を話してから城を出て……

 

 

「大変だったみたいですよ。城を出た瞬間に意識を失ったと聞いています」

「ああ、段々思い出してきたよ……」

 

 

思い出してきた……確か城を出てから気が抜けたのか意識が遠退いたんだった。

 

 

「季衣や流琉が泣きながら貴方を抱えて本陣まで走ったと聞きました。少々乱暴な運び方だったので途中で何度か落としてしまったらしいですが」

「覚えの無い傷が増えていたのは、そういうことか」

 

 

手を見れば擦り傷が複数出来ていた。でも乱暴な運び方だったにせよ心配してたからなんだよな。

 

 

「貴方を国に搬送してからも騒ぎになりましたよ。『副長が遂に女に刺された』と」

「間違っちゃいないが意味合いが明らかに違うよね。戦場で馬超に刺されたんだからね俺!?」

 

 

脇腹は痛むが思わず叫ぶ俺。その衝撃で傷が開きそうだよ。

 

 

「興奮すると傷口が開きますよ。それと桂花が居ないのは貴方が運ばれて来たのを見て動揺して冷静な判断が出来そうに無いので今は貴方の代わりに仕事をしている筈ですよ」

「疑問と解説どーも」

 

 

俺が知りたかった事を先に教えてくれた禀。まあ、遠征に行く度に怪我して帰ってきてれば心配にもなるか。

 

 

「一刀殿も貴方達が遠征に出てから倒れたと聞きます。似た者同士ですね純一殿」

「一刀も倒れた?」

 

 

俺達が遠征に出てから倒れた?そういや俺も遠征に出てから体調が悪くなったけど……

 

 

「そういや一刀が秋蘭の危機を知らせたって聞いたけど?」

「ええ、華琳様にその旨を伝えて援軍を出しました。その後でまた倒れたらしいですが」

 

 

一刀も倒れた……二回も……

 

 

「……一刀が二度目に倒れたのは?」

「貴方達を救出した日だと聞いています」

 

 

 

だとすれば……俺の体調不良と一刀が倒れた日と時間が大体同じって事になる。

 

 

「純一殿?」

「ん、ああ……ちょっと考え事」

 

 

いくらなんでも考えすぎか……

 

 

「私はまだ仕事があるので失礼しますが……部屋から出ない事をお勧めしますよ。部屋の外には恋が待機してますから外出したら止められますよ」

「止めるって何、息の根?」

 

 

 

読んでいた本を持って部屋を出る禀。その前に部屋の番人が恋ってどうなの?俺が部屋を出たら確実に息の根止められるよ。

やれやれ、後は寝て過ごすか……桂花に会いに行こうと思ったのに。

 

この後、見舞いとして大将や月達が来てくれた。桂花は来なかったけど。ああ、もう……ふて寝してやる。怪我が治ったら死ぬほど構ってやる。覚悟しとけよ、ちくしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと……起きなさいよ」

「…………桂花?」

 

 

深夜の時間帯。完全に寝ていた俺を起こしたのは桂花だった。話しかけながら俺の頬を指で突いてくる。

 

 

「お前……なんで……」

「仕方ないでしょ。アンタが怪我したせいで書類が溜まってるから処理に時間かかったのよ」

 

 

つまり最初から来るつもりだったと何とも可愛い事を……

 

 

「なによ……ニヤニヤして」

「ん、幸せを噛み締めてた」

 

 

桂花は俺の表情をジト目で睨むが顔を赤くしたままじゃ怖くもない。

 

 

「まったくもう……時間がないから、行くわ」

「え、もうかよ」

 

 

あまりにも早い帰りだ。もう少し位居てくれても……

 

 

「まだ仕事があるのよ……また来るから我慢しなさいよ」

「わーったよ」

 

 

俺が仕事しないから負債が増えてるんだし文句は言えないか。

 

 

「でも……安心した。怪我したって聞いてたけど……大丈夫そうだったから」

「………」

 

 

桂花の言葉に俺は察した。本当なら直ぐにでも来る予定だったんだろうけど仕事が多くて本当は今も来る暇も無い筈。そんな中で桂花は時間を無理に作ってきてくれたんだろう。

 

 

「ありがとな桂花」

「そう思うなら態度で示しなさいよ」

 

 

俺の言葉に桂花は俺の寝台に片膝を乗せて俺に近づき、チュッと触れる程度の口付けをしてくれた。

 

 

「あ、あの……桂花さん?」

「体が治ったら埋め合わせしてもらうからね!」

 

 

俺が話しかけたら桂花は振り返らずに、そのまま行ってしまう。

 

 

「あー……もう。反則過ぎだよ」

 

 

男嫌いと公言してた時が嘘みたいだ。超乙女になってるよ………とりあえず早く体治そ。

 

 



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第百五十一話

 

 

 

 

 

◇◆side桂花◇◆

 

 

定軍山から帰ってきたあの馬鹿は、予想通り怪我をして帰ってきた。が、思いの外重症で帰ってきた。秋蘭や流琉から話を聞くと遠征に出てからすぐに体調が悪くなり、更に馬超との戦いで脇腹を刺されたらしい。城の中では『副長が遂に女に刺された』と噂が広まりつつある。

 

 

「本当にあの馬鹿は……」

「純一殿も怪我をされましたが生きているわけですし……」

「そうですよー。それに純一さんの頑張りがなければ秋蘭様も流琉ちゃんも危なかったのですよ」

 

 

私の呟きに、まあまあ、と禀と風が宥めに来る。最近、この軍師での集まりでこの手の話が多い。

 

 

「それに口では不満が多い桂花ちゃんも人の事は言えないのですよー」

「そうですよ。一刀殿から秋蘭様の危機と聞いたときに真っ先に純一殿の心配をしてたじゃありませんか」

「う……それは……そう、あの馬鹿でも魏には必要な人材だからよ!」

 

 

風と禀の発言に私は言葉を詰まらせてしまう。絞り出した答えに間違いはない筈。

 

 

「まったく……素直に心配だと言えば良いものを。最近、素直になったと思っていましたが……」

「この『つんでれ』具合が純一さんの心を掴むのですねー」

「う……私は素直にしてるわよ」

 

 

禀と風がジト目で私を見るが私は顔を背ける。

 

 

「素直ですかー……おっと、こんな所に最近、風が描いた絵がヒラリと落ちてしまったのです」

「何が……って、なっ!?」

 

 

風が懐からわざとらしく一枚の絵を落とす。そこにはつい最近の出来事が。

 

 

「おやおやー。これは『純一さんと話をした後で何かもう一言、言いたそうで言えない桂花ちゃん』ですねー」

「おや、上手ですね風。この切なそうな表情が実に上手く描かれてます」

 

 

妙に達筆に描かれた絵には私と秋月が描かれていた。その絵を見て禀もニヤニヤしている。

 

 

「風は色々と特別なので。更に此方は『ねねちゃんに突然抱きつかれている純一さん。それを物陰から見てる桂花ちゃんの表情が何とも羨ましそう』なのですよー」

「あ、あんた……いつこんなの描いてるのよ……」

 

 

これも少し前にあった出来事。まさか見られていたなんて……

 

 

「風は最近、絵を描くのに凝っているのですよ。他のもまだまだあるのですよー」

「ほう……これは興味深い」

「鼻血を垂らしながら見入ってんじゃないわよ」

 

 

風は他にも絵を描いていたのね……私のだけじゃなくて他の子達のもある……

 

 

「これなんかお勧めなのですよー『お兄さんの意外な逞しさに驚きつつも頬を赤く染める華琳様』なのです」

「風、同じ絵を描けるかしら?」

「あ……わ、私にも……」

 

 

風の描いた絵に禀が真っ先に食いついた。私もその絵が欲しくなった。

 

 

「桂花ちゃんにはこれがお勧めなのですよー『鍛練場を見つめる桂花ちゃん。その優しげな視線の先に居るのは……純一さん』」

「…………」

「おや、遂に言葉を発せずに震えるだけとなりましたね桂花」

 

 

私は風の描いた絵を見て動けなくなっていた。こんな……こんな恋する乙女が私だって言うの?

 

 

「他の娘達も沢山あるのですね。どれも相手が一刀殿か純一殿ですが」

「それほど種馬兄弟が活動してると言う事なのですよー。あのお二人は人当たりが良いので、さほど嫌われてもいませんし」

 

 

禀と風が話を続けてるけど私は顔が熱くなっていくのを感じていた。まさかこんな表情をしていたなんて。

 

 

「そして、これは禁断の一枚『接吻直後の桂花ちゃ……』」

「駄目ぇ!」

 

 

私は風が取り出した絵を奪う。流石に見られたくなかったから……って、あれ?白紙?

 

 

「流石に冗談だったのですがー……予想以上の反応でしたねー」

「桂花、その反応から察するに……」

「ふ、風も禀も馬鹿ぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

自分の早とちりと自爆に私の顔は瞬間的に熱を増した。それに気付いた風も禀がニヤニヤとしていたので私は堪らず部屋から逃げ出した。



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第百五十二話

今回は短めです。


 

 

 

 

先日の馬超との戦いで怪我をした俺は基本的に寝たきりか車椅子の生活をしていた。流石に今回は安静にしていろと全員から言われて大人しく従っているのだ。

 

 

「それにしたって今回はハードだったみたいですね」

「俺と同じく倒れてた奴には言われたくねーよ」

 

 

俺は一刀に車椅子を押して貰って外壁の上に来ていた。風があるので気持ちいい。

 

 

「あれ、煙管吸わないんですか?」

「魏に帰って目を覚ましてから即没収された」

 

 

そう、気晴らしに煙管を吸おうと思ったら、桂花に没収されてしまった。

 

 

「そりゃそうですよ。純一さんは吸いすぎですから」

「煙管が無けりゃ、こっちを吸うまでよ」

 

 

一刀の溜め息を聞きながら、俺は残り僅かとなったマルボロの箱を取り出す。いつからタバコが無いと錯覚していた?

 

 

「止めた方がいいですよ。タバコは百害あって一利無しっていうじゃないですか」

「一利くらいはあるさ。俺の気持ちをリラックスさせてくれる」

 

 

肺に満たされる煙は、久しぶりに満たされた気持ちにさせる。

 

 

「馬超に刺された傷はどうなんですか?」

「脇腹を削られたからなぁ……でも不思議と治りが早いんだわ」

 

 

大将が有名な医者を呼び寄せていたから傷の治りが異常な程早かった。確か華佗って名前だったな。やたら叫ぶ謎の医療だったが……

 

 

「へぇ、凄い医者もいたんですね。華琳が呼んだんですか?」

「ああ……少し呼ぶ理由があったんだとよ」

 

 

大将が華佗を呼んだ一番の理由は一刀が倒れたからなんだろうけど、面白いから黙ってよ。そう思いながらも俺は刺された脇腹に手を添えた。

 

 

「あんな風に憎しみを込めて睨まれたのは始めてだったな」

 

 

俺はあの時、俺に槍を突き付ける馬超を思い出す。可愛い娘だったけど……怖かったなぁ……そんで刺された訳だし。

 

 

「やっぱり俺も……戦うべきなんでしょうか?」

「いきなりどーしたよ?」

 

 

俺が考えに集中し始めると一刀が意を決して話し掛けてきた。

 

 

「俺……今回は倒れたままだったし、いつも他の皆に守られてばかりだから……」

「前にも言っただろ。一刀には一刀にしか出来ない仕事があるんだよ。お前が隊長として仕事をしてくれるから俺は普段から色々出来るんだよ。他の誰かと比べて自分は駄目な奴だと嘆くんじゃねーよ」

 

 

一刀は俯いていた。俺は車椅子に乗っていたのでコツンと顎の辺りを叩いてやる。顔を上げた一刀にタバコを加えたまま笑ってみせる。

 

 

「それに大将が一刀を信頼して任せてるんだ。男なら彼女の期待に応えて見せろよ」

「……はいっ!」

 

 

俺が一刀の胸の辺りを裏拳で叩きながら話すと、一刀は先程までの落ち込んだ雰囲気とは違って明るい表情になった。うん、これならもう大丈夫だろう。

然り気無く大将を『彼女』と呼んでみて否定しなかった辺り、やっぱ大将と一刀は良い雰囲気になってるとみるべきだな。面白くなりそうだ。

 

俺がそんなことを思っていると何故か桂花が走ってきた。息切れをしながら外壁を走ってくるなんて何があった?手には何枚かの紙が握られてるし。



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第百五十三話

 

 

 

 

 

走って息切れをしている桂花。その手に握られているのはなんだろう?

 

 

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「あ、それは……」

 

 

桂花はその手に持っていた紙を俺に渡す。それは封筒の様な物に入っていたのか折り畳まれていた手紙だった。

 

 

「手紙か……差出人は荀緄さん!?」

 

 

まさかの荀緄さんからの手紙に驚く。なんでまた荀緄さんから?俺も桂花も暫く帰ってなかったから手紙を出したのかな?

 

 

「……読んでみなさいよ」

「どれどれ……えーっと」

 

 

手紙を呼んだ俺のリアクションは『!!( ; ロ)゚ ゚』だったに違いない。

ざっくりとした説明をしてしまえば、荀緄さんは街の噂や魏に出入りしている商人達から俺と桂花の話を聞いたらしく驚いたそうだ。

そして俺と桂花の関係も噂程度の話を聞いて、是非とも二人を見てみたいと思った荀緄さんは顔不さんを連れて魏の街に来ていたようで、街中で仲睦まじく歩いている俺と桂花を見て荀緄さんはこれは間違いないと判断したらしい。その際、声を掛けなかったのは二人の邪魔をしてはいけないと気を使ったらしい。

そして手紙の最後には、こんな一文が記載されていた。

『初孫は女の子が良いわね。お願いね桂花ちゃん』

 

 

俺は全ての文章を読み終えた。チラリと桂花に視線を移すと顔を真っ赤にしたまま俺を睨んでいた。

 

 

「どうしてくれんのよ!アンタのせいよ!」

「うーん、どうすると言われても」

「お、落ち着けって桂花」

 

 

車椅子に座ったままの俺の襟を掴みガクガクと揺らす桂花。俺はどうするかと言われれば答えは出てる様なものなのだが。一刀が桂花を落ち着かせようとしているが効果は薄いようだ。

 

 

「俺は……寧ろ望むところなんだがな」

「っ!?」

 

 

俺の発言に桂花は息を飲み、そしてソワソワと髪を弄ったり落ち着かない様子となった。

 

 

「一刀、これから桂花と話す事もあるし、もういいぞ。ありがとな」

「へ、あ……わかりました」

 

 

車椅子を押すのはもういいぞと言ってやると一刀は察したのか、そそくさと離れていく。頑張れよ一刀。大将は桂花以上の難攻不落の城だぞ。

 

 

「そ、その……って、アンタ煙草吸ったわね?煙管を取り上げたのに」

「あー……吸いたくなったんでな」

 

 

煙管を没収されたので煙草を吸ったのだが臭いでバレてしまった。そしてそのままマルボロも没収されてしまう。そして煙草を没収した桂花はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「煙草よりも吸いたいのがあるんじゃないの?」

「……言ったな?」

 

 

自分の唇を指差して小悪魔的な笑みを浮かべた桂花を俺は抱き寄せる。

 

 

「ちょっ……ちょっと待って!?……んちゅ……ん……」

「駄目。止めない……って言うか止めらんない」

 

 

挑発的だった雰囲気から一転して顔を赤くして慌てる桂花を膝の上に座らせてから、俺は桂花の唇を奪った。

 

 

「ん……ん、ふ……んぅっ!?」

 

 

キスしてる間に悶える桂花。ヤバい……マジで止められないわ。

 

 

「は、ばかぁ……背中がゾクゾクってしたわよぉ……」

 

 

涙目でそんな事を言う桂花に俺もゾクッとした。

この後、俺は桂花の部屋に行き、傷が開く覚悟で一晩を明かす事を決意した。



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第百五十四話

 

「………何か申し開きはあるかしら?」

「頑張りすぎました」

 

 

寝台に眠る俺に大将が俺を見下ろしながら訪ねる。

 

 

「あ・な・た・ねぇ……桂花が身動き取れなくなるってどれだけ激しかったのよ!」

「ちょ……大将、待っ……」

 

 

大将が俺の胸ぐらを掴んで揺さぶる。そう、昨夜盛り上がりすぎた俺は桂花を求めて、桂花も俺を誘った。その結果、桂花は足腰が立たなくなり、俺は傷口が開き倒れた。

今現在、俺と桂花は隔離されている。

 

 

「まったく……私だって一刀と……ごにょごにょ……」

「んー……なんですか大将?」

 

 

俺の胸ぐらから手を離した大将は不満そうに何かを口にした。一刀の名前が聞こえたから何かしらの希望があるのだろう。

 

 

「何でもないわよ。純一に二つの命を下すわ。一つは怪我を治すまで絶対安静にする事。二つ目は怪我が完治するまで桂花との接触を禁ずるわ」

「なんですと!?」

 

 

大将の命令に思わず口調がねねになった。

 

 

「貴方達二人が倒れるのは国にとって負担なの。もう少し、自分の立場と責任を自覚なさい」

「………はい」

 

 

思いっきり睨まれてビビる。そりゃ毎回倒れてればそうか……でも桂花に会えないのがキツい。

 

 

「ふふっ……桂花にも伝えてあるけど似たような表情だったわよ」

「……ドSの女王様め」

 

 

愉悦な顔の大将。明らかに俺と桂花のリアクションを楽しんでやがる。

 

 

「貴方が怪我を治せばすぐに会えるわよ。精々養生しなさい」

「……へーい」

 

 

最後にそう告げると大将は退室していく。この後、色々な人が見舞いに来た。

警備隊の面々を筆頭に春蘭達や文官の皆さん。大半が仕事の書類を持ってきたのが泣ける。

その後は月や詠に監視されながら書類仕事に勤しむ。その間、月は寂しそうに詠は怒りの視線を送ってきていた。気になったので何故、そんな視線をと聞いてみると……

 

 

「桂花と激しくしすぎて傷が開いたんでしょ。だったら僕たちが何かしたら悪化しそうじゃない」

「華琳様からも注意するようにと言われてます」

 

 

怒る詠としょんぼりとする月。本当にごめんなさい。

この後、溜まった書類を処理しまくった。そしてそんな風に過ごしていると気が付けば夜になっていた。

 

 

「今日はこのくらいにしといたら?」

「また明日頑張りましょうね」

「あ……うん」

 

 

そう言ってササッと俺の手から書類を奪う詠と月。もうこの流れに馴れてきてるから泣ける。

 

 

「よしっと。じゃあ僕たちは戻るけど安静にしなさいよ」

「また明日、お伺いしますね」

「迷惑かけてすまんね」

 

 

本当に面倒かけて、ごめんなさい。と思っていたら月と詠は俺の寝ていた寝台に寄り添って来た。

 

 

「迷惑なんかじゃないですよ。私達は好きで純一さんの傍に居るんですから」

「嫌だったら最低限の事を済ませて出ていくわよ……馬鹿」

 

 

そう言って俺を挟む形で両頬にチュッとキスをしてくれた月と詠。

 

 

「桂花ばっかりじゃなくて僕達も気に掛けてよね」

「怪我を治したら……待ってますから」

 

 

顔を赤くして退室していく詠と月。俺はキスされた頬に手を添える。その部分にとても熱い熱を感じて俺は寝台にそのまま寝込む。

 

 

「……早く怪我治そ」

 

 

そう言って布団の中での独り言は部屋に響いて……そのまま静かになった。



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第百五十五話

 

 

 

 

 

「ふ……く……はぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

深い呼吸をしながら気を練り上げる。そしてそれを体の隅々まで行き渡らせる様にイメージしながら体内に留める。これは所謂『内気功』と言う外気から気を集めて内側に集束するもので、細胞の活性化や医療にも用いられたらしい。意識的に『治す』と念じることで傷の治りを早める事が出来るらしい。『らしい』ってのは俺にも確証が無いからなんだよね。そもそも人から伝え聞いたのを実践してるだけだし。

因みに凪から聞いた話だと春蘭や華雄も内気功が使えるらしい。ただ無意識的にやっているらしく、本人達に聞いたら『こうすると体が楽になる』との事だった。天然恐るべし。

 

 

「秋月さん、お体の調子は……って、きゃあっ!?」

「おう、斗詩」

 

 

内気功に集中しすぎていたのか斗詩が部屋に来たのに気づかなかった。斗詩は斗詩で部屋に入ってくるなり悲鳴上げるし。

 

 

「な、なんで裸なんですか!?」

「ちょっと内気功に集中したくてね。ちょっち待ってて」

 

 

 

斗詩は顔を赤くしつつ手で顔を隠してる。因みに今の俺はズボンのみを履いていて上半身裸だったりする。いや、全裸って訳じゃないんだからそこまでのリアクションせんでも。

 

 

「ごめんごめん。もういいよ」

「い、いえ……」

 

 

服を着たのに少々残念そうな斗詩。何故に?

 

 

「そ、それよりも秋月さん。そんなに動いて大丈夫なんですか?」

「もう二週間は前の話だよ」

 

 

そう……俺の怪我が悪化してから既に二週間程が経過している。その間、俺は内気功で傷を癒す事と書類整理に精を出していた。月を始めとする詠や華雄、真桜、ねね、斗詩が見舞いに来てくれていたので寂しくはなかった。

桂花に会えなかったり、タバコが吸えなかったりでマジでツラかったけど。

 

 

「鍛練とかは流石にまだだけど出歩くくらいには回復したよ」

「もう、心配したんですからね」

 

 

少し拗ねた風に話す斗詩に俺は苦笑いとなり、日々の行いを省みた。うん、日常的に心配させるの良くないね。

 

 

「ま、とりあえず歩き回るくらいなら問題ないから、ちっと散歩に行こうと思ってね」

「お散歩ですか……心配だから私も行きます」

 

 

アハハ……俺って信用ねーな。と思いつつも前回はこのタイミングで警備隊の仕事をしたので否定も出来ないが。

そんな訳で斗詩と一緒に街へ。然り気無く斗詩が腕を組んできたので左腕がとても幸せです。

 

 

「お、副長さん!怪我はもう良いのかい?」

「旦那、暫く顔見なかったけど大丈夫そうだな!」

「副長さん、女に刺されたってのは本当なのかい?」

「話に聞いてたよりも元気そうね。安心したわ」

「副長、女連れてると今度は荀彧様に刺されちまうよ」

「もう、心配しましたよ」

「復帰祝いだ、持っていきな!」

 

 

街の皆さんの声が身に染みる。途中、聞き逃したくなる発言も混ざってたけど。

 

 

「あはは……人気者ですね」

「不名誉な噂も流れてるみたいだけどね」

 

 

ハァーと溜め息を吐く。馬超との戦いはえらく曲解して伝わったみたいだ。ああ、タバコ吸いたい。

 

 

「そういや、後で桂花の所に行って煙管を回収しなきゃだな」

「暫く吸ってないと思ったら桂花ちゃんに没収されてたんですね」

 

 

俺の発言に斗詩がクスクスと笑う。正直、この二週間はキツかった……禁煙、禁酒、禁欲。全ての欲求を封印したと言っても過言ではない。マッチは既に尽きているので今後はジッポを使うか。手の中でパチンとジッポを鳴らすと斗詩は不思議そうにジッポを眺める。あ、三国志時代にはライターなんか無いから珍しいか。

 

 

「秋月さんって銀色が好きなんですか?」

「ん……まあ、好きな色かな」

 

 

斗詩の急な質問に答えると斗詩はやっぱりそうなんですねと笑った。

 

 

「だって秋月さんの吸ってる煙管は銀の装飾が施されてて、その手に握られているのも銀色ですから」

「言われてみると……そっか」

 

 

言われてみると確かにそうかも。でも俺のイメージカラーって銀かなぁ?

 

 

「私、秋月さんが煙管を吸っている姿……好きですよ」

「お、おう……そっか」

 

 

斗詩の笑顔にドキッとした。家庭的な子がたまに見せる、こういう表情って破壊力抜群だよね。

 

俺はこの後、城に戻って煙管の回収に向かおうと思ったのだが途中で桂花と遭遇してしまい、斗詩と腕を組んでいる所を見られて桂花の機嫌が急降下。

煙管は返してもらえませんでした。グスン。

 

 



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第百五十六話

 

 

 

先日、斗詩と腕を組んでいるのを見られてから数日。未だに桂花は俺と口を聞いてくれない。

 

 

「もうダメ……ツラい。今の俺なら完成型の獅子咆哮弾を撃てそう」

「どんだけへこんでるんですか」

 

 

今日は久々の鍛練を開始する日なのだが、俺は亀仙流の胴着を着たまま鍛練場の隅で膝を抱えていた。そんな俺に様子を見に来ていた一刀のツッコミが入る。

 

 

「だってさぁ~……」

「新兵も居るんだからシャキッとしてくださいよ。只でさえ純一さんの悪い噂ばかり広まって新兵の間じゃ名ばかりの副長みたいになってるんですから」

 

 

確かに怪我ばかりで休んでいる事が多いが、それは心外だな。

 

 

 

「仕方ない……ストレス解消も含めて思いっきり体を動かすか」

「ならば私がお相手させていただきます」

 

 

よっこらしょと立ち上がると真っ先に凪が名乗りをあげた。既に拳を構えて、やる気十分な感じ。

 

 

「純一さん、気を付けてくださいね。復帰初日にヤムチャは洒落になりませんよ」

「お前が俺をどう思ってるか、よく分かったよ」

 

 

一刀の発言に苛立ちを感じながらも俺は凪と相対する。

 

 

「では副長……全力で行かせてもらいます。副長はあの馬超と渡り合ったのですから楽しみです」

「ありがとう凪。お礼は今の俺の全力で返すとしよう」

「では私が審判をするとしよう」

 

 

拳を俺に突きつける凪に俺は体に気を込め、拳を合わせる。華雄が審判を申し出てくれたのでそのまま模擬戦へと突入が決定した。

 

 

「では……始め!」

「波っ!」

「甘いっ!」

 

 

開始と同時に俺は気功波を放つ。が、凪は片手でアッサリと気功波を弾き飛ばすと俺との間合いを詰める。

 

 

「せやっ!」

「とっ……危なっ!?」

 

 

間合いを詰めた凪は俺に左膝を叩き込もうとしたので右腕でガードした。すると即座に凪の右拳が迫ってきており、俺はバックステップで少し距離を空ける。

と思ったら更に凪の放った気功波が俺を襲う。

 

 

「凪……流石に病み上がりの副長にはキツいで今の……」

「問題ない。全て防がれた」

 

 

今のやり取りに真桜がツッコミを入れるが、凪は俺から視線を外さないまま答えた。

 

 

「まったく……何で、そんなにやる気出しちゃってるんだ凪?」

「副長は今まで様々な相手と戦ってます。ですが大半の戦いが有耶無耶に終わることが多く、副長の強さの底が見えません……そこで一度しっかりと副長の強さを把握しておきたいと思いました」

 

 

なるほどね……生真面目な凪らしい意見な訳だ。

 

 

「つまり、凪は俺の強さを把握した上で俺を鍛えてくれるって事か」

「そ、それは恐れ多いと言いますか……私も副長から技を学びたいと言いますか……」

 

 

モジモジとする凪。まあ、部下が上司に向かって『鍛えてやる』とは言えんわな。でも凪としては色々な技を学びたいって事なんだろう。そしてそれを教える筈の俺がダウンじゃ駄目だわな。

 

 

「ま、今後は気を付けるよ。さしあたり技を一つ披露しようか。大河、来な」

「は、はいッス!」

 

 

俺はポリポリと頭を掻いてから大河を呼び寄せる。

 

 

「俺と模擬戦だ。俺が寝込んでる間にどれほど強くなったか見るぞ」

「ま、まだ気功波は撃てないッスけど師匠が倒れてからも自分は修行を続けてたッス!」

 

 

俺の言葉に飛び蹴り……と言うか浴びせ蹴りで飛び込んでくる大河。これから俺がやる技にうってつけだな。

俺は大河の浴びせ蹴りを防ぐと大河の足を捕まえて体を半回転させる。こうすると大河の頭が下を向く形となり、俺はその体勢のまま大河を肩に担ぐ。更に大河の太股辺りに手を添えて固定した後に気で脚を強化してジャンプ。後は叩きつけるのみ。

 

 

「キン肉……バスタァァァァッ!」

「ぎゃうっ!?」

 

 

俺は大河を逃がさぬようにガッチリとホールドしたまま地面に着地した。着地と同時に大河の口からは悲鳴が漏れて力が抜ける感覚が伝わる。

 

 

「ふっ……これぞ数多の屈強な超人を倒し続けたキン肉マンの必殺技キン肉バスター」

「く……かはっ……」

 

 

俺は技のクラッチを解きながら立ち上がる。大河はそのまま力尽きて倒れてしまった。

 

 

「この技は首折り、背骨折り、股割き、恥辱プレイの四大必殺技を一度に集約した超必殺技だ」

「純一さん、一個余計に増えてます」

 

 

俺が技の説明をすると一刀のツッコミが入る。今日も鋭いね。

ああ……それにしてもタバコ吸いたい。桂花と話したい。




『獅子咆哮弾』
らんま1/2で響良牙が習得した技。ちなみに元々は土木作業用の技らしい。 技そのものはいわゆるかめはめ波や波動拳のような、特に珍しくも無いエネルギー放出型の技である。 心の重さ。所謂『気が重い』を体現させた技で不幸になればなるほど技の威力が上がる。

『完成型・獅子咆哮弾』
獅子咆哮弾の完全版で桁違いの重い気を上空に放ち、落とす技。この技のスタイルから術者本人も技を食らう事になるのだが技を放った瞬間に脱力して『気が抜ける』状態になり、技をすり抜けて回避する事が可能。

『キン肉バスター』
キン肉マンの代名詞と呼べる技で頭上で逆さに持ち上げた相手の両腿を手で掴み、相手の首を自分の肩口で支える。この状態で空中から尻餅をつくように着地して衝撃で同時に首折り、背骨折り、股裂きのダメージを与える。実際のプロレスでも用いられることがある。




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第百五十七話

「かぁめぇはぁめぇ……波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「今だ、全軍突撃っ!」

 

 

俺の放つかめはめ波が野盗の集団に直撃し、春蘭の号令で兵士達が残った集団に突撃をかける。俺がかめはめ波を撃った段階で悲鳴と共に逃げ出す連中もいた。が、逃げても無駄だっての。

魏の領土も大分平和になったのだが、未だに小規模の野盗が沸いて出る。普段なら春蘭や霞、華雄辺りが出陣して退治するのだが、今回は俺も同行していた。

 

あの日から既に三週間。未だに桂花は俺と口を利こうとしない。なんつーかもう……意地になっているのか……本当に俺を嫌いになったのか。

 

 

「副長、お疲れ様です」

「純一さん、かめはめ波には完全に馴れましたね」

 

 

等と考え事をしていたら凪と一刀が来た。春蘭が部下を連れて突撃したから、やる事無くなったな。

 

 

「少し気になる事もあったから調査も兼ねてだったが……特に収穫は無しか」

「その様です。恐らく蜀か呉から流れてきた者達かと」

 

 

やれやれ。んじゃ本当に単なる野盗騒ぎだったのか。前回の蜀の策があった為か、少し敏感に成りすぎてるのかもな。

 

 

「でも純一さんが無事で良かった。ヤムチャするかもと思って凪と来てたんですよ」

「お前らの同伴理由はそれか。まったく……信用ねーな」

「いえ、副長の強さは分かっているのですが予期せぬところで副長は倒れてしまうので。特に副長は今、桂花様の事で不安定ですし」

 

 

一刀や俺の発言にフォローのつもりなのかも知れないけど、それは傷を抉る一言だぞ凪。

桂花の声を聞きたい……肌に触れたい……タバコを吸いたい。

 

 

「……もう限界だ。明日辺り俺は大猿になって地球を破壊する」

「どんだけ追い詰められてるんですか。兎に角、少し落ち着いてください」

 

 

こちとらフラストレーション溜まってんだよ。ヘビースモーカーにタバコ吸わせないって鬼の所業だよ。

 

 

「そう言えば今度、華琳の発案で魏内部の武道大会だったな」

「はい、魏の武将全員で華琳様の前での御前試合です!」

 

 

明らかに話題を逸らそうとしている一刀。凪はやる気だねぇ。

 

 

「ま、その御前試合も俺には関係ないか」

「……いえ、副長も御前試合に出る筈ですが?」

 

 

なんですと?いや、出ると言った覚えは無いんだけど……

 

 

「最初は組み合わせに入っていなかったらしいのですが栄華様が『彼も組み込むべきです。きっと盛り上がりますよ』と華琳様に進言したとか」

「前に予算を無理矢理もぎ取ったのを恨まれたか?」

 

 

思い出すのは少し前に予算の会議で栄華と口論になった。その時に予算をいつもの二割増しでもぎ取る事に成功したが、思いっきり睨まれたのは覚えてるが……

そんな話をしながら俺達は撤収をしていた。後の事は春蘭や稟達が後処理をしてくれる事になっている。

 

城に戻り、一刀達と別れた俺は城の芝生に腰を落とした。やれやれ、なんか疲れちゃったな。溜め息を吐いた後に俺は芝生に寝転んだ。報告とかもあるけど少し休んでから……俺は重くなっていく瞼に抗う事なく目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと目を開ければ空が暗くなっていた。ヤバい……少し休むつもりがマジ寝になっていたらしい。あれ、後頭部に妙な柔らかさが……俺は芝生で寝てた筈だが……

 

 

「すー……すー……」

「………桂花?」

 

 

俺の頭の上には桂花の寝顔が……って事は俺の後頭部に伝わる柔らかさは桂花の太股?なんで俺は桂花に膝枕されてるんだ?

 

 

 



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第百五十八話

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

私はその日、夜遅くまで仕事をしていた。華琳様から任された仕事を済ませて私は疲れを感じ、早々に寝る事にしたのだけど目が冴えているのか眠れない。布団を被ったまま私は起きていた。それと言うのも……

 

 

「あの……馬鹿……」

 

 

私は能天気なあの馬鹿に毒づく。人が心配したっていうのに他の娘と仲良さそうにして……

 

 

「って……関係ないわよ!あの馬鹿が誰と一緒に居たって……アイツが誰と一緒に居ようが私には関係ないんだから……」

「そりゃ寂しい一言だな」

 

 

私しか居ない筈の部屋に聞こえる他の声。この声って!

 

 

「なっ……あ、むぐっ!?」

「おっと声を出すなよ桂花」

 

 

そこに居たのは秋月だった。私が悲鳴を上げる前に秋月は右手で私の口を塞ぐ。

 

 

「まったくさぁ……そんな風に思うなら素直になれよな」

「むー!」

 

 

やれやれって感じで話す秋月に苛立ちを感じる。何よ、人の部屋に勝手に侵入しときながら!

 

 

「俺はもう……我慢の限界なんだわ」

「ん……んうっ!?」

 

 

秋月は右手で私の口を塞ぎながら左手で私の体を触り始める。その手つきは、かなりいやらしい上に乱暴だった。

 

 

「ほら、もう桂花も我慢できないんじゃないか?」

「ん、んぅぅぅぅぅぅっ!」

 

 

そう言って秋月は左手を私の下半身に伸ばす。いや、やめて!こんな風に求められたくない!もっと優しくして!

 

 

「お前だって俺を求めたんだろ?」

「ん……んう……」

 

 

秋月の言葉に私は反論できなくなる。確かにここ最近は寂しさすら感じていた。でも、こんな事は望んでない!いつもみたいに優しくしてよ!

 

 

「止めて!お願いだから……あ……れ?」

 

 

秋月を突き飛ばそうとした両手が空を切る。目を開ければ静かな部屋に私一人だった。

 

 

「ゆ……め……?」

 

 

伸ばした手と静かな部屋に私の声だけが聞こえる。そして私が何気なく出した一人言は私自身の今現在の状況確認だった。眠れないと思っていたが、いつの間にか眠っていたらしい。しかもあんな夢を見た。

そして私は顔が一気に熱くなるのを感じた。

 

 

「~~~~~~~っ!!」

 

 

私は枕に顔を埋めながら声を出さずに叫ぶ。何、なんなの!?馬鹿なの私!?あんな……あんな夢を見るなんて!?馬鹿、馬鹿なの!?まるで欲求不満な新妻みたいじゃない!

 

 

「うぅぅぅ……」

 

 

私は枕に埋めたまま足をパタパタと動かす。顔から火が出るかと思うほどに恥ずかしい。しかも私は夢の中で『秋月に優しく抱かれたい』と思って……あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

そのまま私は思考が定まらず悶々として気が付けば日が上っていた。あの馬鹿が斗詩と腕を組んでいるのを見てから暫く経過したけど……あんな夢を見るなんて……

あれから一睡もしなかったせいなのか私は非常に眠かった。仕事はなんとかしていたけど、風や稟から休んだ方が良いと言われて仕方なく部屋に戻る事にした。

そして部屋に戻る最中に見つけたのは城の庭の芝生で呑気に寝ている馬鹿。

 

 

「コイツは……私が悩んでるって分かってるのかしら」

 

 

我ながら自分勝手だとは思うけど、この顔を見るとそう言いたくもなる。

 

 

「素直に……か」

 

 

夢の中で秋月に言われた事を思い出す。最近の私は意地……と言うか拗ねて秋月を拒絶していた。分かってる………本当は分かってるけど秋月に当たりたくなる。そもそもコイツは種馬が仕事の一つなんだから本来悪くない。でも……

 

 

「少しくらい……意地悪させなさいよ」

 

 

呑気に眠る秋月の頬をつねる。本当に起きないわね。だったら、いっそのこと……私は思い付いた事をする事にした。

 

 

「ちょっとだけなんだからね……この馬鹿」

 

 

私は秋月を起こさないようにソッと頭を持ち上げ膝の上に乗せる。本当に起きないわねコイツ。

幸せそうに眠る秋月に私も自然と瞼が重くなっていく。昨夜眠れなかったせいなのか、瞼を閉じた私の意識は静かに沈んでいった。

 



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第百五十九話

 

 

 

 

「桂花?」

「ん……あ、れ……」

 

 

俺が声を掛けると桂花は眠そうに瞳を開くと目を擦る。完全に寝惚けてるな。

 

 

「おはよう。とりあえず俺が目を覚ましてから幸せな気持ちに浸れる、この状況に説明を求む」 

「何を……あ、そうだった……」

 

 

寝惚けたままの桂花だが俺の言葉に状況を把握したらしい。

カァーと顔が赤くなっていく。

 

 

「あ、そ……その……あのね……」

「おい、桂花?」

 

 

桂花にしては歯切れが悪い。俺は起き上がろうとしたのだが桂花に肩を押さえられた。

 

 

「そのままで聞いて……」

「あ……わかった」

 

 

顔は赤いままだが覚悟を決めた表情の桂花に俺は膝枕の位置に戻る事にした。

 

 

「わ、私……好きなの、アンタの事が……」

「あ、あの……」

 

 

顔を真っ赤にした桂花から突然の告白。いや、ちょっと待て……こんなに真っ直ぐに言われた事無いからスゴいビックリしてんだけど!?

 

 

「好きで好きで……仕事の時でもアンタの事を考える事がある。華琳様の事は今でも敬愛してるし尊敬してるわ。でも……アンタは男として私が惚れた唯一の人物よ」

 

 

もう聞いてる方が恥ずかしくなってきた。多分、俺の耳も真っ赤になってる。確認するまでもなく耳が熱いから。

 

 

「だから……アンタが斗詩と一緒に居た時は……凄く嫌だった。だから暫くアンタとの距離を空けてた」

「桂花……俺は……」

 

 

見上げれば目の端に涙を溜めていた桂花。俺が口を開こうとしたら桂花の人差し指が俺の唇に添えられる。黙って聞いてほしいってか。

 

 

「でもね……本当はツラかったの。アンタと話す事も触れる事も出来ないのがこんなに苦しいなんてね」

 

 

自嘲気味に笑う桂花。そっか……無視されて俺はツラかったけど無視してた方もツラかったと。

 

 

「そしたら……ね。言われたの『素直になれ』って」

「素直ねぇ」

 

 

ぶっちゃけ桂花には程遠い言葉だと思っていたんだが。

 

 

「言う事を聞くのは癪だったけど……素直になったから話が出来るわけだしね」

 

 

桂花にアドバイスした人物は誰だったんだろう……微妙に怒りが伝わってくるんだが。

 

 

「でも……私にも分かってるのよ。アンタは種馬なんだから他の子達とも……その……」

「取り敢えず種馬を俺の仕事の一環に入れないでくれ……とは、もう言えないか……」

 

 

桂花の言葉に反論したかったが、確かに桂花以外の子達とも関係持ってるから否定も出来ないし。おまけにこの時代……と言うか世界は、権力を持つ者は正妻の他に側室持つのは当たり前みたいな部分がある。

俺はそんな立場じゃないと大将に言ったが「『天の御使いの兄』で『警備隊の副長』が立場がないとでも言う気なのかしら?」と怒られました。

しかも「皆を大事にするなら構わないわよ。でも誰か泣かせる様なら……わかってるわね?」と言った。笑みを浮かべた大将の背後に不動明王が見えたのは、俺の気のせいではあるまい。

 

 

「その……アンタは相手が沢山居るし……私はその中の一人でも……」

「大事にするよ」

 

 

どこか寂しそうに話す桂花の頬に手を添える。瞳には未だに涙が溜まっていて今にも流れ落ちそうだ。

 

 

「馬鹿……でも、嬉しい」

 

 

そう言って桂花はゆっくりと俺との距離を縮めて………唇が触れ……

 

 

「で、私はいつまで貴方達の逢い引きを見なければいけないのかしら?」

「か、華琳様っ!?」

「痛っ!?」

 

 

 

突如背後から聞こえた声に桂花が驚いて膝枕が崩れ俺は頭を打った。超痛い。

 

 

「まったく……見せ付けてくれるわね」

「あ、あの……華琳様、これは……」

 

 

突然の大将の登場に慌てまくる桂花。パニクって思考が定まってないねコレ。俺は起き上がり、桂花の代わりに質問する事にした。

 

 

「いつから見てたんですかね大将」

「桂花が純一に愛を囁いた辺りかしら」

 

 

つまりはほぼ全部って訳ね。

 

 

「可愛らしい桂花を見る事が出来たのは嬉しい事だけど……二人とも今日の仕事はどうしたのかしら?」

「「あー……」」

 

 

大将の言葉に俺と桂花は揃って視線を逸らす。そう、俺が昼間の辺りで眠り始めて起きたら暗い。つまりは夜な訳で……ヤバい完全に仕事をサボった形になってる。

 

 

「今回は面白い結果になったから見逃すけど次は無いわよ二人とも?とりあえず桂花は明日までに仕事を終わらせなさい。処理が急ぎのものから順にね」

「ぎ、御意!」

 

 

大将の言葉に多少の引っ掛かりを感じる……面白い結果になったから……

 

 

「さて、純一は月達のところへ行ってきなさい」

「はい?」

 

 

大将の発言に首を傾げた。何故、月達の所へ行けと?

 

 

「人目も憚らずに逢い引きをしてたのだもの。あの子達も悔しい思いをしたんじゃないかしら?」

「あー……ソウデスネ」

 

 

思い返すと此処は城の中庭。人は当然通り掛かる。そんな中で膝枕をしながら眠る女と膝枕をされて眠る男。注目されないわけがない。つまりは城の中の人間にバッチリ見られた訳で。隣を見れば同じ答えに辿り着いた桂花の顔は湯気が出るほど真っ赤になっている。オーバーヒートしたかね。

 

 

「そこから先は私の口からじゃなくて貴方の口から伝えなさい。どんな結果になるにせよ……ね」

「りょーかい」

 

 

先程までの弄る雰囲気からマジなトーンに変わった大将に俺は返事をして、その場を後にしようとした。

 

 

「あ、待って秋月。はい、これ」

「おっと……」

 

 

桂花に呼び止められて振り返るとトンと胸の辺りに桂花の手が当たる。俺はその手の中の物を受け取る。手渡されたのは没収されていたマルボロの箱とジッポと煙管だった。まさか返してくれるとは。

 

 

「いいのか?」

「私ももう意地を張る必要がないから」

 

 

そう言った桂花の顔は晴れやかだった。これからは常にデレ状態になるのだろうか。

 

 

「あら、桂花。純一の持ち物を肌身離さず持っていたのね」

「はぅっ!?」

 

 

大将の言葉にビクッとなる桂花。今日はもうダメだな、こりゃ。完全に弄られてる。

 

 

「わ、私は仕事がありますのでー!」

「あら、逃がすと思ったのかしら桂花?仕事しながらでも構わないから話を聞かせてもらうわよ」

 

 

走り去る桂花と悪戯な笑みを浮かべ後を追う大将。何故か、あの二人がシータとムスカに見えたんだが。

俺は二人の背中を見ながらマルボロを咥える。

 

 

「惚れたと認めてくれたのは嬉しいけど……名前で呼んでほしかったかな」

 

 

俺はそんな事を呟くと久しぶりにタバコに火を灯した。

 

 



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第百六十話

 

 

あの日の騒動から数日後。俺は一刀と街の警邏に出ていた。あれから凄まじいトラブルが……という事もなく意外と平和に過ごしていた。

それと言うのも大将に指摘されて月、詠、華雄、真桜、斗詩、ねねを集めて、この一ヶ月ほどの話をした。そして桂花と両想いになれた事を話した所……

 

 

『桂花さん、素直になられたんですね』

『僕が言うのもなんだけど長かったわね』

『やれやれ、待たされたものだな』

『このまま婆さんになるまで待つかと思ったで』

『桂花ちゃんも意固地になってましたからね』

『やっとなのですか』

 

 

と、各種コメントを貰った。いや、怒るどころか呆れられるとは思わなかった。そして話を聞くとなんと月達は既にこうなる事を予想していたらしく話し合いを定期的にしていたらしい。その中に桂花が加わってなかったのは、未だに素直になれない者を入れる訳にはいかんと満場一致の意見が出たとの事。そして今回の一件で桂花も交えて話し合いが行われるとの事。いつのまに終戦協定が結ばれていたのは定かではないが、少なくとも月達が来てからとかなんだろうなぁ。思えば桂花以外に焼き餅を焼かれる事が少なかったし、その辺りは女性陣で話し合いが行われていたと見るべきか。

 

そして桂花との事を話した後でも桂花が正妻で自分達は側室で構わないと言い出し始めた。本当に良いのかと問えば『一刀と大将の関係に近い』と言われた。あの二人は互いに好きあってるし互いにその存在が一番なのは周知の事実。まあ、大将は否定するだろうが。そして正妻が居たとしても自分達を大切にして愛してくれるなら正妻も側室も関係ないとの見解だった。

 

話を聞き終えた後、正直泣きたくなった。俺は何も考えず過ごしていたに近いというのに女性陣はこんなにも考えていてくれたのだ。いつか絶対に埋め合わせします。

次の日から桂花を交えた話をしたらしいのだが俺は話の内容を知らなかったりする。

 

『女の園の話に参加するな(しないでください)』

 

と言われたからである。ガールズトークに男の参加は認められないってね。

そんな訳で今日は野郎二人で警邏をしてる訳だ。

 

 

「でも、良かったですよ純一さんが無事で。華琳から話を聞いたときに七分割にされるんじゃないかと思いました」

「人をバラバラにされた挙げ句パーツ事に人質にされるセコンド超人みたいに言うな」

 

 

と言いつつも一刀の言い分も尤も何だよなぁ……まあ、一刀も他人事じゃない訳だし。華琳を泣かせたとなれば魏の武将が揃って一刀を八つ裂きに行くだろうし。

 

 

「兎に角、おめでとうございます純一さん」

「ありがとな。とは言ってもまだ結婚やらなんやらは先の話だが」

 

 

そう。両想いで順風満帆に終わるかと言えばそうではなく、今はまだこの事を伏せる事にした。街の噂に上がれば大騒ぎになる上に、荀緄さんの耳に入ると話が飛躍的に飛びそうだからだ。ニコニコと笑顔で今後の話をしに来るだろう、間違いなく。それに今は大陸で戦なんだ。浮かれた話は後にすべきとの判断だ。

 

 

「俺……戦が終わったら結婚するんだ」

「露骨なフラグ立てしないでください」

 

 

なんて馬鹿な会話をしながら街を行く。男同士の語らいってのはこんなもんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

先日の騒動から私は秋月に対して素直に接する事にした。それは良い。私が素直じゃない天の邪鬼だって事は自覚してた。それでも秋月は私を選んでくれた……そして秋月の話では月達はその事を察していたらしい。そんな中で私を正妻と認めてくれたのは嬉しいけど……

 

 

「側室が正妻に負けてるとは思わへんで」

「同感ね。側室だったとしても正妻以上に愛されれば問題ないわ」

「へぅ……」

 

 

私、月、詠、華雄、真桜、斗詩、ねねで今後の話をしようと集まったのは良いけど、いきなり私に喧嘩売ってんの?

真桜の発言に詠が同意して月はオロオロとしている。

 

 

「甘いな。男は胃袋から攻めろと言うだろう?この場で一番料理の腕前が上なのは私だ」

「むぅ……私だって負けてませんよ」

「ふふん、ねねは秋月と一緒に料理を作った事があるのですぞ!」

 

華雄は料理の腕前を自慢すると斗詩が負けじと反論。ねねも羨ましい一言を発してる。

女同士の会話ってこんなにドロドロとしてたかしら?と思う反面納得している自分も居た。この子達、秋月の事を諦めてないわね。隙あらば正妻の座を奪いかねない雰囲気……というかその気なのかもしれない。私と秋月の話はあくまで内部的な話で民には説明していない。つまり、その間に私以上に秋月の気を引ければ可能性はまだ潰えていない事になる。

 

秋月と両想いになって終わったと……決着がついたと思ったけど違ったわね。此処は私の新たな戦場だわ。そんな事を思いながら私は月達との話に混ざる事にした。

 



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第百六十一話

 

 

 

「世はこともなし……平和とは素晴らしいな」

 

 

俺は煙管から紫煙を流しながら街を歩く。久々の休暇を満喫しながら店の冷やかしをしつつ買い食い。なんと素晴らしい事か。

 

 

「あ、ふくちょー!」

「真桜か」

 

 

ボーッとしながら歩いていたら背後から呼び止めの声が。振り返ると真桜が慌てた様子で走ってきた。

 

 

「どうした真桜。そんなに慌てて」

「ええから来て!」

 

 

真桜は俺の手を取ると走り出す。なんなんだ急に。

 

 

「桂花、連れてきたで!」

「た、助けて秋月!」

「は……ふ、ふが……」

「なにこれ」

 

 

真桜に手を引かれて来た路地裏で桂花が俺に助けを求めた。稟が血塗れで倒れてる。自然と回れ右をしようとした俺は間違っていない筈。

 

 

「いつもの妄想か?稟、大丈夫か?」

「ふが……ふぁ……」

「慣れとるね副長」

 

 

俺が稟の名を呼びながら呼吸を見る。少し苦しそうだが重症じゃなさそうだな。

 

 

「割と稟の鼻血を見ることが多くてな……いつもより量が多いな。何を妄想した?」

「はぷ……失礼。もう大丈夫です」

「慣れすぎでしょ……」

 

 

稟を抱き起こして首筋をトントンと叩く。意識を取り戻した稟が俺に礼を言うと桂花からのツッコミが来た。

稟が回復した所で事情を聞く。水鏡の新作の本を買いに来た大将、桂花、稟、風。その途中で街の警邏をしていた一刀や真桜、警備隊の連中と遭遇。稟や風の発案で一刀に案内をさせながら本屋巡り。しかしここで真桜達は一刀と大将を二人きりにさせようと画策した。まずは真桜が本屋に先回りをして水鏡の本を残り二冊になるように回収する。本屋で残り二冊の本を購入した桂花と稟は会議があるからと離脱した。そして他の店を回ると決めた一刀と大将と風。その後を監視しようとした所、稟の妄想が発動して鼻血を噴出。慌てた桂花と真桜は、たまたま近くを歩いていた俺を見つけて助けを求めた。

 

 

「なるほどな……だったら早く後を追うとするか」

「副長、凄い乗り気やね」

 

 

話を聞いた俺は即座に一刀が次に向かうだろう本屋に目星を付けていた。先回りして現場を見なくては。

 

 

「こんな面白そうな話、見逃すわきゃないだろ」

「悪どい笑みやねぇ。でも副長が乗ってくれるんは嬉しいわ」

 

 

俺と真桜は悪戯小僧の様な笑みを浮かべていたに違いない。

普段、大将に弄られてるんだ。たまには大将の面白い所を見させてもらおう……クククッ。

そんな事を思いながら次の本屋に到着すると店の裏手で風と沙和と凪が居た。

 

 

「おやおや、思っていたよりも早いと思ったら純一さんもご一緒でしたか」

「こんな面白そうな話を見逃すと思ったか?」

 

 

到着と同時にガシッと握手を交わす俺と風。今の心境は『お主も悪よのう、越後屋』『いえいえ、お代官様ほどでは』的な所だ。

 

 

「風の策略でお兄さんと華琳様のお二人だけにしてみました」

「ナイスだ風。恐らく次の本屋は少し歩いた先の本屋にする筈だ」

「アンタ等……その状況判断を普段に生かしなさいよ」

 

 

俺と風が場と状況を即座に読みながら移動すると桂花からツッコミが入った。甘いな、桂花。仕事の時の判断と遊びの時の判断は別腹よ。

凪と共に居た警備隊の連中に本を返すように頼んでから後を追う。

 

 

「きゃー!腕組んでる!」

「おやおやー。華琳様も楽しそうなのですよー」

「乙女やなぁ華琳様」

「なるほど……ああやって腕を組むと隊長は喜ぶ……」

「ああ……あのまま二人は一線を越えて……ぷぅー」

 

 

それぞれがコメントを溢しながら、並んで歩く一刀と大将を見てニヤニヤとしている。稟は相変わらず鼻血を噴出しているが。

 

 

「ねぇ……」

「ん、おっと……?」

 

 

急に袖を引かれたと思ったら、桂花が俺の服の袖をちょんと掴んでいた。

 

 

「秋月も……ああしたら嬉しい?」

 

 

上目使いで不安そうに聞いてくる桂花。ズキュンと俺の心は撃ち抜かれた。しかし一刀と大将の真似をするのは芸がないので……

 

 

「うーん……こうしよっか」

「ひゃあっ!?……ち、ちょっと……」

 

 

俺は桂花の手を取ると指を絡ませる。所謂、恋人繋ぎって奴だ。驚いた様子の桂花だが次の瞬間には恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 

 

「……いいだろ?」

「……うん」

 

 

俺の問いに桂花は微笑んでくれた。本当に素直になったんだよなぁ……

 

 

「ふくちょー、うちも構ってやー」

「うおっと真桜!?あ、胸が……って痛っ!桂花、指が痛いから!?」

「……鼻の下伸ばしてんじゃないわよ」

 

 

頬を膨らませた真桜が俺の後ろから抱き付いてきた。真桜のはデカいからちょっと接触しただけで、その圧倒的な存在感を感じる。そんな真桜が抱き付いてきたのだ。そりゃもう背中に全神経が集中……しかけた所で桂花が繋いだ手をギリギリと締め付けてきた。

 

 

「……邪魔すんじゃないわよ」

「……独占なんかさせへんわ」

「ちょ……ギブ……」

 

 

桂花と繋いだ手と真桜が抱き付いてから首に腕が回されていたのだが、二人が張り合ってギリギリと手と首が絞められていく。

 

 

「おやおやー……こっちも面白い事になってるのですよー」

「こそこそ見る必要がないので落ち着いて見ていられますね」

 

 

風と稟が落ち着いた様子で見ているがヘルプなんですけど!?

なんとか二人を落ち着かせてから一刀と大将の尾行を再開。

最後に来た本屋は凪達がなんの手も加えていない。本は平積みに置かれてるのでゴールだ。

店の中はそこそこ広いため、大将にバレない様に中に入り監視を続ける。

大将が本を取ろうとしても手が届かなかったので、一刀が後ろから本を取る。然り気無い一刀の行動に大将は顔が真っ赤に染まっていく。大将は赤くなった顔を誤魔化すために別の所へ本を見に行った。可愛すぎるな……学生くらいの子達の青春みたいな恋愛は見てるの顔が緩むなぁ。

そして一刀が一人になった所で目に入ったのかある本を見始める。そのタイトルは明らかにエロ本的な感じだ。

 

 

「……古代中国、恐るべし」

「恐るべしじゃなぁぁぁい!」

 

 

うーむと悩む一刀の背中を桂花が蹴りあげた。凪が見事な蹴り上げですと感心してる最中、桂花が一刀を説教していた。

 

 

「け、桂花!?会議があったんじゃ!?」

「そんな事よりも華琳様をほったらかしにして何、読んでるのよアンタは!」

 

 

突然の事態に驚く一刀に、桂花が床に落ちた本を指差して叫ぶ。

 

 

「な、何って……」

「たいちょー、最低なのー」

「ま、まさか……この本を読んで華琳さまで試そうと……」

 

 

さっき一刀が眺めて呟いたエロ本的な本が周囲に散らばっている。それを見た女性陣が一刀を非難し始める。稟のは妄想混じりだったが。

 

 

「俺の部屋って月や詠が掃除するから、こんな本は置いとけないんだよな」

「置いておけば月ちゃん達の勉強にもなるのではー?」

「アンタ等はアンタ等で何をしてるのよ……」

 

 

床に散らばった本を拾い片付けていたら風が俺に助言してきた。そんな俺と風を疲れた様子で桂花が睨む。

 

 

「みんな!華琳様がお戻りになられたぞ!」

「総員退却!たいきゃーく!」

「おっと……」

 

 

凪の声が聞こえ、真桜の退却指示で退却する。退却後、大将が戻ってきたが、惨状を目の当たりにし、怒って店を出ていってしまった。

 

 

「あーらら。行っちまったな」

「そりゃ怒るやろ」

 

 

俺の呟きに真桜が同意する。まあ、あの状況で怒らない女はいないだろう。

この後、桂花達は一刀を非難した後に店を出ていってしまう。甘い物でも食べながら今日の反省会かね。そして俺はと言えば……

 

 

「もうちょっと女心を学ぼうな一刀。大将も途中までは楽しんでたと思うぞ」

「女心って……難しいんですね。あ、最後のは反省してます」

 

 

床に散らばった本を片付けながら一刀のフォローをしていた。これも男同士ならではだよな。

 



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第百六十二話

 

 

今日は以前、話していた魏の内部での武道大会。これは魏に属する将のみで行われる大会で、日頃の鍛練の成果を大将に見せると共に魏で誰が一番強いかを決める大会でもある。呉や蜀との戦いの前に士気を高めようとの狙いもあるのだろう。

 

その大会を観戦する為に俺も大将達と同じく上座に座ろうかと思っていたのだが……俺はなんちゃってシルバースキンを身に纏って選手待ち合いの控えに座っていた。

何故、こうなったかと言えば大会の数日前に大将から武道大会に参加せよとのお達しが出たのだ。

俺は即座に断ったのだが大将のありがたいお説教の下、参加が決定した。

戦う相手は当日発表との事だったので、先程対戦表を見たのだが……

 

・沙和VS真桜

・凪VS斗詩

・大河VS季衣

・秋蘭VS華雄

・流琉VS香風

・春蘭VS霞

・俺VS恋

 

とまあ……こんなラインナップな訳だ。泣いても良いよね?

 

 

「まったく……いつまで嘆いているの?」

「嘆きたくもなるっての」

 

 

大将の呆れた声に恨みがましく反論してみる。まさかまた恋と戦う事になるとは……当初の予定では恋の相手は華侖だったのだが、流石に曹の一族を危険な目には……と言うことで外され「じゃあ誰が恋の相手を?」となった際に恋は「純一ともう一度、戦いたい」と言ったそうだ。

 

『華侖を戦わせるくらいなら……それに副長なら大丈夫そうですし』と本人の知らぬところで勝手に大会に参加が決まり今日に至る。

とりあえず誰が相手になるか分からなかったので、いつも通りの修行をしていたのだが……こりゃ勝てんわな。

 

 

「恋殿ー!応援してるのですぞー!」

「……ん」

 

 

ねねの声援にコクリと頷く恋。ねね、恋が頑張ったら俺がヤバいのよ?

 

 

「じ、純一さん!頑張ってください!」

「恋が相手だから怪我はするだろうけど死ぬんじゃないわよ?」

 

 

月も詠も完全に俺が負けると思ってるよね?明らかに『怪我しないでね』的な雰囲気になってるし。

 

 

「ふ……あの頃の私と比べてどれ程、恋に近づけたか試したかったが……ここは秋月に譲るとしよう」

 

 

ポンと俺の肩に手を置いて語る華雄。出来たら代わってくれ頼むから。

 

 

「秋月さんから貰った武器で私、頑張りますから秋月さんも御武運を」

 

 

今回……と言うか前から斗詩用の武器を幾つか作っていたのだが今回が初披露となる。御武運を………と言う辺りやはり、心配なんだよね。

 

 

「副長、無事に帰ってきてや。うち、まだまだ副長から学びたい事も一緒にやりたい事もあるんやで」

 

 

それは完全に死地に向かう人間を送る言葉だよな?

 

 

「その……帰ってきたら優しくしてあげるから……」

 

 

出来りゃ今、優しくしてくれ桂花。

なんかもう、ため息と一緒に魂も吐き出しそうな気分だよ。

 

こうなったら……暫く特訓していたあの技を試すか。気持ちを切り替えた俺はこれから始まる武道大会に気合いを入れて臨むことにした。



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第百六十三話

恋との戦いをどうしようかと悩んでいたら、既に大会は始まってしまっていた。最初の対戦は沙和VS真桜。

どんな戦いになるのかと思えば、二人は戦いの最中に互いの欲しいものを連呼しながら戦っていた。

 

 

「そういや成績優秀者には報酬が出るって言ってたっけ」

「だとしても欲まみれ過ぎるやろ」

 

 

俺の呟きに霞が答えた。うん、ああなっちゃいけない例だな。

結局、欲にまみれた二人は互いに隙だらけで一撃必殺を目論みダブルノックダウン。一戦目から泥仕合となった。

 

 

「よろしくお願いします斗詩さん!」

「私こそよろしくね凪ちゃん」

 

 

気絶した沙和と真桜が運ばれていき二戦目は凪VS斗詩。今度こそマトモな戦いになると願いたい。そんな事を思っていると、斗詩は俺の方を見てニコリと笑ってから凪と向かい合った。

 

 

「斗詩さん……武器はどうされたのですか?」

「大丈夫ですよ。ここにありますから」

 

 

そう現在の斗詩は鎧は着ているが手には何も持っていない。そんな斗詩を凪は心配するが、斗詩は笑みを浮かべると両肩の鎧の飾りを外して中に収納されていた取っ手部分を握ると振り抜く。そこから飛び出してきたのは大型のトンファーだった。

 

 

「す、凄い……そんな仕掛けが……」

「秋月さんが私の為に用意してくれた武器と鎧なんですよ」

 

 

驚く凪を尻目に斗詩が嬉しそうに言う。喜んでくれたなら此方も嬉しいもんだ。上座と観客席の一部からの視線が冷たくなったが俺は挫けないぞチクショウ。

それはそれとして斗詩の鎧と武器は実は以前から考えていたものだ。鎧は袁紹軍の頃の物を使っていたし、武器の大鎚も文醜に薦められた物をそのまま使っていた。でも魏に来たのだから鎧を一部変えて魏の将らしくしようと思ったのだが、斗詩から改めて鎧と武器を変えたいと言われたのだ。

なんでも斗詩曰く「この鎧と武器を使ってる内は袁紹様や文ちゃんの事を考えてしまう。決別の意味も込めて……魏の一員になった事を示したい」と。

斗詩の意思の固さを感じた俺は街の鍛治屋の親父に話を持ち込んだ。鎧のデザインは袁紹軍の頃の物と違って動きやすく、それでいて下はロングスカートみたいに仕上げた。そして武器だが実は鎧よりも悩むこととなる。なんせ今まで文醜の薦めで大鎚を振るっていた斗詩だが、他の武器を使った事が少ないのだと言う。

そこで俺は今まで開発しまくった武器を試してもらう事にした。なんせ思い付くままに色んな物を真桜と作ったからな。余計な事に予算を使うなと栄華に怒られたが、役に立ったから無駄ではあるまい。そして色々な武器を試した結果、斗詩はトンファーの扱いが巧みだった。やはり斗詩は一撃必殺の大鎚よりも、手数を増やせるトンファーの様な武器の方が相性が良いらしい。斗詩に大鎚を持たせた文醜は何を考えていたのか不思議である。

 

こうして斗詩専用の鎧と武器の目処がたち、作成を開始した。武器にすると決めたトンファーは通常の物よりも大きく……しいて言うならばヴィンデルシャフトみたいなデザインをしている。そして一部が変形して斗詩の鎧の一部となる。こうする事で見た目は鎧の肩当てにも見える見映えのよいデザインとなっている。そして斗詩もデザインが気に入ったのか喜んでくれた。

 

さて、そんな斗詩だが凪との戦いは……

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

「やぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

凄まじいの一言だった。

凪の右拳を左のトンファーで受け止めた斗詩はローキックで凪の体勢を崩す。そして体勢を立て直そうと少し下がった凪の逃さず追撃に右トンファーを振るう。凪はそれを両手でブロックしながら、その勢いを利用して大きく飛び退いて右足に気を込め始めた。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

凪が足に気を込めて放つ猛虎襲撃が斗詩に放たれた。凪の猛虎襲撃が斗詩に迫るが、斗詩はなんと左のトンファーを構えると猛虎襲撃に向かって走り出す。そして左のトンファーを回転させ、猛虎襲撃を弾き飛ばし凪に迫る。

 

 

「貰いました!」

「まだです!」

 

 

驚いた様子の凪だったが直ぐに立ち直り、斗詩の右トンファーを蹴りで捌く。

 

 

「凪も斗詩も随分と強くなったな」

「秋蘭。良いのか、この後試合だろ?」

 

 

凪と斗詩の試合に見入っていた俺は秋蘭が近くに来たのも気付かなかった。俺は最後の方の試合だが秋蘭はこの二試合後だから精神統一でもしてるのかと思ったよ。

 

 

「何、気を張ってばかりでは疲れてしまうからな。それに他の将がどれほど強くなったかを見るのも私の勤めでもある」

「そっか……んで秋蘭の目から二人はどう見える?」

 

 

秋蘭には本当に苦労かけてる気がする。姉と妹で何故、ここまで差が出たのだろうか?

 

 

「ふむ……凪は気の練りが速くなり、繰り出される拳や蹴りの鋭さが増している。対する斗詩は全てが変わったな……以前は大鎚を振り回すだけといった印象だが今の武器にしてから明らかに技の手数が増えている」

「流石は弓兵。目の付け所が違うな」

 

 

アッサリと見抜く辺り侮れん……

 

 

「しかし斗詩の武器は未だに大型だな。もう少し小型の方が素早くなるのではないか?」

「両手の武器を合わせても大鎚の重さよりも軽いよ。小型のも試したけどあの大きさが一番なんだと」

 

 

他の武器も試したのだが今の大きさが一番合うらしい。実は今まで大鎚を振り回してたから腕の筋力も相当なもので、あのサイズのトンファーなら問題無いらしい。

 

 

「せやっ!」

「くっ……降参です」

 

 

なんて秋蘭と話してる間に凪VS斗詩の戦いも終わっていた。

斗詩の連撃を掻い潜った凪の拳が斗詩の眼前に突き付けられている。打つ手無しになった斗詩が敗けを認めて凪の勝ちが確定した。

 

 

「凪ちゃん……強くなりましたね」

「そんな……斗詩さんがまだ新しい武器に慣れきってないから、その隙を上手く突けただけですよ」

 

 

二人は握手をしながら互いを褒め合って謙遜している。

二人の戦いに大将も満足してるみたいだな。次は大河VS季衣か。どうなるかねー。




『ヴィンデルシャフト』
「魔法少女リリカルなのは」の登場人物、シスター・シャッハの使用するカートリッジシステムを搭載した、二本一組の双剣型デバイス。剣とは言うものの、形状はトンファーに近く、また刃もついていない。


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第百六十四話

大会は順当に進み今回は大河VS季衣。チビッ子二人の戦いなので、さぞ微笑ましい戦いが……なんて思った俺が馬鹿だった。

 

 

「でりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「まだまだッスよ!」

 

 

豪速球で放たれた季衣の鉄球を大河が避け、鉄球は遥か後方へと飛んでいく。その鉄球を季衣が引き戻そうとした瞬間に大河が間合いを詰めて季衣の懐に飛び込み拳を振るう。

一撃を貰った季衣は鉄球を引き戻すと再度振るう。今度は直撃するかと思われた大河だが両手を組んで頭の上で気を込め始め……

 

 

「魔閃光っ!」

「は、跳ね返し……うひゃ!?」

 

 

大河は魔閃光で季衣の鉄球を弾き返した。そして弾き返した鉄球を季衣が慌てて避けた瞬間に飛び蹴りを放つ。先程から大河優勢の戦いが続いていた。

 

 

「まだ行くッスよ!魔閃光!」

「何度も食らうかぁっ!」

 

 

畳み掛ける様に大河が魔閃光を放つが、季衣も流石に察知し魔閃光を避けると、先程までの大振りからチェーンを短めに持ったまま大河を押し潰そうと縦に投げ付ける。

 

 

「おっと……」

「逃がすかぁ!」

 

 

横に避けた大河だが、季衣はそのまま鉄球の軌道を強引に変えて横に薙ぎ払う。

ハッキリ言って子供の戦いと言うには苛烈すぎる。リアルに悟天とトランクスの試合を見ている気分だ。

 

 

「大河も気功波の扱いが巧みになりましたね」

「定軍山での戦いの時にコツを掴んだみたいでな……」

 

 

試合が終わった凪が俺の近くに来て大河の気の扱いに感心してる。定軍山で俺を助けた際に放った魔閃光。あれでコツを掴んだのか大河は気功波を使えるようになった。まあ、まだ気の総量が少ないからなのか一日三発が限界だが。

 

 

「そこまで!」

 

 

なんて思いながら大河VS季衣の戦いを観戦していたのだが、大将から『待った』が掛かる。なぜ戦いを止めたのかと問われ、大将は周囲を見渡せとその場に居た者に声をかける。周囲を見渡してみるとひび割れた外壁。折れた木。穴の空いた地面。これ等は大河と季衣の戦いにより被害だった。思えば大河は気を駆使して戦い、季衣の武器は鉄球。しかも互いに身軽だから攻撃を避ければ周囲に被害が及ぶ。これ以上城の庭を壊滅させないためにも戦いは引き分けとなった。不満顔の二人に『ならば勝敗はじゃんけんで』と意見が出たので、じゃんけんをした結果、勝者は大河となった。

 

さて次は秋蘭VS華雄なのだが……

 

 

「ふっ……流石だな。姉者が認めただけの事はある」

「かつての私だと思うな。今の私は秋月の補佐であり、血風連の指南役でもあるのだぞ」

 

 

ハッキリ言って世界が違いすぎた。弓で華雄を射ようと複数の矢を同時に放ち、間合いを詰めさせない様にする秋蘭に対して、華雄は手にした金剛爆斧を旋回させて矢を弾く。そんな矢の雨を弾きながら華雄が間合いを詰めると、秋蘭は弓で近接戦闘を仕掛けたかと思えば弓を大きく引いて華雄に向ける。まさかの至近距離での零距離射に焦った華雄だが、なんと放たれた矢を直接掴んだ。

 

 

「避けられないなら受け止めるまでだ」

「まったく……出鱈目だな」

 

 

ドヤ顔の華雄に苦笑いの秋蘭。出鱈目はお互い様だと思うのは俺だけではあるまい。この後、矢を射る秋蘭に負けじと矢を弾く華雄の戦いは続いたのだが、先程と同じく大将から『待った』が入る。理由は先程と若干違い、流れ弾の量が多く観客が危ないからとの事だった。

 

 

「大将……確かに危なかったかもだけど観客は大半が魏の兵士とかだろ?大丈夫なんじゃ……」

「あら、流れた矢が桂花や月達に当たっても良いの?」

「危険と判断します。即刻中止を」

 

 

俺が疑問を口にしたら反論できない答えが返ってきたので速攻で頭を下げた。この後、大河達同様にじゃんけんが行われて勝者は秋蘭になった。この直後、少し華雄に睨まれたけど後で鍛練に付き合うから勘弁してくれ。

 



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第百六十五話

 

 

 

次の戦いは流琉VS香風。またもやチビッ子対決となったが油断はしない方が良いな……。さっきもそうだったけど俺の基準でこの世界の女の子を測らない方が良いのは散々身に染みたんだ。俺の試合も近いし、そろそろ気を体に集中……しようとしたら鼻先に何かがかすった。その直後、俺の右側にあった彫刻がゴシャ!と破壊されて破片が周囲に散らばった。

その何かが飛んできた方向に視線を移すと、呆然としている流琉と少しドヤ顔の香風。何があったかと凪に問うと、試合開始と同時に巨大なヨーヨーを香風に投げ付けた流琉だが香風は手にした鉞をバットの様に扱って巨大なヨーヨーを打ち返した。そして打ち返されたヨーヨーは俺の鼻先をかすめて庭に設置されていた彫刻を破壊した。あっぶねぇ……数センチ位置がズレてたら直撃だった。

この後の試合結果だが、流琉が武器である巨大なヨーヨーを手放してしまったので香風の勝ちとされた。

 

そして春蘭と霞の試合。

当初は大将に良いところを見せようとやる気になっている春蘭に対して、対戦相手が自分を見ない上に浮かれている事にやる気が出ない霞。試合前からグダグダな空気が流れていたが、一刀の霞への応援に霞のテンションはMAXになった。

一刀に応援されて気合いが入るとは霞も乙女……そして上座で不機嫌になってる大将も乙女だな。

 

 

「霞様は隊長に応援されていいなぁ……」

 

 

そして俺の隣にも乙女は居た。凪が羨ましそうに二人を見てる。後で一刀にフォローさせるとしよう。

春蘭と霞の試合は力押しで圧倒しようとしている春蘭に対して、速度と技の手数で対応する霞と互いの持ち味を競う形となり、最後は一瞬の隙を見せた春蘭の喉元に霞が寸止めして勝負ありとなった。春蘭は不満で大将に再戦を要求していたが既に勝敗は決したとして受け入れられなかった。事実上の魏の頂上決戦も終わったのでこのままフェードアウトしたいが、それは許されない訳で……

 

 

「では、これより純一対恋の特別試合を行う!両者前へ!」

「うし、やるか」

「……ん」

 

 

大将の号令に俺と恋は試合場へ。そして互いに向き合う形で距離を取り試合開始を待った。

 

 

「では……始め!」

「うおおおおおっ!」

「……ん」

 

 

恋相手に小細工は通じないと分かっているので、俺は気を全身に巡らせながら恋に徒手空拳での連打を見舞う。しかし恋はアッサリと見切ると俺の拳を避け続けている。だが甘いな……このラッシュは囮にすぎない。

 

 

「両断ブラボチョップ!」

「……ん、少し効いた」

 

 

俺の不意打ちで放ったブラボーチョップを方天画戟で受け止めた恋。正直、技を出した側の方がダメージがデカい気がする。方天画戟も傷一つ付いてないし。

 

 

「……行く」

「なんのっ!」

 

 

恋は俺が攻めないと分かると即座に攻勢に出た。俺はなんちゃってシルバースキンに気を通して防御力を上げると同時に、ここ暫く練習していた事を実践する事にした。

それは攻撃された箇所に気を送り込むことで、その一部分の防御力を上げる事。マクロスのピンポイントバリアみたいなもんだ。なんちゃってシルバースキンで全体の防御力を上げると同時に、ピンポイントバリアで攻撃されそうな場所をガード。

ちなみにこの戦法を思い付いたのは大河との日々の修行の中でだ。大河の素早い攻撃になんちゃってシルバースキンでは対処しきれない時がある。ならば全体の防御力を上げるのではなく本来のシルバースキンみたく、衝撃を受けた箇所の硬質化を考えた。

そこでリスク覚悟で体の一部に気を集中して防御力を上げると特訓をし始めた。最初の頃は酷かった……だって一部分の防御力を上げるということは他の防御力が下がる訳で。

例を上げるなら右ハイキックだと思って左上半身の防御力を上げたら、実はローキックで無防備な所をやられるなんて事になりかねない……と言うか実際にそれで失敗したのだが。

そんな失敗を経て俺は凪に頼んで気の流れの特訓をした。それにより気の流れの潤滑を上げて戦いの最中でも素早く行動できる様にだ。さて、説明が長くなったが、つまりどういう事かと言えば……

 

 

「……ん」

「おおおおっ!」

 

 

恋が方天画戟を横凪に振るうと同時に俺は前に出た。それと同時に、なんちゃってシルバースキンの防御力を右腕に集中して恋の一撃を受け止める。

 

 

「っ!」

「貰ったぞ!」

 

 

今までの経験から俺に攻撃を防がれる事がなかった恋の動きが一瞬止まる。だが俺にはその一瞬で十分だ!これが俺の戦法で相手に技を仕掛けさせて防御し、相手の動きが一瞬でも止まった瞬間に技を叩き込む。俺は左腕に残された気を集中して恋にラリアットを仕掛けた。

 

 

「喧嘩ボンバー!」

「っ!」

 

 

恋が気づいた時にはもう遅い。俺の左腕は恋の首に喧嘩ボンバーを……

 

 

「あむっ!」

「って痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

喧嘩ボンバーが恋の首に叩き込まれる瞬間。なんと恋は俺の左腕に噛み付いた。いや、確かに最短の避け方と言うか防御方法だけど……って、なんちゃってシルバースキンの上に気で強化してるのに噛まれてる腕が超痛いんですけど!?

 

 

「防御の為に右腕に気を回したのが仇になったわね。左腕に残された気じゃ恋に大した効果は与えられないし、そうやって噛みつかれて痛いのが気が少ない何よりもの証拠よ」

「解説どうも……って痛たたたたっ!?」

「……ぷはっ」

 

 

上座から大将の解説が聞こえたが、恋に噛みつかれた俺はそれどころじゃなかった。やっと放してくれたけど間違いなく歯形がついてるな左腕。しかし参ったな……今の戦法が通じないとなると俺に打つ手がなくなる。

 

 

「こうなったら……」

 

 

最早、禁断の最終奥義を放つしかない。なんちゃってシルバースキンと同様に気のコントロールの修行をする中で身に付けた新必殺技。

 

 

「……これで、終わり」

「そうはさせるか!行くぞ必殺エターナル……ネギフィーバー!!」

 

 

方天画戟を構えた恋に、俺はビシッとポーズを決めた後に両手を広げてPOWと全身から気を放った。これは以前、熊相手に失敗した自爆技の応用をしたのだが、気のコントロールで爆発を広範囲に行うのではなく前方のみに飛ばすように調整した結果エターナルネギフィーバーの会得に至ったのだ。

そして放たれた気は恋に着弾すると同時に周囲に土煙を巻き上げた。これで試合が決まってくれると嬉しいんだが。気を使いすぎてガス欠状態だよ。

 

 

「……やったか?」

「うん、少し……ビックリした」

 

 

俺の呟きに返事が帰ってきたと同時に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を失った俺は後から事の顛末を聞いたのだが、恋は俺が放ったエターナルネギフィーバーを方天画戟で地面に叩き落としたらしい。あの時、発生した土煙は恋がエターナルネギフィーバーを叩き落としたものだったのだ。そして恋は、エターナルネギフィーバーが飛んできた方に距離を詰め俺を発見した後に俺を一撃で倒した。一応俺も防御したらしいのだが、ガス欠寸前でマトモな防御が出来る筈もなく俺は野球ボールの様に宙を舞ったらしい。

こうして武道大会はおおよその予想通り、俺の敗北で幕を閉じたのだった。

 




『両断ブラボーチョップ』
キャプテンブラボーの13の技の一つ。
一振りで海を何十mにも渡って叩き割る超強力チョップ。


『ピンポイントバリア』
マクロスが持っているバリア。艦全体に働くバリアではないが、専門のオペレーターが発生箇所を移動させて要所要所をピンポイントで守れる事からこの名前がついた。


『喧嘩ボンバー』
キン肉マンのライバル、ネプチューンマンの必殺技。超人強度2800万パワーを誇るネプチューンマンの「黄金の左腕」から繰り出される強烈なラリアットであり、その威力は自分よりもはるかに巨体な超人すらをも吹き飛ばすほど。
王位争奪編ではザ・サムライを名乗り正体を隠していた際には「居合斬りボンバー」という呼称を使用していた。 

『エターナルネギフィーバー』
魔法先生ネギまの主人公ネギの師匠となったラカンがネギの為に考えた必殺技。ポーズを決めながら魔力を練り上げ、全身からビームの様に放つ魔力砲。
ラカン曰く『適当に全身からビーム出したらスゴい技になった』との事。しかし適当と言う割りには近隣の山を一つ消し飛ばす程の破壊力を誇る。


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第百六十六話

 

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

先日行われた魏の武術大会。実質的な優勝は霞だったけど、恋相手にかなり良い勝負をした純一さんにも褒美が与えられる事になっていた。休暇と言う名の褒美が……

 

 

「かゆ……うま……」

「その台詞だと意味合い変わってきますよね?」

 

 

自室の寝台で横になりながら流琉の作ったお粥を食べている純一さんは多分、「お粥、美味い」と言いたいんだろうけど何故か区切った純一さん。バイオは俺もやりましたよ。

 

 

「でも、今回は凄かったですね。恋を相手にあそこまで戦うなんて」

「その反動でマトモに動けなくなったけどな」

 

 

あの戦いの後、純一さんは動けなくなっていた。極度の筋肉痛と気が枯渇した事、そして恋から受けた攻撃のダメージの結果、完全に動けなくなり、今に至る。

 

 

「だがまあ……手応えは色々と感じたよ。自信も付いたしな。今後の恋の鍛練相手が俺になったのは今一釈然としないが」

「そりゃ……恋を相手にして無事とか驚異的ですよね。新兵も純一さんの事を見直してましたよ」

 

 

今回の一件で純一さんの兵達における信頼感は凄まじいものとなった。今までは『サボっている』『軟弱』『名ばかりの副長』などと陰口を叩かれていた純一さん。その理由の大半が戦の度に怪我をするor新技開発に失敗して自爆などで副長は大したことをしていないと勘違いされていた事にある。

しかし、今回の戦いは彼等の認識を覆すものだった。

最強の武将と名高い呂布に互角の戦いをする純一さんを嘲笑うのは、自身に見る目がないのを露呈させる様なものだ。

尤も、今後の恋の相手は純一さんで決定されたのは泣きたくなる事態だと思う。恋も純一さん相手なら戦っても良いと喜んでたみたいだし。

 

 

「ま、完全無事とは言えんな。褒美がそのまま休暇に消えたわけだし」

「なんか欲しいものでもあったんですか?」

 

 

溜め息を吐いた純一さんに俺は何か欲しいものがあったのかと聞いてみた。もしも俺で用意できるものならプレゼントしてあげたい。

 

 

「んー……そうだな。大将と桂花に猫下着とか着させてみたい」

「話を持ちかけた段階で華琳にぶった斬られますよ」

 

 

華琳は兎も角、桂花なら純一さんが頼めば着てくれそうな気はするけど。

 

 

「大将に……ねぇ。どちらかと言えば一刀が他の誰かに大将の下着姿を見せたくない……の間違いだろ?」

 

 

ニヤニヤと笑う純一さん。やっぱりこう言うときの純一さんは何かとズルい気がする。こっちの考えを先読みすると言うか……からかってくると言うか。

 

 

「純一さんのそう言うところって華琳に凄く似てますよ」

「俺が大将に似てるって?そりゃねーわ」

 

 

俺の発言にもカラカラと笑ってる。そして少し悩むそぶりを見せてから口を開いた。

 

 

「大将のはどっちかと言うと我儘だろ。もっと言えば駄々っ子になるか?」

「どれも華琳には当てはまらないと思うんですが」

 

 

純一さんの言葉に反論してしまう。華琳が駄々っ子って……

 

 

「この間の本屋の事もそうだけど我儘を言うってのは信頼を試したいからだ。そしてそれを確かめる事で自分なりに甘えられる落とし所を確認したかったんだろうよ」

「そ、そうなんですか?」

 

 

そう言って笑う純一さんに俺は『大人』を感じた。純一さんにとっては華琳も年下の女の子くらいに見ているのだろうか?

 

 

「ま、あれは一刀の最後の詰めが甘かったからだな。あのタイミングで怒ったのももう少しエスコートして欲しかったんじゃないか?」

「あれは……反省してます」

 

 

反省してますとは言ったものの、あれは俺だけの責任だったんだろうか?

 

 

「ま、女の子とは頭抱えて悩むべきだと思うぞ……大将みたいな子に限らずとも苦労はさせられるもんだがな」

「それは……経験からですか?」

 

 

純一さんの言葉に思わず聞き返してしまう。純一さんは前にも『愛美』さんの話で噂になったくらいだし。

 

 

「ああ……過去の経験からかな。ま、お前等の事は面白おかしく見させて貰うけどな」

「弄る気満々じゃないですか!」

 

 

明らかに俺と華琳のやり取りを見て楽しむ気だよ、この人。でも華琳とこの人が似てると言ったけどやっぱり違うと今は感じている。

さっきの純一さんの言葉が確かなら華琳は信頼を試したいから弄るけど純一さんは違う。肩肘張ってる人を弄っては周囲を笑わせて……弄った甲斐があると弄られた本人も笑わせる。場を和ませると言うか……

 

 

「兎に角、もう少しは休んでください。華琳の話じゃそろそろ遠征を決めると行ってましたから」

「へぇ……遠征ね。行き先は?」

 

 

俺の心情を察するように先程まで笑っていた顔から一転して、真面目な顔付きになる純一さん。

 

 

「多分……呉です」

「ん……わかった。そんじゃもう少し休むとするか」

 

 

そのまま布団に潜り込む純一さん。それを確認してから部屋を出ようとすると「赤壁か……」と呟くような声が聞こえた。やっぱり純一さんも覚えてますよね三国志の赤壁の話は。

 

今度、本格的に純一さんと話し合うべきだなと俺は純一さんの部屋を後にした。



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第百六十七話

 

 

 

魏の武術大会から数日後。漸く体調が治った俺は街中を散策していた。褒美として貰った休みが今日が最後だからだ。明日からは溜まった書類との格闘になるし、今日くらいは羽を伸ばそう。

 

 

「しっかし……我ながら頑丈になったよなぁ……」

 

 

 

未だに気を失うケースは多いが気が枯渇しても復活は早くなったし、恋にぶっ飛ばされたにもかかわらず既に歩けるくらいにはなってる。タフネスになってると言えば聞こえは良いが……ヤられるのに慣れてきてるのも問題だとは思うが。

後は技の完成度を高める特訓かなぁ……色々と試してきたけど『かめはめ波』と『シルバースキン』が一番効果有りだったし……

 

 

「まあ、かと言って新技開発を止める気はないが」

 

 

俺の手には先ほど、鍛冶屋の親父から受け取った新兵器各種が手の中に。呉に行くまでに幾つかは試したいところだ。

にしても呉か……普通に考えれば赤壁なんだろうけど定軍山の事もあったから確証はない……というか歴史通りに動いてない部分が多いんだよなぁ。

董卓軍である月や詠、華雄、恋、ねねが生きている事や顔良である斗詩や高順である大河が魏に居る事。

いや……そもそも三国志の武将が大半が女である段階で色々間違ってんだけどさ。最近、普通に受け入れてたわ。そんな事を思いながら俺は城に戻った。

 

 

「…………で何をしてるんだ?」

「いや……華琳に」

「言わないでよ馬鹿!」

 

 

 

城に戻ったら何故か正座をしている一刀の前で仁王立ちの大将。大将は何故か、プリプリと怒っている。これは本気の怒りじゃなくて不機嫌とかそれ系の怒り方だ。

 

 

「まあ、落ち着け。何があったんだ」

「なんでもないわよ!」

 

 

俺が話を聞こうとしても大将は聞く耳持たず。

 

 

「ふむ……二人で城の中を散歩をしていたけど一刀の失言で大将を怒らせたか?」

「なんで、そんなに理解があるのよ」

 

 

適当に言ったのに当たったよ。なんか分かりやすいなキミ達は。

 

 

「そして大将の怒り方からすると色事かな?」

「見てたの?ねぇ、見てたのかしら?」

 

 

大将は俺の胸ぐらを掴んで睨んでくる。いや、ここまで当たってるとは思わなかったんだけどね。

 

 

「そう言う割には、まんざらでもないのか怒っているのか複雑な表情の様だが?」

「……うぅ」

 

 

大将は分かりやすく顔を赤くして俺を睨む。普段からこのくらい表情豊かなら一刀ももっと惚れるだろうに。

 

 

「まあ……許してやれよ。事情は知らんが一刀も悪気があった訳じゃないんだろうし」

「事情を知らないなら口を挟むんじゃないわよ」

 

 

まったく……と大将は掴んでいた胸ぐらを放してくれた。少しは頭が冷えたか?

 

 

「そうだな……一刀が何か助平な事をしたら『エロガッパ』とでも呼んでやれ」

「なんなの……『えろがっぱ』って?」

 

 

俺の発言に大将は怪訝な視線を俺に送る。

 

 

「エロガッパとは助平な事をした男に対する罵倒……とでも言っておこう」

「そう……よく覚えておくわ」

 

 

俺からの説明を聞いた大将はドSな笑みを浮かべながら一刀を見下ろしてる。楽しそう……と言うか愉しそうな感じだ。

その時だった。一陣の風が吹き大将のスカートがヒラリと舞った。

サッとスカートを押さえた大将だが時既に遅し、俺は大将の後ろにいたのでスカートの中は見えなかったが、大将の前で正座していた一刀は中をバッチリ見たわけで。

 

 

「この……えろがっぱ!」

「ぷろぁっ!?」

「おお、お見事」

 

 

大将は先ほど教えたばかりの言葉と同時にビンタを一発。ツンデレ少女の『エロガッパ』発言は妙にマッチするな。

この後、大将はフン!と鼻を鳴らして行ってしまう。

 

 

「見事なツンデレヒロインだな。そしてお前は何処ぞのラッキースケベ主人公だな」

「……純一さんには言われたくないですよ」

 

 

大将の背を見送りながら発した俺の発言に、一刀はツッコミを入れに来るが立ち上がれない様だ。流石、大将……ビンタでも腰が入ってる上に見事に下顎に命中させたみたいだ。

 

でも最近、戦続きで腹を抱えて笑う事が少なかったから……こんな日が続けばと思う日だった。

 

 

 



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第百六十八話

 

 

 

◇◆side真桜◇◆

 

 

 

この間の武道大会が終わってから副長は暫く休んどった。なんでも気が枯渇したのと恋の一撃で限界だったらしく、数日は休みにすると隊長や華琳様からのお達しやった。

ほんでそれから数日後には仕事に復帰しとる副長。前は1.2週間はかかってたのに回復早なったなぁ……

 

 

「お、なんだい副長さん。ここ暫く見なかったけどまた倒れてたのかい?」

「病弱って訳じゃないんだけどね」

 

 

警邏で街を歩く最中、副長は街の人達に話し掛けられてる。こんなに気さくに話し掛けられるの隊長か副長くらいなもんやで。

 

 

「そんな事言って……また女でも寝所に連れ込んだんじゃないのかい?」

「あっはっはっ……」

 

 

街の人の冗談めいた発言にただ笑う副長やけど……否定せんのかいな。この後も色んな人に話し掛けられとる副長の背中をウチはズッと見てた。初めて警邏に出たときや……初めて会った時から見ていた副長の背中……

 

 

「また戦なんだって?気を付けていきなさいよ」

「俺が怪我する事を前提に話すんの止めてくんない?でも、心配してくれてありがと」

 

 

また別の人に話し掛けられとる。今度は饅頭屋のオバちゃんに肩を叩かれながら心配されてる。

出会った頃は気は使えるけど情けない兄さんみたいな人やと思ってたけど、最近は気を使ってめっちゃ強なったな。

 

 

「副長、頼まれていた『かがくけん』が仕上がりました」

「おお……これで遂に稲妻重力落としが試せる……」

 

 

鍛冶屋の親父さんとなんか知らん単語ばかり使っての話やから分からんかったけど、ろくなもんやなさそうや。

副長が鍛冶屋の親父さんと話を終えた後は城に戻って書類整理。

 

 

「副長の書類仕事してるの久しぶりに見るわ」

「大概のものは一刀に任せてるよ。俺は街の人達との区画整理や商店との話を重点に置いてるんでな。後で栄華と会議だし」

 

 

ウチの言葉に視線と手を止めないまま書類仕事をこなしていく副長に驚く。隊長と副長が分担して仕事をしているのは知っていたけど、まさか街の経済に関わっていたなんて知らなかった。

 

 

「警備の主な部分は一刀に任せて、俺は商人同士の揉め事が起きないように調整してんだよ。街の経済が回れば国は豊かになるからな。因みに真桜が知らなかったのは基本的に一刀の部下だから警備や警邏を重点に仕事させてたからだ」

「あ、そっか……副長の補佐って華雄の姐さんや斗詩、大河がやっとたから……」

 

 

ウチは副長を慕っとるけど直属の部下やないから知らんかったわ。なんやろ……悔しいなぁ。

 

 

「ま、俺の行動も無駄ではないってことだな。街を回るのは街の状況を知れるし、服や物を作れば職人や商人との繋がりも出来る。そして俺が新技開発で怪我をすれば医師達の怪我の見本市として活躍できるって訳だ」

「いや、最後のはどうかと思うで副長」

 

 

笑いながら部屋を出ていく副長にツッコミは入れたけど釈然とせんなぁ。

この後も副長は華琳様や栄華様と会議をして書類を纏めたと思うたら書庫に行って桂花と話して、華雄の姐さんや大河と鍛練し、夜には月っちや詠、斗詩に混じって料理しとる。

久しぶりに副長と一日仕事してたけど……ウチ、知らん事ばっかりやった。副長は新技開発ばっかかと思ってたけど、ウチの知らんところで沢山仕事してたんやな。

 

ウチは副長が「風呂でも行ってこいよ」って言うとったから五右衛門風呂に浸かりながらズーッと考え事してた。そういや、この五右衛門風呂も副長と作ったんやったなぁ……なんやろ、随分前な気がするわ。

 

ウチは風呂に入ってサッパリしたのに何処か暗い気持ちで部屋に戻ろ思た。そんで部屋に戻る途中で副長と会ってまう。

 

 

「ふ、副長どないしたん?」

「ねねの所に行って碁を打ってた。最近は漸くマトモに打てるようになってな」

 

 

副長は右手で碁を打つ仕草をする。ほか……またウチの知らん事してたんやな……

 

 

「つーか、真桜こそどうしたんだ?今日は久しぶりに一緒に仕事してたのに元気ないから心配してたんだぞ」

「……ふぇ?」

 

 

副長の言葉にウチの口から変な声出てもーた。

 

 

「副長、気付いてたん?」

「そりゃ気付くっての。特に真桜は俺が魏に来てからの付き合いなんだ。見てりゃわかるよ」

 

 

風呂上がりで髪留めをしてないウチの頭を撫でる……アカン、ヤバい……ウチ、めっちゃ顔が緩んでる。嬉しゅうて胸がドキドキて早鐘みたいに鳴ってる。

 

 

「……真桜?」

「ふ、副長……お、お願いがあるから来てや!」

 

 

ウチの顔を覗き込もうとした副長の手を取るとウチは副長の部屋に急いだ。部屋に着くなりウチは思わず、副長の背中にポフッと顔を埋めとった。ああ……やっぱり広い背中や。

 

 

「おい、真桜?」

「副長……ウチな不安になってん。今日一日、一緒に居て……副長がえらく遠く感じたんよ」

 

 

振り返ろうとした副長にウチはそのまま話しかける。

 

 

「立場が違うのはわかってんねん。副長が桂花を一番に見てるのもわかる……でもな」

 

 

ウチの話を副長は黙って聞いてくれてる。

 

 

「好きやねん……副長の事。寂しいんや……もっと副長に触れたい」

 

 

ウチは副長の背に頭を乗せたまま話とった。多分……副長の顔見たら話せなくなる思うて。

 

 

「いつも明るく笑ってる真桜がそんなんじゃ周りも心配するぞ。そういうのは此処に置いていったらどうだ?」

「……ほんならウチは副長に甘えてええんやな」

 

 

ウチはそのまま副長の背中から前の方に手を回す。思ったよりも逞しい体にドキッとしてもうた。

 

 

「精一杯甘えろよ……もっとも………」

「え……ひゃっ!?」

 

 

そう言うと副長はスッとウチの手を引いて壁際にウチを追い込む。少し強引に壁を背にされたウチに副長はドンと壁に手を突いた。

 

 

「俺も真桜に甘えるから……そろそろ理性も限界だし」

「り、理性て……あ……」

 

 

ウチはそこで前に副長が呟いた一言を思い出した。

『ギリギリの所で耐えてんだよ阿呆』

あの頃、副長は耐えてたと言っていた……ちゅー事は……そんなウチの考え事を遮る様にウチと副長の影が重なって……

 

 

 

この日……ウチは初めて二人きりで副長と一夜を過ごした。

 

 

 




『稲妻重力落とし』
科学戦隊ダイナマンに登場するロボ、ダイナロボの最強の必殺技。上空から科学剣を構えて敵を切り裂く。


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第百六十九話

◇◆side音々音◇◆

 

 

先日の武道大会から数日。とーさまは暫く休暇を貰ったとの事で表には出てこなかった。と言うか……怪我が酷くて起き上がれないと聞いたのです。流石は恋殿……と言いたいのですが、恋殿はとーさまを傷付けてしまった事を悔やんでおられたのです。

『手加減……失敗した』と恋殿は言っておられたのですが、とーさまだから、あの程度で済んだのだとねねは思うのですぞ。

 

二日程前に真桜がとーさまと仕事をしていたと聞いたので碁を打ったのですが……次の日に真桜が妙に艶々としていたのが気になるのですが……そっちは兎も角、もう体は治ったみたいなのです。その証拠に鍛練場で鍛練に勤しむとーさまが……

 

 

「お、俺のうなぎパイ……じゃなくて科学剣がぁぁぁぁ……」

「すまん……秋月。そんなに脆いとは思わなかったのだ」

 

 

手と膝を着いて嘆くとーさまの姿が……何故か春蘭が慰めているのです。

近くに居た兵士の話では、とーさまは新しく作った剣で稲妻重力落としなる技を試そうとしたらしいのですが、春蘭の剣と重なったと同時にアッサリと折れたらしいのです。あまりの脆さに春蘭が謝ったところ、更にへこんだとか。

 

 

「これが理想と現実の差か……これでは斬艦刀なぞ夢のまた夢……」

「おお、斬艦刀とは新たな技か?」

 

 

とーさまの言葉に春蘭は興味を示したみたいだけど、ねねには何故か、とーさまが失敗する姿しか見えなかったのです。初めて会った時は頼もしいと思ったのに……今は阿呆にしか見えないのです。

 

 

「嘆いていても仕方ない!次だ次!」

「ならば次は私が相手だ!」

 

 

気を取り直したとーさまは二本の細い剣を手にして構え、華雄が楽しそうに斧を構えた。

 

 

「いくぞ、野牛シバラク流×の字斬りぃぃぃぃ……って、また折れた!?」

「だから、そんな細い剣で切り合うからだ!」

 

 

何かの技をしようとした、とーさまなのですが二本の剣は見事に折れたのです。むしろ、あの細い剣で華雄や春蘭の剣や斧を一瞬でも受け止めた方が凄いと思うのですぞ。

 

 

「とー……秋月は無駄が好きみたいなのです」

「違うぞ、ねね。一見無駄に見えるかもしれないが、これが後々役立つかもしれないんだ」

 

 

とーさまはねねの言葉に起き上がって反論するのですが、本当に役に立つならまだしも無駄とわかれば単なる徒労だと思うのです。

 

 

「ま……今の内にやれる事はやっときたいんだよ。これから忙しくなりそうだし」

「確かにこれから呉に向かうとは聞いてるのです……って何故、手を握るのですか?」

 

 

とーさまは折れた剣を片付けるとねねと手を繋いだのです。そのまま、とーさまはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「なに、街にちょっと気になる甘味処が出来たらしいから見に行こうと思ってな。ねねも付き合ってくれ。市場調査だから意見は多い方が良い」

「……仕方ないのです。ねねが付き合ってあげるから感謝するのですぞ」

 

 

本当に困る人なのです。評価を下げたと思った矢先にこういう事をするから離れられなくなるのです。

しかし、こうして手を繋いでると端からは親子に見えるのですぞ。

 

 

「……今は親子で我慢してやるのです」

「ん……ねね?」

「なんでも無いのです」

 

 

ねねの呟きはとーさまに聞こえなかったみたいだけど……我慢してやるのです……『今は』ね

 

 

 





『斬艦刀』
スパロボシリーズに登場する武器でシリーズによって形状は様々だが共通しているのは『艦を一刀両断する巨大刀』である事。


『野牛シバラク流×の字斬り』
魔神英雄伝ワタルの登場人物、剣部シバラクの必殺技。二本の刀を文字通り×の字に構えて敵を十字に切り裂く。戦神丸に乗っている際にも使用される技。


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第百七十話

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

先日、自爆したアイツは既に仕事をして街に行っていたらしく、いきなり噂になっていた。街での買い出しをしていた僕の耳に噂が流れてくる。

 

 

「副長さん、仕事頑張りすぎたんだって?」

「まあ、研究熱心な方ですからねぇ」

「なんでも呂布将軍と戦ったんだとか」

「俺は兵士達の鎧の強度を確かめる為に戦ったって聞いたんだがな」

 

 

街行く人たちの噂を流しながら聞いてるけど若干、曲解して伝わってる様な気がするわね……

 

 

「でも……良くも悪くもアイツ等の噂ってよく聞くのよね」

 

 

そう……天の御遣い兄弟は魏の街で噂によく上がる。もっとも天の御遣いとしてではなく種馬兄弟や阿呆な兄弟としての話が多いのだけど……

でも僕からしたら、お人好し兄弟って感じなのよね。

そんな事を思いながら城に戻ると丁度、秋月と北郷が居た。何を話してるんだろ?

 

 

「え、じゃあ華雄に真名を考えてくれって頼まれたんですか?」

「ああ……『惚れた男に真名を考えてもらう……なんとも良いことではないか』って言われてな」

 

 

話の内容から華雄の事らしいけど……華雄も思い切った事、考えたわね。思えば華雄も秋月と出会ってから随分と変わったと思う。

 

 

「ボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレ……どれにするべきか悩んでてな」

「真相を知ったら確実に斬られますよ」

 

 

妙に真面目な顔つきの秋月だけど、なんか絶対にろくでもない事を考えてる時の顔よね、アレは。

 

 

「ちなみに俺はゲレゲレにした」

「マジですか。俺はボロンゴにしましたけど」

 

 

人に付ける名前とは到底思えないんだけど……

 

 

「ま、冗談はさておき一応、候補は幾つか考えてるんだわ」

「良いんじゃないですか華雄も喜びますよ」

 

 

先程の名は冗談だったみたいね……本気でも困る気はするけど。

 

 

「そういや大将と上手くいってんのか?」

「あー……その事でちょっと相談が……」

 

 

北郷がそう言うと此処じゃ話辛いと行ってしまう。男の子同士ってあんな感じなのかしら?

 

 

「覗き見ですか詠?」

「アンタと一緒にしないで稟」

 

 

二人の背中を見送っていた僕に話しかけたのは書類を抱えた稟だった。覗き見とか言うけど、覗き見ほどの事はしてないわよ。

 

 

「秋月殿と一刀殿ですか……本当の兄弟みたいに仲が良いですね」

「それは……僕もそう思う」

 

 

僕と同じく二人の背中を見て稟が呟く。本当の兄弟みたいに仲が良い。似てる所も多いし……特に助平な所が。

 

 

「しかし……それを思うと不思議と一刀殿と秋月殿が倒れたのが同じなのも天の御遣い兄弟なのだからでしょうか?」

「倒れたのが同じって……いつの話?」

 

 

稟の話の中に聞き流せない言葉があった。僕は思わず聞き返してしまう。

 

 

「秋蘭達が定軍山に行った時ですね。一刀殿が倒れた時は秋月殿も体調が悪く、秋月殿が倒れた時に一刀殿も倒れたと聞いています」

「それ……本当なの?」

 

 

僕は稟の言葉を疑ってしまう。なんでも疑うのは軍師の性だけど、つい聞いてしまった。

 

 

「本当の事ですよ。秋月殿が帰ってきてから本人との話を照らし合わせて確認した結果ですが」

「そう……疑って悪かったわ」

 

 

稟の説明に僕は頭を下げた。けど、稟は『疑うのは軍師の性ですからね』と許してくれた。僕と同じことを思っていたから内心では少し笑ってしまったのは内緒ね。

 

稟と別れた僕は先程の話を思い返していた。

そもそも前から疑問だった事がある。天の国から降り立ったと聞く秋月と北郷。北郷はほぼ平凡な人間だけど、秋月は才能があったのか『気』を扱う者になった。

でも気は才能がある者でも修得は難しいとされているにもかかわらず、秋月はあり得ない速度と思い付きで会得したと聞く。

そう言えば、凪も前に……

 

 

『副長は色々と出鱈目なんです。本来なら時間を掛けて修得する物をアッサリとこなしたかと思えば基本が出来てなかったりします』

『アイツらしいとは思うわね』

 

『それだけじゃないんですが……副長の気は不安定なんです。だから気を失う事も多くて』

『それってアイツがやわなだけじゃないの?』

 

『違います、副長程の気の使い手になれば本来なら体内の気を掌握して常人よりも強くなれる筈なんですが……』

『秋月は違うの?』

 

『副長は何故か気を修得していく度に気が不安定になっていくんです。技による自爆や気を失う事が多いのも、それが理由だと私は思っています』

『強くなる一方で弱くなるか……本当にアイツって規格外よね』

 

 

あの時はあまり考えなかったけど……今にしてみれば思い当たる節が幾つか有るわね。

アイツの行動や強さ……今までは天の国の住人だからと考えなかったけど色々と不自然だわ。それはまるで、何かの都合に合わせて強くなっていくかの様に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って……考えすぎよね。何、考えてんだか僕も」

 

 

疲れてるのかしら僕も……こんな馬鹿らしい事を真面目に考えるなんて……

 

 

「どうしたの詠ちゃん?」

「難しい顔をしていたと思ったら、気の抜けた顔でため息を吐いていたぞ」

「へ…….うわっ!月、華雄!?」

 

 

あまりに考えに集中しすぎていたのか、月と華雄が僕の顔を覗き込むように見ていた。

 

 

「あ、ううん……なんでもない。ちょっとアイツの事を考えてただけよ」

「へ、へぅ……詠ちゃん」

「ほぅ……秋月の事をそんなに思っていたのか」

 

 

僕の言葉に月も華雄も頬を赤く染めた……って何を想像したのよ!

 

 

「ちょっと変な事は考えてないわよ!?」

「そ、その……邪魔してごめんね詠ちゃん」

「気にするな、夜は頑張れよ」

 

 

 

僕の抗議は月と華雄の耳には届かないのか、顔を赤くしたまま行ってしまう。ああ、もう絶対に変な誤解されたわ。

 

 

「詠、なんか月と華雄が俺を見て顔を真っ赤にして走り去ってったんだけど、なんか知らないか?」

「アンタは……なんで、この間で現れるのよ……」

 

 

その元凶がのほほんと現れ、僕はちょっとだけイラっとした。

まったく、人の気も知らないで……でも、秋月の心配をするのは僕の役目よね。

 

 

「はぁ……なんでもないわよ。それよりも病み上がりで無理はしないでよ」

「そこは安心しろ。呉に行くまでは桂花に新技開発を禁止されたから」

 

 

それって信用されてないって事よね。でも秋月を相手に先手を取れるのは華琳か桂花くらいだと思う。コイツは本当に予想外の事をしでかすから。

 

 

「ならいいけど……心配する身にもなりなさいよね」

「ああ……いつも心配させてゴメンな」

 

 

そう言って秋月は僕の背中から腕を回して抱き寄せる。本当に……本当に……

 

 

「馬鹿なんだから……」

「ん……悪りぃ……」

 

 

僕が秋月の腕に手を回すと謝罪と共にギュッと抱く腕に力が入った。

僕は秋月を心配する。誰かがいないとコイツはきっと駄目になるから。

 

僕が傍に居るよ……だって僕は秋月のメイドなんだから。

 

 




『ボロンゴ、プックル、チロル、ゲレゲレ』
DQ5の幼年時代のイベントで、ベビーパンサーが仲間になる際にビアンカが名前の候補としてあげる名前。
「ボロンゴ→プックル→チロル→ゲレゲレ」の順に提案されて、リメイク版だと選択肢が増えて「ボロンゴ→プックル→アンドレ→チロル→リンクス→ゲレゲレ→モモ→ソロ→ビビンバ→ギコギコ」となる。


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第百七十一話

 

 

 

「あの……隊長はどうなされたのですか?」

「一刀は今日、重大かつ大切な用事があるんでな。俺が代理だ」

 

 

本日の警邏前の挨拶に一刀が現れなかった事に、目に見えてガックリと落ち込んでいる凪。うん、その態度は傷付いちゃうよ副長。

 

本日、一刀は先ほど述べた通り欠席。普段なら警邏前の挨拶や連絡事項は一刀がやるが、今日は俺が代理でやっていた。いや、副長だから今まで散々やって来たけど、今日は一刀が居ないってだけで凪のテンションが分かりやすく下がっていた。

 

 

「あのー、たいちょーはどんな用事なのー?」

「とても大事な事……としか言えんな。その有無で今後が変わってくるかもしれん」

 

 

北郷警備隊を代表してか沙和が俺に訪ねてくるが、俺はこう答えるしかないだろう。本当の事を話すと野次馬に行きかねないし。

 

 

「それとも……一刀が居ないと仕事が出来ないのか、チミ達は?」

「そんな訳、あるかいな。隊長が居らんから気になっただけやで」

 

 

俺の挑発染みた一言にツッコミを入れた真桜。コイツも遠慮なくなってきたな。

 

 

「隊長がいらっしゃらないのは分かりましたけど……華雄さんと斗詩さんはどうしたんスか?」

「華雄は血風連を引き連れて春蘭と親衛隊と模擬戦を予定してる。後で見に行こうな」

 

 

はい、と手を上げた大河の質問に答える。華雄は朝から気合いが入ってたなぁ……

 

 

「なんで、そんな事態になってるんですか?」

「ああ……少し前から警備隊にも噂があっただろ。今や魏の二大将軍となっている華雄と春蘭。更にその直属の血風連と親衛隊とどちらが強いか……ってね」

 

 

顔がひきつった凪が聞いてくる。そう……ここ暫く魏の街中でそんな噂が流れ始めていた。最初は気にしなかった華雄と春蘭だが、噂が加速するにつれて『どちらが一番強いか』と言った気持ちが強くなったのだろう。今回の模擬戦に至った。まあ、どちらもバトルジャンキーみたいなもんだし。

 

 

「斗詩の方は桂花達、軍師組と会議だ」

「今日は皆さん、忙しいんスね」

 

 

そう……忙しくなる様に仕向けたんだよ。俺がな!

今回の魏の将や軍師達のスケジュールを俺が管理していると言っても過言じゃない。いや、俺が全部やった訳じゃないよ。大将も一枚噛んでるから。

 

それと言うのも数日前に一刀が俺に相談を持ちかけたのが切欠だ。

遂に一刀が大将に思いを伝えると決めたのだ。しかし、大将も一刀も多忙であり、中々二人だけの時間は取れない。取れたとしても春蘭、桂花等の邪魔が入る。

そこで二人を長時間、一緒にしてあげる為に俺が数日掛けてスケジュール調整をした。その話を然り気無く大将に振ると『……仕方ないわね』と仕事の割り振りをしてくれた上に、自身の仕事も早く終わるように頑張っていた。当日に何が行われるか察したのか、妙にソワソワとしている大将が微笑ましい……と思ったら顔を赤くし絶を持った大将に追い掛け回された。口は災いの元と言うが態度で示しても駄目だな。

 

一方の一刀は少し気合いが入りすぎている感じが見受けられた。なんか新手のスタンド使いの目になってたし。

今までの一刀は受け身ばかりだったし自分から大将に告白するのに緊張と不安ってところか……

 

 

「ともあれ……頑張れよ一刀」

 

 

警邏してから華雄の模擬戦を見に行ってから軍師達の会議に顔を出すか。

俺は煙管に火を灯して、好きな女の子に告白する男子を思い浮かべる。

頑張れ、一刀。素直になれよ、大将。




『新手のスタンド使いの目』
ジョジョの奇妙な冒険でのお約束的なもの。明らかに一発で敵だと分かる目やオーラを放っている。


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第百七十二話

お待たせしました。
今回はかなり短め。


 

 

 

一刀と大将のデート(その後も含めて)を成功させる為には明らかに邪魔をするであろう桂花、春蘭、栄華を押さえねばならない。と言いつつも既に対処はしてある。

 

春蘭は華雄と模擬戦をさせて、桂花と栄華は斗詩や風、稟、詠などと軍師組の会議に出席させる。これで邪魔をしそうな連中を一気に片をつける。

さて、ここまで仕込みをしたは良いが俺は全体の監督として各所を見て回らなければならない。

はて、何故俺は若者の恋を応援しようと思っただけで、こんな苦労をしているのだろうか。

そんな思いを抱きながら俺は警邏を終えると大河と凪を連れて華雄VS春蘭・血風連VS親衛隊の模擬戦見学に向かった。さて、どんな戦いを……

 

 

「遂に決着をつける時だな華雄!」

「ふ……今の私に敵は無い!」

 

 

春蘭の剣と華雄の斧が、つばぜり合いと刃合わせを繰り返し金属音が鳴り響く。どちらも非常にノリノリで戦ってる。ぶっちゃけ二人とも模擬戦である事を忘れて本気で戦ってる気がする。

 

 

「曹操様親衛隊の誇りに掛けて、新参者に負ける訳にはいかん!」

「「我等名前を血風連!振るう刃は相手を選ばず!退かねば血潮の海となる!!」」

 

 

 

親衛隊の一人が叫ぶと同時に血風連も全員が台詞を合わせて叫ぶ。うん、仕込んだ俺が言うのも何だけどリアルに血風連を見ると少し感動する。しかしまあ……春蘭率いる親衛隊相手に互角に戦う血風連を見ていると副長の尊厳が無くなっていく気がする。正直、俺よりも血風連の方が強いよね多分。

 

ガチバトルをしている春蘭なら、ほっといても大丈夫かな。むしろ此処で口出しをすると却って気付かれる可能性が出てくるし……軍師組の方を見に行くか。

 

 

「食らえ!秋月直伝、斬艦刀疾風怒涛!」

「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 

 

後ろから華雄の叫びと春蘭の悲鳴が聞こえたけど振り返っちゃいけない気がする。前に華雄に斬艦刀の話をしたけど、まさかそれで習得したのか?まあ、華雄の場合、斬艦斧になるか……

 

 

「副長、前に華琳様から華雄さんの手綱を握る様に言われたらしいですが……」

「言うな、正直……止めきれる気がしねーわ」

 

 

チラチラと背後を確認する凪。うん、見たいよね……って言うか被害の程を確認したくないけどしなきゃならない。とりあえず皆で荒れた鍛錬場直してね、お願いだから。

正直、今の華雄の相手にならんだろうな俺は。さっきも春蘭と普通にタイマンしてたし……普通に強くなりすぎじゃね?

 

俺はそんな事を思いながら俺は大河を連れて、軍師組の会議場所へと向かった。

 

 




『斬艦刀・疾風怒涛』
斬艦刀のモーションの一つ。相手の真上から振り下ろして切り裂く、一般的な剣技を流用した斬撃。


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第百七十三話

難産でした。更新ペースも早く元に戻したいです。


 

 

 

先程の親衛隊VS血風連は引き分けってところかな……とりあえず大将にバレる前に鍛錬場の修繕を言っといたけど大丈夫だろうか……

 

 

「師匠……嫌な予感しかしないッスよ……」

「春蘭様と華雄さんじゃ破壊活動が進むだけなのでは……」

 

 

中々言うなキミ達……とは言うものの俺も同意見だが。まあ、華雄の方は大丈夫だろう。血風連も居るし……

 

 

「とりあえず華雄達は後だ。次は軍師達の様子を見に行かないとな」

 

 

そう……春蘭の動きを押さえたのは良いとしても桂花と栄華を押さえるのは厳しい。名目上として大将から会議を仰せつかったのだから今は会議室で会議をしている筈。議題は聞いちゃいないけど……とりあえず様子を見ようか、そっと扉を開いて……

 

 

「だから、私の方がアイツの事を大事にしてやれるのよ!」

「何処がよ!未だに素直に成りきれないくせに!」

 

 

会議室で桂花と詠が言い争ってた。うん……聞かなかった事にして静かに扉を閉めた俺は正しい。

 

 

「副長、ここはお話を聞くべきです」

「凪さんの言う通りッスよ」

「なんで、いつになく乗り気なんだよオメー等は!?」

 

 

そのまま退散しようと思ったのに凪と大河に止められた。

仕方ないので話を(盗み)聞く事に。

 

 

「この間、アイツって寝る時に私を抱き締めてたのよね」

「そうよね。膝枕をしてる時も寝ていても太股に手が来るし」

 

 

もうやめて!純一さんのライフは0よ!顔に手を添えると熱を感じる。確認しなくてもわかる。顔真っ赤だわ俺。凪と大河も顔を真っ赤にするくらいなら聞くのを止めなさい。

 

 

「まったく……予定外の所でダメージを受けたがこの様子なら軍師達も大丈夫だな」

 

 

少なくとも一刀と大将の邪魔にはなるまい。そう思った俺は立ち上がり、この場を後にしようとしたのだが……

 

 

「秋月!」

「うおっと!春蘭!?」

 

 

廊下の向こう側から猛ダッシュをしてきた春蘭に胸ぐらを捕まれ首を絞められた。

 

 

「貴様!華琳様と北郷は何処に居る!?」

「な、んで……知って……」

 

 

ギリギリと締め上げられるまま聞かれる。ふと春蘭が走ってきた廊下に視線が向くと、秋蘭と栄華が気まずそうにしていて、華雄がスマンとばかりに手を合わせていた。

なるほど、鍛練場の舗装をしていた春蘭だが、秋蘭か栄華か辺りから話を聞いたな。んで華雄は止めきれなかったって事か。

それはそーと……気が遠く……

 

 

「おい、聞いてるのか秋月!口から白い煙なんぞ出しとらんで話を聞け!」

「って、それは魂なのでは!?」

「止めんか馬鹿者!」

「姉者!秋月が死ぬぞ!」

 

 

流石にヤバイと判断したのか栄華が慌て、華雄と秋蘭が止めてくれた。この後、気絶した俺は医務室へと運ばれ一刀と大将が戻ってくるまで眠り続ける事となった。

俺が気絶した事で軍師達も事の次第に気付いたが、俺の看病を優先してくれたらしい。華雄は凪と大河を連れて親衛隊と血風連達と鍛練場の舗装を担当してくれた。

春蘭は『私は悪い事をしました』と書かれたプレートを首から下げて城門の前で正座していた。考案したのは桂花で、俺が気絶した原因である春蘭に無茶苦茶怒ったらしい。気持ちは嬉しい。

 

 

 

 

 

因みに大将からは「文字通り体を張って止めてくれたのね………ありがとう」と言われた。うん、洒落になっとらん。

まあ、一刀と大将が上手く結ばれたならそれで良いか。明日から二人とも弄ってみよう。

 

 

 

 



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第百七十四話

 

 

 

 

一刀と大将の逢い引きが終わってから数日。俺は一刀を部屋に呼んでいた。これからの話をする為である。

 

 

「一刀も大将と結ばれた事だし、国を挙げて盛大に祝わないとな」

「華琳に止められますよ」

 

 

俺が真面目な顔付きで話すと一刀は溜め息を吐いた。

 

 

「どした?大将と結ばれて嬉しかったんだろ?」

「ここ数日、その事で弄られ続けて……」

 

 

一刀の言葉に『ああ……なるほど』と思ってしまう。この間の一件は、将クラスの人間には周知の事実となってしまっている。

俺が体を張って春蘭を止めた事や帰ってきた一刀と大将が手を繋いで顔を赤くしていたなど、状況証拠待った無しなった。

ここで不思議なのは、同じく弄られる側である大将が何故か弄る側になってしまっている事である。と言うよりは皆の前で話して一刀の反応を楽しんでると言うか……大将なりの甘え方なのかね。

 

 

「ま、良かったじゃないか思いを遂げられて。弄られるのも一時的なもんだよ」

「ならいいんですけど……風には『風は日輪を支える存在になりたいのですが、お兄さんは日輪を落とした存在なのですねー』って言われました」

 

 

流石、風だ……弄り方も一癖ある。

 

 

「『種馬兄弟』に続いて『日輪を落とした存在』か新しい二つ名だな」

「名誉なんだか不名誉なんだか……」

 

 

二つ名って本来は誇るべきなんだが俺や一刀に付けられる二つ名って大抵、不名誉な感じが多いんだよな。

 

 

「『日輪を落とした存在』ってのは良い方だぞ。俺なんか最近は『夜の棒術師範代』って二つ名がな……」

「かなりストレートですね」

 

 

華雄と一晩過ごした数日後には二つ名が出ていた。確かに激しかったけどさぁ……

 

 

「この世界にゃプライバシーは無いのか……噂の広まりも超早いし」

「テレビとかネットがないから人の口から口へと噂の伝達が異常ですよ」

 

 

誰かと関係持ったら話題に上がるとか……誰か覗き見でもしてるんじゃなかろうか……。

 

 

「噂と言えば……劉備や孫策の動きが気になるな」

「もうすぐ……赤壁ですからね」

 

 

俺の雰囲気を察したのか一刀も頭を切り替えた様だ。

 

 

「今まで色んな事を……歴史を添って来ましたけど、やっぱり避けられませんよね」

「三国志における最大のターニングポイントだからな」

 

 

一刀の言葉に俺も溜め息を出しそうになる。そりゃそうだよな……この戦いが切っ掛けで魏は敗北の一途を辿る事になるんだから。

 

 

「今までも俺達の知っている歴史から微妙に逸れていたけど今回は予想もつきません」

「今まで予想通りに事が進んだことも少ないがな」

 

 

三国志の武将が全員女の子だった事はさておき……月や詠、華雄、恋、ねねと言った本来なら反董卓連合の時に董卓達が死なずに魏に下った事。

本来なら蜀や魏に戦いを挑み、本来の歴史だと呂布の部下で『陥陣営』の名を持つ大河が俺の弟子となり魏に居る事。

袁紹軍の二枚看板でもあり、将軍でもある顔良。彼女もまた袁紹の下から魏へと来ている事。

そして定軍山で秋蘭……夏侯淵が討たれなかった事。

 

既に俺や一刀の知る歴史から結構外れてきてるよな。

 

 

「純一さん……これから、どうなるんでしょうか……」

「……どうにもならねーさ」

 

 

一刀の不安そうな発言に俺はそう言うしかなかった。

 

 

「月達を助けたのも大河を弟子にしたのも斗詩が魏に来たのも秋蘭を救えたのも……全部、皆が頑張ったからだ。歴史とか関係なくな。これから起きる事にしたって、そん時になってみなけりゃわからんよ」

「そう……ですよね」

 

 

思ってた答えと違ったのか一刀はまだ不安そうだ。

 

 

「じゃあ一刀。俺達の知っている赤壁では魏は敗北したから俺達は仕方なく負けるとするか?」

「……え?」

 

 

俺の言葉に一刀は顔を上げる。

 

 

「嫌がるだろうけど俺は桂花を連れて途中離脱するわ。死にたくないし。ああ……月達も留守番してる間に夜逃げの準備を進めてもらおう」

「あ、あの……純一さん?」

 

 

俺の発言に戸惑うばかりの一刀。

 

 

「だってそうだろう?魏が負けると決まってるんだ。一刀も大将を死なせたくないだろ……だから逃げる準備しとけよ。大敗が決まってんだから」

「そんな事は無いです!俺は皆を死なせたくない!あまり役に立たないかも知れないけど俺は俺の役割を果たします!華琳は俺が守る!」

 

 

一刀は俺の発言を聞いて流石に我慢できなくなったのか立ち上がり俺に噛み付いてきた。

 

 

「だったら……頑張らないとな。俺達がな」

「え……あ……」

 

 

俺がクシャリと一刀の頭を撫でてやると、漸く俺の意図を察したのか冷静になったようだ。俺が本気でこんな事を言う訳ないだろ。

 

 

「す、すいませんでした」

「ったく……普段からそんくらい言えれば大将にも弄られないだろうに」

 

 

謝る一刀を尻目に俺は煙管に火を灯した。

 

 

「フゥー……確かに俺達の知る歴史とは違ってるけどよ。既に俺達も当事者みたいなもんなんだ。だったら今を全力で生きなきゃな」

 

 

紫煙を吐くと俺は煙管を一刀に向ける。

 

 

「特に惚れた女の為に……ってな」

「はいっ!」

 

 

俺の言葉に先程と違って目に力がある。もう大丈夫そうだな。と言いつつも俺も自分の発言を反復していた。

 

 

惚れた女の為に。

 

 

赤壁……負けるわけにはいかない。俺は拳を握りしめ近々行われる呉への遠征に決意を新たにした。



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第百七十五話

 

呉へと遠征が決まり、行軍を開始した。目指すは呉の建業。

 

 

「ま、すんなりとは行けないよな」

「アンタ……よく、そんな態度とってられるわね」

 

 

俺が馬車の荷台でゴロゴロと寝ていたら桂花に睨まれた。

 

 

「純一さん運搬用の荷台に医療セット。更に開発した武器一覧。本当に全部、純一さんの為に揃えられましたね」

「設備が整うのは良いこった」

「寧ろ、その状況を嘆きなさいよ」

 

 

苦笑いの一刀に待遇自慢をしたら桂花の鋭いツッコミが入る。

 

 

「自爆から治療までが一括りですからね……」

「それほど凄まじい経験をしてるって事さ」

「どっちかちゅーたら、副長は予想不可能なだけやで」

 

 

斗詩の発言に格好つけたら真桜の呆れた様な一言が。失礼な。

そもそも漫画やアニメみたいに速攻で技を修得なんか無理っぽいんだよな。皆、俺が不甲斐ないからみたいな評価だけど難しいんだよ。見るのとやるのじゃこんなにも差が出るとは思わなかったけど。

 

 

「今回もなんか新技とか武器とか考えてるんですか?」

「孫策とかが相手だからな。決死の覚悟でファイナルエクスプロージョンを放つ」

「確実に自爆一択ですよね、それ」

 

 

技を即座に察するとはやるな一刀。

 

 

「アンタね……」

「や、自爆は流石に冗談だから」

「副長の場合は洒落になってへんわ」

 

 

桂花にジト目で睨まれ真桜には笑われた。ま、今回は無茶は出来ねーから。

 

 

「ま……今回はなんちゃってシルバースキンは殆ど使えないから遠巻きにかめはめ波を撃つのが主流になるな」

「え、なんでシルバースキンが使えないんですか?」

 

 

おいおい、一刀。俺に死ねと言うのか?

 

 

「船の上でなんちゃってシルバースキンを使って、万が一にも船から落ちてみろ。泳げずに沈んでいくぞ」

「あー……そうでした」

 

 

俺のなんちゃってシルバースキンは本来の物と違って重量が半端ない。そんな物を着ている状態で海や河に落ちるとか自殺行為にしかならん。

 

 

「こんな時に舞空術が使えたらと本気で思うよ」

「報告で聞きましたけど純一さんなら桃白々式の移動方法で空が飛べるんじゃ……」

 

 

いや、あの時の丸太で空を飛んだのは熊のアシストがあったからで一人じゃできねーよ……まさかとは思うが、あの熊現れないよな?

 

 

「そう言えば華雄は?」

「さっきまで大河が宥めてたわよ。呉が相手で因縁深いから落ち着かないみたいね」

 

 

先程から姿が見えない華雄だが、相当に気合いが入ってるらしい。先代の孫堅に借りがあって孫策にも因縁がある。今回は華雄にも気を使わなきゃだな。




『ファイナルエクスプロージョン』
ベジータが使用した自爆技。
魔人ブウとの戦いで打つ手無しとなったベジータが己の命と引き換えに、気を大爆発させた技。ブウを完全消滅とまではいかなかったが粉々にする程の威力を見せた。
ドラゴンボール超では、破壊神の力を開放させたトッポに対して使用し、トッポを吹き飛ばすことに成功。ブウ編以降の修行の成果なのかベジータも死ぬ事はなかった。


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第百七十六話

 

 

 

 

呉の建業へと向かう道中で可笑しな噂が流れていた。なんでも呉の周瑜と黄蓋が大喧嘩をしたとかなんとか。降伏するかどうかで揉めた後、黄蓋は軍議をしたがその後に、周瑜から公衆の面前で懲罰を受けたという情報が入ってきた。これって確か赤壁の流れだよな。そして黄蓋はこの後、魏へと一時的に下り、赤壁で裏切る……筈。

 

なんて思いを抱きながら皖城まで来たのだが相手は孫尚香との事だ。そしていつも通り、舌戦となるので総大将同士が何かを話し合っているのだが……俺はこの段階で嫌な予感がしていた。なんとなくだが大将から嫌なオーラが出ている気がする。

 

 

 

「一刀と純一はいるっ!?」

「おう、どうしたんだ……?」

「なんだい大将……?」

 

 

そして戻ってきた大将は帰ってきたと同時に一刀と俺を呼びつけた。案の定とても怒ってらっしゃる。そして一刀のベンケイに不意打ちで蹴りを浴びせた後に視線は俺の方へ。あ、やば……

 

 

「た、大将……少し落ちつい……ほぶっ!?」 

「……ふんっ!」

 

 

俺が大将の行動に反応しきれずにボディに拳が突き刺さる。しかも下から突き上げる形のボディーブロー。

その後、大将は春蘭の胸を鷲掴みにしてからボソリと一言。

 

 

「やっぱり一刀も胸が大きい方が……」

「いや、無い物ねだりはしない方が懸命でしょうよ。今、ある武器で一刀を魅了しちゃ……なうっ!?」

 

 

ボディーブローで踞っていた所に黙ってろとばかりに大将に頭を踏まれた。視線を上げれば大将の顔は赤くなっていた。一人言が聞かれて恥ずかしかったと見える。

 

 

「総員、攻撃準備!江東の連中は戦って散る気十分なようだから、遠慮なく叩き潰してやりなさい!」

「「「オオーっ!!」」」

 

 

大将は俺を踏んだまま号令をかけて兵士達は、その号令に叫びで返した。いや、俺は放置ですか?

 

 

「ねぇ……やっぱり男は……」

「大きさ云々じゃなくて如何に相手をドキドキさせるかを考えた方が良いと思うぞ。少なくとも一刀は胸の大きさを拘るタイプじゃないだろうし」

 

 

大将がすがるような視線を送る中、俺は立ち上がり、体に付いた砂を払う。俺の発言を聞いた大将は「そう……」とそのまま行ってしまう。うん、頑張れ女の子。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

この後、皖城はアッサリと落ちた。妙に引き際が良かった事から罠かと疑われたがどうも違うらしく普通に空城だった。そして皖城を呉に居る間の前線基地に仕立てあげた頃、騒ぎが起きた。

 

 

「侵入者?」

「はいッス!何者かが城の門番を倒して突破して城内に侵入したって報告があったッス!」

 

 

仕事してたら大河が慌てた様子で報告に来た。魏の前線基地に殴り込みってチャレンジャーな……

 

 

「真っ先に相手をしに行きそうな春蘭とかは?」

「……さっき偵察に出たって聞いてるッス。今は霞さんが向かってるって言ってたッス」

 

 

間悪ぅ……とりあえず行ってみるか。俺は大河を引き連れて侵入者が来たと報告のあった場所へと急行する。そんで現場に到着したのだが

 

 

「ウチの螺旋はただの螺旋やない!天さえ貫く……鋼の螺旋や!でやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「やれやれ……」

 

 

現場では一刀、霞、秋蘭、真桜。そして侵入者と思わしき女性と小さな子が一人。

真桜は何やら怒った様子で螺旋槍で突っ込んで行く最中、対した女性は溜め息を吐いた。

 

 

「そう言う所が未熟だと言うに」

「きゃんっ!?」

 

 

女性は呆れた様子で真桜を螺旋槍ごと凪ぎ払うと真桜は尻餅をついて可愛らしい悲鳴を上げた。

 

 

「さて、次は貴公が来るか?それともそちらの優男か?それとも……そこの呑気な男と童か?」

 

 

女性は秋蘭と一刀の後にこっちに視線を移した。おっと、しっかりバレてら。しかし呑気とは失礼な。

 

 

「……あんた、何者だ?ここが魏の前線基地って知ってて来てるんだろ?」

「やれやれ、いきなり殴ってくるヒヨッコ二人に自分の名も名乗らん無礼者か。まったく曹孟徳の器が知れるぞ」

「なんだと……?」

 

 

一刀の質問に女性はこっちを更に挑発してきた。そして大将を馬鹿にされてキレた秋蘭が武器を構えた。

 

 

「はい、ちょっと待った。お姉さん、今日は来客の予定は無いがなんの御用件で?ここは看板抱えた道場じゃないから道場破りなら他を当たってくれや」

「この状況で軽口とは惚けた奴じゃの。ワシを道場破りの様な野蛮な者扱いか」

 

 

俺は秋蘭を制して前に出る。背後で一刀が秋蘭を必死に抑えてる最中、俺は目の前の女性から目を逸らさずに問答をする事にした。

 

 

「今のこの状況を野蛮ではないと?」

「ワシが和平の使者ならどうするつもりじゃ?お主等の行為が全てを台無しにするやもしれんな」

 

 

明らかな挑発だ。後ろじゃ秋蘭達が明らかに殺気立ってるし。

 

 

「とある国の諺にこんなのがある……『和平の使者なら槍は持たない』。武器をもって城に侵入して暴れてる人が和平の使者とか言われてもね」

「む……それを言われると耳が痛いのう。何処の国の諺か知らぬが中々に痛いところを突きよるわ」

 

 

まあ、知らなくて当然なんだが。

 

 

「加えて言うなら『名も名乗らぬ無礼者』ってのは貴女も同じだろう?少なくとも俺は此処に到着してから貴女の名を聞いちゃいないんだが?」

「ふむ……口だけは達者なようじゃな」

 

 

ほっとけ。この人、マトモに会話する気無いんじゃねーだろうな。

 

 

「最早、問答無用!」

「問答しろって!」

 

 

そろそろ後ろも限界か。一刀じゃキレた秋蘭を止めきれないだろうし。

 

 

「離せ、離せ北郷!ここで主の汚名を雪がねば、臣下の立場が……」

「すまん!俺は北郷一刀、曹操の……なんだっけ?」

 

 

秋蘭を抑えつつ話をしようとした一刀だけど……自分の立場で詰まった。まあ、俺と一刀の立場って結構微妙だし。

 

 

「……なんだそれは」

「いや、将って訳じゃないし、軍師でもないし……街の警備隊長?」

「ついでに自己紹介するなら俺は秋月純一。警備隊の副長だ。こっちは弟子の高順」

 

 

呆れた様子の女性に説明するも答えが出ない一刀。ついでだから俺も自己紹介した。

 

 

「どうして街の警備隊長がこんなところで夏侯淵を抑えているのだ?意味がわからんぞ」

「色々あって……なあ、秋蘭。俺や純一さんの立場って……」

「客将よ」

 

 

首を傾げる女性にどうにか答えを出そうとする一刀。そしてその答えは俺達の背後から聞こえてきた。

 

 

「華琳!」

「大将」

 

 

俺達の背後に大将が凪、華雄、流琉、沙和を引き連れて現れた。

 

 

「華琳様!お前等、どうして華琳様をこんな所へと連れてきた!?華雄、お前がいながら!」

「申し訳ありません。お止めしたのですが……」

「大将が行くと言うのだ。ならば我等が守れば良いだろう」

「私が自ら行くと言ったのよ。華雄の言い分も尤もよ……それよりもこのざまは何?」

「……もうしわけありません」

 

 

大将が辺りを見回しながら言う。うん、侵入者にやられてズタボロです。

 

 

「そちらは呉の宿将の黄蓋ね?私は魏の曹操。この者達の無礼、主として詫びさせてもらうわ」

「ほほぅ……主君はそれなりに話の分かる者ではないか。少々見直したぞ」

 

 

え、この人が黄蓋なのか……それは兎も角、これ以上挑発すんのは止めてほしいなー。また空気が冷えてきたし。

 

 

「皆が貴女の姿を知っていれば、このような無礼は働かなかったでしょうけどね。出来れば、初めに名のって欲しかったわ」

「おお、それはすまん。つい、いつもの癖でな……その件に関しては、こちらもお詫びしよう」

 

 

なるほどね。呉の人なら黄蓋を知ってるだろうから、いつものノリで来たと。

 

 

「そんで、その呉の宿老殿が何の用や?まさか、ウチ等に喧嘩売りに来ただけっちゅー事はないやろ?」

「うむ。ワシは売られた喧嘩を買ってやっただけじゃ。まあ、いくらかはお代を払う前に商品を押し付けられたようじゃが?」

 

 

霞の発言にまたも挑発行為の黄蓋さん。もう止めてくれって。流石に俺でも皆を押さえられなくなるから。

 

 

「看板が欲しいなら今から作りますけど?」

「あ、材料持ってくるッス!」

「お主等は……愉快な奴等じゃの。ワシが挑発しても風の様に吹き抜けてしまう」

 

 

俺が発言し、大河が元気よく手を上げる。そんな光景に黄蓋さんは意表を突かれた様な顔をしてから笑った。

 

 

「曹操殿、少々話をさせてもらいたい。良ければ席を設けてはくれんかの?」

「いいでしょう。流琉、沙和、席の用意を」

 

 

黄蓋の提案に大将が乗った。そして流琉と沙和が準備に向かうと秋蘭を始めとする霞や真桜も同席を求めた。

大将がそれでも構わないかと黄蓋に聞くと……

 

 

「無論だ。それこそワシが曹操を弑するやもしれんしな」

「……っ!」

「なんやて!」

 

 

黄蓋さんのその発言に皆が殺気立つ。ああ、もう……

 

 

「やめろ。コイツを相手に殺気立っても無駄だ。それこそ付け入る隙を増やすだけだぞ」

「せやかて華雄の姐さん!」

 

 

そして以外な事に俺が皆を宥める前に華雄が皆を止めた。その光景に黄蓋さんも目を丸くしてる。

 

 

「ほう……誰かと思えば猪の筆頭の華雄ではないか」

「昔の私だと思うなよ?貴様も目的があって此処に来たのなら無闇に挑発するのは止めるんだな」

 

 

華雄を挑発する黄蓋さんだが、華雄はサラッとそれを流す。それどころか忠告したよ。

 

 

「の、のう……奴は本当に華雄か?ワシの知ってる華雄とは大違いなんじゃが」

「間違いなく華雄ですよ。後、そろそろ挑発するのは止めてください。ちょっとした冗談でも爆発しそうなんで」

 

 

黄蓋さんは華雄の豹変ぶりに思わず俺に聞いてくる。うん、昔の華雄を知ってる人ならそう言うリアクションになるよね。そう思いつつも俺は黄蓋さんにこれ以上の挑発行為は止めてもらうように頼んだ。

 

 

「おお、すまんの。何、嘴の黄色い雛を見ると……ついな」

「だから……」

 

 

俺は黄蓋さんに反省の色が明らかに無い事を感じつつも話し合いの席となる場所へと移動する。

そういや、黄蓋さんと一緒に居た魔女の帽子みたいなの被ってた子は誰だったんだろう?




『和平の使者なら槍を持たない』
魔法少女リリカルなのはAsでヴィータがなのはに放った一言。因みに正しくは諺ではなく小話のオチとの事


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第百七十七話

 

 

 

黄蓋さんが話をしたいと言うので急遽、仮設された玉座の間に集まった俺達。主だった将は皆来ていた。

そして黄蓋さんから語られた言葉に皆が驚愕する。なんと黄蓋さんは魏に降りたいと言ってきたのだ。黄蓋さんはかつての盟友、つまり孫堅と共に過ごした呉はもう無い。ならばせめて自身の手で引導を渡したいのだと言う。

 

 

「周瑜との間に諍いがあったと聞いたが……原因はそれか?」

「やれやれ……もう伝わっておるのか。その噂はどこから聞いた?」

 

 

黄蓋さんと周瑜との間にトラブルがあったのは道中でよく耳にしてた。そしてこの流れは間違いなく赤壁の流れだ。俺は口を挟まずに話を聞く。

 

 

「どこでも良かろう。それが事実かどうかだけ聞いているのだ」

「……事実だ。その証拠に、ほれ」

 

 

秋蘭の言葉に黄蓋さんは自身の服に手を掛けた。そして黄蓋さんの胸がブルンと揺れ、空気に晒されて……

 

 

「見るなっ!」

「目がっ!?」

 

 

それと同時に右隣に居た桂花が迷わず目潰し!

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁっ!目が、目がぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふんっ!」

 

 

のたうち回る俺に桂花は鼻を鳴らす。ちっと厳しすぎませんかね!?

 

 

「ここの軍師殿は怖いのう。胸を見たくらいでそこまで嫉妬する物ではないぞ」

「すいません、俺の身の安全の為にも胸元を隠してください。お願いします」

 

 

流石に驚いた様子の黄蓋さん。いや、今俺は目が見えないから声で判断してるんだけどさ。ほぼ懇願に近い俺の言葉を聞いてくれたのか黄蓋さんは服を戻してくれた模様。

因みに服の下には周瑜に打たれたという傷の跡があったそうだ。

 

そして、その後の黄蓋さんの話では後を継いだ孫策や周瑜は孫堅の意志を継ぐ事はなく、好き勝手をし始めた。そして自身にもこの仕打ち。袁術の頃は戦に負けたとあっても、その雪辱を晴らす日を夢見ていたが、いざ雪辱を果たしたら今度は孫策達が呉を好き勝手にし始めたので、もう付き合いきれないとの事だ。

 

 

「ワシはそんな事の為に孫呉を再興させたのではない!」

 

 

黄蓋さんの叫びが玉座の間に響き渡った。その意思を察したかの様に大将が口を開いた。

 

 

「ならば、黄蓋。我が軍に降る条件は?」

「孫呉を討つ事。そして……全てが終わった後にワシを討ち果たす事」

 

 

大将から条件を求められた際に黄蓋さんが出した条件は、その場の皆を驚かせるものだった。黄蓋さん曰く、孫呉が滅びた後にこの世に未練はなく、あの世で孫堅に詫びを言いに行きたいそうだ。

大将から江東を治めないかと問われても、黄蓋さんは首を縦には振らなかった。

しかも黄蓋さんは大将からの真名の預かりを拒んだ。あくまで協力体制なだけであり、不必要な馴れ合いは不要だと言い放ったのだ。その事に春蘭や秋蘭は怒ったが大将はそれでも構わないと言った。

周囲がざわつく中、大将は黄蓋の行動が計略ならばそれを見届ける。そしてそれ込みで使いこなすと宣言。

その発言に黄蓋さんは大将に王者の器を見たと自身の敗北宣言。取り敢えず真名授け(仮)となった。本当に真名を授けるのは呉を討った後と結論付けられた。

 

 

「そういや気になってたんだが……黄蓋さんと一緒に居る子はどなたで?」

「ワシはこっちじゃ。お主まだ目が見えとらんのか……」

「あわ……」

 

 

俺は黄蓋さんの方に話し掛けたと思ったが、微妙にズレていたらしい。

 

 

「ふむ、紹介が遅れたの。こやつは鳳雛と言ってな。呉でワシが面倒を見ておった……言わば娘か弟子のようなものだ」

「あ、あわ……」

 

 

黄蓋さんに紹介された鳳雛は小さな悲鳴と共にサッと黄蓋さんの影に隠れた。恥ずかしがり屋なのだろう。と思っていたら鳳雛は俺の所にトテテと小走りで来た。

 

 

「あ、あの……大丈夫ですか。目が見えなく……なって……」

 

 

鳳雛はビクビクしながら俺の身を気遣う。確かに俺の視界はまだボヤけてる。でも……

 

 

「良い子だなぁ……」

「あ、あわ……」

 

 

俺は鳳雛の頭を軽く撫でた。恥ずかしそうにしているのは感じるが本当に良い子だ。

 

 

「ハハハッ、副長殿に気に入られたな鳳雛」

「あう……」

 

 

笑い飛ばす黄蓋さんに帽子を目深く被る鳳雛。

 

 

「さて……紹介が済んだのなら軍議を始めるわよ」

「は、はい……」

「りょーかいです、ほら、鳳雛も戻りな」

 

 

大将の号令に返事をした後、俺はポンと鳳雛の背を叩いて黄蓋さんの所に戻るように促す。すると鳳雛はペコリと頭を下げてから黄蓋さんの下へ。本っ当に良い子だよ。さっきまで目潰しで目が見えなかったけど今度は涙で前が見えなさそうだ。

 

 

「…………」

「……大河?」

 

 

ふと俺の左隣に居た大河がボーっと鳳雛を見詰めていた。心なしか顔も赤く見える。

 

 

「か、可愛いッス……」

「ほほぅ……」

 

 

大河の視線の先には鳳雛。そしてポーッと赤く顔を染めてる……コイツ、鳳雛に一目惚れしたな。

 

 

その後、軍議で孫策達は劉備と結託している事が判明。将の数が増えた上に孔明と周瑜の二大軍師。

少々こちらに不利になるかと思われたがいつも通りに戦い勝利する。むしろ慌てて態々敵の罠に嵌まる事は愚の骨頂と大将は言った。

 

 

「……なあ、そう言えば蜀と呉の同盟軍ってどこに移動してるんだ?」

「そういや、聞いてへんかったな。どこや?」

「長江の……ここですね」

 

 

一刀の言葉に霞もうっかりしてたと頭を掻いていた。そして稟が指で地図の一点を示した。

そこは長江の中流で大きな湖から延びる長江と漢水の合流地点辺り。なるほどビンゴって訳だ。

 

 

「……赤壁か」

 

 

霞の言葉が妙に響いた気がした。俺や一刀にとって最大級の歴史のターニングポイントが遂に来たのだ。

 

 

 

 



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第百七十八話

軍議が終わった後には赤壁へ向けて行軍を開始した俺達。その道中は船を使っていたのだが……

 

 

「うぅ……」

「き、気持ち悪い……」

 

 

慣れない船に揺られて船酔いをしている兵士達が沢山居た。海辺や川辺に住む者じゃなきゃ船になんか乗る機会もないだろうからなぁ。

 

 

「皆さん、フラフラッスね」

「大河は大丈夫なのか?」

 

 

船酔いをしている兵士の看病を終えた大河が俺の所へ来る。意外にも大河は船酔いをしていなかった。

 

 

「少し揺れてるけど自分は平気ッス」

「そっか。しかし……このままじゃ、ちっとマズいよな」

 

 

ここまで軍全体が船に弱いとは思わなかった。隣の船じゃ一刀が凪達と話をしてるけど、一刀を除いて全員の顔色が悪かった。

 

 

「っと……あれは」

 

 

そんな時、俺の視界に入ったのは鳳雛を連れた黄蓋さんだった。黄蓋さんは周囲の船を見渡して呆れた顔をしている。

歴史通りに行けば黄蓋さんは赤壁の戦いで……痛っ。

なんか頭痛くなってきた。俺も船酔いか?

 

 

「師匠、どうしたんスか?」

「ん、いや……俺も船酔いしてきたみたいでな……あ、そうだ」

 

 

大河が心配そうに俺を見上げていた。それはそうと俺も船酔いしてきたみたいなので、昔聞いた船酔い対策をしてみるか。効果があるかは分からんが……

 

 

 

◆◇side黄蓋◆◇

 

 

 

 

ワシは赤壁で呉を勝利へと導く為に全てを欺き魏へと降った。その信憑性を持たせる為に冥琳と偽りの仲違いを演じて見せた。冥琳もワシの考えを察したのか、打ち合わせなしにワシの動きに同調して見せた。

そして周囲に険悪な雰囲気を見せ付けた後に、ワシは呉を脱走し曹操の下へと降った。道中で鳳雛を名乗る娘を拾ったが、この娘は恐らく蜀の手勢だろう。呉の者にしては纏う空気が違いすぎる。だが誰でも構わん。ワシは呉を守る為にはなんだってする。利用出来るものは、なんでも使わせてもらおう。

 

そして首尾よく魏へと降ったワシは、決戦の場になるであろう赤壁へと向かっていた。だが……

 

 

「あうう……頭が回る」

「う、うぷ……視界が揺れてやがる……」

 

 

兵士の大半が船酔いをしておった。いっそこのままなら勝てる気もしたが、万全を期すためにも赤壁へと行かねばならん。

 

 

「お邪魔しますよっと」

「し、失礼します!」

「む、警備隊の副長……だったか?」

 

 

何やら荷物を抱えた男と童がワシと鳳雛に寄ってくる。こやつは確か……皖城でワシと問答をした呑気な男か。天の御使いの片割れ。なんだ探りを入れに来たのか?ワシは表面上は冷静を装いながら警戒をする。

 

 

「ええ、改めて秋月純一。魏の警備隊副長です。コイツは弟子の高順」

「よ、よろしくッス!」

 

 

自己紹介をしながら頭を下げる秋月と高順。

 

 

「鳳雛さんだったよね。俺は黄蓋さんと話があるから大河……高順にこの辺りの事を教えてやってくれないか?コイツは呉が初めてらしいんでな」

「あ、あわ……」

 

 

にこやかに笑みを浮かべながら鳳雛に話し掛ける秋月。鳳雛はチラリとワシを見た。何が目的かは知らぬが、変に断っては疑われるかもしれんな。

 

 

「構わんよ。鳳雛、種馬兄殿の弟子に呉の事を教えてやれ」

「は、はい……」

「え、呉にまで種馬兄弟の噂って広まってるの?」

 

 

ワシの言葉を聞いた鳳雛は、高順と共に船の端へと移動して話をする様だ。秋月は聞いた噂話をしたら随分と沈んでいた。さて、それはさておき何用かな天の御使い殿?

 

 

「いや、何……少し船酔いしてしまったみたいなんで……」

「ほう……それでワシに何を求めるんじゃ?」

 

 

ワシの問いに秋月は持っていた荷物から何かを取り出した。それは……

 

 

「……酒か?」

「ええ、少し付き合ってもらえたらと思いまして」

 

 

秋月が取り出したのは徳利だった。そこには魏で作られた酒が入っていたのか、初めて嗅いだ酒の匂いがする。まさか、酒のお誘いとはな……

 

 

「良いのか、ワシは最終的には魏と戦うつもりじゃぞ?」

 

 

そう。ワシは皖城で軍議をした際に呉を討った暁には魏に戦いを挑むと宣言した。そんな相手に酒盛りを誘うとは、読めんなコヤツの考えが。

 

 

「だったら尚更でしょう。それに少し船酔いしてまして……酒で船酔いを誤魔化そうと思いましてね」

「酒で船酔いを誤魔化す?天の国にはそんな風習があるのか?」

 

 

魏と戦うなら今の内に酒を飲んでおけと言う秋月は、ワシに杯を渡しながら船酔いしていると告げる。そして船酔いを酒で誤魔化そうとは面白い考えをするものだ。

 

 

「まあ、確証あるもんじゃないんですが、この際試してみようかと」

「ふ……男からの酒の誘いを断るほどワシは女を捨てたつもりはないぞ」

 

 

注がれる酒を眺めながらワシは笑みを浮かべた。一瞬、毒でも盛ったかと疑おうとしたが、コヤツはそれはしないだろう。何故か、そう思えた。

 

 

「ほう……美味いな。魏の酒か?」

「ええ、天の国の酒を魏の職人に話したら完璧ではないんですが再現してくれました」

 

 

口当たりの良い酒に傾ける杯が早くなる。なんとも不思議な奴だ。まるで敵意を感じん。

 

 

「それで、ワシを酒盛りに誘ったのは船酔いだけではあるまい?」

「バレてましたか……ま、理由はアレですよ」

 

 

ワシの疑問に秋月はスッと指をある方向に向けた。その先には鳳雛が高順に呉の事や船の事を教えている様だった。

高順は鳳雛の話をよく聞きながら顔を赤らめている……ほほぅ、これはこれは……

 

 

「なるほど、初な恋じゃのう。師として思う所があったか?」

「いやいや、すこーしばかり背を押しただけですよ」

 

 

明らかに鳳雛に惚れた様子の高順に思わず笑みを溢す。秋月も悪戯小僧の様な笑みを浮かべていた。

思えば策殿や冥琳には浮いた話が無かったの……あの馬鹿娘達が。

幼い頃の策殿や冥琳。そして今、鳳雛と高順は今の酒の肴には、ぴったりだった。そんな思いと共に飲んだ酒は妙に美味かった。

 



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第百七十九話

 

 

黄蓋さんと酒を飲みながら雑談に興じていたのだが、呉の武将も面白い人が多いようだ。

 

 

「まさか孫策が前に俺が作った塩焼きそばを作ろうとしてたとは……」

「策殿が面白い男に会ったと言っておったが、塩をあんなに大量に無駄にするのは感心せんし、冥琳にも叱られておったわ」

 

 

ケラケラと孫策と周瑜の事を楽しそうに話す、黄蓋さんは本当にこれから俺達を裏切るのか怪しいとさえ思えてしまう。

 

 

「つーか、料理が出来ないのに作ろうとか無謀ですな」

「うむ、好奇心旺盛なのは良い事なのだがのぅ」

 

 

普段料理をしないのに思い付きで料理をしようとか、失敗する人の典型だ。

 

 

「そもそも孫家の者は……」

 

 

色々と溜まっていたのか愚痴が多い黄蓋さん。その姿は自分の子や親戚の子に手が掛かると話す親類にさえ見える。

でも、その瞳には優しさがある……やはり黄蓋さんは呉の事が大切なんだな。じゃなきゃこんな風に楽しそうに話せないよな。

黄蓋さんの話を聞きながら俺がそんな事を思っていた時だった。

 

 

「あんた……何してんのよ」

「っと……桂花?」

 

 

船酔いで気持ち悪いと寝ていた桂花がフラフラと俺達の所まで歩いてきた。その顔は青く、まだ不調だと訴えているかの様だった。

 

 

「おいおい、無理すんな。まだ寝てろって」

「何よ……私は邪魔って言いたいの?」

 

 

俺の隣に座った桂花は明らかに体調が悪そうで、無理に起きていては更に具合が悪くなりそうだと思ったのだが、ギロリと睨まれた。

その様子に目の前の黄蓋さんは目を丸くして、離れた所で話をしていた凰雛と大河も会話が止まってこっちを見てる。

 

 

「それになんで、お酒飲んでるのよ」

「天の国で船酔いには酒を飲むって話があるから試してたんだよ。ほら、辛いなら横になってた方が……」

 

 

横になってた方が良いと言おうとしたのだが、桂花は予想外の行動に出た。

桂花は胡座をかいて座っていた俺の足に膝枕をする形でコロンと寝始めた。

 

 

「あ、あの……桂花さん?」

「んー……」

 

 

突然の事態に驚く俺に、桂花は甘える様にスリスリと身を寄せてくる。

 

 

「やっぱ……落ち着く」

「……そっか」

 

 

心底安心した様な声を出す桂花に俺は少し納得した。船酔いで寝ていた桂花は体調不良も相まって、俺が居ない事に不安を覚えていた。そして眠りから覚めてみれば俺は黄蓋さんと酒盛りをして少しばかり妬いていたのだろう。

 

 

「……ゴロゴロ」

「ふふっ……くすぐったいわよ馬鹿」

 

 

猫をあやすみたいに顎の辺りを擽ると、もどかしそうに笑みを浮かべる桂花。俺も少し楽しく……と言うか。少し調子に乗りすぎたな。

目の前では黄蓋さんが超ニヤニヤして酒を飲んでる。少し離れた位置では凰雛と大河が顔を真っ赤にしながら手で目を塞いでる。だが凰雛は指の隙間から、しっかり見てやがる。こやつ出来るっ!

 

この後、赤壁に到着するまでこの状態が続き周囲から冷やかしの視線を存分に浴びる事となった。

ついでを言うと、その事に気づいて顔を真っ赤にした桂花のアッパーが俺の顎を捉えたのは、赤壁に到着してからだった。



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第百八十話

赤壁へ到着してから俺は黄蓋さんと凰雛と別れて華雄と話をしていた。

 

 

「なんだ……桂花が甘えていたと思っていたが顎に一撃貰ったのか?」

「まーだ人前は恥ずかしいみたいでな」

 

 

華雄の言葉に俺は桂花からのアッパーを食らった顎を擦りながら答える。船酔いしてた割にはえらく腰の入ったアッパーだった気もしたが。

 

 

「それはそうと秋月。お前は今回どうするのだ?あの『しるばーすきん』とやらは使えぬのだろう?」

「ああ……だから今回は裏方や後方支援かな。かめはめ波で援護射撃とか考えてる」

 

 

華雄の言葉に俺は苦笑い。一刀とも話したけど、なんちゃってシルバースキンを着たまま水上の戦いとか自殺行為すぎる。

他にも色々と考えたけど今の俺に出来るのは援護射撃くらいだ。舞空術で空でも飛べれば別だけど。

因みに、過去に足でかめはめ波を放って空を飛ぼうとしたら、出力が足りず地面に顔面ダイブしてしまった。やっぱ手から出すのと足から出すのじゃ勝手が違って、不安定になって却って危ないとの判断を下さざるを得ない。

 

 

「ふっ……ならば私がお前を守らなければな」

「心強いよ」

 

 

そう言って微笑む華雄。あらヤダ、イケメンだわ。と言うか……今の台詞は立場が逆じゃね普通?

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

華雄との会話を終え、なんやかんやと仕事をしていた俺。未だに船酔いの影響が強く、動ける者が動けない者の代わりに仕事をするしかない状態である。

 

 

「秋月」

「ん、秋蘭?どうしたんだ?」

 

 

夜になっておおよその仕事を終えた俺に秋蘭が駆け寄ってきた。何事?

 

 

「すぐに来てくれ、華琳様と北郷が呼んでいる。黄蓋や凰雛には気取られぬ様にな」

「ん、わかった」

 

 

真面目な様子で俺の耳元で告げる秋蘭に緊急事態だと察した俺は静かに頷いた。

 

 

「大河、華雄。俺はちょっと離れるから作業の続きを頼む」

「はいッス!」

「うむ、心得た」

 

 

俺はやっていた作業を大河と華雄に頼むと秋蘭と共に大将の天幕へと向かった。途中で流琉に連れられた桂花、稟、風と合流して天幕の中へ。

そこでは大将が一刀を押し倒していた。密着度合いから、その最中だと察するには十分すぎる。

 

 

「大将、一刀。時間を潰してくるから済ませておいてくれ。40分くらいで良いか?」

「なんですか、その具体的な時間は!」

 

 

大将に押し倒されたままの一刀がツッコミを入れた。分かってるっての。

 

 

「華琳様、流琉から召集を受け、北郷からの話との事で秋月、桂花、稟、風を呼びましたが時間を潰してからの方が良かったですか?」

「いいわ。一刀をからかうのも一段落したし、入りなさい」

 

 

やっぱり一刀をからかっていたか大将。少し悪戯心の出た俺は一刀に指示を出すことにした。

 

 

「一刀、右手を外側に払ってから腹の辺りに回してみ?」

「え、こうですか?」

「きゃっ!?」

 

 

俺の指示した疑いもなく実行する一刀。一刀の払った右手は一刀を押し倒していた大将の手を払う形になる。バランスを崩した大将は一刀の胸に飛び込む形となり、しかも一刀が腹に手を回した動作で大将を力強く抱き締める形となった。

大将は可愛い悲鳴と共に、一刀の胸に顔を埋めて足は一刀の足の間にスッポリと収まる形となった。しかも一刀が自身の腹に手を回そうとした事で、大将の腰を一刀が抱き上げている状態になる。

その状態になった大将はカァッと顔が赤くなり狼狽え始めた。うん、人をからかう人ほど、そういった事態に弱い。

 

 

「この……馬鹿っ!」

「へぶっ!?」

 

 

仕返しとばかりに大将の蹴りが俺の顔に叩き込まれた。大将は器用にも一刀に抱き締められながらトンと地を蹴って後ろ蹴りを放った。しかも的確に人中を狙ってきたし。

 

 

「ああ、華琳様……一刀殿に力強く抱き締められ……なんと可愛らしいお姿に……プーッ!」

「はーい、稟ちゃん。トントンしましょうねー」

「兄様、華琳様……大胆です……」

「可愛らしい華琳様が見られたのだ感謝するぞ秋月」

 

 

外野では稟、風、流琉、秋蘭が騒いでる。こっちは鼻の下が痛くて、それどころじゃないわ。

 

 

「まったく……馬鹿なんだから」

「ん、ありがと……いたた……」

 

 

桂花は然り気無く手拭いを渡してくれた。大将は俺が痛がってるのを見て満足したのか、一刀の抱擁から抜け出そうとモゾモゾとしていた。いや、寧ろその行動は一刀に生殺しを与えてると思う。

 

 

「さて……脱線したけど話をしましょうか。一刀、先程の話を、もう一度皆に」

「あ、うん……」

 

 

大将が離れると一刀は名残惜しそうにしていた。うん、気持ちはよくわかる。しかし、ここで口を挟むと追加で蹴りが来そうなので黙ってよ。

この後、一刀からの話で黄蓋さんと凰雛はやはり裏切る気なのだと判明。船を鎖で固定した後に火を放って戦力差を埋めるつもりらしい。昼間、漁をしていた船が鎖で繋がれていたのも今回の事に対する信憑性を高める仕込みなのだという。

しかも、こっちは船での戦いに慣れてない上に火計までされたら負ける決定打となってしまう。その話を聞きながらやはり、史実通りに進んでるなと思っていた。そして史実通りなら黄蓋さんは……

 

 

「痛っ……」

「ちょっと!どうしたの!?」

 

 

俺はあまりの頭痛に頭を押さえてしまい、桂花がそれを心配してくれた。話の腰を折っちまったな。

 

 

「いや……大丈夫。まだ船酔いが残ってたみたいだ」

「二日酔いの間違いじゃないわよね?」

 

 

俺の言葉に、まったくもう……と飽きれ顔の桂花。見れば一刀も同じように船酔いが残っていたのか大層苦しんでいた。

俺や一刀の頭痛は兎も角、会議は進み方針として、黄蓋さんの提案を受け入れて罠にかかった振りをして、それを利用する方向で話は決まった。取り敢えず真桜には今夜は徹夜してもらうのが確定したな。

 

天幕を出ると、俺は桂花と共に黄蓋さんと凰雛が鎖の調達に向かったとの話を部下から聞いて、その作業が行われる場所へと向かった。

 




『足でかめはめ波』
第23回天下一武道会で悟空がピッコロ/マジュニアに対して使用。ロケット噴射のように、かめはめ波を足から放ち、相手に向かって突撃する。両手が自由になる利点がある。


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第百八十一話

大将の天幕から出た後、黄蓋さんと凰雛が手配したという鎖を受け取り、真桜率いる工兵隊に作業を任せた。勿論、普通に鎖で船を繋ぐのではなく簡単な仕掛けで鎖を外せる様にギミックを仕込む予定だ。

 

 

「副長、いくらなんでも手が足りひんでぇ……」

「気持ちは分かるが頼む」

 

 

俺は本格的な作業が出来ないので少し手伝いと監督役として残った。桂花は他の仕事があるので離れてしまったが仕方ない。

 

 

「大体、ウチかて船酔いがキツいんやで……」

「他の人達も船酔いが残ってるのもいるんだ皆、条件は同じだっての」

 

 

恨み節が続く真桜。俺は現状で手伝える作業が少なくなったので煙管を取り出して火を灯した。真桜は話を続けながらも手は止まってない。見事な仕事人だ。

 

 

「副長は桂花とイチャついてたみたいやし」

「……見てたのかよ」

 

 

真桜の何処か拗ねた様な口振りに、顔を覗き込めば頬を膨らませていた。

 

 

「どうせ副長は桂花ばっかり構うんやもん」

「あー……もう……」

 

 

分かりやすいくらいに拗ねている真桜。俺が紫煙をフゥーっと吐くと真桜は顔を背けた。

 

 

「……つーん」

「膨れるなっての」

 

 

そっぽを向く真桜の頬を指で突く。それでも、そっぽを向いたままの真桜。ほほぅ、無視をする気か?

 

 

「頬が駄目なら胸にするかな?」

「あ、あかんで副長!そういうのは二人っきりの時に……あ」

 

 

俺の言葉に真桜は胸を手で隠しながら俺から距離を取る。そして直ぐ様、顔が赤くなった。

 

 

「か、からかったんやな……」

「からかいで終わらせたくなかったら作業を続けてくれ。今は時間がないから仕方ないけど戦が終わったら埋め合わせすっからよ」

 

 

顔を赤くしたまま睨んでくる真桜の頭を撫でる。流石に今はイチャつく時間がないから勘弁してくれ。

 

 

「副長……後で覚えときや」

 

 

真桜はフンと鼻を鳴らすと作業に戻っていった。やれやれ、却って怒らせたか?

 

 

「副長、李典隊長の作業効率が上がった様ですが……目の前でやり取りを見なければならない我々の身にもなってください」

「うん、素直に悪かったとは思ってるよ。皆にも特別報奨考えとくから頑張ってくれ」

 

 

ああ、不機嫌になったんじゃなくてテンションが上がってたのか。それを気付かれない為に作業に没頭したな?俺に声をかけたのは工兵隊の古参の一人。そりゃ上司がイチャつく姿を見せつけられた部下は堪らんわな。

俺は謝罪をすると共にもう一度、煙管に火を灯し作業をする彼等を眺めていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

朝になり、船に繋がれている鎖を眺めている一刀と凪と沙和。彼奴等はしっかりと寝て、すっかりと元気になっている。

あの後、徹夜で作業をしていた俺達は満身創痍となっていた。俺も真桜も工兵隊達、誰もがボロボロだ。そんな彼等に俺が掛けてやる言葉はこれしかあるまい。

 

 

「よくぞ生き残ってきた我が精鋭たちよ!」

「ネタが古いですよ純一さん。でもジブラルタル海峡は熱かった」

 

 

俺の台詞に背後から一刀のツッコミが入った。このネタが分かるとは一刀、恐るべし。絶対に通用しないと思ったのに。因みに俺は人食い穴の方が好きだ。

 

 

「よく知ってたな一刀」

「前にス◯パーで再放送してたので」

 

 

俺と同じだな。風雲たけし城は時代が変わっても面白い。俺も一刀と同じくス◯パーの再放送を見た時、超ハマったから。

 

 

「純一さん、真桜は?」

「疲れて寝てるよ。工兵隊の指揮やら作業で一番疲れてたのは真桜だからな。もう少し寝かせてやれ」

 

 

真桜が居ない事を不思議に思った一刀が俺に尋ねてくる。流石が終わると真桜は真っ先に寝てしまった。俺が天幕まで、お姫様抱っこで運んでったんだが何気に周囲の視線がキツかったが。

 

 

「でも、これで解決したんですね」

「ああ……後は今夜だな」

 

 

俺と一刀は流れる赤壁の川を眺めながら呟いた。これから起きる出来事を俺達は心の中で噛み締めていた。

 





『風雲!たけし城』
数々の難関を挑戦する素人参加型の人気番組。

『よくぞ生き残った我が精鋭達よ!』
「風雲たけし城」に登場する谷隊長の決めゼリフ。
人食い穴を突破し、たけし城へ続くトンネルを抜けてきた勇士たちを称えて送られる。

『ジブラルタル海峡』
『風雲たけし城』の難関の一つ。下に落ちないようにバランスをとり、吊り橋を横断する。人喰い穴手前の難関としてお馴染み。

『人食い穴』
『風雲たけし城』の難関の一つ。たけし城へ到達する最後の難関。5つの穴のどれかを選んで入る。敵が潜む罠の穴に入ると失格。外見では判別できないため運を要する。


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第百八十二話

 

 

「純一さん」

「ん、どうした一刀」

 

 

仮眠を取ってから船の上で煙管から煙を風に流していたら一刀に声を掛けられた。

 

 

「ちょっと、お話が」

「ん、わかった」

 

 

一刀の真面目な顔付きに俺は重要な話だろうと思い、茶化さずに話を聞くことにした。そして、その内容は俺の予想の範疇を越えるものだった。

 

 

「あ、知らない奴等が居る?」

「はい。魏の兵士の中に見覚えのない兵士が混ざってるって凪達が……」

 

 

俺はフゥーと紫煙を吐きながら、働いている兵士達を眺めた。

 

 

「……まったく分からん」

「俺も同じですけど凪や沙和が言うには、黄蓋さんの居る部隊の兵士達が知らない連中だと」

 

 

黄蓋さんの所の兵士が見覚えがない?新兵の指南役である凪と沙和が見覚えがないなら怪しいな。そもそも黄蓋さんは凰雛と一緒に来ただけで、他には誰も連れてなかった。それでいて黄蓋さんの船に乗っていた部隊の兵士は凪達が見覚えがない。これってつまり……

 

 

「他所の兵士……と言うか呉に居る黄蓋さんの部下が混じってるな多分」

「華琳も同じ意見でした。それでこれを……」

 

 

怪しまれない様に話す俺と一刀。ここで黄蓋さんにバレたら洒落にならん。そう思っていたら一刀はスッと黄色い布を俺に見せた。

 

 

「戦いが始まったらそれを身に付けるようにとの事です。それを付けてない兵士は敵だと」

「なるほどね、直前まで伏せて同士討ちを避けるか」

 

 

なるほどね。黄蓋さんの周囲の兵士にはそれを伝えず、戦いが始まったら全員で黄色い布を付ける。そして付けてない兵士は敵だって目印な訳だ。

 

 

「ん、りょーかい。それと……凰雛の姿を見たか?」

「凰雛……そう言えば今朝から黄蓋さんだけで凰雛は見てないです」

 

 

俺の質問に一刀は少し悩んだ素振りを見せてから答えた。成る程、既に居ないか。

 

 

「一刀、多分だけど今夜辺りに戦いになるぞ。黄蓋さんが凰雛を隠したか逃がしたのが証拠だ」

「っ……じゃあ」

 

 

俺の言葉に息を飲む一刀。

 

 

「ああ……大将にも伝えておいてくれ」

「わかりました」

 

 

頷き、その場を後にした一刀。俺は一刀の背を見送った後に頭をガシガシと掻く。

 

 

「どうしたもんかな」

「何を悩んでるんだ秋月」

 

 

俺がある事に悩んでいると背後から声をかけられた。振り返れば春蘭が立っていた。

 

 

「お前の顔に考え事なんて似合わんぞ」

「ただの悪口だろそれじゃ。それを言うなら悩み事だ」

 

 

悪意が無い分、春蘭の言葉は刺さるな。しかも顔て。

 

 

「少し思う所があってな」

「今回の呉の遠征の事か?何を悩む、華琳様の為に戦うのが我等の使命だろうに」

 

 

俺の言葉にバシバシと背を叩く春蘭。春蘭は力を入れてるつもりは無いんだろうけど超痛い。

そう……大将の為に戦う。それ事態はいつもの事だ。でも……思い出しちまったんだよ。

 

 

「何を悩んでいるかは知らんが……お前や北郷のやる事は華琳様の為になる事が多い。だったら、それをすれば良いではないか。やらずに後悔するのは為にもならんぞ」

「……春蘭って時々核心突くよな」

 

 

春蘭の言葉に俺は悩んでいた事をどうするか。それをまた考えてしまった。

 

 

「ふ、褒めるな。では、また後でな」

「ああ……」

 

 

俺の言葉に満足したのか春蘭は行ってしまう。やるだけ、やってみるか……どんな結果になるにしても。

 

 

「師匠……どうしたんスか?」

「ん、いや……なんでもない」

 

 

上目使いに俺を見上げる大河。何も知らない奴が見たら確実に女の子だと思うなコレは。天然男の娘め。

 

 

「それよりも簡単に修行するか……そうだな水の上を走る特訓をするか。やり方は簡単。まずは右足を水の上に乗せる、そしたら右足が沈む前に左足を水の上に乗せる。そしたら左足が沈む前に右足を……」

「ス、スゴいッス!そんなやり方で水の上を走れるなんて!」

 

 

俺の冗談に食い付きが良い大河。思えばこの世界の人達って冗談みたいな身体能力してるからマジで出来るのではと思ってしまう。

しかし凰雛の姿がないのは良かった事なのかもな。大河と凰雛の事を考えると戦わせたくないし……

 

 

「し、師匠!少しだけなら走れ……にゃー!?」

「ちょっと、なんで川に飛び込んでるのよ大河!?」

 

 

少し考え事をしながら視線を逸らしていたら大河の姿は無く、船の外から大河の悲鳴と桂花の怒号が聞こえた。

え、もしかしてちょっとでも水の上を走れたの大河?

俺はそんな事を思いながら悲鳴の聞こえた方へ急いだ。



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第百八十三話

川に落ちてズブ濡れになった大河を引き上げると桂花から説教を受けた俺。この忙しい時に問題を起こすなと説教され、周囲の兵士にも散々苦笑いをされてしまった。

 

 

「さっきまでのシリアスな雰囲気から何してんですか」

「止める前に大河が実践しちまってな。さっき聞いたんだが少しだけ水の上を走れたみたいだ」

 

 

一刀のジト目に睨まれる。大河は大河で、まさかマジで水の上を走るとは思わなかったが。なんの準備もなしに実践して成功するとか本当にこの世界の住人は侮れん。

 

 

「15メートルくらいなら問題ないと思ってな」

「烈海王ですかアンタは。それで大河は?」

 

 

俺の言葉にツッコミを入れつつも、大河が居ない事に首を傾げた一刀。

 

 

「ああ、大河なら彼処で濡れた体を拭いてるよ」

「あの……見た目が」

 

 

俺の言葉に一刀が言葉を詰まらせる。うん、言いたい事はよくわかる。

今、大河はシャツを脱いで上半身裸で体を拭いている。大河の容姿も相まって恰も『裸で体を拭く女の子』の図になっていた。周囲の兵士もチラチラと大河を見てるし。

 

 

「むしろ男とわかってるのに大河をチラ見する兵士が怖いな。あれか、水掛けたから女の子になったか?」

「大河はいつ呪泉郷に行ったんですか?確かに女の子にしか見えませんけど」

 

 

一刀のツッコミも大概だとは思うけどな。この後、大河を連れて自分の天幕に戻った俺は、大河に少し休むように伝えてから大将の天幕に向かった。

 

 

「大将、ちっと話があるんだが」

「あら、純一。桂花から私に鞍替えかしら?」

 

 

誤解を生む発言は止めて欲しいと切に願います。

 

 

「それはあり得ないから安心しろ」

「あら、残念。一刀と桂花と純一を可愛がろうと思ったのに」

 

 

そのラインナップに俺が混ざると問題な気もするが……

 

 

「その話は兎も角……少し話しておきたい事があるんだが」

「……話してみなさい」

 

 

俺の雰囲気を察した大将は、弄る姿勢から真面目な雰囲気へと変わった。切り替えが早いのは助かる。

俺は赤壁に来てから悩んでいた事を大将に打ち明けた。そして、それに対するこれからの事も。

 

 

「そう……純一、貴方のしようとしている事は偽善と取られるわよ」

「でしょうね。でも俺はやらない善よりもやる偽善を取りたい」

 

 

大将の視線がキツいものになる。プレッシャーがハンパ無い。

 

 

「その行動で魏を……そして私の覇道を阻むつもりかしら?」

「そんなつもりは毛頭無いんですが……出来る限りは行動したいと……」

 

 

その瞬間、俺の首に絶が押し付けられた。

 

 

「不届き者と首を跳ねられても文句は言えないわよ」

「首を跳ねられたら、そもそも文句は……って痛い痛い!」

 

 

揚げ足を取ったら首にチクリと痛みが!

 

 

「よく、この状況で冗談が言えたわね。寧ろ感心するわ」

「お褒めに預り光栄で……あ、待って待って」

 

 

絶に込められた力が増すのを感じたので、ボケるのは止めた。

 

 

「と、兎に角、確かにリスク……いや、危険も多いが得るものの方がデカいと俺は思ってるよ」

「そ……なら幾つか約束しなさい」

 

 

大将は、カチャリと絶を俺の首から外すと口を開いた。

 

 

「まず、やるのは構わないわ。だけど危険の方が多いなら止める事。そして問題が起きたら貴方に責任を負ってもらうわ」

「了解です」

 

 

なんとか許可は降りたか。責任を負うのは仕方無いことだ。白紙の領収書の金額を確認しないでOK出す訳がない。

 

 

「最後に……必ず生きてやり遂げる事。何かあって、桂花を泣かせる事になったら許さないわよ」

「最後が一番責任重大ですな」

 

 

 

一応の許可が降りたので大将の天幕を後にした。最後が一番熱が籠った一言だった気がする。

そんな事を思いながら自分の天幕に戻ると、大河はスヤスヤと眠っていた。その姿を見ると、コイツは生まれてくる性別を間違えたと割りと本気で思ってしまう。

 

 

 

そして、この日の夜。風向きが変わった頃と同時に、黄蓋さんの乗った船から火矢が放たれたと報告が出た。

 




『問題はない!!15メートルまでなら!!!』
『グラップラー刃牙』で烈海王が叫んだ一言。
「問題はない!!15メートルまでなら!!!」と15メートルほどの川の上を80キロ以上の体重があるドイルを背負ったまま走り抜けた。

『呪泉郷』
『らんま1/2』の物語の切欠となる呪われた泉。100以上の泉が湧いており、ひとつひとつの泉には悲劇的伝説があり、泉で溺れると、最初にその泉で溺れた者の姿となる。それ以降、本人の意思に関係なく強制的に水に濡れると変身し、湯をかぶると元に戻る体質となる。

『娘溺泉』
呪泉郷の一つ。落ちると女の子の姿になってしまう呪われた泉。


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第百八十四話

 

 

報告では、沙和達が怪しいと思っていた連中が夜に紛れて行動を起こしたとの事だ。そして風向きが変わった頃に火を放ち、魏の部隊を内側からかき乱そうとしたらしいが、俺達はその事を予想していたので対応が早く出来た。

そして暴れ始めた黄蓋さんの部隊も魏の兵士の鎧を着ていて混乱を招いたが、俺達は打ち合わせ通り、黄色い布を巻いていない兵士を重点的に攻撃した。

 

そして火を放たれて燃えている船に関しては俺や凪、大河が担当となっていた。それと言うのも……

 

 

「かめはめ……波ぁぁぁぁぁぁっ!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

「魔閃光っ!」

 

 

気を使える俺達は、気弾で燃え盛る船や半壊した船を破壊しまくった。更に気弾の爆風で周囲の火も消した。

しかも真桜の特注鎖で簡単に船を繋いでいた鎖を外せるので、二次被害は起きない様になっている。

 

 

「くっ……く、くくく……はははははっ!」

 

 

その光景に唖然としていた黄蓋さんだったが突如、笑い始めた。

 

 

「まさか、ここまでとはな。曹操の……いや、魏の者共を侮っておったか。甘く見たつもりはなかったがな」

「……黄蓋さん」

 

 

自嘲気味に笑い飛ばしていた黄蓋さん。そしてその笑みは消え此方を睨む。

 

 

「曹孟徳、聞こえるか!我が計略、ここまで完璧に破られるとは思わなかったぞ、見事じゃ!」

「敵将でありながら、私の眼前まで現れた事は誉めてあげるわ。それにあれほどの大胆無比な作戦の事もね」

 

 

黄蓋さんの叫びに応えるかのように大将が姿を現す。おいおい、不用心だな。

 

 

「華琳様!」

「このような場所に……危のうございます、華琳様!」

 

 

突然、現れた大将に慌てる凪と桂花。俺も不用心とは思ったけど大将が護衛も無しに出てくるとは思わなかった。

 

 

「その呉の宿将も私の手のひらで踊っていただけに過ぎないのよ」

 

 

いやぁ……大将相手なら大概の人間は踊ると思うわ。

 

 

 

「敵将の前に姿を見せるか、曹孟徳。その余裕も……」

「余裕なんはウチが居るからや。それに此処には頼りになる将も天の御使いもおるんやで。これ以上に安全な所があるんか?」

 

 

そう言って黄蓋さんのセリフを遮ったのは霞だった。自分の事だけじゃなく周囲の者まで持ち上げるとは……テレるね。

 

 

「何をヒヨッコが……と言いたいが違うな。雛と見ていた者は皆、良き目付きになっておる」

 

 

そう言って黄蓋さんは俺達を見渡す。何一つ油断しないと言う鋭さを持った瞳だった。

 

 

「甘く見たつもりも、侮ったつもりもなかったが……ワシの目も曇っておったか」

 

 

そう言って黄蓋さんは弓を構えた。まだ戦うと言う意思だ。それを合図に再び戦いは始まるが多勢に無勢。いくら呉の精鋭であったとしても、歴戦の武将だとしてもいずれは力尽きる。

 

そして決着は着いた。苦戦はさせられたが黄蓋さんの部隊を殆ど壊滅させ、黄蓋さん自身も満身創痍の状態だ。

 

 

「黄蓋様、お逃げください!」

「我等が潰えても黄蓋様だけでも……ぐあっ!」

 

 

俺は聞こえてくる黄蓋さんの部隊の悲鳴を聞きながら、体の中でも気を溜めていた。これから起きる事の為にも必要だから。

 

 

「……大人しく降参なさい。あなたほどの名将、ここで散らせるのは惜しいわ」

「……ぬかせっ!我が身命の全てはこの江東、この孫呉、そして孫家の娘達の為にある!」

 

 

大将と黄蓋さんの話を聞きながら俺は屈伸をしていた。大将も俺をチラリと見て溜め息を吐いた。俺が何をする気なのか既にわかっているからだ。

 

 

「貴様らになど、我が髪の毛一房たりとも遺しはするものか!」

「黄蓋!」

 

 

叫ぶ黄蓋さんに名を呼ぶ春蘭。対峙しているとは言っても春蘭と黄蓋さんは少し繋がりがあった。だからこそ黄蓋さんが死ぬ事をなんとかしたいのだろう。

 

 

「黄蓋様……なりません、あなただけでも……」

「くそ……我等では……」

 

 

そして黄蓋さんの乗っている船では、傷付いた呉の兵士達が黄蓋さんだけでも逃がそうと考えている会話をしている。

 

 

「……孫策が来たか」

 

 

大将の呟きと視線の先には呉の船団が迫ってきていた。本来なら火計が上手くいって、このタイミングで黄蓋さんを助けるつもりだったんだろうけど、俺達の対応が早かったから出遅れたんだな。

 

 

「祭!」

「黄蓋殿!」

「おお、冥琳か!策殿も!」

 

 

その呉の船団から孫策と周瑜が顔を出す。

 

 

「こ……祭殿、ご無事か!?」

「無事なものか……お主と知恵を絞って考えた苦肉の計略も曹操に面白いように見抜かれたわ」

 

 

黄蓋さんは笑っていた。その会話を楽しむ様に。

 

 

「しかし……無事なら何よりです!早く、お戻り下さい!」

「それは……ちと難しいの」

 

 

周瑜は黄蓋さんに脱出を促すが、黄蓋さんの船と孫策達の船では距離が開きすぎている。普通なら脱出は無理だろう。

 

 

「大将」

「言った筈よ。約束は守りなさい」

 

 

俺が大将に歩み寄り声を掛けたら、振り向きもせずに返事を返された。んじゃ、約束を守る範囲で無茶をしますかね。

俺が大将と話している間に、黄蓋さんは呉の各人と別れのような言葉を交わしていた。

 

 

「小蓮様にも黄蓋秘伝の手練手管をご教授したかったのじゃがな……」

「そんなの、これから教えてくれればいいんじゃない!祭より、ずっといい女になってやるんだから……ちゃんと教えなさいよぉ……ぐすっ……教えてよぉ……」

 

 

黄蓋さんと話をしているのは多分、孫家の末娘の孫尚香なのだろう。既に大粒の涙を流している。

 

 

「皆、祭を助けるわよ!総員……」

「来るなっ!ぐうっ……」

 

 

孫策が黄蓋さんを助けようと号令を掛けようとしたが、黄蓋さんがそれを遮った。

 

 

「聞けぃ!愛しき孫呉の若者達よ!聞け、そして目に焼き付けよ!我が身、我が血、我が魂魄!その全てを我が愛する孫呉の為に捧げよう!この老躯、孫呉の礎となろう!我が人生に何の後悔があろうか!」

 

 

黄蓋さんの叫びに俺は思わず止まってしまう。本当にこれで良いのかと。

 

 

「純一、事を成すなら躊躇いは禁物よ。でないと……機を逃すわ」

「そうだな……」

 

 

大将の言葉にハッと意識を取り戻す。よし、覚悟完了。後は駆けるのみ!

 

 

「呉を背負う若者よ!孫文台の立てた時代の呉はワシの死で終わる!じゃが、これからはお主らの望む呉を築いていくのだ思うがままに、皆の力で」

 

 

俺は黄蓋さんの言葉を聞きながら上着を脱いでYシャツになると、上着を桂花に投げ渡した。

 

 

「え、ちょっと秋月!?」

「少し、行ってくるわ」

 

 

俺は驚く桂花を尻目に船の縁に足を掛けた。そして気を足に込めて一気に解き放ちジャンプした。目指すは黄蓋さんの船!

 

 

「しかし、忘れるな!お主らの足元には、呉の礎となった無数の英霊達が眠っている事を!そしてお主らを常に見守っている事を!我も今より、英霊の末席を穢すことになる!」

 

 

黄蓋さんはもう既に満身創痍。だったら今の俺にも可能な筈!

 

 

「夏候淵、ワシを討て!そしてワシの愚かな失策を戦場で死んだという誉れで……」

「着地!」

 

 

俺は黄蓋さんの言葉を遮る様に黄蓋さんの船に着地した。気を込めた大ジャンプってやっぱり怖いな!

 

 

「なっ……お主!?」

「大人しくしてもらおうか黄蓋さん」

 

 

突如乱入してきた俺に黄蓋さんは警戒するが、満身創痍の状態じゃ抵抗できまい。

 

 

「ふっ……そうか、無理にでも曹操の所へと引き連れるつもりか?」

「貴女が行く場所は……決まってんだろ」

 

 

俺は弓を杖の様に支えて立っていた黄蓋さんを抱きしめると、足を払って横抱きの体勢にする。

 

 

「ま、待て!何をする気じゃ!?」

「行くぞ!」

 

 

俺は黄蓋さんを抱き抱えたまま走り出す。目指すは……孫策の船だ。

 



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第百八十五話

「待て!何をする気じゃ秋月!」

「黙っててくださいよ!直ぐに着きますから!」

 

 

黄蓋さんを抱き抱えたまま走る。正直、超キツい!いや、黄蓋さんが重いとかじゃなくて俺の体調が悪いって意味で!黄蓋さんを抱き抱えた辺りから急に体調が悪くなった気がする……

 

 

「な、なんと水の上を走るとは……」

 

 

黄蓋さんが俺の行動に驚いているが、それは違う。俺は破壊された船の破片の上を走ってるのだ。しかも気で足を強化しながらじゃなきゃ出来ない。

見えてきた、孫策の船!俺は最後の力を振り絞り船の破片を足場にジャンプをして、孫策の船に着地した。

 

 

「ぜー、はー、ふー……かはっ……」

 

 

船に着地したは良いけど息が途切れ途切れだ。息を整えるまで時間が掛かりそうだけど……それどころじゃなさそうなのよね。

 

 

「祭っ!」

「祭殿!」

 

 

孫策や周瑜達が駆け寄ってくる。俺は黄蓋さんを寝かせながら向かい会った。

 

 

「ぜ、はー……ほら、黄蓋さん、迎えが……来ましたよ……」

「………何故じゃ」

 

 

俺は息を整えながら黄蓋さんに話し掛ける。黄蓋さんは俺を睨み付けながら口を開いた。

 

 

「何故、ワシを死なせてくれなんだ……先程の言葉で分かるじゃろう」

 

 

黄蓋さんは悲しさと悔しさが同居したような声で話し掛ける。そうだよね、覚悟を無駄にしたのは俺だからね。

 

 

「ワシは一矢報いようとしたが叶わず……呉の為に動いたにも関わらず何も出来なんだ……せめて戦場で散ったと誉れを残そうとした結果がこれとは……貴様はワシを晒し者にする気か!」

 

 

黄蓋さんの叫びに孫策達の顔が曇る。

 

 

「晒し者、結構じゃないですか……俺なんて西涼から呉まで種馬兄弟の噂が広まってるんですよ。今さら……」

「いや、なんの話をしとるんじゃ!?」

 

 

俺の発言に黄蓋さんのツッコミが入る。さて、ここからが大変だな。

 

 

「ま、そっちは兎も角……黄蓋さんはまだ生きるべきだと思いまして。勝手をさせてもらいました」

「勝手じゃ……勝手過ぎるぞ……」

 

 

黄蓋さんはダン!と船の床を叩いた。

 

 

「ああ、勝手な真似をした。でも、俺は黄蓋さんに死んでほしくなかった」

「ワシの生き死にを貴様が決める権利が何処にある!」

 

 

黄蓋さんは今にも飛び起きて俺を殺さんばかりの勢いだ。目の前の呉や蜀の武将達も俺を睨んでる。ちょー怖い。

 

 

「当然ながら権利は無いですね。でも……俺は黄蓋さんの死を見たくなかった。俺は目の前で助けられなかった命があった時に……凄い後悔をした。甘いと言われようが、将の恥を掛かせたと言われようが……目の前で失われそうな命があれば助けたい」

「当人が死に望んでもか?」

 

 

俺の言葉に不満だと黄蓋さんがギロリと睨む。眼力だけで人を殺せる勢いだよ。

 

 

「んじゃ言えますか、自分は死にたかったって。この子達の前で」

「そ、それは……」

 

 

俺の視線を孫策達の方へ向けると孫策達は涙を流していた。個人差はあるが目の端に涙を溜めている者も居れば大粒の涙を流している者もいる。それを察してか黄蓋さんは顔を背けた。

 

 

「さっき黄蓋さんが孫策達に来るなと叫んだのは、その身を案じたのもあるんだろうけど、本当は孫策達の顔を見たら決心が鈍るからでしょ?」

 

 

黄蓋さんは顔を俺から背けた。その行動は肯定ってね。

 

 

「本当はまだまだ孫策達を見ていたいんでしょ?意地張ってないで素直になりんさい」

「じゃが……ワシはさっき完全に死ぬ気だったんじゃぞ」

 

 

黄蓋さんは再び俺と顔を合わせる。心なしか顔が赤い気がするが。

 

 

「あの状態から普通に戻れと言うのか!あんな決死の覚悟を見せてから『オッス、オラ黄蓋』なんて戻れる筈も無かろう!」

「悟空か、アンタは」

 

 

まあ、確かにあんだけカッコ良く決めた後に死に損なって戻るのはキツいとは思うが。

 

 

「だったら、さっきも言ってましたけど孫文台さんの所に逝くにせよ、新しい時代の呉を見てからでも遅くは無いでしょう。その方が文台さんも喜ぶでしょうし……何よりも貴女の死を望む人は此処には居ないと思いますよ」

「こ、こら!止めんか!?」

 

 

俺は黄蓋さんの顔に手を添えると孫策達の方へと向ける。先程から黄蓋さんは孫策達の方を見ないようにと必死だったから。

 

 

「ねえ、祭……私はまだ貴方に呉に居て欲しいわ」

「祭殿……我等の下に帰ってきてください」

 

 

孫策や周瑜はここぞとばかりに黄蓋さんの説得に参加する。他の面々も口々に黄蓋さんに生きて欲しいと説得を始めた。しかし、黄蓋さんは迷っている様子だった。

 

 

「まだ迷っているんですか」

「だが……ワシはこれから何を目的に生きれば……」

 

 

黄蓋さんも最後の踏ん切りが付かないのか中々、首を縦には降らなかった。何よりも決死の覚悟を逸らされて生きる目標と言うか意味を探せていない感じだ。仕方無い……荒療治でいこうか。

 

 

「決心がつきませんか?……祭さん」

「なっ!?」

「貴様、祭殿の真名を!」

 

 

俺の発言に黄蓋さんは驚き、周囲がざわつき始める。俺もこの世界に来て長くなるから真名の重要性は理解してるし、勝手に真名を呼ぶのがどういう意味なのかも分かってる。

 

 

「……俺は今、祭さんの真名を呼んだ。許されてもいないのにだ」

「それがどういう意味か分かっていながら呼んだのか?」

 

 

黄蓋さんは俺の言葉を聞きながら睨む。いや、マジで怖いよ。周囲の皆さんも武器を取り出して殺る気満々だし。

 

 

「そう……だから祭さんは俺を殺すべきだ。いや、殺しに来なきゃならない。それが貴女の生きる理由じゃ足りないかい?」

「……く、くくっ」

 

 

俺の言いたい事が分かったのか黄蓋さんは笑い始める。そう、俺が真名を呼んだのを許せないなら生きて怪我を直してから俺を殺しに来いと喧嘩を売ったのだ。真名を重要視する、この世界の住人なら乗ってくる筈と俺は踏んでいた。

周囲も怒りはおさまらないものの俺の意図を察したのか、殺気立っていた周囲の皆さんの圧も少し軟化していた。まだ怖いけどね。俺も気丈に振る舞ってるけど、実は内心心臓がバクバク言っていて背中には嫌な汗が流れてる。

 

 

「ならば、これからと言わず……今、殺してやろう」

「なっ!しまっ……」

 

 

周囲に気を取られて油断してた!黄蓋さんは俺のネクタイを掴んで俺を引き寄せる。怪我人だと思って油断しすぎた。

 

 

「ん……ちゅ……」

「んむっ!?」

「な、ちょっと祭!?」

 

 

何故か突然、黄蓋さんにキスされた。孫策の驚いた様な声も聞こえたが俺はそれ所じゃない。

 

 

「ちゅ……ちゅむ……」

「ん……う……」

「は、はわわ……」

 

 

物凄いディープなキスだった。思わず逃れようとしたのだが、黄蓋さんは手で俺の頭をガッチリとホールドして逃れられない。周囲のざわつきは黄色い悲鳴へと変わっていた。

 

 

「ちゅ……ふふっ……ちゅる……」

「む、むぅ……ちゅう……」

「こ、これが大人の口付け……」

 

 

黄蓋さんの舌が俺の頭の中を掻き回してるんじゃないだろうか?そう思えるほどに濃厚なキスだった。

 

 

「……ふむ。これは中々」

「……ぷはっ」

 

 

漸く黄蓋さんから解放された俺は息切れしていた。なんだろう……色々と負けた気がする。周囲の黄色い声が妙に遠く感じる。

 

 

「あ、あの……黄蓋さん?」

「これ、呼び方が戻っておるぞ」

 

 

俺が黄蓋さんに話し掛けると不満そうな黄蓋さん。いや、真名を呼んだのを咎めるでしょ普通!なんでキスした!?

 

 

「あ、あの……何故、私めの唇を奪ったので?」

「言ったじゃろう殺してやると。見事に骨抜きに殺してやったんじゃがな」

 

 

戸惑う俺に黄蓋さんはドヤ顔をしながら、自身の指で俺の顎をクイッと上げる。あら、やだ男前!

 

 

「普通、それをするなら立場が逆でしょう祭殿」

「何を言うか冥琳。小賢しくもワシを生かそうとした小僧じゃ、それなりに仕返しをしなければ気が済まん」

 

 

呆れた様子の周瑜にケラケラと笑う黄蓋さん。その笑みは俺と酒を飲み、大河と凰雛の事を見ていた時と同じような笑みだった。

と言うか……凄かった。あんなディープなキスされて動揺しない方がどうにかしてる。

 

 

「おや、小僧。思い出しておるのか顔が真っ赤じゃぞ」

「黄蓋さん、もう止めて……」

 

 

ニヤニヤと笑みを浮かべる黄蓋さんに俺は完全敗北を屈した気がした。顔が真っ赤だと触らなくても分かるくらいに熱を持っている。

 

 

「祭じゃ。一度呼んだのなら、それを貫け馬鹿者」

「あー、でも……さっきのは」

 

 

真名で呼んだのは黄蓋さんの生きる意味にと思ったのに、なんか俺の思っていたのとは違った方向に話が進んでる。

 

 

「ふふっ、ワシも生きる意味を見付けた……と言ったところかの。このままお主を呉に縛るのも面白そうじゃ」

 

 

この瞬間、俺は察した。この人、本気だと。

 

 

「黄蓋さ……」

「祭、そう呼べ」

 

 

俺が口を開くと同時に指で制止された。呼び方もそれ以外は許さんとばかりに。

 

 

「あー……祭さん。俺は魏に戻りますから」

「ああ、構わん。今度、魏と戦うときにお主を貰うと決めたからな」

 

 

サラッと言われた。下手な男よりも男らしいんですけど。

その瞬間だった。チリーンと鈴の音が鳴ったかと思えば俺の首筋に冷たい物が突き付けられた。

 

 

「このまま帰れると思ったか?」

「ですよねー」

 

 

恐らく、呉の武将の一人なのだろう。鋭い目付きで俺を睨みながら剣を握っていた。

 

 

「止めよ思春」

「思春、経緯は気に入らないものがあったけど、彼は祭を私達のところに連れてきてくれたのよ」

「……御意」

 

 

祭さんと孫策に止められて剣を下ろしてくれた。うん、間違いなく斬る気だったね本気で。

これ以上、この場に留まると危なそうだしサッサッと帰ろう。そう思っていたら蜀の武将の中に馬超が居た事に気付く。正直、気まずいな。

馬超からしてみたら「なんで母様は助けなかったのに黄蓋は!」と言った所だろう。俺は馬超からこれ以上に憎しみの目で見られたくない一心から船の縁に足を掛け、そのまま川に飛び込むようにジャンプした。それと同時に最後の気を振り絞った。

 

 

「あ、ちょっと待って……」

「波っ!」

 

 

馬超が何かを言おうとしたが俺は、かめはめ波を放ち、その反動で魏の陣地へと飛んでいった。いや、大体の方角だけで飛んだだけなんだけどね。そして飛んだと同時に蜀の一団に凰雛の姿が見えた。やっぱ蜀の陣営だったか。無事なら何よりだ。

 

この後、なんとか魏の船団の辺りに着水した俺。着地の事は考えてなかった……気が枯渇したのと祭さんを運んだときの体調不良とかで船に上がる気力もなかった俺は、そのまま沈んでいきそうになったが大将の船の近くだったので引き上げてもらった。

 

 

「あー……流石に死ぬかと思った」

「あら、約束を守って生きて戻ったんだから上等じゃない」

 

 

開口一番死にかけた事を口にしたら大将からは意外にも労いの言葉が出た。

 

 

「まったく……心配したんだから馬鹿……」

「桂花……悪い……」

 

 

俺が上着を預けた桂花は本当に心配していたと不安げな表情だったが、俺が帰ってきた事に安堵してくれていた。

 

 

「ところで純一?これは黄蓋の口紅よね?」

「え、あ……」

 

 

そんな空気を無視してか……いや、察した上でなのか大将が指で俺の唇をなぞる。そこには先程のディープなキスをした際に俺の方に移った口紅が。

 

 

「ふーん、黄蓋を送っていったと華琳様から聞いてたけど何してたのアンタ……」

「ま、待った……これには事情が……」

 

 

桂花の絶対零度の視線が俺を射る。正直、水に濡れた躯にその視線はかなりキツい。

 

 

「へぇ……事情?黄蓋と口付けをする事情があったんだ」

「いや、正しくは祭さんに唇を奪われたと言うか……」

「あら、黄蓋に真名を許されたのね」

 

 

なんとか弁明しようとしたが、大将は目敏く俺が祭さんの真名を呼んだのを見逃さなかった。止めて、桂花が軍師にあるまじきオーラを発してるから!

 

 

「簀巻きにして川に流すか?」

「いやいや、華雄の姉さん。船の先端に張り付けでどないでしょう?」

「恋殿との模擬戦で許してやるのです」

 

 

背後では華雄と真桜とねねが俺の処刑方法を考えてる。最後のは確実に死ぬぞ俺。

 

 

「もう少し私達が秋月さんを見てあげるべきなんでしょうか?でも、束縛しすぎると嫌われちゃうかも……ううん……どうしよう」

 

 

隣では斗詩がかなり真面目に俺の今後を考えていた。国に戻ったら月とか詠にも心配されそうだ。

 

 

「どんだけフラグ立てしてるんですか純一さん」

 

 

一刀、お前にだけは言われたくない。

 

 

「さて、色々と聞かせてもらいましょうか?」

 

 

ニコニコと笑みを浮かべてる大将に俺は先程の呉の船団に居た時、同様に嫌な汗が背中に流れた気がする。いや……汗は兎も角……また目眩が……

 

 

「ちょっと聞いてるの秋月……秋月?」

 

 

桂花が俺に話し掛けるが妙に遠く感じる。そう思ったと同時にグルンと俺の視界が反転した。

 

 

「秋月……秋月!?」

「純一さん!?」

「師匠!?」

「早く中に運びなさい!」

 

 

 

桂花や一刀達の心配そうな声と大将の声が聞こえたが、俺の意識はそこで途絶えた。

 




『オッス、オラ悟空』
アニメのドラゴンボールの予告での悟空の一言。
余談だが悟空は本編では一言も「オッス、オラ悟空」とは言っておらず予告のみの発言だったりする。


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第百八十六話

 

 

 

 

 

◆◇side祭◆◇

 

 

 

ワシは曹操に火計を仕掛け、魏の部隊を陥れる策を図ったが全て見抜かれた。そしてワシは最後に曹操に一矢報いようと決死の特攻を仕掛けたが、曹操の首には届かなかった。最後を悟ったワシは夏候淵に介錯を頼もうとしたが、天の御使いの兄……秋月がワシの前に立ちはだかった。奴はワシを曹操の所へ連れていく為に現れたのかと思えば、ワシを抱き上げると曹操の船とは逆方向へと走り始めた。

 

 

「待て!何をする気じゃ秋月!」

「黙っててくださいよ!直ぐに着きますから!」

 

 

こ奴はワシを曹操の所へ送るつもりじゃなかったのか?考えが纏まらないワシは混乱するばかりだった。そして極めつけと言わんばかりに、秋月は水の上をワシを抱き抱えたまま走り抜く。

 

 

「な、なんと水の上を走るとは……」

 

 

ワシが驚いておると秋月は最後とばかりに跳躍し、離れた船に着地する。待て、この船はまさか……

 

 

「ぜー、はー、ふー……かはっ……」

 

 

船に着地した秋月はワシを抱き抱えたまま息が途切れ苦しそうにしておる。無理をするからじゃ阿呆が。途中から顔色も相当に悪そうじゃったし。

 

 

「祭っ!」

「祭殿!」

 

 

ワシが秋月に呆れておると策殿や冥琳達が駆け寄ってくる。すると秋月は抱いていたワシの体を床に寝かせた。

当然ながらワシは不満じゃった。決死の覚悟を汚され、見たくなかった娘達の泣き顔を見せ付けられ、これで恨まぬ方がおかしい。ワシがその事を秋月に叫べば秋月は顔を俯かせ、口を開いた。

 

 

「ああ、勝手な真似をした。でも、俺は黄蓋さんに死んでほしくなかった」

「ワシの生き死にを貴様が決める権利が何処にある!」

 

 

本当に勝手じゃ。ワシがこの世から去る覚悟を示した矢先に潰されたんじゃから。

 

 

「当然ながら権利は無いですね。でも……俺は黄蓋さんの死を見たくなかった。俺は目の前で助けられなかった命があった時に……凄い後悔をした。甘いと言われようが、将の恥を掛かせたと言われようが……目の前で失われそうな命があれば助けたい」

「当人が死に望んでもか?」

 

 

その話を聞いてワシは、秋月が何者かの命が散るところを見たのだと察した。だからと言ってそれを認める訳にはいかん。ワシは秋月を睨むが秋月は悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

 

 

「んじゃ言えますか、自分は死にたかったって。この子達の前で」

「そ、それは……」

 

 

 

策殿達は泣いていた。ワシは視線をそちらには送らなかったが、泣いている気配だけは察した。

 

 

「さっき黄蓋さんが孫策達に来るなと叫んだのは、その身を案じたのもあるんだろうけど、本当は孫策達の顔を見たら決心が鈍るからでしょ?」

 

 

秋月の発言にワシは秋月から顔を背けた。まるで全てを見透かされている様な気持ちになったから。

 

 

「本当はまだまだ孫策達を見ていたいんでしょ?意地張ってないで素直になりんさい」

「じゃが……ワシはさっき完全に死ぬ気だったんじゃぞ」

 

 

こいつは……何処までワシの心を乱すんじゃ!ワシは顔が熱くなるのを感じつつも気恥ずかしい気持ちを叫ぶ。

すると秋月はソッとワシの頬に手を添えた。

 

 

「だったら、さっきも言ってましたけど孫文台さんの所に逝くにせよ、新しい時代の呉を見てからでも遅くはないでしょう。その方が文台さんも喜ぶでしょうし……何よりも貴女の死を望む人は此処には居ないと思いますよ」

「こ、こら!止めんか!?」

 

 

秋月は添えた手に力を込めてワシの顔を策殿や冥琳達の方へと向けた。見たくなかった……ワシの為に涙を流す者など……

 

 

「ねえ、祭……私はまだ貴方に呉に居て欲しいわ」

「祭殿……我等の下に帰ってきてください」

 

 

策殿や冥琳、他の者も涙を流しながらワシの説得に走る。じゃが……ワシは……

 

 

「まだ迷っているんですか」

「だが……ワシはこれから何を目的に生きれば……」

 

 

ワシは……もう……生きる意味など……

 

 

 

「決心がつきませんか?……祭さん」

「なっ!?」

「貴様、祭殿の真名を!」

 

 

秋月はワシの真名を呼んだ。いくら天の御使いとは言えども真名の意味は知っていよう!

 

 

「……俺は今、祭さんの真名を呼んだ。許されてもいないのにだ」

「それがどういう意味か分かっていながら呼んだのか?」

 

 

秋月はワシから目を逸らさずに真っ直ぐにワシを見た。周囲の者達も武器を取り出して殺気を溢れ出しておる。

 

 

 

「そう……だから祭さんは俺を殺すべきだ。いや、殺しに来なきゃならない。それが貴女の生きる理由じゃ足りないかい?」

「……く、くくっ」

 

 

秋月の言葉にワシは笑いを堪える事が出来なかった。秋月はワシを生かす為に危険を犯してでもワシに生きる意味を与えようとした。そして一歩も引かずに毅然とした態度でワシと向き合う。

夢を追う少年のような雰囲気と、経験豊富な大人の雰囲気が混合する独特の笑顔……まったく不思議な奴だ。こいつに興味が出てきたワシは文字通り殺してやる事にした。

 

 

「ならば、これからと言わず……今、殺してやろう」

「なっ!しまっ……」

 

 

油断していた秋月の服を掴んで引き寄せる。秋月は殺されると思っているのか表情は驚愕に染まっている。 

 

 

「ん……ちゅ……」

「んむっ!?」

「な、ちょっと祭!?」

 

 

ワシは不意打ちに秋月に口付けをした。策殿の驚いた声が聞こえた。見て覚えよお主ら。

 

 

「ちゅ……ちゅむ……」

「ん……う……」

「は、はわわ……」

 

 

 

口吸いを続けると秋月が逃げようとしたので頭を押さえて逃がさん。周囲の者達は食い入る様に見入っておるな。

 

 

「ちゅ……ふふっ……ちゅる……」

「む、むぅ……ちゅう……」

「こ、これが大人の口付け……」

 

 

段々、秋月からも力が抜けていっておる。周囲の者達からゴクリと息を飲む音が聞こえる。

 

 

 

「……ふむ。これは中々」

「……ぷはっ」

 

 

口吸いを止め、秋月の口から離れる。濃厚な口吸いは久し振りにだったが……悪くないものだ。

 

 

「あ、あの……黄蓋さん?」

「これ、呼び方が戻っておるぞ」

 

 

やれやれ、呼び方が戻っておる。この程度で動揺しおって。

 

 

「あ、あの……何故、私めの唇を奪ったので?」

「言ったじゃろう殺してやると。見事に骨抜きに殺してやったんじゃがな」

 

 

秋月の顎を指でクイッと上げてやる。生娘の様に顔を赤くしおって。この後、秋月は気弾を放ち、魏の陣営に飛んで逃げて行った。

 

逃げおったか、だが死に時を逃され久々に女を呼び起こされたんじゃ逃さんぞ。あの猫耳軍師殿もからかうと面白そうじゃな。

ワシは秋月から酌をして貰った時の酒を思い出しながらワシの口紅を付けた唇の言い訳をしている秋月を想像して笑みを浮かべた。

 

 

 

 

◆◇side馬超◆◇

 

 

 

蜀と呉の合同作戦で魏を倒そうと様々な計略を張り巡らせたが失敗に終わった。壊滅している黄蓋殿の部隊だけでも救おうと動こうとしたが、なんと秋月が黄蓋殿を呉の船団に連れてきた。そして驚いたのはそれだけではなく……

 

 

「当然ながら権利は無いですね。でも……俺は黄蓋さんの死を見たくなかった。俺は目の前で助けられなかった命があった時に……凄い後悔をした。甘いと言われようが、将の恥を掛かせたと言われようが……目の前で失われそうな命があれば助けたい」

 

 

この話を聞いて私は震えた。秋月は母様の死を悲しみ、悔やんでいたんだ。

この後、黄蓋殿の真名を呼んだ秋月は何故か、黄蓋殿に口吸いをされていた。あ、あれが大人の……

私達がドキドキとそれを見た後に秋月は魏の船団に戻ろうとしてしまう。待ってくれ、私はお前に言いたい事が……

 

 

「あ、ちょっと待って……」

 

 

 

私が秋月を呼び止めようとしたけど、私と目を会わせた秋月は怯えた様な表情を浮かべた後に気弾を放ち、その反動で魏の陣地へと飛んでいった……私は礼を言いたかったけど秋月は行ってしまった。

私は以前の自分の行動を恥じると共に……この心のモヤモヤの原因が分からずに槍を持つ手に力が入った。私は何をしているんだろう……

 

 

 



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第百八十七話

 

 

 

目を覚ませば天幕の天井と……不安そうな顔で俺を見る桂花の顔。

 

 

「秋月ぃぃぃぃぃっ!」

「と、うわっ!?」

 

 

その直後に桂花が寝ていた俺に飛び込んできた。咄嗟に受け止めたけど危なかった。

 

 

「良かった……ずっと目を覚まさなかったから……」

「そっか、またやっちまったな……ん、ずっと?」

 

 

涙声の桂花に謝罪する。俺は心配をかけずにはいられないのかな……ん、ちょっと待て。桂花の言葉に疑問が湧き上がる。

 

 

「ずっと……俺はどれくらい寝てたんだ?」

「3日程だ。その間に赤壁から建業へ移動中だ。秋月は馬車の荷台で運んだがな」

 

 

俺の疑問に答えてくれたのは同じく天幕に居た華雄だった。俺は桂花の髪をサラサラと撫でる。

 

 

「またこのパターンか……どんだけ気絶してんだよ俺は」

「それだけ秋月が無理をしてるという事だろう。他の皆も心配していたぞ」

 

 

俺が右手で顔を押さえると、華雄は優しげに言ってくれた。うん、優しさが身に染みる。

 

 

「すぴー……」

「あらま、寝ちまったか」

「私や真桜達は交代で看病に来ていたが桂花はそうはいかんからな。仕事を終えた後に様子は見に来ていたみたいだが」

 

 

流石に寝不足になったか。その最中で俺が起きて、安心して緊張の糸が切れたかな。

 

 

「一刀達は?」

「お前が倒れてから代わりを勤めていたぞ。ああ、だが北郷はお前と同じく体調を崩していたな。北郷は一日ほどで回復していたがな」

 

 

一刀も体調不良とな……妙だよな。前の定軍山の時も一刀は俺と同じくタイミングで体調崩してたし。

 

 

「そっか、んじゃ一刀達は俺の代わりに仕事を……む」

「どうした秋月、何かあったか?」

 

 

俺が口を閉じた事に華雄が首を傾げた。

 

 

「この場のおっぱい濃度がおかしい」

「もう一度聞くぞ、何があった?」

 

 

俺の言葉に、華雄は本気で心配そうな顔をしている。俺は周囲の気配を探った。

 

 

「……そこか!」

「うひゃっ!なんでバレたん!?」

 

 

俺は天幕の一部を捲る。そこには真桜が隠れていた。

 

 

「お前の気配の消し方は完璧だった……だが、お前の存在感のある、おっぱいが俺に位置を把握させたんだ」

「くっ……自慢の生意気おっぱいが仇となったんやな」

 

 

俺の発言に真桜は悔しそうにしていた。うん、ノリが良い。

 

 

「秋月……私もそう、小さくは無い筈と思うんだが……いや、以前孫策から貧乳と言われた私は……」

「華雄、胸を揉みながら悔しそうにするな」

 

 

華雄は自分の胸を揉みながら言うけど、そんな重要視せんでも良いから。

 

 

「そんなら副長は、大きいおっぱい嫌いなん?」

「それとこれとは話が別だ」

「いつになく真面目な顔付きだな秋月」

 

 

真桜の質問に真面目な顔で答える。それはそうとして……

 

 

「それは兎も角、真桜だけか?他の皆は?」

「ああ、隊長なら春蘭様や霞姉さんと前衛に出とるでウチ等は副長の事や軍の立て直しがあるから後衛やけど、これから前衛と合流予定や」

 

 

なら、呉との決戦前に目が覚めた形になるか……体調が悪いなんて言ってらんないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、おっぱいの辺りの話を実は起きていた桂花にバッチリ聞かれていたので、後で土下座する羽目になった。



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第百八十八話

 

 

 

建業の手前の城で呉との最終決戦。大将や一刀は最前線へと向かい、俺は一部の兵を引き連れて回り道をしていた。それと言うのも大将達が真っ正面から孫策と戦い、俺達は孫策達の背後へと回り込んで退路を断つ狙いなのだ。

 

 

「副長……華雄様の機嫌がすこぶる悪いようですが……」

「孫策と戦えると意気込んでいたのに俺等と同じく後詰めだからな。溜めた気合いの発散場所を探してんだろ」

 

 

部下の一人が報告に来るが、ある程度は予想済みだったりする。華雄は呉への遠征にあたって孫策との戦いを一番の楽しみにしていた。しかし先の赤壁では戦う事もなく、今回の戦いは後詰め。ストレスが溜まってるのは目に見える。

 

 

「ま、暴走しなくなっただけましだ……ん?」

 

 

馬を走らせながら周囲を偵察をしていた呉の兵士達が道を塞いでいた。あの旗は……

 

 

「あの旗は孫策の妹の孫権だな。その付き人の甘寧もいる様だな」

「なるほど……俺達みたいに退路を潰しに来た部隊への警戒を怠っていなかった訳だ」

 

 

華雄が斧を握り締めながら俺に情報をくれた。なるほど、あれが孫権か。俺はなんちゃってシルバースキンを身に纏っていたので帽子を被り、馬を降りた。

すると俺や華雄に気付いた孫権や甘寧はギロリと睨む。気のせいか孫権の方は顔が赤い気が……

 

 

「貴様……黄蓋殿の真名を勝手に呼んだ挙げ句、唇を奪った男だな」

「……真名の下りは認めるが、唇は奪ったんじゃなくて奪われたんだからね俺は」

 

 

甘寧の言葉に周囲からの視線が痛くなった。孫権の顔が赤かったのは前回のディープキスを間近で見たのを思い出したからか。

 

 

「秋月……戦が終わったら話があるのだが?」

「今は前を向こうね華雄さん!」

 

 

華雄から明らかに怒りのオーラが放たれている。後で話と言うけど話になるのか、そのテンションで!?

 

 

「既に戦に勝ったつもりとは……」

「とことん我々を侮辱するつもりらしいです」

 

 

あ、やべ……なんか地雷踏んだ気がする。

 

 

「総員、突撃!呉を侵略し我々を侮る奴等を殲滅せよ!」

「怯むな!血風連は周囲の兵士を片付けろ!孫権と甘寧は私と秋月で討ち取る!」

 

 

孫権の号令に華雄も即座に兵士達に指示を出した。うん、猪と呼ばれた華雄も一瞬で場を見て、指示を出す。立派になったよなぁ……完璧すぎて俺の立場が無いけど。

 

 

「師匠、自分は……」

「大河は血風連と一緒に行動しろ。将の姿が孫権と甘寧しか見えないけど他にもいたら厄介な事になる。他の将が現れたら頼むぞ」

 

 

華雄からの指示から漏れた大河は俺に指示を仰ごうとしたので、俺は簡単に指示を出すと、大河は「了解ッス!」と俺から離れていった。

 

 

「ふー……さて、待っていてくれたのかな?」

「あの小娘と貴様の二人を相手にするよりも一人を確実に仕留めさせてもらうつもりなだけだ」

 

 

戦場にチリーンと鈴の音が鳴り響く。甘寧は先日、赤壁で俺の首筋に剣を当てていた時のように刀を逆手に構えていた。

 

 

「あの時と同じと思うなよ?」

「変わらんと言っているだろう」

 

 

あの時と違って俺は、なんちゃってシルバースキンも装備してるしガス欠気味だった気も回復してる。そう簡単には負けはしない。そう思って俺が拳を握る前に甘寧は間合いを詰めていた。

ヤバっ!速い!?

 

 

「む……?なるほど、中に鎖を仕込んでいるのか」

「……あっぶなぁ……」

 

 

俺の背に冷や汗が滝のように流れた。なんちゃってシルバースキンの防御がなかったら腕と胴、そして首を切られて終わってた。

しかも甘寧は斬った感触から、なんちゃってシルバースキンの中が鎖帷子って見抜いてるし。

 

 

「そりゃあ!」

「遅い」

 

 

俺が拳を振るうと、甘寧はアッサリと避け俺の懐に飛び込んできた。

 

 

「くっ……ぐあっ!?」

「鈍いな」

 

 

俺が膝で蹴りを放とうとすると甘寧は足を斬りつけ、更に脇腹を削って行った。

こっちの攻撃が一切当たらないのに甘寧は次々に俺を切り刻んでいく。なんちゃってシルバースキンを着込んでいるのに衝撃が俺を襲い、痛みが走る。つーか、なんちゃってシルバースキンが無かったら俺はとっくに全身切り刻まれて終わっているのだが。

 

 

「厄介だな貴様の鎧は……」

 

 

甘寧は自分の剣を眺めながら、俺が斬れない事に不満を感じている様だ。

つーか、不満というか危機感を感じてるのは俺の方だ。思えば今までの俺が戦ってきた相手は言ってしまえばパワーファイタータイプ。力押しの連中ばかりだったけど甘寧は真逆のタイプ。素早さと技巧で相手を翻弄しつつ倒すタイプだ。ぶっちゃけ相性が悪すぎる。

気功波の類いを撃っても避けられた上に気を撃った腕が斬られるな、多分。ならば肉弾戦でどうにかするしかない。

 

 

「行くぞ、狼牙風風け……痛っ!?」

「足下が隙だらけだ」

 

 

拳を構えてから狼牙風風拳で戦おうとしたら、足払いで転ばされた上に頭を蹴られた。やっぱ、この技じゃダメか!

 

 




『狼牙風風拳』
狼を連想しながら超高速の牙に見立てた拳を両手で突き出し、トドメに重い一撃を食らわせるという必殺技。
劇中では避けられたり、カウンターで手痛い目に遭ったり、足下がお留守と転ばされたりと『出したら敗けが確定する技』とさえ言われた。


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第百八十九話

 

 

なんとか甘寧を倒す……いや、倒すとまでいかんでも時間を稼がないと……。

 

 

「貴様に時間を取られる訳にはいかん。決めさせてもらうぞ」

「そう簡単に負けると思うなよ」

 

 

俺は迫る甘寧にガードを固めた。なんちゃってシルバースキンもあるし、ガードをしながら活路を見出ださなければ……

 

 

「ふん……確かに大したものだとは思うが貴様は弱い」

「ぬおっ!?」

 

 

ガードを固めていたが服の裾を掴まれ、転ばされる。それと同時に蹴り飛ばされた。素早く起き上がると甘寧の姿は無かった。

 

 

「後ろだ」

「あだっ!?」

 

 

キョロキョロと視線をさ迷わせる。背後から声が聞こえると同時に首筋に衝撃が来た。痛みに耐えながら振り返ると腕を組む甘寧が。

 

 

「貴様は気を使って戦う事や咄嗟の判断、相手の虚を突く事に長けている様だが、それ以外が素人だ。故にこうした戦い方をすれば恐れる事はない」

「ぐっ……くそっ……」

 

 

俺は痛みに耐えながら立ち上がる。ちくしょう、完全に見抜かれてる。

 

 

「さて……そろそろ終わりにしよう」

「まいったね……どうも」

 

 

甘寧は半身に構えながら剣を抜く。他の武将と違って油断がない……

 

 

「はぁぁぁぁっ!」

「速い……」

 

 

甘寧は俺の周囲を素早く移動する。全然、目で姿が追えない。

 

 

「貴様の防御力はわかった……ならば貴様の防御力が低下するまで攻撃するまでだ」

「ぐあ……ぐ……」

 

 

俺は腕を十字に組んでガードを固めた。全身に甘寧の攻撃が浴びせられる。隙を窺うけど全然隙がない。と言うか隙を見せる事もなく淡々と攻撃を仕掛けてきてる。

だが、隙を見せないなら隙を作るまで……やりたくない技だが、やるしかない!

 

 

「ハァァァァァァァ……」

「………む」

 

 

俺が両手を上げる仕草を見せると甘寧の攻撃が止んだ。俺の次の行動を油断なく見ている様だが、この技は見せる事が目的だ。

 

 

「ふんっ!」

「……………なんだ、それは」

 

 

俺が両手を頭の後ろで組んでポーズを決めると、甘寧からは怒りを押さえて絞り出した様な声が聞こえた。

 

 

「素敵でしょ?」

「よし、死ね」

 

 

俺の返答が気に入らなかったのか甘寧は構えた剣を横凪ぎに払う。だが、これこそが俺の狙い。

 

 

「待ってたぜ!」

「何っ!?」

 

 

そう、これこそが俺の目論見だ。放課後のキャンパスをする事で、がら空きになった脇腹を狙って横凪ぎの攻撃が来る筈だ。しかも甘寧は右手に剣を持っていたから来るのは俺の左脇になる。来るとわかっていれば、タイミングさえ合えば受け止める事は可能。

俺は甘寧の右腕を捕まえ関節を極めると自身の右手に気を溜め込んだ。

 

 

「この距離なら外さん!」

「くっ……貴様っ!」

 

 

俺のやろうとしている事を察したのか、甘寧は後退しようとしたが俺が右腕を掴んでるから逃げる事は叶わない。

 

 

「ダークネス……フィンガー!」

「まだ……だ!」

 

 

俺はダークネスフィンガーを放つ。以前の失敗も考慮して指に気を込めるのではなく、右手全体を覆う様に気を送り込みながら右手を振り下ろした。

しかし、甘寧はなんと剣を投げ捨てると極めていた右腕を素早く引き抜き、半歩下がった。だが、それがある意味、不味かった。

 

 

「え、あ……な……」

「………あー」

 

 

ビィィィィっと俺の右手が甘寧の服を破いた。甘寧が半歩下がった事で本来の狙いがズレた為に甘寧自身ではなく甘寧の服を破いてしまった。しかも甘寧の胸に巻いていたサラシも破いてしまったので甘寧の胸がプルンと空気に晒される。

いや、確かにダークネスフィンガー放ったけど、こんなToLOVEる-ダークネスみたいなのは望んじゃいない。何とも言えない空気になった。甘寧は呆然としてるし、周囲の兵士も動きを止めてしまっている。

ここは俺が何かを言わなければ……

 

 

「えーっと……ご馳走さまでした」

 

 

俺が頭を下げたと同時に、甘寧は素早く破れた服を拾うと体に巻き、前を隠す。そして剣を拾うと先程の倍は速い剣刃が俺を襲う。

 

 

「落ち着け、甘寧!これは事故だ!」

 

 

咄嗟にガードを固めたけど正直、さっきより数段怖い。

 

 

「ソノ記憶ト、命ヲ置イテイケ」

「記憶を奪えば命は不要だと思うな、僕!」

 

 

その鋭すぎる攻撃に俺はガードをしながらダッシュで逃げた。当然、回り込まれて甘寧が一瞬で俺の目の前に!

 

 

「撤退!てったーい!!」

「っ!」

「あ、ほらほら撤退だってよ!」

 

 

俺の首筋に剣が押し当てられたと同時に、何処からか撤退の銅鑼と兵士の声が聞こえる。俺等の側じゃないから呉の方だと確信した俺は、撤退していく呉の兵士達を指差した。

 

 

「ちっ……」

「ほっ……助かった」

 

 

甘寧は舌打ちをすると剣を退いた。俺は正直助かったよ。と思ったら甘寧は俺の胸ぐらを掴み上げた。

 

 

「覚えておけ、貴様は私が殺す」

「あ、はい……」

 

 

顔を赤くして涙目で俺を睨む甘寧。その直後、甘寧は俺を突き飛ばすと止める間もなく走り去ってしまった。ふぅ……生きた心地がしなかったぜ。

 

 

「秋月さん、先程の行動でお伺いしたい事があるんですが?」

 

 

ポンと俺の肩に斗詩の手が置かれた。ニコニコとしているが……笑ってない。あ、これ死ぬわ。

 




『放課後のキャンパス』
セクシーコマンドーの技。「ハァァァァァ…」などのかけ声と共に上げた手を後頭部で組み「うっふぅ~ん」とセクシーポーズを決める。


『ダークネスフィンガー』
マスターガンダムの必殺技。掌にエネルギーを溜めて相手に叩き込む技。


『ソノ記憶ト、命ヲ置イテイケ』
「ぐらんぶる」の主人公伊織がヒロイン千紗の着替えを見てしまった時に謝罪ではなく、感謝を述べた事で千紗が激怒した時の台詞。


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第百九十話

難産でした。しかも短め。


 

 

 

◆◇side鳳統◆◇

 

 

建業での戦いに敗れた呉の皆さんを桃香様は受け入れ、蜀へと招き入れる事にしました。

今は蜀へと進路を取り、国に帰ってる道中で魏の軍勢と矛を交えた皆さんから話を聞いていました。

 

 

「あの種馬兄……祭の真名を勝手に呼び、唇を奪っただけでは飽きたらず思春まで辱しめるなんて!」

「思春殿の服を無理矢理脱がすなんて……!」

 

 

中でも孫権さんは付き人の甘寧さんが秋月さんに敗れた事を怒っていました。周泰さんもその行動に驚いてます。

当の甘寧さんは恥ずかしさからか顔を隠してはいるものの、耳まで真っ赤になっているのは分かります。

というか、私は秋月さんと話をしたことがあるから分かりますけど多分、意図的に甘寧さんの服を脱がしたという事は間違いで事故だと思ってます。あの心の暖かい方がそんな事をするとは思えないんです。

 

 

「やはり女の敵か……」

「くくっ……やはり面白い御仁だ」

「やっぱ、あの時にトドメを刺しとくべきだった……」

 

 

皆さんが其々に秋月さんの話をしていますが評価が兎に角、下がっています。でも、私はそんな気はしませんでした。あの方は……とても優しい方でした。

 

それに……高順さんは大丈夫だったのでしょうか?心配です。

 

 

 

 

 

◆◇side大河◆◇

 

 

 

建業での戦いの後、師匠は斗詩さんにお説教されてたッス。

 

 

「いいですか、秋月さん。みだりに女性に乱暴をしてはいけません。まして敵国の方なんですよ。まあ、私も元々は別の国に居た身ですから強くは言えませんけど……」

「はい、まったく……その通りでございます」

 

 

師匠は斗詩さんの前で正座してるッス。さっきまで格好良く戦ってた姿は見る影も無いッスね。

 

 

「私も秋月に話すことがあったが斗詩の後にするか……」

 

 

斧をギラリと光らせる華雄さん……本当に話をする気なんスか?

更にその後ろでは次は私の番とばかりに桂花さんが腕を組んで待ってるッス。お説教はまだまだ続きそうッスね。

そう言えば師匠から凰雛さんが蜀の陣営に居たって言ってたッス。赤壁の時から心配してたから安心したッス……安心したッスけど……

 

 

「……会いたいッス」

 

 

凰雛さんの事を思うと……胸が苦しいッス……

 

 

 

 

◆◇side純一◆◇

 

 

 

「ねぇ、私じゃ満足できないの?」

「桂花……甘寧の事は完全に事故だったから、泣きそうな顔しないでくれ」

 

 

斗詩からの説教が終わったら桂花が来たので、追加の説教かと思ったら涙目で訴えられた。しかも俺にピッタリと抱きついて上目遣い。

止めて、そのリアクションが一番、心に響くから。



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第百九十一話

 

 

桂花をあの状態から持ち直させるのに一晩掛かった。ただ甘えてくるなら兎も角、不安そうな顔でジッと見詰めるのだ。その度に俺の中のスイッチが入りそうになり、この後メチャクチャ……となりそうになった。いや、最終的には、そうなったんだけど。

 

まあ、その後はいつもの調子に戻ったので安心したのだが……

 

 

「昨日は桂花に譲ったが次は私だ」

 

 

華雄が斧を持ったまま俺の肩にポンと手を置いた。徹夜明けには厳しいなぁ……だが、これも俺の勤めだよな。

 

 

「華雄、なんちゃってシルバースキンと新しい武器を装備するから待っててくれ」

「うむ……手加減はせんからな」

 

 

華雄が手加減しないとか、俺は確実に死ねるわ。最近じゃ春蘭との模擬戦との勝率が五分五分って聞いてるんだけど。

 

 

「さて……黄蓋との事や甘寧の事に言い訳はあるか?」

「祭さんとの事も本当だし……いや、甘寧の方は斗詩にも言ったけど事故だからね?」

 

 

なんちゃってシルバースキンと新しい武器を装備した俺は華雄と対峙していたけど、いつもより気合いが入ってる気がする。

 

 

「うむ、理解した。だが納得は出来ん」

「わあ、理不尽」

 

 

チャキッと斧の尖端を俺に差し向ける華雄。それに対して俺は構えた。

 

 

「私が勝ったら今日は秋月を好きにさせてもらうぞ」

「おおっと、負けても俺に良い事がありそうだ」

 

 

少し頬を赤く染めた華雄がそんな事を言ってくる。実に乙女だ。斧さえ構えてなければ……

 

 

「行くぞ、でやぁぁぁぁぁぁっ!」

「っと……あれ?」

 

 

斧を振りかぶった華雄だが俺は違和感を感じた。いつもより動きが遅く感じたのだ。

 

 

「ほっ!とっ!危なっ!」

「なん……だと……」

 

 

華雄の斧を次々に避ける。何故か、斧の軌道が見える。避け続けていたら華雄には凄く驚かれた。いや、そこまで驚かんでも。だが、そんなに驚いたなら、もっと驚かせてやろう。

 

 

「デュアッ!」

「え……ひゃあ!?」

 

 

俺はなんちゃってシルバースキンの帽子部分を両手で挟む様に手を合わせると、勢い良く前に飛ばした。すると帽子の中からブーメランが飛び出し、華雄を襲う。これぞなんちゃってシルバースキンに一時的に仕込んだ暗器、愛素楽観……ではなくアイスラッガー。相手の虚を突く武器として仕込んだのだが思ってた以上の効果だ。華雄から可愛い悲鳴が聞こえたし。

 

 

「くっ……秋月の性格や戦い方を熟知していたのに油断した」

「それでも虚を突くのが俺……危ない!」

 

 

尻餅を着いた華雄にドヤ顔をしたら華雄は顔を赤くしたまま斧を投げ付けてきた。咄嗟に避けたけど顔面コースだったよ今の。

 

 

「しかし、今の武器があるなら何故、甘寧の時に使わなかったんだ?」

「武器を使うために帽子に手を伸ばした瞬間に斬られるっての……そのくらいの速さだったからな」

 

 

甘寧の時に使っていたら使用の瞬間に斬られる事、間違いなし。卍丸みたいに速度に自信があるなら龔髪斧でもしてやるわ。そして、そこで思う。

 

 

「あれ……もしかして甘寧の速さに目が慣れていたのか」

「釈然としないが、それなら少しわかるかもしれんな。甘寧の速度と私の速度では差があるからな」

 

 

そう、先程の華雄の攻撃を避けられたのは甘寧の速度に目が慣れていたからだ。それと持ち前の勘と華雄の動きを常に見ていたから避ける事が出来たのだ。

 

 

「これから甘寧のイメージトレーニングをすれば、もっと強くなれるかも……」

「いめーじとれーにんぐとはなんだ?」

 

 

華雄が俺の言葉に首を傾げる。そりゃ通じないか。

 

 

「簡単に言えば……強い相手を頭の中に思い浮かべて、それを相手にする。そうする事で技術や戦術を向上させるんだ」

「なるほど……」

 

 

俺の説明に華雄は納得した様に頷いた。

 

 

「そう……頭に思い浮かべるんだ。例えば甘寧と戦った時の事を思いだし、戦う」

 

 

俺は甘寧との戦いを思い出す。ぶっちゃけボコボコにされたが、あの速さをイメージする。

 

 

「ふむ……過去に戦った者や自分より強い相手を想定するのか」

「ああ……そして、その対応を張り巡らせて、体を動かせる様にするんだ」

 

 

俺は甘寧の素早さを連想しながら戦う。その素早さは俺が捕らえる事は叶わない。ならばやはり、攻撃された際に捕まえて攻撃をするしかない。

そして思い出すのは、その後の光景。体を鍛えてる事でスポーティーな体。健康的な日焼け。凛々しい顔付きで顔を赤らめて、涙目……そして、あの胸。

 

 

「秋月、顔がニヤけているぞ。何を思い出した?」

「ああ、うん……甘寧に勝った事を思い浮かべたんだヨ」

 

 

華雄に怪訝そうな顔で睨まれた。うん、イメージトレーニングを真面目にしてただけだよ。

この後、何を考えていたのか読まれたのか、気合いの入った華雄にボコボコにされました。

 

 




『なん……だと……』
『BLEACH』で多用されるセリフ。驚いた時、信じられない事が起きた時などに使われる。


『アイスラッガー』
ウルトラセブンの頭にくっついている宇宙ブーメランの名前。 主に投げつけて使用する。飛ばした後はセブンのウルトラ念力で自在にコントロールできるので一回投げただけで敵を滅多切りにすることも可能


『龔髪斧』
『魁!男塾!!』の登場キャラ卍丸の必殺技。
卍丸のモヒカンの中に仕込まれた武器。ブーメランのように往復し敵を狙う。


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第百九十二話

 

 

 

「……で、どういう事か話を聞こうか?」

「あ、はい……」

 

 

俺は椅子に座り、目の前には正座をする一刀、天和、地和、人和。

正直、この状況は珍しい構図だが今はそれどころじゃない。

 

 

「『数役満姉妹……相手は天の御使い、種馬弟か』随分と面白い記事じゃないか?」

 

 

 

俺は手に持った瓦版を読みながら目の前の四人に話し掛ける。一刀と人和はダラダラと汗を流し、天和と地和は何故怒られてるのか分からないといった感じだ。

 

 

「アイドルにスキャンダルは厳禁なのは分かるよな一刀?」

「そ、そうなんですけど……見られちゃったみたいで」

「何よ、一刀と逢い引きするなって言うの!?」

 

 

俺の言葉に一刀は意味を察しているが地和は分かっていないようだ。人和は分かってるみたいだけど。

 

 

「逢い引きするなとは言わないけど、人前でしたのが駄目なんだよ。しかも瓦版に載ることを目的としたろ、お前等」

「それは……」

「えー、でも、お姉ちゃんも一刀としたかったんだもん」

 

 

俺の溜め息交じりの説明に地和と天和が反論する。いや、怒ってる意味を察してほしい。

 

 

「あ、わかった!あんた、私達に構って貰えないから拗ねてるんでしょ?」

「あ、そうなんだー」

 

 

閃いたと言わんばかりに地和と天和が笑みを浮かべる。人の気も知らないでコイツ等は……

 

 

「姉さん、私達が一刀さんと仲良くする……と言うか逢い引きとかする事でファンが離れるかもしれないんだよ?秋月さんはそれを心配してるんだよ?」

「え、なんで私達が一刀と逢い引きしてファンが離れるの?」

 

 

人和は流石に分かっていたみたいだけど天和は未だに分かってないみたいだ。

応援していたアイドルに恋人が居たってスキャンダルは現代でもあるから尚更分かる話だが、その手の記事がニュースになると離れるファンも少なくない。

 

 

「お客さん達は私達の歌と躍りを見に来てるの。でも私達は他の男の人の物です、なんて言って誰が喜ぶの?」

「話題に上がるって事に知名度は確かに上がっただろうけど良い話題と悪い話題とあるだろう?その差をちゃんと感じてくれ」

 

 

人和の説明と俺の補足に現在の状況が分かってきたのか、天和と地和はどうしようと涙目になり始めてる。まったく……

 

 

「ま、今回は新たに瓦版の発行をさせといたから少しは大丈夫だろう。一刀は数役満姉妹の世話係で一緒にいる事が多いって内容だから少しはフォローになるだろ」

「純一さん……」

 

 

俺のフォローに一刀が感動してる。俺としても栄華から予算をもぎ取った身として数役満姉妹にも頑張ってもらわねばならんのだ。

 

 

「俺もな……お前達には頑張ってほしいんだよ。一刀程じゃないけど俺もプロデューサーとして見守ってきたんだからさ」

「ぷろでゅーさー……」

 

 

俺は椅子から立ち上がると天和の前で片膝を突いて、肩にポンと手を乗せる。感極まったのか天和は涙目になっている。熱意が伝わるのは嬉しいね。

 

 

「ぷろでゅーさー!」

「おわっと!?」

 

 

そこで話が終われば良かったのだが天和は俺に抱きついてきた。突然の事だったので俺は受け止めきれずに押し倒された。

 

 

「ごめんなさい!そんなに私達の事を思ってくれてたなんて!」

「……わかってくれれば良いよ」

 

 

涙声の天和の背をポンポンと叩きながら宥める。まったく普段からこのくらいの態度を示してくれりゃ良いのに。

この後だが俺と一刀、そして天和達と今後のライブについてを話し合った。天和達には以前、話していたミーア的な衣装の話をしたら物凄くテンション上がってたので次のライブは大盛り上がりになると俺は確信していた。

ミーアの服装は派手だけど天和なら着こなせる筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

秋月の部屋の掃除をしていたら服屋から届けられたと言う、袋を発見して思わず見てしまった僕は固まった。

中からは下着同然の服が出てきたからだ。アイツ……僕達にこんな服を着せる気なの?

 

なんて思ったけど、服の採寸は明らかに僕や月、桂花に当てられた物じゃなかった。僕は思わず自分の胸に手を当てる。

 

 

「やっぱ……男の人は胸なのかな……」

 

 

言っていて少し虚しくなったけど秋月が帰ってきたら、この服の事を聞かなきゃね。覚悟しておきなさいよ……そんな事を思いながら僕は秋月の部屋の掃除を続けた。



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第百九十三話

 

 

 

 

先程まで天和達を正座させていた俺だが……今は詠の前で俺が正座していた。

 

 

「で……この卑猥な服の理由を聞こうかしら?」

「天和達の舞台衣裳です」

 

 

天和達と打ち合わせを終わらせた後に自分の部屋に戻ったら、有無を言わさずに正座させられたので詠が何を怒っているのかと思ったが、ミーア・キャンベルの衣装を俺の部屋で見付けたからか。

 

 

「こ、こんな服で舞台に出るの?」

「そういう需要もあるって事だよ。露出ばかりとは思わんしな」

 

 

詠はミーア・キャンベルの衣装を持ちながら驚愕の表情だ。まあ、衣装はその手の物ばかりじゃないが。

 

 

「因にだが天和達の衣装とは別に、皆にも着て欲しい服があるんだがな」

「ぼ、僕達にも……その、えっちぃ衣装を着させるつもりなの?」

 

 

実はキミ達の服もあるんだよと告げると、詠は以前教えた「エッチ」の言葉を使ってきた。「えっちぃ」とか却って艶があるんだが。

 

 

「そう言うのが着たいなら用意するけど?」

「あ、ちょっと……」

 

 

俺は立ち上がると詠に詰め寄る。近寄られた詠は頬を少し染めながら抵抗を見せるが、それは俺のハートに火が灯るばかりだ。

 

 

「ふ、普段からそうじゃない。この侍女の服だってそうじゃない」

「それは給仕の服として支給した服だからな……俺の趣味全開の服を着させてみたいとは思うよ」

 

 

詠を壁際に追い詰めてドンと手を着きながら語る。怯えた様な詠の表情にゾクッとした。なんか大将が春蘭や桂花を苛める理由が分かったかも……なんか、新しい扉が開いた気が……

 

 

「ば、馬鹿……そんなに見たいなら言ってくれれば……その……」

 

 

そう言って潤んだ瞳で俺を見詰める詠。その瞬間、俺の中でも何が弾けた。SEED的な何かが。

 

 

「詠!」

「あ……」

 

 

俺が詠の肩を掴んで抱き寄せようとする。詠は驚いた様だけどギュッと目を閉じてキスを待つように顔を上げた。その時だった。

 

 

「秋月さん、華琳様がお呼びで……あ」

「ゆ、月……」

「あ、ちょっ、違……」

 

 

タイミング悪く、月が俺の部屋に来た。そして俺と詠を見ると、顔の下から上へとカァーと赤くなって顔全体が赤くなり、ポンと湯気が出た。そして、そのまま倒れそうになる。

 

 

「月!」

「ちょっと月、大丈夫!?」

 

 

先程までの甘い空気から一転。倒れそうになった月を咄嗟に受け止めると詠から心配そうな声が漏れる。

 

 

「恥ずかしさやらなんかで思考が追い付かなかったみたいだな。取り敢えず俺の寝台に寝かせるか」

「そうね。月は私が見てるからアンタは華琳の所へ行ってきなさい。呼ばれてるんでしょ?」

 

 

俺が月を寝台に寝かせると、詠は手慣れた様子で月のメイド服を脱がせようとしてる。成る程、そのまま寝かせたら苦しいもんな。

 

 

「月を脱がせるのを見てないで、さっさと行きなさいよ!」

「ありがとうございます!」

 

 

詠の手並みに感心していたら、月を脱がす所を見るなと裏拳が飛んできて、クリティカルヒット! 思わず礼を言ってしまったが石原刑事か俺は。

 

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

僕に殴られてから慌ただしく出ていく秋月を見て僕は溜め息を溢す。思わず流されちゃったけど秋月と接吻しようと……と言うか僕からねだるような事をしてしまった。

 

秋月の寝台で目を回している月を見て、僕は少し申し訳ない気持ちになると同時に、中途半端で終わってしまった接吻を残念に思いながら自分の唇に指を這わせた。

 

 

 




『種割れ』
ガンダムSEED劇中で隠された力が覚醒し戦闘能力が向上する。
頭上で植物の種子が砕け散るようなエフェクトが挿入され、瞳のハイライトが消失する。


『石原達也』
ドラマ『trick』の登場人物。
金髪オールバックで怪しさ全開の広島弁を喋り、やけに裾の短いズボンなど不可思議なファッションと言動が特徴。上司である矢部に心酔しており、理不尽に殴られても「ありがとうございます」と叫ぶ。


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第百九十四話

 

 

大将に呼ばれたので大将の執務室に行くと、椅子に座ったまま随分と難しい顔をしていた。なんの話をするつもりなんだ?

 

 

「大将、お呼びとの事ですが?」

「あら、来たわね」

 

 

大将はフゥと溜め息を溢す。おいおい、人を見て溜め息を溢すなよ。

 

 

「まあ、いいわ。聞きたいのだけど、貴方はこの間まで体調が悪かったのよね?」

「ああ、妙に体が重かったが……」

 

 

大将の言葉に思い出すのは先日の呉の祭さんとの戦いの時。かなり急に体が重くなり、呼吸するのもキツかったのは覚えてるけど。

 

 

「そう……気を失う程だったのかしら?」

「それに近い感覚だったと思う」

 

 

あの時は祭さんを助けるのと走るので必死だったけど、今思えば気を失ってもおかしくはなかった気がする。

 

 

「そう言えば、一刀も具合が悪かったみたいだな。俺と同じく船酔いだったのかもな?」

「そう、参考になったわ。少し考えたい事があるの……また後で話を聞かせてもらうから、そのつもりでいて」

 

 

俺の言葉に大将はまた考え込んでしまう。なんなんだか。

 

 

「そんじゃ、失礼します」

 

 

俺は大将の考え事の邪魔をしない為に部屋を後にする。なんか凄い深刻そうな感じだったな。

 

 

「おお、秋月。丁度良かった」

「僕らだけじゃいつもの訓練になりそうだったんだよねー」

「未来への脱出!」

 

 

なんて思いながら廊下を歩いていたら、これから鍛練なのかフル武装の春蘭と季衣と遭遇した。会話の流れから嫌な予感がした俺は即座に逃げ出した。しかし、回り込まれた。

 

 

「貴様も甘寧との戦いで強くなったと聞く……さ、やろうか」

「当たり前みたいに言うな!それと甘寧のは色んな意味で事故だからね」

 

 

春蘭の言葉にツッコミを入れるが意味は無さそうだ。と言うか秋蘭を初めとした他の将が手を合わせてる。チクショウ、意地でも生き残ってやる。

 

という訳で俺は、なんちゃってシルバースキンを身に纏って春蘭と対峙してる。しかし、いつもと感覚が違うような……

 

 

「なにをボサっとしている!行くぞ!」

「いや、ちょっと待った!?」

 

 

春蘭が大剣を構えて突っ込んできた。こっちの体勢を整える時間くらいはくれよ!?

春蘭の大剣を両腕を交差してガードしたが、やはり何かが違う。なんだ、この違和感は!?

 

 

「待ってくれ、春蘭!」

「戦場で敵が待ってくれると思ったか!」

 

 

体の違和感を感じつつも春蘭の大剣を避ける。避ける事が出来るのは、やはり甘寧との戦いが活きてるのだろう。春蘭の剣筋が完璧じゃないにしても見える。

 

 

「相変わらず防御と避けるのは得意な様だが、それだけで私に勝てると思うなよ」

「仕方ない……だが、今までの俺と同じと思うなよ!」

 

 

春蘭の挑発に乗る事にした俺は体に気を込め……込め、あれ?なんか、なんちゃってシルバースキンに込めた気が……そう思った瞬間。俺の胸や腹に衝撃が来た。

 

 

「ごぶっ!?」

「な、なんだっ!?」

 

 

なんちゃってシルバースキンが弾けとんだ。胸や腹の辺りの鎖帷子が砕けて、ぶっ飛んだ。仮面ライダーカブトのキャスト・オフみたいに。

だが、キャスト・オフみたいに前だけに飛ばず俺の方にも弾けた破片が来た為に大ダメージ!

 

 

「く……ぐお……」

「い、今のはなんだったんだ秋月?」

 

 

踞って痛みに耐える俺に春蘭が話し掛けるが、俺にそんな余裕はない。なんとか立ち上がろうとしたけど、立ち上がれずに俺はその場に倒れ込み、意識を失った。

次に目を覚ました時、俺は医務室で専用の寝台で寝かされていた。大将からは『推測が終わる前に怪我するんじゃないわよ』と叱られ、桂花からは『またか……』と呆れられてしまった。

 

 




『キャスト・オフ』
仮面ライダーカブト系のライダーの特徴の一つ。
重装形態であるマスクドフォームから、全身のアーマーを吹き飛ばし、高機動形態であるライダーフォームへ移行する。
弾けとんだアーマーは四方に飛ぶ。これ事態が無差別全体攻撃で雑魚敵はこれで一掃されるパターンが多い。



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第百九十五話

 

 

 

なんちゃってシルバースキンの強制キャスト・オフによる自爆から次の日。気絶はしたが思いの外、体へのダメージが少なかった俺は武器庫で頭を悩ませていた。

 

 

「見事なまでに弾けたとんだみたいですね」

「服の中に爆竹入れて火を灯した様なもんだ。威力は桁違いだが」

 

 

破損したなんちゃってシルバースキンを見ながら一刀が呟き、俺は鎖帷子の破片を手にしていた。

 

 

「コレを作ってから結構、経過してるし金属疲労ってのもあるんだろうな。それで耐久力がギリギリだったのに俺が気を込めたから爆発したんだろ」

「リア充爆発しろとは、良く言いますけど実際に爆発してるのは純一さんくらいですよね」

 

 

お前も似た様な状態なのに言うじゃないか一刀。

 

 

「それに……甘寧との戦いが決め手だったのかもな。甘寧の攻撃を凌ぐ為に気を多量に込めた上に甘寧の連撃を食らいまくったんだ。むしろ、今まで良く耐えてくれたと思うよ」

 

 

俺はあの時、甘寧に斬られた箇所の鎖帷子に視線を移す。そこには切り刻まれてボロボロの鎖が。

 

 

「そうですね……それに恋や春蘭との模擬戦も理由の一つじゃないですか?」

「寧ろ、金属疲労と劣化の理由はそっちが主な気がしてきた」

 

 

思い返すと敵軍よりも身内の攻撃の方がキツい気がしてきた。敵よりも味方が強敵ってどうよ?

 

 

「暫く戦は無いらしいから大丈夫だろうけど、早めに直さないとな」

「当面は呉の豪族や権力者が相手なんでしたっけ?」

 

 

呉の軍勢は蜀と合流した連合になっている。これらを相手にするには、準備不足は命取りになるとして、今は後に残され反抗している豪族や権力者達の鎮圧が主な仕事となっている。そんな訳で警備隊の隊長副長コンビは戦場に出なくても良い事になっているのだが、その分、内政やら街の治安に力を注いでいる。その矢先に俺が倒れたのだ。

 

 

「大将は新兵に戦場の空気を実感してもらう良い機会じゃないなんて言ってたけどな」

「凪達も新兵訓練に気合い入ってましたね」

 

 

そう。次の蜀呉連合軍との戦いが最終決戦になると誰もが予想し、ピリピリした空気が流れてる。あの仕事をサボりがちな沙和や真桜ですら、その空気を察して仕事をしているくらいだ。まあ、そのせいでなんちゃってシルバースキンの修理を頼みづらいんだが。

 

 

「ちょっと、あんた!怪我人が出歩いてんじゃないわよ!」

「ああ、悪い。ちょっと気になったもんだからさ」

 

 

 

等と一刀と会話をしていたら桂花が凄い剣幕で入ってきた。城の誰かから俺の居場所を聞いたな。

 

 

「北郷!あんたもあんたよ!この馬鹿が無理しないように見張ってなさいよ!」

「あ、うん……ごめん」

 

 

ズカズカと武器庫に入ってくる桂花の怒りは一刀にまで飛び火した。

 

 

「悪かったから機嫌直してくれよ。な?」

「ひゃん!?ちょ、何処触って……馬鹿!」

 

 

俺は桂花の怒りを静める為に後ろから抱き締めたのだが逆効果となった。足踏まれました。

 

 

「まったく……種馬兄弟が……」

「俺達にとっては不名誉なんだけど、その渾名」

 

 

足を踏まれて痛がってる俺を見ながら一刀が呟く。桂花は少し頬を赤く染めていた。

 

 

「種馬でしょ。それとも否定できるのアンタ達」

「そりゃお互い様だろ肌う……まっ!?」

 

 

溜め息を吐いた桂花のアッパーが、あるキーワードを言おうとした俺の顎を捉えた。怪我をした胸や腹を狙わないのが彼女なりの配慮だと思いたい。

 

 

「まったく、もう……」

「まあまあ、それが純一さんだから」

 

 

一刀よ、それはどっちの意味でのフォローだ。いや、どっちでもろくな事じゃないのは確定だが。

 

 

「でも……今でもたまに思うんですよ。純一さんが隊長の方が良かったんじゃないかって……」

「ちょっと、あんた!」

 

 

少し遠い目をした一刀に桂花が咎めようと声をあげたが一刀は手で制した。

 

 

「華琳にも言われたけど凪達の信頼を裏切るような事は言わない……でも、本当にたまに思っちゃうんだ」

「気持ちは……わからないでもないわよ。春蘭と秋蘭みたいに姉妹でも春蘭が将軍やってるくらいだからね」

 

 

まあ、言わんとしてる事はわかる。年上とか兄姉がいるなら、そっちが上に行くべきって気持ちも。ならば俺はこう言おう。

 

 

「兄よりも優れた弟など存在しないのだ!」

「そのセリフだと俺が純一さんと隊長の座を賭けて戦うことになりますよ。それに……俺は純一さんとは戦いたくないです」

 

 

北斗羅漢撃の構えをしながら名セリフを出したが、一刀はいつものツッコミの後に少し悲しい顔をしていた。少しノリで話してたけど唯一の未来から来た人と戦いたくないって事かね。

 

 

「んじゃ……これからも頼むぞ、弟」

「あ……はい!」

 

 

俺が裏拳気味に一刀の胸をポンと叩くと今度は笑顔になった。これで少しでも元気が出たなら何よりだ。

桂花は小首を傾げていた。うん、このノリは男じゃなきゃわからんよな。

桂花にはなんでも無いと告げた後に、なんちゃってシルバースキンの話や先程、一刀と話してた内容を説明した。怪訝な顔をされたけど、「無理はしないで……」と服の裾を掴む桂花が愛しくて抱き締めようとしたら頬をつねられた。

 

 

 

因みにだが、部屋に戻ったら医務室にも部屋にも居なかった俺を心配した月にめっちゃ怒られた。ごめんなさい。




『兄より優れた弟など存在しない』
『北斗の拳』に登場するジャギが作中で放った台詞。
自身より未熟な弟であるケンシロウが北斗神拳継承者になった事に激怒し、ケンシロウに対して発せられた。しかし、この後ジャギは自身の発言が間違っていた事を、その身を持って味わう事となる。

『北斗羅漢撃』
ジャギが作中で使用した北斗神拳奥義の一つ。
両手を前に突き出す構え、螺旋を描く様な腕の動きから無数の高速の突きを繰り出す技。
スピンオフ作品『極悪ノ華』では師父・リュウケン自らがジャギに伝授した技とされ「全ての雑念を取り払ったものにしか使えない」と語っていた。 リュウケンやラオウ、トキの口から北斗神拳の奥義の中でも高位の技だった事が語られている。
しかし、この技を使用したジャギはケンシロウへの憎しみ・恨み・妬み・嫉みの感情全てをコンプリートしていた為に技は不完全なものだったと推測される。
当然ながら不完全なジャギの北斗羅漢撃はケンシロウには通用しなかった。


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第百九十六話

なんちゃってシルバースキンの破損から数日。俺は大河や季衣達に技を教えていた。技や鍛練という事で凪も同伴していた。

 

 

「ここを……こうして、そう……」

「こ、こうッスか?」

「痛たたっ!?痛いよ、純一さん!」

 

 

現在は大河が季衣にコブラツイストを仕掛けてる状態。戦場じゃ使えないだろうけど一対一の戦いなら充分に威力を発揮する。

 

 

「これはコブラツイストって言う関節技でな。痛いだろ?」

「痛い、痛い!」

 

 

大河の肩に手を置いて軽く揺すると季衣が悲鳴をあげる。

 

 

「痛いよぉ……止めてよ純一さん……」

「師匠、流石に可哀想ッスよ」

 

 

涙目で俺に訴える季衣。流石に可哀想になってきたのか大河が俺に抗議を始める。流琉や香風も俺にジト目を向けている。もう完全に俺が悪者……というか俺が季衣に乱暴な事をしてる様な空気になってる。

 

 

「少し悪ノリし過ぎたな。ほら、技を解くぞ」

「ん……っ……痛かったよぉ……」

 

 

大河の手を掴んで季衣に絡んでいた体を解かせる。俺が抱き上げると季衣は涙目だった。

 

 

「悪かった、悪かった」

「ぐすっ……」

 

 

抱き上げてポンポンと背を叩くと涙ぐんだ声が返って来た。こういう所はまだまだ子供だな。

 

 

「季衣を泣かせたな、貴様ぁぁぁぁぁぁっ!」

「うおっと!?」

「うひゃあっ!?」

 

 

なんて思っていたら春蘭が大剣を構えて突っ込んできた!いや、俺を許せないのは分かるけど今の避けなかったら季衣諸共に斬ってたからな!

 

 

「だから待てって!先日もそうだが剣を納めて話し合えば絶対に被害は無いはずだ!」

「最早、問答無用!」

 

 

春蘭に対して、ちゃんと問答が成立した事の方が少ない気がするが……

 

 

「バーサーカーかアイツは……季衣、離れてろ。被害を食うぞ」

「う、うん……」

 

 

俺は抱き上げていた季衣を離すと大河達の方へ向かわせる。というかマジで春蘭がバーサーカーに見えてきた。

 

 

「ふふん、しるばーすきんとやらが無い貴様が私に敵うと思ったか?」

「甘いな……確かになんちゃってシルバースキンは今は無い。だが、こんな事もあろうかと!」

 

 

ドヤ顔な春蘭に俺は持ってきていた荷物から一振りの刀を取り出す。本当は一刀用に真桜に作って貰ったんだが今は俺が使おう。

 

 

「これぞ不殺の剣の最終型、逆刃刀……危なっ!?」

「その様な剣で私の剣を止められ……止めただと!?」

 

 

セリフの途中で春蘭に斬りかかられたけど、なんとか受け止めた。真桜に兎に角、頑丈にとお願いしといたけど助かった。

 

 

「ほう……今までの剣とは違うようだな」

「真桜に頼んだ甲斐があったな」

 

 

ギリギリと剣を合わせながら顔を付き合わせる。あ、春蘭って意外とまつ毛長いんだな。

 

 

「あら、春蘭。接吻寸前ね」

「っ!」

 

 

突如、背後から掛けられた声に春蘭に顔が真っ赤になっていく。熱くなっていた所で違う所に意識が向いたから一気に恥ずかしくなったみたいだな。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

春蘭は可愛い悲鳴を上げながら剣を捨てると俺の手を取り、反対に関節を決めると釣天井の様に固めた。

春蘭の可愛い悲鳴とは逆に俺はガチの悲鳴を上げた。っていうか教えてないのになんでロメロスペシャルを使えるんだよ!?

 

 

「はっ!すまん、秋月……つい」

「つい、で出る技の難易度じゃねーよ!」

 

 

恥ずかしがる春蘭とは裏腹にメキメキと関節が痛め付けられていく。この後、騒ぎを聞き付けた斗詩や呆然としていた凪が止めてくれるまで続いた。

因みに、春蘭が恥ずかしがった原因の一声を出したのは大将だったのが後程、判明した。後で覚えとけよチクショウ。

 




『こんな事もあろうかと』
アニメや漫画などで使われるセリフ。伏線等を一切無視し、あらゆるご都合主義を実現する。
主に博士や科学者、整備員のキャラが多様するパターンが多い。


『逆刃刀』
るろうに剣心の主人公・緋村剣心の愛刀として登場。
峰と刃が逆になっているため、逆向きに持ち替えない限りは人を殺せないとされている。


『ロメロスペシャル』
プロレス技の一つ。うつ伏せになった相手の腿の外側から自身の足で巻き込むように挟み、その状態で自身の両手で相手の両手を持ち、そのまま後方へと倒れ込み、寝るようにして相手の体を吊り上げる。


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第百九十七話

 

 

春蘭からロメロスペシャルを食らってから翌日。漸く、関節の痛みも引いてきた。

 

 

「春蘭の力だと大概の技が必殺技の領域だな」

 

 

肩をグルンと回してストレッチ。なんか妙に体が解れた気がするのは気のせいなのだろうか?

その直後だった。城の一角から激しい爆音と揺れが来た。なんだ、爆発っ!?

俺は爆音のした方へと走り出した。

 

すると直ぐにそこに向かっている一刀と凪を発見。即座に動いた様だな、関心関心。

 

 

「なんだ、今の爆発。どこかの襲撃か純一さんが自爆したのか!?」

「わかりませんが、副長は朝の鍛練の時は普通にしていましたし……方角的には工房の方ですね」

 

 

真っ先に俺を疑う辺り、一刀達が俺をどう思ってるか分かるな。

 

 

「じゃあ……原因を探りに行こうかな隊長殿?」

「あ……じゅ、純一さん……」

「お、お疲れ様です……副長」

 

 

俺が背後から一刀の肩に腕を回すと一刀と凪は気まずそうにしている。そのままの状態で移動する。二人はなんとも言えない顔をしているが自業自得だ。

そして工房に到着すると……まあ、酷い状態だった。何か作りかけの物や工具が散乱し、破壊された炉から煙が吹き上がっている。

 

 

「酷い有り様だな……」

「けふっ……けふっ……」

 

 

その様子を見た凪が呆れた様子で呟くと、爆発の中心付近から真桜が咳き込みながら出て来た。

 

 

「……やっぱりお前か、真桜」

「最初は俺を疑っていたがな」

 

 

一刀の発言に俺はツッコミを入れる。一刀はサッと視線を反らした。

 

 

「べ、別に好きで爆発させた訳やないで……副長じゃあるまいし」

「俺だって好きで自爆してんじゃねーよ。ったく、煤だらけじゃないか」

 

 

俺は煤だらけになっていた真桜の顔をタオルで拭いてやる。まったく……

 

 

「なぁなぁ、副長……ここも煤で汚れてもーたわ」

 

 

そう言って真桜は一刀には見えないように、俺にだけ見えるようにビキニの紐をズラした。チラリと見えるツインボムに視線が釘付けになってしまう。

 

 

「よーし、わかった。拭いてやる」

「わ、ちょっ!?副長、冗談やから!」

 

 

俺が手拭いを近づけると真桜はパッとビキニの紐を直して俺から後退り。ちっ、あと少しだったのに。

 

 

「最近、純一さんも遠慮がなくなってきましたね」

「お前達もな。真っ先に俺を疑ってただろ」

 

 

一刀の言葉に俺は反論しながら真桜にタオルを渡した。後は自分でやんなさい。

 

 

「何があった!劉備の襲撃か!?それとも秋月の自爆か!」

 

 

そんな中、春蘭と秋蘭が騒ぎを聞き付けて走ってきた。どいつもこいつも俺を疑いやがって。

 

 

「違うよ。真桜がなんか失敗したみたい」

「……そうか。怪我はないか?」

「うぅ……心配してくれるのは秋蘭様だけや。他のモンは部屋がメチャクチャになったのばっか心配して、ウチの心配なんか全然してくれへんし……副長には襲われそうになるし」

 

 

一刀が状況説明をすると真桜の心配をした秋蘭。流石に優しいと思ったら真桜が濡れ衣を俺に浴びせてきた。誘ったのはお前だろうに。

 

 

「部屋の事ならお主の給金から引いておくから、特に心配をする事はないが……秋月の事は求められて嫌だったのか?」

「いや……そな……嫌っちゅー訳やないんやけど……」

 

 

秋蘭の言葉にモジモジとし始める真桜。

 

 

「それに、この状況で秋月の方から手を出すとは考えにくい。大方、お主の方から悪戯をしたのだろう?」

「う……お見通しかいな」

 

 

秋蘭の言葉に泣きそうになった。信じてもらえるって嬉しいね。

 

 

「それに本当に襲われていたら桂花や詠の様に顔を赤くして上の空になっているだろうしな」

「秋蘭、それ以上はいけない」

 

 

その個人情報の取り扱いに注意だ。後で怒られるから、主に俺が。

 

 

 

「しかし、何故爆発など起こしたのだ?」

「ああ、霞姉さんから偃月刀の強化を頼まれたんや。前に随分、強化したんやけど決戦前に打ち直して欲しいてな。ほんでいざ作業をしようと炉を温めたら……」

「爆発したと……」

 

 

春蘭の疑問に真桜が答える。なるほど、開発の途中経過だったか。

 

 

「だったら何故爆発したんだ?今までも似た作業はしていたんだろ?」

「そりゃ炉の違いや。城の炉と此所の炉じゃ性能に雲泥の差やで」

「そう言えば城の炉って華琳が開発に力を注いでたっけ。純一さんも確か、開発に一枚噛んでるって聞きましたけど」

 

 

凪の疑問に真桜が答え一刀が納得した。確かに炉の開発にも俺は関わってる。なんせ話は五右衛門風呂を作成した頃まで遡るんだからな。

 

 

「霞の偃月刀の強化か……私のも頼みたいくらいだ」

「ええですよ。意匠やら寸法は前に調べてるんで」

 

 

いつの間に調べたと言いたいけど、発明に関しては好奇心の塊の真桜なら、ある意味当然か。

 

 

「なら俺のシルバースキンも頼めるか?」

「副長のシルバースキンも春蘭様の剣も城の炉が使えりゃ直ぐにでも作れるんやけどなぁ」

「なら、帰れば良い」

 

 

俺が破損してしまった、なんちゃってシルバースキンの修理も頼もうかと思ったのだが結局、城の炉が使えないと無理との事だった。秋蘭から助け船の様な一言が。

 

 

「ええのっ!?」

「本日の昼頃から華琳様が国元に戻られる。護衛という形で同行すれば問題無いはずだ」

「そういや、今朝の会議で大将が一刀を呼び止めてたっけ」

「いや、時間を空けておけと言われたけど国に戻る話だったは思わなかったんで」

 

 

思い出すのは今朝の会議での事。会議が終わると大将は一刀を呼び止めた。俺はてっきり大将が一刀に逢い引きの話でもしてるのかと思ったが違ったらしい。

 

 

「ああ、その事で秋月にも伝言だ。国元に戻る際に同行せよとの事だ。街の警備や市場の景気を見て報告せよとの事だぞ」

「ありゃ、俺も行くのか。まあ、街の状態も気になってたから丁度良いけど」

 

 

更に秋蘭から俺も同行する話が来た。取り敢えず街の状態を確認したら服屋と武器屋に顔を出すか。頼んどいたのが出来てるかもだし。



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第百九十八話

大将が国元に戻るって事なので一刀、以下数名が護衛と国に戻ってからの仕事で同伴していた。

一刀は大将の付き添い。季衣や流琉は一時的な里帰り。香風、ねね、大河は子供故に気晴らしも必要だろうと同伴。真桜は先日の件もあり、城に戻り武器の開発に。因みに沙和は俺達に便乗して新作の服を買いに来た。

そして、俺はと言えば……

 

 

「街の経済と治安状態の確認ねぇ」

「一刀は私が連れていくから副長の貴方が確認なさい」

 

 

俺は荷台の上でゴロゴロしながら書類を確認していた。なんつーか、俺だけが純粋な仕事で来てる気がする。因みに、桂花達は蜀へ侵攻するための準備で来れなかったので久々に一人での行動となる。

 

 

「副長、ウチ等が居らんからって他の女に手ぇ出したら許さへんで」

「仕事だっての。そういや、西地区の方の開発状態も見てこなきゃだな……」

 

 

真桜の言葉に反論しつつ、呉へ行く前に西地区の開発状態を軽く視察していたので気になってたんだよな。

 

 

「純一も警備隊の副長としての自覚が出てきたみたいね。結構な事だわ」

「寧ろ、今まで何に思われていたのか気になりますな」

 

 

大将は少し満足気味に言うが今まで何に思われてたのかしら?

 

 

「副長は自爆してばかりなのー」

「人をボンバーマンみたいに言うな」

 

 

沙和の言葉に反論する。人を自爆魔みたいに言いやがって。

 

 

「俺はファイヤーストーム数発でやられたりはしないぞ」

「なんでロックマンの方のボンバーマンなんですか」

 

 

ロックマンのボンバーマンって、実は攻撃パターンを知っていれば弱点武器なしでも倒せる敵なんだよな。

 

 

「なんか、この手の話をしてる時の純一さんって何かしら企んでますよね。もしかして国元の武器屋になんか頼んでるんですか?」

「鋭くなったな一刀。ま、楽しみにしとけ」

 

 

ジト目で俺を見る一刀。今までの経験から俺が何かを準備している事を察したらしい。

 

 

「今、話したばかりだけど自爆は許さないわよ」

「武具ばかりじゃないんでご安心を。それと大将が一刀を悩殺する為の服も……あぶないっ!?」

 

 

俺の言葉を遮る様に大将の絶が飛んできた。咄嗟に避けたけど絶は俺が寝転んでいた位置に刺さってる。

 

 

「自分の総大将に再起不能にさせられるのは洒落になってませんな」

「あら、純一なら避けると信じたからよ」

 

 

俺の言葉にニコやかな笑みを浮かべているが明らかに刺す気だったよね、確実に。

 

 

「信頼が痛いね」

「信頼や信用には責任や痛みが伴うものなのよ。無責任な発言に対する鉛の様に重い責任を思い知りなさい」

 

 

俺は荷台に突き刺さった絶を引き抜いて大将に渡す。

 

 

「兎に角、私と一刀もやる事があるの。季衣達は里帰りなんだから他の事は純一に任せるわよ」

「はいはいっと」

 

 

大将の真面目な顔付きに俺は気持ちを切り替える事にした。さて、久し振りの洛陽だ。






『ボンバーマン』
ハドソンから発売されたゲームのシリーズ。ヘルメットを被ったキャラを操作して爆弾で壁を破壊したり、対戦相手を倒すゲーム。


『ボンバーマン(ロックマン)』
ロックマン(初代)のボス。人型で頭部のトサカが印象的なボス。ハイパーボムを投げて攻撃してくる。


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第百九十九話

 

 

 

さて、久々に洛陽に到着したが大将と一刀が早々と用事の為に離れる。香風はその護衛。季衣や流琉、ねね、大河のチビッ子組は里帰りの為、離脱。季衣や流琉の故郷に香風、ねねが付き添いで向かい、大河は元々洛陽に実家があるので、そのまま帰らせた。沙和は景気を調べる為(建前)に街へと行った。真桜は春蘭や霞の武具、俺のなんちゃってシルバースキンの改修の為に工房へと行った。

そんな訳で久し振りに俺は一人での行動だ。

 

 

「副長さん、久し振りだね」

「帰ってたのか?新作だ持っていってくれや」

「出先では怪我しなかったのかい?」

「今日は女の子は一緒じゃないんだね」

「呉でも女との関係が出来たって本当なのか?」

 

 

久し振りに聞く街の人達の声に泣きそうになる。俺の評価って……そんな事を思いながら街の散策を続けた。

 

 

「副長さん、新作の服……出来てますよ」

「素晴らしい出来です。つーかクオリティ高っ」

 

 

いつもの服屋に顔を出したら頼んでおいた服が大量に出来ていた。本当にこの世界の服ってどうなってんだろう?俺や一刀の世界の服と差がないんだけど。

 

服を受け取った後、武器屋に行ったら服屋同様に頼んでいた物が出来ていたので受け取った。真桜になんちゃってシルバースキンの事を頼んではいたが、それ以外の物は武器屋の親父に頼んでいたのだ。毎回、驚く真桜の顔を見るのも楽しみの一つだしね。

 

 

さて、街の経済と警備の見回りを済ませ、警備隊の屯所に顔を出してから城に戻る頃には夕方になっていた。やれやれ、一人でやると時間かかるな。車やバイクは無理として……せめて自転車くらいは欲しいなー。

 

 

「あら、戻ってたのね純一」

「おや、大将。見回り等々、色々と終わりました。報告は後程しますわ」

 

 

城に戻ると大将が既に戻ってきていた。用事は終わったのかな?

 

 

「そう。なら、明日までに纏めておきなさい。私と一刀は明日には戻るから」

「へ……俺は?」

 

 

大将は明日には一刀を連れて呉へと戻るらしいけど俺は?

 

 

「純一には季衣達の村に行って欲しいの。そしたら暫くはそこに滞在しなさい。呉から本隊を連れて蜀に行くときに纏めて拾っていくわ」

「あ、それで報告書は明日までと。しかし、大将の護衛は……」

 

 

季衣達の護衛が無い上に俺まで居なくなったら護衛はどうすんだよ。

 

 

「あら、香風と沙和と真桜は一緒に連れていくわ。他にも兵は居るから心配ないわよ。それよりも季衣達の村でねねや大河が迷惑を掛けていないかの方が心配だわ」

「護衛の件は了解ですが……保護者代わりか俺は?」

 

 

大将の言葉に思わず笑いそうになる。なんやかんやで子供に甘いよな大将は。なんつーか、親戚の家に子供を預けた親の心境だよ、それは。

 

 

「んじゃ、報告は明日までにまとめるから今日は大将も一刀を独占しとくと『バキッ』ありがとうございます!」

「余計な気は回さなくて結構よ」

 

 

俺の言葉を遮る様に大将の拳が俺の顔面を捉えた。余計な事や口出しをして殴られるって、詠の時といいパターンと化してるな。不味い、このままじゃマジで矢部警部と石原刑事みたいになってしまう。

 

 

「そっちは兎も角……それじゃ俺は明日にでも季衣達の村に行きますわ」

「そうして頂戴。まったく、もう……」

 

 

まだプリプリと怒ってる大将。本気で怒ってる訳じゃない時ってこんな怒り方するんだよな。年相応の顔付きしてら。

さっき、服屋で受け取った服の紹介もしときたかったけど今出したら絶が飛んでくるな。うん、間違いなく。

 

 

「あら、それとも早く桂花に会いたいから季衣達の村に行くのは止めておくのかしら?」

「それを言うなら離れたくないから大将は一刀を連れて戻ってきた……危なっ!?」

 

 

大将の発言に反論したら大将の拳が飛んできたので上体を反らして避けた。流石に二度目は食らわんよ!

 

 

「甘いわよ」

「そげぶっ!?」

 

 

ドヤ顔をしたら大将は俺の服の襟を掴み、そのまま流れる様に足払いを仕掛け、俺は対処できずに転ばされた。

 

 

「私相手に得意気になるのは10年は早いわよ」

「そう言う大将は俺から一刀の事を言われると……あだだだっ!?」

 

 

ドヤ顔を返されたので一言添えてやると、大将は俺の腕をとって捻り上げた。関節技とかも前に少し話しただけなのに、完璧に理解して使いこなしてるし!

 

 

「ま、遊ぶのはここまでにしておくけど……明日から季衣達の事、頼んだわよ」

「りょーかいです」

 

パッと俺の手を離す大将。遊びだと言ったけど、一刀の話をした辺りの力の入れようを考えると本気だったよね。

そんなこんなで明日から季衣達の村でお世話になると決めた俺だが……その判断を俺は激しく後悔する事となる。

 

 



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第二百話

大将からの指示もあり俺は季衣達の村に行き、ねね、大河と合流する為に馬に揺られていた。

本当にここまで一人なのも久し振りだ。桂花や詠達とは一緒に行動する事が多かったし、大河を弟子にしてからは、いつも一緒だったからなぁ。

 

一人になると、こういう事をよく考えてしまう。と言うかいつも周囲が騒がしいんだよなぁ……トラブルまみれな日々。まあ、若干ToLOVEるも混ざっていたが。

 

 

「………フゥー」

 

 

馬を休める為にも小川の付近で腰を下ろす事にした。馬を木に括り付け、マルボロに火を灯した。もう残り数本となったマルボロに寂しさを感じる。むしろ、よく此処まで保ったとは思うが。

 

思えば、この国にも慣れたよなぁ……最初の頃は戸惑ってばかりだったけど、すっかり生活にも仕事にも自爆するのにも慣れてしまったし。

 

 

「まあ……この世界に来てからバタバタしっぱなしだったから今回のは大将なりの俺への気遣いなんだろうな」

 

 

俺は独り言を言いながらタバコの火を消す。さて、季衣達の村へと行くか。そう……気楽な旅だと思ってたんだ……この時までは。

 

 

「………今は村にいない?」

「はい。村の外れに熊の足跡があったので熊退治に行ってしまいまして」

「季衣達はさっき出たばかりなのです」

 

 

季衣達の村に到着した俺だったが村人達によれば季衣、流琉、大河は熊退治に出掛けてしまったらしい。ねねは軍師ゆえに戦闘に向かないので村で留守番していた。

村人達は季衣、流琉の強さを知っており、大河の事も曹操軍の将という事で信頼されているのか皆が安心しきっていた。

因みに俺の事は季衣、流琉が説明していたらしく村人達からは歓迎された。今夜泊まる事も快く了承してくれたのだが……

 

 

「とーさま?」

「なんか、凄く嫌な予感がする……」

 

 

ねねが俺を見上げながら俺を呼ぶが嫌な予感がしてならなかった。もしも……もしも、あの三日月模様の熊だった場合、季衣達だけじゃ危ないかも知れないのだ。

季衣や流琉、大河の強さは信頼してる。大河は弟子とは言っても俺よりも強いから大丈夫だとは思うが……そんな俺の予想を裏切るのが奴だ。用心に越した事はないよな。そう思った俺は背負っていた荷物を下ろす。

 

 

「ねね、俺も季衣達の後を追う。最悪の結果を考えて村の守りは頼んだぞ」

「ちょ、とーさま!?」

 

 

ねねに後を任せ、荷物を村人に預けた俺は熊が出没したと言われた場所へと急いだ。

 

 

 

そして現場に到着した俺が目撃したのは……満身創痍の季衣、流琉、大河。そして相対する額に三日月模様の馬鹿デカい熊が一頭。

何故、コイツは俺にとって嫌なタイミングで現れるんだ!



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第二百一話

季衣、流琉、大河の目の前には過去に俺を苦しめた三日月模様の熊が……つーか、子供とは言っても季衣、流琉、大河は魏の武将としての力は本物だ。その三人が一頭の熊に敗北って、あり得なくね!?俺なら兎も角だぞ!

 

 

「うぅ……純一さん……」

「おお、季衣!何があった!?」

 

 

呆然としてる俺の耳に季衣の呻き声が届く。

 

 

「村の近くに熊が出るって聞いたから僕達、熊狩りに出たんだ。そしたらコイツが居たから倒そうとしたんだけど……」

「私達、三人がかりでも歯が立たなくて……」

「師匠が苦戦したのも納得したッス……」

 

 

満身創痍な三人。と言うか季衣、アサリ狩りみたいに熊狩りとか言わないの。

確かにこの熊は超強かったけど季衣達で対応出来ない程の強さだったのか?

 

 

「ならば、先手必勝……かめはめ波!」

 

 

俺は疑問に思いつつも季衣達を助けるべく、熊にかめはめ波を放った。だが、その直後……

 

 

「ぐるおぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「うそぉ……」

 

 

 

なんと熊は俺のかめはめ波を避ける事もなく、右腕で払い飛ばした。そのまま空に消えていった、かめはめ波を俺は呆然と見送った。

 

 

「あんな感じで私達の武器も弾かれたんです」

「そう言う事は先に言おうね、流琉!」

 

 

流琉の発言にツッコミを入れたが俺の心中は穏やかじゃない。なんか会う度に強くなってねーか、この熊!?

だが、俺だって今まで何もしなかった訳じゃない!今こそ試す時だ。

 

 

「おら、こっちだ!」

「ちょ、純一さん!?」

 

 

熊に突撃した俺に驚く季衣。だが、驚くのはこれからだ!

俺は上着を熊目掛けて投げ、視界を奪う。当然、熊は俺の上着を避けることなく払い飛ばすが俺はその隙に熊の背後に回り込み、その太い首に手を回して締め上げる!

 

 

「これぞ、ハンギングベアー!」

「ぐるぉぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

俺は気で腕や手を強化して熊の首を締め上げる。今まで、気功波の類いは効かなかったから今回は直接攻撃に出た。しかも俺は背後に回り込んだから反撃は出来ない筈。

 

 

「ぐるぉぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぐ、こ、の……」

 

 

反撃は来ないものの、暴れて振り落とされそうになる。だからって負けるか!

 

 

「ぐ……るぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「へ……?」

 

 

その直後、フワリと妙な浮遊感。その正体は熊がジャンプしたのだ。そしてそのまま背中から落ちて俺を押し潰そうと……ってヤバい!?

 

 

「危なっ!?」

 

 

俺は咄嗟に熊の首に回していた腕を外して、素早く離れた。危ねぇ……あのままだったら確実に押し潰されてたわ。ヒグマの平均体重って250~500キロ位だったっけ?コイツは明らかに、それ以上だし。つーか、咄嗟の判断が人間みたいだよ。熊猫溺泉で溺れた格闘家とかじゃないだろうな!?

 

 

「ぐるぁぁぁぁぁぁぁ……」

「あー……怒ってるよね……」

 

 

起き上がると如何にも怒ってますって雰囲気の熊さん。これはヤバい。季衣達を守るためにマジでファイナルエクスプロージュンも使わねばならんか……そんな時だった。

 

 

「きゅう!」

「……へ?」

 

 

ガサガサと森の中から一頭の子熊が出てきた。その子熊は三日月模様の熊にすり寄るとスリスリとその身を合わせてる。三日月模様の熊もそれを心地好さそうにしてる。

 

 

「もしかして……親子なんでしょうか?」

「それはまさか……そうかもしれないッス」

 

 

 

流琉の言葉に大河が違うと言い掛けたが肯定した。うん、俺もそう思えてきた。だって……

 

 

「半月だ!」

 

 

季衣が子熊を指差して叫ぶ。そう、子熊の額には半月の模様が。親が三日月模様で子供が半月模様って……

親子熊はチラリと此方を見てから森の奥へと帰っていった。

 

 

「お母さんが子供にご飯をあげたかったのかなぁ?」

「なら、私達は邪魔しちゃったのかなぁ?」

「確かに自分達、問答無用で戦ってたッス……」

 

 

子供達はしょぼんとしてる。だけど、まあ……

 

 

「お前達も熊が出て危ないと思ったから村の人達の為にも熊狩りをしようとしたんだろ?人と野生動物の生き方は違うんだから仕方ないさ」

 

 

俺はポンポンと季衣、流琉、大河の頭を順番に撫でてやる。やれやれ……強いとは言ってもまだまだ子供……

 

 

「って……いだだだだだだだだっ!?」

「師匠!?」

 

 

大河の頭を撫でてる途中で腕がビキッと痛みが走った。まさか、ハンギングベアーの時に腕に気を込め過ぎたから過負荷で筋肉痛になったか!?

 

この後、俺は季衣、流琉、大河に支えられながら村へと戻った。村に戻った後、話を聞いたねねが俺にべったりとなった。両手両腕が使えなくなった俺の世話をしてくれたのだ。単に俺に甘えたかったのかもしれないが。季衣、流琉、大河は俺への負い目もあったのか、ねねの手伝いしていた。介護老人の気持ちがよーく分かったよ、チクショウ。

この状況は大将が本隊を引き連れて俺達の回収に来るまで続いてしまった。

 

 

 





『ハンギングベアー』
『聖闘士星矢』の登場人物、檄の必殺技。
怪力を生かした絞め技で何万頭もの大熊を絞め殺したとされている。
銀河戦争では初戦で星矢と対戦の際に使用し、星矢の首を締め上げ失神させるが、意識を取り戻した星矢に両腕の聖衣を破壊された上に連続キックを受け、敗退した。


『熊猫溺泉』
呪泉郷の一つで主人公の父、早乙女玄馬が落ちた泉。水を被るとパンダになってしまう呪いが掛かる。


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第二百二話

 

熊と遭遇してから数日。俺は季衣達の村で世話になっていた。両腕が極度の筋肉痛になっているので、何も出来ず流琉に料理を教えたり、大河に修行の指導をしたり、ねねと碁を打ったりと概ね平和に過ごしていた。

 

 

「大河、お前は既に魔閃光を習得してるんだから他の技も使える筈なんだ。故に次の技を教える」

「押忍!お願いします!」

 

 

そんな訳で今日も大河と修行である。魔閃光を既に放てるのだから俺は大河に次の技を教えていた。

 

 

「いいか、掌をこう重ねて体を捻って……」

 

 

俺が身ぶり手振りで技の型を教える。大河も割りと天才肌だからアッサリと習得しそうな気もするが。

 

 

「この技は魔閃光よりも気の消費が激しい。俺のかめはめ波に近い技だからな」

「師匠のかめはめ波に近い……自分、頑張るッス!」

 

 

大河は俺の説明を聞き終えると、気合いが入ったのか教えた技の型を反復練習してる。真桜達もこんくらい素直に仕事に臨んでくれたらと本当に思う。

次の日。未完成ながらにも教えた技を放った大河を見て、俺の気の習得期間と照らし合わせて才能の差に泣きそうになった。

 

 

そこから更に数日。大将が本隊を引き連れて戻ってきた。いよいよ蜀に攻め入るのが決まって俺、季衣、流琉、大河、ねねの回収に来たのだろう。包帯が巻かれた俺の腕を見て、ほぼ全員が『やっぱりね』と溜め息を吐いた。解せぬ。

 

 

「まったく……やっぱり怪我してるんだから!」

「ご期待に添えたかな……って痛い!」

 

 

俺の怪我を予想していた桂花に怒られ、ボケたら華雄から拳骨を落とされた。

 

 

「心配したのだぞ。予想通りな結果にしおって」

「ああ、悪かった」

 

 

拳骨を落とした頭をそのまま撫でてくる華雄。なんやかんやで優しいんだよね。

 

 

「もう、今回は何をしたんですか?」

「ちっと無理をしすぎただけだよ。痛みも引いてきてるから包帯ももう取れるよ」

 

 

包帯が巻かれた俺の腕を取って心配そうにしている斗詩。ごめんなさい。本当はちっとの無理じゃなかったんです。それくらいしないと確実に熊にやられてたんです。

 

 

「ふくちょー、なんちゃってシルバースキン直ったで。褒めて褒めて!」

「ありがとな、真桜。後で試着してみるよ」

 

 

なんちゃってシルバースキンを見せびらかしながら俺に詰め寄る真桜は目がキラキラと輝いていた。後でたっぷり褒めてやろう。

 

 

「と言うか何をしたら、そうなったんですか?」

「そうね。あれだけ釘を刺しといたのに、その状態なのだもの。説明なさい」

 

 

一刀と大将が俺に疑問を投げ掛ける。うん、言い逃れできそうにないな。

俺は掻い摘んで説明した。季衣の村で世話になると決めた日に、近隣に熊が出没すると騒ぎになっていた事。季衣達が熊を狩りに行ったら、その熊は今まで俺が戦っていた三日月模様の熊だという事が判明した事。季衣達を助けるために戦い、三日月模様の熊はなんとか撃退したが腕に負荷が掛かって重傷になった事。両腕が使えなくなったので数日、ねねに世話をしてもらった事。

 

 

その説明を聞いた大将達は納得してくれた。特に凪や秋蘭はその目で三日月模様の熊の強さを知っているから尚の事だ。

 

 

「まあ、正直俺も無茶はしたと思ったよ?でも引くに引けなかったからさ」

「純一さんの場合無茶がデフォルトなんですけど」

 

 

因みに季衣達は助けてもらったからなのか大将に俺は悪くないと言ってくれていた。年下に……いや、子供にフォローされると嬉しさよりも悲しさが勝るね。

 

 

「俺もそろそろパワーアップしたいな。その時、不思議な事が起こった的な感じで」

「そんなお手軽パワーアップは平成の世じゃ通じませんよ」

 

 

一刀のツッコミも尤もだが俺としては本格的にパワーアップしたいのよ。取り敢えず真桜に作り直してもらった、なんちゃってシルバースキンに袖を通しますかね。

 

 

 

 





『その時、不思議な事が起こった』
仮面ライダーBLACK.RXが危機に陥った際に、このナレーションと共に奇跡の逆転劇や説明のつかない理不尽な勝利をもぎ取る事を示す。
例1 仮面ライダーBLACKの変身装置を破壊されても不思議な奇跡で仮面ライダーBLACK.RXへ進化を遂げる。
例2 恩人の娘を目の前で死なせて深い悲しみを与えたらロボライダーにパワーアップ。
例3 ロボライダーでも脱出できない罠に放り込んだら怒りでバイオライダーにパワーアップ。


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第二百三話

 

 

 

蜀への道中は長い。途中で村や街を幾度となく立ち寄り、行軍する。

その道中は移動ばかりとは限らない。敵が居ないか斥候を放ったり、山賊とかを退治したりとやる事は多い。そしてその最中で鍛練をしないという選択肢は存在しなかったりする。

 

 

「うりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「魔閃光!」

 

 

今現在、立ち寄った村から少し離れた場所で春蘭相手に季衣と流琉と大河が模擬戦をしていた。

春蘭が大剣を振りかぶったと同時に大河の魔閃光が春蘭に直撃するが、春蘭はダメージが無かったのか、そのまま突っ込んで来た。無茶苦茶である。

 

 

「甘い!そんなもの効かぬわ!」

「甘いのはお互い様ッスよ!」

 

 

大河に大剣を振り下ろした春蘭だが、大河は素早く跳躍して飛び上がり剣を避ける。それと同時に、春蘭目掛けてガンダムハンマーと超電磁ヨーヨーが交差する様に飛んで行く。

 

 

「季衣と流琉か!だが!」

「嘘ぉ!?」

「凄いです、春蘭様……」

 

 

なんと春蘭は剣をそのまま地面に突き刺すと、両手を広げてガンダムハンマーを右手で超電磁ヨーヨーを左手で受け止めてしまう。

 

 

「中々良い連携だった……だが、私を相手にするにはまだまだ未熟だったな!」

「へぶっ!?」

 

 

隙を突こうと背後から大河が蹴りを見舞おうとするが、野生の本能で察知したのか春蘭は右足を素早く上げて前蹴りで大河を打ち落とした。あ、下着がチラッと見えた。

 

 

「やっている様だな」

「秋蘭、用事は終わったのか?」

 

 

大河達の鍛練を眺めていた俺の隣に秋蘭が立っていた。春蘭が鍛練をすると言い始めてから用事があると離れてたのに。

 

 

「ああ、姉者の仕事を終わらせてきたのでな。少々手間取ったが」

「なるほど、後始末だったか」

 

 

そう言って俺の隣に座る秋蘭。大方、春蘭が仕事を秋蘭に任せて鍛練を始めたか、春蘭の仕事でミスがあったから其れを手直ししたかのどちらかだろう。

 

 

「しかし……季衣と流琉と大河が姉者相手に鍛練とはな」

「最初は俺が相手をしたんだがな。流石に体が保たん」

 

 

そう最初こそ俺が相手をしていたのだが、体力の限界と強さの限界を感じていた。新しいシルバースキンを身に纏っても防御し続けるのが精一杯な俺じゃ鍛練にならない。寧ろ、公然と行われるチビッ子リンチに俺が音を上げた。

 

 

「それで姉者か?」

「ああ。よっぽど三日月の熊に負けたのが悔しかったんだろうな」

 

 

ついでを言うなら春蘭なら野生の熊みたいな部分があるし……とは言うまい。隣に重度のシスコンが居るんだし。

 

 

「そうか……だが姉者も滾っている様だ。蜀との決戦を前に良い鍛練となっている」

「ああ……もうすぐだもんな」

 

 

トレーニングの域を越えているとは思うがな、と思うと同時に蜀との決戦を考えさせられる。既に俺や一刀の知る歴史とは大幅に変化している。やっぱ赤壁の辺りから……

 

 

「ぐあっ!?」

「おい、秋月!?」

 

 

これからの決戦や赤壁の事を考えていると、心臓を鷲掴みされた様な痛みが走り踞る。秋蘭が声を描けてくれたが

返事は出来そうにない。

 

 

「師匠!」

「純一さん!」

「おい、秋月!」

 

 

鍛練をしていた大河や春蘭達の声が聞こえるが遠く感じる。なんだ、この感覚は……意識が遠のく……

 

 

「秋月さん!」

 

 

俺の瞳に最後に映ったのは泣きそうな顔で俺に駆け寄ってくる月の姿だった。

 

 

 



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第二百四話

 

 

 

曹魏の将軍人気投票、結果発表!!

 

 

 

第1位 春蘭

 

 

「はーはっはっはっ!みんな、ありがとう!」

 

 

第2位 夏侯惇

 

 

「……ふん」

 

 

第3位 元譲

 

 

「華琳様に感謝」

 

 

第4位 魏武の大剣

 

 

「くっ……春蘭に負けた」

 

 

第5位 隻眼の猛将

 

 

「順当な順位だな」

 

 

 

 

 

 

キミのお気に入り将軍は何位だったかな?

沢山の投票、本当にありがとう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って……全部、春蘭だろうがっ!」

 

ツッコミを入れ、妙な夢から覚める。

いつもなら昔の……現代に居た頃を夢に見るのだが今回は何故か、こんな夢だった。

 

 

「なんつー夢だよ……ってか此処は……」

 

 

妙にダルい体を起こすと見覚えの無い天井。明らかに魏の城にある俺の部屋じゃない。

 

 

「何処だ……それに何で寝てたんだ俺は……」

 

 

俺が悩んでいるとガランと何かが落ちる音がする。その方向に視線を向けると、驚愕の表情で詠が俺を見ていた。

足元には水の入っていたであろう手桶と手拭いが落ちている。溢した水は詠の足と服を濡らしていたが、詠は固まって俺を見つめていた。

 

 

「秋月っ!」

「うおっと!詠!?」

 

 

意識が戻った詠は俺に駆け寄り抱き付いて来た。急な事で驚いたけど、俺は詠をしっかりと抱き止める。

 

 

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!心配したんだから!」

「馬鹿って言いすぎだ……でも、心配させたみたいだな」

 

 

俺に抱きつきながら『馬鹿』を連呼する詠。状況を説明して欲しいが落ち着くまで待った方が良いな。しかし……ふーむ。やはり詠は胸が大きくなったな。押し付けられるボリュームが前とは……

 

 

「ねぇ、秋月?……僕のお腹に何か固いのが当たってるんだけど……」

 

 

あ、やべ……

 

 

「ねぇ……僕、心配してたんだけど……これ、何?」

「えーっと俺の青龍偃月刀……痛い!」

 

 

詠の視線は非常に冷ややかな物に変化していく。そりゃ倒れて心配してた相手の一部がいきなり元気になってりゃ怒るわな。

そして俺の発言を聞いた詠は落とした手桶を拾うと俺の股間に一撃を与えた!超痛い!

 

 

「おま……これは洒落にならん……」

「心配させといて、そんなんになってるからでしょ馬鹿!」

 

 

股間を押さえて踞る俺に、詠はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 

 

俺の股間の痛みが引いてから詠から話を聞くと、今は俺が倒れてから二日後の夜らしい。俺が倒れた事で進軍は明らかに遅れており、立ち寄った村にそのまま逗留させてもらっていたらしい。いつもなら俺を馬車の荷台に乗せて進軍をしていたが、俺の様子が尋常じゃない事から村に逗留して安静にする事にしたらしい。

 

 

「そっか……皆に迷惑かけたな」

「理由はそれだけじゃないわよ。長い進軍で兵隊の疲れも出る頃だから一度腰を据える必要があったのよ。これで進軍の予定も調整しながら行く事になったのよ」

 

 

蜀までの距離が距離だから無理はさせられないって事だな。蜀に到着したのに疲労困憊ってのは洒落にならんな。

 

 

「兎に角……明日の朝になったら皆に謝っときなさいよ。皆心配してたし月なんか泣いてたんだから」

「そっか……」

 

 

忘れていたが現在は深夜で起きているのは一部の夜勤組のみ。詠は丁度俺の看病の順番だったから居たとの事。

 

 

「僕は華琳に報告してくるからアンタは寝てなさいよ。それに着替えなきゃだしね」

「ああ、そうするわ」

 

 

そう言って部屋から出ていこうとする詠。着替えか……さっき溢した水は詠の足元を濡らしていた。水に濡れて詠の履いている黒のストッキングを纏った脚は妙な色気を……

 

 

「見るな馬鹿!この種馬!」

 

 

俺の視線に気付いたのか、詠は濡れた手拭いを俺の顔面に叩き付けた。水を吸った手拭いって地味に痛い。

そのまま怒って出ていく。

これでいい……心配させといてなんだけど、沈んでいるよりも怒っていた方が元気に見えるからな……などと少し言い訳染みた事を考えていた。

 

 

 

 

◇◆side詠◇◆

 

 

 

まったく……あの種馬は……

人に心配させておきながら無駄に元気なんだから。それにしてもやっぱり妙よね。倒れたと言う割には起きて直ぐに元気そうにしてたし。

何よりも……秋蘭の話じゃ今後の話をしている最中に急に倒れたって言ってた。何があったのかは分からないけど、前も似たような状況で倒れてた……技の開発やら鍛練で気絶する事が多かったけど、まさか今回と同じ状況で倒れてたんじゃ……そう思うと府に落ちる部分が多い。凪も以前、『副長は何故か気を修得していく度に気が不安定になっていくんです。技による自爆や気を失う事が多いのも、それが理由だと私は思っています』と言っていた……それはつまり秋月がこの世界で生きるだけでボロボロになっていると言う事……

 

 

「それに北郷も倒れた……とまで行かなくても体調不良って聞いてるし……」

 

 

そう……秋月が倒れた頃に北郷も体調が悪かったと聞いている。その報告を聞いた時に華琳の表情も何処か思案顔だった。

 

 

「華琳も何かを知っている……と思うべきよね……」

 

 

恐らくだけど華琳も秋月や北郷の体調不良の事を何か知っている。それは誰にも話していない事なのね。知っていれば春蘭や秋蘭はあんなに慌てないし、桂花ももっと冷静に対処できていた筈。

 

 

「聞き出すべきよね……」

 

 

そう言って僕は着替えをした後に華琳の所へ向かう事を決意した。



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第二百五話

お待たせしました。


 

 

 

 

◇◆side華琳◇◆

 

 

 

蜀へと進行する途中、立ち寄った街で過ごすこととなり、夜遅くに詠が訪ねてきた。寝る前にお茶を煎れてくれたのだと言うが、詠の瞳からはそれ以外にも要件があるのはありありと伝わってきた。

 

 

「それで、要件は何なの詠?」

「単刀直入に聞くわ……純一と北郷の事よ」

 

 

私が詠に促すと、ある程度予想していた質問が来た。最近、詠は周囲に一刀と純一の話を聞いて回っていた。

それは詠が一刀や純一のここ最近の不調を知っていた事になる。

 

 

「純一と北郷が最近、体調を崩すことが多いのは知ってるわ……純一は自爆が多いけど」

「そうね、純一のは自滅が殆どよ」

 

 

純一は大概が自滅よね……私の予想を越えて様々な結果を産み出す純一は、ある意味一刀以上に予想が出来ない。

 

 

「だとしても……不自然な所が多いわ」

「そうね。だからこそ私は名医と名高い華陀にも二人を診させたわ。その結果、何も異常は見当たらなかったそうよ」

 

 

そう……私も不自然に思ったからこそ大陸一の医師で、大陸中を周りながら医療を行っている五斗米道の華陀を呼び寄せ診察させた。しかし、二人の体には異常は見当たらなかったと華陀は言っていた。

 

 

「異常が無い?それこそ有り得ないわね」

「そうは言っても、この国の最高の医者がそう判断したのよ」

 

 

私の言葉に睨むような視線を送る詠。私も同じ意見よ。でも二人の体調不良の原因は分からないのよ。

 

 

「皆は二人が天の御使いだからとか天の種馬兄弟だからとか楽観視してたけど……僕にはそんな簡単な話には思えなかった」

「だったら詠には分かるの?二人の不調の原因が」

 

 

詠は私の言葉に黙ってしまう。そう……二人の体調不良は同じ時期に起こり、同じ様な症状で倒れている。ただの偶然で済ませるには出来すぎた話だ。

 

 

「話は此処までよ。私も一刀や純一は心配だけど原因がわからないんじゃどうしようもないもの。二人には体調に異常を感じたら報告するように伝えてあるから。それと……心配ならずっと側に居たらいいんじゃないかしら?桂花も純一と一緒に居る時間を増やしてるみたいだしね」

「ば、馬っ鹿じゃないの!?」

 

 

そう言って詠は慌ただしく出ていった。茶化したけど、私も一刀と純一の事は心配。でも現段階では何も出来ないし……何よりも情報が足りない。

まあ、一刀や純一の事だから何があっても笑って過ごすとは思うけど……

次の日。私は昨晩の事を考えながら部屋の外へと出る。凝り固まった考えをしてしまっている時はこうして少し散歩をするのが……

 

 

「カズロットォォォォォッ!!」

「純一さん、なんでブロリー調なんですか!?」

「止めてください副長!うわっ!なんかいつもより気弾の圧縮率が違うんですけど!?」

 

 

私の視界に飛び込んできたのは何故か上半身裸で一刀に複数の気弾を投げ込んでいる純一。それから逃げ惑う一刀に守ろうとする凪。

多分、いつもの悪ふざけなんだろうけど悩んでる私や詠を馬鹿にしている様で……私は拳を握りしめて純一の方へと歩みを進めた。



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第二百六話

まだ本調子ではない為に今回は短め。
次回より話は本筋に戻ります。


復帰してから気の鍛練をしようと思ったら一刀と凪が話をしていた。

 

 

「ついに蜀との決戦か……その前だってのに純一さんが倒れるなんて……」

「もう、いつもの事とはいっても流石に……それに隊長も倒れていたじゃないですか」

 

 

どうやら俺の事を話しているらしいが……心配と呆れが半々ってところか?

 

 

「俺は前線には出れないから倒れても……あーでも純一さんなら決戦の場で何かやらかす気がする。妙に自爆技ばっか習得してたし」

「副長なら……ありえますね」

 

 

いつも言ってるが好きで自爆してるんじゃねーよ。コイツ等、本当に俺に対する遠慮が無くなってきたな。

それにしても……そんなに不安か?ならば思い知らせてくれよう。

 

 

「なかなか面白い話をしてるじゃないかチミ達」

「じ、純一さん!?」

「副長!起きてたのですか!?」

 

 

俺は着ていた上着を脱ぎながら一刀と凪に歩み寄る。二人はまさかこのタイミングで話を聞かれていたなどとは露にも思っていなかったらしく驚愕していた。

 

 

「まあ、お前達の不安も分かる……いつも戦いの後は俺は倒れてばかりだったからな」

「あ、あのですね……隊長も私も副長を気づかって……」

 

 

凪は普段のクールな様子はなく慌てた様子で俺に弁解をしようとしているが、もう遅い。

 

 

「別に慣れてる事だから言われるのは構わんが……ちっと癪に触ったな。覚悟しろ!」

 

 

そう言って俺はワイシャツも脱いで上半身裸になると体に気を込めて右手の掌に圧縮した気弾を放つ。これぞブロリーの必殺技『ブラスターシェル』

 

 

「カズロットォォォォォッ!!」

「純一さん、なんでブロリー調なんですか!?」

「止めてください副長!うわっ!なんかいつもより気弾の圧縮率が違うんですけど!?」

 

 

俺は叫びと共に一刀にブラスターシェルを撃ち込む。一刀は逃げ惑い、凪はブラスターシェルを叩き落としているが、普段よりも多目に込めた気弾に驚いていた。

そして気弾を放ちながら二人を追い詰める。

 

 

「さあ……懺悔の時間だよ」

「その台詞が分かるのは少数の人だと思いますよ」

 

 

俺が右手に気弾を集中しながら突き出し懐かしい決め台詞を言うと、一刀からツッコミを貰った。それが分かるお前も只者ではあるまい。

さて、悪ふざけもこれくらいに……

 

 

「それは貴方がする事でしょうが!」

「ぐふっ!?」

 

 

終わりにしようと思ったと同時に覇王様の拳が俺の腹に突き刺さりました。

 

 

「皆に心配かけさせて、この馬鹿騒ぎを引き起こして何か言うことは?」

「病み上がりでテンション上がって調子に乗りました。ごめんなさい」

 

 

腕を組ながら威圧する覇王様に俺は腹を押さえながら謝罪した。

この後、騒ぎを聞き付けた桂花や詠に正座で説教されました。重ね重ね申し訳ない。

 




『ブラスターシェル』
劇場版ドラゴンボールZ、ブロリーの技。
右手にエネルギーを溜め、相手に向かって連続で投げつける。

『さあ、懺悔の時間だよ』
ドラマ『聖龍伝説』の主人公『冴木聖羅』の決め台詞


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第二百七話

遅れました。
前回、次は本編を進めると言いましたが今回も間話で。


 

 

俺の体調と全体の行軍速度の調整の為に、蜀への行軍は一時的に止まっていた。

村へ逗留し、不足している物の調達や蜀へ到着してからの作戦の立案などを計画する。

 

そんな最中、俺は部下を数名連れて話し合いをしていた。

 

 

「副長、良いのでしょうか?我々はこんなところで遊んでいて……」

「遊びばかりじゃないさ。俺はここ数日寝ていたから、その間に何があったか聞きたい。だが、重苦しい雰囲気で聞くよりもリラックスしていたい……ってね」

 

 

部下と会話をしつつ、俺は手元の牌を切る。

 

 

「あ、チーです。それは理解しているのですが端から見ると我々は遊んでいるだけに見られるかと」

「そうですよ。副長なら将の方々にブッ飛ばされるのにも慣れているのでしょうが我々は慣れていませんので」

「ですよねー、リーチ」

 

 

会話を続けながらも手元の動きは止まらない。会話も手元の動きも皆がスムーズに進む。

一人、リーチが入ったから少し焦るが此処で手を崩すと却って危なそうだ。

 

 

「俺も好きで慣れたわけじゃねーよ。俺が誘って話を聞きたかったからって事にしとくから心配するな」

 

 

そう言いながら安牌を切る。当たりではなかったのか誰も鳴く事は無いまま順が回る。

 

 

「そう言えば隊長が曹操様に怒られてましたよ。于禁隊長が見ていたらしいのですが曹操様の顔は真っ赤だったと言っていましたよ」

 

 

部下の一人が悩みながら牌を切りながら一刀と大将の話をしてくれる。成る程、大方一刀が大将のデリケートな部分を刺激して、大将は素直になれずに反発したって所か。

 

 

「ま、大将も一刀も恋には不器用だからな。ロン、風花雪月」

「ぎゃー、跳満!?」

「副長は逆に器用過ぎます!」

 

 

悩んでいた部下の切った牌は俺の当たり牌だったので、俺は容赦なく取らせて貰った。当てられた部下は悲鳴を上げて、他の部下からはツッコミが入る。ああ、久し振りだから超楽しい。

 

 

「純一さん、って何遊んでるんですか」

「貴様、華琳様の御好意に甘えすぎだぞ!」

「よう。二人とも、どうしたんだ?」

 

 

点棒を指で回して上機嫌でいたら一刀と春蘭が来た。俺は上機嫌だったので、そのまま笑顔で迎え入れる。

 

 

「何で麻雀を……って言うか何で麻雀牌が有るんですか?」

「遠征するのに持ってきた奴が居たんだよ。ま、部下とのコミュニケーションも上司の務めってな」

 

 

何故か遠征に行くのに麻雀牌を持ち込んでいた奴がいたので借りたのだ。しかし、麻雀ってこの時代だったっけ?もう少し後だった気がするけど……まあ、今さら深くはツッコミはしないが。

 

 

「で、これは秋月が勝っているのか?」

「ああ、今は俺が一番稼いでるよ。春蘭は麻雀は分からないのか?」

 

 

興味深そうに麻雀卓を覗き込む春蘭は麻雀のルールを知らない様だ。まあ、頭を使うゲームは苦手なのだろう。

 

 

「うむ。麻雀は今一苦手でな。どうも細かい話となるとな……」

 

 

見事に予想は大当たりした模様。

 

 

「一刀はどうだ?」

「ゲームとかでやった事は有るんですけど、実際にやった事は……」

 

 

ま、一刀くらいの学生で知ってる奴も希だろうな。あ、でも……

 

 

「だったら大将相手に脱衣麻雀でも仕掛けてみたらどうだ?きっと上達するぞ」

「え、それは……興味はありますけど……」

 

 

と言うか一刀なら驚異の成長で大将にも勝てる可能性があると思う。スケベ心を持った男の成長は凄まじいのだ。

 

 

「なんだ脱衣麻雀とは!?教えろ!」

「おおっと他の方が食いついたか!」

 

 

『脱衣麻雀』のフレーズに一刀よりも春蘭が食い付いた。俺の胸ぐらを掴んで説明を求めてる。

 

 

「脱衣麻雀とは、負けたものが点棒の代わりに衣服を脱ぐような取り決めをして行われる麻雀の事だ」

「な、なんと……その様な取り決めの麻雀が存在するのか……」

 

 

まあ、脱衣麻雀の始まりは女性イカサマ師がイカサマをしやすいように服を脱ぐ仕草をして他の人間の気を散らす為にやったのが始まりらしいが……

 

 

「つまり、その取り決めの規則通りにして勝てば合法的に華琳様を脱がす事が出来るのか!?」

「まあ、決まり的にはそうなるな」

 

 

俺の言葉を聞くなり、春蘭は『華琳様、麻雀をしましょう!』と叫びながら大将を探しに走って行ってしまう。春蘭の背中を見送りながら俺は煙管に火を灯した。

 

 

「成功すると思いますか?」

「失敗する方に俺は花京院の魂を賭ける」

 

 

一刀の疑問に俺は紫煙を吐きながら答えた。因にだが春蘭の野望は当然の如く失敗に終わっていた。




『花京院の魂』
ジョジョの奇妙な冒険三部で主人公・空条承太郎が旅の最中で敵との勝負の際に言ったセリフ。
この際、花京院は病院に入院しており、その場には不在で承太郎は勝手に花京院の魂を賭けていた。


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第二百八話

 

 

 

蜀へと向かう道中は長い。行軍しても簡単には到着しない距離だ。まあ、俺が途中でダウンしたのも理由の一つだが。だが、なんやかんや言っても既に蜀の国境は越えて劉備の居る城まで後僅かって距離まで来てる。

 

 

「遂に決戦か……フゥー」

 

 

俺は煙管を吸い、紫煙を吐く。何ともまあ……俺が此処まで歴史に関わるとは思わなかった。気が付けば三國志の様な世界で生活して、桂花と恋人になって、部下を持ち弟子を取り、自爆して。

 

 

「人間人生が何処で変わるか分かったもんじゃねーな」

 

 

単なるサラリーマンだった俺が曹操の下で働いて天下統一の手助けって……

 

 

「ギャグにしか聞こえねーわな」

 

 

カンっと煙管を叩いて灰を落とす。やれる仕事は終わらせたし一眠りしようかと思ったらドゴーンと何かの破壊音が聞こえた。

 

 

「もうちっと平穏にいかねーかな、俺の人生」

 

 

軽く溜め息を吐きながら俺は音のした方へと足を向けた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

破壊音が聞こえた場所へ到着すると魏の真面目コンビこと、凪と大河が修行をしていた。本当に真面目だねぇ。

 

 

「こうっスか、凪さん」

「違う、もう少し前屈みで構えて気を手の中に押さえ込むようにして……」

 

 

その修行は凪が大河に何かの型を教えてる様だった。というか、その構えに見覚えが有りすぎた。二人は俺に気付いていなかったので少しだけ状況を見守る事にした。

 

 

「かめはめ波!」

「気を放つ際に遠くに飛ばす事を意識するんだ。そうすれば自然と気の密度が濃くなり威力と飛距離が増す筈だ」

 

 

大河が腰を落として両手の平を前に突き出すと、その手から気弾が放たれる。まだ気の密度が濃くないのか俺が放つかめはめ波よりは小さいけどしっかりと、かめはめ波が放たれていた。

 

 

「まだ……小さいッスね」

「いや、放てるだけ凄いと思うがな。しかし、なんで私にかめはめ波の事を聞きに来たんだ?この技は私も使えるが使い手は副長なんだから副長に聞いた方が良いと思うが」

 

 

大河が凪に習っていたのは、かめはめ波の撃ち方だった。凪の言うとおり、かめはめ波は俺が良く使ってるから教えを乞うなら俺じゃね?と少しショックを受けていた。我ながら豆腐メンタルだ。師匠としての面目丸潰れだよ。

 

 

「そ、その……師匠からまだ、かめはめ波は教えてもらってないんス。他の技は教えてもらったんスけど……どうしても、かめはめ波を覚えたくて」

「それは副長が大河に技を教える順番を考えてるんじゃないのか?」

 

 

大河の発言に俺は大河への指導が間違っていたのかと考えてしまう。前回、大河に教えたのはギャリック砲だが、あの技はチャージが少なく素早く出せるから大河にピッタリの技だと思って教えたのだが、大河は不満だったのだろうか?

 

 

「そうかも知れないッス。それに自分も師匠から教えてもらった技は練習してるッス」

「だったらなんで、副長に教えを乞わず私に聞きに来たんだ?」

 

 

大河の発言に俺は凪と同じ疑問を抱く。ギャリック砲の練習してるならなんで凪にかめはめ波を習いに来たんだ?

 

 

「そ、その……師匠のかめはめ波は自分の憧れなんス。初めて見た時にドキドキしたッス。師匠から色々と技を学ぶのも嬉しいッスけど、やっぱり憧れた師匠の技を使いたいんス……でも、師匠がまだ教えてくれないって事はまだ自分の修行不足に思えて……だから」

「だから私に学びに来たと……」

 

 

大河の発言に更なるショック。俺が今まで大河に教えていたのは大河のスピードを生かした戦い方に合った技を教えていたのだが、大河はかめはめ波を学びたかった模様。

 

 

「それは師を裏切る行動と分かっての事か?」

「そんなつもりは……でも……」

 

 

凪の厳しめな一言に何故か俺もダメージを受けていた。此処まで大河を思い詰めさせていたのか俺は。

 

 

「まったく……大河が副長の事に憧れているのは分かるがもう少しやり方を考えるべきだったな」

「凪……さん?」

 

 

凪は先程の厳しい一言を放った時とは違って、優しげな笑みで大河の頭を撫でていた。大河は怒られると思っていたのか一瞬ビクッとなったが、今はキョトンとした顔で頭を撫でられている。

 

 

「私も嘗て師に学んでいたいた時は早く気を修得したいと焦ったものだ。だが、副長が大河にかめはめ波を教えていないのは何かの理由があるのかも知れない。だから……」

 

 

言葉を区切った凪。次に出る言葉を俺と大河は息を飲んで待つ。

 

 

「既にかめはめ波を修得したと副長を驚かせてやろう」

「今の凪さん、師匠みたいな笑い方だったッス」

 

 

凪にしては珍しく悪戯な笑みを浮かべていた。その笑みに大河も驚いていた。いや、俺が一番驚いたとは思うが。

 

 

「副長のがうつったのかもな。私もかめはめ波は副長程ではないが修得している身だ。可能な限りは教えてやろう」

「押忍!」

 

 

悪戯な笑みを浮かべたまま大河の指導を続けると言う凪に、大河は気合いを入れ直していた。俺は二人にバレない様にその場を後にした。

 

 

「弟子の成長を喜ぶべきか……俺の不甲斐なさを嘆くべきか」

 

 

俺は再び煙管に火を灯して肺に煙を入れる。なんだろうなー、この嬉しいような寂しいような気持ちは。

 

 

「どうしたんですか、純一さん。複雑そうだけど満足そうな笑い方してますけど……」

 

 

そんな事を思っていたら一刀と会う。一刀は俺の表情から何かを読み取ったのか疑問を浮かべていた。

 

 

「ちょっと……太ったかも知れない事にショックを受けただけだ」

「そんな風には見えないですけど、太ったんですか?」

 

 

話すのも少し恥ずかしい気がしたので適当に誤魔化す事にした。その発言を真に受けた一刀がジロジロと俺を見る。

 

 

「太ったと言っても健康的に収まった状態の話だ。健康的な証拠に打撃にも強いぞ」

「その発言で俺の中じゃハート様と同じ区分に分類されましたよ。普段から酒とか煙草とか多いんだから気を付けてくださいよ」

 

 

俺の発言に一刀のツッコミが入る。エラく的確なツッコミだった。オマケに気を使われたよ。ま、気恥ずくて誤魔化した発言だったからいいんだけどさ。

 

 




『ハート様』

北斗の拳の登場人物。凄まじく太っている体型で、ケンシロウからも豚呼ばわりされているのだが、その肉厚から殆どの拳法を吸収して無効化してしまう事により、「拳法殺し」の異名を持っている。


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第二百九話

 

 

 

「山道へ入り始めたな。ここから道幅も狭くなるし、奇襲も増えてくるな」

「そうね。凪達の部隊に偵察させてるけど……異常は無いそうよ」

 

 

蜀への道程も平野を抜けて山道へと差し掛かった。道幅が狭くなるという事は奇襲や待ち伏せを受ける確率が上がるという事で凪、沙和、真桜、華雄、斗詩を小部隊に分けて偵察を頼んだのだが、待ち伏せをしていそうな蜀の部隊はいないとの報告だった。

しかし、逆に蜀の部隊は山を抜けた先。つまり、狭い山道を抜けて広くなっている出口付近に布陣を展開しているとの事だった。しかも大群なので此方の軍が布陣を展開する隙間がないのだ。

 

 

「地形を使った待ち伏せの基本中の基本ね。敵将は?」

「将旗には馬と甘の文字……恐らく、馬超と甘寧でしょう。他にも複数の将が補佐についているかと思われます」

 

 

大将の質問に凛が答えたが……馬超と甘寧か。ヤバいな。敵側で俺を恨んでる筆頭が揃ってる。迂闊に前に出るとまた腹を刺されるか、首がすっ飛ぶな。

 

 

「馬超と甘寧か……純一を囮にすれば釣れるかしら?」

「真っ先に恐ろしい策を考えんで下さい」

 

 

マジで恐ろしい事を真顔で提案する大将。この覇王様なら本当にやりそうな所が怖いわ。確かにあの二人、俺への恨みが半端無いだろうけど。

 

 

「華琳様……私にお任せ頂ければ突破出来ます」

「は、何言ってんのアンタ?」

 

 

軍義の最中、口を開かなかった春蘭が喋ったと思ったら、とんでもない事を口走った。桂花がバカを見る目で春蘭を見ていた。

 

 

「狭谷への隙間が無いのであれば作れば良いではないか」

「アンタねぇ……」

「それが作れないから困っているのですよー」

 

 

その視線を意にも介さず春蘭は『作ればいい』とハッキリ言う。その考えに軍師組は頭が痛くなっていた様だ。

 

 

「春蘭……出来るの?」

「ハッ!私の部隊と秋月がいれば可能です!」

 

 

大将の疑問にハキハキと答える春蘭。そっかー、凄い自信だ……いや、ちょっと待て。

 

 

「なんで俺を含める?」

「秋月のかめはめ波で奴等の布陣に穴を開けて、後は私の部隊を突入させて奴等の布陣を食い破る。完璧ではないか」

「あら、悪くないわね」

 

 

俺の疑問に春蘭は『何を言っているのだ?』と言わんばかりの表情で俺を見て、大将は春蘭の発想が悪くないと考えてます。

 

 

「決まりね。春蘭、言ったのならやってみなさい」

「御意!」

「それだけかよ!」

 

 

アッサリと決まった方針に一刀がツッコミを入れる。しかし、春蘭は鼻を鳴らした。

 

 

「ふん、華琳様が私を信じて命じてくださったのだ。それに正面からのぶつかり合いで、この私が負ける事などあるものか……違うか?」

「そういう事よ。後続は春蘭と純一が隙を作ったら、その間に部隊を展開。間断なく攻撃を開始しなさい。兎に角、迅速さが勝負よ」

 

 

春蘭の言葉と大将の宣言に俺は春蘭と最前線に行くことが決定した。しかも扱いが鉄砲隊な感じで。と言うか俺は、かめはめ波を撃つ事すら了承してないってのに。

 

 

「春蘭、純一がかめはめ波を撃った後はそのまま戦いに参加させても構わないけど彼を守りなさい。純一を失う事は魏への損失は大きいわ」

「御意!秋月、華琳様からのご命令だ。私が守ってやる!」

 

 

大将は意外にも春蘭に俺の警護を命じてくれた。思ってた以上に大将からの評価が高かった事に俺は感動したが、そう思っているのなら、かめはめ波を撃った後に撤退させてくれと言いたい。そんな風に思っていたら桂花が俺の胸ぐらを掴んでいた。

 

 

「いい?絶対に帰ってくるのよ!春蘭も秋月を守りなさいよ!?」

「お、おお……」

「ふん、任せておけ」

 

 

桂花の叫びに俺は圧倒されて、春蘭は任せろとドンと自身の胸を叩いた。その際、春蘭の胸が揺れて桂花の春蘭を睨む視線が厳しさを増した事を俺は見逃さなかった。

 

 

「と言う訳だ。行くぞ秋月!」

「や、ちょっと待て!普通に歩くから引きずるな!」

 

 

そう言うや否や、春蘭は俺のスーツの襟首を掴むと俺を引っ張っていく。春蘭の力に抵抗できない俺は引き連れられて行く最中、ドナドナの牛の気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇おまけ◆◇

 

 

「………華琳様。何故、秋月が前線で戦う事を許可なさったのですか?あのまま戦わせては秋月はまた、倒れますよ」

「反董卓連合の時の件もあるでしょう?純一は良い意味でも悪い意味でも予測しづらいのよ。だったら下手に退かせるよりも最前線で春蘭の部隊に守ってもらう方が安全だわ」

 

 

俺が春蘭に連れられて前線に行っている間に、秋蘭と大将でこんな会話がされていたと後々聞かされました。

 

 



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第二百十話

 

 

俺のかめはめ波で敵の陣営を強襲した後に春蘭の突撃で突破した。見てる分には簡単に突破出来たように見えるが、春蘭の突進力によるものが大きいだろう。何故、そんな事が分かるかって?俺も絶賛、突撃中だからだよ。

 

 

「春蘭、何故俺も一緒に突撃させるんだ!?」

「私がお前を守ると言っただろう!私の目の届く範囲にいれば守れるだろうが馬鹿者が!」

 

 

俺の疑問に戦闘中故に怒号で答えた春蘭。いや、馬鹿はお前だと言い返したい。

 

 

「よし、前線は崩壊したな。ならば馬超か甘寧を探すぞ!」

「既に俺を守るって事忘れてないか!?あの二人に遭遇したら不味いんだよ!」

 

 

主に俺の命が!俺はあの二人から超恨み買ってるんだから!俺の意思を無視して春蘭は俺を無理矢理つれて戦場を駆ける。

 

 

「だったら馬超と甘寧を討ち取れば問題あるまい!」

「問題しかねーよ!っと……あれは」

 

 

春蘭に引っ張られたまま進行方向を見ると、真桜と対峙してるのは馬超と馬垈だった。

しかし、馬超達は俺達を見るなり、即座に撤退していった。

 

 

「逃がすか!追撃するぞ!」

「ちょ、無茶言わんで下さい!馬に乗った馬超に追い付けるんは春蘭様だけやで!それに副長も一緒に行く気でっか!?」

「そうだぞ、落ち着け春蘭!」

 

 

馬超を追撃しようとする春蘭を真桜と俺は止める。

 

 

「ならば追跡隊を組織する!霞か季衣でも呼んでこい。秋月はこのまま私と来い。貴様には気弾が有るのだろう?敵陣で放てば効果もあるだろう!」

「人間爆弾か!兎に角、追跡は無理だって」

 

 

コイツ、マジで俺を便利な気弾生産機だとでも思ってんじゃないだろうな!?

この後、霞が俺達に追い付いて「追撃は無し」との大将や軍師達の伝言を持ってきた為になんとか春蘭を大人しくさせた。

本陣に戻った後、春蘭は一刀に怒鳴っていたが、大将の無理な追撃は厳禁とお達しを受けて春蘭沈黙。

 

煮え切らない春蘭の思いに大将は近隣から食料調達に行ってこいと命を下した。春蘭の他にも割り切れないのが居たらしい。本当にグラップラーの集まりである。

 

 

「春蘭様、一緒に行きましょうよ。この時期なら猪や鹿も沢山いますよ!」

「……クマや虎はいるか?」

 

 

狩りに誘う季衣に春蘭は物騒な事を言い始める。

 

 

「多分、いると思いますけど……」

「ならば、そやつらをぶちのめして、このウサを晴らしてくれる!行くぞ季衣!」

 

 

少し、不安そうな季衣に春蘭は熊狩りをする気満々らしい。季衣のテンションが明らかに下がったが……ああ、なるほど。

 

 

「季衣、三日月の熊が現れたら真っ先に逃げろよ」

「……はーい」

 

 

俺の発言に季衣はテンション低めに返事を返した。やっぱりその事を気にしていたのか。

そんなテンションが若干下がった季衣や他の将を引き連れて春蘭は狩りへと向かっていく。まさか……居ないよね、三日月熊。

しかし、ヤバイかと思ったけど何とか乗り切った。

 

 

「おかえりなさい純一さん。よく無事でしたね」

 

 

俺がそんな事を思っていると一刀が帰って来た俺を迎えてくれた。俺自身無事な事にビックリだ。

 

 

「ああ……凪や大河に取って置きの修行を考えていたからな。こんな所でヤられる訳にはいかん」

「どんな修行を考えてたんですか……嫌な予感しかしませんけど」

 

 

俺の発言に一刀がジト目で俺を見ている。そんなに期待するなら教えてやろう。

 

 

「ズバリ……足でピアノを弾かせる修行だ」

「その世代限定な特訓方法を思い付かないで下さい」

 

 

俺の考えた修行方法に、一刀は深く深く溜め息を吐いていた。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

先程の地点に今夜は夜営する事となり、陣営を設置した後に軍議となった。

しかし、その会議は現状の戦力や次の作戦が不安になるものばかりだった。保有する戦力の差や地形を知り尽くしているのは相手側。更に彼方は城を構えていて此方は攻めなければならない側。等と心配や不安な事ばかりが口に出される。軍議が進むにつれて弱音や溜め息が増えていた。そんな中、俺は大将に視線が行った。あ、相当怒ってると直感する。将や軍師の殆どが弱音を吐いている現状に飽きれと怒りが出ているようだが……大将からは焦りが感じられた。やれやれ……こんな時は俺の出番か。話し合う、皆を尻目に俺は席を立ち、更に大河と香風を連れて大将の席の後ろに回った。

意外なことにそれに気付かない大将は絶を手にして立ち上がる。俺が背後に立ってるのも気付かないなんてよっぽどだな。さて、俺は俺で始めるか。

 

 

「今、溜め息をついたり、弱音を吐いたりした者」

「……はい?」

 

 

大将の凛とした声が小さく響く。その中で俺は手足でリズムを取り始めた。

 

 

「前に出なさい。ここで私自ら首を飛ばしてあげるから」

「っ!」

 

 

絶を手にした大将にその場の全員が息を飲んだ。大将の雰囲気が本気だと感じたからだ。

俺はそれを無視しつつ上体を反らしながら腰を落とし、左腕を上げて前方を指さす。

 

 

「城を発つ時に言った筈よ。この先は厳しい戦いの連続になると……苦戦する状況を認めるのは将てして必要な事。けれど諦めの溜め息を吐くことは許さない」

 

大将の演説を聞きながら、膝を曲げたまま左足を前に出し、両手両足をクロス。両腕を肩の高さまで「グイン!」と上げ、同時に右足も上げて片足でのつま先立ちに。

 

 

「まして、兵の前で将がそれをすれば……どうなるか分からない皆ではないでしょう?」

 

 

高圧的な大将に全員が怯えた様な表情になっているが、俺は素早く腰を「バッ!」と落とし、いわゆるコマネチの体勢に。この時、手で太ももを叩きながらつま先は外側にひねる。これらを数回繰り返す。

 

 

「……純一は純一で私の背後で何をしてるのかしら?大河や香風まで巻き込んで」

「そりゃ大将が焦っていたからだ。だったら俺がふざけて冷静にさせないとな」

 

 

大将は自身の発言に真面目に対応しない俺に絶を突き付けるが、俺は最後に腕をクロスさせた状態で決めポーズ。大河や香風も完璧に踊れていたみたいだ。教えた甲斐もある。

 

 

「私が……焦ってるですって?」

「いつもの大将ならツッコミの一つでも入れてから俺を咎めてるよ。真っ先に絶なんざ余裕がない証拠だ」

 

 

大将に睨まれるが俺は絶を指先で挟みながら反論する。それと同時に良い匂いと元気そうな声が軍議の場に響く。

 

 

「失礼しまーす!流琉特製、猪の丸焼きができましたよー!」

「みんな、お腹すきましたよねっ!けど、流琉の料理はとっても美味しいですから、元気出ますよ!」

「お待たせしました。皆さんが食材を捕ってきて下さったので時間が掛かりましたけど沢山、ご用意しました」

 

 

料理を抱えた流琉、季衣、月に皆がポカンとした表情をしていた。

 

 

「……あれ?皆さん、どうかしましたか?」

「……アナタ達、見ないと思ったら料理?」

「はい!腹が減っては戦はできぬと前に春蘭様から教わりました!」

「純一さんから天の国のお料理を教えて頂いたので色々と試してみました。お口に合えば良いのですが」

 

 

軍議に参加していなかった流琉や季衣に今頃気づく辺り、相当にキテたな大将。月はメイドとしてお付きで来てるから軍議に参加してないのは当然だが。

 

 

「ぷ、くく……あはははははっ!」

「か、華琳様!?」

 

 

先程までの殺伐とした空気は既に四散していた。今のなんとも言えない空気に遂に大将が笑い始めた。

 

 

「ごめんなさい。今の報告で余裕を無くしていたのは、どうやら私のようね。まったく……自分じゃ気付けないものだわ」

「何かあったんですか?」

「いんや、何もなかった……いや、大将に前に教えた躍りをしたかな?」

「えー、前に練習した踊り?ズルいよー!」

 

 

自身に余裕が無かった事を認めた大将は自分に冷静さを取り戻してくれた流琉や季衣、月に礼を言っていたが季衣は以前、俺が教えたギャングダンスを自身が知らないところで披露された事に不満を感じていた様だ。

 

 

「じゃあ、戦いが終わったら教えた皆で大将に披露だな」

「はーい!」

 

 

俺が季衣の頭を撫でると季衣は嬉しそうに返事を返してくれた。因みに俺がギャングダンスを教えたのは大河、季衣、流琉、香風、ねねの五人だ。前に気まぐれに教えたら、珍しい踊りだからと気に入ったチビッ子達。すっかりとギャングダンスをマスターしていた。

 

 

「それはまた別の機会にお願いするわ。では、折角の流琉と月の料理よ。皆で頂きましょう。桂花、この後の策は流琉の料理で腹ごしらえを済ませてから、もう一度考えなさい。余裕を持たずに考えた策ではこの戦いは乗り切れないわ」

「御意。最上の作戦を提示させていただきます」

 

 

いつもの調子を取り戻した大将に皆が安堵し、料理に手をつけ始める。そんな賑わいの中、大将がキョロキョロと辺りを見回して小首を傾げた。

 

 

「あら、季衣。一刀は?」

「見てませんよ?兄ちゃん、軍議に出てたんじゃ?」

 

 

そして此処に来て漸く、一刀の存在に気付く大将。今頃の辺り、遅いっての。

 

 

「変ね……純一、なにか知らない?」

「小川の辺りに行ってみな……そこで休んでる筈だ」

 

 

大将から一刀の事を聞かれて一刀が居るであろう場所を教える。さっき、川で顔を洗ってくるとか言ってたからな。その場所を聞いた大将はすぐに移動し始めて……俺もその場を後にした。

 

 

「ちょっと、食べないと無くなるわよ?」

「先に一服したくてな。俺と大将と一刀の分は分けといてくれよ?」

 

 

離れようとした俺を桂花が呼び止めるが俺は振り返らずにタバコを見せて、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か……は……」

 

 

先程の軍議の場から離れた俺は、周囲に誰も居ない事を確認してから岩を背にしながら息を吐いた。軍議の途中から猛烈に体調が悪くなったが、周囲に気付かれない為と大将を冷静にさせる為にふざけた。けど流石に限界だった。

俺は胸ポケットからラスト数本となったタバコを取り出して火を灯すと煙を肺に入れた。いつもならリラックス出来る筈のタバコだが、今は体調の事もあるのかリラックスは出来なかった。

 

 

「ったく……大事な局面ほど体調が悪くなるな俺は……」

 

 

俺は吸っていたタバコを地面に落とした後、踏んで火を消すと桂花達が待っている軍議の場所へと戻った。

戻ると大将と一刀も戻ってきていて並んで料理を食べていた。うんうん、微笑ましい……と思ったら顔を赤くした大将は食べ終わった皿を投げつけ俺にクリティカルヒット!いつもの調子に戻った様で何よりです。

 

 

 




『ピアノを足で弾く』

『柔道一直線』の登場人物の一人がピアノの鍵盤の上に跳びあがって、足で「ねこふんじゃった」を演奏した。このシーンは有名で作品を知らない人でもネタで知る機会が多く有名になった。


『ギャングダンス』

ジョジョの奇妙な冒険 第5部で主人公達を襲いに来た敵ズッケェロを退けた後に捕らえたズッケェロに拷問をした際に何故か、ナランチャが唐突に踊りだしたのが、このギャングダンスである。更にこのダンスの中、ナランチャ、ミスタ、フーゴが真面目な表情で踊る為、かなりシュールな絵面となっている。

拷問に悶え苦しむズッケェロの背後で行われるダンスはシリアスな展開の中のギャグシーンとして有名。


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第二百十一話

お気に入りが4000を越えました。ありがとうございます!


 

 

 

蜀へ攻めいるまでにはまだ距離がある。兵隊の疲労と士気向上の為に大将と一刀の発案のもと、『第一回不寝の番免除大会』が開催された。タイトルは俺が決めた。

ざっくりと説明すると、その日の戦の功績次第でその晩の不寝の番。つまりは徹夜での周囲警戒を免除されると言うものだった。

それを説明すると兵は勿論の事、将も気合MAXとなり、猛進撃を開始した。

 

 

因に俺の隊は参加してはいるが、俺自身は参加していない。それと言うのも、大将に話をして俺は不寝の番をかって出たからだ。だって相手が甘寧と馬超なんだもの。遭遇したら刺されるわ。そんな訳で俺は周囲の警戒には出ないものの焚き火の前でボーっとしていた。処理する仕事は大概終わらせたから、後は同じく不寝の番をしている連中から報告を聞くだけだ。

 

 

「遂に……最後の戦いか。この戦いが終わったら……アイツにプロポーズでもするか……」

「露骨なフラグ立てしないで下さい」

 

 

煙管を吸いながら呟いた一言に鋭いツッコミが入る。振り返ると苦笑いの一刀が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

 

 

 

 

不寝の番の免除になった俺だけど、なんとなく寝れなくて散歩をしていたら焚き火の前で純一さんが煙管を吸っていた。焚き火の前で黄昏ながら吸う姿は何処か絵になっていた。

 

 

「遂に……最後の戦いか。この戦いが終わったら……アイツにプロポーズでもするか……」

「露骨なフラグ立てしないで下さい」

 

 

格好いいと思っていた姿は一瞬でいつもの純一さんになっていた。あからさまなフラグ立てをする姿は本当にいつもの純一さんそのものだった。

この人は戦いとかこれからの不安は無いのだろうか?

 

 

「どうした一刀、寝れないのか?」

「ちょっと……落ち着かなくて……」

 

 

眠れないので少し純一さんと話をしようと隣に座る。「そっか」と純一さんは柔らかい笑みを浮かべていた。

 

 

「純一さんは……その不寝の番で大丈夫だったんですか?寝不足だと明日に響きますよ」

「不寝の番って言っても明け方になれば交代だからな。その時に寝るさ。それに俺が不寝の番免除の為に頑張れば甘寧か馬超辺りに刺されるからな」

 

 

俺の疑問にフゥーっと紫煙を吐く純一さんは何処か悲壮感が漂っていた。甘寧と馬超は純一さんに因縁……と言うか一方的に敵視されていた。馬超には刺されてるし、甘寧にはシルバースキン越しだったけど斬られている。純一さんが退くのも分かる。

 

 

「その……純一さん。この戦いの後、俺達、どうなるんでしょう?」

「そりゃ……ずっと……この世界に来てから、ずっと悩んでた事だな」

 

 

周囲に人は居るけど……俺達だけの会話。天の国から来たと言われている俺達だけど、実際は未来から来た俺達だけの話。なんでこの世界に来たのか、いつか帰れるのか、これからどうなるのか……この世界に来てからずっと悩んでいた事。

 

 

「どうなるかね……この世界で一生を終えるのか、来た時みたいに急に帰る事になるのか」

「何も……わからないままですもんね」

 

 

純一さんは不寝の番にも関わらず準備していたのか酒を飲み始めていた。バレたら桂花に怒られますよ。

 

 

「元の世界の家族や友達にまた会いたいとは思うが……元の世界に戻ってもハゲ部長に面倒な事で怒られる日々なら此処で生きたいとは思うな」

「俺は……学生に戻る事になりますね。でも……」

 

 

俺も純一さんも元の世界の未練はある。でも、こっちの世界もかけがえのない世界となっていた。

 

 

「もしも、この世界で生きるならまだしも、このまま未来に戻ったら武将と数多く寝たって不名誉な伝説が残りそうで怖いですね」

「それはもう、伝説って言うかワイセツだな」

 

 

俺の一言に純一さんはいつものふざけた返しをして来た。この人は悩んでいる様で悩んでいない。悩んでいない様で悩んでいた。

 

 

「もう落ち着いたろ、そろそろ寝ろ。一刀が寝不足だと俺が大将に怒られかねん」

「あ、はい。純一さんもお疲れ様です」

 

 

俺は純一さんに促されて自分の天幕に戻る事にした。天幕に戻る途中で振り返ると純一さんは再び、煙管に火を灯していた。その姿は何処と無く仕事に疲れたお父さんを感じさせるものだった。

 



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第二百十二話

こんなに間を開けるつもりは無かったのですが……今後は更新ペースを上げていくつもりです。


 

 

遂に来た最終決戦当日。夜勤明けで寝不足だった俺だがなんとか仮眠を取り、体力を回復させていた。そして現在、魏軍は劉備の城の目前に部隊を展開し、現在は大将と劉備の大将同士の舌戦となっているのだが……

 

 

「大将と劉備の嬢ちゃんの舌戦ねー……正直、劉備が大将に勝ってるのって胸の大きさくらいじゃね?」

「色んな方面にケンカを売るのは止めてください」

 

 

大将と劉備の舌戦を遠巻きに眺めがら呟いた俺に一刀のツッコミが入った。いや、だってまさにその通りなんだもの。前に劉備が魏に来たときも大将は劉備の胸を羨ましそうに、そして妬んだ視線を送っていた。ごく僅かな変化だったので多分、俺以外は気付いていないだろう。

 

 

「ま、舌戦は劉備の負けとして……すぐに戦闘になるぞ」

「そうですね……」

 

 

俺は一刀に忠告しながら煙管に火を灯す。俺は既になんちゃってシルバースキン(改良型)を身に纏っている。真桜に頼んで改良してもらったけど……重っ!仕込みが入ってる分、重くなるとは聞いてたけど、ここまで重くなるとは思わなかった。

 

 

「その……純一さんは大丈夫なんですか?」

「大丈夫かどうかと問われれば大丈夫じゃないさ。なーんでサラリーマンだった俺がこんな所に居るのか改めて考えさせられたっての。それはそうと……今回の戦いは厳しくなるだろう。お前も自分の身を守るためにも……コレを使え」

 

 

俺を心配する一刀だが俺は一刀の方が心配だ。そして俺は今回の装備した武器の一つを一刀に差し出す。

 

 

「えすかりぼるぐ~」

「なんで、青猫型ロボットの口調で撲殺天使様のバット出してるんですか。と言うか、こんな殺傷力100%な武器使えませんよ」

 

 

俺が差し出したエスカリボルグを受け取ろうとしない一刀。まあ、偽物だから殺傷力はほぼ無いんだが。

 

 

「冗談だよ。これは只の仕込みバットだ。相手の裏をかく為に準備した」

「仕込みバットの段階で普通じゃないですけどね」

「アンタ等……こんな時まで遊んでるんじゃないわよ!華琳様が舌戦中でしょうが!」

 

 

等と話をしていたら桂花から脛を蹴られる。なんちゃってシルバースキンを纏っているので痛くはないのだが。

 

 

「聞いても実質無駄だろ。あの娘、言ってることが大分矛盾してるし」

「それは……そうだけど……」

 

 

先ほどから大将と劉備の舌戦は一刀との会話の中で聞いてはいたが、大将の言う甘さがあるのだろう……俺は煙管から灰を落とすと懐に仕舞った。その仕草に察したのか、桂花と一刀の視線は俺から大将の方に戻っていた。

 

 

「全軍戦闘態勢!我が曹魏の新たな歴史、この一戦にあり!命を惜しむな!名誉を……そして我らの歴史に名を刻まれぬ事を惜しめ!」

「この戦い、はるか千年の彼方まで語り継がれるであろう!」

「曹魏の牙門旗の下、最後の戦いを行う!各員奮励努力せよ!」

 

 

春蘭、秋蘭、大将の叫びが鳴り響く。舌戦を終えた大将は春蘭、秋蘭と合流し、此方に戻ってきていた。

 

 

「華琳様、敵の第一陣が舌戦の合間にこちらの陣内に……」

「……勝つために手段を選ばぬか、劉備め!」

「勝つ為に手段を選ばなかった俺は耳が痛いな」

 

 

大将が戻ると同時に流琉が敵陣の動きの報告をして春蘭がそれに苛立ちを隠せない様だが、普段から勝つ為に手段を選ばない戦いをしていた身としてはちょっと心苦しい。

 

 

「それだけ相手も必死という事よ。普段の純一と、ある意味同じよ。そうしなければ戦えないと自覚しているの。でも劉備の策は純一には劣るわ。相手が全軍で搦め手を使うと言うなら……分かってるわね、春蘭!」

「はっ!我ら曹魏に秋月に劣る小賢しい罠など効かぬ!覇王の威を持って打ち砕くのみ!」

 

 

なんだろう……大将も春蘭もフォローしてくれてるんだろうけど……なんか、モヤッとする。

 

 

「やれやれ……誉められてるんだか、舐められてんだか……」

「どっちもでしょ。いつもの事とは言っても……無茶するんじゃないわよ」

 

 

ぼやきながら戦闘準備をしていた俺に桂花が話し掛けてくる。おいおい、まだ此処にいたのかよ。

 

 

「軍師が此処にいて良いのか?」

「心配しないでも華琳様をお迎えしてから北郷と下がるわよ。それと……」

 

 

俺の問いに桂花はいつもの調子で答えたかと思えば桂花は俺の袖を掴み、引き寄せる。そして触れる程度のキスをしてきた。

 

 

「絶っっっ対に帰ってきなさいよ!じゃあね!」

「あー……もう萌え殺されるわー……」

 

 

キスをした後に桂花は顔を真っ赤にして、その場を立ち去る。去っていく背を見送りながら、その耳が真っ赤な辺り、過去最大に顔が赤いのだろう。ちくしょう、見たかったな。でも、まあ……

 

 

「気合いは入った……さて……」

「皆の者!副長を必ず、荀彧様の下へと無事に送れる様に奮起せよ!この苛立ちは蜀の兵士共にぶつけろ!」

「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!」」」」

 

 

桂花に気力MAXにしてもらった俺だが当然、周囲の兵士も見ていた。その掛け声に恥ずかしさと嬉しさと申し訳なさが混じる。なんて思っていたら蜀の陣営から将が一部の兵士を引き連れて此方に突撃してきていた。

 

 

「さあ……始めようか」

 

 

俺はなんちゃってシルバースキンの帽子を被り、拳を握る。これが最後の決戦となる……。

 

 




『エスカリボルグ』

「撲殺天使ドクロちゃん」に登場する魔法のステッキ的な扱いの釘バットアイテム。これで殴られても絶対に死なない(死ねない)ようになっており、これを使うことによって撲殺した人物を即座に再生できる。言い換えれば撲殺と蘇生が永遠に続く、終わりのない拷問道具。


『さあ……始めようか』

映画『ドラゴンボールZ とびっきりの最強対最強』に登場したフリーザの兄クウラのセリフ。

戦いの終盤に最終形態を披露したクウラが変身の最後に、「さあ…始めようか!」の台詞とともに、マスク状の外殻がカシャッと口元を覆うシーンは有名。


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第二百十三話

 

 

◇◆side馬超◇◆

 

 

魏の軍隊が蜀の城目前まで来て、遂に最終決戦となった。私は蒲公英と騎馬隊を引き連れ、奴等を迎え撃とうと出陣したら……私にとって会いたくて……それでいて会いたくない奴が待ち構えていた。

 

 

「馬超と馬岱か。つくづく因縁があるな」

 

 

全身を多い尽くす格好をした男……だけど声で天の御使いの片割れ『秋月純一』だと気付く。私にとっては母様の敵である魏の将でありながら母様を看取って遺言を託された人物。

 

 

「まったく、こうも予想通りになるとはな」

「私達がお前達の思い通りになるなんて思うなよ!此所でお前を討つ!」

 

 

秋月はため息混じりの声で呟く。まさか、コイツは私が此処に来る事を予想していたのか!?星や思春が侮れないと言っていた意味が分かった気がする。私は気を引き締めて槍を握り直した。そして私が突撃しようとすると、蒲公英が秋月の横に回り込んで不意打ちをしようとしているのが視界の端に捉えた。あの間だ、避けられないと思った。これで秋月は重傷になるだろうから保護して母様の話を聞かせてもらおうと思った……しかし、事態は私の予想していた以上の結果となってしまう。

 

 

「なっ!避けられた!?」

「危ないな」

 

 

秋月は蒲公英の槍を予想していたかの様に体を捻って避け、蒲公英の槍を掴み、蒲公英を自分の方に引き寄せ、あっと言う間に蒲公英の自由を奪っていた。

 

 

「いったたたっ!?」

「はい、没収な」

 

 

秋月に腕を捻り上げられ、つま先立ちにさせられた蒲公英の槍を素早く取り上げ、槍を遠くに放り投げる。なんて素早い動きだ。まるで私達の行動を全て予想しているかのようだ。そして思い出したのは秋月が『天の種馬兄弟』と呼ばれている事。体の自由を奪われている蒲公英を見て私は思わず叫んだ。

 

 

「蒲公英をどうするつもりだ、この種馬!」

「え、蒲公英汚されちゃうの!?」

「何処まで行ってもこの扱いか」

 

 

私は思わず叫んだ発言に蒲公英は驚きながらも頬を僅かに染め、秋月は何処かで呆れた様子で呟いた。

 

 

 

 

 

◇◆side馬超・end◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ……始めようか』なんて決めてみたけど早くも後悔していた。戦いを始めようとしたら騎馬隊が突っ込んできた。しかも騎馬隊の戦闘は馬超と馬岱。

 

 

「馬超と馬岱か。つくづく因縁があるな」

 

 

馬超と馬岱は西涼、赤壁、定軍山と散々戦ってきた相手だ。しかも馬岱の話じゃ馬超は俺を目の敵にしてるって言うし。出来りゃ会いたくなかったが俺はこういう時は大抵、武将との遭遇率が高いのだ。まあ、そんな訳で誰かしらに遭遇すると予想はしていたんだ。

 

 

「まったく、こうも予想通りになるとはな」

「私達がお前達の思い通りになるなんて思うなよ!此所でお前を討つ!」

 

 

そう言って馬超は槍を握り締め、突撃してきた。ヤバい、ヤバい!俺は咄嗟に横に避ける。すると横から忍び寄っていた馬岱が突きに来ていた。あっぶねぇ!

 

 

「なっ!避けられた!?」

「危ないな」

 

 

俺は偶然避ける事が出来た馬岱の槍を掴み、馬岱を自分の方に引き寄せ、自身の右腕で馬岱の左腕の関節を背中に回し、関節技に極め、立ち上げる。上手く行って良かった!かなりギリギリだったからね!

 

 

「いったたたっ!?」

「はい、没収な」

 

 

左腕の関節を極められた上につま先立ちにさせられた馬岱の槍を素早く取り上げ、槍を遠くに放り投げる。ふー、焦ったわ。

 

 

「蒲公英をどうするつもりだ、この種馬!」

「え、蒲公英汚されちゃうの!?」

「何処まで行ってもこの扱いか」

 

 

馬岱の動きを封じたら馬超から怒られた。真面目に戦ってもこの評価である。解せぬ。

 

俺はこの調子だがはぐれた大河や華雄達はどうしてるだろう。



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第二百十四話

Q.桂花とのイチャラブ話はもう書かないのですか?
A.作者が今、一番書きたい話です。

暫くは戦闘パートになります。


 

 

 

◇◆side甘寧◇◆

 

 

私は蓮華様の護衛の任に応えるべく戦場を駆け回っていた。その最中に同盟である蜀の蒲公英が捕まっていた。

 

そのままにしておく訳にもいかないのと、私自身の恨みを晴らすべく私は部下達に蓮華様の下へ行けと指示を出して、私は蒲公英と翠の手助けに向かった。

 

背後からの一撃で沈めようと思っていたら、秋月は蒲公英から手を離し、距離を開ける。私の不意打ちの一撃は避けられた。秋月は私の接近に気付いて蒲公英を解放して避けたのか!?なんて勘の良い奴なんだ!

 

 

「見付けたぞ、秋月……今度こそ首を跳ねてやろう……」

「生憎と俺の首は一つしかないんでね。落とされる訳にはいかないんだわ」

 

 

私が半身になりながら剣を構え告げると、秋月は首に手を添えながら笑う。顔は見えんが、何故かヘラヘラと笑っている気がしてイラッとした。

 

 

「今の私に油断はない」

「アタシだって今度は負けないよ!」

「そう……だな。覚悟しろ」

「おいおい……俺一人に過剰戦力だろ。ま、だからこそ今回用意したコイツが役に立つな」

 

 

私と槍を拾って戻ってきた蒲公英に翠。多対一の状況でなんで秋月はこんなに余裕を持って戦っているのだ?普通に戦力差を考えれば、こいつなら逃げ出す筈。呉の地で戦った様に時間稼ぎか?それとも話に聞いた定軍山の戦いの様に味方が来るのを待っているのか……どちらにしても妙だ。

秋月は服の中に隠していた金棒を構えるが……なんだ、この違和感は?

私や翠に蒲公英は警戒をしつつ秋月との距離を詰め、騎馬隊も私達の周囲を囲むように待機させている。秋月の逃げ場は完全に封じたのに何故か奴は逃げる素振りを見せない。

 

 

「いやはや……美女に囲まれるってのは悪い気がしないネ。戦場じゃなけりゃ尚、良いんだが」

「び、美女って……この種馬が!」

「お姉様、そうは言いながらも嬉しそうだよね」

 

 

秋月の軽口に翠が顔を赤くしながら突撃し、蒲公英も続く。私も続こうかと思ったが違和感の正体が掴めないままで僅かに遅れてしまう。まあ、秋月に逃げ場はないのだ、このまま倒して……逃げ場が無い?

 

 

「マズい!秋月から離れろ!!」

「「えっ?」」

「気付くのが遅かったな、キャスト・オフ!」

 

 

私の叫びに翠や蒲公英は反応しきれず動きを止めてしまう。それと同時に秋月の服の一部が爆ぜたかと思えば、そこから鎖や細かく砕かれた鉄板が飛んで来た。秋月に接近していた翠や蒲公英は当然、避けきれず周囲を囲っていた騎馬隊にも破片が飛び散っていく。騎馬隊の馬はそれが原因で興奮し、暴れ始めてしまう。私は警戒していた事もあり、なんとか無事だった私は元凶の秋月を捕らえようと素早く斬りかかった。

 

 

「覚悟っ!」

「この場は退かせてもらうぜ!」

 

 

私の刃が届く前に秋月は地面に気弾を撃ち込み、砂塵を巻き起こした。私は秋月を見失ったが、奴が走って行く方角だけは見逃さなかった。

 

 

「思春!」

「秋月さんは!?」

「この先だ、まだそう遠くには行っていない筈だ!」

「ふはははっ!このままオサラバじゃーっ!」

 

 

私に追い付いた翠と蒲公英が合流し、秋月を追おうとしていた。私が秋月が逃げた進行方向に走り出そうとすると秋月の高笑いが聞こえ、かなり近い距離に居る事が分かる。翠と蒲公英もそう考えたのか直ぐに声のする方角へ走り出そうとすると砂塵が治まってきて視界が開けてきて……秋月の持つ剣の切っ先が此方に向かって振り上げられていた。

 

 

「なっ!?」

「うっそ!?」

「エクス……カリバー!」

 

 

誘い込まれた!と思ったと同時に秋月は剣を振り下ろし、その直後に翠と蒲公英は光に飲み込まれ、意識を失い、私は相手の隙を突くのが秋月の戦術なのに油断させられた事に私は苛立ちを隠せなかった。

 

 

 

 

 

◇◆side甘寧・end◇◆

 

 

 

 

 

 

なんとかなった……馬超や甘寧を相手によくぞ戦ったと自分で自分を褒めたい気分だ。ぶっちゃけ正面切っての戦いなんかしたら俺は馬超に秒で倒されるだろう。ならば、いつもの戦い方をするしかないと馬超や甘寧を挑発&悪ふざけで冷静な判断力を奪い、隙を突く戦い方しか思い付かなかった。

 

馬超は馬騰さんの事や定軍山での事で俺を恨んでいるし、甘寧は呉での戦いで俺を目の敵にしていたから誘い出しやすかった。頭に血が上った馬超や馬岱、そして騎馬隊が俺を包囲してきたので俺は真桜に頼んだ、改良型なんちゃってシルバースキンの機能を発動させた。

 

 

「マズい!秋月から離れろ!!」

「「えっ?」」

「気付くのが遅かったな、キャスト・オフ!」

 

 

 

俺は叫ぶと同時に気を全身に発動させて、なんちゃってシルバースキンを体の外側へと弾き飛ばした。

 

この改良型なんちゃってシルバースキンは二重装甲になっていて、外側は非常に取り外ししやすくなっている。必要最低限、体を守る内側のシルバースキンに気を叩き込む事で弾けやすくなっている外側のシルバースキンは散弾銃みたいに周囲に飛び散る。だから俺は相手を挑発し、距離を詰めてもらったのだ。甘寧は警戒していたのか、被害は無かったみたいだ。直前で馬超達にも指示を出していたし、俺の戦法が見切られているみたいだ。

 

だからこそ、俺は追撃してくる甘寧から逃げ、出し惜しみをする事なく、気を使い砂塵を巻き起こし、なんちゃってシルバースキンの中に隠していたエクスカリバーモドキに気を込めながら、その場を離れる。そして甘寧達が追ってくるであろう方角に向けて気を込めたエクスカリバーモドキを振りかぶる。

 

 

「思春!」

「秋月さんは!?」

「この先だ、まだそう遠くには行っていない筈だ!」

「ふはははっ!このままオサラバじゃーっ!」

 

 

俺はわざと大声で逃げようとしている事をアピールする振りをしながらエクスカリバーモドキに気を溜め込む。そして砂塵が治まったと同時に溜め込んだ気を解放した。馬超や馬岱、甘寧、背後に居た騎馬隊は俺の放ったエクスカリバーに飲み込まれた。

 

これこそ、蝶のように舞い、ゴキブリのように逃げる!と見せかけて蜂のように刺す戦法!

 

まさか、これを実践する日がやってこようとは……っと此処で気を抜くと不味いな。大概油断して負けるパターンが多いんだから俺は。

 

 

「っと……思ったが大丈夫みたいだな」

 

 

エクスカリバーで再び舞い上がった砂塵が治まると馬超や馬岱に騎馬隊の面々は倒れていた。ま、油断した所に俺の最大出力のエクスカリバーを食らったんだから無理もないか。ちゅーか、初めて上手く行ったよエクスカリバーの一撃。

 

 

「ふざけた……戦い方をして……っ!」

「うおっ!?甘寧か!」

 

 

ひねり出した声と共に蹴りが飛んで来たので受け止め、ガードしたのだが蹴りを放った人物は甘寧だった。エクスカリバーの直撃を受けて服も体もボロボロなのに俺を攻撃してくるとは……

 

 

「生憎……マトモに戦ったんじゃ確実に負けるんでな。こんな戦い方しか出来ないんだ」

「貴様……貴様の戦い方に誇りはない……あ……」

 

 

俺の言い訳を聞いた甘寧はよりいっそう怒って俺の胸ぐらを掴み上げようとしたのだろう。それと同時に甘寧の服が破けた。キャストオフとエクスカリバーを食らった甘寧だが体が無事でも服はそうじゃなかったらしい。サラシと褌と靴のみとなった甘寧。やっぱ、良い身体してるよな……スポーティーで引き締まった……

 

 

「見るなっ!」

「あっぶねぇ!?」

 

 

顔を真っ赤にした甘寧の目潰しが迫り俺は、その手を掴み甘寧の動きを封じる。マジで危なかった……明らかに両目を潰しに来てたよ、今の。

 

 

「わかった、落ち着こう甘寧。落ち着いて……自分の今の状況を確認しよう、な?」

「もういい……貴様を殺して私も死ぬ……」

 

 

落ち着かせようと思ったのに甘寧はヤンデレキャラみたいに目から光が失われている。いや、マジで怖いんだけど。

 

 

「と、兎に角……ほら」

「………」

 

 

俺はボロボロになった、なんちゃってシルバースキンを脱いで甘寧に渡す。甘寧は何も言わずに受け取り、それを身に纏った。俺の着ていた服って事で抵抗があったのか、終始無言だったが俺はそれが狙いだった。

 

 

「ゴメンな」

「うぐっ!?……きさ……ま……」

 

 

服を着る為に油断した甘寧の腹を気で強化した拳で殴り、意識を奪う。最後まで騙す形になり、心苦しかった。気絶した甘寧を馬超達と共に寝かせると俺は他の場所で戦っている皆のと所へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

◆◇side甘寧◆◇

 

 

 

 

やられた……この言葉しかなかった。

油断も隙も突かせないつもりだったのに、終始奴の作った流れに流された。そして奴の技を食らい、服が破けてしまい、私はサラシと褌のみの姿にさせられた恨みから奴の目を潰そうとしたのだが防御されてしまう。何故か、妙に馴れた仕草だったが奴は普段から目潰しを食らっているのか?

 

その後、奴は私に着ていた服を差し出す。秋月が着ていた服なんて着たくもなかったが背に腹は変えられず、袖を通す。これが先程まで秋月が着ていた服だと思うと妙に顔が熱くなる……そう思ったと同時に痛みが腹部に襲い掛かる。顔を上げると秋月が私の腹に拳を叩き込んだのだと理解する……最後まで私は油断してしまったんだな……これは、私の油断だ……だから……

 

 

「そんな……泣きそうな顔をするな……馬鹿者が……」

 

 

身体が動かなくなった私を寝かせた秋月は辛そうな顔をしていた。

申し訳ありません、蓮華様……私はもう戦えそうにありません……何処かへと走り去っていく秋月の背を見ながら私はそんな事を思っていた。

 

 




『蝶のように舞い、ゴキブリのように逃げる!と見せかけて蜂のように刺す』

『GS美神』で香港における対メドーサ戦での横島の戦い方。
攻撃する素振りを見せながら脱兎し、相手の気が抜けた瞬間に攻撃に移り、反撃を食らう前に離脱する戦法。


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第二百十五話

◆◇side華雄◆◇

 

 

 

何度目かになる私の金剛爆斧と孫策の剣の鍔迫り合い。しかし、私の金剛爆斧が孫策の剣を押し込め、そのまま孫策を斬れそうになるが、孫策は身を退き私から距離を開ける。

 

焦る表情の孫策に私は違和感を感じる。関羽の時も思ったが孫策はこんなにも弱かっただろうか?

 

 

「何よ……負け犬華雄が随分、強くなったじゃない?」

「貴様が弱くなったのではないか?」

 

 

私を挑発する様に孫策が言うが私は冷静に返す。すると孫策は宛が外れた様に舌打ちをすると再度構える。

 

 

「やんなっちゃうわね……」

「そう言う割には楽しそうに笑うじゃないか」

 

 

互いに斬撃を繰り出しながら戦場を駆け巡る。私の援護に血風連が付き添おうとする。

 

 

「華雄隊長!」

「貴様等は手を出すな!コイツは貴様等が敵う相手じゃない!血風連は一部を残して、他の部隊の援護に回れ!」

「「ハッ!」」

 

 

血風連の一人が孫策に斬りかかろうとするが私の一言に下がり、他の血風連も私の指示に離れていく。残った血風連は孫策の兵士達を相手取っていく。

 

 

「言ってくれるじゃない。今なら私に勝てるとでも言うつもり?」

「そのつもりだが?今の私は魏の為に……自分の愛しい人の為に戦うと誓ったのだ」

 

 

孫策の不適な笑みに私は今の私の誓いを口にする。すると孫策は目を丸くしてから楽しそうに笑った。

 

 

「愛しい人って秋月の事?……妬けちゃうわね」

「……言っておくが奴はやらんぞ」

 

 

孫策が秋月に惚れる可能性が出てきたな。秋月の事だから最初はやんわりと否定するが徐々に……なし崩し的に孫策と仲を深めそうな気がする。あり得すぎる未来に私は金剛爆斧を強く握りしめ、孫策に一撃を与える。

 

 

「妬けるのは……私の方の様だ!」

「きゃあっ!ちょっと、力が増してるんだけど!?」

 

 

今の内に始末した方が良いと私は直感する。思えば、秋月は黄蓋とも色々あったと聞く。本当に今の内に手を打っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side斗詩◆◇

 

 

「なんだよ、斗詩!無事だったならアタイ達の所に帰ってくれば良いのに!」

「そうですわ!今まで音沙汰無しだなんて!」

 

 

私は戦場で文ちゃんと麗羽様と再会をしてしまった。文ちゃんと麗羽様は蜀の客将として戦に参加していた。桂花ちゃんがこの事を言っていたけどまさか私が遭遇してしまうなんて……

 

 

「文ちゃん、麗羽様。今の私は魏の顔良なの……二人が蜀の将として戦うなら私も戦わなきゃいけない」

「なんですって、斗詩さんは私よりも華琳さんを取るんですの!?」

「アタイは斗詩とは戦いたくねーぞ!それにアタイが選んだ大槌はどうしたんだよ!?」

 

 

私の発言に二人は騒ぎ始め、私はため息を吐きたくなる。蜀でもこんな感じで我が儘を通していると容易に想像できる。真直ちゃんじゃ文ちゃんや麗羽様は抑えきれないだろうし……

 

 

「何をしてる麗羽!ボサッとするな!」

「白蓮さん!?」

 

 

私の意識が少し逸れてしまった所で騎馬隊を引き連れて白蓮様が突っ込んできた。白蓮様もやっぱり蜀に所属していたんですね。

 

 

「覚悟しろ、顔良!」

「生憎……別の覚悟をしていますので!」

 

 

私は白蓮様の攻撃を避け、トンファーで白蓮様の脇腹を突く。馬に乗っていた白蓮様は落馬してしまう。

 

 

「と、突撃した騎馬の一撃を避けて、馬から引きずり落とすとか普通じゃないぞ!?」

「魏には普通じゃない人が多いんですよ。動かないでくださいね」

 

 

騎馬からアッサリと引きずり落とされた白蓮様が私に叫ぶが、私はトンファーを突きつけて動きを封じる。

白蓮様が率いていた騎馬隊も血風連達の手助けで壊滅状態になっている。

秋月さんから騎馬隊封じの戦法を聞いていたけど、ここまで策通りになるんて……

 

『騎馬隊は機動力と突進力に特化してるけど逆にそれが弱点になる。例えば森とかの中だと馬は木を避けながら走るだろ?それは木々に指向性させられた走りになる。つまり、平地でも障害物や罠を仕掛ければちょっとした障害や同様で足が止まったり走る先を指定されてしまって騎馬隊を無力化出来る筈だ』

『それは騎馬隊も同じ事を考えますよ。そうならないように訓練するんですから』

 

『だろうね。だから、見たこともない罠を仕掛けるんだ』

『参考までにどんな罠なんですか?』

 

『土色に染めた縄を縦横無尽に地面に敷き詰めて騎馬隊が来たら一気に引くんだよ、人の腰の高さくらいに。そうすれば障害物になるし、騎手も動揺する。そんで動揺して動きが止まった瞬間に討つ』

『口で言うには簡単ですけど、そんな策を実行できるとは……』

 

『血風連が居るだろ?』

『そうでした……』

 

 

 

私は秋月さんとの会話を思い出す。秋月さんの毎回出てくる思い付きの策とそれを実行してしまう血風連の皆さんに私は白蓮様と騎馬隊に少し同情してしまう。

騎馬隊は突如現れた障害物に足を止めるか、それを避ける為に道を逸れた瞬間を血風連に襲われて壊滅した。こんな策を考え付いて実行する辺り、秋月さんは色々と規格外な人なんだと再認識してしまう。秋月さんは天の国の知識だと言っていたけど、それだけじゃないと思うってしまいます。

 

 

「ちょっと斗詩さん!?やりすぎじゃありません事!?」

「麗羽様、さっきも言いましたが今の私は魏の将なんです。お覚悟を……」

 

 

白蓮様を血風連の一人に任せて、私は麗羽様と文ちゃんと対峙する。倒して捕らえても秋月さんは殺すことはないと言いそうな気がする。私の時もそうだったし…………それを考えると少し危険な気がしてきた。

 

麗羽様の我が儘を秋月さんは仕方ないなと言って聞きそうだし、秋月さんの優しさに麗羽様も惹かれそうな気がしてなら無い。

文ちゃんも秋月さんを『兄貴』と呼び親しくなり、秋月さんも文ちゃんを妹扱いしそうな気がする。

真直ちゃんの事は「苦労してたんだな」って言って慰めてる内に互いに……何故だろう、麗羽様や文ちゃんや真直ちゃんを捕らえても、私には良い未来が見えない気がする。

桂花ちゃんや詠ちゃんが秋月さんの事を『種馬』や『またか……アイツ』なんて言って怒っていた理由が分かった気がする。

 

私は嫌な予感がしつつも麗羽様達を捕らえるべく武器を握りしめた。

 

 

 



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第二百十六話

 

 

 

 

◆◇side大河◆◇

 

 

 

自分は師匠や華雄さん達と離れて単独行動をしていたッス。

血風連の皆さんと一緒だったけど、途中で胡軫さんと遭遇して戦う事になったッス。

 

 

「あの若造の弟子か……ならば容赦はせんぞ!」

「自分は未熟ッスけど、負ける気は無いッス!」

 

 

 

相手は汜水関と魏の領土で師匠と二度も戦った胡軫将軍……自分が敵う相手とは思わないけど退く訳にはいかないッス!

 

 

「せりゃあ!」

「ぬっ……速いな!」

 

 

自分の飛び蹴りを胡軫さんは棍で防ぐ。不意を突いたつもりだったけどアッサリと見切られたッス。

 

 

「フン!」

「ちょわっ……魔閃光!」

 

 

胡軫さんの棍を避けながら魔閃光を放つ。これは当たるだろうと思った魔閃光。でも胡軫さんは持っていた棍を自身の目の前でヒュンヒュンと回すと、なんと魔閃光を弾き飛ばした。

 

 

「あの若造の気弾対策に覚えた技だが、どうやら通用する様だな。お主の技は試金石とさせてもらったぞ」

「そ、そんな……ぎゃう!?」

 

 

自分は最近、自信を持ち始めていた気弾を弾き飛ばされて呆然としてしまって……迫り来る胡軫さんの一撃を避ける事が出来なかったッス……咄嗟に左腕で防いだけど……完全に折れたッス……

 

 

「咄嗟にあの若造と同じ防ぎ方をしおったか。師弟揃って似た防御をしおる」

 

 

胡軫さんは自分がもう戦えないと考えてるのか構えを解いてゆっくりと歩いてきてるッス。

 

 

「女子供に手を掛けるのは気が引けるが……む、来たか」

「俺の弟子をいたぶるのはそこまでにしてもらおうか」

「師匠!」

 

 

胡軫さんは自分に向けていた棍を自分の後ろに突き付ける。振り返ると、なんちゃってしるばーすきんを脱いだ師匠が走って来てくれたッス。

 

 

「大丈夫か、大河……って腕が折れてるじゃないか!?明らかに折れてる腫れ方だぞ、それ!?」

「い、痛いけど……師匠が来てくれたから大丈夫ッス……」

 

 

師匠は真っ先に自分の心配をしてくれたッス。普段は桂花さんや詠さんに叱られてるけど、こういう時は優しく頼りになる師匠ッスね!

 

 

「ならば、その不出来な弟子を庇いながら戦って見せろ!」

「師匠、自分は大丈夫ッスから気にせずに戦ってくださいッス!」

 

 

胡軫さんが棍を振り回しながら師匠に迫る。自分は師匠にこっちは心配しないでと叫ぶと師匠はニヤリと笑みを浮かべたッス。

 

 

「大丈夫か……なら大河、一肌脱いでもらうぞ」

「え、一肌って……にゃあっ!?」

 

 

何故か、師匠は自分の上着を捲り上げて胸を晒すように胡軫さんに見せ付けたッス。

 

 

「き、貴様!オナゴの胸を晒すとは何を考えている!?」

「な……自分は男ッスよ!?」

 

 

まはかとは思ってたけど、やっぱり胡軫さんも自分を女と勘違いしてたッスね!

 

 

「スキモノ!じゃなかった、隙アリ!」

「ぬぐおっ!?」

 

 

胡軫さんが動揺した隙に師匠は素早く跳躍し、胡軫さんの腹に突き刺す様な蹴りを放っていたッス。

 

 

「いっぱい……と言うか、おっぱい食わされた気分はドーヨ?」

「おのれ……ふざけた真似をしおって……」

 

 

師匠の勝ち誇った顔に胡軫さんは腹を押さえながら立ち上がる。自分は脱がされた服を元に戻しながら師匠と胡軫さんの戦いを見詰めていたッス。

 

 

「さっき甘寧と戦った時もそうだけど俺は正面から戦えば負けちまうからな……なら頭を使って戦うさ」

「貴様に誇りは無いのか!?」

 

 

師匠の発言に胡軫さんが叫ぶけど何故か、その叫びが何処か小さく見えたッス。

 

 

「俺の誇りなんざ大将や俺の守るべき者の為には不要だ……って言うか今さら俺の評価が下がるとは思えないしな」

 

師匠の呟きに自分は何故か、哀愁と言うか……切なさを感じたッス……多分、普段から種馬と呼ばれてるのを気にしてるんだと思うッス……

師匠は会話の最中で然り気無く、全身に気を張り巡らせているのが分かったッス。

 

 

「おのれ、やはり汜水関でトドメを刺しておくべきだったか!」

「今さらだったな……超光波!」

 

 

迫り来る胡軫さんに師匠は全身に張り巡らせていた気を右腕に集中すると腰を落として構えると一気に解き放った。すると師匠の右手から凄まじい威力の気攻波が放たれたッス。

その威力に砂塵が舞い上がり、地面が少し抉られていたッス。

 

 

「痛ててっ……上手くいったけど、やっぱ新技は影響が出るな……」

 

 

 

師匠の方は技を放った右腕がボロボロになってたッス。それと同時に砂塵の奥から全身がボロボロになった胡軫さんが現れたッス。今の技ををマトモに浴びたのに立ち上がれたんスか!?

 

 

「ワシは……負けん!ワシが負ければ董卓様の時の様に泣く者が現れる!ワシは膝を折る訳にはいかんのだ!」

「し、師匠……」

「………大河、片手でも構わないから、かめはめ波は撃てるか?」

 

 

本来なら動かないであろう体に鞭を打って胡軫さんが此方に突進してくる。その最中、師匠は自分にかめはめ波が撃てるか聞いてくるけど、なんで隠れて特訓したの知っているんスか!?

 

 

「お前が俺に黙って、かめはめ波を凪に学んでたのは知ってるよ。それよりも今は胡軫を倒す事を考えろ。大将の願いを叶えるには……ああいった奴を踏み越えていくしかない」

「師匠……押忍!」

 

 

師匠の言葉に左腕の痛みに耐えながら右手でかめはめ波を撃つ為に構える。

 

 

「ヌオオォォォォォォォォォォォッ!」

「悪いな、アンタも色々と背負ってんだろうけど……こっちも色々と背負ってるんだよ……大河!」

「はい、かめはめ……波っ!」

 

 

目の前まで迫ってきた胡軫さんに自分は片手でかめはめ波を放つ。でも自分のかめはめ波は気の量が少ない事もあり、威力が足りないみたいで胡軫さんは耐えてるみたいッス……

 

 

「ぬ、ぐぅぅぅぅぅぅっ!この程度……っ!」

「大河、そのまま撃ち続けろ!かめはめ……波っ!」

「し、師匠っ!?」

 

 

自分のかめはめ波に耐えてる胡軫さんに師匠はかめはめ波を重ねて放つ。自分の後ろから、かめはめ波を放った師匠に驚きながらも自分もかめはめ波を放ち続ける。

自分と師匠のかめはめ波に耐えきれなくなった胡軫さんはかめはめ波に飲み込まれていく。

 

 

「ば、馬鹿な……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ぜ……は……」

「流石に……もう気が無いな……」

 

 

胡軫さんを倒した自分と師匠だけど自分はその場に倒れて、師匠も自分の隣に座り込んだッス。

 

 

「強かった……ッス……」

「ああ……でも、もう立ち上がれないだろうよ。良く頑張ったな、大河」

 

 

息も途絶え途絶えの自分に師匠は頭を撫でて労ってくれたッス……そんな時、自分の耳に聞こえたのは大将と劉備さんの決闘だったッス。

 

 

 




『スペシウム超光波』

闘士ウルトラマンがマザロン戦で初使用した強化版スペシウムアタック。メフィラス大魔王曰く『星の2つや3つは破壊しかねない威力』との事。


『親子かめはめ波』

悟飯が、悟空の仇をとる為にセルに放った片手かめはめ波。かめはめ波を放つ悟飯の背後で悟空の幻影が浮かび上がる。

親子かめはめ波と名前になっているが実質は悟飯一人のかめはめ波である。


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第二百十七話

お待たせしてすいません。書いてはいたのですが区切りが難しくて中々、投稿が出来ませんでした。
短めです。


大将と劉備の一騎討ちを俺達は見ていた。その光景に全ての部隊が戦いを止めて、その決闘に釘付けとなっていた。

 

 

「大河……目を反らすなよ。これは俺達が目を反らしちゃいけない戦いだ」

「………押忍」

 

 

俺は煙管に火を灯して紫煙を吐きながら大河と共に大将と劉備の戦いを見ている。大河は左腕を応急でだが手当てをしている。後でしっかりと医者に診せねーとな。

そんな事を思いつつも俺は大河を連れてゆっくりと大将と劉備が戦っている場所へと移動する。その動きは俺だけではなく他の将や兵士達も大将と劉備を囲むように輪を作りながら歩み寄っていく。

 

 

 

「純一さん!」

「ちょっと、アンタ!大丈夫なのっ!?」

 

 

そんな風に歩いていたら一刀と桂花がやってくる。良かった、二人は怪我をした様子は無さそうだ。桂花は来るなり、ボロボロになった右手を見て動揺している。超光波の影響が凄まじかったからなぁ……

 

 

「大丈夫だよ。馬超と馬岱と甘寧を相手に戦った後に胡軫と戦っただけだ」

「それ、絶対に大丈夫じゃないラインナップですよね!?」

 

 

俺の発言に一刀が驚愕する。自分で言ってなんだが、よく無事だったな俺。

 

 

 

「もう……馬鹿なんだから。それで、馬超達を討ち取ったの?」

「いや、行動不能にしてから放置してきたよ。もう動けそうにない位に気を叩き込んだからな」

 

 

 

桂花は俺の右手を見ながら馬鹿と言う。最早、お決まりな流れだな。すると、桂花はジト目で俺を睨んでいた。

 

 

「いやらしい事をしたんじゃないでしょうね?」

「戦の最中に、いやらしい事が出来る余裕がある程の強さを持てたなら良いなぁ……死に物狂いで戦ったさ」

 

 

先程、胡軫相手にしてる時に大河にセクハラしたとは言えんな。

 

 

「行動不能にしてから放置って大丈夫だったんですか?」

「回りには蜀の兵士もいたし、助け出されてるだろ。甘寧は………多分、大丈夫だろう」

 

 

行動不能に陥らせた馬超と馬岱は兎も角、甘寧は服を破いた後に俺の服を着させてから気絶させたから……あれ、言葉にするとかなり危ない気がするんだが……

 

 

「アンタ……甘寧に何したの?」

「純一さん……何かありましたね?」

「まあ、少々のトラブルはあった。気絶させた甘寧は寝かせてきただけだ」

 

 

トラブルと言うか、TO loveるはあったけど。気絶させた甘寧を安全に寝かせただけなのは間違いない。

 

 

「確かに……俺の心の中でも知性の神が『構わない』と残虐の神が『やっちまいな』と言い争ってはいたが……」

「どっちにしても同じでしょう。つーか、善の心無いのかアンタ」

 

 

 

俺の発言に一刀のツッコミが入る。本当に容赦なくなった上にマニアックなボケにツッコミを入れられるとか凄いな。なんて感心していたら大将と劉備の戦いに決着が着きそうだった。

 




『知性の神』
キン肉マンの世界における神の一人で、邪悪五神と呼ばれる存在。貧乏超人フェニックスマンに力を貸し、キン肉マンスーパーフェニックスとして生まれ変わらせる。新シリーズではサタン以下黒幕の企みを防ぐ為に辺境の惑星に住んでいたフェニックスマンを再び、キン肉マンスーパーフェニックスにさせる等、邪悪神ながらこの世の為に動いていた。

『残虐の神』
キン肉マンの世界における神の一人で、邪悪五神と呼ばれる存在。兵士超人ソルジャーマンに力を貸し、キン肉マンソルジャーとして生まれ変わらせる…が、王位争奪サバイバルマッチに乱入したキン肉アタルにソルジャーマンを倒され、王位争奪戦から脱落し、裏方に回る事となった。新シリーズではキン肉アタルにソルジャーマンを倒した責任を取れと後始末を任じた。


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第二百十八話

お待たせしました。次回以降は更新ペースを上げていきます。


 

 

大将と劉備の決闘は大将が劉備の剣を弾き飛ばし、尻餅を着かせ決着がついた。打つ手がない事と大将に全てを否定された劉備が降参し、大将が戦場に居る兵士達に向けて戦いが終わった事を告げた。魏を大将、蜀を劉備、呉を孫策が治める三国同盟が締結された。

 

 

「今、此処に闘いの終結を宣言する!」

 

 

 

「「「「ワアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーッ!!!」」」」

 

 

 

大将による闘いの終結宣言、それは同時に三国同盟の締結宣言でもあった。その宣言に今まで戦っていた者達が戦いを忘れ、戦争が終わった事の歓喜の叫びを上げた。

 

 

「やれやれ、やっと終わったか……」

 

 

戦いが終わった事実に俺はドッと疲れが押し寄せた。いや、戦いっぱなしで疲れたのも事実だけどさ。

しかし、俺がこの世界に来てから怒涛の日々だったからなぁ。それと同時に疑問も訪れる。俺はこれからどうなるのか……

 

 

「華琳様の終戦宣言で戦は終わったのよ。何、難しい顔してるのよ」

「いやぁ……これだけの怪我人を何処に運ぶのかなぁ、と」

 

 

桂花が俺の服の袖を引きながらジト目で睨んでる。咄嗟に誤魔化したけど桂花のジト目は治まらない。

 

 

「怪我人なら蜀の城に運ぶに決まってるでしょ。それよりも、心配するならこれからの事を……心配しなさいよ」

「桂花……」

 

 

不意に桂花は掴んでいた袖を離すと俺の手を握ってきた。指を絡ませる所謂、恋人繋ぎで。

そして『これからの事を』って言葉が意味する物は……

 

 

「これからね……さしあたり荀緄さんと顔不さんに挨拶に行かなきゃか」

「っ!……この馬鹿。私が言ったのは魏でのこれからで……」

 

 

俺の発言に桂花は顔を真っ赤にしながら俺を睨むが怖くない。と言うか可愛いです。

 

 

「おんや?俺は終戦を迎えた事の報告にと思ったんだが……桂花は何を考えた?」

「もう……からかわないでよ、馬鹿」

 

 

俺が桂花に何を思ったか問い掛ける。我ながら意地が悪いと思っていると桂花はギュッと繋いだ手の指の力を強めた。その表情は何かを待ち望んでいるけど、不安そうな顔だった。これは……もう覚悟を決めるしかないな。

 

 

「……桂花、俺と」

「ふくちょーっ!何、人を差し置いてイチャイチャしてんねん!」

「桂花、抜け駆けは許さんぞ?」

「ちょっ、アンタ達!?空気読みなさいよ!」

 

 

俺が一世一代の告白をしようとしたら俺の背中に真桜が抱き付き、桂花の肩に華雄が手を乗せ語り懸ける。くそ、後少しだったのに!

 

 

「ご無事で何よりです、秋月さん。怪我をしていたらどうしようかと思いました」

「ふん、ねねは心配なんかしてなかったのですぞ!」

 

 

そこへ斗詩とねねが合流する。やれやれ、心配懸けてばかりだったからな。

 

 

「気を使った戦いばかりで疲れてはいるけど、大丈夫だ。今回は大きな怪我はないよ」

「良かったのです。これで大怪我をしていたら月も詠も泣いてしまうのですぞ」

「先程、非戦闘員の皆さんも城に入城させて怪我人の手当てと炊き出しが決まりましたから二人とも直ぐに来る筈ですよ」

 

 

俺が怪我をしてないアピールをするとねねと斗詩から後方待機していた月や詠達と言った非戦闘員達が物資を運び、戦処理の為に動くのだと言う。流石、指示が早いね大将。

 

 

「それに伴い、『夕刻までにそれらを終わらせよ』との指示もあったぞ。キリキリ働かぬか」

「うおっ!祭さん!?」

 

 

説明の続きを促すように背後から祭さんが近付き、俺の肩を組んだ。マジでビックリしたわ。

 

 

「なんじゃ、戦は終わったのにワシは除け者か?」

「今さっきまで魏との戦いだったのに切り替え早すぎでしょ」

「副長、ご歓談中に失礼します」

 

 

ケラケラと笑う祭さんにツッコミを入れると俺の周囲には人だかりが出来ていた。血風連がゾロゾロと現れたのだ。そして、その内の一人がスッと一枚の紙を俺に渡す。

そこには『戦後処理を最優先。刻限、夕刻まで』と大将直筆の一文が書かれていた。

 

 

「祭さん、話は後でにしましょうか。このままだと戦が終わった後に大将に斬られかねないので」

「ハハハッ相変わらずの様じゃな。うむ、戦も終わったのだから時間はいくらでもある。後程、ゆっくりと話をするとしよう」

 

 

大将のお願い(脅し)に俺が仕事に行こうとすると祭さんは察してくれたのか離れてくれた。

 

 

「じゃあ……真桜は血風連の一部を引き連れて工兵隊を結成しろ。壊れた城壁や戦場の道慣らしをしてくれ。華雄は残りの血風連を引き連れて怪我人の移送を」

「ちぇー、副長……後でウチともイチャイチャしてや」

「まずは仕事を片付けなければならないな」

 

 

俺の指示に真桜と華雄は素早く動いてくれる。この辺りは警備隊で鍛えられた部分が大きいな。

 

 

「斗詩は月と詠と合流して炊き出しの手伝いをした方が良いな。ねねは炊き出し場所の確保。大河は……治療班がいる天幕に行って腕を診てもらえ。多分、折れてるぞ」

「はい。秋月さんは無理しないでくださいね」

「分かったのですぞ!」

「お、押忍……」

 

 

次いで斗詩、ねね、大河に指示を出す。大河があのままだと、とんがり帽子を被ったお嬢さんが心配しそうだからな。

 

 

「こうして見ておれば見事な手並みじゃな。皖城で会った時は雛鳥ばかりかと思ったが、ワシの見立てが間違っておった様じゃ」

「あれから色々と成長したんですよ。祭さんはこれからどうするんですか?」

 

 

祭さんは一時期、魏に居た頃と今を比べているのだろう。あの時は良いようにあしらわれたからなぁ……

 

 

「まだ三国同士の諍いがあろう。特に若い将や兵士はな。一先ず、そ奴らを叩いてやるとしよう」

「では、また後で会いましょう」

 

 

俺は祭さんとの会話を打ち切ると桂花を連れて移動しようとする。さっきは中断されたが、伝えるべき事は伝えるべきだ。

 

 

「ああ、それと聞きたかったんじゃが……思春に何かしたのか?お主の着ていた服を着て顔を赤くしておったぞ」

 

 

祭さんの爆弾発言に俺と桂花の動きはピタリと止まる。しまった……その説明と言うか弁明もしなきゃだった。

 

 

 

「その話も後で聞かせてもらうとしよう。後でな二人とも」

「悪い顔してるわぁ……さて」

 

 

 

祭さんはニヤニヤしながら、その場を後にした。確信犯かよ、チクショウ。仕事が余計に一つ増えたな。差し当たり、一番最初にしなきゃならないのは……

 

 

 

膨れっ面になっている猫耳お嬢様のご機嫌回復だろうか。

 

 



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第二百十九話

 

 

怪我人を運んだり、炊き出しをしたりと忙しかったが、戦に関わった者達全員が協力したから作業が早い事、早い事。

 

 

そして今は同盟を祝う宴で皆、盛り上がっている。大将は酔っ払った劉備と孫策に絡まれている。春蘭、華雄、霞は関羽と飲み比べ、秋蘭は周瑜や陸遜と何やら話をしている。

 

凪は孫権、甘寧、趙雲と戦いについて語り合い、真桜は孔明、呂蒙と発明について意見を交わし、沙和、栄華は馬岱、孫尚香とお洒落トークに盛り上がっている。

 

天和、地和、人和は宴の余興として歌を歌い、風、稟、ねねは田豊と将棋をしていた。

 

 

流琉、月、詠は料理を振るまい、給仕としてバタバタと慌ただしくして季衣、恋、香風、華侖は張飛、魏延、孟獲達とフードファイトをしていた。

 

祭さんと黄忠と厳顔の大人の女性達は酒に溺れていた。

 

斗詩は袁紹、文醜に迫られていた。多分、未だに斗詩に依存しようとしてるんだろうけど今の斗詩は『魏の顔良』なのだ。関係をリセットしないと昔みたいには笑い合えないだろうな。

 

 

しかし、不思議なもんだな……半日前まで戦争して殺し合いをしてたのに今は笑って酒を飲んで騒いでるんだから。

 

 

「俺達の世界じゃ考えられないですよね」

「ああ……戦争が終わった、その日に敵国の人間と笑い合うなんて出来ないだろうな」

 

 

俺の隣で同じく宴の様子を見ていた一刀が呟く。一刀も同じ事を考えていたみたいだ。天の国……現代じゃ有り得ない話だ。単なる喧嘩程度なら有り得る話だが国同士の争いで、ここまで相互理解を得られるのは不可能だろう。だからこそ、俺も一刀も摩訶不思議な今の状況に現実感を得られず、何処か他人事の様に宴を見ていた。

 

 

「ま、俺達は戦に参加していたとは言っても、この世界の人間じゃあない。過去と未来で価値観は違うだろうよ……フゥー」

「でも……充足感はあります。俺も……戦いが終わった瞬間に居たんだって」

 

 

俺が煙管に火を灯して煙を肺に入れると一刀が呟く。俺だってそうだよ。

 

 

「無気力に生きる現代社会の人間と全力で生き足掻く三國志の人間じゃ生き方も価値観も違う。だからこそ、命懸けの戦いで分かり合えたんだろ。だが、充足感があるなら、俺達もこの世界の人間になったのかもな」

「かもしれませんね」

 

 

俺の言葉に満足したのか、一刀も笑みを溢す。なんて思っていたら劉備と孫策に絡まれていた大将が俺達の方に来た。

 

 

「おや、お疲れですな大将」

「桃香があんなに酒癖が悪かったなんて思わなかったわ」

 

 

疲れた様子で来た大将。劉備や孫策に散々絡まれて疲れたらしい。

 

 

「なら、大将。少し酔いを覚ましに行ってきたらどうだい?」

「あら、悪くないわね。一刀、付き合いなさい」

「あ、ああ……分かった」

 

 

俺の言葉に頷いた大将が一刀を連れて外へと行く。然り気無く手を繋いで行く辺り、酔って大胆になってるな大将。

 

 

「その……ありがとね、純一」

「大将が素直に礼を言うなんざ、明日は雨でも『バキィ!』ありがとうございます!」

 

 

大将は一刀と手を繋いでいるので反対の拳が俺の顔面を捉えた。ある意味、いつもの光景に俺も一刀も笑い合い、大将は溜め息をついた。

 

 

「まったく……」

「まあまあ、大将……二人きりになるなら今の内ですよ」

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

 

 

俺は二人を見送り、ごゆっくりと手を振った。それと入れ替わる様に桂花が俺の隣に座る。

 

 

「華琳様と北郷を連れ出したの?」

「国に返ったら忙しいのと、周囲に邪魔されるのが目に見えてるから二人きりにさせるなら今しかないだろ」

 

 

桂花がジト目を向けてきたので思った事を口にする。俺は桂花のジト目から逃れるように視線を宴に戻し、笑みを溢した。

 

 

「何、黄昏てるのよ」

「ああ……不思議なもんだと思っていたのと、幸せなもんだと思ってな。さっき一刀とも話してたんだけど……天の国じゃこんな思いは簡単には得られないからさ」

 

 

煙管の灰を落とし、酒を飲む俺に桂花はジト目を戻そうとはしない。先程の誤解は解いたもののまだ機嫌が悪いらしい。

 

 

「さて、俺も飲み過ぎたから少し酔いを覚ましたいし、タバコも吸いたいから城壁にでも行こうと思うんだが……」

「仕方ないわね。一緒に行ってあげるわよ」

 

 

俺が二人きりにならないかと提案すると桂花は即座に乗ってきた。さっきの大将もだけど素直になったよなぁ。

俺と桂花が城壁に行こうとすると大河は鳳統と話をしていた。頬染めながら恥ずかしそうに話をしているのを見ると、ほっこりする。

 

 

城壁に着くと夜風が酔って火照った体には心地よくズッとこうしていたいと思ってしまう。桂花は俺の腕に抱き付いている。

 

 

「こんなにゆっくり出来るのは今だけよね」

「あー……やっぱりこれから忙しくなるか」

 

 

桂花が呟いた一言に俺は苦笑いになる。戦争してる時よりも後の方が大変だとは聞いてはいたけど。

 

 

「当然でしょ。三国の平定をしたんだから今度は平和の維持と発展が必要になってくるのよ。三国の交流と技術交換。そうなったら警備隊の仕事は増えるでしょうね」

 

 

告げられた今後の事に俺は苦笑いになった。

 

 

「これ以上仕事が増えたら対処しきれないかも」

「アンタが自爆するのを止めれば、仕事が滞る事は無いと思うんだけど?」

 

 

ですよねー、と返そうと思った所で俺の腕に抱き付く桂花の力が増していた。

 

 

「ねぇ……私に言う事があるんじゃないの?」

「そうだな……うん、言いたい事がある」

 

 

桂花に促される前に告げたかった事。桂花と一緒に居たいという決意。

 

 

「桂花……これからも俺と一緒に居……っ」

「う、うん……秋月?なによ、これ……」

 

 

桂花の両肩に手を添えて告白しようとした瞬間。俺は自分の手が光っている異常事態に驚いた。俺の動きが止まった事に不振に思った桂花が俺の手を見て驚愕していた。

 

 

俺と桂花が驚いて何も言えなくなった時。俺は何故か、この国に来たばかりの頃に占い師に言われた事を思い出した。

 

『川の流れは変えられぬ、変えてはならぬ。石を投じれば波紋が広がる。塞き止めれば川は朽ちる。道を増やせば枝分かれをして大河となる。されど大筋は残る、その道を変えてはならぬ。……大局には逆らうな。逆らえば身の破滅となろう』

 

 

「大局に逆らった結果……か」

「何よ、アンタ……この症状に覚えがあるの?」

 

 

俺の言葉に何処か不安そうな桂花。説明しない訳にはいかないな。

 

 

「俺も詳しくは分からないけど……大局、天の知識にある歴史と今が違うと俺は身の破滅を迎えるらしい」

「何よそれ……歴史を変えたのアンタが?」

 

 

俺の説明に訳が分からないと言った表情の桂花。まあ、そりゃそうだよな。そんな事を思っていると手の光が少しずつ腕の方に伝達していく。

 

 

「アンタの言う事が正しかったとして……秋月や北郷は以前から倒れる事があったわね。それも決まって魏にとっての大事な局面で。秋月や北郷には天の国の知識がある、その知識で歴史を変えた結果、曹魏は勝利を得る事が出来た。だけど……もしも、その事に『代償』があるのだとしたら……」

「流石、王佐の才。一を知って十を知るってか」

 

 

ガタガタと震えながら考察を述べた桂花に俺は感心する。やっぱ俺とは頭の出来が違うんだろう。って言うか何で俺はこんなに冷静でいられるんだろう。自分の体が消えていくならもっと恐怖があると思うのに。仮面ライダー龍騎でミラーワールドで消えてしまった人みたいに取り乱しても可笑しくないのにな。

 

 

「……何で?……ねえ、何で?………何でなのよっ!」

「………すまん」

 

 

桂花は俺を睨み付けた。こんな風に本気で怒ってるのは久し振りに見たかも。俺は思わず謝ったのだが桂花は俺から一歩離れた。

 

 

「嘘つき……一緒に居たいって言ったくせに……」

「桂花、俺は……」

 

 

俺が伸ばした手を桂花は叩き落とした。地味に痛い。

 

 

「触らないでよ、汚らわしい!愛してるだの何だの言って結局私の体だけが目的だったんでしょ!アンタを信じた私が馬鹿だったわよ、この変態!女の敵!種馬兄弟!馬鹿!嘘つき!」

 

 

桂花は俺の腹を何度も殴る。体は痛くないが心が痛む。ああ、俺はこの娘を泣かせているんだ……

 

 

「……ごめん」

「謝るくらいなら消えないでよ!居なくならないでよ!」

 

 

俺の謝罪に尚も殴り続ける桂花の手を捉えた俺は桂花を抱き寄せた。俺の腕の中に収まった桂花の柔らかさに俺は安堵を感じた。

 

 

「離して、離してよ!アンタなんか……アンタなんか大っ嫌いよ!」

「嫌い……か。会ったばかりの頃は良く言われたっけな」

 

 

腕の中で暴れる桂花の一言に俺は出会った頃を思い出す。野盗に襲われていた桂花を助けたのが始まり。

 

 

 

「桂花は初対面の時は野盗から助けたのに罵倒されて……俺が勉強してるのを見て爆笑して、大将の所に行ったかと思えば直ぐに再会して、馬鹿にされて……一緒に働く様になったのにこき使われて」

「……止めなさいよ」

 

 

俺の腕の中で暴れていた桂花が動きを止める。

 

 

「両想いになってからは素直になった時の威力は凄まじかったな。華雄や真桜とかに嫉妬する姿も可愛くて……」

「……止めてよ」

 

 

桂花が止めるように言うが俺は止まらない。

 

 

「月と詠に世話されてる俺を馬鹿にしてる時も意識してるのはバレバレだったし、大河を弟子にした時も桂花が切欠だったな」

「……止めて」

 

 

桂花の体が震えてるのが分かる。多分、泣きそうになってるんだろう。でも、俺も止まらない。止めちゃいけないんだ。

 

 

「斗詩を助けたのに睨まれてさ、祭さんも命を助けた筈なのに『またか、コイツ』みたいに言われてさ。俺の評価って何処までいっても低い……」

「止めてよ!思い出させないで!ツラくなるだけじゃない!い、逝くなら早く逝きなさいよ!…皆には私から説明して……やるわよ。最低な種馬兄は面倒事全部押しつけてさっさと……天に帰ったって……」

 

 

桂花は俺の腕の中から逃げ出すと叫んだ。最後は声が出なくなっていた。桂花は俺から背を向けて、もう俺を見ようともしない。

 

 

「一刀も……多分、似たような状態だと思う。大将が一緒だろうな」

「本当に……無責任な最低兄弟ね……好き勝手して……勝手に居なくなるなんて……」

 

 

俺の体が光の粒子になって消えていく。段々意識も薄くなっていくのが分かる。もう、直ぐ消えるなこれは。心残りが山のようにある。でも、一番の心残りは……

 

 

「最後くらい……名前で呼んで欲しかったな」

 

 

そう、桂花は一度も俺の事を『純一』とは呼ばなかったのだ。色んな未練があるのにコレが一番の未練ってのは俺らしいよな。

 

俺は最後に一服しようと懐のタバコの箱に手を伸ばし、苦笑いになった。吸おうと思ったタバコの箱には一本も残っていなかったのだから。

 

 

 

 

「残念……タバコも品切れだ」

 

 

 

クシャっとタバコの箱を握りつぶし、その言葉を最後に俺の意識は途絶えた。



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第二百二十話

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

 

華琳様と劉備の一騎討ちの末に戦は終わった。我等曹魏の勝利と言う形で。それは同時に三国同盟の締結宣言でもあった。

 

その後は慌ただしく戦の後始末が始まった。怪我人を国を問わず治療し、大量の炊き出しを準備した。戦の爪痕は残されたものの夜には乱世が終わった事を祝う宴が開かれた。

 

それぞれが笑い合い、酒を飲み、騒いでいる。

華琳様はそれぞれの王と談話し、将である春蘭達は国の垣根を越えて楽しそうにしていた。

 

 

その最中、華琳様と北郷が二人連れ添って宴の席から離れるのが見えた。そんな事を唆した奴に私は歩み寄る。

 

 

 

「華琳様と北郷を連れ出したの?」

「国に返ったら忙しいのと、周囲に邪魔されるのが目に見えてるから二人きりにさせるなら今しかないだろ」

 

 

私が秋月の隣に腰を下ろして尋ねると、秋月は私の睨みから逃れるように視線を宴に戻し、笑みを溢した。

 

 

「何、黄昏てるのよ」

「ああ……不思議なもんだと思っていたのと、幸せなもんだと思ってな。さっき一刀とも話してたんだけど……天の国じゃこんな思いは簡単には得られないからさ」

 

 

煙管の灰を落とし、酒を飲む秋月に私は苛立ちを感じた。甘寧との事は戦の中の事故だったと説明を聞かされたけど、この種馬は三国同盟が成されたから他国の将にも手を出しかねない。特に祭は秋月の事を気に入ってるみたいだし、馬超や甘寧も秋月を意識している様にも見えた。そんな風に思っていると秋月はスッと立ち上がり、私に手を伸ばした。

 

 

「さて、俺も飲み過ぎたから少し酔いを覚ましたいし、タバコも吸いたいから城壁にでも行こうと思うんだが……」

「仕方ないわね。一緒に行ってあげるわよ」

 

 

秋月が二人きりにならないかと提案してきたので私は飛び付いてしまった。我ながら単純だとは思ったけど、これから二人きりになれる時間は少なくなるだろう。だったら今の内に甘えたい。そんな風に思ったのに私の口からは素直じゃない言葉が出ていた。

 

私と秋月が城壁に行こうとすると大河は鳳統と話をしていた。純粋で健全な付き合いをしてるのって、あの子達だけだと思ってしまう。

 

 

城壁に着くと夜風が涼しく酔って火照った体には心地よくズッとこうしていたいと思ってしまう。私は秋月の腕に抱き付きながら城壁から街を見下ろしていた。

 

 

「こんなにゆっくり出来るのは今だけよね」

「あー……やっぱりこれから忙しくなるか」

 

 

私が呟いた一言に秋月は苦笑いになる。

 

 

「当然でしょ。三国の平定をしたんだから今度は平和の維持と発展が必要になってくるのよ。三国の交流と技術交換。そうなったら警備隊の仕事は増えるでしょうね」

 

 

秋月の仕事はどちらかと言えば現場寄り。平和になれば警備隊の仕事は確実に増えると考えられる。

 

 

「これ以上仕事が増えたら対処しきれないかも」

「アンタが自爆するのを止めれば、仕事が滞る事は無いと思うんだけど?」

 

 

正直、自爆しなければ秋月は仕事を溜め込まずにいられると思うのは私だけじゃない筈。秋月とこんな風に話すのも好きだけど私は先程、邪魔されて聞けなかった秋月の言葉を聞きたかった。思わず抱き付いている腕に力を込めてしまう。

 

 

「ねぇ……私に言う事があるんじゃないの?」

「そうだな……うん、言いたい事がある」

 

 

私が促した一言に秋月は私が抱いていた腕を優しく解くと私と向かい合い、両手を私の肩に添えた。私はドキドキしながら秋月の言葉を待つ。

 

 

「桂花……これからも俺と一緒に居……っ」

「う、うん……秋月?なによ、これ……」

 

 

秋月からの求婚の言葉は最後の最後で遮られてしまう。不意に秋月の手が光っている異常事態に私は驚いた。一体、なんなのこれは。秋月も驚いている様だから秋月が気を使っているのとは違っているみたい。でも、なんなのこれは!?

 

 

 

「大局に逆らった結果……か」

「何よ、アンタ……この症状に覚えがあるの?」

 

 

すると秋月は何処、察したかの様に呟いた。秋月の言葉に私は言いようもない不安を感じる。

 

 

「俺も詳しくは分からないけど……大局、天の知識にある歴史と今が違うと俺は身の破滅を迎えるらしい」

「何よそれ……歴史を変えたのアンタが?」

 

 

秋月の説明に理解が追い付かなかった。でも、仮に秋月の言葉が真実だったとするなら……そんな考えも手の光が少しずつ腕の方に伝達していく秋月を見ていると思考が定まらない。

 

 

「アンタの言う事が正しかったとして……秋月や北郷は以前から倒れる事があったわね。それも決まって魏にとっての大事な局面で。秋月や北郷には天の国の知識がある、その知識で歴史を変えた結果曹魏は勝利を得る事が出来た。だがもしその事に『代償』があるのだとしたら……」

「流石、王佐の才。一を知って十を知るってか」

 

 

思考が定まらない頭だと考えている事が次々に口から飛び出してしまう。私はガタガタと震えながら秋月を見て……憤りを感じた。秋月は笑っていた。いつもの笑みなのに優しさを感じない。

 

 

「……何で?…ねえ、何で?………何でなのよっ!」

「………すまん」

 

 

アンタの笑みはもっと暖かった筈だなのに。私は思わず、秋月から離れてしまう。離れてからもっと違和感を感じた。秋月は目の前に居るのに何処か、その存在が遠く感じたから……

 

 

「嘘つき……一緒に居たいって言ったくせに……」

「桂花、俺は……」

 

 

秋月が伸ばした手を私は思わず、叩き落とした。こんなのいつもの秋月じゃない。笑っているのに笑っていたのに、その笑みが気に入らなかった。その哀しそうな笑顔は私には受け入れられない物だった。

 

 

「触らないでよ汚らわしい!愛してるだの何だの言って結局私の体だけが目的だったんでしょ!アンタを信じた私が馬鹿だったわよ、この変態!女の敵!種馬兄弟!馬鹿!嘘つき!」

 

 

私は秋月のお腹を殴った。きっと秋月は痛くないのかも知れない。でも、殴らずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。

 

 

「……ごめん」

「謝るくらいなら消えないでよ!居なくならないでよ!」

 

 

秋月は謝罪するけど私は止まらなかった。尚も殴り続ける私の手を掴んだ秋月は私を抱き寄せる。秋月の腕の中はいつも安心出来たのに今は不安でどうしようもなかった。

 

 

「離して、離してよ!アンタなんか……アンタなんか大っ嫌いよ!」

「嫌い……か。会ったばかりの頃は良く言われたっなけ」

 

 

私は秋月の腕の中で暴れた。そして秋月の一言に私は出会った頃を思い出す。野盗に襲われていた私を助けた秋月。でも、あの頃の私は男は皆等しく嫌いだったから彼を罵倒した。

 

 

「桂花は初対面の時から喧嘩腰で。野盗から助けたのに罵倒されて……俺が勉強してるのを見て爆笑して、大将の所に行ったかと思えば直ぐに再会して、馬鹿にされて……一緒に働く様になったのにこき使われて」

「……止めなさいよ」

 

 

語る秋月に私は心底震えが来た。止めて……

 

 

「両想いになってからは素直になった時の威力は凄まじかったな。華雄や真桜とかに嫉妬する姿も可愛くて……」

「……止めてよ」

 

 

私が止めるように言うが秋月は止めてくれない。お願いだから思い出させないで……

 

 

「月と詠に世話されてる俺を馬鹿にしてる時も意識してるのはバレバレだったし、大河を弟子にした時も桂花が切欠だったな」

「……止めて」

 

 

思い出してしまったら……今の想いがツラくなる。これからもズッと一緒だと思っていたから。

どんなに傷付いても、死にそうな目に遭っても……笑って「大丈夫だよ」と皆を安心させる人。だからこそ、今の秋月が見ているのがツラかった。

 

 

「斗詩を助けたのに睨まれてさ、祭さんも命を助けた筈なのに『またか、コイツ』みたいに言われてさ。俺の評価って何処までいっても低い……」

「止めてよ!思い出させないで!ツラくなるだけじゃない!い、逝くなら早く逝きなさいよ!…皆には私から説明して……やるわよ。最低な種馬兄は面倒事全部押しつけてさっさと……天に帰ったって……」

 

 

私は秋月の腕の中から逃げ出すと叫んだ。これ以上は堪えきれなかった。秋月の言葉一つ一つが幸せな思いと刺のような鋭い痛みが交互に襲う。私は思わず、秋月から背を向けていた。もう、これ以上……秋月の顔を見ていらなかったから……

 

 

「一刀も……多分、似たような状態だと思う。大将が一緒に居ると思う」

「本当に……無責任な最低兄弟ね……好き勝手して……勝手に居なくなるなんて……」

 

 

天の御遣いが定めに逆らい、身の破滅を迎えたなら北郷も同様なのだと秋月は言った。だとすれば北郷は華琳様が見送っているのだと言う。魏の重要人物が同時に二人とも消えてしまうなんて、そう思った私に秋月は寂しそうに口を開いた。

 

 

「最後くらい……名前で呼んで欲しかったな」

 

 

秋月の一言に私は血の気が引く感覚に襲われた。彼に言われて初めて気が付いた。私は秋月の事を一度も名前で呼んでいない。私は思わず、秋月の方へ振り返ろうとした。

 

 

 

 

「残念……タバコも品切れだ」

 

 

 

悔しそうな、満足そうな、諦めた様な、楽しそうな、寂しそうな、愛しそうな、様々な感情が入り乱れた秋月の笑顔と言葉が私が最後に見た秋月だった。振り返ったとほぼ同時に消えてしまった秋月に私は膝から崩れ落ちた。それと同時にカランと固い何かが床に落ちた。それは秋月が吸っていた銀色の煙管だった。

 

 

「何よ……馬鹿……」

 

 

私はすがるように煙管を手に取り、天の国に帰ってしまった愛しい人に悪態を突く。

 

 

「なんで最期の言葉が『煙草が品切れだ』なのよ……もっとあるでしょ!」

 

 

悔しそうにするなら、もっと別の事があるでしょ!私は叫ぶ。

もう此処に彼が居ないと解っているのに…

 

 

「私に愛を囁くとか、別れの言葉だとか!」

 

 

 

もう、あの声が聞けないと……もう、あの笑顔を見れないと分かっているのに、どんなに叫んでも彼には届かないと分かっているのに……

 

 

 

「う……ああ……ううぅ……」

 

 

もう、あの温もりを感じることが出来ないと頭では理解しているのに……もっと早くに素直になるべきだったとと後悔したのに……私の瞳から涙が溢れ出る。感情に蓋をするなと体が拒んでいた。

 

 

 

「う、あ……秋……つ、き……うう、ぐすっ……」

 

 

何で居なくなるの?何でずっと此処に居てくれないの?私が泣いてるのに慰めてくれないの?

 

 

 

「じゅん……いち……」

 

 

私の口から初めて出た彼の名。それを口にした瞬間、私の感情は爆発した。

 

 

 

「純一ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!!」

 

 

 

私は泣いた。大声で誰かに聞かれる事を憚らず、感情のままに。

宴の席の笑い声で私の泣き声は誰にも聞かれなかったみたいだけど、私は気にもしなかった。

 

 

好きな人や大切な人は明日も明後日も生きている気がする。漠然とそう感じてしまうのは人の性。

特に秋月はそれを強く感じさせる人だった。

だけど、それは単なる願望でしかない。絶対など、この世には存在しないのだから。

 

 



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第二百二十一話

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

一晩中、泣き明かした私は城の近くの小川へ向かった。あのまま城壁で泣いていると誰かに見付かってしまうと思ったのと、あのままアイツが逝った場所に留まりたくなかったから。

 

 

手拭いなどを持ち出していたので私は川で顔を洗おうと思ったら……先客が居た。華琳様……護衛も付けずに無用心ですと進言すべきなのだろうけど、昨日の秋月の言葉が確かなら北郷も逝った筈。そして、それを見送ったのは華琳様だという事。

 

 

 

「華琳様……」

「っ!……桂花?」

 

 

私が声を掛けると非常に驚いた様子の華琳様。普段なら私のみならず誰かが近付けば勘づく華琳様が私の接近に気付かないなんて相当、動揺されているのね。

 

 

「秋月が……天の国に帰りました」

「そう……純一も逝ったのね」

 

 

私が意を決して口にした言葉に華琳様は何かを察した様に呟いた。やっぱり北郷も……

 

 

「華琳様、まずは顔をお洗いください。手拭いなどを用意しました」

「そうね……桂花、貴女も洗った方が良いわ」

 

 

私が手拭いを渡すと華琳様は困った様な、表情になる。

私達が並んで川で顔を洗おうとすると川に自分自身の顔が写り……先程、華琳様が顔を洗った方が良いと言った意味を理解した。酷い顔だった。泣き腫らして目元が浮腫んでいた。華琳様は私の顔を見て自分自身を照らし合わせたのかしら……

 

 

「少しだけ……落ち着いたわね」

「……はい」

 

 

顔を洗い、手拭いで顔を拭き終えた私達は互いに顔を見合わせ……これからの事に頭を悩ませる事になる。これから私達は魏の皆に秋月と北郷が天の国に帰った事を告げねばならない。損な役回りだと思うけど、これは彼等を見送った私達しか……ううん、私達がやらなければならない事。

 

 

「まったく……居ても居なくても悩みの種になるわね、あの兄弟は」

「はい、騒動の元ですね」

 

 

華琳様のお言葉に私は苦笑いになる。逝った後でも私達を悩ませるのはアイツ等くらいだと割りと本気で思う。

 

 

 

 

小川から戻った私達は城の玉座の間に魏の主だった将を集めさせた。私は玉座に座る華琳様の隣に立っていた。

昨晩、宴会で散々騒いでいたからか、皆の顔からは疲れや二日酔いが見て取れる。

 

 

「皆、集まったわね?」

「華琳様、この集まりはいったい?」

「北郷と秋月がまだ来ていない様ですが……まさか……」

 

 

華琳様の問い掛けに春蘭と秋蘭が並んで答える。秋蘭は何かを察した様に顔を青ざめていた。

 

 

「なんや~朝っぱらから……ウチ等は二日酔いなんやで……」

「うむ……少々飲み過ぎたな……」

 

 

霞と華雄が頭が痛そうにしている。他の皆も動揺なのか疲れが目に見えている。これから告げる事を思うと私の胸が痛む……ううん、直接告げなければならない華琳様の方がツラい筈。少々ダラケる様子が見えるが皆、華琳様の話を聞く姿勢になったのを見計らって私は華琳様に声を掛ける。

 

 

「華琳様、そろそろかと……」

「ええ、そうね。皆の者、聞こえているかしら!今から皆に伝えなければならない事がある!」

 

 

 

そうして華琳様は、一呼吸おいて残酷な現実を彼女達に告げる。

 

「天の御使い、北郷一刀と秋月純一はその役目を終え、天に帰ったわ」

 

 

華琳様から告げられた一言に玉座の間が静かになった。誰も口を開けなくなっている。

 

 

「ね、姉様?冗談にしては笑えませんわ……」

「そ、そうっスよ。あの二人が居なくなるなんて……」

 

 

栄華様と華侖様が震えた声で確認してくるが真実は変わらない。

 

 

「冗談じゃないわ。一刀と純一はもう……居ないのよ」

「嘘だ!兄ちゃんと純一さんが居なくなるなんて……僕達の前から居なくなるなんて……っ!」

「……季衣」

「落ち着く……」

 

 

季衣が華琳様の言葉を信じずに叫び、流琉と香風が落ち着かそうとしているが二人も顔が青ざめていた。

 

 

「華琳様……彼等が居なくなったと言う確証はあるのですか?」

「お兄さんは兎も角~、純一さんなら私達に隠れて何かを仕出かしそうなので~」

 

 

稟と風は軍師らしく言葉をそのまま飲み込まず、疑いを掛けて来た。軍師らしく、とは言っても華琳様のお言葉を疑うなんて今までは無かった事だから二人も動揺し、冷静ではないのだろう。

 

 

「あ、ちょっ……何処、行くねん凪!」

「隊長と副長に『隊長と副長が天に帰った』とはどういう意味か聞いてくる」

「凪ちゃん、落ち着くの!凄い矛盾してるの!」

「し、師匠が……師匠が……」

 

 

フラフラと覚束ない足取りで玉座の間から出ていこうとする凪を真桜と沙和が押さえ付けていた。大河も本能的に凪を止めてはいるが動揺が目に見えている。

 

 

「ふぇ……う、うぅ……」

「泣かないでよ、月……月が泣くと……ぼ、僕も……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

月と詠は抱き合うように涙を流していた。

 

 

「そ、そんな……秋月さんが……秋月さんが……」

 

 

斗詩は自身の服ごとを自身を抱き、秋月から与えられた服の感触を確かめている様に見受けられた。

 

 

「れ、恋殿!?」

「…………二人を連れ戻す」

 

 

恋が方天画戟を担ぎ、今にも飛び出しそうなのを大粒の涙を流しているねねが必死に止めていた。

 

 

「うそ……嘘だよね。一刀もぷろでゅーさーも……私達が大陸一番のあいどるに成るのを……見守るって……」

「そ、そうよ……どっきりって奴なんでしょ!?前にぷろでゅーさーが言ってたわよ!そんな演出があるんだって!」

「……姉さん」

 

 

虚ろな瞳で空を見上げる天和。頑なに信じようとしない地和。全てを察してか姉二人を泣きながら見つめる人和。

 

 

そんな中、霞と華雄が口を開く。

 

 

「そんな訳、あるかいっ!あの二人がウチ等を置いて天の国に帰るなんて、ふざけた話があるかいなっ!」

「その通りだ。いくら大将とは言えど、そんな有り得ない話をするなど……桂花、お前からも何か言ってやれ!」

 

 

霞と華雄は私に水を向けるが私は華琳様と同様に彼等を見送った側だ。そちらの言いたい事も分かるけど……

 

 

「いいえ、私も華琳様と同じよ。私は秋月が天に帰るのを見たわ。どうしようもなかったのよ……」

「なんだと、ふざけるな!秋月が天に帰ったと言うならば全力で止めるべきだった!風や稟も何か言ってやれ!」

「ぐぅ~」

 

 

私の言葉に噛み付いてくる華雄が風や稟に同じ軍師として言ってやれと叫ぶ。だけど、風は寝ていた。

 

 

「「寝るなっ」」

「おおっ!あまりにも突拍子もない話だったので思わず現実逃避してしまいました」

 

 

華雄と稟の二人から同時にツッコミを食らい、風は目を覚ました。

 

 

「風……貴女、こんな時にまで……」

「すみません~。ですが、お兄さん達がいなくなったのは紛れもない事実だと風は思うのですよ~」

 

 

稟の呆れた様な、言葉に風はコホンと咳払いを一つ落とした後に周囲にも言い聞かせる様に言葉を繋いだ。

 

 

 

「考えても見てください、ここ最近のお兄さんや純一さんはどこか様子が変だったのですよ。風が思うに、あれはお兄さん達が天に帰る兆候だったのではないでしょうか~?」

「その通りよ、風。一刀は……一刀や純一の知る私達の未来を変えた。この所、体調を崩したり、よく倒れていたのはそれが原因よ。純一は自爆していたから気付きにくかったけど……」

 

 

 

震えた声で意見を述べる風に、華琳様はは追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

 

「『大局にはさからうな。逆らえば待っているのは身の破滅』許子将は一刀にそう言ったの。一刀は私に従わなかったらそうなると思っていたようだけど、真実は違っていたの」

「華琳様、まさか大局というのは北郷の知る天の知識の事ですか?」

 

何かを察した秋蘭は華琳様に震えた声で問い掛ける。

 

 

「ええ、その通りよ秋蘭。そして一刀と純一は天の知識を使い、幾度も私達を救った」

「では度々倒れていたのは……我々を救ったせいだったのですか?」

 

 

秋蘭の声は今にも泣き出しそうな程に震えていた。

 

 

「あの時……定軍山で北郷が援軍の指示を出していなければ……秋月が共に戦っていなかったら……私も流琉も劉備軍に討ち取られていた……」

「そんな……じゃあ、兄様達は……それを知っていたから……」

 

 

秋蘭と流琉は定軍山で直接助けられたから尚更、その事実が重いのだろう。秋蘭はいつもの冷静な佇まいは見る影もなく、流琉はボロボロと大粒の涙を流している。

 

 

「顔をあげなさい……秋蘭、流琉。もし一刀や純一がここにいたらそんな顔をすることを望みはしないわよ」

「……華琳様」

「う、う……ぐすっ……は、い……」

 

 

秋蘭はスッと顔を上げたが流琉は涙を止められていない。私も同じ立場だったら、泣いているだろう。私も華琳様も一晩、泣き腫らしたから今は少しだけ冷静になれているだけ。

 

 

「少なくとも一刀は後悔していなかったわ。私は背を向けていたけど、間違いなく最後の瞬間まで微笑んでいた。だからこそ、そう思えるの」

「秋月の顔を最後に見たわ……満足そうに……笑っていたわ」

 

 

華琳様と私は彼等の最期を看取った者として伝えなければならない。どんなにツラくても。

 

 

「最後にもう一度だけ言うわよ。皆、しっかりと受け止めなさい。それと、間違っても彼等を追って天の国に逝こうなんて馬鹿な考えはしない事ね。それこそ、一刀にも純一にも軽蔑されるわよ」

 

 

一気に捲し立てた華琳様はフゥと息を吐き、玉座に腰を下ろした。華琳様が言った『彼等を追って天の国に逝こうなんて馬鹿な考えはしない事』それは彼女達に向けた言葉である筈なのに、まるで華琳様は自分に言い聞かせる様に、横に居た私に言い聞かせる様にも感じた。

 

華琳様はいつも通りに振る舞おうとしているけど、限界の様に見えた。私も一晩泣いたから幾分か冷静だけど……私は華琳様と違い、殆ど口を開かなかったからだ。

 

 

「劉備達に頼んで、2.3日は城に滞在してもらえる様にしてあるわ。国に帰るまでに心の整理を付けなさい。じゃないと……じゃないと秋月にも北郷にも愛想付かされるわよ」

「その通りね。桂花の言うとおり、国に帰るまでに心を落ち着かせない。民の前で弱い姿を見せるのは許さないわ……だから今日一日は泣いて……泣いて全てを忘れなさい」

 

 

私の言葉に華琳様は玉座から立ち上がり、玉座の間から出ていこうとする。華琳様は泣いていなかった。でも、心で泣いている。皆もそれを察したから何も言わずに華琳様を見送ろうとした。

 

 

 

「お兄さん、純一さん。風は……風、は……日輪は支える事は出来ても……天を……支え……る事は……出来ないの……です、よ……うわぁぁぁぁぁぁぁっん!」

 

 

いつも飄々として掴み所の無い風が感情のままに泣き叫んだ事で皆も堰が切れた様に次々に泣き叫んだ。彼女達は昨日の私と華琳様だ。現実に起こった事を受け入れられない弱い一人の女の子。

 

 

「弱いわね……あの二人が居ないだけで私達は瓦解しそうなのよ。今、何処かの国に攻めいられたら簡単に侵略されてしまうわね」

「寧ろ、怒り狂って攻めに来た侵略者の国を滅ぼしに行くかと……」

 

 

華琳様があまりにも脆い私達自身の事を嘆く。でも、私はあの子達は嘆いてはいるものの、秋月と北郷が導いた三国の平和を乱す者がいた場合、悲しみよりも怒りが勝り、侵略者を返り討ちにして、そのまま国を滅ぼしに行くと確信できる。

 

 

「貴女も休みなさい、桂花。私も……休むとするわ」

「………はい」

 

 

そう言って華琳様は与えられた部屋に入る。扉が閉じた後に中からは啜り泣く様な声が聞こえ、私もまた泣きそうになった。

 

 

「華琳様だけじゃなく……魏の将全員泣かせるなんて、どれだけ罪を重ねるのよ、馬鹿兄弟……」

 

 

私は自分の言葉に、思えば国に帰ったら民が全員泣くのでは?と考え、あの二人はある意味で最大級の戦犯の様な気がしてきた。

そんな事を思っていたら私の頬に一晩中泣いて出尽くしたと思った涙が伝っていた。

 



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現代編
第二百二十二話


 

 

「…………あ?」

 

 

城壁の上で桂花と別れた筈の俺は意識が浮上する感覚に違和感を感じながら瞳を開ける。

そこには見慣れた……いや、今は見慣れない俺の……魏の城の一室ではない、現代での俺の部屋だった。

ソファーで寝ていたのか、スーツを着たまま朝を迎えていた俺は辺りを見回す。

 

 

「夢……だったのか?」

 

 

今まで俺が見ていた光景は全て夢だったのだろうか?桂花との出会いも?魏の一員として戦ったのも?気の力を得て、かめはめ波を撃ったのも?

 

 

「夢……マジで……あ、無い」

 

 

俺は普段から懐のポケットに入れていた煙管に手を伸ばすが懐には何も入ってなかった。

 

 

「っ……出ない……か……」

 

 

俺はいつもの様に掌に気を込めようとしたが、何も起こらなかった。まるで『夢見んな馬鹿』と言われた様な気分になる。

そして、それと同時に気付く。月の自害を止めた時に出来た右手の傷が無かったのだ。

 

まるで見ていた物全てが単なる夢だったと再度、告げられた様で……思わず、目頭が熱くなった。

 

 

「あ、そうだ!一刀は……って携帯番号、知らねーっ!」

 

 

俺と同じく、あの時代から弾き飛ばされたであろう一刀に連絡を取ろうと思ったが俺は一刀の番号は登録していない。一応、番号を聞いてメモはしていたが、あの時代の持ち物は置き去りだったのか手元には無いので確認のしようもない。

 

 

「えーっと……後は……そうだ、一刀は聖フランチェスカ学園に通ってる筈だ!」

 

 

思い付いた俺は聖フランチェスカ学園の住所を調べ上げ、行く事にした。もしも、もしも一刀が居るならば俺と同じく、あの時代から帰還してる筈だから。一縷の望みにすがる様に俺は車を走らせた。

久し振りに乗る車は少し怖かったけど俺は聖フランチェスカ学園へと急いだ。

 

因みに仕事は休みますと連絡を入れた。ハゲ部長が電話口で叫んでいたが、無視して通話を切った。こっちはそれどころじゃねーっての。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

車を飛ばして聖フランチェスカ学園に到着。俺の住んでいた街からは結構、遠かったから時間は掛かったが通学時間帯に間に合った。

 

 

「一刀……来るといいんだが……」

 

 

勇んで聖フランチェスカ学園の前に車を止めて、外でタバコを吸っていた俺だったが、今更ながら一刀が登校してくるか確証はないのだ。俺は一刀に会う事を真っ先に考えていた。だが一刀は大将やあの時代に残してきた女の子達の事を考えて塞ぎ混んでる可能性が高い。あ、それを思い出したら俺も涙腺ヤバくなってきた……

 

 

「じゅ……純一さん……」

 

 

 

なんて思っていたら学生鞄を抱えた一刀が俺を見て震えていた。このリアクションから間違いなく俺を知っている一刀だと確信する。

 

 

「ちょっと、そこの喫茶店で話しでもしないか……隊長?」

「そうですね……副長」

 

 

俺の提案に涙ぐんだ声で答える警備隊隊長。さて、副長として、これからのプランの提示をするとしますか。

 



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第二百二十三話

 

 

 

 

俺と一刀は喫茶店に入り、店の片隅のテーブル席に座ると向い合わせで無言だった。注文したコーヒーが二つ席に置かれた後、俺から話を切り出す事にした。

 

 

「久し振りのコーヒーだ……今まで毎日飲んでたのに……懐かしいな」

「純一さんは……やっぱり俺の知ってる純一さんなんですよね?」

 

 

コーヒーに口を付けてからの一言。やはり、この反応は間違いなく、俺の知る一刀だ。

 

 

「それはお互い様だ。ぶっちゃけ、半信半疑だったからな……俺は体から傷跡が全部消えていた……まるで全てが夢だったと言わんばかりにな」

「っ!……俺もですよ。ボロボロになった制服は綺麗になってるし、学生寮で目覚めて……及川に会って、混乱しちゃいました。あ、及川ってのは仲の良い友達で……」

 

 

俺が掌を見せると一刀は驚き一瞬言葉に詰まる。そりゃそうだろう。俺の右手には刃跡が有ったのに綺麗に無くなってるんだから。全身の傷も綺麗に消えていたから尚更だ。

一方の一刀も学生寮で目覚めたり、学友に会ったりで現実感が掴めなかったみたいだ。

 

 

「証明出来るのは記憶のみ……不安にもなるわな」

「純一さん……俺は……俺達は、あの時代に居たんですよね?」

 

 

一刀はすがる様に、俺に問い掛ける。その気持ちは痛い程、解るよ。

 

 

「そう思いたいな。だが、証明する手立てがない。と、なれば調べる物は調べないとな」

「あ、それって……」

 

 

俺は到着前に購入した歴史の本を開く。三国志の歴史を記した歴史書のあるページを開いた。

 

 

「読んでみ」

「…………俺達の知る正しい歴史ですね」

 

 

そう、歴史書は正しい歴史を記していた。劉備や曹操が女の子なんて馬鹿げた事など、一切書かれていない。

 

 

「純一さん……これじゃあ!」

「正しく、胡蝶の夢だな」

 

 

絶望している一刀はもう泣きそうになっていた。俺はタバコに火を灯して肺に煙を入れる。

 

 

「だが、俺達が同時に同じ夢を見たってのも不可思議な話だ。と、なれば何か理由がある筈」

「……それって」

 

 

俺はトントンと灰皿に灰を落とす。加えタバコをしながら歴史書に再び視線を移す。

 

 

「俺達が経験したのは、こんな当然の歴史なんかじゃない。何か別の物だと俺は思ってる。じゃなけりゃ気なんて力が発動するもんかよ」

「でも、他に確かめる方法なんて……まさか中国まで行く気ですか!?」

 

 

俺の発言に驚きながらも目を輝かせる一刀だが、それは違う。

 

 

「無茶を言うな。一週間の滞在旅行とかならまだしも、調査の為に中国に渡る金もツテもねーよ」

「だったら、どうするんですか!?」

 

 

落ち着け、若者よ。と言いつつも俺も冷静を装ってはいるけど、内心叫びたいくらいなんだから。

 

 

「まず、一刀はフランチェスカ学園を卒業しろ。そんで大学に行け。大学は歴史を専攻にしてる所を目指すんだな」

「純一さん、それは……」

 

 

俺の考えたプラン。それを告げると一刀は何かを察した様だ。

 

 

「いきなり中国に渡って何か手がかりを得られるとは正直思えないからな。まずは一刀がフランチェスカ学園を卒業して大学に行く事、そんで歴史を専攻にしてる所に進学すれば調べられる物の幅も増えるだろう。教授に付いていって遺跡の発掘とかも出来るかもな」

「……でも、それなら純一さんはどうするんですか?仕事があるんじゃ自由に動けないんじゃ……」

 

 

俺の提案したプランはあくまで一刀の物だ。俺は俺で別に動かなければならない。

 

 

「俺は仕事を辞めるつもりだ。辞めてから暫くは習い事に集中する。主に中国語を学ぶのと体を鍛える事だな。ああ、そうだ。一刀も剣道で良いから体をしっかり鍛えておけよ」

「し、仕事を辞める!?習い事は良いんですけど、その後はどうするんですか?」

 

 

俺の今後のプランを聞いた一刀はもう動揺が隠せなくなっていた。

 

 

「その後は……調べものに事欠かない仕事をしようと思ってる。探偵とか万事屋とか」

「なんででしょう……凄く似合う気がする」

 

 

俺の今後の考えを伝えると俺の探偵の姿を想像したのか苦笑いの一刀。

 

 

「パーマのヅラと丸眼鏡のサングラスを用意して……」

「なんで探偵物語なんですか。やるにしても、もっと最近の探偵にしてくださいよ」

 

 

俺が悩みながら探偵スタイルを考えていると一刀からツッコミが入る。キレのあるツッコミが戻ってきた辺り、少し心に余裕が出来てきたかな?

 

 

「ま、当面はそうするしかないだろ。焦る気持ちは分かるけど、急いては事を仕損じるってな」

「純一さん……俺達、戻れるんですよね?また、皆に……華琳に会えるんですよね?」

 

 

今後の方針を決めた後に一刀はコーヒーを飲み干すと不安そうに聞いてきた。俺だって解らねーよ。

 

 

「そりゃ俺だって知りたいよ。だけどよ……何もしないで諦めたくは無いだろ?」

 

 

俺はタバコを灰皿に押し付けて火を消す。一刀は大将に会いたいと強く願い、俺は桂花に会いたい。その思いは同じだ。

 

 

「純一さん……純一さんが居てくれて本当に良かった。俺一人だったら何も考えずに中国に行ってたと思う……」

「隊長を支えるのが副長の役目だからな」

 

 

バーカ、礼を言いたいのは俺もだよ。一刀が居なかったら俺は此処までしっかりとしていられなかった。大人の意地ってのがあるから俺は立っていられるんだよ。

俺と一刀は再び魏の皆に会いたいと願い、行動した。全ては愛した女の子の為にってね。

 

 

 

 

取り敢えず帰ったら会社に出す辞表を書くとしよう。

 

 




『探偵物語』

私立探偵の工藤俊作が、様々な事件を捜査していく様を描いたドラマ。


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第二百二十四話

キングクリムゾン!


 

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

 

あの世界から現代に帰ってきたから、既に二年が経過した。俺と純一さんは未だに華琳達の世界に戻れず、あの世界へ渡る方法を探していた。

 

聖フランチェスカ学園を卒業した俺は純一さんの薦めで考古学や歴史を専攻にしてる大学に進学し、講義を受けながら、純一さんの仕事をバイトとして手伝っている。

その純一さんは……

 

 

「一刀、コーヒー淹れて」

「しっかりしてくださいよ、名探偵」

 

 

事務所のソファーでゴロゴロと寝ながら雑誌を読む仕事をしない探偵となっていた。いや、仕事はしてるけど、今の姿は名探偵から程遠い。

 

 

「ったく……先月大仕事してから、ろくに仕事してないじゃないですか」

 

 

文句を言いつつも俺は事務所のキッチンでコーヒーを淹れて純一さんが寝ているソファー近くのテーブルに置く。すると純一さんは置きながらドヤ顔でコーヒーを飲み始めた。

 

 

「馬鹿を言え、先週も仕事はしてたんだぞ。裏ダンジョンの魔王を倒した」

「つまりゲームしてた訳ですね」

 

 

キメ顔で言う事じゃないでしょうに。

 

 

 

今はこんなんだけど純一さんは本当に凄い事をしてしまう。今の純一さんの職業は『探偵兼万事屋』

探偵としても働く最中、便利屋としても働いている。探偵になった純一さんは様々な繋がりを求めた。探偵と言う仕事柄、警察とも繋がりを持ち、様々な所から情報を得ている。

純一さん曰く、不思議な事や怪事件の情報を集めているそうだ。それが俺達の身に起きた、あの世界へ手懸かり集めの一環らしい。怪奇現象の中には別世界に行っていたなんて主張する人もいたらしい。主にそんな人達の話を聞きに行ったり、全国各地の伝承や昔話を聞き回りに純一さんは足を運ぶ。

 

純一さんは魏に居た頃同様に何かしらのトラブルに巻き込まれていた。

その一例として、ある県に浮気調査に行ったら対象者のマンションの部屋を間違え、更に間違えた部屋では麻薬の売買が行われていた。その場に居た売人達に襲われそうになった純一さんだが、あの時代で現場……戦場に居た人は覚悟が違った。逆にその場に居た売人達を叩きのめし、捕まえてしまったのだ。

因みにその騒ぎで警察が駆けつけ、浮気調査は失敗してしまったのが純一さんらしいと言うか……新聞には『探偵が麻薬の売買を潰す。武闘派探偵の誕生か!?』なんて見出しになっていた。顔がバレると探偵として成り立たなくなってしまうから新聞に顔は載らなかったが、探偵業界としては、とても有名になった純一さんだった。

 

そんな感じで純一さんは受けた依頼の10件に1件は何かしらのトラブルを巻き起こす感じになっている。気の力で自爆とか関係無く、トラブル体質だったんだな純一さんって。

 

 

「そう言う、お前はどうなんだ一刀?大学でなんか、それらしい話は聞けたか?」

「それが……全然……」

 

 

純一さんの一言に俺は俯いてしまう。大学で歴史や考古学を学んでいる俺だが、曹操が女の子だったなんて歴史は一切、見つからない。勿論、教授に直接そんな話を聞く訳にもいかないので、歴史の様々な説を聞いているのだが手懸かりなし。やはりあの世界での出来事は胡蝶の夢だったのではないかと思い知らされてしまう。

 

 

「なーに、暗い顔してるんだよ、高校剣道界の神童。全国一位の名が泣くぞ」

「痛っ……昔の事を掘り返さないで下さいよ」

 

 

顔を俯かせた俺の額にデコピンをした純一さんはキッチンに空になったコーヒーカップを持っていく。

因みに純一さんが言った高校剣道界の神童とは俺の事でフランチェスカ学園に戻った俺は剣道部に入部した。そして、入部した年の夏に剣道で全国一位になってしまったのだ。これには俺も驚いた。いや、本人が一番驚いたんだけどさ。純一さん曰く『あの時代で真剣での斬り合いを経験してるんだ。後は体が勝手に動いてくれるだろうよ』との事。

あの世界で、凪と特訓した事や春蘭に何度も斬られそうになった事がこんな形で活きてくるなんて……そう思ったら、あの世界での事は夢なんかじゃないと強く思える様になった。

純一さんの体に残らなかった傷や俺のボロボロになった制服が綺麗になった事であの世界での事が単なる夢かと絶望していた心に光が指した気分だった。傷跡や物は痕跡として残らなかったけど俺の記憶や体が覚えている。あれは夢なんかじゃない。

 

そして純一さんには感謝と尊敬をしていた。俺一人だったら絶対に挫けていた。道を示してくれたのは純一さんなんだ。さっきは少し仕事しないで情けないなんて思っていたけど、やっぱり純一さんは尊敬できる副長なんだ……

 

 

「あ、一刀。俺、今度の日曜は競馬に行くから留守番ヨロシクな。今度こそ、絶対に来るぞケンタウルスホイミ!」

「そんな神話と呪文が一体化した馬に賭けないでください!」

 

 

ああ、もう!素直に尊敬したいと思うのに、何処かでオチを作るんだから、この人は!警備隊の頃から変わらないよ本当に!

 

それはそうと日曜の競馬は阻止しないと。なんて思っていた俺だったけど、純一さんの本当の目的は競馬なんかじゃなかったと後々思い知らされた。

 

 




『ケンタウルスホイミ』

「PAPUWA」の登場キャラ。ハーレムがリキッドの全財産を勝手に賭けた馬。頭がスライム、上半身が人間、下半身が馬になっている奇っ怪なナマモノ。五年経過した後でも現役だったらしく、年老いた姿が描かれた。


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第二百二十五話

今回は短めです。


 

 

 

あの世界から戻ってきてから二年が経過した。俺は勤めていた会社を辞めて、探偵となった。探偵になったからと言って体が小さくなったり、殺人奇術師を追いかける孫になったり……なんて事はなく、人探しやペット探し、浮気調査等が主な仕事だ。それ以外にも怪奇現象や妙な噂を集めて回ったりしてる。あの世界に行く何かの手懸かりになればと思っての事だ。

これ等の仕事がない場合、俺は基本的に便利屋となる。エアコンの修理や草刈りの手伝い等、人と触れ合いの仕事が主だ。

 

 

さて、そんな名探偵をしていた俺だが、今回は一刀に嘘を言って、隣街の喫茶店を目指していた。

一刀には競馬に行くと告げて事務所を後にしたが、疑われてなければ良いのだが……因みに俺は競馬は過去に数回行ったことがある。前の会社を辞めるに以前の話だが、会社の先輩から『試しに行ってみようや』と半ば強制的に連れていかれたのだ。

会社を辞める事を考えた際に、その先輩と話をした為か何となく競馬に行ったのだが、なんとこれが万馬券を引き当てた。

マジでありがとう、ケンタウルスホイミ。馬券を買った時は当たらないだろうと半ば諦めてたのに超穴馬万馬券だった。

 

そのお陰で俺は会社を辞める良い切っ掛けとなり、探偵事務所を開ける事が出来たと言える。そんな訳で俺は二年もの間、探偵を続けながら様々な情報を集める事にした。表向きは探偵として様々な事件を探る事だが、実際は神隠しの様な話や失踪事件を掘り下げて調べていた。それらが、あの世界へ行った人じゃないかと考えたからだ。まあ、実際はその全てが外れだったのだが。

 

一刀には大学に行って貰い、歴史を主に調べて貰ってる。俺が大学に赴き、調べても良いのだが探偵が大学に入り浸り、歴史を調べるのも妙だからなー。

因みに医療関係で『五斗米道』の名は確認出来なかった。

 

 

多少長くなったが、そんな俺が一刀に嘘を吐き、仕事でもないのに隣街の喫茶店に来たのには理由がある。

 

俺は今日、ある人物に呼び出されたからだ。喫茶店に到着したが、待ち合わせの人物はまだ来ていないらしい。店員に、もう一人来る事を伝えて俺はテーブル席に腰を掛けた。

店内には有線で流れるクラシックな音楽に合わせてコーヒーの香りが漂っている。店員が水を持ってきたのでコーヒーを注文するついでに灰皿も頼んだ。この喫茶店は喫煙OKの店で愛煙家御用達なのだ。

灰皿を受けとり、タバコに火を灯して考える。外でタバコを吸える場所も減ったよなぁ……喫煙家は肩身が狭い。このまま禁煙ブームが長引くと公害扱いかも知れないな、と俺がタバコに火を灯して暫くすると目的の人物が店の入り口に顔を出した。俺は吸っていたタバコを灰皿に押し付けて火を消し、水を一口飲んだ。

すると、向こうも俺に気づいたのか真っ直ぐ、俺が座る席に歩いてくる。心なしか緊張した面持ちだ。それは俺も同じなのだろう。正直、此処に来るかは結構悩んだのだから。

 

そんな風に思っていると彼女は俺の目の前に立っていた。最後に会った時よりも少し痩せている気がする。

 

 

「お久しぶりです……先輩」

「ああ……久しぶり、愛美」

 

 

俺が喫茶店で再会したのは数年前に別れた元恋人の『羽山 愛美』だった。

 



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第二百二十六話

 

 

再会した元カノ、愛美と喫茶店のテーブル席で向かい合う事、既に10分。会話がありません。

つうか……改めて見ると愛美は少し痩せていた。自慢だと言っていた黒髪のロングヘアーも肩くらいに切り揃えてる。それにもう少し、ハキハキと喋るタイプだったけど、今は寡黙だ。

 

まあ、元カレと会うのに緊張でもしてるのかな?そもそも、愛美から「会いたい」と連絡が来たのは驚いた。なんとなく連絡先は残していたのだが連絡が来るとは思ってなかったので驚かされたもんだ。

 

 

「あ、その……んと……先輩は今、お仕事は何をされてるんですか?以前のアパートに行ったら居なかったので驚いたんですが」

「今は探偵兼便利屋かな。事務所に住んでるからアパートは引き払ったんだよ」

 

 

やっと話を切り出した愛美だが、本命とは思えない話だった。つうか、アパートに来たのかよ。

 

 

「そ、そうなんですか?でも、先輩はコミュニケーション取るの得意だし、器用貧乏で何でもこなすからピッタリですね」

「アニメや漫画みたいに殺人事件で呼ばれるなんて事は無いからな。地道に人探しやペット探ししてるよ」

 

 

愛美の会話に俺はタバコを取り出して火を灯しながら答える。これは長引きそうだな。当たり障りのない会話から始まると長引くパターンだ。

 

 

「まだ……その銘柄のタバコを吸ってたんですね」

「ああ、これが一番好きだからな。しかし、よく覚えてたな愛美」

 

 

愛美は俺がタバコを吸い始めた姿を見て懐かしそうに呟いた。そういや、別れる少し前から吸い始めたんだっけ。愛美が俺の好きなタバコの銘柄を覚えていた事にも少し驚かされた。

 

 

「覚えてますよ……先輩がタバコを吸う時の仕草も……好きなお酒も、好きなオツマミも、好きだから映画も、全部……先輩の全てが……大好きだったんですから」

「………で、運命の人とは会えたのか?」

 

 

愛美は顔を俯かせて泣きそうな声になっている。体も少し震えている様に見えた。俺は意を決して別れる切っ掛けとなった事を聞く事にした。すると愛美は俯いたまま首を横に振る。ああ……会えなかったんだな。

 

 

「そっか……ツラかったな」

「なんで……そんなに優しいんですか!?私は私の都合で別れを切り出したのに!先輩を捨てたのに!」

 

 

なるべく刺激しないようにと思ったんだが、地雷を踏んだらしい。愛美は立ち上がり叫んだ。

 

 

「まったく、怒ってない訳じゃないんだよ。別れた当初は怒ったし、絶望もしたさ。けど……あれから何年も経過してるんだ。怒りも悲しみももう、通りすぎたよ」

 

 

桂花との出会いもその一因だよな。それまで引きずっていた愛美への想いは完全に断ち斬れたんだから。

 

 

「取り敢えず座りな。目立つから」

「………はい」

 

 

俺が座るように促すと愛美は素直に従ってくれた。でも、まあ……あんだけ大声で叫んだから目立ってるし、注目もされてるんだが。さりげに店内を見回すと昼ドラを見る目で見られていた。ドロドロじゃのう。

 

 

「それで?俺を呼び出したのは、それを言う為か?」

「いえ……いや、先程の事も言いたかった事ではあったんですが……」

 

 

俺が話を切り出すと愛美は顔を赤くしていた。思えば、あの時も俺は素直に愛美を見送ったがもしかしたら止めて欲しいと言う思いもあったのかも。今更だけどな。

 

 

「そ、その……結婚……する事になりました」

「………そりゃ、おめでとう」

 

 

愛美の発言にタバコの灰がポロッと落ちた。運良く灰皿に落ちたが危なかった。

 

 

「運命の相手とやらは良かったのか?」

「両親から結婚を考えろと言われて……お見合いを数件させられました。その内の一人から猛烈なアプローチを受けて……その結婚する……事に……」

 

 

愛美は段々尻窄みになっていく。俺と別れてまで運命の相手を探していたのに、両親の薦めの見合いで結婚する事になればと気まずいし、説明もしにくいわな。

 

 

「ごめんなさい……私は先輩を傷付けるだけ傷付けて……何も果たせなかった……なのに私は……私は……」

「これから結婚して幸せになろうってのに泣くんじゃないよ。別れる時にも言ったけど愛美の思うようにすればいいさ」

 

 

俺はタバコの火を灰皿に押し付けて消すと泣いている愛美にハンカチを渡す。以前ならば指で涙を拭う事をしたかも知れないが、それをすると愛美は更に泣きだろうし、俺にとってもケジメみたいなものだ。

 

 

「それに……俺も愛美を笑えないしな」

 

 

俺は愛美にも聞こえないような声でポツリと呟く。

俺達の記憶の中にしか無い娘達に再び、会う為に躍起になっている俺と一刀は昔の愛美、そのものだ。

愛美は夢の中で約束した件の人物に会えなかった。それは俺達の未来をも示している様で少しゾクッとした。

 

 

「俺と会ったのもケジメを着けたかったんだろ?あの時、不条理に俺を傷付けた事を謝りたかったのと……俺にその報告をしたかったのも」

「はい……全部、私のわがままです」

 

 

愛美は悪戯にこんな事をする娘じゃない。相当悩んで出した答えがこれだったんだろう。

 

 

「だったら、もう俺や夢の中で約束した人との事で悩むのは止めな。これから結婚する人にも不義理だぞ、それは」

「はい……ごめんなさい、先輩。そして、ありがとうございました」

 

 

 

話は此処でお仕舞いと俺が切り出すと愛美は謝罪と感謝をした後に頭を下げた。これ以上、此処にいると話が長引きそうだと思った俺は伝票を持つと会計に行こうとする。

 

 

「あ、あの……先輩は誰かと……良い人と出会ったんですか?」

「ああ……ひねくれて天の邪鬼で口が悪くて甘え下手で厄介な最高の娘に出会ったよ。そいつの為にも終わりにしたいんだ」

 

 

愛美の最後の気掛かりなのだろう。自分と別れた後の俺がどんな恋愛をしていたのか。だからこそ、俺は伝えた。それを聞いた愛美はキョトンとした顔をしたが「頑張ってください、先輩」と笑いながら返してくれた。

長かった愛美との話もこれで終わりだな。愛美もあの後、相当に引きずっていたが、これでもう大丈夫だろう。

 

 

 

俺は会計に向かう途中でカウンター席に座り、盗み聞きしていた一刀の頭に一撃を与えた後に会計を済ませて店を後にした。さっき店を見回した時に気付いたわ。

俺が店を出た後に一刀も慌てて後を追ってきていた。

 

取り敢えず、この野次馬根性丸出しのバカな弟を叱るとするか。

 

 



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第二百二十七話

 

 

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

 

純一さんが競馬に行くと言っていたので後を尾行し、現場に行き、馬券を買おうとしたところを取り押さえようと思っていたら、純一さんは隣街の喫茶店に入っていった。

競馬場に行く前にコーヒーでも飲むのかと思って、バレない様に他のお客さんに紛れて中に入り、様子を伺ってると純一さんの座ったテーブル席に女の人が座る。俺の座るカウンター席では顔は見えなかったけど、後ろ姿でも美人だと分かる雰囲気を持っていた。

 

二人は何かを話し合っていたのだが、女性の方が立ち上がって叫んだ。

 

 

「そっか……ツラかったな」

「なんで……そんなに優しいんですか!?私は私の都合で別れを切り出したのに!先輩を捨てたのに!」

 

 

純一さんの発言に怒った女性は肩を震わせて叫んでいた。店中の視線を集めていたが純一さんが落ち着かせ座らせた。

 

その後、元カノさんが結婚する話や元カノさんと純一さんが別れた原因の話をしていた。その話を聞いていたら俺は少しだけ……チクリと胸が痛んだ気がした。

純一さんと元カノさんは互いに分かりあっていたのか、別れ話や過去の恋愛の話も普通にしていた。それどころか純一さんは元カノさんにアドバイスすら送っていた。

 

 

「あ、あの……先輩は誰かと……良い人と出会ったんですか?」

「ああ……ひねくれて天の邪鬼で口が悪くて甘え下手で厄介な最高の娘に出会ったよ。そいつの為にも終わりにしたいんだ」

 

 

桂花の事を話す純一さん。物凄く的確な言いように俺は笑いを堪えるのに必死になっていた。

元カノさんも一瞬、呆気に取られた様な反応をした後に静かに笑っていた様に見えた。しかし、こっちからじゃ顔が見えないな。純一さんは関羽に似てるって言ってたけど……

 

そんな事を思っていたら元カノさんが先に席を立ち、純一さんも伝票を持って会計に向かっていた。ヤバい、そう思って顔が見えないようにしていたのだが、頭を叩かれる。俺が顔を上げると純一さんはニヤリと笑みを浮かべていた。どのタイミングでバレたのか分からなかったけど、純一さんにはバレていたらしい。

純一さんが店を出たので俺は慌てて会計を済ませた後を追った。

 

 

「純一さん!」

 

 

純一さんは俺が後を追ってくるのも想定していたのか不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「ったく……俺を出し抜こうなんざ九年と三ヶ月と十日程早かったな」

「なんで、そんな微妙な日数なんですか?」

 

 

純一さんの発言に自然と笑ってしまう。

 

 

「すいません……尾行なんかしちゃって。でも、競馬に行くんじゃないかと心配に……」

「尾行させない為に適当な事を言ったんだが、逆効果になったな。ま、アレが俺の元カノだよ」

 

 

俺の謝罪に純一さんは達観した様な言い方で元カノさんの事を話し始めた。

 

 

「俺から顔は見えなかったんですけど……関羽に似ている彼女さんなんですよね?」

「俺からしてみれば愛実に関羽が似ているんだがな」

 

 

純一さんの物言いに本当に美人さんなのだと感じる。それと気になっていた事があった。

 

 

「その……別れた原因の話って……前に話してくれた夢の話ですよね?」

「ああ……今の俺達には笑えない話だがな」

 

 

純一さんから以前、聞いた事があった。元カノさんと別れた理由は元カノさんが夢の中で運命の人ともう一度会おうと約束をした。その為に元カノさんは運命の人を探し、純一さんとの決別を決意した。

 

 

「愛実が夢の中での運命の相手と再会しようとした事は今の俺達と状況は同じだ。案外、愛実も夢の中では関羽だったのかもな」

「はは、まさか……」

 

 

純一さんの発言に俺は乾いた笑みを浮かべてしまう。まさかとは思うけど純一さんの予想って本人も意図しない所で的中する事があるから。

 

 

「一刀……俺達はあの世界に帰ろうと躍起になってるけど、帰れない可能性もある事を忘れるなよ?愛実が夢で出会った運命の人と再会出来なかった様にな」

「そ、れは……」

 

 

純一さんの重い一言に俺は口の中が一瞬で乾いた様な感覚に陥る。

 

 

「それに帰れたとしてもだ……あれから三年。三年も経過したんだ……警備隊をクビになってる可能性も高いな。大将が三年も居ない者の為に席を残しているとは考えにくいしな」

「純一さん……」

 

 

純一さんは俺が思いもしなかった……いや、考えないようにしていた事を口にする。そうだ、華琳があんな別れをして三年も音沙汰がない連中の為にわざわざ隊長と副長の役職を残してる保証なんか何処にもない。むしろ、クビになってる可能性の方が高い。

 

 

「それに仮に帰れたとして……平和になった大陸で三年も経過してれば、世継ぎとか……跡取りとか……」

「止めてください……マジで考えたくない……」

 

 

純一さんは俺達にとって最悪の結果を口にする。必死の思いで帰ったら惚れた女の子達が他の男との子供を授かって……うぐっ、想像していたら胃から込み上げてくる物が……

 

 

「全てが無駄になる可能性も考えておけ。俺が今日、愛実と会ったのも、その覚悟を新たにする為でもあるんだからな」

 

 

その一言で分かった気がする。純一さんは愛実さんが長年思っていた人と再会出来たか確認したかったんだ。再会出来ていれば、俺と純一さんがあの世界に帰れる可能性があると言う事。逆に再会出来ていなかったら……最悪、華琳達との再会も叶わないし、彼女達も俺達の事を振り切っている可能性もあると言う事。

 

 

「考えたくも……なかったです」

「隊長が考えたくなかったり、想定してない事をフォローするのが副長の役目だからな」

 

 

俺は泣きそうになっていた。純一さんはそんな俺の肩を叩いて先に事務所の方へと歩いて行ってしまう。本当に純一さんが居なかったら俺は只ひたすらに悩んでいただけか何も考えずに中国へと渡航していたと思う。

 

俺は涙を袖で拭って純一さんの後を追った。早く、純一さんに追い付かなくちゃ。純一さんの……その背中を追うのではなく隣に並び立つ為に。

 



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第二百二十八話

 

 

 

 

一刀に愛実の話をして、帰れない可能性や三年も経過したのだから彼女達も俺達を振り切った可能性の話をしてから半年。一刀が考古学の教授の遺跡発掘の助手に向かうと言うので俺は一人で事務所に居た。今は仕事もないし、昼間から酒に溺れている。一刀が帰ってくるのは明日の昼頃だ。

 

 

「………ぷはっ」

 

 

俺はたまにこうして酒を飲んで、何もかもを忘れたくなる。一刀に話した、あの世界に帰れない可能性の話は俺が現代に帰ってきてからズッと悩んでいた事だ。一刀は考えないようにしていたみたいだが、俺はその事が頭の片隅から片時も離れなかった。この間、愛実と会った時に少しだけ希望があるのでは?と考えていたが愛実も過去に夢で再会を願った人との再会は叶わなかった。それが俺の心に軋みを生んでいた。

帰れない、桂花に会えない。俺が惚れた彼女達に会えない。あの世界に戻れる可能性が更に低くなった。そんな思いが心を締め付ける。だが、俺が一刀の前で弱気を見せる訳にはいかない。だから一刀が居ない時に酒に溺れていた。

 

 

「あー……会いてぇ……」

 

 

 

その言葉を最後に俺の意識が遠退く感じがした。やべ…飲み過ぎ……た……持っていた筈のグラスが手から滑り落ち、ガシャンと割れる音を最後に俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………はっ!?」

 

 

 

急激に意識が覚醒した。うたた寝をしてたのか、俺は上体を起こし、辺りを見回す。

 

 

 

「え、な……俺の部屋?……って戻ったのか!?」

 

 

 

目を覚ますと俺が帰りたくて待ち望んだ魏の城の俺の部屋だった。いや、なんで急に!?

 

 

 

「落ち着け……最初にあの世界に行った時も急な話だったんだ……今回もそうであっても、おかしくは……いや、おかしい事態なのは間違いないが」

 

 

あまりにも突発的に魏に戻ったから思考が収まらない。考えがあまりにも纏まらない。ま、取り敢えず……

 

 

 

「桂花に会いに行こう」

 

 

うん、これしか無いわ。他の娘とか街の様子とか気になるけど、やっぱ最初に桂花に会いたい。そう思って扉から出ていこうとして……扉が開いた。まさか、桂花が!?そう思った俺の期待は

 

 

 

「あんら、目が覚めたのねん」

 

 

スキンヘッドにもみ上げを三つ編みに編んだ筋肉質の大男によって打ち砕かれた。しかも独特なオカマ口調の物体Xはパンツ一丁だ。

 

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぶるわぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

俺は即座に、かめはめ波を叩き込んだ。三年半ぶりに放った、かめはめ波は物体Xに直撃した。

 

 

「やったか?まさか、城の中に妖怪の類いが現れるとは思わなかった」

「誰が『様々な強者の細胞を経て誕生した奇っ怪な最強生物』ですってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 

うおっ、無傷!?しかも例えがやたらと的確な……

 

 

「や、すまない。俺の直感がアンタを敵と認識してしまった」

「もう、お肌が荒れちゃうじゃないのよん」

 

 

取り敢えず話が出来るならコンタクトをしないと。って言うか俺のかめはめ波の直撃を食らって肌が荒れる程度のダメージしか無いのかよ。

 

 

「取り敢えず自己紹介しとこうかしらん。私の名は貂蝉。しがない踊り子よん」

「へー……貂蝉。貂蝉!?」

 

 

物体Xの自己紹介に俺は目が飛び出る程のショックを受けた。貂蝉って言えば三國志に出てくる絶世の美女じゃなかったっけ!?どうしてこうなった!いや、それよりも!

 

 

「えーっと貂蝉。アンタは魏に仲間入りしたのか?それよりも俺は会いたい人が居るんだが」

「あらん、それは無理よん。だって此処は貴方の夢の中。本当の世界じゃないもの。貴方の愛しい人達には会えないわよん」

 

 

俺の発言をクネクネと動きを交えながら解説する貂蝉。いや、マジで止めてくれ、その動き。

 

 

「この世界は貴方のあの娘達に会いたいと願う想いから生まれた世界の境界線なの。こんなに強い想いが繋がるなんて凄いわねん」

「話が突飛すぎて訳が分からないんだが……」

 

 

貂蝉の言葉が抽象的すぎて何言ってるか、ちょっと分からない。

 

 

「詳しくは言えないわよん。で・も……貴方と恋するお姫様達の想いは一緒なの。ご主人様も曹操ちゃんと会いたいが故に夢の中で繋がっているわん。尤も、夢から覚めれば忘れちゃうけどねん」

「よく分からんが……会えないって事だよな」

 

 

貂蝉の言い分はさっぱり分からない。でも、まだ桂花に会えないってのは分かった。

 

 

「私が貴方に教えられるのは、少ないわ。でもね……道標は出せる。でも、良いのかしらん?あの世界で彼女達は貴方達の代わりを勤めようと必死。貴方達が帰るというのはそれに水を差すような事なのよ。それに彼女達が別の男と付き合ってるかも知れない。あの世界に行ったらそんなのを見ちゃうかも知れないのよん?それでも、あの世界に帰りたいと言うのかしら?」

 

 

貂蝉の発言に俺が一刀に問いかけた事がリフレインする。そう、あの世界で桂花達が俺達の事を忘れて未来を行きようとする可能性なんか幾らでもある。そうじゃないなんて思うのは思い上がりも良いところだ。

 

 

「ああ、俺はそれでも帰りたい。あの世界に」

「…………そう、決意は固いのねん。なら、バッチリ教えちゃおうかしら」

 

 

俺の言葉に貂蝉はビシッとポーズを決めた。無闇に筋肉を強調するなよ貂蝉(仮)

 

 

「重要なのは『満月』『銅鏡の欠片』『あの娘達への想い』これらを揃える事よ。そして……いえ、此処までね教えられるのは」

「いや、最後まで教えてくれよ!なんか一番重要な部分を隠しただろ!」

 

 

あの世界へ至る重要なキーワードを幾つか話した貂蝉だったが何故か、途中で口ごもった。

 

 

「貴方達側の条件が揃っても、あの娘達の条件が揃わないと駄目なのよん。だから、貴方とご主人様はこっち側の準備を済ませておいてねん」

「こっち側の準備?それがさっき言っていた『満月』『銅鏡の欠片』『あの娘達への想い』って事か?いや、そもそも銅鏡の欠片とか意味が……」

 

 

俺が貂蝉の言葉に疑問を投げ掛けようとした、その時だった。体が宙に浮くような浮遊感が襲ってきたのだ。

 

 

「あら、残念。夢から覚めちゃうみたいね。伝える事は伝えたから……後はご主人様にヨロシクねん」

「桂花達にまた会える彼女があるなら、やってやるさ。つか、さっきから言ってる『ご主人様』って……誰の事だ?」

 

 

俺が夢から覚めようとしているから話は此処までらしい。俺は最後に途中から疑問に思っていた事を口にした。

 

 

「あらん、決まってるじゃない。私のご主人様は『北郷一刀』私はご主人様の愛の肉奴隷な・の☆」

 

 

貂蝉は最後に頬を染めながら、俺にそんな事を言ってきた。その姿にもう一度、かめはめ波を叩き込みたくなったが、俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「純一さん、起きてください!どんだけ飲んでるんですか!?」

「ん、おおっ!?」

 

 

目が覚めたら事務所のソファーで目が覚めた。一刀が怒った様子で俺を見下ろしていた。

 

 

「ったく……帰ってきてみれば、こんなに散らかして!酒の空ビンも大量に転がってますし、どんだけ飲んだんですか?」

「夢……そっか、夢だったんだな。夢うつつの状態で飲み続けたのか俺……」

 

 

先程までの貂蝉を名乗った物体Xの話は夢だったのだろうか?泥酔状態の俺が見た馬鹿な夢だったのか?いや、でも……あの世界へ帰れる可能性が万にひとつでもあるなら試してみたい。さて、さしあたり一刀に聞かなきゃならない事がある。

 

 

「一刀、貂蝉を名乗る筋肉ダルマに『ご主人様』って呼ばれた覚えってある?」

「……………はい?」

 

 

俺の質問に怪訝な表情になる一刀。そのリアクションはどっちだ?身に覚えがあるからなのか、俺が突拍子もない事を言ったからなのか。どちらとも取れる表情なだけに判断できん。

 



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第二百二十九話

 

 

風呂に入ったり、水を飲んだりして酔いを完全に抜いた状態になってから俺は昨夜の夢の話を一刀に話した。怪訝な顔付きだった一刀も段々と話に食いつき、最終的には俺と共にどうするべきかと一緒に頭を悩ませる程だった。

 

 

「その筋肉ダルマの自称貂蝉が言うには『満月』『銅鏡の欠片』『あの娘達への想い』が必要って事なんですよね?」

「ああ……それが本当なら少なくとも条件は二つは揃ってる事になる。『あの娘達への想い』は既にある。『満月』はその日が来るのを待てば良い。だが、『銅鏡の欠片』ってのが分からん」

 

 

一縷の可能性があるなら、それに賭けてみたい。藁にでもなんでもすがってみせる。

 

 

「一刀、教授の遺跡発掘の調査に同行したんだろ?今まで、そんな物を見た事、無かったか?」

「遺跡でも銅鏡自体は沢山見てきましたよ。でも、適当に銅鏡を選んでも意味はないですよね?」

 

 

俺が一刀に今までの大学生活で覚えはないかと聞いてみたが、ピンと来る物は無かったのだろう。あれば、即座に思い出してる筈だ。

 

 

「一刀、大学の資料とかを調べ直してこい。闇雲に探しても意味はないのかも知れないが『銅鏡』にキーワードを絞れたなら探しやすいだろう」

「純一さんはどうするんですか?」

 

 

一刀に指示を出しながら俺はいつものスーツに着替えて、出掛ける支度をする。

 

 

「俺は身近な歴史博物館や資料館を巡ってみる。丁度、仕事の依頼は無いからな」

「調査に時間を割けられる事を喜ぶべきなのか、仕事が無い事を嘆くべきなのか……」

 

 

嘆きたくなるのも分かるが、今の状態では良かったと思うべきだろう。

 

 

「当面は仕事を受けるのも止めた方が良いかもな。僅かでもやっと掴んだ手掛かりだ。逃したくない」

「正直、雲を掴む様な話ですけど……手掛かりはそれだけですしね」

 

 

俺は事務所の留守電を『現在、仕事の依頼がお受けする事が出来る状態ではないので申し訳ありませんが、他の探偵をお探しください。お薦めの探偵は……』と言うメッセージに切り替える。これは仕事が多い時や手が回らない時に他の探偵にも仕事を回す為の措置だ。知り合いの探偵にも話は通してあるから、これで問題ない。

 

 

「一刀、この三年半で……まだ可能性だけだが、夢の中の化物の助言だったが、俺達にはこれしかない。いや……寧ろ、あの世界での事が夢みたいなもんなんだから却って信憑性があるのかもな。だが、俺達はこれに賭けるしかない」

「分かってます。俺も頑張りますよ。華琳達にまた会う為になら、なんでもしますよ」

 

 

二人揃って事務所を出て、それぞれの方向に歩き始める。我ながら馬鹿げてる事に全力だ。でも、そんな馬鹿げてる事に本気に成れなければ、あの世界ではやっていけなかった。

 

 

「なんだろうな……警備隊の仕事に行く時みたいな気分になって来たよ」

「いつもドタバタでハチャメチャでしたよね」

 

 

その言葉を最後に俺と一刀はそれぞれ、更なる手掛かりを探しに別行動を開始した。早く、あの世界へ戻りたい。そんな思いを胸に俺と一刀はあの世界へと至る道を探し始めるのだった。

 

 

と意気込んだのは良かったが一週間ほどの調査で近隣の歴史博物館や資料館は外れた。一刀も成果無し。まあ、いきなり、そんな分かりやすく解決とはいかんわな。やるせない気持ちと共に酒に溺れ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると目の前に褐色肌のオッサンの顔が目の前にあった。その距離、僅か5センチ。

 

 

「あ……しょらっ!」

「ぬおっ!」

 

 

本能的に危険を感じた俺はその鼻っ柱に拳を叩き込んだ。

 

 

「や、やるではないか。漢女道を極めし、このワシに一撃入れるとは………」

「貂蝉と言い、最近本能的に敵だと即座に認識する奴が多いな……」

 

 

怯んだ物体Xその二が退がったのを確認し、フーッと殴った拳を撫でながら寝台から起き上がる。貂蝉が夢に出た時と同じく魏の俺の部屋だ。

 

 

「貂蝉の夢と同じか……またヒントをくれるならありがたいが……アンタは?」

 

 

改めて物体Xその二を見ると……まあ、酷い。 

長い白髪を揉み上げの所で二つ折りに結って、眉毛は所謂マロ状態。更に髭はカイゼル髭だ。髭の尖り方が凄まじいが。そして服装だが……裸に燕尾服にネクタイ。ローファーと白のハイソックス。白のビキニと褌を纏う浅黒い肌の筋肉質な肉体。

 

ある意味、貂蝉以上にヤバい感じだ。こんなヤバい人物なら俺があの世界に居た頃に悪い意味で話題に上がる筈だが聞いた事もない。まさか名前が楊貴妃とか言わないよな?あり得そうで怖いわ。

 

 

「ふむ……我が名は卑弥呼。貂蝉の師にして漢女道亜細亜方面前継承者で外史を見守り、導く者だ」

 

 

貂蝉と言い……こっちの予想の斜め上を行くなぁ。まさか、卑弥呼と来たか。

 

 

「で、貂蝉の師匠なら何をしに来た?あの世界へと至る道を教えてくれるなら……」

「お主はもう掴んでおる。あの世界への道標をな」

 

 

ヒントを新しく貰えるのかと思えば卑弥呼は俺がもう、あの世界への道標を掴んだと答えた。

 

 

「な、なんだって!?俺も一刀も必死に探したけど何も手掛かりは……」

「だからじゃよ。お主等は別々に手掛かりを探そうとした。お主等は天の御遣い兄弟。別々では意味がない」

 

 

俺の言葉に卑弥呼は首を横に振った。俺と一刀が一緒じゃなきゃ意味がない?

 

 

「お主等は、あの世界へと降り立った地は別でもお主等は天の御遣い兄弟として存在した。故に片方だけが手掛かりを掴んでも意味がない。今頃、貂蝉も北郷一刀にあの世界へと至る道を教えておるじゃろう。これでお主達の側の条件は揃った。後はあの世界の姫君達がお主達を思えばあの世界へと至る道が開かれる。あの世界でお主達と会うのをワシも楽しみにしておるぞ。ガーハッハッハッハッ!」

 

 

満足そうに豪快に笑う卑弥呼。見た目以外は良い人っぽいんだよな。見た目以外は。って言うかちょっと待て。

 

 

「あの世界でって言ったよな……まさか、卑弥呼はあの世界と此方と自由に行き来できるのか?」

「いや、それは不可能だ。ワシや貂蝉に出来るのは道を示す事とこうして夢の中で神託を下す事くらいよ。ワシも貂蝉も漢女道を極めた巫女なのでな。このくらいは造作もない事よ」

 

 

俺の疑問に答えた卑弥呼。頼むから他方向に喧嘩を売る発言は止めてくれ。って言うか他人の夢に平然と侵入出きる段階で普通では無いのだが。

 

 

「そ、そうか。それで最後に聞きたいのは、その銅鏡は何処にあるんだ?どの銅鏡でも良いって訳じゃないんだろ?」

「お主も覚えがあるだろう。二つに割れた銅鏡だ。あれをお主と北郷一刀で見に行くと良い」

 

 

二つに割れた銅鏡……あれか!最近、行った歴史資料博物館にあったやたらデカくて割れた銅鏡!

 

 

「あれが……そうだったのか!?」

「うむ。だが、割れておる故に力も弱っておる。だから、思いの力も及ばず、道足り得ん。だが、お主等が揃えば……或いは」

 

 

 

そうか。前の貂蝉からの情報と卑弥呼の話で一つに繋がった。これで、あの世界に……

 

 

「フフっ……闘志に燃える男はやはり良い。萌えよるわ」

「俺の闘志が鎮火する仕草は止めてくれ」

 

 

卑弥呼は頬を染め内股になりモジモジと俺を見ていた。いや、マジで止めてくれ。情報は超感謝するけど。

 

 

「む、もう目覚めの時らしいな。お主等とあの世界で再会する事を願うぞ」

「礼は……その時に言うよ。貂蝉にもな。アンタ達が居なきゃ俺はずっと彷徨っていただろうから」

 

 

突然の浮遊感。貂蝉の時にも感じた俺が夢から覚めようとしている時の感覚だ。俺はこれが最後になるだろうと卑弥呼に話し掛ける。

 

 

「うむ、その時は漢女の拳で語り合おうではないか!」

「俺は漢女じゃないけど……タイマン張らせて貰うぜ」

 

 

豪快に笑う卑弥呼に俺はタイマンの約束をした。

そして目が覚めた。目覚めれば事務所のソファーで寝ていた俺。前回と同じだった。

 

 

「夢か……だが前回よりも話が確信に近づいた気がするな」

「じゅ、純一さん!」

 

 

寝惚けた頭を覚醒させようとしていると一刀が慌ただしく事務所に入ってきた。ふむ、これはもしや……

 

 

「貂蝉に会ったか?」

「………………はい」

 

 

ビンゴ。初めて貂蝉を見れば当然のリアクションだよな。一刀も悪夢を体験したらしい。さて、一刀の悪夢を聞いてから歴史資料博物館に行きますか。

 



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第二百三十話

 

 

 

一刀から話を聞くと、やはり夢に貂蝉が現れたらしい。だが、スキンヘッドのほぼ全裸のマッチョに追い掛けられて逃げだした。鬼ごっこの時間は約15分ほど続き、一刀が力尽き、疲れきった状態で話を聞いたらしい。その話の内容は俺が卑弥呼から聞いた内容とほぼ同じだった。

 

 

「なる程な……となれば、その話を信じて歴史資料博物館に行ってみるか。まだ夕方だし、少しだけなら見に行けるだろう」

 

 

資料館みたいな施設は閉館が早いが今ならギリギリ開いてるだろう。そんな風に思いながら一刀と歴史資料博物館に到着した。閉館まで30分程だったが俺と一刀は入館し、足早に以前見た銅鏡の展示スペースへと急いだ。そこに展示されているのは人が持てるギリギリのサイズの大きさの銅鏡。その銅鏡は真ん中から綺麗に割れているのだ。以前、来た時もなんとなく気になっていた銅鏡を俺はジッと見る。

 

 

一刀も何か感じる物があったのか、銅鏡を見ていた。俺と一刀はどれほど銅鏡を見ていたのだろうか。館内アナウンスで閉館が告げられた。

 

 

「一刀、取り敢えず帰るぞ。話は事務所でだ」

「………はい」

 

 

名残惜しそうにしている一刀を連れて本日は帰る事にした。事務所に戻ってからコーヒー飲み、俺はタバコで一服。一刀はコーヒーも飲まずにテーブルの上のコーヒーのミルクの渦を見詰めていた。

 

 

「………さて、お前の意見を聞いておこうか隊長?」

「俺が感じたのは……なんとなくですけど、あの銅鏡を昔に見た気がしました。何時見たのかは覚えてませんけど……何処か、懐かしい気がしたと言いますか……」

 

 

俺が紫煙を吐きながら一刀に問い掛けると一刀は俯いていた顔を上げて答えた。

 

 

「俺は懐かしい感覚には成らなかったが……だが、なんとなく貂蝉や卑弥呼の言っていた、あの世界へと至る道標って意味は分かったかも知れない。なんとなくだが、あれは存在感が違った気がしたからな」

 

 

歴史資料博物館の銅鏡は貂蝉や卑弥呼から聞いていた通りの銅鏡だとすれば……

 

 

「満月の日に、あの銅鏡に触れればあの世界へ行ける……って事か」

「満月って事は……えーっと……早くても来月って事ですか!?」

 

 

そう、満月はつい最近、通りすぎた。次の満月が来る日を計算すると来月辺りになる。一刀はスマホで満月の周期を見て叫んだ。目に見えて焦ってるな。

 

 

「落ち着け、三年半も待ったんだ。一月くらい待てるだろう?それにいきなり行けるわけ無いだろ。事務所の解約とか知り合いとの別れも済ませておけ。それと、あの世界に行けると仮定するなら荷造りもしておけよ。大将の喜びそうな本とか持ち込むのも面白そうだ」

「あ……そ、そうですね。挨拶回りにも行かないと……」

 

 

一刀は俺の発言で少し落ち着いたらしい。うん、だが完全には冷静になってないな。

 

 

 

「取り敢えず今日は帰りな。明日以降、今後の話を詰めようや」

「は、はい!」

 

 

 

俺なタバコを灰皿に押し付けながら、そう言うと一刀はまだ浮かれているのか、走って事務所を後にした。

うん……まあ、気持ちは痛い程に分かる。俺も桂花に会えるなら喜びが勝るさ、そりゃ。でもな、一刀……お前は色々と見落としているんだよ……

 

 

まず、あの世界へと行ける確証がない。あの銅鏡には確かに何かを感じた。だが、それだけだ。それイコール安全な切符を手に入れた訳じゃない。

 

次にあの世界へと行ったとしても、俺達が望まないものを目の当たりにするかもしれない。三年半も経過したんだ。大将達も世継ぎとか、権力者のお見合いとか……彼女達が望まなかったとしても、やらなきゃならない。そんな可能性は十分にあり得る。

一番ありそうなのが、俺と一刀が警備隊をクビになってる事だな。大将が三年半も戻らなかった奴の為に席を残すとは考えにくい。

 

 

 

 

 

 

実を言えばまだ、これ等は良いのだ。あの世界へと行けたらの悩みだ。目下、一番の悩みは……

 

 

「満月の日に、歴史資料博物館に夜中に忍び込んで銅鏡に触らなきゃならないんだよなぁ……」

 

 

そう、不法侵入に窃盗罪に問われる事をしなければならないのだ。これで、あの世界に帰れなかったら普通に逮捕されるわ。

魏の警備隊の隊長と副長が現代でお縄に掛かるとか笑うねぇ。

 

 

「ま、でも……今はこれに賭けるしか無いよな」

 

 

俺は事務所の窓から見える少し欠けた月を見ながらタバコに火を灯した。

 



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第二百三十一話

 

 

あれから数日。俺は事務所の閉鎖を……即ち、探偵を辞める旨を関係者各位に伝えていた。なんせ、後一月程しか時間がないのだ。夜逃げみたいに成らないようにしっかりと辞める事を伝えねばならない。電話で引退する事を告げたり、挨拶回りに行って直接話していた。

 

 

「しかし、急な引退だね。何かあったのかい?」

「以前から……行ってみたい、そしてやりたい事がありました。その話に目処が付いたので行こうかと思いました。急な話でスミマセン」

 

 

それで現在、知り合いの探偵事務所にお邪魔していた。別れの挨拶をと来たは良いのだが捕まってしまって探偵を辞める事を追及されていた。

 

 

「ふむ……と言う事は海外とかなんだろうね。国内なら事務所を閉鎖する意味が無い。有るとするなら直ぐに帰れない距離。または移住と考えれば国外の可能性が高いだろう」

「まあ……そんなところです。詳細は話せませんが」

 

 

はい、国外です。1800年程前のですが。

 

 

「だが、残念だよ。キミは探偵業界でも新星だったからね。キミに世話になった人も多いから惜しまれつつの引退になるんじゃないかい?」

「電話口でめっちゃ怒られましたよ。明日から暫くは怒られる日々が続きそうです」

 

 

 

同業者の発言に苦笑いが起きそうになる。実際、引退する旨を伝えたら怒鳴られたもの。急すぎるって。

 

 

「ま、他者との繋がりが多いキミだからこその悩みだろう。私もキミの引退には異を唱えたいんだからな」

「そっちはご勘弁ください。アンタにまで怒られたら、それこそ立ち直れなくなりそうだ」

 

 

俺は出されたコーヒーを飲み干すと立ち上がる。このままだと本当に引き留めの話になりかねん。

 

 

「そうか……その、やりたい事に失敗したら、ウチの事務所に来なさい。キミなら即戦力になるから大歓迎だ」

「失業したら改めてお伺いしますね。では、これで失礼させていただきます」

 

 

何気なく再就職の斡旋までしてもらっちゃった。あの世界に行けなかったら雇って貰おう。捕まらなかったらね。

つーか、失敗イコール失恋って感じなんだよな。泣けるわ。

 

同業者の事務所を後にして帰路に着く。

因みに一刀は大学の自主退学の手続きをしている。それが済んだら大学の仲間や高校時代の友人達との別れをするそうだ。

 

俺も一刀もまだ親類には別れを告げていない。告げるとすれば満月が近付いてからだ。あまり、時間の猶予を与えてしまうと決心が鈍りそうだからだ。ギリギリまで引き付けて告げる。そして決意が揺らがない間に、あの世界へ行く……行けたら良いなぁ。駄目だな……決意したのに失敗した時の事ばかり考えてしまう。

 

 

「ぷっはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」

「飲み過ぎですよ、霞みたいな飲み方しないでくださいよ。体に悪いですよ」

 

 

事務所に戻ったらビールを飲んで喉を潤してからアルコールで頭の凝りを解す。逃避とも言えるが、酒とタバコが俺の今の悩みとストレス軽減の手助けをしてくれている。一刀は大学の友達と遊んだ後に事務所に顔を出していた。

 

 

「体に悪い物は心に良いんだよ」

「酔っぱらいとヘビースモーカーの言い訳を同時にしないでください」

 

 

俺がタバコに火を灯すと一刀からのツッコミが入る。苦労を掛けるね隊長。

 

 

「それで純一さんの方はどうなんですか?」

「取り敢えず同業者への挨拶は終わったよ。後は事務所の解約とか馴染みの店にもお別れを告げなきゃだな。まあ、仕事でこの街を離れる程度の説明だ」

 

 

一刀の疑問に紫煙を吐きながら答える。そんなに細かく説明は出来ないから、仕事で他所に行く程度の説明で十分だ。

 

 

「一刀も準備や別れの挨拶を怠るなよ?やる事はこの一月で幾らでもあるんだからな?」

「だったら、酒に溺れないでくださいよ……」

 

 

俺の発言に呆れ気味の一刀。もう、諦めてきてるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆一ヶ月後◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

あっと言う間に一ヶ月が過ぎて本日は満月の日。俺と一刀は荷物を詰め込んだボストンバックを抱えて歴史資料博物館へと向かっていた。

 

 

「遂に……ですね」

「ああ……だが油断はするなよ?これなら色んな意味で洒落にならん事をするんだからな」

 

 

俺と一刀はこの一ヶ月で様々なものに別れを告げた。親や親戚に別れを告げ、仕事で海外に行くと嘘を付いた。嘘じゃないけど嘘。本当の事を言うわけにはいかないから。

 

 

「もう……後戻りは出来ないぞ」

「………はい」

 

 

肩に担いだボストンバックが重い。中には現代の日用品や本などが大量に入ってる。この重みは単純な物の重量じゃない。この世界に別れを告げる重みだと思う。一刀も同じ気持ちなのか、複雑な表情になっている。そんな事を思っていたら歴史資料博物館に到着した。

 

 

「さて……」

「……忍び込むんですね?」

 

 

俺は吸っていたタバコを地面に落とし踏んで火を消す。隣では一刀がゴクリと息を飲んだ。現在の時刻は深夜。誰も居ない深夜の歴史資料博物館を前に妙な緊張感が漂う。しり込みしそうになっていたら忍び込む筈の歴史資料博物館の窓から人が飛び出してきた。

 

 

「な、貴様等!?」

「何故、このタイミングで貴方達が!?」

「中から人が!?」

「おいおい、泥棒かよ……って、その銅鏡をどうするつもりか教えて貰おうか?」

 

 

窓から飛び出してきた男二人が俺達の前に飛び降りてきた。片方の男は目付きが悪く好戦的な感じで、もう片方が眼鏡を掛けた理知的な雰囲気を出している。だが俺が見過ごせないのはコイツ等が抱えてる物だ。歴史資料博物館から盗んできたのか、それは俺と一刀がこれから触れに行こうとしていた銅鏡だったのだから。

 

 

 

 



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第二百三十二話

 

 

 

 

目の前の銅鏡を盗んだ二人組を見て俺は一刀にボストンバックを投げ渡す。

 

 

「わ、純一さん!?」

「ちょっと持ってろ一刀。俺はコイツ等を取り押さえる」

 

 

俺はジャケットを脱いで指の骨をベキベキと鳴らす。

 

 

「コイツ等は歴史資料博物館から展示品を盗んだ窃盗犯だ。即座に捕まえなきゃな」

「純一さん、正義感からの行動じゃないって顔に出ています。でも、確かに捕まえなきゃですけど」

 

 

 

様々な意味で手間が省けたのは有り難い。コイツ等を捕まえて銅鏡を確保できるなら正直、歴史資料博物館に忍び込むよりも話が早いからだ。

 

 

「ふん、まさか此処で貴様と遭遇するとはな。ふざけた運命だ」

「考え方を変えましょう、左慈。此処で全ての片が着くんです」

「一刀、アイツ等に見覚えあるか?お前、目の敵にされてるぞ?」

「いえ……でも、俺もアイツ等を見るとザワザワします」

 

 

二人組の男は明らかに一刀を睨んでる。何があったかは知らないけど因縁がありそうな感じだ。

 

 

「于吉、これを預かっておけ。俺は北郷一刀と協力者を始末する」

「やれやれ……自分の手で始末しないと気が済みませんか、左慈?」

 

 

 

左慈と呼ばれた男は于吉と呼んだ男に銅鏡の欠片を渡す。左慈と于吉か、覚えておこう。

 

 

「覚悟しろ、北郷一刀!茶番にしか過ぎない、物がたり、ぶっ!?」

「隙有り!」

「さ、左慈!?」

 

俺には目もくれず一目散に一刀に狙いを定めた左慈。隙だらけだったので側面にハイキックを叩き込んでやった。クリーンヒットしたハイキックに左慈は背中から地面に叩き付けられる。あまりの光景に于吉が叫んだ。

 

 

「貴様……死にた、ぎっ!?」

「キャオラァッッ!」

 

 

立ち上がろうとした左慈の顔面に飛び蹴りを放つ。今度は鼻を捉えたのでダメージも大きいようだ。左慈はジャリジャリと背中で地面を滑り仰向けに倒れた。

 

 

「よし、一人片付いたな」

「いや、卑怯すぎるでしょ」

「な、なんて事を!と言うか堂々と不意打ちするとは!」

「ぐ……き、貴様……」

 

 

俺の一言に一刀のツッコミが入り、于吉は動揺し、左慈はまだ意識があったのか立ち上がろうとしている。

 

 

「生憎、俺は相手がまだ変身を二回残していたとしても変身する前に倒すタイプなんでな。それに相手の裏を掻いてこそ、戦略・戦術と言うものだ」

「とても北郷一刀の仲間とは思えない発言ですね、貴方は。関羽や馬超とは似ても似つかない」

 

 

手を払う俺に于吉は信じられない物を見る目で俺を見ていた。

 

 

「北郷一刀の仲間とは……か。お前等、本当に何者だ?」

「おっと、少々口が滑ってしまったようですね。しかし、油断のならない相手のようだ」

 

 

関羽や馬超が一刀の仲間と言った于吉。妙な話だ。魏所属の俺達は関羽や馬超は寧ろ、敵だった。それがなんで仲間扱いになってるんだ?それに左慈とやらは一刀を目の敵にしてるのも妙だ。俺と一刀はあの世界からの繋がりで一緒に居る事が多い。その俺が怨みを買った人物を覚えていないのも変な話だ。話が食い違っている。何故だか、そんな気がした。しかし、そんな事を考えていたのが失敗だった。左慈は既に立ち上がっている。タフだな、おい。

 

 

「今のは油断したが、俺を甘く見るなよ!」

「左慈は元々、関羽や趙雲と互角以上の力を持ちます。油断が無ければ貴方達が勝てる道理はありませんよ?」

 

 

まただ。何故か左慈と于吉は一刀の仲間を蜀の連中で表現している。と言うか、まさかコイツ等もあの世界の住人なのか?気になる事は多いが……時間を掛けるのはマズイな。コイツ等が歴史資料博物館から銅鏡を盗んだと言う事は警備会社に連絡が行ってる可能性が高いだろう。早くしないと警備の人間や警察が来てしまう。俺は左慈と于吉に見えないように一刀にハンドサインを送る。それに気付いた一刀は左慈と于吉にバレない様に小さく頷いた。

 

 

「関羽や趙雲並だって?嘘吐くなよ。あの二人の方がお前なんかよりも強かったぜ?」

「なんだと、貴様!」

「落ち着きなさい、左慈。怒っては彼の思うツ……なっ!?」

「純一さん!」

 

 

俺の挑発に案の定、乗ってきた左慈。その左慈を諌めようとした。その瞬間、一刀が于吉の持っていた銅鏡を奪い取った。先程、一刀に送ったハンドサインは警備隊の頃に使っていた符丁で意味は『俺が気を引く』こうする事で犯人の気を引き、人質解放。または背後からの奇襲を意味する合図だ。一刀は俺の意図を察し、俺が左慈と于吉の気を引いている隙に背後に回り込み、隙を突いて銅鏡を奪った。左慈と于吉は強いから普段なら気付きそうだがコイツ等は一刀の事になると頭に血が上りやすいらしい。まんまと引っ掛かったわ。

 

 

「わわっ、なんだ!?」

「銅鏡が光ってる!?」

「ちぃ、発動したか!」

「左慈、今ならまだ!」

 

 

すると奪い取った銅鏡の片方が眩い光を放ち始めた。しかし、光を放っているのは割れた銅鏡の片方だけ。此処で俺は卑弥呼の言葉を思い出す。『片方だけでは駄目だ』そう、卑弥呼は俺と一刀は二人で天の御遣いだといったのだ。左慈と于吉の慌てようから、それは確信に変わる。

 

 

「一刀、片方寄越せ!俺達で銅鏡を一つにするんだ!」

「は、はいっ!」

「させるかよっ!」

「させません!」

 

 

銅鏡を俺に渡す一刀。俺達は流れるような動きで割れた銅鏡を一枚の銅鏡にしようと動き、左慈と于吉はそうはさせないと俺達に駆け寄るが俺と一刀の動きの方が速かった。

 

 

「なっ、これは!?」

「ま、眩しい!」

「扉が開く……外史の続きが描かれてしまうのか!?糞が!」

「どうやら、成功したらしいな。一刀、向こうに行ったら打ち合わせ通りにな」

 

 

 

一枚の銅鏡になった事で目も開けられない程の光が溢れ出す。左慈と于吉の驚き方から、あの世界への道が開かれたのだと俺は何故か確信を持てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………へ?」

 

 

一瞬、何が起きたか理解できなかった。光が収まったかと思えば襲ってきたのは浮遊感。それも結構な速度で落下している感じの。まさか、と俺は目を開けて視線を下ろすと其処に広がる光景は荒野だった。

 

 

「じょ、上空っ!?いや、高すぎるだろ!?」

 

 

そう……俺は現在、荒野を一望出きる程の高さから落下中だった。なんで、こんな状況に!?

 

 

「わ、我が魂はぁぁぁ……曹魏と共にありぃぃぃぃぃぃっ!」

 

 

この状況でボケに走った俺は余裕があるのか、パニックになっているのとどちらだろう?ってマジでヤベェェェェェェェェェェェェッ!!

 

 




『キャオラァッッ』
バキの登場人物「加藤清澄」が飛び蹴りをした際に放った掛け声。



『後、二回の変身』
ドラゴンボールでフリーザがベジータに言った一言。


『我が魂はZECTと共にあり!』
劇場版仮面ライダーカブトで仮面ライダーケタロスが叫んだセリフ。宇宙ステーションでカブトと死闘を繰り広げていたケタロスだが、戦いの最中に宇宙ステーションに隕石が追突。その衝撃で宇宙ステーションから地球へと投げ出されてしまう。カブトはエクステンダーで難を逃れたがケタロスはそのまま大気圏突入。その際に最期にZECTへの忠誠心を叫びながら地表に激突して大爆発するという壮絶な最期を遂げた。


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帰郷編
第二百三十三話


 

 

 

流星ライダーの如く、落下中!ヤベぇ!マジでヤベぇってばよ!

 

 

 

「落ち着け、俺!まだ地表までは遠い……まずは……出来た!」

 

 

パニックになっているのは当然の事だが、俺は右手に力を込める。すると、過去に使っていた気の力を感じ取れた。

 

 

「や、やっぱり使える!って事は、俺は帰ってきたんだ!」

 

 

気の発動を目の当たりにして俺は再び、この世界に帰ってきたのだと、確信した。こんなに嬉しいことはない。

 

 

「って、喜んでる場合じゃない!」

 

 

このままだと本当に流星になりかねない。俺は即座に両手を腰元に添えて気の力を溜める。

 

 

「久々だけど……上手くいってくれよ……かぁめぇはぁめぇ……」

 

 

地表に近付いていくのに恐怖が増していくが俺は目を反らさない。放つタイミングを間違えると地面に激突するからだ。まだだ……まだ……ギリギリまで引き付けて……今だ!

 

 

「波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

俺は地面に向かって、かめはめ波を放つ。これで多少なり、失速する。後は受け身を……あ?

 

 

「え、ちょっ……予想が……痛だだだだだだっ!?」

 

 

結果として、かめはめ波で落下速度を軽減させるのには成功した。後は華麗に受け身をする予定だったのだが……かめはめ波を撃った地点。即ち、着地場所が俺自身のかめはめ波でクレーターみたいになってしまったのだ。思わぬ事態に俺は動揺してしまい、受け身のタイミングがズレてクレーターの中に激突した。落下速度軽減とクレーターを生み出した事で土が柔らかくなっていたからダメージは少なかったけど、それでも超痛い。

 

 

 

「痛ってて……RXか俺は」

 

 

クレーターから這い出してなんとか立ち上がる。一度、宇宙に飛ばされて帰還したらパワーアップって、マジでRX染みた事になってんな。そう思う程に俺のかめはめ波は威力が増していた。

 

 

「で……此処は何処なんだ?なんか、最初にこの世界に来た時と同じシチュエーションだな」

 

 

パンパンと埃や土を叩く。汚れちまったよ。あ、ボストンバックは一刀に預けたままだった。

 

 

「兎に角……魏を目指すか。一刀もこの世界に来たならそうしてる筈だし」

 

 

俺と一刀の打ち合わせはこうだった。

『あの世界に戻れたら魏を目指す』

『離れ離れになっても魏を目指して、片方が到着前だったら、大将に話を通して捜索してもらう』

『無茶な事をしない』

 

 

最後のは一刀が俺に言ったのだがまあ、いきなり破っちまったな。無理しないと確実に死んでたからね、今の。

 

 

「しかし……だだっ広いな。なんで、こんな場所に降り立ったんだか……取り敢えず」

 

 

俺は気を落ち着けようと胸ポケットからタバコを取り出して火を灯した。なんか……本当にあの日に帰って来たみたいだ。あの時もこうしてタバコ吸ってたら桂花の悲鳴が聞こえたんだっけ。

 

 

「ぴにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「そうそう、こんな感じで……って、なんですと!?」

 

 

あの時と全く同じシチュエーションが発生した。声からして桂花ではなさそうだが、明らかな悲鳴に俺は即座に悲鳴の聞こえた方角へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、な、何をする無礼な!わ、妾は袁術じゃぞ!貴様等の様な……ぴぃ!」

「なんだ、このガキ……袁術の名を語ってやがる」

「こんなガキが袁術の訳がねぇ」

「ま、本当だとしても落ちぶれた袁家に何が出来るって言うんだ」

 

 

とっても分かりやすい状況だった。金髪の少女を三人の山賊が取り囲む。一人の山賊が金髪の少女に剣を突き付けて無理矢理黙らせていた。つーか、微妙に見覚えあるけど、あれ本物の袁術だな。反董卓連合の時にチラッと見た事あったけど、間違いなさそうだ。

俺はこそこそと茂みに隠れながら様子を窺っていた。剣が袁術に突き付けられてなければ突撃してたけど、あのままじゃ俺が突撃してもアイツ等の方が先に袁術を人質にしてしまう。

 

 

「ひぐっ……なんで妾がこんな……めに……」

「は、テメェの馬鹿さ加減に感謝するぜ」

「態々、捕まりに来てくれたんだからな」

「きっひっひっひっ」

 

 

ボロボロと涙を溢す袁術に山賊達は笑ってる。余裕ぶってるのか袁術に剣を突き付けていた男は剣先を下ろした。今だ!

 

 

「リクーム……キック!」

「あん?……へぶっ!」

 

 

俺は山賊達の隙を突き、リクームキックを袁術に一番近かった男に浴びせる。顔面を捉えた膝蹴りに男はそのまま気絶した。

 

 

「な、なんだテ……ぐぶっ!?」

「あ、兄貴……この!」

「纏めて失せやがれっ!」

 

 

 

俺の出現に慌てて剣を抜こうとした他の山賊にボディブローを叩き込む。更にこの男の後ろに居た最後の男はボディブローを浴びせた男諸共に気功波を放ち、纏めて吹っ飛ばした。

 

 

「ふーっ……帰った初日に、これって酷いな」

 

 

まさか、この世界に戻ってからいきなり荒事に遭遇するとは思わなかったな。この世界はあれから戦乱も終わって平和になったんじゃなかったのか?おっと、それよりも……

 

 

「大丈夫か?もう、アイツ等はぶっ飛ばしたから怖くないぞ」

「あ、う……」

 

 

俺が声を掛けても袁術はガタガタと震えていた。山賊から助けられたにしても見知らぬ男じゃ不安なのかもな。

 

 

「ひ、あ……だ、駄目なのじゃぁ……止まらないのじゃぁ……」

「え、あ……あー……」

 

 

ガタガタと震えていた袁術はスカートの中心から染みを生み出していた。余程怖かったのか、助けられて安心したのか。兎も角……うん。

 

 

「近くに川がある筈だから行こうか?俺も土や埃まみれだから洗いたいし」

「………」

 

 

怖がらせない様になるべく優しく話し掛ける。すると俺の提案に袁術は無言でコクリと頷くと俺の後に付いてきてくれた。はぁ……帰って来た初日にしてはハード過ぎるぞ。色んな意味で。

 

 

 




『宇宙に飛ばされてパワーアップ』
仮面ライダーBLACK RXの冒頭の話。
主人公、南光太郎(仮面ライダーBLACK)はクライシス帝国に変身機能を破壊されて宇宙空間へと放り出されてしまった。
しかし、光太郎の体内のキングストーン(太陽の石)が太陽光線を吸収し、光太郎を仮面ライダーBLACK RXへと進化させた。その際に宇宙から地球へと大気圏突入して帰還する。


『リクームキック』
独特なポーズの後、瞬間的なスピードで間合いを詰め、強烈な膝蹴りを浴びせる技。


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第二百三十四話

 

 

予想通り、近くに川があったので俺は土や埃を川で洗い流す。ついでに袁術の着ていた服も。豪華な服なだけに嵩張るわ、洗いにくいわで大変だったが、洗い終えてから焚き火の近くに干して乾かす。時間が掛かりそうだ。

 

 

「………うにゅ」

 

 

その焚き火の近くでは怯えた視線を俺に送る袁術。今の袁術は着ていた服や下着も脱いで裸なのだ。取り敢えず俺のワイシャツを着させているが、この状態を見られたら色々と終わる気がする。せめて、袁術の下着だけでも速く乾いて欲しい。因みに俺は上半身裸で下はスラックスのみだ。

 

 

「さて、袁術……だよな?なんで、あんな所に一人で居たんだ?」

「ぴぃ!?」

 

 

俺の記憶が確かなら袁術は常に付き人の張勲が居た筈だが……そう思って袁術に話し掛けたが袁術は怯えて近くの岩に身を隠してしまった。やれやれ、事情を聞くのは時間が掛かりそうだな。

 

 

「袁術、落ち着いてからで良いから後で話してくれ……っと?」

「ど、何処に行くのじゃ!?妾を一人にしないで欲しいのじゃ!」

 

 

離れてタバコを吸いに行こうとしたら袁術が足に抱き付いてきた。今にも泣き出しそうな様な表情と震える手で俺の足にしがみついている。

 

 

「袁術が怯えている様だから離れた場所でタバコを吸うつもりだったんだよ。大丈夫、何処かに行ったりしないから」

「ほ、本当かえ?妾を一人にしないのじゃな?」

 

 

ガタガタと震える袁術に俺は頭を撫でながら、なるべく優しく言う。相当怖かったんだな、さっきの。トラウマになってるわ。

 

 

「ああ、袁術を一人にしないから安心しな。臭いが嫌かもだけどタバコは此処で吸うぞ?」

「う、うむ!妾は寛大じゃからな!我慢してやるぞ!」

 

 

俺がこの場でタバコを吸う事を告げると袁術は精一杯の強がりを見せた。まあ、足元が震えてるからマジで強がりなのだろう。焚き火の前に揃って座り、俺がタバコを吸ってる間、袁術は無言だったがチラチラと俺の方を見ている。そしてタバコを吸い終わりそうな頃に口を開き始めた。

 

袁術の長い自慢話と誇張表現を抜きにした話の内容は以下の通りである。

 

『三年程前に二人の天の御遣いが、この世を去った』

『魏と蜀と呉で彼等の犠牲で成り立った平和を守ると条約が出来た』

『御遣いが去った事で一部の悪党が奮起し始めたが即座に鎮圧された』

『袁術と張勲はその悪党共を纏めて自分の国を再度打ち立てようとしたが失敗した』

『三国、特に魏の面々が非常に怒っていて凄く怖かった』

『張勲と共に姿を隠しながら三年近く逃げ切った』

『今回は慌ただしく、逃げていた為に商人の馬車に忍び込んだが気付けば張勲が居なかった』

『その商人の馬車は実は山賊が偽装した馬車で見付かってしまって逃げ出したのだが、捕まってしまった』

 

 

とまあ、中々凄いストーリーだった。そういや、大将も前に袁術は悪知恵が働く奴だと言ってたっけ。大将達から三年近くも逃げるとは普通に凄いと思う。

話を聞いてわかったが、やはり俺と一刀がこの世界から現代に戻ってから三年近くが経過していた。となると、過ごした時間はほぼ同じくらいだな。良かった……これで此方では一年間しか経過してなかったとか、逆に十年後とか時間の差違があったらどうしようかと思ってたんだ。

 

 

「それで袁術は一人だったのか」

「うぅ……七乃ぉ……」

 

 

いつも張勲と一緒だったのに一人だったのは、そう言う事か。これは困ったな。何が困ったって俺がこれから向かうのは魏だ。今の袁術は一人きりで何も出来ない。放り出す訳にはいかないし、かと言って魏に連れて行けば大将の餌食だ。どうしようかと、悩んでいたら膝の上に重みを感じた。視線を落とすと袁術が俺の膝を枕に眠ってしまっていた。一人で心細くて、山賊に襲われて、知らない男と二人きり。疲れちまったんだろう。もう少し、寝かせてやるか。でも、どうするかな。

 

袁術を魏に連れていくにしても、張勲を探すにも暫くは袁術と共に行動しなきゃなんだよな。

 

 

「魏に戻ってから怒られる案件が増えたな、こりゃ」

 

 

俺は焚き火にくべていた薪の一つを手に取り、新たに咥えたタバコに押し付けて火を灯す。既に俺は袁術の事をどうやって大将達の許しを得るか頭を悩ませていた。

 

 

「……ま、成るようにしかならんわな」

 

 

半ば諦めた心境で俺は紫煙を空に向かって吐き、煙は夕焼けに溶けるように消えていった。

 

 



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第二百三十五話

区切りの問題で今回は短めです。


 

 

眠ってしまって起きない袁術に仕方なく服を着させた後、俺は袁術を背負ってある所を目指していた。つうか、着替えさせても起きない袁術はどんだけ深い眠りに入ってるんだ。

 

歩きながら、思う。最初は俺の勘違いかと思った……降り立った荒野と近隣の森に川。そして僅かにだが見覚えのある道。俺が降り立った場所は俺が始めて、この世界に来た時と同じ場所だったんだ。どうりで降り立った場所から近隣の森、近くの川まで分かる筈だよ。桂花と出会った場所で袁術とエンカウントってどんな運命なんだか。

 

 

そんな事を思いながら、袁術を背負ってひたすら歩く。本当なら袁術を起こして事情説明の後に連れていくつもりだったのだが日が落ちて暗くなって夜営の支度もないまま一晩はキツいと思ったので最低限、町まで行こうと思ったのだ。そう、目指すはこの世界で最初に行った町。即ち、桂花の実家だ。あの頃の朧気な記憶を頼りに歩き続け……遂に見付けた。この世界に降り立って数ヶ月過ごした町並みに俺は感動を覚えた。道が間違ってなかったのもそうだが、帰って来たと言う実感が凄まじく沸いてきたんだ。あ、やべ……ちょっと泣きそう。

 

 

しかし、町まで来たは良いがどうしよう?時間的には既に夜だし、路銀が無いから宿にも泊まれない。何よりも……近いから背に腹を変えられずに来たが……この町は桂花の実家がある町だ。三年前に逃げ出したも同然の去り方をして桂花を悲しませたと思われているだろう。そんな俺が荀家に顔を出せるかと言われれば不可能だ。寧ろ、顔不さんに殺されかねん。どうしよう?背中の袁術も起きる気配がないし……仕方ない、一先ず宿屋に行って事情を話して一泊分の仕事をさせてもらおう。そう思って宿屋へ歩こうとした、その時だった。

 

 

「やっぱり……純一さんなんですね!?」

「え、あ……荀緄さん!?」

「久し振りだな、息災だったか?」

 

 

振り返れば以前……この世界でお世話になった桂花の母、荀緄さんが息切れをしながら俺の腕を掴んでいた。隣には顔不さんも一緒だ。

 

 

「先程、町の入り口で見掛けましたが……まさかと思って後を追いました。本当に純一さんだったなんて……桂花ちゃんから天の世界に帰ったと聞いて……う、うぅ……」

「わ、わ……泣かないでください。すみません……俺は……」

「奥様やお嬢様を泣かせたのだ。三国一の不届き者だな」

 

 

俺が本人だと認識すると荀緄さんは泣き始めてしまう。桂花を泣かせたみたいで罪悪感が半端無い。顔不さんはニヤニヤと笑みを浮かべているが一番罪深いのは覇王様を泣かせた弟だと言いたい。

 

 

「ん?……先程から気になってはいたが……天の国で子を儲けたのか?」

「あ、いや……背中のは……」

「あらあら、じゃあその辺りも含めて、お屋敷でお話を伺いましょう。桂花ちゃんを泣かせた事も、天の国に帰ってからの事も、お子さんの事も」

 

 

顔不さんの発現に荀緄さんの瞳がギラリと輝いた気がする。これは逃げられそうにもないな。

 

 

「分かりました、取り敢えず先に誤解は解いておきますが、背中のは俺の子供じゃないです。まあ、複雑な事情があるのは事実ですが……」

 

 

はぁ、と溜め息を吐きながら袁術を背負い直す。その拍子に袁術から「うにゅ」と声が漏れた。まだ起きないのか。そんな事を思いながら三年半振りに俺は荀家にお世話になる事になった。

俺としても荀緄さんの提案は有り難かった。今の三国の状況も知りたいしね。



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第二百三十六話

 

 

久し振りに荀家でお世話になる事になった。見覚えのある侍女さん達に挨拶をし、袁術の事を任せた。別部屋に布団を敷き、寝かせて貰った。スヤスヤと眠る袁術に安心し、俺は荀緄さんと顔不さんに向かい合って座り、今までの経緯を話す事となった。

 

 

『蜀での決戦の後、天の国に強制送還された事』

『三年半程、天の国で仕事をしながら、この国に帰る方法を模索していた事』

『貂蝉、卑弥呼から、この地に来る方法を教えて貰った事』

『その方法でこの国に帰って来た、その日に袁術を助けた』

『袁術から、この国の話をある程度は聞いたが、全容はさっぱり』

『袁術を放置も出来なかったので、取り敢えず人里に連れてきた事』

 

 

 

「と、まあ……こんな次第です」

「………桂花ちゃんを故意に泣かせた訳じゃないのは分かりました」

「世の中、不思議が溢れておるとは聞いておるが、正に不可思議じゃのう」

 

 

俺の三年半の軌跡を話すと荀緄さんと顔不さんは納得した様な呆れた様な顔をしていた。嘘は言ってないヨ?

 

 

「しかし、あの女子が袁術とは……乱世の後に世間を騒がせた黒幕があれとはな」

「ええ……三国の平和を乱したと散々問題になったのですが、まさか純一さんが保護するなんて思いもしませんでした」

 

 

顔不さんと荀緄さんは別室で眠る袁術を思い出しながら呟く。いや、黒幕って大袈裟な。

 

 

「大変だったんですよ?黄巾党の時みたいに悪党が一斉蜂起して暴動が起き掛けたんですから」

「うむ、再び乱世に戻るのではと心配したくらいだ」

「そんな事、出来そうな子には見えなかったんですが……」

 

 

荀緄さんと顔不さんの言葉を疑ってしまう。いや、だって三人の山賊に襲われて泣いてた子だよ?

 

 

「袁術は張勲と共に行動していて袁術の悪知恵と張勲の煽り。その両方が重なり、各地の小悪党を扇動したそうです。そして纏まった小悪党達は数が多く、黄巾程じゃないにしても驚異となる状態でした」

「うむ、この町でも警戒体勢を敷いておった」

「ヒトラーみたいな事を……」

 

 

荀緄さんと顔不さんの説明に頭が痛くなってくる。あんな可愛い顔して、やる事が物騒と言うか……

 

 

「袁術を良く知る呉の方々から聞いた話では子供みたいな性格で我が儘。更にそれを張勲が肯定、煽る事で行動に移していたみたいです。袁一族で今までの好き勝手出来ていたのも原因の一つでしょう。今でも自分が偉い身分だと思っているのでしょうね。そして、それを正す人物が居なかった……」

「袁術の付き人は張勲のみだ。故に悪い事をしても叱る人間がおらんかったんだろう」

「それが今回、一人になって何も出来なかったと……」

 

 

今まで権力と地位、そして張勲がそれらを補佐して悪巧みの全てを行っていたのだろう。呉の地を一時期とは言えど傘下に納めていたのだから凄い。だが、その悪運も尽き……いや、蜂起には失敗したけど三年半も大将達の追跡から逃れてるから尽きてはいないのか?結局、俺が助けちゃったんだし。

 

 

「袁術の事は分かりました。一先ず、その事は置いておいて……俺と一刀がこの国から天の国に帰った後の事を……教えて下さい」

 

 

俺は袁術の疑問が解消され、あの子を今後どうするか考えたかったが、それよりも三国の状況……何よりも桂花の事を早く聞きたかった。

 

 

「そうですね……まず、魏の皆さんは大変悲しまれました。涙を流し、半年程は戦勝国でありながら通夜の様な日々を過ごす事に。一時期は国の運営が成り立たなくなりそうな程でした。蜀と呉から将や文官が手伝いに来る程でした」

「うむ、あの頃の魏は見ていられなかった。だが、警備隊の者達が奮起してな。徐々に持ち直し、半年程で以前の様子を取り戻した。戦後から一年……漸く、戦勝国らしさを取り戻した魏は戦乱が終わった祭り『平和祭』を立ち上げた。今年で四年目になるな」

「………っ」

 

 

俺と一刀が居なくなってから魏の皆は無気力になってしまったのか……持ち直すのに一年も掛かるとは……

 

 

「その後、三国で人材交流派遣が始まりました。将や文官、商人などが三国を巡って三国の発展を目指しました。複数の将や文官が魏に入りましたが、蜀の鳳統。呉の黄蓋等は魏に常に在中していますね。あの二人の在中は魏の復興に大いに貢献したと聞きます」

「祭さんと……鳳統が……」

 

 

あの二人が魏に来て手助けしてくれていたなんて……

 

 

「あら、黄蓋殿の真名を許されてるなんて、流石ですね純一さん」

「ほう、経験豊富な熟女も手込めにしておったか」

「あ、いや……その辺りは赤壁で色々とありまして……」

 

 

荀緄さんと顔不さんにニヤニヤしながら俺を見ている。そうだった……この人達、こんな時は超弄ってくるタイプだった。

 

 

「えっと……一年くらいの事は分かりました。その後の事は?」

「ええ、後の二年程は人材交流をしながら三国の発展を試みました。三国で公的に『学校』と言う制度が出来ました。それと『病院』が出来ました」

「それと平和祭で『天下一品武道会』『三国象棋大会』『料理の達人』が開催されておる」

 

 

なんか俺と一刀が大将や魏の皆に話した事が三国で行われて、平和祭で開催されている。良かったよ、『天下一品武道会』で『暗黒武術会』とかじゃなくて……

 

 

「国の三年程の流れはこの様な感じです。では、純一さんが知りたがっていた魏の事を話しましょう」

「っ……はい」

 

 

荀緄さんの一言に空気が重くなった気がした。俺は思わず、息を飲む。

 

 

「まず……曹操様ですが笑わなくなりました。外交の場や身内の前では笑みを浮かべていますが心の底から笑ってはいない様に見えます。桂花ちゃんはもっと重傷ですね。純一さんのお陰で男嫌いも、ある程度は解消されていましたが、純一さんが去った後……男嫌いが嫌悪になりましたね」

 

 

ニコニコと説明する荀緄さんだけど重圧が半端ない。顔不さんは、そんな俺と荀緄さんを見ながらそれを肴に酒を飲み始めている。

 

 

「更に隊長と副長の不在で『北郷警備隊』を解散させる案が上がりました。発案者は曹操様です。他の方を隊長にと考えていた様ですね」

「やっぱり大将は警備隊の解散を考えていたか……」

 

 

うん、これは考えていた事だ。って事は北郷警備隊は解散したのか?

 

 

「ですが、殆どの将と文官、警備隊の人達。更には民衆も反対しました。一刀さんと純一さん以外の人を隊長と副長にするのは反対だと」

「民衆まで……嬉しいけど大将に逆らうとか恐ろしい事を……」

 

 

思ってた以上に民衆の皆さんから慕われていた事態は嬉しかったけど、大将に逆らうとか……

 

 

「そこで曹操様は条件を出しました。『北郷警備隊に名を連ねる者が天下一品武道会で上位三位に入る事。それ以外なら北郷警備隊を解散とする』と」

「なんて条件を……それで結果は?」

「警備隊から三羽鳥の楽進、李典、于禁。三武狼の華雄、顔良、高順が天下一品武道会に参加しておったぞ」

 

 

警備隊所属の将が天下一品武道会に出てるのは分かったけど……え、三武狼って何?

 

 

「三武狼とは副長直属の部下と言う意味の将の事です。三羽鳥と対を為すと言う意味ですよ」

「隊が結成された時は奴等も奮起しておったわ。本当ならお主に名付けをしてほしかったであろうがな」

 

 

俺が居なくなってから名付けられたとの事だ。より一層、俺の肩に重圧が掛かった気がする。ちゅーか三武狼か……字が違うけど壬生浪に近い名前が付くとか益々、新選組みたいになっとる。

 

 

「その名に恥じぬ強さをと言った感じですね。なんせ、華雄さんは最初の大会で三位に。次の大会と前回で準優勝。そのお陰で北郷警備隊の維持を許されました」

「か、華雄がそこまで……」

「因にだが呂布は参加しておらんぞ。なんでも戦いたくないと言っていたらしいが」

 

 

華雄が天下一品武道会で上位に食い込んでいたなんて……見たかったな。その戦い振りを。それに気になったのは恋の事だ。なんで天下一品武道会に参加しなかったんだ?恋の事だから皆で遊びたいとか思いそうだけど……

 

 

「純一さん……三年程前に私は貴方を桂花ちゃんの夫に、と思っていました。」

 

 

と、思考の海に沈みそうになった所で荀緄さんの言葉に意識が引き戻される。顔を上げると荀緄さんは悲しそうな顔をしていた。

 

 

「桂花ちゃんの夫に出来なかったのも……桂花ちゃんを悲しませたのも……許せなかったんです。許せないと……思っていました」

 

 

ツゥと荀緄さんの瞳から涙が溢れ落ちた。

 

 

「でも、先程再会して……本当に純一さんだと思ったら、そんな考え吹き飛んでしまいました。だって、また会えたんですから」

 

 

荀緄さんは流した涙を隠そうともせずに微笑んだ。顔不さんも目を伏せて頷いている。

 

 

「荀緄さん……すいませんでした。秋月純一、ただいま帰りました」

「はい、お帰りなさい。純一さん」

「うむ、息災で何よりだ。回帰祝いに飲もうではないか!」

 

 

その場で土下座しながら荀緄さんと顔不さんに、この世界に戻った事と三年半前に勝手に消えた事を謝罪した。俺はこの時、始めて……この世界にちゃんと帰還した気持ちになった。

多分、このやり取りをこれから沢山するんだろう。桂花や詠は土下座なんかじゃ許してくれないかも知れない。でも、俺がやらなきゃいけない事だ。

 

 



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第二百三十七話

 

 

 

 

荀緄さんと顔不さんは俺の謝罪を受け入れてくれた。寧ろ、荀緄さんは「良く頑張りましたね」と頭を撫でてくれた。この心優しき聖母から何故、桂花の様な天の邪鬼が生まれたのか不思議で仕方ない。

 

 

「さて、小僧。これからどうする気だ?」

「どう、って……魏に行こうと思ってます」

「それは少々、考え直して頂きましょう」

 

 

顔不さんの疑問に答えると荀緄さんが待ったを掛けた。

 

 

「今の純一さんは三年半不在でした。魏に戻り、いきなり以前の様に復職……とはならないでしょう」

「そうですね。寧ろ、クビにされているので一兵卒から……警備隊の新人からって可能性大です」

 

 

大将の性格を考えると帰って来た事は歓迎されても、復職の事に関しては融通を効かせてくれない可能性の方が高い。

 

 

「でも、俺と一刀が帰還した事は早く伝えたいんですが……それにこの場に居ない、北郷一刀も魏に向かってる筈です。この国に戻って別々に到着したら、一先ず、魏を目指すと決めていたので」

「あら、別々に来たんですか?」

 

 

銅鏡の力でこの世界に帰って来たとは言えないしなぁ……

 

 

「あー、ちょっと戻る時に一悶着ありまして、到着が別々になってしまいまして。今、一刀が何処に居るのか分からない次第でして」

「でしたら、極秘に北郷一刀さんを探しましょう。私の伝手で人探しをしてもらいますから。大丈夫、商人の伝手は幅広いんです」

「奥様の伝手は以前に比べると広くなったからな。小僧、お主が言っていた酒の作り方が上手くいってな。ほれ、飲め」

 

 

俺の一言に荀緄さんがニコニコと笑みを浮かべながら一刀の捜索を申し出てくれた。更に顔不さんが酒を出しながら荀緄さんの作った酒を出す。一口飲むと……日本酒みたいな味だった。あの朧気な記憶と知識で教えた日本酒を此処まで再現するとは恐るべし。

 

 

「『天の酒』と名付けた、この酒は高級酒として三国に広まったぞ。故に荀家の伝手は凄まじく広まったのだ」

 

 

顔不さんの話になんか技術革命を起こしてしまった気分になる。いや、今まで散々色んな物を作ってきたから今更か。

 

 

「でも、一刀を見付けたとして……どの間で魏に戻れば良いんでしょうか?早く戻るのが先決だと思ってたので」

「ふむ……それなら良い案があるぞ。そろそろ平和祭が開催される。それに合わせて魏に戻ったらどうだ?」

「なるほど、運命的な再会を作り上げるのですね」

 

 

俺の悩みに顔不さんと荀緄さんが酒を飲みながら提案する。再会を劇的にプロデュース……と言えば聞こえは良いが面白がっている様にも思える。特に酒を飲みながらの提案だから不安が募るわ。

 

 

「それにこの案にはお主の経歴を上乗せ出来る良い機会だ。お主が天下一品武道会に出て好成績を残せば、警備隊の副長として戻っても異論は減るだろう」

「あら、良い案ですね。私も観に行きたいわ」

 

 

酒が回っているのか顔不さんと荀緄さんは凄い提案をしてきた。

 

 

「いや、いきなりハードルを……いや困難を増やさないでください。大体、大会に出たら其の時点で再会しちゃいますよね」

「変装をし、戦い方を変えれば良いだろう。好成績を残すにしても、予選で負けても劇的な再会には違いあるまい」

「あらあら、楽しくなりそうね」

 

 

俺の発言にも豪快に笑う顔不さんとほわほわと笑みを浮かべる荀緄さん。酔っ払いの悪ノリにしか思えん。それに天下一品武道会に出る。しかも正体隠して戦い方を変えて出場って……ハンデが大きすぎる。早めに訂正をした方が良いな。

 

 

「うにゅぅ……うっ!」

「え、うわっ!?え、袁術?」

 

 

そんな事を思っていたら寝間着の袁術が突然、抱き付いてきた。

 

 

「す、すいません。眠っていたのですが目覚めたと同時に秋月さんを探して走り出したので……」

「そうでしたか。後は此方で面倒を見ますから大丈夫です。ありがとうございます」

 

 

袁術の後を追って侍女さんが部屋に入ってきたので礼を言って袁術の頭を撫でる。それを見た侍女さんは微笑んだ後、「失礼します」と下がってくれた。

 

 

「どうしたんだ、袁術?」

「わ、妾を一人にしないと言ったではないか!」

 

 

俺の問い掛けに袁術はギュッと俺の服を掴みながら泣きそうになっている。目覚めて俺が居なくて寂しさと不安が押し寄せたのか。やれやれ、袁術にはまだ俺の名前も教えてすらいないのに懐かれたもんだな。

 

 

「此処に滞在する理由も増えましたね。その子を放置して魏に向かいますか?」

「連れていくにしても曹操殿を説き伏せる材料が今の小僧にあるとは思えんな」

「………暫くお世話になります」

 

 

俺と袁術を見比べてトドメとばかりに荀緄さんと顔不さんが提案してきた。確かにこのまま袁術を放置ってのは心が痛む。

 

 

「でも、先に一刀の行方を探してください。俺が此処に居ても一刀が先に魏に行ったら意味が無くなってしまうでしょう」

「うむ、では指示を出してくるとしよう」

「そうですね。北郷一刀さんにも教える事が多いでしょうから」

 

 

俺の言葉に立ち上がり、屋敷の誰かに指示を出しに行く顔不さん。荀緄さんは杯を口にしながらニコニコとしている。あ、ダメだ。この人の中じゃ俺も一刀も指導する対象なんだ。まあ、でも確かに……

 

 

「……放っておく訳にはいかんわな」

「………うにゅう……」

 

 

俺の膝の上に座り、体を預けてくる袁術の髪を撫でながら俺はこれからの事に頭を悩ませる。なんか、警備隊に居た頃に色々と案を出していた頃の感覚だ。大将の驚く顔を見られるならやる価値はあるのかもな。

 

 

その後、桂花や詠にめっちゃ怒られるんだろうけど。



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第二百三十八話

早めに仕上がったので本日、二度目の更新。


 

 

 

当面を荀家で過ごす事になった俺の課題は複数ある。

まず、一刀の捜索だ。一刀が魏に到着する前に足取りを掴み、荀緄さんと顔不さんと話し合った事を伝えねばならない。この件に関しては荀緄さん所縁の商人さんの伝手でなんとかしてくれるそうだ。

 

次に天下一品武道会の参加だ。これに関しては久し振りのこの世界で戦わねばならない。しかも気を使ってはいけないと言う縛りルールで。つまり単純な身体能力のみで戦わなければならないのだ。気で身体能力を上げるのなら、問題はなさそうだが、なんちゃってシルバースキンは当然使えないし、界王拳も当然NG。これらの条件を廃し、正体がバレない変装をした上で大会に参加とか無理じゃね?大会参加枠には一般の参加もあるから、問題ないとは言われたけど不安が募る。

 

んで、最後にだ……ある意味、これが一番の課題と言えよう。庭でタバコを吸いながら思案していた俺を見詰める少女。

 

 

「…………」

 

 

そう、袁術の事だ。散々、甘やかされて育った袁術は荀家の皆さんにも横柄な態度を取ろうとした。しかし、俺が叱ると泣き始めてしまう。それを荀緄さんがあやす。

そして静かにお説教。このパターンが通例となりそうだ。泣かせて、叱られて、反省する。幼い子供を見ている気分だった。

更に袁術は俺でも知っているこの世界の常識でさえ、知らない事があったりと……なんて言うか非常にアンバランスな娘だった。孫策を飼い殺す程の支配者としての悪知恵がありながら、統治者としての知識はゼロ。多分、その辺りは張勲が補佐していたから成り立っていたのだろう。袁術は本当の意味で一人になったのは今回が始めての筈。色々と自分の愚かさを骨身に染みさせた事だろうと顔不さんは言っていた。

 

此方は余談だが、袁術が顔不さんの顔が怖いと近付いただけで泣かれた事に顔不さんは地味にショックを受けていた。

 

 

荀緄さんは暫く、荀家で勉強させると言っていたが大丈夫だろうか?今は休憩時間になったから俺の傍に来ているが会話はない。袁術に俺の名は教えたが、まだ名を呼ばれてはいないのだ。今の袁術は誰にも心を開かず、唯一心を開きかけているのが俺なのだと荀緄さんは言っていた。

 

 

「おう、小僧。お、嬢ちゃんも一緒だったか」

「ぴぃ!」

「怖くないから落ち着け袁術。顔不さん、どうしました?」

 

 

考え事をしていた俺に顔不さんが歩み寄ってくる。その事に怯えた袁術は俺の足にしがみつき、顔不さんから隠れてしまう。

 

 

「ああ、お前が言っていた変装用の材料だが……確保自体は問題じゃない。寧ろ、使わない部分だからな。だが、本気か?あんな変装は正気を疑われるぞ」

「だからこそですよ。正体が俺だと勘繰る奴はいない筈です」

 

 

顔不さんに俺が変装に使う為の材料の確保をお願いしたのだが、心当たりがあるから問題はないとの事だ。変装は問題なしっと。

 

 

「それと武器に関しても問題はない。不良在庫の物を使えば作れるだろうとの事だ」

「それは朗報ですね。変装に関しては問題が無くなった……後は」

 

 

武器の発注もお願いしたのだが、此方も問題はなさそうだ。と、なれば……

 

 

「後は小僧、貴様の強さが問題だな」

「気が使えませんからね。天下一品武道会までに勘を取り戻すのと鍛えないと……」

 

 

そう、現代で犯人の取り押さえ等の荒事は多少はしていたが、此処は三國志の世界。関羽、呂布と言った超メジャー所と戦わなければならないのだ。ハッキリ言って実力不足も良い所だ。

 

 

「そっちは安心せい。ワシが鍛えてやる」

「………頼りになります」

 

 

ふん、と筋肉を主張する顔不さん。明日からボコボコにされるのが確定した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

それから数日が経過し、一刀の行方が判明した。一刀は蜀の地に居たのだ。そして魏を目指そうと商隊の馬車に相乗りしていた所を荀緄さんネットワークで発見。一刀の特徴と今はボストンバッグを二つも抱えているから目立つ筈だ。その特徴を元に捜索させたらアッサリと見付かったのだ。事情を話して一刀をこの街に連れてくる手筈になったと早馬で教えて貰った俺は、荀緄さんと顔不さんの再会プロデュースが本格始動するのだと考えていた。しかし、本当に大丈夫かな?このまま行くと「この国に戻ったのなら、帰って来なさい!」と怒られる未来しか見えん。

 

そうなったら一刀と一緒に土下座だな。その辺りも話をしたいから早く合流してくれ一刀。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに変装道具が完成したので使ってみたら袁術にガチ泣きされた。そんなに怖いかな、コレ。



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第二百三十九話

 

 

数日後、一刀は荀家に招かれた。商隊の馬車に乗って来たので早馬と違ってゆっくりと来たのだ。でも、以前と比べればかなり早く到着したと思う。先日の山賊は兎も角、平和になったから安全な移動が出来るようになった証なのだろう。

 

 

「よう、一刀。待ってたぞ」

「………なんか、懐かしい光景ですね」

 

 

荀家の庭で鍛練をしていた俺は顔不さんに打ちのめされて地面に寝転んでいた。顔不さんから「少し、休憩にするか」と言われて休んでいた所に一刀が到着したと連絡が来た。起きようかと思ったけど、休む意味も含めて寝転がっていたのだ。

 

 

「しかも、その道着ですか」

「凄いだろ?三国で『天の御遣い』が着ていた道着として売られていたらしい」

 

 

俺が着ていたのは亀仙流の道着だ。まさか、町の服屋に普通に置いてあるとは思わなかった。背中には魏の文字が刻まれている仕様である。

 

 

「よっと……お互いに無事にこの世界に戻れたな」

「別々の場所に到着するとは思いませんでしたけどね。純一さんが居なくて焦りましたよ」

 

 

俺は起き上がり、一刀は俺の隣に腰かけた。

 

 

「可能性の一つとしては考えられた事だったけどな。一刀は蜀に降り立ったんだって?」

「はい……華琳と別れた森の中に居ました」

 

 

俺の質問に答えた一刀の答えに俺は疑問と言うか、不思議な気分になった。

 

 

「俺は桂花と出会った荒野に降り立った……と言うか落下した。俺が出会いの場所に降り立って、一刀は別れの場所に降り立つとは皮肉にしか思えんな」

「そうですね……それで、俺は近くの蜀の城の城下町で商隊の場所の相乗りを頼んで乗せて貰いました。その途中で荀家の使いの人が来て……道中で今の三国の話も聞きました」

 

 

成る程、荀緄さんが言っていた通り、商人のネットワークで一刀を即座に探し当てたらしい。それと今の三国の話を聞いたなら話も早いな。

 

 

「なら、一刀。俺が降り立ってからの話と荀緄さんと顔不さんで話し合った事を話そうか」

 

 

 

俺はこの世界に来てからの事を話した。何故か、流星ライダーの様に上空から落下した事。無事に着地した後に山賊に襲われていた袁術を助けた事。距離も近かったので以前世話になった荀家のある町に来た。荀緄さんと顔不さんとの相談で魏に戻るのは平和祭の開催時期に決めた事。正体を隠して天下一品武道会に出場し、好成績を残し、警備隊の復帰の足掛かりとする。間違いなく大将以下、関係者全員に怒られるであろうから土下座の覚悟を決めておく事。

 

 

「と、まあ……こんな所だな」

「謝罪と土下座がワンセットなのは仕方無いとして……天下一品武道会に参加とか無理すぎませんか?」

 

 

うん、自分でも無理を言ってる自覚はある。

 

 

「俺としては世話になった荀緄さんや顔不さんへの義理もある。俺には桂花を泣かせた罪があるからな。無茶な話にも付き合うさ」

「桂花が……泣いたんですか?」

 

 

うん、俺は泣いた顔を見た訳じゃないが荀緄さんが桂花から話を聞いたらしい。あの意地っ張りで天の邪鬼の桂花が荀緄さんに話すとか余程冷静じゃなかったと見える。

 

 

「それを考えれば大将も泣いたのかもな。良かったな、一刀。曹操孟徳を泣かせたとか歴史に名を刻んだぞ」

「凄まじく、不名誉だと思います。それに華琳が俺の事で……その泣くとは……」

 

 

思えないってか?俺はそうは思わないよ、一刀。あれで大将はお前にベタ惚れだった。ま、言わないけどね。答え合わせは魏に行ってからだな。

 

 

「ま、その辺りも含めて魏に行くのは平和祭……後一ヶ月後だ。それまでにやる事はいくらでもあるぞ……差し当たり……」

「休憩は終わりだ、小僧。鍛練再開だ」

 

 

俺の話を遮り、顔不さんが戻ってきた。

 

 

「つーか、顔不さん。俺もう、30手前よ?小僧って呼び方どうよ?」

「ワシから見れば小僧よ。いや、若造か。小僧は今後、種馬弟の呼び方にするとしよう」

 

 

顔不さんは笑いながらそんな事を言う。今後、俺は『若造』で一刀が『小僧』かよ。

 

 

「嬢ちゃん、小僧を部屋に案内してやんな」

「う、うむ。こっちなのじゃ!」

「顔不さん……袁術に何させてんですか?」

「え……この娘、袁術!?」

 

 

一刀を部屋に案内させる為に出てきたのは侍女の格好をした袁術だった。最近、荀緄さんの授業で姿を見ないと思ってたけど何してるんだか。

 

 

「奥様の考えだ。全てを話すのは暫し待て」

「それは良いんですが……」

「純一さん、袁術にメイド服とか考えてますか?」

 

 

顔不さんの言葉に頷く。何か、考えがあるんだろう。そして一刀よ。ナチュラルに俺の考えを先読みするな。まあ、当たってるんだけどさ。

 

 



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第二百四十話

 

 

 

侍女姿の袁術を見てから数日が経過したが……その間、袁術の変化に随分と驚かされた。荀緄さんの授業を受け、何か心境の変化でもあったのか、侍女の仕事をしている袁術。やり始めた当初は何も出来なかった袁術だが、意外と要領よく様々な物を学んでいた。

 

 

「袁家の人間があくせく働くのを見るのは不思議な気分ですね」

「そんで意外と学ぶスピードが早いんだわ。最初は大抵失敗するけど、その後で学び直して習得するのが早い。昨日なんか、荀緄さんと碁をしてたぞ」

 

 

アホの子みたいな感じだったのに今は勤勉な子に見える。見た目と内面の差が激しくなってきたな。

 

 

「魏に戻ったら、袁術の服も色々と考えたくなってきた。何でも似合いそうだ」

「本当に何でも作りそうですよね。その前に華琳のお仕置きで無事なら良いんですが」

 

 

魏に戻ったら北郷警備隊お洒落同好会に申請しようとすら考えていたが、一刀の一言に冷静……と言うか冷めた。

 

 

「土下座じゃ事足りない状況だよなぁ。もっと早く帰って来ていれば、もう少し違ったかも知れんが」

「それに加えて帰ってきたのに魏に戻らないのも怒られる理由の一つですよね。やっぱり早く魏に戻った方が……」

 

 

一刀の言い分も分かるが俺としては荀緄さんの見立ても間違ってないと思う。なんの成果もない状態で戻るのは良くないだろう。古参の兵士は兎も角、新参の兵士には俺達の事を知らない兵士も居るんだし。

 

 

「俺は荀緄さんを信じるよ。俺は天下一品武道会に参加する。一刀も現代の知識をこの世界の知識として変換して纏めておけ。大将が一番望むのは『知識』だろ?」

「そうですね……俺達が現代から持ち寄った本とかは華琳達は読めない訳ですから」

 

 

大将が喜ぶだろうと様々な知識本を持ってきたが、日本語で書かれているので大将達は読めないだろう。一刀は現在、その本の翻訳を書き上げていた。

 

 

「若造、休憩は終わりだ。そろそろ天下一品武道会への仕上げに入るとしよう。変装状態でも万全に戦える様に慣れておけ」

「顔不さん……はい」

 

 

顔不さんが俺の変装道具と武器を持ってきたので受け取る。そろそろ得物にも慣れなきゃとは思ってたから、丁度良い。

 

 

「純一さん……それが変装なんですか?言っちゃなんですけど、その状態で皆の前に出たら正体バレますよ?そんな格好をするのは純一さんくらいなんですから……」

「その事なんだけどな……俺達が天の国に帰ってから、この国で天の御遣い兄弟を自称する偽者が何度も現れたそうだ。弟は白い服を着て、兄はシルバースキンみたいな服装でな。その度に自称した偽者達は斬首に処されたそうだ」

 

 

一刀の発言に答えた俺の言葉は一刀に衝撃を与えていた。

 

 

「斬首って……そんな……」

「当然だ。貴様等は戦乱を治めた天の御遣い兄弟なんだ。それを自称し、甘い汁を吸おうなぞ最大級の戦犯となる。その手の者を放置すれば止めどなく似たような連中が沸いてくるだろう。見せしめとして、やらねばならなかったのだ」

「俺も荀緄さんから話を聞いた時は同じリアクションだったよ。優しさと甘さは違うと怒られちまったがな」

 

 

俺も聞いた時は納得出来ない、否定をしたかったが、俺と一刀がそれをすれば平和の為に散った者達への侮辱でしかないと荀緄さんに散々説かれた。

 

 

「まあ、そんな訳でシルバースキンに似た服を着て、天の御遣いを名乗る奴はこの四年間で殆んど居なくなったそうだ。そんな奴が居れば斬首確定だからな」

「だから、今……純一さんがその格好をしても正体を疑われないと?」

 

 

俺が変装道具を身に纏い、変装完了をすると一刀は呆れた様な、それでいて先程の話にまだ納得していない様子だった。

 

 

「天の御遣いを語る阿呆共は少なくなったが居なくなった訳ではない。正体を疑われる事は無かろうよ。尤も下手をすれば斬首だがな」

「まあ、天下一品武道会への参加は荀緄さんの推薦で一般枠の参加だから、いきなり首がすっ飛ぶ事は無いだろう。事故を装って殺されかねないが」

「なんで態々リスキーな方法をチョイスするんですか?」

 

 

顔不さんの発言に俺も同意はするが、ぶっちゃけ危険度が上がっただけの気がする。

 

 

「俺達はあの娘達を四年も待たせてしまったんだ……少しでも成長した所と詫びを見せなきゃだからな。さて、やりましょうか顔不さん」

「その意気や良し!覚悟せい!」

「努力の方向性を変えませんか?絶対にろくな結果になら無いんですから」

 

 

俺が武器を構えると顔不さんも武器を構えた。一刀のツッコミにもめげずに俺は顔不さんとの鍛練を開始する。俺達の戦いはこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんて、思ってたんだがな……」

「鍛練の成果は出ておるとは思うがな。被り物をして、そこまで戦えるなら余程の実力者と言う事だからな」

「明らかに視界が狭まる被り物ですもんね」

 

 

俺は顔不さんにボコボコにされて仰向けに倒れていた。いやー、まだまだ勝てそうにないや。顔不さんはフォローしてくれているけど勝てないってのは悔しいもんだ。

 

 

「だが、そこまでボロボロに成れば練習にもなるだろう。おい、そこで見てないで出てきたらどうだ?」

「そこで……って袁術?」

「ぴぃ!」

「まだ侍女の格好をしてたのか?それに練習って……痛たたっ……」

 

 

顔不さんの視線の先には袁術が物陰に隠れながら俺達を見ていた。水を向けられた袁術はビクッと体が震えた。俺は起き上がろうとしたのだが、痛みで起き上がれなかった。

 

 

「うむ、まだ寝ておれ。ほれ、やってみせよ」

「う、うむ……」

「え、ちょっと顔不さん?」

 

 

顔不さんは俺の変装道具を取ると素顔を晒す。プロレスだったらご法度行為だよ。そんな事を思っていたら袁術は俺に両手を翳し、力を込めるような動作をする。すると袁術の小さな掌から気の力が溢れだし、俺の体を優しく包むような暖かみが覆う。

 

 

「え、これは……痛みが引いていく……」

「この気は治癒気功と言ってな。気の力で直接傷を癒すと言う特別な気だ。これは才能がある者にしか出来ぬ特別な力よ」

 

 

俺が驚いていると顔不さんの解説が入り、更に驚く。

 

 

「まるで医者の華佗みたいですね」

「希少性で言うなら華佗以上と言えるな。華佗は針や施術で医療行為をしておるが、この娘がしておるのは気で直接治しておるのだからな。教えてから直ぐに習得しおった。天賦の才があると言えるのぅ」

「確かに体がどんどん軽くなってる」

 

 

一刀の言葉に顔不さんの解説に驚かされた。痛みが引いて起き上がれるくらいになってる。しかし……他人から搾取する側だった袁術が他人に施す医療気功の才能があるとか……

 

 

「凄いな、袁術。お陰で楽になったよ」

「う、うむ……妾に掛かれば……うみゅぅ……」

 

 

起き上がって頭を撫でてやれば、褒められて嬉しいのか恥ずかしいのか顔を赤くして俯いてしまった。

 

 

「そこまでにしておけ。それ以上はお嬢様と再会した時に殺されかねんぞ」

「リアルに想像出来た自分が怖いわー……」

 

 

袁術を可愛がって桂花が嫉妬して……みたいな事を想像した。いや、やたらとリアルに想像してブルッと体が恐怖に震えたわ。

 

 

「あ、後で……そ、その……話があるのじゃ!」

 

 

袁術の頭を撫でて続けていたのだが、袁術は俺の治療を止めると走り去ってしまった。

 

 

「純一さん……桂花に会う前に袁術と……」

「うむ。奥様やお嬢様に不義理をする様な真似は止めておけ」

「なんで、俺が袁術に手を出す事を前提に話を進めてんだ」

 

 

走り去る袁術の背を見ながら一刀と顔不さんにツッコミを入れた。それはそうと話ってなんだろうな。



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第二百四十一話

 

 

 

鍛練の後、風呂に入り、夕食を済ませて自室に戻ると袁術が声を掛けてきた。部屋の戸を開けて中に招き入れると袁術は寝間着姿だった。風呂上がりだったのか血色も良い。

因にだが、俺が魏で設計した五右衛門風呂はかなり普及していた。裕福な家なら個人の家に設置されているくらいで、町の中には風呂屋なる物もある。自分のした事が良い方向に動いているのを見るのは良い気分になるよね。

 

 

「そ、それで……なのじゃ」

 

 

と、思考の海に沈み掛けた所で袁術が話を切り出し始めたので袁術と向かい合う。

 

 

「えっと……その……うみゅ……」

 

 

 

何かを言いたいのだろうが、言えない。口に出そうとしても上手く出ない。うん、急かさないから落ち着いてゆっくり話なさい。

 

 

「ご……」

 

 

ご?何だろう。次に出る言葉が予想出来ない。

 

 

「ごめんなさいなのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

「えっ!?ちょっ、落ち着け袁術!?」

 

 

俺はボロボロと泣き始めた袁術に慌てる。いや、なんで急に泣き始めた!?

 

 

「よしよし、落ち着け。な、落ち着こう袁術」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 

落ち着かせようと抱っこして頭を撫でる。しかし、袁術の泣きっぷりは凄まじく、このまま15分程泣き続けて漸く泣き止んだ。

 

 

「落ち着いたか?」

「………うみゅぅ」

 

 

抱き付いたまま俺の肩に顔を埋める袁術。やっと泣き止んでくれた。何だったんだか……

 

 

「それで?なんで泣いたんだ?」

「だ、だって……妾の所為でお主は愛する者の所に行けんのじゃろう?妾の所為で迷惑……を……」

 

 

泣いた理由を尋ねると袁術はまた泣きそうになったのでポンポンと背中を掌で叩く。

 

 

「俺が愛する女の所に行かないのは袁術が理由って訳じゃないよ。俺自身、思う所があるからだ」

「でも、妾は……民に……色んな人に……うぅ……」

 

 

荀緄さんは袁術に何を教えたんだろう?めっちゃメンタル傷付いてるんだけど。でも、袁術も以前の自分が間違っていたと学んだんだな。

 

この後、『泣く』→『落ち着かせる』→『話を聞く』→『泣く』のループを繰り返して判明したのは袁術の心変わりした理由だった。

荀緄さんの授業で民の暮らしや政治を学び、侍女の仕事をして労働の大変さを知り、顔不さんから気の使い方や戦い方を聞いて戦の事を改めて知った。その結果、過去の自分が如何に愚かで阿呆で人に迷惑を掛ける存在だったか認識したらしい。そして、この屋敷に来る前に助けられてお礼も言えてない事にずっと悩んでいた。そもそも顔不さんに気の事を学んだのも俺の助けになれればと考えたかららしい。

この短期間で此処まで学べるんだから元々の頭は良い方なんだろうな。顔不さんも気の扱いには天賦の才があるって言ってたし。

 

 

「そっか、でも袁術はちゃんと謝れる様になったじゃないか」

「……うみゅぅ」

 

 

撫でていた背を頭に切り替える。サラリと柔らかな髪を撫でてやると袁術はくすぐったそうにしていた。しかし、このままじゃ駄目だよな。魏に行ったら大将に話をして袁術をどうにか匿わないと。もしくは荀緄さんに頼んで袁術を荀家の侍女として雇い続けて貰うか?

 

 

「の、のぅ……妾の……妾の真名は美羽じゃ。主様に預かって欲しいのじゃ」

「お、おい。真名を……って主様?」

 

 

袁術が顔を上げて訴える様に俺に真名を預けに来た。一瞬思考が停止したわ。俺の呼び方も『主様』になってるし。

 

 

「妾は主様に命を救われた……荀緄殿から正しい事も学んだ。主様が魏の警備隊の副長と言うのも聞いておる。だから妾を主様の侍女として傍に置いて欲しいのじゃ!妾なら気の力で主様の怪我も治す事が出来る……じゃから……じゃから……」

 

 

袁術の……いや、美羽の言葉に以前、『妾を一人にしないで』と泣いていた時の事を思い出した。今も美羽は震えた手で俺の服をギュッと握っている。

 

 

「お前の真名は預からせて貰うよ美羽。でも、自分を安売りする様な、言い方は止めてくれ。俺はそんなの望まないよ。俺が魏に行く時には一緒に行こう。無理はしなくて良い。でも、何をすべきなのかは一緒に探そう?俺も一緒に皆に頭を下げるからさ」

「ぬ……主様ぁぁぁぁぁぉぁぁぁっ!」

 

 

俺の言葉に再び、泣き始める美羽。さっきは荀緄さんに美羽の事を任せようかと思ったけど、そうもいかなくなったな。益々、天下一品武道会を頑張らなきゃと気合いが入ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの後、泣き疲れた美羽が俺の手を離さなかったので仕方なく一緒の寝台で寝る事になった。ねねが「眠れないのです」と言って一緒に寝ていた時の事を思い出したよ。

 

翌朝、一刀と顔不さんに疑われたけど何も無かったっての。

 



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第二百四十二話

 

 

 

美羽から真名を許されてから数日。美羽から『主様』と呼ばれている事に荀緄さんも一枚噛んでいたらしい。それと言うのも話を聞くと美羽から相談を受けた荀緄さんは「呼び捨てにすると桂花ちゃんが怒るから……ご主人様って呼んだら?」と言ったらしい。何してくれてますか、この人。だが、美羽は美羽なりに思う所があったのか『主様』と呼ぶ事にしたのだとか。このまま魏に行ったら大変な誤解を招きそうな気がする。

 

 

「まあ……誤解云々もそうだけど……月や詠、元董卓軍や呉の方々がなぁ……」

 

 

いくら反省したと言っても反董卓連合を考えたのは袁紹と袁術。袁紹は蜀に滞在していて魏や呉とは顔合わせ程度。罪云々は有耶無耶になったのだろうか?斗詩はちゃんと自分で信頼を勝ち得たけど、美羽を魏に連れて行って「じゃあ、これからヨロシク」とはいかないだろう。

 

話し合いの場を設けたいけど……今の俺自身が交渉の場に立てない立場だし。と言うか魏に戻ったら即座に殺されかねん。やっぱ早めに魏に行って一刀共々土下座の方が良かったかな。

 

 

「ま、半端な覚悟で天下一品武道会に出る訳じゃないんだし……やるからには成績を残さないとな」

 

 

ボッと気の力を解放する。気の力を使わずに戦うとは言っても緊急事態には使用せざるを得ないかもしれない。ならば新技開発もしなきゃな。俺はトントンと靴の爪先で地面を蹴る。目標の的に向けて気の力を込めた蹴りを放つ。

 

 

「銀色の脚っ!」

 

 

俺の蹴りから放たれた気の力を足に乗せて放つと足から気の斬撃が発生し、命中する。成功したけど威力の問題と隙だらけになるのが問題だな。集中しないと使えないし。気円斬と同じくらい使えるけど使えない技になったな。まあ、今後工夫するしかないな。

 

 

「中々、良い技だが単発では意味がないな。連打の最中の最後に叩き込むべきであろう」

「まあ、そうですよね。結局、一番使い慣れたかめはめ波が多様性がある感じです」

 

 

背後から顔不さんに話し掛けられる。俺が技を放つ前に俺の背後に立っていたのだ。俺が集中していたから話し掛けなかったみたいだ。

 

 

「どうだ、もう少ししたら魏に向けて出発だが仕上がりは?」

「戦い方よりも……心の問題ですね。桂花や皆には早く会いたいけど……あの時の後悔がある。皆を泣かせたとあってどんな顔で会いに行けば良いのか」

 

 

美羽は自分の所為でと言っていたが結局、俺は怖がっていただけだ。一刀には強気でいたが俺自身が一番気弱になっていたのかもな。

 

 

「そんな顔じゃ尚更、会わせる顔がなかろう。今日が最後の鍛練じゃ。たっぷりと鍛えてやろう」

「最後の最後に強烈なイベントが待っていたか。だけど、確かにこのままじゃ桂花の前に出ても、ひっ叩かれるだけだな」

 

 

俺は変装道具を装着し、武器を構える。魏への道のりを考えれば、そろそろ出発しないと平和祭に間に合わなくなるそうなので明日には出発なのだ。体を休めるのは馬車でも出来るから今日までが鍛練日なのだ。

 

 

「その意気や良し。安心せい、怪我をしても直ぐに治療をする」

「うむ、妾の準備も万端なのじゃ」

「なんか魏に居た頃を思い出すなぁ……」

 

 

魏に居た頃は新技開発に失敗して医者の世話になっていた。その頃を思い出して俺は笑みを溢した。

そんなこんなで顔不さんと鍛練をして、徹底的に叩きのめされた。後半は気の技も使ったのにボッコボコにされたわ。美羽の治療気功がなければ暫く、動けなかったと思う。ぶっちゃけあの乱世の時に顔不さんが魏に居たらと思ってしまう。

 

 

さて、そんな馬鹿な事をしていれば時間の流れるのは早いもので翌朝。俺達は荀家の馬車に乗り、魏を目指す事に。これから魏に向けて出発し、平和祭で天下一品武道会に出場する。そして魏の皆との再会を目指す。

 

 

「ちょっと胃が痛くなってきた」

「分かりやすく期待と不安が押し寄せてますね。俺もですけど」

 

 

ストレスからなのか俺と一刀は朝から胃が痛かった。期待と不安が交互に押し寄せて心に対して体が追い付いてない感じだ。タバコを吸ってリラックスしている筈なのに不安が胸一杯だ。

 

 

「だ、大丈夫かえ、主様」

「ああ、ありがとう美羽」

 

 

美羽が俺の腹に手を添えて治療をしてくれる。暖かいから何処か痛みが和らぐ感じがした。

 

 

「魏に行ってからそれだと確実に勘違いされますよね」

「状況的に否定出来ないからなんとも言えない」

 

 

美羽は俺の事を献身的に診てくれる。専属の侍女みたいだ。だが、魏に戻ったら月に泣かれて、詠に怒鳴られそうだ。

 

 

「そろそろ魏に向けて出発しましょうか。大丈夫、美羽ちゃんの事もちゃんと考えていますから」

 

 

なんて、にこやかに言う荀緄さんだが俺にはこの人が面白がっている様にしか見えない。見た目が柔らかい笑みを浮かべる桂花で中身が大将って気がする。

 

 

「…………一生、頭が上がらん気がしてきた」

 

 

俺はタバコの火を消してから馬車に乗り込む。さあ、魏に向けて出発だ。

 




『銀色の脚』
Gガンダムの登場人物『ミケロ・チャリオット』の必殺技。蹴りを放つと真空波を生み出し、遠くの相手に攻撃する事が出来る。飛ばさずに直接当てればビルを斜めに両断する破壊力を持つ。


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第二百四十三話

 

 

 

あれから馬車に揺られる事、数日。何事もなく魏に到着した。美羽の一件からまだ山賊等が出るのでは?と思っていた俺の心配は杞憂に終わった。

荀緄さん曰く、「山賊も以前に比べたら数は減っています。ですが時折、出没するんですよ。魏の近くでは全くいませんが」との事。魏の近辺の山賊連中は警備隊の演習がてらに殲滅させられているらしい。逆に蜀や呉近辺では未だに出るらしい。

 

そんな事を考えていたら馬車は魏の街中へと到着。今は検問の為に馬車を止められていた。因みに一刀と美羽は変装済みだ。此処で正体がバレては意味が無いから。そんな訳で俺も変装を済ませていた。

 

 

「お疲れ様です。今回はどの様な、ご用事で?」

「今回は平和祭が魏で行われますから、見学に。馬車に乗っている子達は天下一品武道会に参加する子達です」

 

 

街の入り口での検問に慣れた様子で対応をしている荀緄さん。俺達は口を開かず、一刀と美羽は軽く会釈をする。逆に俺は会釈もせずに腕を組んで不遜な態度を貫く。

 

 

「彼が……ですか?」

「ええ、私の推薦です。顔不からの太鼓判も押された強者ですよ」

 

 

警備隊の兵士が不審者を見る目で俺を見ている。因みに検問をしている兵士は見覚えがないから俺と一刀が現代に帰ってから入隊した兵士なんだな。

 

 

「そ、そうですか……では、どうぞ」

「はい、ご苦労様です」

 

 

日頃から取引や桂花との事で魏に来ている荀緄さんだから顔パスに近い形で通行許可が下りた。

 

 

「案外、アッサリと通れたな」

「俺達を知ってる兵士だったら止められたと思いますけど」

 

 

馬車の中から街並みを見ながら呟く俺と一刀。久し振りの魏の街は随分と広く感じた。懐かしいと思う気持ちと共に変化した街中に驚きと寂しさを感じていた。

 

 

「変わったんだな……」

「そうですね……」

 

 

俺と同じ気持ちだったのか、一刀も少し寂しそうにしていた。そんな俺の気持ちを察したのか美羽は俺の手をギュッと握っていた。何故、手を握っていたかと言えば、今の俺は上半身裸だからだ。

 

 

「ん、なんか……騒ぎが?」

「戻って早々にトラブルか……腹が減るぜ」

「主様、腕が鳴るの間違いなのじゃ」

 

 

馬車の中から街中での騒ぎを感じ取った一刀が身を乗り出して辺りを見回す。俺は久し振りの警備隊の仕事振りを見れるのだろうと期待を寄せた。変装中なので変装したキャラの真似をしたら荀緄さんとの授業で賢くなった美羽からツッコミが入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side凪◆◇

 

 

乱世が終わった記念として行われる平和祭も今年で四年目になる。平和祭が行われるとして街中は賑わいを見せていた。民が笑顔で祭りの準備をして賑わいを見せてはいるが、私には以前のような活気がないと感じてしまう。

以前なら……隊長と副長が居た頃なら街中の暴漢が出たり、酔っぱらいの喧嘩と言った騒動があっても民は笑っていた。騒動ばかりの街中、何かといざこざが絶えない日々ではあった。乱世が終わってから平和になり、街中からも騒動は減ったのに、私の心は晴れなかった。それは民も感じ取っているのだろう。四年前の戦を経験していない兵士達は今の平和を喜んでいるが、乱世の終息と引き換えに隊長と副長を失った警備隊の古参である私達は心から笑えていない。

 

 

「楽進様、彼方で騒動が」

「酔っぱらいの喧嘩の様です」

「分かった。直ぐに行くぞ!」

 

 

警備隊の兵士達が報告をし、現場に急ぐ。

平和祭の開催で他国からも人が来るので騒動が絶えない。出店の許可を巡る騒ぎ。酔っぱらいの喧嘩。他国間の価値の違いの言い争い。こんな騒動が続き普段よりも警備隊の仕事が忙しくなるが、それが隊長と副長が居た頃の日々を思い出してしまう。

 

いつもごちゃごちゃしていて、何かといざこざが絶えなくて……今にして思うと、私はその活気が大好きだった。あの人達の困ったような笑みが未だに忘れられない。隊長と副長が居ない限り、あんなドタバタした日々は二度と戻らないのだと……流れそうになってしまう涙を堪えながら私は現場に到着した。

 

 

「ふはははははっ、俺様最強!」

「なんだ、こいつ!?」

「超強いぞ!」

 

 

死屍累々と言った様子で地面に伏している男達が数人。まだ喧嘩しようとしている数名の者達。その中心に立つ一人の人物。そして、その人物を取り囲む警備隊の兵士達。

 

 

「なんだ、この状況は……?」

「楽進様、現場に居た兵士達の話では地面に伏している者達は天下一品武道会の参加者のようです。選手同士の諍いからの喧嘩だった様なのですが、あの人物が喧嘩に参加し、鎮圧した模様です」

 

 

私の呟きに私よりも先に現場に来ていた警備隊の兵士から報告を聞くと状況は理解できた。しかし、喧嘩に乱入した者の姿が異質だった。確かに強い。拳で天下一品武道会の参加者を制圧をする様は強者の雰囲気を出しているのだが……

 

 

「何故、上半身裸で猪の頭の皮を被っているんだ……」

 

 

その人物は猪の頭を被り、戦っていた。その強さに彼と戦っていた者達は殴られ、宙を舞い倒されていく。

その光景に私は何故か懐かしさを感じた。

 

ドタバタでごちゃごちゃでイザコザが起きる。まるで隊長と副長が居た頃の魏が戻って来たかの様な錯覚に陥った。仕事が増えて忙しくなるのに私は自然と笑みを浮かべてしまう。

 

 

隊長と副長が居た時の様な高揚感を抑えきれず、私は猪頭の人物を取り押さえようと一歩前に出る。何故か、私の心臓はドキドキと騒いでいた。

 



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第二百四十四話

 

 

 

街中で喧嘩をしている連中が居たので現在の警備隊の仕事振りを見学しようと思ったのだが……まあ、今の警備隊の状態が悪い事、悪い事。

 

現場の到着が遅い。トラブル解決の為の動きが悪い。喧嘩している連中を取り押さえようとして返り討ちにされている。これが今の警備隊か?俺と一刀が居た頃と比べても相当に酷い。

 

 

「俺達が居なくなってから……こんな状態になっていたんですね」

「やれやれだ……」

 

 

一刀の信じられない、っと言った呟きに俺は猪マスクが落ちないようにしっかりと装着する。そして未だに喧嘩をしている連中の所へ歩み寄る。

 

 

「戦いたいなら天下一品武道会でやるんだな。街中で迷惑を掛けるんじゃねぇ」

「ああん?なんだテメェは?」

「ふざけた被り物しやがって!」

 

 

俺の一言に喧嘩をしていた連中は手を止めて俺の方に視線を移す。警備隊の連中も驚いた様子で俺を見ていた。つうか、警備隊の連中見覚えない奴ばかりだわ。

 

 

「俺様の名は……伊之助。天下一品武道会の参加者の名よ」

「だったら……テメェは此処で不参加が決定だ!」

 

 

自己紹介をしたら喧嘩していた連中の一人が俺に歩み寄る。成る程ね、喧嘩していたのも大会の参加者を減らす工作をしていたのか。

 

 

「セコセコしたやり方だな。だが、乗った!テメェは失格だ!」

「ぐばぁっ!?」

 

 

殴りかかって来た奴の拳を避けて、顎目掛けてアッパーを放つ。俺のアッパーは見事に相手の顎を捉えて、相手を宙に舞わした。

 

 

「………雑魚が」

「や、やっちまえ!」

「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!」」

 

 

俺の呟きに喧嘩していた連中が団結して、襲ってきた。おいおい、さっきまで喧嘩してたよねキミ達。

 

 

「ふっ!ほっ!」

「がぶっ!?」

「げはっ!」

 

 

正面の相手を前蹴りで蹴り飛ばし、上げた脚をそのまま隣の奴に踵を落とす。更にその脚を相手の肩に掛けて飛び上がり、回し蹴りをその後ろにいた奴の顔に叩き込む。

 

 

「強いぞ、こいつ!」

「囲め、囲め!」

「雑魚共が……猪突猛進!」

 

 

漸く俺の強さを把握した連中は俺を取り囲む様に襲ってきたが俺は素早く、突進をした。一番手前の奴の服を掴み、投げ飛ばす。動揺して動きが止まった奴の手首を掴んで此方に引き寄せ鳩尾に拳を叩き込む。背後から襲って来た奴に鳩尾を殴った奴の背を叩いてそちらに誘導する。互いの行動が邪魔になった二人を纏めて蹴り飛ばす。倒れた内の一人が意識が残っていたので胸の辺りを踏みつけてトドメを刺す。

 

 

「ふはははははっ、俺様最強!」

「なんだ、こいつ!?」

「超強いぞ!」

 

 

コイツ等、素人だな。集団戦をする時は互いの距離の確認と適した戦い方ってのがある。血風連の指導をしていた身としてはコイツ等の戦い方は怖くない訳で。と言うか顔不さん以下の強さの奴には負ける気しないっての。こちとら何度死にかけたと思ってんだ。

 

 

「き、貴様……我々警備隊の仕事を……」

「取り押さえる事も出来なかった奴等が何をほざいてやがる。文句は強くなってからにしな」

 

 

警備隊の一人が俺の行動を非難しようとしたが、何も出来なかった奴が何言ってんだか。そっちは人数いたのに結局、一人で倒しちゃったよ。

 

 

「兎に角……お前も騒動の現行犯だ。来て貰うぞ」

「自分の仕事の出来無さを棚に上げて何言ってやがる」

 

 

俺の事を連行しようとした警備隊の手を振り払う。一応、協力者であり、喧嘩の鎮圧に助力した人間を逮捕しようとするな。今の警備隊はどんな指導をしてるんだ?

 

 

「貴様、抵抗するか!?」

「取り押さえろ!」

「止めろ、お前達!」

 

 

先程まで喧嘩していた連中を取り押さえられなかった警備隊が俺を囲む。なんか、酷いな本当に。これが一刀と俺で設立した警備隊で凪達はこの状態で指導すらしていないのか。俺が落胆していると警備隊の兵士達を止める声。振り返ると銀髪のおさげ髪を揺らした女の子。警備隊の分隊長である凪が兵士達を掻き分けて姿を表した。

 

 

「話は他の兵士から聞きました。喧嘩の仲裁……と言うか鎮圧をしていただき、ありがとうございます」

「ほう……上司はマトモの様だな」

 

 

凪が頭を下げた事に周囲はザワザワと驚いていた。俺は正体がバレない様に声を低くして話す。猪マスクで声もくぐもっているからバレない……筈。

 

 

「返す言葉もありません。私の指導不足です。ですが、アナタの素性が知れないのも事実。お話を聞かせて頂けませんか?」

「その必要は無いわよ。お久し振りね凪ちゃん」

 

 

事情を話したら正体がバレる。どうしようかと、思ったら同じく騒動を見学していた荀緄さんが俺に歩み寄り、凪に挨拶する。

 

 

「荀緄さん、いらしてたんですか!?」

「ええ。折角、魏で開催される平和祭ですもの。お祭りを楽しみに来たのよ。この子なら大丈夫。私がこの子の身元を保証するわ。この子は私の推薦で天下一品武道会に参加するの」

 

 

凪の疑問に荀緄さんは俺の腕にスルッと腕を絡ませてくる。ドキドキするから止めてください。若干、ホワホワしているとチラリと俺を見る荀緄さん。あ、何か喋れって事ね。

 

 

「魏の警備隊は強いって聞いていたが、この様だ。噂だけだった様だな」

「………っ。返す言葉もありません」

 

 

俺の一言に泣きそうな表情になる凪。いや、顔はポーカーフェイスを貫いていたが何となくそう感じた。

 

 

「凪ちゃん。この子は天下一品武道会に私の推薦で参加するから凪ちゃんとも戦うと思うわ。私達は宿に行くから後はヨロシクね」

「はい……お相手願います」

 

 

荀緄さんが締めの言葉を出した事で話は終わった。凪も荀緄さんと知り合いだったのか。まあ、桂花に会いに行っていたと言ってたから、その時に顔見せはしていたのだろう。俺は荀緄さんに腕を引かれながらそんな事を思っていた。

 

しかし、本当に警備隊に何があったんだろう?天下一品武道会が終わったら話を聞かなきゃだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side凪◆◇

 

 

 

喧嘩していた天下一品武道会の参加者を鎮圧した猪頭を何故か、警備隊の者が取り囲んでいた。その光景に私も私の長年の部下も溜め息を溢したくなる。彼等は四年前の乱世を経験せずに警備隊に入隊した若者達だ。故に隊長と副長の事を知らずに警備隊の仕事を勘違いしてる節がある。横柄な態度を取ったり、勘違いから誤認逮捕をした事もあった。本来なら指導しなければならないのだが私も沙和も忙しく本格的な指導が出来なかった。真桜は副長が残した資料からカラクリの開発をしており、警備隊の仕事から離れていた。華雄さんは血風連の指南役で警備隊の新兵の指導まで手が回っていない。斗詩さんは現在、蜀に出向している。大河は分隊長ではあるが、子供であるが故に威厳がなく指導役には力不足だった。

 

隊長と副長が普段からどれだけ仕事をしていて、私達が助けられたのか実感してしまう。あの人達が居ないだけで私達は平和を維持するだけで精一杯なのだから。それに警備隊のみならず国の中枢に居る方々はピリピリしていた。平和祭と言えば聞こえは良いが私達にしてみれば愛しい人が逝ってしまった日の事なのだから。

 

そして案の定、警備隊の新兵は的はずれな事を仕出かしていた。事情聴取は必要だが高圧的な態度は必要ない。無駄に敵を生み出すだけだ。私は隊長と副長がしていた様に言葉を選びながら猪頭の人に謝罪した。そして穏便に事を進めようと考えていたのだが、その人の声に驚かされる。被り物の影響で声が良く聞こえないが副長の声に似ていた。だが、別人じゃないのかと思ってしまう。副長の戦い方は基本的に『気』を用いた物だ。あんな肉弾戦で相手を制圧出来る強さじゃなかった筈だ。

 

だが、もしかしたら……と思い話を聞こうとしたら、そこに現れたのは桂花様の母君である荀緄さんが説明に現れた。荀緄さんは平和祭に遊びに来ていたらしく、彼は荀緄さんの推薦で天下一品武道会の参加者なのだと言う。

身元の保証が出来てしまった為に彼を問い詰める事が出来なくなってしまった。私は去っていく二人を見つめる事しか出来ない。

 

 

 

もっと話を聞きたかった。副長ならなんで正体を隠しているんですか?強くなったんですか?なんで、猪頭を被っているんですか?今の警備隊に失望したんですか?何時、帰ってきたんですか?

 

 

「貴方が副長なら……隊長も一緒なんですか?」

 

 

私は姿が見えなくなった猪頭の人に一番、投げ掛けたかった言葉を呟く。乱世が終わった、あの日に逝ってしまった私の愛しい人。隊長としても人としても尊敬し愛した隊長。私は隊長に会いたい。

 

彼が副長である確信なんてない。なんとなく副長なのでは?と私が勝手に想像しただけだ。隊長に会いたい私の焦った心が勝手にあの人と姿を重ねてしまったんだ。

 

あんな風にドタバタでごちゃごちゃでイザコザが絶えない事を仕出かす人は早々居ないから早とちりをしてしまったのだと私は気持ちを切り替える。指導不足が目立った新兵達の指導も改めてしなければならないしな。

 

私は拳を握りしめ、決意を新たにしたが……天下一品武道会に参加すると言う猪頭の人が忘れられなかった。

 




『嘴平伊之助』
主人公・炭治郎の同期に当たる鬼殺隊の剣士。

分かりやすく言うと野生児。常時上半身を露出して、頭には猪から剥いだ頭皮を被った二刀流の剣士。
猪マスクの下は女と見間違える程の美男子の顔がある。



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第二百四十五話

 

 

宿に到着し……先程の事を思い返す。今の魏の警備隊の有り様は酷いな。凪がしっかりと指導出来ていないのも驚かされた……いや、あれは指導不足と言うよりも……

 

 

「凪……相当疲れていたみたいですね」

「やっぱり、そう思うか?以前よりも少し痩せたようにも見えたが……」

「当然です。凪ちゃんは曹操様よりも貴方達が居なくなった事に心を痛めていたんですから。でも、貴方達の犠牲で成り立った平和を崩したくないと、奮起されていたんですよ。多少の無理を通してね」

 

 

俺と一刀の会話に加わる荀緄さん。お茶を飲みながら、のほほんと言うけど内容は結構ハードだ。

 

 

「その結果があの警備隊って事か。沙和や真桜も手伝ってんだろうけど……立ち直りが遅ければ凪の負担が多くなったんでしょうね……」

「華雄は俺の部下だったが血風連の指南役でもあるからな。警備隊の仕事にまで手が回らなかったんだろう。いや、他の皆も同じ状態なんだろうな。自分の事で手一杯……なんとか平和の維持に努めていた。荀緄さん、俺達をすぐに魏に連れてこなかったのはこれが理由なんだろ?今の魏の現状を一番酷い状態で見せる為に」

「あら、そんな事ないですよ?理由の一つと言うだけです」

 

 

一刀が呟き、俺は荀緄さんに問い掛ける。だが、俺の予想とはちょっと違った。つうか、まだ理由あんのかよ。

 

 

 

「と言うか一刀……良く堪えてくれた。本当は凪の前に出たかったんだろ?」

「………はい。でも、それだと台無しになっちゃいますから……」

 

 

俺の問いに苦々しく答えた一刀。流石の荀緄さんもその様子には堪えたのか少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 

 

「まあ、安心しろ。天下一品武道会の後で会えるさ。それよりも、今後はどうするんですか?天下一品武道会は3日後ですよね?」

「その間は皆さんの正体がバレない様にして頂きます。純一さんは天下一品武道会の登録の為に会場に行って貰います。それに天下一品武道会の本選は3日後ですけど、予選は2日後から始まります」

「そんなに参加者が多いんですか?」

 

 

天下一品武道会まで日数があるのでどうするのかと思ったが、2日後には俺は動かなきゃならないらしい。

 

 

「一般枠の参加者が増えましたからね。その間……純一さんは勿論、一刀君も美羽ちゃんも変装して貰います。純一さんは猪頭も良いけど普段は普通の変装をしてもらいますよ?」

「お任せください。紫色のスーツを着て差し歯を使って、カイゼル髭を付けて語尾はザンスにすれば完璧だ」

「純一さん……悪ノリの時は尚更、ノリノリですよね。後、百%バレる変装は止めてください」

 

 

荀緄さんの言葉に俺は更なる変装を提案したが一刀のツッコミが入る。さっきまで凄まじく凹んでいた一刀だけど、鋭いツッコミが入れられるくらいになってくれた。

 

 

「そ、それで妾はどんな変装をすれば良いのじゃ?」

「純一さんは変装慣れしてるから大丈夫なんでしょうけど、俺と美羽は慣れてませんから」

「一刀は伊達メガネをしてカツラだな。美羽は……」

 

 

美羽と一刀はどんな変装をさせるか悩む。一刀は制服じゃなくて市井の服に伊達メガネにヅラで十分だろう。美羽はどうしよう?俺は美羽をジッと見る。

金髪に小柄な体。最近は侍女として働いていたから真面目な性格になった……ふむ。

 

 

「軍服を着させて、小銃を持たせれば……」

「色んな意味で危険ですから止めてください」

 

 

思い付いた結果が金髪の幼女。うん、性格は真逆だね。取り敢えず変装は別のを考えよう。

 




『イヤミ』
「おそ松くん/おそ松さん」の登場人物。
3枚の出っ歯、カイゼル髭、揃えた前髪に顎まで伸ばした長髪を内巻きにした髪形と語尾に「ザンス」を付けるのが特徴の人物。驚くとポーズをとって『シェー!!』と叫ぶ。
「おフランス帰り」を自称するが本人はフランスに行った事がない。


『ターニャ・デグレチャフ』
『幼女戦記』の主人公。
白く透き通った肌を持つ金髪碧眼の幼女。物語開始時点で9歳。元は日本の30代のサラリーマン。
見た目と言動がアンバランスで性格は徹底した合理主義者。部下は道具とみなしており、有能であれば権限を与えて活用するが、無能であれば躊躇なく捨て駒にする等、やる事なす事が過激の一言に尽きる。


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第二百四十六話

 

 

一刀達の変装は結局無難な形になった。美羽に関しちゃ荀緄さんの見立てで服を着せていたけど……なんか、荀緄さんと美羽の距離感が近い気がする。なんて言うか……親子みたいな感じと言うか。

実を言えば一刀を炭治郎にして美羽を禰豆子にしてみたかった。美羽の髪は金髪だがゆるふわな感じが似合うと思う。

 

 

さて、変装をして過ごしても正体はバレず、あっという間に天下一品武道会の予選の日になった。俺は例の猪マスクを装着して武道会場に訪れていた。

 

予選会場には兵士や山賊スタイルの柄の悪そうな男達で溢れ帰っていた。俺も人の事を言えた出で立ちではないのだが。

 

 

「それでは、これより天下一品武道会の予選を開催する!この予選で優勝した者を本選に参加できる権利を与える!」

「「「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」

 

 

司会進行役の兵士が予選開催の宣言すると周囲の兵士達は色めき立つ。物凄い熱気だ。ちょっと圧倒されたわ。

 

 

「やれやれ……凄いな、こりゃ」

「なんだ、アンタ初参加かい?」

 

 

少し引いていたら後ろから声を掛けられる。振り返ると気の良さそうなオッサンが居た。

 

 

「ああ、まあ……初参加かな」

「それでか。この予選に優勝して本選に出て、各国の将軍の目に止まれば何処かの国に雇って貰えるかも知れない。更に上位、三位以内に入れれば北郷警備隊の隊長か副長に任命させてくれるって噂だ。それで皆、やる気に満ち溢れてるのさ」

 

 

なんか、警備隊隊長と副長の座が景品になってた。いや、多分だけど北郷警備隊の解散させない条件の噂が何処かから流れて曲解されて伝わったんだろう……まさかとは思うが荀緄さんはこの噂の事もあるから俺に大会に参加しろと言ったのか?それで上位三位以内に入れと?あり得る予想に俺は頭を悩ませていた。なんか荀緄さんの掌で踊らされてる気分だ。

 

そんな事を思っていたら予選が既に始まっていた。複数ある武道ステージで名前を呼ばれた二名が戦い、勝った方が予選会を繰り上げて行き最終的に勝ち上がった者が本選出場の権利を勝ち取る。天下一武道会と同じシステムだった。

 

 

「伊之助選手、此方へ!」

「おっと、出番か」

 

 

名前を呼ばれたので会場へ。相手の男と向き合う。なんか黄巾の時に良く見た気がする髭のオッサンだった。俺を見るなりニヤニヤとしている。

 

 

「この大会も四度目だけどよ……お前みたいに変装をして目立とうとしている奴は良く見たぜ。こりゃ楽勝だな」

「あー……さっさと掛かって来いや」

「では、始め!」

 

 

明らかに俺の事を嘗めている髭のオッサン。俺が呆れながら手招きすると丁度試合開始となった。

 

 

「死ねやぁぁぁぁぁ……ひでぶっ!?」

「ふんっ!」

 

 

分かりやすく剣を振りかざして大振りで斬ろうとしてきた。顔不さんに比べたら雲泥の差で隙だらけだったので顔面に拳を叩き込んだら、一発でK.O.出来た。

 

 

「し、勝者伊之助選手!」

「猪突猛進!」

「凄いな、あの猪!」

「あの髭のオッサンは予選会の上位だろ!?」

「一撃で倒しやがった!」

 

 

審判が俺の勝利を宣言したので俺もビシッと天に指を差しながら叫んだ。周囲の話を聞くと髭のオッサンは予選会の中では強い方らしい。俺が顔不さんとの戦いで強くなったのから弱く感じたのか、この世界の強すぎる乙女達と比べて強い方と言う意味なのか……まあ、いきなり関羽や馬超辺りと戦うと羽目にならなくて良かった。気の力を使えない以上肉弾戦しか出来ないから今の内に慣れておこう。

 

だが、俺の心配は杞憂に終わった。二回戦は蹴り一発で終わり、三回戦は関節技で制した。そして準決勝。段々参加人数が少なくなってきたから目立たないようにと思っていたのだが俺は大注目されていた。そりゃ初参加の奴が順調に勝ち進んだ上に猪の頭を被ってる奴なら目立つわな。

 

 

「中々やるな。だが私は前回の予選準優勝者だ。負ける訳にはいかん!」

「ならば少しばかり本気を出そうか……ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「始めっ!」

 

 

準決勝の相手は蜀の鎧を着た兵士だった。雰囲気からして強い。多分、蜀でも組頭とか纏め役をしているんだろうな。ならば油断もなく倒すとしよう。俺は両手を揺らしながら雰囲気を出すような構えをした後に距離を一気に詰める。

 

 

「これぞ、八手拳!」

「は、速い!?」

 

 

槍を構えた兵士に俺は槍を掴み、その手を打ち払い、槍を落とさせる。そしてそれと同時に両手のラッシュで蜀の兵士をボコボコに殴った。

 

 

「かばっ!……げふっ」

「勝者、伊之助!」

 

 

ふー、速攻で仕留めて正解だった。蜀で槍を使う奴なんて俺からしてみればトラウマなんだよ。無くなった筈の脇腹の傷がズキリと痛んだ気がする。つうか、その所為で力を入れすぎた気がするな。ここまでボコボコにする気無かったのに。と言うかやっと決勝か。相手は誰だろう?

 

 

「では、予選の決勝戦を開始します。伊之助選手、前へ!」

「おう……って、アイツは……」

 

 

遂に予選の決勝戦。相手は誰かと思えばそこに居たのは元董卓軍の兵士で俺がこの世界で北郷警備隊副長をしていた時に良く一緒に仕事をしていた兵士だった。俺よりも年上だったが気が合う奴で良く呑みにも行っていた。まさか、彼が参加していたなんてな。警備隊では「アニキ」なんて渾名が付いていた。

 

 

「………お相手願おうか」

「こりゃマジでやらなきゃだな」

「では……予選決勝戦、始めっ!」

 

 

剣を構えたアニキ。俺は手を抜けないなと腰に差していた二刀の刀を引き抜く。アニキはボロボロの刀身に驚いた様子だが、即座に気を引き締めてきた。やっぱ油断できなさそうだ。

 

 

「はぁっ!」

「ふんっ!」

 

 

振るわれた剣を左手の刀で防ぎながら、右手の刀で横凪に斬ろうとしたがアニキはバックステップで避ける。俺が追撃で蹴りを放てば防御された上に剣の突きが来たので上半身を仰け反らして回避する。その直後、バッとその場から離れて体勢を低くしながら構える。

 

 

「随分と器用な奴だ。まるで野生の獣と戦っている気分だ」

「そりゃ、結構。覚悟するんだな」

 

 

つか、アニキ強くなってね?アニキは元々ケンカ強かったけど、前よりも大分強くなった気がする。俺も顔不さんに鍛えられて強くなった筈なのにちょっと苦戦してるよ。

 

 

「覚悟……するわけなかろう。俺が予選から本選に出るのは隊長と副長の為だ。彼等の魂に殉ずる為に俺は有象無象を大会の本選に上げるわけにはいかんのだ。俺なんぞでは決勝は勝てんが後は華雄様が勝ってくださる。北郷警備隊は決して亡くさせはせんぞ!」

「………そうかい。んじゃ、本気で行くぜ」

 

 

ああ、もう……猪マスクをしていて良かった。じゃなきゃ泣いてたよ。部下の心情をこんな所で聞くなんて不意打ちも良い所だ。早く決着を着けないと泣いて戦えそうにない。

 

 

「我流、獣の呼吸……」

 

 

俺の呼吸にフシューっと猪マスクから息が溢れる。距離を一気に詰めて、刀を揃えて力を込める。

 

 

「壱ノ牙、穿ち抜き!」

「な、折れ……ぐはっ!?」

 

 

俺の突きを防御しようとしたアニキだが、俺の突きはアニキの剣を折り、アニキの鎧を突き破った。気の力で身体強化した肉体から繰り出された技は普通の防御では防ぎきれない。突きを食らったアニキはその場に崩れ落ちる。鎧は撃ち抜いたが致命傷にはなっていない筈。アニキは即座に運ばれて行った。

 

 

「戦闘不能……よって予選優勝は伊之助選手!」

「ふははっ!俺様、最強!」

 

 

審判の裁定に俺は大声で叫ぶ。これで俺の天下一品武道会本選への進出が決まった。予選でこんな疲れるなんて予想外だったな。本選では小手先の技じゃ厳しいかもな……

 

 

 





『竈門炭治郎』
鬼滅の刃の主人公。家族を鬼に殺され、鬼となってしまった妹の禰豆子を人間に戻すために、鬼と戦いながらその方法を探り、無惨を倒すことを目的としている。
性格は良く言えば実直。悪く言えば融通の効かない石頭。


『竈門禰豆子』
炭治郎の妹で鬼にされてしまった少女。鬼になりながらも兄を守ろうとする。鬼でありながら人を襲わず、後に鬼の最大の弱点である太陽を克服した希少な存在。


『八手拳』(はっしゅけん)
ドラゴンボールのチャパ王の技。チャパ王が本気になると繰り出し、あまりにも速い動きで8本もの腕があるように見える。悟空に対して使用したが完全に防がれ、完敗している。



『獣の呼吸』
伊之助が独自に用いる獣(ケダモノ)の呼吸から繰り出される技。
育手から正式に伝授されたわけではない為、単純な斬撃、突きが多い。単純な技である分、威力が高い。


『獣の呼吸 壱ノ牙・穿ち抜き』
揃えた二刀による全力の突き。


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第二百四十七話

 

 

 

予選を勝ち抜いた俺は本選に勝ち上がった。そんな訳でその日は宿屋で祝勝会をしていた。俺は一刀にアニキの話をした。アニキの心情を知った一刀は泣きそうになっている。

 

 

「改めて俺達が居なくなった後の事を思い知らされるな」

「皆に辛い思いをさせてしまったんですね……」

「うーん。その答えも正解ですが満点ではありませんね」

 

 

俺が酒を呑むと一刀は俯いてしまう。そうなんだよな、惚れた女云々じゃなくて国の皆に迷惑を掛けたと言う事なんだ。そんな風に思っていたら黙って酒を呑んでいた荀緄さんが口を開く。満点じゃないってのは?

 

 

「まだこの国の皆さんにも貴方達にも満点は差し上げられませんね。まだまだ子供なんですから」

 

 

「うふふっ」と微笑みながら俺の頭を撫でる荀緄さん。おいおい、三十手前のオッサンの頭を撫でるなよ人妻。それを見て、美羽が俺の頭を撫で始めた。マジで禰豆子みたくなってきたな。

 

 

「それで満点ってのは……」

「教えたら皆さんの為になりませんから教えません。因みに曹操様も桂花ちゃんも満点には至ってませんよー」

 

 

俺が答えを聞こうとしたら荀緄さんは微笑んだままで答えは教えてくれなかった。

その日は結局、答えは分からず仕舞い。翌日の天下一品武道会本選の為に早めに寝る事になった。逆に二日酔いで参加するのも俺らしいかな?なんて思ったり。

 

明日から大変だろうなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

『さぁー、これより第四回天下一品武道会本選を開催しまーす!』

「「「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」

 

 

翌日。俺は天下一品武道会の会場の舞台袖で舞台で司会をする地和を見ていた。ノリノリで司会をする姿はアイドルそのものだ。妖術で拡散した声に役満姉妹のファンと思わしき、連中から叫びが戻ってきた。相変わらずだねぇ。

 

 

『主賓席には魏の曹操様。蜀の劉備様。呉の孫権様が揃っております。更に解説兼緊急時の医者として華佗さん。更に……助手の卑弥呼さんが来ております』

「なんで卑弥呼まで居るんだよ。中々、インパクトのある絵だなぁ……」

 

 

舞台袖から主賓席を覗くと大将と劉備と孫権。前に看て貰った事があるけど華佗。そして俺と一刀の夢の中に侵入をして来た卑弥呼も一緒だった。可憐な少女が三人にイケメンにナマモノのセットとはカオスの極みだ。

 

 

『さぁ、それでは早速第一回戦から始めましょう!一回戦、関羽対李典!』

「おうっ!」

「出番や!」

 

 

地和の進行に舞台の上に関羽と真桜が上がる。その姿に俺は胸がホワホワした。今すぐにでも走りよって抱き締めてやりたい。でも、今それをやったら色んな意味で騒ぎになるから我慢だ、我慢。

試合開始の合図で戦う、関羽と真桜。アッサリと勝敗は決した。真桜の羅刹槍を関羽が素手で受け止めて一撃で真桜を倒す。めちゃくちゃだわー。担架で運ばれていく真桜に南無と手を合わせてから俺は試合会場に視線を戻す。他の選手の戦いぶりを見ておきたかったからだ。孫策や甘寧、趙雲や馬超と言った一流どころの将は危なげもなく勝ち上がり。魏延、馬岱といった者達は苦戦しながらも勝っていく。やはり格の違いがあると言うべきなのか……

 

 

『では次の試合を始めます。文醜対伊之助!』

「よっしゃあっ!」

「おっと出番か。猪突猛進!」

 

 

地和の呼ばれて舞台の上に。相手は文醜だった。あの頃、戦う事は無かった相手だが、斗詩から話しは聞いていた。大剣を扱い、一撃必殺が戦法。それを体現するかの様に文醜は背負った大剣を構えている。

 

 

『伊之助選手は予選を勝ち進んだ一般枠の参加者です。今まで予選優勝者であったアニキさんを破った実力や如何に!?そして、その頭の猪は何なんだー!』

「へっアタイがあんな猪擬きに負けるかよ!斗詩ー!アタイが勝つ所を見てろよー!」

 

 

地和が俺の紹介をすると文醜は舞台袖に居た斗詩に手を振っている。対する斗詩は恥ずかしいのか顔を赤くしながら手を振り返していた。なんやかんやで仲直りはしたらしい。でも、まあ……目の前の相手に集中せずに他所に意識が行ってるのは頂けないな。

 

 

『では……試合開始!』

「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

試合開始と同時に文醜は大剣を振り上げて迫ってくる。俺は危なげもなく斬撃を避ける。

 

 

『か、かわしたーっ!なんと伊之助選手、文醜選手の一撃必殺を避けたー!』

「く、この、でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふん、猪突猛進!」

 

 

打ち下ろしの攻撃を避けられた文醜は薙ぎ払いに来るが俺はバックステップで薙ぎ払いを避けた直後にタックルで文醜を突き飛ばす。

重量系の武器は打ち下ろしか薙ぎ払うかの二択だ。特に文醜は大振りだから攻撃予測もしやすいし、大振りの後は隙だらけだから虚を突いたタックルが充分に通用した。武器は手離さなかった文醜だが、倒れた状態じゃ何も出来まい。俺は即座に大剣を取り上げてから、文醜の服を掴み、そのまま場外へと投げ飛ばそうとした。

 

 

「く、くそ!まだだ!」

「ちっ、浅かったか」

 

 

しかし、文醜は体勢を立て直し、場外落下は免れた。だが、大剣は俺の手の中。徒手空拳で文醜が俺に勝てるかと言えば否だろう。それでも負けたくない文醜は俺に殴りかかってくる。

 

 

「よっと……ほいっ!」

「え、うひゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

俺は文醜の右拳を左手で受け止めながら文醜を自分の方に引き寄せる。引き寄せた文醜を腕事抱き締めて動きを封じてから後方へ投げっぱなしのジャーマンで場外へと投げ飛ばした。先程、投げた段階で舞台の端ギリギリだったから今度こそ場外だ。

 

 

『じょ、場外!勝者伊之助!』

「ふはははははーっ!俺様、最強!」

「なんだと、ちくしょう!アタイがこんな負け方するなんて!」

 

 

大剣を奪われた上に場外へと落とされた文醜が悔しそうにしていた。俺はブリッジの体勢から起き上がり、勝ち名乗りを上げた。

 

 

『名も無き選手であった伊之助選手。文醜を打ち破り、二回戦進出!その猪頭は伊達では無かったー!』

「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」

 

 

地和の解説に沸き上がる会場。うん、こんな会場で盛り上がるとテンション上がるわー。

そんな事を思いながら一回戦を勝ち抜けて嬉しいと思う気持ちと……斗詩に慰められている文醜を見て少し羨ましいと思ってしまう。



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第二百四十八話

 

 

 

 

◆◇side文醜◆◇

 

 

 

 

アタイは文醜。真名は猪々子だ。四年前の乱世が終わってから開催されている平和祭でアタイは天下一品武道会に参加した。元々は斗詩に会う為に平和祭に参加していたけど最近では天下一品武道会の戦いを楽しみにしている自分も居た。

 

四年前から斗詩は元気がなかった。アタイ達と離れた斗詩は魏で惚れた男が居ると言っていた。そしてその男が乱世が終わった、あの日に天に帰ったと聞かされて斗詩は立ち直れなくなる程に沈んでいた。それにアタイは怒りを覚えた。よくもアタイの斗詩を泣かせやがったな、と憤慨したけど魏で仲良くなった、きょっちーも同じ様に天に帰った天の御遣い兄弟の事で泣いていた。

 

斗詩やきょっちーがそんなに夢中になる男とはどんな奴等だったのか。でも、それを斗詩やきょっちーには聞きにくいから周囲の人間に聞いたりした。魏を除いた将に聞くと呉の祭からは『お人好し兄弟』蜀なら雛里からは『暖かい方々です』と言っていた。他の将に聞くと大概が『種馬』と返答が来た。逆に翠や思春は『女の敵』と評していた。なんで聞く人によって評価が完全に異なるんだろう?

 

アタイは話を聞く度に天の御遣いの事が分からなくなっていった。三年が過ぎた頃には斗詩も元気になってきた頃に斗詩から話を切り出し始めた。『秋月さんはね……優しい人だったよ。優しすぎて怖い人』

 

言葉の意味が分からなかった。一緒に話を聞いていた麗羽様や真直は目を丸くしていた。

 

 

『秋月さんは優しすぎるの。その優しさに包まれて慣れてしまうと、抜けられなくなるの。北郷さんもそうかな。だから魏の皆は立ち直れなくなってしまったの』

 

 

この話を聞いてアタイも麗羽様も真直も理解した。斗詩は本気で天の御遣いの兄に惚れていたんだと。麗羽様や真直も頬を染めていた。あんなに分かりやすい乙女な顔になっている斗詩に当てられた感じだ。それと同時に思う。恋ってなんなんだろうって。

 

アタイは斗詩にしか、そんな感情を持ってたけど男にそんな思いを抱いた事はない。男にそんな気持ちを抱くってのはどんな気持ちなんだろう。でも、その気持ちを理解する事なく、四年目の天下一品武道会を迎えた。

 

アタイは斗詩に元気になって貰おうと、笑って貰おうと天下一品武道会に参加したのだが……アタイは一回戦で負けてしまった。猪の頭を被った妙な男に。アタイの攻撃を避けてからの突進で吹っ飛ばされてしまう。なんとか持ち直そうと殴り掛かったのだがアッサリと受け止められた上に強く抱き締められてから投げ飛ばされた。そのまま場外に落とされてアタイの敗けが確定した。

 

負けた後、斗詩に慰めて貰ったけど、アタイはドキドキしていた。あんなにがっしりとした体に力強く抱き締められたのは始めてだった。しかも猪頭は上半身裸だったから、猪頭の体温を感じた。

 

あの猪頭が何処まで勝ち上がるか分からないけど天下一品武道会が終わったら、話をしてみようかな。斗詩の言ってた恋ってこんな感じなのかなって、ちょっと思った。

 

 

 

 

◆◇side文醜out◆◇

 

 

試合を終えた後、他の試合を見ながら一息着く。

 

 

「取り敢えず一回戦は突破出来たな……」

 

 

俺はゴキリと肩の骨を鳴らす。正直、相手が文醜で助かった。今の俺の姿で言うことじゃないが猪突猛進の押せ押せタイプ。戦い方に癖が無いから扱いやすかった。

多少の搦め手で投げ飛ばした。あの手のタイプは力を発揮する前に終わらせるに限る。しかし、まあ……

 

 

「柔らかかったな……」

 

 

大会参加の為に鎧は着ていたが、全身を覆うタイプではなかったから、投げる為に柔らかな体を抱き締めてしまったのだ。文醜は男らしいと言うか……男の子みたいな部分があると聞いていたが、意外と女の子してるじゃないか。そんな事を思いながら次々に消化されていく試合を眺めていた。やはり強さに差があるから試合進行が早い事。

 

 

「いや……いかん、いかん。煩悩は今は捨てなければ……なんせ、次の相手は……」

 

 

そう、次の俺の対戦相手は……

 

 

『次の試合に移ります。伊之助対甘寧!』

「………うむ」

「猪突猛進!」

 

 

因縁深い相手でもある、甘寧なのだから。久しぶりに会ったけど、今回はマジで殺されるかもしれんな。なんちゃってシルバースキンも装備できないんだし。

 



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第二百四十九話

 

 

舞台に上がると、あの頃と変わらない甘寧が鋭い視線を俺に送ってくる。おいおい、ゾクゾクするから止めなさい。

 

 

「貴様は……私の知るふざけた男に似ている。武の誇りを持たない、あの男にな」

「ふん、俺様は山の王。武の誇りなんざ知らないね」

 

 

はい、本人です。そんな風に言えたらどんなに楽か。俺は猪マスクの鼻からブシューと息を洩らす。

 

 

『おおっと!戦う前から熱くなっております!では、始め!』

「ふっ……はぁっ!」

「なんのっ!」

 

 

地和は叫ぶと同時に舞台から素早く降りた。怖かったから逃げたんだろうけど、それが正解だ。これから高速戦闘になるから……って危なっ!こっちの考えが終わる前に甘寧は剣を抜いて、斬りかかってきた。俺は咄嗟に二刀を構えて防御した。危ねー、マジでギリギリだったからね!

 

 

「参ノ牙 喰い裂き!」

「くっ!」

 

 

防御から刀を交差させ、距離の近かった甘寧を斬ろうとしたが、甘寧は素早く距離を開けて避ける。くそっ、やっぱり速度は向こうが上だな。だが、俺はその甘寧の後を追って距離を詰める。甘寧は俺の動きが予想外だったのか少し驚いた表情になったが即座に迎撃体制になった。

 

刀ではなく、鋭い蹴りが放たれ、俺の肩に直撃する。その痛みに俺は怯んでしまう。その隙に甘寧は距離を完全に開けた。更に油断もないように半身で構えて俺の動きを観察していた。

 

 

『おおっーと!先程の戦いとは違い、刀を使用した戦いの伊之助選手!なんと、あの甘寧選手を相手に大健闘だーっ!』

 

 

地和の解説に盛り上がる会場。うん、俺はそれどころじゃない。ハッキリ言って速度で劣る俺は甘寧に攻撃を当てる術がない。しかも先程のやり取りで甘寧には俺の攻撃速度を見切られている。以前なら気で遠距離攻撃にシフトする所だが、その戦法は今は使えない。

 

 

「………私の勘違いだったか?ならば終わりにしよう」

 

 

勘違い?甘寧は俺の何かを探っていたのか?そんな考えを張り巡らせようとした俺だが甘寧は一気に距離を詰めてきていた。やっべぇ!

 

 

「遅い!」

「ぬおっ!?」

 

 

甘寧の一振が俺の二刀を叩き落とす。ヤバい、このままじゃ……こうなったら禁断の奥の手!

 

 

「顔フラッシュ!」

「な、貴様は!?」

 

 

俺は猪マスクに手を掛けて少しだけ顔を晒す。少しだけだったのと角度の関係で俺の素顔を見たのは目の前の甘寧だけだ。案の定、甘寧は驚愕に染まり……動きを止めた。そして、その隙は致命的だぞ。

 

 

「猪突っ猛進!」

「な、が、ぐっ、ああっ!?」

 

 

俺は甘寧の顔と腹部に拳を叩き込む。咄嗟に顔を防御した甘寧だが腹に拳を叩き込まれて、ふらつく。その隙に俺は甘寧の首を捕まえ、膝蹴りを顎に叩き込んだ。此方も防御はされたが手の上からでも膝蹴りは効いたのだろう。更に体勢を低くした状態から胸の辺りに頭突きをしながら足の関節を攻める。最後はその足を掴んだまま場外へと投げおとした。

 

 

『き、き、き、決まったー!甘寧選手場外!伊之助選手、大会上位の甘寧選手を見事に打ち破ったー!この結果を誰が予想できたー!』

 

 

地和の解説に会場は盛り上がりと騒然としていた。そりゃそうだ。今まで無名で顔を隠した怪しい奴が甘寧を倒したんだから。まあ、反則的な手を使って場外に落とすしか手がなかったのだが。

 

 

「貴様が何故、正体を隠しているのか……後で教えて貰うからな」

「あ……すまん」

 

 

舞台から場外に落とされた甘寧は既に立ち上がり、舞台袖に戻ろうとしていた。すれ違い様にボソッと俺にだけ聞こえる様に呟く甘寧。俺が正体を隠しているのを何かの理由だと察してこの場での追及はしないでくれるらしい。

 

 

『では、本日の試合は此処までとなります!では、明日の試合はー?』

「「「「絶対に見ます!」」」」

 

 

大会参加者が多いのと連戦ではコンディションが保てない事を理由に本選は二日間の行程で行われる。正直、助かった。気を使わずに戦い続けるのって俺の本分じゃないから。つうか、今日の戦いにしたってどっちも虚を突いて誤魔化した様なもんだし……ああ、疲れた。早く宿に戻って美羽に癒して貰おう……

 

 

 




『参ノ牙 喰い裂き』
交差させた二刀を、外側に向けて左右に振り抜く技。


『顔フラッシュ』
GUILTY GEARシリーズのキャラクター『ファウスト』の挑発。常に紙袋を被っていて、紙袋の下はハゲ。

挑発の中に紙袋を取って頭を光らせるものがあり、紙袋を取っても光で顔が影って確認はできない。



『最強コンボ一号』
『史上最強の弟子ケンイチ』の主人公『白浜兼一』が使用する技。
空手の「山突き」→ムエタイの「カウ・ロイ」→中国拳法の「烏牛擺頭」→柔道の「朽木倒し」の順で繰り出される連続攻撃。


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第二百五十話

 

 

 

宿屋に戻った俺は寝台に身を預け、うつ伏せに寝ていた。

 

 

「くぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……癒されるぅ……」

「うむ、お疲れ様なのじゃ」

 

 

その状態で美羽に治癒気功をしてもらっていた。昨日と今日の試合で体ガタガタだよ。荀緄さんと一刀は買い出し。顔不さんは馴染みに会いに行くと出かけていて今は二人きりだ。

 

 

「流石にアイツ等の相手は骨が折れるな……こうして美羽に癒されていると、それを思い知らされるよ」

「妾も……妾も主様に喜んで貰えるなら嬉しいのじゃ」

 

 

本当に健気になったよなぁ。最初の頃は権威を笠に着る感じの我が儘お嬢様だったってのによ。今じゃ他人を思いやれる良い娘だよ。

 

 

「でも、美羽も頑張りすぎだ。そんなにしたら美羽の身が保てないだろ?無理はするなよ」

「いつも無理をしている主様に言われたくないのじゃ。それに妾も……す、好きでやっておるから無理ではないのじゃ」

 

 

己の身を削り、俺の傷を治癒気功で癒す美羽。その健気な姿勢に俺は泣きそうになった。

 

 

「なら……もう少し、頼むわ」

「うむ。ご奉仕するのじゃ!」

 

 

ご奉仕の意味は……まあ、全うな意味の方である。勘違いしちゃあ駄目よ。

 

 

「いたいけな少女に何をしているか貴様ーっ!」

「ごぶっ!?」

「な、なんじゃ!?」

 

 

突如、窓が開いたかと思えば寝台事、蹴り飛ばされた。美羽は突入してきた何者かに庇われる様に抱かれていた。つうか、声で誰かは分かったんだけどさ。

 

 

「痛ったいなぁ……流石に過激じゃないか甘寧」

「黙れ……やはり何年経過しても種馬か、貴様」

 

 

窓から侵入してきたのは甘寧だった。多分、俺と美羽の会話を盗み聞きしてたんだろうな。顔が赤い辺り、勘違いしたんだろうな。

 

 

「それはそうと……その手を離してやってくれないか?首が絞まったのと緊張で気絶しちまったから」

「何……な、こいつは袁術か!?」

 

 

俺から美羽を庇った段階で甘寧に怯えた美羽はガタガタと震えていた。更に庇われた際に首が極ったらしく、気絶している。

 

 

「答えろ!何故、袁術が此処に居る!貴様は……」

「落ち着けって……よっと。美羽、ちょっと寝ててくれ」

 

 

美羽の首を極めたままの甘寧。そろそろ助けないとマズいな。俺は蹴り飛ばされた寝台を元に戻した後、美羽を甘寧から受け取り寝かせる。やっぱ呉の連中に会うのはキツかったか。

 

 

「んじゃ、話をするからちっと落ち着いてくれ」

「私は冷静だ。さあ、話せ」

 

 

美羽を寝かせた寝台に腰掛けた俺に対して対面の椅子に座る甘寧。話を聞く姿勢になっただけでも、有り難いよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side甘寧◆◇

 

 

 

天下一品武道会に参加していた私は懐かしいと思う奴に出会った。その男は四年前の乱世の最中に遭遇した魏の天の御遣いの兄だった。奴は武の誇りを微塵も持たないような奴だった。相手をおちょくり隙を生み出させ、その隙を突く。聞けば馬鹿らしいが、奴はその筋は天才とも言えた。思い出すだけでも腹立たしい。

 

そんな奴を思い出させたのは天下一品武道会に一般枠で参加していた猪頭の妙な奴だった。奴は予選を見事な戦いぶりで勝ち抜いたと聞いていたのだが、本選の一回戦で行った戦いぶりから奴を思い出させる。他の奴等は気付かなかった様だが、まるで相手の闘心を削るような戦い方だった。あの殺気すら感じさせない戦い方は奴を彷彿とさせた。

 

 

「やはり……あの男なのか?」

 

 

妙な扮装といい、戦い方といい……あの男かと疑ってしまう。だが、翠の槍に突かれて脇腹に傷が出来た筈だったが、その傷も無かった。四年経過したとしても槍の傷跡が簡単に消えるとは思えない。別人なのか?だが、あんな人物が二人も居るとは思えない。だから私は二回戦で奴の正体を確かめようと思った。

 

そこで私は猪頭の正体が秋月純一だと確信した。最初こそ、マトモに戦っていたが途中から奴の手口だった……奴は被っていた猪の頭を外すと私に顔を晒した。私が動揺した瞬間に奴は私を連打で倒す。相変わらず、人を苛つかせる奴だ。狙った箇所は全て急所を外し、私の身体能力を奪う事だけが目的の戦い方。

 

 

「貴様が何故、正体を隠しているのか……後で教えて貰うからな」

「あ……すまん」

 

 

私が舞台袖に戻る際にすれ違い様に告げると秋月は謝罪してきた。そう言う所も相変わらずか。だが、こいつが惚れていた魏に戻らずに何かをして居るのだ。理由があるのだろうと思った。

 

その日の大会が終わった後、私は蓮華様に天下一品武道会で敗北した事をお詫びした後に城を後にした。蓮華様の護衛は他の者に任せ、私は奴が宿泊している宿に向かう。会場を後にした奴は猪頭とは別の変装をして、宿に戻っていた。しかし……何故、紫色の服に妙な髭を付けていたのだ?

 

宿を特定したので私は一度、城に戻り再び宿に来た。間は空いたが話を聞かせて貰おう。四年前から奴の事を思うとモヤモヤしていた。今まで会った男達とは全然、印象の違う男。祭様を助け……雪蓮様も興味を持った男。奴の笑い顔や情けないと思う顔ですら忘れられなかった。自分の気持ちが分からなかった。だが、これでハッキリする。私は奴に何を抱いたのか……

 

私は宿の窓から様子を伺う。場所は特定したが、隠し事をしているのだから騒ぎは起こしたくないのだろうと思ったから私は奴の部屋に忍び込む事にしたのだが……

 

 

「くぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……癒されるぅ……」

「うむ、お疲れ様なのじゃ」

 

 

突如、聞こえた奴の声。更に女子の声もした。待て……この快感に耐える様なこの声はなんだ?

 

 

「流石にアイツ等の相手は骨が折れるな……こうして美羽に癒されていると、それを思い知らされるよ」

「妾も……妾も主様に喜んで貰えるなら嬉しいのじゃ」

 

 

アイツ等の相手?癒される?まさか、他の女と会っていたのか?アイツが種馬兄弟と呼ばれていたのを再度思い出す。

 

 

「でも、美羽も頑張りすぎだ。そんなにしたら美羽の身が保てないだろ?無理はするなよ」

「いつも無理をしている主様に言われたくないのじゃ。それに妾も……す、好きでやっておるから無理ではないのじゃ」

 

 

ほう、そうか……そんなに慕われているのか……しかも声の主はまだ幼い少女の様にも聞こえる。何処かで聞いたような気もするが……

 

 

「なら……もう少し、頼むわ」

「うむ。ご奉仕するのじゃ!」

 

 

ご奉仕!?普段から幼い少女に何をさせているんだ!そう思った私は聞き耳を立てるのを止めて突入した。

 

 

「いたいけな少女に何をしているか貴様ーっ!」

「ごぶっ!?」

「な、なんじゃ!?」

 

 

私は勢い良く突入し、奴を蹴り飛ばす。更に事に及んでいた少女を保護した。

 

 

「痛ったいなぁ……流石に過激じゃないか甘寧」

「黙れ……やはり何年経過しても種馬か、貴様」

 

 

蹴り飛ばした秋月は顔を抑えながら立ち上がる。妙に余裕のある態度にイラッとした。

 

 

「それはそうと……その手を離してやってくれないか?首が絞まったのと緊張で気絶しちまったから」

「何……な、こいつは袁術か!?」

 

 

秋月の発言に私は庇った少女に視線を移す。そこに居たのは我等、呉の怨敵とも呼べる袁術だった。ぐったりと力無く気絶している袁術に私は戸惑いを隠せない。

 

 

「答えろ!何故、袁術が此処に居る!貴様は……」

「落ち着けって……よっと。美羽、ちょっと寝ててくれ」

 

 

袁術は少し前に大陸を再び揺るがしかねない騒ぎを起こした張本人だ。まさか、秋月が保護したのか?貴様はコイツが何をしたのか知っているのか!?そんな私の質問に答えるよりも先に秋月は直した寝台に袁術を寝かせている。ちょっと待て、妙に手慣れているのは何故だ?

 

 

「んじゃ、話をするからちっと落ち着いてくれ」

「私は冷静だ。さあ、話せ」

 

 

秋月は袁術を寝かせた寝台に腰掛けた。その動きは袁術を守る為の様にも見えた。私は呆れながらも……袁術を即座に仕留められる距離に座る。

 

さて……話とやらを聞かせて貰おうか?



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第二百五十一話

 

 

 

俺は甘寧に全てを話した。

 

『蜀での決戦の後、天の国に強制送還された事』

『三年半程、天の国で仕事をしながら、この国に帰る方法を模索していた事』

『貂蝉、卑弥呼から、この地に来る方法を教えて貰った事』

『その方法でこの国に帰って来た、その日に袁術を助けた』

『袁術から、この国の話をある程度は聞いたが、全容はさっぱり』

『袁術を放置も出来なかったので、取り敢えず人里に連れてきた事』

『荀緄さんと顔不さんの勧めですぐに魏に戻らず、平和祭に合わせて戻る事になった』

『その流れで天下一品武道会に参加し、功績を残すのを目標とした』

『袁術は以前とは違い、我が儘な娘ではなく健気な子になった事』

 

 

その全てを聞き終えた甘寧は瞳を閉じて黙っていたが、スッと瞳を開ける。

 

 

「それで……納得できると思ったのか?」

「まあ、そう言われるよな」

 

 

その視線は鋭く俺を咎めている様だった。まあ、四年近くも不在でいきなり、こんな事してれば……やっぱりサッサッと帰るべきだったか。そんな事を思っていたら甘寧に胸ぐらを捕まれた。

 

 

「あ、あの……甘寧さん?」

「貴様は……何故、気付かん……」

 

 

その瞳は鋭いながらも何処か哀れみを含んだような瞳だった。

 

 

「私は……くそっ!」

「お、おい……」

 

 

甘寧は苛立った表情になると俺の胸ぐらを乱暴に離した。なんだってのよ?

 

 

「貴様が戻った経緯と袁術の事はわかった。貴様が望むなら黙っていてやる。だが、忘れるなよ。袁術は我等、孫呉の怨敵だと言う事をな」

「そん時は……守るさ。そう、約束しちまったからな」

 

 

ギロッと甘寧に睨まれる。うん、めっちゃ怖いけど美羽の事を守ろうと決めたのは俺だ。

 

 

「貴様は……まったく、もういい……」

 

 

甘寧はそう言うと呆れた様子で窓から去っていった。取り敢えず俺の事を秘密にしてくれるなら、有り難いよ。甘寧が去った後、俺は窓を見詰めていた。

 

 

「色んな人に迷惑掛けてんなぁ……一刀と土下座案件がドンドン嵩んでいく……」

 

 

俺は気絶している美羽の髪をサラリと撫でると少し溜め息を吐いた。だが溜め息を溢すのも本日の分は最後だ。何故ならば明日の初戦の相手は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁー、天下一品武道会二日目!初日を勝ち抜いた精鋭達が集う強者のみの祭典!優勝するのは誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

「「「「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」

 

 

地和の叫びにそれ以上の叫びで返す観客席。地和、お前のライブじゃないんだぞ……なんてツッコミを入れたものの俺の心は落ち着かない。天下一品武道会の予選や初日は所謂、ふるい落としだ。寧ろ、二日目が本番と言える。

 

予選や初日で弱い選手をふるいに掛けて二日目に強い者達のみで行われる試合。本来なら二日目に出る筈だったが甘寧を倒したので俺も二日目に参加しているのだが……

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

もう次元が違うよね。初日に格下相手に戦っていた時と違って実力が近いから凄まじい戦いになってる。戦いを見てるとやはり、関羽、孫策、春蘭、華雄、霞等は別格に強い。その上が恋なのだろうが不参加だ。因みに聞いた話では祭さんは鍛練を張り切りすぎてギックリ腰になって不参加である。しかし、舞台袖で見てるけど凄まじい戦いだよな。この中に参加しろってか。正直、なんちゃってシルバースキンを着てても躊躇うわ。そんな中で伊之助コスプレで参加って自殺志願者みたいだ。

 

 

 

『では、次の試合に移ります。伊之助選手対楽進選手!』

「おうっ!」

「はいっ!」

 

 

試合は次々に進み、地和のアナウンスで舞台に上がる俺と凪。そう、俺の二日目の初戦の相手は凪なのだ。荀緄さんの話では今の凪は各国の武将から戦いを学んで凄まじい強さになっているとか。凪は真面目だから俺と一刀が去った後に修行に打ち込んだんだろう。更に警備隊の仕事をしてれば、窶れもするか。

 

 

「……………」

 

 

そんな事を思いつつ凪と向かい合う様に立つ。凪は無言のまま俺を睨んでいた。先日、会った時と同じ様に……いや、あの時から俺の正体を怪しんでいたんだろう。なんせ魏に居た頃は組手の頻度は凪、華雄、大河が特に多かった。その事を考えると動きで正体がバレている可能性大だ。特に凪は俺が魏に行った頃から組手や鍛練に付き合って貰っていたから下手すれば一番にバレていたのかも。

 

 

 

「お相手……願います」

「………よかろう」

『おおっと!両者、気合い充分!それでは試合開始!』

 

 

 

凪が構えたと同時に俺も刀に手を掛ける。正体がバレてるにせよ、バレてないにせよマジでやらないと、あっと言う間に負けてしまうわ。

 

 

 

「そりゃあ!」

「はあっ!」

 

 

俺は抜いた刀で凪に斬りかかるが凪は俺の刀を避けると、カウンターで右拳をボディに打ち込もうとする。俺はバックステップで下がりながら、刀の柄でガードする。打ち込まれた拳の衝撃がビリビリと手に伝わる。

距離を置いた凪はジッと俺を見据えている。なんて言うか……違うな。今までは鍛練と言う形でしか凪と戦った事しかない。しかも今は明確な『敵』としてだ。心構えや対応も違うのだろう。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふんっ……げっ!?」

 

 

再度、攻めてきた凪に先程の様に刀の柄でガードしようとしたが、余りの速さに対応が間に合わなかった。凪は俺の右手の刀を蹴りで叩き折った。

 

 

「ヤバッ……ごはっ!?」

「せやっ!」

 

 

刀を折られた事に気を取られた瞬間に腕を取られて投げ飛ばされる。その際に左手の刀を落としてしまった。凪は俺が落とした刀を踏んで刀身を折る。いや、めっちゃ怖いんですけど。圧力半端ないッス。

 

 

「貴方が私の知る人なら……」

「ちょ……まさか」

 

 

凪は両手を前に突き出した後に腰元に構えた。あの構えには見覚えが有りすぎる。

 

 

「かめはめ……波ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「デカいっ!」

 

 

凪の放ったかめはめ波は俺の知る凪のかめはめ波のサイズを遥かに上回っていた。このかめはめ波の直撃はヤバい!。それに俺がかめはめ波を撃ったら正体がバレる。そう思った俺は咄嗟に両手を広げた。

 

 

「かあっ!」

「なっ、跳ね返し……くっ!」

 

 

両手を胸の前で印を組む。それと同時に迫った凪のかめはめ波を受け止め、凪にそのまま跳ね返した。これぞ天津飯流のかめはめ波返し。なんて言ったけど本来のかめはめ波返しとは違う。天津飯は気合いで跳ね返したけど、俺は実は手に気を込めてバレーのレシーブの要領で凪に打ち返しただけだ。だから、今めっちゃ手が痛い。

 

 

「このめちゃくちゃな感じ……やっぱり……」

「あちゃー……バレたか?」

 

 

正体がバレない様にかめはめ波を撃たないようにと思ったのに、今のかめはめ波返しで凪に正体がバレっぽい。さーて、どうするかな。俺は痺れてる両手を振りながら、これからの戦いを頭を悩ませる事となる。

 

 

 




『かめはめ波返し』

両手で印を組み、相手のかめはめ波をそのまま跳ね返すカウンター技。天下一武道会で天津飯がヤムチャのかめはめ波を跳ね返した。


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第二百五十二話

 

 

凪には半ば正体がバレてる状態か……どうするかな。いっそ、正体をこの場でバラしてしまうか?

 

 

「せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

と思ったら速攻で突っ込んできた!考える暇がねぇ!拳を避け、蹴りを受け止める。次々に繰り出される凪の乱撃に正体バラしをどうするか悩む暇もない!

 

 

「まだその皮を脱ぎませんか?なら私が剥がして差し上げましょうか?」

「なっ……とっ!」

 

 

乱撃の最中、凪の手が猪頭に伸ばされたので振り払う。危ないなぁ……プロレスならマスクに触るのはご法度だぜ、凪。一度、距離を置くと凪は泣きそうな顔になっていた。未だに俺が正体を隠しているのが悲しいのだろう。帰ってきたのなら大手を振ってくださいって所か?やれやれ……女の子の涙は弱いな俺は。一刀、荀緄さん……予定は変更させて貰うぞ。

 

 

「地和……審判と解説の為に舞台に上がっているんだろうが下がるか、舞台の下に降りた方が良い。じゃないと……死ぬぜ?」

「え、あ……は、はいっ!」

 

 

俺は地和に歩み寄り、舞台の下に降りる事を告げる。今までも戦いの邪魔にならない様に舞台の端に居た地和だが、俺が掌に気弾を作り上げると、これからどんな戦いが繰り広げられるか察したのか素早く舞台の下に避難した。降りる時にチラチラと俺の方を見ていたから地和も俺が誰なのか疑ってるみたいだ。ま、これから種明かしになるんだけどな。

 

 

「なんのつもりですか?」

「俺の正体を確かめたいんだろ?だったら、この皮を剥いでみろよ?それとも、自分が気の力を教えていた情けない上司の変装を剥ぐ事も出来なくなったか?」

 

 

俺を睨む凪に、俺は指で猪の頭をトントンと突く。その挑発に乗ったのか凪は反論するよりも先に行動に移していた。

 

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「こっからは俺も遠慮はしないぞ!必殺、親父の竜巻投げ!」

 

 

一直線に猪マスクを剥ぎに来た凪の右手を左手で捌く。それと同時に凪の襟首を掴み、足を払いながら投げ飛ばす。投げ飛ばされた凪は宙を舞った。

 

 

「嘗めないでください!」

「おっと、流石に綺麗な受け身だ」

 

 

一瞬で体勢を持ち直した凪は再び、俺に突撃してきた。本来なら、親父の熱き魂もやっておきたかったが、流石に凪の肌に火傷を作りたくないし、煙管も手元に無い。

 

 

「だが、気の力を開放した俺に距離を詰められるかな?必殺!」

 

 

俺は自分の胸の前で球体を掴む様な構えをしながら気弾を生み出し溜める。

 

 

「ゴッドファーザーボム!」

「な、このっ!」

 

 

俺のゴッドファーザーボムを蹴り飛ばした凪。おいおい、折角この日の為の新技がアッサリと破られたよ。ゴッドファーザーボムを蹴り飛ばした凪は、その勢いで一回転したが、体勢を整えて俺に肉薄していた。

 

 

「貰ったぁ!」

「まだまだ……ディバインバスター!」

 

 

凪の右拳を左手で受け止めながらカウンターで右拳のディバインバスターを叩き込もうとしたが、凪は俺の肩に手を置くと逆立ちの要領で飛び上がり避けた。まさかの回避の仕方に呆気に取られた瞬間に膝蹴りが飛んできた。それを避けようとしたが、回避しきれずに僅かに当たってしまう。直撃じゃなかったにしてもダメージがデカい。クラっと意識が飛びそうになるが、なんとか持ちこたえようとする。

 

 

しかし、凪は俺にトドメを刺すつもりだったのか、既に次の行動をしていた。凪は姿勢を低くしたまま、俺の腹にアッパーの様に突き上げる拳を放っていた。俺はなんとか三戦の構えと気を腹に集中してダメージを最小限に止めた。めちゃくちゃ痛い……だが、この体勢は俺の得意技を放つ最適の状態だ。

 

 

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「え、きゃっ!?」

 

 

俺は凪のこめかみに両手の指を添える。凪は俺の動きに驚いて可愛い悲鳴を上げた。だが、動きを止めたのはNGだったな。俺は指先に気の力を込める。

 

 

「くっくっくっ……俺の正体に気付きながら射程範囲に入るとは愚かな」

「え、あ……ま、まさか?止めてください、副長!」

 

 

俺が何をしようとしているのか理解した凪は慌てた様子で離れようとしたが、俺のロックを簡単に外せると思うなよ?そして凪の叫びに周囲の将や兵士、観客から、ざわつきの声が上がる。未だに猪マスクをしているから俺の正体に気付いた者は居なかった。いや、なんとなくは察していたかもしれないが確信はなかったのだろう。だが、凪が俺を『副長』と叫んだのは会場にいる全員が聞いたんだ。そりゃ正体もバレるわな。

 

 

「凪が俺を副長と呼んで正体もバレてんだ。駄目押しといこうか。メ・ガ・ン・テ!」

「………っ!」

 

 

俺の一言に凪は逃げ道が無いと察したのか気でガードし始めた。うん、良い判断だ。凪がガードしたのを確認した後に俺は自身の気を爆発させた。

 

 

 




『親父の竜巻投げ』
『るろうに剣心』左之助の父である東谷上下ェ門が使用した技。
捻りを加えた投げ技で投げられた相手は竜巻の様に錐揉みしながら宙を舞う事になる。


『親父の熱き魂』
同上。
煙管の燃えカスを相手に吹き付け火傷をさせる技。


『ゴッドファーザーボム』
『海の大陸NOA』テイオーが使用した技。主人公リュークの父であるリューヤから学んだ技。両手で球体を掴むような構えをしてから球体型の気弾を放つ。
技を修得したばかりのテイオーですら木々を薙ぎ倒す程の威力を持ち、本来の使い手であるリューヤは空母に大穴を開けて座礁させる程の破壊力を持つ。


『ディバインバスター(スバル)』
『リリカルなのはStrikerS』でスバル・ナカジマが使用した魔法。高町なのはに憧れたスバルが我流で編み出した近距離砲撃魔法。拳のインパクトと同時に圧縮した魔力砲を叩き込む。


『メガンテ(ダイの大冒険)』
ドラゴンクエストシリーズの呪文。今回はダイの大冒険版。相手の肉体に自身の指先をめり込ませて動きを封じ、自身の命を爆発力に変える呪文。アバン、ポップ等が使用した。



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第二百五十三話

 

 

◆◇side華琳◆◇

 

 

一刀と純一の犠牲により成り立った平和祭も今年で四年目になる。最初の頃は気が進まなかったけど、一刀や純一が居れば間違いなく楽しくなるだろうと、皆の思いが込められた祭だ。『天下一品武道会』『三国象棋大会』『料理の達人』等、一刀や純一から聞いた天の国で催されていたお祭り。

 

その天下一品武道会で今回は変わった参加者が出場しているのは聞いていた。猪頭を被った半裸の男。この四年間で変装をして天の御遣いを語った愚か者共は極刑に処してきた。そんな輩が居なくなったと思った矢先の出来事。話題に上がった男を魏の将達は憤りを感じると同時に寂しさも感じていたのだろう。平和祭に彼等が居ないと言う現実に。

 

そんな私も類に漏れず、辛かった。だから三年前から北郷警備隊の解散を考えていた。彼等の事に心が縛られたままでは私達は前に進めない。後ろばかりを見ていては散っていた命に申し訳が立たないから。解散に条件を付けた際には華雄が奮闘し、未だに北郷警備隊の解散は免れている。その事に私は安堵を感じていた。彼等の事を乗り越えろと言っている当人がこれじゃ笑えないわね。

 

 

そんな中、猪頭が本選に上がったと聞いた時は驚いた。今までは組頭の兵士が本選に上がってきていたのに、それを破ったと言うのだから驚きだ。更に驚かされたのは、その猪頭が桂花の母である、荀緄と付き人である顔不からの推薦である事だ。その事を聞いた桂花は「まさか……いや、でも……」と何かを察していたかもしれない。正直、私も同意見だ。『荀緄からの推薦で正体を隠した強い男』これ程、分かりやすい条件が揃っていれば猪頭の正体を疑いたくもなる。でも、その考えに行き着いているのは軍師達と凪だけだった。なんで、他の娘達は気付かないのかしら?

 

 

そんな思いを抱きつつも初日の戦いぶりを見て少し疑問が涌き出る。あれが純一だと言うのなら何ですぐに魏に戻らなかったのかしら。猪々子を場外に落とした猪頭を見ながらそう思う。

なんで気の力を使わないのかしら、使えば戦いの手数も増えるし、貴方は元々その戦い方をしていたでしょう?肉弾戦で思春を倒した猪頭にそう思う。

 

 

見れば見る程に猪頭がかつて私を弄るなんて真似をしてくれた種馬兄に思えてくる。アイツは私の部下でありながら私を弄り、時には導き、相談に乗り笑っていた。

それと同時に思うのは兄が帰ってきたのなら弟も帰ってきたのかしら?でも、確信がないまま動くのが怖かった。正体を確かめたら別人だったなんて事になったら私の心は持たないかも知れない。希望的な推測は現実を辛くさせるだけなのだから。

 

 

天下一品武道会二日目。あの猪頭の相手は凪だった。思えば最初に猪頭の事を報告してきたのは凪だったわね。凪は一刀が天の国に戻ってしまった事を聞いて一番悲しんでいた娘。にも拘わらず、凪は一番に立ち直った。

「隊長と副長が残した平和を私が潰してしまう訳にはいきませんから」泣きそうな顔で無理に作った笑顔。あの日の一刀と純一は、きっとこんな表情だったのね。

 

試合が始まると同時に私は落ち着かなくなった。凪のかめはめ波を跳ね返す実力に見た事の無いと技の応酬。私の中であれは純一なのだと言う気持ちが強くなっていた。

 

 

「くっくっくっ……俺の正体に気付きながら射程範囲に入るとは愚かな」

「え、あ……ま、まさか?止めてください、副長!」

「っ!」

「え、華琳さん?」

「ちょっと、華琳!?」

 

 

猪頭と凪の叫びが聞こえた瞬間。私は席を立ち上がり、舞台へと走り出していた。間違いない。あれは純一だ。そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。桃香や雪蓮が私を引き留めようと声を掛けたが私は止まらない。凪の『副長』発言に周囲も動揺し、ザワザワと混乱が始まっていた。

私には様々な思いが生まれていた。でも一番強い思いが『一刀にまた会える』これに尽きた。

 

 

「お待ちください。危のうございます華琳様!……って桂花、お前もか!?」

 

 

舞台の雰囲気が危ないと察していた春蘭が私を止めようとした。それを縫うように桂花が走り抜いていく。そう、貴女も確信したのね。あれが純一だって。

その直後、舞台の上で大爆発が起きた。春蘭や秋蘭が私を庇うように前に立ったが私はそれを押し退ける。舞台の煙が晴れると舞台の真ん中では猪頭が倒れていた。よく純一が新技に失敗するとなっていた寝転がり方だ。一刀は『ヤムチャしやがって……』とか言ってたわね。

 

 

「大丈夫よ、二人共。それよりも……久し振りなのにやってくれたわね」

「く……直撃じゃなかったのに、これ程の威力を……」

 

 

私は舞台の真ん中で倒れている猪頭に話し掛ける。爆発の中心地には猪頭だけで凪は少し離れた位置で気の爆発の影響なのか少し、ボロボロになっていた。

 

 

「固定した俺の両手を握力で握り潰して、両手のロックを緩めさせ、更に前蹴りで距離を無理矢理、開けるとはな……よくぞ、あの一瞬で判断したな。あー……蹴りを食らった箇所が普通に痛てぇ……」

 

 

私が話し掛けた事で意識が戻ったのか立ち上がる猪頭。しかし、立ち上がると爆発の衝撃に耐えられなかったのか被っていた猪の被り物がパサリと落ちる。

 

 

 

「当初の予定とは違ったが……ま、仕方ないか。そもそも、俺がこの国で予定通りに事を進めた試しなんてなかったんだし……なあ?」

 

 

そこには私の知る馬鹿で、お人好しで、女にだらしなくて、強くて、情けなくて、優しくて……頼りになる兄が居た。あの頃に見せていた人を安心させる笑顔で。

 

 

ふと、隣を見れば……私の隣に立っていた桂花の瞳から静かに涙が流れているのを見てしまった。桂花は純一が居なくなってから悪い意味で元の桂花に戻ってしまった。端から見ても大丈夫には見えない、いつも通りに振る舞おうとする桂花に皆が心配したけど……でも、今はその心配も必要なさそうね。

 

さて、兄には弟の居場所を吐いて貰おうかしら?そんな事を思っていたら純一は私の方に歩み寄り、私の耳元で呟いた。

 

 

「一刀は思い出の場所で待つってさ。さっさっと行ってこいよ。今度はちゃんと素直にな」

 




長くなったので中途半端な切り方になってしまいました。


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第二百五十四話

 

 

 

舞台上に上がってきた大将に一刀の居場所を教えると顔を赤くした。あ、もしかして……

 

 

「あ、貴方……」

「いや、俺は一刀から伝言を頼まれただけだ。その場所が何処にあって、どんな思いがあるかまでは知らんよ」

 

 

言い淀む大将にそう告げるとあからさまにホッとした。これは余程知られたくないか……誰にも言っていない二人だけの秘密だとか……その分類だな。まあ、おおよその予想は見当が付くけどな。

 

 

「ま、そんな訳だ。行くと良い……俺はこの場をどうにかするからよ」

「下手したら殺されるわよ」

 

 

大将の発言に納得する。だって周囲の武将の皆様方が殺気だってるんだもの。その怒りのあり方は様々。

『何故、此処に居る?』『何故、すぐに帰らずに遊んでた?』『あの時の恨み』『大会をめちゃくちゃにしやがって』

 

うん、集団リンチが始まりそうな雰囲気だわ。

 

 

「怒りの拳は俺が受け止めないと一刀じゃ本当に死んじまうぞ?多少は怒りの矛先を変えとかないと」

「四年分だもの……重いわよ」

 

 

客席で待機していた荀緄さんと美羽も舞台の近くまで来ていた。俺は紺色のノースリーブの上着と赤い帯を受け取り着た。流石に上半身裸のままじゃマズいからね。上下紺の胴着だからイメージとしては孫悟飯、青年期の感じだな。

 

 

「受け止めるさ……いや、受け止めなきゃならない。なんせ、無責任って怒られて大嫌いって言われたままじゃ嫌なんでな」

「………なるほどね」

 

 

俺の視線がチラリと桂花に向けられ、その視線の意味を察したのか大将はニヤリと笑みを浮かべた。おいおい、久し振りなのに嫌な予感がしたよ。

 

 

「そ、なら命じるわ。この場に留まり、彼女達の足止めをしなさい。逃げる事も失敗も許さないわ。それが出来たら……その娘の事も聞いてあげるから」

「帰ってから早々にハードな命令です事……ま、ロマンチックな再会は一刀に譲るか。俺は……」

 

 

大将はチラリと美羽を見てから俺に命令を下した後、走って会場を後にした。春蘭が護衛として連れ添おうとしたが俺が前に立ち、阻む。

 

 

「退け、秋月!」

「生憎だが大将からの命令でね。足留めさせて貰うわ。それに……大将は今、会いたい奴が居る。邪魔はさせないぜ」

「………やはりか」

 

 

春蘭の叫びに拒否を示すと秋蘭は納得がいった様な表情になる。あるぇー、バレてるぞ?

 

 

「御遣い兄弟の兄が帰ってきているのだ。弟も帰ってきているとは思っていたさ。私も今すぐに追い掛けたいが互いに一番を望んでいるのは華琳様と北郷だろう?ならば私が邪魔をする訳にはいかないさ」

「気遣い痛み入るね。その鬱憤は此処で晴らしたらどうだ?」

 

 

俺が気を開放して挑発的な言葉を発したが、秋蘭は首を横に振った。

 

 

「お前のその仕草も態度も理由があるのだろう?私は後で構わないから先に相手をしてやったらどうだ?」

「そうしたいのは山々なんだがな……」

「………」

 

 

秋蘭の発言に俺は視線を桂花に向けるが桂花はプイッと顔を背けた。おいおい、怒ってますピーアールなんだろうけど、それは可愛いだけだぞ。

 

 

「貴様……華琳様が何処に行ったか吐け!そして北郷の事も説明しろ!さもなくば叩き斬るぞ!」

「帰った早々に天の国に送り帰らせられそうになるのは、ご勘弁。抵抗させてもらうわ」

「ちょ、ちょっと……話は私の方が先なのよ!」

「待て、姉者!」

 

 

春蘭は愛刀を俺に突き付ける。その様子に桂花が慌てた様子で叫ぶが春蘭は既に振りかぶっていた。それには流石に焦った様子の秋蘭。

 

 

「最早、問答無用!くたばれぇぇぇぇぇぇっ!!」

「桂花、こっち」

「え、きゃっ!?」

 

 

『くたばれ』とか完全に殺す気じゃん。避難の為にも桂花の手を取りながらエスコートする。桂花の右手を俺の手で優しく握りながら左腕を桂花の腰に回す。進行方向に桂花の手を引きながら体勢を素早く入れ換える。

 

 

「な、避けただと!?おのれっ!」

「よ、ほ、と、上手い上手い。桂花、ダンスの才能あるかもな」

「ば、馬鹿!この状況、じゃ、怖いだけよ!」

 

 

手を引いたり、俺が足を払って体勢を崩しながら避けたりすると一瞬前の自分が居た地点に春蘭の刃が通過するから怖いらしい。ワルツを舞うように避けていたけど怖いなら止めておこう。

 

 

「秋蘭、荀緄さん。桂花を頼む」

「うむ、任されたぞ」

「ええ、頑張ってね」

 

 

春蘭から距離を取り、桂花を秋蘭と荀緄さんに任せる。もう少し、手を繋いでいたいが……めちゃくちゃ名残惜しいけど離さなきゃ。

 

 

「あ……」

 

 

俺が手を離した瞬間、桂花が寂しそうな表情に。止めて、俺もツラいんだから。

 

 

「ぬ、主様!頑張るのじゃ!」

「ああ……行ってくるわ」

 

 

俺を励まそうとする美羽の頭を一撫でしてから春蘭と向かい合う。大将の言葉通りなら俺がこの場を何とかすれば美羽の事への嘆願に繋がるのならばやらねばならない。

 

 

「ほぅ……随分と見覚えのある奴が居るな……」

「あら、秋月がソイツを庇う理由が知りたいわね」

「そうか……帰ってから早々に私達以外の娘に手を出したか。しかもソイツは月様や我々と因縁があると貴様も知っているだろう?」

 

 

春蘭、孫策、華雄が完全武装状態で俺と美羽を睨んでいた。うん、美羽の事は段階を置いて説明するつもりだったから今の状態では話すら聞いてもらえそうに無いね。

 

 

「言いたい事は沢山あるのは分かるが……ついさっき大将と約束もしたんでな。文句がある奴は纏めて……じゃなくて一人ずつ掛かってこい!」

「ちっ……」

「土壇場で冷静になったわね」

 

 

俺の発言にその場に居た将の半分くらいが襲い掛かろうとしたよ。危なかった。華雄や孫策は武器を握りしめながら舌打ちしたよ。シルバースキンも無い状態でこれだけの数将と乱戦なんかしたら数秒で殺られるわ。

 

 

「戦場でそんな言い訳をする気か?相変わらず、軟弱な奴だ」

「うん、俺の話聞いてなかったな春蘭」

 

 

春蘭の背後には魏の将から兵士までがズラリと並んでいた。しかも蜀や呉の皆さんも参加されている。

 

 

「おや、四年も音沙汰が無かったのが無罪で済まされるとお思いですかな?」

「女の敵は皆で懲らしめなきゃね」

「うむ、女をほったらかしにして四年も消えておったのだ。少しは痛い目を見て貰わねばな」

 

 

ニヤニヤしながら歩み寄る将の皆さん。うーん、やる気十分ね。ならばやるだけやってみるさ。

 

 

「確かに俺も一刀も四年も居なかった。寂しい思いをさせちまったもんな……だが」

「待って皆!お兄さんも北郷さんも望んで居なくなった訳じゃないんだよ!」

 

 

俺が右手に気を込めてあの技を試そうとしたら劉備が俺の前に出て弁明してくれた。意外な増援が来てくれたよ。

 

 

「しかし、桃香様!そやつは過去に女の敵と揶揄された者です!今の内に始末しておかねば桃香様にもどんな悪影響を及ぼすか分かりません!」

 

 

誰かは知らんが蜀の将かな?めちゃくちゃ目の敵にされてる。馬超みたいに恨みを買ってしまった部類の子かな?

 

 

「お退き下さい桃香様!」

「待って、焔耶ちゃん!?」

「庇ってくれてありがとう劉備。嬉しかったよ。でも下がってな。この手の人間は話を聞かないから、通じるのは肉体言語のみ!」

 

 

巨大な金棒を振りかぶる子を止めようとした劉備だが止まりそうにないので迎え撃つ事に。俺は右手に気を最大限に込めて構えた。

 

 

「行くぞ……ハリケーンアッパー!」

「な、何!?」

「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」

「「「「おおおおおおおおおっ!」」」」

 

 

俺が渾身の力を込めて放ったハリケーンアッパーは気の力で竜巻を巻き上げた。技は上手くいったのだが、風が舞い上がった事で裾の短いスカートを履いていた女の子達のスカートが舞い上がり、悲鳴と共に様々なパンツが目に入る。周囲に居た兵士や観客の男達からは歓喜の声が上がった。

さっきまで俺のフォローをしてくれていた劉備ですら顔を赤くしながら涙目で俺を睨んでいた。

 

 

「見たんですか……私の下着?」

「下着?ああ、この国で使用されているという、下半身用防寒衣類の事か?」

「違う文化圏の人の振りをしないで下さいー」

「本当に相変わらずですね、純一殿」

 

 

劉備の問いに答えた俺だが、いち早く復活した風と稟のツッコミが入った。俺がボケて風と稟のツッコミが入るのも久し振りだ。

 

チラリと視線を移したら桂花はめちゃくちゃ睨んでるし、月は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにいて、詠は顔を真っ赤にしたまま睨んでいて、真桜とねねはショートパンツだから下着は見えなかったけど、俺を睨んでいて、華雄は顔を赤くしたまま斧を握りしめていて、斗詩は顔を赤くしながらも「しょうがないなぁ」って感じて俺を見ていて、祭さんはカラカラと笑っていた。

 

なんつーか、魏に帰ってきたばかりなのに、やっちまったなぁ……

 

 




『孫悟飯の胴着』
ドラゴンボールで魔神ブウ編の初期に着ていた胴着。過去にピッコロから貰った胴着がイメージになっているのか亀仙流の胴着とは違う。


『ハリケーンアッパー』
峨狼伝説シリーズの登場キャラ、ジョー・ヒガシの必殺技。拳を振り上げて起こした竜巻を、地を這うようにして飛ばす飛び道具。


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第二百五十五話

 

 

 

めちゃくちゃ気まずい……新技のハリケーンアッパーを放ったは良いが威力が低くてスカートを捲る風しか起きなかった。しかもこの場に居た女の子達のスカート丈が短かったから簡単に風に捲られてしまった。年頃の娘がそんな短いのを履くなと叱るべきか?やらかした俺が言うなって感じなのだろうか。

 

 

「「お帰りなさいませ、副長!素晴らしい技の出来映えです!!」」

「アッハッハッ、欲望に素直な連中め」

 

 

すると見知った顔の兵士達が俺に頭を垂れた。顔が緩んでる辺り、バッチリとスカートの中身を見たなコイツ等。

 

 

「死ねぃ!」

「危なっ!」

「え、斬る程の事なんですか!?」

 

 

即座に飛んできた春蘭の斬撃を体をのけ反らして避ける。俺か一刀がやらかして斬られるのが日常だったから、それを知らなかった劉備は驚いていた。

 

 

「なんて破廉恥な事をするんだ貴様!」

「やっぱ、あの時に刺しておくべきだった」

「「「ぷ、く……アハハハハハハハハハハハハッ!!」」」

 

 

孫権と馬超が武器を片手に俺に詰め寄る。だが、それと同時に魏の将や兵士達、観客の民衆が大笑いを始めた。それに釣られて俺も笑ってしまう。

 

 

「副長が帰って来て早々にこれだよ!」

「もう、純一さんったら!」

「副長さんらしいや」

「こんなに笑ったのどれくらいぶりだろう」

「副長、アンタくらいだよ、こんな事が出来るのは!」

 

 

周囲が笑い始めた事で蜀や呉の将は戸惑っていた。

 

 

「やれやれ、秋月が帰った途端にこれか。これでは北郷が帰ってきたら収拾がつかなくなるかもな」

「大将が一刀を離してくれたらな。下手したら今日一日は独占するかも知れんぞ」

 

 

秋蘭の発言に言葉を重ねる。大将の場合、それが洒落になら無いからな。

 

 

「さて……聞いてくれ。俺と一刀は四年前に何も言わずに国を去る事になってしまった。だが、俺も一刀もこの国に帰って来たくて四年間……この国に帰る努力を重ねた。四年前に勝手に去った事も含めて図々しいとは思うが……またこの国に戻る事を許してくれるか?」

 

 

俺の発言にザワザワとし始める。まあ、消えた人間がいきなり復帰宣言すれば当然か。

 

 

「いきなり過ぎひん?それにウチ等が何言うたかて、決めるのは華琳やで」

「ですよねー。風達が嘆願したとしても華琳様がお認めにならなければ無理でしょうし」

「それに其処の奴の事も含めて無理難題だと言う自覚を持つべきだろう」

 

 

霞、風、春蘭の順にコメントが出る。最後に春蘭が剣で美羽を示す。美羽は怯えて荀緄さんの背後に隠れてしまう。

 

 

「大将の事は一刀に任せるさ。俺は隊長が動きやすいように先回りで動くのが副長の務めだろう」

「それって一番の面倒事を隊長に任せて、副長が他の根回しをしてる感じなのー」

 

 

俺の発言に沙和が答えた。流石一刀の直属。理解が早いじゃないか。

 

 

「アンタ達が帰ってくるのは三国にとっても良い事だとは思うわ。でも、それで私が……あの時、悲しい思いをさせられた私達が納得出来ると思う?」

「………返す言葉も無いな」

 

 

桂花が俺の事を睨みながら告げる。桂花の言葉に頷く数名の魏の武将達。

 

 

「これから返していきたい……と思ってはいるんだがな」

「それで良いではないか」

 

 

俺が必死に絞り出した言葉に背後から抱き締められる。あ、超柔らかい物が背中に押し付けられている。この声は……

 

 

「さ、祭さん……」

「久しいの秋月。まったく……小賢しくワシを生かした小僧が居なくなって寂しかったぞ」

 

 

俺が振り返ると予想通り、祭さんだった。祭さんは俺の頭を撫でながら腰に手を回してくる。ちょっと待って、それをやるのは普通は男側じゃない?なんで俺がされる側になっているのだろう?

 

 

「ちょっと!何してるのよ!」

「そんな風に言うたら副長は調子に乗るで!」

 

 

詠と真桜が祭さんの行動に意を唱える。真桜は付き合いが長いだけに反論の仕方も慣れたもんだな。

 

 

「主等は先程から秋月ばかりを責めておるが、それは秋月ばかりに責がある訳じゃなかろう。華琳の話では北郷と秋月が天の国に帰ったのは天の意思。どうにもならなかったと聞いておったのじゃがな」

「大将はそんな風に言っていたのか」

 

 

祭さんの説明に俺は少し驚いた。それと同時に大将がその説明をして居たからこそ秋蘭とかは先程からあまり俺を責める様な発言が無かったのか?

 

 

「確かに残された者達は悲しいじゃろうが、己を慕う者達を残して逝かねばならぬ者達も悲しかったじゃろう。それは御遣いだろうとなんだろうと変わらぬと……ワシは思うがな」

「それは……」

 

 

祭さんの発言にその場の全員が言葉を繋げなくなってしまう。見回すと荀緄さんや黄忠さんや厳顔さんが頷いていた。ああ、大人組はそんな風に思ってくれていたのか。

 

 

「そうね……残された娘達は悲しいし寂しかったとは思うけど、貴方や御遣いの弟さんも悲しかったんでしょう」

「こればかりは大人も子供も関係無かろう」

「あ、あの……ちょっと……」

 

 

感動していたのだが黄忠さんや厳顔さんは俺の頭を撫で始める。祭さんは俺を抱き締めていて、荀緄さんは俺の惨状に「あらあらー」とにこやかに笑みを浮かべていた。

 

 

「つまり……残された私達は寂しかったけど秋月達も同様だったと言いたいんですか?」

「寧ろ、私達は家族や仲間が居たから悲しさも分け合う事も出来ました。でも、彼等は違う……天の国には共に戦った仲間も愛した者達も居ない……私達よりも辛かったのでは無いかしら?」

 

 

桂花の言葉に荀緄さんは諭すような優しい口調で告げる。今まで考えもしなかった……でも、そんな風に言われたら……今まで俺の中にあった、何かが崩れそうになる。その何かが崩れる。そう思った時だった。

 

 

ズガン!と舞台上に何かが突き刺さる。その音と衝撃にその場の全員の視線が一斉に集まる。

 

 

「方天戟……恋!?」

「………秋月」

 

 

いつの間にか舞台上に来ていた恋は方天戟を地面に突き刺していた。そして、恋の視線は俺に向けられていた。

 

 



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第二百五十六話

 

 

 

会場はシンと静まり返っている。突如舞台に現れた完全武装の恋が方天戟を地面に突き刺して俺を見ていたのだから。

 

 

「えーっと恋?」

「…………」

 

 

俺が話し掛けると恋は方天戟を引き抜くと切っ先を俺に向ける。おいおい、何でここまで敵意を持たれて……いや、当然か。四年も不在で月達を悲しませたんだ。以前、月達を悲しませたと華雄と一緒に懲らしめに来たくらいなんだ。四年分ともなれば……

 

 

「約束」

「……ん、約束?」

 

 

恋の発言に俺は思わずオウム返しをしてしまう。落ち着け、恋の会話に主語が無いのは、いつもの事だ。落ち着いて会話から情報を集めよう。

まず、恋は『約束』と言った。だが、俺は四年前も恋と戦う約束なんかしてない筈だ。

 

 

「うん、約束。恋が大会で戦うのは純一とだけ」

「…………あー」

 

 

恋の発言に僅かながらに思い出した。以前、魏で行われた武道大会で俺は特別枠で恋と戦った。恋の強さが別次元で大会の意味が無さそうだからと言うのが理由で恋は大会の参加枠から外されたのだが、それでは可哀想だと栄華発案で俺が相手になる事となり、しかも恋も俺と戦いたいと言った為に戦った経緯がある。しかも、その後に『今後、恋が大会で戦う際は相手を純一に限定する』と言った旨を大将から告げられた。まさか、恋はそれを律儀に守っていたのか?

 

 

「恋……恋が天下一品武道会に出なかったのは大将に言われたからか?」

「…………」

 

 

俺の問い掛けに恋はコクリと頷く。ああ、もう……可愛いな、この小動物は。じゃなくて……

 

 

「それで四年間も大会に出なかったのか。皆と遊びたかっただろうに」

「………純一と一刀なら帰ってくると思ってた。少しだけ寂しかった」

 

 

俺が恋に歩み寄り、頭を撫でると恋は方天戟を下ろし、猫みたいに目を細めて受け入れてくれた。純粋だよな……本当にさ。俺と一刀を咎める訳でもなく、過度に喜んだりもしない。ただ、俺と一刀の帰還を信じていてくれた。

 

 

「桂花……本当なら交わしたい言葉が沢山ある。今すぐにでもしたい事がある。でも……もう少しだけ待っていてくれないか?」

「恋を言葉で制する事が出来るなら、それが出来る人物に教えを乞いたいわよ。さっさと行ってきなさいよ」

 

 

俺が桂花に振り返ると桂花は呆れた様に手を振る。だが、その犬を追い払う様な仕草は止めてくれ泣きたくなるから。

 

 

「やれやれ、待たされていたのは私達も同じなのだがな」

「秋月さんらしいですよね。後で利息付で構って下さいね」

「とーさま!恋殿ーっ!」

 

 

華雄が呆れ、斗詩が困った様に呟き、ねねが泣いている。

 

 

「秋月さん……」

「全く……帰って早々に心配ばかりさせるんだから、あの馬鹿!」

 

 

月が心配そうに俺を見ていて、詠が怒っていた。

 

 

「ふくちょー、ほら!これ、着てや!」

「これ……シルバースキンじゃないか」

 

 

息切れをしながら真桜が持ってきたのは、四年前に俺が着ていた、なんちゃってシルバースキンだった。デザインは完全に当時のままである。

 

 

「改良したから以前のよりも強度が上がって軽くなったんやで!」

「ありがとう、でも良かったのか?俺は……」

 

 

真桜が嬉しそうにしていたのだが、俺には四年間もの引け目があった。その言葉を出そうとしたら真桜は俺の頭に乱暴に帽子を被せる。

 

 

「その辺りは全部後や!今は……褒めて欲しいんや」

「…………ありがとう、真桜。今、持っただけでも分かるくらいに軽くなってるから驚いてる。俺と一刀が居なかった四年間も頑張ってたんだな。凄いよ」

 

 

真桜の発言に言い訳は無粋だと感じた俺は頭を撫でながら褒める。すると真桜は目を閉じてスッと身を委ねる様に前屈みになった。俺はその行動にドキッとして……

 

 

「ほら、渡す物を渡したなら行くわよ真桜!」

「下がりましょうねー、真桜ちゃん」

「ああ、ちょっと待ってーなー」

 

 

詠と斗詩に引き摺られて退場する真桜。しかし、真桜め……四年間で成長したな色んな意味で。

 

 

「他の者は舞台上から降りろ!これから特別試合だ!」

「とーさまと恋殿の特別試合ですぞ!」

 

 

華雄とねねが他の選手や将達を舞台上から下がるように誘導する。

 

 

「お二人とも……怪我をしないようにしてくださいね」

「天下の飛将軍が相手じゃ。無理をせねば生き残れまいよ」

 

 

月が俺と恋を気遣いながら下がっていく。祭さんは既に観戦モードなのか酒瓶を兵士から受け取りながら笑っていた。

 

俺はそんな光景を見ながら、なんちゃってシルバースキンを着ていく。久し振りに着るなんちゃってシルバースキンは以前の物よりも軽く動き易くなっていた。なんちゃってシルバースキンはオーバーコートみたいなもんだから、その場で着れるのも利点の一つだな。

 

そういや、大河の姿が見えないが何してんだアイツは?

そんな事を思いながらも、なんちゃってシルバースキンを着た俺は恋と向かい合う。

 

 

「ったく……帰ってくるのも、再会も……こんな筈じゃなかったんだがな」

「アンタが予定通りに事を運べる方が希でしょ。最低無責任男」

 

 

おっと俺の背後の猫耳娘は辛辣なままだぞー。振り返ろうとしたらケツを蹴られた。地味に痛いから止めなさいっての。

 

 

「こっち見るんじゃないわよ。恋にボコボコにやられてきなさいよ。そうしたら言い訳くらいは聞いてやっても良いわよ」

「……へいへいっと」

 

 

素直じゃない言い分に俺は桂花に振り返らずに恋の待つ舞台上に歩く。

 

 

「俺の戦いは……これからだ」

 

 

一級品のフラグを立てながら帽子を被り、恋の下へ。ツッコミが無いと寂しいなぁ、おい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

秋月を追い払った私は舞台の下に降りる。そんな私の所に母様が寄り添う様に立っていた。

 

 

「母様ですね……秋月をこんな風に天下一品武道会に参加させたのは……」

「ええ、勿論。先程の話の通り……純一さんは自分でも気付いていなかったけど寂しがっていたのよ。貴女達と同じ様にね。遺された者は悲しく辛い……でもね、遺した方も同じなの」

 

 

辛いのは私達だけだと言った認識を改めさせる為にこんな大掛かりな事を計画した。それは私達だけではなく、秋月と北郷にも同様にだ。だから、私は秋月を振り返させたくなかった。

 

 

「アイツが帰ってきたら……笑顔で迎えてやりたかったのに……」

 

 

一方的に悪いなんて言いたくなかった。国を挙げて迎え入れて上げたかった。

 

 

「こんな顔じゃ……おかえりなんて……言えないわよ……」

「やっと泣いたわね……桂花ちゃん。純一さんが天の国に帰ってから一度も泣いてなかったじゃない。良かったわ、後は純一さんの方ね」

 

 

私はもう涙でぐちゃぐちゃだった。秋月が天の国に帰ってから一度も流す事がなかった涙は溢れ出して止まってくれなかった。

 

 



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第二百五十七話

皆様、良いお年を。


 

「では、これより特別試合を開始する!」

「大会の継続は難しいだろうが飛将軍呂布と天の御遣いの兄である秋月の戦いだ。皆の者、不満は無かろう?」

 

 

舞台上では華雄と秋蘭がこれから起こる試合の説明をしてくれていた。この魏の大剣様は観客席で観戦する気満々だし……この四年間で華雄の方が魏を代表する武将に見えるって噂話は本当だったのかもな。

さて、そっちは後で考えるとしても……どうするかな。今の俺は凪との戦いの後で気の総量が減っている状態だ。地味にメガンテのダメージもあるし。

普段の俺の気の総量が100とするなら今の俺は60~70って所か。時間を稼いで回復に努めたいが、そんな時間は無いよね。恋はもう、やる気満々だ。と、なれば矢継ぎ早に技を繰り出すしかないな。

 

 

『それでは魏で行われていた武術大会の恒例となっていました警備隊副長と飛将軍呂布との特別試合を天下一品武道会の会場で開催しまーす!』

「「「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」

 

 

地和の解説に沸き立つ会場。ちょっと待て、いつから恒例行事になった?これを機に恒例にする気か?

 

 

「やるっきゃないか……って逃げるの、速っ」

「…………」

 

 

俺が拳を握り、恋と向かい合う。その間に地和は舞台上から逃げていた。さっきの戦いの事と恋絡みは相変わらず苦手か。

 

 

『本来なら魏王曹操様から試合開始の合図を出していただくのですが……』

「はぁい、華琳が居ないから私が代わりに合図をするわ。それでは、試合始めっ!」

「よし、やる……かぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

地和の解説を引き継いで孫策が試合開始の合図を叫ぶ。それと同時に恋が速攻で仕掛けてきた。咄嗟にブリッジで避けた。目の前に方天戟の刃が通り過ぎるって超怖い。

 

 

「だが……反転イナズマキック!」

「………ん」

 

 

ブリッジの体勢から体を捻り、気の力で飛び上がり飛び蹴りを放つ。当然ながら方天戟で塞がれる。流石、びくともしない。

 

 

「ふっ!」

「ぐおっ!?」

 

 

振り抜かれる方天戟を両腕をクロスしてガードする。なんちゃってシルバースキンに気を通してるのにダメージがデカい。ならば防御の型を変えるしかない、俺は両手を前に出して構える。

 

 

「ふ、と、むん!」

「ん……変わった?」

 

 

これぞ赤心少林拳奥義の梅花の型。防御ならばこの技を……と、思ったけど俺が未熟故か普通にダメージがある。いなす技術がなきゃ駄目だな。だが、距離を開ける事が出来たから……

 

 

「かめはめ波!」

「かめはめ波返し」

 

 

俺の放ったはかめはめ波を恋は方天戟をバットみたいに扱って、かめはめ波を打ち返してきた。俺の放った速度よりも速くなった、かめはめ波を普通に食らってしまう。

 

 

「冗談みたいな事をしやがって……」

 

 

ヨロヨロと立ち上がる。参ったな……勝ち筋がまるで見えないぞ。これじゃ四年前と変わらない……だが、俺も四年間を無駄に過ごしていた訳じゃないぞ。いくぞ、禁断の必殺技!

 

 

「ラブリービィィィィィム!」

「………っ!」

 

 

俺は帽子を脱ぐと目からビームを放った……訳ではなく、目元に添えた手から気を放ったはだけだ。だが、傍目には目から放った様に見える。流石にビビったのか恋も避けた。しかし、避けたと同時に恋は方天戟を地面に突き刺し、俺との距離を詰めてきた。

 

 

「素手とは……痛っ!?」

「確か……こう?」

 

 

俺がカウンターで放った拳を恋は受け止めると、そのまま俺を抱き寄せた。更にそのまま俺の体を上下反転させ肩に担いだ。ちょっと待て、この体勢はまさかっ!?

 

 

「きんにくばすたー」

「ぐふぉっ!?」

 

 

恋は俺をキン肉バスターの体勢に固めるとそのまま技を叩き付けられた。前に大河に使った事はあったけど、その時に覚えたのか!?

 

 

「が……げふっ」

 

 

技のクラッチを解かれ、俺は舞台上に倒れる。恋が使うと超必殺技の領域だな。流石にパワー差がありすぎてキン肉バスター返しは不可能だ。

 

 

「女の子がはしたない技を使うんじゃありません……」

「………ごめんなさい?」

 

 

なんとか起き上がり、ポカリと拳骨を落とすと恋はくびを傾げながら謝ってきた。うん、何故か父親目線になったわ。しかし、ダメージが半端無い。伊達にゴツい超人を仕留め続けた技じゃねぇな、おい。

 

 

「そろそろ……仕留める」

「ならば、勝負!」

 

 

恋が方天戟を手に取り、トドメを刺しに来たので俺は右手に気を集中した。あの時は失敗したけど今なら出来る気がする!

 

 

「シャイニングフィンガー!」

「ふっ!」

 

 

恋の攻撃に合わせてシャイニングフィンガーを放つ。以前の失敗を加味して掌全体に気を込めて放ったので前回みたいに突き指はしなかった。恋はシャイニングフィンガーを方天戟の刃で防ぐと、刃とは反対側で俺の腹を凪払う様に殴り飛ばした。シャイニングフィンガーに集中していた俺は反対側に意識が行っておらずノーガードで食らってしまい、舞台上を滑る様に吹っ飛ばされた。

 

 

「が、は……けふっげふっ」

 

 

あー……超痛い。立ち上がれそうにねーや、これは……意識も飛びそうだし……

 

 

「はぁ……あぁ……あの壺は良い……ものだ……」

「マ・クベ的な走馬灯を見ないで下さい」

「ご苦労様、純一。助かったわ」

 

意識が途絶える前に最後に聞こえたのは、手を繋ぎながら天下一品武道会の舞台に戻ってきた弟と素直になれない覇王様の声だった。

 




『反転イナズマキック』
「トップをねらえ!」の必殺技。イナズマキックの派生技。本来のイナズマキックと違って、垂直に飛び上がるのではなく、体に捻りを加えてイナズマキックを放つ。


『赤心少林拳 梅花の型』
仮面ライダースーパー1が修得している拳法の奥義。花を包むような構えで相手の攻撃を弾いて防御する技。極めればどんな攻撃でも防ぐ事が出来る。


『かめはめ波返し』
相手の放ったかめはめ波を打ち返す技。
仕様は様々でかめはめ波を更に大きいかめはめ波で打ち返す、受け止めて投げ返す、棒状の物で打ち返す、棒状の物を旋回させ風圧で打ち返す等種類が多い。


『ラブリービーム』
「ハピネスチャージャプリキュア」の主役キュアラブリーの必殺技。
「ラブリービーム!」と叫びつつ、目の周りに手を添え、指で囲むと、目からビームが発射される。変身ヒロインにあるまじき破壊力を秘めた技。


『キン肉バスター返し』
バッファローマンがキン肉バスターを破る為に開発した技。わざとキン肉バスターを食らい、地面に叩き付けられる前に技の掛け手と受け手を逆転させる技。6を9に変える力業だが、この技を使用するには相手の10倍以上のパワーが無いと不可能とされている。


『マ・クベ』
「機動戦士ガンダム」のキャラクター。
骨董品マニアで白磁の壷らしき物を指で弾き音色を楽しむ姿が描かれる。


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第二百五十八話

 

 

目を覚ませば見覚えのある……久し振りに見上げている懐かしい天井。魏の城の中にある俺の部屋の天井だ。

視線をズラすと窓から見える空は暗く夜なのだと分かる。

 

 

「痛ててっ……」

 

 

起き上がると恋との戦いで傷付いた体が痛む。そして起き上がると俺の寝ていた寝台の周囲に桂花、月、詠、華雄、真桜、斗詩、ねねが眠っていた。大会の時間から夜になった時間を考えれば、俺は相当長い時間を眠っていたらしい。

 

俺は眠っている皆を起こさない様に寝台から起き上がる。部屋の片隅には俺が持ってきていた荷物がある。多分、荀緄さんか一刀が持ってきてくれたのだろう。俺は荷物の中からワイシャツとスラックスを取り出して着替える。スーツは魏での俺スタイルだ。着替えを終えた俺はタバコを取り出して……この場では吸わずに、いつもの場所で吸おうと部屋を出た。

 

 

 

 

俺がタバコを吸う時に、いつもの場所と決めていた城壁の上。街を一望出来て、風の流れが良い、俺のお気に入りの場所だった。

 

 

「………フゥー」

 

 

タバコに火を灯して、肺に煙を入れる。此処で久々に吸うタバコは妙に美味く感じた。

城壁の上だと城の騒ぎが耳に入る。宴はまだまだ続いているみたいだ。そりゃそうか。待ちに待った一刀が帰ってきたんだから。俺はあんな形で帰還を告げたが、一刀は大将と共に感動的な再会を果たしたのだ。これで良かったんだ。

 

多分、宴の中心で一刀は様々な人達にもみくちゃにされているのだろう。楽しそうな笑い声が何よりもの証拠だ。考え事をしていたらタバコは短くなっており、一度、火を消した。

 

 

「帰って来たって感じだよなぁ……無茶して医務室か、自室に運ばれて夜に起きて……こうして城壁でタバコ吸ってると、本当に帰ってきたんだなって……っと?」

 

 

もう少し、物思いに浸りたかった俺は再び、新しいタバコに火を灯そうかと思ったらコツンと後頭部に何かが投げられ当たる感覚。その当たった何かが地面に落ちる前に受け止めると、それは俺が魏で吸っていた銀の装飾が施された煙管だった。

 

 

「忘れ物よ」

「怒ってて……口も利いてくれないと思ってたよ」

 

 

振り返らなくても……誰か分かった。この煙管を持っていてくれる人物に一人しか心当たりが無かったから。

 

 

「怒ってるわよ。勝手に居なくなった事も。帰って来たのに母様の所で一月も過ごして会いに来なかった事も」

「あの時は強制送還だったよ。会いに行けなかったのも……色々と思う所があってな」

 

 

その人物は少しずつ俺に歩み寄ってくる。一歩一歩近付いてくる足音に俺は胸が踊っていた。

 

 

「何よ、思う所って」

「荀緄さんから魏の現状は聞いていたけど、個人の事は殆んど聞かなかったんだよ。聞くのも怖かったし」

 

 

その人物は俺のすぐ後ろに立った。少し声が苛立っている様に思える。

 

 

「四年も……帰ってくるのに四年も掛かったんだ。その間に心変わりしていても可笑しくはない。そして帰って来てから三国の発展も聞いたよ。その時に思ってしまったんだ『皆は俺と一刀が居なくても前を向いて歩いているんだ』ってな。そう考えたら……会うのが怖くなった。だからこそ荀緄さんの意見にそのまま従った。他に……考えが思い付かなかったからな」

「馬鹿ね……本当に馬鹿よ」

 

 

俺の心情を話すと、その人物は……桂花は俺の背中にコツンと頭を乗せる様な仕草を見せた。

 

 

「私は……ううん、他の皆もアンタ達、馬鹿兄弟を待つと決めたの。どんなにツラい事になろうとも、どれほど傷付いてもね」

「大将は北郷警備隊の解散を考えていたみたいだかな」

 

 

俺の発言に桂花は俺の背中をつねる。地味に痛い。

 

 

「華琳様も望んだ事じゃないわよ。あの事だって、華琳様は私達や民の事を思ったからこそよ。あの方が本心から望んだ結果じゃないわよ。そもそもアンタ達がさっさっと帰ってきてれば、こんな事にならなかったわよ」

「そーだよな……でも、俺も一刀も苦労したんだぜ?」

 

 

振り返りたい。今すぐにでも。

 

 

「母様や祭も言っていたのよね。ツラいのは私達だけじゃないって。なんやかんやで何でもこなすアンタ達が帰るのが遅かったんだから、よっぽどだったんでしょ?だから……ううん、こんな事を言いたいんじゃないの」

「え、桂……ふぁっ!?」

 

 

振り返ろうとした俺よりも先に桂花は俺の前に回ってきて抱き付いてきた。

 

 

「怖かったの……何度も夢に見たわ。アンタが帰ってくる夢を。そしてアンタに触れようとすると夢から目が覚めて……絶望するの。この四年間で何度も見た悪夢……でも、今は違う。触れられる……あの時、最後に触れられなかったのを何度も後悔したわ。素直になれていれば何か違ったのかって何度も思ったわ」

 

 

震えながら俺に抱き付く桂花。俺が居なくなった事が重度のトラウマになっていたみたいだ。因みに素直じゃなかったのは大将も同じなんだろうなと思ってしまった。

 

 

「俺も同じだよ。この世界で過ごした事が胡蝶の夢なんじゃないかって何度も思った。怖くて怖くてさ、でも俺は……帰って来た。それを確かめる事が出来る感触もあるしな」

「きゃっ!?」

 

 

俺は桂花を抱き返す。可愛い悲鳴と共に待ち焦がれた柔らかな感触が伝わる。ああ……感動してるわ、俺。

 

 

「も、もう……種馬なのは相変わらずなんだから……」

「でも無いさ。未……天の国に帰ってからは女は抱いていない。お前達以外は抱く気は無いからな。俺が種馬になるのは、お前達だけだよ」

 

 

抱いた体から熱が伝わる。おおー、体温が上がって来たな。顔は見えないが真っ赤なのは確実だな。

 

 

「そ、そんな事を言って、女の子を増やす気?知ってるわよ、祭とか思春とか……袁術も手込めにし始めてるみたいじゃない」

「その辺りの説明は後にしたいな。今は……お前を独占したい」

 

 

密着して抱き付いていた体を離す。離れると桂花は少し……いや、凄く寂しそうな顔になっていた。久し振りに見る顔がそれじゃ俺も悲しいな。

 

 

「ど、独占って……この……」

「種馬って言われても良いよ。悪態を突かれても構わない。今は……桂花と過ごせる時間が何よりも貴重なんだから」

 

 

俺がスッと顔を近付けると意図を察したのか桂花は顔を更に赤くした。でも顔は嬉しそうなのと恥ずかしそうなのが半々だ。

 

 

「ただいま、桂花」

「お帰りなさい、秋月」

 

 

俺がキスすると桂花は「お帰り」って言葉と共に俺を受け入れてくれた。

 



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第二百五十九話

 

 

久し振りの桂花とのキス。耐性無くなったかなー。目の前の猫耳軍師様は分かりやすく真っ赤だわ。

 

 

「も、もう……煙草臭いんだから……」

 

 

自分の唇に指を這わせながら呟く桂花。天然に誘うような仕草をするのは相変わらずか。

出来たら、このままめくるめく夜を……と行きたい所だが……

 

 

「覗き見とは感心せんな。あれから四年も経過して覗き癖でも出来たか?」

「ふふ、桂花が素直になれたか少々心配になってしまったのでな」

 

 

俺が城壁の陰から覗き見していた人物に声を掛けると、その人物が出て来た。秋蘭はクスクスと楽しそうに言う。酔っているのか、顔が赤くテンションが微妙に高い。秋蘭って静かに飲むけど、一定のラインを越えると質が悪い酔い方するんだよなぁ。秋蘭って酔っていても冷静だから軽く酔っているのか泥酔してるのか判断しにくい。

 

 

「見ての通りだよ。出来たら、このまま熱い夜を過ごそうかと思ったんだがな」

「それは止めておいた方が良かろう。他の娘達の嫉妬に焼かれてしまうだろうからな」

「アンタ達……あのねぇ……」

 

 

俺の冗談に軽口で返す秋蘭。うん、相変わらず判断しづらい。桂花はそんな俺と秋蘭に呆れている。

 

 

「秋蘭は一刀と過ごさなくて良いのか?」

「意地の悪い事を言ってくれるな。今は華琳様にお譲りするさ」

 

 

俺の質問に困った様な笑みを浮かべる秋蘭。ま、大将も顔や態度には出しちゃいないが一刀の帰還を心から喜んでるしな。だが、秋蘭も『今は』って言う辺り後で二人きりの時間は考えているんだろうな。俺は桂花から返して貰った煙管に……と思ったが中身が無いので結局、タバコを吸う事に。火を灯すと秋蘭は懐かしそうに目を細めた。

 

 

「しかし、こうして此処で煙草を吸う秋月を見ると安心するな。おっと、私とした事が桂花の台詞を奪ってしまったか」

「秋蘭……アンタ、酔ってるわね。さっさっと寝ちゃいなさいよ」

 

 

俺に絡んでくる秋蘭に桂花は背中をグイグイ押して部屋に戻そうとする。確かに今の秋蘭は蜀の趙雲みたいな感じだな。趙雲の常に人をからかおうとする姿勢は俺と気が合いそうだ。

 

 

「待て待て、話はそれだけじゃなかったんだ。秋月も気にしていだろうが大河の事だ」

「ああ……姿が見えないんで気にしてたよ。秋蘭が、その話を持ってくる辺り、何かあったのか?」

 

 

秋蘭の発言に気にかかっていた大河の話題を振られる。魏に戻ってから姿が見えないから気になってたんだ。天下一品武道会にも参加してなかったし。そんな事を思いながら、紫煙を吐く。

 

 

「う……私も言おうとは思ってたのよ?」

「愛しい人を前にしたら他の事は後回しになってしまうのは当然だ、仕方あるまい」

 

 

ばつの悪そうな桂花に秋蘭がクックッと笑う。意地が悪いとは思うが、このタイミングで言うって事は割りと重要な事なんだろう。

 

この後、桂花と秋蘭から大河の今を聞いたのだが……なんて言うか……真面目がから回ったな、おい。取り敢えず明日にでも様子を見るとするか。

 



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第二百六十話

 

 

 

 

魏に帰還してから次の日。俺は大将に呼び出されて玉座の間に来ていた。

 

 

「北郷一刀並びに秋月純一。貴方達を再び、魏の一員に戻します」

「ああ!」

「ありがたい限りですが……随分、急ですな。大将の事だから、難題を吹っ掛けて来ると思っていたんですが」

 

 

玉座に座り、脚を組ながら俺と一刀を見下ろす大将。開口一番に出された言葉に一刀は元気良く返事をして俺は面食らっていた。

 

 

「私としても、そうするつもりだったわよ。四年前に勝手に消えた事と帰還したのに一ヶ月も戻らなかった事と黙って天下一品武道会に参加した事と袁術の事と……まあ、様々な事を含めた無理難題をね。でもね、昨晩に警備隊と親衛隊、文官、民衆からも二人の帰還を祝う文と二人を魏の警備隊に戻して欲しいと言う嘆願書が大量に来たのよ。将も二人の復帰を願う声が多かったわ。そんな状態で認めない訳にはいかないでしょう」

「大将にしちゃあ甘い……と言いたいけど、それ以外にも理由があるんでしょう?」

 

 

大将からツラツラと俺と一刀を警備隊に戻す理由を話すけど、それだけが理由じゃあるまい。

 

 

「……貴方達を魏に戻さない方が国が荒れそうなのよ。一部では暴動が起きる予兆すらあったわ……まったく、帰って来て一日でこうなるなんてね……私が主義を変えてでも貴方達を戻すのだから、それ相応の働きをなさい。良いわね?」

「了解ですよ、大将」

「皆がそんな風に俺達の帰還を願ってくれていたなんて……」

 

 

大将の言葉に頷く俺と感動している一刀。でも、俺は二つ程、疑問が浮かんでいた。

 

 

「大将……本音は?」

「解決が難しそうな問題が幾つかあるのよ、そういうの得意でしょ?」

 

 

俺の質問に大将はにこやかに答えた。やっぱり、面倒なトラブル抱えてたから早めに解決する為に俺と一刀の帰還を早めたんだな。まあ、そんなこったろうとは思ったよ。昨日、秋蘭から大河の話を聞いた段階で予想は出来ていた。

 

 

「四年も不在だったんだ……存分に励まさせて貰いますよ。それともう一つ、疑問があるんですが」

「………何よ?」

 

 

俺がトラブル解決を受けると言うと大将は満足そうに頷いたが、俺がニヤリと笑みを浮かべながら疑問を口にしようとすると顔が曇った。

 

 

「なんで、玉座から降りようと……いや、体勢を変えないんで?」

「………貴方には関係ないでしょ」

 

 

俺の指摘に顔を背ける大将。あ、これはビンゴか。一刀も気まずそうにしてるし。

 

 

「恐らくだが……大将は俺と一刀の嘆願書を聞いた後に一刀と熱い夜を過ごしたんじゃないか?そして恐らく、激しすぎた為に大将は腰が抜けて立てなくなった。だから大将は立つ事も体勢も変えずに、その姿勢のま……まぁ!?」

「さっさと行きなさい!秋蘭から聞いてるのでしょう!大河の悩みを解決してきなさい!」

 

 

そのまま推理を口にしたら大将から絶が飛んできた。だが、力が入らない状態で投げられても大した速度じゃなかったけど流石にビビった。でも顔真っ赤で可愛いなぁ大将。

 

 

「そんじゃ、大河の事をなんとかしますかね。一刀、警備隊の現状を見ておいてくれ。これ以上、大将とイチャイチャするなよ?」

「純一さん……なんか、怒ってます?」

 

 

俺は投げられた絶を一刀に手渡す。

 

 

「怒ってる?そんな訳無かろう。俺が桂花とイチャイチャ出来なかったのに、テメー等はイチャイチャしてやがったのか、なんて思ってないから安心しろ」

「純一さん、本音が駄々漏れです……なんて言うか、すいません」

「あら、嫉妬?だったら早く解決する事ね」

 

 

俺がボヤきながら玉座の間を後にしようとしたら一刀から謝罪され、大将から煽られた。マジでしっとマスクにでもなってやろうか。

 

 

「しかし……どうするかな」

 

 

玉座の間を出た俺はポツリと呟く。悩みの種は大河だ。昨晩の段階で秋蘭から聞いた大河の現状は酷い物だった。

 

大河は俺と一刀が消えた後、がむしゃらに鍛練に打ち込む様になったらしい。端から見ても無茶だと思える鍛練を。そんな無茶を止めさせて、立ち直らせたのは鳳統らしいのだが、二人は相思相愛にも係わらず、恋人にならないのは俺と一刀の事が負い目になって恋仲には至らなかったとか。そんな状態が四年近くも続き、大河は以前の様な明るさが無くなってしまった。元々大河は恋愛には奥手で、鳳統は恥ずかしがり屋の引っ込み思案だったけど、俺達の一件で拍車が掛かった感じになったのだろう。

平和祭も俺や一刀が居ないのに楽しむなんて出来ないと参加していなかった。天下一品武道会にも不参加。その結果、俺の昨日の復帰劇を見れなかったと、めちゃくちゃへこんだらしい。その結果、現在も意気消沈中で今までの事もあり、魏の将や警備隊の面々では励ましたりしても効果がなかった。ならば、トラブル解決の達人に頼もうとの事だ。

 

 

「真面目な大河らしいと言えばらしい……か」

 

 

俺は煙草に火を灯して、大河の凝り固まった頭をどう解してやろうかと思考を走らせた。まあ、ぶっちゃけ俺と一刀が居なくなったのが原因なんだし、俺がやるしかないよな。

 

 




『しっとマスク』
『突撃!パッパラ隊』の登場キャラクター。
目の周りに炎の縁取りが施された白マスクを装着したプロレスラーの様な格好をした戦士。
イチャつくカップルを殲滅する為に生まれた戦士で理不尽な理由を付けてはバレンタインやクリスマス等、恋人がイチャつくイベントを潰して回るテロ行為を辞さない。



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第二百六十一話

機種変してから苦戦しております。暫くは更新ペースが落ちそうです。


 

 

 

「はてさて、どうしたものか……」

 

 

うーん、と頭を悩ませながら俺はいつもの城壁で煙草を吸っていた。話を聞く限りだと大河は俺との事が負い目となり、今の状態になっている。そんな中で俺がアイツに対して何をしてやるべきか……

 

 

「俺と一刀に原因があるだけに迂闊な事が出来ん……」

 

 

フゥー、と吐いて紫煙に俺の悩みも消えないかなぁ……と思ってしまう。そう、原因である俺と一刀がお悩み解決となれば色々とややこしい事になる。

 

 

「それに大河が俺と一刀を避けてる節があるからな……」

 

 

どうにも大河は俺と一刀と会わないようにしているみたいだ。見回りとか鍛練とかで接触を避けている。

 

 

「ま……どうするかは、これからだな」

 

 

煙草の火を消してから頭をガリガリと掻きながら自室と向かう。月と詠が待ってるからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

 

「はい、秋月さん。お茶です」

「ありがとう、月」

 

 

天の国から帰って来た秋月は久し振りに帰って来た秋月にお茶を出して、秋月は嬉しそうに受け取っている。前は当たり前に見ていた光景が今は凄く懐かしいわね。

 

 

「はぁ……落ち着く。それに美味い、やっぱり月のお茶は最高だ」

「へぅ……そ、そんな事ありませんよ。でも、秋月さんに再び、お茶を出せるのは私も嬉しいです」

 

 

感極まって涙を流しそうになってる秋月と秋月の言葉に嬉しそうに顔を赤くしている月。僕もちょっと泣きそうになった。当たり前の事が当たり前じゃなくなった、あの日から夢見ていた光景に涙腺が緩みそうになる。

 

 

「邪魔するで~」

 

 

僕がそんな風に考えていたら霞が秋月の部屋に入ってくる。何の用事なんだろ。

 

 

「邪魔するんやったら、帰ってや!」

「すんまへん」

 

 

秋月の返事に霞は踵を返す。え、帰るの!?

 

 

「って違うやろ!久し振りなのにノリがええやん、純一!」

「懐かしいなー、霞とのやりとり」

 

 

すぐに部屋に戻って来た霞は笑いながらバンバンと秋月の肩を叩く。懐かしさから秋月が微笑みながら懐かしんでる。コイツら馬鹿ね。

 

 

「それはそうと、聞きたいのって何?聞きたい事があるんやろ?」

「ああ、うん。大河の事なんだわ」

 

 

どうやら、霞は秋月が呼んだらしい。でも、大河の事って何を聞くのかしら?

 

 

「大河の事?なんや弟子の心配かいな?」

「その弟子が俺を避けてるんでな、俺が居なかった頃の事を聞かせて欲しいんだわ。凪とか華雄だと大河寄りの意見になりそうだから霞の中間的な見解が聞きたくてね」

 

 

大河の事を気に掛けていたのね。なんやかんやで秋月と大河って師弟が成り立ってるのよね。

 

 

「ええで聞かせたるわ。主に雛里との恋愛方面の話」

「ぜひ、聞かせてくれ」

 

 

ニヤニヤした調子の霞に面白そうな話だと判断した秋月は真面目な顔付きで聞こうとしてる。よくよく思えば、悪ふざけを常に提案してた秋月と面白い事が好きでノリが良い霞が揃えばそうなるわよね。

 

 

「まったくもう……馬鹿なんだから」

 

 

久し振りに秋月が馬鹿な事を始めたと思ってしまう。

楽しそうに話をする秋月と霞。それをニコニコと見ている月。

 

 

「でも……僕も好きなんだよね」

 

 

きっと月も同じなんだよね。秋月が居るだけで僕達は心の底から笑う事が出来る様になったんだから。

だから……だから、もう何処にも行かないでよね。

 



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第二百六十二話

 

 

俺は訓練場である物に着替えをしてから大河を待っていた。

 

 

「純一さん……本気ですか」

「マジもマジ。これから本気で大河と戦う」

 

 

そう、周囲の人間から現在の大河の話を聞き回り、俺が下した結論は『もう、こうなったら戦ってストレス発散させてやろう大作戦』となった。その事は一刀にも既に説明済みである。

 

 

「大河の為に動くのは良いんですけど、作戦名はどうにかならなかったんですか?もう失敗する前フリにしか聞こえないんですけど。それと、その格好にも不安が漂うんですが」

「何処に不安がある?エリートサイヤ人の由緒正しきスタイルだ」

 

 

一刀は作戦名と俺の格好に不安を抱えていた。作戦名は兎も角、内容自体は真面目だ。格好に関しては……まあ、いつもの道着でも構わないんだが、服屋の親父の所に挨拶に行ったら四年前に出した案を作り直してくれたのだ。地球に来た初期のエリートサイヤ人風の戦闘服を纏って髪も少し、逆立ててみた。そんな訳で戦闘服を身に纏い、腕を組んで雰囲気を出しながら大河を待つ。

 

 

「それで大河は亀仙流の道着を着てくるんですよね?」

「ああ、道着を着て来る様に伝えたからな。今回は警備隊の訓練として正式に呼んだから逃げる事は許さない状況にした」

 

 

大河は俺と一刀が帰ってきてから俺達を避けている節がある。ならば逃げる事が叶わない状況にして真っ向勝負と行こうじゃないか。

すると訓練場がザワザワとし始める。視線を移せば亀仙流の道着を着た大河が歩いて来た。

あの頃よりも背が高くなり、体もガッシリとしている、顔付きは多少男らしくなったものの、まだ女の子を思わせる顔立ちが大河らしいと笑みが溢れそうになる。それ以上に龐統と一緒に来たのが微笑ましい感じになる。

 

 

 

「純一さん……華琳達の時も思ったんですけど、女の子たちは変わらな過ぎじゃありませんか?大河は成長したのに、女性陣はあの頃と変わらな……」

「その辺で止めておけ、一刀。後が怖くなるから」

 

 

大河は四年という月日が感じられたのに一緒に来た龐統が成長が見受けられないから尚更そう感じてしまう。少なくとも四年前は同じくらいの身長だったのに、今は身長差が凄まじい。

あまり考えるのは止めよ。この思考が大将にバレると物理的に火傷しそうだ。それよりも今は大河だ。

 

 

「久しぶりだな、大河。来てくれないんじゃないかと不安だったぞ」

「……師匠」

 

 

俺が声を掛けると大河は俯き気味に俺を呼ぶ。前の活発な印象がまるで失われている。こりゃ別人だと思うほどの状態だ。

 

 

「色々と言いたい事はあるが……構えろ!」

「え……はっ!」

「大河さん!」

 

 

俺は叫ぶと同時に大河に殴り掛かる。龐統は驚きながら大河の名を叫ぶが大河はアッサリと俺の拳を見切って受け止めやがった。ギリギリと力比べになる。やっぱ、あの頃よりも力が増してるな。対して大河の方が驚いた顔をしている。

 

 

「強くなったな……だが、これなら!」

「くっ……はぁっ!」

 

 

俺は大河の手首を掴むと投げ飛ばす。投げ飛ばされた大河は体勢を一瞬で立て直す。身のこなしも、あの頃以上だ。俺は間髪入れずに気弾を大河に撃ち放ったのだが大河はアッサリと弾き飛ばした。なんか思った以上に実力差があるんだけど。

 

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「師匠……手加減してるッスか?」

 

 

俺が連続で気弾を連続で放ったら大河は俺の背後に回り込んでいた。めちゃくちゃ強くなってんな、おい!?

 

 

「ふんっ!って痛だだだだっ!」

「っと」

 

 

裏拳を放ったら受け止められた上に関節を極められた。なんか天津飯に負けてるサイボーグ桃白白みたいだ。

 

 

「あ、その……師匠?」

「大河……この通り、お前は既に俺よりも強い……」

 

 

スッと手を離し動揺している大河。うん、話に聞いていた通り、大河は既に俺よりも遥かに強い。他の将が言うには俺への尊敬が強過ぎるから自分に自信が無い上に実力を出し切れていないと言うのが見解だ。ならば実力を出せる様にしてやろう!

 

 

「だが、師匠としては認められないんでな……だから!」

「なっ!」

 

 

俺は脚に気を込めて飛び上がる。訓練場の壁も利用して高めに飛び上がった。

 

 

「今のお前なら避ける事は可能だろう!だが、避けたら龐統に当たるぞ!」

「な、やめて下さい!?師匠!」

 

 

俺が腕に気を込めて気功波を放とうとしている事に気づいた大河は焦っているが俺は止める気は無い。対応してみせろ!

 

 

「訓練場、諸共に塵になれぇぇぇっ!」

「くっ……か、め、は、め」

 

 

俺がギャリック砲を放とうとすると大河は腰を落として構えた。そう、それが正解だ。

 

 

「ギャリック砲っ!」

「波ぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

俺の放ったギャリック砲と大河のかめはめ波が激突する。しかし、拮抗したのは一瞬で俺のギャリック砲は大河のかめはめ波に飲み込まれ、俺に迫って来る。いや、もうちょっと互角の戦いになるかと思ってたんだけど……ヤベェ!?

 

 

「押され……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

止まる事無く、迫って来るかめはめ波に俺は何も出来なかった。空中で避ける事も叶わず、俺は大河のかめはめ波をモロに食らう事となった。

 

 

 




『ベジータ』
ドラゴンボールの登場人物。
初期はドラゴンボール強奪と地球を破壊しに来た悟空の敵して登場し、後半ではライバルであると同時に仲間となった。サイヤ人の王子で自他共に認めるサイヤ人のエリート。

『戦闘服』
ドラゴンボールでフリーザ軍が着ている戦闘用のジャケット。見た目に反して柔軟性が高く、耐久性も高い。兵士によって多少差はあるが凡そ同じデザイン。


『ドドリアランチャー』
ドラゴンボールの登場人物ドドリアの必殺技。
高い破壊力のエネルギー波を放った後に連続エネルギー波を叩き込む技。原作ではベジータ相手に使用したが、アッサリ見切られて敗北した。


『サイボーグ桃白白』
ドラゴンボールの登場人物。
悟空に敗れて死亡したかと思われた桃白白が全財産を使い、サイボーグ化した姿。以前よりも遥かに強くなったのだが天津飯はそれ以上に強くなっていた為に軽くあしらわれた上に自信のスーパーどどん波を声だけで消され、完全敗北した。


『かめはめ波V Sギャリック砲』
悟空とベジータの最初の戦いの際に予想外のダメージを負ったベジータが怒りに身を任せ、地球を破壊しようとギャリック砲を放ち、悟空はかめはめ波で対応した。実力は拮抗していたのだが悟空が界王拳を四倍に引き上げた為に拮抗が崩れ、ベジータは敗北した。



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第二百六十三話

 

 

 

 

見事に負けた……俺のギャリック砲と大河のかめはめ波。拮抗したのは一瞬で押し負けたギャリック砲とかめはめ波が同時に襲ってきた。いやー……流石に半端ない威力になってた。その半端ない破壊力の気功波を食らった俺はと言うと……

 

 

「あー……こりゃ死ぬかな……」

 

 

上空から落下中である。大河のかめはめ波に押し出され、遥か空の彼方まで吹っ飛ばされた俺はかめはめ波の威力が収まった辺りで体が動かず、自由落下をしていた。

この世界に帰還した時の高さに比べればマシだが、普通に死ぬ高さだわ。

 

 

「純一さん!」

「師匠!」

 

 

下から一刀や大河の叫びが聞こえる。声から焦りが伝わるが体が動かないんだよ。

 

 

「馬鹿っ!早く何とかしなさいよっ!」

「副長、その高さは死んでまうで!」

 

 

詠と真桜の声が聞こえる。でも、力尽きてる状態だと対処のしようもない。

 

 

「秋月さん!」

「受け止めるぞ!」

 

 

下には斗詩と華雄が落下中の俺を受け止めようと必死になっている。

 

 

「………」

 

 

そして恋がアバンストラッシュを放とうと方天戟を逆手に構えて体を引き絞ってる。いや、ちょっと待て!?

次の瞬間、恋が放ったアバンストラッシュが俺の体に直撃し、吹っ飛ばれ外壁に叩き付けられ地面への激突は回避された。

 

 

「が……は……ゲフッ」

 

 

この痛みなら地面に激突した方がダメージ少なかったのではと思ってしまう。俺が放った技を軽々超えてくるな、この世界の住人は……あー、意識が遠のく。

 

 

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

 

 

大河の目を覚まさせると戦う事になった秋月と大河。本人も言っていたけど大河は既に秋月よりも強い。でも、あの日消えてしまった秋月の影を追い続けた大河はそれを認めようとしなかった。だから秋月は実際に戦って大河に己の強さを認めさせようとした。結果は成功と言えたのだろうけど秋月は体を張り過ぎた。ボロボロになり、身動きが取れない状態で落下してきた。華雄や斗詩が受け止めようとした所で恋が以前、使っていた、あばんすとらっしゅと言う技で地面に激突する前の秋月を吹っ飛ばして訓練場の外壁に叩き付けた。確かに地面への激突は防いだけど素直に落下した方が良かったんじゃ無いかしら?

 

 

「し、師匠……詠さん!?」

「待ちなさい、大河」

 

 

僕は秋月の所へ行こうとする大河を引き止める。改めて背が伸びたわね、こいつ。前は僕よりも低かったのに……

 

 

「今回の秋月の怪我の原因はアンタよ。ずっと秋月の幻影を追っていたアンタを魏の皆は心配していたの。でも、アンタは頑なに心を開こうとしなかった……秋月が帰ってきても後ろめたさから避けてたでしょ?だから、秋月はアンタと戦ったのよ。『もう、俺の後を追って無理をするな』ってね。今の秋月の怪我に責任を感じるなら悩むのも……秋月の幻影を追うのは止めなさい。本人が居るんだから幻影に惑わされてちゃ本末転倒よ」

「は……押忍!」

 

 

僕の言葉に大河は返事をして秋月の方へ走って行く。返事が『はい』から『押忍』に戻った辺り、少しは以前の大河になったのかしら?

僕はそんな事を思いながら……運ばれて行く秋月を見て、ため息を溢した。

 

本当に帰ってきてから心配ばかりさせるんだから……

 



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第二百六十四話

 

 

 

「あー……死ぬかと思った……」

「冗談でも、言わないでよ……またアンタを失う事になると僕は立ち直れなくなるわよ」

 

 

最早、口癖となっている一言が出る。即座に詠からツッコミが入る。上体を起こすと其処は見覚えのある医務室のだった。

 

 

「副長が此処に運ばれてくると帰ってきたんだと実感しますね」

「アッハッハッ……また世話になるよ」

「先生から秋月副長は医務室の常連って伺っていましたけど本当だったんですね」

 

 

俺の担当医の先生には弟子がいるらしく、俺の話をしていたのだろう。だが内容的にも信じていなかったのだろうが、これが現実だよ弟子よ。おっと、俺の弟子の方はどうなったかな?

 

 

「大河ならまだ訓練場にいるわよ。アンタを待ってんじゃない?」

「そっか……なら行ってやらないとな」

 

 

詠が俺の考えを予測して大河の居場所を教えてくれたので俺は寝台から起き上がり行こうとするが、まだダメージがあるのか膝から崩れ落ちそうになるが詠が咄嗟に支えてくれた。

 

 

「まったく……無茶するんだから。それを間近で見なきゃいけない僕の身にもなってよね」

 

 

そう言って詠は俺の腕を自分の肩に回してオレが歩きやすい様に側に寄り添って歩いてくれた。

 

 

「ありがとう詠。嬉しいし、柔らかいよ」

「揉むな、種馬!」

 

 

高さ的に丁度良い位置に手が当たっていたので詠の胸を揉みながら礼を言ったら手をつねられた。なんか懐かしいやりとりだな、と思いながら俺と詠は医務室を後にした。

 

 

「なんで呂布将軍の技を食らって歩けるんですか、あの人……」

「この程度で驚いていたら、副長の治療の担当は出来ないぞ」

 

 

なんか担当医と研修医が俺と詠が出た後に話し合っているが、その辺りは今度話し合うとしよう。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

訓練場に辿り着くと大河と龐統と真桜が居た。周囲には警備隊の連中もいる。

 

 

「なんや副長の鍛錬の後始末してると懐かしいわー」

「そうですね。あの頃はこれが当たり前でした」

「ある意味、警備隊の仕事の一環でしたね」

「こ、これが警備隊の仕事ですか?」

「噂は本当だったんだ……」

 

 

真桜の言葉に警備隊の古参が頷き、新参は驚いていた。なんかスマないね、後始末させちゃって。後、俺の噂が流れてるようだが確認しておこう。碌な噂はじゃなさそうだし。

 

 

「悪いな、後始末させちゃってよ」

「ふ、副長!?」

「ご無事だったんですか!?」

「呂布将軍の一撃食らって死んで無い時点で異常だ……」

「お帰りなさい、副長。修繕は進んでますよ」

「特別報酬期待しときます。副長が帰ってきたお祝いも含めて騒ぎましょう」

「なんか懐かしいですね、この空気」

 

 

俺が声を掛けると新参の警備隊の連中は驚いていた。逆に古参連中は慣れきってるなぁ。

 

 

「副長、聞いたけど無茶が過ぎるで。今の大河は凪や華雄の姐さんとも互角の戦いをする程なんやで」

「ああ、そりゃ身を持って体験したよ。それで……大河」

「……押忍」

 

 

真桜に呆れられながらも大河と向き合う。俺は詠に支えてもらっていたが離れて自分で立つ。フラフラになりながらも大河を見れば大河の道着は汚れていない。完璧に俺の攻撃を捌き切ったんだな。

 

 

「大河……お前はもうとっくに俺よりも強くなっている。師匠超えは弟子の務めだが……」

「師匠、自分は!」

 

 

俺の言葉を遮って大河が叫ぶ。

 

 

「自分はまだまだ師匠に届いてないッス!だから……だから!」

「ったく……まだ師匠離れが出来ないらしいな。じゃあ……まずは泣き虫な所を直さなきゃな」

 

 

大河は泣いていた。ボロボロと泣きながら弟子は辞めたくないと叫ぶ姿にもう俺を師匠と呼ぶなと言おうと思ったが言葉を飲み込む。ポンと頭に手を置いて撫でてやると更に泣き出した。

 

 

「抱えてる問題が幾つか解決したら、また技を教えてやる。覚悟しておけよ」

「押忍!」

 

 

俺の発言に元気よく返事を返した大河。大河はもう大丈夫そうだな。よし、秋月副長はクールに去るぜ。

と思ったらニコニコと笑みを浮かべた桂花が来ていた。迎えに来てくれたのか?

 

 

「ねえ、秋月……袁術が『主様と共に寝た時の温もりが忘れられないのじゃ』なんて言ってたんだけど……どういう事かしら?」

「ちゃうねん」

 

 

とてもクールになれなかった。取り敢えず目の前で怒りのメーターが振り切れてる、お猫様の誤解を解かねば。

 

 

 

 





『クールに去るぜ』
ジョジョの奇妙な冒険第1部でのロバート・E・O・スピードワゴンの発した台詞。DIOとの激戦の後、エリナの看病を受けるジョナサン。その一部始終を病室の外で目撃していたスピードワゴンは、ジョナサンの心身の回復に安堵すると同時に、今は自分の出る幕ではないと察し「スピードワゴンはクールに去るぜ」という台詞を残し病院を去った。


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第二百六十五話

 

 

 

 

所変わって俺の部屋で二人きりの甘い夜を……なんて訳もなく。

 

 

「だから……美羽の事は誤解だっての」

「でも一緒に寝たんでしょ」

 

 

あれから桂花の誤解を解こうと頑張っていたのだが難航していた。美羽が夜寝る時に一人で寝るのが怖いと言うので荀家に滞在していた時は添い寝をしてやっていたのだ。

美羽はそれを純粋に『安心した』と言いたかったのだろうが、周囲はそう認識しなかったのだ。現に部屋に戻るまでに何人かの視線が痛かった。桂花の誤解を解いたら明日から皆の誤解を解きに回らないとなぁ。

 

 

「つーか、なんでその話を聞いたんだよ」

「母様と袁術とお茶をする事になって、アンタが荀家に滞在してた時の事を聞いたのよ。それで袁術からアンタに助けられた話とか、荀家でアンタに尽くしてたとか自慢気に話してたわよ……」

 

 

俺の疑問に桂花はギロッと俺を睨みながら告げる。成る程、荀緄さんが絡んでる辺り分かっていて見逃したな。いや、心の中で笑っていたのが正しいか。

 

 

「桂花、荀緄さんはその時、何か言ってたか?」

「袁術の話を楽しそうに聞いてたわよ。ええ、本当に楽しそうにね……」

 

 

怒り心頭の桂花は気付いてないんだろうなぁ…… 荀緄さんは荀家での事は当然把握してるから美羽の事は微笑ましく見ていて、勘違いしてる桂花の事を見て楽しそうにしてたんだろう。

 

 

「さっきも言ったが誤解だ。美羽は一人で寝るのが怖いと言うから添い寝をしていただけで……」

「…………もん……」

 

 

俺の何度目になるか分からない事情説明と言う名の言い訳に桂花は座っていた椅子から俺の寝台に寝転がると何かを呟いた。俺も立ち上がり、寝台に寝転んだ桂花の顔を覗き込むと桂花は涙目で頬を膨らませていた。

 

 

 

「私だって……寂しかったもん……」

「ごふっ!」

 

 

俺の心臓をゲイ・ボルク・オルタナティブが貫いた。久しぶりに吐血しそうになった。こんちくしょう、どんだけ可愛いんだよ!禁欲生活をしていた俺には破壊力があり過ぎる!

 

 

「ああ、もう……」

 

 

俺は自分の髪をわしゃわしゃと乱暴に掻く。前に桂花は俺に『私の心を掻き乱す』とか『アンタの所為で仕事に集中出来ない』とか言ってたけど桂花の方がよっぽどだよ。

 

 

「桂花……俺、大将から今の魏の抱えている問題を解決していけって言われてるんだ。大河の事とか警備隊の事とか、三国の同盟の事もだろう。轢いては蜀や呉の事にも拘らせるつもりなんだろうな」

「ちょっと、何を……ひゃっ!?」

 

 

俺は寝台に片膝を乗せ、寝台に寝転ぶ桂花に覆い被さる様な態勢になり、指を絡ませながら右手を握る。指を絡ませながら手を握られた桂花は驚きと、これから先の事を期待したのか妙な悲鳴を上げた。

 

 

「大将から『桂花とイチャイチャしたいなら早く問題を片付ける事ね』なんて言われたけど……大河の事は解決したんだし、少しくらいは……良いよな?」

「ば、馬鹿……華琳様の命は幾つかあったんでしょ……一つ片付いたからって……んむっ!?」

 

 

俺の言葉に反論しようとした桂花の唇を奪う。突然の事態に体が強張る桂花。俺はそれを無視せてキスを続けた。

 

 

「ん、んぅ……ぅぅ……」

 

 

キスしながら舌を絡ませる。驚いていた桂花だが今は受け入れてくれて、されるがままだ。桂花の強張った体から力が抜けていくのがわかる。

 

 

 

「あ……あきつきぃ……」

 

 

濃厚なキスを終えると桂花はトロンとした表情で俺を見詰めている。うん、少しだけなんて言ったけど、こんな桂花を目の前にしたら『少し』なんて無理です。

 

 

俺は桂花を見詰めながら繋いだ手を先程よりも強く握ると桂花も恥ずかしそうにしながら顔を赤くして握り返してくれた。

それは桂花なりの返事となり……桂花は今夜、俺の部屋に泊まる事が確定した。

 




『ゲイ・ボルク・オルタナティブ(貫き穿つ死翔の槍)』
「Fate/Grand Order」に登場するスカサハの対人宝具。
クー・フーリンが持つゲイ・ボルクと同型の二本の槍で、刺し穿つ死棘の槍で敵の動きを止め、突き穿つ死翔の槍を思わせる槍の投擲によって突き穿つ連続攻撃


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第二百六十六話

 

 

 

俺は今、土下座をしている。誰にしてるかって?そりゃ勿論、我が大将である曹孟徳様にだ。

 

 

「余程、激しかったのねぇ……まさか、桂花を足腰立てなくなるに求めるなんて」

「四年間分、思いの丈を注いでしまいました」

 

 

そう……昨晩、熱い夜を過ごした俺と桂花だったが可愛い桂花を俺は求め過ぎた。詳しくは割愛するが夜から朝までコース。最初はツンツンと言うか素直じゃ無い状態だったが途中から桂花は素直になり、最後には甘々になって最終的には……泣き叫びながら求めてきた。そんな桂花を前に俺が止まれる筈もなく……恋や大河との戦いで枯渇した筈の気が体から溢れて、そのまま行為に及んだ。その結果、桂花の足腰は立たなくなり、当然仕事なんか無理である。そんな訳であれば大将の前で土下座をする運びとなったのだ。

大将はニコニコとしているものの凄まじい圧を感じる。

 

 

「弁明する気はない様ね」

「もう純然たる事実なので」

 

 

だってもう、言い訳のしようもないもの。俺の一言に大将は「ハァ……」と溜息を零す。

 

 

「私も一刀と過ごしたもの……気持ちは分かるわよ。いっそのこと言い訳の一つでも溢してくれたら罰を処する事も考えたけど、潔いんだもの。そんな気も失せたわ。今回の事は多めにみるけど、他の娘の事も気にかけておきなさい。じゃないと……」

「ああ……そりゃ勿論だ。待たせていたのは桂花だけじゃないからな」

 

 

俺は立ち上がり大将と向かい合う。そう……俺を待っていてくれたのは桂花だけじゃない。月も詠も真桜も華雄も斗詩もねねも……皆を待たせていたんだ。

 

 

「そこに祭も加えておきなさい。貴方が帰って来たからって魏に籍を置こうと嘆願書が来たのよ?」

「え……マジ?」

 

 

祭さんも四年前の決戦の時から俺を貰うなんて事は言っていたけど……本気だったのか……

 

 

「本当なら呉に貴方を迎えるつもりだったみたいだけど無理だと判断して魏に来るつもりになったみたいね。今までは人材交流派遣で魏に滞在してたけど本格的に魏の所属に移るつもりの様ね」

「せめて本人から一言、欲しかったよ……あ、そう言えば美羽……袁術は……」

 

 

祭さんの話で思い出した。美羽の今後はどうするんだろう?

 

 

「今、あの娘は月と詠と話をさせてるわ……どうなるかは、それ次第ね」

「なんばしよっとね!?」

 

 

大将の一言に俺は思わず博多の方言が出た。いや、混ぜるな危険だからね!?

 

 

「気になるなら行ってみたら?あの子達は侍女の部屋に居る筈よ」

「取り敢えず行ってくる!」

 

 

俺は玉座の間から侍女の休憩室になってる部屋に走った。美羽は反董卓連合の一件で月、詠、華雄、恋、ねね、霞から恨まれてる。美羽を魏で生活させるなら、気にするべきだったのに後回しにしたのを俺は後悔しながら走り、休憩室に入った。

 

 

「美羽っ!」

「ぴぃっ、主様!?」

「秋月さん!?」

 

 

休憩室ではメイド服に着替えてる途中の美羽。メイド服を着た事の無い美羽の為に月が着替えさせようと手伝っている。美羽と月は休憩室に来た俺を見て固まっている。

 

 

「あ、あれ……?」

「堂々と覗くな馬鹿っ!」

 

 

なんか、思っていた様な状態に固まっていると詠が部屋にあった竹筒を投げ付けられ顔面にヒット!

 

 

「ノックもせずに入ったのは謝るけど……流石に酷くない?」

「正面突破で覗きに来るからでしょ。ほら、出て行きなさいよ」

 

 

痛む鼻を押さえていると詠に背中を押されて廊下に追いやられる。

 

 

「それで、なんで覗きに来たのよ」

「まずは覗き呼ばわりを止めてくれ。いや、見たのも事実だけどさ」

 

 

俺と一緒に廊下に出た詠は腕を組みながら俺に質問してくる。俺は思わず正座をした。なんか、朝からこんなんばっかりな気がしてきた。

 

 

「いや……大将から美羽が月と詠と話をしに行ったと聞いて心配になりまして……その……反董卓連合の……事が……」

「アンタの懸念は尤もよ……でも僕達はもう戻れない。あの子を……美羽を恨んだからって、あの時が戻る訳じゃない。それに反董卓連合があったから月は重圧から解放された。それに袁紹も蜀の所属だし、袁術の……美羽の事だって今更よ」

 

 

詠は俺の言葉に俯きながらも答えてくれた。俺が慌てていたのに詠は……いや、詠も月も受け止めていてくれたんだな。いや、ちょっと待て……大将も大して深刻そうに話して無かったよな……それに今、詠も袁術と言わずに『美羽』と真名で呼んでいた。これって、もしかして……

 

 

「もしかして、俺の早とちり?」

「それほど慌ててたって事でしょ?僕や月の事を心配してくれてたんでしょ?美羽の事もなんだろうけど」

 

 

疑問を投げ掛けると詠は嬉しそうに、それでいて呆れた様子で教えてくれた。成る程、俺が何か言うまでもなく和解は済んでいたって訳ね。

 

 

「美羽がメイド服の格好に着替えてたのは?」

「あれ、華琳から聞いてないの?美羽は僕と月の下でアンタの侍女見習いになる予定なんだけど」

 

 

初耳です。大将め……俺が慌てるのを予測して大事な部分は敢えて言わなかったな……しかし、美羽が侍女見習いか。まあ、荀家に居た時から似た様な事はしてたから問題はないだろう。

 

 

「お待たせしました。お着替え終わりましたよ」

「ぬ、主様……ど、どうかのう?」

 

 

月に連れ添われて現れたメイド服の美羽。

髪をポニーテールに纏めて、動きやすくしてある。更にスカート丈は詠と同じ様に月よりも少し短め。月と詠はそれぞれ白と黒のストッキングを履いているが、美羽は黒のガーターベルト。

 

 

「うん、似合ってるぞ美羽……いだっ!?」

「鼻の下、伸びてるわよ」

 

 

いや、似合い過ぎだろう……うん、セクシーだわ。俺は思わず、サムズアップをしたら詠に尻をつねられた。



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第二百六十七話

 

 

 

 

美羽のメイド服姿に「いいね!」と親指を立てた後、俺は再び大将の居る玉座の間に戻ろうと歩いていた。

どうやら、俺が大河のトラブルを解決している最中に美羽の身の振り方が決まったらしいので、何故俺に話がなかったのかを聞く為にだ。まあ……十中八九、大将のイタズラだろう。前からこんな感じで意地の悪い事をしてくれたからな。因みに月と詠は美羽に仕事を教える為に休憩室に残った為に俺は一人で行動している。

 

 

「ほれ、どんどん行くで一刀っ!」

「うわ、ちょっ……危なっ!」

 

 

近道にと中庭を通ろうと思ったら剣戟が聞こえてきたので、ちょっと顔を出して見ると一刀と霞が戦っていた。霞はいつもの飛龍偃月刀ではなく刃を落とした模擬刀だ。一刀も同じ物を持って戦っている。ほう、思ったよりも勝負になってるな。霞の剣を一刀は悲鳴を上げながらも、しっかりと受け止めている。

 

 

「うぅむ……よもや北郷が霞と模擬戦出来る程になっているとは」

「多少、腰は引けているが太刀筋は以前よりも良くなっている。見事な物だ」

「隊長……」

 

 

周囲にはギャラリーも出来ていて春蘭、秋蘭、凪が一刀と霞の模擬戦を見ながら評価を下している。春蘭達は知らない事だが一刀は天の国……即ち、現代では天才と評される程に剣道が強くなっていた。まあ、この世界で強くなったから現代で通用する様になったのが正しいのだが、一刀はあれから、この世界に帰ってからの事を考えて剣道にのめり込んでいて、俺の仕事の助手をしていた時には荒事も少なからずあった。それで度胸も付いたんだろう。

 

俺は一刀の成長を見ていたから驚きはしないが春蘭達からしてみれば、戦いに向かない筈の一刀が手加減してるとは言っても霞と戦えている事に驚きを隠せないって感じだな。

 

 

「一刀……」

 

 

おっと……なんて事を思っていたら大将が柱の影から姿を現して一刀と霞の戦いに魅入ってる。暫く会わない内に逞しくなった一刀の意外な成長に驚かされてるな、アレは。

 

 

「大将、一刀は強くなったでしょう?」

「純一、美羽の事は解決したのかしら?」

 

 

背後から投げ掛けた俺の問いに大将は振り返らずに答えた。一時も目を離したくないってか?乙女だねー。だって玉座の間か執務室に居る筈なのに一刀の稽古を聞き付けて見に来てるんだもんよ。まあ、今は余計な事は言わんとこ。

 

 

「最初から解決済みだったんでしょう?まあ、その辺りは後々追及させて貰いますが、もうちょっと前で一刀の勇姿を見学したらどうだ?」

「そうね……警備隊の隊長の今の実力を測るには丁度良いかもね」

 

 

俺の問いにスタスタと先に歩き始める大将。まったく素直じゃないんだから。

 

 

「華琳様!」

「華琳様、北郷ですが……」

「ええ、見ていたわ。強くなったのね……一刀は。手加減してるとは言っても霞と渡り合うのは驚いたわ」

「はい。私も以前、隊長と手合わせした時に感じましたが隊長は武術の才能があると思います。あの太刀筋を見る限り、隊長は天の国で余程鍛錬を積んだのですね」

 

 

中庭に現れた大将を出迎える春蘭と秋蘭。凪は大将の言葉に頷きながら同意していた。俺は黙って大将の後を追った。美羽の事を問いただしたい気分ではあるものの、これから面白い物が見れそうだからだ。

 

 

「隙ありやっ!」

「わあっ、まいった!」

 

 

霞がビシッと剣を突き付けると一刀は降参した。まあ、剣道で全国レベルになったとは言っても三国武将が相手じゃそりゃ勝てんわな。

 

 

「なんや、強くなったなぁ一刀!本格的に鍛えりゃ本当に将に成れるかもしれへんで!ウチが毎日、稽古付けたろか?」

「霞の稽古に毎日付き合ってたら、強くなる前に倒れちゃうよ。純一さんじゃないんだから」

「でも、本当にお強くなられましたね、隊長!」

 

 

霞は一刀との模擬戦を終えて上機嫌になっている。嬉しかったんだろうなぁ、惚れた男が自分と同じ土俵に上がれるかも知れないってのが。

 

 

「はははっ俺も警備隊の隊長なんだから、それに恥ないくらいの強さは持とうと思ったんだ。前から純一さんには頼りっぱなしだったし」

「そうだったんですね……隊長の天の国での話も聞いてみたいです」

 

 

謙虚な一刀に凪の一刀に対する評価は更に上がってるな。まあ、元々凪は一刀ぞっこんだから今更だけど。

 

 

「うん、話したいけど夕御飯の時にでもしよう。純一さんが城内の問題解決に勤しんでるから俺は警備隊と街の様子を見に行くつもりだったんだ」

「あ、それで警備隊の詰所から出てきたん?ごめんなぁ、邪魔してもうたわ」

 

 

一刀は今の警備隊の状態を見てから街に行く予定だった様だ。霞は久しぶりに会えた一刀に仕事よりも稽古に付き合わせた事を詫びていた。

 

 

「いや、良いよ。警備隊の連中が揃うまでに素振りをしていたのも緊張してたからだったんだし。お陰で緊張もほぐれたよ。じゃあ行ってきます」

「うん……気ぃつけてな」

「ああ……久しぶりの街なんだ。迷子になるなよ?」

「え、あ……はい、ご武運を」

「華琳様の為に働いてこい」

「報告……楽しみにしてるわよ」

 

 

一刀の「行ってきます」と共に繰り出された、爽やかな笑顔。仕事に行く前に緊張していたと言う割には頼り甲斐のある雰囲気になった一刀に霞、秋蘭、凪は呆けていた。春蘭はいつも通りな感じだったが大将はちょっと素っ気ない感じの対応に見えたが……いや、これはもしや……先日の事もあってニヤけるのを我慢してるな。

 

 

「惚れた……いや、惚れ直したか?」

「「「「っ!」」」」

「何を言っている。当然ではないか」

 

 

俺の一言に大将、凪、霞、秋蘭はギクっと体を震わせた。ビンゴ、大当たりだな。そして通常運転の春蘭。いや、ある意味凄いよ、その対応も。

 

 

「そっかそっかー……いやぁ面白い事になりそうだなぁ、うん」

「副長……副長がそんな顔をする時は大抵、悪巧みをしている時ですよね?何を考えているんですか?」

 

 

いやいや、こんな面白くなりそうな状態を放っておくなんて出来ないよ。大河と龐統の事もそうだけど……ちぃとばかり背中を押してやろうじゃないの。

 

 




ちょっと長くなりそうなので分割。


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第二百六十八話

 

 

「おー、おー……随分、揃ったな」

 

 

紫煙を吐きながら空に消えていく煙を見ながら黄昏れる。俺が今、立っているのは鍛錬場。その鍛錬場で俺と相対する北郷警備隊の若者役20名。

 

 

「さぁて……やるか」

「副長……お気を付けて」

 

 

煙管を吸い終えた俺は灰をトンと落とすと、戦国武将の刀持ちみたいに俺の傍に控えていた警備隊の一人に渡す。彼は古参の警備隊の一人で俺を慕ってくれていた内の一人だ。

 

さて……どうして、この様な状況になったのか。それは数日前、俺が一刀に対して恋する乙女となった大将達の世話焼きをしてやろうと画策していた時まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

「警備隊内部で分裂が起きている?」

「はい……お恥ずかしい話なのですが……」

「うむ……このニ年程で警備隊に起きた一番の問題だ」

 

 

一刀の執務室で俺と一刀と凪、華雄で揃って会議がおこなわれていた。

そこで語られたのは今の北郷警備隊の現状だ。四年前に俺と一刀が消えてから北郷警備隊は奮起して街の安寧に努めた。その努力の甲斐もあり、街の平穏は保たれた。華雄の頑張りで警備隊も存続が許されていた。

しかし、三年目で問題が起き始めた。街の賑わいに比例して警備隊の増員がされた頃、つまり若者が警備隊に入り始めてから歯車が狂い始めた。

 

俺と一刀に会った事のない若者達は俺達の噂だけで判断をして『名ばかりの天の御遣い』『将軍に斬られかけている隊長』『民に舐められている情けない隊長と副長』『怪我ばかりする副長』『大して仕事をしない癖に女を侍らせている種馬』などetc。

 

まあ、悪い方向で噂が固まっていた。大陸中に広まった種馬の噂がこんな風に巡って問題になるとは……

凪を始めとする小隊長や古参の兵士は噂の払拭に回ったが効果が薄く、現在の警備隊は『俺と一刀を慕う警備隊兵士』と『戦を知らず自分達が街の平和を守っているんだと増長している若手兵士』に二分されてしまっているのだ。

 

それを改善しようとした凪だが俺も一刀も不在で警備隊の仕事と将としての仕事を兼任して忙しく、華雄も今や魏の将軍として認知されてる上に血風蓮の指南もある。沙和は北郷おしゃれ同好会、真桜はからくり同好会と大将から開発の仕事も任されている。斗詩も蜀との交流を任されていた為に魏を空ける事が多くなり、大河は子供であった事と俺が居なくなった事に防ぎ込んだ事で警備隊の仕事以上の事は手が出せなかった。

二年間、そんな感じで古参と若手の間に深い溝が出来てしまい、街の人達からも不満が続出したって事らしい。俺と一刀が魏に戻ってきた時に凪がやつれていたり、警備隊の動きが悪かったのは、それが理由か。

 

 

「悪いな、俺と一刀が抜けた穴は大きかったみたいだ」

「いえ……寧ろ、お二人の仕事を私達だけでは処理しきれない事が露呈しました。やはり私達には隊長と副長が必要なんです」

 

 

俺が頭を下げると凪は必死に否定した。うん、本当に良い子だな。

 

 

「本来なら私達や古参の兵士で指導する所だったんだが、私達もまだ立ち直れきれてない時期だった事と古参の兵士も若者達の態度から溝が深くなってしまってな。指導しても平和な時代しか知らぬ者達には効果が薄くてな。いっその事、殴って言う事を聞かせようかと本気で思った程だが……そんな事をすれば内部分裂を他国に知られてしまうと中々、実行に移せなくてな」

「うーん、それなら仕事を通して俺達を知ってもらうのが遠回りだけど一番、確実かな」

 

 

華雄の発言に一刀が悩みながら案を出す。いやいや、もっと単純にいこうや。

 

 

「もう三国同盟がなされて平和なんだし、俺と一刀も帰ってきたんだ。それに警備隊の内部分裂とかも蜀や呉にも知られてるだろうよ。だからいっその事、大々的に指導……いや、交流会といこうや」

「交流会……ですか?」

「副長がそんな顔をしている時は嫌な予感がするんですが……」

 

 

俺の発言に一刀と凪が首を傾げながら聞いてくる。

 

 

「不満があるなら直接語れってね。名付けて『北郷警備隊名物・喧嘩解禁日』だ」

「それって神心会名物じゃないですか」

 

 

そう、不満があるならぶつけてみろスタイルである。この手の話にツッコミ出来る一刀、マジで有難い。

 

 

「そんな事をして大丈夫なのか?」

「そこで直接、不満を口にして来る奴がいれば俺が相手をして矯正。そうじゃない奴等は一刀の言った様に地道に指導だな。俺も一刀も四年も不在だったんだ。少しは体を張らなきゃな」

 

 

華雄が心配そうに俺の顔を覗き込むが、これはある意味俺なりの償いの一つだ。散々心配と苦労を掛けたんだ。

 

 

「救護班に申請をしておくか」

「そうですね……副長が未熟者共に負けるとは思いませんが、副長の行動は読めません。予期せぬ事態で大怪我に繋がりそうですから」

「華琳にも話を通そう。じゃないと問題が大きくなりそうだ」

 

 

華雄、凪、一刀は次々に根回しを始めていた。うん、この感じも久々だわ

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 

 

ってな、感じでトントン拍子に話が進み、北郷警備隊・喧嘩解禁日に至った。しかし、20人か……もうちょい集まるかと思ってたんだがな。

 

 

「始めるとするか」

 

 

俺は指の骨をバキボキ鳴らしながら鍛錬場で並んで待っている警備隊の若者達へ歩み寄る。

北郷警備隊・解禁日の一日目だ。派手に行こうか。

 




『神心会名物・喧嘩解禁日』

『グラップラー刃牙』で神心会の長、愚地独歩が月に一度の催しとしてやっている行事。月に一度、稽古ではなく本気の組手(喧嘩)が行われる日で愚地独歩を倒そうと全国から門下生が集まり喧嘩する日。門下生は「誰でも月に一度、最強の男に挑戦するチャンスを得られる日」と喜んでいた。
余談だが愚地独歩は掛かってきた門下生全員を返り討ちにしている。


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第二百六十九話

 

俺の前に華雄が一歩前に出る。

 

 

「では、これより北郷警備隊・喧嘩解禁日を開催する!」

「「はっ!」」

 

 

華雄の叫びに若手兵士達は統率の取れた返事をした。華雄には従ってるんだな。そんな風に思ってたら華雄が俺の隣に立っていた。

 

 

「副長と喧嘩したい者は順次、前へ出ろ!順番は事前に決めている筈だ!」

「先ずは自分が……出させてもらいます」

「おう、やるか」

 

 

華雄の一言に若手兵士から一人前に出た。見覚えがあるな、前に飯屋での、いざこざで俺に噛み付いて来た奴だ。若いな……まだ二十歳にも満たない感じか。14歳くらいか?大河と歳は同じくらいか。

 

 

「自分は以前の戦争では子供で参戦はしていませんでした。今回は副長の胸をお借りしたく……」

「形だけの敬意なんざ、意味がないだろ。それと今は礼も不用だ。これから喧嘩すんのに礼もクソもないだろ」

 

 

頭を下げようとした若手の行動を止める。口上の割に目は語ってるよ、『お前が気に食わない』ってね。ならば、とことんやってやろうじゃないの。

 

 

「華雄、ありがとう。後は俺が懸念してる方に専念してくれ」

「ああ、だが……お前に危機が迫ったら止めるからな」

 

 

俺が華雄を下がる様に言うと華雄は怪訝そうな表情になる。おいおい、俺が負けるかっての。

 

 

「心配すんな。それに新技の精度を試すにも相手が欲しかった所だ」

「だから心配なんだ。お前が並大抵の奴に負けるとは思わんが、その新技で負傷する確率の方が高いんだから……兎に角、気を付けてくれ」

 

 

俺の一言に華雄は溜め息を溢して、呆れた表情で離れていく。信用されていても心配されるって複雑だなぁ。ま……そんな風に心配させ続けたのも俺か。

 

 

「待たせたな……さ、やろうか」

「やっぱり……自分は……俺はアンタが気に食わない!」

 

 

俺が構えると若手は俺に突っ込んできた。放たれた拳を受け流しながら足を払う。一瞬浮いた体を膝で仰向けにさせて腹に膝を叩きこむ。腹に一撃を貰い、地面に叩き付けられた若手は咳き込みながら動かない。

 

 

「なっ……一瞬で!?」

「アイツは若いが強さで言えば警備隊でも強い部類なんだぞ!?」

 

 

周りがザワザワと動揺し始めている。成る程、若手のホープなんだなコイツは。華雄は……壁際で腕を組んで観戦してる。側には斧があるからトラブルの時は対処してくれそうだな。

 

 

「ぐ……まだ、だ……」

「一応、言っといてやるか。戦場で立ち上がるなら直ぐに立ち上がれないなら不意打ちも視野に入れておけ。じゃないと、隙だらけだからな」

 

 

フラつきながら立ち上がろうとする若手に蹴りを見舞って意識を奪う。やれやれ、新技を試す事も出来なかったな。

 

 

「気絶したな。よし、次の奴、来いよ」

「な、舐めやがって!」

「油断してた奴と一緒にするな!」

 

 

俺の一言に若手連中はキレ気味……いや、キレたな。その内の1人が襲いかかって来た。

 

 

「よっと……甘い!」

「げぼっ!?」

 

 

放たれた蹴りを避けながらカウンターで肘を顔面に叩き込む。更にのけぞった体の背中に手を添えてから勢いを付けて半回転させながら投げ飛ばす。すると同時に他の若手が迫って来ていたのでバックステップで距離を空けてから気を掌に込める。

 

 

「一人ずつって言っただろうが!守れない奴にはオシオキの…… 飛翔拳!」

「げはっ!?」

「ぶふっ!?」

 

 

両掌から気を放ち、一人ずつ吹っ飛ばす。よし、単純な技なら成功率が上がってるな。流石、俺。

 

 

「ふざけるな!」

「今更、帰ってきて副長面すんな!」

「そうだ!平和を守って来たのは俺達なんだ!」

 

 

何人かを倒した段階で他の残った若手兵士達は俺を取り囲む様に立っている。目が血走り、今にも俺を殺さんばかりの感じだ。

 

 

「そうだな。俺と一刀は魏の一員として大陸の平和に手を貸した。だが、その後の平和ん守って来たのは、お前達だ。その誇りを持つ事は良い事だ。その辺りは謝罪と感謝をする……だがな」

 

 

コイツ等、若手の言い分は尤もだ。俺と一刀は重要な時に居なかった。平和の維持にコイツ等が尽力したのも一理ある……けどな。俺は全身に気を溜め始める。

 

 

「俺と一刀を馬鹿にして……舐めた態度を取って……華雄や凪達の悲しむ顔を見たか?魏に帰って来た時に凪の表情が優れなかったのも……街の人達の活気が薄いのも……お前達が傲慢な態度を取り続けたからだ。お前達は平和を守っていたかも知れないが……笑顔は守れなかったみたいだな」

 

 

俺は俺で怒りを感じていた。あの時から魏に不在だった俺や一刀が言うべき事じゃないのも……八つ当たりだってのも理解はしてる。だが、コイツ等が俺達に不満を持った様に俺達もコイツ等に不満がある。その為に今回の喧嘩解禁日まで企画したってのにルールを破るわ、負けは認めないわで……俺のストレスゲージもMAXだ。ゲージがMAXになったならば、この技しかあるまい!

 

 

「喰らえ、新必殺……ギガクラッシュ!」

 

 

俺は全身に込めた気を更に高める。俺をリンチしようと取り囲んだのが災いしたな。この技は取り囲まれた時に効果的な技なのだ。

俺は両手を広げ、全身の力が抜ける感覚に襲われながら全身に込めた気を爆発させた。

 

 




『飛翔拳』
餓狼伝説シリーズのキャラ『アンディ・ボガード』の必殺技。
掌から気弾を打ち出す飛び道具。シリーズの度に技の効果が微妙に違う。


『ギガクラッシュ』
ロックマンx2でボディパーツを会得すると特殊技『ギガクラッシュ』が使用可能になる。効果は画面内の雑魚を一掃する全体攻撃。


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第二百七十話

 

 

 

◆◇side華雄◆◇

 

 

 

秋月が今の警備隊の状況を憂いて開催した北郷警備隊・喧嘩解禁日。この様に無茶苦茶な案を切り出すのは相変わらずなんだな、と私は笑みを溢してしまう。こんな馬鹿馬鹿しい事をしているのを見ていると……ああ、アイツが帰って来たのだと更なる実感を感じるからだ。秋月と街の警邏を回った時も思ったが秋月や北郷が居るだけで街の雰囲気も違うと感じてしまう。昔から秋月を知っている民も、この四年間で魏に移り住んだ者達も秋月と北郷の帰還を喜んでいた。

 

だが、それを望まなかったのは警備隊の半数を締める若者達だ。この四年間で増員された彼等は秋月と北郷の事を知らない。女を侍らせた種馬が良い気になっている、と言うのが彼等の認識……いや、そう思いたいのだろう。でなければ今までの自分達の行いが馬鹿にされた様な気持ちになるのだろう。その思いもわからんでもない……だが、街を守っていると言う誇りも思い違いをすれば傲慢に成り下がる。

彼等は嘗ての私と華雄隊だ。誇りだけが高く、強さだけを求めていた愚かな頃……秋月と出会っていなければ私もあのままだったかも知れないな。

 

そんな事を思いながら秋月と若手兵士との喧嘩を見学する。警備隊若手の中でも特に強く傲慢になっている奴が秋月に戦いを挑んだがアッサリと敗北していた。

ふむ、秋月も強くなった……いや、以前よりも冷静に物事を見ていると言うべきか?一人倒した事で複数の兵士が同時に襲いかかって行ったが秋月は冷静に気弾を放ち迎撃していく。気の扱いも以前よりも研ぎ澄まされている。天の国での四年間と桂花の実家で修行をしていたと言う一月でここまで強くなったのか。

以前は気の扱い一つでも苦労していた印象だったが、今は巧みに操っている。以前の状態でも他国の将軍を翻弄する程の強さを持っていたんだ。今の秋月を相手にするなら警備隊の兵士程度では不可能だな。

 

 

「華雄隊長。怪我人は退がらせます」

「そうしてくれ。秋月が懸念していた事態になった場合、ゴロゴロと怪我人を放置しておくのは危険だからな」

 

 

警備隊古参の兵士の数人が秋月に倒された若手を訓練場の端に連れて行く。

 

 

「ぐっ……くそ……」

「デカい口を叩いておきながら……と言いたいが秋月を相手にしたのだ。まあ、仕方あるまい」

 

 

私のすぐ側に運ばれてきたのは最初に秋月に倒された若手だった。奴は悔しそうに秋月を睨みつけている。

 

 

「まだ秋月の実力を疑うか?戦乱の世の戦いも先日の恋との戦いも何かの間違いだ……自分達の方が優れているとまだ甘い考えに縋りたいのか?」

 

 

私の発言に悔しそうに顔を背ける若手。血気盛んな若者に有りがちな話だ。自分はなんでも出来る。自分の力を過信して格上に挑む。己の力が認められぬのは他の誰かの所為だと……だが、そんな考えでは秋月を越えられん。寧ろ、未熟さを露呈させるだけだ。

 

 

「噂だけで秋月と北郷を見過ぎていたな。そして自分達の力を過信していた。どうだ、甘く見ていた相手にアッサリと敗北する気分は?」

「秋月……副長は名ばかりではなかったのですか?街の民も……他国の将からも馬鹿にされていた……なのに……」

 

 

私の問いかけに若手はギリっと拳を握る。悔しそうにして、目の前の光景が信じられないと言いたそうに。

 

 

「秋月や北郷の強さは単純に力がどうこう言う物ではない。その本質は臆病で……どちらかと言えば守られる民の側の考えを持つ者だ。だから民に慕われ、助けられて来た」

「民に慕われ……それが警備隊の仕事だと?」

 

 

私の発言に怪訝な顔付きになっていく。最近、私は血風連にかかりきりで警備隊の指導には参加していなかったが、そんな事も教えていないのか。

 

 

「警備隊の仕事は街の治安……だが、秋月はそれと同時に民の笑顔を守って来た。秋月はその身を犠牲にしてでも民の笑顔の為にと戦い続けたぞ。お前達に出来るか?戦乱の世で街の治安を維持しながら、民を笑顔にして他国の将と互角に渡り合う……なんて馬鹿げた事を」

「そんな事、出来る訳……いえ、秋月副長はやってのけたのですね」

 

 

私の問いかけに若手は、ふざけるなと言おうとしたのだろうが口を閉ざした。それをやってのける人物なのが秋月だ。自分で言っておきながら、とんだ話だとは思うがな。

 

 

「アイツが怪我をするのは新しい技の開発もそうだが、民を守る為や他国の将との戦いが主な所だ。その為になら秋月は平然と無茶を仕出かす。それでいて奴は笑みを絶やさない。本当に……アイツは人たらしだよ。厄介な奴に皆が惚れてしまう」

「警備隊の先輩方から……色々と常識の無い人だと聞いていました。だが……」

 

 

私は秋月の人柄を改めて口にしたが、無茶苦茶だな。そして古参の兵士達から秋月の話を聞いていたのだろうが、信じられないなかったのだろう。無理もないな。

 

 

「ふざけるな!」

「今更、帰ってきて副長面すんな!」

「そうだ!平和を守って来たのは俺達なんだ!」

「そうだな。俺と一刀は魏の一員として大陸の平和に手を貸した。だが、その後の平和ん守って来たのは、お前達だ。その誇りを持つ事は良い事だ。その辺りは謝罪と感謝をする……だがな」

 

 

私が若手と話してる間に、秋月は何人かを倒した段階で他の残った若手兵士達は秋月を取り囲んでいた。若手兵士達の発言に秋月は体に気を溜め始めている。これは少々、不味いな……

 

 

「秋月が大技を放つぞ。お前等、離れろ」

「「はっ!」」

 

 

秋月が何をしようとしているかは分からんが、大技を放つのは間違いないだろう。私は気絶している若手を回収していた古参の兵士達に指示を出す。流石に秋月の技の破壊力と無茶加減を理解しているから判断が早いな。素早く離れ始めた。

 

 

「俺と一刀を馬鹿にして……舐めた態度を取って……華雄や凪達の悲しむ顔を見たか?魏に帰って来た時に凪の表情が優れなかったのも……街の人達の活気が薄いのも……お前達が傲慢な態度を取り続けたからだ。お前達は平和を守っていたかも知れないが……笑顔は守れなかったみたいだな。喰らえ、新必殺……ギガクラッシュ!」

 

 

秋月の発言は自分への不甲斐なさと無責任に居なくなってしまった自分自身への怒りと今の警備隊の不満が見えていた。やはり秋月としては街の治安を守る事以上に民の笑顔を守れなかった事に憤りを感じているのだな。そう思っていたら、秋月が両手を広げた瞬間に秋月が溜め込んだ気が全身から爆発した。私の位置まで爆発は届かなかったが、流石の威力だな。私の周囲では若手連中は呆然としているし、古参連中は「流石、副長……」「相変わらず、凄いお方だ……」「若手も馬鹿だな。俺なら絶対に副長と喧嘩したくねぇ……」と口々に言っている。

 

 

「ま、こんなもんか……気のコントロールも上手くなったな、俺も」

 

 

すると舞い上がった土埃の中から秋月が現れる。パンパンと、いつもの道着の土埃を払う仕草に以前と違って平然としている姿に私は安堵してしまう。以前なら、あの手の技を使用すれば地面に寝転んでいたが技の扱いが巧みになったのだな。

 

 

「さて……もう相手は居ないのか?」

「副長、ならば私がお相手を!」

「いや、俺だ!」

「この際だ、自分も!」

 

 

秋月が周囲を見渡しながら聞いているが、若手の兵士達は完全に戦意喪失している。すると古参の兵士達が次々に手を上げ始めた。

 

 

「おいおい、お前達も俺に不満があったのか?」

「不満?ええ、ありますとも…… 李典小隊長とイチャイチャしやがってっ!」

「そうだ!俺達だって……俺達だって……小隊長達とイチャイチャしたいんだー!」

「それにお付きの侍女さん達も可愛いし、羨ましいぞチクショー!」

 

 

秋月の疑問に古参の兵士達は叫び始める。

 

 

「 李典小隊長のお胸を好き勝手にして!羨ましいぞ!」

「猫耳軍師様を雌猫に仕立てた張本人、許すまじ!」

「可憐なメイド長さんに甘えたい!」

「メイド副長さんに踏まれてぇ!」

「華雄様の乙女な顔を独占している!」

「顔良様の優しさに包まれて、妬ましい!」

「大河きゅん、ハァハァ!」

「ヤベェ……アイツ、大河の尻を狙ってるぞ!?」

 

「だったら、掛かって来いや!兵隊さんならぬ、変態さん達めっ……クロスファイヤーハリケーン!」

 

 

次々に不満を口にする古参の兵士達。だが不満と言う割には皆が笑っている。それを察した秋月も笑いながら叫んで古参の兵士達との乱闘が始まった。秋月は手を十字に構えて気を放つ。放たれた十字の気弾に数人が吹っ飛ばされている。

 

 

「お前達に出来るか?十数人を相手にして、気の大技を繰り出した後に古参の猛者共と乱戦を」

「無理です……と言うか、なんであの規模の気を放って平然としているんですか、あの人」

「それに我々と戦っている時もほぼ無傷でしたし」

「先輩方も笑ってますね。なんか僕達も笑ってしまいます」

 

 

私の言葉に秋月に不満を持っていた若手兵士達は既にその思いが四散していた。本当に人たらしな奴だ。既に若手兵士達の心を掴み始めている。強いだけの将は幾らでもいる。だが、人を惹きつける人柄は強さの垣根を超えた何かだ。

しかし、自爆技を使ったのに今回は無事なのは何故だ?あんな技を使えば、いつもなら大怪我をするのだが……それを予想して、医務室に連絡をして既に治療の準備まで済ませたのだが……杞憂で終わったか?

 

 

「秋月、私も混ぜろ!勝負だぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「やっぱり来たか、春蘭!?消耗した状態で勝てる訳ねーだ……危っぶねぇ!?」

 

 

すると古参兵士達に混ざって春蘭が乱入して来た。秋月が「多分、春蘭か恋……後は霞辺りかな。喧嘩に乱入してくるだろうから来たら止めてくれ。流石に将軍相手に手加減無しの喧嘩なんか出来ねーよ」と言っていたが予想通り、春蘭が乱入してきたな。

 

 

「どうした、喧嘩解禁日では無いのか!?」

「だから警備隊内部での話って言っただろ!魏の筆頭将軍と喧嘩なんか出来るかー!」

「さて、そろそろ助けに行くか」

「凄い、夏侯惇将軍の剣を避けている……」

「俺達……副長の力を見誤っていた……やはり、先日の武術大会は間違いじゃ無かったんだ」

 

 

私は立て掛けていた愛用の武器を手に取り、秋月を助けに向かった。若手連中は春蘭に襲われて攻撃を避け続ける秋月に驚愕していた。

こんな馬鹿みたいなやり取りが懐かしく……私は自然と笑みを浮かべていた。

 

 




『クロスファイヤーハリケーン』

『ジョジョの奇妙な冒険』モハメド・アヴドゥルのスタンド『マジシャンズレッド』の必殺技。十字に組んだ腕から十字架の炎を放つ技。


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第二百七十一話

お待たせしました。今回は少々悩みながら執筆。


 

 

 

「あー……死ぬかと思った」

「副長のその言葉も聞くのは久しぶりになりますね」

「夏侯惇将軍から逃げ切れる方がおかしいかと思いますが……」

 

 

春蘭から逃げ切った俺だが無傷とはいかず、いつもの医務室に来ていた。我ながら春蘭の斬撃を避けれるようになるとか見事な進歩だと思う。だが、流石に無傷での生還は叶わずこうして医務室にお世話になりに来たのだ。相変わらず先生の助手は信じられない物を見る目で俺を見るなぁ。

 

 

「しかし……野戦病院みたいになったな」

「その半分以上は副長がした事ですよ。戦を知らない……ましてや、副長の無茶苦茶さを知らぬ者達には酷でしょう」

 

 

そう医務室には怪我人が大量に寝かされている。それは俺の技でぶっ飛ばされた警備隊の若者達と春蘭の暴走を止めようとした連中だ。

 

 

「こうして見ると最近の若者は軟弱だな。俺や一刀は春蘭に斬られても次の日には復活してたぞ」

「それはお二人が異常なだけですと言いたいですが……大きな戦が無いと言う事は戦や荒事への対処の仕方や対応に慣れてないと言う事です。警備隊のゴタゴタが減ったのも理由の一つでしょうが」

 

 

やれやれと着替えをしながら怪我人で溢れ返る医務室を見ながらため息を溢す。昔はドタバタとしていた日常が無くなっていたんだなと考えさせられてしまう。暫くは警備隊の若者達を鍛える事から始めなきゃかもしれないな……本当なら一刀と大将の恋愛事に首を突っ込んで行きたかったんだがな。他にも大河と龐統の事もあるし。

 

 

「じゃあ俺は行くから問題無い様に頼むわ」

「ええ、いつもの様に対応しておきます」

「え、いつもの様に?まさか昔はこれが当たり前だったんですか?」

 

 

俺と先生の会話に引き気味な助手。うん、昔はこれが当たり前だったのよ。

 

 

「オメー等も。今後は俺や華雄が鍛え直してやるし、仕事の見直しもしていくから覚悟しておけよ」

「ううぅ……」

「化け物か、あの人……」

「なんで夏侯惇将軍に斬られかけて平然としてられるんだ……」

 

 

医務室で寝てる連中に声を掛けてから出る。うん、苦しんだ返事しか聞こえなかったけど気にせず行こう。

俺は上着のポケットに入れていたタバコを口に咥えてから屋上を目指した。

 

 

「しかし、我ながら頑丈と言うか……タフになったよなぁ。体内の気の発動具合も明らかに上昇してるし」

 

 

歩きながら手を開いて閉じる。前にこの世界に居た時と比べると力が溢れてる感じなんだよな。だからこそ恋や春蘭と戦った後でも平然としてられる訳だし。それを考えると以前の気の発動は不自然と言うか、不具合があったかの様だ……疑問が増えるけどその辺りは、貂蝉や卑弥呼に聞くべきだな。この世界に戻る切っ掛けを教えてくれたのは、あの二人だし何かを知っているかの様な雰囲気だったからな。

そんな事を思い、考え事をしていると屋上に辿り着いた。咥えていたタバコに火を灯す。

 

 

「フゥー……」

 

 

紫煙を吐き、気持ちをリラックスさせる。さっきの先生の言葉が俺の中で響いていた。以前の様に、いつもの様に……あの頃の様に振る舞うのも良い。いや、むしろ嬉しかったけど……若者達の言い分も分かる。この四年間は俺にとっても努力を重ねた日々だった。彼等にとってもそうなんだ。それをいきなり無かった事にしようなんて虫が良い話過ぎる。それに、この四年間で空いた俺と桂花達との心の距離感もある。惚れた女の子達との距離もあるってのに、他の連中との距離が……

 

 

「何を沈んでおるか、馬鹿者!」

「うわっと……熱っ!」

 

 

いきなり背中を叩かれ驚く。しかも背を押された衝撃で咥えていたタバコの灰が頬に落ちて、超熱い!

 

 

「熱ちちちちっ!?って祭さん?」

「久しいの。まったく……せっかく魏に来たのに挨拶もないから少々寂しかったぞ」

 

 

頬の熱さに戸惑いながら振り返ると祭さんが仁王立ちしていた。そう言えば大将が祭さんが魏に籍を移そうとしていると言っていたな。バタバタしてたから忘れてた。

 

 

「す、すいません。バタバタしてて……それに祭さんが魏の所属になったのを知ったのも後の事だった上に俺は警備隊の所属だったので……」

「まあ、その事は後で埋め合わせをしてもらうが……何を悩んでおる」

 

 

祭さんに言い訳をしようとしたらペシっとデコピンを額に食らう。流石、呉の宿老……人を見る目が俺とは違う。年の功って……

 

 

「何を考えた?」

「いえ……自分では及ばない部分があるなぁっと思ってまして」

 

 

凄まじい速度でアイアンクローで顔を掴まれる。ギリギリと締められる力に握力が凄まじい……いや、思考が定まらないんですが。

 

 

「なんて言うか……四年間分の距離間が測りきれないと思ってまして。四年前みたいに振る舞おうとしてるけど、四年前を知らない連中とは溝があるな、と。なんか、お互いに気を使って妙な雰囲気になると言いますか……ええっと……」

「お主が何を考えているのか、なんとなく分かったが……それは悩みすぎじゃ。この国の者達も素直にお主等が帰ってきた事を喜んでおる。無理に悟った様に大人を演じなくても良いじゃろ。以前のお主は大人でありながら童の様に楽しそうにしていたからワシも惹かれたのじゃぞ」

 

 

祭さんは、やっぱり年の功なのか俺の悩みを察してくれた。俺は帰るまでの四年間に出来た魏の皆との溝を感じていた。皆は俺と一刀と『あの頃』

の様に振る舞おうとする。対する俺達も『あの頃』を思い出しながらそう接しようとする。だが、ふとした瞬間に会わなかった四年間のすれ違いが生じるのだ。大河の一件がそうであった様に、今回の喧嘩解禁日もある意味では、その延長とも言えるだろうな。

その悩みをいの一番に打ち明けたのが他国所属の祭さんになったのは四年前に少しだけ交流があったからなのはなんとも皮肉なもんだ。

なんて思っていたらアイアンクローは解かれ、そのまま祭さんは指先で俺の眉間をなぞる。

 

 

「確かにお主は他の者よりも年上じゃ。北郷も年上のお主を頼りにしているのも分かる……じゃがのう。ワシから見ればお主は年下なんじゃ、ワシの前で大人ぶらんでも良い。そのままのお主でおれ。眉間に皺なぞ寄せよって」

「三十手前の大人に言いますか、それ」

 

 

祭さんの言葉に俺は一刀と居た四年間の事を。この世界に帰って来てから袁術を助けた事とか。魏に戻ってから大将の事や桂花のご機嫌を取りに行った事とか。警備隊の事とか。色々な事を思い出して……四年前と違って大人として振る舞わなきゃと思う事が多かった。悩む事や考える事が増えたのも事実だが、眉間に皺が寄ってる自覚は無かったな。

しかし、三十手前で子供扱いされるとは思わなかった。

 

 

「呉の王族に未だに子供も変わらん者がおるが、どう思う?」

「ああ、なるほど……」

 

 

王で大人だが、子供と変わらん考えの奴が居た事を思い出す。確かに子供だわな、アレは。

 

 

「だが、自分らしく生きると言う意味では正しいとも言えるじゃろ。彼処までしろとは言わんが、無理に自分を飾ろうとせんでも良かろう。それに……ほれ、お主の悩みを察してか様子を見に来ておるぞ」

「え……あ」

 

 

祭さんの言葉に俺は振り返って入り口の方に視線を向ける。すると、そこには桂花を筆頭に詠や月達が慌てて姿を隠すのが見えた。ああ、心配掛けてたんだな。寧ろ俺自身が気付いてなかった悩みに、あの子達は気付いていたんだ。心配掛けちゃったな……

 

 

「ワシも四年前に女である事を呼び起こされてから待たされておったのだがな。今は取り敢えず……コレで我慢しておこう」

「え、祭さ……んむっ!?」

 

 

桂花達に心配を掛けさせたんだと思い、祭さんにも見抜かれていたんだと考えていると祭さんに襟を掴まれてグイッと引き寄せられてキスをされた。一瞬、赤壁での事を思い出して……と考える暇も無く祭さんの舌が侵入。あの時と同じ様に俺はされるがままになってしまう。体から力が抜け、両膝から崩れ落ちた。

 

 

「ふふっ……種馬と呼ばれておる様だが口吸いの時は生娘の様じゃの」

「祭さんに掛かると種馬も……負けちゃう」

「なんで乙女の顔になってるのよ!」

 

 

膝から崩れ落ちた俺に祭さんは指先で俺の顎をクイッと上にあげる。やだ……男前。

なんて小芝居をしていたら背中を蹴られた。声からして桂花だな。でも、まあ……少し肩肘を張り過ぎていたのかもな。自分じゃ案外気付かないもんだ。

 

この世界に帰って来てから焦っていたのかも知れない。警備隊の問題もそうだけど……もう少しゆっくり生きても良いのかもな。

 

 

「言い忘れておったが……三国の交流訓練の時期じゃのう。思春や翠が随分やる気を出してあったぞ」

 

 

訂正。俺はゆっくり生きる事が許されないらしい。現状で俺を恨んでいるであろうツートップが俺を狙っているのを聞いて俺は覚悟を決めた。




ボケるのは次回に纏めていきます!


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第二百七十二話

 

 

喧嘩解禁日に聞いた三国合同訓練。内容としては『部隊を率いての模擬戦』『将の強さを測る天下一品武道会』『隠密機動訓練』と分かれるらしい。既に部隊を率いての模擬戦と天下一品武道会は終わったらしいのだが、隠密機動訓練はこれかららしい。天下一品武道会に参加した俺も隠密機動訓練には参加せよとのお達しだった。

話を聞いていたら警備隊どころか魏の将全員の表情が暗かった。

 

 

「そんなに過酷な訓練なのか?」

「どちらかと言えば罰が酷いので……」

 

 

俺の問いに答えたのは凪。なんでも隠密機動訓練には甘寧と周泰が相手をするらしいのだが……森の中に潜む二人を捕らえる訓練なのだが、逆に捕まってしまうと一週間は洗っても落ちない墨で顔に落書きをされるのだと言う。そして、その内容も本人が気にしている事に対する罵詈雑言なのだとか。メンタルに響く様な事をしおって……

 

 

「ウチ……前に駄乳って書かれたわ……」

「そばかす姫って書かれたのー」

「私の時は「突貫猪」と書かれたな……」

「大根足って……」

「かなり私怨が入った罰だな。明らかに巨乳とかスタイルの良い子を目の敵にしてる」

 

 

各員が過去の落書きを思い出して青い顔をしている。私怨がかなり主張された罰だな、おい。

 

 

「そのパターンで行くと俺と一刀は『種馬兄弟』だろうな」

「まあ……そうなりますよね」

 

 

俺の呟きに一刀も同意する。俺等宛の罵倒で一番に思い付くのは、ソレだって言うのが泣ける。開き直りとも言うが。

 

 

「寧ろ……純一さんの方が危ないんじゃ。相手に甘寧が居るってなると……」

「そうなんだよなぁ……訓練に託けて仕留められかねない」

 

 

隠密訓練で森の中……うん、こっそりと影で始末されかねん。

 

 

「そう言えば……捕まったら罰なのは分かったけど逆に甘寧や周泰を捕まえたらどうなるんだ?」

「いえ……我々が負けた時の罰は決まっていましたが彼女達を捕らえた場合の話は無かったんです。万が一にも捕まる事は無いと言われて……実際、三国の将達は隠密訓練で彼女達を捕まえる事が出来なかったので」

 

 

俺の質問に斗詩が答えてくれる。ふむ……平時の戦闘なら兎も角、隠密なら負けない自信があると言う事か。だが、その考え方は慢心とも言えるし付け居る隙になるな。

 

 

「副長……なんか悪巧みを考えてる顔やな、それ」

「うむ。良からぬ企みをしているな」

「悪餓鬼の顔をしておるな」

 

 

真桜、華雄、祭さんが口々に今の俺の事を口にしてくる。まあ、悪巧みには違いないな。

 

 

「合同訓練の開催日は?」

「三日後ですね。その間に支度を済ませよと華琳様からのお達しも来ています」

「三国から参加する将は当日に顔合わせだから誰が来るかは分からないの。狩る側が思春さんと明命ちゃんなのは変わらないの」

 

 

俺の質問に凪と沙和が答えてくれた。ふむ……三日もあれば間に合うな。あの技を試すにも良い機会だ。合同で参加する将が分からないのは少し痛手だが基本的には自分でどうにかした方が良さそうだな。と、なれば……もう意見の提案は大将や孫策や劉備に申請しておくか。早めに下準備はした方が良い。

 

 

「純一さん?絶対に何か企んでますよね?」

「なぁに……狩られる側の勝ち筋を増やそうかと思ってな。何、そう悪い結果にはならんよ」

 

 

一刀が訝しげに尋ねてくるが、ある意味では楽しい結果になるだろう。そう言った意味では俺の策は大将や孫策辺りなら面白がって了承するだろう。そんな事を思いながら俺は大将の執務室へと向かった。

 



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第二百七十三話

 

 

あれから数日。やって来ました隠密訓練。俺と一刀は隠密訓練に参加する将と兵隊達を連れて甘寧と周泰が潜む森へと移動している。

 

 

「うぅ……遂にこの日がやって来てしまった……」

「また、あの恥ずかしめを受けるのか……」

「アレで彼女に嫌われそうになったんだよなぁ……」

「くやしい……でも……」

 

 

「兵士達の顔が一様に暗いですね」

「最後の奴はちょっとおかしい気もするがな」

 

 

兵士達の呟きを耳にしながら先を歩く俺と一刀。その顔は死刑を待つ囚人の様になっている。まあ、兵士どころか将の顔色も悪いんだけど。

魏からは秋蘭と流琉。蜀からは馬超と馬岱。因みに呉からは参加無し。何故ならば甘寧と周泰は呉からの参加だし、手の内を知っているから狩られる側は不参加となっているのだ。逃げたとも言う。

 

 

「久しぶりだね、純一さん!」

「馬岱か、久しぶりだな。元気……みたいだな」

 

 

一刀との会話に参加して来たのは馬岱だった。過去に戦った経験はあったが元々悪い印象は互いに無かったから馴染むのも早かった。しかし……明るく振る舞ってはいるが顔色は悪い

 

 

「馬岱もこの訓練に参加した事があるのか?」

「う、うん……」

 

 

俺の言葉に明らかに暗い表情になる。余程のトラウマが植え付けられたなコレは。

 

 

「なんて書かれたんだ?」

「い、言えないよ……」

 

 

俺の疑問に馬岱は顔を真っ赤にして一歩下がった。本当に何を書かれたんだか……

 

 

「純一さん、下手したらセクハラ扱いになりますよ。なんか余程の事を書かれたって、みんな口にしてましたし」

「警備隊の兵士達も被害者だったって言ってたか。まあ、この話題は一旦終わりにしよう」

 

 

一刀からの指摘に迂闊だったと反省する。馬岱は一歩下がった状態で顔を真っ赤にしたままだった。明るい小悪魔みたいな馬岱が羞恥に駆られてる……うん、ギルティな光景だ。だが今の問題は馬岱よりも……

 

 

「………っ」

 

 

見られとる……俺、めっちゃ馬超に睨まれてる。四年前の恨みは未だに続いていた様だ。思えば甘寧と馬超って俺が恨みを買ったであろう将のツートップだ。訓練に乗じて消されかねないな今日。

そんな風に雑談と考え事をしていたら甘寧と周泰が潜む森に到着。

 

 

「さて……これから隠密訓練に参加するに辺り……今回から新しく追加された事を説明しよう。訓練に参加している皆に与えられる権利として報酬が定められた」

「あ、新しく追加された報酬?」

「なんなんだ?」

 

 

森に入る前に秋蘭から俺が案を出して決まったルールの説明が入る。大将に話を通したら凄い笑顔になってたからなぁ。

 

 

「我々はいつも隠密訓練で狩られる側になっていたが、逆に森に潜む甘寧と周泰を捕まえた場合……捕まえた者を好きにできる権利が与えられる事となった。つまり将だろうが兵士だろうが甘寧か周泰を捕らえる事が出来たら彼女達を好きにしても良いとの事だ。ただし、常識の範囲内でのはなしになるがな」

「「「お、おお……おおおおおおおおおっ!!」」」

 

 

秋蘭の説明に兵士達が湧き上がった。そう今回から追加されたルールに『狩られる側が狩る側を仕留める・捕らえた場合、捕らえた者を好きに指示を下せる権利』が与えられる事になったのだ。

 

 

「このルールを考えたの純一さんですよね?なんで、このルールを盛り込んだんですか?」

「狩られる側が狩る側になってしまえば冷静な心境にはならないだろ。少しでも揺さぶりを掛けられればと思ってな。ついでを言うなら兵士達のテンションも上がっただろ。どうせ訓練するなら、やる気を出してもらった方が良いだろ」

「流石は副長!」

「我々の事を考えて下さった!」

「そこに痺れる憧れるぅ!」

 

 

 

一刀が俺の発案だと言う事を即座に看破した。付き合いが長いだけの事はあるな。俺が報酬を取り決めた事が兵士達が湧き上がる。それと最後の奴、俺は無理矢理キスとかしないから間違えんな。

 

 

「因みにだが……甘寧と周泰にもこの件は伝えられてある……『そんな欲望を抱いた奴から消していくから覚悟しておけ』との事だ」

「俺も毎回の事だが……将相手に夢を抱くなら命懸けだからな?」

 

 

秋蘭がコホンと咳払いをしながら甘寧からの伝言を伝えて、今まで種馬扱いされ散々死にかけた俺の言葉に兵士達のテンションは分かりやすく落ちた。ほぼ全員が渋い顔をしている。

 

 

「なんで、ろくブル風リアクションなんですか……これ仕込んだの絶対に純一さんでしょ。他国にまで変な文化を伝えないでくださいよ」

「いやぁ……面白くて、つい」

 

 

兵士達のリアクションが俺の仕込みである事を見抜いた一刀。実は森に来るまでの間に蜀の兵士達や魏の若者達と話をした時に『天の国』の話題の時に少しだけ面白がって教えてみたのだ。そしたら皆マネをするもんだから笑っちゃったよ。

 

 

「ま、棚ぼたでも捕まえられる事を祈ろう。そもそも訓練なんだから真面目にな?」

「「「はいっ!」」」

 

 

俺が森を指差しながら告げると兵士達は元気よく返してくれた。よし、そろそろ森に入るとしますか……それはそうと馬超からの視線がより一層厳しくなったなぁ……まあ、仕方ないけど。

 

 




『そこに痺れる憧れる』
「ジョジョの奇妙な冒険」第一部でジョナサンの恋人のエリナに無理やりキスをしたディオを称えた、取り巻き二人の一言。


『ろくブル風リアクション』
「ろくでなしブルース」で良く見られるリアクション。誰かがボケたり、奇抜な事が起きると周囲のキャラが『渋い顔をしながら舌を出して手を上げる』ポーズをする。


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第二百七十四話

 

 

 

◆◇side思春◆◇

 

 

森の中に潜んで私と明命は隠密訓練の相手を待った。今までは呉の内部だけでやっていた隠密訓練も今では三国の将や兵士を交えての訓練となっている。私と明命は呉の時代からでも獲物を逃した事もないし、捕まった事もない。今回の訓練も同様の結果になる自信があった。だが、今回はあの種馬兄が新たな規約を申し入れてきた。曰く『隠密訓練で捕らわれず逆に私達を捕らえた場合、その捕らえた者を好きに出来る権利を与える』この話を聞いて明命は顔を真っ赤にして、私も蓮華様も怒りを覚えた。訓練に託けて我々を好き勝手にしようとする判断なのだと憤った。やはり屑か……そう思っていたが祭様や雪蓮様は違った考えをしていた。

 

 

「思春……貴女は秋月と何度か戦ったんでしょ?これは秋月の策だと思うわよ」

「儂も策殿と同じ考えじゃな。不利な条件を提示して相手を揺さぶる。ほれ、既に明命も思春も冷静じゃなくなっておるじゃろう?そうすれば突き入る隙が生まれるって寸法じゃろ」

 

 

雪蓮様と祭様のお言葉に私も明命も蓮華様もハッとなる。そうだ……相手をおちょくり、隙を突くのが秋月の得意とする戦法だ。雪蓮様に指摘されなければ、まんまと奴の掌で踊らされてしまう所だった。

 

そして冷静になって獲物を待ってみればギラギラと目を血走らせて森に入ってくる愚か者共の群れ。コイツ等もまた秋月の策に踊らされている馬鹿共なのだと感じる。秋月は私の心を乱すだけではなく味方の士気を上げ、勝率を上げる為に動いていた。雪蓮様や祭様の助言がなければ私は頭に血が上り、秋月の策に呑まれていたに違いない。明命も同じだったのだろう。乱れていた気配が落ち着くのを感じる。頭を冷やせ、仕事を成せ。心を消し、獲物を見据える。隠密を侮るなよ秋月。貴様の策などお見通しだ。

私と明命は森に入って来た者達を順次仕留め始める。欲に駆られた兵士共は楽々仕留めていけるが、警戒してる将や種馬兄弟は迂闊に動かん様だな。一塊になって陣形を組んでいる。だが、無駄だ……意識が逸れた者から仕留めていけば良い。怯えて視線が逸れた者、意識が他に向いた者、緊張で体が強張った者……私と明命はそれを見逃さない。極力、音を出さずに仕留めていく。秋蘭や翠は直接の戦闘においては私と同格だが、隠密としてなら私の方が有利だ。一瞬の隙を突いて、彼女達も仕留める。

 

 

「お前達……かくれんぼの極意を教えてやろう……」

「え……なんか、嫌な予感がするんですけど……」

 

 

残ったのは種馬兄弟と蒲公英のみ。するとあの妙な鎧を纏った秋月は両手に気を込め始めた。まさか私や明命の位置を把握して攻勢に出る気か?

 

 

「猛虎高飛車!ビッグバン・アタック!キン肉フラッシュ!アタック光線!」

「だぁぁぁぁっ!?当てずっぽうで技を放たないで下さい!」

「危なっ!?危ないよ、純一さん!」

 

 

秋月は様々な方向に気弾を放ち始める。私と明命は距離を取って様子を伺っていたから危なげなく観察していたが、身近に居た種馬弟や蒲公英は危なげに気弾を避けて必死になっていた。

 

 

「潜む場所が無くなれば甘寧達も見つかるだろう!コイツで仕上げだ、だいばくはつ!」

「最後はいつもの爆発オチですか!?」

「もう、やだぁ!」

 

 

秋月の叫びに種馬弟と蒲公英が叫ぶ。嫌な予感がした私と明命は即座に距離を空けた。それと同時に森の中に爆音が鳴り響いた。粉塵が舞い上がり視界が奪われる。

 

 

「まったく……成長しないな、この馬鹿は」

「でも破壊力が増していましたね。あの距離で私達に余波が飛んできましたから」

 

 

私と明命は粉塵が収まった後の場へと降り立つ。其処には気を使い果たしてうつ伏せに倒れている秋月と爆発の余波で吹き飛ばされた種馬弟と蒲公英が並んで倒れていた。味方すら巻き込んで技を繰り出すとは愚か者と言う言葉しか思い付かんな。私と明命は並んで倒れている秋月に歩み寄る。そして徐に筆を取り出す。

 

 

「何を書きますか?」

「決まっているだろう。『女垂らし』だ」

 

 

明命からの問いに私は以前から決めていた事を書こうと思った。コイツには、この程度の文字では足りぬが取り敢えずコレを書いておこう。そう思って秋月の前に座ろうとした……その時だった。

 

 

「え……きゃあ!?」

「ひゃあ!?なんですか!?」

「捕〜まえた〜」

 

 

私と明命の足が急に引っ張られる。振り返ると地面から手が延びており、右手が私の足を。左手が明命の足を掴んでいた。妖の類かと思ったと同時に地面から秋月がゆっくりと姿を現した。なんで地中から出て来たんだコイツは!?

 

 

 

 

 

◆◇side思春・end◆◇

 

 

 

ふぅ……上手くいって良かった。正直にそう思う。隠密機動訓練だとすれば甘寧の土俵だ。そんな不利な条件下で俺が勝てる道筋があるとすれば意表を突く以外には無いだろう。だから俺は兵達の士気を上げ、甘寧達の怒りを買う条件を突き付けた。だが、この事は俺を知る人物からはお見通しだろう。特に祭さんが甘寧達に何か指摘するかも知れん。そこで俺は更なる作戦を考えた。

俺はこの世界に戻って来てから体が頑丈になりつつある。気の力も増して来ている。その証拠に天下一品武道会で自爆技を放っても意識が残っていたのだから。今回はそれを利用しようと画策した。俺が自爆技を放てば恐らく甘寧達も油断するだろう。自爆技の後は気を使い果たす事が多かったから。油断を誘い、そこを突かせて貰おうか。

 

俺の考えたプランは以下の通りだ。

①様々な技を放ち自暴自棄になったと思わせる。

②自爆技を放ち広範囲を吹き飛ばす。

③粉塵で視界を奪ったら、なんちゃってシルバースキンを脱いで予め用意しておいた身代わり人形に着させてうつ伏せに倒れている様に見せかける。

④自身は自爆技で倒れたと見せ掛けて自爆技で掘った、地面に潜り待ち構える。

⑤自爆技で倒れて動けないと油断した甘寧と周泰を捕らえる。

 

と言ったものだ。案の定、甘寧と周泰は俺が自爆技で自滅したと思い込んで迂闊に近づいて来た。過去の俺なら自爆技の後は動けなかったからな。

そして完璧に油断した甘寧と周泰を捕まえる。甘寧からは非常に乙女な悲鳴が聞こえた。うん、驚愕と……先程の自身の声に驚いたからなのか、虚を突かれた事に対する羞恥なのか甘寧はみるみる顔が赤くなっていく。

 

 

「ふ……俺の勝ちだ……へぶっ!?」

「相変わらず、ふざけた奴だ……」

 

 

勝ち誇ろうとしたら掴んだ足とは逆の足で蹴り飛ばされた。両手で甘寧と周泰の片足ずつ掴んでいたから防御も出来ずに蹴り飛ばされる。なんだろう勝ったのに凄い惨めになった気がする。

 

 

「勝敗の条件に照らし合わせれば貴様の勝ちだ……忌々しいが認めてやる」

「……なんで負けた側の方が威圧感があるんだろう?」

 

 

甘寧は俺が掴んでいた足を振り払うと立ち上がり俺から顔を背けながら告げる。うーむ、先程の悲鳴を無かった事にしようとしている節があるな。

 

 

「ま、ともあれ……俺の勝ちだったんだから、言う事は聞いてもらうぜ」

「……良いだろう。勝敗の報酬は既に取り決めていたのだからな。好きにしろ」

「はい……従います」

 

 

俺がニヤリと笑みを浮かべると甘寧と周泰は悔しそうにしていた。なんか「くっ、殺せ」と言わんばかりの状態だよ。まあでも……これから甘寧と周泰にさせる事を思えばそうなるかもな。

そう言えば俺のだいばくはつの巻き添えにした連中を助けなきゃ。正直、一刀のリアクションが甘寧と周泰の油断を誘うための一助になったんだし。

 

 




『猛虎高飛車』
らんま1/2で主人公乱馬が使用した技。『暗い気持ちになり、気を重くする』獅子咆哮弾とは逆のベクトルで『強気になれば、強い気が放てる』技となっている。弱点があるとするなら弱気になると威力が分かりやすく落ちる事で良牙が完成版獅子咆哮弾を放った際には乱馬は弱気になり、威力が落ちていた。

『ビッグバン・アタック』
ドラゴンボールでベジータが使用した技。片手を標的に向けて掲げて球状の光弾を放ち、着弾すると大爆発を起こす。 威力が桁違いに高く人造人間19号を一撃で吹き飛ばし、劇場版ではメタルクウラ相手にも使用している。

『キン肉フラッシュ』
キン肉マンが初期の頃に使用した技。腕を交差して放つ光線技だが威力が低い。

『アタック光線』
初代ウルトラマンが使用した技。突き出した右手からスプリング状の光線を放つ。

『だいばくはつ』
ポケモン初期から存在する技。己のHPと引き換えに相手に大ダメージを与える技。技を使用したポケモンは戦闘不能になる。

『微塵隠れの術』
爆薬などで自身を爆死させた様に見せかけて地面や池の中に潜む忍術。


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第二百七十五話

 

 

 

隠密機動訓練は俺の勝利で幕を閉じた。これにより甘寧と周泰の罰ゲームが決定した。そして甘寧と周泰に仕留められた連中は本来なら体の一部に落書きをされる罰ゲームを受けるのだが俺が勝利した事で罰ゲームは免れた。その事はめっちゃ感謝された。まあ、だいばくはつの巻き添えを食らわせた事は抗議されたけど。

 

 

「ああ、ちょっとその書類取って」

「…………ああ」

 

 

隠密機動訓練の翌日となった本日。俺は専用の仕事部屋で書類仕事に勤しんでいた。五年もいなかったんだ、やる事は山の様にある。処理をする順番を決めて資料を読み解きながら作業を進める。俺は側に控えているメイドに欲しい資料を頼むと、そのメイドさんは不満たっぷりに間を空けてから返事を返す。おいおい、その服を着ている人間が不満そうな顔をしちゃダメだよ。スマイル、スマイル。

 

 

「甘寧……不満は分かるが罰なんだから」

「分かっている……だが私はこんなヒラヒラした服なんて着た事が無い」

 

 

そう今現在、俺の側でメイド服に身を包んでいるのは甘寧なのだ。俺が甘寧と周泰に課した罰は『一週間、甘寧と周泰は俺と一刀のメイドとして働く事。その際に仕事の手伝いもする事』としたのだ。

甘寧は俺に、周泰は一刀に仕える事になり、二人には月と詠とは違うメイド服を着てもらった。うん、思った通りめちゃくちゃ似合ってる。甘寧はクールなメイドで周泰は、にこやかメイドって感じだな。

 

 

「側仕えならまだ良い……だが服まで変える必要があるのか?」

「それも仕事の一環だ。後で必要になるから。それに呉の人達も似合ってるって言ってただろ?」

 

 

罰ゲームの側仕えはまだしもメイド服に不満の甘寧。呉の人達にメイド服を披露した際に顔を真っ赤にしていた。だが、そんな甘寧の姿を皆が褒めた。それが恥ずかしさを加速させたのか即座に着替えようとしたので罰ゲームの最中はそれを着ている様に厳命した。まあ、孫策と祭さんは笑いを堪えていた感があるが。

メイド服を着た甘寧は髪をお団子じゃなくて髪を下ろしたストレートになっているのだが似合ってるな。

 

 

「貴様……何をニヤニヤしている。サッサッと仕事を済ませろ」

「うん、見ていただけだから許して欲しい。それとメイドならもう少し優しい指摘にしようか」

 

 

何処から取り出したのか甘寧は刀を俺の首に添えている。顔が赤くなっている辺り思考を読まれたか?だって似合ってるんだもの。

 

 

「失礼します、秋月さん。そろそろ会議の時間……あら、似合ってますね、思春さん」

「もうそんな時間か。甘寧、次は別の場所での会議だから移動しよう」

 

 

俺の首に甘寧の刀が添えられているのだが栄華は動じなかった。この手の状況に慣れているから、いつもの事と処理された様だ。いや、それもどうなんだろう。

 

 

「会議?警備隊の会議か?」

「いんや、魏のおしゃれ同好会の会議。主に服の意匠を考えたり、様々な意見を聞いて改善したりする会議かな。この会議は街の経済にも関わってくる話になってくるな」

 

 

甘寧の疑問に俺は立ち上がり、ジャケットを羽織りながら答える。俺の返答を聞いた甘寧は何故か考える仕草を見せた。

 

 

「貴様は警備隊の副長ではないのか?何故、服の意匠を貴様が考える。それに朝から貴様の側仕えしていて思ったが、何故街の警備隊の副長が親衛隊の血風蓮の運用を考える?何故、からくり同好会とやらの予算を話し合う?何故、書庫に納められる本の選抜をした?何故、料理の調理法の指導をした?明らかに役職と仕事が釣り合っていないぞ」

「客観的に言われると、なんで警備隊以外の仕事が舞い込んで来てるのか不思議でならないな……」

 

 

甘寧の指摘に俺も首を傾げる。確かに警備隊の以外の仕事をなんでこんなにしてるんだろう?前からこうだったから疑問にも思わなかったな。まして俺が不在だった頃の状況を確認する為に手広く資料を読んだから甘寧の疑問も尚更である。

 

 

「どれも秋月さんが創設から話に絡んでいるからでしょう。貴方が絡まなかったらここまで大きな話になっていませんよ」

「何処にでも首を突っ込むのは同じか貴様」

「仕事を安請け合いしすぎた感じがして来た。俺は本来、責任者なんか似合わないんだが」

 

 

冷静になってみると、ただのサラリーマンだった俺がこんな様々な所の責任者になってるのはおかしいって。ちょっと仕事を見直したくなってきた。

 

 

「因みにですが……お姉様から『純一は責任者から外す気は無いから励みなさい』と言伝を預かっています。お姉様も秋月さんの意匠の服を楽しみにしていたご様子でしたので」

「流石、大将……アッサリと逃げ道を塞ぎやがった」

「そんなに素晴らしいのか貴様の服の意匠は?正直、私は服には興味が無いから分からんな」

 

 

栄華から告げられた大将の一言。相変わらず俺の思考の先読みが完璧である。そんな俺に甘寧は『服に興味が無い』と言う。

 

 

「それなら安心しろ甘寧。これから行う会議で甘寧には俺の意匠した服を着てもらうから。服への興味も湧くかもしれんぞ」

「………なんだと?」

 

 

俺の一言に固まる甘寧。そりゃそうかこれから甘寧には着せ替えのモデルになってもらうのだから。楽しみだなぁ……俺は今、我ながら悪い顔をしていると思う。

 



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第二百七十六話

 

 

此処は魏の城の内部にある北郷警備隊お洒落同好会の部屋。この部屋には現在、数名の男女が会合をしていた。

 

 

「秋月さん……素晴らしいです」

「俺も天の国に戻って何もしていなかった訳じゃないんでな」

 

 

栄華の一言に俺は頷き、高速でピシガシグッグッグっとハイタッチを交わす。我ながら素晴らしい服を考案したと言えるだろう。

 

 

「あうあうあう……恥ずかしいです」

「………」

 

 

顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている周泰と同じく顔を赤くして俺を睨む甘寧。彼女達には俺が考案したメイド服を着ていてもらったが現在は女子高生みたいな服装をしてもらっている。

 

 

「貴様……我等にこんな辱めを与えてなんのつもりだ?」

「寧ろ新しい服の考案会議に呼ばれるのは魏では名誉な事なんだがな。まあ、仕事の説明をしないまま連れてきて服を着てもらったのは悪かったとは思うが」

 

 

甘寧は女子高生スタイルのまま俺の胸ぐらを掴みながら睨んでくる。うーん、なんか犯罪チックな光景になってる気がする。

 

 

「じゃあ簡単に説明するけど将や文官に服を着て貰って、その服の感想を言ってもらう。そして、その意見を参考に市井に出していく……って感じかな。まあ様々な服の試着をする仕事と思ってくれ」

「なら、この服も市場に出すと言うのか?」

「いえ、その服は秋月さんの趣味で作った服ですよ」

 

 

俺の説明に納得しかけた甘寧だが、栄華の一言に掴まれている胸ぐらに力が更に込められる。

 

 

「まあ、趣味が混ざるのは悪かったがこれこらが本番だ。何着か用意したから来てみて感想を頼む。オジサンは楽しみにしながら部屋の外で待機してるから」

「着替えを覗いたら始末す……殺すぞ」

 

 

言い直せてませんよ甘寧さん。オブラートに一切包まれてません。むしろストレートなロックです。何を言ってんだか俺も。

今回は甘寧や周泰に頼んだが、今までは魏の将や文官が担当していた。だが同じ人物で意見を回し続けてもマンネリ化してしまう。そこで俺や一刀の帰還に合わせて蜀や呉の人達の意見も取り入れようとなった。そして今回の甘寧や周泰の罰もあるので彼女達には拒否権が存在しない。存分に着替えてもらおうじゃ無いか。

 

 

因みに前回は真桜に試着を頼んだのだが『SUGOI DEKAI』と書かれたシャツにタイトスカートにパンストを着てもらった。正直、めちゃくちゃ似合ってたわ。

なんて事を思いながらタバコを吸っていたら部屋の中から栄華が「どうぞー」っと声を掛けてきたので中に入る。

 

 

「おお、似合ってんなー」

「あ、ありがとうございます」

「……ふん」

「ええ、お二人共よく似合ってます」

 

 

部屋に入ると甘寧はレディースのスポーツウェアを着ていて、周泰はパーカーにハーフパンツとボーイッシュなスタイル。二人とも可愛いからモデルみたいになってんな……いや、正直めちゃくちゃ可愛い。

 

 

「着心地とかどうだ?」

「天の国で運動する時の服なのだろう?動きやすそうだ」

「私のは普段着との事でしたが着やすいですし、私は好みの服装ですね」

「次はこれが良いかしら……こっちも捨てがたい……」

 

 

俺は至極真面目に仕事に勤しむ。甘寧や周泰に服の感想を聞きつつ、その意見をメモしていく。栄華は次に二人に何を着せるか悩んでいる様だ。

この後、お嬢様風の清楚な服やギャルみたいな服、カジュアルなスタイルから男装風な服など様々来て貰った。最初は渋々と言った様子の甘寧や周泰だったが段々気を良くしていったのか文句を言わずに次々に服を着てくれる。なんやかんやと言いながら二人も女の子だからな。オシャレに興味無さそうに見えて、段々楽しくなっていったのだろう。

 

そろそろ良いかな……俺は栄華にアイコンタクト。栄華も俺の合図に気付いて、二人にバレない様にコクリと頷いた。

 

 

「じゃあ、次の服だな。俺は外に出るから着替えたら呼んでくれ」

 

 

先ほどから「甘寧と周泰が着替える為に俺が外に出る・着替えが終わったら俺が部屋に入る」を繰り返している。そう当たり前になった自然な流れだ。そして俺は見た……俺が部屋を出る際に栄華が悪い笑みを浮かべていた事に。アイツも染まって来たなぁ……

 

俺は先程の流れ同様に部屋の外でタバコを吸って待機する。暫くした後に「なんだ、この服は!?」「恥ずかしいです!」とバタバタと騒がしくなり始めた。着替えが終わったらしいな。

俺はニヤリと笑みを浮かべて部屋の中に入る。

 

 

「着替えは終わった?入るぞー」

「ば、馬鹿!入ってくるな!」

「あうあう……」

 

 

甘寧はバニーガール。周泰はFGOの牛若丸みたいな服装である。超似合ってんなー。いや、似合うとは思ってたけど似合い過ぎだろ。甘寧はスレンダーな体だからバニーガールの格好が似合ってるし、周泰は体格と言い背丈と牛若丸に近いからより一層似合ってる。『壇ノ浦・八艘跳』とか教えてみようかな……この娘なら本当に出来そうで怖いが。

 

 

「うぅ……天の国の鎧と聞いて着替えたのに……」

「嘘じゃ無いぞ、周泰の様に素早い武士が着ていた鎧だ」

 

 

周泰が恥ずかしそうに騙されたと言うが決して嘘では無い。

 

 

「ほう……では、この服はなんだ?主に男性が喜ぶ服だと聞かされたのだが?」

「バニーガールを喜ばない男が居ない筈ないだろう。少なくとも俺は超嬉しいぞ」

 

 

両手で自身の胸元を隠しながら俺を睨む甘寧。いや、睨まれても可愛いとしか言いようが無いよキミ。だが、ここで言葉のチョイスを間違えたら酷い目に遭いそうだ。

 

 

「甘寧……襲っていい?」

 

 

この直後、目の前のウサギちゃんからの一蹴で俺はK.O.された。「似合ってる」「可愛い」とか言おうと思ったのに甘寧のあまりの可愛さに欲望が俺を支配してしまったのだ。

 

 




『SUGOI DEKAIシャツ』
『宇崎ちゃんは遊びたい!』のヒロイン宇崎花が作中で着用している普段着。七部丈のシャツで胸の部分に「SUGOI DEKAI」と記載されている。

『牛若丸』
『Fate Grand Order』に登場するライダーのサーヴァント。中義心が厚く真面目な性格。服装は分かりやすく言えば鎧に水着で肌を晒してる面積が非常に多い。服の所々に狸の意匠が施されている。

『壇ノ浦・八艘跳』
牛若丸の宝具で八船を高速で飛び渡り、最後に敵に一太刀を浴びせる技。アニメでは八体に分身をしていた。


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第二百七十七話

お待たせしました。更新再開します。


 

 

甘寧の鋭い一撃に気絶させられた俺は医務室に放り込まれていた。

 

 

「いやー……流石、甘寧。手加減無しの鋭い一撃だった」

「今回は顎への一撃でしたから脳が揺れた様ですね。本日は安静になさって下さい」

「なんで将の一撃を食らって平然としてるんですか、この人……」

 

 

目が覚めた俺は痛む顎を撫でていたら医務室の先生と助手に呆れと驚愕の視線を浴びていた。助手君もそろそろ慣れて欲しいもんだ。

しかし半分本気のジョークだったんだが甘寧には通じなかったらしい。だけどまあ……気絶する前に見た甘寧の顔は真っ赤だった。あの手の話には慣れていないのだろう。そんな事を思いながら医務室を出るとすっかり日暮れになっていた。

 

 

「っと、もう夕刻か。随分長いこと寝てたみたいだな。まだちっと寝足りない気もするが」

「気絶と睡眠を同列に考えないで下さい」

 

 

最後に助手君のツッコミを背に浴びながら医務室を後にする。さて、仕事を途中で放棄した形になったから栄華が怒ってないか心配だな。俺は取り敢えず、北郷警備隊おしゃれ同好会の会議室になってる部屋へと向かう。

 

 

「おーい、仕事は……」

「ですから、この服を薦めるべきです!」

「違うの!こっちの方が良いの!」

「いえいえ、今の流行りを考えるならば……」

「だからこそ、こちらを流行らせるべきなのでは!?」

 

 

会議室の戸を開くと熱風が……いや、そう感じる程に熱い空気が漂っていた。中では栄華、沙和を筆頭におしゃれ同好会の主要な人間が揃って熱い討論を繰り広げていた。これは落ち着くまで待った方が良さそうだな。俺は静かに戸を閉じた。

 

 

「あのまま会議に加わると朝まで討論会になりそうだからな。俺はごめんだ。後で結果を知らせてちょーだい」

 

 

以前、あんな感じの会議に口出しをしたら朝まで付き合わされた。しかも、その後で春蘭と鍛錬と言う名の拷問の憂き目にあった。俺は会議室を後にしながら、その時を思い出す。タバコに火を灯しながら廊下を歩き、警備隊の詰所へと向かう。今日の報告書に軽く目を通すと今の警備隊の良くない部分がちょいちょい浮き彫りになっていた。

 

 

「街の大きさに対して警備隊の練度が低いな……やっぱり警備隊の指導を強化していかないと……」

 

 

今の警備隊は新参の警備隊がミスをして古参の警備隊がフォローしてる感じだ。俺が最初にこの街に戻ってきた時もそうだった。天下一品武道会の参加者の強者とは言っても酔っ払いにのされてしまう程に今の警備隊は弱い。トラブルへの対処も遅い。平和になった弊害なのかね。

血風蓮と同じ鍛錬させれば自ずと強くなるとは思うが、それじゃ根本的な解決にはならない。かと言って俺が毎回指導していたんじゃ手間が増えるし、指導体制を整えていかないと。

 

 

「やる事、いっぱいだよなぁ……他国への遠征話も出てるし」

 

 

俺としては魏の事を一番にしたいのだが、他国へ遠征し技術提供を求める意見が出てるそうだ。大将もその事を受け入れて遠征を検討をしているそうだが……それはつまり、遠征が始まる前に警備隊を整えろって事だ。やれやれ警備隊の事で頭がいっぱいだってのにな。遠征の事も考えなきゃだ。

 

 

「やれやれ……明日はからくり同好会も見に行かないとな。真桜も何を開発してるかチェックしとかないと」

 

 

まだ全部把握はしていないが、からくり同好会の事も見なきゃならない。あの頃でさえ予算を馬鹿みたいに割いていたんだ。あの頃でさえ、ストッパーの役割をしていたのは俺と栄華の二人だったが、その俺が居ない間に予算をどれほど消費していたか考えたく無い。栄華がストッパーになったとは思うが、まさかの展開もありそうだからな。

そんな事を思いながら俺は警備隊の詰所を後にした。

 

 

夕食を前に一旦自室に戻ると……桂花が俺の部屋のベッドで寝ていた。猫の様に疼くまり、布団に包まっていた。俺は声を出さずに悶えていた。

いや、マジで猫みてぇじゃん。まるで飼い主が戻らなくて寂しさに構ってちゃん全開の猫じゃん。さて、この可愛い子猫ちゃんをどうしてやろうか。

 

 

「まあ、でも……起こすのも忍びないが……」

「……ん、う……」

 

 

悪戯したい欲求にめっちゃ駆られたが疲れてるみたいだし、寝かせておいても良いかなって思ってる。これは桂花の寝顔を肴に一杯飲むしかあるまい。そう思って食堂に酒でも取りに行こうとしたらクイッと袖を引かれる。振り返ると桂花が俺の袖を掴んでいた。その瞳は焦点が合っておらず寝惚けてる感じだ。しまった、起こすつもりは無かったのに。

 

 

「いか……ないで……」

「起こしちゃったか……桂花、ちょっとだけ待って……」

 

 

ボソリと呟いた桂花の一言に謝罪をしながら起きたのなら酒を一緒に飲もうと思って待っててもらおうと思ったら袖を引く力が強くなった。

 

 

「いや……いや……いかないで!」

「お、おい。落ち着け桂花」

 

 

目に涙を溜めて必死に訴える様な仕草に違和感と言うか……驚かされた。こんなに取り乱す桂花は久しぶりに見る。

 

 

「いっちゃやだ……いかないで……私を置いて……逝かないで……」

「………桂花」

 

 

涙を流しながら弱々しく呟いた桂花の言葉が俺の頭を殴った様な気分にさせられた。俺は帰って来てから荀家で世話になり、この世界の今の現状に馴染んでから魏に戻った。だが桂花は違う。俺が突然帰って来て、あの頃のままの様に振る舞って帰って来てからも愛し合ったけどゆっくりと過ごす事が思えば無かった。だから桂花は不安だったんだ、俺がこの世界から消えた時の事を悪夢として思い出す程に。

 

俺は桂花の手を握る。そして、そのまま布団に入って桂花を抱きしめた。

 

 

「ゴメンな、桂花。自分の事ばかりで……桂花を安心させてやれなかった」

「……ひぐっ……ううっ……」

 

 

俺が抱きしめると桂花は喉を鳴らして泣き始めた。起きているのか、眠りながら俺の言葉に反応しているのか……俺は泣いている惚れた女の子を放っておく気にはならなかった。

桂花は俺が消えた日から安心出来なかったのだろう。起きていても眠っていても悪夢に悩まされて続けたのだろう。擦り切れそうになる心を立場的に桂花は弱い所を見せようとしなかった筈。まあ、性格的に他人に弱いところを見せないからな桂花は。

 

 

「桂花……大丈夫だ。俺は此処に居る。もう何処にも行かないよ」

「……うっく……ひっ……」

 

 

まだ泣き続ける桂花を泣き止んでくれ、安心して欲しいと願いながら髪を撫でる。張り詰め続けた心を緩めても良いんだよと言い聞かせる様に力強く抱いた。

段々と震えていた桂花の身体から力が抜け、俺に身を預ける様になってきた。

 

それに安心してしまい……俺の意識も気が付けば遠くなっていた。俺と桂花はそのままの体勢で朝を迎える事になっていた。

 

 



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第二百七十八話

お待たせしました。



 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

 

ど、どういう事なの?……秋月を部屋で待ってたら、いつの間にか寝ちゃったみたいなんだけど目が覚めたら秋月が私を抱きしめながら寝ていた。

そりゃ、ちょっと寂しいとか思ってたけどこんな情熱的に抱きしめて……って、私まだお風呂に入る前に寝ちゃったから汗を落としてないんだけどっ!?

この状況は嬉しいけど、せめてお風呂に入ってから……って私は何を想像して……

 

 

「ん……あ、起きたのか桂花」

「あ、うん……じゃなくて、なんで私を抱きしめて寝……きゃっ!?」

 

 

混乱している私に秋月は愛おしいそうにギュッて私を抱きしめてくれる。え、ちょっと待って!?秋月に愛されてる自覚はあったけど、こんなに甘やかす様な抱擁に驚いてしまう。優しいのに力強い抱擁に私は抜け出せなくなってしまう。

 

 

「随分、寂しい思いをさせてしまったみたいだからな。全力で甘やかす事にした。異論は認めない」

「ば、馬鹿……何を言って、ひゃあっ!?」

 

 

甘く囁く秋月に私は動揺してしまう。秋月は私のお尻を触りながら耳元で私を甘やかす宣言をした。ヤバい……心臓の音が鳴り響いて煩い。羞恥と期待で私の頭がグルグルと思考が纏まらない。

 

 

「後で大将に正式に休みの申請はするが……今日明日は確実に休みは貰う。食事は俺が用意するし、甲斐甲斐しく世話を焼くと決めた。甘やかしてやるから覚悟しろ」

「何よ、その脅し文句は!?」

 

 

妙に格好つけた顔で喋る秋月。私が離れようとすると秋月は離さないと言わんばかりに力を入れ始めた。

 

 

「悪いが、この一件については譲る気はない。泣いても喚いても甘やかしてやる」

「恥ずかしいだけよ馬鹿!」

 

 

秋月に甘々にされる未来を想像して私は顔が熱くなっていく。秋月は優しいから、甘やかしてくれるとなれば私の想像もつかない様な事を仕出かしそうだから……ヤバい、この展開はヤバい気がする。

 

 

「そ、それに私まだ……お風呂にも入ってないから……」

「気にするな。なんなら、一緒に風呂に行くか?」

 

 

私が恥ずかしそうにしていると秋月は私を抱き上げながら、お風呂に連れて行こうとする。ちょっと待って!このまま行く気なの!?城内だから色んな人に見られちゃうじゃない!

 

 

「恥ずかしいでしょ、この馬鹿!女心を察しなさいよ!こんな運ばれて方も恥ずかしいし、一緒にお風呂に行くのも恥ずかしいでしょ!」

「暴れるなよ、虐めたくなるじゃないか」

 

 

私が暴れても秋月はビクともしない。改めて秋月の逞しさに驚いてしまうが、今はそれどころじゃない。

 

 

「紳士的になりなさいよ、馬鹿!」

「散々種馬呼ばわりしていたんだから今更だろ」

 

 

秋月は私を離さない。そのまま部屋を出ると広場へと歩みを進めていく。すれ違う人達が何事かと見てくるが何故か、納得した様な表情になっていた。ちょっと待って周りには周知の事実になってるの!?

 

 

「あ、何してるんですか純一さん。華琳が仕事を頼みたいと言ってましたよ」

「一刀、俺と桂花は今日明日と仕事を受けないから大将にはそう伝えておいてくれ。まあ、その翌日も足腰が立たなくなってる可能性は高いが」

 

 

風呂場への道中で行き交う人達の中で北郷ともすれ違う。北郷は華琳様からの依頼もあった様だが、秋月はすれ違い様に今日明日は仕事を休むと告げ、更に翌日も休むと堂々と宣言した。それを察した北郷は若干顔を赤くして……そして私もその意味を理解した。それってつまり……

 

 

「いやぁぁぁぁぁ、ケダモノ!」

「その通り、惚れた女の前じゃ欲望に塗れた一匹の雄だ」

 

 

私が本気で抵抗しても、秋月は動じなかった。それどころか誇らしげに語る。

 

 

「それっぽい事を言えば許されると思うんじゃないわよ、馬鹿!」

「アッハッハ。覚悟しろよ、子猫ちゃん」

 

 

私がポカポカと叩いても秋月は笑い飛ばしていた。なんで、そんなに私を甘やかそうとするのよ!嬉しいけど、アンタに過度に甘やかされると抜け出せなくなりそうで怖いのよ!




前回の事もあり、全力で甘やかす系主人公になりました。


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第二百七十九話

 

 

 

 

◆◇side詠◆◇

 

 

 

 

夢を見た……月が何進や十常侍の謀略に巻き込まれる前……まだ洛陽で都を良くしようと奔走している頃の夢。涼州で部隊を率いていたところを張譲に引き入れられ働いていた。

僕達は街の視察に行ったり、街の周辺に異常がないか警戒をしたりと忙しかった。特に月は善政への憧れもあり、見かけによらず民の情勢を知るため頻繁に城を抜け出す行動派だった。でも月は非力なのに単独行動をしたりしてしまう悪癖もあり今回はそれが悪い方向へと行ってしまった。

 

月が行ってしまった村は狼が多数出没する報告があった村だった。報告を聞いた僕や華雄、霞は焦った。あの子に何かあったら……そんな最悪な結果を頭の片隅に追いやりながら僕達は月が向かったと言う村へと急いだ。

そこで僕達は驚きの光景を見る事となる。

 

 

「痛ってえな!なんでこんなに野犬が居るんだよ!?明らかに日本じゃない地形だし!」

「へうう〜」

 

 

見た事ない服を着た男が月を小脇に抱えて野犬の群れから逃げ惑う。そんな光景に僕は勿論、華雄、霞も呆然としてしまい兵士達も呆気に取られていた。正気に戻った僕達は月と男を助け出し、事情を聞く事に。

月は予想通り、民の様子を見に行く為の視察であり、兵士達と共に行くと民がいつも通りの生活が見れない事に不満があり、今回もそれで単独で視察予定だった村へと行こうとしたらしい。その道中で狼の群れに襲われ絶体絶命の所を、先程の男に助けられたらしい。

 

男の方は見た事も無い服装で先程まで走り回っていた為か今は疲れ切って地べたに座り込んでいた。この男にも月を救ってくれた事に感謝しようとした所でこいつはとんでもない事を口にした。

 

 

「あー、まさかあんなに野犬が出るとは驚いたな。月……だっけ、キミも災難だったな」

「へうっ!?」

「なっ!?」

 

 

男は僕達の会話を聞いた中で月の真名を聞いたのだろう。でも、知ったからと言って真名を口にするのは許されない事だ。しかも男は口に咥えた物に火を灯す。ちょっと待って、こいつは今この細い木の枝みたいな棒から火を起こしたの?火を灯してから煙が出た事で咥えた物が煙草だと理解した。

 

 

「死ねぇ!」

「危なっ!?」

 

 

僕が問い詰める前に華雄が大斧で男の首を切り落とそうと横薙ぎに振り抜くが男は寸前で上体を反らして避けた。ぎりぎりの所で避けたのか咥えていた煙草の先端が華雄の大斧に斬り取られた。

 

 

「ぷっ……殺す気か!?」

「他人の真名を勝手に呼ぶ無礼者を殺して何の問題がある?」

 

 

咥えていた煙草を吐きながら華雄に悪態をつく男は本気で焦っている様だ。華雄は必殺の一撃を避けられたからなのか殺気立ちながら構えている。そんな緊迫した空気を破ったのは月だった。

 

 

「か、華雄さん……この方は私の命の恩人です。真名を呼ばれたのは驚きましたけど」

「し、しかし……真名を勝手に呼ぶ様な無礼者は」

「いや、さっきから言ってる真名って何!?」

「え、真名を知らない?」

 

 

月が男を庇いながら力説し、華雄は戸惑っていた。僕はこの男が真名の意味を理解していない事に疑問を抱いた。

この後、月の恩人と言う事で城に連れ帰った。

 

男の名は秋月純一。この男の話を聞けば聞く程、頭がおかしくなりそうだった。この男は秋月は未来……先の世から来たのだと言う。でも月は助けられた恩義からなのか秋月の話を楽しそうに聞いていた。

最初は秋月に反発していた華雄も秋月の人柄に少しずつ気を許し、霞は飲み仲間が増えたと喜んでいた。恋やねねもかなり早い段階で秋月に懐いており、なんやかんやで僕も秋月と共に過ごす時間が楽しくなっていた。

 

秋月が僕達と過ごす様になる前に噂に聞いていた乱世を鎮める為に天から遣わされる天の御使兄弟の噂……その片割れが秋月じゃないかと言うか噂が洛陽に広まっていた。本人はそんな訳無いじゃんと笑っていたが華雄や霞から武道を習い始めてから、どんどん強くなっていった。

 

 

「ちェりああああッ……ぐはっ!?」

「甘いでぇ!」

「妙な構えだったがどんな武術だったんだ?」

 

 

妙な構えから拳を放った秋月だったけど霞に返り討ちにされていた。華雄はどんな武術だったか気になっていたみたいだけど。

 

 

「剛体術って言う一撃必殺の奥義みたいなもんなんだけど」

「秋月は本当に色々な事を知っているのだな」

「どんな技でも当たらな、意味無いで」

 

 

倒れた秋月を華雄が起こして霞が笑いながら指摘していた。そんな姿に僕も笑ってしまう。こんな日がいつまでも続いて欲しいと願っていた。

でも、それは儚い願いだった。袁紹をはじめとする諸侯のでっち上げの結果、月は暴君呼ばわりされて反董卓連合を組まれ諸侯と対立する事になってしまった。

一部の兵や民が洛陽から逃げ出す最中、僕や華雄、恋、ねねは月を守る為に残った。そして秋月も……

 

 

「秋月……お前は元々無関係なのだから無理に我々に付き合う必要はないのだぞ?」

「惚れた女の為に……って奴だな。とことん付き合うよ」

 

 

華雄が秋月に逃げて良いと言っても秋月は煙草を吸いながら照れ隠しをしながら答える。その発言に月は顔を真っ赤にして、華雄、霞、恋、ねねも頬を染めていた。

でも、僕はチクリと胸に痛みが走った。秋月が命懸けで守ろうとしたのは月。最初に出会ったのも月。お茶をして笑顔になるのも月。

僕は月と比べて可愛くないし、霞みたいに秋月と気が合う訳じゃない。華雄みたいに素直にもなれない。恋みたいに秋月を守れる武がある訳じゃない。ねねみたいに、親しみを持って接する事が出来る訳じゃない。

 

僕は秋月に何かしてやれる訳じゃない。それどころか、秋月とは顔を合わせれば小言ばかり言ってしまう。

 

 

「はぁ……僕ってなんで可愛い気がないんだろ……」

 

 

諸侯が迫る最中、僕は夜の城壁の上で空を眺めながら呟いた。諸侯が迫ってくるのだから、こんな事で頭を悩ませてる場合じゃないのに僕は秋月の事で頭を悩ませていた。

 

 

「自分で言う事じゃ無いだろ」

「きゃあっ!?あ、秋月!?なんで此処に!?」

 

 

突如、背後から声を掛けられて僕は悲鳴を上げてしまう。振り返ると秋月が立っていた。

 

 

「な、なんで此処に居るのよ?」

「月が詠の様子が……って気にしてたからな」

 

 

僕の質問に秋月は隣に立ちながら答える。そっか……月に言われたから……

 

 

「それに……惚れた女が浮かない顔してれば気にもなるっての」

「そう……え?」

 

 

秋月の言葉に頷いた僕は城壁の上から街を眺めようと……へ?

 

 

「ほ、惚れた女って……」

「そ、お前の事。散々、アピール……いや態度で示していたつもりなんだが」

 

 

秋月は僕の髪を弄りながら囁く……え、いや、ちょっと待って……顔が熱くなって頭がこんがらがって思考が纏まらない。

 

 

「な、なんで僕なのよ!?月の方が可愛いし、霞や華雄の方が女らしいでしょ!?恋やねねみたいに僕はアンタに懐いてないし……僕は口煩くしてばかりじゃない……」

「だからなのかな……なんの遠慮もなく言われて俺も気兼ねなく接する事ができて……いつからなのかな、いつも詠の事を目で追う様になってたよ」

 

 

隣に立つ秋月が僕の手を握る。大きくて暖かい掌に僕は落ち着くと同時に顔が熱くなる感覚に襲われる。月はいつもこんな気持ちだったのね……

 

 

「女ったらしね……他の娘にもしてるんでしょ?」

「少なくとも、この世界に来てから自分からしたのは詠が初めてだよ」

 

 

自分でも可愛げがないとは思いながらも口は勝手に動いてしまう。秋月から告げられた一言にホッとするのも束の間……『この世界に来てから』?『自分からしたのは』?

 

 

「それってつまり、前にはした事があるのよね?それに自分からって事は誰かにされた事があるって事よね?」

「ああ、うん……前に居た未、いや天の国や……月が意外と積極的でな」

 

 

僕の指摘に秋月は空いている反対側の手で自身の頬を掻く。そう、月が……あの子ってあれで結構行動力があるのよね。時折、僕も驚かされるし……

 

 

「そう……だったら、アンタからしてくれたのは僕が最初なんでしょ。大事にしてよね」

「ったりめーだろ、大事にするよ。その為には、このふざけた反董卓連合を打ち倒す」

 

 

僕の言葉にいつもヘラヘラ笑ってる秋月は凄く真面目な顔付きになっていた。その横顔にドキッとしてしまう。

 

 

「勝とうぜ、詠」

「うん。そうだね……でも」

 

 

そう……これは夢なんだ。もしも秋月が桂花じゃなくて僕達の所へ舞い降りていたら……もしもの話。もう……起きなきゃだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっばり、夢よね。なんて夢見てんだか僕も」

 

 

夢から覚めた僕は寝台から身を起こす。寝惚けた頭を奮い、先程までの僕や月にとって都合の良い夢を否定する。もしも、なんて考えるだけ無駄だとは思う。

でも、もし……夢の通りになっていたら僕や月が秋月を独占できたのかしらと思ってしまう。身支度を済ませながらそんな風に思ってしまう。

僕がこんな夢を見たのも、こんなヤキモキする様な気持ちになったのも……

 

 

「ほら、桂花」

「ば、馬鹿……恥ずかしいでしょ……」

 

 

昨日から妙にイチャイチャしてる秋月と桂花。

いつも以上に桂花に優しく甘やかしてる秋月に否定しながらも、されるがままに甘やかされてる桂花。そしてその光景をマジマジと見せつけられている秋月に惚れている女の子達。僕があんな夢を見るのも当然よね。

 

明日もこの調子なら、あの二人を引っ叩かないとダメだよね。ハァ……と溜息をつくと同時に……

 

 

「……羨ましいな」

 

 

僕が呟いた本音は誰にも聞かれる事も無く消えた。

 

 

 





『剛体術』
刃牙シリーズの技の一つ。攻撃が当たるインパクトの瞬間まで身体を硬直させ、使用する関節を固定する事で自己の体重をそのまま乗せる事が出来る技術。
これでパンチを放った場合、自身の体重が65キロだとしたら相手に65キロの鉄球を高速で当てる衝撃との事。


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第二百八十話

 

 

 

 

「か……がふっ……げほっ……」

「弱いな。顔不が気にかける程の男と聞いていたから味見をしに来たが……とんだ期待外れだ」

 

 

なんで……こうなったんだっけ?俺は血だらけで地面に仰向けに倒れながら、そんな事を思っていた。それと言うのも……

 

 

 

 

 

時間は少しばかり戻る

 

 

 

 

 

 

俺が桂花を甘やかしきった翌日。まあ、各所からクレームと同じ事をして欲しいと嘆願書が届いた。うん、他の娘達も後で存分に甘やかす予定なので許して欲しい。

まあ、でも……桂花の事は甘やかし過ぎたのかもしれん。桂花は今日は仕事を休ませている。何故ならば今の桂花の表情は人様に見せられない状態になっているからだ。

表情が緩み、頬が常に赤くなっており、トロンとした瞳になっている。

あんな姿、絶対に他の人に見せたくありませんっての。男は勿論だが、大将にも見せられんな。それこそ、覇王様が大魔王に変貌しかねん。

 

そんな事を思いながらだが俺は大将から桂花の分も仕事しろと渡された書類に目を通していた。

 

 

「しかし大将も人が悪いな……まだ魏の内部でも挨拶回りが完全に終わってないのに他国への遠征話を進めろとは……な」

 

 

その中の企画書の一つだ。そこには俺と一刀を呉や蜀へと派遣……と言うか視察に向かわせる件。俺や一刀の天の知識を率先して取り入れている魏に対して又聞きの蜀や呉は技術や知識に遅れがある。情報の差異による間違った伝わり方をしている物もあるのだとか。それを魏の人間が指摘しても『いや、こっちの方が良い』と否定される。そこで『本当の天の知識』を持つ者に指導、改善してもらおうと考えたらしい。

 

 

「多分、俺と一刀の顔合わせも考えてるな、コレは……一石二鳥って所か」

 

 

俺と一刀の派遣(視察)で間違った知識の矯正。俺と一刀を知らぬ魏を除いた蜀と呉への交流。大将達では気付かない俺や一刀の視点での他国の技術吸収。

 

あれ?一石二鳥の筈が三鳥になってた。ついでを言うなら大将の事だから俺や一刀のトラブルっぷりを笑うんじゃなかろうか……あの覇王様、何処まで予想してんだろ。

単に俺が桂花を独占した分、嫌がらせで仕事を回した気がせんでもないが……

 

 

「と……もう日が落ちてるな。すっかりのめり込んじまった」

 

 

部屋の外は既に暗くなり始めてる。俺自身の仕事もあったが、桂花の仕事も一部請け負ってたから時間がかかった上に集中し過ぎてたらしい。部屋を見れば誰かが気を聞かしたのだろう、灯が灯してある。もしかしたら夕食の誘いでもあったかもしれないが俺が書類に集中していたから深入りはしなかったのかもしれない。

 

 

「久々に街に出て一杯やるか……一人酒っても悪くないしな」

 

 

前の時に魏に居た時はこっそりと城を抜け出して下町で一杯飲んだもんだ。そんな呑気な事を思いながら城下へと繰り出す事にした。これが後に多大なる問題へと発展するとも思わずに。

 

 

「いやー、食ったし飲んだ。下町の連中は相変わらず気が良いねー」

 

 

俺は城下に行くと四年前に見知った人達と会い、笑いながら挨拶をしていき最終的には再会を祝して宴会となって大騒ぎをした。飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。すっかり遅い時間まで付き合ってしまった。

 

 

「でも、ま……帰ってきたと実感出来るのは良いこった」

 

 

俺はタバコを咥えて火を灯しながら夜の町を歩く。なんか、こう言うのも久しぶりだな。魏の街は警備でも休みでも歩き回った。こうして紫煙を燻らせながら街を歩くのは何気に好きなんだ。未来じゃ歩きタバコ禁止の場所が増えたから出来ないけど。

そんな事を思いながら城に到着。真っ直ぐ部屋に戻ろうかと思ったが少しだけ気が乗った俺は訓練場に足が向いていた。

 

 

「こうして街に出てフラッと訓練場に来ると本当に、あの頃だよな……今の俺は懐かしむ……っ!」

 

 

物思いに耽っていると全身に冷や水を掛けられたかの様な感覚に陥る。その瞬間、ヒュンと風切り音が背後から聞こえ、俺は素早く身を翻しながら振り返ると白刃が目の前を通り過ぎていた。咥えていたタバコの先端が持っていかれ火が消える。元々無いに等しい灯が完全に消えてしまい、今あるのは僅かな月明かりだけだ。

 

その僅かな月明かりの下で見える姿は外套で身を包み、剣を握る存在。その剣の先には俺のタバコの火種が乗っていた。俺の咥えていたタバコの火種だけを切り落として、しかもそれを落ちない様に振るったのかよ……どんな芸当でそんな事が出来るんだ?暗くてよく見えないが声からして相手は女性だな。

 

 

「街から跡をつけたが……どうやら誘い込んだんじゃなく、本当にオレがつけてる事に気付いてなかったみてぇだな」

 

 

はい、完全に気づきませんでした。酒に酔って、雰囲気に酔って、桂花との余韻で腑抜けてました。いや、でも待て……いくら俺でも城内に侵入されるまで気付かないのは異常だろ。俺は即座に気を溜めて構える。

 

 

「ほぅ……やっとオレと相対する意味に気付いたか?」

「ヤバめな相手ってのはよく分かった」

 

 

ヒュンと剣を振る侵入者。ヤバいな……振るった剣の動きが見えない。夜で月明かりが弱いのもそうだが、侵入者は相当の手練れだ。俺の直感だが春蘭や華雄並みの強さを持ってると思った方が良いな。

 

 

「良い面構えだ……なら行くぞ!」

「ちっ……波っ!」

 

 

侵入者は一気に俺との距離を詰めて手にした剣を振るおうとする。俺は貯め無しのかめはめ波で僅かに距離を稼ごうとしたが侵入者はそれを事なげもなく避けると剣を横凪に振るい、俺の腹へと一閃。ヤバいと直感で感じた俺はバックステップで一閃を避けながら侵入者の足下へと気弾を撃ち込んだ。

 

 

「ふっ!」

「小賢しいやり口だ。これが噂の天の御使いか?」

 

 

僅かに足を止めた侵入者に俺は相手のヤバさをヒシヒシと感じていた。振るう刃に迷いが無かった……コイツは確実に俺を殺す気で来ている。さっきの冷や水を掛けられた様な感覚は殺気だったんだ。だからこそ俺も感が働いて避ける事が出来たんだろうし。

 

 

「生憎と生きる為に小賢しく動いてたんでね」

「ちっ……ちまちました戦しか知らぬ阿呆か。敵に殺気無く、戦場に危険が無ければ生きる意味が無味乾燥になるのも当然か」

 

 

侵入者の物言いに流石にカチンと来た。確かに小賢しくは生きて相手のペースを乱す戦い方しかしてこなかった。だが、仮にもあの戦乱を生き残り、大将達と戦ったプライドがある。

酔いもあるし、コンディションは最悪だろう……だが!

 

 

「こぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「ほぅ……気が膨れ上がっていくな」

 

 

今の俺の最大限と言える程に気を高めた。短期決戦で仕留める!コイツの正体とかはノシた後で確かめれば良い!

 

 

「ずあっ!」

「少しはマシになったか……だが、遅ぇ!」

 

 

俺の拳を剣を握っていない側の手で受け止めた侵入者はそのまま俺を潰そうと圧を掛けてきたが俺は即座に足に力を込めて左膝を侵入者に見舞おうとする。侵入者はそれを即座に察知し距離を空けた。

 

 

「ふっ!」

「甘いっ!」

 

 

俺は速攻で追撃に転じ、飛び蹴りを放つが侵入者は剣の腹でガードした。剣を足場に距離を空けた俺は右拳を侵入者に突き付けると気を一気に注ぎ込みながら左手を右腕に添えた。

 

 

「超魔光……があっ!?」

「秘められた気の力はそこそこだが……技も速度もまだまだだな」

 

 

何が起きたか理解出来なかった。気を放とうとした瞬間に全身を切り刻まれたみたいで全身が熱を帯びるのが分かる。嫌な斬り方しやがったな……浅い傷と深い傷が半々くらいになってやがる。俺はそのまま力が抜けて仰向けに倒れた。その衝撃で全身から血が噴き出るのを感じる。

 

 

「か……がふっ……げほっ……」

「弱いな。顔不が気にかける程の男と聞いていたから味見をしに来たが……とんだ期待外れだ」

 

 

わざと浅手と深手の箇所を多く作って相手の自由を奪う。どんだけ力量差があればこんな芸当が……あ、ヤベぇ……いし……きが……とおの……

 

 

「まあ、いい……オレの……は……堅……だ。テメェ……死な……忘れ……な……」

 

 

意識が飛びそうになり侵入者の言葉も途切れ途切れに聞こえる。そしてなんとか見上げた時だった。月明かりに僅かに照らされた、その顔と桃色の髪色は……誰かに似ていた。

 

 

 

 

 




『超魔光閃』
ウルトラマン超闘士激伝のメフィラス大魔王の必殺技。突き出した右腕に左手を添えて右拳から直線、または螺旋状の光線技を放つ。


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第二百八十一話

 

 

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

純一さんが何者かに襲われて重体になったと夜中に叩き起こされた。

純一さんが桂花を甘やかして見ている者が砂糖を吐きそうになる光景を見せつけられた翌日の夜中に起きた出来事だった。

 

夜中の訓練場に爆音が鳴り響き、見回りの将や兵が慌ただしく向かった所、訓練場の真ん中で血だらけで倒れている純一さんを発見したのだとか。最初こそまた新技の失敗でもしたのだろうと笑っていた皆だが、本当に重傷を負っていた上に外套を纏い、城から身を隠しながら立ち去る不審者を目撃したと報告が上がって大騒ぎとなった。

一部の将の話では凄まじい気の嵐を感じたと言っていた。純一さんが本気で戦おうとした証拠だろうと言ってはいたけど本気で戦おうとした純一さんを此処まで傷付けるって何者なんだろう。

 

 

医務室では純一さん専属となった医師が傷の縫合を処置していて、それを何人かの将が見に行く流れが数回行われた後で処置が終わり、皆が医務室に詰め寄った。

 

今、此処に居るのは俺、華琳、秋蘭、華雄、凪、孫策、祭さん、孫権、甘寧、馬超となっている。

桂花、月、詠、ねねは今の傷だらけの純一さんを見て卒倒して倒れた。特に桂花と月と詠が顔面蒼白となり別の意味で医者が必要な状態となってしまった為に斗詩が隣の部屋で三人の看病を請け負っている。斗詩も純一さんの事を気に掛けていたが、三人の看病を優先した様だ。美羽は体力の限界ギリギリまで医療気功で治療を続けていたらしく今は眠っている。

 

真桜も純一さんの側に居たかったみたいだけど侵入者騒ぎの後で警備や捜索をしない訳にはいかず、春蘭や恋と共に純一さんに危害を加えた容疑者探しをしていた。

とは言っても侵入者は純一さんと見回りの兵しか見ていなかった上に見回りの兵も外套を纏っていたから顔は分からなかったと証言していたので、この段階じゃ犯人は見つからないだろう。

 

 

「今の純一を此処まで痛めつけるなんて……相当の手練れね」

「秋月から酒の臭いがしますから、酔った状態で戦ったのでしょう。しかし、それを差し引いても……」

 

 

華琳が口を開き、秋蘭もそれに同意した発言をする。そう、今の純一さんは……いや、元々の状態でも恋と戦えるくらいの力があって、相手をおちょくって、引っ掻き回してペースを乱させるタイプ。つまり力押しでも策を練るにしても春蘭や関羽とも渡り合える程の強さを持っている。それは魏の将や兵、そして魏に住む民ですら知っている事だ。自爆のイメージで実感は薄いが純一さんは強い。その純一さんを贔屓目無しで見ても此処までズタボロに出来る奴なんて早々居ないはず。

 

 

「ねえ、思春。他国の者として、純一と戦った貴女に聞きたいわ。純一を此処まで痛めつける事が出来る?」

「それは……僭越ながら申し上げますが不可能かと。私はコイツとは何度も刃を交えましたがコイツの強さは色んな意味で規格外です。仮に此処まで痛めつける事が可能だとしても、その場合は私も只では済まないでしょう。コイツと賊が戦ったと思われる時間は深夜の僅かな時間のみ。コイツ相手に短期決戦を挑むのであれば暗闇から不意打ちをする他ありません」

「そうだな。アタシも同意見だ。前に戦った時の印象だけど、秋月と戦うとしても此処までの状態にするなら、かなり時間が必要だ。騒ぎを聞きつけて兵士が来るまでの僅かな時間で倒し切るなんて無理だよ」

 

 

華琳は甘寧に意見を求めた。甘寧はチラッと俺や純一さんを心配している皆を見渡してから言葉を選ぶ様に口を開く。悪態を突くかと思ったけど思ったよりも純一さんを評価していて驚いた。馬超も甘寧に続いて純一さんを短時間で完膚なきまでに倒すのは不可能だと断言した。

二人とも純一さんに恨み骨髄かと思ったけど違うのかな?

 

 

「だとすれば……城に侵入した賊は思春や翠よりも実力が上で僅かな時間で純一を倒しちゃう手練れって事よね?そんな奴、アタシが思いつく限りでも恋くらいじゃない?」

「恋は間違いなく違うわね。仮に恋と戦ったなら一撃で沈められた筈よ。でも今の純一は怪我の度合いから察するに相当鋭い刃で切り刻まれているのよ。恋の場合、此処まで細かな傷をつけるのには向いていないわ」

「それに恋は秋月に懐いている。鍛錬で戦う時は本能的に手加減をするだろう……此処まで酷い状態にはしない筈だ」

 

 

孫策さんが純一さんを短時間で此処までの状態に出来るのは恋くらいだろうと推測するが、華雄が否定をする。俺も同じ考えだ。恋は昨日、ねねと一緒に居たし純一さんを此処まで痛めつけるなんて絶対にしない筈だ。

 

 

「それに副長の気の力を感じてから私はすぐに現場に走りましたが、その時に感じた闘気は恋の物ではありませんでした。まったくの別人だと思います」

「凪が感じた事の無い闘気の持ち主か……益々分からないな。他に手掛かりでもあれば良いのだがな」

「そればかりは秋月が目覚めるのを待つしかないわね……祭?」

「ん、ああ……いえ。少々考え事をしておりましてな」

 

 

凪が今まで感じた事がない人の闘気だと告げると益々捜査は難航する事となる。孫権が純一さんが目覚めるまで待とうと告げ、祭さんの態度に首を傾げた。祭さんはこの場には居たものの何も言わない事に疑問を持ったらしい。でも祭さんは考え事をしていただけだと告げた。

 

 

「ぐ……あ……?」

「純一、目が覚めたのね?此処が何処だかわかる?」

 

 

医務室で話をしていた為か、純一さんの意識が戻った様だ。身じろぎをして重そうな瞼が開き始める。その場を代表して華琳が純一さんの顔を覗き込む様にしながら質問をする。

 

 

「どうやら天国から追い返されたらしいな。禁断の石臼を回してたんだが……」

「どう考えても超人墓場でしょ、其処は」

 

 

こんだけボロボロになってるのに寝起きでボケれるなら大丈夫だな、と思ってしまうあたり純一さんらしいと思ってしまう。でも今はそんなふざけた問答は許されなかった。

 

 

「寝起きでそれだけ口が達者なら大丈夫そうね。殺されかけたのは理解してる?」

「ああ……だが、下手人の顔もわからんぞ。声からして女性だったがそれ以外はわからなかったし」

 

 

華琳は呆れた様子だったけど少し安心した様な口調になっていた。今まで何度も死にそうになった事のある純一さんでも今回のは特にヤバいと皆が感じていたからだ。その証拠に純一さんは起き上がろうともしない。つまり起き上がる気力も無いと言う事なんだから。

 

 

「純一さん……無理しないでくださいね?純一さんって結構、我慢しちゃうタイプじゃないですか」

「心配すんなよ、弟よ」

 

 

俺は純一さんが心配だった。前にこの世界に降り立った時も、現代に帰ってからも、またこの世界に来た時も純一さんは何かと俺や周囲を気遣っていた。常に我慢を重ねている様に見えたからだ。

そんな俺に純一さんはニッと笑みを浮かべた。いつもの皆を安心させる笑い方で。

 

 

「大丈夫だよ。俺は長男だからな……我慢できるさ。次男だったら耐えられなかったかもしれんが」

「それはアンタと竈門家の長男だけです」

 

 

笑みを浮かべた純一さんに俺はいつも通りのツッコミを入れた。本当にこっちが心配しても笑いで返してしまうんだから、この人は……

 

 

 





『超人墓場』
キン肉マンに登場する地名。ぶっちゃけ地獄である。
戦いに敗れ命を落とした超人が落ちる墓場で其処で超人達は超人閻魔と墓守鬼達から強制労働を強いられ事となる。この労働により、命の球を授かり超人閻魔の審査の上で一部の超人が生き返る事が可能となっている。


『禁断の石臼』
同上。超人墓場に設置されている石臼。
複数の超人が己の超人パワーを込めて回す石臼で、この労働により命の球を生み出すとされており『超人パワー人工発生装置』である事がキン肉マン新章で明かされた。


『長男だから我慢できたけど次男だったら我慢できなかった』
鬼滅の刃の主人公・竈門炭治郎のセリフ。ある意味、炭治郎の生き様を象徴する言葉の一つとなっている。


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第二百八十ニ話

 

 

 

ブラックジャック並みに全身に切り傷を刻まれた俺だったが翌日には意識が戻っていた。

俺の担当医師の話では気の力で無意識に体を治そうとしていたらしく、意識が戻ったのもそれが理由なのだとか……俺も段々、自分自身がわからなくなってきたな。でも波紋の呼吸の使い手みたいに自然治癒のレベルが変わってきたのかも。

因みにまだ本格的な事情聴取は行われておらず一先ず体を休めろとの大将の仰せだ。

 

 

「だが……流石に今回のは堪えたな……」

 

 

意識は戻ったが体を起き上がらせる事も叶わん。流石の俺でも今は安静にしないと……桂花、月、詠なんかは卒倒したって聞いたし。

 

 

「ぬ、主様……大丈夫かえ?」

「ああ、ありがとう美羽。大分、楽になってきたよ」

 

 

そんな中、メイド服姿の美羽は孫策達が席を外すと同時に医務室に駆け込むや否や気の力による治療を即座に始めていた。顔不さんが言っていた通り、美羽には気の才能があるみたいだ。

美羽は死にかけていた俺を見るなり、気の治療をしたらしい。そして自分が倒れるのも構わないと言わんばかりに治療を続けて最後には眠る様に気絶したらしい。

 

 

「ありがとな美羽。でも今はこれくらいで良い。あんまり頑張りすぎると、また美羽が倒れちまうぞ」

「う、うむ……じゃあ、明日また頑張るのじゃ!」

 

 

痛む右腕を動かして美羽の頭を撫でる。撫でられた美羽は俺に注いでいた気の力を止めて治療を中断した。以前はワガママの化身と言われていたらしいが聞き分け良くなったよなぁ。呉の人達からすれば、あり得ない光景らしいが。

 

 

「おう、入るぞ秋月」

「ぴぃ!?」

「祭さん……落ち着け美羽」

 

 

そんな事を思っていたら祭さんが医務室へと来た。相手の了承を得る前に入って来た事をツッコミたいが美羽がガチ怯えになり、俺の右側に位置立っていたのだが祭さんからは隠れる様に反対側に隠れてしまった。

 

 

「袁術か……貴様、秋月に何をしておった?」

「ああ、待って祭さん……美羽は……」

「わ、妾は……主様の治療をしておった……」

 

 

祭さんにギロっと睨まれて萎縮する俺と美羽。しまった……こっちの問題もすっかり忘れてたな。月とか詠は美羽の事をメイド見習いとして可愛がってるし、霞や華雄なんかに揶揄われて涙目になって皆に笑われて平和な光景の一部になってたから忘れていたが美羽……袁術は呉の人達にしてみれば怨敵。孫策の先代である孫堅さんの跡を継いだ呉を我が物顔で好き勝手にした人物。

マズい……兎に角、美羽を庇わなきゃ。そう思って起き上がろうと……

 

 

「秋月に害をなさぬのなら良い。それに袁術がおるならば丁度良いとも言えるな」

「へ……痛ててっ」

「ぬ、主様!」

 

 

起き上がろうとした俺を祭さんは肩を押して寝台へと無理矢理寝かされた。痛がる俺を見て美羽は慌てているが……丁度良いって?

 

 

「我等、孫呉の者が貴様に受けた仕打ち……決して安い物ではないし、簡単に水に流せる物でもなかろう。だが、秋月が貴様に信を置くならばワシが個人的に斬る訳にもいかん。今は話を聞くだけじゃ」

「今は……って所が気になるけど……んじゃ、俺と美羽に聞きたい事ってのは?」

 

 

祭さんはドカッと先程まで美羽が座っていた椅子に座ると脚を組む。長いスリットの入った服からガーダーベルトに包まれた足が俺の目の前で組まれ、寝台の高さ的に素晴らしい光景が映っていた。

 

 

「うむ……秋月よ。下手人の顔は見えなかったとの事じゃが声は聞いたと言っておったな。そして凄まじい強さであったとも聞いてある」

「ああ……凄く強かった。はっきり言って恋に匹敵するんじゃないかと思うくらいに。けど……なんて言うか強さと言うか圧の違いがあった。恋とは違って殺気の塊と言うか」

 

 

祭さんの質問に俺は俺を此処までの状態にした犯人の事を思い浮かべる。夜中で月明かりが少ししかなかった事から顔は見えなかったが声からして女性であったのは間違いない。

 

 

「声からして犯人は間違いなく女性だったよ。やたらと口が悪くて、男勝りって印象かな。それと獲物は剣だった。ああ、それと……最後に僅かに月明かりに照らされて見えた髪は桃色だったな。それこそ孫策や孫権みたいな……ってどうした二人とも?」

「「…………」」

 

 

大将達にもまだ話してない犯人の特徴を告げる。後で大将達が来て事情聴取をする予定だったが祭さんも同席予定だったので問題は無いだろう……と思って話したのだが俺の言葉を聞くにつれて祭さんと美羽の顔色が悪くなっていき、最終的に頭を抱えてしまった。

 

 

「もしかして犯人に心当たりがあるのか、二人とも」

「そこまで聞けば呉の者であれば気付かぬ方が可笑しいと言うもんじゃ。あの場で問いたださなくて正解じゃった」

「ガクガク……ブルブル……」

 

 

祭さんは片手で自身の顔を覆う様に悩み始め、美羽に至っては小刻みに震えていた。間違いなく犯人を知ってるなこりゃ。

 

 

「秋月よ。この事は華琳に伝え……いや、いずれは分かる事か。まだ断定は出来ぬが、下手人は確かにワシや袁術の知る人物の可能性が高い。策殿の先代である大殿……孫堅様だと思うんじゃ」

「先代の孫堅!?あ、でも……言われてみれば……」

 

 

戦ってる最中に誰かに似ているとは思ってはいたが……そうか、孫策に似ていたんだ。纏う雰囲気とか印象はまるで違うが戦っている時の雰囲気が似ていたし、髪色も似ていた。でも、それとは別に疑問も湧き上がる。

 

 

「なんで、俺は先代の孫堅さんに殺されかけたんだ?」

「分からぬ……だが秋月が強そうだから喧嘩を売りに来たと言われても大殿ならやりかねないと思うての」

「うむ……孫堅ならやりかねんのじゃ。前にも戦が無くて暇じゃから虎や熊を狩っていたと聞いたしのう」

 

 

聞けば聞くほど孫堅さんの行動に頭が痛くなる。バーサーカーみたいな人だな、おい。暇潰しで殺されかけたのか、俺は。

 

 

「そもそも大殿は、ある日突然姿を消したんじゃ。策殿に跡目を譲ってな」

「あまりに突然の出来事に妾も呉の豪族達も驚いておったわ」

「英傑と言うか、豪傑と言うか……その血筋は間違いなく孫策に引き継がれてる気がするけど」

 

 

フリーダム過ぎんだろ。奔放な所は孫策に引き継がれたけど、それで隠居して姿を消すって普通じゃなさすぎる。

 

 

「俺が襲われた根本的な理由が不明なんですが」

「大殿の事じゃからな。気まぐれと言われても不思議はないのう」

 

 

つまりは謎のままか。まあ、本人と断定した訳じゃないから本人から聞かなきゃだよなぁ……そんな事を思っていたら桂花と一刀と大将と孫策が医務室に顔を出した。桂花は卒倒したって聞いたけど見舞いに来てくれるのは嬉し……あ、美羽の震えが頂点に達してる。祭さんは先程のやり取りで多少マシになったけど孫策は無理か。

 

 

「はぁい、純一。意識が戻ったみたいで良かったわ」

「あれだけの状態から目覚めるまで時間が掛からない辺り、貴方も強くなったわね」

「良かったです。純一さん」

「もう生きた心地がしなかったわよ」

「まだ体は動かせそうにないけどな。暫くは寝たきりかもな」

 

 

孫策、大将、一刀、桂花の順に俺に話し掛ける。心配かけちまったな。祭さんは目で「ワシが後で話すから今は黙っておけ」と言っていたので当たり障りのない返答をしておいた。

 

 

「あら、純一が望むならアタシが看病してあげようかしら?」

「ちょっ……私の役目よ、それは!」

 

 

孫策がケラケラと笑いながら俺の看病を申し出たが桂花が速攻でブロックした。美羽は俺の布団の端っこをちょこんと摘んでる。

その光景を見ながら大将と祭さんは笑っており、一刀は苦笑いだ。

 

 

「あら、私なら色んな意味で純一を満足させられると思うけど?」

「む、閨での色事なら黙ってはおれんな」

「わ、私だって……」

 

 

孫策が自分の胸を持ち上げて俺……と言うか桂花を挑発し、祭さんも乗ってきた。孫策も祭さんも明らかに、からかう状態になってる。桂花は動揺して気付いてないみたいだし。

 

 

「落ち着け、桂花。孫策と祭さんのペースに巻き込まれて……」

「う、うぅ……秋月のバカァ!」

 

 

俺の一言に桂花は自身の胸や背を孫策と祭さんと見比べる。圧倒的な戦闘力の差に絶望しながら桂花は涙を流しながら部屋を出ていた。そして何故か俺が罵倒を受けた。

 

 

「釈然としないなぁ……どの結果になっても同じエンディングを迎えた気分だ。ビルからの落下イラストは飽きた」

「一部の人にしか分からないネタはやめてください」

 

 

爆笑してる大将、孫策、祭さんは兎も角、後でフォローしないと碌な目に会わないな。主に俺が。





『勝っても負けてもビルから落下』
初代餓狼伝説のエンディング。
ストーリーモードでラスボスのギース・ハワードに勝利するとプレイヤーキャラがトドメの一撃を与えてギースをビルから叩き落とし勝利するエンディングとなる。逆にギースに負けるとプレイヤーキャラがビルから落とされる敗北エンディングになる。


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第二百八十三話

 

あれから数日経過したが、俺は相変わらず医務室で寝たきりだった。毎日、専属医師から診察を受けて、美羽から医療気功を受けてはいたが未だに起き上がる事も叶わない。いや、起き上がる事は出来んだけど総出で止められている。毎日監視が付く次第である。

 

 

俺を闇討ちした犯人は呉の先代当主である孫堅である可能性が高いと三国に御触れが出される事になった。

魏の兵士は俺を倒せる強さを持つ孫堅の強さに震え、呉の将や兵はある日を境に姿を消した先代が現れた事に嬉しさ半分悩み半分と言った所か。蜀は呉との交流はあったけど先代との交流はほぼ無かったから(黄忠とかは別として)いまいちピンと来ていない様子だ。

 

まあ、注意しろと言っても俺よりも強くなければ間違いなく返り討ちだろう。逃げるのも叶わないだろうし。

しかし、孫堅さんの狙いが分からない。今の平和になっている世の中が気に入らないのか?だったら何故、俺だけを狙った?一刀に被害が及ばなかったのは良かったが……祭さんや美羽の話じゃ強い奴との戦いが生甲斐みたいな事を言っていたらしいが逆に何故、恋や華雄、春蘭とかと戦いを挑みにしなかったのだろう。

 

 

「それに俺の技を完璧に避けた……いや、本能的に避けたと言うべきか?」

 

 

あの時、孫堅は俺が放った超魔光閃を突進しながら避けた。それこそ直撃する直前で僅かに体を反らして当たり前な様に避けた。危ないとか思わなかったんかな……下手すれば大怪我じゃ済まなかったのに、あんな戦い方するなんて。恋や春蘭でもしないぞ、あんな戦い方。

 

 

「副長の気功波を避けて即座に斬撃……私は勿論ですが恋や愛沙さんでも不可能だと思います。武に長けた者ならば副長の気功波に僅かでも萎縮する筈です。ですが、お話を聞く限りでは放たれた気功波を恐れるどころか僅かな隙を生み出さない為に寧ろ前に出たと言うべきなんでしょうか……」

「不思議な一族みたいな真似をしたって事か」

 

 

本日の監視役である凪の解説に俺は妙に納得してしまった。

目の前に迫るナイフから逃れる為に後ろを見せるのではなく敢えて前に出る様な事をしたって事だよな。

 

 

「副長がその状況に追い込まれと言う事は副長の技の隙を一瞬で見抜き、技の威力を加味して手加減をせずに戦ったという事なのでしょう。私でも副長の技の威力を知っていますから同じ事をしますよ」

「凪は長年、俺の事を知ってるからだろう。俺の強さは不意打ちってのが強さの一因となってるが……初見殺しも出来ずに手も足も出なかったな」

 

 

凪はフォローをしてくれたが、ここまで完膚無きまで叩きのめされると気持ちが沈むな。桂花もあれから見舞いに来なくなっちゃったし。

 

 

「はぁ、桂花を抱き……いや、会いたいなぁ」

「副長、本音が滲み出てます」

 

 

沈んだ俺の素直な気持ちが出たが凪が真顔でツッコミを入れた。孫堅さんの事を聞きに、呉の人達との会話が増えて孫策、周瑜からは真名を許されたし、仲良くなった。月や詠、華雄、斗詩、真桜、ねねが頻繁に見舞いに来てくれるが一番会いたい人が来てくれないのはツラいもんだ。と言うか、桂花に失言したのは俺じゃなくて雪蓮と祭さんなんだから俺にキツく当たるのは違うと思うんだけど。

 

 






『ジョジョ名言と行動 勇気シリーズ』
ジョジョの奇妙な冒険作中でキャラが覚悟を持って行動する時に出る名言と行動。
直前までの怯えや恐怖を乗り越え、ピンチをチャンスに変えるシーンに多く見受けられる。

ウィル・A・ツェペリ
「勇気とは怖さを知る事、恐怖を我が物とする事だ!」

岸辺露伴
「自分を乗り越える事さ。僕は自分の運をこれから乗り越える」

ジョルノ・ジョバーナ
「覚悟とは 暗闇の荒野を進み続ける事だ!」


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第二百八十四話

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

 

私は今……非常に悩んでる。仕事の事?戦の事?内政のこと?どれも違う……私を悩ませる1番の要因、それは……

 

 

「もう、意固地になっちゃってー」

「仕事の邪魔をするなら消えてくれないかしら?」

 

 

何故か私の部屋で酒盛りをする呉王に頭を痛めていた。あの馬鹿が城に侵入した賊に斬り殺されかけ、その容疑者が孫堅なのだと疑いがあってから孫策と周瑜があの馬鹿の所へ入り浸り、真名を許されるまでに至っている。

それはまだ良い。人の心にスルリと入り込むのは、あの馬鹿がいつもする事だ。性格的にも孫策と相性が良いのも腹立たしいが認めよう。でも、私が雪連に絡まれるのは納得がいかない。

 

 

「純一が寂しがってるんだから会いに行ってあげればいいのにー」

「あの馬鹿には良い薬になるわよ。ちょっとは懲りれば良いのよ」

 

 

雪蓮が私の頬を指で突いてくる。馴れ馴れしいこの態度に私は仮にも呉の王に接する態度じゃないとは分かっているけど、口調が荒くなるのは仕方ないと思う。

そう……あの人垂らしは呉王ですら、たらし込んでいるのだ……それに見ている限りでは祭は公言しているが冥琳や思春もあの馬鹿には惹かれている様にも見える。

 

 

「素直じゃないわねー。この間みたいに『それは私の役目よ!』くらい言ってくれないと張り合いがないわよ」

「何よ、張り合いって。それよりも国に帰って仕事しなさいよ、呉王」

 

 

ケラケラと笑う雪蓮に私は呉に帰れと促す。明らかに私を弄ろうとする姿勢にイライラしていた私は仕事をしない呉王を睨む。

 

 

「私の跡目として蓮華に仕事を任せてるのよ。他の子達にも仕事を徐々に任せなきゃだから私はギリギリまで手を出さないと決めてるの」

「あの馬鹿が仕事をサボる時の言い訳と同じよね」

 

 

クイッと酒を呷る雪蓮。どうにも雪蓮の思考や行動があの馬鹿に似通ってイライラする。私がこんな風にイライラしてるってのに、あの馬鹿は……

 

 

「純一の今の状態は桂花もよく分かってるでしょ。動けないんだから純一からは会いに来れないのよ。貴女も仕事をサボって愛しい人に会いに行けば良いじゃない」

「私はアンタと違って華琳様に任された仕事に責任を持ってるんのよ。あの馬鹿には態々、会いに……行くなん……て……」

 

 

雪蓮の言葉を否定しながら私の手は止まってしまう。気が付けば体が震えていた。ふと顔を見上げると雪蓮の真面目な顔が目の前にあった。

 

 

「あの時、確かに私は桂花を煽ったけど無意味に煽った訳じゃないのよ?私は正直……四年前のあの時から純一の事は気に入ってたからね。桂花がそんな態度をするなら私が純一の事を貰っちゃうわよ」

「何よ、あの馬鹿は私のよ!」

 

 

雪蓮の言葉は挑発だとは分かっていても反応してしまう。私はバン!と机を叩きながら立ち上がる。

 

 

「その割には純一の事を名前で呼ばないのね。あの日から桂花ったら純一の事を秋月とも呼ばずに『あの馬鹿』なんて呼んでるし」

「それは……あの馬鹿にはそれで充分だからよ」

 

 

雪蓮の試す様な表情に私は椅子に座り直して溜息を溢す。こんな事を言いたい訳じゃないのに私の口からは自然と悪態が出てしまう。秋月の事を名前で呼びたいのに、いざ口にしようとすると私は躊躇ってしまう。

 

 

「私が言うのもなんだけどね……居るのが当たり前なんて思わない方がいいわよ。桂花も四年前に経験したから分かるでしょうし、私も母様が居なくなった時は辛かったもの……再会できるかもしれない話が上がったらこんな形だったけど」

「それは……わかってるわよ」

 

 

愛しい人や親しい人が居なくなってしまう恐怖は魏の者ならば全員が知っている。特に目の前で秋月が消えてしまった私にとっては尚更だ。秋月は以前、心の傷は天の国では『とらうま』と言うのだと教えてくれた。虎と馬が心の傷ってどう言う意味なのか聞きたかったけど時間が無かった。

 

 

「ねぇ、桂花……さっきも言ったけどね私は純一が気に入ってるの。それこそ呉に連れて帰りたいくらいにね。桂花がそんなんじゃ冗談抜きで連れて帰るわよ?」

「そんなの……勝手にすれば……」

「副長が逃げたぞー!」

「どんだけ回復が早いんだ、あの人!?」

「捕まえろ!逃したら警備隊の責任になるぞ!」

 

 

雪蓮の発言に私は勝手にしろと言おうとしてしまったがバタバタと廊下を複数の人間が叫びながら走るのが聞こえた。そして、その会話の内容から重傷の筈の馬鹿が脱走したのだと理解する。

 

 

「あの馬鹿!」

「純一ったら元気ねー。捕まえるなら私も行こうかしら」

 

 

私が部屋を飛び出すと雪蓮も付いてきた。本当に心配させてばかりなんだから、あの馬鹿は!

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side雪蓮◆◇

 

 

 

 

純一が医務室から逃げ出した事を聞いた瞬間に部屋から飛び出した桂花に私は笑ってしまう。何故ならば口や態度で散々、純一に悪態をついていた桂花が純一を真っ先に心配して仕事を放り出して部屋を飛び出したのだから。

 

 

「本当に……妬けちゃうわね」

 

 

純一と桂花は通じ合っている。桂花は口では喧嘩をしたり、そっぽを向いたりしてるけど心の底では純一を心から心配してる。純一は桂花の罵詈雑言をサラッと聞き流してる上に、それでも桂花を愛する事に迷いがない。

 

 

「待つのだ、治療だと言うておろうが!」

「待ちなさいよ、うっふん!」

「華佗抜きでテメェ等みたいな奴等の怪しげな治療を受けられる訳ねーだろ!食らえ、激烈光弾!」

 

 

そんな事を思っていたら中庭で純一が卑弥呼と貂蟬に襲われて戦っていた。この大陸一と言われている華佗の助手じゃなきゃ怪しさ抜群だもんね。純一の放った技は私や桂花が居る様な離れた場所からでも激しい光が見えるくらいの凄い技だった。

 

問題なのは気弾が命中したにも関わらず平然とした様子で立っている卑弥呼と貂蟬の存在かしら。

 




『激烈光弾』
ドラゴンボールのキャラ、ピッコロが使用した技。
両手を胸の前で構え、指先だけを合わせて掌に大きな光弾を生み出して撃ち出す技。威力も凄まじく戦いの場となっていた孤島の三分の一を消し飛ばす破壊力を秘めていた。


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第二百八十五話

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

「また医務室に逆戻りとは……純一さんも強くなったと思ってたんですけど」

「重傷だった上に枯渇気味だった気を振り絞れば当然です……私としては副長の技をマトモに浴びて平然としている卑弥呼さんや貂蟬さんが信じられないんですが……」

「十二の難行を乗り越えたヘラクレスの化身なんじゃないか、アイツ等……」

 

 

 

卑弥呼と貂蟬と戦った純一さんはまた医務室に逆戻りをしていた。いや、正確には医務室で寝ていた純一さんを卑弥呼と貂蟬が治療と称してナニかをしようとしたらしく純一さんが逃亡の後にバトルに発展し、気を使い果たして倒れた……って言うのが事の顛末らしい。

監視役の凪が止めたにも関わらず、卑弥呼と貂蟬は純一さんに迫ろうとして、純一さんは正に気力を振り絞って激烈光弾を放ったのだが二人はノーダメージだったみたいで純一さんは別の意味で凹んでる。

 

 

「秋月の技が単純に見た目だけで威力が無かったのではないのか?」

「いえ、私は目の前で見てましたけど副長の気弾の威力は以前よりも遥かに上がっています。それをマトモに食らって傷も付かなかったので恐らく私の気弾でも卑弥呼さんや貂蟬さんに傷を付けるのは不可能かと」

 

 

見舞いに来ていた春蘭が純一さんの力不足を指摘するが凪が否定した。それを加味して考えると、あの二人の異常性が際立つな。

 

 

「あの連中に気を用いた技は効きにくいのかも知れんな……あのガタイならマッハ突きでも食らわせてみるか……」

「それを放ったらアンタの手の方が潰れるでしょ。そう言えば卑弥呼と貂蟬は?」

「ああ、奴等ならば華琳様の御前に召集されたぞ。事情聴取だそうだ。華琳様の護衛には恋や華雄、秋蘭が揃っている。私も参列したかったが私は秋月の護衛を言い渡されてな。それと桂花や風、凛の軍師や雪蓮も呼ばれていた様だが」

 

 

純一さんの考えに自爆要素が含まれている事にツッコミを入れる。その純一さんを重傷に追い込んだ張本人二人の姿が無いと疑問に思うと春蘭が意外にも答えを知っていた。春蘭を事情聴取から外したのは話が進まなくなりそうだからだな。恋は静かに話を聞くだろうし、華雄と秋蘭は将として冷静沈着に対応出来るからだろうし。まあ、純一さんの護衛も必要だから采配として春蘭が来たって事か。件の襲撃者の事もあるし……それと桂花はいつまで怒ってんだろ。真っ先に見舞いに来ると思ってたんだけど。

 

 

「しかし、華佗が居ない時に卑弥呼と貂蟬が暴走するとは思わなかったな」

「一応、治療の為だと言っていたみたいですが…… 華佗さんも関係しているのでしょうか?」

「アイツ等には感謝してるし、一定程度の信用もしているが今回は身の危険の方が優ったよ。お前等想像してみ?浅黒い筋肉から湯気が出る程に興奮しながら迫られる恐怖を」

「私なら迷わず斬るな」

 

 

卑弥呼と貂蟬の行動に疑問を持った俺と凪だが純一さんの一言に顔を青くした。春蘭は真顔で斬ると断言した。

 

 

「まあ、卑弥呼と貂蟬の事とか襲撃者の事とかも気になるけど……俺としては大河の事を気に掛けたいんだがな」

「大河の?何かあったんですか?」

「師でありながら弟子より弱い事を気にしているのか?」

 

 

フゥーと息を吐きながら寝台に寝込む純一さん。大河の事で悩んでいたらしい。春蘭のストレートな言い分に「うっ……」と言葉を詰まらせる純一さん。

 

 

「そっちの事は兎も角……大河と龐統の事でな」

 

 

ハァーっと純一さんは深い溜息を零した。大河の事は警備隊の報告とか聞いたけど特に問題なさそうだったけど何かあったのかな?

 

 

 





『バーサーカー(Fate/stay night)』
第五次聖杯戦争に呼び出されたバーサーカーのサーヴァント。真名はヘラクレス。ギリシャ神話における二代英雄の一人。
宝具の一つとして『十二の試練』という物があり、神話においてヘラクレスが生前踏破した十二の偉業の具現化した。現界中致命傷を負っても11回まで蘇生する事が出来る、究極の鎧と化した彼の肉体そのもの。
コレを攻略するには12回まで殺し切るか又は12の命を同時に刈り取るしかないとの事。



『マッハ突き』
刃牙シリーズで愚地克巳が使用した技。
背骨から足の親指、手首に至る関節。全身二十七箇所を回転、連動させる事で驚異的な加速を生み、瞬間的に音速に達する正拳突き。
烈海王には『実戦向きではない』と評された。その後、この技を更に昇華した『真・マッハ突き』が編み出される。ただし威力がありすぎて自身の手がボロボロになる。


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第二百八十六話

 

 

俺は痛む体に鞭を打ち、いつもの場所でタバコを吸っていた。城壁の上の見晴らしの良い所で吸うタバコは格別と言えるが今は気分が微妙に晴れない。

 

 

「なんつーか……どうにも上手くいかないな。いや、相手の強さが異常ってのもあるんだけど」

 

 

正直、ちょっと自信があった激烈光弾ですら、あの程度の効果しか無かったのだ。マジで泣ける。

 

 

「あの肌の色と言い、実はビスケット・オリバの先祖ってオチじゃねーだろうな。あの体に天にまで届く筋肉が凝縮されているとしか思えん」

 

 

そうじゃなきゃ気弾の直撃を受けて無傷とかあり得ねーよ。いや、俺の悩みはそっちがメインではなく……

 

 

「はぁ……結局、桂花は見舞いに来なかったなぁ……」

 

 

今、俺の頬を伝う涙は目にタバコの煙が染みたからだと思いたい。と、まあ此処で桂花が来てくれたら飛び上がる程、嬉しいのだが……

 

 

「久しぶりだな、龐統。マトモに話すのは赤壁以来か?」

「はい、お久しぶりです御使い様。再びお会い出来て光栄です」

 

 

城壁に来たのは龐統だった。四年前と変わらぬ姿ではあるが、あの頃よりも堂々とした姿で俺に挨拶をしてくれた。一刀も言っていたが何故この世界の女の子は姿が変わらないんだろう?

 

 

「それで?俺は怪我やら気が枯渇してるやらでボロボロなんだが、何の相談だ?」

「はい……その、大河さんの事で……」

 

 

俺が龐統に話を促すと龐統はモジモジしながら視線を下に向けて口が開き辛くなっていた。何があったのかな?

 

 

「た、大河さんともっと深い仲になるのはどうしたら良いでしょうか!?御使い様の手練手管をご教授下さい!」

「ぶふっ!?」

 

 

意を決して口を開いたが発言にインパクトがあり過ぎた。先程までモジモジとしていた純情そうな娘が何を言ってくれてんの!?

 

 

「先ずは落ち着いて龐統。大河と仲良くなりたいと思う気持ちは正しいが段階を飛ばし過ぎだ。それと男と仲良くなる手練手管は大人の女性に聞きなさい」

「はうっ!ま、間違えたました……あわわ……」

 

 

俺の指摘で龐統が顔が真っ赤になる。うん、仮に俺が教えられる事があるとすれば『男が女を喜ばせる』であり『女の方から男との仲を深める』事はアドバイス出来ない事もないが専門では無いから。

 

 

「まあ、そっち方面は蜀や呉の歳上のお姉さん方に聞きなさいな。それでなんでまた急に大河との仲を深めようと思ったんだ?聞いた話だと大河とは付き合ってるそうじゃないか?」

 

 

俺がタバコに火を灯して心を落ち着けながら聞く事にした。聞いた話であるが大河と龐統は恋愛関係にあり付き合ってると聞いている。奥手な大河にしては俺や一刀が居なかった四年間の間に進展があったんだと嬉しかったもんだが……

 

 

「その……大河さんとはお付き合いさせて貰っては嬉しいんです。一時期は御使い様が天の国に帰ってしまって沈んでいた時期もありましたけど私の事を凄く大事にしてくれていて……」

「ほほぅ……」

 

 

龐統のから大河との付き合いを聞くとニヤニヤしてしまう。純愛だねぇ。

 

 

「でも、御使い様が天に帰ってから二年近くお付き合いしない状態が続いて告白されたのも二年前の話なんです。もっと早くに告白して欲しかったですし、付き合い始めてからも手を握るのが精々でした……釣り上げた魚に餌をあげないと言うか、肩透かしと言うか、私一人放置されたみたいで悲しいと言うか…-」

 

 

大河も真面目だし、自立心が強いから恋愛方面は心配してたけど龐統の方は相当鬱憤が溜まってるな。実質四年も焦らされてれば、当然とも言えるが。

 

 

「大切にしてくれてるのは分かってはいるんですけど、正直な所は大事にされすぎと言うか……もうちょっと手を出してくる素振りはくらいは見せてほしいといいますか……」

「俺も大概だとは思うが龐統も大概だな。まあ、大河の方は俺も後でそれとなく指摘しておくよ」

 

 

大河と龐統は付き合ってはいるみたいだけど進展は驚く程ないみたいだ。本当なら周りの大人がフォローするんだろうけど俺と一刀の事で余裕が無かったんだろうな。俺と一刀が居なくなった影響が若い連中への皺寄せとして現れてる。

 

 

「そっち方面は俺も今後気にかけるとして……他に気になってる事はあるか?不満とかは今の内に聞いておくぞ」

「そう……ですね。では私に気の才はあるでしょうか?」

 

 

恋愛相談以外の事を聞いたら龐統は気の才能の事を聞いてきた。なんでまた急に気の事を聞いてきたんだか。

 

 

「気の才能か……顔不さんとか凪の方が詳しいと思うが……素質があるかどうかは調べてからになるな。俺が結構使ってるから簡単に出来るなんて勘違いしてる奴が多いけど気の素質を持つ奴ってのは稀なんだからな?」

「はい……将の皆さんの中でも使える方は稀だと聞いていましたから。戦いに使えなくても美羽ちゃんみたいに治療気功が使えればと思って」

 

 

成る程、美羽が気で俺の治療をしているのを見たから尚更、気の治療が自分でも出来るんじゃないかと思った訳ね。愛されてるねぇ、大河も。

 

 

「しかし、美羽の気功治療は才能の面が大きいんだ。華佗だって気功治療はしてるけど基本的に鍼を使ってるだろ?美羽みたいに手を添えて治せる奴は滅多にいないんだぞ?」

「そ、それでも……可能性があるなら調べたいんです!」

 

 

俺の発言にも龐統は折れなかった。愛する人の為にやれる事は全部やりたいってか?この純粋な気持ちを大将や桂花に僅かにでも……いや、あの二人も心根は割と純情な部分があったりするのだが。

 

 

「なら、やってみるか龐統。気の特訓は才能があるのもがやっても半年は掛かると言われている。それに関しても俺や大河や美羽は稀な例だからな。気の才能があっても半年以上掛かるぞ。いや……でも一応、一ヵ月で済む特訓もあるんだが……」

「私は大河さんの為に頑張りたいんです。それに一ヵ月で済むならそっちで!」

 

 

龐統の熱意は相当なものだ。大河め愛されてるじゃないの。なら教えてやろうじゃないか。

 

 

「……ただし気は尻から出る」

「みっちり半年でお願いします」

 

 

俺の一言に龐統は真顔で答えた。そりゃそうだ。一応、俺の体が治ってから気の才能があるか調べる事になった。






『ビスケット・オリバ』
刃牙シリーズに登場する人物。
一言で言えば筋肉の塊の様な人物で怪力を生かしたパワーファイターでありながら頭脳戦にも長けており結構博識。性格も『気の良い愉快なおじさん』ではあるが、恋人のマリアや自身の自由を奪う者にはガチ切れして容赦ない制裁を加える事もある。
アリゾナ州の刑務所(通称ブラックペンタゴン)に収監されている囚人ではあるが、犯罪者捕縛のスペシャリストである為、頻繁に外出をしては犯罪者を捕らえて刑務所に戻る生活を繰り返している。
かなりの大食いで一日に十万キロカロリーを摂取すると言われ、囚人でありながら豪華な食事や飲酒喫煙まで許可されている。

規格外の筋肉量で至近距離のショットガンの弾に耐えたり、ナイフで腹部を刺されても致命傷にならない等、恐るべき防御力を誇る。また着ているタキシードを筋肉のみで破り脱ぎ、瞬発的な力の込め方で破けたタキシードが人の形を残したまま立つ等、驚きの特技も持つ。
オリバ曰く「この体に筋肉を凝縮させて閉じ込めており、この筋肉を解放したら皮膚を突き破り、諸君等を飲み込み、刑務所を破壊し、天にまで届くだろう」「この体は十万キロカロリーを摂取したエネルギーを燃やし続け、一瞬の気を緩めず燃焼し巨大化しようとする内なるモノを抑え、封じ、圧し、締め付けて、閉じ込め続けている」と豪語した。勿論嘘であり即座に謝罪はしたが実際にそれくらいには鍛えていると言う意味であり刃牙も「貴方の口から語られると嘘に聞こえない」とコメントしている。



『ただし魔法は尻から出る』
魔法陣グルグルのヒロイン、ククリが魔法の修行を受けた際に言われた一言。
シュギの村で修行をする事になったククリ。その修行期間が半年も掛かる事にガッカリしたククリだったが実は一ヵ月コースがある事が判明。そっちにして欲しいと懇願するククリだったが「ただし、一ヵ月の場合、魔法は尻から出る」と言われ半年コースを即決で決めた。
余談だが、魔法陣グルグル2で伏線回収されて実際に尻から魔法を放つ魔法使いが現れた。


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第二百八十七話(キャラまとめ)

 

 

『秋月純一』

本作の主人公。

元々は社畜サラリーマンだったが、ある日を境に三国志と似た世界に入り込んでしまう。山賊に襲われている荀彧を助けた事で縁が生まれ、魏の所属になり、『天の御使い兄弟』として認知される。役職は『北郷警備隊副長』『北郷警備隊お洒落同好会会長』『北郷警備隊絡繰同好会責任者』『血風蓮頭目』等、何故か役職が徐々に増えていく事になる。

世話になっていた荀家で顔不から『気』を学んだ後、漫画やアニメで憧れた技が使えるとはっちゃけて様々な気功波を使おうとするが成功率は低く技そのものが発動しないか自爆の二択となっている。『かめはめ波』『波動拳』『ライダーキック』等の基本となる技は一通り使用可能。

元々漫画やアニメが好きなのもあるが実は結構博識だったりする。

 

重度のヘビースモーカー&ヘビードリンカー。

 

紆余曲折を経て桂花と両思いになったが間の悪さと周囲の邪魔(ヤキモチ含め)が入る為に上手くいかない事が多い。

魏のみならず蜀、呉ですら『種馬兄弟』の名が広まっており『種馬兄』と呼ばれる事もある。

付き合いの浅い人間や噂しか知らない者は純一を『節操のない種馬』『女ったらし』等の悪い噂を信じるが、純一とある程度の交流を持てば純一本来の人柄を知る事が出来て今までの認識を改める事が多いがそこに至るまでが大変な事態に繋がる事が多い(馬超、甘寧等)

また本人も大概の事は笑って済ませようとする性質である為、その人柄に惚れられる傾向にある。

 

現在のヒロイン枠

『桂花、真桜、華雄、月、詠、斗詩、音々音/ねね、祭、美羽』

 

 

『桂花』

純一のメインヒロイン。

原作ではツン100デレ0ヒロインと言われたが本作では見事なツンデレとなった。純一曰く『クラシックのタイプのツンデレでありデレた時の破壊力は凄まじい』との事。未だに純一を名で呼ぶ事が出来ないのが悩みの種。

 

『真桜』

原作では凪、沙和と共に三羽鳥三人で一刀に惚れていたが今作では純一に惚れた。純一の発案の発明品を真桜が開発するパターンも多く原作以上にカオスな状態となりつつある。

純一との関係は周囲からは仲の良い兄妹に見られている。

 

『華雄』

原作では関羽や孫策に敗北したり、野党に身を落とす等不遇が多かったが今作では魏に降った事で運命が変わる。純一との交流で今までの認識が変わり、猪武者から有能な将へと変わっていった。現在では春蘭と肩を並べ魏の双璧と呼ばれる様になった。

純一発案の特殊部隊『血風蓮』の指南役兼北郷警備隊副長補佐でもある。三羽鳥と対をなす『三武狼』の一人。

 

『月』

原作では蜀に保護されたが今作では魏に保護された。何かと無茶無理を繰り返す純一の監視役としてメイドとして仕える事になり、現在では魏の城の侍女筆頭の『メイド長』となっている。恋愛事に関しては周囲が驚く程に積極的になっている。

 

『詠』

月同様に蜀ではなく魏で保護され、純一の監視役と補佐となっている。月に比べると家事が苦手な為に仕事関連で純一の助けとなっている。桂花以上に純一のセクハラ被害にも遭っており、過去には下着のサイズが合わなくなる程に成長を促された。

他のヒロイン曰く『桂花の次に純一に愛されている』『ある意味では桂花以上に純一の理解者となっている』と認識されている。

 

『斗詩』

原作と違い袁紹と袂を分かち、魏の所属となった。魏の所属となった際に武器や鎧も一新している。大槌からトンファーになった。

恋愛事に関しては皆から一歩引いた位置で和かに見ている事が多く暴走しがちな乙女達を嗜める機会が増えている。三羽鳥と対をなす『三武狼』の一人。

現在の悩みは三国同盟で交流が盛んになると麗羽、猪々子、真直が純一と仲良くなり、なし崩し的に恋愛関係に発展するだろうと確信してしまってる事。

 

『音々音/ねね』

原作と違い魏の所属となった。純一に亡き父の面影を感じているが徐々に恋愛思考へとシフトしていった。

 

『祭』

呉の所属だったが現在では魏の客将となっており、赤壁で死に時を見失った際に純一の機転で生きる事を決意。更に自身の女を呼び起こした責任を取れと押しかけ女房的な位置へと収まった。

 

『美羽』

純一が天の国(未来)から戻って降り立った際に最初に出会った少女。当初は持ち前のワガママを発揮していたが荀家で過ごす内に自身のしてきた事を反省して魏の所属となり現在はメイド見習いとして働いている。

気の才能が非常に高く特に医療気功に優れている。

 

 

『北郷一刀』

原作主人公。基本的な立ち位置は原作通りだが純一が居る為に『頼れる兄』として純一を慕っている。純一に対して基本的には敬語だがツッコミを入れる際には辛辣な口調になる事もある。純一のネタに対して的確なツッコミを入れる事が出来る程に知識の幅も広い。

魏のみならず蜀、呉ですら『種馬兄弟』の名が広まっており『種馬弟』と呼ばれる事もある。

 

現在のヒロイン枠

『華琳、春蘭、秋蘭、季衣、流琉、稟、風、霞、凪、沙和、恋、天和、地和、人和、華侖、栄華、柳琳、香風』

 

 

『華琳』

一刀のメインヒロイン。

一刀を愛しい人と認め、純一は『だらしない兄』としてみているが一刀同様、魏は勿論自身にも欠けてはならない存在だと認識している。なんやかんやで純一に一刀の相談を持ち掛ける等、信頼はしている。

一刀には『華琳』純一からは『大将』と呼ばれている。

 

 

『凪』

基本的に原作と立ち位置は変わらないが一刀の事を純一に相談したり、逆に気の事で相談を受けたりと原作よりも一刀に一歩踏み込んだ立ち位置となっている。

 

『恋』

原作と違い魏の所属となった。一刀とは恋仲であり、純一の事は安心して戦える相手と認識している。

 

『天和、地和、人和』

原作との立ち位置は変わらないが一刀の事はマネージャーとして認識しているが純一の事はプロデューサーと認識している。

 

『春蘭、秋蘭、季衣、流琉、稟、風、霞、沙和、恋、華侖、栄華、柳琳、香風』

立ち位置は原作と変わらず一刀ヒロイン。純一との仲も基本的には良好。特に霞は良い飲み仲間と気が合うとして仲が良い。

 

 

『大河』

三国志における高順であり真名は大河。原作には存在しないキャラ。

性格そのものは真面目な部類だが、年相応に遊び好きで人懐っこい。

四年前は背が低く、女顔で良く女の子に間違われていた男の娘。純一の戦いに憧れて弟子となり気の力を学んで『魔閃光』を修得した。三羽鳥と対をなす『三武狼』の一人。

現在では背も高くなり、身体つきもしっかりしたものとなったが女らしい面影が残っている。

赤壁で祭が連れていた雛里に一目惚れして恋愛感情を抱く。

真面目な性格の為に恋愛には奥手であり、種馬兄弟とは真逆となった。現在では雛里と交際しているが奥手過ぎて手を繋ぐのが精々となってしまっている。

 

『雛里』

赤壁で会った大河と交際を始め、現在では所属を蜀から魏へと移している。

恋人関係になった大河が手を出さないのは自身を大事にしてくれているとは分かってはいるのだが、まるで手を出す気配がない大河にモヤモヤしている。

 

 

『荀緄』

原作には存在しなかった桂花の母。桂花そっくりの容姿。髪型はロングヘアー。目元は少々タレ目で何処か優しげな雰囲気を持つ。

この世界に迷い込んだ純一を荀家に匿った人物であり、この世界の過ごし方を教えた人物。純一の事は息子の様に思っており桂花の婿と思っている。

 

『顔不』

荀家のお抱えの武人であり、気の達人。純一の気の師匠であり、豪放磊落と言う言葉が良く似合う性格。

 

 

『血風蓮』

純一発案の魏の特殊部隊であり、集団戦闘の達人が揃う。血風蓮の大半が元華雄隊の人間で構成されている。全員が編み笠を深く被り、武器は七節棍や刀。



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第二百八十八話

 

 

龐統から真名を許されたので今後は雛里と呼ぶ事になった。その雛里だが現在は魏の軍師としての役割もあるので気の才能を調べるのは後日執り行う事に。まあ、俺の体が治ってないので調べようもないのだが。

 

 

「秋月さんも揉め事によく巻き込まれますね」

「それがこの世界での俺の役割な気がしてきたよ。しかも今回は色々と重なりすぎだ」

 

 

本日のお目付役の斗詩から呆れた様な一言を貰いながら俺は茶を啜っていた。自分で言っておきながらトラブルまみれな日々だよな。帰ってから早々に恋と戦い、大河と戦い、甘寧と周泰との隠密訓練、孫堅との戦い、卑弥呼と貂蟬に襲われそうになった。全ての戦いで気が枯渇するレベルでの戦いである。

 

 

「卑弥呼さんと貂蟬さんは一応、華佗さんに頼まれていたみたいですけど」

「あの二人に迫られた段階で俺の警戒心が上限振り抜かれたよ」

 

 

あの二人は華佗に頼まれて俺の体の診察をする為の下準備で迫ったらしい。出来れば人選のチョイスは慎重にして欲しかった……無駄に怪我が増えたっての。

 

 

「兎に角……大人しくしていてくださいね?以前もそうでしたけど心配ばかりかけさせるんですから」

「そうだな……その辺りは本当に申し訳ないと思ってるよ」

 

 

斗詩が腰掛けていた俺の部屋の寝台に俺も寝転ぶ。すると斗詩は俺の頭を持ち上げると膝枕をしてくれた。

 

 

「本当に……心配しました。秋月さんが居なくなった時みたいに……また私達は……」

 

 

そう言って斗詩は俺の髪を撫でる。ほんと、俺は周りに心配ばかりさせてるな。

 

 

「行かないよ……俺はもう何処にも行かない。心配ばかりかけてるけど前みたいにいきなり消えたりはしないからさ」

「そうですね、桂花ちゃんには別れを告げたのに私達には何もありませんでしたしね」

 

 

一緒にいる宣言はしたのだが斗詩からはツンとした態度と厳し目な一言が飛んできた。確かに桂花にばかりかまけていたから拗ねられても文句は言えん。

 

 

「あの時は急だったからなぁ……俺だって帰りたくなかったよ」

「きゃっ!?秋月さん!?」

 

 

斗詩の太ももに顔を埋めながら腰に手を回す。斗詩からは可愛い悲鳴が聞こえた。

 

 

「そんで、桂花ばかりにかまけていた事も反省はしてるのよ。ですので積極的にしてみようかと思いまして」

「ちょっ……やん!」

 

 

顔を薄めていた顔を上げながら斗詩を抱き寄せながら一緒に寝台に寝る。更に斗詩の服に手を伸ばしながら手を服の下に滑り込ませる。あー、ヤベェ肌の柔らかさが天元突破してる。

 

 

「あ、秋月さん!?」

「斗詩は俺とこういう事するのは……嫌か?」

 

 

動転してる斗詩の耳元で囁く様に言うと斗詩の抵抗する力は徐々に弱くなる。

 

 

「斗詩」

「あ、秋月さ……」

「純一?ちょっと話があるんだけ……」

「姉様、見知った相手だからと勝手に部屋の戸を開けて、は……」

「なっ……」

 

 

斗詩にキスをしようとする。斗詩もそれを受け入れて体を俺に預けようとした直後に俺の部屋の扉が開いて雪蓮、孫権、甘寧が部屋の扉を開けたままフリーズした。

まるでタイムストッパーにかけられた様に、その場の全員の動きがピタッと止まる。しかし、俺は知っている……いや、既に経験した事だ。俺は即座に耳を塞ぎ次の事態を待つ事にした。

 

 

「「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」」

「貴様、昼間から何をしている!?」

「あ、あらあらー」

 

 

斗詩と孫権の悲鳴が鳴り響き、顔を真っ赤にしている甘寧が武器を構え、雪蓮が面白い物を見た様なリアクションをしたが顔は真っ赤になっていた。そして悲鳴を聞きつけてバタバタと俺の部屋に向かって走ってくる足音が複数。これは血を見るなぁ……流れるのは主に俺の血なのだろうが。

 

 

 





『タイムストッパー』
ロックマンシリーズのボス『フラッシュマン』が所持する武器で使用すると画面内の雑魚敵や一部のボスの動きを完全に止める事が出来る。


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第二百八十九話

 

 

久々に玉座の間での正座である。玉座には大将が座り、左右に春蘭と秋蘭が控えて下座に一刀、桂花、華雄、斗詩も並んで今回は雪蓮、孫権、甘寧、祭さんも参列している。

 

 

「先に言わせてもらうけど……今回は、って言うか今回も俺は被害者なんだが」

「あの様なものを見せておきながら貴様……」

 

 

俺の一言に下座に居た甘寧が顔を赤くしながら武器を構えた。おいおい、殿中だっての。

 

 

「確かに話を聞く限りじゃと策殿達が秋月の部屋に押し入ったから起きた事じゃろう。事前に尋ねる事を告げておくなり、部屋の前で声を掛けるなりしておけば良かっただけの話じゃな」

「そうですよ、折角……秋月さんと……」

「うっ……」

「それは……そうですが……」

 

 

呉側の祭さんからフォローが入り、斗詩が顔を赤くしながら雪蓮達を非難して甘寧と孫権がたじろいだ。そりゃそうだ、俺と斗詩は甘い時間を潰されたんだから。それでこっちが悪い事にされたんじゃたまったもんじゃない。

それを考えると何故俺は正座をさせられているんだろう?

 

 

「そうね、純一に非があるとは思えないもの。寧ろ、斗詩は逢瀬を邪魔されて可哀想だもの」

「なら何故俺を正座させた?」

 

 

玉座でため息を吐く我等が大将。ああ、このパターンは大将も邪魔をされた経験があるな。だからこそ斗詩に同情してる節がある。

 

 

「随分とお楽しみだったみたいね?」

「そうだな、羨ましい限りだ」

「何を言ってるんですか。桂花ちゃんも華雄さんも私よりも秋月さんと散々一緒に過ごしていたんじゃないですか!私だって……」

 

 

あっちじゃ斗詩が桂花と華雄に絡まれてる。この場には居ないが詠達にも話が通るだろうから後が大変になりそうな気がする。主に俺が。

 

 

「それはそうと雪蓮は俺になんの用事だったんだ?」

「策殿も策殿じゃ。普段から朗らかな癖に土壇場で尻込みしおって。いっそそのまま混じって交われば良かったものを」

「で、出来るわけないでしょ!?」

「何を言ってるのよ祭!」

 

 

あっちはあっちで雪蓮と孫権が祭さんからよくわからん説教を受けていた。そういや赤壁の時に雪蓮達の恋愛話があまり無いって言ってたっけ。だからって上級者向けの発言も如何なものか。雪蓮も孫権も顔真っ赤だよ。

 

 

「雪蓮様も蓮華様も祭様も、あのご様子だから私から説明するが雪蓮様は新たな武器をお求めなのだ。雪蓮様は呉王の座と共に南海覇王を蓮華様に譲られたからご自身の剣がなくてな。それで以前から変わった武器の開発をしていると聞いていたから貴様に話を聞きにきたのだ。それがあんな物を見せられるとは思わなかったがな」

「なんで見られた側が責められてんだよ。武器は確かに色々とあるから構わないけど急に武器を求めるとは何事?」

 

 

甘寧の説明である程度の事情は察したけどなんで急に武器を求めたんだか。今更戦がある訳でもあるまいし。

 

 

「先々代の孫堅様の件があったからだ。あのお方が現れた事で雪蓮様は再び戦いを挑むおつもりなのだろう」

「親子関係が気になる所だがそうなると数打ちの量産された武器じゃ心許ないって事だな。ならば任せろ厳選して武器を提供するぞ。取り敢えず無限刃か三代鬼徹でも用意するか」

「なんで殺傷能力が高くて物騒な刀をチョイスしたんですか」

 

 

孫堅さんに挑む為の刀なら並大抵の物じゃダメだろうから最高の刀をと思ったのだが、一刀からツッコミが入った。

 

 

「なら錆びた刀とかどうだ?修行になるぞ」

「孫策の性格を考えれば修行を投げ出しそうな気がしますけど」

「錆びた刀でどんな修行を施す気だ、貴様」

 

 

孫堅さんとの戦いに備えたいなら修行を兼ねた刀でもと思ったけど一刀の言う通り雪蓮の性格上、明鏡止水の修行は向かないな。そんな事を思いながら俺は雪蓮の武器をどうするかと孫堅さんとまた戦う予感がしていたから自分の修行も考えなきゃなぁ……とぼんやり考えていた。

 





『無限刃』
るろうに剣心のキャラ『志々雄真実』の愛刀。
剣心の愛刀の『逆刃刀・真打』とは兄弟刀となる。
刀をよく見ると刀身がノコギリの様な極めて細かい刃が立ち並んでおり、通常の刀が刃こぼれ等で切れ味が落ちるのに対して無限刃は一定の刃こぼれを予め刻む事で切れ味を保持したまま長期に渡り使用が可能となった。志々雄は無限刃の特徴である刃で火花を起こし、斬った人間の油や火薬を利用して炎と併用した技を編み出している。


『三代鬼鉄』
ONE PIECE序盤でゾロが手に入れた刀。鬼徹一派の三作目になる刀で位列は業物。
鬼徹一派の刀は非常に切れ味に優れた名刀でありながら、いずれも「持ち主を死に至らしめる妖刀」として有名だったから使い手がおらず、刀屋のジャンク品扱いで売っていた。
切れ味は異常な程に鋭く『軽く放り投げただけで刀身が床に根元まで刺さる』『石斧と鍔迫り合いをしようとしたら石斧がなんの抵抗もなく両断される』等、妖刀の名に恥じない異常な切れ味を誇る。


『錆びた刀』
機動武道伝Gガンダムでシュバルツ・ブルーダーが修行の為にドモン・カッシュに与えた刀。刀身は完全に錆びており、切れ味はゼロに等しく鞘から抜くのも困難な代物。シュバルツはこの刀で木を両断し、ドモンに同じ事をしてみせろと修行を促した。修行の末に明鏡止水の境地に到達したドモンは、この錆びた刀でデスアーミーを一刀両断してみせた。


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第二百九十話

 

 

 

正座から解放された俺は一刀、雪蓮、孫権、甘寧、祭さんを連れて真桜の工房へと来ていた。

 

 

「随分変わった武器ばかりだな」

「これは槍と鉄球が一体化してるのね」

「此方は随分と無骨な刀なのだな。」

「これは鎧か?奇怪な形をしてあるが……」

「全部、俺が設計を書いて真桜に作ってもらった物だ」

「副長がおらん間も大事に保管してたんですわ。それにまだまだありまっせ」

「ローチンに斬月にワイルドタイガーのヒーロースーツじゃないですか。アニメとか漫画の武器鎧の博覧会みたいになってますけど」

 

 

甘寧、雪蓮、孫権、祭さんの順にコメントが溢れ、俺が自慢げに言うと真桜は大事に保管してくれていた事を告げ、最後に一刀からのツッコミが入った。

 

 

「前に居た時に思いつく限り、設計図は書いておいたんだよ。前の戦の時に使っていたのもほんの一部だからな」

「あのふざけた武装の数々はこれで一部だと言うのか?」

 

 

そう、以前この世界に居た時に真桜には俺のアイデアを覚えてる限り教えていたのだ。でも、俺が覚えてる範囲でだが無かった物が幾つかある。俺が現代に戻ってから開発を続けてたんだな。

 

 

「因みにコレが最新作ですわ」

「お、いいなコレ。体が治ったら試してみるか」

「気でフォトンブラッドの代わりをするつもりですか。まだ失敗しなさそうだから良いですけど」

 

 

真桜が自信満々に持ってきたのは仮面ライダーファイズの剣であるファイズエッジ。相変わらずクオリティが高い物が出来てんな。一刀からは失敗して自爆しないなら安心と言われるあたり自爆が当たり前になってんなぁ。

 

 

「ねぇ、純一……」

「模擬戦ならしないからな?」

 

 

そんな話をしていたらレヴァンティンを持った雪蓮がワクワクした表情で俺を見ていた。嫌な予感がした俺は先に断りを入れた。つーか、雪蓮がレヴァンティン持つの妙に似合ってんな。髪の色も同じだし。

 

 

「ぶー、ぶー!まだ何も言ってないじゃない!」

「そんな顔で剣持ってれば予想出来るっての。体が治ってからなら兎も角、今は無理だって」

 

 

雪蓮は不満そうにしていたが俺はまだ一応安静にしていなければならないのだ。すると雪蓮はスッと俺に体を寄せてきた。

 

 

「ねぇ……駄目?お願い……」

「う……」

 

 

雪蓮は胸を俺の腕に押し付けてきた。ふ……甘いな。俺がこんな色仕掛けにハマるとでも?

 

 

「純一さん、明らかに籠絡されかかってるじゃないですか。鼻の下、めっちゃ伸びてますよ」

「やはり斬るか」

「いや、伸びるだろこんな事されれば。それと甘寧はそれをしまってくれ」

 

 

鼻の下が伸びている事を一刀に指摘され甘寧は草薙の剣を引き抜きながらギンっと目を光らせていた。いや、お前も似合うなオイ。

 

 

「ふくちょー……」

「んな、顔するなって」

 

 

すると真桜は俺の服の袖を軽く引っ張っていた。不安そうに俺を見上げていて、俺は少し乱暴に頭を撫でた。

 

 

「雪蓮、今も言ったが当分は模擬戦とか修行はしないから諦めてくれ。体が治ったら付き合うからさ」

「ぶー……仕方ないわね……」

「くくっ……策殿なりの迫り方じゃったんじゃろ。体が治ったら付き合ってやると良い。無論、ワシも待っているがの」

 

 

俺の言葉に雪蓮は不満そうにしてから武器を数点手にしながら工房を出ていった。祭さんは実に面白そうに、その後を追って行った。孫権や甘寧も俺と雪蓮のやり取りに茫然としていたが慌てて後を追った。

前に祭さんから呉の人達は恋愛に疎いと聞いていたけど、今のでもアウトか?そして空気を察してか一刀も工房から出て行った。

 

 

「真桜、この工房を改めて見ればわかるけど、頑張ってたんだな。ん、これは?」

「あ、副長、待ってや!」

 

 

さっきも思ったが、俺がいなくなってからも開発を続けてたんだろう。残した設計図から作り続けていた事は想像に難くない。タイバニのヒーロースーツは俺が居た時には作ってなかったし。そんな事を思いながら奥の方に隠す様に何かがあった。傷をつけない様に引っ張り出すと真桜が慌て初めて……

 

 

「服?これまたお洒落なデザインのだな」

「あ、そ、その……副長が帰って来たら着せて見せたろかと思っ……て……」

 

 

出て来た服は白いワイシャツ風のシャツにスカートにネクタイにニーソックスと一式揃っていた。そして目の前の真桜は顔を真っ赤にしながら両手の人差し指を突き合わせてモジモジとしていた。

 

 

「めちゃくちゃ見てみたいんだが」

「で、でもウチ……こんな可愛いのやっぱ似合わへんから……」

 

 

普段からこう『女の子』してれば……と僅かに思ってしまった俺も悪いとは思ったけど沙和のプロデュースに真桜も巻き込むか。

 

 

「いや、普通に似合いそうだから着て欲しいんだが」

「あ……その……心の準備が……」

 

 

是非とも着て欲しいのだが真桜は中々、頷いてくれない。でも、後一歩だとは思うから……

 

 

「だったら俺が着替えさせてやろう」

「ア、アカン!自分で着替えるわ!その手もやらしいねん!」

 

 

俺が手をワキワキと動かしながら近寄ると真桜は胸を隠しながら後退り自分で着替えると叫んだ。拒みながらも真桜は笑っていた。うん、俺達の会話ってこうじゃなきゃな。バカみたいな会話を気兼ねなくするのが俺と真桜の間柄って感じだし。

それは兎も角、真桜のお洒落着が楽しみです。

 





『ローチン』
るろうに剣心の登場キャラ、魚沼宇水の使用する武器。
槍と鉄球が一体化している武器。


『斬月』
BLEACHの主人公黒崎一護の斬魄刀。
鍔の無い大刀の形をしている。 柄の部分に長い白い布が巻かれており、鞘の役割も果たしていた。


『ワイルドタイガーのヒーロースーツ』
TIGER & BUNNYの主人公、鏑木・T・虎徹のヒーロースーツ。
黒い全身のインナースーツに白と蛍光グリーンの外部装甲で構成されているスーツ。虎徹のNEXT能力ハンドレッドパワーに耐え切れる耐久性を持つ。


『ファイズエッジ』
仮面ライダーファイズの武装の一つ。
オートバジン(バイク)の左ハンドルを引き抜き使用する刀型武装。ミッションメモリーを差し込んでフォトンブラッドのエネルギーを流し込むと赤い刀身が現れる。


『レヴァンティン』
魔法少女リリカルなのはシリーズのキャラ、シグナムの剣型デバイス。
片刃の長刀で片手、両手持ちのどちらにも対応している。刀の状態で使用する事が殆どだが刀身が分離してチェーンで繋がれたムチの様にもなる。
また鞘と合体させる事で弓矢形態にもなる。


『草薙の剣』
NARUTOのキャラ、うちはサスケが使用している刀。柄と鞘が白く、中央に黒い線が入ってる。


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第二百九十一話

 

 

◆◇side真桜◆◇

 

 

副長が少し前に隊長と帰ってきた。四年前の大戦の後に天の国に帰ってもうた副長と隊長はひょっこりとアッサリと。

ウチ等が二人がいなくなった後にどれ程、苦しんだかも知らんでヘラっといつもの笑みを浮かべて。

 

しかも、ほんの少しの間で副長は呉の思春や雪蓮様と良い感じになりつつあった。そして副長と隊長の不在の間に三国の平和を乱しかねない真似をしでかした袁術……美羽を連れて。

 

 

「まったく……人の気もしらんで……」

 

 

ウチは副長に見せたろと、買っておいたお洒落な服を着て欲しいと副長に頼まれて着ようとしている。副長は工房の外でウチの着替えを待ってる。

ブツブツと言いながら今着ている服を脱ぐウチ。

 

 

「でもウチ……なんで、こんなイライラしてんやろ……」

 

 

副長が朴念仁なのもいつもの事だったけど。ウチは今の副長を見ているとモヤモヤが止まらない。いつもの副長やのに……

 

 

「スケベやなんやと言われても覗きには来うへんし……しっかりしーや種馬!」

 

 

服を脱いでお洒落着に着替えようとした所でイライラが頂点に達しようとしていた。種馬やなんやと言われても副長は中々手を出そうとしない。桂花相手なら手が早い様だが他の皆には中々手を出そうとしない。四年前でさえ、ウチから迫って漸く一夜を過ごす事が出来た程だ。

 

 

「視線がヤラしい癖に……こんな可愛いの着たら少しは積極的になってくれるんやろか?」

 

 

普段着ない様な沙和や栄華様が好みそうな服に袖を通して長い靴下を履く。工房に設置してある姿見の鏡で自身を確認する。

 

 

「副長……ホンマにこんなん好きなんかなぁ……」

 

 

副長はお洒落同好会の責任者なんかやっとるから沙和や栄華様とお洒落な話をようしとる。ウチも混ざって話をするべきやったか?

 

 

「うー……」

 

 

鏡と睨めっこをする。沙和や凪は可愛いと言うてくれたけどイマイチ自信が持てへんわ。寧ろ、もっと肌を晒して積極的になった方が副長を誘えるんちゃうか?

 

 

「はぁー……ウチは凪と違うて積極的になれへんし、沙和みたいに女女してへんからなぁ……あ」

 

 

そこまで言って気付く。ウチは副長に『求めて欲しい・積極的になって欲しい』と不満を口にしながら自分から迫った事がない。それどころか副長を煽っておきながら土壇場でへたれてる事が多……いや、完全に受け身で……

 

 

「あ、あかん……ウチ、副長に偉そうに言うといて……」

 

 

ウチはズーンと沈んでまう。さっきまでウチは副長のヘタレと思っておきながら自分の方がヘタレやん。そっか……イライラしとったけど自分自身にもイライラしてたんやなぁ。

 

 

「そんなんアカンわ……よし、副長に目に物見せたる!」

 

 

ウチはグッと拳を握って気合を入れて扉を開く。今回はウチが主導権を握って副長を……

 

 

「お、似合ってんな真桜。普段の服装も良いけど着飾っても可愛いじゃないか」

「……へぅ」

 

 

扉を開けて副長に今のウチの姿を見せると副長は笑みを浮かべてウチの事をベタ褒めしてくれた。その瞬間、ウチの顔は熱くなり、月っちみたいな声が出てもうた。アカン、副長の顔がマトモに見られへん。



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第二百九十二話

 

 

珍しいお洒落着をした真桜を褒めたのだが真桜はマトモにこっちを見ようとしない。デートと思って一緒に歩いているのだが、反応がイマイチである。なんなんだか。

 

 

「よう、副長さん。新しい女かい?」

「見る度に他の女の子連れてるねぇ」

「これ、真桜だよ。それと誤解を生む発言は止めてくれ」

「うー……ひぅ!」

 

 

道行、街の人達に揶揄われる。ほぼお決まりとなった会話も懐かしいと思う反面、やはり真桜の反応がおかしい。以前なら便乗して来る筈なのだが今は俺を睨みながら唸る。しかも目が合ったら反らされた。なんか調子狂うな。そう思いながら煙管に火を灯す。

 

 

「なぁ、真桜……俺なんかしたか?それとも体調でも悪いか?」

「はぁ……無自覚なんやから……」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「こら、暴れんな!?」

 

 

真桜のリアクションにまたオレ何かやっちゃいました?なんて思う。まあ、無自覚に女の子を怒らせるのもザラだからバカに出来たもんじゃないな俺も。なんて思ってたらガッシャーン!と派手な音と共に悲鳴が聞こえた。真桜とアイコンタクトの後で悲鳴のした方に走り出す。

 

 

「ありゃま……どうしたの、これ?」

「あ、副長さん。なんでも、あの若いのが女に振られたとかでやけ酒してたみたいなんだが……悪酔いが過ぎたみたいでな」

「うわ、しょーもな」

 

 

現場に到着すると若いのが昼間から酔っ払って店先で暴れていた。真桜は非難の声を上げたが俺としては気持ちが分かるだけになんとも言えんな。

 

 

「巡回の警備隊が来るまで時間が掛かりそうだし……」

「ウチ等でやってまいますか、と?」

 

 

俺が拳を握りながら一歩出ようとすると真桜も一緒に来ようとしたので手で制する。

 

 

「そんな格好してる時は大人しくしてな。いつもは守る側だろうけど、たまには守られる側になってろよ」

「副長……」

 

 

俺は真桜の頭にポンと手を落としてから暴れてる酔っぱらいに歩み寄る。

 

 

「おい、落ち着きんさいな若いの」

「うるせえ、種馬!お前なんかに俺ぶふあっ!?」

「「迷わず殴った!?」」

 

 

俺が声を掛けると酔っぱらいから罵倒が飛んできたので速攻で対処したら周囲のギャラリーがほぼ同時に叫んだ。

 

 

「誰が種無しの種馬だって?酔っ払ってるからって言っていい事と悪い事があんだろ?あ?」

「だ、誰もそんな事は……言ってな……」

「すげぇ無理矢理だ……」

 

 

殴られた鼻を押さえながら反論しようとする酔っぱらい。殴られた痛みと鼻血で少し酔いが醒めたな。取り敢えずは狙い通りだ。仗助並みの無理矢理変換した甲斐もある。

 

 

「で、女の子に振られて酒を飲む。そこまでは良い。気持ちもよく分かる。だからって他の人に迷惑かけちゃいかん。そこまでは理解できるか?」

「は、はい……すみませんでした」

 

 

俺がしゃがみ込んで酔っぱらいと視線を合わせる。さっきまでの暴れっぷりは酔いと勢いだったな。一度、酔いも勢いも醒めたからまだ酔ってるけど大分、素の状態になってるみたいだ。

もう大丈夫そうだな、と思った所で雨が降ってきて、ついでに騒ぎを聞きつけた警備隊が数名走ってきた。

 

 

「副長、お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「偶々、近くに居たからな。それよかコイツを詰所まで連行。それと店の片付けを手伝ってやんな。若いの、お前さんは詰所に行ってコイツ等に話を聞いてもらいな」

「「はっ!」」

「は、はい……」

 

 

警備隊の一人が真っ先に俺に気付いて頭を下げてきたので指示を出して後を任せる事に。警備隊の面々は返事を綺麗に返して、酔っぱらいは大人しく連行されていった。酒は飲んでも飲まれるなってね。雨も降ってきたから頭も冷えるだろ。

 

 

「なあ、副長……さっきの奴の気持ちが分かるってどう言う事なん?」

「ん?ん、んー……天の国に戻された時に……お前達に会えなかった時に酒に溺れてたからな。」

 

 

現代に戻った時は桂花達に会えない寂しさから酒に溺れてた。財布と肝臓に優しくないと思いながらもやめられなかった。

 

 

「ふ、ふーん……ウチ等の事が忘れられなかったんや」

「ったりめーだろ。お前達以上に大切なもんがあるもんかよ。それと……コレ着とけ」

 

 

先程とは違いニヤニヤしてる真桜に俺は着ていたスーツの上着を着させた。雨に打たれて白いシャツが透けて下着が見えている。真桜の普段の服装を思えば透けてビキニが見えるのは気にしなさそうな気もするがそのままって訳にもいかんからな。

 

 

「取り敢えず帰るか。もう少し周りたかったが雨じゃ仕方ないからな」

「あ、うん……副長。その前にこの服……返すわ」

 

 

真桜に一緒に帰る様に促すと真桜は上着を脱ごうとしていた。

 

 

「さっきも言ったが透けてんだよ。城に戻るまでは着とけ」

「うー……」

 

 

俺の一言に納得しない様に唸る真桜。この後、城に戻るまでの間に何度も同じやりとりをした。そして城に戻るや否や真桜はまた上着を脱ごうとする。

 

 

「なぁ、副長……コレやっぱ脱いでええ?副長の匂いに包まれてるみたいになるねん」

「なるほど、殴られたいんだな?」

 

 

それなりの年頃の男性に体臭の話を振るな。泣くぞマジで。俺が拳を握ると真桜は俯いていた顔を上げた。その顔は真っ赤で何かに耐えている様な顔だった。

 

 

「あかんねん……コレ着てると……ずっと、副長に抱かれてるみたいで気が狂いそうになるぅ……」

「真桜……そう言うのは殺し文句って言うんだ」

 

 

顔を真っ赤にしたままプルプルと震える真桜を俺は抱きしめた。そしてそのまま部屋へと連れ込んだ。

 

 

 





『またオレ何かやっちゃいました?』
なろう系小説によくあるセリフ。
主人公が『常識外れの能力を持った主人公が無自覚に無双をする』『自身の偉業を自覚しない』等の状況で使われる事が多い。


『このヘアースタイルがサザエさんみてェーだとォ?』
ジョジョ第四部の主人公、東方仗助のセリフ。
仗助は自慢のリーゼントを馬鹿にされる・貶される等の発言を聞くとキレるのだが、その際に相手の発言をナナメに受け取る事が多い。
原作では「そのアトムみてーな頭」→「サザエさんみたいな頭」
スピンオフでは「変な前髪をプラプラ」→「ほかほか焼きたての食パン」と謎変換される。


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第二百九十三話

 

 

 

 

◆◇side馬超◆◇

 

 

私は蜀からの遣いとして魏に来ていた。その最中で天の御使い兄弟が帰ってきた。その事で魏の民は歓喜に震えていた。

 

 

でも私は複雑な気持ちになっていた。

かつて私の敵討の邪魔をした男。母様の遺言を託された男。女にだらしない種馬。凄まじい気の使い手。弱く情けない男。乱世を鎮めた御使兄弟の兄。

 

私はアイツに対する感情が複雑に入り乱れてる。

だが、そんな感情を掻き乱すかの様にアイツは魏に戻って来てからめちゃくちゃだったと思う。

 

魏で開催された天下一品武道会で変装して参加し猪々子と思春を倒したかと思えば恋と互角に戦いを繰り広げ、大怪我をしたかと思えば異常な回復速度で復帰していた。

そして正式に魏に復帰して曹魏内部の問題点の改善に奔走した……と思えば弟子の大河と戦ったり魏の警備隊の半数と乱闘騒ぎを起こしたり、隠密機動訓練では明命や思春をだし抜いて勝利を収めた。勝者の権限で思春に侍女の真似事をさせたりとやりたい放題だった気がしてイライラしたけど。その後、調子に乗り過ぎて思春に仕留められたらしいけど。

 

その翌日には何故か桂花を思いっきり甘やかしていた。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいに甘々な二人に私はモヤモヤしたものを胸に抱えながら仕事の合間にそれを見せ付けられていた。秋月に惚れている女の子達の視線も凄かったとは思ったが。

私はこのモヤモヤと以前の因縁も含めて今度の鍛錬の時に叩きのめしてやろうと考えていた……しかし、それは叶わなかった。

 

ある日、秋月は闇討ちをされ重傷を負ったのだ。私は何度も秋月と戦ったから知っているが秋月は強い。馬鹿みたいに振る舞ったり、種馬と陰口を叩かれているが実力は本物だ。気の力を使い、言葉巧みに場の流れを変えてしまう不思議な男が重傷に追いやられるなんて。信じられなかった私は他の将達と一緒に秋月の見舞いに行って言葉を失った。

 

秋月専属となっている医師と助手が慌ただしく秋月の全身に切り刻まれた傷を縫い合わせ、袁術……美羽が泣きながら医療気功で傷を塞ぎ、華佗が鍼で気を注入していた。

 

私はその光景を見て冷水を浴びた気持ちになる……まるで母様の死を知った時の様な……皆の必死の治療が続き秋月は一命を取り留めた。華佗の助手の卑弥呼や貂蟬の話では秋月は意識せずに自身の気で内気功で回復をしていたらしい。前から化け物じみた回復力だとは思っていたけどまさか、そんな事をしていたとは……

 

そんな話を聞いた後、秋月を闇討ちした容疑者に呉の先代である孫堅が上げられた。それを聞いた呉の面々は秋月の見舞いを切り上げて会議が行われていた。突如姿を消した先代が何故、御使の兄を襲ったか。何故、今になって戻って来たのか

 

皆が対策や対応に追われる最中、秋月に無理をさせない為に将か侍女が監視に付く事になった。なんで怪我人に監視を?と思ったけど秋月は過去にも度々、怪我をしながら無茶をして更に重傷になった事があったらしい。

 

だからって監視を……って思ったけど、翌日に貂蟬と卑弥呼に襲われかけて気を使って倒れたらしい。倒れたばっかりなのに何をしてんだアイツは……

その後も雪蓮達と武器の品評をしたり、真桜と逢い引きしていたりとうろちょろしていた。

 

 

その後、数日に渡り秋月は監視付きで休養になっていた筈なんだけど……

 

 

「副長……真桜と何かありましたか?」

「何故、そんな事を聞く?」

 

 

凪と鈍った体を鍛え直す為に組み手をしていたのだが凪が秋月に問い掛けをしていた。

 

 

「いえ……真桜が妙に艶々していたので」

「凪も色恋に目ざとくなったなぁ。まあ想像の通りだと言っておこう」

 

 

凪の疑問に答えた秋月。その発言を聞いた凪は顔を真っ赤にした。そして凪は秋月の胴着の襟を掴むと豪快ながらも見事な投げ技で秋月を上空に投げ飛ばした。

 

 

「怪我も治り切らない内に何をしてるんですか!?」

「何って……ナニかな。それは兎も角、教えた大雪山おろしを習得しているとは見事だな……だが俺を空中に投げ飛ばしたのは失敗したな!」

 

 

秋月は上空に投げ飛ばされながらも何故か冷静だった。そして空中で体勢を整えた秋月は勢い良く落下して来たと思ったら凪の頭に頭突きをした。それだけでも凄いのに……

 

 

「これぞマリポーサ式マッスルリベンジャー!」

「ぐ、痛っ!どうやって……いたっ!何回も頭突きを……あうっ!?」

 

 

秋月は何度も凪の頭に頭突きを繰り返していた。頭突きをした反動で飛び上がり、再度頭突きをしてまた反動で飛び上がり頭突きをする。前に北郷が『純一さんは気の力を使って無茶苦茶するから』と言っていたし、秋月の気の使い方は何処か凪や気の使い手とは違って見えた。あ、凪が頭突きを避けて顔面から地面に落ちた。

 

 

「ぐふっ!?やはりリングじゃなきゃダメか、この技……」

「だ、大丈夫ですか副長!?」

「アイツは本当にどうしようもない奴だな……」

 

 

私は母様の仇と……憎いとさえ思っていた秋月。でも今はあのどうしようなく情けなさと頼もしさと安らぎを合わせ持つアイツから目が離せなくなっていた。取り敢えず医務室には連れて行ってやるか。その後であの時の事を謝ろう。

 

 

 




『大雪山おろし』
ゲッターロボシリーズで巴武蔵が編み出したゲッター3の技。
掴んだ相手を自身を中心として竜巻のように振り回した後に上空に投げ、地面に叩きつける技。
ゲームでは車弁慶やゲッター3担当のパイロットが使用する。
初期のスパロボでは竜巻が発生し『世界最後の日』では伸縮自在なゲッター3の腕に敵を巻きつけ、擬似台風が発生する演出が組み込まれた。
アニメ、ゲーム、漫画等で派生技として『大雪山おろし二段返し』『真大雪山おろし』『大雪山おろしパンチ』『大雪山おろし次元竜巻返し』等、様々な技が編み出された。


『マッスル・リベンジャー(偽)』
キン肉マンに登場した必殺技でキン肉族三大奥義……の間違った解釈の技。マリポーサ式マッスル・リベンジャーとも呼ばれる。

キン肉族三大奥義の一つして壁画に描かれているヒントを元にキン肉マンマリポーサが編み出したマッスル・リベンジャーで上空から相手に頭突きを繰り返し、マットに沈めていき技を食らった者は最終的にマットに埋められて身動きが取れなくなる。

しかし、この技は本来のマッスル・リベンジャーではなくマリポーサがキン肉族三大奥義の壁画の解釈を間違えた為に本来のマッスル・リベンジャーとはかけ離れた別の技となった(壁画の絵は技の攻め手と受け手が頭突きをしている絵でありマリポーサは上の人物が下の人物に頭突きをしている絵だと勘違いした)
あまりにも間違えた技に先祖(シルバーマン)が怒ったのか技を繰り出したマリポーサはロビンマスクに技を攻略され、壁画から放たれた光線打たれて黒焦げになった挙句、ロビンスペシャルでK.O.されると言う顛末を迎えた。
後のシリーズでマリポーサはマッスル・リベンジャー(偽)を改良したアステカセメタリーと言う技を編み出した。
偽物と言う評価のマッスルリベンジャー(偽)だが技自体はロビンマスクをK.O.寸前に追い込むなど十分過ぎる完成度を持つ。


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第二百九十四話

 

 

 

◆◇side馬超◆◇

 

 

城の医務室へ秋月を運んでから私は医務官に頼んで治療を買って出た。私の頼みに医務官は何かを察したのか、快く聞き入れてくれたので私は秋月の怪我の治療をする事にした。

 

 

「しっかし……なんだったんだよ、あの技は?頭突きを連続で当てながら宙を舞うなんて普通じゃ無いぞ」

「あの技はある国の王の候補者が使っていた技の一つだ。本来の使い手だったらこんな無様な事にはなってねーよ」

 

 

秋月の顔に付いた土を払い除けた後、私は手当して包帯を巻く。

 

 

「なあ……その……話したい事があるんだ」

「馬騰さんの事だろ?あの大戦の後、馬超とはゆっくりと話が出来なかったからな」

 

 

私が話を切り出すと秋月は悟った様なそれでいて切なそうな表情を浮かべていた。

 

 

「あの戦の最中で…‥俺は馬騰さんと会ったのに助ける事が出来なかった。馬超に恨まれても当然だ」

「ま、待ってくれ!?恨み言を溢すつもりはないんだ!」

 

 

私は慌てる。定軍山での事や呉での戦いの事を謝りたかったのに秋月は私がずっと母様の事を恨んでいるんだと思っていたらしい。

 

 

「そうなのか?だが……」

「た、確かに定軍山での戦いじゃ秋月を恨んでたけど……ああ、そう言うんじゃなくて……その……」

 

 

思い返すと定軍山での戦いの時、私は秋月と対峙して重傷を負わせていた。更に恨みを込めて思いっきり睨んでいた。

赤壁での戦いで直接的な戦いこそ無かったものの、母様の事を話したくてジッと見つめていた。もしかして秋月には私が怨恨の視線の様に感じていたのか?

蜀での決戦では会話はあったものの、その後即座に戦闘になったから会話はほぼ無い。

 

あー、駄目だ。誤解しかされてない。しかも私自身が誤解の釈明を一切してない。そりゃ恨み言を言われるとしか思えないよな。

 

 

「と、兎に角!私は秋月の事を恨んじゃいないんだ!寧ろ……感謝してる。母様からの遺言を託してくれた事や……多分だけど母様も最後にちゃんと看取ってくれた人が居てくれたから安らかに逝けたんだと思う……」

「最後に会えた事は感謝された……のかな。もう少し早くに会ってみたかったとは言われたかもしれんが。まあ、俺も馬騰さんとの出会いが早かったら……とは思うけど」

 

 

私が捲し立てると秋月は困った様に笑いながら母様の事を思い出そうとしていた。詠や華雄から聞いた話だと秋月は母様と会った事で少し変わったと言っていたけど、どういう意味だったんだろう。

 

 

「母様と……何かあったのか?魏の人達に聞いても『馬騰の最後を看取った』としか聞かされなかったから……何があったまでは知らないんだ」

「大した事は話しちゃいないさ。でも、馬騰さんに会ってから俺は自分自身の力不足を嘆いていたのかもな。あの時の俺がもっと早く城に行っていれば……もしも治療系の気を使えていれば……そんな風に思っていた。あの時程、己の力不足を呪った事はないな。それ以降も失敗ばかりだったけど気の鍛錬はし続けたし」

 

 

そう言った秋月は拳を握った。その姿は弱々しく今まで私が見てきた秋月とは別人にすら見えた。いつも自信に満ち溢れ、笑みを溢さず、悩みなんか持たず、何処か人を惹きつける男。それが私の中でも秋月だったけど……こんなにも色んな悩んで鍛錬に励んでいたなんて。それも母様が切っ掛けで。

 

 

「話をして……少し意外だったよ。噂話じゃ天の御使兄弟は女を囲って良い気になってるなんて未だに聞くからさ」

「碌でも無い噂話が飛び交ってるよなぁ。この国に帰ってきてから調べてもらったけど噂はなんか一部じゃ悪化してるし」

 

 

そう……私が意外に感じた事もそうだけど三国じゃ種馬兄弟の悪い噂話がよく流れてる。主に魏の人達によって払拭はされているが気が付けばまた悪い噂が流れているのだ。文官や軍師達の話じゃ意図的に誰かが悪い噂を流している様な話はしていたけど仮にそうだとしたら誰がやっている事なんだ?

 

 

「あ、此処に居たんですか純一さん!って、また怪我を!?」

「これは自業自得だから気にすんな。それで、どうした一刀?」

 

 

私が少し悩んでいるともう一人の天の御使、種馬弟と呼ばれている北郷一刀や兵士達が医務室へとバタバタと入ってきた。

 

 

「そ、それが……街中で蜀と呉の兵士達の間で喧嘩があったみたいで……それで魏の警備隊が仲裁に入ったんですけど火に油状態みたいです」

「喧嘩程度なら真桜達がどうにかすんだろ?なんで俺の所に話を持ってきた?」

「そ、それが……喧嘩の内容が北郷隊長と秋月副長の事なのです」

「我等も話を聞いて腑が煮え繰り返る思いです!」

 

 

確かに秋月は警備隊の副長だ。でもだからって副長がいきなり駆り出されるのは変だろう。そんな事を思っていたら北郷と一緒に来ていた兵士達が口を開き始める。

 

 

「どうにも蜀と呉の兵士達は隊長と副長の事で陰口を叩いていた様なのです。蜀の兵士数名ががお二人の陰口を叩き、呉の数名がそれに対して半分が否定をして半分が賛同した様です」

「お二人が美女を独占しているだとか」

「権力に物を言わせて手籠にしただとか」

「給料が低いから上げろと言って断られただとか」

「散々な言われ様だな。それと最後のはお前の願望だろ。博打で損をした分は働いて返しやがれ」

 

 

報告をする警備隊の面々の報告に私はさっきまで考えていた事と話が繋がると思ってしまう。やはり蜀や呉を中心に御使兄弟の悪い噂が流れている様だ。最後の報告をした兵士の頭に拳を叩きこんだ。

 

 

「取り敢えず現場に行って話を聞くとするか。この分だと他の将も現場に行きそうだし。将同士の喧嘩になったら止められる人間は限られるからな」

「ほ、報告します!蝶々の仮面を付けた者が現れて場を諫めようとして大乱闘になっています!」

「現場は大混乱です!」

 

 

溜息を吐いた秋月に更に報告に来た兵士達の言葉に私は言葉を失う。華蝶仮面の奴、魏の地にまで現れやがったのか!?

 

 

「ったく……次々に問題が起きるな、この大陸は。でも、ま……だからこそ是非に及ばす。全力で相手してやろうじゃないの」

「楽しだそうですね、純一さん。まあ、このドタバタで、はちゃめちゃな感じが懐かしいのも分かりますけど」

「あ、おい秋月」

 

 

秋月は北郷や警備隊の兵士達と共に医務室から立ち去ろうしてしまう。私も思わず一緒に行こうとして立ちあがろうとしたんだけど秋月に肩を抑えられて立ち上がれなかった。

 

 

「馬超、ありがとうな。少しだけ話せて俺も気が楽になったよ。でも、もう少し話したいから今度ちゃんと時間を作ろう。二人っきりで話をしたいからさ」

「え、あ……はい」

 

 

そう言った秋月の言葉と自然な笑みにトクンと私の胸が高鳴ったのを感じた。何だっんだろう……今のは。

 

 

「さて、華蝶仮面か……噂には聞いているが強いそうじゃないか廬山亢龍覇を使ってでも仕留めてやる」

「もう自爆技を極めようとしてませんか、最近?」

 

 

北郷と共に去っていく秋月の背中を見つめながら私は「二人っきりで話がしたい」と言われた時の胸の高鳴りが分からず、自問自答をして……結局、答えが出なかった。

 




『廬山亢龍覇』
聖闘士星矢のキャラ紫龍が使用する技。
自身の小宇宙を極限まで高めた後、相手を羽交締め(チョークスリーパー)で捕らえた後に高速で急上昇し、その摩擦熱で相手を絶命に追いやる技。仮に摩擦熱に耐えたとしても、この技は自身を宇宙まで飛ばす技なので最終的には宇宙に放り出される為に技の攻め手も受け手も助からない自爆技となっている。


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第二百九十五話

 

 

 

一刀と警備隊の部下の面々に連れられて現場に到着したのは良いものの……どうしたもんかなぁこれは。

 

 

「おーほっほっほっ!」

「せいやぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ぐわぁっ!」

「つ、強い!?」

「囲め囲め!」

「数で圧倒するんだ!」

 

 

パピヨンマスクを付けた貂蟬と趙雲が大暴れをしていた。兵士の他にも将が何人か混ざって大乱闘である。

近くに居た人達から事情聴取をすると喧嘩をしていた魏、蜀、呉の兵士達を諌める為に舞い降りた華蝶仮面1号(趙雲)。しかし、徐々に押され始めた頃に何処からともなく華蝶仮面2号(貂蟬)が現れ、1号と2号が共同戦線を初めて将数名と兵士達を全滅させた……って事らしい。

 

 

「ハーハッハッハッ!三国の平和を守らんとする将や兵士がこの様とはなんと情けない。喧嘩の切っ掛けも些細な事であるのも呆れたものよ!これからは心を入れ替えて職務に励むが良いわ!」

「そうよん。おサボりしちゃダメよ。それに人の悪口を言ったり、悪い噂を鵜呑みにするのも良くないわん」

 

 

二人とも良い事は言ってるんだけどなぁ……あの格好で話の内容が頭に入りづらい。

 

 

「あれ……趙雲と貂蟬ですよね?」

「あまり考えたくはないけどそうらしいな。なんでパピヨンマスクで変装してんのかは知らんが。蝶人パピヨンと良い勝負……相手があんなんなら、なんちゃってシルバースキンを持ってくるべきだったな」

 

 

俺がなんちゃってシルバースキンを装備して奴等がパピヨンマスク装備してれば、めちゃくちゃ良い絵になるわ。ってそんな事を考えてる場合じゃなかったな。

 

 

「そこの正義の味方さん。街の人達に被害が出る前に喧嘩を止めてくれた事に警備隊の副長として感謝をしたいけど事情聴取もあるから此方に同行を願いたいんだがよろしいかな?」

「おや、女人を誘うには些か無粋な呼びかけですな」

 

 

俺が声を掛けると華蝶仮面1号(趙雲)は笑みを浮かべながら既に撤退する動きを見せている。ちゅーか、ナンパじゃないっての。

 

 

「あら、騒ぎが大きくなっちゃマズイわねん。此処らでお暇しましょうかしらん!」

「逃すか、円舞光輪脚!」

 

 

華蝶仮面2号(貂蟬)が跳躍して逃げようとしたので撃ち落とす様に円舞光輪脚を放ったのだが華蝶仮面2号(貂蟬)はそのままジャンプして逃げて行った。前回の激烈光弾の時もそうだけど自信無くすなぁ……最近、技の失敗が減ってきたのに大したダメージに繋がってないんだもん。

 

 

「ふむ、2号は無事に逃げおおせた様だな。そして生憎ですが、私も多忙な身……失礼させて頂く!」

 

 

空の彼方へと飛んで行った2号を見送る1号。円舞光輪脚が命中したのにそのままジャンプ力だけで見えなくなるまで跳躍するってどんだけ?Z戦士か。そして1号も民家の屋根に一っ飛びすると屋根から屋根へと飛び移ってあっという間に姿が見えなくなってしまった。

 

 

「副長……いかが致しましょう?」

「取り敢えず、そこら辺に転がってる連中を拘束、詰所まで連行しろ。噂話の出所を聞き出せ」

「最近、噂話が話題に上がってましたよね?俺達に関する事が」

 

 

逃げた正義の味方(笑)は兎も角、往来で喧嘩をしていた奴等は逮捕しなきゃならない。それに喧嘩の最初の原因である噂話の事も気になるし。

 

 

「あら?もう終わっちゃてたの?」

「雪蓮?もしかして暴れられると思って……来たんだろうな」

 

 

気絶している連中や怪我人を連れて行ってる最中、雪蓮が走ってきた。手には以前、渡した武器があるので……まあ、そう言う事なんだろう。

 

 

「もう……試し斬りが出来ると思ったのにぃ……」

「ま、まあまあ……」

「新しい武器を作っても使う機会が少ないか……それも考えものだな」

 

 

不満そうな雪蓮を一刀が宥めて俺も少し考えてしまう。

まあ、平和な世の中になっていざこざも無い太平の世になってるんだ。小競り合いが多くあっても戦に発展する事がほぼ無いんじゃ退屈でし、鈍ってくるか……ん?戦が無くて小競り合いが多い?

それが以前の乱世の頃なら分かるが平和な世の中になって小競り合いが尽きない。魏の警備隊の問題もそうだったが、今も俺や一刀の悪い噂が流れて、こうした小競り合いが起きている。

 

なんか何処かの誰かが意図的に仕組んでいるんじゃないかと思えてきたな。ま、俺みたいなのが気付くくらいなんだ大将や軍師組はとっくに気付いてんだろ。今度、聞いてみるか。

 

 

「それはそうと純一?聞いたわよ。凪と鍛錬してたそうじゃない!狡いわよ、私のは断ったのにー!」

「そりゃこの間の話だろ。今日はどれくらい動ける様になったかの慣らしって所だ。雪蓮と鍛錬したらそれこそまた怪我人に逆戻りするって」

 

 

雪蓮は頬を膨らましながら俺に詰め寄る。復帰後に呉でも戦闘力がトップクラス人間と戦えるかっての。あれ、でも雪蓮との戦いは孫堅さん対策としては有効なのかも……ちょっと相談してみるか。

 

 

「ねえ、お願い純一!先っちょだけ!先っちょだけでいいから!」

「誤解を招く発言をするな!」

 

 

雪蓮は余程、俺と戦いたかったのかとんでもない事を口走り始めていた。往来で誤解を招く発言は辞めなさい!

 

 

「ふ、副長……寧ろお相手をされた方が良いのでは?」

「孫策様ですから副長と鍛錬するまで叫ばれる可能性があるかと」

「曹操様や荀彧様達には我々から報告をさせて頂きます故にどうか……」

「お前等……余程、俺を怪我人に仕立て上げたいらしいな」

「警備隊からの報告でしたけど一部の将が平和な世に武を持て余して喧嘩に発展したとかって聞きますし……少し発散させた方が良いんじゃ?」

 

 

警備隊の部下達が俺と雪蓮が戦う事に賛同し、反論すると一刀も戦いを推奨してきた。

 

 

「仕方ない……か。わーったよ。雪蓮、あくまでも鍛錬って事を忘れないでくれよ?」

「やったあ!そうこなくっちゃ!先に鍛錬場を抑えてくるわね!」

 

 

そう言って雪蓮は俺との戦いを待ち望んでいたからこその歓喜の声を上げて鍛錬場へと先に行ってしまう。場所の確保をする辺り、本気の度合いが感じ取れるな。

 

 

「それに……このまま怠惰な平和が続くのも良く無いか。少しは刺激が無いと第三話の悲劇になりかねん」

「純一さんが言うとシャレになりませんね」

 

 

こうして俺は雪蓮と鍛錬と言う名のマジバトルをする事となった。取り敢えず自爆技は控えて肉弾戦の準備をしとこう。なんちゃってシルバースキンを着ないとマトモに相手が出来なさそうだし。

 




『蝶人パピヨン』
武装錬金、主人公武藤カズキのライバル。
元々は人間だったが病弱な体(死の病に瀕していた)を放棄し強い肉体を得る為に自身を人型ホムンクルスへと変貌を遂げた……かに見えたが様々な邪魔が入った為にホムンクルスへの進化が不完全なモノとなってしまい、死ににくい体になったが死の病が治らずに体に残る結果となり『永遠の命と死の病が混在する体』となってしまった。
美的センスが独特で蝶をあしらったデザインを好み、特にパピヨンマスクは自身が人間を捨てた証である事を主張している。



『円舞光輪脚』
「海の大陸NOA」の主人公リュークの妹のキッチェが使用する技。
元々は父親のリューヤが教えた技で回し蹴りと共に三日月型の波動を相手に叩きつける技。威力にムラがあり、ダメージを与える事が出来ない程の低威力かと思えば戦車からの砲弾を打ち落とす等、威力が定まらない。



『第三話の悲劇』
一部のアニメにおいて第三話目で主要キャラクターが退場(死亡)するフラグ。
日常、ほのぼのした話、誰かが救われた等の穏やかな展開から一転して主要キャラクターが死亡する展開でアニメの裏に存在する残酷な設定を際立たせる展開。またキャラクターの死が今後の話のキーポイントにもなる。

主要なキャラクターを上げるなら『機動戦艦ナデシコ/ダイゴウジガイ』『魔法少女まどかマギカ/巴マミ』『Angel Beats!/岩沢まさみ』等、物語のキーとなるキャラが多くに存在している。


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第二百九十六話

 

 

 

 

 

◆◇side雪蓮◆◇

 

 

 

「おい、コイツが天の御使いとやらだそうだ。呉にコイツの血を入れるからテメェ等で種を絞れ」

「ちったあ、表現を控えろよ!しかも俺にも説明無しかよ!」

「ちょっと母様!?」

「いきなりですな、大殿」

 

 

母様が生きていた頃、城に連れてきたのは胡散臭い男だった。母様によると、この男は噂になっている『天の御使い』らしい。しかもこの男の血を呉に入れるという事は私達が閨の相手をしろと言う事だ。

他の将が慌てている最中、祭や母様に長年仕えてる将は半分、諦めている様な顔になっている。

 

 

「ごちゃごちゃ五月蝿えぞ。俺が決めたんだから決まりだ。それとも娘や婆共じゃテメェは不満か?」

「いや、こういうのは本人の気持ちが大事なんじゃ?」

 

 

呉にいる将ならしないであろう母様への反論をする男に母様は鼻で笑った。

 

 

「そんなんで世が太平になるならやってやるよ。そうじゃないから俺達がこうしてんだろうが。それと種馬が嫌ならまた荒野に放り出してやろうか?」

「いだだだだだっ!?」

 

 

母様に反論した男は母様の握力で額を締め上げられて身動きが取れなくなっていた。あれって地味に痛いのよねぇ。

 

 

「まあ、だがテメェの言い分も少しはわかる。だからコイツ等に籠絡しろと言ったんじゃねぇか」

「ほぼ強制じゃないですか……まあ、このタイミングで放り出されるのも勘弁なんで従いますけど」

 

 

母様の拘束から解放された男は私達に向かい合うと手を差し伸べた。

 

 

「俺の名は秋月純一。天の御使いとやららしい……種馬云々は兎も角、仲良くしてくれたら嬉しいかな」

「孫策伯符よ。母様の娘よ」

 

 

私と秋月は握手をして挨拶を交わす。これが天の御使い秋月純一との出会いだった。胡散臭いけど面白そうな男、それが私が純一に最初に抱いた感情だった。

 

 

「それなりに動ける様じゃが実戦でそんな武が通用すると思うてか!」

「呉の名将とマトモに戦える訳ねーだろ!?ぎゃーっ!?」

 

 

祭に鍛錬と称して叩きのめされては鍛え直すを繰り返していた。なんか最近、気の力を得たとか言ってたけどなんだったんだろう?

 

 

「天の知識とやらはそんなものか?だとすれば期待外れじゃな」

「頭の良い奴ならホイホイと知恵を出すんだろうが、俺は頭が悪いんでな。まあ、思い出したら少しずつ話すから」

「だけど秋月の考え方は面白いわね。閃きがあるならもっと言ってくれるかしら?」

 

 

冥琳や雷火からお叱りを受けながら勉強をしつつ軍師や内政に関わり始めている純一。なんやかんやで真面目に取り組んでるのよね。

 

 

「純一、遊ぼう!」

「ちょっと、小蓮に何をする気!?」

「斬りますか?」

「思いっきり冤罪だろうが!」

 

 

小蓮に抱き付かれ、蓮華や思春に誤解をされながらも笑っている純一。物凄い速さで呉に馴染んでいった純一はもう昔からずっと一緒に居たみたいに居るのが当たり前になっていた。

 

 

「はぁー、はぁー。純一さんのお話面白いです。もっと聞かせてください。出来たら本にしてくれるともっと……」

「昂り過ぎだって……ちょ……あ、柔らか……」

 

 

天の国の話をして琴線に触れたのか興奮した様子で純一に迫る穏。純一は簡単に報告書風に書いたらしいけど書物を読むと興奮する穏には効果的だったらしいわね。しかし、穏に迫られて鼻の下伸ばしてるわね。ちょっとムカつく。

 

 

「かめはめ波っ!」

「うっひゃあ!?」

「す、凄いです純一様!」

 

 

気の力を高めた純一は気弾を放つ様になった。鍛錬の相手をしていた明命は驚いて、それを見学していた亞莎は腰を抜かすんじゃないかって程に狼狽していた。そりゃあんな気弾を放てる様になれば驚くわよね。

 

 

「雪蓮、またサボってたわね!」

「見つかちゃった。逃げましょ、純一」

「俺を体良く巻き込むなよ。ま、良いけど」

 

 

仕事をサボってお酒を飲んでたら冥琳に見つかってお説教されそうになったので私は純一の手を引いて逃げる。純一は笑いながら一緒に逃げてくれた。握り返してくれた手は暖かくて私は指を絡めて離さない様にギュッと握る。この手を離したくない。

 

純一が居て、皆が居る。毎日が楽しくて……そんな日がいつまでも続くと思ってた。

 

 

そんな日々は突然終わってしまう。母様が戦の乱戦の最中、敵将に討たれてしまった。母様は元々大怪我をしていた事や乱戦の隙を突かれた事で不覚を取ってしまったらしい。

 

皆が涙を流す中、私は涙を耐えた。私は次の呉王となるのだ。涙なんて流しちゃいけない……そう決意を固めていたのに……

 

 

「雪蓮……泣きたいなら俺の前でだけ泣け。と言うよりも泣いてくれ。ほら、他の人達には見えない様にするから」

「う、あ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

 

純一は正面から私を抱きしめるとその胸に私の顔を押し付けた。王としての覚悟を決めた私の心を崩した純一の胸の中で私は泣いた。純一の前だけでは王じゃくても良いと言われて嬉しかった。

私はこの人が好き。そんな思いと共に私は口付けをして手を握る。もう離したくない。

 

でも、私の思いは呉に侵略してきた魏の曹操に打ち砕かれてしまう。

 

 

「母様、私は純一と一緒に呉を守っていくわ……だから、安らかに……きゃん!?」

「避けろ、雪蓮!」

 

 

母様の墓参りに来ていた私と純一の所へ私を暗殺しようと刺客が現れたのだ。母様の墓の前で気を緩めていた私は刺客に気付かず、純一は私を突き飛ばして左腕に矢を受けてしまう。

 

 

「じゅ、純一!?」

「暗殺とは……中々狡い手を使ってくるじゃないか曹操……ぐうっ……」

 

 

刺客の数人を気弾で仕留めた純一だったけど数人は逃げてしまった。追いかけたかったけど純一が受けた矢には毒が塗ってあったらしく、純一は苦しんでいた。更に蓮華や思春からの報告で魏の大部隊が呉に迫ってる状況でそれどころじゃないと思い私は純一を本陣に運んで治療を命じさせた。

私や純一を暗殺しようとした曹操を許さない。私や呉の将達の思いは一つになっていた。

 

そしてこれから魏を滅ぼそうと戦の開戦を開こうとした時にあり得ない報告を聞いてしまう。

 

 

「ご報告申し上げます!秋月様の姿が見えません!?」

「な……秋月は毒に侵され動けない筈じゃ、そんな訳なかろう!」

「あの状態じゃ動くのも苦痛な筈……いったい何処に?」

「ま、まさか……っ!」

「姉様、何処へ行くのですか!?」

 

 

秋月を任せていた部下からの報告に私達は動揺する。あんな状態で何処に……祭や冥琳が悩む最中、私は純一の行き先に心当たりがあって本陣を飛び出した。背後から蓮華の叫び声が聞こえたけど私はそれどころじゃなかった。

 

 

「やっぱり……ここに居たのね」

「おう、雪蓮。雪蓮も飲むか?」

 

 

純一は呉と魏が睨み合う戦場の先頭に居た。しかもお酒を飲みながら煙草を吸う仕草はいつも通りすぎて逆に不安になる。

 

 

「何をしてるのよ!?そんな体で動いちゃ……」

「眉間に皺がより過ぎだ。可愛い顔が台無しになってんぞ」

 

 

純一は指で私の眉間を突く。キョトンする私に純一は言葉を繋げた。

 

 

「俺が好きな雪蓮はさ……いつも笑顔だぜ。最後に見る顔がそんなんじゃ俺も悔しくて天の国に返り辛くなるだろ」

「え、じゅん……いち……?」

 

 

純一の言ってる意味が理解出来ず私は彼の名を呼ぶ。

 

 

「あの矢は毒だったんだろ?しかも天幕で医務官が話してた内容からもう手遅れと来たもんだ。だったら最後に呉の……いや、雪蓮の為に戦いたくなってな」

「いや……駄目……」

 

 

私は純一の言葉を聞いて彼の手を掴む。こうしないと彼が遠くへ行ってしまうと確信してしまったから。

 

 

「だから毒が回り切る前に呉に迫る脅威は…‥俺が取り除く」

「馬鹿言わないで!本当に死んじゃうわよ!?」

 

 

純一はもう助からない。その事を自身が察してるから最後に大暴れをしようとしているのは明白だ。必死に彼を止めようとして手を離そうとしない私の頬を純一は空いている反対の手で拭う。そこで私は自分が泣いている事に気付いた。

 

 

「良い酒に…‥良い女。俺みたいな奴の見せ場にしちゃカッコ良すぎじゃない?」

「ば、ばかぁ……」

 

 

最後に吸っていた煙草を捨てて踏んで消した純一は最後に笑って……私から手を離した。この人の笑みが好きだったのに今はその笑顔が見たくない。私は純一に手を伸ばそうとしたが私の体は一歩も動けず純一を見送る事しか出来なかった。

 

 

「さぁてと……痛てて……聞けや、曹操!」

 

 

純一は私から離れ魏の陣地の前へと赴くと曹操の名を叫ぶ。その叫びに魏の陣営がざわめき、夏侯惇が陣営から飛び出してきた。

 

 

「貴様、華琳様の名を呼ぶとは不届者め!」

「孫策を暗殺しようとしておきながらよく言うぜ!俺は天の御使い、秋月純一!この身は曹操の放った刺客の毒に侵され天の国に送還されようとしているが只では死なん!」

 

 

純一の叫びに魏の陣地に更なる動揺が生まれ、夏侯惇ですら驚いている。だが、魏の陣営から兵士達が突撃してくるが純一は気を高めた。

 

 

「最後なんだ……派手にいこうか。滅殺奥義……爆竜!!」

「い、行かせるな!華琳様をお守りするんだ!」

「な、なんだコイツ!?」

「これが天の御使いの力なのか!?」

 

 

純一が全身から迸らせた気の力はまるで龍が天に昇るかの様に魏の本陣へと突撃して行った。

 

 

「姉様、兄上……いえ、秋月は!?」

「あそこよ……本当に天の国に帰るつもりなのかしら……でも、今なら魏の大部隊を食い破れるわ。総員、戦闘準備!天の御使い、純一に続くわよ!」

 

 

魏の陣営は大騒ぎになっている。これに乗じれば数で劣る呉の軍勢でも押し切れる。私は呉の精鋭に号令を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はれ?」

 

 

私は戦場から一気に引き戻された。

 

 

「い、たたた……頭痛い……」

 

 

起き上がった私は辺りを見回す。そこは見覚えのない部屋。私は寝台に寝かされていたみたいで、何故か隣には袁術が寝ていた。床には純一が寝転がっていて、寄り添う様に桂花が寝ている。部屋の壁にもたれ掛かる様に眠っている華雄も居た。

 

 

「そっか……純一と鍛錬した後で宴会をしたんだっけ……」

 

 

段々思い出してきた。純一と散々鍛錬した後でお酒を飲む事になって、盛り上がった頃に桂花と華雄が参加してきて、いつの間にか袁術も来たんだったんだ。

 

 

「でも、まあ……まさか私が華雄や袁術と同じ部屋で呑気に寝ちゃうなんてね……」

 

 

怨敵だった袁術や因縁のあった華雄と笑いあって酒を飲むなんて、あり得ないと思っていた。それが純一を通して平和に笑いあえるなんて……さっきまで見ていた夢の事を含めても面白くて仕方ない。

 

 

「でも……なんだったのかしら、さっきの夢は?いくら、酒に溺れていたといっても変な夢よね」

 

 

まるで純一が天の国から降りたったのが呉だったら……なんて都合の良い夢だったみたい。その夢の中で私は一番に純一に愛されていた……桂花じゃなくて私が。

 

 

「少しくらい……良いわよね」

 

 

私は純一の横に寝る。桂花の反対側の空いてる側に寝て純一を抱き締める。

 

 

「うふふー……」

 

 

夢の続きみたいに私は満たされた思いになっていく。それと同時に桂花や華雄から聞いていた『純一は平然と無理無茶をする』と言う言葉と夢の中で純一が私達を守る為に死力を尽くした事を思い出して私は純一の手に指を絡ませつつ握る。夢の中では離してしまった手をもう離さない。

 

 

「無理はしないでよね……今度は私が守ってあげるんだから」

 

 

そう言って私は瞳を閉じてまた眠りにつく。私は純一の一番にはなれないのかも知れないけど今は純一と共に居れる事が心地よく私はまた夢の中へと落ちていった。




『隠鬼落忍法 滅殺奥義•爆竜』
おきらく忍伝ハンゾーの主人公ハンゾーが使う奥の手の忍術。巨大な爆薬を使用して竜の形をした爆炎を身に纏いながら突進する。破壊と殺戮の為の技であり長時間使用すると自身が技の力に溺れてしまう上に、体が燃えて自滅しかねないリスクがある。


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第二百九十七話

 

 

 

どうして、こうなった?

私、秋月純一は頭をフル回転させていた。

 

昨日、雪蓮と模擬戦をして体力と気を使い果たして、もう終わりってなった所で流れ込む様に酒盛りとなり途中から桂花や華雄が参加して酒やツマミを運んでいた美羽が雪蓮に捕まり弄られていた。そうこうしている内に疲れからか華雄が眠り始め、雪蓮は美羽を抱き枕に俺の寝台で寝始めた。桂花は俺の肩に頭を乗せた状態で寝ていたので起こさない様に体勢をゆっくり変えて俺の腕を枕にする様に一緒に寝た。

 

ここ迄は良い。ちゃんと記憶がある。問題はここからだ。

 

 

美羽を抱いて寝ていた筈の雪蓮が何故か俺の手を握り、腕を絡ませながら眠っていたのだ。しかも恋人握り。

俺の片腕は桂花の枕としていて動けない。そして反対側は雪蓮にホールドされている。俺は完全に身動きを封じられていた。

 

 

マズい……何がマズいって、この状況下で身動きが取れないって事は誰かが俺の部屋に来て、この惨状を見たら間違いなく誤解するって事だ。

だが落ち着け、俺。先ずは桂花か雪蓮を起こして……いや、ちょっと待て。このパターンは前にも……

 

 

「秋月、起きているか?雪蓮が部屋に戻ってないって呉の人達が慌てていたんだけ……ど……」

「………」

 

 

馬超が俺の部屋に入りながら質問をして……動きがピシッと固まる。

それに対して俺は頭を抱えたかった。耳を塞ぎたかった。しかし両腕の自由が無い以上、それは不可能であり叶わぬ願いだった。

そして馬超の顔がみるみる赤くなっていく。耳まで真っ赤になり、頭から湯気が出そうな感じになり……

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ぐぼはっ!?」

 

 

一瞬で間合いを詰めた五虎大将軍の渾身の一撃をノーガードで受けた俺の意識は一瞬で掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side一刀◆◇

 

 

玉座の間の空気がとてつもなく重い。朝早くから純一さんの部屋を訪ねた馬超は重なり合って寝ていた純一さん、桂花、孫策さんを見て悲鳴をあげながら純一さんの腹に重い一撃を叩き込んだのだとか。

そんな事があったから朝早くから将や軍師が呼び出され、ほぼ全員集合となった所で華琳が口を開いた。

 

 

「翠……何か言い分はあるかしら?」

「……ナイデス」

 

 

玉座から見下ろす華琳はとてつもなく重圧があり、馬超はその雰囲気に飲まれたから、本心から純一さんに申し訳ないと思ってるからか俯いたままだった。

 

 

「まったく……これから蜀や呉に一刀や純一を派遣しようと考えてたのに出鼻を挫かれたわね。このまま純一や一刀を送り出したら蜀や呉は使者を返り討ちにするなんて噂が出るわよ。それに純一なら兎も角、一刀を送り出す気にはならないわね」

「その秋月ですが……現在、華佗と美羽が治療にあたってます。華佗の診察では肋骨にヒビが入ってる可能性があるそうです。桂花や雪蓮に被害が無かったのは咄嗟に秋月が庇ったからだと思われます」

 

 

華琳の側に控えていた秋蘭が報告をした。自分の身よりも桂花や孫策さんを庇うのがらしいと言うか……

 

 

「あ、あはは……ねぇ冥琳、華琳?足崩しても良いかしら?」

「あら、面白い冗談を言うわね孫策伯符殿。誰の所為で天の御使兄弟の片割れが傷付いていると思ってるのかしら?」

「直接手を下したのは翠だけど貴女にも直接的な原因がある事を忘れてないわよね?」

 

 

玉座の間で呉の一団が揃っている場で孫策さんは正座をさせられて首から『私は悪い子です』と書かれたプレートを下げていた。

 

 

「確かにちょっと悪戯が過ぎたかもだけど……」

「あら、そのちょっとで秋月は死にかけたのよ?」

 

 

孫策さんの一言に華琳はニッコリと笑いながら黙らせた。その笑顔が怖いです。

 

 

「蜀の身としては申し訳ないと言う他ありませんな。特に翠は初心なものですから」

「その初心な心の持ち主の重い一撃で友好国を敵対国に変える所だったんだがな」

 

 

趙雲の謝罪を華雄が切り捨てる。流石に怒ってるな、アレは。

 

 

「曹操殿……此度の問題、誠に申し訳ない。跡目を孫権様に継いだとはいっても先日まで王だった者が他国の重鎮を傷付ける様な事をした。どの様に詫びても許されない事だろう」

「わ、私も……本当にすまない事をした!」

「ちょっと冥琳!?」

 

 

すると周瑜さんが深々と華琳に頭を下げた。馬超も同じ様に頭を下げ、突然の事態に孫策さんも慌ててる。

 

 

「困った事に……本来、一番許さないと言っていい筈の純一が許しちゃいそうなのよね。『ああ、良いって良いって。気にすんな』って言いそうだもの」

「ああ、言いそうですね……」

「言いますね……あれは」

 

 

華琳、秋蘭、春蘭が呆れて困った様にしている。華琳達の発言にその場の全員が「言いそうだ……」と想像しやすかった。

そんな時だった。華佗と美羽が純一さんの治療を終わらせた報告で玉座の間に通された。

 

 

「すまない、失礼するぞ。純一の治療が終わったから報告させてもらう。俺の鍼と袁術の治癒気功で今、出来る限りの治療した。もう意識も戻っているから大丈夫だ」

「ええ、ご苦労様。華佗、貴方と美羽に治療を任せて正解だったわ」

「その純一はどうしたんや?意識戻ったんやろ?ほんでなんで美羽は顔真っ赤やねん」

 

 

最初から治療を終えたら来るように華佗に伝えてあったらしく華琳は華佗が玉座の間に来て労いの言葉を掛けていた。そして霞の疑問通り、美羽の顔は真っ赤でスカートの端をギュッと握ってモジモジとしていた。

 

 

「意識が戻った純一と荀彧殿が内密な話をし始めたのでな。俺達は席を外させてもらったよ。あのままでは馬に蹴られてしまいそうだったからな」

 

 

華佗の説明に華雄、真桜、斗詩、ねねのこめかみに青筋が走った様に見えた。月と詠はこの場には居ないけど複雑な顔をしてるんだろうなぁ……

あ、孫策さんと馬超も大分複雑そうな顔してる。祭さんは笑ってるけど。

 

 

後で純一さんの様子見に行くのが色んな意味で怖いよ。

 

 

 



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第二百九十八話

 

 

 

 

「この鍼を打って……よし、袁術の気を込めてくれ。これで痛みが引いていく筈だ」

「う、うむ!主様、行くのじゃ、!」

「鍼を刺した痛みなのか、腹への一撃の余韻なのか分からない……痛たたたたっ……」

 

 

華佗の鍼治療で俺は腹部に大量の鍼を刺されていた。そして刺した鍼を通して美羽が気を送り込む事で治癒能力が増すのだとか。これは気を使う事が出来る俺や凪、大河向きの治療であり気を使う事が出来なかったり気の扱いが不得手な者には効果が無い治療なのだとか。

寝台に寝かされて身動きが取れない状態で鍼刺されるとか超怖い。「止めろ、ジョッカー!ぶっ飛ばすぞ〜!」とか叫びたくなる。

 

 

「元気になぁれぇぇぇぇぇっ!」

「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「美羽、掛け声を出すのは良いけど妙な声は出さない。華佗の悪い影響が出てんな」

「無駄口が叩ける程度には良くなったみたいね」

「良かったです……」

「流石に今回は肝が冷えたわよ……」

 

 

華佗の叫び声に呼応する様に美羽も叫ぶ。でも、その掛け声だけはやめなさい。そんなツッコミを入れたら馬超の一撃を喰らってからずっと手を握り続けていた桂花が口を開く。付き添ってくれていた月や詠も深い溜息を溢した。

 

 

「流石は五虎大将軍。俺もある程度、強くなった筈なのに自信無くすぜ」

「馬超の一撃を防御せずにこの程度で収まってる方が驚きなんだがな。恐らく、咄嗟に内気功で自身の体を強化したんだろうな。でなければ粉砕骨折もありえたぞ」

 

 

自虐ネタで笑って見せたが色々と笑えない状態になりかけてたらしい。そんな話を華佗としていたら桂花と詠が睨む様に俺を見て月は涙目になっていた。

 

 

「ねぇ……なんで、怒らないのよアンタ。今回の一件は正式に抗議していい内容よ。蜀との同盟に亀裂が入っても可笑しくない程の事なのよ」

「そうね。他国の将の部屋に勝手に入った挙句、身動きの取れない者に危害を加えるなんて外交問題よ」

「私達としても純一さんが傷付けられたのは悲しいんです……」

「種馬扱いは今更だし、実質的な被害が俺だけだからな……ま、その辺りは大将が考えるこったろ」

「やれやれ……下手をすればその種馬にも支障をきたしていた可能性もあるんだがな。袁術、気を送り込むのはここまでだ。一気に注ぎすぎるのも良くないんだ。明日にでももう一度施術するぞ」

「わかったのじゃ」

 

 

桂花、詠、月から俺が怒らない事への不満が溢れる。確かに怒るべきなんだろうけど、怒られる事をしたのも(今回に限り誤解ではあるが)俺だ。

華佗や美羽は淡々と俺の治療を続けていたが一先ず終了らしい。一度にやりすぎちゃ駄目なんだな。

 

 

「ねぇ、前に秋月を罵倒した僕が言うのもなんだけど……純一ってちゃんと怒れるの?そりゃ仕事で真桜とか警備隊の部下を叱っているのは見た事あるけど本気で怒ってる所を見た事が無いんだけど」

「フ……俺程になると明鏡止水の境地に……痛っ!?」

「我慢強いのと明鏡止水の理は違いだろう。医者からの目線でも言わせてもらうが心労を溜めすぎるのは良くないからな?」

 

 

詠の言葉に髪をかきあげながらコメントしたら華佗が鍼を抜いて激痛が。ご意見ごもっとも。ストレス溜めすぎるのは良くないのは良くわかる。現代でも上司のお小言や取引先とのトラブルで胃がヤバい事になりかけたしな……少し発散させる事を考え……あ。行き着いた答えに笑ってしまう。だから種馬って呼ばれるんだろうな俺は。

 

 

「俺の心労は……桂花達がいるから軽減されてるんだな、俺は」

「ば、馬鹿……」

「……発想が種馬よね」

「へう……」

 

 

握られていた手を握り返しながら呟くと桂花、詠、月の顔がみるみる赤くなっていく。

 

 

「どういうなのじゃ?」

「純一のお役目って事だな」

 

 

無垢な美羽が華佗に問いかけ、華佗は医師として表情を崩さずに答えた。流石である。そんなやり取りの後に桂花が俺の寝台に身を寄せながら囁く。

 

 

「そ、その……アンタの心労をほぐそうかしら……私の役目だし……その最近……」

「俺と袁術は玉座の間に行き、治療が終わった事を報告に行ってくる。傷が開く様な真似はするんじゃないぞ」

「前にも似た様な事をして傷が開いたでしょ?自重しなさいよ」

「あうあう……」

「……ぷしゅー」

「自重はするけど少し桂花と二人きりで話はさせてくれ。少し真面目な今後の話もあるしな」

 

 

桂花の提案を華佗がドクターストップをかけ、詠は俺の頬をつねり、月と美羽は顔を真っ赤にして狼狽していた。これぞ種馬クオリティ。

指摘されて桂花も耳まで真っ赤になってるし。気分が乗って周囲が見えなくなって大胆になり過ぎた結果だな。

 

 

「わかった。では俺と袁術は席を外そう。改めてだが傷が開く真似はするなよ?」

「……秋月の治療も見届けたし僕達も仕事に戻るけど……」

「無理はしないでくださいね」

「主様、また後ほどなのじゃ」

 

 

俺が桂花の手を握りながら真面目に話すと華佗達は納得して部屋を後にした。念を押された挙句、不満そうだったけどな。

 

 

「秋月……真面目な話って?」

「前にさ……俺が天の国に強制送還された事で有耶無耶になった事を……ちゃんと言いたくて」

 

 

桂花が少し不安そうに俺の顔を覗き込む。俺はあの時、最後まで言えなかった事を伝えたかった。なんやかんやでこの国に帰ってきてからバタバタしてたし、俺と一刀はこれから蜀や呉に派遣される予定だ。その前にちゃんと言いたかった。

帰ってから話とかだと特大のフラグになりかねないし。

 

そして俺の言いたい事を察したのか、桂花は赤くなった顔から熱が引かない様だ。耳まで真っ赤のままだよ。可愛いなチクショウ。

 

 

「あの時の続き……よね。まったく、何年待たせたと思ってるのよ。待ちくたびれたわ。まあ、捻りの無い告白だったけど一応聞いてあげるわよ。ありがたく思いなさい。そりゃ期待しない訳じゃないのよ?か、母様からも……私とアンタの籍をどうするかとか最近、よく聞かれるのよ……ま、まあ……私としても満更じゃないわよ?そ、それに……」

 

 

顔を真っ赤にしたままソワソワしながら捲し立てる桂花。何この可愛い生き物。抱きしめたい。

 

 

「前にアンタみたいな種馬を好きになってくれる人が大陸に一人くらいいると言ったわよね、それがアタシよ。残念だったわね!?」

 

 

慌ててめちゃくちゃ早口になってんぞ。特に最後のは世の男子をK.O.した五っ子姉妹のツンデレ台詞だよ。天然で出るって逆にスゲーわ。




『止めろ、ジョッカー!ぶっ飛ばすぞ〜!』
仮面ノリダー冒頭で木梨猛が改造人間にされている最中に叫ぶ台詞。

『それがアタシよ。残念だったわね』
『五等分の花嫁』のメインヒロインの1人であり、中野家五つ子の次女、ニ乃の告白。
主人公・風太郎がとある事情から落ち込んでいた際に「アンタみたいなノーデリカシー男でも、好きになってくれる人が地球上に一人くらいいる筈」と励ます。
その後、紆余曲折の末にニ乃は風太郎に二度に渡り『好き』と告白し、「アンタを好きになってくれる人が地球上に一人くらいいると言ったわよね、それがアタシよ。残念だったわね」と顔を真っ赤にしながら風太郎に自身を意識させようと告白をした。


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第二百九十九話

 

 

 

 

桂花が狼狽しているからこそ俺は冷静になりつつある。だからこそ今までの様に、ぐだぐだな感じで終わらせたくない気持ちが強い。

 

 

「桂花」

「は、はい……」

 

 

俺が真剣に桂花を見つめ、両肩に手に添えると桂花にしては珍しく動揺しながらも素直に返事をしてくれた。その顔は期待と不安が入り混じりながらも真っ赤に染まっている。

 

 

「すー……はー……よし。改めて言わせてくれ。桂花、俺と夫婦に……」

「やっほー、純一。怪我の調子はどう?」

「あ、その……秋月、私も謝りに……」

「………」

 

 

深呼吸をして意を決してプロポーズをしようと……したんだけどなぁ……

雪蓮と馬超が部屋に来た。今回の騒動の大元がまたしても俺の行動を邪魔してくれたよ。見つめ合っていた俺と桂花を見て固まってるし。

 

 

「会議が終わった後に雪蓮と翠が謝りに行くと飛び出していったけど……間が悪いわね貴方達」

「大将……そう思うなら足止めをして欲しかったんですが」

「………」

 

 

後から来た大将が状況を察して憐れみの溜息を溢している。桂花に至っては羞恥で顔を真っ赤にしたままプルプル震えてる。可愛いとは思うけど俺としては今回もプロポーズに失敗した事に意気消沈だよ。

なーんか、妙に間が悪いよなぁ……一世一代の告白が残念な結果が多いって言うか。もう告白の雰囲気じゃないし……ぐだぐだシリーズか?ぐだぐだ時空になってんのか?

 

 

「大将……悪いんだが桂花の事を頼む。雪蓮、馬超……俺と戦いたがっていたよな?相手をしてやるよ。なぁに怪我の事は心配するな。怒りのスーパーモードをお見せしよう」

「ちょっと純一?こ、怖い顔よー……あ、あはは……」

「まだ怪我が痛むんだろ!?無理すんなよ!」

 

「はぁ……今回は見逃すわ。気持ちはわかるもの。桂花の事は任せなさい」

「………」

 

 

俺が雪蓮と馬超を連れて外へ出ようとすると大将は桂花のフォローを承認してくれた。桂花は俯いてしまい顔は窺い知る事は出来ないがショックは受けてると思う。

 

 

「……行き当たりばったりだと邪魔も入りやすいし、なんか考えるか……指輪も作りたいし」

 

 

そういや結婚指輪の起源ってどこだったっけ。確かローマだった気がするけど忘れた。今はそれどころじゃないし。

 

 

「覚悟しろよ、お前等?今の俺は阿修羅すら凌駕する存在だ」

 

 

俺のセリフの後に俺の笑みを見た雪蓮と馬超は引き攣った表情となったが知った事ではない。俺の怒りを思いしれ。

この後、めちゃくちゃ模擬戦した。その後で華佗にめっちゃ怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

俺が桂花へのプロポーズが失敗してから数日。あの後、仕切り直しの雰囲気では無かったのでプロポーズも一時保留となった。その事を荀緄さんに話したら爆笑された。つうか、この人いつまで魏に居るんだろ?村へは帰らないんだろうか?まさかとは思うが俺と桂花が夫婦になるまで帰らないつもりじゃないよな?

 

 

「それはそうと……なんか不幸な気がすんだよな……っと?」

 

 

考え事をしながら会議室の前を通りがかると違和感を感じた。扉が半端に開いていたので中を覗いてみると軍師や文官が大量に倒れていた。

 

 

「えぇぇぇぇっ!?何事!?」

「あ、あはは……はは……」

 

 

俺が部屋に駆け込むと何故か一人だけ無事だった詠が虚な瞳で乾いた笑みを浮かべていた。いや、マジで何があった!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 





『ぐだぐだシリーズ』
Fate/Grand Orderで定期的に行われるイベント。話の内容そのものがぐだぐたな感じになっている事から総称してそう呼ばれている。


『怒りのスーパーモード』
シャイニングガンダムの戦いにおける変形。
ノーマルの状態から全ての機能を解放した状態への変形で搭乗者の怒りによって発動するモード。所謂パワーに偏った変身。
凄まじいパワーを発するが怒りが発動のトリガーである為に冷静さに欠ける為、隙が大きいというデメリットがある。


『阿修羅すら凌駕する存在』
ガンダム00のキャラ、グラハム・エーカーの名言。
グラハムが性能で劣るフラッグ・カスタムでスローネアインの片腕を切り落とした際に発したセリフ。


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第三百話

スランプと暑さにヤラれてました。


 

「不幸を溜める体質?」

「うむ……詠は昔から不幸を日々体に溜め込む体質だったんだ。そして月に一度その溜め込んだ不幸を放出する日があったのだ」

「董卓軍の頃は毎度の行事やったんやで。詠本人に不幸は降りかからんけど周囲に被害が出るんや。今回みたいに……」

 

 

会議室から倒れた将や文官を運び出した後、華雄と霞から話を聞くと詠が不幸を溜め込む不幸体質である事を教えられた。

いや、不幸を溜め込んで放出って……

 

 

「初めて聞いたぞ詠の不幸体質なんて。少なくとも俺が月や詠と出会ってから一度もそんな事なかったし」

「そやねん。だからウチ等も忘れてたくらいや」

「久々だから今回の不幸の規模が分からん。詠の不幸体質が発動した日は詠に近寄らないのが吉だ。下手に近寄ると巻き込まれるぞ」

 

 

前にこの世界に来た時に不幸の日は知らなかったし、聞いた事もなかった。今回は久しぶりの不幸な日って事か……

 

 

「あれ、そう言えば当人の詠は?それに月も」

「詠なら部屋に戻ったで。董卓軍の頃も不幸の日は部屋に引き篭もって嵐が過ぎ去るのを待ってたんや。月っちは詠の身の回りの事をしてるで。何でかは知らんけど何故か月っちには不幸が降りかからんのや」

 

 

月が大好きな詠らしいな。月にだけは被害が出ないとか。しかし、そうなると詠は今一人きりって事か。

 

 

「うむ……だが、詠が」

「被害を出さない為とは言っても一人で居るのは寂しいだろうな。少し様子を見に行ってくるか」

「ほな、頼むわ。ウチ等は詠の仕事の肩代わりを探すさかい」

 

 

華雄が何かを言い掛けたが俺は詠の事が気になったので見に行く事に。つうか、霞は肩代わりをするんじゃなくて肩代わりを探すのかよ。

 

 

「詠の事を頼もうと思うとったけど頼むまでもなかったなぁ」

「うむ、流石は私が惚れた男だ」

 

 

部屋を出る時に霞と華雄の会話が聞こえた。種馬だなんだと言われている俺であるが気遣いは我ながら出来る方だとは思う。そんな気遣いの出来る副長は詠の様子を見に行くとしよう。さっき霞や華雄の説明からすると今一人で過去の事もあって寂しがってるかもしれないからな。

 

 

「おーい、詠。事情は聞いただけと少し様子を見に……ぶっ!?」

「アンタは来るな馬鹿!」

 

 

詠の部屋をノックしてから入ったら何故か本を投げつけられて追い返されました。なんでやねん。

 

 

「詠ちゃーん?俺、心配で来たのよ?」

「僕は大丈夫だから来ないでよ!」

 

 

再び部屋に入ろうとしたら扉を向こう側から押さえつけてるのか開かないように抵抗してるみたいだ。力づくで開けようと思えば開けられるけど、どうしたもんかな。

 

 

「お願いだから……アンタは来ないで……」

 

 

詠の泣きそうな声が聞こえて離れた方が良いんだろうと思ったけど止めた。離れたら本当に詠が泣きそうだから。

俺は詠の部屋の扉の側に腰を下ろした。さて、面倒なお姫様が出てくるまで待ちますか。

暫くボーっと詠の部屋の前でしていると忙しそうにしている文官や侍女を眺めている。正確には詠の部屋の前を迂回していく人達を遠巻きに見ているが正しいか。元董卓軍の連中から話は伝わっているんだろうし、朝の惨事を知っている者なら、ある意味当然か。

 

どうしよっかなぁ。暇なのもあるけどタバコ吸いたくなってきちゃった。

 

 

「来ないで……って言ったのに何で居るのよ」

「さっきも言ったろ。心配だったんだよ」

 

 

暫く経過した頃、詠の部屋の扉が開いたかと思えば泣きそうな顔の詠が立ちすくんで……いや、泣いたな。泣いたような跡が残ってる。俺は立ち上がりながら詠の瞳の端に溜まっていた涙を指で拭う。

 

 

「好きな娘が泣いてるのに離れるなんて出来る訳ないだろ」

「駄目……離れて……」

 

 

俺の手を払い除けて詠は俺から距離を取ろうとする。なんかこの感じも久しぶりな気がする。桂花もそうだったけどツンツン状態のコイツ等は対応が大変なんだよなぁ。

 

 

「詠。不幸体質の事は聞いたけど俺は大丈夫だ。少々の不幸なら慣れてるしちょっとの負傷で俺が怯むかよ」

「やなの!僕から離れて!アンタが僕から離れないなら僕から離れるから近付かないで!」

 

 

詠を説得しようとしたのだが詠からは拒絶された。しかも逃げようとしたので詠の手を掴んで阻止をして詠を壁に押し付けて逃げられない様にする。

 

 

「詠、なんでそこまで拒むんだ」

「や、駄目!離して!」

 

 

イヤイヤと駄々っ子の様に首を振りながら俺の拘束から逃れようとする詠。俺も詠から話を聞きたいから詠の手首を掴んで逃げられないようにして詠の背を壁に押し付けている。

 

 

「やなの……やなのよ……僕の所為でアンタが……」

「「………」」

「待とうかキミ達」

 

 

詠が涙を流しながら何かを俺に訴えようとしていたのだが俺と詠の近くを通りがかった甘寧と馬超。

ここで確認だが俺と詠の体勢は俺が詠の両手の手首を押さえ付けて壁際に押し付けている。側から見れば俺が詠に無理矢理、迫っている様にしか見えないだろう。

二人は唖然とした表情の直後、無表情で何処から取り出したのかそれぞれの武器を構えた。

 

 

詠の不幸体質の影響なのか蜀と呉の将軍を相手取る事になった俺。これも不幸体質の影響なのだろうか。

いつもの事とは思いたくないなぁ……

 

 

 

 



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第三百一話

 

「氣雷砲!」

「こんな遅い気弾に当たると思ったか!?」

「女の敵めっ!覚悟しろ!」

 

 

甘寧と馬超に詠との事を見られた直後、俺は身を翻し鍛錬場へとダッシュした。間違いなく話は聞いてもらえない雰囲気だったし、迎え撃つにしてもあの場で戦ったら城への被害が多大な物になると確信したからだ。

まずは落ち着かせる為にも戦わねばならない。

そんな訳で俺は氣雷砲を放ち、甘寧と馬超から距離を取る。当然ながら二人はアッサリと氣雷砲を避けたが、それこそが俺の狙い。

 

 

「破岩激!」

「なっ!?がふっ!?」

「気の爆発の反動で飛んだのか、なんて奴だ!?うひゃあっ!?」

 

 

破岩激とは氣雷砲を自身の背後に放ち、その爆発力でその身を前方に吹き飛ばし体当たりをする技……だけどぶっちゃけ自爆技だよなぁ。ゲームだと自分にダメージはないのだが実際にやると爆発の余波でダメージがデカい上に相手に体当たりをするのだから当然自分にもダメージが。

甘寧に体当たりを叩き込んだ俺は驚愕で動きを止めた馬超に抱き付いた。

 

 

「ば、馬鹿!何すんだよ、このエロエロ魔神!」

「この一瞬で逃げなかったお前の浅はかさを呪うが良い……ジーグブリーカー!」

 

 

俺が抱きついた事を恥ずかしがって身を捩らせるだけの馬超。だが、その状態では逃げられまい。俺は馬超にジーグブリーカーを極める。馬超の肋がバキボキ鳴る音がしたが折れてはいないだろう。馬超はひとしきりジーグブリーカーをした所でクタッと気を失ってしまった。

俺としては馬超の柔らかい体を抱きしめ、更に顔が胸の位置にあった事を堪能したので色々と満足した。非常事態だったから仕方ないよネ。不可抗力だったんだからネ。

 

 

「さて、事情説明したいが……話、聞いてくれる?」

「詠を襲い、翠にあんな真似をしておきながら言い訳か貴様」

 

 

馬超を行動不能に追い込んだ俺は破岩激のダメージから回復した甘寧に話し掛けるが思いっきり睨まれている。なんか先程よりも殺気が濃くなっているのは気のせいではあるまい。

 

 

「そう言われても仕方ないけど……詠の体質の事は甘寧も聞いただろ?だからこそ詠の側に居てやりたかったんだが」

「………仮に私が詠の不幸体質とやらだったら蓮華様は遠ざけるだろう。当然の話だが敬愛し忠誠を誓った主君に不幸が降り注ぐのなら嫌われたとしても距離を開けるだろう。そう考えれば詠が貴様を遠ざけようとしたのは理解が出来る」

 

 

つまり詠は不幸体質の被害に俺を巻き込みたくなかったって事か……いや、甘寧と馬超を同時に相手取る事になった事を考えれば十分に不幸が降り注いだとは思えるが。

 

 

「そうなるとやっぱ離れた方が良いんだろうなぁ……でも、あの拒み方は気になるし」

「確かに随分と必死だったな。聞いた話では詠の不幸は人死が出る程のものではないと聞くが……」

 

 

うーん、と甘寧と二人で頭を悩ませる。俺を不幸体質に巻き込みたくないのは分かったけど、あそこまで必死に拒まれると逆に気になってしょうがない。

 

 

「その事を含めてやっぱ問い詰めるしかないか。甘寧、悪いけど馬超の事を頼む」

「ああ、それと……すまなかったな。あの光景を見せられたら冷静ではいられなかった」

 

 

俺が再び、詠の下へと行こうとしたら甘寧から謝罪を受けた。まだツンツンしてるけど少しは心を開いてくれているらしい。俺は気にすんな、と声をかけてから詠の所へと急いだ。おっと、アレを忘れずに下準備をしてから行かないと。

 

 

「と、言う訳だ。観念してもらおうか?」

「何処まで用意周到なのよ……」

 

 

そんな訳で俺は詠の居場所を突き止めた。突き止めたと言う程でもなく詠はやはり自室に篭りっきりだったので大将に話を通してから着替えや食事の準備を全て整えて詠の部屋へと突入した。因みに部屋の扉には鍵が当然掛かっていたので窓から侵入した。大将に話を通したのはこの事である。じゃないと春蘭か華雄辺りが詠の悲鳴を聞いた瞬間に突撃してきそうだったし。

 

 

「これで詠に逃げ場は無い。着替えや食事の準備も廊下に置いておいたから時間は気にしなくても良いぞ……さ、俺を拒む理由を聞こうか?詠が話してくれるまで今回は雛れないぞ……っと?」

「怪我……増えてるじゃない。だから嫌だったのよ」

 

 

俺が悪人顔で詠を脅そうと思ったのだが詠は意外にも素直に話し始め……いや、泣きながら俺の頬に手を添えて震えていた。

 

 

「僕の不幸体質が影響して普段から怪我をするアンタを更に怪我させるんじゃないかって……心配したの。ううん、それだけじゃない。もしも……もしも僕の不幸体質が影響して、またアンタがこの国から天の国に帰っちゃう事態になんかなったら……」

「詠、落ち着け…‥俺は此処に居る。ちゃんと詠を抱きしめてるだろ?」

 

 

詠は一気に捲し立てる様に話し始めた。多分、不安がオーバーフローしてたんだな。ガタガタと震えながら教えてくれた事に納得してしまった自分もいる訳だし。

詠の不幸体質は確かに周囲に不幸を降り注がせる。その不幸が俺を再び、天の国へと送還させないかが不安だったのだろう。

何故ならば詠の不幸体質は』周囲に不幸を降り注がせる』『人死は出ない』つまり、この二つの条件なら『秋月純一が死なずに天の国に送還される』が成立してしまう可能性があるのだ。

 

 

「でも詠の不幸体質は自分自身には来ないんだろ?詠は俺が居なくなる事は不幸とは思ってくれて無いのか?」

「そんな訳ないじゃない!でも、この事に関しては安心出来ないのよ!僕の不幸体質は僕自身にもどうにも出来ない事でアンタは天の御使いなんて眉唾な存在!そんな理解の外の事が重なったらどうなるかなんて……わからないじゃない……」

 

 

俺の一言に詠は涙を流しながら訴え始めた。こんな不安を独りで抱えていたのか。

 

 

「だから僕は不幸体質が始まってからアンタを避けた……じゃないと不安で押し潰され……んっ!?」

 

 

不安そうな詠の唇を俺は塞いだ。

 

 

「ん、んーっ!?ちゅ……ぷはっ!いきなり何すんのよ、馬鹿!種馬!」

「詠が不安そうだったか落ち着かせようと思って……んで、俺なりに考えた訳よ」

 

 

キスから解放された詠は手近にあった枕で俺を殴打したがダメージは無いので、そのまま説明を続ける事に。

 

 

「詠の不幸体質って月には効果がないんだろ?」

「え、うん……なんでかは分からないけど」

 

 

俺の問い掛けに詠はキョトンとした顔で答える。

 

 

「それってさ、詠にとって一番大事な親友が月だからじゃないかなって思ってさ。唯一無二の親友だから詠の不幸体質の影響が出なかった。絆とか縁的なので」

「僕も……そうだとは思うけど……だったらアンタや他の皆は……」

 

 

俺の説明に少し納得した様子の詠。話も肝は此処からだ。

 

 

「だから詠との絆や縁が深まれば不幸体質の影響は受けないんじゃないかと思って」

「今まで散々肌を重ねた僕に言うのそれ?色々と影響出ちゃってるのに」

 

 

俺の発言に眉を顰めながら自身の胸を揉む詠。そういや前に胸のサイズが大きくなったって言ってっけ。この話を聞いた桂花から怒られたけど。それは兎も角……

 

 

「もっとあるだろ?男女の間で絆や縁の象徴が」

「そ、それって……」

 

 

俺の意図を察した詠の顔は一瞬で真っ赤になっていき……この後、俺と詠は濃厚な一晩を過ごした。

散々ハッスルした後、詠は疲労からかスヤスヤと俺の寝台で一緒に寝ている。その顔は幸せそうで手は腹の辺りに愛おしげに添えられていた。

 





『氣雷砲』
『餓狼伝説』シリーズのキャラ、チン・シンザンの必殺技。
気弾を放物線を描きながら放り投げる技。

『破岩激』
同上。氣雷砲を自身の背後に放ち、その爆発の勢いで回転しながら相手に突撃する技。


『ジーグブリーカー』
鋼鉄ジーグの必殺技の一つ。ジーグから放たれる磁力と腕力に物を言わせたベアハッグ(鯖折り)。威力は絶大で抱きついた相手の胴体を真っ二つにする破壊力がある。
また技の掛け声も「ジーグブリーカー!死ねぇ!!」等インパクトがデカい。


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第三百二話

 

 

 

「ふくちょー、詠と何があったん?」

「昨日の事なら説明しただろ。詠の不幸体質に皆を巻き込まない為に俺が詠の側に居たんだよ」

「その説明は受けたし理解したが、詠の今の態度は納得出来ん」

 

 

真桜の疑問に答えた俺だが華雄が不満そうに呟く。詠の不幸体質発動の翌日。不幸体質が治った事で詠は通常業務に戻ったのだが終始機嫌が良さそうにニコニコしているのだ。

 

 

「詠ちゃん…‥時折、お腹を愛おしそうに手を添えてますね」

「昨日、何をしたのか詳しく聞きたいわね……月もたまに顔を赤くしてるし」

 

 

斗詩と桂花からの指摘に俺は背中に冷や汗が流れる感覚に陥る。あの様子だと昨夜の事を月にも話たな詠ちゃんめ。それと腹に手を添えないで露骨過ぎて桂花達の機嫌が軒並み悪くなってるから。

 

 

「あら、お勤めを果たしたなら良い事じゃない」

「うむ、その調子でワシも早く抱いて欲しいもんじゃな」

「大将に祭さんも煽らないで。血が流れるから……主に俺のが」

 

 

話を察した大将と祭さんが話に加わってくるが、負債を負うのは間違いなく俺になる。

 

 

「と言うか、不幸体質の日に詠がとと様を独占するんだったら結局、ねね達の不幸に繋がっているのですぞ!」

「ううむ……詠が大変なのは理解したのじゃが、妾達は不満じゃぞ」

 

 

ねねと美羽が唸りながら睨んでくる。うーん、いざお勤めを果たそうと頑張れば他の問題が浮上してくるな。でも詠の不幸体質改善の為にも不幸体質の日は特に俺が面倒を……そう、面倒を見なきゃなんだよな。昨日みたいに。昨夜の詠はめちゃくちゃ可愛かった……特に最後の方は俺にしがみついて……

 

 

「鼻の下伸びてるわよ純一。妬けちゃうわねー」

「………」

「だらしのない奴め……喝を入れてやろうか?」

 

 

雪蓮が俺の頬を抓り、その背後では孫権が顔を真っ赤にして、甘寧が刀を抜こうとしていた。おっとイカンイカン。キリッとしなければ。

 

 

「こほん。まあ、色々とあったが詠の不幸体質が始まったら俺が対応するから」

「どんな対応をするか詳しく聞きたいのぅ」

 

 

話を変えようと思ったのに、祭さんはクックッと笑いを堪えながら追求する。おのれ、抜け目の無い経験豊富な熟女め。

 

 

「純一も種馬としての自覚が出たのなら何よりね」

「大将が期待してるのは弟の活躍でしょ……『バキッ!』ありがとうございます!」

 

 

大将の発言に反論したら途中で殴られた。照れ隠しにしても威力はもう少し抑えて貰えると助かります。そんな事を思っていたら桂花がチョコンと俺の服の端を掴んでいた。

 

 

「私が一番じゃなきゃ……やだ」

 

 

涙目になりながら顔を赤くして告げる桂花。破壊力抜群の仕草と表情に俺はK.O.寸前になった。ふと周囲を見ればほぼ全員が顔を赤くするか照れている。うん、今のはヤバかったからね。

 

 

「そんな事、言われたらオジさん張り切っちゃう」

「遂に隠そうともしなくなったか貴様」

「このエロエロ魔人!種馬!」

 

 

思わず滾りそうになったが甘寧と馬超の罵倒で少し頭が冷えた。だが、本人が望むなら非難される謂れはないと思う。

 

 

「だとしても俺は……胸に七つのキスマークを持つ男だからな」

「最低な北斗七星ですね。俺も人の事は言えないけど」

 

 

俺の発言に一刀の鋭いツッコミが入る。馬鹿な話は兎も角、そろそろ蜀や呉に遠征に行く準備しなきゃなんだよな。

トラブルが目に見えてるから不安だけど。

 

 





『胸に七つの傷を持つ男』
ケンシロウの代名詞的な傷跡。
南斗聖拳のシンにより付けられた傷であり、傷跡は北斗七星を描いている。またこの傷跡が北斗神拳伝承者の男としても有名になっており、ジャギはこれを利用して自身に傷を作った上でケンシロウの名を語り、悪事を働いていた。


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第三百三話

 

 

 

「で俺と一刀を蜀と呉に派遣させる話ってのは?」

「まずは揃って蜀へ行ってもらうわ。呉の方も行って欲しいけど貴方達兄弟が別々に行っても紹介するにも仕事させるにも効率が悪いもの」

「護衛はどうするおつもりか?警備隊から秋月や北郷の護衛を募らせたらほぼ全員が参加を表明しますぞ」

 

 

詠の不幸体質の日から数日後、俺は警備隊の訓練をしながら大将と話をしていた。本来ならば玉座の間か、執務室でする様な話なのだが一刀と一緒に来ている辺り気晴らしとサボりって所だな。

因みに俺は華雄と素手の組み手をしている。武器を紛失、または不意を突かれた時の対処としての無手の戦い方を警備隊に教える為の見本として戦っていた。

 

 

「警備隊から見込みのありそうな者を何名か選出して、元々蜀へ派遣予定だった将と軍師を何名か同行させるつもりよ」

「ふむ……私も同行したかったが難しそうだな」

「隙あり、北斗千手殺!」

 

 

大将との話で悩む素振りを見せた華雄に対して俺は飛び上がり、華雄に奇襲を仕掛けた。

 

 

「踏み込みが足りん!」

「がふっ!?」

 

 

だが俺の奇襲は速攻で逆襲された。しかもトラウマ台詞付きで。殴り飛ばされた俺はジャギの様に転がった。

 

 

「やはりダイナマイトキックにするべきだったか……」

「なんでわざわざやられやすい技をチョイスしてんですか」

「まったく……頼りになるのに、こう言う情けない所を見せられると不安になるわよ」

 

 

殴られた箇所を押さえながら起き上がると一刀のツッコミが入り、大将からは有難いお言葉を頂戴した。

 

 

「頼りになるってのは意外だな。普段からお小言や種馬だなんだと言われっぱなしだから、もっと評価が低いと思ってたよ」

「貴方達は貴方達が思ってる以上に信用も信頼もされてるって事よ。だからこそ頼もしい姿を見せて欲しいものね」

「……華琳」

 

 

俺の発言に大将は仁王立ちして自身の腕を組みながら自信たっぷりにそう言った。

 

 

「それに……私と一刀が夫婦になって一緒になるのなら貴方は私の義兄になるじゃない。今でも頼りにはしてるけど、もっと頼りにしたいんだから」

「俺と一刀はそもそも血は繋がってないけど……まあ、天の御使い兄弟や種馬兄弟なんて言われてるから、ある意味今更か」

 

 

なんて大将と会話をしていたが一刀は顔が真っ赤になっている。そりゃそうか、大将が大将らしからぬ言い方でハッキリと夫婦と言ったんだから。大将も随分と素直に……いや、桂花や詠が素直になったのを見て我が身を顧みたか?

その空気に当てられて華雄もそうだが他の隊士達も顔を赤くしている。そりゃ自分が使える主人がこんなに可愛けりゃ響くよな。しかも普段はキリッとしてる大将がこの状態な訳だし。

 

 

「やれやれ……なら兄として弟や妹の幸せの為にも頑張るとしますか」

 

 

オレが立ち上がりながら蜀や呉への遠征を張り切る旨を伝えたら大将は俺の方へと歩み寄り笑みを浮かべた。

 

 

「なら、よろしくね。お兄ちゃん♪」

「大将が妹か……悪く無いかもな。それに……いや、だからこそ……」

 

 

上目遣いで可愛い仕草の大将。このシチュエーションならば言わねばなるまい。

 

 

「俺の妹がこんなに可愛いわ……」

「言わせませんよ」

 

 

俺の発言を一刀が遮った。ちっ、後もう少しだったのに。

 

 





『北斗千手殺』
北斗の拳でジャギが使用する奥義の一つ。
空中に飛び上がり、残像が出る程の素早い突きを繰り出す奥義。あまりにも早い手刀は千手観音の様になる。
外伝『極悪ノ華』で師であるリュウケンは『ありもしない奥義』とコメントしており、ジャギが寺を飛び出してから五年の放浪期間に編み出した奥義とされている。
我流で編み出した奥義にしては完成度は高く、外伝『極悪ノ華』では百人近い無数の悪党に対して正確に秘孔を突いて全滅させる活躍も見せた。



『踏み込みが足りん!』
スーパーロボット大戦シリーズで敵兵士が『切り払い』をした際に出るセリフ。
スパロボでは剣や斧等の手持ち近接武装を持つ機体とキャラクタースキルで『切り払い』を持っているキャラが揃う事で一定の確率でミサイル等の射撃武器、近接攻撃を無効化する事が出来るスキル。
これは敵側が使用する事も多々あるのだが敵ザコキャラが強すぎて此方のエースパイロットが放った射撃武器を高確率で無効化してくる。
その際に敵ザコキャラである兵士のセリフが『踏み込みが足りん!』となっている。トラウマを植え付けられたプレーヤーも多い筈。

スパロボF &F完結編ではそれが特に顕著に出ており、なんとアムロのニューガンダムのフィンファンネル、グレートマジンガーのグレードブースター、ビルバインのハイパーオーラ斬り、ガンバスターのスーパーイナズマキックですら切り払ってしまう。


『ダイナマイトキック』
ドラゴンボールのキャラ、ミスターサタンの必殺技。
必殺技と言うが様は飛び蹴りであり、威力も一般人目線なら高いと言えるが当然ながらZ戦士やセル相手では技としてすら認識されていない。一部のゲームでは貯めの時間が長く隙が多いが威力が高い技とされている。


『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』
ライトノベルのタイトルであると同時に作品全体のテーマ。


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第三百四話

 

 

 

◇◆side馬超◇◆

 

 

私と思春は警備隊の詰め所へと来ていた。私達は元々、三国の交流で魏に来ていたのだから当然と言えるが。

 

 

「それで私に何を聞きたいんだ?今まで三国の交流でも警備隊の詰め所等に来なかったらお前等が警備隊の仕事を学びたいとでも言うのか?」

「聞きたいのは……秋月の事だ。貴様は秋月との付き合いが長いのだろう?」

「私達は敵としてしか秋月を知らない……だから知りたいんだアイツの強さを。どんどん強くなっていくアイツを」

 

 

警備隊の仕事を凄い速さで進める華雄に私と思春は驚いていた。華雄が春蘭と同じく魏の大将軍と呼ばれるだけの事はあると思ってしまう。

董卓軍に居た頃の猪武者と呼ばれた華雄からは想像もつかない姿。それを変えたのが秋月であるなら尚更知りたい。

 

 

「秋月の強さか……寧ろ、アイツは弱いんだがな」

「弱いだと?私や翠を倒し他にも名だたる将を倒してきた奴がが?」

「そうだぞ。武道大会での奴の戦績も凄いもんだったじゃないか!」

 

 

華雄の苦笑いに思春も私も反論する。あんなに強い奴が弱いだなんて。

 

 

「アイツは弱い。強くあろうとしているがアイツの本質は弱者のままだ。弱音は吐くし、逃げもする。強くなろうと特訓すれば逆に怪我をして、女ったらしで半殺しにされる。挙句には部下からも舐められる始末だ」

「いや、惚れた相手じゃないのか?」

「良くもそこまで言えたもんだ」

 

 

目を瞑り語る華雄に私も思春も引いていた。

 

 

「だがアイツは強くあろうとする……だから弱いままでも強くなった。秋月の強さは守る為のものだ。アイツの強さの真骨頂は守るものがあり、その為に戦うからだ。その守る物の範囲が広すぎるのが難点だがな」

「守る為の強さ……だが、それは……我らとて同じ事だ」

 

 

そう……華雄の言葉に思春は反論したが私も同じ気持ちだ。守る為に戦うのは誰だって同じ……桃香様が描いていた『皆が笑って過ごせる世界の為に』

 

 

「ああ、命をかけるのは誰にでも出来る。だが人はいつか気持ちが曲がるか折れる。本人も気づかぬ内にな。アイツはその気持ちは決して折れず、死闘と変わりのない鍛練を決して止めようとしなかった。そして実戦の場でも諦めをしない。わかるか?一生懸命と必死。この二つの差が普通の人と秋月の差だと私は思っている。だから私は……いや、私達はアイツに惚れたと言えるな。なんせ底抜けに優しくて守ってくれるんだ。アイツが本気で人を拒む所を見た事があるか?」

 

 

華雄の言葉に私も思春も「うっ……」と言葉に詰まる。秋月の人なりを見てしまえば、それに勝る説得力が見当たらないから。

 

 

「……奴に惚れると厄介な事になるとだけ言っておくぞ。手遅れかもしれんがな」

「にゃ、にゃにを言ってんだ!?私が秋月にす、す、好きになるなんて……」

「私が奴に惚れるだと?ありえんな」

 

「副長が重傷を負ったぞー!」

「孫策様と孫権様に同時に殴り飛ばされたらしいぞ!」

「何してんだ、あの人!?」

 

 

華雄の発言に反論していた私と思春。思春は違うと言い切ったけど耳が赤くなっていたのは見逃さなかった。そんな事を思っていたら廊下から騒がしい声が聞こえて来た。警備隊の兵達が慌ててるみたいだけど……いや、本当に何をしたんだアイツ!?

 

 

「種馬め……蓮華様と雪蓮様に何をした……切り落としてくれる」

「それをすると三国での戦争が勃発するぞ。大方、失言したか配慮が足らん事をしたかのどちらかだろう。見にいくぞ」

「毎回こんな騒ぎになってんのかよ……よく嫌いにならないな秋月の事……」

 

 

刀を抜こうとした思春を嗜めながら華雄は立ち上がって部屋を出ようとする。私は思った事をそのまま口にしてしまった。

こんな騒ぎを毎回起こしていれば誰かしらに嫌われてしまいそうなものだ。

 

 

「呆れさせはするが……嫌いになれないのは惚れた弱みと言う所かな。全く……厄介なものだ恋って奴は」

 

 

 

苦笑いの様でありながら愛おしそうな華雄の笑みに私も思春も当てらたからなのか顔が熱くなるのを感じる。誰かを好きになるって本当に人を変えてしまうんだなって思ってしまう。そう言えば雛里も好きな男の子の為に魏に移籍したくらいだもんな……私も誰かを……秋月を好きになったら気持ちがわかるのかな……

 

そんな事を思いながら私と思春も秋月の様子を見にいく為に部屋を出た。

 



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第三百五話

 

 

 

 

「ふむ……想いを伝えるのもそりゃ難しいよな。でも尻込みしてばかりじゃ何も伝わらないと思うぞ」

「で、では私はどうしたら……」

 

 

食堂で俺は文官から相談を受けていた。一刀も一緒にいるのだが、彼は俺に相談を持ち掛けていた。

彼は城の侍女の一人に惚れており、何度も共に食事をしたりしているのだが最後の一歩が踏み出せないらしい。一緒に食事を受け入れてくれてる段階で脈はあると思うが……

 

 

「そうだな……次に食事に誘った時に思いの丈を伝えてみたらどうだ?例えば……『これからも俺と一緒に食事をして欲しい』とか」

「な、なるほど……参考にしてみます」

 

 

俺のアドバイスを受けた文官は悩みながらも俺と一刀の前から離席して離れていく。

 

 

「もっと気の利いた告白をアドバイスしてやりゃ良かったかな。『君はあの時、ハナゲが出ていたんだ』とか」

「そんな超限定的な告白絶対に伝わりませんよ」

 

 

何気に好きなんだけどなー、あの告白。

 

 

「どんな告白なのよ……」

「面白い告白があるのねー。それにしても純一ってば、いつもこうなの?」

 

 

先程の文官が萎縮しない様に少し離れていた蓮華と雪蓮が近づいてくる。話もそこそこ聞いていたのか不思議そうな顔をしていた。因みに雪蓮と同様に蓮華からも少し前に真名を許された。最初こそ警戒されてたけど話をしてる内に仲良くなった。思春はまだだけど。結構話してんだけどなー。

 

 

「純一さんは結構色んな人から相談されてるよ。将から文官、警備隊と様々」

「親しみがあるのか、偉い身分と思われていないのか疑問に思うわ」

「あら、純一の場合はどちらもなんじゃない?」

 

 

その相談してくる奴の中には大将も含まれてるんだけどな。そして相談されるのは親しみがあるからだと思いたい。

 

 

「純一って強いけど弱々しく見えるからじゃない?正直、強いって感じしないもの。手加減しても楽々倒せたそうだし」

「確かに……普段を見ていると強いのを忘れてしまいますね。一般の兵士の方が強そうに見えてしまうと言うか……」

 

 

雪蓮と蓮華は俺を見ながらコメントを溢す。これでも一応強いんだがなぁ……まあ、確かに将とか相手じゃ黒星が多いけど。

 

 

「弱く見られるのは悔しいな……鷹村が日本最後の試合で左ジャブだけで倒された挑戦者の様な気分だ」

「素手でクマを倒す人に負けたとしても恥ではないと思いますけど。と言うか話がズレてますよ」

「隊長、お話中申し訳ありません。華琳様がお呼びです」

 

 

話の論点がズレ始めた頃、凪が一刀を呼びに来た。大将が呼びに来たって事は遠征がらみかと思ったけど一刀だけで俺が呼ばれなかったって事は別件だな。

 

 

「華琳が?わかった。純一さん、蓮華、雪蓮。悪いけどちょっと行ってきます」

「おう」

「はーい」

「ええ……行ってらっしゃい」

 

 

一刀が俺達に断りを入れてから席を立つ。俺と雪蓮は普通に送り出したのだが、蓮華だけが名残惜しい風な顔をしていた。一刀は気付いているかは微妙だが。

 

 

「蓮華。一刀はあれで結構鈍感だから伝えたい事はハッキリと言わないと伝わらないぞ。それで大将や凪もヤキモキしてんだから」

「私は……な、なんでもありません!」

「あらー、蓮華ったら可愛いわねー」

 

 

俺が蓮華に一刀の事を伝えると蓮華はわかりやすくポンっと顔を赤くして顔を背けた。その姿は可愛らしく雪蓮の言葉に俺は大いに同意する。

 

 

「ま、一刀の相談ならいつでも乗るぞ。茨の道だとは思うがな」

「そうよねー。一刀もモテモテなんだもの。蓮華が参戦しても大変だとは思うわよ。特に一刀の一番はどう見ても華琳なんだし」

「うう……でも、それを言ったら姉様はどうなんですか!?秋月と親そうにしてますけど恋仲としては踏み出せてませんよね!?」

 

 

俺と雪蓮の指摘に凹む蓮華……かと思えば顔を真っ赤にしたまま雪蓮に叫ぶ。

 

 

「な、何を言ってるのよ蓮華。私は純一とは対等な関係を望んでるのよ?」

「どこがですか!?お酒飲んでは『純一ったら桂花や他の子ばっかりで私に構ってくれなーい』って愚痴ってたじゃないですか!」

「あら、意外なかまってちゃん雪蓮情報……ん、って事は……」

 

 

蓮華の指摘に焦った雪蓮。それに追い打ちをかけて来た蓮華からの追加情報。その話を聞いて最近、雪蓮からの色んなお誘いが多いと思ったけど……

 

 

「もしかして雪蓮……俺と一緒に居たくてお誘いしてた?」

「っ……ぷいっ」

「姉様、私に散々素直になりなさいとか、恋愛が下手とか言ってましたけど人の事を言えないじゃないですか!」

 

 

俺の指摘に雪蓮はカァッと顔が真っ赤になった。おお、飄々として人懐こい雪蓮にしては珍しくリアクション。蓮華はここぞとばかりに追撃してるな。思いっきりブーメランな気もするが。

 

 

「いやー、しかし雪蓮も蓮華も可愛いね。おじさんニヤニヤしちゃう」

「か、可愛い……」

「〜〜〜っ」

 

 

こうなったら蓮華には一刀を悩殺する衣装を贈ろう。雪蓮は……あの衣装だな。超似合う筈だ。見てみれば蓮華は動揺して雪蓮は顔を真っ赤にしたままプルプル震えてる。あらやだ可愛い。

 

 

「思えば雪蓮がフレンドリー……いや、親しげにしてたのって桂花や詠と一緒に居る時が多かったな。蓮華も積極的に一刀に話しかけてたし。成る程成る程」

「ちょっと、純一!?勘違いしてるでしょ!?私は別に……」

「姉様……もうどれだけ否定しても遅いと思います……」

 

 

雪蓮はまだ否定気味だけど蓮華は意外にも認めたな。飄々としていた姉が意外と恋愛下手で妹がツンデレって。

 

 

「ったく……妹の方が意外と素直じゃないか。ま、あれか……飄々としておきながら本当は恋愛初心者なのを隠す為の照れ隠し……ほぶっ!?あ、柔らか……ぷろぁ!?」

「〜〜〜馬鹿ぁっ!」

「ひゃ……キャァァァァァァァァァァッ!?」

 

 

俺の指摘に顔を真っ赤にした雪蓮の拳が左の頬に叩き込まれた!超痛い!しかも殴り飛ばされた先が丁度、蓮華の居た方向で俺は顔面を蓮華の胸の谷間にへとダイブした。一瞬の間の後、雪蓮から殴られたのとは逆の頬を思いっきりビンタされ、俺の意識は遠のいた。

 

 

 





『君はあの時、ハナゲが出ていたんだ』
げんしけんの主要キャラ斑目晴信の告白。
現代視覚研究部と言うサークルの中心人物である斑目と非オタの春日部咲と日頃から喧嘩じみた口論を繰り広げていたが当人はそれを楽しんでいた。斑目は春日部に惚れていたが、春日部には彼氏(高坂)がいた為に自身の思いを押し殺して長年片思いで過ごしていたが同サークルのメンバーの計らいにより春日部と二人きりの状況にされ、半ば無理矢理告白する事に。
その際に斑目は自身の思い出の一つである『春日部咲が部室で漫画を読んでいた際に鼻毛が出ていた事を指摘しようとして殴られた』と言う事があり、本人の中でそのエピソードが春日部との思い出で一番印象が深かった。その事を思い出しながら「君はあの時、ハナゲが出ていたんだ」と涙ながらに出したその言葉は斑目なりの告白であり、春日部もそれを察して斑目の告白を『高坂がいるから斑目とは付き合えない』と斑目を振る。斑目はこの事でちゃんと失恋をして長年の片思いに決着を付け、春日部は長年に渡り斑目を片思いさせてしまいツラい思いをさせてしまったと涙を流した。


『伊東貴明』
はじめの一歩で鷹村の日本防衛戦での挑戦者。ミドル級日本チャンピオンである上に入場の時から派手なパフォーマンスをする鷹村を完膚なきまでに沈めようと画策していたが逆に左ジャブのみで1R K.O.されてしまった。鷹村に左手だけで倒された事から弱く見られがち。禿頭が特徴的。


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