『えっち』から始まる恋があってもいいじゃない? (カゲロー)
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プロローグ

「竜ヶ崎 葵さんっ! 好きです! 付き合って下さい!」

 

時は放課後。夕日に照らされた校舎裏という絶好の告白シチュエーションのフィールドに彼女(・・)を呼び出した男子生徒は、上気した頬に流れる汗を拭う事もしないまま大きく息を吸い込んだ後で、そう叫んだ。

腰からきっかり90度の角度で曲げられたお辞儀の姿勢は実に美しく、それはまるで彼の動揺の裏返しのようだと、俺と共に草むらの影にしゃがみ込んで一世一代の告白シーンをのぞき見していた女子生徒が小さく呟いた。理知的さを感じさせる眼鏡をかけた少女の眼光は鋭く、告白を行った男子生徒を値踏みしているようにも見える。

その感想に口に出さずに同意を返しつつも、俺の視線は告白を受けた女子生徒を凝視し続ける。

制服の上からも分かる、前に突き出した大きな双丘にきゅっと括れた腰。裾の短いスカートから覗くむっちりとした太もも。

身じろぎするたびに腰のリボンがふわりと舞い、柔らかそうなヒップのラインがスカートに浮き出てしまう。

 

――そう言えば、最近また育ったような事言ってたっけか。

 

ぼんやりとそんな事を考えている間に、告白現場では動きがあった。

告白を受けた女子生徒は、何かに悩むように一つに束ねられた腰まで届く艶やかな黒髪に指を絡めて弄っていたが、やがて意を決したかのように桜色の唇を開く。

 

「あの……私は貴方の事を良く知らないし……」

 

先ず出てきたのは、ま、当たり前と言えば当たり前な台詞。そうりゃそうだ。あの男子生徒の顔は俺にも心当たりがない。つまりそれは、全くの初対面だということ。

つまりは一目ぼれ、或いは遠目から眺めるだけで満足していた連中の一人ってとこかな。

 

「大丈夫です! お互いの事なんて、付き合っていくうちに自然と分かっていくものですから!」

 

何処がだよ。舌打ちが出てしまうのを抑えられない。

何だアイツ。あの流れはどう見ても断りにいっているって分かんないのか? そこまで馬鹿なのか?

 

「単に認めたくないだけでしょ。それにあの娘はどうにも押しに弱そうに見えるしね。多分、勢いに任せて押し切ろうって所じゃないの?」

「……それ、ヤバくないか? 下手したら、逆上しかねないってコトだろ」

「あら、貴方はあの娘がそんな軽い女だとでも思っているのかしら?」

「まさか!」

 

俺は即答する。

幼馴染で10年以上一緒に過ごしてきた経験から、雰囲気に流されるような奴じゃあ無いって断言できる。

俺の答えに満足げに頷いた彼女は指差す先を視線で追えば、女子生徒が意を決したように「あの!」と声を出しているところだった。

 

「え、あの、竜ヶ崎さん?」

「ごめんなさい」

 

ぺこりとお辞儀するとともに拒絶の言葉を告げる。

延々とよくわからん持論を話し続けていた男子生徒が呆気にとられた様な顔をしているのは、なんだか滑稽だ。

下げていた頭を上げ、相手の目をしっかりと見つめながら、女子生徒は言葉を続ける。

 

「私がもし誰かとお付き合いすることになったとしても、その前にお互いの事を良く知ってからそういう関係にしたいと思っています。確かに、貴方が言うように後になってお互いをよく知るっていうのもあるかもしれません。でも私は『私を本当の意味で分かってくれる』人とでないとそういう関係になるつもりはないのです。貴方はミスコンの優勝者とか、いろいろな噂話とかくらいの『私』しか知らないのでしょう? だから――ごめんなさい。失礼します」

 

驚愕のあまり二の句が継げなくなった男子生徒に向けてもう一度頭を下げると、女子生徒は踵を返してこの場から立ち去って行った。

後に残されたのは断られるとは思っても見なかったとばかりのマヌケ面で固まっている負け犬と、野次馬根性丸出しでのぞき見していた俺たち3人だけ。

 

「おお~~……これで葵ちゃんの連勝記録が更新したねっ!」

「フン。アイツって確かサッカー部のエースだったかしら? 付き合っている女の子を取っ換え引っ換えしているって有名だったからね。いいザマだわ。葵に手を出そうなんて100年速いのよ」

 

振られた敗者へすき放題に追い打ちをかけながら鞄を取るため教室に戻っていく彼女たちの後を追いながら、俺はチラリとサッカー部のエース(笑)を振り返る。

 

――告白する勇気がある奴ってスゲーよな……。

 

10年以上もの間、胸の奥に秘め続けてきた想いを伝えるどころか言葉にすることも出来ない意気地なしの自分自身に嫌気が差しつつも、ちょっとでもあれくらいの勇気が欲しいな――と独りごちるのだった。

 

 

竜ヶ崎(りゅうがさき) (あおい)』と言う少女はどのような人物か?

もしこのように問えば、ほぼ全員から『真面目』、『頼りになる』、『委員長タイプ』といった返答が返ってくるだろうな。

教師が下した彼女の評価は『立派』、『模範的』。

事実、彼女はそこらのタレントが裸足で逃げ出すほどに美しい容姿を持つだけに留まらず、真面目で接しやすい人柄は多くの生徒や教師たちから一目置かれている存在なのだから。

才媛……その単語が誰よりもしっくりくると皆が同意を返す。

そんな彼女が去年の文化祭で開催されたミスコンで1年にも関わらずぶっちぎりで優勝してしまったのは、ある意味で当然の結末であったと言えよう。

見目麗しい容姿と優れた才覚を併せ持つ完全無欠な才女――竜ヶ崎 葵は俺、こと『愛原(あいはら) 桐生(きりゅう)』の幼馴染であったりする。

しかも家はお隣さん。

ラノベ的なお約束である自室の窓越しのお話しまで可能と言う、充実っぷり。

友達からはリア充だのなんだのからかわれ続けてきたが、表立っては否定しつつも、内心ではガッツポーズをとっていたのは俺だけの秘密だ。

何故かって? それは当然――俺がアイツを、葵を好きだからに決まってんだろ!

でもその一言を、『好きだ』という一言を口にすることが出来ない。

それは多分、言った瞬間から俺たちの関係が……平凡でも楽しい日常の風景が一変しちまうからだと感じているからだろうな。

だから、現状維持に甘えてしまう。

でも、それでも構わなかった。

いつか、そういつかはアイツに伝える。俺の想いを。

だからそれまでは、こんな日常を続けていける――そう思っていた。

でも……そんな日常はもう来ないって、一度狂った運命って呼ばれる歯車が元に戻ることなんてないんだって事を――俺は、葵を失ったあの時に否応なしに理解させられることになるのだった。

 



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第1話 理不尽な現実

『リリなの」の方はひとまずお休みして、エロ小説にチャレンジ!
……もちろん、アッチも頑張りますよ?


とある場所。とある空間にて。

そこは高級マンションを彷彿させる場所だった。

フローリングの床にはカーペットを敷いた広々とした部屋。

元来ならば、部屋の隅に青々とした観葉植物が色彩を演出し、絹を彷彿させるカーテンがたゆたう窓辺は、そこに住まう人々に北欧の王族となったかのような満足感を与えている筈だった。

だがしかし、現在その空間に満ちているのは緊迫感とも呼べる重苦しい空気と溢れんばかりの情熱によって熱せられた空気。

室内を埋め尽くすのは、一定の周期で電子音を放つ用途不明の機材の軍勢。

大型のパソコンを始めとして、まるで地震測定機のような指針を揺らす物だったり、特撮番組の秘密基地にありそうな通信機等々……。

室温が外気より10度以上も高くなっているのは、単純に機械の排熱が籠っているからかも知れない。

 

「――機は熟したようですね」

 

カーテンを閉め切り、外界と完全に隔絶された場所をイメージさせる部屋にあって、至って平然とした表情を崩さない女性が存在した。

室内を歩きまわっていた彼女の呟きに、無言で機材と向かい合っていた作業員達が頷きを返す。

物々しい機材のセッティングやデータ確認を行っていたらしい彼らは、彼女が何を求めているのかを正確に察し、口を開く。

 

「予定通り、“α”と“β”を呼び出すべく、手配を完了いたしております」

「問題が起こらなければ、本日の放課後に校長から呼び出しという形になるかと」

「そうですか……でも、あの子達にはいささか可哀そうな真似をしたかもしれませんね。学生である身なら、校長から呼び出されるという事は、出来れば一生体験したくないイベントですから」

 

作業着代わりなのだろう、身に纏った白衣の汚れを叩き落としていた女性研究員がそう言うと、「そりゃ、ちがいない!」 と他の研究者からも声が上がる。

 

「まあ、今回ばかりは我慢して頂きましょう。なにせ、彼らの両肩……いえ、両()にはこの国の未来が掛かっているのですから」

 

大袈裟な言い回しに、しかし笑うようなものはいない。彼女の言葉が真実であると、この場にいる誰もが理解しているからだ。

光源となるモニターに照らされて暗がりぬ浮かぶ表情は、至って真面目なものであるのも当然のことなのだ。

何故ならば……彼らは今晩から始まる、偉大なる計画の見届け人となるのだから!

 

――決して、童心に帰った悪戯っ子のようなにやけ顔を浮かべているなんてことは無いのだ。

 

装置の排気音に紛れて、「ふしし~」なんて笑い声が聞こえて来たりもしないのである。

 

「さて……それでは、彼らと我らが国の明るい未来を築くために、色々と仕込みを済ませておくとしましょうか」

『了解!』

 

両手に魔法瓶らしきものを持って、スーツ姿の女性を先頭にした珍妙な白衣の集団が外の部屋へと駆け出していく。

目指すは、この建物の最上階全てを占めるほどの真新しい居住区。

目的は、今晩からイロイロと頑張ることになるであろう若人の手助けをするため。

人気の無くなった薄暗い部屋の中央のテーブル、その上に置かれている書類には、2人の学生プロフィールが記されていた。

 

ひとりは一目で美少女だと断言できる少女……“竜ヶ崎 葵”

もうひとりは一見すると平凡な男子学生にしか見えない少年……“高宮 海斗”

 

 

――◇◆◇――

 

 

その日も、いつも通りの代わり映えのしない一日で終わるはずだった。

一日の最後を締めくくるHRの終わりを担任が告げるのを聞きながら、竜ヶ崎 葵は前から一度、帰りに寄り道しようと考えていたクレープ屋について思いを馳せていた。

クラスの友達の間で結構な人気になっているらしく、今日の昼休みを一緒だった友達の感想という名の自慢を聞かされたせいで、葵の頭の中はクレープのことしか考えられなくなっていた。

……お蔭で午後の授業はずっと上の空で、何度も先生に注意されるという非常に恥ずかしい思いを味わうことになってしまった。それでもクレープの事を考えてしまう葵を食いしん坊と呼んではいけない。

水泳部のエースとして名を馳せる彼女は、好タイムを維持するために体調管理も徹底して行っている。そのおかげもあって、異性はおろか同性すらも羨むほどのプロポーションを手に入れたのだ。

つやつやの黒髪、ぱっちりとした瞳、背中はスッと伸び、手足もすらりと長い。

背丈は平均的な女性のソレと変わらないが、水泳で全身の筋肉をまんべんなく動かすので全体的に引きしまってみえる。

それでいてスタイルも抜群なのだ。

形良く盛り上がった胸元が、抜群のプロポーションを備え合わせていることを証明している。

こり固まった背筋を解すように、両手を頭上で組みながら伸びを1つ。

その反動で前に突き出されるように震える制服に包まれた乳房がプルンと揺れる。

隣の席から葵の様子を覗き見ていた男子生徒は、意図せぬご褒美を至近距離から直視したお蔭で込み上げてきた鼻血を隠そうと、慌てて手を当てている。

クラスメートからどんな目で見られているのか全く気付かない葵は、鞄に教科書を仕舞い終えると、速くクレープ屋に向かおうと席を立つ。

その瞬間、まるで狙い済ましたかのようなタイミングで校内放送が流れ出した。

 

《3-Cの竜ヶ崎葵さん、3-Cの竜ヶ崎葵さん。ただちに校長室まで来てください》

「え、私?」

 

間の抜けた声を漏らしつつ、思わず辺りを見渡してしまった葵と同じように、まだほとんど残っていたクラスメートたちも一様に困惑した表情をうかべていた。

 

「ちょっと葵~~? アンタ一体何やったのよ~~?」

「葵ちゃん、初呼び出し~~?」

「もう! 二人とも、からかってるでしょ!?」

 

気心の知れた友人達から冗談交じりに冷やかされて、思わず凄んでしまった。

感情的になってしまったのは彼女もまた動揺していたからだ。

最初はこの間の水泳大会で入賞した件について、お決まりのありがた~いお言葉を貰うのかな? とも思ったが、彼女の在学するこの学校ではそういうおめでたいことは全校集会の場で大々的に発表されるのが常となっている。つまり、今日の呼び出しはその件ではないということ。

 

――う~ん、本当に何なんだろ……?

 

呼び出されるほど成績は悪くないし、素行についても先生から注意を受けた覚えはない。心覚えが全くないからこそ不安になる。

嫌な予感がする。なんだかとんでもないことに巻き込まれてしまったのでは無いかという不安。

 

――いやいや、さすがに心配しすぎかな。

 

とりあえず、名指しで指定されている以上、逃げるわけにもいかない。葵は意を決して鞄の取っ手を掴むと、がんばれ~とか全く心の込められていない友達の声援を受けながら、校長室へと向かっていった。

 

葵の目の前に重厚な木製の扉がある。

普通の生徒なら早々訪れることのない学園の長の執務室――校長室だ。

自然と鼓動が早くなっていく心臓を落ち着かせようと深い深呼吸を数度繰り返し、意を決して扉を開く。

扉を開いた先ではいかにも高級そうなデスクの前に一人の老人の姿があった。

豊かな白い顎髭と頭頂で結われた丁髷(ちょんまげ)が特徴の老人が金糸の意匠が入れられた紺色の着物を身に纏って立っている。

まるで時代劇に出てくる隠居のような出で立ちだ。

かの老人こそ、葵の通う愛武高校の校長だ。葵が扉を締めるのを待ってから、校長は備えつけられたテーブルに座るよう葵に促しながら、自身も彼女の対面側のソファーに腰を下ろす。

おっかなびっくりといった風にソファーに腰を下ろした葵はそこで初めて、校長の隣にもう一人の人物がいたことに気づいた。

スーツ姿の40代半ばほどの女性だった。最近は珍しくなった黒縁目眼を掛けており、全体的にふくよかな彼女はどことなく温和そうな印象を感じさせる。

 

――あれ? この人の顔、どこかで見たような……?

 

思わずまじまじと見つめてしまった葵に気づいた女性の視線が、葵のそれと交叉する。

反射的に頭を下げる葵に手をかざして気にするなと温かい言葉を送ってきてくれた。

恥ずかしげに頬をかく葵の事を微笑ましいものを見るような目で見つめていた女性が、ふと視線を校長へと向ける。

 

「あの、校長先生? もう一人の方はどうなされたのですか?」

「いやいや、申し訳ない。彼は少々変わった事情の持ち主でしてのう……いま、教頭が呼びに(コンコンッ)」

 

校長の言葉を遮る様に、ドアがノックされる音が聞こえてくる。

部屋にいた3人の視線がドアへと集中する中、僅かな間を開けてからドアを開き、一人の男子生徒が入室してきた。

特徴らしい特徴が見当たらない――しいて言えば黒縁眼鏡をかけていることくらいの――どこにでも居そうな男子生徒だった。

ドアを開けた直後に3対6個の視線を浴びせられて僅かに驚いたような顔を見せたがそれも一瞬で、すぐにまた仏頂面に戻す。

 

「おお、よう来てくれたのう、高宮君。ホレ、竜ヶ崎君の隣に座りなさい」

 

案内を務めたらしい教頭先生に校長が2、3言告げた後、教頭は退出し、男子生徒は言われるままに葵の隣のソファーに腰を下ろす。

その様子を見ていた葵は、どういう訳か彼はこのソファーに座りなれているように感じられた。

自分のように気遅くれするような素振りを一切見せなかったからだ。

訊いてみようかな? と思ったが、校長が話を始めてしまったので、慌てて正面へと向き直る。

 

「さて、二人とも。ここからの会話は極めて重要度の高い案件となる。いかにお主らが生徒とは言え、もし軽々しく口外するような真似をすれば厳しく罰しなければならなくなることを、まず理解してもらいたい」

 

いつになく真剣な表情で語る校長の眼光に気圧された様に、葵は肩を震わせる。高宮と呼ばれた生徒は僅かに眉を顰めつつ、訊き零しが無いよう僅かに身を乗り出して清聴の姿勢をとる。

 

「ゴホン……では大臣、よろしくお願いしますじゃ」

「わかりました」

 

校長に促されて、大臣と呼ばれた女性が手元のクリアファイルから資料らしき紙の束を取り出し、葵たちの前に置く。葵は恐る恐るその資料に手を伸ばし、書かれている内容に目を通していく。

一見すると何かの調査結果のように見えたそれは、今年の春に全校生徒が実施した身体測定の結果だった。本人かの確認用なのだろう、右上に本人の顔写真が張り付けられている。

内容は氏名、現住所などから始まり、身長、体重、血液型、スリーサイズ(これは流石に葵の方にしか記入されていなかった)……いくつかは良くわからないデータが用紙一杯に記載されていた。

 

「なっ、なんですかこれっ!?」

「個人情報の流出って奴じゃないのか、コレ?」

「はいはい、落ち着いて。今からちゃんと教えてあげますからね」女性は手を打ち鳴らすとメガネのフレームをギラリと光らせながら話を続ける。

「貴方たちは昨今の我が国の人口推移についてどの程度ご存じですか?」

「え、あの、ソレに何の意味があるんですか?」

「いいから、ホラ」

「はぁ……」

 

納得の行かぬまま、とりあえず授業で習った知識を思い返していく。

確かに、近年の高齢化には歯止めがきかず、国の人口の4割近くが年配者と呼ばれる人々となりつつあると耳にしている。

追い打ちをかけるように若年層での出生率が年々低下しており、非常に大きな国の問題となって連日のように専門家たちが口論する番組がテレビで放送されているくらいだ。

 

「そう、わが国の将来はこのままではいけないのです。故に我々は根源的な原因解決に乗り出し、一大プロジェクトの実行に乗り出したのです」

「一大……」

「プロジェクト……?」

 

声高々に宣言する女性に若干ひきながら、黙って話の続きを訊く。

 

「私たちの行った調査の結果、夫婦の不妊による出生率の低下を改善させるカギとなりうるデータを導き出しました。手元の資料の一番下の欄に記されているように、どうも人間の男女間には受胎率を左右する相性が存在していたことが判明したのです。これは生まれつきの先天性のものであり、後天性に変化させることは出来ないもの。つまり、どれほど愛し合う男女であったとしても、お互いの相性が悪ければその間に子どもを儲けることは絶対に不可能だということです」

「おいおい、マジでそんなもんがあったのか……」

「冗談でこんな話をしたりしませんよ。――さて、前置きはここまでとして、本題に移ろうと思います。竜ヶ崎葵さん、高宮海斗さん。あなた方お二方は、我々が発案した少子化対策計画のモデルケースに選別されました。これは、我々が秘密裏におこなってきた調査の結果、御二方が最高ランクの相性であると判明したからです。つきましては、計画専用の住居を用意したしましたので、今日よりそこで生活していただき、このプロジェクトの有用性を証明してもらいたいのです。――要するに、ひたすらエッチを繰り返して子どもをポコポコ産んじゃってくださいな♪ ってことですね」

「最後、ものすごく軽くまとめられたっ!?」

「いやいやいや、そんな軽い話じゃないだろーが! ふざけんな!」

「安心したまえ。国家を上げてのプロジェクトということもあるが、それ以前に流石に未成年での不純異性交遊を推奨するような計画なのじゃから、君たちのご両親には事前に連絡を済ませて了承を得ておる。何も問題はない」

「「はあっ!?」」

 

葵は慌てて鞄から携帯電話を取り出し、電話帳に登録した母親の番号に電話を掛ける。

数回のコール音の後「もしもし?」とお約束の返事を返す母に通じたとみるや、勢いよくまくし立てていく。

 

「ちょっと、お母さん! 何を考えてるのよ!? 実の娘が、その、え~っと……、え、えっちなコトをしなきゃならないような要求を引き受けたりしたの!?」

《あ、ひょっとして説明を受けてるの~? それじゃ~、今日から大臣さんが用意してくれた家で生活するわけなのね。まあまあ、た~いへん。早く荷造りしておかなくちゃ。あ、安心してね、葵ちゃん。服とかの最低限必要な分はもう送ってあるから》

「はああ!? ちょっとまってよ! どうして当たり前のように受け入れちゃってるの!?」

《だって~……、葵ちゃんの件を了承したら、我が家のリフォームに掛かる費用を全額負担してくれるっていうのよ? しかも、実験の結果に関わらず、1年間の猶予期間を無事に終えたら報酬として、たっくさんお金が貰えちゃうんだから!》

「売ったの!? 娘のからだをお金で売っちゃったの!? あなた、それでも母親なのかなぁ!?」

《……葵ちゃん、よく訊きなさい。貴方が今からやろうとしていることは国の未来を担う重要案件なの。貴方がこの計画をやり遂げることが出来れば、きっと沢山の人たちが幸せになることが出来るわ。お母さんはそんな貴方を誇りに思っているわ。大丈夫、きっと葵ちゃんならやり遂げることが出来るわ》

「お母さん……初めのがぶっちゃけ部分がなかったらものすっごく感動できたと思うんだけど?」

《じゃ、そういうことでよろしくね~~♪》

「いや、どういうこと!? ってぇ、あ、ちょっと!? ――切れちゃった? ……ああーっ、もう! これだからお母さんはっ!」

「いや、だから何を考えて――は? 金貰ったから? つまり俺は売られたのか? ふざけ――って、あ、待て! まだ話は終わって――!?」

 

新機種に変更したばかりということにも構わずに、携帯をヒビが入るくらいあらん限りの力で握り締めながら葵が振り向いてみると、行き場のない怒りが胸中で渦巻いていると言わんばかりの表情を浮かべた海斗と目が合った。聞こえてきた声の様子から察するに、多分彼の方も自分と同じような展開になってしまったのだろう。

揃って肩を下ろすしかできない被害者たちを尻目に、大臣と呼ばれた女性は本人たちの了承もとれたと言わんばかりに手早く書類を仕上げていく。

 

「はい、これで契約は終了です。本日をもって、君達は本計画の関係者となりました。その上で君達には、本計画における守秘義務が発生いたします。もし計画終了までの間に情報を漏えいさせてしまった場合、相応の刑罰が処される場合がございますのでご注意ください」

 

完全に逃げ場を塞がれた葵と海斗は、最後の抵抗とばかりに抗議してみせたが、政府という魔窟の中を生き抜いてきた大臣に唯の学生が勝てるはずも無く。

結局、なし崩し的にモデルケースの件を引き受けざるを得ない状況に陥ってしまった二人は、大臣の指パッチンの合図によって校長室になだれ込んできた黒服たちに拘束され、今日から二人で生活する愛の巣(仮)へ強制入居させられるのだった。

 

 



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第2話 両極の2人(前編)

長くなりすぎたので、前後編に分割。
後編も近日中に投稿致します。


それは一見すると高級マンションのように見える外観の建物だった。

学校の敷地内、昨年に取り壊された旧校舎跡地に僅か1年で建てられた5階建てのマンション。そこが今回の実験に参加する選ばれた男女……高宮海斗と竜ヶ崎葵が生活することになってしまった住居だ。

彼らに宛がわれた最上階はその階総てを1つの住居として設計されていた。1つしかない出入口の先には、20畳は優に超える広々とした空間に必要な生活用品が所狭ましと備え付けられていた。

4階より下の階層は警備員たちの詰所であったり、実験の進行をチェックする研究員たち用の部屋であったりする。ただし、隠しマイクやカメラの類は一切存在しない。

子づくり推進を掲げているとはいえ、さすがに現役学生の情事をのぞき見したりするのは問題がありすぎる。保存した記録映像などが万が一にでも流出でもしてしまった場合、とんでもない騒ぎになることは火を見るよりも明らかなのだ。情報漏えいが騒がれる昨今、そこまでのリスクを負うことは避けようというのが関係者たちの判断だ。

だからこそ、各部屋の防音設備も完璧に仕上げられており、二人がナニをしていようと、誰にも盗み聞かれる心配はないということだ。

 

「……」

「……」

 

無理やり部屋に入れられてから10分近く経過したにもかかわらず、どちらも無言のまま時計の針が進む音だけが規則正しく響いている。

 

「……なあ?」

「っ!? な、なんでしょうかっ!?」

「いや、そこまで警戒すんなよ、流石に傷つくから。……とりあえず中を見てみないか?」

 

靴も脱がないまま、玄関先で突っ立っているのもなんだしと言う海斗の言葉に葵も頷きを返しながら、用意されていた上履き用のスリッパに履き変えると室内へ足を踏み入れた。

新築特有の鏡みたいに蛍光灯の光を反射するフローリングの上をペタペタと音を立てながら進み、正面奥のドアを開く。その先の部屋はリビングらしい。

フローリング張りの床には趣味の良い絨毯が敷かれ、その上にソファーやテーブルが設置されている。テレビなどの家電用品も一式揃っているようだ。

中には、最近新発売したばかりの新機種らしいものもちらほら見える。

これだけ見ると、校長室で訊かされた話が本気のことだということがひしひしと感じられる。

鞄を手に持ったまま部屋の中央に立ち、物珍しそうに見渡す葵を余所に、ソファーに鞄を放り投げた海斗は部屋の中を家探しするかの如き勢いで手当たり次第に探索していた。

家具をひっくり返すような真似こそしていないものの、物陰や押し入れなどのスペース、挙句の果てにはコンセントや電話回線などを事細かく調べているらしかった。妙に手馴れているような手つきを不思議に思った葵がおずおずといった風に訊く。

 

「ねぇ、なにしてるの?」

「ん~~? 盗聴器とか隠しカメラが仕掛けられてないかチェックしてんだよ――っと、どうやらそういうのは無いらしいな」

「と、盗聴っ!? な、何でそんな……」

「大臣さんとやらの話が本気の事だって分かったからな。なら、当然監視の目を光らせてると思ってさ」

「……ねぇ? 校長室での話って本気、だと思う……?」

「……マジなんだろうな、きっと。少なくとも、ドッキリとかの類でここまで大それた舞台を用意できるとは思えないしな」

 

これほどの建物を短期間で造り上げ、金にものを言わせた内装の充実っぷりからみても、本気の度合いが相当のものだということは疑いようも無いだろう。

 

――どうして……どうしてこんなことになっちゃったんだろう……。

 

葵は強いめまいを覚えた。

まるで、今自分が立っている場所が足元から崩壊していくかのような……そんな錯覚を感じた。

 

――ちがう。こんな現実があるはずないよ……これは夢、ううん、たちの悪い妄想なんだよ。

 

だが。

 

――幻想(ユメ)なんかじゃあ無いんだよね……。

 

探索を終えたらしく、制服の胸元を緩めながら冷蔵庫からペッドボトル入りのオレンジジュースとグラスを2つ手に持って戻ってきた海斗に促されるようにソファーへ腰を下ろす。

お尻に感じるふかふかの弾力と柑橘類特有の甘酸っぱくも冷たいジュースの味が、葵にここは現実だと告げていた。

ちびちびと舐めるように飲む葵とは違い、喉が渇いていたらしい海斗は一気に煽る様に1杯目を飲み干すと、すぐに2杯目を注ぎにかかる。――が、つい手元がブレてしまったらしく、盛大にテーブルへと零してしまった。

 

「あ、やべ!」

「きゃっ!? もう……なにやってるの」

 

葵がスカートのポケットから取り出したハンカチで端から零れ落ちそうになっているジュースをふき取っている間に、キッチンに駆け込んだ海斗がタオルを手にして戻ってきた。

すばやく拭きとれたお蔭で絨毯にまで零れるのは何とか防ぐことができ、二人同時にほっ、と息を吐く。

次いで、思わず顔を向き合わせながら、お互いに小さく苦笑を浮かべる。

海斗がばつが悪そうに頭を掻けば、葵がさもおかしそうにくすくす、と頬を綻ばせる。

意図せずに、緊張をほぐす結果になったのは果たして唯の偶然なのかどうか。

それはさて置き。いい感じに硬さが取れた二人は、ここでようやくお互いの自己紹介もまだだったことに気づいた。

葵と海斗は同学年だがクラスは別で、互いの事も噂程度にしか知らない関係……ようするに『唯の他人』でしかなかった。まあ、そんなことがどうでもよくなるくらい衝撃的な展開の当事者にされてしまっているので、仕方がなかったと言えばそれまでなのだが。改めて二人は、机を挟んで向かい合う相手に関する噂を思い返してみる。

 

竜ヶ崎 葵

 

彼女は学校で1,2を争う有名人だ。無論――いい意味で。

抜群のプロポーションと人目を引く美しい容姿……特に、親しい友人と一緒に居る時にだけ見せる柔らかな頬を綻ばせた笑顔は、隠し撮りした写真が1枚数千円で取引されたという逸話まであるくらいだ。

腰まで届くほどの指通りのよさそうな黒髪をポニーテールに纏める普段の彼女は、活発なお嬢様といった雰囲気を醸し出している。部活に力を入れているせいか学業は平均よりもやや下位に留まっているが、そういうちょっとした欠点もまた、男心を引き付けるスパイスとなっているのかもしれない。去年の学園祭で行われた恒例のミスコンでは、堂々の1位に輝いたことからも、彼女の人気がわかる。

 

対して、高宮 海斗

彼もまた学校で有名な生徒の1人だ。ただしこちらは――悪い意味で。

最近はあまり見なくなった黒縁眼鏡をかけていることくらいしか特徴のない筈の彼に関して、とある噂が学校中に広まっている。

曰く、『高宮海斗が成人指定のアダルトビデオに俳優として出演している』というものだ。

アダルトビデオ、最近はテープ形式ではなく、BVDやBDが主流となりつつあるそれは主に成人男性の性欲のはけ口として活用されるものだ。

主役はパッケージにもなっている女性であり、カメラアングルも主演女性を中心にされるのが普通だ。しかし、こういったものには相手側……つまり視聴者が感情移入できる男性の登場人物も必要不可欠。

故に、主演女性との絡み役として男性俳優も登場するのだが、基本的に女性とは違って男性俳優の方は身体の一部しか映らなかったり、顔部分にモザイクが掛けられたりされる。

パッケージの主演紹介欄にも、男性俳優の名は伏せられている場合が多いのはこのためだ。

くわしい出所は不確かだが、生徒の誰かの偶然視聴したアダルトビデオに映った男性俳優の声が海斗のソレと同じだったという噂話が広がり、いつの間にか『高宮海斗はアダルト俳優をやっている』という噂が、まるで真実であるように定着していった。

生徒たちの大半はこの話を一度は聞いた事があるし、当の本人が否定も肯定もしなかった事も相まって、真実味がある話だと生徒たちの間では話題になっている。

当然葵もこの話を聞いたことがあり、クラスが違うこともあって自分から海斗に関わろうとしてこなかった。

葵が海斗に向ける硬い態度は、こうした噂が影響しているのもまた事実だった。

 

「……ぁ、えと」

「聞きたいことがあるなら、どーぞ?」

 

言いよどむ葵を促すように、先手を打って海斗が切り出す。

葵は意を決したかのように、はっきりさせておきたかったことを訊く。

 

「あ、あの! 最近噂になってる、その……高宮君がアダルトビデオに出演してるって話……本当、なの?」

「まあ、な」

 

海斗はあっさりと肯定して見せる。

 

「なぁ竜ヶ崎、お前さんって、俺の親が何の仕事をやってるのか聞いたことあるか?」「え? え~っと、無い、かな」

「そか。まあ知られて困るモンでもないから言っとくけど、俺の親父はアダルトビデオの制作者で、おふくろがそれを販売してんだよ」

 

海斗の両親が経営している会社名、その名も『極☆H』。アダルトビデオやソフトの制作と販売をしている。若い少女から、大人の色気を醸し出す熟女まで幅広いジャンルを網羅する作品を次々と生み出しているということで、その筋ではそれなりに名が知られている。

しかし、両親には守銭奴という欠点があって、とあるアダルトビデオを制作する時に主演予定だった俳優と出演料を巡って一悶着を起こしてしまったことがあった。

結局、俳優とはケンカ別れのようになってしまい、他の俳優を探そうにも商品の納期が迫っている状況ではそんな余裕などありはしなかった。焦った父親が、『ならば俺が!』と言い出すくらいに切羽詰まっていたと言えば分って貰えるだろうか(バカ親父は発言直後に愛する妻のハートブレイクショットを叩き込まれて崩れ落ちた)。

結局、最後の手段として身内を使えばいいじゃないという結論に達し、当時女性とお付き合いしたことも無かった海斗に白羽の矢が立てられてしまったのだ。

この日以降、海斗の両親が生み出すアダルトビデオの主演男優は海斗が勤めることになってしまった。

さすがに顔映りはNGとしていたが声までは編集されていなかったらしく、今回のように噂が立ってしまったわけなのだが……それなら海斗が否定すれば済む話だったはずだ。でも、出来なかった。噂が広まった方が売り上げも伸びるじゃないかという、ぶっ飛んだ両親の命令で。

 

「ど、どうして逆らわなかったの? もしこれが公になっちゃったら、大事になるんじゃない?」「親父たちは例え俺が退学にされても構わないって思ってんだ。その時は、エロビ男優一本で喰っていけばいいとか言いだしてな? それが嫌なら、噂を否定しないまま無事に卒業して見せろとか言われて……良いぜ! なら、やってやらー! ――って、つい啖呵切っちゃって」

 

売り言葉に買い言葉。気付いた時には後の祭り。

上手いこと口車に乗せられた海斗は、そのままズルズルと厳しい視線に晒されながら、亀のように身を縮こまって学園生活を続けてきたわけだ。

 

「そ、それはまあ……ご愁傷様?」

「見事なまでに引きつった顔で言われても嬉しかね~よ。――……ああ、 もう、ヤメヤメ! この話はもう終わりだ」

 

海斗は微妙な空気を入れ替えるように勢いよく立ち上がると、制服の上着を脱いで、何故かハンガーに掛けられていたピンク色のエプロン(さすがにフリルとかはついていなかった)を身に付けながらキッチンへと向かっていった。エプロンを纏う姿がいやに堂に入っているのが、なんとも言い難いシュールさを醸し出している。

 

「ど、どうしたの、高宮くん?」

「な~んか、まるで台風一過みたいなトンデモイベント盛り沢山な一日だっただろ? こ~いう時は、腹いっぱい美味いモン喰うのがお約束なんだよ。さっき冷蔵庫を覗いた時、結構な材料が詰め込まれていたからなんか作る……ああそうだ。竜ヶ崎、お前って――あ、いや、なんでもない。忘れてくれ」

「ちょっと!? そこは『竜ヶ崎さんは料理できるの?』 って訊くところじゃない!? どうして言いよどんだりしたの!?」

「いや、だってなぁ……去年の調理実習で、科学的に存在が立証されていない『ダークマター的な物体X』を錬成した女子生徒がいたって噂を耳にしたんだが?」

 

葵が目をそらす。心なしか、頬がぴくぴくと震えている。

 

「しかも、それを試食したテニス部期待のエースが保健室に担ぎ込まれる騒ぎになって――」

 

だらだら……、と葵の背中に流れる冷たい汗が量を増やしていく。

 

「挙句の果てに、試食されずに余った分がまるで大気に溶け込むように消え去っていくという超常現象もびっくりな『ダークマター的な物体X』を生み出した生徒の正体が、実はミスコンに優勝経験のあるとある女子生徒だったらしく――」

「わかった! わかりました! もういいませんっ!」

「わかってくれて幸いだ。んじゃ、おとなしく待ってな」

 

明らかにからかわれたのだろう、ものすごく楽しそうな鼻歌を口遊みながらキッチンへと消えていく『いじわるな同居人』の背中を恨みがましい目で睨み付けていた葵は、海斗が居なくなったリビングが妙に広く、そして居心地が悪く感じてしまった。

平凡な毎日がずっと続くと思っていたというのに、政府の偉い大臣から逃げ道を防がれたうえで『子作り』しろと半強制的に命じられ、あれよ、あれよと用意されたこの建物に押し込まれてしまった。下の階層に支援者――まず間違いなく監視員あたりだろう――たちが控えているとはいえ、住居として用意された最上階に居るのは葵と海斗の二人だけだ。

幸いというか、話してみる限りだと海斗は噂ほどひどいヒトではないらしい(妙に順応性が高いのが気になるが)。

 

「これからどうなっちゃうんだろう……?」

 

ソファーに背中を預けながら、シミ一つない天井を仰ぎ見る。

明日からとんでもない毎日になっちゃいそうだよねとぼんやり思う。だが、それは半分だけ正解だった。

なぜならば……とんでもない日常は今晩から始まっていくことになるのだから。

 

 

 

 

竜ヶ崎葵は、まるで年ごろの女の子としてとても大切なものを粉々に打ち砕かれたかのようにうちひしがれるような表情を浮かべていた。

手元には銀色の光沢を放つスプーンと、山盛りに盛り付けされたカレーの入った皿が置かれていた。

海斗がこしらえた特製シーフードカレーだ。冷蔵庫の中には相当数の食品が詰め込まれていたのだが、ほとんどの肉類は冷凍室に放り込まれており、解凍するにも時間が掛かりそうだったのだ。

だから、すぐに使える海鮮物が中心のシーフードカレーを作ったのだが、存外にうまくいったらしい。葵の向かい側に座って自分も食べながら、料理の出来に満足げな様子で頬を綻ばせていた海斗は、勢いよくスプーンを動かしながらも何やらうちひしがれるようにうつむいていく葵の様子が理解できず、首を傾げた。

 

「苦手な材料でもあったのか?」

 

好みなど分かるはずも無いから、冷蔵庫を覗いていた時にアレルギーなどは無いかと訊いたくらいしかしていなかった。もしかしたら海鮮物とかが苦手なのかもしれないか? と一瞬だけ思うものの、最初の1杯目をぺろりと平らげると立て続けにおかわりを繰り返し、現在3杯目に突入している様子からそれはないかと考え直す。葵は恨みがましそうな目で海斗を睨み付けてきた。

 

「ううん……美味しいよ? 美味しいんだよ? でも、女の子としてのプライド的なモノがガラガラと……」

「ンなものがあったのか?」

「ちょっ!? それどういう意味!?」

「さーて、洗い物、洗い物」

「だからっ! 無視しないでってば!?」

 

綺麗に平らげられた皿を手に流しに立った海斗は、てきぱきと洗って水気をふき取ると乾燥機の中に入れていく。実に手慣れた動きを繰り出す海斗の後姿を、何とも言いがない表情を浮かべた葵が見つめていた。

 

「まあまあ、そんなにむくれんなよ」

「むーっ! もう、高宮君って意外とイジワルなんだねっ!」

「はいはい、わたくしめはイジワルさんでございますよーっと」

「むむう~っ! ふんだ! 今に見てなさいよっ! すぐに女子力をレベルアップさせて見返してあげるんだからっ! ――んぐ、んぐ……けぷっ……!」

 

抗議の声をおざなりに返しながら洗い物を済ませた海斗が戻ると、ヤケ酒じゃあ! と言わんばかりの勢いでオレンジジュースを飲む葵の姿が飛び込んできた。どれほど飲んだのか、彼女の足元には空になった500ミリリットルのペットボトルが転がっている。

 

「やれやれ……って、ん?」

 

散らかったペットボトルを拾おうと身を屈めた海斗の嗅覚が、柑橘系飲料水独特の香りに混じった『覚えのある匂い』を捕える。

 

「あれ? この匂いは……っ!? まさか!?」

 

気付いた時にはすでに手遅れだった。背中に感じた柔らかな感触と温もりに振り返ってみれば、紅潮した顔の葵がしなだれかかる様に海斗へ抱きついてきた。

トロンと弛んだ瞳は熱に侵されたかのように憂いを帯び、吐き出す吐息は魅惑のフェロモンと化している。

 

「この反応……!? やっぱりあの匂いは媚薬か! あの連中……、仕込んでいやがったな!?」

 

今までに海斗が出演してきたアダルトビデオの中には、街中で女性をナンパしてベッドシーンまでの流れを撮影するというものも含まれていた。無論、主演となる女性たちとは事前に打ち合わせしており、双方の合意の元で行われたものだが、出来るところまでリアリティを突き詰めたいという撮影監督である父親の意向によって、素人くささの抜け切れていない新人を採用していた。そして仕事経験の薄い新人たちでも円滑に撮影を行えるように用意された小道具の一つに媚薬があり、それを手配したこともある海斗の鼻はその独特の香りを覚えていた。だからこそ、今の葵の状態が、彼の主演した撮影でも使用された媚薬と同様の効果があるものによる影響だと看破できたのだ。

あの媚薬は飲料水に溶かして飲むタイプのモノだったはずなので、ジュースを自棄飲みしていた葵だから、短時間でここまでの状態になってしまっているのだろう。海斗もそこそこの水分を口にしていたが、量的には少なかったのでまださほどの効果は出てはいないようだ。だが、所詮は時間の問題なのかもしれない。

荒い呼吸を繰り返しながら、豊満な乳房を海斗の背中に擦り付けてくる。

まるで海斗の身体を使って自慰行為を行っているかのようだ。

学校随一の美少女――それも仕事上の関係という公私の切り分けの付けられる関係ではない同年代の少女――の情欲をそそる仕草に、海斗は己の理性を総動員して何とか堪える。

が、彼もまた媚薬の効果でほてりだしていく身体を抑え込むのに精いっぱいで、とてもではないが葵を引きはがす余裕はなかった。

 

「お、落ち着け竜ヶ崎……お前は媚薬に――っむ!?」

「んっ……んぅ……っ!」

 

落ち着かせようと声をかけるために後ろを向いた瞬間、海斗の唇が葵のそれで塞がれた。

頭を抱きしめるように回された腕に力を込め、吸い尽くすように唇を密着させてくる。

 

「んちゅっ……んふぅっ……ぁふ……たかみや、くぅん……ちゅっ……」

「んっ……んんぅっ……り、りゅうがさき……んんっ」

 

まるで足が床に縫い付けられたかの様に葵を振りほどくことも出来ない海斗の舌が、本人の意思とは無関係に動き出す。葵の口内へと侵入した海斗の舌が彼女の中を蹂躙していく。

さほど広くは無い空間を制圧するかの様に動き続ける舌が、熱っぽい葵の舌を捕える。

流石に恥ずかしいのか逃げだそうとする彼女の舌を、そうはさせまいと絡みつかせて捕える。

葵の舌からは媚薬入りのジュースらしき甘い味がした。それを吸い取る様に彼女の舌を自分の口内へと招きよせて吸い上げれば、彼女の甘い味が口いっぱいに広がっていく。

海斗の方も媚薬の効果が出てきたらしい。身体を捻って葵に向き直ると、彼女の火照った身体を強く抱きしめながら、より激しく、より情熱的に互いの唇を貪っていく。

互いに名前を呼ばれながら熱い口づけを交わし始めてどれほどの時間が経過したのか、どちらからともなく、ゆっくりと身体を離していく。

 

「……ンっ……ふぅ……っ、はぁっ……ぁ」

 

切なげな吐息を漏らし、恥ずかしそうに身を震わせる葵の仕草に、海斗の中で抑え込んでいた情欲がどんどんと勢いを増していく。

媚薬のせいだということは分かっている。そうだとしても、このまま己の本能が思うがまま、身を委ねてしまいたいという昂奮が収まってくれない。

 

「……なぁ、竜ヶ崎……俺、このままだとお前を……」

 

恥じらいに頬を染める葵の耳元でそっとささやく様に呟く。

葵は目蓋をきゅっと閉じて、小さく頷きを返した。

 



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第3話 両極の2人(後編)

ようやく、えっちシーンに突入。


「……うん……いい、よ……」

 

甘えるような声の誘いに後押しされるかのように、海斗の手が彼女の乳房に触れる。セーラー服と下着の布越しであっても、その柔らかさを堪能できる彼女の乳房に指を沈めながら、ぐにぐにと揉んでいく。

じかに触っていないというのに、つきたての餅のような柔らかさを感じられる極上の感触に、海斗はまるで新しい玩具を与えられた子供のように一心不乱となって乳房を揉みしだいていく。と同時に葵の首筋に舌を這わせ、流れ落ちる汗を舐めとっていく。緩んだ胸元から覗く鎖骨辺りから首筋を上り、顎、頬、額と次々に舌と唇を這わせていく。

 

――あれ……? なんでこんな事してるんだろ……?

 

擽ったそうに小さく身を震えさせる葵は、セーラー服の胸元に皺が寄っていくのを見つめながら、熱に侵された頭の隅でそんなことを思う。

冷静な自分が、情欲に取りつかれた自分に疑問を投げかけているのがわかる。

でも、だめだった。

反論も出来ないまま理不尽な状況に追い込まれたことに対するストレスが、彼女が今までに溜めこんできた鬱憤と合わさって捌け口を求めているのだ。

友達に無理やりエントリーさせられたミスコンで優勝してしまったことを皮切りに、顔も知らない相手からのラブレターを渡されたり、告白される機会が増えた。

中には馴れ馴れしい男子もいて、嫌がる葵に構わず肩を抱いてきたりするような者までいた。

廊下を歩いていると否応なしに好奇の視線にさらされてしまい、学校生活の中では心の落ち着ける時間はほとんどなくなってしまった。

悩みを相談しようとしても、友達は『役得』だの『気にするな』だの言うばかりで真剣に相手してくれず、登下校を一緒にする幼馴染にいたっては、口にするのは自分が所属している部活での話題ばっかりで葵の相談を受けてもくれない。

 

――どうして? どうして皆、私のことをわかってくれないの……!?

 

否応なく溜まっていったストレスは今日の出来事でとうとう臨界に達してしまった。

そして溢れ出す激情は媚薬の後押しを受けて、目の前にいる自分と同じ悩みを抱えてくれる相手に縋り付く様に身を委ねるという選択を彼女に選ばせてしまったのだ。

そうすれば自分はこれ以上悩みを抱え込む事はなくなる、全部彼に任せてしまえばいいんだ、と。

そんな自暴自棄じみた考えを抱いてしまう葵の思いを察しているのかいないのか、葵を抱きしめる海斗の腕に込められた力が強まっていく。

もう放さない、お前は俺のモノだとでもいうかのように、彼女が苦しくない様加減をしながら自分の方へと引き寄せた。

 

「……脱がす、ぞ?」

 

抱きしめていた腕を緩めながらセーラー服の裾をめくり上げると、シルクのブラジャーに包まれた乳房があらわになった。

ごくり、とつばを飲み込みながら、背中のホックを片手で外す。すると、若い肌の匂いを香らせながら、大きな膨らみが完全に露出した。

 

「きれいだ……」

 

本心からの感想を呟きながら、真っ白な乳房をすくい上げるように触れる。その瞬間、葵の脳裏に電流が走ったかのような衝撃が巻き起こった。

 

「はぅぅっ!?」

 

――え? な、なんで……?

 

葵も年頃の娘なのだから、当然自慰行為もそれなりに経験している。

特に、最近急成長してきた大きな乳房は周囲の視線をいやおうなしに集めてしまうので、火照った体を慰めるようにここしばらくは毎日のように自慰を行ってしまっていた。

だが、自分で自分を慰める行為ではこんな感覚は味わったことが無かった。

たわわに実りつつある乳房はいまだに未成熟な青い果実なのだ。

芯は固く、力加減を誤ると強い痛みに襲われてしまう。

だからこそ、今までに乳房を愛撫したことは少なかったのだが、いま彼女が味わっている感覚は紛れも無く――快楽そのものだった。

熱く、情熱的なキスにより痛みを感じにくくなっているのもあるが、何より特筆すべきは海斗のテクニックであろう。

熟年層から年若い学生まで幅白いジャンルのアダルトビデオに主演してきた彼の性技は一流の領域に達しつつあり、今の海斗は無意識化でもその技術を披露することが可能なほどに至っているのだ。

無論それ以外にも理由があるのだが……それは後々にわかることになる。

 

「す、すごいな……」

 

たぷたぷと揺れながら、それでいて形が崩れない理想的な乳房に指を沈めていけば、おもわず海斗の口から感嘆の声が漏れてしまう。葵の乳房は、それほどまでに素晴らしいものだったのだ。

掌で感じる極上の乳房の感触を堪能しながら、指に力を込めて揉んでいく。ぶるっ、と戦慄を走らせる葵の表情を伺いながら、彼女の気持ち良い場所を探る様に乳房全体へ指を走らせていく。

膨らみの曲線をなぞるように手を這わせ、乳房をほぐす様に揉んでいく。重力に逆らうようにつん、と飛び出した乳房は柔らかく、ぷりぷりとした手触りでありながら、沈めた指を押し返す弾力があった。

喘ぎ声を漏らすのが恥ずかしいらしく、指を銜えながら必死になって堪える仕草が、非常に可愛らしく、ついつい悪戯してやりたくなる。

海斗は今まであえて触れなかった双丘に生えるピンク色の突起……乳首を不意打ちに摘み上げてやる。

 

「あっ……ぅん……っ!? んふぁあああっ!?」

 

その瞬間、一際大きな声が響き、葵の身体がビクンっと跳ねる。

その反応に気を良くして、海斗はより激しい乳首への愛撫を開始する。

すくい上げるように揉んでいた指先に力を籠めると、乳房全体を絞り込むように指を強く喰い込ませる。固く尖った乳首を中指と親指で摘み上げ、頭頂を人差し指の腹でぐりぐりと擦る。

 

「ふあぁぁっ、やぁ、やぁあぁぁっ!? つっ、つよ……い……よぉっ! あっ、ひゃぅっ……ぁあぁぁぁぁあっ!?」

 

いきなりの強い刺激に堪えられなくなったらしく、喘ぎ声を溢しながら左右に首を振る葵の姿をもっと見たくて、海斗の愛撫はさらに勢いを増していく。

天井知らずに高まり続ける快楽の嵐に翻弄される葵は、甘美な声を漏らして背を反らす。

意図せずに海斗の方へと突き出される形になった乳房に埋めるように顔を寄せると、摘み上げた乳首の片方を口に含む。

 

「はひゃぁあぁぁぁぁっ!? し、したぁ……わ、わたひのぉ……ちくび、ぃ……す、すわれちゃ……っ!!」

 

敏感な乳首を吸われ、舌で転がされる快楽に、葵の呂律が段々と回らなくなっていく。

 

「だ、だめっ、そこぉ……はぁあんっ!? んふぅっ、らめぇ……ふぁあぁぁっ!?」

 

――なっ、なに……これぇ……? こんな感じ……私、知らない……知らないよぉっ!?

 

艶めかしく身体をくねらせる葵の身体から力が抜け落ちていく。

しなだれかかる様にもたれかかってきた彼女の身体を抱き留めると、片手を乳房から離す。

ぴくぴくと痙攣を繰り返す彼女の太ももに手を這わせ、ゆっくりほぐす様に撫でまわす。

くすぐったそうに身体を震わせる葵の太ももを這いながら、海斗の指先が彼女の秘所へと近づいていく。

それに気づいた葵が両足を閉じるより早く、海斗の指がスカートの奥、シルクのショーツに隠された秘裂へと滑り込んでいった。

 

「ひゃあぅっ!? そっ、そこっ、はぁあぁぁぁぁっ!」

 

ショーツの上からスリットをなぞる様に指を這わせる。

与えられた快楽によって溢れ出してきた愛液がショーツに染みをつくり、そこを指がなぞると、にちょっ、と淫らな水音が立つ。

 

「んぅっ、はぁぅっ、はぁあっ、ヤっ……それ、だめぇ……だめ、なのぉ……やぁあぁぁんっ!」

 

葵はもう耳まで真っ赤に染め上げながら、海斗の愛撫を受け入れるしかできない。

すぐ耳元で放たれる喘ぎ声が海斗の興奮を高め、それは愛撫をより激しいものへと後押ししていく。そして葵にはさらなる快楽がもたらされていく。

海斗の指がショーツの隙間から差し込まれ、葵の秘部を直接触れる。

誰にも触らせたことのないソコを指でなぞれば、その度にくちゅくちゅというハッキリとした淫音が立っていく。

 

「わかるか、竜ヶ崎? お前のここから聴こえる音が?」

「ぅあぅう……き、聞こえ、てる……よぉ……くちゅくちゅってぇ……やらしい音がぁ……でちゃってるよぉ……っ」

 

羞恥心で顔を真っ赤にしながら、葵の身体はもっとしてと言わんばかりに、腰がくいっくいっと動いて、海斗の指に擦り付けられてくる。

自ら快楽を求める淫らな動きに、海斗の指の動きはその速度がどんどん増していく。

 

「あっ、ひぅうっ、んはぁあっ――……っ!? や、ヤッ! ソコはだめ――っひぃいぃぃぃんっ!?」

 

ある場所に指を這わせた瞬間、今日一番の快楽が葵の全身を駆け巡った。愛液で濡れた指先が、茂みの奥に隠された秘芽を捕えたのだ。

喉の奥から息の塊が吐き出され、酸欠したかのようにパクパクと開閉を繰り返す。

海斗は、葵が落ち着くのを待ってから愛撫を再開する。

痛みを与えないように被った皮をほぐし、その奥にある敏感な秘芽を指の腹でゆっくりと撫でる。

 

「んんっ……んぅっ……あっ、はぁ……あふぅうぅっ!」

 

絶え間なく襲いかかってくる快楽を堪えるように、海斗の肩を掴む葵の指先に力が籠る。

学園のアイドルが見せる数々の痴態に、海斗の男根も硬さを増していく。

男の象徴が制服の下でいきり立ち、今にも爆発してしまいそうに震えてしまう。

海斗は脱力した葵の身体を抱き上げると、ベッドのある寝室へと向かう。

ダイニングの隣にある寝室には、ダブルサイズのベッドが備え付けられている。

しわ一つ見当たらないベッドの上に葵を横たわらせると、脱げかけていた制服を引き剥がし、自分も制服を脱ぎながらあらわになった葵の裸体を舐めるように見つめれば、ごく自然に彼女の視線と交叉する。

つんっと突き出された豊満な乳房、細くくびれた腰、水泳で鍛えられた程よく引き締まった太もも……その総てが愛おしい。愁いを帯びた瞳が海斗を見上げてくる。照明に照らされてあらわになった自分の身体に熱い視線を送る海斗へまるで見せつけるように、葵は身体をくねらせながら膝を開いていく。まるで彼を受け入れると言わんばかりの反応に、海斗の下腹部が燃え盛る様な熱を帯びていく。

汗で濡れて、怪しげな輝きを放つ葵の裸体を見つめる海斗の心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。このまま彼女の総てを蹂躙したいといい欲求が湧いてくるものの、海斗はかぶりを振ってその考えを振り払う。

 

――竜ヶ崎は、こういう経験がないみたいだな……なら、ここは俺がリードしてやらんといかんか。

 

海斗が葵の足首を持って左右に開かせると、太ももの奥に隠れた秘所があらわになった。

一見すると花の様にも見える女性器を目にした海斗の胸に、感動にも似た感情が生まれ出でる。

まるで初めて女性のソコを目にしたか時のような、不可思議な感覚だった。

葵のソコは、愛液で濡れそぼったイヤラシイ秘唇がぴったりと閉じられており、その上にやや薄めのヘアがある。その中から顔を覗かせている真珠のようなクリトリスが海斗の視線を浴びてふるふると震えている。秘唇の隙間からは、とろとろとした愛液が溢れ出してきていた。

ごくりと喉を鳴らすと、海斗は秘唇に指を押し当てて左右に開く。

すると、一層濃くなった甘い香りと共に、奥から愛液が滴り落ちてきた。

まるで極上の蜜のような香りと共に溢れだす愛液がシーツへと流れ落ちて、淫らなシミを作りだしていく。

海斗は覆いかぶさるように彼女の秘唇へと顔をよせると、割り開かれてむき出しになった膣に舌を這わせた。

 

「あっ!? ……ん、んふぅっ!?」

 

――な、舐められてる……!? 私のアソコ、舐められちゃってるのぉ!?

 

外気に晒された小陰唇を滴り落ちる愛液ごと舐め上げる。

甘くて熱っぽい喘ぎ声を漏らす葵の反応に気を良くした海斗は、秘唇の奥へと舌を差し入れてみる。

キュウキュウと締め付ける膣肉の感触を味わいながら痛みを与えないよう深く差し込まず、浅い場所に狙いを定め、重点的に舌を動かして蹂躙していく。

舌が膣肉を舐め上げるたびに葵の口から漏れ出す喘ぎ声のボリュームがどんどん大きくなっていく。

と同時に、ソコもだんだんと解れてきたように柔らかくなって、徐々に舌の動きがスムーズになっていく。

 

「あっ、ああっ……うむぅうっ……くふっ、あっ、あ……ああっ!」

 

唐突に伸ばされた手で乳房を鷲掴みにされて、葵の背中が反りかえる。

掌で乳首を押し潰す様に胸を揉みしだかれると、葵は何かに堪えるようにシーツに爪を食い込ませながら口を紡ぐ。

それを感じ取った海斗は意地の悪い笑みを浮かべると、あえて舌を這わせていなかったもっとも敏感な箇所……クリトリスへと舌を這わせた。

 

「はぅうっ!? あっ、ひゃう……ひぃいぃうっ!?」

 

一舐め、二舐めするごとに、葵の肢体はまるで電流が走ったかのような痙攣を繰り返す。

敏感すぎる故に、自分でも触れることを避けていた箇所なのだ。

初体験の衝撃は、生娘である彼女の想像を遥かに超えるシロモノだった。

完全に勃起して皮が剥けてしまっている秘芽を甘噛みされた瞬間、バチンとブレーカーが落ちたかのように視界がブラックアウトする。

だがそれも一瞬、次の瞬間には秘唇の最奥……子宮から込み上げてくる怒濤の快楽の波が押し寄せてきた。

強烈な刺激に身体の奥がかあっと熱くなって、全身の筋肉がおかしくなったように小刻みに痙攣を繰り返す。

どこまでも高まっていく身体が、もっともっとと叫び声を上げているのを感じる。

セックスはおろか、異性とデートしたこともない純粋な生娘である葵の身体は、本人の意思とは無関係なまでに男を、海斗を求めていた。

葵は胸を大きく上下させながら荒い息づかいを繰り返しつつ、涙で潤んだ目で海斗を見上げてくる。悲しみや嫌悪によるものではない涙を溢れさせる仕草すらも、今の海斗にとっては彼女を求める焦燥を増すスパイスになっていく。

だが、経験ある者としての自覚が、生まれて初めて男の手によってもたらされた絶頂へと至った彼女を休ませるべきだと告げていた。

秘唇へとよせていた顔を離し、呼吸が整うのを待つ。

そんな海斗へ熱っぽい視線を向けながら荒い呼吸を繰り返す葵の魅惑的な吐息が室内に響いていく。

それを耳にしただけで、海斗の男性器は硬さを増す。

仕事で酷使されたことで鍛え上げられたのか、同世代のそれに比べても黒く、硬質的に見えるそれを見つめる葵はおっかなびっくりといった風の表情を浮かべていた。

ずっと昔、まだ父親と一緒に入浴していたころの記憶を探ってみるが、彼女の記憶にある父親のソレと海斗のモノは何もかもが違っている。

特に、自分の秘唇のすぐ近くで小さく脈動する海斗のソレから感じられる生々しさと言ったらもう……うまく言葉で表現することは出来ない。

それでも視線を逸らせずにじいっと見つめてしまい、そんな様子を海斗に見られていたと気づくと真っ赤になりながら恥ずかしそうに頭を振る。

海斗にとって、そんな葵の姿はたまらなく愛おしく感じられた。

胸の内から湧き出してきた葵と一つになりたいという欲求に導かれるまま、中からあふれだす蜜でしっとりと濡れた秘唇に、己が分身の先端を押し当てる。

 

「入れるぞ……竜ヶ崎」

「あ、ちょっと待って!」

「どうした? やっぱり怖いか?」

「えと、それもあるんだけど……あのね? お願いがあるの」

 

潤んだ瞳で見上げながら、両手を海斗の首の後ろへとまわす。

 

「名前で、呼んでほしい、な……ダメ、かな?」

「……いいや? それくらいお安いお用だ」

 

葵を抱きしめるよう腕に力を込めながら、耳元でささやく様に彼女の名前を呼ぶ。

 

「……葵」

「ぁ……か、海斗、くん――んっ!?」

 

自分の思いが葵にも伝わる様に、この想いは決して媚薬なんかが原因で抱いたようなものではないと、総ての想いを込めたキスで彼女の唇を塞ぐ。

 

「ん、んっ……ぷふぁ……かい、とぉ……ちゅっ……かいとぉ……」

 

何度も繰り返し海斗の名前を呼びながらキスを受け入れる葵の身体から、緊張による硬さが抜けていく。

 

「いいか……葵……?」

「……うん」

 

瞳を覗き込みながらもう一度問いかけると、こくりと頷きながら答えが返ってきた。

覚悟を決めた葵に応えるように、腰を小刻みに動かして秘唇から溢れる蜜を肉茎に塗りたくっていく。

膣内の肉壁に極力痛みを与えないように潤滑油を纏わせたソレの先端を膣の入り口に押し当てると、くちゅりとイヤラシイ音が響く。

ゆっくりと腰を突き出し、暖かくもキツイ肉の壁を押し広げながらゆっくりと押し込んでいく。

 

「あっ、ぐぅうっ! ……ンっ! ……あっ、いた……っ!」

 

自分の中に他人が侵入してくる異質な感覚、心地良さすら感じていた愛撫とは全く別の苦痛。

まるで身体の芯が焼けた鉄の杭で撃ち貫かれたかのような、経験したことも無い激痛に、葵は爪が剥がれるほど強くシーツを握り締めながら、唇を噛み締めて悲鳴を押し殺す。

不意に、異物を押し出そうと激しく抵抗する肉壁をかき分けるように奥へと進んでいた男根の動きが止まった。

海斗の亀頭が葵の処女膜に到達したのだ。葵の処女膜はドーナツ状と呼ばれる形状で、かなり収縮性があるらしく、差し込まれた亀頭に力を込めようとも、膜が引き伸ばされるだけでそこから奥へと侵入することができない。

 

「……葵、ちょっとだけ我慢しろ」

「いっ、ぁ……! くっ、うううっ……ぅぇ?」

 

鋭い痛みに絶え間なく襲われる葵のことを思い、海斗は彼女の腰を持ち上げると、身体ごとぶつけるような勢いで一気に男根を押し込んだ。

狭い膣内を引き裂く様に押し込まれると同時に、ぷちっ、と硬い輪ゴムが切れたような感じを抱きながら、差し込まれた男根は膣肉の最奥……子宮口まで到達してやっと静止した。あれだけ抵抗していた膣肉はキュウキュウと締め付けるように海斗の男根を圧迫し、それでいて押し返すのではなくより奥に引き込もうとするかのごとく蠢いている。

敏感な亀頭部分がコリッとした子宮口を押し上げ、まるで吸いついてくるような錯覚すら感じられる。膣の中ほどにはざらついたような感触のところがあり、そこに男根が擦れるたびに膣全体がキュウッと収縮してくる。動かずとも男根全体を余すところなく刺激してくる葵の膣は、まさに極上の快楽をもたらしてくれる。

海斗は胸に湧き上がってくる充実感とも征服感とも取れぬ感情に酔いしれながら、葵の息が整うのを待っていた。葵は荒い呼吸を繰り返しながら、粘着質な愛液に混ざって真紅の蜜が溢れてくる己の秘唇をぼんやりと見つめていた。

破瓜の証である真紅の雫で化粧を施された秘唇には、ちいさく脈動を繰り返す男根がずっぽりと根元まで埋め込まれている。海斗の陰毛が完全に勃起している葵のクリトリスに擦れ、少しだけくすぐったい。

ジンジンとした痛みはいまだに残っているけれども、なんだか痛くなくなってきているような気がする。

 

――あれ? おかしいなあ……初めての時って、女の子の方はずっと痛いものだって雑誌に書いてあったのになぁ。

 

葵が疑問に思っている間にも、彼女の膣はまるで海斗の男根に馴染んでいくように蠢いている。

痛みはどんどん弱まっていき、後に残されたのはどうしようもない『悦び』だけ。

葵の意志に反して彼女の子宮は疼き、膣肉が別の生き物のようにうねっていく。膣肉の動きは、まるで男根を覚えようとしているかのようだった。

じんわりと溢れ続ける蜜液が海斗の分身を包み込むように絡みつき、しっとりと湿った膣肉がソレの形にぴったり合うように寄り添ってくる。

小刻みに痙攣を繰り返すたびに膣肉が男根を締めつけてくるので、じっとしていても最高に気持ち良いのだが、もっと彼女を感じてみたいという欲求に逆らうことが出来ず、ゆるゆると前後に動かし始める。

 

「動かすぞ……」

「ふぇ? ……ひゃはぁあっ!?」

 

何もしなくても射精感が高まっていく極上の感触を味わいつつも、処女を失ったばかりの葵になるべく痛みを与えない様にゆっくりとしたスロートを開始する。

前後に大きく動かすのではなく、亀頭を一番奥に擦り付ける様な動きだ。海斗は挿入の際に亀頭部分が子宮口を突いた瞬間、葵の表情に一瞬だけ悦楽の感情が浮かんだのを見逃さなかった。

子宮口が性感帯なのだろう。故に、処女膜の傷を擦る様な出し入れではなく、こちらの方が彼女に快楽を与えられると判断したのだ。

 

「ひうっっ! あっ、いっ! んくぅっ! あ、や……な、なん……でぇっ!? ……あふぅあぁっ!?」

 

狙い通り、膣をかき回される痛みよりも、性感帯を刺激されて生まれた快感の方が彼女の心を占めだしたらしい。下腹部からジンジンと昇ってくる快楽の波が全身を駆け巡り、処女喪失の痛みを遥か彼方へと奪い去ってく。代わりに残されたのは、今までに感じたことも無い激情の奔流。それは彼女が初めて知ることとなる、女としての悦びだった。

水泳で鍛え抜かれた白魚のような葵の足が海斗の腰に絡みつく。首に回した手と共にあらん限りの力を込めて、海斗の身体を自分の方へと抱き寄せてきた。

膣内全体がきゅうきゅうと収縮を繰り返し、まるで射精を促す様に海斗の男根をしごき上げてくる。

奥歯を噛み締めて湧き上がる射精の欲求に耐えながら、締めのキツい肉壁を擦るように腰を動かし続ける。

 

「うぁあ……あっ、こす……れて、るぅ……お腹のぉ、奥がぁ……、はぅあっ! こっ、こつんこつん、ってぇ……いってるのぉ……!」

 

だらしなく開かれた口から絶え間なく喘ぎ声を溢す葵の秘唇からは、熱くぬめった蜜液がとぷっとぷっと溢れ出して、真新しいシーツを濡らしていく。

膣肉は挿入直後のような硬さは完全に失われ、今は肉ヒダ1つ1つが生物のように絡みついてくる。妖しく蠢く……と表現すればよいのだろうか?

決して長くは無い海斗の人生の中でも、これほどまでの快感を味わえることなど初めてのこと。

葵の背中に回した両腕に力を込め、彼女の膣がもたらす心地良い極上の締め付けに酔いしれながら、腰を動かし続ける。

腰に絡みつかれた葵の足のせいで腰を打ち付けることが出来なくとも、僅かなストロークと捻りで彼女のナカを堪能していく。

絡みついてくる膣肉を捏ねあげるように腰を回してやれば、子宮口付近の膣肉がきゅうきゅうと亀頭を締め付けてきて、一瞬だけ意識が飛んでしまう。

 

「ら……めぇっ……あっ、はぁあっ、かっ、かきまわしちゃぁ……らめぇ、なのぉ……」

「――っ、く……! あお、い……俺、もう……!」

 

艶っぽい声を響かせる葵の最奥に亀頭を擦り付ける様に押し付ける。

すると子宮の入り口をこじ開けるように突き刺さった男根を逃すまいと、葵の膣肉がきゅうぅっ、と締めつけを増してきた。

射精を促す膣内の動きがもたらす快楽を味わっていた海斗と、初めてのセックスがもたらした気持ち良さに翻弄されていた葵の視線が交わった途端、葵は悦声を上げながら両手で顔を隠すように覆ってしまった。

 

「やっ! ぅあ、あぁああっ、た、らめぇぇっ! こんなのぉ、こんな顔……見ない、でぇっ!」

 

今更になって羞恥心が蘇ってきたらしい葵に、愛おしいものを感じつつも、意地の悪い笑みを浮かべた海斗は両手を彼女の手に重ね合わせるようにしてベッドに押し付ける。

そうすれば、羞恥と快楽によって真っ赤になった葵の顔が眼下に晒されることとなる。頭を振り、小さく唸っていた葵が涙目で睨んでくるが、海斗は笑って流す。

 

「隠すなよ……葵の可愛い顔、もっと見せてくれ」

「あ、ああっ……そ、んなぁ、うそぉ、だよぉ……かわいくなんてぇ、ないんだか……らぁ……」

 

とろんとした瞳で反論する葵の顔は、しかし満更でもないように見える。彼女の頬を伝う涙を舐め上げながら、彼女の耳元に口を寄せる。

 

「いいや? 俺にとって葵はものすごく魅力的な女の子にしか見えないぞ? だから、どんなお願いでも聞いてやりたくなるんだ。ほら――どうしてほしい?」

 

囁く様に告げられた言葉の意味を理解して葵の顔がさらに赤みを増していく。

 

「だ、だったらぁ……もっと、気持ち良く、して……ほしい、とか……」

 

恥ずかしそうにおねだりをする葵への返答は、彼女の膣内でさらに大きさを増していく肉棒だった。どくんどくんと脈打った肉棒を膣壁に擦り付け、子宮口を打ち付けるように腰を打ちつける。

互いの身体を貪る様に激しく腰を動かし、彼女の膣がもたらす快楽を脳髄に刻みつけながら、ぷっくらと瑞々しい葵の唇を奪う。

舌を絡ませ、唾液を啜り、お互いの歯がぶつかり合うことにも構わずに、まるで獣のような口づけを交わす。肌には珠のような汗が次々と浮き出ては、シーツへと流れ落ちていく。

肉棒全体を揉み上げて精子を搾り取ろうとするような膣肉の感触に、腰の奥から灼熱のマグマが噴き上がるかのごとき射精感が込み上げてきた。

 

「くうっ……! イ、クぞ……あおいぃいっ!」

 

葵もまた、全身をゾクゾクとした得体のしれない感覚が駆け巡っていた。脳裏に光が繰り返し点滅するこの感覚を、彼女は知識として知っている。これはきっと絶頂だ。

 

「うっ、嘘っ!? わたしっ、いっ……イクッ! イッちゃうよぉおっ!? か、かいとくぅううんっ!?」

 

込み上げる全てを叩き付けるように押し込んだ亀頭が子宮口をこじ開けた瞬間――

 

「くぅっ……あぁああっ!」

「あっ、ふぁああああああああっ!?」

 

二人の意識が白い閃光に呑み込まれる。

背筋を駆けあがる光悦感と共に灼熱の精液が葵の子宮口に直撃し、中に直接注ぎ込まれていく。

子宮に精液が染み渡るのを察したかのように、肉棒を咥え込んだ膣内全体が急速に収縮し、肉棒内に残されている残りの精液も吸い上げようと絞り上げてくる。

 

「あぁぁっ、でてるぅ……熱いせーえきがぁ、びゅるびゅるってぇ、出されちゃってるのぉ……ふぁああっ、あ、あぁああっ!」

 

精液が子宮を満たしていく感覚に、葵は盛大な喘ぎ声と共に背中を大きく反り返えさせて、絶頂に全身を震わせた。

快楽の爆発に身を委ね、肉棒を咥え込んだ膣口から溢れ出した精液混じりの蜜液を溢れさせる。

 

「あっ、はっ、うぁああっ」

 

絶頂の波が収まってくると、ブリッジのような体勢で硬直していた彼女の身体から力が抜け、小さく悶えながら崩れ落ちた。

 

「はぁっ、はあっ……ぁふ……」

 

完全に脱力した状態の葵の秘唇から肉棒を引き抜けば、ごぽっという生々しい音と共に精液と蜜液の混ざったものが零れ出た。

海斗は、荒い呼吸を繰り返す葵の隣に倒れ込むように身を横たえた。

ちらりと横を見れば、ベッドに身を沈めていた葵はそのまま眠ってしまったらしく、小さな寝息を溢している。

快楽の残滓が残っているのだろう、僅かに開かれた唇から漏れ出す寝息に混じる艶やかな吐息に彩られたそれは、まるで真紅のバラのような美しさと妖しさが感じられる。

ダブルベットなのでスペースに余裕はあるもの、汗が冷えてきたせいか肌寒く感じる。

海斗は葵を抱き寄せながら毛布を羽織る。明日も平日で、どんな事情があるにせよ学校には行かないといけないだろうと考えたからだ。

肌と肌が重なり合い、葵の体温を直接感じ取ることが出来た。

『温かい』それが海斗の抱いた最初の感想だった。

多くの女性と肌を重ね続けてきたせいで異性に対しての境界線のようなもの引いていた海斗の心の中に、葵の温もりはすんなりと入り込んでくる。不思議な感覚だった。

トクン、トクンとだいぶ落ち着いてきた彼女の心音が奏でる心地良い音色に身を委ねていれば、睡魔の誘いが舞い降りてきた。

それに導かれるまま、意識がまどろんでいく。

子猫のように額を擦り付けてくる葵の自然な笑みを見つめながら、海斗もまた葵に続くように眠りの淵へと落ちていった。



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第4話 近づいていく距離

お待たせしました、今回は初夜(笑)の翌日のお話です。


「ん~~っ! ご飯の時間だ~~!」

「アンタねぇ……」

 

教室に授業の終わりを告げるチャイムが響き終わるよりも早く、恥ずかしげなく叫び声を上げる友人にもう一人の友人があきれ果てたように溜め息を零した。

いろいろあって朝食も抜いてきてしまった葵も内心では激しく同意したいところだが、さすがに乙女としてのプライドを投げ出してまで自己主張するつもりも無い。というか出来ない。

いつもお昼を一緒にする友人たちと机を動かしながら笑いあう。

机を突き合わしていつものメンバーとお互いのお弁当のおかずを交換し合いながら、取りとめのない話をする。

そんな当たり前の風景が、なんだかとっても安らぐように思えるのは、昨日の出来事がいまだに葵の中で消化しきれていないからだろう。

 

「――葵? どうかした?」

「えっ!? な、なにが?」

「なにが? じゃないわよ。貴方、今朝から様子がおかしいわよ? 何か悩み事でもあるんだったら相談に乗るわよ?」

「だ、大丈夫だよ! 気にしないでいいから」

「そう……? でも、私はいつでも相談に乗るからね? 話したくなったらいつでも言ってくれていいから」

「う、うん、ありがとう早苗」

 

純粋に心配してくれている友人に内心で謝りながら、表面上はいつも通りに振る舞って見せる。

嘘をつくのは心苦しいけれど、内容が内容だし、迂闊に口外できるような問題でもないからと自分に言い聞かせながら、気分を変える意味もかねて、いつものようにお弁当を取り出そうとカバンを漁る。

だが。

 

「……あれ?」おかしい。いつもの感触が感じられない。

「……え、ちょ、嘘でしょ?」

 

鞄の中を覗き込むが、やはり弁当箱らしいものは影も形も見当たらない。

 

「どしたの、葵っち~? ひょっとしてお弁当忘れたの~?」

「う、うん、そうみたい……」

「あら、葵がそんなヘマをするなんて珍しいわね? 毎朝、おば様から直接渡されてたんじゃなかったかしら?」

「あ……!」

 

そう、いつもなら家を出る前に母から手渡されていたから忘れる事なんてなかった。

でも昨日から家に帰ってないのだから、当然弁当も渡されていなかったわけで……

 

「……しかたないよね。購買でパンでも買ってくるよ。皆は先に食べてて」

「え、今から購買に? ……間に合うかしら?」

「そうだよね~~、ウチの購買って何時もお昼時間始まった直後に生徒が押し寄せるから数分で品切れになっちゃうんだよ~~」

「食堂があまり大きくない上に、昼休みの間ずっと居座る連中も多いからねぇ……、私たちみたいにお弁当を持参してない連中のお昼は、毎日戦争らしいわよ?」

「ちょ、脅かさないでよ、もう! と、とにかく、行ってみるから」

 

頑張って~~、とまるっきり他人ごとな声援を受けながら、教室を後にする。とにかく、今は一刻も把握お昼ご飯を調達しなければならない。

なぜなら、

 

――うう、ヤバいなぁ……お腹減ったよう……。

 

同年代よりもちょっぴりだけ食欲旺盛な葵のお腹の虫は、いつ自己主張を始めるかわかったものではない。もしも昼休みに何も口に出来なかったら、間違いなく次の授業中に盛大なお歌を唄ってくれることだろう。

それだけなんとしても避けなければならない。

少しだけ足早に歩を進めて食堂に向かう。惣菜パンなどを扱っている購買は食堂の入り口にあり、葵たちの教室からはそこそこ距離が離れている。

品切れの可能性が脳裏を過ぎるが、生徒たちが思い思いにたむろしている廊下を駆け抜けるというのは、非常に悪目立ちするだろう。しかも、葵は学内有数の有名人。

某有名デザイナーが手掛けたというセーラー服は膝上まで詰められたスカートのせいで、少しでも油断すれば下着が見えてしまう。デザインは可愛いのだが、こういう実用性には乏しいと言わざるをえない。

つまり、制服姿の葵が駆け出しでもすれば、まず間違いなくスカートが翻って、下着が見られてしまうだろう。

そのため、せいぜい早歩き程度しか葵に取れる道は無いということだ。

見知らぬ男子生徒たちがおもむろに振り返り、遠巻きに指を刺されながら好奇じみた視線を向けられていることにあえて気づかないふりをしながら、食堂へと急ぐ。

5分ほどをかけてようやくたどり着いた時には、昼食を求める人垣は霧散した後だったらしく、どことなく散乱としていた。

もっとも、奥にある食堂を覗けば、全部のテーブルが食事中の生徒で埋め尽くされており、とてもではないが利用できるような状態ではない。かといって購買の棚を見渡すものの、見事なまでにすっからかんだった。惣菜パンや弁当、おにぎりはもちろん、駄菓子や携帯食、挙句の果てにはドリンク類まで完全に売り切れていた。

 

――困ったなぁ、お昼どうしよう。

 

校則で休み時間に学校の敷地内から外に出ることは禁止されている以上、外のコンビニへ行くわけにもいかない。

 

――しょうがない、水でも飲んで誤魔化そう。

 

見るからに肩を落とし、とぼとぼと元来た道を戻り始めた葵の頭の上に何かが置かれる。

 

「……まさにこの世の終わりを見た、って感じだな、おい」

「……え? かぃ――っと、た、高宮くん?」

 

顔をあげると、右手に持った包みらしいものを葵の頭の上に乗せながら、呆れたような目を向ける海斗の姿があった。

 

恋愛感情を抱けない相手と仕組まれた初夜を過ごしたあげく、(他者の介入があったにしても)純潔を奪われたのだ。

顔を見るなり頬を青ざめられるのも、学校にいる間くらいは平静でいろとなどという方が酷かもしれない。

もっとも、恐怖よりも気まずさを感じているのか、色々と理由をつけて朝から避けていた人物にいきなり遭遇して心の準備が出来ていなかった葵はわたわたと動揺するが、海斗は一切気にしない風に彼女の頭の上に乗せていた包みから手を離す。

支えがなくなれば、重力の法則にしたがって落下するのは当然の理で、落ちそうになるソレを葵が反射的に受け止めたのも、ある意味で当然の結果だった。

 

「これ……? ひょっとして、お弁当かな?」

「そ、今朝何も喰わずに行っちまっただろ? だからもしかしてと作っといた。ただ、まぁ……流石に教室まで届けに行くのは無理だからどうしようかって悩んでたとこを、今にも飢え死にしそうな顔したお前を見つけたってワケさ」

「う……えと、その……あ、ありがとう……」

「どういたしまして。んじゃ、俺はこれで――」

「あ、ま、まって!」

 

ヒラヒラと手を振りながらこの場を後にしようとする海斗を、彼の上着の裾を掴みながら静止を呼び掛ける。

 

「えと、お昼、一緒にいいかな?」

「へ? 別にかまわんが……いいのか? 仲のいいクラスメートを待たせたりしてるんじゃないのか?」

「それはそうなんだけど……このまま戻ったら、このお弁当はどうしたんだ~? って、訊かれると思うし……、そうなったら上手い言い訳とか思いつかないし……、今から戻ってもゆっくり食べられそうな時間もなさそうだし……、だから、その……ダメ、かな?」

 

グラビアアイドルも真っ青なスタイルを誇る彼女が不安げに瞳を揺らしながら、上目使いでお願いして来られて、くらりとこない男はそうそういない筈だ。

現に海斗も、思わず口元を押さえながらそっぽを向いてしまうほどの破壊力が秘められていた。

 

「……好きにすればいい」

 

それだけ言うと、踵を返した海斗は自分の弁当を片手にさっさと歩き出してしまう。葵はその背中を見失わないように小走りで追いかけていく。その素っ気ない反応にちょっとだけ文句を言いたくなった葵だったが、ヘタに騒ぎを起こして人に目を集めるような真似はやめとこうと思い留まり、追いついた海斗の数歩後ろを黙ったままついていく。

 

――って、あれ? 私、普通に歩いてるのに追いついちゃった?

 

そおっ、と海斗の足元を見てみれば、なんだかゆっくりとした歩調で歩いているように思える。

 

――ひょっとして、私の歩く速さに合わせてくれてたりするのかな……?

 

さりげない上に不器用な優しさを見せる海斗の横顔を見上げてみる。

よく見ないと分からなかったけれど、何となく頬が赤くなってる気がする。

なんというか、カッコつけようとしている男の子って感じがしておかしく思える。

不意に、『女の子にいい恰好をしようとするのが男って生き物なのよ!』って豪語していた友人の台詞を思い出した。

 

――あの時は、そういうものなんだ~って軽く流してたんだけど……海斗くんもそうなのかな?

 

「……あんだよ?」

「ふぇっ!? な、なにか?」

「『なにか?』 じゃなくてだな……なんというか、生暖か~い視線をくれていやがりませんでしたかねぇ? 竜ヶ崎さんや?」

「き、気のせいだと思う……よ?」

「激しく視線を彷徨わせながらンなコト言われても、信用できんがな?」

「ひゅ~、ひゅ~……そ、それより、どこに行くつもりなの? あんまり遠いとお昼終わっちゃうよ?」

「誤魔化したな……つか口笛できてねーし。いや、まあいいけど。つか、もう着いてるぞ」「え? ここって……」

 

2人が到着したのは校舎の裏にある焼却炉から植木を挟んだ反対側にあるもう、一つの裏手と呼べる場所だった。

校舎の角に当たる場所で、風通しもそう悪くは無い……が、いかんせん日当たりが良いとは言えない様で、正午だと言うのにどこか薄暗く感じてしまう。

 

「人気のない穴場って所だな。ウチの学校にはこういう場所に屯する連中がいないから、静かに食事するにはもってこいの場所なんだ」

「へぇ~、こんな所があったんだぁ」

 

珍しそうにあたりを見渡す葵の耳に、校庭でサッカーに興じる生徒たちの声が遠巻きに聞こえる。確かに、ここなら周りに気を遣う必要も無いのだろう。

 

「ンなコトしてたら昼飯食う時間が無くなるぞ?」

 

呆れを含んだツッコミに、彼についてきた理由を思い出した葵の体温がかあぁ~っと上昇する。咳払いをついて誤魔化しながら、意外と汚れていないコンクリートの段差にハンカチを敷いて、その上に腰掛ける。

受け取った弁当箱の梱包を解き、ドキドキしながら蓋を開けた葵から感嘆の声が上がる。

 

「う、わぁ~~! すごい……キレイ……ねえ! これ、海斗くんが全部作ったの!?」

 

日中は名前で呼ばないと自分から言い出した決まりをあっさりと忘却の彼方へと押しやった葵に呆れたようでいて微笑ましそうでもある微妙な表情を浮かべた海斗は頷きを返すことで答える。

 

「そこまで騒ぐような事か?」

 

言いながら同じ盛り付けをしている自分用の弁当へと視線を落とす。

鳥そぼろを乗せたご飯、卵焼きと炙った塩ジャケ。昨夜のカレーで余った野菜を使った煮物にほうれん草のお浸し、カットしたプチトマト。

海斗としては別段気合を入れたわけでもない、ごくごく普通の手軽な弁当の筈だったつもりだったのだが、何故か葵から羨望じみた視線をむけられている気がする。

 

「そういえば、料理出来ないんだったか?」

「はぅあ!? べ、別に全然ダメって訳じゃないんだよ!? ただちょっと、そう、ほんのちょっとだけ得意じゃないってだけなんだからね!?」

 

深く突っ込んではいけないところなのだろう。海斗はものすごい勢いで捲し立ててくる葵から静かに視線を逸らすと、午後の授業を耐え凌ぐための栄養補給を実行することにした。

静かに箸を動かす海斗に物申したそうな目を向けていた葵だったが、タイミングが良いと言うべきか、再びお腹の虫からエサの供給を望む懇願が上がる。

今度は『きゅぅ~~っ』だった。吹き出しそうになるのを懸命に堪える海斗の横で、真っ赤な顔を隠す様に弁当箱を持ち上げると、勢いよく中身を咀嚼していった。

耳まで真っ赤にさせながら小さな声で「うぅ……美味しいよぅ……」と呟く葵を優しげな瞳で眺めながら、海斗は卵焼きを口に放り込むのだった。

奇妙な運命共同体となってしまった二人が初夜を過ごした翌日の昼は、こうして穏やかな空気と共に過ぎていった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「た、ただいま~……」

 

いささか緊張した顔の葵が、声を掛けながら新しい住処のドアを開く。

返事が無いことに首を傾げるも、男物の靴が玄関に脱ぎ捨てられているのを見るに、海斗も帰宅済みなのは間違いないだろう。

一日の授業を恙なく終了した葵は、友人たちとの約束であった放課後のスイーツ食べ歩きに出向いていた。

不安を押し殺すように噂になっていたクレープを堪能した葵は、いつも通りの交差点で友人たちと別れた後、周りの目を気にしながら学校へと舞い戻り、こうして新しい住処に帰宅したのだ。

理由が理由なので誰かに相談できるはずも無く、そもそも媚薬がきっかけになったとはいえ、ほぼ初対面の男子と初体験をかましてしまったなんて話、一体誰に相談できると言うのか。

しかも、ほとんどが自業自得でしかなく、おまけに、料理とか諸々を海斗にまかせっきりにしている始末。

自己嫌悪で憂鬱になりかけた思考を何とか振り払いながら、『AOI』と銘打たれた室内スリッパ(間違いなく例の黒服たちの仕業であろう)に履き替えながらリビングの扉を開く。

瞬間、葵の鼻孔をかぐわしい香りが擽ってきた。食欲をそそる、何とも言い難い香りだ。

 

「ん? ああ、帰っていたのか」

 

キッチンから顔を覗かせながら、海斗が出迎える。派手さの無い私服の上にエプロンを装着した姿は、まさしく主夫と呼ぶに相応しい。

 

「う、うん。あの、手伝おうか?」

「いんや、大丈夫だ。もうほとんど終わってるから。竜ヶ崎――じゃなくて、葵も着替えてこいよ。その間に準備も終わるから」

 

そう言い残してキッチンに引っ込んでいく海斗の背中を見つめながら、

 

「――うん。やっぱり料理できるようになろう! 女の子のプライド的なもののために!」

 

覚悟を決めた表情で拳を握りしめる葵の姿がそこにあったという。

 

 

本日のメニューはエビやアサリがたっぷりのシーフードパスタにオニオンスープ。ワカメとレタスのサラダに、デザートとして柚子のアイスシャーベットだ。

昨日の失敗を鑑みて、使用した素材は海斗による綿密なチェックの下、安全性が確認されている物ばかりだ。

店へ買い出しに行ければいいのだが、海斗も葵も生活費としての現金を一切渡されてはいないのだ。

警備員を名乗る黒服たちに訊いたところ、食材などの消耗品の補充はすべて黒服たちの仕事であり、二人の日常生活に必要な金額――要するにお小遣い――は月末に支払われるとのこと。

両者ともに親と連絡がつかない以上、月末の支給とやらまでの間自由に使えるのは各々の財布に残されている分のみ。

学生である彼らの財布にそこまでの戦力(諭吉さん)が在住しているはずも無く、食材に限っては使う前に妙な薬が忍ばされていないかチェックしてから使うということになった。

無論、飲料水の類も検分済みである。こうした厳しいチェックを乗り越えた材料から作られた手料理は、再び葵の乙女心に亀裂を走らせながらも恙なく二人の胃袋へと収まっていった。

 

「ご馳走様でした……ぅぅ」

「お粗末様……だから、何故に落ち込む?」

「女の子の秘密だよ!」

「あっそ」

 

半分呆れ顔な海斗は空になった皿を抱えて流しへと運ぶ。

手伝おうと腰を上げかけた葵に背中を向けながら、海斗はバスルームの方を指差す。

 

「いや、洗い物は俺がやっとくから、葵はその間に風呂済ませてくれないか? 正直言うと、その……何かやってないと意識しちまうっていうか」

 

老成している節があるとはいえ、海斗もまた年頃の男子だ。同棲相手の女の子の入浴シーンに興味が湧かないでもない。

だから洗い物を済ませている間に、入浴を済ませて欲しい。海斗の言いたいことに気が付いた葵は「あ……、うん」と小さく返事を返して着替えを取りに向かった。

 

「……風呂、かぁ……っは!? 俺は何を考えてる!?」

 

脳内にリフレインされた昨夜の情事が、葵の瑞々しく穢れの無い裸体を思い出してしまい、慌てて頭を振る。

下手に意識してしまうと、なし崩し的に蘇ってくる数々の生々しい感触。

 

白いシーツに広がる艶やかな髪。力を込めたら容易く折れてしまいそうなくらいほっそりとした手足。

マシュマロみたいに柔らかく、甘い乳房(ちぶさ)。足の付け根にあるやや控えめな陰毛と、その奥に秘められていた真珠のような陰核と秘唇――……

 

「――ってぇ、だから思い出すなって!? ドンだけ飢えてんだよ、俺!?」

 

まるで生まれて初めて女を知った直後の頃に舞い戻ってしまったようだ。あの時も、昨日までの風景が全くの別物になっているように見えたのを覚えている。

もう何年も前の話だと言うのに……いったいどうしてしまったと言うのか?

 

――まさかとは思うが俺……本気で葵に惚れちまったなんてことはない……よな?

 

いや、そんなまさかと自分自身に失笑しつつ首を振ったまさにその時、

 

――ガタンッ!

 

バスルームの中から誰かが倒れるような音が聞こえた。

ハッ、と我に返った海斗は洗剤を含ませたスポンジで擦っていた皿を流し台に置き、エプロンを外さぬまま慌ててバスルームの扉の前まで駆けつける。

 

「おい、葵! どうした!? 何かあったのか!?」

 

――まさか!?

 

悪い予感が海斗の脳裏を巡る。海斗は確かに食材のチェックは完璧に済ませて、安全であることを確認した。

だが、その他の生活必需品――石鹸やシャンプーなど――までは気が回っていなかった事を思い出したからだ。

踏み込むべきか否かと迷う海斗の目の前でバスルームの扉が開き、中から透明なゼリーのようなものに覆われた腕が伸ばされたかと思うと、海斗の腕をがっし、と掴んでそのまま引きずり込んだ。

予想外の展開にバスルームへと引きずり込まれて床に倒れ込んだ海斗の上に、全身がゼリー塗れとなった葵が跨るように馬乗りになってきた。

目の焦点は合っておらず、紅く火照った肌と荒い音息が何とも生々しい。

慌てて視線を逸らそうとする海斗の頭を太ももで挟み込んできた葵は、そのまま濡れそぼった秘部を海斗の口元へと押し付けてくる。

堪えられないとばかりに自分の手で胸を揉みしだく葵は、海斗の顔に押し付けたまま腰をグラインドさせる。

ボディソープの草花を思わせる香りを打ち消すほどの濃厚な牝の香りが肺一杯に広がり、海斗の理性をこれでもかと言わんばかりの勢いで攻め立ててくる。

流れに身を委ねてしまいたく衝動を何とか堪えながら、海斗は葵の腰を抱えて自分の上から退かせると、すぐに上半身を起こす。

口周りに付いたゼリーのようなものを指先に掬って、検分する。彼の予想が正しければ、このゼリーの正体は――

 

「ボディソープ風のローション……お約束な媚薬入り……あいつら、手ぇ込みすぎだろ!」

 

用意周到な黒服たちへ憤慨していた海斗の背中に、とてつもなく柔らかな膨らみが押し当てられる感触が広がった。

思わず叫び声を上げそうになった口元を押さえつつ振り向くと、背中から海斗の両肩を掴んだ葵が、ローションに濡れた乳房を押し付けていたのだ。

媚薬の効きが良いらしい彼女の顔は情欲に染まり切っていた。おそらくは、ちょっと変わったボディソープだと思い込んでいたのだろう。だあ、この手のタイプはむき出しの肌から浸透して性的興奮を高めるというタイプだ。しかも全身ローション塗れと言うことは、泡が立たないことに疑問を抱くよりもボディソープ(ローション)の量を増やせばいいと考えてしまったのだろう。結果、過剰なまでに塗りたくられたローションに含まれる媚薬成分で出来上がってしまった、と。

 

「昨日といい今日といい、お前はソッチ系のイベントに事足りねーのな、オイ!?」

「んっ……ふっ、あぅ、あぁあああっ……」

 

もうすでに出来上がってしまっている葵に何を言っても無駄だろう。それに、葵にカラダごと押し付けるように抱き着かれてお蔭で服はビショビショで気持ち悪い。

光悦とした顔を向けてくる葵を見ていると、海斗のカラダも無意識に反応してしまう。

ズボンを押し上げる分身が脈打っているのが分かる。

熱に感染してしまったのか、海斗の本能が理性を押しやっていく。

一端葵を引き剥がして服を脱ぎ捨てると、海斗は葵を抱き抱えながらバスルームの浴室へと足を踏み入れた。

 

 

「んぁっ……んんっ、んふっ、あぅ……ぬるぬる……してるぅ……」

 

壁に手を当てて前屈みにさせた葵を後ろから抱きしめると、ローションに塗れて独特のさわり心地の乳房を掴み、掌を滑らせるように動かしながら揉みしだく。

同時に首筋に舌を這わせ、耳たぶを軽く噛んだりして刺激を送ることを忘れない。

 

「んふっ……やぁっ……あんっ! か、海斗、くんって……やっぱり、えっち……だよぉ……ふあうっ!?」

 

ローションで滑り、指を食い込ませるほどに力を込めてもするりと逃げてしまう。そんな微妙な刺激に声を漏らしていた葵の乳首を不意打ち気味にきゅっと摘み上げる。

すると葵は、カラダを捩りながら情欲に染まりきった声を漏らす。

 

「はぁ……あ、ああっ、あふっ……んうっ……あ、ああ、あ……っ」

 

重量感たっぷりな乳房が指の間をすり抜ける様に逃げ続ける。その度に硬さを増した乳首が海斗の指と擦れ合い、甘美な刺激となって駆け巡っていく。

前屈みになった葵の尻肉に海斗の男性器が擦れて、何とも心地よい感覚が背筋を駆け昇っていく。

 

「こっちはどうだ……?」

 

葵の乳房を堪能していた片手が、彼女の股間部分へと伸ばされ、掌全体で撫でまわされる。

指先を曲げて秘唇へと差し込めば、ソコは既にお湯やローション以外の液体でトロトロになっていた。

 

「ほら、エッチな汁でぐちょぐちょだぞ?」

「やっ、やんっ!? か、海斗くんのイジワル……はっ、ああっ、あ、あぁああんっ!」

 

ぬるぬるに濡れた指先を葵にも見える様に掲げてやれば、恥ずかしそうに首を振る。

その反応がどうしようもなく可愛くて、ついつい意地悪をしたくなってしまう。

今度は指を2本一緒に秘唇に挿入し、肉壁をほぐす様に擦ってやる。

 

「ふはっ、あ、あ、やっ、あ、ああうっ!? そ、ソコっ、そんな、いじっ……ちゃ、ダメェ……!?」

 

くちゅっくちゅくちゅっ……、と粘度の高い淫猥な音が鳴り響き、浴室内に木霊する。

それを耳にするたびに、葵の子宮がキュンキュンと疼き、膣ヒダが煽動する様に蠢く。

 

「あ、あっ、あっ、だ、ダメ、も……イッ――ッ!!」

 

葵が一瞬カラダを強張らせて背を反らし、激しく痙攣を起こしたかと思うと、海斗の指が沈み込んだ彼女の秘所から透明の液体が潮の様にあふれ出た。

小さな快楽の波が断続的にカラダ中を駆け巡っているのだろう。細い肩がピクンピクンと痙攣し、秘唇から溢れ出した蜜液が太ももを伝って零れ落ちていく。

海斗は絶頂の余韻に浸る葵の腰を掴み、限界まで反り返った男性器を濡れすぼった秘唇に擦りつける。

 

「あふっ、んっ……はぁ、はぁ、んっ……あ……海斗くんの……熱い、よ……」

 

ローションと蜜液、それにミルクの様に甘い葵の香りが海斗の鼻孔を擽り、喉が干からびるほどの渇きを覚える。

この渇きを癒す手段はたった一つしかない事を、海斗は本能で理解する。

 

挿入(いれ)るぞ、葵」

「うん……、来て……海斗」

 

葵に自分の方へ振り向かせて唇を奪う。

互いの舌を絡み合わせて彼女の甘さを存分に堪能すると、海斗は彼女の秘唇に擦り付けていた亀頭をぐっ、と押し込み、膣内の最奥まで一気に貫いた。

 

「んふぁっ! あっ、あ、ああああーっ!?」

 

膣内の肉ヒダがぐねぐねと煽動し、海斗の男性器の全てを呑み込んでいく。葵は無意識の内に自ら腰を突き出し、もっと深く入れてと腰を震わせていた。

やがて先端が彼女の子宮を捕える。コリコリッとした何と言えぬ感触に、海斗の中で射精感が凄まじい勢いで高まっていく。

 

「んふっ、あぁあんっ、ひぃあぁああ……」

「葵……痛くないか?」

「んっ……、う、うん……へーき、だよ……」

 

己を満たされるという、堪えきれない悦びに満たされた葵の表情から、彼女の言葉に偽りはないのだろうと推測する。

昨夜に純潔を失ったばかりだと言うのに、彼女の膣は痛みを感じるどころか、まるで海斗のソレにジャストフィットするかのようにぴったりと吸い付いて放さない。

海斗の分身を膣ヒダが時に優しく包み込み、時に射精を促すように吸いついてくる、そんな動きを繰り返しながら、海斗に絶え間ない快楽を与え続けている。

とうとう堪えきれずに海斗の腰が動き始めた。亀頭を子宮に押し付けたままグラインドする様に腰を動かして膣内をかき混ぜていく。

亀頭と子宮口が擦り合わされて、そこが弱い葵の肩がビクンビクン、と跳ねる。

子宮口の独特の感触を満喫しつつ、葵の腰を掴んでいた手を回し、突きこむたびに大きく揺れる乳房をわし掴みにする。ローションに濡れたままの乳房の先端で自己主張をしている突起を掌で擦り付ける様に揉み込んでやれば、葵の声がますます大きくなっていく。密閉されたバスルームに、葵の甘い声がより一層大きく木霊する。

視界、聴覚、触覚からくる快楽を存分に味わいながら、海斗は腰の動きをより速く、激しい物へとシフトしていく。

 

「あっ、ああっ、あうっ、はっ、はひぃっ……あぅ、か、海斗、ぉ……!」

「葵……っ、気持ち、良いか……?」

「うん、うん! きもちぃ……いいのぉ……! 海斗のぉ……おくにぃ……こつん、こつんてぇ……言ってるよぉ!」

 

互いに一番大切なトコロが繋がり合っていると言う事実、それはより興奮を高めるスパイスになる。

とめどなく溢れ出し続ける葵の蜜液と、とうとう堪えきれなくなってきた海斗の先走りが混じり合い、タイルの上に零れ落ちては排水溝へと流れていく。

だらしなく開きっぱなしになっている葵の口元から洩れ続ける嬌声は収まる兆しを見せず、彼女の昂ぶりに呼応するかのように膣ヒダの動きもより激しい物へと変わっていく。

カラダの火照りもどんどん強まり、入浴後の様なピンク色に染まりきっている。

 

「あんっ、んふぁっ、あっ、あっ、ああっ、あぁあんっ!」

 

頭を振り回し、長い髪が浴室に舞う。

汗とローションに濡れたうなじにまとわりつき、何とも扇情的な美しさを醸し出す。

 

「あふぁ、あ、あぁ、あ、あ、あ……!」

 

背を仰け反らせた葵がガクガクッ、と一際大きな痙攣を起こす。

同時に膣の最奥から燃えるように熱い特濃の蜜液が溢れ出し、肉ヒダ全体がまるで一つの生き物の様に海斗の男性器をしごき上げる。絶頂が近いのだろう。

お尻をくねらせ、奥の奥まで届けてほしいと腰を突き出してくる。

 

「あふっ、あ……だ、ダメ、もう……あ、足に力はいんなっ……ふぁっ、あぁぁあああんっ!」

 

先端が何度も子宮口をノックするたびに、葵のカラダが快感に打ち震える。

 

「っ、と……葵、ちゃんと立ってないと危ないだろ……っ!」

「ひはぁああっ!? やっ、やぁあっ! むりっ、これ、むりだよぉ……っ!」

 

全身を震わせながら悶え続ける葵のカラダから徐々に力が抜けていく。

壁に押し当てた指先が徐々にずれ落ちる。

 

「はっ、ひぃっ、ふぁう、あっ、あぁ、んあっ……!」

 

遂には完全に力が入らなくなったのか、浴室の床に四つん這いになってしまった彼女の胸を愛撫していた手をもう一度腰へと戻し、より激しく腰を振り続ける。膣はおろか全身にまで広がった痙攣は激しさを増し、絶妙の刺激となって海斗の分身へと襲い掛かっていく。身悶えしながら嬌声を上げ続ける葵の腰が逃げそうになるのを引き寄せながら、膣奥の最奥までを一気に突き立てる。

 

「あうっ、くぅ、あ、んぁあああっ!?」

 

海斗は腰の動きをさらに速め、葵が一番感じる最奥に潜んだ子宮口を何度も小突き上げていく。

葵の尻肉と海斗の腰が激しくぶつかって、ぱつんぱつん、と音が鳴る。子種を求める子宮の脈動はもう限界を超えており、いつ爆発を起こしても不思議ではない状態だ。

 

「ああっ! うっ、うあっ! はっ、あああああ……! だ、ダメ……もう……きちゃう、きちゃうからあっ!」

「ああ……! 俺も、……っく、限界、だっ……!」

「き、きてっ、海斗ぉ! わっ、私のっ、ナカっ……!」

 

海斗は葵のカラダごと自分の方へ力強く引き寄せると同時に、自身を限界まで前へと突き出した。

 

「あ、あぁ、ぁああぁああっ! くふっ、ふぁああああああーーっ!!」

 

キュキュキュッ! と締まる肉ヒダに促されるまま、海斗は最奥まで深く挿入して大量の精液を葵の膣内に、子宮へと注ぎ込んでいった。

 

「ひはぁ……かぁはぁあああ~~っ……あ、あたたかぁい……♪」

 

どくっどくっと男性器が脈打つのに合わせて、葵の膣内が収縮を繰り返す。

溢れるほどに注ぎ込まれた精液を、ひとかけらもの逃さないとでも言うかのように。

 

「くっ……うぉおおお……!」

 

尿道に残された精液すらも吸い上げられるような感覚に、声を漏らす。

ぐったりと脱力してしまった葵が倒れないように彼女のお腹に腕を差し入れて倒れないように支える。

 

「はぁ……はぁ……あは♪ すっごぉい……お腹、温かくて、重い……よぉ……んんっ……」

 

余韻に浸る葵のお腹に手を這わせれば、確かに下腹部が膨らんでいるように感じられる。

 

「なんだか不思議な感じがするな……」

「はぁ……はぁ……ふふっ、お父さんですよ~、って感じかな?」

「……いや、洒落にならんだろ、それ。つーか、連中の思惑通りに事が進んでいるような予感がひしひしと……」

 

葵は、自分のお腹を撫でる海斗の手の上に、自分の手を重ねると、そこを撫でる様にゆっくりと動かす。

ローションに濡れているお蔭で滑りが良いせいか、くすぐったくてしょうがない。

 

「ン……、えい♪」

「っ、と!」

 

媚薬の効果が切れたらしい葵は上半身を起こすと、そのまま海斗に身を預ける様にもたれかかる。

ちょうど胡坐を掻いた海斗の腕の中に納まるような体勢だ。荒い呼吸を整えることもせず、肩越しに回された海斗の腕に指を這わせていた葵は不意にカラダを捻ると、今度は自分から唇を重ねた。

 

 

 

 

葵の痙攣が収まってシャワーから流れるお湯でカラダを流すと、2人は寝室に移動してベッドに寝転がった。

寝間着に着替えるのも億劫なので、2人とも裸のままだ。季節は春先とは言え、温暖化の影響か、はたまたこの建物の防寒対策が万全なのか、幸いにして寒さを感じる事はない。1枚のタオルケットで一緒に包まり、当たり前の様に床を共にする。不思議と嫌悪感は湧き上がってこなかった。

イロイロと溜めこんだストレスが発散できているからか、それとも本当に2人の相性が良いから嫌悪感が湧いてこないのか。

 

「妙な感じだよな……」

「ふぇ? 何が?」

「何がって、この状況に決まってるだろ? 昨日までは完璧に他人だった俺たちが、たった2日でこんなんなってんだぞ?」

「う~ん、言われてみれば確かに……そうかも」

「年ごろの娘としてそれでいいのか? 女の子って言うのは、その……こういう事に夢を持っているものなんだろう? 白馬の王子様~とか、運命の相手~とか」

「え、いや、それは、まあ……ない訳じゃないのは事実だったりするのですが……。でも、私は海斗くんの事、嫌じゃないっていうか……、そもそも無理やり乱暴されたって訳でもないでしょ? それに、他の人みたいに大袈裟な幻想って言うのかな? 自分の理想を押し付けてくる……みたいなことしないもんね。 だからかな……海斗くんはキライって風には思えないの」

 

学園のアイドルとしての偶像、そこから来る手前勝手な理想を押し付けてくる生徒達。

距離が近すぎる故に、葵の本当の心が分からない友達や幼馴染達。

さまざまな要因が重なり合った末に生み出された『竜ヶ崎 葵』という軛を微塵も気にしない高宮 海斗は彼女にとって非常に稀有な存在となりつつあるようだ。

 

「ま、昨日のも今日のも、お前の自爆が原因だったけどな」

「――っ!」

「あいだだだだ!? ちょ、太ももは! 太ももの内側は駄目だって!? 謝る! 謝るから抓るのやめい!」

 

洒落にならない激痛に思わず涙目になってしまった海斗を、頬を膨らませた葵が睨む。

 

「私がおバカさんみたいな言い方しないでほしいんですけどっ?」

「テテテ……。いや、実際そのまんま――OK。降参だ。もう言わない。だから俺の太ももに伸ばしたその手を放すんだ」

「……ふん、だ」

 

拗ねたように鼻を鳴らした葵は、そのままそっぽを向いてしまう。

学園における彼女の評価との違いに苦笑を浮かべる海斗の胸の内には、自分だけがありのままの彼女を知っているのだと言う優越感にも似た想いが宿っていることに、まだ本人は気付いていない。

 

「悪かったって。謝るから許してくれ」

「……ケーキ」

「うん?」

「だからっ、ケーキ! 明日のデザートにケーキを作ってくれたら許してあげるっ! 苺たっぷりのタルトを希望しますっ!」

「まだ春先だぞ?」

「……それ、どういう意味?」

「冬眠に備えて脂肪を増やすには少々フライングすぎ――」

 

――パァアアンッ!!

 

乙女心を微塵も察せない愚か者の鼻っ面に、容赦の『よ』の字もない『おしおきビンタ』が炸裂する!

 

こうかはばつぐんだ!

 

「り、了解です、お嬢様」

「よろしい。それじゃあ、許してあげる」

 

ギリギリで鼻血の噴出を食い止めた海斗の全面降伏によって、死刑執行は取り下げられることとなった。

拗ねる様に頬を膨らませながら温もり恋しさに身を寄せてきた葵を抱きしめつつ、海斗は指を手櫛に見立てて、彼女の長い髪を優しく梳いてやる。

こそばゆさに肩を震わせるものの、嫌がる素振りは見せない。

仔犬の様に目を細めて、もっともっとおねだりしてくる葵は、何とも言えぬ愛らしさを醸し出していた。

 

――こんな姿を知ってるのも俺だけ……なんだよな……?

 

そんなことを思うたびに、胸の奥で大きさを増していく得体の知れない感情。

疑問に思うも、不思議と不快ではないそれが何なのか見当もつかない海斗は、何とももどかしい気分を抱きながら、心地良い温もりに包まれて眠りに落ちていった。

 

「おやすみなさい、海斗くん……」

 

先に眠ってしまった海斗の頬に唇を合せながら、葵も微睡の海に身を鎮めるのだった。

 

 



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第5話 いろいろ危ない下準備

ようやく時間的に余裕が出来たので続編を投稿。
にしても、3作同時進行は無理がありました……(猛反省)

追記:視点切り替えが分かりやすいように桐生君視点は"~~"で囲ってみました。



「はいはい、さえずってんじゃないわよ、アンタ達! 今から2週間後の修学旅行の班決めをやるわよ!」

 

教壇を叩きながら声を上げるのは羽村 早苗。

葵が所属するクラスの委員長を務める女傑だ。

眼鏡越しの凄まじい眼光に射抜かれたが最後、ゴーゴンの如き石化の魔術を食らい、砕かれてしまうとも噂されるほどに強烈な性格の持ち主だ。

まあ、噂は過大された類のものではなく、実際に街中で声を掛けてきたナンパをひと睨みで硬直させ、追撃の金的蹴りによる戦闘不能に陥らせたと言う話だ。

それ以降、彼女は逆らっては玉を潰されるとあって、学園中の男子生徒から恐怖の魔王の如き畏怖を向けられているのだ。

同性には頼もしい姉御肌、異性には決して逆らえない恐怖の魔王。クラスというチームのまとめ役として彼女が選ばれるのはある意味で当然の流れであると言えよう。

クラスの代表としての貫録を身に纏った女傑、いや、早苗は教室を見わたして全員が黙ったのを確認してから、黒板の方を向いた。

カカカッ! とチョークを走らせてこのホームルームの間に決めなければならない項目を掻き出していく。ちなみに、何故彼女が書記のような役目まで請け負っているかと言えば、単純にこのクラには副委員長が存在していないからだ。普通なら、男子と女子から1名ずつ代表を選抜し、彼らを委員長、副委員長に任命するのが通例なのだが、早苗は事もあろうに「役立たずの補佐なんて要らない。むしろジャマ」と切って捨てたのだ。実際、彼女1人で2つの役職の仕事を余裕でこなしているのだから誰も文句を言えず、そのままずるずると流されて今日に至る。

そんな完璧超人な委員長は黒板に必要事項を書き込んでいく。

 

①班のメンバーは最大5名。

②別のクラスのメンバーと混在させなければならない。

③同性のみ、或いは異性が一人だけと言うのはNG。少なくとも2名以上は在籍しければならない。

④旅行先では班行動が基本。3日目の自由行動以外は基本的に班メンバーと行動を共にすること。

 

「――って、とこね。アンタ達も知ってると思うけど、学園(うち)の方針は“性別を超えた友愛を築くこと”。だから旅行の班も、隣のクラスの連中とごちゃ混ぜにしないといけないんですって」

 

早苗は1項目を指さし、

 

「班のメンバーは上限が決まってるわ。で、私達の学年は男子より女子の方が多い。つまり、必然的に女子3:男子2、もしくは女子2:男子2って分け方になるはずよ。てなわけだから、とりあえず仲の良い人同士に分かれてみて、2、3人に分けられなかったら調整するように。はい、始め!」

 

早苗が手を叩くと同時に、クラスメートたちが一斉に動き出す。ざわめくクラスメート達を眺めつつ、教卓から降りた早苗が葵達の元へと戻ってくる。

 

「おつかれさま~~」

「さすがだね早苗」

「別に、こんなの誰でも出来るわよ。まあ、当たり前のことが出来ない奴が多すぎるのも現実なんだけどね」

 

悪態をつく早苗を出迎えた葵の机に乗っかるのは、1、2学年は下なのではないかと思えるほどに小柄な少女。葵達と同じ制服を着ていても、コスプレ感が否めない幼児体型の彼女の名は沢尻 桃花。葵、早苗と行動を共にする仲良し3人組のひとりだ。

 

「じゃ、私たちはこのまま3人で申請しても構わないわね?」

「うん。――あ、そうだ早苗。私達と同じ班になる人ってどうやって決めるの?」

「ああ、そこらへんは公平さを出すとかで、くじ引きで決められるらしいわ。だから私にも分からないのよ。これは生徒の意志で選べないみたいだし……もしできるのなら、結構な騒動になりかねないしね」

「ああ~~、葵ちゃんと同じ班になりた~いって(ヒト)多そうだもんね~」

 

のほほんとそんな事をのたまう桃花もまた、愛玩動物的な意味で人気があったりする。

ちなみに、異性にはとことんキツイ早苗にも、ファンクラブのようなものが存在している。

名を『早苗様に罵られ隊』……名前からして残念すぎる集団であることは間違いない。

 

「ま、放課後のHRで決定した班のメンバー表を渡されるはずだから、それまでの楽しみとしておきましょうか。――大丈夫よ、葵。もし貴方に不埒な真似をしようとする身の程知らずが現れても、この私がきっちりとお話しを付けてあげるから♪」

「うん、ありがとう早苗。……でもね? そのみかんを握りつぶすかのようなリアクションはどう言う意図があるのか非っ常に気になってしまうんだけど?」

「たまつぶし~~♪」

「ちょ、なに言っちゃってるかな桃花あっ!?」

 

笑顔でとんでもないことを口に出す桃花に大慌てする葵と早苗。

そんな彼女たちの波乱に満ちた旅行のチームメンバーが決定した放課後、更にひと騒動が起こってしまうのだが……それは割愛する。

 

修学旅行における決定したチームメンバー表より抜粋

 

 

・第5班

班長:羽村 早苗

班員:竜ヶ崎 葵、沢尻 桃花、愛原 桐生、高宮 海斗

 

 

「沖縄かぁ……どんなトコなんだろ~? やっぱり、アレかな? 花の首飾りとかもらえちゃったりするのかな?」

 

ベッドの端に腰かけながら、ウキウキという擬音が聞こえてきそうなくらい上機嫌な葵がそんなことを呟いた。

先日の失敗を教訓に念入りに安全を確認したシャンプーで洗浄したお蔭で、普段よりも艶やかでキューティクルな髪を解いた葵は、寝間着の薄いピンク色のパジャマに着替えるまで、終日ご機嫌モードが継続中であった。

 

「そりゃハワイだろ……。ってか、ずいぶんとテンション高いな?」

 

『修学旅行のしおり』、と表紙にでかでかと記載されている刷紙を手に、ずっと上機嫌な葵の様子をベッドに寝転びながら眺めていた海斗が問う。

 

「最近、女子連中の腹の虫が喧しいのはそれが原因か」

「う゛……!? しょ、しょうがないじゃない、女の子にはいろいろとあるんだよ!」

「二の腕とか、脇腹とかか? それともふともも辺り? たしかに水泳をやってるとは思えないほどに柔っこいが」

「いっ、いじわる! 何てこと言っちゃうかなぁ!? 私の乙女心はとっても傷ついたよ!?」

「のりで引っ付くかな?」

「か~い~と~く~ん~!?」

「へいへい、悪かったって。そうむくれるな。――そう言えば、水着も用意しとかないといけないんだったか?」

「まったくもう、もう、もうっ! ――って、ふぇ? えっとお……うん、水着は個人で用意する様にって、しおりにも書かれてるよ」

「うっわ、マジでか……。めんどくせーけど、買いにいかないと駄目か」

 

学園のプールは完全に部活専用として切り分けられているので、通常のカリキュラムでは水泳の授業は存在しない。

海に遊びに行くことも全然無かった海斗は、自分用の水着を持っていないのだ。

それを聞いた葵は、

 

「じゃあ、せっかくだし一緒に買いに行かない?」

 

と、満面の笑みを浮かべながら提案するのだった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

時は週末。

休日によく利用する地元の駅の入り口で壁に背を預けながら人を待っている少年――桐生(おれ)は、羽村さんと肩を並べて佇んでいた。

 

「お待たせ~」

「もう、いつもの事だけど遅いわよ桃花」

「にへへ~、ゴメンねぇ~」

 

ほにゃっと笑いながら堂々と30分の遅刻をかましてくださった沢尻さんが、待ち合わせの駅前に現れた。

時刻は午前10:30過ぎ。「修学旅行に持って行く水着を買いに行くから桐生もこない?」 と葵に誘われたので、俺も仲良し3人組に同伴させて貰うことになったのだ。

まあ、俺も水着を持ってなかったしちょうどいいかなって所もあるけど、それ以上に葵と一緒に出掛けると言うシチュエーションが心躍るのも事実だ。

何しろ、ここ最近は葵と顔を会わせる機会がめっきり減ったからな。俺は所属するテニス部の副部長に就任してからいろいろな雑事も任されるようになってしまい、帰りが遅くなることが増えてしまった。

去年までは3日に1度くらいのペースで葵と一緒に帰っていたんだけど、今年に入ってからはほとんどなくなっちまった。

朝も、朝練がある俺の方が先に登校しなきゃだし、進級してから別のクラスになっているから精々休み時間にすれ違うか、軽く立ち話をする程度。

じっくり話をする機会なんて殆んどなくなりつつあると言っても過言じゃない。だからこそ、今回の修学旅行の班が同じになった時はものすごく嬉しかった。

けど……

 

「さ、これで4人全員揃ったわね。それじゃあ行きましょうか」

「ちょっ、早苗!? どうして高宮君の事を無視するの!?」

「え? ――ああ、そう言えばそんな奴も居たっけね」

 

心底気に入らないとでも言いたげな羽村さんが睨んだ先、駅前に備え付けられたベンチに足を組んで腰掛けている班員最後の1人に視線が集まる。

高宮 海斗。

俺と同じクラスに所属する生徒で、くじ引きで決まった班決めで俺と一緒の班になった人物。

いろいろな黒い噂が囁かれ、しかも本人が否定も肯定もしないとあって、やれヤクザの使いっぱしりだのなんだのと陰口が絶えない学園きっての問題児。

そのくせ、学園長と彼の両親が顔見知りであるらしく、何らかの処分が下されたことは一度も無いという“いわくつき”。

思った事はすぐに口に出すタイプの羽村さんからすれば、弁解も肯定もしない彼の態度は不愉快極まりないのだろう。

高宮も、敵意をむき出しにする羽村さんを完全に無視、同じ班員なんだからと言う理由で彼を誘ったらしい葵としか会話するつもりがないようで、沢尻さんを待っているとき何度か話しかけたんだけど、「ああ」とか「そうか」程度の生返事しか返してくれない。

俺としては3泊4日の旅行の間行動を共にする(特に、俺の場合は寝室も一緒になる)のだから、もう少し親しくなりたんだけど……。

 

「……」

「? 高宮君?」

 

高宮は羽村さんを完全にスルーしたまま無言で立ち上がると、さっさと踵を返して駅の改札口の方へ歩いて行こうとする。

 

「ちょっと! 勝手な行動をしてんじゃないわよ!」

「キーキー喧しいぞヒス女。周りの連中に迷惑だから少し黙れ。それに、そろそろ駅を利用する人が増えてくる時刻だろう? 文句を言う暇があったら、先に用事を済ませとくべきだろうが」

 

言われてみれば、たしかに駅前のロータリー付近に周辺に賑わう人混みが混雑し始めたような気がする。

休日に賑わう臨海公園やショッピングモールに出るには玄関口である此処を利用する人が大勢いる。大体昼前後をピークに平日朝の通勤ラッシュばりの混雑を見せるのは有名だから予め少し早めに待ち合わせていたんだけど……

 

「ご、ゴメ~ン……」

 

沢尻さんを待っている間に、余裕はなくなりつつあるようだ。

羽村さんもそれに気づいたらしく、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら肩を振るわせながら切符売り場に向かっていく。

高宮はさっさと切符を買ったらしく、改札口の向こう側で俺たちが来るのを待っている。

でも、なんていうか……えらく威圧感があるな。

取り立てて強調するところのないTシャツとズボンというラフな服装のくせに、まるで百戦錬磨の野獣の如きプレッシャーを放っているように見える。

現に俺たちの目の前で、肩がぶつかったアクセをジャラジャラと身に付けたチンピラ臭漂う大学生らしい男に絡まれていると言うのに顔色一つ変えず、逆に相手の襟を掴み上げて睨み返している……あ、真っ青になったチンピラが逃げていった。てか、泣いてなかったかアレ?

 

「すごいね……」

「ほわ~」

「ホラ、さっさと行くわよ!」

 

葵や沢尻さんを引きずる様に改札口を潜る羽村さんの後姿を見失わないように、俺もダッシュで皆の後を追った。

 

……でも、どうして高宮君の隣を当たり前のように葵が並んでいたりするのかな?

 

 

今日の目的地は電車で4つほどの隣にあるショッピングモールだ。

そこに女の子が目を惹かれるデザインの水着を多数取り扱っている水着ショップがあるらしい。

水着と言えば女の子の勝負服のひとつ、葵達が気合の炎を背中に燃やしているのも仕方のないことなんだろう。男の俺にはよくわからないけど。

高宮が小さく「女って、買い物ン時は性格変わんのな」って呟いていたけど、激しく同意したい。

だって彼女ら3人、目が怖いんだもの!

あれだ、獲物を狙う雌豹の眼光って奴だ。

――けど、女子勢のテンションも列車に乗り込むまででしかなかった。

だって……、

 

「うぐ……」

「うきゅ~……」

「ぬぐぐ……あーもう、何なのよコレ!」

 

羽村さんの怒りももっともだ。

電車の中は何時もの2割増しは行っている混雑っぷり。やたらと家族連れが多いことに、そう言えば臨海公園で何かの祭りをやるみたいなポスターを見かけたことを思いだす。特産品をアピールするB級グルメ大会のようなものだった気がする。

 

「なるほどね……食べ物関係の祭りだったら、この状況も納得だわ。今ぐらいの時間帯だと、会場に着くのがちょうどお昼ぐらいになるでしょうからね」

 

眼鏡を落としてしまわない様に鞄に仕舞い込みながら、羽村さんが呟く。

人の壁に潰されるくらい苦しいっていう状況なのに、珍しい素顔の羽村さんにちょっとだけドキッとしてしまったのは俺だけの秘密だ。

けどこの混雑……もし逸れたらそう簡単に合流なんて出来そうも無いぞ……?

 

「く~る~し~い~。……あれ~? 葵ちゃんや海斗っちは~?」

 

人並みに沈みそうになっていた沢尻さんに言われて慌ててあたりを見渡してみれば、同じドアから乗り込んだはずの葵と高宮の姿が見えなくなっていた。

慌てて爪先立ちになり、周囲を見渡して……いた!

葵は車両の真ん中、掴まる物が何も無い通路のど真ん中に押しやられていた。高宮は……ドアの付近の僅かなスペースに身を潜り込ませているな。

新しい乗客が乗り込んでくるたびに二人の周りにいる乗客たちが動くもんだから、人波に巻き込まれてあそこまで流されてしまったようだ。

高宮の方はまだ余裕があるみたいだけど、葵の方はそのままだと不味いかもしれない。何しろここの電車、急こう配や突然の急停止なんかがざらにあり、乗客は何か掴まる物が無いと間違いなく転ぶか、何かにぶつかってしまうと言われている。

幸い、俺たち3人のすぐ上には吊り輪が2つ空いているので、俺と羽村さんが片手で吊り輪に掴まり、空いた方の手で沢尻さんを支えてあげれば大丈夫だ。沢尻さんは小柄だし、2人掛かりなら何とか支えられるだろう。

でも……

 

「葵~! こっちに戻って来れそう~!?」

「ご、ゴメン早苗~! 動けそうにないよぉ~!」

 

だよなぁ……。この混雑の中、動けそうな奴が居たら見て見たいくらいだ。

そうこうしている内に発車時刻になったようだ。ドアが閉まり、更に窮屈度を増した車内ですし詰め状態にされた俺たちは、目的地到着までおよそ20分もの間、この地獄を耐え続ける事しか出来ないのだった。

 

 

――◆◇◆――

 

 

『小宮川―、小宮川―、お降りの方は足元にご注意してお降りください』

「ぶっは――っ!! ようやく解放されたぁ~~」

「くっ、ああっ……! あーもー、身動き全然とれなかったからカラダ中がバキバキよ……」

「く、くるしかったよぉ~」

 

目的地に到着するなり人をかき分けて地獄の圧迫感から脱出した俺たちは、まるで登頂を達成させた登山家の如き達成感を味わっていた。

いやー、隣のおばちゃんの香水の匂いがハンパなく臭くて……鼻の奥に匂いがこびり付いちまってるよ。

「はぁ~……ん? そう言えば葵が見当たらないわね?」

「海斗っちもだよ~?」

 

言われて周りを見渡したが、あの2人の姿は影も形も見当たらない。

俺たちは一箇所に固まっていられたから逸れずに済んだんだけど、人壁に埋もれていた葵たちは、列車から降りられなかったんじゃないのか……!?

羽村さんが携帯を取り出して葵の番号をコールする。

でも、返ってくるのは『おかけになられた番号は……』というお決まりの台詞のみ。

思い返せば、あれだけの混雑なんだから、電波が届いていないのも仕方がない事なのかもしれないけど……。

 

――ゆあっしゃァアアアアアアアア!

 

どうするべきか俺と羽村さんが頭を悩ませている横で、無駄に気合の入った男性の声――世紀末な救世主さんを髣髴させるソレ――な着信音と共に届いたメールを確認した沢尻さんが羽村さんの上着の裾を引っ張った。

……あ、羽村さん、すっごく恥ずかしそうに俯いてる。

気持ちはわかるよ? うん、だってホームにいる人達がものすっごい顔で俺達を見ているんだもの。

 

「あ、海斗っちからメ~ル~。人が邪魔で降りられなかったから、次の駅で反対の電車に乗り換えて戻ってくるって~。葵ちゃんも一緒みたいだよ~」

「いつの間にアドレスの交換なんてやってたのよ……イヤ、それよりもその着信音はなんなの!?」

「えっとね~、葵ちゃんに教えて貰ったって書いてあるよ~? 葵ちゃんの携帯、電車が揺れた時に落として壊れちゃったんだって~」

 

何事もなかったのようにスルーしただと!? 

ってか、え? それじゃあ、

 

「ったく、後でお説教なんだからねっ!? それにしても……なるほど、やっぱりこうなってたか。てか、葵は大丈夫なんでしょうね?」

「羽村さん、ちょっと心配し過ぎじゃないか? 葵も子どもじゃないんだし、それにあの混雑の中じゃあ、1人でも顔見知りが一緒にいてくれるだけでもずいぶん助かると思うよ?」

「むぅ……それも一理ある、かな? しょうがない、それじゃあ葵たちが戻ってくるまでホームで待っていましょうか。ひと駅位だったらすぐに戻って来られるでしょ」

 

不承不承と言った風の表情だが、あの混雑の中に葵ひとり残されるよりはマシだと考えたようだ。

「それじゃあ、待っている間に試着してみる奴を選んでおきましょうか」とカタログを取り出した女の子2人、仲良くそれを眺めていく姿に俺が苦笑した瞬間、

 

『本日も山各線をご利用いただきありがとうございます』

 

というスピーカー越しのアナウンスが流れ出した。

 

『皆様にご連絡いたします。さきほど発車致しました臨海公園行き快速電車が信号トラブルによって、運行を一時停止しております。これに伴い、後続電車や上り電車も運行を一時中断いたします。現在、事故原因を確認してりますので再開の目途は立っておりません。皆様には大変なご迷惑をおかけいたしますが、どうかご理解のほどよろしくお願いいたします』

 

……は? えーと、どういうことだ? 臨海公園行き快速電車ってさっき俺たちが乗っていた電車の事だよな? それが運行停止中ってことは……。

 

――ゆあっしゃァアアアアアアアア!

 

「あ、もっかいメールだ~。えっとお……、お~……」

「桃花?」

「さっきの放送の電車って、やっぱり葵ちゃんや海斗っちが乗ってたヤツだったみたい~。しばらくは身動き取れそうにないから、先に買い物済ませちゃって~って、葵ちゃんが言ってるみたいだよ~」

 

悪い予感的中!?

羽村さんが額に手をあてて、頭痛を堪えている。うん、気持ちはよく分かるよ。

――さて、

 

「……どうする?」

 

俺としては葵との買い物が目的だったんだから、自分の買い物だけすませても意味はないんだけど。

 

「日を改める、って訳にはいかないのよね……」

「修学旅行、来週だもんね~」

 

そうなのだ。今日まで何かしらの用事が飛び込んできていたせいで、皆の都合が今日しか合わなかったんだよな。

買い物くらいは1日あれば十分って思ってたから、こんなギリギリになっても焦りとかは無かったんだよな。

でも、どうしようか……。

 

「ハァ……しょうがないわね。葵もこう言ってることだし、先に私たちの買い物を済ませちゃいましょうか」

「いいのかな、待ってなくて……」

「あの子が意外と頑固だってとこ、貴方も知ってるでしょ。もしこのまま買い物もせずに待ち続けていたりしたら逆に怒られるわよ?」

 

む……、言われて見れば確かに。

いろいろと気を遣われるのを嫌がってる節があったからな、アイツ。

 

「さ、そういう訳だから、さっさとマーケットに良きましょう」

「は~い」

「分かったよ」

 

こうして俺たちは羽村さんに先導されてマーケットに向かうのだった。

葵と買い物を楽しめなかった事は残念だけど……けど、まあ次の機会を待てばいいしな。

この時の俺は、そんな甘い考えがまかり通るのだと……心から信じて疑わなかった。

だからこそ、気づけなかったんだ。葵と高宮、2人の間にある距離感の変化に。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「や……!」

 

平日以上に込んでいる満員電車の中、ドアに寄りかかるように立っていた海斗は、聞き覚えのある声が聴こえた気がして周りを見渡した。

 

(気のせいか……?)

 

全身が押し潰されそうになるほどの圧迫感で満たされた車両内では身じろぎひとつとるのにも一苦労だ。

すぐ隣にいる休日出勤のサラリーマンらしき中年が舌打ちと共に睨み付けてきたが、さしたる問題ではないので無視する。

人壁を押しのけて視線を彷徨わせていると、ようやく車両の中ほどで人混みに呑み込まれている葵の姿を見つけられた。

しかし、何か様子がおかしい。

頬は上気し、服の裾やスカートの端を手で押さえながら、モジモジと身じろぎしている。

俯いた彼女の目尻に光る物が浮かび、今にも泣き出してしまいそうだ。

弱弱しいその姿に不吉な予感が湧き上がってきた海斗は、即座に行動を開始。

周囲の迷惑など微塵も考慮せず、容赦なく人壁をかき分けながら彼女目掛けて近づいていく。

葵まで残り2,3メートルというところに至った所で、海斗を遮るかのように立ち塞がる奇妙な集団が現れた。

いや、現れたと言うよりは、元々壁になる様に通路を塞いでいる連中と接触したと言った方が正しい。

ニタニタと下品な笑みを浮かべたチンピラ風の男が6人ほどの集団となって、海斗の前に立ちふさがったのだ。

 

「おいおい兄ちゃん、何やってんのー。だめでしょー、人さまに迷惑をかけちゃあさあ?」

「そうそう。ジョーシキハズレもいいとこだわねぇ?」

「だからよぉ、さっさともど――オイ! ナニ無視してやがんだ、このカス!」

 

ギャハハハハッ! と周囲に憚らず耳障りな笑い声をあげていた連中だったが、自分達を気にも止めずに邪魔な()をかき分けていこうとする海斗の反応がカンに障ったのだろう。

気が短いホスト風のロン毛男がイヤミったらしい笑みを消して海斗へと掴みかかろうとしてきた。

 

だが、

 

「――邪魔だ」

「へ――くぺっ!?」

 

苛立たしげに眉を顰めた海斗の掌底がロン毛の顎を打ち上げ、一撃で昏倒させる。

おそらくロン毛は、自分が何をされたかも理解できていないだろう。

それほどまでに鋭い一撃であった。

仲間が一発でやられたことに僅かに動揺するものの、しかし見てくれとチンケな虚勢(プライド)で何でもできると思い込んでいる愚者の行動はある意味でお約束の物だった。

怒声をあげながら海斗へと掴み掛ってくる者、懐に手を差し入れて凶器を忍ばせていると自己主張する者、自らを大きく見せる様に睨みつけながら汚い言葉を吐き出す者など……。

 

「はぁ……」

 

海斗は溜め息を吐いた。

彼らの反応は明らかにこの先で何かやっていますと証言しているようなものだ。

つまり、葵を囲うように壁を作っているこいつらの正体とは――

 

(最近多発してるって聞く、痴漢集団か……真っ昼間からよくもまあ……)

 

単独で痴漢行為を行うのでは無く、10数人単位で狙った女性を囲って一般人の視線を遮り、集団で痴漢行為に走る下劣な輩。

カメラなどの記録媒体を使って被害者が痴漢行為を受けている姿を撮影し、それをネタに脅しをかけるのが常套手段なのだそうだ。

壁役がいかにもな恰好をしているのも、一般人を脅し、助けに入ろうとする輩を威圧するためなのだろう。

そして今日、奴らのターゲットとして狙われた少女こそ――他ならぬ、葵なのだろう。よくよく考えてみれば、乗り込んだ直後は彼女も海斗たちのすぐ近くにいたというのに、まるで彼女だけを孤立させるような不自然な乗客の動きで引き離されてしまっていた。おそらくは、最初から葵一人に狙いを定めて機会を伺っていたのだろう。

厳つい犯人たちを恐れて乗客の誰もが見て見ぬふりをしている。

きっと犯人たちはこれからのお楽しみを連想し、高揚しているのだろう。彼らにとって、海斗は恋人を助け出そうとしたものの、自分たちの腕力の前になすすべも無く屈伏し、目の前で彼女が手籠めにされる様を目の当たりにする哀れな道化……と言う風に映っているのかもしれない。

自分たちこそが強者であると信じて疑わない。

あまりにも救いようのない連中ではあるが、もし彼らに同情するべき点があったとすれば、それはやはり――

 

「ションベン臭せぇ野良犬どもは、去勢してやるに限ると思うんだ。まあ要するに、だ――運が悪かったな」

 

『彼』を見誤ったと言うことに尽きるだろう。

ぎらついた怒りを瞳に宿し、骨が軋みを上げるほどに強く握りしめた海斗の拳が、吸い込まれるように痴漢集団の顔面へと突き刺さり――

 

「さあ――ブチ殺されたい奴から前に出ろ……!」

 

圧倒的な『暴力』が、お姫様(あおい)に手を出した身の程をわきまえない愚者共へと襲いかかった。

 

 

 

 

「いっ……やぁ――! やめっ、てぇ……!」

 

竜ヶ崎葵(わたし)は剥ぎ取られそうになる上着やスカートを押さえながら、小さく悲鳴をあげていた。

助けを求めてあたりを見渡すものの、私の周りはチャラチャラした風体の男達に取り囲まれてしまっている。

彼らの隙間から見えた座席に座ったおじさんと目が合うものの、すぐに視線を逸らされてしまう。

 

「もっ、もう、やめて下さ――ッ!」

「おいおい、な~にいってんのさ。こ~んなエッチなカラダしといてそりゃないでしょ~~」

「そうそう、俺たちがカラダの疼きを抑えてやんよ。なんつったっけ? そう、あれだ! 慈善事業ってやつぅ?」

 

無遠慮な男達の手の平が、指先が私の身体をまさぐってくる。

彼らの手つきに遠慮の二文字は存在せず、皆イヤラシイ笑みを浮かべながら羞恥に悶える私を見下ろしている。

服の上から胸を掴まれ、引き千切る様に荒々しい手つきで弄ばれる。

 

「ん……レロォ」

「ヒッ――!」

「うっしょー、甘んめぇ~~ぜぇ~~!」

「うっわ、電車の中でそこまでヤッちゃう!? ヤッちゃう訳ぇ? ――ま、チョメチョメまでやっちゃうんですけどね~~♪」

 

しゃがみ込んだ男一人が人目をはばからずに太股を舐め上げてきた。

寒気しか感じない不愉快さにくぐもった悲鳴が出る。それでも、私を助けようとしてくれる人はいない。それどころか、情欲に感染したかのように股間を起立させながら、穢されそうになっている私の姿に見入っている。

 

(どうして……? どうして誰も助けてくれないの……!?)

 

抵抗したいけれど武術の心得なんてない私に、数人の男をどうにかできるわけも無い。

僅かに気を緩めてしまった事が悪かったのだろう、私の気が逸れた瞬間を狙いすましたかのように、男達の手の動きが苛烈さを増した。

服の裾を捲り上げるどころか、まるで引き裂いてしまっても構わないとばかりに力を込めてくる。電車の中(こんな場所)で裸にされてしまう!? と言う恐怖に侵されて身を固くしてしまった隙をついて、スカートの中にまで手を差し入れてきた。そのまま下着をずり下ろそうとしてきたから、慌てて両足を閉じて抵抗する。

けれど、その間にも胸やお尻……身体中を連中の手が這いずり回って……

 

(き……気持ち悪い……っ!)

 

私を気遣うつもりが微塵も感じられない、自分の欲望を満足させるためだけの行為は、今までに感じたことが無い位の恐怖と嫌悪感を湧き上がらせる。

優しさなんて初めから存在しない。彼らは私を『竜ヶ崎葵』じゃなくて『欲望の対象』としてしか見ていない。

 

(こんな人達に好きにされるなんてっ……!)

 

口惜しさで視界がにじむ。自分が泣いていることにようやく気づいた。

そんな時、ふと脳裏に浮かんだのは長年同じ時間を過ごした親友や幼馴染――ではなく、

 

「かいと、くん……!」

 

身体中をまさぐられる恐怖と怒りで顔を歪ませながら、諦めてたまるものかと必死に抗い続ける。

涙まじりの嗚咽が溢れ出すのが堪えきれない。それでも海斗が助けに来てくれる――そんな未来を幻視してしまう。

どうしてそんな事を思ってしまうのか自分でもよく分からない。でも――彼に助けて欲しいと心のどこかで願っているのだと、理解する。

 

湧き上がる想いは一瞬で限界を超えて――

 

「たす、けて……! 海斗くんっ!」

 

誰よりも助けて欲しいヒトを、ただ求める――――

 

「――もちろんだ、お姫様」

 

そして――願いはここに成った。

 

悪者に捕らわれたお姫様(あおい)を助け出すのは騎士(おのれ)の役目なのだと。

そう言わんばかりに伸ばされた手を掴み、そのまま人垣から引き抜かれるように抱き寄せられた。

頬に感じるあたたかな温もり、重ねあわせた手のひらの力強さに、思わずさっきまでの恐怖を忘れてしまいそうになる。

 

「葵、大丈夫か?」

 

一気に目蓋が熱くなり、思わず涙が溢れ出してしまいそうになる。

葵を想いやる優しさが籠められた声は、恐怖に染まった心を癒し、包み込んでくれる。

腕を愛しい彼の背中に回して、思いっきり抱きしめる。身体を蹂躙されていた先ほどまでの悍ましい感覚を、全て洗い流すかのように、強く。

 

「……おいおいおい、なんだなんですなんなんですかぁ? 何処のラブコメだよコンチクショー」

「ったく、何やってんだ、あのだぁほ共。壁にもなりゃしねぇのかよ」

「あー、って言うかナニこいつら? リアルでこんなするとか、マジキモいんですけど」

「『君は僕が守るっ! (キリッ!)』 ――って奴う? うっわ、キショ!」

「つーかさぁ、何コイツ? こんなダサ眼鏡野郎が、おっぱいちゃんを独り占めしてるワケ? こりゃ許されないでしょー。うん、死刑確定♪」

「だよな~~。つーワケで、オラそこのゴミ。ボコられてからカノジョ捕られんのと、おとなしくボコられんの、どっが良い?」

「おいおい、そりゃ結局変わんねぇ~っしょ!」

 

再びゲラゲラと大声で笑う痴漢集団。見張り役をすり抜けてきた海斗を警戒するでもなく、自分たちの方が数が上なんだから負けるはずがないとでも思っているのだろうか?

葵に夢中となっていた当人たちだけが気づけていない。

辺りにいる一般客達が、だんだんと目が据わっていく海斗の事を恐れを多分に含んだ恐怖の眼差しで見つめていることに。

 

俺の(・・)女にふざけた真似をしてくれたんだ……このまま五体満足で帰れるなどとは思うな……!」

 

静かな怒りを秘めた声を吐き出した海斗が、未だ下品な笑いを止めないバカ共へと一歩踏み出した。

 

 

――◆◇◆――

 

 

列車が停止してから3時間ほど経過した辺りで、ようやく運転が再開した。

ホームに到着するなり、騒ぎを起こしてしまった海斗と葵はそそくさと駅を後にする。

彼らが立ち去った後で、甲高い悲鳴と救急車のサイレンが鳴り響いていたようだが、正直2人にとってはどうでもいいことなのでさっさと忘れ去ることにした。

その日、夜のニュースにて、複数人で痴漢行為を行っていた集団が全員病院送りにされると言うニュースが放送され、大きな反響を呼んだらしい。

キャスター曰く、『被害者の少女の恋人と思われる少年が痴漢集団に立ち向かい、全員を病院へ直行させるほどの重傷を負わせた』。

中には、原型を留めていないほどに顔面をボッコボコにされた男もいたらしく、警察は過剰防衛として下手人である少年を探しているらしい。

しかし、目撃者である一般客たちが、犯人を恐れて少女を助けられなかった事に罪悪感を感じていたのか、誰もが被害者たちの顔を覚えていないと口をそろえたという。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

当初の目的である水着を購入すために街中を行く海斗と葵。その指先は相手のソレと絡み合うように繋ぎ合わされ、すこしだけ恥ずかしそうに視線を彷徨わせている様は、何とも初々しい。

葵の中で車内での一件がいまだにしこりを残してはいるものの、ショッピングというイベントは女心をハッスルさせる効果でもあるのか、駅を出て僅か3分程度で完全回復して見せた。

呆れた様子を見せる海斗の手を強引に引っ張って向かう先は、先に買い物を終えた早苗達も利用したショッピングモールだった。

 

「む。予想はしてたけど、アウェー感ハンパないな……」

 

葵に案内されて、女の子向けの店が立ち並ぶモールの一角に足を踏み込んだ海斗は、そうひとりごちた。

何と言うか、全体的に甘ったるいのだ。空気的な物が。

 

「えっと……どうかしたの?」

「いや、どうにも居辛いというか……流石にこの空気はキツイ。てか、頼むから俺を置いていかないでくれ? こんなトコに一人で放置されたら、速攻で逃げるから」

「そこまでなのっ!?」

 

実際に逃げそうになった海斗の手を掴んで押し留めながら、葵は本日の目的地である水着ショップへ向けて先導していく。

 

「もう、そうしてそんなにへっぴり腰になってるの? ちらほらだけど男の人も入ってるよ」

「そりゃカップルなんだから気後れしないだろうさ」

「ええっ!? か、カップル!?」

「なぜ、そこで驚くか。こういう女の子向けの店にいる野郎の8割はそんなんだろうさ」

 

ちなみに、残りの1割が『彼女や妹へのプレゼントを見繕いに来た奴』であり、最後の1割が『ソッチ系のお方』である。

 

「あっ、え、あぅ……た、確かにそうかもしれないけど……あ、その、っていう事は、もしかしたら私たちもそんな風に見られちゃってるのかなー、なんて……」

「そりゃ、まあ……そうかもな」

「えっ!? へ、へー、そうなんだ……」

 

急にもごもごし始めた葵に、意味が分からないとばかりに首を傾げる海斗だったが、そうこうしている内に目的地である水着ショップに到着した。

友人抜きに訪れるのは初めての事もあってやや緊張気味に見えた葵だったが、中に入った直後、目の前に広がった彩り鮮やかな水着たちにパアッ、と目を輝かせた。

 

「あっ、これ可愛い! こっちのも! う~ん、これも良いな~♪」

 

手近な売り物の水着を手に取りながら、あれもこれもと目移りする様は、なんとも女の子といった感じがする。

楽しんでいるところを邪魔するのもあれだなと、海斗は一つ断りを告げると踵を返した。

向かうのは店の一角にある男性用水着コーナー。どうやらこの店はカップルを標的に品揃えているらしく、女性向けの水着に比べるまでも無いが、そこそこの種類のものが置かれていた。

 

「う~ん……まあ、これでいいか」

 

手ごろなところにあった裾の長いトランクスタイプの水着と、白いパーカーを手にとってレジへと向かう。

男の買い物など所詮はこの程度と言わんばかりの即決ぶりだった。

生活費として支給された手持ちから取り出した諭吉さんと引き換えに、僅か3分で買い物を済ませた海斗は水着を手持ち鞄に仕舞いながら葵を探す。

だが。

 

「おや? 居ない……?」

 

店の中を見渡すものの、葵の姿が見当たらない。念のため出入り口から首を伸ばして辺りを伺ってみるが、やはり見つからない。

首を傾げつつも、声もかけずに帰ったら後が怖いので、適当に店の中を探し回ることにした。

彼女と共にいるカップルならまだしも、男一人で水着ショップを徘徊するのはものすごく目立つ。

が、周囲の視線など欠片も気にならない海斗は、ついさっきまで葵が水着を見ていた辺りを念入りに探す。

すると、

 

ぱさっ……しゅるっ……するするっ……

 

すぐ傍から布ずれの様な音が聞こえてくる。見れば、すぐ近くのフィッティングルームが使用中になっており、足元には見覚えのある葵の靴がきれいに揃えて置かれている。

 

「なんだ、水着の試着中か」

「え? か、海斗くん!?」

 

呟き程度のだったはずだが、どうやら聞こえていたらしい。若干慌てているような声がカーテン越しに返ってきた。

 

「お~う。俺の方はもう終わったぞ」

「うえっ!? ちょ、早くないかな?」

「男の買い物なんてこんなもんだ。……ああ、葵は気にせずゆっくり選んでくれていいぞ。女の買い物が長いのはよく知ってるから」

「そ、そう? ゴメンね?」

「気にすんな。――所で、外で待ってても良いか?」

 

カーテン越しに親しそうに会話している海斗を見て、連れがいると察したのだろう。近づいてきていた店員が立ち去っていくのを横目で眺めながら、退散したい旨を懇願するのだが……、

 

「うぅ~……、で、出来ればいて欲しい、かも……。えっとね、男の人の感想も聞いてみたいって言うか……」

「……了解。近くに居るから、なんかあったら呼んでくれ」

「……あっ、うん!」

 

カーテンの向こうでぱあっ、と輝いた表情をしているのが手に取るように分かり、海斗は小さく笑う。

どうやらお姫様は、観客付きなファッションショーの開催がお望みのようだ。

近くにあった椅子に腰掛けながら葵の着替えが終わるのを待っていると、10分ほどして葵が使用していたフィッティングルームのカーテンが開く。

 

「お、お待たせ……」

「っ!? おぉ……!」

 

思わず感嘆の声が零れてしまうのはしょうがない事だと、海斗は自分に言い聞かせるように独りごちる。

葵が着ていたのは水色のワンピースだった。飾り気の一切ない、シンプルな意匠のそれは、素材の魅力を予想以上に引き立てている。

髪をツーテールに纏めただけだと言うのに、ガラリと印象が変わって見える。

水着を押し上げる豊かな乳房、きゅっと括れたウエスト、すらりとのびる細い素足……。

どこに目を遣ろうとも不自然な態度になってしまうそうで、ついつい視線を彷徨わせてしまう。

 

「えと、どう、かな……?」

 

少しだけ恥ずかしそうにカラダを捩った葵は、軽くポーズを決めながら感想を求めてくる。

 

「ん? あ、ああ……うん、似合ってると思うぞ。でも、女の子ってフリルとかリボンとか付いてるのが好きそうなイメージがあったからちょっだけ意外かな?」

「ん~、そうなんだよねぇ……。うん、他のも試してみるからもうちょっだけ待っててね」

「ああ、ごゆっくり」

 

カーテンが閉じると、再び聞こえる布ずれの音。今度はさほど時間を掛けずに、カーテンが開いた。

 

「じゃーん! ……なんちゃって」

 

今度は赤いローライズのビキニ。

腰と胸元にあしらわれたリボンが可愛らしさと美しさを引き立てている。

何よりも目が惹かれるのが胸元。

大きな乳房を三角の布地が覆ってはいるものの、どう見ても布の面積が足りていない。

はちきれる様に実った乳肉にビキニの布地が食い込んでしまっており、脇の部分から柔らかくむっちりとした肉が盛り上がっている。

恥ずかしそうな葵は気付いていないようだが、周囲にいる男連中の視線は彼女に――正確にははちきれんばかりの胸元に――釘付けになっている。

海斗も多分に漏れず、まじまじと覗き込みたい衝動に駆られたものの、かと言ってこのまま他の野郎共にのぞき見させてやるのも何と言うか……無性に腹が立つ(・・・・・・・)

自分でもよく分からない感情に押されるまま、海斗はごく自然な動きで周囲の視線から葵が見えないように軽く肩を押してフィッティングルームに押し込むと、そのままカーテンを閉める。カーテンの向こう側で葵があわあわと慌てる気配を感じつつ、出来るだけ自然な風を装って着替えるよう促す。

 

「ほ、他にもあるんだろ? とりあえず、気に入った奴は全部着て見ろよ」

「あ、う、うん。」

 

再び10分ほど経過したところで、3度開かれるカーテン。

 

「こっ、これとかはどう、かな?」

「――――」

 

それは清楚さを前面に押し出した白いホルタ―ネック。元々淡雪のように白い肌をより引き立てているそれは、決して派手さはないものの、彼女の魅力を最大限に引き出していると言って過言ではない。そんな普段の自分らしからぬ感想を抱いてしまうほどに、海斗は見惚れてしまっていた。

 

「えと……?」

「っ!? あ、ああ、悪い……。だが、まー、アレだ……すっげー似合ってると思う。ぶっちゃけ見惚れてた」

「えっ!? そ、そそそうなんだ……あ、ありがと」

「お、おう」

 

海斗は恥ずかしそうにそっぽを向いた葵を無性に抱きしめたい衝動に駆られそうになるものの、どうにか理性を総動員して抑え込みつつ、視線を逸らす。

胸元や腰にリボンがあしらわれて可愛らしさを醸し出しつつ、装飾類を最小限に留めることで葵の魅力をこれでもかと言うくらい引き出している。

心臓がどくりと大きく脈打ち、何故か直視することができない。

 

「ふ~ん、そっか……海斗くんはこういうのが良いんだ」

 

そんな海斗の横顔をチラチラと見ながら、葵は感慨深げに小声で呟くと、

 

「……うん。それじゃあ、これにするよ。着替えてくるからもうちょっとだけ待っててね?」

「あ、ああ。わかった」

 

そう言って、フィッティングルームへと再び引っ込むと、カーテンを閉め――る前に、カーテンの隙間からひょこんと顔だけ覗かせて、

 

「――今日は付き合ってくれてありがとね、海斗くん」

 

はにかむようにそんな事を言ってくるものだから、ついつい海斗も……

 

「どう致しまして、お姫様」

 

普段はあまりに見せないおどけた返し方をしてしまった。

嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せてくれた葵が引っ込んだフィッティングルームのカーテンを眺めながら、海斗はたまにはこういうのも悪くないかと、素直じゃない感想を思い浮かべるのだった。

 



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第6話 初めて一緒の修学旅行 初日編

今回はやや短め。
糖分を意識したのですが、なかなかに難しいものです。


「そう言えば、ちょっぴり気になったんだけど」

「ん? どうした、葵?」

 

修学旅行の出発を翌日に控えた前夜、各々の荷物の最終確認をしていた海斗は、自分の分を手早く済ませた葵へと問い返す。

 

「いやね、この間実際に見たんだけど、海斗くんってものすごく強かったりするのかな?」

 

思い返されるのは、満員電車と言う狭い閉鎖空間の中で凄まじい無双っぷりを披露したあの時の光景。

周囲の乗客たちが巻き込まれてはたまらないとばかりに距離を開けていたとはいえ、それでも自由に動けるスペースはほとんどなかった。

だというのに、10人近い成人男性を無傷でボッコボコにできたのはいったいどういう事なのか?

 

「ん~……まあ、そこそこ? 剣道の有段者を素手で瞬殺できる程度かな? ――っと」

 

さらりとすごいコトを言ったことに、本人は自覚していないのだろう。驚いてぽかんとした表情で自分を見つめる葵に気づかない。

やがて、荷物の確認を終えたらしく肩を解しながら立ち上がった海斗が葵のいるソファーへと座り込んでくる。

眼鏡を外してテーブルに置き、目元を揉みほぐしていた海斗の頭へ、するりと伸ばされる白い指先。

水を搔き分け、まるで人魚のように水中を支配できるほどの力が秘められた少女の指から逃れること敵わず、あっさりと捕獲されてしまった海斗の頭が横方向へ引っ張られてしまう。

なすすべも無く横倒れした海斗が頬に感じたのはふかふかのソファーの反動感……ではなく、柔らかくも暖かい柔肌の感触であった。

 

「ちょ、葵!? いきなり何を」

「えへへ~、いっぺんやってみたかったんだ~」

 

何時もよりも楽しげで上機嫌な声を身近に感じとり、海斗の体温が瞬く間に急上昇。

現在、彼はソファーに腰掛けた葵の膝の上に頭を乗せて横向きに寝転がった状態……所謂、膝枕と呼ばれる体勢だった。

生まれて始めての体験に、心臓の鼓動が早鐘を打つかのように暴れてしまうのが抑えられない。

もっとすごい情事をしてきただろうとはツッコンではいけない。

何せ、彼はいまだに少年と呼ばれる多感なお年頃。恋文や告白といったお約束な手順をすっ飛ばして子づくりをかましてしまったが故に、こういった『普通の恋人』がするようなアクションに激しい照れを感じてしまうのだ。

海斗は必死に弱点(ソレ)を隠し通そうとしていたものの、同居生活の中で葵にあっさりとを見抜かれてしまったため、時折こうやって辱め――もとい、愛情表現を受けては身悶えるというお約束を繰り広げていた。

女の子のプライド的な物を木っ端にしてくださったいじめっこ(かいと)お姫さま(あおい)からのささやかなお返し(しかえし)であった。

実に微笑ましい光景であると言わざるを得ない。

下の階で集束マイクに全神経を集中させて聞き耳を立てていたプロジェクト関係者や黒服さん達が、まるで自分のことのように錯覚させるほどの初々しい恥ずかしさで身悶えさせている事からも、彼らが順当にラブップル(注 : ラブ(・・)ラブなバカップル(・・・)の意)の階段を上っていることの証明と言えよう。

それはともかく、逃げ出そうと暴れる海斗を素早く捕獲した葵が取り出したのは、竹でできた棒状の物体。

片先にまっしろいポンポンみたいな綿毛が、逆側の先端部分がスプーンのように緩やかな曲線を描いている。

ソレはまさに日本を代表するリラックスアイテムの一つ……『耳かき』であった。

 

「あ、あの、葵さん? ボクはもう自分で耳掃除も出来ないお子様じゃありませんことよ?」

「関係ないよ~、だって私やりたいだけなんだも~ん♪ ――はい、ふぅ~……」

「うひぃ!?」

 

無謀な姿を晒した耳の穴を優しい吐息で擽られて、海斗は思わずすっ頓狂な声を上げる。

その反応に気を良くした葵は、悪戯っ子な微笑を浮かべながら、ゆっくりとくすぐる様に耳かきを動かしていく。

逃走は諦めたのか、それとも葵を怪我させたくないからなのか、真っ赤な顔を必死に隠しつつくすぐったさに耐える海斗の仕草を堪能しながら先ほど中断した話の続きを促す。

 

「それじゃあ、さっきの続きを聞かせてほしいな。どうしてそんなに強かったりするの?」

「……せめて後にしてくれませんか?」

「ヤ♪ 恥ずかしさとくすぐったさで身悶えしながら、詳しい説明をしてくださいな~」

「悪魔かお前っ!? ――あだっ!?」

「ホラホラ、動いちゃ『めっ!』 だよ。耳の中は繊細なんだから、怪我しやすいんだから。……っていうかさ、入り口近くがカサブタだらけなのはどーゆーコト?」

「……自分、不器用なんで」

 

耳かきの先端でこちょこちょ弄ってみると、黒い塊……カサブタがボロボロと崩れ落ちていく。

細かい破片を丁寧にすくい上げながら、あちらこちらに出来ているカサブタの数に呆れずにはいられない。

実は力加減が上手く出来ない海斗は意外と不器用で、自分で耳かきを使おうとすれば、まず間違いなく耳穴の内側を傷つけてしまうのだ。

女性に触れる時や料理をする時などの場合は愛しむように丁寧な手つきに出来るのだが、何故か自分のことになると大雑把になってしまう。

だから自分で耳掃除をしてしまえば、その度に生傷をこさえているのだった。

 

「しょ、しょうがねーだろ。バイトする様になってから、自分をいじめるような訓練を繰り返してきたんだから! 自分の身体は痛めつけていいって、無意識に思っちまうんだよ!」

「いや、いい訳になってないし」

 

アダルトビデオの出演者という仕事をこなしてきた海斗であるが、実はそれ以外にもアルバイトとしてドラマや映画のスタントマンも務めていた。

何故スタントマンをと言えば、映像に映り、第3者の視線に晒されてしまう配役と言う立場上、やはりある程度の鍛え上げた肉体美は必要だと考えたからだ。

たしかに、平均的な肉付きの男優も少なくは無いが、海斗はいまだ10代、この若々しい年頃の少年というキャッチコピーで両親が売り出してしまっていたので、健康的な肉体美を作り上げなければならなくなってしまったのだ。

かと言ってジムに通う余裕など小遣い的な意味で皆無だし、自己鍛錬では心が緩む。

そこで考え付いたのが、スタントマンのアルバイトをすることだ。

受け身が出来て当たり前、時には時代劇の殺陣のエキストラとして模擬刀を振るい、時にはスパイ物のアクション映画で主人公を走って追跡する下っ端役をこなしていく。

そういう仕事を請け負っていけば必然的に身体を行使することになって肉体は引き締まるし、運が良ければ指南役のトレーナーから無償で格闘技の手ほどきを受ける事も出来た。運が良ければ、撮影する時に相手取った俳優から技をかけられて体で覚える受け身稽古ができる機会まであったのだ。

元より、格闘技や剣術と言った武闘に関する才能を秘めていた海斗は、そうした生活を数年続けたことで本職の達人顔負けの技術と戦闘能力を身につけたのだ。

故に海斗がその辺に蔓延る粋がっているだけのこけおどし連中などに引けを取ることなどありえない。

それが大切な女の子を護るためならば尚の事だ。

海斗が昔の撮影の話を面白おかしく話してやれば、葵は興味を惹かれたように瞳を輝かせる。スタント云々の話は初耳だったのだろう、好奇の感情が見え隠れしている。

それでも指先は一切ブレずに、こしょこしょと優しいマッサージを繰り出していく。

気を緩めたらこのまま眠ってしまいそうな心地良い空間をもっと堪能したくて、海斗は談笑を続ける。

緩やかな空気の中、旅行前日の夜は緩やかに過ぎて行った。

 

 

――◇◆◇――

 

 

あっという間に時は流れて、修学旅行当日。

集合場所である校門前には、集合予定時間の1時間前だと言うのに少なくない生徒達が集まりつつあった。

仲の良いグループで集まり談笑しているものだから、かなりの喧騒であると言える。

海斗と葵はいったん裏門から外に出ると、壁を伝って外回りに歩いていた。

普段は部屋を出るタイミングをずらす等のしているのだが、旅行先ではお互いに同じ班であり、一緒に行動していてもおかしくないだろうと言う理由から並んで歩いていた。

道すがら同学年の生徒達から何やら言いたげな視線を向けられていたが、海斗は元々そんなものを気にするような繊細な性格をしておらず、葵も頼れる存在がすぐ傍にいるためか平然としている。いや、むしろ鼻唄を歌いだしそうなほど上機嫌に見える。やはり旅行と言うだけあって、何時もよりもテンションが高くなっているらしい。見れば、海斗もどことなくウズウズしている風に見える。

そのためか、あらかじめ部屋の備品として用意されていた旅行用の鞄が、色違いのおそろいだという事に気付いていなかった。

肩が触れ合いそうなほどに近い距離で並びながら歩いていた葵は、ふと、海斗が肩に担いだ筒状のケースが気になった。

 

「ところでさ、海斗くん。その担いでいるのって、いったいなにが入っているの?」

「ん? これか? これは……あ~……秘密だ」

 

意地悪な顔をする海斗を見上げる葵の頬が徐々に膨らんでいく。荷造りする時も教えてくれなかったので、かなり気になっているらしい。

 

「ま、安心とけ。別にヤバいもんじゃないのは確かだから」

「じゃあ、教えてくれてもいいじゃないの~!」

「それは駄目。向こうについてのお楽しみって奴さ」

「けち~~」

 

こうして周囲の学生たちが呆気にとられるほどの仲睦まじさを振りまきながら、2人は集合場所に向かうのだった。

 

 

海斗と葵が集合場所に到着してから間もなく、他のメンバーも続々と到着していく。

 

「ほら、言いかげん自分の足で歩きなさいっての! あっ、葵おはよ――って、なんでアンタが葵と一緒にいるのよ!?」

「ふにゃぁあああ~~……、あ~、海斗っちだ~、オハヨ~♪」

「おっす」

「無視してんじゃないわよ!」

「朝っぱらから喧しい奴だな……出発前に点呼もあるし、バスの席も班毎に決められているんだから班員同士が一緒にいるのは普通だろうが」

「ぐぬぬ……!」

「さ、早苗ってば……もう」

「おーい! 葵、皆、おはよう! ――って、何事!? なんで羽村さんと高宮が睨みあってんの!?」

「桐生、ちょうどいいところに! お願い、早苗を止めて!」

「ええっ!? ちょ、マジで何なんだ!? と、とりあえず羽村さん、落ち着いて!」

「あっ、ちょ、邪魔しないでよコラ!?」

「だから駄目だってば!?」

「うっさい連中だな……」

「あ、あはは……」

「すぴ~……」

 

低血圧な桃花を引っ張ってきた早苗が、仲良く一緒にいる海斗たちを見つけて突っかかり、そこで到着した桐生が窘めるなどのトラブルはあったものの、大きな問題は無いまま集合時間を迎える。

引率の教師達が点呼を取るように大きな声で指示を出し始めたので、海斗達も慌てて列に並んだ。

各班の点呼が終了した頃を見計らい、生徒達は次々と運送バスに乗り込んでいく。

3泊4日の修学旅行、開始。

 

 

 

 

バスに乗って1時間ほどで空港に到着。そのまま、流れるような動きで飛行機に乗り換えて空の旅へ。

空港での待合時間がほとんどゼロで済んだ事もあり、生徒達は疲れる様子も見せず、動き出した機内で思い思いに過ごしていた。

窓から風景を眺める者、仲の良い友人達と語らう者、持参した本を読む者等々……皆、この瞬間を全力で楽しんでいた。

そんな中、窓際の席を宛がわれた海斗は離陸早々に夢の中に旅立っていた。実は乗り物に弱く、何らかの乗り物で移動する際は基本眠りっぱなしなのだと聞かされていた葵は、そういえばバスの中でもずっと寝ていたのを思い出し、くすくすと笑う。

隣の席で本を読み進めていた早苗が怪訝そうな目を向けてくるのをなんでもないと返しつつ、横目で顔との寝顔を盗み見てみる。

すぐ隣の席にいる桐生がクラスメートらしい男子と談笑していると言うのに、全く意に反さずに眠りこけている。

葵が、そんなに寝てばっかりいると今夜眠れなくなっちゃうよ~? と、お母さんみたいな事を思い浮かべている内に、飛行機は沖縄の琉球空港に降り立つのだった。

十分な睡眠をとって気力全開な海斗が、空港に降り立って早々大きな欠伸をかみ殺していると、隣に人の気配を感じた。

目尻を擦りながらその気配に目を向けると、そこには自分の鞄を持った葵が苦笑を浮かべていた。どうやら大口を開けていた所をしっかり見られてしまったらしい。

誤魔化す様に鼻頭を掻いて視線を彷徨わせれば、こり固まったカラダを伸ばしている者、空港備え付けの沖縄案内図を手に取って自由時間にどこへ行こうかと相談している者が目に留まる。

 

「そう言えば、あの煩い女が見当たらんな?」

 

葵と一緒にいればどこからともなく表れて金切り声をあげる喧しい女、と言うのが早苗に対する海斗の認識のようだ。

 

「あはは……早苗ならホラ、あそこだよ」

 

言われるまま葵が指さす方向へと視線を向けると、備え付けのベンチに横たわり、青い顔で唸り声を上げている早苗と桃花の姿があった。

桐生はそんな彼女たちを介抱しているらしく、せわしなく動き回っている。

そう言えば保険委員だったなと他人事のような簡素をお思い浮かべながら、どうしたんだ? と、事情を知っていそうな葵に聞いてみた。

すると彼女は苦笑を浮かべながら、

 

「実は機内で配られたクッキーにあたっちゃったみたいなの」

「……大事じゃないのか、ソレ?」

 

責任者がかなり叩かれそうな問題だと思った海斗の認識は間違っていない。

だが、今回の場合は……

 

「そのクッキーがね、ハバネロシュガー味チンギスハン風味だったみたいで」

「……なんだ、そのハズレ臭漂う素敵なネーミングは。 てか、それを喰ったのか?」

「う、うん」

「……バカなんじゃね?」

「そんなハッキリ言っちゃ駄目だよ!?」

 

明らかな地雷臭がプンプン匂うような危険物を、よりにもよって乗り物の中で口にするとは……。これが若さゆえの過ちという奴かと、海斗は戦慄を隠せない。

結局、彼女たちの他にも地雷を自ら踏み抜いたおバカ集団(チャレンジャー)が多数いたこともあり、修学旅行1日目の工程は予定変更を余儀なくされた。

幸い、一晩寝れば問題ないだろうと同伴していた保険医の先生のお墨付きが貰えた事もあり、旅行中の宿泊施設“ホテル冬景色”へと向かう事になった。

 

「経営者は、どんな思いがあってこの名前を名づけたんだろうな」

「う~ん、実は冬国育ちだったとか?」

「それとも逆に生まれてこの方雪を見たことが無いから、まだ見ぬ白銀に染まった風景を連想したとか?」

「あっ、それもありそうだよね~、あはは~」

「だよな~、はっはっは」

「ちょ、2人とも! そんなこと言ってないで、羽村さん達を運ぶの手伝ってくれよ!?」

 

完全に脱力した早苗と桃花を両脇に抱えた桐生が、おぼつかない足取りでバスから降りてきた。

テニス部のエースの称号は伊達ではないようで、脱力しきった同年代の少女2人を抱き抱えてみせている。まあもっとも、両腕が激しくプルプルしているのがどうにもしまらないが。

 

「「無理」」

「即答!?」

「仕方ないだろ? 俺が手を貸そうとすると、歯を剝いて威嚇してくんだから」

「私の時は、大丈夫だからの一点ばりで……」

 

班員同士で協力するように引率の先生からお達しがあったので、手を貸そうとしたところ、海斗は「誰がアンタなんかの手を借りるもんですか! とっとと向こうへ行きなさいよ!」と噛み付かれ、葵は「大丈夫よ。これくらい私だけでもなんとかできるから」とやんわりと断りを入れられてしまっていた。

 

「まあ、そういう訳だから頼んだ。役得だと思えよ、色男」

「あ、でも二人にえっちないたずらしちゃ駄目だからね? 桐生って、そういうイベントに事欠かないから」

「いや、そんな事しませんから!? 人をラッキースケベみたいに言わないでくれないか!? って、ああっ!? 何事も無いようにチェックインしないで!?」

「「がんばって~」」

「ホント息ピッタリだな、君ら!?」

 

桐生の悲鳴をBGMに、何食わぬ顔で宛がわれた部屋へと向かう、何気にヒドイ海斗と葵であった。

それでも、抱き抱えた際に“うっかり”早苗達のおっぱいを鷲掴みにしてしまって、「キャー、桐生クンのえっちー!」 的なお約束イベントを起こしていたのだから、プラマイゼロと言えるのかもしれないが。

 

 

「はぁ~……」

 

と、疲れた溜息を溢すのは浴衣に着替えた桐生だ。一連のグダグダのせいで葵とほとんど話せなかった事で落ち込んでいるらしい。

“ホテル冬景色”は、生徒の半数近くがトンデモクッキーによって軒並みダウンしている事もあって、割りと静かであった。

旅行中寝泊まりするこの旅館にでは、各班の男子と女子用の部屋が設けられており、彼らの場合は海斗と桐生の二人部屋が宛がわれていた。

窓辺で本を読みながら時間を潰していた海斗は、夕食を済ませてからずっと続いている桐生のため息がいい加減に鬱陶しくなったらしく、手に持った小説を閉じて立ち上がった。

 

「溜息を連発するな、うるさいだろうが」

「あ、ゴメン……はぁ~」

 

咎められると謝りはするが、すぐさま溜息生産器へと逆戻り。

ここで友人であるのなら事情を聞いたり、相談に乗ったりするのだろうが、生憎海斗にとって桐生と言う存在は碌に話もしないクラスメートでしかなく、そこまで気を遣ってやるほどの関係性は無い。

そもそも、今回の班決めの時も、手っ取り早く済ませようと言う進行役の提案に従ってくじ引きで決まった結果でしかないのだから。

 

「ちょっと冷たい物でも買ってくる」

「あ、うん……はぁ~」

(うぜぇ奴……)

 

クラスメートに向けるにはあまりにもひどい評価を降しながら、海斗は財布を片手に部屋を後にした。

そのまま自販機のある所まで足を進めていると、向こうの方から歩いてくる少女の姿に気づいた。もしやと思い、声を掛けてみる。

 

「竜ヶ崎?」

「あれ、海斗くん?」

 

今気づいたとばかりの表情を浮かべたのは、海斗と同じ薄い青色の浴衣を身に纏った葵だった。風呂上りなのだろう、ほのかに石鹸の香りが漂ってくる。

髪は入浴の邪魔にならないように束ねられており、湯上り故に桜色に上気した肌と相まって、いつもと違う雰囲気を醸し出している。

思わず、目を奪われてしまった海斗は、葵の「海斗くん?」の声で我に返ると、誤魔化す様に咳払いをつく。

 

「何でも無い、ってかお前、今名前で呼んだか?」

「あははっ、大丈夫だよ。周りには誰もいないし」

「やれやれ、そんな気の緩みが一番危ないんだけどな……、いや、まあ良いか。ところで他の二人は相変わらずか?」

「うん、布団の中でうーうー、唸ってたよ。折角の旅行初日なのに寝込んじゃった事、すっごく悔しいみたい。……それで海斗くんは何をしてるの?」

「うん? ああ、アイツ溜息ついてばっかりで喧しいから抜け出してきた。ジュースを買うって誤魔化してな」

「溜息? なんで?」

「知らん」

 

にべも無く切って捨てると、もう目と鼻の先に在る自販機へと向かうことにした。

親しい友人と呼べる間柄でもない海斗に、桐生の内情を推し量ることなど不可能なのだと判断したようだ。なんとも淡白な反応を返す海斗に困ったような笑みを浮かべつつ、葵は海斗の後を追ってきた。

カルガモの雛を思わせる仕草に海斗の頬が緩む。

 

「どした?」

「えっと、少しだけお話ししても良いかな?」

 

おずおずとはにかみながらそんな事を言う葵の不安そうな瞳を見て、海斗に『断る』コマンドを選択できるはずも無く、自動販売機が置かれている休憩所で、就寝時間ギリギリまで他愛のない談笑に華を咲かせるのだった。

 



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第7話 初めて一緒の修学旅行 2日目(前編)

エロイベントまでの道のりが長い……。
濡れ場は次話(後編)に予定しておりますのでご辛抱くださいませ。


「ふふふ……やはり相当舞い上がっているようですね。多少聡くても、所詮はいまだ若輩者でしかないのですから、まあ当たり前と言えばそこまでなのですが」

「ですが、流石にこれは察知できないでしょう。そう……計画の関係者(われわれ)の掌の上で踊っているという事をっ!」

「ええ、そうでしょうとも。なにせ――」

 

複数のモニターに映し出された隠しカメラの映像。

そこに映り込むのは、周囲の目が無いのを良い事に、お互いの名前で呼び合いながら談笑している海斗と葵の姿。

明らかに2人の視線はカメラからずれており、これが盗撮である事をありありと示している。

隠しカメラを設置した男は、眼鏡の蔓を指先で押し上げながら、不敵にほくそ笑む。

 

「この旅行そのものが、我らがプロデュースしたイベントなのですからな!」

 

海斗達が滞在するホテルの一室で、不気味な高笑いが木霊する。

お約束のように部屋の照明を落としてカーテンを閉めつつ、隠し映像を観察するという、お前らどこの秘密結社だとつっこまれること間違いなしな空間がそこに在った。

 

「青い果実が南国の砂浜でアバンチュール……これで何も起こらないハズがありませんからな! きっと、彼らの関係も、ぐぐぐっ! と進展すること請負なし。大臣(ボス)へのご報告も無問題です」

「青姦、水着プレイ、夜這い、朝駆けなんでもござれ。ふっふっふ……状況次第で、もしかすればもしかするかもねっ! 博士、まずは何から仕掛けますか!? やはりここは朝食に媚薬を仕込んで、クラスメートに隠れつつ刺激的な倉庫プレイですかっ!? 飛び散る汗と青臭い若人の体臭混じり合う濃厚Loveエッチ!?」

「いやいや、せっかくの沖縄なんだからこれを活かさないと! まずは水中でのスカトロプレイが王道でしょう! 周りの旅行客やクラスメート達が楽しげに水遊びを堪能している中、水の中だから見えないと言うことを最大限に活用して水中ドッキング! そして南の島での受精イベントッ! キタコレ!」

「くふふ、イケませんよ皆さん、時間はまだまだたっぷりあるんです。慎重に、かつ繊細に作戦を練らなければ。でないと、覗き見(かんさつ)している私達が面白くな――ゲフン、ゲフン! ……政府に提出する報告書を作成できないじゃないですか」

「おおっ、確かに!」

「流石です博士!」

「そこに痺れる!」

「憧れるゥ!」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも! ク、ククク……クゥ~ッフッフッフッフッフッ!」

『フゥワァ~ッハッハッハッハッハッハッハッハ!!』

 

――ジリリリリィン!

 

「おっと、内線電話が。はい、もしもし――はい……はい……え? 声が外まで聞こえている? 一般のお客様もたくさんいるので静かにしろ? えっとですね、我々は政府管轄の極秘プロジェクトの関係者――……え? ホテルの評判を落とすような真似をするなら叩き出す? オマケに彼らに我々の事をばらす……ですって……!? あっ、そ、それだけはご勘弁を!?」

 

脳裏に、海斗がボッコボコにした先日の痴漢の姿が自分に重なった様を空想してしまったマッド集団は、おとなしく静かに盗撮に励むことにしたそうな。

 

……後日、旅行中の情事をしっかり盗撮されていた事を知って怒り狂う海斗と涙目な葵の襲撃を受けた彼らがフルボッコにされるのは、この時点で運命付けられていた事なのかもしれない。

 

 

――◇◆◇――

 

 

翌日、ホテル裏のビーチにて。

 

「あづい……」

 

海斗は右手を額にかざしながら、浜辺から空を仰ぎ見ていた。

温暖化の影響もあって例年よりも気温が高いせいか、まだ4月だと言うのに真夏になったような錯覚を覚える。

おまけに燦々と照りつける太陽の日差しの強いこと強いこと……。

小麦色の肌を目指すのならばちょうど良いのかもしれないが、生憎と海斗にその気は無い。

いきなりテンションが駄々下がり中の海斗が視線を浜辺へと戻してみると、水着に着替えた生徒達が声を上げながら駆け出していく姿が見えた。

生徒達の体調が回復したことで、修学旅行2日目は予定通り、ビーチでの自由行動となった。

班行動を厳守することと、教師に無断でビーチから出る事は禁止されているくらいで、他は何をしようと問題無しなフリーダムタイムだ。

 

「それにしても……」

 

海斗はぐるりと海岸を見渡してから、

 

「ウチの学生以外にも利用客は多いみたいだな」

 

ビーチには海斗達と同じように旅行に来ているのか、大学生に見えるグループや地元の住民らしい黒く日焼けしたアンちゃんなどと言った利用客でかなり賑わっている。

ホテル裏という立地条件だからてっきりプライベートビーチかと思いきや、そういう訳でもないらしい。

 

「にしても遅いな……着替えにいつまで掛かっているんだ?」

 

ホテルから借り出したパラソルと折り畳み式のビーチチェアを足元に下ろしつつ、更衣室のある方へと目を向ける。

近くにある看板を目印に待ち合わせをしようと取り決めて別れてから、かなりの時間が経っている。

男子更衣室がかなり混んでいたから、女子の方も混んでいるのだろうと推測する。

実際、更衣室の人波に攫われてしまった桐生とはぐれたままなのだから。

とはいえ、女子達と別れてからもうすぐ30分近く、ここまで時間がかかると、何かあったのではと心配にもなってくる。

かといって、迂闊にこの場から離れる訳にもいかない。すれ違ってしまう可能性も十分に考えられるからだ。

もしここに桐生が居てくれれば、片方を見張りに残して探しに行くことも出来るのだが……。

 

「さて、どうするか……」

 

腕を組みながらここで待ち続けるべきか、それとも探しに行くべきかを海斗が悩んでいると、見覚えのある4人組が連れだって歩いてくるのが見えた。

 

「あ、高宮くん!」

「おう」

 

葵と早苗、桃花に何故か桐生まで揃っている。どうやら此処に向かってくる途中でばったり出会ったらしい。

とてとてと駆け寄ってくる葵は、以前海斗と共に赴いた水着ショップで購入した白いホルタ―ネックの水着だった。

普段の制服や私服でもよりも、身体のラインをはっきりと分からせている。

まず目を奪われてしまう乳房は、一歩進むたびにぷるんと大きく弾み、周囲の視線を釘づけにしてしまう。

キュッと引き締まったウエストへと繋がる綺麗なカラダのラインが、下手なグラビアアイドル顔負けなスタイルの良さを強調している。

水着との相性もバッチリで、清楚なお嬢様然とした葵の雰囲気とあいまってか、とても可憐な印象を感じさせる。

むっちりとした太ももと、水泳で鍛え上げられたしなやかな脚。そして、泳ぎの邪魔にならない様に美しい黒髪を後頭部でポニーテールに纏めたことで、うなじがチラチラと見えて何とも扇情的な気分に襲われてしまう。

 

「ちょっと! 何をじろじろ見てんのよ!」

「あはは~。 葵ちゃんが海斗っちをメロメロにしてる~」

 

完全に目を奪われていた海斗と、熱い視線を向けられて満更でもなさそうな表情を浮かべていた葵の間に割り込んだのは、白と青というカラーリングのワンピースを着こなした早苗だった。

海斗の視線を遮る様に仁王立ちした彼女の隣には、真っ赤なビキニという意外なチョイスの桃花の姿が。

早苗の視線を正面から受け止めながら、海斗の視線は自然と目の前に居る早苗へと向けられる。

彼女の水着はリボンなどの小物がついていないオーソドックスなタイプだった。

だが、それ故に彼女のスタイルの良さがはっきりと表れていると言って過言ではない。

実のところ、早苗も葵に引けをとらないスタイルを持っている。

運動部に所属していないために女性特有の柔らかさを保ちつつ、規律に厳しい性格故に体形も崩れていない。

葵が全体的にきゅっと引き締まっているのに対して、早苗はむっちりとした柔らかそうな肉付きとでも表現すべきだろうか。

特に、ロケットの様に前に突きでている乳房は今にも水着から零れ落ちてしまいそうなほどで、胸の谷間がくっきりと見て取れてしまう。

彼女もまた、葵と同レベルに周囲の注目を浴びるほどの存在であると言えよう。

 

「な、なによ? 何か言いたいワケ?」

 

早苗はまじまじと自分を見つめてくる海斗の様子に不安になったのか、胸元を抑える様な仕草を見せつつ、一歩後ずさる――と、今まで見えなかった水着の後ろが露わになった。

 

「いや、学生としてソレはどうなんだ?」

「あ、あはは……やっぱり高宮君もツッコんじゃうんだ」

 

なんと、一見するとシンプルなワンピースタイプの水着と思ったソレの後ろは、布の面積が極端に少ない大胆仕様であった。

肩ヒモ部分はうなじのすぐ下あたりで交差して腰に繋がっている。

そこからさらに視線を下げると、瑞々しいヒップが全く隠せていないTバックと呼ばれる仕様のソレが目に映る。

成程、先ほどから彼女の後ろを通り過ぎていく男連中が早苗を凝視していたのはコレが原因だったようだ。

 

「いや、お前も人の事言えんだろうが。なんだそのあしゅら男爵モドキな水着は。前と後ろで全くの別もんじゃねーか」

「なっ、何言ってんのよ!? わっ、私を貶めるつもり!?」

「いや、思ったままを言ってみただけだが。つーか、学生がTってのはいかがなものかと。もうすこし恥じらいと言うか、節度的な物を持った方がいいんじゃないか? 愛原、お前さんはどう思う?」

「えっ!? 何そのキラーパス!? い、いや、なんていうか……うん。すごく似合ってると思うよ。綺麗な知的美人って感じな羽村さんにはちょっと冒険的なデザインの水着が良く栄えるね」

 

にっこりとほほ笑みながら思ったままの感想を告げる桐生。早苗の強調された胸の谷間に視線を向けず、彼女の瞳をまっすぐに見つめながら言う姿は、まさしく彼女を口説きにかかっている海辺の好青年そのものだ。

どこかの幼馴染相手だと照れが先走って決して言えないような恥ずかしい台詞も、彼女以外の女性にはごくごく当たり前のように口にできるようだ。

 

「なっ、なっ、な……!?」

 

それなりに信頼している親しい異性からのおだてでない真っ直ぐな褒め言葉に、早苗は普段見せない呆然とした表情で固まる事しか出来ない。

真顔でそんなことを言われた事はなかったのか、羞恥心があっという間に限界突破。

結局、まともな二の句を継ぐ事も出来ない早苗は耳まで真っ赤にすると、葵と桃花の手を取ってビーチへ向けて一直線に駆け出して行く。

 

「お、おぼえてなさいよ――!」

 

そんな捨て台詞を残しながら。

 

「……なんだありゃ?」

「さ、さあ?」

 

後に残されたのは訳が分からないよとばかりに首を傾げる男性陣。

首を捻っても答えが分かるはずも無く、最終的には「乙女心はよく分からん」という結論に達し、何事も無かったようにパラソルとチェアを抱え上げるのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

ビーチチェアとパラソル設置して陣地を定めると、各員は思い思いに沖縄の海を堪能することになった。

葵と早苗、桃花は浅瀬の水浴びで盛り上がっている。先ほどまでは桐生も加わっていたようだが、遊びにおける女子の体力に根負けしたのか、疲労困憊と言った風体で砂浜にある木陰に移動して仰向けになっている。

海斗はビーチチェアに寝転がりながら、楽しく遊んでいる葵達の様子をぼんやりと眺めていた。

先程までは持ってきた小説を読んでいたのだが、旅行には手元にある1冊しか持ってきていなかったので、読み切ってしまったらつまらないかと、途中で止めていた。昼寝をしようにも昨日のバス&飛行機に搭乗しているときに爆睡し、昨夜も十分に睡眠をとっていたので眠気が全くないのだ。やりたいことはあるが、それは3日目の生徒個人での行動が許可される完全自由時間の楽しみにするつもりなので、正直言って今日のところはやることが何も無かった。

かといって、あの女子の環に混ぜて貰おうと言うつもりは微塵も無い。

海斗はちらりと桐生の方へと視線を動かす。そこでは、疲労のあまり眠りに落ちている桐生の姿があった。

テニス部のエースで相当の体力を持っているはずの桐生でさえあの有様なのだ。二の轍を踏むつもりは毛頭無い。

「そもそも、そこまで異性に飢えていると言う訳ではないし」と誰に言うでもなく、言い訳じみた言葉を呟いてしまう。

だが、それにしても……

 

「男の業、ここに在り! って、感じだな」

 

ビーチに居る男達を見渡してみると、ほとんどの視線があの3人に釘付け状態になっていた。

よからぬ妄想を膨らませてしまい身動きが取れなくなってしまった奴、迂闊にも彼女達に目を奪われてしまったことで彼女や奥さんに怒鳴られている奴、中には記念撮影に用意したであろう高級感溢れるカメラを堂々と構えてシャッターを切っている猛者までいる。

だが、それは当然と言えば当然と言えるだろうと海斗は思う。

海斗の専門も含めて、その筋の人間であればまず間違いなくスカウトするであろう素晴らしいスタイルを持つ葵と、彼女を上回る美しい巨乳を誇る早苗。そして他の二人に比べると若干の幼さを感じざるを得ないものの、それが逆に背徳的な魅力を感じさせる絶妙のスパイスとなって、彼女を引き立てている。そのくせ、アダルティな真紅のビキニと言う組み合わせは、凄まじいほどの破壊力を叩き出している。その証拠に、彼女達へと向けられる視線はきっちりと3等分にされているのだから。

やや犯罪臭が漂う気がしないでもないが、手を出そうとする阿呆はいない様なので、海斗は現状維持に努めることにした。

まあ要するに、周囲からいやらしい視線を向ける男共は放置。けれど、もし声を掛けるなりしようとする輩が現れたら手を貸す程度にとどめることにした。あんなに楽しそうな葵に水を差すような真似をしたくないと言うのもあるし、水辺で戯れる美少女と言う何とも絵になる光景をゆっくり眺めていたいと言う欲望もある。

そよそよと頬を撫でる南風に目を細めながら、海斗は葵達が水遊びをする姿を存分に堪能するのだった。

 

 

「――ぃとくん、海斗くんってば」

「んっ、んんっ……?」

 

肩を揺すられる感覚に意識が覚醒していく。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

目元を擦りながら起き上がると、すぐ耳元から葵の声が聞こえた。

 

「あれ、あお――竜ヶ崎?」

「ふふっ、名前で呼んでも大丈夫だよ。早苗達はここにいないから」

 

言われて周囲を見渡してみると、確かに早苗達の姿が見当たらない。

せいぜい、前屈みになったことで突き出される形になっている葵の形の良いヒップを鼻の下を伸ばしながら凝視している野郎ども位しかいない様だった。

 

「他の奴らは? つか、今何時だ?」

 

ビーチチェアに引っかけていたパーカーの胸ポケットから腕時計を取り出して時刻を確認する。

現在AM 11:48分。大体昼時と言ってよい時間帯だ。

 

「連中は買い出しに行っているのか?」

「うん。早苗は海斗くんに行かせればいいってごねていたんだけど、すっごく気持ちよさそうに寝てたから起こすのは可哀そうだよって、桃花が」

「口喧しい小姑と緩衝役を買って出る従妹みたいな連中だな」

「ちょ、それは言い過ぎだと思うよ!? ……否定できないけど」

「お前も大概酷いこと言ってるのに気づいた方がいいと思う」

 

それにしても、彼女たち3人組はつくづく良いトリオだと思う。

お互いの欠点を補い合って、見事な調和を醸し出している。

数年来の付き合いと言うだけあって、気心を知り切った家族の様な間柄と言ったところだろうか。

だからこそ早苗は、学内で黒い噂が絶えない海斗と大切な友人である葵が親しくなるのを許容できないのだろう。

彼女らのメンバーの中では、早苗が姉的ポジションに在るのは明確。

本人としては、海斗の事を妹に近寄る性質の悪い害虫的な存在と認識していると考えれば、あそこまであからさまな敵意を向けてくる理由も説明がつく。

もっとも……

 

「俺らの事情で言わせて貰えば、奴の方がお邪魔虫ってなるんだろーけどな」

 

海斗と葵が今後も絆を育んでいく事こそが、今の状況を画策した者達の望みのはず。

彼らが国家レベルのバックアップを受けるほどの権力と発言力を有していることを考慮しても、早苗の行動は望まれぬ愚行にほかならない。

知らぬは本人ばかりとはよく言ったものだと、海斗は独りごちる。

他人の都合に振り回されている現状に、年ごろの少年らしい反骨神からくる反感を抱いてしまい、自然と眉間に皺が寄ってしまう。

その一方で、海斗が寝そべるビーチチェアの端に腰掛けた葵は無言になってしまった彼の横顔をじいっと見つめてくる。

どことなく、頬がうっすらと紅潮しており、何やら楽しげに頬を綻ばせているようにも見える。

楽しげな喧騒が広がる浜辺にあって、静寂が訪れたにもかかわらず、なんとも言えぬ暖かな空気が二人を包み込んでいた。

そんな中、

 

――きゅう~~。

 

と、何ともかわいらしい鳴き声が聞こえてきた。

横を見てみると、お腹を押さえながら違う意味で顔を真っ赤に染めた葵が、上目づかいで海斗を見上げていた。

大慌てで両手をぶんぶん振りながら誤魔化そうとするものの、流石にそれは無理があると言わざるをえない。

海斗から注がれる、じとーっ、とした視線に耐えられなくなったのだろう。

胸の前で左右の人さし指をつんつんさせながら、視線を落ち着きなく彷徨わせ始めた。

どうやら、上手い言い訳を探しているらしい。

まるで悪戯を見つかった幼子へと舞い戻ってしまったかのようだ。

海斗は、気まずい雰囲気へ早変わりしてしまった場の空気を切り替えようと、少しだけわざとらしい提案をした。

 

「な、なあ、連中が戻って来るまで結構時間掛かりそうだよな? 俺も腹減ってきたし、屋台で何か軽いものを食べないか?」

 

並び立つ屋台群へ視線をやれば、あまりの盛況にかなり長い行列がそこかしこで見て取れる。

某年に2回だけ行われるという、世界一規律ある戦争とまで称される某祭典程とは言わないが、待ち時間を軽く見積もっても、30分やそこらでは済みそうも無いことは断言できる。

葵も、その考えには同意するらしく、困ったような表情になっていた。

 

「よし、決定。ちょっと離れたトコに海の店らしいのがあったはずだし、行ってみようぜ。用意するから、ちょっと待っててくれ」

 

海斗はビーチチェアに掛けていたパーカーを羽織ると、普段のやぼったい伊達眼鏡ではなく、こんな事もあろうかと予め用意していたサングラスを装着する。

髪を掻き上げてオールバック風にすれば、変装の完了だ。

実は、もし葵と一緒に行動する状況になった時に周囲の目を誤魔化すための方法として手ごろな変装道具を用意していたのだった。

続けて葵用の伊達眼鏡とパーカーも取り出して、手渡してやる。

 

「ほれ、お前用の変装道具。後は髪型をちょっと弄ってやれば、うまくごまかせるだろ――って、聞いてるか?」

「へ? あ、う、うん! 聞いてる! 聞いてるよ!? て、でも……へぇ~」

 

眼鏡を受け取りながらしげしげと見つめられて気恥ずかしくなったのか、思わずそっぽを向いてしまう海斗。

葵はその様子がおかしかったのか、忍び笑いを溢している。

 

「……そんなに似合ってないか?」

「えっと、そうじゃなくてね……あの、怒らないでね? なんていうか、その――今の海斗くんって、カッコイイかも」

 

予想外の言葉に、海斗は思わず惚けた顔をさらしてしまう。

学園では極力目立たないように努めている事もあって、視界を遮る程に長い前髪とやぼったい黒縁眼鏡というスタイルを通している。

しかし、今の様に長めの前髪をアップにしてサングラスをかけた海斗は、男らしい貫録というものをそこはかとなく感じさせる。

何よりも、自然体の海斗を知っている葵から見れば、今の海斗の方が『いつも通り』と言えるので、気を張らずにいられるというのもあった。

 

「そ、そうか」

「う、うん」

「……」

「……」

 

なんとなく気恥ずかしくなってしまったのでお互い声が出ないらしく、葵は頬を掻きながら視線を彷徨わせる海斗の横顔をちらちらと伺っている。

 

「あ、と、ところで、私眼鏡とか初めてなんだけど変じゃないかな?」

 

なんとも落ち着かなくなった空気を換えようと、伊達眼鏡を身に付けた葵がそんな事を言った。

髪を解き、はにかむ様な微笑みを浮かべる葵は、普段の彼女よりも数段大人っぽく感じられる。

女性は化粧ひとつで大きく化けるとよく言われるものだが、実際に目の当たりにした海斗は偉人の言葉も馬鹿にできないなと、そんな取り留めのないことを思い浮かべていた。

もっとも、彼の視線は葵に釘付けになっており、完全に見惚れてしまっていることは誰の目にも明らかであったが。

「わ、悪くないんじゃないか?」 と若干裏返った声で、答えるのが精いっぱいだった。

当然葵も、海斗から向けられる熱い視線に気づいており、嬉しくもくすぐったいような、何とも言えない顔になっていた。

だが、まあ、いつまでも固まっている訳にもいかないと気を取り直すと、当たり前の様に並びながら、海斗の記憶にある屋台へ向かって歩き出した。

 

「な、なんだか視線を感じる気がするんだけど」

「……頭大丈夫か?」

「それどういう意味かな!? っていうか、いきなり何なの!? 失礼でしょお!?」

 

ワザとらしくおとぼけた葵が、両手を振り上げて憤慨する。

ぽかぽかとたいして痛くない拳をいなしながら、海斗は視線を横にずらす。

するとそこには、やはりと言うか、葵に目を奪われた男連中のマヌケ顔が飛び込んでくる。

露骨に下品な視線を向けてくる輩が増えてきている事を察した海斗は、何となくこれ以上葵を晒すのは面白くないと感じた。

それは明らかな独占欲であったが、当の本人にはまだ理解できていないらしく不機嫌そうな表情の裏に自分自身へと向けた困惑の色が見え隠れしていた。

そんな最中、

 

「おっ! なんかめちゃ可愛い子がいるんですけど!」

「えっ、マジマジ? うっひょ~、おっぱいでけえ♪」

「ねぇ、彼女、俺らと遊ばな~い? 俺たち、この辺の生まれなんだけどぉ、人気の無い穴場とか知り尽くしてんだよねぇ~」

「おいおい、それ直球過ぎだって~の! そういうのは、いろいろと楽しんだ後のひと夏の思い出的なシチュの時に教えてあげるモンじゃね?」

「いーんだよ、ご馳走になんのは同じなんだから」

「ちがいねぇや! ぎゃははは!」

 

葵の手を引いて歩き出そうとした海斗の前に立ち塞がる者がいた。

地元の人間らしい4人組の男達は、ニヤニヤと露骨な視線を葵に向けている。

下心を取り繕う気も無いらしく、そのあからさまな態度に恐怖を感じた葵が、海斗の背中に縋りつく様に隠れる。

その見るからに男慣れしていない態度が琴線に触れたのだろう、ナンパモドキをしてきた男共の眼が興奮で血走っていく。中には、水着の上からでも分かるほどに勃起している変態までいる始末。

だが、周囲の客たちは不良と呼ばれる人種を恐れているのか、気の毒そうな顔で遠巻きに眺める者しかいない。

その様子に海斗が、はぁ、と呆れを多分に含んだ溜息をつくと、茶髪とアゴ髭が鬱陶しい男が不機嫌そうに海斗を睨み付けてきた。

 

「ああ~ん? テメー、今、溜息つきやがったな? 何だ、ヤル気か、あ゛あ゛っ!?」

 

相手はそこそこ長身な事もあって、無言を貫いている海斗を覗き込むように見下ろしてくる。

本人としては威嚇しているつもりなのかもしれないが、海斗からしてみれば身の程をわきまえない野良犬――それも、彼我の実力差を理解しておらず、恐れ知らずに吼え立てる仔犬――程度のレベルとしか感じない。

だが、海斗の無言を、恐怖で固まっていると勘違いしたのか、取り巻きらしい汚い色の金髪や、腕の一部に入れ墨を入れた奴、耳だけでなく鼻にまでピアスをつけた奴が、捲し立てる様に笑い声を上げる。

 

「おいおい、この野郎、ケンちゃんにビビッてやがんぜ!」

「うわ、マジだ! イヤだねー、カッコつけてサングラス掛けてるとか、ハッズカシー!」

「コラコラ、君達、そんな本当のことを言ったらダメでしょ~? ……ププッ!」

「ああ、まったくもってそのとーり! ――で・も・なぁ? テメェみたいなカス野郎が、そーんな良いカラダをした娘と手ぇ繋ぐとか、在りえないっしょ。ぶっちゃけアリエナ~イ! つーわけで、お仕置きターイム♪」

 

茶髪アゴ髭は突然何を思ったか、ボクサーの様に構えて見せるといきなりシャドーボクシングをしてみせた。

見かけに反して、意外と様になっているジャブを繰り出し、海斗の鼻頭に浅く掠る。

 

「ヘイヘイへ~イ! スーパーウェルター級のプロボクサーなケンちゃんが、喧嘩の仕方を教えてくれってよぉ~。よかったでちゅね~♪」

「オラオラ、どうした! 腰がブルって動けねぇのか、アア~ン!?」

 

取り巻きの下品な歓声に気を良くしたのか、茶髪アゴ髭は牽制止まりのジャブではなく本気のストレートを繰り出してきた。

素人目に見ると、茶髪アゴ髭の拳は、確かに危険な凶器だと称せるだろう。プロ云々の真偽はともかく、ボクサーとしての技術は学んでいるのか、きちんとした形になっている。

だが。

 

 

「……間抜け」

 

海斗は誰ともなく呟くと、顔面狙いがバレバレな拳を半身ずらすことで容易く避ける。

その際、サングラスに掠って外れてしまったが、海斗自身に傷は無い。

ならば、今度は海斗の番だ。

前に踏み出した左足を、茶髪アゴ髭の足元に叩き付ける。

 

『震脚』

 

左足を中心に波紋状の衝撃波が砂浜に広がり、細かい砂が小さく隆起して波立つ。

大地を通して浸透した振動波が茶髪アゴ髭の身体を硬直させ、動きを止める。

隙だらけなアホ面に叩き込むべく、腰だめに構えた右の拳を引き絞る。

指の骨が軋むほどに握りしめたそれに注ぎ込まれるのは、大地を踏みしめた足から生み出された反発力を膝から腰、腰から肩、肩から腕へと伝達されることで増幅された運動エネルギーだ。

全身のエネルギーを集束させた拳を、左手を引く反動で撃ち出した。

解き放たれた一撃は、いまだ惚けたままの茶髪アゴ髭の左頬へと吸い込まれるように叩き込まれ――

 

「ぐぼぉあぁああああああっ!?」

 

60kgは下らないであろう茶髪アゴ髭を、盛大に吹き飛ばした。

 

直撃した衝撃で砕けたのか、歯の欠片らしい破片を飛び散らせつつ、プロペラの様に横回転しつつ吹き飛んでいく茶髪アゴ髭。

汚い金髪と鼻ピアスの間をすり抜けるように宙を舞うと、3メートルほど先でようやく落下、更にそこから砂浜の上をバウンドしながら転がっていき……先ほどの場所から5メートルほどの地点で、ようやく停止した。

俯けに倒れ込んだまま、ビクッビクッ! と痙攣を起こしている。

アクション映画みたいな光景を実体験することが出来た代償に、茶髪アゴ髭の顔は相当愉快な状態になり果てている事だろう。

「次はお前らの番だ」とばかりに腕を回して具合を確かめる海斗に睨まれた取り巻き連中が3人仲良く腰を抜かす。

今すぐ逃げようともがいているようだが、左右の指を鳴らしながら近づいてくる海斗の姿に、虚勢心がへし折られたのだろう。

恐怖に震えながら、身を縮こませることしか出来ないでいた。

 

「おい」

「ヒッ、ひぐっ!?」

 

汚い金髪の喉仏をわし掴みにしながら強引に立ち上がらせると、顔中から出せる液体全てを垂れ流しているそいつの眼を覗き込みながら、恐怖を与えるためにわざと低い声で命じる。

 

「アレも片付けておけ」

「ば、ばい……わがりまじだ……!」

 

涙声で答えた金髪は、解放されるなり他の2人と共に茶髪アゴ髭を抱え上げると、一目散に逃げ出していった。

と、滑稽な後姿に海斗が鼻を鳴らした瞬間を見計らったかのようなタイミングで、人垣をかき分けながらビーチの監視員らしき人物が駆け寄ってくる姿が見えた。どうやら、遠巻きに様子をうかがっていた誰かが通報していたようだ。

 

「ちょっと、君達! 何をやっているんだ!」

(いや、来るのが遅いっつーの。真面目に仕事しろや警備員モドキ)

 

大仰に肩を竦める海斗がめんどくさそうに監視員に説明していくのを、葵は困ったような微笑みを浮かべて見つめるのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「……(ずぞーっ)」

「ヤケ食いは感心しないな。腹下すぞ?」

「ごふっ!? けほ、げほっ!? お、女の子になんてこと言っちゃうのかな!?」

 

ヤケ食いしていた冷やし中華のスープが気道に入ったらしい。

あわや、女の子的に「みせられないよ!」 的な一大事に発展しかかった。

むくれ顔をより赤くした葵に掴み掛られた海斗は、はいはい、とおざなりな返事で煙に巻く。

2人がいるのは、当初の目的地である海の家。

ナンパ共を撃退した事情を説明し終わった海斗と葵は監視員の詰所に同行を求められることもお説教を食らう事も無く、拍子抜けするほどにあっさりと解放された。

立ち去る最中、逆に感謝の言葉を頂くという予想外のオマケつきで。

駆けつけてきた監視員に聞いてみれば、あの連中は地元でも有名なワルだったらしく、遊びに来て開放的になっている旅行者を狙って、半ば脅す様にナンパを繰り返していたらしい。

今までにも、押しに弱そうな少女がいかつい見た目と荒い言葉使いの4人組に怯えて抵抗することも出来ずに穢されるという事件が起こっていたらしい。

だが、行為に至る一部始終を画像に納めて強迫材料にしていたらしく、被害者の女性からの被害届が届けられなかった。

さらに、連中が地元育ちな故に監視員や警察関係者の見回りルートを熟知しているらしく、行為に及んでいる場面を悟らせないように小細工を繰り返していたのだ。

そのため、どうやっても捕えることも出来ずに監視の目を強化することしか出来なかったのだが、衆人観衆の前で暴力行為に及んだという物的証拠(あの場に居た旅行客がビデオに録画していた)を手に入れることが出来たので、つい先ほど警察に拘束されたそうだ。

あのボクサーモドキは本当にプロライセンスを持つ選手だったらしく、一般人である海斗に暴力を振るった事だけでも、十分拘束理由になるのだとか。

とは言え、さすがにあれはやりすぎだと苦笑を浮かべた監視員さんに軽いお説教と感謝の言葉を頂いた後、あっさりと解放されて今に至る。

それで、何故葵がむくれているのかと言えば……、

 

「うぅ……すっごく、ハズかしかったんだからねっ!?」

 

机を叩きながら「私、ご立腹なのですっ!」 と主張する姿は、見ていて微笑ましいものを感じずにはいられない。こんな姿を拝めただけでも、悪ふざけをかました意味があったというものだ。

監視員の詰所から立ち去る際に2人の関係を聞かれた海斗は、つい悪戯心が首を擡げてしまって悪乗りしてしまったのだ。

 

「彼女は俺の婚約者です」

 

――と。

 

詰所の出入り口、騒ぎを聞きつけて興味半分で近くにいた観光客たちにまで見せつける様に、あわあわする葵の腰に手を回して、頬に触れるか触れないかと言う絶妙のキスを交わしながら。

 

そんなものを目の当たりにすれば、当然周囲は大興奮。

悪党の魔の手から恋人を守り抜いた男と言う何とも絵になるワンシーンに、携帯&カメラのフラッシュが凄まじい事に。

現実味を感じられないドラマか映画の様な光景に、周囲のテンションが一斉に湧き立つ。

口笛が鳴り響き、黄色い歓声で湧き上がる。

だがしかし、葵としては周囲からの歓声や視線などは、羞恥心を高める材料にしかならず。

結局、意地の悪そうな笑みを浮かべた海斗の足をお仕置きも兼ねて全力で踏みつけると、よろめく彼の手を引いて逃げ出したのだった。

顔を熟れたリンゴの様に真っ赤にしたまま海の家に到着した葵は、拗ねたようなむくれ顔でハワイアンジュースを片手に冷やし中華をヤケ食いしていた所、デリカシーのなさ過ぎる台詞のお蔭で盛大にむせ返って現在に至る。

 

器官に入ったらしく、涙を浮かべながら恨めしそうな目を向けてくる葵の様子に、流石にやりすぎたかと反省したらしい海斗が、両手をパン! と合わせて謝罪する。

こういう時の葵は放っておくと機嫌が悪いままズルズル行ってしまうことを、一緒に生活する中で気づいていたからだ。

頭を下げる海斗の姿に溜飲が下がったのか、口元をナプキンで拭っていた葵の目尻が少しずつ緩んでいった。

 

「……焼きそば食べたい」

 

それで許してあげるという事なのだろう。

そっぽを向いた彼女の横顔は、耳たぶまで真っ赤になっている。

 

「了解しました、お姫様」

 

何ともかわいらしい誤魔化しに吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、海斗はお姫様ご所望の焼きそばを購入するために席を立つのだった。

 

 

――ちなみに。

当たり前のようにいちゃいちゃしまくっている2人の放つピンク色のオーラに中てられたらしい海の家の店長(♂ 48歳独身 恋愛経験なし)から血涙流さんばかりの形相で睨まれていたり、店の裏にあるコンクリート擁壁を怨嗟の声を溢れさせつつ手から血が出るまで殴り続けていた若人(♂ 彼女なし)がいたことに、2人は終ぞ気づくことがなかったそうな。

 

さらにさらに余談となるが、この日の夜、肝試しを楽しんでいた若者達のグループが血まみれな壁を見てひと騒動起こってしまうのも完全に余談である。



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第8話 初めて一緒の修学旅行 2日目(後編)

お待たせしました、旅行2日目の後半となります。
久しぶりの『えっち』シーン。
コンだけいちゃラブっといて、(一般的な意味合いの)『恋人』じゃないってのはどうなんでしょうな(爆)


夕方、ホテルのロビーに水着姿のままの海斗達の班の姿があった。

海岸に更衣室はあったのだが、どうにも混雑し過ぎていたのでシャワーがある自室にこのまま戻ろうという話になったのだ。

こういう状況を想定しているのか、ホテルのすぐ傍に簡易シャワー室が備え付けられており、海斗達は砂と塩を軽く洗い流した後、自室に向かっていた。

葵は、少し自分たちの体が濡れていたことを注意されないかと不安そうにしていたが、ホテルの従業員によくあることだから気にしなくていいと苦笑されたお蔭で、不安は解消されたようだ。

部屋へ向かうエレベーターに乗り込むと、女性陣は海が綺麗だったとか、始めて訪れた沖縄の海についての感想を交わしていた。

いまだ興奮が冷めやらないらしく、楽しそうにはしゃいでいる女の子3人を、一歩離れて眺めているのは海斗と桐生の男性コンビだった。

流石の幼馴染でも姦しすぎるあの空間に飛び込む勇気は無いのかと、何か言いたいけれど言い出せないと言った様子の桐生を、他人事のように眺めていた海斗だったが、不意に桐生の視線が自分へと向けられている事に気付いた。

横目で見やれば、女性陣を見つめていた時とはすこし違う、どこか緊張したかのような表情を浮かべている。

何だ? と問うより早く、桐生の方から切り出した。

 

「……少し、話したいことがあるんだけど」

「着替えてからでいいか? どのみち、俺らの部屋は同じなんだから」

 

桐生も異論はないらしく、形相な顔つきのまま頷いた。

 

「ああ、それで構わない」

 

そこからはお互いに言葉を交わすことも無く、女性陣と分かれて宛がわれた部屋へと向かう。

部屋に到着し、交代でシャワーと着替えを済ませると、ラフな格好の海斗と桐生が自分用のベッドの淵に腰掛ける。

自然と向かい合うような体勢となった2人、その表情は全くの正反対だった。

余裕、というか疑問を多分に含んだ表情を浮かべるのは海斗。元々、この状況を望んだのは相手側という事もあって、至って自然体で要件を切り出されるのを待ち構えている。

一方の桐生。彼の方は、まるで戦いに赴く戦士の如き表情だった。おふざけの類は微塵も感じられず、かなり真剣な話なのだと感じさせる。

 

「で? 話ってなんだ?」

 

言いにくそうに口籠っていたので、海斗の方から切り出すことにした。

こういったタイプは、きっかけさえくれてやればダムが決壊したような勢いで話を進めるからだ。

 

「……その、さ。ちょっと聞きたいことがあるんだ。えっと……葵の事で」

「竜ヶ崎? あいつがどうかしたか?」

「ああ。何と言うか、その……最近急に、高宮と葵が親密になったような気がして、さ。何かあったのかな、って思って……」

「ふーん? そりゃまあ、4日も同じ班で行動するんだから、ちょっとは会話する機会も増えたかもしれんな」

「……それなら、別に葵じゃなくても良いだろ? 羽村さんとか沢尻さんだって――」

「お前、本気で言ってるのか? 羽村は俺を敵視しているし、沢尻はガキっぽくて何を考えてるのか分からん。ていうか、沢尻ならともかく、羽村から俺に話をしてくるはずないだろ? そうなりゃ、消去法で竜ヶ崎と話す機会が増えるのはある意味当然のことだと思うんだが?」

 

班行動を基本とするのだから、同性同士のみではなく、異性とも会話しなければならない状況は多々ある(連絡事項とか班行動の予定を立てる時とか)。

人柄も良く、以前から班のメンバーと交流があった桐生ならともかく、海斗の場合はこの班でまともに会話できるのが葵しかいないのも事実なのだ。

桐生自身、海斗に対する噂云々もあって積極的に話しかけようとは思っていなかったので、必然的に葵が連絡役を兼ねて話しかける機会が増えていったのだ。

 

「大体、竜ヶ崎と話す機会が増えた程度で、どうしてそこまで思い詰めているんだ? 幼馴染って話は聞いているけど、アイツと話をするのにお前の許可がいる訳じゃないだろ? 恋人と言う訳でもないんだし」

「そ、それは……」

 

海斗の意見は正論だ。いかに幼馴染とは言え、所詮は中の良い友達同士でしかなく、彼女の交遊関係にまで口出しする権利など、桐生にはない。

だが、それでも、

 

(あの時の葵の顔……あれは……)

 

桐生が嫉妬混じりの視線を海斗に向けてしまうのは、理由があった。

今日の昼、早苗達と昼食の買い出しを終えて戻った時に見てしまったのだ。

何時もの黒縁眼鏡を掛けた海斗と、彼が用意していたらしいパーカーを羽織った葵が仲良さ気に会話していいたところを。

いつもと違う葵の様子に気付いたときはかなり離れていたので何を話しているのか聞き取れなかったし、桐生に先立って駆け寄っていった早苗が怒鳴りながら2人の間に割り込んでしまったために会話は中断されてしまった。

結局、なにを話していたのかさっぱり分からなかったのだが、桐生の脳裏にはあの時、葵が浮かべていた笑顔がハッキリと焼き付いていた。

幼馴染の自分ですらほとんど見たことが無い、物凄く自然な微笑み。

あの時の様子を思い返してみると、どうあっても『仲睦まじい恋人同士』にしか見えなくて。

想いを寄せている幼馴染であり、大切な女の子でもある少女が、悪評が立つような男に奪われてしまうと言う危機感と恐怖、そして燃え盛る様な嫉妬が湧き上がってきてしまったのだ。

結局、ぐちゃぐちゃになった頭の中を整理することも出来ず、つい衝動に押されるまま問い詰める様な真似に及んでしまったのだった。

黙り込んでしまった桐生の葛藤を、海斗は何となく察していた。

そもそも、葵と桐生が幼馴染であり、同じクラスだった1年の頃は、よくクラスメートから夫婦だの、ラブラブだの冷やかしを受けていたことを知っている。

ありがちな冷やかしを受けて、しかし満更でもない表情を浮かべていた桐生を時々見かけていたからだ。

まあ結局のところ、誰とも付き合っていないフリーの女生徒のみが出場できる学園祭のコンテストに葵が参加した――正確には、彼女に賭けようとしていた部活の仲間達に頼まれて仕方なく参加したようだが――ことで、2人が彼氏彼女の関係ではないと校内に広がったのだが。

2年に進級してクラスメートとなってからは、毎日の様に「竜ヶ崎さんと付き合っていないのか?」「これ、彼女へのラブレターなんだけど、渡してくれないか?」「お前達って、幼馴染でしかないんだよな?」 といった会話を繰り返し聞かされていたからだ。

関わり合いのなかった筈の海斗が、興味も抱いていなかった葵と桐生の情報を細かく把握していたのはこのためだった。

 

(ま、事実なんだけどな。葵に手を出してるのは)

 

きっかけはどうあれ、現在の海斗と葵はそう言う肉体的な意味合いを指す関係になっているのは揺るぎ様の無い事実。

幼馴染と言っても、交際どころか告白云々すら尻込みしていた野郎に今更とやかく言われる筋合いはないというもの。

それは、捉えようによっては嫉妬と呼べる感情だったのかもしれない。

かなり葵に惹かれている自分がいることに小さく驚きながら、海斗は当たり障りのない言葉で有耶無耶にすることにした。正直、この空気が旅行中ずっと続くのだけは勘弁願いたい。

 

「ま、旅行って気分を解放的にさせるってよく言うからな。今のお前は、幼馴染の今まで見えていなかった一面を見て戸惑ってるだけじゃないのか? そう気に病む事も無いと思うぞ?」

「そう、かな……」

 

結局、初めての沖縄旅行でテンションが高くなったんだろうという結論へ言葉巧みに誘導し、そのまま有耶無耶にさせることに成功した。

 

「まったく、何でおれがこんな気苦労を……いや、自分のためではあるんだが、何と言うか腑に落ちないというか」

 

弁明、というか洗脳? を終えた海斗は、食欲が無い&遊び疲れたから寝ると言い出した桐生を部屋に残して、ホテル1階にあるレストランへと足を運んでいた。

彼らの朝夕の食事は、大広間ほどの広さがあるそこでとることになっていたからだ。

先程の問答の件をブツブツ呟きながらエレベーターのドアの前に到着するのを見計らったかのようなタイミングで、チーン、というあの音と共にドアが開いた。

 

「あ、高宮君」

「ん? 竜ヶ崎だけか?」

 

中に乗り込んでいたのは、着替えを済ませた葵だった。

シャワーも済ませたらしく、ほのかに上気した頬と、しっとりとしている髪が、見た目以上の色気を醸し出している。

現在の彼女は、キャミソールとミニスカート。

やや冒険したのか、赤を基準とした明るい色で統一されている。

露出が激しすぎるのでは? という感想を抱いてしまうのは、彼女を目にするのは自分だけでいいという独占欲からくるものか。

 

「どう、カナ……?」

 

はにかむ様に上目使いで見上げてきた葵に、

 

「あー、なんだ。似合ってると思うぞ? ちょっと肌を出し過ぎな気がしないでもないが」

 

そう返すのが精一杯だった。

 

「ぷっ……あははっ! 早苗と同じこと言ってるよ~」

「――はぁ?」

 

エレベーターに乗り込みながら、やたらと敵愾心を向けてくる相手と同じ反応をしてしまった事に憤り、不機嫌そうにそっぽを向いた。

密閉されたエレベーター内に、少女の含み笑い声が響く。

 

「ところで、高宮君一人なの? 桐生は一緒じゃないんだ?」

 

お前もひとりだろうというつっこみを堪えつつ、例の話云々を省いて、単純に食欲が無いからもう眠ったことを説明する。

すると、葵の方も同じらしく、遊び疲れた早苗と桃花も、シャワーを浴びるなりベッドに倒れ込んだのだという。

葵は疲れていないのかと聞くと、水泳部に所属していた彼女はまだまだ余裕とのこと。

力こぶを作って見せる彼女に、思わず苦笑が浮かんでしまう。

 

「じゃあ、一緒に食べるか?」

「うん♪」

 

 

海斗達が通されたのは朝食をとったレストランの隣にある大広間だった。

どうやら、今晩はここを貸し切っているらしい。私服に着替え、肌が焼けている生徒達で広間は相当な賑わいをみせている。

皺ひとつないホワイトクロスで覆われたテーブルの上に並べられた、料理の数々。

煌びやかな器に盛り付けされた、食欲をそそる料理がひしめいているそれは、ビュッフェ形式と呼ばれるスタイルだ。

出入り口には個人用の食器が置かれていて、まさに立食パーティ会場の様を呈していた。

高級レストランのメニューに名を連ねる様な豪華なものに目移りしてしまい、どっから手を伸ばすべきか非常に悩む。

 

「うわ~♪ うわ~♪ どれもすっごく美味しそうだよ~。ねえ、高宮君! どれから食べ――あれ?」

 

振り返れば、彼がいない。

慌てて周囲を見渡せば、さっさと自分用の皿と箸を手に、料理の山へと突貫をしかけていた。

葵のことなど、アウトオブ眼中なご様子。

何と言うか、ここまで鮮やかなに放置されてしまうと、女の子として負けたような気がしてくるから不思議だ。

 

(何ソレ!? 私より料理の方が良いってこと!?)

 

実際は、一緒にいるとボロを出してしまいかねない葵から離れた方が落ち着いて料理を楽しめるという思惑があったのだが(実際、さっきも他の生徒がいる中で名前を呼んでいた)、そんなことは葵にとって知ったことではなく。

 

「高み……じゃなくて、海斗くん!」

「ごふっ!? ――げほ、げほっ……な、何だ?」

 

喉に詰まりかけた料理を水で流し込みながら、真っ赤な顔をした葵が接近してくる様を見て、猛烈に嫌な予感が湧き立ってくる。

皿とフォークを手にして海斗がいるテーブルへと近づくと、そのまま海斗が箸を伸ばしていたサーモンのマリネへとフォークを伸ばす。

さらにマリネの隣にあった海藻サラダやローストビーフなどの料理も手際よく皿に取り分けていく。

流石は女の子というべきか、皿の上の料理は見た目も美しく整えられており、食べたいものにだけ箸を伸ばす海斗のそれとは大違いだった。

自然と、ごくりと喉が鳴ってしまう。

それに気づいたのだろう。

キラン、と目を輝かせ――

 

「はい、あーん」

 

サーモンの切り身を突き刺したフォークを突き出してきた。

 

「ちょっ、おま!?」

「ほ、ほら、あ~ん、だってば。こっ、これくらい同級生相手なら、やって当然でしょ」

「いやいやいや、その理論はおかしい」

 

周囲から突き刺さる困惑と嫉妬の視線の数々。

幸か不幸か、2人がいるテーブルには他の生徒がいないものの、それでも広間にいる少なくない生徒たちが遠巻きに凝視している。

学園随一の美少女の恋人ちっくなアクションに、静かなざわめきが広がっていく。

中にはあからさまに指を差しながら、何事か話し合っている者までいる。

耳を澄ましてみれば――

 

「ね、ねえ、あれ誰?」

「女の子の方は竜ヶ崎さん、よね……?」

「じゃあ、相手の男は一体誰だ? あんな奴、クラスに居たか?」

「許せねぇ……! 学年のアイドルに、なんつー羨ましい事を!」

「美人は皆のものだってことを知らないのか!?」

「モゲればいいのにモゲればいいのにモゲればいいのに……!」

 

予想通りの怨嗟の声が――……

 

(おや?)

 

聞き間違いかと思い、もう一度耳を澄ます。

聞こえてくるのは葵に対する驚きと海斗に対する嫉妬の声。

だが、『あいつ』とか『あの男』という 言葉のみで、誰一人として海斗の名を名指しで口にしている者はいなかった。

 

「……ひょっとして、俺だと気づかれてないのか?」

「海斗くん、やっぱり気づいてなかったんだ」

「何を「め・が・ね」――あ」

 

言われて目元に手を当ててみると、確かに普段付けている伊達眼鏡が見当たらなかった。

記憶を辿ってみると、シャワーを浴びるために外したまま、洗面所に置きっぱなしにしていたかもしれない。

加えて言うなら、髪型も異なっている。

学校では前髪で目元が隠れる様な暗い感じにしているが、今の海斗は普段自宅でしているように前髪を髪留めで整えている。

そのお蔭もあって、両目がハッキリと見える今の海斗は普段のやぼったい伊達眼鏡装着時の彼を知る生徒達からしてみると、覚えがない別人にしか見えないのだ。

同世代よりも成熟した精神構造をしていることも、海斗が年上に見えていることに対する理由の一つでもある。

 

「でも、普通に名前を呼ばれてるんだが」

「海斗くんってば、腫物みたいに扱われてるでしょ? だから『噂のアイツ』みたいな感じで覚えられてるんだよ。危ないのは、せいぜい苗字くらいかな? だから名前を呼ぶくらいじゃあ、今の海斗くんが噂の悪っる~い人だとは思いもよらない筈だよ」

 

実際この場にいる者たちは、見慣れない生徒が学園のアイドルから、あ~んをされている羨ましい光景としか認識できていないようだった。

 

「で、でも、もたもたしてたら気づかれちゃうかもしれないし! だからさっさと食べるっ!」

「モガ!? ちょ、やめろバカ、フォークの先が口ン中に刺さって痛いんだよ! わかった、食べる食べる!」

 

好意を無下にすることもできず、フォークを振り回されたことでタレが飛び散ったサーモンマリネをパクッと口に含む。

口の中に広がるバジルソールの香りと酸味を舌の上で堪能しつつ、殺意まじりの黄色い視線をいなしていた。

素の海斗が意外と手が出やすい事を知っているのでちょっとだけ不安だったが、流石にビーチでの一件の様な腕力による鎮圧に乗り出すつもりは無いらしい。

 

「ほ、ほら、まだまだあるからっ!」

 

とりあえず、恥ずかしそうにしながらもどこか楽しげなお嬢様が満足するまではこの状況を我慢しないといけないなと、海斗は諦める様に口の中の料理を咀嚼するのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

うっとおしいほどの視線の中で適度に腹を膨らませた海斗は、飢えたハイエナの如きギラギラとした眼光の生徒の相手を(げんきょう)に押し付けて、あの場を脱出した。

あれだけやっていればそりゃあ目立つ。

そのくせ、最後まで海斗の正体に気づいた生徒がいなかったのはどういう事なのか。

 

「眼鏡をかけていないだけで正体がばれないって……い、いや、これも普段から目立たないように心掛ける努力が実ったと考えればっ!」

 

事実、葵にご奉仕されてコロコロと表情を変えていた海斗と学校での無表情ver.とのギャップがあまりに大きすぎて、彼が同一人物だと気づかれなかったのが真相だ。

ついでに観察役の残念系科学者集団(マッドファミリーズ)の仕込みで、夕食が一般客も利用できるオープン方式に変えていたことも大きい。

学園のアイドルと不発弾的な危険物問題児のカップリングよりも、沖縄の地で出会った生徒ではない『誰か』が彼女を口説き落としたのではと想像する方がより現実的だからだ。

結果として、葵のお相手の正体をはっきりさせようとゾンビのごとくホテル内を徘徊している生徒達の意識は完全に外側(いっぱんきゃく)へと向いている。

そして現在、いろいろな要素が絡み合ったおかげで身の危険を感じずに済んだ渦中の人物(かいと)は、食後の風呂を浴びるべく悠々と浴場目指して廊下を歩いていた。

もちろん、眼鏡&前髪を下ろした地味モードで。

 

閑話休題

 

このホテルには、部屋に備え付けられているシャワーとは別にホテル利用客なら誰でも使用できる大浴場がある。

食事を終えて戻ってみると、予想通り桐生は熟睡していた。

旅行というものに興奮しすぎて、泥のように眠っているので、海斗はこれ幸いとばかりに大浴場の方を使う事にした。

ホテルの中でも基本的に班メンバーと行動を共にしないといけないと決められているため、桐生と友情を育む……的なイベントを起こすつもりが無い以上、肩を並べながら大浴場を堪能しようなどという気も起こらない。

なので、広い風呂を楽しむのは無理だと諦めていたのだが、こういった理由ならば見逃されるだろう。

着替えと洗面道具片手に、上の階層にある大浴場へと向かう。普通は1階にあるのだろうが、このホテルの名物のひとつにもなっている大浴場は、最上階のフロアの半分以上を利用して造られている。なんでも、空に近い場所でゆっくりと湯船に浸かれるようにと言うオーナーの意図があるらしい。

周辺に同等の高さを持つ建物が存在しないお蔭で覗き云々を警戒する必要も無く、防水ガラスで覆われた天井に広がる星々の煌めきは筆舌にし難い光景なのだと、パンフレットに掲載されていた。

最上階に到着したエレベーターから降りたところで、あちらも大浴場を利用していたのだろう、引率として同伴している教師とすれ違った。

念のために班のメンバーが眠ってしまった云々の事情を説明すれば、そういうことならと許可を貰う事ができた。

 

「これで、心置きなく広い風呂を堪能できるな」

 

消灯時間までには戻る様にとだけ釘を刺されたが、まだ4時間近くの猶予があるので、心置きなく堪能できるだろう。

しかも、都合が良いことに脱衣所には海斗以外の利用客は一人もいないらしく、実にがらんとした静かな物だった。

服を脱いで鍵付きのロッカーに仕舞う。

腰にタオルを巻いて、銭湯の様なスライド式のドアを開けると、溢れる湯気が視界を埋め尽くした。

温泉特有の硫黄の様な匂いはしないのでそう言った類の物ではない事は間違いないのだろうが、そんな些細な違いを理解できるほどの温泉通ではないのでサラッとスルー。

 

「へぇ……。結構様になってるんだな」

 

湯気が退いて大浴場の造りが顕わになっていく。

黄昏と称するに相応しい静かな色合いの海原で煌めくのは緩やかな光を放つ天空の星々。

もうしばらくすれば、星の輝きに埋め尽くされる夜空をお目にかかれることだろう。

湯を囲うのは檜によって作られた大きな湯船。

数十人は同時に入ることが出来るのではと思えるそれを満たすのは、透き通るようなお湯だ。

入浴剤の類は一切含まれていないのか、まるで手ごろな水を沸騰させただけの様にも見える。

だが、これほど立派な浴場を造り上げる人物が、そんな適当な仕事はしないだろう。

きっとこのお湯にも、なにか隠された効能が秘められているに違いない。

備え付けられた檜の桶で湯を掬い、掛け湯をする。

流れるお湯が新しい湯気を生み出し、海斗の身体を心地良い温もりで包み込む。

食事前にシャワーを浴びていたこともあって身体まで洗う必要はないだろう。

マナー違反かも知れないが他の客が来るかもしれない事も顧慮して、腰のタオルは巻いたままにする。

そして、ゆっくりと湯船の中へ全身を沈み込ませて肩まで浸かると、淵に背を預けて手足を伸ばす。

じんわりとしたお湯の暖かさが、身体の芯まで染み込んでくるような気がした。

ふわふわとした心地良い感覚に身を委ね、ぼんやりとガラス張りの天井を見上げてみる。

黄昏は闇色へとうつろいゆき、静かな静寂が世界を包み込むような錯覚を覚える。

センチメンタルなんてらしくないと自分に苦笑していると、からからから……、というドアが開く音と共に、誰かが入ってくる気配を感じた。

目を閉じて風呂を堪能している海斗には気づいていないらしく、鼻唄を口遊みながら湯船へと近づいてくる。

うっすらと目を開いて相手を見てみると、かなり線が細い人物のようだった。

湯気が立ち籠っているためにはっきりと姿を捉えることは出来ないが、背丈も小柄で肩幅も狭く見える。

同年代か年下あたりかと推測し、なら声を掛ける必要も無いかと再び目蓋を下ろした。

だが。

 

「わぁ……! すっごく綺麗……!」

「……ん?」

 

湯気のヴェールの向こう側から聞き逃せない声が聴こえてきた。

具体的には、聞き覚えのありすぎる、ついさっきまで言葉を交わしていた同世代の女の子的な声が。

 

「おい」

「ひゃわあっ!? だ、だだ誰っ!? て言うか男の人っ!? ウソ、なんでぇっ!?」

「ちょっと落ち着け。てか、やっぱり葵か」

「ふえ? か、海斗くん?」

 

徐々に薄れていく湯気のヴェールが消え去った事で、お互いの顔がハッキリと分かるようになった。

湯気の先にいたのは、やはり葵だった。

身体にタオルを巻き、髪もタオルで纏めているだけの無防備な姿。

肌がほのかにピンク色なのは、掛け湯をしたからだろう。

 

「な、なんで海斗くんがここにいるのっ!?」

「そりゃこっちのセリフだ、アホ。風呂入りたいからって男湯に入ってくる奴がいるか」

「嘘! 私、ちゃんと女湯って案内板がある方から入ってきたもん! 更衣室も女性用のだったし!」

「俺だって男湯の案内に従ったぞ。つーか、これってつまりそういう事なんじゃないか?」

「……混浴だったってコト?」

「それ以外考えられるか? しかも、悪意しか感じない注意書きまであることだしな」

 

海斗が指で示した先、浴場の壁に取り付けられた注意書きに『19:00以降、大浴場は混浴になります』と無駄に達筆な文字が書き込まれていた。

海斗がいったん部屋に戻った時間が大体16:50位だったので、今はちょうど混浴タイムの真っただ中なのだろう。

パンフレットや表の看板などに注意書きとして記されていなかったあたり、悪ふざけの匂いがプンプン漂う。

このことを教師が注意しなかったのは、大浴場の中に入らないと分からない注意書きに気づかなかったからか、それともせっかくの旅行なんだから少しくらいハメを外しても構わないと言う心遣い故か。

 

「私たち以外のお客さんがいないのって、このイタズラのせいじゃないのかな?」

「まあ、沖縄にきたら泳ぐか、観光するかのどっちかだろうしな。天然ものの温泉って訳でもない、ホテルの大浴場を堪能する奴なんざ少数派だろ。幸いって言うべきか、このホテルはウチの生徒でほぼ貸し切り状態。しかも、どいつもこいつも昼間はしゃぎ過ぎたせいでフラフラしてたしな。俺達以外に、大浴場を使おうなんて奴は居ないんじゃないか?」

 

実際、葵にあーんをされた海斗を問い詰めてこなかったのも、それだけの余力が残されていなかったからだろう。

眠そうに目尻を擦っていた者や欠伸をかみ殺している者も、少なくは無かった。

今日は、夜更かしも出来ずに速攻で夢の中へとダイブしていることだろう。

 

「そっか……じゃあ、ゆっくりできるね」

 

クラスメート達が来る恐れが低い事が分かり、ほっと息を吐く。

肌を見られたことのある海斗ならまだしも、見知らぬ異性の視線に晒されることは嫌なようだ。

身体に巻いたタオルが緩まない様にしっかり手で押さえながら、背中を向けつつ湯船に浸かる。

暖かいお湯に波紋が生まれ、心地良いじんわりとした温かさに思わず声が零れてしまう。

 

「ふぅ~~……」

「はぁ~~……」

 

あやかった訳ではないが、つられるように海斗の口からも声が零れてしまった。

やや親父臭いリアクションを取ってしまったことを誤魔化す様に、湯を勢いよく顔へ掛ける。

その傍らで、お湯を蹴るように近づいてきた葵の肩が、海斗のそれにコツンと当たった。

海斗の肩にごくごく自然な感じに頭を乗せてきた葵の纏めている髪を伝った水滴が流れ落ち、碧色に染まった水面に波紋を生む。

 

「どうした?」

「ん~? 別に~? ただ、何となく……うん、なんとな~く、こうしたいだけ~」

「そか」

 

不愉快な訳が無く、むしろ女の子の香りと柔らかさを感じられて、役得なのかもしれない。

触れ合った肌を通して感じられるお互いの鼓動。

2人しかいない空間だからこそ、ほんの僅かな身じろぎすら手に取る様に分かる。

でも、そんな2人だけの時間が、何故かとても心地良く感じられた。

ふっ、と閉じていた目蓋を開いた葵がガラス張りの天井越しに広がる夜空を仰ぎ見て、感嘆の息を溢す。

 

「わぁ……! すっごい星空だよ」

「ふと思ったんだけど、なんで態々面倒な造りにしてまで露天風呂モドキを造ったんだろうな? 別に、普通の露天風呂で良いんじゃね? 天気が荒れていても夜空を堪能できるとかどうとか言ってるけれども、雨雲なんざ眺めてても別に楽しくないだろ?」

「もう! 海斗くんってば、ムードってのを分かってないんだから! こういうのは雰囲気が大事なの!」

「そーゆーモンか?」

「そーゆーモンなのです」

 

ちょっとだけ得意気な顔を見せながらも、葵は海斗の方へとすり寄ってくる。

葵の軟らかな頬肉が男性特有の角ばった肩に擦れると、水気を含んだ前髪がひと房、零れ落ちる

まるで、子猫がマーキングするかのような動きに、海斗の胸の鼓動がゆっくりと速さを増していく。

 

「んー……、なんか硬くてごつごつしてる気がする」

「男なんてこんなもんだ。てか葵の肌って柔らかいのな。確か……もち肌っていう奴か?」

「む。そこはすべすべって言って欲しいかな」

「嫌か?」

「なんか響きが。もちっ、てしてるみたいに聞こえちゃうし」

 

女心は複雑だねぇ……と呆れていると膝の上に柔らかいものが触れる感触が。

 

「……おい」

「んぅ?」

「何故俺の上に乗っているのか」

 

海斗の頭に腕を回し、伸ばした脚部に馬乗りになった葵へジト目を向けてやる。

起き上がろうにも、後ろに回された両腕にがっちりと固められてしまっているので力尽くと言う訳にもいかない。

しな垂れかかかる様に抱き着いてきているので、タオルで隠しきれない胸の谷間とか、いろんなものが見えてしまう。

胸板越しに感じるのは、豊満な双乳が宿す柔らかさとタオルの肌触りが生み出したすべすべとした心地良さ。

タオルからはみ出している肉付きの良い股間でゆらめく陰毛が臍の少し下あたりを擽ってくる。

下腹部に血が集まっていくのを感じながら、自然と海斗の腕は彼女の腰へと回される。

対面で抱き合うような体勢になった2人の唇が、まるでそうあることが自然なのだと言わんばかりに近づいていく。

お互いの吐息が感じられるくらい近づいたところで、葵が瞳をぎゅっと閉じる。

彼女の顎に指をやり、くっと持ち上げると、そのまま唇を重ねた。

火照った舌で葵の口の中を余すところなく堪能し、腰に回していた腕の位置を下げて、むっちりとしたお尻へと伸ばす。

ぷりぷりとしたお尻をわし掴みにすると、痛みを感じないように注意しながら、それでいて大胆に揉みしだいていく。

瑞々しい肌はまるで海斗の指に吸い付く様な心地良い感触を宿している。

水泳で鍛え上げられたお蔭なのか、適度に引き締まっていて、そのくせ女性的な柔らかさも兼ね揃えている。

 

「んっ、ふうっ、はぁ……っ!」

 

アルコールに酔ったような蕩けた笑みを浮かべながら、ゆっくりと唇を放す。

誰かが来るかもしれないというスリル、学業の一環であるはずの修学旅行中でありながら情事を致そうとしている背徳感が、ゾクゾクとした快感と共に背筋を駆け登っていく。

止めなければならないと理性では分かっているのに、かつてない昂奮に苛まれた本能がもっと先へと囁き続けている。

 

「んっ、ぢゅっ……! ぷはぁ……、はぁ、はぁ、はぁ~……えへへ」

「……どした?」

「ん~、何か久しぶりっていうか、こうしてるとすっごく落ち着くっていうか。昨日、海斗くんと一緒に寝られなかったからかな?」

「一晩だけだろ」

「それでも、だよ。なんだろ……こうやってべったりしてるのが、当たり前な気がするんだよね」

「しっぽりともいう」

「……海斗くんってば、やっぱりえっちでしょ?」

「発情期真っ只中な青少年はみんなこうなんです」

「思春期って言ってくれないかな!? なんかヤダ! お耳を汚す的な意味でっ!」

「やれやれ、なんてワガママっこなお姫さまだ……ゴメンナサイクチガスギマシタフクロダケハカンベンシテクダサイ」

「次は『キュッ』として『ぷちっ♪』 ってしちゃうからね?」

「ら、らーさ……」

 

全面降伏によって、男性に2つだけ備わっている内臓器官的なお稲荷様が再起不能になる事だけは回避できたようだ。

やや熱めの湯船に浸かっていながら背筋が凍る思いを味わえるとは我、感激……的な自虐思考を持ち合わせていない海斗は心の底から安どのため息。

そんな彼のコロコロと変わる表情を見て笑みを溢す葵。

学校生活ではまず見ることができない、海斗の色々な表情。

呆れた顔、意地悪な顔、怖がった顔。どれも、(じぶん)だけが知っていると言う事実が……自分だけが海斗を独占していると言う優越感となっていく。

それは嫌でない、だからこうしてじゃれ合い、笑い合える。

最早彼らにとって、同じ屋根の下で暮らし、寝食を共にすることで自分達が肩を並べてそこに在る(・・・・・)ことが当たり前だと感じるようになっていた。

それこそ、一晩離れていただけで調子が狂ってしまうくらいに。

人目がある内は自分の心を誤魔化していられた。

だが、周囲に気を配る必要も無い状況下で2人っきりになったので、いろいろと溢れてきてしまったようだ。

秘唇から溢れ出す蜜液がお湯に溶けて広がっていく。

もう我慢できないとばかりに葵が身体を揺らせば、身体に巻き付けていたタオルが解けて、解放された乳房が直接海斗の胸板に押し付けられる。

先端の突起はもう硬くなっており、ゴムマリのような柔らかさの中心にコリッとした感触が加わって、筆舌しがたい快感を齎してくる。

それは葵の方も同様らしく、火照った吐息を漏らしながら海斗の腰に足を絡ませてきた。

完全に密着したことで快感が増したのか、喘ぎ声が徐々に大きくなっていく。

海斗は、尻肉を左右に引っ張りながら、隙間へと指を滑り込ませる。

指先が撫でる様に割れ目を走り、やがて誰にも触れさせたことが無い葵の尻孔……アナルへとたどり着く。

ビクンッ! を肩を跳ねさせた葵が慌てて海斗を見上げると、彼は意地の悪そうな笑みを浮かべて、尻孔をつっついてやる。

 

「ひゃっ、やぁ、やだぁ! そんな、トコっ! さわっちゃ、やぁああっ!」

 

家族にも見られたことが無い恥ずかしすぎる場所に触れられて、葵がぶんぶんと首を振って取り乱す。

あまりの恥ずかしさに半泣きで睨み上げてくる葵に流石にやりすぎたかと反省したのか、海斗の指が離れていく。

ほっ、と葵が気を緩めてしまった瞬間を狙いすましたかのように、今度は秘唇へと指が差し込まれた。

 

「はっ、はううっ!?」

 

お湯以外の液体でトロトロになっていたそこは、瞬く間に差し込まれた指の第二関節まで呑み込んでいく。

膣内をかき回す様に指を動かして、膣肉をほぐしていく。緩急をつけて、時折指の角度を変えながら、葵を絶頂へと誘うために快楽の波を送り続けていく。

腕が背中越しに回されているので逃げられず、立てつづけに注ぎ込まれてくる快楽に身を捩ることしか出来ない葵は、恥ずかしさと気持ち良さでどうにかなってしまいそうだった。

おねだりする様な腰の動きも、勃起した乳首を擦り付けることも止められず、身体中を満たす快楽の奔流に翻弄され続ける。

喘ぎ声はどんどん大きくなり、途切れ途切れになる呼吸が彼女の限界が近い事を物語っている。

そして、一層深く指を差し込まれた瞬間、とうとう我慢することが出来ず、快楽に屈してしまった。

膣内が激しく収縮を繰り返し、膣奥からマグマのように熱い蜜液が大量に溢れ出てきた。

 

「あっ、や、……やぁあああっ! いっ、イクッ、イッちゃ――ッ!」

 

弓なりに背中を反らし、海斗の腕の中で激しく痙攣を繰り返す。

ビクンビクンッ、と何度も身体を震わせた彼女は、そのまま意識を失ったように脱力すると海斗へともたれかかってくる。

口端から零れ落ちる唾液を拭うことも出来ないほどの虚脱感に襲われて、喘ぎ声を零し続けている。

それでも海斗を放さないとばかりに腕を解かない葵の頬にキスを落として、彼女の秘所に突き刺さったままだった指を引き抜いていく

ちゅぷん、という恥ずかしい音と共に引き抜かれた指先を水面から出して、しげしげと眺めてみる。

お湯を潜っているというのに、指先にはしっかりとした粘り気のある液体が付着していて、照明の光を反射しながらキラキラと輝いていた。

 

「はぁ、はぁ……ぁ、こ、コラ!」

 

何を眺めているのか気付いたらしく、更に顔を赤くした葵がぺしぺしと海斗の頭を叩いてきた。

絶頂を迎えた直後と言う事もあって、全然痛みは無い。

誤魔化す様に唇を奪いながら、彼女の尻肉を掴んで位置を調整する。

限界近くまでいきり立っている分身の亀頭を秘唇に擦りつけると、一気に最奥まで押し込んだ。

 

「んうっ!? ふっ、うぅ~っ……!」

 

心地良い締め付けを感じさせる膣壁をかき分けながら、肉壺の奥へ奥へと潜り込んでいく。

お互いの腰がくっ付いたところで、亀頭が一番深いところにある硬いもの……子宮口へとたどり着いた。

ずくん! という衝撃と共に、最も大切な所が押し上げられる感覚が駆け巡り、葵は一際大きな喘ぎ声を上げてしまう。

一晩のお預けを受けていたからか、それともこの状況が興奮剤となったのか、ざわざわと煽動するかのように動く膣肉が海斗の男根をしごき上げてくる。

頬を上気させながら喘ぎ声を上げている葵の唇を奪い、火照った舌同士を絡め合わせながら、味わうようにゆっくりと腰を動かしていく。

押し込む、と言うよりは突き上げるような動きで、滾った膣内を心ゆくまで堪能する。

お湯の中と言うこともあってスムーズに挿入することが出来ている。

ピンク色に染まった裸身を震わせて快楽を感じている葵をさらに気持ち良くさせるべく、挿入する動きを前後からかき回すような円運動へと変化させる。

火照ったカラダは全身の神経が敏感になっているので、快楽の波も一際激しいようだ。

カリ首が膣肉を抉る様に暴れ回り、とめどなく溢れてくる蜜液が白い靄となってお湯に溶けていく。

掃除する人は大変だなと他人事のように考えながら、葵の最奥を征服せん勢いで、腰のストロークを加速させていく。

 

「あ、ああ……いぃっ、よぉ……気持ち、いいのぉ……!」

 

海斗の腰を抱くしなやかな足に力が籠っていく。

すると、両者の腰は相手の全てを呑み込むまで離さないとばかりに密着の度合を増し、亀頭が子宮口をぐりぐりと擦りつけていく。

びりびりとした快感が小刻みな波となって葵の理性を溶かしていく。

お湯を波立たせるほど激しく腰をくねらせながら、さらなる悦楽を求めてよがり声を上げていく。

膣全体が収縮を繰り返し、精液をちょうだいと激しく煽動を繰り返す。

海斗は、葵と繋がったままで足に力を込めて持ち上げると、彼女を湯船の淵に腰掛けさせる。

そのままタイルの上に押し倒す様に覆いかぶさると、彼女のくびれた腰を掴みながら突き上げの動きをさらに加速させていく。

 

「葵……お前の(ナカ)、物凄く気持ちいい……」

「わた、わたしっ、もぉ……きっ、気持ちいいよぉ! あっ、あ、あ、ああっ! ひっうぁあああっ!?」

 

2人の腰の動きが完全に同調した瞬間、めこぉっ! という芯まで響く音と共に、亀頭が子宮口をこじ開けた。

亀頭部分が子宮の中へと侵入し、膣内とは全然違う感触が、男根を通じて海斗の背筋を奔る。

葵の一番大切な場所に到達したと言う感動が、海斗の胸を満たしていく。

新たな生命を育む神秘の領域に触れたことで、竜ヶ崎 葵と言う少女の全てが手に入ったかのような錯覚を覚えてしまう。

 

「すっ、げ……! これが、子宮のナカなのか」

「かっ、は……ひぃ……!? 子宮(おく)っ、にぃ……さ、刺さって、る……?」

 

かつてない衝撃に半分意識が飛んでしまった葵の腰を抱え直し、一層激しく挿入を再開する。

ミキサーのような激しい挿入に翻弄される葵が、海斗の背中に爪を立ててしまう。鋭い痛みを感じながら、それでも海斗は動きを緩めるようなことはしない。

硬く尖った乳首を捻り、耳たぶに舌を這わせながら、むさぼる様に腰を動かし続ける。

焼けた鉄の杭を体の中に突き刺されるかのような衝撃が葵へと襲い掛かり、乱暴な挿入の痛みはかつてない快楽へと変換されてしまう。

膣肉の締め付けが一層キツくなり、激しく射精を促してくる。

奥へ奥へと煽動する膣肉の動きに呼応して、男根の中を熱いもので満たされていくのが分かる。

むさぼる様に口づけを交わしながら、一番深いところまで男根を押し込んだ瞬間、膣全体から齎される蠢くような刺激に誘われるまま、熱い滾りを放出した。

 

「あぁあっ! あっ、あつ、い……ひっ、あ、あぁあああああっ!」

 

子宮の中に直接精子を注ぎ込まれた感覚に堪えきれず、大浴場の中に葵の絶叫が響き渡る。

限界まで背中を反らして硬直した葵を支えながら、海斗は睾丸にため込まれた全ての精液を注ぎ込まんと、男根を押し込み続ける。

膣肉の蠢きは収まる気配を見せず、海斗の全てを絞り尽くさんと快楽を齎し続けている。

やがて、完全に射精が終わったのを見計らってからゆっくりと引き抜いていくと、治まりきれなかった白い液体が、粘り気を増した蜜液と混じり合いながら溢れ出してきた。

濃厚なオスとメスの匂いが鼻孔に纏わりつき、熱の籠った呼吸が重なっていく。

全てを出し切ったと言うのに、海斗の男根はいまだに固くそそり立っていた。

タイルの上で胡坐を掻きながら息を整えている海斗に気づいた葵は、自分も荒い呼吸を繰り返しながら、ゆるゆると四つん這いになって、未だに治まりがついていない彼のものへと近づいていく。

 

「……葵?」

「ん……」

 

返事もせぬまま、胡坐を掻いた海斗の股へ首を差し入れると、精液と蜜液に塗れたそれの亀頭へ唇を寄せる。

そして……、

 

「……ぁむ」

「っ!?」

 

突然亀頭を咥えられ、海斗の背筋がゾクリと震えた。

熱い吐息を零しながら、葵は熱に侵されたかのような表情で亀頭を舐めまわしていく。

暖かい口内の柔らかさ、慣れていない故に時折当たる歯の硬い感触が、初めてのフェラチオだという事を証明している。

不慣れながらも精一杯の奉仕をしてくれていると言う事実に、海斗は興奮を隠せない。

葵は徐々に反り返っていくそれの根元に指を当てると、唇を窄めさせながら頭を前後に動かしていく。

唇の隙間から溢れ出すぴちゃっぴちゃっという淫猥な音、上目使いに海斗の様子を伺う表情が治まりを見せていた興奮を再燃させていく。

口の端から唾液と精液と蜜液が混ざりあったものが零れ、葵の顎を伝いながらタイルの上へと零れ落ちていく。

心地良すぎる刺激を堪えることが出来ず、葵の口の中で亀頭が大きく跳ねた。

それに驚いた葵が男根を吐き出すのと、大量の精液が噴出するのはほぼ同時のことだった。

 

「きゃっ!? ……え、これ、せーえき?」

 

勢いよく放たれた真っ白な体液を顔に受け止めながら、葵は頬を伝うそれを手に取ると、興味深げに眺めてみた。

親指とひとさし指を擦り合わせて話してやれば、その間を白い橋が掛かる。

むわっ。とした雄の匂いに、とろろよりも粘り気の強いそれが珍しいのか、興味津々と言った表情で欲望の滾りとも呼べるそれを眺めている。

やがて好奇心に惹かれたのか、指先に付着したそれを

 

「……ぺろっ」

 

と、舐めてみた。

 

「うえっ!? 変な味ぃ~!?」

 

そして、盛大に(むせ)た。

 

「いや、いきなりやるか普通……」

「だってぇ……海斗くんのなんだし美味しいのかな、って……」

 

どうやら葵は男心を擽る手段を心得ているらしい。

思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるものの、ここまでやらかしといて、居続けることは危険すぎる。

いつ人が来るかもしれない上に、情事後ですと言わんばかりの匂いで満たされた場所に2人でいることを見つかりでもすれば、どれほど頭の緩い奴でも海斗達の関係を勘ぐるだろう。

 

「さすがにこれ以上ここにいるのはアレだからな。さっさとでるぞ――って、コラ。いつまでクンカクンカしてやがるか。さっさと顔でも洗ってろ」

「えぇ~、その言い方はひどいんじゃないかな?」

「顔面ベトベトの状態で部屋に帰るつもりか? いいから、撤収だ撤収」

「は~い」

 

備え付けのシャワーで汚れを洗い流すと、最低限の片づけを済ませてから、足早に更衣室へと向かう。

入り口の脇に換気扇のスイッチを押して浴場の中を換気しながら、手早く着替えを済ましていく。

そんな時でも海斗の脳裏によみがえってくるのは、どんどん大胆になっていく葵のあられもない姿。

秘部を掻き回されてよがり狂う姿も、どうしようもない『女』を感じさせる色っぽい表情を浮かべた姿も、自分の男根に舌を這わせて奉仕する姿も。

その総てが愛おしくてしょうがなくなってきている自分自身に、どうしようもなく戸惑ってしまう。

 

(俺は、ここまで一人の女に執着するような奴だったのか?)

 

仕事上、不特定多数の女性と肉体関係を結んてきた中では、一度たりとも経験したことの無かった感情。

SEXは愛情が無くても出来ることを知っている。

だからこそ、自分が抱いている感情が『愛』と呼べるものなのかが分からない。

けれど――

 

「あいつと一緒にいたいって思っていることだけは間違いないんだよな……」

 

なら、今はそれで良いと自分に言い訳をしながら、海斗は湯上りのコーヒー牛乳を入手すべく自販機へ足を向けるのだった。

 




桐生君、言いくるめられちゃうの巻。
ゆっくりと幼馴染の変化に気づき始めたけれど、まだまだ核心には至っていない模様。
大丈夫、君にもきっといい出会いがあるさ!

で、幼馴染が悶々しているのを尻目に、葵ちゃんが冒険を!
……でも、結局海斗君の正体は有耶無耶に(笑)。
翌朝、噂を耳にした早苗ちゃんの反応が実に楽しみですな♪


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番外編 クロスオーバー『IS』編(エロシーンは皆無なのでご注意を)

新話の前に、ふと思いついたネタをリハビリ兼ねて仕上げてみました。
IS2第一話を見て、一夏君の残念ぶりに笑った瞬間、もしあの二人がIS学園に入学したら……と。
ゲストに『あのお方たち』もご登場。
どうぞお楽しみください。

2013.11.9 誤字修正&暖かいお言葉を頂けたこともあり、消去は一旦取りやめにしようかと。
神造遊戯がsts編終了したら、むこうの番外編へ移動させようかと思います。


正式名称『インフィニット・ストラトス』

通称『IS』と呼ばれる女性にしか動かす事が出来ない兵器の操縦・整備を学ぶ教育機関。

それがここ、IS学園の存在理由である。

俺、『織斑 一夏』もまた、ここで勉学に励む学生だ。

何故男の俺が女しか入学できないここにいるのかと言えば、世界で初めてISを起動させた男性操縦者こそが俺だったからだ。

事の発端は試験会場を間違ってうっかりISを起動させてしまったのが総ての始まりだった。

世界最強のIS操縦者『織斑 千冬』を姉に持ち、女尊男卑の風習が浸透しつつある昨今、古き力ある男性の威厳復活をと顔も知らない高官様や企業のお偉い方に重い期待を背負わされ、身を護るためにも自治権が認められているこの学園へと入学することを決めた――というか、半ば強制そのものだったが――あの日から早数日。

今日からめでたくIS学園の1年生となった俺は、自分のクラスでたった一つの単語を脳内で反芻していた。

 

(……帰りたい)

 

突き刺さる好奇の視線。ちらりと振り返れば、打ち合わせをしたのかと突っ込まざるをえないくらい息の合った動きで視線を逸らすクラスメート達。

唯一の顔見知りである幼馴染に救いを求めても、視線を合わせることもしないで顔を背けられてしまう。

おいそこなファースト幼馴染。それはあまりにも冷たすぎるんじゃないでしょうか? 

6年ぶりに再会した幼馴染は少々ツンが強すぎるレディに成長なさったというのか。

武士っぽい雰囲気といい、その年齢から堅物街道一直線だと嫁の貰い手が無くなっちゃうぞ?

 

――ギロッ!!

 

「ひぃっ!?」

「ひゃうっ!? お、織斑君? あ、あの、ゴメンね。怒ってる? 怒っちゃってるよね?で、でも、あの、その、出席番号順だと苗字が『あ』行の人から自己紹介してもらいたくて……あの、お、お願いできる、かな……?」

「は、はいっ!? あ、だ、大丈夫です! 問題ありません。やります、むしろやらせてください!」

 

ひとり寂しく縁側に腰掛けて緑茶を啜るファースト幼馴染(70年後Ver.)を思い浮かべていたら、ぐりん! と勢いよくこっちへ振り向くなり人を殺せそうなアイビームを放ってきたので思わず悲鳴を上げてしまった。――そしたら、これまたタイミング悪く俺の名前を副担任である山田 真耶先生が呼ぶところだったようで、物凄く申し訳なさそうな表情でペコペコ頭を下げられてしまった。眼鏡がいまにもずれ落ちそうになり、サイズの合っていない服装と相まって背伸びした女の子をいじめてしまったような罪悪感が胸を刺す。

……なんだろう、この可愛い生き物は。まさに女子力全開。すこしは我が幼馴染も見習ってほしいものだ。

 

――ヒヤリ。

 

……首筋に抜身の刃物を当てられたような感覚が。

眼球だけを動かして恐る恐る殺気の発生源の方を見れば、手に握ったシャープペンを圧潰させんばかりの力で握りしめた鬼の姿。

おお、ファースト幼馴染こと篠ノ之 箒さんや。

いつの間に鬼さんへジョブチェンジなされたのですかな?

怒りを抑えてくださいと、アイコンタクトを送ってみる。

 

――ア・ト・デ・シ・メ・ル・♡

 

…………どうやら俺の冒険(じんせい)は今日が最終日だったようだ。

流石は《神》サマ。再開を果たした幼馴染を死神に遣わすとは、やることがえげつないぜ。

 

《――いや、別に俺は何もしていないが?》

『えっ?』×複数 

《え?》

 

……なんか変な電波を受信してしまったようだ。やたらと派手な鎧を着た裏ボス風の男がカラフルなコスプレ集団と喧嘩する光景が見えてしまったぜ。

 

「お、織斑君? どうかしたんですか?」

「い、いえっ、別に!?」

 

いかんいかん、つい自己紹介の真っただ中だってことを忘れちまってたぜ。

自己紹介は入学初日に起こす重要なイベント。雰囲気を悪くしないためにも、何か子洒落た一言を述べねば!

席を立ちながら何を離そうかと巡考していると、不意に俺の横の席が2つほど空席になっているのに気づいた。

俺が教卓の真ん前、つまり最前列のど真ん中の席な訳だが、俺から見て右の席2つに生徒が座っていない。

話す内容を纏める時間稼ぎも兼ねて、聞いてみることにするか。俺は手を上げて、不安そうな表情で俺の顔を覗き込んでくる山田先生に質問した。

 

「あの、山田先生?」

「はい? どうしました?」

 

コテン、と首をかしげるのは反則だと思う。っていうかこの人、本当に成人してるのか?

 

「あの、気になったんですけど。こっちの空いてる席はいったいなんです?」

「え゛!?」

「えっ?」

 

いま、「え゛!?」 って言わなかったか? なに、聞いちゃまずいの?

 

「えっと、その……」

 

ものすごく言いにくそうに口籠る山田先生。

視線を彷徨わせて指先をツンツンさせる姿は、まさに悪戯がばれた子どもの如し。

教師にこんな反応をさせるってことは、相当な問題児か何かなのか? まさか絶滅危惧種なヤンキーとかじゃないだろな?

他の皆も似通った想像をしたらしく、あちらこちらでざわめきが起こっていく。

 

「あっ、いえ、違うんです!? あの子たちはとってもいい子たちなんですよ!? でも、ちょっぴり……そう! ほんのちょっぴりだけ特殊な事情がありましてっ!」

 

慌てて弁明する山田先生だったがもはや後の祭。元々こういった話題に目が無い女子がそう簡単に納まりを見せる訳も無く、あっという間にクラス全体にざわめきが広がってしまった

涙目で諌めようとする山田先生が本気で不便だ。

何と言うか……成長の過程で大人っぽさを忘れてきたんじゃないのかっていうくらい幼いっていうか……。

とか失礼な事を思い浮かべていると、

 

 

 

 

――WAWAWAWAすれモノォオオ~~~~♪

 

 

 

 

『ごふぁ!?』

 

突如として、イントネーションをわざと外したような男の声が響き渡った。

俺はもちろん、クラス全体から空気の破裂音が。

口元を抑えながら盗み見て見れば、少なくない女子たちが口元か腹部を抑えながら肩を震わせている。

箒なんか思いっきり窓の外へ顔を背けているぞ。耳たぶまで真っ赤になって……見事にツボへ入ったようだ。

 

「はわぁ!? ど、どどどどうして狙いすましたかのようなタイミングで着信が!?」

「今の着信音だったんですか!?」

 

エライ趣味をお持ちなのですね山田先生……。

 

「うえぁ!? ちっ、違います、違いますぅううう~~! こ、これはこの間の職員会議で大事な書類を机の上に忘れてしまった事を先輩に怒られた時、『うっかり者な山田君にはこの着信音が相応しい。そうだろう? そう思うだろう?』 ――って、IS用近接ブレード片手に脅されて設定されちゃったんですよぉ!」

「だからって、なぜに谷口!?」

「え、知っているんですか? IS学園(ウチ)の教師である谷口先生のこと」

『実在するの!?』

「ほかにも、用務員のキョンさんとか、整備統括のユキ博士とか、保険医のフランドール先生とか……」

「いやいやいや、最後のはおかしい!?」

「えっ? 『きゅっ♪』としてもらえば一瞬で極楽へイケるっていう凄腕な名医って噂ですよ?」

『それは意味が違うと思いますっ!?』

とんでもないカミングアウトが火種となり、先ほど以上の喧騒に教室が包まれる。

いよいよ収拾がつかなくなってきぞ、こりゃ。

 

「やれやれ、ピーチクパーチクやかましいぞ小娘共。さっさと黙れ。もしくは喉をかっ裂いて死ね」

 

納まりがつかなくなったと思っていたクラスに静寂を落とす凛とした声。俺としては聞き馴染んだ、彼女らにとっては映像越しでしか耳にしたことが無いであろう女性の声に、クラス中の視線が一点に集まる。

30にも上る視線を集めながら、当の本人はまるで無人の荒野を歩くかのごとく堂々とした足取りで山田先生の方へと近づいていく。

 

「すまんな山田君。例の2人の手続きが予想以上に時間を食ってしまった」

「お、織斑先生! ご苦労様でした!」

「うむ」

 

ダークブラックのスーツを着こなした女性……織斑 千冬は抜身の刃の如き鋭い眼光でクラスを見渡すと、

 

「諸君、私がこのクラスの担任を任された織斑 千冬だ。君たち新人をわずか一年で使い物にする役目を請け負った。故に反論も泣き言も許さん。黙って私の命令に従え。さもなくば、脳髄をブチ撒けて死ね」

 

何と言う暴論。っていうか千冬姉、たとえが物騒すぎやしませんかね?

家族である俺ならともかく、初対面の、それも女の子達にきつ過ぎる言葉を投げるのは如何なものかと――と、思いきや、

 

「キャアァアアアアアッ! 千冬様! 本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

「お姉様のためなら死ねます!」

 

湧き上がる黄色い悲鳴、っていうか歓声。あれで喜ぶとか、やはり女子の考えはよく分からん。

大体お姉様ってなんだよ、どこの女子高だ。……あ、女子高か。

きゃーきゃー騒ぎたてる女子達は、まるで人気アイドルを前にして騒ぐファン達の如し。

騒がれている千冬姉はかなりうっとうしそうにしてるけど。

あ、頭抑えた。

 

「毎年、よくこれだけ馬鹿者が集まるものだな、心底感心させられるよ。それとも私のクラスだけバカを集中させているのか?」

 

頭を押さえながら心底うっとうしそうに溜息を吐く千冬姉。毎年これなら気持ちは分からなくもないが、もう少し愛想良くしてもいいんじゃ……

 

「きゃあああっ! お姉様! もっと叱って! 罵って! 蔑んで!」

「でも時には優しくして!」

「それで、つけあがらないように躾してぇ~!」

 

わからない……クラスメートの考えが何一つわからない。

俺が男だからなんか? だから一人だけ疎外感を感じているのか?

 

――ハッ!? もしや、これが世に言う女子力というヤツなのか!? ← 注)違います

 

ちなみに千冬姉、毎年こんな感じなんだね。本当にご苦労様です。また今度、マッサージしてあげなければ。

 

「はあ……もういい。高宮、竜ヶ崎、入れ」

「「はい」」

 

千冬姉が言葉をかけるのとほぼ同時にドアが開いてIS学園の制服に身を包んだ2人の生徒らしき人物が現れた。

 

「は?」

 

思わす惚けた声を出してしまった俺は悪くないと思う。

何故なら、あれだけ騒がしかったクラスの皆が――半眼で俺を睨み付けてきていた箒ですら――ぽかんと口を開けて間抜けな表情を晒していたのだから。

 

「ちょうどいい、ここで自己紹介も済ませておけ」

「わかりました。……えっと、皆さん始めまして。竜ヶ崎 葵と申します。皆さんよりも年上になりますが、とある事情でこちらIS学園に通わせていただくことになりました。どうぞ、よろしくお願いします」

 

まず最初に入ってきたのは艶やかな黒髪を腰までおろした少女。

全体的にほっそりとしていながら、出るところは出ているというグラビアアイドルのようなスタイルの持ち主だった。

歩く姿はどこか千冬姉を彷彿させる綺麗なもの。なにかスポーツをやっているのだろう、身体のバランスが実に美しい。

印象的には箒が近いだろうか? 大和撫子って感じの女の子だ。

街中ですれ違えでもすればまず目を奪われてしまうであろう美少女だが、今この場においてはもう一人のインパクトの方が大きいと言わざるを得ない。

何故ならもう一人と言うのが――――男だったからだ。

 

「高宮 海斗。見ての通り男だ。まだ公表はされていないらしいが、世間的には世界で2番目にISを動かした男性操縦者と言うことになる。竜ヶさ――」

「……むーっ」

「……コホン。『葵』と同じでお前らよりも年上になるが、まあよろしく頼む」

 

言い終わると、頬を膨らませながら目尻を吊り上げていた竜ヶ崎さんの頭に手を置いて優しく撫でる高宮。

体格は俺と同じくらいだろう。襟首を緩めて上着の前を開くという格好だと言うのにだらしなさい印象を受けず、寧ろスタイリッシュなカッコよさを感じさせる。

露出している肌からは相当鍛え上げた様子が見て取れるので、なにか武術の心得があるのだろう。

ただ、剣道で全国制覇した箒のように剣気というか武道を嗜んだ者特有の凄みとでもいうべきものが異質な感じがする。

例えるなら、千冬姉や箒は鞘に納められた日本刀というイメージ。

そこに在るだけで存在感を示し、ひとたび鞘から抜かれればあらゆるものを瞬断する鋭さを持つ。

対して、高宮から感じるのは目に見えない恐怖というか……そう、しいて言えば暗器だ。

深く踏み込み過ぎてしまえば、気づけない内に背中をブスリ、ってやつだ。

 

「……きゃ」

「きゃ?」

「キャァアアアアアアアッ!」

「ぬあ!?」

「ひゃう!?」

 

大歓声Ver.2。千冬姉の登場に匹敵しないかコレ?

 

「男子! 2人目の男子がウチのクラスに!」

「しかも美形でクールな俺様系!」

「私、日本人に生まれてよかった~!!」

 

初日から元気ですね君達。ほら落ち着きたまえ、高宮も目を丸くしてるから。

ビックリしてこけそうになった竜ヶ崎さんを抱きとめながら『わけが分からないよ』って顔してるから。

竜ヶ崎さんに怪我が無いことを確認してから、彼女が立ち上がるのを待ってから身体を放す。

その紳士的な態度に、女子たちのボルテージはさらにアップ。

千冬姉が心底めんどくさそうな顔をしているのが、実に対照的だ。

こういう十代女子の反応が鬱陶しいんだろうな。

 

「あー、騒ぐな小娘共。静かにせんか」

 

教卓を叩きながらぼやく千冬姉の隣で、山田先生が必死に騒ぎを納めようとしているのが涙を誘う。

 

「やれやれ……」

 

自分が騒ぎの原因だとわかったのか、立ち上がった高宮が一歩前に歩を進め、

 

「――黙れ」

 

勢いよく床を踏みつけた。

 

「な……っ!?」

 

感じたのは浮遊感。

まるで重力の楔から解放されたかのような、水の中を漂っているかのような感覚に全身が包み込まれる。

他の皆も同じような状態なのか、先ほどまでの喧騒が一瞬で静寂に変わってしまった。突然の事態に千冬姉でさえ、目を見開いているのが見えた。

 

――ガタンッ!

 

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

次の瞬間、足の裏と尻に強い衝撃を感じて思わず声を上げてしまった。慌ててあたりを見渡せば、皆も似通った状態らしく辺りを見渡しながら困惑の表情を浮かべていた。

 

「ふむ……今のは震脚だな?」

「正解」

 

一瞬で静かになったクラスの中に、愉快そうな声色の千冬姉と高宮の声が響く。どうやらさっきの現象について千冬姉はアタリをつけたらしい。

 

「床を踏みつけ、気を乗せた衝撃を教室全体に浸透、破裂させることでガキどもを浮かび上がらせたと言ったところか。見事なものだな」

「流石はIS操縦者世界最強。ひと目でこうも容易く見抜かれるとはな……」

 

ニヤリ、と高宮の口端が吊り上った気がした。

 

「だからこそ教えを乞うに足る」

「……ふん、生意気な小僧が。ISというおもちゃを手に入れて調子に乗っているのか?」

「いいや、むしろ逆だよ。ここはISの操縦技術を学ぶ場所なんだろ? だったら、最強の存在に教えを乞うのが力をつける近道だと考えたまでのこと。望まぬ現状にふてくされ、目を逸らすのは愚の骨頂――でしょう、織斑先生?」

「ほお……いい目をしているな。だが――言うからには泣き言は許さんぞ?」

「もとより承知。血反吐を吐く程度の苦難を乗り越えずして、力が身につくとは思っていない」

「いい返事だ。――だがな高宮。教師には敬語を使え」

 

そう言う千冬姉の口元は何とも楽しげに緩んでいたのを俺は見た。

あの表情は、俺が初めて剣道を習いたいって頼んだ時に浮かべていたのと同じものだ。

憎まれ口を叩きながらも、全力で剣の腕を鍛えてくれたあの頃と。

 

「もう、海斗くんってば……」

 

竜ヶ崎さんはしょうがないヒトなんだから~とでも言いたげな顔で不敵に笑いあう2人を見つめている。

後に残された俺達(クラスメート一同&腰が抜けたのか床に座ったままの山田先生)は目の前で繰り広げられる光景を呆然と眺める事しか出来ないのであった。

 

 

 

 

始業式の翌日、同室となった幼馴染、兼、想い人である一夏に引っ張られてきた箒は、むっすりと口元をへの文字にしていた。

いかにも、「私、不機嫌です!」 と言わんばかりに自己主張している幼馴染の様子に、元凶である少年は気づいていない。

現在進行形で声をかけてきたクラスメートの女子(←ここ重要)と楽しげに話している(恋する乙女標準装備の『乙女フィルター』越しには)ように見える。

のほほんとした表情の一夏に、箒のイライラは募るばかり。

数年ぶりに再会を果たした幼馴染を放っぽり出してなにをやっておるかこの不埒者! と声なき怒号を浴びせ続ける。

 

……しかし、木の根っこから生まれたのでは? と勘繰りたくなるほど恋愛ごとに激ニブ王子は、やっぱり気づけない。

 

(――ッ! このっ、バカ一夏! ここは同伴している私と昔話に華を咲かせるシチュエーションであろうがっ!)

 

少々理不尽にも思える箒嬢のお怒りだが、本人は至って真面目なご様子。

ひょっとしてもう昔の幼馴染のことなんてどうでも良くなったのでは? と要らぬ勘繰りをしてしまうほどに、箒の心はテンパっていた。

 

(くっ……一夏の馬鹿者っ! もう知るものかっ! 一人でここに置いて行かれて不安になるがいい!)

 

胸の内から湧き上る不安を振り払うかのように味噌汁を一気飲みすると、お椀を勢いよくトレイに叩き付けて立ち去ってやろうと腕を振り上げた――瞬間、

 

「お? なんだなんだ? 何の騒ぎだ?」

 

のほほんとした表情がデフォルトなクラスメートとの会話を中断した一夏が、妙にざわつき始めた辺りの様子を怪訝な表情で見渡す。

つられるように箒たちも周囲を見やれば、学園たった2人だけの男子を気にかけつつも思い思いに談笑していた生徒たちが、入口の方を見ているではないか。

 

「あ~、たかたかとりゅんりゅんだ~♪」

 

長い袖で包まれた腕をぱたぱたと振り回すクラスメートの視線を追えば、言葉の通り、入り口に渦中の一人である海斗の姿があった。

箒たちと同じように食事を取りに来たらしく、寝ぼけ眼の葵を連れて入り口横の購買器へと向かっていく。

 

だが……、

 

「えっ? ひょっとしてもう一人の男……しぃいいいっ!?」

「えっ……ウソ!? アレってまさかあっ!?」

 

驚愕・戦慄・羨望……生徒たちから吹き荒れる黄色い声の嵐。

それもそのはず。

なんと海斗は、事もあろうに葵を『お姫様だっこ』した状態でご来店なされたのだから!

海斗は日課であるジョギングと朝シャンを済ませた後なのだろう、上着を脱いで腰に巻き付けるという出で立ちであった。

ノースリーブタイプのシャツから覗くのは鍛え上げられた男の肉体美。

ボディビルダーのように盛り上がりすぎず、肉体のバランスを崩さない見事な黄金比を体現している筋肉で覆われた異性の肌を直視して、年頃の乙女たちは鼓動の高まりを押さえつける事が出来ない。

しかも、現在の彼は眼鏡を外し、前髪をかき上げたプライベートモード。

分厚いレンズの奥に隠されていた瞳は、野生に生きる獣のごとし。されど、腕の中でまどろむ少女を見るソレには、情熱的な“想い”が見て取れる。

一見するととっつきにくい雰囲気を纏っていながら、外見ではなく行動で他者を惹きつける魅力に溢れたその姿は、女尊男卑の風習が定着しつつある昨今では希少価値の高い『武士』のようだ。

優しげな瞳とほがらかな性格を持つ好青年である織斑 一夏とはまさに対極。

逞しい腕の中でまどろむ葵が、心底安心した表情で海斗の首へ腕を回し、頬を胸板に摺り寄せていく。

鼻をくすぐる少女の前髪と乙女の香りにだらしない表情浮かべる事も無く、愛しみに満ちた微笑を浮かべながら口元を近づけ――

 

「ほら、食堂に着いたぞ。いい加減に起きろ、葵。さっさと起きないと――」

 

閉じられた瞼の上に、軽く、触れるかのような優しいタッチで唇を寄せて、

 

「――キス、するぞ?」

 

まるで愛を囁くかのように呟いた。

 

『――ッキャァアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

お嬢様方、大興奮。

窓から降り注ぐ陽光というスポットライトに照らされて、情熱的な愛のセリフを囁かれる。

それはまるで、美しきお姫様を攫いに来た隣国の王子様が『君を……貰いに来た』と告げるかのごときシチュエーション。

年頃の乙女たちはお姫様な葵と自分とダブらせてしまい、まるで自分が言われてしまったかのような錯覚を覚えてしまう。

かくいう箒も、ここまで大胆な行動は予想だに出来なかったようで、振り上げた味噌汁のお椀を持ち上げた体勢のまま、硬直する事しか出来ない。

 

「な、なななななななな……!?」

 

――なっ、何と言う破廉恥な!? こんな、衆人観衆の目の前でっ!?

 

内心怒りの声を叫びながらも視線を2人から外せないのは箒とて同じこと。

 

生徒どころか、食堂のおばさま方や見回りに来た千冬と真耶にすら頬が熱を帯びてしまうほどのラブっぷりをご披露してくれた渦中の2人はというと、どこまで言っても平常運転であった。

 

「んん~……ふぁぁあ~~……ふみゅう……」

「ようやくお目覚めか。まったく……本当に朝が弱いな。俺が同室じゃなったら、絶対毎日遅刻してただろ」

「むぅ~っ、そんなこと無いよ。急な転校とか博士の授業の疲れとか、色々な物が溜まってただけなんだから」

 

口を『3』の字にしながら海斗の腕の中から抜け出る葵。その際、彼女の手を取って支えることを忘れない海斗の紳士的な態度に、こちらも朝食をとっていたクラスメートの1人、代表候補生でもあるセシリア・オルコットは感嘆じみた吐息を漏らす。

 

「まぁ……こんな辺境の地にも、あれ程の紳士がいらっしゃられるとは……」

 

女性の手を優しく、包み込むように握り、繊細な花たる女性の魅力を引き出すような立ち位置を維持し、歩調を合わせて先導する。

英国のお嬢様であるセシリアをして、完璧なエスコートを実現してみせた海斗の評価が彼女のなかで急上昇だ。

俳優としてのバイトの合間に垣間見たプロの動作を見て覚えた海斗にとって、なんとなしにやってみた行動だったのだが、女性ばかりのこの場では最高の選択肢をとったと言って過言ではないだろう。

あの千冬ですら、「ほう……なかなかやるな」と頬を緩め、微笑を浮かべるほどなのだから。

純真な真耶などは、恋愛映画のワンシーンを見ている観客の如きキラキラとした熱い視線を注いでしまっている。

 

「へぇ~」

 

黄色い歓声と乙女の熱気に包まれた食堂で、不意に一夏の声が響く。

 

「一夏……!? お前、まさか!?」

 

――何か感じるところがあったのか!? もしや……乙女心というものがすこしでも理解できてしまったのか!?

 

誰もが声をかけられない領域に立つ2人に一夏が何を言おうとしているのか興味が湧いたのだろう食堂中の視線が一夏へと降り注ぐ。

千冬ですら頬が熱を帯びてしまうような2人に向かって手を振りあげながら、一夏が口を開き――

 

「なんていうか、仲いいな2人共。まるで――」

 

――ま、まるで……!?

 

言うのか? 言ってしまうのか!? 誰もが思い浮かべた、あのセリフをっ!

 

ゴクリ……。

誰かが喉を鳴らす音がやけに大きな音となって、耳に届く。

そんな中、遂に一夏の口からあのセリフが――……!

 

「兄妹みたいだな『ゴガガンッ!』 ――うおぁ!? ど、どうしたんだ、皆!? 仲良く机にヘッドバットなんか繰り出してっ!? もしかして、おでこが痒かったのか? だったら、かゆみ止めを塗った方がいいと思うぞ?」

「――ッ!! そうじゃないだろうが、この大馬鹿者がぁあああああっ!!」

「なんで兄妹になるんですの!? ここは『恋人みたいですわね』って言うところでしょう!? 常識的に考えて!」

 

いち早く回復した箒とセシリアが怒髪、天を突くかのごとき勢いで一夏へと詰め寄っていく。

あたりの生徒たちも、一斉に『うんうん』と頷く中、1人だけ意味が解らないと首を傾げた一夏は、

 

「え? どこが?」

 

そうのたまった。

 

真顔で返す一夏を前に、箒とセシリアは水面に顔を出す魚のように口をぱくぱくさせることしか出来ない。

 

「おりむ~って……ホントーに、残念なコだったんだねぇ~……」

「織斑君……! 私、織斑君にはがっかりです!」

「――私の育て方が悪かったのか……?」

「のほほんさん!? ってか、山田先生に千冬姉まで!? いったいなんなんだよ!? なんで、俺が責められてんだ!?」

「それがわからないから、お前は馬鹿なのだ!」

「まったくですわ!」

 

喧々囂々。

生徒・食堂の従業員・教師の心が、この朴念仁すぎる少年に呆れている中、原因を作った人物たちはと言うと……

 

「ん、この煮魚美味いな。ポイントは煮詰める際の時間、かな? ――ほら、あーん」

「あーむ……んぐんぐ……私は海斗くんのお料理大好きだよ? ――はい、あーん」

「ぁむ。むぐむぐ……そう言ってくれるのは嬉しいが。お前には、もっと上手い飯を食わしてやりたいからな」

「えへへ~」

 

ナチュラルに『はい、あーん』を繰り出しつつ、愛☆フィールドを発動させて呑気に優雅な朝食タイムを堪能していたのだった。

 

 

補足:この日の朝のHRの議題に『織斑 一夏に乙女心を理解させるべきだ』という提案されたらしい。

しかし、姉である千冬教諭の一言『この馬鹿者にソレを理解させるには時間が足りない』――によって、この案は次回のLHRまで延期することになったのだと言う。

 

――だが、残念なことに現在に至るまでこのミッションはいまだ未達成であり、引き続き任務の継続を必要とするものとする。

 

 

報告者:ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

「――よし」

 

本国へ提出する報告書の作成を終えた銀髪の少女、ドイツの代表候補生にして軍人であるラウラはこり固まった肩を解す様に伸びをする。

 

「あ、お仕事終わりなのかな? じゃあ、ご飯にしよっか」

「了解だ、母よ」

 

背中からかけられた優しげな声に、真面目な軍人としての顔を見せていたラウラの表情が一変する。

感情の色を無くしたかのような頬は朱色に染まり、鋭利な刃物を連想させていた瞳には人間らしい感情が宿る。

年相応の笑顔を浮かべながら振り返ったラウラを抱きとめながら、母と呼ばれた少女……葵も笑みを浮かべながら特注の3人用食卓机に腰を下ろす。

本来ならば学生寮であるここに無い家具であったのだが、とある理由で3人部屋となった彼女らのために特別に用意してもらった一品だ。

葵とラウラが椅子に座ったのとほぼ同時に、キッチンからほかほかの湯気を立ち昇らせる鍋を抱えた海斗が現れた。

机の中央に敷かれた鍋敷きの上に置かれたのは、大きな土鍋。

重量感のある蓋を開いてみれば、濃厚でうまみが凝縮された海鮮鍋の香りが部屋に溢れ出す。

 

「おお……! 何と美味そうな! さすがだな、父よ!」

「女が美味そうとかいうな」

 

目をキラキラさせて尊敬の表情を浮かべる『娘』……のようなクラスメートの頭をやや乱暴に撫でまわす。

輝く銀髪をくしゃくしゃにされて、しかしラウラの顔にあるのは嬉色一色。

彼女が心の奥底で願い、諦めていた“家族の温もり”。

冷たい兵器としての存在だったラウラ・ボーデリッヒという『道具』を、温もりのある『人間』へと引き戻してくれた居場所。

それがどうしようもなくうれしくて、されるがまま、撫でられるがままになってしまう。

もし彼女に尻尾があれば、千切れんばかりに振られていた事だろう。

一通り撫でくりまわして満足したのだろう、ラウラから離れて席に着いた海斗が咳払いをして、両手を合わせる。

つられて、葵とラウラも身体の前で手を合わせた。

 

「それじゃあ――いただきます」

「「いただきます!」」

 

彼らの関係を知らない者がこの光景を見れば、仲の良いクラスメートが鍋パーティを楽しんでいるように見えるのかもしれない。

しかし、それは事実ではない。

彼らはクラスメートであると共に、家族なのだ。

プリプリとした食感が堪らないエビを頬張りながら、ラウラは思い返す。

尊敬する教官、織斑 千冬が教鞭を振るうIS学園へ入学してしばらく日が経った頃の事を。

初日から一夏を引っ叩くという暴威に及んだ彼女は、自身が持つ刺々しい雰囲気と相まって腫物のように扱われていた。

ラウラはそんな状況を何とも思っていなかった。むしろ、ファンションの延長線のようにISを扱う生徒たちを見下してすらいた。

だから、どれだけ孤立しようとも、まったく意にも返さなかったのだ。

そんなある日、ラウラは小耳に挟んだ“ある情報”を確かめるべく、放課後のアリーナへと足を向けていた。

 

(教官に特別指導を受けている生徒がいる、だと……? この私を差し置いて……!)

 

かつて底辺に落ちた自分に救いの手を差し伸べてくれた存在を独占する人物。

胸中に渦巻く嫉妬に引っ張られるように足早で件のアリーナへと到着したラウラは、そこで信じられない光景を目の当たりにすることとなった。

 

「ここに教官が……――ッ!?」

 

それは、身を斬り裂かれるかのごとき濃密な――殺気。

軍人として数多の戦場を練り歩いてきたラウラを以てしても、恐怖で膝を屈してしまいかねないほどの、苛烈で、痛烈な殺意の波動。

 

「なん、だ……!? これは、いったい……!?」

 

目の前に聳えるのはグラウンドへと通じるなんら変哲も無い通路。

しかし、彼女の眼にはまるで地獄の門が咢を開いて待ち構えているかのような錯覚を覚えた。

それほどまでに異常な空気が、ここにはあった。

どれだけ固まっていたのだろう。1秒? 1分? それとも……

 

「――っ、な……!? 殺気が、止んだ?」

 

唐突に、空気を軋み上げる殺気が納まった。いや……正確には消え去ったかと言うべきか。

 

「確かめなくては……」

 

震える足に激を飛ばし、壁に手を突きながら足を踏み入れたラウラ。

のろのろとした足取りでようやくグランドが見えるところに達したところで、彼女は再び言葉を失うこととなる。

 

「き、教官……!?」

 

グラウンドの中央には、量産型IS打鉄を装備した千冬と世界で2番目に発見された男性操縦者である高宮 海斗が彼の専用機を装備した状態で対峙していた。

名実ともに世界最強の千冬が量産型とは言えISを纏っている。それはすなわち、最強の戦乙女が顕現していたということ。

彼女ほどの存在となれば、ISの性能差など足枷にすらなりはしない。

千冬がISを纏う。その時点で、彼女に敗北の二文字は存在しない。

それがラウラの……織斑 千冬を知る人々の共通認識である。

だが……それならばこの光景は何だ?

両手に近接ブレードを装備した千冬の顔に油断も余裕も無い。

あるのは眼前に存在する好敵手と雌雄を決さんという戦意に満ちた笑み。

対する海斗の表情も、同じもの。

燃え盛る炎の如き真紅の装甲に覆われた彼のIS。

通常よりも一回り大きいスラスターからは紅蓮の炎が噴き出して、巨大な炎の翼を形成している。

各部の装甲は何処か生物を思わせる光沢を放ち、身の丈を超える巨大な大剣を構える姿は、まるで天空を統べる竜の王者の如し。

絶対勝利を司る戦乙女と対峙するのは、天空と炎を支配する強靭なる竜王。

高まる戦意が渦を巻き、不可視のエネルギーとなってグラウンドで唸りを上げる。

防護フィールドの外で呆然と立ちすくむ事しか出来ないでいたラウラは、ようやく気付く。先ほど己が身を貫いた殺気。

あれは、戦意を高めていく強者2人から溢れ出した余波のようなものであったのだと。

そして理解する。

眼前でぶつかり、閃光の如き速さで剣戟を交差させている千冬と海斗は、己では届かぬ次元に足を踏み入れた存在であるということを。

 

「『レウス・クリムゾン』――その名が示す(しょうしゃ)となるために……織斑 千冬教諭! 俺はアンタを――超えさせてもらう!」

「ほざけ、小僧! 世界最強の二つ名――そんなに欲しくば、力づくで奪って見せるがいい」

「ふ――望むところ!」

「よく吼えた! ならば、ついてこれるか――私の瞬間加速(イグニッション・ブースト)に!」

 

天空を飛翔して刃を重ね合わせながら、戦乙女と竜王が舞踏を繰り広げる。

瞬間加速(イグニッション・ブースト)……スラスターに放出したエネルギーを一端取り込み、解放。その時に発生する爆発的エネルギーを推進力へと変換する技法。

それを利用した戦闘方法こそが、千冬や一夏が得意とする超高速戦闘術。

未熟な一夏ならばともかく、千冬のそれは捕えることも出来ない神速の絶技へと至る。

そこに辿り着けるのは世界でただ一人、戦乙女だけだった……なのに、

 

「竜王飛翔翼最大稼働……! 多重瞬神加速(クアドロ・イグニッション・ブースト)!」

 

天空の王者の翼が、戦乙女の領域を侵し、喰らい尽くさんと迫りくる。

多重瞬神加速(クアドロ・イグニッション・ブースト)……瞬間加速(イグニッション・ブースト)の4倍掛けという人智を超えた超絶の神技。

 

「バカな!? そんなデタラメ、ISも操縦者も耐えられるはずがない! 空中分解してバラバラになるぞ!?」

 

悲鳴じみた叫びを上げるラウラ。

しかし、その無茶を通り越した自殺行為を可能とする潜在能力を、両者は兼ね揃えているのだ。

 

『レウス・クリムゾン』――海斗に与えられたこのISのコアは世界で管理されているISコアの内には含まれない。

何故ならこれは、IS製作者 篠ノ乃 束博士の生家に残されていた試作品、ISとも呼べないガラクタの部品を手に入れた『ある組織』が独自の改良を施して完成させた新機軸のISコアなのだ。

海斗と葵のスポンサーにして後ろ盾。

彼らへIS学園入学前にISの起動訓練や知識を叩き込み、千冬と互角に渡り合うだけの技量を身に付けさせた謎の組織……『Divine The Game』。

神々(こうごう)しい遊戯】を名乗る彼らは、正体・組織規模・目的の一切が不明。

その正体を探らんと躍起になっている各国をあざ笑うかのように、逆ハックを仕掛けて重要な国家機密クラスの情報をいとも容易く奪取、あまつさえ、おふざけ満載のメッセージと共に全世界へと公表すると言う暴挙を行ったかと思えば、飢餓に苦しむ人々で溢れかえる紛争地域にエージェントを送り込み、ISどころか生身の肉体一つであらゆる兵器を破壊、国家元首の元へと殴り込んで強制的に難民への対応を命じるなどと言うデタラメなエピソードを起こす。

ある時は数世代先を行く革新的な技術を公表し人々の生活を潤わせ、時に戦争商人に危険な武器を売り渡す。

力無き人々に手を差し伸べたかと思えば、権力者への融資を行ったりもする。

果たしてなにがしたいのか。何をしようとしているのか。その総てが謎に包まれ、されどそれを暴くことが誰にもできない不気味な存在。

それこそが『Divine The Game』。

わかっている事と言えば、あの組織のトップに君臨する人物のコードネームが『SR(ソーラレイカー)』であること。

世界最高の頭脳と呼ばれる篠ノ乃 束博士に匹敵、或いは凌駕する才能を持った新たなる天災……『A・T・S博士』と『R・S博士』と呼ばれる鬼才が所属していると言うことくらいだ。

海斗と葵にIS適性がある事が判明した直後、突然日本政府に接触を図ってきた彼らが、とある要求をした。

要求は、“高宮 海斗と竜ヶ崎 葵の両名を『Divine The Game』の専属IS操縦者とする”というもの。

その引き換えとして、『Divine The Game』で開発した新たなるISを両名に与え、彼らの立場も日本所属とする――この提案を、政府上層部は受け入れた。

理由は簡単で、たった2人を差しだすだけで国際法の適応外にある新たなるIS――しかも、束と同等の技術によって生み出された最新型――を自国の所属とできるという旨味に喰い付いたからだ。

そういった迂曲世説の末に海斗の元へと渡されたIS『レウス・クリムゾン』、大空を統べる竜王の如き威容を誇る第4世代に相当するこの機体ならば、パティシェ、兼、戦術教導官の訓練で格段にレベルアップした海斗の身体能力を最大限に引き出すことも、人智を超えた絶技を具現することも可能となったのだ。

 

「教官が……あれほど楽しそうなお顔を……」

 

ISのハイパーセンサーで一瞬動きが止まった恩師の浮かべる表情を捉えたラウラが羨望まじりの声を漏らす。

千冬が浮かべるのは満面の笑み。

それは無限の可能性を感じさせる教え子の成長を喜ぶ指導者としての充実感からくるものか。

あるいは、ようやく巡り会えた好敵手と刃を交える事が出来たと言うIS乗りとしての歓喜そのものか。

どちらにせよ、自分では成し得なかった不可能を可能として見せた男に、ラウラは強い興味を抱いた。

とるに足らないと思い込んでいた小物が実は遥かな天上の領域に住まう存在だったのだと言う事実。

恩師の偉業達成の足枷となった一夏とは違う……、自分と同じ『戦うもの』としての瞳を持っていた海斗と言う人物をもっと知りたいと思ってしまったのだ。

後日、情報収集として千冬に海斗への興味を持ったと言う旨を話した所、何故か意地の悪そうな笑みを浮かべられ――

 

「きょ、今日から世話になるラウラ・ボーデヴィッヒだ――わふぅ!?」

「やーん♪ 何この娘、すっごく可愛いんですけどー!」

「はしゃぎ過ぎだ、葵……。ってか、クラスメートなんだから、毎日顔合わせてるだろうが」

「えー、海斗くんってば鈍すぎだよ。ラウラちゃんがちょっぴり不安そうにしてるのに気づけないなんて」

「え……?」

 

突然の部屋替えに混乱し、凄まじい戦闘力を見せ受けられた相手との同室。

警戒から、僅かに動揺と不安を感じていたラウラの心で僅かに生まれた不安感。それをひと目で見抜いた葵に、ラウラ自身驚くことしか出来ないでいた。

しかし、振り払おうとは思えない。

いきなり抱きつき、頭を撫でられると言う恥辱。されども嫌ではなく、むしろもっと……

 

「わ、私は……今、何を!?」

 

自分の心がここまで乱れているのはどういうことなのか。

混乱する思考で答えを導き出すことは出来ず、結局は葵にされるがまま振り回される。

可愛いモノ好きな女の子力全開モードの葵に、あわあわすることしか出来ないラウラ。

その様子を一歩離れた場所から呆れた風に額を抑えながらも優しく見守る海斗。

機械と油の鎧に身を顰めていた黒い兎が、寂しがり屋な本心(しんじつ)を曝け出されるまでそう時間はかからなかった。

同居が始まってから約1週間後、後者の屋上に備え付けられたベンチに腰掛ける3人の姿がよく見かけられるようになった。

海斗と葵に挟まれて、年相応の微笑みを浮かべるラウラの姿。

その様子は、誰がどう見ても『家族』と呼べるモノであった。

海斗を『父』と呼び、葵を『母』と呼ぶ。

そう……そこには、確かな家族としての光景が広がっていた。

 

 

 

 

【おまけ】

 

「あのさー、シャル。ちょっと聞いても良い?」

「どうしたの、鈴?」

 

3人家族のほんわかタイムを遠目に眺めていた中国の代表候補生にして一夏のセカンド幼馴染である凰 鈴音は、昼食を同伴していたボーイッシュな少女シャルロット・デュノアに問いかけた。

 

「アンタって男装してた頃は男性操縦者の情報を盗もうとしてたんでしょ? 同室だった一夏はまあ置いとくとして、海斗の奴には仕掛けなかったのよね? なんで? ずっと師父と一緒にいたからとか?」

 

鈴音が言う師父とは葵の事だ。

IS学園来訪時、迷っていた彼女を道案内してくれたのが海斗と葵でああった。

その最中、幼馴染でもなく告白されたわけでもない。それでいながら、バッチリ恋人(候補?) をゲットして見せた葵に驚愕し、恋愛の師匠……恋の師父(ラブ・ティーチャー)と呼ぶようになったのだ。

問われたシャルロットは、「ああ、あれね……」と遠い目を浮かべながら虚空を見上げる。

まるで、トラウマを穿り返されたかのような反応に、慌てて鈴音がリカバリーに入る。

 

「ちょ、気をしっかり持ちなさい! なに、何があったの!?」

「あ、あはは……えと、あの頃の僕って男の子の恰好をしてたじゃない?」

「まあ、そうね」

 

シャルロットは入学当初、性別を男と偽り、男性操縦者である一夏たちのデータを盗み捕ろうと送り込まれていたのだ。

お約束のラッキースケベイベントによって一夏に性別がバレた以降、現在は本来の女子として学園生活を送っている。

 

「それで、ね? どうにも一部の女の子たちが僕と一夏のことを、その……男同士で、えっと……もにょもにょしちゃう関係みたいな噂を立ててたみたいで」

「は?」

「それが葵()の耳にも入ってたらしくてね……高宮君に声をかけようとした瞬間、物凄い形相の葵様に彼に近づく権利をかけた勝負を挑まれちゃって」

「……師父と?」

「うん」

「初見で?」

「……うん」

「……よく生きてたわね?」

「あはは~……スクラップ一歩手前の状態で、グラウンドの防御シールド上空最高地点からフリーフォールさせられた時には、真っ白な世界でお母様とお茶を堪能することができたよ……」

 

壊れたような笑みを浮かべるシャルロットに、鈴音は無言で合掌することしか出来なかった。

何故なら、彼女も知っているからだ。葵のIS、その極悪な能力を。

 

「全身が毒の棘だらけって反則よね~。しかも、地上の機動力は海斗のデタラメISとタメを張れちゃうんだから。流石は世界でただ一対の夫婦IS」

 

『レイア・エメラルド』

 

機体の各部装甲は『レウス・クリムゾン』とほぼ同型。違いは、あちらが高速飛翔を可能とする肥大化したスラスターウイングを持つのに対して、こちらは地上を高速で移動できる足の裏のローラー『ランドスピアー』とホバーブースターが備わっていること。

そして、全身の各部に装着された合計8つに昇る棘状の特殊兵装であろう。

これは機体がオートで起動する自立兵装の一種で、敵が一定範囲に近づくと起動し、ひとつの棘が無数に分裂して全身の装甲の上をスライド、攻撃が着弾する瞬間、着弾地点に滑り込んでカウンターを入れるというもの。

しかも、凶悪なのはランダムで設定されたウイルスプログラムを注入してくる点だ。

通称『リオ・ウイルス』と呼ばれるこのウイルスは自己進化機能を持っているので浄化することが極めて困難なのだ。

武器性能を知らない初見ではまず間違いなくカウンターを喰らい、ウイルスを受ける。

そうして動きが止まった相手を、容赦なく遠距離から叩き潰してくるのが葵の戦闘スタイルなのだ。

しかも高速で武器を切り替えて戦うシャルロットに近距離戦闘を挑み、優勢に戦いを進めるだけの技量まで持ち合わせているのだから、たちが悪い。

ウイルスの事を知らず、異常性癖者と思い込まれていた当時のシャルロットは、見事なまでにボッコボコとされてしまい、このころの恐怖から葵の事を『様』付け、海斗の事は横恋慕しないという意志表明も兼ねて苗字呼びとなった。

 

「……シャルロット、酢豚食べる?」

「うん……ありがとう」

 

鈴音が作った酢豚の味は、何故がしょっぱかった。まるで――恐怖がぶり返してしまい、とめどなく溢れる涙のように。

静かに涙を零す憐れな友人を、優しく抱きしめてあげる少女。

穏やかな蒼天の下、国家の垣根を超えた小さくも優しい友情が、また一つ生まれていった――――……。

 




いかがでしたでしょうか? 途中から一夏君が空気になっちゃいましたね……スマヌ。
シャル嬢とか残念な扱いになっちゃいましたが後悔はしていない。
だって、やりたかったラウラ嬢の娘化が出来たからっ!

後日、葵に膝枕されながら海斗に頭を撫でられ、でれっでれになったラウラ嬢の写真を目の当たりにした黒兎部隊一同から、歓喜&お祝いのメールが届けられたことでしょう。

ちなみに彼らのIS適性値は

海斗:C(箒レベル)
葵:B(一夏レベル)

ただし、本人達の戦闘資質や入学前に行われた鬼畜教導訓練のお蔭で戦闘力がうなぎ上り。
訓練成果を具体的に言えば、TV版のび太君が、常時劇場版ヒーロー気質なのび太君に進化してしまうくらい。
その甲斐あって、葵がラウラと同等、海斗がIS(量産型)を装備した千冬に食らいつけるほどとなっております。
2人がタッグを組めば、教師のコンビであろうとも圧倒できるクラス。
もし今の彼らをどうにかすることが出来るとすれば、機体性能を十全に引き出せるようになったセカンドシフト後の白式&赤椿か、絆を取り戻した最強状態の更識姉妹くらいでしょうか。

――しかし、まだ海斗たちはセカンドシフトに至っていないんですがねぇ~♪(爆)。

【補足】
IS世界での海斗のお相手(相性の良い女性)を上げるとすれば、

1位:竜ヶ崎 葵(もはや問答無用)
2位:織斑 千冬(師弟愛的な意味で。後は意外と家庭的な面が弟に似てるから)
3位:山田 真耶(普段はぐいぐいと手を引かれ、戦闘などの限られた状況下では背中を預け合う的なのもありかな、と)
4位:更識 楯無(実はピュアガールな生徒会長と経験豊富な海斗ならバランスがとれているから)
5位:ラウラ・ボーデヴィッヒ(葵を加えた家族と言う意味で)

と、なります。
ワンサマーガールズとは、兎娘を除くと友人止まり。その辺の空気は海斗君も読めちゃうので。


○オリジナルIS解説

謎の組織(爆)が開発した新機軸のIS。2対にして真なる完成をみると称された、夫婦兵器。
その潜在能力は計り知れず、IS開発者の束博士をして『もし機体のポテンシャルを最大限に引き出せる操縦者がこれを纏った場合、1週間で全世界の兵器を破壊しつくすことが可能』と言わしめた。
モチーフはもちろん、MHの火龍夫婦。

・『レウス・クリムゾン』
高宮 海斗に与えらえた第4世代相当の性能を誇るハイ・インフィニット・ストラトス。
コアには束博士が試作品として実家の工房に放置していたパーツを分析・再構築したものを核として”金髪の魔女”と”紫髪の天才”の手で完成させた。
基礎フレームが日本政府から支給された物であるためか、外見は『白式』に酷似しおり、背部のブースターが一回り大きく、全身の装甲も生物的に鋭角なフォルムとなっている。
カラーリングは燃えるような紅を基準に、一部が深い蒼色、全身に銀色のラインが走っている。
武装は身の丈を超える大剣『極皇剣リオレウス』。
武装自体が双剣・ランス・ライトボウガンを組み合わせた合体兵器として構成されており、状況に応じて複数の武装を使い分ける。
単一特殊能力(ワンオフアビリティ)は【竜王戦輝】。
各部の装甲を展開、露出したフレームからISの装甲すら溶かす高出力の熱エネルギーを放出し、全身に纏う。あまりにもすさまじい熱量は半ば物質化を起こし、自身の攻撃力の増幅のみならず、敵方の攻撃すら完全に防ぎきるほど。高出力のレーザー兵器であったとしても、炎が生み出す大気の障壁が無効化してしまう。
エネルギー消費が激しいのが欠点だが、パートナーである『レイア・エメラルド』との間でエネルギーの循環・増幅を起こすことで、ほぼ無尽蔵に能力を発動し続けることが可能。

・『レイア・エメラルド』
竜ヶ崎 葵に与えられたハイ・インフィニット・ストラトス。
海斗の機体が空中戦・最高速度・旋回性に優れているのに対して、彼女の機体は地上戦・加速性・突撃能力に秀でた性能を誇る。
外見は『レウス・クリムゾン』と酷似、カラーリングが翠色をベースに一部の装甲が桜色、全身に金色のラインが走っているというもの。
スラスターが一回り小型になっている代わりに、ランドローラーを装着した脚部が肥大化している。
武装は身の丈を超える弩弓『極姫弓リオレイア』。
武装自体が盾とセットの片手剣・昆・ヘビーボウガンを組み合わせた合体兵器として構成されており、状況に応じて複数の武装を使い分ける。
単一特殊能力(ワンオフアビリティ)は【竜姫顕護】。
各部の装甲に棘状の刃が仕込まれており、ISの判断で自立稼働を行う。
この棘には【リオ・ウイルス】と呼ばれるウイルスプログラムが仕込まれており、これを受けた相手に様々なバッドステータスを起こす。
ウイルス自体が自己進化する”生きた兵器”であるため効果は様々。
徐々に装甲を溶かしていく【リオ・メルト】、シールドエネルギーの消費を倍加させる【リオ・ブースト】、ハイパーセンサーなどの各種内臓機能を使用不可にさせる【リオ・シャットダウン】、コアネットワークを利用して操縦者の精神へ干渉・幻覚を見せる【リオ・ナイトメア】など。
地上戦を主体としているせいか、エネルギー効率が良い上に、パートナーである『レウス・クリムゾン』との間でエネルギーの循環・増幅を起こすことで、ほぼ無尽蔵にエネルギーを生成することが可能。


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第9話 初めて一緒の修学旅行 3日目

つい衝動に駆られて書いてみた番外編は予想以上の大不評だったようで(スミマセヌ)。
最後の修正で後回しにしてしまいましたが、同時進行で完成させたこっちを先にUPしとけばよかったですね。



「ねえ、葵? ありえない、まったくもってあり得るはずも無い、っていうかそんなワケないだろゴラァ! ……ってな感じのつまんない質問があるんだけど」

「いや、あのね早苗? もう色々と日本語としておかしいんじゃないかなと私は思うんです」

 

朝の洗顔を済ませて、さあ着替えようとしたところで普段に比べて3割増しに凶悪な目をした早苗に捕まってしまった葵はどうにか落ち着かせようとする。

しかし、完全に据わった目を『ギュピーン!』 と妖しく輝かせている親友から心底逃げたいと思ってしまった彼女を一体誰が責められると言うのか。

ぶっちゃけ、ものすごく怖いです。

 

「……」

「葵? どうして視線を逸らそうとするのかしら?」

「い、いえ、別に……何でもありません……」

 

(かっ、海斗くんタスケテ――!?)

 

寝間着の下に滝のような冷や汗を流しながら、強張った表情筋を懸命に動かして微笑みを形づくろうとする。

が、やはり相当引きつった変顔になってしまったようだ。

昨夜の内に買い込んでいたおやつの袋を漁っていた桃花が盛大に噴き出しそうになっているのだから。

 

「それでね葵……実は朝の散歩をしに外に出ていた時、小耳にはさんだ噂話があるのよ」

 

逃げられないように、水色のパジャマを着たままだった葵の両肩をぐわしっ! と掴み、居心地悪そうな彼女の顔を覗き込みながら告げる。

 

「学園のアイドルって呼ばれる某水泳部のエースさんが、どこの馬の骨とも知れない輩と“恋人ごっこ”してたってヤツなんだけど……」

 

やはり昨夜の件だったらしい。確かに葵のお相手が海斗だとは気付かれていない様ではある。

しかし、それ以前に葵自身は学園関係者の誰もが知っている有名人。いかに普段の清楚なイメージからは連想できない大胆な服装をしていたり、髪型を変えていたと言う変装の努力はしていたとは言え……

 

(そ、そう言えば、私の方は速攻でばれていた様な気が……)

 

葵、痛恨のミスである。

昼間のテンションの溜飲が残っていた事もあり、恥ずかしい思いをさせてくれた海斗へのちょっとした仕返しのつもりであんな事――衆人観衆の中での『あーん』など――にチャレンジしてみた訳なのだが……。

見事なまでに自分の首を絞めてしまったようだ。

どう考えても自業自得です。本当にありがとうございました。

 

――って、違うでしょ! しっかりして私!?

 

頭の中にどっかで見た様なテロップが流された様な気がして盛大に精神ポイントが削り取られてしまったものの、こんな間抜けな流れで秘密をばらすわけにはいかない。

とにかく、どんな言い訳をするにせよ、如何様な噂が広まっているのかを確認しなければならない。

明らかに興奮してしまっている早苗を苦労して宥めすかしながら、話を聞き出していく。

要約するとこうだ。

昨日、竜ヶ崎 葵がひとりでいる時に大学生らしき男――素の海斗から大人の色気を感じとったらしい――に口説かれた。

男はこの“ホテル冬景色”の利用客だったため、立食形式の夕食会にも参加した。

交際関係にあるといる噂があった某テニス部のエースな幼馴染とは何事も無かったらしいので、葵は初めての恋愛事情に動揺し、舞い上がってしまった。

その結果こそ生徒達が見つめる前でのバカップル的行為であった。さらに、ほぼ同時に夕食会場を後にした彼女らはそのままベッドイン。

学園のアイドルは、見ず知らずの外道に『ぱっくんちょ♪』されてしまったのだ……。

これが、早苗から訊きだした噂の全容である。

それを聞いて、葵は頭を抱える事しか出来なかった。

何故なら、事実無根とは言いきれない……ぶっちゃけてしまえば、まんまその通りですと言えなくも無いものが含まれていたからだ。

 

(ええっと、別に口説かれてもナンパされてもお持ち帰りもされてないけど……成り行きでえっちしちゃったのはホントの事だよね? それに、昨夜もお風呂でシちゃったのも間違ってないし。後は……外道(げどー)? 外道(げどー)……うーん、海斗くんはイジワルさんだから外道(げどー)さんじゃないよね、うん)

 

「……葵? どうしてにやけているのかしら?」

「へぅあ!? べっ、別になんでもっ!?」

 

微妙な表情を浮かべてしまった事に気づかれてしまったらしい。半眼でつぶやく早苗の視線に射抜かれたかのような錯覚を感じる。

昨夜の逢瀬を思い出して現実逃避しかかった思考を切り替え、上手い言い訳が無いか頭を捻る。

 

「え、ええっと……そっ、そう! 私は口説かれてなんてないよ?」

「言い訳するつもりも無いと言うワケ?」

「そうじゃなくて! ()は私の、その……そう! 家族ぐるみのお付き合いがある親戚のお兄さんなんだよ! 偶然、旅行に来てた彼と再会してね。ついつい、昔みたいな可愛い悪戯をしちゃっただけなんだよ!」

「はあ? そんなマンガみたいな展開が現実にあるワケ無いでしょーが! いい訳ならもう少し真実味がある事言いなさい!」

「うっ、嘘じゃ無いもん! なんならお母さんに電話して聞いてくれてもいいよ? ()のことは、お母さんも十分に知ってるハズだから!」

 

ハッキリと断言して見せた葵の剣幕に気圧されたのか、それとも彼女の言葉に嘘が感じられなかったのか。

早苗はおもわず「そ、そうなの?」 と返してしまった。

 

――う、嘘はついてないもん! ちょっぴり……そう! ほんのちょっぴりだけ日本語の言い回しを変えてみただけだもんねっ!

 

運命共同体とも言える2人の関係は互いの家族が政府との間に合意を以て成り立っている。

さらに、『子作り』という目的を果たせば、必然的に彼女らは夫婦、ないし、家族になるだろう。

つまり、『家族ぐるみのお付き合い』というのはあながち間違っていない。

この件について、葵と海斗の同棲云々の事情は母も十二分に理解しているのも事実だし、海斗(かれ)も(修学)旅行に来ている訳なのだから『旅行先で再開した』のも嘘ではない。

更に補足すると、誕生日は海斗の方が先なので彼の方が『お兄さん』なのも事実なのである。

 

……確かに()はついていない。

 

ついてはいないのだが――ドヤ顔を浮かべるのもなんだか間違っている気がしないでもない。場面的な意味で。

 

「う、うむむむむ……! じゃ、じゃあ、そのお兄さんとやらに会わせて貰えるかしら? 私がこの目で見極めて上げるから」

「あ、それ無理。ゴメン。()は今日の朝にホテルを出た(・・)みたいなんだ。もしかしたら、もう飛行機の中かもしれないね」

 

流れるような反論で早苗の発言を潰す葵。

ちなみに、これも嘘ではない。

朝の新鮮な陽光を浴びながら散歩するのが海斗の趣味だ。

だから今朝も、海辺を歩くためにホテルから一端出た(・・)筈なのだ。

『今頃は飛行機の中にいる』というのは『もしかしたら』という葵の想像なのであって、自室の洗面台で顔を洗っている海斗がいるとしても不思議ではない。

何故なら、あくまでも予想(・・)なのだから。

 

「ねえ、早苗ちゃん~。そろそろ朝ゴハンのお時間ですよ~?」

「えっ?」

「おなかすいた~。葵ちゃんの事だから気になるのも分かるけど~、せっかくの修学旅行なんだし~、そう言うのは帰ってからでいいんじゃないかな~?」

 

どうにも納得がいかないと眉を顰める早苗とギリギリのラインで踏みとどまっている葵の間に漂うなんとも言えない空気を破ったのは、「ふあぁ~」と可愛らしい欠伸をしていた桃花だった。

まだ完全に目覚めていないのか、半分以上閉じられた瞼をくしくしと擦りながら時計を見やる。

言われてみれば、予め決められている朝食の時間が半分近く過ぎていた。

他の利用客の事も考慮して、食事時間の延長は受け付けられないと旅行のしおりに記載されていた事を思い出した早苗が、慌てて洗面所へ向かっていく。

流石に寝癖でボサボサのヘアースタイルで男子の前に出る勇気は無かったらしい。

洗面所の中から「旅行から帰ったら、改めて聞かせて貰うからね!?」 という声が聞こえてくるが、今日一日沖縄を堪能すれば、有耶無耶に出来るだろう。

 

(よ、よかったぁ~。一時はどうなることかと――)

 

ほっと胸を撫で下ろす葵に

 

「葵ちゃ~ん。もうちょっと気をつけないと、海斗っちが大変な目にあっちゃうよ~?」

「う、うん。そうだね――って!? も、桃花っ!? あなた、今なんて!?」

「じゃぶじゃぶばっしゃ~ん。お顔を洗いましょ~♪」

 

眠気覚ましのチョコレート(!?) を齧りながら洗面所の中へと消えて行った桃花――お約束のように甘いお髭をこさえていらっしゃる女の子(失笑)――に、葵は愕然とした表情を浮かべる事しか出来なかった。

 

「まっ、まさか……あの子にバレちゃってる、とか? ま、まさかねぇ」

 

あはは~、と頬を引き攣らせることしか出来ない葵に、桃花へ問い返す勇気は残されていなかった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

沖縄旅行 3日目

この日の予定は終日自由行動。

班員の行動予定を引率の教師に報告しなければならないので、生徒達は自分の所属する班ごとに分かれ、同じテーブルに集まりながら今日の予定を話し合っている。

海斗達の班も例に漏れず、朝食のサンドイッチを味わいながらこれからの予定を話し合っていた。

もちろん、こういう事は旅行前に相談して決めておくことが普通なのだが、班全員で共に行動しなければならない訳ではないので、意見がなかなか纏まらないのだ。

現に、予め今日のスケジュールを決めていたはずの班からも言い争う声が聴こえてくる。

そして、こちらでも……

 

「だから! 今日はショッピングモールを堪能しつつ、お土産を買い漁るのが一番正しい選択でしょうが!」

「いや、でも買い物くらいなら1時間もあれば十分じゃないか? せっかくの沖縄なんだから、もっといろいろと見て回ろうよ」

「はあ!? ショッピングが1時間ってありえないから! 愛原くん! アンタ、ショッピングを舐めてんじゃないでしょうね!?」

 

珍しい工芸品や名産物が店頭に並ぶウインドウショッピングと洒落込もうとしていた早苗と、色々な所を観光して周りたいと言う桐生の意見が真っ向からぶつかっていた。

桃花は楽しければ何でもいいと傍観に徹しており、葵は2人を何とか落ち着かせようと四苦八苦している。

その様子を他人事のように眺めている海斗は、さっさと食事を済ませるなり、旅行に出発する時から持っていた筒状のケースの蓋を開いて中身をチェックしていた。

 

「た、高宮く~ん……」

「はぁ……」

 

情けない声で助力を求めてくる葵に呆れながらも、無視するわけにはいかないかと諦める。

どちらにせよ、このまま放っていたら、自由時間が減るだけなのだから。

 

「そこまで喧嘩するのなら、いっそ個別行動にすればいいだろうが。全員でぞろぞろ動いたところで、この感じだと絶対にしこりが残るぞ。だったらいっそ、やりたい事を好きな様にやればいい」

「む……。それはそうかもしれないけど。でも、ホテルから遠出する場合は必ず複数で行動するようにって、修学旅行のしおりにも書かれているのよ?」

「遠出しなけりゃいいんだろ? 誰かと意見があえば好きな所に行けばいいし、もしあわなければ潔く諦めて近場の観光で我慢すれば済む話だろ。まあ、どの道俺は行かんけど」

 

さらりと自分の要望を通そうとする発言に、デザートのパフェを突っついていた桃花が喰いつく。

 

「え? 海斗っち、外に行かないの? もしかして、具合でも悪いとか?」

「いいや、俺はコイツを楽しませて貰う」

 

そう言って、海斗は筒状のケースの中に納めていたある物を取り出した。

漆塗りの光沢が照明の光を反射して(みやび)な風情を漂わせている細い棒。

それは、

 

「……釣竿?」

 

珍しいモノを見たと、葵が目を丸くする。

海斗が取り出したのは、組み立て式の手入れがされた釣竿だった。

決して高級品と呼べるような代物ではないが、かなりの年月を使い込まれてきた形跡が見て取れる。

折りたたまれた状態の釣竿を手に持った海斗はどことなく楽しげで、なんだかワクワクしているようにも見える。

 

「海岸の外れに良い釣りポイントがあるらしくてな。ここからそう遠くも無いし、今日は一日中釣りを楽しむつもりだったわけだ。だから俺は一人で楽しませて貰うぞ。構わんよな班長?」

「ええ。問題さえ起こさなければ好きにしてていいわ。それじゃあ桃花、貴方はどうする?」

「ん~……。私は早苗ちゃんと一緒に行く~」

「そ。愛原くんは観光で……葵、貴方も一緒に来るでしょう?」

「え、えっと……その」

 

さも当然の様に言う早苗に申し訳なさそうに手を合わせながら、葵は頭を下げて謝罪する。

てっきり葵も早苗達と一緒に行動するとものだと思い込んでいた桐生は、彼女の予想外な答えに意外そうな顔をする。

 

「私、今日も海で泳ごうと思ってるの。久しぶりに、思いっきり遠泳がしたくて……」

 

恥ずかしそうに俯く葵の言葉に、皆「ああ、なるほど」と納得の表情。

そう言われれば、昨日は浅瀬で遊んでばかりだったような気がする。

海に出かければまず心行くまで遠泳する程に泳ぐのが大好きな葵が、沖縄の海を思いっきり泳がないまま帰るはずも無かった。

 

「う~ん……流石に2日続けて泳ぐってのは遠慮したいわね」

「葵ちゃん、泳ぐの速いもんね~」

 

2人の言葉通り、大会さながらの真剣さで一心不乱に泳ぎ続けることができる葵についていけるほどの実力は彼女らには無く、それはテニス部に所属する桐生であっても同じことだ。

彼女がこう言う場合は間違いなく一日中泳ぎ続けるつもりなのだろう。

 

「……はぁ。しょうがない。わかったわ。残念だけど、ショッピングには私と桃花だけで行くわ」

「ゴメンね早苗~」

「良いわよこの位。――で、愛原くんはどうするワケ? 予定通りに1人で観光するのか、それとも――」

 

言外に、葵と2人っきりになれるチャンスよ? と告げられた桐生は数年前にお隣さん同士でともに海へ行った時の記憶を掘り起こしていく。

鮮明に残っているのは、3時間ぶっ通しで泳ぎ続ける葵と、彼女に付き合って海に入ったは良いものの、無理に彼女へ追いつこうとしてしまったからスタミナ切れで溺れかかってしまい、結局旅行の大半を旅館で寝込む事になった苦い記憶。

彼女は泳ぎに関してのみ、他人が声をかける隙も無い位自分の世界に入り込んでしまう。

例え葵に付き合おうとしても、結局は延々と泳ぎ続ける彼女をぼけ~っと砂浜で眺めつづけるくらいしか出来ないだろう。

 

「う~ん、葵の邪魔をするのもなんだし、遠出が出来ないんじゃあ1人でブラついてても楽しめそうにないね。羽村さん、やっぱり一緒に行ってもいいかな?」

 

少しだけ意外そうな表情を浮かべたものの、特に何かを言うでもなく頷く。

 

「別にいいわよ。ねえ?」

「うん♪」

 

意見が纏まったところで、早苗が手を打ち鳴らして全員の視線を集める。

 

「それじゃあ、確認しましょうか。私と桃花、愛原くんがショッピング、葵はホテル近くの海岸で遊泳……で、高宮が釣り、っと。――これで良いわね?」

 

最後に全員を見渡して反論が無いことを確認すると、早苗は今日のスケジュールを報告するために席を立つのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

海岸の端に乱雑する岩場に囲まれた小さな砂浜。ビーチの死角になっているそこに人影は無く、まさに絶好の釣りスポットと呼べる穴場だった。

自然のいたずらが生み出した天然のプライベートビーチに足を踏み入れると、担いでいた鞄……ロッドケースを下ろす。

組み立て式の釣り座を取り出すと、この場所を教えてもらったホテル近くの釣具屋で購入したゴカイを1匹摘み上げ、海釣り用の針につけてやれば、準備は完了だ。

 

「よし! やるか!」

 

学校ではまず見せない、子どものような無邪気な表情をしていることに気づかないまま、海斗は身体を大きく捻らせて竿を引くと、理想的な重心移動を実現することで全身の力を一点に集め、沖合に潜む大物を釣り上げるべく勢いよく放った。

 

「さて、と」

 

ロッドキーパーという釣り竿を固定する台座に沖合用の釣り竿をはめ込むと、続いてもう一本の浅瀬用釣り竿を取り出して組み立てる。

沖合用の物に比べて一回り小さくて強度も低い分、入り組んだ浅瀬でこそ真価を発揮するタイプだ。

こちらも手早く組み立てを済ませると、岩場に引っ掛からないよう注意しながら糸を垂らす。

こちら側の狙いは浅瀬の岩場に身を顰める小魚だ。

浅瀬を住処とする小型の魚は、意外と身が締まっていて美味なのだ。

刺身・天ぷら・かば焼き・塩焼き・煮つけ……想像するだけで胃袋から催促の鳴き声が上がってしまう。

朝食を食べたばかりじゃないかと言うなかれ。

自然の中、自力で手に入れた獲物を調理し、食す。これもまた、海の醍醐味なのだ。

 

「葵には悪いが、こういう一人でのんびりするのもいい感じだな」

 

久しぶりに訪れたのんびりとした時間を存分に堪能する海斗だった。

 

 

「ふぃ~。大漁、大漁」

 

上機嫌さを隠そうともしない笑みを浮かべながら、レンタルしてきたクーラーボックスの蓋を開ける。

氷嚢を敷き詰めたボックスの中には、色とりどりの魚介類が美しいコントラストを描いていた。

釣り上げた直後に血抜きを施したお蔭もあって、鮮度を保てている。

そろそろ2桁に届こうかと言う釣果にホクホク顔の海斗は、先ほど釣り上げた新たな獲物を手慣れた手つきで釣り針から外し、ボックスの中へとしまい込む。

冷気を逃さないようにしっかり鍵を閉めると、新しい餌を釣り針に取り付けて投げ込む。

釣りに興じる客は少人数派なのだろうか、海斗の他に釣りを楽しんでいる人影は見当たらず、魚の喰い付きも非常に良い。

これがアタリの気配も無いボウズ状態だったのなら、嫌気や退屈を感じていた事だろう。

だが、ほとんど入れ食いのような状況でそんなマイナス思考に陥るはずも無く、太陽が頭上に差し掛かろうというほどに時間が経っていると言うのにやめる気配がない。

水面に浮かぶウキを見つめながら、海斗は修学旅行で最高に楽しいプライベートタイムを満喫していた。

 

ところが……

 

「――ん?」

 

規則的に波が押し寄せては引いていく。そのテンポが唐突に崩れたかと思った瞬間、

 

「うお!?」

 

ざぱあっと水中から飛び出してきた何者かが海斗目掛けて飛び掛かってきた。

反射的に竿を放りだしながら両手を広げて受け止めてみると、その正体が見知った少女の物であると理解する。

 

「おまっ、葵!?」

 

さほど水深の無い浅瀬とはいえ、それでも岩場の上に登っていた海斗のところまでは1メートル以上は優にある。

そこを、イルカの様にジャンプしてみせた葵の身体能力に感嘆すべきか、それとも岩に激突する危険を冒したことを注意すべきか判断に悩む。

本人は海斗の胸の中で「えへへ~」と笑っているが。

彼の胸に顔をうずめて、葵はほうっ、と安堵の息を吐いた。

 

「何かあったか?」

「んー……まあ、ね」

「まーた、男に声を掛けられたな?」

 

返答は、頬を膨らませながらの上目使いだった。

日がな遠泳を楽しむとはいえ、彼女は人魚姫ではなく人間なのだ。泳ぎ続けていれば疲労は溜まるし、休憩のために砂浜に上がることもあるだろう。

全力で泳ぎを堪能して息が乱れて頬が上気する様は、傍目に見ればひどく色っぽく映る事だろう。

加えて、見目麗しい可憐な少女が一人でいれば、男であればまず声を掛けるであろうシチュエーションだ。

 

「ちょっとだけ砂浜に上がって休憩しようとしたら、なれなれしく話しかけてくる男の人が後を絶たなくて……。中には強引に肩を組もうとしてきた人までいるんだよ!? もう、信じらんない!」

 

泳ぐことが心の底から大好きな彼女はせっかくの余韻を台無しにしてくれた連中に我慢できず、人気を避けるあまりにここまで来てしまったという事なのだろう。

魚が釣れ易いという事は、それだけあちらにとって過ごしやすい住処があるということ。

このポイントは、海底に大小さまざまな岩場が立ち並んで海底が入り組んでいるので潮の流れが複雑だ。

だからこそ遊泳には向かず人気も無い訳なのだが、そこで釣りを勤しむ海斗を見つけたので近づいてみたという訳らしい。

 

「やれやれ、魚が逃げちまうだろうが――っと」

「わきゃ!?」

 

葵の肩に手を置いて密着していたカラダを離した瞬間、彼女の背中と膝裏へと手を差し入れて抱き抱える。

所謂、お姫様抱っこという奴だ。

前触れ無しの展開に、あわあわするしかできない彼女を軽々と抱き上げた海斗は、足場にしていた岩から砂浜へと飛び降りる。

 

「裸足で岩の上に立つんじゃない。波に磨き上げられた岩の表面は見かけ以上に鋭いんだぞ」

「あ、ありがと」

 

されるがままの葵は、か細い声でそう返すのがやっとだった。

さっきまでの愚痴を言っていた剣呑な色は跡形も無く消え去り、今では暖かい湯船に身を浮かべているかのよう。

具体的には、ぽやっとしていた。

 

「……ん? おおっ! 来たぜっ!」

 

砂浜に敷いておいたビニールシートの上に葵を下ろした直後、遠投用の釣り竿が大きくしなりを見せる。

間違いなく、大物がヒットした証拠だ。本日の1発目ということもあって子どものような笑顔で竿の元へ駆け寄ると、取り逃が(バラ)さないよう魚との駆け引き(バトル)へと移行する。

 

「ぬっ、ぐっ……いよいしょおっ!」

 

腰を落とし、全身の筋肉を総動員してリールを巻き続ける。

暴れ回る獲物の動きを捌き、弱らせながら引き寄せていくのが正しい方法なのだが、今回は敢えてセオリー無視の強引な引っこ抜きを敢行する。

かなり乱暴かつ無茶な気がしないでもないが、竿からミシミシと嫌な音が聞こえてくるのだから時間を掛けるのはマズイ。

むしろ、糸と竿がもっている間に勝負を決めるべきだ。

はたして――その策は成った。

岸から6メートルほどの水面が爆発したように飛沫を上げたかと思った瞬間、太陽の光を遮る巨大な何かが空へと飛び出した。

燦然と降り注ぐ太陽の光を漆黒の影で遮りながら宙を舞う、黒光りする魚体。

並みの魚類では到達し得ないサイズの巨体が美しい放物線を描きながら海斗達のいる砂浜へと飛び込んできて――

 

「っ!? ヤベェ!」

「――きゃっ!?」

 

自分が何を釣り上げたのかを理解した瞬間、海斗は竿を放り出しながら葵の片腕を掴み、後方へと大きく飛び下がる。

刹那の間を開けて、さほど広くは無い砂浜におろし金を彷彿させる鋭い鼠色の皮膚を持った魚が落下した。

両目が左右に付き出した独特の形状をした頭部、特徴的な3角形の背びれ、あらゆるものを切り裂くナイフを彷彿させる牙。

『ハンマーシャーク』、『シュモクザメ』と呼ばれる獰猛なサメの一種だ。

体長は1メートルを少し超えた程度。まだまだ小ぶりではあるが、それでも海水浴客には十分すぎる危険生物であると言える。

 

「ひっ……!?」

 

捕食者という自負が暗い輝きとなって宿る瞳を間近で見てしまったのだろう、葵が引き攣った声を上げる。

それでも悲鳴を上げないのは、己を抱き締めている海斗が、釣り上げたサメを恐れてはいないからだろう。

抱き抱えていた葵を砂浜に下ろし、海斗はゆっくりとした足取りでサメへと近づいていく。

何とかして海の中に戻ろうと砂浜の上で暴れるサメの背中を踏みつけて動きを止めると、無造作にエラへと手を伸ばし、

 

「ふっ!」

 

エラの隙間から、腕を差し込んだ。激痛に一層暴れるサメに全体重を掛けることで押さえつけながら、さし込んだ腕に力を込めて――引き裂く。

人間で言う首の部分を引き裂かれたサメは鮮血を流しながら徐々に動きを弱めていき……程なくして、完全に生命活動を停止させた。

海斗は、獲物が事切れたことを確認すると、ロッドケースの中から引き抜いた解体用と思われる大ぶりのナイフを手に、手慣れた動きで解体作業に移る。

その様子をぼんやりと眺める事しか出来ない葵の見守る中、ものの10数分で各部位ごとに切り分けてみせた。

血で汚れた両手を海水で洗い、予めホテルで借りておいたクーラーボックスの中に身の部分を放り込み、皮などの入りきらない部分は袋に入れる。

ほぼ原形をとどめている頭部はそのまま。

 

「ね、ねえ、頭はどうするの?」

「ああ、コイツは証拠として昨日の監視員に引き渡そうかと。凶暴なサメが出たってことは伝えといたほうがいいだろうしな」

 

どうやら、頭部は物的証拠として使うようだ。

葵としては、怖いので早く捨てて欲しいところなのだが、そういう事なら仕方がないかと我慢することにした。

 

「うう~、でもサメが出るんだよね? それじゃあ、もう泳げないよぉ……」

「あー……、なんつーか、ご愁傷様?」

「むっ! すっごく他人事だと思ってるでしょ! ヒドイよ!」

「そんなこと言ったってなぁ……ん?」

 

困ったように頭を掻いていた海斗の視線が、腰に手を当ててむくれる葵の水着へと移る。

葵によく似合っている、白いホルタ―ネック。

座り込んでいる海斗を見下ろす様に前屈みになっているので、水着では隠しきれない胸の谷間を強調するような状態になってしまっている。

鮫と言う人外の捕食者を間近で直視したことで興奮しているのだろうか。あらわになっている肌はほんのりと紅潮しており、瑞々しい肌の上を汗の雫が滴り落ちている艶めかしさと相まって、何とも扇情的な興奮を感じさせる。

 

「……葵」

「そもそも、海に来たんだから泳ぐのはごくごく自然な行為なのであって――んにゃっ!? な、なにするのよぉ!?」

「……?」

「不思議そうに見上げない――ひゃうん! ちょ、やっ、だ、ダメだって、ば……あっ、あ、ぁぁ、っ!」

 

尻すぼみになっていく抗議の声。

それを無視して水着の上から葵の胸をわし掴みにした海斗は、彼女の抗議の声が出る前に、水着越しでも分かる先端の突起物を口に含んだ。

海斗も予想以上の大物を釣り上げたことで昂っているのだろう。いつもよりも数段大胆な手つきで柔らかい乳房と少しずつ硬さを増してきた先端部分を堪能していく。

赤子が母乳をせがむようにわざと音を立てながらしゃぶりついてやれば、葵の口から堪えようのない悦声が溢れ出してしまう。

ムニムニとした心地良い柔らかさを堪能しながら、乳首の根元を甘く噛み、先端を舌で擦りながら刺激を与えていく。

 

「ひゃあっ、あっ、ふわあっ、ふあ、ひぃうっ! だ、ダメ、ぇ……こんな、トコ……見られ、ちゃう、よぉ」

「悪いけど無理。お前が可愛すぎんのが原因なんだから」

「か、可愛いって――ッ!」

 

必死に声を堪えながら海斗を引き離そうとしていた葵だったが、海斗の呟いた一言が言線に触れてしまったようで、目に見えて抵抗の意志が消えていく。

その代わり、何かを確かめるように海斗へと抱き着いてきた。

 

「あ、あの……さっき、なんて……?」

「ん? さっきって――可愛すぎるのが悪いってやつか?」

「ふにゃあっ!?」

 

素面の時に、海斗から面と向かって『可愛い』と言われたのはこれが初めての事だった。

胸の奥がきゅうんっ、と熱くなるのを感じる。

思わず力が抜けてしまったために寄りかかってきた葵を抱きとめると、海斗は海パンの中からすでに硬度を高めている男性器を取り出す。

彼の腰をまたぐように寄りかかっている葵の水着をずらして秘唇を顕わにすると、亀頭で擦るように刺激する。

すると、トロトロの蜜液が海斗の分身を誘うように溢れ出してきた。葵の顔を覗き込んでやれば、恥ずかしそうに顔を反らす。

その仕草がどうにも可愛らしくて、いじわるがしたくなってしまう。

口端を吊り上げた海斗は、溢れ出してくる蜜液を万遍なく男性器に塗りつけると、秘唇ではなく、その後ろにあるトコロ――昨夜も弄ったアナルへと押し当てた。

 

「え……!? ちょ、や、やだっ! それだけはイヤぁっ! イヤな――ンンッ!」

 

不浄の場所に触れられることはやはり耐え難い事なのだろう。

声を抑える事も忘れて暴れ出した葵の唇を強引に奪い、尻肉を揉みしだきながら、海斗は腰を動かしてアナルから秘唇へと亀頭を移動させるとそのまま一気に突き刺した。

 

「あっ、はぁあああっ! あぁううっ!」

 

アナルに挿入されるのでは? という恐怖で硬く、きつい締め付けの膣肉を押し広げていく。

幾度となく交わった葵の膣内は海斗の分身を完全に受け入れているらしく、ざわめく肉壁に導かれるまま最奥まで到達する。

熱くぬめった柔らかいヒダと亀頭を絞り上げる硬い子宮口の感触を堪能しながら、海斗の手が葵の上の上着へと伸びる。

 

「あ……っ!」

 

持ち上げるように上へずらすと、豊かな乳房がぷるるん、と震える。捲り上げた水着は胸の膨らみに支えられて下に落ちない。

その様が、またなんとも扇情的で、おもわず海斗の指先が伸びてしまう。

豊満な乳房をぐにぐにと揉みしだき、指の合間から覗く乳首を吸い上げ、舌先で突っつく。

さらに腰を回す様に動かして、上から下から際限なく快感を与え続ける。カラダ中から降り注ぐ快楽の波がぶつかり、更なる大波となって彼女を翻弄する。

 

「んんっ! あっ、うぁ……はぅんっ!」

 

ひとさし指の第二関節を噛んで声を抑えようと努力するものの、どんどん大きくなっていく快楽を堪えきることなど出来るはずも無く、

 

「あ、ああっ、あはぁああっ! はううん! あっ、ひっ、ひゃあうっ!」

 

遂に声を抑えるという意志が無くなったのか、大きく開かれた唇からどんどん悦声が溢れ出していく。

「ちょっと、声、大きい、な……っ!」

「そ、そんな、ことぉ……ひゃあぅ! いっ、いわれて、もぉ……んはあっ!」

 

息も絶え絶えにそう答えるのがやっとな葵に堪えさせるのは無理だと察すると、海斗は再び唇で彼女の声を封殺すると、腰を掴んで挿入の動きを加速させる。

煽動し、うごめく膣ヒダをかき分けるように激しく動かしながら、亀頭で子宮口を激しくノック。

引き抜く際にはカリの部分でGスポットを抉るように動かし続けてやれば、瞬く間に葵が絶頂へと誘われていく。

それに呼応する様に、秘口が海斗を逃がさないとばかりに収縮し、膣ヒダ全体がうごめいているかのような煽動を繰り返しながら、極上の快楽を齎してくれる。

性感がどんどん昂ぶり、絶頂の時が近い事を本能で悟る。

葵の全身が電撃に撃たれたかのように痙攣を起こし、海斗の首に回された腕に力が籠る。

そして――

 

「くっ――!」

 

一際大きな膣肉の収縮によって促された快感に身を委ねた海斗が、葵の最奥で白濁色の欲望を吐き出した瞬間、

 

「ヒ……ッ! あぁぁあああああああああっ!」

 

自分の中を熱い何かで満たされているという感覚を感じた瞬間、葵は目の前が真っ白になるほどの衝撃にさらされた。

海斗の唇から逃れた葵は、絶叫を上げたままカラダを硬直させ、言葉を失う。

呼吸をすることすら叶わず、ぱくぱくと口を開閉させるだけの葵の膣内が、海斗の精液を余すところなく吸い上げてやろうと言わんばかりに激しく蠢き、白濁の軍勢を吸い上げていく。子宮が蠢く度にビクンビクンッ! と肩を震わせていた葵は、やがて力無く海斗へとカラダを預けてきた。

荒い呼吸を繰り返す葵の頬に手を添えながら、ついばむ様なキスの雨を降らせてやる。

絶頂を迎えた直後だから全身が敏感になりすぎているのだろう、海斗の唇が触れるたび、痺れたように肩を跳ねさせる。

やがて、ぼんやりと理性の色が瞳に戻ってきた事を確認すると、汗に濡れた彼女のカラダを優しく抱きしめながら、囁く様に告げる。

 

「……可愛かったぞ、葵」

「……やっぱり、海斗くんってばいぢわるだよぅ」

 

拗ねたように唇を尖らせる葵を愛おしげに抱きしめながら、海斗は岩場に背中を預ける。

パーカー越しにとは言え、太陽に焼かれた岩からジリジリとした熱さが伝わってくる。

かと言って、流れ着いたガラスの破片などが埋まっているかもしれない砂浜に寝転がるつもりはない。

イッたときの葵の声が観光客にまで聞こえていなければいいけどと淡い願望を抱きながら、眠りに着いた葵を抱き締めた海斗は、足腰が立つようになるまでぼんやりと青い空を見上げ続けていた。

 

 

 

 

その後に起こったことを語るとしよう。

運よく情事を感づかれることも無く身支度を済ませることが出来た2人は、監視員の詰所へサメの頭部を土産に突貫。

絶叫する監視員達に釣り上げた云々の説明を済ませると、面倒事は御免だとばかりにさっさと撤収。

ホテルに帰還すると、そのまま各々の部屋へと戻ってシャワーと着替えを済ませて夢の中へとGO。

結局2人して夕飯を食べ損ねてしまったというトラブルはあったものの、そのほかに大きな問題は起こらなかった。

そして翌朝、彼らの班のメニューだけが海斗提供の特製サメ料理であったことでひと悶着起こったものの、それ以外にさしたる問題が起こることもなく。

某マッド集団の裏工作でもあったのか、葵関連の噂も有耶無耶になって早苗の追及もどうにかやり過ごすことが出来た。

こうして波乱に満ちた修学旅行は、一応の幕を下ろすこととなるのだった。

ただし……、

 

「素敵な旦那様を見せびらかしたいなんて、葵ちゃんにも意外な一面があったもんだねぇ~。こりゃ海斗っちも大変だ~♪」

「……お前、どこまで知っている?」

「さあ~? どこまででしょう~♪」

 

そんな会話が帰路の最中で交わされていたが。

この日、桃花は海斗の中で『侮れない人物』ランクの上位に格付けされることとなった。

 




水着プレイはややあっさりと。
早苗へのごまかしはかなり苦しかったかな?
そのかわりと言っちゃなんですが桃花に妙なフラグが立ってしまいました。
……別に腹黒キャラへジョブチェンジさせるつもりはありませんよ?

それから、番外編は誤字修正もかねて一旦削除するのもありかもしれませんね。
御目通しする前に、皆様へ不満を感じさせない肉付けをしたほうがよかったかな、と。
やっぱり、1日もかけずに勢いで描いたのをそのまま……ってのは不味かったですかねぇ。


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第10話 初めての……○○!?

やや短いですが、きりがいいので投稿。
3話構成を考えており、次とその次にえっちシーンが入る筈。



修学旅行の全工程を終えて、無事に『2人の愛の巣(仮)』へと戻ってきた海斗と葵。

旅行明けの3日間は休みとなっているので、久しぶりにゆっくりと惰眠をむさぼることが出来た。

座り心地にも慣れたソファーに背中を預けながら、やっぱり自分の家(・・・・)は落ち着くな~、と呟いたのは葵。

彼女は、この『2人の愛の巣(仮)』こそが自分の帰る場所だと無意識に感じていることに気づいているのだろうか?

 

「うし、完成~」

 

すっかりエプロン姿が似合う主夫の仲間入りを果たしてしまった海斗は、食卓に並べられた色とりどりの料理を見下ろしつつ満足げに胸を張った。

修学旅行の疲れもなんのその、本日も日課の早朝ジョギングを問題無くこなせるくらい規則正しい起床を済ませていた。

軽い運動で汗を流し、心地良いシャワーを浴びると、流れるような動きで朝食の準備に取り掛かる。

胃にもたれないようあっさり系の味付けを施したドレッシングにコーティングされたシャキシャキのレタスサラダ。

葵の好みである甘めの厚焼き玉子と炊き立ての白米。

予め冷蔵庫から取り出しておき、常温で冷気を抜いておいたオレンジジュースをコップに注ぐ。

温いジュースは美味しいと言えないかもしれないが、我が家のお嬢様はいまだに夢の中。キンキンに冷えた水分を口にするのは、寝起きの胃腸によろしくないという配慮だ。

そしてメインディッシュとなるのは、テーブル中央に鎮座する大皿にある魚のムニエルだ。

ふんわり黄金色の衣をまとって特製のソースの海に浮かぶ様は、見ているだけでこの上なく食欲をそそってくる。

最後に、出来立て熱々の魚介系のうまみが凝縮された海鮮味噌汁をお椀に注げば、手間暇かけたちょっぴり豪華な朝食の出来上がりだ。

調理器具を手早く洗って食器乾燥機に放り込むと、エプロンを外しながら寝室へと向かう。

寝室へのドア近くにあるソファーにエプロンを掛け、軽くノックをしてからドアノブを回す。

以前、うっかりノックを忘れてしまったせいで、寝ぼけ眼のまま着替え中だった葵と対面するというハプニングがあった経験からくるものだ。

あの時は、パニックを起こした葵の繰り出した、意外と精度の高かった必殺投擲術によって、脳天目掛けてすっ飛んできたペーパーナイフを白羽取りさせられる羽目になったのだ。

現在の海斗が、あの時と同じ轍は踏まないと言わんばかりに緊張の表情を浮かべているのはそう言う理由があったからなのだ。

決して、女の子の寝室へ踏み入ろうとしているこのシチュエーションに、興奮を覚えているからなのではない。

咄嗟に回避行動へ移れるよう真剣な表情で腰を落とし、すり足気味にドアを開いていく海斗。

一気に全開にはせず、ドアを僅かに開くとその隙間から顔を覗かせ中の様子を窺う。

室内はカーテンが閉じられたせいで薄暗いものの、日が昇ってそれなりの時間が経っていることもあって視界は良好だ。

素早く眼球を動かして眠れる獣(あおい)の状態を確認する。

 

「お嬢様はおねむ中……っと」

 

海斗の予想通り、葵はベッドの中で、すぴすぴと心地よさそうに微睡んでいた。

口元がだらしなく弛んでいるあたり、年頃の娘としてそれはどうなんだ? と思わないでもない。

が、しかし、それを口に出すことはできない。意外と勘が鋭い葵は、寝ている最中でも海斗が意地悪な発言をしたことを耳ざとく感じとり、頬を抓ってやろうと無意識に腕を伸ばしてくるのだから。

本品曰く、「何でか海斗くんの声だけは、寝てる時にも聞こえてくるんだよ。……なんでだろ?」 らしい。

この時の会話を盗み聞きしていた関係者(馬鹿マッドや黒服さん方)は、「お前らもう結婚しろよ……」と声を揃えてツッコミを入れたらしい。

 

「葵~、朝飯の準備が出来た――ってか、もう昼だな。じゃあ、昼飯の準備ができたぞ~!」

 

安全(?) を確認してようやく部屋の中に足を踏み入れた海斗は、床の上に転がっていたぬいぐるみを抱え上げながらベッドに近づいていく。

 

「やれやれ、お前たちも葵の相手をするの大変だな」

 

そう言って、抱き抱えたぬいぐるみ――べそをかいて半泣きというへんてこな表情を浮かべた『うるうるウルフ君』をベッドの上に戻してやる。

抱き着き癖のある葵は、夜中は同じベットで眠っている海斗に抱き着いているが、今日のように海斗が抜け出した後には枕元に置いておいたぬいぐるみを抱き寄せている。

この時、少なくない数のぬいぐるみが置かれているせいで、叩き落とされてしまうコが床の上へ散乱してしまうのだ。

 

「今日の犠牲者はアザラシの『ゴマ和え美味しいな♪ 君』か……アザラシなのにエビ反りとはこれいかに」

 

両手で力いっぱい抱きしめられて、大層愉快なポーズを取らされている残念な名前を付けられてしまったアザラシ君の表情が苦悶に歪んでいるように見えるのは決して気のせいではないと思う。

何故抱き枕にされただけで、背骨をへし折られねばならないのか。

「……俺の身体は大丈夫、だよな?」 と抱き枕同士(おなかま)の惨状に背筋を震わせた――ところで、忘れかけていた目的を思い出す。

 

「ほら、いい加減に起きろ、葵。いくら修学旅行が疲れたからって、あんまり寝すぎるとかえって身体に悪いんだからな」

「ふぁ~い……」

 

何時も起こしてもらっている海斗の声に反応したのか、寝間着姿の葵が冬眠明けの熊の如きのっそりとした動きで身体を起こす。

二度寝の間に外れてしまったのか、胸元のボタンが3つほど外れており、ピンク色の可愛らしいブラがチラチラと見えてしまっている。

年の近い少女の未成熟でありながらも成熟した女を感じさせる色香を前に、海斗の頬に朱色がさす。

だあ、最早見慣れたものだとばかりに、わざとらしい咳払いをひとつ吐きながら、葵がいまだに包まっていた毛布をひっぺ剥がす。

 

「……いい加減に目ぇ覚まさんか。ほれ、これでも食って早く起きろ」

 

と、言いながら半開きになっている葵の口の中へ、何かの切り身を放り込む。

その瞬間、葵がくわっ! と眼を見開き――

 

「かっ、辛ぁ――っ!?」

 

一気に目が覚めたらしい葵は、両手で口元を押えながら床の上を転がりまわった後、なだれ込む様な勢いで流し台へと突貫。

蛇口を限界まで捻って流れ出てくる大量の水をがぶ飲みしていく。

やがて、口の中で暴れまくっていた辛み成分が納まったのだろう。ひりひりと痛む唇を抑えつつ、涙目で睨み付けてきた。

 

「にゃ、にゃにたべはへたのひょお!?」

 

何を食べさせたのよ!? と言いたいらしい。キッチンへと振り返った海斗は、味付けに使った“あるもの”を手に持って振り返る。

 

「これ」

「これ、って……唐辛子じゃない!? しかもすっごく辛い奴じゃなかった!?」

「おいおい、大袈裟だぞ。ちょっと、飲食店でこれを使った料理に『内臓が弱い方は口にしないでください』という注意書きが表記される程度の唐辛子の辛みランクだっつーの。まったく、根性が無いな」

「根性云々の話じゃないでしょお!? そんなこと言うんなら、海斗くんが食べればいいじゃない!?」

「え? ヤダ。俺辛いの苦手だし」

「何言っちゃってるのかなこのヒト!? え、まさかその毒々しい真紅の物体を全部私に食べさせるつもりだったの!?」

「いいや? 葵の弁当のおかずに忍び込ませておいて、昼食の時に同伴したヒス女や色男がついつい箸を伸ばしてしまいそうになるトラップにチャレンジしてみようかと」

 

真顔で恐ろしいことをのたまう海斗。

ブービートラップ的な弁当を持たされそうになっていると言う事実に、葵は戦慄を隠せない。

しかもその狙いが親友(さなえ)桐生(おさななじみ)なのがまた何とも……。

 

「そんな危険物は没収です!」

「えぇ~」

「『えぇ~』じゃありません! こんなあぶないイタズラしたら本気で怒るからねっ!」

「具体的には?」

「……」

 

無言で葵が取り出したのは甘辛いタレで味付けされたお揚げで酢飯を包み込んだ三角形の茶色いお寿司。

通称、お稲荷さん。

冷蔵庫から取り出した昨夜の残り物であるソレを手のひらに乗せて、

 

――グシャッ!

 

と、握りつぶした。

視線は海斗の下腹部辺りを捕捉したままで。滴り落ちる白い酢飯の粒が、違う何かを連想させなくも無い。

 

「詳しく聞きたいの?」

「――さあ、さっそく美味しいお昼ご飯と洒落込もうじゃありませんか! 本日は葵様がお好きな白身魚のムニエルで御座います!」

 

一瞬でご機嫌取りへとシフトした。

指の間から零れ落ちるご飯粒を舌で舐め上げる葵の妖絶さすら感じる表情に、海斗の本能が全力降伏こそが最善の一手であると叫んでいたからだ。

傍から見れば、完全に尻に敷かれた夫の図である。

恭しく椅子を引いて葵を先に座らせてから、海斗も彼女の()の席に腰を下ろす。

向かい合うのではなく、互いの肩が触れ合うほどに近いこの位置が、最近の彼らのポジションだった。

 

「とりあえず、いただきます。じゃあ、まずは海斗くんのおススメから」

「ん。今日のおススメは俵型の揚げ物だな。一気にかぶりついてくれてもいいぞ?」

「女の子は大口開けたりしないんですー! まったくもう、デリカシーないんだからっ」

 

唇をとがらせつつ箸を動かして、輪切りの要領で小さく切り分けていく。

柔らかい材料を使っているのだろう、箸がナイフのように沈み込む。

予想以上の柔らかさに感嘆を顕わにしつつ、小さく切り分けたおススメとやらをひとつ掴み上げ、頬張る。

 

「えっ!?」

 

最初に感じたのは『驚き』。なんと、黄金色の(ドレス)に包まれていたお姫様(さかな)はなめらかな宝石(たまご)で着飾っておられたのだ。

切り身が持つあっさりとしていながらもしつこくない絶妙の食感。それに身と衣の間から溢れ出してくる半熟卵のソースの甘みが一体となって、身体の内側から極上の満足感で満たされている。本来寝起きに油物を食べるのはよろしくないが素材がいいのだろう、くどさは一切感じられず、白米へと伸ばされる箸を止める事が出来ない。

 

「おいしっ!? 卵も甘~い! なにコレ、どうやったの!?」

「サメの切り身で半熟の卵を挟み込んでから湯葉で包むんだ。そいつにパン粉を薄くまぶしてカラッと揚げてみた。ポイントは挟んだ卵が固くならないように揚げ時間を短時間にすることかな」

 

俵型の形にしたのは中にある卵を潰さないようにという目論見があった。

淡白な味付けを施した切り身と味の濃い卵を油の中で一緒に包み込む事で、一体感を表現したのだ。

しかし、海斗がおススメだと胸を張る一品、この程度で終わるはずも無い。

 

「野菜も喰えよ? ドレッシングは今出来てるから」

「へ? どういう意味――あっ!?」

 

切り口から溢れ出す濃厚な卵ソースが皿の上に広がって、皿の端にかけられた特性のソースと絡み合っていく。

トマトペーストを主軸にした赤いソースと黄色い卵ソースが一体となって、添えられている千切りキャベツと混ざり合っていく。

主役の揚げ物を食べて口の中が少し油っぽくなったところで、味付けが施された瑞々しい野菜を頬張る。

あっさり系なハイブリットドレッシングと揚げ物のコンビは最高だ。

あっという間に頭が覚醒した葵が、すごい勢いで箸を動かしていく。つられるように、海斗も食事を始めた。

昨日の昼過ぎに学校へ到着した一行は、そのまま解散となった。

気だるそうにふらつく生徒達同様、長時間の移動の疲れで疲労がたまっていた海斗と葵も意識の半分近くが夢の世界へ旅立ちつつあった。

だが、彼らの住処は学校の敷地内。

人の目がある中で、2人仲良く学校の敷地内に向かうのは不味すぎる。

一応、逆方向にある裏口からでもいけない事は無いのだが、かなりの敷地面積を誇るここの外周をぐるりと迂回する余力は残されていなかった。

そんな訳で隙をついて物陰に隠れた2人は、他の生徒達が全員居なくなるまでの間、待ちぼうけを喰らう羽目になってしまった。

帰路につけたのは、解散から30分以上経ってから。

こうして余計な時間を取られつつもどうにか帰宅できたのだが、そこで仲良く限界を迎えてしまったのだ。

旅行鞄を放り投げる様に下ろしながら制服を脱ぎ捨てると、シャワーを浴びる事もしないでそのままベッドルームへGO&爆睡開始。

夜中に襲われた肌寒さを抱き締め合うことで乗り越えた彼らは、丸一日もの間眠りこけてしまった。

そんな訳で、2人の胃袋はVery Hungryモードを爆進中なのだ。

しばらくの間どちらも言葉を発さず、食器がカチャカチャと鳴る音だけがリビングに響く。

やがて用意されたメニューの殆んどを綺麗に平らげたところで、満足できたのだろう。

シメの柚子シャーベットを堪能していた葵が、不意に気になったことを聞いてきた。

 

「そういえばさ。今日の材料って何だったの? なんだか新鮮な気がしたんだけど」

「……ふ、ふふふ」

 

空になったコップをテーブルに置きながら、海斗が不敵に笑う。

 

「か、海斗くん? その不気味な笑いはなんなのかな?」

「よくぞ聞いてくれたな! 何時になったら聞いてくれるのか、ちょっとだけ心配になっちまったぞ!」

 

テンションがおかしい海斗に困惑を隠せない。そんなに話したいなら、自分から言えばいいのに……と思った葵は悪くない。

向けられるジト目をスルーしつつ、冷蔵庫の扉を開いてなにやらゴソゴソ。

程なくして目当てのものを取り出し、葵にも見える様に掲げてみせた。

大きな牛肉にも見える塊。どこか見覚えのあるソレの正体とは……、

 

「え、まさか……!?」

「くっくっく……! そう、これぞ修学旅行でゲットしたトンカチ頭(ハンマーヘッド)! こっちじゃあなかなか手に入らない珍しい材料だから腕が鳴るぜ! ってなわけで今日からしばらくはサメ料理だから、そこんとこヨロシク」

「持って帰ってきちゃったの!? てっきりホテルのコックさんにあげたとばっかり思ってたよ!」

「おいおい、俺を見くびるなよ? こんな事もあろうかと、携帯式のアイスボックスを荷物の中に忍ばせていたのだっ!」

「準備万端だね!? え、まさか最初からサメさん狙いだったの!?」

「だって沖縄旅行だろ? 沖縄と言えば海、海と言えば人喰いザメ、人喰いザメといえばサメ料理だろうが!」

「ものすごく納得できない連想ゲームになってるんですけどっ!?」

 

この日より数えて実に3日もの間、終日3食サメ料理のオンパレードであったという。

それが原因で、2人が初めての喧嘩をする羽目になったのだが……、

 

「いい加減にしてよ! もうサメ料理はうんざりなんだよ!」

「何故だ? 意外とヘルシーなんだぞ?」

「そう言う問題じゃないのっ!」

 

両手を突き上げてふしゃーっ! と憤慨する葵に、海斗は気圧されずにはいられない。

犬も食わない痴話喧嘩を初体験している事に気づけない2人の言い争いはしばらくの間続けられたものの、

 

「むう……。確かに女の子にはきついかもしれないな。――わかった。それじゃあ、お詫びに駅前のファミレスで限定販売されている和風ジャイアントパフェ『カーネル・SAN……DA―ッ!』をご馳走するから」

 

肉汁溢れ出す脂身こてこてなチキンを積み重ねたかのような、女の子永遠の宿敵たるカロリーの権化のような見た目。

然しその実態は、濃厚でクリーミーな特性キャラメルソースとチョコレートクリームによって創造されし、至高のスウィーツ。

溢れ出す肉汁をキャラメルソースで再現し、色合いの異なる水あめを幾層にも重ね合わせることで衣を再現。

ひとたび匙を突き刺せば、鼻孔をくすぐるチョコレートとドライフルーツの香りが立ち昇る。

作り手が抱く不屈の信念――別名、どうでもいいこだわり信念とも言う――によって完成された、通称“見た目詐欺パフェ”。

それこそが『カーネル・SAN……DA―ッ!』。ちまたでうら若き乙女達のハートをキャッチして離さない、この街で名の知られた名物である。

 

「も、もう、しょうがないんだから! そこまで言うんなら、許してあげない事も無いんだよ!」

 

・第1回 夫婦(?) 喧嘩

勝者:高宮 海斗

決まり手:スウィーツ必殺拳(別名『甘いものでご機嫌取り拳』)

所要時間:8秒

 

予想以上な変わり身の速さに腹筋が大変な事になりかけた海斗を余所に、鮫肉(シャークミート)を頬張りながら未だに口にすることが出来ないでいる極上スウィーツを夢想しながらだらしなく頬を緩める葵であった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

『パフェは週末にでもご馳走してやるから、今日は大人しくゴロついててくれ』

そう言い残して置いて行かれた葵は、一人残されたリビングでソファーに寝転がりながらTVに映るバラエティー番組の再放送を眺めていた。

 

「うーん……つまんないなー……」

 

ボヤキ声に還される返答は無く、それがいっそう虚しさを高めていく。

現在、海斗は外出中。昼の食事を終えた頃合いを見計らったように鳴り響いた携帯電話のコール。

洗い物で濡れた手を手ぬぐいで拭きながら通話ボタンを押した海斗は、数言問答を交わした後、急に出かけると言い出した。

『家から呼ばれている。夜までには帰るから』とだけ言い残して出て行った海斗の表情。葵には、苦虫を噛んだかのような様子に見えた。

だからこそ気になる。普段から大人っぽい雰囲気を持ち、精神的にも余裕がある海斗のあんな顔は見たことが無かったからだ。

すくなくとも、彼と共に生活する様になってからは。

 

「ん――……気になる……。気になるよぉ……!」

 

修学旅行のお土産に購入したぬいぐるみ『びっくなまこちゃん(リボン付き)』を抱きしめて身悶える。

なんだか胸がモヤモヤする。自分には知られたくないという意志がありありと見て取れた海斗の背中。彼があんな態度をとった理由はいったい何なのだろうか?

 

――悩んでても始まらないよね!

 

「よっし! ここは名探偵葵ちゃんの出番だね!」

『びっくなまこちゃん』を勢いよく放り投げながら立ち上がると、足早に玄関へと向かう。

「……」

 

――が、ドアノブに手をかけた所で自分の恰好が寝間着のままであることに気づきUターン。

追跡しやすい様に身軽な恰好へ手早く着替えを済ませると、鞄の中身も確認する。

(財布よし、携帯電話よし、家の鍵よし。うん、完璧だね!)

5分と掛けずに準備を済ませた葵は、今度こそ家を飛び出した。

 

 

 

 

「えーっと、海斗くんのお家ってこの辺りの筈だよね……」

 

外出に困らないようにと校長から手渡された裏口を潜ってから少々歩いた。

沖縄に比べればまださほど暑くないから汗もかかずに済んでいるのはありがたい。

おのぼりさんのようにきょろきょろ視線を彷徨わせつつ、記憶を辿りながら海斗の実家を探す。

 

――電話口で『親父』とか言ってたから、多分家に帰ったんだと思うんだけど。

 

同棲生活を開始してからそれなりの時間が経過したことで当事者達の反感も収まっただろうと計画関係者が判断したらしく、一時的な帰宅ならば構わないと許可が下りたのだ。

葵もまた、修学旅行前に家に残っていた荷物を受け取るため戻ったことがある。

家を出たのはほんの少しの間だったと言うのに、自室に戻った瞬間、妙な郷愁を感じたのはなんとも変な感じがしたものだ。

けれど、海斗の場合は何だか里帰り的なものとは雰囲気が違っていたのが気にかかる。

何と言うか……そう、胸の奥がざわざわするとでも言うべきか。

上手く言葉に出来ない感覚に戸惑いながら大通りを抜けて、住宅街に張り巡らされている細道へと入っていく。

この辺りは急激な建築ラッシュの煽りを受けて造りだされたものだ。

しかしひとつに計画に沿って建てられていったわけではなく複数の土地の所有者達が自分勝手に建築を進めてしまった結果、住宅の敷地や形状が統一されない珍妙な住宅街が誕生してしまった。

和洋混在は当たり前。立派な松の木が植えられた中庭が目玉になるはずだった民宿の隣に何故か日光を遮るほど高い無骨なビルが建ち、大手フランチャイズ店のコンビニ2軒に挟まれてしまった年季のある駄菓子屋があったりもする。

建物の敷地もパズルのように複雑になっていて、住宅の間にある細道が迷路のように入り組んだ造りになっている。

しかも、地図が描かれた看板などの設備は皆無という初見殺し。

土地勘も無く、地図も無い葵に迷うなという方が無理難題であった。

案の定と言うべきか、

 

「ふ……ふぇぇえ~~っ!? ここ、どこよぉ……」

 

見事なまでに道に迷った少女の図が完成していた。うっかり携帯の充電を忘れてしまったせいで地図を検索することも出来ず、完全に途方に暮れてしまった。

誰かに道を聞こうにも、振替休日の葵と違って世間的には平日であるのだから、そうそう都合よく誰かが通りがかるはずも無い。

 

――だが、

 

「……ぇ?」

 

運命とは人の想いを嘲笑う、悪辣で、辛辣な物だと言うことを忘れてはならない。

見紛うはずも無い。探し人である海斗が前方を歩いていた。

 

「海斗、くん……?」

 

呆然と吐き出された少女の声は、確かに震えていた。

両の眼は限界まで見開かれ、視界に映る光景が嘘であってほしいと声なき叫びを上げる。

なぜならば、そこには――

 

「その(ヒト)……誰?」

 

この近隣では見かけない制服を身に纏った、『美』をいくつ重ねても足りないほど可憐な少女と手を繋いで(・・・・・)歩いていく海斗の姿があったのだから。

 




表題の「○○」に入る漢字二文字……もうお分かりですね?
果たして海斗君は本当にオイタしちゃったのか……真実は次話で。


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第11話 向き合うココロ

休日出勤を無事乗り越え、完成しました大ボリューム(短歌風)。
分割も考えましたけど、きりが良いところがなかったのでこのままいきます。
本作で初めて葵嬢以外の女の子とのえっちとあって気合が入りまくった結果ですかね。
それから今回、本人達が無意識に話題を避けていた答えを自覚します。


「アハハハハ! もう、海斗くんってばイケないヒトなんだから♪ ――ホント、しょうがないなぁ~……――プチっと潰して欲しいですってコトかな? かな!? かなぁ!?」

 

身の毛もよだつ憤怒のオーラを振り撒きながら、一歩、また一歩と大地を踏みしめる様に歩を進める葵。

完全に瞳孔が開ききっており、張り付けたような薄い笑みと相まって筆舌しがたい雰囲気(オーラ)を振り撒きながら。

浮気者(かいと)の後ろ姿はすでに見えなくなっているが、彼らが向かった方向はなんとなくわかる。

とりあえずとっ捕まえて洗いざらい吐かせよう。

具体的には浮気相手の女のこととか、わざわざ家族からの電話だと思わせる工作までしてナニやっていたのかとか。

ズンズンと道路を踏みしめながら歩を進める。

電線に止まっていた小鳥達が葵の殺気を感じて、全力で逃げ出していく。

小動物に怯えられたというのは何気に心が痛いものの、それすらも海斗のせいにしてしまうのは、葵も相当理性がトんでいるせいか。

 

――失礼なコ達だね。私が怒ってるのは全部海斗くんが悪いんだからっ!

 

憎々しげに海斗達が消えて行った壁の方を睨みつけ、ふと、どうしてこんなに怒っているのだろう? と疑問が浮かんできた。

葵と海斗は別に恋人とかそういうものではなく、どちらかと言えば権力に屈する形で始めたお仕事のようなもの――と、誰かに言われた気がする。

確かに、真っ当な恋人関係になっているとは言いきれず、それを考慮すれば別に海斗が誰とナニをしようと関係ない……ハズ、なのだが。

 

――もうもうもうもうもうっ! わかんないよそんなの! 自分でも何がしたいのかわかんないんだもん! けど、とりあえず悪いのは海斗くんなんだから、オシオキしなくちゃいけないの! 話はそれからっ!

 

葵の胸中で渦巻いているのはどこからどう見ても彼氏に浮気された女の嫉妬であったが、本人は全く気付けていない。

そもそも、海斗以前にこれほど親密な関係になった異性など存在しなかったのだから当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。

始めての激情に振り回される少女がひとり、道のど真ん中で頭を抱えてブツブツ呟くのは見ていて非常に痛々しい。

幸いと言うか、辺りに人影は無く、醜態を人目に晒す事だけは阻止出来たと言う訳だ。

――だったのだが、

 

「あの~、こんな所で何やっているの? 妖しい宗教の祈りとか?」

 

葵の肩にほっそりとした指先が添えられた。

びくっ! と身体を強張らせながら振り返ってみると、

 

「うーん、この辺じゃあ見かけない娘ね。ひょっとして迷子になっちゃったのかしら?」

 

いつの間にか、金髪のブロンドを靡かせた美女が葵の背後に立っていた。

太陽の光を反射して黄金のように輝く金髪と宝石のような碧眼の持ち主。

すらっとした細身でありながら胸が大きく、ヒップも美しい曲線を描いている。まるでグラビアアイドルのように顔立ちも整っており、丸みを帯びた瞳からは温和そうな雰囲気を感じとれる。

ノースリーブのシャツにホットパンツと言う大胆な服を見事に着こなしている姿は、『煌びやか』という言葉と実にマッチしている。

 

――うわー、こんなに綺麗なヒト、ホントにいるんだ。

 

初対面の美人さんに声をかけられて頭が冷えたのか、葵は振り返った体勢で固まってしまった。

 

「どうしたの?」

「へぅあ!? にゃ、にゃんでもありましぇん!?」

 

噛んでしまった。耳たぶまで真っ赤になっていくのがわかる。

 

「あはは、落ちついて。はい、深呼吸、深呼吸」

 

言われるままに深呼吸を数度繰り返せば、ようやく平常心が戻ってきた。

葵がありがとうございますと頭を下げれば、女性はいいのよ気にしないで~と手を振る。

ラフな格好から見てわかる通り、存外フランクな性格をしていらっしゃるようだ。

葵が落ち着くのを見計らって女性から事情を質問されたので、人を探していると素直に答える。

どうやら地元の人らしいので、もしかしたら何か手がかりが得られるかもと淡い希望を抱いていた葵だったが、

 

「え、黒縁眼鏡の男の子って……もしかして海斗クンのことだったりするのカナ?」

「知ってるんですか!?」

「知ってるも何も、私、彼のご両親が経営してる映画会社のスタッフだもん」

 

予想に反してこれ以上ないほどの手がかりと巡り合えた葵は、女性……磯沢(いそざわ) 理恵(りえ)に先導されて目的地へと向かっうこととなった。

 

「へぇ~、海斗クンと同じ学校の生徒さんで、修学旅行でも一緒の班になった“お友達”なんだ。――で・も、年頃の女の子が同年代の異性の家にカチコミをかけるのはどうかと思うけど?」

「か、かち……? あの、そんな物騒なお話じゃなくてですね? ただ、ちょっと……その……普通に遊びに来たっていうか」

あの(・・)海斗クンが家の住所を誰かに教えるなんて、多分初めてのことよ? それだけで、普通とは言えないと思うんだけどなぁ」

「あうあうあう~」

 

隣町の大学に通う学生だと自己紹介した理恵の顔は、おもちゃを見つけたチェシャ猫のよう。

年上の同性からからかわれる経験がほとんどない葵になすすべは無く、弄り回されていた。

 

「ねぇ、葵ちゃん。ホントのトコはどうなの? ひょっとして海斗クンと男女の関係になっちゃってたりするのカナ?」

「ちっ、違いますって!? もう、やめてくださいよぉ~」

「ええ~、いいじゃな~い。女同士、遠慮する事なんて無いと思うんだけど――っと、残念時間切れだね」

 

葵を弄って楽しんでいた理恵が歩を止めたので、少しだけつんのめりながら立ち止まる。

彼女が指差す先へ視線を動かすと、予想より大きな建物があった。

店舗も兼ねているらしく、入り口の横には『センソニィプランツ=マカ』という会社名が刻まれた看板が立てかけられている。

 

「せんそ……? あの、この名前ってどういう意味なんですか?」

「あー、聞かない方がいいと思うわ。何となくカタカナにしたくて名づけたって社長言ってたし」

 

曖昧にされたことが少しだけ気にはなったが、手を取って中に入っていく理恵に急かされるまま結局聞けないままに。

 

「わとと……。ここが海斗くんの家なんですか?」

 

入り口辺りは普通の映像機器販売店の様になっていて、最新鋭の機種こそ扱っていないようだがクラシックタイプの一眼レフやビデオデッキなどレトロな印象を感じさせる。

葵はこういう古めかしい物を見るのは初めてだったらしく、ビデオデッキとTVが一体化したテレビデオを物珍しそうに覗き込む。

 

「正確には店の奥から繋がった母屋の方がね。仕事関係のもの全部こっちの店側に置いてあるらしくて、逆に母屋の方には最低限の物しか置いてないようだけど」

 

質問に答えながらカウンター奥にある扉を開き、更に奥の方へと進んでいく。

乱雑に積み重ねられたビデオテープやDVDの山で埋め尽くされたせいで足の踏み場所が無い廊下を通り抜けると、撮影所らしき部屋へたどり着いた。

10人以上の人が入ることが出来そうな広さがある撮影所を、半開きになっていたドアの隙間から覗く。

 

「かい、と――……」

 

声に悲しみが滲む。

目尻が熱を帯び、まるで長距離マラソンを終えた直後のように喉がカラカラに乾く。

少女の視界に飛び込んできたのは、部屋の中央に鎮座する巨大な円形型ベッドの上、先ほど見かけた件の少女に覆いかぶさる海斗の姿だった。

 

「おやまあ、お楽しみの真っ最中だったかしら♪」

 

身を乗り出して喜々とした表情を浮かべた理恵の声が、嫌に遠く感じた。

 

 

――◇◆◇――

 

 

ギシギシとスプリング音が背中から聞こえてくることに、天凰寺(てんおうじ) 沙良紗(さらさ)は形のよい眉を顰ませる。

彼女が横たわっているベッドのシーツカバーには香水か何かが吹き付けられているらしく、よく分からない華の香りが漂い、鼻孔をくすぐってくるが、それで心が落ち着くかと言われればNOと言わざるをえない。

慣れ親しんだ愛用の高級ベッドとは比較することすらおこがましい安物臭漂う丸型ベッド。

情欲に塗れた男と女がいかがわしい行為を繰り広げるために考案されたと聞いているソレに、まさか自分が横たわる日がこようとは。

周知と屈辱に唇を噛み、情けなさと恥ずかしさで死にたくなってくる。

目尻には涙が溢れ、陶磁器のようになめらかな頬が朱色に染まる。

もしこの場に第三者が居合わせたとすれば、現在の彼女の姿を見て誘拐されてきた悲劇のヒロインという単語を思い浮かべる事だろう。

しかし、それも仕方のない事だ。

何故なら彼女は紛れも無く高貴な血筋をその身に宿す、真正のお嬢様……聖マリアジェンヌ学園に籍を置く、資産家令嬢であったのだから。

沙良紗は日本人離れした美貌と未成熟と成熟の境界線上に立つ、曖昧で、それ故にすばらしい魅力を秘めた女の子だ。

彼女の容姿を一言で言い表すとするのならば、使い古された言い回しだが『西洋人形のようだ』と称するが一番相応しいだろう。

英国貴族の血統である祖母の血を色濃く受け継いだ沙良紗の髪は、光を浴びて桜色に輝いて見える。

宝石のような碧色の眼や小柄な体躯の可愛らしさと相まって、学園では“可憐なお人形さん(キティ・ビスクドール)”などと呼ばれているほど。

学園の教師や先輩はもちろん、同年代の友人達ですら、彼女の事を見た目通りの幼い少女として可愛がり、また、彼女自身も敬愛する祖母譲りの日本人離れした容姿のことを誇りに思っていた。

けれど、まさか――、

 

「こんなことになるなんて……っ!」

「……どうした? やはり覚悟が決まらないのか?」

「うるさいっ! やるならさっさとやりなさいよ、この変態男っ!」

 

端正に整った唇から撃ち放たれたのは、予想以上に痛烈な怒声だった。

声の節々から、異性を、というよりも男という存在を嫌悪しているような印象を感じさせる。

 

(男嫌い……いや、どちらかと言うと男性恐怖症の方か?)

 

恐れ、恐怖と言った負の感情を異性に対して抱いてしまい、元来の気の強さと相まって辛辣な言葉使いとなってしまったのだろうと無言で分析するのは彼女の上にいる男性だ。

反射的に怒鳴り返してしまい、沙良紗は慌てて口元を抑える。

集団が作る輪の中心にいることも少なくなかった彼女は、自分を押し倒すように覆い被さっている男性が彼女を純粋に心配しての言葉だったのだと察知したからだ。

突然罵倒を浴びせられた男性……海斗は、不快感を顕わにすることもせず、むしろ少しだけ安堵しているようなそぶりを見せた。

ぽかん、と不思議そうに己を見上げてくる少女の耳上で束ねられた髪に指を絡みつかせ、口元に引き寄せる。

 

「自暴自棄になってるワケじゃなさそうだ。なら、心配も無いか」

 

少女にも聴こえないほどの小声で呟くと、ほぅっ……、と熱を纏わせた吐息を優しく吹きかけた。

 

「はうっ!? な、なにをして……ひゃうんっ!?」

 

無骨な男性の指とは思えない、繊細でやさしいソフトタッチ。

まるで枝毛1本1本を撫で上げるかのような刺激は、男子禁制の乙女の園で生活してきた少女には、まさしく未知の衝撃であった。

 

(なん、で……!? 不潔な男の指なのにっ!?)

 

ツインテールがふるふると揺れる。嫌悪感よりも先に衝撃と困惑の波が彼女の胸中で渦巻いているのだろう。

可愛らしい悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしかったこともあって、両手で顔を覆い、いやいやと頭を振り続けている。

女子高という環境下では、同性の間で少々過激なボディランゲージが行われることが多々ある。

沙良紗も多分に漏れず、マスコットのように愛でられ、抱き締められたりしたことも少なくない。

髪にこだわりを持つ年頃の少女なのだから、自慢の髪に触れられることも何回かはあった。

だが、これは何だ?

友人達のそれとは比べようも無い男の指に触れられた。それだけで、今までに感じたことも無い衝撃が襲いかかってきた。

まるで身体中の神経が電気ショックを受けたかのようだ。

 

「そんなに俺が、いや……男が怖いか?」

 

確信を突いた海斗の指摘に、かっとなった沙良紗が大声で怒鳴り返す。

 

「そんなこと、あるワケ無いでしょっ! ふざけないで! 大体さっきからの髪を撫でたり、嗅いだりしてばっかり……どうせやるんだったら、早くやればいいじゃない!」

 

――そんな涙目で怒鳴られてもなあ。

 

表情を強張らせながらそんな事を言う沙良紗の姿に、海斗は苦笑を浮かべずにはいられなかった。

彼女の事情は理解している。何故、良家のご令嬢である沙良紗が、海斗の実家(このようなところ)で己に組み伏せられているのか、その辺りの理由も。

同情はする。何しろ、このような望まぬ形で“純潔”を奪われてしまうのだ。

本来なら彼女の相手となっていたのは、婚約関係にある身分の高い資産家の子息、あるいは、どこぞの演劇から抜け出してきた白馬の王子様――身分の差などの(しがらみ)をものともしない、魅力あふれた好青年――であったことだろう(後者が出現する可能性は極めて低いが)。

だが、現実は無情だ。沙良紗自身も、それを理解している、いや――させられている。

 

『天凰寺 沙良紗は、今日、ここで、高宮 海斗に純潔を散らされる』

 

これはもはや揺るぎ様の無い事実であり、逃げ出すことが出来ない堅牢なる牢獄……所謂、運命というやつだ。

納得はしていないのだろう。あまりにも恐ろしく、叶う事なら今すぐ逃げだしたいのだろう。

だが、出来ない。

もし彼女が逃げだしてしまえば、それはそのまま彼女の大切な人々への凶刃となって襲いかかるのだから。

故に、逃げない。

屈伏なんてしてやらない、天凰寺 沙良紗(ワタシ)は絶対に男なんかに屈伏しない!

それが、天凰寺 沙良紗の『覚悟』なのだから。

 

「――わかった」

 

覚悟の色を碧眼から見て取った海斗もまた、心を決める。

彼女のようなケースは今までにもあった。

海斗への畏怖を覚えながらも、恐怖という感情を呑み込んで、自分を護ろうとしている気丈な女性達。

彼女らもまた、沙良紗と同じ顔をして、行為直前に至るまで海斗を睨み返していた。

ならば、下手な同情は彼女の覚悟を穢す行為に他ならない。

ふうっ……、と深く息を吐いて、覚悟を決める。

脳裏に一人の少女の姿が過ぎったような気がしたが、『仕事モード』へ切り替えた海斗には関係が無いことだ。

上半身を起こして膝立ちの体勢になると、いきなり沙良紗の身体へと腕を伸ばした。

 

「えっ――……」

 

急激な雰囲気の変化を感じとって反応が遅れたらしく、沙良紗は胸元のリボンタイが外されていく様を眺めていることしか出来なかった。

現在の沙良紗の服装は、彼女が通う聖マリアジェンヌ学園の制服。

チェック柄のスカートと白いブラウス、黒色のニットベストは清楚なお嬢様の教育を理念とする学園の方針で、派手さが無いおとなしめの色合いで統一されている。

海斗が外した真紅のリボンタイがアクセントとなって、清らかな乙女を演出している……らしい。

『らしい』というのは、彼女の制服がその手の筋で高い人気を得ているからだ。

両親の仕事関係でそういった情報にも詳しくなってしまった海斗は、少しだけ嫌そうな顔を見せながら、手に持ったリボンタイを注視する。

指先から感じる肌触りはなめらかで、布自体が光沢を放っているかのように美しい。

制服のデザインそのものは取り立てて目立つものは無いものの、それ故にこだわりを見せた原材料のみを使い、生み出された。

何かの雑誌にそんな事が書かれていたなと、取りとめのない事を頭の片隅で考えつつ、未だに固まったままの沙良紗へ再び手を伸ばす。

と、そこでようやく再起動を果たした沙良紗が、自分の身体を抱き締める様に腕を回し、シーツを蹴る様な勢いでベッドの淵へと逃げ出そうとした。

 

「なっ……、何をするのよ!?」

「なにって……制服を脱がそうとしているだけだが?」

 

なにを当たり前のことをと言いたげな海斗に、沙良紗は声にならない叫びを上げる。

海斗は、口をパクパクさせ、罵声か非難かの言葉を叫ぼうとしている沙良紗と距離を詰めながら、幼子をあやす様な静かな声で囁く。

 

「此処まで来て何を言っている? これから俺達が何をするのかは、お前自身よく分かっているだろうに。じゃないと、制服が台無しになってしまうぞ」

「だっ、だからって、いきなり女の子の服を脱がそうとしていい訳ないでしょう!?」

「ま、その言い分にも一理ある……が、時と状況が悪かったんだよ。覚悟を決めたんだろう? だったらウジウジしてないで、俺に任せておけ。――できるだけ恥ずかしくならないように優しくするから」

「そ、そんなこと言ったって……きゃあっ!?」

 

敵を威嚇するネコのような反応から一転、怯えた小動物のような反応を見せる沙良紗の肩を押してベッドに横たわせると、黒いニットベストを上から引き抜く様に脱がせた。

たったそれだけで、沙良紗の新たな魅力が海斗の目に晒されることとなった。

思わず、ごくり、と喉を鳴らしてしまう。何故なら、海斗の視線の先でブラウスを押し上げる様に盛り上がった2つの膨らみが激しく自己主張を行っていたからだ。

どうやら沙良紗は予想以上に着やせする性質だったようだ。

身長は中学生でも通ってしまうくらい小柄なくせに、母性の象徴である双丘はたわわに実り、ブラウスのボタンを弾き飛ばしてしまうそうなほど盛り上がっている。

呼吸のたびに上下に震え、ボタンとボタンの隙間から覗く大人びたランジェリーの色彩が、ちらりちらりと目に留まる。

胸元へ注がれる視線を感じ、沙良紗は身体を返し、うつ伏せになって視線から逃げた。

じろりと海斗を睨み上げ、今にも逃げ出してしまいそうになる身体を叱咤しながら、やはりこの男も同じかと内心で吐き捨てる。

祖母から譲り受けた日本人離れした容姿以外に、沙良紗にはもうひとつ人目を引いてしまう箇所があった。

それが、現在進行形で成長を続けている豊満な乳房だ。

全体の身体つきは未成熟な少女のソレであるにも拘らず、胸だけは成人女性のそれに匹敵、あるいは凌駕する程の成長力を見せている。

小柄な体躯とはあまりにもアンバランスな巨乳。

人目を引く容姿と相まって、彼女が休日に街中へと出向こうものなら異性からの好奇と情欲にまみれた下種な視線が胸に注がれるのは自明の理であった。

中には、明らかに下心を抱いていると言わんばかりの集団にナンパ紛いに絡まれ、身の危険を感じたこともあったほどだ。

 

(どうしてこんなに育っちゃったのよ……。こんなものさえなかったら、いやらしい視線に曝されることも無かった筈なのに!)

 

だから、沙良紗は自分の胸が嫌いだった。

学園にいる数少ない男性――教師や礼拝堂に常在している神父など――からですら、時折、背筋が凍りつくほどの粘ついた視線を感じることがあるのだから。

沙良紗の胸の成長が顕著に表れるようになったのは、まだ彼女が性知識を知らない頃だったことも、男嫌いに拍車をかけるきっかけとなっている。

自分の理解を超えた、悍ましく、暗い、情欲まみれの視線。

幼い少女にとって、それは恐怖以外の何物でもなかった。

遠縁にあたる男の親族達の中にさえ、そういった感情を彼女に抱いた者がいたこともあり、そう時間をかけずに、男という存在そのものを恐れ、嫌悪するようになっていったのだ。

せめて、肌を重ねる相手くらいは、まともであってほしかった。

やはりこの男も他の男と同じかと心のどこかで失望を抱きかけた沙良紗の耳に、ぶつぶつとなにかを呟いている海斗の声が届いた。

 

「――……シャークプリン……だと!? くっ、まさかこのようなアイディアが仕事中に浮かぶなんて! くそっ、ここが(ウチ)だったら、今すぐ頭の中に浮かび上がったイメージを実現するべく、全力を費やすと言うのに!」

「……はい?」

「まさか巨乳を見てこんな神レシピを連想できるとは思いもしなかった……いや、まてよ? だったら、なんで葵の胸を見たときに思い浮かばなかったんだ? サイズ的にはアイツの方が上の筈……う~む」

 

なにやら非常に失礼な理論が展開なされているようだ。

というか、失礼にも程があるのではなかろうか?

美少女である沙良紗を押し倒しておきながらサメ肉のレパートリーを構築するとか、一体どういう精神構造をしているのだろう。

そう考えると、無性にむかむかしてきた。何気に、『葵』という人と比べられていたようだし、ここは怒っても構わない場面のはず。

 

「……やっぱ、女としての色気の差かな? 見た目小娘だしな」

「――がぶっ!」

「うあだ!?」

 

即断実行、刑罰執行。

乙女心を激しく傷つける結論に至ってしまった愚か者へ、怒りの『かみくだく』が炸裂する。

 

「にゃに、ひふれーなほといってんの!」

 

なに失礼な事を言ってんの! と言いたいらしい。

腕に噛みついたまま、ふしゃーっと唸る姿は、気まぐれな子猫が飢えた雌ライオンへと豹変したかのようだ。

 

「あだ、あだだっ! わ、悪かった! 謝る、謝るから離してくれ!」

「うぅ~っ!」

「くっ、こうなったら……そおぃ!」

「ふにゃあん!? なっ、何をして……ふあぅ!?」

「胸揉んでる」

「そっ、そういう事を聞いてるんじゃな――っ、あ、ああ! そ、ソコは、だめぇ……♪」

 

怒れる女獅子の気を逸らすべく、無事な方の指先を少女が持つにはあまりにも魅力的すぎる乳房へと伸ばす。

ブラウスの上からでも圧倒的なボリューム感を与えてくる乳房は、想像より柔らかく、指先に力を込めればスポンジのように指先を吸いこんでいく。

けれど、軽く力を緩めてみれば、ほど良い心地良さで押し返してくる弾力も併せ持っていた。

感度も良好なようで、掌を押し付ける様に揉みしだく毎に、牙を立てていた瑞々しい唇から甘い吐息が零れ出す。

手のひらに収まり切らぬそれを、荒々しい指使いで弄ぶ。

どの程度の力加減で痛みを感じるのか、どのポイントが性感のツボなのか、沙良紗の表情に浮かぶ変化を見つめながら把握していく。

 

――ほどよく緊張も解れたようだな。

 

気が強そうな見た目通り、いっぺん爆発させてやれば素の沙良紗(コイツ)を曝け出してくれた。

緊張と恐怖で頑なに閉ざされていた彼女の心の隙間をこじ開けるためにわざとふざけたリアクションをとってみたのは正解だったようだ。

胸にコンプレックスを持っていると言うことは、逆を言うと周りの人よりも突出した才能(ぶぶん)がある事と同義。

沙良紗の場合は、異性の目を惹きつけてやまない巨乳こそ、本人でも気づかない、自慢できる才能(ぶぶん)だと心のどこかで思っていても不思議ではない。

だからこそ、あえて才能(ぶぶん)の乳房に興味がない素振りを見せつつ、身近に彼女よりも優れた人物がいるのだということを匂わせた。

無意識下でプライドを持っていた長所を比較され、思わず感情を露わにしてしまった。

ありのままの彼女を面に引っ張り出すことこそが海斗の狙いだったことに気づいていない沙良紗は、愛撫される胸を中心に全身へ広がっていく官能の波を堪えることに精一杯なようだ。

先ほどまで噛みつき、今では縋りつく様に片腕へと抱き着いている沙良紗の耳たぶに吐息を吹きかけながら指の力を微妙に変えていく海斗の口元に浮かぶのは、意地の悪い笑み――葵が言うところの《いぢめっこスマイル》――だ。

振り払おうにも、耳元で囁く様に吐息を吹きかけられ、産毛をくすぐられるかのような刺激は初体験だったらしく、もはや沙良紗は海斗の腕にしがみつく程度の力しか入らなくなっていた。

痛みを感じない絶妙の愛撫を繰り出す海斗の指先のもたらす刺激は、言葉に言い表す事も出来ない衝撃を彼女へ与えていた。

乳房全体を揉み上げるような大胆な動き。ブラウスとブラジャー越しでもはっきりと分かるほど硬さを増した乳首を指先でつまみ、指の腹で転がす様に刺激を送り込む。

思わず口を突いて出てしまいそうになった悦声を、とっさに口元を抑えることでどうにか堪える。だが、腕を動かしたせいで体勢が崩れ、海斗の手が伸ばされていないほうの乳肉が彼の腕に押し付けられる形になってしまう。ふにゅう、と音が聞こえてきそうなくらい押し潰された乳肉が左右に押しやられ、海斗の腕を包み込む様に変形した。

つまりそれはもっとも敏感な乳首を自ら押し当てているのと同じ意味を持つ。

海斗は、ちょうど乳首が押し当てられている肘の部分を曲げ、軽く振るわせて振動を送り込んでやった。

電動マッサージほどでなく、されど敏感さを増していく少女にとっては堪えようのない官能が胸の先端に発生した。

 

「ひっ、あ、ああぁっ!」

 

頬を真っ赤に染め上げ、歯を食いしばって愛撫に耐える沙良紗。

しかし、徐々にしがみつく腕の力が弱まっていく事を悟った海斗は拘束が緩んだ一瞬の隙をついて腕を引き抜き、素早く沙良紗の腰へと腕を伸ばす。

 

「よ……っと!」

「ひゃうっ!?」

 

小柄な体躯とはいえ年の近い少女である沙良紗の身体が軽々と宙に浮かぶ。

ふわりと浮かんだ沙良紗の体勢を器用に整えると、胡坐をかいた膝の上へと乗せた。

ちょうど、海斗の腕の中にすっぽり収まった形になった。突然の事態に目を丸くする沙良紗の脇の下を通り、乳房の下側、いわゆる下乳部分をすくい上げる様に海斗の腕が伸ばされる。

先程までとは違って、今度は両の乳房への愛撫を開始する。

手のひらと指をくまなく動かし、荒々しく揉みほぐすように美巨乳を堪能していく。

 

「あふっ、あ、や、やめ……っ、はひぃん♪」

「ふうん……? お前さん、実はこういう経験があったりするんじゃないか?」

 

後ろから抱きしめられる体勢になったせいで、先ほどよりも密着度を増している。

目の前にあるなめらかな首筋に唇を這わせ、小鳥がついばむ様なやさしいキスを落とし込んでやる。

幼さが残る身体をぴくぴくと痙攣させ、ミルクのように甘い乙女の香りを振り撒いてくる沙良紗に理性がトンでしまいそうになるのを堪えつつ、彼女の反応からその理由を推測する。沙良紗は処女だ。それは間違いない。

だが、彼女が在籍するのはうら若き乙女の楽園。異性の視線はごくわずかで、同性同士故に親愛の表現が少々過激になってしまう。

もし男が同じことをやろうものなら一瞬でブタ箱送りにされてしまうほどの過激な行為であろうとも、女同士なのだからと“なあなあ”で済ませられるのだ。

なにせ、年頃の女の子と言う生き物は、ボディ・ランゲージを好む傾向がある。

スカートをめくって下着のデザインを比較し合ったり、熱いからと胸元のボタンを外し、ブラジャーが見えてしまう事もお構いなしに手で仰ぐなどといった行為がごくごく普通にの範疇に収まってしまうのだ。

沙良紗もまた、少々過激な学友の親愛表現によって、発育の良い胸を揉まれたり――半数以上の女の子は、豊かな成長を続けている彼女にあやかりたいという密かな願掛けも含まれていたが――、頭を撫でられたりしてきた。

男に比べて女の子の手つきは繊細だ。

ガツガツとした情欲に駆られたものではない、あくまでもじゃれ合いの範疇に留まるそれによって、沙良紗の身体は偶然的に開発を進められていた

処女にありがちな性行為に対して敏感すぎる触感、乳肉や乳首などに触れられると快感よりも先に痛みを感じるという反応を彼女に見られないのはこう言った事情があったのだ。

そう、繊細な少女達によって齎された愛情表現と言う名の接触を経たことによって、未成熟の果実特有の鋭敏すぎる敏感肌が改善されていたと言って過言ではない。

それでも、初めて男の愛撫を受ける沙良紗に襲いかかる衝撃は相当な物なのだろう。苦痛とも快感ともつかない熱い痺れに、沙良紗が恐怖を感じているのがわかる。

乳肉への愛撫を続ける海斗の腕に爪を突き立てているのは、精一杯の強がりをみせようとしているからか。

 

「ふ、ふん。胸にばっかり夢中になっちゃって何よ。や、やっぱり男なんて最低な生き物ねっ」

「否定はしないさ。だって、それだけ魅力的すぎるからな、君のおっぱい(・・・・)は」

 

振り返った沙良紗の頬にキスをして胸への愛撫を続けながら、海斗がわざとらしい大きな声を出す。

突然卑猥な単語を口にしたことで驚いたらしい沙良紗を余所に、愛撫を一時中断させた海斗の指がブラウスのボタンへと伸びる。

本人がはっ、となった時にはもう遅い。手慣れた手つきで胸元のボタンだけを外し、そのまま左右に開く。

胸元だけはだけたブラウスの中から、まるで解放されたことを歓喜するかのように、可愛らしいブラジャーに包まれた乳房が勢いよく飛び出した。

レースがあしらわれた淡いレモン色のブラジャーを装着しているのは、背伸びしたい乙女心によるものか。

 

「や、やあっ! みっ、見ないでよぉっ!」

「なるほど、ちょっぴり背伸びした下着を見られるのは恥ずかしい、と。わかった、じゃあさっさと取っちまうか」

 

沙良紗の懇願を都合よく解釈した海斗の手がピンクに色づいた胸肌が作り上げる谷間へと滑り込む。

巨乳の女性が愛用するブラジャーは、フロントホックタイプのものが多い。彼女のそれも例に漏れなかったようで、双乳の間に金属光を放つホックが確認できる。

それを手慣れた手つきで器用に外すと、乳肉がもつ弾力に押しやられるようにブラジャーがベッドの上に落ちて行った。

 

「やっぱり思った通りだな。すごく……綺麗だ。うん、本当に」

 

正直な感想を述べながらも海斗の手は解放された乳房へ触れていた。

そこから感じる気持ち良さは、やはり服の上から触った感触とは一線を越えたものだった。

手のひら全体を沈み込ませる柔らかさと、内側からの押し返そうとする弾力を宿した乳房はしっとりと潤いを帯びている。

小柄な身体に似合わない大きさを誇る胸は、外の世界へと露にされたことでさらに大きさを増しているかのように感じる。

内側からはちきれそうなほどパンパンに張っている乳肉は、快感を齎す指の動きで淫らに形を変える。

にもかかわらず、指に込める力を緩めれば、すぐに押し返して元の形へと戻る。

押した分だけどこまでも吸いこんでいくかのような柔らかさと瑞々しい弾力を秘めた――まさしく、極上の乳房だ。

そのくせ、乳肌はうっすらとピンク色に上気して、キラキラと光沢を放っているかのような錯覚を覚えてしまう。

美巨乳という海斗の表現は、実に的を射ていると言えよう。

 

「んっ、ふ……ふあぅ、あ、あぁ――……っ」

 

すくい上げる様に乳肉を持ち上げ、絶妙の力加減で快感を送り込んでいく。

目の前にある沙良紗の首筋に官能の汗が溢れ出し、吐息が熱を帯びていくのを感じながら、海斗の指の動きは加速の一途をたどる。

根元を縊り上げて前へ絞り上げると、先端の乳首が押しやられるかのように硬さと大きさを増していく。

腕を大胆に動かして揉みしだくと、乳房が水風船のように飛び跳ね、振り回される。

胸をおもちゃのように弄ばれていることに、沙良紗は反論する余力が無い。

男の腕の中で、自分の乳房を好き放題に弄られているというのに、だ。

 

「んぁっ、か、かひゅっ……はヒ、ぃ――!?」

 

突き立てていた筈の指は、いつしか力を失って垂れ下がっている。

海斗の胸に背中を預けるようにもたれかかっているのは、身体を支える余力も残されていないということだ。

海斗の指から齎される熟練の域に達しつつある愛撫は、自慰行為の経験が多少ある程度の処女にとって、劇薬以外の何物でもなかった。

なにせ、自分を慰める時は一番敏感な乳首や陰茎を弄る程度しか行わなかったからだ。

一部の発育が良いとは言え、全体的に見れば未成熟の領域にある沙良紗は、ごくごく狭い範囲への刺激だけで十分な快感を得られていたからだ。

 

――逆を言えば、更なる官能を感じることを恐れ、尻込みしてきたとも言える。

 

だが、愛撫によって官能を生み出す事が出来るのならば好都合とばかりに容赦しない海斗が、強制的により強い快感を味あわせてしまった。

鮮烈すぎる快楽の波がとどまることなく押し寄せ、胸を中心に身体中へと浸透していく。

駆け抜ける衝撃に振り回されることしかできない今の沙良紗は、完全に愛撫を受け入れるだけの借りてきた猫状態。

飼い主(かいと)に牙を突き立てる事も出来ず、されるがままに翻弄することしか出来ないでいた。

精々が、股間のあたりで湿り気をましていく下着の様子に気づかれないよう、ガクガクと震える太ももを閉じることくらいか。

最も、指の動きに反応して太ももが擦り合わされていることに、海斗は気付いていたが。

 

「気持ちいいのか? こんな風におっぱいを弄ばれて、感じているのかな?」

 

瞼を閉じ、ぴくぴくと痙攣を繰り返す沙良紗の耳元に口を寄せ、囁くように問いかける。

 

「そんな、こと……あるワケ無いでしょ!?」

「そかそか、気持ち良くないか。――じゃあ、もっと頑張らないといけないな」

「え、あ、ま、まさか、まだ……」

「ん。まだまだ、本気を出していないぞ。こんな風に……な!」

 

気丈にも予想通りの(・・・・・)反論を返してくれた沙良紗へ、意地の悪い微笑と共に本気の愛撫を開始する。

今まで手を出していなかった先端の乳首をつまみ、親指と薬指で擦り上げる。

同時に、ひとさし指の爪先を先端へ突き刺し、乳腺へ直接刺激を送り込む。

さらに、押し潰されて指の間から溢れてきた乳首肉の端を中指の腹でひっかいてやる。

もちろん。手のひらで乳肉を揉みしだくことも忘れない。

心地良さ、痛み、くすぐったさといった異なる刺激を同時に送り込まれ、沙良紗の口から声なき悲鳴が跳び出す。

背中が反りかえり、開かれた口端からは泡まじりの唾液が零れ落ちる。

瞳は焦点を失い、吐き出される声はもはや言葉という形をなさない。

ブラジャーと同じデザインの下着の向こうで膣肉がわななき、やけどしそうな程に熱い蜜液がとめどなく溢れ出してくる。

閉じられていた太ももは小刻みな痙攣を起こしながらゆっくりと開かれ、下着では吸い込みきれなくなった蜜液が滴り落ち、海斗のズボンを濡らしていく。

 

「きゅふっ! ふひゃ、あぅ、あ、あぁ……!」

 

耳たぶを甘噛みすると、雷に打たれたかのように肩を跳ね上げた。その反応に気を良くした海斗は、沙良紗の耳にわざと息を吹きかけながら、舌先で耳皮をなぞっるように舐め上げていく。

蛇のように舌をちろちろとせわしなく動かされるのが恥ずかしかったのか、頭を振って逃れようとする。

しかし、耳たぶに意識を取られてしまった沙良紗の気が逸れた刹那、力無く左右へ開かれていた太ももの隙間へと指先を滑り込ませ、しっとりと潤いに満ちている少女の一番大切な場所に手を伸ばす。

ぐっしょりと濡れた下着の上から指の腹で撫でる様に刺激を送り込んでやると、たちまち沙良紗の唇から甘ったるい嬌声が零れ出た。

 

「ふあっ!? あ、ぅ、ふわぁああん!?」

 

滴り落ちる蜜液を潤滑油にした大胆な指捌きで秘肉を解し、弄っていく。くちゅくちゅくちゅ……っ、と淫靡な音を立てながら絶え間なく刺激を送り込んでいく。

沙良紗は震える太ももを必死に動かして膝を閉じようとするが、海斗の指が動く度に未だかつて経験したことが無い甘い官能が下腹部で爆発し、意識が吹き飛ばされそうになってしまう。もはや下着の機能を果たしていないパンティーの生地と感度を増していく蜜肉のヒダが擦れあい、ピリピリとした甘い痺れが背筋に駆け巡っていく。

 

「あ、ひっ、いぃい……! かふぁ、あ、ああ~~っ!」

 

怒濤の勢いで押し寄せてくる快感に翻弄され、沙良紗の身体から力が抜けていく。体重全てを海斗に委ねるようにもたれかかり、ずり落ちた両手にはシーツを握り締める余力すら残っていない。口はだらしなく開かれたまま天井を仰ぎ、艶ややかな悦声が際限なく吐き出されていく。

 

「お前の『おまんこ』、すごくグショグショだな。ヒダもこんなにヒクついて……そんなに気持ち良かったのかな?」

「はぅん……、っあ、うぅあ……」

「答える気力も無い、か。ほら、もうちょっと頑張れ。この程度で値を上げるようじゃあ、この先が辛いぞ?」

「え……っ!?」

 

――ウソ、でしょ……まだ、先があるっていうの!?

 

「やっ、やめて……お願い、お願いです! もう許してぇ……こっ、これ以上されたら私っ……こ、壊れちゃうよぉ」

「だが断る」

 

今でさえ理性を引き留めているのが精一杯だと言うのに、この人はさらに先が――もっとすごい快感を味あわせてやるのだと言う。

そんなことをされてしまったら、もう2度と元には戻れなくなってしまう。今までの価値感が一変してしまうような……恐ろしくもゾクゾクする予感が湧き上がってくる。

必死に哀願を繰り返す沙良紗に言葉に、海斗は微塵も容赦してあげない。

真っ赤に充血して膨れ上がった秘唇にへばり付いたパンティーを掴み、横へ引っ張る。

ぐちょぐちょに濡れそぼった下着は本来の役目である大切な場所を護るために元の形へ戻ろうとするが、一回り大きくなった外陰唇に引っかけられてしまえばどうしようもなくなった。

 

「はっ、あ……ひぅううっ!?」

 

顕わにされた秘唇に海斗の指先が埋まった瞬間、沙良紗の背中が反りかえり、全身を激しく痙攣させた。

ひとさし指と中指でワレメを開き、ヌラヌラと光沢を放つ膣内へ中指が沈み込んでいく。

 

「かっ、ひ、ぃ……っあ! 痛あっ!」

 

第二関節あたりまで食い込んだところで沙良紗が激しい痛みを訴えた。指先に感じるコリコリとした弾力から、これが彼女の処女膜だと察する。

身体が小柄な分、幾分浅い場所にあったらしい。慎重に指を引いて解れかけている入り口の膣肉への愛撫に移行する。

小刻みに振動させ、初めて異物を受け入れたのだろう、幾ばくかの硬さが残る膣肉をマッサージするように快感を送り込んでいく。

 

「はっ、くぅっ……あ、あっ……ひゃぁあああ~~……」

 

沙良紗の腰がゆっくりと動く。無意識なのだろう、海斗の指の動きに合わせる様に腰をくねらせ、締め付けの強い膣壁がキュウキュウと戦慄く。

今はまだ小さな動きだが、際限なく溢れ出してくる蜜液の量に比例するかのように、どんどん大胆に、かつ淫らな動きへと変わっていく。

悲鳴まじりの吐息は完全に情欲に染まりきり、乳房を前へ突きだす様に上体を反らす。

愛撫し続けていた海斗の手に、自ら乳房を押し付けるような形になっている。さらに、全身をくねらせることで敏感な乳首は完全に押し潰されてしまい、それが更に甘い官能を生み出す。

 

「あっ、は、あ、あぁあうっ……! んふぁっ……ふあうっ!」

 

快楽と言う熱に侵されきった沙良紗は上気した頬を海斗へ摺り寄せ、頬を擦り合わせる様にすり寄ってきた。

まるで子猫が飼い主に甘えるような仕草。少し前までは、溢れんばかりの男への敵意と気丈さを纏っていた少女の変貌に、海斗の中にある征服欲が激しく反応する。

敵う事ならば、欲望の赴くままに穢れ無い秘唇を蹂躙し、征服してやりたいと思う。

だが、沙良紗は男を知らない純粋な乙女。只でさえ、内心不安を抱いている状況にあるというのに、己まで我を失っては元も子もない。

トびそうになった理性を叱咤し、出来るだけ痛みを感じなくなるよう、いっそう強い快感を送り込んでいくことに集中する。

陰毛の中から鎌首を持ち上げかけた肉芽をつまみ、太ももを濡らす愛液をすくい上げて擦り込んでやる。

 

「ひぃあっ! あ、っうぅうん! きっ、きゅふっ、あ……あうぅっ!」

 

自分で弄る時とは比べ物にならない痛烈な刺激が、言葉に出来ない衝撃を生み出していく。

もはや悲鳴を上げているのか、ヨガり喜んでいるのかわからない。

ただ言えるとすれば、沙良紗の頭の中から“理性”という言葉がきれいに抜け落ちてしまったことか。

全身がガクガクと震え、力の入らなかった両腕が海斗の首へ縋りつく様に回される。

バンザイするような不安定な体勢で愛撫に翻弄されることしか出来ない沙良紗は、自分がどれほど浅ましく、淫らな恰好をしているのか気づいていない。

恐怖と嫌悪を感じさせるきつめの美貌は淫蕩に蕩けきり、もはや快楽を求めるだけの“女”へと変貌を遂げてしまった。

美しいものを自分の色に染め上げるかのよう。海斗は、そんなぞくぞくとした感触を味わいつつ、ズボンの下でガチガチに強度を増した肉棒を取り出し、沙良紗の秘唇へ押し付けた。

脈動する肉棒の先端からは、少女から漂う甘い香りに反応したのか、先走りが滲んでいた。

反りかえった分身をぷっくりと膨らんだ秘肉に擦り付けると、テラテラと淫靡な輝きを放つ蜜液でコーティングされていく。

カリ部分を擦り付けるたびに甘い刺激が身体を駆け抜け、自然と息が荒くなってしまう。

 

「ぁ――」

 

膣の入り口に押し付けられたソレに気づいたのだろう、沙良紗の潤んだ瞳が肩越しに見つめてくる。

流れ落ちた涙の痕にキスを落とすと、左右に開かれた太ももを抱え上げて、秘唇に先端を押し当てる。

 

「よし――挿入(いれ)るぞ」

 

言いながら、男を知らない膣肉をこじ開ける様に、ゆっくりと押し開いていく。

 

「ひ……っ、あ、ひぐぅうううぅぅっ!?」

 

蜜液で蕩けきっているとはいえ、指とは比べ物にならない質量と太さを誇る肉棒で突き刺されたショックは凄まじいものがあった。

見た目通りに狭く、キツキツな膣肉をこじ開ける様に、ゆっくりと奥へ奥へと沈み込ませていく。

 

「くうっ、お……すごく、熱いな。火傷しちまいそうだ」

「ひぎぁ……うぁああ……んんんっ! い、いた、あ……ぃ」

 

限界まで膨張した肉棒全体に強烈な締め付けが襲いかかる。

膣肉がわななき、異物を追い出そうとしているかのように、侵入を拒んでいる。

海斗は沙良紗を支える手を太ももから腰に持ち替え、亀頭に感じる処女膜を破らんと、腕と腰に力を込める。

瞬間、プツッ……、という小さな音と共に、

 

「はっ、ぎ、ぃ……あ、っあああああああっ!!」

 

沙良紗から部屋中に木霊する程の悲鳴が上がった。

処女膜が一気に突破され、激しい抵抗を繰り広げていた膣肉の圧力が嘘のように消失する。

破瓜の出血と蜜液で滑りを得た肉棒が一気に最奥まで埋没していった。

 

「あぐっ、ひっ、いぃぃ……!」

 

鉄の芯を打ち込まれたかのような衝撃に、沙良紗の意識がはじけ飛びそうになる。

だが、下腹部に走る破瓜の痛みと子宮口を押し上げてくる男の分身が齎す異物感が、意識を繋ぎ止める。

 

「痛い……、痛いっ! も……っ、やめ、てぇよぉ――……」

 

かつてない激痛に苛まれ、ここから逃げ出そうと暴れる沙良紗だったが、本人の反応とは裏腹に彼女の膣肉海斗の分身を歓迎するかのようにわななき、最奥の更に先へ呑み込まんとする。

 

「無理っ、無理よぉ……! もう、限界なんだからぁ……っ、そんな奥にいっ……挿れないでえっ!」

 

腰抑え込んでいた手を乳房へ動かし、わし掴みにする。処女消失のショックで力が入らない沙良紗は、たったそれだけで抵抗を抑え込まれてしまう。

逃げる事も叶わないが沙良紗が必死の形相で懇願する姿に痛ましい感情を抱きつつも、海斗が彼女を解放するそぶりは見受けられない。

 

「ちょっとだけ我慢してくれ……」

 

痛みを和らげるために快感を送り込む。海斗は、そう決断した。

わし掴みにした乳房に沈めていた指先の動きを再開し、痛みを感じなくなるように愛撫を再開する。

涙を流す沙良紗の首筋にキスマークを落とし込み、鮮血に染まった腰を極力動かさないように努めながら、感度の良い乳房を強弱つけて揉みしだいていく。

亀頭は子宮口を押し開く様に密着し、硬さの残る膣肉は未成熟な身体には不釣り合いな強度を誇る異物をしごき続けている。

膣の入り口あたりは肉棒を外へ押し返そうと締め上げているくせに、子宮に近づくと最奥へ引きずりこむかのように吸い付いてくる。

痛みと比例しているかのように溢れる蜜液はとめどなく生成され、それが破瓜の傷口を防ぐようにコーティングしていく。

海斗が腰をほとんど動かさないこともあって、沙良紗が感じている激痛が徐々に治まっていく。

後の残るのは、下腹部から感じる男の分身が放つすさまじい圧迫感だった。

 

「ひは、っぁ、かふぁ――ぁ、ぁぁ……」

 

沙良紗の口から、悲鳴ではなく困惑まじりの喘ぎ声が吐き出される。本人も戸惑っているのだろう、触れ合っているしなやかな肢体の節々から混乱と快感が入り混じった感情が見て取れる。

 

おまんこ(・・・・)がヒクヒクして、吸い付いてくるみたいだ……。もうほとんど痛みを感じなくなってきたんじゃないか?」

 

腰を小さく突き上げ、子宮と膣を(つつ)いてやる。途端、沙良紗が甘い艶声で喘ぎだす。

彼女の秘肉は予想以上に早く男に順応したらしく、膣道の締め付けが徐々に変化を見せ始めた。

痛いくらいに締め付けてくるだけだった破瓜直後と違い、肉棒をしごき、射精を促すような扇動へと変わる。

自分の身体の信じられない反応に戸惑いを隠せない沙良紗の首筋に唇を落としながら囁く。

 

「気づいてるか? さっきから随分といい声で喘いでいるんだぞ、君は」

「はっ、あ、はうぅううんっ……や、やだぁ……違――っ、あうぅっ! こっ、こんなことってぇ……はぁぁんっ♪」

 

沙良紗の腰がくいっくいっ、と上下し、コリコリとした子宮口と擦れ合って痺れる様な快感が生まれる。

彼女の動きに同調させるように、海斗の腰使いも徐々に強さを増していく。

挿入の角度を微妙に変化させ、完全に塞がっていない傷を極力痛めつけないように注意を払いながら膣肉を解きほぐしていく。

 

「あひ、はぁぅっ、ぁ……かひっ、あひ、ぃ――んあぁああっ♪」

「ン……ここがGスポットか。そうか、君はここがイイんだな?」

 

円を描くような動きで粘液の潤いに満ちた膣内を堪能していた海斗の分身が、沙良紗の性感帯……Gスポットを探り当てた。

子宮口より少し手前の、膣壁上部にあたる場所――尿道海綿体とも呼ばれる最も敏感な性感帯のひとつ――を亀頭のカリで強めに擦ってやる。

 

「かひゅっ!? は、ぁ……かは――……ぁぁ、ひっ、あぁぁぁあああああ――!!」

 

身体をのたうたせ、甘い喘ぎ声のボリュームが爆発的に膨れ上がった。

先程までの戸惑いは鳴りを潜め、沙良紗は海斗が与える快楽に囚われ、完全な虜となってしまった。

部屋中に響き渡る悦声は女の喜びに満ち溢れ、抵抗の意識を見せていた手足が海斗へ伸び、縋りつく様に掴み掛る。

涙に込められた悲しみは女の悦びによるものへとうつろい、抗えない愉悦の衝動に心と身体が支配されていく。

あれほど拒んでいた男を……海斗(・・)を完全に受け入れた沙良紗の肉体は、より一層の繋がりを求めて激しく彼の分身を責めたててくる。

 

「あひっ、ひぃぃうっ、ひゃあぁっ……ぁ、だ、だめ……ダメ、ぇ――」

「何がダメなんだ? 言いたい事はちゃんと言わないとわからないだろう? そんな悪い子には――オシオキが必要かな?」

「ぇ……お、オシオ――きっひぃいいぃ!?」

 

片手を乳房から離し、陰毛の中から顔を覗かせていたクリトリスを摘み上げる。

口に手を当てて悲鳴を呑み込もうとしたものの、すぐに堪えきれなくなって悲鳴じみた悦声を吐き出しだ。

柔らかくほぐれきった秘肉が歓喜に震え、肉棒への絡みつきがより一層強まる。

 

「ぁぁ、ぁ……や、やはっ!? な、なんで私っ……こんな、ぁ……腰、動いてぇ……!?」

 

海斗の突き上げだけでは物足りなくなったのか、自分から腰を揺さぶり、快感を貪ろうとしてきた。

止めようにも身体が言うことを聞いてくれず、沙良紗の腰の動きはどんどん大胆に、激しいものへとなっていく。

 

「ちっ、ちがうぅぅ……こんあ、のぉ……私じゃ、ない……違うんだからぁ……っ♪」

 

淑女として相応しい心構えを学び、規律を重んじる環境下で育った沙良紗の心の隅で、男に跨り、愉悦に蕩けきった表情を浮かべているであろう今の自分は淫らに堕落する女そのものだと、僅かに残された理性が叫ぶ。自分があれ程忌み嫌っていた男に媚びするなどの行為は、何よりも嫌悪すべき物であったはずなのに。

 

「いやぁ……ぁ、あひ、こんなのっ……私、こんなのぉ……悦んでなんかいないのにぃ……あひぃん♪ そっ、それなのにぃ……!」

 

腰の動きが止められない。もっともっととカラダが疼き、海斗の味を刻み付けるかのように膣全体が大きくわななく。

淫靡な艶声は留まる事を知らず、すがりつくように廻された手足は海斗へ絡みついて放さない。

溢れる蜜液がシーツに水溜りを生み出し、室内に木霊するグチョグチョといういやらしい水音が僅かに残された理性を蕩けさせていく。

もはや男嫌いのきらいは微塵も見受けられず、ただ、セックスにのめり込んだ(オンナ)としての姿がそこにあった。

 

「俺もそろそろ限界だ……手加減なしでいくぞ」

 

早く解放しろと精子が暴れ狂う感覚に己の限界が近い事を悟った海斗の腰使いがさらに激しさを増す。

子宮口に亀頭をゴリゴリと押し付け、Gスポットを削り取らんばかりに掻き回す。

 

「あんっ!? ハ――やぁああん♪ はっ、はげ、し……っ! そんな、激しくっ……動かさないでぇっ♪」

 

甘える様なニュアンスを声の節々ににじませながら、全身をぶつける様な勢いで背中を仰け反らせ、天井を仰ぎながら淫声を吐き出した。

ぷるん、と踊るように前へ突きだされた美巨乳が踊り狂い、手のひらから零れ落ちそうになった柔らかい乳肉が淫らな変形を見せる。

乳房を押し潰されるほどの力強さに呼応したのか、沙良紗の膣肉が急激に収縮を繰り返してきた。

咥えこんだ肉棒をすり潰すような激しい締め付けが、凄まじい射精感を齎してくる。

蜜液を飛び散らせ、結合部から淫らな音が溢れ出す。

愛撫を受けていない方の乳房が踊るように跳ね揺らされ、男を惑わせる妖絶な舞を踊り狂う。

喘ぎ声は収まる兆しを見せず、許容の限界を超えた快感で満たされた女の本能が、最後の一手を待ち望む様に沙良紗を突き動かす。

本能の赴くまま、沙良紗はその言葉を口にする。

海斗と言う存在全てを欲した――『オンナ』としての望みを。

 

「わ、わらしっ……も、っ……限界、なのぉ……お願いっ――ちょうだい、ちょうだいよぉっ! あなたのっ、熱いせーえきぃ……沙良紗の子宮にどぴゅどぴゅってしてくらさいぃぃっ!」

 

予め教えられていた(・・・・・・・)最後の台詞を沙良紗が口にするのとほぼ同時に、海斗も限界を超えた。

塞いでいた精管を解放し、燃えるように熱い精子を一気に解放する。

尿道を通じて子宮口へ跳び出した精子の塊が子宮の内部へと叩き付けられ、流れ込んでいく。

子宮の中で暴れ狂う精子の感触に、沙良紗の官能も爆発した。

 

「あ、はぁあああぁぁぁぁぁっ! で、でてるぅ……えーせきがぁ……わらしのぉ……子宮にぃぃい……ンはっ、あ、に、妊娠しちゃう……くふっ、あなたの赤ちゃん孕んじゃうよおぉぉぉっ♪」

「くっうぅぅ!? し、締まる……っ!」

 

初めてのセックスによる絶頂が齎す痙攣は凄まじく、海斗は自分の分身がねじ切られてしまうのではないかと錯覚してしまう。

それほどまでに強烈な締め付けが齎された。

膣肉は暴れる様にわななき、精の一欠けらも逃すまいと搾り摂ってくる。

 

「くぁ、は――ぁ、ぁぁ……」

 

恍惚の笑みを浮かべながら絶頂の余韻に浸る沙良紗の身体から完全に力が失われる。

オルガニズムの衝撃が彼女の思考を完全に吹き飛ばしてしまったらしく、背中をもたれさせた海斗を呆然とした瞳で見上げてきた。

 

「はぁ……はぁ……――あ、あの……」

 

たったひとりで迷子になった幼子のような弱弱しさを漂わせながら、すがるような震える声で海斗を見つめてくる。

瞳の奥底に宿った『とある感情』を感じとり――しかし、気づかないフリをしながら、彼女の視線を受けとめる。

 

「名前……聞いてもいいですか……?」

「それは……本名の方か?」

 

仕事がら相手には源氏名しか教えないのがルールなのだが、精神が不安定な沙良紗を安堵させるためならやむなしだ。

部屋の隅、部屋の入り口からは死角になっている場所を流し見、あるもの(・・・・)が止まっていることを確認しながら頷く。

 

「高宮 海斗だ。お前さんよりもいっこ年上になるのかな」

「高宮 海斗、せんぱい。――あの、もし出来ちゃってたら……せきにん、とってくれますか?」

 

それがどういう意味を指すのか、言うまでもないだろう。

堕胎という選択肢もあるが……未成熟な少女にソレを言うのは憚られる。

そもそも、そういう事が無い様に排卵日を外した今日を選んだのだから、可能性は低いハズ。

しかし、初めてのセックス、初めての中出しに「もしかしたら……」と言う恐怖を抱いてしまったのだ。

時間を置けば冷静な思考も戻ってくるだろう。

だが、今の不安に揺れる沙良紗には、海斗の言葉が何よりも救いになるだろう。

 

「大丈夫だとは思うが……そうだな。もしそうなったら――俺なりの責任はとらせて貰うよ」

「ぁ……はい♪」

 

すこし安堵したように微笑みながら、身体の力を抜く。

まるで、行為の余韻に浸る様に海斗へ身を委ねながら。

 

 

 

 

「あらあら、あんなに気持ち良さそうにヨガっちゃって。ああなったらもう、海斗クンから離れられないわよあの娘」

 

言葉の節々に小さな辛辣さを含ませた理恵の声は葵の耳に届いていなかった。

彼女の視線は、沙良紗を組み伏せた体勢のまま息を整えようとしている海斗へと注がれている。

心地良い疲労と何かが満たされたと言う満足感が浮かぶ表情。

額に浮かぶ汗を拭うその仕草は、自分しか知らない『高宮 海斗』の姿――の筈だった。

なのに――……、

 

「はぁ……はぁ……あ、あの」

「ん? どした?」

 

ベッドに身を横たえたままの沙良紗が海斗を見上げる。

至近距離で見つめ合う形になったことが恥ずかしいのだろう、口元に手を当てて何やらもにょもにょ呟いている。

さすがに聞き取れなかったのか、首を傾げた海斗が耳を寄せようとした――瞬間、

 

「ん――ちゅ」

「む? ――んっ、ふっ、むぅ……」

「ちゅっ、んっ、んむっ――……っぷは」

 

近づいてきた海斗の首へ腕を回し、そのまま身体ごと押し付ける様に唇と唇を重ね合わせてきた。

勢いに押されるように上半身を起こした海斗に引っ張られ、胡坐をかいた彼と対面する形で抱き合う沙良紗。

対面座位と呼ばれる体勢になった2人は、そのまま情熱的なキスを交わし合う。

正確に言えば、キスを強請ってくる沙良紗を海斗が受け入れていると言った方が正しいか。

数十秒にも昇る長いキスを終え、離れているお互いの唇の間に唾液の橋が掛かる。

程なくしてぷつり、と切れたソレの名残、唇の端に付着した唾液を指先で拭ってやりながら、己の胸に頬を押し付け、甘える様にすり寄ってきた沙良紗の背中を優しく撫でてやる。心地よさそうに瞼を閉じてそれを享受していた沙良紗だったが、不意に何かを決意したかのように口を紡ぐと、彼の顔を見上げ、

 

「――――」

 

小声でなにかを呟いた。

 

「ッ!?」

「あ、ちょっと!?」

 

聞こえた訳じゃない。多分、海斗にだけ聞こえるくらい小さな呟き。

しかし、葵には沙良紗が何を言ったのかを正確に読み取ることが出来た。

子猫が飼い主に甘える様に、男に対する敵意が欠片も見えなくなった沙良紗の表情、それに見覚えがありすぎたから。

 

(あの顔……私と、同じだ――……!)

 

幾度か海斗と肌を重ね合わせた頃、行為の余韻で火照る体温を冷まそうとシャワーを浴びていた際に鏡に映っていた己自身の顔。

鏡に映った自分と沙良紗は、同じ表情をしていることに気づく。

だからこそわかってしまう。

彼女が、情欲と満足感に満たされた沙良紗が、海斗にどんな感情を抱いてしまったのかを。

それを理解したくなくて、理恵を押しのけるように踵を返し、全速力で逃げ出していった。

 

「海斗くんの……バカ……ッ!」

 

涙まじりに吐き出した悲鳴に、海斗の肩眉が跳ね上がったことに気づけないまま。

 

 

――◇◆◇――

 

 

どうやって自室まで戻ってきたのか、葵自身も覚えていない。

蹴り破る勢いで自室に飛び込むと、荒い息を整えることもせずにシーツの中へもぐりこみ、膝を抱えてしまう。

とめどなく溢れ出す涙を拭うこともせず、膝に額を当てて脳裏に焼き付いてしまったあの光景を思い返す。

自分ではない女の子とセックスする海斗の姿が生々しくリフレインされ、あれが夢の類でないのだと否応なしに理解させられる。

 

「……そうだよね。私と一緒にいるのって、無理やり命令されたからだもんね。海斗くんがお付き合いしてるヒトがいたとしたって、不思議じゃ無いもん。あはは、私ったらうっかりさん……なん、だか……ら……っ!」

 

努めて明るい声を出してみたが、無理やり感が多々あった。嗚咽まじりの涙声を零し、シーツの中で声を押し殺す。

膝を抱える腕は小刻みに震え、まるで足元が崩落してしまったかのような恐怖が全身を駆け巡る。

 

「やっぱり、あの沙良紗さんって子とお付き合いしてるのかな……」

 

行為に及ぶ前にツンケンとした態度をとっていたのは、愛情の裏返しだったのかもしれない。

そもそも、海斗が誰とお付き合いをしようとも、自分に口出しする権利などありはしない。

自分達の関係は、他者から無理やり強制させられているお仕事のようなもので、そこに惚れた、何だの感情は無かった筈だ。

大体、告白はおろか、『好きだ』とも言って貰えてない――セックス後のピロートークは除く――のに、彼女顔する方がおかしいのだ。

わかっている。頭の中ではわかっているのだ、そんなことは。

 

……なのに、どうしてこんな――

 

「胸が痛いよ……」

 

ズキン、ズキンと鈍い痛みが胸を打つ。

まるで切れ味の悪い刃物で突き刺され、肉を抉られているかのような痛みが葵に襲いかかってくる。

 

「海、斗……くん……」

 

涙が滲む。

 

「かい、とぉ……」

 

嗚咽が零れる。

 

「やっぱり嫌だ……ヤダよぉ……! いなくなっちゃ……ヤダぁ……!」

 

溢れる涙はとめどなく、雪山で遭難したかのような寒気が葵の心を蝕んでいく。

ようやく出会えた『大切なヒト』。ありのままの自分を、ひとりの女の子として『竜ヶ崎 葵』に触れてくれる存在。

彼が好きなのかわからない。自分の本当の想いがどこにあるのか、未熟な少女の中で答えは形を成せていない。

でも、それでも――……!

 

「一緒に、いて欲しい、よぉ……」

 

それが、葵の中にあるどうしようもない本当の気持ち。

例え海斗の重荷になったとしても……傍に、隣にいて欲しいという少女の願い。

迷惑をかけてはいけないと言う理性と、心の赴くまま願望を吐き出すべきだと言う理性がせめぎ合い、ぐるぐる、ぐるぐると螺旋を描く。

思考の袋小路に陥った葵は、部屋のドアが開かれたことにも気づけないまま、出口の見えない思考の迷路の中をさまよう。

 

「私、どうしたらいいの……助けて……助けてよ……かいとぉ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――お姫様の願いなら喜んで」

 

声が、聞えた。

こんなどうしようもない感情を抱かせた元凶の……葵が誰よりも欲した男の声が。

 

「え――」

 

困惑を声に出すよりも先に、身体が温もりで満たされた。

誰かに抱きしめられたのだと頭が理解する。だが、何故彼が――海斗がここにいるのかわからない。

 

「かいと……くん……?」

「ん。海斗さんですよ」

「……何でいるの?」

「泣くぞコラ」

 

お互いの額をくっつけた状態で、本気で傷ついた表情をうかべる海斗。

その反応で、ここにいるのが本物の海斗であると、ようやく理解する。

 

「お前が泣いてるってのに、ほっとけるわけないだろが。まったく……ひとりで何でも抱え込もうとしてるんじゃないだろな? 俺に出来ることが無かったとしても、こうやって一緒にいてやることくらいは出来るからさ」

「……バカ」

 

本当に大馬鹿だ。

大体、誰のせいでこんな悲しい気持ちになったと思っているのだろう。

 

「――のせい……だよ」

「ん? なんだって?」

「全部、ぜんぶっ……海斗くんのせいだよっ!」

 

先程までとは違う感情の爆発で声を荒げる葵に気圧されるように、海斗の上半身が後ろへ仰け反る。

逃がさないとばかりに襟首へ掴み掛りながら、葵は胸の内からとめどなく溢れ出してくる感情を叩きつけていく。

 

「私は海斗くんのなに? なんなの!? どうしてそんな……そんな軽々しく一緒にいてやるとか言うの!?」

「ちょっ……落ちつけ! 順序を立てて説明を――」

「ねぇ、答えて! 海斗くんにとって私は何なのよっ!?」

 

単なる同居人? それとも、同じ秘密を抱えた共犯者?

どちらにしても、そんな上辺だけの関係なんて望んでいない。

葵が望んでいるのは素の自分を曝け出せる相手。

ありのままの自分を受け入れてくれる、大切な居場所になってくれるヒト。

誰の心にもある、犯されたくない、絶対に譲れない領域。

居心地が良い海斗のそこに、自分でない誰かが居座っていたのだと理解させられ……どうしようもなく心がざわめく。

 

(竜ヶ崎 葵(ワタシ)じゃあダメ、なの……?)

 

「葵……お前、やっぱあそこに居た――」

「答えて……こたえてよぉ……ひっく、えぐ……うあぁああ……」

 

堪えきれなくなった嗚咽を零す葵を抱きしめながら、海斗は悪い予感が的中してしまったことを悟る。

あの時、沙良紗にキスされた瞬間、葵の悲鳴のようなものが聞えた気がした。

まだ仕事(・・)が残っているのだから、最後までやり切る責任が己にはある。

だが、もし誤解(・・)で彼女を傷つけ、泣かせてしまったのだとしたら――海斗は自分が許せない。

だから、後のフォローを意地の悪いニヤニヤ顔を浮かべた理恵に押し付けて、急いで戻ってきたのだ。

しかし、悪い予感が的中したことに、ややこしい事態を招いた元凶共を胸中であらん限り罵倒し……覚悟を決める。

未だ答えを出せていない……けれど、間違いなく本心である己の気持ちを告げることを。

緊張で早まる鼓動におちつけと言い聞かせると、葵と視線を合わせながら、答える。

彼女が望んだ――『高宮 海斗』の本当の気持ちを。

 

「そんなん、お前……大切な存在(ヒト)に決まってるだろうが」

「っ、ぇ――」

 

背中に回された海斗の腕に力が籠る。

己の想いがこんなにも強いのだと示す様に。

 

「正直に言うとだな。真剣に誰かを好きになるって気持ち、俺はまだよくわからない――ってのが本音なんだ。多分、葵には信じられない事かもしれないけど、結構な人数の女性を抱き、肌を合わせてきた。中には俺らとそう年の代わらない女の子もいたし、特殊な空気にあてられて告白まがいを受けたこともあるからな」

 

公に出来ない仕事を行っているという自覚はある。

仕事上のパートナーに選ばれた女性達は異なる事情を抱えてこの業界に足を踏み入れている事も理解している。

労力を提供し報酬を得る。それは仕事を務める者にとってごく当たり前のこと。

しかし、中には本人の意志を無視した大きな力に干渉を受け、否応なしにこの業界へ放り込まれてしまった少女も少なからず存在する。

沙良紗も同じ境遇で、大切な何かを護るために今まで護り通してきた純潔を失うことになった。

そんな少女達へのケアをごくごく自然に行えるようになった海斗に、吊り橋効果もあって淡い想いを抱いてしまう娘が出てくることもある意味必然の事だった。

 

「なんかさ、確かに嬉しく思うところはあるんだ。俺も男だし、仕事で出会う相手は皆美人って呼べる人らばっかりだったから。けど、さ……そう言うのって、違う気がするんだ」

 

一時の迷いでしかないかもしれない。

冷静になれる時間を経れば、胡蝶の夢のように淡く消え去ってしまう薄い感情なのかもしれない。

真っ当な恋愛をする者達から見れば、大切な何かが欠けている歪な想いなのかもしれない。

 

それでも……女の子にとって誰かを好きになるという気持ちはとても大切なものだと思うから。

だから、中途半端な気持ちで答える事は出来ない。

誰かと付き合う事になったとしたら、それはきっと自分の中で確たる答えを――未だ理解できていない『愛情』という想いをきちんと理解し、自覚できるようになってからだと……そう思うから。

 

「葵をどう思っているのか、俺はお前にどうしてほしいのか……答えはまだ見えないままだ。けど、ひとつだけはっきりと言える答えがある。お前は……『竜ヶ崎 葵』は『高宮 海斗』にとって、傍にいてくれることが当たり前の日常になった……『大切な存在(ヒト)』なんだ」

 

好きか嫌いかで問われれば、間違いなく好きだ。

でも、それが親愛から来るものなのか、異性に対する恋慕によるものなのかが海斗の中ではあやふやなまま。

愛情云々よりも先に身体を重ね合う行為に及ぶ……そんな普通じゃない日常を過ごしてきたために、胸の中で燻っている感情の正体が掴めない。

 

「いい加減な答えしか言えなくてゴメンな。でも、できる事ならもう少し待っていてほしい。叶うなら、俺自身の想いにちゃんと答えを出すその時まで。それまで――ずっと一緒にいるから」

「……ホント?」

 

不安に揺れる瞳から流れる涙を拭い、真っ赤に上気した顔で海斗を見る。

 

「ああ……本当だ」

 

葵を安心させられるように柔らかい笑顔を浮かべながら、神妙に頷く。

そもそも葵との生活に楽しさを感じているというのに、余所で男女交際する必要性など皆無だろう。

 

「じゃあ……あの女の子のことは良いの? 彼女さん……なんじゃ」

「は? 彼女? ……誰が?」

「へ?」

「何を吹きこまれたか知らんが、でっかい誤解を生んでいるってのはよくわかった。――あのアマ、今度会ったら覚悟してやがれ」

 

小悪魔の羽と尻尾を生やした某金髪お姉さんが「くしししし♪」と笑っている姿を幻視して、海斗の額に青筋が浮かぶ。

彼女が両親のアトリエと専属契約を結んでからというもの、何故か(・・・)海斗のお相手を務めた女性へあること無い事吹きこむようになった同僚(・・)は、葵にまで食指を伸ばしたようだ。

しゃくり上げる葵の背中を擦りながら、事情を話していく。

朝の電話は親からの呼び出して、飛び込みの仕事――AV撮影の依頼――が入ったと言う連絡だったこと。

小遣いと言う名の給料を受け取っている身なのだから、仕事はきっちりこなせと押し切られ、やむなく実家へ一時帰宅したこと。

道すがら、今日執り行う撮影の参加者……AV女優役の女の子を迎えに行ったこと。

その相手こそが沙良紗であり、処女であった彼女のケアやフォローも任されたこと。

葵が覗いていたのは撮影の現場そのものであり、海斗的にはあくまでも仕事の範疇にあったということ(そもそも、らしくもない淫語――『おっぱい』とか『おまんこ』とか――を多発していたのも、目と耳で視聴者を刺激するAV撮影を行っていたからだ)。

そして、撮影がひと段落した瞬間、葵の悲鳴じみた声が聞えた気がしたので慌てて戻っていたということを、掻い摘んだ説明をすませた。

ようやく落ち着いたらしく、包まっていたシーツから這い出してきた葵を後ろから抱き締めながらようやく誤解を解くことが出来た海斗は、ほっ、と安堵のため息を吐く。

 

「そっか、沙良紗ちゃんとはあくまでもお仕事の相手ってだけだったんだね。なら、どうして初めからそう言ってくれなかったの。コソコソ隠す様に家を飛び出したりしたら、気になってしょうがないでしょ」

「いや、その……なんて言えば良かったんだ? 『仕事で女抱いてきます』って言えと? 同居人に? ――勘弁してくれ」

 

身体を寄せ合い、お互いの体温を感じとりながら、疲れを多分に含めた低い声が出てしまう。

AV撮影に行ってきますなんて、どう言いつくろえというのか。単なる羞恥プレイにしかならないだろう。

 

「う~ん、でもねぇ~、私を悲しい気持ちにさせてくれたのは事実だしぃ~?」

「くうっ!? な、何が望みだ……」

「えぇ~、私なにも言ってないよ~。でも~、どうしてもお詫びがしたいっていうんなら。考えなくも無いけど~?」

「……どうぞ、愚かな私めにお詫びをさせて戴けないでしょうか」

 

明らかに声が怒っている。何故いきなり不機嫌になったのか見当もつかない海斗の背中を、冷たい汗が流れ落ちる。

こういう時の女の子は無敵でさいきょ~だと言うことを、同居生活の中で理解させられていた故に、抵抗する気概はすでにない。

 

「ん~……じゃあ、ね……明日、一緒にお出かけしよっ」

 

ベッドの枕元に備え付けられた戸棚へ腕を伸ばし、一枚の広告をひっぱりだすと海斗にも見える様に広げる。

そこには2週間前にオープンしたばかりのレジャーランドの割引券が付いた広告チラシだった。

 

「シーマリンパーク=銀星って、俺達、沖縄に行ったばかりだぞ。まだ泳ぎ足りないのか?」

「前世が人魚の私に隙は無いんだよ」

「マナティだったりしてな」

「……それは、私が牛乳(うしちち)女だって比喩だったりするのかな?」

 

マナティ=海牛=海の”牛”=……牛乳(うしちち)

 

「ま、まさか、そんな……ハハハ」

「ふんっ!」

「のごす!?」

 

胸を隠す様に腕を組んで半眼になった葵から視線を逸らしつつ、乾いた笑い声を上げる海斗の鳩尾に肘を叩き込む。

胡坐をかいた上に葵を乗せているので逃げる事も出来ず、良い感じに急所へ突き刺さった肘鉄に悶絶する海斗。

墓穴を掘った浮気者(かいと)を冷ややかににらみ上げながら、

 

「じゃ、明日はレジャーランドにお出かけね。もちろん荷物は海斗くんが運んでくれるんだよね?」

「は、はひ……」

「うん、よろしい♪」

 

何はともあれ、誤解が溶けていつも通りに戻った海斗と葵のお出かけ(デート)が決定した。

ひとまず一件落着かと腹部の痛みに耐えていた海斗であったが、2人で出かけた先でこれまた厄介な遭遇戦(エンカウント)に巻き込まれることになろうとは、予想だにしていなかったのだった。

 

 

 

 

「高宮 海斗、先輩、かぁ……」

 

とあるマンションの自室で、下腹部で暖かい鼓動を繰り返しているかのような錯覚を覚えながら、それを愛おしげに撫でていた少女がひとり。

彼女の机の上に、撮影所の代表、件、監督でもある男性から渡されたシーマリンパーク=銀星の無料招待チケットが置かれていた。




前話で海斗と手をつないでいた少女の正体は、AV撮影のお相手でした!
ついでにいうと題名の○○に入る単語はエロビの『撮影』でした♪ (もしくは『喧嘩』でも可)
見抜かれていた方もかなりおられたようですな。
でも、本職じゃなくて尻込みする素人さんって所がミソだったり。

新キャラな彼女達の紹介は、次話で語ろうかと。

にしても、葵嬢に強烈なライバルが登場しましたな。
桜色の髪、碧眼、ツインテ、ロリ巨乳、両家のご令嬢にしてやんごとない事情持ちというドラマまで保有――と、すさまじいハイスペックぶり。
ツンツン子猫系ヒロインな沙良紗嬢と甘えんぼワンコ系ヒロインの葵嬢の全面対決……はたして死闘の結果や如何に(笑)!?

ちなみに本作の主要人物には、キャライメージとして動物を当てはめていたり。
海斗君は密林の王者ベンガルトラ。
最強者でありながら、虎斑で密林に同化して身を潜める生態とかは当て嵌まるかなと。
ライバル(?)の桐生君は……チーターかな?
世界最速という看板を掲げ、スリムなスタイルが高い人気を誇る。
――が、実は狩りが下手で、他の肉食獣に獲物をかっぱらわれるのも少なくないヘタレ気質という……あれ? 予想以上にピッタリじゃね?

ま、それはともかく再びの水着回をお待ちください(爆)


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第12話 いちゃらぶプール日和(ぷち修羅場もあるよ♪)

やっぱりと言うか、書いてるうちに膨れ上がっちゃったので1話にまとめきれませんでした。
解せぬ……。
その分、できるだけ甘ったるいやり取りを意識しましたので、”によによ”していただければな、と。

えっちシーンもまとめて書く予定だったんですが、展開上切り分けることにしました。
そちらも出来るだけ早くupしますので、お待ちいただきますよう。

PS.神出鬼没なさいきょ~一家がゲスト出演していたり。深い突っ込みは無しの方向でひとつ(笑)


学園近くのバス停で乗車してからおよそ40分程度かけて到着したシーマリンパーク=銀星。

アミューズメントパークと銘打たれるだけのことはあり、かなりの面積を誇るレジャー施設だ。

バスの降車場所から館内へ通じるスロープを抜け、大きなドーム状の建物へと足を踏み入れる。

吹き抜けになっているのか、受付のロビーはかなりの広さを誇り、ローマ風建築物を思わせる支柱や色鮮やかな観葉植物など見ているだけでも楽しくなってくる。

実際、初めて来園したらしい親子連れから、カメラのシャッターを切る音が絶え間なく聞こえてくる。

思い返せば、完成した直後に全国区で特集が組まれたり、時々放送されるレジャー施設の特番で紹介されていたはずだ。

受付を済ませ、それぞれの更衣室へ入る。

海斗の水着は修学旅行に持っていった物と同じ。

学園じゃあないからと、いつもの眼鏡を外してロッカーの中へ。

貴重品類を入れたバッグを片手にプールサイドに踏み出せば、やはりというか人で溢れかえっていた。

祝日と重なっているとは言えど、かなりの賑わいを見せている。

都心部からやや離れている立地とはいえ、交通手段がきちんと確保されているし、巨大ウォータースライダーや波の出るプールといったアトラクションも完備しているおかげで、有数の人気スポットになっているらしい。

予想を上回る人の数を前に、「これだけ混んでるんなら、葵が思いっきり泳ぐのは無理かもしれないな」などと考えていると、

 

『ねえねえ、あそこにいる人、なんかこっち見てない?』

『え、ウソ。やだー、もしかして盗撮魔とか?』

『確かに、なんていうか、いかにも前科ありますって顔つきだもんね』

 

2人連れの女性が海斗を指差しながら、明らかな敵意というか悪意に満ちた視線が向けられた。

前髪で隠した目元にサングラスを装着し、女子更衣室へ続く通路の近くの壁に背中を預けている海斗は、傍目に見れば非常に悪目立ちしていることにようやく気づく。

サングラスを外して一睨みしてやればたちまち逃げ出すとは思うが、ソレはさすがに大人気ない。

というか、かえって逆効果になる。間違いなく。

とはいえ、このままだと監視員あたりを呼ばれてしまいそうなので、場所を変えるかと移動しかけると、

 

「海斗くん♪」

 

横の方から聞きなれた葵の声が聞こえてきた。

楽しそうな声色に、ん? と思いつつ振り向き、

 

「へ?」

 

言葉を失った。

てっきり彼女も旅行に持っていった水着だろうと思っていた。だが葵の水着は旅行の時のソレとは違い、一緒に買い物へ行ったときに彼女が試着していたもののひとつ、ローライズタイプのビキニであった。パレオから覗く健康的な太ももが描く脚線美がなんとも悩ましい。

修学旅行の時に着ていた、どちらかと言えばおとなし目の水着に比べて、こちらは明るい色が基準になっており、活発さや健康美的な魅力を存分に引き出している。

 

「んぉ? その水着って」

 

不意に、葵の水着姿に既視感を覚え、首を傾げながら記憶を掘り起こしてみる。

 

「やっぱりそうだ。こないだ、旅行用の買い物に行った時、試着してたやつだよな?」

「憶えててくれたんだ?」

「そりゃあ、まあ、なぁ……」

 

もごもごと言葉尻を誤魔化しつつ、鼻頭をかいてそっぽを向く。

その反応で何か気付いたのか、ニマニマ笑顔の葵が海斗の横顔を見上げ、

 

「あれれ~? 海斗くんってばどうしちゃったのかな。ひょっとして、私のこと独り占めにしたくなっちゃったり?」

「ばっ……! べ、別にそんなこと思っとらん」

「とか言いながら、周りの人の視線をさえぎるように立ち位置を変える海斗くんなのでありました」

「やかましいわ。……ほら、さっさと行くぞ」

「は~い。……あ、その前に――ちぇりお!」

 

掛け声とともにぴょん、と跳ねた葵が、海斗のサングラスを奪い取る。

 

「えへへ~、ここは学校じゃないんだから、こんなの必要ないない。ってか、何でサングラスなんかしているの?」

「なんとなく目元が落ち着かないんだよ。ほら、返せ」

「ヤダ~。ほらっ、海斗くんの素顔にみんなびっくりしちゃってるよ」

「目つきの悪さにドン引きしてるだけだっての」

 

海斗は本気でそう思っているが、実際は怪しさMAXなグラサン男が野生を思わせる眼光が煌くワイルド系なイケメン(に分類される)へ早変わりしたことに皆様驚いていたのが真実だったりする。

先ほど酷評をかました女性たちがあっけに取られているのを横目で確認し、葵の胸にえも言えぬ優越感が湧き上がる。

 

(ふふん、羨ましいでしょ~。でも、あげないよっ)

 

「んじゃ、行こっか海斗くん」

「やれやれ……了解」

 

はにかみながら腕に抱きついてきた葵と連れ立ち、まずはプールサイドをぐるりと見て回ることにする。

もはやお約束になりつつある周囲の男連中から突き刺さる嫉妬の視線を背中に感じつつも、二の腕辺りに押し付けられた柔らかな感触に、緩みそうになる頬に力を込めて平然とした表情を維持し続ける。

歩行を阻害しない程度に距離をとったプールサイドの一角にはビニールシートが所狭しと敷き詰められている。

これらはもちろん利用客が確保したスペースであり、ここではこうした仁義なき領土戦争が勃発しているのだ。

海斗と葵も、自分達用のシートを取り出しながら、手ごろな空きスペースが無いかを探してみるが、さすがにそう都合のいい場所は見つからなかった。

 

「やれやれ、仕方ない。更衣室の出口にあったロッカーでも使うか」

「ん~、しょうがないよね。……てぇ、ちょっと待って」

 

不意に何か大切な事を思い出した風の表情を見せた葵の様子に何事? と首を傾げれば、

 

「あ、あの、ロッカーって2人別々、だよね?」

「何を言ってんだもったいない。有料なんだから、節約もかねて同じの使えばいいだろうが。幸い、奥行きもあって結構なサイズだったしな」

「あうぅ~……ど、どうしても?」

「むしろ逆に、そこまで嫌がられる理由が知りたいな。別に見られて困るモンが入ってるわけでもあるまいし」

「お、女の子は秘密がいっぱいなんだよ!」

「その返しは予想外。ってか、教えてくれてもいいじゃないか。もっと葵のこと知りたいな」

「そんなの私だっておんなじだよ。私のことをもっと知ってほしいって思うし、海斗くんのことも知りたいって思っちゃう。けど、なんていうか……その、まだ早いっていうか」

 

もごもごと口ごもり、指先をつんつんさせながら恥ずかしそうに顔を伏せる。

自分でもうまく言葉に出来ないのが、もどかしい様であり恥ずかしくもある。

もっとも、それは海斗の方も同じだったようで、

 

「……ま、まあ、焦らなくてもいいかな。うん。こういうのはゆっくり事を運べばいいと思うし――って俺は何を口走っとる!?」

 

言外にこれからも長い付き合いになるんだというニュアンスを無意識に口に出したことに言ってから気付き、海斗の頬が熱を帯びる。

 

「そ、そだね。これからも、ずっと一緒にいるんだし――っぁ……」

 

つられるように、胸の中に浮かび上がってきた台詞を口ずさんでしまった葵が自分が何を言ったか遅れて気付き、瞬く間に耳の先まで真っ赤に上気させる。

 

「……と、とりあえず荷物を仕舞っとくか」

「う、うん……そだね」

 

いつも通りと言えばいつも通りなやり取りを交わしながらプールサイドを歩いていく2人。

気恥ずかしさを誤魔化すように視線を彷徨わせるも、やっぱり気になるのかお互いをちらちら。

そのくせ、繋いだ手は放すそぶりを微塵も見せず、重なり合った指先は自然と絡み合っていく。

どっからどう見ても痴話喧嘩……に満たない恋人同士のじゃれあいを見せ付けてくださった彼らの後ろには、ブラックコーヒーを求めて自販機に列を作る皆々様方と、額に浮かぶ血管が『しっと』という単語を形作るほどの怒りと悲しみと血涙を噴き出す紳士な方々の姿があったとか。

周囲をドン引きさせるほどの異様な光景がそこにあった……けれども。

2人の世界に入り込んた無自覚バカップルは、やっぱり気付かないのであったとさ。

 

「それと、だな……。葵、その水着も……似合ってると思う、ぞ」

「ぁ……ありがと……」

 

いっそう顔が赤くなったのは、言うまでもない。

誰の、とは言わないが。

 

――◇◆◇――

 

 

「はわ~、登ってみたら結構高いんだね」

「さすが日本最長を名乗ってるだけのことはあるな。スロープとか何か所あるんだ?」

 

まずは肩慣らしとして絶叫間違いなしと銘打った名物のウォータースライダーに向かった海斗と葵。

いきなり目玉から攻略にかかる辺り、一日でこの施設を遊び倒そうというやる気が見て取れる。

次の次辺りで自分達の順番が回ってくるスライダーの列に並びながら、落下防止の策から下を覗き込んでみる。

終着点である着水用プールでは、利用客の悲鳴と観客からの歓声で盛り上がっている。

大きな水しぶきが上がっているところを見るに、多少の危険もありそうな感じがするが、ここが開園してから現在に至るまでに大きな事故が起こったり怪我人が出たなどの話は聞かないので、安全性は問題ないのだろう。

つまり、あの7,8m位もある派手な水飛沫は、客を湧かせる演出ということか。

 

「次の方どうぞ~」

 

順番が回ってきたようなので乗り口へ向かう。この際、葵が水飛沫で濡れている階段に足を取られないよう、ごくごく自然に手を取って先導していることに、海斗自身は微塵も気づいていなかった。

『手を繋ぐ』と言う行為が、無意識に行動を起こしてしまう位に当たり前の事になっていると言う事に他ならない。

ドーム状の乗り口は結構なサイズになっていて、係員らしき男性が子供用のビニールプールを思わせる円形ボートをスタンバイさせていた。

 

「あれ? 前の人たちはそのまま滑ってませんでした?」

「ええ、はい。個人のお客様にはそのままかボートかのどちらかを選んで戴いているのですが、カップルやご夫婦、家族連れのお客様にはこちらの専用ボートをご利用いただいております」

「かっ……!?」

「あ~、やっぱそう見えるのか」

「? 失礼ですが、お二人はどのようなご関係で?」

「うえっ!? え、えと、その、あの……ぅ……はうぅ~」

「動揺し過ぎだっての。頼むから落ち着け……こっちまで恥ずかしくなってくるだろが」

「ううぅ~……だってぇ」

 

胸元で両手の人差し指をつんつんさせながら、嬉しいような、恥ずかしいような表情を浮かべる葵と、ちらちらと彼女から向けられる視線に気づかないフリをしつつ、そっぽを向いて頬を掻く海斗。

そのくせ、やっぱり彼も気になるのか、ちらりちらりと横目を向けて、偶然視線が合わさったら慌てて恥ずかしげに顔を背ける。

この時、頬が赤く上気しているのはお約束。

 

(うっわ、何この初々しい生き物共……爆ぜればいいのに)

 

「はいはい、仲睦まじいのは嫌って程わかりましたから、さっさと一緒に乗ってくださいませ。後が閊えてるんですから」

 

ジョッキに入ったブラックコーヒーを一気飲みしても尚、口の中が甘ったるくてしょうがなくなるほどの空気を振り撒く2人に我慢の限界を迎えたらしく、頬を限界まで引きつらせた係員が急かす様に海斗達をボートの中へ押し込んでいく。

いきなり背中を押してきた係員に少しだけ腹が立ったが、彼のみならず、後ろに並んでいる利用客の皆様方までもが、物凄い視線を向けてきていることに気づき、おとなしくボートへ乗り込むことにする。

ちなみに海斗が感じ取った視線の内訳はと言うと、

 

「見せつけてんじゃねぇよ、コンチクショー! 独り身の俺らに対する当てつけかい!」 というソロプレイヤーな方々のが4割、「昔はこいつ(この人)もあんな風に可愛げがあったのに……」という倦怠期に突入しかけなご夫婦&カップルの方々からのが3割、「いいなぁ……、よし俺(私)もっ」と2人の空気に触発されて手を繋いだり肩を抱き寄せあったりし始めた新婚&カップルな方々からのが2割、「わ~、お兄ちゃんとお姉ちゃん、ラブラブだ~」という純真無垢なお子様方からの1割で構成されていたりする。

 

和気藹々とした笑顔あふれる場所であるはずのプールに似つかわしくない空気が漂い始めたのを極力意識の外へ追いやりながら、さほど大きくないボートの上で体勢を整える海斗と葵。

しかし、絶叫系(こういうもの)のお約束と言うべきか、ボートも乗る者同士が密着しないといけない作りになっていた。

まあ要するに、

 

「か、海斗くんっ。しっかり支えててよ? 放しちゃだめだからね? フリじゃないんだからねっ」

「はいはい。ほら、これなら大丈夫だろ」

 

両足を突っ張って身体を固定し、姿勢維持用のロープを握り締めたままの両腕を葵の腹部に回し、後ろから抱きしめる。

ちょうど、胸の中にすっぽり納まったかのような体勢だ。

離れないようにしっかりと、それでいて葵が苦しくならないようにと絶妙の力加減で抱きしめる海斗の手に自分の手を重ね合わせると、葵もようやく安心したようにはにかんだ笑みを浮かべた。

お互いの吐息の熱も感じ取れる至近距離で微笑み合う様を見せつけられ、係員のコメカミに極太のバッテンマークが浮かび上がる。

 

「み……」

「「み?」」

「見せつけてんなっつってんだろがぁあああっ! さっさと滑りやがりませよお客様ぁあああっ! うぬぉおおおおおんっ!」

 

魂の咆哮をBGMに、ボートが滑り出す。

溢れる嫉妬オーラに後押しされるかのように一気に加速したボートは、急角度のカーブやスロープを瞬く間に滑り落ちていく。

時間にして30秒くらいであろうか、勢いそのままに下のプールへ着水する。

巨大な水飛沫が巻き起こり、観客達からひときわ大きな歓声が上がる。

と同時に、黒光りする屈強な肉体美が眩しい係員が飛び込み、海斗と葵が着水した地点を目指して泳ぎだす。

このスライダー、見た目の派手さの通り、物凄い衝撃が利用客にかかるため、大半の客は着水と同時に意識を手放すのだ。

故に、彼らのような救護チームが常備されていたのだが、今回に限っていえば不要の長物であったと言わざるを得ない。

何故なら……

 

「っぷはーっ! あーっ、面白かったーっ!」

「っぷ。ふぅ……だな。なかなかいいじゃないか。もういっぺん行ってみるか?」

「うんっ。もちろんだよっ」

 

着水と同時にボートから投げ出されたはずの2人だったが、何事も無かったかのように水面に顔を出すと、興奮冷めやらぬと言った様子で会話を楽しむ。

ピンピンしている様にマッスル系係員が感嘆したようの口笛を吹く。

スライダーの衝撃を良く知っている観客達も、悠然と泳いでくる2人に驚き、指をさしながら驚きを露わにしていた。

当の本人達は、そんなもん知ったこっちゃねぇとばかりに次はどうするか話し合う。

何とも逞しいカップル(・・・・)の登場に周囲が湧き上がっていることに、結局2人は最後まで気づくことは無かった。

 

色々なアトラクションがあるんだから、まずは一通りやってみようと言うことになったので、小休止を挟みながら有言通りアトラクションのはしごを実行した2人。

飛び込みでは葵が華麗な3回転半を決めて喝采を浴び、水面に浮かばせた浮島を飛び越えてゴールを目指すというゲームで海斗が最短記録を更新して賞金を手に入れたり、競泳用プールで全力の競争を繰り広げ、葵に完敗した海斗が珍しく落ち込んだりと、何とも楽しい時間を過ごしていく。

そんな2人は現在、流れるプールで浮き輪に捕まりながらのんびり優雅に揺蕩っていた。

 

「んふぅ~……たまにはのんびりゆったりプカプカするのもいいよねぇ」

 

レンタルしたシャチ型浮き輪に乗っかった葵が、流れるプールをぷかぷか漂いながらそんなことを言い出した。

ほんの10数分前まで、競技用の400mプールで泳ぎまくっていた女の子の台詞とは思えない。まさか他の客の合間をすり抜けるように泳いで見せると思いもしなかった海斗が珍しくマヌケな顔を浮かべてしまったのもしょうがないはずだ。

いったいどこの世界に、人間と言う動く障害がある中、息継ぎなし(ノンブレス)でクロールからのバタフライ泳法を100m以上続けられる女の子がいると想像できるというのか。

内心で「やっぱり海洋生物の生まれ変わりかなんかなのか? それとも河童系の妖怪?」 と失礼な考察をしてしまった海斗が、“自称”人魚なお姫様によるドルフィンジャンプからの前方2回転踵落としで脳天強打! プールに浮かぶ土左衛門(どざえもん)と化した以外はさほど大きな騒動は起きず。

周りの視線もなんのその、存分に本気(マジ)泳ぎを堪能したお蔭でテンションMAXな葵。脳天にいい感じの一撃を喰らった海斗が意識を取り戻した瞬間、ニコニコ笑顔の彼女に引っ張られて、このテーマパーク目玉の一つでもあるエリア全体を流れるほど巨大なプールにINし、現在に至る。

人込みに紛れ込まないように浮き輪なシャチさんから伸びる紐を掴んだ海斗が、「えへへ~」と上機嫌な笑みを浮かべながらシャチに跨る葵に向けて、あきれ半分の苦笑を送る。

 

「満足したかね、人魚姫さん」

「うん~、妾は満足でごじゃる~」

 

ほにゃっ、と緩んだ笑みを浮かべながら波間に漂うシャチに身を委ねた人魚姫を優しくエスコート。

とはいえ、付き合わされた海斗としてはもうちょっと役得があってもいいかと思うわけで、

 

「ふにゃぁ~? にゃにふるのぉ~」

 

緩みきった葵の頬を優しくつまみ上げて、うりうりとしてみる。

予想通り、なんとも可愛らしい反応が返ってきた。

くすぐったそうなその反応が可愛くて、ついついほっぺた弄りを繰り返してしまう。

 

――その様子を遠巻きに眺めていた紳士(複数)らが前屈みになってプールの中へ沈み込んでしまったのは、2人の与り知らぬ所である。

 

「もぉ……! 海斗くん、めっ! ――ぅわひゃあ!?」

「うおい!? あっぶな……こらこら。浮き輪の上で立ち上がろうとする奴があるか。見ろ、シャチさんが背骨をへし折られそうになって悶絶しているぞ」

「してないよ!? 、これは、その……しゃちほこダンスをフィーバーしてるんだよ!」

「どんな言い訳だ!?」

 

足腰だけでシャチのバランスを保ちながら上半身を起こした葵が、人差し指を立てて怒りの「めっ!」 ……をしたせいでバランスを崩しかけ、危うく水面にヘッドバッドをしかけそうに。慌てて身体を割り込ませた海斗が抱きとめて事なきを得る。

傍目に見ると、前につんのめった葵と正面から抱き合うような格好になった海斗。咄嗟に股を閉じてシャチにしがみつこうとしたせいで、下肢は浮き輪の上のまま。

不意に、ガボボボッ! という無数の水しぶきが水面に誕生した。

水の中から赤みがかった液体と気泡が浮かび上がってきているが、係員が駆けつけるほどの大事ではないのでツッコミは無しで。

計らずとも、前のめりにしな垂れかかり尻部を高く上げるという扇情的なポーズを取ってしまった葵の頬が瞬く間に桜色に上気していく。

プールに落ちないよう悪あがきしたせいで、返って注目を集めてしまった事にようやく気づいたらしい。まあ葵本人からすれば、周りの利用客云々ではなく、海斗にあられもない恰好を見られたことに対する羞恥心からくるものだったようだが。

 

「は、はわわ……わ、わうん!?」

「お、新しいリアクション。ってか、ソレ、犬っぽくて可愛いな」

「かわ!? ちょ、海斗くん! そう言うの反則だよぉ」

「ははは、悪かったって。あんまり反応が可愛いもんだからついな」

「むぅー……つーん、だ」

「ありゃりゃ、お姫様がおかんむりか。これは許しを請わざるをえない。具体的にはスイーツ的な貢物で」

「むむっ!? そ、そんな見え見えの姦計に引っかかったりしないんだからねっ」

「ほほ~ぅ? ならば、ここの名物カスタードチーズパフェはいらないのかね?」

「ひ、卑怯だよ! 至高のスイーツを追い求める女の子の乙女心を弄ぶなんてっ。も~、海斗くんのばかばかばか!」

「あたた、こら、叩くのやめい」

 

ぽかぽかと可愛らしいだだっこパンチを堪えつつ、体勢を崩していた葵を抱き締める腕を両脇に差し込んで抱き上げ、もう一度シャチの上へ乗せる。

流石は水泳部のエースと言うべきか、不安定な浮き輪の上で見事なバランスをとって見せた。

 

「さすが」

「ふふ~ん。まあねっ。あ、そだ。もうちょっと深いトコに行ってみようよ」

「あいさー」

 

浮き輪の紐を引っ張る海斗に先導されて、葵inシャチくんがプールを泳ぐ。

無自覚バカップル(恋人にあらず)のプールデートは、まだまだ始まったばかりだ。

 

 

――◇◆◇――

 

 

流れるプールを満喫したので昼食をとることにした。

浮き輪なシャチをベンチの隣において、買い出しに走った海斗の帰りを待つ。

 

「あれっ、そこにいるのって葵じゃないか!」

「ほぇ?」

 

海斗が戻ってくるのを待つ間は暇なので膝の上に肘を立てて頬をつき、家族連れやカップルで賑わう様子を眺めていると、聞き覚えのある声で呼びかけられた。

振り向いてみると、少し驚いた様子の桐生が駆け足で近づいてくるのが見える。

どうして桐生がここにいるのだろう? ふいに浮かんだ疑問は、そのまま言葉になって放たれた。

 

「へ? 桐生? ……なんでここにいるの? ナンパ?」

「ちょっ、その言い方酷くね!?」

「だってさぁ……」

 

気心が知れた相手とはいえ、無遠慮に胸の谷間や太ももに熱い視線を向けられるのはいい気分がしない。

ベンチに掛けていた上着を羽織り、桐生の視線を遮るように姿勢を治しながら、反目で睨み付ける。

葵の身体に釘づけになっていた事に気づかれたと悟ったのか、慌てて水着を褒めるような台詞が跳び出した。

けれど、不思議な事に海斗を見惚れさせたさっきみたいな満足感というか充実感のようなものは込み上がってこなかった。桐生の言葉はお世辞ではないとわかっている。

でも、幼馴染に何を言われようと、海斗に「似合ってる」と言ってくれた時の方がずっと嬉しい。何故かはわからないけれど、そういう事なのだからしょうがないのだ。

 

「あらあら、だめよぉ葵ちゃん。男の子は優しく包み込んであげるのが、良い女の条件なんだから」

 

幼馴染の間に微妙な空気が漂い始めた瞬間を見計らったかのように姿を現したのは、プールの監視員らしき恰好をした金髪の美女であった。

 

『磯沢 理恵』

 

何となく苦手な感じがする、海斗の仕事仲間……らしい女性が、面白い物を見たとばかりの笑顔で近づいてきた。

反射的に眉を顰めた少女にひらひらと手を振りながら監視員に支給されている帽子と上着を脱いだ理恵は、葵が腰掛けるベンチの傍で立ち止まる。

 

「ふう~ん? やっぱりキミがそうなんだ(・・・・・・・・)?」

「……何のことですか?」

「んふふ。ナニってもちろん……」

 

唐突に葵の耳元に顔を寄せると、囁きかけるような声で、

 

「海斗クンの本命さんが……だよ」

 

そう呟いた。

 

「んなななっ!?」

 

ぼふんっ、と効果音が浮かび上がるくらいわかりやすい反応を返してくれた葵に人を食ったような意地の悪い笑顔……海斗曰く『性悪稲荷女』の一面を垣間見せる。

葵を弄るのに満足したのか、理恵の視線が呆然と彼女らのやり取りを眺めていた桐生へと向けられる。

 

「で? こちらのボウヤはどこのどなたさん? ひょっとしてキミのコレ(・・)?」

 

握り拳を作り、親指を人さし指と中指の間へと差し込んだ右手を突きだす。

年頃の男女にとって右手は第2の恋人。

つまりこれは、身体の疼きや欲求不満を解消させるためだけ(・・)に“使用する”セフレ的な意味合いを持つのだ! ど~ん!

 

「見た感じ、ヘタレ根性が染みついているようだし、念のためにキープしてるペットクンなんじゃないの?」

 

無邪気な少女のような微笑みを浮かべつつ、とんでもない発言をかましてくださった理恵に、葵は盛大に吹き出し、桐生は一瞬脳が言葉の意味を理解することを拒絶したため呆然自失してしまったが、数秒後にリカバリーを果たすと両手を振り回しながら「誤解です!」 と叫ぶ。

 

「じゃあ、顔見知り? それともクラスメート? あ、幼馴染って線もあるかな」

「……小さいころからの顔馴染み、単なる幼馴染ですって。そういうのは全くありませんし、ありえませんから」

「あ、あはは……そ、そうですよ……ありえないですよ……はぁ」

 

きっぱりと断言する葵の発言に目を彷徨わせ、言葉を詰まらせる桐生の反応を見て、理恵の脳裏に「ふ~ん? やっぱりね」と確信する。

 

(葵ちゃんの方はボウヤの事はアウト・オブ・眼中。ボウヤがこの子に惚の字なのはバレバレだから、幼馴染への一方通行な初恋を抱えたままってところかな)

 

キャップの鍔に隠れる瞳を妖しく輝かせる理恵の様子に気づかぬまま、桐生はどうして葵がここにいるのかを問い詰める。

早苗や桃花と一緒に遊びに来たのかと最初は思ったが、どうにもそんな風には見えない。とは言え、誰かと待ち合わせをしているのは声をかける前の彼女の様子からして明らかだ。もしかしたら両親や他のクラスメート達と遊んでいるのかもしれない。けど、言いようのない不安が胸の中で渦巻く。

葵の表情や何気ない仕草……解けかけていたパレオをきつく結び直したり、ビキニから盛り上がって露出している乳房の上部分を桐生の視線から隠す様に身体を捩ったりと、何と言うか……桐生(じぶん)の知る『竜ヶ崎 葵』とは似つかわしくない動作に困惑を隠せない。

と、そこで思い出す。葵の仕草や反応が、この間友人達と一緒に――さほど親しくないクラスメート(男)に誘われて行ってみたら、他校の女の子らしきグループと同伴(何故か男女比率が同じだった)で――見に行ったラブロマンス映画の登場人物の仕草と同じように見えることに。

映画では確か、恋人とのデートの最中に彼氏が席を外した頃合いを見計らったかのように現れた彼女の従弟に声をかけられてしまい、焦る様に会話を終わらせようとする……と言う流れだった。

現在の葵の姿は、映画の彼女とダブって見えてしまう。

それどころか、本当に早く桐生との話を切り上げたいと焦っている風にも感じる。

 

――まさか……高宮とデートしてる、とか……!?

 

はたと気づき、喉の奥がカラカラに乾いていく。

旅行で有耶無耶にされていた推論に肉付けされてしまったかのような危機感。

自然と呼吸が荒くなり、視線が迷い子のように彷徨い始める。

 

――た、確かめないと……。

 

焦燥感に背を押されるように、桐生が問い詰めようとした――瞬間、

 

「はいは~い。1名様、医務室にご案内~」

 

葵に詰め寄ろうとした桐生の肩を掴んで拘束した理恵は、訳が分からないと言いたげな(いろんな意味で)青い少年を落ち着かせるように微笑みを向ける。

 

「ボウヤ、今の自分がどんな顔しているのかわかる?」

「えっ?」

「汗ダラダラ、呼吸も荒い。視線は泳ぎまくってるし、まるで疫病にかかった入院患者みたいな有様よ? プールの監視員として、明らかに普通じゃないボウヤを放置しておくことはできません。医務室に強制連行いたしま~す」

「ちょっ、待ってください! 俺なら大丈夫ですっ、それよりも確かめないといけないことが」

「病人は皆そう言うんです。ボブ~、マイケル~、医務室へご案内(ゴゥ・トゥ・インフェルマリー)~」

「「Yes,sir!!」」

 

鋼のように盛り上がる大胸筋と上腕二頭筋をぶるんぶるんと振動させながら美しいフォームのアスリート走りで迫り来るのはガングロマッチョコンビ。

ウォータースライダーの件で葵達に肩透かしを受けていた彼らが、理恵が胸の谷間から取り出したホイッスルに呼応して登場を果たした。

プールを満喫していた乙女達の悲鳴をものともせず、全くの同速度で駆けつけたボブ&マイケルは、突然の展開に固まった桐生の両腕を減速しないまま掴み上げ、そのまま医務室へ向けて駆け抜けていく。

「うひぃやぁあああ――……!?」 という情けない坊やのドップラー的な悲鳴を置き去りにして、哀れ、桐生君は医務室のお世話になることが決定してしまった。

 

「な、なんだったの……?」

 

意味が解らないと目を白黒させる葵に、理恵はまたもや『性悪稲荷女』な笑みを浮かべ、

 

「ふふふ、幸せな時間はすぐに過ぎ去っていくものよ。海斗クンとの時間、存分に堪能しておきなさいな。――……今だけ(・・・)、ね」

 

じゃあね、と手を振りながら立ち去って行く理恵。

向かう先は桐生が連れ込まれた医務室のある方角。

結局理恵の行動は、場を混乱させるだけさせておいて放置する、よくわからない人だという印象を葵に刻み付けた。

 

「あの人……結局何がしたかったんだろ?」

 

首を傾げながら考え込んでいると、すぐ近くに誰かが近づいてくる気配を感じた。

首を傾げながら気配のするテーブルの下を覗き込んでみると、目尻に涙を浮かべた幼い少女が葵のパレオの端を引っ張っていた。

涙で濡れて真っ赤に腫れた瞳が葵を捉えた。

 

「ママ……?」

「えっ? え……えええっ!?」

 

どうやら、葵の受難はまだまだ終わってくれないようだ。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「売店は……ああ、こっちか」

 

道すがら案内板指示に従って広いプールサイドを進んでいくと、いくつかの屋台が軒を並べる飲食エリアを発見した。

海の家のように洒落たデザインのテーブルが設置されたオープンテラスはほぼ満席で、焼きそばやカキ氷などの屋台もかなりの盛況を見せている。

一般の休日と重なっているせいか、家族らしきグループがそこかしこに見て取れる。

せわしなく動く人波をすり抜けるように屋台へと近づき、何を食べようかと思案する。

海斗にとって、こういう悩みは大歓迎だ。あたりの空気にあてられているのもあるだろう、心なしウキウキしているようにも見える。

 

「さてさて、まずどいつから攻略してやろうか……。ここはやっぱり、定番のぼさぼさな焼きそばが鉄板かな――「ちょっと! 汚い手で触ってんじゃないわよ!」」

 

焼きそばをロックオンした海斗が店先のメニューを眺めていると、にぎやかな喧騒で満ちていたこの場に勝気な少女の声が木霊した。

途端に、いったい何事かと疑問符を浮かべた人々が振り向き、声の出所を注視する。……海斗だけは、周囲の目がそれたことを良いことに、手早くお目当ての焼きそばを2人分購入していたりするが←良い子は真似しちゃダメっ♪

 

「うし、ゲット。……って、ん? さっきの声、なんか聞き覚えがあるような?」

 

ふと気になって声の出所を探ってみると、桜色の髪が目を惹く少女が数人の男に絡まれているのが見えた。先ほどの声の主は、どうやら強引なナンパを仕掛けられた彼女のものだったらしい。

近くに居たくない、今すぐにでも離れたいと言わんばかりの形相で、自分の二の腕あたりを抱きしめている。

しかし、圧迫されたことで上方へ盛り上がった豊かな胸肉に男たちの表情がだらしなく緩み、視線の熱がさらに高まってしまったことに気付いていないようだ。それでも、何かしらの身の危険を感じでもしたのか、ぶるりと細肩を震わせると、居心地が悪そうに視線を彷徨わせる。助けを求めているのは明白だが、完全な観客になりつつある周囲の男連中は、差異こそあれども、皆が少女の胸元や怯える仕草に心奪われてしまったらしく、助力を差し出すそぶりをまったく見せない。女性陣も、だらしなく鼻の下を伸ばす男供への制裁(おしおき)を優先しているようなので、彼女のほうに気を配る余裕は無いらしい。

海斗はため息を吐く。折角のレジャー施設で何やってんだこいつらは、と。

 

「「馬鹿どもが……ん?」」

 

自分とまったく同じ言葉がすぐ隣から聞こえてきた。そちらを見ると、海斗の隣に、これまた焼きそばやらたこ焼きやらのパックを抱えた男性の姿が。背中に届く黒髪を首の後ろで纏め、左目に眼帯をつけた年上の男性。パーカーから除く腹筋や二の腕は恐ろしく鍛え上げられた珠玉の輝きを放ち、全身から放たれるのは圧倒的な存在感。

 

――この人……!? めちゃくちゃヤバい……!

 

武術を嗜む者として感じ取った絶対的な強者のオーラに充てられ、海斗の頬を冷や汗が流れ落ちる。

無意識に警戒を露にしてしまっていたのだろう、重心を落として、いつでもこの場から離脱できるように緊張を高めていく海斗を一瞥すると、男性は視線で「落ち着け」と告げる。

 

「そう警戒するな小僧。せっかくのプールで面倒を起こすつもりは無い」

 

はるか格上の強者から妥協されれば引き下がらざるを得ない。

海斗とて、そこまで喧嘩っ早い性格をしているわけではないので、そう言われてしまえばむしろ、ひとり相撲をしていたような気恥ずかしさを覚えてしまう。

羞恥で頬を上気させながら、深く深呼吸を数度繰り返して、激しく鼓動を繰り返す心臓を落ち着かせていく。

 

「ところでだがな小僧、あそこで発情期真っ只中の野良犬(バカ)に絡まれている子猫(こむすめ)に見覚えでもあるのか?」

「あ、はい、まあ……見間違いで無ければ」

「愛人か?」

「第一声が彼女でなく愛人が出てくるのはいかがなものだと思うのですが?」

「おいおい」

 

まるで、親の誕生日のプレゼントを用意してサプライズパーティを企画している息子の考えに気付きつつも、知らない振りを続ける父親のようなものすごく優しい目を向けられた。

具体的には、「はっはっは、まったくお前は冗談が好きなんだから」という感じ。

 

「世間体なぞ気にするな。お前からはこんなに俺と同じ匂いがするんだ。きっとお前もうまくやれるさ」

「どうしてだろう……ここで同意してしまったら、一生取り返しがつかないイベントが起こりそうな気がするのです」

「魅力的な女性を囲ってこそ、男の真価が問われるだろうに」

「断言した!? 聞きようによっては浮気しまくりなダメ男のレッテルを貼られる発言ですよ、ソレ!?」

「気にするな。俺は気にしていない。時々魔力的なオーラで強化されたケーキナイフで刺されそうになったり、ピンクの砲撃をブチ込まれたり、金色の鎌で首を切り落とされそうになるが、愛する嫁と妻に義娘はそんな俺を笑って受け入れてくれているぞ」

「奥さんが2人いる時点でいろいろと可笑しいとツッコんでもいいですか? てか無理ですって! 我が家(ウチ)のお姫様はマジ切れすると『きゅーと』な柴犬から真っ黒オーラに侵食されたジン○ウガへワープ進化しちまうんですから!」

「じゃじゃ馬を手なずけてこその漢だろうに」

「無茶言うな!? 大体、俺は何人もの女を侍らせるとか、そういうガラじゃないんですって。どっちかって言えば、えと……本気でホレた、たった一人の女の子と添い遂げたいっていうか」

「ほぉ? 意外と純情なんだな。本命はたった一人だけと言う訳か。……その割には、不特定多数の牝の匂いを染みつかせているようだが? 主に下半身辺りを中心に」

 

恋愛ごとに真摯な態度に感じ入ったのか、それとも言ってる事とヤッテることが違い過ぎる少年のずうずうしい発言が琴線に触れたのか。

なんだか感心した様子の男性から視線を逸らす海斗。あくまでも仕事、仕事だけの付き合いなんだと、誰とでもなく言い訳する海斗に、男性の視線が生暖かくなっていく。

 

「ところで、お前のお姫様(ほんめい)とやらは、困っている顔見知りを助けなくていいという性格をしているのか?」

「へ? いや、アイツならさっさと助けないとだめでしょっ! ってな感じで発破かけてくる……かな?」

「そうかそうか。なら、さっさと猫の救援に行ってこい」

「うぉあ!?」

 

ハッ、と我に返った瞬間には、無理やり背中を押し出されて騒動の場へ送り出された後だった。

背中を引っ叩かれた勢いが強かったせいで前のめりにつんのめってしまいそうになり、反射的に左手で焼きそばを抱え込み、右手で身体を支えようと前に突き出し――

 

ズドムッ! 

 

「のむぅん!?」

 

頭上から奇声が聞えてきた。

 

「んぉ?」

 

床のタイルにつくはずだった右掌から感じる生暖かい感触は、まるで人肌のよう。

何ぞ? と視線を上げれば、みぞおちに掌底を食らって悶絶する野良犬(バカ)の顔が。

はい? と疑問を口にするよりも先に白目を剥いた野良犬(バカ)が倒れこんできたので、あわててその場から飛びのく。

ゴガンッ! と実に良い音を立てながら倒れ伏した仲間の姿に恐怖を覚えたのか、残りの野良犬(バカ)達が顔を青ざめながら逃げ出していく。誰もが呆気にとられる中、海斗は満足げな表情を浮かべながら立ち去っていく男性の背中を恨めしそうに見やり、やがて深いため息を吐きながら立ち上がると、腕の中にある焼きそばの温もりで葵を放置していたことを思い出す。

辺りを見渡せば、呆気にとられた様子の利用客に皆々様方。

 

「じゃ、後ヨロシク」

 

しゅたっ! と片手を上げて面倒事を押し付けると、駆け足で離脱していく海斗。

観客と化していた皆さんが我に返り、駆けつけてきた係員からの問い詰めに右往左往しているころには、海斗はもちろん、ラスボス臭が香ばしい眼帯の殿方も立ち去った後だった。

 

 

プールサイドの上を、監視員から注意を受けない速度で駆ける海斗。

 

「やっべ、ちょっとどころじゃなく時間かけすぎたか。飢えたお姫様がお怒りになる前に戻らないと」

 

脳裏に腹の虫に自己主張されまくって真っ赤に憤慨する葵の姿を幻視してしまい、沖縄での一件を思い出してしまう。

あの時みたいにご機嫌とらなきゃならないかと小声で呟きながら踵を返した海斗へ向けて、

 

「せんぱい!」

「おや?」

 

またもや聞き覚えのある声が聞こえてきた。両手に持ち直した焼きそばパックを落とさないよう注意しつつ振り向く。が、声の主と思われる人物の姿が見えない。はて? といぶかしみながら視線を左右にやっていると、下のほうから不機嫌そうなオーラが漂っているのに気付く。

 

「あ、沙良紗。昨日ぶり」

「む……その反応ってまさか……気付いてなかったんですか?」

「何が?」

「……もういいです。ていうか、ちょっとせんぱい。こ~んな可愛い美少女に話しかけられて、その反応は淡白すぎじゃないですか? ここはホラ、歓喜のあまりに周りがドン引きするくらい号泣してくれてもいいんですよ?」

「お前は俺に何を求めているんだ」

 

やや前かがみに上体を曲げ、軽く首をかしげながら海斗を見上げてくる沙良紗。首の後ろで2房に纏められた桃色の髪がさらりと流れ、高級な絹布のような純白だと万人に抱かせる白い肌がまばゆい輝きを放つ。

豊かな母性の象徴と小柄な身体が生み出すアンバランスさと蒼穹の大空を思わせる藍色のビキニとのカップリングはすさまじい破壊力をたたき出し、周囲の視線……特に、男性陣のそれを独占してしまっていた。

 

「まったく、なんでそんなにテンションが高いん――……お前、震えてるのか?」

「えっ!? な、何のことですかしらっ!?」

「ごまかしが下手な奴だな……ったく」

 

男嫌いの気がある沙良紗からしてみれば、情欲まみれの視線にさらされるのは苦痛以外の何ものでもないだろう。現に、海斗の腕に触れている指先は小刻みに震え、表情もどこか強張り、無理をして明るく振舞っているように思える。やはり男性恐怖症の一面もあったなと、精一杯の強がりを見せる沙良紗に苦笑しつつ、持っていた2人分の焼きそばを片手で抱え、空いたほうの手を差し出す。

 

「気が強いのも大概にな。ほら、ここから離れるぞ」

「な、なによ。別に私は強がったりなんかしてないんだからねっ!?」

「ああ、はいはい。わかってますよ、この気難しいお嬢様め。俺が手を繋ぎたいんだ。おとなしくエスコートされとけ」

「そっ、そう言うことならしょうがないわよねっ! しっ、仕方ないから繋いであげるだけなんだからねっ!」

 

怒られたことがショックだったのか、どこか呆然とした表情で海斗を見つめてくる。やがて、何かを確かめるかのように不安気な声で、問う。

 

「心配……してくれたの?」

「はあ? 何当たり前のことを聞いていやがりますか、さみしん坊の子猫様め。そもそも、勝気すぎるのも考えものだな。本当にお前、某お嬢様学校の生徒か?」

「失礼ねっ。私は正真正銘、高貴の宮と名高い聖マリアジェンヌ学園の生徒よっ!」

 

実家が没落の危機に瀕しているとはいえ、予め学費を納めていたおかげで卒業までは在籍することが出来る。

だから、学園の生徒であり続けていることは間違いない。

 

「大体、元はと言えばあの甘ったれなボンボンのせいで――!」

「ああ、初顔合わせの場でいきなり手付けしようとしたせいで、錯乱したお前に股間を蹴り上げられて『ぷちっ』と潰れちまったんだっけな」

「……知ってたの?」

「ま、さわり程度には」

 

それなりの資産家の子息が婚約者に玉無しにされたという噂話が密かに広まっているのは事実だ。

元々、親の権力を笠に着るような女癖が悪い人物だった事もあり、彼に泣かされた女性を中心にいくつか着色された話が広まっている。

大体が玉潰しした婚約者――要は沙良紗――に同情的な意見が多数を占める一方で、息子を溺愛していた子息側の両親が彼女の両親が経営する会社に圧力をかけた。

沙良紗を愛する両親は気にしなくていいと笑ってくれたが、自分のせいで大好きな親を苦しめてしまったのは事実。

どうにか手打ちにしてくれないかと頭を下げに行った沙良紗に提示された贖罪の条件……それこそが、

 

「沙良紗が主演のAVを撮影して販売しろってなぁ……。自分が玉無しになったから、かわりに見知らぬ男の慰み者になれってか? どこの凌辱系エロゲー展開だ。そのボンボンとやら、間違いなく二次元をリアルと混同しているタイプだな」

「あいつ……ものすごく気持ち悪い顔してた。パパやママがどうなってもいいのかって脅されて、土下座までしたのに……なのにっ!」

「……それが男嫌いを加速させた原因ってワケか」

 

恐怖と嫌悪がごちゃ混ぜになった沙良紗の男性恐怖症。

きっと両親を苦しめられた怒りや凌辱されそうになった恐怖が入り混じって、ここまで苛烈なものになってしまったのだろう。

 

「悪かった。嫌な事思い出させちまったな。……本当にごめん」

「ちょっ、頭上げてくださいっ。せんぱいは、その……なんて言うか、アイツとは違いますしっ。それにせんぱいは私とは、その……関係ないですし」

「関係なくなんかないさ」

 

え? と、意味が解らないとばかりに呆然とした様子の沙良紗を正面から見つめ返して、海斗は語る。

 

「経緯はどうあれ、俺はお前を知っちまった。なら、沙良紗は俺にとって、もう他人じゃあない(・・・・・・・)。自分で言うのも何だが、俺は見知らぬ他人には冷たいけど、知り合いには結構優しいぞ。だから、どうにもならなくなったら頼ってくれていいんだ。沙良紗が抱えてる全部を一緒に背負ってやることは出来ないけど、お前が壊れないように抱きしめたり、手を引っ張って先導してやることくらいはできるからさ」

 

海斗としては、あくまでも仕事の同僚として、という意味合いの言葉を選んだ筈なのだが、

 

「た、他人じゃないって……! そ、そんなこと急に言われても、心の準備がいるっているか……」

 

沙良紗は急に顔を真っ赤にしてうつむきがちに、もにょもにょ言い篭ってしまった。

 

「ん? どした?」

 

自分の言葉がどのように聞き取れるのか真ったく理解していない様子の海斗。

頬を怒りではない別の感情で真っ赤に紅潮させた沙良紗が、勢いよく顔を上げて海斗を見返す。

 

「あっ、あの……せんぱい。私……その、せんぱいのこと――」

 

 

 

 

「パパァ!」

 

沙良紗が胸の奥から溢れ出してくる想いの丈を告げようとした瞬間、幼さの残る舌ったらずな声と共に海斗の腹部へ軽い衝撃が奔った。

見れば、海斗の腰ほどまでしかない小さな少女が抱きついていた。

年は3歳くらいだろうか。

可愛らしい花柄の水着を着た少女は、柔らかな頬をピンク色に染め上げ、猫科の動物が自分の縄張りを主張するマーキングをするかのように、海斗の腹部へ額をこすりつけてくる。

その姿にデジャヴを感じつつも、少女が叫んだ言葉の意味を理解するほうが先決だ。

なにしろ、

 

「……パパ?」

 

すぐ目の前にいる沙良紗を始めとする周囲の視線が相当にキツイのだから!

 

「ねえ、せんぱい? この娘はいったい、どこのどちら様なの?」

「んー……。俺にもわけがわからないというかなんと言うか――」

「あーっ! やっと見つけたよ、海斗くんっ!」

 

私、怒ってます! と頬を膨らませながら駆け寄ってきたのは、待たせていたはずの葵だった。

彼女の接近に気付いたらしく、海斗に抱きついたまま顔だけ振り返った少女が花咲くような笑顔を浮かべ、

 

「あっ! ママぁ♪」

 

とんでもない爆弾発言をかましてくださりました。

 

「なんですとっ!?」

 

身に憶えは……無いわけではない――というかむしろありまくりです――が、さすがにこんな大きい娘さんをこさえた記憶は無い。とは言え、そんな事情など周囲の人々からすれば知ったことではないわけで。青天の霹靂なトンデモ発言にフリーズした海斗を他所に、自分を『ママ』と呼ぶ少女の頭を撫でつつ、得意げな表情を浮かべる葵と、今にも飛びかかってしまいそうな気配を放つ沙良紗が正面から相対する。海斗は、2人の間で火花が飛び散る光景を幻視した。

 

「……初めまして。海斗くんの娘(このこ)ママ(・・)をやっている竜ヶ崎 葵です」

「これはご丁寧にどうも。せんぱいとものすごく深い関係を結んだ天凰寺 沙良紗です」

「あはは、冗談がうまいんだねえ。――人の男に手を出さないでくれるかな泥棒猫」

 

背後に立ち上る嫉妬オーラが確かな存在となって姿を現す。権限せしはつぶらな瞳が魅力的な柴犬様。

しかし、元来癒し系であるはずの双眼は剣呑な敵意に染まり、どこぞのウイルスに感染した雷狼竜の如きプレッシャーを振りまいている。

微塵も笑っていない笑顔を浮かべ、宿敵を正面から射抜く。

 

「いえいえ、そちらこそ寝言は寝てから言ってよ。――調子に乗らないでよね雌犬」

 

されども、対峙するのは、”にくきぅ”という鞘で秘諾されてきた爪を煌めかせる疾風迅雷な黒豹竜。

漆黒の闇夜を斬り裂く真紅の残光を煌めかせ、古の名剣すら凌駕する刃翼を研ぎ澄まし、荒ぶる牝狼と真っ向からぶつかり合う。

強大な敵へまったく引けをとらず、敵意と闘気、そしてそれを上回る乙女心が吹き荒れて嵐を呼び起こす。

そこはまさに、唯人が足を踏み入れること敵わない、至上の闘技場(コロッセオ)

 

「「ふ、ふふふふふ……!」」

 

高まる敵意と怒気。

もはや、いつ爆発してもおかしく無い爆弾を目の当たりにしたかのような緊張が、この空間を支配していく。

 

「あれ、おかしいな……平和なプールへ遊びに来たはずなのに、なぜに修羅場が形成されてんの?」

 

『いや、お前のせいだろ!?』

 

遠巻きに修羅場を眺めていた一同の心の声がシンクロしたのは、太陽が東から昇ることと同レベルな自明の理であった。

 

 

少し離れたところにあるベンチにて。

 

「見事な修羅場が形成されているな。いいぞ、もっとやれ」

「うっわ、すっごく楽しそうな顔してるんだよ~」

「見ている分には楽しいですからね、こういうのは。それにしても、あの年であんなに大きな娘がいるんて……つまり彼らは、未成熟な青い果実でありながら官能的かつ淫猥でみだらな行為に溺れたということですね……!」

「あれれ、鼻血出てますよ~? もう、むっつりさんなんだからっ♪」

「ちょっ!? どこでそんなイケナイ言葉を覚えてきたんですかっ!?」

「お前の妄想の方がよっぽどヤバイことにそろそろ気付いたほうがいいと思うんだが」

「あはは~」

 

眼帯装備の悪人顔な男性が、両腕&背中に美女・美少女を侍らせつつ、こんな会話を交わしていたそうな。

 




沙良紗ちゃんの過去話は後ほど掘り下げる予定なので、今回はあっさりと。
男性に免疫がない乙女さんなので、海斗くんの無自覚なたらし発言にドキドキしちゃいました。
しかも初めての相手……そりゃあ特別になっちゃいますわな。

へたれチーターこと桐生くんの残念っぷりが加速していく……。
虎さんとワン()がラブってる一方で、何やら悪巧みしてるっぽい女狐さんにロックオンされてます。
次かその次あたりで見せ場を用意する予定なので、それまでマッスルブラザーズと筋肉ダンスでも踊って待っていて欲しいものです ← コラ

……そして、妙な存在感を放つ謎の男性とその女たち……イッタイナニモノナンダ~。


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第13話 いちゃらぶプール日和(えっち編)

おひさしぶりです。数年ぶりのインフルでお布団の住人になっていたカゲローです。
この冬一番の寒さを連日更新中な日々、皆様も体調に十分お気を付け下さいませ。

てなわけで、ようやく完成したプール編後半を代休活かして投下します。
またまたゲストもご登場してもらってますが、あくまでも可能性のひとつ、正体不明な方々ということでヨロ♪



「で、どういう事なのよ、センパイ」

「どうもこうも、そういうこと(・・・・・・)なんだって分からないのかな?」

 

ギラギラと目を輝かせる沙良紗に怯みもせず、むしろ余裕すら感じさせる素振りで海斗の腕を取り、自分のそれを絡ませる。

まるで恋人同士のように自然な動作を見せつける葵に、沙良紗の眼光が鋭さを増していく。

 

「喧嘩売ってる? ねぇ、喧嘩売ってるわよね? いいわ、買ってやろうじゃない」

「売るな買うな睨み合うな、頼むから俺にも考える時間をくれ。3分で良いから」

 

凍りつくプールサイド。突如始まった修羅場に、注目が集まってしまうのは仕方がない。

なにせ、どこからどう見ても3、4歳くらいの女の子にパパと呼ばれる男を取り合う女たちの図だったのだから当然である。

 

「あらあら、ひょっとして学生結婚というやつかしら?」

「言われれ見れば、黒髪の子の面影がありますわね」

「父親の方は何と言うか……普通じゃ無い感じねぇ」

「確かに。何人も女の人を泣かせているような顔ね」

「女の敵だわ」

「あのピンク髪の子も泣かされたクチかしら?」

「ろ、ロリ巨乳……だと……!? バカな! いつからここは夢の国に生まれ変わったというんだ!?」

「黒髪きょぬーとロリきょぬーを独り占めだというのか? くっ……、そんな神をも恐れぬ暴挙が許されると思っているのかあっ!」

「リア充なんて……、リア充なんてっ! 爆散してしまえばいいんだぁっ! ――そんでもって、美少女と仲良くなれる方法を教えてくださいぃ!」

 

好き勝手に言いまくる観衆に、物凄い居心地の悪さを感じつつ――ごく一部の暴走している野郎共には、2つしかないゴールデンボールが潰れますようにとささやかな呪いをプレゼントしておいて――、ひとまず人目の無い場所へ移動することにする。

睨み合う葵と沙良紗の剣幕に怯えて、海斗の腰にしがみついていた少女を抱き上げて、予想以上に軽かったことに驚きつつ暴れないよう頼みながら肩車する。

「ふわわぁ~♪」 と楽しげな声で耳を擽られつつ、キャットファイト突入一歩前状態な葵と沙良紗の腕を掴み、脱兎のごとく逃げ出した。

 

……後日、『女子○生を孕ませて子どもをこさえた目つきの悪い男が修羅場っていた』という噂がテーマパーク場全体に広まる事となった。

 

幸い、現場の画像が白日の下に晒されることは無かったので噂止まりであったが、ある意味被害者な少年は「……もう、あそこには一生行かない……」と項垂れたという。

 

 

――◇◆◇――

 

 

青々とした新緑を纏った木の幹を囲うようにテーブルが設置された休憩所に辿り着き、辺りに人の気配が無いことを確認してようやく一息をつけた。

備え付けのベンチに腰を下ろしながら、購入しておいたペッドボトルを取り出す。

ヒートアップした口論の後に全力疾走したせいで呼吸を荒げている葵達にはスポーツドリンクを、肩車から下ろされるなり海斗の膝の上に乗っかってご機嫌な様子の少女に炭酸抜きのオレンジジュースを手渡してやる。

 

「ほれ、ひとまずクールダウンでもせい。ほら、ちみっこ。お前も」

「わぁ~、“おれんじ”だぁ~♪ ありがとう、パパぁ」

「パパ言うな」

 

相変わらず自分の事をパパと呼ぶ少女にツッコミつつ、目をキラキラさせながら受け取ったペットボトルのキャップを開けようと悪戦苦闘している彼女をじいっ、と見つめながら観察する。

やはり見覚えの無いよう……少女だ。

外見年齢は推測の通り3歳前後くらいか。

ショートボブの黒髪とくりくりとした大きな瞳がかわいらしい将来有望な逸材だ。

ピンク色をしたワンピースタイプの水着を着ている以外、本人の確認ができる様なものを持っている様子は見られない。

せめて迷子になった時に備えてネームカードのようなものを持たせてくれればよかったのに……と、まだ見ぬ本物の少女の両親への悪態を掻かずにいられない。

なにせ、衆人観衆の真っただ中で、微塵も身に覚えのない少女から『パパ』呼ばわりされたのだ。

『そういうこと』への覚悟が足りない海斗にとって、突き刺さる冷たい視線は彼のSAN値をゴリュゴリュと削り取ってしまったようだ。

いや、元を辿れば『そういうこと』を複数の女の子相手にしくさっている自身に原因があるのはわかっている。わかってはいるのだが……せめて、遊んでいるときくらいは安らぎタイムを謳歌してもいいと思うのは贅沢な悩みだろうか?

 

《それを乗り越えてこその男だぞ。ほれ、器のデカさを見せてみろ小僧》

 

「あれ、なんか幻聴が……俺、疲れてるのかな……」

 

何故か脳裏に、さっき出会ったラスボス臭が香ばしすぎる眼帯ダンディの姿が浮かび、こめかみを抑えながら頭を振る。

どうやら、自分でも思った以上にSAN値が削り取られてしまっていたらしい。

 

「はぁ……よし。こういうのは順番に片していくのが解決の近道だ。と言う訳で、まずはお互いの自己紹介からいってみるか?」

「ん……そう言えば」

「せんぱいはともかく、この人と話すのは初めてだったっけ」

 

私も~! と両手を上げて自己主張する少女の頭を撫でる海斗に視線で促された葵と沙良紗は、コホン、と咳払いしてから佇まいを治して向かい合う。

 

「じゃあ、私からね。名前は竜ヶ崎 葵、海斗くんと同じ学校の生徒だよ」

「ふ~ん……クラスメートって事?」

「いいや。クラスも違うし、話すようになったのも今年の春先辺りからだ」

「お互いの噂話を聞いた覚えがあるって程度だったよね、最初は」

 

「ただ……」と一言おいてから、葵が続ける。

 

「今じゃあ、同じ屋根の下で一緒に生活するくらいの関係なんだよっ」

「ぶはっ!? そ、ソソソレってつまり同棲って奴じゃないのっ!? ふしだらなっ!」

「あっれれぇ~? どうしてそんなにキョドっちゃってるのかな~。乙女の園出身のお嬢様はいったい何を想像しちゃったんでしょうかねぇ。おほほほほ」

 

笑みを形づくる口元を手で隠す典型的なお嬢様リアクションを実行する葵は実に楽しそうだ。

沙良紗(あなた)に入り込む余地なんて無いんです~、という優越感が顔に浮かんでいる。

 

「くうっ……!」

 

悔しげに親指の爪を噛む沙良紗。

しかし、すぐに何かを思い出したかのような表情になると、腰に手を当てて小柄な体躯には不釣り合いなほど立派に育った胸を誇る様にふんぞり返る。

 

「そういえばまだ名乗っていなかったわよね。私は天凰寺 沙良紗。せんぱいと一緒にお仕事することになった“同僚”で、仕事と日常、どっちの先輩も深く知ってる女よ」

 

葵が『日常の海斗』を知っていると主張すれば、沙良紗は『仕事時の海斗』との付き合いを引き出してきた。

日常しか(・・)しらない(あなた)と両方を知ってる沙良紗(わたし)、どっちが優勢かしらね? と得意気な笑みを溢す沙良紗に、葵は僅かに気圧されつつも言い返す。

 

「わ、私だっていろんな海斗くんを知ってるもん!」

「嘘ばっかり。お仕事に手を抜かない真剣な表情のせんぱいを見たことがあるの? ぶっきらぼうなようで、実はすごく気配り上手なせんぱいをどれだけ知っていうの? ……私は両方のせんぱいをよ~っく知ってるわっ」

「昨日出会ったばっかりなんだがな」

「学校の先生が言っていたわ。本当に相性がいい者同士なら、相手と分かり合うのに時間はかからないってね。せんぱいも私の事理解してくれてるでしょ?」

「ん……まあ、否定はしない。上手く言葉に出来ないんだが……何となくわかる気がする。――けどな、それを言っちまえば、葵もそうだぞ?」

「そうだよ! そんなの私と海斗くんも同じなんだからっ! 一緒に暮らすことになった切っ掛けだって、2人の相性がばっちりだったからなんだからっ」

「何を張り合っとるか。いや、相性云々は間違っていないけど」

「ほら、見てごらんよ。海斗くんも私の方がいいって言ってるじゃない!」

「そんなこと言ってないでしょっ!? 独り占めなんて許さないんだからねっ。ズルい!」

「ずっ、ズルくなんてないもんっ!」

 

お前らは普通に自己紹介も出来へんのかい、と思わず関西弁でツッコンでしまった海斗。

お互いのことを教え合えば落ち着いてくれるんじゃないかな? と期待していたが、見事に目論見が外れてしまったようだ。

というか、ものの見事に『男をとりあう恋人達』の図になっている。

どう収集つけりゃいいんだ……と額を抑える海斗の顔を膝に乗っかった少女が見上げながら、一言。

 

「パパって……節装なしさんなの?」

「ぐはぁあああっ!?」

 

純真無垢な表情からは想像も出来ない言葉の暴力が海斗の精神力(メンタル)粉砕(クラッシュ)した。

終焉齎す聖槍(ロンギヌス)』に匹敵する一撃を受け、涙腺が決壊しそうになるのをギリギリのところで止めることに成功した海斗。

目尻に浮かぶ輝く雫を周りに気づかれない様そっと拭いつつ、いまだ口論の真っただ中な2人から少女へ視線を変える。

 

「そ、それで? ホントのところお前さんは誰なんだ、ちみっこ?」

「ふぇ……」

 

出来るだけやんわりと問いかけたつもりの海斗だったが、少女はショックを受けてしまったようだ。

ぎゅっと唇を噛みしめ、必死に何かを堪える様に小さな身体を震わせている。

どう見ても泣き出す寸前の女の子の図だ。

予想外の反応に狼狽えたのは、泣かせた本人である海斗はもちろん、少女の事をそっちのけで言い争いをしていた葵と沙良紗もだった。

ぎょっ、と双眸を大きく見開きながら、慌てた様子で駆けよってくる。

 

「どっ、どうしたのかな!? アレっ、もしかして私の声が大きかったりしたかな!? 怖がらせちゃった!?」

「え、ええと、泣き止んで、ね? ほら、いい子だから……っ」

 

2人とも、自分達の騒動で怯えさせてしまったと勘違いしたようだ。

小さな子供の前で醜い争いをしていたという自覚はあったらしい。

実際のところ、海斗の発言が引き金になったものの、生々しいキャットファイトの剣幕に怯えていたのも事実なので、彼女らにも責任の一端があるのだからある意味正しいが。

 

「す、すまん! 言い方がドストレートすぎたか?」

 

後ろ頭を掻きながら口調が荒っぽかったかと戸惑う海斗に、葵の叱咤が飛びかう。

 

「もう、海斗くんってば! 小さい子相手に何言ったの!」

「いや、普通に『テメェの名前を言ってみろ』を優しくオブラートに包んでみただけなんだが」

「センパイ、それダウトよ。ていうか、女の子相手にありえないし。普通にいぢめてる者の台詞でしょ、ソレ」

「そんなつもりは無かったんだがなぁ……。あー、その、なんだ。悪かったよ、ちみっこ。謝るから許してくれ」

 

沙良紗からもダメ出しを受けて内心ヘコみつつも、少女の頭の上に置いた手で優しくあやす様に撫でてやる。

 

「ん……」

 

くすぐったそうにぶるぶるっ、と身体を震わせつつ頬を緩める少女。流石は子供、泣くのが速いが泣き止むのも速い。

始めこそ少しおびえた様子を見せていた少女だったが、頭をぐしぐしとなでられると、きゅっ、と目を閉じてされるがままになる。

嫌がる素振りを見せるどころか、すごく心地良さそうに見える。その様子にほんわかしてしまった3人が、彼女を親にグル-ミングされて尻尾を千切れんばかりに振る仔犬の姿に重ね合わせてしまったのは仕方がない事だと言えるだろう。ついでに、女の子に標準装備されている可愛い物センサーをこれでもかと刺激されてしまった葵と沙良紗が両脇から少女を抱きしめてしまった事も仕方のない事なのだ。可愛いは正義。この言葉は、全世界共通な世の真理であるのだから。

 

「お前ら落ち着け」

 

両サイドからの抱き締めのみならず、頬を擦り合わせて恍惚を浮かべる葵と沙良紗に、海斗からのドクターストップが。

ぺちんっ、とつっこみチョップをおでこに喰らった犬猫コンビを引っぺがすと、入れ替わるように少女が海斗の胸の中に飛び込んできた。

どうやら2人がかりで撫で繰りまわされたことが怖かったらしい。

小さな身体で精一杯背伸びしながら海斗の首の後ろへ腕を廻してくっついてくる少女の背中をポンポン、とあやしながら、元凶共にジト目を向ける。

 

――……プイッ

 

さっきは泣かせたくせに美味しいトコロを掻っ攫った海斗に頬を膨らませてそっぽを向く犬猫コンビ。

こういうときだけ息が合うんだからと、海斗は溜息をこさえずにはいられない。

 

「おのれら子どもか」

「ふふっ……」

 

一連のやり取りが受けたのか、くすくすと笑いを零す少女。比喩無しに天使のような微笑みを見せられて心が和んだのだろう、怖がらせてゴメンねと頭を下げる葵と沙良紗。

すると逆に「こわがっちゃってごめんなさい」と出来た答えが返ってきた。

虚を突かれた海斗達に、少女は舌ったらずの口調で……しかし、凛然とした言葉使いでつらつらと事情を説明していく。

曰く、初めて家族と一緒に遊びに来たところ、あんまりにも楽しくて周りが見えなくなり、気づいたら両親とはぐれてしまった。

探し回ったのだけれど見つからず、このまま一生再会できないんじゃないか? ずっと一人ぼっちで生きて行かないといけないんじゃないか?

そんな、どうしようもない不安に苛まれてしまい、涙をこらえながら彷徨っていたら母親と似通った匂い(・・)のする葵を見つけ、思わず抱きついてしまったと言うことらしい。

見た目に反してかなり精神が成熟していたようだ。所々詰まりながらもきちんと順を立てた説明に「ほぁー」と感嘆を漏らす間抜けなお顔のママ(仮)を余所に、海斗と沙良紗は両親の容姿などについて訊きだして情報を纏めていく。

腕を解いて少女をベンチに腰掛けさせると、沙良紗と向かい合って情報を纏め終わった海斗が言う。

 

「ふむふむ、要約すると、だ。ちみっこの親御さん……ていうか、ママさんは腰まで届く茶髪で葵と同じ赤い水着を着ているってことだな。おまけに、雰囲気的なものも葵とそっくりだからうっかり間違えちまった、と。こういう訳だな?」

 

小さなお姫様のご機嫌が回復したのを見計らい、今度は彼女と視線を合わせる様にしゃがみ込みながら確認する。

 

「うんっ! ママはね、すごいんです。さいきょーなパパをお尻に敷いちゃってるんだって、お姉ちゃんが言ってましたっ!」

「え、なにをイイ笑顔で家庭内序列を口走っちゃってんの、この子」

「こういうのって、うっかり属性持ちって奴よね。ま、この人も間が抜けてそうな顔してるし、似てるって言えば似てるんじゃないの? 旦那様をお尻に敷いちゃうくらい下半身がおデブさんってトコも一緒なようだしねぇ?」

「あー、やだやだ。局地的な一部分しか(・・)成長できてないお子様『モドキ』のヤッカミは醜い物なんだよ」

「……これはあくまで独り言なんだけど。見た目で相手のことを知った気になる人って思慮の足りない残念な人種って言われてるのよね~。ああはなりたくないわ~……憐れだもの。――……人間的に」

「だから子どもの前で毒吐き合うな」

 

再びのツッコミチョップを今度は脳天に喰らって悶絶する2人は置いといて、道すがら本当の母親らしき人物とすれ違わなかったか記憶を掘り起こす。

だが、該当する人物の記憶はなし。葵と似た雰囲気を持つと言うだけでも、海斗からしてみれば頭に残りそうなものだがそれも無い。

つまり、ここへ逃げ込むまでの間に会ってはいない……筈だ。さすがに、4桁に達しよう程に大盛況な利用客の顔をひとりひとり覚えておくことなんて出来ようはずも無いので確実に、とは言えないが。

 

「なあ、ちみっこ。迷子のお子様にこういう事言うのはアレなんだが、やっぱり人違いじゃないか? 葵みたいな女性、俺は見た記憶ないんだけど」

「ふぇ……で、でも、ママと同じ匂いしましたもんっ!」

「匂い? どんな?」

 

言われ、脳天のダメージから回復した葵がスンスン、と二の腕の匂いを嗅いでみるが、別に何も変化はない。

しいて言えばプールに放り込まれている塩素系の薬剤の匂いくらいだろうか。

疑念に満ちた視線を向けられた少女は、頬を膨らませながら両手を振り上げて反論する。

 

「違わないもん! ママと同じ、甘いお菓子の匂いがしたんだもん!」

「お菓子……?」

 

彼女の言葉の意味が理解できず首を傾げてしまう葵。

わかる? と問いかける様な視線を受けた海斗が額にひとさし指を当てながらしばらく思案し、程なくして何かに気づいた様子を見せた。

 

「もしかして、ちみっこのママさんの仕事ってケーキ屋とかカフェの料理人だったりとか?」

「はいです! ママは喫茶店の『ぱてぃしえ』さんなのですっ」

 

甘い匂いとは菓子職人特有の職業臭のようなものだったわけだ。指先から身体に至るまで染みついた甘い香り、少女にとってそれは何よりも慣れ親しんだ母の匂いとして記憶されているということか。けれど、ではどうして葵がさも母親であるように錯覚してしまったのだろうか?

 

「甘い匂い……うあっ、もしかして!?」

「葵……お前さては」

 

ナニカに感づいた海斗からジト目を向けられ、思わずそっぽを向いてしまう竜ヶ崎容疑者。

あからさまに隠し事しております~的なリアクションをとって下さった葵に大股で詰め寄ると、逃げられないよう両手で肩を押さえつけながら問いただす。

 

「俺が買い出しへ行ってる間に一人でカスタードチーズパフェを食べたんだな? 待ち合わせのベンチをお前が指定してきたのは、近くにパフェの売店が立っていたからだったんだな!? 確信犯かこんちくしょーめっ」

「い、言いがかりはやめて欲しいかもっ。いったい何を根拠にそんな事をおっしゃられているのかしらっ!?」

 

あくまでしらばっくれようとする葵に自白させるのは難しいと判断した海斗は即座に方向転換。

ベンチ横に置かれていたハンドバッグ――昼食のためにロッカーから持ち出してきた貴重品などが入っている物――に腕を突っ込み、彼女へ預けていた財布を取り出した。

スリを警戒した海斗は、支払用のカード(自分用)のだけ持っていき、現金などが入った財布はバッグの中に残していた。

つまり、「わぁーわぁー!?」 と天高く掲げられた財布(しょうこひん)を取り返そうとぴょんぴょん飛び跳ねて最後の悪あがきをする葵がつまみ食いをしたかどうかを残金から証明することができる訳だ。

 

「ちょっ、海斗くんタンマ、タンマなんだよ! そんな風に人を疑っちゃあいけないと思うの!お願い、私を信じてっ! ――……で、アナタも胸を私の背中に押し付ける嫌がらせを止めてワイキキ・ビーチにでも行けば良いんじゃないかな。ツンツン女王様な人は殆んどヒモなマイクロビキニでも着て、ガングロサーファ共をひざまつかせてるのがお似合いなんだよっ」

「ハァ? 脳みそ湧いてんじゃないの? あ、そっかぁ、男に媚びるしか能の無い牝はオアフ島にそんなイメージしか持ってないんだ~。うっわぁ、か・わ・い・そ・♡ あ~、ヤダヤダ、いるのよねぇ~、外国旅行する甲斐性もない貧乏性の平民のなかに、又聞きの知識で我知り顔してくださる残念な牝犬……あら、失礼。全世界のわんちゃんたちに失礼だったわよねぇ。同類扱いすんな、ってねぇ」

「……はぁ?」

「……なによ、ヤル気? いいわ、殺ってやりましょうか?」

本日何度目になるのだろう、またもや火花を散らす2人。

「……っ! っ!?」

 

醜い女の争いに背中を向け、財布の中身を確認する海斗の腰にしがみつく少女が涙目でなにかを主張する。

震える指先で何を指しているのか明確だが、海斗は真顔で気づかないフリ。

誰だって命は惜しいのだ。とくに、普段おとなしい女の子がキレた時の恐ろしさと言ったらもう……筆舌しがたい恐怖しか感じない。

沙良紗に背中側から羽交い絞めにされた体勢から、いつしか四つ手で組み合っている乙女(爆)達。

案の定、きっかりパフェの代金分だけ減っている残金を確認して溜息を吐く海斗の後ろで、いよいよ本格的なドッグ&キャットファイトが開催されそうになった――瞬間、

 

「えーっと、ウチの娘を引き取りに来たんだけど……これ、どういう状況?」

 

休憩所の外から呆れた様子の声がした。

海斗は少女にしがみつかれながら声のした方へ振り向く。そこには、少女の言葉通りの容姿をした――長い栗色の髪と真紅のビキニが目を引く――若い女性の姿があった。

妖艶な大人の色気と若草のような瑞々しさを両立させた美貌。

強い意志を宿す真っ直ぐな瞳が、少女を中心にして海斗達の姿を捉えていた。

 

「ママァ!」

 

少女の顔がぱあっ! と花咲く様に輝く。海斗から少しだけ名残惜しそうに離れると、一直線に本当の母親らしき人物の元へ。

駆け寄ってきた少女を抱きとめ、抱え上げながら甘えてくる少女に優しい笑みを向ける姿は、本物の母親という雰囲気を纏っていた。

 

「まったくもう、この子は。ダメでしょ~が、勝手にうろうろしちゃあ」

「ふぇぇ……」

「泣いてもダメ。ほら、悪い事したらどうすればいいんだったっけ?」

「うぅぅ~……ぐすっ。ご、ごめんなさいぃ~」

「よし。よく言えました」

 

はぐれない様に手を離さないでと言われていたのに、好奇心に駆られて離れてしまったのは少女自身だ。

悪いことをした自覚はあったのだろう、叱られて泣きそうな顔になっている。それでも母に抱きつく腕を緩めないのは、まだまだ母恋しいお年頃だということなのだろう。

 

「ゴメンなさいね、貴方たちも。ウチの子がご迷惑かけちゃったみたいで」

「い、いえ、そんなことない……です……ぅ」

「は、はぃ……っ」

 

申し訳なさそうに頭を下げる女性に、掴み合っていた葵と沙良紗がはじけ飛ぶように離れるなり、慌てて頭を下げ返す。

散々怯えさせたことを気にしているのだろうか。あるいは『母親』のオーラに気圧されただけかもしれないが。

心なし、2人の顔が驚愕で引きつっているように見える。

 

「(ヒソヒソ)わ、若っ!? あれで子持ちって反則じゃないかな!?」

「(ヒソヒソ)お肌すべすべ、胸おっきいし腰もくびれてる……子持ちなのにスタイル崩れてないってどういうこと?」

 

訂正、どうやら女としてのレべルの違いに戦慄していたようだ。

失礼にならない程度で女性の胸や腰辺りに視線を向けては自分のそれと見比べては、『ずうん……』と黒いオーラを背負う2人は置いとくとして、一方の女性も海斗達3人の様子をどことなく懐かしげな様子で見つめていた。

何と言うか、「うわ~、この修羅場ちっくな空気。懐かし~」的な気になる単語を呟きつつ、感傷深げな表情を浮かべている。

どうにもいたたまれなくなったので、空気を入れ替えようと海斗が声をかけるよりも早く、娘を抱き下ろした女性が真剣な表情で葵と沙良紗に詰め寄って行った。

 

「貴方達!」

「「はっ、はい!?」」

 

びくっと肩を跳ねさせた少女らの肩を掴みながら、

 

「首輪……用意しといた方がいいわよ?」

 

真顔でとんでもない事を言い出した。

「「はいぃぃ~!?」」 とハモる葵と沙良紗。それに構わないまま、女性は海斗を横目で睨み付けつつ言葉を続ける。

 

「いい? あの手の男はしっかり手綱を締めとかないと節操なしに女の子へ手を出しちゃうのよ。それこそ、身に覚えがない~的なことほざきながら、人さまの妹とその親友を孕ませちゃうくらいにね。信じられる? 二股かましてどっちも娶った挙句、可愛い義理の娘に『大きくなったら――パパのお嫁さんになる~♪』って言わせたり、性悪マッドに言い寄られてなあなあで済ませようとしたりする訳よ! おまけに、黒髪ドラゴン娘とか他にもいろいろフラグ乱立させよってからに……っ! ――やっぱり去勢してやろうかしら、あのバカドラゴンめ」

 

途中から完全な私怨にすり替わった女性の剣幕に、がたがた震えることしか出来ない葵達。

片手で肩を抑えられているので逃げることも出来ず、海斗に助けを求めようとも、初対面の女性から女たらしの同類認定を喰らってしまい、あらぬ方角を見ている彼はあてに出来そうも無い。込み上げる何かを堪える様にぷるぷると肩を震わせる愛しい少年に鞭打つのは、恋する乙女としてさすがにどうかと思うからだ。

と言うか、海斗は意外とこういう方向でのメンタルが弱かったようだ。

 

「ママァ、パパをいじめちゃだめだよぉ」

「いじめてないわ。これはちょうき……もとい、躾よ!」

「微塵も言い直せてないんですけれどっ!?」

「ていうか旦那さんの事なんですかぁ!?」

「そんなことより、なずな。あなたいつまで彼の事をパパって呼んでるの? あのバカが聞いたら拗ねちゃうわよ」

 

そんなこと扱いされてますますヘコむ海斗の背中を2人がかりでよしよししていた葵と沙良紗の近くへ、促されるままトテトテと近づいた少女……『なずな』がぺこりと頭を下げる。

 

「間違えちゃってごめんさない……」

「へうっ!? あ、いや、そのぉ、別に嫌だったわけじゃないし、気にしないで欲しいと言いますかっ」

「そういえば私への当てつけで娘呼ばわりしたりしてましたしねぇ?」

「うっ、うるさいなっ! いいじゃない別に! ちょっとしたお茶目なんだよっ。 大体、あなたが海斗くんにちょっかいかけたりしなかったら――!」

「んなっ!? それこそ、アナタに関係なんてないと思いますっ! なによ、人を浮気相手みたいに」

「正妻の座を巡る女の争いか……ふふっ、私も昔に似たような事やったっけね」

 

乱痴気騒ぎを眺めながら、昔を思い返すような表情で感傷深げに呟いた女性を、なずなが不思議そうな顔で見上げる。

 

「?? つま~? でも、ママってぇ、パパの『あいじんさん』だったよね? つまじゃないよ~?」

「なずなっ!? アンタ、どこでそんな悪い言葉をっ!? ううん、わからないけどわかったから言わなくていいかな。どうせムッツリドSか性悪マッドあたりの仕業でしょうしねっ! ――てなわけで、急な要件が出来てしまいました。さ、帰りましょ――……っと。そういえば!」

 

パンッ! と両手を叩いた乾いた音が響く。掴み合いに発展しかけた少女2人が驚いてビクッ、と肩を跳ねさせながら振り向くのを確認してから、ワザとらしい口調で続けた。

 

「娘の面倒を見てくれてたお礼をしないとね! でも、全員を連れてくのも気が引けるし……そだ! ねぇ、なずな。お姉ちゃん達のどっちかに一緒に来てもらってお礼をさせてもらいたいんだけど、あなたは誰が一緒に来てくれたらうれしい?」

「んう? ん~~……こっちのちっさいお姉ちゃん!」

「ちっさい言わないでっ。て、はいいぃ~っ!? なんで私!? このワン()にあんだけ懐いてたじゃない!」

「ご招待するのはお友達を呼ぶモノなんだって、ママに教わってますからっ♪」

 

どうやらなずな嬢は、葵に母の面影を感じていたのと違って、背丈も小柄な沙良紗は見た目的な意味で友達のように感じているようだ。

葵にはまるで親にするように甘えさせてもらっていたが、母が見つかったので余裕が出来たのだろう、今度はお友達になれそうな沙良紗と一緒にいたくなったらしい。

腕を引っ張って「ね~ね~、いいでしょ~」と可愛らしいワガママをするなずなを無下に出来ずテンパってしまった沙良紗の背中を若干強引に押しながら、女性がここから立ち去ろうとする。葵は彼女がすれ違いざま自分にだけわかるように目配せしてきたのを見て、そこに込められた目論見に気づく。

 

――私と海斗くんを2人っきりにしようとしてくれてる……?

 

彼女の身内に似ているらしい海斗と葵の関係に思うところがあったのだろう、しっかり捕まえときなさいと後押しされた気がして、かっ、と頬が熱くなる。

 

――あっ、ありがとうございます!

――ま、しっかり甘えときなさいな。いいオトコに甘えるのは良いオンナだけの特権なんだから♪

 

なずなに手を引かれつつ、閉鎖的な全寮制の学園で過ごす故に姉のように接せられる経験がほとんど無かったたえにまんざらでもなさそうな笑みを浮かべた沙良紗達が見えなくなったところで、葵は今にも体育座りしてしまいそうな海斗の腕を勢いよく引っ張り、立ち上がらせた。

 

「うおっ。あ、葵?」

「コッチきてっ」

 

有無を言わせぬまま強引に引きずり込んだのは休憩所の裏手にある空白のスペース。建物の外壁とプールエリアの境になっているレンガ造りの壁との境の隙間を潜った先にある、小さな小部屋のような場所だった。

ちょうど色鮮やかな木々の影になっており、壁の向こうから聞こえる利用客達のざわめきも遠い。

突然このような場所に引っ張り込まれて両目を瞬かせる海斗の胸に飛び込みながら、不安と決意で瞳を揺らす葵が上目使いで見つめてきた。

 

「海斗くんってさ……」

「は、はい?」

「……おっきなおっぱいが好きだよね」

「ごふあ!? な、ななななにを仰るりますかお姫様ァ!?」

 

気づいてないと思っていたのか。思わずため息が漏れてしまう。

そもそも、旅行の時に胸で、その……ご、ご奉仕してあげた時の顔、どれだけ弛んでいた思っているのか。

 

「海斗くんがお気に入りな猫さんもおっぱいだけ(・・)はご立派でしたもんねぇ~、これはあれですか。おっぱいで女の子の価値が決まると、そう言いたいのかな?」

「ご、誤解だっ。いくらなんでも、胸で人の価値を決めるスケベじゃねぇよ!?」

 

確かに、好きか嫌いかで問われれば限りなく好きだと言わざるをえないが、それはあくまでも魅力のひとつ。

ちっぱいに人権無し! と豪語するおっぱいマニア扱いされる訳には断じていかない! 

そもそも、大きなお胸が好きとか以前に――……

 

「俺はっ! (オマエ)のが好きだ!」

「わふぅん!? しょ、しょれはちゅまり……じょ、じょうゆーいみれ?」

「え? ……うあ゛っ!? あ、その、これはっ、えと、ちが……わないけど、そうじゃなくてだなっ。俺が言いたいのは、胸でお前をどうこう見てるんじゃなくて、お前のだから好きって言いいたいワケで――って違う違う!? いや、だから、何を言いたいのかってーと……う、うがぁああっ!? だから何でこういう時に限ってテンパってんだ俺はぁああああっ!?」

「かっ、海斗くんっ!? 壁に頭叩き付けても、何も解決しないんだよっ!?」

 

真っ赤な顔で壁に向かってヘッドバッドを連打ァ! ……をかますおバカな虎さん。

シェイクしすぎて脳がバターにならないか実に心配だ。

いい感じに我を失っている海斗を落ち着かせようと、良い音と共に額に走る鈍痛でふらつく彼の頭部を後ろから抱きとめる。

胸元から零れ落ちそうな乳肉に海斗の後頭部が包み込まれる。

温かく、柔らかな感触。プールの熱気に中てられたのだろう、僅かに滲む少女の汗の香りが鼻孔をくすぐり、海斗の五感をこれでもかと刺激してくる。

揺り篭に眠る赤子に戻ったかのような錯覚を感じて、海斗の目蓋がごくごく自然に閉じられていく。

赤くなった額を撫でる指先が前髪に触れる度、くすぐったいような心地良さを感じずにいられない。

脱力する四肢に力は入らず、壁に寄り掛かる様な体勢のまま重力に引かれるように膝をついたところで頭を放した葵に肩を押され、プール側の壁に背中を押し付けたまま完全に座り込んだ。

 

「もぉ……変な時におばかさんになっちゃうんだからっ」

 

しょうがないなあっ、と困ったような笑みを浮かべつつ、抱きしめた愛しい男の髪の感触を楽しむ。

まるで犬が親愛を表現するためにグルーミングをするかのように。

これは自分の物だと匂いつけ(マーキング)するかのように、葵の手はどこまでも優しかった。

 

「ちょ、くすぐったいって……っ!?」

「んっ……ちゅっ、ちゅぅ……」

 

惚けた様子を見せる海斗の両足の間に身体を滑り込ませつつ、身を寄せてきた葵の唇が海斗のソレへと押し付けられる。

仔犬が親愛を主張するかのようなキス。ちゅっちゅっと啄む様に唇を触れさせると、間髪入れずに舌を相手の中へ差し入れる情熱的なものへと変化した。

首の後ろに腕を廻して身体ごとすり寄ってくるように甘えてくる葵に最初こそ面食らった海斗だったが、鼻孔をくすぐる彼女の香りに後押しされるように、彼女を抱きしめ返しながら自分からも舌を動かし始めた。

蕩けるように甘いキス。プールの喧騒に溶けていく淫靡な水音。お互いを抱きしめる腕に力が籠り、肌に押し付けられた掌にはじっとりと熱い汗が溢れ出す。

果たしてどれほどの時間、唇を重ねていたのだろうか。息苦しさすら感じないほどに燃えさかる情欲に駆られるように、互いの口内で積極的に踊る舌。

唇の接合部から溢れ出す唾液が顎のラインを伝って、タイルの上へ落ちていく。やがて、混ざり合った唾液の糸を引きながら唇が離れていく。

いつになく積極的な葵にタジタジな海斗の顔を覗き込みながら、心なしか得意気風に見える笑みを浮かべたお姫様の指先がごつごつとした男の身体の上をなぞるように滑り落ちていく。キスの余韻でうっすらと桜色に火照った指が水着のゴムにかかり、滑り込む様に差し入れられた。

 

「あの娘もそうだけど、さ。海斗くんがお仕事で他の人とえっちなことやってるのは……その、正直イヤ、かな……」

 

分身を撫で上げられてくぐもった呻き声を上げる海斗を見つめながら、葵は思いの丈を独白していく。

 

「私には遠くから見てる事しか出来ないから。だから、いつか海斗くんがいなくなっちゃいそうな気がするの。いろんな人とそういうことしてるうちに、私の事なんて忘れちゃうんじゃないかって」

 

自分の中で大きな存在になってしまった『ヒト』が他の女性とそう言う行為を行っている。

頭では理解できてても、心では納得できない。そもそも、葵はそういうお仕事の裏事情とは縁遠い、ごくごく普通の世界で生きてきた住人。

人間の欲望を満たすための娯楽を作り上げる業界について、何も言わずに受け入れろと言う方が無理な話だったのだ。

……いや、違う。重要なのはそこじゃないのだ。葵が怒っているのは、そう言う仕事に手を染めていることではなく……、

 

――あくまでお仕事上のパートナーなんでしょっ。なのに、どうして本気にさせちゃってるのかな、このヒトはっ!

 

沙良紗が海斗に特別な感情を抱いている事など、とっくに気づいている。

そもそも帰りが遅かった海斗を迎えに行ったあの時、沙良紗が何をしようとしていたのか気づいたからこそ、なずなを消しかける様な真似をしたのだ。

 

――私とあれだけえっちなことしたんだから、ちゃんと責任とってくれるのが男の子の甲斐性ってやつでしょ!

 

ちゃんと自分を見て欲しい。日常も仕事も、海斗の全部を教えて欲しい。

むくむくと湧き上がってきた独占欲が悪い方向へ駆け出してしまい、『沙良紗にも優しい ⇒ ひょっとしておっぱいが大きいから? ⇒ じゃあ私もそうなの? おっぱいが大きいから優しくしてくれてるだけなの……?』 と言う風に思考が暴走してしまった。

だからこそ、自分から誘惑するような大胆な真似を強行する羽目になったのだ。ひょっとして、海斗も他の人達と同じように自分の見た目だけしか見なくなったんじゃないかという不安を振り払いたくて。

自分が自分でいられる居場所の心地良さを知ってしまった少女は、それを失ってしまうかもしれないと言う恐怖を胸の内に抱え込んでしまったのだ。

 

「私にとって、もう、海斗くんがいない日常なんて“日常”じゃないんだよ……。だから……どっか行っちゃヤダよ……」

「葵……」

「あの子にね、海斗くんが優しくしてるの見ると、胸がこう……きゅうっ、てなるんだよ。こんなの初めてなの……だから、責任とってよ……。ずっと一緒にいてくれないと……ヤダっ」

 

最後は涙ぐみながら本心を吐き出した葵。小さく震える彼女を抱きしめながら、海斗はずっと引っ掛かっていた胸のしこりの正体にようやく気づく。

朝から妙なハイテンションを続けていた葵。純粋にプールを楽しんでいたからだけではなかった。

自分では話がついたと思い込んでいた沙良紗との一件、あれが葵の中で消化しきれていなかったのだ。

仕事の付き合いとは言え、続けるうちに沙良紗のように本気になる相手と巡り合うかもしれない。もしかしたら、本気で好きになる女性と出会ってしまうかもしれない。

普通じゃない出会いで関係を気づいてきた葵だからこそ、身体の付き合いから始まる恋愛もあり得ると実感している。

自分の気持ちすらあやふやだからこそ、海斗が自分の前からいなくなり、居心地のいい居場所を失ってしまうのではという恐怖を払拭できなかったのだ。

葵の言葉を聞いた海斗の返答は、もう一度の優しいキスだった。

唇と唇を重ねるだけの軽い、触れ合いのようなキス。それでも、大切に想う愛おしさを限界まで込めた、不器用な少年にできる精一杯の愛情表現だった。

抱き締める腕の力を強め、引き寄せた葵の耳元で囁くように告げる。

 

「離さないよ」

 

たった一言。愛を囁くでも、取り繕うでもない。

けれど、これ以上ないほどに恥ずかしそうな表情と早鐘のように激しい鼓動を繰り返す心臓の音が、言葉の裏に隠れた『本当の意味』を葵に伝えてくれる。

 

「……そっかぁ」

 

だからこそ、葵もまた真っ赤な顔をさらに上気させながら蕩ける様な笑顔を浮かべた。

頭の上から湯気が立ち上りそうなくらい上昇する体温は下がる兆しを見せず、そのくせ密着した身体を離したいとは微塵も思えない。

 

「約束だよ?」

「……ああ、約束だ」

「うんっ! えへへ……あ」

 

はにかんだ笑顔の葵が、何かに気づいたような様子を見せつつ、指先に意識を集中させる。

 

(か、海斗くんのおっきくなってる……!)

 

ゴクリ、と喉がなる。こんな明るい場所で見ることなんてそう言えばなかったなと他人事のような感想を思い浮かべつつも、湧き上がる好奇心を抑えることは出来なかった。身体を起こしながら海斗の水着をずらす。途端、そそり立つ肉棒が水着から零れるように起立し、葵の目の前に姿を現した。

思わず顔を逸らしてしまいそうになるのを堪えつつ、顕わになったソレをしげしげと観察してみる。

 

「こ、これが海斗くんの……なんだ……」

 

やや黒ずんだ肌色のソレは女性雑誌でときどき見かけるような輪郭を暈かした類のモノとは一線を介する存在感に満ちていた。

幾度も使い込まれているせいか鍛え上げられた日本刀のような凶悪さ。これは自分の中に入るなんて、人体の神秘だなぁと的外れな感想を抱かずにいられない。

尻部を持ち上げ四つん這いになりながら、興奮で脈動する肉棒を包み込む様に掴むと、おっかなびっくりと言った様子で亀頭に唇を寄せ、舌を差し伸ばす。

先端をぺろっと舐め上げ、前の時のような苦味を感じなかった事に安堵する。

あの時は射精直後ということで精液モロに舐めてしまったが、今回はわずかな汗と興奮の先走り程度だからほとんど味はしなかった。

これなら大丈夫だと安心した葵は、以前見た雑誌に掲載されていたそう言う行為……フェラチオを試してみることにした。

記事では、男性の弱点を刺激できる愛撫であり、女性がイニシアチブをとれるものだとあったし、この間胸でしてあげた時の海斗が気持ちよさそうだったから、もっとしてあげたいという欲望がむくむくと込み上げてきた事もある。

 

――舐めてあげたら海斗くんも気持ちいいのかな?

 

唾液で濡れた舌で先端を舐め回し、根元の方をやわやわと擦り上げる。

尿道口を舌がなぞるたびに電流で打たれたかのような衝撃が海斗を襲う。

葵の舌と指が齎す刺激は極上で、肉棒が硬さを増していくのが自分でもわかる。

溢れ出しそうになる呻き声を必死に堪えながら、葵の愛撫に身を委ねる海斗。

そそり立っていく肉棒の感度が際限なく高まり続け、まるで舌先から彼女の熱を吸い取っているかのようだ。

 

「んっ……んむ……じゅる……っちゅう……はむ」

 

亀頭を中心に舐め上げていた葵が不意に大きく口を開いたかと思いきや、肉棒をぱっくりと咥えこんだ。

蕩ける様な熱と小さな口が齎す圧迫感が筆舌しがたい快楽を生み出した。くちゅくちゅっといやらしい音を鳴らしながら舌が肉棒をしごき上げ、舌の動きに合わせて粘り気を持った唾液が纏わりついていく。

初めてのフェラチオ、しかも葵からのおねだりでという現実は、ぞくぞくとした背徳感と極上の興奮を海斗に与えてくる。

それに気づいているのか、葵の舌の動きはどんどん大胆さを増していき、最初は味わうようにしゃぶっていただけだった動きが、快感を与えようと激しいものへと変わっていく。舌のみならず、頭ごと上下させる激しい動き。扱き上げるようなそれは、次々と溢れ出してくる先走りの次に来る、精巣の中で暴れ狂う精液の爆発を促すものだった。どれほどの先走りを舐めとったのかわからない。けれど、味がしない筈のソレを舐めとるたびに、葵は自分の下腹部あたりがきゅうんっと疼いてくるような感覚を覚えた。

突き上げられた尻部はゆらゆらと左右に揺れ動き、いつの間にか擦り合わせている太ももの付け根からは、湿り気を感じさせる淫らな音が零れるような気がする。

背筋をゾクゾクとした興奮が駆け巡り、もっと肉棒を感じてみたいと言う欲望が湧き上がってきた。肉棒から口を放して呼吸を整えようとするがうまくいかない。

速太鼓のように荒ぶる鼓動のせいで呼吸が荒くなり、熱に侵された様に頭がぼんやりする。今の状況に酔っているのは間違いないだろう。今ならもっと先に行けるかもしれない。未知へと挑む興奮に、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「ん、んん~~っ!」

 

海斗の太ももに手を置いて、今度は喉の深くに届きそうなくらい咥えこんでみた。息苦しさすら感じる圧迫感と、上目で捉えた気持ちよさそうな顔の海斗の姿に、こらえようのない興奮で震えてしまう。

にじみ出た先走りと唾液が混ざり合ったそれを、葵の舌が舐め上げ、咀嚼していく。不思議なほどの無音に支配された2人だけの空間(パーソナルスペース)に、海斗の呼吸と葵が舌を這わせる音だけがやけに大きく響く。込み上げてくる射精感と全身に駆け巡る快楽に震える海斗が、自分の限界が近い事を察して、ダメ押しとばかりに自ら腰を浮かせた。

 

「んぶっ!?」

 

突然の突き上げに面食らった葵が驚きの声を零すと同時に、敏感な亀頭部分が喉の最奥へと突きささった。

唾液で濡れすぼった口内とは違う感触の刺激がダメ押しになって、射精感が一気に限界を超えてしまった。息苦しさを堪え入れなかった葵がそれを吐き出すよりも速く、バネのように激しく脈動した肉棒から興奮の証が勢いよく放出された。

放たれた白濁液を口内で受け止めることになった葵は悲鳴を上げることも出来ないまま、放出が終わるまでひたすらに耐える。

逃げることも出来た。でもしたくなかった。全部受け止めてあげたいという想いが、胸の中で渦巻いていたから。

口の中が欲望の塊で満たされる頃になってようやく射精が収まったのを確かめつつ、葵はゆっくりと肉棒から口を放す。

まるでソレの味を確かめるかのように白い欲望の湖を舌で掻き回してから、意を決したように少しずつ呑み込んでいく。

吐き出すものと思っていた海斗が驚くのを余所に、時間をかけて全てを呑み込んだ葵が盛大に眉を顰めた。

 

「んくっ……うぇええ~。やっぱり美味しくないよぉ」

「おいおい、無茶するなよ」

「だってしょうがないじゃない。いつ人が来るかもしれないとこに、せーえきなんて吐き出せないよ。……大体、まだおっきくしたままの海斗くんが何を言ってるのかな?」

 

彼女の指摘通り、海斗の肉棒はいまだ硬度を収める兆しを見せず、それどころかむしろますます大きさと硬さを増しているかのようだった。

 

「お、俺は悪くないぞ!? いろんな意味でエロい葵が悪いんだ!」

「えろ……っ!? しっ、しつれーなんだよっ。私は真面目な委員長キャラで通ってる女の子なんだからっ! 海斗くんがえっちなのが悪いのっ」

「俺のせいかよ!? 誘惑してきたのお前だろがっ」

「だからそれは――っ、ぅ」

 

口論――と言う名の痴話喧嘩の最中、唐突に下腹部辺りを抑える葵。

 

「……葵? どした――ぁ」

「っっ!? み、見ないでよおバカあっ!」

 

真っ赤な顔でぽかぽか殴ってくる葵の下の水着。ちょうど股の辺りがおもらししたかのように雫を零していた。

それが何なの気づけないほど海斗は鈍くない。彼女の太ももを伝って自分の下腹部に滴り落ちてくるソレが粘り気を含んだ生理現象の産物……興奮した膣内から溢れ出した愛液だと理解すると、お返しとばかりに海斗の指が水着の隙間へ差し入れられた。

くちゅり、と淫らな水音が鼓膜を打つ。受け入れる準備は万全と言うことか。葵は水分を含んだ水着の布を片寄せながら興奮によって赤く火照った舌先で唇を一舐めすると、海斗の腰に跨ってそそりたつ肉棒に手を添えながら位置を合わせつつ、ゆっくりと腰を下ろしていった。亀頭が膣唇と擦れ、甘くすぐったい官能の波が押し寄せてくる。

 

「んっ……あ……はぁああぁ~~……」

 

亀頭が膣口を押し開き、ゆっくりと奥を目指して呑み込まれていく。空気と混ざり合った愛液が淫靡な音を立てつつ、葵の大陰唇の先、膣道の最奥にある子宮を目指す。

タイルの上に胡坐をかいた海斗の上に葵が乗る騎乗位という体位のせいだろうか。お腹の中、胃の下あたりが押し上げられるような感覚を葵が感じていた。

お互いを求めるように抱き締め合いながら、ゆっくり時間をかけていちばん深いトコロで繋がり合う。亀頭が子宮口に辿り着いた瞬間、ご馳走を堪能したかのような満足感に包まれるような錯覚を葵は受けた。それは海斗も同じこと。恍惚とした笑みを浮かべる葵に、彼女を満たせているという大きな歓喜を抱き、笑みを浮かべた。

 

「葵……いちばん深いトコで繋がれたな……。気持ちいいか?」

「うん……気持ちいい、よぉ……海斗くんは?」

「もちろん……俺も、さ」

 

蕩ける様な笑みを浮かべる少女の頬にキスの雨を降らせながら、柔らかな尻肉をわし掴みにして腰を動かし始めた。汗を吸った水着と火照ったもち肌の産み出す感触は極上で、揉んでいるだけでも十二分に満足感を味わえるだろう。だが、接合部から駆け上る快楽の誘惑に抗うことは不可能だった。

身体ごと持ち上げ、突き落とす様に挿入を行うと、コリコリとした子宮口を亀頭が擦り上げらえる。淫らな水音と飛沫を撒き散らしながら、戦慄じみた快感が葵の背筋を駆け昇る。下腹部からじわじわ広がる熱は子宮口を擦り上げられるたびに高まりを見せ、疼くような満足感を味わえる。初めての体位、葵が上になるこの格好は正常位や後背位よりも子宮をダイレクトに刺激されるようだ。

 

「あっ、ううんっ……はぁ、ん、んんっ……ふぁ、ぅ……」

 

膣肉が射精を煽動するように蠢き、激しく扱き上げてくる。根元のほうはきつく締まり、中ほどは優しく包み込む様にからみつき、先端は子宮口を押し開いてほしいとばかりにもっと奥へ引っ張り込もうとする。完全に海斗の形を覚えてしまったらしく、葵の膣肉は本人の気持ちいいトコロと擦れ合うように肉棒を誘導してくる。

緩んでは締まりを繰り返しながら射精を促す膣の肉ヒダに抗いながら、もっと葵を気持ち良くさせたいと感じた海斗の手が水着の中で激しく暴れていた乳房をわし掴む。

 

「ふやぁ……! っ、あ、あう、んはあっ!」

 

水着の上から荒々しく揉みしだき、淫靡な形に変わっていく乳肉の先端には、布越しでもわかるくらい大きくなった乳首が自己主張を始めていた。

引き寄せられるように顔を寄せた海斗の唇が、こりこりに固まったソレを咥え、吸い上げる。

 

「あっ、あ、ああっ! や、そ、そんな……音、たてちゃ……っ! ひやぁあああんっ」

 

背中を反らしながら、葵が悲鳴じみた艶声を上げる。もはや声を抑えることなど思考の彼方へ追いやってしまったようだ。

長い髪を振り回し、さらなる快楽を求めて膝立ちになった足に力が籠り、腰の動きが加速していく。

膣内の締めつけがどんどん強くなっていく。海斗が半ば無意識に突き上げる腰の動きと葵の動きがシンクロし、怒濤の如き勢いで快感の波が押し寄せてくる。

甘美な悦楽に全身を満たされて、葵の喘ぎ声が強さを増す。

 

「あんっ、あっ、い、いいっ! いいよぉっ! あっ、ひぁ……あうぁああっ!」

「っく……! あ、葵……このままナカに……っ! いいか!?」

「うん……、うんっ! いいからぁ……赤ちゃん、出来てもいいからあっ!」

 

抉るように突き込まれた肉棒に絡みつく膣肉が、まるで彼女の心情に答えたかのように強く、強く絡みついてくる。堪えようのない興奮と快感に射精感は天井知らずに高まり、汗に濡れた尻肉を揉む指先に力が籠る。2人の唇と指先が、コレは自分のモノだという印をつけるかのように踊りまわり、キスマークや指の痣を刻み込んでいく。

 

「やんっ! も、もぉ……おっぱいに吸い付いたりして、ぇ……くすぐったいよぉ」

「お前も、だろ……っ! 吸血鬼じゃあるまいし、首筋に齧りつくな」

「やぁ……葵ちゃんマークをつけるんだからっ。海斗くんはぁっ、私の、なんだからっ!」

「それはコッチの、っく! 台詞だっての」

 

ちゅっちゅっと赤い印を刻み付ける間も、腰の動きは激しさを増していく。肉棒を愛撫する膣肉がひときわ大きく蠢くと、それがダメ押しになって、膣内を押しのけるように肉棒が大きく膨張する。一突きごとに高まった情欲の熱に全身を侵された葵の限界は近い。もっと繋がっていたいという想いと、早く達したいという欲望が激しくせめぎ合っている。だが均衡は程なくして崩れることになった。

 

「ふあ、ぁ……あ――……!」

 

視界が真っ白に染まり、火花が散るかのような幻を垣間見た。それが絶頂の前触れだということを僅かに残された理性が気づき、痙攣してうまく動いてくれない身体に鞭を入れて、腕に残された力を全て注ぎ込んだ。

 

「い、イクッ……わたしっ、もぉ、イッちゃうよぉっ!」

 

ソレを察した葵が海斗に力の限り抱きつくのとほぼ同時に、膣肉の圧迫感が爆発的に高まり、締め殺されるのではと錯覚してしまうほど強く肉棒を刺激してきた。

最奥の子宮口に亀頭がぴったり密着するほど深く突き刺さった瞬間、炸裂するかのような勢いで限界が突破された。

 

「――っうあぁあああああっ!」

 

絶叫のように大きな声が漏れる。絶頂を迎えた葵は甘痛い痙攣の走る手足を海斗に絡みつかせながら、怒濤に荒ぶる快楽の波を堪能する。

子宮の中へ到達した精液が染み込んでいく感覚。子宮頸管粘液と呼ばれる精液を効率よく吸収する潤滑油のようなものが溢れ出し、混ざり合いながら精液を吸い上げていく。熱い鉄を差し入れられたかのような熱を下腹部に感じ、葵は無意識に自分の下腹部を優しく撫でていた。

長い時間をかけて放たれた射精が終わるのを他人事のように感じていた海斗は、抱きしめる少女の温もりがかけがいの無い宝物のように思えた。

風に漂う雲になったかのようなふわふわとした浮遊感。葵との時にしか感じれない幸福感と満足感が混ざり合ったような温かい気持ちに身を委ねつつ、蕩けきった様子の葵の背中を優しく撫でる。

もしこの状況を誰かに見られでもしたら大事になるのは間違いないだろう。だが、それもいいかとも思えてしまう。

 

「ずっと一緒……だもんな」

 

心地良い虚脱感に包まれながら、海斗もまた、寝息を零し始めた葵に釣られるように目蓋を閉じた。

 

 




次の更新は神造遊戯よりも先になる予定。
前回チョイ役してくれた桐生を主役にしたプール編裏話を更新予定。
あくまで短編のつもりなので、そんなに時間はかからないかと。
では、また♪


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幕間 桐生くん奮闘記(足コキ編)

確約通り、番外編的なお話。
文字数が膨れてしまうのはもはやお約束。予定の倍近くになるってどういうことなの……。
それから桐生くん……ごめんね? 妙な属性を付与しちゃって。

※最初にNTR風表現が含まれていますので、そういうのが嫌いな方はご注意or流し読みをお願いいたします。本編にはさほど影響はないようにしたつもりなので。



~~

 

 

その日、桐生(おれ)は葵が所属してる水泳部の部室前に向かっていた。

顧問が職員会議に出席しているから居残り練習を禁止されたため、何時もより早く終わったから、久しぶりに葵と一緒に帰ろうと思い立ったからだ。

帰り支度を済ませた水泳部の部員らしき女生徒達とすれ違いざま、含むものがある風のにやけ顔を向けられたけれど、あえて気づかないふりをする。

と言うか、数かに濡れてる髪をわざとらしくかき上げたり、ショルダーバックのファスナーから着衣済み水着を見せつけたりとか、明らかにからかってるだろあの子たちっ!

俺と葵が幼馴染なのをわかっててやってるんだから、ホント、女の子って言う生き物はわからない。

 

「まったく最近の女の子は恥じらいってものが足りないんだよな……」

 

まるで娘を持った父親みたいな台詞を呟きながら、水泳部の部室の扉に辿り着いた。

普段は男子禁制のこの場所だが、夕方の大体今ぐらいの時間帯は解除されている。

まあ、理由は簡単で、水泳部の部活終了時間がきっちりと決められているからだ。

何でも、代表に選ばれたは良いが大会前なのにタイムが伸びない生徒が顧問に内緒で居残り練習を行ったことがあったのだそうだ。

あまつさえ、焦りを振り払うことが出来ずに無理に泳ぎ続けたために足を攣ってしまい、危うく溺れてしまいかねない事態にまでなったと先輩から聞いたことがある。

もちろん、きちんと部員メンバーのメンタルを把握できていなかった顧問にも責任はあるが、帰宅時間を超過してまで居残った生徒の側にも問題がある。

これ以降、二度と同じような不祥事が起こらないように、水泳部には他の部活に比べて早めに帰宅すべしという規則が定められることになった。

そのお蔭で誰に咎められるでもなく女子の聖域とも言えるこんなところまで来られたわけなんですが、流石にこの扉を開く勇気は持ってない。

というか、それが出来るのは変態と言う名の紳士か、ド変態と言う名の痴漢だけだ。

とは言え、実は過去に水泳部室内へ足を踏み入れた経験があったりする。

まあそれは、今日みたいに葵を迎えに来たとき、ドアの向こうから絹を裂くような悲鳴が聞こえてきたから何事かっと驚き、慌てて飛び込んでしまったのだ。

とりあえず大事になる様な事件な訳はなく、悲鳴の真相は恐怖の根源たる魔王『黒きG』の出現に女の子たちが驚いたというのが真相なのだけれど。

幸か不幸か、水泳部の部室は入り口すぐのところに覗き防止の突っ立てがあり、禁断の花園であるシャワースペースは死角になるような配置になっていたから、本物の覗き扱いされることだけは防げたのは行幸だったが。できれば、もう二度とあんな目に遭いたくない。

けれど――、

 

(なんで……何でこんな不安な気持ちになるんだ?)

 

日が落ちかけているせいかやけにあたりが暗くなってきた風に感じる。まるで墨汁をブチ撒けたキャンパスの中にポツンと佇む小人になってしまったかのようだ。

おかしい。いや、明らかに異常だ。

灯っている筈の外灯の明かりすら一切見えない闇にあたりを包み込まれ、自分自身と目の前にある扉だけがハッキリと浮かぶ上がっている。

ゴクリ、と喉が鳴る。気づかない内に口の中がカラカラに乾ききっていた。

カサカサになった唇を舐めつつ、意を決して足を踏み出す。幸い地面はしっかりと存在しているらしく、慎重に、ゆっくりとした歩調でドアノブに手をかける。

鍵は、開いていた。

でも開ききらない。、まるで裏側から誰かに引っ張られているかのように、ほんの数センチくらいしか開くことが出来なかった。

 

「なんだよ、これ――っ!?」

 

焦燥に駆られるように古めかしいドアノブを両手を握り、強引に開こうとした瞬間、ありえないはずの声が耳に届いて、思わずその場で立ちつくしてしまう。

部屋の中から聞こえてきたあの声。聞き間違うはずも無い。ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染の声だ。

でも、明らかに様子が変だ。普通じゃないのが手に取るように分かる。

なのに、俺の脚は、うでは、身体は、空間に縫い止められてしまったかのように動いてくれなくなった。

出来ることは、光が零れ出す僅かな隙間から部屋の中の様子に目を凝らすことだけ。

何故か突っ立てが取り払われ、シャワースペースの様子が一目出来るようになっていた。

 

「葵っ!? どうしたんだ!? なにがあったんだよっ」

 

また声が聞えた。さっきよりもはっきりとした、まるですぐ目の前に彼女がいるかのようにハッキリと。

葵の様子は明らかに普通じゃなかった。幼馴染の自分が一度も聞いた覚えがない声だったのだから。

行かないと! 確かめないと!

頭ではそうわかっているのに、足は地面とひとつになったかのように動いてくれない。焦燥だけが込み上げてくる。

事実を確かめ、おもいっきり否定したい! だって、白い湯気という名のヴェールに包まれたシャワースペースに浮かび上がる人影……生まれたままの姿であるらしき葵が、

 

「んっ、は、ァ――ん、んふぅっ!」

 

快楽に蕩けきった“女”のような艶声を上げていたのだから。

 

 

 

 

「うわぁあああっ!?」

 

絶叫と共に跳ね起き、被っていた布団を振り払う。

バクバクと暴れる心臓を抑えるように胸に手を当てながら、辺りを見渡す。

見慣れたベッド、枕元にある目覚まし時計、壁にかけたカレンダー……そのどれもが慣れ親しんだ自分の部屋だとようやく気づく。

額どころか全身をぐっしょりと濡らす汗に冷えたのか、ゾクゾクとした寒気が背筋を駆け昇る。

 

「ゆ、め……そっか、夢か……。あ、あはは、そうだよな。夢に決まってるよなあ」

 

自分に言い聞かせるように言葉に出すが、脳裏にはあの光景が鮮明に焼き付いてしまっている。

ぼんやりと、大まかな輪郭でしかわからなかったけれど間違いない、あそこに居たのは確かに葵だった。

しかも……『ひとりじゃない』。あそこで葵は誰かと抱き合っていた。

あんな声を……家族にも秘密にして隠して持っているアダルトDVDの女優が出すような声を零していたけれど、間違いないだろう。

カーテンを開き、窓の向こうに見える隣の一軒家の2階にある部屋……葵の自室を見る。

薄暗い時間帯だからもあって薄暗く、人の気配が全く感じられない。

それもその筈。葵のお母さん(おばさん)の話では、春先あたりから近所に越してきた親戚のところで寝泊りをしているらしい。

らしいというのは、おばさんも葵も、実際にどこに住んでいるのかを詳しく教えてくれなかったからだ。

どれだけ強く問いただしても『言えない事情があるから』 の一点張り。

羽村さんも聞きたそうな素振りを見せていたけど、いつになく強情な葵に拒絶されて強く踏み込めなかった。まるで、大切な宝物を護り抜こうとする番犬のようだった。

しかも、『まあまあ、誰にだって内緒にしときたい秘密のひとつやふたつあって当然だよ~』と沢尻さんも葵の援護についてしまったので流石の羽村さんも強く言えなくなってしまった。

結局、どこに住んでいるのかは有耶無耶にされてしまったけれど、学校では普段通りだし付き合いも悪くなったわけじゃないから、こっちが折れる形でなあなあになっていたんだけど……。

 

「もうひとりの方……あれって、まさか……」

 

裸の葵と抱き合い、交わっている風に見えたもう片方の人影。

声が聞えた訳でもないし、証拠があるワケでもない。

でも……

 

「高宮、だったのか……?」

 

自分でも不思議なくらい理に叶っているような気がして、思わず愕然とした。

それから朝日が昇るまで、自分が口に出した言葉にショックを受けたまま固まり続けることになった。

硬直が解けたのは携帯にテニス部部長からのメールが届いた時。

今日予定していたテニス部恒例の親睦会をシーマリンパーク=銀星で行うと言う旨の文面をぼんやりと眺めながら、俺は自分で思い浮かべた妄想を振り払うように家を飛び出した。

 

 

~~

 

 

「――で、好き勝手自由にプールで遊んでいたらたまたま幼馴染ちゃんと出会って、思わず悪夢がフラッシュバック、アレは自分の煩悩が招いた妄想だと割り切りたくて、思わず詰め寄る様な真似をしちゃった、と。OK?」

「お、おーけー……です」

 

女の子に詰め寄る様な真似をしてしまった桐生は、連行された医務室の床に正座しながらベッドに腰掛ける理恵にむけて項垂れていた。

改めて言葉にされると、何ともへこむ。

そもそも、自分勝手な夢の内容に動揺して公共施設で騒ぐなど、自爆以外の何物でもない。

 

「う~ん、なるほどねえ。……よし、わかったわ。ここはお姉さんがひと肌脱いであげましょっか!」

「はい?」

 

ポン、と手を叩きつつ、輝くような笑顔を浮かべる理恵。桐生に見せつけるかのようにわざとらしく足を組み直し、むっちりとした太ももの奥にのぞく際どい水着のラインを強調してきた。股間に食い込んだ水着を間近で直視することになった桐生の心臓が一際激しく暴れ狂う。年上の、それも現役グラビアアイドルのバイトをしているだけあって身体のラインや肉付きが実に男好きする蠱惑的な美を醸し出す理恵の水着姿は、色々な意味で未成熟な少年である桐生には劇薬にしかならないようだ。

思わず顔を背けそうになってしまったが、そうはさせまいと伸ばされたおみ足が桐生の頭部を踏みつけ、拘束する。

美女から足蹴にされるというある種のご褒美を味わう機会に巡り合えた桐生は、ドキドキと速太鼓のように暴れる心臓を鎮めることも出来ないでいた。

熱い血液が身体中を駆け巡り、頭の中が霞がかったように真っ白になって行く。眼前に曝された極上の“牝”をもっと近くで感じたいと本能が叫んでいるかのようだ。

 

「おやおやぁ? ガッチガチにテント張っちゃってるわよ、ボ・ウ・ヤ・♪」

「っ!?」

 

指摘され、慌てて視線を下腹部へ落とす。

そこには、水着を押し上げるように盛り上がった膨らみ、理恵の色香に反応して大きくなってしまった肉棒が自己主張を繰り返していた。

慌てた桐生が両手でソレを隠そうとするよりも早く、頭を押さえつけていた理恵の足が素早く動き、水着の上から紳士の膨らみを踏みつけた。

 

「はうっ!?」

「あら、いい声ね。ふふっ、その顔……結構可愛い表情も出来るのね」

 

桐生の表情の変化を堪能しつつ親指でぐりぐりとくすぐるような刺激を送りながら弄っていたが、ふと、響が乗ったとばかりの巧みな足捌きで水着をずらしてきた。

途端、窮屈そうに押し込められていた肉棒がぶるんっ、と飛び出し、天高々と反り返った姿を晒した。

小さな嗤い声を零しながら肉食獣が獲物に狙いを定めるかのようなリアクション――唾液で濡れた舌で唇を舐め上げる仕草――を見せた理恵は、足捌きをより大胆なものにしていく。

竿の部分を片足の裏で擦り上げ、反対の足で根元と精液袋を踏みつける。足蹴にするのではない。痛みを感じさせない絶妙の力加減で刺激を断続的に送り込み、快楽の波を与え続けているのだ。

半開きになった口から愛撫を受ける女の子のような声が零れ出してしまうが自分ではどうにもできない。堪えきれない快感に責めたてられていく桐生を妖絶な表情で見下ろす理恵は、ベッドに腰掛けたまま自分の胸へと腕を伸ばしていく。張りのある乳房を水着の上からグニグニと揉みしだく理恵もまた、興奮を感じていたのは間違いない。

女王様のように桐生(じぶん)の肉棒を弄びながら自分自身を慰めるという自慰(オナニー)行為を見せつけられて、桐生はますます興奮していく。

勃起する肉棒はさらに固く、雄々しく反り返っていき、先端からは興奮の証でもある先走り汁が溢れ出していた。

 

「あはぁ……♪ もぉ、こんなにおっきくしちゃってぇ。いやん、幼馴染一筋な少年の熱い視線……お姉さん、興奮しちゃうよぉ」

 

瞳を情欲で染め、息を荒くしながらも足の動きを止める素振りは見せない。それどころか、より大胆に、より強く肉茎を擦り上げてきた。

 

「うっ、うあぁあああっ!」

「わお♪ ボウヤのオチンチンってば本当に暴れん坊さんねぇ。まだ大きくなるなんて……ねぇ? もしかして君、女の子を何人も虜にする色男クンかと思えば、実はこーゆーことが大好きなエロ助クンだったのかな?」

「ちっ、ちが……俺は、そんな節操なしじゃ……あっ、う、うううっ!?」

 

両足の指で肉茎を挟み込み、そのまま上下にしごかれた。動きがどんどん早くなり、ほらほら達してしまえと射精を促してくる。

 

「うふふっ♪ ヤダ、もうこれ……癖になっちゃいそうよ」

 

先走りと汗でぐちょぐちょに濡れてしまった足で、僅かに皮を被った肉棒を好き勝手に弄ばれ、しごかれる。

性行為を神聖視している節があった桐生にとって、このような異常な状況下での行為は予想だに出来なかったものであると同時に、いけない事をしているという背徳感と興奮、さらには堪えようのない快感を覚えていた。

 

「はぁ……はぁ・・・・・うっ、くぅぅうっ! お、おね、さ……んぅっ!」

「女の子みたいな声出しちゃってもう……しょうがない子ね。そんなざまで、幼馴染ちゃんをモノにできるのかしら?」

 

冷や水をかけられたかのような衝撃が桐生を襲った。

込み上げてきていた射精感が消沈するほどの重さが、理恵の言葉に含まれていたからだ。

血管が浮かび上がり、未だ膨らみを増していく肉棒を足蹴にしながら、桐生の顔を覗き込むように身体を乗り出した理恵が囁く。

 

「ボウヤも気づいてるんじゃないの? 幼馴染ちゃんの心がキミじゃない、他の誰かさんに向けられてるってコトに」

「な、何を言ってるのかわからないですよ……」

 

必死になって否定しようとする桐生の弱々しい抵抗など意に返さず、理恵は言葉を続ける。

 

「幼馴染って関係はどこまで言っても『一番近い他人』止まりなのよ? 油断してたら、多感なお年頃の女の子はすぐに他の相手に恋を抱いちゃうんだから。それは君の場合も同じことよ。ていうか、自分でもそう疑ってるからさっきみたいな真似しちゃったんじゃないの?」

 

反論は出来なかった。夢の内容だけじゃない。実際に見てしまっていたから。

旅行の時にときどき見かけた、誰かの姿を追うような視線を向ける彼女の姿を。

その先に、一体誰がいたのかも。

 

()はすっごい強敵だよ? このままだと、間違いなく取られちゃうだろうねぇ」

 

比喩でもなんでもない、それが確定している未来なのだと言わんばかりの口調で理恵が断じる。

先日初めて見た海斗の焦り顔。彼の事で葵をからかった時に見せてくれた、いかにも恋してますと言った風な表情。

もはや、あの2人がやんごとない関係に……それも、仕事云々に一切関係ない、限りなく真剣なお付き合いをしている関係にあるのは疑う余地はないだろう。

社長たち(海斗のご両親)の反応からしれ、なにか理由がある様に思えるが、その辺は置いといていいだろう。

重要なのは、海斗が葵と『ごくごく普通の恋愛を育みつつある』という一点のみ。

 

――いまさらそんなの認める訳ないでしょ。海斗クン、君は私の初めての相手でAV女優(この仕事)のイロハを教え込んだヒトなんだよ。今更真っ当な恋愛なんて出来そうも無い私をほっぽり出して自分だけ甘酸っぱい恋愛をしようなんて虫が良すぎるわよ。

 

絶対に逃がさない。キミは一生私と同じ世界で生きてくれないと許さない。

 

胸中で渦巻く暗い独占欲を抱えた理恵の双眸が妖しく輝く。

彼女にとって、同じ世界にいたはずの海斗を表の世界へ引っ張り出そうとする葵の存在は目障り以外の何物でもない。

狙うは2人が離れるような状況を造り出す事。そのために必要なのは、使い勝手の良い手駒。

 

――悪いわねボウヤ。キミには私のオモチャになって貰うよ。あ、でも、お邪魔虫な幼馴染ちゃんをご褒美にあげるから無問題だよね♪

 

理恵が目的のためには手段を選ばない苛烈さを秘めていることに海斗は気付いている。だからこそ、彼に何かを仕掛けようとも回避されてしまうのがオチだ。

だからこそ、標的は葵に絞り込むのが正解。

すれてない清純な女の子が相手なら、別の異性に口説かせるなり誘惑させるなりして自分から海斗と離れるように仕向ければいい。

恋心を抱きながら、最後の一線を超える勇気を持てないヘタレ気質な桐生は、理恵にとって、まさにうってつけの逸材だった訳だ。

 

「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫よ。特別にお姉さんがキミの恋の指南役を任されてあげるからっ」

「え……? あ、あの、どうしてそんな」

「え? う~んっとね……初恋を成就させようと頑張ってる少年を応援したくなったからかな」

 

本心を耳障りに良い言葉で覆い隠し、剥き出しにされた肉棒を踏みつけられていると言う異常な状況が生み出す普通じゃない雰囲気を利用して、強引な暴論を擦りこんでいく。

 

「いいかしら、ボウヤ。愛しの幼馴染ちゃんのハートを射止めたいんなら、まずは自分の魅力を高めないといけないわ。今のボウヤは普段から彼女が知ってるボウヤそのものでしかないの。恋愛の極意は相手から関心を向けさせることが何よりも重要、つまり男としての魅力を身に付ければ、幼馴染ちゃんの視線もこっちに向けられるってわけなのよ!」

「お、男の魅力ですか? それって筋肉美とかそういうので?」

「ノン、ノン、ノン! 極めてノォン! よ。女の子が心動かされるのは、ごくごく自然に身体からにじみ出る大人の色気……つまり、Cherry Boyを卒業しちゃったGuyのみがもつ色香のことよ! そう……君に足りないのは、キープしてるCherryを捨てる覚悟なのよ!」

「なっ、なんだってえ――っ!?」

 

その時、桐生に電流奔る。

ついでに、ぐりりっと指をねじ込まれた肉棒にも新しい世界の扉を開きかけてしまうような衝撃が走った。

話の間も何気に弄られていたせいで、もはや限界に達していた。

ビクビクと肉棒そのものが小刻みに震え、腰が浮いてしまうほどの射精感が噴火の如き勢いで込み上げてきた。

尿道は完全に開ききり、もはやいつ爆発してもおかしくはない状態だ。

理性と本能がごちゃ混ぜになって半ば思考停止状態に陥った桐生の耳元に口を近づけ、頭に直接擦りこむ様に語る。

「これから私がボウヤの手ほどきをしてあげる……。大丈夫、ボウヤが一人前の“大人”になれた暁には、幼馴染ちゃんの身体はボウヤのモノになっているはずよ♪ お姉さんがそのお手伝いしてあげる」

「うっ、ぁ……! あ、葵が……っ!?」

 

悪魔のささやきに屈したかのように、桐生は脳裏に自分のモノになった葵の姿を思い浮かべてしまう。

生徒達の間で取引されている彼女の隠し撮り写真。この間、偶然手に入れることが出来た部活中のものらしきそれには、水着の食い込みを直している時の姿が映し出されていた。お尻の方へ寄ってしまった水着を直すため、肌と水着の隙間へ指を差し込み、引っ張っている瞬間を捉えた画像。

葵の事を幼馴染でなくちゃんとした女の子として見るきっかけになったあの仕草を含めた葵の全てを自分のものにできる……。

不安と期待がどうしようもなく大きくなり、理恵の言葉に裏がある事を疑うことも出来ないまま、彼女の提案に乗ることを了承してしまう。

返答に満足げな笑顔を浮かべると、まずは前払いだと言わんばかりに足の指に力を籠め、肉棒へ最後のダメ押しとなる擦り付けを行った。

 

「あっ、あ……っくはぁああっ!」

 

瞬間、絶叫じみた声を上げる桐生の生成した欲望の結晶が、理恵の足の中で爆発した。

ビチャビチャと淫靡な音と共に床へ広がる白濁液。荒い呼吸を整える桐生を満足げに見下ろしながら、理恵は悪巧みの始まりを告げる黒い笑顔――海斗が称するところの腹黒女狐の表情――を浮かべていた。

 

 

……数日後、理恵の携帯に桐生からの着信が届く。

 

通話ボタンを押して通話口を耳に押し当てると、プールで出会った時とはまるで別人のような自信に満ち溢れた声が聞こえてきた。

 

(こっ、これはまさか……! イッちゃった!? 文字通り一皮ムケちゃったのかしらっ!?)

 

内心ワクワクしながら表面的には平静を保ちつつ、何があったのか聞いてみる。

 

「は。はぁ~い。久しぶりね、ボウヤ。今日はどうしたの?」

『理恵お姉さん……実は大きな成果があったのでそのご報告をさせてもらおうと思ったんです』

 

――Yes!

 

辺りに憚らずガッツポーズを決める理恵の脇を変なものを見たと言った顔の大学生が通りすぎていく。ちなみに彼女の現在位置は、学び舎である大学の講堂内である。

妙な噂をされそうなあたりの空気に気づかぬまま、理恵は話の先を促してくる。

 

「ふ、ふ~ん、大きな成果ねえ。いったい何があったのかしら?」

 

(ヤッたの? ベットインしちゃったの!? それとももしかして……鬼畜系なOut Field Play!? やだ、意外と肉食系だったのかしらっ♪)

 

『昨夜の事なんですが、遂に人生初めての冒険に挑んだんです。それはまるで蒼天の霹靂のようでした。今までの自分の価値観が根っこから書き換えられてしまったような……何とも言い難い爽快な気分です』

「うんうん。それで? 実際のところ、ナニやったの!?」

『はい……! 実は、実は俺……昨夜、自分のベッドの中で――』

 

(連れ込み!? まさかのお持ち帰りしちゃったの!? Good Job!!)

 

理恵の中ではすでに拍手喝采の乱痴気騒ぎ。

弟子の成長を喜ぶ師匠のになったかのような満足感で胸の中が満たされるかのようだ。

ああ、我が眼は人の才能を見抜く千里眼であったというのか――!!

 

『人生初めての、幼馴染(あおい)をオカズにした自家発電をしてやりました!』

 

受話器を当てた右から左へ、桐生の言葉が通りすぎていく。

理恵には見えないが、電話の向こうの桐生はじつに爽やかな笑顔を浮かべつつ親指を立てていたりする。

まさに、『俺はやったぜ! やってやったぜ!』 と言わんばかりの満面の笑みで。

 

……残念、千里眼は賞味期限切れで腐ってしまっていたようだ。

 

理恵は桐生のことを飢えた肉食獣のようだと考えていた。

幼馴染と言う極上の獲物(ワン子)密林の強者(トラさん)に掻っ攫われそうになり、焦りでいつ暴発してもおかしくはないまで切羽詰まった、まさに飢えたケダモノ(チーターくん)

故に、ほんのちょっと背中を押してやれば獲物《ワン子》を奪い去ってそのまま逃げ切ってくれるのではと期待していたと言うのに……!

 

――ま、まさか、ボウヤが雑食で満足してしまう低コストボーイだったなんてっ!?

 

極上の獲物(ワン子)を奪い返すのでなく、その辺の雑草(オカズ)だけで満足してしまう方向に成長してしまったのだろうか。

本人的には、罪悪感とかいろいろな(しがらみ)のせいで葵をオカズにすることを避けていた桐生がこの試練を乗り越えたことを褒めて欲しいと思って連絡したようだが、これはあまりにも……。

 

「……ボウヤ」

 

にっこり極上の笑顔を浮かべつつ、理恵の腕が持ち上げられていく。

身体の前方に突きだされた手は拳を作り、親指だけびしっ、と立てられる。

――が、ぐるんっ! と即座に上下がひっくり返ると胸の前へ移動し……横方向へ一閃。

 

「このヘタレ」

 

それはそれは見惚れてしまうかのように魅力的な女王様な笑顔であったという。

ヘタレチーター君がトラさんからワン娘を奪い返す日は……遠い。

 

 

~~

 

 

・プールで情事をかましたあの後

 

「うぅ~っ。腰が痛いんだよぉ……。もうっ、海斗くんがあんなに激しくするからっ」

「俺のせいじゃないだろが!? 大体、目を覚ますなりもっとやってとか言いながら甘えてくるから――」

「わぁーっ!? わあぁーっ!? ななななにを大声で言っちゃってるのかな、海斗くんのえっちぃ!」

「理不尽にも程があるっ!? ていうか、今さらだけどよかったのか? 確かそろそろ危険日が近いとか言ってなかったか?」

 

政府からの補助があるのは間違いないだろうが、やはり学生結婚というのは色々と勇気がいる……決断的な意味で。

真面目な顔で未来予想図を脳内に描きつつ唸る海斗を安心させるように、背伸びして彼の頭を撫でる。

 

「心配しなくても大丈夫だよ、ちゃんと危険日は外してるし。……あ、でもでも、やっぱり約束の証みたいなものは欲しいかも。なんていうか、形を残すっ! ……みたいな?」

「証ねぇ……例えばどんなのがいいんだ?」

「えっと……そうだねぇ……ぁ」

 

不意に目に留まったのは年若いカップルらしい2人連れ。

仲睦まじそうに繋がれた手に、きらりと光り輝くシルバーリングが着けられていた。

思わずぽつりと、

 

「シルバーリング……とか」

 

それが何を意味するのか聞くほどマヌケではない。

中指に装着されたシルバーリング、それは将来を約束し合った恋人の証。

生徒の間でも、それは恋人持ちのステータスとして周囲から一目置かれる特別なアイテムなのだ。

照明の光を反射するソレを視線で追う葵の肩越しにそれを一瞥した海斗はぽつりと小声で、

 

「ん……それは、まあ……また今度に、な」

「えっ? ……ぇ、うぇええっ!? ちょ、ちょっと海斗くんっ、今のもう一回! もう一回言って欲しいかもっ。よく聞こえなかったからっ」

「さーて、そろそろ、もうひと泳ぎしましょうかねぇ!」

「あーっ! ごまかしたねっ!? それで逃げられると思ってるのかなっ!?」

「大事な事だから、軽々しく言えないんだよ! 察しろ!」

「それでもきーきーたーいーっ! 海斗くんのけちーっ!」

 

腕にしがみつきながら強請る葵から真っ赤になるほどの熱を持った顔を見られない様に反らしつつ。

思わず零れてしまった無意識下での本心を誤魔化す様に、勢いよくプールに飛び込む海斗であった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「青春よね~。ホンッと、どこぞのバカドラゴンもあれくらいの可愛げがあったらよかったのに」

「……言い方がオバサン臭いぞ――げふっ!?」

 

ずどむっ! と実に良い音を響かせながら、某パティシエの肘が眼帯の脇腹に突き刺さる。

金髪と茶髪藍眼の女性はいつも通りな2人に苦笑を浮かべ、義理の姉と手を繋いだなずなは急に身悶えた父親を不思議そうに見上げる。

 

「ぞげふ~? パパァ、お腹抑えてどうしたの~?」

「大丈夫よ~。ちょっと、バカを拗らせただけだから♪」

 

母はそう言うが、額をぶつけ合いながら睨み合う両親の仲違いを前にして平然としていられるような子ではない。

あわあわと不安そうな()を元気付けるように、()である金の少女が渾身のサムズアップ!

 

「へーきだよ、なっちゃん! 今は喧嘩してるけど、私達が寝た後、お布団の中でしっかり仲直りしてくれるんだからっ♪」

 

意味を理解しているのかもわからない少女の口から、途轍もないセクハラ発言が飛び出した! パパ&ママ~ズが一斉に噴き出してしまったのもしょうがないだろう。

 

「おいコラ、何を口走っとるかボケ娘!? いや、そんなことより誰に吹きこまれた!?」

「……ホント、悪影響ばっか受けてるわね。私が再教育しようかしら?」

「口より先にナイフと砲撃が出る女が何言ってんですか?」

「娘の両肩を揺さぶりながら真顔で毒吐くなんて……流石だねっ♪」

「ふっ……どやぁ」

「あはは~、見たかいなっちゃん。我が家はいつもにこにこ、這いよる混沌呑み干す仲良し家族なのですっ」

「なのですか~♪」

 

娘達の教育方針ついて、言葉と拳とナイフと、紫とか赤とか紅とかに光り輝く球体を飛び交わせながらヒートアップしていく両親ズ。

紛争国の戦場を彷彿させる殺伐とした空間の中で呑気にティータイム(砂糖たっぷりのアップルティー)を堪能できるハイスペックシスターズが育ってしまったのは、明らかに普通じゃない親達の責任だろう。醜い責任のなすりつけ合いをしている暇があれば、わが身を振り返るべきだと言わざるを得ない。

ちなみに、異常すぎる騒動が繰り広げられながら監視員に追い出されずにいられたのは、ママ~ズの胸元で輝く宝石達が結界を張っていたからだと言うことをここに記しておく。

後日、宝石達が記録した映像を見た父親の同僚達によるお説教を受ける4人組がいたとかいなかったとか。

真実は(文字通り)《神》のみぞ知るというヤツである。

 




……おや!? 桐生くんのようすが……!

ドンドンドンドン……テレレレーン♪ ← あのテーマ

おめでとう! 桐生くんは”ヘタレチーター”へ進化した!

……ホントゴメンね桐生くん。ヤンデレパートナーとのやり取りを愉快なのにしたいと考えてたら、なんかこんなんなっちゃいました。
でもあんまりヘタレてはいられないよ~。ワン娘とトラさんにエンゲージ的なフラグがビンビンとっ!

これもすべては、なずなっちのママさんによるお節介のせいなのだ(違)


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第14話 祭りの準備

お待たせしました、こっちも久しぶりの更新です。
このままでは海斗くんぼっち疑惑が上がりそうだったので、幼馴染な新キャラに登場してもらいました。

ついでに一言……エロ可愛い女の子ってメガ可愛いですよねっ! (力説)


学生生活の一大イベントと言えば運動と文化の祭典、体育祭と文化祭が思い浮かぶ。

海斗達が通う学園も多分に漏れず、開催時期が近づくにつれて生徒たちのテンションもいやおうなしに高まっていく。

 

この学園の体育祭は、大きな行事を同じ時期に開催するのは生徒の勉学への意識を緩めると言うことで初夏……つまり一学期に開催されるのが通例になっている。衣替えも近いこの時期になると、学園の空気が高揚したものへと変化していくのを皆が肌で感じるようになり、必然的に彼らの話題が体育祭のチーム分けに関するものが多くなっていく。

と言うのも、ここの体育祭には面白い趣向が凝らされるのがお約束になっているからだ。

少子化の煽りを受けて毎年新入生の確保に頭を悩ませていた理事会が、客引きならぬ生徒引きを狙ってユニークなルールを定めたのが切っ掛けだと言われている。

 

ひとつは修学旅行でもあったクラスの垣根を超えて生徒達を混合させるチーム編成。

クラスごと……例えばクラス番号で一括りにするのえはなく、各担任によるくじ引きで生徒一人一人の所属するチームを決定する。

これは、全生徒を3つのチームにランダムに分配し、優勝を目指して協力し合わせると言う狙いがある。

もちろん、生徒にとって大切な事をくじ引きで決めるのはどうなんだ? という反対意見も出るには出た。

だが、過去にたまたま同じチームに振り分けられた野球部のメンバーがこれをきっかけに絆を結び、校内最高のバッテリーを形成することになったり、仲の悪いことで有名だった映画研究会とゲーム愛好会の部長達が同じ目標――体育祭の優勝賞品――を目指して協力したことで恋愛感情が生まれ、晴れてカップル成立となったなどの面白イベントが発生したため、反対意見はさほど時間をかけずに鎮火していくことになった。

そんな訳で生徒達は、今年は何が起こるんだろうとワクワクしながらチーム決定を心待ちにしていたりする。

 

もうひとつが生徒の家族でなくても来場、観戦できる一般客を狙ったもので、一言で言えば『コスプレ運動会』というヤツである。

しかも男子限定。

男子生徒達は、学園祭当日はその年ごとのテーマに沿った衣装を生徒達自身が縫い上げ、着衣する。

これのミソは用意された衣装を誰が着ることになるのか当日の朝になるまでわからないと言うところだ。

朝、登校した彼らは各自の机の上に置かれている衣装を着ることになる。

拒否は出来ず、どんなに恥ずかしい格好であっても必ず着て出場しなければならない。

中には仮装パレードかよっ!? とつっこまざるを得ない奇抜なものも含まれているため、運が悪ければ公開羞恥プレイを堪能する羽目になる男子生徒達は違う意味でもドッキドキだ。

ちなみに女子生徒は普段通りの体操着。

贔屓だという声もあるにはあるが、権力の前ではあまりにも無力なのだ。

学校と言う領域において、理事長&校長の決定は絶対なのである。

……例え彼らが女子生徒の体操着姿にハァハァしてしまう変態さんだったとしても、どうしようもないのだ。

無情なる世の理である。

 

とまあ、そんな訳で。どういう衣装を作るかと話題にあげる女子生徒や、どんな競技に参加しようかと意見を交わす男子生徒で、休憩時間中の廊下は大きな賑わいをみせていた。

そんな和気藹々とした空間の一角に、窓縁に頬杖を突きながらぼんやりと外を眺める海斗の姿があった。

こめかみに寄った皺を揉みほぐしながら、何事か考え込む様な仕草を見せている。

 

「……なあ、伊織」

「ん? どうしたんだ海斗」

 

ぽつりと呟いた海斗に答えつつ、彼の隣で窓辺に背中を預けるように佇む生徒が親しみを込めて顔を向けた。

一般生徒とは意匠の異なる白を基準とした男子用学生服に身を包み、『風紀』の二文字が記された腕章を装着している。

 

この生徒の名は『虎々乃衛(ここのえ) 伊織(いおり)』。

 

涼しげな瞳と凛とした眼差しが生み出す高貴さ溢れる雰囲気を纏った学園の王子様だ。

首の後ろで一纏めにした艶やかな黒髪と純白の男子学生服が織りなすコントラストは、恋する乙女達に立ちくらみ(おやくそく)を起こさせるほどの衝撃(インパクト)を生み出している。

遠巻きに見つめ、黄色い歓声を向けてくる女子生徒達へ微笑みながら手を振る姿は、実に絵になる光景だ。

学園きっての王子様と問題児の組み合わせに何とも言えない表情を浮かべる周囲のことなど眼中にないのか、海斗は普段通り(・・・・)の口調で幼馴染へ問いかける。

 

「ちょっと相談に乗って欲しいことがあるんだ」

「ふむ? 珍しいな、君がそんな顔をするなんて。……もしや、件の計画とやらに関する事なのかい?」

 

最後は周囲へ聞こえない様に顔を寄せながら小声で囁く。

傍目にはキス寸前にも見える光景に、伊織のファン達から筆舌しがたい絶叫が上がった。

割合的には、「きゃぁあああ~~っ♪」と「ぎゃぁあああああっ!!」 が半々くらいで。

 

「いや、そっちとは関係ない……と、思う。ってか、あんまり軽々しく口にすんなよ。王子様のお言葉には、他の連中が聞き耳立てまくってんだから」

「ふふっ、ゴメンゴメン。相談役として頼られたことが嬉しくてさ」

 

はにかみながら頬笑む伊織。うっかり口を滑らせてしまいそうな『親友』に、海斗はやれやれと言わんばかりに肩をすくめるのみ。

その様子は、海斗の素の表情そのものだった。

恰好こそお約束な地味モードであったが、口調は日常の彼のもの。

もしこの場に葵がいればすぐ気づくくらいリラックスした様子の海斗の姿はめずらしい。

理由はもちろん、じゃれ合うように頬を摘ままれながらも楽しそうな伊織にある。

海斗にとって伊織という幼馴染は誰よりも信頼できる親友だ。

幼い頃から隣人として共に育ってきた2人の間には何者でも踏み入ることが叶わない絆が存在する。

海斗の家の事情を知る数少ない人物であり、学園で何かと孤立しがちな彼にとって数少ない友好関係を結んだ人物。

それ故に、子作り計画の概要――政府の命令で学園の女子と同棲している――を大まかではあるが知らされている。

多感な年ごろ故に、精神的なフォローをという狙いがあった事も、事情を話す許可が下りた理由の一つだ。

ちなみに葵の方はまだ誰にも打ち明けていない。

早苗に告げたら絶対暴走しそうだし、桃花はなにか感づいている節があるし、桐生は……いろんな意味で論外なので、どうするか悩んでいる最中だ。

 

「それで? 何を悩んでいたんだ?」

「あー、うん。実は、な……」

 

僅かな巡考の後、うまく言葉にできたらしい海斗が顔を上げて、こう切り出した。

 

 

 

 

 

 

「幼馴染を始めて夜のオカズにしたことを誇らしげに語られながら宣戦布告を受けたんだがどうすればいいかわかる?」

 

「わかってたまるか」

 

これは酷い。酷すぎる。

久しぶりに話す機会に巡り合えた親友から、なにが悲しくて意味不明なセクハラ発言を受けねばならないのか。

思わず冷たい一言で切って捨ててしまったのも仕方ない事だ。

ついでに言えば、身体の方も真っ二つにせんと木刀を袈裟切りに振ってしまったのも仕方が無い事なのだ。

 

「したり顔で自己完結しとらんで、さっさとコレを下げんかい」

「おや、失敬」

 

脳天に打ち下ろされる寸前に白羽取りを決めた海斗に半眼で睨まれ、何事も無かったたかのように木刀を引く伊織。

校舎内でこんなものを振り回していながら誰からも指摘を受けないのは、伊織が学園の秩序を護る風紀委員であるからだ

憎まれ役を買う以上、最低限の自衛手段は持ち合わせないといけないという風紀委員の風習に則り、伊織を含む風紀委員は全員何かしらの自衛武器を携えることを許可されている。母方の祖父が剣道道場を運営しており、幼いころから手ほどきを受けていた伊織は、大会に出場すれば優勝候補間違いなしと称されるほどの実力者だ。とある家庭の事情で大きな大会への参加は辞退しているものの、常時装備する武具に木刀を選択するあたり、剣術へ向ける思いは決して軽いものではない事がわかる。

それはともかく。

木刀を特注のホルダー付きベルトに納めつつ詳しい事情の説明を目で促してくる幼馴染に頷きを返し、言葉足らずだった先の発言の捕捉を始める海斗。

曰く、「いつも通りにあの場所で昼飯を喰い終わって教室に向かっていた途中、中庭で色男と遭遇した」とのこと。

色男とは誰だろう? と首を傾げるも一瞬、海斗のさほど広くない交友関係の中でその愛称と合致する人物の記憶を引き出し、桐生のことだと納得する。

 

「で、だ。妙にカッコつけたポーズを決めながら、こんな風にほざいたんだ」

 

『葵をオカズに出来た俺に、もはや隙はない! ここからは俺のターンだァ! いいかね高宮クゥン! あいつは絶対にィ……渡さんッ!』

 

なれない宣戦布告? で、とりあえずそれっぽい台詞を並べてみた……みたいな印象しか受けない宣言を放った桐生。

効果音は多分『ドッギャァアアアアアン!!』。

完全なお馬鹿さんへ変わり果てた知人の姿に呆然とする海斗に何を思ったのか、勝ち誇ったようなドヤ顔になった桐生は両手を腰に当てて足を交叉させながら歩いて立ち去って行った。

腕を組み、くいっくいっ、と腰を振りながら歩く姿に吹き出してしまいそうになった海斗は悪くない筈だ。

 

「いや……その、なんていうか……一周回ってお馬鹿さんになってないか? 彼、成績はそんなに悪くなかったハズなんだけど……」

「ん~、なんというか前と雰囲気が変わってる気がするんだよな。もしかしたらそのせいだったのかもな」

「そうなのか?」

 

伊織は葵達と同じクラス、風紀を乱す問題児としてマークされている訳でもない桐生の事は又聞き程度でしか知らないようだ。

 

「いや、あくまで勘だけどな? あいつ――女を知ったんじゃね?」

 

廊下が凍りついた。空気も、生徒すらも瞬間冷凍されたかのように。

 

「ほら、よく言うだろ? 初めて女を知ったロストチェリーボーイは包皮をキャストオフしちまうって」

「言わないぞ!? それを言うなら一皮剥けた、だ! わざと間違っただろう、君!」

「オブラートに包んだつもりだったんだが……」

「どこが! え、どこが!? ほとんど直球、ドストレートだったよっ! まったくもう! どうして君はそうなんだっ!」

「……地、出てるぞ」

「っ!? は、はわわ……コホン! と、とにかくっ、不謹慎な発言は慎む様にっ」

 

頬を朱色に上気させ、人差し指を立てて海斗の胸をトントンつつく。

中性的な魅力をこれでもかと併せ持つ容姿から乙女なリアクションを繰り出されたため、それを目の当たりにした女子達の乙女回路が一瞬で過剰運動(オーバーロード)してしまったようだ。ひそひそと何事か囁き合っている。

 

「か、皮!? それに剥けたってナニが!?」

「ま、まさか……お互いの『バッキューン♡』を剝かせあったりしてるのかしら!? しているのかしらぁっ!? ――くはあっ!」

 

大事な事なので2回言った乙女は、速攻で鼻血の海(自家生産)へと沈み込む事になったのは言うまでもない。

 

「いやぁああああああっ!? 私達の伊織様が野獣の毒牙にぃいいいいっ!」

「早まっては駄目です伊織様ぁ! 固く反り返った荒ぶる紳士(ジェントルメン)で腰砕けにされちゃいますぅうううっ!」

「いえ、ちょっと待って! むしろここは伊織様が攻めのスタイルをとられるのはどうかしらっ!?」

「清廉潔白な伊織様が言葉巧みにケダモノを嬲り、弄び――」

「蝶が蛹から羽化するかのように一枚一枚理性と言う名のヴェールを剥ぎ取られて――」

「最後には逆上したケダモノにお返しとばかりに押し倒されて――」

 

ゴクリ……。唾を呑む音がやけに大きく響く。

頬に手を当てながら瞳を期待の極彩色(7色に輝く工場排水的なシロモノ)で染め上げる。

全方位から突き刺さる物々しい圧力に気圧されたかのように、怯えの色が顔に浮かんだ伊織が後ずさろうとして、後ろにいた海斗にぶつかった。

ちょうど海斗の腕の中に背中から飛び込む様な形で。

 

「はわっ!?」

「ちょ、大丈夫か?」

「ぁ……うん。ありがと……ぅ」

 

反射的に伊織の腰に腕を回して倒れないように支える海斗に、身長的な関係で見上げる形になった伊織が上目使いで――若干はいかむような微笑みを浮かべながら――お礼を言う。

そんな同性の幼馴染としては些かどうなの? 的なやり取りをナチュラルで行われた2人を前に、心の一部――俗に、道徳観とも呼ばれるあたり――が賞味期限切れ状態な淑女の皆様方のソウルハートがスパーキングッ!

この瞬間、彼女らの脳内メモリーに“海斗×伊織”のカップリングが『イチオシ!』 の看板と共に永久保存されることとなった。

咆哮じみた歓声をあげる女子生徒達。どう収拾をつけるべきか、未だに海斗の腕の中にすっぽりと納まっている伊織が本気で頭を抱え始めた瞬間、

 

「お静まりなさい!」

 

凛然とした威圧感を宿した少女の声が廊下に響き、皆の視線が一点に集まる。

黄金色に輝く髪をたなびかせながら、現れた女子生徒の姿を確認し、彼女の歩みを阻んではならないとばかりに自ら脇に寄り、道を開ける。

コツコツコツ……と、まるでヒールで歩いているかのような足音を響かせながら現れた少女は、縦ロールにした煌びやかな長髪と原形をとどめない位改造が施された真っ赤なロングスカートタイプの制服を誇るかのように胸を張り、腰に手をあてた。

その姿はまるで映画祭に招待された大物女優の如き風格を纏う。

彼女こそ、学園の有名人ランキングトップ5に数えられる大物。

某有名下着販売ショップの跡取り娘にして、一部の少女達から絶対的な支持を集める一大財閥の主。名を――

 

「腐乱先輩?」

「そう、ワタクシは腐乱(ふらん) 蝶歌(ちょうか)っ! 『熟した乙女の会』の代表にして、はるか天上にて燦然と光輝く太陽の如き美貌と気高き志を胸に抱く乙女達の先陣に立つカリスマ性を併せ持って生まれてしまった英傑っ! そう……まさに天から選ばれた世界最高の美少女なのですわぁっ! 皆さんは、親しみを込めて『腐蝶様』と呼んで戴いてよろしくてよぉ! よろしくてよぉおっ!」

 

『うぉおおおお~~っ!』 と言う雄叫びと賛同の拍手喝采で廊下が支配される。

と言うかうるさい。

 

「まためんどくさいバカが来た……」

 

げんなりと肩を落とす海斗のおでこをよしよしと撫でる伊織。

いろんな意味で苦労人な幼馴染の慰め方を熟知している伊織だからこそ、海斗もされるがままおとなしくなっている。

 

『――ッ!?』

 

その光景を目の当たりにして、蝶歌を筆頭に一部女子の眼光が光り輝く。

効果音にしたら『ギュッピ――ン!』 的な感じで。

 

「薔薇よ! 皆さん、薔薇をお持ちになって!」

「バックに舞い散らせるのですわね!? 了解しましたっ!」

「腐蝶様! カメラのセッテイングが完了いたしましたわ!」

「高画像デジタルハイビジョン対応型です!」

「流石ですわね皆さん! それでは、温か~い眼差しで見守って差し上げようではありませんか! 具体的には保健室の奥から2番目のベッドにINするまでっ!」

「お、奥から2番目ですかっ!? そっ……そこは、伝説のにゃんにゃんゾーン! カーテンと言う衣で囲まれた純白のシーツの上で情熱的なボーイズがBack HoleをSplash! すれば永遠に愛し合えるという伝説の聖域!」

「聖域を制した殿方の名は我ら『熟した乙女の会』の部室にある石碑に名を刻まれると言いいます……!」

「そう……伝説に肩を並べた彼らこそ、真の英雄! まさしく――『穴兄弟(ホーリングブラザーズ)』ッ!」

『ホーリング! ホーリング!』

「ホーリン……って、あら?」

 

掛け声と共に拳を突き上げて沸き立つ淑女? の輪の中心にいた腐蝶が気づいた時には、海斗と伊織の姿は跡形も無く消え去っていた。

 

「あらあら、ワタクシの目を盗んで逃げ遂せるとは、流石はワタクシの認めた殿方。ふふっ、ですが甘い、ストロベリーすぎますわ。――皆さん! ただちに保健室へ向かいますわよ! きっと今頃、駆けこんだベッドの上で『くんずほぐれず出たり入ったりな淫靡的行為』に励まれているに違いありません! ドアの隙間からこっそりカメラを差し込み、温かく見守ってさしげるのです!」

 

蝶歌の先導の元、お前らどこの特殊部隊だ? とばかりに理路整然とした隊列を組んで、保険室のある1階へと突貫していく『熟した乙女の会』メンバー。

廊下でたむろっていた大多数の女子生徒の姿が消え去ったあたり、この学園はいろんな意味で駄目になっていると言わざるをえない。

 

「……どうして保健室の一択なのか問い詰めたい」

「まあまあ、蝶歌のアレは何時もの事じゃないか」

 

蝶歌達が立ち去り、静かになった廊下で1枚だけ開かれている窓。

その外側に設置された落下防止用の足場に隠れている海斗がつかれたように呟く。隣に腰を下ろす伊織は困ったような苦笑を浮かべつつもまんざらでもなさそうに見えるのは果たして気のせいなのだろうか。

 

「もう、さっさと体育祭でもやって、溜めこんだエネルギーを発散してくれねぇかな……」

 

男と男のカップリング……所謂、BLをこよなく愛するあまり、勉学が疎かになって同学年になってしまったもう一人の幼馴染(・・・・・・・・)の行動に頭を抱える。

昔からなにかと海斗と伊織をくっ付けようと画策してきた彼女の起こした騒動に巻き込まれた身として、切に願う。

深々と溜息を吐く親友の頭をなでなでしつつ、伊織は今年の体育祭も荒れそうだな~と確信じみた予感を抱くのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

同時刻、保健室前にて。

 

「あら、誰かと思えば竜ヶ崎さんではありませんか。ごきげんようですわ」

「――ぅげ!? ふ、腐乱部長……」

「ノゥ! 以前にも申し上げたではありませんか! 水泳部部長も務めるこのワタクシのことは、親愛と尊敬を込めて『ご主人様(ふちょうさま)』と呼ぶようにとっ!」

「嫌ですよ!? でいうか不吉な単語口走りませんでしたかっ!?」

「野暮なつっこみはノンノンですわ。まったく、しょうがない子ですわねぇ……これはまた、至高の映画鑑賞にご招待して差し上げなければ」

「絶対に行きませんからね、あんなもの!? 顔を桐生とかの顔写真でコラったボディビルダーみたいな俳優が出てるBL映画なんてっ」

「今回は海斗さんと伊織さんをコラってみましたが?」

「何やってんですか!? 勝手に私の(・・)を汚さないでくださいよっ!?」

「……ほほぅ? 『私の』、ねぇ……? これは詳しく事情を聞かざるをえませんわね――って速!? 逃げ足速ッ!?」

 

突然、

 

「ち、ちちち違うんです――っ!?」 

「こらあっ、お待ちなさい! ついでに、スカートをめくり上げて下着から片足を抜き、四つん這いになりながらお尻をわたくしへ向けるのです!」 

「なにする気ですかあっ!?」 

「ナニしてあげるに決まっているでしょう!?」 

「ピンクっぽい棒状の物体をわし掴みにしながらキレてんじゃないですよぉおおおっ!! いっ、イヤァアアアアアア!? 海斗くん助けてぇえええええっ!!」 

 

と絶叫しながら逃げ回る学園アイドルとマスターオブBLの追いかけっこが繰り広げられ、あっけにとられる生徒達。一部、腐蝶の発言に妄想心を駆り立てられてしまったために股間の紳士を両手で押さえながらしゃがみ込んでいく男子生徒に、ドブネズミを見るかのような冷たい視線を向ける女子生徒達。そして、冷ややかな視線に、「じ、自分も……蔑んで♪」 とハァハァしながら物陰で覗き見る教師(しかも複数)。

教師、生徒問わずに変人が集まると某掲示板で有名な学校の何とも騒がしい日常が、体育祭前日が訪れるまで続くことになったのは言うまでもない。

 

 

――◇◆◇――

 

 

その日の晩。

リビングのTVから聞こえるニュースキャスターの声をBGMに、キッチンで夜食を用意する海斗の姿があった。嫌な思い出を払拭しようと鬼気迫る表情で包丁を振るう姿は、ちょっぴり切ない。

林檎にオレンジ、キウイや苺などを手際よくカット。

昨夜に用意して冷蔵庫の中で寝かせていたタルト生地で土台を作り、オーブンでこんがりと。

タルトが焼き上がるまでの間に、葵の好みであるアーモンド風味のカスタードクリームを作り、焼けた生地の中へたっぷりと注ぎこむ。

その上から甘さ控えめな生クリームを敷き詰め、いったん冷蔵庫の中へ。

生地が冷めた所でフルーツを盛りつけ、艶だしと風味を守るナパージュで表面を覆えば――

 

「甘さ控えめ、夜食でもいける特製フルーツタルトのご完成~♪」

 

キッチンナイフで切り分け、一切れずつ小皿に盛りつけてお盆に乗せる。

ホットココア入りの専用マグカップ(それぞれ、デフォルメされた仔犬と仔虎がプリントされている)も一緒に乗せて、葵が籠っている部屋へと向かう。

学園祭で使われる男子用の仮装衣装の裁縫中なのだ。

全校の女子生徒に宿題として課せられたノルマ、1人1着をクリアするため、葵も連日夕食後に作業部屋で黙々と裁縫に勤しんでいた。

夕食の時に、今晩中には完成できると上機嫌だったので、ねぎらいも兼ねた夜食の差し入れを用意した訳だ。

部屋の前に到着すると、片手でお盆を抱えながらノックする。

もしかしたら自分の作った衣装を本番で海斗が着るかもしれないと言う理由で、入室禁止を言い渡されてしまっている。

一度、悪戯半分で中の様子を伺おうとした事もあるが、僅かに開いたドアの隙間を覗き込んだ瞬間、狙いすましたかのように投擲されたカッターナイフで頬を切られてからは、出来るだけ近寄らない様にせざるを得なかった。

だが、部屋に籠る前に「海斗くんっ! お仕事完了のご褒美に、何かおいしいの所望するよっ!」 と上機嫌で要求してきたのだから、流石に前回の二の舞はないと思いたい。

大丈夫だよな? また刃物を投げつけられたりしないよな? と内心ビクビクしながら返事を待っていた海斗に肩透かしを食らわせるかのように、部屋の中から「うぁ~~い。入ってい~よ~」と間抜けな返事が返ってきた。

ん? と首を傾げながらドアを開いてみると、布切れや装飾品候補として用意していたらしい小物がそこかしこに散らばっている部屋の様子が視界に飛び込んできた。

声の主は仮眠用のシングルベッドの上で仰向けに寝そべり、作業着代わりのシャツとスパッツというあられもない格好でごろごろしていた。

顔に疲れの色が見えるものの、何かやりとげた風に見えるあたり、満足できる一品を仕上げることが出来たようだ。

 

「よ、ご苦労さん。御所望のスイーツを持ってきたんだが……食べるか? それとも風呂入って寝るか?」

「た~べ~る~」

「寝転がったまま何言ってんだか。ほれ、後で片付け手伝ってやるから、せめて身体を起こせ。横になったまま食べると太りやすいって言うぞ」

「うぅ~……、お腹へったよぉ~。でも、疲れて起き上がる気力も無いのです」

 

うつ伏せになったまま上目使いで海斗を見つめる葵。

表情から、葵がどうして欲しいのか読み取った海斗が溜息をひとつ。

足場も無いほどに散らかった床の上を慎重にベッドへ近づくと端に腰を下ろしながらお盆をテーブルに置く。

さらに寝そべったままの葵の身体の下に腕を差し込むと、軽々と抱き上げて己の膝の上に乗せた。

この間のプールで遊んだウォータースライダーの時と同じような体勢だ。違うのは、2人が向かい合うような体勢であることか。

海斗の腰の上に正面から跨った葵の膝がベッドを軋ませる。腕は海斗の頭の後ろに回されて、彼の顔を胸元に引き寄せようとしているかのよう。

困ったような表情を浮かべる彼の首筋に唇を這わせ、子猫が甘えるようにキスマークを印していく。くすぐったさに目を細めつつ、葵の背中に回された腕に力を込める海斗。連日の作業で疲労が溜まっているのは事実なようで、頭の後ろに回された腕に力が籠っていなかった事に気づいたからだ。

葵の背中を支える片手で優しく撫でつつ、もう片方の手でフォークを掴んで一口サイズに切り分けたタルトを突き刺す。

瞬間、ふわっ、と部屋の中に舞った芳ばしくもフルーティな香りに、葵の鼻がヒクヒクする。

 

「よ……っと。ほれお姫様、あーん」

「あーん……んぅーっ! 美味しいよぉ」

 

差しだされたタルトに、ぱくんっ、と効果音が聞こえてきそうな勢いで飛びついた葵。瞬間、ぱぁああっ♪ と花が咲き誇るような笑顔を浮かべ、今度は自分から口を開いて促してきた。無防備な表情を至近距離で見せられて、一瞬だけ海斗の鼓動が跳ね上がってしまった。思わず視線を逸らしてしまいながら、呼吸を深くして落ち着こうとしている海斗の苦労など微塵も気づいていない当の本人が、今度は声に出して、

 

「あーん、だよ」

「おいおい、ここはお返しに食べさせてくれるシチュじゃないか?」

「よそはよそ、ウチはウチなんだよっ」

「はいはい。そんじゃ、もう一回……あーん」

「あー……んぅうーーっ! やっぱり海斗くんのデザートは格別だよ~♪」

「お褒め頂き光栄の至り……ってか?」

「ぶっ! 似合わないよぉ~」

「ほっとけぃ」

 

タルトを葵の口へ運びながら、時折意地悪するように腰に回した指で背筋を擽ってやる。

その途端、葵は「ふにょわっ!?」 と素っ頓狂な悲鳴を零しながら、口の中のタルトを零さない様に堪えつつ、悶えるのだ。

そしてそれを呑み込んだ後は、頬を膨らませながら海斗に文句を言うのがお約束(ついでに引っかいたり、噛みついたりする)。

最後に、海斗がおざなりに謝ると、瞬く間に仲直り。そういう自分たちに笑い合いながら、なんということも無い話題でゆったりと談笑する。

こういう自分達だけの時間を何よりも楽しんでいる己が変だとは、2人とも思わない。

理由なんてどうでもいい。今、こうして一緒にいることが何よりも『当たり前』なのだから。

彼らの様子を長距離望遠鏡で覗き見ていたマッド&黒服~ズまでもが、思わず笑い合ってしまう位に微笑ましい雰囲気がそこに在った。

とは言え、ほとんど向かい合って抱き合うような体勢で俗に言う『食べさせ合いっこ』などをしてしまえば、当然、それなりの反応を起こしてしまうのが人間と言う生き物だ。

エプロンをつけたままの海斗の胸に押し付けられ、ぐにゃりと形を変えている乳房の先端が少しずつ硬さを増し、スパッツの一番奥の部分に水気を帯びた真っ直ぐなスジが浮かび上がる。

ズボンを押し上げる肉茎がビクン、と脈動し、先の方が太ももの内側に擦りつけられるたび、双方へ痺れる様な甘い快感が送り込まれていく。

タルトを運ぶフォークの動きがだんだんと遅くなり、ピンク色に上気して潤いを帯びた唇から、蕩ける様に熱い吐息が溢れ出す。

葵は海斗にしがみつく腕に力を籠め、股間の一番敏感な部分を擦りつける様に腰を前後に揺すってしまう。

クネクネと魅惑のダンスを踊る葵の虜となってしまったのか、思わず快感の声を出してしまいそうになった海斗が慌てて口元を抑える。

経験豊富な身として、このくらいの誘惑で陥落してしまっては面目が立たないのだ。けれど、ちょうどタルトを運んでいた最中だったために、フォークに刺さっていたそれが葵の胸元に零れてしまう。

 

「ひゃん!? も、もぉ……」

 

驚き、冷たさを感じる胸元に目を落とす葵。

幸い、彼女にフォークが刺さる様な事態は避けられたらしかった。

けれど、零れたタルトのフルーツが彼女の胸元へ落としてしまったらしく、襟首から覗く豊かな乳房の丘を滑り落ちて行こうとしていた。

慌てた葵が二の腕で乳房を挟み込むことで、フルーツの落下は止めることが出来たが、海斗の視線はフルーツが納まった胸の谷間に捕らわれてしまう。

左右から押し上げられた乳肉がたわんで盛り上がり、海斗の方へ突きだされるような状態に陥ってしまったのだ。

まるで、「私を……食べて?」 と誘惑されているかのような錯覚を覚え、海斗の鼓動が大きく跳ね上がる。もっとも、当の本人は自分の恰好がどう見えるかなど微塵も気づいていない様で、零れなかったことに安堵の息を吐きつつ、乳房の下に手を回してさらに上へと押し上げ、谷間に収まったベリーやカットキウイを器用に舌ですくい上げ、食べてしまった。ごくん、と唾を呑み込んでしまった海斗の反応を誰が攻められようか。

ジェル状のナパージュが付着した自分の乳房をチロチロと舐める葵は、色っぽいとか魅力的とか言う次元に収まらない。

未だ発展途中に在って尚、成熟した女の魅力を有する彼女に欠けていた、異性を惑わせる色香……フェロモンとでも呼ぶべき物が備わり始めている最近の彼女だが、海斗に対してのみ警戒が緩いらしく、こういった無自覚の艶姿を曝け出してくる。しかも、他人の目がある所では相手の反応に気づけない鈍さを持っているくせに、海斗と2人きりの時だけは『そういう感情』に鋭敏になるから困り者だ。

実際、今の彼女も、まさにそうなのだから。頭の上に普段乗っかっているピロードの利いた“わんこ耳”の代わりに、小悪魔的なトンガリ触覚を生やした葵が、海斗の耳元で甘く囁いた。

 

「海斗くん? 何なら……食べてみる?」

 

それは理性を蕩けさせるほどの破壊力と魅力に溢れた甘美な罠。

言いながら、二の腕でなく両手で乳房を持ち上げつつ、胸の谷間に出来たナパージュの池に浮かぶ苺を強調する。

思わず柔らかなふくらみに顔を埋め、葵の香りと甘さを秘めたソレにむしゃぶりつきたい衝動に駆られ、本人の意志に関係なく肩が跳ね上がってしまう。

下肢の一点に血流が集まり、脈動しかけるのを抑えられない。

いつになく積極的な葵は、瞳に挑戦的な意志を乗せて甘えてきた。それでも、表情の節々から羞恥心が見え隠れするあたり、何かの雑誌に掲載でもされていた『彼氏を悦ばせるテクニック』を実践しているといったところか。

海斗は反らしていた視線を彼女の胸元に戻し、双丘を滑り落ちたナパージュの描く河路と谷間でせき止められている苺を見下ろすと、

 

「ん。それじゃあ……いただきます」

 

誘惑に乗せられるのも悪くない。

胸中で自分へのいい訳を零しながら、持ち上げられた乳房へ唇を落とし、苺を咥えた。

甘酸っぱい苺を咀嚼しながら、舌を覗かせて残ったナパージュも舐めとっていく。

 

「ひゃんっ!? も、もぅ……くすぐったいよぉ。――んぁ……っ♪」

「ン……れろっ、ン……まだ、残ってるだろ……?」

 

もう胸に落ちたフルーツは残っていない。それでも海斗は舌の動きを止めない。

ほんのり汗をかいていた彼女の香りが鼻孔をくすぐり、チロチロと動く舌が甘露の如き刺激で包まれる。

彼女の腰を抱いていた腕を背中に回し、乳房をむしゃぶりつく様に舐め続ける。一舐め毎に理性が溶かされるのを頭の端で理解しつつ、それでも止めることが出来ない。

 

「あっ、ああ、……っふぁ! あ、ン……ッ! か、かい、と……く――ら、らめ、ぇ……」

 

彼の頭を抱きしめながら、葵が息も絶え絶えに懇願する。

彼に求められるのは嫌じゃない――て言うか嬉しい――が、そう言う行為はまだまだ恥ずかしいお年頃。

ちゃんと心の準備をさせてくれないと……恥ずかしいのだ。なんというか……いろいろな意味で。

 

――もちろんその中には、海斗を誘惑するなんて大胆な事を仕出かした自分自身へ弁解する時間も含まれているが。

 

興奮で赤く染まったお互いの顔を見つめ合いながら、乳房から海斗の口が離れる。けれど、身体を離すような真似はせず、腕を相手の背中に回したままで。

視界に愛しい相手のみを入れながら、どうにか呼吸を整えられた葵が口を開く。

 

「ねぇ、海斗くん」

「んー? どした?」

 

疑問形でこそあったものの、次の言葉は大体予測できていた。故に、葵を抱きしめる腕に込めた力を緩めないまま、視線で先を促す。

 

「えっち……しよ?」

 

はにかみながら告げられたのは、彼女らしい可愛いおねだり。真っ直ぐ、照れくさそうに微笑む葵に我慢できず、これが返事だと言わんばかりに唇を奪う。

一見すると乱暴なようでいて、そのくせ、愛しみに満ちた優しくも甘いキス。お互いを見つめ合いながら唇を重ね、舌を絡み合わせ、唾液を混ぜ合わせる。

零れ落ちる吐息は蒸気を生み出し、甘美な電流の如き官能が、2人の脳に快感を送り込んでいく。

唇を重ねながら、葵は海斗の手を引っ張って乳房へと誘う。

薄手の生地越しに巨乳と言って差し支えない乳肉の柔らかさと弾力を感じ、唇を離した海斗が、ほぅ……と感嘆の声を上げてしまう。

何度触れたのかもわからない。だが、プリプリとした極上の感触は一生飽きがこないと断言できる。

やわやわと乳肉を揉みながら、腰を支える手も動かしてスパッツに包まれた乳肉を掴む。

すべすべとした触感は何とも新鮮で、ついつい指に込める力が強くなってしまう。

 

「ん……っ! ちょ、ちょっとだけ痛いかも」

「う、悪い。……これくらいはどうだ?」

「はっ、あ、ふぅ……ん……」

 

コクリ、と了承の意を込めた頷きを返した葵が、海斗の頬に両手を添えて唇を重ねる。

果汁のリップで覆われた葵の唇はさっきよりも甘酸っぱい味がした。

キスを重ね、乳房を愛撫し、尻肉を揉む。

唇を重ねる間隔がどんどん開き、葵の呼吸と喘ぎ声を零すスパンが早まっていく。

手のひら全体で乳房を押し潰す様に愛撫し、首筋を舐めながら指の動きがどんどん速まってしまう。

 

「そ、そんな風に……はぅん! あ、さわっちゃ……ぁ」

「……駄目か?」

「だ、ダメ……ぇ。き、気持ちよく……なっちゃうから……ぁ」

 

自分だけ達してしまうのがお気に召さないようだ。

一緒に気持ち良く……それが葵の望み。

 

「――プッ」

「むぅうっ! い、今、笑ったよね!? 笑ったでしょお!?」

「くっ、くく……お、お前、どんだけ俺を夢中にさせるつもりだよ。――わかった、わかった。じゃあ一緒に……な?」

「……ふん、だ。――ぁ」

 

むくれる葵を抱き上げてベッドに横たわせると、背後から横抱きにするように海斗もベッドに倒れ込む。

ちょうど葵の身体を背後から抱きすくめる様な形だ。

脇腹からへそに掛けて優しく撫でつつ、肌の上に指を滑らせてスパッツの中へと差し入れる。

すると、指先に水気としっとりと濡れた陰毛の感触に辿り着き、僅かに驚いた。

 

「ちょ、お前、下着穿いてないのか?」

「す、スパッツは下着のラインが出ちゃうから穿かないのが普通なんだよっ」

 

普段から『ぱんつはいてない』みたいな言われ方をして、思わずつっこんでしまう葵。だが、憤る反論はすぐに切なげな吐息へと変貌してしまった。

肌に密着したスパッツの中で濡れすぼった秘唇は、海斗の指を待ちかねていたとばかりに受け入れる。

くちゅり……、と淫靡な水音と共にさし込まれた指先が秘肉を弄り、解していく。

膣ヒダがグネグネと蠢き、受け入れた指を離すものかと締め上げてくる。

指を出し入れしつつ、膣の中をかき回す様に動かして快感を送り込んでやると、葵の背中がびくっ、と震えた。

背中を反らしそうになるものの、後ろから海斗に抱きしめられているからそれも出来ない。

人さし指を噛んで淫蕩な声を聞かれない様に堪えようとするものの、海斗の攻めは収まる兆しを見せなかった。

指の差し入れは激しさを増すどころか、もう片方の手も秘所へ伸ばされ、陰毛に隠れた肉芽を刺激してきた。

 

「~~~~ッ!?」

 

咄嗟に両手で口元を抑えつつ懸命に耐える葵の反応に興奮を覚えたのだろう。海斗の愛撫はより激しく、より大胆なソレへと昇華されていく。

太ももの奥の部分を中心に、愛液の染みが広がっていくスパッツをずりおろし、片膝を持ち上げる。

開かれていく太ももの間に粘り気を持った愛液が橋を作り、室内灯の光に照らされて、何とも淫靡で美しい光景を描き出す。

 

「あ……、あっ……」

「葵……すごく、可愛いぞ。それにすごく……えっちだ」

「やっ、やあ! おっ、おバカぁ! へんな事言わないでよぉ!」

 

あまりの恥ずかしさでいやいやと首を振る彼女の頬にキスを落としつつ、海斗はいきり立った分身の先端をとめどなく愛液を溢れ出す秘唇へ押し当て……一気に膣内へ差し入れた。

 

「あ……っ! く、ふぁ……あぁぁあああ~~っ!」

 

膣を満たしていく圧迫感に、葵は浮かべていた羞恥の表情をひっこめ、かわりに淫蕩な色を浮かべあがらせた。

我慢していた淫靡な喘ぎ声を漏らしてしまったことも気にせず、湧き上がる官能の荒波に身を委ねてしまう。

 

「はぁ……あっ、ああっ……あ、は、挿入(はい)って、くる……ぅ。いちばん、深いトコにぃ……!」

 

途切れ途切れの声は蕩ける様な快楽を感じている証。海斗は彼女を突き上げるかの様に腰を動かして、戦慄くほどに心地良い締め付けの膣肉を堪能する。

 

「ひあんっ! くは……んああっ!」

「っく……!」

 

海斗がつき上げる度に葵の腰が動いて、妖しくも淫靡な……まさに、蠱惑的な刺激と快感を味あわせてくれる。同時に、葵の敏感なトコロを的確に刺激してくる猛々しい肉茎で突かれる度に、言葉に出来ないほどの官能と衝撃が彼女の身体を駆け巡っていく。

後ろから抱きしめる体勢のために彼女の顔を見ることは出来ないが、涙と喘ぎ声を零しながら悶えている彼女の艶姿は想像に難しくなく、海斗の分身が興奮と期待で限界以上に反りかえった。

葵の膣から蜜液でふやけてしまった指を引き抜くと、先走りが溢れ出し始めた亀頭を秘唇に擦りつけつつ、彼女の耳元へ口を寄せて囁く。

 

「葵……挿入(いれ)るぞ?」

「……ん」

 

こくん、と恥ずかしげに頷く彼女の耳たぶを甘噛みしつつ、片膝を抱き上げたまま、最奥まで肉茎を押し入れた。

 

「っ、あ、……ああうっ!」

 

甘い声をあげながら腰をくねらせる葵。

膣内を圧迫する存在感を持った海斗の分身を幾度となく受け入れた彼女のソレは、勝手がわかっているとばかりに膣ヒダを蠢かせ、子宮口まで一気にいざなっていく。

入れ替わりに溢れ出した蜜液がベッドに流れ落ちていき、小さくないシミを作っていく。

鼻孔を擽るのは甘いミルクと爽やかな柑橘類の香りが混ざったような、心地良い匂い。耳たぶから頬へと舌を這わせる海斗の唇に、頭部を振り返らせた葵の唇が重なりあう。火照っていくお互いの身体、シンクロする鼓動と息遣い。快感と興奮で呼吸は荒いものへと変わり、海斗に絡みつく葵の腕に力が籠る。

腰の動きは激しさを増し、2人の視界に飛び散る蜜液と先走りの混ざり合った物が映り込む。

ブチュッ、ブチュッ、と響く淫靡な水音に海斗は興奮を覚え、それに比例するかのように腰のストロークが大きく激しい物になっていく。

奥の奥、子宮口を幾度もノックされる快楽に喘ぎ声を抑えられない葵は大きな声を響かせながら腰を、全身を激しくくねらせる。

 

「んぁあああっ! はっ、ひゃ、ひゃぅうんっ! ら、らめ……はっ、げ、し……! こ、こんなのぉ……だ、だめぇ……!」

 

ガクガクと痙攣を起こしたかのように身体を震わせた葵が、何かを求めるように両手をバタつかせた。

片手はシーツを千切れんばかりに握り締め、もう片方の手が乳房を鷲掴みにしていた海斗の手に重ねて指先を喰い込ませてきた。

理性が飛びかけているのでリミッターが解除されたのだろう、普段の彼女では想像も出来ない鋭い痛みを齎す。

思わず手を離しかけた海斗だったが、何かを訴える彼女の表情から何が言いたいのかを即座に察する。

 

「手、握ろうか?」

「……うん」

 

手のひらを重ね、指を絡ませるように手を繋く。それだけで、お互いの心が繋がり合えたように感じることが出来た。

迷子が母親と再会できて安堵するかのような表情を見せた彼女に、海斗は『自分はここにいる』のだという想いを乗せて、律動を再開した。

 

「あふぅっ!?」

 

挿入のたびに亀頭のエラがザラザラした膣ヒダを引っかき、膣肉をかき回す。興奮の昂りに呼応して強まる締め付けに目を細め、痺れる様な快感を味わいながらも腰の動きを抑えることは出来ない。射精を促す膣ヒダの煽動は肉茎を葵の一番大切なトコロへと誘い、逃すまいと締め上げてくる。

精子を渇望するかのようなその動きは海斗の射精を促し、子種をぶちまけろと囁くかのよう。

突き入れられた亀頭部分が子宮口に達し、ノックするたびに、下腹部を押し上げられるかのような刺激が奔る。

重ねた手のひらは汗でぐっしょりと濡れ、気を弛めると滑って放してしまいそうになる。ガクガクと身体が震え、際限なく叩き込まれる快感に耐え続けていた葵だったが、ついに限界が訪れてしまう。頭の奥でバチバチと電気が奔る。視界が点滅し、空に身を投じたかのような浮遊感が全身を蔽う。

一瞬の静寂。だが、葵は理解していた。この次に、なにが襲い来るのかを。

 

「ぁ、ああ……! ――っあぅああああああああっ!!」

 

最初に感じたのは甘痛い疼き。ジンジンとした小さな波だったそれが、瞬きも出来ぬ間に怒濤の衝撃となって官能の波を引き寄せてきた。

子宮が精液を求めて疼き、葵を貫いた海斗のソレを逃すまいと、バキュームのように吸い上げる。膣肉のみならず全身が痙攣を起こし、これから味わえる快感の予感に歓喜する。そして――その時は訪れた。

 

「クッ!?」

 

先に限界を迎えたのは海斗だった。

亀頭に浴びせられたのはドロリとした熱い液体……精子を受け入れやすくするために分泌される子宮頸管粘液。

射精をギリギリのところで堪えていた海斗にとって、敏感な先端への不意打ちはトドメとなる一撃だった。

己が分身を捉えたまま離さない葵の膣肉に促されるまま、限界まで圧縮された精液を打ち放つ。燃えるように熱い飛沫が子宮口を撃ち抜き、大きなうねりへと至った快感が葵の背筋を駆けあがる。目の裏で点滅していた火花がはじけ飛ぶかのような衝撃が彼女を襲い、僅かに残された理性を虚空の彼方へと消し去っていった。

 

「――――ッ!?」

 

背中を反らし、海斗にしがみつきながら声なき艶声を叫ぶ。ここしばらくご無沙汰だったせいか、やけに量の多い射精はまだまだ終わる兆しを見せず、甘い快感と共に撃ち出される精子が子宮に染み込んでいくたびに、蕩けそうな熱と快感が葵を責めたてる。

 

「……っぁ……あつ、い……熱い、よぉ……」

 

射精は終わったと言うのに、情欲に燃える子宮が精液の来訪を喚起するかのように蠢き、膣肉が一滴も逃すまいと肉茎を揉み込むように締め付けてくる。

ぼんやりと焦点の合わない視線を彷徨わせつつ下腹部を優しく撫でる葵を抱きしめながら、荒い呼吸を繰り返す海斗の手が彼女のソレと重なり合う。

少しでも気を弛めるとこのまま意識が飛んでしまいそうだ。完全に脱力しきった葵は、小さな寝息を立て始めている。

どうやら連日の作業と激しいえっちの反動で夢の中へ旅立ってしまったようだ。

 

「葵。……葵? 寝ちゃったか?」

 

自分もこのまま眠りたいなという願望を頭を振って振り払いながら、ようやく締め付けが弱まった膣内から肉棒を引き抜き、身体を起こした。

その際、ゴポッ、という生々しい音と共に、葵の股間から白い液体が溢れ出してきたのを見なかった事にしつつ、部屋の中を見渡す。

裁縫道具やら布の切れ端やらで散らかったままの床、食べかけのフルーツタルト、脱ぎ捨てられた――ついでに汗とか愛液でぬれぬれな――衣服。

おまけに、はだけたTシャツ1枚という官能的なお姿の眠り姫。

 

「さて……どうすっかな~……」

 

頭を掻きながら、葵を起こさない様に小声でぼやく。

明日は平日で授業も普段通りある。

しかも、体育祭の準備期間に突入中と言うこともあって、いつも以上に混雑する食堂を避けるために昼の弁当も用意しないといけない。だが困った。

こんなに激しい疲労を感じるほどやらかしてしまった以上、明日の朝、普通に起きられる可能性は極めて低い(事実、葵を抱いた翌日は大抵寝坊してしまっている)。けど、部屋の片付け……せめてタルトの後片付けくらいは済ませておかないと不味い。スィーツだけに。

 

「ったく、幸せそうに寝やがって……困ったお姫様だな。――ま、あんだけ頑張ったみたいだし、俺も頑張りますかね、っと」

 

へにゃっ、とだらしない笑顔を浮かべながら楽しい夢を見ているらしい葵の頬にキスを落としながら、気怠い身体に鞭を打って後片付けに勤しむ海斗くんなのであった。

 

 

 

 

・おまけ

 

翌朝。爽やかな日差しと小鳥達の囀り。おまけに慣れ親しんだ目覚まし時計のモーニングコールをガン無視して惰眠を貪る虎さんと、彼の腕の中に捕らわれたわん娘の姿があったそうな。

 

「ん~……くぁぷ」

「ふひゃぁん!? やっ、だ、ダメってば……こらぁ! おっぱいに噛みついちゃダメなんだよぉ!」

「むぐむぐ……だが断る。これは俺の……だ……くぴ~」

「ひぁんっ! ら、らか、らぁ……! っあ、ちょ、い、い~かげんに、起きなさ~~っ!?」

 

結局その日は2人仲良く重役登校という悪目立ちをするためになったのは言うまでもない。

ついでにこの日、葵は妙に胸を庇うような仕草をしていたのを桃花に気づかれてしまい、「大丈夫、わかってるよ~」と、生暖か~い視線を頂いたり、頬のガーゼの下にクッキリ見事な歯形をこさえていた海斗を伊織が愛しむ様に労わってくれたおかげで、薄い本のネタ提供のお手伝いをしてしまったそうな。

 

どっとはらい(お後がよろしいようで)

 




今回登場した幼馴染~ズは体育祭で活躍してもらう予定。
レギュラーになれるかどうかはまだ不明ということで。

本当は体育祭の前半辺りまでの予定だったんですが……えっちシーンを入れたのでお預けに。
でも、虎犬バカップルのいちゃいちゃを書けて満足です。


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第15話 はっちゃけすぎな体育祭(開始編)

GWちょっと過ぎてしまいました……。
有言実行の難しさをひしひしと感じる今日この頃。
てか、予定だと海斗くん出場の第二競技まで書き切る予定だったんですが、例のごとく文字数が膨れ上がりそうだったんで分割投稿に切り替えました。

ちなみに体育祭編は、題名通りのおふざけ全開で行きます。
まあ、もちろん『体育』祭だからこその『コス』えっちも予定してますよ?



祭りの当日は天候にも恵まれ、絶好の体育日和となった。

生徒はもちろん、教師や観客席にいる親御さんたちも童心に帰ったようなワクワク感で心を躍らせている。

そんな彼らは、ただ今、開会式の真っただ中。

お約束の校長先生によるあいさつや選手宣誓もつつがなく終わり、最後に注意事項の説明を任された教頭がマイクを片手に壇上へ登るころには、待ちきれないとばかりにソワソワしだ生徒の姿がチラホラと目につく様になっていた。

気が逸っている生徒を一瞥し、マイクに向かってわざと咳払いをとって一同の視線を自分に集めると、ざわめき出していたグラウンドが静まりかえる。

女性用のスーツにタイトスカートという出で立ちは、大企業の社長秘書の如き『デキる女』という印象を見る者に与えてくる。

実際、こういった議事進行を問題無く遂行できる技量を見込まれて教頭に任命されたと言う噂がある程なのだ。美貌の教頭先生の登場とあって、保護者と一般のお客様兼用の観客席からため息とも取れる声が漏れていた。

 

「さて、それでは恒例となります優勝チームへ与えられる褒美について説明しましょうか。皆さんご承知の通り、我が校では生徒達のモチベーション増加を目的にして、大きなイベントの優勝チームには学園から褒美が与えられることになっています。そして今年は、優勝チームへの体育祭後片付けの免除、夏休みの宿題10%削減、我が校のスポンサーであらせられる冨士山製菓様より新作駄菓子の詰め合わせを賞与します」

 

『おお~っ!』 と湧き上がる驚嘆の声。

物欲でやる気を煽るのは原始的だが、それ故に効果覿面だ。

しかし、実はSっ気のある教頭先生。上げて落とすのは彼女の得意分野である。

故に――、

 

「その代わり、最下位のチームには体育祭と2学期に用意されている文化祭の後片付け、夏休みの宿題80%増しに加えて、夏季休暇の期間半減かつ特別夏季講習への強制参加を命じます」

 

『うぇええええっ!?』 と響き渡る戦慄の悲鳴。運動が苦手な生徒達の顔が絶望に染まり、適当に流そうかとやる気を見せていなかった一部の表情が、追いつめられた獣の如き必死なものへと変わる。絶対に負けられない戦場へと放り出されてしまった教え子達の悲嘆にくれる姿を見下ろす教頭は、満足げに頷きを繰り返し、頬は恍惚の朱色に染めていた。頬にあてた右手の小指を上気したピンク色の舌で舐め上げる仕草は、何とも言えぬエロティックさを醸し出している。

まさに飴と鞭。加虐趣味(じつよう)建前(ぎょうむ)を兼ね揃えた、見事な策略であると言えよう。

 

「やる気が出たようで何よりです。やはり教育はこういう刺激が生み出すメリハリが重要なのですね。……では、10分後に第1競技の開始とします。出場選手はスタート位置に集合、それ以外の生徒は各々のチームに用意された待機場所へ移動する様に。――あ、ちなみに、集合に遅れた者がひとりでもいた場合、その選手が所属するチームの総合得点を1割減とします」

『鬼ぃいいいいっ!?』

「叫んでいる余裕があるならさっさと動く様に。あと残り9分56秒ですよ?」

 

やけくそ気味な雄叫びを上げながら、生徒達が各々の目的地へと駆け出していく。

その後ろ姿を眺めながら「ふふふ……まるで浅ましい豚のような姿ですねぇ……。なんて可愛らしい……」と聖母如き微笑みを浮かべる教頭先生。

「教育者としてその反応はどうなの?」 というツッコミを入れる勇者は、終ぞ現れることが無かったのをここに記しておく。

 

 

――◇◆◇――

 

 

一般人の入場も許可されている観客用の席と、グラウンドを挟んだ向かい側、校舎を背負う形で用意された3つの待機場所。

ここが、生徒がチームごとに集合する場所であり、陣地と言うことになる。

何故こんな位置取りなのかと言えば、観客席からでも生徒の顔が見えるようにという配慮らしい。

なにせ、男子生徒は多種多様な衣装を纏ったコスプレ姿なのだ。そういった愉快なルールを前面に出そうと言う考えなのだろう。

実際、第1種目の100m走に出場予定のコスプレ集団に向けて、歓声やカメラのフラッシュ光が絶え間なく放たれている。

しかし、邪まな考えを持った部外者も入り込みやすいこのイベント、警備上では問題ないのだろうか?

男子はコスプレしているものの、女子生徒はいつも通りの体操服なのだ。乙女達の魅惑の体操着姿を撮影しようという輩が侵入を試みないとも言い切れないのだが……と、所属チームの集合所に移動した海斗が疑問に思っていたのを見計らったかのようなタイミングで、グラウンドに設置されたスピーカーから聞き覚えのありすぎる声が流れ出した。

 

『皆様、大変長らくお待たせいたします。本日、解説と進行役を務めさせていただきます、腐乱 蝶歌と申します。どうぞ親しみを以て“腐蝶()”とお呼びください』

「ご父兄の方々に様付けを強要した……だと……!?」

『あらあら、皆さん朝からお元気ですわね。まったく、そんなに体育祭を待ち焦がれていたのでしょうか? 鼻息荒く、声を震わせながら開催の合図を待つ……ふふっ、まるでBL同人誌即売会に列を作るイノブタのようですわね!』

「何故にイノブタ!?」

『おや、ご存じありませんの? ひと家族1パック限りの特売品を家族全員で分散し、個別にゲットするという主婦の技を参考に生み出された腐女子奥義……“ブギー・ブギー・トレイン”ッ! 頭数揃えのためにイノブタを引きつれた乙女達が即売会に群がる姿こそ、最近のフォーマルなのですわ! ごらんなさいこの映像を! 即売会の行列に並ぶ、雇い主がひと目で分かるようにはっぴを纏ったイノブタさん達の勇士を!』

 

取り出したスマフォの画面に映し出されたのは、行儀よく2列に並んで順番待ちをする、やたらとカラフルなはっぴ装備のイノブタの群れ。

一緒に映っている係員が真顔で列整理をしているのがとってもシュール。

 

「意味がわからないよ……。どうしてブタさんをチョイスしたのっ!? そんなのぜったいおかしいよ!?」

『人類みな兄弟! ならば、わたくし達と同じ哺乳類である彼らを同士として扱うことに何の問題があると言うのですかっ。大体、イノブタさん達を馬鹿にしないでっ! 彼らは素晴らしいポテンシャルを秘めておられるのですよっ。硬めな体毛がチクチクして、跨った時に下腹部を痛気持ちよくしてくれますし、お腹がくうくう空きましたら美味しく戴かれてくれるのですからねっ!』

「散々こき使った挙句に喰うんかい!?」

 

驚愕の新事実。昨今の淑女諸君のトレンドは肉食系だったようだ。

 

『徹夜並びの必須アイテムといえば、非常食(イノブタさん)、肉焼き器、○トモが鉄板ですからねぇ』

「ハンター!? てか、リアルにいるの!? 喋る猫がっ」

『何を今更。世界一有名な猫さんも人語を理解し、喋られているではありませんか』

「そ、それはもしや皆の友達、未来的な機械猫さんでは……?」

『何を言っておりますか。喋る猫さんと言えばもちろん彼女……こんにちは(ハロー)な○ティちゃんにきまっているでしょう。まったくもう……お・ば・か・さ・ん・♪』

「ここに来て乙女ちっくなリアクションが返ってくるとはっ!?」

 

実況者と選手達による、打てば響くようなボケとツッコミの応酬。

観客席にいる来校者様方は完全に置いてきぼりだ。

 

『ふうむ、ナイスツッコミ。ほど良い準備体操で体調も万全となったようじゃな。流石は我が愛しの教え子達』

「「「「「え、これが準備体操だったの!?」」」」」」

 

ほっほっほ、と黄門様のように笑う校長の一言で見事にハモる生徒一同。

あんぐり大口を開けておまぬけ顔をさらす羽目になった来校者の方々がおられる中、いつの間にか解説席に現れ、あたりの空気を無視して腐蝶とハイタッチなんぞをやらかしていた理事長がにっこりと微笑み、

 

『まばゆいねぇ……。ナイスぶるま!』

 

ゲスな発言をかましてくれやがりました。サムズアップ付きで。

頬はだらしなく緩み、普段は長い眉毛で半分近く隠れている両目を爛々と見開き、鼻息荒くグラウンドを駆ける生徒達……正確に言えば、女子生徒をガン視する。

熱すぎる視線の先にあるのは、女子生徒が装着した運動着……ブルマだった。

しかも3つの色に分かれており、これがチーム分けの目印になっているのだ。

ブルマを学園指定の運動着とするために学園理事会とPTAが集まる総会で熱弁を振るい、感涙の涙と拍手の嵐の中で承認させたという武勇伝まで噂されているのだから、理事長の執念と熱意は本物だ。

 

「まずは始まりにして最強なる紺ッ! 続いて、萌え上がる情熱の如き赤ァ! 最後に、ちょっぴり背伸びしたい乙女心を表現したピンクゥ!! 若人達よ、乙女の汗と舞い踊るブルマァ! の元へと集い、滾るパッションを解放するのですよぉおおおっ! ではここに、第69(シックスナイン)愛武(あいぶ)学園体育祭を開催するっ!!」

「「「いろんな意味で最低だぁあああっ!?」」」

 

声高々に宣言する理事長(オープンスケベ)

絶叫する生徒の数がさっきよりも少ない気がするのは、理事長の演説にうんうん頷いている変態予備軍(せいと)共がいるせいか。こんなんで入学者が増やせると本気で思っているのだろうか?

 

……まあ、ともかく。

こうして、いろんな意味で歴史に名を遺す羽目となる体育祭が開始されるのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

陸上トラックに引かれたスタートラインに並ぶ生徒達が、体育祭実行委員の合図――ピストル状のアレ――を鳴らすと同時に駆け出していく。

歓声に後押しされるように全力でゴールを目指すその表情は鬼気迫るものがある。

きっと教頭が提示したペナルティを恐れているのだろう。ここで褒賞を狙うために正々堂々全力を尽くす! のがスポーツマンシップ的にも正しい学生の在り様なのだろうが……、

 

『先頭は“ピンクぶるま”チーム所属、ももひきと無地のシャツ、腹巻と下駄を装備した《なんちゃってバカボンのパパ》選手。あえて下駄を脱ぐことによって裸足の加速力をいかんなく発揮しておられます。両手にぶら下げた下駄がカラコロ鳴って、喧しいことこの上ないですわね。とはいえ、なかなかの瞬発力をお持ちなようで。このまま1位をゲットできるでしょうか……どう思われますか、解説の沢尻さん』

『う~ん、そうですね~。私的にはそう簡単にいかないと思いますよ~?』

 

スピーカーから響くのは、どこか幼さを感じさせる少女の声。実況担当の蝶歌の隣にいる、解説役として抜擢された桃花のものだ。

体調不良を理由にした長期入院のため参加できなかった昨年と異なり、今年は解説役として参加することが出来たらしい。

本人も、運動がそれほど得意と言う訳ではなく、こういうイベントのゲスト役を受け持つことで、不足しがちだった昨年の出席日数の埋め合わせをしているのだ。

まあ、本人も楽しそうだから、葵や早苗も深くつっこまなかったわけだが。

 

『ふむ、沢尻さんは何かが起こると予見していらっしゃるのでしょうか? ――っとお! 噂をすれば何とやらかしらっ!? 先頭を駆けていたバカボンのパパさんにまさかのアクシデント発生ぇ――ですわぁ!』

『うわわ、顔面からグラウンドに突っ伏してますね~。これぞまさに、伝説のA・KE・BO・NOダウンです♪』

 

後頭部に大きなたんこぶをこさえたバカボンのパパ(偽)の隣のトラックを駆け抜けていくのは野球のユニフォーム+バット&メット装備の男子生徒。

レンズに炎状のペイントが施された視界ほぼゼロな眼鏡をかけた――もちろん、走る時は危ないので額の方にずり上げている――彼のバットから煙が立ち上っている事、バカボンのパパ(偽)のすぐそばに白球が転がっていることから見ても、下手人は彼で間違いないだろう。

だが、

 

『どうやら、後方からヘッドショットをかましたようですわね。走りながら、人間の頭部にクリティカルヒットしてみせるとは、流石は野球部の副主将なだけはありますわ』

 

マイク片手に、なにやら感心する蝶歌。

桃花も、「お見事!」 と書かれたうちわを振って称賛していることから、反則行為には引っかからなかったようだ。

観客の生徒達からも、「すごいぜ、副主将――!」 「カッコイ――!」 と称賛の声が上がる始末。

勝利を目指して全力を尽くし、切磋琢磨するのではなく、不意打ち闇討ち当たり前。相手を引き摺り下ろして掴んだ勝利の美酒は最高だ! ……という外道がデフォな愛武学園の生徒達の体育祭種目が真っ当な競技であるわけがなかった。

 

ちなみに、第1レースを勝利したのは“レッドぶるま”な生徒会副会長だった。

勝因は、「あ、あの……リタイアしてくれると嬉しい……です……」と、弱々しく上目使い&口元に手を当ててモジモジするという凶悪コンボで、他の参加者(全員男)が一斉に前屈みになって競技続行が不可能となったというアホらしい理由で。

もちろん彼らが、レース後にチームメイト達からフルボッコにされたのは言うまでもない。

 

『て、天然マゾっ娘の本領発揮……っ! 副会長……なんて恐ろしい娘っ!?』

『余計なカミングアウトはいらないですよ~? あ、第2レースの皆さん、『マジでっ!?』 と鼻息荒く興奮してないで、ちゃっちゃと始めちゃってください~』

 

戦慄するお嬢様ポーズを劇画タッチなお顔でかまされる蝶歌はほっといて、桃花のアナウンスを受けた運営委員により競技はつつがなく進められていく。

 

『それにしても……』

 

そんな中、ふと思い立ったように蝶歌が控え場にいる生徒達……しかも、ワザとらしく『とある生徒』のいるほうを流し見ながら呟いた。

 

『こうしてみると、今年は煌びやかで独創的なコスが目立ちますわねぇ。○ャンプ系主人公の恰好に始まり、○ラグスーツ(白とか赤とかピンクとか)やらオーソドックスな演劇衣装的なデザインが目を惹きます。ほら、ごらんなさいな桃花さん。あそこで「僕聴こえな~い」とばかりに顔を背けているスーツの男性なんて、どっからどう見ても夜の帝王にしかみえませんわ♪』

『うわわっ、ほんと~ですね~。白いスーツとはだけられた胸元でジャラジャラ鳴ってるシルバーアクセがすっごく似合ってますよ~』

 

グラウンドに響き渡るアナウンスに釣られるように、一同の視線が夜の帝王呼ばわりされた少年へと突き刺さる。

もちろん、その正体は言わずもがな――

 

「絶対ワザとだろ、あの腐女子めぇえええ……!」

 

今にも殴り込みそうなまでに歯を食いしばり、プルプル震える海斗くんだった。

隣に腰掛けた伊織が落ち着くよう言い聞かせていなかったら、間違いなく暴走していたことだろう。

無関係な生徒に悪口を吐かれてもどうと言うことはないが、さすがに幼馴染の悪戯はクルものがあるようだ。

だがしかし、蝶歌の狙いはそこにこそあったのだ。

それは恍惚で蕩ける様なイイ笑顔を浮かべて鼻息を荒くする彼女の表情が総てを物語っている。

 

『はぁ……はぁ……! くっ、屈辱に悶える殿方が同姓(←ここ重要)の幼馴染に抱き締められ、よしよしと宥めすかされている……くうっ! これだけで食パン5枚はイケますわぁああっ! ――皆様! 淑女な皆様! カメラのスタンバイはよろしくてぇっ!?』

「「「「Sir! Yes.Ser!」」」」

 

乙女の会所属の女子生徒はもとより、観客席からも身を乗り出した奥様方から熱い情熱と眩いフラッシュの嵐が巻き起こる。

コスプレしているのは男子生徒のみ。つまり、夜の帝王(仮)を胸に抱き寄せ、愁いを帯びた表情で落ち着く様に慰めている着物姿の生徒もまた、男子生徒であるわけで――。

「……さんきゅ」「ふふっ、気にしなくていいさ。友達じゃないか」と微笑み合いながら額を重ねたりなんかしちゃってる彼らはつまり『そう言う関係』にしか見えない訳で――……!

 

「「「「「ふわわわわぁぁあああああっ♪」」」」」

 

かつてないピンク色のシャウトがグラウンドを支配した。

 

『くふぁ……ふっ、ふふふ……流石はワタクシの愛すべき幼馴染達……期待にこうまで答えてくださるなんて。――それに引き替え』

 

鼻孔の奥から溢れ出す真っ赤な情熱をハンカチで押さえつつ、脳内フィルターに先ほどの光景を焼き付けてすごく満足そうな笑顔を浮かべていた蝶歌だったが、不意に視線をぐるりと回して他の生徒達を見やりながら、さも期待外れだとばかりに失笑を零した。

 

『やれやれ、私達の願いに応えようという殿方は他に居ないのですか。どいつもこいつもヘタレなチキン野郎ばっかりと言う訳ですね面白くない。もっとこう、ガッツを見せて欲しい物です。その点で言えば、あの方々は実にナイスでしたわね。ドキュメンタリーの撮影かよっ! と言わざるを得ないほど凄まじい数のビデオカメラや記録用の機材を背負い込み、穴の開いた紙袋を被った白衣の一団。入門のところで警備員に捕まっていなければ、今頃は何とも愉快な光景を見れていたかも知れませんのに。ワタクシ、とっても残念ですわ』

 

 

――◇◆◇――

 

 

実は体育祭開催の30分ほど前、校門の前でこんなやり取りが繰り広げられていたりする。

 

「キミィ! たかが警備員の分際で我々の道を阻むとはいったいどういう了見なのかね!?」

「変質者の来校はご遠慮させていただいておりますので」

「ぬぅ~わぁ~にぃ~!? 我らのどこに問題があると言うのだねっ! 紳士の嗜み、超☆ネクタイも装備していると言うのに!」

「素肌の上からドギツイピンク色のネクタイと白衣を羽織り、穴あき紙袋を被った輩を変質者と呼ばずして何と呼べと?」

「決まっておるだろう……紳士だっ!」

「頭に”変態”の2文字が付きますよね、ソレ」

 

喧々囂々。

互いの主張は平行線をたどり、このままでは埒が明かないと判断した変質者共が決断を下す。

それ即ち――

 

「もはや問答無用っ! 行くぞ同士諸君っ! バカップルのいちゃつきを記録するためにぃいいっ!」

「「「「YAHAAAAAAAA!!」」」」

「あっ、待たんか貴様ら!? ってか動きキモッ!? くっ、皆の者、変態の侵入を阻止するのだァ~ッ! であえ、であえい!」

 

数十キロは下らない機材を抱えながらムーンウォークで侵入を目論む変質者集団と、警笛によって召喚された警備員ズによる激しい攻防戦が、ここに切って落とされた――……!

 

 

――◇◆◇――

 

 

携帯片手に観戦していた蝶歌はともかく、実際に現場を見ていない生徒達は信じる様子も無く、ンな奴いねぇよと誰もが笑い飛ばす。

しかし、何事にも例外というものはあるワケで。

 

「「絶対あいつら(あの人達)だ……」」

 

特徴的な変態に心覚えがありすぎる海斗と葵だけは仲良く視線を彷徨わせていた。

一応は関係者と言う扱いになってしまうので、もしばれたら大参事。

変態の身内と言う欠片も嬉しくないレッテルを貼られて、今後の学生生活を送る羽目になる。

 

「ん? どうしたんだ海斗。汗すごいぞ?」

「……なんでもない」

「でも……」

「いや、本当に問題ないんだ。これは、その……体育祭優勝を勝ち取ろうというやる気が溢れてるだけだから!」

「ふふっ、いつからそんな熱血キャラに進化したんだ? まあ、いいさ。もし悩みがあるのならいつでも話してくれ、相談に乗るからな。――ところで、僕の仮装姿どうかな?」

 

くるりとターンを決めながら上目使いにポーズを決めてみせる伊織。

腰まで届く黒髪がふわりと舞うその仕草は衣装と絶妙にマッチしており、思わず見惚れてしまうほどの魅力を醸し出している。

伊織の服装は、純白の鶴が描かれた高級感あふれる着物。解かれた黒髪に簪を差し、紅を引かれた唇が清楚な艶姿を形づくっている。

 

「普通に似合っとるな。一瞬だけどクラッとしたぞ……。にしてもえらく高そうな着物に見えるんだが、一体誰が用意したのやら」

「ありがと。そう言う君も良く似合っているよ。いっそのこと、普段からそう言う格好をしてればいいのに。きっとモテモテになれるが?」

「モテモテて……アホか」

 

冗談だとわかっているからこそ、鼻で笑い飛ばした海斗の恰好は、一言で言えば――ホストだった。

蝶歌の夜の帝王発言もあながち間違っていない。て言うか、実に的を射ていると言わざるを得ない。

なにせ、本当にその道のプロじゃね? と思わざるを得ない程、ベストマッチしているのだ。

純白のスーツに縁なし眼鏡。髪もセットしているのか、海斗が元来持つワイルド系の雰囲気が前面に出されている。

ワザとボタンを外してはだけられている胸元から覗く虎柄のシャツとシルバーアクセが妙なコントラストを描き、指や手首のシルバーリングが金属音を鳴り響かせる。

待機所に敷かれたビニールシートの上にどっかりと胡坐をかく様はなんとも堂に入っており、容姿と相まって夜の繁華街で淑女相手に夢を売る若き皇帝と呼ぶにふさわしい。実際、何人もの女性を(撮影&ベッドの上で)泣かせ(悦ばせ?) ているのだから、あながち間違っている訳ではない。

ちなみに今年のコスプレ衣装のコンセプトは『動物』。コスプレした生徒達は誰もが何かしらの動物を彷彿させるアイテムが付属されている。

伊織の場合は着物に描かれた鶴で、海斗のは虎柄のシャツと尻尾を思わせる腰帯だ。

けれど、彼らはまだマシな方で、生徒の中には明らかに悪意全開だろうとツッコまざるをえないような衣装も存在していた。

例えば……、

 

『さて、第一種目もいよいよ終盤戦。第10レースの先頭に立ったのは……“ピンクぶるま”チームの兎々山(ととやま)君ですわ』

『先輩、先輩。言い忘れてましたけど、コスってる生徒の本名ばらすのはご法度ですよ~?』

『そう言えばそうでしたわね。次から気を付けますわ。にしても悍ましいコスですわねぇ……。彼に宛がわれた衣装はなんとバニーガール。網タイツを突き破る未処理のすね毛と真っ赤なハイレグで異彩を放つ股間のもっこりが実にキモいです』

『一歩ごとにぶらぶら揺れてますもんねぇ~股間の巾着袋~』

『ちょ、食べ物に例えるのはノゥ! ですわよ。おでんのきんちゃくが食べられなくなっちゃうじゃありませんか』

 

エロ可愛いうさぎさんの代名詞たるうバニー衣装。男の子のロマンたるソレを汚された男子勢の嗚咽がグラウンドを支配する。

その一方で女子はと言うと、あまりの気持ち悪さにそろって顔を背けている。……彼のチームメンバーまでもが。

戦意を砕かれた他選手が次々と棄権していく中、一着の証である旗を受け取る彼の眼もとにきらりと輝くモノが浮かんでいるのは勝利の喜びによるものだけではない筈だ。登校拒否にならないか実に心配である。

かつてない心の傷を負ってしまいとぼとぼと待機場所へ戻っていくうさぎ男を迎えた友人らしき亀と狸の着ぐるみのリカバリースキルに期待する。

 

――くいくい。

 

完走したバニー(笑)へ敬礼していた海斗は上着の裾を引っ張られる感覚を覚え、後ろを振り向く。

そこには海斗や伊織が所属するチームの象徴“紺ぶるま”な体操着に着替えた葵の姿。

胡坐をかく海斗に視線を合わせるためなのか、四つん這いの体勢で。

幸運にも彼女の後ろにいた男子生徒達がむっちりと色香漂うヒップラインに魅了され、血眼になりながらガン見していた。

そこそこ厚手の体操着を押し上げる豊かな乳房、水泳で引き締まった太ももの付け根まで露出している脚線美、会場の熱気に充てられたのかほのかに香る汗の香り。無自覚なのだろうが、海斗から見える葵の体勢は非常に蠱惑的な魅力に溢れており、すこし視線をずらせば首元からライムグリーンのブラジャーが見えそうになっている。

葵は周囲から自分に向けられる邪まな視線に気づいていないのか、それとも海斗以外が目に入っていないのか、にっこりと微笑みながら海斗の横へ移動し、彼の隣にちょこんと腰を下ろした。丁度、海斗を挟んで伊織の反対側の位置に。

 

「どした? いつもの面子と一緒かと思ってたが?」

「桃花は解説席だし、早苗は“レッドぶるま”になっちゃったんだ。他の友達も別のチームになっちゃったしどーしよっかなーってキョロキョロしてたら海斗くんを見つけたんだ」

 

だから来ちゃった♪ 

 

ぺろりと舌先を出してはにかむ葵の仕草に胸の鼓動が跳ね上がり……わざとらしく咳払いをついて誤魔化す。

そんな海斗とほとんど肩が引っ付くくらいの距離を確保した葵が、ふふっと笑顔を浮かべた。

周囲からは死角に隠れているが、シートに付いた手と手がどちらともなく重ね合ったから。

傍目には恋人同士の逢瀬に見える雰囲気を醸し出す海斗と葵だったが、それに待ったをかける人物がここにいた。

 

「あ~、コホン。そろそろ次の競技が始まる頃合いじゃないかな。海斗、君も出場するんじゃなかったかい?」

 

2人の空間へ割り込むかのごとく、まるでしな垂れかかるように身体を寄せながらそう言ったのは頬を膨らませた伊織だった。

どことなく面白くなさそうな表情を浮かべているのは、はたしてどういう意味合いがあるからなのか。

 

「むぅ……」

「ふん……」

 

海斗を挟み、ステレオで不機嫌そうな声を上げる葵と伊織。

心なし、繋いだ手とか肩に添えた指とかに力が籠っているような気がする。なんか睨む様なジト目になっているし。

 

「えーと……竜ヶさ――」

「海斗くん?」

 

にっこりと微笑む葵嬢。

僅かに開かれた瞳からハイライトが消えていて、めちゃ怖いです。

 

「何時もみたいに『葵』って呼んでくれていいんだよ? ホラ、せっかく正体がばれにくいコスプレしているんだしね」

「は、はい! わかりました葵様!」

「よろしい。――ふふん♪」

「むっ……。海斗っ、次の競技には僕も出場するんだ。だからスタート地点に行こう。――『一緒に《・・》』、ね」

 

海斗の片腕を抱き寄せながら、どーだ! と言わんばかりのドヤ顔を見せつける葵に反抗するかのように、もう片方の手をぐいぐいと引っ張り上げはじめた伊織。

「お、おぉ?」 と間抜けな声を出してしまった海斗は、自分を尻目に今にもビームが飛び出しそうな眼光をぶつけ合う同棲相手&幼馴染の様子に困惑を隠せない。

 

――あ、あれ? この2人って学園で接点なんか無いよな? なんで不倶戴天の宿敵っ、とばかりにメンチ切り合ってんだ!?

 

頭上に?マークを浮かべる海斗は気付いていないようだが、当人たちは目の前の『敵』は決っして相容れない存在だと本能で察知しているのだ。

 

葵は、幼馴染と言う立場で海斗と積み重ねてきた絆と信頼……そして『友情を超えた感情』を伊織が抱いていることに感づいて。

 

伊織は、誰よりも信頼する『大切な人』を鳶の如く掻っ攫おうとする葵に良い感情が抱けなくて。

 

多少の差異はあれど、つきつけて見れば両者とも『海斗を取られそうなのがムカつく』から不機嫌なのであって。

結果、目の前の相手(こいつ)は何か気に食わないと言う結論に達した訳で。

まあ、要するに――

 

『ひとりの男を取り合う学園のアイドルと幼馴染な王子様の三角(さんっかく)関係(くぅわぁんくぅぇい)っ……! やだなにこの子たち、すっごく美味しいんですけどおっ!』

『先~輩、鼻血ふきふきしましょうねぇ~』

 

私、興奮していますっ! とテンションアゲアゲな蝶歌の腐ったシャウトは、自分たちに降り注ぐ物凄い数の視線の圧力に正気を取り戻した海斗と伊織が身を縮こませながらスタート地点に駆けていくまで続いたという。

 

「帰っていいか? ていうか帰らせて。お願い」

「膝枕してあげようか? 疲れが吹き飛ぶかも」

「……ゴメン。俺が悪かった。だから、溶鉱炉にニトログリセリンをブチ込む様な発言はやめてくれませんかね」

 

伊織の発言で女性陣の歓声が絶叫の域に達する中、深い深い海斗のため息が零れ落ちた。

 

 

 

 

親しすぎる幼馴染コンビが微妙なラヴ臭を振り撒いている一方、待機所に残された葵はと言えば……

 

「ちょ、竜ヶ崎さん! あのホストなお兄さんとお知り合いなんですかっ!?」

「もしかして、修学旅行の時に噂になった彼氏だったりとか!? やっぱりウチの生徒だったんですねっ!?」

「ていうか誰なんですか、あの少女漫画の世界から現れたかのような殿方は!? 独り占め!? 独り占めされているんですかっ!?」

「ズルいですよ葵先輩! 同じ水泳部の同士として、イケメンさんは共有財産にするべきだと進言しますっ!」

「ちょっと好き勝手言い過ぎじゃないかな、貴方達っ!?」

 

競技の真っただ中だというのに「そんなの関係ねぇ!」 とばかりに瞳を爛々と輝かせた女子生徒の群れに詰め寄られて右往左往する葵の姿と、くんずほぐれずにも見えるぶるまの乱舞に注目しまくる男子勢の姿があったとか。

 

なお、この騒ぎで最も割りを喰ったのは、誰も注目していないトラックを必死に駆けていく第一種目の出場選手だったのは言うまでもない。




次は、海斗くん出場の第二競技と昼休憩あたりになるかな~?
えっちシーンを次話に入れるか、おふざけと切り分ける意味を兼ねて次々話にするかで悩み中だったり。



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第16話 はっちゃけすぎな体育祭(午前の部編)

熟考の結果、えっちは次話に持ち越しとされていただきます(主に文量的な理由で)。
どいつもこいつも大胆発言ぶっ放してくれてますが、祭りの空気に中てられたという事でひとつ。



『さてさて、とっても愉快な第一競技も無事終了いたしましたわね。続きまして、第二種目の借り物競争“ギアスロール”に移りたいと思います。出場選手の皆さまは可及的速やかにスタート場所へ集合なさってくださいませ。さもないと、教職員用テントの裏で喜々とした笑みを浮かべていらっしゃる教頭先生の狂逝(きょういく)的指導その1“愛の有刺鉄線電磁鞭”によるスパンキングプレイを堪能する羽目になりますわよ』

『うわわぁ、一振りごとに地面が抉り取られていってますよ~。ていうかあれ、有刺鉄線をスタンガンに繋いだだけに見えるんですけど大丈夫なんでしょ~か』

『その筋の人種には、最高のご褒美らしいですわよ? 生憎、ノーマルなワタクシには理解の及ばぬ世界ですが』

『えっ? 先輩、いつからご自分が普通の人種だって錯覚していたんですか~?』

『なん……ですって……!?』

「仲良いな、あいつら」

 

マイクのスイッチをONにしたまま漫才みたいなやり取りをする蝶歌と桃花に小声でツッコミつつスタートラインに辿り着いた海斗は、周囲からビスビスと突き刺さる好奇と嫉妬と興味の視線にあえて気づかないフリをしつつトラックを見やる。

すると、ゴールまでの間にレースの小道具らしきカードや簡易の着衣室らしきボックスが手早く設置されていくのが見えた。

意外と大がかりな準備に嫌な予感が湧き上がる。なにせ出場競技を決める際、借り物競争としてしか聞いていなかったのだ。

おそらく、土壇場で体育祭実行委員あたりのテコ入れが入ったのだろう。理由はもちろん、『普通のなんて面白くない』といったところか。

思い付きにも似た提案や競技内容変更に伴って必要になった小道具をこうして準備しきるアグレッシブさは愛武学園生徒の長所でもあり欠点でもある。

こういう場合、大抵碌でもない結果になるのを身に染みて知っているからだ。

何となく、胃がキリキリ痛む錯覚を覚えた海斗が往生際悪く逃げ出そうとしたところを伊織に捕縛されている内に、準備が整ってしまったようだ。

悪あがきを続ける海斗をあざ笑うかのように(実際、蝶歌の吹き出す声がスピーカーから聞こえてきた)、競技開始を告げる無慈悲なアナウンスが響いてきた。

 

『小道具の準備が整ったようですので、第二種目の開始といきましょう。第一組の皆様方、スタートラインについてくださいな』

 

よーい、ドンッ! とお決まりの台詞と共にスタートライン横にスタンバイしていた体育祭実行委員の役員らしき生徒がピストルを鳴らした。

その瞬間、一斉に駆け出していく第一組の出場選手達。先の競技と同じように、今回もまた多種多様なコスプレ衣装の男子生徒と“3色ぶるま”な女子生徒達がトラックを駆け抜けていく。

ほぼ一団となって駆けていく選手が最初のチェックポイントへと差し掛かったのを見計らい、蝶歌が競技のルールを解説し始めた。

 

『この種目は基本的に借り物競争と同じルールに則っております。つまり、チェックポイントに置かれているカードを拾い、そこに記されたお題をクリアしながらコースを走破するのです。チェックポイントは計3つ、お題は〈○○を借りてくる〉といったオーソドックスなものから、何らかの指令をこなすといったタイプのものも含まれております。つまり、借り物を探す探索力と、指令をこなす覚悟力が問われる競技と言う事ですわ』

『覚悟力ってところが気になりますね~。一体、どんな無理難題が書かれているんでしょうか~?』

『それは見てのお楽しみという奴ですわ』

『おお~、何とも意味深な発言~。それじゃ例えば、〈学園一の有名人をつれてくる〉ってお題もあったりするんですかぁ?』

『もちろんですわ。ですが、条件を満たす方が複数おられる場合はどなたかおひとりを連れて来られればOKとします。おっと、そうこうしている内に先頭の選手が最初のチェックポイントに辿り着いたようですわね。ちなみに先頭を往くのは、ひょっとこのお面を被って黄色一色の全身タイツを纏った変態ですか。ボディラインがピッチピチで実にキモいですわね。まさに変質者の鏡以外の何者でもありませんわ。解説の沢尻さん、一言どうぞ』

『夜中にワンちゃんの散歩に出かけたら、10分で職質受けること間違いなしな変態さんにしか見えないですね~』

 

ザッシュウゥウウッ! と無垢な言葉という刃物がピュアボーイのハートをブレイク。

 

――ぐっはぁああああっ!?

――血ィ吐いてぶっ倒れたぁああーーっ!? 衛生兵! 衛生兵―っ!

 

『あらら、豆腐メンタルお持ちの方が多い事で。ま、そんなことより一命(いちめい)リタイア、と。では、レースの解説に戻りましょうか』

『単語のニュアンスがおかしくなかったですか~?』

『いえいえ、間違ってなどおりませんわ。ほら、ごらんなさいな。真っ白に燃え尽きて屍を晒す変質者の姿を』

『なるほど~、そう言われれば確かに言い得て妙ですね~』

「……鬼だ」

 

海斗の呟きに、戦慄に慄く選手たちが一斉に同意を返す。

出場選手たちが明日は我が身と背筋を震わせているのを尻目に、何とも楽しげに解説を続けていく蝶歌と桃花。

実は似た者同士であったということなのか。一応、双方と知り合いである葵や早苗が何とも言えない表情を浮かべているのも頷ける。

とかやっている内にチェックポイントに辿り着き、カードを拾った選手たちがものすごく困った顔で右往左往していた。

設置されたモニターを覗き込みながら、蝶歌が実況を再開する。

 

『ふむふむ、どうやら一筋縄ではいかないお題をひいてしまったようですわね。あ、それから選手の皆さ~ん、一度拾った指令はパスできませんから頑張ってクリアしてくださいませ~』

『ん~? いったいどんなお題が書かれていたんでしょうか。見えるかな? ……あ、見えた。えっとぉ、一番手の選手のお題は――〈用意された文章を朗読せよ〉?』

『ふむ、おそらくはどなたかの自作ポエムあたりを読み上げると言ったところでしょうか。あ、どうやら始まるみたいですわね。しーっですわ』

 

蝶歌のアナウンスに従って一同が声を潜める中、当の女子生徒は頬を林檎のような朱色に染め上げていた。

まるで助けを求めるようにキョロキョロ辺りを見渡すものの、自分が注目の的になっていることに遅れて気づき、いっそう恥ずかしそうに顔を手で覆い、蹲ってしまう。彼女の反応に興味をもったのか、どこからともなく取り出した双眼鏡を覗きこむ蝶歌がカードに書かれた文章を読み始めた。

 

『〈んあっ♪ は、やっ……らっ、らぁめぇ~♪ いっ、イックゥゥウウン!〉……あらら、エロゲー的な喘ぎ声のオンパレードですわ』

 

あっけらかんと、しかしやけに臨場感あふれる蝶歌の喘ぎ声がスピーカーから流れ出す。

ごしゃっ! と実に良い音を鳴らしながらグラウンドに突っ伏す選手一同のみならず、臨場感たっぷりな艶声にご父兄の方々の顔も真っ赤っかだ。

 

『これはこれは、なんて面白……いえ、愉快なお題なのでしょう。ならばぜひ、選手である彼女ご本人に公開○ナニーショーもどきを実行していただなくてはっ』

『あはは~、テンションアゲアゲですねぇ。てなわけで、どうぞ~』

 

ポテチ片手に途轍もないキラーパスが桃花から女子生徒へ。

 

「えっ、えええっ!? わっ、私、出来ませんよっ!」

『やる前から諦めてどうしますかっ! 何事にもチャレンジですわよっ! さあさあ、皆さまもご一緒に! おっじょうさんのぉ~、ちょっとイイトコ見ってみたい~ですわっ♪』

 

蝶歌の勢いに呑まれてしまった可哀そうな女子生徒は、半泣きになりながら手元のカードへ視線を落とし、震える唇をゆっくりと開いていく。

そして――、

 

「ぁ、んっ、っぁ……ふあぅ、……~~ッ! ごめんなさい、やっぱりできませんっ!!」

 

羞恥心がマッハ状態になってしまったのか、手に持ったカードをぺいっ! と投げ捨て、脱兎のごとく逃げ出してしまった。

待機所の生徒達や観客席の親御様方からちょっぴり残念そうな溜息が聞えてきたのを聞かなかった事にしてあげるのが優しさというモノだ。

その他のお題も〈某プロスポーツ選手のカツラ疑惑の真偽を確かめよ〉とか、〈好きな女の子に公開プロポーズせよ〉などと言った「出来るかンなこと!」 とカードを投げ捨てさせるトンデモ指令ばかりで、結局第1レースは全員リタイアという何とも予想外な結果に終わってしまった。

 

「やりすぎるからこういう羽目になるんだよ。ったく、あんな無茶ぶりばっかしなら速攻でリタイアするのもありかねぇ」

 

海斗の呆れた様な呟きを聞き取ったのか、蝶歌の双眼がギュピーン! と煌めき、悪戯が成功した純真無垢な子どもを思わせる満面の笑みを浮かべ、

 

『あ、言い忘れていましたけど、レースの途中棄権は重大なペナルティーが科せられますのであしからず。ちなみにその内容は個別に違いますけれど、どっかのホス虎さんの場合なら、彼女さんとの性生活を事細かく記させていただいた“夜の性活日記”を掲示板に張り出させていただきますが構いませんわよね? 答えは聞いていませんが』

 

――……ブチコロス。

――お、落ち着くんだ海斗っ!? ていうか、オーラ的なナニカが全身から立ち昇ってるんだけどっ!? いつから君はDB世界の住人になったんだ!?

――HA・NA・SE!! あのドバカをタコ殴りにしてやらんと気が済まんッ! 奴がッ! 泣くまでッ! 殴るのをッ! 止めんンンッ!!

――だから、ダメだってば!?

 

『ふふふ、きっとレースで1着をとってやろうと言う気合いが溢れてしまったのですわ。まったく、いつまでたってもお子様なんですからっ♪』

 

――■■■■■■■■■■■――っ!!

――うぉわああっ!? ちょ、せめて人語を話してほしいんだけどもっ!? てか、蝶歌! わかってて挑発するんじゃないっ!

 

言われ、着物美人に羽交い絞めにされた猛獣の図をちらりと流し見してから右手を軽く握り、こつんっと米神あたりを軽くこつきながらペロリと舌を出し、

 

『てへ♪』

 

可愛らしく誤魔化してくださりやがりました。

ますます怒り狂って暴れる海斗と冷や汗を流しつつ身体ごと抱きついて抑え込もうと頑張る伊織。

もはや競技そっちのけでグラウンド中の視線を釘づけだ。

 

『さあ、そうこうしている内にスタートしました第2組の選手達がチェックポイントに差し掛かりましたわ。今度はどんな愉快なお題が待ちかねているのでしょうか』

 

実に楽しそうな蝶歌のアナウンスに毒気を抜かれたのか、盛大に顔をしかめた海斗がようやく大人しくなる。

その際に、例の如く伊織との過激で親密なスキンシップをかまして黄色い歓声を浴びるという一幕もあったものの、その辺はもうお約束なので割愛する。

一方、チェックポイントに辿り着くなり指令入りカードを拾い上げては頭を抱え、足止めを喰らっていく選手達。

そんな中、今や懐かしい黒スーツ、黒マント、デフォルメされたチーターのアップリケを縫い付けられたシルクハットを被り、白い仮面を装着したタキシードな仮面が(仮面のせいでわかりにくいが)何とも言えぬ神妙な表情で硬直する姿に何となく目を向けた海斗が、不意に既視感のようなものを感じた。

 

「んん? あのタキシード仮面……なーんか見覚えがあるような?」

 

妙な引っ掛かりを覚えた海斗が見つめる中、自分を鼓舞するように頬を叩いて立ち上がったタキシード仮面(仮)が簡易の着衣室へ飛び込んだ。

閉じられたカーテン越しになにやらゴソゴソと床擦れのような音が聞こえてくる。

おそらく、着衣室の中に用意された何かしらの衣装に着替えろと言う指令だったのだろう。

待つこと数分、勢いよくカーテンが開かれ、新たな衣装にチェンジした元タキシード仮面(仮)が姿を現した……のだが、

 

「「「「ごふはぁああっ!?」」」」

「へ、変態だ……!」

 

戦慄を隠せない海斗の呟きが、観客の悲鳴の中で木霊する。

とっさに自分の背中に隠れた伊織を庇うようにじりじり後ずさりする海斗の頬に冷たい汗が流れ落ちる。

何故ならば、現れたのは真正の変態と言わざるを得ない化け物だったからだ。

 

股間の紳士が激しく自己主張(もっこり)なビキニパンツとガーダーベルト。

 

今や懐かしいルーズソックスとうっすら見える脛の無駄毛が醸し出すコントラストが実に気持ち悪い。

 

素肌の上から特撮番組の悪役が羽織る様な毒々しいカラーのマントを纏い、乳首には自分で書いたのだろうか、唇の形をしたキスマークが描かれている。

 

首に直接巻かれているのは、眼鏡の名探偵を彷彿させるメカニカルな蝶ネクタイ。

 

原型を留めているのがシルクハットとマスクを付けた頭部のみというのがまた、何ともシュール。

 

どっからどう見ても、100人が100人とも変態! と指差す事間違い無しな純度MAXの変質者がここに降臨した。

 

他の選手たちが「ひぃいいいーっ!?」 と次々に腰を抜かす中、靴紐を固く縛ってやる気を微塵も萎えさせていない“首から下が変態仮面(仮)”が係員に指令が書かれたカードを手渡しながら、勢いよく駆け出した。

呆気にとられて合否判定を下すことが出来なかった係員に変わって蝶歌が双眼鏡を覗きながら、

 

『変態さんのお題は……〈更衣室の中にある衣装のパーツを組み合わせて、思いつく限りの変態ちっくなコスプレをする〉ですか。なるほど、そう言う事ならあの格好も頷けますわ』

「いやいやいや……だからってやるかフツー?」

「子供の成長を微笑ましく見守る母親のような表情で言う台詞じゃないって」

 

殆んど抱き合うような体勢の幼馴染~ズが「ないわ~」状態となっている間に、空手チョップのように荒々しく腕を振り、両足を前後激しくスイングする所謂アスリート走りでトラックを駆け抜けた“首から下が変態仮面(仮)”が第2のチェックポイントへ差し掛かった。

今度はどんな無理難題が用意されているのかと、極力変態(せんしゅ)を視界に入れないよう注意がけながら彼が地面に置かれたカードの中の1枚を拾い上げるのを待つ。そして……、

 

お題:〈仰向けブリッジの体勢でレースの残りを完走せよ〉

 

「覇ァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

シャカシャカシャカ!

 

「「「「「ヒィィイイイイイイイ!?」」」」」

「うを!?」

「ぴっ!?」

 

ドン引きな周囲の視線などなんのその、土煙を上げながらトラックを爆走していく“変態仮面(仮)”はやはり只者ではない! 

一体何が彼を此処まで駆り立てているのだろうか……?

凄まじいスピードで最後のチェックポイントまで駆け抜けた(這いずった?) “変態仮面(仮)”は、荒げた呼吸を整える間すら惜しいとばかりに身体に張り付いた砂を払い落とすこともせずに最後の指令カードを拾い上げる。

すると、

 

「こ、これは……っ!?」

 

なんと、“首から下が変態仮面(仮)”が驚愕の声を上げたではないか。

やはり、第一、第二関門だけに無理難題を宛がわれている訳ではなかったようだ。

それにしても、やはり声も聞き覚えがある。そこはかとなく感じる残念臭、ごく最近のとても印象深い出来事で記憶に焼きついたような気がしてならない。

 

『あらあら? 固まってしまいましたわね。で、どうするんですの? 棄権なさいます?』

「えっ!? そ、それは……」

 

ちらり。

 

「海斗。なんか君、見られてる気配がするんだけど」

「人の背中に顔を埋めてるくせに何でわかるんだ」

 

相変わらず背中に隠れたままの親友に答えながら、彼の言葉通り、意味ありげな視線を向けてくる“首から下が変態仮面(仮)”を睨み返す。

真意を探る様に視線を絡み合わせるも数秒、不意に相手から視線をそらされた海斗が拍子抜けした風に肩をすくめる。

そうこうしている内に“首から下が変態仮面(仮)”が動きを見せた。

未だ他の選手達が第一チェッポイントで足止めを受けているとは言え、のろのろしていたら追いつかれてしまうと焦ったのかもしれない。

何と彼は、100%変態な恰好のまま、“レッドぶるま”チームの待機場所へ向かって駆け出した。

荒ぶる走りで突貫してくる変質者。

悲鳴を上げながら我先にと逃げ出す生徒達。

無言で黙禱を捧げる“紺&ピンクぶるま”チームの皆様方。

阿鼻叫喚の地獄絵図を指差しながら爆笑する蝶歌と桃花。

この瞬間、体育祭の盛り上がりは(悪い意味で)最高潮に達した。

 

『はーっ、はーっ……あー、面白かったですわぁ。迫り来る変態に腰が抜けたのか這いずりながら逃げ惑う様が愉快・痛快・爽快でした♪』

『他人の不幸は蜜の味って言葉の意味、今日初めて知りました~』

 

もはやアナウンスする気すら失せたのか、好き放題言いまくる司会者コンビを余所に、“首から下が変態仮面(仮)”が“レッドぶるま”な女子生徒の腕を引いてトラックへ戻ってきた。

どうやら次のお題は人物を連れてくるものだったらしい。呼び出された女子生徒の表情は勘弁してほしいと言わんばかりに疲れ切っていた。

と言うか――

 

「おや、羽村さんじゃないか」

 

伊織の言葉通り、“首から下が変態仮面(仮)”に連れてこられたのは海斗と相性の悪い“レッドぶるま”な早苗だった。

体操服の胸元を押し上げる豊満な乳房を抱えるように腕を組み、不機嫌さを隠そうともせずに“首から下が変態仮面(仮)”を睨み付けている。

とは言え、彼女の機嫌が急降下中なのは有無を言わせず連れてこられたからだけではない。

性格のキツさを表したかのようなツリ眼がデフォルトの彼女は色恋的な意味での人気はさほど高くない。

男勝りの気性と優秀な知性を併せ持つからこそ、下心目的で近づいて来る男子のガラスハートをことごとく粉砕してきたのは有名な話だ。

しかしその反面、学園屈指のスタイルの持ち主であることも事実であり、神経質な性格からくる体調管理で理想的なボディラインを磨き上げた彼女もまた、隠れファンが多数存在する有名人なのだ。事実、露骨にスタイルが出てしまう体操着姿を晒すのに抵抗を感じてモジモジしている彼女に熱い視線を送る男子生徒があちらこちらに見て取れる。

そう言った類の視線に気づいたのか、不機嫌度5割増しで周囲を睨み付け……ふと、海斗と視線が交差した。

一瞬惚け、すぐに信じられない事実に気づいたとばかりの表情を見せつつ、何度も目を擦る。

 

「あ……ぇ? ちょ、アンタまさか、たかみ――」

「あのー、羽村さん。ごめんなんだけど、協力してほしいんだ」

 

思わず叫び声をあげそうになった早苗であったが、絶妙なタイミングで放たれた“首から下が変態仮面(仮)”の声に遮られることになった。

変態さんの口調から正体を察したらしく、傍目にもわかるくらい盛大に頬を引きつらせ、次いで灰の中の空気をすべて吐き出すような深い、不快溜息をつく。

痛む額を抑えながら視線で会話の続きを促す早苗に頭を下げながら、変態仮面(仮)が懇願するように口を開く。

 

「俺を罵ってくださいっ!」

 

――と!

 

「へっ、変態! 何をトチ狂ってんのよバカ!?」

「ち、違うんだ!? これは決して俺の趣味とかそういう意味ではなく!? ああっ、お願いだから食肉加工所に連れてかれる豚を見るかのような目はヤメテッ!?」

 

二の腕に浮かんだ鳥肌を擦るように自分を抱きしめ、砂煙をたたせながら後ずさる早苗へ縋りつく“変態仮面(仮)”。

股下まで顕わにされた瑞々しい太ももを羽交い絞めするかのように抱きつき、話を聞いてと頬をすりすり。ぞわぞわぞわっと言い表せない悪寒が早苗の背筋を駆け昇り、彼女にしては珍しい女の子な悲鳴が響き渡る。

両者ともいっぱいいっぱいなのか、他人から見た自分たちがどんなふうに映っているのか気づいていないようだ。

どのように見えるのかは、祭りくらいは寛容にいこうと決めていた風紀委員である伊織ですら、教室に置いてきた腰の相棒を探す仕草から大体想像はつく。

そうこうしている内に、自分でも今の状況がよろしくない事に気づいたのか、“変態仮面(仮)”が、手に持った指令カードを早苗に見えるように掲げた。

そこに書かれていたのは――

 

〈性格キツめの眼鏡少女から罵倒を受ける〉

 

「あ、なるほど。確かに条件ピッタリだな」

 

腕を組みながらうんうんと頷く海斗をギンッ! と眉を吊り上げた早苗が睨み付けてきた。

ハンッ! と鼻で嗤ってやれば、今にも地団駄しそうなくらい憤慨の表情を見せる。

とことん相性の悪い、というか正反対な気質の両者を呆れたように眺める伊織が肩をすくめるのとほぼ同時に、“変態仮面(仮)”が早苗に向けて勢いよく頭を下げた。

 

「お願いします! 俺……俺、どうしても勝ちたいんです! だから――罵ってください!」

「うう……っ!?」

 

海斗と睨み合うことでわざと意識の外へ追いやっていた(別名、現実逃避とも言う)が、流石にこれ以上の誤魔化しはきかないようだ。

というより、衆人観衆のど真ん中で変態コスプレに身を包んだ友人(・・)を罵るとか、なんという羞恥プレイ。

私に何の恨みがあるのよ!? と思わず怒鳴りつけそうになるのを必死に堪えつつ、早苗の視線が助けを求めるように彷徨う。

だが、残念な事に彼女に味方してくれそうな人物は見当たらない。

親友の片割れはマイク片手にすごくいい笑顔を浮かべて「いけいけ、ごーごー♪」と煽ってくれやがっているし、もう片方はご愁傷さまとばかりに十字を切っている始末。

後で覚えてなさいと頬を膨らせつつ、もう一度視線を元凶へと向ける。

相変わらず頭を下げたままの“変態仮面(仮)”。何を考えてレースの完走を欲しているのかわからないが、全方位から突き刺さる「罵ってあげなよ~」的な視線に、深い、深いため息を吐いて頭を掻き毟った。

 

「わかったわよ……。やればいいんでしょ、やれば」

「あっ……ありがとう! じゃあ、さっそくで申し訳ないんだけどお願いできるかな?」

「はいはい。ったく、台詞はコッチで考えさせてもらうからねっ」

 

形のよい顎に人さし指を当てて、空を仰ぎ見ながら「ん~」としばし考え込んでから、“変態仮面(仮)”の下腹部辺りに視線を固定して、

 

 

 

 

「ぷっ……、なんて粗末な」

 

 

 

 

男心(ボーイズハート)を打ち砕く暴力(ことば)を投げつけた。

ギャラリーたちの耳に、ガラス細工が砕け散る様な悲音が響き渡る。

 

『おお~、心が砕ける音が聞こえたよ~』

『中々にエグイですわね』

 

能天気なアナウンスが響く中、腕を組み、豊かな乳房を強調するかのように挑発的なポーズをとった早苗が、崩れ落ちていく“変態仮面(仮)”を睥睨したまま追撃をかけていく。

 

「もしかして自分では松茸だとでも思ってたのかしら? くすくすくす……残念でした。それはアンタの願望が生み出した妄想でしかないのよ。せめて椎茸クラスに成長してから出直してきなさい、し・め・じ・さ・ん・♪」

『やめてっ!? 追撃しないであげてっ!? 変態さんのライフはもうゼロだよぉ!?』

『そうですわ、おやめなさい! 大体、DOUTEIな愛原さん(・・・・)は《きのこ》と言うよりかは《たけのこ》と言った方が適切かと。……皮被り的な意味で』

「「「「「傷口に塩を擦りこむのらめぇええっ!?」」」」」」

 

男子生徒、魂の叫びである。

あまりにも厳しすぎる女性陣のコメントに、白濁の涙を流す男子勢がトラックの中へなだれ込んでいく。

彼らが目指すのは、心を粉砕され、両ひざを抱えて蹲る“変態仮面(仮)”、もとい、桐生君の救助。

両手で顔を覆い、しくしくしくととめどなく涙を流し続ける彼に駆け寄り、「泣くな兄弟!」「大丈夫だ。俺も仲間なんだぜ……!」と優しい言葉を掛けながら神輿のように抱え上げて校舎の中へ。

おそらく、重傷人専用の保健室へ緊急搬送したのだろう。見事なまでの連携プレーであった。

愛原 桐生、恥を負いながら完走を目指すも、名誉の負傷で保健室送り(リタイア)

 

『しょっぱなから面白イベントの連発で私、とっても楽しいですわ♪ 皆様もきっと楽しんでいらっしゃるものと信じております。ちなみに、第一レースは出場選手全員がリタイアということで決着がついちゃいましたから、さっさと第二レースに移りたいと思います。選手のみなさまはスタートラインに移動してくださいな』

 

「どの口がほざくか……」という声なき声が聞こえてきそうな空気を微塵も読まず、テンション高めな蝶歌のアナウンスに促され、出場選手である海斗もスタートラインに立つ。

やる気がごっそり削り落とされてしまったとは言え、競争事は嫌いじゃない。

手を抜くつもりは毛頭ないが、何よりも、優勝できなかった時のペナルティが恐ろしすぎる。

まだ先とは言え、学生生活のモチベーションを維持するために必要かつ貴重な休暇期間を失ってたまるものか。

両頬を叩いて気合いを入れると、自分と競い合う輩はどんな奴らなのかふと気になり、肩を並べるライバルへ目を向けてみる。

瞬間――、

 

「……見るんじゃなかった」

 

やる気がマッハで急降下。

燃え盛る炎の様に燃え滾っていた筈の戦意はシュークリームが潰れるかのごとく、ぺたんこに萎えてしまう。

だが、それも仕方のない事だろう。

なにせ、第二レース走者は全員が男子、つまり集団コスプレレースになってしまう。

まあ、それはまだいい。

だが、自分(かいと)以外の出場選手共、てめえらは駄目だ。

版権を意識したのか、眼に悪い蛍光ピンク色にカラーチェンジされた“ふ○っしー”に始まり、某母なる惑星『地球』に住まう生きとし生けるものすべての命よりもネズミ討伐を優先して〈ちきゅうはかいばくだん〉を振りかざす機械猫やら、コロッケを愛しまくってキャベツはどうした? と歌われるに至ったちょんまげ武士とか、お手軽似顔絵が大人気なピンクの悪魔とか、真っ当な恰好のモノがひとりもいない。

 

……しかも全員、『着ぐるみではない』。

 

身に纏うのはビキニパンツ一点のみ。

有名なキャラクターをイメージしたカラーリングで全身を人体に無害な絵の具(水性)で塗りたくったボディペイントマンの群れがそこに在った。

ある者はだる~んとたゆむ贅肉を指で挟みながら鼻息荒く、戦意を高め。

またある者は部活で引き締まった上腕二頭筋を見せつけるかのようにダブルバイセップス・フロント(前面から見える筋肉を強調させるマッスルポーズ)を決め。

またまたある者は、無謀にもレースに優勝して人気者になってしまい、ゆるキャラの新ジャンルを確立してしまったらどうしよう!? と獲らぬ狸のナントやらをかなり真面目な顔でしていたりする。

正直、同類扱いされたくない変態集団としか表現のしようがない連中と一緒に走るのは、ものすごく嫌だ。

けれども、海斗以外の選手全員がイロモノなせいで、唯一まともな恰好の彼に注目が集まってしまっている。

生徒、ギャラリー双方の女性陣からは黄色い歓声と熱い視線がビスビスと背中に突き刺さるのを感じ、「勘弁してくれ……」とばかりに深い溜息を吐かずにいられない。

 

『では始めますわよ~。第二走者の皆さん、位置について――よーい』

 

ドンッ! とピストルが鳴り響くと同時に駆け出す参加選手達。

完走目指して精神的な障害を乗り越える勇者よ現れん! と言葉無き声援に後押しされて、トラックを走り抜けていく選手達。

だが……、

 

「イヤァアアアアアッ!? 気持ち悪いっ!?」

「等身大のド○えもんとかコ○助なんて見たくなかった!」

「やめてぇ! 私の中の綺麗な思い出を汚さないでっ!? 等身大のゆるキャラなんて見たくなかったわぁ!」

 

吹き荒れる悲鳴の嵐。

投げつけられるジュース缶(中身入り)やペッドボトル(こっちも中身入り)。

脳天や鳩尾にスチール缶がめり込み、「○び太君……せめて最後に君の顔を見てから壊れたかった……」「ぐふぅ!? む、無念……ナリ」と無駄に気合いの入った断末魔を上げて倒れこんでいくボディペインターズ。

前のめりに倒れたため、ビキニが食い込む野郎の尻を直視する羽目になりながら、必死に吐き気を抑えて駆け抜ける海斗に向けられる声援が学園生活始まって以来の暖かなものだったのいうのは何とも皮肉な話だ。

そうこうしている内に、変態共が夢の跡地を一気に駆け抜け、最初のチェックポイントにたどり着いた。

地面に散らばる指令カードの並びに法則性は無く、ただ適当にばら撒かれただけの紙切れにしか見えない。

だが侮ってはいけない。その正体は、世にも恐ろしく、恥ずかしい命令が記された回避不可能イベントのアイテムなのだ。

慎重に選んだ一枚のカードを、不発弾を回収するかのように恐る恐る拾い上げて中身を確認してみると、

 

〈美少女な生徒〉

 

「……?? どういう意味だ、コレ?」

『おおっとお、か……コホン。ホス虎さんが引き当てたのは《美少女》です! つまり、世間一般的に美少女と呼ばれる生徒の誰かを連れてくるようにということですわね。さあ、彼は一体どなたを連れてこられるのでしょうかっ♪』

 

わくわくと満面の笑みを浮かべる蝶歌につられるように、グラウンド中の視線が海斗へ降り注ぐ。

突き刺さる視線に心底疲れたと言わんばかりに深いため息を吐かざるをえない海斗だったが、しばし悩んでから意を決したようにうつむいていた顔を上げて『条件に合う人物』の元へ駆けていく。

 

『誰を選んでくれるんでしょうねぇ~。脇目も振らずに駆け出しちゃいましたよ』

『微塵も躊躇されなかったと言うことは、彼の中で美少女と呼べるお相手のイメージがほぼ固まっていると言うことでしょうか』

 

集まる視線をものともせず、一直線に向かうのは自軍である“紺ぶるま”チームの待機場所。

海斗がカードのお題を憎々しげに睨んでいた時は「むーっ」とジト目を浮かべており、彼が自分たちのいる方へ駆け出してからは「ふえ?」 と首を傾げていた『彼女』の元へ。

 

「えっ? あ、あれ? なんでコッチに来てるのかな?」

「んなのお前が欲しい(もくてき)だからに決まっとろーが。頼むから一緒に来てくれ。さっさと終わらせたいから」

 

心の底から早く終わりたいのだと憔悴しきった顔で懇願されては拒否など出来ない(元よりするつもりないが)。

差しだされた手を取って立ち上がった葵と手を繋いだまま、レースに復帰する。当然、何とも絵になるシチュエーションに観客が湧き立たない筈も無く。

 

『あらあらまあまあ! ホス虎さんが選んだのは学園アイドルのひとり、水泳部エースの人魚姫(わんこ)さんでしたか』

『んふふ~すっごいブーイングの嵐ですねぇ~……でも、当人は2人の世界に入っちゃってるみたいだから気づいてないみたいですけど~』

『頬を赤らめて恥ずかしげにそっぽを向きつつ、繋いだ手のひらの温もりとか感触とかを意識しちゃってるカップルにしか見えませんものね』

 

喜々としてギャラリーの妄想を煽るアナウンスにかつてない恥辱を味わいながら第2チェックポイントに辿り着いたホス虎&わん()

手を引っ張られた状態で走ったために息を荒げる葵の呼吸が落ち着くのを待ってから、指令カードを適当に1枚拾い上げて裏返す。

そこに書かれていたのは……〈だっこ♡〉。

 

「……葵」

 

無表情で手招きする海斗。

胸元に手を当てて呼吸を落ち着かせた葵が首を傾げながらてこてこ近づき、

 

「よっと」

「ふわひゃあっ!?」

「「「「「おおおおおっ!? お姫様抱っこだぁぁああああっ!?」」」」」

 

無防備に近づいてきた葵を軽々と抱き抱え、有無を言わせずに駆け出す海斗。

慌てて海斗の肩越しに腕を回して上半身を固定しつつ突然の展開に目を白黒させる葵に指令カードが渡される。

 

「だ、〈だっこ♡〉って……なんて抽象的なっ。て言うか海斗くん、いきなりこういうのはビックリするっていうか、その……心の準備がいるといいますか……」

 

身を寄せている海斗の胸を人さし指でつつきながら、もにょもにょ口籠る葵。

小動物を思わせる何とも初々しい仕草に、観客の男子勢が歓喜に沸き立ち……次いで、彼女を独り占めしている羨ましすぎるアンチクショウに嫉妬満載の視線を放つ。

その一方で、女の子の夢である『ウエディングキャリー』を目の当たりにできた女性陣からは羨望のため息が零れ落ちる。

 

「「い、居心地悪い……」」

 

後になって色々と追及されそうな空気から逃げるようにトラックを駆け抜けていく新婚さん(仮)が胃袋の辺りにキリキリとした痛みを感じ出した頃、ようやく最後のチェックポイントに辿り着けた。

葵が精神的な意味でかなり消耗した海斗の背中をさすってあげながら、最後の指令カードを拾い上げる。

ゴクリ、と緊張で喉を鳴らしながら、恐る恐る裏返していく。

するとそこには――……!

 

『こっ、これはぁあああーーっ!? 〈情熱的な告白を決める〉ッ! 何と言うことでしょう、ここ一番でこんな面白いお題を引かれるだなんてっ!』

 

本日一番の大歓声&黄色い悲鳴&血涙と血泡混じりの怒号がグラウンドを支配する。

もはや個人が何を叫んでいるんかもわからないほど凄まじい音の暴風。

催促を促すスピーカーで増幅されたアナウンスだけが無情にも耳に届く中、緊張か混乱かで固まってしまった葵と見つめ合っていた海斗が、覚悟を決めたように咳払い。

 

「――コホン」

 

刹那、一瞬で静まり返る大観衆。

ここにいる誰もが固唾を呑んで見つめてくる中、数度深呼吸して心を落ち着かせてから真剣な表情に切り替えた海斗が葵に手を伸ばす。

左手は彼女の腰に回して優しく抱き寄せ、右手は柔らかな頬に添えて愛おしげに指を滑らせながら、自分の顔が写り込む彼女の瞳を見つめて口を開く。

 

「いろいろ言いたい事もあるし、妙な空気にあてられたってのもあると思う。けど、これから口にする言葉は嘘偽ない本心だ」

「う、うん」

 

上目遣いで海斗を見る葵。

頬に朱が射し、真っ直ぐな瞳にわずかな戸惑いと……期待を浮かび上がらせる。

理性が静止を呼びかけてくるが、2人の身体は全く動けない。

静かに息を吸い、余計な装飾の一切を排除したありのままの想いで言葉を紡ぐ。

 

「お前の未来(ぜんぶ)が欲しい」

「――……」

 

(((((まさかのドストレーートっ!?)))))

 

愛を囁くでもなく、ただどこまでも愚直に己が求めを告白した海斗に、一同は戦慄を隠せない。

恋愛とかお付き合いをすっ飛ばして、ほとんどプロポーズの領域になっている。

いくらなんでもそれは……、と周囲の誰もが思う中、当人たる葵は自分の心臓が激しい鼓動を刻むのを必死になって抑え込もうとしていた。

だが、出来なかった。顔はまずます赤みを増し、胸の奥がきゅうんっと疼く。

恋人という過程をすっとばし、心と身体を繋ぎ合うほどに深い関係を結んだ。

愛しく想われている事も、大切に思われていることも知っている。

そう。

知っているからこそ、余計な飾りつけの言葉など要らない。欲しいのはこれから先――海斗と共に歩む未来。

 

――ああ、やっぱり。

 

海斗は、彼だけは自分が欲しいと望む想いを向けてくれる。

ただ、ありのままの『竜ヶ崎 葵』を誰よりも深く愛してくれる、求めてくれる。

そんな彼が、どうしようもなく――愛しい。

 

「あは♪ ――ていやっ」

「んお?」

 

頬に添えられた海斗の手に自分の手を重ね、安堵と歓喜が入り混じった笑顔を浮かべながら、ぽすっと海斗の腕の中に飛び込む。

 

「――はい。一生(ずっと)大切にしてね?」

 

ぴょこぴょこと揺れる前方へ飛び出した前髪の一にが鼻を擽られて、ムズ痒そうに困り顔になった海斗に身を委ねながら囁くように答えた彼女の顔は、まさしく『恋する乙女』そのものの笑顔が浮かんでいた。

 

『お、OKしたぁぁぁぁああああっ!? え、てか、マジですのコレ!? それともお題をこなしただけ? え、どっちですの!? ちょっとお!?』

『おおお~ぅ♪ 手と手を繋いでゴールテープをぶっちぎったまま逃げてっちゃいましたね~。あや~、この展開は予想外だったのです~。……あ、でも、もしかしたら盛り上がっちゃった勢いそのままに校舎裏でにゃんにゃんしちゃったりするのかな~?』

 

最後の小声をバッチリ聞き取った一部生徒(眼鏡なぶるまさんとか心の傷を負ってしまった“変態仮面(仮)”とか)が慌てて駆け出していく中、林檎かトマト並みに真っ赤になってしまった犬虎(わんこ)カップルが再び姿を現すのは午後の部が始まってからだったことをここに記しておく。

それまでの間に何があったのかは……お察しくださいという奴だ。




桐生君マジヤベェ……てか、どうしてこうなった。
初期プロットでは海斗君の嫉妬心を煽るライバルキャラだったのに……。
――ま、いいか(爆)。

そんなことより、次回は午後の部までのインターバル。
午前の部の残りの協議をサボった二人がナニをするかは……わかりますよね~?(チラ)
神造遊戯がスランプッてるので、次もこっちを更新するカモです。


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第17話 はっちゃけすぎな体育祭(体育倉庫えっち編)

またまたお待たせしました。
おひさしぶりのえっちシーンでございます。



体育館の裏手に建てられたいくつかの体育倉庫のひとつ。

普段は今回のイベントでも持ち出されている体育用具が仕舞われているその中で息を顰め、外の様子を伺う海斗と葵の姿があった。

蝶歌の爆弾発言に煽動され、しっとの権化へと進化してしまった連中の追跡をかわすべく、ずぼらな実行委員が鍵を閉め忘れていた倉庫に逃げ込んだ2人は、入り口の僅かな隙間から外の様子を伺う。

 

「もう行ったようだな」

「だねぇ。……はふぅ~」

 

ようやく落ち着けたと言わんばかりのため気を吐きながら座り込む葵を抱きとめつつ、海斗もまた、僅かに開いていたドアをしっかり閉じて肩の力を抜く。

朝からハイテンションな幼馴染への連続ツッコミで喉が痛み、乾きを覚える。出来る事ならスポーツドリンクを数本一気飲みしてみたいところだが、未だに自分たちを探し回っている連中のしつこさを考えたら、当分は我慢しないといけないだろう。

 

――ま、お祭り好きな単細胞しかいないんだから、次の競技が始まるころにはグラウンドに戻るだろ。

 

楽観し過ぎな気がしないでもないと自分でも思うが、これがけっこう的を射ているのだから何とも言えない。つくづく、この学園への入学云々の元凶になった両親への憤怒で胸の中が煮えたぎる……が、

 

「あっ……ふぁ♪」

「おいコラ。人の腕の中で妙な声出すんじゃない」

「んっ……! も、もぉ、海斗くんがいけないんだよ? 耳に吐息がかかってくすぐったいんだよ……あんっ♪」

「~~っ! だ、だから色っぽい声出すの禁止だっての!」

「むっ! 私だけが悪者扱いってヒドイよ。……お尻に熱いナニカが押し付けられてるのはどういうことなのかな~?」

 

頬を染めながら誤魔化す様にそっぽを向く海斗を見上げながら、葵が指摘する。

事実、胡坐をかく海斗の腕の中にすっぽりと納まっている葵は、ブルマ越しに慣れ親しんだ彼の分身が自己主張しているのを確認していたのだから。

だが、節操なしと海斗を責めるのは酷というモノだ。

海斗は祭りの空気にあてられ、おまけにふざけすぎる幼馴染とのやり取りで普段被っている虎猫の皮が破れてしまい、素の自分を曝け出してしまった。

精神的に参っていた彼は、ついつい二人っきりの時と同じように葵と接してしまったのが、先の告白の真相だ。

そう、つまり最近“(仮)”が取っ払われた『2人の愛の巣(真)』に居る時と同様の状態になったが故にかなり大胆な発言を口にすることも躊躇しなくなり、ついでに何時ものお約束な展開を本能的に欲してしまった身体がついつい反応してしまい――今に至る。

そもそも仕事ならともかく、葵相手に『コスチュームプレイ』を頼んだこともしてもらった事も無かったのに、体操着姿の彼女を抱きしめつつ、惜しげもなく曝け出されたしなやかな脚や汗に濡れたうなじなどを目の前にして興奮するなというのも酷な話である。

だから……、

 

「んっ、ちゅ……っ」

「ん……んぁ……」

 

こんな場所で昂ってしまったのも仕方がないことなのだ! ……多分!

薄暗く、蒸し暑い倉庫の中に粘液が混ざり合う淫靡な艶音が木霊する。

唇を振りほどこうとするどころか、体勢を変えて向かい合うように抱き締め合いながら重ね合う互いの唇を貪り食うかのように求め合う。

興奮は瞬く間に理性を溶かし、お互いを映す瞳に淫蕩な情欲が浮かび上がっていく。

瞼が落ち、吐息に熱が帯びていく。

燃え上がるように昂ってしまった欲望を抑え込むことは、性に飢えた若者たちに出来るはずも無かった。

天蓋近くに備え付けられ開かれたままの小窓から聞こえてくる蝶歌のアナウンスと、それに反応して離れていく生徒たちの気配を頭の隅で察知しつつ、心の大半を支配された本能の赴くまま、葵の豊かな乳房を体操着の上から優しく揉む。

厚手の生地でできた体操着と下着越しとは思えない弾力と柔らかさ。

幾度触れたのかも分からないくらい肌を重ね合わせたと言うのに、海斗の心を捉えて離さない。

手のひらから感じる弾力を堪能するように、豊かな乳房をやわやわと揉みしだいていく。

 

「やぁ……ンッ! お、おっぱいダメぇ……!」

 

白い喉を仰け反らせて喘ぐ葵から溢れ出す艶声。

言葉でこそ拒絶しているのに、海斗の首へ回された彼女の両腕に込められた力は増し、まるで自ら彼の手のひらに乳房を押し付けているかのように背中を反らしている。自分を慰めても絶対に味わうことが出来ないソレは、言うなれば甘く切ない心地良さが身体の内側から溢れ出てくるような錯覚だ。

痛みを感じず、ゾクゾク感と果てし無い昂揚を齎す海斗の指が、葵は大好きだった。

彼の額に自分の額を擦りつけ、甘える。

それは葵が海斗との生活の中で自然と身に付いたサイン。

もっと気持ち良くしてほしいという、可愛らしいおねだり。

彼女の求めに応えるかのように、海斗の愛撫はより激しく、大胆なものへと変化していく。

手のひらだけの愛撫が、5本の指もくわえた大胆な動きへと変化し、葵の腰を掴んでいたもう片方の手が、ブルマからはみ出した尻肉を掴み、揉みしだく。

しっとりと汗に濡れたきめ細かい柔肌をムニュムニュと弄ばれると、ブルマとショーツに護られた秘部から牝の匂いが僅かに香ってくる。

それを知ってか知らずか、餅をこねるように葵のお尻を揉みしだいていた海斗の指先が剥き出しの尻肉からブルマへ滑るように泳ぐ。

しっとりと汗を吸い、ヒップラインをクッキリと浮かび上がらせたブルマをキャンパスになぞらえたかのように、筆に見立てられた海斗の指が動き……お尻のワレメの隙間へするりと潜り込む。

 

「んあっ!? や、ヤダ……、海斗くん!? なにして……ひやぅっ!?」

「ん~? 気にしない気にしない」

「そんな訳にいくわけないでしょ……んあうっ!?」

 

ブルマの裾を横にズらし、ワレメを擽るようになぞっていくと、すぼまっていたアヌスのシワヒダが少しずつ広がっていく。

指先の感覚でアヌスを捉えた海斗は、意地悪く「クッ」と喉で笑ってから顕わになったソレの中心へ指を一本差し入れた。

 

「ひ――……~~ッ!!」

「ん……熱い、な」

 

ズプリ、と人さし指の第一関節まで彼女のナカに収まった瞬間、唇を強引に重ねることで悲鳴を抑え込み、更なる追撃を仕掛ける。

片寄せられて顕わになった秘部、愛液でぐしょぐしょに濡れた秘唇にズボンの中から自己主張する分身の先端を擦りつけた。

さらに体操着の上からでもわかるくらい固くなった乳首を摘まみ、重ね合されたままの唇から差し込まれていた葵の舌を絡め取り、吸いよせる。

充血したように大きくなった陰核(クリトリス)と大陰唇と呼ばれる肉ヒダが、ざらつくズボンの生地に擦られて痺れる様な電流を全身にほとばらせる。

舌と舌が絡み合って湿った音が漏れ響く唇の隙間から、吐息とは違うか細い声が零れ落ちていく。

乳房に食い込むほど強く、大胆に動く指の刺激と順調に開発されているアヌスの奥を掻き回されるえも言えぬ感覚が葵の全身を駆け巡り、情欲の火を天井知らずに燃え上がらせていく。

もはや彼女自身にも抑えが利かないほどに、どうしようもない熱が葵を支配しつつあった。

 

「あうう……っ、ぷぁ……も、もぉ、海斗くんってば興奮しすぎだよぉ……。ひょっとして、『ぶるまふぇち』さんだったの?」

「ぬぐっ!? そ、そんなわけない……ハズ、です……多分」

 

聞き様によってはマニアックな属性が付与されそうになり、慌てて否定しようとするものの……葵のブルマに興奮してしまったのは事実な訳で。

ちらりと汗の雫が流れ落ちる胸の谷間と体操着と言う背徳的な衣装の生み出す相乗効果にくらっとよろめきそうになるのを必死に拒絶する海斗。

そんな彼に意地の悪い笑みを浮かべた葵が一言。

 

「海斗くんの『ぶるまにあ』~」

「やめください!? その称号は流石に看過しきれませんよ!?」

「つ~ん」

「ほ~、そっぽを向きやがりますかそうですか。撤回してくれないんなら、こっちにだって考えがあるぞ。――てや」

 

「わふんっ!?」 と可愛らしい悲鳴を上げる葵をマットの上に転がすように押し倒すと、両足を掴んで頭の方まで持ち上げた。

下半身を海斗の目の前に突き出すような形に抑え込まれ、葵は身動きが取れなくなってしまう。

 

「ちょっ!? こんな恰好恥ずかしいよっ!」

 

真っ赤に赤面しながら拒絶を言葉にしているが、本気で嫌がっているそぶりは見せない。むしろ、心なしか“この先”を期待している雰囲気すら見える。

 

「くっくっく……どんな気分だ? 大事なところがこんな近くで見られている気持ちは。ああ、もちろん俺は最高だよ? なにせ『ぶるまにあ』だからな」

「すっごく根に持ってるよね!? や、やあっ、くんくん匂い嗅いじゃだめだよ――っあ、ああああうっ!?」

 

脇寄せたブルマから覗くぷっくりと柔らかそうな秘唇に吸い寄せられるように顔を寄せた海斗が、一切の前振りも無く唇を落とし、キスの雨を降らせていく。

唐突な強すぎる刺激に敏感に反応した葵が暴れるのを抑え込みながら、ワレメをなぞる様に舌を這わせる。

溢れ出す蜜液は蕩ける様に甘く、それでいで甘酸っぱいような香りを放ち、鼻孔を擽ってくる。脳幹が蕩ける様な興奮を覚えながら、表面上は冷静さを装って舌を這わせ続ける海斗。

ブルマの上からワレメをなぞり、にじみ出てくる蜜液を舐めとりながら、時折小さく自己主張しているクリトリスへ啄む様なキスを落とす。

ぷっくりと充血したソレを唇で挟み込み、痛みを与えない様に軽く噛む。

さらに舌先で押し込む様に突いてやれば、葵の全身を快感の電流が駆け巡り、痙攣を起こしたかのように激しく震えた。

同時に、外へ声が漏れないように唇を引き結び、両手で口元を覆っていた葵が目を見開きながら声なき悲鳴を上げた。

 

「んっ!? んんーー!? っぷは、ちょ、ま、はげっ……激し……ッ!」

 

涙まじりの懇願を当然のようにスルーして、彼女にわざと音が聞こえる様に舐めしゃぶる海斗。

彼の反応からやめてくれそうにない事を悟った葵は、快感の波をどうにか堪えようと歯を食いしばる。それでも、口を抑えつける指の隙間からくぐもった艶声が溢れ出すのを止めることが出来なかった。身体から力が抜け、されるがままに身を委ねてしまう。

 

「やぁ……! き、気づかれちゃう……気づかれ――はっ、あぁああああんっ!」

 

歯を食いしばろうとするが無駄だった。蜜液と唾液でグショグショになった陰部を一舐めされる度に甘い声が漏れてしまう。

誰かに見られてしまうかもしれないという不安が火種となり、少女の中に芽生えた牝の本能がどうしようもなく昂っていく。

けれど、恐れは感じない。こうして肌を、心を触れ合わせている海斗と一緒なら、怖い事なんて何もないと思えるから。

 

「あっ、あぁあっ! か、海斗ぉ……く……~~ッ!! もっと……はげし、くぅ」

 

乳房の芯が燃えるような熱を帯び、堪えきれないほどに疼く。もはや普通の発汗ではどうしようも出来ないほどの熱で蝕まれ、海斗以外の何も考えられなくなっていく。声を我慢しようとする思考が霞に呑まれ、さらなる官能を求めておねだりの声が出てしまう。

だが、されるがままなのはなんというか……面白くない。

 

「んふっ、あ……ねえ、海斗くん。次は私にさせてくれないかな?」

「へ? 葵にって……なにを?」

 

戸惑う海斗の胸を突っぱねる様に押し返し、マットに倒れ込んだ彼に馬乗りになる葵。ちろり、と唇を舐めるピンクの舌先がなんともエロティックだ。

汗と唾液で濡れた体操着が肌にへばり付き、ライムグリーン色のブラジャーが透けて見えている。むっちりとなめらかな太股を、ブルマの端からにじみ出ている蜜液が伝い落ちていく。

 

「んふふ~、反撃開始だよぉ。てや♪」

「うお……おぉ……!?」

 

興奮を隠せない色香を瞳に映し、葵の指が海斗の身体を撫でまわしていく。身体のラインをなぞる様に優しく、離れそうで離れない、何とも言えない絶妙のソフトタッチ。興奮と倉庫に満ちる熱気で触感が敏感になっている海斗は、それだけで電流が迸る様な快感を受けてしまう。

 

「ん……ちろっ、ちゅ……んふっ……ぅ」

 

首筋、耳たぶ、頬と続いて額や鼻頭にもキスの雨を降らせていく。あえて唇を避けているのは彼女なりの焦らし方というところか。

可愛く自己主張している乳首が布越しに海斗のソレと擦れ合うたびに、甘い声と汗の雫が溢れ出す。

白い肌は紅潮していない箇所を探す方が難しいほどに火照り、物欲しそうに身体をくねらせている。

ゴクリと唾を呑み、思わず手を伸ばしかけてしまった海斗だったが、彼の意を躱すよう狙ったようなタイミングで上半身を起こした葵がもぞもぞと体勢を変えてきた。

次に彼女は、硬さを増してズボンを押し上げる様に自己主張する男根を太ももで挟み込んできた。

もっりと柔らかい肉感としっとり汗ばんだなめらかさの生み出す軟肉に挟み込まれる圧迫感が、言いようのない快感を与えてくる。

 

「こ、これは……!?」

 

海斗の腹部に手を置きながら剛直と呼ぶほどに起立したソレを太ももで挟み込んだまま上下に揺すり始めた。

それは扱き上げる様な動きでありながら、乳房で挟み込むパイズリとも、膣内に挿入するのとも違った感触だった。

本人も初めての試みだから戸惑っているのだろう、「んしょ……。こう、かな……?」 などと口走りながら剛直への愛撫を続けている。

左右をしっとりの肌と密着しているだけでも気持ちいいと言うのに、彼女が動く度に敏感なカリの部分がブルマと擦れ合って痺れる様な官能が生まれ、海斗を責めたてていく。ボリューム感たっぷりの乳房を揺らす葵が視界いっぱいに広がっているため、視覚的にも興奮を感じずにいられない。

 

「ちょ、おま……どこでこんなモンを……!?」

「んっ……ふあ? えと、こないだ部活の後輩と出かけた時に見せてもらったティーンズ雑誌に……その、『彼氏を喜ばせる必殺テクニック』って特集が乗っててね?」

「絶対に字が違う……! これ、『悦ばせる』方だろ」

「……気持ち良く、ない?」

しゅん、と悲しげに目を伏せられては「はいそうです」と誤魔化すわけにもいかず。

「……すごく気持ちいいです」

 

その道の本職(プロ)としてのプライドを傷つけられたような、自分のためにそういうテクニックを身に付けてくれて嬉しいような、何とも微妙な表情でそう返すのが精一杯な海斗くんだった。

 

「えへへ……そっかぁ、気持ちいいんだ。なら、もっとしてあげるね……んっ、んんんっ!」

 

海斗の反応に気を良くした葵は、太ももの挟み込みに強弱をつける動きにシフトしていく。

さらに前屈みになっていた上半身を後方へ仰け反らせて、秘部と剛直を一層密着するように変化をつけてきた。さらなる刺激に応えるかのように跳ね上がる海斗の分身がかつてないほどに滾る。

情欲に支配された葵のとろんとした瞳と見つめ合う海斗。

彼の身体もまた、更なる快感を求めて腰がひとりでに動き出してしまう。クチュリ、クチュリと淫猥な水音が蒸し暑い体育倉庫へ溶けるように広がっていく。

やがて、海斗の剛直の先端から溢れ出る先走りがズボンを濡らし、太ももを伝う蜜液と混ざり合い、さらに淫靡な音を生み出し始めた。

 

「んっ……ふぁっ、はっ、ぁ……ぅ、か、海斗くん、どう? 気持ちいい、かな?」

「言わなくても……くっ! わかる、だろ……」

 

もちろんわかっている。ズボンを突き破ってしまうのではないかと思うほどに固く反りかえったソレのさきっちょを愛おしげに撫で、瞳を潤ませる葵。

おちつかないように身体をもじもじさせ、物欲しそうに繰り返し撫でるソレと海斗の顔を交互に見やる。

 

「ぷっ……」

「っ!? うぅ~~っ!」

 

迷子になった小動物を思わせる可愛らしい仕草に思わず吹き出した自分を恨めしげに睨みつけてきた葵の頬に手を伸ばし、反論を許さぬとばかりに引き寄せ、唇を重ねあわせる。濡れすぼった唇を味わいながら片手を彼女の下肢へと伸ばし、ブルマ、さらに下着の中へと差し入れた。

思った通り、蜜液で濡れすぼった陰毛を搔き分けてたどり着いた大陰唇はじっとりと熱い粘液で覆われており、膣口へ差し入れた指を吸い込む様に呑み込んでいく。

途端、ダムが決壊したかのように溢れ出してきた蜜液が指を伝って流れ出し、下着のみならずブルマにまで牝の匂いと染みつけていった。

膣道がわななく様に伸縮を繰り返し、海斗のソレを求めて子宮が疼いているのだ。

 

「あ、ん、ぁ……だ、ダメ……、もう、限界だよぉ……。お願い、欲しいの……ねぇ、入れてもイイでしょ?」

「ああ……」

 

返答と共に顕わにされた海斗の男根を見てニンマリ笑顔になった葵が一度腰を持ち上げ、ブルマの端を寄せて秘唇を顕わにさせると、海斗を跨ぐようにM字開脚になって大陰唇を擦りつけてきた。先走りでキラキラと光っている亀頭がさらに蜜液でコーティングされていく。

やがて、クネクネと動く腰の動きに翻弄されつつも硬さを失わない肉茎の先端部……亀頭が秘口と重なり合った。

 

「海斗くん……いくよ……?」

 

返答は優しいキスだった。

唇と唇を重ねるだけのソフトキス。

けれど、お互いの想いを直に感じられるこのキスが、2人は大好きだった。

互いの吐息が重なり合うと共に沈み込んでいく葵の腰。

ずぶぶ……、と熱く潤う膣内に猛々しい肉茎がめり込んでいった。

 

「かっ、は――ぁ……ひうっ、ぁ……あああうっ!」

「あ……すごく熱いな」

「あ、んぅっ……だっ、だってぇ……お腹の奥の方がジンジンするんだもん」

 

限界まで怒張した肉茎を全て呑み込み、粘度が高く、ミルクのように甘い香りを纏った蜜液が包み込んでくる。

と同時に、待ち望んでいた肉茎を逃すまいと蠕動する内ヒダがしゃぶりつくすように反応した。

まるで無数の舌で舐めしゃぶられているかのような錯覚を感じてしまう。

何の抵抗も無く奥へ、奥へと呑み込まれていき、やがてコリッとした子宮口まで難なく達した。

赤ちゃんの苗床を押し上げるように腰を突き上げてみると、肉茎をしごき上げていた膣肉が痙攣を起こしたように激しく振動しながら締め付けてくるのがまた気持ちいい。

一番敏感な性感帯である子宮口を刺激される度にビクンビクン、と身悶える葵を愛おしげに抱きしめながら、海斗は円を描くような腰つきで突き上げていく。

燃える様に熱い膣の感触に目を細め、感嘆の声が漏れそうになってしまう。

だが、快感に満たされていたのは葵も同様だったらしく、真っ赤に染まりきった顔を蕩けさせ、甘える様に頬を摺り寄せてくる。

それでいで、下肢は彼女の意志を無視するかのように上下に動き、扱き上げてきた。

腰をくねらせながら持ち上げ、膣内のヒダヒダで締め付けながら沈み込む。

外気と粘液が混ざりあって淫靡な音を生み出し、2人の興奮を否応なしに引き上げていく。

 

「くっ、お……すげ、気持ちイイ……」

 

騎乗位のため自ら積極的に突き上げを行う事こそできないが、海斗の感じる箇所に絶妙な刺激を与えてくれるので物足りなさなど感じない。

ブルマからはみ出したむっちり感たっぷりの尻肉を鷲掴みにし、葵の腰の動きに合わせて上下に動かす。それだけで彼女の負担が軽減され、腰のくねりがより情熱的なものへと昇華されていく。喘ぎ声を聴かれたくないと、キスを続けて我慢する葵がどうしようもなく可愛くて仕方がない。

愛しさと色っぽさを併せ持つ美貌をつぶさに見上げつつ、上肢も小刻みに動かして密着している乳房、その先端へ刺激を送り込む。すると、海斗のソレを身体の中で堪能していた葵の背筋を電流が駆け昇った。キスで理性を溶かされ、肉茎の動きに意識がいっていた所への不意打ちだ。

 

「ひっ、……くぁ、ふぁああんっ! ち、乳首、悪戯しちゃダメなんだからぁ……! 今日は私が動いてあげるんだからねっ」

 

きゅっ、と下腹部に力を入れた葵が山犬の如き輝きを瞳に宿した次の瞬間、海斗から素っ頓狂な声が上がった。

葵の膣肉が肉茎(ペニス)を締めつけながら、亀頭を擦りつける様にひねりを咥えてきたのだ。男性器の中で最も敏感な弱点を刺激され、思わず喘ぎ声を零してしまった。普段は上位者として葵をリードしてきた彼が珍しく見せた表情に、野生を取り戻したわん()が更なる追撃を掛けていく。

 

「うおぁ!? ちょ、おま、いつの間にこんな技を……!?」

 

海斗の表情を満足げに見つめながら巧みな腰捌きで絶え間なく刺激を送り込んでくる葵。

絶頂が近づくにつれて艶めかしく移り変わっていく彼女の表情に魅入られたかのように、海斗の精巣が大量の精子を生成していく。

射精の気配を感じとり、また己自身も限界が近い事を察して、葵の腰の動きがさらなる過激なものへと進化する。

 

「んくっ……くっ、あ、あうっ……あんんっ……! か、かいとぉ……も、もう欲しいの……!」

 

腰をくねらせながら海斗を覗き込み、頬を舐めながら懇願する葵。

愛らしいおねだりに胸の奥がきゅうんっ、と疼くのを自覚した海斗の両手が尻肉から乳房へと移り、パンパンに張っている乳肉に本気で指を沈み込ませた。

 

「あうんっ!? ふぁ、あ、はぁぁ……あ、あ、あ、……くふぁっ!? む、胸だけじゃなてぇ……! しっ、子宮がきゅんきゅんって疼いちゃってるんだよぉ……あふぅっ! も、もお、我慢できないのぉ……!」

 

跡が残っても構わないとばかりに激しい指捌きで更なる快感を送り込まれ、葵が両手を突っ張って背中を仰け反らせる。

瞬間、上肢を起こした刹那に、僅かに浮いた彼女の腰を再度掴み、引き寄せながら自らも最奥目指して突き上げた。

子宮にズシンと響くほどの衝撃と快感を打ち込まれ、喉が掠れたような声なき悲鳴を吐き出しなが絶頂へ達する葵。

膣肉は痙攣を起こしたように小刻みに震え、仕上げとばかりに肉茎を引き千切れんばかりに締め上げてきた。

亀頭に吸い付いて放さないと言わんばかりの子宮口のコリコリッとした感触と射精を促される扇動に誘われ、海斗もまた射精へと誘われていく。

そして――、

 

「あっ、ふっあ……ふぁぁああああんっ♪」

「クッ! お、おぉ……ッ!!」

 

煮えたぎるマグマの如き熱量を宿した精液が解き放たれ、膣を駆け昇って子宮の中へと注ぎ込まれていく。

脳裏が真っ白に染まり、全身から力が抜けるほどの恍惚で心が満たされていくのがわかる。

待ち望んでいた精子に歓喜しているのだろう、膣肉の蠕動は収まる兆しを見せず、気持ち良さ気に瞼を閉じて絶頂の溜飲を味わう葵の下肢が時折ビクビクッ、と痙攣していた。

 

「ふぅぅ……っかはぁ……」

「はっ、はっ……はぁぁあ~~……」

 

ぐったりと脱力してもたれかかってきた自分を抱き締めてくれる海斗の温もりに身を委ね、うまく言葉に出来ない気持ち良さに胸が満たされる。

 

「海斗くん……」

「ん~? どした?」

 

悲しみでは無い涙を目尻に浮かべ、頬を海斗に擦りつけながら呟く。

 

「お腹のなか……海斗くんでいっぱいだよぉ」

「……あんまそーゆーことは言わないよーに」

「あっ……もぉ、また固くなってるよ?」

「……うっさい」

 

恥ずかしそうにそっぽを向く海斗がなんだか可愛くて、ぷっと吹き出してしまう。

くすくすと笑う声が熱気に包まれた体育倉庫に木霊し、何とも言えぬくすぐったい空気に包まれてしまう。

えも言えぬ幸福感に包まれながら、葵は心地良い熱さで満たされた下腹部を優しく撫で上げた。

 




次話は午後の部……の前に自宅での2回戦になるかな?
更新は神造遊戯をちょこちょこ書き進めているので次の次辺りになるかもです。


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第18話 はっちゃけすぎな体育祭(昼休み編)

こっちも久々に更新です!
アイデアは固まってるのに、表現が納得できずに修正の繰り返し。
とりあえず、夏休みのイベントまでプロットは出来てるので、体育祭は次回で完了させますか~。



――妄☆想♪――

 

 

そこは蝋燭の炎しか光源が無い地下室。

天上も壁も冷たい石畳が敷き詰められ、充満する“性”の匂いが鼻孔を擽る。

理性を溶かし、精神を加虐色に染め上げるソレを肺いっぱいに吸い込みながら、『影』は愉悦に満ちた哂い声を零す。

『影』の視線の先、壁の一角に背中を預けるもうひとつの人影(・・)が全身を舐めまわすような視線に気づき、身じろぐ。

ジャラリ……、と響く鉄の擦れる音。それは壁際にある人影の首に繋がれた鎖を音源とするもの。

頑丈で、獣であろうとも容易く縛り上げるほど強靭な鋼鉄の鎖が繋がれた首輪で拘束されている人影は、懇願するように部屋の中央に立つ『影』を見上げた。

ゆらゆらと揺れる蝋燭の光に照らされ、浮き出る人影は生まれたままの肌を曝け出す“人間”だ。

だが、全裸と言う訳ではない。ソレは、己が裸身を覆う黒い衣装を纏っている。だが、果たしてそれを“服”と呼んでよいのだろうか?

妖しげな艶で覆われた漆黒の革。布の切れ端とベルトを無理やり繋ぎ合わせたかのような奇抜なデザインのソレは、裸身であることよりもはるかに恥辱を感じさせる。上は、両胸に当たる部分を円形にくり抜いた革を同じく革製のベルトでつなぎ合わせたビスチェのような形状。下は、Tバックを彷彿させるほど際どいパンティーデザインの下着。ただし、股間部分の生地は取り払われ、性器が外気に曝されてしまっている。

乳根を圧迫されたのかピンク色に上気した胸の先端で硬さを増していく乳首には、キラリと輝く金色のリングが妖しく揺れている。

さらにそこから伸びる細い鎖が喉元の首輪にあるリングを通して左右の乳首を繋ぎ、身じろぎすると固く尖った乳首が引っ張られてしまうようになっていた。

『ソレ』の口からくぐもった呻き声が零れ落ちる。ギャグポールを咥えさせられ、言葉を話すことが出来なくなっているからだ。

白いボールに開けられた無数の穴から、だらだらと溢れ出す唾液が顎のラインを伝って胸、腹へと流れ落ち、やがて露出された股間へとたどり着く。

蕩ける様に粘着質な唾液は、そこで別の液体と混ざり合ってから床へと滴り落ちる。唾液と混ざり合った物……それは、股間からにじみ出る興奮の証に他ならない。そう、ソレは悦んでいるのだ。恥辱を命じられ、外界から隔絶された地下室に縛り付けられるという現状に、興奮と歓喜を抱いてしまっている。

『ソレ』の顔に浮かぶ恍惚とした、誰かに媚びる様な笑みを浮かべて頬を紅潮させる姿。あさましい性の奴隷へと堕落した者の姿がそこに在った。

M字開脚の体勢で何かを求める様に見つめてくる『ソレ』を見下ろす『影』の表情は、侮蔑に満ちたもの……ではなかった。

愛おしげに、可愛らしい幼子を愛でるかのような微笑みすら浮かべ、腰に携えたある物を引き抜く。

黒光りする革製の棒にも似たそれ(・・)を目の当たりにして、『ソレ』の股間からじゅうっ、と興奮の蜜液が溢れ出した。

『影』の視線がだらしなく粗相をした股間に向けられることを感じ、『ソレ』の胸中では快感が際限なく高まりを見せていた。

媚びの色で染まりきった瞳はさらなる熱を帯び、股間を恥ずかしげに隠すどころか寧ろもっと見て欲しいと言わんばかりに腰を突出し、見せつける様に突きだしてくる。性器がジワジワと濡れていく。溢れ出した性液は雫となって床へ落下、淫らな水溜りをどんどん広げていく。

濃厚さを増す性の匂いに脳の芯が熱く火照っていくのを感じる。『影』は自分がどんな表情を浮かべているのか分からない。

だが、『ソレ』の期待に満ちた表情を見るに、よっぽどご期待に添えそうなモノになっているのだろう。

桜色に染まった唇を舐める舌の感覚までもが敏感になっている。自分の胸に渦巻く興奮もまた、抑えが利かないほどに昂ってしまったのだ。

引き抜いた鞭――馬の調教にも使われるアレ――を片手で弄びながら、ワザとらしく足音を立てて『ソレ』の元へと近づいていく。

まるで淫魔に誘われた獲物のようだと自身を睥睨するも一瞬、『影』の意識は瞬く間に加虐心で染め上げられてしまった。もう、こうなったら自分でもどうしようもない。鞭が撓り、ひゅんひゅんと風切音が地下室に木霊する。

一歩踏みしめるごとに自らの衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの裸体を曝けだして『ソレ』の前に立つ。

乳首は、痛いほど勃起していた。股間から性液が溢れ出していくのを抑えきれない。

陶磁器のようになめらかな太股を伝い、床へと流れ落ちた性液が、石畳の繋ぎ目を伝って流れていき、やがて『ソレ』から垂れ流された性液の水溜りと合流を果たす。

混ざり、溶け合う様はこれからの自分たちの未来を指し示すかのようだ。

『影』が持つ鞭の先端が『ソレ』の顎下に添えられ、くっ、と持ち上げられる。

それだけで、唾液の量が2割増した。どうやら鋭敏になりすぎた触覚は、僅かな接触でも最上級の性的興奮を感じさせるレベルに達しているようだ。

情欲に染まりきった瞳が声なき求めを叫ぶ。

 

――来て……と。

 

もう、耐えられなかった。『影』の腕が固く尖った乳首へ伸ばされ、同時に鞭を持ったもう片腕を振りあげる。

痛みと快感、両方を同時に与えるために。極上の獲物を、心行くまで堪能するために。

もはや、そこに“人間”と呼べる存在(モノ)は存在しない。

お互いを貪り、舐め回し、魂の一欠けらに至るまで喰らい合う“ケモノ”が2匹。

極上の快感に浸り、溺れるために。ブルブルッ、と裸身を痙攣させて恍惚の笑みを浮かべたケモノ共の唇が、蜜の吹き出す艶音と共に絡み合った――……!!

 

 

――◇◆◇――

 

 

「――ってな感じで、きっと今頃、地下室で“にゃんにゃん”しまくっていやがるんだろうなァコンチクショぉぉぉぉぉおおおおおおお!!」

「フォォォオオオオオオオ!! 許せねぇ! 許せねぇなあアンチクショウ!」

「葵たんとSMプレイだと!? SMぷゥれェいだとぉ!? ――興奮しちゃうじゃねぇかよぉ!」

 

額に『しっと』と書かれたプロレスラーのマスクを被り、サバトの儀式で使われていそうな黒マントと『紳☆士』と刻まれたビキニパンツを纏った“リア充撲滅連盟”が、大空へ向けて拳を突き上げながら怨嗟の悲鳴を上げていた。

SかMかで言えばMの比率が高い生徒たちの青春真っ盛りなリピドーが、スタイリッシュすぎる妄想をイメージさせたのみならず、イメージを仲間内で共有させるという奇跡を起こした。……結果、男子生徒が大暴走。

学園生徒の6割が所属する“リア充撲滅連盟”が学園公認(!?) のユニフォームへ着替えて、衆人観衆の真っただ中で学園のアイドルへプロポーズをかましてくれやったモテ男抹殺のために行動を開始して今に至る。

脱ぎ散らかされて宙を舞うコスプレ衣装。でも、地面に落ちる前に脱ぎ捨てた本人が回収し、綺麗に折りたたんでから待機所で決められた自分の席に置くあたり、へんなところで律儀だと言うべきか。

 

「ハァ、ハァ……ウッ! ――ふう。君たち、冷静になりたまえ。血が上ったその頭じゃあ、探し出すことも出来やしないよ」

 

マント付き変態マスクマンの群れが正座してコスプレ衣装を折りたたむというシュールな光景が繰り広げられる中、何かを悟ったかのように爽やかな笑みを浮かべた男性教師が暴走する生徒たちを鎮めるべくマイクを持った。

 

「いいかね生徒諸君。確かに彼らリア充は撲滅して滅殺すべき憎悪の具現だ。だがね、血涙と憤怒に染まった目で隠れているであろう彼らを見つけ出すことは難しいだろう」

 

言葉をいったん区切り、己を注目する一同を見渡す。

的を射た指摘に反論することも出来ず、しっとマスクマンズは口惜しげに拳を震わせ、項垂れている。

確かにそうだ。これから(リンチを)挑むのは、あれ程の身のこなしを見せた“敵”。しかも、学園の生徒である以上、自分たちに追い掛け回されることなど百も承知のはず。ならば、追跡を巻くために二手、三手先を予測し、予想も出来ない逃走経路を構築している可能性も無きにしも非ず――!

 

「――ッ! けど……でもっ!」

「それでも俺たちはやらねばならないんだっ! でないと……! 我らが同胞(非モテ男)の胸に燃え盛る怒りの炎を鎮めることなんてできないだよっ!」

「くうっ! ど、同士……! 俺もお前と想いを同じだ!」

「おおっ、77号よ!」

 

しっとマスク68号が傍らの同士、しっとマスク77号と熱い抱擁を交わす。がっし! と暑苦しいほどに密着するマント装備の変態マスクマン(血涙垂れ流し中)の“ハグ”に女子勢と観客席の皆様方がドン引きする一方、信念を同じくする同士たち(マスクマンズ)は熱い友情に嗚咽を零し、歓喜の涙を流している。

彼らの真っ赤に染まった視界には、男……否、(オトコ)同士の熱い友情のワンシーンとして映っているようだ。

 

「まったく、ガキ共が成長しやがって……」

「ふふふ……。教育者として、教え子の成長は嬉しい物ですね」

 

息子の成長を見守る父親を思わせる微笑みを浮かべて朗らかに談笑する男性教師陣に、同僚の女性教師が腕のいい眼科を紹介すべきか真剣に悩み始めた時、パンパンと手を叩く音が校庭に響いた。

一同の視線が先ほどの男性教師へ戻ったのを確認してから、咳払いした彼が懐からあるものを取り出し、高々と掲げた。

それはクシャクシャに丸められたティッシュのような――

 

「おっと間違えた。これじゃなくて、えーと……ああ、あったあった」

 

ズボンの後ろポケットに先ほど取り出した物体――イカ臭いティッシュ的なものを押し込まれて膨らませながら、表面上は何事も無かったかのように平静を保ち、目的のモノを一堂へ翳した。

 

「これこそ、私が教師生活の合間に造り上げた『下駄箱に恋文を忍ばせてくれる美少女な女性生徒とシークレットラブイベンツッ! に突入した時のための人目を憚る死角ポイントマップ』ッ! これを使えばあ~ら不思議! 校舎のどこに隠れていようとも必ず標的を見つけ出せること請負なしなステキアイテムだぁ~っ!」

『おおっ!』

「本来ならば門外不出のスペシャルアイテムなのだが……生徒諸君の熱意に胸を打たれたっ! よって、君たちに情報を公開しようではないか! さあ、若き戦士諸君! 未来に向けて駆け出すのだァ!」

『うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!』

 

堰をきったかのように盛り上がる、マスクマン一同。

同僚の女性教師から道端に捨てられたフーセンガムを見るかのような眼を向けられることなどなんのその。

教師魂に心を燃やす男子教師が秘蔵の一品のコピー紙をばら撒きながら雄々しく叫ぶ。

 

「さあ、諸君! リア充に死を!」

『リア充に死を!』

 

“リア充撲滅連盟”のスローガンを叫び、死刑執行者(イレイザ―)と化したマスクマンが、怒濤に押し寄せる洪水の如き勢いで駆け出した。

目指すはリア充。学園きってのアイドルのひとりであり、数少ない『清純派美少女』を奪いやがった憎き女たらし(に見える)を屠るべく、嫉妬の化身がここに解き放たれた――……。

 

「先生、随分と思い切ったことを成されましたね? 大切なものだったのでは?」

「――校長。いえいえ、これも可愛い生徒たちのため。身を切る行為も、未来を担う若人を成長させる糧となるのならば本望ですよ」

「ホゥ? ずいぶんと殊勝なご意見ですが――なぜそこまで冷静に語ることができるのでしょう?」

 

普段は理知的と言うよりも短絡的……否、直感的である教師の姿に疑問を浮かべ、問いかける。

上司の疑問に、男性教師は何かを達成したかのような微笑みを浮かべ、

 

「ふっ、これぞ奥義『スーパー賢者タイム』。脳内に広がる妄想のキャラクターに自身を投影させることで『いじめられるブタ』の快感を疑似体験。怒りを鎮め、冷静な頭脳を取り戻すことで達する無色の境地……」

 

無駄にカッコつけてとてもカッコわるい台詞を吐いた。

ズボンのポケットの内側からイカ臭い液体的なものがにじみ出てきているのに、校長だけが気づく。

 

「す、すげえ……! これが噂に聞く大人のオトコの必殺技か!」

「かっこいい……! チクショウ、惚れちまうぜ先生―!

『先生! センセぇーー!』

「ふっ……少年よ。――俺に惚れたらヤケドするぜ?」

 

ズッキュュゥゥウウウウウン! と効果音を背負い、指鉄砲を決める男性教師を称賛する少年たち(非マスクマンズ)の声は、収まることなくいつまでも校庭に響き渡っていたそうな。

 

 

「へえ。桃花の卵焼き、おいしーわね」

「えへへ~、ありがとぉ~。けど、早苗ちゃんのミートボールもおいしぃよぉ♪」

「ふふっ、ありがと」

 

暑苦しい青春の一ページ? が繰り広げてられていた一方で、女生徒や女性教師、観客の皆様方は、誰得なコントにすっかり毒気を抜かれてしまい、朗らかなお昼ごはんタイムを堪能していらっしゃった。

葵を探そうと駆け出した早苗ですら、どうにも馬鹿馬鹿しくなって戻ってきたあたり、よほど草むらやポールの後ろなどを真剣に探索するしっとマスクマンズと同類にされたくなかったのだろう。心なし、浮かべる笑顔もどこか引きつって見えなくも無い。

最悪なBGMを背景に、少女たちの昼食はつつがなく進行していくのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

血まみれしっとマスクの群れが校内を徘徊しているのと同時刻。

シャワーを浴びて汗を流すために愛の巣(真)へ戻った海斗と葵が何をしていたかと言えば……、

 

「ぶーぅ」

 

むくれていた。

食事時なハムスターの如く。

 

「なあ、葵ぃ。いい加減、機嫌直してくれよ」

「ふーんだ。いぢわるさんの声なんて聞こえませーん」

「まったくもう……やれやれ」

 

汗で濡れた体操着を脱ぎ、シャワーを浴びてサッパリした所で、体育倉庫の情事で何をされたのか思い出した葵。

”おしり”を弄られるという、ものすごく恥ずかしい目に遭わされたことを今頃になって自覚した彼女は、着替えを済ませるなり「私、怒ってるんだからねっ!」 と自己主張を初めて今に至る。

海斗は、Tシャツと下着だけという扇情的な恰好のままリビングの真ん中で膝を抱える葵に謝りつつ、濡れたままだった彼女の髪を梳かし始めた。

彼女自慢の黒髪を乾かすのは、いつしか海斗の役目になっていた。

初めて海斗に髪を乾かしてもらって以来、なんだか自分でやるよりも気持ちいいからとおねだりして今に至る。

水気を帯びた髪をひと房掬い、指を櫛に見立てて愛しむ様に梳かしながら零れる水滴をタオルで拭っていく。

枝毛のない艶やかな髪の毛は絹糸のように滑らかで、こうして触れ合うだけでポカポカと心地よい気持ちになれる。

 

「次はブラシですよ~お姫様」

「うむうむ。よきにはからえ~♪」

 

本人も自慢にしている女性の命が痛まないよう優しく、丁寧にブラシをかけていく。

髪の毛同士が絡み合わないよう繊細にブラシを泳がせたところでドライヤー。繊維を傷つけないよう冷風に設定して、しっとり艶やかに仕上げていく。

お湯を浴びて桜色に火照ったうなじと濡れた髪が織り成すコントラストは、まるで一枚の芸術画のよう。

鼻孔を擽る香りは柑橘類の匂り。気を緩めてしまえば、本能が赴くまま鼻孔を摺り寄せ、心ゆくまで堪能してしまいそうになる。

このままだと理性が不味い。気を逸らす意味も兼ねて、何気に気になっていた疑問を問いかけてみた。

 

「葵姫さま~」

「な~にぃ~?」

「質問いいか~? 水泳部員なのに髪伸ばしてるのってなんか拘りがあったりするのか?」

「ん~……実はあるんだよね~これが」

 

仕上げに乾タオルで軽くグルーミングして作業完了。

窓から注ぎ込む陽光に煌めき、まるで宝石の欠片を散りばめたかのようだと、ものすごく恥ずかしい感想を思い浮かべてしまった。

自爆で真っ赤に染まっていく顔を悟られないように後ろから抱き寄せ、ごまかす様に葵のうなじへ顔を埋めながら話の続きを促す。

擽ったそうに身を捩っていたが段々と慣れてきたのだろう。彼女を抱きしめる海斗の手に自分の手を重ね合わせながら、過去の思い出を呼び起こす様に言葉を紡いでいく。

 

「ず~っと小っちゃい頃……小学校くらいの時かな? クラスの男の子たちにからかわれて公園で泣いてたことがあるんだ」

 

父親が釣り好きなこともあって幼い頃から海や川へ出かける機会に恵まれてきた葵。

父が釣りに興じている間、じっと待っているのが苦手な子どもが水遊びをするようになり、その流れで泳ぐことが好きになっていったのはある意味当然の結果だった。

特に夏場は休日には必ず水場へ出かけて日が暮れるまで泳ぎまくる場面も少なくなかった。

だが、

 

「いつ頃だったかな……。学校でね、同じクラスだった男の子にこんなこと言われたんだ」

『や~い、この真っ黒女! お前、休みの日はいっつも泳ぎに行ってるんだってな。そんなに泳ぐのが好きなのって、ひょっとしてお前、魚か河童なんじゃねぇの!』

 

彼が何を思ってこのような発言を口にしたのか今になってはわかるはずもないことだ。

もしかしたら水泳の授業にあった男女対抗の競泳で負けた腹いせだったのかもしれないし、あるいは同世代の女の子よりも成長が速かった葵の膨らみかけた胸部や小麦色に焼けた肌からチラッと除く水着の跡にドキドキしてしまったことの照れ隠しだったのかもしれない。

どちらにせよ、クラスメートたちがいる教室の中で大好きな水泳を否定されたショックで学校を飛び出してしまった葵は、普段足を運ばない公園のベンチで涙を流していた。

あんなヒドイこと言われちゃうのならもう二度と泳がない! 胸の痛みから目を背けるようにネガティブな方向へ思考が落ちかけた……そんな時、不意に影が差した。

 

「眼を擦りながら顔上げたらびっくりしたよ~。いつの間にか、無愛想な子が私を覗き込んでいたんだ」

 

嗚咽が止まってしまうくらいの衝撃だった。

何せ、その少年の表情は泣いてる娘を慰めよう~という紳士的なものでは微塵もなく。

 

「第一声が『サボりは”ふりょー”の始まりだぞ』だったからねぇ……。うん、あれはないわ~」

 

思わず『慰めてくれないの?』 と聞いてしまった葵への返答が『めんどくさいからケーサツ呼んでいい?』 なのだから、実にへそ曲がっているお子様だと言わざるをえない。

 

「むぅ……なんというか随分と捻くれたガキだな。どう育てられたらそこまで可愛げのないガキんちょになるのやら。てか、もしかして幼馴染君だったりするのか?」

「ん~ん。違うよ」

 

あけすけな海斗の言い分に苦笑を浮かべつつ、葵はあの出会いを思い返すよう遠くを見つめるように視線を窓の外へ向けた。確かに出会いこそアレだったが、()との思い出は大切な宝物なのだ。

 

 

「だってさ、物語のお姫様は長髪がお約束だろ! 人魚姫も髪長いし! せっかく綺麗な髪してるんだから、伸ばしたほうがきっと似合うって!」

 

時刻は正午だったというのに夕暮れ時かと錯覚してしまうくらい真っ赤な顔で言いたいことを言うと、振り向きもせずにどこかへ駆け出して行った少年。

呆気にとられてフリーズてから再起動するまで約30秒。その後、言われたことの意味を紐解いて、熟れたリンゴ状態になってしまった頬に手を当てて「うわー、うわわー!?」 とオーバーヒート状態に陥った葵を探しに来た教師に確保されるまでの約600秒。

この合計630秒の間、初めて異性を意識した(はつこい)記憶と共に、少年から綺麗と言われた髪を伸ばす様になったのだ。

競泳のハンデとなったとしても、思い出を大切にしていきたいから。

 

「そんなわけで、髪を伸ばすようになったんだ――あれ? 海斗くん不機嫌モード? なんで?」

「……別に」

 

大切な記憶に思いを馳せていた葵がふと振り向くと、面白くなさげな表情をした海斗がいた。

頬を膨らませたりこそしていないものの、立ち昇る不機嫌オーラがそう語っている。

 

「……もしかして嫉妬しちゃった? 私の思い出の中にしかいない初恋の男の子に」

「そんなこと言っとらんわ」

 

視線を彷徨わせながら彼女を抱きしめる腕に力が籠っていては説得力が皆無だ。

それに気づいているから、葵の口元がニヤニヤしているのだろう。桜色な唇のラインが『ω』になる。

 

――何が嫉妬だバカバカしい。所詮は昔の話、名前も知らないガキんちょ相手になにを動揺してんだ俺は。

 

確かに、葵の今に続く初恋の相手として心の大切なところに居座っているのかもしれない。

けれど、今の彼女と一緒にいるのは自分なのだ。

彼女を全部受け入れているし、逆もまたしかり。

思い出の住人など、所詮は一方通行の想いを向ける事しかできない。

そんな奴なんかに(コイツ)は渡さない。

大体、貴様は葵の魅力を知らないだろう?

 

食事の時、料理の腕が負けてることを自覚してショボンと項垂れたくせに、料理を一口食べた瞬間、花が咲くような笑顔に代わるギャップがたまらないとか。

 

むくれている時、尻尾みたいにぺちぺち揺れる髪の動きが可愛らしいとか。

 

『えっち』の時、意外と積極的な一面を自分だけに見せてくれる様がとても嬉しいと感じていることとか。

 

それもこれも、海斗(じぶん)と葵だけの思い出。

そして、これから数えきれない思い出を積み重ねていく。

ざまあみろ、ガキんちょ。今のコイツも、未来のコイツも俺のものだ。他の野郎には、毛先の欠片もくれてやるものかよ!

 

ふと、視線を感じて振り向く。

そこにはスーパーの店頭にはまず並ばないだろレベルに熟れすぎたサクランボの如き真っ赤になった葵のお顔が。

ん? と首を傾げる海斗に見つめられ、落ち着かなく視線を彷徨わせていた葵がやがて覚悟を決めたように彼を見上げ、

 

「あ、あのぉ……所有宣言はさすがに恥ずかしいって言いましょうか」

 

ぽそっ、と小声で呟いた。

 

「……え? なぜに照れていらっしゃるので? ――っは!? ま、まさかまたやらかしやがりましたか、俺!?」

 

コクン、と小さく頷く葵。

瞬間、海斗の顔が青 ⇒ 紫 ⇒ 赤と鮮やかに変化していく。

主に羞恥心で。

どうやら葵へ向けられた海斗の溢れる想いは、鼻からではなく口から出てしまうようだ。

無自覚に。

ブホアッ! と海斗の頭頂部が水蒸気爆発。極まった体温が、一気に蒸発してしまったらしい。

崩れ落ちる様に俯く。

 

「うぁ~……もうダメだ。死ぬ……死んでまう。死因は悶死で」

「けっこう余裕あるよね? まったくもぉ~……海斗くんのおバカさんっ♪」

 

恥ずかしさをごまかす様に葵の首元へ顔を埋めたまま頬を擦りつける海斗。

耳まで真っ赤にして悶える様がなんだかおかしくて、母性にも似た愛しさがこみ上げてくる。

身体を捩って向き合うように体勢を入れ替えて、襟首から魅惑の谷間が覗く胸元へ頭部を抱き寄せてあげれば、海斗の腕が自然反射のように自分の腰を抱きつくように回された。

一見するとなんでもそつなくこなせる様に見えて、意外とおバカをやらかすからほっとけない。

普段からすごく頼りになるし、縋りたくなる大人な雰囲気を纏っている。

そのくせ、しょーもない事で自爆しては子どもっぽく落ち込んだりもする。

これから一緒に生きていく中で、次々と新しい一面を発見していくのかなと思うと、すごく楽しみでうきうきしてしまう。

それはきっと海斗も同じ想いのはずで。

要は、お互いがお互いにどうしようもないくらい夢中になっているということで。

 

「大丈夫だよ。海斗くんがどーしようもないおバカさんだってこと、世界中の誰よりも私がわかっているんだからっ」

「……嬉しいようでちょっぴり切ないお言葉、どうもありがとう」

 

頭に生えた(ように見える)虎耳をへんにゃりさせた虎さんを”なでなで”するわん()の尻尾(のように見える髪)がご機嫌そうにパタパタと揺れる。

天下無敵のいちゃらぶフィールドを形成した犬虎カップルのピロータイムは、体育祭の午後の部開始を告げる放送(某幼馴染によるニックネーム(ホス虎&紺ぶるま))で呼び出しを受けて解除されなければ延々と維持されていたのは想像に難しくない。

どうやら彼らの心の辞書は、『節度』と言う単語が消去済みのようだ。

幸いまだ残されている『自制』や『自重』まで消去されないよう願うばかりである。

 

 

 

 

「それはともかく。私に恥ずかしい思いをさせた罰はちゃんと受けてもらうよ」

「えぇ~……気持ちよさげだったくせに」

「私のログには何もありませんっ。と、言う訳で、海斗君は私の必殺手料理(ワン・ショット・クッキング)を召し上がるようにっ」

「…………What(ワーッツ)!?」

 

脳髄の演算能力を超えた展開に言葉を無くし、たっぷり1分の時間をかけてそれが示す意味を理解していくのと比例して血の気が失せていく。

指先は凍傷の如く小刻みに痙攣を繰り返し、恐怖でかみ合わない奥歯から鳴るカチカチという音が口から零れるのを抑えられない。

 

「い、いつの間に料理なぞされたのでしょうか?」

「えへへ~、実は海斗くんがシャワー浴びてる間にねっ。頑張ったんだよ」

 

艶やかな長髪が子犬の尻尾のようにパタパタ揺れる様は、満面の笑顔と相まって非常に愛らしい……が、海斗の眼には死神の手招きにしか映ってくれない。

 

――な、何かないのか!? この危機を乗り越える何かがっ!? ……っ、そうだ!

 

「あ、葵……いや、葵()。汗流すのにシャワーしか使ってないからたいして時間かかってないと思うんだ。こんな短時間で何を作ったんだ? おにぎりか? シンプルイズベストな白米おにぎりさんなんだよな!? そう言ってくれぇ!?」

「ふっふっふ……甘く見てもらっちゃあ困るってもんなんだよ。こう見えて私、努力できる女ですからっ」

「わぁお。根拠のない自信、カッコいーですねー……で、何をお作りになられたりしちゃったりされたのでしょうか?」

 

凍える様な冷や汗はじっとりとした脂汗へと変わりつつある。

せめてもの希望は、彼女が正常な味覚を持った味見のできる女の子であることか。

ならば! 出来栄えがどうあれ、食べられる材料を使われているはず!

胸に湧き上がってきた輝く希望を胸に、海斗は覚悟を決めた戦士の顔つきで次の言葉を待つ。

だが……彼は大切なことを失念していた。

自分がものすごく性質の悪い神様に目をつけられていることに。

素敵にドSな神様が、こんな面白イベントをスルーしてくれるはずもないということを、海斗は自らの身を以て理解させられることとなった。

 

「じゃーん! 葵ちゃん特製『レインボーパエリア』だよ!」

「レインボーだとぅ!? うお、マジで七色に光り輝いてやがる……つか、眩し!? なんだコレ、蛍光塗料でも塗りたくったか!?」

「しつれーな。ちゃーんと台所にあった食材と調味料で作った一品なんですけど?」

「ごくごく普通の材料だけでどうやったらここまで奇天烈なシロモノが錬金できるんだ!?」

 

自身の城でもあるキッチンで『レインボー』が誕生したことに慄く海斗。

やる気を出した料理下手の本気を目の当たりにして恐怖を抱かずにはいられない。

だが、立ち止まることは許されない。

なぜならば、己にスプーンを握らせながら「食べてみて♪」とニコニコ笑顔を向ける葵から逃れることは不可能だから!

料理を嗜む者として、料理を一口も食べずに廃棄するなど最低の行為。

大切な女の子の手料理であるなら尚のこと。そう……葵に料理する時間を与えてしまった時点で、海斗の未来は確定してしまったのだ。

スプーンを握る指の震えを気合いで抑え込み、先ほどから警告を発し続けている本能に感謝の念を抱く。

 

――俺を想ってくれてありがとうな我が本能よ。けど、ごめんな。男には退いてはならない事態もあるんだ。だから……ッ!

 

死地へ赴く武将の如き覚悟の顔で両手を合わせ、あの言葉を発する。

 

「……いただきます」

「はい、召し上がれ♪」

 

そして遂に、銀の匙で掬い上げた虹の料理(さいしゅうへいき)が、海斗の口中へ放り込まれた――……!

 

 

 

 

「ぅぅぅ……が、がんばってくれ俺の消化器官たち……。正露丸(せんゆう)たちも援護してくれてるぞ……ゲフゥ!?」

「う~ん、ちょっとお塩が少なかったのかな?」

 

体育祭の午後の部、開始直後。選手待機所にそびえ立つ人垣が形成されていた。

目元や口元から真っ赤だったり粘ついていたりする液体を垂れ流すしっとマスクマンズに囲い込まれているのは、体育祭の話題を現在進行形で独占しているバカップル。言わずもがな、腹を抑えてヤバ気な痙攣を起こしている海斗(ホス虎Ver.)を介護(ひざまくら)している葵である。

 

――ちなみに、某変態タキシード仮面が仕出かした奇行の件もそれなりの話題になってこそいたものの、海斗と葵に注目度を掻っ攫われたおかげ(・・・)でリアル割れせずに済んだのは不幸中の幸いであろう。

 

それはともかく。

 

筆舌しがたいほどに独創的な手料理を見事に完食してみせた海斗の眼には、空の彼方に映るハンカチで目尻を拭いつつサムズアップを決めた神様の幻影が映り込んでいた……かもしれない。

結局、身体中にブスブスと突き刺さる嫉妬&好奇の視線と内側からゴリゴリとHPを削りにくる必殺料理のダブルパンチに襲われ続ける海斗の苦難は、競技が再開するまで続いたのは言うまでもない。

 

 

 

――◇◆◇――

 

 

ぽかんと惚けた少女の瞳が、少年を捉える。

彼女の表情は、まさか自分が人魚姫に例えられるなど思っても見なかったとでも言いたげなもの。

胸の奥がぽかぽかしてくる不思議な感覚に戸惑いながら、火照った頬を見られない様に俯く。

すごく顔が熱い。とくんとくん、と鼓動を速めていく心臓の音がやけに大きく聞こえてくるような気がした。

 

「――って、何口走っとりますか俺のアホぉおおおっ!」

 

涼やかな風の音しか聞こえなかった公園に響き渡る少年のソウルシャウト。

自分が何を言ったのか、いまさらになって自覚したらしい。

「ぬおぁおぁぁぁぁぁあああーー!」 と気勢を上げつつ、恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向いて駆け出そうとする少年の上着の裾を慌てて掴み、少女は聞き忘れていた大切なことを問いかけた。

 

「待って! あなたのお名前!」

「うへぁ!? な、なみゃえ!?」

 

噛んだ。まるで、どじっ娘のように。

少年の恥辱が有頂天。

 

「お名前、教えてっ!」

「あ、ああ……別にいーけど……」

 

痛む舌に若干涙目になりながらも、その場にしゃがみ込んで落ちていた木の枝で地面に名前を書き込んでいく律儀な少年。

ところどころ線がブレいたりするものの、何とか最近覚えた漢字のフルネームを書き上げて額を拭う。その顔には、巨大な壁を乗り越えた『男』の笑みが浮かぶ。

そう年が離れていない少年に対抗心が沸いたのか、少女もまたつたない筆使いで名前を書いていった。

そして、お互いの名前の由来や意味を告げあって、

 

「ふーん、なんか私たちの名前って似てるところあるんだね」

「だなー。偶然ってあるもんだ」

「じゃ、じゃあさ。もし私たちがケッコンしたらもっとステキなことになるかもねっ」

「うえ!? あ、うん……そう、かもな」

「えへへ……じゃあ、約束しよっ」

「ん……わかった。約束、だな」

 

恥ずかしそうに頬を上気させながら小指を絡み合わせる2人。

なんとも初々しい約束を交わす少年と少女の足元には、各々の名前と共に彼らの未来を連想させる言葉が記されていた。

それは2人が考えた素敵な言葉。それぞれの名前の一部を足して組み上げた、彼らだけの誓い。

小さな出会いを果たした彼らが己の居場所へ戻った後も、誓いの言葉だけは消えずに残り続けていた。

 

蒼い海(”あおい”と”かいと”)の約束》……と。

 




ヒロインとの過去話はやはり鉄板! (断言)
冒頭部分はもちろん、しっとマスクマンズの妄想です(笑)。
ただし、どっちがどっちの配役かは……秘密ということで♪


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第19話 はっちゃけすぎな体育祭(午後の部編)

体育祭午後の部。
エロくなく、おふざけ全開で参ります。


……ちなみに今回の海斗君、一時的にはっちゃけます。


『類は友を呼ぶ』

 

似通った性質や趣味を持った者は、惹かれあうように自然と集まる事象を指す諺だ。

獲物を屠る爪と牙を失い、代価とし知恵を身に付けた人間は、無意識下で理解しているのだ。

己の手は、誰かと繋ぐために在ると言うことを。

それ故に、突出した英傑……己が力のみで歴史に名を遺す偉業を成し遂げた英雄たちに、凡百の人々は彼らを認めようとせず拒絶を顕わにしてきた。

戦国乱世に新たな風を呼び込んだ戦国の英傑『織田 信長』が、将軍や戦国大名たちに認められず、二度に亘って信長包囲網を形成されたように。

乱世の奸雄と称され、血筋に拘らず才能ある者を登用して大陸制覇に王手をかけた覇王『曹操 孟徳』が、敵同士であった劉備と孫権の連合軍に夢を阻まれたように。

人は、自らとあまりにも違い過ぎる存在を前に、敵意と嫉妬を抱かずにはいられないのだ。

そう、それはつまり……!

 

「海斗くん、お腹の調子はどう? まだ痛いのかな?」

 

腹部を抑えて唸っていた海斗を膝枕したまま葵が尋ねる。

心配そうに眉根を下げ、海斗の手に自分の指を絡ませるように重ねる姿は、病に伏した夫を看病する新妻のよう。

 

「あ~、うん……そろそろ大丈夫じゃないかな~って思ったり……だな?」

「むぅ。誤魔化しは通用しませんっ。まったくもぉ、お昼時だからって食べ過ぎなんだよ。私の分まで食べちゃうんだから」

 

ぷぅ、と頬を膨らませながら顔を寄せてくる葵から、ついっと目を逸らす。

 

「……あれは食い物じゃない。もっと別の……そう、あれはまさしく言葉にすることも憚られてしまうほどに形容しがたいナニカだ」

「えっ……? そ、それってまさか……!?」

 

言いにくそうに呟かれた感想に思い当たる節があったのだろう。

葵が驚いたように目を瞬かせ……、

 

「私のお料理スキルがカリスマシェフレベルに進化していたってコトだね!?」

「まともな練習もしてないくせに、料理の腕が急成長したと何故に考えついた!?」

 

ものすごいポジティブシンキングな返しに、海斗のツッコミが冴えわたる。

 

「え? だってよく言うじゃない。『料理は愛情』って」

「いやいやいや……そんな『地球は自転しているのものでしょ?』 とでも言いたげな顔されても」

 

偉大なるガリレオ先生を全否定しかねない発言&心の底から不思議そうなぽやぽや顔を見せられて、『意味が解らないよ……』と返さなかった海斗は実にオトナだ。

 

……とまあ、このように。

 

実にプラトニックなお約束――料理下手な彼女の手料理を完食する定番の好感度upイベント――を見せつけてくれやがる憎たらしいアンチクショウへの憎しみで一致団結する血涙垂れ流しのマスクマンズが存在しても何ら不思議な事は無いのだ。

人生ソロプレイ(独り身)な大衆が、巨乳美少女をGetしくさった(抜け駆け)クソ野郎に対する嫉妬が有頂天。

殺意と憎悪が渦を巻き、天をも貫く螺旋を描く。彼らから溢れ出す強大なるしっとパゥワァー……まさに無限大!

額が汗ばんでいくのは、決して日光を浴びたからだけではない。胃が違う意味でキリキリしてきた。「勘弁してくれ……」と、か細い弱音をぽろりと零してしまう。

現在進行形でSAN値をゴリュゴリュ削り落とされていく旦那様(かいと)の異変に、若奥様(あおい)がようやく気づいたらしい。頬にかかる横髪の一房をかき上げながら、膝枕したままの海斗の頬に手を伸ばす。

 

「……」

「?? 海斗くん、汗すごいよ? べちょべちょだよ? もしかして熱射病かな? ……ちょっとごめんね」

 

言うやいなや上半身を倒し、前髪をかき上げて顕わにした額を海斗の額にくっつける。

コツンッ、と額を重ねながら「う~ん」と唸る葵。意識を集中させるためか、無防備に目を閉じた彼女の顔が視界いっぱいに広がり、胸の鼓動が跳ね上がりそうになった。青い春特有の血気溢れる少年ならば身体の一部(しんし)がうっかり反応してしまいそうなシチュエーション。しかし、そこは流石に本職(プロ)と言うべきか。表情を微塵も揺るがさないまま精神を集中、丹田から込み上げた氣を全身へ浸透させることで肉体を完全な理性の支配下に置く。

これにより、己が意志で五感や臓器の脈動すら制御できるようになった海斗は全力で……下肢へ集まりそうになる血流を散漫させた。

衆人観衆のど真ん中、しかも好きな相手の膝枕と言うシチュエーションで醜態を晒すわけにはいかないのだから。

……何とも情けない才能の無駄遣い。蝶歌あたりが聞いたら爆笑されること間違いなしである。

 

「熱はない、かな……でも、顔が真っ赤なんだよねぇ」

「……気づけ。頼むから」

「ふぇ?」

 

そっぽを向く彼の頬を優しく撫でてあげながら、自覚症状の無い葵は首を傾げることしか出来ない。

やがて痺れを切らしたのだろう。「むぅ~」と膨れながら、全然説明してくれない海斗の頬を摘まみ、引っ張る。

それでも無言を貫く海斗に「むむむぅ~」と唸り、今度は耳たぶをこしょこしょと擽り始めた。

急所を責められ、吹き出しそうになって身悶えする海斗。強情に口を閉じる様に悪戯心を刺激された葵から、耳元に顔を寄せてふうっと息を吹きかける追撃が。ビクンッ! と痙攣するように震えた海斗の恨めしそうな目線をさらりと受け流し、「んふふ~♪」とご満悦な葵嬢。

お返しだっ、と伸ばされた海斗の指が葵の頬を摘まんで……〈もにもに〉。

じゃれ合いだから痛みは無く、くすぐったそうに目を細めつつ、何かを期待するように潤んでいく葵の瞳。あの日、初めて出会い、言葉を交わし、肌を重ね合ったあの瞬間から自分を惹きつけてやまない黒曜の輝きに見惚れ、ついつい熱の籠った眼差しを向けてしまう。

海斗の視線に込められた意味を当たり前のように読み取り、理解した葵ははにかむように口元を弛ませ、伸ばされた海斗の手に己の手を重ね合わせた。

見つめ合う少年と少女。彼らの間に言葉は要らず、こうして触れ合うだけでお互いの想いを通じ合えるのだ。

お互いを誰よりも必要とする2人だからこそ生み出された絶対不可侵領域。

だが、現在進行形で繰り広げられている行為を、あえて文字に表現するとしたら……

 

〈いちゃいちゃらぶらぶ、くんずほぐれつ〉。

 

まさに、この表現こそが相応しい。

青き性を自覚する思春期真っ盛りの少年を冥府魔導の悪鬼へと叩き落す音喩を撒き散らすハイパーピンク力場(フィールド)を見せつけららた瞬間、しっとマスクマンズは人を超え、獣を超え、阿修羅すらも凌駕して、神と成る。

そう……伝説のしっと戦士“(スゥ~パァ~)しっと(びと)”へ! (『じん』ではなく『びと』と呼ぶのがミソだ ← ? )

 

「いい加減にしろやコンチクショウ……! 独り身な俺たちに散々と見せつけやがって……!」

「気が高まる……溢れるゥ……!」

「リア充……RIAZYUUuuuu!!」

 

――周囲の殺意が質量を持つに至った。

 

半具現化したメンチビームが華麗に葵を避けて海斗の全身に突き刺さる。

それはもう、ブスブスと。

 

『はいはい、愉快で痛快な面白フィールド作ってないで、さっさと午後の競技の準備に移りやがってくださいまし。さもないと、教員席で真っ赤な蝋燭片手に鞭の素振りを始められた教頭先生の激・濃厚なお楽しみタイムに強制突入しちゃいますわよ~』

 

海斗が本格的に戦略的撤退を考え始めた時、これまたタイミングよく響き渡るのは、昼食のお弁当(伊勢海老のホイル焼きとか入っていた五重箱)をぺろりと平らげた蝶歌のアナウンス。

恐ろしい内容によって静寂に包まれる校庭に木霊するのは、革紐……否、鋼鉄の鎖的なシロモノが地面を打ち、先端が音速の壁を突き破る衝撃音。

それに混ざって、女性の堪えようのない愉悦まじりの嘲笑が「クスクス……クスクス……」と。

ひやりと冷たい風が選手達の頬を撫でていく。静まり返る校庭のあちらこちらで顔を見合わせる生徒の顔がちらほらと見え――

 

「サーッ! 準備完了しましたっ、サー!」

 

――た瞬間、実に美しい軍隊式整列を決めた生徒衆の姿があった。

 

「……チッ」

 

ドSの国の女王様が放った舌打ちなどキコエナーイ! と耳を塞ぎながら駆け足で散開していく生徒達の素早い切り替えによって、体育祭午後の部は予定通りの時間に再開されることになったのだった。

……着替える時間がなく、しょうがないので変態マントレスラーそのままの格好で協議に参加することとなったしっとマスクマンズにツッコム余力は、残念ながら海斗に残されていなかった。

 

――◇◆◇――

 

・〈二人三脚〉

 

「「イチ、ニー! イチ、ニー!」」

「「右、左! 右、左!」」

「「ワン、トゥー! ワン、トゥー! ヘァァァーーッ!」」

 

思い思いの掛け声を上げながら、二人三脚でトラックを駆ける選手たち。

真っ赤な制服に身を包んだデコパッツンの男子生徒が、ヅラった叫び声を上げている事を除けば本日初めての“まともに進行する競技”。

観客席からの応援に熱が籠るのも仕方がない。

シンプルであるが故に早々問題が起こらない競技だからか、つつがなく進行していく。

最も、全てが問題無しかと言えばそう言う訳でもなく……。

 

「皆速いね……ケープ()君! 特訓の成果を見せる時がきたようだよ!」

「わかったよウイング()君! 見せつけてやろう、僕達の熱い友情を!」

 

参加10チーム中の3番手からゴールテープを見据えていた青いラインの入ったサッカーユニフォーム姿の男子生徒達が足を紐で結び、肩を組んだ体勢で熱い視線を交わし合った。心なし、瞳の奥がキラキラと輝いているようにも見える。

レースの途中ともあって昂揚した頬から流れ落ちる汗。

密着状態にある胸元がこすれ合い、混ざり合った汗が飛沫となってはじけ飛ぶ。

背景に薔薇の花が咲き誇っていても不思議ではない男同士の『深い』友情に、淑女の方々から黄色い声援が迸る。

頷き合い、覚悟を決めた男の眼差しで前を走るチームを睨み……切り札を開帳する!

 

 

 

 

「ハートをひとつにするスペシャル掛け声~!」

「レッツ、ゴゥ!」

 

 

 

 

 

「あっ」「は~ん♡」

 

「うっ」「ふぅ~ん♡」

 

「らっ」「めぇ~ん♡」

 

「いっ」「くぅ~ん♡」

 

2人は真面目で真剣な顔で大きく口を開け、連日の猛特訓で習熟した掛け声を大声で上げ始めた。

一歩踏み出して艶声! 二歩目を踏み出して淫声!

声変わりしかけた青い果実である少年達が爽やかに青春の汗をほとばらせながら叫ぶのは、R指定間違いなしの喘ぎ声のオンパレード!

凄まじいまでのギャップに、勢いよく吹き出されていく飲み物の残滓。

タイミング悪く水分を補給していた方々は、一人の例外も無く汚い虹を描く羽目になった。

けれど、阿鼻叫喚の観客席など知ったこっちゃねェ! と足のスライドを加速させてラストスパートをかけていく友情(?) コンビ。

前を走っていた2チームがスッ転んでいるのを良い事に、爽やかに白い歯を輝かせながら抜き去った2人はそのままゴール目掛けて走り抜く。

 

「ばっ」「かぁ~ん♡」

 

「ふっ」「あぁ~ん♡」

 

……もちろん、淫猥な単語を連発しながら。

 

ちなみに、ゴールした瞬間の掛け声は「ひっ」「ぎぃ~ん♡」だった。

彼らに巻きついたゴールテープが触手に見えてしまった者も少なくなったことをここに記す。

 

このように、一部の濃い連中が騒ぎを起こしていたが。

とは言え、午前の部ほどの騒ぎに発展することもなく、安心して観客になれる余裕が出来たからだろう。

競技が中ほどに差し掛かった頃には腹痛と言う強敵と死闘を繰り広げていた海斗も紙一重の勝利を手に回復を果たしていた。

顔馴染みが集まり、奇妙な集団になって選手の応援をしている。

 

「皆がんばれー♪」

「ふふふ、いいよねこういうのって。いかにも普通の青春って感じがしてさ」

「葵ぃ……ねえ、お願いだからそいつと離れてよぉ」

 

胡坐をかく海斗の右手を抱きしめなら声援を送る葵に早苗が懇願するものの、上機嫌な彼女は笑顔のままで断言する。

 

「ヤダ」

「即答!? ぐぬぬぬ……!」

「睨むなっつーとろうが。てか、ヒス女。お前は自分の事も気に掛けといた方がいいぞ」

「は? 何がよっ! てか、ヒス女言うなっ」

「握り拳を作るのは良いが、胸元でそれやってると乳房を寄せて上げているようにしか見えんってことだ。しかも怒りでプルプル震えてるんだから、さらに淫猥な感じに」

「んななあっ!?」

 

慌てて胸を隠す早苗。

指摘され、慌てて周囲を見渡せば下心満載でいやらしい顔の男子生徒見られていることに気づき、早苗の体温が瞬く間に上昇していく。

普段はお固く、強気な態度を崩さない早苗が見せた希少価値の高い無自覚エロスに、男子生徒達のリビドーが眩い輝きを放っていく。彼らの見える表情は、まるで僧侶が天啓を受けた時に見せる賢者の如き穢れ無きものだった。……ごくごく一部の早すぎる者達が身体を震わせているのは気のせいだと信じたい早苗であった。

しかし、ある意味当然かもなと海斗は思う。

自由な方の片腕で葵を撫でながら、改めて早苗の容姿へ意識を向ける。

縁無し眼鏡越しに見えるのは彼女の性格を映し出すようなツリ眼。その奥には理知的さを感じさせる翠眼が覗く。

肌はうっすらと小麦色に焼け、テニス部のレギュラーを掴み取った草食獣のようにしなやかな四肢の美しさが醸し出すコントラストがなんとも眩しい。

ほっそりとしたウエストのラインからは想像もつかないほど豊かに盛り上がった胸は、ツンッと前方へせり出し、体操着を内側から押し上げている。

ヒップのラインが顕わになるブルマから覗くむっちりした太ももを伝って視線を上げれば、プ二プ二と柔らかそうな尻肉がブルマの端からはみ出てしまっている。

 

――上肢と下肢の筋肉のつき方が違う? ……ああ、そう言えばカウンターテニスの使い手だったか?

 

早苗の所属するテニス部が地区大会で優勝した際、親友のこととあって彼女の事を饒舌に語った葵の話を思い返しながら納得する。

早苗は積極的に前に出るアクション系と言うよりも、正確無比なショットで相手を翻弄し、最低限の動きで試合を制するテクニック系の選手だ。

真骨頂として、コートの後方中央に陣取り、ボールに多様なスピンをかけることで相手のリターンを自分の構えている方へ誘導する……と、どこかのサムライの如き技を使うらしい。元々スタミナに難があり、走るのが苦手というのも理由の一つだろう。原因は言うまでもないが……敢えて言うなら上半身と下半身の重心バランスがおかしいせいだと言っておこう。

そう言った経緯で、手足こそスポーツ選手のように引き締まっているくせに、胸や尻はむっちりプ二プ二している、と。

 

「……狙ってるのか?」

 

思わず内なる声が漏れてしまう。

学生としてでなく、本職としての視点で見ると、羽村 早苗という少女は最高級の主演(じょゆう)になれる逸材だからだ。

男性の性欲を刺激する女性的特徴……要するに『乳房』や『尻』は豊かに実り、成熟した果実を思わせる一方で、瑞々しい四肢は映像映りの良い多様な体位をこなせる事が出来るだろう。

強気な気性も見る者の興奮を高めるスパイスとなるし、眼鏡というアクセントも商品化の際に前面へ押し出せる強力なアイテムだ。

しかも、修学旅行の件を見るに、若干の露出狂の気があるように見える。

ツンデレ(?)、巨乳巨尻、眼鏡、テニス部所属、露出狂疑い、現役学生……、もし己の両親に知られたら大変な目に遭うこと請負なしである。

 

――もちろん、早苗だけでなく、海斗(じぶん)も。いろいろな意味で。

 

「なによ、アンタまでジロジロ見て……いやらしいっ」

 

恥ずかしそうに身体を竦ませた早苗は酷く弱々しく見える。

制服という防具を脱ぎ捨て、異性の視線を否応なく集めてしまう体操着という格好にこころもたなくなってしまったようだ。

どんなに凛然と振る舞おうとも、年頃の女の子に変わりはない。

そんな当たり前の事実を再確認したとでも言いたげな表情を見せた海斗に何を思ったのか、彼らの様子をニコニコと楽しげに見守っていた伊織がとんでもない事を言い出した。

 

「羽村さん。海斗はね、君に見惚れてしまったと言いたいんだよ」

「はい!?」

「わうん!?」

「ぶぅっ!?」

 

動揺顕わな3人の視線を浴び、至って平然とした笑顔を浮かべたまま伊織が続ける。

 

「だってそうだろう? 海斗は気に入らない、気にかけもしない相手の事は徹底的に意識の外へ追いやってしまう。敵意を向けてくる相手でも同じこと。なのに、羽生さんのことは有象無象ではなく、『口うるさい女の子』として接している。それはつまり、彼女の事を意識しているってことさ。……まあ、それがどういう意味でのを指すかは知らないけど」

 

のほほんとのたまう伊織の発言を全力で否定するように、海斗の手が勢いよく横方向へ振られる。

 

「む……」 と小さな呟きを零してしまったのは果たして誰だったのだろう。

 

「こらこらこら、ありえない誤解してんじゃないぞ伊織。そんなに俺()人殺しにさせたいのか」

「どーゆー意味?」

「決まってるだろ……耳塞げ」

 

言われるまま、葵達が両耳を抑えた……瞬間、

 

「「「「フォオオオオオオオオオオオ!!」」」」

「ふん!」

 

ドパンッ!

 

「「「「ほぐぁああああああああああっ!?」」」」

 

釘バットやら鉄アレイなんかを握り締めて跳びかかってきたしっとマスクマンズの一番槍に向けて振るわれた海斗の蹴りが数人の狂戦士どもを纏めて吹っ飛ばした。

しかし、ここで立ち止まることは出来ない。

蹴りの残身もそこそこに踵を返し、全力で逃走を開始する海斗。

その背中をどす黒いオーラを纏った哀戦士の群れが追撃する。

 

「……なるほどね。『殺される』じゃなくて『力加減を間違って殺しちゃうだろう』って意味だったのか」

「呑気に解説してないでよ……あーあ、走って行っちゃった」

「大丈夫。次の競技が始まるころには戻ってくるよ。だって海斗、強いから」

 

伊織の指摘通り、〈二人三脚〉終了のアナウンスが流れるのを見計らったかのようなタイミングで、正当防衛でボコったマスクマンズの亡骸(死んでません)を背負った海斗が戻ってきたのを見て、葵と早苗が揃って頬を引きつらせていた。

 

 

 

・〈棒倒し〉

 

各チームの中で一人、『棒』役に生徒を任命。その生徒を何らかの手段で転倒させ、背中を地面につけることが勝利条件である〈棒倒し〉。

そこかしこで肉体言語が飛び交う男の競技が繰り広げられるグラウンドの中央で相対する2人の男子生徒の姿があった。

 

「まさかこんなに早く決着をつける日が来るなんて思ってもいなかったよ……高宮」

「あ、うん。……お前はいったいどこの主人公だ」

「ふふふ……これはそう、運命って奴だね。まったく、いたずらな女神様もニクいFate(運命)を用意してくれるもんサァ……やれやれだよ」

 

『棒』役に任命された桐生が、海斗へ向けて宣戦を布告する。

踵を上げた左足を前に出し、天を仰ぎ見る様に後方へ上半身を逸らしながら指を突きつける。

その雄姿……まさにMarvellous(マーベラス)ッ!!

実に香ばしいポーズ(ジョジョ立ち)を鮮やかに決めてみせた桐生の顔に劇画調の美しいシャドウがかかっているように見えるのは果たして気のせいか。

 

「待ちに待った刻がきたんだっ。心に突き刺さった違和感と言う名の棘を取り除くために、ずっと想い抱いてきた願いを成就させるためにっ! 行くぞ高宮ッ! 覚悟の貯蔵は十分かあっ!」

「いや、せめてどれかに統一しとけ。な? 砂糖菓子(コンペイトウ)の悪夢さんとか贋作者さんのファンから怒られてもしらんぞ」

「もはや問答無用っ! 見ろ、この日のために習得した必殺技を!」

「だから人の話を聞けというとろうが――って、なにぃ!? 必殺技だと!?」

 

やる気の欠片も見せていなかった海斗が驚愕を露わにする。

大人びていると言えど、彼もまた男の子。

必殺技と言うものに心惹かれてしまうのも仕方がないことだ。

この男、意外とノリノリである。

わくわくと好奇心で瞳を輝かせる男子勢が見つめる中、口端を不敵に吊り上げた桐生の両腕の軌跡があるものを描いていく。

指先まで伸ばされた腕の羽ばたきは天空を統べる王者のごとし。

地面を踏みしめる片足は己こそが世界の覇者であると宣言するかのように雄々しく、擡げられた逆足は鉛すら両断する鋼の刃の如きオーラを放つ。

片足立ちで両手を左右に広げた独創的なその構え、背後に浮かび上がる超古代の獣たるビジョンと重なり合った桐生はまさに天空の王者!

人よ、恐れ慄くがよい! 

かの構えの名は――!

 

「必殺っ、プテラノドンの構え!」

 

背後に浮かび上がる翼竜の咆哮がこだました――気がする。

そう!

まさしく今の桐生は、6500万年もの超古代より現代によみがえった天空の王者そのもの……ッ!

海斗は驚愕で身体を震わせる。否っ、それ以外の行動を選択することができないッ!

地上最強の一角、密林の王者と言えど、立ち向かうにはあまりにも相手が――巨大ッ!

翼長十メートルッ! ナイフの如き刃歯が立ち並ぶ咢が喰らうのは、地べたに這いつくばる者ども総てっ!

奴らの前では、デカいだけの猫如きが渡り合えるはずも無しッ!!

 

「まさかプテラノドン拳を習得した奴がいるとは……!」

 

戦慄の汗を手の甲で拭い、緊張で強張る身体を燃え上がる闘志で奮い立たせて構えをとる。

驚きを露わにしていたギャラリー(言うまでもなく男限定)が静まり返る中、海斗がゆっくりと動き出す。

円を描くように立ち位置を変え、桐生との間合いを測る海斗。

彼の背後にも隙を窺う密林の王者のヴィジョンが浮かび上がり、縦に裂けた瞳孔が鋭い殺気となって桐生に突き刺さる。

だが、桐生の笑みを消すには至らない。

悠然と待ち構える王者の如き威圧感を放ち、王に抗おうとする愚か者を睥睨している。

 

「……」

 

ゆっくりと歩を進める海斗と天の王者たる構えを解かない桐生の視線が交差し、目に見えぬスパークが迸るッ!

 

「な、なんてすごい戦いなんだ。見てるこっちの方の息がつまりそうだぜ……!」

「現代に蘇った伝説……。あんな奴に勝てる方法なんてあるのか?」

 

静かな戦いに固唾を飲んで見守るギャラリーも、これから起こる世紀の戦いを見逃してたまるかと全力で目を凝らす。

 

「……ねぇ、なんなのかなコレ」

「あはは……女性には理解できない話ということさ」

 

伊織の乾いた笑い声がやけに大きく耳に届く異質な空気の中、張り詰めた緊張の均衡が遂に破られた。

 

「……」

「ふっ、無駄な努力だ。この構えの前では、いかなる剛撃であろうと意味をなさないッ!」

「大層な自信じゃないか。だがな、この世に完璧なものなどありはしないということを知るがいい!」

 

裂帛の気合いと共に、海斗が仕掛ける。

土煙を巻き上げながら瞬く間に距離を詰め、射程距離となる間合いまで肉薄する。

 

「バカめ! そんな見え見えの突進なんかにやられるものかっ」

 

当然、やすやすと許す桐生ではない。桐生を起点に旋回するように詰め寄ってくる海斗に対処すべく、即座に方向転換し――ようとした瞬間、桐生に電流が走る。そう、例えて言うならば――『あ……ありのまま、今、起こったことを話すぜ!』、だ。

 

「う、動けないっ!? バカな!? こんな……こんなバカなぁぁあああっ!? 何故だ!? どうして!? お、“俺の前に奴が居たと思っていたら、いつの間にか背後にまわり込まれていた”……! 何を言っているのかわからないが、俺自身も何をされたのかわからないっ! い、いや、違う! わかってはいるんだ。でも、信じられない……! あ、頭がどうにかなりそうだ……卓越した足捌き? テレポーテーション? いいや、そんなちゃっちいレベルのシロモノなんかじゃあ……ナイッ!?」

 

「くっくっく……どうやら気づいたようだなぁ? そう、お前の構えには致命的な弱点があるんだよ」

 

恐れ慄く桐生の斜め後方を陣取った海斗が狂笑を浮かべ、告げる。

あまりにも致命的な……弱点を。

 

「構えを支えるのは軸足一本のみっ! つまり、構えを維持している限り、お前は方向転換ができないということだっ。そしてェ――!」

 

草を刈り取る鎌の如き鋭いローキック。

 

スッパァアアン! と実にいい音を奏でる桐生のふくらはぎ。

 

「アッーー!?」 と悲鳴を上げながら痛みのあまりエビぞり状態で倒れこむ桐生。

 

今ここに、雌雄決した。

歴史が物語っているように、恐竜は哺乳類の前に敗北するのが定めだったということなのか。

 

「なんて……虚しい勝利なんだ……」

 

握り締めた拳を見つめながら、過ぎ去った過去を振り返る男の横顔で天を仰ぐ海斗。

観客の男性陣が、音を立てて敬礼を取った。

それは、心を揺さぶる激闘を乗り越えた勇者、そして地面に倒れ伏すとも誇りを失わずに突っ伏したまま翼竜のポーズを崩さない英傑に対する最敬礼だったという。

 

 

 

「……でもさ。要するに片足立ちのヘンテコポーズで固まった桐生が海斗くんにすね蹴られて悶絶してるだけだよね?」

「どいつもこいつもバカばっかよ。やっぱり変態の周りには変人しかいないってことかしらねっ」

「失礼な。てか、自分で首絞めてどうするか」

「はあ? どういう意味よっ」

 

早苗に反論するのは競技を終えて戻ってきた海斗だった。

悪ノリに興じてストレス発散出来たためか、かなり満足げな笑顔を浮かべている。

伊織に手渡された仄かに柑橘類の香りのするタオルで汗を拭く。

そんな彼の斜め後ろに控え、身体の前で手を重ねながら慈しみに満ちた眼で昂揚した海斗の横顔を見つめる伊織の口元が微笑をつくる。

 

「ふふっ、海斗ってば。スーツの胸元が乱れてるぞ?」

 

微笑みながらすり寄り、襟首の乱れを整える伊織。

当人も恥ずかしそうに頬を掻くだけで、されるがままに身を委ねている。

数年来の友人関係による絶対的な信頼によるものだが、傍目には仕事帰りの夫を甲斐甲斐しく世話する新妻のようにしか見えない。

うら若き乙女達の美貌が、溢れ出す体液的なシロモノでものすごい事になっている。

 

「むうーっ!」

 

そんな様子に、葵は頬を膨らませながら唸り声を零し、

 

「……ん、んんっ! そう言ういかがわしい事、おっぴろげにしてんじゃないわよっ!」

 

『何故か』不機嫌になった早苗が刺々しい視線で睨みつける。

指摘されて羞恥心が湧いてきたのか、頬を朱色に染めながら離れる海斗と伊織。

身体に籠る熱は競技の溜飲によるものだけではないのかもしれない。

 

「あー……ゴホン。話を戻すが、さっきお前は『類は友を呼ぶ』的なこと言ってたな? それってつまり、お前もその片割れ属性持ちってことだろ?」

 

わざとらしい咳払いで話を逸らしながらの発言が理解できず、固まる早苗。

そんな彼女に、更なる追撃が襲い掛かる。

 

「それってどっちがどっちだと思う?」

「んー、そうだな……」

 

早苗の前に屈んで、彼女の全身を値踏みするように見つめてから、

 

「……“類”」

 

次いで、自分や葵を指差して、

 

「“友”、だな」

 

断言した。早苗もまた『同類』であると。

 

「……ハッ!? わ、私を基準にすんなっ!?」

 

キワモノの元凶的な扱いを受けて爆発した早苗が海斗に掴み掛る。

伊織に直してもらった襟を掴み、ガクガクと揺らしながら全力で抗議する。

常識人を自負している彼女にとって、変態共の一員扱いだけは許すわけにいかないのだ。

しかし……発言の撤回にばかり意識が逸れていたため、早苗は致命的なミスを起こしていたことに気づいていなかった。

自分よりも身長の高い海斗に組みつき、至近距離で睨み上げるために正面から抱き着くような体勢になっていることに。

母性溢れる豊満な胸がふにょん、と潰れるほど強く抱きついてきた早苗を受けとめることが出来ず、彼女の両肩を押さえつけるはずだった両腕がところなさげに漂っていたことに。

おまけにそれが、抱きついてきた彼女の背に回され、抱きしめようとする寸前にしか見えなかったりするのだ。

仕上げとばかりに、双方が諸々の理由で頬を朱色に染めているとまでくれば……会話が聞こえなかった皆さんの目にどう映るかなど言わずもがなである。

再発する殺意のオーラ。

グラウンドを支配する怨嗟の声。

 

『巨乳幼馴染系アイドルを落としたアンチクショウが巨乳ツンツン眼鏡っ娘までもをデレさせた』

 

この瞬間、学園ランキング『処刑したいモテ男』部門のトップ3にホス虎(かいと)がランクインしたのは言うまでもない。

……もっとも当人は、幼馴染(伊織)によってツンツンツン()と引き剥がされ、奥様()からありがたーいお説教を受けていたのだが。

 

 

 

・〈玉入れ〉

 

各々のチームカラーと同じ色の球を籠に投げ入れる競技。

しかし、普通との違いは使用する球の方にある。

普通は布製の球、お手玉に使うようなアレが一般的だ。

しかし、この学園で使用されるのは強化ゴム製の水風船。中には水……ではなく、白濁とした謎の液体(校長が自ら用意した安全設計物と豪語していたが……はたして)。

掴んだり投げたりする程度では問題ないが、爪を立てたり強い勢いで別の水風船とぶつかってしまえば容易く割れてしまう。

そのため、中空で敵側の水風船を撃墜、妨害もありというサバゲーじみたルールを採用しているのだ。

 

……しかし残念な事に、グラウンドの中央では競技そっちのけでまたもや発生した混沌なる惨状が広がっていた。

 

「……どういうつもりだ?」

 

目の前に広がるバカの群れに、海斗はコメカミを抑えつつ問いかける。

答えはわかってるけど一応……念のため。

言葉に出さなくても、哀愁漂う背中がそう告げている。そして、全身を真っ白な粘液で染め上げた変態マスクマンズ(バカ)のリーダー格らしきバカその①が、挙手と共に答えた。

背筋が大地に対して垂直になるよう姿勢を正し、白い粘液の合間から覗く双眸を爛々と輝かせるその姿は、自分に非が無い、むしろ己こそが正義だと確信を抱く狂信者の姿を彷彿させる!

 

「そこにリア充がいたからです!」

 

でも、理由がショボイのはお約束。

 

「ちょっとくらい悪びれんか!」

「あべしっ!?」

 

海斗、怒りのローリングソバット。

相手が正座した状態だったので、どちらかと言えば延髄斬りの方が正しいかもしれない。

ものすごく真面目な口調でくっだらない主張をかましたバカが泡を吹いて倒れるのを見て、バカその②以降の粘液怪人共が慌てて駆け寄り……もとい、這いずっていく。足を取られて滑るからか、四つん這いになり腕の力だけで地面を這うその姿、まさに惰眠から強制Wake Upさせられたせいで色々と腐っていやがった巨人兵のよう。

 

「おのれぇ! よくも1号先輩を殺りやがったな!?」

「殺ってない、殺ってない。骨をへし折ってないのが感触でわかるからな」

「首が90度に折れ曲がっているんだぞ!? この人殺しめっ!」

「いや、人体の構造上、前方向に限定して気合い入れれば意外とどうにかなるもんだぞ。経験上……経験上ッ!」

(((((なんか目が潤んでるんですけど!?)))))

 

ある意味真っ当な(?) ツッコミを入れる海斗だったが、バカ~ズは1号とやらを海斗が仕留めた……と言う設定をごり押ししたいようだ。

嗚咽を零し、すすり泣いてまでいる白濁生物群。チラッ、チラッと傍観者な女性陣へ何か言いたげな瞬き――もしかしてウインクのつもりなのだろうか? ――やら流し目――横目になりすぎてほとんど白目状態だが――を送っているのは……もしかしなくても、卑劣にも暴力と言う許しがたき行為の手にかけられた仲間を想う熱い男の友情――的な印象を見せたいのだろう。

事実、うざったいドヤ顔やら指ピストルを作って顎に当てつつ決め顔を浮かべたりしている輩の多いこと多いこと……。

競技開始の笛が鳴りやまぬ間に、海斗を除いた全参加者(男)からの集中放火を受けて爆発数分前状態だった海斗ですら、いい加減相手をするのが疲れたと言わんばかりの哀愁を漂わせている。

 

「……もう帰っていいか? てか、帰らせて。お願いしますから」

 

割とガチで泣きそうな幼馴染の姿に、流石の蝶歌もやりすぎたか? と頬を引きつらせた。

幼いころから色々としでかした自覚のある彼女をして初めて見る悲壮感たっぷりな幼馴染の姿に何とも思わない程、性根が歪んでいないのだ。

 

『ええ~っと……“癒しの女神”看護婦さん、カモン!』

『葵ちゃ~ん、早苗ちゃ~ん、お呼びだよ~』

「「はあっ!?」」

 

突然の指名に驚きの声を上げる葵と早苗。

急展開についていけずに愕然とした様子の両者に運営委員会の女性勢が駆け寄り、黄昏る海斗の元へ引きずっていった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいと言ってんでしょが! なんで私たち!?」

『さっきまで彼とイチャイチャしてたからですが何か? ほら、無駄に立派な“おぱ~い”で彼のお顔をサンドウィ~ッチ! して癒してあげてくださいませ。きっと元気になりますから』

 

多分、二重の意味で元気になってしまう事だろう。

SAN値が急降下している今の海斗なら、男性の本能を抑え込む余力が残されているか微妙だから。

もしそうなれば、さぞや淑女の皆様方の目を奪うヘビーマグナムの一端が御開帳される羽目になるかもしれない。

 

「無茶言わないでください!?」

「そうですよ! 大体人目のある所でなんて嫌です!」

「待ちなさい葵!? それじゃあ、人目が無かったらやってたの!?」

「……え? そ、それはその……」

 

自分の知らぬ間に親友が色ボケていた事実に戦慄を隠せない早苗。

しばし呆然となって固まった後、元凶とも言える海斗へ詰め寄って耳を引っ張った。

ねじ切られそうな激痛に、海斗の意識が一瞬で復帰する。

 

「あだだだ!? 何するか、ツン眼鏡!」

「だれがツン眼鏡か! てか、アンタは葵に何やったのよ!? なんか、私の知らない間に頭のネジぶっ飛んでるんだけどっ!?」

「アイツがエロかわいいのはデフォルトだ!」

「さりげなく惚気んなっ!」

「2人とも失礼すぎだよっ!? ていうかはーなーれーてーっ! 引っ付きすぎっ!」

 

繰り広げられる眼鏡ツン娘に耳を引っ張られて説教されるホスト男と、そんな2人を引き離そうとする美少女の図。

修羅場的展開に見えなくもないが……残念な事に、この場にいた人々の目には違う感想を抱かせていた。

 

『……なんか、“片思いの男の子に彼女が出来たことを認められなくて怒っている幼馴染”のように見えますわ』

 

「あらあら、また面白そうなフラグの気配が♪」 と楽しげに微笑む蝶歌の声は、更なる女の気配を匂わせ始めたアンチクショウへの嫉妬と憤怒と戦慄に渦巻く野郎共の怨嗟の声によってかき消されていった。

 

 

 

 

結局のところ。

精神的疲労が限界突破してしまった海斗が立ったまま気絶してしまったのでそれに気づいた葵と早苗によって――片方はぶつくさ文句を言っていたが――保健室へ送られ、体育祭閉会までベッドの住人と化してしまった。

しかしそのお蔭と言うべきか、律儀に閉会式を終えてから保健室に襲撃を仕掛けてきたしっとマスクマンズが現れた時には、すでに海斗達は安全地帯である愛の巣(真)へ避難済みだった。

結局、最後まで『海斗 = ホス虎』のカラクリを見抜けなかったしっとマスクマンズが放つ行き場を失った憤怒と嫉妬のオーラは、喜々として鉄鞭を振るう教頭に鎮圧されるまで学園を包み込んでいたそうな。

 

ちなみに、艶やかな愉悦の嘲笑をあげる教頭が無双しているのとほぼ同時刻に、ようやくSAN値を回復させた海斗が頭の中をぼんやりさせながらシャワーを浴びようとシャワールームの扉を開けてしまい、仲良く汗を流していた葵と早苗に遭遇。悲鳴やら打撃音やらが鳴り響いていたらしい。

実際に何があったのか。

それは翌日、顔中に引っかき傷やら打痕をこさえた海斗と、時折何かを思い出すように頬を赤らめてはそれを振り払うように額を壁に叩き付けていた早苗と、口元は笑っているのにワラっていない目をした葵だけが知っている筈だ。

 

とまあこんな感じで、騒がしすぎる体育祭はフラグを乱立させたまま終局することとなったのだった。




〆が投げっぱなしジャーマンとな?
ははは、これ以上は海斗君のSAN値が底をついてしまうのですよ。
……主にネタ的な意味で。
てなわけで体育祭編は終了。次は予告通り、期末考査か長い夏休みの葵&サブヒロのエピソードか。
多分エロ的展開満載になるかと。


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第20話 とっても危険な雨宿り

今回のお話は、学期末考査期間中の一コマ。
じわじわと人気を上げてきた『彼女』がヒロインとなります。
にしても、気合を入れたせいか、まさかの二万文字オーバーって……。



体育祭が終われば、夏休みまであと僅か。

されど、学生の胸の鼓動が高まるロングバケーションに至るために乗り越えなければならない試練が待ち受けている。

1学期の山場、期末考査である。

試験開始まで残すところあと1週間。

緩んでいた空気も自然と引き締まり、普段は生徒が寄り付かない図書館が最後の追い込みをかける生徒達で埋め尽くされている時期だ。

そんなおり、図書館の最奥にある書架の林に囲まれた様な場所で、周囲が首を傾げるほど奇妙な組み合わせな2人組の姿があった。

互いに教え合うでもなく、友達同士で和気藹々と勉学に励んでいる訳でもない。

無言。

そう、無言だ。

向かい合わせに座る相手の顔を一瞥だにせず、教科書とノートに目線を固定して黙々とペンを走らせている。

険悪と言い切る程重圧的ではないものの、友好的とも言えない微妙な空気。

周囲の生徒は彼らの様子が気になってしょうがないらしく、教科書や参考書のページをペラペラ捲りながら、時折横目で様子をうかがっている。

ちらりちらりと突き刺さる視線に耐えかねたのか、2人組の片割れが嘆息を零す。

 

「……いい加減付き纏うのをやめるつもりは?」

「ないわね」

 

簡潔にして即答。

妥協など認めないのだと言わんばかりの反応に、片割れ……海斗から疲労感たっぷりのため息が。

向かい合うもう片割れ……早苗は、ジトッとした視線を向けつつ、何か言いたげに鼻を鳴らす。

 

「あんだよ?」

「……別に」

 

プイッとそっぽを向かれ、やれやれと肩を竦めながら試験勉強に戻る海斗。

彼の様子を伺いながら、自分も手元のノートへ視線を戻す早苗。

これが、ここしばらく図書館で繰り広げられている奇妙なやり取りである。

 

(何かあるはずなのよ。私の知らない何か……コイツと葵を結びつける切っ掛けみたいなものが)

 

体育祭の一件で海斗と葵が『かなり親密』な関係にある事に気づいた早苗。

あの時は勢いに任せて(覗かれた件も含めて)有耶無耶にされてしまったが、一晩眠って冷静になったらしく、体育祭休み明けから始まった自主学習期間の連日、こうやって海斗に付き纏う……もとい、ボロを出さないか近距離で観察し続けている。

直接問いただしてくるかと身構えていた犬虎(わんこ)バカップルは肩透かしを食らったような気がした……のも一時だけ。

無言でじいっと見つめられると言うのは、逆になんとも言えない不気味さを感じさせて止まない。

かと言ってやめさせるには事情を話す必要性がある訳で。

事実を知った彼女がどう動くかわからない以上、下手に情報を与えるのは悪手。

 

――とは言え、このままズルズルいくわけにもなあ。

 

海斗としては、早苗も事情を知るこちら側……協力者になって欲しいと言うのが本音だったりする。

衝突したり突っかかられたりしてきた事もあってあまり良い印象を抱いていないとは言え、毛嫌いされる程度のことなど慣れている。

仕事でスカウトされた素人女性を相手する際など、口に出すことも憚られる罵倒を受けたり引っ掛かれたりすることも少なくないのだ。

スカウトマン(実は海斗の父)の口八丁に乗せられ、報酬(バイト代)に魅せられてホイホイ同意書にサインしてしまえば後戻りのできない罠の中へご招待。

どこぞの悪徳商法のように報酬をピン跳ねたりするような真似は絶対にしない事を店の信条に掲げているので訴えられたりする憶えこそないが、やはり初めての時になって怖くなり、錯乱する女性もいた。彼女たちのフォローも海斗の仕事なので、宥めて説得し、時にネガティブオーラを打ち消すような強引で情熱的なコミュニケーション(と、本人は思っている)を繰り広げてきた海斗。彼からしてみれば、早苗の罵倒程度どうという事は無く、むしろ親友を大切に思うからこそ海斗の事を見定めようとする意図を以て接してくる彼女の事を内心で高く評価しているほどだ。

口には絶対に出さないが。

自分に伊織や蝶歌という理解者がいる様に。

葵にもいろいろな意味での相談事を持ちかけられる協力者が必要だ。

そういった点で見れば、慎重で律儀な面を持つ早苗は適任であるとも言える。

まあ、最も……、

 

「な、何よジロジロ視姦してきて……いやらしいっ」

 

堅物&ツンツンな性格をもうちょいマイルドにできなければ難しいと思うが。

 

「知ってるか? 自意識過剰な反応を返す女って、実はむっつりスケベの証拠なんだそうだ」

「はい?」

 

ぽかん、と惚けた顔をしていた早苗の顔が、徐々に、真っ赤に染まっていく。

 

「あ、あああああああ……!」

「図書館ではお静かにな……むっつりお嬢様?」

 

目を細め、実に小馬鹿にするように鼻で笑ってやると、

 

「~~~~~~~~~っ!!」

 

声なき怒声を上げた早苗の咆哮が図書館に響き渡った。

それから程なくして、人気のない図書館奥で痴話喧嘩を繰り広げるカップル(に見えた)に青筋を浮かべた司書がスパッと切れ味良さそうなペーパーナイフ片手にDEAD or DIE(退室か死か)を突きつけるまで騒ぎが続いたという。

 

――当然、いくつかの机の上にシャープペンを突き刺した穴らしきものがボコボコ空いていたり、涙と混ざりあった鮮血の血痕が染みついていたのは言うまでもないが。

 

 

――◇◆◇――

 

 

テスト準備期間中の休日。

予習もひと段落ついたことだし、気分転換のために出かけることにした早苗の姿があった。

 

「あーもー! ホンッとにムカつくわ、あの詐欺眼鏡~っ!」

 

もっとも、イラつくような感情を引きずりながらなので、微塵もリフレッシュできていなかったが。

頭の中を占めるのは陰鬱とした週末を過ごす羽目になったヤツの顔。

早苗のことを歯牙にもかけない無関心な買い物の時。

水着の早苗をじっと見つめてきた修学旅行の時。

腕に抱きついてきた葵と見つめ合い、頬を綻ばせている体育祭の時。

無表情でやる気の欠片も見せず、周囲の状況に流されるまま生きている早苗の一番嫌いな人種だったハズの彼。

なのに……、

 

「葵といる時のあの目……あれはいつもと違ってた」

 

確たる自分を持ち、未来のイメージを脳裏に描いて歩んでいる。

体育祭で直視した海斗の瞳は、強い意志と信念、葵や幼馴染達へ向ける優しさを感じることが出来た。

だからこそ戸惑う。

果たして、どっちが本物の海斗なのか。

それとも、どちらでもない、全く未知の本性を隠し持っているのか。

 

「――知りたい、な」

 

ぽつり、と呟く。本人も気づかない内に零れ出した小さな願い。

本人が自覚すれば、きっと頭を振って否定することだろう。

これは一時の気の迷い。不良が捨て犬に餌をあげる姿を見たときのようなギャップ効果によるものだと。

けれど、どれほど聡明だと言っても早苗は青春真っ盛りの女の子なのだ。

恋に焦がれるロマンスを望む真っ直ぐな乙女心を持っているし、親友があんなに好いている相手が悪い奴じゃない……かも? と本人の評価を上方修正しやすい柔軟さも併せ持っている。

異性とのお付き合い経験がない純真な乙女故に、親友経由は言えど、初めて深く知りたいと言う興味を持った男性にちょっぴり特別な感情を抱いてしまうこともあり得てしまうのだ。

人の評価など容易く変わる。特に、異常な条件下であればある程、その感情は熱く燃え上がってしまう。

俗に言う、吊り橋効果という奴だ。

特別な条件下で結びついた関係は長続きしないとも言われているが……性質の悪い事に、早苗が興味を抱いてしまった海斗(オトコ)はそういう『特別な条件下で生まれた繋がりを良い意味で継続してしまう』性質を持っている。

そう、例えていうならば――

 

えっちして惚れさせる程度の能力(裏一級フラグ体質)

 

(いやらしい意味での)裏の世界でまことしやかに囁かれ恐れられている(ケダモノ)の実力を、早苗はその身を以て知ることとなる。

 

 

――◇◆◇――

 

 

しばらくの後、早苗は大通りから外れた所にある民家のひとつに居た。

シャワーを浴びた後らしく、水気を帯びた黒髪がバスタオルを巻きつけただけの肌に張り付いてボディラインを激しく強調している。

元々視力があまり良くないため、眼鏡を外したせいで瞼がぼんやりと弛んでしまっている。強気な印象を感じさせるツリ眼の鋭さが弱まり、発育の良い肢体と湯上りという扇情的なシチュエーションが凄まじい相乗効果を齎す。数多くの女性の裸体を撮影(・・)してきた女性ですら、思わず見惚れてしまうほどの凄まじい破壊力であった。

 

「おお……! ハッ! いっ、いやー、お嬢さんも災難だったねぇ。まさか降水確率10%なのに通り雨に降られるなんて。あ、ここに着替えおいとくからね。仕事で使う衣装なんだけど、お嬢さんの服が乾くまで我慢してよ」

「はあ……ありがとうございます」

 

ぼんやり霞む視線の先でまくし立てるだけしておいて、何かに気づいたように部屋の外へ駆け出して行ったこの店(自営業の店舗らしい)の女性店員の後姿を見送ってから、髪を乾かしつつ部屋の中を見渡してみる。

部屋の広さはテニス部の部室くらいか。

壁際はよく分からない機材でごった返していて、部屋の中央あたりに早苗が腰掛けているそこそこ値段の張りそうなソファが置かれている。

入り口近くには保健室などでもよく見る移動式のカーテンが置かれていて、ドアの外から覗き込まれても中の様子が見えないようになっている。

後ろ……入り口の対面にはシングルサイズの簡易ベットが置かれていて、枕元には物々しい木製の戸棚らしきもの、壁には大型鏡が据え付けられていた。

右手の奥にバスタブが設置された西洋風のシャワールームへ通じる扉があり、左の壁は段ボールが山積みになっている。

 

「変な部屋ねぇ……。てか、なんでこんなトコにいるんだっけ?」

 

額に指を押し当てながら記憶を手繰り寄せていく。

たしか、適当に町中をぶらぶらしてたら突然雲行きが怪しくなってきたんだった。

最近多いゲリラ豪雨かと慌てて雨宿りできるところを探したけれど、ぼんやりしている内に住宅地エリアに迷いこんでいたらしく手頃な場所が見つからない。

そうこうしている内に雨が降り出し、数分もかけず土砂降りに。

雨のせいで視界が狭まり、右も左もわからない中、全身ずぶ濡れになって彷徨い続けていたところ、ようやく手頃な軒先のある住居を発見。

飛び込む様に身体を滑り込ませ、冷えきった身体に走る悪寒に震えていると、住人と思われる女性が早苗に気づいて招き入れてくれて――今に至る。

 

「うーん、私としたことがなんて無様な。お風呂貸してもらっただけじゃなく、服の洗濯まで……後でお礼言わないと」

 

そう言いつつ、ベッドに膝を乗せて壁に耳を寄せる。

すると、遠くからだが落雷を思わせる轟音と震動が伝わってきた。

どうやら雨は当分止みそうにないらしい。

 

「へくちっ」

 

露出している肩や足から寒気が駆け登ってきた。

バスタオル1枚の恰好で居続けるのはやはりマズイ。

何から何までお世話になるのは心苦しいが、この場は好意に甘えて衣服も借りることにしよう。

雨に撃たれ、水滴の跡がくっきりと残された眼鏡をベッド傍にある棚の上に置き、用意された衣服へ手を伸ばし――

 

「……え? えええっ!? こっ、こんなのを着るの……!?」

 

両手に持って広げた衣装のデザインに愕然とし、

 

「何でこんなのが置いてある訳!? 嫌がらせ!? ……いやいやいや、落ち着け私。あのおばさんは善意で世話を焼いてくれたんだから、このチョイスも何か理由があるはず……」

 

自分に言い聞かせるようにブツブツ呟き、深呼吸を繰り返して心を鎮め、念のため入り口の鍵が閉まっていることを確認してから覚悟を決めて、

 

「女は根性! 頑張れ私!」

 

頬をパチンと叩いて気合いを入れてバスタオルを解き、独創的な衣装(ソレ)を纏うべく手を伸ばした――……。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「うぅ~……や、やっぱり恥ずかしい」

 

シャワーとは別の理由で頬を朱色に染めた早苗が、ソファに腰掛けながら項垂れていた。

俯く彼女の動きに呼応して、頭部で自己主張するウサミミの中程あたりから力無く折れ下がる。

へんにょり、と。加虐心を刺激する、途轍もない癒しとエロスが室内を満たしていた。

 

……そう、ここに降誕したのはただの早苗に非ずッ!

 

瑞々しい肢体を際どく隠す漆黒のレオタード。

 

それが食い込むほど肉感たっぷりなむっちりお尻で自己主張する真ん丸尻尾。

 

可愛らしい蝶ネクタイがあしらわれた付け襟が首筋のラインを引き締め、手首を飾るカフスがしなやかな手首の細さを強調する。

 

すらりと伸びる脚線美を彩るのは漆黒の生地の網タイツ。

 

足元に真紅のハイヒールを履いて眼鏡をかければ、アダルティと清純を併せ持つ最強の装備が完成する。

 

そう、本能を揺さぶる魔性の魅力をその身に纏い、天下無敵の『バニー早苗』がここに爆誕した!

 

……最も、当人は恥ずかしくて仕方ない、これを着るくらいならバスタオル姿の方がよかったかもと遅い後悔に苛まれているが。

肩ひもの無いレオタードという着慣れない恰好をしているせいか、心細げに視線を揺らせながらソファの上で縮こまってしまっている早苗。

モジモジしていると、普通でない今の状況に当てられたのか普段の彼女からは考えられない行動を起こした。

ぴょこん、とソファから降り立ってヒールを鳴らせながら高く積み上げられたダンボールへ近づくと、誰もいないのにキョロキョロ辺りを見渡しながら目の前のそれの中を覗き込む。興味が湧いたのだろう。規律を重んじる早苗であるが、年相応の好奇心も併せ持っている。バニーガールという奇特な恰好をしている自分という異常な状況が、理性をいくらか解放的にしているのだ。

 

「なにかしら、コレ……?」

 

箱の中に詰められていたものは布の袋で包まれたよく分からない物だった。

大きさも様々で、手のひらに収まる小さな物……お手玉のような丸いものや、筆箱のように長細いものもある。

袋に使われている布地は切れ端を適当に繋ぎ合わせて用意されたものらしく、継ぎはぎが目立つ。

とりあえず、何かに包んでおこうと言う仕舞った者の考えが透けて見えるようだ。

 

「なによ、だらしないわね……。私ならもっとちゃんとした袋を編めるのに」

 

実は裁縫が趣味で、テニスボールを入れるお手製の布袋を手作りしてしまうほどの力量を持つ早苗は、不揃いな布袋を一つ一つ手に取りながら「私ならこうやって繋ぎ目を分かりにくくするのに」「この大きさなら、こっちの花柄の方が可愛く見えるでしょうが」等、少々辛辣な評価を繰り出しいく。しかし、どこか楽しげに見えるのは純粋に裁縫が好きだからということか。

 

「んー……でも、一番いいのは中身とマッチしたサイズとデザインを持たせることなのよねえ。何が入ってるのかしら?」

 

手のひらサイズの袋をしげしげと眺めていた早苗だったが、やがて好奇心に負けたらしく、布袋の中に手を入れて中身を取り出した。

すると、出てきたのは……

 

「なに、コレ? 箱……あ、もしかしてスイッチ? それに卵、かしら?」

 

早苗の掌に乗せられたのは、PHSくらいの大きさのスイッチらしきものと、そこからコードでつながった卵のような球体だった。

色はピンク色。スイッチには1から5の数字が記されていて、何らかの強弱を調整できる仕様らしいことまでは早苗にも理解できた。

しかし、用途がわからない。

そう言った系の知識にかなり疎い彼女には、手の中で弄ぶそれが何のための道具なのかわからないのだ。

しばらくの間、指でつまんだりして眺めていたが「……よし」と自分に言い聞かせるように呟くと、リモコンのスイッチをONに。

メモリが最大の5に設定されていたこともあり、スイッチを入れた途端、暴れ狂う様に卵状の物体……所謂、ローターが激しく振動した。

 

「きゃっ!?」

 

悲鳴を上げて驚く早苗。

プラスチックの塊が床の上に落ち、駆動音を上げながら床の上をのたうつ。

 

「な、なんなのよこれ……っ、あ!」

 

事ここに至りようやくソレが何なのか理解できたらしい。

早苗の端正な美貌が羞恥心で真っ赤に染まる。

自分が何を弄っていたのか自覚し、頬を抑えながら壁際まで後ずさる。

 

「な、なんでこんなものが……っ、まさか!?」

 

恐る恐る指を伸ばして暴れ続けていたピンクローターのスイッチを切ってペッドの上に置くと、恐怖と好奇が入り混じった表情のまま箱の中にある別の袋を取り出し、中を覗く。

 

「ひ……っ!?」

 

引き攣った悲鳴が喉の奥から吐き出された。

早苗が見たもの、それは男性の性器を模したゴム製の性具、通称バイブレーター。

先程早苗が弄っていたピンクローターも原則に言えば同系統の性具に属する、『大人のおもちゃ』である。

 

「な、なんでこんないかがわしいものが大量にあるのよっ!?」

 

早苗の背筋に恐怖からくる冷たいゾクゾク感が走る。

もしかして自分はとんでもない場所にいるのではないか? 未知への恐怖で足元がおぼつかなくなり、膝がガクガクと笑い始めた。

思わずと言った風に手頃な所にあったベッドに腰掛け――放置していたローターをお尻の下敷きにしてしまう。

 

「ひゃんっ!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げて飛び退こうとする早苗……しかし、完全にスイッチをOFFに出来ていなかったらしく、前振りも無く振動が再開した。

激しく暴れるローターは早苗の尻肉に押し上げられる様にヒップラインをなぞりながらシーツの上を滑り、程なくして双丘が生み出す渓谷へとたどり着く。

誰にも見せたことが無い不浄の器官……アヌスのすぐ近くにすっぽり収まってしまったローターは、混乱して右往左往するしか出来ない早苗に無慈悲に、無機質に振動という愛撫を繰り出していった。

 

「――ッ!?」

 

PHSのバイブ機能など話にならない激しすぎる衝撃に襲われ、早苗の背中が弓なりに反りかえる。

呼吸を求めるかのようにパクパク開閉を繰り返す口元は引き攣り、外気に曝されている上乳や二の腕に鳥肌が立つ。

身体の芯がじゅんっ、と燃え滾る様に熱い。今まで感じたことの無い刺激に反応してしまった身体が、本人の意思を無視して反応を見せていく。

耳たぶの産毛が逆立つほど敏感になった耳が、途切れ途切れに溢れ出す自分の恥ずかしい声を拾い上げ、羞恥心を煽る。

股間を抑える指がおずおずと動き、レオタードに包まれた秘部を優しく擦り上げた。ビリビリっと快感を示す電気信号が神経を駆け巡り、早苗の理性を焦がしていく。

太股はすり合わせる様にモジモジと閉じられ、網タイツ独特のムズ痒さが心地良い刺激すら産み出してしまう。

 

「あっ、ふ……はあんっ!?」

 

自分があげてしまった淫靡な声に驚き、慌てて口元を抑える。

外に聞こえていたらどうしようと恐怖が込み上げてきたが、いまだ暴れ続けているローターの刺激によって、一時的に回復した理性が再び快楽の波に押し流されてしまう。

このままではいけない。

ギリギリのところで危険な流れから脱出を果たした早苗は、ローターを避ける様に身体をずらして横座りになると、今度こそローターのスイッチを切る。

無機質な駆動音が消え去り、室内に静寂が戻ってくる。だが、荒げられた早苗の息遣いは収まる兆しを見せず、それどころかむしろより悪化していると言った方がいい状態だった。十数年の人生で初めて経験した熱く燃え上がるほどの官能が、眠っていた情欲を呼び覚ましてしまったのだ。

実は早苗、彼女は元々性欲の自覚症状が薄く、ストレスや悩みなどをスポーツで発散してきたために、自慰行為の経験が皆無という希少な少女なのだ。

保健体育の授業でそう言った知識こそ人並みに習得してこそいる。だが、当人の性欲の自覚症状の薄さ故に、そう言った性関連の悩みなどはずっと無縁だった。身体が疼くような経験も無かったし、異性の肌を見て興奮を覚えるような事も無い。

普段から凛然とした態度を通してきたことも、自分に向けられる異性からの視線を深く意識しないでこられた理由の一つだ。

しかし、普通じゃない衣装に身を包み、淫猥な道具で興奮を感じるという普段の彼女とは明らかにかけ離れている状態。

あまりにも異常なソレに呼応したかのように、理性に抑え込まれてきた性欲が鎌首を擡げてきたのだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……んくっ」

 

収まってくれない昂揚で乾ききった唇を舐める。

たったそれだけで、鋭敏すぎるほどに開花した触覚が甘い衝撃を産み出してしまう。

興奮を抑えることが出来ない。何もしていなくても下腹部を中心に身体中へ広がっていく熱は激しさを増していき、熱に侵された様に理性が溶かされていくのがわかる。

すこし身体を捩るだけで革製のレオタードの生地が肌と擦れてしまうから身動きもとれない早苗は、シーツを握り締めてじっと興奮が収まるのを待つことしか出来ないでいた。

しかし、

 

「あ……っ!? え、な、なんで……ンッ!?」

 

ずくん、と。

 

レオタードに包まれた股の間から甘い刺激が迸った。

それは相対的に強さを増していき、えも言えない快感を早苗に感じさせる。

戸惑い、恐怖と共に逃げ出そうとする早苗だが当然の如く逃れることが出来るはずもない。

太股の内側が汗と、そうでない粘着性の液体で濡れていく。生地を押し上げる様にツンッと尖っていく乳首が自己主張を繰り返し、半開きになった唇の隙間から唾液が溢れ出す。

身体が小刻みに痙攣を起こし、溢れ出す発汗の蒸気で曇った眼鏡のレンズが霧がかったように白く染まる。

早苗は明らかに発情していた。

その理由は彼女の纏っている衣装にこそある。

実はこのバニーガールの衣装は、とある目的のために用意された代物だ。

素人が造るコスプレ衣装とはわけが違い、目的のための機能を内包しつつデザイン性も損なわない匠の技を費やされた一品なのだ。

最大の特徴はレオタードにある。実はこれに使用されている生地は裏面がざらざらとした布でできている。

それには肌と擦れ合い、苦痛をギリギリのラインで感じさせずに性感を刺激すると言う意図が仕組まれていた。

さらに体型に密着する様に平均女性よりもやや小ぶりのサイズでデザインされている事も、密着度を増すためにわざとそうしているのだ。

おまけに早苗は下着まで雨に濡れてしまったために、素肌の上に直接レオタードを纏っている。

つまり、秘芽や秘部、さらにはアヌスにいたるまで直接刺激を注ぎ込まれていたと言う事だ。

普段の彼女なら気づいていた筈の疑念に、雨に濡れた直後のシャワーで思考がぼやけ、普通じゃない状況に陥ったことで気づくことができなかったのだ。

身体の奥から込み上げてくる火照りは疼きを呼び、秘部の奥からどろっとした蜜がにじみ出てきている。

誰かに見られてしまうかもしれないと言う緊張が、抑え込まれてきた情欲を刺激し、背徳感にも近い興奮を呼び起こす。

自分の症状が発情だということはなんとなくわかる。

だが、彼女は自らを慰める方法……自慰行動のやり方を知らない。

知識はある。だが、知っているのとやれるのかは別問題だ。

そもそも、理性の大半が溶かされている今の彼女に、記憶を手繰り寄せながら自分を慰める様な真似が出来るはずもない。

このままでは狂ってしまう。

興奮と情欲の隙間に残されたわずかながらの理性で恐怖を抱く。

早苗の体質と衣装があまりにも相性が良すぎたために起こった悲劇。

もしこのまま誰も自分に気づかないままだったら?

もし見知らぬ異性に今の自分を見られてしまったら?

未知なる衝動が生み出す不安がかつてない恐怖を齎し、至高の袋小路に陥ったお姫様を絶望が支配する。

 

「たす、けて……! 誰かぁ……」

 

涙があふれ、弱音が零れる。

ベッドに倒れ込み、恐怖を誤魔化す様にシーツを噛む。

ベッドと擦れて眼鏡が外れ、視界がぼんやりとしたものに切り替わる。

普段の強気さを感じさせる目尻が下がり、怯えた少女のソレとなる。

弱弱しい少女そのものとなった早苗の手が救いを求める様に虚空に伸ばされた――直後。

 

――コンコンッ。

 

唐突に鳴り響いたノックと共に、どこか見覚えのある気がする男性が入室し、

 

「失礼しま――って、オイ!? どうしたんだいったい!?」

 

扉を開くなりただ事ではない早苗の様子に気づき、慌てて駆け寄ってくる『高宮 海斗』の姿を認めながら、早苗は意識を手放した。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「ちょっ、ホントどうした? 大丈夫か?」

 

せっかく葵とのんびり過ごしていたというのに突然の仕事の依頼を受けてしまったため、前日から実家に戻っていた海斗。

いつの間にか携帯に登録されていたマッドへ連絡し、事情が事情なので外泊OKと許可を取り付けたために惰眠を貪っていたのが今から1時間ほど前。

寝ぼけ眼でリビングに降りると、いい笑顔を浮かべた父親にエンカウントしてしまい、せっかく戻ってきてるんだからもう一本撮影しようと押し切られ、あれよあれよという間に撮影の準備に借り出されてしまった。

そして現在、今回のお相手である女優さんが待っていると聞いた待機部屋を訪れた海斗の目に飛び込んできたのは明らかに普通じゃない状態のバニーガールの姿。慌てて駆け寄ると、彼女は安心したかのような表情を浮かべて気絶してしまった。

抱きとめ、額に手を当てて熱が無いか計る。やや高いが病気と言う訳ではなさそうだ。

困惑を隠せず、しかし仕事相手(と海斗は思い込んでいる)の女性を気遣う優しい手つきでベッドに横たわらせる。

荒い呼吸を繰り返す女性の様子を伺いながら、こんな状態では仕事をするのは不可能と判断し、入り口横の内線で父親に連絡した。

 

「親父、女優さんが体調を崩してるみたいなんだが、何か知ってるか? 持病持ちとか」

『なに? そんな話は履歴書にも書いてないが……ちなみに彼女は?』

「とりあえず落ち着くまでベッドに寝かしてる。目が覚めたら事情を聴くつもりだから、ちょっと撮影は延期にしてくれるか?」

『むう……まあ、いいか。元々来週に予定していたものだし、今日のところは延期という事にしよう。海斗、お前はそのまま彼女に付き添ってやれ。隣の控室(・・・・)には母さんの客人がいるらしいから騒ぎを起こすなよ』

「わーってるよ」

 

受話器を戻しながら振り返り、少しは呼吸が落ち着いたらしい彼女の元へ戻る。

母の客人とやらがちょっと引っ掛かるが、まあ自分には関係ないかと意識の外へ追いやった。

乱雑する小道具の中からパイプ椅子を引き寄せながら、改めて女性に視線を落とす。

既視感というか見覚えがある様な気がするが、どうにも思い出せない。

腕を組み、頭を捻りながら唸っていたせいか、女性の眉がぴくりと動く。

 

「ん……」

「お、気づいた……ましたか?」

「え? あの……っ!?」

 

ぼんやり焦点が合っていなかった女性……早苗はしばらくぼ~っと海斗を見つめ、続いて自分がどんな格好でいるのかを確認し、

 

「~~っ!?」

 

ぼふんっ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで全身を真っ赤に染めて、

 

「う、うなーーっ!?」

「うげあ!?」

 

珍妙な奇声をあげると同時に海斗の心中(人体急所の一つ。殴られるととても痛い)へコークスクリューパンチを叩き込んだ。

激痛が走る顔面を抑えながら蹲ってしまう海斗から逃げる様にベッドの上を後ずさった早苗は、自分を抱きしめながら涙目で不審人物を睨み付ける。

 

「だ、誰よアンタっ! わたっ、私が気絶してるのをいいことに何しようとしたの!?」

「あだだ……って、コラ。誰が不審人物か」

 

親切心から介護しようとしたというのにこの言いがかり。

思わず半眼で睨み返してしまう。

その剣幕に気圧されたのか、早苗がうっ、と小さく唸る。

言われてみれば、記憶の最後に助けを求めた誰かに手を伸ばしたような気がする。

 

「……ごめんなさい」

「いや、誤解が解けたんならそれでいいんだが。てか、本当に体調が悪いんじゃないか? さっきから汗すごいぞ」

「そう言われても……自分じゃよく分からないし。なんだか身体が熱くて、頭もぼーっとするのよ……」

 

気だるそうな早苗の様子から病気とは違う原因の気がする。額に手の甲を当てて熱っぽい表情を浮かべる早苗。

その姿に、かつての葵が重なり、まさかと血の気が引いていく。よくよく見てみれば、彼女が纏っているバニーガールの恰好は撮影用に用意された女性を興奮させる特別仕様の衣装ではなかったか?

 

「な、なあ、もしかしてだけどそのバニーに着替えて結構時間経ってる? てか、もしかしなくても素肌に直接着てるのか!?」

「? えっと、30分くらいかしら……。下着も、うん……雨に濡れちゃったから……」

「うげ……そら欲情して当然だろ」

 

海斗は思わず頭を抱えた。

下着を穿いたうえで着るはずの衣装を素肌に直接纏えば、官能が刺激されて欲情してしまうのは当たり前だ。

そうでなくても、控室であるこの部屋の中には気分を高揚させる香水や媚薬の匂いが染みついているのだから、知らず知らずのうちにそれら等を吸い込み、情欲を増幅されてしまうというのに。

欲望に身体を支配され、けれどもそれを解放する手段がわからずに内側へ溜めこまれてしまった昂りは、もはや運動で発散できるレベルを超えていた。

ただ座っているだけだと言うのに、早苗の呼吸は荒く、激しいものへと変わっていく。二の腕を掴む両手が肌を擦る様に上下に動き、たったそれだけの刺激でゾクッと強い快感が身体を駆けあがる。

すぐ手が届く場所にいる力強い牡の存在が、彼女の中にある牝の本能を煽り、急かす。

もはや何も考えられない。只々、心を焼き尽くさんばかりに滾る熱を鎮めたくて、解放されたくて、半ば思考を放棄した早苗の腕が「とりあえずシャワーでも浴びさせて目を覚まさせればいいか?」 などと考え込んでいた海斗の肩へ伸ばされる。

 

「へ? ――ぬおぁ?!」

 

素っ頓狂な声を上げた海斗の襟首を掴んで、強引に抱き寄せる。

油断していた海斗は引っ張られるままベッドに倒れ込み、仰向けに寝そべった早苗を押し倒す体勢になってしまう。

眼前に早苗の顔がある。ベッドにつく両手をほんの少し曲げただけで、唇が重なり合ってしまうほどの距離。

視線を少しずらせば、珠のような汗の雫が浮かぶ乳房とレオタードで締め付けられて強調されている谷間がハッキリと見えてしまう。

もう一度彼女の顔に視線を戻すと、蠱惑的な色香を漂わせるオンナの香りが鼻孔を擽ってきた。このまま据え膳を喰ってしまえと囁く煩悩を封殺し、表面上は冷静さを纏ったままに問いただす。

 

「おい? 何のつもりだこれは」

「わからない……わからないわよ。こんなの初めてなんだからっ」

 

癇癪を起したように肩を震わせる早苗。目に浮かぶ涙を拭う事もせず、混乱と動揺でぐちゃぐちゃになった心に浮かび上がってきた言葉を呟いていく。

 

「身体おかしくて……お腹の奥が熱くって……もう、わけわかんないのよっ。ねえ、なんなの、コレ!? アンタ、何か知ってるんでしょう!? 教えてよっ」

「わ、わかったから落ち着け! お前が着ているその恰好な、女性の性感帯を刺激する布地が使われているんだよ。ようするに欲情してるんだ」

「よ、欲情? え、あ、そんな……わ、私どうしたらいいのっ!? お願い、助けてっ」

 

嗚咽を呑み込む替わりに未知への恐怖が湧きあがってきたのだろう。よく分からないが、とても恐ろしい状態に自分があることは理解できたのか、懇願するように海斗へ縋りつく。

 

「ちょ、落ち着け! てか、なんだその反応……異性を知らないどころか自慰もしたことが無い生娘みたいな」

「失礼よっ。私はそんなふしだらな事しないんだからっ」

「え? ちょ、え? てことは撮影に呼ばれた女優さんじゃない……? じゃあ、誰なんだ?」

「そんな事どうでもいいからっ! 早く何とかしてよおっ!」

「痛ッ!? わ、わかった、わかったから……」

 

引っかかれた頬をさすりながら、海斗はしばし瞠目する。

性的興奮が本人の意思を無視して引き上げられているのなら、絶頂に至れば苦しみから解放されるはずだ。

しかし、先ほどの彼女の言葉を信じるのならば、己が組み伏せている発情したうさぎさんは男を知らない清い身体。

なんでこんな泥沼にはまっているのか見当もつかないが、だからといって何も知らない少女の純潔を強引に奪うことは好ましくない。

ならば――。

 

「今から治療してやる。もしかしたら辛いかもしれないけど、最後まで逃げずに耐えられるか?」

 

真剣な眼差し。これから何が起こるのか、何をされるのか全く分からないけれど、信用はできると直感した早苗は無言でうなずく。

 

――後になってぶん殴られるくらいはありそうだな。

 

少女の意志を確認し、海斗も覚悟を決める。

上肢を起こして膝立ちになると、レオタードのカップへ手を伸ばし、尖った乳首に擦れないよう引っ張りながらずり下げた。

顕わになる真っ白な膨らみ。頂点にあるピンク色の乳首は興奮の度合いを示すように固く尖り、自己主張を続けていた。

呼吸のたびに胸が上下して、その度に柔らかいつきたてのお餅のような双丘が踊り、ぷるんっ、と魅惑的な幻聴が聞こえてきそうだ。

 

「ああっ……み、見ないでよぉ、ばかぁ」

「だが断る」

 

咄嗟に両手で胸を隠そうとするのを、手首を掴むことで阻み、そのままベッドに押し当てた。

その反動で早苗の背中が反り、必然的に海斗に向けて胸を押し出すような状態になってしまった。

鼻先に差し出された乳房の香りを味わう様に、わざとらしく『くんくん』と音を立てて匂いを嗅ぐ。

 

「いっ、いやあっ!?」

 

獣じみた仕草で体臭を嗅がれてると言う行為に羞恥心を煽られ、悲鳴じみた叫びが上がる。

だが、早苗の非難を一切無視した海斗は、小刻みに震える乳首に舌を這わせ、舐め上げた。

プリンのようになめらかな肌。昂奮でにじみ出たミルクのような味がする汗の味が口の中に広がっていく。

ビクビクと官能に震える早苗に怒声をあげる余裕も与えないように、続けざまに軟らかな乳房へ顔を埋めて、乳首にしゃぶりつく。

ちゅっちゅと赤子が母乳をせがむ様に甘噛みして乳首を固定し、舌先で乳腺を刺激する様に突っつく。

舌の動きに連動するように、早苗の喉からひくっとくぐもった音が鳴る。

 

ひもひいいは(きもちいいか)?」

「むっ、胸を食べながら喋らな……んああああ!」

「ンッ……お嬢様には刺激が強すぎたかな?」

「うっ、ううっ! ゆ、許さないんだから……こんなヒドイことしてっ」

「まだまだ始まったばっかりだぞ。気持ち良くさせるから気をしっかり持てよ」

「え? ちょ、ちょっとまって――っ、むぐう!?」

 

手首の拘束を解き、中指と薬指を早苗の口の中へ差し入れながら、逆の手で乳房を揉み、反対側の乳首に吸いつく。

強弱をつけながら揉みしだくように指を動かし、ボリューム感たっぷりな柔肉を堪能する。

並行して吸いついた唇を窄めながら舌の上で転がすと、堪えようのない艶声が溢れ出す。

燻っていた官能の炎が再燃し、解放されている両手は力無くシーツを握り締めることしか出来ない。

 

「ああっ、あ、う、んんっ……! むぐ、れろ……ぷちゅ……」

 

悲鳴を上げようとしても、口の中に差し込まれた海斗の指が口内で暴れまわるので叶わない。

ザラザラとした上顎の内側を擽られ、柔らかな頬をつつかれ、感覚器官であるツブツブで埋め尽くされた舌を挟み込む様に刺激を送り込んでくる。

ガクガクと全身が痙攣を起こし、不遜な侵入者に噛みつくことも出来ない。

されるがままに身体を征服されていくような錯覚に、早苗の僅かに残された理性が逃げろと叫ぶ。

けれど、力が入らない。

逃げることも抗う事も出来ず、ただされるがままに身を委ねてしまう。

 

――私、どうして……こんなことっ。

 

「っぷは! や、やめなさいよぉ……乳首、壊れちゃうでしょお」

 

疑念に解は導き出されず、口から出るのは期待を込めた言葉だけ。

もっとして欲しい。痛い位激しく吸って欲しい。

そんな欲情の欠片が含まれた問いかけに、海斗は至って真面目な顔で応える。

 

「このくらいで根を上げてどうする。将来、赤ん坊が生まれた時の予行練習とでも思えよ」

「え……ええっ!? こ、子どもって……そんなの、まだ早いわよっ」

「備えあれば憂いなしとも言うだろ? 心の準備は早い方がいいぞ……多分」

 

言うだけ言って胸への愛撫に戻った海斗を恨みがましく睨みつける早苗だったが、先ほどよりも強く乳首を吸われてしまい、淫らな悲鳴を我慢できなくなってしまった。

 

「そ、そんなこと言ったって……! あ、ああんっ!? やぁ、そ、そんな舐めたらっ!?」

「ちゅむ、ちゅっ……どうだ?」

「ど、どうもこうもっ!? ぁ、んあっ、ふうっ……ふわあああっ!? やっ、らめぇええ!」

 

敏感な反応に気を良くしたのか、海斗の攻めがより一層激しさを増していく。

自由になった手を早苗の背中とベッドの隙間へ差し込み、背骨をなぞる様に撫で上げる。

彼女が着ているレオタードは背中部分が大きく露出したデザインなため。素肌を直接愛撫できるのだ。

ゾワゾワッと背中を駆け昇る快感に口を結んで耐えようとするが、彼女の努力をあざ笑うかのように意地悪な指が背中のラインを通ってヒップの谷間の奥底へと滑り込んでいった。むっちり尻肉に食い込んでいるレオタードの端から股の下を通す様に指を差し込み、ぷっくりと膨れた恥丘に指を添える。

瞬間、下腹の奥がきゅんと疼き、秘唇の外……ラビアからにじみ出る様に興奮の蜜液が溢れ出してくる。

身悶えするたびにニチュニチュと淫靡な音が秘部から聞こえ、早苗はもう耳たぶまで真っ赤だ。

レオタードとラビア、海斗の指が擦れ合って、身体を震わせるだけでも甘い官能を感じてしまう。

子宮の奥の疼きが激しさを増していく。込み上げてくる快感は初体験に対する嫌悪や苦痛を誤魔化すように荒れ狂い、その激しさに呼応したかのように新たな蜜液が溢れ出てくる。腰が痺れ、胸の感覚がなくなってきた。

レオタードの中で淫靡に蠢く指が生み出す快感に、早苗の身体は爪先と首だけで身体を支えるブリッジのように反りかえってしまう。

無理な体勢からくる痛みすら快楽に変換されているようだ。

息苦しさすら、痺れる様な快感に取って代わられ、電のような衝撃となって全身余すところなく走り抜けていく。

 

「だ、だめっ……ひいっ! や、やめ、やめて……ゆるして……おねがい、もぉ……だめなのおっ!」

 

呂律が回らなくなり、高まり続けた官能が限界に達する。視界が真っ白に染まり、花火のように激しくも荒々しい火花が飛び散る。

全身の筋肉が激しい痙攣を引き起こし、瞳から色彩が失われていく。

その時、ラビアを弄っていた指を引き抜いた海斗が左右の乳首を指で挟み込みながら摘み上げ――まとめて吸い上げた。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

それがトドメになった。

身体の芯を焼き焦がしながら脳天まで駆け上がった火花が内側で弾け飛び、早苗の意識を此処ではないどこかへと誘っていく。

同時に、膣道の奥底から子宮頸管粘液が溢れ出し、レオタードの生地に黒い染みを産み出していく。

意識は完全に途切れた。

浮かしていた腰が落ち、完全に脱力した下肢から絶頂に至った証である濃厚な蜜液の香りが漂ってきた。

膝立ちのまま早苗を見下ろす海斗は、ぐったりと力無く四肢を投げ出し、焦点の合わない瞳で天井を見上げながら荒い呼吸を繰り返す彼女の胸を解放すると、ベッドにうつ伏せになるように転がし、せり出すように盛り上がった尻肉に向き直った。

形よく引き締まった健康的な太ももは汗に濡れて艶めかしく見える。

レオタードを端に寄せて、ヒップのワレメを外気に晒す。

途端、むわっと香る蜜液の香り。

腰を掴んで抱き寄せると、放心状態にある早苗は頬をベッドに押し付けた四つん這いの体勢になった。

内太股を流れ落ちる蜜液を人さし指と中指で掬い取り、シワヒダを集めて閉じているアヌスに優しく触れる。

 

「いきなり挿入()れるのはきついからな……まずは、指一本っと」

 

ゆっくりとマッサージするようにシワヒダを解し、蜜液を擦りこみながら人さし指でアヌスをつつく。

排泄のための器官だから外部からの侵入者を拒絶するように指を押し返してくる。

意識を失っている早苗も本能で嫌悪を感じているのか、身悶えながらお尻を振って逃げようとしたので動けなくしてやることにした。

 

「……れろっ」

 

舌を差し伸ばして……一舐め。

 

「ひゃうんっ!? え、な、なに……え、えっ!?」

 

ある意味で絶対領域と呼べる孔……アヌスを舐め上げられる感覚に、早苗の意識が一瞬で覚醒する。

混乱するまま自分の格好と海斗がナニをしているのか理解し、かつてない羞恥心で真っ赤になった顔をブンブンと激しく振った。

あまりにも恥ずかしすぎる仕打ちに理解が追いつかないのだろう。海斗を蹴り飛ばすことも、這いずって逃げ出すことも出来ず、舌先でアヌスをつつかれる感覚に翻弄されることしか出来ないでいる。

 

「ひゃぅ、や、やめ、……ひゃぁんっ! あ、あひ、きた、汚いからぁ!」

 

ちゅっちゅっとキスまで落とされてしまい、嫌悪と恥ずかしさに混じってほんのわずかな快感を感じてしまった自分を否定するかのように、両手で顔を覆ってイヤイヤと首を振る。

あまりの恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。けれど、早苗本人の意思を置き去りにして、絶え間なく送り込まれる刺激は快楽へとすり替えられ、望まぬ高みへと引き上げられてしまう。

そして――、

つぷっ、と音を立てて人さし指がアヌスへ挿入されて直腸粘膜を擦られた瞬間、排泄以外の用途を知らない早苗に理解不能な感情が湧き上がり、

 

「やっ、やだ……やだぁぁあああああっ!」

 

最後に残された理性という壁が、いとも容易く陥落してしまった。

大きな声をあげて半裸の身体を震わせる。身悶えるうちに食い込んだのか、ローレグのような状態になったレオタードの股間から膨れ上がったラビアが覗き、音を立てるような勢いで蜜液が流れ出してくる。

息も絶え絶えな早苗が、肩越しに振り返って怯えた顔を向けてくる。

 

「流石にやめた方がいいか?」

「――……め」

「ん、なんだって?」

「やめちゃ……ダメ」

「へ? あ、そう?」

 

意外そうな表情の海斗。だが、彼よりも驚いていたのは早苗本人だった。

 

――な、なんで私、あんなことをっ!?

 

やめるかと聞かれた時、今すぐやめてと告げるつもりだった。

お腹の奥……多分、子宮の辺りの熱は冷める兆しをみせないけれど、少なくともお尻を弄られるなんてふしだらな真似は絶対に嫌だ。

だと言うのに、口から出たのは正反対の言葉。

死にたくなるくらい恥ずかしいのに、もっと続けて欲しいと囁く自分がいる。

拒絶したいのか受け入れたいのか。

離れて欲しいのか、抱いて欲しいのか。

自分で自分の心がわからなくて、思考が停滞する。

その様子に、しばらくの間逡巡していた海斗だが、意を決したように二本の指をアヌスに宛がい、傷つけないようにゆっくりと差し込んだ。

第二関節まで挿入した指を折り曲げ、直腸の内壁を擦る様に愛撫していく。

 

「あっ、あ、くぅ……っあぐっ!」

 

突然、アヌスが指を引き千切るような勢いで締め付けてきた。

ねじ切られてしまうのではと錯覚を覚えるくらい激しい抵抗に面食らう海斗だったが、シーツを引っかく様にもがく早苗に気づき、腰を掴んでいた手で彼女の手の甲に重ね合わせるように触れる。

指を絡みつかせ、首筋に寄せた唇で優しいキス。

ちゅっちゅっと啄む様にキスの雨を降らせば、くすぐったそうに身を捩る早苗の表情が幾分か柔らかくなった。

同時にアヌスの締め付けも弱まり、指を引き抜くことができた。お尻の谷間を覗き込めば、ぽっかりと空洞のように開かれたままになったアヌスの姿が。

光って見えるのは分泌された粘液だろうか。早苗本人の蜜液と海斗の唾液も混ざり合って、何とも淫靡な輝きに見える。

ヒクヒクと戦慄くソレが己を誘っているように見えて、海斗の胸に秘奥を支配してみたいと言う欲望が湧き上がってきた。

ズボンを下げて限界まで起立した肉棒を取り出すと、先走りで濡れた亀頭を押し当てる。

 

「あ……」

 

早苗の顔が達観じみた諦めの表情へ変わる。

だが、海斗は見抜いていた。

一見すると抵抗を諦めて放心しているように見える早苗の瞳の奥に、これから行う行為への期待が灯っていることを。

故に、期待に応えるために腰を持ち直してゆっくりと、傷つけないように己が分身を押しこんでいった。

 

「うっ、うぅぅ~っ!? や、やっぱりダメっ、ムリぃ……! お、お腹、くるし……ッ!!」

 

亀頭のエラが挿入し、アヌスのシワを押し開きながら沈み込んでいく。

アヌスでの結合は、ある意味で破瓜の苦しみのソレを上回ると言って過言ではない。

膣肉のように引っ掛かりがなく、どちらかといえばなめらかな創りになっている直腸だが、肛門括約筋と呼ばれる筋肉が異物を押し返そうと肉茎を責めたててくるのだ。強固な抵抗を強引に押し退けて侵入を進めると、括約筋を内側へ巻き込みながらどこまでも沈み込んでいく。

やがて、肉茎は根元までアヌスに呑み込まれ、互いの腰が密着した。

アヌスバージンを失った肢体が、腰の動きに連動して弓なりに反る。

排泄の器官を侵された気持ち悪さが頭の中を支配し、身体の内側にダイレクトで感じる海斗の熱と存在を愛おしく想う感情が胸を満たす。

苦しみと同時に女の喜びを感じてしまう性を自覚し、早苗の中で何かが変わっていく。

変化を恐れ、ぶるぶるっと恐怖に身体を震わせた瞬間、直腸に埋め込まれた亀頭が尾骨の内側を抉った。

 

「がひゅっ!?」

 

悲鳴を上げて仰け反る早苗に驚き、咄嗟に腰を抑えていた腕で彼女のお腹を抱きしめてしまう。

海斗の体勢が変わり、肉茎が再び直腸内を抉る様に刺激した。

 

「ぁ……ぁぁああああーーっ! く、苦しいのに……な、なのにぃ……!」

 

身悶える早苗の様子を確かめながら、苦痛を与えない程度に緩やかな律動を開始する。

引き抜く様に後退させると排泄感に近い快感を、逆に押し込んだ時は圧迫感のような苦痛と被虐的な刺激を覚えるようだ。

嫌がっているのは事実だが、それが恐るべき速さで快楽に書き換えられている。

膣とはまた違う独特の感触に酔いしれながら、汗で全身を濡らした海斗が本格的な律動運動に移行する。

直腸粘液を抉る様な動きは苦痛の度合いが高い。

ならば、純粋な前後運動で快感を叩き込む。

 

「く、苦ひぃ……や、やら……もう、やらのぉ……あぁっ、で、出ちゃう……やっ、もぉらめぇ♡」

 

艶やかな色香混じりの甘い声が出てきた。

どうやら早苗は特に、肉茎を引き抜かれるときに感じる生理現象にも似た感覚がお気に召したようだ。

粗相してしまいそうな恐怖と不安、それを凌駕する解放感と快楽に病み付きになってしまった早苗は、拒絶の言葉を口に出しつつも表情が微塵も一致していなかった。

 

「ひゃあっ!? お、おへそ弄ったら……んはああっ!? む、胸、までぇ!?」

 

腰の動きに強弱をつけて刺激を送り込みながら指を滑らせ、レオタード越しに腹部を撫でる。

へそをつつき、質量感たっぷりに自己主張する乳房を荒々しく揉み込んで。乳首を捻る。

 

「あ、や、いやぁあっ! か、感じ過ぎちゃう! キモチよくなりすぎてこわれちゃうぅぅっ!」

 

小さな悲鳴は艶声へと変わり、形のよい臀部を自ら突き出すように腰を振る。

ぱつんぱつんと尻肉が腰とぶつかる音が室内に響き、興奮が否応なしに高まっていく。

不浄の穴を侵されているという嫌悪感はすでに無い。

息苦しいまでの圧迫感と排泄にも似た解放感で交互に襲われ、早苗の理性を快楽で染め上げていく。

 

「ひんっ! あ、そこ、――ぃ、いいっ! ああぁーーんぁああっ!?」

 

男根を引き抜かれるとカリ首が直腸粘膜を削り取る様な衝撃を味わえる。

逆に差し込まれると子宮という行き止まりの無い直腸の中をどこまでも沈み込んでいく存在感を感じることができる。

シーツに顔を埋め、獣の交尾のような恥ずかしい格好だと言う事も忘れてよがり狂う。

だらしなく半開きになっている口から溢れる唾液がシーツの上に淫靡な水溜り産み出し続ける。

蕩けきった表情を浮かべて男に組み伏せられる様は、まさしく娼婦と呼ばれる者のソレ。

 

「ゆる……ひて、ぇ……も……らめ、なの……ぉ」

 

涙と涎に塗れた美貌を淫猥に染めながらの哀願など何の意味もなさない。現に、早苗の腰の動きは止まるどころかより激しく、より淫靡な動きへと変わっているのだから。

 

「おいおい、こっちもグショグショだな……そんなに後ろの穴が気持ちいのかな?」

 

意地悪く尋ねる海斗に、呻き声で途切れ途切れになりながら、早苗が反論する。

 

「ひが、ぅ……のぉ……わらし、ぃ……変態じゃ、ないぃぃ……はひぃ!? やっ、らめぇ! ぐりぐり動かしちゃ、やぁあああっ!」

 

直腸粘膜を削り取る様に、腰の動きを円運動へ変化してきた。お尻の内側がめちゃくちゃにされているのがわかる。

呼吸もままならない程に息苦しいというのに、亀頭のエラが直腸を抉るたびに強制的に酸素を吐き出してしまう。

酸欠で赤黒く染まっていく早苗の貌は、しかし恐怖の色は見受けられない。

その理由だと言わんばかりに、早苗の顎を掴んで強引に振りむかせた海斗の唇が彼女の唇を重なり、新鮮な酸素を送り込まれる。

 

「んぶっ、あ、あむっ……んちゅっ、っぱ……んあぅ」

 

おずおずと差し出されたピンクの舌をしゃぶり、舐め上げ、啜る。

くちゅくちゅと唾液の混ざり合おう音を零しながら、貪り食う様に互いの唇を奪い合う。

その様はもはや理性ある人の行為ではなく、本能の赴くままに互いを貪り合う獣の交わりであった。

もう戻れない事を早苗は自覚する。

けれど、恐怖ではない別の感情が込み上げてきた。それが正しい感情なのかはわからない。けれど、こんな普通じゃない関係から始まる運命も悪くないような気がする。

心臓が破裂しそうだ。胸の奥が限界以上に熱くなっている

重ね合された手のぬくもりを放さない様に力の限り握り締めながら、新しい自分が産声を上げるのを心で感じる。

 

その直後、

 

「くっ……出すぞ」

 

燃え盛るマグマの如き熱い精液が早苗のナカに流れ込み、

 

「っぁ――ふぁぁああああぁぁぁぁああああんっ!」

 

直腸壁が激しい痙攣を起こし、絶頂を迎えた早苗の叫びが室内に木霊した。

 

「あ、ひぅ……かふぅ……」

「おっと」

 

意識を失ったらしく、早苗の身体が崩れ落ちた。

胴回りに腕を差し込んで、ブレーカーが落ちたように全身を弛緩させる早苗を抱きとめ、ゆっくりと肉茎を引き抜いていく。

直腸は膣と違って精液を吸収などしない。それ故に、うつ伏せに倒れ込んだ早苗のアヌスからドロリとした精液が溢れ出してきている。

 

「やれやれ、自業自得と言えども、後始末はしとかないとな――っうお!?」

 

思案に暮れそうになった海斗に出来た僅かな隙。

何時の間に意識を取り戻したのか、唐突に目を見開いた早苗が海斗の腕を振り払い、さほど広くないベッドの中で器用に身体を入れ替えた。

今度は自分が押し倒される形になった海斗の胴に馬乗りになると、早苗は彼の首に躊躇なく指を宛がって探る様な視線を向けてくる。

 

「……」

「えーっと……お姉、サン? 回復速いですね……ぐえ」

 

きゅっ、と喉を締められた。呼吸が止まる程ではないが、爪が食い込んで地味に痛い。

 

「私の名前を呼んでみなさい」

 

低い声の要求に全面降伏を締めす両手を上げ(降参ポーズ)をしつつ、馬乗りになった早苗の様子を伺いながら言葉を選ぶ。

 

「えーっと、そう言われましても俺と貴方は今日が初対め……ん?」

 

海斗の弁明を聞きながらベッドの端に飛ばされていた『ある物』を拾い、壊れていない事を確認してから本来の用途にしたがって装着する。

それは理知的な印象を見る者に与える縁なし眼鏡。

興奮が収まったのだろう、普段の彼女に近い凛然とした雰囲気を取り戻している。

 

「……はい? え、いやいやいや……そんなまさか」

「事実は小説より奇なりって言葉、実に的を射ているって思わない? ねぇ、高宮クン?」

「は、はは……ナンデワガヤニイルンデスカ、ハネムラサン」

 

性行為直後の気だるさが残っている頬に張り付いていた、汗の水気を帯びて艶やかな光沢を放つ一房の横髪をかき上げ、獲物を捕らえた肉食獣の如き眼光を放つ早苗がとてもイイ笑顔を浮かべた。

大人びた美貌と(オンナ)特有の色香が混ざり合った姿は、物語に出てくる高級娼婦を連想させる……あくまでも雰囲気だけだが。

 

「おば様に雨宿りしていったらどうかって進められちゃってねぇ……まさかアンタの家とは思いもよらなかったけど」

「……まさか、部屋間違えてた?」

「間違い? ふん、その辺りも追及したい所なんだけど……まずは」

 

ぐぐっと顔を寄せて、不機嫌そうに柳眉を寄せた早苗が要求する。

 

「これからは名前で呼びなさい」

「何故に?」

「わ、私のお、おし……お尻の初めてを奪っておいて今更他人顔するつもり!? そんあの許すわけないでしょーが!」

 

うがーっとご立腹な怒れるうさぎさんに逆らう事は出来ず、大ポカをやらかした間抜けな虎さんは恭順の意を示す以外の選択肢を持ち合わせていなかった。

故に、

 

「……わかった『早苗』。で? 要求は? 殺さない程度に拷問したいってのなら、まあ……程度に寄るが受け入れるぞ」

「見損なわないで」

 

ピシャリ、と海斗の弁明をぶった切る。

てっきり身体を穢されたことに憤慨している物だとばかり思っていた海斗は首を傾げる。

彼女の気性からして、泣き寝入ることはないと思ったからの発言だったのだが、どうやら男に馬乗りになったはしたないお嬢様には気に入らなかったらしい。

 

「今回の諸々の原因は私にあるわ。要は自業自得ね。……そりゃあ、アンタにも原因の一端はあるけど、好奇心に駆られた私が浅はかだったのは理解できてるもの。――アンタが学園であんな風な理由もなんとなく分かったし」

「聡明だな。じゃあ、今日の事は悪い夢、胡蝶の幻みないなもんだったってことでひとつ――」

「それは無理。私が危ない目にあったとことと、アンタに処女を奪われたことは別問題よ」

「え、いやちょっと待て! あの時はアレが最善の一手だったし、お前も同意してただろが!」

「さあ、どうだったかしら? 薬のせいで記憶が曖昧なのよねぇ~」

 

明らかに嘘をついているのは真っ黒なサディスト笑顔の早苗を見れば一目瞭然だ。

けれど、理由はどうあってもひとたび関係を繋いだ女性を蔑ろにすることは海斗に出来ず。

彼の根幹を何となく察している早苗もコレを有耶無耶にされることはないと踏んでいる。

事実、「で、何が望みだ?」 と海斗から妥協案を引き出そうとする質問が投げられたことに、早苗は緩みそうになる頬に力を込めて取り繕いつつ、

 

「そうねぇ……。とりあえず、海斗(アンタ)と葵の関係あたりから説明してもらいましょうか? 急に仲が進展したのは相当な理由があるんでしょう?」

 

海斗に馬乗りの体勢のまま、満面の笑みを浮かべて尋問を開始した。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「ふーん、やっぱりここがアンタたちの『愛の巣』だったってワケ……。意外と片付いてるのね」

「掃除は葵がやってくれてるからな。細かいところにも気がつくし、助かってる。――早苗(・・)、アイスコーヒーと麦茶のどっちだ?」

「アイスコーヒーの一択で」

 

「はいよ~」と間延びする返答しつつキッチンでコーヒーメーカーの用意を始めた海斗の背中を眺めていると、隣に座っている『親友』から物申したそうな視線が。誰? など言わずもがな、ご機嫌斜めな葵お姫様その人である。

 

「……ねえ、早苗。どうしてココにいるの?」

「あら、愚問ね。『親友』の家に遊びに来るのがそんなに不自然かしら?」

 

あくまでも冷静に、優雅に切り返す早苗をジト目で見据えつつ、キッチンに引っ込んだ海斗と彼女の間を交互に視線を動かし、

 

「……聞いたの?」

 

何が、とは言わない。

けれど、理解の色を瞳に映して頷く早苗の様子から、海斗経由で彼女が事情を知ったことを悟る。

 

――ついでに、余計なフラグまでこさえたらしい海斗へ憤怒の眼光を叩き込んでおく。

 

ブルリ、と肩を震わせ、キョロキョロとあたりを見渡す海斗は放っておいて、最重要の確認事項を問い質しておかなければならない。

 

「ねえ、早苗。海斗くんと何があったの?」

「ん~? 別に葵が勘繰る様な不埒なことなんてなかったわよ? 気にしすぎ気にしすぎ。――まあ、アイツも複雑な事情を抱えてめんどくさい男だけど悪人じゃないってことはわかったし、まあ、あるい程度認めてあげてもいいかな~ってね。葵のフォローもお願いされちゃったし……てか、アンタ本当にしっかりしなさいよ? いろいろと大ポカしてるみたいじゃないの」

「ううっ、それを言われたら強く言えない私がいるのです」

「ま、そんなに落ち込まないの。これからは私もフォローしてあげるからさっ。例の法案? が可決するなり公表されるなりしたら面倒事も無くなるわよ、きっと」

 

しょぼんと項垂れる葵の頭を“ぽぷぽふ”して困ったように笑う早苗。きゅっと目を瞑ってされるがままな葵もまんざらでなさそうなあたり、事情を知る友人がいてくれることに心強さと安心感を感じているらしい。

 

まあ、もっとも……、

 

「――そうなったら、いざってときに責任取らせやすいしね」

 

ぽそりと呟かれた危険な台詞に飛び上がる勢いで葵が顔を上げると、チラチラ海斗の様子を伺いながら一房の髪を指に絡ませて恥ずかしそうに弄っている完璧に『女の子』な反応を見せる親友のお姿が。

 

「さ、さささ早苗さん!? 本当に二心ないんだよね!? 横恋慕したりしないんだよねっ!?」

「うえ!? な、何をおっしゃられますかお姫様。この私がNTLとかありえないし! こんなのは、その……あれよ! 本当に愛する彼氏が出来るまでの仮初な恋心みたいなものよ! いつか本命と付き合うことになった時のための練習的な! それに大切な親友を預けるに足る男なのか見定めるって意味もあるしね!」

 

葵は気づく。

早苗の頬がピクピクしていたことを。

それこそ、彼女が話を誤魔化してるときに見られる癖であることを。

て言うか、その言い回しじゃほとんど認めてるようなもんじゃ……とはツッコまない。

藪を突いて余計な恋敵を作る訳にはいかないのだ。

ただでさえ、いつの間にか海斗とメールアドレスを交換しあってた雌猫(さらさ)が虎視眈々と爪を研いでいやがるというのに……っ!

 

「ふ、ふ~ん? ソウナンダ……じゃあ、運命の赤い糸が繋がった人と巡り合えば、もう海斗くんに用はないってコトだよね!?」

「まあ、そうなるわね! ――でも、出会えなかった時は……責任……認知……同衾?」

「ちょっとぉ!? ものすごく不安になる単語口走らないでほしいかもっ!? ていうか本気!? 本気で狙ってるの!?」

「……そう言えば葵? 最近ニュースで重婚を認める活動が活発になってるって耳にした記憶があってね」

「どうしてそーゆーこと言うかなぁ! しかも狙いすましたようなタイミングでっ!?」

 

はにかむ様に頬を朱色に染める親友の本気度を感じとり、葵に戦慄が奔る。

信じていた友のまさかの裏切りに、英雄譚の主人公の如き激情が渦巻く胸を押さえながら、叫ぶ。

 

「もぉおおおーーっ! 海斗くんは私のっ! 泥棒猫はご退場下さぁああああいっ!」

「えぇ~……しょうがないわねぇ。じゃあ、愛人とか妾で我慢してあげるわよ。まったくもう、ワガママさんなんだから」

「そーゆー問題じゃないのぉおおーーっ! なんで私が聞き分けのない子みたいな扱いされてる訳!? もうもうもうっ! 海斗くんのお馬鹿ぁああああーーーーっ!!」

 

「え、俺のせいかコレ!?」 とのたまう海斗の主張は、「当たり前でしょっ!?」 という葵の叫び声にかき消された。

 

――後日、紙袋を被った科学者らしい不審人物(気に入ったらしい)の一団に囲まれ、サムズアップと共に「愛人Get乙♪」の祝福を送られて荒ぶる猛虎が降臨する羽目になるのはまた別の話。

 

○結論

(わん)ちゃんと虎さんのラブラブ空間に、ツンツンうさぎさんがログインしたようです。




というわけで、サブヒロNo.2の早苗ちゃんのターンでした。
親友の葵ちゃんを押しのけての、初アナルセックス♪
そんでもって、意外と狂暴な野生(ツン)さみしんぼな一面(デレ)を併せ持つ『うさぎさん』が早苗ちゃんのイメージアニマルでした!
……ふふふ、これで3Pフラグも成立ですな!

――ちなみに、早苗ちゃんはまだ処女です。清い身体なんです! ← ここ重要ポイントですよ!




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第21話 永久に繋がるエンゲージ

久しぶりの更新なので、おかしくないかなとちょいビクビク。
けど、ものすごくスラスラ楽しく書けました♪

でも、誤字確認してたら日付変わっちゃいました……ちくせう。



「ぷーぅ」

 

頬を膨らませると言う行為は様々な意味を宿す。

例にあげると、不機嫌さをアピールするリアクションとして。

口内に酸素を取り込み、ハムスターのように両頬を膨らませることで「私、怒っていますっ」と内なる声を相手に送り込むのだ。

自己主張的行動でありながら、可愛らしさを損なわない一手であると言えよう。

 

「むぅー……」

 

その一方で、ギャップ萌えを誘発させる必殺技としての一面も持つ。

笑顔や可愛らしい幼さを感じさせる仕草が魅力的な少女であれば、上記の意味を持つ行動。

しかし、普段が凛々しい、所謂“かっこいい女性”と称される者が異性に向けてこのアクションをとることで、普段とのギャップに胸を打ち抜かれてしまうほどの衝撃を産み出す必殺兵器と化す。

遣い手によって千差万別に効力を変え、それでいて甲乙つけがたい威力を秘めた乙女の技……しかし、無敵に思われるこの技にも致命的な弱点が存在している。

 

「ん~……わからん。なあ、早苗。この例文の和訳ってどうやるんだ?」

「まったく、それでもアンタ日本人なの? 古文の現代和訳に手間取るなんて」

「仕方ないだろ、古典とか苦手なんだよ……。てか、出題者の気持ちになって考えろってアドバイスしてくれたけど、全然わからんのだが」

「バカねぇ。問題を作るのは先生なんだから、出題者がどういう回答を求めているのかを紐解いていけば答えを導き出せるものなのよ」

「――俺にはレベルが高すぎる」

「妙な所で応用力足りないんだから……もう。ほら、見せてみなさい」

「さんきゅ」

 

肩を並べ、期末考査最終日の追い込みに励む海斗と早苗の意識は手元のノートと参考書に集中しており、テーブルの向かいでむくれている葵の様子に全く気づいていない。

肩が触れ合うくらい身を寄せ合い、あまつさえ、文章を指でなぞる様に身を乗り出すものだから海斗の肩に早苗の豊満な乳房が押し当てられ、仄かに熱を帯びた吐息が耳元を擽っていく。

無自覚故にか、見せつけられるように繰り広げられる光景に葵の機嫌はさらに急降下するというまさに悪循環。

それは、とても単純で、簡潔で、ごくごく当たり前の――概念(こたえ)

古来より人々は、ソレを指してこう呼び続けてきた……即ち!

 

 

『相手が見てなきゃ意味ないでござる』

 

 

「――いい? つまりこの問題が求めているのは……ぁ」

「おお! なるほど、そういう考え方な訳か。ありがとよ早苗……さん?」

「ぅ……! べ、別に……なんでもないわ」

「そ、そか……」

 

参考書から海斗へ視線を戻した瞬間、しな垂れかかりながら至近距離で見つめ合うような体勢になっていたことにようやく気づいた早苗。

恥ずかしげに頬を上気させながら身を引き、そっぽを向きつつ口元を手で隠し、もじもじ。

ちらちらと海斗の様子を伺いながらどことなく潤んだダークブルーの瞳を向けてくる早苗の表情に、どきっと鼓動を跳ねあげてしまう海斗。

博識な委員長であった少女が一瞬で乙女な顔を見せたギャップにヤラれてしまったらしい。

どことなく『あま~い』空気が漂い始めた瞬間、むくれるお姫様の堪忍袋の尾が一瞬で弾け飛んだ。

効果音にすれば『ブチィイイッ!』 的な感じで。

 

「~~~~っ! ちぇりお!」

 

ヒュッ! と空気を切り裂くシャープペンシル。

 

スコンッ! と心地良い音を鳴らせた海斗の額。

 

ぷしゅーっ! と吹き出す真っ赤な液体。

 

「いだぁああああああっ!?」 とシャーペンが突き刺さった額を抑えて、のたうちまわる不届き者。

朗らかな勉強会は、刹那の間も空けずに修羅場へと変貌した。

 

「か、海斗ーー!? って危な! ちょ、落ち着きなさい葵!? どこで身に付けたのそんな投擲技術!?」

「通信教育“DI○様のナイフ投げ講座(初級編)”を受講した結果だよ!」

「いろんな意味で物騒すぎるわ!?」

 

何故か取っ組み合いに発展した葵達の喧騒を床に倒れ伏しながら見つめていた海斗は思った。

 

――全方位アタックとか喉元ブッスー! じゃなくてよかった、と。

 

ついでに輸血の準備もお願いしますと霞がかった意識の中で懇願しながら、海斗の瞼は静かに閉じられていった……。

 

「ゲームオーバー! 第三部ッ! 完☆結!」

「蝶歌、妙なこと言ってないで手当ての準備手伝ってくれ」

「は~い、ですわ」

 

手際よく輸血道具の手配やらをこなしていく伊織と蝶歌。

この日の図書館はかつてないほど血の匂いが立ち込めていたと噂されたが、幸いにも(?) 命に係わる大事が起こることはなかったとさ。

 

「な、何故に俺がオチ扱い……」

「処女相手にアナルプレイとかかました君が何を言ってるんだ?」

「……反論のしようもございません」

「全くですわ。そういうマニアッ――ゴホン、ゴホン。素敵イベントは是非とも伊織さんとしてもらいたかったですのに」

「――え?」

「え?」

「……」

「……」

「…………ふふふ」

「ちょ、伊織さん。その微笑の意味は!? ま、まさか……!? もうすでにお二人はっ!? ちょっとその辺を詳しくっ!」

「さあ……どうだろうね?」

(ダレカタスケテ……)

 

幼馴染にすら忘れ去られ、さりげなくガチで命の危機に瀕する海斗なのであった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「まったくもう! 海斗くんってば、もうもうもうっ!」

 

『愛の巣(真)』のソファの上で〈愉快な動物シリーズ〉のぬいぐるみを抱えながらむくれる葵。

毎度のように背骨を折られそうになっている〈うるうるウルフくん〉が悲壮感漂うオーラを醸し出している事なぞお構いなしに腕の力を強めていく。

声なき悲鳴を黙殺し、不機嫌度MAXな葵は昨日の図書館での出来事を思い返す。

 

「なによぅ……早苗ってば、あんなに海斗くんの事嫌ってたくせにっ」

 

脳裏に浮かぶのは肩を寄せ合い、仲良さげに試験勉強に励む海斗と早苗の姿。

先日までの嫌悪感はどこへいったのか、見る者全員が眼を疑う様な光景。

桃花は「ふ~ん?」 と含むものがありそうな何とも言えぬ微笑を浮かべ、伊織と蝶歌は新しい仲間を歓迎するかのように微笑み。

あながち的外れでもない勘繰りをしてくる周囲の指摘に、真っ赤になって否定の声を上げる早苗を見て驚きに目を見開いたものの、次の瞬間には妙に嬉しそうな満面の笑顔になってサムズアップした桐生を“イラッ”とした感情のままに殴り飛ばした一連の出来事がつい今しがたのように思い返される。

今日は試験最終日の午後。

午前中までですべての試験科目を終わらせた葵はこうして一足先に帰宅し、ぶつけどころのない不満とお怒りを〈うるうるウルフくん〉を締め上げることで発散しているのだ。

それでも気に食わないものは気に食わない。

 

「そもそも、用事があるからとか言って私を置いて帰ってちゃった癖に家にいないってどういうこと!? まさか雌猫とか早苗と逢引してるんじゃないよね?」

 

あの2人を両脇に侍らせ、高笑いしながら街中を闊歩する海斗を幻視して、〈うるうるウルフくん〉が言葉にすることも憚られる恐ろしき苦痛に襲われ……数秒後には吊り上げられた眉がふにゃっ、と弛む。

 

「え、えへへ……私の海斗くんはそんな事しないもんね~。私の事、す、好きだって……欲しいって言ってくれたもんねぇ~」

 

仔犬を抱き抱える母親のようにぬいぐるみを抱き込み、ソファの上をごろごろする。

体育祭での告白(プロポーズ)の記憶はいまだ鮮明に葵の脳裏に刻み付けられており、瞼を閉じればあの時のすごく真剣な表情の海斗の囁きが聞えてくるかのよう……。

 

「にへ、にへへへぇ~」

「……あの、葵、さん?」

「のわきゃうっ!?」

 

キラキラと輝く笑顔を浮かべた海斗に抱き締められる妄想に耽っていた葵が跳ね起きる。

逃げる様にソファの端まで後ずさった彼女を覗き込んでいたのは、いつの間にか帰宅していた海斗。

見てはいけないモノを見てしまったと言わんばかりのその表情から察するに、葵にとって非常に嬉しくない感想を抱いているのは間違いないだろう。

なぜなら、見たことも無いくらい優しげな微笑みになったかと思えば、羞恥心でプルプルと震える葵の頭を優しく撫でつつ、幼子をあやすように柔らかい口調で、

 

「大丈夫……俺は葵が妄想系電波っ娘でも受け入れてみせるからな?」

 

などと言っちゃったのだから。

 

「ち、違うんだよ!? 私は頭の中が危ない子なんかじゃ無いんだからねっ!?」

「ははは。落ち着くんだ葵ちゃん。大丈夫……大丈夫だから」

「全然大丈夫じゃないんですけどっ!?」

 

がうーっ! と両手を振り上げて暴れる葵。

結局、、海斗の誤解を解くまでに10分以上の時間がかかってしまったのは、それだけ葵の表情がアレだったから……とツッコまないのが優しさであろう。

「ああ、良かった……葵が戻ってこられて」と感涙を流す海斗と「ぜひー、ぜひーっ」と息を荒げて肩を上下させる葵の双方がようやく落ち着いたところで、本来の要件を思い出した海斗。

鞄の中から帰りに貰ってきたチラシを取り出して葵に見える様に広げつつ、口を開く。

 

「なあ、葵」

「はーっ、はーっ……え、なに?」

「明日の休み、デートに行かないか?」

「行くっ!」

 

ビシッと手を上げて即答してから、「あれれ? 私って、もしかして……ちょろい?」 と葵が自己嫌悪に沈むまであと数秒。

 

 

――◇◆◇――

 

 

休日を謳歌する人々によってごった返す街中を歩く2人の女性。

夏が近いと言う事もあって大胆に肌を露出したファッションに身を包んだ“女狐”こと理恵。

豊満な双丘を強調するタンクトップに、太ももが顕わになるホットパンツ。

健康的な脇や鎖骨が爽やかな陽光を反射して、煌めいているかのよう。

西洋人の血が流れているが故の日本人離れしたスタイルを惜しげも無く晒し、周囲の男性陣の視線を釘付けにしている。

そんな理恵の隣を歩くのは、彼女から一転して清楚な雰囲気に身を包んだ大学生風の女性。

腰まで届くふわりとウエーブのかかった長髪は光の反射によって薄茶色に色ずく。

少々野暮ったい大きめの眼鏡の奥には柔らかい曲線を描く大きな瞳。

どことなく天然さや純朴さを感じさせる柔らかな印象を見る者に与える容姿。

衣服も、白を基準とした色合いのカーディガンに無地のシャツ、ロングスカートというおとなし目のチョイス。

理恵を華やかで観賞用に飾り付けられた活け華と称するなら、彼女は野原に咲く可憐なコスモスと言ったところか。

対極にあるような雰囲気を醸し出す2人でありながら、見た目に反して仲は睦まじいものであるらしく、楽しげに会話を交わしている。

 

「へえ~。じゃあ結衣(ゆい)、愛武学園の教育実習生に選ばれたんだ?」

「うん。例年は希望者過多で抽選になっちゃうくらい人気があるんだけど、今年は私が選ばれちゃって」

「ふうん? ま、たしかに校長とかがちょくちょく取材受けてるの、ニュースで見てるわ。なっとく……あ。でも、大丈夫なん? 例のクズ……じゃなくて、下種な種馬男とは」

 

気遣いを顕わにした理恵の問いかけに、結衣の表情が曇る。

友人にそんな顔をさせる元凶になった男の姿を脳裏に浮かべ、あらん限りの罵倒をブツケながら、返答を待つ。

彼女の事情に介入した身として、結果をきちんと把握しておきたいからだ。

 

「ぁ……うん……。理恵があの人たちにちゃんと言ってくれたおかげだよ。性格の不一致で、このまま計画を進めるのは望ましくないって判断されたみたい」

「そっか。引き剥がされたんならよかったわ。――にしても、どれも彼もが海斗クンと葵チャンみたいにうまくいくわけじゃないのねぇ」

「理恵? 今何か――」

「うん、なんでも無いわ! ほらほら、今日は貴方の新しい門出を祝してはっちゃけるわよ! 少年、早く来なさい!」

「う、うぇ~い……」

 

ある意味で関係者な2人の事をうっかり口を滑らせそうになった理恵は、誤魔化すように結衣の肩を押してショッピングモールへ向かう。

賑やかな彼女たちの後方には、ここに至るまでに購入した戦利品の荷物持ちとして呼び出された桐生の姿が。

手首から肩にかけて無数の紙袋をぶら下げた桐生は、「いざ幼馴染チャンとショッピングデートになった時、テンパらない様に予行演習しておくべきね♪」とう理恵の口車にまんまと乗せられ、荷物持ちクンとして連れ回されているのだった。

傍目には女子大生に可愛がられる男の子のように見えるので男性陣からの視線が痛いこと痛いこと。

けれど、最近習得したパッシブスキル“残念ボーイ”によって、突き刺さる視線の意味に気づけないまま、アッシー君としてお姉様方の付き人を続けるのだ。

 

しかし、桐生は気づいていなかった。

人混みの向こう側、反対車線の歩道を仲睦まじく歩いている葵、彼女と手を繋いだ海斗がいたことを。

誰かの策謀という訳でもない。単なる偶然、間が悪かっただけというどこにでもある小さな理由によって、やっぱり桐生は葵とすれ違うのだった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

休日という事もあって賑わう街中を並んで歩く海斗と葵。

当然のように手を繋ぎ、普段はあまり足を運ばない広場に来た2人は、偶然開催されていたバザールの露天を眺めながらデートを楽しんでいた。

一緒に暮らすようになってからも一緒に出掛ける機会はそれなりにあったものの、やはりどこか周囲の視線を気にしていたのだろう。

いざという時に追及から逃れられるよう、近場をうろうろする程度で済ませてきた。

しかし、幾人かの理解者を得て、心情に余裕が出来たことでお出かけを楽しもうと言う思いが湧き上がり、こうしていつもと違った賑わう場所へ赴いてきたのだ。

家庭菜園で収穫されたものらしい野菜や果実が並べられているおばさんの隣には、小学生程度の子どもが使い古したカードゲームやTVゲームソフトをシートの上に広げていく。

その一方で、洋服屋や靴屋など新品の製品が艶やかに飾られた露店が人目を引く立地に陣取り、制服の上に半被を纏った店員が客引きに声を張り上げている。

どうやらこの祭りは、バザールとフリーマーケットを合体させているものらしい。

祭り独特の高揚感と賑わいで包まれた会場は、初夏の熱気をものともしない活気で満ち溢れている。

こういった場所のお約束である露店で購入したたこ焼きを摘まみながら、ゆっくりと露店を見て回っていく。

やがて、食べ終わったたこ焼きの空ケースをゴミ箱に放り込んだ際、葵が目を細めてとある露店に釘付けになった。

 

「わぁあ……!」

「どした? ……ああ、なるほど。宝石細工ね」

 

葵が目を奪われていたのは、宝石店の商品らしい色鮮やかな指輪やネックレスと言った金細工だった。

台の上にケースも無く外気に曝されているそれらは手作業で生み出された物独特の繊細な技術が光る一品ばかり。

陽光を反射して淡く輝くルビーが目を惹くネックレスや、傷一つない真珠のイヤリングなど、主役である宝石の魅力を最大限引き出す計算された装飾が施されている。

その割に値段はリーズナブル。利益よりもお客様の笑顔こそがなによりの御代だと言わんばかりの価格設定だ。

きっと、裕福層を狙った大手メーカーとは異なり、個人経営故の判断なのだろう。

店番をしている人懐っこい笑顔を浮かべるおばさんの恰好が、普通のブラウスとスカートの上に店名が刺繍されたエプロンを羽織るだけというのも予想を裏づけている。

 

「おやまあ、可愛らしいお客様だこと。どうだい、お兄さん。恋人へのプレゼントに、ひとついかが?」

「こいっ……!?」

 

他人からごくごく当たり前のように恋人関係に見えると言外に告げられ、顔を赤く染める葵。

こういうところは初心なままなお姫様の頭をちょっぴり乱暴にぐりぐりと撫でつつ、並べられた商品を眺めていく。

「わ~うぅ~!?」 と情けない声を出しながらも振りほどく素振りを見せず、きゅっと目を閉じてされるがままに身を委ねてくれる葵への愛しさを実感しながら、微笑ましそうに「あらまあ」とか言っているおばさんへ自分の目に留まった『あるもの』を指差しつつ購入を告げる。

 

「これ、お願いします。あ、出来れば包んでくれると嬉しいんですが」

「え? ……ああ、そういうことだね。わかったよ、ちょっとお待ちなさい」

 

海斗の考えを見抜いたおばさんは、目尻を更に緩めながら手早く梱包を済ませていく。

ぐりぐり、うりうりと撫で繰りまわされていた葵がようやく解放されたときには、手のひらサイズの紙袋に納められた『あるもの』を海斗が受け取っていた。

 

「ありゃ? いつの間に。ねえ、海斗くん、何買ってくれたの?」

「ん~……まだ秘密だ。家に帰ってから見せてやるよ」

「えぇ~……ずっこいよぅ」

 

眼を閉じていたせいで中身を見れなかった葵がぶーぶー文句を垂れるのを黙殺し、2人の会話から聞き捨てならなかった単語を聞き取ったおばさんが「ま、まさか……もうすでに同棲をっ!?」 と戦慄するのを余所に、むくれて頬を膨らませた葵を片腕に引っ付けたまま、この場を後にする。

 

――喜んでくれる……かな?

 

ジャケットのポケットにしまった『これ』を見せた時の反応を想像し、海斗の頬が柔らかに弛んだ。

 

 

――◇◆◇――

 

 

休日デートを満喫した後、『愛の巣(真)』に帰宅し、夕飯を済ませてまったりくつろぎタイムに突入した頃。

ベッドの上で微睡んでいた海斗へ、淵に腰掛けた葵が声をかけた。

 

「ねぇ、海斗くん……」

「ん? なんだ?」

「あの、ね? お願いがあるっていうか……その、わがまま言ってもいいかな?」

「?? あ、ああ、構わないけど……どした?」

「うん。あのね――」

 

珍しく言いよどむ葵。

恥ずかし気に眉根を下げ、口元を軽く握った片手で隠しながら、可愛らしいおねだりが飛び出した。

 

「私……海斗くん(アナタ)の赤ちゃん欲しい――かも」

「……? ……!? ~~~~っ!?」

 

こうかはばつぐんだった。

普段のふてぶてしさとか冷静さとかをかなぐり捨てた、年相応の青年としての表情で驚愕を顕わにする海斗。

顔はもちろん、身視や首筋に至るまで真っ赤に染まり、言葉を失ったかのように口をパクパクさせている。

反射的に振り上げられた腕はところなさげに虚空を彷徨い、プラプラと彷徨っている。

 

「あ、あああ葵サン? いったい何がどうなって、ンな発言に繋がったのでございましょうか!?」

「ちょ、驚きすぎだよぉ。もう……あのね? 今までえっちした時って、危険日とかちゃんと計算してたでしょ? 期限に余裕もあることだし、いきなり赤ちゃんできちゃったらいろいろ大変だからって。――でもね、最近私思うんだ」

 

腰掛けていたベッドによじ登り、四つん這いになって海斗にすり寄っていく。

尻もちを突くような体勢で硬直した海斗になんなくたどり着くと、肩を軽く押して馬乗りにならながら彼と見つめあう。

 

「早苗とか沙良紗とか……後は幼馴染の2人も妖しいよね?」

甘い声の囁きだというのに、何故か血の気が引いていく音が耳に届く。

二の腕を押さえつけてくる葵の指先が皮膚に食い込んで、地味に痛い。

 

「海斗くんって、けっこうオープンっていうか、ある程度まで距離が近くなった相手をすごく大切にしちゃうでしょ? それは素敵な事だと思うんだけど……同時に不安にもなるんだ」

「そう、なのか?」

「そうなの。女の子って生き物は、自分だけを見て欲しいっていうわがままを抱いちゃう生き物なのです」

 

だからこそ、証が欲しい。

何があっても、自分のところへ戻ってきてくれる確かな証が。

 

「それで赤ん坊(愛の結晶)……か。飛躍しすぎ、とは言い切れんなぁ」

「むぅ……イヤなの?」

「そうじゃなくて、これじゃあ『アレ』を用意した意味が無いと言いますか」

 

歯切れ悪そうに視線を彷徨わせる海斗に疑問を抱くが、ひとまずそれは置いておく。

今優先すべきなのは……確認しておかなければならない事は、たったひとつ。

 

「ん……っ」

 

唇を重ね、甘い声で囁く。

色香は女の武器だと教えてくれた桃花の助言に従って、有無を言わせぬままキスの雨を降らせていく。

唇の次は頬。額から耳たぶにかけてちゅっちゅっと甘える様に啄むソフトキス。

くすぐったさと耳朶に響く熱い吐息に、海斗の雄が昂っていくのを感じ、内心で拳を握る。

有耶無耶になんかしてやらない。ちゃんと、答えを聞かせて欲しい。

今だけじゃない、これからもずっと一緒にいたいから。だからこそ、大胆になれる。

 

――(ワタシ)がこんなにえっちな姿を見せるのは海斗(アナタ)だけなんだからっ。

 

ピンクの舌先で首筋を舐めつつ顎のラインを伝って動き、もう一度彼の唇に舞い戻る。

今度は重ねるだけじゃない、押し開かれた口内の熱を共有し、敏感な舌を絡め合わせるディープキス。

溢れ出す吐息と唾液の混ざり合うクチュクチュという音。徐々に動きが大きくなっていく舌の動きに合わせて、海斗の力強い両腕が葵の背中へ回される。

愛しさしか感じない彼女を強く、されども優しく抱き寄せ、これが答えとばかりに舌を激しく動かした。

息苦しさすら感じるほど鮮烈なキスを通して、脳裏に雷光の如きスパークが奔る。

発汗によって濡れた肌着が徐々に湿り気を帯びていき、防音が施された室内に男女の吐息とくぐもった喘ぎ声が響き渡る。

唾液の糸を引きながら唇を離していく。室内灯の光に照らされて白濁混じりの銀色に光る唾液の橋が伸び……ぷちんと切れる。

頬にかかった唾液の残滓を拭いながら身体を起こした海斗は、自分に跨りながら潤んだ眼差しを向けてくる葵の頬に手を当てつつ、答える。

 

「葵……俺からもお願いがあるんだが……いいか?」

「……うん」

手を重ねた彼の手に頬をすりすりさせる葵を見つめながら、言葉を続ける。

「子作り……するか? 俺のお嫁さん」

「……はい、よろこんで♪ 私の旦那様っ」

 

満面の笑みを浮かべながら、2人の唇がもう一度重なり合った。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「んっ、んむ、んむっ……っぷぁ……ぁっ、あ……ふむぅ……」

 

クチュクチュと淫靡な音が、ベッドルームで静かに木霊する。

衣服を脱ぎ、ベッドに横たわりながら生まれたままの姿で抱き締め合う2人の唇は、互いを貪りつくさんほどに密着し、荒ぶっていた。

零れ落ちる吐息をも打ち消す喘ぎ声と艶音。三半規管を通して脳髄を侵食する淫靡なる讃美歌が理性という枷を外し、獣の本能を引き出していく。

そこに在るのは純粋な欲求。想い人を独占したいと言う、原初なる欲望。

葵の背中に回された両腕は滑らかな玉の肌を滑るように撫で、ツンッと突き出た尻肉をやや乱暴に揉んでいく。

引き締まった尻肉の弾力と肌触り、胸板に押し当てられてぐにゅぐにゅと淫靡に押し潰される乳房の感触。

高まっていく昂揚に呼応して硬さを増していく双丘の頂のおりなす刺激がアクセントとなり、下腹部に血流が集まっていくのを抑えることが出来ない。

その一方で、首に腕を回し、抱き寄せた彼の唇に夢中の葵も、敏感な乳首が擦れる刺激と臀部から駆け上ってくるふわふわとした官能に満たされ、瞳が淫蕩に染まっていく。

すでに、秘唇から溢れ出す蜜液は太ももを伝ってシーツに流れ落ちるほどであり、彼女の身体が海斗を受け入れる準備か整っている事を物語っている。

しかし、大好きなキスをもっと続けたいと考えた葵は、秘部から奔るジンジンという疼きを誤魔化すように太ももを擦り合わせ始めた。

 

「――ッ!?」

 

瞬間、海斗の脳裏に稲妻の如き衝撃が走る。

一気に高まった射精への衝動を強靭な理性で抑え込み、どうにか沈静させてから視線を下げ、そして状況を理解した。

 

「ちょ、っぷ……ま、あお、葵……た、タンマだ……っちゅ」

「っぷは……! っはあ、はあ……何?」

「おま、脚……」

「へ? ……ぁぅ」

 

葵の頬に、カッと朱色が射す。

彼女が疼きを誤魔化すように閉じた太股。蜜液で艶めかしくコーディングされた秘唇を中心点に形成されたYラインが海斗の肉茎を挟み込んでいたの。

股の付け根に彼の分身が収められたように見え、尿道口より溢れ出した先走りと蜜液が混ざり合って、テカテカと光り輝いている。

葵が太ももを擦り合わせる度に、亀頭のエラが尻肉にしごかれて射精を促してくる。

敏感な先端部分に送り込まれる刺激に肉茎が反応して硬さを増せば、搔き分けられた陰毛の奥で自己主張するクリトリスを擦り付け、葵にも刺激を送り込む。

それに反応して彼女が太ももを擦りつける力を強め――という感じに官能のループが形成。

いちゃいちゃを楽しめる前技を続けようとしても、彼らの肉体は当人の意志に反抗するかのように刺激を作りだし、性行為を……“子作り”を強要してくる。

もう、これ以上待てない。いますぐ膣肉を剛直で掻き回し、子宮の中に子種を注ぎ込んでほしいと渇望するかのように。

 

――もう、だめぇ……我慢、できないよぉ……。

 

下腹の疼きが全身に広がってしまい、どうしようもなくなってしまった。

砂漠に迷い込んだ旅人が水を求め、欲するように。

葵の手が彼の肉茎へと伸ばされる。

 

「んぁ……あつ、いぃ……」

「……っ!」

 

根元を握りしめ、形と感触を確かめる様にやわやわと揉みしだく。

ほど良く引き締まった太ももからソレを引き抜き、扱く様に指を上下させながら海斗を仰向けにさせ、馬乗りになる。

リボンを外して流していた長髪が、汗に濡れた彼女の頬に吸いつきながら垂れた一房が乳丘の先端にかぶさっている。

計らずとも、グラビア雑誌やエロ漫画でよく見るグラビアポーズを再現した葵に目を奪われ、されるがままに四肢を脱力させる海斗。

自分に注がれる熱い視線をひしひしと感じ、それがまた昂揚の火種となって葵の背筋を駆け昇る。

ゾクゾクと心地良いそれは、彼の心を釘づけにしているという優越感。

海斗へ想いを寄せられている牝たちを思い浮かべ、思慕を寄せる彼を独占しているという実感を葵は味わっていた。

 

「ねぇ……海斗くん」

「んっ!? ……な、なんだ、葵?」

 

逆立つ肉茎ごと押し潰すようにのし掛かり、クリトリスを隠す包皮に肉茎の裏スジを擦りつける様に腰を律動させる。

女性特有のなだらかなラインを描く少女の下腹部から己の凶暴な分身が覗くという光景は非常にエロティックで、思わずと言った風に呻き声が出てしまう。

亀頭にくらべて幾分かは鈍感な肉棒の裏側への刺激とは言え、蜜液で半端に濡れた陰毛とコリッとした包皮に擦れる感触はたまらないものがある。

しかもそれが、自分を喜ばせようとする愛しい少女によるものだと言うシチュエーションも相まって、愛おしさとか、今すぐ挿入したいという欲求とか、様々な激情が込み上げてきて理性を押し流そうとする。

だが、男として、官能系の職業に携わるプロとしてのプライドがそれを許さず、たどたどしいながらも会話を続けることが出来た。

海斗の葛藤など知る由も無い葵は、発情した女独特のフェロモンを纏わせながら彼の顔を覗き込む。

せめて、これだけは聞いておきたいから。

 

「私と早苗……どっちが欲しい?」

「は?」

「だっ、だからぁ……こんな風にえっちコト平気でしちゃう私じゃなくて、早苗のほうに魅力感じたりするのかなぁ……って、思ったり」

 

親友である早苗の魅力を――同性という視点からだが――十分理解している葵の中にあった不安。

以前に図書館で頭蓋を撃ち抜く暴挙に及んだのも、偏に親友へ彼が心変わりしてしまうのではないかという怯えから来るものだったのだ。

沙良紗はまだいい。

海斗本人が『仕事上のパートナー』と明言しているし、恋人という“日常”の関係にならないと明言している。

蝶歌は幼馴染というスタンスを崩さないだろう。彼女の口ぶりからも、海斗への思いが“Like”であり“Love”ではないとわかっているから。

伊織は……性別とかいろんな意味で微妙だが、とりあえず後回し。

今重要なのは、葵からしても魅力がたくさんある上に、実は相性もそんなに悪くない早苗と海斗が深い関係になってしまうのではという不安をハッキリさせておくべきなのだ。

計画関係者なマッド集団が歓迎を顕わにしているので、もしかしたら子づくり計画の予備(サブ)として受け入れられてしまうかもしれない。

葵がそんな不安を抱いているのだということにようやく気づいた海斗は、思い人とのデートで舞い上がっていたから気づかなかったのだと自覚する。

 

「考えすぎだって。大体、アイツとは本番……子づくり的な行為(膣への中出し)はやってないぞ。説明しただろ?」

「そ、それは……お楽しみは最後にとっておくっ! 的にも考えられるでしょ。お、おし……お尻を……その、ちょうきょーして……かいはつ? を堪能してから仕上げとばかりに……どぴゅっ、て」

「お前は俺をなんだと思ってるんだ……。それじゃあ調教系エロゲの主人公じゃないか。てか、そんな趣向してると思われてたのか、俺!?」

「……だって、押し入れの床板に二重底で隠してあったえっちなゲームがそんなんだったし」

「……」

 

つい、と目を逸らす。

心なし、海斗を見下ろす葵の視線が冷たい。

折角、彼女不在の合間を利用して日曜大工で造り上げたお宝保管庫が、こうも容易く暴かれてしまうとは。

沙良紗を始めて抱いた数日後、事情を知ったマッド集団に『プレイの参考にどうぞ』と手渡され、思わず受け取った挙句に全CGコンプリートしてしまったお宝の処分に踏み切れなかった己の弱さが憎い。

 

「ふぃ、フィクションと現実は別物だと思うんだ。あれはあくまで創作物としては良いものであって、リアルにそーゆーことやらかそうと言う欲求はございませんことよ?」

「ふーん? じゃあ、アレは燃えないゴミの日に出しちゃうね」

「ええっ!? ――あ、なんでもありません……くうっ!」

 

目尻を押さえながら嗚咽を込み込む。

己が分身を握り締める彼女の力がそろそろヤバい事になりかけている。

このままでは、『ぽきっ♪』と使い物にならなくされそうだ。

それでもギンギンに荒ぶっているのは、自分にMっ気が秘められているから……ではないと信じたい。

彼女をとるか聖典(バイブル)をとるかという究極の選択を決断した海斗の胸中など知った事ではないと言わんばかりに、オトコの葛藤を理解してくれない乙女な葵さんは視線で答えを促す。

葵と早苗……どっちがいいのかを。

 

「……葵」

「うん」

「……?」

「……?」

 

アレ? と首を傾げる犬虎(わんこ)カップル。

しばし間を開け、呼びかけられたんじゃないと理解した葵の顔が、耳が、首が……赤を通りこした朱色に染まる。

やっぱりかと溜息を零し、海斗はもう一度、『答える』。

 

「俺は、葵がいい」

 

ストレートな告白に硬直してしまった葵の様子に悪戯心が芽生えた海斗の両腕が伸び、豊かな乳肉をむにゅうと掴む。

 

「ふにゃう!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げて悶える葵を見上げながら、柔らかくもハリがあって瑞々しい乳肉をリズミカルに揉んでいく。

乳首はどんどん硬さを増して自己主張を繰り返し、掌でそれごと乳房を押し込めば独特の芯のような弾力によって指が押し返される。

表層はふんわりと包み込む抱擁感を楽しめ、指を沈めればゴム鞠のように押し返そうと突っぱねてくる。

何度揉んでも飽きることの無い最高の乳丘を躍らせる様に腰をくねる葵。

押し倒されながらもイニシアチブを取り返そうと指に込める力に強弱をつけて快感を送り込んでいく。

 

「んあっ……ふあっ、は、ぁ、んくっ……ふあっ♪ も、もぉ、ダメだってばぁ……ていっ!」

「うおぅ!?」 

 

海斗の想いを再確認したことも相まって、瞬く間に絶頂へ押し上げられていく葵だったが、このまま流れに乗じてお宝の件を有耶無耶にしようという海斗の根端に気づき、腰を少し浮かせてくいくいっと小刻みに前後させて肉茎を扱いてきた。

まさかの不意打ちに間抜けな声を出してしまった海斗の反応に気を良くした葵は、昂揚して桜色に濡れすぼる舌を覗かせて唇を舐め、唾液でコーティングさせたソレを彼の胸板に押し付け、吸い付けていく。

ちゅっちゅっとキスマークを刻みつけ、己の所有物だと主張するかのようにキスの雨を降らしていく葵。

重力に引かれて垂れ下がった髪が肌に擦れてくすぐったく、愛撫へ向けていた意識が散らされてしまう。

 

「んふふ~♪ 海斗くんってば感じちゃってるでしょ……可愛いっ。もっとしてあげるね……ンッ」

「くっ、う、うぉ……ちょ、これ、ヤバ……!」

 

愛液と先走りによって滑りが良くなった腰の動きがどんどん加速し、完全に頭を出したクリトリスが亀頭のカリと擦れ合ってえも言えぬ快感を齎す。

肉棒から手を離し、海斗の胸に身を沈める葵の腰がより早く、淫らに動く。

秘唇に圧迫された肉棒は、粘性の液体独特の淫靡な摩擦音を鳴らせながらこすれあい、溢れる蜜液を飛沫として飛び散らせる。

予想以上の快感で完全に勃起した互いの乳首が擦れ、引っ掛かり、その度に電流が奔る。

喘ぎ声が抑えられず、どちらの艶声かの判断も出来なくなる。

もはや新しい快感を貪る事しか頭になくなってしまった2人は、本能の渇望に後押しされて、頂へと駆け昇る。

 

「んっ、ふ、ふっ、あ、はぁぁああああんっ!」

「くぅ、ぁ……く、お、おおおおっ!」

 

上体を反らし、官能の叫びを上げた葵の秘唇がきゅうっと締まり、ちょうどこすれ合っていた亀頭を挟む様にしてしごき上げる。

絶頂の震えが小刻みな振動となって肉茎へ浸透し、彼女から僅かに遅れて白濁液が吐き出された。

 

「ふあああああああっ! あ、熱い……! お腹ぁ、熱いのおっ!」

 

腹部に染みついた精液独特の匂いに刺激されたのか、葵がもう一度身体をびくんっと震わせた。

射精に至った海斗の肉茎は、キスのお返しとばかりに葵の腹部へ亀頭を擦りつけている。

硬さを全く失っていないソレの熱さを自覚して、「んくっ……」と葵の喉が鳴った。

 

「あは♪ 海斗くんのカチカチだねぇ……もう、えっちなんだからっ」

「……否定できないのが悔しい」

「んふふ~、まだまだ足りないってプルプルしてるよぉ。大丈夫、すぐに……んっ! シテ、あげるんだか、らぁ……あ、ああああっ!」

 

人さし指を海斗の唇に添えて微笑んだ葵は、ベッドに膝をつきながら腰を持ち上げ、そそり立つ肉茎に手を添えながら秘唇へと誘っていく。

逆の手を海斗の唇から肉ビラとも呼ばれる大陰唇へ移動させ、人差し指と中指でしっとり濡れた秘唇を押し開き、テラテラと淫蕩に輝く秘肉を顕わにさせる。

生々しくも魅力的な光景を目の当たりにして、血管が浮き出るほどに硬化した肉茎を膣口へ押し当てると、ゆっくりと形を確かめる様に腰を下ろし、雄々しき怒張を呑み込んでいった。

 

「あ、んっ……んんうっ! や、やっぱり、おっき……んああっ!」

 

膣肉のヒダヒダが待ちかねたと言わんばかりに煽動し、瞬く間に最奥へと誘っていく。

引っ掛かりを覚えることも無く、両者の腰がぴったりくっ付いた時には、亀頭の先端が子宮口と熱いキスを交わしていた。

彼女の膣は、肉茎の先端と根元を締め付ける様にきゅっと窄めて射精を促してくるくせに、真ん中あたりがふわっと優しく包み込んでくるような俵型になっている。

粘度の高い蜜液で満たされた膣内はふんわりと優しく擦りつけてくる箇所と、ギュギュッと締め付けてくる二種類の膣ヒダを併せ持つ葵の膣は、海斗の分身を受け入れるために存在すると言わんばかりにぴったりフィットし、強弱をつけた絶妙の力加減で扱いてくる。

引き抜く時は膣ヒダが擦られるゾクゾク感を、差し込まれる時は身体の芯を押し上げられるような衝撃を交互に与えられる感触に、葵の半開きにされた唇からか愛らしい喘ぎ声が零れ出す。

 

「あぁん、あ、はァ……んはっ、くぅ……うあぁああ……っ」

 

下腹を満たす肉茎の存在感を確かめる様に腹部を手で擦りながら、色っぽく喘ぐ葵を見つめる海斗の官能もどんどん高まっていく。

 

「ン……! 葵の胸、ぷるぷるしてるぞ……あむっ」

「ふひゃあああっ!? ちょ、や、やら……あ、あ、あああぁぁあああ~っ!」

 

彼女はベッドに手をついて上体を浮かせていたので、魅惑に揺れる乳房を間近で観察できた。

たわわに実った果実を啄む様に、踊る乳首を口で捉え、吸い付く。

ちゅうちゅうといやらしい音を立てながら乳首を吸いながら、肉茎を締め付けてくる彼女の腰を掴んで思いっきり引く。

中腰になっていた葵の腰が海斗のソレに叩きつけられ、パツンッ! と空気がはじけ飛ぶ。

リズミカルに律動を繰り返していた所で、急に子宮口が亀頭に押し上げられる衝撃は隔絶した快感を産み出し、戦慄にも似た電光が脳裏に奔る。

視界が一瞬だけ真っ白な世界に染め上げられ、葵の表情が一気に陶酔したソレへと移り変わっていく。

 

「あ、あは、あああ――あ、あひいっ! ひ、ひっ……ぁ……!」

 

彼女の脇腹を掴んで離さない海斗が腕を動かすたび、膣口付近まで引かれた肉棒を子宮口まで一気に刺し貫かれてしまう。

その度にあられもない淫声を上げながら、更なる快感を求めて葵の膣ヒダが雄々しい肉棒を締め付けてくる。

絞り上げる様にぎゅうっと締め上げたかと思えば、ふわっと優しく包み込む様に緩み、気を弛めた瞬間に再び締め付けてくる。

膣の天井にあるツブツブにカリが引っ掛かるたびに射精感が込み上げてくるので、歯を食いしばって耐えなければならない。

出来る事なら今すぐ出したい。欲望の赴くままに白濁液をブチ撒け、愛しい彼女のナカを自分色に染め上げたい。

 

「けどっ……! 独りよがりはダメだよ、なあっ……!」

 

イクときは一緒に。

2人で決めた約束を果たすために、海斗が腰の突き上げをより激しくしていく。

ブリッジするかのように腰を突き上げ、葵の頭頂まで突き破らんばかりの勢いで律動を繰り返す。

 

「あっ、ああっ、あ……だ、ダメなのォ! 奥っ、ずんずんって……きちゃうのぉ!」

「やっぱり……っ、ココがイイんだろ?」

「わかんない……で、でも……あんんっ! 子宮をずんってされるとぉ……びりびりってきちゃうのおっ!」

 

涙すら流しながら笑う葵の唇を奪いながら強く抱き寄せ、子宮口へも亀頭のキスをした密着状態で小刻みに腰を揺すり、官能を送り込んでいく。

性液を誘う子宮頸管粘液が肉茎を包み込み、葵の秘膣が迫り来る射精の時を今か今かと待ちわびているのが解る。

痙攣したように背筋を震わせる葵と舌を絡ませるディープキスを交わしながら、浮かび上がりそうな意識を繋ぎ止める最後の鎖を引き千切る勢いで最後の一突きを繰り出した。

 

「――ァ、あ、あぁぁああああああああっ! と、飛んじゃう……飛んじゃうよおっ!」

「くっ!? す、すげえ締め付け、だな……オイ!」

「い、イク……! イクの、ぉ……~~~~ッ!! ふぁぁああああああっ!」

 

眼の裏で何かが弾け、理性が消し飛んだ。

その瞬間、かつてない快感の波が怒濤の如き勢いで押し寄せて、全身を蹂躙していく。

同時に限界を迎えた海斗の肉茎から白濁の精が迸り、官能の震えに身を委ねる葵の膣内へと注ぎ込まれていく。

恍惚の表情で脱力した葵を抱きしる海斗は、初めて意識した子づくりの達成感に胸を満たされていた。

葵の首筋に顔を沈めて、香りを嗅ぐ。

甘酸っぱい果実のような香りに心地良さを感じながら彼女の温もりに身を委ねていると、焦点のあっていなかった葵の瞳に虹彩が戻ってきた。

 

「……んぁ……?」

「お、気がついたな。ほら、こっちに来な」

「んぅ」

 

すっかりおとなしくなった分身を葵のナカから引き抜くと、サラリと指通りの良い黒髪を撫でるように彼女を抱き寄せる。

行為の余韻を味わうように、火照った肌を重ね合わせて微笑み合う。

 

「んぅ……♪ もっと……シテ?」

「……喜んで」

 

自慢の髪を愛おしげに梳かれる心地良さに、葵は眼を細めながら身を委ねた。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「おっと。大事な事を忘れてた」

「んぅ?」

 

葵を撫でていた海斗が、何か大切な事を思い出したように身体を起こし、枕元に置いていた小箱に手を伸ばす。

綺麗な包装紙と銀色のリボンで梱包されたソレは、名の知られた宝石店のものにも引けをとらないと一目で分かる上品さを感じさせる。

 

「葵、ちょっと手を出してくれ」

「えっ? あ、うん」

 

海斗に遅れて上半身を起こした葵が言われるまま左手を差し出す。

何が始まるのか全く分からなくて首を傾げる彼女に見えるよう持ち上げた小箱のリボンを解き、蓋を開ける。

 

「え……!? こ、これって……ウソ!?」

 

ドキン! と胸の鼓動が高まる。

思わず右手を口元にあてて声を抑える葵の目の前で、箱の中に納められていた白銀の輝きを放つシルバーリングを取り出した海斗が差しだされていた彼女の左手を取って、深い絆を司る薬指(・・)に填める。

その瞬間、葵の頬が、かっと赤くなり、心臓が荒れ狂う様に激しく鼓動を刻みつけた。

胸の奥がきゅんと疼き、海斗の顔が輝いているような錯覚を感じる。

舌は震え、何か言わなくては思うのにうまく言葉に出すことが出来ない。

 

「な、なに……これ……!?」

「ん。シルバーリングだな」

 

あっけらかんと言う海斗。

しかし、彼の頬も朱が差したかのように赤く染まっている。

 

「そ、そう言う事を聞いてるんじゃなくて! どうしてっ! あの、わ、私に……?」

「……今更それ聞くか?」

「だ、だって、けっきょく早苗にも手、出したし……他の娘って可能性もあった訳で……」

「ぬぐぅ!? そ、それは反論のしようもないと言うか全面的に俺が悪いと言いますか……その、ゴメン」

「あ、謝らないでよぉ。実は早苗から事情は聴いてるし、海斗くんが浮気したとかそーゆうのじゃないの知ってるから! ちょっと、その……すねちゃっただけだったんだよぉ」

「……ありがとう。でもな、これからの事もあるし、ちゃんと言葉にしておきたかったんだよ」

 

頭を下げて改めて謝罪すると、シルバーリングを填めた左手を抱きしめる様に胸元にあてて視線を彷徨わせている葵を抱き寄せる。

とくん、とくんと心地良い心音が耳に届き、茹った頭が冷静さを取り戻していく。

 

「俺は多分、これからも葵を不快にさせる様な真似をするかもしれない。仕事(バイト)で女性を抱くこともあるだろうし、マッド連中の口ぶりだと愛人作れーみたいな命令受けるかもしれない。それでも、ここだけは譲れないんだ。俺の中にある……お前への想いは」

「え……」

 

瞳を大きく見開いた葵を見つめながら、ずっと言おうとしてきた言葉を紡ぐ。

この先、何があっても絶対に変わらないと確信する……己が本心を表す台詞を。

 

「葵。お前が好きだ」

 

ただ、一言。想いの全てを乗せて告げる。

嘘偽りない、真っ直ぐな本音(プロポーズ)を。

 

「かい、と……くん?」

「嘘じゃないからな? 体育祭の時も言っただろーが。お前の全部が欲しいって……まあ、そーゆーことだ」

 

恥ずかしそうに頬を掻く海斗を見つめながら、葵は改めて自分の本心を理解する。

 

――そっかあ。私、どうしようもないくらいに好きになっちゃってたんだ。

 

笑顔を浮かべた葵の唇が海斗の頬に落とされる。

ちゅっちゅっと啄むソレが頬のラインをなぞる様に流れていき……重なり合った唇がひとつになっていく。

感じるのは熱く、柔らかい唇の感触。

鼻孔をくすぐる、愛おしい人の匂い。

そして――胸を満たす暖かな想い。

お互いの存在を確かめるように抱き締め合いながら、ゆっくりと唇を放していく。

甘く優しいキスの余韻に浸るように、蕩けた様な笑みを浮かべながら、葵が呟いた。

 

「私の心を奪っちゃった責任とってね? ……私の大好きな旦那様♪」

「喜んで承りましょう。……俺の可愛いお嫁さん」

 

ふにゃっと笑い、頬を摺り寄せる。仔犬が甘えてくるような仕草に胸を打たれながら、壊れ物を扱う様に優しく抱きしめる。

優しい涙を零す葵の髪を梳くように撫でながら、もう一度口づけを交わす。

自分の中で確かなカタチとなった……その想いを伝えるために。

あたたかな想いが籠められた、優しくも安らぐような――そんなキスを。

 

繋がれた手の中で、誓いのシルバーリングが月光を受けてキラリと輝いた。

 




祝♪ 初デート&(意識しての)子づくり!
修学旅行前のあれはたまたまああなっただけで、最初からデート目的に出かけたのは今回が初めてなので。

指輪装備で、わん()さんのレベルが天元突破。
でも、ぶーたれちゃうし嫉妬もしちゃうのです。だって恋する女の子なのですから!

ちらっと今後の複線も張ったことだし、書きたいこと書けて満足です♪

……最後にもう一言だけ。

――――エロ可愛いヒロインは最強です! (ドヤァ)


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第22話 裸エプロンな後輩はお好きですか?

これが、今年最後の投稿になります。
本日のヒロインは、サブヒロNo.1のお嬢様。
ツンツン枠は早苗嬢がいるので、甘えんぼ系仔猫風味で仕上げてみました。

それでは皆様、よいお年を~。


『聖マリアジェンヌ学園』

 

良家のお嬢様にしか足を踏み入れることが出来ない聖域と呼ばれるそこは、高貴な血統に連なる少女たちを正しい淑女に育て上げる学び舎だ。

そこに在籍している天凰寺 沙良紗は、己の所属する教室の窓枠に両腕をつき、その上に顎を乗せてだれきった表情を浮かべていた。

ツインテールに纏め上げられた薄桜色の髪もいつもより『へんなり』していて、艶やかさが幾分か欠けている。

 

「はぁ……」

 

溜息が零れる。

同世代のクラスメートに比べて、ちょっぴり小柄な体型であると言えど、彼女もまたこの学園に入学する資格をうまれながらに持つご令嬢。

たとえ、両親の事情で普通ではない状況に落とされようとも、彼女が持つ美しさと気高さまで損なわれた訳ではない。

事実、沙良紗が溜息を零した瞬間、教室で談笑していたクラスメートたちが一斉に振り向き、頬を紅潮させているのがその証拠であると言えよう。

 

――ね、ねえ、天凰寺さんの事、どう思われます?

――やっぱり、なんだか雰囲気をが変わられた様に思いますわ。

――やはり、そう(・・)なのでしょか? そう(・・)なのでしょうかっ!?

――ええっ!? わ、わたくしに聞かれても困ってしまいますわっ。ああ、でも、やっぱりお話を聞いてみたいようなっ!?

――ですが、デリケートな問題ですし……その、あけすけにお伺いするのは勇気がいりますわ……。

 

ひそひそひそひそひそ……。

 

(あーもー、うっとーしーわねー)

 

思わず、頭を抱えたくなる沙良紗。

クラスメートたちも諸々の事情を知らされているのでこういう反応はある程度予測していたといえ、動物園の珍獣みたいに遠巻きに眺められながらあれやこれや噂話されるのはなかなか堪える。

かといって、自分から口火を切るのもなんか違う気もする。

もういっそ、思い切って質問攻めにしてくれた方が気は楽なのかもしれない。

 

「天凰寺くん、ちょっといいか?」

「ン……あによ」

「聞きたいことがあるんだ」

 

声をかけてきたのは、陽光を反射して煌びやかに輝く銀髪を靡かせた友人のひとり。

学園理事の愛娘であり、クラス委員も務める才女だ。

沙良紗にとってもかけがいの無い友人ののひとりであり、それ故に、今の彼女が浮かべているように何かを問いただし気な表情を向けられたことをショックに感じる。

いつかこの時が来るのは予想していた。

けれど、やっぱり身体が震えるのを押さえられない。

友人として接してきた相手から蔑みの視線を向けられる……そんな未来を脳裏に描き、言いようのない恐怖が沙良紗を襲う。

……だが。

 

「最近のキミが妙に大人っぽいのは……やっぱり、アレをシタから……なのか?」

「へ? そっち?」

 

そう、沙良紗は勘違いしていたのだ、

そもそも、クラスメートが彼女に問いたかったのは、マスコット的可愛らしさで知られていた彼女が、ある時を境に、愁いを帯びたオトナの色気を振り撒く様になったことが気になって仕方が無かったからだ。

聖マリアジェンヌ学園の生徒には、どんな時も雑事に惑わされず、己の目で物事を真摯に見定めるよう教育が施されている。

由緒正しい良家のご令嬢なので、卒業後に控えているであろう政治的理由からくる婚約後に役立つ花嫁修業的な授業も、もちろんある。

だが、学園が真に推奨しているのは、企業の重役候補として社会に飛び出した際、偏見や狭い認識という誤ったエリート意識を持たない、良家の子女として相応しい教育を施すこと。

故に、高級層と呼ばれる人種が起こした被害を受けてしまった沙良紗を蔑んだり、偏見を持ったりなどせず、以前のまま友人として接している。

クラスメートたちからの友愛は心より来るものだと再認識できた沙良紗は、思わず込み上げてきた熱い感情を誤魔化すように腕で目元を押さえ、目尻から溢れてくる涙を拭う。

クラスメートたちは、その様子を優しげな微笑みを浮かべながら無言で見守る。

仲間を、友を思いやること。

それこそが、聖マリアジェンヌ学園の生徒の胸に宿る、絶対不可侵の信念なのだから。

しばらくして、まだ若干眼元が赤いもののどうにか平静を取り戻した沙良紗。

彼女の様子を見て、満足げに頷いた銀髪の友人は、どこか沙良紗に似たチェシャ猫のように悪戯っ子な笑みになって尋問を再開する。

 

「で、どうなんだ? キミが変わったのは、やっぱりその……え、えっ……えっ……! ~~~~ッ!? さ、流石に恥ずかしいな」

「あ、アンタたちねえ……!? そんなに興味あるワケ!?」

「「「「「はい!」」」」」

「いい返事よねぇ、もお!?」

 

頭を掻きつつ真っ赤な顔であたりを見渡せば、いつの間にか詰め寄ってきている興味津々なご様子のお嬢様方のお顔も真っ赤っか。

純情で初心なお嬢様方の大半は、かなり偏っている上にソフトな知識しかお持ちでないようだ。

全生徒が寮住まいである聖マリアジェンヌ学園の敷地内には、休日に使用可能な娯楽系の施設も一通りそろっている。

だから、わざわざ敷地から出てまで外で遊ぼうとする者の数は少なくなり、どうしても世間知らずな箱入り娘に育ってしまう。

実家の仕事関係についての知識は十分なくせに、俗物的な一般常識……特に、『そういう系』の知識はほとんど入ってこない。

なにせ、インターネットが繋がっているくせに、ぐーぐる先生でアダルト系の検索する勇気も無い純情キャラばっかりなのだ。

教師陣も、あえて必要以上に性知識を教えることを避けている節があり……そんなこんなで、見事なまでに性知識限定で超絶初心な純情箱入りお嬢様集団が形成されてしまったわけだ。

そんな真っ白軍団の中に、突然黒に染まった劇薬が投げ込まれたら、いったいどうなってしまうだろうか?

その答えこそが、この状況。

昼休みだと言うのに、沙良紗の教室は頬を真っ赤にしたクラスメートの熱気で支配され、廊下からも窓やドアから覗き込むようにこちらを伺う生徒たちの視線が多いこと多いこと。

学年の違いなど欠片も感じさせず、一糸乱れぬ統率がとられた彼女たちのお目当ては、黒く染まってしまった憐れな生贄……沙良紗のアレ体験談に他ならない。

 

「あーうー……~~ッ!! わかったわよ、話せばいいんでしょっ!? こうなりゃ、ヤケよ! 答えてあげるから、聞いてみなさいっ」

 

教師まで包囲網に参加するこの空気に耐えられず、遂に沙良紗が降伏する。

湧き上がるお嬢様方。

年頃のお嬢さんにとって、色恋やエロ系の話題が最高のご褒美なのは世間共通の真理であったらしい。

 

「で、では、改めて……こほん。えと、君はもう……ご、ご経験済みなのかな?」

「ドストレートで来たか~……あー、まあ、その、ねぇ? ……うん」

 

きゃぁぁぁあああっ♪ とお嬢様方が湧き上がった。

 

「て、天凰寺さん!? 初めての時は、やっぱり痛かったりしたのですかっ!?」

「先生!? なんで貴方まで混ざってんですか!?」

「いえ、女子校の女教師を務めていると出会いがなかなかないもので……」

「生々しいお話はノーサンキューですよ!? ――それと。まあ、確かに最初は痛かったです」

 

教師まで参加したことで箍が外れたのか、「血が出るって本当ですかっ!?」 「やっぱり初めはキスからですか!?」 「レモンの味がしましたの!?」 と矢継ぎ早に質問が飛ぶ。

「うん。私の場合はほんのちょっぴりだったケド」「キス……だったかなあ? なんか頭を撫でて貰ってたような気がする。私を落ち着かせようとしてくれてたのね、きっと」「味なんて別にしなかったわよ? あ、でも男の人の唇だ~みたいな不思議な感じがしたわね」と、それらひとつひとつに律儀に答えていく沙良紗。彼女が答える度に、生徒なお嬢様方と教師なお姉さま方から歓声が湧き上がる。

やがて質問は沙良紗のお相手についてのものへ変わっていく。

 

「ちなみに、お相手はどんな殿方だったんだ?」

「え? 先輩のこと? うーん、どんな人かって言われても答えにくいっていうか」

 

これは事実。

沙良紗の知る海斗は仕事様に意識を切り替えた状態なため、普段の海斗をあまり知らない。

何せ、プライベートで最後に会えたのは、先日のレジャー施設での一件のみ。

あれ以降、時折メールのやり取りを交わしているとは言え、海斗の総てを知っている訳ではないのだ。

一足先にオトナの階段を昇ってしまった少女の言葉を聞き逃してたまるものかと清聴するお嬢様方に囲まれながら、教室の天井を仰ぎ見ながら難しそうな顔で唸る沙良紗に助け舟を出したのは、またもや銀髪の友人だった。

 

「それじゃあ、写真とかはどうだ? 確か以前、外のプール施設に遊びに行った日の夜、妙にご機嫌だったじゃないか。プールでデートとかしてたんじゃないのか?」

 

流石はルームメイト、よく見ている。

彼女の鋭い指摘に「あっ! そう言えば」と呟きながらスカートのポケットにしまい込んでいた携帯を取りだし、起動させる。

タッチパネル式のモニターに光が灯るなり画像データを表示させるべく、操作する。

しばらく、指でタップする音が教室に響き、観客となったお嬢様方の期待と興奮をいやおうなしに呷っていく。

 

「んー、っと。ああ、あったあった。ホラ、この人よ」

「ほう? どれどれ……おお!」

 

画面が見えるよう差し出された携帯画像を覗き込んだ少女が、おもわず驚きの声を上げてしまった。

好奇の色で瞳を染めて映し出された画像を注視する彼女の背中から覗き込んできたお嬢様方も、次に次に黄色い歓声を上げていく。

沙良紗が見せたのは、あのプールの退館時、謎の美女に連れ去られた沙良紗を気遣い、彼女が出てくるのを待っていた海斗と記念に撮った一枚。

施設の正面門をバックに、私服に着替えた海斗と腕を組んだ沙良紗の姿が映し出されていた。

プールを上がった直後ということもあって、海斗の恰好は幾分ラフな出で立ち。

野暮ったい伊達眼鏡を外し、前髪もかき上げられた完全私用モードの海斗は、彼の持ち味でもある野性味を感じさせる雰囲気を纏っている。

それでいて、左腕に抱き着いている沙良紗を見つめるまなざしは柔らかく、愛しいものを見る様な優しい光を灯す。

おまけに、服装こそごくごく有り触れたシャツとズボンという組み合わせであるものの、生地が薄いのか、鍛え上げられた胸板や腕の盛り上がりが生々しく見え隠れしてしまっている。

それはまさに乙女のハートを撃ち砕く凶器。

穢れを知らない純粋培養な乙女たちにとって、高宮 海斗という存在はあらゆる意味で目の毒になってしまったようだ。

事実、銀の乙女を筆頭に、垣根を超えた団結を見せるお嬢様方がキャーキャー叫びながら代わる代わる写真を覗き込み、ぽわっと頬を朱に染めながら親しい友人たちと意見の交換を交わしている。

生々しい知識を得る勇気を持てないからこそ、彼女たちの性知識の大半はとても優秀な乙女の妄想力によって成り立っている。

彼女たちは、今まさに優秀すぎる思考力をフル稼働させた脳内イメージによって高宮 海斗という存在を偶像化し、彼が沙良紗をどうやってオトナにしたのか? と生々しい妄想を脳裏に描いているのだ。

現に、想像力の豊かな淑女の何人かは、妄想の中の沙良紗を自分に据え置いてしまい、『自分が海斗に迫られ、ベッドに押し倒されて荒々しくも逞しい腕で抱きしめられて……オトナの階段を――!』 と生々しい妄想イメージを描いてしまったらしく、勢いよく鼻血スプラッシュを撒き散らしてぶっ倒れてしまっている。

その中に、当然のように含まれている教師陣が担架に乗せられて保健室に運ばれていくのを尻目に、好奇心でギラギラ輝く眼差しを浮かべたお嬢様はさらなる情報開示を沙良紗に求める。

 

「な、なるほどなぁ……。つまり、この殿方がキミの恋人なんだな?」

「え? ――ああ、勘違いしてんのね。……違うわよ。私とセンパイはあくまでお仕事上のお相手ってだけなの」

「仕事ッ!? な、なんというかオトナな香りが漂うキケンな響きだな……。あれ? でも、キミ……彼の事、好きなんだろ? 男性恐怖症のキミが異性の写真を大事に持っているということはつまりそう言う事なんだと思ってたんだけど?」 

「うっ!? ちょ、ドストレートで来たわね……」

「今更、誤魔化しは無しだぞ。で、どうなんだ?」

「うぅ~~……そ、そう、だけど――でも、ダメなのよ。私はセンパイの一番になれないから……」

 

沙良紗は聡明だ。

故に、気づいている。

海斗の特別が……彼の中で一番大切なモノは、自分じゃないということを。

今の社会は、一夫一妻制。

そうでなくても、実家の都合でごたごたを背負い込んでいる自分の総てを押し付けるのは、やっちゃいけない事なんだと自分の中で決めてしまっている。

敵わない想いだと心のどこかで自覚しているからこそ、素直に甘えることができるし、彼の無自覚な優しさに縋りついてしまいそうになる。

けど……それでも。

迷惑をかけることだけはしたくない。

寂しげに微笑みながら言い切った沙良紗の言葉に、静寂が舞い降りる。

先程まで騒いでいたお嬢様方は戸惑いを顕わにしながら口を噤み、身近な者と顔を見合わせながら小声で何ごとか言葉を交わしている。

そして――、

 

「?? すまない、キミの言ってる事がよく分からないんだ」

「はい?」

 

恥を忍んで失恋の覚悟を語ったというのに、まさかの返し。

口をぽかんと開けて声の主たる銀髪の友人を見上げると、腕を組んで思い悩む様に頭を垂れていた彼女は、しばらく「うむむ……」と呻いた後、勢いよく顔を上げた。

 

「そもそも、どうして一番にこだわる必要がある? あ、もしかして知らないのか? しばらく前、国会で可決された重婚了承の法案のこと」

「はい!? え、なにそれ!? 知らないんですけど!?」

「あー、やっぱりか……。なんでもね、昨今問題視されている出産率向上のための解決案の一つとして、政府が認証した検査をクリアした男女であれば、複数婚を許可するというものだ。ニュースで聞いた限りでは、とある男性が遺伝子的に複数の女性との間に子どもを作りやすいケースが発見・証明されたらしいんだ。だから、当事者が希望する場合に限り、少しでも出産率を向上させるために複数婚を許可する……だったはず」

「えっと……? それってつまり……どゆこと?」

「つまりな。キミと写真の殿方の相性がいいと政府の検査で証明できたら、一番になれなくても彼と一緒にいられると言うことさ。どうだ? 最初からあきらめたりせず、確かめてみては」

「そう……なんだ……。ははっ、そっかあ……。もしかしたらセンパイと一緒にいられるかもしれないんだ……私」

 

困惑と喜びがごちゃ混ぜになった泣き笑いを浮かべる沙良紗を抱きしめ、優しく背中を擦る。

友人たる少女は、白馬の王子様の存在を信じている。

悲劇に見舞われ、家族とも早々会えなくなってしまった親友に笑顔を取り戻してくれた海斗こそ、沙良紗にとっての王子様だ。

だからこそ、幸せになってもらいたい。

童話のように悲劇で終わりなんて認めない。

親友を想ってくれているであろう彼への感謝と親友を幸せにしてほしいと言う想いを胸に抱いて、銀の少女は優しげに微笑む。

 

(沙良紗の心を奪ってしまったお兄さん、責任逃れは許さないからな)

 

でも、きっと大丈夫だ。

例の検査がどういうものなのかは全く分からない。

それでも少女は、寄り添って歩く海斗と沙良紗の未来を幻視して、それは真実になるという確信じみた予感を抱いていた。

 

 

「そもそも、家庭の事情を理由に気後れしてはダメだろう? 奪ってやろうと言う気概で押さなければ。忘れたのか? 聖マリアジェンヌ学園五箇条のひとつを!」

「……ふっ、忘れる訳ないじゃない。五箇条その1! 〈恋とは簒奪すべし戦いである〉!」

「その通り! 一番になれないのが何だ、その程度の逆境、“保健(殿方のハートを端掴み♪)体育(ドキドキ性技体験コーナー)!”で学んだ技術で乗り越えてみせろ!」

「っ!? ――ええ、そうね、その通りよ。ありがとう親友。私、そんな簡単な事を忘れてしまっていたわ……。そうよね、雌犬なんかに気遅れしてやる義理も義務もないわよねっ! 要するに、センパイを私にメロメロにしてやれば済む話なんだからっ!」

 

猛々しく叫びながら拳を振り上げ、喉を震わせて宣言する。

恋という戦争を勝ち抜き、勝利の栄冠(かいと)を我が手中に収めてみせると!

新たな目標に胸に抱き、輝きを取り戻した沙良紗。

へんにゃり垂れていた桜色のツインテールも、こころなしパリッ! と艶とハリを取り戻したかのように見える。

復活を果たした美少女を讃える様に「おめでとう」「応援していますわ」「頑張ってくださいっ」と口々に沙良紗を鼓舞する言葉を口にしながら、満願の想いを乗せて拍手を送るお嬢様~ズ。

煌めく笑顔を取り戻した親友の復活劇間近で目撃した少女は、目尻に浮かんだ涙をそっと拭いつつ、これからの戦略を練るため、手を叩いて周囲を落ち着かせた。

 

「さてさて、それでは具体的にどのようなアプローチが有効的か議論を開始しようと思う。なにか、具体案のある子はいるかい?」

 

クラスを見渡しながら問いかけた銀の少女に応え、幾人ものお嬢様方の白魚のように透き通った細腕が雄々しく振り上げられる。

 

「はいっ! 私は手作り料理で胃袋をキャッチ作戦が良いと思います! 殿方の理想は、『玄関を開けた瞬間、鼻孔を擽ってくる空腹を刺激してやまない手作り料理の芳醇な香りと、「お帰りなさい、アナタ♡」とはにかむ新妻の笑顔でお出迎え』であると統計学で導き出されていますっ」

 

勇気を出して通販購入した愛読書たる少女漫画の一ページを開きながら、声高々に主張する。

彼女の友人であるお嬢様方は、配達業者という未知なる人物に乙女の秘密(通販商品)を抱き抱え、笑顔の仮面の下では乙女にハアハア欲情しているかもしれない(←超失礼)男に言葉攻め――という名の荷物に誤りが無いかの確認――という試練を乗り越えた勇者の功績を讃え、羨望の眼差しを向けていた。

 

「お待ちなさい! 確かに新妻アタックは素晴らしい破壊力を約束された勝利の鍵でありましょう! ですが――所詮は参考書に記された過去の産物! 未来を生きる私たちには、ここからさらに新しいトッピングを重ねなければ勝ち残れませんわよっ!」

 

ふんわりとカールした髪を掻き上げ、見る者を圧倒するすばらしい『お胸さま』を“たゆたゆ~ん”と揺らせたお嬢様が反論する。

こんなものでは、まだまだ足りないのだと!

 

「あ、あのお方はっ!?」

星凪(せいな)お姉さまですわ! 少女漫画(ソウル・バイブル)をご購入されるのみならず、通販でなく直接書店に足を運び、降り注ぐ好奇の視線という試練を乗り越えて直接ご購入されたという伝説を作られた英雄ッ!」

「ああ……麗しのお姿を、お眼にかかれる日が来るなんて感激のあまり濡れてしまいそうですわ――ンンッ♡」

 

スカートの上から下腹部を押さえ、身体を小刻みに震わせるお嬢様その一。

恍惚で蕩けた頬は朱色に染まり、はあはあと荒い呼吸を繰り返すその顔は、一般人の抱いているお嬢様像を爆砕して余りある破壊力を秘めていた。

 

「あらあら、はしたないですわよ。さあ、このナプキンをお使いになって」

「あっ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」

 

お嬢様その二から白い布を受けとったお嬢様その一は、内股気味にそそくさと離脱。

淑女としてあるまじき行為だと叱咤する輩は存在しない。

何故なら、彼女と同じように興奮顕わに盛り上がっているお嬢様しかここにいないからだ。

『赤信号、みんなで渡れば怖くない』の理論である。

……愛武学園の生徒といい、この国の未来が途轍もなく心配になる光景だ。

しかし悲しいかな。あちらでの海斗のようにキレのあるツッコミ力を宿す常識人(救世主)は、こちらには在籍していなかったようだ。

英雄のご登場にさらに盛り上がる一同のボルテージは限界突破(リミットブレイク)

午後の授業開始を告げるチャイムなど知ったこっちゃねえと言わんばかりに興奮の坩堝が拡大の一途をたどる。

 

「先輩、ならば貴女の考えを聞かせてもらおうか。お帰りさないと手料理のコンボ……これに何を加えようと言うのだ?」

「ふっ、それはもちろん……『裸エプロン』ですわっ」

「な……!?」

『なんですってえーーっ!?』

 

『裸エプロン』

生まれたままの素肌の上にエプロンという調理作業専用の衣装のみを纏った究極的乙女フォーム!

生地の面積によっては乳房の先っちょしか隠せないため、すべすべの脇腹や恥骨を晒してしまうという恥ずかしさと、見えそうで見えない背徳感を両立させた至高の装備!

背中に回された紐で結ばれただけのソレは、ほんのわずかに身じろぎするだけで乳房のみならず、女の子の大切な所まで見られてしまう。

胸に押し当てられたエプロンの生地とはちきれんばかりの巨乳が描き出す“はみ乳”。

腰ひものリボン結びできゅっと引き締まった白桃のような“お尻”。

前掛けのようなエプロン生地が風に煽られることでチラチラと覗く“若草の茂り”。

恥ずかし気でありながらも、愛しい殿方に喜んでほしいと言う健気で健康的な美の極致を作りだす最強装備……それこそが『裸エプロン』!

聖マリアジェンヌ学園 乙女力ランキングトップ10に入席する銀の少女ですら、あまりに恥ずかしすぎて、誰もいない自室の中でブラとショーツの上からエプロンを纏うのが精一杯だと言うのに。

この先輩は、それをヤレというのか! 

 

――っ!? ま、まさか……彼女はもうすでにっ!?

 

「もしや先輩! 貴女はもう『裸エプロン』を経験済みだと言うのですかっ!?」

「え!? え、ええと……その……」

 

じぃ~っと擬音がついていそうな熱い視線。

あさっての方向を見つめながら冷や汗を流す耳年増なお嬢様。

いまさら、それっぽい知識を開帳してみましたっ♪ なんて言いにくい空気に、内なる悪魔と天使の激闘(全5章構成。涙あり、感動あり、ロマンスありのスペクタル超大作)を経て――、

 

「ま、まあ、この私からしてみれば造作もありませんことよ!」

 

見栄を優先させることにした。

純粋に憧れの眼差しを向けてくれる後輩たちの純真な心を裏切ってしまい、内心で滝のような涙を流す見栄っ張りお嬢様。

勝算の声を浴びながら頬を引きつらせていくお嬢様の横顔から真実を察した沙良紗。

けれど、指摘はしない。

一応、自分のためを思っての助言だったと受け止め、見栄っ張りお嬢様の提案を吟味していく。

 

(裸エプロン……そう言えば、カントクに参考資料だって見せてもらった先輩の出演作にはそーゆーシチュエーション? は無かったよね? てことは、寧ろ新鮮? ひょっとして、私が初めての裸プロ娘!?)

 

「――よし、イケるわ! 後は、これから先にも効果が残る様な一手が欲しいところだけど……」

「ふっふっふ……悩んでいるようだな、親友。だが、安心したまえ! この私が素敵に素晴らしいナイスアイディーアを授けてあげようじゃないか!」

「……試す価値あんの?」

「任せなさい。私の情報収集力――という名の妄想力(ボソッ)――を行使すれば、殿方を骨抜きにする策略の一つや二つ、児戯にも等しい!」

『おおっ! さすがです、お姉さま』

「……まあ、いーケド。とりあえず、教えてよ」

「任せろ。いいか、つまりだな――」

 

ルームメイトの世間知らずを知っているため、半信半疑な沙良紗であったが。とりあえず聞いておこうかと清聴の構え。

止める者のいなくなったことで開演した事実2割、妄想8割で構成されて間違いまくった恋愛常識の熱弁を振るわれた沙良紗が、後日、海斗相手にとんでもないことをしでかすことになるのだが……この時点ではまだ誰もそれを知らないのだった。

 

 

ちなみに、全校生徒を巻き込むこの騒動によって午後の授業は一時休講。

騒ぎに参加していた教師陣が、学園長直々にお叱りの言葉を受けることになった。

 

「まったく! そんな面白い事が起こったなら、どうしてわたくしを呼んでくれなかったのですか!?」 ――と。

 

聖マリアジェンヌ学園 学園長 エウレシア・マリア・カストゥールド(58歳 独身 処女)

 

男女合体に興味津々なまま大人になった、スーパー(元)お嬢様がトップに君臨するお嬢様学校の日常は、こうして過ぎていく。

 

 

――◇◆◇――

 

数日後、撮影の仕事が入った沙良紗は高宮本家の撮影所にいた。

撮影室の隅でパイプ椅子にちょこんと腰掛け、慌ただしくセッティングを行っているスタッフをぼんやり眺めていると、ポンと肩を叩かれた。

にゃ? と子猫のように首を傾げながら振り向いてみると、スポーツドリンクを持った海斗が沙良紗のすぐ隣で佇んでいた。

沙良紗がぼんやりしている間に到着したようで、僅かに汗ばんだ額を手の甲で拭っている。

 

「飲むか?」

「うん」

 

差し出された未開封のスポーツドリンクを両手で受けとり、まずはひんやり冷たいソレを頬に当てて清涼を楽しむ。

口を『ω』にしてすりすり頬ずりする仕草は、まさに子猫。

微笑ましさを感じる空気に当てられた海斗の腕が吸い寄せられるように子猫ちゃんの頭に引き寄せられ――ぽむりん♪ と優しくタッチ。

かいぐりかいぐりと撫でられれば、うにゃう~♪ と可愛らしい喜声が出てしまう。

 

『(和む……)』

 

ほんわか和みムードを振り撒くメインキャストの様子を微笑ましそうに流し見つつ与えられた仕事を済ましていくスタッフたち。

プロの矜持か、子猫ちゃんが喉元ゴロゴロされる頃には本日の撮影の準備が整った。

セットや小道具に不備が無いか、最終チェックを済ませた海斗の父(カントク)が台本の表紙をパンパン叩きながら一同の視線を集める。

 

「はいはい、ちゅうも~く! 今日のテーマは《ファミレスでご奉仕》で~す。海斗にお嬢ちゃん、台詞は覚えているな?」

「ああ」

「はい」

「よろしい。では早速始めようか。衣装は控え室に用意してあるから着替えてきてくれ。――ああ、そうそう、お嬢ちゃん」

「はい? なんですか、カントクさん?」

 

急かされるまま更衣室に向かおうとした際、何故か沙良紗だけ引き留める監督。

訝しみながら振り返る海斗を、追い払うようにシッシッと手を振ってから、沙良紗にしか聞こえない音量で告げる。

 

「(お嬢ちゃんの控え室の机にサプリメントみたいな箱が置いてあるから、その中の一錠を呑んどいて欲しいんだ)」

「(え? あの、なんなんですか……?)」

 

男性恐怖症からくる震えに耐えながら――それでも、徐々に腰を引いて離れようとしているが――問い返す沙良紗に、監督は一言、

 

「(撮影でデキちゃったらアレだろう? 体調に影響しない妊娠抑制薬を飲んでおいてほしいんだ)」

 

どうやら、彼なりの気配りだったようだ。

家庭の事情やらいろいろなゴタゴタがある中で、将来の選択肢を狭める可能性がある危険な芽は先んじて潰しておこうと考えたらしい。

もっとも、内心では海斗が沙良紗を孕ませても養ってやれるだけの甲斐性はあるだろう、何せこの儂の息子だからなっ! とか考えていそうだが。

言われた言葉の意味を噛み締める様にしばし逡巡した後、仰々しく頷いた沙良紗。

彼女の反応を見て満足げに破顔した監督は、話は終わりだと告げて着替えを促す。

頷きを返し、小走りで着替えに向かう沙良紗。

その横顔は、何かを決断したモノだったことに気づく者は、誰一人として存在しなかった。

 

――◇◆◇――

「も、申し訳ありませんお客様……。なんと、なんとお詫びすればよいか……」

「申し訳ありません、ねぇ……マニュアル通りのお詫びの言葉だな。上っ面だけの謝罪なんて結構なんだけど?」

「申し訳ありません! 申し訳ありません、お客様! どうか! どうかお許しをっ」

 

ファミレスのフロアから壁を挟んだ隣部屋に、怯えと悲壮を混ぜ合わせた少女の声が悲しく響く。

近隣で可愛いと評判のウエイトレス服を纏った少女が、顔を青ざめさせて何度も頭を垂れている。

少女の対面には、パイプ椅子に腰掛けて腕を組み、憤慨冷めやらぬといった表情の青年。

今にも泣き出してしまいそうな少女を冷めた眼差しで睥睨しながら、謝罪の度に高い位置で結んでいる薄桜色の髪がふわりと舞う様に胸が躍る自分がいることに青年は戸惑っていた。

なぜ、彼が給仕であるウエイトレスの少女に謝罪されているのか?

それは遡る事十数分前、注文したドリンクを運んできた少女が足を滑らせ、あろうことか客である青年のズボンに中身を掛けてしまったのだ。

ズボンの生地にべっとりと染み込んだ柑橘類の匂い。

変色し、クリーニングに出しても元には戻らないとひと目で解る惨状を起こしてしまった少女が愕然とし、慌てて駆けつけてきた責任者に謝罪を受けながらスタッフの控え室であるここに案内され、下手人である少女本人から謝罪を受けているのだ。

ズボンは洗濯させてもらいますと責任者に渡したので、青年の下半身は大きめのバスタオルを巻いている恰好になっている。

おまけに下着まで匂いが染みついてしまったので、ズボンだけでなく、下着や靴下まで洗わなければならない。

どうして食事に来てまで、こんな恥辱を味わわなければならないのかと怒りを顕わにする青年に何とか許しを請おうと、少女は繰り返し繰り返し謝罪を行い続ける。

 

「……本当に悪いと思ってるのか?」

「は、はい! もちろんです!」

 

しばらくの間、無言を貫いていた彼がようやく言葉を発してくれたことが嬉しかったのか、勢いよく顔を上げた少女の視線が自分を見下ろす青年に向く。

 

「そうか。じゃあ――とびっきりに甘いスイーツを頂こうか?」

 

…………

……

 

「あむっ……はぁっ……はぁ……はあうっ!」

 

ピチャピチャピチャ……、と淫靡な喘ぎ声を零し、誠心誠意の給仕を行う少女。

パイプ椅子に腰かけた青年の股の間に身体を滑り込ませ、うっすらと痣のようになっている火傷の箇所……肉茎に甘いクリーム(だえき)を塗りたくる。

小柄な体躯とはアンバランスなほど豊かに実った双乳でそそり返るソレを挟み込み、心地良い圧迫感を伴って前後に揺れる。

パイズリ……という奴だ。

客である青年の注文……乙女の果実という極上のスイーツをご馳走するべく、給仕(ウェイトレス)たる少女のご奉仕が行われているのだ。

しかも、ただのパイズリなどではない。

青年は腰に巻いていたタオルを解き、下半身を顕わにさせていた。

照明の明かりに照らされて、雄々しく自己主張する肉の剛棒が滾るほどの熱を帯びて少女の前に曝されている。

一方、片手には収まらないソレに奉仕を行う少女は、ウエイトレスの制服のみならず、下着まで脱いだほぼ全裸の状態。

いや、たった一つだけ彼女が身に着けている物がある。

それこそが――腰掛けのように纏ったエプロン。

胸当ての無い腰から下の前部分だけを覆う“前掛け”と呼ばれるタイプの純白のエプロンだ。

端にフリルがあしらわれた可愛らしさを前面に押し出したデザインで、素肌にソレだけ着けている――限定的な裸エプロン姿――という状態なのに、少女は給仕なのだという印象を感じさせる。

 

「ああ……流石はウエイトレスさんイチオシのスイーツだな。最高に甘い舌遣いだ」

「んっ、んんっ……ちゅぶっ……っぷあ……! あ、ありがとうございまひゅ……」

「くっ!? さ、先を加えたまま喋らないでくれないか? 歯が当たって痛い……」

「あう……も、もうしわけありません――センパイ《・・・・》」

「あ、こら」

 

コツンッ、とセットの外側で撮影を続けているカメラに見えないよう気を遣いながら、少女――沙良紗のおでこをコツる。

『お客様の青年に粗相をしてしまい、謝罪のためのイチオシスイーツをご馳走しているウエイトレス』……というイメージビデオ撮影を行っている沙良紗は、お客様役の海斗にパイズリを継続しながら、亀頭の先端から溢れ出してきた透明のシロップをピンク色の舌でチロッと舐め上げ、理性を蕩けさせるように甘い色香を滲ませながら笑う。

 

「えへへ……ごめんね、センパイ」

「まったくお前は……こーゆーのは、役に成り切れないと後が辛いぞ?」

「えー? そんなことならないわよ。だって私がご奉仕(こんなこと)する殿方は海斗さん(センパイ)だけなんだからっ」

 

集音マイクに拾われない程度に控えた音量で会話を交わす間も、撮影とご奉仕は続いていく。

舌先で尿道口をつつき、三角形の舌の先端に先走りをくっ付けて顔を引く。

すると、海斗の肉茎と沙良紗の舌の間に粘質な糸の橋が引かれ、少女の元から唾液の雫が橋を伝うように流れていく。

だが、粘性の強い唾液の重さに耐えきれず、半ばあたりでぷちりと千切れ、淫蕩な雫となって床へと落ちていった。

ピチョンピチョン、と聞こえてくる水音が、何故か耳の奥に残る。

鼓膜に焼き付いた残音は欲望を燃え上がらせる情熱の笛と化し、二人の体温をいやおうなしに高めていく。

火照った頬の熱に侵された雄と雌は、互いを求める飢餓にも似た激情が鎌首を擡げてきているのを感じとり、より動きを大胆なソレへと変えていく。

沙良紗は双丘で挟み込んだ肉棒を擦る動きに変化をつけ出した。

等間隔で上下に揺らすだけでなく、左右の乳房を踊らせるように戦慄かせ、刺激に緩急をつけたのだ。

さらに、胸の動きに合わせて顔を出した亀頭を咥えこみ、ねっとりとした唾液で満たされた口内で扱く様に舐めていく。

くぐもった沙良紗の声を聴くたび、海斗の背筋をゾクゾク感が駆け昇る。

どんどん高まっていく射精へのカウントダウンを歓喜するかのように、下腹部が小刻みに痙攣してしまう。

 

「おいおい……嘘だろ」

 

海斗は思わずと言った風に声を漏らしてしまう。

女性経験が少なくない己が、こうも容易く射精に導かれている。

この症状に似通った経験を、彼は過去にも味わったことがある。

沙良紗のパイズリは確かに情熱的で気持ち良い。

だが、この業界で仕事をこなす女俳優たちの技量に比べれば、まだまだ拙いレベルのシロモノだ。

海斗はこれまでの仕事の中で、性技に富んた経験豊富な女性と幾度となく肌を合わせてきたことで快感の高まりをある程度自分でコントロールできるようになった。

 

しかし、今はどうだ?

沙良紗の想いを前面に押し出しただけの愛撫(パイズリ)をほんの少し受けただけだと言うのに、海斗の肉茎は今すぐ爆発させろと言わんばかりに震え、滾っている。

性技のレベルとか、独特の雰囲気(シチュエーション)とかいう問題ではない。

ただ純粋に、お互いの『身体』と『心』の相性が良すぎるのだ。

 

だから、撮影スタッフ(赤の他人)に観察されている状況なのに、嫌悪感や怯えが無い。――目の前の『相手』しか見えていないから。

だから、身体の関係から始まった交友が、いとも容易く思慕へと変わった。――この人なら全部曝け出してもいいと思えてしまうから。

 

「ちゅるちゅるっ……ちゅっ、ぷぁ……んんっ、れろぉ……ど、どお? センパイ……気持ちイイ……?」

 

沙良紗はどこか挑戦的な……けれど、隠しきれない情欲の色で瞳を染めながら問いかける。

ここで上っ面だけの称賛を送るのは簡単だ。

だが、彼女が求めているのは使いまわされた言い回しなどではなく、『沙良紗(・・・)の奉仕を海斗(・・)がどう感じているか』という一点のみ。

不特定多数の『お客』へ官能映像を提供するAVの出演者としては落第点な質問。

プロであるからこそ、当然海斗もソレを理解している。

しかし、海斗は敢えて仕事としての関係(プロ)ではなく高宮 海斗(ほんしん)の想いを返すことにした。

何故かはわからない。

ただ、そうしなければいけないと思ったから。

 

「ああ、最高だよ。……沙良紗(・・・)のパイズリはとても気持ちいい。でも、どこで練習したんだ? イメージトレーニングだけじゃあ、ここまでうまくいかんだろ」

「ふふ~ん♪ ま~ねっ。ちゃんと“よこーえんしゅー”経験済みなんだからっ」

「そか。やっぱりバナナを仮装物にしたのか? もしくはきゅうりとか……」

「そ、バナナ。でも、ちゃんとそれっぽく加工したのよ? 学園の保健室置いてあった、人体模型の『胴元(どうもと)君』のお股から失敬して金型取らせてもらってね」

「うん? おかしいな……何やら我が母校に漂う香ばしいバカ臭が臭うような気が……。いやいやいや、まさかそんな……。な、なあ、沙良紗。人体模型って胴体部分の臓器構造を観察するためのモノだよな? 生殖器とか省略されてるはずだよな?」

「え、胴体? 内臓? ……何言ってんのセンパイ。人体模型って言えば、学園に一人もいない『男の子』の特徴を学ぶための機材でしょ? 臓器構造なんて教科書の図解を見ればすぐ理解できるわよ。――でも、オチンチンは言葉や写真だけじゃわからないでしょ?」

 

そこで、最先端の技術を無駄につぎ込んで完成させたスペシャル人体模型『胴元(どうもと)君』。

胴体部分は開けず、量産品のように臓器構造学習には微塵も役に立たない!

しかし、彼の本領は性学習でこそ発揮される。

何を隠そう『胴元(どうもと)君』のお股には、全国匿名アンケートで収集したデータを元に造り上げられた至高の(チン)具『刺し穿つ浪漫の漢棒(ぺニ・スゥ~ン)』が備わっているのだ!

 

通常時は『はんなり』と柳葉のように垂れ下がり、伸縮性のあるゴム製の皮まで被っている(チン)具であるが、掴む様に握って『コスコス』扱くと内部に搭載された特殊金属が熱変形を起こし、硬い芯を持つかのように反りかえって雄々しく直立するという神秘!

これこそが聖マリアジェンヌ学園が誇る至高の性勉強機材。

勃起から皮被り、果ては内蔵された白濁液の射出に至るまでありとあらゆるシチュエーションを観察できる、一学園に一体おすすめな優れモノなのである。

 

沙良紗の場合、手で擦る……のは何か嫌だったので銀髪の親友(ルームメイト)に代手コキさせて反応した『刺し穿つ浪漫の漢棒(ぺニ・スゥ~ン)』の型を取り、そこから完成した金型にバナナの身を押し込んでそれっぽく形を生成、練習道具にして自主勉強してきた……という経緯らしい。

その辺りの説明を器用に小声で済ませた沙良紗の説明に耳を傾けていた海斗は、仰々しく頷いて――、

 

「――よし。この話はここまでにしよう。今は仕事中なんだことから、真面目にやらないとナ♪」

「う、うん……?」

 

爽やかに微笑みながら、沙良紗の頭を撫でた。

どうやら、お嬢様学校の知られざる問題(ツッコミどころ)聞かなかった(スルーする)事にしたようだ。

 

「沙良紗、もうちょっとこう……胸を強く挟み込んでみてくれ」

「は~い。ん、しょっと……」

 

話を急に切り替えられたことに首をかしげたものの、自分が求められていることが嬉しかったのだろう。

胸の谷間がうっすらと汗をかいたことでしっとり濡れているため、肉棒を擦る動きがどんどん滑らかになっていく。

乳房を下から持ち上げる彼女の五指は柔らかくも弾力のある乳肉にずっぽりと埋まり、肉茎をしごく度に淫靡な踊りを見せている。

それでいて、ゴム鞠のように少しでも力を緩めたら指を押し返してしまう弾力を持つ沙良紗の乳房は、まさにピチピチとしか表現のしようがない。

 

「あは♪ 凄ぉい……おっぱいにサンドイッチされたオチンチンがビクビクって震えてる。気持ちイイんでしょ?」

 

挑発的に首をかしげて見せる沙良紗の仕草は何処か小悪魔じみていて、魔性の美貌に魅入られたかのように視線を捉えて離さない。

火照っていく体温がプリプリしている乳肉を通じて肉茎に伝わり、下半身を溶かすかのような快感と満足感が海斗の脳髄に叩き込まれていく。

しかも、会話の合間に、どんどん溢れ出してくる先走りで濡れた亀頭を、子猫のように舌先をチロチロ動かして舐めしゃぶってくる。

被虐心をそそる生意気そうな表情。そのくせ、拙い技術で懸命に奉仕する姿は愛しい恋人のようであり、主人に尽くす新妻のようでもある。

そのギャップがたまらない。

穢れを知らない高貴なお嬢様であった少女を己の望む姿に染め上げているという征服感が胸に込み上げてくる。

思わず、純粋な情事にのめり込んでしまいそうになった自分を律するように、海斗は目元を押さえながら天を仰ぐ様に仰け反り、くぐもった苦笑を零す。

一瞬だけ、脳裏に浮かんだありえない幻想……想い人(あおい)仕事仲間(さらさ)を両腕で抱き締め、肌と想いを重ね合わせている自分のイメージを振り払うように頭を振り、限界近くまで昂った射精欲求の赴くままに沙良紗の後頭を押さえて、強引に喉奥まで差し込んだ。

 

「おぐっ!? んっ、う、ううっ……ふむっ!?」

「出すぞ……っ」

「んぐっ、うむ……! ぐっぷ……ぅあ! むぐっ! ひょ、ひょうだいぃ……へんはい(センパイ)の……へーえきぃ!」

 

肉茎の先端で味わった喉奥のコリュコリュッとしか独特の感触に射精感は容易く限界まで達し、少女の口内にねじ込んだまま熱く滾る精液を迸らせた。

 

「ぶふううっ!? ご、ごひゅっ!? ん、んぐっ、んんんっ! ……んくっ……んくっ……っぷはぁ」

 

ねじ込まれた状態で無理やり撃ち放たれた雄の精が少女の喉を焼き焦がしながら咀嚼されていく。

ほっそりと白い喉を鳴らし、口の中で小刻みに痙攣する肉棒を舐めしゃぶりながら、次々と吐き出されていくソレを飲み込む。

逆流し、肉棒と唇の隙間から溢れ出した白濁の精が沙良紗の顎を伝って零れ落ち、太ももを擦り合わせている彼女の股間へと落下する。

太股が生み出した谷間に白い泉……いや、真っ白な沼が誕生し、エプロンに大きな染みを作りだす。

 

「っっ……ぷはぁああっ! はっ、はぁ……はぁ……はあぅ……あ、あは♪ お腹ぁ……あったかぁい」

 

それでも、口内に残った最後の一滴まで律儀に飲み込んだ沙良紗は咳き込みながら肉棒を引き抜き、真っ白いルージュの引かれた唇を笑みに返る。

完全に紅潮して弛んだ頬を繕うこともせず、唇に残った精液を一舐めしてから呼吸を整えると、いつものように挑発的な笑みを作り――けれど、瞳は何かを懇願する揺らめきで濡らしながら立ち上がる。

 

「センパイ……」

 

もはや“お客様”という配役のことが完全にトンでしまったようだ。

乱れた呼吸を整える余裕も無いとばかりに精液のデコレーションが施されたエプロンの裾を両手で掴み、裏の面を見せつける様にひっくり返しながら持ち上げていく。

つうっ、と輝く無色の糸がエプロンの内側と沙良紗の秘部の間に掛けられていた。

エプロンの股間に当たっていた部分には、先ほど零れた白濁液によるものだけではない、しっとり濡れたシミが残されている。

恥ずかしげに顔を背けながらエプロンをたくし上げる手を下ろさない沙良紗があまりに可愛くて、片手を彼女の頬に添えながら逆の手で頭を撫でてやる。

 

「俺のを舐めてる内に、感じちゃったんだな?」

「……うん」

「そうか……。じゃあ、おいで」

 

両手を広げた海斗の胸に、沙良紗が少しだけ躊躇してから飛び込む。

互いの胸元を重ね合わせる様に抱き締め合い、小柄な沙良紗が彼の膝にちょこんと腰掛ける。

対面座位……お互いの表情の変化を間近で鑑賞することができる体位のひとつ。

射精直後だと言うのに変わらぬ硬度を誇る海斗の男根を跨いた沙良紗の腰に手を添えながら、位置を合わせて秘唇のスリットを探る。

敏感な亀頭が擽る様に大陰唇を刺激し、沙良紗の背中がぴくんぴくんと跳ねる。

沙良紗の秘唇は蜜液で濡れすぼり、今か今かと待ちかねる様に海斗を誘い、自ら引き込むかのように容易く肉茎を呑みこんでいった。

 

「あっ、あ……あぁぁあああああーーっ!」

 

彼女の腰を掴んでいた手を両膝に移し、M字開脚させるように左右へ押し開いてやる。

すると、自然に前方へせり出された彼女の腰が海斗の腰とくっ付き、彼の分身を根元まで呑み込んでみせた。

膣壁に生えているヒダがうねうねと煽動し、肉棒を歓迎する。

蜜液という潤滑油の助けもあって引っ掛かりを覚えることも無く、ひと息で最奥まで達することが出来た。

下がりかけていた子宮を押し上げられる感覚に沙良紗の瞼の裏で火花が飛び散り、悲鳴じみた艶声が上がる。

背中を仰け反らせ、咄嗟に掴んだ海斗の肩を指が食い込むほど力強く掴む。

上体が仰け反った瞬間、彼女の動きに呼応して豊満な乳房がダイナミックに揺れ踊る。

普段の彼女なら、胸の動きに肌を引き裂かれるような痛みを感じるはずだ。

しかし、官能という熱で侵された沙良紗の脳髄は痛みすら快感へと変換しているかのように快楽物質を吐き出し続け、痛みを全く感じない。

自分で力加減が出来る自慰行為ですら、力を籠めたら痛みを感じるくらい敏感な沙良紗の巨乳。

けれど、相手が海斗である場合だけは苦痛を感じること無く、寧ろもっとして欲しいと言う渇望すら湧いてくる。

実際、目の前で魅惑のダンスを踊っていた乳房に我慢できなかった海斗が敏感な乳首に吸いつき、甘噛みと共に舌先で舐めしゃぶり始めたと言うのに、心地いい甘痛さしか感じていないのだから。

 

「ん、んんっ! んあ……ひンっ!? あ、も、もぉ……センパイってば、赤ちゃんみたいだよ……あんっ♪」

「ん~? よく聞こえんなぁ……? ああ、もしかして気持ち良くないか? ならば、ここはひとつ本気を出さざるを無いな」

「え? ……ええっ!? ちょ、ま、まって……本気って……ウソでしょ!?」

「残念、俺の本気はここからだ」

「や、ま、まっ――~~ッ!?」

 

悲鳴も出せなかった。

先程までの愛撫が児戯に思えるほどに強く、激しく、情熱的な舌遣い。

乳首の淵を舐めていたかと思えば、乳腺を刺激するように突き、母乳を促すように吸い付いてくる。

浮き上がる様なフワフワ感で乳房が包み込まれた次の瞬間には、歯のコリコリとした感触で乳首を責めたててきた。

痛みを感じるギリギリのラインを見定められた甘噛みは静電気が奔ったかのような刺激を生み出し、さっき感じた心地良さの余韻を何倍にも増幅してくる。

しかも、頭部を小刻みに動かすことで唇や鼻、頬や髪によって生み出された官能的刺激を乳肉に送り込んでくるものだから、乳首の快感にばかりを気をとられていたら思わぬ奇襲を受けてしまう。

両膝を海斗が掴んでいるため身動きが取れない沙良紗に逃れる場所は無く、アンバランスなまでに大きな乳房のため両腕を限界まで突き出しても海斗の唇の射程内。

もはや、沙良紗に出来ることは、ただただ海斗から送り込まれる快楽に翻弄されて喘ぐことのみ。

 

「ああっ、あ、あひっ! あ、あぁ……! あ、ああーーっ!」

「ふふふ……コッチも忘れてないぞ? ――そら」

「はうっ!?」

 

粘っこい蜜液で潤った沙良紗の膣内をみっちりと満たした肉棒が動きだし、戦慄くヒダヒダを擦る。

小柄な沙良紗らしく若干キツいものがあるが、苦痛などは感じない。

それどころか、平均よりも大きめな海斗のソレを根元まで呑み込んで見せているではないか。

実は撮影が今回で二回目な沙良紗。

海斗の考えとしては、性行為経験がほとんどない女性特有の硬さや圧迫感を拭いきれないと思っていた。

だが、予想に反して沙良紗の膣は海斗のソレを受け入れるために進化したかのように絶妙のフィット感を醸し出し、彼の気持ち良い箇所を絶妙に刺激してくる。

亀頭に吸いつく子宮口のボールのような出っ張り、みっちりとした膣肉とはうって変わってこりっとした独特の感触がたまらなく気持ちいい。

膝を抱えた腕の位置を少しずらしてやれば、沙良紗の気持ちいいところをエラが引っかいたのだろう。

悲鳴とも艶声とも取れる叫びが上がる。

ひくひくっと喉を鳴らし、悶えるように首を振る沙良紗の瞳に浮かぶ涙。

頬を伝っていくソレが、口端から流れ落ちた唾液の雫と顎の下で重なり合い、魅惑的な曲線を描く乳肉へ落ちていく。

玉肌と称される乳肉に弾かれるように滑ってく雫が胸に吸いついていた海斗の頬に達し、見上げた彼の視線が沙良紗の瞳に映る懇願を読み取った。

 

「最高に甘い唇……頂けるかな?」

「あふっ、あ、ああ、あっ……う、うん……私の唇ぅ……味わってぇ……」

 

膝を抱えていた腕を放し、小刻みに震える彼女の後頭に添えて引き寄せる。

もう片方の手を沙良紗の背中に回して抱き寄せ、火照った吐息を零す唇を奪う。

重なり合った唇は複雑な味がしたような気がしたが、嫌悪感は無い。

むしろ、唇を通して互いの熱が相乗効果を起こしたかのように滾り、感覚が鋭敏化していくのを感じる。

 

「んむっ、ふむ、んんっ、くちゅ……んんんっ!!」

 

甘く切ない悲鳴をくぐもった呻き声に換えながら、沙良紗の腰が前後に揺れる。

解放されたしなやかな脚は海斗の腰に回され、腰の動きを催促してくる。

扇情的なおねだりに促され、挿入の動きを再開させる海斗。

沙良紗を持ち上げるかの様に力強く突き入れ、子宮を押し上げる。

引き抜く際に、沙良紗が一番感じるGスポットを抉るように引っかくのも忘れない。

腰がぶつかり合う音が鳴り響く度に、子宮から甘苦しい疼きが迸る。

先走りに反応したのか、射精が待ちきれないとばかりに子宮が戦慄き、子宮頸管粘液が溢れ出す。

雄の精を渇望する子宮の想いを組んだかのように、膣ヒダが痙攣を起こしたかのように激しく蠢き、肉茎を締め付けてきた。

最奥まで突いた肉の棒を逃してたまるかと、バキュームのように吸い付き、扱き上げてくる。

言葉にならぬ喘ぎ声は悲鳴から絶叫の域へと達し、抱きついた海斗の胸板に押し潰されて淫靡に歪んだ乳房の先端が、大きく膨張した。

 

「かっは……あ、あ、あ、あ、ひぁ、あ――」

 

ガクガクッと背筋が震える。

快感が脳天を貫いて、遥か彼方へ突き抜けていく。

この感覚は覚えている。

絶頂……『イク』ときが迫っている予兆だ。

引き抜かれる肉棒を逃すまいと締め上げてくる膣ヒダひとつひとつに至るまでが小刻みに痙攣を起こし、震えている。

限界に達した膣肉を搔き分けるように雄々しい剛直がトドメの一突き。

下がってきていた子宮を突き破る勢いで差し込まれた肉棒がボール状の子宮口を押し開き、誰一人として到達したことが無い聖域を侵略するかのごとき勢いで、子宮口を抉る。

 

「はっ、ひぃぃいいいいーーっ!? だ、だめっ!? それ、だめぇぇえええっ!?」

 

陶酔に歪む沙良紗の表情が泣き出しそうに歪む。

けれど、彼女の秘膣はぐちゅぐちゅと蜜液を溢れさせながら肉棒を扱き上げ、射精を促し続けている。

ぐねぐねと淫靡に歪む乳房の、淫蕩に染まった眼差しの、唾液を拭う事も出来ない唇から放たれる憐憫混じりの艶声の――なんと可愛らしいことか。

 

「沙良紗」

 

意識が飛びそうになっている沙良紗の耳元に口を寄せて、強く、強く抱きしめながら――

 

絶頂()け」

 

子宮の入り口に刺さったまま肉棒を捻り……沙良紗の一番気持ちいい場所を擦った。

 

「ああうっ!? い、イク……私もお……イっちゃうよおっ!」

 

瞬間、沙良紗の脳裏に真っ白い稲妻が迸るイメージが浮かび……続けて襲い掛かってきた官能の嵐に理性が飲み込まれていった。

子宮というキャンバスを染め上げていく白濁液。

限界まで堪えられた射精は収まる兆しを見せず、噴き出さんばかりの勢いで精液を吐き出し続ける。

子宮頸管粘液が子宮の中へ逆流して、雌を孕ませんばかりの滾りを宿す精子を運んでいく。

膣ヒダが凄まじい痙攣を起こして肉茎を拘束、精子の一欠けらも逃すまいと吸い上げていく。

 

「ああっ、あっあっあ――ふぁぁああああああああんっ!」

 

沙良紗は海斗の腕の中で硬直し、下腹部から広がっていく熱の心地良さに目を細める。

彼の腰に絡みついていた足は攣ったかのように小刻みに痙攣し、乳首や陰茎(クリトリス)は痛々しいほどに勃起してしまっていた。

抱き締め合う腕は射精が終わっても力を緩めることなく、火照った肌の重なり合う心地良さに身を委ねる。

 

「はい、カーット! お疲れ様―!」 と監督である海斗の父の声を夢見がちに聞きながら、沙良紗の瞼は静かに落ちていった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

撮影が終わった後、沙良紗は海斗の手によって控え室に運ばれていた。

少し冷たいシャワーを浴びたというのに収まらない身体の芯を火照らせる熱に頬を緩める。

 

「はふぅ……。おなか……あついぃ……♪」

 

下腹部からじんわり広がる雄の熱を愛おしげに受け止めながら、控え室のベッドで仰向けに寝転がった沙良紗はふと視線を枕元に向けた。

控え室でもあるここのベッドのシーツを捲り、中に隠していた『あるもの』を引き抜いて目の前に掲げた。

 

「えへへ……ゴメンね、センパイ」

 

まったく悪気のない笑顔を浮かべながら、手に持ったソレを机に向けて放り投げる。

綺麗な放物線を描いて机に落下したソレの表面に記載されていたのは……『妊娠抑制剤』という文字。

新品同様の状態を維持しているそれは蓋を開けられた形跡が全く見受けられず……沙良紗が使用していないことの証左でもある。

 

「殿方を逃がさない鎖を用意するなら、出来ちゃった婚が一番かあ……うん。折角のアドバイスだし、有効活用させて貰おっか♪」

 

小悪魔のような笑い声を押し殺しながら、満足げに微笑む沙良紗。

 

どうやら温室育ちの子猫ちゃんは、野生の虎さんを捉えるべく、鎖の構築を始められたようです。

 

果たして首輪を掛けられることになるのは、どちらなのか。

今はまだ、誰にもわからない。

 




まっとうなお嬢様~ズじゃあ面白くないからと魔改造した結果がこのザマです(失笑)。
妄想力だけを言えば、しっとマスクマンズを超える逸材たち。
海斗君を投入したら、たいそう愉快なことになってくれそうな予感。
ある意味今回の元凶な銀髪ルームメイトさんや見栄っ張りお嬢様が一発キャラになるかは、まだ未定ということで。

ではでは~。


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第23話 乙女心は複雑なのか?

おひさしぶりです。
ハーメルンの小説を更新するのは10ヶ月ぶりでしょうか?

ゴタゴタがあって更新する機会がなくて……忘れられていないか冷や汗が止まりません。

いえね? 執筆は続けていたんデスよ? 
ちょっとオリジナルの短編とかをいくつか書いたりして、ついついこっちの更新を後回しにしてしまって……。
でも、短編ひとつ書き上げるのに結構な日数かけてたのに、こっちの続きを書き始めたらすらすらと完成までいっちゃった不思議。
……いちゃいちゃエロ系に適性でもあるんでしょうか?

まあそんなわけで、これからもよろしくお願いします。


 

「はぁ、はぁ……っく!?」

 

息も絶え絶えに呼吸を乱す少女が眼前に聳え立つ『境界線』に両手を打ちつけながら悔しげにした唇を噛みしめる。

細やかな腕を痛めることも厭わずに握り締めた拳を繰り返し叩きつけるものの絶望なる現実を変える事は叶わない。

どうすればいいの!? と混乱する思考のまま視線を彷徨わせた瞬間、彼女の背筋に走る冷たい悪寒。

ばっ! と勢いよく振り返れば、ゆらゆらを虚空に揺らめき、距離を詰めてくる魔手の軍勢が視界一杯に広がり、引き攣った悲鳴が喉の奥から零れ出す。

自分を護る様に腕を抱きしめ、瞳を恐怖と悲痛に染め上げた葵はじりじりと迫り来る『悪鬼』に追い詰められて後ずさる。

 

――が、再び彼女に絶望を齎す境界線に逃げ道を阻まれ、袋の鼠となり果ててしまった。

 

それは白亜に塗られた分厚い壁は防音材が組み込まれた鉄壁の防壁。

彼女の声を無慈悲に打ち消し、僅かな希望すら叩き潰す絶望よりの使者……!

 

「やだ……やだよぅ……! 海斗くん……っ」

 

零れる嗚咽悲しみで濡れる。

夢であってほしい。こんな現実、認めたくない。

しかし、摺り足で後ずさる足の裏が床と擦れて生まれた痛みが、自分の置かれた危機的状況が現実であると彼女に囁く。

逃れる術の無い卑劣なる脅迫文によって呼び出され、引き摺り込まれた部屋は、無機質な内装と鈍い輝きを放つ金属器によって埋め尽くされていた。

金属の治具が擦れあう甲高い音に産毛が逆立ち、『悪鬼』のひとりが手の中で弄ぶ紐状の物体の擦れる音が葵の心を押し詰めていく。

 

「――竜ヶ崎 葵。これ以上の抵抗は無意味です。潔く諦めなさい」

 

『悪鬼』が宣告するかのような口ぶりで告げる。逃げ道はないのだと、諦めて生まれたままの姿を曝け出せと。

そう言って目尻に浮かぶ涙を拭うことも出来ない葵へ見せつける様に掲げてみせたのは、彼女が最近習得したお嫁さんスキルのひとつ【パリッと爽やかアイロン掛け】によって手入れされた制服。

可愛らしいリボンがあしらわれたピンク色のブラとショーツ姿な葵へ自らの戦利品でもあるそれを意気揚々と見せつけることで彼女の抵抗心を折りにいく作戦だ。

『悪鬼』共によって剥ぎ取られた自らの制服を見て歯噛みする葵。

自分を取り囲む奴らの視線がお気に入りのブラに包まれた胸元……より正確に言えば二の腕に押し上げられる形になった乳房に注がれていることに遅ればせながら気づいて、折れそうになった反骨心を再び奮い立たせる。

こんな卑劣な奴らへ見せるために、店員さんの頬を引きつらせるほど真剣に悩み抜いて購入した勝負ブラ&パンティーなのではない。

怒れる乙女心を瞳に映る炎へと変え、正面に立つ『悪鬼』のリーダーを睨みつける。

その姿に葵の感情を感じとったのだろう。

リーダー格の『悪鬼』はわざとらしい溜息をついて――片手を振り上げる。

 

「仕方ないか。……――ヤレ」

「「御意!」」

「っ!? 二人掛かり……きゃあっ!?」

 

腕が振り下ろされると同時に駆け出した『悪鬼』たちが左右から挟撃するように葵に迫り、咄嗟の判断が遅れてしまった彼女の両腕を掴む。

手首をガッチリとホールドすると、拘束から逃れようとする彼女を押さえつけながら捕えた腕を捻り上げた。

 

「あううっ!?」

「ふっ、いい格好だな? まるで誘惑するかのように胸を突き出す姿……扇情的じゃないか」

「~~~~ッ!! この外道っ!」

 

バンザイするように身体の前から頭の後ろへ回れる形で拘束されたため、自然と胸部を前方へ突き出す体勢になってしまった。

さらに追撃として飛びかかってきたさらなる二人の『悪鬼』に両足首も抑えられてしまい、葵は十字架に磔にされた聖人のように束縛されてしまう。

苦悶の声を零しながらもがく彼女に恐怖を与えるためか、ゆっくり、一歩一歩床を踏みしめながらリーダーが近づいてくる。

その手の中には、さきほど同士が弄んでいた白い縄のようなもの。

両端を掴み、不気味に揺れるソレを葵に巻き付け、締め上げようというのだ。

だが、そのためには邪魔なシロモノが残されている。

 

「乙女の大切なモノを護る最後の守護者。君の役目もここまでだ。さァ、総てを曝け出すがいい!」

 

声高々に宣言すると共に、リーダーの脇に控えていた『悪鬼』の腕が葵の胸元を護るブラジャーへと伸ばされた。

カップを繋ぐフロント部分を鷲掴みにすると、器用に手首の返しだけで裏側のホックを外して奪い取る。

瞬間、拘束具としての役割も果たしていたブラより解放された柔肉が踊る様に飛び出した。

海斗との性生活によって豊かさを増したソレはマシュマロの如き滑らかさとゴム鞠の如き弾力を兼ね揃えた至高の宝具。

重力に逆らうようにツンッと突き出した乳房は自らを鼓舞するかのように周囲を威圧し、蛍光灯の光を反射して白く輝いている。

途端、『悪鬼』共の視線に驚嘆、羨望、情欲……幾重もの感情が浮かび上がった。

降り注ぐ視線を感じ、かっ、と葵の頬に朱が射す。

こんな卑劣な方法をとることしか出来ない輩に肌を曝け出すことになるなんて!

悔しさで歯軋りする葵の脳裏に、悲しげに微笑む海斗の姿が過ぎる。

 

――ごめん……ごめんね海斗くん……。

 

「懺悔か? だが、罪を犯した罪人に過去を悔いることなど許されない」

「なっ!? なにが罪なのよ!?」

「わからないのか。――ああ、そうだろうさ。貴様ら罪人は何時だって自らの傲慢さと罪深さを理解しようともしない。だが、そんなことは許さない。今ここで、貴様の罪を暴き出してやる!」

 

嗚咽を堪える葵に言葉を投げかけるでもなく感情を感じさせない無表情で佇んでいたリーダーが握りしめていた白いソレを視界に写し、反論する葵の顔が一瞬で青ざめた。

許しを請いたい。やめてほしいと泣き叫びたい。

だが、彼女らはやめてくれないだろう。

なら、自分に出来ることは自分自身に誇りを持ち続けることだけだ。

覚悟を決めた葵の眼差しを真正面から睨み返すリーダーは許しがたい激情に駆られるまま白いソレを葵の身体に巻きつけ、縛り上げた。

素肌の上を這いずりまわるソレの悪寒に耐える葵の声に重なって、固唾を呑んでリーダーの言葉を待っている『悪鬼』共の喉が鳴る音が無音の空間に響き渡る。

やがて、シュルシュルという無機質な音が止むと、絶望で真っ青に染まった“少女”の唇から『その言葉』が告げられる――……!

 

 

「【B(びぃ)】……【C(しぃ)】……!? で、【D(でぃ)】――い、いや、これはまさか……ッ!? い、【E(いぃ)】だとおおおおっ!?」

『ごっはぁぁあああああっ!?』

「ば、ばかなあ!? 新学期の時はギリギリ【D(でぃ)】だったはずでしょ!? そんなの嘘よおっ!?」

「で、でも、間違いなく“ぼりゅーむあーっぷ”していやがりますとのことですわ!? ウエストもなんかこう……“しぇいぷあっぷ”されて……っ!!」

『ノゥオオオオオオオオ――ッ!?』

 

『悪鬼』と化していた女子生徒たちの吐血が宙に舞う。

彼我の間に隔絶されたあまりの戦力差に泣き崩れる者。

天を仰ぎ、理不尽な現実から目を背ける者。

床を叩き、滂沱の涙を流す者。

ごくごく一部の“いろいろ”と豊かな少女たちはホッと胸を撫でおろし、勝ち組(こちら側)の住人となれたことをお互いに讃えあう。

その誰もが、可愛らしく美しい下着姿の少女たち。

 

ここは愛武学園の保健室。

学園名物、長期休暇に突入する生徒たちの体調を確認するために開かれた健康診断の会場だ。

『悪鬼』と化して勝ち組(ないすばでー)筆頭の葵に襲いかかり、恥ずかしがる彼女の三サイズを白いアレ(メジャー)で強引に計った少女たちは年相応にご成長なされている乙女な生徒諸君。

「おっぱいの大きさが戦力の決定的な違いじゃないんだからねっ!?」 と主張する、可愛いという表現がよく似合う『ちっぱ~い』。

「揉んだらおっきくなるってホントかな……?」 と人目を憚りながらコソコソ部屋の隅に身を寄せ、たどたどしい手つきで“もねもね”してしまう『なみちっちぃ~』。

美しい形を誇らしげに語る『びっにゅう~ん』や、「これくらいのサイズになっちゃうと可愛いデザインのってあんまりないのよね~」と自分で持ち上げながら談笑する『でっかぱいぱ~い』のグループによって形成された勝ち組~ズ。

仁義無き乙女の聖戦の舞台となった純白の舞台は、勝者と敗者、理不尽なる現実を少女たちへと突きつけながら真実(三サイズ)を暴き続ける。

 

「泣くくらいなら、やめときゃいいのに」

 

呆れ顔で煙管を吹かす不良保険医お姉さまの呟きは、留まるところを知らない悲鳴と歓声の二重奏に呑みこまれていく。

おい教師、仕事しろよとツッコミが無いのを良いことに、レースの薄カーテン越しに空を見上げつつ香の煙で肺を満たす優雅なひと時を堪能するのだった。

 

ちなみに、ちっぱい筆頭の桃花サンは成長著しい親友たちとの戦力差に光を失ったレイプ目がよく似合う狂気モードに変貌。

頭部を斜め45度の角度に折り曲げ、ゆらゆら左右に揺れる亡者の如き様を見せるちっさい友人をフォローすべく、恵まれた者たち(きょぬーコンビ)が「胸が大きくたっていいことなんて無いんだよっ!?」 「そうよね。すぐに肩がこっちゃうし、ブラのデザインも可愛いの少ないしっ」という風に胸が大きいからこその苦労を掻い摘んで語ってみた所、

 

「……へぇ~、それはそれは。私には一生関わり合いのないお悩みをお持ちのようでございますねぇ~」

 

と瞳孔開きっぱなし&無表情という寒気がする表情(エガオ)を向けられてしまう羽目になったそうな。

この日以降、桃花の前で胸に関する話題が禁句となったのは言うまでもない。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「なんてことがあったんだよ! どう思う?」

「ハハハ」

「どういうこと!? 私の苦労話のどこに笑う要素があったのっ!?」

「むしろ、なぜにわからんのか。ああもう、口元にソースついてるぞ。ほら、じっとしてろ」

「うみゅぅ……」

 

学生生活の中でひっそりと存在するオアシスタイム、別名“昼休み”。

空腹によって修羅と化した学生たちでごった返しているであろう食堂の喧騒も聞こえない静かな逢引場所(エアスポット)である校舎裏で弁当をつつく葵と海斗の姿があった。

地面に敷いたビニールシートの上に腰を降ろした二人の間には、海斗くん特性の重箱が鎮座し、色とりどりのおかずとおむすびが顔を覗かせている。

初夏の爽やかな日差しとそよ風に靡く新葉の擦れる音が心地良いBGMとなって、ほとんど新婚さんカップルと化した二人の頬を撫でていく。

数日に一度は昼食を同席しようと二人で取り決めてから何度めかになるお弁当タイム。

午前中に予定されていた体育測定に備えるべく、涙ぐましい努力(食事抜き)をした葵の猛獣(腹の虫)を鎮めるべく用意されたのは、お節料理と言って通じるほどボリューム満点の重箱弁当。

食前茶で喉を潤すなり、もう待ちきれないと箸を動かし続けること早十分、あっという間に普段の昼食分程の量をぺろりと平らげた葵は、ひと息ついて余裕が出来たらしく、箸の動かすスピードを幾分か落として体育測定の出来事を話し聞かせていた。

口の周りをハンバーグソースでルージュするという、年頃の娘さんとしては非常にいただけない恰好で。

慣れた手つきでハンカチを取り出した海斗に口周りを拭ってもらいながら、箸を離さないのは流石と言うべきか。

いつのまに俺の奥様は腹ペコキャラにジョブチェンジしたんだと、主夫街道まっしぐらな旦那様はちょっぴり呆れ顔。

それでも、どことなく幼い仕草を見せる葵の姿に、胸をドキドキさせてしまうのは惚れた弱みという奴か。

 

「……ん?」

 

拭き終ったハンカチを仕舞おうとして――思わず手元に目を落とす。

海色の生地を染める焦げ茶色のハンバーグソース。

なんとなしに鼻元へ寄せて、クンクンと。

 

「ひゃわああああっ!? 何してんの!? なにしてくれちゃってるのかなあ、海斗くんっ!?」

「え、いや、……うん。何してんだろ、俺?」

「知らないよっ! もう、おバカっ」

「あた、あたた……。こら、ぽこぽこ殴るな痛いだろ。――つか、これでも箸離さないってどんだけ腹ペコだったんだ?」

「燃焼率が高い体質なの! お腹のお肉とか付きにくい、『ぱーふぇくとぼでぃー』なんだからねっ」

「でも、胸部装甲は順調に成長してたんだよな――あいだーっ!? ちょ、刺さった! 箸が俺の旋毛にっ!?」

「元凶がいけしゃあしゃあと何言ってるのっ。そもそも、おっきくなっちゃったのは海斗くんが私の……その、……おっ、おっぱいを『もみもみ』したり、『ちょんちょん』引っ張ったり、『ちゅーちゅー』吸っちゃったからでしょっ!」

「ちょ、声がデカい!? まったくもってその通りだが、世間体というものがとても怖くてだな!?」

 

ぎゃーすかぎゃーすか、弁当のお零れを狙って息を顰めていたカラスも喰わぬ……もとい、カラスも甘ったるく形容し難いナニカが込み上げてきたかのような表情で逃げ去っていくほどの痴話喧嘩が繰り広げられる。

これまた十分後、肩で息をするほどに疲労したバカップルが仲直りをした姿がそこにあった。

どうやら、内なる不満を大声で吐き出したため、ある程度発散されたようだ。

ただし、先ほどまでと違う点が一つ。

 

「結論。私がセクハラされちゃったのは海斗くんのせいです」

「あーもー、それでいいです。……で? 何故俺の膝に乗っかっているのか」

「海斗くんのせい、つまり海斗くんが悪いと当方は結論づけました。よって、贖罪を申し付けます。……あーん」

 

胡坐をかいた海斗の腕に抱かれながら、はにかむ様に舌をぺろっと出した葵が可愛らしく『おねだり』をしてくる。

まったくしょうがない奴めと大袈裟に肩を竦める海斗は、心臓の鼓動が速まってくのを悟られないよう冷静な表情を作りつつ、お姫様のおねだりに応える。

片手で葵の腰を抱きしめ、もう片方で箸を操ってお姫さまがお目当ての一品を摘み上げる。

 

「ほい、あーん」

「あー……んむっ♪」

 

葵が最初に『あーん』されたのは、今日の自信作でもある三種のミートボールのひとつ、小振りの(うずら)の卵をタネで包んだエッグボールだ。

タネにレンコンのみじん切りを加えることでしゃきしゃきとした食感と歯ごたえを生み出す。

さらに噛めば噛む毎に内側から卵の濃厚な甘みがさっぱりとした鶏肉と絶妙のハーモニーを奏でるのだ。

濃厚なカマンベールチーズとチェダーチーズを混ぜ合わせたチーズ玉が入ったチーズボール、あえて意表を突いた仕込み無しのガッツリハンバーグボールからなるミートボール三連星。

空腹にあえいでいるであろう葵を想い、昨晩から仕込みを済ませていた海斗自信の一品だ。

無論、野菜と魚のバランスも考えられたメニューとなっていて、王道の塩じゃけやポテトサラダ。千切りキャベツに惣菜も数種とバラエティに富んでいる。

旦那様の愛情がいっぱい詰まったおかずを手ずから食べさせてもらう幸福感に、葵の額に浮かんでいたお怒りのシワが瞬く間に霧散していく。

インターバルを挟んで一通りのおかずを食し、空腹を満たせたお姫さまが食後の麦茶を一飲みすれば、すっかりいつも通りの葵お嬢様の笑顔が舞い戻ってくる。

 

――かと思いきや、海斗が自分の昼食を始めるなり、「うにゅぅうう~っ!?」 と顔を真っ赤にさせて胸をぽかぽかと叩いてくるではないか。

 

「どした?」

「どしたじゃないの! それっ、お箸! 私があーんされた奴っ」

「んん? あー、そう言えばそうか。関節キスだな」

「もお! そういうの禁止! はいストーップ!」

 

胸元で両手を交叉させてバッテン印を作る葵に、思わずらしくない「ええっ!?」 と驚愕の声を上げてしまった。

 

「いや、お前……いまさらだろ?」

「そうだけどそうじゃないのっ! む、む~! 乙女心の問題なのっ!」

「理不尽が過ぎるぞ!? 基準が分からん」

「とにかく、だーめーなーのーっ!」

 

両足をバタつかせる葵にてんやわんや振り回されつつも、こんな時間も悪くないと海斗は思う。

恋は盲目。

偉人の言葉を、身を以て理解した初夏の一幕であった。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「あっ……は、ぁ……はうぅうううっ!!」

 

ファンシーなぬいぐるみで彩られた新婚夫婦(仮)の寝室で、甘い少女の悲鳴が響く。

彼女の耳に届くのは、ぴちゃぴちゃと粘着質な液体を舐めとるような舌使いの音。

思わず目を閉じて頭を振ってしまうものの、視界を閉じてしまった事で敏感になったのだろう。

淫蕩なソレに混じって濡れすぼった彼女の陰毛を撫でる様に擽る吐息の感覚が笑み言えぬ快感となって彼女の下肢を駆け巡った。

股の間から肉付きの良い太ももへ、引き締まった足を撫でる様に駆け抜けたソレは足の指先まで一秒もかからず到達し、きゅうっとシーツを握る足の指に力が籠ってしまう。

彼女は今、ベッドの上で拘束されている。

立位……つまり膝立ちになって両手を後ろ手に拘束されているのだ。

腰の辺りでリボンらしき布地によって縛られた両手首を解くことが敵わず、ベッドに倒れ込もうとしても、()がそれを許してくれない。

 

「やぁぁ……海斗ぉ……く……っ!!」

 

再びの衝撃。今度はアソコから背筋を駆け昇って脳天へと突きぬけていった。

まるで地面から放出された電撃に躰を貫かれたかのような衝撃。

瞑っていた瞳は大きく見開かれ、だらしなく弛んだ口元からはどうしようもなく発情した“牝”を思わせる喘ぎ声が溢れ出す。

目尻に浮かんだ涙を拭うことも出来ない葵は、快感と興奮で震える上肢を何とか前のめりに俯かせ、彼女が跨っている(・・・・・・・・)彼――海斗に懇願と非難を混ぜ合わせた視線を向ける。

ソレに気づいた海斗は、溢れんばかりの蜜液で淫靡に濡れすぼった秘唇を舐めていた舌をひっこめ、

 

「ん? どうかしたか?」

 

意地悪そうな笑みと共にそんなことを言い出した。

 

「いっ、いじわるっ! こんなことして許さないんだからねっ!」

「え~? でも、悪い娘にはお仕置きが必要だろう? お袋さんから言われたこと無いか? 『ご飯を残しちゃいけません』ってな」

 

夕食時、いつもより箸の進みが悪かった葵は料理の半分も口にせず席を立った。

海斗が体調でも悪いのかと心配するのを余所に、「何でもないから」の一点張りで部屋に閉じこもったのが今から一時間ほど前。

もの凄く名残惜しそうに残された料理を見つめながら、後ずさりでリビングの入り口まで移動した後、涙を流しながら寝室目掛けて駆け出した彼女の奇行に疑問を覚えつつも、そんなに気にしなくてもいいかと結論付けた海斗は後片付けを済ませて入浴のため風呂場へ。

数十分後、桜色に肌を染めた海斗が鼻歌まじりでリビングに戻って目撃したのは――キッチンの戸棚に仕舞っていた菓子類を開封し、ハムスターのようになるまで頬をパンパンに膨らませつつ貪り食う葵のお姿。

一瞬の静寂。

ドアを開けた体勢で固まった海斗に気づき、頬を膨らませたまま振り向いた葵の菓子を咀嚼する音だけが室内に響き……海斗の主夫魂が大爆発。

荒ぶる猛虎と化した海斗に気圧されリビングで正座になった葵から事情を訊き出してみれば、あきれることに、

 

「わっ、私が今日ひどい目に遭ったのは、海斗くんの美味しいご飯を食べ過ぎちゃってたせいもあると思うの! だからその……食事制限を考えてみたりした……なんだけ、その……」

 

人さし指の先をつつきあわせながら視線を彷徨わせる葵のお腹から「きゅぅ~っ」と可愛らしいお声が。

まあつまり、ダイエットを決意したので食べる量を減らそうと努力しようとした……らしい。

胸も脂肪だから、これ以上大きくならない様に(他人の視線的な意味でも、水泳選手としての意味でも)、シェイプアップが必要と感じたのだとか。

――が、いきなり普段の半分まで食事を減らすのは流石に無理があったらしく、海斗が入浴している最中でお腹の虫が大合唱。

胴にも堪えられなくなった葵はフラフラとキッチンまで彷徨い出でて、冷蔵庫に仕舞われたおかずの残り――ではなく、何故かチョコレートやポテチの類を引っ張り出して今に至る、と。

抑制された食欲が、お菓子を求めちゃったんだよ! とは本人の弁。

とまあこんな感じで。

まったく反省の色を見せないどころか開き直ってさえいる我儘お嬢様にお灸を据えてやろうと決意した海斗くん。

そういうことなら、よく効くダイエットを知ってるぞと落とし文句で彼女を寝室へ引っ張り込み、室内着――Tシャツとスパッツを素早く剥ぎ取ると、ぬいぐるみの装飾に使われていたリボンを紐代わりに腕を縛り、ベットの上で膝立ちになった彼女に寝ころんだ自分の顔の上を跨らせて……えっちなお仕置きタイムへ突入したのだ。

秘唇に舌を這わせ、彼女が身悶えるごとに魅惑のダンスを踊る乳房を両手で持ち上げる様に掴む。

敏感な乳首を押し潰す様に掌を当て、逞しい彼の掌でも納まりきらない柔らかな双丘は指の動きに合わせていやらしく、淫らにその形を変えていく。

彼の手によって、深部に芯を残していた未成熟の果実であった乳房は、始めて肌を重ねた時に感じた様な痛みを欠片も感じなくなっていて。

指先が乳肉に沈み込むたびに、掌が柔肌と擦りあわされるたびに快感混じりの艶声が溢れ出してしまう。

海斗の指が動く度に、葵の肩が痙攣するようにビクッビクッと震えてしまい、全身から力が抜けていく。

そのまま脱力しきり、ベットに身を投げ出したい欲求が彼女を襲うものの、海斗は乳房を持ち上げるように下から揉み上げて来るので倒れることが出来ない。

かといって背中をのけぞらせて後方に倒れ込もうとすれば、そうはさせまいと胸を掴む指に力が籠り、乳首を引っ張ってきた。

敏感な乳首を抓られる痛みが彼女の逃げ道を塞ぐ。

すると、彼はご褒美とばかりに秘唇に舌を這わせ、挿し入れてきて。

皮を剥かれて露出した陰核(クリトリス)を舐め、ぷっくりと膨らんだ大陰唇(ラビア)を甘噛みし、膣口に燃える様な熱を帯びた舌先が沈み込んでくる。

指先よりも柔らかく、彼の熱を感じやすい愛撫(ソレ)に溶かされるかのように、蜜液がどんどん溢れ出してくる。

腰をくねらせ、痺れるような快感に身悶える葵の熱を帯びたソレは、瞬く間に彼の口を、顔を濡らしてしまう。

室内灯の灯りに照らされてキラキラと輝く粘着質なソレを視界の端に捉えてしまい、葵の頬が桜色から朱へと染まり替わる。

恥ずかしいのに、叶うなら今すぐ逃げ出したいのに。

彼女の心臓は張り裂けそうなほど激しくドキドキを繰り返し、快感に震える躰はもっともっとと彼の唇に、彼の手に躰を押し当ててしまう。

足の指が掴むシーツのシワはどんどん深さを増し、頭を振るごとに舞い踊る黒髪が全身を濡らす興奮の汗で躰にへばり付いてくる。

それはまるで、桜色に染まった滑らかな肌、まろやかな曲線を描く魅惑の裸体を黒曜石のような黒がコーティングしているかのよう。

愛しい少女が自分の上で羞恥と興奮混じりの表情を浮かべて快感に浸っている。

男心を擽るシチュエーションに、海斗の興奮もまた抑えようがないほどに高まっていく。

寝間着のズボンを突き破るほどに荒ぶった己の分身を自覚しながら、最後の追い込みとばかりに膣口に突き刺した舌の動きを加速させた。

同時に熱を帯びた乳肉を押し潰さんばかりに乱暴な手つきで揉みしだき、怒濤の津波の如き快感を送り込む。

 

「ああっ、あ、あは……っ!? ま、まっ……ふぁ、あ、あぁぁあああああーっ!?」

 

ビクンビクンッ! と躰を痙攣させた葵が絶叫と共に背中を逸らし――四肢からフッと力が抜ける。

絶頂と共に噴出した潮で顔面を濡らしながら彼女の股から抜け出して身体を起こした海斗は、躰を痙攣させて小さな喘ぎ声を零し続けている葵に覆い被さり抱きしめた。

彼女の背中に手を回し、両手を拘束していたリボンを解いて自由にすると――突然、獲物を見つけた大蛇のような俊敏な動きで海斗へ絡みつき、抱きついてきた。

両腕は首へとまわされ、足は腰へ。

しがみつく様に抱き着いてきた葵と至近距離で見つめ合うことになった海斗は、すぐ目の前で怒りとも懇願とも取れる葵の泣き顔と向きあうことになり、

 

「どうして欲しい?」

「いっ……いじわるいじわるいじわるっ! 海斗くんのバカっ! おー嘘つきっ!」

「おやおや、心外だな。食事を蔑ろにした挙句、間食に走ったお馬鹿さんへのお仕置きと、ダイエットの手伝いをしてやっているんじゃないか。感謝してくれてもいんだぞ?」

「なにが感謝だよぅ……」

 

むくれるように頬を膨らませた葵を愛おしげに撫でてあげながら、海斗は腰を揺すって位置を合わせていく。

その動きに反応したのか、葵の腰が海斗に合わせる様に動き、荒ぶる陰茎を秘唇へと誘っていく。

そして――

 

「ふっ、知らなかったのか? セックスって体力使う上に、体温が高まりやすいから発汗を促進しやすいんだよ。まあ、男の方が汗掻きやすいが……さっきのお仕置きで葵も汗まみれになってることだし? 効果はあるんじゃないか」

「あっ、汗の種類が違うと思うんだけどっ!? 確かに運動って言えばその通りなんだけれどもっ……なんか違わないかな――あ、あああああうっ! ちょ、不意打ちはずっ、ズルいよおっ!」

 

途中だった反論は、秘唇にめり込んだ亀頭が膣道に沈みこんでいく官能によって淫声へと変えられてしまう。

巨乳と言ってよいほどに成長した乳房はパンパンに張り詰め、まるでミルクが詰まっているかのようなソレが男の胸板で淫靡に押し潰され。

待ち焦がれていた男根(ペニス)が膣道を突き進めば、ひとつひとつが自らの意志を持つ舌のように蠢き、扱き上げてくるヒダヒダが最奥のもっとも感じるところ――子宮口へとソレを誘っていく。

 

「葵……っむ」

「ふぁ、ん……んっ、んふっ、んにゅぅぅうううう~~っ!」

 

喘ぎ声を零していた葵の唇を己の唇で塞ぎ、熱に侵された様に熱く蕩けきった少女の口内を侵す。

舌を絡みつかせ、歯の表面をなぞり、内頬を、上顎を、歯茎を、彼女の総てを舐め、味わい、感じ合って……一つになっていく。

互いの唾液が混ざり合ったソレが双方の喉を通り過ぎていくとほぼ同時に、亀頭がコリコリと膣ヒダとは異なる感触の子宮口へと到達した。

正常位の抱き合う形で繋がった二人はどちらともなく腰を動かし始めて、躰の芯を貫く快感を双方に送り込む。

ガチガチに起立した陰茎が膣ヒダを抉るように挿入を繰り返し、子宮口を突き上げる様にノックすれば頭の中がはじける様な快感を葵に与え。

膣のヒダヒダが陰茎を扱き上げ、いちばん深いところに沈ませた敏感な亀頭を子宮口が吸いついてくれば、海斗の背筋を戦慄じみた官能の衝撃が駆け巡る。

腰の奥の熱に反応して子宮頸管粘液が放出され、膣道に突き刺さった陰茎を包み込む。

蜜液と混ざりあったソレは挿入の際に入り込んだ空気の気泡と混ざりあい、にっちゃにっちゃと淫蕩な音を生み出す。

膣ヒダがキュンキュン疼き、戦慄くヒダの動きがより激しさを増していく。

その動きに誘われるかのように、海斗の腰の動きがかき混ぜる様に円を描くソレへと変化していき、膣内の至る所がエラと陰茎そのもので擦られてしまう。

瞬間、葵の脳内でバチンっとブレーカーが落ちたかのような音が鳴り、視界総てが白い光で埋め尽くされた。

 

「あっ、あ、あーーっ!!」

 

悲鳴とも艶声とも取れる喘ぎ声と共に躰を痙攣させる葵。

瞳は蕩けたようにとろんと潤み、唾液で淫靡に濡れた唇からピンク色の舌先が覗いている。

お仕置きという名の愛撫によって限界近くまで昂っていたため、瞬く間に絶頂を迎えたらしい。

溢れんばかりの蜜液と子宮頸管粘液で満たされた蜜壺は痙攣を起こしたかのように突き刺さった陰茎を締め上げ、射精を促してくる。

丁度引き抜く際中だったこともあり、もっと敏感な亀頭が戦慄く膣ヒダで全包囲されてしまっていることも、ひときわ大きな快感を海斗に与える要因だ。

歯を食いしばり、込み上げてくる射精の欲求に耐える。

これはお仕置きなのだ。

こんな簡単に許してあげて(達してしまって)は意味がない。

果たしてどれほどの時間がたったのか。

葵の両脇に手をついてベットのシーツを握り締め、下腹部から広がる快感に耐える海斗に抱きついていた彼女の四肢の力が、ふっと弛んだ。

律動していた膣ヒダの拘束が緩み、葵の瞳から焦点が失われていく。

意識が飛んだのか、半開きの唇からは言葉にならない喘ぎ声が零れ落ちるのみ。

そんな彼女を抱き抱えたまま両手でパンパンに張った尻肉を掴み――

 

ズンッ! と膣奥まで一気に貫いた。

 

「きゃぁぁああああっ!? あっ、あああ、あああぁぁぁああああーーっ!?」

 

白い世界から一突きで引き戻された葵の悲鳴をかき消すかのように激しい腰つきで、一心不乱に膣道を搔き分け、抉り、突く。

子宮の入り口を先っちょで擦るに留めていたさっきまでとはうって変わり、亀頭の先端が子宮に突き刺さるほど激しく突き上げられる。

激しい腰使いは互いの太ももを打ちわせてパンパンとリズミカルに音を慣らし、躰の内側を掻き回されるかのような快感を葵に送り込んでいく。

息が詰まり、呼吸がでいているのかさえ分からない。

絶頂に達し、感覚が鋭敏化している最中での激しい交わいに反応して、葵の全身から際限なく汗が流れ出していく。

昂奮によるものか、それとも怯えによる冷や汗か。

僅かな理性をそんなとりとめもない思考に回す余裕は彼女に残されておらず、ただひたすらに全身を侵す官能の嵐に身を委ねていた葵の背中が、不意に弓なりに反らされた。

本能で感じ取ったのだろう。彼女の躰が、子宮が求める海斗の精液(ソレ)が放たれる瞬間を。

再び飛び込んだ真っ白な世界で、煌びやかに輝く宝石のような輝きに包まれた――瞬間、

 

「イッ……ク……! またっ、イッちゃぅぅううううっ!!」

「ッ!!」

 

海斗が感じたのは、引き摺りこまれるかのような錯覚。

陰茎をしごく様に蠢いていた膣ヒダが、まるで螺旋を描く波のように律動し、射精を促してきたのだ。

膣奥まで貫き、子宮口をこじ開けた瞬間に襲い掛かってきたソレに対抗する余裕は海斗に残されておらず、本能の赴くままにソレを解き放った。

灼熱の精液が子宮へと降り注ぐと共に膣の収縮がかつてないほど激しく、強くなった。

 

「うっお、おお……!? 絞っ、られ……!」

「ああああんっ! せ、せーえきがぁ! かいとくんのせーえきが……わたひのぉ……しきゅぅにぃ! あんっ、だ、だめぇ! またイッちゃうからぁああっ!」

 

終ることが無い射精がもたらす快感は、官能の津波となって海斗の、葵の心を呑み込んでいく。

道徳や理性などという感情は跡形もなく押し流され、残されたのはただ目の前の愛しい存在を求める本能のみ。

子宮と膣道に染み込んでいく精液の感触で悦に染まった葵の唇に海斗の唇が重なった。

言葉は無く、ただ貪るようにお互いを求め、絡み合う。

射精が終わっても交わりは終わりを見せず、官能によって引き上げられた体温がどれほどの時が経過しても冷める兆しを見せない。

お互いの後頭へ手を回し、自分の方へ引き寄せながら唇を、躰を重ね続ける。

ぴちゃぴちゃ、と淫蕩な水音のみが室内に木霊する。

それは、両者が眠りにつくまで鳴りやむ事は無かった。

 

 

 

 

翌朝、ベッドの上で寝転がったまま、腕の中でむくれているお嬢様に怒りの『おでこぐりぐり』(海斗の胸板に額を擦り付け、不機嫌さをアピールする葵の必殺技その3)を繰り出されている海斗の姿があった。

頬を膨らませるお嬢様のお怒りを鎮めるように彼女の背中を撫でながら、

 

「いや、ほら、汗一杯掻いただろ? な? ダイエットになったんじゃないか。手の縛りだって後になってないし……うみゅ、いひゃいいひゃい」

 

頬を抓られた。地味に痛い。

 

「そーゆー問題じゃないのっ! もぉ、海斗くんのお馬鹿っ。えっちの権化っ。節操なしっ」

「……そんな俺は嫌いか?」

「う……! そっ、そーゆーズルいところが嫌いっ」

「俺は葵の全部が好きだけどな」

「~~~~ッ!? もうもうもうっ、どうしてそーゆー恥ずかしい台詞を真顔で言っちゃうのかなあ!?」

 

ぽかぽかぽかと照れ隠しの犬パンチが炸裂。効果はいまひとつのようだ。

 

結局、この後。

いちゃいちゃしまくるうちに「もし私が恥ずかしい目に遭っちゃったりしたらアナタが責任取ってよね―――私の旦那様っ」「喜んで引き受けよう――俺の愛しい奥様」という結論に達し、無事に仲直り(?) を果たしたそうな。

 

 

 

――追記。

この後、はっちゃけたようにいちゃいちゃした甲斐もあり、二人仲良く今日が平日だったことを記憶から飛ばししてしまい、後日、教育実習生として派遣されたとある女性とのフラグを立ててしまうことになるわけなのだが……小鳥が啄む様なキスを交わしまくっている現時点の彼らには知る由もないのだった。

 

 




次話の構想はあるんですが執筆の時間がなかなか……。
それでも、小説を書くのも読むのも好物なのでこれからもよろしくお願いします。


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第24話 いつも通りなプールサイド

またまたおひさしぶりです。
更新遅れて申し訳なく&うれしいご感想をたくさん頂いて感無量なカゲローです。
今後も不定期になってしまうかもしれませんが完結目指して頑張ります!

さて、この話でようやくサブヒロインが正式に出そろいました。
彼女は今後、海斗君と葵嬢双方に深い関係が出てくる予定。
次話予定のエロでその辺まで行ければな~と。
今回はエロなし、いつも通りな二人の『あまあま』な日常会です。




初夏の心地良い暑さから真夏のうだるような暑さに季節が移り替わり、学生服という見慣れたファンションに肌色が増えてくる今日この頃。

パリッとアイロンがけを済ませた純白の半そでシャツとサマーセーター、チェック生地のおしゃれなフレアスカートに身を包んだ葵は、額に掲げながら指の間から射す朝の日差しに目を細める。

まだまだ初夏というカテゴリーにあるはずの今日日の気温は夏真っ盛りな今年度最高気温を記録するでしょうというニュースアナウンサーの台詞を裏付けるように眩く、熱い。

ジリジリと肌を刺すような陽光に肌のお手入れに気合い入れないとと胸元で握り拳を作り、ガッツポーズ。

ふんぬ、と気合十分な葵を余所に、いつも通りの前髪で眼元を隠し、分厚い眼鏡を装備した地味系モード中の海斗の頬には大粒の汗の雫が無数に溢れ出てきていた。

アスファルトを焦がす陽光を反射する眼鏡のレンズは発汗によるせいか霜が降りたかのように白く染まり、半開きの唇の隙間からは荒い呼吸音が零れ落ちている。

汗を吸った前髪をうっとおしげに手の甲で拭い、早朝なのにくっきりと識別できる自身の影が落ちた足元に視線を落とすように俯き加減で歩を進めている。

熱気で曇り、ほとんど役目を果たさない眼鏡を外して顔面の汗を拭う。

 

「もー、海斗くんってば朝から元気ないよー? せっかくのお日様気分が台無しなんだから」

「暑いの苦手なんだよ……。うあ~、駄目だ。焼ける、溶ける、灰になる……こんがり香ばしい焼き物にされる~……」

「わけわかんないよ~。ホント、暑いの駄目なんだね~」

 

ホラー映画の亡霊の如く両手を力無く垂らし、ゆらゆら上半身を左右に揺らしながら後ろをついてくる海斗の姿に、苦笑を殺しきれない。

普段彼女が独占している素の彼からは予想も出来ないほど残念な姿に乾いた笑いを浮かべると同時に、また知らない一面を知っちゃった♪ と楽しげにはにかむ。

何かと万能な彼の弱点を知ることは、自分がそれを支え、補っていけばいいのだと。

それこそが自分の、自分だけの役目(とっけん)なのだと考えるから。

だから葵は、上機嫌に鼻唄を零すのだ。

お互いの足りない物を寄り添いながら補い合う関係……そんな繋がりを求めているから。

 

「ほーら、学園(がっこー)着いたら冷房とかで涼しいはずだよ。がんばれがんばれー」

「うーす……」

「返事は『は~い』でしょ」

「……はーい」

「言葉は伸ばさないの。めっ!」

「すま――いや待て!? それは理不尽だぞ!?」

「何の事だかわかりませ~ん。暑さで記憶が混乱しちゃってるんだね、きっと」

「こんにゃろう……」

 

両手を腰裏で繋ぎつつ振り向き、ちろっ、と桜色の舌先を出してウインクする葵の背中に小悪魔の羽がパタパタしている幻を視て、表面上は(・・・・)憮然としたまま――無呼吸で伸ばした指先で彼女の頬をむにっと掴む。

 

「ふにゅっ!? ぬにゃにゃにゃーー!?」

「はっはっは。小悪魔さんには頬肉こねくり回しの刑だ。そーら、むにむにーっと」

 

にゅううーっ!? と素っ頓狂な悲鳴を上げてはいるもの、痛みを与えない絶妙の力加減の賜物か、葵は痛みを欠片も感じなかった。

ただし、珍しくからかいの攻勢に出られる千載一遇のチャンスを逃がすことなど彼女に出来るはずもなく、即座にお返しとばかりの反撃を繰り出した。

 

「ん、んっ! ――ふうーっ」

「ぬおわ!?」

 

今度は海斗の口から悲鳴が飛び出した。

勢いよく頭を振って“ほっぺ引っ張りクロー”から逃れることに成功した葵は、飛びかかるような勢いで海斗の胸へダイブ。

右手に握ったままだった鞄が遠心力よってハンマーのように振り回されて海斗の背中にクリーンヒットすることもお構いなしに彼の身体を抱き締め、鞄の角が背筋に食い込む衝撃に硬直してしまった彼の耳元に顔を寄せて――優しく吐息を吹きかけた。

耳朶を擽る少女の吐息。

背中の痛みで五感が敏感になっているところに予想だにしていなかった追撃を受け、なにがなんだかわからない状態になってしまった海斗の心臓が、跳ね飛ぶが如く大きな脈動を起こす。

どくんっ、と高まる鼓動に引っ張られたのか、体温が暑さ以外の理由で瞬く間に昂っていく。

夏服の薄生地越しに感じる女の子特有の柔らかく、甘い香り。

衣服越しに感じるたわわに実った双丘の弾力。

恥ずかしげに、けれど好意をひしひしと感じさせるしなやかな指と足に絡みついてくる太股の感触に、全身の血脈が瞬く間に滾っていくのがわかってしまう。

 

「……えへへ」

 

頬を朱色に染め上げながら、こちらの様子を窺うような上目使いで海斗を見上げてくる葵の『女の子』な仕草に、めまいを起こしそうになる。

まさか往来の通学路(こんなばしょ)でここまで大胆な行動をやってのけるとは。

おもわず抱きしめ返してしまいそうになる両手の衝動を気合いで抑えつつ、ふと耳年な幼馴染の言葉が脳裏を過ぎった。

 

『女の子という生き物は魔物なのですわ。そう、特に葵さんは最近流行りの肉食系女子の典型。まさに彼女は恋愛という宝石を我が物にせんと襲い来るドラゴンの化身! 古来よりドラゴンという生き物は宝や黄金を収集し、眩く輝く金色のソレに身を横たえ、悦に浸ると伝承にあるように、彼女もまた、恋の対象である海斗さんの骨の髄、魂の根源……そして精子の一匹に至るまで手中に納めなければ我慢できないでしょう! つまり――ワタクシが何を言いたいのか、わかりますわね?』

『ええと……その、なんだ。要するにアイツは俺の事を……す、好いてくれているって事でいいのか?』

『まあ、それもありますが。ワタクシが言いたいのはそう言う言ではなく……(コホン)。――腹上死エンドだけはやめてくだいさいましね? 嫌ですわよ、ワタクシ。死因は精も根も吸われまくってミイラ化したとかいう愉快な送り言葉で幼馴染を見送るのは』

『真顔でおっそろしい妄言は居てんじゃねぇ!? 生々しくて寧ろ怖いわ!?』

『……』

『伊織? 『言われてみれば……確かに』的なその表情はどういう意味だ? ……おいこら、なぜ笑顔を向けてくる!? そんな優しげな眼を俺に向けるなぁぁぁあああっ!?』

 

 

 

 

「――はっ!?」

 

イカン、心情的にたいへんよろしくない記憶まで呼び起こしてしまっていたようだ。

それはともかく、まずはこの状況を何とかせねば。

繰り返すが、二人の現在位置は学園の塀沿いにある通学路。

学園の敷地内で同棲している事実を隠すため、毎日わざと敷地外に出てから外周部にある通学路をぐるっと回って校門を潜っている。

学園は一般的な民家が立ち並ぶ住宅街と隣接していて、通学路を挟んで住居が並び立つ様に建立している。

さらに言えば、そこの住民は小さなお子さんがいる場合が多く、昨今の安全性の問題からお見送り、通学の同伴をする奥様方も多数利用する場所なのであって。

 

――見られてる。めっちゃ見られてる……。チビ共が無遠慮に指差して笑っている……。

 

「あらあらうふふ」と口元を押さえながら微笑ましげな表情を浮かべた奥様方の熱烈な視線、「らぶらぶだー」「りあじゅーだー」「ばくはつしろー」「ばつさつだー」と一部物騒な揶揄を舌ったらずな口調で繰り出すお子様方。

――ついでに、朝っぱらから女の子と抱き合っている野郎(あんちくしょう)に憤怒を顕わにハンカチを噛み締めている変態マスク集団(マスクなのにどうやってハンカチを噛んでいるのだろうか?) 等々……実に混沌な風景が形成されつつある。

しかも、しっとマスクが仲間に連絡をしたのだろう、地鳴りのような足音が遠くから聞こえてくる。

間違いなく、血涙で真っ赤に化粧した変態マスクマンの集団が、リア充を撲殺すべく向かってきているのだろう。

――奥様方やガキんちょ(♀)まで、きゃーきゃー言いながら写メっているのは、学園関係者のノリの良さが順調に万延している証拠なのだろうか?

まあそれはともかく。

このままここに留まる事は百害あって一利なしというのは明白で。

海斗的には、こういういちゃいちゃは二人っきりでやりたり独占欲もあるワケで。

 

結論――逃走開始

 

「さらばだっ」

「逃がすなぁぁああああああっ!」

「「「「「フォォオオオオオオオオオオオ――ッ!?」」」」」

 

ショルダータイプの鞄を二人分首に引っかけてから、葵をお姫様抱っこで抱き上げる。

ふにゃっ!? と力の抜ける可愛らしい悲鳴を上げつつ、何事っ!? と言いたげな彼女のおでこに唇を落として黙らせる。

瞬間、女性陣の黄色い悲鳴と野郎共の野太い怨嗟の怒声が混ざり合った混沌極まるBGMを一身に浴びながら、背に腹は代えられないと後方へ駆け出す。

目指すは出発地、愛の巣(真)に通じる裏口のひとつ。

しっとマスク共を蹴散らして校門に向かうのは正体がばれるリスクも含めて割に合わないので、今日だけは学園の敷地内を突っ切って登校することにしよう。

徐々に遠ざかっていく背後の怒声を置き去りにしつつ、犬娘(わんこ)を抱っこしたホス(トラ)さんは朝の日差しを切り裂いて駆け抜ける。

 

「……にへへ~ぇ♪」

 

おでこにちゅっ♪ されて嬉しそうにはにかむお嬢様を抱き抱えたまま。

 

 

――◇◆◇――

 

 

「朝っぱらからなんでこんなに疲れなきゃならんのだ……」

 

朝のHR五分前に教室に辿り着いた海斗は机に力無く突っ伏していた。

いつもより登校の時間が遅れてしまった事もあり、登校してきた無数の生徒の中で葵と肩を並べて歩くのは不味い別れようとしたものの、「……だめ?」 と制服の袖を引っ張りながら弱々しく『お願い』されてしまっては無下に出来る訳も無く。

仕方ないので最近覚えた自身の気配を大気と合一させ、そこに居ても違和感を感じさせない特殊な隠密歩法を使用することで葵の隣にいる自身を周囲に気づかせること無く彼女の教室まで送り届けることに成功した(何故か見破られた幼馴染コンビからは「すごい技術の無駄遣い」と笑われたが)。

そして現在、疲労困憊でだるさ全開の不機嫌オーラを放つ彼に近づこうとするクラスメートが居るはずもなく(一応、不良生徒として扱われているため)、これ幸いと体力回復に努めていた訳なのだが――

 

「あ、あの……」

「ん?」

 

ちょいちょいっと袖を引っ張られる感覚に閉じていた瞼を開ける。

耳朶に届く、透明感のある優しげな声色。

すぐ近くから感じ取れる柔らかな雰囲気(オーラ)は、まるで若草が敷き詰められた牧場の草原のような清涼さを感じさせる。

心地良さすら感じる声に導かれるように、沈みかけていた海斗の意識が覚醒に向かう。

目元を擦りつつ、数度瞬きしてから上体をゆっくりと起こして声の主を探してみると、自身のすぐ傍らに前屈みの体勢でいる女性の姿があった。

ふんわりと広がる栗色に近い長髪。

やぼったい大きめの眼鏡を掛けていながら、決して損なわれることが無い美貌は優しげな瞳と相まって、まさに年上のお姉さんという印象を見る者に与える。

出で立ちは上品なブラウスに膝下まで伸びたロングスカートというおとなしめなチェイス。

しかし、おとなし目な当人の雰囲気をぶち壊すほど激しく自己主張している母性の象徴は、そっと方面に経験豊富な海斗をして、思わず目を奪われてしまうほど素晴らしい一品。

失礼な物言いになるが、実は果実を仕込んでいるのではないですか? という台詞が喉を駆けあがりかけるほどに実りに実っていると言えはそのすさまじさがわかって貰えるだろう。

袖部分に余裕がある事から、上着は大きめのサイズであると思われるのだが、それでも立派過ぎる双丘のボリュームを包み込むには役不足なようで、胸元のボタンが大胆に外されて、谷間がくっきり見えてしまっている。

ボタンの留め具が痛んでいるのが見えたので、多分、留めようと努力はしたものの、胸の弾力に押し負けてはじけ飛んでしまった……と、言ったところか。

突っ伏していた海斗を起こすために前屈みになっているせいか、胸の谷間が海斗の視界を埋め尽くすほどに距離が近い。

もし今、本能の誘惑に駆られて手を伸ばしてしまったら、片手の指全部を吸い込まれてしまうかもしれない。

それほどまでにくっきりと谷間が形成される巨乳を直視してしまい、海斗の心臓がまたもや大きく跳ね上がり――

 

「えーと? ……どちら様で?」

 

一度の脈動を経て、平常状態に静まった。

男の本能を刺激する素晴らしい胸をお持ちではあるが、彼女にとってはコンプレックスである可能性も否めない。

胸が大きいことはいいことばかりじゃないとついこの間、葵から愚痴られたばかりだったこともあり、意識を奪われていた胸の谷間から眼を逸らし、女性の顔に視線を向ける。

間近で見ると、やや童顔な印象を受けた。

幼い……と云うよりは、無垢と言った感じか、

本人の纏う雰囲気と相まって、深窓のご令嬢という表現が似合う気がする。

自分が言えた義理ではないが、やぼったい眼鏡を掛けているのは少し残念かもしれない。

少し磨けば、劇的に魅力を向上させる極上の原石……その道のプロとしての思考でこんな結論に至ったものの、逆に今のアンバランスさが彼女の魅力を引き出しているようにも思える。

不思議な……なんとも興味を惹かれる女性だ。

自分の周りにいた少女たちはどこか違う、不思議と目を惹かれる彼女をじいっと見つめていると――何故か焦った風に頬を赤らめ、絡ませた指先をもじもじさせ始めた。

おや? と首をかしげる海斗。

あうあう……、と言葉にならない言葉を零す女性。

「……怖がらせちまったか?」 と自分の目つきの悪さに落ち込む海斗と、レンズ越しに見えた野性味あふれる殿方の瞳より放たれる眼差しに何故か(・・・)心臓が昂ってしまい戸惑う女性。

此処で忘れてはならないのが、お互い自分の内側に意識を向けるあまり、表面的には至近距離で見つめ合う姿が継続されているということ。

 

……傍目に見ると、青年の情熱的な眼差しを受け、恥ずかしげに身悶えるオトナの女性の図にしか見えない訳であり。

 

恋に憧れる少女たちと、青い性欲で満ち溢れている青少年? からしてみれば、非情に、とっても、いうまでもなく……心を昂らせる最高のご馳走(こうけい)なワケで。

 

昂る感情(どういったモノかはお察しで)が熱烈な視線に乗せられてぶすぶす、ぶすぶすと降り注ぐ。

はっ、と海斗が気づいたころにはすでに後の祭。

普段の腫物使いなどどこ吹く風、嫉妬と羨望と好奇心に彩られた眼差しという名のレーザー光線が、当事者たちへ突き刺さる。

 

「ふわわわわ……」

 

当事者の片割れは欠片も気づいていないようだが。

相変わらず、頬をおさえながら恥ずかしげな表情を浮かべたまま。

口癖なのだろうか? ふわわ、ふわわと口遊みながら海斗の顔と教室の床の間で視線を行ったり来たり。

明らかに海斗の何かが琴線に触れて意思してしまっている――ようにしか見えない。

そう言うのとは少し違うと海斗は気づいているものの、それほど親しくも無いクラスメートに説明するのは面倒以外の何物でもないワケで。

 

「どうしろってんだ、こんなもん」

 

思わず天を仰いで呟く。

静まる兆しを見せない教室を包み込む威圧感にそろそろ物理的なオハナシに乗り出すべきかと危険な方向に思考が向かい掛けたところで、

 

「待ちたまえ、マイスクールメーイツッ!!」

 

すっぱーん! と景気のいい効果音を立てて開かれた教室のドアから一人の男性が姿を現した。

 

現れたのは細身のスーツを着こなした男性教師。

教師生活の長さが窺えるジャケットに刻まれた細かな皺。

されど、古臭さなどの負の感情を感じさせるものではなく、樹齢行百年をも超える大樹と同じく、どっしりと大地に根を張りめぐらせた雄大さ、年季という経験を積み重ねた『男』の気配を醸し出している。

歩調も乱れず、きりっと正中線が真っ直ぐ伸びている理想的な姿勢を崩さない様より感じるのは頼れる大人の風格。

うっすらと生え揃う顎髭と彫の深い容姿が彼の出で立ちと相まって相乗効果を生み出し、魅惑のダンディズムを生み出している。

海斗のクラス担任、彼の名は『ダンディ=城山』。

英国人の母と準日本人の父の間に生まれ、紳士たれと己の心に誓いを立ててこれまでの生涯を歩み続けてきた益荒男である。

堅物そうな容姿に反して性格は先のようにフランク。

親身になって生徒のために粉骨を注ぐ教育方針は生徒たちからも高い信用を得ている教師のひとりだ。

 

「さあさあ、HRの時間だよ。騒ぎたい気持ちはわからないではないけれど、まずは着席してくれないかな?」

 

手を叩きながら着席を促すダンディの声に導かれるように、生徒たちも――不承不承ではあったが――ひとり、ふたりと席に戻っていく。

 

(人徳()あるんだよな……ん?)

 

その様子を満足げに見渡している中、未だに「ふわわ」とテンパっている女性。

混乱のあまり、ダンディが入ってきた事にも気づいていないようだ。

 

「ふぅ……先生(・・)?」

「ふわぅ!?」

 

彼女の正体も大体予測できることもあり、目の前で女性が怒られるのを見過ごすのも気がひける。

困った風に肩を竦めた海斗は、右往左往している女性を落ち着かせようと彼女の手をそっと握った。

ふわり、と包み込まれるように優しいソフトタッチ。

突然の出来事にまたもや悲鳴? を上げてしまった女性だったが、自分のソレよりも大きく、逞しい手の平から伝わる温もりを通じて、混乱していた思考がゆっくり鎮静へと向かっていった。

海斗から見上げる形で向けられている視線に気づいたのだろう。

温もりに包み込まれる手と海斗の間で視線を行ったり来たりと彷徨わせて始めた。

照れているようにも恥ずかしがっているようにも見える仕草に、思わず保護欲をそそられてしまいそうになるものの持ち前の精神力で衝動を抑え込み、少しだけ名残惜しそうに手を離していく。

その際、「ぁ……」と愁いを帯びた声を零してしまったのは果たしてどちらか。

女性は、海斗と繋がってた手を逆の手で包み込む様に胸元へ抱き寄せ、激しく自己主張する胸の谷間に指先を落とす。

すると、指先に残る温もりが肌を通して心の臓に伝わり、血流にのって全身に広がっていく。

そんな不可思議なイメージが脳裏に浮かび、計らずとも頬の朱色を更に色濃いものへと変えてしまった。

同年代とは違い、可愛らしくも色っぽい大人の女性な仕草を目撃してしまったのだろう、海斗の近くの席にいたクラスメートたちが挙って赤面の風体を見せている。

なんとも形容し難い空気が一部で漂う中、さすがに気づいたらしいダンディ先生が、自分に背を向けたままの女性に聞こえる様、声を張り上げた。

 

「君、そろそろ落ち着きたまえ」

「はっ、はい!?」

 

頬の熱を誤魔化す様に指先でこめかみを掻いていた海斗を見つめていた女性は、これから上司(・・)になるダンディ先生の声に過敏な反応を見せ、駆け足気味に教壇の方へ向かっていった。

彼女がダンディの背後に控えるようポジションを取ったところで、ようやく準備が整ったとばかりに咳払いを打つと、生徒たちを再度見わたして、

 

「さて、それでは本日のHRを始めるとしようか。と言っても諸君の聞きたがっていることは僕もよーくわかっているつもりだ。だから、早々にネタバラシと洒落込もうじゃないか。コホン――喜びなさい。今年の教育実習生の実習クラスにウチが選ばれたよ。そう……彼女ダァァァアアアアアア!」

「「「「「うおおおっしゃぁぁあああああああ!!」」」」」

 

生徒……主に青い春を迎えた少年たちの咆哮が鳴り響く。

あまりのノリの良さに、びくっと肩を震わせる可愛らしい仕草を見せてくれた女性……いや教育実習生のお姉さん先生に、「今年の当たりは俺たちだぜひゃっはー!」 と野郎共のテンションが天元突破。

女生徒たちはさすがにそこまで騒いてはいないものの、さっそく身近な席のクラスメートたちと楽しげなおしゃべりを開始した。

ネタはもちろんお姉さん先生。

同姓から見ても魅力的な彼女の事を好意的に受け止めたようで、彼女の性格やこれから一緒に過ごす中でのイベントとなどについて、和気藹々と意見を交えている。

そんな中、お姉さん先生も、生徒たちに好意的に受け散れてもらえたことをゆっくりとだが実感できたのだろう。

はにかむ様な笑顔を浮かべながらこれから共に学んでいく生徒たちをひとりずつ見渡す様に視線を動かして――

 

「あ……」

 

優しげな眼差しで自分を見つめている海斗と視線が重なった。

瞬間、先ほどの自分の行動を思い返し、笑顔が曇ってしまう。

年頃の学生たちにとって、教師やそれに準じる人たちから特別扱いされることはいい意味でも悪い意味でも注目を浴びてしまう。

委員長や役員という教師陣と覚えが良い者たちはそれほどでもないが、特段目立つような役職という免罪符を持たない者たちがそうであった場合、特別会扱いされている、不公平だと負の感情を周囲が抱いてしまう可能性があるのだ。

人は自分とは違うモノ、ルールから外れる者を取り除こうとする生き物だ。

学生という一種の閉鎖空間の中で、人間関係を危ぶむ様な軽はずみな行動は慎むべきだと自分も解っていた筈なのに……。

声に出せない謝罪の念に胸が押し潰されそうになる。

だがしかし、彼女の予想に反して海斗の眼差しに負の感情は微塵も含まれておらず。

先程落ち着かせてくれた時のように、相変わらず優しさしか感じられなくて。

戸惑いと期待が入り混じった感情が表に出てしまったのか、彼女の表情を見て小さく噴き出した海斗が、言葉を発さずに唇を動かして何事かを伝えようとする。

唇の動き、彼の仕草が形づくる言葉とは――

 

『これからよろしくな――先生(・・)

 

目尻が熱く、思わず涙を零してしまいそうになる。

震える唇を隠す様に手で覆い、透き通る瞳を潤ませて。

認めてくれた。受け入れてくれた。

未来の教師を目指す雛っこでしかない自分を、彼は『先生(・・)』と……自分を導いてくれる存在だと認めてくれた。

受け入れてくれた。

当たり前のようで難しい信頼を、こんな自分に向けてくれる。

それがどうしようもなく――嬉しい。

お前の選んだ人生(みち)は間違っていないと――これから、一緒に証明していこう。

そんな優しい言葉を告げられたような気がしたから。

涙ぐむ彼女に少しだけ驚いた風の海斗は、やや困ったようにはにかんだ微笑を浮かべて……彼女にだけ見える様に親指を立てた拳を見せた。

その瞬間、誰かのどこかでこんな音が鳴ったような気がした。

 

…………きゅん、と。

 

「さて、では諸君……ブーメランパーンツッ! の準備は十分かね!?」

「「「「「Yahaaaaaaaaa!!」」」」」

「OK! ヒィアウィ……ゴォォォオオオオオオオッ!!」

 

どこぞの世紀末覇者世界の無法者のような雄叫びを上げながら、怒濤の勢いで駆け出していく生徒一同。

生徒の暴走を止めるどころか「我こそリーダーなりぃぃいいいいっ!」 と言わんばかりに煽動するダンディ先生を筆頭にした喧しすぎる集団があっという間に教室の外へ。

後に残されたのは何が何だかわからないと?マークを浮かべたお姉ちゃん先生と、ノリについていけず額を手で押さえている海斗を含めた数名の常識人たち。

 

「え? あの……えっと?」

「はぁ……」

 

どうやら全く説明を受けていなかったらしい。

不安げに視線を彷徨わせ、ほんのり涙目になっている彼女に助け舟を出すべく席を立った海斗が彼女の元へ。

不安に揺れる彼女の瞳が海斗を捕え、どことなく安心したような雰囲気を見せる。

そこに含まれた想いには気づけず、しかし悲しんでいる女性には無意識で手を差し伸べてしまう罪深き習性を身に着けてしまった海斗は彼女の涙を拭うべくハンカチを求めてポケットを探り――今日は忘れたことに気づく。

すると、じゃあしかたないとばかりに軽く指を握った手を彼女の眼元へ伸ばし、人さし指だけすこし伸ばして彼女の目尻で揺れる涙の雫を優しく拭う……。

 

「ぁ……」

「大丈夫だよ先生……。貴方の涙は、戸惑いは間違っていないから(常識的な意味で)」

 

己の指の上で小刻みに震える涙の雫をぺろりと舐め、彼女を安心させるように眼鏡越しでもわかる柔らかな笑みを浮かべる海斗。

笑顔は相手の心を解きほぐす必殺の武器だと理解しているが故に。

……もっとも、別の意味でも必殺兵器であることを『うっかり』忘れたまま、つい(・・)いつもの調子で慰めてしまったのだが。

ところなさ気に胸元で揺れる細やかな手を取り、優しく、包み込む様に手を重ね合わせる。

掌を通して人の温もりを感じさせることで、動揺を抑えようとしているのだ。

……まあ、免疫のない女性からしてみれば、不安で揺れる心にするりと潜り込んでくる性質の悪いアレにも等しい行為だが。

案の定、ほんのり頬を桜色に上気させてしまった彼女が海斗を見つめる。

その様子に、落ち着いてくれたと勘違いした海斗は彼女の手を引く様にして教室の出口へ向かう。

なんだか気になってきた青年の……異性の背中から目を離せないまま、それでも気になったのだろう、彼女が疑問を口にする。

 

「あ、あのっ……! いったい、これから何をされるのですか?」

「ん? ああ、それはな――」

 

振りかえり、悪戯っ子のように不敵な笑みを浮かべて、答える。

これから行われるのは、愛武学園名物のひとつ――

 

「夏休み前の……プール掃除だよ」

 

 

 

――◆◇◆――

 

 

 

愛武学園はクセが強く才能あふれる若人にのびのびと教育できる居場所となるべく設立された。

故に、各分野で優れた才を見せ、頭角を現す生徒が極めて多い。

学園の運営委員も、笑顔で青春を謳歌しつつ才能を伸ばしていく生徒たちの姿に喜びを感じ、彼らのための施設を用意したり、特別なカリキュラムを受けさせてくれたりする。

もちろん、地域との交流を軽んじる様な真似もせず、夏期の長期休暇や年末年始などには一般に校舎の一部を開放してイベントを開いたりもしている。

プール開きもその地域交流の一環で、水泳部などが普段部活で使用している屋内温水プールとは別に、屋外に設置された長さ三〇〇メートル、幅五〇メートルに及ぶ特大プールを夏休みに合わせて一般開放するのだ。

夏の暑さを涼むべく、友人同士で、時には家族やご近所さんとグループを作って水遊びに洒落込む。

地域上、少々離れた郊外にレジャーパークがあるとはいえ、そこまで遠出をしなくても手軽に涼しむ事が出来る解放プールは、地元の名物にも数えられ、地域の活性化にも貢献していると評判なイベントだ。

半袖へと衣替えを終えたため剥き出しになっている腕や首筋をジリジリと焦がす初夏の日差しが段々と強さを増してくるこの時期に、教師陣による無慈悲なる闘争――あみだくじ――という選考で選ばれた学生たちが一堂に集いプール掃除に勤しむ。

それが、本日のメインイベント『ドキッ! プール掃除だよ全員集合! ポロリもあるかもね♪』である!

 

 

「毎年のことながら賑やかな連中だな~」

 

学園指定の水着に着替えた海斗がプールサイドに足を踏み入れた直後、狙いすましたかのように顔面目掛けてすっ飛んでくる茶色い毛玉。

首を傾けるだけでそれをいなし、何事も無かったかのような歩調で歩みを止めない海斗の姿に、男性陣からは刺すような刺々しい視線、女性陣からは一部を除いてねばっこい粘着質な……言うなればコールタール的な視線が向けられた。

後者のことは気にしないでおくのが賢明だろう。

例え、鼻息荒く乙女の『お』の字が欠片も見られないアレな表情で胸元から下半身あたりの間を舐めるように見つめてくるのはきっと気のせいだ。

「腐腐腐……ホス虎さん、マジハスハス」 とか聞こえたりしない。しないったらしないのだ。

 

(眼鏡外すべきじゃ無かったかな……でも、アイツのクラスと合同だし……。天然で大ポカかましそうだし)

 

額に手を当てて悩める表情を浮かべる自分の仕草に、腐っていない一部の乙女陣(ちょっぴり定例期的なアレを気にするお年頃になられた淑女な方々)に悩ましい溜息を零させているなど露知らず、むむむと唸っている海斗。

そんな彼の後ろ姿に気づいた少女がひとり、楽しそうな笑顔を浮かべて駆け寄っていく。

軽やかな足取りに合わせて揺れ動く魅惑の双丘に野郎共の視線が釘付けになる中、不埒な視線など微塵も気にしていない――文字通り、海斗しか見えていない彼女は駆ける勢いそのままに飛び上がり、

 

「じゃーんぷ♪」

「ん? ――うお!?」

「えへへ~」

 

ぺちぺちぺちと可愛らしい足音に気づいた海斗が振り向いた瞬間、視界一杯に広がる愛しい少女の笑顔。

両手を突き出し、兎のようにぴょーんと飛び込んできた彼女に驚きつつ、反射的に両手を広げて飛び込んできた柔らかくも甘い少女の身体を抱き留める。

女の子特有の柔らかさ、普段よりも露出の激しい格好である事も相まって艶めかしく感じ取ってしまうソレに心臓がどくんっと跳ね上がってしまう。

部活動でも使用している競泳水着に包まれた魅惑の肢体。

サポーターを外しているのか、豊満な乳房にきゅっと引き締まった腰の括れ。

柔らかな陽光に照らされてキラキラと輝いてみえる太ももをこちらの足に絡みつかせて来るものだから、直に感じ取れてしまうきめ細かいもち肌のような極上の感触。

血流が濁流の如き勢いで全身を駆け巡り、とある一点で凝縮しかけてしまう己の本能を精神力で抑え込み、動揺する胸の内を悟られないよう表面上は呆れた風を装って自分の腕の中に納まった少女を見下ろす。

 

「こら、プールサイドを走るんじゃありません。滑って転んだりしたらどうするんだ」

「ぶーぅ、海斗くんってば可愛いお嫁さんに抱きつかれて最初の台詞がそれぇ? おかーさんみたいなこと言わないでほしいかな」

「だったらもうちょいお淑やか……は別にいいから周りの眼とか気にしてくれるとありがたいんですがね。……というか、おま、その上着って」

「んぅ? えへへ~、わかっちゃった?」

 

チロッと舌を出してはにかむ葵。

自分を受け止めていた海斗の胸板を名残惜しそうに一撫でしてから身体を離すと、彼へ披露するかのようにくるりとその場でターンしてみせた。

ポニーテールにしている事が多い髪は肩ほどで纏められ、前方に流している。

活発なスポーツ少女と言った印象を感じさせる普段と違い、どこか年上のお姉さん……もっと言えば、オトナの包容力と少女の瑞々しさを併せ持つ新妻の如き雰囲気を醸し出している。

葵が身に纏っているのは彼女愛用の競泳水着。

競技に挑むわけではないのでサポーター等の類は身に着けておらず、抜群のプロポーションを惜しげもなく晒している。

しかし、問題なのは上着として羽織っている白いシャツだ。

彼女自身の物でないからかサイズがやや大きく、襟首部分から肩口が覗き、裾が太ももの付け根に届いてしまいそうになっている。

海斗の視線に何を勘違いしたのか、「ああ、なるほど」と両手を打って、いそいそと裾を手繰り寄せ、腰横で縛り上げていく。

きっと、だらしない格好と思われていると考えたのだろう。

だが違う。海斗がツッコミたかったのは、彼女が水着の上に纏っている無地のシャツそのもの。

まあ要するに――

 

「それ、俺のお気に入りの奴だよな?」

「てへっ♪」

 

誤魔化すような“てへぺろ”に、海斗は本日一番のため息を零してしまう。

せめて一声くらいあってもいいだろうにと思わないでもないが、まあ二度と着れなくなるわけでもなしと自分を納得させ――

 

「あ、このシャツ、私にちょうだい」

「え、なんでだ?」

「海斗くんの匂いがするから……かな」

「……洗剤の匂いしかしないだろ」

「そんなことないよ~」

 

ぶかぶかの襟首を口元まで引っ張ってすんすんと鼻を鳴らせば、誰よりも安心できる大好きな匂い。

それだけで、胸の奥がドキドキして、ぽかぽかして、とっても幸せな気分になれる。

大好きなヒトに包まれているようなこの感覚……すごく好きだ。

 

「だから……ね?」

「――ったく、しょうがないな。……ん」

 

臆面も無くそんな台詞を聞かされた日には、答えなくては男が廃る。

恥ずかしげに頬を上気させながら両手を広げて降参の意を示せば、海斗の行動を察した葵が本日二回目の『じゃんぷ♪』

『ぴょこーん!』 ⇒ 『ぽすっ♪』 ⇒ 『ぎゅっ♡』 ⇒『えへへ~♪♪』 のいちゃいちゃコンボが完成した。

 

「「「「「ッ!!!!!(ギリギリギリッ)」」」」」

 

そんな天下無敵のLOVE(ラヴ)フィールド(“ブ”じゃなくて“ヴ”なのがミソ)を形成したバカップルに降り注ぐのは、嫉妬1000%マシマシな怨嗟の視線。

涙腺から溢れ出す鮮血(+顔中の汁)で真っ赤に染まった嫉妬メンチビームの発射元は、もちろん一糸乱れぬ動きでしっとマスクを被ったマスクマンズ。

合法的に『おんにゃのこ』の水着姿を観察できるぜひゃっほーいとハイテンションでプールサイドに飛び込んで見て見れば、視界に飛び込んでくるのは水着のカップルが人目もはばからずいちゃついている光景。

――しかも、体育祭で有名になったリア充なホス虎野郎ではあ~りませんか。

 

これに嫉妬しないでいつするの? ――今でしょ!!

 

てなわけで、時間が経つにつれて増殖していく変態マスクマンズ(血涙バージョン)の群れが完成したわけだ。

野郎共の視線は少女……葵が海斗に抱きついた瞬間を境に右肩昇りで鋭さを増している。

何人か……というかほぼ全員(男性教師陣含む)が血の涙を流しているのは本当に勘弁してもらいたい。

うかつな葵の行動に溜息を零す海斗であったが、そう言う彼もまた、抱きしめた葵の頭を無意識で撫で、逆の腕は彼女の腰に添えられてより密着するよう抱き寄せていることに気づいていない。――つい先ほどの自分が何をやったのか完全に忘れた上で。

その様はまるで、こうして抱き締め合っていることこそが自分たちの自然な恰好なのだと言わんばかりに。

奥様がアレなら、旦那様もアレだということだ。

旦那様の胸板に頬を擦り付けて「えへへ」とはにかむ葵と、そんな彼女を自分のモノだと主張するかのように(頭を)撫でまわす海斗。

そして殺意1000%を突破しておどろおどろしい嫉妬の化身へと変貌を遂げつつある野郎共。

その内バーニング化してしまいそうなほど全身を真っ赤に染め上げている――自分の血涙と葵のはにかみ笑顔の余波を受けて垂れ流す鼻血によって。

なんという混沌。

元凶たる実に見事なバカップルと化した犬虎(わんこ)カップルのいちゃつきを中断させたのは、これまた人目を引くナイスバディを水着で包み込んだツンツン委員長。

スラッとしたスタイルがシンプルな競泳水着に映え、とてもよくマッチしている。

海斗をして、思わず「へぇ……」と感嘆の声を零してしまうほどだ。

――その際、腕の中で幸せを満喫している葵に聞こえないようさりげなく彼女の耳元を手で塞ぐというタラシテクニックまで披露して。

一歩間違えば、純情な女の子たちを惑わせまくる夜の帝王一直線である。

 

「はぁ……このタラシ」

「いだだだ!? い、いきなり耳引っ張るとか――なぜに!?」

「うっさい! 少しは自分のしでかした惨劇を自覚しなさい!」

「理不尽な!?」

「むむぅ……なんか楽しそうだね」

 

さすがに鍛えているとはいえ、耳たぶを摘み上げ、ねじ切る様に捻られたら溜まったものではない。

目尻にうっすら涙を浮かべた海斗から引き剥がされてちょっぴり頬を膨らませている葵に、ツンツン委員長こと早苗の鋭い眼差しが飛ぶ。

 

「アンタもよ。流石に自嘲しなさいって。いくらバカ共が黒縁眼鏡でコイツを見分けてるからって、堂々と抱きつくとかありえないでしょうが」

「だ、大丈夫だよぉ……。だって今の海斗くん、眼鏡っこじゃないし!」

「え、なにそれ? 普段の俺って眼鏡で識別されてたのか!?」

「「うん」」

 

同音同語で断言されてしまい、流石に肩を落とす海斗。

自分に眼鏡属性なぞないというのにとブツブツ呟きながら塞ぎこんでしまった。

どうやら、トラウマ的な心情に引っ掛かるものがあったようだ。

まあ、十中八九彼女(・・)が原因なのは言うまでもないだろう。

 

やや呆れを滲ませた表情で二人が振り向いた先には――

 

「おーっほっほ! さあ、発情した豚のようにブラシを動かし、タイルを擦るのです! 独り身な殿方に許された夜の聖戦……もとい、性戦でライト性バアッー! を鍛え上げるかのように! 永遠の恋人(ジ・エターナル・ライトハンド)で優しく……時に大胆に鍛え上げるかのようにィ!」

「「「「「フゥオオオオオオオオオオ――ッ!!」」」」」

 

どこから用意したのか神輿らしきものの上で仁王立ちし、学園指定の水着のひとつ純白のビキニ姿な蝶歌の号令によって、我先にとブラシ掃除に勤しむ生徒の群集。

……ただし両手を腰後ろあたりで組み、内股になった股の間にブラシの柄の部分を挟み込み、腰を前後にカクカクさせるようにブラシを動かすという意味不明な行動をとって。

一糸乱れぬ動きで腰をカクカクさせつつ、どことなく光悦の表情に見えなくもない笑顔を浮かべているであろう男子生徒。

……ちなみに表情はあくまで予想だ。何故なら、狂乱の宴参加者全員がしっとマスクを装備した奴らであるが故に。

その集団の周りを、前方宙返りや一回転捻りなど無駄にアクロバティックな動きで写メっている乙女の会メンバーらしき女子生徒……と、真顔+ヨダレ垂れ流しという非常に残念な表情の淑女の皆様方。

喜劇とすら呼べない残念すぎる光景に、葵と早苗の頬が盛大に引きつっていく。

なにが残念かというと、あの狂乱に参加している人数が、プール掃除に借り出されたメンバーの実に半数に上るからと言えば解ってもらえることだろう。

 

ポツーンと世界から取り残されたかのような疎外感を味わう常識人たち。

しかし、アレに憧れたり混ざりたいとは思わない。

そこまで堕ちるなぞ、更々ごめんであるが故に。

よって、話題を変える様にわざとらしく両手を打ち合わせ、「ああ、そう言えば――」とお約束の台詞を口にする。

 

「仲良し三人衆最後のメンバーはどうした? 最近見慣れてきたロリ体型が見当たらないんだが」

「桃華のこと? あの娘なら夏風邪ひいたらしくて今日はお休みらしいんだよ」

「あの娘、去年は半年以上入院してたくらい病弱だからねぇ」

「へぇ……あのハイテンション娘がな。人は見かけによらないというかなんというか」

「海斗くんひどーい! そもそも、それをゆーならサムライの王子様はどうしたの?」

「伊織か。あいつはプール開きに先駆けて臨時の委員会に参加しているよ。なんでも、今年は結構な参加者を募るイベントを企画してるらしく、放課後の周回だけじゃあ時間が足りないんだと。だから、時々授業より優先してそちらに当たってるらしい」

「ふうーん、流石は風紀委員長。教師陣の信頼もバッチリってワケね」

 

幼馴染が褒められて嬉しいのか、どことなく海斗の顔が得意気になってる。

その様子になんとなーく面白くないものを抱いた少女二人は、すすすと小走りで彼の両脇に近づき、

 

「てい」

「ふっ」

「ごふあ!?」

 

手刀を突き刺した。

肋骨の少し下、鳩尾あたりへ。

――結構マジに。

 

「うごごごご……」

「え、えっと……大丈夫です?」

「は、はい……」

 

両脇腹を押さえてしゃがみ込んだ海斗の背中に添えられた柔らかな手の感覚。

学園のノリに戸惑いながらも教師用の水着に着替えた女性……武上(たけがみ) 結依(ゆい)

彼女の性格を顕わたしたかのような栗色ゆるふわロングを後頭の高いところで結い上げてアップにしており、上品なお姉さまと言った風の雰囲気を纏う。

真紅一色というシンプルなデザインの水着はセパレートタイプで、小洒落たデザインとは言い難い。

しかし、シンプルだからこそ、これを纏う者の魅力を余すところなく引き出しているとも言える。

サイズは間違っていない。実際、ウエストは水着の生地でキュッと引き締まり、背中から脚部に掛かるラインを艶めかしく形づくっている。

けれど、何より目を惹くのはある程度伸縮性がある水着の生地をはち切れんばかりに押し上げている豊満な双丘だろう。

胸元から覗く谷間は指どころか腕そのものを指し込めそうに思えてしまうほどの肉感。

水着の脇から双丘のサイドラインが溢れ出してしまい、思わず視線を奪われてしまう。

ヒップもスリット部分が穢れを知らない純白の絹肌に食い込んでいて、今にも指を差し込んで食い込みを直すという男のロマンを御参拝できてしまいそうだ。

まさに、ムチムチという表現がぴったり当てはまる程に凄まじい破壊力。

どうやら、彼女もまた葵と同じように着やせするタイプらしい。

教室では1サイズ大きな衣服を着ていたのだろう。

やや幼く見えたのは、彼女の素晴らしい双丘を包み込める大き目な衣類を着込んでいたからだ。

海斗が脇腹の痛みを誤魔化すためにそんな考察をしているのを余所に、ずっとしゃがみ込んだままの彼を心配したらしい結依が背中を擦ってくれている。

彼らが居るのはプールのすぐ脇。

水抜きを終えたプールの中に掃除のため少なくない数の生徒が入っている中でしゃがみ込んだりしたら、より周囲からの――特にプールの中から見上げる形になった野郎共の視線が凄まじい熱を帯びることは言うまでもない。

彼女も、自分に向けられる視線に気づいていない訳ではないだろう。

それでも、自身の羞恥心よりこれから教え子となる生徒への気遣いを優先できる優しい心遣い。

彼女の行動から人柄を読み取った海斗の目尻に、痛みによるものとは違う、温かな想いによる涙が浮かび上がる。

痛みに悶える海斗の苦痛を少しでも和らげようとしているのか、優しげな声色で心配する言葉を掛けながらゆっくりと背中を撫でてくれる相手の優しさに目尻が熱くなるのを押さえられない。

大袈裟なように聞こえるが、学園の中ではこの程度の労わりすら貴重なのだ。

 

――なにせ、ここの住人ときたらノリと勢いとテンションで生命活動を支えているかのような連中ばかり。

 

朱に染まれば赤くなるを文字取り体現した、バカと能天気の混合ウイルスに感染しまくった、自嘲しないアホの集落なのだ。

故に、最近色ボケ度が増しつつもまだ常識人でいる(と本人は思っている)海斗にとって、純粋な気遣いをしてくれる常識人の登場はこの上ない歓喜に繋がってしまう。

……葵といちゃついて素の自分を晒しかけていた油断もあったのだろう。

ようやく現れた同胞(じょうしきじん)との出会いに感動の激情が堰をきったように溢れ出してしまい――

 

「先生! やっぱり俺、貴方と出会えたこと、すごく嬉しいです!」

「えうっ!? あ、ああああああにょ、た、たきゃみやくぅん!?」

 

――つい、彼女(・・)を抱き寄せてしまった。

力の限り、相手に苦痛を感じさせない絶妙の力加減で抱きしめながら感謝の言葉を口にしてしまうくらいには、彼も暴走してしまっていたようだ。

 

教員用の、実用性よりデザイン性を優先されている競泳水着を纏った教育実習生(じぶん)が、教え子(おとこのひと)に力強く抱きしめられているという状況を処理しきれず、頭の上から湯気を勢いよく噴出させつつカミカミな口調で何ごとか呟いているというのに、下手人たる海斗はただただ待ち望んでいた常識人登場の喜びを噛み締めていた。

 

「やっぱりそうだ。……ご同輩の常識人(せんせい)との出会いは運命だったに違いない(常識ある仲間的な意味で)」

「う、ううう運命でしゅか!?(オトコとオンナの関係的な意味で)」

「? あ、ああ」

 

あれ? 顔真っ赤……ッ! しまった、なんて失礼な事を。

 

両目をぐるぐるマークにして今にも卒倒しそうな教育実習生(せんせい)の反応を免疫のない異性にこんな事をされたせいだと勘違いした海斗が、視線を交錯させるように彼女を覗きこんで――

 

「……ッ!」

「へ? な、何故に目を瞑る?」 

 

耳まで真っ赤にしたまま何かを決意したかのようにこくりと頷いてからきゅっと目を瞑り――

 

「……あ、ヤベェ」

 

なんだか覚悟を決めた様な彼女の行動に、ようやく自分が何をやっていたのか理解したらしい海斗の全身から血の気が引いて――

 

「「こんの――」」

 

背後で吹き荒れる乙女の怒り(しっとのはどう)に背筋が凍り――

 

「あ、ちょ、これはちが――!?」

「「また増やすつもりか――っ!!」」

「え、そう見えるの――ぐもらっ!?」

 

頬を左右からプレスするかのようなダブルジャンピングニー。

ぐしゃっ! と耳を覆わんばかりに残酷な炸裂音が木霊する。

本場の修羅場への恐怖におののく一部常識人たち、そしてこの場で過半数を占める「び、美少女のお膝を味わえるだなんて……なんてうらやまけしからん野郎だコンチクショー!」 と本気で羨ましがっている阿呆どもをかすれ往く視線の端に映しながら、海斗の意識は強制シャットダウンさせられるのだった。

 

「ふわ? ふ、ふわわわわぁ~っ!?」

 

驚きのあまりテンパって尻餅をついてしまった結依先生の魅惑の谷間へ目をぐるぐるマークにした海斗の顔面がぽすんっと納まり。

結依が反射的に彼の頭を抱きしめてしまったため、ラブコメ漫画でお約束の『女の子の胸に顔を埋めて窒息失神』を初体験することになったのはご愛嬌。

 

この日、校内美少女ランキング上位にノミネートされるほどの童顔巨乳先生のおっぱいをホス虎野郎(仮称)が独り占めにしたという悪意ある噂が学園銃を駆け巡り、またまた海斗へ向けられる嫉妬(ヘイト)が上がってしまったそうな。

 




・軽い人物紹介
武上(たけがみ) 結衣(ゆい)
容姿:ふわふわのウェーブがかかった栗色ロングのお姉さん。
早苗嬢すらしのぐないすばでぃ~なグラマーかつ天然、世間知らずな生粋のお嬢様をイメージしています。
常識人の登場に暴走してしまった海斗くんに抱き着かれ、おっぱいダイブを許すこととなるなど、彼の方からフラグを立てに言ってるような……?
実はとある秘密を抱えているのですが、それは彼女との『にゃんにゃん♡』回で明らかになる予定。
プロット段階から登場が確定していたサブヒロイン最後の一人だったり。


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