ONE PIECE ~アナザー・エンターテインメンツ~ (悪魔さん)
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キャラ設定(原作キャラ編)

大変長らくお待たせしました、本作の大まかなキャラ設定です。
まずは原作キャラ編。

不明な点がございましたら感想欄でご指摘お願いします。話の進行次第、随時更新する所存です。

技に関しては未登場のものもありますが、いつか出すつもりです。


ギルド・テゾーロ

 

【概要】

ご存じ天下のテゾーロ様。本作では転生者兼主人公。テゾーロ財団の理事長と政府公認の中立国家グラン・テゾーロの国王を務めている。

王下七武海や政府の役人でないにもかかわらず政府中枢にも影響を与えられる程の権力を有しており、その異色な経歴と経営手腕の高さから実業家達からも敬意を払われている。また、石油王のスタンダード・スライスとは盟友にして商売仲間という関係にあり、互いにライバル意識があるのか利権争いもしたりする間柄。

衣装は白いラインが入ったピンクのダブルスーツをメインとしているが、白いラインが入った羽毛のついた黒いコート、着流し、パーカーなど季節・環境・その時の気分に合わせて様々な服を着る。

 

【プロフィール】

通り名:黄金帝、新世界の怪物、出世の神様など

年齢:41歳

身長:298cm(本作限定の設定)

肩書き:グラン・テゾーロの国王

所属:テゾーロ財団→グラン・テゾーロ、ロッジア・イル・モストロ

悪魔の実:ゴルゴルの実(超人(パラミシア)系)

覇気:覇王色、武装色、見聞色

出身地:偉大なる航路(グランドライン)

誕生日:1月24日(金の日)

口癖:エンターテインメンツ

 

【人物】

誰に対しても物腰の柔らかい態度で、「私」と「おれ」を使い分けて接している。普段は一大組織の長でありながら堅苦しさの無い振る舞いであるが、有事の際はリーダーとしての責任感と覚悟を以て臨むので部下からの信頼は絶大。

暴力や武力で支配する時代に一石を投じ世界的な革命を起こすことを野望としており、国際的問題は経済力や権力を行使して解決するべきと主張している。テゾーロの思想に共感・同意する者や興味を持つ者も多く、海賊から世界政府の「五老星より上」まで多数いる。

実業家としての手腕も優れており、転生前に得た知識を駆使して事業を展開して莫大な額の金儲けも容易く行える。潜り込んできたサイファーポールの諜報員を追放するどころか〝自分と政府を繋ぐパイプ役〟として重宝するといった人事にも長けた一面も持ち、交渉人としても有能。財団では中立の立場に徹するよう努めており、様々な意見を聞きながら問題解決に取り組む姿勢である。

 

【戦闘能力】

◆悪魔の実の能力

超人系悪魔の実「ゴルゴルの実」の能力者。黄金を生み出し、一度触れた黄金であれば自在に操ることができる。

黄金を腕に纏ったり触手のように操ったり武器を生成したりして攻撃し、その硬度は鋼鉄以上であり、纏って殴っただけでも十分すぎるダメージを与えられる。

能力は覚醒の段階に到達しており、金粉を撒いて相手の身体に染み込ませて自由を奪ったり一定範囲内の物体を黄金に変えてしまうことも可能。超硬度の黄金と鍛え上げられた覇気を併用することで絶大な破壊力を発揮するので、新世界の大物達にも通じる強力な戦闘手段となっている。

◆覇気

覇気は三つ全てを扱うことができ、レイリーやギャバンと修行をしたこともありそれぞれの覇気の熟練度は高水準に達している。超硬度の黄金を纏った状態で覇気を発動するので、ダメージを与えるには黄金を砕く術かテゾーロ以上の〝武装色〟の強さを有する必要がある。

◆その他

悪魔の実と覇気以外にも、冥王レイリーから剣術も習っており、独学とはいえ槍術や薙刀術、棒術も扱える。能力で生み出す武器によって戦闘法を変えるので、相手の戦い方や得物に合わせて臨機応変に対応できる。

他にも全身に強烈な衝撃波を叩き込まれてもなお戦える凄まじいタフさやスタミナの持ち主でもあり、即興で生み出した黄金の武器でも機転を利かせて戦うなど順応性も高いため、覇気使いや能力者相手でも自分のペースで戦える。

『技一覧』

◦〝黄金爆(ゴオン・ボンバ)〟……腕に手甲状の黄金を纏わせてパンチを放つ。〝武装色〟の覇気を纏わせれば更に威力がアップする。

◦〝黄金の神の火(ゴオン・フォーコ・ディ・ディオ)〟……軍艦一隻を薙ぎ払う程のレーザーを発射する。

◦〝黄金の業火(ゴオン・インフェルノ)〟……大爆発を引き起こすパンチを放つ。

◦〝黄金の神の裁き(ゴオン・リーラ・ディ・ディオ)〟…巨大な触手状の黄金で相手を叩き潰す大技。

◦〝ゴールド・スプラッシュ〟……黄金の噴水。観賞用の技に見せかけ、来場者を拘束する金粉を纏わせる技でもある。

◦〝ゴールドアーマー〟……部下の身体を黄金製の鎧で包む。

◦〝ゴールデンテゾーロ〟……テゾーロの切り札である、自身を模した黄金製の巨大戦闘体。腹部から操作し戦況に合わせて部分的に形状が甲冑状態に変化する。

◦〝黄金脚(ゴオン・ガンバ)〟……黄金を纏った強烈な蹴り技。〝武装色〟の覇気を纏わせれば威力がアップする。

◦〝黄金鉄槌(ゴオン・マルテッロ)〟……黄金の槌を生み出し、思いっきり叩き潰す。〝武装色〟の覇気を纏わせれば威力がアップする。

◦〝黄金砲撃(ゴオン・ボンバルダメント)〟……ガープの〝拳骨隕石(ゲンコツメテオ)〟と同じ技。〝武装色〟の覇気を纏わせれば威力がアップする上に応用が利き、派生技もある。

 

 

 

 

ステラ

 

【概要】

テゾーロの人生に大きな影響を与えた女性。本作ではテゾーロ財団副理事長を務めている。テゾーロより2歳年上である。スリーサイズは不明。出身地は偉大なる航路(グランドライン)

顔立ちはバカラに似ているが雰囲気は全く違う。

本作品では見事に生存ルートをまっしぐら。主人公(テゾーロ)にとって最も大事な存在であるのは変わらない。護身術として拳銃を扱うことができる。

 

【人物】

穏やかでお淑やか、常に笑顔で他人に優しく接しており、テゾーロだけでなく色んな人物から無類の好感を抱かれている女性。テゾーロの突拍子もない行動にも柔軟に対応したり大人な対応をとるなど、中々ハイスペックである。

テゾーロによって解放されてからは水色のワンピースを着たりタートルネックとジーパンのコーデなどをするようになる。最近はドレスを着こなすようになっている。

 

 

 

 

タナカさん

頭部が胴体に比べ極端に大きい、珍妙な体型をした男。二頭身だが身長は思った以上に高い。黒頭巾を被り緑色の蝶ネクタイと軍服風のジャケットに身を包み、頭の左側と両肩、襟元には緑色の星がある。

テゾーロの秘書としても担当し、ドがつく程の曲者幹部達や部下の動向を調べて報告する役目も担う苦労人。笑い声は「するるるる」。武器は拳銃。

悪魔の実〝ヌケヌケの実〟の能力者で、あらゆる無機物をすり抜けることができる。

 

 

 

 

バカラ

グラン・テゾーロのコンシェルジュで、悪魔の実シリーズの中でも屈指の反則能力とも言える〝ラキラキの実〟の能力者。

原作とほぼ同じ設定で、本作ではテゾーロとフェスタが大人の休日プランを実行中に遭遇。グラン・テゾーロの経営基盤に貢献する。

 

 

 

 

ダイス

グラン・テゾーロのディーラーである公式の変態。

原作とほぼ同じ設定で、娯楽面で活躍中。第122話では有給と引き換えダグラス・バレットのリハビリに強制参加させられ、渾身のタックルを見舞うもパイルドライバーで返り討ちにされる。

 

 

 

 

カリーナ

グラン・テゾーロの歌姫である元泥棒。

テゾーロのステージパートナーであり、美しい歌声で訪問客を魅了しテゾーロからも信頼されている。ナミに引けをとらないプロポーションの持ち主で、身長はナミ(170cm)よりも少し低い。

本作では歌姫だけでなく、さらに意外な場面で活躍する予定。

 

 

 

 

ダグラス・バレット

元ロジャー海賊団で、ロジャーの強さを継ぐ〝鬼の跡目〟と呼ばれる男。

本作ではテゾーロの一身上の都合でインペルダウン初の仮釈放の身であり、グラン・テゾーロの国防軍の客将として軍人経験を活かし指南する立場になる。ただし実際は原作通りの個人主義なので、どこか行っては暴れてどこか行っては暴れてを繰り返し、ロジャーを超えようと奮闘している。他者は信じない原作通りの性格だが、テゾーロには一目置いている模様。

ちなみにインフレ状態のオリキャラのおかげで原作よりかなり強くなっており、晩年の白ひげなら一騎打ちで倒せるかもしれないレベルである可能性大。

 

 

 

 

ブエナ・フェスタ

ロジャー時代の大物海賊で、海賊としての活動より興行師としての活動の方が有名な〝祭り屋〟。

本作では正式に海賊稼業を引退し、テゾーロの莫大な資金を使って祭りを開催している。テゾーロのことを「同志」と呼んでおり、エンターテイナーとプロデューサーという最高の関係を築いている。



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キャラ設定(オリジナルキャラ編)

大変長らくお待たせしました、本作の大まかなキャラ設定です。
お次は本作のオリキャラ、テゾーロの部下編。

不明な点がございましたら感想欄でご指摘お願いします。話の進行次第、随時更新する所存です。




メロヌス

 

【プロフィール】

異名:ボルトアクション・ハンター

年齢:39歳

身長:277cm

所属:グラン・テゾーロ

覇気:武装色、見聞色

出身:新世界

誕生日:10月1日

好きな食べ物:ラーメン、肉類全般

嫌いな食べ物:納豆

趣味:射撃、喫煙。

容貌:『アルカナ・ファミリア』のジョーリィ

イメージCV:遊佐浩二

 

【概要】

狩猟と猟銃及びライフル銃を開発している島の出身である元賞金稼ぎ。兆単位の計算も暗算ですぐにこなせる程の超人的な計算能力の持ち主で、非常に高いIQと空間把握能力を有する「本作で最も頭の良いオリキャラ」。普段は服で隠れていて見えないが、背中と右肩に大きな刀傷、右足に弾痕がある。

愛用するスナイパーライフルのモデルは人類史上最強のスナイパーであるシモ・ヘイヘも愛用した手動装填(ボルトアクション)方式のモシン・ナガン。黒と紫のチェック模様のシャツを着用して青いネクタイを結び、白いラインが入った黒のコートを着用。

 

【人物】

常に落ち着いた性格であると同時に狙撃手としての冷徹さと忠実さを持ち合わせている。与えられた任務は雑務から汚れ仕事まで何でもこなす仕事人気質で、テゾーロから一癖も二癖もある幹部のまとめ役に近い役割を担ってもらう程に信頼されている。感情に流されず忠実に任務を遂行するが、あくまでも自分が属する組織とその上司の命を遂行することを最優先とするため、財団にとって損害を被るような行動や任務の範囲外の事柄には一切関与しない律義な一面もある。

ヘビースモーカーという程ではないが愛煙家であり、拳銃型のライターを所持している。煙草の銘柄は「SPIRIT(スピリット) LIGHT(ライト)」。

 

【戦闘能力】

◆狙撃手として

狙撃のプロであり、直径400m圏内の敵は90%以上の確率でヘッドショットが可能で、跳弾で当てたり自分の方に向いた銃口に撃ち込むといった離れ業や次弾装填からの早撃ちも得意。

狙撃技術は海上を変幻自在に舞う多種多様な海鳥を相手に培ってきており、絶えず変則的に動き続ける海鳥を正確に狙い撃つ彼にとっては人間は撃ちやすいとのこと。

◆覇気

〝見聞色〟と〝武装色〟の二つの覇気を扱うことができ、特に〝見聞色〟が強い。熟練度は高く、持ち前の空間把握能力と併用することで射撃の精密性を底上げしている。射撃だけでなく近距離の格闘戦も得意とし、格闘においては愛用のスナイパーライフルを自在に操って棍棒術のような戦闘法を用いる。賞金稼ぎ時代はいくつもの海賊団を壊滅させてきている。

 

 

 

 

シード

 

【プロフィール】

年齢:35歳

身長:170cm。

肩書き:グラン・テゾーロ国防軍「ガルツフォース」将軍

所属:海軍本部→グラン・テゾーロ、ガルツフォース

悪魔の実:ホネホネの実(超人(パラミシア)系)

覇気:武装色、見聞色

出身:偉大なる航路(グランドライン)にある小さな島

誕生日:3月12日

好きな食べ物:カルシウムを含んだもの

嫌いな食べ物:キムチ

趣味:酪農

容貌:『ダンガンロンパ』の苗木誠

イメージCV:緒方恵美

 

【概要】

背の低さがコンプレックスな元海軍本部准将兼元賞金稼ぎ。

大海賊時代以前に殉職した海軍本部中将の息子で、海兵として海軍に入ってからはとんとん拍子で昇格したが、〝赤犬〟サカズキの行き過ぎた正義を目撃して海軍に対し疑念を抱いたため、自ら辞職。その後は一時的に賞金稼ぎとして稼いで生活していたが、後にメロヌスと共にテゾーロの部下となる。元ロジャー海賊団のダグラス・バレットとはバスターコール時に遭遇しており、現在は元軍人同士としてグラン・テゾーロ国防軍「ガルツフォース」に所属。

 

【人物】

お人好しで心優しい人格者。どんな事にも前向きな強い心の持ち主であるため、周囲からの評価も高い。

テゾーロに対しては海軍や政府以上の信頼を寄せており、彼に対しては羨望の念も抱いている。財団では穏健派だが常に中立的な立場に身を置いており、有事の際は毅然とした態度で解決策を模索している。

海軍時代は上司・部下問わず信頼が厚く、高い戦闘能力と優しさから「海兵の鑑」として政府上層部からも一目置かれていた。一方でその優しさゆえにかなり情に絆されやすく、サカズキからは「腕っ節だけは一丁前の腑抜け」と実力こそ評価はしているも未だに腰抜け呼ばわりされている。なお、本人は自覚しつつも直す気は無いとのこと。

 

【戦闘能力】

◆悪魔の実の能力

骨を生み出し自由自在に形を変え、操ることができる「ホネホネの実」の能力者。骨の硬度はダイヤモンドより硬く、防御力はかなり高い。

さらにカルシウムを含んだ物を摂取することで骨折が治り、骨の強度も増すという特徴もある。

人体の骨だけでなく動物の骨も生み出すことができるので戦闘だけでなく日常生活や財団の業務でも活用することもある。なお、魚の骨だとちゃんと出汁がとれる模様。

◆その他

六式の〝(ソル)〟と〝月歩(ゲッポウ)〟を習得しており、空中戦にも対応できる。素手の格闘戦も相当強く、小柄ながら身体能力も高い。さらに〝武装色〟と〝見聞色〟の覇気を駆使することができるため、かつてはセンゴクやゼファーから「このまま成長し続ければ大将候補」と言わしめる程に総合的な戦闘力が高い。

『技一覧』

◦〝武打骨(むだぼね)〟……カタクリの〝力餅〟の骨バージョン。巨大な骨の腕を生み出し、覇気を纏ったパンチを放つ。

◦〝芯骨弔(しんこっちょう)〟……巨大化させた骨を相手に向けて放つ。

◦〝剣硬骨(けんこうこつ)〟……骨を鋭い剣にし相手を斬り裂く。

◦〝威骨(いこつ)〟……骨を杭のように打ち込む。鉄の壁に穴が空く程の威力。

◦〝大隊骨(だいたいこつ)〟……〝威骨〟の派生技。

◦〝罠骨(びんこつ)〟……骨で相手を拘束する。

◦〝がしゃどくろ〟……巨大な骸骨を召喚する。

◦〝槌骨(つちこつ)〟……がしゃどくろの時のみに発動。腕の骨を巨大なハンマーに変化させ、叩き壊す。

 

 

 

 

ハヤト

 

【プロフィール】

異名:海の掃除屋

年齢:39歳

身長:259cm

所属:グラン・テゾーロ

覇気:武装色、見聞色

出身:新世界

誕生日:8月10日。

好きな食べ物:カツカレー。

嫌いな食べ物:紅茶、パクチー

趣味:自己鍛錬

容貌:『ワールドトリガー』の風間蒼也

イメージCV:緑川光

 

【概要】

元賞金稼ぎの剣士。テゾーロ財団に属する前は、大太刀と扇子を用いて船ごと海に沈めながら世界中の海で海賊狩りをすることから〝海の掃除屋〟と呼ばれ海賊達から恐れられていた。裏社会でも広く名が通っており、その名を知らぬ者はほとんどいない。

初登場時は黒いロングコートに袖を通し、白シャツと黒ズボンを着用。テゾーロ財団入社後は白いラインの入ったロングコートに変更。

 

【人物】

見た目は落ち着いた雰囲気だがテゾーロの部下の中では一番喧嘩っ早く、売られた喧嘩はほぼ買う武闘派。その反面、テゾーロとジンが接触した際は「何をしに来たのか言わない相手を、いきなり信用なんかしない」と言うなど思慮深く冷静な部分もある。

海をこよなく愛しており、曰く「包容力を感じる」とのこと。

海賊達の急襲によって父と母を殺された過去があり、それ以来海賊を酷く嫌っている。しかし〝四皇〟として海に君臨する白ひげやシャンクスのように己の雷名で人々を悪党達から守っている大海賊には複雑な思いを抱いている。

 

【戦闘能力】

◆大太刀〝海蛍〟

戦闘能力はかなり高い。大太刀〝海蛍〟を用いた薙ぎ払い・斬り下ろし・飛ぶ斬撃の三つの戦法を駆使して周囲を巻き込むように攻撃するスタイル。

覇気を併用して切れ味と威力を高めてもおり、一対多数の集団戦では無類の強さを発揮する。

しかしタタラ曰く「長大な大太刀は攻撃の型が限られる」とのことで、攻撃手段が限られている分相手に動きを先読みされやすく、得物が長大であるゆえに細かな動きが若干しづらいという弱点がある。

◆扇子

またサイドアームとして扇子も扱い、〝武装色〟の覇気を纏わせて振るうことで強風を引き起こし、相手を吹き飛ばしたり飛び道具を弾いたりする。本気で振るえば小さい海賊船なら一発で転覆させることも可能。

◆その他

身の丈に匹敵する大太刀を自在に振るうので、体格は華奢な方だがかなりの腕力と持久力の持ち主である。

 

 

 

 

タタラ

 

【プロフィール】

年齢:37歳

身長:277㎝

所属:地下闘技場→グラン・テゾーロ

覇気:武装色、見聞色

出身地:ワノ国

誕生日:10月10日

好きな食べ物:和食全般。嫌いな食べ物:スパゲッティ

趣味:賭博

容貌:『カーニヴァル』の嘉禄

イメージCV:保志総一朗

 

【概要】

地下闘技場歴代最強の選手だった三つ目族の男性で、朱色の仕込み杖を用いた居合の達人。

左右の目は試合中に負ったケガにより潰されており、額にある目だけで生活をしている。闘技場で長く見世物として扱われたので額の目は今まで晒していたが、テゾーロの部下になってからはとある理由により包帯で隠している。

初登場時は着流し姿で首元にマフラーを巻きブーツを履いていたが、テゾーロの部下となった後は白いラインが入ったフード付きの紺色のマントを羽織るようになる。

 

【人物】

丁寧な言葉遣いをする穏やかな平和主義者であり、無益な殺生・戦闘は避けて大抵は交渉で解決しようと努力する穏健派。戦闘でも相手を苦しませないように一太刀で仕留めたりするなど、敵に対しても情けをかける。

無類の博打好きで、賭場ではボロ儲けをすることが多いプロギャンブラーでもある。なお、一番のお気に入りは「丁半」と「ルーレット」とのこと。

 

【戦闘能力】

◆剣術

超高速の抜刀術を得意とし、〝海の掃除屋〟の通り名で有名なハヤトや同じワノ国の侍であるジンと互角以上に斬り結ぶ実力者。

銃弾を打ち払ったり敵の得物を一太刀で粉砕するといった芸当も平然と成しており、相手が放った斬撃も弾き返すことができるなど、大物達が蠢く新世界でも通用する腕っ節である。

◆第三の目

タタラの切り札にして最強の武器は覚醒した額の「第三の目」で、透視が可能。遮蔽物の後ろにある物体及び人物の正体や数、不透明な封筒や箱の内容物を判定し、相手が隠している武器や道具も把握できる。

どんな場所でも対応できる上に覇気と違って消耗しない優れモノであるが、本人は世間の偏見ではなく「第三の目で透視できるという事実(こと)がバレるとヤバイ」という理由から第三の目を人前に見せることはあまりない。

◆覇気

〝武装色〟の覇気と〝見聞色〟の覇気の使い手。〝見聞色〟で相手の攻撃を見切ることに長け、〝武装色〟も仕込み杖を武装硬化して黒刀に変化させる程の熟練ぶりでもある。素の身体能力も当然高く、一芝居打ったとはいえハヤトの攻撃を悉く躱し余裕を見せ、得物の刃の上に乗って攻撃を仕掛けるなど、身体能力も優れている。

 

 

 

 

サイ

 

【プロフィール】

本名:サイ・メッツァーノ

年齢:40歳

身長:298㎝

所属:サイファーポール、グラン・テゾーロ

覇気:武装色、見聞色

出身:偉大なる航路(グランドライン)

誕生日:3月1日

好きな食べ物:パエリア、白ワイン

嫌いな食べ物:アボカド

趣味:読書

容貌:『銀魂』の十八代目池田夜右衛門

イメージCV:千葉一伸

 

【概要】

テゾーロの部下を兼任するサイファーポールの諜報員。

元々はテゾーロ財団の動きを監視し上司に逐一報告する立場だったが、テゾーロ本人に正体を見破られる。しかし世界政府とテゾーロのパイプをつなぐ重要人物に昇格して全幅の信頼を寄せられるようになる。立場的にはテゾーロと世界政府をつなぐので、現在は外交官である。

孤児であったため名前は無いのでサイと名乗っていたが、後に政府からその活躍を称賛されて「サイ・メッツァーノ」という名を授かる。

衣装は白いラインが入った黒スーツ姿でソフト帽を被り、コートを羽織っている。コートはルフィが『STRONG WORLD』で羽織った黒コート。

 

【人物】

ルックスの良い見た目で丁寧な口調で話すが、その性格はスパイらしく冷静かつ冷徹。

目の前の命を奪うことに躊躇せず、敵対者に対しては誰であろうと一切の慈悲をかけない非情さを持ち合わせている。しかし任務外ではノリのいい面や外見に見合った爽やかさを見せており、冷酷非情ではない模様。

世界政府の命令には基本的に従うが、本人としてはテゾーロの部下の方が居心地が良いらしく、性根が腐った同僚とは深く関わらず世界貴族もゴミのように見ているなど、感性は政府寄りというより常識ある一般人である。

カリファの父であるラスキーとは六式や諜報員としてのイロハを教わった師弟関係であり、部署こそ違えど今でも交友関係があるのでカリファのことも知っている。

 

【戦闘能力】

◆六式

身体能力を極限まで鍛えることによって習得できる体技「六式」の内の〝指銃(シガン)〟、〝(ソル)〟〝月歩(ゲッポウ)〟を習得している三式使いである。

六つ全てを習得してはいないが、その技量は師であるラスキーやサイファーポールの最上級に位置するCP‐0、海軍上層部でも高い評価を得ている。

◆覇気

〝武装色〟の覇気と〝見聞色〟の覇気を扱うことができ、その熟練度はかなり高い。

〝武装色〟を〝鉄塊(テッカイ)〟の、〝見聞色〟を〝紙絵(カミエ)〟の代わりで補っており、六式と併せた戦闘スタイルで敵を葬る。

◆その他

素の身体能力もかなり高く、タフネスさや精神力もずば抜けている。遠距離・中距離攻撃を繰り出せる技が「飛ぶ指銃(シガン)」だけなのが唯一の欠点であるが、素手の実力はテゾーロとほぼ同格と見なされている。

『技一覧』

雀撥(すずめばち)……親指から空気の塊を弾き飛ばす「飛ぶ指銃」。通常の飛ぶ指銃よりも威力が高く射程範囲も広い。

 

 

 

ジン

 

【プロフィール】

年齢:37歳

身長:280cm

所属:百獣海賊団→テゾーロ財団→グラン・テゾーロ

覇気:武装色、見聞色

出身:新世界・ワノ国

誕生日:9月8日

好きな食べ物:寿司、酒

嫌いな食べ物:らっきょう

趣味:旅、昼寝

容貌:『暁のヨナ』のソン・ハク

イメージCV:前野智昭

 

【概要】

ワノ国出身の剣客で、鎖国国家である故郷から出国して世界を旅する放浪者。

祖国を出国する前から凄腕の用心棒として生活しており、時の権力者達から「化け物みたいに強い浪人」として周知されていた。テゾーロ財団に接触する前には1年程、かの百獣海賊団で居候をしていた時期があり、カイドウ及び幹部からは終始ガキ呼ばわりされてたが信頼は得ていた。

 

【人物】

ハヤトに並ぶ武闘派であり、敵対勢力は誰であろうと徹底的に潰すべきという考えの持ち主。

しかし根は義理堅い人柄であり、砕けた調子でもあるので親しみやすい。意外にもノリは良い方で、楽天的な一面が目立つ。

かなりの酒豪でもあり、旅の際は常に酒を持っていく程の酒好きである。また酒の付き合いが上手でもあり、飲み交わすことで人脈作りをすることもできる。本人曰く「ほろ酔い気分にはなるが酔っ払うことはない」とのこと。

ワノ国ならではの袴姿であり、マントを羽織っている。

なお、何かとスルーされているが、海賊団で居候して暴れていたのにもかかわらず海軍や世界政府からはノーマークであったという、サイファーポールも顔負けの隠密能力の持ち主でもある。

 

【戦闘能力】

◆剣術

最上大業物〝(みん)〟を用いた一刀流の剣士で、自らの刀から斬撃を放ち、さらに相手の斬撃を斬ることができる豪剣「阿修羅一刀流」の使い手である。また、阿修羅一刀流の技を使わなくても鉄やウーツ鋼を容易に切断し、岩をも砕く突きを放つことができる。

◆覇気

強力な〝武装色〟の覇気の使い手で、自前の刀に覇気を纏わせ黒刀に匹敵する強度と攻撃力を付与させることができる。素手の格闘能力も高く、屈強な武人が多いワノ国出身に恥じぬ実力者である。

『技一覧』

◦〝(さん)()()(かい)〟……相手が放った「飛ぶ斬撃」を真正面から斬りつけて両断する。

◦〝火楼鴉陀(がるうだ)〟……武装硬化した刀から燃えながら放たれる「飛ぶ斬撃」。放った斬撃は大きな鳥の形となり炎を纏って襲いかかる。

◦〝十界(じっかい)(ごう)()(かせ)〟……連続して斬撃を放ち、最後は横一文字に払って前方の敵を斬撃で吹き飛ばす。覇気を纏えば威力が増大する。

◦〝(せつ)()〟……逆手で放つ居合。

◦〝()(しゃ)(こう)()〟……刀身に覇気を纏わせた上でさらに炎を纏って浴びせる「燃える斬撃」。〝火楼鴉陀〟以上の威力を有し、サボの〝竜の鉤爪〟を真っ向から受け止めて弾き返す程。

 

 

 

アオハル

【プロフィール】

異名:剣星

年齢:37歳

身長:293cm

所属:グラン・テゾーロ

悪魔の実:ビムビムの実(超人(パラミシア)系)

覇気:覇王色、武装色、見聞色

出身:東の海(イーストブルー)

誕生日:8月14日

好きな食べ物:和食

嫌いな食べ物:特になし

趣味:喫煙

容貌:『青春×機関銃』の雪村透

イメージCV:松岡禎丞

 

【概要】

通称〝剣星アオハル〟。

世界屈指の情報屋で、極めて高い戦闘能力を有する剣士。その強さは歴戦の強者であるハヤトやジンを以てして「化け物」と言わしめ、テゾーロですら「剣を持てば海軍大将や元帥クラス」と称している程。

 

【人物】

基本的には穏やかな性格であるが、テゾーロの部下の中でも屈指の曲者。

テゾーロのことを「ギル兄」、シードのことを「シーちゃん」などと呼ぶことから、親しい間柄にしたいと努力している模様。特にメロヌスとは喫煙つながりで非常に仲が良い。

現実主義的な一面をのぞかせることもある反面、感情的になりがちであり、テゾーロとメロヌスに度々諫められることも多い。

 

【戦闘能力】

◆悪魔の実の能力

両手から熱を発するビームを操る「ビムビムの実」の能力者。愛刀にビームを纏わせてビームサーベルのような形状で戦う。

最大半径50mの間合いを有することができ、ビーム自体も伸縮自在であるため間合いに入ったモノは全て焼き切ることができる。覇気も纏えば威力と切れ味は増し、自然(ロギア)系能力者にもダメージを与えることも可能。

圧倒的な力を誇る反面、ビームは「己自身の持つエネルギー量」を燃料として発しているので長時間の戦闘には向いておらず、アオハルと同等以上の覇気だとビーム攻撃も防がれてしまうといった弱点もある。

◆覇気

三つの覇気全てを使えることができる。

◆その他

純粋な剣の腕も折り紙付きであり、ワールドクラスの剣豪とも互角の剣戟を繰り広げることができる。

また、能力の影響で消耗は激しいがスタミナもそれなりに高く、華奢な体格の割にかなりタフでもある。



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キャラ設定(オリジナルキャラ編その2)

大変長らくお待たせしました、本作の大まかなキャラ設定です。これが最後となります。
最後はオリキャラ、テゾーロの関係者編。

不明な点がございましたら感想欄でご指摘お願いします。話の進行次第、随時更新する所存です。




スタンダード・スライス

 

【プロフィール】

通り名:新世界の黒幕

肩書き:スタンダード家 三代目当主

年齢:39歳

身長:288cm

所属:スタンダード家

覇気:覇王色、武装色、見聞色

出身地:新世界

誕生日:5月23日

容貌:『ばらかもん』の半田清舟

イメージCV:小野大輔

 

【概要】

新世界の資産家で、代々石油業を営んでいる名門一族「スタンダード家」の現当主。

世界の石油業の大多数を独占している石油王で、叩き上げで財を成した富豪であるテゾーロとは真逆の「生まれながらの富豪」である。テゾーロのビジネスパートナーであると同時に長年の盟友で、二人の仲の良さは世界中の大物達が認知する程。

 

【人物】

名門一族の当主として英才教育された、頭の回転も速い文字通りの文武両道。どんな大物を相手にしても一切物怖じしない豪胆さも併せ持ち、若さとは裏腹に名門一族の当主に恥じぬ風格の持ち主である。

一方でスタンダード家としての誇りゆえか「喧嘩売られたからにはやり返す」という信念を持っており、一度暴れると終わるまで止まらない面倒なところもある。

裏社会で広く名を知られているからか、ビッグ・マムの茶会に呼ばれたり闇の社会の帝王達とも面識があるなど、交友関係は表裏問わず幅広い。特にテゾーロとはビジネスパートナーかつ盟友として付き合っており、一流の経営者として互いに敬意を払っており、非常に仲が良いがライバル意識もある。

 

【戦闘能力】

能力者ではないが〝覇王色〟〝武装色〟〝見聞色〟の三つ全ての覇気を覚醒させており、その中でも〝武装色〟の覇気は「六式」の防御技〝鉄塊〟を容易に崩す程に強力で、相手の得物も素手で圧し折ることも可能。

得物を持ち合わせていないので素手で戦うが、パンチで人を壁や天井に突き刺したり地面を陥没させるなど、テゾーロと真っ向から渡り合える程に高い身体能力の持ち主でもある。

 

 

 

 

コルト

 

【プロフィール】

年齢:38歳

誕生日:4月12日

所属:スタンダード家

出身:新世界

身長:290cm

容貌:『UN-GO』の結城新十郎

イメージCV:勝地涼

 

【概要】

新世界の資産家・スタンダード家の執事にしてスライスの従者。

かつてはレイピアを武器に傭兵として活躍していた時期があり、〝武装色〟と〝見聞色〟の覇気を扱う実力者。執事として暮らす今でもハヤトやタタラと互角に斬り結ぶことができる剣の腕前を持ち、特にレイピアの特性上、刺突を最も得意としている。

 

 

 

 

シュート・オルタ

 

【プロフィール】

誕生日:1月22日

年齢:36歳

身長:270cm

所属:赤の兄弟→スタンダード家

出身:偉大なる航路(グランドライン)

容貌:『D×2 真・女神転生 リベレーション』の鶴龍ジャボ

イメージCV:興津和幸

 

【概要】

地下闘技場の過酷な訓練や大会に生き残るため、お互いに協力したり訓練を手伝ったり理不尽な事に立ち向かったりして生き延びようと集まった「赤の兄弟」の元リーダー。

地下闘技場を生き抜いてきただけあって戦闘力は高く、偉大なる航路(グランドライン)を生き抜く海賊達とも渡り合える程。一方で覇気は〝武装色〟を会得してるが、まだ未熟であるためテゾーロやスライスには及ばない。

地下闘技場から解放されたのち、スライスによって「赤の兄弟」ごと引き取られ、そのままスライスの管轄下に置かれる。

 

 

 

 

クリューソス聖

 

【プロフィール】

年齢:60歳

身長:288cm

出身:聖地マリージョア

誕生日:9月26日

容貌:『るろうに剣心』の大久保利通

イメージCV:大塚明夫

 

【概要】

天竜人の一人で、テゾーロとの親交が深い壮年の男性。当初は天竜人の特徴的な髪型で防護服を着ていたが、テゾーロと会ってからは防護服を着なくなり髪型も変えている。

 

【人物】

傍若無人の限りを尽くす天竜人の中では際立って思慮深く、常識的な思考を持っている人格者。行動力もあり、魚人差別撤廃の活動にも積極的に参加している。また天竜人は「畏れられる」存在であるべきと考えており、傍若無人な振る舞いをせず誰にも対等に接する度量の持ち主。

実は家族がおり、元奴隷の妻とその間の息子がいる。

 

 

 

 

アルベルト・フォード

 

【概要】

世界の軍事バランスの掌握を目論んだ悪漢。

天竜人とのコネも含めた世界政府での影響力の強さゆえ、当時海軍元帥だったコングですら「海軍ではどうこうできる案件ではない」「我々海軍もタダでは済まない」と称していた程。また海賊やマフィア、テロリストをはじめとした反社会的組織または反政府組織、戦争をしている国々、紛争当事国に武器を売りつけており、世界各地で起きている戦争にも影響を与えていた。

テゾーロとスライスのタッグにより、世界政府に対する反逆罪やロワイヤル島での違法な地下闘技場の運営、武器の密輸などで罪を問われ、現在はインペルダウン『LEVEL6』に幽閉。




以上で本作でレギュラーとして活躍するキャラと、今までの話に登場したオリキャラの紹介は終了。
長く待たせてしまい本当に申し訳ありません、そして楽しみにして頂いた方に感謝。

あと申し訳ありません、オルタを付け加えるの忘れました。追加しときましたので、ご了承ください。


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転生~大海賊時代以前
プロローグ


初めまして。
ONE(ワン) PIECE(ピース) FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」のテゾーロに転生した青年の物語をお楽しみください。


「――ここは……?」

 見慣れぬ世界がそこにあった。

 周囲は真っ白で、「無の世界」と例えるにふさわしいぐらいに何も無かった。

 青年はなぜこうなったのかを思い出そうとしたが……思い出せなかった。

「記憶が飛んでる……」

 記憶喪失か、あるいは一時的な記憶障害か。果たしてどちらなのかはともかく、とりあえず思い出せない。

 ただ、多少の過去は憶えていた。

 自分はアーティストを目指していた。歌とダンスが好きで、子供の頃からアイドルグループの活動に興味があり、「いつか彼らと同じステージに立ちたい」と心から願っていた。

 その願いは不可能ではなかった。自身は努力家であり、同時に演劇部やダンス部を掛け持ちしていたからだ。それが功を奏し、周囲からは学校でも有数の人気者となった。

 しかし、実際は幸せではなかった。むしろ不幸だった。

 彼が周囲から評価される度に、一部の同級生が嫌がらせをしてきたりリンチをしてきたからだ。理由は、「自分より優れてるから」だった。この事に対し、何度も担任に相談したが、聞く耳を持たなかった。いや、もはや相談する気にもならなかった。一度だけ、いじめられてるところを見逃されたから。

 両親は最低だった。ギャンブルと酒に溺れた父親と、金に目が無い母親……毎日「金を稼いでこい」と罵詈雑言を浴びせられ、暴力も振るわれた。

 そこまでは覚えていたが、その先……この真っ白な世界へ来たのかは一切覚えていない。

「死んだのだから、憶えてないのは当然の事」

「うわっ!?」

 青年は驚いて後ろを振り向く。

 視線の先には、白く長い立派なあごひげを生やした好々爺のような人物がいた。

 まるでRPGとかに出て来そうな神様だ。

「わしは神じゃ、よろしくな青年」

「――え?」

 何と、本物の神様だった。

 青年は目を丸くして放心。

「まず、お主がこの空間へ来た経緯(いきさつ)を教えねばならんな……」

 

 

 神は全てを語った。

 不幸な人生を歩んでいるも、めげずに生きる青年に悲劇が襲った。ある日の下校中、横断歩道で信号を待っていると後ろから誰かに押され、トラックに撥ねられたというのだ。

 勿論、青年は即死。彼は明らかに殺された筈なのに、運悪く目撃者がいなかったせいか事故死で片付かれてしまった。

 その後の葬式は、肝心の両親は来ておらず、まともに行われなかったという。

「お主を殺したのはいじめっ子。まァ、お主自身も察しているじゃろうがな」

「……おれは死んだんだな……でも、おれはなぜここに? あの世なんだろう?」

「そこじゃよ。肝心なのは」

 神は再び語る。

 この〝無の世界〟は、天上界――天国みたいなもの――の特別な空間で、不幸なまま命を散らした憐れな者達を転生させるための場だという。

選択肢があり、本来は(・・・)「蘇生」か「二次元への転生」…どちらか好きな方を選ぶそうだが…。

「この空間に訪れた者全員が二次元への転生を希望したから、しばらく前の第394回八百万(やおよろず)会議で〝二次元への転生の場〟にしたのだ」

「神様って会議するんだな……394回も……」

「この空間を担当するわしは、転生者の様々な条件を受け入れる義務がある。好きな世界、好きな設定を述べるがよい」

 ざっくりまとめると、「行きたい世界で独自設定で生涯を閉じろ」ということだろう。

「ならさ……おれは「ONE PIECE(ワンピース)」のギルド・テゾーロに転生したいな」

「――ほう?」

 ギルド・テゾーロ。

 それは、〝黄金帝〟と〝新世界の怪物〟の異名を持つカジノ王。「ONE(ワン) PIECE(ピース) FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」でその圧倒的存在感と凄まじい能力を見せつけたのは記憶に新しい。

 ちなみに彼が「ONE(ワン) PIECE(ピース)」の世界への転生を望んだのは、一番好きなマンガかつ最も知識が豊富なマンガだからである。

「テゾーロってさ、おれに似た境遇なんだよ」

「お主と、か?」

 テゾーロは貧しい家庭に生まれ、幼い頃には会場の外から眺めたエンターテインメントショーに強い憧れを抱いていた。

 しかしギャンブルに金をつぎ込む父親が「手術代が払えれば治った病気」で亡くなってしまい、それを機に家庭環境が崩壊した事や歌を嫌う母親の暴言に激怒したことで遂に家出をし、12歳の若さにして裏社会の世界に入り込んだ。

 その後も次第に荒れていき、ステラという少女と運命的な出会いをしても救われず、彼女共々奴隷にされた上に最終的には「ステラが死んだ」と言う事実を聞いてしまい、激しい怒りと後悔から徐々に金への執着心を高めていく。

 そして「FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」では、心から救われず主人公(ルフィ)に〝ただの怪物〟と呼ばれ敗北した。自由と支配……勝つのは当然――物語の展開を考えると――自由だが、テゾーロはあまりにも救われない人生だった。

 彼は、いわゆる「哀しき悪役」だ。単なる自己満足にすぎないのは事実ではあるが、救ってやりたい――そう青年は思ったのだ。

(まァ、そもそも天竜人や世界政府が気に入らないし…一応革命でも起こそうかとは思ったりするけどね)

「あいわかった。要望はあるかね?」

「じゃあ……」

 青年が提示した条件は、以下の二つだった。

 一つ目……黄金を生み出し、一度触れた黄金を自在に操ることができる〝ゴルゴルの実〟を転生直後に渡すようにすること。

 二つ目……数百万人に1人しか持たない「王の資質」である〝()(おう)(しょく)の覇気〟を有している状態にすること。

「こんな感じかな」

「後は自力でどうにかするんじゃな?」

「そうだね」

 すると、青年の体が白く輝き始めた。

 どうやら準備は整ったらしい。

「――では、お主の幸運を祈る」

 そして、青年は白く輝き消えた。

 

 

           *

 

 

 目が覚めると、そこはボロそうな小屋の中。

 質の悪そうなベッドで横になっており、起きるとそばに置いてあった鏡を見る。

「……マジかよ」

 櫻井(ピー)宏ボイスで呟いた。多少ボロイ服装であったが、中々のイケメンである。

「ホントにテゾーロだ……」

 その時、床に突如宝箱が現れた。

 恐る恐る開けて見ると、手紙と唐草模様がついている果実とビンが入っていた。

「これが〝ゴルゴルの実〟か……!」

 唐草模様の果実を手に取る。

 黄金を生み出し、自由自在に操ることができる〝ゴルゴルの実〟。劇中においては、黄金を腕に(まと)って攻撃したり、黄金を触手のように操って相手を拘束して攻撃するのが主な戦闘方法だった。大爆発を起こしたりレーザーが出たり黄金の噴水を出したり空にそびえそうなくろがねの城もどきみたいになったりと、覚醒すると多彩な攻撃もできる。

(でも、悪魔の実(これ)って死ぬ程マズイんだよな……)

 そう、悪魔の実は悪魔の実。味は非常にマズイのだ。

 だが、食わねば何も始まらない。勇気を振り絞って口にするが……。

「な、何じゃこりゃあァ……!? み、水ゥ……!!」

 悶絶。あまりのマズさに涙すら出る。

 それを見越してか、神はどうやらお口直しの飲料水を添付してくれたらしく、栓を素手で抜いて一気飲み。

「プハーッ!! あ~、生き返る……。あ、そうだ手紙……」

 入っていた手紙を開くと、「これから先のお主を見守ろう、〝ギルド・テゾーロ〟」と書かれていた。

「――おいおい、もうちょっと長く書いてもいいだろうに…」

 正直期待してたが、まさかこの一言のみ。

 目を白くするも、手紙を閉じて笑みを浮かべる。

「そうか……おれはギルド・テゾーロなんだ。じゃあ、好きに生きさせてもらうぜ神様よ」

 こうして青年は、「ギルド・テゾーロ」として生まれ変わった。

 まず行うべきことは――

 

 グギュルルルル……

 

「腹減った……」

 空腹を満たすことだった。




この小説の主人公は、ギルド・テゾーロに転生した青年です。
原作の方のテゾーロとは、かなり違う性格をしていますよ。


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第1話〝力試し〟

 こうして転生した青年――もとい、ギルド・テゾーロ。

 今の彼は、大体16歳頃……俗に言うストリートチルドレンといったところだ。

 まず彼が真っ先にしたいのは、空腹を満たすこと。小屋を出て、ポケットの中の財布を見てみたのだが……。

「所持金、112ベリー……」

 財布の中身を見て、放心状態になる。

 「ONE(ワン) PIECE(ピース)」の世界は、1ベリー=1円と換算する。そう考えると――今のテゾーロの所持金は112ベリー=112円である。

(餓死するぞこれェェェェェェッ!!)

 現実世界なら、う(ピー)い棒で腹を満たすといった「最終手段」が存在する。だがここは生死が日常的と言っても過言ではない世界。社会保障制度なんか全く機能していないようなものだから、早急に手を打つ必要がある。

 では、どうするべきか。

 その答えは簡単だ。黄金を生み出せばいいのだ。

 恐らく悪魔の実の能力は、能力者自身の意思で発動するのだろう。そう思ったテゾーロは意識を右手の掌に集中させる。

 すると次の瞬間――

 

 バチバチッ……ドバッ!!

 

「うおっ!!」

 静電気のようなモノが走り、掌から金が触手のように出てきた。

 いきなり出てきたので、慌てて解除すると出て来た金は何とも言えない塊になって床に落ちた。

「……すごいな」

 〝ゴルゴルの実〟の能力を目の当たりにし、驚愕するテゾーロ。

 しかし、ふとここで気づいた。金の価値は、どうすれば利用することができるのかを。

 わかりやすいのは、やはり延べ棒だろう。現実世界で金は大体1g4800~4900円ぐらいとされている。この世界でも適用ならば、1g4800~4900ベリーとなり、1kgでかなりの額になる。

(ふむ……金は大丈夫そうだ、後で加工して延べ棒にすればいいだろうな。でも……問題は換金の方だよな)

 そう、問題は換金だ。

 換金所ぐらいはあるだろうが、金塊をそのまま受け取ってもらえるのか――それよりも、そもそもセキュリティは大丈夫なのだろうか?

 現実世界ならば、管理体制がしっかりなされ職員などのモラルも万全だろうが……この世界は現実世界とは少し違い汚職や賄賂とか案外平気に行われている。どこか信用できない。

(備えてないから嬉しくねェ!!)

 しかし落ち込んだところでは何も始まらない。どの道、やらねばならないのだ。

「と、とりあえず延べ棒にして換金だな……」

 台形で長いあの金の延べ棒をイメージし、右手の掌に意識を集中させる。

 すると、再びバチバチと音が鳴り、掌から本当に思った通りの金の延べ棒が出てきた。

「しっかしこうもあっさり作れるとは思わなかったな……」

 手に取ってみると、確かな重みがあるのがわかる。とりあえず資金は手に入れた――というより自分で作った――ので、後は換金所に行って札束と交換すればいい。

「よし、延べ棒が一つでもあればそれなりの金になるはずだ」

 その時だった。

「おい、てめェ……いいモン持ってんじゃねェか……!」

「うっひょ~~、金塊かァ!! ここいらにゃあ生ゴミ漁っているガキしかいねェと思ってたが、まさか金塊を持ってる奴がいるとはなァ!!」

「おれ達に寄越せ!! 命が惜しけりゃあな!!」

(典型的なのが来た!!)

 どこからどう見ても悪そうな連中がゾロゾロとやってくる。

 そのほとんどがモヒカンだったりアフロだったり…なぜか世紀末な連中ばかりだ。

(平和的な解決は……無理だろうなァ~……)

 明らかに()る気満々な悪党共に話し合いなど通じない。戦うか逃げるかのどちらかに絞られる。とはいえ、逃げるのは至難の業だ。相手は20人はいるので、自分一人で逃げきれるとは思えない。

「なら……戦うしかないか」

「何をゴチャゴチャ言ってやがる?」

「構わねェ、やっちまえ!!」

『うおォォ!!』

 武器を手にし襲い掛かる悪党共。

 幸い銃火器は持っていないようだ。

(そういえば……おれ神様に頼んで〝覇王色(とくてん)〟を貰っていたな)

 覇気は、全世界の全ての人間に潜在する「意志の力」であり、〝()(おう)(しょく)〟〝()(そう)(しょく)〟〝(けん)(ぶん)(しょく)〟の三つの覇気に分類される。その中でも〝覇王色〟の覇気は、その中でも最も希少な存在。数百万人に一人しかその素質を持たない〝王の資質〟とも称され、敵を威圧し場合によっては気絶させることもできる「選ばれし者」の能力(はき)だ。

(こんな感じか?)

 テゾーロは深呼吸をした後、目を見開いて睨んだ。

 すると突風のような何かが放たれ、次々に悪党が倒れていく。それはまるで、眼前に君臨する王者にひれ伏すかのようだ。

「あっちゃ~~……こりゃいけねェや」

 〝覇王色〟を放った後、テゾーロは頭を掻いて困ったような表情をする。

 なぜなら――

「おい、大丈夫かあんた!?」

「何だ、何が起こったんだ!?」

(一般人も気絶させちまった……)

 覇気という力は、生まれつき持っていたり戦いの中で覚醒するケースもあるが、基本的には長期の鍛錬により引き出す。

 だが、覇王色の覇気だけは別だ。自らの意思で意図的に鍛え上げる事は不可能で、本人の心身の成長でのみ強化されるため、最初の内は敵味方関係なく威圧してしまうという欠点がある。

 テゾーロは「今は濫発を控えよう」と肝に銘じ、その場を去ろうとするが…。

「な、何したか知らねェが、金を寄越せ!!」

「うわ、執念って怖いわァ……」

 〝覇王色〟の覇気を耐えたのは褒めたいが、金への執念の強さにドン引きするテゾーロ。

 原作の方のテゾーロだったら、「金が無ければ何もできない」と嘲笑うのだろうか。

「死ねェェェェェェ!!」

 手にした斧を振りかざし、襲いかかってきた。しかしテゾーロは冷静に、右手の拳を握り締めて意識を集中させる。

 すると腕から黄金が生み出され、右腕をコーティングするかのように覆われる。

 

「〝黄金爆(ゴオン・ボンバ)〟!!」

 

 黄金で覆った拳を思いっ切り振るい、殴りつける。超硬度の黄金の拳は斧を砕き、悪党をそのまま殴り飛ばした。

 黄金の拳はどうやら顎に直撃したらしく、殴られた悪党はそのまま気を失った。

「……何ちゅー威力だ……」

 

 

           *

 

 

「あ~、腹いっぱいだ」

 満足そうな笑みでカルボナーラを平らげたテゾーロ。

 手拭いで手を拭きながら、札束を数える。

「延べ棒一つで500万ベリー……ハハハ、ゴルゴルの能力は実に便利だな」

 先程換金所へ向かって例の延べ棒を出したところ、500万ベリーで取引された。

 やはりいつの世、どの世界でも金の価値は高いようだ。

「店員さん、ごちそうさん。釣りは結構だ」

 テゾーロは1万ベリー札を出して店を後にする。

「さてと、これからどうするか……」

 原作開始は、自分が39歳の時。

 現在16歳の自分とでは、23年の空白がある。それをどうするかを、考えねばならない。

 自らの身体と能力を鍛え上げるのは勿論、この世界に革命をもたらすために様々な力を得て様々な計画を実行するべきだ。そして後に〝黄金帝〟の異名を持つテゾーロにふさわしい立場が欲しいものだ。

「となると……やはり国を作るしかないか」

 国を成立させるためには、「主権」「領土」「国民」の三つが必要だ。

 そしてこの世界では、何よりも世界政府に莫大な利益をもたらすモノが恐らく一番求められるだろう。

(ってなると、やっぱり金だよな~……)

 軍事費や研究費、運営費、維持費、報酬など……政府はあらゆる面で金を欲しがるだろう。

 そこに付け込めば、うまく行くのかもしれない。

 そんなことを考えていると…。

「あ……」

 テゾーロの足が止まる。

 目の前の檻に、彼女がいたからだ。

「ステラ……」

 鎖に繋がれたステラが、空を見上げていた。




こっからもうすでに変わりますね。
ステラ生存ルートをお楽しみください。


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第2話〝ステラ〟

(彼女がステラか。テゾーロ……いや、おれが想い続けた女性……)

 檻の中で空を見上げるステラ。

 それを遠くから見てたテゾーロは、胸が痛い思いになる。

 原作のテゾーロは、ステラが好きになり、彼女を()って自由にする為に悪事をやめて毎日寝ず食わずで一生懸命働き、時間ができれば格子越しに姿を見せ歌を聞かせたり、夢を語ったりした。

 最終的にはあと一歩のところで天竜人によって奪われるわけだが…今のテゾーロは、原作のテゾーロではない。〝王の資質(はおうしょく)〟と〝黄金(ゴルゴル)の力〟を有した、ステラを救う力が十分にあるテゾーロだ。

(今接触し、救わなければ……!!)

 テゾーロはステラの入っている檻に近づいた。

「なァ……少し、話でもいいかな? 今、何も無くてヒマなんだ」

「? ええ………」

テゾーロはその場で胡坐を掻き、ステラを見つめる。

「……私はステラ。あなたは?」

「おれはテゾーロ……ギルド・テゾーロだ」

「……素敵な名前ね」

「いや、君の名前の方がよっぽど素敵だ。こんな檻の中に閉じ込められるなんて酷すぎる……」

「フフ……これから買われていく私をそういう風な目(・・・・・・・)で見てくれる人に出会ったのは初めてだわ……」

「っ……!」

 ステラの笑みに、顔が赤くなるテゾーロ。

 さすが「ONE PIECE」の世界の女性である。

「ステラは確か、〝星〟の意味を持つって聞いたことがある。君のような美しい女性(ほし)がその中にいるのは似合わないよ」

 テゾーロの言葉は嘘ではない。星は、ラテン語またはイタリア語で「ステラ」と言うからだ。

「そういうあなたこそ、テゾーロは〝宝物〟を意味するって知ってた?」

「え…あ、アハハ、そうなんだ、初めて知った……」

「フフッ……♪」

 テゾーロが笑うと、ステラも笑う。

 ステラは今まで話し相手がいなかったのか、とても嬉しそうだ。対するテゾーロも、原作と違う関わり方をしたので緊張してたが、うまく行ったことに内心安堵していた。

「話し相手が居なくて寂しかったから、もう少し付き合って欲しいけど…」

「構わないさ、おれも同じようなモンだったからね」

 それから、テゾーロとステラは話を盛り上げた。

 テゾーロはステラを楽しませる為に、自らの夢を語ったり、転生前に好きだった曲を歌ってみたりした。

 転生前の自分の取り柄がここで活かされたことに、テゾーロは内心ガッツポーズを決めたと同時に〝ギルド・テゾーロ〟に転生できたことに感謝していた。

「おれはエンターテイナーになりたいだけど、同時にこの世界で革命をもたらしたいんだ。暴力や武力の時代を終えたいんだ」

「素敵な夢ね。でも、私はそれを見ることはできない……いつか私は買われちゃうけど、心までは買われはしないわ」

 するとテゾーロは「そんなことはない」と言い、ステラを見つめて笑顔を見せる。

「おれは君を買って自由にしたい。 少しだけ待っててくれないかな?」

「えっ?」

 テゾーロの言葉に、驚くステラ。

 するとテゾーロは、檻の中に手を伸ばし、ステラの手をしっかりと握った。

「正直ここで言うのもアレだけど――君が好きだ! だから君を救いたい! 奴隷になんて絶対にさせない!! 必ず救ってやる!!」

「でも、ここは人間屋(ヒューマンショップ)よ…? お金が無いと何もできないわ……」

「大丈夫だ!! おれは〝魔法の能力(ちから)〟を持ってる、必ず君を救える!!」

 テゾーロはあえて〝ゴルゴルの実〟の能力者であることを言わなかった。この話を店員やオーナーに聞かれてる可能性があるからだ。

 この世界には、過去に実在した悪魔の実の名前や能力を記した「悪魔の実の図鑑」という書物が存在する。図説まで載っている実は少ないらしいが、万が一〝ゴルゴルの実(こののうりょく)〟の存在を知っている輩に聞かれたら、「黄金を奪ってステラを解放せず奴隷として連れて行く」という最悪のケースもあり得る。

 それを未然に防ぐために、テゾーロは〝ゴルゴルの実〟の事を伏せたのだ。

「君を自由にするためには少し時間がかかる……だが、必ず解放してやるから待っててくれ!!」

「……ええ、待ってるわ。でも無理はしないで……」

「ああ、約束する!!」

 

 

 ステラと解放の約束をしたテゾーロは、早速ボロ小屋で準備を始めていた。

(しかし、人が人を買うという狂った理屈が何で通るんだか…)

 テゾーロが目を配ったのは、人間屋(ヒューマンショップ)のオークション基本最低金額だ。

 人間は50万ベリー、小人族・ミンク族・手長族・足長族・蛇首族は70万ベリー、魚人族は100万ベリー、巨人族の男は5000万ベリーで女は1000万ベリー、人魚族の女は7000万ベリー、男は100万ベリー、女二股は1000万ベリー、能力者・その他珍種は時価……見てるだけで気持ち悪くなりそうだ。

(そして今回のリスト……ステラだけバカに高いな)

 ステラは何と基本最低金額を遥かに上回る値段がつけられていた。

 本来ならば年単位の重労働で稼ぐ必要がある程だ。転生前にゴルゴルの実を用意しておくように神に言ったのは正解だった。

 彼女を買った忌々しき天竜人は、原作通りならば3年後に来る。今のテゾーロは16歳…十分時間はあるが油断は禁物である。彼女を買おうとするものがいつ現れるかわからない為、早急に黄金を用意する必要がある。

(そう言えば、ステラを救った後を考えなきゃあな…)

 自らの野望の前に、まずステラを救って衣食住の生活基盤を整えておく必要がある。

 さすがにこんなボロボロの衣装では衛生的にマズイだろう。

「いいや、そんなのは後だ!! まずはステラを救うのが最優先だ!!」

 テゾーロは徹夜で金の延べ棒を生成するのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

「あ~……眠い……」

 金の延べ棒が詰まった袋を肩に担ぎ、ステラの元へ向かうテゾーロ。

 徹夜をしたため、1時間程しか寝ていないせいか、目の下の隈がかなり目立ちかなり不健康(わる)そうな顔になっている。

「とりあえずステラを救わな……っ!!?」

 テゾーロは眠そうな目を見開いた。

 ステラの前にオーナー及び店員らしき人物がいたからだ。

 テゾーロは表情を変え、急いで駆けつける。

「ステラァーーッ!!!」

「! テ、テゾーロ……!?」

「あァん? んだあのガキ?」

 テゾーロが駆けつけてくるところを見たオーナーは、不機嫌そうな顔をする。

「何だ貴様、ここがどこだか知ってんのか? ここは〝人間屋(ヒューマンショップ)〟だ!! 金がねェなら帰れ!! それが嫌なら……!!」

 

 カチャリ……

 

 オーナーは銃を取り出し、銃口をテゾーロに向けた。

「!? や、やめて!! 彼を殺さないで!!」

「黙れ!! 商品の分際で、お前もただで済むと思うな!!」

「待ってくれ、金ならある!! 好きなだけ持っていけ!!」

 テゾーロはそう言い、肩に担いでいた袋をオーナーの前に投げつける。

 すると袋の中から、キラリと輝く何かが見えた。不審に思ってオーナーが調べると、中身を知って放心状態になる。遠くから見てたステラも、目を丸くする。

「ウ、ウソ……!?」

「札束じゃないが、これで十分だろう……!?」

『お…黄金だ!!!』

 そう、そこにはまばゆい輝きを放つ金の延べ棒が入っていた。

 換金すればどれ程の額になるか想像ができない程であり、ステラや店側の者達だけでなく、周囲の人間達の目を釘付けにした。

「オ、オーナー! どうしまぶ!?」

 オーナーに店員が声を掛け確認しようとした瞬間、オーナーは目にも止まらぬ早さでステラを檻から出しテゾーロにその首輪と手錠の鍵を渡した。

「いや~、この度はお買い上げ誠にありがとうございます!! それではまたのご利用お待ちしております!!」

(いやいやいや、チョロすぎるだろ……いくら何でも)

 思わぬ収穫があったオーナーはさっきと打って変わりテゾーロに媚びを売る。テゾーロはそんなオーナーに目もくれず、ステラを縛り付ける首輪と手錠を外した。

「えっ、えっ?」

「ステラ、これでもう君は自由だ。あんな嫌な場所に居ないで済む」

 ステラは首を何度も触ると、涙を流し始めた。

「……ううっ、ヒック!! デゾーロ……!!」

 ステラはテゾーロに抱きついた。

「テゾーロ……ありがとう……! あなたっていう人に出会えて嬉しい……!!」

「ステラ……」

 テゾーロに泣きつくステラ。

檻から出るどころか奴隷にならず自由の身になるのはどれ程嬉しい事だろうか。

 それは身を売られた者にしかわからない苦痛であろう。

「ステラ…これからどうする? 君を縛り付ける障壁は無い」

「そうね…あなたの夢を叶えたいわ。それが今の私の夢だもの」

「フッ…ステラ…君という女性は……」

「それにしても、どこであの金を?」

「あ~……それは今は言えない。この街から出て、二人の時になったら話すよ」

 

 テゾーロとステラの出会い。

 これが、後に世界一のエンターテイナーにして〝新世界の怪物〟として恐れられるようになる〝黄金帝〟のもう一つの物語(アナザー・エンターテインメンツ)の「真の始まり」である。




次回は恐らくテゾステの生活が主なネタかと。


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第3話〝これからの生活について〟

 ステラを見事救出したテゾーロは今、彼女と共に隣町へ移動した。

 (この)町はステラのいた人間屋(ヒューマンショップ)があった町程は発展してないが、賑やかであり交通の便も悪くない。それなりに店もある上治安も良好なので、暮らすには悪くないだろう。ちなみに今は食事中である。

「ねェ、あの黄金はどうやって手に入れたの?」

「ああ……それかい?」

 やはり聞いてくるよな、とテゾーロは呟く。

 出会って翌日であれ程の大金をなぜ用意できたのが不思議に感じて当然と言えば当然だ。だからと言って、ここで黄金の製品を生み出すわけにもいかない……海賊達や金を欲しがるうるさい連中が寄ってくるからだ。

 金粉なら問題無い。

「ステラ、おれの手をよく見てて」

「?」

 そう言って、指をパチンッと鳴らす。

 するとキラキラと指先から少量の金粉が散り、テーブルに落ちる。

 それを見たステラは、驚いて言葉も出ない。

「おれは〝ゴルゴルの実〟の能力者…黄金を生み出して自在に操る事ができるんだ。まだ未熟だが…将来は様々な面で活用する気だ」

「じゃあ、さっきの黄金は、あなたの……!?」

「本来なら働いて稼ぐ方が君としても嬉しいだろうが、いつ買い取られるかわからない以上、この手段を使ったんだ」

「悪魔の実……初めて見たわ……!!」

 ステラは微笑みながらそう言う。

「ねェ、テゾーロ……これからの生活はどうする?」

「そうだなァ……ゴルゴルの実の能力を活かせる働きがいいな」

 テゾーロとしては、とりあえずは賞金稼ぎとなるのがいいと考えている。

 賞金稼ぎは海賊になるよりメリットがいい。海に慣れる上、賞金首にもよるがかなりの額の金も稼げる。個人的には海軍か政府を相手に交渉をしてビジネス関係を築くのが理想だ。

 賞金首を狩ったら、本部へ赴いた方が効率的だろう。最寄りの支部へ行けばいいだろうが、首が大きいと支部によって手続きが面倒だ。だが本部に来れば面倒な確認事項も直通だし、そのままエニエス・ロビーに送られる。首が大きいほど本部に来た方がメリットが多いのだ。

 いきなり本部へ近づくのは困難であるので、やるとすれば最初の内はシャボンディ諸島をはじめとしたマリンフォードに近い支部に行った方が賢明だろう。

「ところでステラ……船での生活と陸の生活、どっちがいいかな?」

「そうね……迷っちゃうわ」

 さて……テゾーロとステラが今対峙している障壁は、海上生活か陸上生活だ。

 海上では、海賊に会う確率が格段と高くなり強烈な自然現象といつ遭遇してもおかしくはない。海軍とも会うだろうが……その辺は話し合いで何とかなるだろう。

 陸上は海軍が駐屯してたり大物海賊のナワバリだったりするので治安的にはそこまで危険ではない。だがそれは上陸する島次第……100%安全とは言えない。

 それに天竜人との遭遇率は海上よりも遥かに高い。同情の余地も無いクズ集団にステラと共に土下座するのは死んでも御免である。

「テゾーロはどっちがいいの?」

「おれは……海がいいかな。自分の船でどこへでも行ける」

「私も海がいいわ……今まで檻の中だったから、世界を見てみたいの」

「じゃあ――これからは海上生活でいいかな」

「ええ♪」

(今の笑顔は反則だろ……!)

 ――この世界の女性は卑怯な気がする。

 テゾーロは内心そう思ったが、口にしないようにしようと誓った。

(そうなると…船が必要だな。できる限り小回りが利く船が理想だな)

 そう思うと、真っ先に頭に浮かぶのはゴーイングメリー号のような〝キャラベル船〟だ。

 13世紀にイスラム教国アンダルシアが開発したエジプトのナイル川で使われていた帆船を原型としたカリブ船をポルトガル人達が更に改造したキャラベル船は、小型で操船性能が優れている。浅海域も素早く操船でき、強風下でも航行可能……その経済性・速度・機敏さ及び能力でキャラベル船は最も航行性能の優れた船としての評判を得た。

 早期のキャラベル船は通常は小型で収容能力は少なかった一方、非常に速度が早く、操船性能が良かった。小型で操船性能が優れたキャラベル船は浅い沿岸海域から河川の上流までの調査航行が可能であったので、15世紀での長期に渡る探検航海では盛んに使われたという。

(とりあえずはキャラベルだな……いきなりガレオンは無茶すぎる)

 ガレオン船のような大型船を一人で操作できっこない。キャラベル船が限界だろう。

(まァ、コスト削減を考えると海賊からキャラベル船をパクるのが妥当だけど……そんなご都合主義的展開なんかねェだろうから一から黄金生成して換金しまくるしかないか……)

「テゾーロ、考え事なの?」

「うェ!? あ、ああ……まァね……」

 突然話しかけられ、ビクッとしてしまう。

(ステラ、不意打ちやめて!!)

 正直な話、テゾーロは女性に慣れていない。10代後半で転生したのだから、恋愛とか慣れてないに決まっている。

(いかん、いかん……こういうのには常に冷静でなくては……!)

 すると、どこかで見覚えのあるカモメがやってきた。ニュース・クーだ。

「お釣りはいらないから、これでよろしくな」

 金を払って新聞を手にする。

(今更だが……この新聞、日本語じゃないか。ああ、日本人の漫画家だからか?)

「テゾーロって新聞が趣味なの?」

「いや……でも世情くらいは把握しないとね」

 テゾーロは新聞を広げる。見出しは「Dr.(ドクター)ベガパンク、逮捕」と書かれている。

 ベガパンクは世界政府に属する以前、無法な研究チームに所属し兵器の研究をしていた際に生命の設計図といえる「血統因子」を発見した。その驚異の頭脳と研究内容を危険視した世界政府に彼は逮捕されて研究チームは買収されたのが、ちょうどこの時であるのをテゾーロは思い出す。

「ベガパンクか……接触の価値はあるな」

「? どうしたの?」

「ああ、いや……独り言だ――さてとステラ、そろそろ行こうか?」

「ええ」

 その時――

 

「海賊だーーーっ!!」

 

「「!」」

 悲鳴と共に逃げ惑う人々。

 どうやら海賊の襲撃に遭ったようだ。

「ステラ、君は離れてろ!! 必ず戻る!!」

「テゾーロ!? 何をする気!?」

「狩りに行く!!」

「え!?」

「大丈夫、すぐ片を付ける!!」

 テゾーロはステラを置いて、まだ悲鳴がする方向へ向かう。

 

 ――さァ、ショウタイムと行こうか。



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第4話〝初舞台〟

 街を荒らしてる海賊は〝女狩りのトリカブト〟率いるトリカブト海賊団。

 懸賞金は懸賞金1億ベリーで、凶悪な海賊として知られている。

「奪え!! 抵抗する者は容赦なく殺せ!!」

 一味の船長・トリカブトの命令が下され、海賊が雪崩れ込む。

 街を荒らし蹂躙するその姿は、世間から恐れられている海賊である。

「ヒャハハハ、大漁だぜ!!」

「女は全員(さら)って来い、近くの〝人間屋(ヒューマンショップ)〟に売り飛ばせ!!」

 海賊達は非情にも女性を誘拐しようと命令した。

 トリカブトの異名は、女性を攫って次々と人攫いグループや〝人間屋〟に売り飛ばすゲスさから称されている。当の本人は興味など皆無だが。

「おい、その女も連れてけ!!」

「へへ、了解……おい! 大人しく来い!!」

「いや!! 誰か助けて!!」

 女性が助けを求めた時だった。

 

 パリィン!

 

「ガッ……!?」

 逃げ遅れた女性を攫おうとした海賊は後頭部の衝撃によって倒れる。

 倒したのは、テゾーロだ。

「すまん、手が滑った」

 突然現れたテゾーロの登場に、周囲は静まる。

 海賊も住民も、テゾーロに釘付けだ。

「…何だガキ?」

「なァに、ただの人助けさ。大丈夫ですか?」

「え? あ、はい……」

 女性が無事であることに内心安堵しながら、テゾーロはトリカブトらを一瞥(いちべつ)する。

 敵は大将(トリカブト)含め30名。一人で相手取るとなると、ゴルゴルの能力は使わざるを得ないだろう。

「気に入らねェ……ぶっ殺しちまえ野郎共!!」

『ウオォォォ!!』

 襲い掛かる海賊。

 するとテゾーロはそばに置いてあった店のイスを掴み、一人目を殴った。怯んだところを一人目の得物――棍棒を奪い取り、次々と喧嘩殺法で片づけていく。

「せ、船長! あのガキ、意外とやりやすぜ!」

「落ち着け! 銃で撃ち殺しゃあいい!」

「ゲッ!」

 海賊達が拳銃を構える。

 蜂の巣にされてはたまらないと、テゾーロは持っていた棍棒を投げ捨てて街角へ逃げる。

 逃がすまいと発砲しながら海賊達は追うが、テゾーロは武器をも持たぬ丸腰の分身軽なため、見失ってしまう。

「ちっ、あのガキどこにいやがる!?」

「海賊をナメやがってェ……!!」

 

 バゴッ!!

 

「「「ぐげェッ!!」」」

 大きな酒樽が落ち、海賊達に直撃する。

 落としたのは勿論、テゾーロだ。

「これはストリートのケンカっつーより、市街戦に近いな……」

――できる限り民家を壊さないようにしなきゃいけないな。

 そう呑気に思っていると下が騒がしくなった。どうやらバレたようだ。 テゾーロは声のする方の反対側から飛び降りるが……。

「見つけたぞ、クソガキィ!!」

「うわ、マジか!」

 運悪く敵の前に降り立ってしまった。しかも結構いる。

「鬼ごっこは終わりだ!!」

 そう言い、石斧を持った大男はテゾーロを狙う。

 テゾーロは右腕に意識を集中させ、黄金を形成し構えた。

「〝黄金爆(ゴオン・ボンバ)〟!!」

 テゾーロは腕に手甲状の黄金を纏わせてパンチを放つ。

 自らの倍の身長はあろう大男の鳩尾に直撃し、大男は得物を落とし血を吐きゆっくりと倒れた。

「な、何だあいつ!?」

「悪魔の実の能力者か!?」

黄金の腕をしたテゾーロを前に混乱する海賊達。

(相変わらずすげェ威力だな。でもいつまでも素手で戦うわけにはいかないよなァ…)

 超硬度の黄金を生み出し、一度触れた黄金であれば自在に操ることができる〝ゴルゴルの実〟。覚醒すれば新世界の大海賊とタイマンを張れるだろうが、今は覚醒していない。覚醒していない状態での技は限られる。

(ぶっちゃけどうすれば覚醒するのかは全然わかんねェんだよな…)

 黄金形成を応用して武器ぐらいは作れるだろう。剣技は誰かに教わればいいので、打撃系で十分だろう。

 剣は――峰打ちできないので却下。

 刀は――何か勿体無いから却下。

 鉄球は――回収が面倒くさいので却下。

 銃火器は――いきなりは危険なので却下。

 そうなると――思いつくのは、槌だった。

(でも、重くないのか……?)

「野郎、ナメやがって!!」

 色々と考えている隙にアフロの男が刀を抜いて斬りかかる。

 テゾーロは慌てず、自分が使いたい(ぶき)をイメージすると、腕に纏った黄金が変成して大きな槌に変わった。

「〝黄金鉄槌(ゴオン・マルテッロ)〟!!」

 

 ドゴォォン!!

 

 黄金の槌を形成し、思いっ切り叩く。

 超硬度の金で出来た武器の威力は凄まじく、刀を容易く粉砕し敵を叩き潰した。

(ピー)ティー(ピー)ンターの100(トン)ハンマーを思い出すな……)

 某集英社の週刊誌の黄金期を彩った某ハードボイルドコメディのヒロインを思い出しながらもぶん回すテゾーロ。

 黄金を操る能力者だからなのかどうかは知らないが、重量感はあれどそれに見合った威力と意外な使い勝手さが気に入り、テゾーロは思わず笑う。

 殴られた方はまだ息がある…というか生きてるのが不思議だ。モブでも海の過酷な環境を生き抜いてるだけはあるようだ。

「さァ、フィナーレと行こうか!!」

 黄金のハンマーを手に、テゾーロは海賊達に突っ込む。

 次々とハンマーで薙ぎ倒されていく海賊達に、トリカブトは苛立つ。たった一人の少年にコケにされ、屈辱を味わっているのだ。

「来い、おれ様が相手をしてやろう!!」

(! ラスボスの登場か…)

 トリカブトは剣を抜く。

 すると剣の切っ先からポタポタと紫色の液体が流れている。あからさまに毒であるのが目に見えている。

「……毒を塗ってあるのか?」

「勘がいいな、その通りだ。これはドクガエルの猛毒さ。掠っただけで命取りだ!! 急所に当たったら、お前の死は――」

 

 ゴシャッ!!

 

「ボヘェッ!!?」

「いや、だったら早く攻撃しろよ。勿体ねェぞ――あ、もう手遅れか……」

 最後まで言わせずハンマーを投げつけ瞬殺。

 モロに直撃したので、トリカブトは一発で倒れた。

「これでショーは閉幕だ……この勝負、おれの勝ちだ(イッツ・ア・エンターテインメンツ)!」

 高らかに宣言し、テゾーロの初舞台(バトル)大勝利(せいこう)を収めた。

 

 

           *

 

 

 騒動が終わると、ステラが駆け寄ってきた。

「すごい……テゾーロって強いのね!」

「いや、ただの喧嘩慣れさ。ゴルゴルの能力が無かったらマズかった気もするけどね」

 幸いにも、彼らは覇気を得てるどころかそれすらも知らぬ輩だった。幾分戦いやすい相手ではあったのだ。

「ステラ、君は大丈夫か?」

「テゾーロこそ、大丈夫?」

「いや、運が良かった(・・・・・・)よ。 無傷だからね」

 海兵達が集い、一斉検挙が始まる。次々と軍艦に乗せられる彼らに、テゾーロは内心喜んでいた。

 すると――

「あららら……おい(あん)ちゃん、すごいじゃないの」

 黒のサングラスを掛け、黒いコートに袖を通した長身の海兵が現れた。

 どうやら彼が海兵達をまとめ上げている司令官(トップ)のようだ。

「一応アレだわな、ホラ、アレだ……」

「懸賞金ですか?」

「そう、それそれ。後で用意すっから、もうちょっと待っててくれ」

 長身の海兵は「美人だ、羨ましいなあのガキ」と言いながら欠伸をする。

 その時、テゾーロは気づいた。

(あ、〝(あお)キジ〟ィィィィィィィィ!?)

 そう、何と彼は後に海軍本部大将を務める〝青キジ〟ことクザンだったのだ。

 いくら若い頃の風貌とはいえ、あまりにも軽いノリと雰囲気に流され、気がつかなかった。

(…いや待てよ、これってぶっちゃけチャンスじゃないか!?)

 クザンは今、海軍本部中将だ。海軍本部中将は階級的に言うと軍の(ナンバー)3……上層部及び幹部クラスで、それなりの権限もある。

 彼とコネクションを作っておけば、ステラ共々上手くいけば海軍公認の賞金稼ぎ(バウンティハンター)グループとして後の計画で役に立つ。

 何事も始めなければ意味がない。

「あの……海兵さん」

「ん~? 何だい嬢ちゃん」

「少し大事な話をしたいんですが、よろしいでしょうか?」

「おお、いいよ。おれ今ヒマだし」

(ス、ステラァァァァァァ!?)

 ステラから話を切り出すとは思わず、目を丸くさせ驚愕するテゾーロ。

「ちょっと待て、まさか……ステラ、君は世渡り上手か?」

「彼ぐらいなら私一人で何とかなりそうに思えたわ♪」

「……」

 ステラの笑顔に、引きつった笑みを浮かべるテゾーロ。

(交渉術、ステラの方が得意だったりして……)

 もしかしたらゴルゴルの実以上にすごいのではないかと錯覚してしまいそうになるテゾーロであった。



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第5話〝ウォーターセブンへ〟

「え~っと……要するに、億越えの連中を狩りまくって本部に引き渡すから海軍とコネを持たせてって言いてェと?」

「損は無いと思いますよ、クザン中将」

 テゾーロの持ちかけた話――ただし言っているのはステラ――に、青キジことクザンは顎に手を当て悩む。

「……ギルド・テゾーロ、だっけ? 確かに無傷で1億の賞金首をその部下ごと片づける腕は大したもんだ。海兵ならうまくいけば将官にも上り詰められるだろうよ。それに〝ゴルゴルの実〟っつったっけ? 聞いたこたァねェけど結構強力な能力っぽいから、放っておくわけにもいかねェわな」

 テゾーロとステラの話は、とてもうまくいっている。

 このまま丸め込めば万事解決と言うくらいにだ。

「民間人と軍人が手を組む…法を破ってるわけでもない上、あなた達海軍の利益もある……乗るべき話かと思います」

「それに軍に協力するのは民間人の責務の一つでしょう?」

「まァ、言いてェこたァよくわかるが……」

 クザンは二人の話を理解できている。

 この世には多くの賞金稼ぎ共がいるが、億越えの連中を狩れる程の腕を持つ賞金稼ぎはほとんどいない。億越えになると覇気使いや能力者の場合が多くなるからだ。

 これに対抗できるのは、海軍本部の最高戦力である「海軍大将」や海軍将校の覇気使いだが、それはごく一部でありそれも重要なポジションのため外すわけにはいかない。

 では、その役目をテゾーロに任せればどうか?

 まだ若いが、成長すればかなりの大物になるであろう少年を手放すのは勿体無い上、万が一海賊の道を選んでしまったら政府に対する脅威にもつながる。

 それを未然に防ぐためにも、今ここでテゾーロと何らかの形で契約するのが良いだろう。

「……まァ、一般人が億越えぶっ潰した時点で異例だしな。一応掛け合ってみるわ」

 クザンはそう言い、軍艦に一旦戻る。

(気持ち悪いくらいに順調なんですけど……)

 テゾーロは汗を流しながら引きつった笑みを浮かべる。

 クザンがどういう人物なのかは、原作コミック等で知ってる為これといった問題は無いが、この流れのテンポの良さは不気味にすら感じる。

(掴み所が無いからな……さすがに民間人をハメるようなマネはしないと思うが、気をつけなきゃあな……)

 暫くすると、クザンが封筒を携えやってきた。

「そんじゃあ、こん中の紙をここで書いといて。おれが後で上層部(うえ)に出しとっから」

「あ、はァ……」

 手渡された紙を手にし、クザンから渡された紙にスラスラと書状を書く。

 ――部活申請や進路指導を思い出すなァ。

 前世の出来事と似ているなと呑気に考えながら、スラスラと書いて手渡す。

「……その嬢ちゃんも?」

「何か問題でも?」

「いや、関係ねェなら保護して俺の女にしようかなって」

「……海兵じゃなかったら殴ってましたよ、おれ」

「冗談だっての、おれァ他人の女取って食うような男じゃねェから」

 冗談混じりで言うクザン。

 ステラは「テゾーロの女」と言われた事に対し耳まで真っ赤にする。

(原作通り食えない男だな、クザン)

「そうそう、これも縁だから教えといてやるよ……この港から出る船はウォーターセブンに向かう。明日着港すっからな、憶えとけよ?」

「「!」」

 造船業をメインとした町で有名なウォーターセブン。

 宝樹アダムを使ってあの〝海賊王〟ゴール・D・ロジャーの海賊船「オーロ・ジャクソン号」を製造した伝説の船大工・トムはまだ存命中であり、海列車の製造もこれからである。

(船の設計を頼むのは今だな……)

「そんじゃ、おれはここで失礼するわ。ありがとな、君がいなかったらこの街もダメだったろうな」

 クザンは今度こそ軍艦に戻り、海軍本部へ帰還する。

 

 

(ギルド・テゾーロ、か……)

 軍艦の甲板で、デッキチェアに座りながら思い返すクザン。

 先程であったギルド・テゾーロという男は、何とも不思議な雰囲気を纏っていた。海兵としての人生を歩むようになってから10年近く経ち、当然その中で色々な人物を見てきたが、テゾーロは不思議な感じだった。

 危険人物だと言うには随分と穏やかで裏表がなさそうに見え、かといって一般人と言うにはあまりにも常識離れしている。それがテゾーロだった。

(……将来デケェ奴になりそうだな)

 クザンは大きく欠伸をすると、アイマスクを着けて昼寝を始めるのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 テゾーロはステラと共に港で船を待っていた。

「初めての船旅ね……」

「怖いかい?」

「テゾーロがいるから大丈夫よ♪」

「っ……!」

 まるで新婚旅行のような雰囲気に、テゾーロはダラダラと汗をかく。

(ウォーターセブンに行ったら、どうするか……)

 テゾーロの野望は、最終的には一国の王となり世界政府を内部から変えるような感じである。

 その為には、あらゆる計画を実行しなければならない。

 その礎となるモノを、ウォーターセブンから用意する必要もあるだろう。

(やはりそれなりの力を持つべきか――財源は賞金首の懸賞金だけで賄えなくなる事も見据えて商業でもしよう)

 商業で儲けるには、その島・その土地に合った商業と公共事業に着手するのが良いだろう。

 ウォーターセブンは造船の町……ならば、材木をはじめとした運輸業を扱うのがいい。

 原作ではトムが開発した海列車の開通によってサン・ファルド、セント・ポプラ、プッチ、エニエス・ロビーへ行けるようになり、更に物資も豊かになったおかげで(ふう)(こう)(めい)()な造船都市・観光都市へと復活する。

 しかし今はその前……テゾーロがウォーターセブンにひとまず拠点を置いて材木運搬などで財を成すのは決して悪くないだろう。

(まァ、何事もチャレンジが大事だな……)

 ――やって見なけりゃわからない。やらないで後悔するより、やってから後悔した方がまだマシだ。

 そう感じ、テゾーロはステラの手を握って船へ乗り込んだ。

 行き先は、ウォーターセブン。



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第6話〝創立、テゾーロ財団〟

 海を行く一隻の船。

 テゾーロとステラは、ウォーターセブンへ向かっている。

(ウォーターセブンか……おれの夢と野望はそこで始まるのかな……)

 ジャケットを海風でたなびかせ、酒を片手に水平線を見据えるテゾーロ。

(やっぱりトムに頼るのが一番だよなァ……)

 コンゴウフグの魚人であるトムは、非常に高い造船技術を持つ船大工。懐が深い人物でもあり、テゾーロは彼と交渉して力を蓄えるつもりだ。

 ウォーターセブンは、交易の困難と年々水位が上昇していることにより島の孤立化が進んでいる上、造船所や店も次々と潰れ海賊が闊歩するようになった町は治安の悪化も進んでいる。トムはそれを憂いて海列車開発に尽力した筈だ。

 テゾーロはそこに目を付け、彼とWin-Win(ウィンウィン)の関係を築いてウォーターセブン発展と共に自らの力を強大化させようというのだ。勿論、賞金稼ぎの一面としても活躍予定だ。

(となると…プルトンの設計図をどうにかしなきゃな)

 トムについて語る上で、欠かせないのが古代兵器プルトンの設計図だ。

 プルトンとは、かつてウォーターセブンで造られた造船史上最悪の戦艦。島を一発で消し飛ばすことができるくらい強大な武力を有しており、あのトムですら「バケモノ」や「存在させれば世界が滅ぶ」と言わしめる程だ。

 一応建造が可能のようで、設計者はプルトンが万が一にも暴走的に使用された時の「抑止力」のために設計図を後世に残したらしい。

(っていうか、処分は考えなかったのか? 政府が所持した方が危ない気がするぞ、おれは……)

 よくよく考えてみれば、処分した方がいいのではと思う。

 現在のプルトンの在り処は、アラバスタにある歴史を記した石碑〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に記されている。だがそれを解読できねば意味がないのではないだろうか。

 原作では、世界政府は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の探索と解読を死罪と定め禁止しており、多くの学者が命を落としている。

 政府の徹底した学者弾圧の影響で、読める人間は現時点でごく少数。トムがそれを知っていれば、もしかしたら早々にプルトンの設計図を処分して事なきを得たかもしれない。

(五老星も心の底から設計図を欲しがってたのかねェ……。原作コミックを思い返すと、しっくりこないんだよなァ)

 「世界を滅ぼす程の力を持つ兵器の復活に怯えるのではなく、それを政府が持ってその力を背景に大海賊時代を終わらせよう」というスパンダム――当時はCP5(シーピーファイブ)主官――の意見に対し、五老星は「一理ある」や「まずは設計図を持って来い、話はその先だ」という返答。設計図の強奪は許可したが、これはあくまでも「許可」であり「命令」ではないのだ。

 仮に設計図を持ってきたところで、五老星は「これはあってはならない、処分する」という結果もあり得る。どっちかと言うと「お前の言う通りだ、政府が保管しよう」という返答の方が確率的には高いかもしれない……政府に仇なす連中をプルトンを用いて消し飛ばせばいいからだ。

 だが万が一設計図(それ)を巡った派閥争いでも起きたら、それはそれで五老星が困るかもしれない。万が一だが。

(やっぱ、処分するべきだよなァ……)

 世界のことを考えると、設計図は処分すべき。

 それも踏まえて動く必要がありそうだ。

「テゾーロ!」

「! ステラ?」

「見えたわ!」

 ステラの指差す先には、島があった。

 そう、ついに着いたのだ。

「アレが…ウォーターセブンか」

 ついに着いたのだ。

 大海賊時代開幕以前の、ウォーターセブンに。

 

 

           *

 

 

「ん? あんたら、見ねェ顔だな……他所(よそ)から来たのか?」

「ああ、少し用があってね……」

 島に上陸したテゾーロとステラは、住民からよく声を掛けられた。

 話によると先程の船は一日にたったの2回しか運航していないらしく、物資もかなり少ないらしい。

(よくこれで街が成り立つな……)

 元々〝偉大なる航路(グランドライン)〟の島であるため、周囲の島との連絡がつきにくいウォーターセブン。

 テゾーロの狙うビジネスは運輸……うまくいけば莫大な財を築けるかもしれない。

「この島は昔から造船の盛んな島だがな……〝アクア・ラグナ〟や島全体の地盤沈下で毎年酷い目に遭ってんだ」

「〝アクア・ラグナ〟? それって、何ですか?」

「高潮さ……怪物級のな」

「それは大変そうね……」

「お前さんら二人のような客は滅多に来ないからな…そういやあ、用って何なんだ?」

「実はトムという船大工を探してまして…」

「ああ、トムさんかい? トムさんは廃船島にいるよ。あそこで船を造ってんだ」

 

 

 テゾーロはトムの居場所を突き止めることに成功し、住民と別れた後ステラと共に廃船島を目指した。

「ところでステラ……」

「何?」

「これからは組織的な仕事になる……今日からおれと一緒に働く事になるが、いいかい?」

「ええ、構わないわ――」

 

 ドパァン!!

 

「うをっ!?」

「えっ!?」

 突如船が何者かに放り投げられ、着水した。

 そのぶっ飛んだ光景に、唖然となる二人。

 すると、廃船島の奥の方から男性の声が聞こえていた。

「ん? 珍しいのう、客か?」

「え……あ、まァ客といえばそうだな……」

「たっはっはっ! そうか、わざわざご苦労なこったろう」

「あなたがトムさんですか?」

「いかにも」

 テゾーロとステラは、ここでトムと出会った。

 材木の上に座って握り飯を頬張っているところから、どうやら昼休憩のようだ。

 テゾーロはそれを見逃さない。

「トムさん、交渉しませんか?」

「……交渉?」

 

 

           *

 

 

 テゾーロはトムに自らの計画を告げた。

 それは、トムに大型貨物船を作ってもらい、その船で多くの島から良質な材木をはじめとした物資を手当たり次第買い取りウォーターセブンへ売り捌くという内容だ。さらにテゾーロは賞金稼ぎとしても活動し、稼いだ金の数割をウォーターセブンやトムズワーカーズへ提供するという。

「あなた方には損などありませんよ。このギルド・テゾーロが直々に支援します」

「……」

 トムは腕を組み、静かに目を閉じる。

 そして、口を開いた。

「わしは、このウォーターセブンがこのまま廃れるのを黙って見ておられん。だから、わしの計画として海列車という外輪(パドル)(シップ)を構想している。そしてそれを一日でも早く完成させたい」

「「……」」

「沈みゆくウォーターセブンの未来の為、お前さんらがわしに力を貸してくれるのなら……わしも、お前さんらにわしの力をドンと貸してやる!!」

「……では、話に乗ってくれるんですか?」

「男同士が未来の為に力を貸し合うんじゃ!! ドンと胸を張っておればええ!!」

 たっはっは、と豪快に笑うトム。

 どうやら力を貸してくれるようだ。

「そういえば、お前さんらは会社か事務所か何かか?」

「あっ…」

 テゾーロは顔を引きつらせて笑った。

 今までスルーしてたが、自分達が何者かなのかを名乗ってなかったのだ。

「たっはっ……!! っ……!! ……!! こりゃたまげた!! てっきり貿易会社か何かかと思っとったわい!!!」

「テゾーロ、せっかくだからここで私達の会社を立ち上げない?」

 ステラの提言に、トムも「その方がええ」と賛同。

 テゾーロはどういう会社名にするか必死に考えた。

(ヤッベ、すっかり忘れてた…!)

 悩みに悩んだ挙句、出て来たのはこんな名前だった。

「……テゾーロ財団……?」

「テゾーロ財団か……いい名じゃな!! たっはっは!!」

 急遽テゾーロ財団が創立。

「これから頼むぞ、「テゾーロ財団」よ」

「ええ、こちらこそ」

 

 こうしてテゾーロとステラは、伝説の船大工・トムの造船会社「トムズワーカーズ」と契約を結ぶのだった。




テゾーロ財団が出来ましたね。
訂正で、財団は理事長だったので……テゾーロ理事長とステラ副理事長になりますね。(笑)


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第7話〝非正規雇用〟

 ここは橋の下倉庫。

 トムの造船会社「トムズワーカーズ」の本社であるこの倉庫にテゾーロとステラは訪れていた。

「すごい……設計図がいっぱい……!」

 膨大な数の船の設計図があり、その量に驚愕するステラ。

「莫大な量でこれ程の正確さ……並大抵の船大工では到底敵いませんな」

「たっはっは!! そうでもないわい」

 ふと、青髪の少年がトムの元へ駆けつけた。

(アレは…アイスバーグか……?)

 アイスバーグ。

 トムの一番弟子であり、後にウォーターセブン市長にして超巨大造船企業へと成長する造船会社「ガレーラカンパニー」社長となる人物だ。

 この頃はトムズワーカーズの社員として働いている若き日のアイスバーグだ。

「トムさん、誰だよその二人。客か?」

「たっはっ……!! っ……!! ……!! あァ、ビジネス相手だ」

「ビジネス相手?」

「そこの二人に、ちと面白い話を持ちかけられてな。ドンと乗ってやったわい!! たっはっは!!」

 豪快に笑うトム。

 すると、トムの帰宅を察してか一人の女性と少年も現れた。トムズワーカーズの秘書であるココロと、後に「麦わらの一味」の船大工となるフランキーだ。

(ココロのバアさんとフランキーか? 若いな二人共)

 ――原作開始時点に近づくにつれ二人の容姿があそこまで変わるとなるのか、と思って目を細めるテゾーロ。

「おや、見ない顔だね…他所の人間じゃないか。あたしゃココロだ、この子達がフランキーとアイスバーグ」

「ギルド・テゾーロです。それとステラだ」

「ステラと申します」

 互いに軽く挨拶し、ココロが用意した席に座る。

 久しぶりの客だからなのか、歓迎ムードだ。

「トムさん、面白い話って何だ?」

「ああ、ぶったまげる話だ!」

「やめてください、そういう地味なプレッシャーは」

 テゾーロは苦笑いしながら、先程トムに言った話をもう一度話すことにした。

「我々が持ちかけた話は、あなた方と手を組んでビジネスをすることです」

 

 

 テゾーロの計画をもう一度整理する。

 このウォーターセブンは、周囲の島との連絡がつきにくく物資も豊かではない。さらに海賊の影響で廃れてきている。

 そこでテゾーロは、トムに大型貨物船を造ってもらい、その船で多くの島へ向かって良質な材木をはじめとした多くの物資を手当たり次第買い取りウォーターセブンへ売り捌くという。テゾーロ自身も賞金稼ぎの一面もあるので海賊の相手を任せられるうえ、稼いだ金の数割をウォーターセブンやトムズワーカーズへ提供するという。

 資金と物資が集まれば、海列車の完成も早くなる上治安の改善とウォーターセブンの発展につながる。

 互いに損の無いWin-Winの関係を築くことができる、文字通りのイイ話だ。

 沈みゆくウォーターセブンの未来の為になると察したトムは、トムズワーカーズ社長として承諾し今に至るという。

「マジの儲け話じゃねェかよ…」

フランキーは、話のスケールのデカさに唖然とすると共に、こういう取引とは今まで無縁だったため困惑もする。

「周辺の島との貿易なんて考えたこともなかった……気宇壮大な話だが、とても理にかなっている」

 アイスバーグはそう呟く。

 今は廃船島で船の材料を調達しているが、海水で腐ってしまっている材木も多い。それに資源は限られている。いずれ底を突くのも目に見える。 だがテゾーロの話では、彼は運輸業を行おうとしている。自らが作った船で物資の調達に向かい売り捌けば、経済も良くなりそれがウォーターセブンの発展につながる。

「じゃあ、そのためには船が必要だねェ。航海士・船医・船大工位の人材もだ」

「たっはっは、何ならわしらも海に出るか!」

「いやいやいや! あなたにはあなたの仕事があるでしょう!?」

テゾーロの素早いツッコミに、トムは相変わらず豪快に笑う。

「街の酒場とかで聞いてみるとええ、数人ぐらい元船乗りはいるじゃろうて」

 

           *

 

 

「いない……」

 溜め息を吐いて頭を抱えるテゾーロは酒を煽る。

 テゾーロは色んな酒場に行って利用客から情報集めしようとしたをが、やはり廃れてきているせいか客は比較的少ない。

 情報集めに徹してるが、これといった有力な情報はなく、詰んでいる状態だ。一人くらいはいるだろうと踏んでたので、それが通じないことを知ったテゾーロは困り果てた。

「ハァ……中々見つからねェや」

「この辺りじゃあ、そういう奴ァいないからねェ」

 酒場の店主がそう言いながらテゾーロに酒を出す。

 この酒場が、ウォーターセブンにある最後の酒場…ある意味最後の情報収集だ。

「まァ、人探しなら時間をかけてやるなり、一ヶ所に絞って捜索するのもアリだと思うがねェ」

「って言われてもな~……」

 するとその時、サングラスをかけた黒髪の男が戸を開けてテゾーロの隣に座った。

 がっしりとした体格であり、かなり強そうだ。

「オヤジ、ラムをくれ……瓶ごとでいい」

「あいよ」

 男は瓶ごと出されたラム酒を飲む。

 豪快そうだが気さくな雰囲気の男は話しやすそうで、テゾーロは声をかけた。

「そこのお兄さん。ここいらで船乗りをやってた人間を知ってますか? 元海賊でも構わない」

「ん?」

「私はギルド・テゾーロ……この街で商売をしようと思っていまして、そのために船乗りだった人物が必要なんです」

 遜った挨拶をするテゾーロ。

 すると男は笑いながら言った。

「そうか…じゃあおれでも雇うってか?」

「え?」

「こう見えておれァ元海賊だぜ。一味は訳あって解散したが、〝新世界〟で何年か航海したこともある」

「!? 〝新世界〟まで……!!?」

 〝新世界〟は〝偉大なる航路(グランドライン)〟後半の海の通称であり、世界で最も航海が困難である最強の海だ。海流・気候に加え、前半の海で唯一信頼できた磁気までもが変動する島があり、航海中完全に磁気を失う島さえあるという、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海の常識すら一切通じない海でもある。

 なお、その新世界を制した者が「海賊王」の称号を得られるのであり、今はゴール・D・ロジャーが唯一制覇したことで知られている。

(これは思わぬ収穫だ、好機(チャンス)は今しかない!!)

 一度でも新世界に足を踏み入れた者は、口を揃えて前半の海を「まるで楽園(パラダイス)だった」と語るという。

 そんな海に行って生きて帰った経験があるのだから、絶対に雇わねばならない。この先そんな人物と会えるかどうかなんて、(ゼロ)に近い確率だ。

「仕事がないなら、私の商売をぜひ手伝ってくれませんか? 報酬はちゃんと用意できますゆえ」

「へェ……坊主、中々面白ェことしでかす気だな? まァ、おれもヒマだからな……非正規雇用といこうぜ」

 男は何と了承した。

 新世界での航海経験がある人物が手伝ってくれるとなると、これ程ありがたい人物はいない。

「改めて……私はテゾーロ財団のギルド・テゾーロ。あなたは?」

「スコッパー・ギャバンだ。よろしくな」

(アレ? どこかで聞いた名前だな……)

 どこかで聞いたことのある名前の気がしたが、テゾーロは気にせずギャバンと握手した。

 そしてこのギャバンという男が、実は伝説の海賊だったということを知るのはまだ先の話。



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第8話〝スコッパー・ギャバン〟

 トムズワーカーズ。

 ここではステラはテゾーロの帰りを待っており、ココロと暇潰しに話し合ってた。

 容姿は違えど、女同士だからか会話が盛り上がっている。

「あんな若い子に会えるたァ、恵まれてるねェ!! んがががが!!」

 そう笑うココロに、ステラも微笑む。

「どうやって出会ったんだい? 落とし物を拾ってくれたのかい? それともどこかの曲がり角でぶつかったのかい?」

「いいえ、そんなありふれた話ではないですよ」

「じゃあ、どうして会ったんだい?」

 その時ステラは一瞬だけ暗い顔になり、気まずそうに口を開いた。

 ココロも思わず目を細める。

「人前では言いにくいんですが……私は売られたんです」

「!!? まさかあんた…奴隷だったのかいっ!!?」

「いえ……正確に言えば、〝人間屋(ヒューマンショップ)〟で売られてたんですが……」

 ステラは自分の身にかつて起こったことを話した。

 ステラは父のギャンブルが原因で人間屋に売られた。彼女にはその美しさと若さからかは知らないがかなり高い値を付けられており、何れ買われる日を待つばかりだったという。そこで出会ったのが、テゾーロだった。

「彼は私を楽しませるために、自らの夢を語ったり歌を歌ってくれた。それだけでも救いだったわ…」

 ステラの脳裏に、テゾーロの言葉が響く。

 

 ――君が好きだ。だから君を救いたい。奴隷になんてさせない!! 必ず救ってやる!!

 

「魔法の能力(ちから)で私を助けたあの日は、忘れられない。何十年経っても、決して忘れられないわ……」

「んがががが!! イイ旦那を持ったじゃあないか!!」

「だっ……!? い、いえ!! 私はまだ結婚してませんよ!?」

「だが好きなんだろう?」

「そ、それは……勿論……」

「んがががが!! 素直な子は嫌いじゃないよ。男は度胸、女は愛嬌で勝負するもんだしねェ!!」

 すると、トムがアイスバーグとフランキーを連れて帰ってきた。

 いつもピンピンした状態で帰って来るアイスバーグとフランキーが珍しくヘトヘトで、トムもいつも以上に汗をかいている。

 この日はそこまで忙しくない……どうやらテゾーロとは別行動で人材集めをしてくれたようだ。

「どうだったい?」

「ここ最近他所の人間は来てねェからな、今日はおらんかった。まァ、別の日に探してみるとするわい!!」

 その直後だった。扉を開けてテゾーロが帰ってきた。

 その後ろにはギャバンがいる。

「テゾーロ! すごいわ、一人見つけたの?」

「ああ、元海賊で新世界の海を航海した経験があるようなんだ」

 その時、トムが目を見開いて口を開いた。

「お前……ギャバンか!?」

「おお、トムの旦那! 久しぶりだな!!」

「トムさん、知り合いですか?」

「ああ、ロジャーの船に乗っとった男だ」

『……えェェェ!?』

 

 

 テゾーロが連れてきた男…スコッパー・ギャバンは、何とあの〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制覇した海賊王ゴールド・ロジャーが率いたロジャー海賊団の元船員であったのだ。

 しかもスコッパー・ギャバンはロジャーや副船長のシルバーズ・レイリーと長い付き合いで、彼自身もかなりの実力者だ。

「ロジャーは不治の病に侵されてる……もう老い先短いだろう」

「そうか……もう会えんのか」

 ロジャーの寿命が残りわずかであることを知り、残念そうな顔をするトム。きっと、トムが作ったあのオーロ・ジャクソン号の事が気になったんだろう。

「トムの旦那、あんたが造ったオーロ・ジャクソンは立派だったよ。命があるわけじゃねェが、オーロ・ジャクソン(あいつ)もおれ達の大事な仲間だ」

「そうか。そりゃあ船大工冥利に尽きる…」

 安心しきった顔で言葉を紡ぐトム。

 そんな中、ステラはギャバンに声をかけた。

「ギャバンさん……」

「? 何だい、嬢ちゃん」

「海賊王は……ゴールド・ロジャーは今どこに?」

「……やっぱり訊くよな、それは。(わり)ィな嬢ちゃん、そいつだけは言えねェな……。然るべき時が来たら、教えてやるよ」

 どうやらロジャーが今どこで何をしているのかは元船員達は知ってても、ロジャー本人から他言しないよう言われてるらしい。

 テゾーロはその言葉の意味を理解しているどころかロジャーが今どこで何をしているのかも知ってるが、言わないことにした。

「海賊稼業から手は引いちゃいるが……船さえあればおれァどこへでも行けるぞ」

「それはありがたい、そういう方を待ってたんだ」

「ガハハハハハッ!! 随分と言ってくれるじゃねェか!!」

 豪快に笑うギャバン。

「そういやあお前、商売をするっつってたな。どういうのか教えてくれ。」

「ああ、実は……」

 テゾーロはトム達に話したことをギャバンにも伝えた。

 ギャバンはそれを聞き、笑みを深めた。

「成程……要は手当たり次第買いまくって売り捌くんだな? だが海賊船に出会ったらどうする? 船を奪い取って解体すりゃあ多少なり資材は揃うぞ」

「そこはトムさん達に見定めてもらうつもりです」

「そりゃそうだろうな、船大工にしかわからねェ事もあるもんだ。 じゃあ船ができるまで待ってるとするぜ。トムの旦那、もう一隻オーロ・ジャクソンを造ってくれよ」

「たっはっは!! まァ期待しているがいい。どういう船にするかはおおよそ決まっとる」

 トムは早速船の設計に取り掛かるために机に座って設計図を書き始めた。

 アイスバーグとフランキーもトムの元へ向かう。

「じゃあ、俺はこれで失礼するぜ。週一であの酒場で飲んでっから、船できたら呼んでくれ」

ギャバンはそう言い、豪快に笑いながら去っていった。

(ここからが本番だな……ギャバンさんと稽古でもして「新世界」で通用するレベルに成長しなきゃな)

 伝説の海賊が手を貸してくれるのは、テゾーロ自身も想定外だった。

 個々の力が驚異的に高いロジャー海賊団でも屈指の実力者かつ古株だったギャバンから覇気や悪魔の実の能力の稽古をつけて貰えれば、新世界での戦闘も何とかなるだろう。

 だがそれ以外にも海軍・政府との交渉やテゾーロ財団の発展など、やらねばならないことはたくさんある。

(まずは力を蓄え、強くなることだ。力が無ければ何も守れない)

 テゾーロの野望は、強くなることから始まる。



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第9話〝強くなるには〟

 テゾーロ財団とトムズワーカーズが結託して3日が経過した。

 トムによる船の造船は、とりあえず設計図は完成したのでアイスバーグやフランキーとこれから造船に入るらしい。

 ステラも航海における知識が必要と考え、テゾーロが今まで用意していた金を使って書物等で自主勉強。

そしてテゾーロは、強くなるべくテゾーロなりの修行をしていた。

「うおっ、危なっ!!!」

 何とか落ちないように家の屋根の淵へ掴まり、よじ登るテゾーロ。彼が今やっているのは、「パルクール」という人が持つ本来の身体能力を引き出し追求する移動術だ。ウォーターセブン編でカクが見せたような移動術を思い浮かべればいいだろう。

 転生前……前の世界では、フランスの軍事訓練から発展してエクストリームスポーツとして若者に大人気であったこの移動術は「ONE(ワン) PIECE(ピース)」の世界ではとても役に立つ。壁や地形を活かし、様々な動作を複合的に実践することで、生活やスポーツに必要な全ての能力を鍛えて行くので、日々のトレーニングにうってつけだろう。

 始めて間もないテゾーロは時々落ちかけたりするが。

「ハァ……ハァ……ちょっ、ここで休憩……」

 息を荒くし汗をダラダラと流しながら座り込むテゾーロ。

「……ん? 何だ、やけに騒がしいな…」

 ふとテゾーロは、町が何やら騒がしくなっている事に気づいた。

 それは歓迎の声というより、悲鳴に近い声だ。

「海賊か……!?」

 テゾーロは他者にバレないように声がした方へ向かう。

 すると、テゾーロの目の前に海賊達が暴れている光景が。

「……アレは…ラックス海賊団の〝狂犬ラックス〟か。」

 テゾーロはラックス海賊団に見覚えがあった。

 賞金稼ぎとしても動くテゾーロは、手配書を集めてリスト化させている。そのリストの中で、ラックスは5600万ベリーの賞金首……まずまずお高い方である。

(人質を取っているな…傷をつけないようにするにはどうするか……)

 女性を人質にとっている下衆をどうするかより、下衆の人質をどう救出するかを考えるテゾーロ。

 通りのド真ん中に降りて救出は、部下による銃弾のオンパレードが待っているかもしれない。

 話し合いはたぶん……いや、絶対通じないだろう。

(なら……アレしかないな)

 テゾーロは屋根から降り、〝ゴルゴルの実〟の能力で金塊を作り出した。

 するとそれを海賊達に投げた。

 

 ガラァァン……!

 

 重い金属音が響き、海賊達は振り向く。

「せ……船長、金塊です!!」

「な、何っ!?」

「金塊が降ってきたんですよ!!」

 光輝く金塊を前に、ラックスとその部下達は唖然とする。

 本物の金には、やはり興奮するようだ。

 しかし、それがテゾーロの罠だった。

 

 ゴキィンッ!!

 

「ぐァ!?」

 一瞬だった。

 どこからともなく2本の鉄パイプを手にしたテゾーロがラックスを襲撃し、ラックスの後頭部を強打。一撃でラックスは倒された。

「船長!!」

「貴様、一体どこから!?」

 そう言って銃を構えた瞬間、テゾーロは鉄パイプを1本投げる。

 まるで吸い込まれていくかのように海賊達に直撃し、顔面を強打して倒れた。

「な、何だあいつ!?」

 テゾーロの強さに動揺する海賊達。

 しかし気を取り直し、剣を抜いて襲いかかった。

 テゾーロはもう片方の鉄パイプを構えるが……その必要はなかった。

「らァっ!!」

 

 ドゴォン!!

 

『ギャアァ~~~~~!!!』

 海賊達がまるでマンガのように吹っ飛んだ。

 テゾーロの視線の先には、腕を黒く染めたギャバンがいた。

「ギャ、ギャバンさん……!」

「見たぞテゾーロ、中々の素質があるらしいな」

 ギャバンはテゾーロの戦闘を見ていたらしい。

 その身のこなしや戦闘のセンスに興味を持ったそうだ。

「テゾーロ。そういやあお前、強くなりてェんだろ?」

「? ……ええ……」

 これから先の航海では、海賊や海の巨大生物「海王類」との遭遇率が高くなる。それらに対抗できる程の力をつけねば、ステラ共々命を危険に晒してしまう。

 そこでギャバンは、テゾーロにこう告げた。

「だったら教えてやるよ……「覇気」って力を」

 

 

           *

 

 

 ここはウォーターセブン郊外の広場。

 テゾーロはギャバンと共にそこにいた。

「おれァ〝見聞色〟と〝覇王色〟は使えねェからなァ……武装色の覇気の修行くらいは何とかなる。〝見聞色〟とかはレイリーに訊きな、あいつはシャボンディ諸島のバーにいる」

「覇気って、どうすれば習得できますか?」

「こいつァレイリーも言ってたが…〝疑わないこと〟が一番だ。例え相手が何であろうと、自分を疑わず戦い抜く…そういう奴に覇気は与えられるもんだ。それに覇気は生まれ持ちや修行だけじゃなく、戦いで覚醒するケースもある…おれもそうだった」

「……」

「修行には付き合ってやるよ、自分の身は自分で守るのが筋ってもんだしな。それにおれァお前に興味がある」

 そういうとギャバンは、斧を取り出した。

「強くなるには実戦あるのみ!! どっからでもかかって来いっ!!」

「そうですか……じゃあ……!」

 テゾーロは〝ゴルゴルの実〟の能力で黄金を生み出し、さらに生成して黄金の槍を作った。

「お前、能力者か!!」

「おれは〝ゴルゴルの実〟の能力者です。超硬度の黄金を生み出し、触れた黄金は自在に操れますので」

「そうか、それは期待できそうだ!!」

 テゾーロは果敢に伝説の海賊(ギャバン)へ挑んだ。

 

 

 10分後――

「ガハハハ、まだまだだな!!」

「……」

 結果は予想通りといえば予想通りだが……テゾーロの惨敗だ。

 最初こそ超硬度の黄金に苦戦したギャバンだが、そこでスイッチが入ってフルボッコにされたのだ。

 元々の基礎戦闘力の差が最大の原因でもあるが。

「……何が……世界の゛広ざを゛改め゛で知りまじだ……」

 ボッコボコの表情で、テゾーロは呟く。

「しっかし参ったな、そんな面じゃあ嫁さんに申し訳ねェわな!!」

「ステラのごどでずか……? まだ結婚しでまぜんよ……?」

「いずれするんだろ? 婚期は逃がしちゃシメェだぞ坊主!」

(失礼だが……あんたにだけは言われたくないわ)

 その後、テゾーロはステラに怒られたとかなんとか。



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第10話〝未完成〟

もう10話目か…これからも頑張ります。


 テゾーロとギャバンの修行が始まって早3日。

 今日もテゾーロは厳しく扱かれている。

「〝黄金鉄槌(ゴオン・マルテッロ)〟!!」

 テゾーロは黄金の槌を生み出し、ギャバンに殴りかかる。

 しかしギャバンはそれを真っ向から受け止め、弾き返した。だがテゾーロは挫けず、体勢を立て直して黄金のハンマーを構え、突進した。

「テゾーロ、そうやってバカ正直に突っ込んじゃあ勝てる敵にも手こずんぞ!!」

 だが、テゾーロは黄金のハンマーを変成し、右腕に手甲状の黄金を纏わせた。

 そして近づく身体を回転して、勢いに乗ったまま裏拳を打ち出した。

 

 ズドッ!

 

「ぐっ!?」

 予想外の攻撃に、ギャバンの表情が強張る。

 その隙を見逃さず、テゾーロは今度は左腕に手甲状の黄金をまとわせ拳を放った。

 腹に鋭く重い打撃を叩き込まれて、しかしギャバンは息を漏らす事を堪えた。

「うおォォ!!」

 テゾーロは更に拳を連打させる。

 それに虚ろな目をやったギャバンの目に、正面に跳び足を振り抜くテゾーロが飛び込んだ。

だが彼は笑みを深め、額で蹴りを受け止めた。

(マジかよ!? 今の結構本気だったんだぞ!?)

 テゾーロは、放心にも似た虚脱から、数秒して立ち直る。

「いいなァ。やっぱ、お前、やるじゃねェか」

 刹那、肉眼で捉えられないような凄まじいスピードで拳が振るわれた。

 テゾーロは咄嗟に両腕で顔面を隠し腰を退かせるが、それを見越した拳が腹に叩き込まれ、衝撃だけは回避できなかった。

その結果、大きく後ろに飛ばされ、テゾーロは材木の山に叩きつけられる。

「ガハハハッ!! 今のは良い攻めだったぞ。人体急所を狙っていた……覇気を纏えば自然系(ロギア)の能力者を一撃で倒せそうだ」

 豪快に笑いながら、テゾーロの戦いぶりを評価するギャバン。

 修行を始めてまだ3日しか経ってないが、テゾーロは少しずつ強くなっている。

(懐かしいな……シャンクスとバギーを扱いた日を思い出すぜ)

 ギャバンはロジャー海賊団の船員だった頃、二人の見習いを扱いたことがあった。

 一人は、麦わら帽子を被り果敢に敵と戦った少年剣士――シャンクス。

 もう一人は、ピエロのような顔立ちをしたナイフ使い――バギー。

 二人共、〝白ひげ〟をはじめとしたロジャーの宿敵達を前にしても臆さず立ち向かったロジャーの大切な〝仲間〟だ。

 そんな彼らをレイリーと共に扱いた日々は、一味の解散こそつい最近の話だが、今となれば懐かしい思い出である。

 ギャバンは、テゾーロを無意識に二人と重ねて感じていたのである。

(こいつには……テゾーロには人の上に立つ素質がある。これからが楽しみだ)

 ギャバンは笑みを浮かべ、心の底でテゾーロに期待するのだった。

 

 

 テゾーロ財団とトムズワーカーズが結託して10日。

 ついにその時は来た。

「ぬェい!」

 

 ドパァン!!

 

 廃船島にて上がる水しぶき。

 それは、この場で完成した船の盛大な進水式だ。

「おお……」

「すごいわ……!」

「たっはっは!! 満足してくれて何よりだわい」

 そう、テゾーロ財団が使う船が完成したのだ。

 頼んだ船……キャラベル船は、見た目は普通の商船であり海賊が典型的に襲ってそうな雰囲気を醸し出している。

 しかし乗るメンバーは油断大敵である。

 〝ゴルゴルの実〟の能力者であるテゾーロ財団会長兼賞金稼ぎのテゾーロ、様々な学を学び始めたステラ、そして元ロジャー海賊団のギャバン。商船と侮ると手痛い目に合う連中ばかりだ。

「ほう、一週間で仕上げるたァさすがはトムの旦那だな」

「キャラベルじゃからな、結構作りやすい部類なんじゃ」

 たっはっはと笑うトム。

「とりあえず乗っていいですか?」

「ああ、構わんぞ」

 トムが用意した梯子(はしご)を使い、甲板に上がるテゾーロ。

 甲板や倉庫等を確認し、その出来栄えに感心する。伝説の船大工は素晴らしいという言葉に尽きるだろう…。

(まァ、あくまで戦闘のための船じゃないからな)

 テゾーロは賞金稼ぎだが、自分から攻める戦法よりも「誘き寄せてからホームグラウンドで叩く」戦法の方が向いている。

 〝黒ひげ〟マーシャル・D・ティーチのように丸太舟で大海を行く海賊団は例外だが、キャラベル船で〝偉大なる航路(グランドライン)〟に挑む輩はそうはいないだろう。キャラベル船は沿岸の浅瀬や河川を探検することが可能なので、浅瀬に誘い込んで座礁させたりもできる。

もっとも、船員が三人だけなのでキャラベル船が都合がいいだけなのだが。

「しかし、大砲とか積まんでもええのか? このご時世、自衛の術くらい得た方がええ」

「それに関してはご心配なく。おれの能力でサポートします」

「能力……そうか、悪魔の実の能力者か! たっはっは、なら心配せんでもええか!!」

 テゾーロが大砲などの兵器を積まなかったのは、〝ゴルゴルの実〟で生み出した黄金で船をコーティングし、そう簡単に沈まないようにするだけでなく、自らの意思で船を自在にコントロールして侵入者を確実に仕留めるためだ。

 この船は実際は未完成……テゾーロが〝ゴルゴルの実〟で最後の仕上げをすることで完成するのだ。

「じゃあ、後はおれに任せて下さい。明日までには終わらせますんで。」

「そんなに時間がかかるのか? 半日もありゃあ十分じゃろう?」

「おれにも〝拘り〟があるんですよ」

 テゾーロの答えに、どこか納得したような笑みを浮かべるトム。

 するとトムは「明日を期待しとるぞい」といい、陽気にトムズワーカーズへ戻っていった。

「ステラ、君もトムの元へ行くがいい。おれは大丈夫だ」

「大丈夫なの? もし海賊にでも襲われたら……」

「大丈夫さ、俺は賞金稼ぎだ。多少の危険くらいは承知の上だ」

 いつ何時、悪党共に襲われるかわからないご時世だが、危険を顧みずにやらねばならないこともある…テゾーロはそう主張する。

 もっとも、別にテゾーロ一人を狙って襲う輩などほとんどいないだろうが……。

「……無茶はしないで……」

「ああ、明日は君をびっくりさせるような素晴らしい出来栄えにするさ!」

 テゾーロは満面の笑みで応え、ステラも微笑んで返事をする。

 今この時より、ギルド・テゾーロ二度目の徹夜が始まろうとしていた。



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第11話〝はじめの第一歩〟

文章を一部変更しました。
ご了承ください。


 翌日。

 テゾーロの最後の仕上げが終わった頃だろうと、トム達は廃船島へ向かっていた。

「さて、どういう出来かのう」

「テゾーロの仕上げ、楽しみだわ♪」

 すると、廃船島の奥の方でキラキラと輝く何かが。

 それを見て、トム達は唖然とした。

「こりゃあ、たまげた……!!」

「すごいわ……」

「き、昨日はこんなんじゃなかったぞ!?」

「すげェ……金ピカだ!!」

 そこには、キラキラと輝く黄金の船と甲板で伸びているテゾーロが。

 マストや船室、甲板も黄金色であり、海賊達なら喉から手が出る程欲しいであろう。

「お~い、生きとるか?」

「……死んではいないです」

 テゾーロは疲れ切った顔で笑みを浮かべる。

「これがお前さんの能力か……恐れ入ったわい」

「おれは〝ゴルゴルの実〟の能力者……黄金を生み出し操ることができるんです。まァ、これぐらいでどうにかなるでしょう……」

 〝ゴルゴルの実〟の能力で生み出された黄金でコーティングされた船の甲板や内装の装飾は、テゾーロの能力で自由に行使できる。使い方次第では「船が人間を襲う」ような感じになり不用心に侵入した不届き者を仕留めることが可能だ。

 マストやヤード、ロープ、舵、舵輪も全て黄金でコーティングされており、敵に砲撃されたとしてもそう易々と傷はつかないだろう。その上、金は化学的腐食――通常の酸やアルカリ――に対して非常に強い耐性を持つ。〝偉大なる航路(このうみ)〟の異常な海域にも適応できるだろう。

 これにより、一応テゾーロの理想通りの「敵を誘き寄せ確実に仕留める」船が出来上がったという訳だ。

 ただし、ゴルゴルの実の能力はテゾーロ自身の意思でいつでも操れるが、その反面海水に触れると黄金に悪魔の実の支配が及ばなくなり操れなくなってしまう。よってこの船の船底はただの黄金なのである。

 もっとも、船底をコーティングするだけでも船の強度は十分に上がるので何の問題もない。

「ステラ……準備をしよう。出航して早速買い物だ」

「テゾーロ……そろそろなの?」

「そうさ、これからおれ達は海へ出る……このウォーターセブンから、全てが始まるんだ」

 テゾーロの頭の中には、すでに別の計画が浮かんである。

 このウォーターセブンの周辺にある島……サン・ファルド、セント・ポプラ、プッチから手当たり次第買占めウォーターセブンへと流すのが第一の計画だが、実はテゾーロはある町に注目している。

 町の名は、モックタウン――かつて栄華を極めた黄金都市「シャンドラ」が存在した春島・ジャヤにある町だ。モックタウンは「嘲りの町」とも呼ばれてもいて、海賊達の落とす金によって成り立つ海軍が放置する程の無法地帯だ。

 もしこの町の治安を善くし、様々な島から訪れる人々で賑わう町に変えたらどうなるだろうか。海軍が放置している無法地帯を改善化させれば、政府からも評価され何らかの形でコンタクトも取れることが期待される。

(それに、レイリーにも会いたいよな)

 テゾーロはギャバンの下で〝武装色〟の覇気の習得に励んでいるが、神からの特典で〝覇王色〟を扱えるようになっている。また、〝見聞色〟の覇気もマスターして万が一にも四皇や王下七武海、新世界の大物海賊と戦うハメになっても生き残れるように強くなってなければならない。

 やるべきことはたくさんあるが、全ては世界を変える革命の為である。

「成程……黄金の船として海を漂えば、放っといても海賊達が寄ってくる。そして乗り込んだところを〝ゴルゴルの実〟の能力で仕留める、といった感じか」

「ギャバンさん」

 斧を携えたギャバンが、テゾーロに近づく。

「実に合理的じゃねェか。海賊達の欲望を逆手にとった、ネズミ捕りだ」

 むやみやたらに敵船に乗り込むのは危険を伴い、下手すれば船を奪われてしまう。ならば、敵を自分のホームグラウンドに誘き寄せ一網打尽にした方が被害は最小限に済み効率もいい。

 それを見据えたテゾーロの仕上げには、さすがのギャバンも感心する。

「黄金の船である以上、砲撃で沈めるという勿体無いマネはしない……海賊達は必ず近づいて制圧しようと乗り込むはずです」

 その時、トムが何かを携えてテゾーロの元へ駆けつけた。

「いやはや、これを渡すのを忘れとったわい」

「これは……!」

 トムが渡したのは、ウォーターセブン周辺の海域を記した海図だった。

「処女航海で迷子じゃ、話にならんじゃろ?」

「確かに」

 そう苦笑いしながら海図を受け取るテゾーロ。

「処女航海が成功することを祈るぞ!!」

「心配せずとも、この町を〝偉大なる航路(グランドライン)〟屈指の(みやこ)にさせてみるさ」

 テゾーロはトム達にそう告げ、船に乗る。 

 そして船を縛っていたロープを全て外し、錨を上げる。

(さァて、いっちょ稼ぐとしますか!!)

 たった3人――正社員2名と非正規雇用1名――で始まった、テゾーロ財団の貿易。

 これが全ての始まりであり、テゾーロを世界一の男へと成り上がる第一歩でもあった。



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第12話:〝一人ぼっち〟

 目的地であるセント・ポプラを目指し、ウォーターセブンを出航したテゾーロ財団。

 これといった障壁も無く災害や海賊にも遭遇していないため、処女航海は成功である。

 しかしその分、ヒマな時間が増える。よってテゾーロは自主トレに励むことにした。

「これをどうしようか……」

 テゾーロは意識を右腕に集中させている。

 そんな彼の目の前では、手すりだった黄金がまるで蛇のようにくねらせながら伸び、うねうねと触手のように動いている。

 テゾーロが行おうとしたのは、「FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」の劇中でよく見る黄金を触手のように操って相手を拘束・攻撃する戦闘法だ。

 〝ゴルゴルの実〟の主な使い方は、「黄金を腕に纏って相手を攻撃」、「黄金を触手のように操って相手を拘束・攻撃」、「黄金製の巨大戦闘体」、「黄金製の武器での攻撃」だ。テゾーロはそんな戦闘法をさらに増やそうとしているのだ。

(一応腕だけじゃなく足に纏って攻撃できるようには訓練したんだが……まだ足りないんだよなァ……)

 ギャバンとの修行の中で、テゾーロは新たに〝黄金脚(ゴオン・ガンバ)〟という黄金を纏った強烈な蹴り技を編み出したり、独学で槍術を修得したが、世界を相手取るにはまだまだ未熟である。

 特に一対多数の戦闘法を編み出しておらず、一度に数百人の敵を仕留める技を絶賛開発中なのだ。

「あら、そんなこともできるのね♪」

「ステラ!」

 テゾーロの修練を覗いてたステラが、微笑みながら口を開く。

「黄金がそんな風に動くのは初めてだわ……ゴルゴルの実はすごいのね♪」

「ま、まァね……」

 顔を赤くして照れるテゾーロ。

 それを見たステラは笑い、たまたま見ていたギャバンは大笑いする。

「おい、そろそろ着くぞ。目的地だ」

「「!!」」

 ふと、眼前に美しい町並みが特徴の島が見えた。

 どうやら目的地……セント・ポプラに着いた様だ。

「ここで物資を粗方調達するんだったな。着港したら何をする?」

「一応プランは練ってます…まァ、資金もある程度用意しますし、海賊を見つけ次第狩るとします。海軍がいればいいですけどね」

 テゾーロのプランでは、このセント・ポプラでウォーターセブンが一番欲しがる物資…材木を買い取る予定だ。交渉して値引きしたり使われなくなった材木を見定め良質なモノを貰ったりなど、とにかく買ったり貰う。

 勿論材木だけではない。食料等も買える分だけ買い、船に詰め込んでウォーターセブンで売り捌く。値段は……買った後で決めればいいだろう。

「だがテゾーロ……船番は必要だろ? ステラちゃんを一人っきりにするのは危険だから、おれかお前だぞ」

「それについては……ジャンケンで!!」

 そして、男と男が拳を振るった。

 

 

           *

 

 

 セント・ポプラの港。

「……〝一人ぼっち〟って、こんなに寂しいもんなんだな……」

 結論を言おう。ジャンケンの結果、何とテゾーロが負けた。

 テゾーロの負け=テゾーロが船番をやる……ポツンと一人、寂しく能力の鍛錬に励まざるを得なかった。

(そうだ…せっかくだから装飾品でも作るか)

 テゾーロは黄金を生み出すと、それを変成させてリング状にし、黄金の指輪を作り始めた。

 テゾーロは「FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」で、黄金の指輪が糸のようにほどけて大人一人を絡めとったシーンがあったのを思い出した。

 「いざというときに使えそうだな」と思い、大量に作ることにしたのだ。ある程度作ったら整理し、何割かは市場で高値で取引させてもらえればいい。

 ネックレスやイヤリングも作り、宝石店などで取り扱わせるのも悪くないだろう。

「〝神の力〟……と豪語するのは、あながち間違いだとは言えないな……」

 金は、巨大な力を有する。

 金では幸せは買えない……それはテゾーロもちゃんとわかっている。だが金さえあれば避けることができた不幸もあり、そして多くの人間がその罠にはまる。

 テゾーロの〝ゴルゴルの実〟は、一歩間違えれば世界情勢を覆し人々の幸せや夢を支配できる程に強大な力だ。その力が世界を救うのも滅ぼすのも、テゾーロの自由でありテゾーロ次第でもある。

 今はそれ程の力ではないが、近い内に劇中と同等…いや、それすら上回るであろう程の力となるだろう。

(使い方は慎重にしなきゃあなァ~……)

 ふとその時。

 船の周囲から、人の気配がした。

「……」

 テゾーロは顔を出そうとはしなかった。

 この「黄金の船」に無言で(・・・)近寄って来るのは、ろくでもない悪党がほとんどだろう。

 一般人なら、声ぐらいかけるだろう。

(ちゃっちい輩達だこと…)

 その時だった。

「ギャ~ッハッハッハッハッハァッ!!」

「いい船だな、黄金を全て寄越せェ!!」

 早速かかった海賊達。

 かなりの大人数だが、ギャバンのような豪傑ではなくチンピラみたいな感じだ。

「ゲ~へッヘッヘッヘ!!」

「おいガキ、死にたくなけりゃあこの船を寄越しな!!」

 そんなチンピラ達に、テゾーロは不敵な笑みを浮かべる。

 そして、先程作った黄金の指輪を指にはめながら口を開いた。

「ほう、面白いことを言う。おれに勝つつもりか? この船の上で?」

「造作もねェ!! やっちまえ!!!」

 海賊達は一斉にテゾーロに斬りかかる。

 対するテゾーロは、丸腰のまま笑みを深めた。




アンケートの方、絶賛募集中ですよ~。


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第13話〝テゾーロとサカズキ〟

やっと更新です。


 30分後。

 大量の材木や食料を携えて、ギャバンとステラが帰ってきた。

「お~い、テゾーロ! 待たせたなァ!」

「お金余ったから服を買ってきたわ」

「二人共、お疲れ様」

 荷車で交流した物資を運ぶギャバンと買い物袋を携えたステラに、テゾーロは労いの言葉を投げかける。

「でも積むのは待って。ちょっとこの粗大ゴミをリサイクルしなきゃいけないし」

 テゾーロはそう言って、親指で後ろを指差す。

 その先には、ボッコボコにされ黄金の鎖で縛られた海賊共が。

「襲撃されたの……?」

「ただのカカシだった、問題はないしケガもない」

 テゾーロは笑いながら海賊を踏みつける。

 全員死にかけてるが命は落としていないのは、殺すと三割も値が下がるからという経済的な理由だ。

「一応近所の方に海軍に通報させておいたよ。なァに、捕まりはしないさ」

「……じゃあな!」

「待って下さいな」

 逃げようとするギャバンを止めるテゾーロ。

 その場から逃げようとする彼に黒い笑みを浮かべてテゾーロは問う。

「どこへ行くんですかな?」

「おれはまだ手配書破棄されてねェんだよ! このままおれがいたらお前らも海賊扱いされるぞ!!」

「最悪の場合はあんたも突き出すさ、問題ないから安心してください」

「えげつねェぞテゾーロ!?」

 冗談なのか本気なのかわからないテゾーロの毒にツッコミを炸裂させるギャバン。

「と、とにかくおれァ一度ズラかるぜ! 後は頼むぞ!!」

 そう言い、ギャバンは一旦逃走。

 それと共に、すぐ傍まで軍艦が迫っていた。

(さて、一体誰のご登場かな?)

 

 

           *

 

 

「何じゃあ、あの船は……?」

 「正義」を背負い、威風堂々と軍艦に立つ彼は、目の前にある黄金の船に戸惑う。

 〝(あか)(イヌ)〟と呼ばれる海軍本部中将・サカズキ――後の海軍大将であり、新世界編での海軍元帥――は、セント・ポプラ付近の海を荒らす海賊の討伐に来ていた。

 しかしながら、その任務すら一瞬で忘れてしまうほどのインパクトがある船に遭遇したのだ。それが、眼前の船である。

「……怪しいのう」

 海賊旗は掲げていないようだが、その船にはある違和感があった。

 それは、船を護る設備らしきものが一切見当たらないことだ。海賊共がのさばるこの海では、客船ですら大砲を用意している程の危険さに満ちている。それでありながら、大砲すらないあの船はなぜ無傷なのか。

 サカズキは警戒しながら港に降りてその船に近づくと、船の持ち主であろう少年が笑顔で出迎えてきた。

「これはこれは、海軍の方が来てくれるとは思いもしなかったよ。ちょうど私の船を盗もうとしていた不届き者を縛り上げたばかりでね……ぜひ預かってほしいんだ」

「不届き者……じゃと?」

「申し遅れました。私、ウォーターセブン付近の海域で賞金稼ぎ兼運輸業を営み始めたギルド・テゾーロと申します」

 サカズキに対し紳士的に接するテゾーロ。

「お時間あれば、私とお茶でもいかがですか? なァに、決して海賊稼業を営んでる身ではないのでご安心を…「世界の正義」を背負う者に危害など加えませんよ」

 淡々と言葉を紡ぐテゾーロに、サカズキは……。

「わしにそんな時間など無いわい」

「……ハァ……それは残念です」

 テゾーロは盛大に溜め息を吐く。

 本気で海軍中将とお茶を飲む気だったようだ。

「それはともかく、あの不届き者達の一件ですが……」

「お前が全員やったのか?」

「ええ……実は船そのものが(・・・・・・)敵を誘き寄せる罠でしてね。武装もしていない黄金の船があれば大抵の海賊は欲しがり、海へ沈めぬよう船を乗っ取ろうとする。その海賊の心理、正確に言えば「海賊の欲」を利用した合理的な船ですよ――どうですか? 中々のエンターテインメンツでしょう?」

 最後の方はともかく、テゾーロの理屈にサカズキはどこか納得した。

 海賊という「悪」の欲深さを、海兵たるサカズキはよく知っている。自らの欲を満たすために、民間人から金品や食料を略奪し、多くの国や島々を蹂躙し、破壊の限りを尽くし時には人々を犯し殺す。

 その貪欲さに目を付けた少年(テゾーロ)は、黄金の船を造り上げ海上を進む巨大な「仕掛け網」にして海賊を狩りまくるという手段に出たのだ。

「……貴様、能力者か?」

「! 御名答、よくわかりましたね……一言も言っていないのですが?」

「船の黄金でわかるわい」

 サカズキはテゾーロが能力者であるのを見破っていた。

 考えてみればそれが当然と言えるだろう……テゾーロは自己紹介の際に「ウォーターセブン付近」と言っていた。ウォーターセブンは廃れ始めた町であり、黄金が流通するなどあり得ない状況なのだ。ならば、テゾーロは黄金をどうやって手に入れたか?その答えは「能力者」に限られるだろう。

「貴様はどうやって海賊を倒した? 順を追って簡潔に話せ」

「――順を追ってですか……それは至ってシンプルです。向こうから襲いかかって来て、私の能力で一網打尽。それだけですよ?」

テゾーロは至極当然のことを言うかのように口を開く。

「倒した経緯はわかったわい……それよりも貴様、能力は何じゃあ?」

「お察ししているでしょうが、金ですよ。私は〝ゴルゴルの実〟の能力者……黄金を生み出して自在に操ることができるのです」

 聞き慣れない悪魔の実の名前に、目を細めるサカズキ。

 悪魔の実には多くの種類が存在し、食べた実の種類に応じて様々な力を得られる。人智を超えた能力が身に付く「超人(パラミシア)系」、動物への変身能力が身に付く「動物(ゾオン)系」、身体を自然物そのものに変化させ、自在に操れるようになる「自然(ロギア)系」に大きく分けられ、食べた実次第で脅威の力を得ることができる。

 テゾーロの言うゴルゴルの実は恐らく「超人(パラミシア)系」だろう。

「今は賞金稼ぎをしてますが、ある程度の財が得られれば辞めるつもりです」

「……おどれ、一体何を目指しちょるんじゃあ?」

「それはまだお教えするわけにはいきません」

 人差し指を口に当てて不敵な笑みを浮かべるテゾーロ。

 どこか野心的な表情に、サカズキは睨む。

 

「私の……おれの目的を語るには時期尚早。一時代が(・・・・)終わったら、是非ともよろしくお願い致します」

 

「!」

 意味深な言葉を口にするテゾーロに、目を見開くサカズキ。

 するとテゾーロは封筒をサカズキに手渡した。

「これからビジネスが忙しくなりそうですので…賞金首の額はこちらへ送ってください」

 テゾーロはそう言い、同僚であろう女性に声をかけて荷物を運び始める。

「何じゃあ、あのガキは……」

 大抵の人ならたかが商いを始めた賞金稼ぎにすぎないだろうが、多くの修羅場をくぐり抜けたサカズキは何か大きな力を感じた。

 それは世界を脅かすモノなのか悪の根絶やしに貢献できるモノなのかはわからないが、アレを野放しにするのはマズイのではないか……サカズキはそう感じたのだ。

「……まァいい……絶対的正義に盾突くんなら消すまでだわい」

 サカズキはそう呟き、部下達に捕らわれた海賊達を護送するよう指示する。

 そしてそれに対しテゾーロは……。

(おっかねェー!! ヤクザかよ!? 若い頃から極道一筋なのかサカズキ中将!? 立木ボイスじゃないけどヤバすぎだろ!!)

 人知れずサカズキの威圧感に、櫻井ボイスで内心ビビっていたのだった。




「ゴルゴルの実の能力は触れた黄金を操るだけで生み出す事は出来ない」という意見が感想でありました。
ですが、某百科事典サイトでは「金を生み出し自在に操る事が出来る」と書いてありました。
どっちが本当なんでしょうか…?個人的には「金を生み出し自在に操る事が出来る」だと思い執筆しています。


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第14話〝排除か利用か〟

お待たせしました。


 セント・ポプラで物資を爆買いしたテゾーロは、途中で中将時代からヤの付く自由業であるサカズキ中将と遭遇するというハプニングに遭いつつもウォーターセブンへと帰港した。

 テゾーロ財団は、港についてから早速街の市場で物資の売買を始めている。

「こりゃあいい丸太だ!!」

「こんな材木見たことない!!」

「食材もかなり品質が良さそうだ!!」

「我がウォーターセブンに、ついに文明の光が……!!」

(いくら何でもオーバーリアクションでは……?)

 顔を若干引きつらせながらも、テゾーロは笑みを作る。それ程までに廃れていたのだろうか、ウォーターセブンは。

 ……さて、せっかくなのでウォーターセブンの市場に売り捌いてみた品物を一部紹介しよう。

 まずは「ヤルキマン・マングローブの一部」。言わずと知れたシャボンディ諸島産のヤルキマン・マングローブを角材にしたモノだ。実はヤルキマン・マングローブはたまに市場に出回ることがあり、おれが――金にモノを言わせて――買い占めた材木だ。ヤルキマン・マングローブは根っこから特殊な天然樹脂を分泌し、呼吸する時に樹脂が空気で膨らみ、それがシャボンとなりコーティングに使われる。ヤルキマン・マングローブのシャボンは深海1万メートルの水圧にも耐える代物で、それの成分が残ったまま材木として売れば航海者にとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。

 次に「ロング・エレファントホンマグロ」。象のような長い鼻と大きいヒレを持つあのエレファントホンマグロの仲間で、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の気候に適応するために巨大化したらしい。大きい分脂や肉質が良く、地元の漁師に訊いてみたら「さっぱりしてる」とのこと。

 そしてTシャツ。これがこれで問題だった。漢字二文字の単語が書いてあるシンプルなデザインなのだが……「破戒」だとか「極刑」とか物騒でとんでもない二文字ばかり。

(……これはアレか? 幼少期のエースが着てた謎のブランドか? 大海賊時代以前からあったのか!? しかも子供受けが半端じゃないぞ!! 何てモノを買って来たんだ、ステラよ!!)

「このTシャツ、やけに売れてるなステラ……」

「セント・ポプラでも大人気のブランドなの。シンプルだからとっても安いの」

「いや、それ答えになっているのかい?」

「答えよ♪」

 ステラのゴリ押しが想像以上で、テゾーロは何も言えなくなる。

(しかし、これは想定外だな。数分もあれば品切れか……)

 余程物資が足りなかったのか、数分で全ての商品が完売しそうな勢いだ。

 嬉しいと言えば嬉しいが、多少は余るのではと高を括っていたからか悩むテゾーロ。

(あの船だけじゃあダメだ。 もっと船が必要なのかもしれない)

 ここまで物資が不足してるとなると、思い切って造船会社買収するという手段もアリに思える。しかし首を横にブンブンと振り、まだやるべきではないと必死に自分の心に言い聞かせる。

 すると――

「……君がギルド・テゾーロ君かね?」

「? ええ、私に何か用で?」

 ふと、テゾーロに尋ねて来る壮年の男性が。

 黒スーツを着こなすその姿は、どうやら役人のようだ。

「私はこのウォーターセブンの市長だ。君の評判は聞いているよ……まず、このウォーターセブンに豊かな物資をもたらしたことには感謝する」

 市長さんはおれに頭を下げる。

(うわァ……いつの間にかすごい有名人になったモンだね、おれ)

「そこで折り入って話がある。今後のウォーターセブンの発展の為に、君達「テゾーロ財団」の力を借りたい」

「……新たなビジネスチャンスって解釈してもよろしいですか?」

 その言葉に、市長は静かに首を縦に振った。

 

 

           *

 

 

 一方、ここは世界中の正義の戦力の中枢たる「海軍本部」が置かれたマリンフォード。

 本部要塞のある一室では、海軍本部大将〝仏のセンゴク〟が中将サカズキからテゾーロの話を聞いていた。

 センゴクは〝海軍の英雄〟とも呼ばれる〝ゲンコツのガープ〟ことモンキー・D・ガープや海軍のご意見番たる〝大参謀〟つる、今は軍の教官を務める伝説の元海軍大将〝黒腕のゼファー〟らと共に大海の秩序の維持に貢献してきた歴戦の将だ。

「例の賞金稼ぎだな? クザンから報告書を貰っている…黄金を操ると聞くが、本当か?」

「本人が話しちょりましたわ。クザンの言う通りのようじゃけェ。ついでに奴ァ商いにも目を向けております」

「商い、か……」

「……わしは摘むべきじゃと思うちょります、センゴクさん。あのガキの能力は危険じゃけェ。ただの賞金稼ぎじゃありゃあせん、野放しにすればわしらの……正義の脅威となる」

「フム……」

 センゴクは思考に浸る。

 黄金を操るということは、武力的な一面よりも経済的・権力的な一面の方が大きな影響力をもたらす。悪魔の実の能力で生み出すとはいえ、クザンの報告書からはどうやら黄金の質や成分そのものは自然の黄金と全く同じらしく、現にそれで取引している。

 万が一テゾーロが海賊として名乗りを上げたら、その「神の力」で全世界のパワーバランスを崩しかねず、それこそこの世界の頂点ともいえる世界貴族〝天竜人〟すら引きずり下ろしかねない。そういう意味合いではサカズキの提言は非情だが一理ある。

 しかし、テゾーロを利用すると考えると、サカズキの提言は実行すれば甚大な損失となる。何だかんだ言って、世の中は金で動く。金の力は権力者すら懐柔できる程の強大さなのだ。彼の能力を利用し経済を活性化させたり海軍の軍事費に還元させるのもいいだろう。

 いずれにしろ、テゾーロの能力は世界政府にとって有益なモノになるのは間違いない。無論、政府に牙を向けるような行動が目立ったらそれこそサカズキの提言通り排除するまでだが、今は(・・)様子見といったところだろう。

「――わかった。その賞金稼ぎの一件は私が直々に五老星に掛け合おう。許可が下り次第彼と面会……交渉して我々に力を貸させる」

 センゴクはそう決断し、サカズキに「今は殺すな」と一言告げる。

「……センゴクさん、奴はわしら海軍に大人しく従いますかのう?」

「従う」

 センゴクはサカズキの質問に即答する。

「賞金稼ぎだけでなく商人の顔も持つならば、政府機関とパイプは繋ぎたがるに決まっている。奴の最終的な目標はわからんが、そんな男と関係を持つことは決して悪い話ではあるまい」

 センゴクはそう言い、好物のおかきを頬張り始めるのだった。



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第15話〝次の狙い〟

遅れて申し訳ありません。
やっと投稿できました。


 ウォーターセブンの市役所の市長室で、テゾーロは市長と会談していた。

「君達がこの廃れ始めたウォーターセブンに救いの手を差し伸べてくれたことには、深く感謝する」

「いえいえ、礼には及びませんよ市長さん。私達はただ、船大工のトムとの約束を果たしたまでです」

テゾーロは紳士的に接しながらも、早速本題を切り出す。

「市長殿、私にお話を持ち掛けてるのでしょう? その話、是非お聞かせ願いたい」

「うむ……」

 市長が口にしたのは、海賊被害の事だった。

 市長曰く、ここ数年海賊による貨物船襲撃の事件が相次いでおり、その影響もあって中々問題を解決できてないとのこと。

 当初は海軍に通報したが、いかんせん有効な対策は無いらしく、市長は常に頭を悩ませていたらしい。

「それは私が、「賞金稼ぎ」を近い内にやめることを想定してのお話で?」

「そうだ……君がまだ賞金稼ぎをやっている内に話をして海賊討伐を任せたい。」

「出現条件や拠点の目星は付いていますか?」

「わからぬ……だが心当たりがあると言えばある」

 市長は、ジャヤという春島にあるモックタウンという町について語り始めた。モックタウンは「嘲りの町」とも呼ばれ、連日殺しやケンカが絶えず、海賊達の落とす金によって成り立つ無法地帯だ。

 つい最近、その町を大物ルーキーが取り仕切って私腹を肥やしているという噂が流れ、市長は一連の事件はその海賊の仕業だと確信したのだ。

(モックタウンか…)

「無理強いはしないが……やってくれるかね?」

「……いいでしょう。ただし、それなりの報酬も求めますがね」

「報酬?」

「そうですね……この島の全ての造船会社に我がテゾーロ財団の傘下企業となってもらいましょうかね」

 テゾーロの爆弾発言ともいえる一言に、市長や部屋にいた職員達はおろかステラですら驚愕する。

 要は、テゾーロはウォーターセブンの造船業を独占したいと言っているようなもの。それはつまり、ウォーターセブンの経済を牛耳るも同然だ。

「勿論すぐにとは言いませんし、これはあくまでもできればの話(・・・・・・)です。我々テゾーロ財団が世界中に知れ渡る程の力を持った時に、是非」

「……!」

 テゾーロの微笑みに、言葉が出ない市長。

「ジャヤへの海賊討伐は我々にお任せあれ。今日の会談はここまでです」

 

 

           *

 

 

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟、「聖地マリージョア」。

 世界を統括している世界政府の中心地であり、世界貴族〝天竜人〟が住んでいるこのマリージョアにある「パンゲア城」の一室に、海軍大将のセンゴクはいた。

「ギルド・テゾーロ……? 聞かぬ名だな」

「ええ……ですがその能力は強大そのもの。黄金を生み出し自在に操る〝ゴルゴルの実〟の能力者で、現在は「賞金稼ぎ兼商人」という立場です」

「フム、〝ゴルゴルの実〟か……」

 センゴクと話しているのは、世界政府の最高権力者である五人の老人達――通称〝五老星〟。この世界の支配と秩序の為に危険因子を徹底的に排除している、世界政府の頂点と言っても過言ではない老人達だ。

「武力だけでなく財力や権力にも使役できるな…野放しにするのは放ってはおけん」

 頭に痣のある白い口ひげを蓄えた老人がそう呟き、脚を組んで座っていた金髪の老人も頷く。

「だがセンゴクの話では怪しい動きをするつもりは無いようだ。一人の民間人を憶測の域で抹殺するわけにもいかん」

「それに金ともなれば我々に対する利益は大きい。生かした方が得策と言えよう」

 長い白髪と白いひげの老人と、坊主頭で眼鏡を掛け刀を持った白い着流し姿の老人がそう言う。

 どうやら、五老星も黄金を操る能力者(テゾーロ)は生かした方が政府への利益が大きいと認識しているようだ。

「……私としましては、テゾーロ財団がある程度の力を蓄え名が知れるようになったら交渉し、手中に収めるべきかと」

「うむ、確かにその通りだな……」

 黒い帽子を被った左目付近に傷のある巻き髪の老人が、センゴクの提言に賛同する。

「財団となれば、多くの社員を求めよう。その中にサイファーポールの諜報員を潜入させて監視させるのも視野に入れるべきだ」

「――そうだな、テゾーロがどういう輩かを詳しく調査する必要がありそうだ」

 サイファーポールとは、世界政府が凶悪犯や危険組織の調査を行うための諜報機関であり、組織名の頭文字から〝CP〟と略称されている。

 政府の指令によりあらゆる情報を探り出す諜報員達は民間人を容易に欺き、世界に害を及ぼす人物達の潜伏先や情報を収集する事も容易い。諜報員の中には、人体を武器に匹敵させる六つの超人的体術〝六式〟や全身あらゆる所に意識を張り巡らせ自らの体を操る技〝生命帰還〟を会得しており、並外れた身体能力を持ち合わせているのだ。

「……よかろう。テゾーロ財団の一件はその名が世間に広く知られるまでしばし待ち、それから交渉に持ち込むとしよう」

「センゴクよ……その一件は、コングも知っているのか?」

「ええ、私が直接伝えました」

「そうか……センゴクよ、コングにはテゾーロ財団の動きに常に気を配っておくよう伝えよ」

「万が一海賊行為を始めたとしても、必ず生け捕りだ」

「テゾーロが死んでしまっては、その能力が誰の手に渡るのかわからんからな……」

「手の届く範囲内の今だからこそ手を打つのだ」

「はっ……」

 センゴクは五老星の部屋から退室する。

 その後、五老星は再び協議を始めた。

「……どう思う?」

「本当に一端の商人で終えるとは思えんな。もしかしたら我々の想像を超える目論見があるかもしれん……」

「黄金を操るとなると、その気になれば世界経済に影響を与える。財力次第では国家樹立も可能性が無いとは言い切れんな…」

 世界政府の公約上、原則として海賊の国家樹立は禁止だが王族・貴族以外による国家樹立に関しては禁止だとはされていない。それは誰も成し遂げていないだけである。

「だからと言って、政府に牙を向けるかまでは憶測の域……早まるのはいかがなものか」

「いずれにしろ、海軍にはテゾーロに会って直接見極めさせねばならんな……」

「そうだな……焦らず奴の動向に気を配って対処するだけで良かろう」

 五老星は、今日も世界の平和と秩序の為に議論し合う。



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第16話〝ジャヤ〟

 市長の依頼でジャヤのモックタウンにいる悪党共を血祭りにあげるべく、テゾーロはウォーターセブンを出航しジャヤを目指していた。

時折市長からもらったジャヤの〝永久指針(エターナルポース)(磁気を永久的に記録させることで、特定の島を指し示すようにした記録指針(ログポース))〟を確認しつつ進む。

 そんな中、ステラがある新聞を見て「懐かしい」と呟いた。

「ステラ、何を見ているんだい?」

「「海の戦士ソラ」……世界経済新聞に載っている絵物語よ。昔よく見た気がするわ…」

 世界経済新聞――略して世経――に載っている「海の戦士ソラ」は、海の上を歩けるヒーローソラが合体ロボとカモメを従えて、悪の軍団〝ジェルマ66(ダブルシックス)〟と戦うという世界的にも有名な英雄物語だ。それも世界中にファンがおり、海軍の英雄達の実話を基に作られた物語と言われている。

 現実世界で言う「桃太郎」の長期連載版と考えればわかりやすいだろう。

「〝ジェルマ66(ダブルシックス)〟か……」

 テゾーロは眉間に皺を寄せる。

 〝ジェルマ66(ダブルシックス)〟は世間一般では「空想上の悪の軍隊」だと認識されているが、実際は〝戦争屋〟の別名と共に北の海(ノースブルー)の海遊国家「ジェルマ王国」が保有する科学戦闘部隊として実在している。

 大昔に武力で北の海を制圧した人殺しの一族「ヴィンスモーク家」がジェルマ66(このぐんたい)のトップを務め、その強大な力は裏社会にも広く知られているのだ。

(一応気を配る必要はあるかもしれないな……)

 テゾーロはあることを危惧していた。

 それは、自らの力がヴィンスモーク家の野望である「〝北の海(ノースブルー)〟の完全征服」に利用される可能性だ。

 〝ゴルゴルの実〟の強大さを知れば、黄金を生み出すという無限の財力を得られる。ジェルマならば、きっとそれを軍事費や実験費用に費やすだろう。そのためにゴルゴルの実の能力者たるテゾーロを手元に置くべく、脅迫されたりステラを人質にしようとする可能性も高い。今は無名であるがため標的にはされてないが、注意は必要だろう。

(あと気になるのは、ドフラミンゴか)

 今後、テゾーロがこの世界で生きていく上で最大の障壁ともなるであろう男が、王下七武海のドンキホーテ・ドフラミンゴだ。

 「FILM GOLD」において、テゾーロはドフラミンゴとは裏社会時代からの付き合いのある商売仲間という関係にあり、互いの寝首をかくことを狙っていた。その最中にドフラミンゴから協力関係を持ちかけられ、敢えて乗ることで世界政府や裏社会とのパイプをつなぐことにも成功している。

 一応テゾーロとしては自力で政府とのパイプを繋げようと画策してるが…後々ドフラミンゴが首を突っ込む可能性は0%だとは言い切れないだろう…。

(とりあえず今は力を蓄えよう。考えるのはその後だ)

 すると……。

「テゾーロ!」

「!! どうしたんだい、ステラ」

「見えたわ、島よ!」

「!」

 どうやら目的地のジャヤに着いたようだ。

 それに気づいたテゾーロは、ステラの真正面に立ち両手をステラの肩に置いた。

「ステラ、おれの傍から離れるな! あの町は無法地帯…おれ達が昔いたあの町とは訳が違う! 事が済むまで君の動きに制限をかけてしまうかもしれないが、許して欲しい」

「ええ……わかってるわ」

 

 

           *

 

 

 ここはジャヤのモックタウン――無法者達が寛げる町。

 あちらこちらで大乱闘が起こっている悪い意味で(・・・・・)賑やかなこの町の通りを、テゾーロとステラは歩いていた。

 テゾーロは「たまには着せ替えしたら?」というステラの勧めにより、赤いパーカーとジーンズを着用し、ステラ自身も新品のワンピースを着用している。

 ちなみにギャバンは船番である。

「ガラの悪ィこった……」

「フフ……テゾーロも言えるけど?」

「いや、おれはアレだろ! あの……見た目だけ! 中身イイ人だから……!」

 ※今のテゾーロは衣装を変えても不良少年です。

「ま……まァ、それはともかく……まずは市長の言っていた海賊を探そう」

 その時、テゾーロとステラの周りに海賊達が集い始めた。

「おい、見ろよこのガキ!! 純金のリングをはめてやがる!!」

「あの女もだ、売れば相当な金だぜ!!」

 海賊達の目当ては、テゾーロとステラが指にはめていた黄金の指輪(リング)

 モックタウンは利益主義な海賊が多いことで有名だ。このように絡まれるのは当然ともいえるのは言うまでもない。

 勿論、テゾーロとステラはこれを知っている。

「おいガキ、命が欲しけりゃあそのリングを全部寄越せ!!」

 下品に笑いながら詰め寄る海賊達。

 するとテゾーロはこう言い返した。

「……本当にいいのか?」

『は?』

指輪(これ)を渡すこと自体はどうだっていい。だが……どうなっても保障はできないと言ったんだ。それでもいいんだな?」

「いいんだよ、早く寄越せ!!」

 剣の切っ先を向けて、脅す海賊達。

 怯むステラだが、テゾーロは至って冷静だ。

「ステラ、リングを投げるんだ」

「リングを……!?」

「おれの言葉を信じて…」

 そう言われ、ステラはテゾーロと共に指輪を一つ投じた。

 

 キンッ…キンッ、キンッキンッキンッキンッ…

 

 黄金の指輪は地面で跳ね、転がる。

 その瞬間!

 

 ブワッ!

 

『!!?』

 

 キキキキキンッ!!

 

 転がった2つの指輪が、いきなり金の糸に解けて海賊達を絡めとった。

 一瞬の出来事だったため、海賊達は瞬く間に拘束される。

「な、何だこりゃあ!?」

「動けねェ…!!」

「あ~あ~……だから言ったのに……」

 クモの巣に捕らわれた獲物のようにもがく海賊達を見下すテゾーロ。

 明らかにゲスイ笑みを浮かべており、捕らわれた海賊達は怒りを露にする。

「ハハハハ……赤の他人から貰う物は気をつけろと親から習わなかったのかね?」

「て、てめェまさか……!!」

「そう…始めからこのつもりだったんだよ。君達は賞金首だろう? ある程度の金になるじゃないか。それに君達は黄金を目にし私は金になる君達を捕らえた…一石二鳥だよ」

 テゾーロは満足げな笑みを浮かべる。

「さて……一つ聞きたいことがあるんだが――ウォーターセブン行きの貨物船を手当たり次第襲う海賊がこの島にいると踏んだんだが、心当たりはあるか? 言ってくれれば命は助ける」

「そ、そいつは……サミュエルのことか……!?」

「サミュエル……?」

 海賊は答える。

 ウォーターセブン付近の海域で貨物船を襲撃しているのは〝血塗れのサミュエル〟という海賊らしい。懸賞金は1億ベリーで、残忍な海賊らしい。

「そうか……ご協力感謝する。では残りの牢屋人生が楽しい日々であるのを祈るよ、海軍が来るまで暫くの辛抱だ」

「ま、待て!! てめェ、おれ達を助けるんじゃねェのか!?」

「ああ、確かに「命は助ける」とは言った。だが「解放する」とは一言も言ってないぞ? それに捕えた賞金首(えもの)をわざわざ見逃す賞金稼ぎがどこにいる?」

 テゾーロは手を振り、ステラと共にサミュエルの捜索を始めるのだった。




さぁ、始まりました。テゾーロ衣装変更シリーズ。(笑)
初回はおそ松さんのおそ松の服装。若き日のテゾーロは櫻井孝宏ボイスなので。
中の人ネタはどんどんぶっこんでいこうと思います。


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第17話〝血塗れのサミュエル〟

 ここはジャヤの酒場。

 利用者のほぼ100%が無法者のこの酒場には、無名の小物もいれば高額の賞金が懸けられた大物もいる。その大物こそ、サミュエルだ。

 懸賞金1億ベリーのサミュエルは〝カマカマの実〟の能力者で、手を鎌にして鎌鼬を起こしたりできる超人(パラミシア)系悪魔の実の能力者。かなり手強い輩である。

「今日も大漁だぜ!! 廃れた町に荷物運ぶ船なんざ、正気じゃねェからな!!」

『ギャハハハハ!!』

 サミュエルが笑うと、周りの海賊達も笑う。

 実はサミュエルは傘下勢力を保有している。貨物船一隻だけでも売れば高額なモノも多いので、それで得た金を海賊達に渡して手中に収める…一種のビジネス契約と言えばいいだろう。

 そのおかげで、たとえ海軍に見つかったとしても囮にして逃げられるという魂胆なのだが。

「そういやあ、今日はヤケに静かじゃねェか」

 サミュエルの言葉に、酒場にいた者全員が目を見開く。

 この町は基本、どこかで必ず喧嘩や殺し合いが起こる。それは毎日のようにあり、少なくとも「喧騒が無い」という概念は存在しないのだ。

しかし、今日は少し不気味だ。つい先程までは賑やかだった外が、酷く静かで気味が悪いのだ。

「ま、まさか……誰かが通りにいた奴らを仕留めたのか……!?」

「そ、そんなバカな! 多少賑やかだったのは確かだが、いくら何でも……!」

「だ、だがこの静けさをどう説明するんだよ……!?」

 狼狽える海賊達。

 そんな中、一人の男が酒場に飛び込んできた。

「サミュエル!! サミュエルいるか!?」

「あァん?」

「あ、あんた早く逃げろ!! 殺されるぞ!!」

「おれが……殺される?」

 爆弾発言とも言える言葉に、全員がどよめく。

 不機嫌そうなサミュエルに睨まれてるが、そんな事すら忘れて男は叫ぶ。

「巷を騒がす賞金稼ぎの船があったんだ!! あんたを狙ってるぞ!!」

 男はテゾーロについて教えた。

 つい最近台頭し始めた、高額賞金首を中心に狙う謎の賞金稼ぎがギルド・テゾーロであり、何らかの悪魔の実の能力者の能力者であることをサミュエルに伝えるが……。

「ハハハハハ!! そんなガキにおれがやられると?」

「でも今までにトリカブトが潰されてるんだ、ヤベ――」

「どいてくれ」

「は?」

 

 ドゴォッ!

 

「ホベェ!!」

『!!?』

 男は何者かに殴り飛ばされ、カウンターに減り込んだ。

 突然の事に、放心状態になる一同。

「失礼……〝血塗れのサミュエル〟氏を探しているのだが」

 酒場に入って来た、赤いパーカーと指にはめた金の指輪が特徴の少年。

 あまりにも場違いなその少年に、海賊達は釘付けになる。

「……てめェは何者だ。何しに来た?」

「申し遅れました……私はあなたの首を狙っているギルド・テゾーロと申します」

 テゾーロはそう挨拶する。

 そう、先程海賊達が噂してたテゾーロである。しかし……。

『ギャハハハハ!!』

(だと思った……)

 嘲りを含んだ爆笑が、酒場に響く。

 それもそうだろう、巷を騒がす賞金稼ぎが20歳にも満たぬ若者なのだから。

「テゾーロ……」

「大丈夫、これくらいは想定内だ。寧ろ警戒された方がやりにくい」

 この島の海賊達は、どういう訳か無名の輩や若者をよく侮蔑する。

 昔からの島の風習なのか一種のサブカルチャーなのかはともかく、とにかく人を第一印象で判断しがちだ。

 だからこそテゾーロにとって有利なのである。たとえ悪魔の実の能力者であろうと、自らの方が実力は相手(テゾーロ)より上だと過信するからだ。

「おれを捕まえてェらしいな、ガキ。おれが誰だかわかってんのか?」

「そこが問題なんですよ。あなたが1億ベリーの賞金首であるのとウォーターセブンへ向かう貨物船を襲撃しているという事実はわかりましたが、あなたの戦闘力をはじめとした肝心の所は一切不明。だから……」

「……だから?」

「わからないからこそ……こうして正々堂々、真っ向勝負に出たんですよ」

「……面白(おもしれ)ェ、表ェ出な!」

 サミュエルがそう言うと、酒場の海賊達が盛り上がる。

 彼らはきっと、これから行われるのは公開処刑だろうと思っていた。能力者の海賊に勝てるはずが無いと。

 しかし、それは大きな間違いであると気づくのは、勝負が決する時であるのを知る由もない。

 

 

           *

 

 

 テゾーロ対サミュエル。

 二人は向き合い、その周りにはたくさんの野次馬が囲むようにその様子を見ている。

(テゾーロ……)

「さァ、ショーの開幕と行こうじゃないか」

「上等だ、死んで来い!!」

 サミュエルは手を鎌にすると、(かま)(いたち)を放った。

 テゾーロは身体を伏せて躱し、放たれた鎌鼬はそのまま建物を真っ二つにする。

(鎌鼬か……市街戦じゃあ少しキツイか)

 「ハハハハハ…どうだ小僧、これがおれの能力だ!! お前も能力者だろう? 見せろ!!」

 高笑いしながらテゾーロを挑発するサミュエル。

 しかし、悪魔の実の能力は使い手次第だ。使い手がその能力(チカラ)に溺れたり制御できなかったりすれば、同じ系統でも雲泥の差だ。

 テゾーロのように日々悪魔の実の訓練をしてたりしてれば、ハイレベルの戦いとなるのだが……。

「生憎、ストリートで生きてきた身でね。能力を使わずとも勝てる手段はあるのさ」

「っ……ナメやがって!」

 テゾーロは基本的には喧嘩が強いし、うまい。〝女狩りのトリカブト〟率いるトリカブト海賊団との市街戦においては、能力よりも町にある物を駆使して圧倒したのだから。

「それじゃあ、アクロバットショーと行こうか!」

 テゾーロはそう言い、軽快に建物の屋根へ移る。

 それを追ってサミュエルは鎌鼬を放つが、その全てが紙一重で躱される。

「クソ、ちょこまか逃げやがって……!!」

 その後も攻撃するが、テゾーロは躱し続ける。

 まるで鎌鼬を放つタイミングを読まれているかのような動きをするテゾーロに、サミュエルは焦り始める。

(当たりさえ……当たりさえすりゃあ……!)

 ここで、テゾーロは動いた。

(今だ!)

 テゾーロは指にはめていた金の指輪を二つ外し、サミュエルに投げつけた。

 サミュエルに届く寸前で指輪は金の糸に解けてサミュエルを二重に絡めとり、完全に拘束した。

 これで実質、技の発動ができなくなり、誰から見てもサミュエルの敗北であるということが容易にわかる。

「て、てめェ……何の能力だ!?」

「〝金〟だよ。おれは〝ゴルゴルの実〟の能力者……金を生み出し、一度触れた金を自在に操る男なんだよ。しかし、ここまでうまく行くとは思わなかったよ……おれの作戦勝ちだ」

「て、てめェ……」

 焦りは正常な判断力を奪っていく。その焦りを、テゾーロは狙っていたのだ。

 戦闘中に焦れば、確実に敵を倒せるであろう技も発動するタイミングを逃してしまうこともある。鎌鼬を放つだけがサミュエルの能力とは限らないため、テゾーロは焦らせることで万が一の可能性を封じたのだ。

「チェックメイトだ、サミュエル……この勝負、おれの勝ちだ(イッツ・ア・エンターテインメンツ)!」

 テゾーロは自らの勝利を高らかに宣言した。

 その時だった。

「動くな!!」

「お前の女がどうなってもいいのか?」

「っ!?」

 テゾーロが声のする方に振り向くと、海賊達がステラを人質にしていた。

「イイ女だな!!」

「上質だぜ、おい!!」

「……」

 テゾーロは不機嫌そうな顔をし、左手を握り締めた。

 すると、左手の指にはめられた金の指輪から火花が散り……。

 

 バチバチ……シュバッ!!

 

『!?』

 

 サミュエルを拘束していた金から、金色に輝く触手が現れ、まるで意志を持っているかのように海賊達を襲った。

 高速で移動する黄金の触手は急速に伸び、ステラを傷つけないように海賊を蹴散らしていった。

「……おれのステラに手をかけようとしなければ、痛い目に遭わずに済んだものを………!!」

 怒りを露にしつつも、テゾーロはステラの元へ駆け寄り、彼女を抱き寄せた。

「テゾーロ…?」

「すまない、おれの不注意で君が危険に晒されるところだった……」

「いえ……気にしないで」

 謝るテゾーロにそう告げるステラ。

「次は気をつけるよ……じゃあステラ、海軍を呼ぼうか」

「そうね…」

 テゾーロはこうして、〝血塗れのサミュエル〟をはじめとしたモックタウンの海賊達を全員捕縛することに成功した。

 そしてこれが、後々大きな意味を持つことになるのはテゾーロ自身すら知る由もない。



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第18話〝モモンガ大佐〟

 モックタウンでの事件から2時間後。

 現在、瓦礫の山となったモックタウンの郊外でテゾーロとステラは通報で駆けつけた海軍に事情聴取されている。

「貴様がギルド・テゾーロか? 私は海軍本部大佐のモモンガ……この部隊の責任者だ。今回の一件について暫く付き合ってもらうぞ」

「構いませんとも…損害の請求は分割ならOKですけどね」

 余裕な態度を崩さないテゾーロに、目を細めるモモンガ。

 一方のテゾーロは…。

(ヤベェよ、何だよすげェ怖そうなんですけど!! 赤犬の時もそうだったけど…海軍って暴力団の事務所か!?)

 余裕な態度とは裏腹に、内心あたふたしていた。

「まず言っておこう……今回のモックタウンでの一件、我々海軍としても礼を言う」

「「!」」

「この島は以前から治安が酷くてな……海賊達の落とす金によって成り立つこの無法地帯をどうにかしたかった。まさかこのような形で解決するとは思いもしなかったが」

「ハハハ…まァ、気にせずともいいでしょうに」

 どうやら海軍は今回の一件により、テゾーロに一目置いているようだ。

 町中の無法者共をたった一人で捕縛したのだから当然と言えよう。

「しかし私が言うのもなんですが、無法地帯を放っておいて正義を名乗るのはいかがなものかと。駐在所でも設けて警備するべきでは?」

「――我々を非難しているのか?」

「どう捉えるかはそちらに任せましょう」

 テゾーロの言葉に、モモンガは「そう言われては否定しようがないな」と言って溜め息を吐く。

 実質、モックタウンの件は海軍は放置していた。それが原因で喧嘩や殺し合いの絶えない危険な町にしたのだから。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟は必ずしも海賊が航海する訳ではない。探検家や賞金稼ぎ、商人や王族・貴族などの様々な人々が何らかの目的を果たしに海を進む。海賊を討伐し海の秩序を維持するだけが海軍の仕事ではないように、人々が安全に滞在できるよう島の治安を守るのも海軍の仕事の一つだ。

 それを怠るどころか放置するとなると、現実世界ならばマスコミから袋叩きにされかねない。怠るだけで責任者は世間から冷たい視線を浴び続けるのだ、故意に放置したとなれば手に負えない。その辺を考えると、世界政府とその関係機関はご都合主義かもしれない。

(しかし、たった一人の賞金稼ぎが無法地帯の問題を解決したと世間に知られては……)

 今回の一件は、若き賞金稼ぎが海軍の尻拭いをしたようなモノだと断言しても過言ではない。海軍の失態は、政府の失態につながる。報道やテゾーロに対する対処は慎重にしなければならない。

 現実世界では記者会見を行ったりFAXを使って新聞社に送ったり某ソーシャル・ネットワーキング・サービスを使ってコメントしたりなど様々だが、「ONE PIECE(こっち)」の世界ではそういうモノは存在しない。

 これらを踏まえると、世界政府が取る対処は限られるのだ。その上、世界政府は都合の悪い事に関しては隠蔽や情報操作、場合によっては海軍などの軍事力を用いてもみ消しを行う。今回の場合は軍事力を用いてのもみ消しはまず無いが、政府としては今すぐにでも箝口令(かんこうれい)を布き、テゾーロを手中に収めた方がリスクは低いのだ。

(いずれにしろ、この若者は無視できなくなるやもしれんな……。センゴク大将やコング元帥に報告しなければ……)

 モモンガはテゾーロの将来性を予見し、口を開いた。

「いずれにしろ…この事で世間からの注目は浴びよう。そして政府からの認識も変わるだろう。妙なマネをすると政府は危険視して貴様を潰しにかかる…それを忘れるな」

 モモンガはそう言い、テゾーロが捕えた賞金首を部下に引き取らせ、金を置いて去っていった。

「フ~ッ、危ねェとこだったぜ」

「……また逃げてたんですか、ギャバンさん」

「逃げるなという方が無理だろ! 下手に暴れるとガープとかセンゴクとかが来そうだからな」

 ギャバンはそう言いながら頭を掻く。

「これでお前は世間から注目されるようになる…おれァ、アタッチに映りたくねェんだよ」

(アタッチ? どこかで聞いたな…)

 謎の人物名の登場に、テゾーロは首を傾げる。

 そんなテゾーロを代弁するかのように、ステラはギャバンに質問した。

「ギャバンさん……アタッチって、一体誰ですか?」

「カメラマンだよ。海軍写真部部長のな。確か〝アタっちゃん〟って呼ばれてたような……」

「あいつかァ!!!」

 テゾーロは思い出した。

 どんな場所にも潜り込み、「ファイア!!」と叫びながらシャッターを切る勇敢なるカメラマン〝炎のアタっちゃん〟を。

「ん? どうしたテゾーロ?」

「い、いや……何でもない……」

 取り乱したテゾーロは、気を取り直す。

(と、とりあえず市長の依頼は果たしたな……後は戻って交渉するだけだ)

 そう、テゾーロの真の目的は、戻ってからの交渉である。

 ウォーターセブンの全ての造船会社を傘下企業として手中に収めることで更なる発展を遂げると共に力を蓄えられるのだから、せっかくの

好機(チャンス)を逃すわけにはいかないのだ。

(さて、どう交渉しようか……)

 そんなことを呑気に考えながらテゾーロは船へ戻っていく。

 そしてテゾーロは、今回のモックタウンでの一件が後にある影響(・・・・)を与えるとは知る由も無い。




なぜ大佐なのかは、お気になさらず。


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第19話〝履歴書〟

久しぶりの投稿ですね。


「よもやこうも容易く解決してくれるとは……」

「――おや? 何か問題でも?」

「いいや、全く」

 ウォーターセブンへ帰港したテゾーロらは、早速市長との例の取引(・・・・)を始めた。

 内容は無論、ウォーターセブンの造船業の一任――ぶっちゃけて言うと独占――だ。

「では一応、このウォーターセブンにある造船会社の資料を渡そう」

 市長はテゾーロに封筒を渡す。

 封筒の中には数枚の書類があり、テゾーロはそれに目を通す。

(…成程、トムズワーカーズはロジャーの件のせいで戸籍すらないのか)

 このウォーターセブンには、様々な造船会社がある。原作でルフィらが関わった超巨大造船企業「ガレーラカンパニー」は、元々島内にあった7つの造船会社が統合されて誕生した会社だ。

 だが実際は8社である。トムズワーカーズがあるからだ。

 ぶっちゃけた話、造船技術ならトムズワーカーズが一番だという者も多く、市長も認めている。しかしロジャーの件のせいか、かなり肩身が狭いようだ。

「それで……君はその資料に載っている全ての造船会社を支配するつもりかね?」

「……手中には収めますが、それぞれの活動にあまり口出しする気は私には無いですね。まァ、有事の際は命じるでしょうがね……」

 テゾーロは基本、経営権こそ手に入れてもあまり口出しはしないつもりだ。

 造船業には造船業ならではの事務や作業があるのだから、そういう類の仕事は専門家に任せた方が効率が良いに決まってる。それに職人の仕事にこれからオーナーとなる若者が一々口出しするのも野暮だと言えるだろう。

(まァ…おれは商業よりも世界情勢に興味があるし)

 テゾーロは全世界に革命をもたらし、暴力や武力で支配する時代を終えて新たな時代を創ることが最大の目的である。

 その過程では、「FILM GOLD」同様にグラン・テゾーロを完成させ政府加盟国とするとか、〝ゴルゴルの実〟の能力を利用して経済的な改革をするとか、世界一のエンターテイナーになるとか色々目論んでもいるが。

「さて市長殿、こちらの書類を……」

 テゾーロが渡したのは、完成したばかりの契約書だ。

「ウォーターセブンの発展の為、何卒よろしくお願いします」

 そう言ってテゾーロは頭を下げる。

 テゾーロだって他人との交渉ぐらいは礼儀ぐらい心得ている。どこかの海賊女帝のような上から目線など決してしない。

「……わかった。ではまず……どれに、判を押せばいいんだね?」

(あっさり了解したな、おい……)

 

 

           *

 

 

 こうしてテゾーロは、ウォーターセブンの発展と稼いだ金の数割をウォーターセブンに寄付する事を条件に市長の許可を得て全造船会社の利権を掌握することに成功した。

 とはいっても、あくまでも「傘下企業」だ。テゾーロ財団自体は非正規雇用者含めメンバーは3人……明らかに人手不足だ。

 その人手不足を解消するのが、テゾーロに新たに課せられた課題であるのだが……。

(詰んだ……)

「……大丈夫?」

 頭を抱え、今すぐにでも白旗を揚げそうなどんよりとして雰囲気を醸し出すテゾーロ。

 さすがのステラも心配そうに見つめている。

(サイファーポールのことをすっかり忘れていたァァァ!!)

 そう、テゾーロはあることに気づいたのだ。

 それこそが、世界政府直下の諜報機関である〝CP〟ことサイファーポールだ。彼らが先日のモックタウンでの一件を見逃すはずなど無いということに今更ながら気づいたのだ。

(ヤベェ、どうしよう…うっかり募集かけられなくなった!! テキトーにビラ配って待ってりゃあどうにかなると思ってたのに!!)

 諜報機関の真の目的は、当然ながら一切不明だ。テゾーロとステラの素性や財団内の機密情報を抜かれてしまう可能性が高い。

 ましてや、「ONE PIECE」の世界は現実世界のようなファイアウォールを用いたコンピュータセキュリティではない。国家機密から本当にどうでもいい情報まで、最終的に管理するのは「人」なのだ。一度ミスすれば取り返しのつかない事になりかねない。

 人材の選択も間違えてはならない。組織である以上、優れた人材で構成せねば万が一の事態に対応できないということもあり得る。いずれにしろ、社員集めは苦労するモノである。

(どうすればいい……どうすれば……)

「テゾーロ、何か困ってるなら手伝うわ」

「! ステラ……」

 テゾーロの隣に座り、コーヒーを置いてステラが言う。

 微笑みながら告げる彼女に、「すまない」と言いつつテゾーロは相談する。

「モックタウンでの一件で、サイファーポールに目を付けられた可能性が高いんだ」

「! そうね、新聞で大見出しで記載されたもの……」

 ステラは机の上に置いてあった新聞を手にする。

 一面には「闇の無法地帯に光が」として、テゾーロのモックタウンでの活躍が堂々と載っていた。これにより、政府が先日の事件を把握済みであることが容易に想定できる。

 それにゴルゴルの能力の情報が外部に漏れている可能性すらあり得るし、現実世界の週刊誌の記者みたいなのを送り込んで情報を抜き取ろうとする者もいずれ出る。

「情報をリークする奴らは絶対に来る……財団の為に何とかしたいんだ……」

「素性は把握できないと不安だものね……どういう人でどういう経歴の持ち主かさえわかれば不安は取り除けるじゃないかしら?」

 すると、ステラの何気ない一言を聞いたテゾーロはパンッと手を叩いて閃いた。

「……履歴書……裏取りすればいいんだ……!」

「え?」

 テゾーロ、答えを導き出す。



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第20話〝VSサイファーポール?〟

 履歴書。

 それは、自分自身の氏名、生年月日、住所、扶養家族などの基本情報に加えて、学歴、職務経歴、資格免許などをまとめて記載した書類。社会人にとっては絶対に超えねばならない「壁」であり、今まで培ってきた自分の全てを試される重要な存在だ。

 現実世界では、履歴書は学業や職業の経歴など人物の状況を記した書類として就職や転職時に選考用の資料として用いられる。就職先・転職先・アルバイト先などに提出するので、一生で最低1回は経験するだろう。

 しかし「ONE PIECE」の世界は案外無縁とも言えるのかもしれない。コビーが海軍に入隊する時は書類審査は無かったし、2年後の新世界編に至っては海軍は「世界徴兵」という徴兵制で〝(ふじ)(トラ)〟と〝(りょく)(ギュウ)〟の二人の実力者を海軍大将に特任させている。

 いずれにしろ、「ONE PIECE」の世界は書類審査というのは現実世界よりは結びつきが無いのだ。だからこその利点もあれば、欠点もあるが。

 そこに目をつけたのが、テゾーロだった。

 

 

 ウォーターセブンの町にある、大きな空き家。

 そこが、テゾーロ財団の仮の事務所だった。仮なのはいずれ新世界への進出やグラン・テゾーロ創設を踏まえた上である。

「ではこれよりオリエンテーションを始める。私がこのテゾーロ財団のトップであるギルド・テゾーロだ」

 テゾーロは、目の前に立つ人々の前で演説を始める。

 実は第1回目の募集は思いの外失業者が多かったため、いきなり390人が履歴書を送りつけてきたのだ。不況の煽りや荒廃は恐ろしいモノである。

「この組織は私が取り仕切るが、基本的には社畜のような過酷労働は控えている上、一応担当部署も様々だ。好きな部署で思う存分個性を発揮するといい。ではこれより、このテゾーロ財団の基本方針を説明する」

 テゾーロは手元の資料を見ながら声を紡ぐ。

「我がテゾーロ財団の最大の目標は、「革命」を起こして新時代の扉を開くことだ」

 テゾーロのその言葉を聞き、人々は動揺する。

 「ONE PIECE」の世界における「革命」、武力による政治体制の崩壊…いわゆるクーデターによる政権掌握のイメージであり、農業革命や産業革命のような技術革新のイメージは薄いのだ。

 無論、テゾーロもそれを把握している。

「だが、武力で国を倒すことではない。富と権力をメインに、武力と暴力で支配する今までの体制を変えることだ。戦争をするための組織ではない」

 テゾーロは政府と敵対するつもりなど毛頭無い。

 しかし、今までの政府の所業を考えれば自ずとわかるだろうが、あのような惨たらしいマネを延々と繰り返せば不幸な人々が増える一方であるのを許してはならない。とはいえ、政府加盟国は基本的には保身に走りやすい。国民を切り捨てる国さえあるのだ、最初(ハナ)から期待できるものではない。

 だからこそ、テゾーロが動いたというわけだ。

「君達はこのギルド・テゾーロと共に新時代の扉を開き、世界の道標となる! 働き場所と生きがいは与えた、後は君達自身だ。テゾーロ財団の基本方針は以上だが、賛同する者は拍手を」

 すると、一斉に拍手喝采が起こる。

 どうやら全員賛同してくれるようだ。

(ん…? あの黒スーツは……)

 ふと、テゾーロの目に黒スーツの男が映る。

 汚れた服や私服で来ている者が多い中、数少ない正装だ。

(――何か怪しいな……)

 テゾーロは黒スーツの男に目を配りながら、オリエンテーションを続けるのだった。

 

 

           *

 

 

《そうか、うまく潜入できたようだな……》

「ええ…本格的に動くそうです」

 黒スーツの男は、電伝虫である人物と連絡を取っている。

 実はこの男はサイファーポールの人間であり、モックタウンの一件から一躍有名になったテゾーロの懐に潜り込んで監視するよう政府上層部に命じられたのだ。

 そして電話の相手は政府の高官である。

「奴の目的は、金と権力をメインとした世界規模の革命です」

《そうか――やはり野放しにしておくのは危険だな……。万が一政府に盾突くことがあれば……》

「ちょっと、そこの君」

「っ!?」

 黒スーツの男に話しかける声が響く。

 声の主は、テゾーロだった。

「書類の件で少し問題が生じたのでね……来てもらうよ」

「え……あ、はい。では、また……」

《うむ……》

 電伝虫での通話を終え、黒スーツの男はテゾーロに呼ばれ事務室に入る。

「実は私は念の為、経歴を調べていてね。君だけ奇妙な点があったんだ」

「――と言うと……?」

「私はモックタウンでの一件で一躍有名人になってね…もしサイファーポールの諜報員が我がテゾーロ財団に潜り込んで大事な情報を盗み取られてしまったら困るんですよ。売上とか計画書とか、色々抱えてる身なんでしてね…」

 テゾーロは笑いながら言葉を紡ぐが、黒スーツの男は少し緊張気味だ。

 「サイファーポール」という単語が出て来たからだ。

「履歴書を作成させたのはそのためです。得体の知れない人間を部下にするなんて、危険でしょう? 愛するステラにも身の危険が及ぶしね…」

「……同感ですね」

「だろう? だから君の経歴を見させてもらったよ。この島の造船会社に勤めてたそうじゃないか」

「それのどこが……?」

「ああ、その造船会社は私の傘下企業だから情報の共有くらいはしてるのでね。それで担当部署に君のことを聞いたんだが…これがおかしいモノでしてね…「そんな男は知らない」と返事が来たんだよ」

 「わかるかい?」と笑みを浮かべながら口を開くテゾーロに、黒スーツの男は凍りついた。

 そう、つまり黒スーツの男は虚偽の履歴(・・・・・)を書いたということになるのだ。それを怪しまない者など、さすがにいないだろう。

「それを踏まえておれは質問しよう……お前は一体誰だ(・・・・・・・)?」

 テゾーロの顔から笑みが消え、鋭い目付きで黒スーツの男を睨む。

 金の指輪をはめたテゾーロの手からはバチバチと火花が散り始め、返答次第ではタダでは済まさないという意思を黒スーツの男に伝える。

 男はテゾーロの気迫に押され怯むが、殺気を放って対抗する。

 すると――

 

 コンコン……

 

「テゾーロ、いる?」

「!! ステラ……」

 ドアをノックする音が突如響き、ステラの声がする。

 テゾーロはドアを開けると、ステラが箱を携えて立っていた。

「4日前に頼んだ特注のスーツが届いたの」

「そうか。じゃあそこに置いといてくれないか」

「ええ」

 ステラは箱をドアの隣に置く。

 するとテゾーロは黒スーツの男に近寄り、不敵な笑みを浮かべて耳打ちをした。

「――まァいい、どの道こうなるとは踏んでいたよ。だがもし妙なマネをしたら……その時はわかっているな?」

「っ……!」

 男はこれ以上は危険と判断し、事務室から出ていく。

 一方のテゾーロはというと……。

(よかったァァァァ!!! 相手が〝CP9〟じゃなくて!!!)

 余裕な態度とは裏腹に、心の底から安堵していた。

 テゾーロの読みは当たっており、黒スーツの男はサイファーポールの諜報員であるようだが、CP9ではなかったようだ。

 CP9は「闇の正義」の名の下に、非協力的な市民への殺しを世界政府から許可されている。基本的に全員が「六式」という特殊体術を会得しており、並外れた身体能力を持ち合わせているので、介入されると面倒事になるのだ。

(CP9だけは来ないで欲しいな……おれはともかく、ステラが巻き込まれたらマズイし……)

 内心そんなことを願いながら、テゾーロは特注のスーツの試着を始めるのだった。




因みに特注のスーツは、「FILM GOLD」でテゾーロが常に着用してたあのピンクのスーツです。ただし黄金の装飾品無しバージョンですが。


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第21話〝油売ってる場合じゃない〟

やっと更新です、お待たせしました。
尚、タイトルと内容は作者視点で決めておりますのでご了承ください。


 テゾーロ財団が設立され、半年が経過した。

 ウォーターセブン周辺の海域を中心に運輸業を展開したテゾーロの総資産額は、早くも100億ベリーに近づこうとしていた。造船業の独占をはじめとした数々の利権を得ていく彼の成長ぶりは止まることなく、モックタウンでの一件もあってギルド・テゾーロという名は次第に広まり色んな意味で強大化していった。

「そろそろ「副業」に手を付けなきゃな……」

 パーカーとジーンズを着た、某クズニート長男を思わせる衣装を身にまとったテゾーロは、レストランでカルボナーラを食べながら呟く。

 仕事が忙しくなりつつあるテゾーロは、この世界に革命をもたらすことと同時に世界一のエンターテイナーを目指している。一応時間を見つけてはタップダンスやブレイクダンスの練習をしてるが、それを人前で披露してはいない。

(どっかダンスコンテストとかやってねェのかねェ……)

 代金を払い、レストランから出て街を歩くテゾーロ。

 その時、ある広告が目に飛び込んだ。

「〝サン・ファルドダンス大会〟か……」

 それはウォーターセブン周辺の海域にある「カーニバルの町」サン・ファルドで行われるというダンス大会。

 サン・ファルドはウォーターセブンから近く、一日もあれば着くほどだ。とんぼ返りでも問題無いだろう。

「開催日は明後日か……」

 そう呟き、テゾーロはポケットに入ってたメモ帳を取り出す。

 一財団の長になってから、休む時間というのが格段に減ってきたテゾーロ。ダンス大会のある日の日程を確認しているのだ。

「……明日、明後日は入ってないな、行くか!」

 

 

           *

 

 

 2日後。

 サン・ファルドにある大きな広場。ここに特設ステージが設けられ、多くの人々が見物しに来て賑わっていた。

《今回で30回目を迎えるサン・ファルドのダンス大会!! 今大会には素晴らしい挑戦者(チャレンジャー)が来ております!!! 紹介しましょう!! 今、世間で最も注目されている若者!!! ギルド・テゾーロ氏です!!!》

 盛大な拍手が湧きあがり、ステージへ上るテゾーロ。

 その堂々とした姿勢と真剣な眼差し、司会者は息を飲むが……。

(アレ? どうしてこうなった!!?)

 当の本人はガチガチに緊張していた。

 ダンス大会であるのは知っていたテゾーロだが、まさかここまで有名になるとは思っておらずプレッシャーを感じている。

 さらに追い打ちをかけるかのごとく、何とテゾーロは運が悪いことに順番が一番最後だった。一番最後は、紅白歌合戦でいう大トリのようなモノ…失敗は絶対許されない雰囲気(・・・)なのだ。

(どうやって踊れと!?)

 世の中には「本番は練習のように、練習は本番のように」という言葉がある。この言葉の意味は「本番のように緊張感を持って練習を行い、本番では固くなり過ぎずリラックスする」ということ…つまり、「本番でガチガチに緊張し過ぎないよう、日頃の練習から緊張感を持って真剣に取り組むように」という訳だ。

 しかし本番には得体の知れぬ「何か」があるのを忘れてはならない。現実世界の世界的なスポーツ大会・オリンピックにはアスリートを苦しめる「魔物」がいるように、いざというときに限ってはた迷惑で余計な存在が出てくるのだ。

 本番が練習のようにうまくいったら、誰だって苦労しないものである。

《さァ、テゾーロさん!! 今のお気持ちは?》

「トリなので辛いです」

《そうですか、でも頑張って下さい!!》

(えェェェェェェェ!?)

 ほとんど投げやりである対応に、目を白くし口をあんぐりと開けるテゾーロ。

 そんなことをしている間に、音楽が流れる。

(あ~、もうこうなりゃノリだ!!!)

 初めてのデビューがある意味悲惨なスタートだが、テゾーロは我慢して踊り出すのだった。

 

 

 一方、ウォーターセブンではステラが街中のカフェで絶賛ティータイム中だった。

 テゾーロが不在であるので少し寂しいが、たまには一人でゆっくり時間を過ごすのも悪くないということで行きつけの喫茶店で自由に過ごす。

「美味しい……」

 ティータイムなど、いつ以来だろうか。

 父のギャンブルが原因で売られて以来、テゾーロに助けられるまではずっとできなかったステラにとって、ティータイムは穏やかに寛げる数少ない時間だ。

「テゾーロは用事があってサン・ファルドへ向かったそうだけど……何かあるのかしら……?」

 その時だった。

「号外~~!! 号外~~!!!」

「……?」

 大通りで、人々が騒ぎ始めた。

 手には新聞を携えており、どうやら一大ニュースが飛び込んだようだ。

「どうかしたんですか?」

「嬢ちゃん、知らねェのかい!? これ見なよ、海軍が大手柄だ!!」

そう言って男が見せたのは、「海軍本部の大手柄!! 〝海賊王〟ゴールド・ロジャー、ついに逮捕」という大きな記事だった。

「大変……!!」

 世界で唯一……いや、人類史上初の偉業といっても過言ではない〝偉大なる航路(グランドライン)〟制覇を成し遂げた海の王者の逮捕は、世界中の人々を驚かせるには十分だ。

 何より驚くべきなのは、ロジャーが〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制覇してから逮捕に至るまでの期間。ロジャーが海賊王と呼ばれてから1年しか経ってないのだ。

 一応元船員(クルー)のギャバンとは非雇用契約の関係であるので、ロジャー海賊団が解散したことは知っているが、解散後ロジャーは何をしてたのかという疑問は残る。

 もっとも、世界的な大ニュースであるのは変わらないが。

「テゾーロに早く知らせないと……!」

 時代が、うねり始めようとしていた。



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第22話〝へそくりの一部〟

久々の更新です。


 翌日。

「ステラ!!」

 バンッと思いっ切りドアを開け、慌てて駆けつけるテゾーロ。

 彼がこんなに焦っているのは、察しているだろうが海賊王ロジャーの逮捕である。

「ロジャーが捕まったのは本当なのか!!?」

「ええ…私も驚いたわ……」

 ステラはテゾーロに例の新聞を渡す。

「ところで、テゾーロ……あなた、トロフィーはともかく首のそれ(・・・・)どうしたの……?」

「……優勝賞品だ」

 ステラの目に映るのは、テゾーロの首に掛けてある紅色の羽毛のストール。どうやらサン・ファルドのダンス大会の景品で、しかもテゾーロは初デビューで優勝した様だ。

 世界一のエンターテイナーを目指してるだけはあるようだ。

(海賊王は自首したはずだから……政府の十八番(オハコ)の情報操作か)

「ロジャーの奴、やっぱ自首したんだな……」

「「!!」」

 ラム酒を飲みながら、ギャバンが現れた。

 笑みを浮かべているが、その顔はどこか哀しそうである。

「……哀しいですか?」

「さァな。だがロジャーは、てめェらしい人生を生きて満足だろうよ……」

 暫くの沈黙。

 静寂が部屋を包み、テゾーロとステラは何も言えなくなる。しかしその沈黙を破ったのは、ギャバンだった。

「少し…頼みがある」

「何ですか?」

「シャボンディ諸島へ行きたい。レイリーと少し飲みたくてな……」

「「!!」」

 その言葉に、テゾーロとステラは目を見開く。

 レイリーと言えば、様々な文献に載っている〝冥王〟シルバーズ・レイリーのこと。ロジャー海賊団副船長として活躍し、海賊王ロジャーの生涯の相棒とも言える人物である。

 どうやら彼はロジャー海賊団はシャボンディ諸島に移り住んだらしい。仲間であったギャバンが言うのだから真実であろう。

「ロジャーの処刑は近いだろうよ……だからレイリーと最後に語りてェのさ。お前も会ってみたいだろう? テゾーロ」

 ギャバンの言葉に、テゾーロは眉間に皺を寄せる。

 シャボンディ諸島は、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半と新世界を隔てる〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の付近にある諸島で、悪名高い凶悪な海賊達が集結する地として有名だ。だがテゾーロはそんなことなどどうだっていい……問題はその土地にいる人攫いだ。

 今では順風満帆な日々を過ごしているが、ステラはあの忌々しい〝人間屋(ヒューマンショップ)〟にいた過去がある。そして何より、シャボンディ諸島には「FILM GOLD」にてテゾーロとステラを苦しめた人間のクズ――世界貴族〝天竜人〟も訪れる。

 そのため、ステラの「闇」を呼び起こしてしまうのではないかとテゾーロは懸念しているのだ。

(行きたいっちゃ行きたいけどな~……できる限り外へ出たくもないな……)

 ウォーターセブンはそういう点では安全だ。

 わざわざこんな復興し始めた港町に世界の頂点に君臨する者達が来るなどあり得ないからだ。

 しかし、言い方を変えればそれ程シャボンディ諸島は危険なのだ。

「テゾーロ……どうするの?」

「……行くべきかどうかは迷ってる。 ステラを危険に晒す訳にはいかない」

「心配すんな、レイリーの居場所は大体の予想がつく。おれに任せろ」

 自信有り気に言うギャバンに、テゾーロは……。

「……わかった、だけど条件を付けさせてもらうよ」

 

 

           *

 

 

 3日後、シャボンディ諸島。

 シャボンディ諸島の13番GR(グローブ)にある、シャクヤクという女性が経営している「シャッキー'S ぼったくりBAR」。

 ここでは、金髪と口髭が特徴の眼鏡を掛けた男性が新聞を広げて酒を飲んでいた。

 彼こそが元ロジャー海賊団副船長の〝冥王〟シルバーズ・レイリー…現在は海賊稼業から手を引き、シャボンディ諸島における船のコーティングを担うコーティング職人として余生を送っている。

「ギルド・テゾーロという者を知っているか? シャッキー」

「ええ、勿論。ジャヤの無法地帯に蔓延る荒くれ者達を全滅させたっていうニュースで知ってるもの」

 テゾーロが解決させたジャヤの無法地帯問題は、ロジャーが海賊稼業をやる以前から問題視されていた。

 それをほぼ一人で万事解決となると、世間に伝わる衝撃は自ずと分かるであろう。若さとは裏腹に計り知れぬ実力を有する少年(テゾーロ)は、さすがのレイリーも注目する。

「レイさんこそ、「テゾーロ財団」を知ってるかしら?」

「? もしや、彼の組織か?」

「ええ…主にウォーターセブンで活動している団体よ。ウォーターセブンを復興させ、多くの失業者を救済したとか」

「ほう…」

 その時だった。

 

 カランカラン……

 

「あら、いらっしゃい」

 店の扉を開け、三人の客……テゾーロ・ギャバン・ステラが現れる。

 その姿を見たレイリーは、目を見開いて歓喜した。

「おお、ギャバンか!! 久しぶりだなァ、今までどこで何をしていた?」

「ちとその辺をうろついてたんだよ」

 豪快に笑いながらレイリーの隣に座るギャバン。

 ふとその時、後から入ってきたテゾーロとステラにレイリーは気づいた。

「! そこの君……もしや、ギルド・テゾーロ君か?」

「!!」

 テゾーロは目を見開き、その反応を見たレイリーは笑みを深める。

「噂は聞いているよテゾーロ君……随分と暴れているようじゃないか。あのモックタウンを一人で治めたと聞いたときは驚いたぞ?」

「ここまで広まっているんですか。生ける伝説にも目をつけられるとは……」

 苦笑いしながら頭を掻くテゾーロ。

「麗しい奥さんをお持ちのようだな」

「婚約前とはいえ、横取りしようものなら相手が冥王だろうと容赦しませんよ」

 テゾーロはニッコリと笑みを浮かべながら、両手にはめた金の指輪から火花を散らす。

 それを見たレイリーは「そこまで非道ではない」と言って宥める。

 ちなみに一連の会話を聞いていたステラは、顔を真っ赤にしている。

「組織を立ち上げたからスーツで来ると思ってたが?」

「スーツ持ってますけど、全身ピンクの上に白のストライプ入ってて目立つんですよ」

「成程、この辺りで目立つのは確かに危険かもしれんな」

 テゾーロの理屈に納得するレイリー。

 島ではなくヤルキマン・マングローブと呼ばれる巨大な樹木で成り立っている、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の島特有の磁場が発生しないシャボンディ諸島。この諸島は各々の樹木に1~79までの番号が着けられており、それが島の区画として使われている。

 その中でも1番GR~29番GRは無法地帯であり、人攫い屋がよく行き来している危険な区域なのだ。

 そんな中で目立った格好をすれば、人攫い屋に目を付けられ〝人間屋(ヒューマンショップ)〟へ売り飛ばされてしまう。それを防止するために、できる限り目立たぬ服装でバーへ訪れた訳だ。

「ギャバンの用事は大体わかるが……君達の方は何の用かね?」

「そうですね……ビジネスのネタは多分興味を持たないでしょう? どっちかっていうと博打でしょうし。なら用事としては……ここは一つ、教えてくれませんか? 覇気の使い方を」

「! ……ギャバンから習おうとは思わなかったのか?」

「いえ、あくまで武装色のみで…見聞色とかはまだからっきしなんです」

 テゾーロはギャバンとの修行で、ある程度〝武装色〟を扱えるようになった。

 しかし〝見聞色〟の覇気と転生する前に神から与えられた〝覇王色〟の覇気は手をつけておらず、レイリーのような実力者に指南してもらわねばならなかったのだ。

「ちなみに教えてくれるならへそくりの一部の2億ベリーを「よし、いいだろう」……チョロ過ぎでは?」

 現金な冥王に、引き攣った笑みで口を開くテゾーロ。

 その場にいる全てに人間が、生ける伝説に対し冷たい視線を送っている。

「……何だ? 随分と冷めた目だな……」

「そりゃそうだろ、金で釣られたんだからよ」

 こうしてテゾーロはレイリーに覇気の全てを教えてもらうことになったのだが、それと共にレイリーは金で釣れるという新事実が発覚したのだった。



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第23話〝引退直後〟

 へそくりの一部を贈賄……ではなく献金することを条件にレイリーから覇気を指南してもらうこととなったテゾーロ。

 最初にやることは、まさかの模擬戦だった。

「君は確か〝武装色〟は会得したと言ったな……ではまず、私と手合わせをして確かめるとしよう」

「それは光栄なことで……とはいえ、おれは能力者ですよ? バリバリに使ってもよろしいので?」

「ああ、構わんとも」

 するとテゾーロは、〝ゴルゴルの実〟の能力を発動させ黄金の刀を生み出した。

 それを見たレイリーは目を見開くと共に笑みを浮かべる。

「剣で挑むのかね?」

「……せっかくですので、剣技も指南してもらおうかと」

 するとレイリーは腰に差していた剣を抜き、その切っ先をテゾーロに向けた。

「では行くぞ!」

 そういうや否や、レイリーはテゾーロに急接近し、剣を振るった。

 テゾーロは一瞬で懐まで潜り込まれたが、刀を持ち替え何とか防ぐ。

「やるじゃないか、今の反応は大したものだ」

 レイリーは嬉しそうに微笑むが、テゾーロ自身は一切余裕が無かった。

(ふざけやがって……!! たった一太刀……たった一撃受け止めただけで、全身に込めていた力がごっそり削り落とされたような気分だ……!! これが()退()()()()〝冥王〟シルバーズ・レイリー……桁外れなんてレベルじゃねェ、次元が違う!!!)

 テゾーロの目の前にいるのは、引退直後のレイリー……つまり、全盛期をちょっと過ぎた頃である。

 原作開始時は76歳だったが、今は大海賊時代開幕寸前……54歳の頃のレイリーだ。ただでさえ76歳の時点で素手で海王類を殴り倒し海軍大将(きザル)を足止めする程の技量を持っているのだ。全盛期を過ぎて間もない頃など、想像を絶するだろう。

「どうしたテゾーロ君、もう終わりかね?」

「なァに言ってんですか……若い芽がこんな所で枯れっこねェさ……!! おおおお!!」

 テゾーロは強引にレイリーを押し返すが、レイリーはすぐさま体勢を立て直し、剣を振るう。

 テゾーロも黄金の刀を持ち替えたりして防いでいるが、レイリーの速さに付いて行くのがやっとで反撃ができない。

「はっ!」

 

 ギィン! バキャアッ!!

 

「っ!!」

 レイリーが渾身の一突きを繰り出した。

 その衝撃は凄まじく、〝武装色〟の覇気も纏っていたためかテゾーロの得物の刃が砕けた。

 

 チャキッ……

 

「チェックメイトだ、テゾーロ君」

 剣の刃先を突きつけられるテゾーロ。

 しかしテゾーロは、笑みを浮かべる。

「……いや、まだ続きますよ!」

 

 バチバチッ!

 

「!?」

 テゾーロの黄金の指輪から火花が散ると、砕け散った黄金が無数の小さなナイフになりレイリーに向かった。

 しかしそこは冥王レイリー……瞬時にそれを躱す。

「これは驚いた…黄金を砕いても、その破片で応戦するとは」

「っ……今のはイケた気がしたけどなァ……」

「どうする? 続きをしても構わんが――」

「もう十分です……このまま続けても、今のままじゃあ勝てませんよ……」

 億越えの賞金首をも容易く仕留められる程の技量を持つ今のテゾーロでも、さすがに冥王には及ばなかった。

 これが、力の差というものである。

「ガハハハハ!! まだまだだな!!」

「大丈夫?」

 二人の手合いを見ていたギャバンは爆笑し、ステラは心配そうにテゾーロを見ている。

 そんな中、シャクヤクがレイリーのそばに現れ尋ねた。

「どうだったレイさん?」

「まだ熟してはいないが……強い。あの子はその内、今よりも遥かに大きくなるぞ」

 レイリーはヘトヘトになったテゾーロを見ながら微笑むのだった。

 

 

           *

 

 

 海軍本部――

 海軍大将を務めるセンゴクは、書類に目を通していた。

 書類に記載されているのは、テゾーロについての様々な情報だ。

「やはり……見過ごすわけにはいかんか……」

 クザンからの報告以来、テゾーロの件は度々耳にしてきたセンゴク。

 モックタウンでの一件からその名が世界的に知れ渡り、億越えの賞金首を仕留める腕っ節を持ちながら海賊稼業に手を染めない彼に対する評価も高い。

 だが、彼の悪魔の実の能力が問題だった。

(〝ゴルゴルの実〟……黄金を生み、自在に操る能力……)

 テゾーロの〝ゴルゴルの実〟は、強大な影響力を持つ可能性が高かったからだ。

 例えば、かの海賊王ロジャーと唯一互角に渡り合った〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートは、震動を操る〝グラグラの実〟の能力者。地震を起こし、島一つをあっさり沈めることが可能な大津波を誘発させ、島を丸ごと傾かせるという規格外の破壊力を誇り、「世界を滅ぼす力」とまで称されている。女海賊の頂点とも言える〝ビッグ・マム〟シャーロット・リンリンは、人から寿命を取り出し、無機物に命を与える〝ソルソルの実〟の能力者。擬人化を起こすことも可能で、太陽と雷雲を従えた彼女は天候をも自在に操る。

 海軍ではサカズキやクザン、ボルサリーノらが自然(ロギア)系の能力者であるため、戦闘においては外界に対して強い影響を与える。

 だがテゾーロは、それらとは少し違う。テゾーロのゴルゴルの能力によって与えられる影響は、「人間の欲望を膨張させること」だ。

 金に執着する者は世界中にいる。海軍にもいるくらいだ。テゾーロはその「金の力」を操り、その気になれば世界経済を牛耳れるだろう。そして金に目を眩んだ有力者達すら懐柔させるだろう。

(テゾーロは…奴は政府に盾突くようなマネはせんだろう。だが〝五老星〟以上の権力(ちから)を手に入れかねんな…)

 世界政府の最高権力者は五老星だが、その上には彼らを上回る者がいる。

 天竜人は絶対的存在であるが、その権威を最たるものが五老星だ。しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、センゴク自身も詳しくはないため、実際のところは不明だ。

 いずれにしろ、大抵の天竜人は人間の欲深さをこれでもかという程に表面化しているため、金についても強く執着している。黄金を操るテゾーロの能力は、下手すれば天竜人すら懐柔させ世界政府をひっくり返しかねないのだ。

「いつの世も、金は力なり……か」

 好物のおかきを頬張りながら、センゴクは書類をデスクへしまうのだった。



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第24話〝小さな商談〟

久しぶりですね。
随分待たせてしまい、申し訳ございやせん。


 ついに伝説の副船長シルバーズ・レイリーを買収……ではなくてレイリーと接触して残りの覇気――〝見聞色〟と〝覇王色〟――を習うことになったテゾーロ。

(これでルフィが原作通りレイリーに師事したら、おれは事実上の兄弟子だな)

 そんなことを考え、思わず笑みを零す。

 ちなみに財団の方は電伝虫による通信で指示しているので問題は無い。

「〝武装色〟については問題はないだろう……鍛錬を続ければ新世界の大物達と互角に渡り合える」

 そういう訳で、現在レイリーから指導を受けるテゾーロ。

 副船長として長く伝説(ロジャー)を支えただけあり、指導者としてはかなり優秀であるのが彼の口調から窺える。

 ――わかりやすいったらありゃしない。教員に向いてるな~、この人。

 テゾーロは内心そう思った。

「〝見聞色〟と〝覇王色〟は、基礎は叩き込んでやるつもりだ。だが大体の人間は得手不得手によって「得意な色」に力は片寄る。それを見極めて自分の「得意な色」の覇気を伸ばすことを重点とする。強化すれば、できることの幅が広がる」

 するとレイリーは、布をテゾーロの目に巻き付けた。

「これでよし」

「! これは……目隠しですか」

「うむ。暫くはこうして修行だ……感覚の能力を超えるスピードは捉えられんからな」

 耳は音、目は光を感じる器官だ。

 例えば音速を超えるライフルの銃弾は、銃声が聞こえたときには自分の体に当たっている。光の速度で動く敵がいたとすれば、目で見えたときにはすでに攻撃されている。そういうことだ。

 かつてレイリーは、海軍将校でも最高クラスの実力を有している〝ピカピカの実〟の光人間・〝黄猿〟ことボルサリーノ中将のような後の最高戦力「三大将」と互角以上に渡り合ったこともある。それは肉眼で捉えたのではなく、〝見聞色〟の覇気で捉えたのだ。

「まずは〝見聞色〟をメインに修行するぞ」

「了解」

 するとレイリーは木の棒を手にし、覇気を纏わせた。

「早速始めよう。私の攻撃を躱してみるんだぞ」

「あい」

「行くぞ!」

 

 ドゴッ!!

 

「ふごォ!?」

 

 チュドォォン!!

 

「……」

 レイリーの、いきなりフルスイングが炸裂。

「……い……いきなりフルスイング(それ)は……」

「すまん……今のは私に非があった」

 

 

           *

 

 

「くっそ、顔(いて)ェ……」

 先程の修行の折、あまりの速さに付いて来れなかったテゾーロは顔面でモロに食らうこととなり、その衝撃でヤルキマン・マングローブに激突してしまった。現在ヒリヒリする顔を抑えながらシャボンディの街を歩いている。

「しっかし、よくこの程度で済んだな……」

 未だにズキズキと痛む顔を押さえながら歩く。

 あれ程の強力な打撃を食らい巨木に激突しても重傷って程でないのは、さすが「ONE(ワン) PIECE(ピース)」の世界である。

「そういえば、そろそろ政府とパイプぐらい持つべきだよな……」

 テゾーロの野望には必要不可欠な「パイプとコネ」。だが、相手を慎重に選ばねば厄介事に巻き込まれかねないのは必定だ。

 世界に対する大きな影響力を持ち、それでいて確実な情報と権力を得られる存在と手を結ぶ。それこそがテゾーロの理想だ。現実世界における某野党や某大手新聞社のようなレッテル貼りとか平気でする奴らとは関係持ちたくはないのである。

「お、〝世経〟じゃん」

 ふと気づけば、かの「世界経済新聞社」のシャボンディ諸島支部の前にいた。

 闇の世界の帝王達の一人である〝ビッグニュース〟モルガンズ氏が発刊する「世界経済新聞」……略して世経は、絵物語「海の戦士ソラ」も扱っている。

 海軍の英雄達――ガープやセンゴク達を含むのかは不明だが――の実話を基に作られた物語らしいので、世界政府とも強力なパイプを持っているだろう。情報を制す者が戦いを制すともいうので、モルガンズとの接触も重要であろう。

「……そういやあこれって本になってねェな」

 この世界には、「うそつきノーランド」という絵本がある。400年前に実在した探検家モンブラン・ノーランドと〝偉大なる航路(グランドライン)〟のジャヤをモデルに描いており、内容は概ね史実に沿っている。結末は実際と違うが。

 ふと、ある考えが頭を過った。

(そういやあ……この世界って印税とかあるのかな?)

 印税……それは、出版物や楽曲など著作物の著作者に対し、著作物の売り上げに応じて出版社やレコード会社などの版元が著作者に対して支払う対価のこと。本の場合、初版発行部数分の印税を受け取り、増刷するごとに増刷分の印税を出版権を許諾した出版社から受け取る事になる。

 「海の戦士ソラ」の物語は世界中にファンがいるので、文庫本とかで欲しがる人ぐらいいてもおかしくはないだろう。

(……新聞掲載なんだろ? ってこたァ、社長(テッペン)にアポ取って交渉すりゃ結構な収穫となるかもな。うまくいけば巨大なコネを得られるぞ……)

 テゾーロは早速、モルガンズに問い合わせるべく新聞社に殴り込みをかけた。

「頼もーー!!」

「な、何ですかあなたは!?」

 道場破りのようなノリで新聞社に殴り込むテゾーロ。

 すると、その姿を見た社員の一人が目を見開いて驚愕した。

「ん……!? もしや、あなたはギルド・テゾーロ!?」

「!」

 テゾーロの名を口にした社員達は大騒ぎになる。

 いつの間にか世界的大手報道機関にも認知される程の有名人でしたか、おれ。

「社長殿に商談がありまして。電伝虫つながりますか?」

「しゃ、社長ですか? 少々お待ちを……!」

 社員の一人は慌てて奥の部屋へと向かう。社長(モルガンズ)直通の電伝虫でも取りに向かったんだろう。

 すると――

「テゾーロ殿、お待たせしました!」

(早くね!? 1分経ってねェぞ!?)

 1分も経たぬうちに電話が繋がったようだ。

 さすが大手新聞社だ、とテゾーロは感心しつつ受話器を手にし、早速モルガンズと言葉を交わす。

「もしもし……私はテゾーロ財団のギルド・テゾーロと申します」

《ほう! あのモックタウンの事件で一躍時の人となったテゾーロ氏か!?》

 モルガンズもご存じであるようだ。もっとも新聞社だから当然であるが。

「実は商談がありまして……お時間があれば世界経済新聞社・シャボンディ諸島支部にて会談させてもらいたいのです」

《商談?》

「ええ……「海の戦士ソラ」の書籍化についてです」

《!?》

 この商談が、後に世界政府や海軍との交渉で大いに役に立つことになるとは、彼自身知る由もなかった。



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大海賊時代Part1
第25話〝時代の終わりと始まり〟


お待たせして申し訳ございません。
やっと更新です。


「あ、はい。では3日後に……」

 

 ガチャリ……

 

「では、失礼する。 社長さんによろしく」

「はいっ!」

 数分後、話を終えたテゾーロは、世界経済新聞社の建物から出た。

すると……。

(っしゃーー!! アポ取れたぞ、これで大分儲かる!! 世界中にファンがいるソラの物語を本にして売る事で印税ガッポリ分けてもらえるし、モルガンズとのパイプも持てる!! モルガンズに頼んで情報収集させれば政府のヤバイ情報も掌握できるから、いざという時の切り札になる!! お先真っ暗からさようなら、万々歳だな!!)

 段々クズと化しているテゾーロ。

 やはり金は人を狂わすのだろうか……。

「いかんいかん、欲望丸出しはさすがにステラに引かれる……」

 そう思っていると、ヤケに人が少ないことに気づく。

「……? 妙だな、いつもは賑わってるんだが……」

 すると、急いで走る人々が目に留まる。

 テゾーロは声を掛ける。

「おい、何かあったのか?」

「ああ、すげェ事になった!」

「海賊王の処刑が始まるんだ、生中継だ!!」

「ロジャーの処刑…!?」

 

 

 モニターに集まる、人だかり。

 テゾーロは近くで見るのは不可能だと悟ると、得意のパルクールで建物を軽々とよじ登り、モニターが見やすい場所で胡坐を掻く。

「ここなら見やすいな……ちょっと遠いが……」

 すると…。

「見ろ!! 海賊王だァ!!」

『おおおおおお!!!』

「!!」

 海賊王の登場に、人々は画面に釘付けになる。

(……〝海賊王〟ゴール・D・ロジャー……!! 画面越しなのに、何て覇気だ……!!)

 手枷をはめられているのに、まるで凱旋した将軍のように歩くロジャー。

 処刑台の階段を一歩ずつ上る姿は、処刑という「絶対的な死」を前にしている者とは思えぬ堂々さ……まるでかつて君臨した王が再び玉座に戻るかのような錯覚をも感じる。

 画面越しでもわかる、海の王者としての覇気と誇り高さ。富・名声・力……この世の全てを手に入れ、全ての海賊達の頂点に上り詰めた男の最期を締めくくる、相応しい舞台とも言える。

《さァ、とっとと済ましちまおうぜ》

 処刑台で胡坐(あぐら)を掻いて座るロジャー。

 ロジャーの前で2本の処刑刀がクロスすると、人々は息を呑む。

 その時、一人の男が叫んだ。

《おい!! 海賊王!! 集めた宝はどこに隠したんだ!? やっぱり〝偉大なる航路(グランドライン)〟の中か!?》

 その言葉の意味を知ったテゾーロは、目を見開く。

 男がロジャーに聞きたいこと…それは、〝あの宝〟のことだ。

《あんたは手に入れたんだろ!? あの伝説の大秘宝〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟をよォ!!!》

 すると、それを聞いたロジャーは高笑いをした。

 そして、その質問に対し……死に際の「あの一言」を口にした。

 

《おれの財宝か?》

《許可なく喋るな!!》

 処刑人に刃を向けられても、意にも介さず笑みを浮かべて口を開くロジャー。

《欲しけりゃくれてやる……探せ! この世の全てをそこに置いてきた》

《執行っ!!!》

 

 ザン…!!

 

 海賊王(ロジャー)の体を、二つの刃が貫いた。

 画面越しでもわかる程の、広がる血だまり。時が止まったかのような静寂。

 そして――

『ウオオオオオオオ!!!』

 万雷のごとき喝采が響き渡る。

 ロジャーの死により、大海賊時代という新たな時代が始まったのだ。

 海賊が跋扈(ばっこ)する時代に終わりを告げるために、ロジャーを処刑したはずだった。しかしロジャーの最期の言葉により、公開処刑は大海賊時代開幕の式典となったのだ。

「……ハハッ…」

 テゾーロはただ、圧倒された。

 一時代を築いた男は、自らの死と引き換えに新たな時代を築いたのだ。

 これ程スケールのデカイ海賊(おとこ)は、ロジャーだけだろう。

「……こりゃあ敵わねェや……」

 

 

           *

 

 

 シャクヤクのバーへ戻ったテゾーロは、かつての船員であったレイリーとギャバン、そしてテゾーロの帰りを待っていたステラと酒を飲んでいた。

「海賊王が……ロジャーが処刑されたって、聞きましたか?」

「ああ……聞いてる。ギャバンとギャンブル場へ向かう最中に何度も聞いたさ」

 シャクヤクのバーのカウンターで、ラム酒を注いだグラスを手にするテゾーロとレイリー。

「おれは行きましたが……あなた方は?」

 テゾーロの問いに対し、2人は首を横に振る。

 どうやら行かなかったようだ。

「……あいつは最後にこう言ったんだ、テゾーロ君」

 レイリーが口にする、ロジャーとの最期の会話。

 自首する日の数日程前だという。

 

 ――おれは死なねェ(・・・・)ぜ…? 相棒

 

「思えば、何事もハデにやらかすあいつにゃあ振り回されたもんだぜ。〝金獅子〟の時もそうだった」

「!」

 ギャバンの一言に、目を見開くテゾーロ。

 金獅子と言えば、大規模な海賊艦隊を率いてロジャーや〝白ひげ〟としのぎを削った伝説の大海賊〝金獅子のシキ〟だ。ロジャー海賊団と金獅子海賊団の最大の激突「エッド・ウォーの海戦」は、つい数年前の話である。

「あん時はバギーがよく喚いた。ガハハハッ!!」

(バギー……後の七武海か。そう言えばシャンクスと同じ見習いをやってたんだよな)

「シキの頭に舵輪が刺さったと聞いた時は、皆大笑いだったな」

「そりゃあそうだ!! 獅子がある日いきなり鶏になっちまったんだからな!!」

 シキの身に起こった不慮の事故を思い出し、爆笑するギャバン。

 長く共にいたロジャーの影響か、と小声で呟きながら、テゾーロは酒を飲み干す。

「残り数秒僅かに灯った「命の火」を、あいつは世界に燃え広がる「業火」に変えた。我が船長ながら……見事な人生だった」

 眼に涙を浮かべ、微笑むレイリー。

 ギャバンはサングラスでよく見えないが、涙を浮かべているだろう…。

「……しかしお嬢さん、存外強いじゃないか」

「それ程でも……」

 ここで意外な酒の強さを発揮したステラに、突っかかるレイリー。

「どうかね、一緒に飲むの――」

「レイリーさん、何を謀ろうと?」

「……落ち着け」

 レイリーが誘おうとすると、レイリーの肩にポンッと手が添えられる。

 背後に立つは、左手の黄金の指輪から火花を散らして全く笑ってない笑顔(・・・・・・・・・)を浮かべるテゾーロ。

 はっきり言って怖い笑みである。

「さすがに……ねェ?」

「……すまん」

 そんなレイリーにシャクヤクはクスクスと笑い、ギャバンは爆笑する。

「……レイリーさん。 せっかくですし、思い出話でも聞かせて下さいよ。偉大なる海の王者……海賊王ロジャーの弔いのためにも」

「……弔い、か」

「それぐれェいいだろ、レイリー。おれ達ァもうお役御免だぜ?」

「……それもそうだな。ではまず、私とロジャーが初めて出会った日のことを話そう」

 レイリーは、ロジャーとの「伝説」を語り始めるのだった。




ロジャー死んだ。(笑)
こっからが面白くなる…はずです。
あと3、4話ぐらいしたら海軍とお話しする展開に…なるよう努力します。


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第26話〝「世界経済新聞社社長」モルガンズ・前編〟

すいやせんでした、遅れて更新です。
ホント、スイマセン!


 ここはシャボンディ諸島に停泊しているテゾーロ財団の船。

 その一室…テゾーロの部屋では、テゾーロとステラが寛いでいた。

(大海賊時代の到来……海軍は忙しくなるだろうな~……)

 海賊王ゴール・D・ロジャーがローグタウンで処刑されて3日が経った。

 まだ3日しか経ってないとはいえ、処刑前よりも海賊達の往来が増してきている。無論テゾーロ自身も日々強くなっていることと海軍の出動回数が少しずつ多くなってることから現時点では大問題ってほどではないが…ステラのことを考えると、やはりこの考えが出て来る。

「なァ、ステラ。そろそろ自衛の為の護身術ぐらい必要だと思うんだが…」

「そうね……いつまでもテゾーロに護られるのも……」

「いや、まァ無理して戦えって訳じゃないんだが……」

 テゾーロの能力とその財産を巡って、多くの人間が狙うだろう。

 中にはステラを人質にとり、テゾーロを意のままに操ろうと企む下郎も出てくるだろう。そういうのも加味し、ステラ自身も何らかの自衛の術は必要だ。

 とはいえ、ステラの手を血で汚すわけにもいかない。テゾーロは元を辿れば素行不良のチンピラであったが、彼女はごく普通の一般女性である。色々と違う。

(となると、飛び道具……銃が一番か)

 この世界で主流なのは、フリントロック式という火打石銃――海賊だけでなく海兵や民間人も所有する、世界で最も多い銃火器だ。稀に銃用雷管を用いたパーカッションロック式が出回っているらしいが、それは世界でもごく一部である。

 それに銃と一言で言えど、銃には様々な種類がある。拳銃・散弾銃・マスケット銃……色々な銃が世界中に出回っており、それらは覇気使いが手にすると銃本来の限界を軽く超えることも可能だ。

(ステラは女性だ、女性が所持するのに最適な銃を考えないと……)

 銃をもし手にするならば、護身用だけでなく攻撃用として使用でき、撃った際の反動が小さく扱いやすい銃が最適だ。

 となると、やはり拳銃がステラに向いている。

「ま……まァ、ロジャーが処刑されて以降は日に日に海賊の往来は増えたが、この海域は海軍本部が近い。大丈夫さ」

 シャボンディ諸島は、世界中の正義の戦力の最高峰である海軍本部が置かれた島「マリンフォード」がある。

 新世界への入り口の前に置くことで海賊達に睨みを利かせているので、海賊の事件が起きればすぐに来る。もっとも、海軍は海賊を取り締まるのが仕事だが。

「いずれにしろ、これから暫くは海賊が多くなる忙しい時だから――」

 その時だった。

 不意に、テゾーロの机に置いてあった電伝虫が鳴った。

 その電伝虫は、世界経済新聞社のモルガンズに渡した電伝虫と同じ…そう、ついに会談の時が来たのだ。

 テゾーロは受話器を受け取り、応答した。

「……テゾーロ財団のギルド・テゾーロです」

《テゾーロ氏か! 私だ、モルガンズだ。丁度今シャボンディ諸島の支部に着いたのだ、会談しようではないか!!》

「……わかりました。ですがしばらくお待ちしていただきたい、こちらも準備があるので」

《うむ! では待ってるぞ!》

 

 ガチャリ……

 

「……という訳だ、早速着替えるよステラ」

「えっ…!?」

「一応会談なんだ、正装で行くのが筋だよ」

 そう言ってテゾーロはクローゼットからケースを取り出し、中から白いラインが特徴の青いドレスを引き出した。

「それって……私の?」

「オーダーメイドさ。商人をやってると自然に業者と関わっていくからね」

 ニヤリと笑みを浮かべてドレスを渡すテゾーロ。

 しかし、ここでステラはある事実に気がついた。

「サイズも申し分ないけど……テゾーロ、あなたまさか私のスリーサイズ……」

「……」

 ステラの呟きに凍りつくテゾーロ。

 それに対し、ステラは満面の笑みで口を開く。

「どうやって知ったの?」

「……服のサイズ量りました…」

 汗だくになりながら「ウソをついたら殺されるっ!!」と思い震え上がるテゾーロであった。

 この直後、「ちゃんと言いなさい」とビンタされたのは言うまでもない。

 

 

           *

 

 

 「世界経済新聞社」シャボンディ諸島支部――

 シャボンディ諸島支部は、世界経済新聞社の本部の次に豪華と言われている。

 世界政府の中枢である聖地マリージョアが近いのが原因かはわからないが、かなりの金を費やしていることが目に見える程の豪華さだ。

(そろそろ来るはずだが……)

 スカーフをビシッと整えるテゾーロ。

 今回はあの白いラインが特徴のピンクのスーツを着ており、それなりの風格もある。モルガンズも驚くだろう。

(そう言えば、いずれ海軍とも交渉するんだろうな。軍資金の提供の代わりに何かもらうの考えなきゃな……)

 テゾーロは人々を恐れさせ脅かす犯罪者ではないが、世界政府に目を付けられているのは間違いないだろう。

 何らかの形で交渉するのは目に見えている。

(恫喝とかしなきゃあいいけど……)

 ぶっちゃけた話、海軍はどうも第一印象が「ヤの付く職業の方」が多い。あんな強面で強気に出られたら怖気づくに決まっている。

(まァ、どうにかなるか。話し合いぐらい通じるっしょ)

 すると、ドアが開いて彼は現れた。

「……鳥なの……?」

「ステラ、それは言わないお約束だ……」

 目の前に現れる、身綺麗な服で身を包んだ大きな鳥。

 彼こそが世界経済新聞社の社長〝ビッグニュース〟モルガンズ氏だ。

「初めまして、かな? 私がモルガンズだ」

「テゾーロ財団のギルド・テゾーロです、以後よろしく」

 握手――と言っても、テゾーロが羽を握ってるだけ――をするテゾーロとモルガンズ。

「おや? そちらの方は?」

「ステラです、よろしくお願い致します」

「何と、それはビッグ・ニュース!! テゾーロ氏は既婚者でしたかな?」

「いや、それニュースの一面にしないで下さいよ」

 メモ帳を取り出すモルガンズに、青筋を浮かべて告げるテゾーロ。

 触れちゃマズイと感じたのか、モルガンズはメモ帳をしまって「失礼……」と口にする。

「ゴホン……では、始めるとしましょうか。あなたの商談とやらを」

 テゾーロ、モルガンズに挑む。



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第27話〝「世界経済新聞社社長」モルガンズ・後編〟

遅れました、申し訳ありません。
しかし本編のステューシーの事はホント驚いた…。


 こうして始まったテゾーロ財団とモルガンズの会談。

 話を切り出したのは、テゾーロだった。

「まずは先日語った「海の戦士ソラ」の書籍化についての確認をしましょうか」

 テゾーロの商談は、「海の戦士ソラ」の書籍化だ。

 世界経済新聞に載っているこの絵物語は、これまでの経緯でわかっている方も多いだろうが新聞にしか掲載していない(・・・・・・・・・・・・)のだ。

 テゾーロ自身、ソラの物語は見たことはあるが「新聞紙以外で掲載されている」のは一度も見たことが無い。例えて言えば、戦隊モノをTVでやっといてBlu-ray(ブルーレイ)及びDVD化しない…といったところだ。

「新聞紙にしか載ってないのでしょう? 筋金入りのファンなら第1話から読んでいる……だが新聞紙はいずれ捨てられ処分される。もう一度見たいと思う人は少なからずいると思いませんか?」

「確かに…世界中にファンがいるのは事実だ」

 (うで)を組んで頷くモルガンズ。

 彼自身も、そう思っているようだ。

「もっとも、新聞紙は亜麻仁油(あまにゆ)を使用している。無意識に読み終わったら捨てるので知ってる人は少ないですが……放置すると発火し火災の原因ともなるのですよ」

「え!?」

「何と、それは本当か!?」

 亜麻(アマ)という植物の種子から絞った乾性油である亜麻仁油は、油が乾燥する過程で空気中の酸素と結合し酸化反応を起こし、その際に微量の反応熱が発生する。

 丸めたり重ねたりして放置すると、酸化反応熱が蓄熱され、逃げ場を失った熱は次第に高温となり発火温度にまで達する危険性があるのだ。

 事実、テゾーロが転生する前に現世でも亜麻仁油の自然発火によって様々な火災が発生している。

「何なら実験しましょうか? 普通に重ねて長時間放置すればいいので」

「いや、結構」

 きっぱりと断るモルガンズ。

 それと共に、テゾーロに尋ねる。

「書籍化して売り出す際は、やはり新聞紙に記載されてない内容を載せるのもアリですかな?」

「!! ほう、さすがは社長。エンターテインメンツなアイデアを…」

 モルガンズの提案は、ソラの物語の絵コンテや原稿を付録として載せるというものだ。

 現実世界でも、大人気マンガ・有名マンガの原稿は非常に貴重であり、コレクターが20年以上かけて集めたというケースもある。筋金入りのファンは、きっと泣いて喜ぶだろう。

 するとここで、ステラが尋ねた。

「あの…よろしいのですか? 原稿は貴重なモノ……この世に1枚しかないのでは?」

「ご安心を! わが社は新聞社……複製など何枚でも刷れますぞ?」

「成程」

 さすがは大手新聞社、抜かりはないようだ。

「それでですが……あわよくば我々テゾーロ財団はあなた方世界経済新聞社のスポンサーにもなりたいのですが?」

「!」

 テゾーロはここで、「世界経済新聞社のスポンサーになる」という更なる交渉に出た。

 スポンサーとは、団体や個人などに広告やPRを目的に金銭を支出する出資者のことだ。スポンサー側にとっては世間に対し宣伝ができ、される側としては金銭などの援助が得られるので、決して悪い話ではない。

 モルガンズが政府とのつながりがあると推測したテゾーロは、テゾーロ財団が世界経済新聞社のスポンサーになる事で政府とのパイプを得ようというのだ。

「いいでしょう、あなたとのビジネスは面白そうだ!!」

「それはありがたい」

 モルガンズは快く応じた。

 どうやらうまい関係を築けそうだ。

「今回は実に有意義な時間でした。私の商談に合意してくれることを心から感謝致します」

「これから、よろしく頼みますぞ? Mr.テゾーロ」

 

 

           *

 

 

 同時刻、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟。

 世界を一周するこの巨大な大陸にある世界政府の中枢・聖地マリージョアのパンゲア城の一室――「権力の間」にて、五人の老人が語り合っていた。

「テゾーロ財団か……ここ最近世間を賑わせる民間団体とやらが」

「随分と財を成してるようだ。今では数百億ベリーの資産を持ってるという情報がある」

「クザンやサカズキとも接触しておる……報告だと、一応我々に刃向かう立場ではないようだ」

 この五人の老人の正体は、世界政府の最高権力〝五老星〟…この世界の支配と秩序の為に、危険因子と判断したものを徹底的に排除している世界政府の頂点だ。

 そんな彼らが議論しているのは、テゾーロと彼が率いるテゾーロ財団だ。

「さて……どう思う?」

「このテゾーロ財団とやらは、今も成長中(・・・)だ。今後は更に莫大な財を成すだろう……その財は我々の資金源となってもらおう」

「諸国の代わりに〝天上金〟を払わせるのも悪くない」

「それはいい。そうすれば加盟国が減らずに済む」

 〝天上金〟とは、世界各国の一般市民が天竜人に対し財を納める「世界貴族への貢ぎ金」のことだ。この天上金はかなりの高額らしく、天上金によって一国が飢餓で滅んだ事例もあるため、五老星も悩んでいるのだ。

 五老星は天竜人の最高位であり、世界政府の最高権力者でもある。だが理知的な五老星と違って傍若無人な天竜人達は、五老星の苦労など意に介さず暴虐の限りを尽くしている。ゆえに大抵の天竜人は五老星の言葉に耳など貸さない。

 天竜人をどうにか宥め、それでいて国を滅ぼさずに天上金を納めるにはどうすればいいのか…そこで目を付けたのが、急激に財を成すテゾーロ財団だったのだ。

「うまく利用できれば政府における金の問題も解決できるやもしれん」

「とはいえ、相手は若者とて相当の切れ者……そう易々と頷くとも言えん」

「ならば、奴にとっても有益な話を持ってくれば良いだけの話だ。早めに手中に収めねば厄介事になる」

「うむ――ではテゾーロの件は、海軍に一任するとしよう。いずれ会談すると報告されているからな」

「よかろう、では次の話をしようか……」

 五老星は、今日も世界情勢の議論をし合う。



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第28話〝現状報告〟

遅れて申し訳ありません。更新しました。
今回は閑話ですね、テゾーロしか出ません。


 ギルド・テゾーロとして生まれ変わり、テゾーロ財団を起ち上げて早1年半。

 テゾーロ財団は、トムズワーカーズを傘下に収め、世界経済新聞社とのビジネス協定を結ぶという快挙を成し遂げ、現在凄まじい財を築いている最中だ。その総資産額は最早創立者であり理事長であるテゾーロですら把握できないくらいである。

(さてと、そろそろこっちの方に力を入れるとしますかね……)

 テゾーロはついに自らの野望の為に一大事業に手を付けることにした。

 その名は、「グラン・テゾーロ計画」。わかる人は勿論わかるだろうが、「FILM GOLD」で出てきたあの全長10kmに及ぶあの巨大黄金船〝グラン・テゾーロ〟を造る計画だ。

 グラン・テゾーロは、船内にカジノや劇場、水族館、プール、サーキット、ゴルフ場、巨大観覧車などの様々なアトラクション施設がある世界最大のエンターテインメントシティで、非武装地帯として世界政府に公認された独立国家であり政府すら手が出せない「絶対聖域」――わかりやすく言うと永世中立国と似たか寄ったかな立場のラスベガスがグラン・テゾーロだというわけだ。

 実はそのグラン・テゾーロ、原作――映画本編――では、その実態はえげつないものであった。世間からは「夢の街」と称されているが、従業員のほとんどはカジノで負け奴隷のように扱われている者達であり、船内の至る所にいる映像電伝虫に監視されている。そして「騙された者が敗者」でインチキやイカサマをされても一切咎めることができない絶対ルールが存在するのだ。

 もっとも、今の俺は「FILM GOLD」のあのテゾーロと違う。金の亡者というより、金儲けが上手くいってる一応(・・)心優しき清らかな青年なので特に問題は無いだろう。

「そういうのは好みじゃないっつーか……おれイカサマ嫌いだし、元ネタと大分設定変わるだろうなァ~……。まァ、船の方はともかく……中身の方を(・・・・・)考えないとな……」

 テゾーロが今考えているのは、国家を樹立して政府加盟国になるための計画だ。

 世界政府に加盟する国家の多く……というよりも、ほぼ全部が君主制である。しかし、その多くはどちらかと言うと「絶対君主制」が多く、時々暴走しがちだ。名君として名高いアラバスタ王国のネフェルタリ・コブラのような立派な王などそうそういないのが現状である。

 その中に賞金稼ぎやってた平民(テゾーロ)が国家を樹立して国際社会に殴り込むとなると……世界会議(レヴェリー)は色々と荒れる事になるだろう。

「やっぱり、やるんなら中立国家だよな~……」

 中立国は、文字通り特定の勢力に加担せず中立の立場――第三者の立場をとる国家のことだ。これは言わば「不干渉主義」で、他国の紛争に巻き込まれる可能性は少なくなる上にどの国家にも肩入れしないということでもあるからどんな国相手でも窓口を開いている状態になる。これは結構重要で、テゾーロ財団の活動が制限されずに済む。

 勿論、中立国というのは「味方もいない」というリスクを背負うので、もしどこかの国に攻められたら、助けてくれる味方もいないので独自の強大な軍事力で対抗しなければならない。そうでないと「中立」の意味が無くなってしまうのだ。

「船はトム達に任せりゃいいし、法とかそういうのは…まァ縁が出来た王族に習うとするか……」

 国である以上、法は必要だ。

 だからと言って、某ブリキの大食漢悪政クズ国王みたいに「ド〇ム王国憲法第一条、王様の思い通りにならん奴は〇ね!」みたいなカオスな悪法はマズイ。ちゃんとした政治家に習わないとあの国王と同じクズになるだろう。それだけはテゾーロも勘弁である。大分先であるからいいだろうが。

「後は仲間だなァ~……とりあえず例の4人は確定だが、後をどうすっか……」

 テゾーロは当然、仲間集めも視野に入れてる。

 二頭身(タナカさん)変態(ダイス)反則能力者(バカラ)女狐(カリーナ)は当然だけど、他のキャラもあわよくば自らの部下に取り入れようと画策中だ。

 例えば、「FILM Z」で出てきたアイン。触れたものを12年若返らせる〝モドモドの実〟の能力者で、ファイティングナイフと二丁拳銃を用いて戦うあの子は絶対仲間にしたい。

 これはテゾーロがそういう趣味(・・・・・・)であるのではなくて、戦力的かつ総合的にだからだ。負けたとはいえ、タイマンでゾロと戦えたのだから欲しいと言えば欲しいのだ。

(一応これからの世界の流れは何となくわかるけど、すでにちょっと原作改変気味だから何が起こるかわからないな……)

 現在は、原作開始時点から22年ほど前。つい最近ロジャーが処刑されたばかりで、恐らくエースは生まれてない。ルフィの親父である革命家ドラゴンも、まだ一人の活動家に過ぎないだろう。

 そして、トムが海賊王に手を貸したという罪で裁判を受ける前でもある……はずだ。

「とりあえずは海軍と交渉、その後政府のお偉いさんと掛け合うって感じだな」

 テゾーロの成り上がり人生は、まだこれからだ。

 ドラゴンとは違うやり方で、この世界を変えてみせる――テゾーロはそう誓った。

「そういえばタナカさんって、おれより年上なんだよな……」




ワンピースがハリウッドで実写ドラマ化するんですね。
……正直期待よりも心配が強いです、だってド〇ゴン〇ールの実写映画化したの大コケしたし。
いや、まだ見限ってませんよ!?ただワンピース読んでる自分としては……何か、こう……とてつもなく不安です。


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第29話〝会談〟

すいません、タイトル入れ忘れてました!!
あァ、情けない…。


 海軍本部。

 その本部内の廊下を、二人の男がカツカツと歩いていた。

 一人は、黒のサングラスを掛けコートを着用した海兵…後に海軍本部の最高戦力「大将」に属する事になる海軍本部中将のクザン。そしてもう一人は、ピンクのスーツ姿で黄金の指輪を嵌めた青年…テゾーロ財団を起ち上げ、一気に財を成しているギルド・テゾーロだ。

「しっかしまァ、随分と変わった正装だねェ」

「マズイですか?」

「いんや、全然」

 いかにも偉い人がいそうな雰囲気の廊下を歩く二人は、互いに語り合う。なぜテゾーロが海軍本部にいるのか…それは、海軍本部上層部との会談があるだ。

 事は昨日の夜に遡る。テゾーロ財団が所有する本船でいつも通りパーカー姿で職務をこなしていたテゾーロの元に突如クザンが現れ、「上層部(うえ)が呼んでる」と言われたのだ。まさか向こうから直接呼ばれるとは思わなかったテゾーロは、ステラ達に慌てて事情を説明して正装に着替えて飛び出した…というわけだ。

(そういやあ何でおれ一人なんだ…? 酷く嫌な予感がする…)

 俗に言う「嫌な予感」を感じ取るテゾーロ。

「着いたよ、ここが元帥室だ」

 元帥室の前に立つ。

 テゾーロは深呼吸してスカーフを整え、ノックして入室する。

「む…来たか」

 テゾーロの目の前には、自身のデスクで緑茶を飲んでいた強面の大男と、アフロヘア―と丸渕メガネが特徴的な男がいた。

 海軍本部の総大将であるコング元帥と、海軍の最高戦力である大将〝仏のセンゴク〟だ。

 テゾーロは元帥室に入りチラリと辺りを見回すと、絶句した。

(コングとセンゴクを相手取るとは考えてたけど…さすがにこの面子は卑怯だろ…!!)

 テゾーロは正直呆れていた。

 なぜかというと、自分一人に対する海軍の対応がカオスだったからだ。

 元帥であるコングと大将のセンゴクまでは想定していたが……何と後の三大将であるサカズキ、クザン、ボルサリーノがいるのだ。

 海軍のトップ達VS民間企業のトップ一人…アウェーなんてレベルではない。

 しかし臆するわけにもいかないので、気を引き締めてから笑みを零す。

「……初めまして、コング元帥殿。私はテゾーロ財団の理事長を務めるギルド・テゾーロと申します」

「海軍本部元帥のコングだ。よく来てくれたな、まァ座りたまえ」

 コングに言われ、自分のために空いてるだろうコングのデスク正面のソファーに腰を下ろすテゾーロ。

「本来なら私の方から海軍本部(そちら)へアポ取ってから向かう手筈で準備してたのですが……まさかそちらからとは想定外でしたよ」

「そうだな……我々にも事情があるんでな」

 ドカッと座るコング。

 その隣にセンゴクが座り、つるやサカズキ達も座る。

 その時だった。

 

 バンッ!

 

「おい、クザン! わしの煎餅知らんか!?」

「ガープ、何しに来た!? 今は取込み中だ!!」

 急にドアを殴り飛ばし、海軍の英雄である伝説の海兵の一人兼主人公(ルフィ)の祖父であるモンキー・D・ガープがダイナミック入室。

 若き日の怪物ジジイの登場に、さすがに怯むテゾーロ。

「む? なんじゃお前、見ない顔だな。客か?」

「……テゾーロ財団の理事長を務めるギルド・テゾーロと申します。以後よろしくお願いします」

「……! おお、最近儲かっとるガキンチョか。噂には聞いておったが…」

 興味津々のガープ。

 すると、ここでクザンが一言。

「……ガープさん、一々ドアを壊さないで下さいよ……」

「おお、すまんな! ぶわっはっはっは!!」

「おいガープ、早く出てけ!! 後でドアの弁償しろ!!」

「何じゃい、それくらい気にするな!」

(それくらいって…)

「出てけェー!! バカヤロー!!! 仕事中だァー!!!」

 センゴクは青筋を浮かべて怒鳴り散らし、ガープを追い出す。

「……賑やかですね、元帥殿」

「すまん…、あいつはいつもああなんでな……」

「あの……修理代、代わりに払いますか?」

「いいや結構、あいつに払わせないと罰にならん……」

 どうやら最前線に立ってもガープの問題児ぶりは健在のようだ。テゾーロは思わず「お疲れ様ですね……」と顔を引きつらせながら呟く。

「――では始めようか……お前は中々賢いと聞く。口で説明するよりも、これを読んだ方が早いだろう」

 そう言ってバサリと書類の束がテーブルに置かれる。

 テゾーロは腰を上げて手を伸ばし、再び腰掛け書類を捲った。

「……!」

 室内は紙の捲れる音だけが響く。

 字を追って紙をめくる程に、テゾーロの表情は険しく変わる。数分で最後まで読み切ると、その間何も言葉を発しなかったコング達の視線はテゾーロに向いている。

 その顔を視界に捉え、そして正面のコングに焦点を当てた。

「……私としては軍資金だけかと思ってましたが、ここまで要求するとは…私も随分と成り上がったもんですね」

「前々から検討していたことだ、君にしかできないと思っている」

「……」

 細々長々と書かれていた内容を、簡単に言えばこうだ。

 ロジャーの処刑と共に大海賊時代が開幕して、海賊達は一気に増えた。ロジャーが死んでからは彼と覇を競った〝白ひげ〟 エドワード・ニューゲートが海の王者として君臨し、その伝説的・怪物的雷名て多くの島々をナワバリとして護る事で多少なり「大海の秩序」は安定するようになったが、いずれにしろ海軍の軍拡は決定となった。

 そんな中、政府が重視したのは軍事力ではなく財力の方だった。軍拡の為には大量の資金が必要であり、それを調達する必要がある。そこで目を付けたのが、ギルド・テゾーロだ。

 海軍中将とも顔見知りである能力者の賞金稼ぎから商人へ転身し、ここ数年で急激に財を成したテゾーロの事を上層部は知っている。今までの功績も見込んでテゾーロと是非結託したいというのが政府上層部の考えであるので、政府の命にも従って(・・・・・・・・・)世界平和にも貢献してほしい。

 こんな感じである。

「え~っと……要は「政府と海軍に逆らうマネはするな」と?」

 テゾーロがそう言うと、コングはニヤリと笑みを浮かべた。

「さすがだ、そこまでわかるなら話は早い」

「………」

 テゾーロとしては、海軍及び政府とつながらねばならない。しかしいくら何でも一方的ではないか。

 特に「海軍と政府の命令には従うようにする事」はそう易々と承諾する訳にはいかない。こういう要求をしたのは、恐らくテゾーロにもヤバイ仕事(・・・・・)をやらせるためだろう。相手は世界政府…汚い仕事はやりたい放題なのだから、海軍だけでなくテゾーロにも拭かせようという考えである可能性が高い。

 テゾーロ財団は世界政府に対し絶対的な忠誠を誓え、と海軍は要求しているのだ。しかも海軍の最高幹部達をわざわざ揃えて。

 断ったらどうなるか…考えずともわかっている。だがテゾーロは、思い切って攻めた。

「ハァ……コング元帥。あえて言いますが……交渉というのは、互いに何らかの利益があってこそ成り立つモノです。本気でそう思っているのなら、こちらの条件をいくつか飲んでもらわないとOK出せませんよ」

「条件?」

「そうですね……まずは船大工トムのオーロ・ジャクソン号製造の罪の帳消しですね」

『!?』

「実は彼の経営する造船会社は私の傘下企業でしてね。恐らく政府の役人は海賊王に手を貸しただとか、あるいはオーロ・ジャクソン号を造ったとか言って処刑するつもりでしょう…ですが本当にそれでいいのですか? 船造っただけで死刑だなんて前例ができてもいいと?」

 テゾーロにとって、社長であるトムの処刑によるトムズワーカーズの倒産はかなりのダメージだ。造船業はテゾーロ財団の活動でも核と言っても過言ではないほどの重要性を有しており、政府の力で捻じ伏せられるわけにはいかないのだ。

「……すでにトムに対する裁判は決定しているが……いいだろう、政府には掛け合っておく」

 この条件には、コングは承諾した。

 テゾーロは内心ほくそ笑んで、畳みかける。

「次に、海軍の敷地内を自由に出入りできるようにすること。軍資金の提供は我々が直接渡した方が安全かと」

「まるでわっしらを信用していないような発言だねェ~……」

 テゾーロの提案にボルサリーノ――後の大将〝黄猿〟――が口を開く。

 それに対し、テゾーロは「金は自分で管理する主義なだけですよ」と言うが、実際は海軍の誰かが不正行為をして資金を横流しにされるのを防ぐためであるのは言うまでもない。

「最後に……そうですね。我がテゾーロ財団の私情及び機密情報には一切関与せず、世界政府の依頼を受理しない、または受理しても達成できない場合でも不問とする……でいいでしょう」

『!?』

 テゾーロの一言に驚愕する一同。

「何をバカなことを……!!」

「いえいえ、別にいいんですよ? その時は我々テゾーロ財団がそれなりの措置(・・・・・・・)をとらせていただくだけですので」

 センゴクが半分腰を上げるが、テゾーロはすぐさま牽制する。

 テゾーロはもう、世界でも最高レベルの情報機関である世界経済新聞社にだってコネだってある。モルガンズに色んなネタをリークして偏向報道を促すことも可能だ。

 もっとも、テゾーロはそういう手段をあまり使いたくないからやらないだろうが。

「……それをわしらが黙って見ていると思うちょるんか?」

「条件を飲むなら何もしないですし、難しい条件であるわけでもないと思いますが?」

 サカズキがテゾーロにそう告げるが、テゾーロは平然と対応する。

「うむ……」

 ズズ、と緑茶を飲んでコングは考える。

相手は一企業を起こした青年だが、彼に秘めたその力は強大だ。現に五老星も彼を手中に収めねばならないという考えであり、億越えの賞金首を仕留め無法地帯の街を一人で治めた実力も加味すれば野放しにしておくわけにはいかない。

「……わかった、条件を飲もう」

『!』

「だが、交渉が成立した瞬間にお前は我々政府側の人間となる。政府に逆らうマネをしたら…その時は見逃さんぞ」

「ええ、肝に銘じておきますよ」

 そう言って、テゾーロとコングは握手する。

 テゾーロが海軍との交渉に成立した瞬間だった。

「……どうした? 随分と顔色が悪いな」

「いや、余りにもアウェーな交渉でしたので……」

 汗だくになって顔をこわばらせるテゾーロ。

 そんな顔を見たコングは「まだまだ若いな」と不敵な笑みを零すのだった。




一応ですが、テゾーロの肩書は「理事長」です。


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第30話〝会談後〟

8月最初の投稿です。


 テゾーロとの会談が終わり、サカズキ・クザン・ボルサリーノの三人も任務で退出し、元帥室にはコング・センゴク・つるの三人が残った。

「ハァ……全く、厄介な注文をしたモンだ」

 コングは溜め息を吐きながら言う。

 テゾーロの条件は、トムのオーロ・ジャクソン号製造の罪の帳消し・海軍内の自由な出入り・私情及び機密に関する不干渉と依頼不達成の不問である。

 海軍内の出入りの方は想定していたが、まさかあんな条件を出すとは思ってもみなかったようだ。

「まァ、当然と言えば当然だね」

「おつる……」

「そういやあ終始無言だったな、おつるちゃん」

「あたしだって何もただ座ってただけじゃないさ。向こうの態度に目を向けてたに過ぎないけどね」

 つるはどうやらテゾーロの態度に終始目を向けてたようだ。

 それはつまり、何か妙な動きをしたらその瞬間手を出すつもりだった……ということ。テゾーロのゴルゴルの能力に一番警戒していたようだ。

「まァ、あたしとしちゃあ口挟むほどの内容じゃないと思ったがね……」

「おつるちゃん、当然ってのは一体どういうことだ?」

 センゴクの問いに対し、つるは二人に目を配ってから口を開いた。

「いいかい? 相手は商人だ…言わばこいつは「ビジネスの協定」さね。あいつがまだ賞金稼ぎだった頃なら、今と立場が違うから飲んだかもしれないけどね…ビジネスである以上は互いに利益が無ければ無意味。奴があたしらにも通じる妥協案を模索するのは当然だろう? あんな一方的なのを鵜呑みにするかい?」

 つるの指摘に対し、コングとセンゴクは無言で聴く。

「アイツは若いが……世界に影響を与える力を秘めている。もっとも、政府(こっち)の思い通りに動くとは思えないけどね。」

 

 

「あ~あ、疲れた……」

 海軍本部の男性用トイレで用を足すテゾーロは、会談がうまく行ったことに安堵していた。

 さすがのテゾーロも海軍のトップ達を一人で相手取るのはやはり疲れたようだが。

(しっかし向こうも汚いマネするなァ、次期大将の将校を連れて会談に臨むなんて……おれって政府に敵対する意思も海賊になる気は全く無い善人なのに、そんなに信用できないもんなのかなァ……)

 海軍の凄まじい警戒心に呆れるテゾーロ。

 マリンフォード(ホームグラウンド)がそんなに信用できないのかと疑ってしまうレベルだ。世界中の正義の戦力の総本山ともいえるこのマリンフォードで、過去に大騒動を起こすほどのバカがいたのだろうか。

(あ、でも〝金獅子〟の一件があったな)

 そのバカがいたのを思い出したテゾーロ。

 金獅子海賊団大親分として海賊艦隊を率いて大海に君臨し、在りし日の海賊王ロジャーや後の「四皇」である白ひげとしのぎを削った伝説的な大海賊〝金獅子のシキ〟。彼はつい最近海軍本部に殴り込んでマリンフォードを半壊させ、最終的にはセンゴクとガープの前に敗北し、大監獄インペルダウンのLEVEL6――通称〝無間地獄〟――に投獄されたばかりだ。

 「余計なマネをするなよ、金獅子! こちとら緊張で撃沈しそうだったわ!」と一瞬思ったのは秘密だ。

「ってなると……うわ、もしかしてインペルダウンにも関わるってか…」

 テゾーロは顔を引きつらせた。

 世界一の代監獄であるインペルダウンは、稀に脱走者が出る。大抵は後に署長となる〝ドクドクの実〟という猛毒を操る「毒人間」である副署長マゼラン、後の看守長となる凄腕の剣士〝雨のシリュウ〟、間抜け面だが実力は確かな獄卒獣により粛清されているが……相手は人だ、知恵というものが存在する。

 金獅子は2年後に足を斬り落として脱獄し、さらに20年後にはルフィが様々な協力者のおかげで侵入+脱獄を成し遂げている。こういうのを踏まえると、政府から「インペルダウン改装するから金を寄越せ」とか言われそうだ。

(いや、ちょっと待て…政府って財政どうなってんだ…?)

 世界政府の財政…考えてみれば謎である。どこが謎かというと、その財源である。

 たとえば、賞金首を捕まえた時に出される賞金である懸賞金。政府は他の海賊への見せしめとして公開処刑を望むため、引き渡す際にその賞金首が死んでいたら貰える額は3割下がってしまう……のだが、3割下がっても払うことが出来るのかという値の連中がいる。新世界に君臨する大海賊の一味は、幹部でも平気で5億を超え、3割引きでも億超えであるのは変わらない。

 海軍科学班の研究費もである。「世界最大の頭脳を持つ男」と呼ばれるDr.ベガパンクは、頭脳は500年先を行くと言われている。現実世界でいうアインシュタインやニコラ・テスラ、ジョン・フォン・ノイマンのような人間である彼の研究は莫大な金がかかるだろう。後に人間兵器〝パシフィスタ〟を造ったりすることも加味すれば、もっとかかるだろう。

 一体どこからそんな財源があるのだか……全くわからないモノである。

「裏の金でもあるのかねェ……天上金は天竜人専用だし……」

 そんなことをブツブツ言いながら用を足すのを終え、トイレから出る。

すると…。

「何だ? 見ねェ顔だな」

「!」

 紫髪で眼鏡を掛けた男が現れた。

 その姿を見て、テゾーロは固まった。

(こ、ここ〝黒腕のゼファー〟!?)

 「ONE PIECE FILM Z」で登場した伝説の男・ゼファーだった。

 ゼファーは〝武装色の覇気〟の達人であり、ロジャーや白ひげを筆頭とした伝説級の面々と拳一つで渡り合った生ける伝説だ。揺るぎない信念と正義感には多くの人々の心を掴んだ、「ONE PIECE」でもカッコイイ生き方をした漢の中の漢だ。

 どうやら原作の展開通り、海軍本部教官を務めているようだ。

「は、初めまして。 私はこの度海軍本部と契約した、テゾーロ財団のギルド・テゾーロと申します……」

「成程、お前が政府から一目置かれた商人か?」

「ええ、まァ……」

 鋭い目付きでテゾーロを見据えるゼファー。

「ま、まァこれから仲良くしましょうよ。おれだって別にあなた達と事を構える気は無いですし」

「だろうな、マリンフォードで暴れようとするバカなんざいねェだろう」

「でも金獅子は暴れましたよね」

「………」

 沈黙の到来。

 テゾーロは内心「地雷踏んだ…!?」と慌てるが、ゼファーは豪快に笑い飛ばした。

「フハハハハハ!! まァ、あいつはそういう(バカ)だからな!!」

「豪快な方が多いようですね、あなた方の世代は……」

 豪快に笑うゼファーを見て、呆れたように笑うテゾーロ。

 その時、ゼファーの後方から一人の将校が現れる。

「ゼファー先生、次の訓練のお時間が……」

「ん? もうそんな時間か……じゃあな坊主、期待してるぞ!!」

 ゼファーはコートの中から袋を取り出し、その中に入っていた昆布を咥えて去っていった。

 そしてテゾーロは廊下で一人っきりになってから呟いた。

「……どういう意味で期待してるんだ? あの人……」




感想・評価をお待ちしております。
次回の話で一つお知らせをする予定です。


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第31話〝仕事ですから〟

 ウォーターセブンにて。

 テゾーロ財団の事業によって少しずつ活気を取り戻したウォーターセブンで、テゾーロは久しぶりに廃船島へ赴き休憩中のトムの元を訪ねた。

ちなみにテゾーロの今回の服装は星がプリントされた長袖Tシャツと赤いつなぎを着ている。

「いい船造ってますね、相変わらず」

「おお、テゾーロか。海軍とはうまくいったのか?」

「圧迫面接みたいな空気でしたが、何とか」

 近くの丸太に座り、買ってきたシェリー酒をグビグビと飲むテゾーロ。

「ギャバンはどうした? お前の社員じゃろ、非正規とはいえ」

「もうレイリーと一緒に遊び惚けてるんで、クビとそんな変わんない状況です」

「たっはっは!! そりゃあいかんな!!」

 豪快に笑い飛ばしたトムは造り終えた船を海へ向かって放り投げ、さらにマスト3本を投げつけて突き刺して完成させる。

 船は水しぶきをあげて轟音と共に着水する。

「進水式完了!! たっはっは、今日もいい仕事したわい!!」

 笑いながら工具を箱にしまうトム。

「トムさん、実は大事な話がありまして。少しいいですか?」

「大事な話?」

 ドカッとテゾーロの隣に座るトム。

「明日、政府の裁判官がこのウォーターセブンに来ます」

「!! ……オーロ・ジャクソンの件か」

 オーロ・ジャクソン……それは、前人未到の世界一周を成し遂げた〝海賊王〟ゴール・D・ロジャーの旗艦であり、何が起きても倒れないと言われる最強の巨大樹「宝樹アダム」 を使って造られた伝説の海賊船だ。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制覇した海賊船を造ったトムのその造船技術は称賛に値するが、それと共に海賊王という世界的凶悪犯へ加担したとも見なされるのだ。

「実は先日、海列車の案件を海軍を通じて政府へ伝えときました。だから形だけの裁判で、実際は海列車について説明するだけみたいな感じですよ」

「何じゃと……!? もうそこまで手を回しとるのか?」

「これで万が一トムさんが処刑でもされたら、おれとの契約が事実上破棄されて金取れませんからね」

 「政府も海軍も現金な連中だこと」と苦笑しながらシェリー酒を飲むテゾーロ。それに対しトムは「ドンと胸を張りゃあ、そんなこたァどうでもええわい!」と笑い飛ばす。

「一応裁判です、おれが弁護人として進めときますからトムさんは空気読んで発言して下さい」

「たっはっは!! まるで「無罪ありき」の裁判じゃな!!」

 

 

           *

 

 

 翌日。

 ウォーターセブンに、一隻の船が来航していた。

 その船は、世界政府が所有する「司法船」……つまり、裁判所が設けられた船だ。

 政府加盟国および非加盟国はれっきとした国家であるため、司法機関が存在する。しかし、ウォーターセブンのように国家に属さぬ都市は世界中にある。そこで起きた大事件は政府の有する司法船という「移動する裁判所」が代わりに裁くのだ。

「では、これより造船技師トムの裁判を始める!!」

 裁判長の宣言と共に、トムの裁判が始まる。

 トムは証言台の前に立ち、その隣に例のピンクのスーツを着たテゾーロが立っている。

「〝海賊王〟の船を造った罪だったよな」

「ついに来たか…」

「世界中が迷惑してんだ、仕方ねェだろ」

 法廷内では、傍聴席にいた市民が言葉を連ねる。

 全ての海賊達の頂点に立ち、自らの死と引き換えに大海賊時代という新時代を開いたゴール・D・ロジャー。彼は大海賊時代の幕を開いたことや様々な大事件を起こしたがために鬼のように恐れられ、世界中の人間から憎まれ悪態をつかれている。その関係者となれば、「ロジャーの海賊行為に肩入れした」として危険人物と見なされるのは仕方の無いことだった。

「本来、船大工が誰に船を売ろうとそれは罪ではない。だが海賊王の場合は特例だ、奴の海賊行為に肩入れした者は危険人物と見なされる」

 裁判長の言葉が、裁判所内に響く。

 一連の流れをその目で見ていたトムの弟子二人…フランキーとアイスバーグは、とても落ち込んでいた。それもそうだろう、師として慕い続けた男が罪人として処刑されるのかもしれないのだから。

「……だが、本来ならば極刑であるトムの罪は、減刑することにする」

『!?』

 裁判長の言葉に、驚愕する市民。

 それは、護衛として来ていた海兵達も同様だった。

「造船技師トムよ、お前は〝海列車〟なる外輪船(パドルシップ)を考案していると弁護人から聞いた。詳しく説明せよ」

「ああ…」

 裁判長の命令にトムは従い、海列車について語りだす。

「海列車は、島から島へ煙を上げて海の線路を走る船だ」

 トム曰く、海列車が完成すれば、客も物資も船も運び天候に左右されることも無く誰でも自由に海を渡れるという。

 海に線路を敷けば波に壊されてしまうと思われるが、すでにトムは線路を固定せず波に逆らわないために、線路を水面の少し下に浮かばせる設計を考案している。列車はロープを手繰るように、線路を道標(みちしるべ)にするだけなので、「記録指針(ログポース)」も不要だ。

 さらにトムは線路と外車(パドル)の間に魚達の嫌がる不協和音を発生させる仕組みを考えている。これは海王類にも効果があり、海王類が海列車とその線路を襲うことは無いという。

「現在のウォーターセブンは、弁護人が率いとる財団が積極的にやっとる運輸業のおかげで物流の流れは多少よくなっとるが、天候に左右される以上は物流の停止はいつでも起こる」

「フム……弁護人、それは事実かね?」

「現時点では大きな支障はありませんが、毎年発生する〝アクア・ラグナ〟によって一時的に交易をストップしたケースはありますよ」

 テゾーロ財団は、アクア・ラグナの時期になると船の転覆をはじめとした海難事故の発生率が異常なまでに上昇することから、時期が終わるまで運輸業を停止している。その間は物資の供給が停止するのでそれなりの損失というモノはある。

「我々テゾーロ財団はセント・ポプラ、プッチ、サン・ファルドを結んで交易を盛んにし、産業を発展させようと考えており、ジャヤという島にも結んで新たな町づくりを興そうとも考えているところです。海列車はそれに大きく貢献することができる」

 テゾーロの言葉に、裁判長は目を見開く。

 それに畳み掛けるかのごとく、トムが口を開く。

「直に設計図は完成するが、そこいらの船大工に造れる程単純じゃねェ」

「その線路をエニエス・ロビーへと繋ぐことは?」

「勿論可能だ!!!」

 トムのその言葉に、裁判長も海兵達も町の人々も呆然と聞き込み、辺りは水を打ったように静かだった。

 もし海列車の技術が完成し、やがて海を越えれば世界中の島々の交流が変わるだろう……それを察した裁判長は、トムに問う。

「完成まで、何年かかる?」

「10年もありゃあ完成できる」

裁判長の小槌が、判決の音頭をとった。

「では造ってみせよ!! 造船技師トムに〝海列車〟開発期間として10年の執行猶予を言い渡す!!」

 こうしてトムに、海列車建造の為の10年の猶予期間が与えられた。

 人々は先程まで冷たかったが、その判決が下った後に激励の言葉を口にし始める。

「たっはっはっ……!! 手間をかけさせたな、テゾーロ」

「礼はいりません……仕事ですから」

 テゾーロは不敵な笑みを浮かべ、スカーフを整えるのだった。




前回言ったお知らせをします。
まず、第2回アンケートを今月中に終了することにします。諸事情で…申し訳ありません。
そして、近いうちに第3回アンケートを実施します。内容はオリキャラについてです。


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第32話〝一民間人〟

久しぶりの更新です。
申し訳ありません、今月中はあまり更新できないと思います。

あと、セリフが変だったのでジャッジのセリフを訂正しました。


 海軍本部の港に一隻の船が着港した。

 見知らぬ船であったため一時騒然となった本部だったが、それはすぐに収まった。船から降り立ったのは、海軍では知らぬ者は少ないあの男だったからだ。

「アレ? こんなに騒いでどうしたの?」

『お前のせいだよ!!!』

 赤いパーカーを着た男…テゾーロはとぼけたように言うと、その場に居合わせた海兵達からの総ツッコミが炸裂する。

 テゾーロは海軍上層部と交渉・契約し、テゾーロの望みを叶えたことと引き換えに軍資金を提供する海軍のサポーターとなった。よって、海軍本部へ出入りできるのだ。

 勿論、来た理由は献金である。

「あららら、何事かと思えば……」

「お前か、ギルド・テゾーロ」

 そこへ現れたのは、サカズキとクザン。

 海兵達はその姿を見ると、一斉に敬礼をする。

「おや……クザン中将にマダオ中将じゃないですか。あなた方が受取人ですか?」

「誰がマダオじゃ」

「「マグマでダンディなオトコ」、略してマダオですよ。あなた以外に誰がいるんですか?」

 真顔で平然とジョークをかますテゾーロと、フードで隠れて表情はかなり見にくいが微妙に腹を立ててそうなサカズキ。

 そのやり取りを聞いたクザンは今にも吹き出しそうだ。

「マ、マダオ……ぷぷ……!!」

「おどれ、後で覚えちょれよクザン……」

「心配せずとも、クザン中将は「まるでダメなおっさん」の方のマダオですよ」

「ハァ!? 何でおれが!?」

「サボリ癖がとても酷いと聞くので……」

(ちげ)ェって、おれは放任主義なんだよ!!」

「ほう、自分の仕事も放任主義ですか?」

 サボり癖があるクザンには毒を吐くテゾーロ。

 クザンは解せぬと言わんばかりの表情を浮かべている。

「それにしても人騒がせなマネを……」

「直で金届けに来た方が人的な被害が少ないので。特に横領ネタには」

 その時だった。

 白いラインが入った黒スーツの男がテゾーロの元へ駆けつけた。どうやら財団の社員のようだ。

「テゾーロ様、至急お伝えしたいことが!!」

「ん?」

 男はテゾーロに耳打ちする。

 その内容を聞いたテゾーロは、目を見開く。

「モルガンズから?」

「何でも紹介したい方々がいらっしゃると……」

 テゾーロは顎に手を当て考える。

 モルガンズは世界経済新聞社の社長であり、同時に裏社会にも顔を出している。裏社会に顔を出している商人や業者とも繋がっているだろう。

 例えば、寄託を受けて顧客の物品を倉庫などで保管する倉庫業を営むギバーソンは〝隠匿師〟として裏の仕事をこなしているという。何か表に出たらヤバイのを隠す系の仕事だろう。

 葬祭業を営む業者の中でも大手葬儀屋として名を馳せるドラッグ・ピエクロも裏社会での深い関わりもある。亡くなった方の遺体を管理し葬式を始めから終わりまで取り仕切る葬儀屋なら、死体から臓器を抜き出し臓器売買も副業でやって財を成してそうだ。

 そういった面々と邂逅する。テゾーロにとってどういった利益があるかは不明だが、モルガンズが紹介したいのだからかなり「おいしい話」なのだろう。

「じゃあ返事でこう言っといて。「まともな仕事の話で頼む」って」

「はっ!」

 船へと戻る社員をよそに、テゾーロは笑みを浮かべた。

 海軍と契約をして以来、怖いくらいにうまくいっている。彼の障害となる者・恐怖の対象となる者・天敵となる者はどこにも現れていない。

 世界貴族〝天竜人〟は下手に関わらなければいいし、政府上層部も自分を見限り捨てるのを躊躇うだろう。海賊達にはゴルゴルの能力と覇気で返り討ちにすればいい。

 テゾーロの敵は、今はいない。この隙にさらに力を蓄えれば、野望の達成も近くなる。原作通り、〝黄金帝〟と〝新世界の怪物〟の名をもって世界の頂点に立てるだろう。

 そう思い、テゾーロは歓喜していた。しかし彼は気づいていなかった。

 すでにテゾーロを標的とする勢力がいたことに。

 

 

           *

 

 

 とある海。

 何十隻もの巨大な電伝虫の船が群れを成し、互いに連結させながら海を行く「それ」は、強大な武力を有する。

 ここは、かつて〝北の海(ノースブルー)〟を武力で制覇した人殺しの一族〝ヴィンスモーク家〟が治める海遊国家「ジェルマ王国」。その城の一室では、兜を被って尖った長い髭を生やした大男が兵士の報告を聞いていた。

「何? 「テゾーロ財団」だと?」

「はっ、〝偉大なる航路(グランドライン)〟を拠点に活動している商業団体です。総資産額は財団理事長ギルド・テゾーロ氏すら把握しておらず、一民間人としてはかなりの有力者です」

 兵士の言葉に、割れた顎に手を当てる大男。

 男の名は、ヴィンスモーク・ジャッジ。ジェルマ王国の国王であり、科学戦闘部隊「ジェルマ66(ダブルシックス)」の総帥として君臨している男だ。

「テゾーロ財団は巨大な財力を海軍へ献上しており、政府からも一目置かれている存在です」

「一民間人が海軍へ奉仕か……何も考えずにやる行為ではないはずだ、目的は何かわかったか?」

「いえ……つい最近の出来事ゆえ、情報は全て把握しきれてません。ですが世界経済新聞社社長の〝ビッグニュース〟モルガンズ氏と関係があるという情報を得ることには成功しました」

「……そうか。利用価値はありそうだな、暫く泳がせておけ」

 ジャッジはそう判断した。

 テゾーロ財団の目的は不明だが、一癖も二癖もありそうな「闇の世界の帝王達」の一人であるモルガンズとつながりがあることから、裏社会にも首を突っ込む可能性がある。それにテゾーロは今は成長中だ、さらに巨大な力を得させてから脅すなりなんなりで手中に収めればいい。そして彼の力は全てヴィンスモーク家の物にすればいい。

 そう考えた上での判断なのだ。

「ギルド・テゾーロか……奴の情報を全て集めろ!! 奴の財力をもってすれば、ジェルマ王国の復活に少しは役に立つだろう」

「はっ!!」

 部下に沿う命ずるジャッジ。

「……よもや一民間人にすぎぬ小僧に、王族たるこの私が目を付ける事となるとは……所詮私も人の子か。……下らんな」

 ワインを口にしながら、ジャッジはそう呟くのだった。



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第33話〝港湾労働者組合〟

多少時間が空きました、亀更新ではなくなると思います。
お待たせいたしました。


 世界経済新聞社のシャボンディ諸島支部に再び訪れたテゾーロは、ある一室で座っていた。

「客人ですか」

「厳密に言えばビジネスパートナーだな。私にもそれなりのコネがあるのでね……君にふさわしいビジネスパートナーを呼んでおいた。そろそろ着くはずだが……」

 すると、ドアを開けて二人の男性が入ってきた。

「おお、あの若いのが巷を騒がす実業家のギルド・テゾーロ氏か!!」

「うんだうんだ、中々良い面構えだ」

 ドアを開けて現れる、物凄く癖の強そうな二人。

 一人は、運送業と並んで物流の中核となる倉庫業の老舗を営むギバーソン。〝隠匿師〟の異名を持つ長い鼻をした長身の老人で、常に携えた酒を飲んでいる。

 もう一人は、海運王であるウミット。〝深層海流〟の異名を持つ錨のマークの帽子を被った男で、海の運び屋をやっている男。運び屋なのに見た目は海賊なのは突っ込まないでおこう。

 二人共、世間に隠しての荷の管理・運搬も得意そうな上に世界政府ともガッツリ絡んでそうな商人だ。

「これはどうも! 私、テゾーロ財団の理事長であるギルド・テゾーロと申します」

「私は海運を営むウミット」

「倉庫業を営むギバーソンだ!」

 互いに握手をし、イスにドカッと座る。

「……それで、モルガンズ殿。なぜ私を?」

「テゾーロ氏、貴殿は確か運輸業を営んでいて材木を運んでいると聞く。 そこにこの二人を介入させて欲しいというわけだ。私が言い出したというより、二人から言い出した話だがね」

「!!」

 モルガンズの話はこうだ。

 テゾーロの活躍により、ウォーターセブンは活気と豊かさを取り戻しつつある。現在は船の資材となる木材の卸売市場があるセント・ポプラをはじめとした、周辺の島々から物資を買い占めウオーターセブンへと流している。

 そこにウミットとギバーソンは目を付け、テゾーロとビジネスパートナーとなって更なる利益を得ようというわけだ。

「私は今、テゾーロ氏が海賊達を一掃したあのモックタウンの開発にも介入しようと思っている。ぜひテゾーロ氏も……」

「いずれ海列車も開業するというのならば、お互い手を組むべきだと思うぞ!!」

(さすがに情報回るの早いな……)

 ウミットとギバーソンは、テゾーロにそう言う。

 確かに二人の言い分は一理ある。相手は倉庫業と海運のスペシャリスト…テゾーロ財団にとて、最高のビジネスパートナーだ。

 それにモックタウンの発展は、色んな所に波及する。海軍ならば基地を設置して海の秩序に貢献でき、商人にとっては数少ない交易場にもなる。歓楽街を設ければ、いつの日か〝歓楽街の女王〟ステューシーが食いつくはずだ。

 想像を広げれば、かなりスケールのデカイ話になる。

(唯一の問題点は、二人が「闇の世界の帝王」であることか……)

 闇の世界の帝王になっているかは知らないが、少なくとも裏社会屈指の大物であることは明白。自分が首を突っ込んでもいいのか……それだけがテゾーロの唯一の悩みだ。

(裏社会に首突っ込むとなると、ビッグ・マムが一番厄介だよな…結婚式断ったら身内の誰かの首を送りつけるし)

 後に「四皇」の一角として位置付けられる〝ビッグ・マム〟ことシャーロット・リンリンは、自身の要求を拒絶した者は絶対に許さない。裏社会の大物達を呼び寄せる程の強大な力では、さすがのテゾーロもたまったものではない。

 話の通じる男じゃないと称されるカイドウが幾分かマシに思える程である。

(だったら、ビッグ・マムでも迂闊に手を出せないぐらいの力を持つしかねェってか? うわ、無理ゲーじゃんそれ……)

 大海賊の力は、想像を絶する。

 現時点で海の支配者と言えるのは、海賊王(ロジャー)と海の覇権を競った〝白ひげ〟であり、それに続いて後の四皇である〝ビッグ・マム〟や〝百獣のカイドウ〟が新世界に君臨する。

 彼らに対しては、少なくとも純粋な実力では勝つことはまず不可能だろう。しかし権力や財力では彼らを上回る自信はある。

 すでに海軍やモルガンズを通じて政府とのパイプはある。事業を拡大させて力を蓄え、大きな財力と権力で成り上がって〝偉大なる航路(このうみ)〟に君臨すれば、世界屈指の権力者として迂闊に手を出されなくなるだろう。

(まァ、そう易々とうまくは行かねェだろうけど……それしか考えられないな――となれば、組んだ方が得か)

「いかがかな? テゾーロ氏」

「いいでしょう…その話、乗らせていただきます」

 テゾーロはそう返事すると、二人は喜びの笑みを浮かべた。

「そうと決まれば、名前を付けねば!」

「うんだうんだ、連帯組織だからな!!」

(何ィィ!?)

 何故か名前を決めようと言い始める二人。

 単なるビジネスパートナーかと思いきや、どうやらテゾーロ財団・倉庫業老舗・海運業者による連帯組織の結成らしい。

(こんなのアリなの? いや別にいいけど…ビジネスパートナーの範囲超えてないか!?)

「テゾーロ氏、何かいい名は思いついたかな?」

「へっ!?」

 ギバーソンにそう言われたテゾーロ。

 数秒考えてから、テゾーロは答えた。

「……〝港湾労働者組合〟はどうですか?」

 テゾーロの一言に、全員が衝撃を受けたような表情を浮かべた。

 しかも「それ、めっちゃイイね!!!」という雰囲気を醸し出している。

(いや、これでいいの?)

 一応その名前に辿り着いた理由は二つある。

 一つは、倉庫業と海運業は港で行われるイメージがあるため。もう一つは、某俳優の映画からである。

「……どうですか?」

「うんだうんだ、それがいい!!」

「〝港湾労働者組合〟…名前の響きがいいな!!」

 どうやら気に入ってくれたようだ。

「ちなみに二人はどのような名前を?」

「私は〝深層海流の隠匿師と財団による経済協定〟だ」

「〝隠匿師の海運王と財団を傘下にした同盟〟だ!」

「我が強すぎますよ。あとネーミングセンスがクソですね」

 港湾労働者組合がどれほどまともなネーミングなのかを思い知るテゾーロ。

 そもそも何でそんなに長い名前にしようというのか…テゾーロは「一番のまとも人間が俺だった」と内心思うのだった。

「その港湾労働者組合とやら、私もスポンサーとして裏で支えよう。 これも何かの縁だ」

「――決まりですね……一応この4名で色んな事業をして自分だけでなく町や島を豊かにする、という方針で行きましょう」

「よろしい!」

「うんだうんだ!」

「では、そういう訳でよろしくお願いします」

 テゾーロはそう言い、モルガンズ達に対し頭を下げる。

「いやいや、こちらこそ!!」

「うんだうんだ、私としてもよろしく頼む!」

「このビッグニュース、一応は報道しよう。何、ある程度の秘密は守るさ」

 

 こうして、テゾーロ財団理事長ギルド・テゾーロ、倉庫業老舗〝隠匿師〟ギバーソン、海運王である〝深層海流〟ウミットを中心とした「港湾労働者組合」が設立した。

 これが後に、テゾーロにとって大きな影響を与えることになるとは、彼自身知る由も無かった。




感想・評価、お待ちしてます。


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第34話〝スライスという男〟

お待たせいたしました。
中々忙しくて投稿できませんでした。やっと更新です。


 さて、〝海賊王〟ゴール・D・ロジャーがローグタウンで処刑されて早3年。

 トムズワーカーズを傘下企業にし、海軍とのビジネスを成立させ、世界経済新聞社や強力な実業家と手を組んだテゾーロは、今では〝偉大なる航路(グランドライン)〟屈指の大実業家として成長していた。

 林業、運輸業、造船業……様々な事業を行ったテゾーロの総資産額は、一国の国家予算に匹敵するだとか島10個買えるとかという噂が飛び交うほどとなり、まさしく現代社会でいうロックフェラーやロスチャイルドと化している。

 そしてここは海軍本部。海軍への軍資金を提供しているテゾーロは、ある海兵の自室にいた。

「ああ……久しぶりのお茶は美味い……」

「煎餅食うか?」

「あ、どうも……」

 緑茶を啜るテゾーロに煎餅を分けたのは、あのガープだった。

実はテゾーロは、つい最近ガープと茶飲み友達になったのだ。実際は仕事をサボっているガープがたまたま本部内にいたテゾーロを見つけて「わしと煎餅食わんか!?」と脅し…ではなく交渉をしたのだが。

「……まァ、こうしてお呼びしてくれるのは感謝します。私も最近は新規事業で躍起になって働き詰めなんで、ちょっとした休みも欲しかったんです」

「もう少し気楽に生きた方がええぞ、働きすぎは身体に毒じゃからな」

「1年中仕事サボってそうな人に言われたくないんですけどね」

「ぶわっはっはっは!!! 言ってくれるわい!!!」

 豪快に笑い飛ばすガープ。

 テゾーロは呆れた笑みを浮かべながらも、湯飲みの中の茶を飲み干して急須に手を伸ばす。

「それで……本当に茶を飲んで煎餅食ってで終わらせるつもりですか? わざわざ鍵を閉めて(・・・・・)までおれと話し合いたいことがあるんでしょう?」

「!」

 目を細めるテゾーロに、ガープは苦笑いする。

 どうやらテゾーロの予想は的中しているようだ。

「お前に頼みがあってな……聞いてくれるか?」

「……このおれにできることなら」

 いつになく真剣なガープに、テゾーロも真剣な目で彼を見据える。

 数秒の沈黙の後…ガープは重い口を開いた。

「実はの……」

「……はい……」

「わしの子の教育係をやってくれんか!?」

「ズコーッ!!」

 物凄くどうでもいい内容に、盛大にズッコケるテゾーロ。

 今までのあの雰囲気は何だったんだろうか。

「ガ、ガープ中将…何でおれにそれを言うんですか。もっと別の人いるでしょうに…」

「まァ、いるっちゃあいるんじゃがな……せっかくじゃろ。いずれお前も子を授かるんじゃ、ええ機会だとは思わんか? 毎晩腰振る必要もあるがな!! ぶわっはっはっは!!!」

「いや、産むかどうかはステラと決めるんですけど!! 何勝手に自分で決めてんですか!! ってか発言が際どいんですよ!!」

 怒涛のツッコミを炸裂させるテゾーロ。

 対するガープは意にも介しておらず、いつも通りの大爆笑。

「いやァな、少し前――と言っても3年ほど前じゃが……〝南の海(サウスブルー)〟にルージュという知人の女がいてな。わしはその女の子を預かっとるんじゃ」

(……? もしかしてエースのことか……!?)

 〝南の海〟でルージュといえば、あのゴール・D・ロジャーの妻であり、白ひげ海賊団2番隊隊長の〝火拳のエース〟ことポートガス・D・エースの実母であるポートガス・D・ルージュだ。

 彼女は海賊王(ロジャー)の血筋を根絶やしにすべく世界中を捜索していた世界政府から我が子(エース)を守るために20ヶ月間も胎内に留め、それが原因(もと)で亡くなっている。

 今は故人のはずだが……テゾーロは念の為、ガープに訊いた。

「そのルージュさんは、今どちらに?」

「……」

 無言になるガープ。

 やはりルージュは亡くなっているらしく、テゾーロは小さな声で「そうですか…」と呟く。

「とはいえ、何故その話をおれに? センゴク大将やゼファー元大将、おつる中将に世話をさせるべきでは? もしもその子を強い海兵にしたいのならば尚更――」

「それはわしが絶対に許さん!! わしを祖父と想ってくれんじゃろう!!?」

「いやいやいや、何でそういう思考回路に……」

 ガープのぶっ飛んだ理由に呆れるテゾーロ。

 同僚がそんなに信用できないのか……これほどまでに自由ならば、道理で智将と称されしセンゴクが頭を悩ませるわけだ。

「……生憎ですが、おれも仕事というモノがあるんで。その件は保留としましょう」

テゾーロはそう言って席を立つ。

 正直に言うが、テゾーロにだって優先順位というモノがある。今は力を蓄える時…その為に様々な大物達と連携しているのだ。一国の王となり世界を変えようと考えているのだから尚更だ。わざわざガープの案件に付き合う必要は無いのだ。

「そろそろ仕事の時間ですので。これにて失礼致します」

 テゾーロはそう言って、ガープの部屋を後にする。

 しかしガープは、ニヤリと笑みを深めていた。

「フッフフ……まァいいわい、いつか会わせてやる。お前もいつかは親になるんじゃからな」

 

 

           *

 

 

 新世界のとある国。

 国内一の豪邸に住むその青年は、ある新聞を見て笑みを浮かべていた。

「ギルド・テゾーロ……面白そうな奴だな」

 ストライプのスーツを着用し、その上に黒のコートを羽織った青年の名は、スライス。新世界の資産家で、気にいった企業や個人に対しては過剰なまでの出資をしている大富豪だ。

 彼は様々な企業や実業家のスポンサーになっているが、富裕層特有の退屈の影響で暇人になっていた。そんな中、スライスはテゾーロに関する情報を得たのだ。

「ゴミ屋敷みてェな無法地帯のモックタウンをシメた上に、色んな連中と手を組んで財を成してるのか? へェ~、面白い奴だな……会ってみてェ」

 スライスは今まで色んな実業家を相手にしてきたが、自分よりも年下で尚且つたった数年で莫大な財と強力なコネを得た者はテゾーロが初めてだった。

 ギルド・テゾーロは……彼は一体何者なのか。何を成そうというのか。何を目指すのか。

 そんなことを想像し、スライスは口角を上げた。

「コルト!! 仕事だ!!」

 スライスがそう言うと、白の詰襟の上に白いコートを羽織った青年が現れた。彼の名はコルトといい、新世界で傭兵をしていた実力者だ。

 彼はその実力を買われ、スライスに勧誘されて以来彼と行動を共にしている。

「どうなさいましたか?」

「こいつを……ギルド・テゾーロを調べろ! こいつは面白い男だ、絶対ビジネスで成功するぜ!」

「スライス様、なぜそう言い切れるのです? 確かにこの男の成長ぶりは他の実業家や商人、企業と比べると遥かに凄まじいですが……」

「勘だよ、勘!! だがおれの勘が外れた事は無いぞ? お前も知っているはずだ」

 自信に満ちた笑みを見せるスライス。

 それを見たコルトは呆れた笑みを浮かべながらも、彼の命令に従った。

(いいねェ、テゾーロ財団…おれも乗らせてもらうぜ)

 新世界の大物も、ついにテゾーロに目を向けた。

 後にテゾーロとスライスの二人は、世界中の大富豪達の頂点として新世界に君臨し、新世界の大物達すら恐れる程の強大な存在となるのは、まだ先の話。




今回登場したオリキャラ…スライスとコルトの2人は、第3回アンケートにてyonkouさんが送ってくれたオリキャラを自分なりに設定をいじって登場させました。
yonkouさん、ありがとうございます。
皆さんが送ってくれたオリキャラはこういう風に登場させますので、お楽しみに。まだ期限は過ぎていないので、ドンドン送ってください。


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第35話〝石油王との邂逅〟

遅れて申し訳ありません、やっと投稿です。
ヒロアカとの両立に苦労してます…。
皆様の感想及び意見を活かしてこれからも頑張ります。


 一週間後、ジャヤのモックタウンにて。

 かつてテゾーロが一人で粛清した無法の町は、今は発展途上だが生まれ変わりつつあった。

 少し前にテゾーロ・ウミット・ギバーソンによって設立した港湾労働者組合の力により、倉庫や港が次々に造られ、貿易の町となろうとしている。

 元々モックタウンがあるこのジャヤという島は、荒れに荒れまくっている〝偉大なる航路(グランドライン)〟でも一応(・・)穏やかな海域にある。ウォーターセブンも近く、そこから運ばれる物資により日に日に発展していくのだ。

 さらにテゾーロの〝ゴルゴルの実〟の能力によって生み出した黄金を賃金として払うことで、噂を聞きつけた者達が続々と集まって大きな労働力となっている。

 金の力、恐るべしである。

「昔来た頃と全然違うわ……」

「ステラ、これが金の力だ!! イッツ・ア・エンターテインメント!!」

 かつて来た頃とは全く違う光景に、驚くステラ。それに対し赤いつなぎを着たテゾーロは、ステラに自らの力を自慢する。

 テゾーロはその財力とコネを駆使し、揺るぎない地位を築いた。

 今では政府及び海軍とも通じる強大な有力者と周知されるようになり、その力を恐れる者も出始めた。某明治剣客浪漫譚の武田ナントカみたいになっている気がするのは、きっと気のせいだろう。

「だがこれも野望への過程に過ぎない……おれはまだまだ強くなる」

「あなたの野望……この世界を変えることだものね」

「暴力の時代を終え、新時代のために革命を起こす……それこそがおれの人生であり、究極のエンターテインメントだ。このギルド・テゾーロが描く未来こそ、人々の希望の光となる」

 暴力でモノを言える時代に終止符を打ち、新たな時代を創るために世界に革命を起こすことを野望として掲げるテゾーロ。

 弱きを助け強きをくじき、時代を変えるには、力が無ければ意味が無いのだ。

(とはいえ、課題はまだ多い。グラン・テゾーロ計画はほとんど始まってないし、海列車も開通していない。早めに何とかしなければ……)

 その時だった。

「! 客人か? 何の連絡も来てないが……」

 テゾーロの元へ向かう、マントのようにコートを羽織ったスーツ姿の二人の青年。

 一人はストライプのスーツ姿で、周囲の人間は気絶してないが覇気を放っている。どうやらテゾーロと同じ〝覇王色〟の持ち主のようだ。もう一人は白いスーツ姿で、腰にレイピアを差している。〝覇王色〟は有してないようだが、歴戦の強者としての風格を漂わせている。

「ギルド・テゾーロだな?」

「……ええ、私に何か御用でも?」

 テゾーロは目を細め、両手の指にはめた指輪から火花を散らす。

 それと共に、腰にレイピアを差した青年が柄に手をかける。

 一触即発になるが、そこへストライプのスーツを着た青年が諫めた。

「待ったれよ、コルト。おれ達はテゾーロにケンカ吹っ掛けに来たって訳じゃねェだろ?」

「っ……失礼しました……」

 一歩下がる、コルトという名の青年。

 それを見たテゾーロは、内心安堵していた。今ここで戦いとなると、ステラは勿論のこと、周囲の人々に甚大な被害を与えかねなかったからだ。

「おれの名はスライス……新世界の資産家だ」

「では改めて……テゾーロ財団理事長のギルド・テゾーロです」

 握手をするテゾーロとスライス。

 お互い笑みを浮かべているが、少しでも相手の心の奥をくみとろうと見据えている。

「新世界の資産家が、一体何の御用で?」

「あんたと手を組みに来た。今一番波に乗っている実業家と結託するのは互いに利があるしこれといった損も無い……だろ?」

 スライスはニヤリと笑みを浮かべる。

 それを見たテゾーロは、少し考えた。

(新世界の資産家、か………これは大物に出会えた。逃すわけにはいかないな)

 新世界は、言わずと知れた世界一危険な海だ。

 デタラメを極めた天候と、〝白ひげ〟を筆頭とした大海賊や大物犯罪者達が常にナワバリ争いを繰り広げる超危険エリアで、振り返れば死が待っているような所だ。

 そんな所で生きて商売をし、財を成している――とすれば、新世界のカネの裏事情も知っている可能性もある。新世界進出も考えると、彼と手を組むのは大きなメリットがある。

「詳しい話は、作業を終えてからにして欲しいな。1時間で済ませる」

「……わかった、待ってるぜ」

 

 

           *

 

 

 モックタウンに設置されたテゾーロ財団の事務所で、二人は待っていた。

 すると――

「お待たせ」

「「……!?」」

 事務所のドアを開けて、テゾーロは正装で二人の前に再び現れた。

 全身ピンクのダブルスーツを着用しスカーフを巻いたその姿は、赤いつなぎ姿のその辺にいそうな工事現場の兄ちゃんではなく、一端のビジネスマンとしての威厳と風格を漂わせている。

「イメチェンか……!?」

「いや……普段着は赤のパーカー、外での作業はつなぎって自分で決めているだけだよ」

 そう言い、ドカッとソファに座るテゾーロ。

「それで……何の御用でしたっけ? スライス殿」

 テゾーロは目を細める。

「ビジネスだよ……おれとあんたが手を組めば、新世界を支配することができる。あんたの〝ゴルゴルの実〟の能力はすでに調べがついているしな」

 スライスはそう言い、ニヤリと笑みを浮かべる。

 テゾーロは思わず感心した。さすがは新世界で生きる人間…情報網のスケールがデカイようだ。

「……確かに私としても、新世界の情報網を得ている方との連携は重要と考えている。これからのことを考えれば、尚更ね」

 テゾーロ財団は、活動拠点を新世界に移す計画を今練っている。

 今は時期尚早だということに加え、海列車とモックタウンの方を優先するので本格的に始動してないが、いずれは新世界で活動する気だ。その上で、新世界の情勢を知るスライスとこうして面会できたのは、ある意味で奇跡と言える。

「まァ……こちらとしてもあなた方との連携は歓迎しますよ。デメリットの無い契約はやってナンボですしね」

 髪の毛をモリモリと掻いて立ち上がるテゾーロ。

 テゾーロは棚へ向かうと、そこから急須と茶葉、そして湯吞み茶碗を取り出す。

「……お茶飲みますか?」

「ん! ああ、丁度喉が渇いてたからコルトの分も頼む」

 お湯を沸かし、湯吞み茶碗にお茶を注ぐテゾーロ。

 ちなみにこのお茶はガープから貰った代物である。

「手を組むのは構いませんがね……少し聞きたいことがある」

 コトリと湯吞み茶碗を置くテゾーロ。

 スライスとコルトは手を伸ばし、お茶を飲む。

「あなたの仕事がわかりにくい。資産家であるなら、何で儲けているので?」

 テゾーロは運輸業や林業、造船業を主な仕事としている。「ONE PIECE」の世界は現実世界と違ってほとんど海なので、海を利用した産業で儲けている。

 この世界の資産家であるスライスは、何をしているのか……気になるところである。

「スライス様、私が説明してもよろしいですか?」

「ああ、いいぜ」

 コルトがスライスに代わって説明するようだ。

「スライス様が生まれた一族は、代々石油業を営んでいる名門一族。新世界のみならず、この世界における石油業の大多数がスライス様の一族が牛耳っている」

(マジの石油王か!!)

 鉱物資源の一種である石油は、様々な製品を生む。

 軽油や重油、揮発油(ガソリン)だけでなく、プラスチックや合成ゴム、パラフィン、乾留液(タール)アスファルト、化粧品も作り出すことができる。

 かつてアメリカの実業家ジョン・D・ロックフェラーは、石油事業を開始して石油市場を独占し、アメリカの石油の90%をコントロールして史上最大とも言われる資産を保有したように、石油業は成功すれば巨万の富と力を得ることができる。そして目の前の青年は、それを成功に収めた一族の人間なのだ。

「……聞くけど、その一族の現当主って誰だい?」

「スライス様だが?」

 テゾーロは思わず顔を引きつらせた。

 自分は叩き上げで財を成した富豪だが、相手は生まれ持っての富豪だったのだ。

「そういやあ……あんた、海軍と裏で手ェ組んでんだろ? ここ最近大変だったろ?」

「……そうだね」

 ロジャーが処刑されてから3年の間、テゾーロは色々と忙しかった。

 海賊の往来が多くなったので大砲や銃火器を買うようになり、保有する船の武装も改めたことで例年より支出が多くなったことに加えて、一番の支出は伝説の大海賊〝金獅子のシキ〟の脱獄だった。金獅子脱獄によるインペルダウン内の被害は想像以上で、早急な修復が求められその修理費をテゾーロが全部負担したからだ。

「〝金獅子のシキ〟の脱獄時は政府上層部からインペルダウンの修理費を全部負担したよ。海軍と政府のミスをおれにも押し付けたのさ」

「……世界政府も随分とセコイな」

「いや、その見返りは貰ったよ? 支部の海兵(ひまじん)達を寄越して新規事業の労働力にさせてもらったからね。おかげで大分進んだよ」

 陽気に笑うテゾーロに、スライスも苦笑いする。

 テゾーロは中々頭が切れるらしい。

「まァ…オハラの件に関しては、おれの忠告聞かなかったからちょいとばかし経済制裁したけどね」

「〝経済制裁〟?」

「海軍への軍資金の提供をストップしたんだ。アレ、思いの外影響が出てビックリしたけど……」

 経済制裁は、ご存知の方も多いだろうが、その名の通り経済力による制裁……経済的圧力をかける外交手段だ。

 テゾーロは実はオハラへのバスターコールについて、政府上層部及び海軍上層部に対して「対象外の民間人を巻き込んだら制裁をする」と通告していたのだ。テゾーロ本人としては、世界の法を犯した以上は然るべき罰を与えるのが筋ではあると考えている。しかしそれと同時に、何の罪も犯していない人々に手を出すのは悪党から人々を守る立場の人間としてどうなのかとも考えている。故にテゾーロはバスターコールに参加するクザンを通じて上述の通告をしたのだ。

 しかし案の定同行していたサカズキが――原作通りに――避難船を砲撃して沈めてしまったので、お約束の通りに無期限の軍資金提供の停止を申し出て実行に移そうとしたのだ。

 軍資金のほとんどを彼から受け取っている海軍は焦ったが、それ以上に慌てたのは政府上層部の中でも中枢に近い一部の高官達だった。実は彼ら…テゾーロが提供した軍資金を、その権力を振りかざして一部横領していたのだ。莫大な富の一部を提供してくれる実業家から金を横領していたとなれば、万が一彼の耳に届いた時はそれこそマジでマズイ。

 さらに問題なのは、その中にCP9長官であるスパンダインが関わっていたことだった。ただでさえ何の躊躇もなく経済制裁を実行しようとしたテゾーロ…もしもこの事を知ったらどんな要求や制裁をしてくるか皆目見当つかない。

「いや~、まさか政府上層部が横領していたとは思わなかったよ……しかも〝CP9〟の長官が絡んでいるときた」

「ちょっと待て……この話をしたってことは、気づいたのか?」

「当然。おれは〝あること〟を必ず行うよう海軍に頼んでるんだ」

「〝あること〟?」

「それはさすがに教えられないけどね」

 テゾーロが行っている〝あること〟とは、海軍に対し定期的に領収書を送るようにしていることである。

 これは不正を見抜きやすくするためである。たとえ小さな誤差でも、積み重ねれば大きな誤差となる。その誤差の原因を追及することで政府及び海軍の不正を暴こうというのだ。この領収書の意味を知る者はステラ以外にいない。他の者にバレると面倒事になるからだ。

「んで…その後はどうなったんだ?」

 スライスはそう尋ねると、テゾーロは満面の笑みを浮かべた。

 しかし、目が笑ってない。

「……ご想像にお任せするよ」

「……」

 スライスはあまり深く追及しないことにした。

 多分……いや、間違いなく彼らはテゾーロの手でヤバイ目に遭っている。それも、どっちかっていうと肉体的な方よりも社会的な方で。

「……それよりも、おれらとの件はどうするつもりだ?」

「ああ、お言葉に甘えて手を組ませてもらうよ。ただし条件がある」

「条件?」

 テゾーロは机の方へ向かい、引き出しから書類を取り出してスライスに渡す。

 それは、契約書だった。

「港湾労働者組合への加盟だよ。貿易業の発展の為にね……」

「サービス精神のいいことで……」

 儲け話に食いつき、笑みを深めるスライス。

 スラスラとサインし、契約書をテゾーロに渡す。

「……これからどうするんだ?」

「新世界に帰る。おれ達にもおれ達の仕事があるんでな」

 ヒラヒラと手を振り、スライスはコルトを連れてテゾーロ財団の事務所を後にした。

 それを見届けたテゾーロはニヤリと笑みを浮かべ呟いた。

「フッ……中々癖の強い石油王だな」



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第36話〝嫌なモノは早めに潰そう〟

 テゾーロの事業のおかげで〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海は大きく発展し、様々な物資・金・人が各地から集まるようになった。

 ウォーターセブンやジャヤに大海賊時代到来により爆増した海賊がこの次々と襲撃する事件も遭ったが、覇気とゴルゴルの能力、さらにコネを利用した海軍との連携の前にあっさり殲滅されて終わり、テゾーロ財団が手中に収める……ではなく活動拠点としている海域はと平穏な社会になりつつあった。

 そんな中、ウォーターセブンへ久しぶりに戻っていつも通り事業を進めたテゾーロは、久しぶりに海賊に絡まれた。

「へへへ、ギルド・テゾーロ!! 命が惜しければ金を出せ!! ありったけのな!!」

「おれ達を怒らせると怖いぜェ?」

「ケガしねェ内に出すんだな!!」

 ゲスイ笑みを浮かべて恫喝する海賊達。

 しかしテゾーロは頬杖をつきながら、湯吞み茶碗に注いだ緑茶を飲んで冷静に対処する。

「……あのォ、お引き取り願えますかねェ~? 私が相手取るのは基本的に商人や資産家、政府及び海軍の関係者のみ……こちとら海賊は専門外なんですよォ。賞金稼ぎの仕事ァ、もうやるつもりねェんで。何なら呼びましょうかァ? 海軍っていう名の海賊専門家を」

 完全に海賊達(あいて)をナメきった態度で応じるテゾーロ。

 その一部始終を見ていた社員は爆笑寸前である。

「て、てめェ……命が惜しくねェのか?」

「許さねェ、ぶっ殺してやる!!」

「海賊をバカにしたことを後悔させてやる!!」

「あっそ」

 剣や銃を向けられても脅されても、頬杖をついて相変わらず舐めきった態度のテゾーロ。

 テゾーロに舐められた海賊達は我慢の限界に早くも達した。

「ぶっ殺しちまえェ!!」

 激昂した海賊達は、テゾーロに襲いかかる。

 そんな海賊達をテゾーロは見据えると、キッと睨んだ。

 

 ドクンッ!

 

 見えない衝撃が、海賊達を貫いた。

 その直後、海賊達は膝を突いて白目を剥き、泡を吹きながら一斉に倒れた。テゾーロが海賊達を〝覇王色〟の覇気で威圧したのだ。

 海賊稼業を引退してなお伝説として語られる〝冥王〟レイリーの修行によって、ある程度覇気をコントロールできるようになったテゾーロは、覇王色の方も修行させてもらってこうして扱うことができるようになったのだ。

「ったく、これだから……」

 最近の海賊達の間には、どうも船を襲って金品を狙うよりテゾーロ財団を狙った方が大金を得られるという風潮が広まっているようだ。

 ぶっちゃけた話、海賊によるテゾーロ財団襲撃――未遂含む――は今回で7度目である。その度にテゾーロの覇気とゴルゴルの能力で海賊達はボロボロのギッタンギッタンにされてるのだが…全く懲りてないようだ。げに執念とは恐ろしきモノである。

その時だった。

「あの……理事長、少しいいでしょうか?」

 白いラインが入った黒のジャージ姿の社員が、テゾーロと話をしに来た。

 ちなみに彼の着ているジャージはテゾーロ財団専用の作業着の一種である。

「? どうした、何かトラブルか?」

「いえ……すぐに解決する必要はありませんが……そろそろ事業拡大をするので人員を補充すべきかと……」

「人員ねェ……」

 確かに、彼の言い分は正しい。

 テゾーロ財団は今、様々な事業を行っている。その事業を支えるには人員が必要だ。

 人件費に関しては問題ない。テゾーロが生みだした黄金が賃金として成り立つからだ。しかし、問題なのはその人員が確保しづらいところだ。海賊を雇うのはテゾーロにとって嫌だし、そもそも海賊はどこまでも海賊…絶対変な事をやらかすに決まっている。

「……! そうだ、イイこと考えた」

「理事長……?」

 

 

           *

 

 

「〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を潰すことにした」

 テゾーロは欠伸をしながらそう言った。

 それを聞いていた社員達はどよめいた。世界各地にある人類売買の店――〝人間屋(ヒューマンショップ)〟は人間や珍しい種族のオークションが盛んに行われている。当然ながら人身売買は世界的に禁止であり、政府や海軍はこの人間屋の存在を認知しているが、「職業安定所」と称して事実上黙認している。

 この裏には、世界最高峰の権力者である世界貴族〝天竜人〟が関係していると言われている。現に天竜人は多くの奴隷を所有しており、酷使や虐待を平然と行っている。その中には人間屋に出向いて莫大な材を用いて奴隷を大量購入する者もいる。

「テゾーロ、あなたまさか……!」

「察しがいいな、ステラ。その通り……人間屋で売られている人達を全員買い取って社員にするんだ。欲を言えば店そのものを買い取って(・・・・・・・・・・・)丸ごとテゾーロ財団(ウチら)の私有地にすることなんだがな」

 テゾーロが人間屋に目を付けた理由は、人員補充だけではない。土地も欲しかったのだ。

 実はテゾーロは、金融業にも興味を持ち始めたのだ。彼曰く、あるアイデアを閃き上手くいけば世界中の国々とパイプが繋がる程の一大事業らしい。その為には拠点とする土地が必要だったのだ。

 テゾーロが人間屋を土地ごと買収すれば、非道な人身売買が行われる忌まわしき場所が消え、土地も得られる上に人員も補充できる。一石二鳥どころか、一石三鳥だ。

「り、理事長……それはさすがにマズイのでは……!?」

「天竜人の機嫌を損ねかねないですよ……!」

 社員が不安になるのも当然だった。

 人道もへったくれもない行為をしでかしている人間のクズとはいえ、世界政府最高権力である五老星すら上回る絶大な権力を持っている天竜人は、何者かによって傷付けられた場合には海軍大将が軍を率いて派遣され、そのブ〇リー並みの戦闘力で血祭りに上げられる。しかも世間ではあまり知られてないが、肉体的苦痛だけでなく精神的苦痛(・・・・・)によって訴えられ派遣されたというケースがあったという。海軍も大変である。

 勿論察している方も多いだろうが……傷つけられるだけでなく、ただ腹を立てただけで海軍大将を呼ぶこともあるのだ。しかも現時点で大将はセンゴクのみなので、天竜人通報の対応は全部センゴクがやっているのだ。大海賊時代以前よりかなりストレスが溜まっているらしい。

 さすが智将〝仏のセンゴク〟というべきか……よく胃に穴が開かずに済んだものである。いや、実際は表に出てないだけで穴が開いたことがあるかもしれないが。

「大丈夫だって、絶対金に目が無いって」

 テゾーロは、軽いが確信を持ったかのような返事をする。

 確かに、金には目が無いのかもしれないだろう。天竜人の欲望は海底1万mにある魚人島よりも深い。現に各地から莫大な献金「天上金」を得ておいてまだ貪欲なのだから。その上天竜人の価値観は滅茶苦茶(クレイジー)だ、ある意味一番残虐でもある。

 だがテゾーロの考えだと、どうやら天竜人の腐りきった性格を利用しようと目論んでいるようだ。

「テゾーロ、大丈夫なの……?」

「ああ、問題ない。このテゾーロ、人生最大級の博打に出てやんよ」

 ステラの心配を吹き飛ばすかのような、満面の笑みを浮かべるテゾーロ。

 この事業が、後にテゾーロの予想通り世界に絶大な影響を与えるのは言うまでもない。

 

 

           *

 

 

 シャボンディ諸島。

 この諸島に置かれたテゾーロ財団の事務所に、ある青年が訪れていた。その青年は黒と紫のチェック模様のシャツを着用し、青いネクタイを結んで黒のコートに袖を通した彼は背中にスナイパーライフルを背負っている。

 青年の名は、メロヌス――銃の扱いに長けた賞金稼ぎだ。

「ここが「テゾーロ財団」か……」

 テゾーロ財団を起ち上げて世界屈指の実業家として名を上げたギルド・テゾーロは、世界経済新聞社をはじめとした多くの会社・企業とコネを持ち、様々な事業で儲けたその資産は国家予算にも匹敵するという。今なお成長中であり、その圧倒的な財力を狙う者達は日に日に増えているという。

 それならば、賞金稼ぎとして活躍した自分を雇ってくれるだろう。数多くの犯罪者達を討ち取ったスナイパーだ、自分の腕を買ってくれるはずだ。

「アレ? 先客ですか?」

「!」

 その時、童顔で中性的な少年がメロヌスに声を掛けてきた。

 深緑のパーカーと白Tシャツ、ジーパンを着用した薄い茶色の髪の毛の少年。彼もまた、テゾーロ財団に用があるようだ。

「僕はシードです。あなたは?」

「おれはメロヌス……賞金稼ぎをやっていたよ(・・・・・・)

「やっていた?」

「これからテゾーロ財団に就こうかなと思ってな……」

 メロヌスはテゾーロ財団への就職を望んでいるようだ。

 それは恐らく、シードも同様だろう。

「僕もです、少し前まで海軍にいました」

「海軍に?」

 シードはどうやら海軍を抜けてきたらしい。

 絶対的正義を掲げる海軍を抜けたというのだから、相当の不信感を抱いたのだろう。

「じゃあ、お互い同僚ですね!」

「まだトップが来て決めてないし年も違うけど……まァそうだろうな」

 テゾーロ財団に、新たな社員が加わろうとしていた。




肘神さま氏のオリキャラを自分なりにいじって登場させました。
ありがとうございます。


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第37話〝甲板戦〟

そろそろキャラ紹介を投稿した方がいいかな…。


 テゾーロはウォーターセブンから出航し、シャボンディ諸島を目指していた。

 乗っている船は、海賊達が増えたのにもかかわらず武装していないテゾーロ財団の母船。つい最近名前を決めて「オーロ・コンメルチャンテ号」となった。

 ちなみに訳してみると、イタリア語で「黄金の商人」という意味になる――はずである。

「シャボンディまでどのくらいだっけ……」

 大きく欠伸をしながら、甲板でのんびりとするパーカー姿のテゾーロ。

 その時だった。

「理事長!! 海賊です!!」

「ん? ああ、そう」

「ああそう、じゃなくて……!」

「おれがやる。皆は避難していろ」

 海賊の襲撃。

 元々海賊を呼び寄せ狩るための船であるオーロ・コンメルチャンテ号――そろそろ大砲や銃火器の装備を整えた方がいいかもしれない。せめて戦列艦並みの武装だろう。

「……ああ、あれか?」

 前方に現れる船。

 海賊旗を掲げており、サイズとしてはガレオン船ぐらい。まずまずの規模の海賊団のようだ。

「そんじゃ、運動するとしますかね……」

 袖をまくり、ゴキゴキと首の骨を鳴らす。

 久しぶりの戦闘……相手が海賊なら、手加減無用だ。

「理事長、援護しますか?」

「いや、別にいいさ。アレくらいなら一人でどうにかする」

 そう言い、テゾーロは黄金を生み出す。

 それは球体状になり、光り輝く黄金の砲弾になった。

「よし……金玉ができた」

『金玉言うなァ!!!』

 テゾーロの危ない言葉に突っ込む一同。

 テゾーロが生みだした黄金の砲弾は、通常の砲弾よりも幾分小さい。だが質量は通常の砲弾以上だろう。

「〝黄金砲撃(ゴオン・ボンバルダメント)〟!!!」

 テゾーロは思いっきり黄金の砲弾を海賊船めがけて投げ飛ばした。

 それは見事に直撃し、轟音と共にマストをへし折った。

「……まずは第一段階」

(んなアホな!!)

 テゾーロの攻撃を間近で見て唖然とする一同。

 念の為、もう一度言う。テゾーロが生み出した黄金の砲弾は、通常の砲弾よりも幾分小さいが質量は通常の砲弾以上である。

「次は…遠距離操作!」

 テゾーロはニヤリと笑みを浮かべ、右手の拳を握り締める。

 すると、バチバチと火花が散り――

『ぎゃあああああ!!!』

 突如、海賊船から断末魔の叫びが響いた。

 海賊船を見ると、黄金の触手のような何かが暴れ回って海賊達を薙ぎ倒しているではないか。

「ハハハハ!! 聞いたかさっきの悲鳴!! イッツ・ア・エンターテインメント!!」

「理事長…アレは一体…!?」

「ゴルゴルの能力の応用だ。さっき海賊船に直撃した砲弾の黄金で攻撃しているのさ……悪魔の実の能力は使い方次第で一国の軍隊にも勝る力となるからな」

 その話を聞き、テゾーロが先程言った「まずは第一段階」の意味を理解する社員。

 敵船にあまり近寄らず、かつ確実に全滅できる手段ならば最適だろう。ただ、あの黄金の砲弾を片手で投げたのは納得できないが…。

「さて、これで片が付いた。全速力でシャボンディへ向かうぞ」

 その時だった。

「!」

「おおおおおお!!」

 突如テゾーロの頭上に、大太刀を手に携えた少年が現れた。

 白シャツと黒ズボンの上に黒いロングコートを着用した彼は、鋭い眼差しでテゾーロを睨みつけていた。

「お前か…あの船を沈めたのは」

「……いかにも。あまりにも邪魔だったのでね」

 そう返答した直後、殺気を放ちながら少年は斬りかかった。

 しかしテゾーロは生ける伝説達(レイリーとギャバン)に師事して覇気や戦闘法を学んだ身。少年が勝つのは困難だろう。

「――剣の勝負を望むか?」

 テゾーロはすぐさま黄金の刀を生み出し、少年の一太刀を受け止めた。

 金属音が響き、火花が散る。

「能力者か……!」

「いい太刀筋だ。だがまだ甘いな」

「理事長!!」

「お前らは下がれ。この少年はおれが相手をする」

 少年は船の欄干(らんかん)を利用して高く飛び上がった。

 そして空中で一回転を決め、唐竹割りを放った。

(こいつ……!)

 テゾーロは少年の攻撃を受け止めて察した。見事な剣捌きである少年の剣術は、明らかに殺し合いに特化している(・・・・・・・・・・・)のだ。

 テゾーロ自身、時間があればレイリーからも剣術を教わっていた。少年はそんな自分と互角に渡り合える技量だったのだ。これを褒めずにはいられない。

「中々やるじゃないか、もっと踊ってみてくれないか?」

 テゾーロは少年の底力が知りたくなり、不敵な笑みを浮かべて挑発した。

「っ……ナメるな!!」

 案の定挑発に乗った少年は、そのまま斬り合いに持ち込んだ。

 少年が手にした大太刀の刀身が黒く染まり始め、テゾーロに迫る。少年はどうやら覇気使いのようだ。

 しかしテゾーロも覇気使い。黄金の刀に覇気を纏わせ、武装硬化させる。

 

 ドォン!!

 

 互いの刃が覇気を纏って激突して衝撃が走り、黒く染まった刃が相手の身を斬らんと押し合う。

 しかし体格上テゾーロの方が少年を上回ってる上、素の身体能力も高い。力一杯に押して少年を弾いた。

 少年は受け身を取って上手く着地し、斬撃を放った。

「おいおい、甲板であまり暴れたら傷つくじゃないか……」

 ――おれが言うとブーメランか。

 不敵な笑みでそう呟くテゾーロ。

 すると黄金の刀が融けだして、テゾーロの右手を手甲状の形に覆った。

「〝黄金爆(ゴオン・ボンバ)〟!!」

 迫る斬撃目掛け、黄金の拳をぶつける。

 黄金色の光が()ぜ、斬撃を相殺した。

(今だっ!!)

 少年はその隙を見逃さなかった。先程の斬撃は、テゾーロに隙を与えるための陽動なのだ。

 少年はテゾーロに肉薄し、斬り伏せようとするが…。

「甘い!!」

 テゾーロは右手の手甲状の黄金を少年の前に突き出す。

 すると右手の黄金はバチバチと火花を散らし、瞬く間に融けて無数の触手のようなモノになって少年に絡みついた。

「ぐっ!?」

 超硬度の黄金でできた触手に拘束される少年。

 いくら剣術でテゾーロと互角に渡り合えても、これは抜け出せない。黄金の束縛から自力で脱出できるのは、せいぜい白ひげやカイドウ、ガープのような怪物級の猛者達だろう。

「!? 欄干が……!?」

 ふと少年は、欄干が融けていつの間にか槍と化して自分の胸に突きつけられていることに気がついた。

 テゾーロは黄金を操る……自分で生み出した黄金だけでなく純粋な黄金も触りさえすれば(・・・・・・・)意のままに操れるのだ。

「フフフ……少年、戦う場を間違えたな。この黄金の船――オーロ・コンメルチャンテ号でなければ、おれにも勝てただろう。おれはこの船での戦闘は無敵なんだよ」

 勝ち誇った笑みで少年を見るテゾーロ。

「落ち着いたところで挨拶といこう。おれはテゾーロ財団理事長のギルド・テゾーロだ」

「ギルド・テゾーロ……そうか、政府の……!!」

「厳密に言うと、おれは政府の人間じゃない……政府とパイプがある商人だ」

 テゾーロは少年が落ち着きを取り戻したのを確認し、黄金による束縛を解く。

 槍と化していた欄干の一部は元に戻り、無数の黄金の触手は液体状に融けて球体状になる。

「少年、名は?」

「……ハヤト。賞金稼ぎをやってる」

「賞金稼ぎか…奇遇だな、おれも元賞金稼ぎだ。 だがおれは海賊じゃないぞ、なぜおれに襲い掛かった?」

 少年・ハヤトに問いかけるテゾーロ。

 すると彼はこう答えた。

「あんたがおれの獲物を横取りしたからだ。その金玉ぶん投げたせいでシノギがパーになったんだ……でも斬りかかったことには悪かったと思ってる」

「えっ……?」

『理事長……』

 驚愕の理由。

 何とテゾーロがフルボッコにした海賊はハヤトが狩ろうとしていた海賊で、狩ろうとした矢先にテゾーロがやらかしちゃったようだ。

(……えっと……これはおれが悪いのか……?)

 何ともいえない空気が漂う甲板。

 その状況を打破したのは、ハヤトだった。

「……テゾーロ、あんたに頼みがある」

「?」

「おれをあんたの所で働かせてくれ。あんたと一緒にいれば、俺はもっと強い連中に会えそうだ。用心棒くらいにはなれる」

 ハヤトが申し出たのは、財団への就職だった。

 そういえば、テゾーロ財団は丁度人材の募集に勤しんでいた。それに先程の戦闘で見せた実力を加味すれば、彼はテゾーロ財団において強力な戦力ともなりうる。

 これはまたとないチャンスだ。テゾーロはニヤリと笑みを浮かべ、ハヤトを見た。

「……それは就職希望ととっていいんだな?」

「ああ…もしおれにできる仕事があるなら何でもやる」

 テゾーロ、思わぬ形で人材をGET(ゲット)する。




yonkouさんのオリキャラを採用しました。
yonkouさん、ありがとうございます。


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第38話〝ハヤトから見たテゾーロ〟

ついに迫った第48回衆議院議員総選挙。
皆さん、選挙に行きましょう。


 ハヤトは海を愛する賞金稼ぎだ。

 この世の全てを手に入れた〝海賊王〟ゴールド・ロジャーが処刑されて以来、新時代――大海賊時代が幕を開けた。世界中の人間が海の覇権を賭けて争うようになる前から、ハヤトは賞金稼ぎとしてこの〝偉大なる航路(グランドライン)〟で海をのさばる海賊共を狩りまくっていた。

 なぜ彼がこの道を歩んだのかは、世界をこの目で見てみたいという野望もあるが、何よりも「海賊に愛する両親を殺されたから」だった。

 ハヤトの父は海軍将校であり、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の前半の海で巡回任務をしていた。ハヤトの父は優れた海兵であり、厳しく優しく鍛えて覇気という力をハヤトに教えた。そんなある日、父を逆恨みしていた海賊達が急襲し父と母を殺し、母の遺体を奪っていった。なぜ奪ったのかは不明だが、今思うと臓器売買の為だろうとハヤトは考えている。

 彼はその悲劇以来、誓いを立てた。亡き両親を弔うためにも――おれが愛する海をのさばる全ての海賊を殲滅すると。

 そしてハヤトは海の面汚しである海賊達を血祭りに上げていった。我武者羅にそれを続けていたら、彼はいつの間にか〝海の掃除屋〟と呼ばれ恐れられ海賊達から恐れられる存在となっていた。

 そんなある日、いつも通り海賊狩りに勤しんでたところで、彼はギルド・テゾーロという男に出会った。しかもその出会いは甲板戦という最悪の形だった。

「……」

「まァ、そう落ち込むなって。誰だって敗北のはの字くらい、嫌でも味わう運命だ」

 終始無言の彼を慰めるかのように声をかける、赤いパーカーを着た男。

 ハヤトはこの金持ちの実業家(おとこ)に――ギルド・テゾーロに事実上敗北した。しかもテゾーロは能力者の上、自分(ハヤト)以上の覇気使いだった。これ程の実力差を感じての敗北は、ハヤトは生まれて初めてだった。覇気使いの自分が負けるなんて、考えたことが無かったのだ。

「おれは……まだ弱い」

「そーゆーおれだってまだ弱いと思ってるさ。個人的には腕っ節は海軍大将を目指してるからな」

「お、おれだって……それなりに高みは目指してるっ!!」

「まァまァ、そうかっかするこたァないさ。君のようなまだまだ強くなれる実力者を欲しかったんだ、願ったり叶ったりだよ」

 そう笑いながら、ハヤトに茶を差し出すテゾーロ。

 ハヤトから見たテゾーロは、彼にとっては不思議な男だと考えている。年は大体自分と同じくらいなのにその経営手腕はプロと言っても過言ではなく、若さとは裏腹に金稼ぎには老練な一面があり、組織のトップの割には堅苦しさの無い振る舞いや性格をしている。

 これはハヤトの推測だが、このギルド・テゾーロの組織に属する全ての人間は、金の臭いだけに惹かれているという訳ではない。ギルド・テゾーロという男の力と器に惹かれたのだ。そしてハヤト自身、ギルド・テゾーロ(このおとこ)に惹かれていた。

「〝海の掃除屋〟……少し前に聞いたことがある。たった一人で大海をさすらい、風を操って海賊狩りを行う若き剣士」

 テゾーロはハヤトを見据えながら口を開く。

「風を操る、か。見たところ能力者じゃなさそうだが?」

「扇子だよ。覇気を纏った扇子で突風を起こして、海賊達を吹き飛ばすことができるんだ」

「成程……そういう使い方(・・・・・・・)もあるんだな、覇気ってのは」

 ズズ、と茶を啜るテゾーロ。

 見た目の割に意外と嗜好が渋いな、とハヤトは思った。

「まァ……君みたいな血気盛んっつーか、勢いのある奴は大歓迎だ。それぐらいじゃないとこのテゾーロ財団(そしき)はやっていけねェしな」

「ハァ……」

「今、ちょっといいビジネス思いついてな。シャボンディの〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を全力で(・・・)潰しにかかってるんだ」

「なっ!? 〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を!!?」

 ハヤトは絶句した。

 〝人間屋(ヒューマンショップ)〟のバックに、どれほどの大物が絡んでいるのかわかってるとは思えない発言だったのだ。

「人身売買は法律違反だ、襟を正して何が悪い?」

「い、いや……悪ィとかは言わないが、世界を相手に喧嘩する気か……!?」

「ハハハ! ビジネスなんざ大抵は喧嘩さ、世界規模の事業をやるなら世界を相手取るのが筋……だろ?」

 満面の笑みでハヤトを見据えるテゾーロ。

「君の活躍には期待しているぞ」

 その時――

「理事長!! 見えました、シャボンディ諸島です!!」

「お、ついに到着か。よし、上陸の準備を急げ!!」

 テゾーロの命令で、船の帆が畳まれ錨を下ろす準備をし始める。

「さて、久しぶりのシャボンディだ……いっちょやりますか。ハヤト、ついて来い」

「……ああ」

 ――どうやらおれは、選択肢を間違えてなかったようだ。

 内心そう安堵しながら、ハヤトは甲板に出た。

 

 

           *

 

 

 新世界。

 島全体がケーキの形をしている、ここ「ホールケーキアイランド」。この島は海賊王ロジャーの存命時から、後の四皇である大海賊〝ビッグ・マム〟ことシャーロット・リンリンが率いるビッグ・マム海賊団が支配している。

 そんなにホールケーキアイランドにそびえる城「ホールケーキ(シャトー)」のある一室で、口元を隠した長身かつ筋肉質の男が書類に目を通していた。

 カウボーイブーツを履いてジャケットを羽織り、左腕の髑髏の入れ墨と肩幅くらいある大きなファーが特徴のこの男の名はシャーロット・カタクリ……ビッグ・マム海賊団の最高幹部にして〝モチモチの実〟の能力者である。

「……」

「くくくく…どうしたカタクリ?」

 カタクリに声を掛ける、キャンディをペロペロと舐める男。

 シャーロット家長男にしてビッグ・マム海賊団の幹部である〝ペロペロの実〟の能力者…シャーロット・ペロスペローである。

「ペロス(にい)……」

「ペロリンペロリン♪ どうした、何を読んでいる?」

「部下に言わせて集めた、この男の資料だ」

 カタクリはペロスペローに書類を渡す。

「〝ギルド・テゾーロ〟……? ああ……♪ 最近色んな有力者と手を組んで金儲けしてる若造か」

「…つい最近だが、あのスライスと手を組んだと聞く」

「何っ!? あの「スタンダード家」の現当主とか!?」

 カタクリの言葉を耳にし、顔色を変えるペロスペロー。

 スタンダード家は、あのテゾーロと手を組んだ石油王・スライスが当主である新世界有数の名門一族。その影響力はかなりのものであり、特に若くしてスタンダード家を継いだ現当主のスライスは、新世界で名を轟かしている多くの実力者から一目置かれている。

「今はこいつは成長中……いずれはおれ達に匹敵する勢力になる」

「我々に匹敵する、ねェ……」

「たかが若造だからって侮ってると、手痛い目に遭って海の藻屑となる――それが〝偉大なる航路(このうみ)〟の常識。このギルド・テゾーロって奴は、おれ達より弱いのは当然だが、この勢いのまま成長すれば話は別だ……」

「それぐらいの潜在能力を秘めている、ということか? くくくく……確かにモルガンズやギバーソン、ウミットにまでコネがあるとなりゃ、近い内に闇の世界の帝王達の仲間入りかもな。ママには一応報告しておくぞ、ペロリン♪」

 ペロスペローはキャンディを舐めながら、その場を後にした。

「……ギルド・テゾーロ……」

 カタクリは、いずれ巨大な勢力となるであろう男の名を呟くのだった。




感想・評価お願いします。
あと、これからもオリキャラ出しますよ。


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第39話〝二人の素性〟

遅れました、申し訳ありません。
やっと更新です。


 ここはテゾーロ財団のシャボンディ諸島支部。事務所のオフィスでは、二人の男がソファに座りテゾーロとステラと会合していた。

 一人は、深緑のパーカーと白Tシャツ、ジーパンを着用した薄い茶色の髪の毛の少年〝シード〟。もう一人は黒と紫のチェック模様のシャツを着用して青いネクタイを結び、背中にスナイパーライフルを背負っている黒コートの黒髪青年――銃の扱いに長けた賞金稼ぎ〝メロヌス〟。

 二人はテゾーロ財団で働こうと、テゾーロに接触したのだ。

「……つまり、成程……二人はテゾーロ財団(ウチ)で働きたいわけね」

「はい」

「ああ」

 テゾーロはお茶を啜りながら二人に問う。

「じゃあ、経歴教えてもらおうか。まずはシード君から」

 テゾーロはシードにそう言いながらペンを握る。

 シードはどこか言いにくそうな表情だが、口を開いた。

「僕は元海軍中将の息子で、海軍の将官として海軍に入ってました。武術から学術まで色々と叩き込まれて、六式と覇気を習得してます」

「六式を?」

 六式。それは自らの身体能力を極限にまで鍛えることによって習得できる体技であり、名称通り六つの技で構成されている。

 指の先に力を集約させ、弾丸のような速さで相手に撃ち込む〝指銃(シガン)〟。

 全身に力を込めて肉体そのものを鉄と同等、あるいはそれ以上に硬化させる〝鉄塊(テッカイ)〟。

 敵の攻撃から生じる風圧に身を任せ、紙の如くヒラヒラと相手の攻撃を躱す〝紙絵(カミエ)〟。

 その場から消えたかのように見えるほど瞬間的に加速し移動する〝(ソル)〟。

 強靭な脚力によって空を蹴り、宙に浮き空中移動ができる〝月歩(ゲッポウ)〟。

 凄まじい速度で脚を振り抜き、蹴りと同時に扇状の「飛ぶ斬撃」を放つ〝嵐脚(ランキャク)〟。

 これら六つの技はどれも「純粋な体技」なので、覇気と併用すれば六式の技の威力・防御力を格段に向上させることも可能だ。世界政府の諜報機関であるサイファーポールや海軍の将校はこの六式(わざ)を覚えている者が多い。

「じゃあ、悪魔の実とかは?」

「悪魔の実の能力もありますよ」

「何?」

「僕は〝ホネホネの実〟の能力者……骨を生み出し、自在に操ることができます。」

 シードはそう言いながら、手を叩く。

 すると突如空中に人間の大腿骨が現れた。

(まるでクラッカーみたいだな……)

 新世界編にてルフィを大いに苦しめた、〝千手のクラッカー〟の異名を持つシャーロット・クラッカーは〝ビスビスの実〟という手を叩くことであらゆる種類のビスケットを生み出して自在に操る事ができる「ビスケット人間」であった。

 恐らくシードも、似たり寄ったりの芸当が可能なのだろう。

「僕の生み出す骨の強度はダイヤモンド並み。無尽蔵に生み出せる上、剣にも盾にもできる、攻防に長けた能力です。勿論、人間以外の骨も生み出せます」

「魚の骨を生んで出汁をとるのはできるの?」

「とったことはあります、美味しかったですよ」

「いや、そこはどうでもいいだろ!! つーかそれ才能の無駄遣いだろ!!?」

 ステラのどうでもいい質問にしっかり答えるシードに、メロヌスがツッコミを炸裂させる。

「んで、何で軍を辞めたんだい。更なる高みも目指せたろうに……」

「……ある事件で、ちょっと……」

「「ある事件?」」

 シード曰く、自分は海軍准将として〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の巡回任務をしていたという。

 悪魔の実・六式・覇気という大出世の三拍子が揃った期待の新人であり、実直に職務をこなす真面目さといかなることにも前向きで優しい人柄から上層部からの期待も大きかった。しかし、そんな中起こったオハラのバスターコールで、海軍に対する想いと絶対的正義に対する不信感を抱いてしまったという。

「僕はあの場にいながら、何もできなかった……学者達が完全な「悪」だと言う証拠も無いのに……ただ可能性だけで罪の無い人達の命を奪うのは我慢できないんですっ……!!」

「まァ……軍務としては正しくても、人道的に正しくないのは心に来るよなァ」

「……テゾーロさんは、今の海軍をどう思いますか?」

「さァね……おれァ海兵じゃないし、別にどうとも思ってない。だが、正義の反対は必ずしも悪とは言えないのは確かだと思うぞ? 自分の正義は、他人から見れば悪に思えることもあるだろう」

「……!」

「自分の生き方が正義にも悪にもなる……おれはそう考えるがねェ……」

 そばに置いてあった急須を手に取り、湯呑みに茶を注ぐ。

 テゾーロは海兵ではない。掲げる正義は人それぞれであり、それを肯定も否定もしない。何が良くて何が悪いというのは、案外何にでも変わってしまうのだ。

「そうですか……」

「まァ、あくまでもおれの考え(・・・・・)だ…参考にしないように」

 ズズ、と茶を啜るテゾーロ。

「さて、次は君だなメロヌス」

「ああ……」

 メロヌスはお茶を飲み干し、口を開く。

「おれはメロヌス……賞金稼ぎをやっていた。能力者じゃないが、覇気と銃火器の扱いと数学が取り柄だ」

「ちょっと待て、数学が取り柄と言ったな?」

「!」

 テゾーロは数学という言葉に反応し、歓喜しそうだった。

 その反応に、メロヌスは戸惑う。

「ちょっと待ってろ……」

 テゾーロは机の引き出しから、ある物を取り出した。

 それは、テゾーロ財団の収支報告書だ。

「この収支報告書に記載されている現時点の収入と支出の額を出してみろ」

 収支報告書を手に取ったメロヌスは、ペラペラとめくって一通り見てから数十秒程考える。

 そして、その答えを導きだした。

「収入は5兆と6200億ベリー、支出は2兆と1000億ベリーだな」

「マジかよ……」

 メロヌスの答えは正解だった。

 そう、確かに収入は5兆6200億ベリー、支出は2兆1000億ベリーであるのだ。

「すごいわ……暗算で答えを出せるなんて……」

 ステラが驚愕するのも当然……メロヌスは収入と支出の両方の総額を暗算で(・・・)導き出したのだ。

 収入も支出も、額は13桁だ。13桁の計算を暗算で、それも数十秒で導き出せるのは恐ろしいレベルである。

「どうやって導き出したの?」

「そうだな……おれの頭の中には大きなホワイトボードがあって、それを使ってるから紙と鉛筆を使わずに頭の中で思考できるって言えばいいか?」

(まるでノイマンみたいだな……)

 テゾーロは、メロヌスがノイマン博士のように思えた。

 20世紀科学史における最重要人物の一人である天才数学者のジョン・フォン・ノイマンは、コンピュータ並みの圧倒的な計算能力を誇っていたことで知られる。そんなノイマンは1ヘクタール――10000平方m――の巨大な脳内ホワイトボードを有しており、人間離れした思考を行う事ができたという話もある。

 そして目の前にいるメロヌスは、まさにそのノイマンに酷似した計算能力と思考回路の持ち主だったのだ。

(これはある意味で戦力だ……)

 テゾーロ自身、驚愕せざるを得ない。

 今まで会計についてはテゾーロとステラの二人だけで担っていた。しかしメロヌスはたった一人で二人分の仕事をこなせる可能性があるのだ。

「君、会計をやれる自信があるか?」

「数学ネタなら何でもこなせる自信はあります」

「よし、採用!」

 テゾーロはメロヌスの正規雇用を決定する。

「あ、あの、僕は……?」

「君も採用。ウチは今人材不足だから」

 シードの正規雇用も決定。

 もっとも、テゾーロは最初から正規雇用しようと考えてはいたが。

「今の流れだとメロヌスは会計士、シードは戦力に採用だ」

「戦力!?」

「いやァ、最近海賊の往来が酷くてな。一応「対策」はあった方がいいなって。君、一応元海軍准将だろ? 戦えるでしょ」

「ハァ……」

 テゾーロも暇ではない。それなりの実力者がテゾーロの代わりに戦う必要があるのだ。

 その為にも覇気を扱えるような猛者はぜひ社員として迎えたい……という魂胆だ。

「テゾーロ、二人の為の衣装も必要ね」

「そうだな、後で渡す必要がある」

「? 制服でもあるのか?」

 二人の会話に、質問するメロヌス。

 その質問に、ステラは答えた。

「そう……厳密に言えば、白のラインが入った衣装なら何でもいいの」

「「ハァ……」」

 その時、ドアを開けて白いラインが入った黒いロングコートを着た少年が現れた。

 先程テゾーロ財団に所属したばかりのハヤトだ。

「テゾーロ、報告したいことがある」

「何だ?」

「実は封筒が届いて……」

 ハヤトはテゾーロに、小さな封筒を渡す。

 その中身を確認すると、一通の手紙が入っている。テゾーロはそれを取り出すと……。

「! これは……!」

 その紙に書かれていたのは、世界政府からの令状であった。



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第40話〝五老星〟

久しぶりの投稿ですね。お待たせしました。
オリキャラ募集は延期したので、どんどん送ってください。


 2日後。

 世界を一周する大陸〝赤い土の大陸(レッドライン)〟にある、世界政府の首都「聖地マリージョア」。

 スーツ姿のテゾーロはハヤトとメロヌスと共に、マリージョアで勤務している海軍将校に案内され廊下を歩いている。

「これがマリージョアか……」

「初めて来たな……」

「おれもそうさ」

 そんな話をしつつ、、テゾーロは世界政府からの令状をチラリと見る。

 用件は思いつく限りでは、オハラへのバスタコールの案件だろう。

 バスターコールの折、サカズキは学者ではない民間人を乗せた避難船を爆破・轟沈させた。サカズキにとってオハラが滅びるということは「学者だけではなく、オハラに住む人全員を抹殺する」という意味という解釈だったのだろう。テゾーロはそれを見越して、政府上層部及び海軍上層部に「対象外の民間人を巻き込んだら制裁をする」と通告したのだ。しかし、サカズキは…海軍と政府は通告を無視した。テゾーロ自身は海軍と政府のやり方に口出しする気は無いが、通告を無視したのは事実であるため経済制裁を実行した。

 その上、あの件にて世界政府上層部高官達がテゾーロから提供された軍資金の一部を横領をしていた問題が判明し、それにCP9長官であるスパンダインが関わっていた事も判明した。こんな国際的大問題を引き起こしたからには、政府中枢も重い腰を上げたということだろう。

 ましてや政府や海軍とパイプがあるとはいえ、民間人に制裁された上に不祥事も発覚したら面子も立たないだろう。

「ここです」

 唐突に止まったのは、見上げる程に大きな扉の前。

「この「権力の間」の奥に、五老星がいらっしゃいます。お入り下さい」

 唐突に止まったのは、荘厳な両開きの扉。

 この先に、世界政府の行く末を担う世界政府最高権力(ごろうせい)がいるのだ。

「……おれだけか?」

「はっ、お二方は別室でお待ちしていただきます」

 テゾーロは欠伸をすると、スカーフを整えて襟を正す。

「じゃあ、行ってくらァ」

 テゾーロは扉を開け、五老星の部屋へと入っていった。

 

 

 広く天井の高い、丸い荘厳な大部屋。

 世界を統べる五人の老人……五老星の鋭い視線が、テゾーロを捉える。

「来たか……お前がギルド・テゾーロだな?」

 長髪で長いひげを蓄えた老人が尋ねる。

「はい…と言っても、私のことは大方把握していると思いますが」

 テゾーロは物腰の柔らかい対応をするが、内心緊張していた。

 相手は本物の五老星。その上、彼らは実力が一切わからない。生前はネットサーフィンで様々な情報を得ていたが、圧倒的強者であるとか情報通なだけだとかという推測のみで、実際戦ったらどうなるやら。

(それ以前にここで騒動起こしたら、それこそヤバイけどな…)

 すると、五老星の一人――頭に痣のある白い口ひげを蓄えた老人が告げる。

「我々は別にお前さんと事を構える気は無い――だがお前さんのことだ、オハラの件が気掛かりだろう?」

 どうやら五老星は、オハラの件だけでテゾーロを呼んだわけではないようだ。そしてテゾーロが何を物申したいのかも見抜いていたようだ。

「さすが五老星……全てお見通しですか」

 テゾーロは思わず笑みを零す。

 そうとわかれば、遠回しに言う必要も無い。

「私は海軍と政府のやり方に一々口出しをする気はないですが、筋の通らない話は嫌いです。罪の無い民間人を巻き添えにしてまでオハラを消す必要はあったのか……その点だけでも説明してくれませんか?」

 そう言って、テゾーロは〝覇王色〟の覇気を放つ。

 テゾーロが〝覇王色〟の持ち主であったのは想定外だったのか、五老星は目を見開く。しかし反応はそれだけで、〝覇王色〟による威圧を前にしても一切動じない五老星にテゾーロは感心した。

(さすが世界政府の頂点に立ってる権力者……この程度じゃあ動じないか)

 すると金髪と金色のひげの老人が口を開いた。

「なぜオハラを消したか、か……それはオハラの学者達が〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読を行っていたからだ」

 五老星曰く、世界政府は「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟は古代兵器の復活を招く」として解読はおろか探索すら法で固く禁じている。

 古代兵器とはプルトン・ポセイドン・ウラヌスの三つの兵器のことであり、その強大な力は世界を滅ぼすほどである。そしてその在処や詳細は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に記されているという。

 なお、テゾーロが経済制裁したきっかけとなったオハラの民間人の皆殺しは、五老星にも言い分がある。五老星はあくまでオハラの学者達を処罰するだけで民間人は対象外だったのだ。サカズキの避難船轟沈は五老星としても想定外だったという。しかしサカズキの「学者が乗船している危険があり、万が一乗っていれば作戦の全てが無意味となる」という言葉も一理あるので、彼自身の処罰は政府が決めるのではなく海軍の総大将たる海軍元帥(コング)に一任したという。

「……これで納得したか?」

「……まァ、あなた方にも言い分があって避難船の件は想定外だったってのはよくわかりました」

「……そうか」

(本当は〝空白の100年〟の真実が露見することだろうけどな)

 テゾーロ自身、生前の記憶があるので「ONE PIECE」におけるオハラ滅亡の真実は知っている。

 オハラ滅亡の真実は、考古学の権威であったクローバー博士が五老星に報告した「〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟と〝空白の100年〟に関する仮説」が政府の核心に迫りすぎていたからだ。

もっとも、テゾーロは自身の野望を叶えたいから興味などこれっぽっちも無いが。

「……それで、私をここまでお呼びした理由は?」

「お前にある依頼を頼みたい」

 刀の手入れをしていた、眼鏡を掛けた白い着物姿の老人がそう告げる。

 それに続き、黒い帽子を被った左目付近に傷のある巻き髪の老人が口を開く。

「〝東の海(イーストブルー)〟に「テキーラウルフ」という国がある」

「そこでは700年前から、島と島をつなぐ巨大な橋を建設しているのだ」

 テキーラウルフ。

 それは、ニコ・ロビンがシャボンディ諸島編にて王下七武海兼革命軍幹部である〝暴君〟バーソロミュー・くまによって飛ばされた場所。建設をしている人は世界政府の加入を拒んだ者達や犯罪者達で、過酷な労働を強いられている。しかも橋を建設するように命令したのは天竜人である。

「ここまで話せば、我々がお前さんに何を言いたいのかわかるだろう?」

 テゾーロは五老星の依頼の意味を察し、顔を引きつらせた。

「それって……私にその橋を完成させろ、と? あの……お断りしていいですか」

「却下だ」

 悪い予感が当たってしまう。

 まさかテキーラウルフのあの巨大な橋の工事をしろと命ぜられるとは。

「時間はいくら掛かっても構わん」

「橋が完成した暁には、それ相応の報酬を与えよう」

 テゾーロは聞き逃してはいけない言葉を聞いた。

 テキーラウルフの橋が完成次第、自分の望みを叶える。これほどのビッグチャンスが来るのは人生で一度あるかどうかだ。

これに食らいつかない訳がない。

「その仕事、ぜひお任せを」

「そう言ってくれて何よりだ」

 テゾーロの回答にご満悦の五老星。

 元はと言えば天竜人の命令で始まった事業。いつまでもやっているのは政府としても色々と面倒だったので、これで悩みの種が少し減ったと考えれば気が楽になれるだろう。

「我々からの話は以上だ」

「他に何か聞きたいことはあるか?」

 聞きたいこと。

 テゾーロはそう言われ、ある一件(・・・・)を追及することにした。

「一連の不正の件、どうなさいましたか」

「ああ……例の横領事件か」

 五老星は溜め息を吐く。

 テゾーロが提供した軍資金を一部横領していたという大汚職事件。ここで襟を正さないとさらにキツイ制裁措置を執られてしまうと判断した政府中枢は、密かに逮捕を行ったという。

 当然、この事件に関わっていたCP9長官のスパンダインも拘束された。しかし厄介なことに彼の後任がいないことが発覚し、止むを得ず釈放して謹慎処分を下したという。

(――まァ、政府としては一応頑張った方か)

 世界政府のことだから手を抜いていると思っていたテゾーロは、少し感心した。

「然るべき罰を与えてくださり感謝しております。私は世界の為に身を削って提供しているので……」

「そうわかってくれるとありがたい」

「全く、とんだ醜態を晒しおって……」

 五老星の愚痴に、テゾーロは苦笑いするばかり。

 どの世界でも、老人は労るべきである。

「では、用件は済んだので私はここで失礼します」

「うむ、大儀であった」

「我々はお前さんに期待している」

「今後も世界の秩序と安寧、そして発展の為に力を尽くしてくれることを願う」

 こうして、世界政府の頂点に君臨する五老星との会談は終わった。

 そしてテゾーロは、緊張で疲れたのか若干やつれた顔でマリージョアを後にしたという。



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第41話〝「橋の上にある国」テキーラウルフ〟

遅れて申し訳ありません、やっと更新です!
いやァ、レポートが中々終わんなくて…えっ、言い訳無用?
すいません!


 1週間後。

 五老星との対談を終えたテゾーロは、早速出向して東の海(イーストブルー)のテキーラウルフに到着していた。

 テキーラウルフはどうやら冬島のように1年中冬らしいので、テゾーロやステラ達もコートに袖を通している。ちなみにテゾーロのコートは「FILM GOLD」の際のあの羽毛が付いた黒いロングコートで、ステラはフード付きの黒いロングコートである。

「……酷いな……」

 テキーラウルフは、はっきり言って職場環境が最悪だ。

 労働者は多いが、全体的に不健康そうだ。服もつなぎだけで鎖につながれ、何百人も過労や病気で倒れている。警備兵の方が温かそうなのは、こういうケースのお約束なのだろう。

(700年経っても完成しないのは、職場環境を改善してないからだな…。作業効率を考えると、やはり職場環境の改善が先か)

 職場環境等の改善は、職場の物理的レイアウトや労働時間、作業方法、組織及び人間関係などを改善する事で労働者のストレスを軽減し、メンタルヘルス不調――うつ病などの精神疾患――を予防することができる。

「この事業の責任者は?」

「はっ、私です」

 温かそうなコートと帽子を身に着けた男が、テゾーロの前に立つ。

 テキーラウルフの巨大橋建設の責任者だ。

「ここの労働者は、基本どういう生活で?」

「朝から深夜まで橋の建設です! 以上!!」

(暗殺教室の鷹岡の時間割の方がマシじゃねェか!!)

 ※鷹岡の時間割については、暗殺教室第39話をご覧ください。

(思った以上に酷いな……よくこれで反乱とか起きなかったな700年間……)

 700年もあって一度も反乱が起きなかったのはある意味すごい。

 いや…実際はあったのかもしれないが、粛清され、後々隠蔽されたという黒歴史があってもおかしくはない。しかも事業主は天竜人…世界一気高い血族と評され、世界の頂点に君臨する権力者達だ。歯向かって傷つけようものなら、命の保証はないだろう。

「これじゃあ、みんな過労で死んじゃうわ……」

 さすがのステラも、これは酷いと驚愕している。

 彼女の言う通り、この状況では過労による死者が相次げばこの先何百年経っても橋は完成しないだろう。

 これは何とかしなければならない。

「よし……今日からおれが主導して橋を造るから。以後よろしく。まずは……一時休業だ!!」

 

 

 橋の建設を一時中断してから3時間後。

 テゾーロは部下と共に仮設テントを設けシチューを配食。労働者達は涙ながらに歓喜し、テゾーロ財団の社員達が作ったシチューを頬張っている。

 空腹と過労という地獄を味わい続けた彼らにとって、テゾーロの介入は天からの恵みに等しい。それくらい厳しい環境下で生きていたのだろう。

「念の為に食糧をいっぱい積んでおいてよかった、今日のところはこれといった問題は無いようだな」

「一時はどうなるかと思ったわ……」

「まァ、餓死者も出るって聞いたときァひやりとしたね」

 労働者達と同様、シチューを食べながら会話を交わすテゾーロとステラ。

 するとテゾーロは、ここへ来てステラに告白した。

「……なァ、ステラ」

「何?」

「そろそろ……籍、入れよっか」

「!」

 目を見開くステラ。

 そう……親密な関係であるテゾーロとステラ、実はまだ入籍していなかったのだ。仕事が多忙であるため、中々切り出せないでいたのだ。

 だが驚きはそこまで……次にはわかっていたかのように、ステラはクスリと笑い声を漏らした。

 テゾーロも口角を最大限に上げて笑みを浮かべている。

「指輪も買いに行くか」

「あなたの能力で作らないの?」

「結婚指輪は買うものだろう?」

「式とかどうするの?」

「飲み会レベルで十分さ。式を挙げる程の時間があるとは言いにくくなっているからなァ…」

「なら、シャクヤクさんの所ね」

「ぼったくりの店で挙式は、中々のエンターテインメントだ」

 二人が出会って、早3年半以上。

 やっと話題となった結婚について、二人は仲睦まじい様子で語り合う。

「このギルド・テゾーロ、良妻ステラを愛してる」

「私も愛してるわ」

 二人は触れるだけの短いキスを交わす。

「今は仕事中……続きはまたいつかだ」

「ねェテゾーロ……あなた、子供も考えてる?」

「……誰に似るかは楽しみだな。あ、ゴチになりました」

 シチューを食べ終えたテゾーロは食器を片付け、早速職務に当たった。

 ビジネスは素早い切り替えが重要である。

(……まずはあいつに電話しよう)

 テゾーロは事務所から持参した電伝虫で通信し、ある人物と交渉することにした。

 その相手は……。

「やあスライス……こちらギルド・テゾーロ」

《テゾーロか! 久しぶりだな、儲かってるか?》

 新世界有数の名門一族「スタンダード家」の現当主である石油王・スライスだった。

「実は頼みがあってな…確かスライスって、石油関連の生業やってたよな?」

《……それがどうした?》

 テゾーロの頼み……それは、スライスの石油製品を購入したいという内容だった。

 テキーラウルフは冬島のような環境であり、その中での作業は酷なモノである。そこでテゾーロは石油を燃料にした暖房器具が必要と考えたのだ。

《テキーラウルフって……お前って色んな事業(こと)やんだな》

「おかげさまでね」

《……まァ、ウチは石油関連のネタは大体やってるからな……何なら暖房器具も送ってやるよ、どうせろくでもねェ職場環境なんだろ?》

「本当か!? それはありがたい、すぐにでも頼む」

《つっても、新世界からテキーラウルフへ流すんだ……何日かかるか》

 新世界とテキーラウルフの間には、あの「赤い土の大陸(レッドライン)」がある。物資を流すにはそれを越えねばならない。

 「赤い土の大陸」は雲によって頂上が見えない程標高が高く、また切り立った崖になっているため陸路で越えることは困難とされている。越えるためには、聖地マリージョアを通り抜けるか聖地マリージョアのほぼ真下に位置する「魚人島」を通り抜けるかに限られる。前者の場合はマリージョアの通行許可を得て大陸の上に引き上げ、船を乗り換える必要があるため金がかかる。後者は海中を航海しなければならないため、通常の船でそのまま航行することはできず、シャボンディ諸島で船をコーティングする必要があるが、こちらも金がかかる。例外は「赤い土の大陸」をよじ登る巨大な電伝虫を船として所有するジェルマ王国ぐらいだ。

《時間がかかってもOKなら、すぐにでも手配する》

「よろしく頼むよ、今回の事業は成功すれば莫大な利益を得られるからね……」

 そう言ってテゾーロは通話を終えようとしたが――

《そうだ。テゾーロ、少しは警戒心持った方がいいぞ》

「は?」

《裏社会の大物達が、お前を一目置き始めているようだ》

 スライスの言葉に、瞠目するテゾーロ。

 この世界の裏社会は、はっきり言って現実世界の約3000倍は危ない。戦争屋と呼ばれる軍事国家、大海の支配者達、〝西の海(ウエストブルー)〟に君臨する「西の五大ファミリー」……現実世界の極道やギャングとは比較にならない程の力を有している。そんな連中がテゾーロに注目し始めたのだ。

《おれもそういう類の(・・・・・・)情報は耳にするが……今のところ目立った動きはないらしい。だが一応気をつけとけ、連中もバカじゃねェ》

「わかった……忠告感謝する」

《暫く経ったらおれの部下がそっちへ行く…そん時に輸送費を払ってくれ》

「OK……じゃあお互い儲かろう」

《じゃあな、頑張れよ》

 スライスはテゾーロにそう忠告して通話を切った。

「――思ったよりも早く面倒事に巻き込まれる、か……。こいつァ腹ァ括っておかなきゃな……」

 自分が一端の実業家という枠を超えたということをようやく自覚したテゾーロであった。



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第42話〝客人の侍〟

お待たせしました、12月最初の投稿です。


 テゾーロがテキーラウルフの監督者になって半年が経過した。

 様々なコネを駆使して職場環境改善に尽力し、その努力が報われたのか工事は思った以上にスムーズに進んでいた。

 求人募集で大量の失業者や貧困者を手当たり次第に雇い、工事も作業効率アップの為に行った様々なアプローチが功を奏し、つい最近までブラック企業そのものだったのにいつの間にかホワイト企業と化している。

 テゾーロはビジネスパートナー達に手を回して物資の補充を常に行っており、資材が無くなるという緊急事態は起きなくなった。

 このままのペースを維持したまま工事し続ければ、10年以内に橋は完成する可能性もある。最近はウォーターセブンの海列車の工事も着実に進んでいることから、政府に認められて数多くの利権を得られるかもしれない。

 そう思いながらテゾーロは能力で作り出した黄金のイスに座り、書類に目を通す。

 すると――

「失礼するぜ……お前がギルド・テゾーロだな?」

「ん?」

 テゾーロに近づく、一人の男。

 赤い着物と袴を着用して革靴を履き、黒いマントを羽織り編み笠を被った好青年。腰には一振りの刀を差しており、雰囲気的には某有名流浪人のような「旅の剣客」といった所だ。

「おれか? いかにもそうだが……そちら様な何者で?」

「おれはジン……侍だ」

 テゾーロに接触してきたジンは、被っていた編み笠を取る。

 白い短髪のジンの顔にはいくつか刀傷が刻まれており、相当の修羅場を潜り抜けてきた強者であることが容易に窺えた。

「こんな辺境の地に来るとは、ずいぶん物好きな方でござんすね」

「まァな……よく他人から変わり者扱いされてる。それにおれァ雪が好きなんだ……特にこたつに入ってミカンを食うのが一番だ」

「それはこたつが好き(・・・・・・)なんじゃないのか?」

「ハハハ! そっちの方が正しいか…今何やってんだ?」

「収支報告書の確認。もう少し経ったら現場で石の加工とかに取り組む予定だよ」

 二人の会話が、細雪(ささめゆき)が降る空に響く。

 アポ無しではあるが久しぶりの客人に、テゾーロは楽しんでいた。

「ところでだ、テゾーロ……おれの後ろにいる奴ァ、てめェの連れか?」

 和気藹々(あいあい)とした空気が一変……場に、糸を張ったような緊迫さが漂った。

 その途端、キィンと金属音が響く。ジンの指摘に姿を現した男が、その身の丈程の刀を抜刀した音だ。

 抜刀したのは、ハヤトだ。

 突如出来上がった場の空気に、テゾーロの口からは制止の言葉が飛び出した。

「ハヤト、大太刀(それ)をしまえ……相手の力量がわからん程弱ェって訳じゃあるめェし」

 テゾーロは大太刀を抜いたハヤトに声を掛ける。

 しかしハヤトは警戒心を解かず、切っ先をジンに向ける。

「……一応客人なんだけど」

「……おれは何をしに来たのか言わない相手を、いきなり信用なんかしない。あんたの立場(・・・・・・)も考えれば尚更だ」

 ハヤトの言葉に、テゾーロは「そうっちゃそうか」と呟く。

 実はここ最近、テゾーロに関するある噂が世間に広まっているのだ。それは、「テゾーロマネー」という話だ。

 テゾーロマネーは、ざっくり言うとテゾーロの資産だ。テゾーロ財団が発足して以来、テゾーロは様々な事業で生み出した利益を札束と金塊に換算して所有している。その莫大な資産は今なお増え続けていて、テゾーロ本人すらその総額を把握しきれていないという。

 それ程の資産ならば、金の臭いに惹かれた世界中の犯罪者が食いつくだろう。中にはテゾーロ財団に接触して盗もうと企むかもしれない。

「フッ……中々の忠犬を躾けてるようだな」

「信頼の厚い部下でござんすので」

 テゾーロはイスから立ち上がると、指に嵌めたリングから火花を散らした。

 それに呼応したかのようにイスは融け、あっという間にそれは梯子に変わった。

「おれァ今から作業場に行ってくるから、報告書の保管と客人のもてなしお願いね」

「テゾーロ!! いいのか!?」

「こんな所で暴れる訳にもいかないだろ、お互い」

 ヒラヒラと手を振りながら、テゾーロは作業場へと向かっていった。

「へェ……中々面白い男じゃねェの」

「……客人として迎えるが、妙なマネしたら斬るからな」

「ハハハ…当たり前だ、こんな所で暴れるようなバカはしねェよ」

 テゾーロ財団は、ジンを客人として迎えた。

 

 

           *

 

 

 「テゾーロ財団」テキーラウルフ支部事務所。

 テントを無くして新たに突貫で建てた事務所に、ハヤトとジンは入る。

 室内はとても快適であり、寒い思いをせずに済むような設備が施されている。厳しい冬が1年中続くような場所にいるからだろう。

「随分と金持ってるじゃねェの…さすがに世界に名を轟かす組織なだけある」

 すると、奥の私室からシードが現れた。

「アレ? お客さんなの、ハヤトさん」

「ああ……ジンという侍だ」

「侍? ――ってことは、「ワノ国」の人?」

 シードの言葉に、ジンは無言で頷く。

 他所者を受け付けない鎖国国家である「ワノ国」は、侍という屈強な剣士達が強すぎて海軍も近寄れないとされている。ワノ国出身の者はその多くが強豪と言っても過言ではなく、新世界の猛者達とも渡り合えるのだ。

「でもワノ国って新世界でしょ? テキーラウルフ(ここ)まで来るの大変だったんじゃないかな?」

「ああ、その点に関しちゃあ問題ねェ……旅をして生活してる身なんでな。そういやあ気になってるんだが……この組織の連中は白いラインが入った衣装ばっか着てるな」

テゾーロ財団(ウチ)のトレードマークですから」

 笑いながらシードは言う。

 テゾーロ財団は、左側に白いラインが入った衣装で統一している。制服は勿論のこと、私服やジャージ、作業着、コートも同様だ。

 テゾーロ財団に配属すると、みんなこのような衣装を着るのだ。

「……それよりも、あなたはなぜテキーラウルフ(こんなところ)に? あ、お茶出しますね」

 湯吞み茶碗に急須の中のお茶を注ぎ、ジンの前に置く。

 ジンは礼を述べてそれを飲む。

「……実はな、頼みがあんだよ。あんたらテゾーロ財団ならできるはずだ」

「……? 頼みとは?」

ウチらじゃなきゃあやれねェ仕事(・・・・・・・・・・・・・・・)だってことだろ?」

 テゾーロの声が響いた。

 全員が扉の方に視線を移すと、作業着姿のテゾーロがステラと共に立っていた。

「テゾーロから聞いたわ……ジンさん、私達でなければならない理由があるのでしょう?」

「何でわかった……?」

「おれがいるテキーラウルフまでわざわざ来た時点で、何も無いなんてこたァねェだろう。どこから来たかまでは追及しねェが、その道中にテゾーロ財団(ウチ)の事務所がいくつかあるはずだ……色んな事業に首突っ込んでるからな。だがそこへ寄らずこのギルド・テゾーロを探しに来たんだろ? 裏で色んな連中と繋がってるおれへの頼み事……そう考えれば、ヤバイ方なんじゃないか?」

 その言葉に、ジンは呆れた笑みを浮かべた。

 どうやら図星のようだ。

「そうさ……こいつは色んな所(・・・・)に波及するから、政府は耳を貸さねェんだ。だがあんたらなら、望みがある」

「……」

 

 

           *

 

 

 新世界の豪邸。

 そこでスライスは、コルトからある話を聞いていた。

「地下闘技場?」

「はい、スライス様に招待状が……」

 地下闘技場。それは、〝偉大なる航路(グランドライン)〟のどこかにある闇の闘技場。

 参加する者は、行き場を無くした者や流れてきた者、ヒューマンショップで売られた者が己の腕っぷしで生き残る場所である。

 その闘技場で参加する者は、二通りあり一つは、上記のような理由で流れてきて此処で無理やり参加させられたりする者。もう一つは、自分の腕試しで来る者がいる。

 その者は、噂を聞きつけてその闘技場の関係者を見つけるかあるいは、スカウトマンに声をかけられてその場所に行く。あるいは、その場所のことを聞きつけてナビゲーターを雇いそこに行くというやり方がある。

 客の多くは富裕層や裏の住人に限られているが、電伝虫を使って裏に精通しているものが世界中で見られるという。

「天竜人も絡んでるいかがわしい所に行きたくはねェ…却下だ」

 地下闘技場は、天竜人の娯楽でもある。

 法的にはかなり問題があるため厳罰に処せられるのが普通だが、絡んでる相手が世界一の権力者なので海軍や政府上層部も迂闊に手を出せないのだ。

「お言葉ですが……問題なのは、テゾーロ氏に招待状が送られた場合ですね」

「あいつ、気に入らない連中は確実に潰すタイプだもんな絶対」

 色んな大物達に出回るのだが、問題なのはテゾーロが食いついた場合だ。

 天竜人相手でも問答無用で潰しに行きそうな勢いは、ある意味で恐ろしいからだ。

「首突っ込まなきゃあいいが……」

 スライスは酒を飲みながらそう呟く。

 しかしそんな彼の願いは、非情にもすでに手遅れであった。




ジンはYonkouさんが送ってくれたオリキャラで、地下闘技場はM Yさんがメッセージで送ってくれた設定です。
お二方、感謝してます。ありがとうございました。


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地下闘技場摘発編
第43話〝個人的な頼み〟


やっと更新です。
お待たせしました。


「地下闘技場ね……それはつまり、「裏の社交場」を潰してくれってかい?」

 テゾーロの言葉に、ジンは頷く。

 ジンの依頼は、〝偉大なる航路(グランドライン)〟のどこかにある闇の闘技場を潰してほしいという内容だった。

「ただの闘技場っていうわけじゃねェよな?」

『?』

 テゾーロの言葉に、ジン以外の者達は首をかしげる。

「テゾーロ、それってどういう意味なの?」

「裏であれ表であれ、ただの闘技場なら依頼には出さないって意味だよ。純粋な競技としてなら、国技として政府加盟国でも行われているからな」

 ステラの質問に答えるテゾーロ。

 闘技場の建設及び開催は、そこまで固く禁じられておらず各国で管理している。有名なのはリク王家が治めるドレスローザのコリーダコロシアムだ。こちらの場合は犯罪者を剣闘士と戦わせ、犯罪者は100勝することで釈放されるシステムである。

 しかし地下闘技場は、そうではないのだ。

「だがお前の言う地下闘技場とやらは、「正真正銘の殺し合い」をしてるんだろう?」

 人の生き死にを金で弄び、絶命の瞬間に興奮し歓声を高める。

 要は、そういう意味だ。

「おれもこう見えて法律ってのを学び始めていてね、色々と頭に入ってるんだ。世界の法としては、闘技場の建設と開催自体は各国の判断――ただし殺し合いは非人道的として禁じられている。だが地下闘技場は平然と法を破って殺し合いで儲けている。でも政府はそれを罰していない……どういう意味かわかるか?」

 テゾーロの言葉に、周囲は段々と目を見開き冷や汗を流した。

 法律で罰せられない存在……それは、法律をも覆す程の力の持ち主以外いないのだ。

 そう考えると、絡んでいるのは――

「……まさか、天竜人!?」

 シードは呟く。

 この世で法で罰せられないのは、世界政府の中枢か天竜人くらいなのだ。

「……ああ、話の流れだとそう推測するのが妥当だが……どうなんだ?」

 テゾーロはジンに問い詰める。

 ジンは無言で頷き、肯定する。

「そうだ……事実、奴らの姿を何度も見た」

「参ったな……天竜人の遊び場を潰すってなると、政府も黙っちゃあいないな」

 天竜人の権威は、世界政府最高権力である五老星さえ上回る。

 その上、要請があれば海軍本部最高戦力である海軍大将や〝世界最強の諜報機関〟と呼ばれる「サイファーポール〝イージス〟ゼロ」が動く。海軍とパイプを持つテゾーロも、さすがに大ごとを起こすわけにもいかない。

 もし天竜人に敵うのならば、物理的には誰でもいいだろうが権力としては同じ天竜人しかないだろう。

「……どうするんですか?」

「相手は世界一の権力者が絡む裏の社交場だ……各国要人や裏社会の大物も首突っ込んでる可能性も否めないぞ」

「毒を以て毒を制す…天竜人を味方につければいいんじゃないか?」

『!!?』

 テゾーロのさりげない一言に、全員が驚愕する。

 あの傍若無人で傲慢で自己中心的な天竜人を味方につける……そんな芸当ができるのだろうか。

 すると、ある男性が入室してきた。その男性は白いラインが入った黒スーツ姿でソフト帽を被り、コートを羽織っている。その素顔は好青年であるが、只者ではない雰囲気を醸し出している。

「……お前は……?」

「サイ……丁度いいトコに来た」

 テゾーロは知っているようだが、それ以外の者は皆困惑した。

 そもそもテゾーロ財団にサイという人物がいた憶えがないのだ。もっとも、どさくさに紛れてテゾーロがスカウトした可能性も否めないが。

「あの……テゾーロさん、彼は?」

「ん? サイファーポールの人間だけど?」

『サイファーポール!?』

 テゾーロの爆弾発言が炸裂する。

 サイファーポールは〝CP〟という略称で知られる世界政府の諜報機関だ。そんな人間がテゾーロ財団に潜り込んでいたのだ。

「つっても、ロジャーが死ぬ前からウチにいたよ?」

 ※詳しくは第20話をご覧ください。

「そんなに前から潜り込んでた諜報員を野放しにしてたのか!?」

「だってサイファーポール(むこう)にもコネ持った方が後々いいじゃんか」

 テゾーロにもテゾーロなりの考えがあったようだが、あまりにも無神経すぎる。

 本当に機密情報が漏洩したらどうするつもりだったのか。そう思い、ハヤトは盛大に溜め息を吐いた。

「おれとサイファーポールのパイプ役を果たしているのが彼だよ……立場上はテゾーロ財団(こっち)だけどな」

「サイです。以後よろしくお願いします」

 深々とお辞儀をするサイ。

「いや~、改めて見るとイイ顔だね。最初に会った時驚いたもん、汚れた服や私服で来ている者が多い中でスーツで来てたもん」

「やめて下さい、黒歴史をバラさないで下さい!!」

 顔を赤くするサイと、それを見てニヤニヤ笑うテゾーロ。

「まァ、そんなこたァどうでもよくて……サイ。サイファーポールの情報網で天竜人の力関係を調べてくんねェか? 天竜人にも派閥くらいあるだろ?」

 テゾーロは、天竜人全員が非常に傲慢で自己中心的な性格ではないはずだと考えている。

 天竜人は、世界政府創設に伴いマリージョアに移り住んだ創設メンバーの王19人とその一族の末裔である。ドンキホーテ一族やロズワード一家というように様々な一族があるのは当然だ。

 テゾーロはその中でも取り分け良心的な一族に介入し、その権力を借りて潰そうと思いついたのだ。

「……時間はかかりますが、最善を尽くします」

「おう、頼むぞ」

 テゾーロが手を振ると、サイは一礼してその場から去った。

「いや~、彼をリストラしなくてよかった。こういう時に役に立つからね」

「それ以前の問題もあったがな……」

 テゾーロ、地下闘技場撲滅に動く。

 

 

           *

 

 

 同時刻、海軍本部。

 本部内のある一室に、スライスは酒を飲みながらある人物に依頼をしていた。

「っつー訳だからさ、テゾーロが首突っ込んだ時には支援とかお願いね。」

「……なぜそれを私に依頼する?」

「こういうネタは、上層部は中々動かねェんだよ。それに昇格祝いの任務(プレゼント)には打って付けだろう?」

「斬られたいのか貴様」

 半ギレでスライスと会話しているのは、大佐から准将へと昇格したモモンガだった。

 実を言うと、モモンガとスライスは旧知の仲である。幼少期のスライスが海賊に襲われた際、彼を助けたのが当時将校ですらなかったモモンガ…以来、二人は良き友として付き合っているのだ。

 ただし、スライスが一方的にモモンガに迷惑をかけるケースが多いが。

「あの地下闘技場の件は、センゴク大将ですら首を突っ込まんのだぞ? 下手に動けば海軍もただでは済まされない……貴様も正気か?」

「あそこでガッポリ得た金は各国要人や大物海賊の懐に流れてるらしいぜ? いいのかな~? 世界の秩序のために正義を掲げる国際統治機関が、こんな巨大で醜悪なモノを放っといてさ。またテゾーロに出し抜かれたら、今度こそ絶対的正義(かいぐん)の面目丸潰れだぜ?」

「……私を脅してるのか? スライス」

「心配せずとも、おれもそれなりに顔が知られてるぜ…表にも裏にもな。何かあったら、おれも金にモノ言わせてどうにかするからさ」

 ケラケラ笑っているスライスだが、モモンガは気が気でない。

 天竜人の数少ない遊び場を天竜人の味方である海軍が一斉検挙(つぶ)したとなれば、その後海軍にどんな厳罰が下るかわからない。下手をすればモモンガの首が飛ぶどころか海軍上層部の首も飛びかねない。

 それくらいに大きなヤマなのだ。

「そういうこった。こいつァおれの()()()()()()だ…だからこのことはセンゴクやコング、おつるさんには内密にな」

 人差し指を口に当てて、片目を(つむ)って笑みを浮かべるスライス。それに対しモモンガは、その口元に寄せた人差し指を折ってやりたいと言わんばかりに溜め息を吐いた。

 しかし、二人が話している部屋の外では……。

「……あららら……全く、えれェトコに首突っ込もうとしてんじゃないの…」

 壁にもたれかかりながら、クザンが頭を掻いていた。



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第44話〝異動願い〟

遅れて申し訳ありません。やっと投稿です。
もしかしたら今年最後の投稿かもしれません。大晦日までにあと1話分は投稿したいな…。


 1ヶ月後、テゾーロはシャボンディ諸島へと向かい賭場でレイリーと話し合っていた。

「地下闘技場?」

「ええ……依頼人が潰して欲しいと頭下げたので」

 大きな欠伸と共に、テゾーロは鼻を穿(ほじ)る。

「なぜそれを私に?」

「賭場は色んな人が出入りする別の意味での社交場……ここならある程度の情報を得られるんじゃないかと山ァ張っただけですよ」

 賭場は表から裏まで、色んな人間が出入りする。

 テゾーロは賭場(そこ)でも地下闘技場に関する情報を手に入れようと目論んだのだ。地下闘技場は裏の世界の話なので、裏につながる面子が揃いやすい賭場ならば更に詳しい情報を得られると踏んだというわけである。

「地下闘技場、か……。私も一度、出場の招待状が来たことがあるな」

「え!? あるんですか?」

「ロジャー海賊団副船長時代……それも新世界に入って間もない頃にね」

 衝撃の情報に、目を見開くテゾーロ。

 レイリー曰く、黒いカモメが招待状を渡しに来たという。しかし招待状の内容には「来なかった場合は仲間の誰かに出させる」と書いており、その内容にかつてない程に激昂したロジャーが試合中に単身殴り込んで潰してしまったという。

「あの……過保護だったんですかね? 天下の海賊王殿は」

「……否定はしない」

「……お前さんら、地下闘技場の話をしてんのかい?」

 テゾーロとレイリーに声を掛けるのは、煙草を咥えた一人の男性だった。

 剃髪でサングラスを掛けたマントを羽織った壮年の男性で、顔にいくつもの刀傷が刻まれていた。

「……おれも、昔参加したことがある」

「「!」」

 男性曰く、地下闘技場は月に一度の志願制の大会と年に一度の強制参加の大会を行い、さらに4年に一度ハイレベルな志願制の大会があるという。

 月に一度の大会は、出たい者だけ出る大会でその時の掛け金が自分のモノになる。年に一度の大会は、強制で全員で参加して生死をかけた戦いで上位3名は自由になるか待遇をよくするかを選べる。4年に一度の大会は、上位に入るとそれだけで自由になり今まで貯めた賞金も含めて貰い出ることができるという。

「あそこはまさにこの世の地獄だった……血を流してナンボの世界で、おれ自身多くの人間を殺めた。今はこうして生きているが、今でも殺された連中の顔を忘れられねェ……」

「……」

「だがお前さんがその地獄を潰してくれるってんなら、いい情報を教えてやるよ」

「!! それは一体?」

 実を言うと地下闘技場では、「赤の兄弟」という闘技場で生き延びてきた少年達で構成された組織が反乱を起こそうと目論んでいるらしい。

 しかし多勢に無勢…数は100人程しかおらず、彼らだけでは強大な権力に抗うことはできない。とはいえ、地下闘技場の地獄を生き抜いているだけあって常人以上の戦闘力はあるそうだ。

 そんな彼らと手を組めば、地下闘技場の制圧も容易いだろう。

「それで……肝心の場所は?」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海の「ロワイヤル島」……そこにある」

「他には何か?」

「さァね……それ以外はわかりゃしねェ。まァ、ろくでもねェ連中が楽しんでるってこたァ事実だな」

 煙を吐きながら語る男性。

 ロワイヤル島……そこはテゾーロ財団が未だに訪れたことの無い地だ。しかし名前的にはいかにもバトルロイヤルをやっていそうだ。

「ロワイヤル島、か……」

 テゾーロは島の名を呟き、男性に情報提供の礼として金を渡してから賭場を後にした。

 

 

 同時刻、テキーラウルフ。

 雪が降る中、銃声が響く。それと共に、鳥の鳴き声と何かが海面に落ちる音が聞こえる。

 巨大な橋の欄干で、メロヌスは愛用のスナイパーライフルで射撃訓練をしていた。

「メロヌスさん、何してるんですか?」

 メロヌスに声をかけるシード。

「見ればわかるだろ? 宿敵の海鳥と戦ってるんだよ」

 次弾を装填し、空を飛ぶ海鳥に狙いを定めるメロヌス。

 そして引き金を引いて、撃ち落とす。

 シードは思わず溜め息を吐く。テゾーロ達が不在の間テキーラウルフを任されるよう頼まれたのに、指導する側の内の一人が趣味に没頭している訳にもいかないのだ。

(まァ、その分僕がしっかりしなきゃな)

 シードは自分にそう言い聞かせ、建設現場へと向かう。

 テキーラウルフはテゾーロ財団によって「朝昼晩の交代制シフト」を導入し、橋の建設が今まで以上に進んでいる。

 今の状況で作業が進めば、10年後には橋は完成するらしい。ここでしくじって計画をとん挫させるわけにはいかない。

「皆、作業は順調?」

「はい、丁度橋脚が完成した所です!」

「よし、ここでシフト交代だよ。午後組と交代して! その後はいつも通り夜間組だから」

『はいっ!!』

 

 

           *

 

 

 一方、海軍本部。

「クザン、どういうつもりだ!?」

 元帥室に響く、現海軍本部元帥(コング)の怒鳴り声。怒りの矛先は、クザンである。

 コングが怒鳴り声を上げるその理由は、クザンの異動願いにあった。

 クザンは若手でありながら、ずば抜けていた実力者である。悪魔の実のペナルティが無いに等しい〝ヒエヒエの実〟の氷結人間(のうりょくしゃ)であることに加え、覇気も会得している上に部下や上司からの信頼も厚い。海兵として優秀であるので、新世界での勤務も多い貴重な戦力だ。

 しかしクザンは、突然〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半にある支部へと異動したいと言い始めた。コングとしては、海賊の数が爆発的に増えた今、自然(ロギア)系能力者の海兵の異動はできる限り避けたいのだが…。

「別にいいじゃないですか、サカズキとボルサリーノいるんですし」

「そういう問題ではない!! お前が好き勝手に行動されては困るんだと言ってるんだ!!!」

「まーまー、そうおっしゃらず」

 呑気に上司(コング)を宥めるクザン。

 苛立ちながらも、コングは落ち着こうとお茶を一杯飲む。

「んま、それよりコング元帥…「アルベルト・フォード」って名前、聞いた事あります?」

「!? お前、どこでそれを……!?」

 クザンの口から出た名前を聞いたコングは、絶句した。

 それと共に、コングはクザンが異動願いを出した理由をすぐに察した。

「やめろ!! アレは(・・・)我々ではどうこうできる案件ではないぞ!?」

「いやァ~、でも知っちまったからには放っとくわけにもいかねェですし……」

「バ……バカなマネは止せ、クザン!!! 我々海軍もタダでは済まされんのだぞ!!!」

 コングは焦りながらクザンに告げるが、彼は手を振りながらその場を去ってしまった。



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第45話〝タタラ〟

新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
という事で、新年初投稿はこんな感じです。


 ウォーターセブン。

 ステラと依頼主であるジンと共に情報収集にあたるテゾーロだが、有力な情報はシャボンディ諸島で出会った男性以外は無い状況である。

「いい情報が無いな」

「闇の方だからねェ……見つかるわけにはいかねェさ」

 これからどう行動しようかと考えたその時だった。

「よっ、お勤めご苦労さん」

「!! これはこれは、クザン中将」

 テゾーロ達の前に、クザンが現れた。

 部下はいないようで、どうやら私用で会いに来たようだ。

「巡回任務ですか?」

「いや……私用だよ。お前らに用があってな」

「我々に?」

「お前ら……地下闘技場のことを調べてんだろ?」

「「「!!」」」

 クザンの口から出たのは、意外な単語。

 何とテゾーロ達が地下闘技場について嗅ぎ回っているのを知っていたようだ。

「スタンダード・スライス……お前の知り合いだろ? そいつが海軍本部(ウチ)に来て顔馴染みと話してた時にもしやと思って聞いてみたんだが…図星のようだな」

 クザンはそう言いながらテゾーロに近づき、肩を叩いた。

「いいモン見せてやるよ、おれもお前らと似た目的がある」

 

 

 ここはウォーターセブンのあるレストラン。

 そこでクザンは、テゾーロ達に対しある男の資料を見せていた。

 その男は、全身茶色スーツで紺色のワイシャツと赤い色のネクタイを着用し、髪型は真ん中分けで顔は片目に傷がある強面だった。

 葉巻を咥えており、愛煙家でもあることが窺える。

「この人物は……?」

「アルベルト・フォード……おれが親友と共に長年追っていた犯罪者(ホシ)だよ」

 アルベルト・フォード――〝造船王〟と呼ばれ、新世界に「フォード造船所」というウォーターセブンよりも遥かに大きな造船所を所有している大富豪だ。

 表では海軍の軍艦の建造などを受け持って財を成しているが、その裏では造船業の一線を越えた商売を行っているという。

「フォードが地下闘技場の運営者なんだけどよ……造船業の一線を越えた商売って聞いて、何か思い浮かばねェ?」

「造船業の一線……?」

「一線を越える商売はロクじゃない……違法薬物(クスリ)や武器の違法な売買だろうな」

「まァ……当たりっちゃあ当たりだ」

 造船業においては、造った船を海賊に売ったとしてもそれは罪ではない。しかし何事にも越えてはいけない一線というモノが存在する。

 例えば、造船業においては船自体は提供してもいいが「造船に伴う武器の提供」は禁止とされている。その理由は闇のビジネス――〝武器の密売〟と見なされるからだ。

 世界の法としては、軍事バランスの均衡を保つ為にも軍需産業は政府が厳しく取り締まっている。海賊や犯罪者、反政府組織が不当な利益を得て勢力を拡大してしまっては大ごとになる。

「実を言うとフォードは武器商人でもあってな…自分達が造った武器を海賊に売り飛ばしてるらしい。その上奴は地下闘技場を利用して天竜人とパイプつないじゃってんのよ」

 するとテゾーロは、ブツブツと呟き始めた。

「地下闘技場の運営、武器商人、天竜人……天竜人と癒着関係になれば、自身の財力と天竜人の権力で商売敵を潰せるな……」

 その直後、テゾーロはフォードの真の目的を察し冷や汗を流した。

「まさか、フォードの目的は「軍事バランスの掌握」か……!?」

「さすがだね、実業家やってるだけあるじゃあないの」

 海賊やマフィア、テロリストをはじめとした反社会的組織または反政府組織、戦争をしている国々、紛争当事国に武器を売りつけているのだ。武器の供給を絶てば、戦況を大きく動かせる。しかも船を武器ごと売ってるとなれば、その船は戦艦として使用される。

 つまり、フォードの商売は戦争を助長させる〝死の商人〟なのだ。〝死の商人〟は武器・兵器を売るので色んな国と深い関係を持っているために、「〝死の商人〟の犯罪行為を暴く=自国の暗部の行為を暴く」という事になってしまうのであまり摘発されない。それをいいことに、様々な戦争の主導権を握り軍事バランスを掌握して世界を支配しようというのだ。

「そんな……明らかに違法じゃないですか……!! クザンさん、海軍は逮捕しないんですか?」

 ステラの意見は、まさに正論。

 海軍本部中将という重要な立場であるクザンが黙っているという時点でもおかしな話なのだ。だが事の重大さは、ステラが思っている以上に巨大であった。

逮捕(それ)ができりゃあ苦労しないんだよ……言ったろ? 天竜人とパイプつないじゃってるって」

 つまり、天竜人がバックにいるせいで手出しできないという訳だ。

 ただでさえ天竜人は世界政府最高権力である五老星よりも上の立場……政府中枢すら介入することすら困難なのだ。

「そんでここからが本題なんだけどよ……お前ら、どうするの?

「どうするって……」

「フォードと天竜人は間違いなく繋がっちゃってんのよ……五老星すら迂闊に手が出せないレベルなんだわ。まァ、「CP-0」なら権限上不可能じゃねェだろうたァ思うが、天竜人の傀儡だから望みはねェ。放っとくわけにゃいかねェけど上からの許可は下りない……テゾーロ、お前はどうする気だ?」

 クザンの言葉に、テゾーロは笑みを浮かべて答えた。

「潰しますよ……おれの「作戦」が上手く行けば、何事も無く終わりますから」

 その時だった。

 店の扉を開けて、テゾーロの側近の一人にしてサイファーポールとのパイプ役であるサイが現れた。どうやらテゾーロから命じられた任務を終えたようだ。

「テゾーロさん、全て調べ終えましたよ」

「おお……戻って来たか、サイ。結果は?」

「実は……調べている最中にあなたに協力したいという天竜人の方と出会いまして。よければ、すぐにでもマリージョアへ」

「……おれに協力したい……?」

 事態は、思わぬ方向へ向かっていた。

 

 

           *

 

 

 太陽の光が差し込まぬ暗い裏路地。

 空気だけじゃなく臭いさえも危うい道には、どう見ても堅気の人間じゃない連中が目につく。

 そんな裏路地の奥にある建物の地下奥深くから、怒号のような歓声と共に血の臭いが漂っていた。

 ここは地下闘技場……正真正銘の殺し合いで金を儲ける裏の社交場だ。

「てめェを倒せば、おれが最強だ!!」

 そう吠える大男の先に立つのは、奇妙な出で立ちの男。

 男は着流し姿で首元にマフラーを巻き、ブーツを履いている。三つ目族なのか、額にも目があるが左右の目は大きな傷によって塞がっており、開いているのは額の目のみ……ある意味で隻眼だ。朱色の杖を白杖代わりに突く彼は、一見は戦えるかどうかも怪しく感じるが放たれる気迫は歴戦の強者。

 男の名はタタラ――この地下闘技場で最強の実力を誇る剣士だ。

「……最強の座など、興味無い。真の偉大さ、真の強さは経験によって身に付くもの……頂に立つ者だけを倒すのは、運が良かっただけも同然」

「っ!! ナメるなァァァァァ!!」

 大男は得物である斧を振るって襲いかかるが……。

 

 ガキィィン!!

 

 刃と刃を叩きつける音が辺りを包み込む。

 その瞬間、大男は大量の鮮血を撒き散らし、倒れた。タタラの仕込み杖による強烈かつ超高速の抜刀術に、成す術もなく斬り伏せられたのだ。

 大男が地に伏せると、地鳴りのような歓声が沸く。最強の男は、伊達ではない。

(最強の座に君臨しても、日の光を拝めぬ囚人同然の立場であるのは変わらない……)

 彼の額の瞳は、どこか虚ろであった。

 脳裏に浮かぶは、この地下闘技場(じごく)に縛られ続けながらも必死に抗う若き命。

(誰でもいい。海兵でも、海賊でも、民間人でもいい……あの男達を止めてくれ)

 杖を突きながら、タタラは拳を血が流れる程強く握り締めたのだった。




オリキャラのタタラは、M Yさんが提供してくれたアイデアを基としてます。
M Yさん、ありがとうございました。


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第46話〝宣戦布告〟

 2日後、テゾーロとサイは、聖地マリージョアに訪れていた。

 聖地マリージョアは、五老星や政府高官が籍を置く政治の中心であると同時に世界貴族「天竜人」の住居がある。

 その天竜人にお呼び出しを食らった。天竜人が奴隷でもなければ政府の人間でもない民間人を自らの居住へと迎え入れるのは前代未聞だ。

「……その天竜人が、アレか? おれがお前に命令させてた協力者なの?」

「ええ、天竜人の多くがアルベルト・フォードという名の実業家と怪しい関係らしいので」

 サイの言葉に、テゾーロは動揺する。

 ぶっちゃけ「多く」はどれ程かは不明だが、18の一族――ネフェルタリ家はマリージョア移住を拒否、ドンキホーテ一家は没落――の末裔の内の半分以上がフォードと関係があると考えれば、今までとはレベルも格も違う相手と戦うような事になる。

(相手はおれ以上の大物……油断大敵だな)

 そんなことを思っていると、巨大な邸宅が見えてきた。

 その邸宅は、聖地マリージョアの中では一際目立っていた。

「……城か? それとも教会か?」

「いえ、あくまでも邸宅です」

 その邸宅は、テゾーロが城や教会と勘違いするような印象だった。

 レンガ造りの3階建て、煙が立ち続ける煙突、急勾配の屋根…まるでイングランドの15世紀末頃から17世紀初頭までの建築様式「チューダー様式」だ。

「いかにも貴族って感じだな……」

「クズとはいえ世界()()ですから」

「お前がそれ言っていいの?」

「別に言っても法には反しませんよ」

 そう言っていると、正面玄関の扉が開いた。

 扉が開くと、一人の天竜人がテゾーロとサイを出迎えた。

 マント付きの特殊な防護服を身に纏った、ステッキを携えた40代後半の男性。天竜人の特徴的な髪型と立派な口ひげは、この世で最も気高い血族としての風格を醸し出している。

「アレ……天竜人って、こんなんだっけ?」

「いえ……天竜人の大多数は酷い容姿です」

 拍子抜けと言わんばかりにテゾーロは困惑し、政府に属する者として言ってはいけない発言をするサイ。

「大多数は酷い容姿か…ハハハ、否定はできんな」

「聞こえてるじゃねェか!!!」

 天竜人の一言を耳にし、サイを漫才のツッコミのように引っ叩くテゾーロ。

「よく来てくれた……私はクリューソス。さァ、中に入りたまえ」

「「……」」

 天竜人…クリューソス聖の様子に戸惑いつつも、テゾーロとサイは邸宅の中へと踏み込んだ。

 

 

 クリューソス聖の邸宅の応接室。

 応接室の中は中世の礼拝堂を思わせるような造りで、天竜人の圧倒的財力で集めたであろう様々なコレクションが集められていた。そんな部屋でテゾーロとサイは、クリューソス聖と会談することとなった。

「しかし…まさか天竜人が直々にお呼び出しするとは夢にも思いませんでしたよ」

「急に呼んで申し訳ない、()()()()()()()切羽詰まった状態でね」

 その言葉に、テゾーロは首を傾げた。

 世界の頂点に君臨する天竜人(けんりょくしゃ)が慌てる程の問題を抱えている。にわかに信じがたい内容だ。

「それで……私達をお呼びいただけた理由は?」

「……アルベルト・フォードを知っているだろう?」

「「!!」」

 クリューソス聖の口から出たのは、テゾーロ財団が狙っている男の名。

 テゾーロはまさかと思いつつ伺った。

「まさか、フォードを潰してほしいと……!?」

「察しがいいようだな……いかにもその通りだ」

 クリューソス聖曰く、フォードが天竜人と癒着し始めてから天竜人同士の対立が相次いだという。フォードと関係がある者と無い者による派閥争いであり、日に日に激しくなっているらしい。

 確かに、全ての天竜人が傍若無人の限りを当たり前のように行うわけではない。王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴとその実弟ロシナンテの父であるドンキホーテ・ホーミングが「天竜人は神ではなく同じ人間」と考えていたように、天竜人にも違いは存在する。

「同情の余地も無いクズ同士で潰し合うのは結構ですけど、引っ掛かりますね。まるで邪魔者を排除したいというか……」

 テゾーロが気になったのは、天竜人同士である点。

 天竜人同士が対立するという事は、どちらかに明らかな〝敵〟が生まれているということだ。神のごとき権力がぶつかり合うとなれば、漁夫の利を狙う輩もいるだろう。

(確かマリージョアには存在自体が世界をひっくり返せるほどの「国宝」があるんだったな…それにもしもフォードが気づいてたら…)

 転生前に得た「ONE PIECE(このせかい)」の知識を思い出すテゾーロ。

 聖地マリージョアの内部には、存在自体が世界を揺るがす重要な「国宝」があるとされ、ドフラミンゴはそれを利用すれば世界の実権さえも握れていたと語っていた。

 もしかすると、フォードは軍事バランスの掌握だけでなく、世界の実権を握ろうと企んでいる可能性も高い。

「ますます野放しにできなくなったな…」

「わかってくれるか…あとは何となくわかるだろう?」

 テゾーロは考える。

 テゾーロ自身としては別に天竜人(クズ)同士潰し合っても誰も損は無いが、万が一「国宝」をフォードが手に入れた場合のことを考えると、放ってはおけない。

 ジンとの約束もある以上、どの道フォードとの全面衝突は避けられない。

「……わかりました。ですが相手はドがつく程の曲者……時間がかかります。それに――」

「案ずるな、私も天竜人……五老星に口利きできる程度の力はある。いざという時は私も力を貸そう」

「ありがとうございます」

 

 

 邸宅を出たテゾーロとサイ。

 マリージョアでの全ての用事が、ようやく終わった。

「……マリージョアだと、天竜人ってあのシャボンのマスクしないの?」

「自宅でも一々マスクしてたら暑苦しいでしょう? あれは外出用と聞いてますし」

 そんな雑談をしている時だった。

 葉巻を咥えた茶色スーツの男が、二人とすれ違った。

(アレは……!?)

 その男は、クザンが渡した資料に乗っていた男――アルベルト・フォードその人だ。

 真ん中分けの髪型で顔は片目に傷があるその姿は、まるで歴戦のギャングである。

「……お前がギルド・テゾーロか。話は聞いているぞ」

「!」

「私の周りをしつこく嗅ぎ回っているということは……それなりの覚悟があるのだろう?」

 フォードはどうやら、テゾーロが地下闘技場の件に首を突っ込んでいることを知っているようだ。

 それを聞いたサイは、動揺した。テゾーロのことを知るのは当然だが、なぜ彼がテゾーロが地下闘技場に介入しようとしていることまでも知っているのか。サイはサイファーポールの拠点やマリージョアで情報収集をしているが、サイもまたプロの諜報員……周囲に悟られる訳が無い。とすれば、考えられることはただ一つだ。

(サイファーポールの中に、フォードと通じている輩がいる……!?)

 フォードと通じている諜報員がいる。

 しかしサイはサイファーポールの人間でフォードに関わっている人物など知らない。諜報員たる自分でも知らない情報ともなれば……。

(「CP-0」か……!?)

 サイファーポールの最上級機関である「CP-0」は、世界貴族直属の諜報機関だ。

 クザンの情報では、天竜人とフォードは癒着している。それはつまり、テゾーロとサイの行動をCP-0が監視しているという事を意味する。

「テゾーロさん、どうやら想像以上の相手のようです……」

「だろうな……あのおっさん、相当ヤバいぞ」

 テゾーロとサイの会話に、不敵な笑みを浮かべるフォード。

「お前の経営手腕は耳にしている。中々大胆だと聞く」

「……おれがそうなら、あんたは外道な商売(しゅだん)ってことですな」

 その言葉に、フォードは癪に障ったのかテゾーロを睨みつけた。

 それに対しテゾーロは、至っていつも通りの態度でフォードを見据える。

「少しでも長く生きていたいのなら、私に喧嘩を売らん方がいいぞ……小僧」

「闇稼業を平然とやって聖地を我が物顔で歩く人に言われたくはないですなァ……クソジジイ」

 テゾーロとフォード……互いの全身から放たれる威圧に、ピシッと地面が微かに動く。

 実業家同士とは到底思えない覇気のぶつかり合いに、サイは気圧される。

「……と言いたいところですが」

「?」

「あなたを潰すとなれば、こちらとしても色んな準備がいるし時間もかかる…ここで失礼しますね」

 テゾーロはニカッと爽やかな笑みを浮かべると、サイの耳元で「帰るぞ」と囁いた。

 サイは無言で頷くと、テゾーロは口笛を吹きながら陽気に歩き始めた。

(この人は、何者なんだ……?)

 サイは改めて、テゾーロという男に疑問を抱いた。

年齢的には同世代。若者らしく大胆で突拍子の無い行動をして周囲を振り回すが、その一方で多くの事業を成功させた敏腕経営者のような老練な一面を見せる。バカ正直で筋が通った器の大きい人柄で、一見は相手の言葉を信じやすく騙されやすいかと思えば、いざ交渉となれば相手の隙を見逃さず機を窺っている。そして先程の様に相手が自分以上の格上でも怯まず、平然と罵ったり余裕を見せたりする。

 そう……経験の浅い新参者でありながら、どういう訳かプロの実業家以上の才能を発揮しているのだ。はっきり言うと、異質だ。

(ある意味で一番の謎だ……)

 サイはテゾーロが一番ミステリアスな人物だと感じた。

 しかしテゾーロの謎は一生解けないだろう。彼の「人格(なかみ)」は、〝本来(げんさく)のテゾーロ〟でないのだから。それに当の本人は……。

(アレ……今の声って若本じゃね? マジか、〝声の圧〟で勝てる気しないんだけど!?)

 フォードの声に、動揺を隠せないでいた。



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第47話〝モモちゃん〟

やっと更新です。
遅れて申し訳ありません。


 3日後。

 ここはロワイヤル島。裏の社交場である地下闘技場がある島で、様々な人種の者達が訪れる「娯楽の島」だ。

 そんなロワイヤル島に、海軍の軍艦が停泊していた。港では、その軍艦(ふね)の持ち主が港を取り仕切る者達と話し合っていた。

「私は海軍本部准将モモンガ!! この島の警備に来た。この島の近海で海賊が横行しているため、暫くの間停泊する」

 軍艦の持ち主は、モモンガだ。

「……海兵さんよォ、確かにこの島にゃあ海賊の横行は目撃されてる。だがその多くはこの島の自警団が片ァつけてくれてるぜ。あんたらの出る幕じゃねェぞ」

「だろうな…だがこの島に出入りする人々の身の安全を踏まえれば、我々「海軍本部」の介入も必要ではないのか? この島の自警団だけで責任を取れない案件もあるはずだ」

「成程ね…まァ、正論っちゃ正論だな。野郎共、停泊許可の書類を用意しろ。上にはおれが報告する」

 港を取り仕切る者達のボスが部下に命じる。

「……実直に任務こなしてるだけあるね、こういうのもお得意さんってか?」

「海兵は強ければいいだけではない」

 軍艦から飛び降りたのは、スライスだ。

 どうやら仲良く地下闘技場に潜入しようと考えているようだ。

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の「裏の社交場」ロワイヤル島…見た感じは何の変哲も無いってとこか」

「……お前はどう動くつもりだ」

「テゾーロの奴が嗅ぎ回ってるのは、相手もわかってるだろう……だがおれがあいつと同時並行で潰しに来てるのは想定外のはずだ。それに招待状もある。客人として振る舞えば怪しまれやしねェさ」

 つまり、嗅ぎ回ってるテゾーロを囮としてスライスが陰で暗躍し〝証拠〟を得ようとしているのだ。動かぬ証拠を得られれば、法廷で「悪い方の忖度」を封じることができると考えたのだ。

「フォードを潰すために必要な証拠は写真と供述、それと筆跡か……ウチも法には詳しい立場だからな、易々と逃がしゃしねェ。これといった恨みはねェが、今後の世界の為だ」

 スライスは不敵な笑みを浮かべる。

「……貴様も存外非情な一面があるんだな、スライス。いつもは飄々とした食えん輩だろう」

「おれだって決めるときゃあ決めるよ? モモちゃん」

「誰がモモちゃんだ」

 青筋を浮かべてスライスを睨むモモンガ。

「後はおれに任せな。全て片がついたら、そっから先はお前の仕事なんだし」

「……武運を祈る」

 

 

           *

 

 

 一方、マリージョアから帰還したテゾーロは、シャボンディ諸島のとある酒場でクザンと一対一(サシ)で飲んでいた。

「飲むかい?」

「シェリー酒……ですか。そう言えばクザン中将の恩師が好んで飲んでたって話を聞いたことがあります」

「あァ……ゼファー先生がな」

 クザンの恩師である元海軍本部大将〝黒腕のゼファー〟は、シェリー酒を好んで飲んでいた。クザン自身も、ゼファーのマネをしてシェリー酒をよく飲んでいたと語る。

「……何か用ですか」

「ああ、忠告をしにな」

「忠告……?」

 クザンはいつものだらけきった様子ではなく、真剣な表情でテゾーロを見据えた。

「スライスはお前の知り合いだろ? あいつもフォードを潰しに早速動き出した」

「スライスが……!?」

 ビジネスパートナーのスライスが、テゾーロと同じようにフォードを潰そうと活動している。つまり、彼もまたテゾーロと同じように「裏の事情」を知っており、これ以上フォードに好き勝手させないように引きずり降ろそうとしているということだ。

「スライスも動いてるってこたァ……もう止まらねェぞ? ここで引いたら相手(フォード)が反撃してテゾーロ財団(おまえら)を必ず潰しにかかる……そう考えれば、思い切って突っ走った方が得策だ」

「……」

 確かに、ここまで首を突っ込んでしまった以上は躊躇うと危険だ。

 クザンの言う通り、一歩も引かずにやり遂げた方がリスクも少ないだろう。

「この件についちゃあ、海軍(ウチら)だとおれとモモンガしか知らねェ。お前としても思いの外やりやすいだろう…だがフォードは天竜人と繋がってる。当然天竜人直属の連中にもな。気をつけねェと足すくわれるぞ」

 そう言って、グラスに注いだシェリー酒を呷るクザン。

 テゾーロもまた、グラスに注いだシェリー酒を呷る。

「……海軍はフォードの件をどこまで把握しているんですか?」

「天竜人と繋がってることや地下闘技場の件まで、おおよそは知っている」

「じゃあ、世界の実権を握ろうと企んでいる可能性があることも?」

「何っ……!?」

 さすがのクザンも、これには驚く。

 世界の実権を握る……それはつまり、世界政府及び天竜人に代わって世界を支配しようということである。

「詳しいことはわかりませんが、現に今マリージョアで天竜人同士が対立する事があるそうです。それもここ最近……フォードが天竜人と繋がり始めてからとのことです」

「マジか……いよいよもってヤバイ状況になったってか……」

 頭を掻きながら、クザンは溜め息を吐く。

 テゾーロの言っていることは、本当にそうであるかもしれない。フォードの危険性は海軍上層部もある程度は把握しているつもりだったが、事態は海軍の想像よりも大きくなってしまっているようだ。

「でもセンゴク大将やコング元帥に知られてはマズイでしょう? 中間管理職は融通が利かないでしょうし」

「まァ……自由に動けるのは中将ぐらいだしな」

 海軍大将及び元帥は、海軍の指揮を執ると同時に天竜人に振り回されたり世界的事件の後始末をしたりなど、どちらかというと中間管理職と化してしまう。フォードの件を報告してしまえば、五老星を筆頭とした世界政府の中枢が圧力をかけてもみ消してしまうかもしれないのだ。

 言い換えれば、独断で自由に動ける中将の方が都合がいいのだ。

「……まァ~、そういうこった。一応おれも協力する。だが相手が相手だ、何を仕掛けてくるかわからねェから同僚にも声かけとくわ」

「! いいのですか?」

「モモンガだけじゃ手に負えねェだろ」

 クザンはそう言って立ち上がる。

「ある程度の戦闘員ぐらい用意しとけよ。地下闘技場には海千山千の強者が多いからな」

 クザンは手を振りながら酒場から出て行った。

 そしてテゾーロは、ふと気づいた。

「……アレ? おれが全部払うの?」

 テゾーロは暫く黙ってから、溜め息を吐いた。

 ――自分が飲んだ分くらい、自分で払えや。

 テゾーロはそう思いながら、シェリー酒を追加注文したのだった。



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第48話〝独断行動〟

やっと更新ですね、お待たせいたしました。
テスト期間中なので、予め溜めておいたのを投稿します。


 ロワイヤル島に潜入したスライスは早速捜査を行っていた。

 スライスはロワイヤル島に地下闘技場がある事は知っているが、入り口がどこなのかはわからない。入り口に入れないのは、捜査以前の問題だ。

 とはいえ、海軍に手を回してまで行った捜査の「真の目的」を悟られるわけにもいかない。

「ちっ、コルトを連れてくりゃあよかったかもな……」

 自分が最も信頼する部下を連れてこなかった事を後悔するスライス。

新世界の経済の25%を牛耳る程の財力と権力を持つ名家・スタンダード家の長であるスライスは、コルト以外の部下はいない。傭兵出身のコルトはある意味で執事といえる。

 部下が多いと組織の目が行き届かない時が生じるが、テゾーロ財団はそういった点が無い雰囲気なので、その点ではテゾーロが羨ましく思ってもいる。

「ここで部下集めするのも悪くねェかもな……」

 そう呟きながら、路地裏を散策する。

「モモンガには悪いな……あいつの首が飛びそうだったら、どこに口利きすっかな……」

「おい、兄ちゃん」

「ん?」

 ふと、スライスに絡んでくる謎の赤いパーカー集団。

 全員柄が悪そうで、剣や斧、槍を持っている。

「ここはおれ達のナワバリだ、喧嘩売ってんのか?」

「嘘……マジ? ギャング?」

 物珍しそうにギャング達を見るスライス。

 海賊が暴れるこのご時世に、ギャングは中々お目にかかれない。ましてやスライスのような「お坊ちゃま」はほとんど見る機会は無いのだ。

「喧嘩ねェ……う~ん、そうだな。たまには売ってみるか。でも強くなきゃあ暇潰しにもならんし……まずは……」

 スライスはそう言った瞬間、ギャング達を睨んだ。

 

 ゴゥッ!

 

 見えない衝撃が辺りを襲った。

 その直後、ギャング達は次々に白目を向き、泡を吹きながら倒れてしまった。

 スライスは〝覇王色の覇気〟の覚醒者。ギャング達の意識を奪うなど、造作もない芸当なのだ。

「な……何が……!?」

「お、おい! 起きろよ!!」

「てめェ、仲間に何しやがった!?」

「の、能力者か!?」

(あらら、しぶとく立ってやがらァ……)

 全力でないとは言え、〝覇王色〟をモロに食らって立っていられた残りのギャング達に感心するスライス。

 するとスライスは袖をまくり、今度は腕に〝武装色の覇気〟を纏った。腕は真っ黒に染まっていき、硬化していく。

「今更逃げんなよ? ケンカはこっからが本番だぜ」

 

 

 この日、ハヤトはロワイヤル島に潜入していた。

 彼はテゾーロの命令ではなく独断で潜入し、海賊狩りのついでに〝ロワイヤル島の闇〟を暴こうと目論んだのだ。

「見た目は普通の港町……だけどなァ……」

 ラム酒を片手に大通りを歩くハヤト。

 しかし、その中には高額賞金首がちらほらしている。

(〝壊し屋〟ロロネ、〝海兵殺し〟ロバート、シュテル・ベーカー……予想以上に揃っているな……)

 賞金稼ぎであったハヤトは、世界中で悪名を轟かせている無法者の情報を得ている。そのため、このロワイヤル島をうろついている賞金首をほとんど知っているのだ。

 別にここで大太刀を抜いて暴れ回り、陸上で海賊狩りをするのも悪くないが、一般人が紛れている上に海軍の軍艦を先程見掛けたため、面倒事は避けたい。

(いずれにしろ、地下闘技場には多くの賞金首がいるかもしれない。 一斉検挙すれば、この島の〝汚れ〟も浄化されるはずだ)

 そんなことを考えながら、路地裏へと入っていった。

 その時だった。

 

 ズズゥゥン……!!

 

「!?」

 ふと聞こえた、地響きのような轟音。

 ハヤトは何事かと思って音のした方へ駆け付けると……。

「あーあー……ったく、どいつもこいつも……」

「こ、これは……!?」

 ハヤトの目の前には、驚愕の光景が広がっていた。

 血塗れになったギャング達が、ほぼ壊滅状態で無惨に密集していたのだ。

 人間が石壁に串刺しになり、地面には亀裂が生じて陥没し、ギャング達の得物であった刀剣の刃はへし折られており、ぼやいているたった一人の男によって一方的に蹂躙されたということを瞬時に理解した。

 コートを翻し、男は笑みを浮かべる。

「何だ? お前もこいつらの連れか?」

「っ……」

「ん? どこかで見た顔だな……」

 目を細める男。

 それと共にハヤトは、背負った大太刀の柄に手を伸ばして抜刀した。

 刀身は段々黒く染まっていき、〝武装色〟の覇気を纏っているのが目に見えた。

「おいおい、そう殺気立つなよ。え~っと……あ、思い出した!! 〝海の掃除屋〟か!! あ~、スッキリした……っつー訳だ、おれァお前と戦う気はねェって。だから覇気を纏うのやめて納刀してくれ」

「……あんたは何者だ。名を教えればお望み通りにしよう」

「あら? お前の上司(ボス)は俺との関係性言ってないの?」

「!」

 その言葉に、目を見開くハヤト。

 ハヤトはテゾーロの部下だ。つまり目の前の男は、テゾーロと顔見知り――もしかしたらビジネス相手なのかもしれないのだ。

 少なくとも敵ではないと認識したハヤトは、大太刀を納刀する。

「……何者だ、あんた……」

「スタンダード・スライス……覇気を使えるだけの御曹司さ」

「そんな御曹司がいるか……」

「いるよ、おれだ」

 カッカッカと上機嫌に笑うスライス。

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の前半で、〝武装色〟を硬化までできる覇気使いを見れるのは珍しい……相当の手練れだろ?」

「……あんたこそ、こいつら全員倒したんだろ」

「ああ、肩慣らしにもならなかったよ」

 残念そうに口を開くスライス。

 ふとハヤトは、ギャング達の中に泡を吹いて倒れている者がいる事に気がついた。

(この男、〝覇王色〟をも扱えるのか……!?)

「なァ〝海の掃除屋〟、お前も地下に用があんだろ?」

「!!」

「おれもお前と似たような目的がある。共同戦線といこうじゃないか、悪くねェ話だろ」

 スライスの提案に、ハヤトは考える。

 自分の目的は海賊狩りのついでに〝ロワイヤル島の闇〟を暴くことだ。スライスも似たようなことを目的としているのだから、手を組んで損は無い。それに自分がテゾーロの部下であることを知っている。彼との関係を考えるならば、スライスが裏切るようなマネをすることはまず無いだろう。

「……わかった、手を組もう」

 スライスはハヤトが同意した事に笑みを浮かべた。

「じゃあ、早速行こうか。地下闘技場をぶっ潰しに」

 

 

           *

 

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟、とある海域。

 海軍の軍艦に乗ってロワイヤル島へ向かうテゾーロは、甲板でステラと電伝虫で通話していた。

《どうするの、テゾーロ……?》

「……ハヤトの件はおれに任せて、そっちは作業を続行してほしい。シードとメロヌスがいるから、二人の手を借りながらいつも通りの作業をしてくれるとありがたいんだ」

《わかったわ……気をつけて、テゾーロ……》

「大丈夫、すぐ終わらせてくる」

 

 ガチャリ…

 

 電伝虫での通話を終えるテゾーロ。

 それと同時に、サイがテゾーロに声を掛けた。

「何かあったのですか?」

「……ハヤトがどっか行っちまったって連絡が来た。独断行動だな」

「……まさか、ロワイヤル島に……?」

「あり得るな、あそこら一帯は海賊の横行もあるって聞く……海賊狩りにでも行ったんだろうよ」

 そんなことを呟きながら、欠伸をするテゾーロ。

「部下の好き勝手を放っといていいんですか?」

「ハハハハ! 好きにやりゃあいいさ、いざという時はおれが責任とりゃいいだけだろ? トップに立つ人間は部下にある程度任せて、どうしても困ったときは手ェ差し伸べて助けてやる……それでいいんだよ」

 笑いながら持論を語るテゾーロ。

(やはり、この人と付き合うのは気が楽だな……)

 サイが属するサイファーポールは、全体的に不正行為を平然と行いもみ消すようなドがつく程に腐った性根の連中が多い。

 そんな中でテゾーロのような組織は、正直に言って居心地がとても良いのだ。もっとも、サイファーポールには地位と権力に縋るバカが多いのだから当然と言えば当然だが。

「まァ、そんなシケた話はこれでシメーだ。とりあえずおれは寝る」

「ね、寝る!?」

「疲れただけだ……着いたら起きるさ」

 そう言い、テゾーロは船内へと戻っていった。

「……テゾーロさん…あなたって人は……」

 ――悪い意味ではないが……テゾーロはどこかの海軍中将と妙に似ている点がある気がする。

 そう思ってしまったサイであった。



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第49話〝娯楽〟

テストが終わって、やっと更新できました。
そういえばワンピースのカタクリの声、銀さんでおなじみの杉田智和さんでしたね。
実は前々から「カタクリが似合う声優さんは、杉田さんだろうな」って思っていたんですが…マジでした。びっくりです、ホント。



 さて、ここはロワイヤル島。

 手を組んで捜査を始めたスライスとハヤトは、裏路地にいた。

 この島の裏路地は、絵に描いたような無法者の巣窟で治安も悪い。それに加えギャングやテロリスト、海賊の隠れ家も多く、抗争も時々ある。犯罪者の多い典型的な危険区域といえばいいだろう。

「……臭う」

「フッフフ……さすがにわかるか、〝海の掃除屋〟さんは」

 太陽の光が一切差し込まぬこの裏路地には、悪い意味で色んな人々が目につく。

 空気どころか臭いさえも危ういだろう。

「正真正銘の殺し合いをする地下闘技場……あそこには潰したい相手がいる」

「潰したい相手……?」

「名はアルベルト・フォード。色々と黒い噂が多い大物だ」

 スライスがそう呟いた時、突如二人の前に屈強なスーツ姿の男達が現れた。

 この島で根を張るマフィアと感じたハヤトは背中に背負った大太刀に手を伸ばし、スライスは覇気を放った。

 一触即発の空気になるが……。

「やめろ。彼らは客人だ」

 男性の声に、スーツ姿の男達は整列し道を開けた。

 声の主は、何とスライスの標的たるアルベルト・フォード本人だった。

「こんにちは、Mr.(ミスター)スライス。私がアルベルト・フォードだ」

「……こりゃあ失礼。覇気を放ったのはマズかったか?」

「構わんさ、非があるのは我々だ。許してくれ」

 自らの非を認めるフォードに、スライスは笑顔で「気にしないで」と声を掛ける。

「そちらの剣士は?」

「おれの連れだ、一緒に来ても問題ねェだろ?」

「……ハヤトです」

「御友人を連れて、か。わかった、では来るといい……私が主催する大会がちょうど行われているからな」

「「大会……?」」

 フォードは首を傾げる二人を、建物の奥へと誘った。

 

 

 建物の奥へ奥へと進んでいく内に、次第に賑わいが耳に届いてきた。

 怒号のような歓声と、仄かに漂う血の臭い……。

 目が鋭く細まり、ようやく見えてきた光の先の光景に、二人は息を呑んだ。

「ここで行われてるのは、正真正銘の殺し合いだよ……人間というモノは「娯楽」を求め続ける生き物だ。それの行き着く先が〝命を懸けた行為〟なのだよ」

「それの真髄が、この闘技場だと?」

「察しがいいですな、スタンダード家の当主は伊達ではない様子で」

「生まれはいい人間なんで」

 スライスとの会話を楽しむフォード。

 そんな中、ハヤトは口を開いた。

「これ……法律的に大丈夫なんですか?」

「心配するな、ハヤト君……この地下闘技場は寧ろ役人だから手が出せんのさ。見たまえ」

 フォードはある方向を指差す。

 その先には、礼服や民族衣装を着た人々がチケットを握って興奮していた。

「アレは……」

「各国の王侯貴族だよ……それも政府加盟国だ。いくら海軍とて、そう易々と首を突っ込めまい」

 政府加盟国の要人達が楽しみに来ているからこそ、この闘技場は潰れないと豪語するフォード。

 しかし、その直後に彼は一気に不機嫌そうな表情になった。

「だが……愚かにも私を潰そうとしている若造と出会ってね。全くもって気に入らん」

「若造?」

「ギルド・テゾーロ……最近勢いのある若い実業家だ。何を血迷ったのか、この私と全面衝突する気のようだ」

(何か取り返しのつかない事になってるーーっ!?)

 聞き慣れた名前に、凍りつく二人。

 テゾーロがフォードとの全面衝突を狙っている事を初めて知り、思わず顔を引きつらせた。

「まァ、そんな事はどうでもいい…お、そろそろだな。この大会の目玉選手だ」

 すると闘技場に、仕込み杖を携えた着流し姿の男が現れる。

 彼の登場と共に、観客は最高に盛り上がった。

「この地下闘技場において最強の剣士・タタラ……三つ目族の青年よ」

「アレが三つ目族……!!」

「本物は初めてだな……」

 感嘆とするハヤトとスライス。

 額に第三の目を持つ三つ目族は、世界でも希少な人種だ。その希少性は〝人間屋(ヒューマンショップ)〟でもリストに載ってないぐらい程で、文字通りの「幻の人種」とも言えるのだ。

「――ん? ……三つ目族なのに、目が見えないのか? 傷で本来の目が潰れているじゃないか」

「いや……額の目は無傷だ。まァ、ある意味で隻眼だな」

 フォードがそう言うと、試合開始のゴングが鳴った。

 タタラとガラの悪そうな男が、対決する。

「彼は強いぞ……あれくらい強ければ、海軍の幹部も夢ではあるまい」

「そんなに強いのか……?」

「私の知る限りではね」

 

 ズバッ!!

 

「「!!」」

 場内に響く、刀で肉を斬った音。

 そこには、血塗れで倒れ伏す男と仕込み杖を鞘に収めるタタラの姿が。

「たった一太刀で……!!」

「あいつァ相当の手練れだな……あれ程の技量なら、新世界でも通じるんじゃないか? ウチのコルトを越えそうだ」

 タタラの剣技に驚くハヤトと、その技量に感心するスライス。

 地下闘技場においてとはいえ、最強とされるその実力は伊達ではないようだ。

(地下闘技場最強の剣士・タタラか……奴を探りゃあ、何か出てくるか?)

 スライスは、タタラとの接触を試みることに決めたのだった。

 

 

           *

 

 

 一方、テゾーロは海軍の軍艦の甲板でクザンと日光浴中だった。

「クザン中将……」

「ん?」

「同僚の中で協力してくれる方、いました?」

「あ~……一人だけな」

「誰ですか?」

「ボルサリーノ」

「へ~……って、え!? あの人協力してくれるんで!?」

 びっくりして飛び起きるテゾーロ。

 ボルサリーノと言えば、自分の体を自在に光と化す事ができる〝ピカピカの実〟の能力者にして、後の海軍大将〝黄猿〟だ。飄々として掴み所がない性格だが軍務には忠実な実行力のある人物とはいえ、まさか手を貸してくれるとは。

 あまりにも意外である。

「まさか、あの組長が……」

「おい、組長言うな。海軍(ウチ)はヤクザじゃねェぞ……」

 テゾーロの呟きにツッコミを炸裂させるクザン。

「しかし……まさかのボルサリーノ組長ですか。サカズキ中将かと思いましたよ」

「だから組長じゃねェっての。……サカズキは今、新世界の巡回任務にあたってる。あいつが無理ならボルサリーノにって思ってな。まァ、話に乗ってくれたのはありがたかったがよ」

「ガープ中将は?」

「……あの人が承諾すると思うか?」

「あっ……ですよね……」

 何となく察したテゾーロ。

 あの自由人がこういう面倒事を引き取ろうとは思えないのだ。

「まァ、一応遅れるたァいえロワイヤル島に来るらしいからよ。合流してから本格的に動こうや……」

「……そうですね。あ、そういえばクザン中将……そんなこと言ってますけどちゃんと仕事やってます? 放任主義だからって、やるべきことやらないと嫌われますよ。海軍という一大組織の幹部なら尚更……」

「グーッ……」

「……」

 ――絶対サボってるな、この氷結野郎。

 額に青筋を浮かべ、熟睡中のクザンをボコりたいと思ったテゾーロであった。



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第50話〝赤の兄弟〟

やっと更新ですね。
お待たせしました。

オリキャラがどんどん増えますが、ご了承ください。


 闘技場での観戦を終えたスライスとハヤトは、近くのホテルで宿泊の手続きを取ってから捜査を続行した。

 次に調べるのは、地下闘技場周辺だ。

「……どう思う?」

「どう思うって……」

「おれの作戦なら、奴を潰すには十分だろ?」

「それは……何とも言えない……」

 スライスの言う作戦の内容は、こうだ。

 タタラを尾行し、彼のような強者を全員丸め込んで反乱を起こし、フォード達を動かす。それと同時にモモンガら海軍が介入し、その場にいる犯罪者の捕縛と共に地下闘技場に関する数々の証拠を集める。それらの中に一つでも違法性があれば裁判を起こしてフォードを起訴し、地下闘技場の運営に関わった人物を根こそぎ罰する。

 つまり、違法行為を証明する証拠が一つでも見つかればいいという事である。

「そう易々と尻尾を出すとは思えないが……それに天竜人がバックにいるんだろう? もみ消すように命令するかもしれないじゃないか」

「成程、否定はできないな。だが、あのクズ共がフォードを庇うと思うか? 自分の身に危険が及んだら尻尾巻いて逃げ出すだろうよ」

「……」

「……まァ、そんなことは後回し。捜査を続けよう」

「……わかった」

 

 

 1時間後。

 薄暗く広い廊下。どこかジメジメした居心地の良くない空間を、二人で歩く。

 ここは地下闘技場の真下にある、関係者以外は立ち入り禁止の区域だ。

「立ち入り禁止区域まで入っていいのか?」

「バレたらおれの覇気で気絶させるさ」

 そんな会話をしながら、スライスとハヤトは〝見聞色〟の覇気を用いて気配を探った。

 しかし、暫くしてから困惑した様子で互いに見つめた。

「おい……なんか、妙じゃねェか?」

「確かに……なぜ子供が? それも男の気配……少年か?」

 そう…地下闘技場の真下とはいえ、立ち入り禁止の区域に子供の気配がしたのだ。

「……裏の界隈からの話は耳にしているが、ここまで多くの少年がいるという話は聞いてないぞ……」

「じゃあ、一体……?」

 その時だった。

 

 チャキッ……

 

「?」

「っ!!」

 スライスの首元に、刃が突きつけられていた。

 それを見たハヤトは瞬時に大太刀を抜き、構える。

「……あんた、何しに来た」

「フッ……その前にてめェが先に名乗るんだな。丸腰の他人様に光り物突きつけといてそりゃねェだろ」

 スライスに刃を突きつけていたのは、一人の少年だった。

 白い髪の毛に鋭い目、赤のマント、身体に刻まれた複数の刀傷……この闘技場で戦っている剣闘士のようだ。

 しかし少年は出血しており、まともな治療もされていない。

「んで……名前は?」

「……おれはオルタ……シュート・オルタだ」

「シュート・オルタか……おれはスタンダード・スライスという。そっちはハヤトだ」

「いきなり抜いて悪かった……こちらも色々と嗅ぎ回っていたんだ」

 一言謝罪しつつ、大太刀を鞘に収めるハヤト。それを見たオルタも、手にしていたサーベルを鞘に収めた。

「こちらもすまない、どうやら敵ではないようだな」

「わかってくれて何よりだ」

 すると、遠くから人の声が聞こえてきた。

 複数の男性らしく、声は段々近づいてきている。

「! ここはマズイ、場所を変えるから着いてきてほしい」

「「……」」

 

 

           *

 

 

 オルタによってとある場所へと案内されたスライスとハヤトは、驚愕した。

「っ……!」

「こいつは……!!」

 二人の視線の先には、100人はいるであろう少年達だった。

 包帯を巻いてたり血を流した跡があることから、地下闘技場で戦っているという事実が容易に窺える。

「こんなにも…これは何かの組織なのか?」

「おれ達は「赤の兄弟」……ここにいる皆が、同じ境遇で闘技場(このばしょ)にいる」

 地下闘技場の過酷な訓練や大会に生き残るため、お互いに協力したり訓練を手伝ったり理不尽な事に立ち向かったりして生き延びようと集まったのが、「赤の兄弟」という組織である。

 彼らは義兄弟の想いや誓いをして、その証として赤い衣類を身に着けるようになったという。

「〝人間屋(ヒューマンショップ)〟に売られて奴隷にされたり、犯罪組織に人質にされてここへ投げ込まれたりしたのが揃ってんだ」

「成程……随分とまァ大変な経歴で」

「あんたらは、何か目的でも?」

「タタラって奴に、ちょっとな……」

「……あの男達を倒すのか」

「「「!!」」」

 

 カッ……カッ……カッ……

 

 杖を突く音を響かせながらゆっくりと近づく、一人の男。

 先程まで闘技場で凄まじい力を見せつけた、タタラだった。どうやら彼も、この「赤の兄弟」と何らかの関係があるようだ。

「あんた…」

「この子達とは長い付き合いで……互いに協力し合う間柄なんだ。それで、この地獄で苦しむ者達を解放するために、あの男達を倒す気で?」

 タタラの問いに、スライスは頭を掻きながら答えた。

「ん~……何つーか……ぶっちゃけた話、フォードの野郎を野放しにする訳にはいかねェから潰しに来ただけだ。お前達のことは知らなかったし、これからどう動こうかすら悩んでる始末だ」

「だが、あの男達を倒すことについては変わりないのだろう? ならば我々と手を組み、反乱を起こすのが理想的だ」

 スライスは考える。

 自分とハヤト以外に、あのフォードを倒そうとする輩は思いの外多くいた。この「赤の兄弟」も数でいえば100人は超えている上、地下闘技場最強の男も加わるとすれば、手を組んだ方がいいだろう。

(後は……テゾーロか。ハヤトがあいつの部下である以上、放っておくわけにもいかないはず――すぐにでも来るだろうな)

「……スライス、どうなんだ」

「……そうだな、わかった。手を組もう……だが少し待ってほしい。知り合いが助太刀に来るだろうから」

 申し出を承諾しつつも、すぐに行動しないよう告げるスライス。

 その時だった。

 

 ……ルプル……ルプルプル……

 

「? 何の音だ?」

 ハヤトが耳を澄ますと何か聞こえる。

 

 プルプルプルプル……プルプルプルプル……

 

「この音は……電伝虫?」

「あ! あァァァ!!」

 電伝虫の音であると知った瞬間、慌てるスライス。

 実はスライスは、部下のコルトに「マリンフォードに行ってくる、すぐ戻る」と言い残して家を出たのだ。

 では、なぜここまで慌てるのかと言うと…一応マリンフォードに行ったのは事実ではあるのだが、何とその足でロワイヤル島へと向かったのだ。しかも「すぐ戻る」とうっかり言ってしまっている。

 要はついていたウソがバレたのである。

「ヤッベ……」

「とりあえず、出てみるか?」

「ゲッ!! オ、オルタ君……これ無かったことにしないか?」

「あんたが嫌なら、おれが代わりに出る」

「あ、ちょっま――」

 

 ガチャリ

 

《何してんですかスライス様ーーーーーーっ!!!》

「うーっ…!!」

 キーンと辺りに響く声。

 その声に思わず耳を塞ぐ一同。

《私を置いてまたほっつき歩いて!! スタンダード家の当主としての自覚を持ってください!! それよりも無事ですか!? ケガしてないですか!? 今どこにいらっしゃるんですかっ!?》

「……あんた、そんな重要な立場なのか………!?」

《? その声は……?》

「………おれはハヤトだ。今、そのスライスと行動を共にしている」

《――! まさか、〝海の掃除屋〟ですか? これはどうも初めまして………じゃなくて!! まさかとは思いますが、スライス様に手を出してないでしょうね!?》

「とりあえず言わせろ。……あんたは母親か何かか?」

 

 

           *

 

 

 

 同時刻、とある海域。

「……」

「……」

 クザンの軍艦の甲板で、イスに座りながら男二人がいがみ合っていた。

 一人は、ギルド・テゾーロ。強大な民間団体「テゾーロ財団」の理事長を務める若い実業家で、たった数年で世界有数の富豪に成長した末恐ろしい青年だ。

 そしてもう一人は、サイ。世界政府の諜報機関「サイファーポール」の諜報員にしてテゾーロ財団の一員であり、テゾーロ財団とサイファーポールのパイプ役を担う、双方にとっても重要な人物だ。

 そんな彼らがいがみ合う原因は…。

「……ここだっ!」

 

 パチッ……パチッ、パチッ、パチッ、パチッ……

 

「そう来ましたか、なら私はここです」

 

 パチッ……パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ……

 

「私の勝ちですね」

「だーっ!! チキショー、角を三つも取ったのに~っ!!」

 何と、オセロだった。

 実はこのオセロ――世界的には〝リバーシ〟という名称――というボードゲームは、シンプルなルールながら「覚えるのに1分、極めるのは一生」と言われる程に奥深い戦略性が求められている。ただ実戦を重ねるだけではなく、囲碁や将棋と同じように定石や手筋があるのだ。

 それを理解しているテゾーロだが、切れ者の諜報員相手ではキツかったようだ。

「あー、悔しい……」

「これで4勝3敗…私がリードしてますね」

「あ~……何でかねェ……」

「頭の出来が違うんじゃないんですか?」

「それ、ホント腹立つんだけど」

 覇気を放ちながらサイを睨むテゾーロ。

 サイはそれを躱すかのように涼やかな目を向ける。

 すると、そこへクザンが現れる。

「あららら……随分盛り上がってんじゃないの」

「おや、これはクザン中将。 何か用で?」

「あァ、実はコングさんから御達しが来てな……」

「御達し?」

「フォードの逮捕を許可する」ってよ」

「「!?」」

 クザンの言葉に、驚愕する二人。

 何と海軍がフォードの逮捕に動いたという。

「理由はわからねェが……テゾーロ、お前から聞いたマリージョアでの天竜人同士の抗争の件に理由があると思う。世界貴族……天竜人は絶対的な存在だ、万が一の事が起きれば政府の威信にも関わる。天竜人と癒着しているフォードが暗躍してるってことを知ったなら尚更だ」

 なぜコングがそう命じたのか……理由はともあれ、これでテゾーロらが口封じに罰される心配は無くなった。

 あとはフォードの逮捕と地下闘技場の摘発のみだ。

「まァ、おれもその分気も楽だ。お互い頑張ろうや」

「……ええ」

 テゾーロ、ロワイヤル島到着まで、残り1日。




一応テゾーロVSフォードの戦いを予定しています。


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第51話〝最近の世情、そして到着〟

皆様にお伝えします。
感想においてヒューマンショップを潰す話についての指摘がありましたが、地下闘技場摘発編が終了してから本格的に執筆します。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません、ご了承を。


 日が暮れ、空は黒に染まるテキーラウルフ。

 雪が降り続く中でも、橋の工事は着々と進む。

「今日は綿雪か……」

 外で空から降ってくる雪を眺めるシード。

 ここテキーラウルフは、一年中ずっと雪が降っている。しかも面白いことに、日によって降ってくる雪の性質が違う。ある時は粉雪、またある時は灰雪、またある時はべた雪…様々な雪がランダムに降ってくるのだ。

 除雪作業では一苦労するが積もった雪を溶かして水にすることができるので、幸いにも貯水では困らない。

「テゾーロさん、今頃何してるかなァ…」

 急用でテゾーロ達が不在の今、テキーラウルフはシード・メロヌス・ステラの3人で指揮をとっている。

 一応ウォーターセブンの方はトムズワーカーズに一任しているため、海列車の件は問題無いだろう。ジャヤの方も、海軍本部の第8支部…通称「海軍G-8支部」が警備を担当してくれたおかげで治安も良好化し物流も安定している。暫くの間、安定期としてテゾーロ財団は財を蓄え続けるだろう。

 すると――

「ここにいたのね、シード君」

「! ステラさん?」

 シードの元に、コートを着用したステラが向かう。

 その手にはマグカップが。

「はい、ココア」

「あ、ありがとうございます……」

 ココアを渡され、それをゆっくり飲むシード。

「テゾーロもきっと喜ぶわ、自分が不在の間でもこんなにも頑張ってくれたんだもの」

 テゾーロが担当して以来、テキーラウルフの工事は急速に進行している。周辺の島々の失業者や貧困者が集まり、それが労働力としてしっかり還元されているからだ。その噂を聞きつけてか、何と先日、世界政府加盟国のゴア王国が「人道的支援」として多くの人員を派遣してくれたのだ。

 ゴア王国は「〝東の海(イーストブルー)〟で最も美しい国」と呼ばれるほどに有名であり、そんな国家から支援されたのはテゾーロ財団としてもありがたいのだが……。

「しかしステラさん……高望みしない方がよろしいですよ。あの国は性根が腐ってますから」

 ステラは無言で頷く。

 確かにゴア王国はテゾーロ財団を支援したが、その理由は必ずしも〝いい方〟とは限らない。多くの人員を派遣してくれたのは、スラム街で暮らす人々が邪魔であったからとも解釈できるのだ。そして国家が民間団体を支援するのは、その裏で自国のイメージを良くするためだけである可能性もある。

 何でもかんでも鵜呑みにしてはならないのだ。

(まァ、これで良くか悪くかテゾーロ財団の名が更に広まるわけですね)

 

 

 さて、一方のメロヌスは仮設テントで新聞を読んでいた。

「へェ……初めて聞く海賊だな……」

 彼が注目したのは、「次々と撃沈!! 頭角を現すルーキー〝赤髪〟」という記事だった。

 記事の内容によると、〝偉大なる航路(グランドライン)〟において「赤髪海賊団」なる海賊団が次々に広く名の知れた海賊達を薙ぎ倒して頭角を現すしているという。船長は麦わら帽子を被った〝赤髪のシャンクス〟と呼ばれる若い海賊(ルーキー)で、彼の一味は少数ながらとんでもない実力であるらしい。

「現在の年齢は19歳……マジか、理事長より若いのか? 相当強いなこいつ……おれでも勝てるか怪しいな……」

 そんなことをぼやきながら新聞をめくると…。

「「目撃情報相次ぐ! 〝オハラの悪魔〟、未だ逃亡中」……?」

 そこには、ニコ・ロビンという少女の手配書と政府が公表している情報が記されていた。

 彼女は海軍の軍艦6隻を沈めた凶悪犯であるらしく、7900万ベリーという破格の懸賞金をかけて世界政府が全力で捜索しているようだが……。

「いやいやいや、絶対あり得ねェって…軍艦6隻も沈めといて7900万ベリーはおかしいだろ」

 懸賞金は、高額の賞金首を倒すことをはじめ、世界政府への敵対行為を行ったり民間人に多大な被害をもたらすことで額が上がる。しかし政府にとって不都合な人物の場合だと、老若男女問わず高額の賞金首となるケースがある。

 メロヌスは、ニコ・ロビンがそうではないかと読んだのだ。

「軍艦6隻を沈めたのはウソだろうが……何をどうすればここまでの額になるんだか」

最近の世情に思わず悩むメロヌスだった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

「どうしよう……」

「何か困ってんのか? 理事長さん」

 潮風を受けるテゾーロに、ジンが問う。

「いや……実はな、〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を潰す計画を立てていたんだけどよ…すっかり後回しにしてたんだわ」

 〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を潰す計画をやっていなかった事を思い出し、ショックを受けた表情のテゾーロ。

 口では後回しにしてたというが、どう考えても忘れていたようにしか聞こえないのは言うまでもない。

(しかし……今思うと、「〝人間屋(ヒューマンショップ)〟潰し」はやっぱ時期尚早だったかもなァ……)

 テゾーロとしては計画は同時進行しておけばよかっただろうが、それが功を奏するとは言い切れない。

 天竜人は多種多様かつ多くの奴隷を所有する。奴隷の所有は一種のステータスらしく、どれだけ珍しく多いかでその天竜人の一家の財力・権力がわかるという。気に入った奴隷は傍に置いて遊び、飽きたら適当に労働させる非道な彼らにも、ランキングがあるようだ。

 しかしテゾーロの計画が実行された場合、奴隷を有する多くの天竜人を敵に回すこととなる。後回しにした――というより忘れてたに近い――のは、もしかしたら正解だったのかもしれない。

(だが、早めにしないと面倒だよな……)

 人身売買で得た利益は、果たしてどこへ行くのか。

 原作ではドフラミンゴが経営していたため、恐らく彼の元へ流れていっただろう。だが、ドフラミンゴは今〝北の海(ノースブルー)〟で活動している。恐らくシャボンディ諸島のにある〝人間屋(ヒューマンショップ)〟は、別の人物が経営しているということになる。

 その人物が不明である以上、迂闊に手を出すのもいかがなものか。

(下手こいて足すくわれるわけにはいかんしなァ……)

 その時だった。

「おォい、見えたぞ」

「!」

 クザンの声が聞こえ、彼の元へ駆け寄る。

 するとクザンは、ある島を指差した。

「あそこに見える島が、目的地のロワイヤル島だ」

「アレが…ロワイヤル島…」

 見えてきたロワイヤル島に視線を向けるテゾーロ。

「――何つーか、普通って言えば普通の賑やかそうな島だな……」

「ジンさん、見た目で判断してはいけませんよ。私が得た情報だと、あの島は無法者の巣窟らしいですし……」

 そう…表面的には賑やかな街が広がる島だが、実際は「闇」が深い。上っ面で判断するのはいけないのだ。

「ん? クザン中将、あの軍艦は……」

「!! あらら……どうやら先客がいたようだなこりゃ」

 テゾーロとクザンが発見したのは、海軍の軍艦。

 そう、テゾーロらより先に島へ踏み込んだスライスが乗っていたモモンガの軍艦だ。

「モモンガの奴、あいつに付き合わされて大変だな……」

「何か言いました?」

「いや、何でもねェ……」

 クザンの軍艦は、丁度モモンガの軍艦の隣に停泊する。ついに「本隊」がロワイヤル島に到達したのだ。

「……後はお前らの好きにしろ。タイミングを見計らってこっちも動いておくから」

「――ご協力感謝します、クザン中将」

 テゾーロはクザンに礼を告げ、サイとジンを連れて軍艦を降りた。

(こりゃ少しの間、世界が荒れそうだな……)

 クザンはフォードを逮捕した際の今後の動きを予想しながら、アイマスクをして寝るのだった。



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第52話〝作戦会議〟

3月最初の投稿です。


 島に上陸したテゾーロ達は、早速路地裏へと入った。

 これからテゾーロはハヤトに連絡をするのだが、表では怪しまれる上に見つかると面倒なため、路地裏で連絡を取ることにしたのだ。

「……おれの読みが当たってれば、この島にいると思うが…」

「出れる状況であればいいですね」

 

 プルプルプル……プルプルプル……ガチャッ

 

「「「!!」」」

《はい?》

「おーい、何やってんだー」

《っ!? テゾ――》

「いや、慌てすぎだろ……」

 電話に出たハヤトが、電話越しに絶句。

 別に責め立てるつもりじゃないのだが、悪事を働いたのがバレたような反応に三人揃って呆れた表情を浮かべる。

「お前さ……おれが言うとブーメランだけどよ、あんまりヤンチャすんなよ? 今回ばかしはかなりの厄介事なんだからよ」

《す、すまない……》

「いや、別に責めてる訳じゃねェからさ。いじけるなよ」

すると、電話越しに「電話代われ、あいつと話したい」という声が聞こえた。

 その声は、テゾーロがよく知っている声だった。

「まさか……」

《よう、テゾーロ。ずいぶんととんでもねェことを企んでたようだな》

「スライス!」

 ハヤトに代わって、スライスがテゾーロに話しかける。どうやらハヤトと共に行動していたようだ。

「ハヤトと共にいたとはな……お前こそ何しに来た」

《いんや、野暮用でね》

「ウソつけ、どうせおれと同じ目的だろ」

《あ、バレた?》

 相変わらずの会話のやり取りを展開するテゾーロとスライス。この二人、どこか似ているのかもしれない。

《まァそれはともかく……お前、作戦考えてきた?》

「! 今ここで語ろうと思っていたんだが…」

《実はおれとハヤトは、お前が来る前にある組織(・・・・)と剣客と相見えている……共に作戦に協力してくれる連中だ。おれはすでにそいつらと作戦を練っている。が……その前に協力者について語ろう》

 スライスは、テゾーロが来る前に何があったのか――その全てを語り始めた。

 

 

           *

 

 

 一方のスライス側。

「テゾーロ、まずは地下闘技場最強の剣士であるタタラから語ろう」

《タタラ?》

 スライスはタタラについて語り始める。

 この地下闘技場において唯一最強の名を有している剣客が、タタラという三つ目族の青年である。その技量は一太刀で相手を武器ごと斬り伏せる程で、地下闘技場においてほぼ無敵の強さなのだという。

《成程、地下闘技場の中で最強と謳われる男が手を貸すと?》

「そうだ。そしてもう一つ……「赤の兄弟」について話したい」

《あ、それ知ってるわ》

「な……知っているのか!?」

《ぶっちゃけ名前だけ。シャボンディの賭場で聞いただけだ》

 テゾーロ自身、情弱ではない。それなりに下調べをしてから行動する。とは言っても、「赤の兄弟」に関する情報は詳しく得ていないため、スライスに詳細な情報を求めた。

《ぶっちゃけ、どうなんだ?》

「ああ……総勢100名、リーダーがいる。全員が闘技場出場の経験があるようだ、それなりの力はあるはずだ」

《……戦力的にはこれといった問題は無いようだな》

「まァな。だがあくまでも分子を集めただけ(・・・・・・・・)…本隊ではない方が良い」

《だな…別動隊として動いてくれた方が動きやすいかもしれねェ》

 同意する両者。

 そしてスライスは、ついに本題を切り出した。

「さてと……テゾーロ、こっからが作戦内容だ」

《!》

「今からちょうど5時間後……午後3時に、地下闘技場で行われる大会にハヤトが出場する。そこでタタラとハヤトには「時間稼ぎ」をしてもらう。地下闘技場最強の剣士と〝海の掃除屋〟の戦いは見物だしな、そう易々とバレやしないだろう。その隙に海軍が島を包囲し、ネズミ一匹逃さない状況にする」

《……それがいいな。クザン中将が同行してくれたし、あとでボルサリーノ中将も合流する予定だからな》

「マジでか……!? 余計すげェ事になるな……モモンガに加え、クザンやボルサリーノまで来るのなら、こっちには怖いもの無しだな。ましてやここは〝偉大なる航路(グランドライン)〟の前半の海……覇気使いはほとんどいない。気ィ配るべきなのは、せいぜいフォードの出方だな」

 テゾーロ&スライス組の戦力は、相当なものである。

 テゾーロとスライスは〝覇王色〟の覚醒者。タタラは「地下闘技場最強の剣士」、ハヤトは〝海の掃除屋〟と呼ばれ恐れられた程の技量の持ち主。スライス達は知らないが、ジンとサイもその実力は折り紙つきだ。

 それに加え、海軍の中将2名に准将1名。さらに「赤の兄弟」も含めれば地下闘技場の鎮圧及び摘発は十分に可能だ。

《ちなみに「赤の兄弟」はどう動くつもりだ?》

「…こいつはおれに連絡したコルトの案だが、騒ぎを起こしてもらう。コルトが寄越した情報によると、ここの警備兵は皆フォードの部下らしい。そこで作戦中にフォードの野郎がこの島で有している戦力(ちから)を分散させる為に、周囲の警備兵達とひと悶着起こしてもらう」

《囮ってわけか……中々の大役だな》

 しかし問題はフォードだけじゃない。この島にたむろっている無法者連中が、皆フォードの味方についたら作戦に支障が生じる。

 ゆえに、スライスは「赤の兄弟」に加えて「フォード拘束組」と「闘技場鎮圧組」に分けて作戦を決行するという。

《成程…やるべき仕事(こと)はよくわかった》

《あ、すいません。代わってくれませんか?》

《? 別にいいが……》

「……?」

 電話越しから聞こえる男の声。

 テゾーロの部下であろうが、正体不明の人物だ。もっとも、彼の部下なのでそれなりの信頼はあるだろうが。

「誰だ?」

《サイファーポールの諜報員のサイと申します。今はテゾーロ財団とのパイプ役も兼ねてます》

「!? サイファーポール、だと……!?」

 まさかの人物に、目を見開き驚きを隠せないスライス。さすがの彼も、テゾーロがサイファーポールとつながっていた事は想定の範囲外だったようだ。

(何つー奴だ、テゾーロめ……サイファーポールにまで手が回ってたか……!!)

《スライスさん、私に一つ考えがあります》

「?」

《恐らく、地下闘技場で苦しんでる者達は「赤の兄弟」だけではないはず。できる限り協力者を集めてほしいのです……その上で、集まった協力者全員に黒いスーツを着せてほしいのです

 サイの提案に、思わず首を傾げるスライス。

 提案の内容自体は別に難しいモノではない。ただ、それをする意味がわからないのだ。

「スライス、別にそこまで拘る必要は無いだろう」

 ハヤトはそう告げるが、スライスは首を横に振る。

 「念には念を」…何事も用心に越したことはない。実業家であるスライスはそれをよく理解している。

「わかった、力は尽くそう」

《ありがとうございます、では代わりますね》

 サイがそう言うと、再びテゾーロが声をかける。

《っつーことだが、これでいい感じだな》

「ああ……後はそれぞれ分担して配置、準備を整えて決行するのみだ」

《じゃあ……今からそっちにサイを向かわせる。「赤の兄弟」の方と合流させたい……別にフォードはおれ達とてめェでどうにかなるし、闘技場鎮圧組は海軍に任せりゃいいだろう》

「そうだな……よし、これで大体の作戦は伝えた。それぞれ臨機応変に対応し、作戦の成功に尽力しよう。武運を祈る!!」

 

 今ここに、「テゾーロ財団」「スタンダード・スライス」「海軍」「赤の兄弟」の四勢力による〝地下闘技場摘発作戦〟が始まろうとしていた。




ちなみにサイの提案、作戦において意外な効果を発揮するのでお楽しみに。


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第53話〝作戦第一段階〟

やっと更新です。
昨日は震災があった日…7年の短さを感じます。
ふと気づいたのですが、この小説も執筆し始めてから1年1ヶ月と3日経ってるんですね…。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。


 作戦決行5分前。

 テゾーロ・スライス・ジンは「フォード拘束組」、サイは「赤の兄弟」と同行、ハヤトとタタラは「闘技場鎮圧組」の一員としてそれぞれ準備していた。

「皆、準備はいいか?」

 テゾーロが電伝虫を通じて告げると、ジンとスライスが持っている電伝虫が返答する。

《いつでもいいですよ》

《すでに闘技場の中だ、おれとタタラは準備万端だ》

 富と権力を利用して悪行を重ね、娯楽の為に人々を弄んだ悪漢…アルベルト・フォード。

 天竜人と癒着しているがゆえ、政府も迂闊に手を出せない強大な存在であったが、ついに年貢の納め時が来た。

「――さァ、ショータイムだ」

 地下闘技場摘発作戦が、ついに開始した。

 

 

 そして5分後、午後3時――作戦開始時刻――になる。

《お集まりの紳士淑女諸君!! 本日行われる闘技場での決闘は、まさに血湧き肉躍る凄まじい戦いになるだろう!! 地下闘技場で比類なき強さを見せつけた最強の剣客・タタラに挑むのは!! 何と海の荒くれ者達から恐れられた勇猛な賞金稼ぎ〝海の掃除屋〟である!!!》

 観客席から一気に歓声が上がる。

 それと共に、それぞれの入り口からハヤトとタタラが入場する。

《地下闘技場最強の剣士に立ちはだかる〝海の掃除屋〟!! かつてない敵が迎え撃つ!!! タタラの無敗伝説はどうなるのかにご注目!!!》

 対峙する剣客同士。

 ハヤトは背負った身の丈ほどの大太刀を抜き、タタラは仕込み杖を構えて腰を沈める。

「……何をすべきか、わかりますよね?」

「ああ…わかってる」

 タタラは額の目でハヤトの姿を見据えながら、彼と言葉を交わす。

 互いがやるべきことは、ただ一つだ。

《さァ!! 今、開始のゴングが鳴ったァァ~~!!!》

 ゴングが鳴り響き、試合が始まる。

 しかし、ハヤトもタタラもその場から一歩も動かない。

《お、おや……これはどうした!? ゴングが鳴ったのにもかかわらず、両者はピクリとも動かない!!》

 まるで微動だにしない二人に、観客はどよめく。

 だがフォードだけは、この光景の原因を瞬時に把握していた。

(すぐに動かないのは当然……互いに〝間合い〟を理解しているのだからな)

 間合いは個人の技量や得意とする武器によって異なるが、強者同士の場合だと相手の間合いを封じながら自分の間合いで戦うことができるかどうかが重要視される。迂闊に近づけば、一瞬で倒されてしまうのだ。

「……」

「……先攻はそちらでも結構ですよ」

「随分と余裕だな……じゃあお言葉に甘えて、こちらから行くぞ!」

 ハヤトはそう言い、タタラに斬りかかった。

『!?』

(速い!)

 身の丈ほどの大太刀を持っているにもかかわらず、一気に間合いを詰めるハヤト。

 その速さに観客は勿論のこと、フォードですら愕然とした。

「おおおお!!」

 

 ズドォン!!

 

 ハヤトは大太刀を振り下ろした。その威力は凄まじく、闘技場の地面を大きく抉った。

 しかしタタラはハヤトの背後に飛んで避けており、仕込み杖を逆手に構えて居合を放った。

 

 ギィン!!

 

「っ!」

 だが、その程度でやられるほど〝海の掃除屋〟は弱くない。ハヤトは咄嗟に左腕を武装硬化させ、仕込み杖の刃を受け止めた。

 今まで全ての敵を一太刀で倒してきたタタラの剣技が、得物どころか左腕で防がれた。そんな想像だにしなかった展開に、観客は一気に盛り上がった。これが全て芝居とは知らずに。

「まだまだだ!!」

 ハヤトは大太刀を横に薙ぎ払ったが、タタラの姿は消えていた。

「長大な大太刀は攻撃の型が限られる。「飛ぶ斬撃」を放つか、薙ぎ払うか、斬り下ろすかのいずれか……」

「っ!?」

 タタラは大太刀の刃に乗り、仕込み杖を構えていた。

 射程範囲や純粋な威力はハヤトの方が上だろうが、身のこなしはタタラの方が上――真剣勝負では個人の技量だけでなく「速さ」もモノを言うのだ。

「集団戦ならばハヤト…あなたの方が上でしょう。だが一対一(サシ)は別――これで終わりです!」

 タタラは刀を返し、峰打ちを狙う。

 しかしハヤトは咄嗟にコートの内ポケットから、ある物を取り出して防いだ。

「!? こ、これは……!?」

「言い忘れていたが……〝海の掃除屋〟の武器は大太刀に加え、扇子がある」

 ハヤトはそう言うと、扇子を広げて大きく振るった。

 すると突風がタタラを襲い、彼を吹き飛ばした。その風は観客席にまで届き、帽子を吹き飛ばされないよう必死に押さえている者もいる。

「大太刀と扇子……成程、遠距離攻撃はお手の物ですか」

 タタラは仕込み杖を構え、切っ先をハヤトに向ける。

 ハヤトもまた、扇子を広げ大太刀に覇気をまとわせ武装硬化させる。

「いずれにしろ、これで互いに準備万端……では改めて……いざ!」

「尋常に勝負!」

 睨み合う両者。

 地鳴りのような歓声が沸く中、二人の戦いを観客席から観ていたフォードも、満面の笑みを浮かべていた。

「フッフフ……これはいい試合だ。私が今まで見た試合では間違いなく一番だろうな」

 フォード自身、こうして何十回と試合を観戦してきたが、これほどまでに盛り上がる試合は初めてであった。観る者を興奮させ、戦いの結末を見届けられる幸運に感謝できるような〝本物の(・・・)試合〟……それが今、目の前で行われている。

 どちらが勝とうと、共倒れになろうと、この戦いは最後まで観る価値がある。今までの試合がつまらなく感じてしまうほどであった。

 その時だった。

「フォード様!!」

「どうした?」

「地下闘技場の真下――囚人部屋において、ガキ共が……!!」

「フンッ……なァに、いつもの騒ぎを起こしてるんだろう。適当に済ませろ」

「い、いえ……それが……!」

「……?」

 

 

           *

 

 

 同時刻、地下闘技場の真下では、オルタ達「赤の兄弟」が蜂起して大騒ぎになっていた。

 いつもは口論で済んでいたが、今回は武器を手にして部屋から脱走して反乱を起こしたのだ。想定外の事態に、フォードの部下達は混乱しながらも鎮圧しようと抑え込んでいる。

「畜生、どうなってんだ!?」

「何でこんなに少ねェんだよ!!」

 オルタ達に対して、フォードの部下達は圧倒的な人数で圧力をかけていた。

 しかしどういう訳か、今日に限って部下の数がいつもの半分にも満たない。何かが起きているのは明白だ。

「おい、早く仲間を呼べ!!」

「おれ達だけじゃキツイぞ!!」

「その必要はありませんよ」

 一人の男性の声が響き渡る。

 すると次の瞬間、フォードの部下達に強烈な痛みと衝撃が襲いかかった。気づけば胸から血がにじみでていた。

 フォードの部下達は声のした方向…真後ろへと振り向く。そこに立っていたのは……端正な顔立ちをした、指を血で濡らした男だった。

「〝武装色〟の覇気を纏った〝指銃(シガン)〟……永眠(ねる)にはちょうどいい睡眠薬でしょう?」

 ゆっくりとうつ伏せに倒れるフォードの部下達を見ながら、氷のように冷たい笑みを浮かべるサイ。

 サイは「六式」に加え〝武装色〟と〝見聞色〟の覇気を扱えるため、戦闘力がかなり高い。武装したフォードの部下達を全員始末することなど造作もない。

「さて……これでこちらの作業は終わりに近づきましたね。「赤の兄弟」の皆さん、早速彼らの身ぐるみを剥いで黒スーツを着てください」

「――何の為だ?」

「〝心理作戦〟の成功の為ですよ……私がよく使う手口でしてね」

 オルタの質問に答えるサイ。

 どうやら彼の言う〝心理作戦〟は、諜報員として活動する中で多用しているようだ。

(さて……こちらはもうすぐ。次はテゾーロさん達の番です……)

 サイは羽織っているコートから子電伝虫を取り出し、連絡をする。

「こちらサイ。テゾーロさん、こちらの準備は整ってます」

《OK、次はおれらが暴れる番だな? わかった。お前は手順通り、海軍に連絡をしろ》

「了解。ご武運を……」

 

 地下闘技場摘発作戦、第一段階「部下一掃及び黒スーツ奪取」達成。



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第54話〝ショクショクの実〟

ずいぶんと長く時間がかかりました。
申し訳ありません、大学の課題がかなり多かったので…。


「あの小童共、そこまでの力が残ってたか……」

 腕を組み、眉間にしわを寄せるフォード。連日闘技場に参加させ、反抗できる体力を削いだつもりでいたが、まさかここへ来て大勝負を仕掛けてくるとは。

 さすがのフォードも、これは想定外だった。

(今までは見世物として助命をしてきたが……そろそろ処分の時か)

 一方のハヤトとタタラも、疲れ始めていた。

「ゼェ……ゼェ……そろそろ、頃合いだな……」

「ハァ……ハァ……ここいらで止めないと、ヤバイですし、ね……」

 息を荒くする両者。芝居を演じているとはいえ、互角の斬り合いを30分近くやっていれば少しは疲れるものだ。

「流れを変えなきゃいけませんね……」

「どう持ち込むか、だな……」

 その時だった。

 

 ズドォン!!

 

『ギャアアアアアアア!!!』

「「っ!!」」

「なっ……!?」

《こ、これは何事だァ!!? タタラ選手の入場口から屈強な男達が……!!》

 タタラの入場口から、ガタイのいい男達が吹き飛んできた。

 男達の体にはどれも刀傷が刻まれており、斬られてから吹き飛ばされたということが容易に窺えた。

「参ったな、道に迷っちまった」

 ハヤトが出てきた方の入場口から、一人の男が現れた。

 革靴を履き黒いマントを羽織った、袴姿で白い短髪が特徴の男――ジンだ。

「おいおい、まだ芝居してたのか? いい加減にするべきじゃねェか?」

 突然の乱入者に、どよめく観客達。

 すると、今度は観客席から声が聞こえてきた。

「――ったく、こっちからエンターテインメンツにキメようとしたってのによ…まァどっちでもいいか」

 青年の声が響き渡り、どこからか靴音が聞こえる。

 それは少しずつ、フォードに近づいていき、そして――

「ぬんっ!!」

 

 ドゴッ!!

 

「!?」

 〝武装色〟の覇気で黒く硬化した拳が、フォードの顔を抉った。

 彼を殴ったのは、テゾーロだった。

「ぐォっ!!」

 フォードは観客席から吹き飛ばされ、闘技場のフィールドに叩きつけられた。

 突如起きた暴力沙汰に、会場は大騒ぎになる。

「お、お前は……!」

「色々言いたいことはあるが、面倒だから割愛だ。アルベルト・フォード、年貢の納め時だ。色々やらかした事の全ての落とし前、つけさせてもらうぞ」

 フォードが立ち上がろうとした瞬間、彼の目の前に黄金の指輪がいくつか転がってきた。

 そしてあっという間に黄金に輝く触手が出現し、フォードを拘束した。

「若造……どういうつもりだ……」

「大体わかるっしょ? あんたを潰しに来たんだよ」

「バカな……この私がどういう存在か、お前は勿論、世界政府は知らぬわけでもあるまい……!!」

「あんたの野望を看破したんだよ。もっとも、おれが海軍中将を通じてチクったんだけどね」

 テゾーロの言葉を聞き、フォードは目を見開く。

「天竜人と癒着関係になって自身の財力と天竜人の権力で商売敵を潰す。そして〝死の商人〟の摘発されにくい立場を利用し様々な戦争の主導権を握り、軍事バランスを掌握して世界を支配。最終的には世界政府をしのぐ力を得て世界の実権を握る。……雑だけど、あんたの筋書きはこんなところだろ?」

「っ……恐れ入った、見事な推理力だ……」

 テゾーロの推理力に、驚愕を通り越して感心してしまうフォード。

 海軍や世界政府にすら看破されなかった己の野望を、まさか自分を嗅ぎ回ってた無謀な若者に全て見抜かれていたとは夢にも思わなかっただろう。

「世界政府は、ぶっちゃけあんたが天竜人とつながってたから迂闊に手を出せなかったんだ。だが好き勝手も度を越すと、どんな人間も腹を括って相手を潰しにかかるんだ――どんな手段を使ってでもね」

「世界政府はお前を利用して、自分達に責任転嫁されないように手を打ったのか……!!」

 フォードの脳裏に浮かび上がったのは、かつて世界政府が主導した「ワールド殲滅作戦」だった。

 かつては海賊王ロジャーや白ひげ、金獅子のシキと並んで恐れられた伝説の大海賊バーンディ・ワールド率いるワールド海賊団を潰すべく、海軍はワールドに恨みを持つ海賊達と結託し、海賊連合に加え全盛期のガープとセンゴクという掟破りの戦力で前代未聞の艦隊戦を繰り広げた。

 絶対的正義を掲げる海軍が、その信念を曲げて本来捕えるべき海賊達と徒党を組んだ苦い思い出だ。

 ――そんな見下げはてた手口を、また使ったのか。

 フォードは海軍に対し失望したと同時に怒りも露にしたが、テゾーロはそういう訳ではないと言う。

「違う違う、元はと言えばそこにいるジンがおれに頼んだことから始まったんだ……そういえばジン、お前って何の為に地下闘技場(ここ)を潰してほしかったんだっけ?」

「そういえば言ってなかったな……知り合いの弔いと、あの子達を解放するためだ」

「あ、そうなの? てっきりオルタ達だけかと」

「事は一刻を争う事態ゆえ、時間が無くて言えなかった。悪かったと思ってる」

「まァ、どうでもいいか。案外早く仕事は終わりそうだしな」

 闘技場のフィールドに、何と今度はスライスが登場。

 客人として来ていた男がテゾーロとグルである事を知り、動揺を隠せないフォード。

「スライス殿……!?」

「おれもあんた潰しに接触したんだよなァ……」

「っ……驕るなよ、若造共!」

 フォードがそう叫んだ瞬間、彼を拘束していた黄金は、ビリビリと震えた瞬間粉々に砕けた。

 鉄を遥かに上回る程の硬度を有する黄金が砕け、驚愕するテゾーロ。

「この〝ショクショクの実〟の能力(しょうげき)の前では、黄金の拘束も無意味だ」

 つまり、フォードは〝ショクショクの実〟という衝撃を操る悪魔の実の能力者であり、衝撃を伝導させて黄金を砕いたという訳である。

(マズイな……確かに黄金を操るテゾーロの能力は脅威だ。だがフォードはどんな防御も貫通させてダメージを与えられる……! 分が悪いぞ……)

 衝撃や振動は、物体相手に凄まじい影響を与える。

 両端を固定した弦や管の中の空気、つなぎ合わせた振子など、物体には全て固有の振動数がある。それに物体を揺らす「共振」を起こせば、理論上どんな物体も破壊にもっていくことが可能であるのだ。

「ここまで追い詰められた以上は止むを得ん…お前のような厄介なイレギュラーは、脅威となる前に消さねばならん。いいだろう、お前を我が人生における大きな敵として打ち砕いてくれる!!!」

 悪意に満ちた笑みを浮かべ、両手に小刻みに震える白いオーラを纏わせて拳を握り締めるフォード。

「若者一人にそんな大層な表現たァ恐れ入るけど……あんたをここで引きずり降ろすんで」

 テゾーロは指にはめていた黄金の指輪にゴルゴルの能力を宿らせた。

 その直後、フォードがショクショクの能力を用いて破壊した黄金は火花を散らして融け、テゾーロの身の丈より巨大な黄金の番傘に変化した。

 そしてテゾーロは黄金の番傘の柄の部分を握り、構えた。

「お互い海賊ではないが、この世界は常に生き残りを賭けている。卑怯なんて女々しい言葉は言わせんぞ」

「この世界では、そんなの常識でしょうに……ジン、スライス。予定変更だ、フォードとは一騎打ちで勝負する!! ゴミ掃除を頼む」

 テゾーロの言葉に、ジンとスライスは互いに顔を見合わせてから無言で頷いた。

「死んだら承知しねェからな」

「死なんさ、大切なモンがうじゃうじゃいるんでな」

「リア充め」

 そんな素っ気ない会話を終え、テゾーロは巨大な番傘を携えてフォードに飛びかかった。

 

「今までの悪事の代償、支払ってもらうぞ!! フォード!!」

 

「っ……貴様ごときに阻まれてたまるか!!!」

 

 実業家同士の戦いが、勃発した。




テゾーロが生みだした番傘は、銀魂の鳳仙の持っていたあのバカデカイ番傘の金ピカ版だとイメージしてください。

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第55話〝作戦第二段階〟

4月最初の投稿です。
アニメはやっとお茶会を迎えましたね、これからが楽しみです。

そういえば、ついにゲゲゲの鬼太郎第6期(沢城みゆきさん)が始まりますね。
自分は世代としては第5期(高山みなみさん)ですが、個人的には第4期(松岡洋子さん)が好きです。エピソードも良作ばかりなので。


 ついに地下闘技場摘発作戦第二段階「フォード拘束」が始まる。

「おおおおおおおお!!」

 テゾーロは番傘を振り上げ、フォードを潰しにかかった。

番傘の胴が黒く染まっていき、それを視認したフォードは冷や汗を流した。あの黄金の番傘に、テゾーロは〝武装色〟の覇気を纏わせたのだ。

(いかん!)

 フォードは両腕を武装硬化させ、テゾーロの一撃を受け止めた。

 踏ん張ったフォードの両足がフィールドに減り込み、沈む。

「……あり? マジでか!?」

 テゾーロは素手で受け止めたフォードに驚愕する。

 しかし、フォードは指一本とも気が抜けない状況だった。

(あやつめ、ショクショクの能力を封じるべく覇気を纏いおった…!!)

 〝武装色〟の覇気は、海と同じエネルギーを発する海楼石か弱点を突く以外で「悪魔の実」に対抗できる手段だ。

 当然、フォードの衝撃波に対抗するには覇気で得物を強化せねばならない。

「この……小童がァァァ!!」

 フォードは力を込めて番傘を弾き返した。

「うをっ……とっと!!」

 テゾーロはバランスを崩して黄金の番傘の重みに振り回されるが、それを利用して回転しながら体勢を立て直し、勢いよく番傘を薙ぎ払った。

「ぐっ……!!」

 猛烈な風に見舞われ、瓦礫が襲いかかり、視界が奪われる。

 フォードはテゾーロの隙を突こうとするが、番傘を振り回す際に発生する衝撃や風圧で迂闊に近づけずにいる。衝撃波を打ち込もうにも、テゾーロの攻撃の余波のせいで間合いを詰めにくいのだ。

「あんな超重兵器を苦も無く振り回すのか、あいつァ……!!」

「攻撃の型が限られてるのに……!!」

 スライスとタタラは、テゾーロの技量に驚嘆する。

 たとえ覇気を纏っていなくても、今のテゾーロは身の丈ほどの巨大な金塊をバットのようにブンブンと軽く振り回している。一度でも体に直撃すれば、致命傷につながりかねない。

「お次は……これだ!!」

 テゾーロはそう言って跳び、番傘を頭の上で回転させ始めた。

 黄金の番傘の「超重」に回転の「遠心力」を上乗せして、威力を高めているのだ。

「そォら!!」

 

 ドォォン!!

 

 大砲の弾が直撃したような轟音が響く。

 その凄まじい衝撃は、フィールドに巨大な亀裂を走らせ、猛烈な土煙を発生させる。

 これにはさすがのフォードもただでは済まないだろう。だが……。

「甘いわっ!!」

(何っ!?)

 何とフォードは紙一重で躱しており、そのままテゾーロの懐に潜り込んだ。

 

 ゴッ!!

 

 テゾーロの脇腹に、フォードの衝撃波と覇気を纏った裏拳が直撃する。

 咄嗟に武装硬化で脇腹を守るも、衝撃波は体に伝わり吐血して吹き飛ぶテゾーロ。その際にあの番傘を落としてしまい、丸腰になってしまう。

「ぐっ……何つー威力だ……」

 頭や口から血を流し、何とか起き上がるテゾーロ。

 だが、その瞬間にフォードの追撃が始まり、跳び蹴りが鳩尾に直撃する。

「がっ…!!」

 咄嗟に覇気で防いだものの、やはり衝撃波は完全に防げずダメージを負う。

 そしてフォードはテゾーロ首を掴み持ち上げた。

 体が完全に浮き、自らの体重で気管が塞がれかけて苦しそうな表情を浮かべるテゾーロ。

「やってくれたな……」

 怒りに満ちた声で呟き、フォードはテゾーロを掴んだ手を白いオーラで包み込んだ。

「このまま衝撃波をぶつけ、頭を砕いてくれる!!」

「……ハァ……驕るなよ……おれは、黄金を操る男だ……」

「……?」

「触れた黄金や、生み出した黄金は…………全て、おれの支配下に置かれる!!」

 その瞬間、バチバチと火花が散り、黄金の番傘が瞬く間に融けて触手となってフォードに襲いかかった。

 フォードはそれを何とか躱し、距離を取る。一方のテゾーロも、口内から血を吐き出して立ち上がる。

(くっそ、「銀魂」の鳳仙をイメージして番傘を使ったはいいものの……威力は最高だがさすがに鈍重すぎた……もう少し軽い武器がいいか……)

 鈍重な武器は、その重さゆえ威力は凄まじいの言葉に尽きるが、その一方で相手の「速さ」についていくのが厳しい。

 テゾーロの相手は素手だが、その分動きが速い。ならば、相手の「速さ」についていけるように武器を変える必要がある。

(間合いを考えると……薙刀がベターか……)

 突く・斬る・払うといった多彩な動きができる長柄武器――薙刀は、重心位置が遠くにあるため、遠心力を用いて強力な斬撃を放つことができるという利点がある。

 元々薙刀のような長物は、広い場所なら(・・・・・・)圧倒的な強さを発揮する。薙刀と刀なら、リーチに勝る薙刀が刀の届かない間合いで一方的に斬りつけることができ、持ち手の間隔の広さから刀身を刀よりも遥かに強く動かせるので、薙刀を受けた刀は翻弄されてしまうのだ。

「よし……」

 テゾーロの手から火花が散ると、黄金の触手は彼の手元へと向かい、一瞬で薙刀に変化した。

「薙刀か……」

「今度は、さっきみてェにはいかんので」

 テゾーロ対フォードの第2ラウンドが始まろうとしていた。

 

 

 一方のジン達は――

「あんな攻撃を毎度仕掛けたら、こっちも巻き添えに遭っちまうな……」

「賢明な判断だったな」

 テゾーロの戦い方を間近で見て、下手に援護しないで良かったと話し合う。

 すると、ジン達を取り囲むように殺気立った武装した集団が現れた。

 ふと辺りを見渡せば、観客席の一部からも銃を向けられている。

「てめェら……何てマネしてくれやがる。おれ達の興業を台無しにしてくれやがって。ここがどこだかわかってるのか?」

 銃や剣を向け、怒りと動揺に満ちた目でジン達を睨む男達。

「何てマネって言われてもな……これを狙ってたんだからどこだかわかってもわからなくても同じ結果だ」

「なっ……」

 スライスの言い分に、愕然とする男達。

 地下闘技場の案件は海軍ですら首を突っ込まないのに、ここへ来てどこの馬の骨かわからない連中に興業を潰されるとは夢にも思わないだろう。

「そんじゃ、親玉(デケェの)はあいつに任せて……」

「子分を狩るとしようか」

 スライスは両腕を黒く硬化させ、ジンは得物の刀身を黒く染める。

「その子分狩り、私達も付き合いましょう」

「ちょうどいい憂さ晴らしになりそうだしな」

 スライスとジンの隣に、抜刀したハヤトとタタラが立つ。

「……加勢せんでもいいってのに」

「海軍に外堀を埋めさせて、我々は内堀を埋めましょうって訳です」

「――成程」

「何をゴチャゴチャと……舐めやがってェ!!」

「やっちまえェ!!」

 一斉に襲いかかる男達。

 スライス達も、敵勢力を殲滅すべく暴れ始めた。

 

 

           *

 

 

 聖地マリージョア。

 世界貴族〝天竜人〟であるクリューソス聖の邸宅の応接室では、現海軍元帥のコングとクリューソス聖が話し合っていた。

「……どうやらようやく動いてくれたようだな。私は他人に圧力をかけるのは好まないのだがね」

「奴は強大です……我々海軍も動けないんですよ」

「だが事前に動いてくれた者がいるじゃないか」

「……クザンですか」

 クザンは亡き親友・サウロと共に、悪漢フォードを追っていた。

 彼自身も海軍の中では良くも悪くも型破りといえる存在。だからこそ、海軍の中ではある意味でタブーと言えたフォードの件に首を突っ込み、偶然目的が重なったテゾーロと共に動いたのだ。

「フォードの行動と狙いは目に余る。ここで潰しておかねば、世界を混乱させるだろう」

「……それで、五老星に圧力をかけたのですか」

「人聞きが悪いぞ……要請したんだ」

 不敵な笑みを浮かべるクリューソス聖。

 クリューソス聖もまた、フォードに危機感を抱いていた。ゆえに、彼を潰そうと画策していた者達の処分を少しでも軽くするために五老星に要請という名の圧力をかけたのだ。

 五老星は世界政府の最高権力者であり、同時に天竜人の最高位であるのだが、その関係は一枚岩ではないため天竜人の意向には渋々応じる。しかし五老星も内心フォードのことを快く思ってなかったようで、若干清々しい表情をしていたらしい。

「コング、後のことはわかっているな?」

「ええ……我々が処分します。これで海軍のタブーは消え、少しは気が楽になれそうだ……」

 ようやく悩みの種が無くなることに安堵したのか、コングは深い溜め息を吐くのだった。




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第56話〝終局〟

やっと更新です、申し訳ありません。
今月中は書き直しを行いますので、ご了承ください。


 港近くの酒場。

 ここではある海賊団がどんちゃん騒ぎしながら酒を呷って楽しんでいた。

 海賊団の名は、赤髪海賊団――後に〝新世界〟の海を統べる海の皇帝達「四皇」の一角となる大海賊〝赤髪のシャンクス〟が率いる海賊団だ。

「あ~美味い! 船で飲むのも美味いが、酒場で飲むのも最高だ!!」

「もうそのへんにしといたらどうだ? 飲みすぎは体に毒だぞ」

「バーロー! せっかくの貸し切りなんだ、全部飲み干すぐらいパーッといこうぜ!!」

 黒いマントを羽織って麦わら帽子を被った男が、煙草を咥えた黒髪の男の肩に手を回す。

 この麦わら帽子を被っている男こそがシャンクスであり、煙草を咥えているのがシャンクスの右腕である副船長のベン・ベックマンだ。

 シャンクスの言う通り、店には人がほとんどいない為、赤髪海賊団の事実上の貸し切り。ゆえに、酒場の酒は全て赤髪海賊団が独占している状態だ。

「お頭ー!! ベンの言う通りだぜー?」

「二日酔いになっても知らねェぞー!!」

「あんだとォ!? 今度はしくらねェから心配すんな!!」

 一海賊団の船長とあろうものが二日酔いで苦しんだという事を暴露されながらも、陽気に受け流して酒を呷るシャンクス。

 船員達も爆笑しながら、ジョッキの中の酒を飲み干す。

 その時だった。

「ありゃあ、赤髪海賊団の船だねェ~……」

「こんな所に来てたのか……」

「――っ!」

 ふと聞こえた、外の会話。

 それを耳にしたシャンクスは表情を変え、飲みかけのジョッキをテーブルに置き、剣を手にしていつでも抜刀できるよう柄を握った。

 それを見た幹部のラッキー・ルウは肉に食らいつきながら訊いた。

「お頭ァ、どうしたんだ?」

「気をつけろ……外に〝黄猿〟と〝青キジ〟がいる」

『!!!』

 シャンクスの言葉に、警戒しだすルウ達。

 海軍本部の将校の中でも圧倒的な存在感と実力を有するクザンとボルサリーノが酒場の外にいる事を察知し、船員達は目の色を変えて各々得物を手にする。

 だが……。

「――だが、おれ達はこっちよりも重要な仕事があるからな。そっちが優先だな」

「今回は任務が任務だからねェ~……フォード一人だけじゃあ寂しいだろうから、部下と共に御用になってもらうよォ~……!」

 クザンとボルサリーノは、海兵達を連れてその場を後に街中へと入っていった。

 

 

           *

 

 

 一方の地下闘技場では、テゾーロ達が大暴れしていた。

「フンッ!」

 番傘から薙刀へと切り替えたテゾーロは、フォードに迫る。

 刀身は〝武装色〟の覇気を纏っているからか、黒く光っている。

「っ……だが、この程度では通用せんぞ若造!」

 フォードは〝見聞色〟の覇気を駆使してテゾーロの攻撃を捌く。

「……さすがに一筋縄では行かねェようで」

「言っただろう、貴様ごときに阻まれてたまるかと」

「違いねェ。だが、総力戦となればこちらに分がある」

「何――」

「あちらを見ればわかる」

 テゾーロが指差す方向に目を配るフォード。

「なっ……!!」

 フォードは、その光景に言葉を無くした。

 スライス達4人が自分の部下とその場にいた悪党共を次々に倒しているのだ。

 人数と武器の数では、フォードの部下達と悪党共が圧倒的に勝っていた。しかし4人は、その圧倒的な物量の差を個々の力量で全て捻じ伏せていたのだ。

 まずは、スライス。黒く硬化させた両腕で刀剣の刃を叩き割り、脇腹に回し蹴りを炸裂させ鳩尾や顔面に拳打を叩き込む。力任せの喧嘩殺法だが、一撃一撃が凶器を用いた攻撃よりも重く鋭いため、戦闘慣れした悪党達は悉く倒されていく。

 次に地下闘技場最強の剣士であるタタラと、テゾーロ財団に属する(ジン)。互いに刀を振るって的確に斬撃を浴びせ、確実に倒していく。しかも戦いも剣術だけでなく、蹴るは殴るは鞘で叩きつけるは、臨機応変に暴れ回っている。

 そして、テゾーロの部下となった〝海の掃除屋(ハヤト)〟。風切り音を立てながら大太刀を振り回し、竜巻のように巻き込みながら薙ぎ倒していく。海上で腕の立つ〝偉大なる航路《グランドライン》〟の賞金首を狩り続けたその強さは伊達ではなく、強烈な一撃が次々と見舞われて悪党達を圧倒する。

「何だあいつら、人間か!?」

「つ、強ェ……!!」

 フォードの手下達も、4人の戦闘力に驚愕し怯える。

 この地下闘技場は違法なモノ…万が一に備えて常に強固な警備体制を命じられている。

 彼らに油断は無い。だが、4人の桁外れの実力の前に次々に倒されていく。

「――ええい、役立たず共が……!」

 フォードは次々に倒されていく部下達に対し、冷たい言葉を吐く。

「よそ見してていいんですか、な!」

 テゾーロは薙刀を振るい、フィールドを豪快に抉った。

 しかしそれをギリギリで躱したフォードは、右腕を黒く染めて震えるオーラを纏わせてテゾーロに迫った。

「これで終わらせてやろう、ギルド・テゾーロ!!」

 戦いの終局を目指して、駆け出すフォード。

 テゾーロは咄嗟に薙刀を融かして分厚い壁に変化させてそれを防ごうとしたが、フォードの拳はテゾーロの黄金の壁を砕き割り、鳩尾にヒットした。

 

 ドォン!!

 

 衝撃波と〝武装色〟の覇気を纏った、強烈な一撃が炸裂する。

 生ける伝説と修行して肉体を鍛え上げたテゾーロとて、それを完璧に防ぐことはできない。黄金の壁のおかげで多少は威力を殺せたが、フォードの打撃と衝撃波が体内を貫通して吐血する。

(勝った!!)

 己の勝利を確信したフォード。

 だが……テゾーロは耐えきった。

「なっ……!?」

 テゾーロは右腕に黄金を纏わせた。

 黄金はテゾーロがよく使う技〝黄金爆(ゴオン・ボンバ)〟よりも更に重厚な手甲――まるで、これから放つ技の反動の強さを物語っているようでもあった。

 テゾーロは血を流しつつも、右腕を豪快に振るった。

 

「〝黄金の業火(ゴオン・インフェルノ)〟!!」

 

 テゾーロ渾身の一撃が、フォードの腹に減り込んだ。

 次の瞬間――

 

 ドガアァァァン!!

 

 テゾーロの黄金の拳が、爆発を起こした。

 炎が爆ぜ、爆風と衝撃がフォードに直撃し、彼を観客席まで吹き飛ばした。

 体力を消耗した状態で大技を敢行し、その場にいた全員が息を呑んだ。

「うっ……」

 テゾーロは反動でバランスを崩したように、仰向けに倒れた。

 息を荒くする彼の顔は血と汗に塗れ、フォードとの一対一(サシ)の勝負の過酷さを物語っている。

「……テゾーロが……」

「……や、やった……?」

「テゾーロが、フォードをやりやがった!!」

 スライスが叫んだ後、空気の爆ぜるような歓呼の声が沸き上がる。

 ついに悪漢アルベルト・フォードをテゾーロが倒した。

 黄金の力をモロに食らったフォードはそのまま失神し、動くこともできないでいた。

(これで……全てが……!)

 タタラは額の目から、涙を流した。

 ――ようやく、悪漢の支配が終わり解放される。

 その想いで、胸がいっぱいになる。

「――ハハ……ザマァ」

 テゾーロは満身創痍の状態ながらも、清々しい笑みを浮かべるのだった。



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第57話〝作戦終了〟

やっと更新です。


 フォードとの激闘に勝利したテゾーロは、倒れたまま動かないでいた。

「テゾーロ、大丈夫か!?」

「テゾーロ!!」

 スライス達は、フォードとの戦闘で傷だらけになったテゾーロの元へ駆けつける。

 テゾーロは死んではいないが、激しい戦闘で蓄積されたダメージが相当響いているのか、中々起き上がれないでいた。

「骨が何本かイッちまってるな…応急処置しようにも、満足に体動かせねェや――参った」

 呆れた笑みを浮かべるテゾーロ。

 何度も衝撃波を打ち込まれ、覇気で殴られ、よく生きていられるものである。

「さて…フォードの野郎を潰した以上、残りは烏合の衆。どう料理するか…」

 スライスは残党達に視線を向ける。

 空気も凍てつき、もはや形勢は不利だとわかっていながら…彼らは未だ虚勢を張った。

「てっ、てめェら……こんなマネして、ただで済むと思ってんのか!? おれ達のバックに誰がいると思ってんだ……!!」

「クク……さァな、検討もつかねェ」

 下らぬ戯言、虚勢に呆れながら言葉を促す。

 だが彼らの儚い虚勢と淡い期待は、すぐに消え失せた。

 舞台に次々と立ち入る、武装した乱入者達――それは、どこかで見覚えのある衣装の者達だった。

「おめェ達の後ろに、誰がいるかだってェ~……?」

 新たな声と、新たに突きつけられた光り輝くモノと嫌という程に感じる冷たい気。

 男達の動きを止めていたのは、2人の海兵の姿だった。

「それはわっしら、海軍だよォ~……!!」

「あららら……おっかない人達がついてるんだねェ」

 ボルサリーノとクザンが、海兵達を連れて乗り込んだ。

 その後、スライスに無理やり付き合わされたモモンガも現れた。

「全員、大人しくしろ!! この場は我々海軍本部が制圧した!!!」

 モモンガが声高に告げる。

「ヤベェ!! 海軍本部の将校達だ!!」

「ずらかれェ!!」

 海軍本部の部隊が乗り込み、大混乱になる。

 一刻も早く逃げ延びるべく、一斉に出入口へ向かうが……。

「全く……暴れすぎですよ皆さん、少しくらいは残しておかないと。我々は彼らの供述を基に書類書かなきゃいけないんですよ?」

 その声と共に、帽子を被り直しながらスーツ姿の集団を引き連れて男性が倒れているフォードのそばに現れた。

 サイだ。

「……ま、まさか……お前らは――サイファーポール!?」

「ウソだろ、政府の諜報機関もか!?」

「いかにも。暫く様子を見させてもらい、包囲網を敷いておきました――全員、ここまでです」

 サイは冷酷な笑みを浮かべ、まだ残っていた残党達を見下す。

 フォードを倒したテゾーロとその部下、スタンダード・スライス、中将二名と准将一名が指揮する海軍の部隊、サイファーポール……これ程までに圧倒的な戦力の前では逃げ切ることは不可能だと悟ったのか、残党達は大人しく手をあげた。

 これで完全に、この舞台は幕を下ろし「地下闘技場摘発作戦」は完遂した。

 地下闘技場鎮圧の瞬間…会場にいた客達は皆捕縛され、海軍の援軍が更に来て騒ぎが一層大きく響き渡る。

 だが、闘技場の観客席で一連の出来事を見届けた青年の視線が、一行へ向いていたことに誰も気づけなかった。

 

 

           *

 

 

 アルベルト・フォードの逮捕。

 それは瞬く間に様々な影響を孕んで世界を駆け巡り、表の人間も裏の人間も混乱した。

 彼と取引をして武器や船を手に入れていた諸国は、事実上内乱や戦争が続行できなくなったので和解や降伏といった形で終結していった。海賊をはじめとした反社会的勢力は取引の破綻を嘆くばかりだった。

 

 

           *

 

 

 新世界。

 とある海域を進む、三日月型の白いひげと骨十字が描かれた海賊旗を掲げる鯨を象った船首の海賊船。

 海賊王ゴール・D・ロジャーと唯一互角に渡り合った、世界最強の海賊――〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートが率いる「白ひげ海賊団」は、海の王者たるロジャーの死後、世界中の海賊達の頂点に君臨して自由に航海をしていた。

 そんな中、あるニュースが飛び込んできた。

「グララララ……随分と威勢のいいガキがいやがる」

 愉快そうに笑いながら新聞を読む白ひげ。金髪を生やし帽子を被っているその姿は、まだまだ全盛期ならではの若さを感じる。

 そんな彼が読んでいたのは、号外だった。

「アルベルト・フォード……あの野郎がぽっと出の若造に足をすくわれたか」

「名を上げてから、随分と周知されるようになってるぜ親父。あの〝海の掃除屋〟も、そいつの部下になってるって話だぜ」

 白ひげと共に新聞の記事を読むのは、白ひげ海賊団四番隊隊長のサッチ――後に〝黒ひげ〟マーシャル・D・ティーチに殺されてしまう一味の古株だ。

「近頃勢力を拡大している組織で、海賊も寄せつけねェ力を持ってると聞くよい」

「面白い連中だとは思うぜ」

 2人の会話に、一番隊隊長マルコと三番隊隊長ジョズが絡む。

「グララララ、こんな若ェのが何を企んでやがる……?」

『?』

「後先考えねェで喧嘩売る奴たァ思えねェな。グララララ……!」

 

 

 同じく、新世界。

 ビッグ・マム海賊団の拠点である「万国(トットランド)」の中心に位置する島――ホールケーキアイランドにあるホールケーキ(シャトー)では、一人の女海賊が新聞を読んでいた。

 彼女こそ、新世界でも有数の大所帯たるビッグ・マム海賊団の首領であるシャーロット・リンリン――通称〝ビッグ・マム〟だ。

「ハ~ッハハママママ……!」

「嬉しそうだね、ママ」

 上機嫌なリンリンに声をかけているのは、何と表情のある火の玉と雲。

 自他の魂を操り、擬人化もできる〝ソルソルの実〟の能力者である彼女は、自らの分身ともいえる「太陽」プロメテウスと「雷雲」ゼウス、「二角帽」ナポレオンを従えている。この3人…いや、3体は常に彼女のそばに付き従っているのだ。

「ねェねェ、怒らないの? ママ」

「ああ……スッキリしたからねェ♪ ママママ……!」

 プロメテウスの問いに、リンリンは口角を上げる。

 実を言うと彼女もまた、フォードと取り引きをして武器を仕入れていた。しかしテゾーロによってこれを潰されたので、事実上取引は中断となって武器が手に入らなくなった。ゆえにプロメテウスは、欲しいモノはどんな手段を使ってでも手に入れるリンリンのことなのでブチギレると思っていたのだ。

 しかし、彼女は寧ろ吹っ切れていた。これには彼女の性格が関係している。

 リンリンは甘い菓子に対しては常軌を逸した貪欲さを有しており、何よりもまずお菓子を最優先する。フォードとの取り引きにおいてもお菓子の案件を持ち出したが、何と彼に「そんな時間は無い」と一蹴されてしまったのだ。

 当然、烈火のごとく怒ったリンリンだが……フォードとの取り引きは最重要案件な上に彼自身が常に「お茶会」に参加していたので、制裁を科したいところだが一味の都合上妥協せざるを得なくなったのだ。

 欲しいモノを妥協することを嫌う彼女にとっては、フォードは「嫌な男」だったのだ。

 そんな奴がぽっと出の若造に足をすくわれたのだから、本来ならば自分の手で潰したかったが結果オーライという訳で清々していたのだ。

「どこの馬の骨だかわからねェが……中々面白いじゃないかい。ハ~ハハハハマママ……!」

 悪漢(フォード)を倒した若造(テゾーロ)に、興味を抱き始めるリンリンだった。

 

 

 一方、聖地マリージョアのパンゲア城内にある「権力の間」では五老星がフォードの案件について話し合っていた。

「どうやら全て終わったようだな……」

「フォードの勢力はこれで消滅……これで少しは息抜きができそうだな」

 今回の一件で、アルベルト・フォードは世界政府に対する反逆罪や違法な地下闘技場の運営、武器の密輸などで罪を問われ、大罪人としてインペルダウンへと収監されるだろう。

 だが、問題はここからだった。

 フォードが逮捕されたことにより、彼が主導してきた全ての事業が頓挫した。その事業で雇われた者達は皆失業し、低所得者や貧困者を不本意ながら増加させてしまった。

 しかも反社会的組織または反政府組織、戦争をしている国々、紛争当事国に武器を売りつけていたことが発覚し、世界各地で起きている戦争にも影響を与えた。戦争を助長させていたフォードが天竜人とコネがあるせいで今まで野放しにしてた世界政府も、これには困った。

「これを全てテゾーロに押し付けては、世界政府に対する不信感を抱かせかねん」

「海軍もスライスも動いてくれたのだ……誰が責任を取るか取らないかではなく、今後の策や体制の改正が大事だろう」

 政府であれ企業であれ、上司が責任を取って辞職すれば組織として成り立たない。そういう意味の見解で一致しだす五老星。

 そして 着物姿の坊主頭の老人が、刀の手入れをしながら口を開いた。

「これでテゾーロがどう出るか……フォードが消えたこの世界は少し荒れる」

「そうだな……だからこそ、少し様子を見てから我々も動くとしよう」

 残りの老人も、皆頷くのだった。



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大海賊時代Part2
第58話〝穴倉まで〟


5月最初の投稿です。


 フォードの逮捕に成功したテゾーロは、シャボンディ諸島にある病院に入院していた。

 一連の報を聞いて慌てて駆けつけたステラ達は、病室でボロボロの彼と面談中だ。

「こりゃあ暫く仕事できねェや……」

「大丈夫? テゾーロ……」

「死んでねェから大丈夫だよ」

 心配そうに見つめるステラの手を握り、笑顔を見せるテゾーロ。

 実を言うと彼は、フォードとの戦闘で蓄積されたダメージが祟って気絶してしまい、寝込んでからもう1週間も経っているのだ。しかも最初の三日間は一度も起きなかったので、体調が若干狂っている。

 もっとも…あのような激しい戦いをしたのだから、止むを得ないだろう。ステラが心配するのも無理はない。

「お前らにも苦労をかけるなァ」

「何を今更……」

「僕らは最初から覚悟してましたから」

「苦労する人生の方が面白みもあるしな」

 ハヤト、シード、メロヌスがそれぞれ口を開く。

「ハヤト……あの後、どうなったんだ」

「フォードをやっつけた後は、色々な事が一気に進んだよ」

 ハヤトは、テゾーロが気絶している間のことを話し始めた。

 

 

           *

 

 

 作戦終了直後、テゾーロは重傷を負い倒れた。

「――よくぞまァ、こんなズタボロで生きてるモンだ」

 気絶して海軍の救護舞台に応急手当をされるテゾーロを眺めるスライス。

 外傷もそうだが体の内部の傷も酷く、死には至らないが適切な処置を施さねばならない状況だった。

「しっかし、お前も中々考えたな。相手の戦意を奪う心理戦だったのか? サイ」

「正体を見破られない限り、こういう手口は結構通じるんですよ」

 サイは手を振って合図する。

 すると、スーツ姿の者達が一斉にジャケットを脱いで帽子を投げた。

 スーツ姿の者達の正体は、「赤の兄弟」だった。

「まさかこうも容易く行くとはな……」

 リーダー格のオルタは、そう呟く。

「変装は諜報員の基本。基礎は抜かりなくやったので、効果抜群です」

「数の圧力ってか? 結構賢いな」

「頭が良くなきゃ、諜報員はやれませんから」

 愉快そうに笑うサイに、スライスも釣られて笑う。

「さて……「赤の兄弟」の皆さん。これからどうしますか? こう見えて私はまずまずの地位にいるので、色んな部署に掛け合うことができますが。勿論、このまま誰にも縛られず自由に流離うのも一つの選択肢ですが……」

「ああ……」

 サイに問われたオルタは、今後の方針について答えた。

「スタンダード・スライス。おれ達はあんたに付いていく」

「おれ!?」

 まさかの指名に、驚くスライス。

「ウチの仲間の多くは元奴隷――奴隷制度を黙認してる政府に不信感を抱いてる。テゾーロには返しきれない恩があるとは思うが……」

 つまり「赤の兄弟」のメンバーの多くが、テゾーロは世界政府直下の機関であるサイファーポール――厳密にはサイだけが部下であるが――と繋がっているので信用し切れないという訳だ。

「おれは仲間の意思を尊重したいんだが…」

「……まァ、おれとしても別に問題ねェからいいぞ」

 

 

           *

 

 

「そうか……あいつらはスライスの元に、か」

「今頃は奴の所で逞しく生きてるさ」

 意外な結末に驚きつつも、安堵するテゾーロ。

「……んで、ジンは?」

「正式に財団に配属するって。筋は通したいとさ」

 ジンはテゾーロ財団に配属するということを伝えるメロヌス。

「おれが寝てる間に結構進んでるな……」

「まァ、たった1週間で色々とありましたから」

 メロヌスに続き、今度はシードが口を開く。

「テゾーロさんがアルベルト・フォードの件を終えるまでの進行状況と世間で起こった出来事も報告しておきます」

 シードは書類を取り出して、3つの事柄を報告した。

 まずは、テキーラウルフの橋の建造について。完成はまだ遠いが、現時点で目標の約半分にまで建造が進んでおり、順調にやれば橋の完成は早くなる可能性があるという。

次に、海列車の建造について。これはトムが送った情報だが、海列車自体はほぼほぼ完成しており、今は試運転や修正作業中らしい。

 最後に、シャボンディ諸島の人間屋(ヒューマンショップ)について。何とフォードは人間屋(ヒューマンショップ)運営にも携わっていたらしく、今回の逮捕の件で運営者が消えたことで存続の危機らしい。

「確か、あるビジネスの為にシャボンディの人間屋(ヒューマンショップ)――厳密に言えばその土地を貰いたいんでしたよね?」

「……」

「今がチャンスでは?」

「ケガ治ったらな……」

 テゾーロは療養に専念することにした。

「ちなみにジンは今どこだ」

「テキーラウルフで休むって言ってたので、そのまま置いていきましたが……」

(あの野郎、絶対働いてねェな……)

 

 

 同時刻。

 ここは、世界政府が所有する世界一の大監獄「インペルダウン」。その中でも、あまりの凶悪性の高さから存在を揉み消された超大物や伝説級の危険人物が幽閉されているフロア――LEVEL6に、海軍大将センゴクは訪れていた。

「……格子越しとはいえ、顔を合わせるのは久しぶりだなセンゴク」

「……」

 センゴクの目の前に〝彼〟はいた。

「気分はどうだ? アルベルト・フォード」

「はい、快適です――何て言う訳はねェのはわかってるだろう? まァ、存外悪くないが…退屈だな」

 囚人服姿で海楼石の手枷で拘束された男――フォードは不敵な笑みを浮かべる。

「おれも焼きが回ったモンだ……あんなぽっと出の若造に足をすくわれたとはな。あいつは確かに若いしケツもまだ青いだろうが、まさかおれよりも一枚上手だったとは思いもしなんだ」

 冷徹な目でフォードは〝覇王色〟の覇気でセンゴクを威圧しながら見据える。

 フォードの覇気で一部の囚人や看守達が泡を吹いて倒れる中、センゴクはあっさりと受け流してフォードを鋭い眼差しで見る。

「……あの若造は、お前の回し者か? 智将と呼ばれるお前ならば、あいつを刺客として送り込んでも不思議ではないが」

「――いや……我々の協力者ではあるが、今回の件はテゾーロから先に首を突っ込んだ」

「フッ……どうやらあの若造は想像以上に頭のネジが何本かイッてるようだな」

 呆れた笑みを浮かべるフォード。

「どの道貴様はここで終わる。残りの余生をのんびり過ごすがいい」

「……サウロの件、聞いたぞ」

「!!」

 フォードが口にした名に、センゴクは目を見開いた。

 サウロ――ハグワール・D・サウロは巨人族の元海軍中将(・・・・・)で、親友だったクザンと共にフォードを捕えようと画策していた人物だ。彼はオハラ滅亡の際に親友(クザン)によって粛清されたのだ。

「……」

「囚人の身となった私にとって、もはやどうでもいいが……さぞかしあの世で嘆いているだろう――海軍の正義に(・・・・・・)殺されたということにな」

「貴様っ……!!」

 嘲笑するフォードに、怒りを露にするセンゴクだが……。

「センゴク大将! そろそろお時間です」

「! ――もうそんな時間か……」

 看守の声を聞き、ハッとするセンゴク。

 面会の時間は終わりのようだ。

「センゴク……忠告するぞ」

「?」

「このアルベルト・フォードがいなくなった世界は荒れるぞ……お前らで手に負えるのか見物だな」

「……」 

 センゴクはフォードを一瞥すると、コートを翻してリフトへと向かった。

(ギルド・テゾーロ。今回の件は見事だ……天に座した私を穴倉まで引きずり降ろしたお前の力を認めよう。だが、お前はこの世界の〝闇の深さ〟を知らない……いずれ思い知るだろうがな)

 フォードは不敵な笑みを浮かべ、肩を揺らして笑った。



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第59話〝ホネホネの能力〟

やっと更新です。


 フォードの一件から、早2週間。

 ケガもある程度治ったテゾーロは、退院して松葉杖生活を送っている。

 さすがのテゾーロも今回は無茶をやってしまったのか、後遺症は残らないが暫くの間は松葉杖を相棒とした生活を送るハメになった。しかしそこは天下のギルド・テゾーロ――すぐに順応して不自由ない生活を送っている。とはいえ、激しい運動は身体に障るので作業現場からはさすがに離れた。

「内臓にまで響いたから、しゃあねェか」

「よくぞまァ、生きてましたね」

「そりゃあ、ここでくたばるわけにゃいかねェだろ」

 松葉杖をつくパーカー姿のテゾーロ。彼の隣には、着流しの上に白いラインが入ったフード付きの紺色のマントを羽織り、首元にマフラーを、額に包帯を巻いたタタラが。

「んで、どうだ? 〝表〟の空気は」

「澄んでいていいですね……今までああいう所で生きてたので、スッキリします」

「そりゃあ何よりだ」

 そんな会話をしながら歩いていくと、暖簾(のれん)が掛かった屋台が視界に入った。

「今日はあそこで飲むか?」

「屋台でですか? ではお言葉に甘えて」

 

 

 屋台の席で、テゾーロとタタラは飲み交わしていた。

「久しぶりに飲むと美味いものですね」

「酒ってのは、止められると余計飲みたくなるモンだからな」

「意地の汚ェモンだからねェ。だがあんまり飲み過ぎないでよ? 後始末が大変なんだから」

 テゾーロの言葉に、主人は呆れた笑みを浮かべながらうどんを出す。

 テゾーロとタタラは一言礼を言ってうどんを食べ始める。

「これはいい味ですなァ」

「そうかね? そいつァどうも」

 酒を飲みながらうどんを食べる二人。

「テゾーロさん、今日は私が奢りますよ。先日の件のお返しの一つです」

「それはありがたいけど……お前、金持ってんの?」

「ええ、この諸島の鉄火場で儲けまして」

「鉄火場?」

「ええ、イカサマの裏をかいて10万ちょっと。まァ、イカサマと言ったってこんな私にバレる程度のイカサマなんで。ちょろいモンです」

 どうやらタタラは、シャボンディ諸島で賭け事にハマっているようだ。

(鉄火場って、賭場のことだったのか…)

 そんなことを心の中で呟きながら、お猪口に酒を注ぐテゾーロ。

「そうそう、その鉄火場で面白い方と出会いまして」

「へェ~……一体誰だい?」

「博打好きなのに賭け事の結果は散々なモノらしいんですが、私に乗っかって儲けて満足したようで。確か……コーティング職人のレイさん、とか言ってましたね」

(レイリーさん……またあんた……)

 自分の師がまた遊び呆けていることを知るテゾーロ。

 天下の冥王は、すっかり余生を謳歌しているようだ。

「レイさん、また博打かい? あの方もしょうがないねェ……身売りして金奪ったばっかだってのに」

「知ってるんですか?」

「この諸島じゃあ、コーティング屋としてかなりの腕利きだからね。何十年か船乗りもやってたようだし、地元の漁師からも顔が知られてんだ」

 どうやら主人も、レイリーとは面識もあるようだ。ただ、その素性はよくわかってないようだが。

「それにしても着物のお兄さん、その顔の傷……もしかして目が見えないのかい?」

「いえ……見えるっちゃ見えるんですが、三つ目族なもんで気味悪がられるんで、子供の頃から盲人の振りをして杖持って生きてます。これが証拠です」

 タタラは被っていたフードを頭の後ろにやると、包帯を解いて額にかかっていた髪をかきあげ、額の目を見せた。

「こりゃたまげた……!」

 主人は驚愕し、どこか興味深そうな目でタタラを見る。

 酒を飲んでいい気分になったタタラは、己の目について語り始める。

「といっても、額の目(こっち)じゃない方――右目と左目は戦闘で塞がってしまいまして。でもシャバの皆さんは親切で助かりますよ」

 解いていた包帯を巻き、タタラはフードを深く被る。

「戦闘? 傭兵か何かでもやってるのかい?」

「いえ、闘技場の剣士をやってた時期がありまして。今は潰れたおかげで足を洗えましたよ」

「闘技場? ……フォードの野郎、やはりああいう商売をやってたのか」

「何かご存じで?」

 屋台の主人は、フォードに関する話を始めた。

 彼曰く、このシャボンディ諸島で人身売買に手を染めて色んな種族を集めており、そうして集めた人々を自分の商売道具として使っていたという。恐らくその中に、先日テゾーロ達が摘発した地下闘技場も含まれているだろう。

「だが奴が取っ捕まっちまったからにゃ、もう大丈夫だろうよ」

「膿を出し切ったってトコですかね」

「いや……この諸島は昔から闇が深い。今はちったァマシだが、お前さんらも気をつけるこったな」

 

 

           *

 

 

 一方のハヤトは、シードと模擬戦を行おうとしていた。

 〝海の掃除屋〟として名を馳せるハヤトと、元海軍本部准将のシード。テゾーロと同じ覇気使いの戦いに興味が湧いたのか、メロヌスが観戦している。

「じゃあシード、始めるぞ」

「いつでもどうぞ」

 するとハヤトは背負った大太刀の柄を握り、抜刀して強烈な斬撃を飛ばした。それに対しシードは、手を叩いて身の丈よりも大きな骨をいくつか生み出して壁のように並べた。

 斬撃が骨に直撃すると、骨は衝撃で大きなひびが入るが斬撃を見事相殺した。

「じゃあ、次はこちらの番です――〝剣硬骨(けんこうこつ)〟!!」

 シードが手を叩くと、ひびの入った骨が粉微塵となって両刃剣に変化した。

「骨の剣……!?」

「当然、切れ味抜群です」

 シードは骨の剣に覇気を纏わせ、一気に距離を詰める。

 ――斬り合いになる。

 そう判断したハヤトは、大太刀に覇気を纏わせて構える。

 

 ガギィン!

 

 覇気を纏った斬撃が激突し、火花を散らして鍔迫り合いになる。しかし体格差や得物の力が影響し、徐々にシードが押され始める。

「くっ……!」

 シードは鍔迫り合いでは確実に押し負けると判断し、距離を取って骨の剣を何度も振るい、複数の斬撃を飛ばした。

 放たれた斬撃は一直線にハヤトへ向かうが、ハヤトは大太刀を横薙ぎに振るって巨大な斬撃を飛ばして相殺する。

(鍔迫り合いと斬撃でダメなら……)

 シードは次の手として、骨の剣を杭のような形に変化させ、それを遠隔操作してハヤト目掛けて杭のように打ち込んだ。

「〝威骨(いこつ)〟!!」

「!?」

 高速で向かうそれは、ハヤトの想像を遥かに超えたスピードであり、止むを得ず避けた。

 骨の杭はそのままヤルキマン・マングローブへと向かい――

 

 ズゥン!!

 

「んなっ……!?」

 骨の杭はヤルキマン・マングローブの巨大な幹に直撃し、何とそのまま貫通した。

 まさかの高威力に、唖然とするハヤト。

「……避けてばかりでは困りますよ……被害が拡大するので!」

 シードはそう言いながらも、手を叩いて次々と骨を生み出し杭の形にする。

「おいおい、マジか…!!」

 あの高威力の骨が無数に来ると想像し、顔を引きつらせる。

「〝大隊骨(だいたいこつ)〟!!」

 シードは無数の骨の杭を放つ。しかし、相手は〝海の掃除屋〟と呼ばれた強者…そう易々と敗れる訳はなかった。

 

 ブワッ!! ゴウッ!!

 

「!?」

 突如発生した突風。

 コントロールを失った骨の杭は、あらぬ方向へと飛んで行ってしまう。

「これは……」

「大太刀だけで勝てる相手じゃねェってことくらいは解ってるつもりだ」

 ハヤトの左手は、扇子を持っていた。扇子は黒く光っており、〝武装色〟の覇気を纏わせていることが容易に窺える。

「成程、突風で軌道を逸らしたんだね」

「これを使うのは久しぶりだ……」

 大太刀の斬撃と、扇子の突風……元々海賊を船ごと海に沈めるような暴れ方をするハヤトとは、射程範囲が違う。

 シードは至近距離での戦闘が一番だと判断し、〝剣硬骨〟を発動して骨の剣を二振り用意し二刀流で攻めることにした。

「覚悟!」

 シードは六式の〝(ソル)〟を駆使して一気に懐へと飛び込み、猛攻を仕掛けた。それに対しハヤトは二刀流による攻撃を躱し続ける――いや、躱すことしかできないでいた(・・・・・・・・・・・・・)

 大太刀では二本同時に受け止めて封じるのは至難の業。防げてももう一本の骨の剣でやられる可能性が高いのだ。

(大太刀では受け切れないか……!!)

 ハヤトは舌打ちしながら、扇子で突風を起こす。

 至近距離の突風を食らい、シードは吹き飛ばされる。

「っ……何のこれしき!」

 シードは〝月歩(ゲッポウ)〟を駆使して空中を駆け、体勢を整えながら〝大隊骨〟を放って攻撃をする。

 ハヤトは突風を放って軌道を逸らし、防戦に徹するが……。

「これで終わらせます――〝芯骨弔(しんこっちょう)〟!!」

 シードは手を叩き続ける。

 すると一本の骨が生まれ、手を叩く度に巨大化していく。その大きさは10mは遥かに超えている。

「これで終幕です、ハヤトさん!!」

 シードが手を振り降ろすと、巨大な骨はハヤトの真上から襲った。

(突風じゃあ無理か……!!)

 ハヤトは大太刀を両手で持ち、刃を覇気で黒く染めて渾身の力で受け止めた。その途端、ハヤトの全身に凄まじい「重さ」が伝わり、その影響で地面に亀裂が生じ抉れ始めた。

「フンゴゴゴゴ!!」

 ミシミシと体中の骨や筋肉が軋むような音が響くが、覇気を纏った大太刀の刃は鋭さが増しているのか、巨大な骨にも小さなひびが入る。しかし、この〝芯骨弔〟はダイヤモンド並みの硬度を有する上に非常に密度が大きい。ひびが入ろうとも「重さ」は変わらないので、粉々に砕かない限りはその超重が襲い掛かるのだ。

 ハヤトは体中から汗を流しながらも両断しようと力を込めるが……。

 

 ズドォン!! バキャアッ!!!

 

「「!!」」

 突然の銃声。

 放たれたそれは〝芯骨弔〟を貫通し、骨全体にひびを入れた。それと共にハヤトが全力で大太刀を振るい、見事両断する。

 二人の模擬戦に、メロヌスが介入したのだ。

「ハァ……ハァ……何のマネだ……」

「これ以上暴れられたら、シャボンディ諸島の一部が海に沈みかねねェ。この辺で終わらせな二人共」

 ふとハヤトとシードは、辺りを見渡した。

 地面が抉れ、遥か向こうのヤルキマン・マングローブを傷つけ、悲惨な光景となっている。

「「……」」

「熱くなりすぎだ、バカ」

 メロヌスは思わず頭を抱え、ハヤトとシードは暴れすぎたことを反省するのだった。

 後にテゾーロがタタラと共に帰ってきた際、その光景に顔を引きつらせたのは言うまでもない。




一応テゾーロ財団の男子勢最強ランキングは、現時点では以下の通りです。

テゾーロ=サイ>シード=ジン>ハヤト=タタラ>メロヌス

今後の物語の展開では、ランキングは大きく覆ると思ってます。
一応オリキャラは、あと二人ぐらいを投入予定です。


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第60話〝タナカさん〟

土曜プレミアムの「ONE PIECE FILM GOLD」をリアルタイムで観ました。
面白かったですね。さすがです、尾田っち!


 テゾーロ財団シャボンディ諸島支部にて。

 フォードとの戦いから1ヵ月経過し、傷も完治したテゾーロはようやく職務に手をつけられるようになった。

 テゾーロ財団の最大の事業は、海列車とテキーラウルフだ。これを一年でも早く成し遂げ、テゾーロの野望達成に更に近づかねばならない。しかし、時には休息も必要だ。そこでテゾーロは……。

「ステラ……いい加減、籍入れよっか」

「そうね、大分仕事も落ち着いてきたようだし」

『ブーッ!!』

 その一言に、飲んでいた物を盛大に――それこそ噴水のように吹き出すハヤト達。

「けけけけ、結婚するのか!?」

「何だよ、そんな驚くことか? あ、第41話でもう言っちゃってるからってお前らには言わなかったな」

「こらこらこら!! 何てこと言ってんですか!!!」

 顔を真っ赤にしてテゾーロに詰め寄るハヤトとシード。

「付き合いも無しでか!?」

「普段一緒だからなァ」

「そうね……仕事でも一緒だし……」

仕事(それ)お付き合い(これ)は別ですよ!!!」

「シードの言う通りだ!! それに段階というものがあるだろう!? 式も挙げないのか!?」

 付き合い等を全部吹っ飛ばして結婚のステージへ上がろうとしているテゾーロに、軽い怒りさえ湧き上がってきたのか青筋を浮かべている二人。

「我々の知らないところや気づかないところで様々な進展があっただけじゃないんですか? それとも焼きもちですかな?」

 ハヤトとシードを見下すかのような嘲笑の表情を浮かべるサイ。この男、冷徹な諜報員であるはずなのにテゾーロと関わって以来随分と感情豊かになっている。

 しかしサイの一言は、一理ある。元々テゾーロ財団は、テゾーロとステラが興した組織だ。お互いに支え合って助け合って、脳を雑巾のように絞りながら今に至っている。それにテゾーロ財団は海賊王(ロジャー)処刑以前から活動してきており、事実上何年も付き合っている。日常が戦場に近かったり、遠出の先がブラック企業みたいな作業現場だったりと、色々な面倒事・厄介事を引き受けて多くの苦難を乗り越えてきたのだから、恋愛感情はどこまで持ってるかはともかく二人は自然と固い絆で結ばれているのだ。

「……私は知ってましたから、別に気には留めませんでしたがね」

 タタラはそう言いながら、額の第三の目に目薬を一滴垂らす。三つ目族の額の目は、やはり普通の眼球のように乾くこともあるようだ。

「お前も目薬さすんだな……そりゃあお前は知ってるだろう」

「ええ、この前一緒に呑んだ時に聞きましたからね」

「まァ、そういう訳だ……お前ら、今日留守番頼まァ。これからちょっと出掛けてくるから」

「出掛ける?」

「ほらアレ、指輪買いに」

「私も行ってくるわ」

 外出の準備をする二人に、銃の手入れをしていたメロヌスは声をかける。

「……せっかくの結婚指輪なんだ、ちょっとくらい奮発しても問題ねェだろ? 予算的にも」

「勿論、むしろ金は腐る程ある」

「メロヌスが気を使うところじゃないわ」

(いつの間に呼び捨てになったんだ……?)

 

 

 そういう訳で、身支度を整えた二人は外出。

 テゾーロとステラ――二人きりの外出は久しぶりである。その最中に二人の手は繋がれる……ことは無く、テゾーロの手はポケットの中に収まりステラはバッグを携えていた。

 だがそれは二人にとっては自然体……笑い合う雰囲気は暖かく、他人から見ても親密な関係だと見て取れるだろう。

「予算は全然OKだし、良いモノ買っちゃう?」

「私は何でもいいけど……そこまで派手じゃなくてもいいと思うわ」

「じゃあシンプルに――」

 

 ドッ!

 

「きゃっ!」

「ステラ!!」

 ステラはすれ違った通行人に肩をぶつけ、転倒しそうになる。

 すかさずテゾーロは指にはめていた黄金の指輪にゴルゴルの能力を伝導させ、細い触手のように伸ばしてステラを受け止める。

「ステラ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫よテゾーロ。すいません、ぶつかっちゃって……」

「いえいえ、こちらこそ。するるるる……」

「!」

 ――あの男は……!!

 テゾーロは、その男に見覚えがあった。衣装こそ違えど、その独特な笑い方と身体的特徴は知っている。

(まさかこんな所で会うとはな……タナカさん)

 それは、後に自分自身の部下となる男――無機物ならなんでもすり抜けることができる〝ヌケヌケの実〟の能力者である、あのタナカさんだった。

「では、私はこれにて……」

「すまねェな」

 陽気に去るタナカさんに手を振るテゾーロ。

 そしてテゾーロがステラに気遣いながら歩いて行ったところで、タナカさんは路地裏へと隠れる。その手には、何と財布が。

 実はタナカさん、ステラとぶつかった際に彼女の財布を盗んだのだ。

「……ハァ、女性なのでイケると思いましたが……」

 タナカさんはステラの財布の中身を拝見し、溜め息を吐く。どうやら期待した額ではなかったようで、「私の方がまだ持ってる」と呟く程だ。

 その時だった。

「――え? アレ? 私の財布が無い!?」

 タナカさんは自分の懐を探って、財布が無いことに気づく。

(まさか…あの女、いつの間に…!?)

「ひーふーみー……まァまァ入ってんな」

「はっ!!」

「指輪買ったらタタラやレイリーが通う賭場にでも行く?」

「テゾーロ、財布変えたの?」

「――って、ヤッたの彼氏(おまえ)の方かい!! じゃなくてそれは私の財布、あっ……」

 路地裏から出てきたタナカさんに、テゾーロは〝武装色〟の覇気を纏った拳を振るった。

「ステラの財布を返せやゴラァァァァァァ!!!」

 

 ドゴンッ!!

 

「あ゛ーーーーっ!!!」

 

 

           *

 

 

 ステラの財布をスッた、頭部が胴体に比べ極端に大きい珍妙な体型をした二頭身の男――タナカさん。その頭にはキレイに大きなたんこぶが頭巾を突き破ってできている。

「タナカさんよ……相手が悪かったな、天下のテゾーロ財団を引っ張ってるおれ達から財布を盗もうなんざ100年早ェ。スリってのはやってる内にいつの間にか自分のも盗られちまうのが運命よ。さ~て、この落とし前をどうつけようかな」

「あの……もうすでにたんこぶ(これ)で十分な気がするんですけど――」

「バーロー、世の中そんなに甘くないの。覇気を纏った拳骨一発で済ませるわけねェじゃん。世の中広いぜ? 落とし前のつけ方が理不尽なレベルに達するモンもあるしよォ」

 「ONE PIECE(このせかい)」の落とし前のつけ方・ケジメのつけ方は現実世界よりも恐ろしい。

 クック海賊団船長として〝偉大なる航路(グランドライン)〟を1年間航海し無傷で生還を果たした〝赫足のゼフ〟も、幼少期のサンジに対して親の落とし前(・・・・・・)として「人間としてならいくらでも間違えようとも男の道を踏み外した時はサンジの金玉を切り落とし自分も首を切る」と豪語している。ビッグ・マムに至っては自分が戦力を失う落とし前としてそれ相応の代価を「共に生け贄となる仲間の犠牲の数」ごと要求する理不尽さだ。

「さ~て……どうするかなァ~」

「まさか、殺す気じゃあ……」

「その手段はテゾーロ財団(ウチ)の信用にかかわるからしねェよ。「最終手段」をいきなりとる奴がいるか」

 さすがのテゾーロも、命で償えとは要求しない。テゾーロ財団(そしき)の信頼や威厳にかかわりかねない問題は起こしたくないのだ……後半は余計な一言であるが。

「ねェ、テゾーロ」

「?」

「せっかくだし……この人にも指輪選び手伝ってもらわない?」

「――ハァ!?」

 ステラの提案に、素っ頓狂な声を上げるテゾーロ。

「ステラ、話の流れわかってるよね? これどういう状況かわかってるよな!?」

「でも指輪は二人だけじゃ決められないと思うわ……」

(おいィィィィ!! とんでもない事実発覚しちゃったよ!! 思った以上にズレてるよ!!)

 どうやらステラ、大人の雰囲気があるが言動にズレが生じやすいようだ。もっとも、テゾーロ自身はズレてるどころか論理が吹っ飛んだような会話をしている風なところも見られるが。

 するとそれに乗っかってか、タナカさんも口を開いた。

「そ、そうです! こう見えても私、宝石類や指輪類の目利きも得意でして!! いやァ奇遇ですな――」

「……」

(ヤバイ!! 哀れな人を見る目だっ!!)

 テゾーロの何とも言えない目に、若干震えるタナカさん。恐らく、嘘をついていることも見破っているだろう。

「……だがステラ――」

「暴力だけじゃダメよ、もっと別の解決方法が必要よ。テゾーロ、それはあなたが一番わかってるはず…」

「……そこまで言うなら君の言葉に従うよ」

(折れた!!)

 ステラの提案をあっさり呑んだテゾーロ。どう考えても態度は先程まで強硬的なイメージだったのに、すっかり穏健派路線である。

「まァ……その後はおれが決めるけど」

(やっぱり安心できない!!)

 あくまでもステラの提案を受け入れただけで、テゾーロは落とし前をつけるのを諦めてはいない…ようやくそれを理解し、人生初の絶望的状況に顔には出さずとも心の中では泣きじゃくるタナカさんであった。

 

 その後、テゾーロとステラは己の名が刻まれただけのシンプルな銀の指輪を買い、互いにとても嬉しそうな表情を浮かべた。

 ただしタナカさんの金で買ったので、たった一日で懐が冷え込んでしまったことをタナカさんは陰で嘆いていた。




やっとタナカさん出せたよ、やったぜ!
皆さん、大変長くお待たせしました。
一応ダイス→バカラ→カリーナの順に部下兼テゾーロ財団職員にする予定です。


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第61話〝風と白土〟

やっと更新です。



 さて、ロジャー処刑から4年が経とうとしている。

 テゾーロ財団はフォードを潰して以来その財力と影響力をより強大なものとし、ちゃっかり人数をかき集めながら更なる急成長を遂げている。海軍・世界政府の資金源となり、覇気を扱える歴戦の兵達を従え、裏社会にも顔が知れる大物ともコネを持つテゾーロは、ビジネスパートナーのモルガンズの過大な報道も含め世界屈指の有名人となっていた。

「「どんな依頼もしっかり解決!! テゾーロ財団にご相談を」……って、モルガンズの鳥野郎、おれァこんな広告頼んでねェぞ!!! 焼き鳥にされてェのか!!!」

 世経の広告欄を見て、暴言を吐いてキレながらテゾーロは乱暴に投げ捨てる。

 テゾーロ財団の「始まりの地」ともいえるウォーターセブンの事務所では、先日ちょっとした事件で知り合い半ば強制的に就職させられたタナカさんと共に業務を行っていた。

「テゾーロ様はモルガンズ氏とはコネでも?」

「ビジネスパートナーだそうです。報道関係も含めて、ウチは色んな業界と通じてますから」

「そういえば「海の戦士ソラ」が書籍化されたという話もありましたが、もしやそれも?」

「はい、テゾーロさんが」

 そんな会話をしながら、タナカさんとシードは書類を処理し続ける。

 テゾーロ財団の上層部は、実はステラを除いてはほとんどが多忙な状況だ。テゾーロ本人は先程新聞を読んでいたため暇そうだが、実際は海軍・世界政府との交渉は自ら行い、スライスやモルガンズといったビジネスパートナー達と情報を交換し合いながら様々な事業の責任者として動いているので忙しいと言えば忙しい。メロヌスはその頭脳を買われて会計士として働き、サイは政府とのパイプ役を担い、タタラとハヤトはテゾーロ財団による各事業の監督を任されたりすることもある。ステラ自身、シャクヤクやココロから家事を学んでいるため彼女もまた働いていると言えば働いているが、いずれにしろ財団の社員と比べると遥かに忙しいだろう。

「しかし、タナカさんがここまで要領がいい方だったのは驚きでした。おかげで助かります」

「するるるる……それは恐れ入ります」

 テゾーロ財団に所属することになったタナカさんは、事務において凄まじい程の潜在能力を発揮した。

 テゾーロ財団の事務は、テキーラウルフやジャヤをはじめとした各地域での各種消耗品の申請・食料申請・報告書などの書類処理、スライスやモルガンズといったビジネスパートナーとの交渉記録の整理及び管理、港湾労働者組合による活動報告書など様々だ。当然、それを処理するにはかなりの人材が必要だ。

 しかし、事務処理の経験が豊富な人物はテゾーロ財団ではかなり少ない。理事長(テゾーロ)は前世でレポート提出を経験しているため少しはこなせるが、やはり適材適所というものがあり、事務仕事には不向きだ。その反面、海軍で報告書や始末書等の提出を数え切れない程に経験したシードは事務処理の面でも優秀だ。

 その上で、タナカさんの事務処理能力は目覚ましいものだった。彼自身は事務の経験は少ないが、原作の方で伝令役を担当したり他の幹部や部下の動向を調べて報告する役目も担うだけあり、仕事に対する堅実な姿勢と要領の良さはテゾーロ財団随一だろう。

「こういうのはお互い助け合うのが大事です」

「ステラさんの財布をスッた奴の発言とは思えませんね」

「やめてください、黒歴史」

 書類の処理をしながらディスるシードに、泣きそうな顔になるタナカさん。

「まァ、とりあえずはうまく進んでんだ。お前らには感謝してるぜ?」

「「……!」」

 ここまでの成長を遂げられたのは、確かにテゾーロ自身の力量はあるが、当然彼の元に集った一癖も二癖もある部下のおかげでもある。テゾーロにとって、シード達の支えは恩恵のようなもの――ゆえに、彼らには言葉だけでは感謝しきれないのである。

「色々頑張ってくれるし、せっかくだからボーナスもちょいとばかし多くすっか――」

「「ホントですか!?」」

「うおっ!?」

 テゾーロが漏らした言葉に反応し、書類処理を区切って詰め寄るシードとタナカさん。

「ボーナス追加って、いくらですか!? 10万? 100万!?」

「いつ支給で? 今月? 次週!?」

「現金な人間(やろう)だったのかお前ら!?」

 興奮気味の二人に顔を引きつらせるテゾーロ。

「いや、そのあたりはこれから決めるがよ……」

 その時だった。

「テゾーロ、いるか?」

「ハヤトか、どうした?」

 ハヤトが一枚の紙を持って現れ、テゾーロの元へ向かってそれを渡した。

「……本当か?」

「ああ、至急ウォーターセブンに来てくれって」

 テゾーロに渡した紙には、海列車の試運転について記載されていた。

 

 

           *

 

 

 ここは白土の砂漠に覆われた島「バルディゴ」。この島には、〝革命軍〟という反世界政府組織の本部が置かれている。

 革命軍は、世界政府が統治するこの世界の不条理な在り方に疑問と反感を抱く勢力。現時点では結成して数年なので世界政府に認知されていない程度の規模と影響力だが、確実に同志が揃っているのも事実だ。そんな革命軍の指導者たる総司令官は、モンキー・D・ドラゴン――かつて海賊王(ロジャー)と拳骨一筋で渡り合ったあの伝説の海兵・英雄ガープの息子だ。

「アルベルト・フォードの失墜は甚大だったな。違法な地下闘技場が摘発された以上、これで無駄な犠牲者は出ずに済むだろう。――だがこれで裏社会の流れにも影響が出る。十分に気をつけろ」

 ドラゴンは定期的に行う会議で、同志達に告げる。

 彼もフォードを危険視しており、天竜人と癒着している以上は手が出せないため、いずれ力をつけたら倒そうと考えていた。しかしその矢先にフォードは倒されインペルダウンに投獄されたのだ。

「それにこのテゾーロ財団という組織の動向にも気を配っておけ。海軍や政府と密接に関わっている以上、どういった行動をするかは予測できん」

 一民間団体とはいえ、海軍に軍資金を提供したり政府の命を受けたりするテゾーロ財団。その影響力は強くなっており、多くの太いパイプもある。近い内には世界の勢力図を塗り替える程の存在になる――ドラゴンはそう読んだのだ。

「フォードを倒したテゾーロ財団の情報もできる限り収集しろ。万が一の場合にも備えねばならん。会議は以上だ」 

『はっ!!』

 会議を終え、同志達は散り散りになる。

 すると、革命軍の幹部でもある〝ホルホルの実〟の「ホルモン自在人間」――エンポリオ・イワンコフがドラゴンの傍へと立った。

「随分とテゾーロボーイに気にかけてるようね、ドラゴン」

「…イワ」

「でも、ヴァナタの読みは当たってたりしてるわよ?」

 イワンコフは、ある書類をドラゴンに渡す。

 ドラゴンはそれを手に取り、ペラペラと捲る。

「ヴァターシ達が問題視していたテキーラウルフでの奴隷労働も、彼の尽力でウソのように良くなってね。ンフフ、まるで革命でも起きたようだわ。ドラゴン……テゾーロボーイとは案外気が合うんじゃない?」

「……おれがか?」

「ええ……今までの体制を大胆にも変えたのよ? ヴァナタとテゾーロボーイ……立場は違えど、互いに意識していないだけで意外な接点はあるんじゃない?」

「……」

 イワンコフの言葉を黙って聞くドラゴン。

 すると彼は立ち上がり、外へとつなぐ扉へと向かう。

「……風に当たってくる」

「ええ、どうぞ」

 

 

 辺り一面が白土の砂漠であるバルディゴの風に当たりながらある方向(・・・・)を見つめ続けるドラゴン。

 彼は風に吹かれるのか趣味だが、常に故郷のある東の海(イーストブルー)の方向を向く癖がある。当の本人はそれを全く意識していないが。

(ギルド・テゾーロ……お前は意識しているかどうかはわからんが、この世界の在り方を少しずつ変えようとしている。我々は政府を倒す組織である以上……お前とはいずれ相容れることとなるだろう)

 邂逅の時は、立場上敵となるかもしれない。しかし彼と出会うのは楽しみだ。

 テゾーロとの出会いを想像し、不敵に笑うドラゴンだった。




原作の方、ついに緑牛が登場しましたね。
モデルは三船敏郎かなと思ってましたが…何か違うようですね。
原田芳雄さんが最有力候補ですが、どんな出で立ちか楽しみです。

それにしてもサカさん、センゴクさんに対して「半隠居人」は…。


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第62話〝試運転〟

やっと更新です。
6月最初の投稿です。


 3日後。

 ウォーターセブンへと着いたテゾーロ達は、トム達の元を訪ねていた。

 このウォーターセブンではテゾーロ財団の支援もあり、肩身の狭かったトムズワーカーズにも多くの造船技師が協力して海列車の建造をしている。そして今から3日前、海列車のプロトタイプが完成したというのだ。

「海列車、完成するの思ったより早かったですね」

「あくまでもデモンストレーション用だ、まだ完成したとは言えないぞ」

「いずれにしろ、このウォーターセブンの希望の光となる存在は一刻も早く完成させる必要があるな」

 廃船島を訪れるテゾーロ・シード・ハヤトの3人は、素っ気ない会話を交わす。

 すると――

 

 ポーーーーーッ!!!

 

『!!』

 廃船島の方から大きな汽笛が響き渡った。

 音のした方に顔を向けると、そこでは海上に浮いたレールの上に置かれた機関車が煙突から煙を吐いて動き始めようとしていた。

「あれが海列車……!」

「海に浮かぶレールの上を走る外車船(パドルシップ)……さすがトムさんだな」

 外車船(パドルシップ)の技術は、大海賊時代開幕以前から存在していた。しかしそれを交通機関として成り立たせることは誰も構想したことが無く、更に軌道に乗せて走らせるなど前代未聞だ。

 しかしトムならばそれを成し遂げられるだろう。何せ彼は伝説の海賊船オーロ・ジャクソン号を建造した男――海列車建造の偉業は今後、世界政府にとって有益なものになるはずである。もっとも、テゾーロ本人はその未来を知っているため(・・・・・・・・・・・・)何の心配もしていないが。

「そんじゃあ、現状報告とでも――」

 その時だった。

 

 ドドォン!!

 

「あっ!!」

「!!」

 轟音と共に、海列車は脱線した。

「……いくぞ」

「え!? あ、はい……」

「……」

 

 

 転覆した海列車を引き上げ点検・修理を始める船大工達と頭を抱えるトムの元に、ようやくテゾーロ達は到着。

「トムさん、事故っちゃいましたね」

「おお、やっと来たか」

 テゾーロの来訪に笑みを浮かべるトム。その顔は汗だくであり、海列車建造の過酷さを物語っている。協力している船大工の何名かもバテており、普通に船を造った方が楽なくらいの重労働であることも窺える。

「一応遠くで観てましたけど、どうなんで?」

「設計図は間違っとらんはずじゃが……」

「――となると、修正するしかないですね。一寸の差も許されない微調整の連続でしょう」

 テゾーロはそう言いながら、回収された海列車の車体を見る。脱線による衝撃で車体は多少傷んでいるが、原形はしっかり留めている上に内部損傷も見当たらないので海列車の動力部は問題無いようだ。

「設計図は間違ってなくとも脱線するってことは……波の影響もあるでしょうが、車輪やレールにも問題があるかもしれない」

「……! 成程…」

「おれはこう分析したが……ハヤト、お前はどう思うよ」

「一度くらい陸で試せばいいんじゃないか? 何かしらのヒントくらいは得られるだろ」

 ハヤト曰く、海列車とそのレールは波や海流で常に何かしらの強い影響を受けるので、一度何の影響も無い陸地で走らせてレールや車輪などに欠陥が無いか試すべきとのこと。本来なら〝凪の帯(カームベルト)〟のような無風海域でレールを敷くのが理想だが、〝偉大なる航路(グランドライン)〟はそこまで甘くない。

「そうじゃな……そういうこった、すぐに準備するぞ!」

 トムの気合の入った一声に、船大工達は一斉に動き出す。

「さて…おれ達も手伝いますか」

「お、おれもか!?」

「ったりめェーだろ。お~い、アイスバーグ君。木槌の使い方教えてくんない?」

(そこから!?)

 

 

 廃船島に響く、木槌の音。

 そこでは、ウォーターセブンの船大工達と着替えてジャージ姿になったテゾーロ達が作業を取り組んでいる。

 裁判における海列車の建造にかけられた猶予期間は、10年。ある者はウォーターセブンの為に、ある者はトムの名誉の為に、ある者は今後の事業と野望の為に……それぞれの矜持が交錯する中で作業は進む。

 そんな中、一人の海兵がトムとテゾーロ達の元へ訪れた。

「船大工のトムだな?」

「? 海軍……?」

 海兵の正体は、サカズキだった。

 その姿を見たテゾーロは意外そうな顔で口を開いた。

「これは珍しいお客さんだこと……マダオさんが何しに来たの? 恫喝?」

「わしァ海兵じゃ。ヤクザ(モン)じゃないわい」

「その言葉、自分の見た目変えてから言った方がいいよ。ただでさえ海軍はヤクザみたいな面構えの皆さんなんだから」

 出会って早々サカズキを煽るテゾーロ。

 そんなサカズキ曰く、海賊王の船を造った男がまた危険な船を建造してしまわないように監視することを目的に訪れたという。恐らく、根拠としてはその造船技術で間接的にロジャー海賊団の偉大なる航路(グランドライン)制覇に貢献したがゆえだろう。

「未来の大将候補がこんな所で油売るなんて、海軍本部中将って思ったよりも暇人なんだねェ~」

「黙っときんさいや、若造がァ! クザンと一緒にするな!!」

 煽りに煽りまくるテゾーロに、さすがのサカズキも頭にきたのかついに怒鳴る。しかしテゾーロは彼と違って楽しんでいる様子だ。

「一々突っかかってくんなよ……」

「トムさんは立場が立場だ、我慢しろフランキー」

 不快な表情を浮かべるフランキーを諫めるアイスバーグ。

「サ、サカズキ中将……」

 そんな中、サカズキの名を口にし顔を引きつらせるシード。

 その声が届いたのか、サカズキはシードの顔を見て顔色を変える。

「……シードか?」

「……テゾーロさん、すいません……僕はここで……」

「! おい――」

 テゾーロは声をかけようとするが、それよりも早く逃げるように帰っていくシード。そんな彼の姿を見て、一同はテゾーロに視線を向ける。

「……訳ありか? テゾーロ」

 トムの問いに、テゾーロは一言も答えない。その意味を察したトムは眉間にしわを寄せる。

「あの子との溝はまだまだ深いようで」

「――あいつは海軍(わしら)の掲げる絶対的正義に染まり切っちょらんかった……腕っ節だけは一丁前の腑抜けじゃけェ」

「そういうこじ付け(・・・・)をするから、若い衆が中々来なくて海軍の高齢化社会が進むんじゃない? 皆違って皆良いってよく言うじゃんか。所詮はガキってあんたは思うだろうけどさ……シードはシードなりに頑張ったんだろ?」

 テゾーロはレールを枕木に固定する地味な作業をしながら、サカズキと会話を続ける。

「あんたら過激派っつーか左派っつーか……とにかく強硬的な姿勢ってのは融通が利かなくていけねェ。その内とんでもないボロを出すぜ?」

「……」

「……まァ、民間人の戯言として聞き流しといてもいいけどさ。そうそう、上層部(うえ)の報告には順調って伝えといてね」

 大きな欠伸をしながらテゾーロは作業を続ける。

「……全く、とんだ食わせ(モン)じゃわい」

 

 

           *

 

 

 同時刻、聖地マリージョア。

 マリージョアに置かれた世界政府の諜報機関・サイファーポールの本部では、サイが政府高官と面談をしていた。

「そうか、海列車も完成が近づきつつあるか……」

「テキーラウルフの橋の建設もジャヤの開拓も順調です。今はまた忙しくなったようですが、時間を見つけ次第マリージョアへ案内しようかなと」

「そうだな、ここまで働いたのだから報酬のほの字くらい与えんとな」

 政府高官曰く、これまでのテゾーロの功績を称えて彼自身が望むものを何でも叶えるとのこと。フォードの逮捕をはじめ、ジャヤの治安回復やテキーラウルフでの活躍も加味し、それ相応の報酬を与える気らしい。

「この件については五老星やコングとも掛け合って決める。お前はこの事をテゾーロに伝えろ」

「了解しました」

「それとテゾーロ財団の件は今年の〝世界会議《レヴェリー》〟の議題にも挙げる。奴の世界への貢献は確かなものだからな」

「はい。では、私はこれで……」

「うむ、ご苦労」

 サイは一礼し、部屋を後にする。

(今、世界はあなたを軸に大きく動いているかもしれませんよ……テゾーロさん)

 サイは帽子を深く被り、微笑んだ。



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第63話〝世界会議(レヴェリー)

やっと投稿です。
原作の最新話、エライことになりましたねwwww


 今年は〝世界会議(レヴェリー)〟がある年でもある。

 〝世界会議(レヴェリー)〟とは、世界政府に加盟する世界各国の代表の内50の国の王達が聖地マリージョアに集結し、4年に一度だけ開催される世界最高峰の会議。世界中の由々しき案件を言及・討議して今後の指針を決定してゆくもので、現実世界でいえばサミットや国際連合安全保障理事会にあたるものだ。

「かのアルベルト・フォード氏……いや、アルベルト・フォード死刑囚(・・・)の失墜で世界中が巻き込まれた。これを機に、我々も今までの姿勢を改めて今後に臨むべきだろう」

『……!』

 〝新世界〟に位置する国家「ドレスローザ」の国王リク・ドルド3世――リク王の言葉に、静まり返る議場。

 今回のフォードの不祥事は世界的に伝えられ、彼と関与していた各国の王侯貴族が立場を危ぶめていた。表面上は世界的に禁じられている人身売買と違法な闘技場運営による莫大な「裏のカネ」で世界の実権を画策してた男に、金を払って娯楽を楽しんでいただけとはいえ間接的に加担していたのだから、ある意味では当然だ。

 

「我々に求められるのは、人を見極める目だ!! このような事が二度と起きぬよう、各々がその目で国の為に判断せねばならん!!」

 

 リク王の大声と鋭い眼差しに、怯む王達。彼は戦いは好まない平和主義者だが、戦争で国民を巻き込まないために常に他国へ睨みを利かせてもいる。その覚悟と実績は確かなもので、世界各国にも知れ渡っている程だ。

 今回は戦争というわけではないが、誤った判断は国民を危険に晒し国家間の混乱を生むと語るリク王には、賛同しているのか多くの王が何度も頷いている。

「その上で欠かせないのは、やはりテゾーロ財団であるな」

「そうだな……では会議の本題といこう」

 今回の議題でメインとして取り上げられたのは、フォードを倒したテゾーロ財団の躍進だった。賞金稼ぎから実業家へ転身した異色の経歴を持つテゾーロ財団創立者のギルド・テゾーロによる活動は、ジャヤの治安回復、廃れたウォーターセブンの活性化、テキーラウルフの労働監督など、この手の知識のある者ならだれもが耳を疑うような事業に取り組んでいる。今やテゾーロは世界政府の頂点である五老星や天竜人――ただしクリューソス聖だけだが――にも謁見できる程の立場の人間。各国の王侯貴族とは別の世界で大きな力を得ているのだ。

 しかし一方で、底辺から天上まで一気に上り詰めたかのような出世をしたテゾーロを気に食わない加盟国代表も多い。それもそうだろう、テゾーロは王侯貴族でないにもかかわらず世界一気高い血族から気に入られ五老星からも一目置かれているのだから。

 

「――生まれや育ちはどうあれ、世界の平和と安寧の為に貢献する若者がいることにありがたいのは変わりないのではないか?」

 

『コブラ王!!』

 口を開いたのは、他国でも「名君」として有名なアラバスタ王国現国王のネフェルタリ・コブラだった。

「我々のような王侯貴族は国の長としてやるべき事・果たすべき仕事はある。治安回復、廃れた土地の復興、人々の生活の安全と保障……それらは王として、一国の主として取り組まねばならん。だがこの若者はそれを見事成し遂げた……我々はこのような若者から学ぶこともあるのではないか?」

 コブラの言葉に、リク王をはじめとした一部の王は賛同する。

 テゾーロが成し遂げた数々の活動は、政治にも活用できるものだ。政策や国のシステムを改善することで国を大きく発展できる。特に新規事業で廃れた土地を開拓・復興することは国力の強化にもつながるので、テゾーロが行った活動は実践してみる価値がある。

「国は人だ。民が苦しめば国も苦しむ。国と国民の為には、時には近隣諸国だけでなく部外者の助けが必要な場合もあるのではないか?」

 コブラの力説に、賛同していなかった王達も唸る。

 いずれにしろ、テゾーロ財団は今後政府加盟国にとっても有益な存在となるのは明白だ。民間組織ではあるが、世界政府も頭を悩ませた案件を担って解決に導くその活動は効果抜群――国家間の問題も解決してくれるはずだろう。

「確か……ゴア王国はテキーラウルフでの事業で支援をしていると聞く」

「東の海で最も美しい国と呼ばれるだけありますな」

 ゴア王国はテキーラウルフへ貧困者や浮浪者を中心とした労働者を派遣しており、事実上の支援を行っている。それが他国にも知れ渡っており、かなり好感を持たれているようだ。しかし実際は表面上の清潔さを維持するために下流階級の人々を追い出しているに過ぎない。無論、テゾーロはゴア王国の思惑を看破しているが。

「では話をまとめよう……フォードの一件及び数々の事業による功績を踏まえ、我々はテゾーロ財団を世界政府加盟国公認の〝史上初の民間団体〟として連携を取る。これでよろしいかな?」

 その直後、賛同の拍手が沸く。

 この日を以て、テゾーロ財団は史上初の国際統治機関公認の民間団体となるのだった。

 

 

           *

 

 

 その同時刻――

「アルベルト・フォードの一件、誠にご苦労」

「礼には及びません、仕事ですから」

 聖地マリージョアのパンゲア城内にある「権力の間」にて、テゾーロは五老星と会談をしていた。

「全く、けしからんマネをしてくれたものだ」

「よもや世界の実権を握ろうと企んでたとはな」

 フォードの一連のスキャンダルは「世界政府乗っ取り未遂」という些か過大な表現で大々的に報じられた。いや、厳密に言うと五老星が隠蔽しなかった(・・・・・・・)が正しい。

 元々五老星はフォードの力をどうにか削ごうと画策していたのだが、天竜人と癒着関係にあったため手を打とうにも手を出せず、半ば野放しにしていた。そこへ来てテゾーロ財団の働きで力を削ぐどころかフォードを逮捕できたのは願ったり叶ったりなのだ。

「そこでだ……今回の件の報酬として、お前さんの望むものを何でも一つ叶えよう」

「ただし、我々のできる範囲であるが」

 五老星からの直々の報酬は、彼らにできる範囲ならばテゾーロの望みを何でも一つ叶えるという。この機会を待っていたとばかりにテゾーロは笑みを深め、ある要求をした。

「国を創る許可を貰いたいのです」

「国、だと?」

 あまりにも斜め上の要求に、五老星は戸惑う。

「はい。その前に私のある計画を知る必要がありますが……」

「計画?」

 

 

 テゾーロが語った計画は、五老星ですら驚愕する内容だった。その内容は――何と、天上金を加盟国に変わって支払う事業を行うというのだ。

 800年前、世界政府――今の世界を統治するシステムを構築した「創造主」と称される二十人の王達の末裔が世界貴族「天竜人」である。彼らは各国の一般市民から「天上金」という貢ぎ金を徴収しており、一国を飢餓で滅ぼす程の莫大な額を受け取っている。当然加盟国にもそれは義務づけられており、その膨大な額がゆえ国家予算がギリギリである国も多いのが現状だ。

「その現状を憂いて、この計画を練っていたと」

「ええ、まァ……」

 テゾーロは笑みを浮かべながら返答するが、天上金徴収の現状を憂いているのは事実だがそれは表の理由。実際は己の野望である世界的な革命の為だ。

 テゾーロの目論む革命は、軍事力を否定する訳ではないが国家間での武力衝突を無くそうという考え――つまり軍事力を他国を攻めるためではなく海賊や反政府組織から国土と国民を守る「防衛力」にすることだ。この考えは賛同する者も多いように思えるが、それを快く思わない連中が政府側にいる。ジェルマ王国だ。

 ジェルマ王国は、世界中の戦争に金銭を条件に軍事的支援を行う国であると同時に〝北の海(ノースブルー)〟の完全征服を目論んでいる国。戦争への介入は政府加盟国である点やその科学力ゆえか黙認されているが、テゾーロの目論む革命が成就したら〝世界会議(レヴェリー)〟の参加権を剥奪され政府加盟国からも除名されてしまうだろう。あのジェルマがそれを黙って従う訳など無い。

(まァ、その辺りはどうにでもなるか……)

 そもそもテゾーロの野望はそう簡単に叶えられる程甘くはない。時間をかけて確実に進めるべきである。

「……つまり、お前はこう言いたいのかテゾーロ。天上金の件は、民間団体では国としての面子がたたんから加盟国として行うと」

「そうですね…それにそっちの方が今後都合が良いので」

 天上金で苦しむ国家は多い。政府加盟国として肩代わりすれば国交樹立としてうまく機能できるのではないかとテゾーロは考えたのだ。もっとも、政治に関してはド素人の男の考えなのでうまくいく保証は皆無に等しいが。

「フム……」

「どう思う?」

「悪い話ではあるまい。天上金の上納で傾く国々がある以上、テゾーロの話に乗るのも一理無くもない」

 テゾーロが国家元首となる国はどういうモノかは五老星とて想定できないが、少なからず世界政府にとっては大きな利益となるだろう。加盟国ともなれば、一定の権限を与えることを条件に政府の命に従うことも可能だからである。

「……いいだろう。だが暫し待て」

「待て……とは?」

「国を創る以上、土地は必要だろう?」

 その言葉に、テゾーロは目を見開く。

 国を創るには確かに国土が必要だ。ジェルマ王国のような例外はあるが、少なからず島の一つくらい所有するべきだろう。

 今のテゾーロが今後実施する計画の一つである「グラン・テゾーロ計画」は、原作同様の予定だ。しかし肝心の動力――ギガントタートルを探していないのでかなりの時間がかかるだろう。ならばいっそのこと、予定を変更して船ではなく陸地に国を創るのも悪くないだろう。

「わかりました、感謝します」

「では、今日はよろしい」

「ご苦労であったな」

 テゾーロはソファから立ち上がり、一礼して部屋を後にした。

「さて――どうしようか。政治に関わるとなると、少し面倒事になりそうだな」

「だが今の奴には相応の力もある。多少の厄介事を押し付けても文句は言うまい」

「それに奴のコネと経済力をも利用できるとなれば、我々とて多少のリスクは負っても構うまい」

「うむ……ならば奴の要求を呑もう。その方がメリットも多い」

 五老星はテゾーロの力を見込み、要求を呑む方針にしたのだった。



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第64話〝対峙〟

最近のワンピ、ヤバイですね。
五老星の上の存在…イムって何者なんだろう。

どうやらワンピースはまだまだ伏線多いですね…っていうか、余計に増えてない?(笑)


「今日は君一人だけか?」

「ウチは今、色んな事業に手ェつけてるんで。まァ私がいなくともどうにかなります」

 五老星との面談を終えたテゾーロは、クリューソス聖と面談をしていた。

 テゾーロはフォードの一件でクリューソス聖から全幅の信頼を寄せることに成功し、王侯貴族でないにもかかわらず世界貴族(てんりゅうびと)と信頼関係を形成するという離れ業を成し遂げた。元々クリューソス聖自身も天竜人でありながら一般人と同じ価値観を持つ異端児であり、身分を問わず手を差し伸べる良心の持ち主であるからこそテゾーロと良好な関係を持ってるのだが。

「――っていうか、やっぱりマリージョアじゃあマスクしないんですね」

「天上界という感じのようでな。君の住んでるところは下界扱いしている。下界ではマスクをするが天上界(マリージョア)では全ての天竜人はマスクをしない」

 今のクリューソス聖の格好は、黒い着流し姿である。

 天竜人の界隈においても自分達の家の中では私服の者もいるらしい。

「あと、奴隷とかを持たないのは、まァ天竜人の中では珍しいでしょう?」

「――厳密に言えば、元奴隷は(・・・・)居る」

「!」

 クリューソス聖曰く、奴隷の使い回しというものが天竜人の間であるらしく、度々自分の所にも来るという。その時には奴隷達はいつ死んでもおかしくない状況で、さすがに哀れに思ったので奴隷ではなく召使いや近衛兵として彼らを引き取っているという。

「そこに控えている槍を持った二人……彼らもまた元奴隷だ」

「……くじのアタリを引けたようで」

「君も労働力に困ってたら、私に言うといい。いつでも提供しよう」

「それは助かりますが…今は結構です。足りなくなったときにいいでしょうか?」

「構わんよ」

 笑顔を浮かべながら語り合う二人。そこには、世界の頂点に君臨する血族と成り上がりの民間団体の長という圧倒的な立場の差を超えた信頼関係が垣間見えた。

「今度は君の家内さんも連れてくるといい、歓迎しよう」

「それは彼女次第ですけど……よからぬこと考えてるならあなたでも容赦しませんよ」

 一瞬でテゾーロの周りの空気が変わり、窓ガラスがガタガタと揺れ始める。

 それは、彼から放たれる覇気。家内(ステラ)に手を出そうものなら、例え世界貴族が相手だろうと情けは無用――大切な存在を背負った男の意志に、さすがのクリューソス聖もお手上げか「私は腐ってない」と釈明する。

「疑り深いな……そこまであくどい輩には成り下がっておらんよ」

「念の為です」

「ハハハ! 大胆に動く男と聞いていたが、意外と慎重なのだな」

「メリハリは必要ですから……」

 テゾーロはそう言うと立ち上がり、玄関へ向かう。

「何かご相談がありましたら、私にご連絡を。できる範囲のことは尽くしますので」

「うむ。ではこれからも頼むぞ」

 

 

           *

 

 

 一方、ここは新世界「ホールケーキアイランド」。

 二角帽を被り口紅を塗ったパーマの髑髏が刻まれた扉が目立つ城――ホールケーキ(シャトー)の屋上では、ホールケーキアイランド含む「万国(トットランド)」の女王にしてビッグ・マム海賊団船長である〝ビッグ・マム〟シャーロット・リンリンが「お茶会」を開いていた。

 ビッグ・マムのお茶会は、闇の世界の帝王達をはじめとした大物がゲストとしてくる。そしてその中には、テゾーロがよく知る人物もいた。

「――つーことでさ、面白い奴だから絡んでみたらどうだリンリン」

「ハ~ハハママママ……お前が気に入る程の男かい」

 お茶会の会場では、何とスライスがビッグ・マムと話し合っていた。それもテゾーロのネタだ。

「おれァ商売柄、色んな奴とビジネスをしたが……こいつは格や質が違う。きっと気に入るぜ」

「ママママ……随分と推してるじゃねェか、スライス。そんなにおれと馬が合うのかい?」

「会えばわかるさ、こいつは中々口じゃ表せねェ男だ」

「ギルド・テゾーロ……あァ、憶えたよ」

 ビッグ・マムは獰猛な笑みを浮かべる。

 スライスから聞いた話から、その強大な能力と人を惹きつける魅力、〝海の掃除屋〟などの曲者達をまとめあげる堅苦しさの無い人柄などがわかった。現に息子のペロスペローやカタクリも目をつけており、フォードを討伐した張本人でもあるため彼女自身も興味は抱いていた。

 今回のスライスとの会話は、今後のビジネスにも役に立つだろう。元々ビッグ・マム海賊団は、海の頂点に立つ白ひげ海賊団やかつてのロジャー海賊団のような王道の海賊というよりもマフィアの側面が強い。世界政府と密接な関係だが、彼女としては是が非でも手中に収めたいものだ。

「もし奴と会ったらこう言いな、スライス」

「?」

「その面をおれの前に見せやがれってなァ……! ママママママ……!!」

 上機嫌なビッグ・マムに、スライスは顔を引きつらせた。

(言わなきゃよかったか、これ……?)

 しかし期限については言及しなかったので、これ以上は言わないようにしようと誓うスライスだった。

 

 

 同時刻、〝偉大なる航路(グランドライン)〟ジャヤ。

「お前が〝赤髪のシャンクス〟か?」

「……あァ、そうだ」

 モックタウンの大通りで、メロヌスは愛用のスナイパーライフルを背負って赤髪海賊団と対峙していた。

 実を言うとメロヌスはテゾーロに代わってジャヤの発展事業を進めるよう命ぜられており、つい先程まで道や港の整備を部下達と共にしていた。その最中に海賊達が騒動を起こしたので現場へ駆けつけたというわけで、その騒動の当事者が最近名を轟かし始めた赤髪海賊団だったのだ。

「噂は聞いてる……確か海賊王ロジャーの船に乗ってた見習い海賊だろう?」

『!?』

 誰もが信じられないような目でシャンクスを見ている。

 たとえ見習いとて、「〝偉大なる航路(グランドライン)〟制覇」という歴史的偉業を成し遂げた海賊王ロジャーの船員(クルー)は全員が伝説的扱い。そのときに懸賞金が懸かってようがいまいが、人々に畏怖されるのは変わりない。

「よく知ってるな……どこでその情報を?」

 目を細めて腰に差した剣に手を伸ばすシャンクス。

 彼の問いに、メロヌスは答える。

テゾーロ財団(ウチら)の幹部は賞金稼ぎだった奴も何人かいるし、サイファーポールの人間もいる……情報収集力は甘く見ない方がいい。それにテゾーロさんの覇気の師匠があんたの知り合いだしな」

 メロヌスは淡々と言葉を紡ぐ。

 テゾーロは伝説の海賊であるレイリーとギャバンに覇気を学んだ身――それなりの信頼関係を築き、ロジャー海賊団の事情もある程度知ってはいる。当然、メロヌスのような彼の部下も。

「それで……おれ達とやり合う気か?」

「――おれは任務外の行動はしない。たとえ相手が海賊だろうとな。それにこの状況だとどちらに非があるかは一目瞭然……不問に伏すさ。ただしテゾーロさんには報告するが」

 メロヌスはシャンクス達の前に転がる海賊達を一瞥する。

 シャンクスは暴れさせたら手に負えないが、酒に酔っても自分から喧嘩を売ることは考えられない――いや、そもそもシャンクス率いる赤髪海賊団の悪い話が無い。大方、酒に酔って喧嘩を吹っ掛けてきた海賊達がシャンクスの仲間に手を出したのだろう。その証拠に、シャンクスの背後にいる彼の一味の数人かがケガをしている。

「海軍と繋がっているから少しは面倒事になると思っていたんだが……いいのか?」

 副船長のベン・ベックマンがメロヌスに問うと、彼は微笑んだ。

「この島自体、ウチの権力が働くシステムになってる。最悪の場合は近くの海軍支部に応援を頼もうとは思ってたが、あんたらのことだ。別にその必要は無い」

 ――実際は、あんたらを暴れさせたくないだけだが。

 心の中では赤髪海賊団を暴れさせたくないだけだが、互いに無益な戦いは好まない。ゆえに話し合いで済んだのは幸いだろう。

「――騒がせて悪かったな、仕事の邪魔もしたか?」

「別にいいさ、この時代海賊の往来も激しいからな……こういう騒動はたまにある。ただ……ウチのハヤト――〝海の掃除屋〟には目を付けられないように気をつけることだな」

 メロヌスは鋭い眼差しで忠告し、赤髪海賊団とすれ違う形で去っていった。

「お頭……あいつは賞金稼ぎのメロヌスだ」

「あァ、わかってる……どうやらテゾーロという男は中々の器らしい。殺気も中々のモンだった」

 シャンクスとベンは去っていくメロヌスの背中を見て笑顔を浮かべ、仲間を率いて酒場へと向かうのだった。



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第65話〝東の海から〟

 さて、テゾーロがマリージョアから帰還して数週間。

 シャボンディ諸島に置かれたテゾーロ財団の事務所では、ある青年が保護されていた。

「すごい美味しいです」

「それはよかったわ♪」

「いや、それ以前におれの事務所の前で倒れるなよ」

 涙目でカレーライス――ステラ特製――をガツガツと食べる、黒縁メガネをかけた黒髪の青年。実はこの青年、テゾーロ財団の事務所の前で死人のように倒れていたところをステラが保護したのだ。ハヤトや社員達としては別にどうなってもいいのだが、立場は不明でも見捨てると財団の信用やモラルにかかわると理事長(テゾーロ)が主張したので渋々保護したのだ。

(とはいえ……こいつ何者だ? 只者じゃねェ気はするが……)

 テゾーロは彼が起きてからずっと〝見聞色〟の覇気を発動して青年を見続けている。

 〝見聞色〟は相手の気配をより強く感じられるようになる覇気。レイリーに師事して習得したテゾーロは、人物・強さをある程度見抜くこともできる程の熟練者にまで成長しているのだが、この目の前の青年だけはどうにも力量が図りにくい。精度がまだ粗かったりしているのもあるだろうが、少なからず相手はかなりの食わせ者であるのがわかる。

(果たして……敵か? それとも……)

 一応青年は直刀を二本腰に差している。その気になればここで戦闘をするかもしれない。ましてやここまで読めない人間となれば、不意打ちもありうる。

 一瞬の隙も見せないよう、テゾーロは様子を窺うが…。

「もぐもぐ……ああ、さすがにここでドンパチする気は無いんで。いつまでも〝見聞色〟使わなくてもいいんじゃないんですか?」

「!! ――お前、覇気使いか?」

「んぐっ……うん、それなりに」

 どうやらテゾーロが〝見聞色〟の覇気を発動して警戒していたのを看破していたようだ。

 テゾーロは溜め息交じりに口を開く。

「ハァ……じゃあしてるのはもうバレてたってのか」

「まァ、路上で撃沈してる人いたら誰でも警戒はするから」

「他人事のように言うな、当事者が」

 頭を抱えるテゾーロ。

「おれはアオハルっていいます。〝東の海(イーストブルー)〟で生まれ育って、ぬらりくらりと旅してたら一文無しになって……」

「それでおれの事務所の前でくたばったと……まァここまでよくぞ空腹で済んだな。航海能力が優れてるのか、ただ運が良いだけなのか……」

 この大海賊時代を生きる人間にとって――それ以前もそうだろうが――運は実力の内に入る。実力は決して高いものではなくとも「強運」で生き残れる者も多ければ、圧倒的な力を持ちながら運の無さで死ぬ者もいる。それがこの「ONE PIECE(せかい)」の摂理だ。

(しっかし、よくここまでこれたもんだな。〝凪の帯(カームベルト)〟でも渡ったか?)

 〝東の海(イーストブルー)〟から〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ行くには、リヴァース・マウンテンの運河を経由するか強引に〝凪の帯(カームベルト)〟を渡るかのどちらかだ。もしかしたら海賊船に乗り込んで乗っ取るなり隠れるなりしてここまで来た可能性もあるが、何はともあれ五体満足でシャボンディ諸島までよく来れたものである。

「ごちそうさまでした。ご飯ありがとうございました……ってな訳でおれを雇ってくれませんか?」

「うん、金がねェからだろ? それだけじゃあ採用の理由にならんから出てけ」

 テゾーロはバッサリと斬って突き放す。

 しかしアオハルは食い下がり、微笑みながら口を開いた。

 

「おれが情報屋だとしても、ですか?」

 

「!」

「?」

 アオハルの言葉にテゾーロは目を見開き、ステラは首を傾げる。

 情報屋は、収集した情報で売買取引をする業者だ。国家権力の犯罪捜査や犯罪組織間の抗争、企業の新製品開発競争などの重要情報を持ち出して大金を得る情報屋は活用の仕方次第ではビジネスの成功にもつながるが……。

「信じられないな……仮にそうだとしたら、なぜ無一文になる? 情報は掴んでいるんだろう?」

「そうなんですけどね……肝心の中心人物――フォードが逮捕されたんで…」

 アオハルは、何とフォードに関する情報を握っていた。表と裏をひっくるめた収入と支出、権力者との密接な関係、裏社会での活動拠点……テゾーロが知りえない情報も持っていたという。

「今となっては余罪が芋づる式にバレるだけなので、売っても意味が無いんですよ……。大方の末路も予想できますし……」

「……何というすれ違いだ」

 ――もう少しタイミングが合えば、互いに利益があっただろうな。

 テゾーロは内心、残念に思えた。

「一応あなたがフォードと戦っているところを見たので、実力とかは一応理解してますけどね」

「……何が言いたい?」

「おれ、こういうのを取ってあるんですけど」

 アオハルが取り出したのは、世界経済新聞のテゾーロ財団の広告だった。

「これ、「自分の個性や腕っ節を世界に貢献したいと思う人物、歓迎募集」ってキャッチコピーなんですよ。決めたのはあなた自身か世経の社長さんでしょうが……それはともかく、おれは条件は整ってるんですよ」

「つまり――「おれを雇用した方が組織の為になる」という自己PR……と解釈していいんだな?」

 

 

 シャボンディ諸島27番GR――

 久しぶりの「試験」というわけで、テゾーロとアオハルだけでなくハヤトやタナカさん、創立当初の古参の社員達などが集まっていた。

 ハヤトやサイのように例外はいくつかあるが、テゾーロ財団の「試験」は自己PRが全てである。故に、理事長のテゾーロに模擬戦で挑むことも当然許されている。メロヌスやシードは自分の能力をその場で見せて就職したのだから、今回もそれに当たる。

「あの男、形状も質量も自由自在の黄金にどう立ち向かうんだ?」

「……わざわざ申し出たのですから、余程腕の立つ方では? ハヤト様」

「そろそろ女社員が欲しいな」

「ステラ副理事長だけでも十分花はあるんだがな」

 古参の社員達と話しながら、ハヤトとタナカさんは話し合う。

「そっちが先攻で構わない…おれはオールラウンダーなんでね」

「それじゃあ、お言葉に甘えて――」

 アオハルは刀を抜き、振り上げた。

 試験が始まり、一同は注目するが……。

 

 ……ブゥンッ!

 

『は?』

 

 ドパァン!!

 

「おわああああああ!?」

『!?』

 アオハルの持つ刀が突如赤い閃光を放ち、振り下ろすと同時に衝撃と共に地面を大きく抉った。

 両刃の刀身からは赤い光が放出されており、その光はまるで刀剣状に収束して10m以上伸びている。

「……これがおれの能力――超人(パラミシア)系悪魔の実〝ビムビムの実〟。おれは熱を発する光線を意のままに操れる。黄金と光線、どっちが上かな?」

『な……!?』

「冗談じゃねェぞ、オイ……「ビームサーベル」なんて聞いてねェぞ!!」

 さすがのテゾーロも顔を引きつらせて青ざめる。

 現在海軍中将を務めるボルサリーノは、自分の体を自在に光と化すことができる〝ピカピカの実〟の能力者。その技で、ボルサリーノ自身の半身以上もある巨大な光の剣を作り斬り裂く〝天叢雲剣(あまのむらくも)〟という技がある。だがアオハルは「光の剣」すらも上回る「ビームサーベル」を繰り出したのだ。

超人(パラミシア)系の中には最強種の自然(ロギア)系を超えるモノも存在するとは聞いていたが……こいつもか!)

 基礎的な戦闘力は動物(ゾオン)系や自然(ロギア)系と比較するといくらか劣る場合が多いと認識される超人(パラミシア)系だが、圧倒的な防御力を発揮できる〝バリバリの実〟や「世界を滅ぼす力」とまで称される〝グラグラの実〟、「究極の悪魔の実」とも謳われる〝オペオペの実〟など、性能が自然(ロギア)系以上の実も存在する。

 そして目の前にいるアオハルも、超人(パラミシア)系でありながら自然(ロギア)系に匹敵する能力者である上に、言動からかなり強力な覇気の使い手であることも窺える。下手をすればフォード以上の実力者であるのかもしれないのだ。

「厄介なんてレベルじゃねェな……!」

 テゾーロはゴルゴルの能力で黄金の指輪を融き、二本の黄金のサーベルを作りだす。

「こちらから行くぞ」

 テゾーロは駆け、距離を詰めてアオハルの懐に潜り込もうとするが…。

 

 ブゥン!!

 

「ぐっ!!」

 テゾーロの想像以上に、アオハルの攻撃は早かった。彼はビームを先程の倍以上に伸ばして振るったのだ。テゾーロはそれを何とか躱して〝武装色〟で刀身を黒化させ突きを放ち、アオハルは伸ばしたビームを縮めて長さを3m程に調整し受け止める。

 

 ドォン!!

 

「!?」

「っ!!」

 二人の刃が交わった瞬間、周囲に電流のような衝撃が走った。

 そう――アオハルもまた、〝覇王色〟の使い手だったのだ。

「……おれと同じ〝覇王色〟の使い手でしたか」

「お前、本当に何者だ……?」

 テゾーロは汗を流しながら睨みつける。

 懐へ潜り込むことに成功したが、刀剣状に収束したビームは高熱を発しており、あまり長く受け止めていると火傷を負ってしまう。その発熱の影響で、テゾーロの周囲だけが真夏日のように暑い。アオハルは汗をかいていないのは、恐らく能力の影響だろう。

「るおおおおお!!」

 テゾーロはもう一本のサーベルで攻撃すると、アオハルは一度退いて攻撃を躱す。

 すると今度はアオハルがビームを伸ばし、テゾーロの腹にぶつけた。しかしビームは直線に伸びるモノであり途中で曲がることは無い――テゾーロは腹部に〝武装色〟の覇気を集中させて防ぎ切る。

「……成程、かなりの手練れのようだ。一体誰に習ったんですか」

「ギャンブルで負けっぱの元海賊だよ……っと!!」

 テゾーロは手にしていたサーベルをアオハルに投げつける。アオハルはそれを難なく躱してしまい、地面に深く刺さってしまうが……。

 

 シュルルッ!!

 

「!?」

 アオハルの右腕に、金の糸が絡まった。見れば、先程のサーベルから糸が伸びているではないか。

「悪魔の実は使い方と鍛錬次第――この海では常識だぞ」

 すると金の糸が何本か収束して鞭となり、アオハルの顔を薙ぐ。

「ぐっ!!」

 しなやかで超硬度を誇る黄金の鞭。アオハルは咄嗟に覇気を頬に集中させて防ぐが、ダメージはあったようで刀剣状に収束したビームは消えた。

 その隙にテゾーロは間合いを詰め、残ったサーベルに〝武装色〟の覇気を纏わせて振るったが、アオハルは拘束されていない腕を武装硬化させて防ぐ。

「……固いな」

「お互い様でしょ」

 

 ブゥン!

 

「っ!!」

 アオハルは刀を右手から左手に持ち替え、能力を発動した。消えていたビームの刀身が復活してテゾーロに肉薄するが、彼は咄嗟に躱して距離を取る。

「くっ、中々面倒だ……」

 伸縮自在の高熱のビーム――その絶大な威力は申し分無い。相性や底力はいまだ不明だが実力はほぼ互角と判断しても間違いないだろう。

「さてと、次の手は……」

 

 バタッ

 

「――ん?」

「……ヤバイ、燃料切れ……」

 試験は、何とアオハルの「燃料切れ」という意外な形で終わった。

「カレーだけじゃあ無理だったかなァ……」

「……ハイリスクなのか?」

「実を言うと……覇気が通用する以外にも弱点が一つあって……」

 アオハル曰く、ビムビムの能力は絶大な威力を誇る反面、ビームは「能力者自身の持つエネルギー量」をエネルギー源(ねんりょう)としているために長時間の戦闘はできないという弱点があるという。エネルギー量は食事で賄うことができるのだが、彼にとってステラのカレーだけでは無理があったようだ。

「……まァ、とりあえず試験は合格だ。お前を野放しにして変な連中に丸め込まれると面倒だし。それより……飯、食うか?」

「喜んで…」

 そう言って、アオハルは撃沈した。試験を観ていた者達からは「もう終わりかよ」だの「締まらねェ」だの、散々な言いようだ。

 テゾーロは深く溜め息を吐き、アオハルを担ぎ上げて部下達と共に事務所へと戻るのだった。 




停滞気味かと思われますが、次回辺りからポンポン進める予定です。


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第66話〝身長か〟

7月最初の投稿です。


 アオハルが正式にテゾーロ財団に配属してから、早2週間。

 シャボンディ諸島に置かれたテゾーロ財団の事務所ではハヤト・ジン・タタラがテゾーロに直接呼び出されていた。

「さて、こうしてお前ら三人を集めたのは他でもない」

 どこか不機嫌そうなテゾーロに、首を傾げる。

 テゾーロの機嫌を損ねるようなマネをした憶えがないので、三人は顔を見合わせる。

「おれら……なんかやらかした?」

「いや……特には……」

「――何か言いたいことでもおありですか?」

「ああ、一つだけな」

 テゾーロは〝覇王色〟の覇気を放ちながら、イスから立ち上がった。

「メロヌスは会計士として、シードとタナカは事務として働いているわけだが……お前ら、戦闘と監督以外に何かやれよ(・・・・・)!!」

 バンッと机を叩いて青筋を浮かべるテゾーロ。怒るテゾーロを前に怒られた面々――ハヤトらは一斉に目を逸らす。事の発端は、テゾーロが財団の中に医者がいないということに気づいた際だった。

 テゾーロはある日、ペンを片手に今後の財団の計画を練っていた際に幹部格でありながら暇人が何人か混じっているのを知った。テゾーロ財団は幹部格だと力仕事だけではなく事業の監督や事務方、財務関連の仕事、連携機関・ビジネスパートナーとの連絡や交渉などを行っているのだが、どういうわけか仕事が少ない輩が出てきたのだ。それがハヤト・ジン・タタラである。

 メロヌスは計算能力とIQの高さを買われて、その能力を最も発揮できる会計士としてテゾーロ財団の財政面を支えている。シードは元々海軍の人間であり各種書類の処理を嫌という程に経験しているため、事務方で要領のいいタナカさんと共に活躍中だ。テゾーロ自身も海軍の上層部やビジネスパートナーと交渉をしたり、五老星やクリューソス聖と謁見して裏から手を回すなど立場やコネを使って事業を進めている。

 しかし、ハヤト・ジン・タタラの三人は事業の監督以外にこれといった仕事をしていない。彼らもまた財団にとって貴重な人材――与えられた仕事だけでなく、自分から動いて少しでも早く事業を進めてほしいのが彼の本音だ。

 要するにテゾーロは「せっかく入社したし時間もあるんだから、仕事に活かすためにも時間を見つけて多才(マルチ)になれよ」ということを言いたいのだ。

「いいか…お前らも一応幹部格だ。腕っ節だけじゃなくてもっと別の能力を伸ばせ、何でもいいから!!」

「くっ……ブラック企業が……」

「それはてめェらが手ェ抜いてるからだ!」

 その時、ドアを開けてシードが入ってきた。

「シードか、どうした?」

「テゾーロさん、大事なお話が……」

 その言葉に、目を細めるテゾーロ。

 するとシードは、こんなことを口にした。

 

「実は――酪農をしたいんです!!」

 

『――ハァァ!?』

 あまりにも斜め上を行った元海兵(シード)の申し出。

 ハヤト達は顔を引きつらせて若干引いているが、テゾーロは意外そうな顔をするだけで動揺を見せない。

「理由は?」

「実は、僕には生涯最大の宿敵との因縁があるんです……」

 シードは悔しそうな顔で拳を握り締める。余程複雑な事情のようであり、ハヤト達は眉間にしわを寄せるが……。

 

「……ああ、身長か」

 

『ハァ!?』

 テゾーロの一言で、三人は呆然とする。

 何と、生涯最大の宿敵の正体はただのコンプレックスだったのだ。

「海兵として、テゾーロさんの部下として、僕は色んな経験をして多くの修羅場をくぐり抜けてきた。それでもなお身長の壁は……コンプレックスの壁は大きい! こんな社会的ハンデを抱いて十数年……背の小ささを克服するために、僕は牛乳を一杯飲みたいんです!!」

(話の論点、そこか!?)

 シードの主張は、どう考えても我欲に満ちている。

 確かにシードは、財団の中では背は小さい方であるのは事実だ。だがそれは周囲が2mを平然と超えるデカさを有しているだけであって、シード自身が小さすぎるという訳ではない。しかし海軍もまた巨人族でもないのに3mを超える身長の人物もいるのも事実だ。

 要は海軍時代から引きずってきたコンプレックスとの因縁に終止符を打ちたいのだ。

(ハァ――ついにテゾーロ財団も酪農に手を……)

 顔や態度では示していないが、テゾーロは内心呆れていた。

 そもそも牛乳などに多く含まれるカルシウムには「身長を伸ばす」効果は無い。背を伸ばすには成長ホルモンを活発に分泌する行動が必要なのだ、カルシウムを大量に摂取するのではあまり意味を成さない。

 内容的には明らかに個人の問題なので却下しようと考えたその時、あるアイデアを思いついてポンッと手を叩いた。

「だとしたら農業の知識も必要だな。ちょっと知り合いのコネでその辺掛け合ってみるわ」

「本当ですか!?」

「待て待て待て!! いいのか、それで!?」

 あっさり了承したテゾーロに詰め寄るハヤト。

 どう考えても自分のコンプレックスをどうにかしたいだけのシードに、なぜそこまで手を回すのか疑問なのだ。

「酪農だろう? 品種改良しまくって市場取引すればいいんだから、成功すること前提で考えれば案外美味しい話じゃねェか? 土地はジャヤの森を伐採して確保すりゃあいいし。食糧難問題も少しはどうにかなるだろ」

 つまりテゾーロは、表の市場で大きな利益を得られるだけでなく国際的な問題の解決に一役買うことができる新規事業として始める気なのだ。

(いや……待てよ? 確かに一理あるぞ……)

 ハヤトはふと、この世界における食糧難問題を思い出した。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟だけの話ではないが、世界各国――特に世界政府非加盟国の食糧難問題はかなり深刻である。世界各国の一般市民が、世界貴族・天竜人への貢ぎ金「天上金」を搾取されているからである。具体的な金額は不明だが、それはもう莫大な額であり、そのせいで一国が飢餓で滅んだ事例もいくつかある。

 テゾーロは予てより天上金に関する問題を解決しようという姿勢であった。それを解決するプロセスの一環として考えると、ふざけているように思えるが真面目に考えると結構大事なのである。

 ハヤトも大分染まってきたようだ。

「……一理あるって思ったろ」

「まァ……解釈次第、か?」

 すると今度は、ドアを開けてサイが入室した。

「テゾーロさん、政府からの書状です」

「! ついに来たか……」

「ええ、許可が下りました」

 テゾーロの口角が上がっていく。

 不審に思ったジンは、サイに問う。

「何の話しだ?」

「シャボンディ諸島の人間屋(ヒューマンショップ)を潰す話です。胴元のフォードが逮捕された以上、あそこは不要ですから」

 シャボンディ諸島の闇ともいえる人身売買は、聖地マリージョアに近いゆえに天竜人が買いに来ることも多いため、世界的に禁止されながらも潰すことができなかった。元締めであったアルベルト・フォードがバックにいたからである。

 しかし彼が逮捕されてからは誰にも守られなくなったので、世界政府はシメシをつけるためにもこうして大胆に打って出たのだ。

(しかし、随分と大胆だな。天竜人の文句を跳ね除けたか?)

 天竜人が奴隷を買えなくなるとなれば、必ずや抗議の声を上げるだろう。その矛先は最高権力者たる五老星に向けられ、彼らの頭を悩ませていたはずだ。もしも五老星が天竜人の抗議を一蹴したとすれば素晴らしいものだが……。

 

(まさか……五老星よりも上(・・・・・・・)からの命令、か?)

 

 テゾーロの頭をよぎる、一つの可能性。

 天竜人をも黙らせる程の――五老星をも超える権力者の命令ならば、事がすんなり運んでも違和感は無いが……。

(しかし、そんな話は……いや、今はどうでもいいか)

 何やともあれ、政府から公式の書状を貰った以上、世界政府の権限の下にシャボンディ諸島の人間屋(ヒューマンショップ)を潰すことができるのは良いことだ。

「よし……すぐに支度をしろ。シャボンディ諸島1番GR(グローブ)へ向かうぞ!!」

 

 

 

 一時間後。

 シャボンディ諸島1番GRでは、テゾーロ達が人間屋(ヒューマンショップ)の経営者側と対峙していた。

「な、何だ貴様ら!?」

「我々テゾーロ財団は、この悪しき人身売買の拠点を潰しに来た。それ以外に理由など無いさ」

「だ、誰の許可を得て……!!」

「そうだ、おれ達のバックに誰がいると……!!」

 経営者側は往生際が悪く、抗議するがハヤトの一言で全てが変わった。

「ウチのバックは世界政府だ。人身売買は国際的に禁止されてんだから潰していいに決まってる……脅しても無駄だ、あんたらのバックにいた大物はすでにインペルダウンに幽閉されたからな」

 ハヤトがそう言うと、テゾーロ達がゲスイ笑みを浮かべはじめる。

 そしてテゾーロはゴルゴルの能力で黄金の指輪を融かし、フォードとの戦いで使用したあの巨大な番傘を作りだした。

「――っつーわけで、諸君!! 打ち壊し開始だ!!」

 テゾーロの号令と共に、社員達が一斉に人間屋(ヒューマンショップ)に雪崩れ込む。

 シャボンディ諸島に根付く闇――人身売買を撲滅するために忌々しい会場を更地にするのだ。すでに元締めは捕まっているので誰も守ってくれない丸裸の状態だ、バックに大きな力が無いので経営者側は何もできない。

「経営者側に同情はしないけど……まるでウチは圧力団体だな。あ、ライター切れてたんだ……」

 煙草を咥えるも、ライターが切れていることを思い出して溜め息を吐くアオハル。

 するとそこにメロヌスが近づき、拳銃を向けた。

「!」

 突然銃口を向けられて反射的に愛刀の柄に手を伸ばすアオハルだが、メロヌスは躊躇せず引き金を引いた。

 しかし引き金を引くと、銃口からは銃弾ではなく火が出た。そう、メロヌスが手に持っていたのは拳銃型のライターなのだ。

「――……火ィ、欲しいんだろ?」

「あ、どうも……」

 煙草に火をつけ、互いに一服するメロヌスとアオハル。

 テゾーロ達が大暴れして手作業で人間屋(ヒューマンショップ)を更地にする光景を見ながら、二人は煙を吐く。

「少しは慣れたか」

「ええ……まァ色々驚かされます」

 木材がへし折れる音や石が砕ける音が響く中、()(えん)(くゆ)らせる。

「ウチは色んな変じ……人間が揃ってる、お前とも気が合う奴がいるだろう」

「今変人って言いかけたよね? じまではっきりと聞こえたんだけど」

「揚げ足取るな。――まァ、ウチん中で何か困ったことあったら相談しな。こう見えて世話係も得意なんだ」

 その時、ふと羽音が聞こえてきた。

 それと共にどこからか手紙を持ったコウモリが現れ、二人の前に降り立ったのだ。

「これは……伝書バット?」

 伝書鳩のように手紙を運ぶコウモリ――伝書バットは、主に世界政府が連絡手段として使用しているコウモリだ。伝書バットが来たことは、世界政府側からの要請が来たという意味でもあるのだ。

 メロヌスは伝書バットが運んできた書簡を受け取り、中身を確認する。

「……これは、デカイ依頼だ」

 その書簡は、何と海軍大将センゴクの直筆の「とある依頼」だった。




原作がやっとワノ国に突入しましたね。
尾田っちとしても一番描きたかったところらしいので、楽しみですね。


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フレバンス救済編
第67話〝センゴクの依頼〟


 センゴクからの手紙が届いて2日が経過した。

 テゾーロはセンゴクと面談するべくマリンフォードへと向かい、面談が終了するまでの間不在なため幹部達に業務を委託していた。

 そんな中、黙々と業務を遂行しつつメロヌス達は話し合ってた。

「おれ達も()()()()()が板についてきたなァ」

「デスクワークとやらも一種の戦場ですしね」

(ちげ)ェねェ」

 カリカリという筆記の交響曲(シンフォニー)が響く。

 メロヌスはタナカさんと共に書類処理に当たり、視線は書類に向いて手は書類を処理し続けている。時々ステラが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、黙々と手を動かし続ける。

 そんな中、メロヌスはこんな話を切り出した。

「タナカさん……「珀鉛産業」って、知ってるか?」

「珀鉛産業?」

 珀鉛産業――それは、〝北の海(ノースブルー)〟にある「白い町」とも呼ばれるフレバンス王国の経済を支える一大産業。「珀鉛」という鉱物によって巨万の富を築き、その上まるで童話の雪国のように地面も草木も真っ白な美しく幻想的な風景のため、フレバンスは人々の憧れの町でもあるのだ。

「ウチの社員にもフレバンス出身がいるようだ。もっとも……そいつらは皆、珀鉛産業とは無縁だったようだが」

「――珀鉛ってことは、鉛ですか?」

「まァ、そうだな」

「ってことは、当然鉛中毒が起こる可能性がありますね……世界政府は地質調査をしたのですか?」

「するかねェ……しても金に目が眩んでスルーしてんじゃねェか?」

 鉛中毒は決して侮ってはいけない。

 実は鉛は食物にもごく微量が含まれているため、多くの人間は日常的に摂取している。摂取した鉛は体内に蓄積するが、その大部分は体外へ排出される。しかし鉛を長期間摂取すると体外への排出が追いつかず、体内に蓄積されて毒性を持つようになり健康に悪影響を及ぼすのだ。

 初期症状は疲労や睡眠不足、便秘といった体調不良によくありがちな症状であるが、深刻化すると貧血や脳の障害が現れ、最悪の場合は死に至ることもある。回復しても後遺症が残る可能性もあり、治療後も油断できない。

 かの世界的作曲家・ベートーヴェンも、その毛髪から通常の100倍近い鉛が検出されたことにより、彼が患った聴覚障害も鉛中毒が原因であるという説も浮上して注目を集めたという。

「珀鉛は、どうだろうな。伝染病の類じゃないとは思うが……」

 珀鉛による中毒症状。

 メロヌス自身は一度も見たことが無いのでよくわからないが、彼は通常の鉛中毒とは一線を画する症状が出るのではないかと考えている。

 長期間摂取すると体内に蓄積されて毒性を持つようになるという点は共通であろうが、その症状・後遺症の影響は一切不明。詳しく検査して調べねば取り返しがつかなくなるだろう。

「――少し詳しく調査するべきじゃねェかなァ」

「……」

 メロヌスは目を細め、コーヒーを飲み干した。

 

 

           *

 

 

 海軍本部、センゴクの部屋――

「おかき……食うか?」

「お茶で結構です。――早く本題を」

「……」

 センゴクはテゾーロの前にある海賊の写真を出した。

 サングラスをかけ、フラミンゴのようなピンク色の羽毛のコートを羽織った金髪の男。テゾーロはその男を知っていた。

 

「――私が最近危険視している男だ。名はドンキホーテ・ドフラミンゴ……ドンキホーテファミリーを率いて〝北の海(ノースブルー)〟で略奪や取引を行っている海賊だ」

 

(ドフラミンゴ……!!)

 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 〝天夜叉〟という異名で名を馳せ、後に新世界最大規模の犯罪シンジケートを展開させる大物海賊である。残忍さや狡猾さ、傲慢さや執念深さを併せ持つ「悪のカリスマ」でもあり、原作では国盗りを成し遂げルフィを大いに苦しめた強敵だ。

 今はまだそこまでの大きな力を得てはいないようだが、数年の内に海軍どころか世界政府すらも見逃せない勢力へと成長するのは明白だ。

「センゴク大将、私に久しぶりに海賊討伐でもしろと言うんですか? 確かに腕の立つ者はウチには結構いますが……」

「そうとは言わん……こいつは海賊の割には用心深い奴だ、中々尻尾を掴めんのが現状だ。それにこの海賊の件はお前に直接やり合わせるわけにもいかん」

「――というと?」

 センゴク曰く、ドフラミンゴを討伐するには相当の年月が必要であり、あのロジャーや白ひげとしのぎを削った伝説的な大海賊〝金獅子のシキ〟と似たような性質(タチ)の海賊らしい。

 シキは当時の新世界で名を轟かせる海賊達を束ねており、海賊大艦隊の大親分に恥じぬ豪胆な男であった。だがそれ以上に有名だったのは、狡猾で用意周到な策略家としての一面だった。何事も入念に準備を済ませて行動するシキは、忍耐強く用心深いことで広く知られ、それを売りに同じ時代を生きた大海賊達と海の覇権を握り世界の頂点に立つべく激しい戦いを繰り広げてきたのだ。

「こいつを捕えるとなると、そう易々と海軍(こちら)の動きを読まれたり感づかれるわけにはいかん。ここはスパイを潜り込ませて奴らの隙を探るつもりだ」

「それとウチに何の関係が?」

「奴が率いる一味は、海賊というよりも犯罪組織の色合いが強い……つまり略奪よりも取り引きで利益を得る集団だ。マフィアに近い、と言えばわかりやすいだろう」

 その言葉に、テゾーロは生前の知識と記憶を思い出す。

 「新世界の闇を仕切る男」と称されたドフラミンゴは、略奪や襲撃よりも違法な商取引が得意なイメージだ。原作でもカイドウをはじめとした大海賊や戦争している国家等と取引をしており、自らの出自から天竜人とも深いコネクションを持ち合わせているため、あの世界最強の諜報機関である「CP‐0」をも容易く動かせる。

 今はそれほどの力ではないが、いずれにしろセンゴクの予想通り危険な男であるのは間違いではない。

「取引で利益を得る……となれば、お前も目が付けられているはずだ。ましてやあのフォードを捕えたのだ、注目しないわけが無い」

「確かに、何らかの形で接触する可能性はありますね」

「その時はお前に商談を持ちかけるはずだ。勢いで倒せる相手だとは思っていまい……そこでだテゾーロ。私はお前と手を組んで、ドフラミンゴを倒したいのだ」

「ドフラミンゴを?」

 センゴクの持ちかけた話は、ドンキホーテファミリーの討伐。

 ガープやゼファーらと共に大海の秩序維持に貢献してきた歴戦の将だからこそ、ドフラミンゴの危険性を考慮したのだろう。

 そしてテゾーロに話を持ちかけたのは、ドフラミンゴを出し抜くための一つの手なのだろう。

「……一応おれん所に情報屋いるんで、そいつに話は持ちかけてはみましょう。センゴク大将は?」

「機会を見つけ次第、スパイを送り込む。奴の実の弟を部下に持っている」

(……もうコラソンを送り込む気か?)

 ドフラミンゴの実の弟……それはコラソン――ドンキホーテ・ロシナンテのことだろう。

 彼は〝ナギナギの実〟の能力者で、周囲で発生するあらゆる音を遮断する「無音人間」だ。侵入や暗殺といったスパイ活動には最適で、その能力を得ている彼ならば――ドジっ子であるのが不安だが――ドフラミンゴを止められるだろう。

「……おれは色んな事業を抱えてます。そちらを全力で支援するなんてマネはキツイですが……それでもいいので?」

「構わんさ、だがドフラミンゴの情報は常に寄越してくれ」

「――了解しました、じゃあ今日はこの辺で失礼します」

「……期待しているぞ」

 センゴクはテゾーロと握手をした。

 今ここで、海軍大将とビジネスマンによるドフラミンゴ包囲網が構築されようとしていた。




今後の展開ですが、どこかでフレバンス編をやろうと思います。


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第68話〝財団史上最も過酷な事業〟

ここでまさかのフレバンス編です!


 それは、突然の出来事だった。

「テゾーロ、これって……」

「――ああ、ステラ……とびっきりのデケェ仕事だ」

 この日、テゾーロ財団は騒然とした。

 何とテゾーロの元に「CP-0」がアポなしで尋ねてきたのだ。世界貴族直属の組織の登場にさすがのテゾーロも動揺し、急遽仕事を切り上げて彼らとの「密談」をすることになった。

 その密談の中で、ちょうどテゾーロはある令状を受け取って確認しているところだ。

「――どうしてもテゾーロ財団(おれたち)にこれをやれと? 政府が動けばいいんじゃないか?」

「同感だ、いくら何でも無責任すぎるだろ。何でおれ達が尻拭いしなきゃなんねェんだ――」

「口を慎め。これは世界貴族〝天竜人〟の命令だ、逆らうことは許されん」

 ジンとメロヌスはCP-0に対して苦言を呈するが、「天竜人の命令だ」と一蹴されてしまう。

 そのやり取りを見たテゾーロは、顎に手を当て考える。

(……ってことは、天竜人に直接関係するってか?)

 CP-0の任務内容は、闇の交易・興行によって絞り出される金や武器の管理や天上金輸送の護衛など、天竜人の繁栄を維持するための活動だ。時に五老星や海軍ですら把握できない越権行為を行うが、今回はどちらかと言うと「政府として関わるのは難しい」といったところだろう。

 さて、今回CP-0がわざわざテゾーロに令状を渡したのだが、その内容はある王国を援助せよという趣旨であった。

「あの……フレバンスって何ですか?」

「〝北の海(ノースブルー)〟に栄える王国だ、()()()()()()。珀鉛という鉱物資源で成長した国……「白い町」と言えばわかるであろう」

「ふ、夫人だなんて…!」

 顔を赤く染めるステラをよそに、CP-0の諜報員は口を開く。

 珀鉛産業で巨万の富を生んだフレバンス王国は、その収益の一部を天上金として世界政府に納めていた。天上金は莫大な額を世界貴族に献上するものだが、フレバンス王国はたとえどんなに高額な天上金を納めても尽きることの無い鉱物資源(はくえん)のおかげで常に裕福でいられた。

 しかし、その珀鉛産業で栄えるフレバンス王国に異変が起こったという。それは、突如としてフレバンス王国の国民達が次々と正体不明の病に倒れ始める――いわば感染爆発(パンデミック)のような事件が起こったのだ。その症状は肌や髪が白くなり、やがては全身の痛みが発生するというもの。すでに何人か死者も出ているという。

「政府はこれを不治の感染症であると判断し、フレバンスへと続く交通手段を閉鎖すべく動いている――」

「いやいや違うって、鉛中毒だろそれ」

「中毒……?」

 感染症とは、ウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入・増殖して発熱や下痢、咳などの症状が出ることだ。感染してもほとんど症状が出ずに終わってしまうものもあれば、一度症状が出ると中々治りにくく時には死に至るような感染症もある。

 感染症は人から人にうつる伝染性の感染症と、動物や昆虫あるいは傷口から感染する非伝染性の感染症がある。当然それらに対する対策はあり、予防接種を受けたり免疫力を高めたりなどして人々は感染しないようにしている。

 しかしフレバンス王国で起こった感染爆発(パンデミック)は、感染症ではなく鉛中毒ではないかとテゾーロは提言したのだ。

「テゾーロさんの言う通りです。感染症なら人間の免疫力と病原体が戦って熱を出すはずです」

「シーちゃんが言いたいのは、要は感染症ってのは初期症状が風邪に酷似してるってこと。でもそれが出ないってことは……別の原因があるってこと――でしょ?」

「シ、シーちゃん……」

 シードとアオハルはテゾーロに続いて口を開く。

 そう、感染症の最大の特徴は初期症状が風邪に似ているということだ。それがゆえに最初は風邪だろうと思い込み、放っておいて暫く経ってからただの風邪じゃないと気づくのがお約束だ。だが今回フレバンス王国で発生した不治の感染症は、それらが見当たらないようなのだ。

 そうとなれば、考えられるのは別の原因であると結論づけるのは当然だろう。

「――とりあえずその案件は我々で預かりますが、フレバンス周辺の国々に「フレバンス王国で流行している病は、感染症ではない」と伝えておいてください」

「……わかった、良い結果を期待する」

 

 

           *

 

 

「――というわけで、〝フレバンス支援事業〟についての会議を行うぞ」

 夕方、テゾーロは社員達を集めて会議を始めた。

「まず言っておくが……財団はビジネスだけが仕事じゃねェ。慈善活動も立派な仕事だ。慈善活動は政府が主体になって行う気はねェだろうがな。それでいて、今回の事業は今までの事業とは違った危険を伴う上に結果がどうなるかもわからん。過酷な仕事となるだろう…ゆえに辞退を願う者は今すぐに名乗り出ろ、恥じることじゃない」

「……それくらいの危ない内容なんですね……」

「ああ、当然おれも最善を尽くすが……それでも心配だったり嫌だったりする者は辞退しろ。今ならまだ間に合う」

 今回の案件は、珀鉛の毒に苦しむフレバンス王国に関わる。言い方を変えれば公害に悩む国を支援するのだ。

 その公害は感染性は無いが、何かしらの形で珀鉛を摂取してしまうと発症してしまう危険性もある。社員の安全を確保するためにも、テゾーロはこうして忠告したのだ。

 それに対し、社員達は…。

「我々はテゾーロさんによって救われた。あなたには返しきれない恩がある」

「この財団で世界の為に働けるのならば本望です」

「おれ達はあんたについていくと決めてるんだ。今回は想像以上に過酷だろうが、おれ達は怖気づいて辞退なんざしないぜ」

「お前ら……恩に着る……!」

 社員達の心意気に、思わず感動してしまうテゾーロ。

 テゾーロは深々と頭を下げ、社員達に感謝した。

「では改めて…〝フレバンス支援事業〟についての会議を始めよう」

 テゾーロは〝フレバンス支援事業〟について説明した。

 今回の事業は、珀鉛の中毒による公害に苦しむフレバンス王国へ向かって国民の治療を行うというものだ。テゾーロの計画では、フレバンスの医者達と連携を図り珀鉛の中毒症状をやわらげて治療法を確立させる予定だという。

 テゾーロの説明を聞き、メロヌスは口を開いた。

「事業についてはわかったが、ウチには医者はいないぞ。そこはどうするつもりだ?」

 メロヌスの意見は、ごもっともだった。

 テゾーロ財団は、実を言うと専門医が配属されていない。これはシャボンディ諸島の病院やマリンフォードに置かれた医療塔と密接な関係を築いているため、財団の人間が倒れた際に診てもらうことができるのだ。

 しかしそれらの医療機関はあくまで財団と()()()()()()()()()()であって、さすがに財団の事業や活動の為に動くことはないのだ。

「そこよ、それについてアオハルが説明してくれんだ」

 テゾーロがそう言うと、アオハルが煙草を咥えながら前に出て書類を見せた。

 その書類は、世界中で活躍している医者達の名前が記されていてそのほとんどが二重線を引かれている。

「さっき調べたんだけどさ……おれの情報網だと、珀鉛の中毒症状を和らげることができる可能性がある医者が何人かヒットするよ」

「本当か!?」

「情報屋は伊達じゃないって訳ですか」

 アオハルの情報収集力の高さに感心するメロヌスとサイ。

 そんな彼曰く、双子岬の灯台守・クロッカスとドラム王国の医師ならば可能性はあるという。双子岬の灯台守であるクロッカスは、海賊王ロジャーが率いていたロジャー海賊団で船医を務めていた人物である。医者としての医術の腕は非常に優れており、不治の病にかかったロジャーの苦しみを和らげることができた程だ。そしてドラム王国の医師は、偉大なる航路(グランドライン)一とされる医療技術を持っている。世界に名だたる医療大国であるドラム王国ならば、珀鉛の中毒症状を和らげ、あわよくば治療法を確立させることも可能だろう。

「鉛中毒の一種であるなら、治療法は案外簡単かもな」

「ああ……体内の珀鉛を取り除けばいいんだ。蓄積された珀鉛を体外へ排出すれば、少なからず中毒死は免れるはずだ」

 中毒とは、端的に言えば毒性を持つ物質が許容量を超えて体内に取り込まれることによって機能障害を起こすことだ。その中毒の原因となる物質を体内から排除すれば、自然と治るだろう。

(とはいえ、あの〝珀鉛病〟が()()()()()()()完治できるかどうか……)

 珀鉛による中毒症状――珀鉛病の真の恐ろしさは、発症した者に子供ができるとその子供の寿命が短くなっているという、次世代への悪影響にある。

 原作において、ローはオペオペの実の能力で体内から珀鉛を取り除いたようだった。だがそれは「究極の悪魔の実」と呼ばれる()()()()()()()()()()()できたようなものであり、純粋な治療法で珀鉛病の完治は困難を極めるだろう。

 しかしここでフレバンス王国に救いの手を差し伸べないと、今後の悲劇は避けられない上にテゾーロとしても財団としても面目丸潰れだ。一度受けた依頼は達成せねばならない。

(じゃあ、いっちょやるか)

 テゾーロは首の骨をゴキゴキと鳴らしながら指示を与えた。

「サイ、お前は政府の機関で珀鉛に関する全ての情報を手に入れろ。少なからず報告書として保管はしてあるはずだ。アオハルは情報収集を続行、世界中の腕のいい医者の情報をありったけ集めろ――特に毒性学に詳しい医者を中心にな」

「……ギル兄はどうすんの?」

「そうだな、おれァ裏で手ェ回してドラム王国に掛け合ってみる。他の者は時間があればアオハルに協力するこった」

 テゾーロの指示を受け、部下達は動き出す。

「ギ、ギル兄って……お前……」

「何? 文句あんの?」

 呆れた声を上げるジンに対して〝覇王色〟の覇気で威嚇するアオハル。

 そんなアオハルを諫めるように、テゾーロもまた覇気を放った。

「アオハル、仕事だ……早く執りかかるぞ」

「……わかった」

 どこか不満げな表情ではあるが、アオハルは威嚇を止めた。

「さて、まずは……」

「飯ができたぞ」

 ハヤトの声に、一同は振り向く。仕事の前に、どうやら食事を摂ることになったようだ。

 テゾーロは社員達の様子を察し、仕事は一旦後にすることにした。

「お前ら、飯にするぞ~」

「今日はハヤトが作ったんだ」

「何だよステラさんじゃねェのかよ……大した味期待できねェな」

「叩っ斬るぞジン!!」

 

 こうしてテゾーロ財団は、後にテゾーロ自身が「財団史上最も過酷な事業」と言わしめる程の一大事業〝フレバンス支援事業〟に取り組み始めるのだった。




一応原作との相違点を示します。
・フレバンスが珀鉛産業の収益の一部を天上金として世界政府に納めている(多分原作のフレバンスもそうなっていると思います)
・フレバンスは政府加盟国(加盟国だと思いますが、描写がほぼ無かったので)


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第69話〝電話対応〟

原作の方、アプーどころかホーキンスまでカイドウ側に付いてたので驚くというよりも笑っちゃいました。キッドがあまりにも不憫で。(笑)
ルフィとローとベッジとウルージさん以外、何かカッコ悪いと思うのは気のせいでしょうか…それともベッジのような謀反を計画してるのか?
続きが楽しみです。
そういえばキラー、あいつどこ行ったんだ?


 4日後、〝北の海(ノースブルー)〟。

 テゾーロ財団の艦船であるオーロ・コンメルチャンテ号は、フレバンス王国へ向かって航行中である。

 ここ最近海賊の往来も多くなったので、船には大砲を搭載する数も少しばかり増えている。別に幹部達の戦闘力の高さを見くびっているわけではないが、万が一負傷等で動けなくなった場合を想定した上での武装だ。なお、これらは全てウミットから買ったものである。

 そして船内では、テゾーロが医療大国として知られるドラム王国の国王――あのワポルの父――と電話をしていた。

《何? 我が国の医療技術が?》

「ええ、実は〝北の海(ノースブルー)〟のフレバンス王国で珀鉛という鉱物の中毒が発生しまして。治療法が確立していないので貴国の力を借りたいのですよ」

《……確かに我が国の医療技術は世界にも誇れる。だがそれをなぜ君が?》

「裏事情ってモンです、察してください」

《成程……》

 何となくテゾーロの交渉の〝背景〟を察し、呆れたように声を漏らすドラム王国国王。

「実はその珀鉛産業なんですがね……ウチの集めた情報だと鉛中毒の一種であるってのがわかったんですが、その一方で珀鉛に含まれる毒素は次世代へも悪影響を及ぼす質の悪い(やつ)であるのも発覚しまして」

《何だと!?》

 ドラム王国国王は電伝虫越しに声を荒らげた。

 実はこの珀鉛産業によって産み出された製品は、世界中へ輸出している。当然加盟国にもそれらが流通しており、高級品として扱われている。だが珀鉛に含まれる毒性を知らずに珀鉛製品を扱い、万が一にも珀鉛を摂取してしまったら……それこそとんでもない事になる。ある意味、テゾーロと話し合えたのはラッキーと言えよう。

《……わかった、我が国の全ての医者に報せてはおこう。時間はかかるが、それでもよろしいか?》

「力を貸してくれることを検討してくれるだけでも非常にありがたい。ご協力感謝します」

《わかった。結果は追って連絡しよう》

 ガチャリ、と通話を切る。

 珀鉛の毒性を知らなかったからこそ、ドラムの国王は事の重大さを察知して動いてくれたのだ。無知は罪だと言う者がいるが、時には知らなかったからこそ迅速に対応せねばならないと即断させるのだろう。

「さて、今度はウミットを動かすか……」

 

 

 テゾーロがコネを用いてあらゆる人物と電伝虫で通話をする中、財団の社員達もまた仕事に徹していた。

 船を動かす者、情報収集に当たる者、報告書をまとめる者…それぞれが自分の仕事に一生懸命取り組んでいる。

 テゾーロ財団に入社して間もないアオハルもまた、情報屋としての仕事をしていた。

「煙草しながらの仕事は気分がいいね」

 そんなことを呟きながら、集めた情報を整理していると、机に置いてあった電伝虫が鳴った。

(電話対応は初めてなんだけどなァ……)

 アオハルは溜め息を吐きながら受話器を取る。

「はい、こちらテゾーロ財団」

《フフフフフフ……!! その声は〝剣星アオハル〟だな?》

「っ――!」

 〝剣星〟という言葉を耳にしたアオハルは、目を見開いた。

 情報屋であるアオハルは凄腕の剣豪でもあり、ビムビムの能力によって星のように光る剣を自在に操り強者を退けてきたことから裏社会では〝剣星アオハル〟と呼ばれることも多いのだ。

 つまり、電話の相手は裏社会の人間――海賊やマフィア、ギャングやテロリストなのだ。

「――どちら様で?」

《おれはドンキホーテ・ドフラミンゴ……海賊だ》

 アオハルは電話相手(ドフラミンゴ)の名字である「ドンキホーテ」を耳にし、目を見開いた。

 彼は最近、〝北の海(ノースブルー)〟で勢力を増しつつある海賊団の情報を手に入れたばかりだ。その海賊団の名が「ドンキホーテ海賊団」で、海賊行為よりも闇取引を専門としているので活動は海賊というよりもマフィアやギャングに近い。ゆえに「ドンキホーテファミリー」と呼ぶ者も多い。

 そんな海賊団の首領が、どういう訳かテゾーロ財団との接触を試みている。裏社会では海賊の割にはかなりの切れ者であるらしいので、何かしらの思惑はあるのだろう。

 アオハルはテゾーロが今交渉で忙しいので、とりあえず彼の用事が終わるまで対応するのが最適と判断し、口を開いた。

「……何でウチに掛けれたんですか? そっちの界隈の用件なら間違い電話でしょ」

《フッフッフ……何もケンカ売ってるわけじゃねェよ。そっちの事業の手助けをしようと思ってな》

「……?」

 ドフラミンゴの言葉に、アオハルは訝しそうな顔をする。この組織の裏事情を知っていればやりたがらないはずであるからだ。

 テゾーロ財団のバックには世界政府がある。しかもそのトップであるギルド・テゾーロという男は、五老星や世界貴族をはじめとした世界政府の中枢だけでなく、裏社会でも広く知られた実業家達ともつながっている。お尋ね者の身であるドフラミンゴにとって、いくら何でもリスクが大きすぎる。

 だがそれは裏を返せば、テゾーロを介して世界政府と接触することも可能であるとも言える。政府上層部に接触すれば、ここ最近有名になってきている〝王下七武海〟という制度に名乗りを上げられることもできるのだ。

 〝王下七武海〟とは、大海賊時代開幕により海賊の増加・凶悪化したことを受けて、戦力の増強もかねて設立された世界政府の新しい制度で、指名手配・懸賞金の解除と共に、政府に対して略奪品の一部を納める代わりに他の海賊や世界政府未加盟国からの略奪行為を認められ、数多の海賊達への抑止力として期待されている。つい最近、サー・クロコダイルという海賊が七武海に就任したことはアオハルも知っている。

 しかし所詮は海賊。世界政府への忠誠心は皆無に等しい上にその立場と権力を隠れ蓑に凶悪な犯罪を企む可能性も高い。ましてや電話相手のような切れ者が七武海ともなれば、政府の人間をも出し抜くだろう。

(……野放しは危険だし、どうすっか……)

《返答に困っているようだが……フッフッフ! 案ずるな、悪ィ話じゃねェ。互いに利益があるはずだ》

 アオハルは暫く考え、口を開いた。

「おれ、新米なんだよね。だからまだ自分の属する組織のこと、よく知らないんだけど」

《フッフッフ……それはいいさ、おめェらの上司に話があるんだからな》

「ギル兄は今、電話に出てるんだけど」

《? ほゥ……さすがは天下のテゾーロ財団、随分と信頼されているな》

「おかげさまで」

《それで? お前達テゾーロ財団はどうなんだ?》

「おれの回答をテゾーロ財団の答えと受け取る気? あんた質が悪いね……」

 すると、アオハルの元にメロヌスが現れた。新米であるアオハルの電話対応が気になったようだ。

「アオハル、誰と電話してんだ?」

「ドンキホーテ・ドフラミンゴっていう海賊」

「何!?」

 アオハルの口から出た名前に、メロヌスは目を大きく見開いた。

 そして受話器を寄越すようアオハルに指で合図し、受話器を受け取る。

「おれはメロヌスという……海賊が何の用だ」

《……テゾーロじゃねェのか? どうやら上司は随分と多忙のようだな……フッフッフ! まァいい……こちらにも事情があるんでな、こう伝えておけ……「お前達の動きはおれ達も大方把握している。後日また連絡するが、ウチと手ェ組むかどうか考えておけ」とな》

(!? どういうことだ、何で海賊がウチの動きを知っている!? 政府にスパイでもいるのか……?)

 メロヌスは困惑しつつも、「一応伝えてはおく」と返答する。

《フフフフ! そう言ってくれて何よりだ。お前達の返事を楽しみにしている》

 ドフラミンゴはそう言うと、向こうが先に受話器を下ろしたのか通話が切れた。

「……これ、マズくない?」

 アオハルの呟きに、メロヌスは冷や汗を流しつつ頷く。

「ウチの情報を握ってるってのァ想定外だった……かと言ってサイの旦那がドフラミンゴの内通者とは到底思えねェ」

「ってなると、ドフラミンゴ側に政府とのコネがあるってことだね」

「それもかなりの、な」

 

 

           *

 

 

「なァ、ドフィ。うまくは行ったようだが……テゾーロの野郎は応じるのか?」

 一方のドフラミンゴは、部下にして最高幹部であるディアマンテに訊かれていた。

 ドンキホーテ海賊団とテゾーロ財団では、本来の立場も活動も真逆であり規模も違うがトップはそれなりの器量と頭脳を持ち合わせているという共通点もある。たかが民間団体と侮っては足をすくわれかねないのだ。

「……ビジネスとして考えれば、あいつ程利用価値の高い奴はいねェのは事実だ。だが奴が応じるかどうかは…厳しい方かもしれねェな」

「ウハハハ! ドフィの要求を蹴るってか?」

「……さァな。それはあいつ次第だ」

 口ではそう言うが、ドフラミンゴ本人としてはテゾーロ財団は応じないと考えている。

 海賊であるドンキホーテ海賊団と違い、テゾーロ財団は世界政府と連携しているだけの(・・・・・・・・・・・・・・)民間団体だ。海賊と結託するなんて事になれば世間からバッシングを食らうことになる。たとえ応じたとしても世間体を気にする可能性が高いため、「海賊稼業から足を洗え」という海賊として絶望的な要求をしてくることも考えられるのだ。もしそんな要求をされたらドフラミンゴ自身のある野望(・・・・)が潰えてしまうので、それだけは避けねばならない。

 かといって、テゾーロ財団を乗っ取ろうと画策するのも悪手だ。テゾーロ財団には凄腕の元賞金稼ぎや元海兵、新世界出身の強者が揃っている上にテゾーロ自身もそれなりの切れ者だ。今のドンキホーテ海賊団では、下手をすれば返り討ちに遭って潰される可能性もあるのだ。

「だがドフィ、なぜテゾーロを狙うんだ? 欲しいのは黄金か?」

「フッフッフ……ディアマンテ、おれが今一番欲しいのは金じゃねェ。テゾーロ財団が持ってるコネの方さ……!」

「コネ……?」

 ドフラミンゴが欲しているのは、テゾーロ財団のコネだった。

 無名だったテゾーロがあれ程の強大な勢力になれたのは、当然テゾーロ自身の力量が優れているのもあるだろう。しかしそれだけではなく、テゾーロ自身が仕事で出会った色んな人物とコネを持っているのもあるのだ。

 テゾーロ財団は海軍に売上高の一部を軍資金として提供しているので、世界政府にとっては貴重な財源の一部を担っている。それだけでなく港湾労働者組合なる組織を結成し、ジャヤという島の開拓や港の運営、財団の創立当初から行っていた運輸業で儲けている。そういった事業の中で、他の業者とビジネスパートナーとなるのは必然だろう。

 ドフラミンゴも裏社会での情報収集を行っているが、テゾーロは裏社会でも有名な新世界の石油王スタンダード・スライスともつながっているという話も耳にしたことがある。どんな形であれ、それ程のコネを持つ人間と接触しないままでいるのは実に惜しいことなのだ。

「あいつの持つ情報を少しでも抜き取れれば十分だ……あわよくば奴らの弱点も、な」

「つまり、おれ達はテゾーロと頭脳戦でも繰り広げようってか? ウハハハ、それも面白そうだ」

「ああ…奴の対応次第でこっちの動きも変える。フッフッフ……!」

 ドフラミンゴは口角を上げ、不敵な笑みを浮かべるのだった。




次回からフレバンス上陸です。


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第70話〝重大な場面〟

8月最初の投稿です。


 翌日、フレバンス王国。

 辺り一面が珀鉛によって白く輝くこの国に到着したテゾーロ財団は、王族達と面会して事のいきさつを語り郊外に仮設事務所を設け活動する許可を得た。

 財団がなぜ街中ではなく郊外で活動することにしたのかと言うと、珀鉛の摂取ルートを遮断するためである。鉛中毒――他の重金属中毒もだが――というものは、汚染された水・土壌で育った動植物を食べたり鉛製の銃弾が体内にまだ残ってたりすることで発症する。その上でテゾーロが危惧していたことは水道管であった。

 鉛製の管「鉛管」を水道管として使えば、管内の鉛が溶けだして水道水と混ざり合って人々はそれを飲んでしまう。水は人間が生きる上で必要なモノなので、確実に鉛中毒になるだろう。

 全てにおいて珀鉛で覆われているような状態のフレバンス。水道管も通っておらず珀鉛の汚染がまだ広がってない郊外ならば発症率は低いと判断し、財団は仮設事務所を建てたのだ。

「さて……ウチの理事長が色んなコネで支援要請をしているので、その間におれ達は珀鉛病の治療法を突き止めよう」

「ああ……じゃあ早速だが患者の容体を見てもらいたいが、いいか?」

「ぜひ見せてくれ」

 メロヌスがそう頼むと、医者達は珀鉛病に苦しむ男性患者を一人連れてきた。

 髪の毛はほとんど真っ白で、肌の一部も白い痣のようなものがあることからかなり進行しているようだ。

 メロヌスは患者を暫く見て、口を開いた。

「今までの患者の中で、共通した症状は何かあったか?」

「髪や肌が段々白くなって、全身が痛くなるんだ。珀鉛が原因だと思うんだが――」

「痛み、か……通常の鉛中毒にも頭痛や腹痛が生じる症状があるから似てる部分はあるな……。珀鉛が体内に溜まってるのなら、取り除けばいいはずだ」

「あなたもそう思ってくれるのか……!」

 フレバンスの医者達は安堵の笑みを浮かべる。彼らもどうやら珀鉛病が感染症ではなく中毒であるということを認知していたようだ。

(だが次世代にまで悪影響なのはおかしいな。何らかの形で珀鉛が次世代の体内へ流れてると思うが……)

 鉛中毒の一種であることは確信したが、生まれた子供にまで遺伝する点に関しては腑に落ちないメロヌス。通常の鉛中毒とは違った特異な性質があるのだろう。

「それにしても、随分と詳しいですね……医者じゃないでしょう?」

「賞金稼ぎ時代に戦闘で鉛玉食らって発症したんだ。普通の鉛中毒の方だが、結構辛かった」

 さりげなく暴露するメロヌスに、シードは海兵時代にゼファーから鉛中毒の話を聞いたのを思い出した。

 実は本部の海兵の中にも、戦闘で殉職した者だけでなく戦闘後の後遺症で辞職した者も多くいる。その中でも鉛中毒の割合はそれなりに多く、その症状の悪化で亡くなった海兵もいた。こういった事情から、海軍はロジャー処刑以降から鉛中毒のリスクを低減する予防法を医療班から習う方針にしたのだ。

「僕は骨を生み出せますけど……体内に蓄積されてるなら新しい骨に変えればいいのでは?」

「ダメだ。確かに鉛は骨に蓄積すると聞くが、お前の手段だと時間も手間もかかる……その間にも死者が出る」

「じゃあどうすれば……」

「とりあえず健康診断をしよう。何か新しい事実が発覚するかもしれない。人数は男女共に10人くらいでいいだろう、国民のほとんどが珀鉛病患者だと考えた方がいい」

 

 

 メロヌス達が珀鉛病の治療法を確立すべく動き始めたちょうどその頃、テゾーロはセンゴクと連絡を取り合っていた。勿論、ドフラミンゴの件である。

「ウチのメロヌスとアオハルはドフラミンゴと接触し、一応は保留って形で事は済みましたが……」

《ムゥ……思ったより早く動いたな。ロシナンテをそろそろ潜入させた方がいいか……》

「部下からは「手を組むかどうか考えておけ」というドフラミンゴからの伝言を聴きました。ただ、ウチの動きが向こうには大方知られているようで一筋縄には行かないかと」

《手を組むか組まないか、か……そうだな、その点はお前に任せる。私は今回はお前に合わせて動く……次の交渉の報告を待つ》

「そちらのスパイ役に、おれのことは?」

《必要な情報は伝えてはおいた……ドジっ子ではあるが腕は立つ上に能力が潜入捜査に向いている。お前の力になるはずだ》

 テゾーロは眉間にしわを寄せて考えを巡らせる。

 原作よりも多少早いペースでスパイを送る手筈になっている今、ドフラミンゴとはどう対応すべきか。テゾーロ自身としては風評被害は面倒な上に油断できない相手であるので、手を組むのは嫌なのだ。

 だが、そうなるとドフラミンゴがどう動くのかが見当もつかない。ドフラミンゴは執着心が強い海賊なので、テゾーロ財団を狙い続ける可能性は高いがどんな手段を用いるのかまではさすがのテゾーロも把握できない。

 いずれにしろ、一度交渉という形で接触してはっきりと返事する必要がある。ドフラミンゴの出方もあるので、先回りできるように動けるのがベストだろう。

(面倒っちいなァ……これに限っては交渉次第か……)

《どうだ? テゾーロ》

「ウチ、今大事な事業に取り組んでるんですけどね……でも暫くの間は〝北の海(ノース)〟で活動するので、ドフラミンゴ側がウチの動きを読めてるなら近い内に交渉するかもしれません」

《成程――少なからずドフラミンゴと一度会う可能性が高いということか、それは朗報だ……! テゾーロ、結果がどうあれまずは奴と会ってくれ》

「了解…次の連絡は交渉後でお願いします」

《うむ、ご苦労》

 センゴクの労いの言葉と共に通話は切れ、テゾーロは受話器を下ろした。それと共にステラがテゾーロに湯吞みを渡して緑茶を注いだ。

「ありがとう、ステラ」

「どういたしまして……テゾーロ、あなたは珀鉛病の事業はメロヌスさん達に任せるつもりなの?」

「今回はフレバンス以外にも〝面倒な勢力〟がウチに連絡してきたし、他の事業の方とも連携もしなければならないんだ。フレバンスの方はメロヌス達に一任して、おれは別の方の対応をするよ」

 テゾーロ財団は多くの事業に取り組んでいるゆえに、テゾーロが毎回主導するとそれなりのストレスとなる。

 ストレスが溜まりストレスフルの状態になると、様々な不調が起こり始め大きな病気の誘引や発病にもつながりかねない。特に胃腸は人間の体の中でもストレスに弱い臓器なので、少しのストレスにも敏感に反応してしまい胃潰瘍などの疾病を患いやすい。

 テゾーロも人の子なのだから、全ての事業を担うのではなく信頼できる部下にも一任させて少しでもストレスを減らさなければならない。トップが倒れたら財団全体の活動に支障をきたしかねないからだ。

「心配せずとも、ウチは有能な人材が豊富だ。必ず成功するさ」

 テゾーロは爽やかな笑みを浮かべると、それにつられてステラも笑う。

 その時、アオハルが慌ててテゾーロの元に駆け寄った。

「ギル(にい)、ヤバイ情報手に入れちゃった!」

「?」

「この前電話してきたドフラミンゴの名字の「ドンキホーテ」……どこかで聞いたことがあるなって調べたらこんなのが出てきた!」

 アオハルはテゾーロに自らが調べ上げてまとめた書類を提示した。そこには、ドフラミンゴの出自に関する情報が記されていた。

「ドンキホーテは世界貴族だったんだ! 〝元天竜人(・・・・)〟なんだよ! だから政府を通じておれ達の動きを把握したんだ!!」

「何ですって……!」

「……」

 アオハルの衝撃的発言に、ステラは驚く。

 一方のテゾーロは生前の知識でドフラミンゴの出自を知っているため落ち着いているが、怪しまれないよう初耳と言わんばかりの表情を浮かべた。

「成程……だが元天竜人ということは「天界から下界に降りた裏切り者」とも言える。なぜ政府とのコネがまだ残ってる?」

「残念だけどそこまでは調べられなかった…〝CP9〟の知り合いを通じて得たんだけど、何か政府中枢から圧力かけられて出身までしか聞けなかった」

(政府中枢からの圧力、か……)

 テゾーロは生前の知識を思い出しながら黙考する。

 ドフラミンゴは元天竜人であるがゆえ、聖地マリージョアの内部にある重大な(・・・)国宝(・・)」の存在を知っている。その国宝は存在自体が世界を揺るがす程の代物で、天竜人にとって外部に知られてはならないモノでもあるらしい。

 恐らく政府中枢は、アオハルが知り合いを通じてドフラミンゴの情報を収集していた際に万が一にも「国宝」の存在に気づかれることを恐れて圧力をかけたのだろう。

「――っていうか、お前CP9に知り合いがいるのかよ?」

「ラスキーって人なんだけどね。ちょっとした縁があって」

 〝CP9〟は一般市民には存在は知られていないサイファーポールで、「闇の正義」の名の下に非協力的な市民への殺しを世界政府から許可されている。情報屋を営んでいるアオハルがその存在を知っているのは当然だが、そのCP9の諜報員の一人であるラスキーとは知り合いであるのは驚きである。

 しかもアオハルの為にドフラミンゴの情報収集に協力してくれたことを考えると、それなりに仲は良さそうである。司令長官のスパンダインの方は知らないが、出世欲・権力欲・保身の三拍子しか興味の無いあの俗物とはきっと仲は悪い――もしかしたら関わってすらいない――のだろう。

「あのCP9がなァ……」

「人を第一印象で決めつけないってことだね……あ、お茶いい?」

「棚に湯吞みあるから、そっから自分の取って注げ」

 テゾーロはそう言うと、アオハルは棚から湯吞みを取り出して緑茶を注いだ。それに続いてステラも自らの湯吞みに緑茶を注ぐ。

「テゾーロ、さっきから言っている〝CP9〟って何かしら?」

「サイが所属している世界政府の諜報機関・サイファーポールは知っているだろう? その中に世間には公表されていない部署がある。それが〝CP9〟…非協力的な市民への殺しを世界政府から許可されているヤバイ所って思えばいいさ」

「そんな部署があるのね……」

「裏の世界に詳しい人はほぼ全員知ってますけどね……」

 CP9に関する話をしながら緑茶を飲む三人。

 するとステラは心配そうな表情でテゾーロに訊いた。

「テゾーロ、そのドフラミンゴっていう海賊はどう対処するつもりなの?」

「それは、難しいな……。向こうはかなりの切れ者だ、正直迷ってる」

 ドフラミンゴとの交渉はいずれ来る。だがそれは財団の命運――いや、今後の世界情勢にも影響を与えるだろう。

 もしドフラミンゴがこの時点ですでにドレスローザの乗っ取りを画策していたならば、ドレスローザの運命をも左右しかねない。それを考慮して、テゾーロはどう返事すべきか迷っているのだ。

「今、おれ達は重大な場面と向き合っている。厄介事にならなければいいが……」

「テゾーロ……」

「ギル兄……」

 テゾーロは珍しく、どこか不安げに愚痴を零すのだった。




ラスキーを知っている人は、かなり通な人ですよ。(笑)
ラスキーはちゃんと原作に登場してますよ。


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第71話〝聞くのは後にします〟

満を持してあのババ…じゃなくて老医者が登場します。


 フレバンスでの滞在をはじめ、一週間が経過した。

 珀鉛病の治療と予防策の為にテゾーロ財団は様々な動きを展開していた。

「メロヌスさん! 珀鉛病研究に大きな進展が!!」

「何?」

 テゾーロに頼んで毒性学の本を貰ったメロヌスは、財団の仮設事務所でそれを読みながら部下からの報告を聞いた。

 珀鉛病の治療法を寝る間も惜しんで研究していた医師達が、治療法の確立につながると思われる発見をしたようだ。

「何でも、患者の血液や排泄物に珀鉛がかなりの濃度で混ざっているとか……」

「――ってことは、これで珀鉛病は鉛中毒の一種であることが確定したな」

 鉛中毒の患者は、尿や血液の中の鉛含有量が健康体の人のそれよりも多くなる。鉛中毒を治すためには鉛含有量を下げること、すなわち鉛の摂取を中止するのが効果的だ。そうすると半年程で尿や血液の中の鉛は漸減して元に戻るからだ。

 しかしそれは通常の鉛中毒の場合――珀鉛病はそうはいかない。珀鉛の摂取を止めたとしても、時間が経てば全身を蝕んでしまうからだ。珀鉛の摂取を止めればある程度の時間稼ぎにはなるだろうが、それも個人差があるので放置すれば死は免れない。

(血液か……)

「メロヌスさん、どうするおつもりで……?」

「……ありったけの血が必要になるかもしれない、理事長に掛け合って動かし――」

「その必要はねェさ」

「だね」

「「!!」」

 メロヌスの元に、ラムネを飲みながらテゾーロとアオハルが現れた。

「こ、これは理事長殿にアオハル殿!!」

「――二人共、そらァどういうことだ?」

「そんな事になるだろうと、すでにウミットに輸血のパックをありったけ寄越すよう頼んどいたんだよ。ちと高い買い物だったが」

 ウミットは〝深層海流〟の異名を持つ裏社会にも広く知られた海運王だ。様々な資源や武器、燃料、製品を運ぶのが海運業であるので、ウミットにとって輸血のパックを用意し運ぶことなど造作も無い。

「一応おれも仕事してんだぜ? 理事長舐めんなよ」

「さすがだ、抜かりが無い」

 テゾーロの不敵な笑みに、メロヌスもまた笑みを浮かべる。

「まァ、おれもちょっと最終手段を確保するために動いてるからサボってるとか言わないでよ」

「最終手段?」

「裏社会にも顔突っ込んでるなら聞いたことぐらいあるでしょ……〝オペオペの実〟のことを」

「!!」

 アオハルが口にした単語に、メロヌスは目を見開く。

 〝オペオペの実〟は「改造自在人間」となり、放出するドーム状のエリア内で移動・切断・接合・電撃といった外科手術で必要な行為を自在にできるようになる悪魔の実だ。医療に特化した悪魔の実であるため、医学的知識と技術が伴えば医術において絶大な効力を発揮する。

 オペオペの実の能力を以てすれば、珀鉛病に蝕まれた患者の体から珀鉛を取り除くことができる――アオハルはそう考えたのだ。

「おれはそれを求めて情報収集してんの。今はまだ行方どころか目撃情報すら無いけど」

「そりゃあ、世界中が欲しがる代物だしな」

 「海の悪魔の化身」とも呼ばれる悪魔の実のシリーズは、その効力や希少性から売れば1億ベリーは下らない値がつくという「取引での利点」と能力を得た瞬間から一生泳げない体質になってしまうという船乗りにとって致命的なデメリットから、悪魔の実の能力を求めたがらない者も多い。

 しかしオペオペの実の場合は違う。能力の強力さに加えて通常の相場ではあり得ない破格の値段で取り引きされることから、食う食わない問わず世界中の人間が欲しがるのだ。裏社会でも「オペオペの実争奪戦」を繰り広げることも多く、不確かな情報でも激化することもある。

「「〝オペオペの実〟による治療」……それこそがこの事業におけるテゾーロ財団(おれたち)の最終手段ってことだ」

「確かにな……」

「あ……あと、さっき良い医者の情報を見つけたよ」

「!! 本当か!?」

「うん、スゴイご高齢の方だけど腕は本物だよ」

 アオハルは二人にその医者の情報を書類で提示する。その書類にはサングラスを掛けたフランクな笑顔を浮かべる老婆の顔写真も載っている。

「名はDr.(ドクター)くれは……別名ドクトリーヌ。医療大国であるドラム王国において〝マスターオブ医者〟と称される程の優れた医術を持つ、120歳を超えるババ――じゃなくて老練な女性だよ」

「今ババアって言おうとしたよな? 言いかけたよな!?」

(ああ、あのばあさんか……。医療費って名目でウチからどれぐれェの金取るつもりなんだか……)

 アオハルがDr.(ドクター)くれはのことをうっかり「ババア」と言いかけたことにメロヌスはツッコミを炸裂させ、医療費の請求が莫大な額である気がしてテゾーロは顔を若干引きつらせる。

 すると、突然電伝虫が鳴り始めた。すぐ傍にいたテゾーロが受話器に手を伸ばし、通話を始める。

「こちらテゾーロ財団」

《ヒーヒッヒッヒッヒ!! お前がテゾーロかい?》

「!? その声は…もしやDr.(ドクター)くれは?」

《そうさ、よくわかったじゃないか……まァある程度の情報は把握してるだろうがね》

 電話相手は、何とDr.(ドクター)くれはご本人だった。噂をすれば影が射すとは、まさにこのことだろう。

「わざわざありがとうございます、Dr.(ドクター)くれは……国王殿から話は――」

《若さの秘訣かい?》

「聞くのは後にします」

 くれはの口癖をテゾーロは華麗にスルー。訊いてきた彼女に対し「聞いてない」と言わないのは、テゾーロなりの気遣いであるのは秘密だ。

《……まァ話は聞いてるがね。珀鉛の中毒を治したいんだって?》

「はい…今から情報を提供しますので、それで一度ご判断を」

 テゾーロはアオハルとメロヌスに対し、珀鉛病に関する現時点の全ての情報を記した資料を持ってくるよう命じる。

 すると40秒後、二人はテゾーロの元に山のような書類を置いた。どうやらかなりの情報を集めることに成功したらしく、テゾーロは絶句中。

《……で、情報は?》

「あ、はい。では……」

 テゾーロは書類を一枚ずつ読み上げていく。

 患者は肌や髪が白くなって全身の痛みが発生し死に至ること、患者から生まれた子供は生まれつき体内に珀鉛が蓄積されていること、鉛中毒といくつかの類似点があること……集められた情報をできる限り明確かつ丁寧に説明する。くれははそれを黙って聞いている。

 テゾーロの情報提供を大方終えた直後、くれはが電伝虫越しでついに口を開いた。

《成程……産まれた子供達(ガキども)にまで珀鉛が溜まってるってことは、胎盤とへその緒を通じて珀鉛が流れてる可能性があるねェ。次世代が先天性の鉛中毒になるのは妙な話だと思ったが…》

「そうか……!! そう考えれば辻褄が合う……さすがだ」

 珀鉛病患者から産まれる子供は、産まれる前は当然であるが妊婦と胎児の関係。言い変えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。胎盤からへその緒を通じて珀鉛が流れ込んでいるとなれば次世代へ悪影響を及ぼすのは納得できる。

《鉛ってのは骨だけじゃあなく他の臓器や組織にも蓄積する。臓器の移植も視野に入れておくのと輸血の準備を忘れないことだね……じゃあ早速だが請求といこう》

「電話だけでも金取るの!? マジかよ!!」

 早速請求しようとしているくれはに、テゾーロは大声で本音を漏らしてしまう。

《ヒーヒッヒッヒッヒ……一応患者でも何でもないからある程度は譲歩するさ。請求額は通話料金と診療費を兼ねて1億ベリーだ》

(おれが金持ちであること知って言ってるだろ!!?)

 実際に治療していないのにもかかわらずとんでもない額の診療費を請求するくれは。本当に魔女みたいな人柄である。

「……わかりました、後日必ず送り届けますので」

《ヒーヒッヒッヒッ! ああ、ハッピーにいな小僧!》

 

 ブツッ

 

「……切れた」

 くれはの方から一方的に切ったのか、少し乱暴に通話は終わった。

 一連のやり取りを目の前で観ていたアオハルとメロヌスは、引きつった笑みを浮かべている。

「理事長……ストレス溜めすぎんなよ」

「……大変だね、ギル兄」

「お前らは早く仕事をしろ」

 

 

           *

 

 

 一方、海軍本部。

 現海軍元帥コングが居座る元帥室では、タタラが財団の社員を数名引き連れて密談をしていた。

「今回の軍資金の件は、いつもよりも抑え目に上納します。我々が今取り組んでる事業にはかなりの金が動くので、今回ばかりは妥協していただきます」

「ああ、センゴクやお前のところのサイからも一応耳にしている。お前達テゾーロ財団が今何をしているのかを」

 テゾーロ財団は海軍との契約で軍資金を提供する海軍のサポーターとなっている。提供する額は海軍とテゾーロが電話で交渉して決めるのだが、今回はテゾーロ財団の独断で提供しに来たのだ。

 それもそのはず、フレバンスの案件で相当(かなり)の額の金が動くからだ。その最大の原因は、輸血用の血液にある。

 輸血に用いる血液の多くは献血――血液を無償で提供するのだが、中には自らの血液を有償で採血させる「売血」という行為を行っている者もいる。売血は安全性や衛生面を考慮すると大問題だが、世界政府や各国の王侯貴族達は金に目が眩むのでスルーするどころか献血より推奨している始末だ。

 安全面と衛生面を重視するテゾーロ財団は、フレバンスの医師達と共にできる限り献血で血を集めようとするが、血の管理費や人件費、滞在費用などを考えると海軍に提供するお金も削らざるを得ないのだ。

「一国の全国民の命と世界政府に対する信用にかかってます。どうかご理解を……」

 タタラは深く頭を下げると、後ろで立っていた部下達も続いて頭を下げた。

「あ、頭は下げんでもいいだろう! 我々もそちらの事情を承知している、そこまでせんでもいい……」

 コングはタタラ達に財団の事情は理解していることを告げる。初対面の人物に深く頭を下げられたのが心にキテるようだ。

「コング元帥……我々の事業の都合によって軍資金の額は変動しますが、今後ともよろしくお願いいたします」

「――わかった……お前達の事業の成功を祈る」

 コングとタタラは強く握手をするのだった。




売血ネタはオリジナルですが、ワンピースの世界ならあり得そうです。
カタクリに始末されたけど、臓器売買の業者がいるんだから。


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第72話〝鉄の社訓〟

実写版の銀魂がテレ東でやってたので生で見ました。
めっっっっっっっっちゃ面白かったです。


 ここは双子岬。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟のスタート地点であり、リヴァース・マウンテンの(ふもと)にあるこの岬には、灯台守であるクロッカスという男がいる。

 その老人の元に、テゾーロの命を受けたサイが尋ねていた。

「……お前は政府の人間か? 単独とてサイファーポールの諜報員がわざわざ来たということは……私を捕まえにでも来たか?」

「まさか。元ロジャー海賊団といえど、あなたは海賊稼業から足を洗った身であるのは紛れもない事実……今更逮捕は筋違いでしょう。それにあなたを捕えるとなると、こちらとしても色んな覚悟(・・・・・)を決めなければいけないので……」

 歴史上で唯一〝偉大なる航路(グランドライン)〟を制覇した海賊王(ロジャー)の一味に、クロッカスは「ルンバー海賊団」という海賊団を探すべく船医として3年間海賊稼業をしていた。海賊王に関わった人物は、トムのような特例はいくつかあれど全て裁くのが世界政府の方針――クロッカスも政府によって捕らえられ裁かれる可能性があった。

 しかし元ロジャー海賊団の船員(クルー)達を積極的に捕らえようと動く者は、ほとんどいないのが実状だ。たとえ捕えようと動けば海軍もタダでは済まないからである。

 海賊稼業から手を引いた元副船長(レイリー)でも一対一(サシ)で海軍大将と互角に渡り合える実力を有しているし、新しい海賊人生を送っている元見習い(シャンクス)も白ひげを筆頭とした大海賊達と果敢に立ち向かったこともある。幹部から一兵卒までの全ての船員(クルー)が桁違いなのがロジャー海賊団であり、大軍を向けた際の損害を考えると手を出さない方が良いと政府と海軍上層部は判断したのだ。

 しかし、捕えようと動けば海軍もタダでは済まない以外にもう一つの理由(・・・・・・・)がある。

(それに……下手に手を出してかつての伝説を――かつてのロジャー海賊団の船員(クルー)達を復活させてしまうという最悪の事態(・・・・・)だけは避けたいですしね……)

 そう――もう一つの理由は「仲間想いの海賊団の再集結」である。

 たとえば、万が一にもクロッカスをロジャーの関係者として裁くとしよう。では、その報せを知ったかつてのロジャー海賊団――レイリーやシャンクス達はどう動くのか?

 ロジャー海賊団は船員(クルー)一人一人の能力が驚異的に高い上に、仲間の死を許さない白ひげ海賊団に匹敵する強固な信頼関係が存在していた。もしもかつての海賊王(ロジャー)の仲間を捕まえたら、それぞれの道を進んだ仲間達が再び集結し、待ち受ける戦力・罠・作戦などお構いなしに助けに来る可能性があるのだ。だからこそ政府の人間は迂闊に手を出せないのだ。

「そうか。それで……逮捕でないなら私に何の用だ?」

「――あなたの力を貸していただきたいのです」

「私の力、だと?」

 サイは意外そうな顔をするクロッカスに、ある資料を渡した。テゾーロ財団がフレバンスの医師達と共に研究している珀鉛病についての資料である。

「珀鉛………〝白い町〟か?」

「さすがにご存じで?」

「今、非常に慌ただしいようだからな。最近は「テゾーロ財団」とかいう組織が調査に乗り込んだと聞くが……」

「私はその「テゾーロ財団」に属している者です」

「!!」

 サイがテゾーロ財団に属していることを知ったクロッカスは、目を見開いて驚愕する。そしてサイの目的を察したのか、溜め息を吐きながら「成程、そういうことか」と呟いた。

「つまり、一人の医師としての(・・・・・・・・・)私の意見を聞きたいわけか」

「それがわかれば話が早い…Mr.クロッカス。その資料を見てご意見を」

 クロッカスはサイから渡された資料を黙読する。真剣な表情で一行一行を丁寧に読むその姿は、まさしく患者を診察する医者そのものであった。

「………私としては、キレーション療法を用いて治療できるはずだと考えている」

「キレーション療法……?」

 キレーション療法とは、合成アミノ酸の一種であるキレート剤を点滴して体内の有害金属を排出する療法である。キレート剤を投与すれば血液が浄化され、血流が増し、体内のあらゆる臓器機能を正常化して代謝機能を回復させることができるのだ。

 元々は毒ガスの被害を受けた軍人への治療法だったが、鉛中毒に対しても効果があることが証明されており海軍でも戦傷による鉛中毒発症の際はキレーション療法を用いるという。

「では、治療の見込みがあると?」

「安心するには早いぞ、小僧。この珀鉛病とやらの症状は鉛中毒とは異なる。普通の鉛中毒ならば摂取ルートを絶てればそれ以上の進行は無いが、こちらは摂取ルートを経っても進行は止まらん。時間との勝負だぞ、すぐにでも治療せねば手遅れになるぞ」

「……そのキレーション療法を用いてもですか?」

「キレート剤は有効であることは事実だ。しかし珀鉛病はキレーション療法だけで治る程度の中毒ではないのも事実だ」

 つまりクロッカスは、「早急にあらゆる治療法(しゅだん)を使って体内から珀鉛を排出させねばならない」と言っているのだ。進行性の中毒である珀鉛病の治療は、珀鉛が全身を蝕む前に全て排出しなければ命の保証はないからである。

「……私からはこれくらいのことしか言えん」

 クロッカスはそう告げ、サイに資料を返す。

「ご協力感謝します。かつて海で一番の評判を得ただけはありますね」

「過去の話だ。私はもう隠居の身……この岬でラブーンと共に穏やかに暮らすことにしている」

「ラブーン?」

 その直後、海が大きく盛り上がって頭部に無数の傷跡がある巨大なクジラが現れた。

「これは……〝アイランドクジラ〟……!」

「ラブーンは何十年も前に西の海(ウエストブルー)から来たルンバー海賊団から預かった彼らの仲間(クジラ)だ」

 クロッカスはアイランドクジラのラブーンの話をし始めた。

 群れからはぐれたラブーンはルンバー海賊団の航海についていくようになったのだが、共に〝偉大なる航路(グランドライン)〟を航海するのはさすがに危険すぎると判断されたので再会するまで預かることになった。しかしクロッカスはルンバー海賊団が「〝偉大なる航路(グランドライン)〟から逃げ出した」という噂が流れ、それを自身の口からラブーンに伝えたのだが信じてもらえないという。

「それ以来ラブーンはリヴァース・マウンテンに向かって吠え始め、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟に自分の体をぶつけ始めた……妙な付き合いだが見殺しにもできん」

「……」

 沈黙が辺りを包む。

 ルンバー海賊団の末路は噂ではあるが、一切の常識が通用しない〝偉大なる航路(グランドライン)〟の恐怖は弱い心を瞬く間に支配するのは確かな事実(こと)――命惜しさに仲間(ラブーン)との約束を果たさず海から逃げ出した可能性は否定できないどころか寧ろ現実味がある。

 しかし、それでも。ラブーンは唯一の仲間の帰還を信じ待ち続けているのだ。その気持ちは、クロッカス自身もよくわかっている。

「――お前さんは政府の人間にしては話のわかる男と見た。そこで一つ、頼みがある。私はロジャーの船に3年間乗ったが、その間にルンバー海賊団を見つけることはできなかった……だが政府の情報ならば噂話よりも正確だろう」

「私に、ルンバー海賊団の情報を集めてほしいのですね」

「ああ……ルンバー海賊団の真相を…仲間の「本当の最期」を伝えたいのだ」

 そう言って頭を下げるクロッカスに、サイは微笑んで「重要な意見を述べた協力者(いしゃ)に対するお礼」としてルンバー海賊団の情報収集を了承した。

 

 

           *

 

 

 一方、フレバンスではちょっとした揉め事が起こっていた。

「なぜだ!? 臓器が必要ならばおれ達がいくらでもくれてやるというのにか!?」

 声を荒げるのは、臓器販売業者のジグラという男。その彼に対応しているのはテゾーロとメロヌスである。

「……我々は臓器売買に手を染める気は無い。あなた達と違って金銭目的でこの国に関わってるわけじゃないのでね……お引き取り願おう」

 テゾーロは丁寧な口調でジグラの申し出を断る。

 確かにテゾーロ財団は珀鉛病治療の為に臓器や血液を欲しているが、それは「無償の提供」としてである。金銭を受け取ったりすれば財団の名折れであり、その辺のマフィアや海賊と変わらない悪徳組織という風評被害を受ける。それ以前に闇取引で国を救うことに組織のトップであるテゾーロ本人が嫌がっているため、関わる気すらないのだが。

「色んな医療機関・加盟国に献血と臓器提供を求め、同時進行で優秀な外部の医者の意見を取り入れたりして治療法を確立させる。おれ達は汚ェ商売には手ェ出さないっつー〝鉄の社訓〟があるんだ、てめェとの話はこれまでだ」

 メロヌスはそう言ってジグラを追い払おうとしたが……。

「ジグラ、てめェのダラダラ言うところが気に入らねェんだよ!」

こういうの(・・・・・)は無理矢理にでも殺して奪うべきだろ!」

「よせ、お前らっ!!」

 どこからか声が響き、それを耳にしたジグラは顔色を一変させて諫めようとする。

 しかし、時すでに遅し――ジグラの制止を振り切って謎の男達が襲いかかった。

「臓器売買を目的とした暗殺集団か……」

「メロヌス、手ェ貸すか?」

「いや結構……おれ一人で十分だ。理事長」

 そう言うや否や、メロヌスは愛銃の銃身を握ってバットを持つように構えて襲い来る男達を次々と銃床で殴り始めた。

 メロヌスの愛銃は手動装填(ボルトアクション)であり、装弾数も加味すると2回は給弾が必要だ。銃弾と時間の浪費を抑えたい彼は、近接攻撃では愛銃を棒術のように操って打撃を与えるのだ。しかも何気に〝武装色〟の覇気を銃床に纏わせているため、強烈な一撃で成す術も無く男達は倒されていく。

「な……!!」

(……!!)

 戦い始めて2分程で、男達は全員地面に倒れ伏した。メロヌスは一度も発砲せずに(・・・・・・・・)、暗殺集団を無傷で全滅させたのだ。

 普段は煙草を咥えてデスクワークに勤しむ彼だが、元はと言えば狙撃に長けた覇気を扱う賞金稼ぎ――暗殺集団を一人で圧倒する程の戦闘力の高さは当然と言えよう。

「ウチと喧嘩するんなら、艦隊でも引っ張ってくるんだな」

「……ドサンピンの集い程度なら銃撃戦(オハコ)でなくとも十分ってわけか」

 メロヌスの強さにテゾーロは感心し、対するジグラは顔を青ざめて逃げるように去っていった。

「……理事長、これからどうする?」

「そいつらの処理は後で海軍に引き渡すとして……今後のことか?」

「一応研究は進展してる上にフレバンスの街の鉛管撤去も行ってるが……血液と臓器に関しちゃあ、さすがに売買は財団として手を染めるわけにもいかねェ。もっと別の方法を考えた方がいいんじゃねェか?」

「そうだな……一応おれもコネを使ってあらゆる策を講じるつもりだが、どうもそこに「闇」の連中が首を突っ込もうとする。悩みの種だよ……」

 莫大な金を動かすことができるテゾーロ財団は、裏社会の人間から見れば大金を得られる大物(・・)であり、どうにかして丸め込みたくなる組織だ。

 無論テゾーロもそれを承知しており色んな手段で跳ね除けるつもりだが、相手もまたしつこく関わってくるので、はっきり言って邪な考えで関わってくる裏社会の組織をこの手で潰したいのが彼の本音だ。だがそんな時間も惜しいので中々思い切った一歩を踏み出せないのだ。

「さて、どうするか…………ん? あ!! そうか〝あの手〟があったか!!」

「……!?」

 テゾーロはとっておきの手段があったことを思い出し、笑みを深めた。




先程石塚運昇さんの訃報を知りました……ご冥福をお祈りします。
運昇さん、黄猿の出番増やしますのでご安心を……(TдT)


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第73話〝覚悟〟

今回、久々にテゾーロの盟友・スライスが登場します。
彼の家庭事情も垣間見えるかと。


 世の中には、「思い立ったが吉日」ということわざがある。何かをしようと思い立ったらすぐに始めるのが良いという教えであり、「良いと思ったことは先延ばしにせず、すぐに始めること」という教訓でもある。何かやりたい事が見つかったら、そのやる気や熱意が失せない内に行うのが鉄則というわけだ。

 ビジネスマンのテゾーロは、浮かんだアイデアを金とコネと優秀な社員達を利用してすぐに実践する。計画せずに始めることは一見効率が悪くスマートではないようであるが、やる気や熱意というものが目標達成には一番重要なものであるのも事実だ――こういうの(・・・・・)は気がついたらいつの間にか着実に目標達成に近づいているモノである。

 さて、そんなテゾーロだが……彼は今ある物を作成していた。それは今後のフレバンスに大きく貢献するであろう代物だった。

「うし、出来た! ――ってことでメロヌス、これめっちゃくちゃ刷ってきて」

「……〝臓器提供意思表示誓約書〟?」

 テゾーロはメロヌスに〝臓器提供意思表示誓約書〟と書かれた紙を渡す。

 その紙は、臓器移植を必要とする患者に対して臓器を死後に提供するという内容であり、提供する臓器の種類も書かれていた。

「それを海軍に配布するから、万単位で刷ってきて。紙必要になったら仕入れるから」

「海兵に臓器提供の意思を契約するとは……随分と思い切ったな」

「まァ、一般人だと渋るしな」

 軍人である以上、一度その職に就けば正義や秩序、民衆を守るために悪と戦い続ける。ゆえに、その最中に命を散らすのは当然の運命(さだめ)でもある。覚悟ある者ならば、命も肉体も誰かの為に捧げてたとしても本望だろう。

 それに軍人というものは健康体である必要がある。健康状態が良好な者の臓器ならば移植しても他の疾病をいきなり患うことは無いだろう。

「てめェの体の臓器(いちぶ)を生きたいと願いながら苦しむ人々に捧げるかどうかを選べってわけだ……正義の軍人さんならどっちを選ぶか目に見えるだろ?」

「……相変わらず老練な」

 クク、とどこか呆れたように笑うメロヌス。テゾーロもまた、愉快そうに笑う。

「テゾーロさん、ただいま戻りました」

「おお、サイ! どうだったい」

 ここで双子岬からサイが帰還し、二人の元に現れた。

 彼はテゾーロにクロッカスの件を報告する。

「クロッカス氏によると、キレーション療法という合成アミノ酸の一種であるキレート剤を点滴して体内の有害金属を排出する療法が有効と唱えてます。キレート剤を投与すれば血液が浄化され、血流が増し、体内のあらゆる臓器機能を正常化して代謝機能を回復させることができるそうです」

「体外への排出は確定だな。で、治療の見込みは?」

「治療の見込みはあるようですが、普通の鉛中毒と違い摂取ルートを経っても進行は止まらないので、すぐにでも治療せねば手遅れになると指摘されました」

「迷う時間は無いな…」

 フレバンスの医師達は治療法を模索しているが、その間にも症状は悪い方に進行している。テゾーロ財団も珀鉛の摂取ルートの根絶に尽力したおかげで珀鉛病の進行の速さこそ遅らせることに成功しているが、早く次の手を打たねばならない。

 迷う時間も考える時間も無いのだ。

「そうとなれば政府に連絡だ、海軍の医療班や政府の科学者にも声を掛けろ!!」

「「っ!!」」

「医者の中にも珀鉛病を患っている者もいる……彼らの命懸けの努力に報いるためにも、あらゆる手段でこの問題を解決させる!! 財団に属する全ての者に「この事業(しごと)は誰一人死なずに終えられるものではないと覚悟しろ」と伝えておけ!!!」

 テゾーロの覇気に満ちた言葉に、気圧されるメロヌスとサイ。

(何て気迫だ……! これがあんたの覚悟か……)

 ――道理で色んな奴らがあんたに与するわけだ。

 メロヌスは心の中でテゾーロの覚悟を評したのだった。

 

 

           *

 

 

 新世界、とある国。

 そこには、テゾーロの盟友・スライスの自宅である新世界有数の名門一族「スタンダード家」の屋敷がある。レンガ造りの大きな洋館であり、石油産業で財を成す〝石油王〟の名に恥じぬ重厚感と飽きることのない意匠性に優れている。

 さて……そんな屋敷に住まう現当主(スライス)は、作務衣姿で農作業に勤しんでいた。

 今は亡き初代当主でありスライスの祖父・デイヴィソンの趣味は農業であり、そのためスタンダード家は敷地内に農園を設けている。初代当主(デイヴィソン)は富と権力のほとんどを息子でありスライスの父であるフラグラーに譲ってからは農園に情熱を注ぎ、老衰で生涯を閉じるまで周辺国に無償で作物を提供し続けたという。

 今はスライスが現当主として農園を維持し、祖父の遺志を継いで慈善活動として作物を提供し続けているので荒れ果てることは無い。あの世の祖父も安心しているだろう。

「……テゾーロの奴には負けられねェな」

 おにぎりを頬張りながら呟く。

 盟友の関係ではあるが、スライスはテゾーロに対するライバル意識もある。生まれも育ちも良いサラブレッドな自分と違い、テゾーロは一から組織を創り財を成した叩き上げの猛者。名門一族の当主としても、一人のビジネスマンとしても、互いに認め合ってるからこそ負けたくないのだ。

「さてと。おれもそろそろ動くとすっか」

 昼食休憩を終え、鍬を持って畑仕事に勤しもうとした、その時だった。

「……スライスさん、正門に政府の役人が来てる」

「!」

 スライスに声を掛けたのは、シュート・オルタだった。

 かつてアルベルト・フォードの件でテゾーロ達と共に地下闘技場を摘発したオルタ率いる「赤の兄弟」は、スライスに身を寄せることとなり従者として第二の人生を送っている。多くは家事や畑仕事といった生活面での仕事だが、衣食住は保障されている上に労働環境もいいのでオルタ達は大歓迎であるのだ。

「政府の役人……そうか、あの件か」

 頭を掻きながらどこか面倒臭そうな表情で正門に向かった。

 

 

 正門には、黒服を着こなした政府の役人が三人いた。

「……わざわざご苦労様。で、用件は?」

 すると役人の一人が、大きなアタッシュケースを出して開いた。

 その中には、大量の札束が詰められていた。

「インペルダウン用の石油を買い取りたいのです。この額に見合った量をお願いします」

「この額だと……ひーふーみー……いつもよりは少ないな」

 政府の役人がスライスに要求したのは、インペルダウンで使うための大量の石油だった。政府の役人がなぜスライスの石油を買い取るのか……その原因はインペルダウンの地下4階――「LEVEL4」にある。

 インペルダウンのLEVEL4の別名は〝焦熱地獄〟で、煮えたぎる血の池と燃え盛る火の海によって呼吸するだけで肺が熱くなる程の熱気で充満している。火は燃料や燃え移る物が無ければいずれ鎮火してしまうため、インペルダウンの都合上その火を絶やさないよう絶えず燃料を供給しなければならない。

 世界政府も多くの資源を所有しているが、水面下では反政府組織や非加盟国などと資源が採れる地域の統治権を巡って争っており、よりにもよってその争いに貴重な資源を使うというお粗末さ。表沙汰にはなってない――仮になったとしても得意分野の情報操作でどうにかするだろう――が、露呈すれば面倒極まりないため武力衝突は避けたいのが本音だ。

 そんな中、石油王であるスライスが数多くの巨大な油田を所有していることを知り、世界政府は目を付けた。一度は彼がコルトをはじめとした私兵団を率いているので武力衝突の恐れがあって思わず頭を抱えたが、スライスの方から石油を売りに来たのでその油田から出てくる石油をありがたく買っているのだ。

「じゃあ、2週間以内にそっちに送るから」

「いつもあなたには感謝してます……」

 頭を下げながらアタッシュケースを渡す役人達に、笑みを浮かべるスライス。

 元々石油は初代当主の義理がきっかけで自国及び周辺諸国に低価で売りつけてきたが、スライスが当主になってからは方針を一部変更し世界政府を相手取るようになった。資源欲しさに大量の金を支払う政府中枢の欲深さに味を占めた彼によって、スタンダード家は強大な財力で世界政府のスポンサーとして君臨するようになった。

 しかも運がいいのか悪いのか、とある一件で海軍と政府を大きく揺るがせたテゾーロ財団のトップである理事長(テゾーロ)と盟友関係だ。自分達の都合に合わせて世界政府に影響を及ぼすことができると知り、ついには経済制裁(ジョーカー)も手に入れた。スライスとしては万々歳である。

(ギルド・テゾーロ……あいつはやっぱりスゲェ奴だ)

 

 ――まるでテゾーロは、おれに新しいビジネスを教えた恩人だな。

 

 スライスは目の前の役人達でも聞こえないくらいの小さな声で呟くのだった。



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第74話〝病は気から〟

8月最後の投稿です。
9月は色々事情があるので、投稿が遅れてしまうかもしれないのでご了承ください。


 3日後。

 テゾーロはシード達と共に、周辺諸国の医療機関から借りた防塵マスクを着けてフレバンスの街中を視察していた。

「フレバンス……噂通り真っ白だな。まるで雪景色のようだ」

「テキーラウルフのような雪景色ですね……」

 珀鉛産業の影響で辺り一面が白一色であるフレバンスだが、珀鉛病によって賑わいは無く住民の出歩きも少ない。国民病と言っても過言ではない珀鉛の中毒症状の恐ろしさが窺える。

「それにしても……テゾーロさん、僕達に防塵マスクと手袋は必要でしょうか? 珀鉛の採掘は全て停止しているんでしょう? 鉱山には行かないんじゃないんですか?」

「街並みをよく見ればわかるさ」

 シード達は街の建造物をよく観察する。

 しかし、辺り一面が珀鉛で塗装された建造物だけで何もない。

「何も無いですけど……」

「その建造物の中に工場と煙突は無いか?」

 テゾーロのその一言に、シード達は顔を青くした。彼が何を言いたいのかをすぐに理解したからだ。

「おれ達がフレバンス(このくに)に来るまで工場は稼働していたらしい。じゃあその工場から排出される煙に、もしも珀鉛が混ざっていたら?」

「呼吸と共に摂取……」

「だよな。だったらおれがわざわざ郊外に仮設事務所を建てて、そこへ医師達を呼ぶ意味がわかるよな?」

 つまり防塵マスクと手袋を着用するのは、空気中に珀鉛の粒子が漂っている可能性が高いからだ。それを呼吸と共に吸い込んでしまえば肺に蓄積され、いずれは全身を蝕んでいく。

 それらの予防をするためにテゾーロはフレバンスの郊外に仮設事務所を設置し、摂取ルートの根絶に尽力している――ということである。

「おれ達だけがマスクをするのは、治療する側・援助する側が倒れたら全滅しちまうからだ」

「共倒れは最悪ですしね……」

「その通り。まァ幸いにも中毒症状であって感染症じゃない……健常者でも普通に接して問題は無いが、念の為だ」

 すると、テゾーロ達の前に一人の子供が現れた。頬や手の甲には珀鉛病特有の白い肌や髪の毛であり、病状は悪そうだ。

「――なぜここに?」

「今この国で働いてるのは医者やテゾーロ財団(おれたち)ぐれェだし、国民の多くが病院や自宅で療養している。見舞いなり差し入れなり持って出歩くってんなら別に不思議じゃない」

 テゾーロは子供に近づくと、子供と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「やあ、元気かな少年?」

「……うん」

「それは何より。常日頃ポジティブに生活することは大事だからな」

 防塵マスク越しで口角を上げテゾーロ。

 少年に訊くと、彼は病院で働く父に毎日弁当を届けているそうだ。父は寝る間も惜しんで珀鉛病の治療法を確立させようとしており、最近は珀鉛病の症状とストレスの影響か体の調子が悪そうだという。

「今度弁当を届ける時は「体に気をつけて」と言うといい。病気を治す側の人間が倒れたら世話ねェしな」

「うん……ねェ、おじさん……」

(おれ、おじさんなの……?)

 テゾーロはおじさん発言にショックを受けつつも、どうしたんだと声を掛ける。

「これ……治るかなァ……?」

「……この世に不可能なことは何一つ無いんだよ、少年。かつてある王国で猛威を振るっていた小さな島そのものを滅す程の疫病も、多くの医者・専門学者の命を削るくらいの努力によって今では死亡率が極めて低い。人々の努力と進歩は恐ろしい病気にも打ち勝つことができる。君の体を蝕む珀鉛病だってそうさ、必ず治る」

 フレバンス王国と同じ〝北の海(ノースブルー)〟にあるルブニール王国は遥か昔――今から数百年程前、〝樹熱〟という疫病が猛威を振るっていた。この樹熱という疫病は植物全般にかかるモノで、人間が感染すればその死亡率は90%以上であるという鬼病……瞬く間に国中に蔓延し、10万人の死者を出した。

 樹熱はルブニール王国を苦しめていたが、後に〝南の海(サウスブルー)〟の植物学者が探検と研究を重ねた末に「コナ」という木の樹皮から取れる「コニーネ」という成分が樹熱の症状を治すのに効くことを発見し、それを用いた特効薬によって被害を止めることができた。

 樹熱との闘いは膨大な時間を費やし多くの犠牲を伴ったが、恐ろしい鬼病が今では完治できる程の病気となったのは紛れもない事実であるのは言うまでもない。

「ホント……?」

「〝病は気から〟だよ……病気というモノは気の持ちようによって良くも悪くもなる。お前が元気でいればいる程、体内の毒の進行も遅くなるかもしれないってことさ」

 テゾーロはそう言うと立ち上がり、少年の頭を撫でた。

「人が想像できることは、必ず実現できる。もう暫くの辛抱だ、それまで元気でな」

「……うん」

 

 

           *

 

 

「そうですか! はい……はい……わかりました」

 事務所に戻ったテゾーロは、電話対応をしていた。

 政府からの電話であり、それは朗報でもあった。

「では研究資料は後日そちらへ送ります。漏れると困るので。では……」

 電伝虫の通話を終えると、サイが声を掛けた。

「随分と上機嫌ですね。何か良い事でも?」

「ああ……良い意味で想定外の協力者(サポーター)が現れてね」

 テゾーロはある人物が協力を名乗り出たことに満足していた。協力を名乗り出た者の名はDr.ベガパンク――あの天才科学者である。

 彼は一歩間違えれば神の領域に達するような危ない研究も行うが、それらを含め全ての研究が世界や人々の為にすることを信条としてるので善良な人物でもある。彼はテゾーロ財団の懸命な働きかけとフレバンスの切迫した状況を知って感銘を受け、力を貸そうと動いたのだろう。

「それはありがたい限りですね。政府側(こちら)も彼の素晴らしさと頭脳明晰さは窺ってます、毒の中和も可能でしょうね」

「確かにそうだが、言い方を変えれば「天才科学者も手を貸す程の事」でもある。フレバンスの珀鉛産業の影響が、世界政府が重い腰を上げるくらい深刻化しているんだろう」

 これは数日前に確認したことだが、珀鉛製の物資は表も裏も問わず(・・・・・・・)世界中に輸出されているという情報をテゾーロは入手した。しかも珀鉛の毒性を知らないままなのでフレバンス以外の国でも珀鉛病の発症が危惧されるようになった。

 世界政府の中枢は自分達の想像を超える程に事が重大であると認知したのか、加盟国に珀鉛の中毒症状に関する資料を流したという。しかしそこは隠蔽・情報操作がお得意の世界政府――王侯貴族にのみ報せて一般市民には報せてないという。

「相変わらず姑息っつーか、保身しか考えてないっつーか……」

「世界政府はそういう組織(・・・・・・)です。誠実なのは末端で上層部は大体が欲深い」

「それ言っちゃっていいの?」

「どうせ聞こえませんよ」

 政府の機関に属する立場でもある人間とは思えない発言。ましてや政府の命令に忠実である諜報機関(サイファーポール)の人間がこのような発言をするとなると、政府内部の色々な事情が窺える。

「デカイ組織は大変だな」

「他人事のように言わないで下さいよ」

(海列車の方とテキーラウルフの橋の方は順調だし、暫くはフレバンス(こっち)に集中できそうだな)

 すると――

 

 プルプルプルプルプル……

 

「「!」」

 突如鳴り響く電伝虫。

 テゾーロは受話器に手を伸ばし、通話に応じる。

「はい、こちらテゾーロ財団。どちら様で?」

《フッフッフッフッ……!! ようやく本人と話せるな》

「!?」

 テゾーロの電話相手は、ドフラミンゴだった。



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第75話〝シードの訴え〟

 ドフラミンゴからの突然の電話。

 室内には、異様な緊張感が漂った。

(ここへ来て、か……)

 テゾーロはサイに目を向け、サイにフレバンスにいる幹部達を呼ぶようアイコンタクトを取った。サイは彼の意を察したのか、部屋から出て行った。

 テゾーロ一人となった部屋で、天夜叉との交渉は始まった。

《お前も自分の部下から聞いただろうが……どうだ? おれと手を組まねェか?》

「断る。ウチは悪徳業者じゃないんだ」

 きっぱりとドフラミンゴの申し出を斬り捨てるテゾーロ。

 しかしドフラミンゴはそこで諦めるような男ではなく、食い下がる。

《そうか? 決して(わり)ィ話じゃねェはずだ、互いに利がある》

「いや、ウチは「海賊と手を組んでる」っていう風評被害が生じるんだが」

 海賊が世界中の人々にどれだけの恐怖と被害を与えているか。それを賞金稼ぎ時代の頃から理解しているテゾーロは、現役の海賊と手を組んでビジネスするのは風評被害が生じる点で抵抗がある。

 そもそもドフラミンゴという海賊(おとこ)は、「世界の破滅」を望む残忍で凶暴な輩だ。その願いをかなえるために、手を組んだ瞬間にテゾーロの財力とコネを根こそぎ奪い取ろうと画策しかねない。

 するとそこへ緊張した面持ちでシード達が現れ、ソファやイスに座って様子を見始めた。テゾーロはセンゴクに伝える必要があると判断し、メモを取るよう指で合図をしてから口を開いた。

「いいかドフラミンゴ……おれ達は海賊じゃない。交渉を持ち掛ける相手を間違えてないか?」

《フッフッフ! そうでもねェさ……まァ、お前が海賊だったら嬉しかったがな》

 ドフラミンゴは本音を少し漏らした。

 確かにテゾーロ達が財団ではなく海賊団として活動してたら、海賊同盟という形でうまくいっただろう。もっとも、テゾーロは海賊になる気など毛頭無かったが。

《――おれはお前が今、何を探しているのかは大体予想がつく。おれは裏社会での闇取引で生計を立てているんでな》

「………何が言いたい?」

《〝オペオペの実〟を探しているんだろう? おれならばそれを見つけ出せる自信と力がある!! ――これならどうだ?》

「っ!!」

 ここでドフラミンゴ側が、カードを切ってきた。

 テゾーロは珀鉛病の治療法が万が一にも確立しなかった場合、オペオペの実の能力で患者から珀鉛を取り出すという()()()()を用意する気である。ドフラミンゴはテゾーロに対し、オペオペの実を見つけ出せる発言で協力的になるよう誘導する気だろう。

「……ドフラミンゴ、お前は私を脅しているのか?」

《フッフッフ!! 脅しねェ……それはお前の解釈次第だ。正直な話、お前を攻撃することもできるがな……フッフッフッフ!!》

 テゾーロは少しだけ迷った。

 フレバンスの案件は、間違いなく財団史上最も過酷な事業である。最悪の場合、オペオペの実に頼るしかないという事も十分にあり得る。

 テゾーロの部下には、賞金稼ぎであったメロヌスとハヤト、情報屋も営むアオハル、現役の諜報員であるサイがいる。しかし彼らが確実にオペオペの実を見つけ出せるという保証もない。そもそもオペオペの実は海軍や世界政府を以てしてもトップシークレット扱いなのだ、海軍上層部や政府中枢がたとえ見つけ出しても、譲ってくれるのかどうかも疑問だ。

 それ以前に、ドフラミンゴもオペオペの実を狙っているのだ。オペオペの実を見つけ出すことに成功しても、必ずやこちらの事情など気を配らずに奪うだろう。

 とはいえ、ドフラミンゴは闇取引が得意分野であるのも事実だ。協力すれば海軍や世界政府を出し抜いて情報を得られる可能性も十分にある。だが……。

「下らんな、切らせてもらう」

 テゾーロにとっては、愚問である。

 彼はドフラミンゴの申し出を一蹴して受話器を下ろそうとした、その時だった。

「大変ですぞ!! 皆さん!!」

 脳天に響く程の大きな声だった。

 電話中のテゾーロの元に、タナカさんが紙を手にして慌てて駆けつけたのだ。

「どうした?」

「テゾーロ様にこれを!!」

 タナカさんがテゾーロに渡した紙――それは、世界政府からの書状だった。

 テゾーロはそれに目を通した瞬間、顔色を変え頭を抱えた。

「…………これは少々、ショックが強すぎるな……」

「……一体何が?」

「見ればわかる」

 テゾーロは書状の内容を言わずサイに渡すと、サイは内容を確認してからテゾーロと全く同じ反応をした。

 不審に思った一同は書状を読んでみると……。

「そんな……!!」

「何という事だ……!!」

 目を見開き、呆然とする一同。それ程に非情な下知だったからだ。

 何と書状には、「テゾーロ財団が2年以内に珀鉛病の治療法を確立させ事業を終えられなかった場合、フレバンスを加盟国から除外する」という旨が書かれていたのだ。

「な、何で……!?」

「珀鉛が生み出す巨万の富に目が眩み、珀鉛の毒性を今まで隠蔽していたことが公にバレることを恐れ始めたんだ……!!」

「珀鉛の資料は加盟国の王侯貴族に回してある……それを知った一部の連中が騒ぎ始めたのか……!?」

「いずれにしろ珀鉛の真実が公になれば、世界規模で流通している以上は相応の混乱を生みかねない……だからそうなる前に手を打とうと……!!」

「世界政府……どこまで腐ってるんだっ……!!」

「ゲスすぎると言うべきか、軍事力(バスターコール)で滅ぼさない分まだマシと解釈するべきか……」

 世界政府からの下知に、怒りや困惑の声が広がる。だが一番怒り困惑していたのはテゾーロ本人に他ならない。

「くっ……!!」

 〝覇王色〟の覇気を放ち、怒りに体を震わせるテゾーロ。

 世界政府の身勝手さは知っていたが、ここまで強引で横暴な手段に躊躇い無く出るのは想定の範囲外だった。加盟国の命運より自分達の保身を優先する政府中枢の判断に、怒りが爆発しそうである。

 しかし組織の長が取り乱しては、組織全体に混乱を生み出しかねない――そう判断し、〝覇王色〟の覇気を放つのをやめて爆発しそうな感情をどうにか押し殺し、冷静に考える。

(まさかこうなるとは……参ったな、どうするか……)

《どうした? 気が変わったか? フッフッフ!》

 今まで交渉決裂を辞さない態度であったのに、ここへ来て窮地に立たされたテゾーロ。その苦しそうな表情を浮かべるテゾーロを見透かしているのか、ドフラミンゴの笑い声が響く。

 フレバンスの人々を救うべく、テゾーロ財団はあらゆる手段をもって取り組んでいる。しかしここへ来て政府がとんでもない暴挙に出てしまい、予定が狂ってしまった。それこそ、ドフラミンゴと協力せざるを得なくなる状況になりそうだ。

(どうすればいい……!?)

 すると、ソファに座っていたシードが立ち上がり……。

「テゾーロさん!! その交渉は乗ってはいけません!!」

『!?』

「!」

 シードは声を荒げ、テゾーロに強く訴えた。

「所詮相手は海賊、何を企んでるか見当もつきません!! 我々を利用して、使えなくなったところを潰すに決まってる!! 奴らはあなたを貶め、この財団を乗っ取ることも目論んでいるでしょう……ドフラミンゴに関わってはいけません!!」

 ドフラミンゴにも電話越しで聞こえる程の大きな声で、彼と通話中のテゾーロを説得するシード。

 それはテゾーロを信じ、財団の事業は必ず成功すると思っているから言える言葉だった。その言葉に、テゾーロは動かされた。

「……だそうだが、どうするドフラミンゴ? 私の部下は交渉決裂も辞さないどころか()()()()()も覚悟しているという態度を示しているのだが」

 テゾーロの言葉に、ドフラミンゴは返事を返さない。

 たとえ弱みを握ったとしても、強硬的な姿勢であるテゾーロの部下達を抑えるのは難しくなると考え出したのだろう。

《…………フッフッフ! それは困るな。おれは武力衝突は望まないんでな、穏便に事を済ませたい》

「それは私も同様だ。今ここで本格的に争えば、双方タダでは済むまい」

 テゾーロとしては、今ここで無暗に抗争をすれば最優先事項を後回しにしてしまい今後の運営に支障をきたすと考えている。ドフラミンゴも、下手にやり合って海軍が介入したら厄介だと考えてもいるようで〝楽な手段〟には出れないようだ。

「――そういう訳だ、穏便に交渉は決裂だ。おれ達はお前には従わない」

《何だと……!?》

「オペオペの実は自力で探すさ、不老手術などにも興味無いしな。じゃあな」

《おい、待てテゾ――》

 

 ガチャッ

 

「……ハァ、厄介な事になったな」

 ドフラミンゴとの通話を一方的に終えたテゾーロは、深く溜め息を吐いた。

 本当なら世界政府が支援してほしいが、やっぱり切り捨てる方を選んでしまった。選択肢としてならばアリかもしれないが、選ばないでもらいたいものである。

「……シード」

「!? は、はいっ!」

「ありがとな。お前のおかげで迷わずに済んだ」

「――!! い、いえ、それ程でも……」

 シードはテゾーロからの感謝の言葉に、照れながらも当然のように胸を張る。

「とはいえ、これでドンキホーテ海賊団が退くとは思えませんな……」

「ああ。とりあえずドフラミンゴと今回の書状の件はおれがどうにかする。五老星とも掛け合って、一日でも長く期日を伸ばすよう働きかけよう。お前達は年内に治療法を確立させるんだ」

「ですね……まァ新しい鎮痛剤の開発や輸血の準備など、珀鉛病の症状に合わせてどうにか応急処置は施してますが、いつまで持つか……」

「……間に合いますか!?」

「いや、()()()()()()()()()()!!! ――諦めず、最後までフレバンス(このくに)を見捨てずに取り組もう」

 テゾーロの力強い言葉に、部下達は頷いて一斉に動き出したのだった。




最後の展開は、ちゃんと元ネタがあります。
ヒントは……邦画です。今まで観た日本の映画で個人的には最高傑作でした。


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第76話〝図書室〟

 翌日。

 仮設事務所の中で、テゾーロは部下が記したメモを片手にセンゴクと通話していた。かなりの重要案件なのか、サイ以外の財団の幹部格が全員集結している。

「――以上がドフラミンゴとのやり取りです」

《やはり接触してきたか……しかもお前には政府から書状が送られている。タイミングとしては最悪だが、よく妥協せず切り抜けたものだな》

海軍(そっち)で世話になった部下が、強硬的態度を示すべしと訴えてくれましてね。おかげで迷わずに済みましたよ」

《! シードか?》

「――良い子ですよ」

 テゾーロはシードについての評価を語り始めた。

 実力や業務での活躍ぶりも当然そうだが、何よりも評価してるのは「有事の際の毅然とした態度」だ。それが顕著に現れたのが先日のドフラミンゴとの対応における彼の訴えである。

 彼は普段こそ物腰の低い平和主義者であり、仕事人のメロヌスやサイと違って何かとしどろもどろする。だが先日のような思い切って強硬的な姿勢を示したのはテゾーロも初めてであった。それも感情任せではなく、海兵時代の経験を踏まえた上での彼なりに考えた強い主張だ。

 シードは心優しく温厚がゆえに迷いやすく情に流されやすいと思われるが、実際は芯が通っており意志も強いのである。

海兵時代(むかし)と変わらんのだな》

「正義は価値観です……「自分の世界」がひっくり返らない限り、早々に変わりませんよ」

《フッ……全くだな》

「そういうことです。一応用件は済んだので、電話は切りますよ。あなたの言う通り、おれ達は好きに動くんでよろしくお願いいたします」

《ああ、ご苦労》

 

 ガチャッ

 

「――ハァ~……」

 盛大に溜め息を吐く。

 それを見ていたアオハルは、恐る恐る声を掛ける。

「………で、どうなのギル(にい)

「……事の顛末はセンゴクさんに伝えた。センゴクさんはドンキホーテ海賊団を潰しに部下を潜入させる手筈……おれ達も巻き込む可能性があるが、その辺りは好きに動いていいそうだ」

 ドカッとソファに座り、足を組んでお茶を飲むテゾーロ。

 そんな彼に対し、正面でお茶を飲んでいたステラは心配そうな顔で口を開いた。

「でもテゾーロ……そのドフラミンゴって言う海賊は大人しく諦めないんじゃないかしら? 欲しいモノは力づくで奪うのが海賊だもの、きっと次の策を講じてると思うわ……」

「ステラさんの予想は間違いなく当たりだね。白ひげのように仁義や義理人情を重んじる昔気質の海賊(・・・・・・)じゃないだろうし」

「同感だ。理事長の話を聞く限り、奴がここで退いてくれる程潔いとは到底考えられない」

「最悪だな」

 ステラの推測を肯定するアオハル達。

 テゾーロ財団は数多くの事業を積極的に行い、莫大な利益を得ている。それだけではなくテゾーロ本人が財力と知名度を用いて多くの有力者とコネを持っているため、テゾーロ本人はある種の権力者になりつつある。

 テゾーロ財団の莫大な財力とコネ……それらを狙う者はいても不思議ではない。しかし相手が海賊となれば、商人や権力者の理屈は通用しない。欲しいものは力づくで手に入れるのが無法者というモノ――ましてや白ひげやロジャーのような昔気質の海賊ではないので、汚いマネも躊躇せず実行するだろう。その上相手は商才に恵まれたドフラミンゴだ、ここで手際よく引いてくれる保証も無い。

 しかしテゾーロ本人としては、ドフラミンゴは後回しにしてもいいと語る。

「おれとしては、最悪なのは世界政府(おかみ)だけどな。このタイミングで何つー書状を叩きつけてんだ……何だよこれ、新手のいじめかよ?」

「確かに、今回ばかりは頭にきたな」

 メロヌスは煙草の()(えん)(くゆ)らせて書状に目を通すと、テゾーロに返した。

 世界政府は世界の平和と秩序の維持に尽力しているのだが、実際は政府にとって都合の悪い事――オハラの抹消や人身売買の黙認など――は隠蔽・情報操作・軍事力を用いてもみ消しを行っている。ただしテキーラウルフに関しては、テゾーロ財団と世界政府による「就労支援施策」という名目で一部を除いて(・・・・・・)世間に公表しているので、全ての案件に情報操作をしているわけではない。

 とはいえ、今回の政府中枢からの無茶ぶりは全くもって酷い。もしかすればテゾーロ財団の尽力が功を奏して「フレバンスは大丈夫だろう」という判断をした者もいるかもしれないが、やはりあの文面だと自らの保身を考えているようにしか見えない。

「ギル兄、どうすんの?」

「……近い内に資料をベガパンクに渡すから、そのついでに五老星と交渉してくるよ」

「つっても、五老星はそう簡単に妥協してくれるのか? その書状の内容は五老星が承認したんだろ?」

 テゾーロの対応に、ジンが口を挟む。

 五老星は世界貴族〝天竜人〟の最高位であり、世界政府の最高権力者である。テゾーロ財団は世界政府に協力しており、テゾーロ本人が天竜人のクリューソス聖と交友関係があるなど、一応五老星と直に面識できる立場ではあるが彼らの決定を覆すのは難しいだろう。

「まァ、その辺りは話してみなきゃわからねェな。五老星は権力に溺れてない様子だし明晰な頭脳の持ち主だ、多少の配慮はしてくれると思うがな」

 テゾーロはそう言って湯飲みに茶を注ぐと、少し飲んでから書状を握り潰した。

 

 

           *

 

 

 一方、サイは聖地マリージョアのパンゲア城内にある図書室で探しものをしていた。

 パンゲア城内にある図書室は、加盟国・非加盟国問わず世界中で出版された全ての出版物を収集・保存しており、現実世界で例えれば国立国会図書館みたいなものだ。図書室には役人以外は手に取ってはならない貴重な資料も存在し、中には航海日誌や世界中で起きた事件の報告書の写しも厳重に保管しているのである。

 さて、そんな場所でサイが何を探しているのかというと、100年以上前のフレバンス王国の地質調査の報告書である。

「えっと………これかな?」

 サイは分厚いファイルを棚から取り出し、フレバンス王国の地質調査の内容を確認する。

(フレバンスには、珀鉛と呼ばれる有毒性の白い鉛が大量に埋蔵してある。その量は今回の調査では把握できず、数百年使い続けてようやく枯渇するであろうと判断している。――この時点で有毒性は把握していたんですね)

 ファイルに綴じられた報告書には、テゾーロ財団も把握できてない貴重な情報が正確に記されていた。

 フレバンスの真下には他国の領土も跨るくらいの巨大な鉱床があること、通常の鉛よりも製錬と加工をしやすく錆びや腐食に強いという性質が発見されたこと、性質上採掘も容易であるため通常の鉛や亜鉛と同様に安価な金属であることなど、珀鉛に関する貴重な記述が報告書に載っていたのだ。

(しかし、肝心の毒の中和方法は載ってないようですね……)

 珀鉛の毒の中和方法も乗っているのではと期待したが、この報告書には有毒性こそ詳しく載っていたが肝心の解毒の方法は載っていなかった。

 あの世界政府のことである、きっと珀鉛の毒性よりも巨万の富を優先したのだろう。

「ハァ~……全く、いざという時に役に立たないなんて………!!」

 サイは思わず、この場で世界政府(じょうし)の悪口を言ってしまう。

 だが言っても仕方ない。言ったところで状況は何一つ変わらないのだから。

「収穫ゼロか……何でホントこういう大事な時に……」

「お困りのようだな」

「! ああ、ラスキーさん……」

 苦悩するサイの元に、CP9のラスキー――カリファの父でアオハルの知人――が現れた。彼はサイとは諜報活動及び六式のイロハを教えた間柄であり、10年以上の付き合いなのだ。

「新しい職場はどうだ?」

「気楽に働けて最高ですね。トップも部下も堅物ではないので、とても親しみやすい職場です」

「それは結構……で、何に悩んでるんだ?」

「ああ…………それがですね――」

 サイは酷く落ち込んだ様子で愚痴を零し始めるのだった……。




単行本90巻買って読みました。
ステリー、小物臭が半端ないですね。あの顔で鳥海さんか~……って思うと、複雑です。
そう言えばアニメの方はまだまだ出てない声優さんいますね。個人的には井上和彦さんや宮野真守さん、中村悠一さん辺りがいい加減出ても良いのではと思ってます。


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第77話〝上下関係〟

夢の国で現実逃避して投稿遅れました、申し訳ありません。
ここへ来て、意外な人物が登場です。


 8日後。

 聖地マリージョアの廊下では、珍しく五老星がいつもいる「権力の間」から離れていた。

「テゾーロがフレバンスの件で交渉に来ているようだ」

「大方の予想はつく。期限の日数を伸ばしてほしいのだろうな」

「だがこれはイム様の決定であるのだ、どうにもならん。期限以外で妥協してもらうしかない」

 謎の人物〝イム様〟のことを口にしながら「権力の間」へと戻る五老星。彼らが口にするイム様とは、世界政府の最高権力者である五老星をも従わせる権力者である。

 世界政府の理念は「各国の王は平等、独裁の欲は持たない」と「パンゲア城の玉座には誰も座らないことこそが平和の証であり、世界にたった一人の〝王〟などいない」の二つである。そして何人であろうと座ってはならないパンゲア城内にある玉座は「(から)の玉座」と呼ばれ、世界の頂点に君臨する血族・天竜人ですら座らない玉座である。

 しかし実際はごく一部の人間以外には知らされていないが、本来誰も座れないはずの「虚の玉座」に座ることができる権限を持つ〝王〟がいる。それが五老星が口にしたイムという人物である。

 イムは世界政府の理念の都合上、表舞台に出るような事は一切無い。普段はパンゲア城の「花の部屋」で虫や植物と戯れたりしている一方で、五老星をも従わせる権力を行使して「歴史より消すべき〝灯〟」を指名して彼らに処理させているのだ。

 そんなイムが先程五老星に命じたのは「ギルド・テゾーロが期限までに治療法を確立しなかった場合、フレバンスを政府加盟国から排除せよ」という指令だった。恐らく珀鉛の毒性を今まで隠蔽していたことを公に晒されるのをきっかけに、反世界政府勢力が多く現れる可能性があると危惧したのだろう。イムの決定は神のお告げも同然なので、五老星は素直に実行に移すというわけだ。

「とはいえ、奴も我々との衝突は望まんはずだ」

「そうだな、イム様も奴に一目置いておられる……下手に争い事を起こすのは愚策だ」

 実を言うとイムはテゾーロの事業活動に興味を示している。特にテキーラウルフは700年もの間そこまで進展しなかった工事が彼によって急ピッチに進行したので、好意こそ示している節は無いが働きぶりには一定の評価をしている。

 叩き上げで成り上がったテゾーロに興味を示したイムに五老星は絶句したが、世界政府に反旗を翻し世界の実権を握ろうと画策したフォードの借りもあるので、内心では致し方無いと思ってもいる。

「すでに奴は到着しているそうだ。話さえ拗れなければ別に大した事ではない……早々に片を付けるとしよう」

「うむ」

 

 

           *

 

 

 「権力の間」にて。

 テゾーロは五老星と先日の書状の件についての交渉を始めた。

「それで……これはどういうつもりですか?」

『…………』

 怒りとも呆れともとれる表情で、五老星を問い質すテゾーロ。

 今回の案件は「〝天竜人〟の命令」であるが、五老星はその天竜人の最高位……ゆえにテゾーロは五老星の意向もあると判断したのだ。

「なぜあんな書状を送りつけたんですか? 珀鉛病が感染症ではないことも伝えてあるはず……私はあなた方の癪に障るようなマネでもしましたか? こういう事が度々起きれば我々の事業に支障をきたすので、やめていただきたいのですが」

「……テゾーロ、お前は立場上我々よりも下だ」

「お前に一任こそしてるが、決定権は常に我々にあることを忘れるな」

「ええ……ですがこの中の誰よりも現場を知ってます。現場に居もしないで滅茶苦茶な命令をしないでほしいんですよ」

 五老星の言葉に反論するテゾーロ。

 苛立ちを隠せなくなってきたのか、〝覇王色〟の覇気を放ち始める。

「まさか……こんなマネを指示したのは五老星(あなたたち)より〝もっと上の権力者(ヒト)〟――ってことじゃないですよね?」

『…………!!』

 テゾーロの言葉に、目を見開く五老星。

「正直に言いますと、あなた達の上に誰がいても(・・・・・)私は何も言いません……政治でもビジネスでも〝止むを得ない事情〟は生じますから。ただ、自らの保身と利益の為に非人道的行為を行うのであれば真っ向から対立する覚悟であるだけです……オハラのように」

 テゾーロとしては、五老星の上にたとえ何者がいようと関係無い。世界の平和と秩序、力の均衡の維持はとても難しいことだからだ。

 現実世界においても、大航海時代にヨーロッパ諸国が民間の船に他国の船を攻撃・拿捕することを認めた私掠船――王下七武海のモデル――の制度があったように、潔白のまま全てを綺麗事で済ませることはできない。それが政治というモノであり、現実というモノでもあるのだ。

「――平和や秩序は綺麗事だけで保てるような生易しいモノではない」

「でしょうね。でもその綺麗事をできる限り実行に移すのも大切では?」

「世界が相手ではお前のその甘い考えは通用せんぞ」

「…………」

 これ以上の言い合いは不毛と判断したのか、テゾーロは覇気を抑えて溜め息を吐く。

「まァ、今日はあなた方と対立するために来たのではないので言い合いは止めにしましょう」

「賢明な判断だ」

「では用件を改めて聞こう。といっても、我々の答えは決まっているが」

「……期日はどうしても伸ばせないのですか」

「無論だ」

 すると五老星は、政府側の意向を語り始めた。

 彼ら曰く、フレバンスの件は公になると大きな混乱を生むと考えており、できる限り内密に収拾させたいという。期日はすでに決めており、それまでに事が済まねばフレバンスを除名することも決めているが、その一方で期日を伸ばすこと以外ならばそれなりの配慮はするという。

「仕方ないですね……どうやらこちらが巻いていくしかないようだ。では、政府側(そちら)の人材や技術を使うのは?」

「それならば問題無い。お前の事業にベガパンクも協力するのだからな」

「……時間を伸ばせないのは残念ですが、それしか妥協できないようで」

 さすがのテゾーロもこの交渉はお手上げのようだ。

 しかし、今回の交渉によって世界政府は非情な手段も厭わない一方で一応は(・・・)それなりの配慮も考えてはいることもわかった。別に好きでもみ消しを行ってるわけではないと知れたのは、ある意味で重要な収穫と言えるだろう。

「……あなた方の意向はわかりました。こうなれば仕方ありません」

 不満気ながらも、テゾーロは背を向けて扉へと向かい、頭を下げて「権力の間」を後にした。

「フゥ…………まだ知ってはおらんようだが……」

「テゾーロめ、勘づいたか………?」

「しかし奴の力は今後の世界に必要だ。たとえ勘づいたとしても、テゾーロが暴れることはなかろう」

「うむ……それはあのお方も承知していることだ、今のところ問題はあるまい」

「確かに強大な力を秘めてはおるが、歴史から消すべき〝灯〟ではなかろう」

 五老星はテゾーロをそう評し、世界の均衡を乱そうとする人物ではないという認識で総意する。そしてその会話は、すでに近くの控え室へ移動していたテゾーロに聞かれていた。

(あのお方……やはり〝もっと上〟がいたか。一応敵対する気は無いようだな)

 意識を集中させて〝見聞色〟の覇気で五老星の会話を聞くテゾーロ。

 敵意は持っていないようなので、内心では彼は安堵していた。

「……なあサイ、()()()()()()()()ってどんな奴か知ってるか?」

「――それは言えませんよ、テゾーロさん……サイファーポール(われわれ)にも秘密保持の義務ぐらいあります。知ってたとしても言える立場じゃないですよ」

 テゾーロの質問を一蹴するサイ。

 サイもまた、1週間以上の調査を終えたばかりなのだ。

「……おれは政府の人材ならいくらでも使っていいって言われたけど、そっちは?」

「期待すればする程に失望する結果です」

「じゃあいいや」

 サイの言葉に全てを察したのか、テゾーロは訊かないことにした。

「……これからどうするおつもりで?」

「ベガパンクが協力してくれるなら、彼にも薬を作ってもらうさ。あと海軍本部の医療班をちょっと借りるようコング元帥に直接言うよ」

 これからテゾーロは、「新世界」に存在する世界政府直轄の島で研究をしているDr.ベガパンクの元へ向かって対談をする予定。その道中で彼は海軍の医療班にも協力を要請し、あわよくば何人かをフレバンスへと招致する気であるのだ。

「そうだサイ、たまにはテキーラウルフの様子でも見に行ってくれないか? 橋の工事は大分進んでるはずだが」

「了解」

 サイにテキーラウルフの視察を命じるテゾーロ。

 最近はフレバンスに集中しすぎてテキーラウルフを疎かにしかけたので、ここらで幹部に視察に行かせて進行状況を確認しなければならないだろう。

「……ああ、そうだ。これを渡さなければいけませんね」

「?」

 サイはテゾーロに大きな封筒を渡した。

「これは?」

「「CP9」に属する私の師からいただいた資料です。あるテロリストが水面下で動いているらしく、表だった事件こそ起こしてないものの政府上層部も注意を促しているそうです」

「テロリスト?」

 封筒の中身の資料に目を通すテゾーロ。

 サイ曰く、そのテロリストは仲間にも素性の詮索をさせない性格であるゆえに一切素性が掴めないらしい。サイファーポールも「世界政府を直接倒そうとするかもしれない」という認識の下で徹底した情報収集を行っているが、勘があまりにも鋭くて苦労しているとのこと。

「幹部のほとんどが覇気使いである財団と言えど、立場上狙われる可能性もあるので注意せよと」

「随分と気を遣ってくれる先輩じゃないか。属する部署は違うだろ?」

「諜報員も最低限の情緒はありますよ………いずれにしろ、素性も掴めなければ明確な動きも掴めないので警戒はしておくべきかと」

(……まァ、確かに()()()()じゃあ気を配るしかねェわな)

 テゾーロが目を通している資料には、ある写真が載っていた。

 その写真は、黒いローブを身に纏ってフードを被る顔の刺青が特徴の男であった。



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第78話〝神とは〟

今回は閑話休題に近い内容かもしれません。
あと、アオハルのセリフを一部変えました。


 一方、フレバンス。

 珀鉛一色の街の郊外で、メロヌスはステラと共にテゾーロの商売仲間であるウミットから大きな木箱をいくつか受け取っていた。

「悪ィな、わざわざこんな所まで」

「うんだうんだ、そちらとはビジネスパートナーなのだ! 手を貸すことくらいして当然!」

「じゃあ、これぐらいの額で手を打ってくれるか?」

「それぐらいあれば十分だ」

 メロヌスはアタッシュケースをウミットに渡す。

「では、私はこれで」

「すまないな、上司は今留守で」

「わっはっは!! 構わんさ、ビジネスとはそういうモノだ」

 ウミットは上機嫌に笑いながら自前の船へ戻っていった。

「……メロヌスさん、これは?」

「開けりゃあわかるさ」

 メロヌスは木箱をこじ開ける。

 その中には大量の銃が所狭しと詰め込まれていた。

「これは……」

「少し前に理事長から「おれの代わりに護身術教えてくれ」と言われたんでな」

 メロヌスが銃を仕入れたのは、ステラに護身として銃の扱いをレクチャーするためだった。

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟と〝偉大なる航路(グランドライン)〟によって東西南北に仕切られた四つの海の一つである〝北の海(ノースブルー)〟は、裏社会では「西とは別の闇がある」とも言われている。

 西とは当然〝西の海(ウエストブルー)〟のことを指し、現に「西の五大ファミリー」という五つの強大なマフィアが裏を牛耳っている。しかし〝北の海(ノースブルー)〟もそれに引けを取らぬ闇が存在し、かの「ジェルマ66(ダブルシックス)」が裏で戦争屋として暗躍している。

 テゾーロ財団は「表の勢力」だが、その闇の争いに巻き込まれる可能性があるのでこうして武器を調達・武装する方針になっている。幹部格はほとんどが覇気使いであるが、ステラだけが自衛の為の護身術を有していない。今後の活動と裏社会の勢力との対立などを考えると、ステラも自分の身を守れるようにならねばならないのだ。

「おれも財団の幹部だからな、報告義務と自己責任を前提に一定の権限はあるんだ。副理事長であるあなたもだ」

「そうだったの? 初耳だわ……」

 ステラ自身が最近忘れつつあったが、彼女も副理事長という立場。テゾーロ不在時は代理権を行使することもできるのだが、彼女はその立場をすっかり忘れていたらしいようだ。

「――ということで、副理事長。あなたにも護身術として射撃訓練を受けてもらう」

「!」

 

 

 財団の仮設事務所のすぐそば。

 そこでメロヌスは、ステラに銃の知識を教え始めていた。

「この世界において、銃は大抵がフリントロック式……燧発式(すいはつしき)または燧石式(すいせきしき)と呼ばれる、銃口から装薬と弾丸を詰める火打石の銃が主流だ」

 大まかなシステムはマスケット銃――いわゆる火縄銃と変わらないが、装填不良や不発が起こりにくく、火器の弱点とも言える天候の影響もあまり左右されない。さらに構造が単純であるゆえに銃弾が尽きても銃口に入るものなら何でも発射できるので、戦場では大いに役立つ。

 ただし短所として「撃発時の衝撃による銃身のブレやすさ」や「命中精度の悪さ」などが挙げられるので、銃火器の扱いに秀でた者以外はこれをメインに戦わないのが現状でもある。

「フリントロックは基本的に弾は一発限り……一発撃つ度に銃口から弾丸と火薬を挿入しなきゃいけねェから、面倒と言えば面倒だな」

「連射とかはできないのね……」

「そうだな、開発はしてるだろうが今のところ普及していない。一方で最近の改良によってこんな代物が流通して主流となりつつある」

 ウミットから貰った大きな木箱から、ワイン木箱を出し蓋を取って開けた。

 中には分解されたフリントロック式の拳銃が収められていた。

「見た目は変わらないように見えるわ……」

見た目はな(・・・・・)。だが構造がちょっと違う」

 そう言うや否や、メロヌスは分解された拳銃を手早く組み立てていく。そしてその過程で、ステラはあることに気づいた。

「この銃、折れるの……!?」

「その通り、この銃は中折式(ブレイクアクション)の最新式だ」

 ステラはテゾーロと共に色んな場所を訪れたが、時には海賊達との戦闘に巻き込まれたことだってある。それが何度も続けば、知識が無くても武器の違いくらいははっきりとわかるようになる。

「この銃の特徴は、フリントロックの部分がカートリッジ機能であること。つめねじ・コック・火打ち石・当り金・火皿・当り金用スプリングがセットになっている」

 フリントロック式は大まかな仕掛けは火縄銃と変わらないため、弾を込めてから発射するまでに時間が掛かる。普通に考えれば銃口から火薬と弾丸を入れて押し込むよりも、手元の方で装弾できる方が楽だろう。

 それを成し遂げたのが、メロヌスが今手にしている銃だ。フリントロックの部分が最初から装薬と弾丸を詰め込み済みで、それを撃つ度に取り換えることで時間短縮と連射を可能にしたのだ。

「これが普及すれば、連射式もいつかは流れるだろうな」

 するとメロヌスは、今度は自身が携えているライフルケースを開けて愛銃を取り出した。

「これがおれのスナイパーライフル……おれの故郷で製作された銃だ。本来は命中率を上げるための照準器(スコープ)が付いているが、装備の軽量化とレンズによる光の反射で相手に位置を知られないようにわざと外してる」

「こだわってるのね……」

「まァな……副理事長、銃を選ぶ上で一番重要なのは「目的に合わせること」だ。護身用ならばスナイパーライフルやショットガンよりも拳銃が向いている。拳銃は女性でも比較的容易に扱えるし携帯しやすいからな」

 メロヌスは不敵な笑みを浮かべ、先程組み立てたフリントロック式の拳銃をステラに渡した。

「おれがレクチャーするよ副理事長。自分の身は自分で守るのが、「この海」を生きるコツだ」

「……ええ」

 

 

           *

 

 

 とある教会。

 アオハルは礼拝堂のイスに腰かけて()(えん)(くゆ)らせていた。

(今んトコは大丈夫っぽいけどな………)

 煙を吐きながらぼやくアオハル。

 財団においても情報屋の仕事をしている彼は、この〝北の海(ノースブルー)〟ではいつも以上に神経をとがらせ情報収集をしている。

 というのも、〝北の海(ノースブルー)〟は戦争が絶えない海としても有名であり、国に雇われた海賊達による争いも相次いでいる程に不安定な秩序……情報を少しでも多く集め、財団が戦争に巻き込まれないようにしなければならないのだ。それだけでなく、先日のドフラミンゴのように裏社会の連中の介入もあり得るので、些細な情報も重要な意味を持つようになる。そう思って情報収集に徹したのだが、どうも収穫が無いので困っているのだ。

(おれも一応有名人だし、何か勘づかれたかな?)

 収穫が無いという事は、相手の動きが読めなくなるという意味でもある。〝北の海(ノースブルー)〟は争いが絶えないので、勢力図が変わりやすい状況だ。各勢力の均衡や活動方針が把握できねば、テゾーロ財団にも牙を剥きかねない。

「どうすっかな……」

 そう呟いた、その時――

「何かお困りですか?」

「!」

 アオハルに声を掛ける、一人の女性。

 修道服を着ていることから、この教会のシスターのようだ。しかし顔をよく見ると所々肌が真っ白であり、珀鉛の毒に蝕まれていることが容易に窺えた。

「……その肌、珀鉛の?」

「はい……あなた方のことは耳にしております」

「お上のせいで急かされてるけど、もうちょっと待っててね。あと困り事は無いよ」

 アオハルはシスターにそう告げ、口角を少し上げる。

 シスターもアオハルに微笑みかけるとそのまま祭壇の前まで歩き、跪いて祈りを捧げた。

(……)

 珀鉛で蝕まれた体に鞭を打って祈りを捧げるシスター。

 それをイスから見ていたアオハルは、目を細める。

「……随分と熱心に祈るんだね」

「はい……神を信じれば救われます、その慈悲深さで民人である私達を導いてくださるのです」

信じれば(・・・・)、ねェ……神ってのは信じない人は見殺しにするのかい?」

「っ!?」

 その言葉に、目を見張るシスター。

 アオハルは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

「信じる者も信じない者も分け隔て無く救うのが、神と呼ばれる者のあるべき姿じゃない? 君の言葉が本当(まこと)なら、神は博愛精神に反する選民思想の持ち主……天竜人と変わらない」

「な、何をおっしゃるのですか!? そんな――」

「神は人間及び各人種から誕生した創作物であり、その実体は「未知」だよ。なぜならこの世に生を受けた全ての人種が神という存在を目にしてないからさ。おれも神という存在をこの目で確かめたことは一度も無いけど、君もそうじゃないの?」

 人が求めるものを与えられるのは人でしかなく、人を救えるのは人でしかない。神が人類の価値観を共有できるわけも無く、人類は神によって選ばれた特別な存在でもない。神が人間の世界に介入することなどあり得ないし、人間が神の世界に介入することもできない。

 それが、アオハルの価値観であり彼自身の主義主張(ほんしん)であった。

「あなたは、神を信じないのですか……?」

「――おれは少なくとも神や仏を否定できないよ。目に見えず確かめることもできない存在の有無は、誰であろうと証明できないからね。ただ、これだけは言えるよ」

 

 ――人間の世界は、神ではなく人間の手によって創られていくんだよ。

 

 アオハルの口から出た意味深な言葉が、礼拝堂に響いたのだった。




次回はジンが暴れる回です。


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第79話〝Dr.ベガパンク〟

ん~……90話までにはフレバンス終わらせたいな。(笑)


 翌日、マリンフォード。

 屈強な海兵達が戦闘訓練の為に使う広場で、ジンは現役の将校達と剣を交わせていた。

 実はテゾーロは今回聖地マリージョアを訪れた際、護衛としてジンを連れていた。その時にちょうど仕事で来ていた海軍本部の現元帥・コングが声を掛け、テゾーロの実力を知りたいという訳で海兵達と戦ってほしいと頼まれたのだ。

 しかし彼が声を掛けた時はすでにテゾーロが「新世界」にあるベガパンクの研究所へ向かおうとしていたところであり、テゾーロはその頼みを蹴った。それでも食い下がるコングに、テゾーロはジンに「お前がやれ」と代行させたのだ。

 財団の中では穏健派なタタラとは正反対である武闘派のジンは「久しぶりに暴れることができる」とこれを承諾。早速マリンフォードへ向かい、大将センゴクととある一件(・・・・・)で話し合ってから将官達と試合をすることになった。

「遅いなァ! 遅い遅い! ハッハァ!」

 次々に襲いかかる(けん)(じん)を見事に躱し、宙を舞って余裕の笑みを浮かべるジン。

 彼が今回相手取るのは、海軍本部の少将へと昇格したばかりのドーベルマン・オニグモ・コーミルの三名。海軍の生きた伝説であるあの元海軍本部大将〝黒腕のゼファー〟に指導されて育った、覇気を扱う勇猛な将官だ。

(この男、かなりできる……!)

 オニグモは刃を交わせている中で、ジンが自分達以上の実力者であることに気づいた。

 自身のサーベルによる八刀流と同僚二人の一刀流を相手に、ジンは刀一本で互角に斬り結んでいる。刀だけでなく鞘でも応戦し、六式を扱えないにもかかわらず軽快な動きをしている。何よりも強力なのは〝武装色〟の覇気であり、海軍の中でもトップクラスであるガープ中将や元海軍大将である恩師・ゼファーのように黒く硬化できる。外部の人間であるが、戦闘力はかなり高い輩だろう。

「さすがは海軍の精鋭……中々腕の立つ歴戦の将と見受けられるな。なら……本気で行ってみるとすっか!!」

 ジンはそう言って跳びあがり、ニヤリと笑みを浮かべた。

「阿修羅一刀流……〝(じっ)(かい)(ごう)()(かせ)〟!!!」

「「「!?」」」

 ジンが武装硬化した愛刀を豪快に何度も振るい、斬撃を十連射した。

 大小様々な大きさの斬撃が乱れ飛び、オニグモ達に迫る。しかしオニグモ達も新兵の頃から多くの修羅場をくぐり抜けてきた実力の持ち主――刀身に覇気を纏わせ、放たれた斬撃を真っ向から受けた。

『うおおおおお!!!』

 

 ドパァン!!

 

「!」

 弾かれそうになるが、何とか堪えて受け流すことに成功する三人。

 受け流された斬撃は海や空へと飛んでいく。

「おれの斬撃をうまく受け流したか。だが覇気の強さはおれの方が上だぜ」

 そう言いながら斬りかかるジン。

 その時――

 

 ギィン!!

 

「!!」

『!?』

 ジンの刃を受け止める、一振りの刀。

 その刀を手にしていたのは、左太腿に蜘蛛の刺青を入れた女将校だった。

「随分と面白そうなことしてるじゃないかい…………はっ!!」

「っ!!」

 女将校は力強く踏み込んでジンを押し返した。

 体勢を崩したジンは、うまく受け身を取って刀を構え直す。

(できる……!!)

 女将校を前に、ジンの顔色が変わった。

 オニグモ達三人の前では余裕の笑みで飄々としていたが、彼女が出た途端目付きが鋭くなり笑みが消えたのだ。先程相手取った三人の将校達とは別格の実力者――ジンは彼女をそう判断したのだ。

「ちょいと見てたけど、中々強いじゃないかお前さん。海軍に入ったら中将は間違いないだろうねェ」

「――噂に聞いたことがある……〝桃色客あしらい〟という左太腿に蜘蛛の刺青を入れた女剣士が海賊共を誑かして捕縛していくという話を。もしかして、あんたが?」

「そうさ。あたしはギオン……〝桃色(ももいろ)(きゃく)あしらい〟以外に〝(もも)(ウサギ)〟とも呼ばれてるよ」

 女将校の正体はギオンという女性。あのガープやセンゴク、ゼファーの同期にして伝説の海兵の一人である〝大参謀〟つるの妹分なのだ。

「それと、それはあたしの台詞でもあるよ」

「?」

「数年程前に、カイドウんトコにワノ国の侍と思われる浪人が乗っているという話があってね……その浪人はかなりの腕利きで豪剣の使い手だと言われてたそうだ。だがこれといった大事件を起こしてもいない上に「海賊に頼んで次の島まで乗せて行ってもらう」って話は度々耳にするから、政府や海軍(あたしら)はノーマークだったけど……その正体がお前さんなんだろ?」

「カ、カイドウだと!?」

「あの〝百獣のカイドウ〟か!?」

 桃兎の言葉によってどよめきが広がる。

 〝百獣のカイドウ〟は白ひげ海賊団やビッグ・マム海賊団、海軍を相手に大暴れしている海賊界屈指の凶暴さで有名な大海賊だ。世間では「タイマンなら最強」だの「存在すること自体が恐ろしい」だの色々と物騒な逸話を有する危険人物として知られており、「最強の生物」と呼ばれる海賊として認識されている。目の前にいる男は、その彼の船に乗っていたというのだ。

 とはいえ、桃兎の言う通り世界政府や海軍の上層部はノーマークであったので懸賞金は懸けられなかったのも事実である。

「……それは昔の話だぜ姐さん、今のおれァれっきとした従業員だぜ」

「ウソおっしゃい! お前さんみたいな従業員がどこにいるんだい……」

「ウチには最低でも(・・・・)あと4人はいますよ」

『……』

 ジンの言葉に呆れる一同。

 確かにテゾーロ財団は腕の立つ曲者が多い。しかもその曲者は幹部格に集中しており覇気使いが多いという始末だ。

「お前さんの職場は何と言うかねェ……」

「面白い職場なのは事実だな!」

 高らかに笑うジンに、呆れた笑みの桃兎。

 すると彼女は、愛刀である名刀〝(きん)()()〟の切っ先をジンに向けた。

「ちょうど任務が終わって暇ができてね。あたしと勝負してくれないかい?」

「〝桃色客あしらい〟が相手とは、願ってもない。受けて立とう」

 ジンはそう言うと刀を鞘に納め、逆手持ちで腰を落とした。

 桃兎もそれに応じ、同じく刀を鞘に収めて抜刀術の構えを取る。

一対一(サシ)剣戟(ケンカ)は久しぶりだ……」

「あたしも侍と戦るのは久しぶりだよ」

「あんたいくつだよ」

「お前さんよりは心は若いつもりだよ」

 

 ダンッ

 

 ガギィン!!

 

 両者一斉に動き、覇気を纏わせた一太刀を浴びせた。

 互いの刀がぶつかり、衝撃が周囲に走る。

「男も女も、やっぱり真っ向からぶつかった方が清々しいな!」

「無論! お前さん、ちょいとあたしと遊んでもらうよ!」

 ジンと桃兎の真剣勝負が始まるのだった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、テゾーロは「新世界」のある島の研究所へ立ち寄っていた。

 世界最強の海賊である〝白ひげ〟を筆頭とした怪物級の実力者や伝説的な大物が蠢くこの海では、ナワバリの奪い合いや利権争いで「海の覇権」を握ろうと絶えず競い合っている。しかしそんな大物達でも迂闊に手を出せない場所も存在する。テゾーロが訪れた島がそうである。

 この島は世界政府直轄の島であり、天才科学者のDr.ベガパンクが務める研究所と実験場がある。彼の研究は兵器開発から人間の細胞研究まで行っており、そのあまりの技術力の高さから世界の勢力図を塗り替えることも容易とされている。ゆえに外部からの侵略的行為や工作活動から「技術」を守るために、世界政府は海軍本部とサイファーポールを動員して島を守る戦力を整えている。

 ベガパンクの技術を盗むことができれば、確かに激化する海の覇権争いで一歩リードできるだろう。その為には研究所を守る政府の戦力を殲滅せねばならないというリスクを背負う。新世界の大物達はそれを見抜いた上で手を出さないようにしているのだ。

 さて、その件の島の研究所ではテゾーロがベガパンクと邂逅していた。

「こうして面と向かって会うのは初めてですね。私がギルド・テゾーロです」

「ベガパンクだ。遠路遥々ご苦労、よく来てくれた。座りたまえ」

 互いに強く握手し、イスに座る。

 こうして顔を合わせるのは初めてだが、関係自体は大分前から始まっている。というのも、テゾーロ財団が海軍に提供する軍資金の半分以上がベガパンクの研究に費やされているからだ。一応世界政府からも資金は提供されているが、単純に額だけで見るとテゾーロ財団が圧倒的に多いので、いずれにしろこの莫大な資金で彼の研究は一気に進み、従来の武器の改良だけでなく新たな兵器の開発にまで至っている。

「今回はどういう訳でここまで?」

「まずはこちらを」

「?」

 テゾーロはベガパンクにフレバンスの現状と珀鉛の中毒症状に関する資料を渡した。

 ベガパンクは渡された資料に目を通し始めると、段々顔をしかめていく。

「……つまり、珀鉛の中毒症状を治す解毒剤を作ってほしいというのだな?」

「そういう訳でここへ来たんですから」

「――わかった、最善を尽くすことを誓おう」

「ありがとうございます、Dr.ベガパンク」

 ベガパンクが快く承諾したことに、深々と頭を下げるテゾーロ。

 世界最大の頭脳の持ち主とされる彼の手であれば、珀鉛の毒を無力化・体外へ排出できる解毒剤を作れるだろう。資料には珀鉛の特徴や今まで出会った医師達の推測といった財団が必死に集めた情報を記してあるので、彼の頭脳であれば年内の解毒剤完成は十分可能であろう。

「一国の全国民の生命が懸かっています。何卒よろしくお願いいたします」

「ああ、私の科学力で一国を救えるのならば本望だ」

 テゾーロとベガパンクは、もう一度強く握手を交わしたのだった。



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第80話〝予防策〟

遅れてしまいました、やっと更新です。

11/12、サイの名前を修正しました。


 テキーラウルフ。

 雪が降り積もる中、橋の建設作業は進んでいる。その視察に訪れたサイは、作業員のもてなしを受けていた。

「寒いところで食べる温かいモノはいいですねェ」

 ウキウキとした様子でシチュー――ステラの作り置き――を頬張る。

 テゾーロからは視察に行けと言われたが、実際は有給休暇に近い状態だ。まァたまに作業の確認や用具の点検を行うよう指示されるが、今回はテゾーロ不在時の建設作業が順調かどうかを確認する程度なので、事実上の休業日だ。

 サイはテゾーロ財団とサイファーポールという二つの組織で兼務している。仕事としてはテゾーロ財団の方が多いが、やはりストレスは溜まるもの。テゾーロ財団ならばともかく、ブラック企業ならぬブラック政府の直属の組織で有給休暇を申請するのは簡単ではない。

 だからこそ、こうしてテゾーロ財団の仕事を理由に――政府を欺いて――ゆったりとした一時を味わう。何だかんだ言って社員を甘やかすテゾーロだからこそ、こういうことをやっていても咎められることは無いのだろう。

(橋の建設は順調ですね。そろそろ終わりも見える頃でしょうし、組織全体で息抜きができそうですね)

 すると――

 

 ドキュン!!

 

 サイはシチューが入った皿を置くと、「飛ぶ指銃(シガン)」を放った。

 〝武装色〟の覇気を纏った状態で炸裂したそれは、地面を小さく抉った。

「一体何の用ですか? ここはテゾーロ財団及び政府関係者以外は立ち入り禁止ですよ」

「……」

 警戒心を露にしながら問い詰めるサイ。

 ローブの男は誤魔化しきれないと悟ったのか、フードを外して素顔を見せた。その素顔は、左顔面を縦断する大きなダイヤの形の刺青を入れた気迫に満ちていた。

「……案ずるな、おれはお前と戦おうという意思は無い」

「――それはどうでしょうね。どこの馬の骨とも知れぬ輩でも、油断できないご時世ですから」

 サイはわかっていた。目の前の男が、只者ではないことを。

 そもそもテキーラウルフはこの〝東の海(イーストブルー )〟でもかなり北に位置し、事業が事業であるため政府の船の往来もある。それを掻い潜って関係者以外立ち入り禁止の建設現場へとやって来れたのだから、通常では考えられない事だ。敵意こそ示してはいないが、怪しさは最高潮である。

「……まァ、いいでしょう。私も戦う気はありませんしね、シチュー食いかけですし」

 両手を上げて溜め息を吐く。

 視察という名目のせっかくの有給休暇を邪魔されるのは心外のようだ。

「仕方ないですね、あなたの分のシチューも持ってきますか………名前は?」

「………おれはドラゴンだ」

 

 

           *

 

 

 寒空の下、シチューをドラゴンという男に奢りサイは二杯目を頬張る。

「目的は何ですか?」

「……この地は約700年前から橋を建設している。その労働者の多くは犯罪者や非加盟国の民衆で、過酷な環境下で苦しみながら生きてきた」

「……」

「だが、つい最近妙な噂を聞いた。ギルド・テゾーロという男が政府の命を受けて橋の建設を進めていると。おれはその男に興味を持った」

「成程、テゾーロさんに会いに来たっていう訳ですか……」

 ドラゴンが訪れた理由を察するサイ。

 この土地はある意味で曰くつきであり、世界政府に対し不信感や不満を抱く者からはかなり注目されているだろう。

(あれ? ってことは、テゾーロ財団が橋の建設に関わったのは……まさか反政府組織から目をそらすため?)

 ふと、テゾーロ財団が橋の建設に関わる前は不審な者達が度々目撃されていたことを思い出すサイ。テゾーロ財団が関わって以降は不思議なことに一度も不審者の報告は無かったが、その理由を運悪く理解してしまった。

 政府中枢は、テキーラウルフで目撃されていた不審者が反政府組織の人間であることを知っており、その者達がテキーラウルフの労働者を唆して反乱を起こさないようにテゾーロ財団を利用したのではないか。テゾーロは政府寄りでありながら民間団体であり、他者を理不尽に苦しめるようなマネは忌避している。政府中枢はそれに目を付けた可能性がある。

(「知らぬが仏」ってのはこういうことなんでしょうかね………)

 サイは思わず頭を抱えてしまう。

 やはり政府の薄汚い思惑が混じっていたようだ。

「……それで、あなたは何者ですか? 政府の人間でも民間人でもないでしょう?」

「なぜそう言える?」

「雰囲気でわかりますよ。これでもサイファーポールの人間です、相手は大体見ただけで察します」

「海賊だとは思わないのか?」

「海賊はこんな所に来ませんよ、ましてやここは〝東の海(イーストブルー )〟……その辺をプカプカ浮いてる海賊がわざわざ訪れねばならない訳があるとは思えない」

 サイの言葉に、ドラゴンは「そうか」と一言言ってシチューを平らげる。

 すると、今度はドラゴンがサイに話しかけた。

「お前の名は? さっき聞き忘れてな」

「……サイ。サイ・メッツァーノです。元々孤児だったゆえ本当の名がわからなかったので、サイと名乗ってました」

「サイファーポールのサイ、か?」

「ええ。メッツァーノの方は、今までの仕事の功績を認められて上司から報酬として与えられた名です」

「ギルド・テゾーロか?」

「いえ、サイファーポール(もうひとつ)の方です」

 ハハ、と陽気に笑うサイ。

 サイファーポールの人間とは思えぬ感情の豊かさに、ドラゴンは意外そうな顔をする。

「それで、そちらの仕事は?」

「………その前に、一つ問う」

「?」

「この世界の在り方をどう思う?」

 ドラゴンは、少しずつ話し始めた。

 庶民に対してあまりにも冷酷になれる世界貴族や出身国への失望。世界各国の理不尽極まりない格差社会。そこから導き出された、不要なものを淘汰する不条理な世界の恐ろしい未来。

 それらはサイですら把握できてない、非情すぎる現実だった。

「おれはそんな世界を変えるべく生きている」

「……この世界に戦争を仕掛けるつもりですか?」

「……」

 サイは鋭い眼差しでドラゴンを睨んだ。

「不条理な社会とその未来を正そうと革命家をやるのは結構ですが……掲げる目標の為に世界各地に戦争を起こし増長させるのならば、予防策としてここであなたを始末します」

 革命とは、社会観念(イデオロギー)の根本的な改革を行って政治権力や社会制度などの体制全てを変革させることだ。しかしその術は平和的な政権交代もあれば軍事的・暴力的な政権奪取もある。各国の体制の変化自体には世界政府の中枢はあまり口出しはしないが、クーデターのような暴力革命を見逃す程甘くない。

 たとえ非加盟国であったとしても、一国の崩壊を促した黒幕として世界政府から反政府組織の首領(ドン)として脅威と見なされるあろう。国を変えるために立ち上がることは結構だが、問題なのはその為の手段である。これが平和革命であればいいのだが、暴力革命として世界中に広まれば、各地でクーデターが発生して多くの血を流すだろう。

 それだけではない。血が流れることで、軍需産業が活発になる。それに目を付け巨利を得るために武器商人達がこぞって武器を横流しにし、クーデターをきっかけに金儲けの為にクーデターを内戦状態にさせ、それの長期化・規模の拡大を目論む。

 この流れが加盟国にまで影響を与えてしまった場合、世界政府はまともに機能しなくなり、革命家ですら望まないであろう「最悪の未来」が現実となるであろう。

「あなたはまだそこまで名は知られていないし、賞金も懸けられていない。それでも、世界の均衡と平穏を崩して破滅を目論むのなら、殉職上等であなたを消す。それが私の仕事だ」

 両腕に覇気を纏わせ、「飛ぶ指銃(シガン)」をいつでも放てるように構える。

 サイもまた、世界政府の英才教育を受けている。それはつまり、世界政府の為に死ねるように教育された人間だという意味でもある。目の前の男は素性も不明で能力も未知数だが、もしも世界の均衡と平穏を脅かす存在になるのであれば、命を捨ててでもここで倒さねばならない。それが、サイの正義であるからだ。

「……」

「……変わった男だな。サイファーポールにもお前のような男がいたとは驚いた」

「――世界政府の役人全員が汚職不正をしまくって私腹を肥やしてるゴミクズってわけじゃありませんからね」

「……」

 さりげなくとんでもない爆弾発言をしたサイに、ドラゴンは何とも言えない表情を浮かべる。

「あなたがこの世界で何を成し遂げようとするのか。どんな未来を真実として歴史に刻むのか。あなたが起こす革命の行く末、見届けさせてもらいますよ……我らテゾーロ財団が」

 期待を込めた言葉で、爽やかな笑みを浮かべるサイ。

「ああ、それと――」

「?」

「あなたとテゾーロさん、馬が合うかもしれませんよ?」

 

 

「ぶへっくしょん!! 誰だ、おれのこと言ったの……」

 同時刻、帰路の途中でテゾーロが寒くないのに謎のくしゃみをしたのは言うまでもない。



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第81話〝無難の反対〟

最近忙しくなってるので、少し更新は遅れるかもしれません。


「フゥ……これで少しは落ち着けるか」

 新世界から帰還したテゾーロは、仮設事務所内のソファーに座って深く息を吐く。

 ベガパンクが特効薬作成を了承した以上、あとは被害を最小限に止めるよう尽力すればいい。彼の頭脳をもってすれば、珀鉛の毒を中和できる薬を作ることも可能……テゾーロ財団のやらねばならない仕事は大分減り、ようやく一息つけるといったところだろう。

(海列車もテキーラウルフもうまく行ってるそうだし、そろそろグラン・テゾーロ計画を進めるか……)

 テゾーロ財団は今まで多くの事業を実施してきたが、ここらで大きな節目を迎えようとしている。

 珀鉛病の撲滅によるフレバンスの救済が終われば、この功績を政府中枢は高く評価し、兼ねてより要求していた土地の入手も実現するだろう。あの強欲でケチな政府中枢のことだ、テゾーロに与える土地は曰く付きの可能性もあるが、貰えるだけありがたいのでそこに関する文句は言わない。

「どうするかねェ……役職も体制も考えてねェし」

 一応は君主国であることは考えてるが、そこから先は何も考えていない。

 ようやく空いた時間で、いい加減進めるべきだろう。

「……一丁、頭使いますか!」

 両腕を伸ばし、グラン・テゾーロ計画の加筆修正を始める。

 まずテゾーロが手をつけたのは、役職であった。

(必要な役職は内政面・外交面・軍事面で分けるか)

 グラン・テゾーロ計画においては、原作通りの一大娯楽街(エンターテインメント・シティ)を造る予定でもある。しかし国家運営としての基盤も盤石なものである必要もある。

 内政面はグラン・テゾーロにおける財政・交通・法務などを司る。健全な財政の確保と適正かつ公平な課税の実現、交通網の整備、法律の制定と施行、社会保障政策など、国民の安全な生活と国内の秩序を維持するために「国の仕組み」を整える必要がある。

 外交面は世界政府や政府加盟国、場合によっては非加盟国との付き合いを積極的に行い、平和で安全な国際社会の維持に寄与しなければならない。内政のミスは後々チャラにできるが、外交のミスは一度やらかすと取り返しのつかない事態になりかねないので、細心の注意を払う必要がある。

 そして軍事面。国の平和と独立を守り安全を保つために自国の軍を配備・管理するのだが、これはこれで難しい。他国の軍隊よりも遥かに強力で質も悪い海賊団を相手にしなければならず、今のテゾーロ財団では渡り合うのは不可能ではないが困難だろう。カイドウやビッグ・マムのような強力どころか化け物レベルの海賊とも接触する事もあり得る話なので、これが最優先事項になるかもしれない。

(政治体制は君主制だろうが、他は少し趣向を凝らすか……)

 知恵を絞って国家運営の構想を立てるテゾーロ。

 その時――

「よう、理事長。何か考え事か?」

「……メロヌス」

 財団幹部の切れ者、メロヌスが声を掛けた。

 風呂にでも入って来たのか、上半身裸で濡れた髪の毛をタオルで拭いている。その肉体は鍛え上げられており、背中と右肩に大きな刀傷が生々しく刻まれている。

「まだ日は高いはずだが……」

「副理事長に銃の使い方をレクチャーしてた。大した人だよ、まだ教え始めて一週間弱なのにフリントロックの扱いを一通り覚えちまった」

「さすがステラ、抜かりなしだな」

「ジンはどうした?」

「海軍の猛者共ともう少し遊びたいってよ」

「あいつ、戦闘狂かよ」

 ステラの銃の訓練とジンの奔放さで盛り上がる二人。

「……で、あんたは何やってんだ」

「これから行う巨大事業だよ……せっかくだ、お前も参加しなよ」

 

 

           *

 

 

 服を着たメロヌスは、テゾーロからグラン・テゾーロ計画の全てを知った。

「国家樹立……それがテゾーロ財団の目標の一つ(・・・・・)だ」

「……まだ先の目標があるのか……!?」

「そう……その先にあるのが、おれにとっての最大の目標だ。――まァいい、今は仕組みを考えんとな。ちなみにおれの頭で描く国は、〝絶対聖域〟だ」

「〝絶対聖域〟?」

 テゾーロの理想である〝絶対聖域〟――それは、天上の権力も及ばぬ中立主義国家である。

 世界政府加盟国は、その多くが世界貴族〝天竜人〟から天上金という上納金を搾取され苦しんでいる。天上金を支払わなければ王により国民の命を奪われ、たとえ天上金を払ってもかなりの確率で国が滅びてしまうという、踏んだり蹴ったりにも程がある惨状だ。現に天上金が払えなくなったことで非加盟国となり、それゆえに無法地帯となったケースも数多く存在する。

 天上の権力も及ばない国にするには、巨大な財力を必要とする。幸いにもその財力は有しており、実現は十分可能だろう。

 ただ、問題なのは中立主義という点だ。中立主義は通常、特定の軍事同盟などに加盟せず他国間の国際紛争には中立を維持することを意味する。現実世界において、中立主義の目的は平和主義や国際主義の他、大国間のバランスにより自国の独立や地域主義を守るなど、時代や地域や立場によって様々だ。 この世界での中立国の概念・定義はと言うと、そもそもこの世界に中立国があるかどうかすらわからないのだが、恐らく「世界政府から課せられる加盟国への義務は任意」や「政府の命令に従うのは自由」といったところだろう。

 一方で中立国を掲げた以上、自国を護る際は他の国の力を借りないという大きなリスクを背負う。テゾーロ財団の現時点での戦力は一国の軍隊をも勝る程だが、新世界での国家樹立となれば大海賊達による海の覇権争いに巻き込まれる可能性が高まる。

「さすがに海賊に手ェ貸してもらうってのは嫌だよな」

「どの派閥にも属さず、有事の際はどの国にも加担しない……貿易って面では問題ねェが難しい立場だな」

「ああ、中立国は軍事的な問題ではどの勢力にも加担してはいけない。それだけじゃなく、自衛以外の武力行使は禁止され、軍事的脅威に遭えば自国の軍事力だけで解決しなきゃいけない」

「……そりゃあ大変だな。新世界の大海賊が喧嘩売って来たら大変な事になる」

 新世界の闇は深く、それは加盟国と非加盟国を問わず根強く巣食っている。

 立て続けに勃発する無法者同士のナワバリ・利権争いが常識となりつつある世界一の海で国を創ろうとするのだから、多くの困難が待ち構えていることだろう。

「なァメロヌス。無難の反対って何だと思う?」

「?」

 唐突な質問。

 いきなり投げ出された問いに、メロヌスは戸惑いつつも答える。

「……多難や至難、じゃないのか?」

「――ブッブー、正解は〝有り難い〟だよ」

 テゾーロの言葉に、メロヌスは目を見開いた。

「この事業が無事終わっても、また新たな困難に見舞われる……だがそれを乗り越えた先の光景は絶景だぜ」

「………絶望的な光景の方、じゃないよな?」

「うっ……それは時と場合によるな……。何はともあれメロヌス、今までの事業は我がテゾーロ財団の〝最大の目標〟を実現するための準備段階に過ぎない。これからが真の闘いだ」

「……おれ達のボスはあんただ理事長。あんたに付いて行くと腹ァ括っているから、安心しな」

「……出来の良い部下を持てて幸せだよ、おれァ」

 

 己が持ちうる力を全て使って戦い抜いた先にあるのは、安堵ではなく次なる戦場。

 次の戦場は、テゾーロ財団にどのような試練をもたらすのか……それは誰も知らない。




このペースだと、結構早くフレバンス編が終わるかも。


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第82話〝龍と侍〟

ワンピの最新話読んだんですけど……アレ、誰が勝てんの!?
アレと小競り合いして無傷だったシャンクスと赤髪海賊団、恐るべし……。

お酒は程々が一番ですね。


 新世界、ワノ国。

 ワノ国本土から離れた場所に位置する鬼ヶ島では、魔人のような風貌が特徴の和装の巨漢が胡坐(あぐら)を掻いて新聞を読んでいた。巨漢の正体は、百獣海賊団総督である大海賊〝百獣のカイドウ〟である。

「……ほゥ、こいつか……」

 世経を片手に酒を呷るカイドウは、物珍しい物でも見るかのような眼差しで新聞に載った写真を見ていた。

 新聞には、近頃慈善事業で活躍しているギルド・テゾーロが率いるテゾーロ財団の活躍を大々的に報じている。その活躍の一部始終を収めた写真に、カイドウの知り合いが写っていたのだ。

「――ウォロロロロ……! ジン、てめェの主はこの小僧か……!」

 カイドウの知り合いは、ジンだった。

 知り合いの元気そうな姿に何を思ったのかは知らないが、笑い上戸で酒を飲み干し別の瓢箪に手を伸ばす。

 カイドウは大の酒豪であると同時に、酒癖が物凄く悪い。何の前兆も無く泣き上戸や怒り上戸になり、シラフの性格はどうなのかはともかく気性が激しい。うっかり怒らせて海の彼方へ吹き飛んだ部下は数知れず、飲酒中のカイドウの機嫌を損ねないよう部下達は常に細心の注意を払っている。

 しかしいつもの酒乱ぶりはどこへやら、今日に限っては上機嫌をキープしている。部下達にとっては非常にありがたいが、同時にいつものカイドウではないことに不安も感じていた。

「カ、カイドウ様……何か嬉しいことでも?」

「ウォロロロロロロ……何でもねェよ! ――ヒック!」

 いつも通り酔ってるカイドウは否定的な発言をするも、口角は完全に上がっており誰がどう見ても嬉しそうだった。

 

 なぜジンとカイドウが知り合いであるのか。

 二人の関係の始まりは、今から2年程前に遡る。

 

 

           *

 

 

 ワノ国の将軍・黒炭オロチと手を組みワノ国をほぼ制圧状態にしたカイドウは、その日は自ら海へ出て趣味である「自殺」を終えて根城の(おに)()(しま)へ戻る最中だった。

 悪魔の実の能力で龍に変化し、とてつもなく巨大な体をうねらせて海を渡るカイドウはふと、海を漂う何かを見つけた。

(……侍のガキ?)

 カイドウが見つけたのは、大量の漂流物と刀傷が刻まれた無数の人間の死体、巨大な板の上で刀を手にしたまま気を失っている一人の傷だらけの若者だった。

 カイドウは体をくねらせて近づくと、若者は気配で気がついたのか、ゆっくりと目を開けて目を見開いた。

 そして彼は立ち上がり、血を流しながらも濃厚な殺気を放って睨んだ。

「龍……邪魔するなら、斬る……!!」

 満身創痍で震えながらも、カイドウに刀の切っ先を向ける若き侍。カイドウの実力を知ってるかどうかはともかく、ボロボロの体に鞭を打って目の前の巨龍(カイドウ)を倒そうという威勢がいいだけの青二才――この場に部下達が居れば、誰もが嘲笑うだろう。

 だがカイドウは彼を嘲笑うことも罵倒もせず、ただ黙って見続けた。彼の目つきは本気で戦うという意思を宿しており、目の前の強大かつ巨大な敵を倒す気であるという〝強さ〟が伝わったのだ。

 しかし所詮は満身創痍の肉体……若者はフラリと糸が切れた人形のように倒れた。

「……」

 カイドウは顔を若者に近づけた。

 彼はまた気を失っただけらしく、息はまだあるようだ。

「……面白(おもしれ)ェ小僧だ」

 カイドウは巨大な龍の手で鷲掴みにすると、そのまま持ち帰った。

 今まで出会って来た中でも、この若者は面白味を感じたのだ。国を守護する「明王」として畏敬の念を集める〝百獣のカイドウ〟に恐れず剣を向け、なおかつ満身創痍の体を引き摺ってでも倒そうとした無鉄砲な若造――そんな彼に興味を抱いたのだ。

「ウォロロロロ……ガキの割には中々やれるじゃねェか……!!」

 カイドウは若者を連れて上機嫌に鬼ヶ島へと戻っていった。

 

 

 カイドウが若者――ジンを連れてきてから、百獣海賊団は暫くの間賑やかとなった。

 一味の幹部格を担う大物と互角以上に渡り合う実力に加え、ワノ国ではすでに継承者は途絶えたのではと噂された阿修羅一刀流という豪剣を使えることを知り、実力主義者のカイドウはジンを部下にするべくしつこく勧誘した。

 その度にジンは勧誘を蹴り、鬼ヶ島中を逃げ回りワノ国本土にまで逃げ、1年にもわたる勧誘という恫喝を躱してきた。しかしまだ諦めぬカイドウをどうにかするべく、ジンは意を決して大幹部すらやったことの無い「一対一(サシ)の飲み会」に打って出た。

 

 

「カイドウさん、あんたには世話んなった。この恩はいつか必ず返す」

「……どうしてもおれの部下にはならねェのかァ?」

 豪快に酒を呷るカイドウに、ジンもまた盃の酒を飲み干す。

「プハァッ! 勧誘はありがたいさ……でも何度も言うけどおれじゃあ役不足だよ。人には必ず「一番力を発揮できる場所」がある。おれはそれが海賊じゃないだけさ」

「うるせェ、このおれが「てめェなら大物になれる」って言ってんだ……ヒック! ありがたく仲間になりやがれ!! ウィ~……」

 カイドウという海賊(おとこ)は、諦め悪くジンをまだ部下にしたがっていた。彼は正式に百獣海賊団に入れば大幹部として迎え、ある程度の望みは叶えるとまで打って出た。それ程ジンの実力を高く買っているというわけだ。

 しびれを切らしたわけではないが、平行線のままであるのはよくないと判断したジンは勝負に出た。

「この際言っちゃうけど……地位や権力なんかどうでもいいし、そもそもおれァあんたに従う気はこれっぽっちもない」

「――んん!?」

 カイドウがジンを睨んだ瞬間、空気が凍りついた。

 最強の生物の――カイドウの怒りが、ジンの一言で誘発したのだ。カイドウが一度怒り狂えば、どんな輩でも無事では済まない。

 部下達は一斉に逃げ始め、カイドウから離れようとする。

(よし、かかったな)

 一方のジンは、笑っていた。

 このタイミングを待ってましたと言わんばかりの満面の笑みで、ジンは畳み掛けた。

「カイドウさんよ……これはおれ自身が決めたことだ。腹ァ括ってこの一味から去って自分の生き場所探そうってんだ、あんたはそれに水を差すような野暮な大海賊(おとこ)じゃないでしょ?」

「……何が言いてェ?」

「てめェの覚悟をてめェでおじゃんにしちまったら、その時点で男を名乗れねェでしょう?」

 その言葉を聞いたカイドウは目を見張った。

 それがいい兆候だと判断したジンは、カイドウが食いつくようなネタで事を丸め込もうと動いた。

「それにこの世界にいる限り、また会うことができる。あんたと再会できた時は、上司と一緒にいい酒持ってくるから、楽しみにしててくれ」

 ニカッと笑うジン。

 カイドウは「いい酒」という単語に反応したのか、口角を上げて大いに笑った。

「ウォロロロロロ……!! そりゃあ楽しみだ……!!」

 

 こうしてどうにかカイドウに認められ、ジンは鬼ヶ島を出て出国を敢行した。

 

 

           *

 

 

 カイドウのあからさまな上機嫌ぶり。

 それを見た部下達は、その理由を察し始めた。

「カイドウ様が上機嫌なのは、あの人の話題じゃないのか……?」

「だったら納得いくな……」

「おれ達、ある意味であの人に頭が上がらない気が……」

「あの人以外いないんじゃないか? カイドウ様のご機嫌取りに完全に(・・・)成功したのは……」

 部下達は小声で話し合う。

 カイドウの酒癖の悪さは部下達にとっては命取りになるが、ジンと飲み交わしている時の彼は大抵が上機嫌だった。「最強の生物」と呼ばれる自らを全くと言っていい程恐れないジンがとても面白かったらしく、何かと一緒に飲むよう強制していた。

 そんな彼も、一度だけ本気でカイドウを怒らせて――咄嗟に覇気を纏った愛刀で衝撃を和らげたが――海まで吹っ飛ばされたのだが、その時は何と泳いで戻って来たのだ。未だ怒り上戸のカイドウに対し、ジンが言い放った一言はあまりにも斜め上の内容だった。

 

 ――酔いが醒めちゃったから飲み直しに戻っただけだ、何か問題でも?

 

 まさかの発言に意表を突かれたカイドウは一瞬で笑い上戸になり、本当に飲み直した挙句「お前は大した野郎だ」と益々ジンを気に入ってしまったのだ。このやり取りは百獣海賊団の間では伝説として語られており、一味ではジンだけがカイドウと別の意味で唯一互角に渡り合える強者として認識されている。

「……敵に回したくないな……」

「ああ……」

 酒浸りの総督をよそに、部下達はジンのことを思いだし顔を引きつらせた。




次回辺りからフレバンス編が終焉に向かうと思います。


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第83話〝鎮魂歌(レクイエム)

最新話立ち読みしました。
カイドウ、カッコよかったです。ルフィの攻撃を受け切った上での一撃必殺はシビれました。周囲が「人型に戻った」と言ってるので、彼もまたビッグ・マムタイプの〝規格外人間〟なんでしょうかね。


 フレバンス。

 静かに響く、若者の声。

 鬼のように厳しい教官がよく口ずさんでいた軍歌を、闘い続けて散った患者達に捧げる。彼の前にあるのは、テゾーロ財団が関わる前に建てられた慰霊碑だ。

「……ごめんなさい」

 嗚咽を上げず、ただ静かに涙を流すシード。

 腕っ節がいいために生き残り、自分以外の仲間が先に「青き、その先」へ旅立っていく。仲間と共に生きたいのに、先に仲間が海で命を散らす。故に、強さに悩みいつまでも生き残っていていいのかと自問自答していた時期があった。

 背中に世界の正義を背負った過去を思い出しつつ、己の為ではなく目の前で眠る人々の為に涙を流す。そんな彼の元へ、テゾーロが訪れる。

「……鎮魂歌(レクイエム)か?」

「テゾーロさん……」

 いつものスーツでなく、パーカーを着用した姿で現れた彼はシードの隣に腰を下ろす。

 するとテゾーロは指にはめていた黄金の指輪を一つ外し、慰霊碑の前に置いた。そして拳を強く握り締めると火花が散り、それが指輪に伝導して形が変わり黄金製の花束になった。

「……おれなりの献花だ」

「……」

「ベガパンクに資料を渡して、今は解毒剤を作ってもらっているところだ。血統因子見つけた程の頭脳ならうまく行くと思うが……完成するまでに一人でも多くの命を繋ぎとめなきゃならねェ」

「――僕達がもっと早く関わってたら、こうはならなかったのでしょうか……?」

「そういう優しいところがお前の長所だが……一々感受してたら身が持たねェぞ」

 涙声のシードに対し、淡々と言葉を並べるテゾーロ。

 テゾーロも人の子だ、救おうとした患者達が無念の内に亡くなったのは悲しい。財団の中でも一際優しく慈悲深いシードの心中も理解できる。

 だがその悲しみを押し殺し、最善を尽くさねばならない。非情になれという訳ではないが、仕事をする以上は私情に流されないようにしなければならないのだ。良かれと思ってしたことが裏目に出たりして財団の足を引っ張っては、シードの幹部としての面子も丸潰れであり財団の信用にも関わる。

「……わかってます、僕だって男ですから……!」

 涙を袖で拭い、踵を返すシード。

 テゾーロはその背中を黙って見届ける。

(お前が知るモノとは違った戦場……腕っ節は通じねェ。自分の手で救えない命が前にあるのは辛いだろうな……)

 

 

           *

 

 

 一方、聖地マリージョアでは五老星がベガパンクと電伝虫越しで会話していた。

「そうか、ではあとは量の確保なのだな?」

《ええ、テゾーロ氏の情報がとても役に立ちました……彼は大した男です、あなた方の無茶ぶりにうまく付き合えるのですから》

「嫌味か何かかね? ベガパンク君」

《……失言でしたね、すいません》

「まァ構わんさ、これで丸く収まるならそれでよし。では、失礼する……期待しているぞ」

 

 ガチャッ

 

「――聞いての通りだ、ベガパンク君は珀鉛の毒性を中和できる薬の開発に成功した」

『……』

 五老星の一人――長い白髪と長い白髭の老人――の声を聞き、残りの四人はどこか安堵に近い表情を浮かべた。

 これでフレバンスの鉱毒は一気に収束へと向かい、100年以上前の地質調査で珀鉛は人体に有毒であると知りながらこの事実を隠蔽したという真実が公にならず、珀鉛病を不治の伝染病だと思い込んだ周辺国の誤解も解けるだろう。それだけでなく、薬さえあれば珀鉛産業を停止させる必要も無くなり、混乱こそ生んだとはいえ結果的に莫大な富を失わずに済む。フレバンスでは多少犠牲を出したが、必要な犠牲だと政府は判断したとも言えよう。

「ここまで貢献できたのならば、奴の望みを叶えてこそ筋と言えよう」

「同感だ、今ここで奴を手放すわけにはいかん。これからも世界の為に動いてもらわねば」

 テゾーロはまだまだ使える。今まで政府が隠蔽してきたモノを彼に押し付け解決させれば、追及されることも公に晒されることも無い。

 五老星はそう考えながら、議論を続けるのだった。

 

 

           *

 

 

 そしてここは新世界。

 莫大な財を成すスタンダード家の当主・スライスは新たに開発を進めていた。先代の地図や経験を活かして新しく油田を見つけようとしているのだ。

 しかし―― 

「やっぱりダメだ、ここから先は一切掘れない」

「そうか……」

 地下闘技場の案件でスタンダード家の下で働くようになった「赤の兄弟」のリーダー・オルタの言葉に、頭を悩ませるスライス。実は開発を進める最中に、非常に硬い地層(・・・・・・・)に当たってその下の石油の採掘ができなくなったのだ。

 油田にある石油を地中から汲み出すには、油井という石油の井戸を通す必要がある。油田は地下にあるため常に地圧――重力などによって地層内に生じた応力――がかかっているので、そこにパイプを通すことで地圧に押されて石油が激しい勢いで噴き出してくるという仕組みだ。しかし現状は肝心の油井が通せないのだ。

 この原因について、真っ先に考えられることは――

「この辺りに鉱床なんてあったか……?」

 油田の上に偶然鉱床があった場合は、鉱床を貫く必要がある。

 しかし化石燃料に関する産業に携わってるとはいえ、ここ一帯にそんなにも固い鉱床があるなど聞いたことが無い。余程固い、それも金やダイヤモンドを上回る硬度の鉱物が眠っている可能性もあるのだ。

「おっかしいなァ……そんなにガッチガチの地層、ここらにあったか? 一回ウチの古い資料読み漁った方がいいか……?」

 考えれば考える程に謎が深まる。

 スライスは段々考えるのが面倒になるので思考停止しようと思った、その時だった。

「――待てよ? 金やダイヤモンドを上回る硬度の鉱物ってことは、そんな代物はこの世じゃ〝海楼石〟ぐらいだぞ……」

 海楼石は、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の一部で産出される特殊な鉱物だ。

 悪魔の実の能力の弱点である海と同じエネルギーを発するだけでなく、加工も破壊も難しいこと極まりない程の硬度と優れた耐火性を有し、主に海軍が対能力者の海賊用の武装や監獄として使用している。

 当然、鉱物である以上は鉱床から採れる代物。それが偶然、油田の真上にあったとしたら?

「……あり得る話だ」

 思えば、ここ一帯は先代の当主達も調査こそしたが直接開発をしていない数少ないエリアだ。ましてやここは新世界……十分に考えられる。

「……別角度から調べてみるか。新たなシノギの匂いもする」

 ニィッと口角を上げ、不敵に笑うスライスだった。




冒頭の部分を変えました。
小説版はOKのようでしたが、さすがにこちらではマズイという指摘があったので……。


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第84話〝白い町の国葬(フレバンス・フィネラル)

ついに……ついに終わったでやんす……!
長かった……!


 拝啓 カイドウの旦那

 

 お元気ですか? 相変わらず酒に酔ってるんでしょうね、はい。

 差し入れ代わりに、こちらの近況をお伝えします。

 

 おれはテゾーロ財団という世界政府とズブズブの民間団体で幹部やってます。ウチの職場の幹部は副理事長以外がヤバイです。

 情報屋を副業とする〝剣星〟アオハル、元海軍本部准将のシード、サイファーポールの諜報員であるサイ・メッツァーノといったドがつく程の強者・曲者揃いであり、あの〝海の掃除屋〟ハヤトまでいます。

 理事長のテゾーロは叩き上げのとんでもない猛者で、カイドウの旦那もきっと気に入る男です。黄金を生み出して操り、〝覇王色〟の使い手で、覇気の熟練もはっきり言って自分以上です。少し前に誰に覇気を習ったのか問い質したところ、「元大海賊、しかも二人」という返答でした。まさか元ロジャー海賊団かと食い下がったら、なぜかニヤニヤ笑ってたので滝汗です。

 

 さて、ウチは今色んな事業、というより世界政府がやらかしてきた数々の不祥事の尻拭いをしていますが、ここ最近は〝北の海(ノースブルー)〟で活動しています。北は闇が深いと悪い意味で評判なので緊張しましたが、どっかの酒浸りの酔っ払いオヤジに比べれば屁でも無いです。

 そういえば、ウチはこの事業が終われば〝偉大なる航路(グランドライン)〟に戻る予定だそうです。もしかしたら新世界に進出してご挨拶に行けると思います。その時は約束通りお酒を用意しますのでお待ち下さい。

 

 最強の生物のスカウトを蹴ったジン

 

 追伸

 おれはその場にいませんでしたが、少し前にフラミンゴにちょっかいされました。闇取引が得意なのでハメてくるかもしれません。騙されないようにしてください。

 

 

「うし、あとはこれで――」

「待たんかい!」

 

 ドゴッ!

 

「いでっ!!」

 ジンの頭に覇気を纏った拳骨を見舞うテゾーロ。

 彼の頭には大きなたんこぶが出来上がり、あまりの痛さに悶絶している。

「お前、百獣海賊団と繋がってたのかよ……」

「人聞きの悪いことを……一年だけ世話になっただけだぜ」

「まァ財団に支障を来さない範囲での付き合いなら海賊相手でも多少大目に見るが………っつーかアレ、話し合い通じねェだろ」

「い、いや……通じるよ。居酒屋の酔っ払いの常連と思えば」

「あんな姿の常連が来たら店主涙目だぞ」

 素っ気無い会話を繰り広げるテゾーロとジン。

 自分の部下が海賊界でも断トツの危険度を誇る百獣海賊団と関係を持っていた……その事実を知れば、テゾーロどころか誰だって驚くに決まっている。

「ハァ……別に誰と昔付き合ってようが勝手だが、うかうかしないでくれよ」

 テゾーロが頭を抱えながらイスに腰掛けた、その時。

 メロヌスが扉を慌てて開けて入り、衝撃の報せを伝えた。

「理事長!! ベガパンクが解毒剤の開発に完全に(・・・)成功したらしいぞ!!」

「何っ!?」

 イスに腰掛けていたテゾーロが声を上げて立ち上がり、顔色を変える。

 ついに、珀鉛病の中毒を中和できる特効薬が完成した。世界一の科学者であることは知っていたとはいえ、資料を渡してから二週間も経っていない。こうも早く完成したのはテゾーロ自身も想定外であったので、驚きを隠せないでいる。

「さすがはベガパンクと言うべきか、もっと早く彼に頼るべきだったかと思うべきか……」

「いやァ、どの道珀鉛病の特徴を把握しなきゃできなかったと思うぜ」

 テゾーロがもっと早くベガパンクに頼っていれば、もっと犠牲者は減らせただろうか。

 しかしジンの指摘の通り、珀鉛の中毒症状は通常の鉛中毒とは違うので、毒を体外に排出すればいいという理屈こそわかっていても治療方法が異なり複雑である可能性がある。その上ベガパンク自身は医者ではないため、医学は得意分野ではない可能性が高い。

 そう考えると、テゾーロがフレバンスの医者と共に珀鉛の特徴・性質を調べ尽くした上でベガパンクに頼んだのは正しかっただろう。

「理事長、ついに……」

「ああ……フレバンス中にこのことを伝えろ! 「光明は見えた」とな」

 

 

           *

 

 

 そこからは怒涛の勢いだった。

 不治の病であった珀鉛病の特効薬の開発にベガパンクが成功したことで患者達は歓喜し、財団の者達も涙ながらに喜んだ。

 そのことを世界経済新聞社がどこかの情報筋によって知ったのか、翌日には珀鉛病に関するテゾーロ財団の尽力とベガパンクの功績を号外で報じた。どの世界でもメディアは恐ろしいモノである。

 量産された薬は全てフレバンスに流れ、人々の手に渡り無償で注射された。副作用で頭痛が伴ったが、患者達は珀鉛病の症状でもっと痛みに苦しんだため何とも思わなかったらしい。ちなみにテゾーロ財団も念の為に注射を受けている。

 

 そしてベガパンクが薬を開発して三週間、テゾーロ財団がフレバンスで一大事業〝フレバンス支援事業〟をはじめてからちょうど一年。ついに目的を果たして事業は終結した。

 

 

           *

 

 

 さらに一週間後。

 テゾーロはいつものピンクのダブルスーツではなく、黒いダブルスーツで黄金の装飾――薬指の指輪以外――を全て外した状態で慰霊碑のある広場にいた。テゾーロだけでなく、財団の者や医者達、フレバンスの王侯貴族、更には珀鉛病が完治した元患者達が集まっている。

 この日は、テゾーロがフレバンスの王侯貴族達と共に計画した国葬の日である。

 通常国葬は、国家に功労のあった人の死去に際し、国家の儀式として国費をもって行われる葬儀だ。しかしテゾーロは「珀鉛病との闘病で死んだ患者達は、我々財団よりも苦しい闘いをしていた」と王侯貴族を説得し、その闘病生活に敬意を称する意味合いも含めて行われることになった。

「……スーツは慣れないのですが……」

「おれだって我慢してんだから、耐えろ……」

 洋服に慣れていないタタラの呟きに、ジンが囁く。

 一方のテゾーロは、この国葬のニュースを知って急遽駆けつけたモルガンズと話していた。

「モルガンズ……」

「ご苦労だったと言うべきか、お悔やみ申し上げると言うべきか……」

 モルガンズは険しい表情で口を開く。

 裏社会でも大物として名を轟かせる三度の飯よりスクープな彼とはいえ、さすがに今回の件に関してはハイにはなれないようだ。

「アレを見ろテゾーロ……政府関係者の中でも中枢に近い連中が集まっている。護衛もサイファーポールだ」

「どうせパフォーマンスだろうよ……自分達が切り捨てといて、美味しい所はちゃっかり持っていく」

「救いの手を差し伸べられても、多くの者はその手の真の持ち主(・・・・・)が誰かを忘れる……いつの時代もそうだろうな」

 互いに世界政府への皮肉を言う。

 自らの損得で動く連中であるのは承知しているが、こうもあからさまだと呆れるを通り越して感心してしまう。さすが世界政府としか言いようが無いだろう。

「じゃあ、おれはこれから挨拶あるから」

「ああ、いい具合の記事を書くよ」

 

 

 国葬は黙々と進んでいき、最後にテゾーロが書状を読み上げる。

「あなた方は誰よりも苦しみながら、命が尽きるまで闘い抜いた。その勇姿は世界の正義を背負って百万の海賊を薙ぎ倒す海軍の英雄達に並ぶ」

 この日の為に直筆の書状を静かに読み上げるテゾーロ。

 慰霊碑の方に向いているため彼の表情は一切わからない。

「私は……我々は、この国で起こった出来事を決して忘れない。必ずや未来へ、次代を担う全ての者達に語り継ぐことを誓う――命の灯が消えるまで闘い続けた〝英霊達〟に、黙祷」

 覇気のこもったテゾーロの言葉が木霊すると、一同は黙祷を捧げた。

 ステラも、幹部達も、フレバンスの医師達も、珀鉛病の件に関わった全ての人間が感謝と敬意、そして哀悼の意を示した。中には涙を堪える者や号泣しながらも歯を食いしばる者もいる。

 珀鉛病患者は、治療法を確立すべく奔走したテゾーロ財団や医師達よりも苦しい思いをしながら闘い続けたのだ。命尽きるまで闘い続けた彼らがいたからこそ、今日がある。それがテゾーロ達の想いだった。

 

 

 この光景は世界経済新聞が大々的に報道し、後にフレバンスの国儀「白い町の国葬(フレバンス・フィネラル)」として毎年催され、この世界の歴史に深く刻まれることになる。



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大海賊時代Part3
第85話〝まるで嫌がらせ〟


とりあえずフレバンスは終わったので、いつも通りに行こうと思います。


 フレバンスの事業を終えたテゾーロ財団。

 その功績から理事長のテゾーロはフレバンスの民に救国の恩人として「永久名誉国民」の称号を与えられ、彼は財団を率いて〝北の海(ノースブルー)〟から撤退した。

 その後フレバンスは経済的事情によって珀鉛産業を再開するが、同時に珀鉛中毒を中和する特効薬の投与無償化や掘削における助剤入りガスマスクの配備、医療器具の輸入などで医療大国としての道も歩むようになるのだが、テゾーロはまだ知る由も無い。

 

 

 さて、テゾーロはフレバンスの件が終わったことを知った五老星からの命を受け、聖地マリージョアを訪れていた。

「テゾーロ……此度の事業、ご苦労であった」

「勿体無いお言葉……」

 「権力の間」にて、テゾーロに労いの言葉を投げ掛ける五老星。

 相変わらずの仏頂面ではあるが、その声色には安堵の感情がこもっているようでもあった。

「お前とその部下達がたてた数々の功績を評価し、国家樹立を改めて認めよう」

「土地は新世界に今は使われていない海軍基地を譲ろう。そこは我々が所有する島の中でも広く大きい場所で、今は誰も使っておらん」

「自由に使うがいい……だが忘れるな。お前達は我々と共に〝世界の為〟に在るということを」

「委細承知。このテゾーロ、世界の為に全力を尽くします」

「うむ。大儀であったな、下がってよい」

「では……」

 五老星に一礼し、彼らのいる「権力の間」を去るテゾーロ。

 だが、ここでテゾーロはふと思い出した。

(――アレ? 何気におれ、ローの運命変えてね?)

 そう……この男、今更ながら重大なことに気づいた。

 後に原作の主人公(ルフィ)と手を組む海賊トラファルガー・ローは、幼少期に珀鉛病を患ったがゆえに天涯孤独の身で世界の破壊を望む程に自暴自棄になった時期がある。

 今回のテゾーロの活躍により、その運命を回避して自由に生きることができるようにはなったが、同時にとんでもないフラグが立ってしまった。

(ってことは……ちょっと待て、それって〝オペオペの実〟がドフラミンゴの手に渡る確率が上がるってことじゃ………)

 オペオペの実の特性を思いだし、背筋が凍るテゾーロ。

 〝究極の悪魔の実〟と呼ばれるオペオペの実は、「不老手術」という自身の命と引き換えに他者に永遠の命を与える手術を施すことができる。ドフラミンゴは不老手術で永遠の命を得て、マリージョア内部に存在する「国宝」を利用して世界の実権を握ろうと画策していた。しかも彼はオペオペの実の在りかと取引に関する情報の入手に成功している。

 野放しにすれば、本当にヤバイ事になるではないか。

(ヤッベェ、フレバンス救えたわーいって浮かれてる場合じゃねェ!! 落ち着け、おれ……とりあえず先のビジョンを予想するんだ!!)

 テゾーロは今後の展開を予想する。

 この流れだと、恐らくローは医療の道を向かうことになるだろう。原作では命令されることを極度に嫌うが、意外と良心的な一面を見せていた。前者の方は素である可能性が高いためどうしようもないが、後者の方は今後多く見せるかもしれない。

 また、センゴクの部下であるロシナンテがドフラミンゴの下でスパイ活動をする際にも有利だ。原作においては、ローの珀鉛病を治しに行くと別行動した際に海軍がその間一度も現れなかったことで不信感を抱かれたが、これでローが彼らと関わりにくくなったことで、未来が変わっただろう。

(――いや待てよ、海軍にはヴェルゴが潜入してたな……ってことは、ヴェルゴをどうにかしないとコラソンはまだ安全じゃねェってことだよな?)

 ロシナンテが殺される一番の原因は、ヴェルゴの存在だろう。

 〝オペオペの実〟の取引はセンゴク自身がトップシークレットと言っているが、その情報がドフラミンゴのところに流れているのに、センゴクもロシナンテも軍の中に情報を漏らしている輩がいないかを探っている様子は無かったはずだ。

 つまりヴェルゴが海軍に潜入した現役の海賊であることを証明して裁けば、ロシナンテどころか海軍や世界の未来を変えることもできる。事実、ドフラミンゴにとって最も重要な部下である彼はドレスローザの国盗り事件の際もその地位を使って情報操作を行ったらしく、行方不明の子供達の安否を「海難事故による事故死」として隠蔽していたのだから。

(でもあいつ(つえ)ェだけじゃなく、海軍側からも信頼されてたしな……すぐに潰せる程甘くねェよな……)

 テゾーロの前世の記憶が正しければ、ヴェルゴは大佐の階級の時点で〝武装色〟を硬化できる程の使い手であり、六式をも使いこなせていたはず。それ程の戦力を「海賊のスパイではないか」という疑惑程度で海軍が手放すとは思えない。

 それこそ、五老星のような海軍に直接モノを言える権力者でないと対応してくれないかもしれない。それもそれなりの根拠と証拠が無ければ。

(まァ、今は時期(・・)じゃない。気を配って情報収集しながら様子見ってトコか……)

 用心深いヴェルゴが気を抜くのは、ある程度の地位を確立させ疑り深い人間からも信用されるようになってからだろう。その隙を突いて告発し、裏のルートで証拠を集めて排除すれば、頭の切れるドフラミンゴも迂闊に動けないだろう。

(ドフラミンゴ……てめェの思い通りになると思うなよ?)

 

 

           *

 

 

 一週間後。

 テゾーロ達は政府からの使いと共に、五老星が指定した新世界の海軍基地へ向かったのだが……。

「……何これ? 国際レベルのいじめ?」

 広大な土地であるのは事実だが、海軍基地は廃墟と化しており島も荒れ果てていた。

 元々軍事施設であった分、港や堤防は頑丈に造られているがそれ以外はかなりひどい状態だ。道理で世界政府が容易く手放すわけである。

(おれは家康か何かか?)

 かの徳川家康は、小田原平定後に豊臣秀吉から江戸に赴任するよう命ぜられた。しかし当時の江戸は低湿地が広がる利用価値の無いさびれ切った過疎地であり、実質左遷のようなものだった。これは「家康を信頼して関東地方の統治を任せた」という説もあるのだが、秀吉が家康に謀反を起こされるのを恐れていたとされているのが通説だ。

 今のテゾーロは、その家康公と似たり寄ったりの状況だ。まるで世界政府からの嫌がらせであるかのようだ。

「他に土地無かったのかよ……」

「こんな島で……」

(きたね)ェ連中だな、世界政府……」

 世界政府への不満を次々に漏らす幹部達。

 あのような過酷な事業の報酬がこれでは、負の感情しか湧かなくなるだろう。しかしテゾーロはポジティブに捉えていた。

「一から創るんだ、やりがいがあるじゃねェか」

「世界政府の腐敗ぶりは今に始まったことじゃないものね♪」

「副理事長!? あんたいつの間に黒くなっちまったんだ!?」

 どさくさ紛れに言ったステラの発言に、メロヌスは顔を引きつらせてツッコむ。

 しかし、言い合っていても何も始まらないのでテゾーロは動いた。

「今日は何にも考えてねェから、まず仮設事務所を建てよう。話はそっからだ」

「でも、一刻も早く土台だけはどうにかしないといけませんよ!」

「開発するからな……とりあえず大工は来てほしいわな。それ以外ならコネで呼べそうだが」

「大工なら、おれいいトコ知ってるぜ」

「本当か?」

「……じゃあおれも掛け合ってみるよ、一件だけ心当たりがある。うまく行ったら全面的に協力してくれるはず」

 ジンとアオハルの言葉に、目を見開くテゾーロ。

 ジンは世界を放浪してきたのだから、その道中に大工と会ったとしてもおかしくはないだろう。出身がワノ国であるため、祖国の大工と交渉が成立すれば心強い。また、アオハルは情報屋でもあるため様々なルートで手に入れた情報をもとに業者を呼んでくれるかもしれない。

 改めていい部下を持ったと、テゾーロは実感する。

 そしてテゾーロは拍手をしながら口を開いた。

「諸君! フレバンスの件はご苦労だった。しかしまた新たな事業が始まった、今度は国家樹立だ! すでに五老星の許可は下りている……我々が〝理想国家〟を創り、新しい時代の扉を開こうじゃないか!!」

 テゾーロが強く声を上げると、部下達が彼の言葉に拍手喝采する。

 これもテゾーロの為人が成せる業と言えよう。

「さァ、新たなエンターテインメントの時間だ」

 

 

 テゾーロ財団は、ついに国家運営に着手する。

 名は、当然「グラン・テゾーロ」……テゾーロが王となる国が世界にどのような影響を与えるようになるのかは、少し先の話。




最近のワンピースをちょっと調べたら、黒ひげ海賊団のネタに驚きましたね。
「デボン、あんた36歳なの!? スモやんと同い年やん!!」とか、「バスコ・ショット、お前38歳なの!?」とか、「ピサロ、お前ワポルと似たような運命じゃない?」とか。

キッドの覇王色もびっくりです。覇王色が海軍にいないのは残念ですけど。


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第86話〝お前、狙われるぞ〟

12月最初の投稿です。
今年もあと一ヶ月だ……。


 さて、新たに国家樹立の為に動き出したテゾーロ。

 島そのものを開発して自分の理想となる国造りに着手し、現在は島の調査中であるが、そんな中で彼はコネを利用して呼んだスライスと仮設事務所内で話し合っていた。

「しっかし、こんな島をよく開発しようとしたな。これ嫌がらせだぜ?」

「政府の意向はよく理解できないが、ガチで嫌がらせする気なら白ひげやビッグ・マムのナワバリ付近の島にでもするだろうさ。島自体はともかく、周辺のことを考えるとこちらとしてもメリットがあるようにも見える」 

 世界政府がテゾーロに与えた島は荒れているので、島自体はヒドイ有様だが周辺に目を向けるとそうでもない。元軍事施設ゆえに港や堤防は頑丈に造られているので敵船への備えには十分であり、護岸工事もしっかりしてるため高波などの被害は最小限に防げている。防衛という観点では申し分は無いのだ。護岸工事は莫大な費用が掛かるため、その辺りのコスト削減は財団にとっては有り難いことだった。

「あ~……成程、そういうことか」

「?」

「世界政府の連中はお前が怖いんだよ。一端の賞金稼ぎがドがつく曲者集めて国家樹立の前段階にまで成長したんだぜ? 一般市民から見れば英雄や天才の領域だが、天竜人や政府中枢の連中からだと脅威に感じるのさ……考えてみろ。覇気を全部使える上に能力者である民間団体の理事長って、海賊であってもなくても何か異質だろ」

「ああ、その辺はおれも……何とも……」

 スライスの指摘に、テゾーロは顔を引きつらせて視線を逸らす。

 彼自身は何とも思ってないが、覇気を三つ全部扱う能力者など普通に考えれば恐ろしい存在だ。海軍に入れば海賊にとって恐怖の対象となり、海賊になれば海軍の脅威となる。だがどちらにも属さない――厳密には海軍・政府寄りだが――民間団体という立ち位置が、別の意味で恐怖を煽るのだ。

「そういうつもりはねェんだがなァ……」

「そう言う野郎に限って「腹に一物あるんじゃねェのか」って思われんだよ」

 遠い目をしているテゾーロに、呆れた笑みを浮かべるスライス。

 するとスライスは、今度は世経をテゾーロに見せた。

「今日の新聞読んだか?」

「いや、全然。何か面白い記事載ってんの?」

「お前のネタだよ」

 新聞には、テゾーロの功績に関する内容が記載されていた。

 賞金稼ぎとしての活動から始まり、海軍もお手上げだった無法地帯・ジャヤの治安改善、船大工トムと共に海列車の建造の開始、700年前から始まったのに進行状態が微々たるものだったテキーラウルフの建設事業の飛躍的促進、そしてフレバンスの救済事業――数々の慈善事業を行って世界に貢献してきた彼の功績を称えるかのような内容であった。

 そしてその記事の見出しには、「〝出世の神様〟テゾーロ」と記されているではないか。

「賞金稼ぎから政府公認の一大財閥へと成り上がった〝出世の神様〟……大層な二つ名じゃねェの」

「そんな大層な異名持つ程の男になった覚えはねェんだがな……っつーかいつの間にテゾーロ財団が財閥になったんだよ」

「二つ名なんてのは他人から畏敬され、自然とそう呼ばれるようになるんだよ。お前の異色すぎる経歴を見りゃあ尚更だ、一般人というよりも逸般人だろうよ」

「何を上手いこと言うんだか」

 こめかみをひくつかせ、テゾーロはスライスを睨む。

 対するスライスはどこ吹く風だ。

「そんで、あんたは何でアタッシュケースを持っているんだ?」

「商談だ……実は油田開発の最中に面白いモンを手に入れてな」

「商談?」

 スライスは持ってきたアタッシュケースを開け、石のキューブを取り出した。

「触ってみな」

 スライスに勧められ、テゾーロは石のキューブに触れると、ふいに立ちくらみを起こした。

 今まで経験したことの無い初めての感覚だが、彼は確信した。この石の正体を。

「〝海楼石〟か……!」

「そう……おれがこれから行うビッグビジネスの中核を担う石ころ(ダイヤモンド)だ」

 スライスが持ってきたのは、能力者の弱点であるジョーカーアイテム・海楼石だった。彼曰く、油田開発中に偶然鉱床を掘り当てて採掘したらしい。

「よくこんなにも加工できたな……加工も破壊も困難のはずだろ?」

「とっくに死んだ初代当主(おれのじいさん)ある人物(・・・・)を頼ってワノ国へ留学し、その知識と加工技術を子孫に伝えたんだ。ある程度の加工はおれもできる……これ以上小さくはできないけどな」

 実を言うと、世界に拡がる海楼石はワノ国で生まれた代物であり、高度な加工が出来る者も鎖国国家であるはずのワノ国にしかいないとされている。産出国が鎖国国家でありながら、なぜ世界的に流出されたのかは不明だが、ワノ国を本拠にしている百獣海賊団が闇取引の為に利用したとか、密入国した者や国外に出た者が海楼石を国外に持ち出したとかなど囁かれているが原因は未だに不明だ。

 とはいえ、能力者の弱点であるのは事実なので商売の仕方によっては化石燃料の取り扱い以上に莫大な利益を得ることもできるだろう。

「実はその鉱床、ウチに所有権があるんだ。広さはどこまでかは知らねェが、かなり巨大な鉱床だ」

「……何が言いたいんだ」

「買えよ、テゾーロ。お前が創る理想国家の軍事的観点では必要になる代物だぜ」

 その言葉に、テゾーロは目を細める。

 確かに海楼石は使い方によっては様々な場面で活躍する。牢屋の格子をはじめ、手錠や網、果ては建築材など、所有しておくと武装だけでなく道具や施設の設備としても利用することができる。ちょうどベガパンクと知り合ったばかりなので、彼と交渉して製作してもらうのもいいだろう。

「……まァ確かに手に入れた方が得はありそうだな。だが限られた資源だろう? いいのか?」

「おれ達スタンダード家は、元々石油で成り上がった一族……新世界には未開の領域も多くある。ましてや海底なんざ未開そのものだ、心配無用さ」

 その言葉に、テゾーロは呆れた笑みを浮かべる。

 あの荒れ狂う新世界の海の底から石油を掘る連中など、世界中どこを探しても目の前の盟友(スライス)以外いないだろう。

「ああ、それと……」

「?」

「この海について少し話しておく」

 スライスは先程とは打って変わって真剣な眼差しになる。

 その意を察したテゾーロもまた、目を細めた。

「この新世界の海は常に覇権争いが絶えない。かつてはロジャーや白ひげ、金獅子、錐のチンジャオ、バーンディ・ワールドといった神話や伝説の怪物みたいな大海賊達がしのぎを削っていた。ロジャーは海を制した後ローグタウンで処刑、ワールドとチンジャオは脱落、金獅子は脱獄後は行方知らず。今は「〝白ひげ〟の時代」……海賊王になる気は無さそうだが、暫くは白ひげが海の王者として君臨するだろう」

「……」

「最近は〝赤髪のシャンクス〟っつーロジャーの系譜を継ぐ海賊が台頭し、カイドウとリンリンが勢力を拡大しつつある。そう考えると、新世界のパワーバランスは武闘派のカイドウとビジネス寄りのリンリン、王道の白ひげと赤髪ってトコだな」

「……何が言いたい?」

「――お前、狙われるぞ」

 珍しくドスの利いた声で告げるスライスに、テゾーロは一瞬気圧された。

 無意識かどうかは知らないが、〝覇王色〟の覇気も放っており、事は重大であると気づかせるには十分過ぎた。

「黄金を生み出せるなんざ、悪魔の実の能力であるとはいえ経済的な面では良くも悪くも強烈な影響を与える。リンリンは必ず損得を考えるから余程機嫌を損ねない限り手は出さないが、カイドウはわからねェ。いくらお前でもあの化け物には勝てねェからな」

「……それはご忠告どうも。だが自分の運命は自分で決めるモンでしょ、おれァおれのやり方でこの海を生きるぜ」

 スライスの忠告を意にも介さない返事をするテゾーロ。

「……忠告はした。死ぬなよ」

「んな夢半ばで死ぬような(タマ)じゃねェから気にすんな」

 

 

 一方、〝北の海(ノースブルー)〟のある島では――

《何、ドフラミンゴが?》

「ええ、どうやらテゾーロ財団との再接触を図ろうとしているようです」

 電伝虫を使う、全身にハートをあしらった服を着用して黒い羽毛のコートを羽織っている道化師のようなメイクの男。彼はドンキホーテ海賊団の最高幹部として潜入調査中のコラソン――ドンキホーテ・ロシナンテである。

 彼は今、上司である海軍本部大将のセンゴクと通話している。

「彼は今、大きくなっている。新世界の海に国家を樹立させる話があったでしょう? ドフラミンゴも、将来的には新世界へ向かう腹積もり……今は力を蓄えてる時期ですが……」

《早々に動いておく必要もあるという訳か……》

 ドフラミンゴは世界の破滅をただ望む、「破戒の申し子」のような男。その上生まれながらに怯むこと知らずな性分で、さらに実兄ときた。目の前で実の父を銃殺したドフラミンゴに、ロシナンテは彼の凶暴性に恐怖すら感じている。

 そんな男が暴走を起こしたら、世界がどうなるか誰も予想できない。

「テゾーロだけでなく、彼の部下も曲者揃いとはいえ有能で信頼の置ける連中であるはずです。シード君もいますし、彼らとも手を組んでドフィの暴走を止めるのが最善かと……」

《お前もそう思うか………》

 センゴクはロシナンテと同じ考えのようだ。

 軍を辞めたシードだけでなく、テゾーロの部下には歴戦の強者が揃っている。テゾーロ本人もそうだが、彼らにも協力を促す必要もあるだろう。もっとも、すでにテゾーロが話を伝えているのかもしれないが。

《……わかった。ご苦労だったな、この件はお前に任せてあるから好きに動け。だが気を抜くな、ボロが出るぞ》

「ええ、わかってます。では……」

 ロシナンテは電伝虫の受話器を下ろすと、懐から煙草を取り出し咥えた。

(ドフィ……おれは必ずお前を止める!! それが弟としての筋だ……)

 ライターの火がコートに燃え移りながらも、ロシナンテは()(えん)(くゆ)らせるのだった。



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第87話〝ロッジア・イル・モストロ〟

フレバンス終わったし、いい加減テキーラウルフや海列車に触れようかな……。


 テゾーロが島の開発を始めて、一ヶ月が経過した。

 アオハルやジンの尽力により、造船会社「シマナミカンパニー」事務所の船大工・モブストンやワノ国で有名な大工のみなともさんなど、多くの大工・船大工が集まっていた。船大工まで「家を建てる大工」として集めた理由は、船大工の技術で建てられた家が存在することをテゾーロ財団は情報として入手していたからである。

 現在グラン・テゾーロ計画は、「FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」でも登場した七ツ星カジノホテルがある黄金の塔「THE() REORO(レオーロ)」の建設から始めている。「FILM(フィルム) GOLD(ゴールド)」ではカジノとホテルがあるが、それに加えてテゾーロは国家運営の為に行政機関を設けたり今までスルーしていた財団の本部を置く予定だ。

 さて、そんな気宇壮大な計画が推し進められる中、テゾーロは幹部達を集めて集会を開いていた。

「――ぼちぼち頃合い……国の制度の策定も進めるとしようか」

『!』

 テゾーロの一言に、幹部達は瞠目する。

「今日はおれがちょっとした用事があるから、要職をどうするかだけ話し合おう……」

 世界政府に加盟している国は、基本的には君主制である。

 無論テゾーロも国王としてグラン・テゾーロを運営するので、君主制という点は何ら変わりはないが、革命をもたらすという野望を持つ彼の政体は、ただの君主制とは一味違って民主主義の制度を取り入れるものだ。しかし今回はそれを話し合う時間は無いので要職をどうするか決める。

「要職となると、分野ごとに分かれますね。特に国防と外交は内政と違ってミスを取り消すことは困難……中々難しいですよ」

 サイはテゾーロにそう提言する。

 内政のミスはぶっちゃけた話、政権が代われば取り戻すことができる。しかし外交のミスは、政権が変わっても取り戻すことは非常に難しい。現実社会の日本でも似たようなことが起きており、国家間の交渉・会合は国内の政治以上に厳しいのだ。

「おれが今想定しているのは国防省・外務省・内務省の三つに分けた国家運営。司法に関しては世界政府の介入が十分にあり得ることを想定して保留だ」

 世界中の国家のほとんどは絶対君主制だと言っても過言ではないだろう。だが全てを王一人でやると個人間の関係が政策上の必要性に優先されることになり、間違っていてもチェックする手段が国王の判断以外に無い。魚人島を治めるリュウグウ王国のように右大臣と左大臣を置く太政官制を導入している国もあるが、実質的には絶対君主制であるのに変わりない。

 そこでテゾーロが考えたのは、国の防衛・外交・内政をそれぞれ国防省・外務省・内務省の三つに分け、全てが王一人の決定で行われるのではなく各省の頂点である国務大臣が王と議論して方針を固め政策を実施するという、絶対君主制が主流であるこの世界においては全く新しい国家運営(やりかた)である。

「国家元首の国王、各省で職務をこなす国王に任命された国務大臣……太政官制とはまた別の、新しい統治だ」

「国防省と外務省はネーミングから職務内容は想像できますが……内務省は具体的に何を行うのですか?」

「国内行政の大半だな。一番忙しい部署ともいえるが、やりがいはあるぞ?」

 内務省は地方行政や国内の治安、出入国管理などの内政を担当する省。中央集権国家では地方行財政と警察行政の総括官庁として絶大な権限を持っており、その権力は他の行政機関にも大きな影響力を与える程だ。

 現実世界では国によるが、アメリカでは連邦政府の所有地、野生生物や天然資源、海外領土、先住民に関する行政などを担当している。かつての日本でも「官庁の中の官庁」「官僚勢力の総本山」「官僚の本拠」などと呼ばれ、かの有名な〝維新の三傑〟の一人・大久保利通が初代内務卿を務めた設置当初から内政の全般に及ぶ権限を持っており、連合国軍最高司令官総司令部ことGHQの指令によって解体されるまで74年間に亘って近代日本の行政の中枢に君臨した。

「一応配分はできている。国防はシード、外務はサイ、内務はメロヌスってところだ」

「元軍人に現役の諜報員、財団屈指の切れ者……中々いいんじゃない? それで、他はどうすんのギル兄」

「う~ん……その辺りをどうするかだな。国王はおれで確定だし……」

 アオハルの指摘に唸るテゾーロ。

 グラン・テゾーロ計画において、テゾーロは自らの国を世界最大のエンターテインメントシティにしようと画策している。国としてならばシード達でいいだろうが、娯楽街としてだと話は変わってくる。トップはテゾーロでいいだろうが、下の方はこれから幹部達と協議を重ねる必要があるだろう。

「それだけじゃない。国家を運営するからには政策も行う必要もあるし、軍隊も用意する必要がある。その辺もどうするか……」

 メロヌスの指摘通り、国家を運営する以上は国民の生活を保障できるよう様々な政策を打ち出さねばならない上、海賊対策として軍隊の配備も必要になってくる。テゾーロは財団を運営する実業家に過ぎず、国家を運営することと財団を運営することは全てがイコールではない。

 政治学はどうするのか。軍事はどうするのか。課題は山積みだ。

「おれとしては、政治は加盟国――ドレスローザやアラバスタ王国から学ぼうと考えているけどな」

「どちらも名君と名高い方が統治してますね」

 シードの言葉に、テゾーロは頷く。

 ドレスローザとアラバスタ王国は、どちらも国民や国を大切に思っている名君が統治しており、加盟国でも高く評価され敬意を払われている。国民や家来達の信頼を確実なものにする善政を敷くにはどうすればよいのか、留学して学ぶ価値は十分にある。

(しかし、今は(・・)ダメだ。グラン・テゾーロ計画が最優先だ、現場を離れるわけにはいかない)

 その時だった。

 壁をヌケヌケの実の能力ですり抜け、タナカさんが現れた。

「するるるる……失礼しますよ」

「!」

「テゾーロ様、お客様がお見えになりましたよ?」

「そうか……すまないが今日はここまでだ。また時間があれば続きをしよう、解散だ」

 テゾーロは手を叩き解散を促すと、幹部達はタナカさんを除いて全員外へ出ていった。

 

 

 数分後、入れ替わるようにテゾーロの客人――いや、客鳥(・・)が現れた。

「やあやあ、フレバンスの件は実に見事だったぞ!!」

「うっせェ、勝手に二つ名つけやがって。的を射てるから別にいいけど」

 現れたのは、世界経済新聞社の社長・モルガンズ。

 陽気に声を掛ける彼に続くように、続々と客人達が訪れる。

「うんだうんだ、これで北の貿易は滞りなくできる!」

「〝こちらの界隈〟だとお前は有名人だ!」

 客人として来たギバーソンとウミットが、テゾーロを称えるように喋る。

 珀鉛病の一件は世界中の有力者に知れ渡っているのか、その界隈でテゾーロは一躍時の人になっているようだ。

 すると――

「グギギグギ! しかし〝出世の神様〟は随分と若いな」

 特徴的にも程がある笑い声と共に、ライオンのたてがみにピエロのマスクを付け、大鎌を担いだ男が現れた。

「……これはまた個性的な……」

「ドラッグ・ピエクロ。大手葬儀屋でね、我々の業界では誰もが知る人物だ」

「グギギグギ! フレバンスの国葬もおれに任せればよかったのによ」

「生憎、自分が蒔いた種は自分で刈り取る主義でね」

 テゾーロは両手を上げながら言う。

 死神を思わせる雰囲気を出すドラッグ・ピエクロも、闇の世界の帝王達の一人。一応はちゃんとした葬祭業者――葬儀・葬祭の執行を請け負う事業者――らしいのだが、原作において〝福の神〟の異名を持つ闇金王のル・フェルドから「どうしてお前が招かれてんネン」と言われてるので相当の食わせ者だろう。

「それで、一体何の用だね?」

「まァ、まずは腰掛けて」

 テゾーロに言われ、ソファに腰掛ける四人。

 それに応じるかのように、タナカさんが四人分のお茶を用意し机に置いた。

「ああ、これはどうも。……それで、改めて訊くが何の用だね?」

「港湾労働者組合を解体する」

「! そ、それはまた急だな……」

「いやァ、ちゃんとした理由はあるからね。そこは聞いてほしい」

 テゾーロは港湾労働者組合解体の理由を語り始める。

 元々港湾労働者組合とはテゾーロ財団・倉庫業老舗・海運業者による連帯組織である。しかしテゾーロ財団の勢力拡大と他分野のビジネスパートナーの増加、新世界進出による活動拠点の変更により、港湾労働者組合という体制を改めて一元化する必要が出てきたのだ。

 それだけでなく、港湾労働者組合という「表の組織」だと財団へのスパイ工作が行われるのではないかという可能性が浮上したのだ。特にドフラミンゴは自身の「最も重要な部下」であるヴェルゴを海軍本部にスパイとして潜入させ、ドフラミンゴの悪行が露見しないよう暗躍させ続けた。テゾーロ財団はテゾーロ直轄な上に幹部格が曲者・強者揃いなので騙し通すのは難しいが、港湾労働者組合は有能な幹部がいないので付け入る隙があるため、スパイを送り込まれたらたまったものではない。

 こういった事情を考慮し、港湾労働者組合を解体して秘密結社のような秘密性の高い組織に作り替えようというわけだ。

「港湾労働者組合は解体され、新たな組織に生まれ変わる。名前は「ロッジア・イル・モストロ」だ」

「秘密結社に近いな」

「まァ正直な話、そういう方針になると決めてたし」

 秘密結社と一言で言っても、テゾーロが新しく作ろうとしている秘密結社は存在そのものは隠そうとしないもの。だがそれ以外――活動の内容・構成人員・目的などは徹底的に秘密にし、付け入る隙を与えないようにするのだ。

「……まァこれは完全じゃないんでな。港湾労働者組合の解体は決定だがそれ以外は他言無用でな」

 

 

           *

 

 

 一週間後、〝北の海(ノースブルー)〟のある島。

 ドフラミンゴはディアマンテから、テゾーロの港湾労働者組合が解体された話を聞いていた。

「何? 港湾労働者組合が解体?」

「ああ。何でも財団の勢力拡大と他分野のビジネスパートナーの増加が原因らしいぜ」

 ウハハハ、と笑いながら新聞をドフラミンゴに渡すディアマンテ。

 だが――

「違うな。そう易々とこんなマネをするとは思えねェ」

「?」

 ドフラミンゴの言葉に、首をかしげるディアマンテ。

 そう、彼は港湾労働者組合解体の裏にあるテゾーロの目論見(・・・・・・・・)を看破していたのだ。

「奴もそれなりに頭はいい方らしい。組合を介した財団へのスパイ工作を封じる腹積もりだ」

「!? ってこたァ――」

「フフ……フッフッフ!! ああ、間違いなくドンキホーテ海賊団(おれたちファミリー)を意識してやがる」

 自らが作り上げた組合(そしき)を自らの手で解体する。それを実行することに躊躇しない程にテゾーロはドフラミンゴを警戒しているのだ。

 この大胆な行動に、ドフラミンゴは愉快そうに笑った。

(ギルド・テゾーロ……ひとまずお前を認めてやろう。成り上がりの一実業家にしては大した野郎だ。だがおれはお前が思うような甘い男じゃねェぞ?)

 いつもは不敵な笑みを浮かべるドフラミンゴは、久しぶりに心の底から楽しそうに笑うのだった。




原作927話について二言。

オロチ、あんた絶対ヤマタノオロチでしょ!!
あと、居眠り狂死郎……あんたヤクザ者だったんかい!?


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第88話〝ここらで〟

シン・ゴジラ、またやるんですね。
ゴジラ総選挙が楽しみです。


 テゾーロとしてこの世界に転生して、早9年の年月が経った。

 気づけば自らは25歳となり、世界的に名を馳せる青年実業家として頭角を現していた。ちょうど転生してすぐの頃に立ち上げたテゾーロ財団も、今では様々な経歴を持つ有能な覇気使い・能力者で脇を固め、世界政府公認の一大民間団体として急成長していた。時の流れとは実に恐ろしいものである。

 さて、聖地マリージョアの天竜人の居住区「神々の地」にあるクリューソス聖の邸宅にて、テゾーロはサイを連れてクリューソス聖と会談していた。

「髪型変えたんですか? クリューソス聖」

「まァ、あの髪型をキープするのが正直厳しくてね。それにこのひげではあの髪型は似合わんと言われたのでな」

 頭を触りながら語るクリューソス聖。

 クリューソス聖は天竜人の中では異端児であり、身分や階級といったものに無頓着である。ゆえに彼は妻と召し使いを邸宅に住まわせているのだが、どちらも元奴隷の一般市民であり命も生活も保障している。伝統といったものに対する拘りも無く、最近では例の外見が宇宙服に近い防護服とマスクが「暑苦しい」という理由で着ることが非常に少なくなった程だ。

「それで、私達をわざわざ呼んだ理由は?」

「………実は、これはあまりにも軽視している者が多くて中々言いづらい案件でな。君達ならば応じてくれると信じている」

「――というと?」

「実はある奴隷が、このマリージョアから脱出したのだ」

 クリューソス聖曰く、その奴隷は迷彩柄のバンダナを付けた赤い肌の巨漢で、魚特有のエラやヒレらしきものが体にあったという。

(もしや、フィッシャー・タイガーか?)

 フィッシャー・タイガー。

 魚人島本島の近くに所在するスラム街「魚人街」の出身のタイの魚人で、後に聖地マリージョアを襲撃し奴隷解放を行ったことで世界的に名を馳せるようになる人物。人間を一切受け入れられない心情でもその度量の広さから、あのジンベエやアーロンからも尊敬されていた程の器の持ち主だ。

(彼もまた、消息を絶った時に世界貴族に奴隷として飼われていた時期があった者。念の為訊いてみるか)

 テゾーロは前世の記憶を頼りに、サイに尋ねた。

「サイ、心当たりは?」

「クリューソス聖の言葉が全て真実とすれば、魚人族の冒険家であるフィッシャー・タイガーである可能性が非常に高いですね……世界的にも知られた冒険家ですが、確かに数年程前から行方知らずでした」

 テゾーロの読みは当たっていた。

 どうやらマリージョアから逃げ出した奴隷は、フィッシャー・タイガーだと判断して間違いなさそうだ。

「しかし、それをなぜ我々に?」

「これは私の憶測に過ぎないが……その逃げ出した奴隷が、復讐をしに来るのかもしれない」

 天竜人の奴隷になるという事は、マリージョアで苦痛に満ちた屈辱的な日々を死ぬまで過ごすという意味である。

 タイガーは奴隷として天竜人の所有物となり、悲惨かつ屈辱的な数年間を過ごし、人間への憎悪や嫌悪を色濃く心に刻み人生を狂わされた。その報復としてマリージョアを襲撃し、多くの人間を虐殺するのではないかとクリューソス聖は危惧しているのだ。

「私としては、そうなったのも我々の業だから甘んじて受ける必要もあると思っている。だが私にも護りたいモノがあり、彼らにも護りたいモノがある……どうにか未然に防いでくれないか」

 クリューソス聖の訴えに、テゾーロは渋る。

 フィッシャー・タイガーの案件もとい奴隷の案件に関しては、誰がどう考えても100(パー)世界政府に非がある。いくらテゾーロ財団が政府側の組織とて、こればかりはさすがのテゾーロも庇いようが無いし、幹部達も切り捨てることだろう。

 とはいえ、天竜人の味方をしないのもそれはそれで政府からの風当たりが強くなる可能性もある。海賊ならば無法稼業なので非難批判上等なのだが、力があるとはいえ民間団体であるテゾーロ財団にとって信頼性を損なうような事は避けねばならない。

「……どう思う?」

「そうですね……ここらで一度お灸を据える必要があるかと。どんな結果になろうと、所詮は世界政府と天竜人の因果応報・自業自得……いい気味です」

「おれの周りはいつから腹が黒くなったんだ」

 爽やかな笑みで物騒な言葉を並べるサイに、頭を抱えるテゾーロ。

 家内(ステラ)も然り、いつから自らの周囲の人物は黒い性格になってしまったのだろうか。テゾーロ財団のミステリーである。

(さてと……原作通りならば来年の襲撃が確率的に高いわけだが、それがいつになるかまでは予測できないな。たった一人で襲撃するとなれば、夜中の奇襲が成功率が高いだろう。だが……)

 出されたお茶を啜りながら、テゾーロは考える。

 世界政府という巨大勢力の本拠地と言える聖地マリージョアへの単騎襲撃。奴隷解放が目的とはいえ、それを実行に移すのは武力行使に他ならない。テゾーロがクリューソス聖を介して奴隷解放を促すという手段もあるが、それでは天竜人達の同意を得るのに何年かかるか予測できず、その間に襲撃されてしまうだろう。

 そして何より……。

(サイの言い分は理解できる。っつーかぶっちゃけた話し、おれもその方がいいって思うんだよな~……)

 そもそもフィッシャー・タイガーが聖地マリージョアに乗り込んで暴れ回り、奴隷達を人種を区別することなく解放するという前代未聞の大事件が起こるきっかけを作ったのは、紛れも無い世界政府と天竜人だ。

 サイのお灸を据えるという言い方はともかく、ここらで痛い目に遭った方が良いだろう。その程度で政府と天竜人の体勢が変わるとは到底思えないが、手痛いしっぺ返しを食らって世界中の人々の胸を空かせるためにはいい機会だ。とはいえ、何も対応しないのはテゾーロとしても困ること――海軍やサイファーポールが出張ってくれるだろうが、死者はともかく負傷者の続出は不可避だろう。

「わかりました。ではその件に関しては、護衛として私の部下の中でも信頼しやすい有能な部下を二人送り込みましょう」

「! ――すまない、感謝する」

 テゾーロの承諾に、クリューソス聖は深々と頭を下げたのだった。

 

 

           *

 

 

「それで、僕達がマリージョアでその襲撃犯を迎え撃てと?」

「護衛は構いませんが……」

「まァ来年の話だが……お前らなら大丈夫だろう」

 5日後、開発中の島へ戻ったテゾーロはシードとタタラに話を伝えた。

 テゾーロがこの二人を選んだのは、戦闘能力の高さもそうだが、テゾーロ自身が他の幹部達に現場に残ってほしいという本音があるからだ。

 メロヌスは幹部の中でもトップクラスの切れ者であり、幹部の中でも古株であるので全幅の信頼を寄せている。その頭脳が現場を離れるのはテゾーロとしては痛手なのだ。アオハルとジンに任せることも考えたが、二人共戦闘能力が高いが情報収集能力も高いので交渉役を担ってもらいたいので却下した。タナカさんは事務方に回したく、ハヤトも周辺海域の巡回という任務もあるので、最終的には消去法でシードとタタラが残ったという訳だ。

 しかし、シードは海兵としての経験ゆえにマリージョアへの出入りもあったので、マリージョアで勤務している海兵とも面識があるので連携しやすく、その上戦闘力もかなり高い。タタラも武闘派のハヤトと互角に渡り合える技量の持ち主なので、この二人を向かわせれば心配無用だろう。

「そういやあ、シード。お前農業したいっつってたろ? せっかくだしその足でどこかの海で習ってきな」

「いいんですか!?」

「人手に関しては問題無いし、今まで財団の仕事で縛ってきた。ここらで好きなことしたらどうだ?」

 それにシードはかねてより――理由がコンプレックスの解決とはいえ――農業に興味を示していた。この島の開拓も当然必要であり、農業という分野に着手しなかったテゾーロ財団にとって、農業技術は貴重だ。

 それを得たいという意欲が唯一あるシードに、来年から留学させるというのも悪くない。

「当日はそれで、な。一応これで掛け合ってはおくから、忘れないよう――」

 

 プルプルプル――

 

「「「!」」」

 テゾーロが最後に一言伝えようとしたその時、電伝虫が鳴った。

 受話器を取り、テゾーロは通話を始める。

「もしもし、こちらテゾーロ」

《おお! テゾーロか、久しぶりじゃな!》

「トムさん! これはどうも」

 電話の相手は、トムであった。

「忙しかったので中々連絡が取れず、申し訳ありません……何か御用で?」

《実はの、海列車が完成してな! すぐ観に来て欲しい!!》

「――本当ですか……!?」

 

 海列車、ついに待望の完成。



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第89話〝司法船襲撃事件・序章〟

メリークリスマス。


 ウォーターセブン。

 トムの報せを耳にし、テゾーロはタナカさんとサイを連れて廃船島へと駆けつけた。

「おお……これはすごいな」

 三人の目の前には、キャラヴェル船よりも一回り大きいであろう蒸気機関車によく似た形の外輪(パドル)(シップ)が停まっていた。海列車第一号のパッフィング・トムである。

「思ったよりも早く完成しての。お前さんが裏で手を回してくれたおかげじゃ」

「いや、さすがに二年は想定外でしたよ。まァうまく事が進んだようで何よりです」

「実は処女航海自体はすでに成功し、レールもセント・ポプラとサン・ファルド、プッチまで繋げておる。残るはジャヤとエニエス・ロビーってとこじゃな」

「試運転って言い方じゃないんですね、船舶だから……じゃあ物資の運搬を優先し、線路は少しずつ繋げていくと?」

「そういうことじゃな」

 トムと会話をしたテゾーロは顎に手を当てる。

 海列車の技術はウォーターセブンの希望の光となるだけでなく、世界中の島々の交流を変えることができる可能性を秘めている。客も物資も船も運び、天候に左右されることなく、海王類も寄ってこない仕組みを取り入れた海列車――誰でも安全かつ自由に海を渡れるようになる公共交通機関の普及は、世界中の全ての海を発展させられるだろう。

 特に世界で最も航海が困難な海である新世界で導入すれば、かなりの経済的効果も期待できる。現に「FILM Z」でも海列車が開通しており、エンドポイント――新世界に三箇所あるマグマ溜り――の一つであるセカン島にも駅がある。

(ぜひ〝グラン・テゾーロ計画〟にも活用したいものだな)

 その時、アイスバーグがテゾーロに声を掛けた。

「テゾーロさん。海を渡って他の島との交易ができることに皆は喜んでるけど、資材の無い島だから交易交渉は難航しているんだ。町は変わらねェのかな……」

「そうだろうと思ったよ……その辺りはおれが交渉しよう。テゾーロ財団の名は世界的に知られているんだ、この島の造船技術をアピールしてそれぞれの島の行政を動かせばいい」

 その時だった。海の方から絶叫が響いたのは。

 砲撃の音も聞こえており、何者かに襲撃されているのは明白だ。

「今のは?」

「っ――あのバカンキー!」

 海の沖で海王類に追われるフランキー。

 海列車が完成した後も、彼は対海王類用の戦艦「バトル・フランキー号」を造っては海王類に戦いを挑んでいるようで、自分勝手なキカン坊ぶりは変わってないようだ。

「……アレで何隻目なんだろうな」

「いや、そんなこと言ってないで助けましょうよ!!」

 呑気に呟くテゾーロにツッコミを入れるタナカさん。

 テゾーロはやれやれといった表情で波際まで近づくと、口笛を吹いて海王類の注意を引いた。口笛に反応した海王類は、フランキーから標的をテゾーロに変更して襲い掛かった。

「危ねェ!!」

「テゾーロさんっ!!」

 フランキーとアイスバーグが叫ぶ。

 それに対しテゾーロは、静かに海王類を見据える。

 

 ドクンッ!!

 

 見えない衝撃が、フランキーを襲っていた海王類を貫いた。

 すると、海王類がその巨体を震わせ怯えた様子でテゾーロを見た。

「……悪いが、帰ってくれないか」

 不敵な笑みを浮かべるテゾーロに海王類は恐怖を感じたのか、海に潜って逃げていった。

「……最近戦闘(うんどう)してないから覇気の方も心配だったけど、大丈夫そうだな」

「お前さん、それはロジャーと同じ……」

「そう、おれも〝覇王色〟だ」

 己の実力が衰えていないことに満足気なテゾーロ。

 相手を威圧する〝覇王色〟の覇気は、鍛錬による強化は不可能で自身の人間的な成長でしか強化されない。多くの修羅場を潜り抜けたがゆえ、テゾーロの〝覇王色〟は海王類を追い払える程に強化されたようだ。

「海王類は種類によるけど大抵が頑丈だからな、砲弾で倒せるような生物じゃない」

 テゾーロは踵を返す。

 ふとその時、テゾーロの視界にある物が入った。

「……ちょっとちょっと、アレ大丈夫なの? 放置しといて」

 テゾーロが指差す先には、「BATTLE(バトル) FRANKY(フランキー)」の文字が帆に刻まれた多数の小型船が。

 海王類との戦いでその多くは使い物にならない状態にまで破損しているが、その中にも破損が少なかったりまだ使えそうな船も残っている。

「ああ、あんたも気にするんだな……アレはフランキーが造った船だ」

「造るのはいいけど管理はちゃんとしねェとなァ……自由には責任が伴うんだし」

「ンマー、それをあのバカが理解してくれねェから困るんだ……」

 頭を抱えるアイスバーグ。

 テゾーロもまた、眉間にしわを寄せる。あの放置された小型船は、原作においてトムが濡れ衣を着せられエニエス・ロビーに送致されてしまう要因である司法船襲撃――あのスパンダムの謀略で利用されることとなったのだ。

 トムを失うことはウォーターセブンやテゾーロ財団にとって大ダメージだが、いくら政府に手が回せても司法船襲撃の事実はもみ消せないし帳消しも困難なので、早急に手を打つ必要があるだろう。

「……?」

 ふとテゾーロは、違和感を感じた。

 何やら視線を感じるのだ。それは海列車の完成を祝う大衆の視線ではなく、もっと別の――それこそ、敵意を孕んだような視線だ。

「……」

 テゾーロは目を閉じ、〝見聞色〟を発動する。

 〝見聞色〟は意識すれば自分の一定範囲、あるいは島規模にある生物の存在やその心力から人物・強さをある程度見抜くこともできる。テゾーロは違和感――視線の正体を炙り出そうという訳なのである。

(ひい、ふう、みい……8人ぐらいか。何が目的だ?)

 テゾーロが〝見聞色〟で把握できたのは、8人分の気配。

 自分達に接触してこないということは、何らかの命令が下されている可能性がある。それは一体何なのかは不明だが、もしかすればすでに――

「――サイ、タナカさん」

「はい?」

「何か御用で?」

「ああ、少し調べてもらいたいことがあるんだが……」

 

 

           *

 

 

 日が暮れ、いつもよりも賑やかな夜が訪れる。

 海列車完成を祝う宴が催される一方で、男はウォーターセブンの路地裏で子電伝虫――手乗りサイズの携帯用電伝虫――を用いて報告をしていた。

「主官、罪人トム(・・・・)の元にギルド・テゾーロが接触しました」

《何ィ!? あの成金野郎が……クソッ!!》

 悪態をつく上司に、男もまた苦い表情をする。

 ギルド・テゾーロは賞金稼ぎから政府にも影響を与える重要人物にまで成り上がった男で、天竜人とも友好関係を持つ程の力を持っている。世界政府の活動にも貢献しており、フレバンスの救済事業の件は耳新しい。

《いいか、テゾーロに気づかれねェように先回りするんだ!! わかったな!?》

「はっ……」

 子電伝虫の通話を終え、男は溜め息を吐く。

 つい先日新しく就任した男の上司――CP5主官のスパンダムは、諜報員として未熟な面が目立つ卑劣極まりない小悪党だが大きな権力を持っていた。実の親があのオハラの一件で大活躍したスパンダインであり、サイファーポールにおいても絶大な権力を振るっている彼の息子なのだから逆らいようがない。

 元々男は、別にトムが無罪でもいいだろうと考えていた。しかしトムの無罪を気に入らない――というよりもただ出世したいだけだが――スパンダムは何が何でもトムに罪を擦りつけようとしたのだ。

(あの小悪党みたいな主官が、テゾーロに勝てるとは思えない……)

 賞金稼ぎからテゾーロ財団を立ち上げ、世界的実業家へと成り上がったギルド・テゾーロ。彼は五老星と面会できるだけでなく天竜人・クリューソス聖とも交友関係がある。コネに関してはスパンダムと同等、またはそれ以上だ。

 スパンダムはトムを罪に問い、あわよくばある設計図(・・・・・)を入手したい。その一方で「罪人として処罰するのはもう少し後でいい」と余裕の笑みと共に発言していた。だが彼が焦り始めたのは、テゾーロが世経で〝出世の神様〟と宣伝されるようになってからだ。

「ライバル意識、か……」

 テゾーロとスパンダムは同世代であり、生まれも育ちも違う。しかし有能なのはどちらかと言うとはっきり言ってテゾーロだろう。スパンダムが焦ってるのは、テゾーロの出世の早さと有能さに嫉妬しているからだろうか。

(……とはいえ、任務は任務だ。トムズワーカーズに恨みは無いが――)

 

 スッ――

 

「っ!!」

 ふと、うなじに何かが当たった。

 この感触を、男はよく知っている。「六式」の修行において熟練の実力者に背後を取られたときと全く同じ感覚だ。

「……これは一体、どういうマネですか?」

「!!」

 男はまさかと思い、振り返る。

 そこには、組織に属する人間ならば誰もが知る男がいた。サイファーポールにおいて唯一テゾーロとのパイプ役を兼任している男……サイ・メッツァーノだ。

「あ、あなたは……!!」

どこの部署の(・・・・・・)回し者か吐いてもらいますよ……逃げられると思わないことですね」

 サイは冷酷な笑みを浮かべ、目を細めた。




司法船襲撃事件、かなり早まりました。
原作はルフィがシャンクスから麦わら帽子を預かった辺りだったはずですが、この小説では大分早くなりました。
次の投稿は来年……かな?


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第90話〝司法船襲撃事件・前編〟

これで今年最後かな……?
投稿今年で最後最後詐欺になったらごめんなさい。


 聖地マリージョア「権力の間」。

 荘厳な雰囲気漂うこの部屋で、五老星はある兵器に関する話をしていた。

「古代兵器〝プルトン〟の設計図……やはり実在していたか」

「兵器だからな。設計図が存在してもおかしくはあるまい」

 プルトン。

 それはかつて、ウォーターセブンで造られた造船史上最悪の戦艦。一発放てば島一つを跡形も無く消し飛ばす程の威力を持つと言われ、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟にその在処が記されているという。

 五老星を筆頭とした世界政府の中枢は、プルトンが世界を滅ぼす力を持つ戦艦であることも、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟に在処が記されていることも把握していた。ゆえに〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読を固く禁じ、そのついでに「空白の100年」に何があったか明らかにすることを禁じたが、設計図の在処に関しては確証が無かったのでそこはスルーしていた。何しろ古代兵器とはいえ数百年以上前の代物――設計図など当の昔に処分されていた可能性も少なからずあったからだ。

 その上で先日設計図の報告をしたスパンダムは見事と言える。ただ、親が親なのでそこは心配だが。

「プルトンが暴走的に使用された時の「抑止力」の為に、設計者は設計図を後世に残した……そう考えるのが妥当だろう」

「仮に奴の報告に虚言が混じったとしても、ウォーターセブンに設計図が存在する可能性は極めて高い。プルトンはウォーターセブンで造られたのだからな」

 大海賊時代が開幕して、10年が経とうとしている。

 今は海賊王ロジャー最大のライバルであった〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートが増え続ける海賊達を押さえつけながら君臨しており、海軍もテゾーロ財団から提供される資金で年々軍拡され、世界のパワーバランスはどうにか均衡を保っている。それでも海賊達は力をつけ数を増やしており、より強大な力を得ることも考えねばならない。

 そこにスパンダムは、古代兵器の一角・プルトンの設計図を手に入れるべきと主張した。プルトンの設計図が実在している以上、反政府勢力の手に渡る心配を消すためにも世界政府が所持して活用すべきだと。

 五老星は「一理ある」として設計図を手に入れてみるよう指示をした。だが指示をしたのはいいが、問題が一つ生じた。

「問題はテゾーロとの対立だな……」

 五老星の一人が、溜め息を吐く。

 そう、今ウォーターセブンにはテゾーロがいる。しかもその付き人にサイファーポールの諜報員を兼ねているサイもいるのだ。

 トムの罪状をめぐって二人が対立するのは、非常に厄介だ。ただでさえトムとテゾーロは今後の世界に必要とされる人材――強大なプルトンの設計図と天秤にかけた場合、さすがの五老星も頭を悩ませてしまう。

「しかし、所詮スパンダムは親譲りの俗物だ……失敗する可能性の方が高い。プルトンの設計図はともかく、テゾーロと対立すれば被害が出るのは我々の方だ」

「うむ。テゾーロを切り捨てれば、それこそ政府への不信感を煽りかねん」

 スパンダムを取るかテゾーロを取るか――五老星にその選択を迫られたら、間違いなくテゾーロを取る。

 テゾーロの資産は政府に回されており、それを断ってしまえば経済面での悪影響が露骨に出る。それにテゾーロとゴルゴルの実の能力が海賊達の方に渡れば、世界の均衡を大きく崩し勢力図も秩序も滅茶苦茶になりかねない。何よりもイムがテゾーロに興味を示して注目しているのだ、機嫌を損ねればタダでは済まない。

「……スパンダムの案件は、奴の行動次第と言ったところだろう」

「そうだな。テゾーロと対立しなければそれでよし……あとは結果待ちだ」

 五老星は「スパンダムの行動と結果次第で処分の有無を決める」として、次の議題へと移った。

 

 

           *

 

 

 ウォーターセブン。

 海列車の開通以降豊かになっていったこの町で、テゾーロはある人物と電伝虫で通話していた。

「ええ……はい、そのつもりです。それではまた……」

 通話を終え、溜め息を吐くテゾーロ。

 その様子を不審に思ったタナカさんは、声を掛ける。

「どうかなさいましたか?」

「コング元帥から海軍に提供している軍資金の額を増やせってよ。しかも前回の倍にしろって……」

 テゾーロは「全く何に使うんだか」とボヤきながら頭を抱える。

 海軍へ提供している軍資金の用途は、テゾーロ財団に書類で渡されており逐一確認している。大抵は軍艦と武器の維持費や各支部への配分が過半数を占めており、かつての政府の役人のように私腹を肥やしている様子は見えない。

 だが、一つだけ気掛かりな点が存在する。書類には「その他」という項目があるのだが、それが一体どういう内容なのかわからないのだ。海軍側は海兵のボーナスだと主張しているが、軍というものは政府から給与を与えられるシステム。世界政府直属の軍隊なので、給料は政府から貰っているはずなのだ。

 それを踏まえると、「その他」の項目の資金は別のところで使われてると考えられるのだ。

(考えられるとすれば、パシフィスタとかか?)

 パシフィスタ。

 それは平和主義者という意味の名を持つ、ベガパンクにより開発された「人間兵器」。ロボットの類ではなく人間――〝暴君〟の異名で知られる海賊バーソロミュー・くま――がベースのサイボーグであり、その戦闘能力は白ひげ海賊団傘下の海賊達でも倒すのに苦労するレベルだ。

 製作費は軍艦一隻分に相当するが、その鋼鉄以上の硬度を持つ体と金属をも溶かすレーザーは海軍にとって大きな戦力であり、同時に世界中の悪党達の脅威として認識するに十分すぎる代物だ。

そっちなら(・・・・・)いいけど、問題はそうじゃない方だよな……)

 そう……絶対的正義を掲げる海軍にも、自らの利益のみを目当てに非道な行いをするチンピラ海兵が混ざっている。

 東西南北の支部とはいえ、〝ノコギリのアーロン〟と癒着して賄賂を受け取りコノミ諸島の支配を黙認していた海軍支部大佐――海軍本部大尉に相当する地位――のネズミや、自身が駐在するシェルズタウンを恐怖支配していたモーガンのような海兵がいたのだ。財団から莫大な額の金を提供されていることを利用して、どさくさ紛れに搾り取っている輩がいてもおかしくない。

(だが今は目先の問題が優先だ。海列車がこれで完成した以上、トムの無罪は確定――あとはその裁判を邪魔する〝ゴミ野郎〟の対処をしねェとな)

 そう、現在の優先順位ではトムの裁判に横槍を入れる小悪党(スパンダム)をどうにかしなければならない。

 彼はスパンダイン(ちちおや)譲りの下劣さと小物ぶりではあるが、自身の出世と保身の為ならば何でもするその行動力と(ずる)(がしこ)さだけは侮れない。世界政府の腐敗した部分を擬人化したような(バカ)とはいえ、相手は十あるサイファーポールの組織の内の一つで主官を務めている輩――出し抜かれるつもりは無いが警戒は必要だろう。

 その時――

「テゾーロさん、面白い情報を得ましたよ」

「サイか。面白い情報ってのは?」

「これはもしかしたら予想通りかもしれませんが……トムの無罪を無かった事にしようとする連中がいるそうです」

 テゾーロはそれを聞き、呆れた表情を浮かべる。

 どうやらスパンダムはすでに動いているようだ。

「今から一週間後、司法船が到着します。その際に襲撃を仕掛け、それをトムに擦りつけようという腹積もりのようです」

「何と……!」

 サイの報告に、タナカさんは絶句する。

 あの偉大な船大工をなぜ逮捕したがるのか――それが理解に苦しむからだ。

「ハァ……目的が出世狙いかどうかはともかく、黒幕はわかってるのか?」

「ええ、CP5のスパンダム主官です」

「……マジかよ」

 予想通りの返答に、テゾーロは笑ってしまう。

 サイが有能なのかスパンダム達が無能なのか、もはやわからなくなってしまう。

「一週間、か……なら準備はできるか」

「「え?」」

「舞台を整えるんだよ……せっかく向こうが来てくれたんだし、ここいらでお灸を据えてしっかりしてもらわねェと」

 

 

 そして、一週間が経過した。




原作の方読んだんですが……花魁・小紫太夫、モモの助の妹である日和じゃないかな?
あとキッド、赤髪海賊団を相手によく生きてられたなァ。赤髪海賊団は傘下無しで「海の皇帝達」の一角なんだけど……。


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第91話〝司法船襲撃事件・後編〟

あけましておめでとうございます。


 司法船がやって来た。どういう訳か海軍の軍艦も一隻来たが、誰もが護衛なのだろうと不思議には思わなかった。

 さて、その裁判の判決なのだが、はっきり言って結果は目に見えていた。司法船が来たのは、前回の判決において海列車の建造を誓い、見事その約束を果たしたトムに無罪を告げるからだ。

 人々が海列車で海を渡り、他島と交易して活気が戻ってきた。その結果を生んだのは他でもないトムであり、約束通り成し遂げた彼をやっぱり死刑だなどと判断しては、世界政府の司法に関する信頼が失われてしまう。それ以前に、本来船大工が誰に船を売ろうとも罪ではないのに「海賊王が乗ったから」という理由で裁いては、法によって決められたとしても魔女裁判だなどと言われてしまう。

 信頼と威厳に対して非常に敏感な世界政府は、組織はデカイが肝っ玉は小さかったりするのである。

「では判決を言い渡す! 造船技師トムは約束通り執行猶予内に海列車を完成させ、ウォーターセブンを復活させた。よってトムのオーロ・ジャクソン号建造の罪を帳消しにし、無罪とする!!」

 どこか機嫌のいい様子で告げる裁判長。

 裁判長の判決にトムはいつものように大笑いし、フランキー達トムズワーカーズは安堵の声を漏らし、ウォーターセブンの市民は喜んだ。

 

 

           *

 

 

 裁判を終えた司法船内で、裁判長はサイと話し合っていた。

「これでアレさえ除けば(・・・・・・・)、全て解決しましたね」

「うむ。しかし、まさか政府の役人が陰謀を企てておったとは……」

 サイに話を振られ、裁判長は憤慨する。

 トムが冤罪で裁かれそうになるという話を聞き、多くの事件を裁いてきた裁判長は久しぶりに怒りを覚えた。テゾーロ達が万が一を想定して動いていなければ、司法船襲撃事件が発生してトムがその罪を背負う羽目になるところだったのだ。

 その上トムを冤罪で裁かせようと動いていたのは、よりにもよって政府側の連中――諜報機関のCP5だったのだ。政府中枢でもトムを裁く必要は無いという声が上がった矢先にこれとは、全くもって腹立たしい限りである。

「そちらが裏で我々に情報を流してもらわなかったら、大変なことになっていた……礼を言うぞ」

「礼には及びません、テゾーロさんから与えられた仕事をこなしたまでです」

「私はこれから後始末(・・・)があるので、これで失礼します」

「うむ、ご苦労であったな」

 

 

 時同じくして――

「ちくしょう、どうなってやがる……!?」

 そう悪態をつくスパンダム。

 司法船を攻撃し、その罪をトムに擦りつけつつ司法取引を名目にプルトンの設計図を奪うという計画……この出世間違いなしの謀略は完璧のはずだった。準備を整え、後は司法船を待つだけという所まで用意できたのにだ。

 ところが当日になると、強力な武器を搭載したまま放置されていた例の四隻がそっくりそのまま消えていたのだ(・・・・・・・)。昨日の夜まで廃船島に確かにあった小型船は、スパンダム自身もその目で確認していたのに、丸ごと消えたのだ。

 当然、スパンダム達は絶句した。何がどうなっているのか。もしかして計画が誰かにバレたのか。バレたとしたら、誰にバレたのか。そんな考えが頭を支配する。

 ――ハハハハ!!

 突然、演技がかった笑い声が響いた。

 それと共に地面の下から二人の人物が現れた。

「……出し抜かれた気分はどうだね? スパンダム主官殿」

「――ギ、ギルド・テゾーロ!?」

 スパンダムの元に、ピンクのダブルスーツを着こなした男――テゾーロが現れた。彼の隣にはタナカさんもいる。

「全く、伝説の船大工を排除しようとは……彼の造船技術の素晴らしさがわからないのか?」

 司法船襲撃というスパンダム達の謀略を知ったテゾーロ達は、たった一週間であらゆる手段を用いて手を回した。

 まずテゾーロはサイと共に小型船を全て破壊して海に沈めた。真夜中に行えば音しかわからず、たとえ聞かれたとしても「波にやられた」や「海王類に沈められた」といった理由で丸め込むことも可能だ。そもそも武装した小型船を海岸に放置している時点でおかしいのだから、何が起きてもおかしくはない。

 次に行ったのはコネを用いた手回しで、最初にトムの裁判を担当した裁判長とサイのかつての先輩であるCP9のラスキーに情報を提供した。裁判長に(しら)せたのは警戒と万が一の事態を想定した上であり、現に裁判長は怒りを露わにしつつも礼を言い海軍に護衛を要請した。またラスキーにも知らせたのは、スパンダムの父親・スパンダインがこの一件に対し権力を行使させないためだ。この一件でスパンダムの謀略と不正が露見すれば、スパンダインにも司直の手が伸びるだろうが、一方でそれをもみ消す程の権力がある。それを防ぐには彼自身を監視すればいいのだ。この依頼にラスキーは意外にも快く引き受けたため、今頃スパンダインは気まずい思いをしているだろう。

 手回しはそれだけでなく、海軍にも情報を流し、次期大将候補ともてはやされたボルサリーノとその部下であるストロベリー少将を動かした。二人は〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の巡回任務を休暇中のガープの代わりをするようコングに言われていたため、ついでに引き受けてもらった。両者共に情に流されずやり過ぎず、ある意味でバランスの取れた海兵であるのでこういう拘束系の任務は得意と思われる。

「て、てめェ!! 謀りやがったな!? このおれを誰だと思ってる!?」

「それは貴様だ、スパンダム主官」

 別の声が響いた。

 スパンダム達は声がした真後ろを振り向くと、そこには煙草を咥えたヤクザみたいな海兵と長い頭で軍帽を被った海兵が部下達を連れて立っていた。ボルサリーノとストロベリーである。

「貴様の所業はすでに政府中枢にも伝わっている。大人しく拘束されてもらおう」

「わっしらもそんなに甘くねェんだよォ~……!」

「な、ななな……!!」

 淡々と死刑宣告を告げる二人。

 ボルサリーノは微笑みながら言っているため、余計に恐ろしく感じる。もはやヤクザの脅しである。

「エンターテインメントは、用意周到な準備が必要だ。少しでも狂いが生じれば全体が狂い瓦解する……「念には念を入れよ」ということわざは知っているだろう? アレは実に理に適っている」

 四面楚歌のスパンダム達を嫌らしく追い詰めるテゾーロ達。

 己の謀略が世界政府に知られ、海軍とタッグを組んで包囲網を敷き止めを刺しに来る。どう考えてもテゾーロの勝利だった。

「ま、待て!! おれ達は何もしてねェぞ、証拠も無しに拘束していいのか!?」

 スパンダムが咄嗟に異議を唱えた。

 実を言うと、テゾーロ達は言い逃れも不可能なぐらいに証拠を押さえられてるという訳ではない。CP5が裏で暗躍していたという決定的な証拠を示さなければ、拘束されることは無い。そうスパンダムは考えたのだ。

「確かにこれといった証拠は我々の手元には無い」

「なら――」

「だが五老星から直々に逮捕命令は出ている」

 ストロベリーが告げた一言で、スパンダム達の顔色はあっという間に青くなっていく。

 五老星は世界政府の最高権力者。海軍本部元帥も彼らの前では中間管理職に過ぎず、サイファーポールや海軍に絶対的な意思決定を下せる。そんな彼らが直々に逮捕命令を出すということは、スパンダムの計画は世界政府の頂点にまで伝わったという意味でもある。

「罪状は司法船襲撃未遂及び造船技師トムへの虚偽告訴……理解できるな?」

「ま、待ってくれ!! おれ達は五老星から命令を受けているんだぞ!!」

「それはプルトンの設計図の回収だろう?」

 テゾーロが発した言葉に、スパンダムは目を見張り汗だくになる。

 何とスパンダムの謀略の真の目的までもがテゾーロに筒抜けだったのだ。ボルサリーノ達もそんな爆弾発言について驚きもしないので、海軍側にもバレているのだろう。

「古代兵器プルトンの設計図……そんな代物が実在するのかどうかはさておき、貴様は一つ勘違いしている」

「な、何だと……!?」

「五老星は命令したのではなく許可したのだ(・・・・・・)、その設計図の回収をな。命令と許可は違う」

 ストロベリーに段々追い詰められていくスパンダム達。そのあまりにも可哀想な彼らにテゾーロは「これはツライなァ」とこっそり呟いてしまう。

 しかしスパンダム達がやらかそうとしたのは、一歩間違えれば世界政府の信頼と威厳を損ないかねない程の事。そんな彼らに遠慮など要らない。

「――ではボルサリーノ中将、ストロベリー少将。後は頼みます」

「おォ、あとは任せなよォ~……じゃあストロベリー、とっとと終わらせるかァ~」

「はっ! 全員、スパンダム達を拘束せよ!!」

「ま、待て!! やめろォォ!!」

 

 

 こうして、トムが無罪になった傍らで人知れず謀略が阻止された。

 後にウォーターセブンではトムズワーカーズを前身とした「ガレーラ・カンパニー」が設立、世界政府御用達の造船企業として成長していくことになる。




今思うと、これは司法船襲撃未遂事件でしたね。
タイトル変えた方がいいだろという方は感想にどうぞ。

次回辺りで、やっとマリージョアが……!
乞うご期待。


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第92話〝聖地マリージョア襲撃事件・前編〟

そろそろとんとん拍子で飛ばしていこうかな。
できれば平成終わるまでに原作開始のところまで行きたいし。


 司法船襲撃未遂事件から、一年が経過した。

 スパンダムによる司法船襲撃計画は、テゾーロを介してモルガンズに情報が渡り「世界政府の一大スキャンダル」として世界中に伝わった。当然このニュースは諜報機関の汚点を晒すことになり、一部の新聞社では「これは氷山の一角に過ぎない」と隠蔽された不祥事がもっとあるのではと主張しだした。こうした世論にさすがの政府もこれはマズイと思ったのか、事態収拾の為に「掃除」をはじめた。

 まずスパンダムをCP5主官から強制退任させ、後の調べで父親・スパンダインが役職につかせたことが発覚したため任命責任としてスパンダインも政府から追放した。スパンダインはCP9司令長官であると同時にここ最近はCP-0への昇格が決まっていたが、当然却下された。CP9の司令長官はラスキーが就任し、CP9の内部改革をする方針とのこと。

 次に行ったのはサイファーポール内の改革。サイファーポールはCP-0を除くとCP1からCP8――CP9は一般人には知られていない裏の組織であるため――まであるが、それぞれの部署に主官が置かれておりそれなりの権限がある。スパンダムの件は彼自身の卑劣さも影響しているだろうが、権力の多元化に問題があると判断して各部署のCP主官を廃止した。代わりにCP長官という新たな役職を配備し、組織を再編成した。

 そして仕上げに、サイファーポール内の改革と同時に極秘調査・逮捕を始めた。逮捕された面々は全員権力を握ってた各部署の大物であり、汚職・不正に満ちていた。ある意味でブラック企業と化していたサイファーポールの各部署は、情報操作と隠蔽を十八番(オハコ)とする政府中枢の手により徹底的に〝膿〟を排除された。

 こうした経緯によりサイファーポールは生まれ変わり、原作本編とは異なる形で活躍することになる。

 

 

 新世界。

 グラン・テゾーロ計画が着実に進行する中、テゾーロはアオハルとタタラを呼び出した。

「お前らを呼んだのは……いい加減わかるよな?」

「マリージョアの件……ですね?」

「その通りだ」

 テゾーロは二人に話し始める。

 つい先日、テゾーロはシャボンディ諸島で諜報活動をしていたサイからある報告を聞いた。それはフィッシャー・タイガーと思われる魚人が人目を避けながら、武器を購入しているという情報だ。

 今のシャボンディ諸島は人間屋(ヒューマンショップ)を潰されたことにより人攫いと人身売買の市場が軒並み廃れ、古くから根付いていた「闇」が払われつつある。人種差別はまだ根深いため、それが原因となるトラブルは未だに続くので完全に安全とは言えないが、いずれにしろシャボンディ諸島は一部の区域ならば他種族でも出歩けるくらいに改善しつつある。

 そんな中、タイガーは人目を避けて武器を買い集めているという情報が飛び込んだ。襲撃計画を目論んでおり、近い内に起こすことは明白だ。実際に襲撃すれば、甚大な被害が生じ死傷者も出てもおかしくない。

「襲撃も秒読みになってきた。海軍と交戦すれば、甚大な被害が生じるはずだ」

「要はそれを防ぐためにもおれ達に出張れってこと? ギル(にい)

「そこまでわかれば、もう十分だな」

 テゾーロはサイが得たタイガーの情報を伝える。

 元々魚人族という人種は人間の十倍の腕力を有し、魚の能力を併せ持つので海上戦で圧倒的に有利。さらに「魚人空手」と「魚人柔術」という武術を操る者もおり、陸上においても優れた戦闘力を発揮する。それを踏まえ、タイガーは荒くれ者揃いの魚人達の頂点に立てる程の実力者だという。

「単騎でも油断したら大ケガするってことか……」

「そうだ。魚人本来の力に加えて覇気が操れるとしたら、かなり厄介だ」

「タイガーは討ち取ればよいのですか?」

「いや、お前ら二人――特にアオハルが下手に暴れれば、マリージョアが火の海になる。最小限の被害で事を収めなければならないんだ、タイガーを追い払うか拘束する程度で十分だ。もっとも、これは政府が今まで黙認してきた〝闇〟のツケを払うような事態だからそこまでする必要は無いかも知れないが」

 テゾーロは「痛い目に遭わなきゃわからない連中だし」と溜め息交じりに呟く。

 人身売買は世界的に禁止であるのにもかかわらず、それを黙認し続けてきた――というよりもほとんどグルに近い――世界政府。ここらで一度痛い目に遭い、猛省を促す必要があるだろう。

「そういう訳だ。すぐにでも出発し、クリューソス聖と面会してくれ。話は通してある」

「「了解」」

「……頼んだぞ」

 

 

           *

 

 

 数日後。

「……そういえば、私とアオハルがコンビになるのは初めてでは?」

「そういやあそうだったね」

 マリージョアの郊外でテントを張り、お茶を飲むアオハルとタタラ。いくら離れてるとはいえ、世界政府の本拠地・聖地マリージョアで野宿をするのは後にも先にもこの二人だけだろう。

 そんな二人は、タイガー襲撃に備えて最後の作戦会議をしていた。

「アオハル、やはりここは二手に分かれましょう。あなたは新世界側に待機して下さい、魚人島はこの聖地マリージョアの真下と聞きます。どちらかから必ず現れるかと」

「まァ、さすがに空は無いだろうしね」

「目的は何であれ、恐らく相手は目立たぬためにも単独の夜襲を仕掛けるでしょう。奇襲は迅速(はや)さが物を言う……ここまで到達したら見つけ次第拘束しましょう」

「――その目的なんだけどさ、奴隷解放だったらどうする?」

「!」

 アオハルの一言に、顔色を変えるタタラ。

 テゾーロ財団による活動でシャボンディ諸島の人間屋(ヒューマンショップ)は潰され、人身売買の取り締まりも段々強くなってきた。しかし未だに人身売買・奴隷文化は根強く、マリージョア内部にも数えきれない程の奴隷達がいる。

 確か襲撃すると見なされているフィッシャー・タイガーは冒険家だが、数年間奴隷だった過去があった。もしかしたら生き地獄を味わう奴隷達を解放しようと考えているのかもしれない。

「そういえばギル兄は、フィッシャー・タイガーのことを海軍やサイファーポールに伝えてなかったな……」

「――まさか、これを機に奴隷制度の撤廃を!?」

 そう声を上げたタタラに「考え過ぎかもね」と一言加えるアオハル。

 だがマリージョアが襲撃される可能性があるというのに、ここ最近の上司(テゾーロ)はコネを使って情報提供をしておらず、むしろ秘匿して決して漏らさないよう働きかけていたようにも思えた。

 事実、テゾーロは奴隷制度と人身売買に対し強い不快感を示しており、人が人を虐げるという負の連鎖を断ち切りたいという思いを持っている一面もあった。彼の野望である世界的な革命は、その奴隷制度の撤廃も含むのだろう。

「………これさ、おれの()()()()()()だから聞き流しといて」

「? どういうことですか?」

「ギル兄はもしかしたら……」

 

 ――フィッシャー・タイガーがマリージョアを襲撃して大暴れすることを事前に知っていて、それを利用しようとしているのかもしれない。

 

 アオハルの独り言という名の推測に、タタラは絶句する。

 利用しようとしているのは、理解できなくもない。テゾーロは世界政府を「痛い目に遭わなきゃわからない連中」と評していることから、恐らくタイガーによるマリージョア襲撃を機に五老星に人身売買の取り締まりの厳格化や奴隷制度の撤廃を訴えることだろう。

 問題なのは「タイガーのマリージョア襲撃を事前に知っていた可能性」の方だ。〝見聞色〟の覇気は極限まで鍛えると「少し先の未来が見える」という一種の予知のレベルにまで達するというが、それはあくまで()()()()()()()()であり、何年も先の未来の予知など覇気で視ることは不可能だ。そう考えると――

「……ダメだ、考えるとややこしくなる」

「……」

「でもまァ……どっちにしろギル兄はギル兄なんだし、真相なんてどうでもいいけどね」

 アオハルは立ち上がり、タタラの言われた通り新世界側へと向かった。

(……テゾーロさん。あなたが()()()()()、私達はあなたについて行きます)

 

 

 そして、運命の夜が来た。




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第93話〝聖地マリージョア襲撃事件・後編〟

この小説でまだ回収しきれてない伏線がある気が……。



 燃え盛る城と町。炎で夜空は真っ赤に染まり、建物が焼け落ちていく。

 その中で、タタラとアオハルは負傷した住人やマリージョア常勤の海兵、衛兵の応急手当をしつつ話し合っていた。

「迂闊でした、彼がまさかあんな形で侵入するとは……!」

「ヤマ張りすぎたね……おれも素手でよじ登る(・・・・・・・)のはお互い想定の範囲外だったよ」

 タタラとアオハルは当初、厳重な警備ゆえにタイガーは衛兵になりすまして侵入するだろうと考えていた。聖地マリージョアへは〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を挟む〝赤い港(レッドポート)〟という巨大な港からシャボン玉で飛ぶリフト「ボンドラ」によって出入りする。その上で海兵や護衛達にバレないように侵入するには、衛兵になりすました方が都合がいいからだ。

 だが、実際は大きく違った。何とタイガーは〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の断崖絶壁を素手で登り切り、かなり遠回りにマリージョアへと侵入した。恐らく正面突破だと阻害される可能性が高いと読んだのだろう。いくら魚人でも雲を突き抜ける程の標高(たかさ)であるあの赤い壁を岩壁登攀(ロッククライミング)で侵入は想像だにしておらず対応が遅れたのだ。

「やむを得ません。襲撃犯探しの前に、救える命を救いましょう」

 タタラは額の包帯を(ほど)いて唯一潰れていない「第三の目」を露わにすると、額の目の瞳孔が開き、それに合わせてタタラも顔を動かし色々な方角を見始めた。

 その行動に首を傾げたアオハルは、タタラに質す。

「……何してんの?」

「私の「真の開眼」をした額の目は透視ができます。それなりの短所こそありますが、〝見聞色〟の覇気と併用すれば全てを見ることができるので、こういう時に使えるかと」

 額に第三の目を持つ三つ目族は、「真の開眼」をすると特殊な能力を得られるという。純粋な三つ目族であるタタラの場合は透視ができる。範囲は限られている上に遠ければ遠い程精度が低くなるという短所はあるが、建物の裏に隠れている人間の姿・形を把握できるのは今回の非常時にうってつけだ。

「逃げ遅れた人はいないようですね……次へ行きましょう」

「天竜人は放置していいかな?」

「さすがにマズイでしょう、財団の信頼に関わるんですし」

 アオハルは不快感を露わにしつつも、タタラと共に聖地を駆け抜ける。

 人間は勿論のこと、魚人族や人魚族、手長族に足長族、巨人族、小人族……あらゆる人種の奴隷達とすれ違う。タタラのような三つ目族は人間(ヒューマン)オークションの相場リストにも載っていないからか、誰一人と見当たらない。

「タタラ……」

「ええ……同胞は捕まっていないようですね」

 穏やかな笑みを浮かべるタタラ。

 その時――

「は、放して!! 自由になれたのに!!」

「うるさい、奴隷風情が!!」

 タタラとアオハルの目の前で、男達が美少女三人組を引っ張っていた。

 海軍の軍服やコートを身に纏っておらず、ましてや衛兵のような鎧姿でもないため、恐らくサイファーポールといった政府の役人か天竜人の使用人だろう。

「……ったく、しょうがないなァ」

 アオハルはいつものどこか気怠げな目を鋭くさせ、睨みつけた。

 その直後、凄まじい圧が男達に襲い掛かった。その圧を食らった男達は一斉に泡を吹き、白目を剥いて倒れた。

「アオハル……!?」

「おれだって半端者じゃないさ。それなりの鍛錬はしているよ」

 そう、アオハルもまたテゾーロ同様〝覇王色〟の持ち主なのだ。

 〝覇王色〟は熟練した者が扱えば、使うタイミングから威力、威圧する対象、さらには影響が及ぶ範囲をも制御することができる。アオハルは普段こそやる気が抜けていたりどこか飄々としているみたいだが、れっきとした武人であるのだ。

「……そこの御三方。早く逃げてください」

「あ、あなたは……」

「礼など結構です、今は生き延びることを」

 三人組の美少女はタタラに短く頭を下げ、全速力で逃げていった。

「さて、あとは建物内――っ!? アオハル!」

「っ!」

 崩れ落ちる建物内で負傷者の捜索をしようとした矢先、二人の背後に大きな影が差した。

 そして僅かに漏れた殺気に気づき、一斉に避けて得物を構え距離を取る。

「……海軍、ではないな」

 影の正体は、大砲(バズーカ)や剣、拳銃などで完全武装した赤い肌の魚人。それも高身長のアオハルやタタラですら見上げてしまう程の巨漢だ。

「アオハル、彼が実行犯の……」

「ああ……フィッシャー・タイガーだ」

 対峙する三人。

 タタラは第三の目で睨みつけ、アオハルは覇気で威嚇するが、それに対し何の動揺もしていないタイガーはさすがと言ったところだろう。

「海兵でも天竜人共の従者でもないようだが……おれの邪魔をするなら、容赦しねェぞ!」

「因果な商売なんです、我々テゾーロ財団にも面子があるので」

「ならば、是が非でも通させてもらう!!」

 タイガーは手にしていた剣を振るい、一気に距離を詰める。

 狙ったのは、タタラだ。

「フンッ!」

 タイガーは剣を振るい、タタラはそれを仕込み杖で受け止めた。

 斬撃だけでなく魚人本来の怪力も受けたため地面が少し陥没し、タタラは踏ん張ってどうにか耐える。

「ぐっ……!」

「タタラ! 今助ける!」

 

 ブウゥン!!

 

 アオハルは愛刀を抜くと刀身にビームを纏わせ、伸ばしながら横一文字に薙ぎ払った。

 タタラを避けるように放たれた高熱を放つ一太刀はタイガーを狙うが、彼はそれをうまく躱した。

 

 ゴパァァ!!

 

「あっ……」

 ――が、そのせいでビームの刃はパンゲア城の厚い外壁をごっそり抉り溶かしてしまう。

「あ~……やっちゃった……」

「やっちゃったって――ちょ、何やってるんですか!? アオハルっ!!」

「いや、今の不可抗力でしょ……」

 タタラに叱責されるアオハル。

(何という威力だ……)

 一方のタイガーはアオハルの能力を目の当たりにし、冷や汗を流した。あのまま避けきれずに直撃していれば、火傷どころか最悪の場合胴体が真っ二つに焼き切られて即死する可能性もあった。

 心して掛からねばならない――そう判断したタイガーは、距離を取って間合いをはかるように構える。だが勝負はいきなり思わぬ形で終わることになる。

「!! アオハル、海軍が到着したようですよ」

「!」

 海軍が駆けつけたのを察知したタタラ。

 するとアオハルが黒電伝虫――盗聴用の非常に小さい電伝虫――を取りだし、通信の傍受を始めた。

《……ザザ――逃げ出し……奴隷な………》

「ハァ……ったく、肝心な時に困るよなァ」

「仕方ないですよ。色んな電波が飛び交ってるからじゃないですか?」

 盗聴用の黒電伝虫は他の電伝虫の電波を傍受できるはずなのだが、電波が悪いのかそれとも色んな電波を受信してるせいなのかよく聞き取れない。

 しかし、そんな中とても重要な電波の盗聴に成功した。

《……奴隷など………ザザ――どうなってもいい……え!!》

《奴隷なん――ザザ………早く助けるアマス!!》

「「!」」

 その内容に目を見開く二人。

 今の声は、その独特な語尾から天竜人の声だろう。その天竜人が「奴隷などどうなってもいい」「早く助けろ」と命令しているのだ。

 恐らく海軍が最優先する行動は天竜人の保護であり、奴隷や暴れ回る目の前の実行犯など後回しにするということなのだろう。奴隷達にとっては願ったり叶ったりだ。

「……退くとしようか」

「そうしましょう」

「何?」

 あっさりと退却しようとする二人に、怪訝な表情を浮かべるタイガーだが……。

「天竜人の命は絶対(・・)なんだ」

 アオハルは含み笑いを浮かべると、その真意を理解したタイガーは「そうか」と笑った。

 天竜人の命に逆らうこと――それはすなわち、(あら)(ひと)(がみ)の神命に逆らい世界に仇なすことを意味する。逆を言えば、襲撃の実行犯たるタイガーとマリージョアから逃げた奴隷を捕まえなかったことへの口実にもなる。天竜人の命令は政府の役人は勿論のこと、海軍もサイファーポールも従うので、たとえテゾーロ財団が政府から咎められても「天竜人の命を護ることが最優先」と告げればそれ以上の追及はされないという訳だ。

「……この言質を有効活用させてもらうとしよっか」

「ええ……ですが」

 仕込み杖を鞘に納めたタタラが、タイガーに忠告した。

「タイガーさん、これだけは言っておきます。あなたは形はどうあれ〝奴隷解放〟という偉業を成し遂げた英雄と同胞達から呼ばれるのは明白ですが、これは天竜人に刃を向けたことと同じ行為――これからは修羅の道で、心の奥の「鬼」との戦いが始まることでしょう……その「鬼」に勝てる自信がありますか?」

 その言葉に、タイガーは動揺した。

 タイガーは天竜人の奴隷だった過去があるゆえに、人間への恨みを消すことができずに人生を終わらせることもあり得る。人間の狂気と差別意識を知ってしまった彼は、どれ程の心優しい善人に会っても人間を憎悪する「鬼」が邪魔をすることだろう。

 タタラはタイガーに、その「鬼」を打ち負かせるのかと質したのだ。負の感情の連鎖を止め、次代が人間と和平し仲良くできる未来の為に。

「……おれはおれの心の中にいる「鬼」には決して屈さない。人間(おまえら)のようにはならない!!」

「……そうですか。それでいいんです」

「っ……!」

 微笑むタタラに、タイガーは目を見開く。

「……話は済んだ?」

「ええ――では行きましょう、アオハル」

 二人は顔を見合わせ、逃げ遅れた人々を助けるべく燃え盛る建物へと突入した。

 タイガーはその背中を黙って見届け、マリージョアから脱出すべく踵を返した。

 

 

 翌日、新聞を介し世界中を震撼させるニュースが広まった。

 魚人フィッシャー・タイガーによる「聖地マリージョア襲撃事件」――この世界の「禁止事項(タブー)」を犯し、たった一人で乗り込み奴隷解放を行った彼はすぐに指名手配された。

 この事件を機に、世界政府は大きく体制を変えることとなる。

 

 

           *

 

 

 シャボンディ諸島のテゾーロ財団支部。

 テゾーロにシャボンディ諸島の事務所に来るよう伝えられたタタラとアオハルは、昨日の一件の報告をしに来たのだが……。

「――お疲れさん。仕事は済んだようだな」

「!?」

「この人達は……」

 労いの言葉を掛けられた二人は、驚愕した。

 何と首輪や手錠をかけられた者達が、テゾーロの前で列を作り並んでいたのだ。

「テゾーロさん、まさか……鍵を!?」

「能力は使いようってやつだ。これくらい造作も無い」

 液体状の黄金を流し、元奴隷達の首輪や手錠を外すテゾーロ。彼はゴルゴルの能力を応用し、指輪を融かして鍵穴に流し込み解除しているのだ。

「元奴隷達は、どうするおつもりですか」

「故郷へ届けるか、おれのグラン・テゾーロ計画に与するかのどちらかだな」

 テゾーロは元奴隷達に、選択肢を与えたという。

 一つは故郷へ帰ること。帰り方は近ければ自力で、遠ければテゾーロ財団が送り届けるというもので、純粋な慈善事業である。テゾーロの尽力により人攫いの数も激減し、政府も襲撃後の対応に追われているので今がチャンスだろう。

 そしてもう一つは、グラン・テゾーロ計画に協力すること。これはテゾーロが開発している島に住民として住むことであり、国家樹立の為に移民として受け入れるという意味でもある。こちらは故郷がわからない者や親に捨てられた者などへの対応も兼ねている。

「報告は必要無い。大方、天竜人の救助要請を口実にタイガーを見逃したんだろ?」

「「っ!!」」

「おれはそれを責めやしないし、政府も責めようがねェだろ? 神に逆らう暴れん坊が二人も増えたら後始末が面倒だろうし、元々は政府の因果応報だからな」

 政府を嘲笑する言葉と共に喉を鳴らして笑うテゾーロ。

 元奴隷達の首輪と手錠を全て解除すると、二人にある仕事を与えた。

「さてと。お前ら、そこの別嬪(べっぴん)三人組をレイリーさんトコに連れてってくれないか?」

「え――」

「お前らなら、多少は心を許せるだろう」

 テゾーロが指を差すと、その先には昨日会ったあの美少女三人組だった。

「……無事だったのですね!」

「よくここまで……」

 三人との再会にタタラは思わず喜び、アオハルも安堵する。

「おれはまだやるべき仕事がある、その子らは頼んだぞ」

「ええ、お任せを」

 タタラとアオハルは、三人組を連れて事務所から出た。

(さてと……これでまた暫く海が荒れるから気ィ抜かねェようにしねェとな)

 テゾーロは今後の世界の変革を感じ取ったのか、愉快そうに笑った。




次回もタイガーのネタです。
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第94話〝タイヨウの海賊団〟

 マリージョア襲撃事件から数週間。

 聖地から逃げシャボンディ諸島に集中した元奴隷達は、自力で帰る者もいれば人の手を借りて帰る者もいる。テゾーロはそんな元奴隷達に手を差し伸べ、自らが所有するオーロ・コンメルチャンテ号に乗せて無償で故郷へと送り届ける慈善事業を実施している。

 だがその帰り道に、事件は起こった。

 

 

           *

 

 

「あのォ……船、間違ってませんか?」

 サングラスをかけ絶賛日向ぼっこ中のテゾーロは、呑気に声を上げる。しかし彼が置かれた状況は非常に緊迫している。なぜならテゾーロ達は巷を騒がす「タイヨウの海賊団」の船員(クルー)達による襲撃に遭ったからだ。

 少し寝て起きたらいつの間にか船には大勢の魚人が乗っており、ほぼ制圧状態に近い。その中でもデッキチェアでジャージ姿で寝っ転がるテゾーロは、肝が据わっているというよりもただの能天気に近い。部下達は勝てない戦ではないだろうが下手に戦闘になると厄介だと理解しているのか、魚人達の動向に警戒はしつつも抵抗はしないでいる。

「おたくら……何しに来たんですか?」

「見りゃあわかるだろ、襲撃だ」

 呆れた様子のテゾーロに、ズカズカと歩み寄る魚人。

 その姿を目にしたテゾーロは、一瞬だけ目を見開いた。巨大なノコギリと鋭いノコギリ状の鼻が、若き日の〝彼〟であることを証明しているからだ。

(アーロンか……(わけ)ェな~、オイ)

 現れたのは、後に〝東の海(イーストブルー)〟のコノミ諸島にある20もの町村を支配下に置きルフィと死闘を繰り広げる魚人海賊〝ノコギリのアーロン〟だった。

 だがルフィと対決する時の彼は――〝東の海(イーストブルー)〟が平和であるのも要因の一つだが――「支配」に集中したがゆえ、これといった強者と戦うことはしなかった。恐らく目の前の彼は「全盛期のアーロン」と考えていいだろう。

「噂は事実って訳ですな」

「あ?」

「魚人島周辺で活動していた海賊〝アーロン一味〟が、フィッシャー・タイガー率いる〝タイヨウの海賊団〟に合流したって話ですよ。まさかこんな形で会うとは驚きでしたがね」

 足を組んだ状態でアーロンを見上げ、ドリンクを飲むテゾーロ。

「それで? 巷の有名人が、呑気に船の甲板でお昼寝していた実業家に何か御用ですかな。ドリンクでも飲みに来たならお出ししますけど」

「シャハハハハハ! フザけたことぬかしやがって……まァ確かに俺達はてめェに用がある。てめェが政府や海軍とグルであることも知っているしな」

「……それで?」

「見せしめに来たのさ!!」

 アーロンは得物である巨大なノコギリ〝キリバチ〟を振るった。

 しかし――

 

 ガッ!

 

『!?』

 テゾーロは片手でアーロンの攻撃を受け止めた。その手は黒く変色しており、〝武装色〟の覇気を纏っているようだ。

(〝キリバチ〟を素手で受け止めやがっただと……!?)

「慌てなさるな、今は仲良くやりましょう」

 サングラスを額に上げるテゾーロは、口角を上げる。

 対するアーロンは素手で得物の一太刀を受け止められ、動揺を隠せないでいる。それは魚人達も同様で、中には冷や汗を流している者もいる。

「おれが喧嘩を売ったならまだしも、売りも買いもしない相手に刃向けちゃあダメでしょうが」

「――下等種族風情がっ!」

「その下等種族に説教されてるあなたは何なんでしょうね」

 テゾーロの言葉が癪に障ったのか、アーロンは憤り拳を強く握り締めた。それと共にメロヌスは愛銃を素早く構えて彼の眉間に照準を合わせる。

 だがそれに待ったをかけたのは、テゾーロだった。

「メロヌス、武器をしまえ。交渉中の臨戦態勢は無礼だし、国際問題を起こすのは御免だぞ」

「だが――」

「メロヌス。しまえっつってんのが聞こえねェか」

 〝覇王色〟の覇気を放ちながら強く言うテゾーロに、メロヌスは納得していない表情を浮かべつつも銃を下ろした。先程まで呑気に日向ぼっこをしていた男とはまるで別人の――それこそ歴戦の猛者や王者のような気迫に魚人達は一斉に怯む。

 すると、そこへ魚を象った船首の海賊船が太陽のマークの海賊旗をなびかせ近づいた。

「アーロン、お前という奴は……」

「大アニキ!」

 甲板にコートを羽織り迷彩柄のバンダナを着けた赤い肌の巨漢が、アーロンを咎めつつ現れた。冒険家から海賊に転身したフィッシャー・タイガーだ。

 その横にいる下顎から2本の牙を生やした和装の魚人は、後々王下七武海になる〝海侠のジンベエ〟だろう。

「……お前がギルド・テゾーロか」

 タイガーはジンベエを連れて乗り込み、テゾーロを質す。

 アーロンもさすがにタイガーの前で手を掛けるのはマズイと思ったのか、すんなりと退いた。

「いかにも……テゾーロ財団理事長のギルド・テゾーロです。ということはあなたが奴隷解放の英雄であるフィッシャー・タイガー殿で?」

「……ああ。ウチのモンが迷惑かけたようだな」

「どっかのバカ世界貴族達がしでかした所業に比べれば些細なモンです。気にしないでください」

 これだから人権問題は、とテゾーロは溜め息を吐く。

 タイガーは魚人達の恨み・憎しみの対象である人間――ましてや政府側の人間でありながら一切手を上げなかった彼の度量に感心したのか、鋭い眼差しでありながら口角を少し上げていた。

「テゾーロといったな……正直な話、わしもお頭もお前さんを同類(・・)と見ておった。政府側の人間である以上は偏見と差別くらいすると思うとったからのう」

「我々もあなた方も命一つの〝ヒト〟なんだ。人間も魚人も人魚も、根本は皆同じです。……それにおれは下らない常識に囚われるような野郎に成り下がる気はありませんから」

「………人間の割には、中々まともな感性の持ち主のようだな」

 タイガーはテゾーロを評価する。他の魚人達もテゾーロの考えに興味を持っているのかコソコソと話し始める。

 しかし、そこへ横槍を入れるのがアーロンだ。

「タイの大アニキ!! 絆されちゃいけねェ、こいつも所詮は人間だぜ? 腹ん中がそうとは限らねェ!! すでに通報しているだろうよ、とっとと潰しちまった方がいい!!」

「アーロン、よさんか!」

 激しく主張するアーロンと、それを諫めるジンベエ。

 するとテゾーロは呆れた表情を浮かべ、口を開く。

「こちらとしては穏便に事を済ませたいのですが……海上での戦いが必ずしも魚人(そちら)に利があるとは思わないことだ」

 

 ビリッ!

 

 金の指輪をはめたテゾーロの手から火花が散った。

 そして彼の意思に呼応するかのように、船に施された黄金の装飾や欄干が形を変え、触手の形となってうねりながら魚人達の首筋に当てられた。

「――タイガー、これは脅しではなくそちらが仕掛けた際のれっきとした正当防衛(・・・・)。そっちが何と言おうと、異論は言わせない」

「能力者か……!」

「そうだ……おれは〝ゴルゴルの実〟の能力者。黄金を生み出し、自由自在に操ることができる」

 テゾーロとタイガーが睨み合う。

 両者共に殺気立ち、いつでも攻撃できる意志を見せつけ合うが――

「――まァ、()る気は毛頭無いので双方引くのが賢明でしょうね」

「……それもそうだな」

 不殺を貫くタイガーと、そもそも手を出された場合のみ戦うというテゾーロ。無駄に血を流すことを不本意と思っているのはお互い様だ。

 話し合いで手を引くのは、当然と言えた。

「お前ら、戻るぞ! こいつらに用は無い」

『お頭!!』

「今ここで互いに無駄な血を流せば、それこそおれ達が嫌う野蛮な人間達と変わらねェ。わかったな」

 タイガーの一声で、魚人達は次々と自らの海賊船へと戻っていく。アーロンも納得しない表情のまま舌打ちするも、素直に引いた。

「お頭、わしらも……」

「ああ」

 ジンベエに促され、タイガーもコートを翻し撤退を始める――が、立ち止まって背を向けたままテゾーロに声を掛けた。

「……ギルド・テゾーロ」

「?」

「お前の部下に、三つ目の剣士と二刀流の能力者がいなかったか?」

「! ――タタラとアオハルですか」

「その二人によろしく言っといてくれ」

 タイガーはそう言い、ジンベエと共に自らの一味の船へ飛び乗り去っていった。

「……理事長、無事か?」

「まァな」

 テゾーロは笑顔でアピールし、部下達を安堵させる。

(……人種差別、か。そんな下らないことに縛られ続けるのなら、おれが解放してやるとすっか。ただし、おれのやり方でだけどな)

 

 

 数週間後、タイガーは懸賞金2億3000万ベリーの、ジンベエは懸賞金7600万ベリーの大物賞金首として指名手配された。それと共に「タイヨウの海賊団」は戦闘において敵への不殺を貫く異質の海賊団として破竹の進撃を続けた。

 これに乗じてか、テゾーロもまた海軍や政府の知らぬところで大きく動こうとしていた。




一応予定ですが、近い内に新章をやります。
舞台はリュウグウ王国で、オトヒメ王妃と接触するかと。


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魚人差別撤廃編
第95話〝成功への架け橋〟


ここいらから新章「魚人差別撤廃編」です。


 終焉とは、思わぬ形で訪れるものである。

 それがたとえ、この世界に大きな変化をもたらす一大事業でも。

「あ! 島だ!!」

 テキーラウルフで、希望の言葉が響いた。

 労働者達は作業をやめ、慌てて海を見る。声の主である見張りの少年が指差す先には、小さいが島のような影が。

「ああ……ようやくだ、ようやく完成(ゴール)だっ!!」

 労働者達は歓喜した。

 テゾーロの尽力と各国の――利権目的が多い――支援により、永久に完成しないと思われたテキーラウルフの橋がようやく完成しようとしている。700年も掛けてなお完成しなかった工事が、ついに終わろうとしている。

 それだけで、労働者達の心が晴れていく。だが――

「マズイぞ、資材が足りない!」

『!?』

 

 

 テゾーロ財団、新世界仮設事務所。

 工事が進む中、事務所ではテゾーロが電伝虫で作業現場の監督をしているシードと会話していた。

「成程……それでおれに電話を寄越したと」

《はい、すいません……》

「あ~、いいって。おれも色々とやってたし」

 テゾーロは頭を掻きながら応対する。

 テキーラウルフのあの巨大な橋はあともう少しで完成するのだが、ここへ来て資材が少なくなり島まで繋げることができなくなった。工事ではよくあることだが、労働者の心にダメージを負わせるには十分だろう。

「あともう少しって時に……!」

「そううまく行ったら、世の中つまらないけどね」

「それはそうだが……」

 グラン・テゾーロ計画の進行を進めている今、幹部達は一部遠方に出かけている。

 シードは酪農を学びたいとテゾーロに志願していたため、お望み通り叶えて〝東の海(イーストブルー)〟へと向かわせたが、シードは組織の中でもオールマイティな人間――海軍将校の経歴があるためチビではあるが事務も力仕事も得意だったのが仇となり通常業務で書類が溜まりやすくなった。ジンに試しにやらせてみたが、元々ワノ国で浪人暮らしが長かった分「学」が少ないため書類一枚こなすのに時間がかかる。そのため現場に飛ばされたということもあり、思わぬところで小さなブレーキがかかっているのが現状。

 アオハルは情報収集の為に〝偉大なる航路(グランドライン)〟から離れており、人手も足りない。

「資材が足りない、労働者も疲弊しきっている……じゃあ区切れもいいからそこで事業終了とするか」

《え?》

『は!?』

 テゾーロの大胆な提案に騒然とする。

 資材が足りないとはいえ、ここで易々と事業を終えるというのだ。

「世界政府は「島と島をつなぐ巨大な橋を造れ」とは言ってたが、もうそこまでくれば橋じゃなくても大目に見るさ……厳密に言うと大目に見させる(・・・・・・・)だけど」

《……》

「それに今ちょうど橋をこれ以上増築しなくてもいいのがあるしな」

「海列車か……!」

 そう、テゾーロは万が一を見越して海列車をテキーラウルフに敷くプランを用意していた。

 テキーラウルフ周辺の海域の天気は常に曇天かつ雪が降っているのだが、波は常に穏やかで風も弱く、海列車を敷くには絶好のスポットでもあるのだ。残された資材で海列車の駅を造り、そこにレールを敷けば島まで繋ぐことは可能……〝偉大なる航路(グランドライン)〟以外の海では初導入というPRもでき、一石二鳥だ。

「最後の任務だ、海列車の駅を造れ。デザインとかは全部そっちに任せる、おれは今から魚人島に向かわなきゃならない」

《魚人島? あの人魚で有名な?》

「ああ、そうだ」

 テゾーロは湯呑みのお茶を口に含む。

 フィッシャー・タイガーの一件から、テゾーロは世界政府――それも五老星から直々――に魚人島のリュウグウ王国へ向かうよう頼まれた。その目的は、タイガーのような危険な行動に走りやすい魚人・人魚を取り締まる政策を実施するようリュウグウ王国側に伝えるためである。

 テゾーロは「対応が間違ってる」だの「加盟国の統治に介入していいのか」だの愚痴を零しつつも、リュウグウ王国のオトヒメ王妃と出会えるまたとない機会でもあるだろうと考え承諾した。

「悪いな、今回は政府の思惑も絡んでいるからどうしても行かなきゃならない」

《そんなことが……いえ、テゾーロさんに大事な用があるのなら、そちらを優先するべきですね》

「すまん。あとは任せるぞ、責任は全ておれが取る」

《はい、必ずや期待に応えます》

 テゾーロは通話を終えると、着替え始めた。

「ギル(にい)、誰連れてく?」

「今回は少なくていいだろう、魚人島には屈強な兵士もいる。……そうだな、メロヌスとハヤトを連れてくとしよう」

 羽毛付きのロングコートに袖を通し、紅色の羽毛のストールをかける。

 メロヌスとハヤトはテゾーロの着替えが終わったのを確認すると、得物を携えて立ち上がる。

「副理事長やサイは連れてかなくてもいいのか?」

「確かにそうだな……」

「いや、今回は顔合わせ的なノリだ、もっと大きな仕事になったら呼ぶさ」

 テゾーロはメロヌスとハヤトと言葉を交わしつつ、仮設事務所の扉を開け外へ出た。

 

 

           *

 

 

 テゾーロ達は予め待ち合わせていたリュウグウ王国の軍隊「ネプチューン軍」の手引きで、魚人島へ到着した。

「これが……魚人島か」

「いつも〝上〟を通るからな、下は初めてだ」

「噂通りの美しい光景(エンターテインメンツ)だ、さぞかし()い統治をしているのだろうな」

 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の真下、海底1万m《メートル》に存在するリュウグウ王国の本島・魚人島は、「海底の楽園」と言われる〝偉大なる航路(グランドライン)〟の名所である。世経こと世界経済新聞でも観光名所だと大々的に宣伝しているので、経済的にも潤っているのだろう。魚人と人魚が仲良くしている場面もあり、人種差別が根強く残っているとは到底思えない風景だ。

 そんなことを考えていると、ナマズの人魚が現れ声を掛けてきた。

「貴様がギルド・テゾーロか。よくぞ来てくれたな」

「あなたは……」

「リュウグウ王国の左大臣を務めている。早速だが、諸君らを竜宮城へ案内する」

「竜宮城? 城なんかどこに――」

「ハヤト、上だ」

 テゾーロが指差す先には、はるか上空にあるシャボン玉にある豪華で美しく立派な王宮が。

「あそこか……」

「さあ、王と王妃がお待ちかねだ」

 

 

 十分後、竜宮城にて。

 左大臣に連れられたテゾーロ一行は、魚人島を統治するネプチューン王とその正妻であるオトヒメ王妃と邂逅していた。

「フム……お主がギルド・テゾーロか? わしはネプチューンじゃもん」

「オトヒメです、どうぞよろしく」

「テゾーロ財団理事長のギルド・テゾーロと申します。後ろの二人は銃を持ってる方がメロヌス、刀を背負ってるのがハヤトです」

 サングラスを外したテゾーロはメロヌスとハヤトを紹介し、それに応じるかのように二人は一礼する。

「うむ、遠路はるばる大儀じゃもん。魚人島の王としてお主らを歓迎するぞ」

「ええ、では早速お話でも……」

 テゾーロはそう言うと黄金の指輪を一つ外し、宙へ投げてから能力を発動する。

 指輪は融け、床に落ちると黄金のベンチが出来上がる。

「お主、能力者か……!?」

「私は〝ゴルゴルの実〟の能力者。黄金を自在に操る男です」

 黄金製のベンチに並んで座り、テゾーロは口を開く。

「では……私達が来た目的を話しましょう」

 テゾーロは落ち着いた様子で、危険な行動に走りやすい魚人・人魚を取り締まる政策を実施するよう世界政府がリュウグウ王国に要求していることを伝える。

 それに対しネプチューンとオトヒメは、激昂することもなく呆れることもなく、ただ静かに聞いていた。おそらく、二人も政府から何かしらの要求を突きつけられるのを覚悟していたのだろう。

「……」

「まァ当然と言えば当然じゃもん……タイガーの奴隷解放を黙ってくれる程、世界政府は甘くないのじゃもん」

「奴隷はまかり通るが奴隷解放は罪……全くけしからん話です」

 テゾーロは「懐の狭い連中だ」と愚痴を零す。

 その時、メロヌスは何かに気づいたのかオトヒメを見ながら口を開いた。

「話に割って入って悪いが……オトヒメ王妃」

「え?」

「あんた……どこか疲れてないか?」

 メロヌスの指摘が図星だったのか、オトヒメの目が泳いだ。

 わかりやすい人だと内心笑いそうになるも、メロヌスは続けて言う。

「野郎だらけの状況で無理をしなくてもいいんだぞ。下手に倒れられたらおれ達がやったと誤解されるからな」

「中々勘が鋭いなお主。じゃがそれも当然……」

 ネプチューンは溜め息を吐きながらオトヒメの事情を話した。

 オトヒメは魚人に対する差別を政治的な面から解決して人間との共存を目指しており、難破船の人命救助や島の子供達への教育、街頭演説に署名活動と意欲的に行動し続けている。ただし肉体は全力で平手打ちをしただけで手を複雑骨折するなど非常に脆弱であり、万が一の事が起きたらどうするのかと夫たるネプチューン自身も肝を冷やすことも多いという。

 自己犠牲も厭わず他者を助ける慈愛に溢れた人柄は国民から深く愛されてはいるが、目標の為に途中で命にかかわるような事に巻き込まれたら溜まったものではないだろう。

「……」

「オトヒメの夢見る世界は、遥か数百年昔、我々の先祖達が試みて……無念のまま潰えた夢そのものなのじゃもん」

「私は彼らと同じタイヨウの下に王国を移したいの。人間達が私達を理解してくれる日を待つのではなく、こちらが彼らに寄り添い知らねばならない」

 オトヒメの行動は常に危険と隣り合わせであるが、彼女はそれも覚悟の上であった。全ては、人間と魚人・人魚の負の歴史に終止符を打ち、子供達が人間と仲良く暮らせる明るい未来の為にである。

 そんなオトヒメの事情を知ったテゾーロ達は……。

「なあ、理事長……」

「これって、もしかして……」

「うん、できるっちゃできるよね」

「何じゃと!?」

「それは本当なの!?」

 テゾーロ曰く、テゾーロ財団は国家樹立を目的とした「グラン・テゾーロ計画」を進行中であり、ある程度骨組みができたら世界中の人々に移住先として募集をかけるつもりであったという。国は人がいなければ成り立たないからだ。

 オトヒメの人間との共存は、グラン・テゾーロ計画をもってすれば案外叶いやすいのだ。

「しかし、テゾーロ……魚人族と人魚族の偏見が……」

「それなら心配ないですよ。今マリージョアから抜け出した元奴隷の皆さんを抱えてるんで」

 さりげなく言ったテゾーロの言葉に、再び驚くネプチューンとオトヒメ。

 タイガーが起こした襲撃事件によってマリージョアを抜けてきた多くの奴隷達ならば、虐げられてきたという面では似たようなことがある魚人族・人魚族と心を通わせられるのかもしれない。

「使える資源は何でも使い、やれることは何でもやる。それもまた成功への架け橋ですよ」

「……そうですね、あなたの言う通りです」

 オトヒメはそういうや否や、テゾーロ達に頭を下げた。

「王妃……?」

「お願いがあります……マリージョアの天竜人達を、魚人族と人間との交友の為に説得してくれませんか」

 オトヒメはテゾーロに、天竜人達への説得を頼んだ。

 魚人島から地上移住という人間との共存を達成するには、この世の権力の頂点である天竜人の賛同が必要で、天竜人の後押しがあればきっと移住は可能になると考えたからだろう。

「……わかりました。一応知り合いの天竜人には掛け合ってみます」

「何と……天竜人とも繋がりが!?」

「ええ、際立ってマシな感性の持ち主ですのでご安心を」

 テゾーロは朗らかに笑うと、手を差し伸べた。

「……古い時代を終わらせる時が来ました。それを終わらせることができるのはあなたです、オトヒメ王妃」

「……人間と魚人・人魚の共存の為、お互い頑張りましょう」

 テゾーロとオトヒメは、握手を交わした。

 その光景を見ていたネプチューンは、穏やかに微笑んだ。




原作をチマチマとチェックしてますけど、カイドウって意外と人間味あるキャラのように思えました。(笑)


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第96話〝井の中の蛙大海を知らず〟

国試終わった~……!


 魚人島に来訪してから、ちょうど一週間後。

 テゾーロは今度はステラを連れて竜宮城へと訪れた。今回は前回のような日帰りではなく、会談を兼ねた宿泊込みである。

「ステラよ、よろしくオトヒメ王妃」

「こちらこそよろしく、ステラ夫人」

 ハグをして挨拶するステラとオトヒメ。

 その微笑ましい光景に、ネプチューン王は朗らかな笑みを浮かべる。

「お主らのような人間がいるとは……地上を諦めるには少し早かったかもしれんじゃもん」

「あれだけの扱いを受ければ諦めても仕方ないと思いますがねェ……同情は失礼でしたか?」

「いや、人間で同情してくれる者は中々おらぬ。その厚意は受け取ろう」

 ネプチューンにとって、テゾーロとの出会いは魚人島――いや、全ての魚人族と人魚族の未来にかかわる重要な出来事だ。

 魚人族と人魚族の恩人は、世界最強の海賊である白ひげだ。彼は若き日にネプチューンと友情の酒をくみ交わしており、その縁で自らの威名を用いてナワバリとして護っている。それに対しテゾーロは、権力とコネをフル活用して王妃(オトヒメ)の理想の実現に加担してくれている。

 人間に二度も感謝する(・・・・・・・・・・)とは、ネプチューン自身も想定外であった。

「さて……ご報告いたしますか」

『!』

「私は世界貴族・クリューソス聖と親交があります。つい先日、彼に掛け合って話を振ってみました」

「それで、どうでしたか……?」

「ええ……大成功です。クリューソス聖はあなたの考えに賛同している」

 心配そうに尋ねたオトヒメに対し、テゾーロはサムズアップしながら彼女に書状を渡した。

 そこには、クリューソス聖本人のサイン付きで「魚人族と人間との交友の為、オトヒメ王妃の意見と考えに私も賛同する」と書かれていた。

 テゾーロを介してこの世の頂点である天竜人からの賛同を得れば、大きな進歩だ。魚人島から地上移住の要望の署名活動をしているオトヒメが、次回の〝世界会議(レヴェリー)〟で署名と共に天竜人の書状を沿えることでより現実味を帯びることになるのだ。

 オトヒメは長年の苦労がようやく実を結ぶようになったことを知り、嬉しさで泣き始めた。

「元々あの方は異端視されている立場ですし、今の体制に疑問を抱いている数少ない人物。動かすことは可能ですよ。それに今、マリージョアの天竜人は二つの勢力に二分してるとされてますから」

「何じゃと?」

「ああ、これはあまり表には出ない情報ですので……」

 天竜人は今、二つの勢力に分かれているという。

 一つは保守派という勢力。簡潔に言えば世界中の人々がよく知る天竜人であり、ロズワード一家やジャルマック聖をはじめ、マリージョアで暮らす天竜人のほとんどが保守派という勢力に属している。

 もう一つは、近年現れた革新派という勢力。天竜人は絶対的な権力を持つが神ではないという立場で、全ての生ける者に権利があり、奴隷や他種族への差別といった悪しき風習を改めるべきという天竜人の中でもごく少数の――天竜人の中では異端だが――ちゃんとした思考回路の持ち主が集っており、テゾーロと親交があるクリューソス聖が筆頭として属しているという。

「天竜人にもそのような変化があったとは……」

「時代は常に変わるもの……善果にもなれば悪果にもなるんですよネプチューン王」

 テゾーロはネプチューンにそう言うと、今度はオトヒメに忠告した。

「そしてオトヒメ王妃、あなたの敵は必ずしも人間だけではないことをお忘れなく」

「――えっ?」

「王妃の理想が不都合なのは、人間だけではないということです」

 人間が魚人・人魚を下等な存在だと忌み嫌うように、その逆の存在(・・・・)が現れるのは自然の摂理だ。

 今ではタイヨウの海賊団に加わった海賊アーロンも、人間に対し差別的思想を持つ種族主義者だ。彼の思想に感化された魚人・人魚が現れれば、人間との協調路線を取るオトヒメのような人物を目障りに思うのも当然だ。殺意が剥き出しの敵よりも味方を装った敵の方が厄介に決まっている。

「そして王妃……〝被害者ビジネス〟はご存じですかな?」

 被害者ビジネスとは、被害者と偽ることにより自分の地位を優位に立たせることで、相手に様々な要求をしたりして儲けるビジネスだ。加害者は同情されることは基本的には無いが、被害者はそれを装うだけで周囲の同調を得られるばかりか相手方から謝罪や賠償金を堂々と請求できるので、それを悪用して利益を得ようとするのだ。

 現時点では確認されてないが、世界政府の横暴ぶりを利用して不当な利益を得ようとする人たちが出てきてもおかしくはない。現にフレバンスも、今では公害による国家存亡の危機を乗り越えた平和な国として周知されるようになったが、珀鉛病の問題を建前に政府に謝罪と賠償を要求し続ける未来がもしかしたらあったのかもしれない。

「――魚人族と人魚族は人間から迫害を受け差別され、挙句の果てには奴隷にさせられた……それは確かに許してはならぬ。だがそれを大義名分として人間に同じ行為をしては、共存という明るい未来は来ないのじゃもん」

「ええ……過去を持ちだして不当な利益を得ようとするのはよくないことだものね……」

 ネプチューンとオトヒメの意見に、無言で頷くテゾーロ。

 すると、そこでステラが声を上げた。

「ねェ、テゾーロ。あそこの兵士さん、ずっとこっちを見てるんだけど……」

「兵士が?」

 テゾーロはステラが指差す方向へ顔を向けると、顔色を変え目を見開いた。

 彼の視線の先には、鮫のように鋭い歯が特徴の魚人がいた。その正体は、若き日の「環境が生んだバケモノ」だった。

(ホーディ・ジョーンズ……)

 ホーディ・ジョーンズ。

 彼はアーロンの魚人至上主義を掲げ、新魚人海賊団を結成してクーデターを起こした魚人。人間達から迫害を受けたわけではないアーロン以上の過激派で、リュウグウ王国を支配して〝世界会議(レヴェリ―)〟の会場であるマリージョアでテロを画策していた正史におけるオトヒメ暗殺の真犯人だ。

「ネプチューン王、彼は?」

「あやつか? 名はホーディ・ジョーンズ……つい先日我がリュウグウ王国の兵士となったのじゃもん。かつて我が軍に属していたジンベエには及ばぬが腕は立つぞ……そうじゃホーディ、この客人達を部屋へ案内してくれぬか?」

「……承知しました」

 ネプチューンに促され、ホーディは獰猛な笑みを浮かべつつ頭を下げる。

 その笑みを、テゾーロが見逃していないことに気づかず。

 

 

           *

 

 

 竜宮城で客人として泊まることになったテゾーロ達。

 ネプチューンが手配してくれた部屋で、ステラ達はくつろぎ始めるが、テゾーロは一人でホーディと対峙していた。

「……で、おれに何の用だい新米君」

「下等種族が〝聖戦〟の邪魔をするな!!」

 そう言うや否や、ホーディは殺気を放って矛でテゾーロを貫こうとした。だがテゾーロはそれを避けもせず、あえて(・・・)覇気を纏った手で穂先を受け止める。

 そのまま力を込めて握り締め、ホーディを睨む。

「井の中の蛙大海を知らず……世界の広さを知らない奴に、一体なにができる?」

(う、動かねェ……!?)

 魚人族は生まれながらにして通常の人間の十倍の腕力を有している。特にホーディはまだ若いとはいえ、サメ系の魚人族であるゆえか、魚人族の中でも抜きん出た力を持っている。

 それにもかかわらず、テゾーロに向けた矛がピクリとも動かない。矛を握り潰してしまう程の力を感じ、ホーディは冷や汗を流す。

「聖戦? 丸腰の男を暗殺することが? バカバカしい……人はそれを「テロリスト」と呼ぶんだよ」

「何だと……!?」

「思想ってのは大衆の心を掴んだ時、初めて力となる。だがお前の思想は魚人族と人魚族の希望となる未来志向ではない……ただ感化された者の身を破滅に追い込むだけの危険思想だ! お前はオトヒメ王妃の思想を理解しようとしたことがあるのか?」

 テゾーロは怒りを込めた口調でホーディに言い聞かせる。

 この世界にギルド・テゾーロとして転生し、多くのことを学んだ。生涯のパートナーや自らの思想に賛同する者、その背中を見て惹かれた者を得た。慈善事業を通して、救えた命と救いきれなかった命を見た。それらの経験を糧とし、今を生きて時代を作り、自分の信念を貫くことの大切さを理解した。

 その全てを否定するようなホーディを、さすがに殺意は抱いてないがどうしても許せなかった。

「覚えておけ……お前の聖戦は正義ではない(・・・・・・)! 聖戦とは名ばかりの恨みしかない凶行と、正当性の為に相手を無差別に悪とする〝物差し〟は、先人達の努力と伝えるべき真実に対する侮辱だ!」

 テゾーロの気迫に、ホーディは気圧され怯んだ。

 聖戦という言葉は「宗教上の正当性のある戦争」という意味だが、本来は「神の道の為に奮闘すること」という意味であって、暴力を伴い戦争を促す言葉ではないのだ。

 ホーディはそれを履き違えている。戦争以外にも手段はいくらでもあるにもかかわらず、聖戦は人間との戦争だと思い込みそれを正義とする彼に、テゾーロは憤慨したのだ。

「おれは復讐を否定はしないさ……だが復讐はこじれやすいものだ、場合によっては加害者以上の悪に変貌する! 今ならまだ間に合う(・・・・・・・・・)、引き返せ」

 テゾーロはそう忠告し、踵を返す。

 その背中を、ホーディは忌々しげに見つめ続けた……。




原作でマム、記憶喪失になったようですね。
うん……時限式の核爆弾かな?
化物には化物をぶつけるしかないのかな……。


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第97話〝握手〟

今更ですが、細かい点で原作とは時系列に多少のズレが生じてることをご了承ください。


 翌日。

 リュウグウ王国の政の中心・竜宮城は大騒ぎであった。

「何だ……? 随分と騒々しいな」

 テゾーロは怪訝な表情を浮かべる。

 この魚人島は海の王者である大海賊〝白ひげ〟のナワバリであり、その恩恵を受けている。ロジャーの死から大海賊時代を迎えて以来、多くの海賊やそれを取り締まる海軍が島に押し寄せると共に人魚の誘拐などが行われたが、白ひげのナワバリ宣言でたった一日で王国は平穏を取り戻したという。

 その白ひげが一味を率いて来たというのなら、この慌てぶりは理解できるが……。

(……妙だな)

 騒ぎは騒ぎでも、その〝質〟は違った。

 白ひげとその一味は、魚人島にとっては大恩ある存在。そう考えると、むしろ騒ぐというより盛り上がるといった表現に近いだろう。だがこの騒ぎは、どちらかというと大混乱に近い――それこそ、招かれざる客でも突然来たかのような。

「そこの人、何が起きたんだ?」

「こ! これはテゾーロ殿……」

 テゾーロは騒動の原因を突き止めるべく、兵士に尋ねた。

「一体何の騒ぎだ? 兵士たちの騒ぎ様だと、只事ではないようだが……」

「そ、それが……て、てて……」

「て?」

「て、〝天竜人〟が来訪していて……!!」

「天竜人が……!?」

 

 

「オトヒメ王妃との謁見の書状を渡したはずだ!!」

「し、しかし……」

「よさんか貴様ら!」

 魚人島の港にて、海兵達とネプチューン軍が騒ぎを起こしている。外套を身に纏った初老の男性が一喝するが、騒ぎは収まらない。武力衝突は双方望まないようであるらしく、武器を構えてはいないもののかなり緊迫した状況だ。

「……あーあー、こりゃあ面倒な……」

 そこへテゾーロ達が竜宮城から急遽駆けつける。ネプチューンとオトヒメの客人ということが国民にも知られてるからか、道を開けてくれた。

 そしてテゾーロの視界に飛び込んできたのは――クリューソス聖の姿だった。

「……何やってんですか、クリューソス聖」

「テゾーロ!!」

 クリューソス聖に声を掛けるテゾーロ。

 ようやく話の通じる相手が来たと露骨に安堵している彼に、テゾーロは思わずジト目になる。

「……一体どうしたんで? ドタキャンどころかサプライズ登場なんて」

「君がマリージョアを訪れた後、オトヒメ王妃とネプチューン王との謁見を願った書状を書いて送ったのだ。だがその返事が来なくてな……」

「それで直談判に来たと……」

 テゾーロはクリューソス聖の言葉を聞くと、頭を抱えて溜め息を吐いた。

 魚人島は深海にあるため、辿り着くにはシャボンディ諸島にて船のコーティングをする必要がある。だが問題はそこから先で、コーティングして潜ったはいいがその先に待ち構えるのは表層海流と深層海流――別々の動きをする巨大な海の流れだ。上へ下へと浮上したり潜ったりする「〝偉大なる航路(グランドライン)〟あるある」の影響で、魚人島へ行く過程で船が破壊し生みの藻屑になることもあり得るのだ。

 そんな事になったら、国際問題になるのは明白。下手をすれば「なぜリュウグウ王国は救助に行かなかった」などという言いがかりをつけられてしまうかもしれないのだ。

「あの……来るなら来るで別の手段で連絡を寄越せばよかったんじゃないですか? 交渉においてアポを取るのは基本中の基本ですよ」

「すまんな、疲れていて連絡できなかった」

疲れていて(・・・・・)? 天竜人って世界最高峰の暇人じゃないんですか?」

「そうでもないのだよ」

 クリューソス聖曰く、連絡できなかったのは天竜人の間で行われるパーティーに参加していたからだという。しかもパーティーに参加するのはあの最も誇り高く気高い血族――同時に世界で最も性根が腐敗したクズ――である天竜人だ、当然ただのパーティーではない。

 舞台にあげられた奴隷達、並べられた水槽の中に繋がれた魚人や人魚……腐った部分のオンパレードだったのだ。クリューソス聖はテゾーロと交流してから下々民(にんげん)の価値観や世界を知ったので、かなり気分が悪くなったという。

 そんなパーティーの後で来たのだから、疲れるのは致し方ないだろう。

「……それ以前に奴隷がまだ居たんですか?」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海ではなく、新世界や四つの海から集めたようだ。そう簡単には無くなるまい、どんな海にも闇があるのだ」

 テゾーロは「それもそうか」と頭を掻いて呆れる。

(しかし……書状とやらがリュウグウ王国に伝わってないか……)

 この世界の一般論として、普通では考えられないような絶対的な権力を有する天竜人から書状が送られた場合、何が何でも紛失しないようにしなければならないものだ。しかしクリューソス聖の書状は、リュウグウ王国に届いてから紛失したのではなく、そもそも届いてないというのだ。

 考えられるとすれば、魚人島へ向かう過程で海王類に襲撃されたり海流で船を破壊されるといった海難事故に巻き込まれたか。あるいは――

(何かの勢力に目をつけられたか、だな……)

 人間と魚人の共存を反対する勢力に襲撃され、人為的に書状が紛失したか。

 こちらの線が、可能性としては海難事故よりも高いかもしれない。この時期の魚人島はオトヒメのやり方とタイガーのやり方の板挟みのような状況……不殺の信念とはいえ、積年の恨みを考えると多くの魚人は人間への仕返しを望むだろう。

「こういう気まぐれさっつーか、自由奔放さは天竜人共通なのかねェ……」

 その時だった。

「何事です!?」

『王妃!?』

 騒ぎを聞きつけてか、署名活動中のオトヒメが現れた。

 ネプチューン軍の兵士達は慌て、オトヒメがクリューソス聖に近寄らないよう説得するが、意にも介さず人混みの中をかき分け彼の前に立つ。

「あなたが、クリューソス聖……ですか?」

「では、あなたがオトヒメ王妃か。初めまして、どうぞよろしく」

 クリューソス聖はオトヒメに握手を求め手を突きだす。

 種族間の長い「負の歴史」が続く中、人間の頂点と言える天竜人と人魚族の王妃が決してあり得なかったはずの出来事に、オトヒメはおろかその場にいる全ての魚人族・人魚族が動揺を隠せないでいた。

「人間が人間を虐げ、人間が魚人を虐げ、魚人が人間を虐げる。その負の連鎖を断ち切ることができるのは今しかないのだ。どうか、手を貸してほしい」

 そう言って、クリューソス聖はオトヒメに頭を下げた。

 天竜人として前代未聞の行動をしたクリューソス聖に、一同は絶句。唯一驚いていないテゾーロも、思わず心配そうに尋ねてしまう。

「……クリューソス聖。いいのかい、そんなマネして」

「テゾーロ……天竜人はこの場では一人の人間に過ぎないのだ。未来を明るくするためには、恥辱を承知の上で行動せねばならない」

 クリューソス聖の言葉に、その場にいた者全てが息を呑む。

 天竜人は800年前に世界政府を創設した創造主の末裔であると共に、悪質極まりない治外法権が認められてるせいで傍若無人の限りを尽くす極悪人というイメージが定着していた。だがクリューソス聖の人柄と態度は、それらを覆すようなものだった。

「……だそうだが、オトヒメ王妃はどう思われる?」

「喜んで!!」

 オトヒメは朗らかな笑みでクリューソス聖の手を握った。

 

 

           *

 

 

 一方、偉大なる航路(グランドライン)のとある海域では。

「ジンベエ……オトヒメ王妃の訴えやテゾーロのやり方は理想だな」

「…………」

 酒を煽りながら問うタイガーに、無言のジンベエ。

 この日、タイガーはアーロンの問題行動に喝を入れていた。アーロンが海軍との戦闘において、一人の海兵の息の根を止めたのだ。

 タイガーは一味の中で「決して人間を殺してはならない」という規律を設けており、たとえ相手が殺す気で襲ってきてもそれに応じて殺してはならないと同胞達に口酸っぱく言っていた。これはタイガーの海賊稼業が「差別の歴史への復讐」ではないことと、タイヨウの海賊団が「解放と自由」以外の意味は持たないからである。それだけじゃなく、恨みのままに人間への復讐を始めればまた人間から復讐されるという〝いたちごっこ〟があるだけであり、何の罪も無い未来の魚人族が目の仇にされるという最悪の未来を防ぎたいという思いも込められている。

 だがアーロンはその意見に賛同できず「復讐する気にならない程の恐怖を植え付ければいい」という過激な主張をした。恐怖を与えることが復讐を止めると考えているからであった。

「ジンベエ……あの二人にとって、おれとアーロンは何が違う?」

「さァのう……じゃが、わしゃテゾーロと会って人間は魚人を虐げる者ばかりとは限らんことを知った。恐怖でもなければ軽蔑でもない、ただ対等に話し合った……それだけでも、わしのさっきの考えはズレとるのではないかと知ったんじゃ」

「ああ、それはおれもだ……ああいう人間も世の中にいるなんざ驚いた。元奴隷でもないのにな」

 テゾーロとの邂逅は、タイガーとジンベエの人間に対する考えを改めるには十分だった。

 彼自身の人柄も当然あるだろうが、魚人をあそこまで対等に接しようとした人間は多くないだろう。人間は全て卑しい存在ではないのだ。それでも――

「おれは……自分の心の奥に棲む〝鬼〟が一番恐い……!!」

「?」

 タイガーは酒を飲み干すと、そのまま酒瓶を握り潰した。




ここ最近のワンピでの注目キャラは、居眠り狂四郎です。
オロチのことを小心者呼ばわりしたり、おでんの妻のトキを「奥方」呼ばわりしたり……案外いい奴なのかなって思ってます。
ワノ国のヤクザの親分でもあるので、今後の活躍に注目してます。


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第98話〝二十文字以内〟

 天竜人とオトヒメの邂逅という歴史的な事件から、数年が経過した。

 テゾーロの尽力によりリュウグウ王国とクリューソス聖の親交は深まり、それをモルガンズが社長を務める世経にリークしたことで、世間では人間と魚人の協和を肯定的に受け取るようになった。当然「悪しき習慣」は根強く残っているため反対する者が多いが、それでも人間と魚人が対等に見られるように少しずつなってきたのは重要な進歩だ。

 そんな中、軍資金の件で海軍本部に出入りしていたテゾーロの元に衝撃の報せが飛び込んだ。

「――おめェ、今何つったよバーロー」

《だから〝オペオペの実〟を手に入れることになったんだよ、ギル(にい)。あと口調が乱暴だよ》

 アオハルの爆弾発言に、テゾーロは頭の整理が追いつかず口調が少し乱暴になる。

 何とアオハルは〝オペオペの実〟に関する有力な情報を入手することに成功したというのだ。人に〝永遠の命〟を与える不老手術を施せるという悪魔の実の中でも別次元の高性能を有し、「究極の悪魔の実」と呼ぶ者がいる程の価値があるという代物に関する情報など、誰もが欲しがる情報ではあるがどうして得たのだろうか。

「何でそうなった、過程を二十文字以内で説明せよ」

《子供が一人、原因不明の疫病に倒れたから。以上です》

「おお、ちょうど二十文字」

 アオハルはさらに詳しく説明した。

 彼は〝北の海(ノースブルー)〟で情報収集をしていた折、たまたまフレバンスに寄った。テゾーロ財団には救国の恩があるとして歓迎されたが、その際にある医者の一家に「我が子を救ってほしい」と助けを求められたというのだ。

 子供はラミという少女で、原因不明の病気にかかり苦しんでいるという。しかしアオハルは医者の技術は持っておらず、試しに他の医者に掛け合ってみたがすでに診察していて、それでもお手上げだった。ある医者は「ケスチア熱」と似ていると言っていたが、フレバンスの今の医術では治療は困難を極めているという。

(ケスチア熱か……)

 ケスチア熱とは、高温多湿の森林に住んでいる有毒のダニ「ケスチア」に刺されると発症する病気だ。40度以下に下がらない高熱・重感染・心筋炎・動脈炎・脳炎などを引き起こし、五日後には死に至るということから〝(いつ)()(びょう)〟と呼ばれ恐れられていた。

 ケスチア熱は病原体であるケスチアが約100年前に絶滅したことから、すでに抗生剤も製造されていない。医療界では念の為に抗生剤の製造方法を記した書物は存在するらしいが、ラミがかかったモノはあくまで似ている(・・・・)のであり、治療法は不明だ。発症してからすでに五日は経っているが死んでないので、ケスチアではないが予断を許さない状況であるのは変わらない。

 そこでアオハルが提案したのは、例の〝オペオペの実〟の能力で治すという方法。医学的知識と技術を持った人間がその実を口にし、ラミの体内からケスチアの毒素を取り除けばいいというやり方である。

「アオハル……ホントは別の理由があるだろ。わざわざそれを示唆したってこたァ――」

《……敵わないなァ、ギル(にい)には》

 テゾーロはアオハルの真意を悟る。

 アオハルは〝永遠の命〟を得られる力を手にしてはいけない人物が介入する可能性があると考えているのだ。特に最近は表立って対立してないが、元天竜人のドフラミンゴのような凶暴性を隠している輩など以ての外。〝オペオペの実〟をこの機に乗じて奪い取ることで、世界規模の暴挙を実行しようとする輩――特にドフラミンゴ――を牽制しようというのだ。

「……いいだろう。その一件はお前に任せる、好きに動け」

《了解。報告はまた後日》

 テゾーロはアオハルとの通話を終える。

(参ったな、これからどうしようか……)

 正直に言うと、オペオペの実の取引が行われることをテゾーロはすっかり忘れていた。

 原作では今の実の所有者は元海軍将校で海賊の(ディエス)・バレルズであった。原作とは状況が違うため別の人物が所有している可能性もあるが、彼に目をつけるべきなのは確か。とはいえ、今は魚人島のことで手一杯の立場――アオハルに全てを任せるしかないだろう。

「しかしラミって名前、どっかで……」

 テゾーロは廊下を歩きながらラミについて思い出そうとした、その時――

 

 ドッ!

 

「うっ!?」

「!? わ、悪い! 大丈夫か?」

 誰かと肩をぶつけてしまい、相手が書類を落としてしまった。

 テゾーロは謝罪しながら落ちた書類を素早く集め、相手に渡すが――

「いや、大丈夫だ……あなたは?」

(ヴェ、ヴェヴェ……ヴェルゴ!?)

 目の前の相手に硬直するテゾーロ。何と目の前に若き日のヴェルゴがいたのだ。

 ヴェルゴはドフラミンゴにとって「最も重要な部下」であり、スパイとして海軍に潜伏してセンゴクからも入隊後の活躍の評判の高さを知らしめている海賊だ。どうやらすでに潜伏しているらしく、服装が私服でないことから地位はまだ低いようだが油断できない相手であるのは変わらない。

「……もしや、あなたはギルド・テゾーロ氏では?」

「あ、ああそうだ……君は? あと左頬の目玉焼きは?」

「ヴェルゴです、どうぞよろしく」

「左頬スルーしやがったよこいつ」

 テゾーロの指摘を華麗にスルーするヴェルゴ。頬のことは他人にあまり追及されたくないようだ。

 飲食するときに頬に食べかけの食べ物――それも半分以上残っている――やスプーンを張り付けるという珍プレーを披露する彼も、直す気が無いのか直すのを諦めたのかはともかく、説明せずスルーするということはやはり恥ずかしいのだろう。

「ギルド・テゾーロ……あなたの活躍はおれも知っている。海兵だったら大将や元帥も夢ではない有望株だと」

「それはこっちの台詞(セリフ)じゃないか? 入隊して間もなく大活躍らしいじゃないか。海賊だったら厄介なことこの上ない……ましてやドンキホーテファミリーのような頭の切れる海賊団となれば」

「……」

 テゾーロは「ドンキホーテファミリー」の名を持ちだしてヴェルゴを挑発する。

 ヴェルゴは冷淡な性格ゆえに感情をあまり表に出さない。だがテゾーロがドフラミンゴにまつわるネタを使って挑発したことで、怒りに近い感情を一瞬だけ露わにした。

「……」

「〝お前ら〟が(わり)ィことをこれ以上重ねないならギャーギャー騒がないよ。おれは約束は守る男だからな」

 テゾーロはそう言うとヴェルゴの肩を軽く叩いて、まるで何事もなかったかのように去っていった。

 そんな彼の背中を、サングラス越しでヴェルゴは睨んだ。

 

 

           *

 

 

 同時刻、新世界。

 グラン・テゾーロ計画を推し進めテゾーロ財団が開発している島に置かれた仮設事務所で、アオハルは情報の整理をしていた。

「さて、これからどうするか」

 オペオペの実の取引が、〝北の海(ノースブルー)〟のスワロー島周辺で行われる。その情報を入手したアオハルは悩んでいた。

 オペオペの実の現時点の所有者(ディエス)・バレルズと世界政府及び海軍による取引なのだが、どの島でいつどれくらいの規模で行われるか不明であり、下手をすればオペオペの実を狙う海賊達の乱入もあり得る。ラミの治療に関わることも伝えたため、上司(テゾーロ)からは「お前の好きなように動け」と許可が下りたが、今ここで行動を起こせば敵に動きを知られる可能性があるのでタイミングを伺わねばならないだろう。

「それにしても、〝永遠の命〟ね……」

 オペオペの実の能力で得られる〝永遠の命〟が、果たしてどういうものかは実際のところ不明だ。回数を超える量の死を経験すれば本当に死ぬのか、それとも一定条件下で死ぬのか、あるいは命の限りも殺す手段も無い完全な不死身なのか――それは誰にもわからない。

 オペオペの実を人類の長年の夢を実現できる「究極の物質」と解釈するか、ただ生き続ける苦行を与える「本当の悪魔の力」と解釈するかは人によるが、いずれにしろ手に入れてはいけない人物が存在するのは事実である。

「そう言えば、シーちゃんはどうしてるのかねェ」

 

 

 一方、〝東の海(イーストブルー)〟ドーン島では……。

「ハァ……ハァ……し、しんど……」

 ダラダラと流れる汗をハンカチで拭うシード。

 ここはフーシャ村。東の海で最も美しい国とされるゴア王国に属する村で、あまりに僻地にあるため王国中央部からは存在すら忘れ去られているのどかな農村地帯だ。シードはグラン・テゾーロ計画で役立つため――実際はコンプレックスの身長の低さの克服の為でもある――に、わざわざ留学して酪農を学んでいる。

 戦場や事務仕事とは違った労働にシードも思いの外苦戦したが、財団屈指のオールラウンダーぶりを発揮して知識・技術を吸収し、村民から一端の農家として認められるようになった。現在は乳牛の世話を代役として担うだけでなく、時たま襲って来る海賊を叩きのめしたり村の酒場「PARTYS(パーティーズ) BAR(バー)」の女店主・マキノの手伝いをしたりなど村の為に働いている。

 そんな中、思わぬ客が訪れた。

「相変わらず無茶やっとるのう。海兵時代から治っとらんな」

「……余計なお世話ですっ!」

「ブワッハッハッハッハ!! ――それにしても、お前とこんなところで出会えるとは思わんかったぞい」

「僕もガープ中将と鉢合わせるのは想定外でしたよ……」

 何とまさかの休暇中のガープ。

 彼によると、ある子供を知り合いに託しており時々様子を見に行くという。シードは海軍をやめてからもその人柄から未だに信頼が厚いため、手紙を送る程度の交流は続けているのだが、他の人間の家庭的な事情は深く追究しようとしないため、子供の様子を見に来るのは意外だった。

 しかし、彼の実子・ドラゴンは素性が全く掴めない謎の人物であり、海軍も政府も大海賊時代以前から最前線で活躍した功労者のガープの息子ゆえに追跡はしていないが注意はしている――にもかかわらず、彼に子供がいたというのだ。当然養子であったり戦場で拾った孤児である可能性も高いのだが、どうも気になる。

「その子供の親は、今どうしているのですか?」

「あ、ああ……もう随分と昔に死んじまってのう。腐れ縁ということで託されたんじゃ」

(……少し目が泳いだ)

 ガープの目が少し泳いだことを見逃さなかったシードは、眉間にしわを寄せる。

 ある子供の正体は、実はとんでもない血筋の持ち主ではないのだろうか。それも天竜人というよりも、世界規模で恐れられた大物の。

「ガープ中将、その子供って素性知られたらマズイってことですか?」

「うっ!? な、何を言うんじゃお前は!!」

「思いっきり動揺してますけど!?」

 明らかに動揺しているガープに、思わずツッコミを炸裂させるシード。

 いくら何でもわかりやすいにも程がある。中将というかなり高い地位に居ながら明るい性格をしているガープにシードもまた惹かれたのだが、こういうところに関しては未だ成長していないようだ。

「ま、まァ訊くだけ野暮かもしれませんけど……僕にだって知る権利くらいありますよ」

「あってもわしが許さん! いくら人柄がよくても男は油断ならん狼じゃからな」

「異議ありっ!! 僕を今までケダモノだと思ってたんですか!? っていうかその論理だとあなたもですよ!?」

 シードは猛烈に反発するが、ガープは鼻をほじりながらどこ吹く風。

 尊敬する人物の一人ではあるが、どういう訳か殺意が沸いた。

「センゴク大将やコング元帥の苦労がわかった気がした……」

「何か言ったか小僧」

「いいえ、全く」

 頭を抱えながら、シードは与えられた仕事に専念するのだった。




オロチって八岐大蛇でしたね。
狂四郎の行動にも注目ですね。


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第99話〝リケスチア〟

「海軍って絶対生物兵器造ってるだろ」と思って執筆しました。

そういえば、何気にこの小説2周年でした。皆さん、読んでいただきありがとうございます。


 二週間後、聖地マリージョア。

 テゾーロはクリューソス聖と交流を続けている天竜人の一人である、丸眼鏡と顎鬚が特徴のカマエル聖と面会していた。目的は魚人差別撤廃の活動に対し賛同してもらうためだ。

「生きる者には皆平等の権利があります。天竜人ならばそれを奪ってもよいとお考えですか」

「わちきは聖地の常識を守っているに過ぎないえ」

 テゾーロとカマエル聖とでは、やはり価値観や世界観の相違ゆえに交渉は難航している。

 聖地の常識と地上の常識は違うのはテゾーロも承知しているが、それでも間違っていることに「それは間違っている」とはっきり言えないのは問題と捉えている。ゆえに天竜人と直に顔を合わせて変えていかねばならない。

 天竜人の一族はアラバスタのネフェルタリ家を除けば19もの一族がいるが、それら全ての価値観に変化を与えることは不可能ではない。テゾーロはそう信じ、こうして掛け合うのだ。

「あなたは天竜人――世界の頂点である以上、それ相応の振る舞いや態度、度量を人々に見せねばなりません。恐怖を抱く「恐れ」ではなく、敬われる「畏れ」でなくてはならないのです」

「敬われる「畏れ」……」

「恐怖心ゆえに人々に恐れられるより、尊敬の念ゆえに人々に畏れられるべきではないですか? 人々から畏敬の念と信頼を失った権力者は、あっという間に奈落に落ちてしまうのが世の習いです。あなた方にも過去には苦い記憶があるでしょう」

「そ、それは困るえ……ホーミングの二の舞だけは嫌だえ……」

 強く出たテゾーロに、カマエル聖は怯んだ。

 かつて共にマリージョアで暮らしていたドンキホーテ・ホーミング聖は、天竜人としての暮らしを放棄して人間として暮らすことを選んだ。しかし現地の人々に素性がバレてしまい、「数百年分の世界の恨み」として移住先の住民から壮絶な差別や暴行を受けた挙句、実の息子に殺されるという悲惨な末路を辿った。この事件は多くの天竜人に「自業自得だ」と切り捨てられた一方で、民衆の憎悪に内心恐怖を抱く者も現れたらしい。

 当然それを知るカマエル聖も、民衆を見下しつつも恐怖心を抱いている。だからこそ、過剰なまでに権力に執着するのだ。

(……これがギルド・テゾーロか)

 テゾーロとカマエル聖のやり取りを見ていたクリューソス聖は、感心する。

 世界の頂点に君臨する世界貴族・天竜人に逆らうことは許されない。ましてや絶対的な存在である彼らに異を唱えるなど、非常識を通り越して命知らずであり禁忌を犯しているようなものだ。

 だがテゾーロは、それを堂々と――しかも聖地マリージョアで成している。天竜人のカマエル聖と富豪とはいえ(しも)()(みん)であるテゾーロとでは絶対的な身分の差があるにもかかわらず、それを物ともせず打ち砕いて懐に飛び込む彼の度胸は天下一品とも言えよう。

「……いかが思われますか、カマエル聖」

「す、少し時間が欲しいえ……」

「構いません。考えてくれるだけでも十分ありがたいことです」

 テゾーロは頭を下げる。

 相手は世界一の権力を持つ〝創造主〟の末裔の一族で、世界で一番狭量な人々。一人の人間の意見を受け止め、考えたいと意思表明しただけでも大きな進歩だ。

(天竜人にも物怖じしない胆力を持ちながら、礼儀を弁えるか……我々は地上の人々の〝力〟を甘く見過ぎてたのかもしれんな)

 クリューソス聖は改めてテゾーロという男を称賛した。

「ではまた後日。次の会談では、互いに更なる前進をしましょう」

「……わかったえ……」

 テゾーロはカマエル聖と固く握手を交わすと、精一杯の愛想笑いを浮かべた。

 カマエル聖は全く気づいていないが、それを見たクリューソス聖は若干顔を引きつらせていた。

 

 

           *

 

 

 一方、〝北の海(ノースブルー)〟スワロー島。

 アオハルは双眼鏡で海岸近くに停泊している海軍の軍艦を見ていた。

(アレは……海軍のおつる! ってことは、オペオペの実の取引はこの島付近で確実に行われるな)

 つるの軍艦を見つけ、目の色を変えるアオハル。

 海軍のつる中将は、海軍の英雄である〝ゲンコツのガープ〟や現海軍大将にして次期元帥と噂される〝仏のセンゴク〟、前線を退いた今なお伝説として語られる元海軍大将〝黒腕のゼファー〟の同期である大物。中将ながらも実力は大将クラスと謳われ、歴戦の海賊達も彼女の船を見ただけで戦闘を避けて即座に逃げ回るという逸話がある程だ。

 情報屋としての仕事に専念しているため、アオハル自身も海軍本部に一応出入りできる立場ではあるが彼女とは面と向かって会った事はない。だが財団内ではあのテゾーロも彼女には強く出られないという話もあるのだから、実際は噂通りの相当な女傑なのだろう。

「……とりあえず探ってみるか」

 アオハルは羽織っているコートの内ポケットから黒電伝虫を取り出す。

 黒電伝虫は盗聴用の非常に小さい電伝虫だ、盗聴妨害の念波を飛ばす希少種「白電伝虫」に接続されなければ他の電伝虫の電波を傍受できる。スワロー島周辺の海域の通信は粗方聞くけるだろう。

(さて……どんな会話してるかな)

 まず黒電伝虫が盗聴したのは、海軍側だった。

《センゴクの奴……どこからの情報でこんな配備を……》

(! おつるの声……センゴクが絡んでいたんだな)

 つるの独り言から、スワロー島周辺の海域に軍艦が突然配備されたのはセンゴクの思惑が絡んでいるということわかった。政府の命令か、あるいは自身の策略か……そこはどうでもいいが、少なくともセンゴクが動いているということは相当大掛かりな計画があるはずだ。

 アオハルはさらに情報収集に徹する。

《ミニオン島のバレルズのアジトから火の手?》

「!」

 ここで事態が大きく動いた。

 すぐ傍のミニオン島で、バレルズのアジトに異変が起こったようだ。おそらく、〝オペオペの実〟を狙った何者かの襲撃を受けたのだろう。

(時間が無さそうだ……ミニオン島は近い、すぐに行こう)

 

 

「ハァ……ハァ……」

 ミニオン島の雪原で倒れ込む一人の海賊。道化師のようなメイクをした顔は傷つき、黒い羽毛が大量についたコートやハートをあしらった服には夥しい量の血が染みついている。体には多くの銃弾が撃ち込まれたが、常人離れしたタフネスでどうにか命を繋ぎ念願の悪魔の実を手に入れられたことを思い、男は笑みを浮かべた。

 海賊コラソン――ドンキホーテ・ロシナンテ中佐(・・)はドンキホーテ海賊団に潜入し、最高幹部として振る舞いつつスパイ活動をしていた。生まれながらに怯むことを知らない「破戒の申し子」である凶暴な実兄・ドフラミンゴの暴走を止めるべく、ドジっ子ながらも奮闘していた。

 そんなある日だった。珀鉛の脅威から立ち直り、世界中が目を見張る程の復興を遂げたフレバンス王国に立ち寄った際、目の前で一人の少女が倒れるのを見て手当てをした。少女はラミと言い、両親は医者であり実の兄・ローも医者としての技術・知識を習得しているという。ロシナンテは彼らと共にラミの看病をしていたが、体にある発疹を見て絶句した。

 

 ――これは、〝リケスチア〟!?

 

 リケスチアとは、かつて猛威を振るったケスチア熱の病原体・ケスチアを基に開発された政府が非公式に開発した生物兵器。症状はとても似ているが効果のある抗生剤は全くの別物で、100年以上前に絶滅したという常識を逆手に取った上に万が一抗生剤を打たれても通用しないように改良されている。この事実を知るのは軍の上層部や政府中枢であり、海軍将校でも佐官から下の階級の者は誰一人知らない。ケスチアよりは致死率は低いが、医学的知識を以てしても生物兵器であるため、政府が開発した特効薬以外では治せないのだ。

 これを知ったコラソンは、すぐさま上司のセンゴクに伝えたところ、彼は電話越しで非常に慌てていた。それ程までに、外部に漏れるとヤバイということなのだろう。

 

 ――センゴクさん、政府は……?

 ――何としてでも治せとのことだ! 表に出たらマズイ事になるぞ!

 

 事の重大さを知り、ロシナンテは動揺した。

 なぜ一般市民の少女が軍の生物兵器の被害を受けたのかという根本的な疑問すら忘れ、ロシナンテは早速行動に移そうとした時、その場にテゾーロ財団の〝剣星〟アオハルが現れた。

 ロシナンテはアオハルに事の顛末を説明すると、アオハルは〝オペオペの実〟での治療を提案してテゾーロと掛け合い、許可を貰ってオペオペの実の強奪に動いた。そして先回りしたロシナンテは、見事〝オペオペの実〟の強奪に成功したが、敵と遭遇して重傷を負ったのだ。

「ハァ……ハァ……これで彼女は……」

 ロシナンテ自身としては、政府の失態をなぜ海軍(じぶんたち)が拭わねばならないのかと不快感を示していたが、目の前の命を――ラミを救いたかった。だからこうして重傷を負っても、内心では満足でいられたのだ。

「あとは……おつるさんの、部隊が来れば……」

 この件はセンゴクが同僚のつるにも通してあるので、その後は大丈夫だろう。それにたとえ海軍が来なくともアオハルが到着するので、無事に帰れる。幸い止血の方は自分で止める術を習っていたので、これ以上ひどくはならないはずだ。

 そう思っていた時だった。

「おい、そこに誰かいるのか! 大丈夫か!?」

「!」

 何者かが声を掛け、慌てて駆けつけた。

 服装は海兵が着用することがある衣服なので、味方だろう。ロシナンテは安堵した――その顔を見るまでは。

「!? ヴェルゴ!?」

「コラソン!! お前ここで何を……それにひどいケガだ……!! 早く手当を――ん? お前今……」

(ドジった!! よりにもよって……それにドフィが言っていたヴェルゴの極秘任務ってのは海軍への潜入だったのか!!)

 救助に来た男は、最悪の相手だった。



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第100話〝覇王色の部外者〟

一応これで100話突破しましたけど、原作開始までの道は長いな~……。
「早くしろよ!」という方はさぞ多いでしょうが、何卒よろしくお願いします。

キャラ設定の方は忘れてはいませんが、この小説における設定を詳しく執筆しているので遅くなってます。こちらも申し訳ありません。


 ミニオン島、バレルズ海賊団のアジトにて。

 雪を踏み締め歩いて来るドフラミンゴとそのファミリー。彼らの眼前には、血塗れのコラソン――ロシナンテが息を切らしていた。

「……」

「ハァ……ハァ……」

 ドフラミンゴとロシナンテが対峙する。

 ロシナンテはコラソン――実際は二代目で、初代はヴェルゴ――としてファミリーの幹部を務めていたが、彼がフレバンスに立ち寄って以来行方不明だった。それを機にしつこく追っていた海軍がどういう訳か会わなくなり、幹部達はロシナンテの内通疑惑を度々主張したが、ドフラミンゴが「実の弟を疑いたくない」という理由であまり追及はしなかった。

 だが今回()()()()()()()()練った〝オペオペの実〟の強奪計画において、合流地であるスワロー島に現れた軍艦を見て悟り、さらにヴェルゴからの報告で確信した――ロシナンテが海軍のスパイであると。

「半年ぶりだな……コラソン……!!」

「ゲフ、ゲホ………ハァ……ハァ……」

 ロシナンテは拳銃を取り出し、銃口をドフラミンゴに向けた。

(マリン)(コード)―01746…「海軍本部」ロシナンテ中佐……ドンキホーテ海賊団船長ドフラミンゴ、お前がこの先生み出す惨劇を止めるため……潜入していた」

「……」

「おれは「海兵」だ」

 ロシナンテの告白に、ファミリーは腸が煮えくり返るような思いを抱く。

 自らの船長が大切にしていた実弟がよりにもよって海軍のスパイだった。ドフラミンゴは相棒であるヴェルゴを海軍に潜入させているので、自分達が思うのもどうかと思うが「家族」に裏切られたことはショックであると共に殺意も沸いた。

 だが一番ショックを受けて殺意を抱いているのはドフラミンゴだろう。彼はマグマのように煮えたぎる感情を抑えながらも、ロシナンテを質した。

「だろうな……質問に答えろコラソン。〝オペオペの実〟はどこだ?」

「……〝オペオペの実〟は、ある少年に「海に捨てておけ」と言って渡したよ……今頃海の底だろうな。いや、本部の監視船に保護されてるかもな……どっちにしろドフィは手出しできねェ……」

「てめェ……!!」

 憤怒の形相のドフラミンゴ。〝天夜叉〟の異名通りの凶暴な一面を露わにし、ロシナンテに殺意をぶつける。

 ドフラミンゴは〝オペオペの実〟の最上の技である不老手術を施させた上で、聖地マリージョアに眠る存在自体が世界を揺るがす「国宝」を手中に収めることで世界の実権を握ろうとも画策していた。やり方はかつてのフォードとは全く違うが、実現できればドフラミンゴを頂点とした世界が生まれただろう。

 すると、上空から偵察していた子供達――バッファローとベビー(ファイブ)の報せが響いた。

「若様!! 確かにさっき……「少年を保護した」と海軍が通信を……!!」

「!? なぜそれを早く言わねェ!!」

「まさかそうだとは……!!」

(……少年を? 何の偶然だ!? 〝オペオペの実〟なら、おれの懐にある…!!)

 焦るドフラミンゴに対し、困惑するロシナンテ。

 何を隠そう、先程ドフラミンゴに言った少年の話は、その場で思いついたウソだったからだ。彼は少年と会っていなければ見てもおらず、そもそもこの島に少年がいること自体知っていないのだ。

 これ程の幸運があるのだろうか。

「確認を急ぐぞ!! 〝鳥カゴ〟を解除する、出航の準備をしろ!! 事実なら海軍の監視船を沈めてガキを奪え!!」

「よせ……!! 追ってどうする……!?」

「どうするって……? 〝オペオペの実〟を食っちまったんなら、()()()()()()()()()に教育しなきゃならねェだろ」

「っ……!!」

 ドフラミンゴが平然と言い放った一言に、ロシナンテは戦慄した。

 ロシナンテがドフラミンゴを止めるべく危険を冒して奔走したのは、彼の実力やカリスマ性ではなく、凶暴さにある。長く苦楽を共にしてきた仲間に対しては情に厚いが、狡猾で残忍極まりない本性こそ最大の脅威なのだ。

「全く……なぜおれの邪魔をする!? コラソン!!」

「……」

「なぜおれが実の家族を()()()殺さなきゃならないんだ!!!」

 ドフラミンゴの言葉に、ロシナンテは俯く。

 ドフラミンゴとロシナンテは、人間的な暮らしを求めた父親・ホーミングの計らいで天竜人の位を放棄し、世界政府非加盟国に移住した。しかし天竜人の横暴に憎悪を抱いていた移住先の住民から壮絶な差別や暴行を受け、その最中で病気で母を亡くし、生き地獄そのもののような境遇の中で必死に生きた。

 ドフラミンゴは恨みのままに父親を射殺して〝狂気の海賊〟となり、ロシナンテは当時中将だったセンゴクに拾われて成長した。そして今、互いにとって最悪の形で決別しようとしている。

「お前におれは撃てねェよ……父によく似てる……!!」

「じゃあおれが代わりに請け負ってやるよ」

「!?」

 

 ブゥン!! ゴパァァ!!

 

『!?』

 ロシナンテとドンキホーテファミリーの間に走る、赤い閃光。雪を溶かして蒸気と化し、地面をごっそりと抉るその熱量と威力に、一同は怯む。

 ドフラミンゴは、この赤い閃光を知っている。赤い閃光を刀に宿し、多くの猛者共を次々と薙ぎ倒してきた剣豪の太刀筋だ。こんなマネができる輩は、自分が知る限りではたった一人だ。

「……ドンキホーテ・ドフラミンゴとそのファミリーで合ってる?」

「てめェは……!!」

 コートをなびかせて現れる、刀を抜いたアオハル。

 気怠そうな見た目であるが、彼から放たれる威圧感は本物。一歩近寄る度に空気を震わせるような錯覚に襲われ、ドフラミンゴ以外のファミリー全員の者が本能的に後退った。

「ア、アオハル……」

「あーあー、ひどいケガだね。どうする? おれのビームで焼灼(しょうしゃく)止血法的な感じで焼き潰す?」

「いや……結構だ……余計に悪化しかねない気がする……」

 引きつった笑みのロシナンテに、アオハルは「それもそうか」と呟く。

 焼灼止血法は出血面を焼くことでタンパク質の熱凝固作用によって止血する方法であるが、適切な焼灼とその後の火傷の処置が行われないと逆に悪化させる結果になる。海兵達は医療班不在という緊急事態に備えてある程度の応急処置はできるが、さすがに深手を負った状態で他者に焼灼止血法を頼むのは怖いのだろう。

 海賊との戦いで戦死したのではなく、間違った焼灼止血法で傷を悪化させて死亡したとなれば、上司(センゴク)とあの世の両親に顔向けできない。

「で、どうする? おつるの軍艦来てんだけど」

「おつるさんの……?」

「何!?」

 つるの名を聞いた途端、ドフラミンゴは冷や汗を流した。

 覇気を扱い、目に見えないほど細く強靭な「糸」を操る〝イトイトの実〟の能力者である彼も、〝大参謀〟の名で恐れられる女傑と真っ向から戦うことはできない。彼女の悪魔の実の能力や純粋な腕っ節は今の自分では勝ち目は薄く、逃げざるを得ないのだ。

 だがロシナンテにとっては、まさに希望の光。つるもまた、ガープやセンゴクといった海軍屈指の古豪が揃う伝説の世代の人間。アオハル自身の戦闘力を含めれば、千人力の力を得たも同然だ。

「……〝剣星〟、なぜコラソンを庇う? これは身内の問題だ、邪魔するな」

「いやね、こっちもおれの独断で動いてんの。厳密に言うとギル(にい)から受けた命令じゃないしね……身内の方はともかく、〝オペオペの実〟は取らないとマズイし」

 アオハルは呑気に言いながら、ロシナンテの元へ向かって彼のコートを探り始めた。ロシナンテは抵抗しようとするが、傷が影響してうまく体を動かせない。

 そして、コートの内ポケットに手を入れたアオハルは、ついに()()()を手にした。

「これか、〝オペオペの実〟って……意外と小っちゃいね」

「アレは!!」

「野郎、そんな所に隠していやがったか!!」

 アオハルが手にした〝オペオペの実〟を見て、ファミリーの最高幹部であるトレーボルとディアマンテは声を上げる。一方のドフラミンゴは、目的の実がロシナンテの懐にあったことに怒るかと思えば、不敵な笑みを浮かべている。

 ドフラミンゴは時間に追われつつも、アオハルと交渉をした。

「……時間が時間だ、お前と揉めるのは面倒だ。〝オペオペの実〟をこっちに渡せば見逃してやるよ」

「嫌に決まってんじゃん。そっちに渡すとどうなるかぐらいわかるよ……ウチらでも手に負えなくなるような選択取るわけないでしょ」

 拒否の意を即答され、ざわつく幹部達。

 しかしドフラミンゴは、アオハルの答えに隠された事実を悟ると笑みを深めた。

「――成程、それはおれの()()()()()()を解った上での発言か。読みはいいな、情報屋をやっているだけはある……だから尚更妥協できねェってか」

「まァね……そういう訳で、正当防衛でオペオペの実は護らせてもらうし、彼は死なせないよドフラミンゴ」

 

 ブゥン!

 

 アオハルはそう言いながら刀を構え、刀身に高熱の赤い閃光――ビームを纏わせると、横一文字に振るった。

「っ――伏せろォ!!」

 ドフラミンゴの叫びと共に、一斉に伏せるファミリー。

 その次の瞬間、赤いビーム上の刀身が伸びながら周囲を薙ぎ払い、瓦礫や廃墟を豆腐のように切断してしまった。切り口も焼けていることから、高熱で切断しているのだろう。

「っ……厄介な能力を手に入れやがって……!!」

 悪態を吐くドフラミンゴに、アオハルは容赦なく振るう。

 伸縮自在のビームは全てを抉り焼き薙ごうと荒ぶり、ドンキホーテファミリーに襲い掛かる。これがまだ一刀流ならともかく、まだ抜いていない刀にもビームを纏わせ二刀流で攻撃してきたら溜まったものではない。

 これ程の戦闘力を持ちながらテゾーロの部下であることを考えると、彼の人柄と実力が伺える。ドフラミンゴはテゾーロ財団が海軍よりも厄介に思えてきた。

「っ! 小癪な……!」

 黒ずくめのコートとゴーグルやマスクに覆われた顔が特徴の男――グラディウスが銃を構える。

 彼は砲術や射撃を得意とする〝パムパムの実〟の能力者。海楼石以外の無機物であればほんの僅かな時間で破裂させることができる輩だが、アオハルの凄まじいビーム攻撃には手は出せない上に使い方を誤れば味方も巻き込んでしまうため、アオハルを倒すには銃撃で勝負するしかない。

(たった一発で頭をブチ抜く……それで十分だ!)

 グラディウスは狙いをアオハルの頭に定めた。

 だが――

 

 ゴゥッ!

 

 それを見越していたかのように、見えない衝撃が――アオハルの〝覇王色〟がグラディウスに襲い掛かった。

 強大な気迫に貫かれたグラディウスは、前のめりに倒れた。

「グラディウス!?」

「こいつもドフィと同じ〝覇王色〟を……!?」

 アオハルが〝覇王色〟を覚醒させている者と知り、戦況は大きく変わった。

 ドフラミンゴはこれ以上の戦闘はファミリーに甚大な被害が出ると判断したのか、頭上に展開されていた巨大な糸の檻〝鳥カゴ〟を解除した。

「ドフィ!? どういうつもりだ!?」

「……アレ? 諦めるの?」

「愚弟一人を〝死〟で許すためにファミリーを傷つけたら世話がねェだろうが」

 意外にもあっさりと退いたドフラミンゴ。実弟とのケジメをつけるがために部外者(アオハル)との戦闘で「家族」を失うわけにはいかないようだ。

 とはいえ、あくまでも()()()()()()()()のであって実際は執念深くこれっぽっちも諦めてないだろう。ドフラミンゴは元天竜人……大抵の天竜人は力に対する固執が病的な域であるので、彼も例外ではないだろう。

「……行くぞ」

 ドフラミンゴはただ一言告げて踵を返した。

 ファミリーの者達はロシナンテとアオハルを睨み殺す勢いで見つめてたが、ドフラミンゴに従ってバレルズが所有していた財宝を全部かっさらって撤退した。

「……す……すまねェ……」

「喋っちゃダーメ。あんた死にかけてんだから」

 すると、遠くから海兵達が武装して駆けつけてきた。〝鳥カゴ〟を解除されて乗り込めるようになったのだ。

 暫くすれば現場は完全に包囲され、アオハルと重傷のロシナンテ以外は海兵で埋め尽くされる。それをかき分けるように壮年の女性が女性の海兵を引き連れ前に出た。〝大参謀〟の異名で海賊達から恐れられている海軍本部中将・つるである。 

「おつるさん……」

「あんた、まさかロシナンテ中佐かい……!? 成程、そういうことか……だからセンゴクはあんな情報を……」

 作戦の総指揮を執るセンゴクの真意を知り、溜め息を吐くつる。

 センゴクとロシナンテの関係は、海軍でも有名な話。血は繋がっていないが実の親子のような信頼関係があり、自由奔放なガープに怒鳴りちらす苦労人の一方でロシナンテの前では〝仏のセンゴク〟の異名通りの優しさを見せている。

 だが最近名の通った海賊団のスパイとして息子のように大切に可愛がっていた男を送り込んでいたのは、いくら秘密裏であったとはいえさすがの彼女も想定外だったようだ。

「センゴクにはあとでキツく言っといた方がいいかねェ……あんた達! さっさと手当てしな」

 つるの一声に海兵達が動き、ロシナンテを担架で運ぶ。

 担架で運ぶ最中でも医療班の措置が施されている分、相当な深手だろう。

「……〝剣星〟、あんたも来てもらうよ」

「あい」

 テゾーロが魚人島でオトヒメ王妃の夢の実現に尽力する中、その裏で行われた「〝オペオペの実〟争奪戦」はこうして幕を閉じた。



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第101話〝アマゾン・リリー〟

ワンピースの最新刊を買いました。「何かあった未来」シリーズ、結構面白いですね。(笑)
今回のナミの60歳が衝撃でしたね。シンドリーちゃんみたいでした。


「そうか……〝オペオペの実〟はラミの親父さんの方に渡ったか」

《これで完全にドフラミンゴと敵対することになるけど……》

「構わないさ、いつかこうなるとは思っていた」

 アオハルの報告を聞くテゾーロ。アオハルはドンキホーテファミリーとテゾーロ財団の対立が表面化するきっかけになったと懸念するも、テゾーロ自身はドフラミンゴとの対立は目に見えていたと語っている。

 ここまで海賊稼業(ビジネス)の妨害をすれば武力衝突の可能性も十分あるが、アオハルが能力を披露したらしく、知った以上は迂闊に手は出せないだろう。

「しかしセンゴク大将が直々に動いてくれるとはな」

《おつるも動いてたしね、彼女がこれからドフラミンゴを本格的に追跡すんじゃないかな》

 ロシナンテは救急搬送され、医療班の懸命な治療の末にどうにか一命を取り留めた。アオハルはつるの判断により海軍本部へ招致され、ロシナンテと共に次期元帥とみなされている現海軍大将〝仏のセンゴク〟と面談をした。

 任務に失敗したロシナンテの安否確認と取引場所で何が起こったのかを直接質すべく急遽駆けつけたセンゴクは、ロシナンテとアオハルの証言に衝撃を受け、将来有望な海兵ヴェルゴを〝海賊ヴェルゴ〟として捕らえようと早速動いた。しかしそこは頭の切れるドフラミンゴから「相棒」と言わしめるヴェルゴ――ロシナンテの動きからセンゴクがバックにいることを勘づいて、突然辞表を出して雲隠れしたという。しかしセンゴクは雲隠れしたところで諦めるような男ではない。

 海軍大将は世界政府内部でも重要なポジション……海軍だけでなく政府においても一定の権限があり、五老星や政府中枢と直接面談することも許されている。センゴクの報告から海軍に海賊が潜り込んでいたことを知った政府は元海兵という経歴をもみ消すよう命じたが、センゴクにとっては手配書さえバラ撒ければいいので要求を呑み、覇気使いであることやドフラミンゴの部下であることを理由に初手配ながら6000万ベリーの懸賞金をつけたという。

 さらに〝オペオペの実〟の騒動の全貌も知り、今後起こり得るであろう全ての事態を想定してフレバンスを自らの管轄下に置くことにした。大海賊時代以前から海軍屈指の英傑として〝海賊王〟となる前のロジャーや、そのロジャーと覇を競った全盛期の〝白ひげ〟や〝金獅子〟を筆頭とする大海賊を相手取って海の秩序・平和維持に貢献した男の異名は伊達ではなく、措置を取った途端に〝北の海(ノースブルー)〟の海賊達の事件が一気に減ったという。

(〝北の海(ノース)〟はどうにかなるが、問題はリク王の方だよなァ……)

 センゴク自ら措置を応じた以上は、ドフラミンゴも好き勝手はできないだろう。だがドフラミンゴは〝オペオペの実〟を奪い取る計画を実行する以前から〝偉大なる航路(グランドライン)〟への進出とドレスローザの国盗りを画策していたので、すでに〝北の海(ノースブルー)〟にいない可能性もある。

 原作において、この時期はとても忙しい頃だ。本来の主人公(モンキー・D・ルフィ)恩人(シャンクス)と出会ったのも、新世界で勃発したゲッコー・モリアと四皇〝百獣のカイドウ〟の抗争も、革命軍がニコ・ロビンの捜索を開始したのも、大体この時期だ。政府に仇なす存在を全て排除するのも海軍の仕事ゆえ、手一杯の可能性も高い。

(それにしても、〝オペオペの実〟はローじゃなくてローの親父に渡ったか……)

 原作では〝オペオペの実〟の能力者はローがなるのだが、今回は自分(テゾーロ)の度重なる介入によりローの父親が能力者となって(ラミ)を救った。ローに食べさせなかったのは、きっと〝オペオペの実〟がどれ程の価値でありどれ程狙われやすいのかわかった上での父としての判断だろう。そしてセンゴクがフレバンスを自らの管轄下においたのも、これが原因だろう。

 ルフィのようにうっかり食べるという可能性も無くなり、これでローは海賊になる可能性すら怪しい程になってきた。(ロー)は今後どうなるだろうか。

《……それとさ、センゴクからウチらにとんでもない厄介事吹っ掛けられたんだけど》

「は?」

 

 

           *

 

 

 半年後、〝凪の帯(カームベルト)〟。

 テゾーロ財団が所有する帆船「オーロ・コンメルチャンテ号」は、ある島を目指して突き進んでいた。ちなみにこの船はつい最近外輪(パドル)を搭載させたので、無風のこの海でも問題なく進んでいる。

「なァ皆……おれ、キレていいかな?」

『勘弁してください!!』

 甲板で弁当を食べるテゾーロの言葉に一斉に諫める部下達。同乗しているメロヌスは「仕方ないわな」と溜め息交じりに呟く。

 今回なぜテゾーロ達が大型海王類の巣である無風海域に向かうことになったのかというと、アマゾン・リリーの九蛇海賊団の船長を王下七武海へ加盟させるよう交渉するためだ。

 アマゾン・リリーは、〝凪の帯(カームベルト)〟の(にょう)()(しま)にある女系戦闘民族「九蛇(クジャ)」が住む国家。世界政府の正式な加盟国ではない上に外界との交流が無いが、島の守備を行う戦士全員が覇気の扱いに精通しているという驚異の軍事力を保有していることでも広く知られている。そして九蛇海賊団の現船長は、初めての遠征で圧倒的な力を見せつけ8000万ベリーの賞金を懸けられたというのだ。

 さて、テゾーロが若干キレ気味である理由についてだが……理由は至って簡単だ。

「だってウチらがやるの、おかしくね?」

『確かに……』

 そう、海軍と政府がやるべき仕事を押し付けていることだ。

 確かにテゾーロ財団は海軍及び世界政府と密接な関係を築いており、持ちつ持たれつの関係で何だかんだ長くやっている。だからといって面倒事を押し付けるのはいかがなものか。ただでさえグラン・テゾーロ計画で忙しいというのに、これ以上仕事を押し付けてどうするつもりなのか。

 逆を言えば、政府及びその関連機関の人手不足が問題化しているとも受け取れるが。

「まァ見返りには必ず応じるって断言しちまったしな……一度受けたからには責任を持って成し遂げるのが筋だし」

 参ったように頭を掻くテゾーロ。

 するとステラがエプロンを着たままコーヒーカップを持ってきた。

「テゾーロ、エスプレッソ淹れたけど飲む?」

「ああ、いただこう――危ない!」

 

 ビュッ!! ビシィッ!!

 

「きゃっ!!」

 二人の間に、突然一本の矢が飛んできた。

 テゾーロは凄まじいまでの反射神経で飛んできた矢を素手で掴むと、そのまま握り潰す。

「びっくりしたわ……」

(今のをそれで済ますか!?)

 飛んできた矢に「びっくりした」の一言で済ますステラに、絶句するメロヌス。彼女も随分と肝が据わるようになったようだ。

「おい誰だ、いきなり矢を飛ばしてきたのは。愛するステラが淹れたエスプレッソがパーになるところだったぞ。作者は数年前にピザの一部を鳥に持ってかれたが」

「何の話をしてるんだ、あんた……だが矢が飛んでくるなんて珍しいな」

『呑気なこと言ってる場合か!!』

 矢が飛んできたのは、少なくとも何者かによる襲撃が行われている証拠だ。

 それを裏づけるように、見張りの者が声を上げた。

「テゾーロさん、海賊旗を掲げた赤い船が接近しています!! 二匹の生きた大蛇が船首で、外輪船(パドルシップ)の模様!!」

「「遊蛇(ユダ)」に引かせてもいるのか、考えたな」

 その報告に、メロヌスは感嘆する。

 遊蛇は獰猛な巨大海蛇で、獰猛な大型海王類ですら容易く死滅させる程の猛毒を持っている。大型海王類の巣である海域の島で生きるからこその知恵というものだろう。

「それにしてもあんな距離から……銃持ったら相当な狙撃手(スナイパー)だぞ」

「感心してる場合じゃねェと思うんだけど、メロヌス君」

 射撃能力の高さに感心しているメロヌスだが、そうこうしている内に一行に〝武装色〟の覇気を纏った矢が雨のように降り注いだ。どうやら完全に射程範囲のようだ。

 テゾーロは〝ゴルゴルの実〟の能力を駆使して黄金の欄干を融解し、無数の触手を生み出して次々に打ち払う。当然覇気を纏わせているため、降り注ぐ矢を全て迎撃・破壊していく。

 全ての矢を打ち払うと、一同は安堵の息を漏らす。

「さすがだな理事長」

「ああ……だが向こうも大した連中だ。見ろ、何本か突き刺さってる」

 黄金の触手に突き刺さった矢を見て、一同は顔を引きつらせる。

 完全に武装硬化していないとはいえ、テゾーロの黄金は超硬度。覇気を扱えても破壊はおろか傷一つ付けるのも困難のはずだ。それでも浅くとも突き刺さる程の威力を誇る九蛇の戦士達の技量には感服する。

「理事長、どうする?」

「九蛇の者達ならば願ったり叶ったりだ、外輪(パドル)を止めて帆を畳め。交渉といこう」

 

 

 数分後、テゾーロの船の隣に九匹の蛇をあしらったドクロを掲げた海賊船が泊まる。顔を出している船員達は全員女性ばかりだが、多くが殺気立っていたり警戒していたりと中々危険な状態だ。

「アレがアマゾン・リリーの戦士か……随分と凶暴な気配を出してるな」

「そう言うお前も殺気出すな、余計警戒されたら面倒だ」

 眉間にしわを寄せて殺気立つメロヌスを諫めるテゾーロ。

 しかし九蛇の者達は海賊船はおろか商船も平気で襲い、時には海軍の船にも攻撃を仕掛ける程の凶暴性を有している。たとえ話し合いの場を設けても、少しでもミスを犯せば命が危ないのも事実だ。

「テゾーロ……」

「大丈夫、おれには「策」がある」

 心配そうなステラに優しく微笑むと、テゾーロは静かに前に出た。

 その途端、矢が一斉にテゾーロに向けられる。だが多くの修羅場をくぐり抜けたテゾーロはその程度で怯むことはなく、彼女らに言葉を投げ掛けた。

「先程射た矢は覇気を纏わせていただろう? ゆえに九蛇の者達とお見受けする」

 テゾーロの一言に女性達――九蛇の者達はざわついた。

 アマゾン・リリーは外界との交流が無いがゆえに、国外の状況や世間一般の常識に疎い一面もある。九蛇の者以外で覇気を知るどころか会得している者を見た時は狼狽えたり、悪魔の実についての知識もズレていたりする。テゾーロはそこに注目し、彼女達の心理の盲点をついた言葉を並べて有利に進めようという訳である。現にテゾーロに対し軽蔑の眼差しだった九蛇の者達は、一気に困惑して動揺も隠せないでいる。

 さらに事をうまく進めるため、テゾーロは〝覇王色〟の覇気を抑えめに放った。

「私はテゾーロ財団理事長のギルド・テゾーロ。世界政府からの要請で貴殿らの主・九蛇海賊団船長の王下七武海への加盟について話し合いたい」

 テゾーロが〝覇王色〟の覚醒者と認知したのか、彼女達はさらに困惑して慌て始め、下手に攻撃すると厄介な事になると判断したのか次々に武器を下ろしていく。

 すると、九蛇の船から新たな声が上がった。

「何事じゃ」

「蛇姫様! それが……政府の使いを名乗る男が……」

「そ、それも……〝覇王色〟の覚醒者で、テゾーロという男なのですが……」

「――何じゃと!?」

 九蛇の海賊船から身を乗り出して現れたのは、艶がある長い黒髪の女性。老若男女問わず数多の人間を魅了する美貌は間違いない――ボア・ハンコックだ。

 ハンコックはシャボンディの一件を思い出したのか、目を見張った。

「そなた、あの時の……!?」

「久しぶりだな、少しお茶でもどうかな」

 テゾーロは別嬪三人組と再会を果たした。




次回のハンコックネタを挟んでから、物語を大きく進める予定です。

「VIVRE CARD」の情報も新しく追加されましたね。センゴクさん、あんた〝覇王色〟の覚醒者だったんかい!
これは「隠れ覇王色」がまだいそうですね。チンジャオも「〝王の資質〟を持つ者などこの先の海にザラにいると思え」って言ってましたし。個人的には五老星やイム、黒炭オロチ、ヴィンスモーク・ジャッジも持っているんじゃないかと予想してます。
劇場版キャラもやってくれると嬉しいですね。


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第102話〝テゾーロとハンコック〟

研修で少し遅れました、やっと更新です。


 ハンコックと再会したテゾーロは、彼女の計らいによりアマゾン・リリーへの入国及び船舶の停泊を許された。

 だがテゾーロは「アポなし訪問で国内の風紀を乱すのはよくない」とアマゾン・リリーの事情を尊重して住民が住む集落に近づかず、ハンコックもテゾーロが自らの恩人であることを島の住民に公表して手を上げぬよう下知を下して海岸で改めて会談することにした。ちなみに会談に参加するのは財団側ではテゾーロとメロヌス、九蛇側はハンコックら三姉妹とアマゾン・リリー先々々代皇帝のグロリオーサ――ニョン婆である。

「レイリーから聞いておる。そなたらにはニャんと礼を言うべきか……」

 ニョン婆はテゾーロにそう言葉を投げ掛ける。

 テゾーロは「礼を言われる程のことはやってない」と謙遜しながら愛用の湯呑みで注がれた茶を飲む。

「……妹さん達も変わらず元気のようで。二人にいい土産話ができそうだ」

「こうして故郷へ帰れたのもあなたのおかげよ、テゾーロ」

「あなたは元奴隷達にとってはタイガーに次ぐ恩人……本当にありがとう。レイリーやシャッキーにも会いたいものね」

 ハンコックの妹であるサンダーソニアとマリーゴールドは、テゾーロに感謝の言葉を贈る。

 フィッシャー・タイガーによる聖地マリージョア襲撃事件で逃走に成功した元奴隷達は、シャボンディ諸島に流れた。予め事態を想定していたテゾーロは人種を問わず匿って錠を外し、新規事業という口実とコネで元奴隷達を故郷へ送ったり財団で安全な生活を保障しつつ雇用したりして手を差し伸べた。

 そんな中でテゾーロはハンコック達と会い、政府上層部でも迂闊に手を出せないレイリーとシャクヤクの元へ案内し、彼女らを匿うよう手を回した。

 

 ――チップを弾むから彼女らに〝希望〟を与えてくれませんか?

 

 そんな小粋なテゾーロにレイリーとシャクヤクはあっさりと了解し、偶然その場にいたギャバンと共にハンコック達を保護した。その後どこからか事情を聞いて駆けつけたニョン婆によりハンコック達は無事故郷へ戻ることができた。

 しかし天竜人の奴隷にされた忌まわしい過去は消えるはずもなく、背中に押し付けられた烙印を公衆の前に晒すと故郷に居れなくなるとして「幼くして外界で武勇を馳せ、怪物ゴルゴンの呪いを受けた」と偽った。

 そして現在に至り、こうして故郷への帰還のきっかけを作ったテゾーロに会えて三人と如ン婆は笑みを溢している。

「それにしてもテゾーロ、お主もわらわと同じ〝覇王色〟の持ち主であったのか」

「君らを救ったおれの部下のアオハルもそうだけどね。ウチは海賊稼業やり始めたら海軍もお手上げになる組織だし。メロヌス、お前は〝見聞色〟と〝武装色〟だよな?」

「おれはどっちかって言うと〝見聞色〟の方が強いけどな」

「あなたも覇気使いなの?」

「それもかなりの手練れね、雰囲気でわかるわ」

 覇気に関する話に花を咲かせる一同。

 外界の人間で熟練度の高い覇気使いに会うのはやはり珍しいのか、興味津々な三姉妹。

「……ところでステラは?」

「何か戦士達に連れられて国内に入ったっぽいぞ。まァ同性に手ェ出す国家じゃねェから心配ご無用だと思うが」

 ステラの行方を問うテゾーロに、メロヌスは愛銃の手入れをしながら答える。

 男子禁制のアマゾン・リリーは男性が入国すると即死罪だが、たとえ侵入者でも女性や恩人には多少は寛容である。ハンコック自身が恩人に手を上げぬよう伝えてあるので、いきなり敵意を露わにしたり攻撃したりすることはないだろう。

「それじゃあ……そろそろ本題に入るとしよう、ハンコック」

「王下七武海の件じゃな?」

「その通り……世界政府は間違いなくハンコックの力を買ってるよ。初めての遠征で8000万の懸賞金って、結構なモンだよ? ビッグ・マムの初手配時の額を余裕で越えてるからね。もっとも、あっちはあっちで別次元でヤバイけど」

 テゾーロは政府から預かった文書を取り出し、ハンコックに渡す。渡されたハンコックは、その場で文書に目を通す。

 その内容は予想通り、ボア・ハンコック及び九蛇海賊団の王下七武海の加盟を要請するものだ。王下七武海に加盟した場合の恩恵から守らねばならない規定、政府での扱いについて事細かに書かれており、逆にこうも丁寧に書いてあると政府がいかに九蛇を警戒しているのかが丸わかりである程だ。

 だが、ハンコックは鼻で笑って投げ捨てた。

「わらわの要求を受け入れぬ限りは加盟することを考える気にもなれんな」

「だろうね……そう言うと思ったよ、〝政府の狗〟になれっつってるんだからね。だが政府は確実に九蛇の力を恐れている。下手に暴れられるよりも、ある程度妥協して自らの手中に収めたがるのが本音だろう――それで、要求は何だい?」

 テゾーロがメモ帳を取り出すと、ハンコックは三つの要求を告げた。

 一つは、聖地マリージョアには行きたくないということ。過去のこともあって世界政府が嫌いな彼女は、たとえ緊急時の招集命令があろうとマリージョアで集まりたくないという。王下七武海制度において緊急時の招集命令に応じないと除名も検討される程の事だが、それでもマリージョアにだけは二度と行きたくないとしつこく告げた。

 次に、世界政府は島の海岸より3km(キロ)以内には一切近づかないことを突きつけた。これはアマゾン・リリーの自治を守ることもあるだろう。下手に世界政府が介入されては島の秩序にも関わるのは明白だ。

 最後に、政府に対して略奪品の一部を納めることについて特別待遇すること。わかりやすく言えば、九蛇海賊団の収益を政府に渡したくないということである。これも除名を検討される程の事であり、普通に考えれば無理難題そのものと言える。

「……これで手を打つのならば応じよう」

 ハンコックはテゾーロを見下すように呟く。

 彼女はテゾーロを試しているのだ。この突きつけられた三つの無理難題をどう解決させ、自分を納得させられるような反論ができるのか、男としてではなく一人の〝リーダー〟として試してみたのだ。

「滅茶苦茶な要求だな……理事長、島の海岸はともかく他の二つはかなり厳しいんじゃないか?」

普通はな(・・・・)。だが不可能じゃない……こっちにゃ知り合いの天竜人を動かして物言わせるっていうとっておきの手段(カード)もあるんだぜ?」

「っ!?」

 テゾーロが投下した爆弾発言に、ハンコックは絶句する。

 あの天竜人を動かし、その権力を利用して世界政府に圧力をかけるというのだ。通常ならば考えられない神をも恐れぬ離れ業を、テゾーロは交渉材料として手札にしている。ハンコックはおろか、妹のサンダーソニアやマリーゴールドも信じられないとでも言わんばかりの表情を浮かべている。

「お、お主……そこまでの芸当もできるニョか!?」

「おれの〝戦場〟は腕っ節だけで勝負していける業界(セカイ)じゃないんだ。コネやカネだってれっきとした「力」なんだよ」

 動揺を隠せないニョン婆に、テゾーロは微笑む。

 戦場というと国や地域の戦争・紛争、海賊と海軍の戦闘を想像するだろうが、テゾーロは競争と競合の激しい世界規模の市場が戦場だ。彼の盟友であるスタンダード・スライスも親交はあれど実業家同士で優劣を競い合う仲でもあり、経営者という生き方を選んでいる以上は様々な業者を相手に戦っているのだ。

 モノとカネの流れを把握して活動していかねば置いてかれて潰される世界で生きるテゾーロは、ハンコックやニョン婆の想像を遥かに超えた力を手に入れているのだ。

(もはやギルド・テゾーロは実業家という域を超えている……!! 若くも老成したこの男、一体どこまで手を伸ばしておるニョじゃ……!?)

 ギルド・テゾーロの話は度々耳にしてたが、ここまでの男なのは想定外だった。

「さて話を戻そう。ハンコック、君の要求は理想通りにはならないだろうが通らせてみよう」

『!?』

 テゾーロ曰く、拡大解釈すれば通用する可能性が高いとのこと。

 たとえば、マリージョアに行きたくないというのは政府嫌いであることを全面的に出して「天竜人でも容赦しない」という認識を植え付ければ通るのかもしれないという。天竜人の暴走ぶりは五老星の意向をガン無視することも多いので、「天竜人に手を上げることも厭わない人物であるかもしれない」と思わせれば来ない方がいいと判断しやすいだろう。

 特別待遇の方も、アマゾン・リリーの国家体制を説明すれば許可が下りる可能性もある。アマゾン・リリーの収入源は海賊による略奪品であるのだが、逆を言えばそれ以外の収入は無いということでもある。大海賊時代になって海賊達の数は圧倒的に増えたが、他の七武海が海賊狩りを積極的に行えば収入ゼロという事態も十分にあり得る。世界政府が要求する略奪品の一部を納めることは、ハンコックから見れば国の財政に関わる案件なので多少優遇してほしいと主張すれば検討はしてくれるだろう。

「ハンコックはただの海賊じゃないのが最大の強み。歴史ある九蛇の国の皇帝という立場と政府の警戒心を利用して、五老星をうまい具合に丸め込めればそれでミッションコンプリートさ」

「し、しかし……いくらニャんでもお主一人で到底実現できるとは……」

「おれは腐ってもビジネスマン……口喧嘩は強い方だと思ってるつもりさ。それに政府上層部は自分達の損得で動くから、そこを突けば案外大漁かもしれない」

 ニョン婆の懸念を一蹴するように笑うテゾーロ。

「さて……おれとしては裏で手を回して最善は尽くすつもりだが、ハンコックはどうなんだい?」

「……そうじゃな、加盟することで九蛇全体に得があるのならば応じてみるのもよかろう」

「わかった、とりあえず了承と判断する。政府に報告するから――」

 その直後、テゾーロの電伝虫が鳴り響いた。

 受話器に手を伸ばして取ると、聞き慣れた声が発せられた。

《テゾーロか? コングだ、九蛇の件はうまく行ってるか?》

「今それをやってるんですけど。雰囲気的にはいい感じになったってのに、このタイミングで電話はナシでしょ元帥殿」

《いや、無性に確認したくてな》

「何ですかそれ」

 海軍のトップの言い分にテゾーロはこめかみをひくつかせる。さすがは伝説的大物が揃うロジャー世代、正義の味方もフリーダムな一面があるようだ。

「……ガープ中将のこと言えませんよ、あんた」

《あいつと一緒にしないでくれ、おれは胸を張って仕事はサボらん》

「その言い方だとサボる時はあるみたいに聞こえるんで撤回した方がよろしいですよ」

(確かに口はよく回る方じゃな……)

 世界政府直属の軍隊の総大将を相手にスラスラと言葉を並べるテゾーロに、ニョン婆は遠い目をする。

「それで、ご用件は?」

《ああ、王下七武海をもう一人決めてほしくてな》

「……今何つったジジイ」

 コングが投下した爆弾発言に、テゾーロは額に青筋を浮かべて地を這うような声を放った。先程とは別人のようになった彼に部下のメロヌスは勿論、ハンコックら三姉妹とニョン婆ですら思わず顔を引きつらせた。

 海軍元帥をジジイ呼ばわりしたのだから、かなり頭に来たようだ。

「なぜおれに話すんですか? 経済制裁もう一発見舞うぞコラ」

《嫌がらせ感覚でやろうとするな! 地味に堪えたんだぞ》

 無表情かつ据わった目で恫喝の言葉を並べるテゾーロに、コングは電伝虫越しでもわかる程の溜め息と共に事情を説明した。

 大海賊時代が開幕してかなりの年月が経った中、政府は王下七武海制度を設けたのだが面子が〝砂漠の王〟クロコダイルだけという人材不足ぶりに頭を抱えているという。選定基準の第一は「圧倒的な強さを持つこと」なのだが、王下七武海に相応しい猛者が中々現れず困っているのが現状なのだ。また王下七武海への勧誘をするにも日々多忙な海軍やサイファーポールでは対処しきれないことも多い。

 そこで政府が導き出した答えが、「いっそのことテゾーロにやってもらおう」という無責任も甚だしい決断なのであった。

「……自分の足でやれよって言いたい」

《言うな、テゾーロ……》

 コング自身も思うところがあるのか、何とも言い難い感情を声に乗せる。

「……あーもう、わかりました。一応留学中の連中に電話してこっちなりに事を進めてみます」

《すまんな、恩に――》

 必要な会話を終えると、テゾーロはすかさず受話器を置いてハンコックと向き合う。

 向こうが言い終える前に切ったのだから、内心では相当お怒り気味のようだ。

「……すまない、取り乱した」

「いや、アレは仕方ないだろ理事長」

 同情の視線をテゾーロに送るメロヌス。

 王下七武海加盟の交渉の代行どころか人材探しまでさせられたら、確かに溜まったものではないだろう。

「お主ら、随分と苦労しておるんじゃニョう……」

「「いや、全く」」

 テゾーロ財団の苦労を垣間見たニョン婆とハンコック達だった。

 

 後日、全世界にアマゾン・リリーの現皇帝ボア・ハンコックが王下七武海に加盟されたことが大々的に報じられ、彼女は〝海賊女帝〟として老若男女問わず数多の人間を魅了する女海賊として恐れられるようになる。



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第103話〝チビとジジイと孫と〟

少し早めの投稿ですかね……。


 翌日、〝東の海(イーストブルー)〟のフーシャ村。

 四皇の一人として位置づけられた大海賊〝赤髪のシャンクス〟が率いる赤髪海賊団が滞在しているが、テゾーロの部下であるシードもまた酪農の留学として滞在していた。

《っつーわけでな。お前も協力しろ》

「……僕らは便利屋じゃないでしょう?」

 テゾーロから事情を聞かされたシードは、溜め息を吐く。

 テゾーロ財団は多くの事業を行い、成功を収めている。現在進行中のグラン・テゾーロ計画もいずれは完遂し、世界でも珍しい国家として注目されるのは間違いない。テゾーロの野望である世界的な革命も成就に近づき、この世界の在り方をも変えることも現実味を帯びるだろう。

 だからといって、政府は財団を便利屋扱いするのはどうだろうか。トップが仕事に律儀であるため断ることは多くないだろうが、いくら何でも政府は怠慢にも程がある。ここらでまた経済制裁でも食らうハメになりそうだ。

「……わかりました、僕も僕なりで良い人材を探します。とはいえ、この〝東の海(イーストブルー)〟にクロコダイル級の猛者がいるかどうか……」

 この世界を構成する海域の中でも〝東の海(イーストブルー)〟は最も治安が安定しており、「平和の象徴」と言われているため、他の海の海賊や海軍からは最弱の海とバカにされてる。だが一方で、あの海賊王ロジャーや海軍の英雄であるガープといった伝説級の大物を輩出することもある海でもある。

 とはいえ、そんな都合がいい展開などそうそう来るものではない。すぐそばの酒場で部下達とドンチャン騒ぎしてる海賊ならいいんじゃないかと思ったが、よくよく考えればテゾーロの二歳年下でありながら世界政府では手に負えないあの〝赤髪〟だ。いくら七武海への勧誘とはいえ、相手が四皇だと五老星でも渋るだろう。

「あ~……テゾーロさん、〝赤髪〟がいるんですけど……」

《シャンクスがいるのか? ほう……》

「おいチビ! 一人推薦してやろうか?」

「あ゙あ゙!? 誰がチビだ、海のクズが!!」

 シャンクスにいきなりコンプレックスをイジられたシードは、声を荒げて彼を罵倒する。その剣幕に一瞬きょとんとしたシャンクスに対し、彼の部下達はそれを大笑いして一斉に船長をイジリ始めた。

 酒で酔いが回っていたのもあるが、シャンクスもカチンときたのか「船下りたいのか」だとか「ぶっ飛ばすぞてめェら」だとか言って怒る。

 それが筒抜けだったのか、電伝虫越しでテゾーロも爆笑していた。

《ハッハッハ!! あの〝赤髪〟をクズ呼ばわりとはお前も随分肝が据わったなシード、相手は四皇だぞ?》

「あ……聞こえてたんですか……?」

《ちょうどいい、シャンクスに代わってくれ。一人薦めてるんだろう? 聞く価値はある》

 テゾーロにシャンクスと代わるよう言われ、渋々彼と電話を交代するシード。

 酔っ払い気味のシャンクスは、笑い上戸でテゾーロと電伝虫越しで言葉を交わす。

「おう! お前がギルド・テゾーロか?」

《そうそう。いや~、お宅の元上司の副船長さんには覇気の修行で世話んなりましてね》

 その直後、シャンクスは呷っていた酒を盛大に噴き出した。

 一気に酔いが醒めて冷や汗を流し始めた彼に、部下である海賊達は顔を見合わせる。

「レ、レレレレイリーさんに!? ちょ、おまっ……えェ!? どういうこった!?」

《あとギャバンさんにも多少》

「ギャバンさんにもォ!?」

 叫びだしたシャンクスに対し、テゾーロは淡々と言葉を並べる。

《そんで、推薦したい奴って何者さ》

「あ、ああ……おれの剣のライバルである男だ。ミホークっつってな」

 その直後、今度は電伝虫越しにテゾーロが飲み物を噴く音が響いた。シャンクスと全く同じ反応である。

《ミ、ミミミ!? おまっ、マジで!?》

「そんなに驚くことか……?」

《いや、まさかそんな大物を出すたァ……》

 ミホークの名に、動揺を隠せないテゾーロ。

 実を言うと海軍と世界政府は数年前からある剣士をマークしていた。それがジュラキュール・ミホークという男――海をさすらう一匹狼だ。懸賞金こそ懸けられてはいないがとんでもなく強いらしく、巨大ガレオン船や海賊艦隊を真っ二つに両断して轟沈させながら自由気ままに生き、その上あの大海賊シャンクスと何度も決闘で激突し、未だに決着はついてないが海賊界では伝説として語り継がれている。

 海賊行為というよりも賞金稼ぎのような生活をしているため、政府は指名手配にこそしていないが、サイファーポールの諜報員を動員して行動は監視している――のだが、ミホークが非常に勘の鋭い男であるのか諜報員の詰めが甘いのか知らないがすぐ見失ってしまうのが現状だ。

《……ミホークは今どこにいるんだ?》

「さァな……どこにいるかわからない奴だからなァ。ハッハッハ!!」

《笑いごとかよ……わかった。とりあえずありがとう、海賊(あんた)を頼ってもちゃんとした成果出ないかもしれないから自力で探します》

「ひどっ!!」

 遠回しにシャンクスの情報は役に立たないと切り捨てるテゾーロに、当の本人は一海賊団の船長でありながらふてくされた。

 子供が駄々をこねているような珍光景に顔を引きつらせるシードに、シャンクスはムスッとした表情で受話器を渡す。

「シードです……それで、テゾーロさん……僕はこれからどうすれば?」

《ミホーク探しも手伝ってくれ。おれは魚人島で忙しい……それとサイから聞いた情報だが、どうも〝東の海(イーストブルー)〟に過激派組織がいるらしい》

「過激派組織?」

 テゾーロ曰く、サイは政府上層部から「世界政府打倒の思想を持つ男が世界各地で同胞集めをしている」という情報を得たとのこと。

 氏素性に関する情報が全くと言っていい程に把握できないため、男の個人情報も何もかもが不明だが、たまに新聞の一面に載るクーデターや反乱には黒いローブを身に纏った不審者が目撃されていることから、世界政府はヤマを張っているという。

「……そんな人に出くわしたらどうすれば……」

《そこはお前の正義に(・・・)任せるとするよ。お前なら自分に何ができるのかぐらい考えられるだろ?》

「テゾーロさん……」

《じゃあな、一旦これで失礼するわ。期待してるぞ》

 テゾーロはシードに激励の言葉を投げ掛けて切った。通話を終えたシードは、静かに受話器を下ろす。

「……信頼されているな、チビ」

「だからチビって言うな!!」

 

 

           *

 

 

 酒場から出たシードは、一人考え込んでいた。

(九蛇の件も然り、世界政府は何を焦っているんだ?ここまで急ぐのは珍しいな……)

 世界政府が始めた王下七武海制度。現在ではクロコダイルとボア・ハンコックの二名だけだが、今後は残り五人分の枠も埋まることになるだろう。そして今回の件で四皇であるシャンクスと同格の剣の腕前を持つジュラキュール・ミホークをうまい具合に丸め込めば、三人目の七武海として加盟することになる。

 だが、ここへ来て加盟を急ぐのは妙だ。確かに海賊達の数は膨らむ一方であるが、その強さは海軍本部の佐官クラスが多く、対処できないこともない。世間をにぎわすような大型ルーキーも登場せず、ある意味で気が楽になる時期と言える。だからこそ今の内に制度を固めるという解釈もできるが。

(政府の狙い……もしかしたら……)

 王下七武海は政府の戦力としてカウントされる。海賊である以上は世界政府への忠誠心は皆無で、要請や命令に応じず、権力を隠れ蓑に凶悪な犯罪を企む可能性もあるが、強さゆえに海軍と並ぶ勢力として、四皇や他の海賊達を牽制できるのならそれに越したことはない。

 そう考えると、政府が急いでいるように思えるのはテゾーロが伝えた例の過激派組織のせいなのだろう。海賊は政府や海軍と敵対しても政府そのものを倒そうとはしない――四皇レベルだと本当に倒せるかもしれない――のだが、世界政府の打倒を目論む男への万が一の迎撃準備とすれば納得は行く。

(だから政府は焦っているのかな? 連中が影響力を強めないように王下七武海を揃え、必要に応じて始末に向かわせると)

 世界政府の思惑を推測していた、その時だった。

「シード! シャンクスはどこにいるんだ?」

「!? ルフィ君!?」

 シードにシャンクスの居場所を問う子供。名前をルフィと言い、その祖父はあの海軍が誇る怪物ジジイ――伝説の海兵の一人である英雄ガープの実の孫だ。

 ルフィとはフーシャ村での個人的な理由で始めた酪農実習の開始時から知り合っており、何だかんだ仲良くやっている。時折顔を出すガープも、元海兵のシードと仲良くやってることに非常に満足しているのか「さすがわしの孫」と大笑いしている程に良好な関係で、付き合い始めて半年以上は経過している。

「シャンクスどこだ?」

「ルフィ君はガープ中将の孫でしょ!? 自分の人生だから自分のやりたいように生きるのはいいけど、おじいちゃんの気持ちは汲み取ろうよ!! あの人は孫バカだから!!」

「誰がバカなんじゃ? おめェ言ってみろ」

 第三者の声が響き、ゆっくりと振り返る。

 視線の先に立つのは、アロハシャツを着た壮年の大男――ガープがいた。

「ガ、ガープ中将!?」

「あ、じいちゃん!」

「二人共元気そうじゃな……それでだシード、誰がバカなんじゃ」

「いや、頭の方じゃなくて孫バカって意味でして! ほら、孫が可愛すぎてついつい甘やかしたり構っちゃったりする人いるでしょ? そういう人のことを言うんですよ!!」

 シードは顔を青くして必死に言い訳する。

 彼も実はガープにトラウマを植え付けられたことがある。ガープが嫌いという訳ではないが、彼の児童虐待も真っ青なスパルタ教育を施されて数々の修羅場に放り込まれ、何度も死にかけてガープとの任務の度に遺書を書いていた程だ。

 今はテゾーロという理想の上司の下で働いて心機一転しているが、ある意味で凄惨な過去はやはり消えることはないようだ。

「――ぶわっはっは! まァ孫に甘いのは確かじゃな」

 豪快に笑うガープだが、彼の「甘い」は常人からだと理解不能の領域なので、それを知るシードは顔を引きつらせる。

「しかし……ルフィの教育がなっとらんのう、シード」

「いつから僕は彼の保護者になったんですか!? 保護者なのはあなたでしょう!?」

「仕方なかろう、親父が親父なんじゃ。それに〝赤髪〟に毒されるよりはマシじゃからのう」

 ゴキゴキと指を鳴らしながら迫るガープに、シードは後退りする。

 そこに水を差したのは、ルフィだった。

「じいちゃん!!」

「何じゃい」

 いい年こいた大人同士の争いを見かねたのか、ルフィは大声を出す。

 そんな彼に淡い期待を持つシードだが……。

「シャンクスをバカにするな!!!」

(それ逆効果だよー……)

 よりにもよって祖父(ガープ)が嫌う人物をフォロー。当然これにガープは怒り、額に青筋を浮かべ孫を睨む。

 シードはガープの理不尽(ゲンコツ)から逃げられないことを悟り、二十代も後半に差し掛かろうとしているのに情けなく涙を流す。正直に言えば抵抗できなくもないが、そうなったらシャンクス達をも巻き込んで、フーシャ村が地図から抹消されかねない修羅場になるのが目に見えるので、非情な現実を受け入れることにしたのだ。

「もう毒されおったか……シードも抜けておるし許さん!! 二人共歯ァ食いしばれ!!」

 

 ドゴゴォン!!

 

「「ぎゃあああああああああ!!!」」

 のどかな村に、二人の断末魔の叫びが木霊した。




やっとルフィ出せた……!!
今のところはシードだけですが、後々テゾーロとも関わらせようと思います。


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第104話〝英雄死す〟

リボーンの小説にも記載しましたが、4月から本格的に働くので、更新が遅れると思います。
ご了承ください。


 月日は流れ、ゴア王国近辺でゴタゴタが起きているその頃。

 テゾーロは次の世界会議(レヴェリー)に備えるオトヒメを全面的にバックアップし、権力とコネで署名活動の規模をさらに拡大させた。かつての慈善事業で深く関わったフレバンス王国に署名の同意を促したり、ライバルにして盟友であるスライスや知り合いであるモルガンズに協力を呼びかけたりして積極的に活動した。

 そんな中で、その報せが彼の耳に入った。

「フィッシャー・タイガーが、死んだ?」

《これから記事を作るところだ!〝奴隷解放の英雄〟の訃報はビッグニュースだぞ!》

 モルガンズからタイガーの訃報を耳にしたテゾーロは、彼の死について詳しく訊いた。

 モルガンズ曰く、数年程前にタイヨウの海賊団がとある島に立ち寄った時、タイガーはある元奴隷の少女を島民から故郷へ送ってもらうよう託されたという。タイガーはその少女を故郷につい先日無事送り帰したのだが、その帰り道に海軍本部のストロベリー少将が率いる海軍の部隊に取り囲まれ「襲撃」と「逃亡」の罪状を突きつけられ、奇襲攻撃に遭ったという。

 さらに話は続き、タイガーはすぐに輸血しないと出血多量で死に至る程の重傷を負いながらも、一味が海軍の軍艦を奪ったおかげで命からがら沖へ脱出したという。だが、タイガーは断固として輸血を拒んだ末に命の幕を閉じたという。輸血を拒んだのは、原作と同様に一味の者と血液型が合わず軍艦に積んであった人間の血液のストックと型が一致したが、タイガーは人間への恨みを消すことができなかったからだろう。

(大方、原作通りってところか……)

 モルガンズの情報収集能力の高さには恐れ入るが、テゾーロは迷っていた。

 というのも、原作ではタイガーの死は歪曲されて報じられたからだ。タイガーは次の世代に負の感情を伝えないよう望んでいたが、その負の感情はホーディジョーンズらに引き継がれてしまい新魚人海賊団という恨みと憎しみを原動力とした勢力が生まれてしまった。

 そう、テゾーロが電話しているこの瞬間は、魚人島の未来に関わる重要局面なのだ。

「――モルガンズ、記事についてなんだが頼みがある」

《頼み……?》

 

 三日後、世界中にフールシャウト島周辺で起きた事件――フィッシャー・タイガーの死と魚人海賊団の動向が報じられた。

 タイヨウの海賊団の船長を務めた奴隷解放の英雄は、海軍との壮絶な流血戦の末に死亡した。タイガー亡き後は報復の為にフールシャウト島の人間を襲おうとした一味の中核の一人〝ノコギリのアーロン〟をボルサリーノが捕らえた。一方で残されたタイヨウの海賊団は〝(かい)(きょう)のジンベエ〟を二代目の船長とし、初代船長(タイガー)の理念であった「不殺の信念」を貫く海賊団として周知されるようになったという。

 

 

           *

 

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟のとある海域。

 亡きタイガーの後を継いだジンベエは、新聞を読んで仲間達と語っていた。話題は、タイガーの死の報道だ。

「世間には事実を公表するか……」

「妙な話だ。いくらアーロンから尋問で得たとはいえ、世界政府の情報操作で「人間に拒まれた」と記載されていると思ってたが……」

 ジンベエの呟きに、船医であるアラディンが続けて言う。

 アーロンは一味の中では過激派であり極度の人間嫌い――一味が持っていた人間に対する意識を変えた少女・コアラとも、他の人間とは違うとわかりつつも最後まで心を許すことはなかった。それでもタイガーを尊敬していたのは紛れも無い事実であり、海軍の尋問にもタイガーが輸血を拒まなければ生きられたことを言っただろう。しかしアーロンがいくら事実を証言しても、人間への怒りを優先して「人間のせいでタイガーは死んだ」と証言しても、それを報ずるのは世界政府であり海軍である。

 歪曲されて世間に報道される可能性はかなり高く、残されたジンベエ達も正直な話、事実の歪曲は止むを得ないと思っていた。しかし蓋を開けてみれば、まさかの事実論。タイガーが自らの意思で輸血を拒んだことだけでなく、コアラ――記事には「人間の少女」と表現されている――を故郷まで送り届けたことも記載されていた。

 ジンベエ達としては、タイガーの最期の願いである「島に何も伝えるな」という次世代に恨みを伝えない願いを一部叶えた結果であるので不満はないが、違和感は覚えていた。聖地マリージョアを襲撃し、天竜人に手を出した大罪人に情けなど掛けるわけもないのに、どうして事実をありのまま伝えたのかが理解できないのだ。考えられるのは、タイガーの為に裏で動いた人間がいるという一つの可能性くらいだ。

「誰がこんなことを……?」

「……テゾーロじゃ。あいつがタイのお頭の為に裏工作したんじゃ」

「あ、あの金ピカ野郎がか!?」

「どういうつもりだ!?」

 ジンベエの仮説に、魚人達はざわめく。たったの一度しか会っていない一人の人間が、タイガーの死をありのまま伝えるよう裏で動いていたというのだから、信じられないのは当然だろう。

「ジンベエ、なぜそう言い切れる? 確かに奴は〝おれ達の知る人間〟とは違ったが……」

「さァのう……じゃが、お頭と会って何か思うことがあるとする人間などあいつ以外おらんじゃろう」

 

 

 魚人島、竜宮城。

 国王であるネプチューンは、新聞の一面を見て複雑そうな表情を浮かべていた。

「ムゥ……」

 パサリと音を立てて新聞を()じる。

 フィッシャー・タイガーの死は、魚人島中を震撼させた。世界政府と天竜人に手を上げた大犯罪者であると同時に奴隷解放の英雄であった彼は、リュウグウ王国及び魚人街に希望の光を投げ続けた大アニキでもあった。ゆえに魚人街の無法者達も彼の死に深い悲しみを露わにし、人間と決別したまま人生の幕を閉じた彼を称えた。

 幸いなことに「フィッシャー・タイガーは人間に献血を拒否されて死んだ」ことや生前の彼との最後の会合で知った「タイガーが元奴隷であった」ことは報道はされなかったため、魚人達や人魚達はオトヒメの署名活動から距離を置く者こそ現れど彼女の活動自体に反感を覚えることはなかった。それでも彼女のショックは大きく、号泣して家臣達が必死に宥めていた程だった。

「いつか来るとは思っていたが……」

 頭を抱えるネプチューン。

 正直な話、彼の死が訪れるのは時間の問題だと考えていた。聖地マリージョアを火の海にした上に天竜人に手を上げた以上、世界的な犯罪者として海軍本部が血眼になって海の果てまで追跡し討ち取ろうとする。だがこうも早く海軍の手が回るのは想定外だった。

 フィッシャー・タイガーの死の影響は、人間と魚人・人魚族との確執という面では非常に大きい。オトヒメの意見に賛同して積極的にバックアップしてくれるテゾーロに申し訳なく感じ、溜め息を吐く。

「国王様!」

「ム?」

 その時、ネプチューンの元に電伝虫を携えた左大臣が駆け込んできた。

 電伝虫を携えているということは、ネプチューンとの会談を望む者がいる証拠。何者かと問うと、左大臣は意外な人物の名を出した。

「それが、テゾーロからです!」

「何じゃと……!?」

 テゾーロからの電話と知り、ネプチューンは早速応じた。

《お元気ですか。ネプチューン王》

「うむ……じゃがオトヒメがのう……」

《ああ、やはりショックを受けているんですね。無理もない……》

 オトヒメを心配してくれるテゾーロに内心感謝しつつ、ネプチューンは用件を訊いた。

「して、何用じゃ」

《ああ……実はタイヨウの海賊団についてなんですが、今の船長・ジンベエを王下七武海に推そうとする話が持ち上がってまして》

「ジンベエを、じゃと?」

 テゾーロ曰く、世界政府と海軍はストロベリー少将がタイガーに奇襲攻撃を仕掛けた際に駆けつけた和装の魚人・ジンベエを危険視しているという。

 ジンベエの強さは相当なものだ。魚人空手や魚人柔術を駆使した接近戦を得意とし、さらには〝武装色〟と〝見聞色〟の二つの覇気を会得しており、魚人の中でもトップレベルの猛者であるのは紛れも無い事実。世界政府と海軍が危険視するのも頷ける。

 だが一方で、ジンベエはタイヨウの海賊団に入団する前はネプチューン軍の兵士として国に忠を尽くしており、腕っ節の強さと仁義を重んじる性格から「親分」として慕われていた。かつては海軍も一目置いていた仁義を重んじる「海の男」のような海賊が消えゆく今、ジンベエのような海賊を手中に収める動きがあっても別におかしくはない。

 それに今回のタイガーの一件で「種族間の確執」が表面化しており、人間と魚人・人魚による〝人種戦争〟の勃発という最悪の事態も現実味を帯びてしまった。それを回避するために「種族間の和解」としてジンベエを王下七武海に加盟させようと考えているのかもしれない。

《私としては貴国の情勢を配慮して政府と掛け合う気です。タイガーの死で混乱しているでしょうし》

「……わかったのじゃもん。じゃがその件に関してはジンベエに問うとしたい……無論すでに伝書バットで話は伝わってるであろうが」

《了解。では彼からの返答があれば電話を掛け直してください》

 ネプチューンは一言礼を述べてから受話器を下ろすと、一連の会話を傍で聞いていた左大臣に声を掛けた。

「左大臣。ジンベエの船が――タイヨウの海賊団が島の周辺に現れたら、すぐにジンベエを竜宮城に案内するよう皆に伝えとくのじゃもん!」

「はっ!!」

(ジンベエ……お前が我ら魚人と人魚の希望の光じゃもん……)

 ジンベエの帰参を、ネプチューンは静かに待ちわびるのだった。



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第105話〝鷹の目を持つ暇人〟

仕事が忙しくて遅れました。


 ジュラキュール・ミホークは、世界中に星の数程いる剣客達の頂点に立つ男である。

 世界最強の剣士、大剣豪、鷹の目、一匹狼、世界最強の暇人……圧倒的な剣の腕前と気まぐれな性格から数々の異名と逸話でその名を天下に轟かせ、四皇の一人である大海賊〝赤髪のシャンクス〟と伝説と謳われる決闘を繰り広げた豪傑。それが彼である。

 そんなミホークの元に、一人の男が現れた。

「それで……是が非でもおれに加盟を要請するのか」

「君を探すのにどんだけ苦労したと思ってんの……こっちは必死だったんだぜ……」

 好物である赤ワインを呷るミホークに、深い溜め息を吐く長身の男性。

 ギルド・テゾーロ――テゾーロ財団理事長を務める大物実業家で、数々の慈善事業で功績を上げて世界の秩序と安寧に貢献してきた男。世代的にはミホークと同じだが、若さゆえの堅苦しさの無さと老成した実業家としての確かな手腕は世界が注目している。テゾーロを知らぬ者などそうそういないだろう。彼の後ろには、この海において〝海の掃除屋〟として名を馳せ恐れられているハヤトが万が一の場合の護衛として付き従っている。

 そんな彼らがなぜ新世界のとある島でくつろぐ自分の下へ来たのかというと、世界政府が設立した王下七武海制度への加盟交渉の為だという。ミホークは「興味など無い」の一点張りだが、テゾーロはあの手この手で食い下がり、事態は平行線を辿っているままだ。

「なぜそこまでおれに加盟を求める。おれでなければならないのか?」

「いや、だって暇そうじゃん。暇潰しに王下七武海になるってのも悪くない話だろう?」

「あんた何言ってんだ!?」

 ハヤトですらツッコミを炸裂させるトンデモ発言に、ミホークは鷹のように鋭い目を見開かせる。

 剣客界における世界最強の座に君臨することとなったミホークだが、確かに今の彼は退屈な日々を送っている状態だ。この世界で自らと唯一渡り合ったのは後にも先にも現時点では(・・・・・)シャンクスしかおらず、素質という面では白ひげ海賊団の〝花剣のビスタ〟くらいだ。

 テゾーロは王下七武海に加盟すればそんな退屈な日々を変えられると熱弁する。王下七武海は制度上、加盟すれば指名手配・懸賞金の解除をはじめとした多くの特権を持つが、実は何らかの理由で欠員が出た場合にはその都度補充されるシステムもある。七武海の特権を狙う海賊達もいる可能性は極めて高く、七武海の一角を崩そうと仕掛けてくる者が出てくるのは目に見えるが、裏を返せば「挑戦者が必ず現れる」という意味でもある。

 ジンベエは要請中であるため、現時点で加盟しているのはハンコックとクロコダイルだが、彼らのかつての懸賞金は約8000万ベリー――ただし数億ベリークラスの海賊と同等の実力を持っているが――である。圧倒的実力を持ちながら海賊ではないことから懸賞金が懸けられてないミホークが加盟すれば、大抵の人間は甘く見て切り崩そうとするだろう。

「まァ半端者が多いだろうけど、挑戦者が増えるという点では多少の暇潰しにはなるだろう? 上層部(うえ)はテキトーに丸め込むから、加盟してくれないか」

 両手を合わせて懇願するテゾーロに、ミホークは笑った。

「フッ……ワッハッハッハッハ!! おかしな男だ、世界政府の制度がおれの暇潰しに相応しいと!?」

 自らの腕を買ってるだけではなく、最強ゆえの退屈さを変えるために王下七武海の一角を担うことを提案するテゾーロに、ミホークは心底愉快そうに笑う。

「随分な変わり者とは思っていたが……だからこそお前の元に人々が集まり、慕われるのだろう」

「ミホーク……」

「いいだろう、お望み通り暇潰しで(・・・・)その話に乗ってやろう」

「! ――恩に着る!」

 七武海加盟を承諾したミホークに、テゾーロは頭を下げる。

 すると、一連の流れを見ていたハヤトが口を開いた。

「〝鷹の目〟……あんた今暇なんだろ?」

「ハヤト?」

「……」

 ハヤトは背中に背負った愛刀の大太刀〝海蛍〟を抜き、切っ先をミホークに向けた。

「暇なんだろ? 勝負しないか」

 

 

           *

 

 

 〝鷹の目〟と〝海の掃除屋〟の剣戟は、刃を交えてから一時間休みなく行われた。

 二人共、愛用している得物は刀剣の中でも長大な部類だ。250センチを超える身長のハヤトの大太刀〝海蛍〟は彼とほぼ同じ大きさで、ミホークの黒刀〝夜〟に至っては柄も含めれば彼自身よりも大きい。それを普通の刀のように容易く振り回せる両者の身体能力の高さには恐れ入る。

 だが――

「うおおおお!!」

「……まだ(・・)だな」

 ハヤトが覇気を纏った斬撃を放てば、ミホークはそれ以上の斬撃で相殺する。大きく踏み込んで突きを放てば、避けていないのにまるであしらうように流される。高速で振り下ろし薙ぎ払っても、それを予見しているかのように捌かれてしまう。

()ね」

 

 ドゴォン!!

 

「うおわァ!?」

 ミホークは覇気を纏わせた重い一撃を見舞った。ハヤトは咄嗟に防御するが、威力を殺しきれずそのまま吹き飛んで岩盤へ叩きつけられてしまう。

(ここまでの差が……! あのハヤトですら傷一つ負わせるのが精一杯とは……これが〝鷹の目〟か)

 テゾーロは能力で生み出した黄金の耳かきで耳掃除しながら、驚きを隠せないでいた。

 財団の中では比較的武闘派で、なおかつ剣士であると共に覇気使いでもあるハヤト。その彼が斬り合いで相手に傷一つ負わせるだけで疲労困憊になるのは、テゾーロ自身想定外だった。それ程までに〝鷹の目のミホーク〟という壁が巨大なのだ。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

「〝海の掃除屋〟……一通り太刀筋を見たが、それなりの腕利きではあるようだな。――だが今のままの凶暴な剣術ではおれに勝てんぞ」

 得物をしまいながらハヤトを総評するミホーク。

 ハヤトの剣は一対多数――それも特定の誰かを倒すというよりも眼前の全ての敵を薙ぎ倒す、力でゴリ押しするような剛剣だ。しかし相手の攻撃・斬撃を剣で受け流す、いわゆる「(じゅう)(けん)」を習得しておらず、ミホークのようなワールドクラスの剣豪、すなわち世界最高峰の相手だと通用しない。

「柔の剣。それが今のお前に足りない要素だ」

「柔の剣……」

 ミホークがハヤトの欠点を指摘した直後、テゾーロが拍手をした。

 互いの戦いぶりを称え、その顔は満足そうな笑みを浮かべており、それこそショーを楽しんだ観客のような振る舞いだ。

「お見事! とても見応えのあるエンターテインメンツだった」

「……」

「さて……大丈夫か? ハヤト」

「これが大丈夫に見えるかよ……」

 疲労困憊の体に鞭を打って立ち上がるハヤトに、テゾーロは「お疲れさん」と労いの言葉をかける。

「ミホーク、ウチのハヤトはどうだったい?」

「攻撃の型が限られてる分やはり読みやすいな……だが刃を交える中で生じる隙は小さく、斬り口の無駄な破壊も抑えられている。己の刀を知り、操れている証拠だ。柔の剣を扱えるようになれば、最強の座で待つこのおれを捉えられるだろう」

 ハヤトの太刀筋を評価するミホーク。

 一端の剣士としてハヤトはかなり腕の立つ方であるらしく、これからも成長し続ければ最強の座を視界に捉えることもできるという。しかしその為に必要な「柔剣」の習得は剛剣よりも難しいらしく、険しい道だという。

「ほう……ここまでくると、むしろ興味が湧く。ウチに剣士はあと3人もいるんだ、そいつらと剣を交えるのも悪くないんじゃないか?」

「……お前の部下に、か」

「ハヤトと同じく、お前の予想を裏切る面子が揃ってるよ」

 不敵に笑うテゾーロに、返事するようにミホークも笑みを浮かべる。

 実を言うと、ミホークはハヤトを軽視してもいた。いくら海で名を馳せても、経歴はどうあれ所詮は賞金稼ぎであり首から下げている小さなナイフで十分だと判断していた。しかし実際に刃を交えるとその考えは一転し、初見の格下相手に黒刀を抜いた――ハヤトはミホークに届かずとも確かな剣の腕があったのだ。

 そんな人間が彼を含めて四人、テゾーロの部下にいる。テゾーロと関われば、自分を良い意味で裏切ってくれる剣士と出会える。一端の剣士として、世界最強の剣豪として、暇を持て余す自分にとって願ったり叶ったりだ。

「……貴様の口車に乗るのも一興、だな」

「わかってくれるとありがたい」

 ミホークは踵を返し、風のように去っていった。

 

 

 二週間後、世界最強の剣士〝鷹の目のミホーク〟はクロコダイルとハンコックに続いて七武海に加盟した。

 それと共に、名実ともに世界最強をも七武海に加盟させたテゾーロを人々は〝怪物〟と呼ぶようになる。



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第106話〝シンクロ〟

更新が遅れて申し訳ありません。
タイトルがどういう意味なのかは、読んでみればわかるかと。


 海軍本部の元帥室にて。

「ワハハハハハハハ!!」

「ハァ……何がおかしいスライス」

 せんべいを食べながら爆笑するスライスと、それに呆れるコング。

 二人の話題は、テゾーロが王下七武海を二人加盟させたことについてだった。彼によって戦闘民族「九蛇」の国の皇帝であるボア・ハンコックに加え、四皇〝赤髪〟と決闘を繰り広げた最強の剣士〝鷹の目のミホーク〟が世界政府の戦力として迎えられたのは大きな変革だ。

「コング元帥さん。そんなに借りを作っちまっていいのか?」

「どういうことだ?」

「そのまんまの意味だぜ。いつまでも便利屋扱いしてっとマジ切れされた時のしっぺ返しは(いて)ェのが定石さ」

「……すでに食らっている気もするがな」

 コングは頭を抱える。

 ミホークとハンコックが加盟したのは戦力的に考えると素晴らしいものだが、二人は超が付く程の自由気ままぶりであり、政府中枢の中には「ガープは一人で十分だ」と嘆いたりしているくらいに好き勝手やっているのが現状。政府への忠誠心は皆無であるのはある意味で想定内ではあったが、コントロールは今の政府では至難の業だ。おそらく海軍元帥が直接圧力をかけても動じないだろうし、五老星が物申しても嫌々動くかどうかが関の山だろう。

 とんでもなく強いが、その分ガープ並みにやりたい放題に動く強か者。今までテゾーロを利用してきた政府と海軍への仕返しだと、コングはそう思えてならなかった。

「おれもあいつに(おく)れを取るわけにはいかねェ。少しはライバルらしくしねェとな」

 スライスにとって、テゾーロは唯一の盟友にして最大のライバルである。生まれながらの富豪である自身と違い叩き上げで財を成したテゾーロは、世代は同じだがそれ以外は全てが違う。

 だからこそ、彼は面白がった。数々の功績で〝怪物〟と呼ばれるようになったテゾーロと、名門一族の現当主にして石油王であるスライス……世界の金の流れをどちらが独占できるのか。一人の男として、一端の実業家として競い合うのだ。

「おれもテゾーロも男だ、こんな時代に生まれて力を持ったからには「覇権争い」に名乗り出ててみるとするか」

「こちらとしては遠慮してほしいがな」

 スライスの意気込みにコングは深い溜め息を吐く。

 海軍はテゾーロ財団だけでなく、スライスが当主を務めるスタンダード家とも裏で繋がっている。生産した石油を海軍と世界政府に売りつけて一定の権限を認められており、政府内部においてはテゾーロに匹敵する影響力を有している。

 当然海軍にも出入りすることも多く、モモンガをはじめとした歴戦の海兵達とも付き合いはあり、現に彼の戦闘能力を確かめたいと何度か手合わせしたことがある。その時は強力な覇気と一端の実業家とは思えぬ高い身体能力で支部の基地をうっかり一部半壊させてしまったりしたが、海軍としても政府としてもあまり敵に回したくない輩であるのは変わらない。

「……そういやあ、ジンベエが王下七武海に加盟したそうじゃないか」

「! さすがに耳が早いな」

 スライスは真剣な顔つきでコングを見据える。

 そう――実は数日程前に不殺の精神を貫く「タイヨウの海賊団」の2代目船長である〝海俠のジンベエ〟が、人間との懸け橋になるために王下七武海へ加盟したのだ。五老星を筆頭とした政府中枢は種族間の和解が実現したとご満悦であり、世論も魚人が海賊を抑止してくれることに肯定的だが……。

「はっきり言うけどよ……〝ノコギリのアーロン〟を恩赦で釈放したのはダメだろ」

 スライスは〝覇王色〟の覇気でコングを威圧する。

 アーロンはタイヨウの海賊団に加わる前から海賊稼業をしており、とても気性が荒い魚人の海賊として知られていた。元々サメの系統の魚人であるために魚人の中でも凶暴性が強い上に人間は憎むべき存在と考えてもおり、極度の人間嫌いであると同時に種族主義者であった。

 スライスはそんな輩がシャバに出たことに対し警戒心を強めたのだ。人間への憎しみを撒き散らし、いずれは海で海賊行為を超えて侵略行為に(・・・・・)手をつけ、多くの罪無き人々を無差別に傷つけ殺めると。

「……まァその気になればおれ一人で潰せるが、生憎お前らの仕事を奪う気はねェんだ。だが、ああいう野郎は狡猾なのが多い。裏をかかれねェように気をつけな」

「スライス……」

「不信や憎しみが肥大化した勢力になったら、それこそ後の祭りだからな。ちゃんと目ェ光らせとけよ」

 

 

           *

 

 

 その頃、リュウグウ王国の竜宮城ではテゾーロとジンベエが酒を酌み交わしていた。

「ジンベエさん、どうぞ」

「すまんのう、お嬢さん」

 ステラに酒を注がれながら、ジンベエはテゾーロを改めて見る。

 マゼンタのダブルスーツに身を纏い黄金の指輪をはめたその姿は、傍から見ればギラギラとした派手な若者だが、その真っ直ぐな目と堅苦しさの無い立ち振る舞いは出会った人間を立場や種族の枠を超えて一目置かせている。

「ジンベエ、王下七武海の件は聞いたよ。よく決断してくれたじゃないか」

「ああ……わしが七武海になれば、立場を利用して魚人族が世界政府や海軍に近づける上に政府の恩赦で元奴隷の者達が逃げ回らずに魚人島で暮らせるからのう」

 テゾーロから王下七武海の話を振られ、ジンベエは自らの思惑を語る。

 コアラと出会い、テゾーロとも出会い、彼は人間の良い部分を垣間見て認識を改めていた。亡きタイガーもここ最近体調を崩しがちなオトヒメの為にも、自分から人間に近づくのが最善の手と思い加盟したのだ。

「もっとも、不安要素はあるが……」

「アーロンのことだろう? 彼の気持ちはわからないこともないが……世界中どこに行こうが暴挙を働けば海軍が動くなんて甘いこと考えちゃいかんよ、ジンベエ親分」

「!?」

 テゾーロはジンベエを真剣な眼差しで見据える。

 組織というモノは、大きくなればなる程に末端の活動を把握することが難しくなる。海軍がどんなに「絶対的正義」を掲げていても、巨大な組織である以上は汚職や暴挙を働く海兵も少なからずいるだろう。そこにアーロンが目をつけ、賄賂や利権の話で丸め込まれたら悪事がもみ消されて止めに行くことができなくなる。

「おれとしちゃあ本部はともかく支部の海兵をおいそれと信用しちゃいけない気がするがね」

「そうね、支部は本部の目が行き届きにくい場所もあるってシード君も言っていたし……」

 テゾーロとステラの発言に、ジンベエは眉間にしわを寄せる。

「お前さんら、政府側の人間じゃろう? そんなこと言ってええのか」

「おれが政府に与するのは、おれの野望である革命を実現するために一番影響力を周囲に与えやすいからだ。一番の大元が変われば自然と周りが変わっていくのが摂理だからな」

 テゾーロは自らの野望を語りだす。

 この世界は暴力や武力で支配する時代である。そこに一石を投じ世界的な革命を起こし、経済力や権力、民意で世界の秩序を維持して真の平和・自由を実現するという壮大な野望を抱いている。その為に様々な慈善事業で力と種族間を超えた信頼を得て、国家や世界情勢を巻き込み、いらぬ物を淘汰するような腐敗した社会を根絶する。

 それがテゾーロの野望であった。

「武力はある程度の防衛力で十分……国を攻め落とすためではなく、国と民を護り通せればそれでいい。それが理想論であっても、必ず実現してみせる」

「テゾーロ……」

「無駄な血を流すばかりの世界の未来なんて、3秒もあれば何となく想像できるだろう?」

 その言葉に、ジンベエは息を呑む。

「………お前さんら、これから何をするつもりなんじゃ」

「そうだな……今は建国を見据えて活動してるが、それも野望への過程だからねェ」

「建国!? お前さんが!?」

 さりげなく言ってのけたが、国家樹立というとんでもない計画を企てるテゾーロにジンベエはまた驚かされる。

「お前さんには随分と驚かされるのう……一体どんな国にするつもりじゃ」

「それは最初から決まってるさ。この世界でまかり通っている慣習を全てブチ壊したような国さ」

 テゾーロの事業の中では最大規模である「グラン・テゾーロ計画」における国家は、中立国家であると共に政府公認の世界最大のエンターテインメントシティを目標としてるが、実際は世界政府の軌跡を否定するような国家であるという。

「伝統と慣習は別物だ。伝統は歴史を通じて後代に受け継がれてきた有形無形の系統であり、慣習は一定の社会で一般に通ずる習わしだ。伝統は守り続けるべき存在だが、慣習には悪習も含まれる。差別がいい例だろう」

「!!」

「世界政府が否定したはずの風習が今なお肯定されている地域は多い。むしろ政府が利権の為に黙認しているものだってある。おれはそれを全て否定した国家を樹立させるのさ」

 あらゆる娯楽を備えた独立国家でありながら、およそ800年もの長い歴史がある世界政府が築いてきたモノを否定した世界の常識を覆すような国。世界の変革を狙うテゾーロが元首となる国は、この世界への挑戦とも言えよう。

「おれが変えるのさ……全てを変えて、未来をあるべき方向へ正す!」

「……!!」

「――なんてな。だがこの世界を変える気は満々だぜ?」

 そう言って純粋に笑うテゾーロに、ジンベエは呆然とする。

 思えば、テゾーロという男は不思議な人物であった。人間も魚人も人魚も根本は皆同じと語り、人間への恨みを完全に消せなかったタイガーですら「中々まともな感性の持ち主」と評してすぐに手を上げなかった度量に感心していた。数々の慈善事業の功績から彼の思想信条は察することができたが、こうして今思うと彼との邂逅は僥倖とも言えるだろう。

(お頭……わしらはこういう人間(・・・・・・)との出会いを望んでおったのかもしれん)

 テゾーロと出会えたことは、種族間の溝を埋められる希望を見出したことなのではないか――ジンベエはそう思えてならないのであった。




スライスの全力は未だ不明(そもそもそういう描写をしていないだけですけど)ですが、身体能力と覇気はテゾーロとほぼ互角と捉えてもいいです。
シャボンディ諸島編辺りの麦わらの一味なら圧倒できます。(笑)


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第107話〝沈黙の肯定〟

やっと魚人島の章も折り返しかな?


 グラン・テゾーロ計画の舞台とも言える、新世界の元海軍基地。現在は無名だとわかりづらいという意見が財団内で殺到したことからテゾーロによって「バーデンフォード」という名前が付けられ、日々開発が進められていた。

 財団トップ(テゾーロ)の不在が多い中、島の方でも変化はあった。腕利きの大工・船大工によって港は整備されて寮もでき、荒れた土地はいつの間にか開墾されて「緑」が増え、更にはかの聖地マリージョア襲撃事件で解放された元奴隷達が恩返しなどの理由で移住するようになり、島はより一層賑やかになった。

 そんな中、現場を任されている財団の幹部達はというと――

「勝負、一・一(ピンゾロ)の丁!」

「……」

 財団幹部の一人であるジンが賭場を開いて丁半博打を行っていた。

 その様子を――額の包帯を外して第三の目で――見ていたタタラは、呆れたように呟いた。

「丁半博打なんて勝手に始めて……あとでテゾーロさんにどやされますよ?」

「何言ってんだ、人間って生き物は娯楽と飯がねェと働けねェんだぜ。仕事・娯楽・食い物……これら全てが成立した職場ならどんな野郎でも喜んで働けるってんだ」

 テゾーロ財団は世界各地で数多くの事業――それに加えて世界政府からの無茶ぶり――を実行している。当然その事業の中にはフレバンスの一件のようなストレスが溜まりやすかったり心身に負担がかかりやすかったりするものもある。

 そこでジンは、彼らの心労に配慮して丁半博打という娯楽を設けることで少しでもストレスが発散できるように動いたのだ。

「心配せずとも景品はおれが近海で泳いで狩った海王類の肉だ、金は巻き取らねェよ」

「金じゃなければいいってモノでもないでしょう、ギャンブルはギャンブルですよ」

「賭博が趣味のおめェには言われたくねェけどな」

「そうでしたね……」

 言ってることがブーメランで帰ってきたことを知り、タタラは頭を抱える。

「おめェは真面目が過ぎてるように見えるぜ。もっと気楽にならねェと人生楽しくなんねェぞ? 色々あった過去を忘れろとは言わねェさ、だが背筋伸ばして前向かねェと先に進むことも報いることもできねェぞ」

「ジン……」

 あの地下闘技場(いきじごく)で生きてきた過去は忘れ難く、タタラは生きるためとはいえ何人もの選手を斬り伏せてきた。そんなタタラに対し、ジンは遠回しに今まで斬ってきた人間達の分も生きて楽しむべきだと説いているのだ。

 その言葉にタタラは何とも言えない気分になるが、一理あるとも納得していた。

「――そういえば、世界政府から魚人島に向かった天竜人のミョスガルド聖が行方不明になったから捜索して欲しいって連絡がきましたが……」

「放っとけ。あんな人間のクズ、死んだところで世界が滅ぶわけじゃねェさ。それにてめェが神だと思い込んでる時点で話が成り立ちっこねェんだしよ」

「……というと?」

「人間の価値は生きている間はそいつ一人分の価値だ……性別や人種なんざ関係ねェ。その価値が変わるのはそいつが死んでから決まるもんだとおれァ思ってる」

 ジンの達観したような言葉に、タタラは第三の目を大きく見開いた。

 どれだけ偉かろうが、どれだけの悪行を重ねようが、人の命の価値は皆等しい。誰かに「自分の命はどれぐらいの価値だと思う」と言われたら、その問いに対し正確に(・・・)答えることは何人たりともできないだろう。なぜなら命の価値をどう決めるのかが定かではないからだ。

 ジンの言っていることは、彼自身の主観に過ぎないと言われればそれまでかもしれない。しかし人命は皆平等であるということは事実であり真理だ。彼自身も生きている限りは自らの命の価値は他の命と同じという趣旨の発言をしているので、間違いとは言い切れないだろう。

「……ま、別に気にすることじゃねェさ。それよりもおめェも参加しろ! 次は何だと思う?」

「じゃあ……半で」

「おっし! じゃあツボ振るぞ」

 

 

           *

 

 

 魚人島では大事件が起きていた。

 何と天竜人の船が難破し、天竜人のミョスガルド聖が遭難したのだ。

「早くマスクを持って来い、魚類共……!! ここは……魚人臭くてかなわんえ!! ハァ……早くマスクを持って来い!! わちきの命を助けろバカ共め……ハァ……」

 医者を出すよう迫るミョスガルド聖。

 彼が魚人島に来た目的は、ジンベエが七武海に加盟したことで国に帰った元奴隷達を取り返すことであった。その為に危険を犯し船員を犠牲にしてまで海底深くまでやって来たというのだ。

「医療班は……!?」

「着いていますが、アレをどう扱えばいいのか……」

「殺すべきだ。世界一のゴミ共を」

 ネプチューン軍の兵士達が動揺する中、ホーディは過激な言葉を言い放つ。

 本当なら言い過ぎだと咎めるところだが、肝心のアレ(・・)は世界中から恐れられ忌み嫌われている存在。完全に否定はできない。

「だったら、おれ達が……!!」

 その時、元奴隷の魚人達がミョスガルド聖を殺そうと一斉に銃口を向けた。

 神のごとき地位を持つ天竜人の横暴は決して許せないものだが、彼らに憎悪を抱いても泣き寝入りに終わってしまう。それは彼らに手を出した場合には海軍本部から大将が軍を率いて派遣されるからだ。一矢報いたくても海軍本部の最高戦力を相手にするなど、現役引退した元ロジャー海賊団の副船長でもない限り一般人には不可能だ。

 しかし逆を言えば、天竜人は海軍という後ろ盾を失えば一般人に成り下がってしまう。自分の意思で地位を棄てたホーミング聖の悲惨な末路が、後ろ盾を失った〝()天竜人〟がどうなるかを物語っている。

 ミョスガルド聖は地位を棄ててはいないが、自らを護ってくれる者がいないので元天竜人とほぼ同じ状況下だ。ましてや魚人島は天竜人を庇護する世界政府と海軍の目が届かない海底――たとえ殺したとしても島民が黙っていれば単なる「海難事故」で終わるのだ。

「許そうにもお前だけは許すことができない……!!」

「おい!! やめろおおおお!!!」

 自らの状況を悟り、悲鳴を上げるミョスガルド聖。

 積年の怨みを込め撃った銃弾が放たれ――

 

 ドゴゴゴォン!!

 

『!?』

「困りますね、せっかくオトヒメ王妃の調子が戻ったってのに」

 放たれた無数の銃弾は、たった一発の覇気を纏った弾丸により破砕された。

 野次馬達が一斉に振り向くと、その視線の先には長い銃を構えた男と声の主である男、そしてその妻と思しき女性が立っていた。

「――あの、何やってんですかミョスガルド聖」

「テ、テゾーロ!?」

 顔を引きつらせながらミョスガルド聖の元に駆けつけたのは、テゾーロとステラとメロヌスだった。どうやら騒ぎを聞いて様子を見に来たようだ。

 それに続くかのように、島に寄っていたタイヨウの海賊団のジンベエとアラディンも駆けつけた。

「天竜人は?」

「一応無事ではあるようだが……」

 ミョスガルド聖の痛々しい姿に、ジンベエとアラディンは顔をしかめる。

 そんな中、元奴隷達はテゾーロに詰め寄った。

「テゾーロさん、なぜ庇う!?」

「気持ちはわかるが、私にも立場がある。まずは話を聞かないといけない」

 テゾーロはそう言うとミョスガルド聖の元へ向かい、彼の訴えに耳を傾けた。内容は言わずもがな、元奴隷の者達を取り返すことに手を貸してもらいたいというものだ。

 しかしミョスガルド聖が言葉を並べるごとにテゾーロは真顔になっていき、目つきも鋭くなっていく。様子が変わっていくことにさすがに気づいたのか、ミョスガルド聖も怪訝そうになる。

「テ、テゾーロ……?」

「事情はわかりました……皆さん、あとは任せます」

 テゾーロの非情な言葉に、その場の空気が凍った。世界政府側の人間であり天竜人ともコネがある男が、天竜人を公衆の前で見捨てるという衝撃的にも程がある行動に一同は言葉を失くした。

 そして見捨てられたミョスガルド聖は、テゾーロを非難した。

「お、お前はわちき達(・・・・)の味方ではないのかえっ!?」

「いくら〝天上〟に近くても、私は元の身分(・・・・)がド底辺です。弱者の味方である私が彼らの気持ちを蔑ろにするとでも? クリューソス聖から私がどういう人間か聞いているはずでしょう? あなたの目の前にいるのは、世間から〝怪物〟と呼ばれてる男だ」

 テゾーロは鋭い眼差しで重傷のミョスガルド聖を見下すと、畳み掛けるように言葉のナイフを投げつけた。

「正直な話、〝おれ〟はあんたら世界貴族が大嫌いなんだよ。下らない理由(こと)で人を傷つけ殺し、人権無視も甚だしい所業とその辺のチンピラがまともに思えるような傲慢さがな。そんな連中が根絶やしにされたら何人悲しむよ? 少なくともこの場では悲しむ人間は誰一人いないと思うぜ……当然このギルド・テゾーロもな」

「ひえっ……!!」

 怒ってはいないが凄まじい圧を放つテゾーロに、顔を青褪め震え始めるミョスガルド聖。ヤクザが一般人を脅しているような光景に、銃口を向けていた魚人達も思わず同情の眼差しを向けてしまう。

 その光景を目にしていたメロヌスも、冷や汗を流していた。

(何て演技力だ……!! おれはこの人をまだ(・・)甘く見ていたのか……)

 メロヌスは〝見聞色〟の覇気に長けているため、彼が演技をしているのはわかっていた。

 だが傍から見れば本当に天竜人と世界政府に対する怒りと憎しみを露わにしているかのようで、並大抵の輩ではテゾーロがわざと冷酷な態度をとっているのは見破れないだろう。ビジネスマンとして長く生きてきたゆえの賜物だろうが、この場で彼の演技を見破れる者はメロヌス以外に何人いるだろうか。

(――理事長、あんた……)

「おやめなさい!!」

『オトヒメ王妃!?』

 事件を耳にして慌てて駆けつけてきたオトヒメに、国民達はどよめく。その後ろには彼女の子供達もいる。

 オトヒメは重傷のミョスガルド聖と彼を威圧するように見下すテゾーロの間に入る。

「テゾーロ! 何をしてるのですか! あなたまで――」

「生憎ですが、おれはあなたが思う以上に質の悪い野郎なんでね。それに世の中には死ななきゃ治らないバカってモンがいるんですよ」

 テゾーロはオトヒメの言葉など意に介さず踵を返す。

「今回の件はあなたにも非がある。もう私でも庇いきれない」

「そ、そんな……!!」

 今までにない非情さを見せつけるテゾーロに、ミョスガルド聖は絶望に近い表情を浮かべる。

「あなたがどうなろうと、それもまた運命です」

「わ、わかった!! わちきが悪かった!! だから許してくれテゾーロ!!」

「――謝る相手は私ではないですよ」

 テゾーロは冷たく言い捨てる。

 その言葉の意味を理解したミョスガルド聖は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも元奴隷達に命を乞うた。

「……助けてくれ……今まで、わ……悪かったえ」

『っ……』

 元奴隷達は何とも言い難い表情を浮かべて戸惑う。

 天竜人は非常に傲慢で傍若無人の限りを尽くす外道という認識であったが、その天竜人が本人は不満そうとはいえ形だけでも謝罪したのだ。本来ならば「天竜人が元奴隷に謝罪」など前代未聞の一大事なのだ。それでも銃口を向けて引き金を引けば、それこそ天竜人のようになってしまう。

 元奴隷達は許しはしないが、自らの矜持の為に銃を下ろした。

「双方ご理解していただけてなによりです……これからも仲良くやりましょう」

 先程までの非情な態度はどこへやら、朗らかな笑顔で手のひらを返すテゾーロ。ミョスガルド聖が己の非を認めたことと元奴隷達が手を汚さずに済んだことに満足しているようだ。

「申し訳ないですがアラディンさん、手当を」

「あ、ああ……」

 アラディンはテゾーロに流される形で、戸惑いつつもミョスガルド聖の応急処置を行い始める。ミョスガルド聖は何も言わず、ただ黙って治療を受ける。 

「世界貴族を……!! 本当にただの実業家なのか、あやつァ……!?」

(テゾーロ、あなた……!!)

 あの天竜人を言葉で誘導して非を認めさせたテゾーロを目の当たりにし、ジンベエとオトヒメは背筋が凍るような感覚に襲われた。神をも恐れぬ問題行動とそれを何とも思わないテゾーロに、ある種の恐怖感すら覚える。〝怪物〟という異名は言い得て妙である。

 一方のテゾーロはどこ吹く風――妻のステラは若干怒っているようだが、部下であるメロヌスは一部始終を目にしながらも溜め息を吐くだけだ。

「テゾーロ、いくら演技でも言い過ぎよ!」

「あ、演技だってわかった?」

「おれも副理事長も、あんたが梯子をそう易々と外す人間じゃねェって知ってるからな……それにしても、危ない橋を渡ったな理事長。何か訳でもあるんだろ?」

「……」

 メロヌスの指摘に、テゾーロは何も言わない。

 なぜわざわざ危険な賭けに出たのか。テゾーロは何も語らないことから「沈黙の肯定」ということなのだろうが、その理由(わけ)は言えないようだ。

「……まァ、おれがあんたの事情に口を挟むつもりは無いが――無理だけはしないでくれ。あんたはこれからの世界に必要な存在なんだからよ」

 メロヌスはテゾーロにそう告げる。一方のテゾーロはというと……。

(しらほしが古代兵器だからバレるのは困るとか、絶対言えねェな……)

 メロヌスの想いとは全く逆だった。

 正直な話、前世の記憶を持つテゾーロにとって、今回の事態はできる限り彼女の〝能力〟の覚醒を公衆に晒すのは避けたかった。しらほしは数百年に一人生まれるという海王類と会話ができる人魚――古代兵器ポセイドンであり、その能力は悪意を持って利用すれば世界を海の底に沈めることも可能とも言われている。そんなことが噂でも公になれば大変な事になる。

 ましてやこの場には、接触してはいないが若き日のバンダー・デッケン九世もいる。彼はオトヒメやネプチューンといった身内以外では彼女の能力にまつわる話を知っている人物であり、しらほしが竜宮城内にある硬殻塔で10年間も軟禁同然の生活を強いられる原因でもある。

 テゾーロはしらほしの能力を発動させないことでバンダー・デッケン九世が厄介事を少しでも起こさないように自分なりに手を打ったのだ。

(……いつかおれの前世を語る日が来るのかね)

 ――まァ、別にバレたところで何にも変わらないか。

 呑気にそう考えながら、テゾーロは大きく欠伸をした。



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第108話〝オトヒメ王妃暗殺未遂事件〟

 一週間が過ぎた頃。オトヒメは帰還するミョスガルド聖と共に聖地マリージョアへと赴き、彼や事情を聞いたクリューソス聖を説得して一枚の紙を持って笑顔で帰国した。

 オトヒメがあの天竜人を説得し、人間の世界から無事に帰還した。そればかりでなく、その天竜人からの書類を持って帰ってきたことは、魚人島の人々に今までとは違う未来を予感させるに充分だった。

「世界貴族の一声は王達の会議、〝世界会議(レヴェリー)〟でも強い力を発揮します!! これは世界貴族の一筆、こう書いてあります」

 オトヒメが手にしている書類には「魚人族と人間との交友の為、提出された署名の意見に私達二人も賛同する」と記されていた。

 今度の〝世界会議(レヴェリー)〟で、魚人島から地上移住の要望の署名を提出した時、この世界貴族の賛同の書類を沿えることでより現実的な〝力〟を与えられることになる。この後押しがあれば、きっと移住は可能になる。

 オトヒメはそう民衆に説明した。あとは魚人島の人々が地上への移住を決意し、より多くの署名さえ集まればいい。だが今まで散々虐げてきた天竜人がオトヒメに協力してくれたことに、嬉しく思いつつも不安に思ってもいた。

「ですからあと……必要なのはより多くの署名です。私にはもう皆様の決断を待つことしかできません。どうか人間との共生の意思を、地上の移住の意思を示して下さい………!!」

 懸命に訴えるオトヒメ。

 そんな彼女の元に、テゾーロが一枚の書状を手に近づいた。

「テゾーロ……」

「「我々テゾーロ財団はリュウグウ王国・オトヒメ王妃の魚人族・人魚族の地上移住運動に賛同し、その活動を全面的に支援する」……おれ達の総意です」

 財団の意見書をその場で彼女に渡す。

 するとテゾーロは指輪を一つ外して放り投げ、能力で大きな金の箱を作り上げた。それと共に声高に魚人島民に言葉を投げ掛けた。

「さあ、皆さん!! 王妃の熱い想いに賛同する署名をどうぞ!!」

 テゾーロがそう言った途端、島民達は署名した紙を取り出して箱の中に入れ始めた。次々と箱に署名された紙が入れられていき、オトヒメが用意した箱はあっという間に一杯となりテゾーロが即席で用意した箱もかなりの量が入っている。

 7年に渡る苦労は実を結び、オトヒメはこれまでやってきたことがようやく叶い我慢できず嬉し泣きした。

「オトヒメ王妃の想いがやっと島の皆に届いたようじゃのう……」

「おれが裏で手ェ回したのもあるけどな……まァ無事でよかった」

 オトヒメの努力が報われたことに喜ぶジンベエと、裏で手を回していたことをあっさり言ったテゾーロ。

 そんな二人に、メロヌスは質した。

「――それにしても今回は随分と人を揃えたな。何かやるのか?」

 普段テゾーロが外遊するときは、テゾーロ自身が素で強いため最低限の人数で行動する。しかし今回は財団の社員を50人近く動員している。メロヌスは、それがテゾーロが何かしらのアクションを起こすのではないかと読んだのだ。

 テゾーロはそれについて、「その通りだ」とあっさり肯定する。

「さてと。ジンベエ、今からやることは大分人手が必要だ……そちらの船員達にも声かけてくれないか」

「……?」

 

 

           *

 

 

 翌日。それは突然起こった。

「うわああああーーー!!!」

「離れろォ!! 火が上がったァ!!!」

 突如として署名を入れる箱が燃え出した。まさかの事態に市民達はパニックになり、その場から逃げ出す。

「早く火を消して!! 署名が!!」

「集まった署名を守れ~~!! 燃やすなァ!!」

 このままでは折角の署名が燃やされてしまうと焦る。警備兵が急いで署名を持って燃えないように移動させようとしたが、テゾーロとメロヌスが駆けつけ待ったをかけた。

「ご安心を、その署名は偽物です。昨夜すり替えておきました」

「死ぬかと思ったけどな……」

「え……!?」

「どういうことだ!?」

 テゾーロがいつの間にか署名をすり替えていたことに驚愕するオトヒメと警備兵。

 実は昨夜、テゾーロは万が一を見越してタイヨウの海賊団と共に署名の写しを完成させ、オトヒメ達に気づかれないように本物とすり替えておいたのだ。すり替えられた本物はタイヨウの海賊団の船に保管しているという。

「オトヒメ王妃、言ったでしょう? 王妃の理想が不都合なのは、人間だけではないと」

「理事長はこういう事態を想定して動いたってことだ。おかげで魚人も人間も徹夜で死にかけた奴が大勢出たが……今頃副理事長が面倒みてるだろうな」

 遠い目をするメロヌスに、顔を引きつらせるオトヒメ。たった一夜であの大量の署名を丸ごと写してすり替えたのだから、相当な疲労が溜まったことだろう。

 いずれにしろ、本物の署名は無事であるのは揺るがぬ事実なので、オトヒメは安堵した。

「王妃、広場はパニックです。ここは……」

「ええ……」

 その時だった。

 テゾーロとメロヌスは、広場の遥か向こう側――白い岩壁の方から殺気を感じ取った。

「「!」」

 二人はすぐさま動き出し――

 

 パァン!! ズドォン!!

 

 二発の異なる銃声が、広場に響いた。

 警備兵や市民、ジンベエらタイヨウの海賊団が一斉に振り向くと、一同の視線の先にはメロヌスとテゾーロがオトヒメを庇っていた。

「あなた達……」

「メロヌス!!」

「わかってる!! 全員気をつけろ、狙撃手(スナイパー)がいる!!」

 愛銃のボルトハンドルを操作して(やっ)(きょう)を排出しながら叫ぶメロヌスと、ゴルゴルの実の能力で黄金の剣を生み出してオトヒメの前に立つテゾーロ。オトヒメ王妃を撃とうとした不届き者がいることを瞬時に理解したジンベエは、兵士達にテゾーロの援護をするよう命令した。

「全員広場から離れろォ!!」

「王妃様!! ご無事ですか!?」

 右大臣が市民達を広場から遠ざけ、左大臣はオトヒメの安否を確認する。それと共にネプチューンやオトヒメの子供達――しらほしとフカボシ、リュウボシ、マンボシも駆けつける。

「オトヒメ!! 無事か!?」

「あなた……」

「母上!! 早く避難を!!」

 フカボシが母・オトヒメを避難させ、ネプチューンはしらほしを宥めながら移動し、リュウボシとマンボシは辺りを見渡して刺客が襲ってこないか警備兵と共に監視する。

 テゾーロもまた、部下や協力者であるジンベエらと会場でパニック状態になってる市民を誘導したり火事の鎮火に動く。

(さて、あとはアオハルがうまくやってくれれば……)

 

 

           *

 

 

「何なんだあの人間は……!!」

 オトヒメを殺そうとした真犯人(ホーディ)は、焦燥に駆られていた。

 人間の海賊に署名箱を燃やさせ、その騒動の隙にオトヒメ王妃を殺し、そして雇った人間の海賊も殺して犯人に仕立て上げる。魚人島はオトヒメの思想・信条に共感してはいるが人間に対する不信感を払拭しきれてない部分はあるので、成功すれば人間との共存は夢のまた夢となり、ホーディの目論見通り人間への復讐がしやすくなる――はずだった。

(あの距離からの狙撃に気づくどころか、弾丸を(・・・)撃ち落としやがった……!!)

 ホーディはネプチューン軍で戦闘技術を学んでおり、当然銃を用いた狙撃術も会得している。かつて所属していたジンベエには及ばずとも、現時点のネプチューン軍ではトップクラスの実力を有しているのは自覚している。

 だが長いライフル銃を携えたメロヌスという男は、自らが放った弾丸を狙撃してオトヒメ暗殺を防いだ。ジンベエやアラディンといった実力者、沢山の警備兵や住人がいる中で誰にも気づかれず狙撃できたにもかかわらず、防がれたのだ。しかもテゾーロも勘づいていたのか、オトヒメを庇い臨戦態勢であった。

 いずれにしろ、暗殺は失敗だ。

「ちっ! 仕方ねェ、出直して今度こそ殺して――」

 刹那、見えない衝撃がホーディを襲った。衝撃に貫かれた彼は意識を持ってかれそうになったのか膝を突いて前のめりに倒れた。

「……そんなことだろうと思った」

 ホーディを制圧したのは、アオハルだった。

 彼はオトヒメの帰還を機に彼女の思想に反発する輩が本格的に活動するのではないかと読み、人知れず広場周辺の警備をしていたのだ。そして偶然ホーディが暗殺を防がれ慌てた場面に出くわし、〝覇王色〟の覇気を放ち無力化させたのだ。

「な、何をしやがった……!?」

「別に……ちょっと覇気をぶつけただけだよ」

 居ながらにして屈強な強者達の意識を奪ってしまう〝覇王色〟の覇気。当然同じ資質を持つ者や多くの修羅場をくぐり抜けた強豪の中の強豪となれば平然と受け流せるが、半端な精神力では意識を保つことができても指一本動くこともできなくなることもある。

 鍛錬だけでは会得できない「王者の気迫」の前では、ネプチューン軍でもずば抜けた腕っ節を持つホーディも屈せざるを得なかった。

「大人しくお縄につきなよ。排他主義や種族主義なんて時代遅れだ」

「黙れ!! 下等生物が!!」

「その下等生物の覇気に屈した君は何者なんだろうねェ」

「っ――このクソッタレがァァァ!!」

 激昂したホーディは何とか立ち上がると、鬼の形相でアオハルを殺そうと迫った。

 しかし、そのホーディの背後に非常に細い黄金の触手が迫り、ホーディをあっという間に拘束してしまった。

「な、何だこりゃあ!?」

「……アオハル、お前おれより覇気強力なんじゃないの?」

「ギル兄!」

 そこへ駆けつけたのは、テゾーロだった。彼の後ろにはジンベエやアラディン、さらには国王ネプチューンもいる。

「よもやお主がこんなことをするとは……」

「お前さん……自分が何しでかしたかわかっとるのか」

「ネプチューン……ジンベエ……!!」

 ネプチューンは怒りというよりも哀れみの眼差しで地に伏したホーディを見下ろす。まさか自国の軍の一員が公衆の前で王妃を狙撃し殺そうとしたなど、夢にも思わなかったのだろう。ジンベエはそんなホーディが仲違いしたアーロンと面影を重ねたのか、複雑な表情を浮かべている。

「計画は誰も知らないはずだぞ、なぜだ……!!」

「知ってなくても大方の予想はつくさ、君みたいなのは特にわかりやすい」

 テゾーロは淡々と言葉を並べる。

 誰にも知られていない暗殺計画であるのは事実だったが、そもそも反人間派の魚人達の悪しき教育の結晶ともいえる過激な排他主義者が何も行動を起こさないという認識自体が過ちだ。暗殺しようとしたりクーデターを実行するなり、何らかの暴力的活動を起こすのは目に見えていることだ。

 それをホーディ自身は思想を重視するあまり自覚してなかったようだ。

「主義主張が仇となったな……無意味な種族主義活動ご苦労だったね」

「ほざけェ!! お前だけは、お前だけは殺してやる!! ギルド・テゾーロ!!!」

「生憎だが、君のテロリズムはこれでチェックメイトだ。言っただろう、「お前の聖戦は正義ではない」って」

「テゾーロォォォォォォ!!」

 アンモナイツ達に連行されるホーディは、テゾーロへ憎悪に満ちた叫びを上げた。



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第109話〝お利口さん〟

 オトヒメ王妃暗殺未遂事件から一週間が経過した。

 今回の騒動はオトヒメの命懸けの活動が水泡に帰す可能性もあり得る非常事態であったこともあり、ホーディの処罰は魚人街に設けられた特別牢での無期懲役となった。牢はテゾーロが海軍から譲られた特殊なもので、ホーディ自身には海楼石の錠と鎖で拘束することになった。またメロヌスの進言により昼夜交代で見張りをつけるように手配し、できる限りの刑罰に処した。ちなみに彼に雇われた海賊は海軍に引き渡したのは言うまでもない。

 一方のテゾーロ達はオトヒメを救った英雄として称えられ、竜宮城での会食に参加することとなった。

「テゾーロ、あなた達には何と礼を言うべきか……」

「いや、別に大したことじゃないですよ王妃。今後の世界の変革に必要な人を長生きさせようとしただけの話です」

「しかしお主らは我が妻を凶弾から救ってくれた。お主らはリュウグウ王国――いや、魚人島の英雄じゃもん。わしからも礼を言わせてくれ」

「英雄なんてとんでもない、おれは世間から〝怪物〟と呼ばれている男ですよ?」

 礼を述べるオトヒメとネプチューンに、テゾーロは謙遜する。島では英雄と称えられ、世間からは〝怪物〟と呼ばれ畏れられているという矛盾めいた評価に困惑しているのだ。

 すると、フカボシもネプチューンに続いて礼を述べた。

「父上や母上だけでなく、兄弟達を代表して私からも礼を言わせてほしい……母上を救ってくれてどうもありがとう」

「アハハ、だから別に大したことじゃないって……」

「そうかしら? 私はとても勇気ある行動だと思うわ」

「そうか?」

 ステラに諭され、テゾーロは「じゃあ……どういたしまして」と告げる。

「でもテゾーロって本当にすごいわ、まるでこの世の全てを知っているようだわ。それこそ、未来に何が起こるかも知ってそう」

「……ハハハ、全て知っているわけじゃないさ。時代のうねり・世界情勢の変化・散らばる情報を基に先読みしているだけに過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。未来予知は〝見聞色〟の覇気を極限に極めていくとできるそうだが、それも秒単位の話だろうし」

 ステラの言葉を笑い飛ばすテゾーロだが――

(危ねェ、バレるところだった!! 女の勘は恐ろしいな……)

 やはり内心では肝を冷やしていた。ここへ来てテゾーロが前世持ちかつ原作知識を有していることを勘づかれるところだった。

 どこかの伝説の副船長が言っていた通り、女の勘とは恐ろしい限りである。ある種の覇気なのかもしれない。

「ネプチューン王」

「ぬ?」

「……これはあくまで提案ですが、一度魚人街のガサ入れをした方がよろしいかと。叩くなら根っこまで叩かないと、また近い内に芽が出ますよ」

「ムゥ……」

 魚人街は魚人島本島の近くに所在するスラム街だ。元々は孤児院などを中心としたリュウグウ王国の巨大な福祉施設だったが次第に荒廃していき、今では魚人島のはみ出し者達の巣窟と化した無法地帯である。かつてはタイガーが仕切っていたのだが、彼亡き後は治安がもっと悪化しており、結果今回の事件の引き金となってしまったのだ。

「魚人街を一度行政介入でガサ入れしてスッキリした方がいいってか? 理事長」

「ザックリ言えばね」

「……確かに、魚人街の封鎖も考えざるを得ぬかもしれないのじゃもん」

 ネプチューンは腕を組んで考え込む。

 彼は今回のホーディの件はリュウグウ王国にも原因があると考えている。というのも、魚人街はリュウグウ王国の持つ「負」の側面を全て押し込んだような存在であり、徹底した管理下の元であれば人間への不信感やリュウグウ王国への不満は払拭しきれなくとも過激派による反人間的思想が広まることはなかったはずなのだ。

 今回の一件をただのテロ行為で留めず、リュウグウ王国の政権側の意識改革に持っていくべき――ネプチューンはそう思っているのだ。

「父上、ただ押さえつけるのではなく適切な救済措置も必要では?」

「うむ……ホーディがあのような行為に出てしまったのは、我々にも原因があるはず。だがそこさえ変われば、同じ悲劇は起きないはずじゃもん」

 ネプチューンとフカボシの事件との向き合い方に、テゾーロは感心した。

 この世界の政治家は保身や利益を重視するため、「汚点」を浄化するためにゴア王国のようなゴミ捨て場を住人ごと焼き尽くすという非人道的な所業を躊躇なくしでかす国も多い。そんな中で国の汚点とも言える魚人街に、ただ押さえつけるのではなく救済措置を図るネプチューンとフカボシの姿勢は称賛に値するだろう。

(……せっかくだし、政治学もここで学ぼうかな)

 リュウグウ王国で国家運営のイロハを学ぶのも悪くないだろう。

 そう考えたテゾーロは、会食を楽しみつつも次の計画を頭の中で練り始めたのだった。

 

 

           *

 

 

 一方、聖地マリージョア。

 財団の者達がグラン・テゾーロ計画を熱心に取り組む中、サイはマリージョアの資料室で最新の報告書に目を通していた。

(どうも引っかかる……)

 サイが調べているのは、新世界のドレスローザで起きた大事件だった。

 ドレスローザは900年前まではドンキホーテ一族が統治し、世界政府樹立後はリク王家が統治するようになった世界政府加盟国。国民の生活は貧しかったが800年間戦争が一度も起きてない平和国家として有名で、特にリク・ドルド3世による善政は政府中枢からも高く評価されている程だ。

 そんな国で先日、政権交代が起こったのだ。それもただの政権交代ではなく、先代王朝の末裔を名乗る海賊によってたった一夜で成し遂げられたという。

「リク王は突如として狂乱して部下達と共に国民を襲い、その場に偶然居合わせていた王下七武海ドフラミンゴ率いるドンキホーテファミリーによって事態は鎮圧・リク王政権は崩壊してドフラミンゴが新国王に就任した………いくら何でもうまく出来すぎてる」

 報告書に書かれた内容に疑念を抱くサイ。

 リク王は戦いは好まない性格であるものの、国民を戦争に巻き込まないように全力を尽くす人格者――それがいきなり狂乱して部下達と一斉に凶行に走るのは不自然だ。仮にリク王が狂乱したとしても、リク王軍軍隊長のタンク・レパントやその部下達が必死に止めたはずだ。

 それにその場に偶然居合わせていたというドフラミンゴは、標的に対し糸を針のように刺すことでマリオネットのように強制的に操ることができる。リク王達を操って国民に牙を剥いたとなれば辻褄は合う。

(もし本当にドフラミンゴによる国盗りならば、王下七武海制度の見直しが必要だ。実力と知名度だけで決めるのは危険すぎる)

 王下七武海のメンバーの選定は、他の海賊への抑止力となりうる実力と知名度が重要視される。テゾーロが手を回して加盟させた大剣豪〝鷹の目のミホーク〟や戦闘民族「九蛇」の皇帝ボア・ハンコック、タイガーの死後に加盟した魚人海賊〝海俠のジンベエ〟、アラバスタ王国で活動する古株・クロコダイルなど、そうそうたる顔ぶれだ。

 しかし政府に与する立場とはいえ、所詮は海賊。政府と協力関係にあるものの実際にはガープ並みの自由奔放さであり、力を合わせること自体が考えられない始末だ。ハンコックはテゾーロを介入させれば案外コントロールしやすかったり、ミホークは七武海一気まぐれな性格でありながら割と律儀であり、ジンベエは異名通りの義理堅さだが、クロコダイルは昔から頭の切れる海賊として知られる分油断できない男である。

 そして今回のドフラミンゴ。彼は何と天竜人への貢ぎ金・天上金の輸送船を襲い政府を脅して七武海入りを果たしたという。ドフラミンゴの詳細な情報はアオハルの調べによって把握しているが、彼を野放しにすれば後の憂いになるのは必定だ。

「……よし」

 ドフラミンゴの王下七武海加盟を取り消すべきだと決心した、その時――

「サイ・メッツァーノ、それ以上の追及は許さぬ」

「!?」

 突如響く、背後からの声。

 すかさず立ち上がって距離を置くと、そこには仮面を被った白スーツの男三人と一人の金髪の女性がいた。

(〝CP-0〟……! いつの間に……)

 サイの元に現れたのは、世界貴族直属の組織「サイファーポール〝イージス〟ゼロ」だった。世界最強の諜報機関として知られる彼らが介入するということは、ドレスローザの案件は相当厄介なのだろう。

「貴様が出る幕ではない。サイ・メッツァーノ」

「――なぜです? 真実を明らかにすることは罪だとでも?」

「この案件はCP-0(われわれ)に一任されている。貴様との立場の差は理解できてるはずだ」

 男達の主張に、サイは顔をしかめる。

 サイは世界政府のスポンサーとも言えるテゾーロとのパイプ役を担うので、組織のどの部署にも属さないが各部署の長官に匹敵する立場として特別扱いされている。しかしサイファーポールの最上級機関の諜報員とは立場も権力も大きな差があるので、大きく打って出ることはできないのだ。

 テゾーロと関わってからは世界政府が全てではないことを理解したサイは、余計に歯がゆく思えるのだ。

「そうイライラしないの」

「ステューシーさん……」

 苛立ちを露わにするサイを諭すように声を掛けるのは、CP-0(シーピーゼロ)の諜報部員の一人である実年齢が最重要機密事項のステューシー。〝歓楽街の女王〟という一面を持っており、サイとその上司にあたるラスキーの大先輩とも言える人物だ。

「あなたは昔からお利口さん。組織の枠から外れてもそこは変わらないでしょう? あなたが首を深く突っ込む必要はないの」

「――海賊の国盗りを黙認するとしても?」

「私達の任務は天竜人の繁栄……その為ならばどんな汚れ仕事も請け負う覚悟よ。国の一つや二つ奪われたって関係ないわ」

「……私が一番嫌うものですね、その言い分は」

「フゥン……あなたの好き嫌いも、私にとってはどうでもいいけどね」

 クスクスと妖艶に笑うステューシー。しかし会話から垣間見える冷酷さが伝わり、サイは冷や汗を流す。

 五老星や海軍を軽視した越権行為を平然と行う彼らは、同じサイファーポール内でも恐れられているのだ。

「――叩き上げの成金に大分染まっちゃってるようだけど、世界政府に逆らうようなおバカさんにはならないでね。私こう見えてあなたのこと気に入ってるのよ♡」

 ステューシーは手を振りながら男達と共にその場を去った。

(テゾーロさん、これはマズイことになりましたよ……)

 世界政府の大きな〝闇〟を感じ取ったサイは、四人の背中を鋭い眼差しで見つめ続けるのだった。




ベルメールさんの方はどうしようかな……。


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大海賊時代Part4
第110話〝小さなヒーロー〟


【朗報】
やっぱベルメールさん救います。


 魚人島での騒動から一週間。

 テゾーロは現在の活動拠点であるバーデンフォードへ帰還し、グラン・テゾーロ計画を進めつつ次の計画を練っていた。

「そろそろ〝軍事力〟をいい加減考えないとなァ」

 国家を樹立させる以上、国軍は必要な存在だ。テゾーロも戦争は好まないが、自国を護るための戦力を保持しなければ国家存亡の危機に立たされる。ましてや新世界は常に覇権争いが絶えず、国の一つや二つを容易く滅ぼせる力を持つ海賊も多い。

 現実世界でもスイスが第二次世界大戦中でも中立の姿勢を軍事力で保てたことから、「軍事力による保障」がいかに重要かが伺えるだろう。

(自国の軍……中立国を名乗る以上は強力なモンにしないとな。それこそ七武海に引けを取らない程に)

 軍隊を保有する際、頭数に関しては後々募集をかければいい。問題はトップだ。

 テゾーロは戦闘力こそ財団トップだが、国政を担う以上前線に出ることはなくなる。せいぜい幹部達と手合わせをしたりする程度だろう。ならばテゾーロが軍のトップになればいいだろうと思われるが、軍は政治から分離された状態でなくてはならないものであるのでその選択肢は存在せず、あくまでも政軍関係は政治優先である必要がある。

(軍はおれの力でコントロールできるようにするのが筋だが……誰にしようか)

 候補はいないわけではないが、テゾーロはできれば避けたがっている。

 シードは元海兵という経歴から考えると適任だろうが、オールマイティゆえにどこでも活躍できるため軍には回ってもらいたくない。一番大変な事務仕事をテキパキとこなせるのは幹部ではシード・メロヌス・タナカさんの三名なので、一人欠けるだけで大分違ってくる。

 アオハルも戦力としては申し分ないが、彼はどちらかというと実際に前線で暴れる方がいいだろうし、情報屋なのでサイと共に活躍できる方がいい。ハヤトやジンも前線で暴れたい武闘派なので、司令官は財団以外の人間も考えた方がいいだろう。

 ちなみに覇気の師であるギャバンに話を振ろうかと思ったのだが、彼が律儀に業務をこなすのが得意とは考えられないので却下したのは秘密だ。

(早く決まればいいが……)

 

 プルプルプル――

 

「!」

 考え事をしている最中に響く、電伝虫の音。

 テゾーロは受話器を取ると、シードの声が聞こえた。

「シードか。どうした? 何かトラブルか?」

《い、いえ! 実はベルメールさんにちょっと挨拶しようかなって……》

「ベルメール……」

 テゾーロは目を細める。

 ベルメールは後に麦わらの一味の航海士となるナミとその義姉・ノジコの育て親であり、元海兵だ。つるや桃兎と比べるのもアレだが、将校にまで上り詰めてはいたので少なくとも一般兵よりは遥かに高い戦闘力はある。

 彼女はアーロンの手によって見せしめとして殺されるのだが、今はまだその時が訪れていないようだ。

《テゾーロさん、わがまましてすいません……》

「こっちはそろそろ散らばってる幹部達を招集したいと思っていたところだと言いたかったんだが……もうちょっとだけそっちに滞在しててくれないか?」

《え?》

 テゾーロは一つの書類を手に取る。それは手配書であり、あのアーロンの顔がでかでかと載っていた。

「最近インペルダウンから釈放されたアーロンがまた暴れ始めてるらしい。アオハルの情報だと、〝東の海(イーストブルー)〟で海軍の船が突然沈没したという事件も起こっていると聞いた」

《……〝ノコギリのアーロン〟が襲来すると?》

「可能性はかなり高い。侵略者は平和なところから襲って力で牛耳るもんだろうし」

 平和の象徴ともされている〝東の海(イーストブルー)〟は、「ONE PIECE(このせかい)」における侵略を企てる人物とは何かと因縁がある。現に大規模な海賊艦隊を率いた伝説の大海賊〝金獅子のシキ〟も、全世界支配の足がかりとして――ロジャーへのこだわりの裏返しでもあるが――〝東の海(イーストブルー)〟を壊滅させて支配下に置こうとしていた。平和な割には、というか平和だからこそ運の悪いことに災難が続くようである。

「そういう訳だ。お前の事情に忖度して、幹部会の方は延期する」

《申し訳ありません……》

「構わないさ、たまにはこういう形で労わんとな」

《では、終わり次第連絡します》

「ああ。ご苦労」

 テゾーロはシードとの通話を終えると、窓から海を眺めた。

(ベルメール……間に合っていればいいが)

 

 

           *

 

 

 三日後。テゾーロの予想は的中した。

 タイガーの死後、タイヨウの海賊団から分裂したアーロン一味が「アーロン帝国」を築くためにココヤシ村へ上陸・侵略を始めたのだ。アーロンは大人一人10万ベリー、子供一人5万ベリーを毎月奉貢しなければ村を滅ぼすという無茶苦茶な条件を突きつけた。ココヤシ村はコノミ諸島と呼ばれる諸島全域を管轄としており、周囲にも多くの村がある。当然払えない村・反発する村があったのだが、それらは全て潰したという。

 そしてココヤシ村は大きな危機を迎えていた。村人達が重傷を負ったベルメールと彼女の家族であるナミとノジコを助けるべく、アーロン一味と交戦して窮地に立たされたのだ。村人達が武器を手に取り次々とベルメール達を助けようとするも、皆血を流して倒れていく残酷な光景に、ナミとノジコは愕然とするばかり。

「適当に相手してやれ。殺すなよ」

 アーロンは仲間達にそう命じつつ、ベルメールの額に銃口を向けた。

「お前が最初の見せしめだ……くだらねェ愛に死ね」

「させるかっ!!」

 

 ドゴォン!

 

「ぐはっ!?」

『アーロンさん!!!』

 アーロンの巨体が、一人の人間によって突如吹き飛ばされる。それを間近で見ていた魚人達は絶叫し、村人達は呆然とした。

「誰だてめェ!?」

 魚人達は一斉に武器を構える。

 ベルメールを庇うように立つのは、薄い茶色の髪と頭頂部に左曲がりのアホ毛が特徴の中性的な青年だった。歳はベルメールより下のように見え、少年と言われても気づかれないだろう。しかしその纏う雰囲気は歴戦の将を彷彿させ、見た目と違って多くの修羅場をくぐり抜けてきていることが誰もが理解できた。

 そしてその正体を唯一知るベルメールは、彼の名を口にした。

「シ、シード……!?」

「間に合ってよかった……お久しぶりです、ベルメールさん。とりあえずこの場は僕に任せて下さい」

 シードは微笑みながら魚人達を見据える。

 その隙にベルメールは馴染みの駐在・ゲンゾウとDr.(ドクター)ナコーに救助される。

「ベルメール、知っておるのか……!?」

「〝本部〟の元准将よ……今は辞めてテゾーロの部下として働いてるけどね……」

「海軍本部の元将官か!? 信じられん……!!」

 ベルメールの言葉に、その場にいた全ての者が耳を疑った。

 目の前の男が元海軍本部准将で怪物テゾーロの部下――普通に考えればワールドクラスの実力者の経歴だ。本当にそうだとしたら、いくらアーロン達でも太刀打ちできない。戦うならば心してかかる必要がある。

 魚人達は動揺し顔を強張らせる中、ベルメールは笑いながら口を開いた。

「言っとくけど見た目の割に腕っ節はかなりのものだったらしいわよ……チビだからって図に乗らないことね」

「誰がチビだっ!! 170は越えてますよ!!」

「あたしは186だけどね」

「もう一本腕折られたいか!!」

 身長をイジられて激昂寸前のシードに、ベルメールは「ごめんって」と苦しそうに笑う。

 すると、シードの攻撃で吹き飛ばされたアーロンが、怒りに燃えた表情で戻って来た。その迫力に一同は怯むが、シードだけは余裕の表情で見つめている。

「下等種族が……このおれを誰だと思ってやがる!!」

「僕の敵。あなた達はそれ以外の何者でもないだろう」

「ん? ――ちょっと待て、てめェ……〝アイツら〟をどうした?」

 怒り心頭のアーロンは、ふと気づいた。彼は村を征圧した際、飼い慣らしていた海獣モームの世話も兼ねて数人の仲間に見張りを任せていたのだ。彼らの目を掻い潜って来たのか、それとも倒してから来たのか――まさかと思いつつもシードに尋ねた。

「港には同胞達とモームがいたはずだぜ……!?」

「ああ、彼らか。騒がれると面倒だったから倒しといたさ、牛の方も念の為にやっといたけど正解だったね」

「っ――このクソガキがァァァァ!!!」

 アーロンは激情に駆られたまま殴りかかる。ジンベエのような武術の達人ではないが、かつてはタイヨウの海賊団でトップクラスの実力を有していた魚人の攻撃は、キレにムラがあれど凄まじい威力を発揮する。

 しかしそれは、当たった場合の話。〝見聞色〟の覇気を会得しているシードは次々に攻撃を躱していく。覇気を扱えないという決定的な差と陸上での戦闘という不利な条件が重なり、アーロンは徐々に怒りから焦りの表情へと変わっていく。

(ちくしょう、何で当たらねェ!?)

「――さてと。ジンベエには申し訳ないですが、あなた達は僕が潰します」

 シードはそう言うと、手を叩いて巨大な骨を生み出しアーロンに向けて放った。

「なっ!?」

「〝芯骨弔(しんこっちょう)〟!!」

 

 ズドンッ!!

 

 巨大な骨が〝武装色〟の覇気を纏いながらアーロンに直撃する。彼の体からミシミシと嫌な音が鳴り、ついには吐血して倒れ、息はあるが起き上がらなかった。

 たった一撃で、アーロンは散々蔑んでいた人間に屈したのだ。

「アーロンさん!!」

「おのれ下等な人間が!!」

「殺してやる!! 覚悟しろ!!」

 アーロンを慕う魚人達が怒り狂い一斉に襲い掛かる。だがシードはその繰り出される攻撃を全て躱し、覇気で黒く硬化させた両腕両足で次々に沈めていく。持っている全ての武器も、魚人特有の怪力と陸上でも絶大な威力を発揮する武術「魚人空手」も、何もかもが通用しなかった。

 気がつけば周囲にはアーロンを含めた魚人達全員が倒れ伏しており、アーロン一味は壊滅状態に陥ってしまった。

「……すごい」

「これでテゾーロの部下(・・)とは……! 〝偉大なる航路(グランドライン)〟にはこんな化け物がいるのか……」

 普通の人間ならば敵うことない化け物と思われた魚人達をたった一人でのしたシードに、ベルメールとゲンゾウは驚きを隠せない。

「いやいや……僕より強い人なんて〝偉大なる航路(あのうみ)〟にはゴロゴロいますよ。それよりも皆さんのケガをどうにかしないと。ドクターさんは?」

「ここにおる! お主、できるのか?」

「医者としての技術はありませんが、戦闘で負った傷の応急処置ならば」

「十分じゃ!」

 シードが村人達への応急処置を施そうとした、その時だった。

「図に、乗るんじゃね……!!」

『!?』

 〝芯骨弔(しんこっちょう)〟で倒されたはずのアーロンが起き上がり、ふらふらとした足取りでシードの背後に迫ってきたではないか。その鬼気迫る表情は、まさしく悪鬼羅刹を彷彿させた。

「下等な人間が……このおれに何をしたァ!!」

「――〝剣硬骨(けんこうこつ)〟」

 シードはアーロンの渾身の拳打を躱すと、骨の剣を生み出して横薙ぎに一閃。アーロンは血飛沫と共に倒れ、血だまりを作っていく。

「種族が違えど心臓一つの「ヒト」であるのは変わらない……それに気づいてくれなかったのは全く残念だ」

「こ、の……かと、種族が……」

 シードを心から恨むような言葉を漏らし、今度こそアーロンは倒れた。

 それを目の当たりにした村人達は、歓喜の声を上げた。海賊の支配を受けず、アーロン達と戦う理由であったベルメール達の命も無事だったのだから当然だろう。

「シード……」

「安心してください、すでに支部の方々に通報はしてあるので少し待てば来るはずです」

 近くの海軍支部が救援に来ることを知ったベルメールは安堵する。

 すると、ナミとノジコがシードに駆け寄って涙ながらに頭を下げた。

「ベルメールさんを助けてくれて、ありがとう!!」

「ありがとう!!」

「……どういたしまして――といっても、軍を辞めてからも変わらない僕の正義に従ったまでだけど」

 海兵時代を思い出したのか、シードは恥じらいと懐かしさが入り混じったような表情を浮かべるのだった。




「スタンピード」のダグラス・バレット、細かい設定が判明次第本作に登場させようと思います。
仲間にするかどうかは不明ですが。


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第111話〝皆の意見全部〟

ワノ国編が七夕からスタートだ~っ!!
あと一ヶ月……楽しみです。


 一週間後、バーデンフォードにて。

「ベルメールの方はうまく行って良かったな」

「はい! 久しぶりに会えて嬉しかった」

 会議前にシードと会談をするテゾーロ。

 二人の話題は、シードの留学についてだった。

「でもあと数分遅れてたら間に合わないところでした……」

「仕方あるまい、ジンベエに勘づかれまいと工作もしていたようだしな」

 テゾーロは嘆息しながら茶を啜る。

 今回の一件が解決した直後、事の顛末を知ったジンベエは仲間達と共にベルメールの元を訪れ謝罪したという。かつての仲間が何か悪さをしたらすぐに止めるつもりでいたのに遅れてしまったことを悔い、深く頭を下げたことは世経の一面に載る程の話題となったのは記憶に新しい。

 その一方でテゾーロは海軍本部及び世界政府に電伝虫で抗議し、全世界の海軍支部――特に東西南北の海の支部の監査の強化を要請した。汚職や暴挙を働く海兵は海賊以上に質が悪いので、すぐにでも浄化せねば海軍はおろか政府の信頼にも関わる上に機密が漏れやすくなるという訳だ。ちなみにこの時のテゾーロについて、一部始終を見ていた幹部達は「まるでヤクザのような恫喝だった」と口を揃えたというのは秘密だ。

(それにしても……ベルメールはこれで救えたが、ナミがルフィの仲間になれるかどうかは不透明になったな)

 テゾーロは考え込む。ナミが海賊相手に泥棒をしてたのはアーロンの一件が理由であり、それを失った以上は少なからずルフィと会う確率は減るだろう。もしかしたら「麦わらの一味」の航海士にならない未来も十分あり得る。

 しかし、どの世界でも運命や巡り合わせというものはある。ベルメールを救ったことでアーロンとの因縁が無くなったが、「自分の目で見た世界中の海図を描くこと」という彼女の夢そのものを潰したわけではないので、別の形でルフィの船に乗る可能性もあり得る。

 いずれにしろルフィと会ったナミの判断次第であり、テゾーロはわざわざそこへ介入する必要も無いだろう。

「――それで、どうだったんだ? 留学先は」

「ガープ中将の故郷なだけあって、皆いい人達でした。おかげで酪農技術を身に付けられました」

「そうか、どうやら問題も無く無事に終えられたようだな」

「……」

 テゾーロは満足気に頷いたが、シードはなぜか沈痛な表情を浮かべている。

 最初こそ怪訝そうに見つめてたが、時系列(・・・)のことをふと思い出した瞬間テゾーロも察して気まずく感じ、目を逸らした。

(そうか、もしやサボのことを……)

「テゾーロさん、その……」

「無理に話さなくていい、何となく察しているが……訊いて大丈夫か?」

「……はい」

 複雑な気分になりながらも、テゾーロはシードに何があったのか訊いた。

 シードは留学中ガープにルフィ達の躾をするよう依頼(どうかつ)され、彼が預けられているコルボ山の山賊カーリー・ダダンのアジトを訪ねた。その際にルフィに加え、猛獣だらけのジャングルで仲良くはしゃぐ貴族出身のサボと、あの海賊王ロジャーの血を継ぐエースと顔を合わせ、それなりに親しくなったという。

「ロジャーの子……ガープ中将から聞いたのか?」

「はい、正直驚きました……でも一番驚いたのはゴア王国の方でしたが」

「だと思ったよ……あそこは上っ面こそ立派だがな」

 ルフィ達と関わってから、シードはゴア王国の黒い部分を知ってしまった。

 国の中心部を壁で囲み中流階級より上の国民のみを住まわせている「偽りの美しさ」と、不衛生で治安が悪いスラム街〝不確かな物の終着駅(グレイ・ターミナル)〟。周辺諸国の評判を裏切る現実に、シードは絶句して思わず政府に怒りを露わにしたという。

「そこまでならまだ我慢できました。でも天竜人が訪問するとなったら、彼らは住民ごとスラム街を焼却しようと……!!」

「……」

「気づいた時には、全て終わってました……不幸中の幸いか、その日は海から猛烈な突風(・・・・・)が吹いたおかげで道ができ、全滅は免れましたが……」

 シードの悲痛な声に、テゾーロは何も言わない。

 彼もまた、〝見聞色〟の覇気を扱える。〝見聞色〟は生物の発する心の声や感情を聞く能力であり、人間の「心の叫びが聞こえる」ために心を痛めることも多いという。おそらく、火に包まれ焼かれていく人の心の声を聞いてしまったのだろう。

「それだけじゃない……サボ君は天竜人に砲撃されて……」

 体を震わせ顔を歪ませるシード。やはりサボは一人で出港し、通りすぎたところを天竜人――おそらくジャルマック聖――に砲撃されたようだ。

 テゾーロは「遺体は見つかったのか」と質すと、彼は首を横に振って遺体は見つかっていないことを伝えた。

「僕がもう少し長く居たら……彼は……!!」

「だが遺体は見つかってないのだろう? なら生きてる可能性も否定できない……お前の話を聞いてると、随分タフな子供のようだが」

「テゾーロさん……」

「希望は捨てちゃいかんよ。生きる意志は強く、奇跡は諦めない者の頭上に降りてくるモノさ」

 激励とも捉えられる言葉を投げ掛けるテゾーロ。

 その言葉にシードは瞠目し、「そうですよね」と同調し微笑んだ。

 シードの言葉通りなら、ドラゴンは同志を率いて革命軍をすでに組織してゴア王国に滞在しているはずであり、その最中に原作通り(・・・・)にサボを拾っている可能性は高い。ドラゴンと出会っていれば、参謀総長として未来で会えるだろう。

(………待てよ、革命軍の参謀総長だよな? それってまさか……)

 

 ――おれ、やっぱり革命軍(あいつら)の〝敵〟として会うんじゃね?

 

 テゾーロはようやく気づいた。

 原作におけるテゾーロの影響力は、革命軍が無視できない程だった。今でこそ生き方や思想信条は別とはいえ、世界政府側の有力者であるのは事実。近い将来に間違いなく干渉し、場合によっては武力衝突もあり得る。

(ヤッベ、何か不安になってきた………あんなアクの強すぎる面々と衝突なんて冗談じゃねェぞ!?)

 革命軍には各地域をまとめる「軍隊長」がおり、東西南北の海に一名ずつ置かれている。露出度の高い過激な服装をしているベロ・ベティ、かつては凶悪な海賊として活動していた巨人族のモーリー、科学力を主軸とした戦闘を得意とするリンドバーグ、小声で何を言っているか聞き取りにくいカラスが軍隊長であり、いずれも油断ならない猛者ばかりだ。

 原作では海賊〝桃ひげ〟が彼らの餌食となったが……その矛先がテゾーロに向かないとは言い切れない。むしろ彼らの生け贄としての条件が整っている始末だ。

(原作開始まで10年切ってるよな? これ結構マズイんじゃ……)

 シードが立ち直りそうになる中、自分の置かれた立場に若干の危機感を募らせたテゾーロだった。

 

 

           *

 

 

 シードとの会談を終え、テゾーロは幹部達と会議を開いた。

「アレから色々考えたが、政治の方は後々決めることとしよう。おれが国王を務めることさえ決まってれば後で役職は色々付け足せるしな……問題は住民の方だ、財団の人間だけではこの島の発展は厳しい」

「成程……じゃあ、一体どうする気で?」

「それを今から考えるんだが……おれ一人で決めるのもなんだし、ここは民主主義的(・・・・・)に話し合いで決めよう」

『民主主義的?』

「……」

 民主主義的という言葉に首を傾げる一同に対し、テゾーロは顔には出さずとも非常に焦った。

(しまった、民主主義は存在しねェんだった!!)

 全ての国民に平等に主権があり、自分達のことは自分達で話し合って決めると考える民主主義は、テゾーロの前世では常識ではあるがこの世界では「未知の思想」だ。

 世界政府加盟国だけでなくこの世界のほぼ全ての国家は君主制であり、組織または集団の長が全てを決める権限を有する。テゾーロも最終的な決定権こそ自身にあれど、その過程は多くの部下達の意見を反映させており、かなり異質なものである。

 この世界の歴史上、民主主義を取り入れた国は現時点では存在しない。しかも天竜人が絶対であることが暗黙の了解どころか国際法と言っても過言ではない世界に、主権は市民にあるという思想は天竜人を脅かす可能性を秘めている。万が一にも政府関係者に聞かれたら危険人物扱いされかねないだろう。

「と、とにかく! グラン・テゾーロ計画の完遂の為にお前らの意見を聞きたい」

 気を取り直して話を元に戻すテゾーロだが、幹部一同は何とも言えない表情を浮かべる。政治分野とは無縁なのだから無理もないだろう。

 そんな中、ステラはテゾーロに尋ねた。

「ねェテゾーロ……だとしたら一度に大勢の人を受け入れた方がいいかしら?」

「その通りだステラ。さらに要求すると国籍も何もかもが違う方がいい……同じ色じゃつまらないだろう」

 グラン・テゾーロ計画では、国際色豊かな国家でありたいというテゾーロの願望がある。

 それを実現するには、一度に世界中の人間を大勢受け入れられるような活動でないといけないのだ。

「……だとしたら、一つ提案があるのですが」

「! 何だ、タタラ」

「奴隷解放された人達はどうでしょうか」

 タタラの提案は、元奴隷達に居場所を与える形でバーデンフォードに移住させるというものだった。

 奴隷解放の折、テゾーロは元奴隷達を故郷へ送り帰したり労働者として財団へ迎え入れたりしたが、それでも膨大な数の元奴隷達が世界中に散らばっている。解放されたとはいえ、そこから新たな人生を送り成功させるのは難しいことであり、そこに介入して住民として迎え入れるのはどうかということだ。

「元奴隷達か……」

「それだったら、天上金の関係で被害に遭った連中もいいんじゃないか?」

 タタラに続き、ハヤトも意見を述べる。

 天竜人への貢ぎ金である天上金によって貧困に苦しむ国家や人々は数知れず、場合によっては国が滅んでいることもある。天上金のせいで不幸な目に遭った貧困層を受け入れるのも一種の手であるだろう。

「それはかなりの妙案だ。他には?」

 テゾーロが意見を促すと、少しずつだが意見が飛び交った。

 魚人族・人魚族の最初の移住先、世界政府などから被害を受けた難民の受け入れ、足を洗った元海賊など、多様性に富んだ意見が集められる。

「――ステラ様、あなた様はいかがですかな?」

 意見を全てメモを取っていたタナカさんは、ステラに話を振った。

 ステラはテゾーロと共に財団を支えた分、その発言の影響力は大きい。テゾーロも含め、一同は彼女を凝視すると……。

「じゃあ……皆の意見全部で♪」

「それ考えてなかった人が言う言葉ですけど!?」

『それだ』

「ちょ、皆さん!?」

 ステラの発言に、ツッコミを炸裂させたタナカさん以外は全員賛成。

 かくしてテゾーロ財団の方針は、ステラの鶴の一声で全て決まったのだった。



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第112話〝身内〟

 幾許か年月が流れ、グラン・テゾーロ計画は折り返し地点を迎えた。

 本格的に工事が進み、ついにテゾーロの富と権力を象徴する巨大な七ツ星カジノホテル「THE() REORO(レオーロ)」の建設が始まった。テゾーロの国家の中枢となる拠点なだけに、その造りは荘厳なものが予想されるだろう。

 それと共に財団が移住者募集を行い、早速四桁を軽く超える数の人々が集まった。その多くは貧困階級や元奴隷、戦争などの諸事情で難民となった人々であり、世界中から寄せられた。テゾーロはそれら全てを受け入れることと引き換えに街づくりを任せることを命じ、新天地の開拓をさらに進め、少しずつ街並みが生まれつつある。

「――さて、そんないい風に乗ってる最中に君らは何をしていたのかな?」

「「ごめんなさい」」

 茶を啜るテゾーロに謝るのは、二人の男。

 一人は、テゾーロ財団幹部にして〝海の掃除屋〟の二つ名で知られた元賞金稼ぎ・ハヤト。もう一人はプロレスに出そうな出で立ちの髭面の巨漢・ダイス。二人共頭に大きなたんこぶができており、それを見ていた幹部達は若干顔を引きつらせている。

(しかし、こういう形でダイスと出会うとは思わなかったなァ)

 ダイスは本編においてグラン・テゾーロのディーラーとして活躍するテゾーロの部下。元は裏世界一危険と言われたデスマッチショーで無敗を誇ったチャンピオンである彼がテゾーロの部下になったのは8年前――原作開始時点の6年前だ。

 しかし今は出会うとされる年よりも早い。おそらく、テゾーロの中身(・・)が違うことと生き方が「本来の彼」と異なったがゆえに生じた出会いなのだろう。しかし経歴は同じで、つい最近までデスマッチショーで大暴れしていたという。

「今、この島は開発中なんだ。一々暴れられると修復にどれだけの金と時間が掛かるかわかるだろう?」

「「はい……」」

「以後気をつけるように……ということだメロヌス、ダイスを早速現場へ向かわせて働かせてくれないか? 気質はともかく(・・・・・・・)労働力としては申し分ないだろう」

 テゾーロがダイスを働かせるようメロヌスに催促すると、メロヌスは無言でダイスを引きずって外へ出た。

 その二人と入れ違うように、ジンが慌ててテゾーロの元へ駆けつけた。

「エライことになったぞ!」

「何事だ」

「こんなモンが届いてやがった!」

 ジンは一枚の招待状をテゾーロに渡した。招待状にはパーマをかけたような髪型と海賊帽が特徴の口紅を塗ったドクロが描かれている。

 招待状とドクロのマークと言えば、間違いなくあの海賊団からの〝召集令状〟だ。

『ビッグ・マム海賊団!?』

「あ~あ、来ちゃったよ……どうしよっかな」

 ビッグ・マム海賊団は、海賊王ロジャーや金獅子、白ひげといった伝説的大海賊とも覇を競った長い歴史を誇る海賊団だ。

 首領は「四皇」の一人である〝ビッグ・マム〟ことシャーロット・リンリン――狡猾さと豪胆さを併せ持つマフィアの頭領のような女傑だ。その部下・幹部達のほとんどは彼女の子供達で構成されており、最高戦力たる「将星」は化け物と評される幹部達の中でも特に戦闘力が秀でている。まともにやり合って勝てる相手ではないのは明白だ。

 そんなビッグ・マム海賊団からの招待状が、テゾーロ宛てに来たのだ。

「どうするつもりです? 相手は四皇ビッグ・マム……話なんか通じませんよ」

「同感だ、カイドウの方がまだどうにでもなる」

 シードとジンの意見に、テゾーロは「だよな……」と小さな声で呟く。

 テゾーロは考え抜いた末、ひとまず返事を送ることにしたのだが――

「「新規事業に躍起になってるので無理です」って返事しよう。誰か紙とペン持ってきて」

『――えええええ!?』

 テゾーロの返答に、ステラを除いた面々は愕然。

「ビッグ・マムの要求を蹴るんですか!?」

「そりゃあおれだってそこまで暇じゃねェし」

 テゾーロの言い分に、一同は絶句する。

 ビッグ・マムは基本的に自身の要求を拒絶した者は絶対に許さず、えげつない報復をする。四皇の脅迫は「必ず来る未来」であり、その要求を拒絶することは我が身の破滅を招くのだが……テゾーロはあっさりと拒絶した。

 それがどういう意味なのかは言うまでもないが――テゾーロには彼なりの考えがあった。

「ああ、確か拒否ったら「身内の誰かの首を送りつける」んだったな……じゃあその身内ってのはどこまでが身内だ(・・・・・・・・)?」

『!!』

「身内ってのはどんなに広く拡大解釈しても〝同じ組織に属する者〟まで……身内と知人は別物だ。それにおれの身内は全てこの島にいるじゃないか」

 実はテゾーロはビッグ・マムが要求してくることを予測し、事前に対策を練っていた。

 この島は海軍G-1支部に近く、その反対側――〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越えた先には海軍本部が置かれている。海軍の軍資金を提供するスポンサー的な立場のテゾーロは、緊急の要請で海軍を動かすことも可能な立場となり、天竜人とも結びつきがあるので政府内でも影響力がある。そんな彼の身に何かが起こると政府は黙ってはいないので、ビッグ・マムに対し「おれに手を出せば海軍も動くぞ」という暗にメッセージを発しているのだ。

 また、テゾーロにとっての身内はほぼ全員がバーデンフォードに集っており、身内の首を送ろうにもバーデンフォードに乗り込む必要がある。島には屈強な財団幹部が揃っており、島が新世界の海賊に対抗できるような造りの元海軍基地なので海岸の防備は大方完了している。攻め落とすのは容易ではないし、籠城戦に持ち込まれては救援に来た海軍との混戦も予想されるだろう。

「ビッグ・マムが話のわかる人物とは言い難いことはよく聞く……だが自分に恥をかかせた罰を科すためだけ(・・)に海軍や世界政府を巻き込むのは面倒だろうし、何よりお菓子がこれっぽっちも関わってない」

 ビッグ・マムは甘いお菓子が大好物であり、その貪欲さは常軌を逸し、お菓子の為だけに国の一つや二つを戦争を仕掛けて滅ぼすことも厭わない程だ。しかし見方を変えれば、たとえ世界各地の珍しい宝物・珍品を前にしてもあくまでも(・・・・・)お菓子が最優先であるのだ。ゆえに〝怪物〟と呼ばれる大富豪を潰すためにお茶会に支障をきたすような事態は避けたいはず……テゾーロはそう考えたのだ。

 もっとも、欲しいものには一切妥協しない彼女がそんなことを思うかどうかは別だが。

「おれの見立てでは、ビッグ・マムは白ひげのような義理人情ではなく損得で物事を判断すると考えてる。利益があまりにも少ない戦争を一々仕掛けちゃこないだろう。それにビッグ・マム海賊団は業界一の情報通だ――すぐに攻めようとはしないはずだ」

 

 

           *

 

 

 それから一週間後、ホールケーキアイランドにて。

「おれの要求を蹴るとはいい度胸じゃねェか……!!」

 そう言って怒りを露わにするのは、四皇ビッグ・マム。彼女が怒る原因は、テゾーロからの手紙にあった。

 ビッグ・マムは定期的に「お茶会」という行事を開くのだが、その招待状は実質絶対の「召集令状」であり、断られた場合は広い情報網で出席者を調べ上げて制裁を科す。テゾーロはそれを知ってるのか知らないのかはともかく、止むを得ない事情――それでも制裁するが――でなく自分自身の都合であっさりと断った。

 肝が据わってるのか、はたまた命知らずか、それとも両方か――これにはマム本人だけでなく子供達も度肝を抜いたのは言うまでもない。

「このおれを見くびってるようだな……フォードの件で図に乗りやがって!」

「ママ、待ってくれ」

 怒るビッグ・マムに声を掛けるのは、シャーロット家の次男坊であるシャーロット・カタクリ――ビッグマム海賊団の最高戦力である将星の中で最強の実力者と称される傑物だ。母たるビッグ・マムからも厚く信頼されており、ビッグ・マム海賊団においては非常に大きな発言権がある人物の一人である。

「カタクリ、どういうつもりだい!? おれの顔に泥を塗った小僧に肩入れする気かァ!?」

「違う、ママ。おれはママの怒りはもっともだと思ってる……だが奴は今まで断った奴らとは少し違う」

「違う……?」

 ビッグ・マムが怪訝そうな表情を浮かべる中、カタクリはテゾーロの思惑を語り始めた。

 それは奇しくも、テゾーロのビッグ・マム海賊団の対策と全く同じものであった。

「テゾーロの拠点は海軍G-1支部に近く、〝赤い土の大陸(レッドライン)〟を越えた先には海軍本部がある。テゾーロは海軍のスポンサーであり、海軍もテゾーロに借りがある……奴に手を出せばいくら海軍でも黙ってない」

「!」

「それとこれはおれの予想だが……奴の身内は拠点に全員揃っているとしたら、報復しようにも直接バーデンフォードへと乗り込まなければならない。そうなった時に奴がどういう対応をするかはともかく、時間稼ぎをして海軍の応援を待つ可能性が極めて高い」

「…………!!」

 カタクリの言葉を理解したビッグ・マムは、眉間にしわを寄せた。

 ビッグ・マム海賊団は拠点のホールケーキアイランド及びその周辺諸島を「万国(トットランド)」という国として統治しており、他にもビジネス上の関係でナワバリとしている海域や島がある。当然それらを護るためには巨大な戦力を必要とするが、テゾーロ一人の為に大軍を向かわせたりするのは愚策だ。

 四皇同士が手を組めば世界政府の破滅はほぼ確定だが、そもそも四皇同士が結託するなど基本あり得ず常に海の覇権を競い合っている状態であり、四皇同士の全面戦争は今のところ起きてないとはいえ何が起こるかわからない。下手に動けば隙を突かれてナワバリを奪われる可能性も否定できない。

「小賢しいマネを……ペロリン♪」

「だがどうする!? このまま奴を野放しにするわけにはいかんだろう」

「幹部達は歴戦の覇気使いも多いと聞く……とはいえ武力衝突は避けたいはずだ」

 幹部の息子達も話し合う。

 潰せない訳ではないが、テゾーロの下に集うのは海で生きる者ならば一度は耳にしたことがある名前ばかりだ。賞金稼ぎから元海兵、情報屋などが彼に従っており、武力としては一国の軍隊をも勝る。

「ママ、どうする? おれ達はいつでも大丈夫(・・・・・・・)だが」

「……………」

 カタクリはビッグ・マムに武力行使の準備ができてることを伝える。

 彼女はそれに対し無言であったが、その顔には怒りの感情は浮かんでおらず、むしろ笑みを深めていた。



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第113話〝賢明な判断〟

遅れて申し訳ありません。
七月最初の投稿です。


 ビッグ・マムの招待を蹴ってから暫く経ったある日。

 テゾーロはメロヌスに軍事に関する相談を受けていた。

「妙案があると言ってたが?」

「ああ――こんな代物をベガパンクに作ってもらえば、結構楽じゃねェのかなってよ」

 メロヌスがそう言って渡したのは、奇妙な物体の図だった。その図には複数の突起物が特徴的な球体が描かれており、説明文には「突起に触れると球体が爆発する」と記されている。

 それは水中に設置されたら全ての艦船を恐怖に陥れる、恐るべき水中兵器だった。

(機雷か……この世界では未だに発明されてない新型兵器になるな)

 機雷とは、船が接触あるいは接近すると爆発する兵器。味方の港湾・航路の防衛と敵水域の封鎖の為に設置される兵器だが、水という資源をフル活用する人類にとっては凄まじい脅威となる。テゾーロ自身、前世では報道で機雷除去の情報を耳にすることもあったので一応覚えている。

 とりわけこっちの世界(・・・・・・)は〝赤い土の大陸(レッドライン)〟と世界中に散らばる島々を除けば全て水であり、空の支配権も獲得できてない。もし機雷が開発・設置されたら海軍の軍艦だろうが四皇の船だろうがお構いなしに爆破する。この世界では機雷は海のパワーバランスを左右する強力な兵器となり得るのだ。

(自衛の手段としてなら一番適してるな。制空権という概念が無い世界だ、島の周囲にバラ撒けば迂闊に攻めることもできないだろう)

 機雷を用いて海上封鎖を行えば、国防という面では大きな効果を発揮するだろう。ましてや海が全てと言って過言ではない世界において、水中に設置する兵器は艦隊すら足止めできることも十分に可能だ。

 潜水艦や魚雷も開発できる技術がある世界なのだから、ベガパンクに頼めば量産も可能だろう。

「……そうだな、この件はおれが直々にベガパンクへ掛け合ってみよう。あとは――」

 その時、切り裂くような緊急警報(サイレン)が鳴り響いた。テゾーロが万が一に備えて設置した緊急警報(サイレン)が反応したということは、非常事態が発生した証拠だ。

「これは……!」

「奴らだろうとは思うが、想像以上に早いな……急ぐぞ!!」

 

 

 二人の予想は的中していた。ビッグ・マム海賊団が先日のテゾーロの返事に応じ、大軍を引き連れて乗り込んできたのだ。

 港には財団の幹部とビッグ・マム海賊団の幹部が対峙しており、一触即発の状態だ。

「これは面倒な事態になったなァ」

「んなこと言ってる場合かよ!」

『!!!』

 そこへ駆けつけるテゾーロとメロヌス。

 財団の幹部達は安堵の表情を浮かべ、二人に近寄る。

「テゾーロさん、メロヌスさん!」

「ビッグ・マム海賊団が……!!」

「わかってる。おれに代われ、やれることはやろう」

 テゾーロが堂々とした佇まいで前に出ると、ビッグ・マム海賊団側からも代表の者が前に出た。上半身裸で地肌に直接マントを羽織った、スペードマークのような髪型の大男だ。

(……相手はオーブンか)

 シャーロット・オーブン。

 体から猛烈な熱を発する「ネツネツの実」の能力者であり、一味の中でも化け物と称される猛者。三男のダイフク程の粗暴さは無いが敵に対しては無慈悲で性格は直情的だが、冷静な判断も下せる指揮官としての素質も併せ持ち、身内に優しいこともあってシャーロット家としても周囲からの信頼の厚い人物男だ。

 どうやら彼に今回の件の全権を任されているようだ。

「……わざわざ来ていただいて大儀でしたね。一体何の御用で」

「とぼけるな。お前も薄々わかっているだろう」

 オーブンは呆れ半分に告げるが、テゾーロは意にも介さず言葉を続ける。

「将星がいないということは――将星が出張る幕ですらないとナメられているのか、それともこのテゾーロを潰す気が無いのか……どっちかですな」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるテゾーロの挑発的な物言いに、ビッグ・マム海賊団の面々は苛立ちを露わにする。

 ビッグ・マムは傍若無人な人物ではあるが「常に先手を打つ女」と家族から呼ばれる程の狡猾さを持ち合わせている。原作においてルフィが侵入した際は「カビ菌共」と罵倒しつつも一味の最高戦力の一角である〝千手のクラッカー〟を向かわせており、格下相手でも一切侮らずに指揮を執っている。そんな彼女が、いくら実業家風情とはいえ政府側の重要人物であるテゾーロを潰すのに将星を一人も向かわせないのはおかしな話なのだ。

「格下でも油断しないあなた方らしくない。別の目的で来ているのでしょう?」

「……ならば話は早い」

 オーブンはテゾーロに衝撃的な一言を告げた。

「ギルド・テゾーロ!! お前をホールケーキアイランドへと連行する!!」

『!?』

 テゾーロを「四皇」ビッグ・マムの根城へと連行する。

 その言葉に財団の面々は絶句し、テゾーロ本人も動揺を隠せないでいた。一方のビッグ・マム海賊団の面々は不敵な笑みを浮かべている。

「今回の一件についての〝落とし前〟として、貴様の言い分をママに直接話してもらう!! もし断れば、その時こそ貴様らの終わりだ」

「……中々えげつないマネをするじゃないですか、感心しますよ」

 テゾーロは引きつった笑みを浮かべながらオーブンを睨む。

 ビッグ・マムは話のわかる人物とは言い難い人柄で、財団幹部のジンのように一部からは「カイドウの方が話がわかる」と言われる始末。彼女の「来る者は拒まず、去る者は殺す」の方針の下ではいかなる者も逆らえず、中には毛嫌いしている者もいる。

 その無慈悲な刃が、ついにテゾーロにも向けられたのだ。

「さァ、来てもらおうか」

「ふざけるな!」

 メロヌスが叫び、オーブンの眉間に照準を合わせた。

 それと共にオーブン以外のビッグ・マム海賊団の面々が一斉に殺気立ち、緊張が走った。

「……理事長、行く義理はねェ。あのババアはあんたを最初(ハナ)から殺すつもりだ! あんたを失ったら財団は終わりなんだぞ!?」

「その通り。ギル兄がビッグ・マムとランデブーする必要なんか無いよ」

「おれ達だって負ける気はねェさ」

 アオハルやジンも得物を構え、いつ戦闘になってもおかしくない状況になる。

 そんな状況に異を唱えたのは、テゾーロだった。

「お前らはグラン・テゾーロ計画の成就を優先しろ。行くのはおれ一人で結構だ」

「なっ!? 何言ってんだ、相手はビッグ・マムだぞ!?」

「メロヌス、お前こそ何を言っているんだ。おれは話をしに行くだけだぞ? それに今のビッグ・マムはお茶会の準備で忙しいはずだ、最優先事項を考えると戦闘にまではならんはずさ」

 テゾーロの言い分に幹部達は何とも言えない表情を浮かべ、一連の流れを見ていたオーブンは「賢明な判断だ」と呟く。

「決まりだな。よし、出港――」

「その前に一つ、連絡をいいですかな?」

「?」

 テゾーロは電伝虫を指差し、連絡したい相手がいることを伝えた。オーブンは海軍ではないかと怪しんだが、上陸させられといて今更連絡するわけないと判断して許可した。

 連絡したい相手の正体は――

「サイか? 今からある女性(・・・・)について調べてもらいたいんだが――」

 

 

           *

 

 

 聖地マリージョア、パンゲア城にて。

「……マザー・カルメル? 聞いたことはありますけど」

《ああ、すぐにでも調べてほしい。きっちりかっちりとな》

 サイは怪訝そうな表情を浮かべる。

 マザー・カルメルはかつて世界政府と繋がりを持っていた〝山姥〟の異名を取る人身売買のブローカーだ。人身売買で利益を得てはいたが、その利益を慈善事業の資金としたり海軍における巨人族部隊誕生のきっかけを作った功績もあり、当時の政府関係者から要求される金額の高ささえ除けば信頼のおける人物だった。

 しかし彼女は半世紀も前に行方不明となっており、今更足取りを掴めと言われても資料そのものが少ないため難しい要求でもある。

「何でそんな要求を?」

《ビッグ・マムと話すことになった》

「!!」

 サイは目を見開くと同時に、納得した表情を浮かべた。

 何を隠そう、ビッグ・マムは幼少期にカルメルに保護されていたのだ。一部界隈からは「怪物ビッグ・マムの恩人」としても知られており、お茶会では必ず彼女の写真が用意されていることも有名な話だ。

「……成程、事情はわかりました。ですが今からだと資料そのものを届けることは不可能ですが?」

《心配すんな、お前も道連れだ》

「……」

 テゾーロの無慈悲な宣告に、思わず受話器を落としそうになるサイ。

 しかしそこはテゾーロ財団幹部。すぐに冷静さを取り戻す。

「ハァ……わかりました。一応集められるだけの情報は今日中に集めときます」

(わり)ィな、ありがとよ》

「礼はいりません、仕事です」

 サイはテゾーロとの通話を終えると、図書室へと移動を始めた。

(マザー・カルメルが売った子供達は政府関係者や諜報部員、海兵として就職している。売られた子供達が遺した情報から集めるか……)

 サイが目をつけたのは、カルメルが売った子供達の情報だ。

 カルメルが売った子供達のほとんどは海軍か世界政府で働いており、そのままのたれ死んだり海賊や犯罪者になるよりは遥かにマシな生き方をしている。しかも子供達は一癖も二癖もある者ばかりで、彼女の教育を施さなければ悪党として生きる可能性も十分にあり得た。その点で言えばカルメルは人身売買というよりかは就職斡旋をしていたとも解釈でき、世間一般で言うと悪事ではあるが無いなら無いで別の問題も発生していたことだろう。

 そんな子供達が遺した資料や財産を調べ上げれば、中には幼少期のビッグ・マムの情報も付随してくる可能性もゼロではない。情報そのものは少ないだろうが、調べる価値はある。

(ビッグ・マムが納得するような情報……これは骨が折れそうだ)

 サイは内心焦りつつも、己に課された任務を全うすべく動き出した。



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第114話〝最も恐るべき力〟

アニメがワノ国編になって、絵のタッチが気合入ってる気がします。


 ホールケーキアイランド。かの〝白ひげ〟と肩を並べる四皇の一角〝ビッグ・マム〟ことシャーロット・リンリンが支配する周辺海域(トットランド)の中核である島。

 その中心に山のようにそびえ立つ巨城「ホールケーキ(シャトー)」にて、オーブン達によって連行されたテゾーロは玉座に座る怪物と対峙していた。

「お前がテゾーロだね? おれの招待を蹴るたァ見上げた根性だよ」

 玉座に座った状態ですら身長が300cm近いテゾーロが見上げる程の巨体を持つ女海賊が、シュークリームを頬張りながら睨みつける。彼女こそ四皇唯一の女海賊シャーロット・リンリンだ。

「ママママ……!! こんな若造がまさかねェ」

 お茶会の招待を蹴られて激昂しているかと思えば、表面上はそうでもなさそうだ。

 お茶会参加者が送りつけられる召集令状という名の招待状を蹴る理由は、身内の葬式などの止むを得ない事情が多い。しかしテゾーロは「今やってる仕事が大事だから無理」という絶対ビッグ・マムが納得しない理由で蹴ったのだ。

 お茶会の参加を断られたのは許し難くとも、久しぶりに面白い若輩と出会えたことに満足気味であるのだ。

 そんな中、後ろの方で二人の猛者がテゾーロについて話し合っていた。

「兄さん、何であの程度の男の為に?」

「……念の為だ」

 テゾーロ一人に一味の最高戦力を待機させた理由を質すスムージーと、それについて静かに答えるカタクリ。

 いくら何でも警戒し過ぎではと思っていたスムージーだが、大海賊時代以前からビッグ・マム海賊団の戦力として一味及びシャーロット家を支えてきた彼の洞察力が非常に優れているのは周知の事実。万が一にも島から逃げるためにビッグ・マム海賊団に手を上げるというあり得ない行動を取ることもゼロと言い切れない。テゾーロの活躍ぶりを考慮すれば、そのような大胆な行動も選択肢として頭の中にあるはず――カタクリはそう判断したのである。

 そのように考えているカタクリに対し、当の本人はというと――

(いやいやいやいや、これ何の悪夢!? そこはおれとマムの一対一(サシ)で面会だろ、何で将星が二人も護衛的なノリで居るんだよ!! お茶会の準備どうした!?)

 将星最強(カタクリ)女将星(スムージー)に睨まれた中でビッグ・マムに弁解するという、あまりにも精神的にひどい仕打ち。こればかりは想定外だったのか、ダラダラと冷や汗を滝のように流し焦りまくるテゾーロ。

 将星が全員その場に揃っていない分まだマシと考えるべきか、それとも一人でもいる時点で変な行動を起こしたら即デッドエンドと捉えるべきか。どちらにせよ、泣きそうになるというよりも泣きたいくらいのプレッシャーに襲われているのは変わらない。

「さて、そろそろ本題に入ろうか。――何で蹴った?」

「それは私の新規事業の最中だからですよ。実業家としてお茶会と天秤にかけて新規事業を選んだ……それだけですよ」

 彼女の問いにあっさりと返答。テゾーロは「地獄の鬼も顔を出す」と言わしめるビッグ・マムの要求より自分の仕事を選んだことをストレートに伝えたのだ。

 テゾーロは立ち続けるのが疲れてきたのか、ゴルゴルの実の能力で指輪を融かしイスに変えて座った。

「正直な奴だねェ。その新規事業とやらはそんなに大事かい?」

「ええ、私の壮大な物語(じんせい)の集大成の一つですからね。何せ国家樹立ですし」

「あ?」

 テゾーロは間髪入れずに、自らが指揮する新規事業――グラン・テゾーロ計画をビッグ・マムに伝えた。

「グラン・テゾーロは世界でも類を見ない革新的な国家――種族間の差別も何もない、全ての者が平等であるというおれの野望の一部を具現化した国だ。その実現を妨害されるわけにはいかないんですよ」

「全ての者が平等……!?」

 色々と吹っ切れたテゾーロの言葉に、ビッグ・マムは目を大きく見開いた。

 遠い昔、ビッグ・マムが海賊として名を馳せるどころか海賊になる前――彼女は孤児院を開いていたマザー・カルメルというシスターの元で暮らしていた。カルメルは規格外の彼女の為に力を尽くしており、半世紀以上前に行方不明となった(・・・・・・・・)今も「初めての理解者」として、四皇ビッグ・マムの恩人として本人から強く慕われている。

 そんなカルメルは「皆同じ目線で暮らせる国」という言葉を謳ってビッグ・マムや彼女に関わった子供達と日常を過ごしていた。カルメルが謳った言葉が後の四皇の夢となるのは思いもしないだろう。もっともビッグ・マム自身も、彼女の笑顔が作り笑いで「聖母の顔」も仮面だったとは夢にも思ってないのだが。

「――ハ~ハハママママ……!! 奇遇だねェ……おれも同じような夢の国を完成させてェんだ、それも叶うまで〝あと一歩〟ってところさ。だがそれとおれに恥をかかせた件は別だ、その程度の言い訳で(・・・・・・・・・)丸く収められると思ってねェよなァ?」

 愉快そうに笑いつつも、持ち前の〝覇王色〟を放ちテゾーロを凄むビッグ・マム。彼女の怒りを表すように、彼女の傍で浮いているプロメテウスとゼウスが無言のまま互いに炎と雷を纏い始める。

 しかしテゾーロも〝覇王色〟で応じ、ビッグ・マムに気圧されつつも恥を晒さないよう睨みつける。

「おめェの事情とおれの事情が成り立たねェなら、引いた方が負けだ……だからおめェが〝落とし前〟として何かを失えよ」

「――勝ち負けの話じゃないでしょう、これは」

 ビッグ・マムの言葉を完全に切り返すテゾーロ。先程とは纏っていた雰囲気が一変し、彼女だけでなくその場に居合わせていた将星二人も目を見開く。

「……思い通りにならない人間が、そんなに嫌いですかミセス・リンリン」

「……何が言いたいんだい?」

「マザーの望みは全ての存在があなたに屈服することではないでしょうということです」

 テゾーロがそう言い放った途端、全身を叩き潰すかのような凄まじい圧迫感が襲い掛かった。この万国(トットランド)――いや、この世で最も恐れられている人物の一人であるビッグ・マムが怒ったのだ。

 その怒りにカタクリとスムージーは気圧されてしまい、スムージーに至ってはあまりの迫力に体が動けなくなってしまう。

「……おめェ、ちょっと知りすぎてねェか?」

 プルプルと体を震わせ、テゾーロを脅すビッグ・マム。

 ビッグ・マムとマザー・カルメルの関係は、身内である彼女の子供達ですら全貌を把握しきれておらず、裏の世界でも世界屈指の情報通であるモルガンズですら知らない部分が多すぎる話題だ。それをどこの馬の骨ともわからない一実業家が知っているとなれば、大問題中の大問題である。

 それについてテゾーロは、臆さず返答する。

「何を言うかと思えば……私の前にいるのは「四皇」が一人〝ビッグ・マム〟。何の準備も無く突っ走ってどうにかなる相手ではないですよ。だからこそあなたの縁をおれの人脈で調べさせてもらっただけです」

 テゾーロはビッグ・マムを煽るように食い下がると、アタッシュケースから電伝虫を取り出した。そして貝殻のダイヤルを回し、受話器を傍においてサイへ繋げた。

「サイ、おれだ」

《テゾーロさんですか。ってことは、すでにビッグ・マムと?》

「現在進行形だよ。証拠は揃ったか?」

《ええ、半世紀以上前の資料を全部漁って確認できたものだけですが》

 テゾーロは睨みつけてくるビッグ・マムの前で、電伝虫越しでサイと確認の会話をする。

 それを遠くから聞き取っていたカタクリは、物音を立てずに得物である三又槍「土竜」を手に携え小声でスムージーに声を掛けた。

「スムージー……万が一に備えろ」

「兄さん……まさか未来を……!?」

「いや……だが今ここでママを暴れさせたらマズイ」

 カタクリは未来予知の域に達している程の〝見聞色〟の覇気の使い手だ。戦闘では常に先手を打ち、通常時は相手の気配からその先の言動・行動を予知して先読みした行動を取れる。彼はテゾーロとビッグ・マムとの間に走った緊張を機に、未来を予知しようとした。

 予知した未来ではビッグ・マムが多少動揺した程度だったが、四皇は四皇――何が起こるかわからない。ちょっとしたきっかけで機嫌を損ね暴れられたらお茶会どころの騒ぎではない。彼女が暴れだしたらビッグ・マム海賊団総出で止めなければ島が滅びかねないのだ。

 そんな懸念を抱く中、ビッグ・マムとテゾーロの会合は佳境を迎える。

「……誰だい?」

《サイ・メッツァーノ……テゾーロ財団幹部でサイファーポールの諜報員を兼ねています。以後よろしく》

「政府の手先かい……で、何でおめェがおれのマザーのことを知ってんだい」

 話の流れから、テゾーロとサイの上下関係と情報網を察したビッグ・マムは電伝虫越しに質す。

《マザー・カルメルは世界政府とのパイプがあった。彼女の慈善事業と献身的な姿勢は、あなたと出会うずっと前から政府に目をつけられてましたからね》

「マザーが政府のクソ共とグルだって言うのかい」

《それは何とも言えませんね、見方の問題です。まァ彼女によって救われた人物がいるのは事実ですし、どう捉えるかはその人次第だ。――いずれにしろ彼女に関する資料は世界政府が保管しており、テゾーロさんは唯一の合法的な(・・・・)窓口です。彼を始末すれば、あなたの形ある思い出をあるべき場所(・・・・・・)に戻せる唯一の手段(ルート)を自らの手で潰すことになりますよ? それを彼女はどう思うんでしょうね……》

「っ……!!」

(え、えげつねェなサイの奴……)

 淡々とビッグ・マムに嫌な追い詰め方をするサイに、テゾーロは心の底から震え上がった。

 サイは現役の諜報員を兼ねているだけあり、幹部の中では断トツの冷徹さだ。普段はノリのいい面を見せたり外見に見合った爽やかさを振る舞いつつも、性根が冷酷ではないとはいえ諜報員としての任務に対するストイックさや非情さは凄まじいの一言に尽きる。

 任務ならば相手が四皇だろうと何だろうとお構いなし。それがサイの強みであり、彼の最も恐ろしい部分なのだ。

《……とはいえ、我々はビッグ・マム海賊団(あなたたち)と揉めるつもりは無い。今はやるべきことをやるのが互いの為ではないですか?》

「……言ってくれるじゃないか、犬っコロが」

 ビッグ・マムは口角を上げるが、怒りの表情を崩さない。己の過去を調べ上げられた挙句に恩人の知られざる一面を知らされたのだから、複雑な想いを抱いても怒りの強さはさほど変わらないだろう。

 しかしサイの言う通り、テゾーロはマザー・カルメルに関する情報を何のリスクも無しに手に入れられる貴重な入手手段(ルート)。冷静に考えれば、今回の件に関しては目を瞑ってもいいかもしれない。その上テゾーロは「招待状を送っても二度と出ない」とまでは言っておらず、何より今は目先のお茶会が大事だ。

「ママママ……! 久しぶりに活きのいい小僧を知れた上に、おれの思い出が何の苦労もせず帰ってくることもできるとはな。いいだろう、今回だけは(・・・・・)それで手を打とう」

『!!』

「だが! 次は無いよ……これは本来許されることじゃねェ。おれの茶会に出席するのを拒否したんだからな!? おめェの(よめ)や部下共を見せしめに処刑してやっても、おめェにゃ文句を言う権利すらねェ!!」

 ビッグ・マムはテゾーロに詰め寄る。業界一の情報網を持つだけあり、やはりテゾーロに関する情報(ネタ)はほとんど把握されているようだ。

 しかし彼女は「だが……」と言葉を続ける。

「おれァ筋さえ通ってりゃあ話のわかる女だ。逃げずにおれの城へ来て目の前で訳を言った以上はそれについちゃ(・・・・・・・)相応の対応をしなきゃな。海賊の世界にも仁義はある」

 ビッグ・マムは良くも悪くも昔ながらの海賊の首領であるからか、問題だらけの性格の持ち主でも一応はそれ相応の対処はする気のようだ。原作でもペドロが自分の左目を差し出すことで彼女を譲歩させることに成功している。もっとも、その対処の内容についてはテゾーロ自身あまり期待していないが。

 それでも欲しいものを妥協することがほとんどないあのビッグ・マムに大目に見てやってもらうことを成し遂げたテゾーロは、彼女の家族から見ても常識外れだ。気に掛かることは多いが、ひとまず彼女が怒り狂った影響でお茶会が潰れたり被害が周囲に拡大するという最悪の事態は回避できたので何も言わないでおくことにした。

「……じゃあとっとと帰りな! 茶会に出ねェ不届き者を長居させる程おれは甘くねェ」

「……だとさ」

《よく生きてられましたね、さすが〝怪物〟。ではお気をつけて》

「え? それだけ?」

 

 

           *

 

 

 テゾーロがビッグ・マムの元にいる同時刻。

 名家・スタンダード家の現当主であるスライスが、部下のコルトと二人きりで会話をしていた。

「なァコルト、本当の覇王って何だと思う?」

「……いきなり何ですか」

 突然始まった問答に困惑するも、コルトは静かに答える。

「本当の覇王は、やはり頂点に立ち全てを従える者では?」

「それが一般論だよなァ」

 コルトの返事に納得しつつも、スライスは「だが、そうでもなさそうだ」と言葉を続けた。

海賊王(ロジャー)は同じ〝覇王色〟の持ち主である〝冥王〟レイリーや〝赤髪のシャンクス〟、ダグラス・バレットを従えていた。大所帯を持つ白ひげや金獅子のシキ、リンリンと違ってこれといった傘下を持たず、たった一つの組織で全ての〝覇王色〟の持ち主達を出し抜いて海の頂に立てた。……なぜだと思う?」

 ロジャー海賊団は傘下の海賊を一つも持たずに海を制覇した。今の海と昔の海とでは情勢が違うとはいえ、現時点で「海の王者」として名を馳せる白ひげや彼と肩を並べる四皇達と比べると、大きく異なるのは事実だ。

 たった一つの一味だけで、若き日の生ける伝説を出し抜いて王の座に君臨することができたロジャー。目の前の敵達が仲間を追わないために「敵を逃さずに戦う」という無茶で無謀極まりない行動を平然とやる彼が王になれた理由に、スライスは持論を展開した。

「答えは一つ。この世界で〝最も恐るべき力〟を持っていたからだ」

「最も、恐るべき力……?」

「ああ、この世界で〝最も恐るべき力〟を持つ人間の性質(タチ)は二つだ。一つは他の覇王達を従える人間で、もう一つはその場にいる者達を次々と自分の味方につける人間。ロジャーは両方持っていたのさ」

 スライスの持論は「世界には二つの〝最も恐るべき力〟が存在し、それを持つ者こそ本当の覇王」だというものだ。

 他の覇王達を従える人間とは、数百万人に一人という確率で現れる〝覇王色〟の使い手達を退かせたり従えたりする人間を意味する。ある者は腕っ節であったり、またある者はカリスマ性で率いたり、とにかく人の上に立つ素質がある輩だ。そしてもう一つ――その場にいる者達を次々と自分の味方につける人間とは、かつての敵であろうと利害が一致してもしなくても共に戦わせる「求心力」の持ち主である人間を意味する。求心力は〝覇王色〟とは別で、ある意味その者自身の性格・人柄が影響している。

 その二つを持ち合わせる者は全てにおいて桁違いの能力を発揮し、王と自負するに相応しい力で全てを手中に収める――それがスライスの考えだ。

「ならばテゾーロはどちらに当てはまるのですか」

「知ーらね。――だが、おれはあいつが世界の勢力図を塗り替えると確信している」

 手をヒラヒラと振ってお手上げだとアピールする。

 確かにテゾーロは他の覇王(アオハル)を筆頭とした屈強な実力者を幹部として従えており、関わった人間の多くは味方として協力してくれるが、海賊王となったロジャーと比べてしまうとやはりテゾーロが劣って見える。

 それでも、スライスは盟友(テゾーロ)を高く評価する。

「四大勢力……って程にはならないだろうけど、あと10年経てば奴の手によって時代は間違いなく変わる。それこそ海賊王ロジャーの死に際のように」

「スライス様、あなたですらそう決めつけるのですか……」

「考えてもみろよ、五老星よりも〝もっと上〟の奴が興味示す奴だぜ? おれのじいちゃんですら気に掛けられなかったってのにな」

 スライスは含み笑いを浮かべながら酒を呷った。




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第115話〝動き出したジン〟

 二日後。

 四皇ビッグ・マムをどうにか交渉で丸め込むことに成功したテゾーロは、どこか疲れた様子で盟友スライスと会談をしていた。

「ダッハハハ!! マジ最高だぜ!! あのババアから譲歩引き出すなんざ人間じゃねェよ、まさに〝怪物〟だぜ」

「ハァ……相変わらず気楽だなスライス、こっちは寿命が縮むかと思ったんだぞ」

「いやホントに寿命削れるんだけどねあのババア」

「何うまいこと言ってやったって顔してんだ、むしろ腹立つがな」

 ドヤ顔のスライスに〝覇王色〟を浴びせるテゾーロ。対するスライスは「真に受けなくてもいいだろうに」と言ってあっさり受け流す。

「……で、わざわざご足労ですが何の用で」

「こいつをちょっとな。お前の力を借りたい」

 スライスは傍に置いていたアタッシュケースから封筒を取り出すと、それをテゾーロに渡す。その中身を確認した途端、テゾーロは目を見開いた。

「これって、ドレスローザの?」

「ああ、どうも引っかかる」

 彼が渡したのは、ドレスローザで起きた政権交代だ。

 貧しくも戦争の無い平和な国であったドレスローザは、ある日リク王が国民全員に頭を下げて財産を貸してほしいと懇願しておきながら臣下達と国中に火をつけ国民を斬りつけはじめ、偶然その場にいた王下七武海のドフラミンゴとその部下達が彼を鎮圧して政権交代を成しえたという事件だ。

「リク王はおれの亡き祖父の旧友でな、おれ自身もあの人と面識がある。――あの人はこんなマネはしねェ、間違いなくドフラミンゴが裏で暗躍してる」

 そう、この事件には不可解な点がある。リク王がなぜ国民全員に頭を下げてまで財産を貸してほしいと突然懇願したのか、リク王家王女のヴィオラはどこへ消えたのか、事件があった日に侍女のモネは何をしていたのか、とにかく全容解明されていない。

 リク王家と付き合いのあるスライスは事件そのものを不審に思い、テゾーロのようにコネと権力で政府中枢に厳密な調査をするよう何度も働きかけたのだが、一向に進まないどころかすぐに調査を中止したという。

「……ドフラミンゴは元天竜人。とはいえど、国盗りを仕掛けた奴への義理は天竜人にも政府中枢にも無い」

「……お前、何でそこまで!?」

「筋金入りの情報屋とサイファーポールの諜報員が部下にいるからな。――で、おれにどうしろって?」

 テゾーロは本題を切りだす。

 話の流れだと、スライスは自身よりも政府中枢との繋がりの深いテゾーロを動かし、ドレスローザの政権交代についての再調査を依頼しようとすると考えるのがだろう。たった一人で世界に名を轟かす一大組織を築き成り上がった怪物の力で、政府が隠そうとする不都合な事実を暴こうとする――それがスライスの望みなのだろう。

「……リク王家の「復権」に協力してくれ!」

「!?」

 スライスの望みは、テゾーロの想像以上だった。

 海賊の謀略の被害者とはいえ、一度引きずり降ろされた王家を再び返り咲かせるのは容易ではない。ましてや相手は海賊界屈指の狡猾さと残忍さを誇る〝天夜叉〟だ、一筋縄ではいかないだろう。

 だがドフラミンゴを野放しにすれば、巨大な犯罪シンジケートを展開し近隣諸国で戦争を煽り、闇取引で世界を混乱させるだろう。ドフラミンゴは海賊であると同時に内心では「世界の破滅」を望む危険人物であり、絶対に放置してはならないのは紛れも無い事実だ。

「……わかった。おれもちょいと掛け合ってみる。今の事業が成就すれば、話は大きく進むはずだ」

「今の事業ってのは、そんなに大層なモンなのか」

「ああ、何せ国家樹立だからな」

 テゾーロはスライスに今の事業――グラン・テゾーロ計画を事細かに説明する。種族間の差別も何もない、全ての者が平等である国を作り上げる。それはある意味で世界に対する挑戦であり、世界政府の秩序を破壊するような考えだ。世界に喧嘩を売るようなテゾーロの思想は、政府を信じる者ならば信じられないことだ。

 しかし世界を統一し秩序の維持に務めているのがあの世界政府だ、善い面よりも悪い面の方が目立つ組織が世の中の法を担っている。世界政府を一瞬でも不審に思えば、テゾーロの思想は正しいのだ。

「いいねェ、それ。未来の投資にゃうってつけの話じゃねェか」

「スライス……」

「盟友よ、おれァお前のやり方を信じるぜ。そのやり方で〝連中〟を引きずりおろしちまっても罰は当たらねェだろ」

 そう言って笑い飛ばすスライスに、テゾーロもまた含み笑いを浮かべた。

 

 

 同時刻、聖地マリージョア。

 荘厳な「権力の間」にて、世界政府の最高権力者である五老星がテゾーロと彼の事業について話し合っていた。

「テゾーロの計画が近い内に成就するそうだ」

「奴は一介の賞金稼ぎから巨大な富と権力を得た成金。王侯貴族ではない平民の男が加盟国を樹立させるなど前例が無い」

「だが我々にとっては大きな利益だ、損は少なかろう」

 前人未到の国家樹立を成し遂げようとするテゾーロについて論議する。

 思想や価値観など色々と相違はあれど、今まで政府関係者にとって都合の悪い出来事を代わって解決してきたテゾーロの働きを五老星は高く評価しており、()()()であるイムも一目置いている。

 彼の公益性と大胆さを兼ね備えた数々の事業は政府の信頼を強固なものにしていっており、今では政府関係者の中でも際立って優れていることから腐敗が目立つ上流階級の役人よりも信頼されている。

「問題は奴を排除しようとする者達の動きだな」

 出る杭は打たれる。

 異色な経歴ゆえに政府中枢には未だにテゾーロを疎む者は多く、中には彼の活躍に嫉妬し筋違いの恨みを持つ者もいる。五老星や一部の天竜人がテゾーロを信頼しているために直接手は出していないが、彼を政府から排除しようと動くのは時間の問題だ。

 これはさすがにマズイのではと五老星は意見を交わし、サイファーポールを動かして司直の手を入れようとするも、サイファーポール内部にすらテゾーロ排除派がいる可能性があるとして中々踏み込めないでいる。テゾーロの部下であるサイのもう一人の上司であるラスキーによる新体制がスタートして大分経過したが、ラスキーのやり方に反発する者もいるため、ラスキーのやり方が気に入らない連中とテゾーロ排除派が結託すると面倒なのだ。

 そもそもテゾーロを排除しようとする動き自体、確固たる証拠も見つかっていない。憶測で逮捕者を出すと世間から冷たい目で見られる。面子と信頼が第一の世界政府にとって、案外頭を悩ませる程の事なのだ。

「本格的に動くとすれば、奴が樹立した国が正式に加盟国に加わった時だな」

「この案件はCP‐0に任せるべきではないか? いくらサイファーポール内でも、クリューソスと親密な関係のテゾーロを排除すれば、奴らの在り方に関わるだろう」

 CP‐0は世界貴族直属の組織。

 テゾーロは天竜人のクリューソス聖と親交が深いため、天竜人の関係者でもある。彼の身に何かがあれば、必ずやクリューソス聖も動くだろう。五老星や海軍ですら把握できない越権行為を行うような連中でも、天竜人に直接言われてはたまらないはずである。

「うむ、それが一番だ」

「異論は無い」

「奴を失えば我々にはデメリットしか残らんしな」

 

 

           *

 

 

 一方、ここはワノ国・鬼ヶ島。

 白ひげやビッグ・マム、赤髪と肩を並べる四皇の一人〝百獣のカイドウ〟の拠点だ。

「ヒック! ウィ~……」

 相変わらず一人で酒盛りをするカイドウ。酒癖は非常に悪いが大の酒豪である彼はワノ国の人々から国を守る「明王」との扱いを受けており、よく酒を献上される。当然海賊稼業をやっているのでワノ国の外から入手する酒も飲むが、最終的にはワノ国の酒を好き好んで飲んでいる。

 中でも最も気に入っているのは、一時期住み込みをしていた若い剣豪・ジンが用意した酒だ。ワノ国中を歩いてカイドウの口に合った酒をわざわざ用意し、大幹部達でさえどういう訳か躊躇する自分の酒盛りの相手として真っ向から付き合ってもくれた。腕っ節は勿論だが、人柄という面でもカイドウはジンを信用しているのだ。もっとも、未だに部下にしたいと考えてるのは変わってないが。

『カイドウ様ーーーー!!』

 ふと、部下達が慌てた様子で酒盛り中のカイドウへ駆け寄った。

「何だ!? おれの酒盛りの邪魔をするのか?」

 物思いに(ふけ)っていたカイドウは、不機嫌そうに問い詰める。

「い、いえ! 滅相もありません!! 実は――」

「いや~、酷い目に遭った……」

 響き渡る、一人の男の声。声が聞こえた方向へ顔を向けると、見覚えのある着物姿の男が乗り込んできた。しかし言葉通りに何らかの災難に遭ったのか、着物とマントに返り血がついている。

 部下達がその姿に恐れ戦く中、カイドウはニヤリと笑みを浮かべる。

「ウオロロロロ……ジン、やっぱりてめェか」

「久しぶりだな、カイドウさん」

 カイドウの前に現れたのは、テゾーロ財団幹部のジン。

 久しぶりの見知った顔に機嫌がよくなったのか、カイドウは笑い上戸だ。

「一人で来たってことは……おれの部下になりに来たのか?」

「まだ諦めてないのかよ……」

 やれやれといった表情で溜め息を吐くジン。

 カイドウは自身に歯向かう者・意を違うことをした者には容赦しないが、荒々しく獰猛な性格であると同時に実力主義者であり、自分の部下になるのならば全てを水に流す度量を持ち合わせている。大幹部ですら「メチャクチャな人」と言われる男だが、四皇の一角に見合った器の持ち主でもあるのだ。

 とはいえ、実力主義であるゆえか勧誘は割としつこい。特に酒に酔っている状態だと居酒屋で絡んでくる酔っ払いオヤジ並みにしつこく、とにかく手に負えない。一度は区切りをつけても身勝手の頂点と言える四皇には、さすがのジンも呆れる始末だ。

「生憎おれのボスはテゾーロと決めたんだ、諦めも肝心だよ総督さん」

「じゃあ、おれと酒でも飲みに来たか?」

「それもあるけど…………おれはあんたに大切な話があるんだ。時間空いてるよな、カイドウさん」

 真剣な表情で告げるジンに、カイドウは怪訝そうな表情を浮かべた。



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第116話〝やりにくい男・テゾーロ〟

二週間ぶりです、お待たせしました。


 リク王家復権の協力を盟友(スライス)から頼まれたテゾーロは、早速動き出した。

 まず自身のコネで世経――世界経済新聞――の社長であるモルガンズに連絡を取って「テゾーロがドレスローザで慈善事業をする」という旨の記事を号外で作らせ、世界中へ発行させて注目を集めた。数々の功績で世界中に名を轟かすテゾーロ財団のトップが大事件からまだ傷が癒えていない国民への慈善事業を行うことで世界各国へアピールするのではという社説が載せられたが、それは表面上の目的で実際はどさくさ紛れにドンキホーテファミリーの懐に潜りこむという思惑があるのだ。

 そんな魂胆があることを見抜いているかどうかは不明だか、ドフラミンゴはドレスローザへの訪問をあっさりと了承した。ただ本人としてはテゾーロ財団の首根っこを掴みたいところだろうが、生憎中身は正史(げんさく)の知識がたっぷりの転生者――テゾーロの「正体」を全く知らない彼にとっては思わぬ誤算にも程があるなど知る由も無い。

「よく来てくれたな、テゾーロ」

「……何もあんたの味方になるつもりじゃない」

 ドレスローザの王宮にある「スートの間」。

 そこでテゾーロは単身、ドフラミンゴとそのファミリーに迎えられていた。

(ったく、同じ光景をマリンフォードで見たことあるぞ……)

 随分と前に海軍と交渉したあの日(・・・)を思い出すテゾーロ。伝説の海兵や未来の最高戦力に囲まれたあの時と比べると、さすがに自身の胆力や度胸も成長し、それどころか「癖の強さは同等だが威圧感が無い」という余裕すらできる程になった。

 若い時から無茶を重ねた賜物かもしれない。

「フフフ……少しは和解の姿勢でも示してくれると思ってたんだぜ?」

「おれはお前のような(・・・・・・)質の悪い無法者は嫌いでね……どうも気に入らない。人を人とも思わない残虐な輩がいきなり救国の英雄になるなんて虫が良すぎる」

 ドフラミンゴを露骨に疑う素振りをするテゾーロ。

 怪物と称される男の煽りに、ドフラミンゴを慕うファミリーの幹部達は苛立ちを露わにするが、それを制したのはドフラミンゴ自身だった。

「フフッ……フッフッフ!! おれがこの国を奪った言い方だな!!」

「おれは少なくともそう思ってるがな……っつーかウチの連中は大体そう思ってるはずだし」

「ほう……ならてめェの推測をぜひ聞かせてほしいもんだな」

 ドフラミンゴが笑みを深めて要求すると、テゾーロは「まずは歴史からいいか」と言いながら誇張気味な己の推測を語りだした。

「この土地は元々ドンキホーテ一族という一族が治めていた。だがドンキホーテ一族は800年前のある日、聖地マリージョアへと移住した……彼らは世界政府の創造主であったからだ。それから長い年月が経ち、その子孫は「人間宣言」をして下界へと下り、数奇な運命に翻弄されながらもかつての支配地を目指した。だがその地はすでにリク王家という別の王族が統治していた。これはマリージョアのパンゲア城内にある図書館に保管されている調査資料に詳細に記されている」

「……」

「そしてここからがおれの推測だ。――この国をドンキホーテ一族に代わって統治していたリク王家は戦争を嫌っており、戦争しないがために他国に睨みを利かせ外交で渡り合っていた、いわゆる平和国家。しかしごく一部の人間から見ればその国は国防力を蔑ろにし、国民の生活水準も低下させているように思えた。国を憂いた先代統治者の子孫は、その王族達に政権交代を要求した」

「フフフ、随分な美談じゃ――」

「だが実際には国を憂う愛国心などこれっぽっちも無かった。なぜならその先代統治者の子孫は凶暴極まりないドがつく悪党(クズ)であり、その上特権意識とそれが否定されたことから生じた世界への憎しみに駆られたがゆえに「世界の破滅」を望む化け物級の危険人物。そんな奴に国を任せられっこない」

 子孫の本性について語った途端、ドフラミンゴは顔色を変えて怒りを滲ませ、サングラス越しに睨んだ。その様子にファミリーの幹部達は目に見える程に動揺し、最高幹部の一人であるディアマンテも「ドフィ……!?」と呟き困惑気味だ。

 そんな彼らの気持ちを一切無視してテゾーロは言葉を紡ぐ。

「だがそれをストレートに伝えれば反対され、万が一……いや億が一にも戦闘になれば国盗りが成功しても政府が容認するとは思えない。そこで〝彼〟はあえて莫大な大金と引き換えに国の統治の継続を認めるという手段に出た。当代王はそれを鵜呑みし、国中の財産を集めた――それ自体が罠と知らずに」

「……!」

「そう、彼は国盗りの過程でどう人々を確実に騙し、一切の不穏分子を絶やすかに重点を置いていた。回りくどい手段に出たのは、国の混乱を鎮めた英雄となれば政府の傘の下で悪事を働けると考えていたからだ――全ては世界の破滅の為」

「っ――」

「当代王とその臣下を文字通りの操り人形として国民に牙を向けさせ、絶望と憎しみで全てを染まらせた時に彼は手を差し伸べた。都合のいい奴隷に洗脳し、真実の王を陥れ、悪一色で塗り潰した。そんな外道をやってのけた子孫の正体こそ――」

 

 ドォン!!

 

 刹那、ドフラミンゴが覇気を纏った蹴りを放った。テゾーロはすかさず能力で黄金の長剣を生み出し、刃に覇気を纏わせ振るった。

 その瞬間、互いの覇気がぶつかった余波で稲妻のようなモノが大気に走り、窓ガラスが全て割れ壁にヒビが生じた。〝覇王色〟の衝突だ。

『ぎゃああああああ!!』

 衝突の余波で、ファミリーの幹部以下の手下達は次々に吹き飛んでいく。一方の幹部達も、あまりの衝撃でその場に踏ん張っていられるのが精一杯なのか必死に耐えている。唯一平然としているのは、ぶつけ合っているドフラミンゴとテゾーロの二人だけだ。

 暫くして〝震え〟が収まると、テゾーロが呆れたように口を開いた。

「――いや、まだ名前言ってないじゃん。心当たりでもあるのか?」

「フフ……フッフッフ!! 今ここで消してやると言われた気がしたよ」

「本当にそうしてもいいんだがな」

 テゾーロは能力を解除し、ドフラミンゴも脚を下ろす。

 しかし互いに警戒心は解いておらず、いつ戦闘になるかわからない緊迫した状況は続く。

「……おれは悪を完全否定はしない。この人の世には必要悪ってのがどうしても求められてしまうからな。だがあんたは違う……そんな奴を見逃す程おれはお人好しじゃない」

 そう言ってテゾーロは踵を返し、その場にいる全員に聞こえる程の舌打ちをしてから「スートの間」を後にした。

「や、野郎……図に乗りやがって! ドフィの首を取る気だってことをわざわざおれ達の前で(・・・・・・・・・・)言うなんざ、頭イカレてんのか!?」

 テゾーロに悪態を吐くディアマンテ。それを皮切りに、幹部達や下っ端達も嫌悪感を露わにテゾーロを罵倒し始める。

 一方のドフラミンゴは、笑みを深めて呟いた。

「フフ……フフフ……!! 全く、どうにもあいつはやりにくい。操られるだけのゴミ共と変わらねェ生まれのクセして妙に勘が鋭いときた。――だからあいつは、嫌いだが欲しい(・・・・・・・)んだよ」

 

 

           *

 

 

 同時刻。ドレスローザにあるひまわりが咲き誇る花畑で、シードはメロヌスと共に島を一望していた。

「……」

「随分と思い悩んでるな」

「はい……ここは僕の知人が救おうとした国でしたから」

 哀しそうな笑みを浮かべるシードに、メロヌスは煙草を吹かしながら目を細める。

 シードは元軍人――それも若くして海軍本部准将にまで上り詰めた実力者で、センゴクやゼファーをはじめとした海軍古参の猛者からも次期大将と見なされた程だ。しかし出世する程に「嫌な部分」を多く見るようになるのも必然であり、心優しい彼にとっては血生臭い戦場よりも不快で苦しかったことだろう。

 ふと、メロヌスは何年か前の酒の席でシードの心情を聞いたのを思い出した。

 

 ――正義を背負いながらの矛盾や受け入れきれない現実くらい、今更どうってことない。でも……残酷すぎるっ……!!

 

(……タタラも地獄を見てきたが、シードはそれ以上の地獄だったんだろうな)

 タタラは地下闘技場で多くの命を殺めた。その中には牢獄で仲良くなっていた者もおり、斬る度に彼らの慟哭を耳にし続けた。それに興奮し盛り上がる観客達がどれ程憎いか、殺し合いで快楽を見出した主催者(フォード)を何度殺したいと思ったか、言語に絶するモノだっただろう。

 仕込み杖の刃を伝って怨嗟が心に染みつく感覚だったと彼は語っていた。地獄を生き抜くためだったとはいえ、脱出と自由を誓った同胞を殺めるという所業は忘れたくても忘れられないのだ。

 メロヌスはそんな理不尽とは無縁の生き方をしてきた。どちらかというとジンやアオハル、ハヤトのように思うがままに生きてきた。本来なら価値観の差で対立することもあり得たが、いい塩梅で手腕を振るったテゾーロや一人一人と向き合ったステラのおかげで仲良くなれた。それでも過去ばかりはどうしようもない。

「……シード。おれはオツムはいいが、どうにも色々と背負ってる人間と付き合うことに慣れねェ。だからこそ言ってやる……理事長がどうにかしてくれる」

「……はい」

 その直後、メロヌスは愛銃を手にし目にも止まらぬ速さで装填。銃口を背後へと向けた。

「どこのどいつだ……3秒以内に出てこねェと股のボールを吹っ飛ばす。はいイーチ――」

「お、おいおいおい待ってくれ!! おれは敵じゃねェ!!」

「あ?」

 メロヌスの脅しにあっさりと観念して現れたのは、ハートをあしらった服と黒い羽毛が大量についたコートが特徴の道化師のようなメイクをした男。メロヌスは発動中の〝見聞色〟から戦意を感じないため殺気を抑えたが、怪しさ満載の雰囲気に銃口を向けたまま睨み続ける。

 そんな股間に銃口を向けられるという絶体絶命な彼に、救いの手が差し伸べられた。

「あなたは……ロシナンテさん!?」

「!? あんたは……シード元准将か!?」

 思わぬ出会いが、待ち構えていた。



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第117話〝王の資質も持ち主による〟

今週中にスタンピード観ます。


 一週間後。

 ドレスローザへの訪問を終え、バーデンフォードへと戻ったテゾーロ達は事業の仕上げに取り組んでいた。

「……あと半年あればどうにかなるか」

 満足げに建設現場を窓から覗くテゾーロ。

 グラン・テゾーロの行政府的役割を果たすカジノホテルを併用した黄金の塔「THE() REORO(レオーロ)」の工事は八割がた終わってきており、あともう少しで完成する。完成した暁には世界政府に加盟を申請し、新たなステージへと向かう腹積もりだ。

 そんなテゾーロに呆れた笑みを浮かべてシェリー酒を呑む客人がいた。

「お前はどこまでも奇天烈な奴だ」

「……それは褒め言葉と受け取りましょう、ゼファーさん」

 元海軍本部大将〝黒腕のゼファー〟。

 海軍が誇る化け物……ではなく伝説級の海兵であるガープ・つる・センゴクの同期であり、前線を退いた今でも海賊達に恐れられ民衆から英雄視されてる百戦錬磨の猛将だ。現在は軍の教官として第二の人生を歩んでおり、鬼のように厳しくも「全ての海兵を育てた男」と評される程の名教官として海軍にて活躍している。前線から退いた分全盛期と比べれば多少の衰えはあるが、それでも元最高戦力としての腕っ節は健在だ。

 そんな彼だが、正史では65歳の時に自分が指揮する演習艦を能力者の海賊――おそらく後の王下七武海エドワード・ウィーブル――に襲われ、右腕を斬り落とされた挙句アインとビンズを除いた訓練兵全員を失っている。それを機に、ゼファーは正しい海軍を体現する「不殺の漢」から海賊殲滅の為ならば一般人や海兵の犠牲を厭わない赤犬(サカズキ)クラスの攻撃的な性格と変貌した。後の「NEO海軍総帥〝ゼット〟」の誕生だ。

 中身が原作知識豊富な転生者であるテゾーロはそのような未来を望まないため、()()()を講じた。

「しかしお前には世話になる。おかげでいい訓練になった」

「礼を言う程じゃないですよ、自分の土地の一部を無償で貸し出してるだけです」

 含み笑いを浮かべるゼファーに、テゾーロは謙遜する。

 バーデンフォードは未だに未開拓の部分があり、中には戦場と言っても過言ではない程に荒れた場所も存在する。そこでテゾーロはゼファーにバーデンフォードの一部を利用した「軍事演習」の機会を設け、海兵の実戦訓練を行ってみることを提案した。多くの修羅場をくぐり抜けてきたゼファーは「最も危険で最も死に近い上陸戦の訓練ができる」としてあっさりと承諾、不定期で演習場として利用している。

 朝っぱらから銃撃の音や爆音が聞こえるので、今では開拓中のバーデンフォードの名物と化している。そんな中で黙々と作業に勤しむ状況も状況だが。

「しかし……」

「? どうかしましたか」

 それよりも、ゼファーは一つだけ気掛かりなことがあった。

 それは「THE() REORO(レオーロ)」の建設現場で働く労働者達。その多くは白いラインが特徴の作業着を着ているのだが、中には囚人服を身に纏った凶悪そうな人相の労働者達が混じっている。

「いいのか、世間的に」

「犯罪者の更生の一環と報じるようモルガンズに言っています。監獄で拷問するだけでなく社会奉仕させることで世間に対するポジティブなアピールとなるし労力も補える。一石二鳥じゃないですか」

 そう、労働者の中に囚人が混じって作業をしているのだ。

 囚人達は勿論あの世界一の海底大監獄「インペルダウン」に投獄されている者達で、その中でも独房で大人しくしている人間が一緒に土木作業に従事しているのだ。

「……」

「心配せずとも、逃げ出そうとする者には〝覇王色〟で手を打っています。紅蓮地獄(レベルワン)猛獣地獄(レベルツー)の囚人はちょっと威圧すればすぐ思い通りになるので――あ、一人いた」

 刹那、テゾーロが発した覇気で空気が震えた。

 それから数秒程経つと、外で誰かが倒れる音が響き騒がしくなった。

「ほら。アオハルも持ってるから同じ対応させてるし、最悪の場合は麻酔弾での狙撃。隙を生じさせない二段構えならば問題無いでしょう」

「使い方間違ってないか?」

 事務職(デスクワーク)をしながら〝覇王色〟の覇気で逃げ出そうとする不届き者を気絶させているというシュールすぎる現状に、ゼファーは心から呆れかえった。同じ〝覇王色〟の使い手であるセンゴクが聞けば頭を抱え、ガープが聞いたら涙を流しながら大爆笑しているだろう。

「そもそも刑事施設は罪を犯した人間を更生させるのが本来の目的。罪に対して十分な更生を態度で示せば、多少の刑の軽減措置を図ってもいいでしょう? そもそもエニエス・ロビーの陪審員は死刑囚で構成されている。そんないい加減な司法制度では裁判所の名が泣きますよ」

「……」

 テゾーロの考えに、ゼファーは共感した。

 ゼファーは誰よりも海軍の正義を信じる男だが、その上役たる世界政府は別だ。還暦を過ぎた彼は政治が正義を歪める瞬間を長年の海兵人生で何度も目の当たりにしている。オハラの一件やバスターコールがそうだ。そんな現状を己以外にも憂い不満を抱く者がいるのは、正直心強いものだ。

「だがお前の考えは常識を覆す。ある意味政府から危険扱いされるぞ」

「常識は塗り替わるモノ。時代が変われば常識も変わります」

 テゾーロの考えは、世界政府の思想や世界的潮流の真逆である「犯罪者の更生」だ。罪を犯した者達に社会奉仕させ、その行いによっては刑を減軽させる――犯罪者であればどんな理由・経歴だろうと絶対にシャバへ出さないことが常識であるこの世界においては、一線を画すどころか青天の霹靂である。

 観念の違い――それがテゾーロとこの世界の決定的な差だ。

「なあテゾーロ、お前は一体()()()()()()()()?」

「どこまで、とは?」

「お前の今までの活動は、誰もが予想しない大胆なものばかりだが一貫性がある。世界政府を変えようと考えているところだ。魚人の差別問題も、テキーラウルフも、どれもそうだ。お前は何を成し遂げたいんだ」

「……」

 テゾーロの行動に疑問を抱くゼファー。

 フレバンス王国・テキーラウルフ・地下闘技場・魚人族と人魚族に対する差別……これらの問題の解決を促したのは、世界政府ではなくテゾーロだ。民間団体のトップを担う大富豪という立場でありながら、五老星や天竜人との謁見を許され海軍の軍資金提供者(スポンサー)となり、ついには国家樹立を狙うとんでもない人物だ。

 だが事実上の政府関係者でありながら、彼は政府の思想や在り方を不審に思っている節がある。ほとんどの政府関係者が「世界政府こそ絶対的存在」と考えていながら、その価値観とは距離を置いており、現に政府中枢でも彼を排除したがっている面々も多いという。そんな現状も承知の上で力を行使する理由を、ゼファーは知りたいのだ。以前より「世界を変えたい」と口にしていたが、具体的内容についてははぐらかしてきたのだから。

「……こっから先は内緒だが、おれの予測ではここ10年の間に世界政府が現在の体制を維持できなくなる時がやってくると思ってる」

「!?」

 テゾーロは語り始めた。

 天竜人の傲慢さと醜悪さ、世間に公表されていない世界政府とその加盟国の数々の暴挙、底辺から天上に届く一歩手前まで成り上がった自身から見た世界、慈善事業を経て知った世界政府の闇――その目で生々しい現状を、テゾーロは淡々と紡ぐ。

 それにゼファーは、ただ眉を顰め押し黙るしかなかった。押し黙ることしかできなかった。彼もまた軍の上層部という世界政府の身勝手さを痛感する立場にいたのだから。

「元々この世界を変えたいとは思ってた。だけど武力ではなくもっと別の手段で変え、再び起こる時代のうねりを乗り越えたいというのが本心です。この世界でのおれの野望は、理想論をどこまで実現できるかにかかってる……それがおれのこの世界での役目だと思ってる」

「フッ……まるで別世界から来たとでも言いたげだな」

「っ……エンターテインメントな表現でカッコイイでしょう?」

 不敵な笑みで核心を突くような言葉を放ったゼファーに一瞬怯むも、すぐに冷静さを取り戻すテゾーロ。

 ゼファーは「そうか」と呟き、再びシェリー酒を呷る。

「……お前はあの男をどう思う」

「あの男?」

「革命家ドラゴンだ」

 テゾーロは何とも言えない表情を浮かべる。

 英雄ガープの息子にして主人公ルフィの実父であるモンキー・D・ドラゴンは、打倒世界政府を掲げる革命家として世界各地・各国でクーデターを起こしている。彼が率いる革命軍は有名となり、世界政府がドラゴンを「世界最悪の犯罪者」と認識して必死に捜索している。

 ゼファーはそんな彼とテゾーロを、やり方こそ違うが同じ思想なのではないかと指摘しているのだ。

「……いつかは相対するでしょうね。互いの信念がぶつかるのも時間の問題です」

「……お前」

「こっちの事情と相手の事情……並び立たない以上はぶつかる。その覚悟くらいはできてますよ」

 テゾーロの揺るがぬ覚悟に、ゼファーは目を見開いた。

 

 

           *

 

 

「……」

 テゾーロとゼファーが話し合っている一方で、銃の手入れをしながらメロヌスは険しい表情を浮かべていた。

「メロヌス、何か悩みでも?」

「タタラ……」

 カツ、カツ、と杖を突く音を響かせながらタタラが近づく。

 メロヌスの隣に座ると、額の第三の目で彼の顔を見つめた。

「……何だよ、おれの頭ん中覗く気か?」

「生憎、私の第三の目は物体の先を見抜く透視ですので、人の心の中までは読み切れませんよ」

 クスリと笑みを浮かべるも、タタラは真剣な表情に戻る。

「……先日の件、シード君から聞きました。やはり天夜叉は黒のようですね」

「ああ、だが立場がグレーな上にバックが厄介だ」

 二人の話題は、ドレスローザでメロヌスとシードが遭遇したロシナンテのことだ。

 遭遇した後、二人はロシナンテによってひまわり畑の地下に案内され、そこで元リク王軍軍隊長キュロスとその家族と面会した。

「先代王朝の末裔であるドフラミンゴが仕掛けたクーデターに駆けつけたキュロスは、リク王と王族を救出しようとするが海楼石の足枷に拘束されてしまった」

「そこへ駆けつけたのが、次期海軍元帥であるセンゴク大将の命でドンキホーテファミリーを追跡していたロシナンテ氏だった」

 王族の皆殺しを宣言したドフラミンゴはリク王の首を刎ねようとしたが、そこへナギナギの実の能力を行使したロシナンテが乱入――現場を混乱状態に陥れた隙にキュロスを解放しリク王を救出した。その後は急いでひまわり畑へ向かい、かねてよりファミリーを監視するためのある意味で前線基地である地下へと招き、王族を匿ったのだという。

 しかし王族の一人であるヴィオラはすでに人質として拉致されており、彼女自身もリク王助命の為にドフラミンゴの部下となる道を選んでいた。ドフラミンゴの本性を知るロシナンテもさすがに救出できず、今は同志を集めてセンゴクと情報共有しているという訳なのだ。

「海軍からは反応は?」

「ダメだ。ドフラミンゴは七武海……海軍でも除名するなんてマネはできない。そもそも七武海の任命権は世界政府にあるからな。それにサイも言っていたが、どうも「CP-0」が妨害しているらしい」

 メロヌスは直接的に表現はしていないが、天竜人が裏で動いているようだ。

 今の天竜人はテゾーロのように従来の在り方を変えるべきという意見もあるが、やはり大多数は権力と地位に固執する通常運転ばかりだ。そんな彼らがドフラミンゴを邪魔しないよう口利きしていれば、話は当然ややこしくなる。

「ドフラミンゴも頭使って理事長の手を封じようとしているのさ。連中にとっちゃ理事長の方が厄介なのは明白だ」

「〝世界最強の諜報機関〟の妨害となると、一筋縄ではいかないようですね」

「すぐに手を打てねェのが悔しいな」

 ドフラミンゴを野放しにするのは危険だが、彼は七武海の肩書きとテゾーロ以上の天竜人とのコネによって守られている。いくら政府中枢に顔が利くテゾーロでも、ドフラミンゴが相手だと権力という面では分が悪い。

 ただでさえ越権行為に定評のあるCP-0を容易に動かせるのだから、同じ土俵に立つとどちらが優勢かは一目瞭然だ。

「となると、スライスやモルガンズ達だけじゃ物足りねェってか」

「とどのつまり、そういうことでしょうね……」

 メロヌスは「ままならねェな」と呟き、煙草を咥えて火を点けたのだった。




次回辺りでグラン・テゾーロが完成し、新しい一歩を踏み出す予定です。

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第118話〝次の舞台(ステージ)は「熱狂」なり〟

スタンピード観てきました。
どんなに控え目に言っても「最高」でした。久しぶりに映画で鳥肌が立ちました。
というわけで、その興奮が冷めない状態で更新しました。


 その島は、黄金そのものと言っても過言ではなかった。

 その国を象徴するドクロと星を描いた旗を掲げた港も、高くそびえ立つ巨塔も、これからたくさんの人々が住むであろう街も、何もかもが輝いている。

「諸君、よくぞここまで来てくれた。このギルド・テゾーロ、心から感謝する」

 黄金の塔――「THE() REORO(レオーロ)」の一階にある巨大ホールで、テゾーロは部下達に頭を下げる。

 ここまで来るのには長かった。

 たった二人で海へ出て組織を立ち上げ、伝説から新人までの幅広い人物(ヒト)と出会い別れ、時には無法者共と戦い、野望実現の為に自らの力で成り上がっていった。たくさんの人間をいい意味で巻き込んでいったテゾーロは、ついに終点へと辿り着いた。しかしその終点は第一段階の終点に過ぎず、明日にはまた新たな段階(ステージ)を目指すのだ。

「この国は世界史を塗り替える!! この国は世界をひっくり返す!! グラン・テゾーロは、今の世界の支配構造を根本から破壊する〝新時代〟への架け橋だ!!」

 怪物(テゾーロ)()える。

 賞金稼ぎから大富豪へ、底辺から天上付近へ昇りつめた〝出世の神様〟の野望はここからだ。グラン・テゾーロは世界で唯一王侯貴族が政治に関わらない国であり、国家元首(テゾーロ)自身も「世界の階位(ヒエラルキー)」の最下層に近い出自。そんな男が君臨する国が加盟国として認められ大きな権力(チカラ)を持ったとしたら、世界の政治体制に大きな変化をもたらすのは明白だ。

 そしてグラン・テゾーロの政治体制は、世界各国とは少し異なる。全てが王一人の決定で行われるのではなく、各分野を担う代表との議論で方針を決めていくというスタイル。身分や血筋に一切左右されず、国王に全権を集中させない政治――テゾーロはそれを実現しようと考えているのだ。それが世界政府にどう見られるのかは、実際にやってみてのお楽しみだ。

「この世界の頂点は腐敗に満ちている!! だが天駆ける竜が支配する時代は終わりを告げる……このギルド・テゾーロがこの世界に真の革命をもたらす!! 暴力で全てを語る〝旧時代〟はここまでだ。君らの望む〝新時代〟は目前だ!! その扉を開くのは私だけじゃない、ここにいる全ての人間だ!!」

 自らが誇りを持って生きられるために、絶対に安全な場所にいると慢心する他者の命と尊厳を踏みにじって生きる腐り肥えた天竜人達(ブタども)を、武力以外のチカラで引きずりおろす。かつて彼ら彼女らに虐げられてきた人にとって、どれ程甘美な言葉に聞こえようか。

 天竜人が支配する時代に楔を打ち、世界の秩序を改め「個の自由」を尊重する。それを成し遂げようとするテゾーロは、救世主か破壊者か――見方によるだろうが、 少なくとも言えることはただ一つ。

 テゾーロは世界を本当に覆す気であるということだ。

「人間の歩みは止まらない!! 共に未来を繋ぎ、時代を変えるぞ!!」

『おおおおおお!!』

 テゾーロの演説に、彼に従ってきた人々は滾った。

 

 この日、長く温めていた「グラン・テゾーロ計画」がついに成就し、テゾーロは新たな舞台(ステージ)へと足を運んだ。

 現在(いま)の世界を変えて〝新時代〟を創るという究極のエンターテインメント。それに惹かれた人々(ゲスト)を裏切るか否か――それはテゾーロの力量と待ち構える試練で決まるだろう。

 

 

           *

 

 

 グラン・テゾーロが完成して早一月。

 テゾーロは自らの国を「世界史を塗り替える夢の国」「己の理想国家(ユートピア)を一から創ろう」という謳い文句でモルガンズを通じて世界中に宣伝し、その言葉に惹かれた人々を国民として受け入れた。

(といえど、まだ原作通りの状態じゃねーわな)

 テゾーロは茶を啜る。

 国の経営を始めたとはいえ、現状は発展途上(ほねぐみ)だ。そのせいか世界政府に加盟するよう申請しても完全には認められず一度保留となった。一刻も早く国家としての形を完成させなければならない。

 この日は幹部達もせっせと働き、周囲の街の建設に熱心だ。一方のテゾーロは久しぶりのオフ日を満喫しつつも、頭をフル回転させて今後の方針を練っている。

「テゾーロ、お客さんよ」

「客?」

 そんな中、サングラスを上げてステラが指差す方向を見る。

 視線の先には、物凄いスピードで走って迫る男の姿が。

「テゾーロォォォォォォ!!」

「っ!? ステラ、逃げろ!! バカが来た!!」

「え?」

「うらあァ!!」

 

 ドォン!!

 

 刹那、覇気を纏った拳と拳がぶつかる。その衝撃で地面に亀裂が生じて土煙が上がる。

 テゾーロに攻撃、いや祝福の拳をプレゼントしたのは、彼の盟友である石油王のスライスだった。噂を聞きつけて駆けつけてきたのだろう。

「スライス、余興にしちゃ熱入りすぎじゃないか……!?」

「盟友からのサプライズもねェなんざ退屈の極みだろ……建国おめでと、うっ!!」

 スライスは拳を押し込んでテゾーロに迫る。彼もただの商人ではない。覇気を扱い闇の勢力と対等に渡り合える技量と力を秘めた大物だ。だがそれはテゾーロも同じ――それを押し返すように更に一歩踏み込む。

 その瞬間、互いの拳圧は弾かれて周囲へ散る。それは突風のように走り、中には吹き飛ばされそうになる人間もチラホラ。

「せっかく造った街をメチャクチャにする気か……!!」

 呆れかえるテゾーロは、スライスを睨む。

 その時、どこからか男の歓喜の叫び声が響いた。

「マーヴェラス!! 〝黒幕〟スタンダード・スライスに〝怪物〟ギルド・テゾーロ!! 新世界が誇る若き二大金主がいれば、スゲェ祭りができそうだ!!!」

「「あ?」」

 テゾーロとスライスは息を合わせるかのように同時に〝覇王色〟を放つが、二人の覇気をまともに受けながらも男は胡散臭い笑みを浮かべる。半端者ならすぐに卒倒してしまう程の威圧に屈さないどころか眉一つ動かさないのは、相当の場数を重ねている証だ。

「おいおい、いきなり覇王色(そいつ)で挨拶はキツイじゃねェか。こちとら還暦過ぎたじいちゃんだぜ?」

 そう言って丸いサングラスを額に上げる。

 男はアフロヘアーに無精髭、紫のコートが特徴で、外見的には若作りだがその顔には深い皺が刻まれている。老獪で派手好きなインチキ臭い初老の男性――それが彼の第一印象だ。

「あんたは……」

「〝祭り屋〟ブエナ・フェスタ……! 本物か……!?」

 ブエナ・フェスタ。

 大海賊時代以前――いわゆるロジャー時代の大物海賊で、あらゆる祭りを仕掛け人々を熱狂させることを生き甲斐としている文字通りの〝祭り屋〟だ。しかし彼はすでに隠居した身であり、海難事故で海王類に食べられて死亡したと世間に報じられたはずだ。

「海王類との海難事故で死んだはずだろ……!?」

「ああ、だがおれは生きている」

 不敵に微笑むフェスタ。

「あら、こんにちは。私はステラよ」

「おや、これは麗しいお嬢さん。おれは世界一の熱狂好きのブエナ・フェスタだ」

 やけに紳士的に接するフェスタは、ステラの手の甲にキスを落とす。それを間近で見たテゾーロは武装色で硬化した右足で蹴り飛ばした。

 人々に〝怪物〟と呼ばれるテゾーロも人の子――好いた女性の為に妬くようになったようだ。

「このジジイ……」

「テゾーロ、落ち着け! 今のは完全にあいつの自業自得だが」

「フォローしろよ!!」

 怒りを露わにするテゾーロを諫めつつフェスタを切り捨てるスライス。

 覇気を纏った攻撃を食らった老人は鼻血を流しつつ抗議するが、当の本人達は聞く耳を持たない。

「……で、隠居した元海賊のあんたがなぜここに?」

「フフフ……おれはあんたら二人と手を組みてェんだ」

 フェスタは淡々と己の過去を語りだした。

 卓越した頭脳や口の上手さ、人脈と羽振りのよさで半世紀も前から海で活躍してきたフェスタ。彼と同じ世代の海賊は伝説級の猛者ばかりであり、海賊には海賊王ロジャーや後の四皇である〝白ひげ〟と〝ビッグ・マム〟、彼らと共に大海賊として恐れられた〝金獅子のシキ〟や〝世界の破壊者〟バーンディ・ワールドがのさばっていた。その彼らと敵対する海軍にも海軍が誇る英雄ガープやつる、大将であったゼファーとセンゴクが最前線で戦っていた。あの頃の海はまさに「熱狂」であり、フェスタにとってはそんな海で生きること自体が最高の娯楽だった。

 しかしロジャーが公開処刑の死に際の一言で起こした大海賊時代によって敗北を感じ、ロジャーを超える熱狂を生もうと画策するが答えを出せず、失意のうちに隠居した。フェスタにとっての生き地獄の始まりだった。

「おれは一度死んだ……ロジャーに一度負けて祭り屋として(・・・・・・)死んだんだ………だが!! 地獄を生きればその中に光明は見えるもんだ!! その光明がお前なのさギルド・テゾーロ!!!」

 隠居生活を始めて間もない頃、フェスタはテゾーロの活躍を度々耳にしていた。しかしその経歴は異色ではあるがフェスタの興味を誘う程ではなく、そのまま気にも留めずにスルーし続けた。

 ――テゾーロがグラン・テゾーロを建国させるまでは。

「あんたはド底辺から天上の一歩手前までのし上がった。それは若い頃のおれを彷彿させた!! おれは白ひげやロジャーみてェな化け物じみた腕っ節はねェが、口と頭でトントン拍子よ!! だからおれは確信したのさ、こいつなら時代を変える程の熱狂を生み出せるとな!!」

 フェスタにとって、熱狂とは人の闘争心をかきたてることだった。世界中を巻き込む闘争こそロジャーが起こした大海賊時代を超える熱狂と信じてきた。

 だがテゾーロの今日までの活躍を知り、彼は考えを改めた。闘争でなくても熱狂を起こせるのではないかと。戦争を仕掛けること以外で世界と時代を変えるという選択肢もアリなのではないかと。

「そしておれは決めた!! ギルド・テゾーロとスタンダード・スライスに賭け!! ロジャーの野郎が巻き起こした大海賊時代を塗り替える最高の新時代(マツリ)――〝最強の熱狂(スタンピード)〟を巻き起こすとなァ!!!」

 フェスタはドヤ顔で宣言した。

 新世界に君臨する二人の大富豪の権力・財力で世界中の人々を動かす「祭り」を起こし、この世界の支配構造を時代ごとぶち壊し、新しい時代へと導く。それによってブエナ・フェスタの名はギルド・テゾーロとスタンダード・スライスの名と共に後世へと語り継がれる。決して砕けない硬石に刻まれた碑文〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟のように、自らが死んだ後も人々に伝わり続けるのだ。

 その為には、二人の協力が必要不可欠なのだ。

「――どうだ?」

「……こちらとしては、あまり海賊と手を組むのは嫌なんだ。ウチの信頼に関わるし、印象操作でもされたら厄介だ」

「構わねェさ!! ロジャーを超えるためなら、おれは何にでもなってやるぜ!! 何なら部下でもいい!! おめェらならきっとやってくれる!! おれの残りの人生全てを賭けてやる!!」

 残された命の灯火を全て賭けると豪語するフェスタ。それは虚言でもなければ威勢でもない、揺るがぬ信念を持つ本気(マジ)の言葉。ロジャーを超えるという執念に取り憑かれた老人の宣言だった。

 ギラリと輝く祭り屋(フェスタ)の瞳に射抜かれた怪物(テゾーロ)は、暫く目を閉じた後にゆっくりと瞼を開いた。

「……わかった」

「!」

「テゾーロ!?」

「だが条件がある。あんたは海賊行為を金輪際せず、ウチの顧問として手腕を振るってほしい。今ちょうど人手が足りないんだ」

 それはテゾーロの譲れない意思だった。

 フェスタの過去から彼が類稀なる交渉術と頭脳を持っていると知ったテゾーロは、彼を国家運営に誘い手腕を振るわせることに決めた。彼は熱狂を起こせれば文句を言わず対立する気も無いので、せっかく海賊稼業から隠居したのだから世界の為に貢献してほしいと願って条件を付けた。

 それを汲み取ったのかどうかはわからないが、フェスタはニヤリと笑みを深め――

「いいぜ。交渉成立だ」

 テゾーロと固く握手をした。

 それはフェスタが海賊界から完全に身を引いたことを意味し、同時に熱狂の新時代を戦争以外の手段で巻き起こすという〝最悪の戦争仕掛け人〟としてのブエナ・フェスタとの決別の瞬間でもあった。

 

 かつてロジャーが暴れてた頃の海を生き抜いた元海賊〝祭り屋〟ブエナ・フェスタは、グラン・テゾーロの最高顧問としてかつての敏腕興行主ぶりを振る舞い、後にテゾーロと共に新時代を切り開く導師として生きることとなる。



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〝鬼の跡目〟復活編
第119話〝海賊王の遺産〟


お久しぶりです。
スタンピードのネタバレがあるので、ご了承ください。


 死んだはずの男――〝祭り屋〟ブエナ・フェスタがテゾーロとスライスに接触して一週間が経った。

 熱狂を産み出しつつ時代を駆け上がってきたフェスタは、テゾーロの長年の活動で貯蓄された莫大すぎる資金を利用し、世経のモルガンズに号外を発行させ世界へ喧伝を仕掛けた。

 

 ――〝黄金帝〟ギルド・テゾーロの国で「夢」を掴んでみろ! 天上の権力も及ばない絶対聖域に賭けてみろ!

 

 そんな喧伝をしてから経った三日。グラン・テゾーロへの移住を促す宣伝は前々からやってはいたが、フェスタが代わって実行に移した途端、移住者が倍以上に増えた。

 フェスタは敏腕興行主で、煽りのプロフェッショナルである。人々を熱狂させることを生き甲斐とする生粋の祭り屋が、海賊王がルーキー時代だった頃から培ってきた圧倒的経験値を有しているからこそできる「技術」だ。人を動かすことは得意分野であるテゾーロだが、一度に大量の人々を怒涛の如く動かすという離れ業は成し遂げられなかった。それ程にフェスタは人々を煽るのが上手なのだ。

「あんた、おれやスライスより経営手腕あんじゃねェの?」

「おれは「政治とカネ」に興味ねェ。あるのはロジャーを超える熱狂だけだ」

 ワインを飲み干しながらフェスタは断言する。

 彼は政治や世界情勢、革命軍の台頭に各地で起こる大事件など、常に新聞や世間を賑わすネタには何の興味も持たない。唯一こだわるのは、死に際のたった一言で世界を揺るがし時代を変える熱狂を生み出したロジャーを超えること――すなわち大海賊時代を塗り替える新時代を自らの手で巻き起こすことだ。

 その素質があると見込んだのが、ギルド・テゾーロという男だ。戦争を起こすような男ではないが、自分とは違った角度から新時代を巻き起こそうと画策しているテゾーロに、フェスタは自らの人生の全てを賭けたのだ。その選択は間違いではなく、ロジャーを超えられるかどうかはともかく世界中の人々を巻き込む影響力は確かにある。

「……で、あんな宣伝するなんてさすがだな」

「なァに、お前さんの素質を見込んだ上だ。それにああいう表現の方が今のご時世じゃ一気に名が広まる」

 フェスタが喧伝した「天上の権力」と「絶対聖域」という単語。この二つは当初テゾーロの台本にはなかった言葉だ。宣伝用の謳い文句は考えていたが、それはあくまで「夢を掴め」という部分まで……そこから先はフェスタのアドリブだったのだ。

 だがそのアドリブに、人々は惹かれたのだ。特に惹かれたのは政府非加盟国出身の民衆と天竜人の元奴隷達だ。天上の権力という抗いようの無い絶望から逃げ出し生きることができる唯一の居場所を示されたのだから、食いつかないはずなど無かった。

「本物の興行師にゃこの程度朝飯前だろうよ。――で、あんたは一体何に困ってんだ?」

「……軍隊だ」

 スライスは首を傾げる。

 テゾーロ曰く、グラン・テゾーロを守護する軍隊の設立を思案しているのだが、指導者が足りないという。軍隊における指導者は司令官であるが、テゾーロは海もそうだが〝陸〟も必要としている。陸上部隊と海上部隊に分け、それぞれ国の防衛に従事させるということだ。

 問題なのは、陸軍の指導者がいないことだ。海軍ならば近くの海軍本部から政府との貸し借りを名目に中将以上の猛者に教育させてもらえるだろうが、陸軍はそうはいない。海軍も上陸戦という形で陸上での戦闘訓練があるとはいえ、陸上での戦闘に特化しているケースはほとんどない。ゆえに陸軍はほとんどいないと言っていい。

 テゾーロのコネをもってしても、ヒットする人物はまずいない。ここへ来て窮地に陥ってしまったのだ。

「元でもいいから軍人いねェかなァ」

「……一人、心当たりがある」

 スライスの言葉に、テゾーロは目を大きく見開く。

 しかしスライスの顔は曇っており、どこか不安げだ。

「元軍人でとんでもなく強い男、あんたがよく知る場所にいるぜ。おそらく〝世界最強の男〟である白ひげを超える可能性も秘めている。ただ……解き放つと(・・・・・)ヤベェかな」

「その話、おれァ乗るぜ」

 フェスタは楽しそうな笑みを浮かべて同意する。

 彼はすでに悟ったのだ。元軍人・世界最強の二つの条件が見事に当てはまる、伝説の怪物(バケモノ)の存在を。

「テゾーロ、お前さんの権力(チカラ)でどうにかならねェか? そいつをうまく丸め込めたら、お前さんの野望にプラスになると思うぜ」

「……そういう割には嫌な予感がするんだが。それ以前にそいつをどうすれば引き入れることができる?」

「できるさ」

 フェスタはそういうや否や、ハイテンションである物を手にして叫んだ。

「ダダーン!! おれがこいつを持ってるぜ!!」

 フェスタが掲げたのは、古びた小さな宝箱。金銀財宝が入るような大きさではなく、どちらかというと小物入れ同然のサイズだ。

 あんな箱に何が入っているというのか。顔を見合わせ疑うテゾーロとスライス。

「見てみるか?」

 フェスタはそんな二人に近寄り、ニヤニヤしながら中身を見せた。

 最初は眉間にしわを寄せていたが、その中身を確認した途端、二人の顔は驚愕に変わりある種の戦慄すら覚えた。

「ウ、ウソだろ……? こんなのアリかよ……こんな代物(モノ)この世に(・・・・)存在していいのか!?」

「おいフェスタ!! これが公になってしまったら……!!」

「ああ、間違いなく世界がひっくり返る。これなら政府も要求を呑むだろうよ」

 箱の中身を見て驚愕に染まった二人に、フェスタは悦に入ったのだった。

 

 

           *

 

 

 三日後、聖地マリージョア。

 テゾーロはフェスタを連れ、世界政府の頂点――最高権力者の五老星と緊急の面談を断行した。

「アレが〝五老星〟か……成程、予想以上にいい面構えだ」

「ブエナ・フェスタ……生きていたとは」

 五老星の一人――金色の髪と金色の髭の老人は、表情は変えずとも驚きの声を口にする。

 フェスタは世間ではすでに死んだ扱いであり、世界政府もそう判断していた。その直後に死んだはずの人間が目の前に現れれば、さすがに戸惑ったり驚いたりはする。

「まァそれはいい――今回の面談内容である取引とは何だね?」

「……ダグラス・バレットの仮釈放です」

 テゾーロの衝撃の発言に、五老星は目を見開いた。

「〝鬼の跡目〟を、だと……!?」

 〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。

 歴史上唯一〝偉大なる海路(グランドライン)〟を制覇した〝海賊王〟ゴール・D・ロジャーが率いたロジャー海賊団の元船員であり、その際立った強さから「ロジャーの後継者」と呼ばれ恐れられた海賊。あまりにも強いがゆえに彼の捕縛の為だけ(・・・・・・)にバスターコールを発令したという逸話は有名であり、十数年経った今でも語られる伝説の怪物なのだ。

 そんな彼を仮釈放しろというメチャクチャな要求をテゾーロはしてきた。確かに世界政府は今までテゾーロに無茶ぶりをしてきたが、よりにもよって最悪の形で見返りを求めてきた。これを受け入れるのはいくら何でも許し難い。

「……待て、貴様は今「仮釈放」と言ったな? どういう意味だ?」

「ざっくり言うと、政府の指示に従う限り罪を免除するということです」

 仮釈放とは、受刑者その他の被拘禁者を善行保持の条件をつけて釈放することだ。世界政府が統治するこの世界では本来あり得ないが、犯罪者が刑に服した際に所内で反省・更生が認められれば刑務所から一度釈放されるのだ。当然「仮」であるので保護司という国家公務員の観察が必須ではあるが、犯罪者の更生をより促進するという意味では効果的だ。

 さて、そんな仮釈放を要求したテゾーロだが、その真意はフェスタが見せた代物と関係する。

「この取引は、まず私の要求を一番わかりやすい形で示すのが筋かと。フェスタさん(・・・・・・)、例のモノを」

「おう」

 フェスタは例の古びた小さな宝箱を見せつけ、中身を見せた。

 宝箱の中身は「永久指針(エターナルポース)」だ。磁気を永久的に記録させることで、特定の島を指し示すようにした「記録指針(ログポース)」であり、砂時計形の入れ物に入っている特殊なコンパスだ。

 問題なのは、そこに刻まれた古びた文字だ。五老星は目を凝らして確かめると、冷静沈着なはずの彼らが一斉に顔色を変えて動揺し、冷や汗を流した。

 文字の正体は「LAUGH TALE」――この世の全てであるという「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」が眠る、あの〝偉大なる海路(グランドライン)〟の終点・ラフテルなのだ。ラフテルへの道標を、祭り屋としてロジャーに敗れた銀メダリスト・フェスタは手に入れていたのだ。

「これでテゾーロの奴が何を言いたいのか、天竜人(ブタども)でありながら権力に溺れてねェあんたらならわかるだろ?」

 煽るような発言でフェスタは笑みを深め、五老星は真剣な表情を浮かべる。

 ロジャーの強さを継ぐ〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットを「海賊王の遺産」の守護者にしたい――要はそういう意味だ。

「なぜバレットなのか、理由はあるのかね」

「単純な話です。彼が求めるのは強さだけだからです」

 テゾーロは強さという言葉を強調して返答する。

 彼はフェスタから事前に情報を得ていた。バレットは〝金獅子のシキ〟のように全世界を支配するような凶悪な思想は持っておらず、海賊王として時代の覇権を握る気も無い。目指すのは「海賊王」というよりも「世界最強」で、バレットは海の覇権争い自体には興味を示さない可能性が高いとテゾーロは判断したのだ。

 彼はインペルダウンの最下層「LEVEL6」で幽閉されているため力が衰えているかどうかは不明だが、並大抵の強豪では歯が立たないのは事実。ならば彼にラフテルの永久指針(エターナルポース)を守るよう協力を促し、今までの罪を政府の要請に応えれば減刑すると話を持ち掛ければいい方向へ向かうのでは――そういう腹積もりだ。

「まァあのまま死なせるのは勿体無いと思っていますけどね」

「我々が管理した方が安全だろう?」

「むしろダメですね。あなた方はともかくそれ以外の政府関係者は何を考えてるかわかりません。特に七武海が」

「ムゥ……」

 複雑な表情を浮かべる五老星。

 ラフテルの永久指針(エターナルポース)という「〝海賊王〟への直線航路」を、政府関係者が無視するわけなど無い。三大勢力の一角でもある政府側の海賊「王下七武海」も確実に狙いに来るだろう。特に海賊王を目指していたクロコダイルやゲッコー・モリア、世界の破滅を望み新たな混乱が起こることを待ち詫びているドフラミンゴの手に渡れば世界中が混沌の渦に巻き込まれる。

 当然政府内部の人間も狙い、政府中枢による権力争いの激化もあり得る。万が一そこに天竜人が加われば、世界政府の機能そのものに支障をきたす可能性がある。海賊王の遺産は、存在が公になった瞬間にあらゆる勢力を刺激し世界を巻き込む争いを生みかねないのだ。

「この宝は正負を問わず無限の可能性を秘めている。武力という点ではこれを世界中の大物から護り切れる程の実力は私には無い」

「だがロジャーの後継者と目される程の強さを持つバレットならば話は別……そういうことか?」

「察しがよくて助かります」

 バレットはルーキー時代の時点で当時のシルバーズ・レイリーに匹敵する強さを有していたという。捕縛された際も全盛期のセンゴクとガープに追い込まれた上に今まで倒してきた海賊達にも急襲された。海軍も海賊も恐れた強さ……それが〝鬼の跡目〟なのだ。

 逆に見方を変えれば、投獄生活で衰えていなければ海の皇帝達「四皇」に匹敵する強さを秘めているのだ。四皇の中でも凶悪な部類であるカイドウとビッグ・マムを牽制でき、さらに裏社会の帝王達や王下七武海すら手出しできない、絶対的な力の持ち主ならばいかなる脅威からもラフテルの永久指針(エターナルポース)を死守できる。

 政府の内部事情や裏社会の情勢はテゾーロが把握し、宝を手にしようと挑んでくる全ての者をバレットが叩き潰す。それがテゾーロの考えだった。

「フム……お前の考えは一理なくもないな」

「ラフテルの永久指針(エターナルポース)……それを死守しなければならないのは我々も同意だ」

「そう考えると、誰の〝仲間〟にもならないバレットが適任となるか……」

 五老星はテゾーロの考えには賛同した。手に入れたら二代目海賊王確定という代物を放っておくなんてバカなマネなどするはずもないだろう。

「この件は一度我々が預かる。返事はこちらから寄越そう」

「ありがとうございます。では、私達はここで失礼します」

「待ってるぜ、あんたらの熱狂を!」

 テゾーロとフェスタは「権力の間」から退出する。

 その場に残された五老星は、苦々しい口調で呟いた。

「ラフテルの永久指針(エターナルポース)……とんでもない代物を遺してくれたものだ、ロジャーめ」

「本物であれ偽物であれ、アレは絶対に海賊共に渡してはならん」

「アレを手にすれば〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読など不要だ。オハラを消した時はそういう意味では安堵していたのだが……」

 五老星も世界の秘密を知る者達だ。

 ロジャーがどうやってラフテルに辿り着いたのか、オハラが何を知ろうとしていたのかも把握している。だからこそ、あの海賊王の遺産は死守しなければならないのだ。

 あの大秘宝を手にする人間が二度と現れないように。

「だとすればバレットの件は止むを得ないか」

「海軍やサイファーポールではアレを狙いに来た四皇を抑えきれるかどうか……怪しいな」

「問題は今の政府の戦力でバレットを再び倒せるかだな」

 

 

           *

 

 

 五老星はバレットの対応について語り合った。

 親・戦友・護るべき国に裏切られたバレットは、己の祖国(ガルツバーグ)を滅ぼし、ロジャーに挑み続け、後に彼の後継者と目されるようになった。ロジャー海賊団を離れた後も暴れ続けた怪物をどうするか。テゾーロを信じるか、それとも――

 白熱した議論の末、全世界に衝撃のニュースが駆け巡った。

 

 ――〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット、インペルダウンから仮釈放される!



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第120話〝ダグラス・バレット〟

ロックス、とんでもなくヤバイ奴だった。
10月最初の更新です。

感想で王下七武海に関するご指摘がありましたので、一部修正しました。


 聖地マリージョア。

 その廊下で仮釈放の身となったある囚人が、海楼石の枷で両手を封じられたまま大量の衛兵・海兵達に連行されていた。

「気を抜くな! 十年以上監獄にいたとはいえ、暴れたら一巻の終わりだぞ!」

 マリージョア駐在の将校が同行する者達に警告する。なぜなら連行している囚人はLEVEL6に幽閉されている一世一代の悪名を轟かせた最悪の囚人達の中でも断トツにヤバイ囚人だからだ。

 千切れ耳と長い金髪、囚人服の下から見える大きな火傷の痕が特徴の筋骨隆々の大男。ロジャー海賊団の元船員であった怪物――〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットは、柄にもなく大人しく十秒もあれば始末できる兵士達に従っていた。

「……」

 バレットは悪魔の実の能力を封じられても、自分を連行している兵士達なら容易く皆殺しにできるが、それよりも政府の意図が気になっていた。

 十数年も前――ロジャーが処刑されて一年程経ったある日、自分はセンゴクとガープが指揮するバスターコールによって捕縛されて投獄された。無差別殲滅攻撃(バスターコール)を仕掛けてまで穴倉へブチ込もうとしたのは、当然見境なく暴れ回っていたのもあるが一番は海賊王と祀られたロジャーの痕跡を消したかったからだ。旅には最後まで同行しなかったとはいえ、〝鬼の跡目〟の伝説は政府にとって不都合なのは言うまでもない。

 しかしそんな世界政府がここへ来て仮釈放ときた。仮ということは政府側が何らかの条件を突きつけるのは明白だが、あれ程躍起になって抹消しようとしたロジャーの痕跡を今更蒸し返すのは不自然だ。何かしらの思惑があるに違いない……その思惑を知る必要がある。

 そんなことを考えている内に、目的の部屋に着いた。

「失礼します! ダグラス・バレットを連れて来ました!」

「――ああ、ご苦労」

 バレットの目の前に、一本の鍵を弄ぶ男が笑みを浮かべていた。

 その前のテーブルにはインペルダウンでの獄中生活には一度も出なかった豪勢な食事が並べられており、まるで歓迎会のようだ。それこそ、かつてロジャーの船に乗ることになった時の新人歓迎のような。

「……誰だ」

 野太い声でサングラスをかけた目の前の男を質すと、男は怯むことなく自己紹介した。

「私はギルド・テゾーロと申します、以後お見知りおきを」

「……お前がおれをシャバへ出すよう手を回したのか?」

「いかにも。五老星は中々首を縦に振ってくれませんでしたがね」

 笑いながら言葉を並べるテゾーロを、バレットは誰もが恐れた碧眼で見据えた。

 白いラインが入ったマゼンタのダブルスーツ、オールバックの髪、身に付けている数々の黄金の装飾品――見た目は多くの事業で成功を収めている敏腕の実業家といったところだろう。しかしゴージャスなサングラスで視線を隠してはいるが、そこから覗かせる眼光は歴戦の大海賊を彷彿させる鋭さを有していた。

 只者ではない。バレットの直感は、そう訴えていた。ならばその直感が真実か確かめる必要がある。

 

 ヴォッ!! ヴォッ!!

 

 バレットは不意打ちで持ち前の〝覇王色〟を放ち威圧した。それに応じるかのように、数秒遅れて男も覇王色を放った。

 二人の覇気で護衛としてその場にいた衛兵と海兵達が意識を失って倒れていく。万が一の為にと陰で待機していたサイファーポールの諜報員達も倒れ、バレットとテゾーロだけが立っていた。

「ほう……悪くねェな」

「――フッ……ハハハハ! こんな成り上がりの若造を〝鬼の跡目〟が………いや、未来の〝世界最強〟が評価してくれるとは恐悦至極」

「……!」

 テゾーロは世界最強という言葉を強調して言うと、バレットに近づいて彼の両手を拘束していた海楼石の枷を何の躊躇も無く外した。

 いきなり自由の身になったバレットは、戸惑いつつもテゾーロを質す。

「……なぜ外した」

「あなたの野望は丸腰の相手をボコボコにするという卑劣なマネをして貫く安いモノではないはずだ」

 バレットは呆気に取られた。

 世界中から恐れられた男を、そんな希望的観測で圧倒的な力を抑える枷を外すことを決断するとは。戦場で生きてきたバレットから見れば、兵士だったら真っ先に野垂れ死ぬタイプにしか見えない。それでも生き残り時代に名を馳せるのならば、時代そのものが腐っているか目の前の男の運が強いかのいずれか、あるいは両方だ。

 しかしテゾーロが自分を仮釈放させるよう手を回したのならば、別の分野で絶大な力を行使できる立場なのだろう。それに先程放った覇気を踏まえれば、純粋な実力という面でも強者であることは間違いない。

「さァ、座ってくれ。放免祝いをしよう」

 テゾーロは席を戻り、それに続くようにバレットも肩をいからせながら足を運び、ドカッとイスに腰掛けた。そして目の前に並べられた料理を一瞥すると、一番近くに置いてあった串焼き肉を手に取り豪快に食らいつく。

 強さを追求し続けるバレットは、強くなるためには身体を作らなくてはならないことをよく知っている。身体を作るために食って、それを糧に大きくなって強さに変え、いつか必ず亡きロジャーを超える。自分を穴倉から出した男を信用できなくとも、強さを得るために背に腹は代えられない。

「美味いだろう? この日の為に私の家内が……ステラが作ってくれたんだ」

 テゾーロはシーフードピラフをかき込みながら笑みを浮かべる。しかしテゾーロの家庭事情に興味など示すわけも無く、バレットはただ食い続けるだけだ。

 そんな中だった。

「テゾーロさん! 今の覇気は何事ですか!?」

 ドアを豪快に開けて飛び出てきたのは、シードだった。

 それに気づいたテゾーロとバレットは目を向ける。

「ああ、気にしなくていい、ちょっとした挨拶だ。…………シード?」

 テゾーロはシードの様子が変であるのに気づいた。

 彼の視線の先はバレットの姿であり、目を大きく見開いて体を硬直させ、明らかに動揺している表情を浮かべている。

「ダグラス・バレット……何でここに……」

「お前は……あの時のチビ海兵か」

 バレットに睨まれたシードは、複雑な表情で目を逸らす。

「少しは成長したか?」

「……変わらないよ。僕はずっと僕のままだ」

「カハハハ……! 相変わらず救いがてェバカだ、軍人として致命的な欠点を直さねェとはな」

「別に構わないよ……あの後色々あって軍は辞めたからね」

 嘲笑うバレットに、シードは自嘲気味に笑みを溢す。

 どうやら二人はは顔見知りであるようだ。

「え? 何、知り合い?」

「僕がまだ海兵だった頃に、センゴクさんとガープさんが主導するバレット討伐の為のバスターコールに参加したんです。僕は当時本部大佐の地位でした」

「そうか、そうだっ――」

 そうだったのか、と言葉を続けようとした途端、テゾーロはハッとなってシードに詰め寄った。

「んんんん!? 待て待て待て待て、お前ってその時何歳だ!?」

「えっと……僕が軍を辞めたのが16歳だったので……多分14歳かと」

「14歳!? 14歳でバスターコール参加すんのか!?」

「バレットなんか14歳で祖国滅ぼしましたよ」

「それ青春時代に送っていい日々じゃねェよな!? そんな思春期おかしいと思わねェの!?」

 青春時代とは何なのか、思春期とは何なのか――テゾーロは思わず頭を抱える。

「……まァいい。今日は大事な話があるんだ、シードも座ったらどうだ? 牛乳やるよ」

「……!! そうやって人をバカにして!!」

 テゾーロの身長イジリに顔を真っ赤にし、ズカズカと肩をいからせるシード。身長のせいか、それとも童顔のせいか――迫力がバレットと比べると雲泥の差であるのは言うまでもない。

 そしてテゾーロの隣に座ると、迷いなく牛乳に手を伸ばして一気飲みをする。能力としてもコンプレックスの克服としても、やはり牛乳は欠かせないようだ。

「さて、本題に入るとしましょうかね」

 テゾーロはシーフードピラフを平らげると、一枚の紙を取り出した。

 紙には「(かく)(しょう)契約書」と書かれていた。

「何だそりゃあ?」

「今回あなたを仮釈放させた要因の一つです。実は私は国家運営に携わってまして……防衛力が欲しいのです」

「おれを仲間として迎える気か?」

「いや、客分の軍人として指導していただきたい。わかりやすく言えば力を貸してほしいということですね」

 テゾーロは怪訝な表情のバレットと交渉を進める。

 バレットはロジャーの船に乗る前は軍事国家ガルツバーグの軍隊「ガルツフォース」に所属しており、かつては戦争の英雄として称えられた最強の少年兵だ。随分若い頃であるとはいえ軍人として生きてきたため、戦闘力は勿論、戦略と戦術学にも精通しているはずだ。そこに目を付けたテゾーロは、バレットを客分の軍人として迎えることで自国の軍隊を設立・防衛力を確固たるものにしようと考えたのだ。

 一番大事なのは、バレットは客分の軍人として扱うことだ。〝鬼の跡目〟と呼ばれた男は孤高主義で知られ、他者をほとんど信頼せず仲間に頼ることを「弱さ」と切り捨てている。しかし客分として扱えば他人と関わるとはいえ仲間や部下にはならず、協力者という一定の距離を置いた立場になる。それならばバレットは不服に思えど妥協するだろうとテゾーロは読んだのだ。

「……まァ、そんな理由で最強最悪の囚人をシャバへ出すとなると後が面倒なので、表向きは膨れ上がった海賊達と強大化が止まらない四皇への抑止力、そして王下七武海の不正防止を名目とした超法規的措置です」

「四皇……」

「! そうか、今のご時世のことを説明しないといけないね」

 シードはロジャー亡き後の世界情勢について語った。

 大海賊時代は三大勢力による均衡で世界の平穏を保っている。海賊の最高峰にして最も海賊王に近い四人の大海賊「四皇」に対し、それを食い止めるための正義の軍隊「海軍本部」に世界政府公認の7人の大海賊「王下七武海」が加担する形でパワーバランスを維持しているのだ。

 四皇はロジャーを相手に海の覇権を競った〝白ひげ〟と〝ビッグ・マム〟、バレットと同じロジャー海賊団出身である〝赤髪のシャンクス〟、世界最強の生物と謳われる〝百獣のカイドウ〟の四人であり、それぞれ牽制し合っている。電話で会話するだけで海軍が動き出し、接触しようものならバスターコール級の艦隊を差し向けて止めようとすることから、四皇がいかに強大すぎる存在かが伺える。

 それを止めるのが海軍本部であるが、膨れ上がる海賊達の取り締まりを海軍だけでは対処しきれなくなり、政府は王下七武海を設立した。政府公認の海賊達は圧倒的な強さと知名度を持ち、海賊達からは「政府の狗」と蔑まれつつも恐れられている。その上海軍のスポンサーと言えるテゾーロと関係がある面々が多く、〝海賊女帝〟ボア・ハンコックのように良好な関係を築いている者もいれば〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴのように因縁のある者もおり、世界屈指の曲者で構成されている。

「ほう、あのガキが世界最高峰の海賊達の一人か」

「ああ、シャンクスは同じ船に乗ってたから顔馴染みでしたね」

 バレットがロジャー海賊団に在籍していたのは三年間だけだが、その中でシャンクスと共に戦っていた時もあった。あの時はバレットが圧倒的に強かったが、今ではロジャー亡き後の世界で最高峰の存在に位置付けられている。十数年でそこまで成り上がれたのは、バレットのように相当の修羅場をくぐり抜けたからだろう。

 それでも――

「だが奴はおれには勝てん。己のみを信じ、一人で生き抜く断固たる覚悟が無いからな」

 バレットは断言する。

 この海は戦場だ。真の強さとは完全な孤独で培わなければならない。そこに他者が関与すれば、偽物の強さとなってしまう。命と生涯を懸けた修練に、たとえ仲間であっても介入してはならない。

 それがバレットの信念であり、彼が戦場を生きたことで辿り着いた「答え」なのだ。

「……どんな形であれ、力が必要であるのは同感です」

「!」

「おれとあなたとでは戦場が違う。あなたは砲煙弾雨の武の世界であり、おれは金と権力の臭いに満ちた世界だ。でも勝ち残るには力がどうしても必要であるのは共通だ」

「ほう……わかってるじゃねェか」

 武を生業にしていたバレットと、金を動かして利益を上げる経済活動・慈善事業を生業とするテゾーロとでは、生きている世界が違う。だが手元にあるのが金であれ銃であれ、戦場である以上は生き残りを懸けている。

 テゾーロはバレットの孤高主義には賛同せずとも、力が無ければ全てを失い敗北者として無様を晒すという考えには共感を示したのだ。バレットの信念を全て否定せず、一部分には共感と好意を示す――それがテゾーロの孤高主義者(バレット)対策でもあるのだ。

 現にバレットはテゾーロに少し感心したような言葉を送っている。

「さてと、話を元に戻します――あなたを仮釈放させた最大の理由は、この宝箱の中にあります」

 テゾーロはフェスタから預かった例の宝箱をバレットに渡した。眉をひそめながら中身を確認すると、一瞬だけ碧眼を大きく見開いた。箱の中身――ラフテルへの永久指針(エターナルポース)は、さすがのバレットも驚かせたようだ。

「………そういうことか」

「わかってくれて何よりです」

 テゾーロの心意をバレットはすぐさま悟った。自らの圧倒的な強さで、このロジャーが遺したとんでもない代物(たから)を護ってほしいということを。

「契約書にサインをしてくれるのなら、あなたの要望にできる限り応えましょう。持ちつ持たれつでよろしくお願いしますね」

 サングラスを額に上げ、不敵な笑みを浮かべるテゾーロはバレットにペンを渡す。

 バレットはそれを無言で手に取り、署名欄に「Douglas Bullet」と記入した。

「……意外ですね。結構渋るかと」

「カハハハ……仁義だの掟だの貸し借りなど、わずらわしいだけだ。だがお膳立てしてくれたからには立たねェとな」

 バレットにとって他者との繋がりは、己の信念を貫く上では排除せねばならないものだ。しかし久しぶりに表舞台(ステージ)に立てるよう手を打ったのは紛れもなくテゾーロであり、彼が〝鬼の跡目〟の伝説の再来を準備してくれた興行主(プロデューサー)だ。

 バレットの野望――世界最強の称号を得るための物語(ドラマ)の脚本家がテゾーロとすれば、バレット自身は物語の主人公である。全ての準備を整えてくれた相手を裏切るのは、かつて自分を迫害した戦友や裏切ったダグラス・グレイと同類になってしまう。それだけはバレットとしても一人の軍人としても許せなかった。

「交渉成立……これからよろしく頼みますよ。グラン・テゾーロの客将、〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット殿」

 テゾーロが笑みを深めると、バレットもまた口角を少し上げた。

「おい、テゾーロ……一つだけ答えろ」

「? 何ですかな?」

「今の海で(つえ)ェ奴はどれくらいいる? お前の仲間はどうだ?」

「質問が二つになってますけど」

「揚げ足取りはいいからさっさと答えろ」

 

 〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットの復活。

 そのニュースはあっという間に全世界に伝わり、「海賊王の後継者」と呼ばれた豪傑が再び表舞台に立ったことで世界は大きく動くこととなる。




ちなみにテゾーロとバレットでは、バレットの方が強い扱いです。
アレです、るろ剣の比古清十郎みたいなポジションです。

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第121話〝揺れ動く強者達〟

やっと更新です。
バレットは個人的には好きなキャラです。


 海賊王ロジャーの後継者として恐れられたダグラス・バレット。

 インペルダウンに収監されていた彼は、成り行きで海賊王の遺産を発見者と共に共有することとなった大富豪ギルド・テゾーロの手引きで仮釈放され、群雄割拠の大海賊時代へと再び解き放たれた。

 彼が所属していたロジャー海賊団も、乗っていたオーロ・ジャクソン号も、自分の思いと強さと真っ向から向き合い受け止めたロジャーも、もうこの世にはいない。だが、彼が往時のように海賊・海軍から鬼神の如く恐れられた〝鬼の跡目〟の伝説が再び始まるのだ。

 ロジャーを超えるために。世界最強の男となるために。

 

 

           *

 

 

 ここは海軍本部の会議室。コングの引退により新元帥として手腕を振るっていたセンゴクは、緊急会議を開きバレットの話をしていた。

 会議に出席した海兵達は海軍の中でも将官クラスの精鋭だらけであり、中にはロジャーが暴れてた頃から活躍している者もいる。そんな強者である彼らも〝鬼の跡目〟の仮釈放(ふっかつ)には厳しい表情を浮かべていた。

「奴がどれ程の脅威か、テゾーロはわかっとるのか……!?」

「さすがにバレットはなァ……」

 センゴクは額から一筋の汗を流して頭を抱え、そのすぐ隣のイスに座っていたガープは意外と冷静に、というかやる気なさそうに呟いた。

 二人は〝鬼の跡目〟の脅威を直に感じた数少ない人物だ。センゴクとガープという海軍最強のコンビは、バレットを捕縛するためだけのバスターコールを率いただけでなく、在りし日のロジャー海賊団と渡り合ってもいた。だからこそ、ロジャーの後継者と呼ばれていたバレットが今の平和な海にとってどれ程の恐怖となるかがすぐわかる。

 だがこれは海軍本部の上司である世界政府――それも五老星――の決定であり、余程の事情が無い限り覆ることはあり得ない。一方で世界政府がロジャーの痕跡を抹消するのに躍起になっていたことも事実であり、背に腹は代えられない状況が迫っていたのは容易に窺えた。

「今回のダグラス・バレットの仮釈放の目的は、王下七武海の不正防止や四皇を筆頭とした海賊達への抑止力……世界の均衡を維持させるために冥王レイリーと同格の実力を有するバレットを利用する、世界政府が超法規的措置として手を打ったものです。そしてバレットを仮釈放させるよう手引きしたのが――〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロであります」

 伝令将校の言葉に、一同は息を呑む。出世の神様だの天上に最も近い人間だのと呼ばれた男の暗躍に、動揺を隠せない。

 海軍の中には苛烈な思想を持つ者やそれに賛同する者もいるが、バレットに関しては話は別だ。世界政府の命令に背き、伝説の海兵二人がバスターコールの実行部隊を率いてようやく捕らえた怪物を相手取るのは、さすがに厳しすぎたようだ。

 そもそも19歳のルーキー時代の時点で当時の〝冥王〟シルバーズ・レイリーに匹敵する猛者だったのだ。しかもロジャーとの最後の決闘では、海賊王相手に善戦したという話も伝わっている。いくら監獄で長い時を過ごして多少の弱体化があったとしても、今の海軍でそんな猛者は滅多にいない。一時期は王下七武海のクロコダイルがバレット相手に引き分けたようだが、それでも納得のいく形ではなかったらしい。

 海賊王の後継者は、伊達ではない。

「どちらにしろ、テゾーロと手を組んでるからにはもう手は出せんな……」

「まァ、テゾーロに面倒見させるのが一番丸く収まるだろうな。下手にバレットを刺激させたら()()()()()()厳しいぞ」

 バレットをよく知る二人の結論に、海兵達は苦々しい表情を浮かべる。

 というのも、強さの求道者であるバレットはバスターコールへのリベンジを果たそうと考えている可能性がある。強さを求め続けるバレットが自らを力で制圧した武力に、何も思わないわけが無い。あの時はセンゴクとガープが最前線にいたおかげもあってどうにか捕らえられたが、次の機会が万が一にもあったら前回以上に多くの血が流れ大損害を被る。

 海の平和は保たれているが、バレット一人で大きく荒れることも十分あり得る。彼が暴走し捕らえることとなったら、七武海の誰かを失うことも覚悟しなければならないだろう。よって海軍の答えは「静観」しか導けなかった。

「……わしらがせっかくかき消したロジャーの痕跡を、今になって蒸し返すとは」

「サカズキ」

「わしゃ反対ですけ、センゴクさん。〝鬼の跡目〟の力を借りなきゃならん程に弱体化しとっちゃおらんわい」

 海軍一の過激派である〝赤犬〟サカズキが抗議する。彼はこれまでの武勲により海軍大将へと昇格されており、会議においても大きな発言権を持つようになった。それゆえに同じく海軍大将となった同僚の〝青キジ〟ことクザンに過激極まるその思想と言動を諫められ対立するが、激戦を生き残ってきた海軍の猛者からは絶大な支持を集められてもいる。

 そんなサカズキの意見に、センゴクは意外な言葉を口にした。

「……()()()()()()()()()()()

 センゴクの言葉に、サカズキも含めて一同は戸惑う。だがガープだけはその意味を理解していた。

 バレットは好戦的かつ攻撃的であり、無類の孤高主義者だ。独自の組織を持たず、鍛え続けた己の力だけを信じる男であり、他人と関わることなどまず無い。唯一の例外はロジャーだけであるが、それでも海軍は未だにバレットがロジャーの部下となった理由を把握していない。だからこそ、彼がテゾーロと手を組んだことに違和感を覚えたのだ。

 バレットとテゾーロの間には、世間に公表してはならない程の驚愕の裏事情があるのではないか――センゴクはそう考えていたのだ。

(バレットが動くとなれば、間違いなくロジャー関係じゃろうが……嫌な予感がするのう……)

 常に豪放磊落な海軍の英雄は、柄にもなく言葉に表せない一抹の不安を覚えたのだった。

 

 

 そんな海軍本部の周辺海域にあるインペルダウン。

 署長である〝ドクドクの実〟の毒人間・マゼランは、バレットの仮釈放に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。

「しょ、署長……」

「わかっておる、済んだことだ……だが……」

 マゼランは深く溜め息を吐いた。脳裏に浮かび上がるのは、バレットが投獄された日とその後の彼の獄中生活だ。

 彼がまだ副署長であった頃に、上半身裸でバレットは連行されてきた。その時のバレットは22歳という若さだったが、その威圧感はロジャーの後継者に相応しいもので、覇王色の覇気を放っていないのに本能的に気圧されたのは鮮明に憶えている。あの金獅子の時ですら怯まなかったのに、バレットの時だけは心から震え上がったのだ。

 そしてLEVEL6に幽閉されてから、彼の獄中生活を監視することになった。意外にもバレットは模範囚みたいな雰囲気で先に収監されていた囚人達と騒ぎを起こすことはなかった。だが彼の碧眼は何年経っても光を失わず、今思えば肉体がやつれたところを見たことが無かった。それがマゼランの不安だった。

「……まさか、檻の中でも鍛えていたというのか……!?」

 マゼランの脳裏に、最悪のシナリオが浮かび上がる。

 バレットは実は、あの狭い檻の中で己を鍛えていたのではないか。極限の集中力で己の力を磨き続けていたのではないか。もしそうだとしたら、十年を超える獄中生活で肉体が一度たりともやつれなかったことの辻褄が合う。

 だが言い方を変えれば、バレットは投獄される前――当時のレイリーに匹敵する実力――よりも強くなっている可能性があるということでもある。残念ながら可能性の話であって確証はないのだが、ゼロと言い切れないのも事実だ。

「……おれの勘が当たらなければいいが……」

 生き地獄(インペルダウン)の統治者は、無間地獄より解き放たれた「本物の化け物」の動向に不安が募るばかりだった。

 

 

 そして聖地マリージョア。

 今回のバレット仮釈放を受けて王下七武海が招集され、つい先程説明を終えたばかりの面子が様々な反応をしていた。

「あの合体野郎がシャバに出るとはな」

 バレットを合体野郎と呼ぶ海賊――〝砂漠の王〟クロコダイルは葉巻の紫煙を燻らせる。

 彼はルーキー時代、当時20歳の頃にバレットと交戦している。バレットは体から紫色のきらめく細かい鉄片を大量に生み出し、それに触れた物体を吸収して自由に合成し支配できる〝ガシャガシャの実〟の能力者であり、武器や鉄がゴロゴロ転がる戦場では絶大な威力を発揮する。一方で合体中に異物が入り込むとうまく機能できなくなるという弱点があり、相性という面では〝スナスナの実〟は唯一の天敵となる。

 クロコダイルはバレットとの戦闘の中でそれを見抜き、〝鬼の跡目〟を相手に生き残ることができた。しかし再び対決するとなると、バレットも自らの弱点をクロコダイルとの戦いで熟知しているはずなので、厳しい戦いとなるだろう。

(〝鬼の跡目〟か……テゾーロは何を考えとるんじゃろうな)

(これは只事ではないのう……奴が手引きしたとなれば尚更の事。海賊王の後継者が暴れたらテゾーロはどうする気なんじゃ?)

 テゾーロと面識があるジンベエは、テゾーロの思惑を勘繰ろうとする。

 政府側の人間で〝怪物〟と呼ばれ恐れられているとはいえ、その価値観・物事の考え方は下々民――常識的で一般人と何ら変わりはないはずだ。確かに大胆さや度量は並外れてる部分もあるだろうが、それを含めても常識人であるのは変わらないだろう。

 そんな彼だからこそ、疑念が生まれたのだ。なぜ世界を混乱に巻き込むような行動に出たのか、と。

「〝鬼の跡目〟か……!! 奴の影が手に入ればカイドウの野郎(バカ)にも勝てたか……キシシシシシ!!」

 愉快そうに笑うのは、元3億2000万ベリーの賞金首であるゲッコー・モリア。「他力本願」をモットーとする程の面倒くさがりだが、四皇の一人で百獣海賊団の総督であるあのカイドウと一時期渡り合ったこともある実力者だ。

 彼は〝カゲカゲの実〟という自らの影を操り、さらには他人の影を奪って死体や物に入れてゾンビ兵士を作ったり自身に取り込み強化することができる能力者だ。海賊王ロジャーを継ぐ者と目され恐れられたバレットの影は、何としても手に入れたいのだろう。

「……」

 そして随分と不機嫌そうな表情を浮かべるのは、ドフラミンゴだった。

 テゾーロとドフラミンゴは、正直に言ってかなり仲が悪い。現に何度か対立し、マリージョアで鉢合わせする時も覇王色を衝突させることもあるくらい関係が悪化しており、その内抗争になるのではと政府中枢が肝を冷やしている。

 今回のバレット仮釈放は、テゾーロは三大勢力を意識しているとドフラミンゴは睨んでいる。自分の活動が三大勢力の均衡をかき乱し、余計な敵を増やし潰されないようにするためだろうと解釈したのだ。もっとも、〝鬼の跡目〟をシャバに出した時点で三大勢力どころか世界をかき乱しているのだが。

(今はテゾーロを信じるしかないようじゃな。ダグラス・バレットと戦えばタダでは済まんし、()はいかんからのう)

 ジンベエは考えた末、テゾーロを信じることにしたのだった。

 

 

           *

 

 

 海賊の世界、いや、この世界における最強の人物とは誰か。

 そう問われたら、人々は口を揃えてこう答えるだろう――それは〝白ひげ〟だと。

 かつて海賊王ロジャーと唯一(・・)互角に渡り合った、大海賊時代の頂点にして最強の海賊……それがエドワード・ニューゲートという海の王者だ。そんな四皇の中でも別格の存在である彼は自他共が認める酒豪なのだが、珍しく酒を飲まず新聞を凝視していた。新聞の一面に見覚えのある男の顔写真が載っていたからだ。

「ダグラス・バレット……あの小僧が出てくるとはな……」

「今じゃあ世界中が大混乱だよい」

「ロジャーの後継者にシャバで暴れられちゃあ、おれ達でも抑えきれるかどうか……」

 白ひげの隣で一味最古参の船員(クルー)でもある〝不死鳥マルコ〟と〝ダイヤモンド・ジョズ〟が、バレットを警戒する言葉を並べる。

 彼らもまたロジャーが暴れ回った頃の海を知る者達で、白ひげと共にロジャー海賊団とよく衝突していた。その中でも一際凄まじかったのが、若き日の〝鬼の跡目〟バレットである。同世代ではあったが自分達をも軽く超える戦闘能力を誇り、血気盛んな同僚達ですらバレットに震え上がり、覇気使いである自分達も幾度となく追い詰められたことを今でも忘れたことは無い。船長たる白ひげすらも、バレットがインペルダウンに投獄されるまで一日たりとも警戒を怠らなかった程だ。

 バレットが表舞台から姿を消して十五年以上は経ったが、このタイミングで仮とはいえ再び海に解き放たれた。新聞には「膨れ上がる海賊達への抑止力としての超法規的措置」と書かれてはいるが、長く生きた白ひげは違和感を覚えた。

「バレットは一匹狼だ……ロジャーの野郎は別だったが、それでも一味にいた頃は仲間から距離を置いていたはずだ」

 白ひげはロジャーのライバルであり、幾度となく海の覇権を競った間柄ゆえに殺し合いの中で友情が芽生えていた。ロジャー最大のライバルと呼ばれていたが、一緒に酒を飲んだり鉢合わせても宴に参加したりとそれなりの付き合いはあった。その中で船長同士の世間話や一味の裏事情を語ることもあり、白ひげはバレットの様子を聞いたこともある。

 バレットはロジャーに惚れて船に乗ったわけではない。ロジャーの強さの正体を知るために「挑戦者」として乗ったのだ。現にロジャーも酒の席でバレットとの戦闘を語ったこともあった。

 一番の問題は、政府がバレットをシャバへ解き放ったことと、孤高主義のバレットがテゾーロと手を組んだことだ。政府だけでなく〝新世界の怪物〟と呼ばれる男の考えは、大海で盤石の地位を築いた海の王者でも全てを汲み取ることはできなかった。

「……どういう風の吹き回しだか」

「さァねェ……少なくともオヤジじゃねェと勝てねェ相手なのは事実だよい」

 

 

 レッド・フォース号。

 竜を象っている船首が特徴のこの海賊船は、白ひげやビッグ・マム、カイドウと肩を並べる四皇〝赤髪のシャンクス〟が率いる赤髪海賊団の船だ。その甲板で、大頭のシャンクスは神妙な面持ちで新聞を読んでいた。

「お頭……〝鬼の跡目〟が解放されたってよ」

「ああ……そうだな」

 副船長のベン・ベックマンの言葉にシャンクスは頷き、見習い時代を思い返す。

 ロジャー海賊団の中では船長であるロジャーと副船長のレイリー、ギャバンをはじめとした古株からは頼りにされていたが、若い船員らは頼もしさ以上に恐怖を感じていたらしい。もっとも、規格外の強さだけでなく、ロジャー海賊団に入団した理由も理由だったのだが。

 しかしシャンクスは人柄ゆえにバレットに対し恐怖心は無く、むしろからかうこともあった。その度に涙目のバギーに諫められたりレイリーの覇気を纏った拳骨を食らっていたが、少なくとも完全な敵ではなく亡き船長(ロジャー)への敬意もあったはずだ。

(……今になって出てきたのは、相当ヤバイ事情があるかもな)

 シャンクスはロジャー海賊団に属していた間の記憶は鮮明に憶えている。伝説級の大海賊との激闘の日々や海軍の英傑からの逃走劇、宴や同僚のバギーとの下らない喧嘩まで、オーロ・ジャクソン号に乗った期間の全てを覚えている。

 ロジャーとの旅はとんでもない事件が度々起こったが、その中でもある意味特にヤバイ出来事があった。船員の一人が万が一のことを考えラフテルの場所を永久指針(エターナルポース)に記録したのだ。これを聞いたロジャーは珍しく船員を怒鳴り海へ投げ捨てたのだが……ラフテルの永久指針(エターナルポース)はこの世から消滅したわけではない。

 もし消滅せずこの世に在り続けていたとすれば――それを手に入れた者は海の覇権、いや、時代の覇権を握ったも同然だ。

(レイリーさんはどう思ってんだろうな)

「……お頭、ダグラス・バレットとは顔馴染みなんだろ? 動くのか?」

「……いや、()()()()だ」

 

 

 シャボンディ諸島では、レイリーもシャンクスと似た反応をしていた。

「バレットか……」

「レイさん、随分と真剣な表情ね」

「まァな……」

 レイリーはロジャーと共にバレットの上司を務めた。

 自分とほぼ同格の腕っ節で名を馳せた後輩船員は、ロジャーの後継者――〝鬼の跡目〟と呼ばれて恐れられたゆえに自分以上に政府から脅威と見なされた。だからこそ当時の政府はサイクロンのように暴れまわるバレットを何としてでも倒したかった。

 しかしあの日から十数年……バスターコールの発令と彼に敗れた海賊達による袋叩きでようやく倒せた怪物を、仮釈放という名目で世に解き放った。これにはさすがのレイリーも度肝を抜かれた。あれ程必死になってかき消そうとしたロジャーの痕跡を、わざわざ蒸し返すとは夢にも思わなかったからだ。

「世界中はシキの時よりも大騒ぎだ。当然と言えば当然だが」

 ロジャーの死から二年が経過したある日、全世界に〝金獅子のシキ〟がインペルダウンを脱獄したというニュースが報じられた。

 金獅子のシキは海賊艦隊を率いる策略家であり、ロジャーだけでなく現四皇である白ひげやビッグ・マムとも海の覇権を競った伝説の大海賊だ。それ程の大物が鉄壁の大監獄を脱獄したのは、世界中の人々の恐怖と不安を煽った。

 だが今回のバレットの場合は、それどころではない。ロジャーの後継者が政府の思惑とテゾーロの手回しで仮釈放されたため、世界中が大混乱に陥った。特にロジャーが生きていた頃の海を知る者にとって、バレットの復活は避けられようがない絶望と向き合うような状態だ。海賊・海軍問わず震え上がっていることだろう。

「バレット……ロジャーはもういない。どうするつもりなんだ……」

 バレットが入団した()()()()を知るレイリーは、複雑な表情でそう呟いた。



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第122話〝リハビリ祭り〟

バレット無双です。
アイツやっぱおかしいってところを見せつける回です。


 〝鬼の跡目〟が再び表舞台に立って早一週間余り。

 元ロジャー海賊団である上にロジャーを継ぐ強さを持つとされた伝説級の凄腕バレットが客分として関わることになり、テゾーロの部下達は絶句。タタラやハヤトを筆頭とした常識人組はさすがに抗議したが、テゾーロの「色んな所に喧嘩売ってんだ、今更何を慌てる」というある意味での正論を返されてしまい撃沈。客分として迎えることに諦めムードを醸しつつも了承した。

 そんなある日のこと、バレットはテゾーロにある申し出をした。 

「リハビリ?」

「今時の(つえ)ェ奴らの実力とインペルダウンでも鍛えたおれの力が通用するか試してェ。おめェがこの島で一番(つえ)ェのはわかってんだ、客分の頼みは聞くんだよな?」

 インペルダウンの囚人服を捨て、かつて所属していた軍隊「ガルツフォース」の襟章と腕章をはじめとした褒章まみれの黒い軍服に着替え、サプレッサーイヤーマフを着用したバレットが、それはそれは怖い笑顔でテゾーロに迫った。

 ロジャーを超えるべく己をひたすら鍛え続けるバレットだが、十五年以上もの監獄生活のせいで世情に少し疎くなった。ロジャーの死後の海の情勢自体はテゾーロとシードから聞いたが、今の海のレベル(・・・・・・・)をよく知らないのだ。

 海賊達の数は圧倒的に増えたが、その強さはどれ程なのか。それを取り締まる海軍はどれ程強化されたのか。それがバレットの疑問であり、確かめたい事実なのだ。

「いや、おれ実業家だし政治の世界に入ってんだよ? そりゃ衰えないよう自己鍛錬はしてるっちゃしてるけど、いくら何でも戦闘は御免だ。国家元首たる者、心身共に健康を保ってナンボなんだけど?」

「成程、道理ではあるな。どんな奴でも死んじまったら等しく敗北者だ」

 この海は戦場だ――それがバレットがよく言うある種の「口癖」であり、どんなに永い時の中でも一度も朽ちなかった信条だ。

 かつてバレットが所属していた軍隊・ガルツフォースを所有していた(・・・・・・)軍事国家「ガルツバーグ」は、内乱と裏切りばかりの内戦続きの国家でもあった。ゆえにガルツバーグで生きるには敵は勿論のこと味方すら信じてはならず、命令に従いながら自分の力で生き抜かねばならなかった。それを貫けずに死んでいった戦友を腐る程バレットは見てきた。

 だからこそ、戦場同然のこの世界の海で死んだ者は、海兵であれ海賊であれ、善悪問わず「敗北者」となる。死の淵や未来を変える権利が皆平等であるように、戦場で死んだ者はどんなに強くとも敗北者のレッテルを貼られるのだ。それが、バレットが血生臭い戦場で生きてきたゆえに辿り着いた「答え」でもあったのだ。

「……で? どうなんだ」

「おれは嫌だけど、おれの部下なら誰でもいいよ。大体覇気使いだし、最近事務仕事ばっかでイラついているのも数名いるし」

「……そうか」

 バレットは満足そうに笑みを深めたが、テゾーロは真逆の引きつった笑みを浮かべた。

 自分の部下達を心から信用し頼っているのに、バレットに総がかりでも勝てないのではないかと察してしまったのだ。

 

 

 30分後、バーデンフォードの未開拓地にそうそうたるメンバーが集っていた。

 裏社会では〝ボルトアクション・ハンター〟とも呼称される元賞金稼ぎの狙撃手(スナイパー)・メロヌス。

 骨を生み出し自由自在に形を変えて操る〝ホネホネの実〟の能力者にして若き日のバレットを知る元海軍本部准将・シード。

 〝海の掃除屋〟と呼ばれ新世界の海賊からも恐れられていた元賞金稼ぎの剣士・ハヤト。

 居合の達人である地下闘技場歴代最強の選手だった三つ目族・タタラ。

 白ひげやビッグ・マムと肩を並べる四皇〝百獣のカイドウ〟からも一目置かれる豪剣「阿修羅一刀流」の使い手・ジン。

 〝ビムビムの実〟の「ビーム人間」である極めて高い戦闘力の持ち主・アオハル。

 裏世界一危険と言われたデスマッチショーで無敗を誇るチャンピオンだった巨漢・ダイス。

 皆テゾーロの部下で異色の経歴を持つ強者達だ。

 そんな彼らと対峙するのは、伝説のロジャー海賊団の元船員(クルー)である〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。ルーキー時代の時点であの〝冥王〟レイリーに匹敵する実力を持っているとされた豪傑の中の豪傑。

 そしてそれを遠くから眺めているのが、巨万の富と強大な権力を手に入れた〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロ。彼の隣には〝最強の熱狂(スタンピード)〟を巻き起こすことに人生を懸ける〝祭り屋〟ブエナ・フェスタがワインを飲み干している。

《――ということで、君達には有給と引き換えにバレット氏のリハビリに付き合ってもらいます。頑張ってー》

「殺す気ですか!?」

 スピーカーでバレットと対峙する部下達を励ますテゾーロに対し、シードは若干涙目で悲痛な声を上げた。

「アレが客分のダグラス・バレットか……成程、ヤバイな」

「隙が無い……一筋縄ではいかないようですね」

 ジンとタタラは冷や汗を流す。

 それぞれ鎖国国家と地下闘技場という閉鎖空間で生きた二人は、ダグラス・バレットという男をよく知らないが、その雰囲気だけで彼がどれ程の強者がすぐに理解できた。

「〝鬼の跡目〟……元ロジャー海賊団にしてガルツフォースの英雄。ありゃ強いなんて言葉じゃ済まないなァ」

「……」

 情報屋も兼ねているアオハルも、バレットの壮絶な過去と数々の逸話をよく知っているため、いつも通りのぬらりくらりとした態度であるが警戒心を最大限に高めている。

 ハヤトも例外ではなく、背中に担いだ大太刀の柄を握り臨戦態勢のまま攻撃のチャンスを伺っている。

「……シード、勝ち方は?」

「持ちうる力全てをぶつけるしかありませんよ」

 メロヌスの問いにシードは答え、拳を構える。

「フッ……行くぞチビ」

 

 ドンッ!

 

 バレットは地面を蹴り、爆発的な加速でシードに迫った。

 シードは即応。〝武装色〟で黒く硬化した右腕を振るう。黒化した拳が衝突するが、バレットはさらに拳を押し込んでシードを地面に減り込ませた。

「うわあああ!」

 土煙が上がり瓦礫が飛び散る。バレットは腕を振るってそれらを払い、次の獲物――タタラを狙った。

「っ!」

 咄嗟の判断で仕込み杖に覇気を纏わせ、衝撃に備える。その読みは的中し、バレットは〝武装色〟で強化したラリアットを仕掛けてきた。

 

 ズドォン!

 

「ぐあっ!?」

 ラリアットが直撃。全てを直接破壊するバレットのパワーを殺すことはできず、物凄い速さで岩盤目掛けて弾き飛ばされた。

「!」

 バレット目掛けて突進してくる人影。逆手の居合の構えを取ったジンだ。

 覇気を纏った刃が襲うが、バレットは全身に覇気を纏わせてガード。一撃目を受け止められたことにジンは顔をしかめつつも二撃目の鞘での攻撃に切り替える。しかしバレットはそれすら見抜いており、ジンよりも早く腕を振るって強烈な一撃を見舞い彼を沈めた。

 するとバレットの背後から殺気の塊が襲い掛かった。

 

 ガッ!

 

「くっ!」

 ダイスだ。全身を武装色で黒く染めて渾身のタックルを見舞ったのだ。

 しかしバレットは驚異的な反射神経で即応。自らと引けを取らない体格の巨漢の強烈なパワーを受け止め、そのままパイルドライバーで返り討ちにした。

「これならどうだ!」

「あァ?」

 バレットは振り返る。それを皮切りにハヤトが大太刀を振るって無数の飛ぶ斬撃を放ち、集中攻撃を浴びせた。

 

 ギン! ギィン! ガギィン!

 

「は!?」

「ハッ、足りねェな」

 バレットは涼しい顔で何十発という飛ぶ斬撃を黒化した両腕で弾き返した。

 刹那、黒い巨体が急接近して眼前に迫っていた。バレットは勢いに任せショルダータックルを見舞った。ハヤトは驚異的な反射能力で刀身を盾にして防いだが、成す術も無く吹き飛ばされ頭から岩に激突した。

 ふいに、バレットの頭部に衝撃が走った。暴れている内に生じた一瞬の隙を突いて間合いを詰めたメロヌスが覇気を纏った脚で蹴り上げ、バレットの顎を捉えたのだ。

「おれ達を甘く見るなよ!」

 メロヌスは愛銃を構え、多くの海賊達を一撃で葬ってきた銃口を向ける。

 その瞬間、ガシッと太い腕がメロヌスの脚を掴んだ。

「うおわァ!?」

 バレットはたじろぎさえしていなかった。そのままメロヌスを振り回し、地面が陥没する程の勢いで叩きつけた。

 それでもメロヌスは衝撃に耐え、一矢報いるべく覇気を込めて引き金を引こうとしたが、引き金に指を掛ける前にバレットが右足のキックで追撃。まるでサッカーボールのように蹴飛ばされて岩に減り込んだ。

 

 ブゥン!

 

「……!? 何の実だ?」

「〝ビムビムの実〟だよ」

 バレットの側方に赤い閃光が空へと伸び、凄まじい熱量と共に襲い掛かる。

 これにはさすがのバレットも度肝を抜いたが、全身を武装色硬化させて防いだ。――が、高熱と〝武装色〟の覇気を兼ね備えた一太刀を無効化することはできず、自らの強さのアイデンティティである軍服を裂かれてしまう。

 それでも、バレットは笑みを溢す。いや、さらに口角を上げた。

「カハハハ……お前は骨がありそうだな。簡単に死ぬなよ……!!」

 バレットは本気を解放し、鍛え抜いた強さで拳を握り締め襲い掛かった。

 

 

           *

 

 

 バレットのリハビリという名の戦闘は苛烈を極め、シード達はすぐには回復できぬ程の大ダメージを受け、ことごとく倒されていた。

「カハハハ……!! 残ったのは三人か」

 戦場に残ったのは過去のバスターコールでバレットと面識があるシード、テゾーロの部下の中では最強と目されるアオハル、カイドウが部下にしたがった程の実力者であるジンの三人だ。しかし三人共かなりの手負いであり、肩で息をする程に疲弊していた。

 一方のバレットは、ボロボロになった軍服を破り捨てて刀傷と銃創だらけの肉体を露わにしている。さすがに熟練した覇気使いを複数相手取ったせいか、所々で血を流しているが、目立ったダメージや疲弊を見せていない。

《〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロの優秀な子分達をことごとく返り討ちにするのは、〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット~~~!! これが海賊王を継ぎ、超える男の強さだァ~~~!!! バレットのケンカ祭り……いや、〝リハビリ祭り〟はまだまだ続くぞォ~~~!!!》

 スピーカーが割れそうな程の興奮した声を上げるフェスタ。

 リハビリ祭りの主役は、若き力を睨み下ろし笑う。

「カハハハ……仲間だの家族だの盃だのほざいてる連中は気に食わねェが、(つえ)ェ奴は嫌いじゃねェ。そいつをぶっ倒すのはもっと好きだ」

 叩きのめし、相手を潰す。

 それがバレットという男の行動理念だ。

「ねェ、ギブしていい?」

「ダメだ、お前はあのチビと同じくらい潰し甲斐がある。白旗を勝手に揚げるのはおれが許さねェ! この海は戦場だ!」

「それって事実上の殺害宣言だよね? おれそう聞こえたんだけど。ああ、短い人生だったなァ」

「冗談でも言うなアオハル!! おれ達言わないでおこうと思ったのに!!」

 戦闘の意志の放棄すら拒むバレットに、アオハルは絶望的な表情を浮かべて不吉な言葉を並べ始める。ジンはボロボロになりながらもアオハルを叱り、バレットを睨む。

 ジンもアオハルも、皆バレットに対して一切油断しなかった。監獄生活という空白期間(ブランク)があるとはいえ、あの海賊王の一味の中でも恐ろしいまでの強さを誇った伝説級の凄腕だ。戦闘力という点ではテゾーロを凌ぐだろう。ゆえに一切の隙を見せず立ち向かった。

 だがバレットは彼らの想像を遥かに凌駕していた。たった一人で次々と薙ぎ倒し、新世界でも名を上げる程の実力者ばかりである財団幹部を壊滅状態に追い込んだのだ。

「お~い、大丈夫か?」

 一連の戦闘を見ていたテゾーロはさすがに心配になったか、仰向けに倒れるハヤトの元へと駆けつけ声を掛けた。

 するとハヤトはゆっくりと起き上がり、大太刀を手にし――

「おかしいだろォ!!!」

「うおっ!?」

 いきなりキレて得物を投げ捨てるハヤトに、テゾーロはギョッとする。

「何なんだあの筋肉ダルマ、あの覇気は反則だろ!! 飛ぶ斬撃を何十発も放っといて全部両腕で弾くって、どんだけバカにしてんだ!! 今までの努力が無駄になった気分だ!! 勝てるわけねェに決まってるだろうがァ!!!」

「あ~……何か、お疲れ」

 満身創痍で激昂する部下に、テゾーロは困ったような笑みを浮かべるしかない。

 そんなテゾーロに、悪魔の声が響いた。

「テゾーロ、お前も来い。お前の強さを見せてみろ」

 

 ギクッ

 

「……な、何を言うんですかね~? おれはあなたの期待に応える程の腕っ節は持っちゃいませんて」

 テゾーロはそう笑い飛ばすが、次第に嫌な汗を掻いていく。

 バレット以外の視線をたくさん感じるのだ。それも若干の悪意を込めた視線を。

「おれはお前をぶっ潰してェんだ。お前が戦う意志を見せねェなら、おれはこの島を破壊し尽くすだけだ」

「どこの悪魔!? いやいや、お断り!!」

 テゾーロはその場から脱走。しかしそれを追う者達が。

「おい、あのバカ上司を捕らえろ!!」

「ボッコボコにしてからバレットと戦わせるぞ!!」

「挟み撃ちだ! 挟み撃ちで包囲しろ!」

 何と疲弊しきってダメージを負っていたシード達がテゾーロを総出で追跡。

 リハビリ相手というバレットへの生贄として差し出した上司の哀れな姿を見るべく、一致団結して捕らえることにしたのだ。

「……」

「いやァ、さすが〝鬼の跡目〟。白ひげが死んだら世界最強の男はあなたで確定ですね」

「!?」

 突然の背後からの声に、バレットは目を見開いて臨戦態勢に入る。

 しかし声の主――サイ・メッツァーノは両手を挙げて戦闘の意思が無いことを示す。

「待ってください、私はあなたと戦う気は無いんですよ。事務仕事もありますし」

「……政府の狗か?」

「今はテゾーロさんの狗です。あんな吹き溜まりの組織よりずっといい飼い主ですよ、彼は」

 サイはコートの内ポケットから酒瓶を取り出し、バレットへ渡す。

 ラム酒だ。ロジャー海賊団に属していた頃、よくロジャーに飲まされたものだと呆れながらもコルクを開けて飲む。

「……面白い人でしょう? 私と同じ世代なのに一世代上の豪傑のように老成していて、それでいて大胆かつ柔軟。指導者としてなら彼は天下一品です」

「……」

「もし海賊や反政府組織、非加盟国の軍人だったらと思うと、ゾッとします」

 ケラケラと笑うサイ。

 黄金を操る能力、大物達との人脈とコネ、指導者としてのクオリティの高さ。これが政府と敵対する者達の手に渡ったら、世界の平穏と秩序は大きく様変わりするだろう。戦争でも資金と統率に優れた指揮官は戦局を大きく左右する。サイは軽い調子で言っているが、バレットはその言葉の真の意味――重みをすぐ理解できた。

「まあ、彼と戦うのなら今日はお預けですよ。それでは失礼」

 サイは「ビンクスの酒」の鼻歌を歌いながらその場を後にした。その背中を見つめ続けたバレットは、瓶に残った酒を全て飲み干して握り割った。

 

 

 その後、2時間に及ぶ鬼ごっこはテゾーロの勝ち逃げで終了。バレットは「疲弊しきった奴を潰すのは趣味じゃない」と言い放ち、ボロボロのシード達との戦闘を自ら中断。

 こうして悪夢の〝リハビリ祭り〟はバレットの完勝で終わりを告げた。



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大海賊時代Part5
第123話〝テゾーロ財団解体〟


11月最初の更新です、お待たせしました。


 グラン・テゾーロが建国されてから一年が経過した。

 テゾーロの尽力でグラン・テゾーロに人が続々と集まり、日に日に賑やかになっていく。世界中から人々が移住していることに加え、フェスタの喧伝によって住民が自ら汗を流し開拓していったことで街が造られ繁盛していった。

 そんな発展途上のある日のこと。テゾーロ財団の構成員が全員集められるという異例の事態が発生し、バーデンフォードにそびえ立つ「THE() REORO(レオーロ)」の一階に集っていた。

 そこでテゾーロが口にしたのは、衝撃の一言だった。

「財団を解散する」

『ハァーーーーー!?』

 何とテゾーロ財団を解散すると言ってのけたのだ。

 これを聞いた全員はステラとフェスタを除いて絶句し、幹部達が詰め寄った。

「おい、どういうこった理事長!」

「何か問題でも?」

「大アリじゃ!! おれ達をリストラする気か!?」

「おい、おれァ一言も「お前らクビ」っつった憶えはねェぞ?」

「似たようなもんだろうが!!」

 反発する幹部達に涼しげなテゾーロ。

 世界中に貢献してきたテゾーロ財団の伝説を、設立者自らが終わらせる。それは並々ならぬ覚悟で実行に移すのだろうが、それでも部下達の処遇を考えてるのか不安なのだ。

 そんな殺伐な状況を一瞬で覆す声が響いた。

「私はテゾーロに賛成よ」

「ステラさん!?」

 副理事長――ある意味で財団一の権力者――のステラが、テゾーロのやり方に賛同。一同は「組織というものを理解していないから言える」と思っていたのだが、彼女の次の言葉に驚くこととなる。

「国家運営となればテゾーロは間違いなく国家元首で私はその夫人。ファーストレディ、だったかしら? どちらにせよ、あなた達は団体ではなく「国」を任される立場になると思うわ」

『うっ……』

 ステラの一声に一同はぐうの音も出なくなる。

 彼女は普段こそおっとりとしてたり時々天然が入ったりするが、〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロという人間を一番理解している人物であり、一番長く苦楽を共にしている人物でもある。一応は組織の運営に関わってるので、テゾーロの思惑もわかる。

 テゾーロが言いたいのは、テゾーロ財団としての活動を全てグラン・テゾーロの政策・外交に委託するべきということだ。テゾーロ財団の活動は民間団体の枠を超え、世界に大きな影響を及ぼす程となった。だが所詮は民間団体で、信頼こそ厚くてもやれる範囲に限界がある。特に国家ぐるみだと、いかにテゾーロにコネがあっても無駄にプライドが高かったり融通が利かないクライエントが相手だと思うような対応を取れないこともあり得る。

 ならばあえて財団を解散し、その活動をグラン・テゾーロという国家としての活動に変えれば、活動範囲だけでなく世界政府加盟国が動くという名目上できることも増えるのではないか――テゾーロはそう考えたのだ。

「だったら財団を解散させてグラン・テゾーロという国に務める公務員にさせた方がいいんじゃないかってこった」

「な、成程……」

「それに財団と政府の活動一々分けてたら大変だし手続きも面倒だし」

「そっちが本音だろ」

「そりゃそうさ、効率性を重視するのも組織の長として当然の思考回路だ。ということだ……」

 テゾーロは一息ついてから、再び口を開く。

「テゾーロ財団は、今日をもって解体。諸君らは世界政府加盟国「グラン・テゾーロ」の国家公務員として従事してもらう。ちなみに給料と福利厚生はそのままだから心配するな」

『お……おおおおおおおお!!!』

「――てめェら、ちょろすぎるだろ」

 待遇の現状維持に歓喜する一同に、メロヌスは頭を抱えるのだった。

 

 

           *

 

 

 テゾーロ財団解体というビッグニュースが全世界に発信され、表も裏も関係無しに大物達を動揺させてから、半年が経過した。

 海軍のある研究施設の巨大ドックで、テゾーロはバレットと共にあるモノを眺めていた。

「カハハハ……そうだ、これだ。これが欲しかったんだ」

 満足気に笑うバレットは、誰もが恐れた碧眼で「それ」を見上げる。

 鋼鉄で覆われた鯨の形をした潜水艦の前面には、自分の過去と深い縁がある「9」の番号があしらわれている。大きさは海軍の軍艦を超え、大砲の弾すらビクともしない頑丈な造りであるのが見るだけでわかる代物だ。

 二人がそれを眺めていると、研究用白衣を身に纏った男が腕を組んで現れた。世界最大の頭脳を持つと謳われている天才科学者のDr.(ドクター)ベガパンクだ。

「ダグラス・バレット、とりあえず貴殿の要求通りに仕上げたのだが……これでいいのか? この潜水艦(ふね)は最低限のスペース以外全部倉庫なのだが」

「それでいい、いや、それがいい(・・・・・)。あらゆる武器を詰め込めるからな」

 自らの野望――世界最強を目指しているが、バレットはあくまでも一人だ。

 彼はガルツフォースに所属していた幼少期から必要最低限の物資で戦場を生き抜いてきた。血生臭い過酷で劣悪な環境は慣れきっており、物資は相手から奪えばどうにでもなる。あの大監獄が与える無限の退屈すらも己を鍛え続ける形で乗り越えたのだから、大海での苦難などで〝鬼の跡目〟を苦しめることはない。

 もしあるとすれば……拳の行き場を、己の強さを轟かせる場所を失うことぐらいだろう。

「この船があればおれのガシャガシャの能力を最大限に発揮できる……こいつと共におれは世界最強へと駆け上がる!」

「……ちなみに計画(プラン)は?」

「そうだな……手始めにロジャーと同じ時代を生きた連中を血祭りに上げるか。いや、最近じゃあ革命軍ってのも腕が立つらしいじゃねーか。クロコダイルと決着(ケリ)をつけるのもいい」

 誰から潰そうか考えるバレットに、テゾーロは思わず苦笑い。

 完全復活したバレットの進撃を止められるものは、今の世界では四皇ぐらいだ。若い頃はロジャーというバレットにとっての絶対的存在があったが、ロジャーはすでにこの世にいない。彼に太刀打ちできる者は、世界に何人いるだろうか。

 だが――テゾーロはバレットの力を必要としていた。己の野望を阻む存在を叩き潰すのは、自分だけでは限度があるから。

(まァ、バレット一人でどうにかなる大物もいるしな~……)

 若き日のバレットが挑み続けた海賊王ロジャー。そのロジャーと同じ時代を生きた伝説達は今も大海に君臨し続けたり引退後も名を轟かせている。

 ロジャー最大のライバルと言える〝白ひげ〟以外にも、かつて大海賊時代以前の海の覇権を握っていたロックス海賊団の元メンバーである四皇〝ビッグ・マム〟や〝百獣のカイドウ〟、〝金獅子のシキ〟などが海賊稼業を継続しており、隠居の身である〝冥王〟レイリーや〝錐のチンジャオ〟も生きている。万が一にも生ける伝説達を相手取ることになっても、海賊王の伝説の一角たる〝鬼の跡目〟が手札としてあるので対策は十分に打てる。

 唯一の問題とすれば、バレットが自分から世界の均衡をぶち壊していく可能性が高いことだ。テゾーロとしては原作本編の藤虎のように王下七武海制度を撤廃するといった変革には賛成だが、何事にも「行う時期」がある。タイミングを読み間違えるわけにはいかない。

「大変だな、テゾーロ」

「厄介者を抱えるのは得意だけどね……改めてご協力感謝する、ベガパンク殿」

「礼には及ばないさ……ただ……」

「ただ?」

「……世界を巻き込む巨大な戦争だけは阻止してほしい」

 それは一人の科学者としての切なる願いだった。

 いつの世も、どの世界でも、発明は戦争に利用される。ノーベル賞の創始者として有名なアルフレッド・ノーベルはダイナマイトの製作者として知られるが、彼は弟の命を奪ったニトログリセリンを安定させることで戦争を終わらせる発明をしたいがためにダイナマイトを作り、どこぞの祭り屋のような感覚で生み出したわけではない。しかしダイナマイトの兵器としての可能性に気がつかれ、戦争をより悲惨にしただけとなった。

 だからこそ、テゾーロに語ったのだろう。軍の科学者である以上自分は兵器を造ることとなるが、テゾーロは彼なりの抑止力の思想を持っていると。武力以外で世界を変えることを目指す男だからこそ、己の心情を吐露したのだ。

「……おれはおれのやり方で世界を変え、新時代を巻き起こす。わざわざ無駄な血を流す必要がねェやり方でな」

 テゾーロの答えに、ベガパンクは穏やかに微笑んだ。

 

 

 同時刻、〝偉大なる航路(グランドライン)〟のとある海域。

「〝鬼の跡目〟がテゾーロボーイと一緒なんて、ホントに信じられないっチャブルよヴァターシ!! テゾーロボーイは何を考えてるの!?」

 そう叫ぶのは、革命軍幹部のエンポリオ・イワンコフ。その隣にいるエビスダイの魚人である格闘家のハックや〝チョキチョキの実〟の能力者・イナズマも顔を縦に振って同意する。

 ダグラス・バレットの復活で衝撃を受けたのは海賊や海軍、世間だけではない。世界政府打倒を目論む革命軍もだ。革命軍は世界政府を武力で倒す理念であるため、どの組織よりも世界政府という一大勢力を理解している。だからこそ、あれ程ロジャーの痕跡を完全抹消しようと躍起になっていた世界政府の対応が未だに信じられないのだ。

 それだけではない。革命軍のブラックリストに載っているあのブエナ・フェスタが海難事故から生還しており、しかも海賊稼業を完全に辞めた上で興行師としてテゾーロと手を組んでいるという情報が流れたのだ。革命軍としてはバレットよりもフェスタを危険視する者が多い。よりにもよって本人すら把握できない程の資産を持つテゾーロと結託したとなれば、話は世界規模の問題となる。

 〝新世界の怪物〟の暗躍と表舞台に戻った〝鬼の跡目〟と〝祭り屋〟。この三人が手を組んだことがどれだけ異常なのかは司令官のドラゴンが最も理解している。

(ダグラス・バレット、ブエナ・フェスタ……この組み合わせ自体がおかしい)

 武力という面で海賊王(ロジャー)の後継者と目された〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。裏社会では〝最悪の戦争仕掛け人〟とも呼ばれる〝祭り屋〟ブエナ・フェスタ。そして〝新世界の怪物〟として天上まで上り詰めた大富豪ギルド・テゾーロ。普通に考えれば絶対に馬が合わないであろう三人が、行動こそバラバラだが同じ組織にいるなど夢にも思わないだろう。

 もし三人が手を組めるとすれば――

(ロジャー関係の話しか思えない。だが周知の通り、ロジャーの痕跡は政府が躍起になってもみ消したはずだ)

 ロジャーの痕跡とすれば、思い浮かぶのは〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟かロジャー海賊団の元船員(クルー)ぐらいだ。それは間違いなく存在するだろうが、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟が眠るラフテルへの行き方はロジャー海賊団しか知らず、ロジャー海賊団の元船員(クルー)は幹部から見習いまで化け物揃いだ。下手に手を出せば我が身の破滅を招く。

 だが、もしそれ以外のロジャーの遺産があるとすれば、それがどんな代物であれ世界は大きく荒れるのもまた道理だ。そのロジャーの遺産の在り処や正体を、あの三人が知っているとすれば?

(あり得る話ではある、か……)

 ロジャー海賊団の元船員(クルー)であるバレットも、ロジャーと同じ時代を生きたフェスタも、ロジャーを超えたいという共通点がある。テゾーロはそういうの(・・・・・)に興味は示さないだろうが、バレットとフェスタの能力に一目置くはずだ。

 二人のこだわりを上手く丸め込めば、表面上の関係とはいえ味方につけられる可能性はゼロではないだろう。

(ならば……)

「テゾーロボーイは腹の底が読めなっキャブル!! ――そう思うわよね? ドラゴン」

「……イワ、バルディゴで集会を開く。テゾーロの国にスパイを送ることにした」

「え………ええええええ!? まさか今決めたの!?」

 革命家ドラゴンは、覚悟を決めた目でそう語った。




今年中には原作開始時に突入できるよう努力します。
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第124話〝No More Bet〟

やっと更新です、お待たせしました。


 新世界、とある島のカジノ。

 テゾーロとフェスタは、男同士の大人の休日を楽しんでいた。

「〝狸寝入り〟ラクーン一味、ダグラス・バレットによって島ごと壊滅……か。第二の人生を楽しんで……ああ、ガルツバーグの件があるから第三の人生か? まァいいや、生き生きしていて結構だ」

 ピンクの大判ストールを羽織り黒いスーツ姿のテゾーロが、世経の一面に目を通して呟く。新聞の記事は、バレットが新世界で活動する海賊達を次々に襲っているという旨だ。

 あの鯨の潜水艦が完成してから、バレットは潜水艦を「カタパルト号」と名付けて大海へ向かった。海賊王に迫る程の実力を持っている男の航海の目的は、インペルダウンでの鍛錬の続き……海という戦場に再び身を置いて「かつての感覚」を取り戻すことだった。

 その巻き添えを食らった海賊達は数知れず。〝鉄筋のスムージ〟や〝瓢箪フェン・ボック〟、そして〝縄引きのチャッペ〟といった新世界に進出したルーキーに加え、上述のラクーンのような新世界を拠点にする海賊も次々に一味丸ごと滅ぼされていった。

「どんなに名を馳せる若い力でも、ダグラス・バレットの前では赤子同然だ! 全くスゲェ展開だ!! そう思うだろ同志?」

 フェスタは上機嫌に葉巻を燻らせ、テゾーロの肩を組む。

 求め続けた〝時代〟に裏切られ、同じ時代を生きた海賊王(おとこ)に先を越された男。そんな失意の彼に神が与えた最後の天恵(チャンス)が、今の時代で最も名を馳せている大富豪〝新世界の怪物〟とゴールド・ロジャーの後継者と呼ばれた豪傑〝鬼の跡目〟、そして存在するだけで世界をひっくり返す程の代物である〝ラフテルへの永久指針(エターナルポース)〟という豪華三本立てだった。

 これ程の手札が揃えば、世界を牛耳ることも不可能ではないだろう。だがフェスタは違う。彼の望みは世界征服でもなければ時代の覇権を握ることでもない……むしろその逆だ。

「これで役者は揃い! 最高のお膳立ても始まった! おれ達の(・・・・)計画を実行に移すのが楽しみだぜ! Yeah!!」

 

 ――〝最強の熱狂(スタンピード)

 

 それは、〝祭り屋〟ブエナ・フェスタが世界へ仕掛ける生涯最高の「祭り」。その真相は計画に関わっているテゾーロとフェスタにしか知られていないが、時代を変えたいという根本的思想を共有する二人が関わっているのだから世界規模の壮大な計画であるのは変わらない。

 その計画は、ラフテルへの永久指針(エターナルポース)ですら材料の一部にすぎないのだから。

「あの計画はまだ誰にも知られちゃいけない。そうだろう? Mr.フェスタ」

「ああ、まだ準備期間中だからな。――それにしても、ヤケに勝ちまくってるな……」

 話は変わり、テゾーロが今やっているルーレットが話題になる。

 腐ってしまうくらいの金を得たテゾーロの最近の娯楽は、ギャンブルにつぎ込むこと。しかしただのギャンブルではなく、イカサマがよく行われる悪名高い、ある種の曰く付きの賭場でのギャンブルだ。ギャンブルで負けてもすぐ黄金を生み出せるテゾーロにとって、刺激の少ないギャンブルは嫌いではないが退屈してしまう。だからこそ、あえてイカサマが常日頃行われる悪徳な賭場を選ぶのだ。

 現にテゾーロの手元にはチップが山のように積まれており、ディーラーどころか他の参加者ですら驚愕を隠せないくらいに儲けていた。周囲には屈強な男達が控えているが、何せ相手が出世の神様とも呼ばれる程の敏腕実業家とロジャー時代の元大物海賊となれば迂闊に手は出せない。フェスタはギャンブルに参加はしていないが、テゾーロが主役の小さくも痛快な〝熱狂〟を楽しんでいた。

 ……とはいえ、いくら何でもボロ儲けが過ぎる。フェスタは逆にテゾーロがイカサマをしてるのではと疑い、小声で話しかけた。

「お前、スゴイ強運だな……何かコツでもあるのか?」

「〝見聞色〟で先読みしまくってますから」

「マジか!?」

 何と覇気を使ってギャンブルに勤しんでいた。これにはさすがのフェスタも驚いた。

「あんた、金をバラ撒くんじゃないのか!?」

「最近ステラがケチ臭くなってきたからな、勝たないと何が起こるかわからん。それに博打なんぞ勝ってナンボ……向こうは騙す気満々なんだからこっちもそれなりの手は打たないと」

「そ、そりゃそうだな……」

 ギャンブルとしての正論を返され、思わず納得してしまう。

 その時だった。

「隣、空いてます?」

 後ろから響く女性の声。

 ゆっくりと振り返ると、褐色肌の妖艶な赤髪美女が微笑んでいた。その姿を見た周囲はフェスタ含めてざわつき、一斉に釘付けとなった。唯一違ったのは、テゾーロだった。

(まさかこんな形で出会うとは……!! そういえばまだ仲間じゃなかったな、バカラ)

 前世の記憶が呼び覚まされる。

 彼女はバカラ――他人の運気を吸い取り自分のものにできる〝ラキラキの実〟の能力者。常に笑顔で気品のある喋り方だが、希望と絶望が隣り合わせの世界で生き抜く狡猾さも兼ね備えた曲者だ。

(ここで仲間にする、としたいが……)

 テゾーロは内心焦っていた。

 というのも、彼の記憶の限りではバカラが仲間になることは知っていたがどういう経緯で(・・・・・・・)仲間になるのかというところは知らない。どうやって出会ったのかも、どういうやり取りで仲間に加わることになったのかも、全てわからないのだ。

 彼女を迎え入れるには、ここはエンターテイナーらしく賭け事で決める。テゾーロは意を決し、朗らかな笑みを浮かべた。

「私で良ければ構わないが?」

「…………じゃあ失礼するわ」

 テゾーロの隣に座り微笑むバカラだが、内心では動揺していた。

 男の心を揺さぶる容姿を前に少しも靡くことのないテゾーロ。表の世界でも裏の世界でも広く名が知れ渡っている大物の「勝者の風格」に、とんでもない相手に喧嘩を売るのではないかと本能が察知してしまったのだ。

 この男を出し抜くことができるのか――今まで関わってきた男達の全てを奪い蹴落としてきた彼女の不安を煽るには十分すぎた。だからこそテゾーロが負ける姿を、〝新世界の怪物〟が敗者となった瞬間を見てみたいと思った。

 バカラは持っていた札束を全額チップに交換し、その全てを適当な数字の上に積んだ。

「随分自信があるようだな……その自信はどこから湧いてくるんだ?」

 フェスタはサングラスを指で押し上げ、バカラを見据える。

 その目には色欲など一切孕んでいない。目の前の勝負師の器量を推し量ろうとするプロの目つき……ロジャー時代から培ってきた相手を見極める目だ。

 うさんくさい老人の意外な目つきに感心しつつ、あくまでも狙いは〝新世界の怪物〟であると示すようにテゾーロに体を寄せた。

「私、負けたことがないの」

「「!」」

 二人の意識が自らの色っぽい囁きに引き寄せられている間に、バカラは膝の上にあった手をゆっくりテゾーロへと伸ばす。

 ラキラキの能力は、素手で相手の体のどこかに触れれば自動的に運気を吸い取れる。さり気なく相手の体に触れ、運気を吸い取る――それだけで運気を吸い取られた相手は命の危機に瀕するような目に遭うこともある。当然吸い取った運気を他人に与えることも可能であるが、あくまでも他人ではなく自分の為に能力を使うので滅多に行わない。

 いずれにしろ、テゾーロの運気を吸い取れれば勝負は決まる。

(あともう少し……)

 バカラが笑みを深めた、その時だった。

 

 ガッ――

 

「賭け事でそういうの(・・・・・)は野暮じゃないか? お嬢さん」

「!?」

 指先が触れる直前、テゾーロはバカラの腕を握った。彼の腕は黒く硬化しており、優しく握ってはいたが如何なる悪魔の実の能力も受け付ける気は無いと語っているかのようだ。

 ――まさか、勘づかれた……!?

 相手が世界に名を轟かすギルド・テゾーロとはいえ、バカラとは初対面だ。自分が何をしようとしていたかなんて気づくはずはないし、そもそも能力者であることすら知らないはずなのだ。なのに、まるで自分の全てを見透かしているかのようだ。

 ちなみに当の本人はというと……。

(あっっっっっっぶね!! メチャクチャ不幸になるところだった!!)

 勝者の風格や王の威圧とは無縁なテンパりぶりだった。

 彼女の能力の恐ろしさを知っていなければ、今頃どんな災いに見舞われたことか。災い転じて福となすとよく言うが、こればかりは不幸(アンラッキー)一筋になるので絶対に避けなければならなかったのだ。

「放してくださる? 私は何もしてないわ」

今は(・・)、だろう? これからする気であるのは変わらないはずだ。たとえば……運気を吸い取るとか」

「っ!?」

 心を読んだように呟いたテゾーロに、バカラは目に見える程に動揺した。

 テゾーロはそれを見て自分が場の主導権を握ったことを確信すると、手元のチップ全部をバカラのチップが積まれた隣の数字に積み上げた。そして腕に纏った覇気を解くとバカラの手に優しく触れた。

「な、何を……?」

「こういうゲームをしよう。このギルド・テゾーロの強運と君の能力、どちらが上か」

(うお、えげつねェマネしやがる)

 フェスタはテゾーロの思惑を察し、顔を引きつらせてバカラに同情の視線を向ける。

 傍から見れば、テゾーロの賭けは自分の強運が悪魔の実の能力を上回るかどうか。しかしバカラから見れば、その賭けは敗北確定の無慈悲な公開処刑だ。

 ここへ来てから何人もの運気を吸い取った彼女は、テゾーロの運気すらも吸い取った。それはテゾーロが確実に負けることを意味し、それと共に自分の秘密であるラキラキの能力がバレることでもある。勝つことが逆に彼女を追い詰めるのだ。

 バカラにとっては絶望そのものだ。テゾーロは世間からの評判がいいが、彼も人間だ。悪魔の実のイカサマで出し抜かれたことを知ったらどんな目に遭わされるのか想像できない。世間の認識と実際の素性は異なることもある。凶暴で無慈悲な一面を持ち併せていたら恐ろしい見せしめに遭うかもしれない。今頃マイナスの考えが頭の中を巡って自分の能力を恨んでいることだろう……テゾーロがそんな野蛮な考えなどしていないのにもかかわらず。

「ではディーラー君、頼む」

 テゾーロがそう告げた途端、「No more Bet!」と受付の終了を告げるディーラーの声が響く。それと共にディーラーの指に弾かれたボールがホイールの上を勢いよく回り始め、カラカラと音を立てる。

 口角を吊り上げてニヤリと不敵に笑うテゾーロ。いつの間にか持ってきたグラスの中のワインを飲み干し勝負を見守るフェスタ。ワールドクラスの大物である〝新世界の怪物〟に喧嘩を売ったことを後悔するバカラ。各々が別々の反応をしつつルーレットを転がるボールを見つめる。

 そして、ボールはカランと軽快な音を立てて止まった。止まったのはバカラの賭けた番号――〝ラキラキの実〟の能力が本物であると証明された瞬間だった。

「おれの勝利(まけ)だな。君の能力はどうやら本物のようだ」

「あ、ああ……」

 己の負けで相手を屈させるという離れ業を成し遂げたテゾーロに、バカラは顔を青褪める。

 恐ろしい制裁を受けるのかもしれない――そんな未来を想像して恐怖で動けなくなっていた彼女に、テゾーロは「話がある」と言い放ちフェスタと共に店の外へと連れ出した。

「……お願い、殺さないで……!」

「……何言ってんの? 殺すわけないじゃん」

 命乞いをするバカラに、きょとんとした表情でテゾーロは口を開く。

 まるで別人のような態度に、バカラは呆然とした。先程は勝者の風格を持つ敏腕実業家であったのに、ここでは堅苦しさの無いフランクな伊達男だ。ハッキリとした二面性に、彼女は今のテゾーロの態度が素の性格であると察した。

「何はともあれ……君の名前は?」

「……バカラです」

「そうか。じゃあバカラ、おれのところに来い」

「え……?」

 テゾーロはバカラを勧誘した。

 その目には期待に満ちており、自分を欲していることに気づいたバカラは困惑した。

「おれの「国」には君が必要なのさ。ただ生きるためだけに使うのではなく、もっとデカイことで使ってみようじゃないか」

 テゾーロは金の指輪を一つ外すと指先で弾いた。それはキレイな弧を描いてバカラへと向かい、火花を散らして三日月型のイヤリングへと変化した。

 黄金を操る能力者――それがテゾーロの正体と知ったバカラは目を大きく見開き「何て素晴らしい……」と感嘆の声を漏らした。

「さァ、行こうバカラ。黄金の輝きと祭囃子が君を待ってるぞ?」

「……はい! テゾーロ様!!」

 テゾーロの勧誘に、素直にバカラは応じた。

 それを見ていたフェスタは、満足気に笑みを浮かべた。

(やっぱり……おれァ組む相手を間違っちゃいなかった!! 自分を騙した女すらも味方に変える〝王の素質(カリスマ)〟……こいつがいれば必ずやれる!!)

 

 ――〝新世界の怪物〟の力で、おれァ今度こそロジャーの野郎を超えられる!!

 

 フェスタが自らの選択が正しかったことを確信する中、新たな仲間を手中に収めたテゾーロだった。




最後の仲間はカリーナ。
頑張って年末までに原作開始まで行けるようにします。


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第125話〝大金庫「テゾーロプレゼンス」〟

お待たせして申し訳ありません。やっと更新です。
時間を見つけてどうにか投稿していきます。


 テゾーロがバカラを仲間に加えてから、情勢は大きく変わった。ラキラキの能力(チカラ)の影響か、運気の流れが劇的に変わり、あらゆることが思い通りに運ぶようになったのだ。

 グラン・テゾーロでは国の政策として様々な事業を展開しているが、その中でも興行、いわゆる娯楽事業がテゾーロ本人も引く程の収益を上げたのだ。プロの興行主である祭り屋(フェスタ)の経営手腕も相乗し、娯楽はグラン・テゾーロの経営基盤を盤石のものにし、その収益が財政を支える大黒柱となったのは言うまでもない。

 日に日に金を生み、それに呼応するように発展するグラン・テゾーロ。テゾーロは〝新世界の怪物〟以外にも〝黄金帝〟という二つ名で呼ばれるようになり、ギルド・テゾーロは世界中の人々が一度は聞いたことがある大富豪として君臨することとなった。

 

 

「ぎゃあっ!」

「うぐっ!?」

 白昼のバーデンフォードで、男達の苦痛に歪んだ声が響く。

 彼らを捕らえたのは、テゾーロの優秀な部下である元海軍本部准将のシードだ。今の彼は黒い軍服を着ており、その左腕には青い文字で「GF」と書かれた腕章を嵌めている。海軍とは違った軍服には、いくつかの勲章が付けられている。

 財団解体後、彼は別の役職に従事するようになったらしい。海軍の精鋭として活躍した実力は健在で、ものの数秒で男達をのしてしまっている。

「まさか「ガルツフォース」がこんな形で復活するとは……バレットの思い入れがここまで強かったなんて」

 グラン・テゾーロ国防軍「ガルツフォース」――

 グラン・テゾーロ及びその周辺海域の防衛と治安維持を目的とし、テゾーロに加えて元軍人のシードとバレットが創設した警察機構を兼ねた軍隊である。かつての財団構成員と移民で構成されており、二千の兵力に加えてテゾーロのコネで手に入れた海軍の豊富な武装によって強力な軍隊に仕上がっている。

 ガルツフォースは元々バレットが属していた軍事国家ガルツバーグの軍隊であり、言わば〝鬼の跡目〟の強さの原点である。そのシステムもオリジナルのガルツフォースと同様で、最も活躍した者に略綬(メダル)を与える褒章制度である。シードは海兵時代と財団時代の活躍からバレットに引けを取らぬ数の勲章を付けており、ハヤトも〝海の掃除屋〟としての海賊撲滅活動を高く評価して略綬(メダル)を付けている。

 ちなみにシードは将軍、ハヤトは将軍補佐の地位に就いており、バレットはテゾーロとの契約通り客将として一種の軍事顧問を務めている。

「それにしても、最近やけに泥棒が増えたなァ」

 シードは溜め息を吐く。

 ダグラス・バレットが再び海に解き放たれてから、海賊達の数は減少傾向にあった。鯨型潜水艦「カタパルト号」で大海を突き進むバレットは、行く手を阻むあらゆる強者達をたった一人で薙ぎ倒していった。その中には新世界で名を馳せる大海賊や四皇の傘下勢力もおり、世界の勢力図を荒らしに荒らし回っているのが現状だ。

 その反動によってか海賊以外の犯罪者による事件が相次いでおり、バーデンフォードでは大富豪のテゾーロの御膝元ゆえに強盗事件が多く発生している。その原因はテゾーロが保有する大金庫「テゾーロプレゼンス」にある。

 テゾーロプレゼンスにはギルド・テゾーロという男の半生の全てが保存されているといっても過言ではなく、財団時代の重要書類と莫大な金融資産が入っている。泥棒達が目を付けているのは後者の金融資産の方で、業界では「テゾーロマネー」と呼ばれ世界中の泥棒が狙っている。その額は一千億ベリーを超えるという噂であり、それを盗み出せた者は泥棒としての最高の栄誉を手に入れられると勝手に位置づけられている。

 そしてテゾーロプレゼンスには、あのラフテルの永久指針(エターナルポース)が眠っている。存在自体が世界中をひっくり返す代物ゆえに裏社会でも噂は流れておらず、この海賊王(ロジャー)の遺産を知る者はごく少数だ。ぶっちゃけた話、ラフテルの永久指針(エターナルポース)を盗まれた方がヤバイので金はいくらでも盗んでも気にしないのがテゾーロの本音である。

 とはいえ、犯罪者を野放しにするのは法治国家としてよろしくないので、テゾーロはシード達に警察権も委託しているのである。

(夢やロマンを追い求める昔気質の海賊は少なくなった。〝白ひげ〟や〝赤髪〟のような質の海賊は絶滅危惧種だと、この海の未来は暗そうだなァ)

 強盗を捕縛したシードは、複雑な表情で遠くに見える海を見据えた。

 昨今の海はロジャーが生きていた頃とは大きく様変わりしている。腕っ節と信念が物を言った過去(むかし)の海とは違い、次世代の海賊達は仁義よりも謀略・取引に重きを置いている。すなわち謀略・取引を主体とした立ち回りが、世界で力を持とうとしているのだ。

 その証拠に、最近は反政府組織――俗に言うテロ組織が増加して政府加盟国で暴れているという。それも革命軍とは違って政府打倒を称して凶悪犯罪を重ねる勢力の方が増えており、政府は「エセ革命軍」と見なし撲滅するよう加盟国に呼び掛けている。そのバックには闇の世界の帝王達や大海賊、さらには政府非加盟国が絡んでおり、巨額の闇資金(ブラックマネー)が動いているという。

「ロジャーの仕掛けた祭りは、これで限界だなァ」

「ブエナ・フェスタ……」

 黄昏れるシードの元に、〝祭り屋〟ブエナ・フェスタが現れる。

 彼はテゾーロのプロデューサーとして活動し、グラン・テゾーロの興行を主催する敏腕興行主として手腕を振るっている。海賊稼業を兼ねていた若き日よりも莫大な富を得られるようになったことで、かつての羽振りのよさを取り戻せて万々歳な彼はシードに告げる。

「祭りとは、〝熱狂〟だ……人を動かし、人に伝わり、人に受け継がれる! だが世間というモンは熱しやすく冷めやすい。近頃じゃあ〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟の存在を信じず、幻想に喧嘩売る度胸もねェ三下が増えてきてるらしいじゃねェか」

 ロジャーが全世界の人々を海へと駆り立てた〝大海賊時代〟は、フェスタから見れば「海賊王からの挑戦状」みたいなものである。海を制覇した伝説の海賊王が、一度は手に入れた〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を巡って世界中の人々に喧嘩を売った……世界を揺るがし、時代を変える程の〝熱狂〟を生み出したのだ。

 しかしその〝熱狂〟は、ついに終わりを迎えつつある。〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を、夢やロマンを追い求める海賊達が少なくなったのだ。現実主義な海賊が幅を利かせれば、夢の宝より足元の利益を追求するようになるのは明白だ。

「ロジャーの時代は終わりを告げる……世界中を熱狂させた大海賊時代は、もう過去のもの。容易じゃないねェ」

「テゾーロさん……」

 そこへテゾーロが現れる。彼の手には古びた小さな金庫がある。

「おう相棒! 長旅だったじゃねェか」

「まァね。ウォーターセブンまですっ飛んでいったから」

 テゾーロは金庫から中身を取り出す。入っていたものは、冊子だった。

 それは何かの設計図のようで、遥か昔の代物だからか、紙は傷んでおり少し乱暴に扱えばすぐに破れてしまいそうだ。そして冊子の一番上……表紙には冊子の中身の名が記されていた。

 

 ――〝PLUTON〟

 

 〝神〟の名を持つ、世界を滅ぼしうる三つの古代兵器の一つ・プルトン。

 かつてウォーターセブンで作られた造船史上最悪の戦艦(バケモノ)で、一発放てば島一つを消せる威力を持つため、伝説の船大工トムをもって「存在させれば世界が滅ぶ」と称する程の代物だ。

 つまり、この設計図があれば世界を滅ぼす武力を復活できるという……!

「古代兵器プルトンの、設計図……!? そんなモンが……!!」

「トムさんが「あんな危ないモノいらねェ」って言ってたからな。だからっつって万が一復活したら対抗しようがねェから、最終的におれに譲渡することになった。まァ権力あるし武力もあるし、譲渡先ならもってこいだわな」

「テゾーロさん、あなたは何を成そうと……?」

 この世の全てとされる〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟への道標であるラフテルの永久指針(エターナルポース)だけでなく、島一つを跡形も無く消し飛ばす恐ろしい戦艦の設計図を手中に収めたテゾーロ。その気になれば世界を意のままに操れる程の、強大過ぎる影響力を秘めた(せん)の時代の遺物を集め、何を企んでいるのか。

 シードはテゾーロの野望が常人では実行できないような恐ろしさを秘めているのではと想像し、一気に全身に鳥肌が走り汗を流し始めた。そんなシードに対し、フェスタは真逆の反応をしていた。 

「ラフテルの永久指針(エターナルポース)に加え、神の名を持つ古代兵器(プルトン)設計図(ブループリント)……!! よくこんな代物を手に入れたな……おれの目に狂いは無かったんだ!! やっぱりおめェは最高だぜ!!!」

 フェスタは久しぶりに狂喜した。

 ギルド・テゾーロという強力な後ろ盾を得た彼は、まさに水を得た魚のごとく。己が最も欲する熱狂(マツリ)を実現できることを確信し、心が燃えるような感覚に武者震いした。

 ロジャーが遺した全てを叩き潰し、大海賊時代を超える熱狂を起こす。比するモノのない存在ゆえに死してなお人々を酔わせる伝説を自らの手で倒すのは、〝祭り屋〟としての長年の夢であった。

 一度は出し抜かれたが、今度こそは――

(見たかロジャー……お前が仕掛けた大海賊時代(マツリ)は、おれが終わらせる!! 裏社会の帝王達も、天竜人も、全てをブチ壊す力が今のおれにある!! 次の時代は、新時代は〝最強の熱狂(スタンピード)〟で決まりだ!!)

 

 

           *

 

 

 時同じくして、グラン・テゾーロにそびえ立つ「THE() REORO(レオーロ)」の内部に設置された「外務省」では、政府とのパイプ役を兼ねるサイがある人物と電伝虫で会話をしていた。

《おれも老いたもんだ、ちょっと運動しただけで疲れるようになっちまった。年は取りたくねェ》

「60代後半で筋骨隆々な人が何を言うんですか、ゼファー元大将。運動と言っても、どうせ現役の大将の誰かの稽古でもしたんでしょう?」

 サイの電話相手は、伝説の元海軍本部大将〝黒腕のゼファー〟。軍の教官として後進の育成に情熱を注ぐ生ける伝説であり、数多くの勇敢かつ屈強な海兵達を輩出する日々を送っているロジャー時代の生き証人だ。

 現在は心肺機能が低下してきているため長時間の運動を続けるには吸入器を使った薬物投与が必要だが、武装色の達人として恐れられた非常に練度の高い覇気は健在であり、全盛期には及ばずとも現役の大将と真っ向勝負で渡り合える実力を持っている。

「それで、私に何か用ですか?」

《お前に調べてほしいことがある。できればテゾーロの奴にも伝えてほしい。アラバスタでの話だ》

 ゼファーはサイに事の経緯を語る。

 名教官であると共に鬼教官としても知られるゼファーは、元大将という立場を利用してアラバスタ王国に演習の許可を求めた。表向きにはいかなる戦場でも教え子達が生き残れるよう過酷な環境下で戦闘訓練をするという訳だが、実際は王下七武海の一角であるクロコダイル対策であり、政府と海軍を裏切っても対処できるようにするためだ。

 その中で、彼はある海賊達と交戦した。〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半は覇気使いの無法者は非常に少ないため、ゼファーはものの数秒でのしたのだが、尋問の末に男達はある組織の名を口にしたという。

《〝バロックワークス〟……聞いたことあるか?》

「バロックワークス……? 初耳ですよ。話の流れだと犯罪組織のようですが……」

 テゾーロと関わったことでサイファーポールの中でも高官に位置するようになったサイでも、その名は初めて聞くモノだった。

 世界政府の諜報機関の、それも上層部でも認識していない闇の勢力。話の流れだと海賊というよりもマフィアのような徹底した秘密主義の組織であるようなので、構成員達は親玉(ボス)の正体はおろか仲間の素性も一切知らされてないのだろう。

《サイファーポールでもダメか……》

「海軍本部の上層部も、もしかしたら政府中枢も把握できてないかもしれませんね。テゾーロさんのコネでも果たして……」

 テゾーロの人脈は広く、同じ大富豪兼実業家から天竜人まで幅広い。それでも引っかかる可能性は低いであろうと予測されてしまう程の情報の少なさは、組織の威力威名以上に厄介である。

 世界政府ですら把握できてないのに、各分野の有力者に心当たりがあるのか――その考えは口に出していないだけで、サイもゼファーも同じように思っているだろう。

「……わかりました。こちらもヒットすれば情報を寄越します。秘密結社は野放しにすると質が悪い」

《頼むぞ。軍の上層部とはいえ、教官であるおれでは〝限界〟があるからな》

 ガチャリと電伝虫越しの通話を終え、サイは考えを巡らせた。

(政府中枢ですら認識されない徹底した秘密主義……おそらくバロックワークスのボスは相当の切れ者だ。それに構成員を捕らえた場所がアラバスタ……まさかとは思うけど……)

 確固たる証拠はない。だが、確信はある。

 テゾーロならば自らの頼みを快く受け入れ、動いてくれるだろう。問題はせいぜい〝バック〟がいるかどうかだ。

「………一度飛び込んでみるかな」

 

 ――王下七武海の一人、〝砂漠の王〟クロコダイルの懐を。




感想・評価、お待ちしてます。


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第126話〝有為転変〟

今年最後の投稿です。
どうにか間に合いました……。


「え~っと、()は大体この辺か……」

 グラン・テゾーロにそびえ立つ「THE() REORO(レオーロ)」の最上部。天竜人や各国の王侯貴族、グラン・テゾーロの関係者などの一部の者しか入れないエリアにあるテゾーロの自室では、部屋の主がノートに様々な情報を記入していた。

 それはテゾーロプレゼンスとはまた別の、テゾーロ本人の機密情報――彼が転生者であるこの世界の唯一無二の物的証拠だ。なぜならその内容は「ONE PIECE(このせかい)」の年表だからだ。

 ノートにはテゾーロがただの一般人だった前世で憶えた「ONE PIECE(このせかい)」の展開に関する重大な情報が記されており、これを万が一にも盗まれたら取り返しのつかない事態になる。ノートには1ページごとに〝原作ルート〟と〝今回のルート〟で区別されており、テゾーロの介入によって大きく「修正」されている。特に近年は過密と言っても過言ではない程の修正がなされている。

(知らねェ間に随分変わってるんだよな……)

 天竜人に買われ、奴隷として自由の無い地獄の生活を強制されて死んだステラの生存。

 700年も島と島をつなぐ巨大な橋を建設していたテキーラウルフの開通。

 滅亡の運命であったフレバンス王国の復興。

 コラソン生存と、ローの人生の変化。

 伝説の造船技師トムの生存と、スパンダムによる司法船襲撃計画失敗。

 オトヒメ王妃の暗殺阻止と、魚人・人魚族の地上移住計画の前進。

 元ロジャー海賊団〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットの仮釈放。

 バーデンフォードでの海軍演習の容認によって回避された、演習艦襲撃事件とゼファーの豹変。

 挙げられるものでも十分影響力がある修正点に、テゾーロは内心頭を抱えるような思いだった。今後の展開が読めないのだ。現実世界との差だけがテゾーロを苦しませているのではない。

(原作通りに行ってほしいもんだが……そううまく行かないんだよなァ、こういうのに限って)

 これから何を成すべきか。誰に手を差し伸べ、誰と戦うべきか。

 テゾーロに迷いが生じる。

(……おれは何をするべきなんだ、神様よう)

 未来を変える権利は皆平等にある。過去から学び、未来をイメージして、今を行動することで現状を打破できる。

 それはテゾーロ自身百も承知だ。だがイメージした未来が現実になるとは限らない。これは転生前、最初で最後であろう邂逅で神が与えた試練なのだろうか。

 複雑な想いが、テゾーロの中で渦巻く。

「……まァ、どうにかなるよな」

 テゾーロは考えるのをやめた。

 とどのつまり、これは天任せも同然だ。出会いがあれば別れがあるように、何かが変わればそれに付随して今までなかった事件が起こるのだ……それも帳尻を合わせるかのごとく。

 だからこそ、人生であるのだ。人の人生には無数の生き方があり、一本道ではないのだ。裕福で恵まれた家庭に生まれても、その後の人生の道順を間違って不幸に泣く人はたくさんいる。当然その逆もあり、貧しい家に生まれた子が、将来大成したり幸せになることもある。

 道に迷ってナンボなのだ。大事なのは今まで歩んだ道を疑い否定せず、自分の足で一歩一歩前へ進んでいくことだ。

 テゾーロは頭を切り替え、ノートと向き合う。

(時期的には原作開始からおおよそ4年以上は前……そろそろカリーナが来る時期だが……)

 本編でテゾーロのステージパートナーを務め、グラン・テゾーロを船ごと奪うという離れ業を成し遂げた怪盗カリーナ。〝新世界の怪物〟すらも出し抜いた彼女が本格的にテゾーロと接触するようになるのは、ちょうどこのあたりだ。

 厳密に言えばマッド・トレジャー率いるトレジャー海賊団から接触を果たすのだが、テゾーロとの縁は今頃が全ての始まりといえよう。

「彼女もまた有能だ、どう仲間に迎え入れるか……」

 カリーナをどうやって仲間にするかを考え始めた、その時だった。

 

 プルプルプル……

 

 電伝虫が鳴った。

 受話器を取ると、サイの声が響いた。

《テゾーロさん、今いいですか?》

「何事だ」

《世界政府……五老星から直筆の書状が届きました》

「え? あのじいさん達から?」

 

 

 報告を聞いたテゾーロは、自室からプライベートエントランスへと向かっていた。

 グラン・テゾーロの「プライベートエリア」は広大で、テゾーロだけでなく財団時代から彼を支え続けた部下達の私室や専用の浴場などがある。その入口とも言えるプライベートエントランスは、政府の使者やテゾーロと親交の深い人物が唯一()()()訪れていい空間である。

「……さすがに大事になってるようだな」

 テゾーロの眼前で、バレットとフェスタを除いたテゾーロ関係者がざわついている。

 何せ世界政府の頂点の直筆の手紙だ、驚かないわけが無い。

「……待たせたな」

『テゾーロさん!』

「いきなりだが、中身を確認させてくれ」

「これが例の書状です」

 サイから封筒を受け取ったテゾーロは中身の手紙を確認すると、その内容に声を失いかけた。

「次回の世界会議(レヴェリー)の会場をグラン・テゾーロにしたい……!?」

 世界会議(レヴェリー)

 それは4年に一度、世界政府加盟国の代表や政府の要人らが聖地マリージョアに集い一週間行われる大会議。政府加盟国の中から50の国の王達が一堂に会し、様々な案件を言及・討議して今後の「指針」を決定する、現実世界でいうサミットだ。ただし各国の首脳はどれも癖が強いせいでやり取りはうまく進まないことが多く、些細な争い事も戦争のきっかけとなるため油断できない国際会議だ。

 会議の会場はマリージョアなのだが、今回は何とグラン・テゾーロで行うことになったという。これは世界政府の歴史上初の試みで、ましてや王侯貴族の出でもない男が造り上げた国で世界の動きを左右する一大イベントを実施するなど前代未聞であった。

「こいつァ……おれらも随分と出世したもんだな」

 ジンは顎に手をやる。

 王侯貴族の出の者が一人としていないテゾーロ達。身分階層が下の部類に入る者達が階層の頂点に一目置かれるのは名誉と言える。

 しかし一同が浮かれる中で、タタラは別の見方を口にした。

「政治はパフォーマンスも大事です。ならば今までの体面や支配維持、王族や貴族だけの利益に執着する体制を良い意味で壊す〝新しい国〟で行うことで、民衆からの信用を確固たるものにしようと企んでるのでは?」

「……まあ話の流れから推測すると、そう考えるのが妥当だな」

 タタラの意見にメロヌスは同意する。

 テゾーロの活躍と出世の裏で、世界政府は民衆から冷たい目で見られることが多かった。特にフレバンス王国で起こった珀鉛病とその杜撰かつ非情な対応は世経(マスコミ)を通じて民衆の怒りを煽り、その上テゾーロに全責任を負わせる形で尻拭いをさせたことに政府加盟国からも非難が相次いだ。五老星が重い腰を上げる事態となり、テゾーロがいなければ世界政府から加盟国脱退を申し出る国も出たことだろう。

 そんな世界政府の中枢が、自分達の信用の回復と保身のためにテゾーロに泣きついた。おそらくそういうことだろう。

「……どうするの?」

「決まっているさ、ぜひ受けさせて頂く。……ちょっと先の話だが、オトヒメ王妃の約束を叶えるいい機会だ」

 ステラが投げかけた言葉に即答する。

 テゾーロにとって、この申し出は受け入れた方がメリットが多い。いつ国際問題が起こるかわからない世界会議(レヴェリー)を成功させれば、グラン・テゾーロは政府加盟国としてだけでなく世界政府公認の中立国としての名声を得られる。それに50もの国の要人が集まれば娯楽・観光事業に興味を示し、うまくいけば金が流れることとなり、莫大な金を手中に収め確かな評判も得られるかもしれない。

 何よりも人間との共存を目指して魚人差別撤廃に尽力するオトヒメ王妃の悲願の達成に直接つながる。何百年にも及ぶ負の連鎖を断ち切り、魚人達と人間達が仲良く暮らすという夢物語を現実のものとすることができれば、世界の在り方をより良い方向へ向けることも可能だろう。

「……問題なのはドフラミンゴぐらいだな」

 テゾーロが口にした名に、緊張が走る。

 そう、すでにドフラミンゴはドレスローザの国盗りに成功しているのだ。新聞の記事には必ず国家間の戦争が記されており、常に賑わせている。地域は様々だが、裏社会で闇取引を盛んに行うドンキホーテファミリーの影響は間違いなく受けている。

 ちなみに殺される運命であったリク王軍軍隊長キュロスの妻・スカーレットの消息は娘・レベッカと共に不明となっているが、何らかの手引きで生存してる可能性はあり得るだろう。

「……そいつも国王である以上、ここに乗り込んでくるってことになるのか」

「厄介なんだよなァ……相性最悪だし」

 転生者(テゾーロ)とドフラミンゴの相性は、本人が言っている通り最悪だ。

 ()()()()()()()()()()()であれば、ドフラミンゴと持ちつ持たれつの協力関係(ショービジネス)を築いていたのだが、今は、いやこの世界では違う。はっきりと対立し、その生き方も正反対だ。

 いつの日か、全面的な衝突が起こるだろう。

「……ドフラミンゴが本当に来るなら揺さぶりをかけてみたい所だが、壁に耳あり障子に目ありだ。誰が聞いてるかわかったもんじゃない」

「〝CP-0〟ですか……」

 ドフラミンゴはその出自ゆえ、政府内部でも相応の権力を行使できる。特に厄介なのは天竜人直属の世界最強の諜報機関である「サイファーポール〝イージス〟ゼロ」だ。天竜人の繁栄を維持するための超法規的措置がとられる活動を行うのだが、元天竜人のドフラミンゴも動かせるのだ。

 テゾーロも天竜人のクリューソス聖とコネクションがあるため、彼を動かすこともできるのだが、天竜人同士の内部争いが表沙汰になることを面倒に考えてもいる。ゆえにテゾーロも権力があっても今までやってのけた大胆な奇策をいきなり実行するわけにはいかないのだ。

「政治闘争は面倒だから、事を荒立てたくないってところがおれの本音だ」

「保身という点だけなら世界政府は行動早いですからね……」

 ドンキホーテ・ドフラミンゴか、ギルド・テゾーロか――

 いざという時、世界政府はどちらに与するのか。それが今後の世界にも大きく影響を及ぼす。経営者であり一国の主であるという点では同じだが、思想も目的も真逆な二人に五老星を筆頭とした政府中枢はどちらを切り捨てるのか。

 それは当事者すらわからぬ、各々の思惑が入り乱れる混沌の領域と言えた。

「おう! どうした揃いも揃って」

 そこへフェスタが登場。完全に余生を謳歌している陽気な老人と化した祭り屋は、緊張した空気を切り裂くように揚々と割って入った。

「祭囃子の予感がしたが、何かあったか」

「それがな――」

 テゾーロはフェスタに話を伝えた。

 すると一連の話を全て聞いたフェスタは、口角を最大限に上げて笑った。

「要はそのドフラミンゴの動きを抑えりゃいいんだろ?」

「あわよくば、ね……」

「だったら、このブエナ・フェスタ様を信じなっ! ()()()()()()ことだが、きっと役立つぜ」

「姑息な奸計は火に油ですよ?」

 釘を刺すテゾーロだが、フェスタは「まァそのへんも信じろ」と告げた。

「舞台を整えるのは興行師(おれさま)の仕事よ」

 祭り屋はニィッとあくどい笑みを浮かべたのだった。



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第127話〝怪物の誓い〟

明けましておめでとうございます。
新年最初の投稿です。


 聖地マリージョア。

 テゾーロは護衛と共にパンゲア城を訪れ、ある人物を待ってたのだが……。

「なぜおれを護衛に呼んだ」

 護衛……というよりも同行者がまさかのダグラス・バレット。

 かつて世界を震撼させた〝鬼の跡目〟が聖地マリージョアに足を踏み入れたことで、マリージョアに勤務している海兵達や騎士達はその威圧感と覇気に震え上がっていた。

「仕方ないでしょう……仕事とはいえ天竜人に会うのを嫌がってるんですから。それに一人で行くと周りが心配するんですよ。何この二重基準」

「サイファーポールの男がいるだろう」

「サイにはサイの仕事があるんですよ。ああ見えてあいつはおれの次に忙しい立場なんで」

 ウチは育ち盛りですから、と呑気に呟きつつも頭を抱える。

 するとそこへ、鎧で全身を包み槍を手にした騎士を連れて壮年の男性が姿を現した。高位の人間ならではの威厳ある佇まいは、覇王色の覚醒者とは違った意味での王の風格を感じ取れる。

「おお、久しぶりじゃないかテゾーロ君」

「……さすがに老けましたね、クリューソス聖」

「そうだな……君は初めて会った時と比べると王のような風格が見えるようになったな」

 壮年の男性と対等に話すテゾーロだが、周囲の役人や近衛兵はざわついており、中にはビクビクと緊張したり冷や汗を流している者もいる。

 テゾーロの話し相手は、世界貴族クリューソス聖。傍若無人の限りを尽くす天竜人の中では際立って思慮深く常識的な思考を持っている人格者で、テゾーロとは財団時代からの旧知の仲である。

「まさか国家樹立を成し遂げるとは……君という人間にはいつも驚かされる」

「出世の神様とは言い得て妙でしょう?」

「ああ、全くだ」

 久しぶりの再会に互いに笑みを浮かべ楽しそうに会話をする。

 しかし会話の内容では不敬とも解釈されかねない内容であり、他の天竜人だったら激昂して手を上げてしまうレベルだ。天竜人の中でも珍しい人格者であるクリューソス聖と付き合いがあるゆえの光景といえよう。

「……そちらの御仁は、まさか……」

「〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。ウチの国の軍隊の客将で、立場上は顧問みたいなもんです。私が知る限り、次の時代で世界最強となる男ですね」

 かつてはロジャーの後継者と恐れられた男がいることに、クリューソス聖も度肝を抜いた。

 他者をほとんど信頼しない文字通りの孤高主義である男が、テゾーロとなぜ一緒にいるのかは想像するしかないが、仲間という密接な関係よりも利害や目的が一致したビジネス的な関係があるのだろう。

「……おい、テゾーロ」

 刹那、バレットが口を開いた。

 その顔には思わず後退ってしまう程の威圧的な笑みを浮かべ、クリューソス聖を指差した。

「こいつを殺せばバスターコールなんだよな?」

 野太い一言で、その場が一瞬で凍りついた。

 天竜人が横暴な振る舞いをしていても被害者から報復されないのは、危害を加えられたら海軍本部大将率いる軍艦10隻を派遣できるその絶対的権力にある。しかしバレットはかつてバスターコールに敗れた身――厳密に言えばそれに加えて今まで倒してきた海賊達からの急襲もあったのだが――であり、実際のところ世界政府の武力の象徴にリベンジを果たしたい気持ちがくすぶっている。

 世情に興味が無い上、己の野望の実現にひたむきなバレットにとって、天竜人がどうなろうが関係ない。むしろその立場・権力を行使して強者を呼び寄せてくれるなら大歓迎で、世界最強になれるなら権力による理不尽に苦痛など微塵も感じないのだ。

「やめろよ、そういうシャレにならない言葉は! マジで言わないでください、違法ではないけど不適切ですから!」

 冗談なのか本気なのかわからない爆弾発言を放ったバレットを諫めるテゾーロ。

 ぶっちゃけた話、テゾーロにとっても天竜人は富もうが滅ぼうがどうでもいい存在でしかない。善い人間がいれば悪い人間がいるように、天竜人にも傍若無人な者がいれば良識ある者もいるのは百も承知ではある――が、凄惨を極めた数々の所業への「償い」を果たしていないのも事実。

 民衆からの憎悪を一斉に受けようと、どんなに惨い最期を遂げようと、因果応報と割り切ればそれまでのこと。クリューソス聖のような一部の天竜人には心から向き合っているが、大抵の天竜人には表面的な付き合いしかせず、いつでも切り捨てる姿勢なのだ。

 それに財団時代からテゾーロを支えてきた歴戦の猛者達も、皆揃って天竜人との謁見を拒みやすい。特に天竜人の暇潰し同然の存在だった地下闘技場という生き地獄を経験したタタラにとっては敵も同然で、憎悪こそ抱いてはいないが()れと命令されたら躊躇しないと思われている。サイも内心ではボロクソに罵倒し、シードは海軍時代に振り回されたのか天竜人に関する話題は嫌がるなど、反応は様々だがかなりの嫌悪感を抱かれているのは違いない。 

 いずれにしろ、グラン・テゾーロの関係者は天竜人に近くても好意は遥か彼方に消え去っているのである。

「今それやったら「こっちの野望(けいかく)」がパーになるから! ………少なくともこの人には(・・・・・)、ね」

 バレットを制止しつつも、あくどい笑みで意味深な言葉を告げるテゾーロ。

 国際問題確定の会話に気が気でない政府の人間達なのだが、当のクリューソス聖は朗らかに笑っていた。

「ハハハ、まァ〝鬼の跡目〟と手を結んでいるのだから過激な発言が来るとは思っていたが」

「……では、早速本題に」

「そうだな。では付いてくるといい」

 

 

 クリューソス聖に案内され、テゾーロとバレットは巨大な玉座がそびえる大広間へと足を踏み入れた。

 聖地マリージョアの中心に位置するそれは、玉座の手前に19本、そこまで伸びる階段に無数の剣が突き刺さっている。背板には4つの海と〝偉大なる航路(グランドライン)〟にある加盟国の結束を示す世界政府のマークがあり、その上には〝偉大なる航路(グランドライン)〟上を記した地図を彷彿させる配置の白い点がある。

「さすがに本物は違うな…………!」

アレ(・・)には誰か座んのか?」

「アレは誰も座ってはいけない玉座だよ」

「あァ?」

 クリューソス聖は「(から)の玉座」の説明を始めた。

 「(から)の玉座」は世界政府を創設した20人の王の誓いの証であり、各国の王達は皆〝平等〟であり独裁の欲は持たないという誓いでもあるという。誰も座らない事が平和の証で、この世界にたった一人の王はいてはならないという世界政府の理念の崇高さを示す存在……いわば世界政府の創造主によって祭られた平和の象徴だ。その証拠に、世界政府の最高権力者(ちょうてん)が五老星であるのが政府の理念を具現化している。

 もっとも、決して覆すことのできない絶対君主の天竜人が君臨している時点でその意味はかなり薄れてきているのかもしれないが。

「何人も唯一頂点の存在となることを求めず、互いに対等に和をなす……そういうことか?」

「その通りでございます」

「……くだらねェ」

 バレットは呆れたように鼻で笑う。

 この海は戦場であり、この世界は力が全てだ。生き残るのも全てを手に入れられるのも強い者だけであり、弱ければ全てを失う。強さこそが生きるということで、弱ければ負け、負ければ死ぬ。――それがバレットの信念であり、戦場の英雄から海賊王(ロジャー)の後継者と呼ばれるようになった豪傑(おとこ)が導き出した「答え」だ。

 それは何も海賊や軍人の話ではなく、国家も同様だ。巨大な力に抗いきれる軍事力を持たないから他国に滅ぼされるのだ。平和だとほざいて軍事力の向上を重視しないから、有事の際に何もできず悲劇に遭うのだ。何かを護るのなら、それに見合った力が無ければ無意味なのである。

「テゾーロ、〝誓い〟をしてくれ。剣を突き刺し――」

「剣はいらないよ」

 テゾーロはクリューソス聖が渡した剣を放り投げて能力を発動させ、あっという間に黄金の長剣を造り出す。そして一言も発さず階段を上がり、不敵な笑みを浮かべながら黄金の長剣を強く突き刺した。

 ――ドンッ!

 空気が震える。ビリビリと衝撃にも似たそれは大広間全体に伝わり、バレットを除いた全ての者が地震のような錯覚を一瞬だけ覚えた。

「……これが怪物の〝誓い〟だ。おれはおれのやり方で世界を壊し生まれ変わらせてやる」

 表も裏も、全ての世界を敵に回してもやり遂げる。支配構造を打破し、新しい世界へと導くために。

 後戻りはもうできない。〝新世界の怪物〟は止まらない。とどめようのない〝最強の熱狂(スタンピード)〟は目の前なのだから。

 

 

 誓いを終えたテゾーロは階段を降り、クリューソス聖と別れの挨拶を交わした。

「もし何かあれば、いつでも私が権力(チカラ)を貸そう。立場は違えど、お互いよりよき世界を目指してるのだからな」

「勿体無いお言葉……感謝します」

 テゾーロはクリューソス聖に一礼し、バレットと共に聖地マリージョアから出てシャボン玉で飛ぶリフト「ボンドラ」の港へと向かう。

 その最中、テゾーロはふと呟いた。

「あの文字を読んだら、どんな反応するんだろうな……」

「何のことだ」

「いや、ちょっとした名言を彫っといたのさ」

 テゾーロ曰く、自分が造り出した黄金の長剣の刃に文字を彫っておいたという。

 その文字は「Peace is the supreme ideal of the human race.」――ドイツの詩人・ゲーテが遺した言葉で、「平和は人類最高の理想である」という意味だ。テゾーロが前世の授業で学び知った言葉であり、今世の野望である革命の意志を示すものでもある。

「――五老星の〝もっと上〟へのメッセージさ。栄枯盛衰は世の習い……〝最強の熱狂(スタンピード)〟が巻き起これば、世界はひっくり返る。海賊の世界も様変わりする」

「……」

「つまりはまあ、世界に喧嘩を吹っ掛けるのは今じゃないってことです。殴り込みの時が来るまで鍛えといてください(・・・・・・・・・)

 

 

           *

 

 

 後日、パンゲア城。

 表向きには存在そのものが秘匿されている、世界最高権力とされる五老星をも従わせる事実上の〝世界の王〟イムは、五老星との謁見を終えて(から)の玉座から立とうとした。

「……?」

 ふと、イムは気づく。

 視線の先には、先日テゾーロが突き立てた件の黄金の長剣。刃には「Peace is the supreme ideal of the human race.」と彫られているのだが、実は反対側には別の言葉が彫られている。

 それは、玉座からではないと見えない文字。言い方を変えれば「(から)の玉座」に座ることができる者でないと確かめることができないのだ。

「……」

 刃に刻まれた文字を、イムは玉座に座ったまま目を凝らして確かめる。

 

 ――Pride goes before a fall.

 

「……!」

 その意味を理解したイムは、五老星にすら悟られない程の静かな怒りで拳を握り締めた。

 言葉の意味は――(おご)りは滅びに先立つ。



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第128話〝おれ達が動かなきゃならないんだ〟

最近更新が遅くて、申し訳ありません。


 世界政府に〝誓い〟をして早4ヶ月。

 テゾーロの元に、財団時代から共に時代を駆け上がってきた盟友である石油王・スライスと腹心のコルトが現れた。

「大した奴だよ、本当に一国の主とはな」

「それを言うならお互い様だ、スライス。聞いてるぞ、〝新世界の黒幕〟と呼ばれてるらしいな」

 石油王のスライスは、テゾーロと違って名門一族スタンダード家の当主である。若くして先代の事業である油田の開発や石油関連の商取引を継いで大成功している彼は、さらに海楼石の鉱床を発見したことで鉱山業にも着手している。それを世界各国に輸出することで新世界において盤石の地位を築き、それをさらに世界的企業にも流し、今では〝新世界の黒幕〟としてテゾーロと共に世界の勢力図に大きな影響を与える存在となっているのだ。

「怪物と黒幕……まさかこんなケツの青い金持ちとは誰も思わねェよな」

「それは同感だ」

 互いにあくどい笑みを浮かべ、シャンパンを口に流し込む。

「……で、おれを呼んだ理由を聞こうか」

「コレ。アラバスタ王国からの書状」

「!」

 瞠目するスライス。

 偉大なる航路(グランドライン)前半のサンディ(アイランド)から、わざわざ新世界に手紙が届いたのだ。

「読み上げるぞ……」

 

 

 ――拝啓 ギルド・テゾーロ様

 

 私はアラバスタ王国王女ネフェルタリ・ビビです。あなたにお願いがあって、この手紙を書きました。

 今のアラバスタ王国の現状をご存じかと思います。今、祖国ではお父様……現国王ネフェルタリ・コブラが「ダンスパウダー」を使用して国中の雨を奪っているという疑惑が広まっています。当然父は身に覚えがないのですが、最近になって各町でダンスパウダーの袋が発見され、それが首都アルバーナに送られているという情報も回っているのです。

 ダンスパウダーは世界政府が使用を禁じている代物。私はある男が黒幕であることを突き止め、その証拠をどうにか得ようとしている最中なので、今ここで疑惑を掛けられるわけにはいきません。

 どんな些細なことでも構いません。お力添えいただけるでしょうか。

 

 

 手紙を読み上げたテゾーロは、スライスとコルトに目を配る。

「……どう思う?」

「……コルト、お前は?」

「ダンスパウダーの原材料は銀です。特定の地域とはいえ、一国の首都に国中の雨を降らせるとなるとそれなりの量が必要でしょう」

「――となると、ダンスパウダーを造ってる連中は相当な資金を持ってるってことになる。多分ブラックマネーだろうな。だがコブラ王がそんなマネするとは思えねェ」

 スライスは持ち前の頭脳で推測する。

 アラバスタ王国は偉大なる航路(グランドライン)有数の文明大国で、それに加え現国王のコブラは諸外国からも名君と呼ばれる程の君主。おそらく大部分の国民はコブラの人柄を信じているだろうが、信頼の失墜とそれに伴う反乱も時間の問題だ。

「今のアラバスタが崩壊することで一番おいしい思いをする者――それが黒幕と言える」

「考えられるとすりゃあ……」

「「クロコダイル」」

 二人の大富豪の声が揃う。

 あの謀略家である切れ者海賊のクロコダイルならば、国盗りを仕掛けて自分の思い通りに事を上手く運ばせることができるだろう。目的はともかく、クロコダイルを放置するわけにはいかない。

「……今度この島で世界会議(レヴェリー)があるから、ダンスパウダーの一件はおれが上手くやる。スライスは情報を集めてほしい」

「情報?」

「クロコダイルの拠点は大よそわかっているが、資金をどう得ているかを調べてほしいってこと。ルートがわかればそこを封じりゃあ、作戦も並行させて誘導ができる」

 テゾーロの作戦は、世界会議(レヴェリー)の場でダンスパウダーの一件を取り上げ、各国の王達の同意を得て銀の産出と輸出入を制限することだ。材料の流通を制限させ、ダンスパウダー自体を造りにくくさせる上、価格を高騰させて資金獲得をコントロールしようというのだ。

 価格を高騰させれば、従来の資金獲得活動では必要な量を買いにくくなる。そうなれば、自ずと「黒い商売」に手を染めやすくなる。相手はクロコダイルゆえにそう簡単にはボロを出さないだろうが、彼の計画を狂わせるには悪くない手だろう。

「……水だって立派な資源だ。ましてや降水量の少ない地域なら時として金銀財宝以上の価値がつく。だからこそ、ここでおれ達が動かなきゃならないんだ(・・・・・・・・・・・・・・・)。無益な争いで血を流させないために、誰よりもカネの力を知る人間が」

 テゾーロの揺るがぬ決意に、スライス達は息を呑んだ。

 

 

           *

 

 

 シャボンディ諸島13番GR(グローブ)

 ぼったくりバーの店主であるシャクヤクは、同棲中の生ける伝説シルバーズ・レイリーと共にある人物を迎えていた。

「おれ達も随分なジジイになっちまったな」

「ロジャーが生きてたら、どんな面になってんだろうな」

 レイリーと団欒するのは、同じく元ロジャー海賊団の船員(クルー)であるスコッパー・ギャバン。久しぶりに顔を合わせ、ロジャーとの昔話に花を咲かせている最中だ。

 そこへ店のドアを開け、古びた小さな宝箱を片手に軍服姿の男が足を踏み入れた。

「君は……」

「元海軍本部准将、現グラン・テゾーロ国防軍「ガルツフォース」の将軍・シードです」

「シード……テゾーロの?」

 訪ねてきたのは、テゾーロの部下であるシードだった。

 財団解体後は、ほぼ初となる邂逅だ。ましてやギャバンはテゾーロ財団設立期に関わったが仕事の都合上ほとんど顔を合わせることが無いため、とても新鮮な出会いだ。

「テゾーロの奴は元気か?」

「おかげさまで」

「……何やら聞きたいことがありそうだな」

 レイリーの鋭い指摘に「さすが〝冥王〟」と苦笑しつつ、シードは告げた。

「これは〝祭り屋〟ブエナ・フェスタが見つけたモノです」

「ブエナ・フェスタ……またその名を聞くとは」

 レイリーは顎に手を当てる。

 フェスタは世代的にはレイリーや白ひげと同じであり、興行師としての一面が有名な大物海賊だ。覇王色や悪魔の実の能力などは持ち合わせていなかったが、持ち前の頭脳や口の上手さ、裏社会の人脈(コネ)を駆使し、ある種の熱狂を産み出しつつ時代を駆け上がってきた。

 確か、彼はテゾーロとインペルダウンから解き放たれたバレットと行動を共にしているという話だ。

「この中身が本物か知りたいのです」

 シードは宝箱を開け、中に入っているモノを見せる。

「……!」

「……おいおい、マジか……!?」

 それは、レイリーとギャバンが見覚えのある代物だった。

 

 

 遠い昔……ロジャー海賊団が歴史上初の〝偉大なる航路(グランドライン)〟制覇を成し遂げた直後だった。

「何の冗談だ!! 永久指針(エターナルポース)に記録したのか!?」

 破天荒極まりないが人一倍仲間想いな船長は、珍しく船員をキツく睨んだ。

 その船員の手には、永久指針(エターナルポース)が。彼はロジャーに命じられてもいないのに、「この世の全て」が眠る最果ての地・ラフテルの座標を記録したのだ。

「万が一の為です! もしまた必要になったら……!!」

「万が一? ならねェよ。おれ達の冒険は終わったんだ」

 ロジャーは強引に永久指針(エターナルポース)を船員から奪い取り、高く掲げた。

「こんなモンに頼る奴に手に入れられる宝じゃねェ。そうだろう?」

 そう言い放ち、ロジャーは永久指針(エターナルポース)を海に投げ捨てた。

「あー!! 船長~!! もう行けねェ……!」

「おれ達は……早すぎたんだ(・・・・・・)

 船員が頭を抱える中、レイリーは未来に思いを馳せた。

「〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟か……誰が見つけるんだろうな……」

「そりゃ、おれの息子だな!」

「……いねェだろう」

「これからできるってんだよォ!」

 

 

「まさか、あの時の永久指針(エターナルポース)か………!?」

「こいつァ驚いたな……」

 レイリーとギャバンは度肝を抜かれた。

 二人はこの目で、ロジャーがラフテルの座標を記録した永久指針(エターナルポース)を海へ葬ったのを見ている。だからこそ、それがシードの手元に渡っているのが信じられないのだ。

「これはブエナ・フェスタが海難事故で海王類に飲み込まれた際、その腹の中で見つけたそうです。――あなた方の反応を見ると、本物のようだ」

 シードの目的は、ブエナ・フェスタが見つけ出したラフテルの永久指針(エターナルポース)の信憑性を確認するためだった。

 というのも、バレットがロジャーの船に乗っていたのは大よそ三年程で、ラフテル到達の前――ロジャー海賊団と金獅子海賊団が激突した「エッド・ウォーの海戦」が勃発した辺り――に船を降りている。バレットはその後〝一人海賊〟として海を暴れ回り、海軍に捕まってテゾーロの目に留まり今に至っている。つまりバレットはラフテルに行っていないのだ。

 ラフテルの永久指針(エターナルポース)を見つけたフェスタも、実際のところ風の噂で存在を聞いていただけ……あの宝を本物だと証明できる人物が周囲にいなかったのだ。

 よって頼みの綱であるかつての海賊王(ロジャー)の相棒に真偽を問いに来たのだが――反応だけでそれが本物であることがわかった。

「とんでもない代物を手に入れたんですね、やっぱり……これが公表されたら世界がひっくり返る。下手をすれば世界規模の争いの火種になりかねない」

 この宝の存在を、あらゆる勢力が無視できないだろう。ラフテルの永久指針(エターナルポース)は世界中の海賊はおろか、海軍や世界政府、四皇すらも欲するレベルの代物。これを手に入れた者は、この世の全てを手に入れられるも同然なのだ。

 世間では〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に最も近いのはロジャー最大のライバルだった〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートだが、実際はテゾーロも人知れず肩を並べているのだ。それもラフテルの永久指針(エターナルポース)は本物であり、その気になればラフテルに行けないわけでもない。

 そうしないのは、テゾーロが海賊ではないことやそれ以上の叶えるべき野望があるからだ。しかし彼の手元には古代兵器(プルトン)の設計図というもっとヤバイ代物もある。もしかしたら、彼の頭の中には「最後の手段」があるのかもしれない。――それが何なのかは、想像に難くない。

「だからこそ、テゾーロさんはバレットを……」

「「そこを詳しく」」

 ギャバンとレイリーは、かつての船員(クルー)の名に食いついた。

 シードは一呼吸置いて、二人にバレットの現状を伝えた。

「――知っての通りでしょうが、〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットは、テゾーロさんと手を組んでます」

「……新聞で知ったが、本当だったんだな」

 レイリーは驚愕する。

 バレットはオーロ・ジャクソンに乗っていた三年間、常に一人であることが多かった。過去の経験から仲間は不要と考えており、己自身の為に生きてきたからだ。そんな孤高主義な彼を動かせたのは、一味では船長(ロジャー)ただ一人だった。

 あの一匹狼を動かせたのは、ロジャー以外ではテゾーロが初めてなのかもしれない。二人の出会いに何があったのかは直接聞くしかないが、仲間という扱いではないようだ。

「……ここから先は、僕の個人的な用事です。ラフテルの永久指針(エターナルポース)は同僚達の依頼だったので」

「君の用事とは?」

「バレットの三年間を詳しく知りたい。僕はバスターコールを発令された時が初めてでした。それ以前のロジャー海賊団時代のバレットを教えてほしいんです」

 同じ元軍人ながら、まるっきり正反対なバレットとシード。

 シードは大まかにしか知っておらず、一番大事な時期を詳しく知らない。迷いなく突き進むバレットが人生で最初で最後の「寄り道」である、ロジャーの〝挑戦者〟であった時期……そこを知ることで、強さの求道者と良好な関係を築きたいと思ってもいる。

 ――この海を一人で生きてる人間はいないと、気づいてほしかった。

「いいだろう。我々がバレットと初めて出会ったのは――」

 〝鬼の跡目〟の伝説が開幕した瞬間を、レイリーはシードに語り始めるのだった。




そろそろ世界会議に入ります。
ちょうど原作開始から二年前なので、エースやサボもどこかで首突っ込むと思います。

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第129話〝奥の部屋にいる〟

随分お待たせました、申し訳ありません。


 聖地マリージョアの外で開催される、前代未聞の世界会議(レヴェリー)に向けて着々と準備を整えるグラン・テゾーロ。

 その裏で、一人のコソ泥が〝新世界の怪物〟の資産を奪おうと蠢いていた。

 

 

「ここからが本番ね……」

 白いストライプが特徴の黒スーツの男達から身を隠しつつ、少しずつ怪物の根城の深部へと潜り込む一人の美女。紫色の長髪をまとめ上げ、スパイスーツに袖を通した彼女の名はカリーナ――〝女狐〟と呼ばれる怪盗だ。

 彼女の目的はただ一つ。グラン・テゾーロの君主にして世界的大富豪であるギルド・テゾーロの資産「テゾーロマネー」だ。世界中の泥棒が狙っているそれを盗み出せれば、泥棒としての最高の栄誉を手に入れることができ、カリーナの名を伝説の怪盗として後世に語り継ぐこともできる。

「ここまで来るのに、苦労したわ……」

 思わず涙ぐむカリーナ。

 彼女は盗みが大の得意で、騙し合いにも強い。海賊達を騙し続けて海を渡り、新世界に向かう海賊船に人身売買にかけられる美女のフリをして乗って、機を伺って別の船に移りグラン・テゾーロに上陸しようと画策していた。

 だが、それを根本から覆す一大事が起こった。まさかの〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットの襲来である。必要時以外はテゾーロと距離を置いて単独で暴れるロジャーの後継者の進撃に遭い、海賊団は秒殺されて海に放り出されてしまったのだ。幸いにも巡回中の海軍の軍艦に救助され、偶然にもグラン・テゾーロの周辺海域にある島に降ろされて事なきを得たが、一時は死を覚悟したものだった。

「さて、まずは怪しまれないようにしないと……」

 感傷に浸るのをやめ、カリーナは心を切り替える。従業員や警備の者達を巧みな話術と色仕掛けで切り抜けたが、ここから先はテゾーロとその重臣達が支配する領域だ。あらゆる手を使って目的を遂行せねばならない。

 ふと、彼女の目に一人の女性が映った。優雅で気品のある女性だ。おそらく噂に聞くテゾーロの妻であるギルド・ステラ夫人。彼女は財団創立以前からテゾーロを長く支えてきているグラン・テゾーロの超重要人物だ、接触することで何か得られそうだ。

 カリーナは行動(アクション)を起こした。

「動かないで」

「!?」

 カリーナは懐からナイフを取り出し、一切音を立てずにステラの喉元にナイフをあてる。

 侵入者に気づいたステラはすかさず拳銃を取り出し、銃口をカリーナの方に向けた。この銃には貴重な海楼石の弾丸を込めてある。当たりさえすれば、たとえ彼女が能力者だったとしても十分なダメージを与えられる。

 しかし相手は怪盗――偸盗術のプロフェッショナルが相手では分が悪かった。カリーナは銃口を向けられた瞬間、目にも止まらぬ速さで手刀を繰り出してステラの手を叩き、銃を落とした。

「静かに……」

(だ、誰……!? どうやってここに……!?)

「人殺しをしに来たわけじゃないけど、この国に眠るテゾーロマネーを頂戴したいの。悪いようにはしないから、黙って案内して」

「……」

 泥棒の要求に、ステラは思案する。

 テゾーロマネー自体は、盗まれてもどうということではない。所詮は金であり、愛する夫が黄金を生む能力者なのだから、何億も何兆も盗まれたとしても動じることは無いはずだ。仮にテゾーロマネーを全て盗まれても、所有者(テゾーロ)は「ステラが無事でよかった」と安堵して抱きしめるだろう。夫婦愛は永遠である。

 問題なのは、同じ場所に眠る存在自体が世界をひっくり返す二つの宝の方である。アレはテゾーロマネー以上の価値があるどころか、時代の覇権や世界の命運が関わってくる次元が違うアイテム……金で換算できるような代物ではないどころか、むしろ存在すること自体があり得ないレベルだ。

 今の彼女にできるのは、テゾーロ達が自分のピンチを察知して動いてくれるよう働きかけること。それも、怪盗に気づかれないように。幸いにもカリーナの目的は一つだ、うまくやり過ごせば、テゾーロが解決してくれる。

「……わかったわ。だけど周りの皆を巻き込まないこと――それが絶対条件よ」

「交渉成立ね。私は怪盗カリーナ……よろしくね、お姉さん♪」

 ウシシ、と満足気に笑うカリーナ。

 この後、彼女は一時の夢に酔いしれつつギルド・テゾーロの恐ろしさを味わうことになる。

 

 

           *

 

 

 ステラを人質にしたカリーナは、グラン・テゾーロの立ち入り禁止エリアであるプライベートエリアに足を踏み入れた。

「ここまでの国を一代で築くとはね……」

「テゾーロの夢はまだ半ばよ? ここから先が真の正念場って言ってたわ」

 テゾーロの底知れぬ野心に驚いていると、カツカツと杖を突く音が響いた。

 二人の元に近づくのは、杖を携えた長身の男性。額に巻かれた包帯と両目の傷が特徴で、その雰囲気は穏やかそうである。

 テゾーロの部下の中でも穏健派である三つ目族のタタラだ。

「おや。ステラさん、そちらの方は……?」

「カリーナよ。さっき酒場で会って意気投合して……」

「成程、ガールズトークとやらで仲良くなったんですか。さすがですね」

 タタラは顎に手を当てて変な感心をする。

「あなたは?」

「私はタタラ。三つ目族の三十代後半です」

「三つ目族……!?」

 初めて耳にする種族名に戸惑う。

 この世界には数多くの人種が存在し、普通の人間から魚人族・人魚族、巨人族に小人族、手長族に足長族など、多様性に富んでいる。当然人種同士の争いや偏見・差別はあるが、時には人種の壁を超えて活躍したり困難を乗り越えることもある。

 カリーナも各人種の裏事情や歴史は承知ではないが、どんな人種がどういった特徴があるのかという基本的な情報は知っている。だが三つ目族は人間(ヒューマン)オークションのリストにすら載ってない程に希少な種族であり、全てが解明された種族でもない。彼女は図らずとも未知の種族とのファーストコンタクトという貴重な体験をしているのだ。

「気味悪がられますが、本物見ます?」

「い、いえ! 結構です、また今度にでも……」

「そうですか……ところで、ここは一般の方は立ち入ってはいけないエリアですが、何か御用で?」

「テゾーロに紹介したいの。どこにいるか知ってる?」

「今日は確か屋上でモルガンズ社長との会談があるそうで、私室の方にはいないかと」

 タタラ曰く、今日は世経――世界経済新聞社――の社長であるモルガンズとの会談があり、訳あって塔の屋上に設置された天空劇場にいるという。おそらく、今度行われる世界会議(レヴェリー)の準備の為なのだろう。

「じゃあ、テゾーロには「奥の部屋にいる」って伝えてくれないかしら」

「――!! ……わかりました」

 タタラは了承すると、マントの内側から細長い筒状の貝殻が特徴の巻貝のような生物を取り出した。ワノ国で電伝虫の代わりに用いられている「タニシ」で、彼が所持しているのは「スマシ」――携帯用の小型の「スマートタニシ」だ。

 殻以外は電伝虫とさほど変わらない外観だが、電伝虫に比べて念波が弱いという欠点がある。しかしテゾーロは万が一電伝虫が何らかの手段で使えなくなった場合を想定し、部下の一人であるジンが知り合いのある大物海賊(・・・・・・)から譲り受けたものを活用したのだ。

 

 ――プルルルル! プルルルル! ガチャッ

 

「こちらタタラ。タナカさん、聞こえますか」

《するるる……これはこれはタタラ様、どうかなさいましたか?》

(電伝虫? でも全く違う……)

 タタラが使っている電伝虫と似た性質の生物に、カリーナは興味を持つ。

「テゾーロさんは?」

《今モルガンズ氏と会食中ですが……何か御用で?》

「ステラさんが紹介したい方がいるそうで。会談(そちら)はいつ終わりますか?」

《あと一時間程ですねェ……お部屋でお待ちしていただけますかね、その方には》

「ステラさんは「奥の部屋にいる」とのことです」

《……!! わかりました、ではお部屋の鍵は開けておきますよ。では失礼》

 連絡を終えると、タタラはスマシをしまってステラに了承を得たことを伝えた。

「……ステラさん、せっかくですので私が護衛としてご同行いたしましょう」

「いいの?」

「最近はテゾーロさんの資産を狙った泥棒が増えてますからね。あの方も困った人です、自分の今後に関わる財産すら博打の景品にするなんて」

 カリーナは目を見開く。

 テゾーロは何と、自分の資産を賭け事の商品として扱っているのだ。おそらく、ギャンブルの対象として見世物にしているのだろう。絶対に盗まれることが無いという自信の表れと言えよう。

「では、ご案内致します」

 

 

 時同じくして。

 グラン・テゾーロの象徴(シンボル)にして政治の中心である黄金の塔「THE() REORO(レオーロ)」の最上階、天空劇場にてテゾーロはモルガンズと会食を楽しんでいた。

「クワハハハハ!! 出世の神様もついにここまで来たか!! 世界中が度肝を抜く大ニュースだ!!」

「買い被りが過ぎますよ、モルガンズ社長」

「クワハハ、買い被りなものか!! 世界の歴史においても、成り上がりで世界会議(レヴェリー)の開催場所をマリージョア以外にさせたのはこれが初めてだぞ!!」

 テゾーロを称賛するモルガンズ。

 彼にとってギルド・テゾーロは、常にビッグ・ニュースを提供してくれる型破りな男だ。経歴から思考回路など、あらゆる面で常人とかけ離れている。存在そのものがスクープのようなものであり、守銭奴とはいえ自らのジャーナリストとしての矜持をくすぐる人間だ。

 〝新世界の怪物〟は、もはや若き伝説と化していた。

「――おっと、そろそろ時間だ。ではここで失礼しよう」

「道中お気をつけて。おい、ハヤト」

「護衛だろ? わーってるよ」

 テゾーロはモルガンズとの会談を終えた。

 財団時代からの付き合いであるモルガンズは、テゾーロにとって貴重な情報源であると共に経営者として同じ時代を生きる同志だ。立場も主義主張も違うが、目的が一致すればスライスとの関係のように手を組むこともある。人脈とは、そういうものだ。

「さて、片付けるか……」

 後片付けに取り掛かるテゾーロ。

 この会談は非公式、いわゆるプライベートの邂逅だ。食事も酒もテゾーロ自身が吟味して用意した物ばかり。自分で用意したのならば、自分で片づけるのが筋――テゾーロはそういう考えの持ち主だ。

 その時、壁をすり抜けてタナカさんがテゾーロの前に現れた。

「おや、随分と早く終わったのですね」

「彼も仕事人だ、スケジュールの都合もあるさ」

 テゾーロはテーブルクロスを畳みながら「用件は」と尋ねる。

「テゾーロ様、ステラ様からの伝言です」

「伝言?」

「「奥の部屋にいる」とのことです」

 その言葉に、テゾーロは一瞬目を見開く。

 この「奥の部屋にいる」というのは、実はテゾーロとその重臣達にしか伝わっていない暗号だ。奥の部屋とはテゾーロの私室の奥にある大金庫「テゾーロプレゼンス」で、普段はテゾーロ自身も使うことが少ない。言い方を変えれば、何らかの事情で向かうことになるという事実を伝えていることにもなる。それが、テゾーロの資産を狙う悪党が関わっているのも含む。

「そうか……」

 テゾーロは動じなかった。

 ステラが人質に取られていれば、今までの彼ならば怒りを露わにして後先考えずに突っ込んでいったことだろう。だが世界的な大物に成長したことで、冷静に対処することの重大性を理解できるようになっていた。

「そのまま大金庫へと誘導しろ。シードに連絡して、逃げ道となる全てのルートを塞げ」

 テゾーロは指示を飛ばす。

 人質とは生かしてこそ効果があるのだ。ステラの安否は、少なくとも大金庫に辿り着くまでの間は保障される。ならば勝負を仕掛けるのはそこから先――大金庫に辿り着き、目的の代物を眼中に捉えて油断した一瞬の隙だ。

(おれはそこらの金持ちと違って甘くないぞ? 確かな情報さえあれば、あとは権力で物を言わせられる)

 新世界の怪物(ギルド・テゾーロ)は、まだ見ぬ女狐との出会いを楽しみにしているのか、ニィッと頬を緩ませた。

「……久しぶりのエンターテインメンツだ、期待しているぞ? 怪盗」




早くルフィ登場させないと……。(笑)


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第130話〝怪盗カリーナの危機〟

二つの小説を掛け持ちするって、大変ですね。
働くと非常に身に沁みます。


 グラン・テゾーロにそびえる黄金の塔の中層には、コントロールルームがある。

 コントロールルームはホテルの客室とグラン・テゾーロ全体の電伝虫を管理する「ホスト電伝虫」が配置されている。その部屋には、グラン・テゾーロの主であるテゾーロが置いた「国防省」の警備主任のタナカさんの部屋と直接繋がってもいる。

「二人の動きは?」

 タナカさんの部屋を訪れたテゾーロは問う。

 ステラの身柄がカリーナの手に渡っている以上、迂闊に手は出せない。頭脳戦を制するしか、方法は無かった。

「ステラ様は無事です。どうやら嘘はついてないようですよ」

「そうか……」

 ホッと安堵するテゾーロ。

「今はどこにいる?」

「えっと……こ、これは!」

 タナカさんは目を見開き、冷や汗を流した。

 映像電伝虫を介したモニターには、体長10メートルはありそうなホスト電伝虫が鎮座しており、そこにステラとカリーナがいたのだ。本来はボディーガードの面々が接触するはずなのだが……。

「ボディーガードは何をしている!?」

「おそらく気づいていないんだろう。大方、故障したから一時的にケーブルを抜きに来たとか言ったんじゃないか?」

「それじゃあ――」

 タナカさんが言葉を続けようとした途端、映像が止まった。ケーブルを抜かれたのだ。

「テゾーロ様!!」

「慌てるな、ここまでは読んでいた」

「え……」

 テゾーロは動じない。

 下見もせず何も知らない状況で乗り込んだとしても、セキュリティが非常に高いことなど考えればわかること。ならば、セキュリティを無力化させようと手を打つのは当然の筋なのだ。

「タニシを繋げるぞ、シード達の出番だ」

「ガルツフォースですか」

「抜かれたケーブルは後でいい、外へ出れる全てのルートを塞ぐよう動かせ。逃げ道を与えるな、金庫室でチェックメイトだ」

 テゾーロは思い当たる限りの逃走経路の遮断を指示する。追い出すのではなく、誘い込んで逃げ道を塞ぐのが確実であると踏んだからだ。

「さて、そろそろ動くとしよう」

 

 

 セキュリティの要であるコントロールルームを制したカリーナは、ステラを連れて最上層の大金庫へ向かう。

(何て子なの……映像電伝虫を意識して、さも知り合いのように振る舞ってる……)

 ステラはカリーナの演技力に驚愕する。

 確かにプライベートエリアでも、安全の為に映像電伝虫を大量に配置し、それに加えて天然トラップとしてセンサー式警報装置の赤目フクロウも配置しており、厳重な警備体制を敷いている。しかしそれがどこに置かれているかは国家機密であり、その配置場所はテゾーロとその重臣達のみにしか知られていない。

 ステラの読みが正しければ、カリーナはグラン・テゾーロの下見を一度も行っていないどころか、この国に関する重要な情報もまともに把握していないだろう。それでも一切の隙を見せることがないのは、泥棒としての勘が非常に冴え渡っているということなのだろう。

「おかしい……」

「え?」

 カリーナは違和感を感じた。

 ここはグラン・テゾーロの中枢であり、しかも国王の部屋に近づいているというのに護衛がほとんどいないことなどあり得るのか。

 何かおかしい。

「あなた、何かした?」

「いえ……でもテゾーロはいつもこんな感じよ? ここを行き来するのはテゾーロと私以外だと、シード君達やVIP(おきゃくさん)くらいだし……」

 ステラの言葉に半信半疑なカリーナ。

 仮にも一国の王がこうも不用心でいいのか。言い方を変えれば、刺客が潜り込んでも返り討ちできる自信があるということだが、それでも気にするべきである。

「……着いたわ」

「! ここがテゾーロの?」

 廊下を歩いていると、目的の部屋に辿り着いた。

 見上げる程に大きな扉。その横の表札には「GILD TESORO」という文字が彫られている。この扉の奥には、グラン・テゾーロの支配者である新世界の怪物(ギルド・テゾーロ)の私室があり、その奥に目的の大金庫が眠っている。

 カリーナは息を呑む。その間にステラは鍵を開け、扉を開けた。

「……ここが私達の部屋よ、怪盗さん」

「――黄金の帝王にしては、意外とカジュアルね」

 カリーナは率直に感想を述べた。

 部屋の全てが黄金一色――ではなく、壁は真逆の白を基調としてカーペットを敷いた、大富豪の割には寛ぎやすさに満ちた空間だった。暖かい火が暖炉の中で燃え、書斎やベッドルーム、来客用の客間など、莫大な富と巨大な権力を手中に収めた大富豪というよりも礼儀作法を弁えた侯爵の邸宅といった雰囲気すら感じ取れる。

 金持ちの部屋はゴージャスであるイメージが強い分、テゾーロの感性が庶民寄りなことにカリーナは感心した。

「金箔で一面金色かと思ってたわ」

「それじゃあ眩しいでしょう?」

 もっともである。

「……ここにあなたの求めてるモノがある」

「!」

 ステラは本命――大金庫へとカリーナを誘った。

 テゾーロの書斎の奥の扉を開け、二人はまず倉庫に入る。明かりをつければ、戸棚に無数の書類が丁寧に綴じられている光景が映る。財団時代の書類が整理され、永久保存されているのだ。そしてその奥に、さらに重厚な扉が悠然と構えていた。

 ステラはドアノブ付近の三つのダイヤルロックに手を掛け、全て解除してゆっくりと開ける。壁一面が光り輝く黄金一色の中、そこには目的の品が保管されていた。

「これが、テゾーロマネー……!」

 目の前に広がるのは、山のように積まれた大量の札束。その量はカリーナの予想をはるかに上回り、ギルド・テゾーロという男がどれ程の力を持つ人間なのかが伺える。

 噂では一千億ベリーと聞いていたが、これは明らかにそれ以上……少なくとも倍以上の金額であるのは疑いようがない。

「これを一度に全部盗むのは無理ね……」

 あまりの大金にカリーナは引きつった笑みを浮かべてしまう。

 辿り着いたはいいが、いざ本物を前にするとどう盗み出せばいいのか迷う。一度にごっそり全部頂かないと、次のチャンスはまずない。

「……?」

 ふと、札束の奥に二つのガラスケースがあるのに気がついた。ガラスケースの中には古びた小さな宝箱と南京錠が掛けられた鉄製の箱があり、中を確認することはできない。

 考えてみれば、テゾーロマネーはガラスケースに入れられていない。本人の「別に盗まれてもすぐに作れる金額だ」という楽観さの表れかもしれないが、見方を変えればガラスケースの中身はテゾーロマネー以上の価値があるということだ。

 その中身が気になり、ステラに問おうとした、その時だった。

 

 ――ハハハハハ!!

 

 突如、演技がかった笑い声が背後から響いた。驚いて振り返れば、そこには派手なマゼンタのダブルスーツを着た長身の男が立っていた。

 グラン・テゾーロの主である〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロだ。天上までのし上がった出世の神様が、武装した軍服姿の男達を引き連れて乗り込んできたのだ。

「まさか本当にここまで侵入してくるとは……」

「テゾーロ!」

「ステラ、無事だったか?」

 愛する夫が現れたことに安堵して駆けつけたステラを、力強く抱きしめる。

「今日まで星の数程のコソ泥達が挑んだが、その多くはプライベートエリアの入り口付近……よくてもコントロールルームがある中層のどこかで取り押さえられていた。君が初めてだよ、この部屋まで辿り着いたのは。八方塞がりで逃げ道はないがね」

 称賛しながらも黒い笑みを浮かべるテゾーロに、カリーナはようやく気づいた。

 テゾーロは〝確実に〟捕らえるためにわざと誘導したのだ。金庫室まで誘導し、出入り口を全て塞いで何をしても逃げられないように。

「本来ならもっと早く取り押さえられるのだが、少し気が変わってな。わざとここまで連れてきた」

 ふと、テゾーロの両手から火花が散った。

 その直後、黄金の壁が揺れ動き、そこから蛇のように長く太い触手――黄金の帯が襲い掛かった。槍のように鋭く、鞭のようにしなやかなそれは、カリーナの眼前に止まった。

「あ……」

「我が妻を人質に取られて何も思わないとでも?」

 カリーナは青ざめた。テゾーロは自らの手で愚かな女狐を葬る腹積もりであると、ようやく気づいたのだ。

 顔は笑っているが、彼の心の内は不穏極まりない。世界政府の最高権力者や天竜人との私的な謁見も許される程の男なら、いつでも物理的にも社会的にもカリーナを抹殺できるだろう。

 万事休す。もはやここまでかと諦めた、その時――

「しかし、ここで始末するにはあまりにも惜しい」

「え……」

「実はこれから本格的にエンターテインメンツを行おうと思っていてな……どうだ? このギルド・テゾーロのショーパートナーとして働いてみないか? 君の才能を一番発揮できる仕事を与えよう」

 テゾーロは手を差し出し、勧誘してきた。

 実を言うと、テゾーロはコネで前々からカリーナの情報を掴んでいた。怪盗としての偸盗術は勿論、騙しのテクニックから為人(ひととなり)、人間関係に特技と、把握できるだけの情報を予め得ていたのだ。その理由はセキュリティの更なる強化で、グラン・テゾーロを守る防犯システムの改正の参考とするためだ。

「おれとしては、君にとって決して悪くない話だと思うが?」

「ええ……確かに素晴らしいご提案ね。でも……」

 カリーナは言葉を止める。

 彼女は怪盗だ。一流の泥棒としての矜持がある。ゆえに易々と妥協はできないのだが……。

「――その宝箱の中身を見たいだろう?」

 そういう答え(・・・・・・)がくると読んでいたのか、テゾーロはカリーナの欲をくすぐった。

「君が私の勧誘に応じてくれるのなら、見てもいい」

「………あら、盗むとは思わないの?」

「盗めないさ。その箱の中身の〝真の価値〟を理解できれば尚のことだ。仮に盗めても逃げられる状況とは思えないがな」

 テゾーロは不敵に笑う。

 話を聞いた限りでは、テゾーロはカリーナを始末する気は無い様子だ。だがもし断れば二度とグラン・テゾーロに入国できなくなる可能性が高い。そうなれば、テゾーロマネーはおろか一攫千金のチャンスすらも棒に振ってしまう。

 だが話に乗れば、身の安全は勿論、今後の人生も保障してくれそうだ。ただし一度頷けば二度と怪盗としての活動はできなくなるだろう。

 泥棒としての最高の栄誉を手放して盗みを続けるか、思い切って新しい人生を送るか。カリーナの出した答えは……。

「わかったわ。あなたの勧誘に乗ってあげる」

「随分と上から物を言うじゃないか。大歓迎だ」

 カリーナの答えに満足したのか、テゾーロは鍵を投げ渡した。

 あの二つのガラスケースと、その中身の鍵だろうか。

「おれは一度交わした約束は守る。さァ、見るがいい」

 どんな契約であれルールであれ、テゾーロはそれを違うことはない。王となった今では、グラン・テゾーロという国家の信用にも関わってしまうのだから尚更だ。

「……」

 カリーナはまず、古びた小さな宝箱の方から見ることにした。

 ガラスケースの鍵を解除し、箱の鍵を開けて中身を見た。

「…………そんな、まさか……信じられない!!」

 カリーナの表情が、みるみるうちに驚愕の色に染まる。

 古びた小さな宝箱の中身は、煌びやかな金銀財宝ではない。むしろパッと見はごく普通の船乗りでも持っていそうな物だ。しかしその正体は〝新世界の怪物〟だからこそ所有できる、世界中がひっくり返る宝物だ。

 ――これは盗んでいい物ではない(・・・・・・・・・・・・・)

 それがカリーナの答えだった。これは盗むどころか情報すら漏らしてはいけない。あらゆる勢力は無視せず欲し、世界を巻き込む戦争の火種にもなり得る。

 だからテゾーロが言ったのだ。箱の中身の〝真の価値〟を理解できれば盗めない、と。

「じゃあ、もう一つのは――」

「とある〝戦艦〟の設計図だ。だが兵器なんぞ君にとってはあまり興味が無いだろう?」

 もう一つの宝箱の中身は、兵器の設計図だとテゾーロは堂々と自白した。

 確かにカリーナにとってはお宝とは言い難いし、そもそも怪盗が狙う代物ではない。どちらかというと海賊や裏の世界で暗躍する反社会勢力が狙うモノだ。中身を見たとしても、それをどうこうする気にもなれない。造ることもできないのに知ってるだけでは役にも立たないからだ。

 ――それが、世界を揺るがす古代兵器とも知らずに。

「……さァ、約束は約束だ」

 テゾーロは手を差し伸べ、口角を上げた。

「グラン・テゾーロへようこそ」



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世界会議編
第131話〝振り返れば弾丸がいる〟


お待たせしました、3月最初の投稿です。


 バーデンフォード「グラン・テゾーロ」。

 世界中の王達が集う〝世界会議(レヴェリー)〟開催のカウントダウンが始まる中、自室でテゾーロとステラは酒席を共にしていた。

「……ついに来たのね、テゾーロ」

「ここまで長かった。世界を変えるには、この大会議を制する必要は避けて通れないが」

 キンッと軽くグラスをあわせ、黄金色のシャンパンを飲み交わす。

 天上の権力すらも簡単には通さない〝絶対聖域〟を創り出した男と、その男の背中を支え続けた気品ある夫人。世間ではあらゆる事業で成功を収めた「世界で最も影響力の大きい夫妻」と称されるが、プライベートではごく普通の一般家庭と何ら変わりはない。

 しかし、男の方――ギルド・テゾーロの方は少しばかり心労が見えていた。

 国防軍(ガルツフォース)入国管理局(イミグレーション)、行政機関の設置。経済基盤を支えるためのあらゆる娯楽施設の建造と国民の為の住宅着工、世界政府中枢や天竜人との兼ね合い。急ピッチで進めた国家運営は、さすがのテゾーロでも疲労が溜まったようだ。

「今度の相手は「国家」だ……細心の注意を払わなきゃならねェ」

 テゾーロはらしくもなく、弱音に近い言葉を吐く。

 〝世界会議(レヴェリー)〟の重要性は高い。世界政府加盟国の代表達が集うのだ、単純に考えれば「今後とも仲良く」すれば世界平和に大きく躍進できる。だが実際のところは笑顔で足を踏み合うような状態だ。

 各国の内部は問題だらけで、強国同士は静かに睨み合い、子分同士をケンカさせる。資源や技術は国家間で脅しの道具に使われ、国民の為、他国の為に発言できる王が何人いるかは誰も知らない。テゾーロはそんなサイクロンの中へ飛び込むのだ。

「うまく行けばいいが……」

「テゾーロ」

 はっきりとした口調で、ステラはテゾーロを見据えた。

「あなたは一人じゃないわ。この世界を一人で生きてる人なんているわけがない。私が傍にいるから」

「ステラ……」

 太陽のような微笑みに、テゾーロは強張った表情を綻ばせる。

 本来ならとても金には代えられない愛情を貰い、笑顔で死んでいく運命だった。それは()()()()()()()()()()()()によって未来を繋げることができた。

 〝本来のテゾーロ〟が何を想っているのか――それを確認する術は、この世の全てを手中に収めたも同然である()()()()()()にはない。彼は〝彼〟として生まれ変わった、別人のテゾーロなのだから。だが、好いて惚れた女性の運命を変えたことに〝彼〟は感謝している……のかもしれない。

 ならば、〝本来のテゾーロ〟に恥じない生き様を貫こうではないか。それが転生・憑依した自分ができる、彼への唯一の「報い」なのだから。

「ありがとう、ステラ」

 テゾーロは静かに告げ、ステラの手を取り甲にキスを落とす。ステラは朗らかに「どういたしまして」と返した。

(……ここからだな)

 ――ここからギルド・テゾーロの伝説が始まるんだ。

 

 

           *

 

 

 一週間後、世界会議(レヴェリー)当日。

 会議は白熱していた。

 今回進めるべき議題は、銀の産出量の大幅な制限。ダンスパウダーの原材料そのものを押さえることで、ダンスパウダー生産を一時的にでもストップさせるのが目的だ。もっとも、本当の目的はクロコダイルの計画を大きく狂わせ遅らせることなのだが。

「アラバスタで起こってる事件についての関与はしないが……テゾーロ王、なぜこのような提案を?」

 議長であるロシュワン王国国王のビール6世はテゾーロに尋ねる。

「銀の産出を制限すれば、否が応でもダンスパウダー製造の大きな歯止めとなります。戦争は勝っても負けても失う方が多いモノです、資源の奪い合いは国家としての損失も非常に大きいと思います」

(……何と聡明な……!)

 テゾーロの意見に、コブラは瞠目し感心する。

 政治家としての経験はあまりにも浅いが、元々「経営者」としては一流の実業家だ。経営するモノが組織から国家に変わっただけであり、その敏腕ぶりと既存の常識・固定観念に囚われない柔軟な思考は健在なのだ。

 だが、そんな有能な人物を目障りに思う者もいる。

「ふんっ! くだらねェ、そんなこと決めて何になるってんだ」

(うわ、バカが絡んできたよ……)

 鼻をほじりながらそう吐き捨てるのは、ドラム王国国王のワポル。前回の世界会議(レヴェリー)でアラバスタ王国王女のネフェルタリ・ビビに暴力を振るった傍若無人な暴君だ。

 彼は会議が始まる前からテゾーロが気に食わないのか、終始睨んでいる。しかし王族でもないのに天上に最も近い立場と権力を得ているのだから、利己的な王としてはある意味当然と言えよう。

「黙ってはどうかね? ワポル王」

「コブラ……! おめェペーペーの成金野郎に擁護されて少し調子に乗ってねェか?」

「何だと?」

 コブラの目が鋭くなり、議場の雰囲気が不穏になる。

 ワポルはそれを意にも介さず、テゾーロに矛先を向けた。

「いいか、テゾーロはあの〝鬼の跡目〟をシャバに解き放った野郎なんだ! あいつがどういう男かわかってねェ成り上がりの恥知らずだ!! カネまみれの脳ミソで何を企んでやがるかわからねェぞ!?」

 ワポルが意地汚い笑みを浮かべながら糾弾すると、周囲の王達はざわつき始めた。

 ダグラス・バレット――世界政府が必死に抹消しようとしていたゴール・D・ロジャーが遺した伝説の一つ。ロジャーが生まれ故郷(ローグタウン)の断頭台に消えてから二十年近く経っていてなお、世界中に恐れられた〝鬼の跡目〟が再び海で猛威を振るっているのは無視できないことではあり、正しいと言えば正しいだろう。

 しかし、テゾーロは動じない。この程度の糾弾は予測できていたからだ。

「そんなに興奮しないでください」

 そう言ってテゾーロが穏やかな笑みを浮かべた。 

「私はあなた方と違って王侯貴族の出身ではありません。だからこそ人一倍に法律や制度の勉強をして、外交・経済・執政において発生する様々な問題に取り組んでます。あなたは私を〝成り上がりの恥知らず〟と批判をされましたがね、深刻な医者不足を放置している貴殿こそいかがなものでしょうかね?」

「ぬっ……!」

「それにワポル王、大体本当に悪巧みをしようものなら、そんな情報なんか外部に漏らしませんよ。こんなことは3秒あれば誰でもわかると思いますよ?」

 テゾーロの切り返しと煽りに、ぐうの音も出せないワポル。

 だがワポルのテゾーロへの非難の声は、伝染した。

「し、しかし!! ゴールド・ロジャー亡き後の〝鬼の跡目〟が何をしでかしたか知らんわけではあるまい!!」

 別の王が声を上げる。その顔からは恐怖心が見て取れた。

 ロジャーの死後、バレットは拳の行き場を失い、目の前にあるモノ全てを破壊しつくす災厄そのものとなった。ある時は海軍を、またある時は海賊を、そして国家すらも……若くして海賊王の右腕(シルバーズ・レイリー)に匹敵する程の武力を有する男の暴走は、当時の世界情勢を知る者ならば誰もが恐れ戦いただろう。

 そして止めと言わんばかりに、おそらくこの場で最高齢であろう王が叫んだ。

「そ、そうだ!! 貴殿は第二の〝ロックス〟を生もうとしているのか!?」

 その言葉に、会場は一斉に静まり返った。ワポルや一部の若い王達は何だかわからないのかひそひそと家臣と話しているが、多くの王達は目を逸らしたり顔色を悪くしている。

 〝ロックス〟とは、本名ロックス・D・ジーベックと言い、かつて海賊王ロジャーより前に海の覇権を握っていた今は亡き大海賊だ。人の下に付けるようなタイプじゃない唯我独尊な怪物級の海賊の集まり「ロックス海賊団」を率いて世界の禁忌(タブー)に触れながらテロ活動を行い世界政府に牙を剥いた、ロジャーの最初にして最強の〝敵〟とバレットを、加盟国の王達は重ねていたのだ。

 しかし、意見とは常に賛否両論。異議を唱える王もいた。

「まあ待ちたまえ。ロックスは死んだのだ、今更恐れる必要もあるまい」

 それは驕りかどうかはわからない。だが少なくとも、荒れる議場を落ち着かせるには十分な言葉だった。

「ええ。彼はロックスではないし、そもそもが異なりますよ」

 その言葉に、王達はざわつく。

 バレットとロックスの決定的な違いは目的だ。バレットの行動理念は生涯初の完敗を喫したロジャーを超えた世界最強の存在となるためであり、ある意味ではロジャーのように支配とは無縁であると言える。しかしロックスは生前「世界の王」という壮大な野望を掲げて暴れ回り、言わば革命軍のように打倒世界政府を目論んでいたのだ。

 生きることを、自分が信じる〝強さ〟に変えようと戦ってきたバレット。粗暴かつ独立心の強い規格外の実力者を従え、世界政府に代わって世界を支配しようとしたロックス。二人は脅威であるが力を向ける相手が違うのだ。

「私がバレットをインペルダウンから出したのは、膨れ上がる海賊達の抑止力と王下七武海の監視のためです」

「………毒を以て毒を制す、ということか。確かに一理ある」

 〝西の海(ウエストブルー)〟の花ノ国の王・ラーメンは肯定的な態度だ。

 花ノ国は数百年の歴史を持つギャング「八宝水軍」と深く繋がっており、全盛期には5億4200万ベリーの賞金を懸けられた伝説の海賊〝錐のチンジャオ〟とも縁がある。時の王の依頼を快諾することも多々あり、その関係は世界政府と王下七武海よりも良好と言えるのだ。

 現実世界でも、海賊に自国の通商路(シーレーン)の維持と敵国の通商路(シーレーン)の破壊を任せた「私掠船」の歴史がある。私掠船はパリ宣言で利用を放棄される形で消滅するまでの約二百年余も海で活動し、様々な戦争に介入しては雇用主たる国家と共に制海権を巡って戦ったこともある。

 以上のことから、世界政府以外にも海賊に軍の任務の一部を担うケースは、確かに存在すると言える。

「しかし、海軍大将が三人もおるのだろう? 彼らに任せるべきでは? 貴国は世界政府にとっても重要なのだろう?」

「それは無理な話ですね。海軍大将では制約が多すぎる」

 海軍本部の最高戦力である海軍大将は、天竜人直属の部下という立場も兼ねている。

 有事の際、いわゆる天竜人に関係する事件が起こればそれを最優先せねばならず、民間人の被害を無視して天竜人の為に動かねばならない時もある。ゆえに現職の大将達は渋々応じるのが現状で、〝海軍の英雄〟であるガープも大将への昇格を拒否し続けて現在の位にいるのだ。

「以上のことから、海軍は天竜人との兼ね合いがあって戦力を貸してくれません。まあ我々は自衛の為の――」

『ひっ……!?』

 刹那、王達がテゾーロの背後を見て顔を一斉に青褪めていた。

 何事かと思って振り向くと、そこには軍服を着た大男が鋭い碧眼でテゾーロを見下ろしていた。〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット本人だ。その威圧感は、まさに海賊王の後継者に相応しい。

「……おい、テゾーロ」

「?」

 野太い声で呼ぶと、バレットは軍服のポケットから紙切れを取り出してテゾーロに渡した。

 そこに書いてある文字を一読したテゾーロは、目を見開いた。

「……!!」

「終わったら来い」

「――本気?」

 驚愕して問い質すテゾーロを無視し、その場を後にするバレット。

 まさかの来訪者に議事は強制的に停止となり、続きは明日に持ち越された。

 

 

           *

 

 

 バレットの住居である平屋の一軒家は、グラン・テゾーロの郊外に構えてある。

 彼の家には生活必需品など必要最低限の物しか置かれていない。強さのみを求め続ける彼のストイックな気質の表れでもあり、現にバレット自身がそう望んでいるからだ。部屋自体も少なく、バレットの体格に合わせたワンルームの間取りとなっている。

 その部屋の中心にあるテーブルには、たくさんの紙束が積まれていた。大海賊時代に名を上げた実力者、ロジャー時代から暴れ回った生ける伝説、新進気鋭の超新星(ルーキー)共……あらゆる無法者達の写真だった。中には王下七武海や四皇、革命軍の人間の写真もあった。

 しかしその写真の山には、一振りのナイフが突き立てられていた。それが彼がテゾーロに持ち掛けた〝意図(はなし)〟だった。

「フッ……」

 バレットは獰猛に笑った。あともう少しで、計画が始動するからだ。

 〝スタンピード〟――それが秘密裏に進めていた大富豪と興行師、中年海賊(オールドルーキー)の三人による世界中を巻き込んだ一大計画だ。

 この計画はそれぞれの野望が全く方向性が異なっている。ギルド・テゾーロは革命を起こし不要な物を淘汰する世界を変えるため。ブエナ・フェスタは残りの人生を賭けて大海賊時代を超える〝熱狂〟を起こすため。ダグラス・バレットはこの世の全てを手に入れた男(ゴール・D・ロジャー)を超えた世界最強の男になるため。これらの野望を一つにまとめたのがテゾーロだった。

 テゾーロは各々の譲れない部分を尊重し、共通点を見つけて妥協案を提示し、調整を重ねて完成させた。そういう意味では、バレットにとってテゾーロは仲間ではない(・・・・・・)がある程度の信頼が置ける力のある人間だと評価はしていた。

 テゾーロが用意した舞台(ステージ)に、上がらないわけにはいかない。二十年弱の時を経て、ロジャーとの誓いをようやく果たせるのだから。

「待っていろ、ロジャー……!」

 

 ――この海で勝ち残れるのは、一人で生き抜く断固たる覚悟がある奴だけだ……!!

 

 バレットは今も追い続ける。

 記憶の中の最強の男、自分を〝唯一〟裏切らなかったロジャーの背中を。



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第132話〝世界会議(レヴェリー)の裏で〟

4月最初の投稿です。


 世界会議(レヴェリー)開催から三日が経過した。

 議論は例年以上に白熱し、国家間のイザコザも無く平和路線に乗っている。テゾーロの目的である銀の産出の制限には多くの国王からの反発はあったが、銀の輸出制限に関しては肯定的な王が多かったため、方針は大方テゾーロの計画通りと言えるだろう。

 しかしそれ以上に話題になっているのが、反政府組織「革命軍」の台頭だ。革命軍への警戒は前回の世界会議(レヴェリー)でも議題として挙がっていたが、ついに民衆によるクーデターや革命によって国家転覆が次々と引き起こされる事態となった。

 革命軍にどう対処するか――各国の国王達は一部を除いて積極的に意見を交わすが、結論は出ず持ち越しとなった。

 そんな中で、グラン・テゾーロ内部に潜入する若者達がいた。

 

 

「テゾーロの自室に、何かヒントがあるはずだ」

「あんまり突っ走らないでよ、サボ君……」

 グラン・テゾーロ内部を駆ける二人の革命家。

 一人はゴーグル付きのシルクハットを被って青い上着に袖を通した、左目付近の火傷が特徴の金髪の青年。もう一人はニーソックスやフリルがついた服装で身を包み、サングラスをつけた赤いキャスケットを被っているオレンジ色のショートヘアーの女性。

 革命軍の参謀総長であるサボと、魚人空手の師範代である女性兵士のコアラだ。

「ドラゴンさんから色々と話を聞いてはいたが……」

「うん、だからこそ危険を冒してこのタイミングでここへ来てるんでしょ?」

 二人の任務は、テゾーロの目論見を明らかにすることだ。

 大富豪にして一国の主である彼は「革命」を謳い、世界を変えることに尽力している。その手段は武力ではなく政治とカネで変える方針であり、血を流さずに新しい時代への扉を開こうとしている。ゆえに革命軍も政府側の人間であるテゾーロに一目置いていた。

 そんな中で、ある出来事をきっかけにテゾーロに懐疑的な声が続々と上がった。ダグラス・バレットとブエナ・フェスタが関わるようになったのだ。海賊王の直系の猛者と黒い噂が絶えない要注意人物と関係を持ったテゾーロを不審に思い、そこでスパイを送りこんで真意を暴こうという作戦を練ったのだ。

 ちなみにサボが潜入することになった理由は、グラン・テゾーロの戦力にある。一度はギャンブラーとしてレイズ・マックスを送りこもうという話があったが、財団時代からの付き合いである彼の重臣達の武力に加え、あの〝鬼の跡目〟バレットとの万が一の遭遇を危惧し、戦闘力の高いサボが適任とドラゴンは考えたのである。

「〝剣星〟アオハル、〝海の掃除屋〟、〝ボルトアクション・ハンター〟………テゾーロの下に付いてる奴らと今戦うのは厳しいな。せめて一人で済ませたい」

「誰とも戦わないのが一番でしょ! もうっ!」

 そんな会話を交わしている、その時――

「……ここで何してんだ? お前ら」

「「!」」

「このタイミングで潜り込むってことは……さては巷を騒がす革命軍だな? しかもその覇気、幹部格と見受けるが」

 袴を履いた和装の男が、怪訝な表情で二人を見つめていた。

「サボ君、あの人は……!」

「テゾーロの重臣の一人……剣豪ジンか」

 サボとコアラは一筋の汗を流す。

 ジンはかの百獣海賊団で厄介になっていた剣客であり、革命軍の軍隊長ですら「戦闘を避けるべき相手」と名指ししている程の男だ。そんな相手に見つかったとなれば、これ以上の詮索は困難を極めるだろう。

 コアラが必死に打開策を考える中、サボは平然とジンに声を掛けた。

「……おれ達は喧嘩を売りに来たわけじゃない。調べ事があるだけだ、どいてくれないか?」

「どこうがどくまいが、過激派組織に道を譲っちゃ今はヤベェだろ」

 もっともな切り返しに、サボは顔を引きつらせた。

 ここは世界政府が初めてマリージョア以外での世界会議(レヴェリー)開催を認めた国だ。いつどこにサイファーポールの工作員が潜んでいるかわかったものではない。開催国が革命軍に屈したなどと報じられればグラン・テゾーロの信頼はガタ落ちだ。〝新世界の怪物〟と表立って争う方針でない以上、互いに下手なマネはできないのだ。

「……だからおれとしちゃあ、そっちが何事もなくとっとと帰ってくれた方がいい。そっちの方が旦那も納得してくれる」

「だろうな。だがこっちにも都合があるから引くわけにもいかねェんだ」

「仕事は手を抜かない主義だぞ、おれは……」

 シャン、と音を立てて抜刀する。

 ジン自身、異文化や海外との情報のやり取りを拒絶する鎖国国家である祖国を出奔したため、革命軍がどういう思想を掲げて活動する組織なのかは知っている。理不尽極まりない今の社会情勢を変えようと、政府によって捕らわれた市民・囚人や奴隷労働を強いられている人達の解放を行い、民衆を導き世界政府と真っ向から争う姿勢を見せる強い信念のある組織と彼は認識している。

 しかしジンの本職は用心棒(ボディーガード)――要人(テゾーロ)の身辺の安全を確保し、誘拐、暗殺などの脅威から守ることだ。たとえ悪政・圧政を敷く国々にクーデターや革命を引き起こし、世界政府によって苦しめられる人々を救っていても、相手が自分が護る対象であるのならば排除せねばならない。それが用心棒だからだ。

「おれはあんたらの思想信条に口を出す気はねェ。だが世間じゃテロリストとして認識されてる以上、素性を理解したとしても放っておくわけにもいかねェ」

「……()る気なのか?」

「言っただろ? おれは用心棒だ、たとえ旦那がどんな悪漢でも護らなきゃならねェのさ」

 用心棒としての矜持を語り、譲る気がないことを伝える。

 その意を汲み取ったサボは、シルクハットを被り直す。

「……やるしかねェか」

「サボ君! 戦闘は避けるべきって――」

「大丈夫だ、気絶させるだけさ!」

 猛烈な速さでサボはジンに肉迫。対するジンは一切動じず、刀身に覇気を纏わせた。

「「竜爪拳」……」

「「阿修羅一刀流」……」

 サボは人差し指と中指、薬指と小指を合わせ、竜の爪を思わせる形に構え覇気を纏わせる。それに呼応するかのようにジンも覇気を纏わせた刀身に、轟轟と燃える炎を帯びさせる。

「〝竜の鉤爪〟!」

「〝()(しゃ)(こう)()〟!!」

 

 ドォン!

 

 拳と剣が覇気を纏って激突し、周囲に稲妻のような衝撃波と爆炎が迸る。

 しかし――

「ぐわっ!?」

「サボ君っ!?」

 サボは弾かれ、大きく吹き飛ばされる。

 覇気の練度も、身体能力も、ジンが上回っていたのだ。

「いい筋だが……まだまだだな」

 ジンは刀身に炎を帯びさせた状態で特攻し、燃える剣による凄まじい斬撃を放つ。

 サボは背中に背負った鉄パイプを手に取って覇気を纏わせ防御するが、斬撃は防げても熱は伝わり、受ける度に鉄パイプが熱くなり始めているのに気がつく。

 このままでは熱伝導で鉄パイプが持てなくなる。しかし刀剣をベニヤ板のようにへし折ることができる〝竜の鉤爪〟で反撃しようにも、自分を超える練度の覇気を纏った刃を潰すのは困難を極める。普通に考えれば圧倒的に不利な状況下であることを察し、サボは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「もう一度言う。退け……子供を斬ると寝覚めが悪くなる上に酒も飲めなくなる」

「っ……!」

 このままではマズイ――コアラがそう思ってサボを助けようと拳を握り締めた、その時だった。

 

 ボバッ!

 

「「「!?」」」

 

 不意に、三人の足元に黄金の筋が走った。

 筋は三人の足に絡みつき、ツタのように巻き付く。超硬度の黄金の拘束に、さすがのジンとサボも身動きが取れなくなる。

「これはまた珍しい客が来たな……」

 男の声が響き渡る。

 声がした方向へと顔を向けると、そこに彼はいた。

「初めまして、革命軍のサボ参謀総長。私がグラン・テゾーロの主であるギルド・テゾーロと申します」

 営業スマイルでテゾーロは口角を上げるが、一同はその容姿に絶句した。

 オールバックの緑髪はボサボサになり、能力で造ったであろう黄金の松葉杖を突いている。顔には殴られた痕がはっきりと見え、何かの事故か喧嘩沙汰に巻き込まれたように見える。――というか、そうにしか見えない。

「あんた……何があった?」

「海賊王の後継者にちょっと付き合わされた結果さ」

 困ったように笑うテゾーロに、一同は察した。

 

 ――バレットの無茶ぶりに振り回されたんだな、あの人。

 

 

           *

 

 

 国王直々の仲裁によってその場はとりあえず和解し、サボとコアラはテゾーロに最上階の天空劇場へと案内された。

「さて、君らの目的は何なのか聞こう」

「……率直に言う。何を企んでる?」

「何を、とは?」

「〝最悪の戦争仕掛け人〟ブエナ・フェスタと手を組んだんだ、何の考えも無しにやるとは思えない」

 サボはストレートに問い質す。

 裏社会では情報屋や武器商人とも黒いつながりのあるフェスタ。一時は資金難で祭り一つ開催できない程に落ちぶれたが、それでも裏社会の帝王達との人脈はあった。その為、裏の顔を持つあらゆる企業家と密接な関係を持っている。

 表があれば裏もあるのが渡世だが、その中でも際立った影響力を誇ったのが〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロ。しかしテゾーロは政界進出を果たしてはいるが、その根本は革命軍の思想によっているため、戦争を仕掛けて熱狂を起こすことを生き甲斐とするフェスタとは本来馬が合わないはずなのだ。

 それなのに、なぜ――それが聞きたかったのだ。

「……ぶっちゃけて言えば、ウチの興行に知恵を拝借させていただきたいだけだ」

「それだけじゃないだろう」

「それだけかもしれないぞ? 現に彼のおかげで我がグラン・テゾーロの興行は全て安定した売り上げを上げている」

 腹の探り合いとなり、一触即発になる。

 が――

「……まあいい、特別に真の理由の一つ(・・・・・・・)を教えよう」

「何?」

「武力以外のチカラでも変えられるモノは変えられる………それを証明するためだ」

 テゾーロはサボとコアラを双眸で見据えた。

 格差社会、人種差別、奴隷問題……世界政府の統治の「裏」は混沌と腐敗に満ちており、それを変えるために民衆は国家と争い、多くの血を流している。そんな惨状に対し、世界政府中枢は内政干渉は原則禁止として一切手を差し伸べない。

 そんな破綻した世界を、テゾーロは生まれ変わらせたいというのだ。

「テゾーロ……」

「お前らの主義主張はわかる――この世界に対する憤りと不満はもっともだし、それぐらいおれも持ってる。だがお前らのやり方は、おれ達の(・・・・)長年の努力を無駄にしかねない。おれが一からここまで来るのに、どれだけ必死になってどれ程の時間がかかったことか」

 この世界で転生し、多くの仲間・敵に会って、底辺から成り上がってきたテゾーロ。

 その道中には救える命もあれば失った命もある。

「おれはおれのやり方で世界政府を変え、天竜人を〝本来の姿〟に戻そうと思っている。そんなおれを、お前ら革命軍はどう思ってんだ?」

 テゾーロの言葉に、サボとコアラは黙り込む。

 天竜人の極悪さは、長年のうちに伝承・根拠が歪んで権力が暴走した結果だとテゾーロは考えている。現に聖地マリージョアのパンゲア城の中心に誰も王位につかないことを意味する「虚の玉座」を設けて遺し自戒するなど、設立当時は「高貴なる者に伴う義務(ノブレス・オブリージュ)」を重要視していた可能性も否定できない。

 それを理解してるからこそ、テゾーロは世界政府を内側から変えることであるべき姿を取り戻そうと考えているのだ。だがいらぬ者を淘汰する世界を変えようという根本的思想には似ている革命軍は、武力で世界政府――厳密に言えば世界政府そのものではなく天竜人――を打倒しようとしている。武力行使ではなく交渉やカネで物事を進めたがるテゾーロにとって、革命軍のやり方はあまり好ましくないのだ。

「――おれは、未来を作ってるんだ。次の世代の世界が、もっとよくなると信じてな。それでも世界を相手に戦争吹っ掛けるってんなら、おれはお前らを持ちうる力を全て使って止める。それがこの世界に変革をもたらそうとした者同士のケジメだ」

「「……」」

 テゾーロは革命家ではない。しかしその秘めたる想いは、未来を変えるべく奔走する革命家そのものといえた。

「……話は以上だ、指名手配犯達。早く逃げた方がいい……〝鬼の跡目〟に攻撃されても責任は取れないぞ」

「……これ以上は口を利く気はないようね」

「それはそうさ、情報漏洩は予測不能の危機を呼ぶからな」

 

 

 グラン・テゾーロ上空。

 テゾーロと別れた二人は、革命軍〝北軍〟軍隊長のカラスの能力で烏の群れに乗っていた。

《……奴はどうだった?》

 拡声器越しにカラスは尋ねる。

「悪い人間じゃないのはわかったわ。でも……」

《でも?》

「いつか衝突するかもしれない。〝同じ核〟でも、あいつとは相容れない」

 二人の言葉に、カラスは複雑な表情を浮かべた。

 テゾーロは根本的には革命軍と似た思想の持ち主で、貧富の差が激しい格差社会と弱者を淘汰する世界への不平不満を胸中に秘めているようだ。しかしそれを変えるやり方に違いがあり、テゾーロは革命軍のやり方に懐疑的なようだ。

《気の合う相手だと思っていたが……そうはいかなかったか》

「……ひとまずバルディゴに戻ろう。ドラゴンさんに報告だ」

 革命家達は、白土の砂漠にある総本部へと帰還する。

 一方の実業家も、明日の会議に向けて準備を整えつつ呟いた。

「…………争いたくはないんだよ、君達とは」



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第133話〝ジョーカー・コンタクト〟

お待たせしました、やっと更新です。
原作最新話、ついにジンベエも参戦してカイドウの飛び六胞が集結。今後が楽しみですね。

コロナに負けないよう、頑張ります。


「フンフフンフフンフフン♪ フンフフンフフンフフン♪」

 世界会議(レヴェリー)最終日。

 ついに全ての議題を終えたテゾーロは、「ビンクスの酒」を鼻歌で歌いながら上機嫌に自室へと向かっていた。彼がここまでご機嫌なのは、一週間に及ぶ大会議で成果が上がったからだ。

 まず決まったのは、銀の輸出の制限の実行。アラバスタでのダンスパウダーの一件で(みず)をめぐる国家間の衝突を懸念した各国の王は、戦争による被害と銀の生産量の削減を天秤にかけて賢明な判断を下した。これによりダンスパウダーの原材料がコントロールされ、クロコダイルの国盗りは大きく狂うことになっただろう。

 次に、「人種的差別撤廃条約」の検討が確定した。これはテゾーロのオトヒメとの間で交わした約束をもとに、苛烈な迫害を受けていた魚人族との種族間の和解の実現としてテゾーロ自身が持ち出した議案だ。人種間の差別・偏見が横行している原因をテゾーロは「自らの無知」と唱え、共存の道を歩まねば人種差別を口実とした戦争になると力説。それに同意したバン・ドデシネ女王をはじめとした加盟国の女王達からの支持を受け、次回から本格的に議論することに決定。これをリュウグウ王国に伝えたところ、あまりの嬉しさでオトヒメが失神したらしい。

 そして、台頭する革命軍への対応も決まった。数年前からドラゴンの思想を危険視していたが、その対応策として「反政府組織による破壊活動防止に関する条約」――略して「(はん)()条約」を発効。革命軍への加担は勿論、国家による武器の横流しを防ぎ、また加盟国による新兵器の自衛以外の利用を禁じた。ちなみにこれもテゾーロの提案である。

(加盟国のトップはお花畑の脳かと思ってたけど、これなら革命もうまく行きそうだ♪)

 嬉しくて仕方ないテゾーロは、ニヤニヤと笑いながら気分転換に屋上へ出た。

 ――が、目の前にいた人物を見て、一気に機嫌が悪くなった。

「お前は……!」

 テゾーロは覇気を放って威嚇した。

 短く刈り込んだ金髪とサングラス、フラミンゴの羽を思わせるようなコート……間違いなくあの海賊だ。

「フフフフフ! そう殺気立つな。お勤めご苦労様だな〝黄金帝〟……いや、〝新世界の怪物〟とも言うべきか?」

 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 世界政府によって選ばれた、略奪を許可された海賊「王下七武海」の一角であり、〝天夜叉〟の異名として知られる王下七武海で最も危険な男だ。どうやら〝イトイトの実〟の能力で空中の雲に糸を引っかけ、空を飛ぶように移動して来たようだ。

「……今回の世界会議(レヴェリー)は不参加と聞きましたが、どういうことですかな?」

「フッフッフ! なァに、巷でチヤホヤされる成金野郎の面を拝みたくなっただけだ」

 白を切っているのか、それとも本心なのか……それすら悟らせないような不敵な笑みを浮かべているドフラミンゴ。

「残念だが、密会なら事前にアポを取ってもらわないと相手にしない主義だ」

「フフフフフ!! 今日はドレスローザの国王っつうより、一人の男として話を持ち掛けに来たんだ」

 ドフラミンゴは右手の人差し指をテゾーロに向けた。

「なァ、テゾーロ……おれと手を組まねェか?」

「はい?」

 

 ――こいつ、今何つった?

 

 呆然とするテゾーロに、ドフラミンゴは満面の笑みで言葉を並べた。

「おれは天竜人の牛耳るこの世界をブチ壊してェ。お前は天竜人の牛耳る世界を変えてェ。手段と目的は違えど、方向性は同じじゃねェか」

「……」

「手を組めば、おれはお前の資金を得られる。それも一度にとんでもねェ金額のな。そうすりゃあ闇取引で危険な賭けをせずに莫大なカネを収められるし、不要なシノギも削って無駄を省くことができる」

 ドフラミンゴは海賊だが、その活動は海賊というよりも裏社会の仲買人(ブローカー)だ。武器や兵器、違法薬物(ドラッグ)に悪魔の実など、あらゆる危険物の闇取引を仕切っている。当然取引相手も大物ばかりで、時には危険な交渉にも打って出ねばならないときがある。ハイリスクハイリターンという訳だ。

 しかしテゾーロの能力は、これといった危険を冒さず莫大な利益を得られる。ゴルゴルの能力は、自らが黄金を生成してそれを換金するだけで人間一人が一生遊んで暮らせる可能性を持っている。その能力をあらゆる分野で活用すれば、リスクを回避したまま富と力を得られる。ドフラミンゴ自身も、それを成し遂げる力量を兼ね備えている。

「お前はおれのコネクションを利用できる。てめェの部下の情報屋〝剣星アオハル〟だけじゃなくスライスの野郎から裏の情報網を借りてるようだが、おれの情報網はそれ以上……新世界、いや全ての海に通じる! 非加盟国とのパイプもたくさんある、お前の経済活動にも良い影響を与えてくれるだろう」

 テゾーロ自身、〝新世界の怪物〟の異名に恥じぬ影響力はある。天竜人のクリューソス聖や盟友兼好敵手のスライス、世経のモルガンズにブエナ・フェスタなど、表にも裏にも顔が利く面子と親交があるためコネだけでなく権力の行使でも相当なものだ。

 しかしドフラミンゴは、はっきり言ってそれ以上だ。取引相手は海賊に限らず、マフィアのような犯罪組織や非加盟国を中心とした国家、果ては三大勢力の一角である海の皇帝達「四皇」である。特に四皇は事実上の海賊界の頂点であるため全てにおいて破格だ、下手なマネをすれば自身を破滅しかねないが、逆に言えばうまい関係(・・・・・)を築ければほぼ敵無しだ。

 いかに強大なテゾーロも、四皇と真っ向から対立すれば勝ち目は無い。しかし四皇側にとってもテゾーロの能力を利用したい考えはあるだろうし、何より〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットとの「戦争」を避けている。一人軍隊のバレットを武力という面で見れば戦力として迎え入れたくても、彼を動かせるのは今は亡きロジャーのみ。むしろ四皇すら皆殺しにしそうな勢いの男を、いかに絶対的な強さを誇る四皇も仲間にしたがらないだろう。

 そういう意味では、四皇とは一定の距離を置いているテゾーロにとって、四皇の力すら借りれるルートを持つ者と手を組むのは、利害の面で見れば悪い話ではない……ドフラミンゴはそう考えたのだ。

「……(わり)ィ話じゃねェはずだ、互いに相応の利がある」

「生憎、こっちも立て込んでる身なんだ。丁重にお断りする」

 テゾーロはやんわりと断る。

 

 ――国家の信用に関わるんだよ、お前の場合は。

 

 そんな副音声が聞こえそうである。

「おうおうおう、てめェあの合体野郎にはオープンなのにか? フッフッフ!」

「やめてくれないか、そういう表現。それにバレットとはあくまで雇用契約上の関係だ」

「おれを袖にするのに変わりねェってことじゃねェか」

「まあね」

 バレットとドフラミンゴの違いは、思想の有無だ。

 ロジャーの後継者と目されたバレットは、ロジャーを超えることが生き甲斐であり、ただひたすら自らのためだけに「強さ」を求める男だ。自らの生い立ちを割り切り、支配や権力というものに何ら興味を示さないストイックな気質の持ち主だからこそ、ある意味で信用に足る人物なのだ。

 対してドフラミンゴはその真逆に位置する。天竜人という出自によって植え付けられた選民思想とそれを根源とした世界への憎しみを持ち続ける、権力に対する執着心が強く残忍で狡猾な男だ。しかも世界の破滅と混沌の新時代の到来をひたすら望む歪んだ一面もあり、テゾーロとは馬が合わないタイプの人物である。

 世界最強の為に生きる元ロジャー海賊団と、世界の破滅の為に生きる元天竜人……同じ海賊でもどっちが厄介なのかは一目瞭然だ。しかし、ドフラミンゴは易々と諦める潔い輩ではない。

「お前はバカじゃねェ、オツムの出来は良いはずだ」

「……それでも断る、と言ったら?」

「その時はその時だ」

 笑みを深めたドフラミンゴは、指をクイッと動かした。

 次の瞬間!

 

 ギィン!

 

 三日月上の斬撃が、ドフラミンゴに襲い掛かった。

 ドフラミンゴは〝見聞色〟で察知していたのか、どこか余裕そうにコートに覇気を纏わせ防いだ。

「フフ……フッフッフ! 何者だ? 中々強力じゃねェか」

 ドフラミンゴの呼びかけに応えるように現れたのは、殺気立ったハヤト。

 海賊達の急襲によって父と母を殺された過去を抱えた彼は、慕っている上司に手を出そうとする海賊に怒り心頭なのか瞳孔が開いている。

「ほう、〝海の掃除屋〟か。海賊狩りのスペシャリストが、いきなり(ひで)ェ挨拶するじゃねェか」

「失せろ、海のクズが……! お前のようなゴミのせいで、おれの愛する〝海〟が汚れるんだっ!!」

「フッフッフ! えれェ言われようだ…………粋がってくれるじゃねェか、おい」

 

 ゴゥ!

 

 ハヤトの言葉に苛立ったのか、お返しと言わんばかりに〝覇王色〟で威圧するドフラミンゴ。ハヤトは臆さず、愛刀の刀身に覇気を纏わせるが――

「ハヤト、やめろ」

「!? だが――」

世界会議(レヴェリー)が終わったからって、殺し合いを許す程おれは甘くないぞ」

 テゾーロの睨みに、ハヤトは覇気を解いて渋々刀を納める。

 しかしその闘気は失せておらず、鋭い眼差しでドフラミンゴを射殺さんばかりに見据えている。

「フフフフ……躾は行き届いてるようだな」

「……あんまり他人の神経逆撫でするような言葉並べるんなら、黙らせようか? 〝ジョーカー〟」

「っ……!」

 指先から火花を散らすテゾーロに、ドフラミンゴは初めて表情を歪めた。

 〝ジョーカー〟とは、ドフラミンゴの闇の仲買人(ブローカー)としての通り名だ。新世界の大海賊や戦争をしている国家などと取引をして巨大な犯罪シンジケートを展開し、世界の裏で暗躍している。だがその事実を知るのはごく一部の人間達であり、それを知ることはドフラミンゴの素性を知るも同然。テゾーロ程の人間になれば、それを脅迫の材料にしてもおかしくない。ドフラミンゴはドレスローザの現国王……加盟国の王が世界各地で戦争を煽っていることが公になるのは不都合にも程があるからだ。

 しかし――ドフラミンゴはすぐさま不敵な笑みを取り戻す。テゾーロにはそれができないと確信しているかのように。

「フフ……フフフフフ! まァいいさ、豪傑共の〝新時代〟はもう目の前だ。お前らがその波に乗れるか、楽しみにしてるぞ。フッフッフ!」

 ドフラミンゴはそう言い残し、イトイトの能力で飛び去っていった。

「……討ち取れなかった」

「やめろ、ドフラミンゴに限っては色々厄介なんだぞ。そんな物騒なマネは止せ……少なくとも今はまだ(・・・・)、な」

 テゾーロはハヤトを諫める。

 今は時期ではない。彼と敵対し、抗争に発展し、勝敗が決しても、世界政府が圧力をかける可能性がある。海軍がテゾーロに同調し動いても、結局は世界政府の「表の顔」に過ぎず、裏で厄介な連中がテゾーロに色々と押し付けてくるだろう。

 ならば、ドフラミンゴを潰すには世界政府が失態を隠すことを懸念し、世界秩序を守る者としての責任感は非常に強い味方が必要だ。

「……いつか出番は来る。それまでに、ドフラミンゴの力を少しずつ削がなきゃならない」

「……できるのか?」

「できるのか、じゃないよ。やるんだよ」

 テゾーロは次の標的を定めた。

 政治が正義を歪めるのなら、その政治で悪を捻じ伏せればよいのだから。



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第134話〝赤髪上陸〟

そろそろ新作上げます。
アンケートの方はまだまだ募集してますので、ドシドシ応募してください。
ワンピース枠は現時点では二人出ます。


 この日、シードはある人物と手合わせをしていた。

 その相手は、全ての海兵を育てた名教官にして伝説の海兵の一人である元海軍本部大将〝黒腕のゼファー〟だった。

「おおおおおおっ!!」

「ぬぅうあああああっ!!」

 

 ドゴォン!

 

 4時間を超える苛烈な戦闘で上半身裸となった両者。互いの黒腕が激突し、空気が割れ衝撃が地面を抉った。

 事実上の全盛期であるシードと、斜陽のゼファー。体力や身体能力は明らかにシードが有利のはずだが、勝負は拮抗していた。

 それはゼファーの半世紀も海賊と戦い若い海兵(ヒーロー)達を育てたがゆえの、圧倒的な経験値。かつてのシードもゼファーの教え子の一人……生徒の動きの癖までゼファーはよく覚えているのだ。

「行きますよ!」

 シードは〝ホネホネの実〟の能力で巨大な骨の腕を生み出す。

 能力で生成された巨大なそれは、一気に黒化していく。

「空中に浮かび上がらせた骨にすら覇気を纏わせたか……!」

「〝()()(ぼね)〟!!」

 宙に浮いた巨大な骨の腕で、強烈なパンチを見舞った。

 ゼファーはそれを腕を十字に組んで真っ向から防いだ。〝武装色〟でコーティングされている分、硬度も破壊力も格段にパワーアップしているので、重みは体に直に伝わる。全身の骨が軋みそうになる感覚が走るが、ゼファーは踏ん張り耐え切った。

「この程度か、シード……!」

「っ……!」

 老兵は、肉体を超越した気力の塊だった。

 〝武打骨〟はシードの技の中でも強力な部類で、かつてのバレットにもダメージを負わせた程の威力を誇る。前線を退いたとはいえ、老いさらばえたとはいえ、ロジャー時代を生き抜いた元海軍大将の壁は高い。

 だが――

「うっ……ゴホ、ゲホ!」

「先生っ!?」

 ゼファーは、ふいに膝を突いた。

 恩師の急変に慌てたシードは〝(ソル)〟で駆けつける。

 しかしゼファーは片手を上げ、ズボンのポケットから医療用の吸入器を取り出し口にあてがった。

 吸入器のボタンを押し、中に入った薬剤を吸い込む。次第に薬が効いてきたのか、先程まで荒かった呼吸が落ち着いてきた。

「大丈夫ですか?」

「ああ……問題無い……」

 ゼファーは脂汗を一筋流して笑う。

 在りし日のロジャーが暴れ回った時代を知る海の豪傑達も、老いにだけは勝てなかった。多くの文献に名を残す伝説の副船長シルバーズ・レイリーも、ロジャーと海の覇権を競った白ひげや金獅子も、海軍古参の英雄であるガープやセンゴクも、老齢による体力や身体能力の低下を止めることはできなかった。当然、ロジャーや白ひげを追い回したゼファーも例外ではない。

 齢七十を迎えた老境である彼は心臓と肺、すなわち心肺機能の低下を抱えた。今でも海軍大将である教え子達と互角に立ち回れる技量を持ってはいるが、訓練であれ実戦であれ、戦闘中は吸入器を使った薬物投与を行わないと戦いが継続できなくなっている。軍の教官として次代を担う海兵(ヒーロー)の育成に情熱を注ぐ伝説の男も、思うように体が動かなくなっているようだ。

「おれも(とし)だな……ロジャーがいた頃と違って、身体が思うように動かん」

「ゼファー先生……」

「フンッ、お前はそういう奴だったな。戦場だったら真っ先に死ぬタイプだってのに、こうして生きている」

 ゼファーは、海軍時代のシードを思い返していた。

 高い戦闘能力と芯の強さを持っていたシードは、未来の海軍大将と見なされていた。海軍の硬派は腕っ節の強さを認めつつも情に絆されやすい性格から腰抜けだと呼ばれてたが、海兵の鑑と言える彼の気質を信頼する者は多かった。

 ゼファーもまた、シードの情の絆されやすさを危惧していた。順風満帆な人生を歩んでいた矢先に、自らが情に絆されて見逃した海賊の手で妻子を殺されたからだ。だからこそ、ゼファーは後進の中でも一際厳しく接していた。シードはそれを承知の上で、しかし自らの欠点を直さずに不殺の海兵として戦場を駆ける道を選んだのだ。

(わけ)ェ頃のおれみてェだった。だからこそお前をクソ海賊に殺されねェように厳しくしたってのにな」

「……あなたの指導は、無駄ではありません。あなたの指導があったからこそ、こうして戦場であるこの海で生きていられるんです」

 シードはそう言いながら、シェリー酒を取り出して渡した。

 ゼファーは笑みを溢した。

 シードはその心優しい性格ゆえに、他人への気配りが上手な男だった。未来の海軍大将候補と見なされていながら、受け入れきれない現実に耐え切れなかった生徒。無差別殲滅攻撃(バスターコール)や優等生だった一期生(サカズキ)の正義を目の当たりにし、心を痛めて世界の正義を背負うのを諦めてしまった。実に惜しい逸材だった。

 海軍にいた頃は周囲に頼りにされていたが、同時に辛い時期だったろう。それでも、かつての恩師の好きな酒の銘柄を憶えていた。クザンと同じいい生徒だ。

「フッ……」

 親指でシェリー酒のコルクを飛ばし、グイッと呷る。

 彼はまだ、ヒーローになれる。背負う正義と行き場所は違えど、正義の味方としてこの世界で戦い、殴り続けることができる。

 終わりが近づく老兵にできるのは、次代に未来を託せる力を育むこと。ならば、筋骨隆々なれど衰えた老体に鞭を打ってやろうではないか。

「……シード。おれのかつての教え子よ」

「はい」

「もう一度だけ稽古をつけてやる。覚悟はできてるか」

「もう()は癒えました。ぜひよろしくお願いします」

 老人の意図を察したのか、シードは満面の笑みで頷いた。

 

 

           *

 

 

 同時刻。

 グラン・テゾーロの玄関口である港で、テゾーロは頭を抱えてある海賊と話していた。

「いや、まあ別におれの国荒らすわけじゃないからいいけどさ……」

「ダッハハハ! まァ気にすんな、悪いようにはしないさ」

 バシバシと背中を叩くのは、黒いマントを羽織った赤い髪が特徴の隻腕の海賊。

 

 赤髪のシャンクス。

 海軍から「鉄壁の海賊団」と呼ばれる赤髪海賊団の大頭であり、バレットやレイリーと同じロジャー海賊団の出身。懸賞金は40億4890万ベリーという桁外れの賞金首でもあり、新世界に君臨する海の皇帝達「四皇」の一人。

 

 そんな超大物の彼が一味を率いて、グラン・テゾーロの港に突如として現れた。世界会議(レヴェリー)後ということもあって緊張が走ったが、暴れられれば手に負えないとはいえ海賊界きっての穏健派ということもあり、念の為に国王(テゾーロ)が直々に出向いてきたという訳である。

「全く……もう少しこっちの事情を考えてくれ。時期が時期なんだ、もうちょっと遅くても何も問題ないだろうに」

「いやァすまんな。前々から行ってみたかったんだが、何となく今日にすることにしたんだ」

「……」

 呆れて何も言えなくなる。

 しかし、シャンクスとはそういう男だ。海賊ながら良識がある反面、素が能天気なので大海賊なのに飲み過ぎて二日酔いに苦しんだりするような人物なのだ。自由なのだ、海賊だから。

「……で、どうすんだ国王」

「追い出すなら()るけど」

「ダメダメダメダメ。()ったらもっとヤバイの(・・・・・・・)が笑顔で突貫してくるのが目に見えるから」

 得物を取り出すメロヌスとアオハルを、テゾーロは諫める。

 いくら穏健派とはいえ相手は四皇――海賊王に次ぐ世界最高峰の海賊だ。彼らと真っ向から戦争になるのはテゾーロにとっても不本意だし、何より騒ぎを聞きつけた〝鬼の跡目〟の乱入が一番怖い。

 ロジャーの直系が二人も暴れたらテゾーロはあっという間に心身共に限界を迎えてしまう。それに世界政府が事態収束に動いたとしても、ちょっと動いただけで厳戒態勢を取られる海の皇帝と国家戦力級の力を持つロジャーの後継者を同時に相手取るなど、いかなる状況下でも絶対にしたがらないだろう。

「そういう訳ですのでね、いつバレットが戻るかわからない状況なんです。あんまり騒がないでください」

「そうなのか? おれとしちゃあ宴で盛り上がった方がいい気がするが……」

「あんた自分の立場わかってます? 自覚してください、四皇なんですよ」

 シャンクスとしては観光気分で寄っただけだろうが、テゾーロとしてはいきなり災厄がやってきたようなもの。

 政治家である以上、対応を誤れば国の存亡にかかわる。こんなことで倒れるわけにはいかないのだ。ここは一国の主として、キツく言っておく必要がある。

 テゾーロはビシッとシャンクスに指を差し、抑え気味にだが〝覇王色〟の覇気を放つ。雰囲気が変わったことに幹部達も目を見開いた。

「いいか〝赤髪〟! ぶっちゃけた話、おれはあなた達に妥協してもいいが世間体ってモノがある! いくら四皇とはいえ、ここで色んな意味で史上初の政府加盟国が海賊相手に引き下がったっていう実績作ると色々と面倒なんだ! おれの野望にも響くし、政府内での権限にも影響出るし、何より戦争は避けたい!! おれとしては赤髪海賊団(あなたたち)がこの国の法に従ってくれるのが一番都合がいいんだ!!」

「……そうだな。権力保持するならそうするのが一番だよなァ」

「拾って欲しいのそこじゃない!!!」

 納得するように頷くシャンクスに対し、テゾーロは両手を突いて崩れ落ちる。

 そう、シャンクスは良識ある人物だが、それはあくまでも海賊の中での話。世間一般の常識人とは別なのだ。

「妙に期待したおれがバカだった……レイリーさん、ギャバンさん、助けて……」

「ダッハッハッハ!」

「ギル兄、しっかりして」

 項垂れて暗い影を落とすその姿は、まさしく崖っぷちに立たされた人間。

 この場にはいない伝説の船員(クルー)に縋る彼の肩を、励ますようにアオハルがポンと手を乗せた。

「あーもう……わかった。店一つ貸し切りにさせるから、それで勘弁して」

「っしゃあ! 宴だ野郎共ォ!!」

 シャンクスの掛け声に、赤髪海賊団の面々は地鳴りのような歓声を上げる。

 ただ一人を除いては。

「……すまんな〝黄金帝〟。おれは反対だったんだ」

「ベン・ベックマン……」

 青いマントを羽織り、腰に片手用ライフルを差し、顔の十字傷が特徴の白髪の男が申し訳なさそうに声を掛けた。

 赤髪海賊団の副船長、ベン・ベックマン。冷静沈着な切れ者で、鉄壁の一味を率いるシャンクスを的確にサポートする海賊界きってのブレーントラストだ。

「だがお頭はあんたの国を荒らすようなバカはしないさ。おれが見ておこう」

「ありがたい……恩に着ます」

 赤髪海賊団、グラン・テゾーロに上陸。



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第135話〝テゾーロとシャンクス〟

二週間ぶりの更新ですね、お待たせしました。


 赤髪海賊団がグラン・テゾーロに来た。

 新世界の海では知らぬ者はいない超大物の来訪で大混乱になるかと思われたが、大頭のシャンクスの意向と世界政府の頂点である五老星の手回しで海軍も介入する一大事を避け、店の貸し切りでどうにか落ち着いた。

 そしてグラン・テゾーロの全ての中核をなす「 THE() REORO(レオーロ)」の天空劇場で、前代未聞の密談が行われていた。

「キムチ炒飯、食べるかい?」

「おお、頼む! 大好物なんだ!」

 元ロジャー海賊団である世界最高峰の大海賊、四皇〝赤髪のシャンクス〟。

 巨万の富と天竜人に匹敵する権力を有するグラン・テゾーロ国王、〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロ。

 世界情勢に影響を与える二人が、酒を飲み合いながら非公式の会談を行っていた。

「それで、わざわざおれに会いに来た理由は?」

「! ……わかってたか、さすがに」

「わざわざヤバそうな時期に観光目的に来るわけないでしょう。あり得そうな話だけどな」

 白ワインを口に流す。

 シャンクスは世界中を自分の目で見て回るために海賊活動を続けており、世界政府中枢から動向こそ警戒されているが、何らかの目的の為に大きく動く場合を除いては自ら事件を起こすことはほとんどしない。ゆえに器の大きさと仲間や友達を大切にする性格も相まって、敵対者からも一定の信頼を寄せている珍しい男でもある。

 そんな彼が世界会議(レヴェリー)終了直後のグラン・テゾーロに赴いたということは、もしかしたら本当に観光もあったのかもしれないが、テゾーロとの接触を試みていた。そう考えるのが妥当だ。

「……あんたに頼みがあってきた」

「頼み?」

 シャンクスの依頼。

 キムチ炒飯を頬張っていた彼の発言に、テゾーロは目を細めた。

「……一応聞きましょう。どういった頼みで?」

「白ひげの船のティーチという男に、あんたの権力で懸賞金を懸けてほしい」

 テゾーロは一瞬目を大きく見開いた。何と依頼内容はティーチ――後の〝黒ひげ〟に関わる重要な案件だった。

「いや、まあ出来ないって訳じゃないが……何で?」

 テゾーロは問う。

 世界政府及び海軍の指針上、懸賞金は「戦闘能力の高さ」「世界政府への敵対行為」「民間人への甚大な被害」の三つを合わせた「世界政府に対する危険度」で決められる。賞金首になるかどうかは海軍の会議で決められるが、長きに渡り軍資金を提供し続けるテゾーロは海軍のスポンサーと化しているため、口利きなど造作も無いことだ。

 しかし、だ。ティーチが属する白ひげ海賊団の船長である〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートは、ロジャーの最大のライバルであったと同時に相応の信頼関係もあった。それは当時の船員達も同様で、殺し合いの中で奇妙な友情を育んできた。そのよしみで「ティーチは危険だ、気をつけろ」と伝えればいいはずだ。

「ああ、そうするのが筋なんだが…………」

「……ああ……成程、言いたいことわかった」

 どこか遠い目をしたシャンクスに、テゾーロは察した。

 本来ならシャンクスが直々に書状と使いを送るなりすればいい話だが、些細なことでも四皇同士の接触は五老星が動き海軍本部に厳戒態勢が敷かれてしまう。場合によっては艦隊を差し向けられたり海軍大将が出張りかねなかったりするので、直接接触は筋が通ったとしても色々と厄介なのだ。

 しかしテゾーロの権力は、世界政府中枢にも影響を及ぼす。うまく使えば海軍が厳戒態勢を敷くことなく目的を遂行できる。

 シャンクスはそう考えたのだろう。

(黒ひげが白ひげの船に居続けているのは、全ての悪魔の実の中でも最凶と謳われる〝ヤミヤミの実〟を得るためだ。見方を変えれば、ヤミヤミの実で釣ることは不可能ではないということでもある)

 自分に運が無く手に入らなければ諦めるつもりでいたとはいえ、20年以上も白ひげ海賊団に所属していたのは「〝ヤミヤミの実〟が手に入る公算が最も高いと踏んでいた」からである。だから4番隊隊長のサッチが手に入った際は――本人曰く「ハズミ」で――彼を殺して船を下りた。

 つまり、テゾーロが先に入手して情報をバラ撒けば、サッチが死ぬことなくティーチの動きをコントロールできるという意味でもある。もっとも、一日一日を運任せに生きる豪快な性格とはいえ、彼の恐ろしさは非常に確率の低い賭けに数十年を費やす周到さと狡猾さにあるのだが。

「……わかった。そのティーチとやらの件は、おれが預かる。こっちから仕掛けてみよう」

「すまん。――テゾーロ、油断するな」

 シャンクスは自分の左目元の三本傷を指で触れながら告げる。

 決して油断していなかったおれですらティーチにやられたんだ――そう訴えているように思えた。

「あと、これは個人的なことなんだが……」

 シャンクスは一枚の手配書をテゾーロに見せた。

「エースって海賊、知ってるか」

「……!」

 手配書に載っているのは、波打った髪とソバカス、オレンジ色のテンガロンハットが特徴の青年。

 巷で名を馳せている食い逃げの常習犯……ではなくスペード海賊団の船長〝火拳のエース〟ことポートガス・D・エース。後の白ひげ海賊団2番隊隊長だ。この時期はまだ白ひげ海賊団加入前らしいが、シャンクスとはすでに接触していたようだ。

「最近聞くようになった。それが何か」

「世界政府から王下七武海に推薦されたんだが、こいつは蹴ったんだ。そうしたら5億5000万ベリーの賞金首……おかしな話だ」

「その事情を知っているかどうか、と?」

 テゾーロの言葉に、シャンクスは無言で見つめる。どうやらそういうことのようだ。

(エースはロジャーの息子。それはおれも知ってるが……成程、シャンクスはまだ(・・)知らないんだな)

 テゾーロは前世の知識を持っているため、エースとロジャーの関係は把握しているが、シャンクスはテゾーロより早く接触しているが真相は頂上戦争の際に知っている様子だった。この時点では何らかの事情が絡んでいるのではと勘繰っている程度のようだ。

「……知ってはいる」

「!」

「だがまだ推測の域だ、今後――」

「今後が、何だ?」

 突如、野太い声が響いた。

 この声は知っている。世界最強を目指す〝彼〟の声だ。

「おお! バレット! 久しぶりだなァ!」

(き、()()()()ーーーーーーーーっ!?)

 最悪のタイミングで同窓会が決行された。

 元ロジャー海賊団のバレットが、いつの間にか訪れていたのだ。

「い、いつからそこに……?」

「こいつが飯を食っていたところからだ」

 ――割と最初じゃねェか!!

 テゾーロは愕然とした。

 二人っきりだしお互い強いからと周囲への警戒を解いていたのは事実だが、キムチ炒飯を振る舞っていた辺りからバレットが天空劇場に来ていたとは。ただでさえ戦闘狂のバレットが世界最高峰の海賊となった同僚と鉢合わせすれば、高確率で戦闘になる。テゾーロは最悪の事態を想像し、震えあがった。

 一方のバレットはというと……。

「ちっ……相変わらず鬱陶しい野郎だ」

 嫌そうな顔をして吐き捨てていた。

 〝鬼の跡目〟と恐れられたバレットは孤高主義者であり、彼がロジャーの船に乗ったのは「ロジャーの強さ」の理由を知るためだ。ロジャーの仲間愛に感化された時があったとはいえ、他の船員とは違い敬愛する船長というより「倒すべき〝目標〟」と見ていた。

 それでもロジャー海賊団時代は、迷いこそあれど無駄な時間を過ごした黒歴史だとは一度も思っていないようで、信頼関係はともかく顔見知り程度の関係は築いていたようだ。その中でもシャンクスを鬱陶しく感じているということは、やはりロジャー海賊団の頃から()()()()()()だったのだろう。

「おいおいおい、いきなりそれはねェだろう! せっかく会えたんだ、ロジャー船長との思い出話に花を咲かせようぜ!」

「断る。おれより(よえ)ェ奴の頼みに興味ねェ」

「ああ!? 何だとゥ!? あの頃より断然(つえ)ェぞ!! 何なら――」

「待てェェェェ!! ちょっと待て大頭ァァァァ!!」

 テゾーロは今日一番の大声でシャンクスを窘めた。

「あんたバカなの? バカだろ! ここおれの国!! おれの島!! おれの居場所!!」

 シャンクスの胸倉を掴んでブンブンと振るテゾーロ。

 ただでさえ当時の同僚からも化け物扱いされたバレットが、今では白ひげと肩を並べる程の大物となったシャンクスと抗争になれば島一つが跡形も無く消し飛びかねない。セルフバスターコールなど溜まったものではない。

 この二人が暴れたら、今までの自分の努力が水泡と化す。それだけは、それこそ命懸けで回避せねばならないのだ。

「ダッハハハ! すまんすまん」

「すまんすまん、じゃない! 他人(ヒト)の国をテキトーに荒らして帰るな!」

 どうりで鬱陶しがられるわけだ、とテゾーロは内心納得した。こんな奴と長く付き合ってきたバギーが偉大に感じてくる。

 そんな中、バレットはテーブルの上のエースの手配書を手に取った。

「……」

 ポートガス・D・エース。奇しくもロジャーと同じ〝D〟の名がつく男だ。

 新世界の海において、5億から上の賞金首は大海賊と謳われるクラスの実力者ばかりだ。海軍大将とも張り合える猛者も存在し、組織においては最高幹部が名を連ねているランクでもある。バレット自身は懸賞金など微塵も気にしなかったが、一船員でありながらロジャーを継ぐ男と目されただけあって、世界でもトップクラスの猛者達が自らに挑んできた。

 しかしこのエースという男、どうも弱そうに見えてならない。ロジャーが生きていた頃の海と比べると正真正銘の猛者は少なくなってはいるものの、名を馳せている者達は多いと言えば多い。

 だからこそ、バレットは落胆していた。こんなヒヨっ子に5億の懸賞金を懸けるのかと。世界政府も海軍元帥の目も腐ったかと。

 バレットの目標はロジャーを超えること。すなわち世界最強だ。その為に、インペルダウンでの修行や仮釈放後の鍛錬で、王下七武海も四皇も含めた世界中で名を馳せる海賊達を一人残らず叩き潰すべく強さを極めんとしていた。二人の会話からルーキーでありながら5億越えの懸賞金がついたと聞いた時は、骨がありそうだと期待していたが、とんだ見込み違いだった。

「……フンッ」

 手配書をビリビリと千切ってから、バレットは踵を返した。

「どこへ?」

「……少し()()()()()()()()だけだ」

 そう一言告げて、バレットは下へ降りた。

 その姿を見つめていたシャンクスは、溜め息を吐く。

「……相変わらずだったなァ」

「こちらとしては「お互い様」にしか見えませんでしたけどね」

 能天気にボヤくシャンクスに、テゾーロは呆れた笑みを溢す。

(……しかし、これは僥倖だ。海賊界でも良識あるシャンクスとの結びつきを持てれば、今後の立ち回りに十分な効果が期待できる。バランサー役と繋がっていれば海賊界の流れも大体は掴めそうだ)

 テゾーロの行く手を阻むのは、必ずしも性根の腐った政府中枢や天竜人だけではない。世界政府は天竜人直属の「CP-0」を通じて裏の勢力と積極的に顔を合わせ、多くの海賊・無法者と繋がりを持っている。世界各地で起こる戦争には彼らが絡んでいるケースもあるのだが、それに巨大な利権が関わっているのか、政府が率先して解決に動くことは無い。

 テゾーロ自身も裏の顔を持つ人間と深い関係があるが、彼らはテゾーロの思想に同調したり関心を寄せている者が多く、これといった悪行で利権を掌握し私腹を肥やしているわけではない。だが裏の顔を持つ人間にも、かつてのアルベルト・フォードのような人間がいるのも事実である。

(エースの手配書を考えると、原作開始まで2年を切っている。そこから先は予測不能だ、()()()()()()()()()からな)

 この世界に来て、テゾーロは20年以上に渡って多くの「運命」を変えてきた。

 おそらくその結果が出るのが、2年後以降。テゾーロの望む結果となるかどうかはわからない。しかし無駄ではないと確信はしていた。

(嵐、熱狂、うねり……はてさて、どんな形で実を結ぶんだろうな)

 世界はどうなるのか。

 海賊達はどう動くのか。

 ギルド・テゾーロは何を思い、何を成すのか。

 それは彼自身もわからない。だが、言えることはただ一つ。

 世界を変えられるかどうかは、テゾーロの力量次第だ。




あともう少しなんだ……ルフィ達と関わるのは……!
どういう形で関わるかは、まだ思案中です。


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第136話〝脱落者〟

「JUMP DRIFTERS」の執筆もあって、更新が遅れて申し訳ありません。
やっとあの海賊が出てこれそうです。ここまで長かった。(笑)


 新世界。

 大海賊時代の頂点である最強の海賊〝白ひげ〟を筆頭とした四皇が支配するが、それをよしとしない勢力も蠢く海でもある。新世界でも進撃を続けるルーキー達は、最終的には二つに一つの選択肢を選ぶこととなる。四皇の傘下に入るか否かだ。

 四皇の庇護は絶大な後ろ盾だ。その背景がビジネスだろうが仁義だろうが、海賊界の皇帝に護られるのはこの上なく頼りになることだ。その反面、挑み続けられるのは彼らに匹敵するような猛者でない限りは困難を極め、切り崩して領海(ナワバリ)を奪ったり倒すなりするなどほぼ不可能だ。もっとも、四皇同士仲良しということもなく、むしろ工作して相手の寝首を掻く気でもあるので隙を突くことはできないわけではないのだが。

 そんな新世界の海だが、実は一部界隈からは四皇以上の脅威と見なされている男がいる。

 ダグラス・バレットである。

「カハハハ……!! そうだ、立ってみろ!! この海は戦場だ!!」

 引き締まった下半身に、極端なまでにパンプアップした上半身。(のり)の利いた黒い軍服。強さの証である数々の勲章徽章。顔にまで届く左肩の大きな火傷の痕。

 その鋭い眼光と巨体に、新世界の荒波を行く海賊達は震え上がっていた。二十年もの時が流れても、海は〝鬼の跡目〟を憶えていた。

「ば、化け物だ……!!」

(つえ)ェなんてモンじゃねェ……!!」

 満身創痍で悪態を吐くのは、新世界でも有名なディカルバン兄弟。不運なことに世界最強へと駆け上がるべく海で手当たり次第戦っていたバレットと遭遇し、全滅寸前に追い込まれていたのだ。

 ちなみにバレットはディカルバン兄弟と遭遇する前に〝遊騎士ドーマ〟や「(アー)(オー)海賊団」といった強者達とも戦っているが、当然の如く無傷で壊滅させている。

「新世界の海賊達は、一人残らず殺す!! それが誰も成し得なかった、世界最強の証……ロジャーを超える唯一の道……!!」

 血で染まった白いグローブを通した拳を、ギチギチと握り締める。

 バレットは今や、四皇に匹敵する力と存在感を示していた。

 今は白ひげが支配する時代だが、伝説の怪物も老いには勝てず全盛期よりも大きく衰えている。一部界隈では白ひげ亡き後の世界最強は〝百獣のカイドウ〟か〝鬼の跡目〟のどちらかだろうと言われている。

 海賊王を継ぐ強さ。それはいずれ海賊王を超える。その可能性を秘めているのが、元海賊(・・・)ダグラス・バレットなのだ。

「カハハハ……どうした? さっきの威勢は」

 ディカルバン兄弟を挑発する。

 が、バレットの絶望的なまでの強さと不屈の闘争本能に恐れ、後退り始めたのだ。すると……。

 

 ――プルプルプル

 

 突如響き渡ったのは、電伝虫の受信音。

 その音源は、バレットだ。

「何だァ……?」

 バレットは不満気に電伝虫を取り出し、受話器を受け取った。

「何の用だ、テゾーロ」

《Mr.バレット。実は折り入って頼みがある》

 電話の主は、自分の雇用主である〝新世界の怪物(ギルド・テゾーロ)〟だった。

「頼み……?」

《新世界にダンスパウダー製造所があるという情報を得た。四皇のナワバリじゃない無人島にあるから、島を更地にしてでもそこを潰してほしい》

「製造所があるなら無人じゃねェだろう。……誰の絡みだ」

《クロコダイルさ》

 その名前に、バレットの鋭い眼が一瞬見開く。

 かつて自分と戦って生き残った数少ない敵のうちの一人であるクロコダイル。互いに納得のいかない決着ではあったが、彼は〝鬼の跡目〟と真っ向から戦って生き残った数少ない実力者だ。

 大海賊時代以前の海の匂い――ロジャーがいた海の匂いを残す海賊は、そう多くない。バレット自身も、ロジャーを超えることを最優先としつつもクロコダイルとの決着もいつかつけたいとも考えていた。

 クロコダイルを改めて倒せる機会が訪れた。これを逃すわけにはいかない。

「……いいだろう」

《じゃあ、カタパルト号の電伝虫に地図と情報を送っておくので、破壊しちゃってください》

 テゾーロはそう告げて通話を切った。

 ――もうこいつらに用はねェ。

 バレットは腕を掲げ、無造作に甲板を殴りつけた。その瞬間、衝撃が船を通り越して海面にまで走り、轟音と共に船体が真っ二つに割れた。

 海賊達は海へ投げ出され、船内の火薬が何らかの形で誘爆し、炎が燃え広がる。

 本来ならば白ひげの傘下として活躍するはずだった海賊「ディカルバン兄弟」は、ダグラス・バレットという〝強さ〟の化身によって海に沈んだ。仲間と夢と未来と共に。

 

 

           *

 

 

「……いやあ、大活躍ですね。軍人やってた人は仕事の早さが違う」

「軍の面子を何だと思うとるんだ、テゾーロ!」

 テゾーロは嬉々とした表情で黄金の湯呑みに急須のお茶を注ぐ。

 ここはマリンフォード。世界のほぼ中心に位置する、全世界と海の平和を守り続ける正義の要塞。その一室で、テゾーロは現元帥・センゴクと面会していた。

「ディカルバン兄弟、〝遊騎士ドーマ〟、「(アー)(オー)海賊団」……新世界で名を馳せる屈強な海賊も、ロジャーの強さを継ぐ男には無力ですな」

「海賊に同情はせんが……哀れなものだ」

 海兵である以上、海賊に情けをかけるのは筋違いだ。しかしこの現状に関しては、一人の人間として哀れんだ。

 かつて世界中の海で恐れられた〝鬼の跡目〟の伝説。その強さは19歳の時点で当時のシルバーズ・レイリーに匹敵していた。それから年月が経ち、今となっては四皇に引けを取らぬ力で暴れ回っている。孤高の強さを極めんとする無頼漢は、もはや一海賊団や軍隊で止められるような相手ではなくなった。

 そんなバレットを持ちつ持たれつでコントロールしているのが、ギルド・テゾーロ。仲間ではなくあくまでも契約という枠で組み、怪物同士うまくやっている。だからこそ、おいそれと力を削ぐことはできない。

 これが彼の思惑通りならば、脅威である。しかし海軍や政府の繋がりは大事にしてるので、裏切るというマネはしないと思われる。

 海の平和維持に貢献し、長きにわたって多くの人間を見てきたセンゴクの目をもってしても、テゾーロの力量と真意を完全には読み取れなかった。

「……でもセンゴクさん、正直安心してるんじゃないんですか?」

「何?」

「私のような人間がバックについたおかげで、息が楽そうに見えますよ」

「……そうだな」

 センゴクは珍しく笑みを浮かべる。

 テゾーロが海軍と接触し、正式なスポンサーになって20年が経とうとしている。経済的手腕や知識、莫大なカネで海軍を支えたことで進歩を遂げ、銃火器や軍艦の内装も大海賊時代以前とは比べ物にならない程の高性能となった。彼の脇を固める人間も曲者揃いだが有能であり、彼らの知恵もまた軍に大きな益をもたらした。

 今では天竜人に匹敵する権力をも得た、出世の神様。テゾーロの働きがなければ、海賊達に出し抜かれていたことだろう。

「……ところで、ドレスローザの一件はどうするんですか」

「……」

 テゾーロの言葉に、センゴクは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 ドレスローザは、王下七武海の一人であるドンキホーテ・ドフラミンゴが支配する国だ。元はといえば世界屈指の名君であるリク・ドルド3世が治めていたが、ある大事件で失脚しドフラミンゴが新王(・・)として君臨したという事情がある。ハンコックとはまた別の海賊の君主である。

 そんなドレスローザだが、実は王家の血を引くスカーレットとその娘のレベッカが、センゴクの部下であるロシナンテに保護されている。しかし救援に動きたいセンゴクは世界政府の命令で「海軍が加盟国の内政干渉をしてはならない」という名目の下、制限されてしまったのだ。

「私は情けないことに、部下を救いにもいけん」

「世界政府の弱みをチラつかせてでもいるんじゃないんですかね。ドフラミンゴは狡猾な男だ」

 海軍元帥とは、海軍の指揮を執る海軍総大将にして全海兵の頂点だ。一方で五老星からは「世界政府の表の顔」扱いを受けており、天竜人や五老星に振り回される上に不祥事の隠蔽を始めとする理不尽な命令も受けねばならない中間管理職の一面もある。

 世界政府から下される不祥事の隠蔽は、その全てが「世界政府に対する信頼を損なう案件」であるが、中には外部からの脅しが背景にあるケースもある。ドフラミンゴがそれである。

 というのも、元々天竜人という経歴ゆえに政府中枢とのコネがある上、聖地マリージョアの秘密も知っている。ドフラミンゴは世界を揺るがす衝撃の事実を知る者であり、それゆえに政府に消されそうになれば「お前らの秘密をバラすぞ」と逆に脅すこともできるのだ。

 センゴクはそれが何なのかはわからない。せいぜい知っているのは、五老星の上に立つ人物の存在くらいだ。だが知らねばならないが知ったら無事では済まない「何か」であるというのは察しているのだ。

「お前も他人のことは言えないだろう」

「さて、何のことやら」

「あからさまな腹芸はよせ、もうわかっているんだぞ」

 テゾーロの持つ秘密もまた、公表したら世界中が大混乱に陥るレベルの案件だ。

 その正体は公どころか裏社会にも知られてない。知っているのはごく一部の身内と盟友スライス、そしてセンゴクを筆頭とした政府側でも信頼の置ける面子のみ。

 存在するだけで世界をひっくり返す二つの宝。世界の勢力図を変えることも、その気になればできる。それ程の影響力があるのだ。

「……まあ、例の宝はあまり他人に知らせるわけにもいかないですし、悪いようにはしませんよ」

「当たり前だ! あんなモノがバレたら世界中が混沌と化すわ!」

 センゴクは思わず声を荒げた。

 どうにか落ち着きを取り戻した海で、海賊王への直線航路が存在するという情報が出回れば大変なことになるのは明白だ。

「くう……あんなモノ、四皇にでも奪われたら溜まったモンじゃないぞ」

「その為の〝鬼の跡目〟でもあるんです。ゴールド・ロジャーを継ぐと恐れられた豪傑と真っ向からぶつかれば、いくら四皇でも無事では済まないでしょう」

 ロジャー亡き後、拳の行き場所を失ったバレットは歩く災厄となり、ありとあらゆるものを破壊し始めた。海賊であれ海軍であれ国家であれ、無差別に暴れ回る歩く災厄となったのだ。命と生涯を懸けた〝強さ〟が無意味になることを恐れた怪物の暴走は、センゴクとガープが率いる大艦隊によるバスターコールによってどうにか止められた。

 今の四皇は〝鬼の跡目〟が暴れていた時の海を知る者や実際に戦った者、そして仲間であった者で構成されている。ダグラス・バレットという伝説の怪物(バケモノ)の力を理解している彼らは、迂闊に手を出して兵力を削ぐようなバカなマネはしない。

「……まあ、バレットの力は国家戦力級なので、今のところ世界を壊すようなマネはしないでしょう」

「三大勢力の均衡は破壊しそうだがな」

「ハハハ……それで、本題の方はどうなんですか」

 テゾーロは問う。

 実は先日、シャンクスとの秘密の会談の内容であるティーチの件をセンゴクに頼んでいたのだ。わざわざマリンフォードに来たのは、その答えを聞くためだ。

「……結果から言おう。保留だそうだ」

「中途半端な対応を……理由は?」

 センゴクはおかきを食べながら、テゾーロに説明した。

 テゾーロとシャンクスが密談をしたことについては別に咎めない。シャンクスは政府内部でも一目置く者も多く、暴れさせればこそ手に負えずとも信頼はしている。センゴク自身、シャンクスを認めてはいるので特に気にしない。

 ただ、今回の件はセンゴクとしても信じがたい内容だった。いくら四皇として新世界に君臨する前だったとしても、若い頃は世界最強の剣士〝鷹の目〟と渡り合った程の男が、白ひげの船とはいえ名も知れぬ一介の海賊に一生消えぬ傷を負わされるとは思えなかったのだ。それは報告を聞いた五老星も同じで、それ程の実力者が陰に潜む意味を理解できなかった。

「海賊共にとって、懸賞金の額の高さは己の強さを周囲にアピールしたり名を上げるきっかけになる。懸賞金が上がって狙われやすくなると考えて鳴りを潜める輩がいないわけではないだろうが……」

当事者(シャンクス)の証言では難しいということですか」

 だろうな……と溜め息を吐く。

 原作では後に白ひげの後釜に座るティーチだが、彼の恐ろしさは実力ではない。狡猾さと周到さという金獅子と引けを取らぬ策士ぶりだ。その覚悟も尋常ではなく、〝ヤミヤミの実〟が手に入らなかったら一生を日陰者として生きることを受け入れる程だ。

 マリンフォード頂上戦争が彼の思惑通りとなり、全ての勢力がマーシャル・D・ティーチの掌の上で転がっていたことも考えると、厄介なことこの上ない。前世持ちのテゾーロはそれを十分に理解していた。しかし今のティーチは文字通り闇に隠れている状態。世界政府がどこの馬の骨ともわからない一海賊を警戒するわけもなかった。

「……わかりました。ですが早く懸賞金はつけて下さいね。あの〝赤髪〟が警戒するんですから」

「わかった。じゃあ今度は私からだ」

「へ?」

 きょとんとした表情で、テゾーロはセンゴクを見つめた。

「この海賊の情報をできる限りでいい。集めて提供してくれないか」

 センゴクはそう言って一枚の手配書を見せた。

 その手配書に写る人物は――ポートガス・D・エースという海賊だった。



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プチスタンピード編
第137話〝熱狂開催〟


お待たせしました。
7月最初の投稿です。


 テゾーロは新聞を読んでいた。

 新聞の記事に書かれてるのは、最近新世界に進出した超新星・キャベンディッシュという海賊。世界屈指の強度を誇る斬突両用の両刃剣「デュランダル」を駆使する剣術の天才であり、その首に懸けられた額は2億を越えている。

「もうそんな時期か……随分と長く生きたなァ」

 ボソリと、どこかたそがれたように呟く。

 この世界に転生し、四半世紀が経とうとしている。前世の知識を活用して海を生きた結果、天竜人に匹敵する権力と世界屈指の財力を持つ国家元首にまで上り詰めた。気づけば主人公(ルフィ)が海賊として大海原へ乗り出し「麦わらの一味」を旗揚げするまであと一年となった。

 ルフィと出会っているのは身内ではシードだけで、彼自身も世の中の動きには疎いため再会してもピンと来ないだろう。だがテゾーロは未来の海賊王との出会いを心待ちにしている。会うのは、新世界に乗り出してからか。それとも何かの偶然でもっと早く出会えるのか。

 いずれにしろ、運命の邂逅は近いだろう。

「……いつか戦ってみたいな」

 その時、ドアを豪快に開けて元大海賊が陽気に現れた。

「よう同志! このブエナ・フェスタに何か用か?」

「ああ、来てくれましたか」

 稀代の祭り屋はご機嫌な様子だ。

 というのも、テゾーロはある時一つの悪魔の実を手に入れ、それで試したいことがあるとフェスタに提案していたのだ。

「フェスタさん、これはおれからの依頼です」

 そう言ってフェスタに、小さな宝箱に収められていた実を差し出す。

「これは自然(ロギア)系悪魔の実〝ヤミヤミの実〟。悪魔の実の歴史上最も凶悪な力を秘めている実です」

「ヤミヤミの実、か……」

 図鑑によれば、光をも逃さない引力を操る能力だという。引き寄せた物体を闇の中で押し潰して放出することができ、生物を引きずり込めば戦闘不能な重傷を負う程に強力。しかもこの闇の引力は「悪魔の実の力をも引き込む」という特性で、能力者の実体を正確に引き寄せ、触れている相手の能力を封じ込め使用不可能にするというジョーカーじみた能力を持っている。全てを引き寄せてしまうために相手の攻撃すら引き寄せてしまい、それどころかダメージを必要以上に負ってしまうという弱点を持つが、いずれにしろ能力者にとっては天敵とも言える力なのだ。

 この実の存在は、悪魔の実の能力を欲しがる人間にとっては喉から手が出る程欲しい代物だ。強力な覇気使いがこの実の能力者となれば、長所だけ見ればほぼ無敵の能力者になるのだ。

「これである人間を釣ろうと思ってます。うまく行けば、この世界の未来を変えられるかもしれない。フェスタさん、今一度起こしてくれますか? 熱狂を」

「歴史上最も凶悪な悪魔の実……あの二つには遠く及ばねェが、新世界の大物海賊共を釣るいい餌だぜ!」

 ロジャーが闇に葬った、海賊王への直線航路。

 島一つを跡形も無く消し飛ばす、「神」の名を冠する古代兵器の設計図。

 この時代の覇権を握る宝には及ばないが、喧伝すれば久しぶりの大掛かりなケンカ祭りが期待できる。

「やってやるぜェ……このブエナ・フェスタ、戦争級の熱狂を起こしてやる!! 題して――」

 

 ――〝テゾーロフェスティバル〟だァ……!!

 

 

           *

 

 

 一週間後。

 新世界に君臨する世界最強の一味「白ひげ海賊団」の日常に、ちょっとした出来事が起こった。

 

 ――親愛なる勇敢な船乗りご一同。

   敵船、同盟、入り乱れ酒を酌み交わすのもまた一興。

   来る者拒まず去る者追わず。

   この世界一の(たい)(えん)〝テゾーロフェスティバル〟に是非参加されたし。

   なお、今回は余興として自然(ロギア)系悪魔の実〝ヤミヤミの実〟をご用意しております。

                   テゾーロフェスティバル主催者 ブエナ・フェスタ

 

「……世界一の大宴ねェ」

 四番隊隊長・サッチは招待状を読み上げると、顎に手を当てた。

 ブエナ・フェスタは大海賊時代以前、いわゆるロジャー世代の大物海賊で、熱狂をこよなく愛する興行師だ。一時は死亡説も流れたが、こうしてシャバに再び現れたと思えば海賊稼業を引退して興行師一筋で人生を全うするという報道を知ったのはまだ耳に新しい。

 しかも彼のバックには、〝新世界の怪物〟ギルド・テゾーロという巨大すぎる金主(スポンサー)がいる。黒い噂は聞かないが天竜人に匹敵する権力者が絡んでるのならば、相当な規模の祭りなのは明白だ。

「ご丁寧に会場までの永久指針(エターナルポース)を同封しちゃって。しかも余興が自然(ロギア)の悪魔の実……」

「ヤミヤミの実か……」

 一味の古株であるビスタは、眉間にしわを寄せた。

 悪魔の実は闇市場で取引されるが、その額は最低でも一億ベリーを超える。数が少ない自然(ロギア)系や希少かつ強力な能力であれば数十億の額になり、場合によっては世界政府や海軍が介入してくる。現にオペオペの実は50億で取引された。

「グラララ……だが得体のしれねェ能力なんざ食うだけ損だ」

 船長の白ひげは断言する。

 この世界には悪魔の実に関する図鑑が存在するが、その数は少なく図説まで載っている実も少ないため、実際に食べるまで実の名前や能力を知るのは難しい。

 半世紀にも渡る長い海賊生活で数多の経験を重ねた白ひげから見れば、聞いたことの無い実を食べるのはかえって悪魔の実特有のデメリットである一生カナヅチになるだけで、あえて食べず売り捌くという選択肢もあるのだ。

 しかし、このヤミヤミの実に食いつく男がいた。ティーチである。

(ま、まさかこういう形で見つけるとはな……!)

 ティーチは動揺した。

 彼が白ひげ海賊団に所属していたのは、ヤミヤミの実が手に入る公算が最も高いと踏んでいたためである。20年近く所属してなお手に入らなかったため、半ば諦めている自分もいたが、ここへ来てようやく運が回ってきたのだ。

 この機を逃すわけにはいかない。さてどうするか。

 ティーチは慎重に考える。すると――

「ようティーチ!」

「うおっ!? サッチか!?」

 サッチが悪戯っぽい笑みを向ける。

 ティーチはサッチとは親友に近い関係を築いている。白ひげ海賊団の隊長達の立場は同列であり、上下関係は存在しない。それでも一隊員のティーチと隊長格のサッチでは無礼ではないかと思われるが、当のサッチがフランクな人柄なので意にも介さない。

「お前さ、気になるのか?」

「あ? ああ、聞いたことのねェ実だからな。だがそりゃあ他の皆もそうだろう?」

「まァな。だけどお前の食いつきは一番目立ってたぜ。おれだって何十年とオヤジの船に乗ってんだ、その辺の変化ぐれェはわかるさ!」

「ゼハハハハ! そうか! 腹芸は苦手でな!」

 ティーチは頭を掻いて舌を出してみせた。

 すると、サッチはティーチを労うように言葉を続けた。

「男の夢である〝スケスケの実〟じゃねェのは残念だが、手に入れれば食うなり売るなり好きにできるぜ? 何十年も頑張ってんだ、オヤジにちったァ我が儘言ってもバチ当たんねェよ!!」

「そ、そうか?」

「大丈夫だっての! なァ、オヤジ?」

「……そうだな。どの道おれもその島に用ができた。会ってみてェ奴もいるしな」

 白ひげの言葉に、船員達はドッと歓声を上げた。

 久しぶりに巨大な宴、それも海軍を気にする必要の無いお祭りへの参加を喜び、それを眺めた白ひげも優しく微笑んだが……。

「……」

 白ひげは見逃さなかった。ティーチの目が、今までに見たことがない程の獰猛さを孕んでいたことに。

 

 

 招待状が届いたのは、白ひげ海賊団だけではなかった。

「ブエナ・フェスタだァ……?」

 訝し気に呟くのは、四皇〝百獣のカイドウ〟。

 最強生物と呼ばれる彼の手元にも、件の祭典の招待状が届いたのだ。

「ウオロロロロ……久しぶりに聞く名だ。とっくにくたばってたはずの男」

 どこか懐かしそうな表情で酒を呷る。

 大海賊時代以前から数多の海賊達を熱狂させてきた大興行師が、数十年の時を経て新しい祭りの開催を決定した。しかも名前が「テゾーロフェスティバル」というのだから、今回の祭りには〝新世界の怪物〟と呼ばれる大富豪ギルド・テゾーロが絡んでいるのは明白だ。

 フェスタの祭りは、世界中から船・食べ物・情報など様々なものが集まる。当然カイドウの大好物である酒も流通しており、本来ならカイドウも行きたいところだ。

 しかし運がいいのか悪いのか、数日後にはワノ国で年に一度行われる盛大な「火祭り」が控えてある。カイドウとしては久しぶりのフェスタの祭りも悪くないのだが、火祭りの夜をしっかり楽しみたい。

 柄にもなく迷っていると、全身黒づくめで背中から巨大な翼が生えた海賊がカイドウの元へ歩み寄った。

「カイドウさん、火祭りの日程についてなんだが……」

「おう、キングか。ウオロロロ、ちょうどいいトコに来たな」

 カイドウへ火祭りの案件を持ち出したのは、〝火災のキング〟。カイドウの懐刀である〝災害〟と称される百獣海賊団大看板の一人だ。

「ちょうどいいトコ……?」

「こいつに目ェ通せ」

 カイドウに招待状を渡され、キングは目を通す。

「……カイドウさん、要するにこの実を奪って来いと?」

「察しがいいな。お前なら造作もねェだろ? 火祭りは来年もやるが、フェスタの祭りは次いつやるかわからねェ……それに今回の目玉商品は面白そうだ」

 カイドウはヤミヤミの実への興味を示す。

 ただでさえ希少価値の高い自然(ロギア)系悪魔の実。それもカイドウ自身も未知の能力ときた。全員が能力者の最強の海賊団を目指す彼にとって、未知というリスクがあるとはいえ手に入れてはおきたくなる一品だ。

 そしてそれを持ち帰って来る確率が最も高い部下――キングに個人的に依頼しているのだ。

「この一件、お前一人でも構わねェよな?」

「ええ」

 カイドウの不敵な笑みに、キングは迷いなく応えた。

 

 

 動き出したのは、四皇だけではない。

 遥か昔から毎年100隻以上の船が消息不明となる〝魔の三角地帯(フロリアン・トライアングル)〟を航行する世界最大の海賊船・スリラーバークでは、ある海賊が愉快そうに招待状を読んでいた。

「キシシシシシシ……海難事故でくたばったはずの〝祭り屋〟か」

 悪魔のような容姿をした、異様な体型の大男は呟く。

 男の名は、ゲッコー・モリア。王下七武海の一人で、かつてはカイドウと激闘を繰り広げた程の海賊だ。彼もまた大海賊時代以前より海賊として活動しており、世代的にはバレットやクロコダイル辺りの大物だ。

 そんなモリアも、フェスタからの招待状には胸を躍らせていた。

「奴の祭りには世界中から海賊共が集う! 優れた部下を一度に多く集められる絶好のチャンスだ!!」

 過去の体験からモリアは〝カゲカゲの実〟の能力で生み出したゾンビを部下にすることに執着し、特に大きく名を馳せる実力者を欲しがっている。王下七武海として海賊達の抑制という名目でゾンビ兵団増強を行なっていたが、モリアを満足させる力の持ち主はほとんどいなかった。

 しかし、フェスタは違う。本人の強さは大したことないが、裏社会の人脈が広いため大物達を呼び寄せることができる。特に今回は〝テゾーロフェスティバル〟という名前の通り、あの大富豪ギルド・テゾーロが絡んでいる。彼の莫大な財力も相まって、想像以上の規模の祭りとなるだろう。

 何より、今回のイベントで出される悪魔の実は、どうもかなり強力な能力らしい。未知の能力だが、それゆえに惹かれる者達もいるだろう。

 強者の死体と、未知の悪魔の実。望むモノを一度に手に入れられるまたとない機会を逃してたまるものか。

「キシシシ……面倒だが行こうじゃねェか、懐かしい〝新世界〟へよォ!!」

 一度は牙を折られたモリアもまた、かつての野心に満ちた笑みを取り戻した。

 

 

           *

 

 

 時同じくして、テゾーロフェスティバルのメイン会場である無人島。

 島の地下にある天然洞窟を利用した秘密基地に、フェスタは足を運んだ。

「さあ、準備は順調だ」

 ドカッとソファに腰を下ろし、酒を煽る。

 その場には彼以外にも関係者が二人。派手なマゼンタのダブルスーツを着た男と、黒い軍服を着た大男……ギルド・テゾーロとダグラス・バレットだ。

「この祭りは、おれ達が仕掛ける最高にして最強の熱狂〝スタンピード〟のデモンストレーションだ……! 全世界に見せてやろうぜ……!」

 

 

 そして二週間後、テゾーロフェスティバルが開催した。



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第138話〝熱狂直前〟

プチスタンピード、そろそろ開幕です。


 ここは新世界に浮かぶ、テゾーロフェスティバルの会場である島。

 平坦で何もない無人のこの島は、今では祝いの空砲と紙吹雪のシャワーで来訪者を出迎えるイベント会場だ。

 フードコートは様々な出店でぎっしり。水水肉、海賊弁当、チェリーパイ、海軍コーヒー……世界中の海の特産品が並んでいる。昼間から飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。これもまたテゾーロの資金力を示している。

 その盛り上がりっぷりは、沖合から見てもわかる程だ。

「おーおー、随分と盛り上がっとるのう」

 そう言うのは、骨を咥えた犬の船首が特徴の軍艦に乗る老兵。

 海軍の英雄である百戦錬磨の猛将・ガープ中将である。

「何だ、今更怖気づいたか?」

「うるさいわい、元優等生は黙っとれ。何を偉そうに」

 ガープは鼻をほじりながらそっぽを向く。

 元優等生と呼ばれた老兵も、ガープと同様伝説の海兵の一人である〝黒腕のゼファー〟その人だった。彼は前線を引退した身なのだが、同期にして海軍のトップであるセンゴクに直接ある指令を頼まれ、ガープと同じ軍艦にいる。

 二人は老齢で全盛期の頃の実力を発揮できないが、それでも現役の海軍大将(さいこうせんりょく)と互角以上に渡り合える猛者だ。海兵達から見ればとてつもなく心強い存在であり、相手が四皇だろうと怖いものなしだ。

「島に集まる海賊達はどうでもいい。白ひげとやり合う理由も命令も無いからな」

「問題なのは……こっちじゃな」

 ガープは一枚の古い手配書を手に取る。

 DOUGLAS BULLET……懸賞金の欄の一部が破れてしまっているが、当然の如く億の桁。ロジャーを継ぐ強さを持つ男、ダグラス・バレットがインペルダウンに投獄される直前の手配書だ。

「〝鬼の跡目〟か……テゾーロの奴、厄介な野郎とグルになったな」

 溜め息交じりにゼファーはシェリー酒を煽る。

 ダグラス・バレットが海で暴れ始めた時期は、ゼファーが海軍大将を辞した後。軍の教官として再出発したばかりの頃だ。

 祖国を滅ぼし海に出て、ロジャーに敗れ、そしてロジャー海賊団の一員となった〝一人海賊〟。ロジャーの死後も海を荒らし回った怪物は、今ではテゾーロが国王を務めるグラン・テゾーロの国防軍の客将として新たな人生を歩んでいる。しかしロジャーを超えることは諦めておらず、新世界で名を馳せるルーキーからレジェンドまで、バレット一人によって海の藻屑となっている。

 海軍としては海賊同士潰し合うのは結構だが、バレットばかりは無視できない。彼が万が一暴走した際の保険として、ガープとゼファーは派遣されたのだ。そして二人共、それを了承した。それぐらいの危険性があるのだ。

「おそらくバレットは、この祭りの目玉企画に参加する海賊共を一人残らず潰す気じゃろう。じゃがそれだけでロジャーを越えられるわけもない……」

「ロジャーの件とは別の目的があるってことか?」

「じゃろうな……じゃがもしあいつが世界を巻き込む大事件をここで起こすのなら、テゾーロにゃ(わり)ィが、多くの血を流してでも奴の息の根を止めねばならん」

 

 

 祭りのメイン会場には、階段状のスタンドが設けられている。

 超満員だ。

 すると、スタンドの一角にあるステージから義手義足の怪しげな雰囲気を醸し出すコメディアンが現れた。

《この島に集まった全ての船乗り諸君! 盛り上がってるか~~~~!!》

 ――うおおおおおおおおおおおっ!!!

 スタンドから野太い雄叫びが返った。

 会場の空気を鷲掴みにした男は、更に盛り上げる。

《さて……かつて海賊王ゴールド・ロジャーと同じ時代をやってきた興行師ブエナ・フェスタ氏が主催する今回の祭り!! この祭りに姿を現した超大物を皆は見たか!? 何とあの白ひげ海賊団と王下七武海のゲッコー・モリアまで来ているぞ!! 成り上がるチャンスを伺う奴にとっては絶好の好機!! 倒すことができれば〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に届く道が見えてくるぞ!! この祭りは海賊同士のケンカや奪い合いもアリだってこと、忘れるなよ!!》

 その言葉に、野心ある海賊達は雄叫びを上げる。

 新世界は選ばれた強者の海。死を恐れぬ覚悟だけでなく、絶対的な自信や闘争心、夢や野望への執着心を失った人間から死んでいく。ロジャーや白ひげに敗けた男達が大物海賊として生き残っているのは、そういう部分が強いからでもある。

《自己紹介が遅れたな!! おれは〝仕切屋〟ドナルド・モデラート!! よろしくな野郎共!!》

 司会役のモデラートは名乗ると、自身の背後の壁を差した。

《よく聞くんだ諸君! 今回は特別に祭りのスポンサーである出世の神様! ド底辺から天上にまで上り詰めた世界一の大富豪、〝黄金帝〟ギルド・テゾーロ氏からの応援メッセージが放送されるっ!! これは生だぜ!!》

 モデラートは映像電伝虫を用いてスクリーンに映像を映し出した。

 そこに映るのは、スーツ姿で鼻提灯を膨らませる一人の男。テゾーロだ。

 会場はどよめく。

《ん……ん~~~……!》

 テゾーロは大きく背伸びして起き上がる。寝違えたのか、首をゴキゴキと鳴らしている。

 すると中継されていることを察知したのか、映像電伝虫の目に近づいた。会場のモニターではテゾーロの顔面がアップされている。

《え? これもうテゾーロフェスティバル始まってんの?》

 ――ギャハハハハハ!!!

 その一言で、会場が大爆笑。

 司会であるモデラートも口元を押さえて肩を震わせている。

《参ったな……せっかくビシッと決めて挨拶しようとしたってのに。モデラート君、もうちょっと持ってくれよ》

 威厳と気品のある黄金帝ではなく、ただのギルド・テゾーロが映りこむ。

 それは貴重な瞬間でもあった。

《ちょっとちょっと、今そこの君。「思ってた奴と全然違うじゃねェか」って思っただろ? 甘い甘い、世の中自分の思った通りに事は進まないよ……そもそも予定ではあと30分後に始まる手筈なんだよ。――何? せっかく集まったのに何様のつもりかって? 出世の神様だよ野郎諸君》

 ガハハハ、と再び観客がわく。

《それじゃあ、おれが今回の目玉(メイン)企画(イベント)を説明しよう!!》

 テゾーロは画面越しに説明を始めた。

 今回の目玉企画は、ヤミヤミの実争奪戦。ヤミヤミの実は悪魔の実の歴史上最も凶悪とされている自然系(ロギア)の悪魔の実であり、光さえ逃れられない闇の引力という防御不能の攻撃力を得られる代物だ。

 しかも能力者の実体を引き寄せ、更に自分に触れている間、その能力を使用不可能にするというとんでもない特性付き。

 優れた覇気を扱う者が食えば、覇気による相殺どころか能力者相手に防御不能の攻撃を叩き込めるという文字通りのチート級能力を扱える。それがヤミヤミの実なのだ。

《ただし! そう簡単にくれてやるつもりはない。このヤミヤミの実が入った宝箱は、おれが直々に指名しておいた〝番人〟の手にある。制限時間内にその番人から奪うことができたら、奪った奴が実の所有権を獲得する形でチェックメイトだ。制限時間は開始から日没までとする!》

 

 ――海賊らしく、欲しいモノは力づくで奪うがいい!!

 

 テゾーロの提供するエンターテインメントに、参加者達の盛り上がりはピークに達する。

《なお、番人を務める者は血の気の多い君達が満足する相手だ! 舐めてかかると痛い目に遭うので忘れないように! ――じゃあモデラート君、後は頼むよ》

《了解しました!! さあ、諸君!! これは全ての海の男達に対する〝新世界の怪物〟からの挑戦状だ!! 番人を打ち倒し、その手に宝を掴もうではないか~!!!》

 

 

           *

 

 

 テゾーロフェスティバルのメインイベントが開幕しようとした頃。

 港には白ひげ海賊団の本船であるモビー・ディック号が停泊していた。

「オヤジ、沖合にいる軍艦は……」

「あァ、ガープとゼファーが乗ってやがる」

 グビグビと酒を飲む白ひげは、遠くに見える海軍の船を確認する。

 ガープとゼファーは、あの頃の海を知る数少ない証人。ロジャーがいた頃からの付き合いである。しかしガープはともかく、ゼファーは20年も前に引退して教官となっているはず。それでも来たということは、何か事情があるのは明白だ。それも嫌な方のだ。

「妙な胸騒ぎがするな……」

 白ひげは神妙な面持ちで招待状を見る。

 ブエナ・フェスタは興行師として有名だが、その実態は情報屋や武器商人とも黒い繋がりがある〝最悪の戦争仕掛け人〟だ。人の闘争心を掻き立てて争わせることに情熱をかけ、戦争で人を熱狂させることに手ごたえを感じている厄介な男。そんな男が大人しく祭りを催すわけがない。

 この祭りで、四皇も七武海も巻き込んだ、もっと大それたことを企んでいるのではないか。白ひげはそう感じていたのだ。

 その時だった。

「うわ、本当に来てくれたんだ」

『!!』

 どこか気怠げな声。

 視線の先には、黒の癖毛で眼鏡をかけた剣士がいた。

「おめェは……」

「アオハル。〝剣星アオハル〟って言えばわかるでしょ」

 その名を聞いた白ひげ海賊団の面々は、目を見開いた。

 剣士としての圧倒的な強さと悪魔の実の能力から〝剣星〟と呼ばれ、世界的にも有名な情報屋。テゾーロの部下になる前は新世界の大物海賊からも重宝されていた程の男だ。

 そんな男が、白ひげ海賊団に単身で乗り込んだ。テゾーロの使いか、個人的な用事か、それとも――

(……さすがは世界最強の海賊団。ちゃんと状況を解ってるようだ)

 白ひげ本人だけでなく、海賊団の隊長格もいる甲板。

 彼らは襲い掛かってくる様子も、敵意を持っている様子でもない。ここで下手にどちらかが手を出すと厄介事になるとわかっている証拠だ。

 家族に手を出そうものなら、白ひげは黙っていない。だがここで白ひげ側が手を出せば新世界の怪物(ギルド・テゾーロ)との衝突――四皇と加盟国による戦争にもなりかねない。もしかしたら国防を口実に、あのバレットが白ひげ海賊団に殴り込みを仕掛けてくるかもしれないのだ。

 バレットは白ひげが手加減して倒せるような相手ではない。19歳の若さで当時のレイリーと互角と称されたのだ、今では四皇にも匹敵しかねない猛者となっているだろう。いくら世界最強の大海賊でも、ロジャーの強さを継ぐ怪物(バケモノ)と正面から()り合う気は無い。バレットはそうかもしれないが。

「グララララ……不思議なガキを寄越しやがったな、あの成金小僧」

「まあ……あんたらと本気で()るハメになったら、生き残る確率が一番高いと踏んだんだろうけどね」

「フフ……グラララララ! 見た目の割に威勢は一丁前だなアホンダラ」

 白ひげは愉快そうに笑った。

「それで、おれの首をご主人様にでも献上しに来たか?」

「キツイ冗談を……それは忠誠心じゃなく狂気って言うんです。仮にあなたの首取ったら、それこそ取り返しがつかない。でもギル兄を脅かすんなら話は変わる」

 アオハルは覇王色の覇気を放つ。

 四皇には及ばずとも、それなりに強力な威圧。白ひげ海賊団の若い面々は意識を失いそうになったが、白ひげ本人はどこか感心したように、隊長達は目を少し見開く程度の反応を示す。

「……まあ、こちらとしては伝説の怪物は長生きしてくれた方が楽なんで」

 白ひげの名で護られている島々は多い。

 それはつまり、白ひげの身に何かがあれば領海全域が危険に晒されかねないということだ。それが四皇なのだ。

「じゃあ、話を本題に。ギル兄が……ギルド・テゾーロが話し合いたいと申し出ている」

 

 

 その頃、島に建てられた黄金のメインタワーでは。

「役者が揃った。いつでも準備はできてる」

 テゾーロはシャンパンを飲み干すと、会場を一望する。

 メインタワーの最上階は、指令室だ。並んだモニターには電伝虫によって中継された会場の映像が届けられ、大勢のスタッフがイベントを運営していた。

「デヘヘヘヘ……まさか番人の正体が〝鬼の跡目〟とは誰も思わねェだろうな」

 無精髭のもじゃもじゃ頭――フェスタは至極楽しそうに笑った。

 そう。会場の参加者には番人は一切知らされてないのだ。知らされてたら、すぐ心がへし折れてしまう。熱狂し、盛り上がりがピークに達してからが、今回の目玉企画の主役の出番だ。

「四皇に王下七武海、ルーキーからベテランまで、あらゆる海賊が集っている」

 テゾーロは告げる。

 それと共に、イスに座っていた大男が立ち上がった。

「…………」

「さあ、出番です。鍛え抜いた本物の〝強さ〟を見せつけてやって下さい」

 テゾーロの笑みに応えるように、〝鬼の跡目〟は静かに準備を始めた。



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第139話〝台本には無いこと〟

やっと更新だ~!


 白ひげの陰で虎視眈々と大海賊時代の頂を狙うティーチは、路地裏で冷や汗を掻きながら計画を練っていた。

 「大男総身に知恵が回りかね」という、体ばかり大きくて愚鈍な男を嘲る言葉があるが、ティーチはそれに当てはまらない。身長344センチという巨躯とビール樽のような出っ腹が特徴の大男でありながら、合理的かつ計画的に動く策士であり、シャンクスの顔に傷をつける程の実力を隠してきた忍耐の持ち主でもある。

 だからこそ、彼は今回の祭りのメインイベントである「ヤミヤミの実争奪戦」には不参加すると決めたのだ。というのも、わざわざ危険を冒してまでバカ正直に争奪戦に首を突っ込む必要はないと考えているからだ。

 管理しているであろうメインタワーに忍び込み、盗めばいい。アレだけの数の海賊達がいれば、窃盗に動く者くらい一定数いるはず。そう結論づけ、白ひげ海賊団のメンバーと離れて実際に潜入に成功した。

 だが、そのメインタワーの内部で想像だにしていないヤバイ奴の姿を目撃してしまった。

「まさかあいつが絡んでやがったとはな……〝鬼の跡目〟と呼ばれた男……」

 ティーチは、今回のメインイベントに参加しなかったのは正解だと確信した。

 14歳で国を滅ぼし、19歳で海賊王の右腕であるシルバーズ・レイリーと同等とされていた無双の怪物(バケモノ)。そんな男に真っ向からぶつかりに行くなど、正気の沙汰ではない。

「ゼハハハ……まァ時間はある。焦るこたァねェ……」 

 作戦とは、あらゆるアクシデントを想定して動くべきだ。

 計画を練るのは得意なティーチにとって、時間さえあればいつでも実を奪いに行く算段が整う。

 世の中には、出す拳の見つからないケンカがある。だが出したら一巻の終わりになるケンカもある。今回は、後者だった。

 

 

「これが天下のモビー・ディック号……ウチの所有船よりデカイな」

 同じ頃、テゾーロは巨大な酒瓶を背負って港に佇んでいた。

 視線の先には、鯨を象っている船首が特徴の海賊船。大海賊時代の象徴とも言え、〝世界最強〟として君臨する白ひげ海賊団の母船だ。

「さてと。じゃあ行きますかね」

 テゾーロは火花を散らしながら能力で黄金を生み出していく。

 液体状の黄金は見る見るうちに形状を変え、何と見るからに頑強そうな階段に変わった。

怪物(・・)同士、仲良くできるといいけどなァ)

 〝新世界の怪物〟は、伝説の怪物との会談に臨む。

 

 

           *

 

 

《さァさァ! ついに5分前と迫ってきたぞ~~~!!》

『うおおおおおおおおおおっ!!!』

 地鳴りのような歓声が響き渡る。

 テゾーロフェスティバルのメインイベント・ヤミヤミの実争奪戦の開始が、刻一刻と迫っていた。

 その会場となるバトルフィールドの浮島には、世界中から来た腕っ節に自信のある海賊達が集っていた。

《色んな猛者共が揃ってきたぞォ! じゃあここで今回の優勝候補を紹介しよう!!》

 意気揚々とドナルドは注目選手の名を呼ぶ。

 スリラーバーク海賊団船長、〝王下七武海〟ゲッコー・モリア。

 白ひげ海賊団1番隊隊長〝不死鳥マルコ〟と4番隊隊長サッチ。

 史上最凶のトレジャーハンター、マッド・トレジャー。

 いずれも世界的に名を馳せる、錚々たる面子だ。

「おい、サッチ。ティーチの野郎はどうしたんだよい。あいつ出たがってたろい」

「漬物石みてェなウンコでもしてるんじゃね?」

 マルコはサッチのテキトーな返答に顔を覆った。

 この祭りに出たがってたのはティーチだ。その当事者がいなくなっては、来た意味が無くなるではないか。

「ま! 気にするこたァねェだろ。せっかく大暴れできるんだしよ」

 そう、この祭りは島の外で暴れなければ何をしてもいい。言い方を変えれば、島の中での全ての行動は主催者側が保障すると言っているも同然で、普段はあまり表立って暴れられない連中も思う存分暴れられる。

 これは主催者フェスタの海賊ならではのサービスだ。

 その時――

《あ……あーーーーーーっ!! な、なな何てことだ~~~!! あの黒ずくめの男は間違いない!! かの四皇カイドウの右腕の災害だ~~~!!》

 司会者の絶叫に、会場は一斉にざわついた。

 ふと上を向けば、黒いプテラノドンが空高くから滑空して来たではないか。

「マルコ、あいつは……!!」

「ああ、キングだよい……!」

 マルコとサッチは、眉間にしわを寄せた。

 百獣海賊団大看板〝火災のキング〟――かの〝百獣のカイドウ〟の三人いる懐刀の一角であり、他の四皇からも戦闘力を高く評価されている実力者だ。

 新世界で知らぬ者はいない程の名を轟かせる四皇幹部が集まったことで、緊張感が増した。

「不死鳥マルコ……」

 キングは華麗に着地すると、その双眸で敵方を睨んだ。

「おれ達の狙いはお前の首じゃねェよい」

「奇遇だな……だが邪魔するなら殺す」

 四皇に名を連ねる面子の内、〝白ひげ〟〝ビッグ・マム〟〝百獣のカイドウ〟の三人は、かつて世界最強と謳われた伝説の「ロックス海賊団」出身であるため顔馴染みではある。しかし船員同士の仲が劣悪だったことが長々と続き、今でも対立・敵対し合う間柄だ。唯一ロジャー海賊団出身であるシャンクスが例外であるが、それでも大きな事になれば戦闘にもなる。

 それは部下も同様であり、当然いがみ合う。しかし幹部格は割と現実を見て判断するので、感情任せに暴れたり何の利益も無く戦争を吹っ掛けることはしない。

《これもフェスタさんの人脈か……おっかねェ~……って、あ! あと十秒で争奪戦が始まるぞ!! 皆準備しろーーー!!》

 その声で、更に歓声が上がった。

 これから行われる、血沸き肉躍る「海賊ケンカ祭り」が始まる。人の闘争心をかきたてる熱狂を、今か今かと待つ。

 実を手に入れて、自らを能力者にしたい者。売って金を得たい者。色々な思惑が交錯する中――

 

 カアァァン!!

 

 ゴングが鳴った。

 

《さあ! 争奪戦の開始だ~!》

 その直後、バトルフィールドの浮島から轟音と共に土煙が上がった。

 この争奪戦には、ヤミヤミの実を守る番人役がいると言っていた。どうやら到着したようだ。

 海賊達は土煙の中に立つ人影目掛けて突っ込んでいく。

《おっと、ここで番人が現れたぞ~!! 皆で迎え撃て~~!! そう言えば、宝箱の番人の正体は一体…………え?》

 ドナルドの声が、実況を忘れて一瞬素に戻った。

 その顔には、大量の汗が流れていた。

「キシシシシ!! 大量の影が手に入れられる絶好の機会だ!! 番人って奴からも奪って…………んなっ!?」

 番人の姿を捉え、モリアは凍りついた。

 モリアはクロコダイルやドフラミンゴと同様、大海賊時代以前から海賊稼業をしている身。ロジャーが生きていた頃はルーキーとして名を馳せていた。だからこそ、同じ世代の大物達とはたとえ面識が無くとも知っている。

 彼の視線の先にいるのは、おそらくその同じ世代の海賊の中でも最強と言える男だった。その姿を捉えたのか、モリアに続くように海賊達は顔を青褪めていった。

「……!?」

「マジかよ……!!」

「冗談だろ、おい……!!」

 予期せぬ男の登場に、一同は戦慄した。

 フィールドのど真ん中で宝箱を掴んでいたのは、身長が3メートル以上は確実にある大男だ。軍人なのか、たくさんの勲章徽章が付いた黒い軍服に身を包み、頭にはサプレッサーイヤーマフを着用している。

《え……ちょ、うわーーー!! た、たたっ! 大変だ~~~~!! そんな、まさか!! アレは、伝説の……!!》

 司会者のドナルドは錯乱した。

 これは台本には無いことだ。自分も事前の会議の際に誰が宝箱の番人を務めるかは秘密だと伝えられており、主催者(フェスタ)金主(テゾーロ)以外の関係者には箝口令を布かれていた。それ程のスペシャルゲストだということなのだが、今回はあまりにも想定外過ぎた。

 あの男は、間違いない。

《さて、聞こえるか諸君! テゾーロフェスティバル主催者の〝祭り屋〟ブエナ・フェスタだ!》

『!!』

 突如、今回の祭り(テゾーロフェスティバル)の主催者からの通信が入った。

《退屈な挨拶は省こう! 紹介する……今回のメインイベントのゲスト、宝箱の番人を務めるのはダグラス・バレット!! もう気づいている者もいるだろう!! ロジャー海賊団の元船員(クルー)であり、〝鬼の跡目〟と呼ばれた!! ロジャーの強さを継ぐ男だっ!!!》

 海賊達は絶句する。

 ゴールド・ロジャーの後継者と恐れられた、伝説級の凄腕。それ程の男が、自分達に立ちはだかる。

《これから始まる祭りは!! ダグラス・バレットの、〝世界最強〟の……〝ケンカ祭り〟だァ!! さァ名乗り出ろ挑戦者!! かかってこい!!》

 フェスタの挑発的な宣言に、半端な海賊達は狼狽える。

 ロジャー海賊団のメンバーは皆、見習いまで伝説扱いされている。その一味の中でも際立った強さを持つ海賊ダグラス・バレットに、怖気づいたのだ。

「――さァ、始めようか」

 全海賊とダグラス・バレットによる、凄まじい戦いの火蓋が切られた。

 

 

           *

 

 

「ガープ、見えたか」

「ああ……始まったな」

 沖合で、海軍古参の英雄達はバレットの姿を双眼鏡で目視していた。

 この戦いが終わるのは、日没。それまでの間、〝鬼の跡目〟はサイクロンのように暴れ続ける。特設のフィールドには七武海のモリアや白ひげの部下、新世界で名を上げる屈強な海賊達がいるが、束になって倒せる程バレットは甘くない。

 今の彼を倒せるのは、この世界では四皇か海軍大将ぐらい。バレットの挑戦を真っ向から受けて立ち、その上で打ち負かしたロジャーは、もういない。威勢を極めた白ひげも老い衰え、ガープやゼファーも体力や身体能力の低下を自覚している。

「この祭りに来とる連中は、幸いにも海賊共だけ。わしらも動く時ゃ思う存分動けるが……」

 今回の祭りは、予めテゾーロとフェスタがリークしている。だからこそ伝説の海兵二人が率いる海軍艦隊が待機できたのだ。

 しかし長く大海の秩序維持に貢献してきた二人は、キナ臭さを感じ取っていた。

 テゾーロ曰く「訓練兵の実戦訓練にちょうどいいのでは」とのことで、確かに一度に大勢の海賊達を捕縛するというケースは滅多に無いため、訓練兵に場数を重ねるに相応しい。が、ここまで周到だと別の考えがよぎる。

「お前ら、まずは入電して向こうと連絡を取れ! もうじき島は戦場になるぞ」

『はっ!!!』

 

 

 会場の一角にあるメインタワーで、フェスタは笑っていた。

「予定通り海軍艦隊、外界に到着!」

「海軍艦隊より入電! ――包囲完了、誘導ニ感謝ス」

「英雄ガープに〝黒腕のゼファー〟か」

 スタッフの報告を聞き、フェスタはどこか懐かしそうに目を細めた。

 ガープもゼファーも、敵と言えど同じ時代を駆け上がってきた。ロジャーがいた頃の海を知る、数少ない生き証人だ。今回来ている白ひげも然りだ。

舞台(ステージ)はつくったぜ」

 指令室から会場を見下ろすフェスタ。

 興行主(プロデューサー)にできるのはお膳立てまで。ステージを盛り上げるのは、主役と脇役だ。

「テゾーロ、あとは任せるぜ……」

 ニヤつくフェスタは、葉巻を燻らせた。

 この祭りと海軍の動きの最終的な決定権は、実はテゾーロにある。

 バレット主役のケンカ祭りの動向次第で、島を包囲した海軍艦隊は海賊達の拿捕に動くとする――テゾーロは事前に海軍の総大将(トップ)であるセンゴク元帥と掛け合っている。そして動いた際に誰を捕まえるかどうかは、ガープとゼファーの采配に任せるという条件付きだ。

 言い方を変えれば、テゾーロがゴーサインを出さない限り海軍は動いてはならないということでもある。

「さァ、どうする? 海賊諸君……期待してるぜ」

 この祭りは、成功しなければならない。

 おれ達の最強の熱狂(スタンピード)の為に。



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第140話〝白い怪物と黄金の怪物〟

やっと更新できましたァ……!


 ダグラス・バレットの登場に、会場は大混乱に陥った。

 彼が暴れてた頃を知る海賊達は、その巨躯と碧眼に震え上がるばかりだ。

「ダグラス・バレット……まさか貴様が絡んでたとはな」

 百獣海賊団大看板であるキングは、バレットに警戒する。

 海賊ダグラス・バレット――〝鬼の跡目〟が活躍したのは総督(カイドウ)がまだ若い頃。白ひげやビッグ・マムに並ぶ四皇の一角となる、それこそかの光月おでんと赤鞘九人男との死闘の前だ。

「……ヤバそうなのが出てきやがった」

 マッド・トレジャーは冷や汗を掻く。

 彼は参加者の持つお宝を奪うつもりで祭りに来たのであり、悪魔の実はさほど興味は無い。それでも争奪戦に参加したのは、自らの能力(チカラ)で名乗りを上げるためだ。そこへ来ての伝説級の凄腕の参戦に、トレジャーは未だかつてない程に緊張していた。

「隙がねェ……!」

 モリアは攻撃のチャンスを掴めずにいた。

 カゲカゲの能力で叩き潰し、その影を奪い取って最強のゾンビ兵を生み出したいのはやまやまだったが。

「カハハハ……どっかで見た連中ばかりだな」

 バレットは笑う。

 見ない顔はチラホラいるが、多くの海賊達がバレットが捕まる前から海賊稼業をしていた実力者ばかりだ。特にロジャー海賊団と度々衝突した白ひげ海賊団の面々は、ロジャーの部下だった頃の戦いの記憶を呼び覚ました。

 それを除いても、王下七武海(ゲッコー・モリア)や百獣海賊団の最高幹部(キング)もおり、そこらの半端な海賊達を叩き潰すよりも骨がある。義理人情を煩わしく思うが、テゾーロとフェスタには心の中で礼を述べておいた。

「こいつが欲しけりゃ、全員まとめてかかって来い」

 バレットは挑発する。

 一世一代の悪名を轟かせる猛者達を、その辺で粋がるザコ海賊と同じ扱いをする。これにはカチンと来たのか、その場にいるほとんどの者が臨戦態勢に入った。唯一挑発に乗らなかったのは、マルコとサッチだけだ。

「まさか奴とまた戦うとはな……」

「向こうは倒せとは言ってねェよい。奪って逃げればおれ達の勝ちだい」

 マルコは争奪戦のルールを思い出す。

 テゾーロは確か、日没までに番人から奪うことができたら、奪った者が実の所有権を獲得すると言っていた。言い変えれば、奪って逃げに徹すればいいだけでバレットを倒す必要はないということである。

 ならやるとすれば、挑発に乗った連中とバレットが交戦している隙に奪い、その場から逃走すること。幸いにも彼は「フィールドの外に出てはいけない」とは言っていない。バレットの追撃の前では無力と考えているのかもしれないが、ここは大いにルールに(・・・・)則って(・・・)やろうではないか。

「来いよ、てめェらが仕掛けてみろ」

 バレットは表情の無い目で告げる。

『……!!』

「来ねェなら行くぞ」

 

 ドンッ! ゴゥ!

 

 バレットは地面を蹴り、マルコとサッチ目掛け拳を振るった。

 突進と共に繰り出される〝武装色〟のパンチを、跳んで回避する。拳は地面に減り込み、亀裂が生じて土煙が舞い上がった。

 周囲の海賊達は手をかざして瓦礫から身を守るが、その途端に腹や顎を撃ち抜かれて倒れ伏していった。筋金入りの戦場育ちであるバレットは、迅速(はや)さも強さだと理解しているのだ。

(はえ)ェ……!!」

 トレジャーは舌打ちし、両手の掌から鎖を出してバレットの全身に巻き付けた。

 体中から鎖を自在に出すことができる〝ジャラジャラの実〟の能力だ。腕に何重も鎖を巻いて強化したり、体に鎖を巻いて防御するなど、攻防共に優れた能力である。当然敵を拘束するのにも有効だが……。

 

 ブチィッ!

 

 バレットの鬼の如き豪腕の前では、無力だった。

「引き千切りやがった……!? ぐわあっ!!」

 標的をトレジャーに定めたバレットは、一瞬で距離を詰めて跳び膝蹴りを見舞った。

 直撃を食らったトレジャーは、地面を跳ねながら岩に激突した。

 

 キィィィ……!

 

 背後から何かが猛烈なスピードで接近し始めた。

 バレットは振り返る。その視線の先には……驚くなかれ〝翼竜〟だ。

 キングは動物(ゾオン)系古代種「リュウリュウの実」の能力者。モデル〝プテラノドン〟――太古の遺伝子を体に目覚めさせ、巨大な古代生物に変形した。

 炎を纏う巨大な漆黒は地面スレスレを飛び、長大な嘴で特攻するが、バレットは真っ向から受け止めて一本背負いを決めた。豪腕から繰り出すそれに、キングは地面に思いっ切り叩きつけられ、胃の中のモノをぶちまけそうになった。

 

 バササササ!!

 

 ふいに、羽ばたく音と共に小さな黒い大群が現れた。

 コウモリを模した小さな塊は、バレットの体に次々と噛みついた。牙は軍服を突き破るが、バレット自身の鋼の肉体は多少血がにじむ程度で、大したダメージを負っていない。

「死ね!」

 背後から、モリアが巨大なハサミを分割して攻撃を仕掛けた。

 その直後、ズンッという鈍い音が響いた。モリアの鳩尾にバレットの拳が食い込んでいた。

「オォ……!」

 立っていられない程の嘔吐感が込み上げ、白目を剥いてモリアは膝を屈した。

「撃てーー!!」

「蜂の巣にしろ~~!」

 運よくバレットの攻撃から逃れた海賊達は、一斉に銃口を向けた。

 拳銃(ピストル)小銃(ライフル)擲弾砲(バズーカ)……あらゆる銃火器の弾丸が、バレットを集中攻撃すると思われた。

 

 ヴォッ!!

 

 バレットの碧眼が海賊達を捉えた途端、睨みつけると共に強烈な〝圧〟が海賊達を襲った。

 〝覇王色〟だ。

 仮にも新世界の海を生きる海賊達を、手を掛けるまでもないと言わんばかりに威圧で一掃する。

「〝(ほう)(おう)(いん)〟!!」

「あァ……?」

 バレットは真横から青白い光が向かってくるのが見えた瞬間、青い炎を纏って両腕を鳥の翼と化したマルコに脇腹を思いっきり蹴られ、そのまま吹き飛ばされて岩盤に激突した。

 マルコは自然(ロギア)系悪魔の実よりも希少な動物(ゾオン)幻獣種の能力者。トリトリの実モデル〝不死鳥(フェニックス)〟――自分の体を急速に再生することが出来る「再生の炎」を纏う飛行能力で、限界こそあるがいかなる攻撃を受けても炎と共に再生する強力な能力だ。飛行能力に加えてマルコ自身の基礎戦闘力と覇気の練度の高さもあり、四皇最高幹部に恥じぬ力量は〝鬼の跡目〟にも通じるのである。

「……どうだ?」

 サッチは呟く。

 すると、土煙の中からバレットが現れ、軍服を破り捨てた。

「――足りねェ。何もかも足りねェ! その程度じゃあ戦場であるこの海で生きていけねェ!」

 少年兵時代からロジャー海賊団在籍時代、そしてセンゴクとガープによるバスターコール……勝利も敗北も知った、あらゆる戦場をくぐり抜けてきた肉体を見せつけるバレット。

「いい緊張感だ……簡単に死ぬなよ」

 無双の男が、ついに本気を解放する。

 

 

           *

 

 

 一方、停泊中のモビー・ディック号では二人の怪物が酒を飲んでいた。

「世界中の海から仕入れた酒の中でも、私達が民主的に(・・・・)決めた逸品です。いかがでしょう?」

「あァ……悪くねェ」

 白い怪物と黄金の怪物。

 一人は海賊王と覇を競い、時代の頂点に君臨する大海賊エドワード・ニューゲート。もう一人は実業家としての手腕と人脈で成り上がり、天竜人に匹敵する富と権力を得た大富豪ギルド・テゾーロ。

 二人共、誰もが一度は名を聞く超大物と化している。

「グラララ……おめェのような野郎が、センゴクやガープを顎で使えるとなりゃあ痛快だな」

「ご冗談を……確かに海軍や世界政府には色々と親切に(・・・)対応しましたけど、権力は万国共通でもそういう使い方はあまりしないんですよ」

 愉快そうに笑う白ひげに、テゾーロは両手を挙げる。

「ロジャーんトコの合体小僧も丸め込んで、おれの首でも狙うか?」

「こちらがその気じゃなくとも、本人がやりそうで怖いのは事実ですね」

「グラララララ!! 威勢だけは一丁前のハナタレボーズかと思えば、正直な野郎だな」

 上機嫌に酒を呷る白ひげ。全身に管をつけたその姿は健康とは言い難いが、風格と威厳は全く衰えていない。

 テゾーロは〝中身〟が転生者であり、覇王色も扱える原作以上の実力者であるため、「お前のような金持ちがいるか」状態だ。しかしそんな彼でも、白ひげとの一対一(サシ)の面会は緊張せざるを得ない。

 お互いに全面衝突は避けねばならないとわかってはいるものの、万が一の場合もあり得る。実際テゾーロ側で白ひげと一騎打ちで勝てるのは、雇用者と被雇用者の関係であるバレットしかいないし、勝っても負けても利よりも損が大きすぎる。テゾーロは白ひげを怒らせるのだけは、何としてでも回避しなければならないのだ。

「それで……おれにわざわざ会いに来たってこたァ、何か理由があるんだろうな」

「――さすがにバレますか」

 テゾーロは微笑むと、真剣な眼差しで白ひげを見据えた。

「マーシャル・D・ティーチについてです」

「……?」

「我々は海軍やサイファーポールを通じてあらゆる勢力の情報収集に勤しんでますが……今危険視しているのが四名います」

「その内の一人が、ウチの船員だってのか」

「……この際ハッキリ言わせてもらいます。ティーチと縁を切っていただきたい」

 白ひげは怪訝そうに見つめる。

 テゾーロは、自分が知り得る情報を提供した。

「おれは色んな業界にコネがある。だから知りたい人間の情報はいくらでも集まる。だがあなたの一味のティーチだけは、ほとんど情報が出回っていない。現役の四皇の船員、ましてやあんなに目立つ出で立ちで情報源が少ないなんておかしい」

「……」

「それだけじゃない。前にシャンクスから、無名のティーチに懸賞金を懸けてほしいと頼まれた」

「!?」

 シャンクスとのやり取りを出され、白ひげは目を大きく見開いた。

 ロジャーとの殺し合いで成り立つ顔馴染みの間柄だが、白ひげも一目置くシャンクスがティーチに対してそこまでするとは思わなかったからだ。

「あなたも薄々感じてるはずだ。この先の暴走を。ティーチの不気味さを! どうか身内の問題と片づけないでほしい! これは世界規模の話に繋がる! それを変えられるのはあなただけだ!!」

 テゾーロの鬼気迫る説得に、白ひげは考える。

 初対面の相手に、ここまでの覇気で説得してくる奴は滅多にいない。権力や勢力図への影響力を考えると、シャンクスの件は本当のことだろう。わざわざ一人で船に乗り込んできホラを吹くとは到底思えないため、それなりの根拠があるのは言うまでもない。

 だが――

「フフ……グラララララ!! 成金野郎が他人様の〝家族問題〟に首突っ込むたァな」

「……!」

「いいか小僧。おれの船に乗せたからにはどんなバカでもおれの息子だ。仁義を欠いたらおれがもう一度叩き込む、やっちゃいけねェことをしたらケジメをつける、それが親ってモンだ。――たかだか四十そこらのが小僧が、おれの責任を語るんじゃねェよ……!!」

 白ひげは〝覇王色〟を放ちながら、テゾーロを一喝する。

 テゾーロは一瞬気を持ってかれそうになるが、堪えて覇王色を放つ。

「……わかったかアホンダラ。おれに指図するなんざ百年(はえ)ェ」

 白ひげは酒壺の中の酒を飲み干し、テゾーロへぶん投げる。

 投げられた酒壺をテゾーロは受け取り、傍に置いた。

(態度はああだが……届いてはいる。堅気に言われるまでもない、ということか)

 原作で白ひげは、サッチを殺したティーチとケジメをつけようとしたエースを諫めた。その上で直々に顔を出したシャンクスの説得を一蹴したのは、エースの面子を重んじてだ。

 白ひげは聞く耳を持たないのではなく、家族の面子を考えているのだ。だからこそ、今の内にとテゾーロは手を打ったのだ。それでも白ひげは、テゾーロを一蹴した。堅気に心配されては立つ瀬がないと言いたいのだろう。

「……わかりました。あなたがそう言うのなら、これ以上は野暮ですね」

 伝えたいことは伝えた。自分も色々手を打つが、あとは白ひげ次第だ。

 テゾーロは空になった酒壺を回収し、一礼して引き上げようとしたが――

「グラララ……おい小僧、せっかく来たんなら一発(・・)ぐらい付き合え」

 白ひげはおもむろに立ち上がり、愛用の薙刀〝むら(くも)(ぎり)〟を手にした。

 〝新世界の怪物〟の本気を見せてみろ――要はそう言いたいのだろう。

 テゾーロは困った笑顔を浮かべ、能力で黄金の長剣を生み出して刀身を覇気で黒く染めた。

(何か一撃で島の対岸まで吹っ飛ばされそうだな……)

 ある種の諦念と共に、白ひげとテゾーロは互いの得物を振るって激突させた。

 

 結論から言うと、テゾーロは押し負けた。

 そもそものポテンシャルと経験値が違い過ぎたため、激突した瞬間こそ張り合ったがすぐに吹き飛ばされてしまい、勢い余って船の壁に頭から減り込んだのだ。

 その様子を白ひげは「まだまだ(わけ)ェな」と笑ったが、その様子を影で見守っていた彼の家族はテゾーロに合掌していたとか。



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第141話〝終わりの陰で〟

やっと更新できました。
お待たせして申し訳ありません。


 白ひげとの会談を終えたテゾーロは、どんよりとした空気を纏ってメインタワーに戻った。

「今戻ったぞ……」

「テゾーロ、大丈夫?」

 疲弊しきった顔で帰宅したテゾーロを、ステラは慰めた。

 その二人の様子を、バレットと同じ軍服を着こなしたシードが呆れたように口を開いた。

「老いても最強は最強なんですよ」

「……で、何か動きは?」

「争奪戦は終盤。それ以外に目立った動きはありません」

「……さすがに警戒は怠らないか」

 テゾーロは眉間にしわを寄せる。ヤミヤミの実の争奪戦に、ティーチは少なからず関与すると読んでいたが、まさか我関せずとは思わなかったのだ。

 というのも、この争奪戦はバレットを倒してヤミヤミの実を取るのではなく、隙を突いて奪うだけでいいのだ。だからルール上バレットを倒す必要はない。そもそも真っ向から倒せるような相手ではないのだ、面子があっても奪えばそれで十分。よって、参加者は実力や経験、有名無名は関係ない。

 だからこそ、ティーチの得体の知れなさにテゾーロは恐怖すら似たモノを覚えたのだ。

「奴は絶対何かを企んでいるはずだ……何も行動を起こさないわけがない」

 ギリギリと歯ぎしりするテゾーロ。

 このヤミヤミの実は、今後の未来に関わる。

 白ひげ海賊団で起きた大事件、バナロ島の決闘、インペルダウンでの「惨劇」、そしてマリンフォード頂上戦争……これらを一度に食い止めるには、ティーチをこの場で対処する他ない。

 テゾーロとしては、やはりルフィと出会ってみたい本心がある分、彼のことが気掛かりではある。しかし彼はその点は心配ないと結論付けた。そもそも黒ひげは〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟で一度逃げられ、バナロ島で出港準備をしていた際はウォーターセブン付近にガープの軍艦が来ていたため、仮に追跡しても阻まれた可能性が十分あるのだ。

「しかしここで行動を起こさないとなると……」

「テゾーロさん、そろそろ争奪戦終わりますよ」

「!」

 テゾーロは「ボチボチ頃合いか」と呟きながら、スピーカーに繋がるマイクのスイッチを入れた。

 

 

           *

 

 

 一敗地に塗れる。

 壮絶な激戦の後、この大海賊時代に名を轟かす猛者達は、すぐには回復できぬ程のダメージを負い、ほとんどが倒されてしまった。

 その場でどうにか動けるのは、マルコとサッチ、モリア、キングのみ。それ以外の面々は皆血を吐き泡を吹いて気絶している。そして唯一仁王立ちして構えているのは、この争奪戦の……ケンカ祭りの主役だった。

《七武海! 四皇! そして名だたる偉大なる航路(グランドライン)の実力者達を返り討ちにしたのは……〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット!! これがロジャーの強さを継ぎ、超える男の強さだ~~~~~~~っ!!》

「くそっ……楽しんでやがる……!」

 頭から血を流し、バレットを睨むモリア。

 結果的に敗北はしたが、彼はカイドウと渡り合った程の実力者だ。そんな彼ですら、ダグラス・バレットには歯が立たなかった。元ロジャー海賊団の壁が、いかに巨大なのかを物語ってもいた。

「カハハハ……これが、ロジャーを超える男の強さだ」

 バレットは告げる。それこそが〝世界最強〟だからだ。

 

 ――ジリリリリリリリリィィン!!

 

「あァ……?」

 目覚まし時計のようなタイマー音が木霊する。

 バレットが訝し気になった方向に振り向いた途端、スピーカー越しにメインタワーの屋上から声が上がった。

《諸君! こちらグラン・テゾーロ国王のギルド・テゾーロだ!》

『!!』

《諸君らの戦いぶり、実に見事だった! だがルールに則って、双方ここまでだ! 争奪戦はこれで終了とする! よって、今回の争奪戦の勝者は番人役を務めた〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットとする!》

 その言葉に、一同は落胆した。

 いくら元ロジャー海賊団と言えど、相手はたった一人。なのに総掛かりでも倒すどころか隙を突いて奪い取ることもできなかった。これでは面子が潰れたままではないか。

 コケにされた以上、是が非でも落とし前をつけなければ海賊として気が済まないが、バレットのバックにはあの〝新世界の怪物〟がいる。一代で国を樹立させ、莫大な富と権力で世界に名を轟かすギルド・テゾーロを怒らせれば、タダでは済まない。

「おい、テゾーロ」

 ふと、バレットがメインタワーに顔を向けて、中にいるテゾーロを意識して指を差した。

「てめェも降りて来い」

《丁重にお断りする》

「ほざけ。てめェの強さは未だに推し量れちゃいねェ。おれと戦え、ギルド・テゾーロ!」

《もう昔のようにヤンチャしないようにして――》

 

 ゴゥッ!

 

《うおぉ!?》

 メインタワー目掛けて、大岩が飛んできた。

 テゾーロは能力を行使してすかさず受け止める。

《何してんだ!? 殺す気か!!》

「降りて来ねェと次は船投げるぞ」

(鬼かあんた!!)

 とどまることのないバレットの戦闘欲に、争奪戦の参加者は顔を引きつらせた。

 そこに、とどめの一撃が炸裂した。

《よォし! ケンカ祭りは続行だ! エキシビションマッチで〝新世界の怪物〟と〝鬼の跡目〟のガチンコバトルだァ!!》

《フェスタ!! あんた人の心があんのか!?》

 

 

「何とか終わったな」

「そうじゃな……」

 沖合で待機していた伝説二人は、テゾーロフェスティバルの終幕が近いことを悟り溜め息を吐いた。

 バレットの暴れっぷりは健在だったが、深くも浅くもない絶妙な関係を築いているテゾーロのおかげで、最悪の事態は免れたようだ。

「四皇も七武海も集まった時ゃ、どうなるかと思ったがな」

「これでテゾーロと正面からぶつかる奴はそうはいないってことが証明されたな」

 ゼファーの言葉に、ガープは頷く。

 海賊の中で、世界政府と真っ向から衝突してくる者はほとんどいない。四皇の面々も世界政府が持つ軍事力に匹敵するレベルの兵力・武力は持つが、それで世界政府を滅ぼそうとする者はいない。過去にはロックス海賊団を率いたロックス・D・ジーベックがいたが、今の世では未だに消息不明である金獅子のシキぐらいだ。

「しかし……」

「どうした」

「さっきから妙な胸騒ぎが止まらん……」

 ガープは正直、心ここにあらずだった。

 テゾーロの部下である元海兵のシードとは、今でも連絡を取る間柄だ。その中で、最近テゾーロが白ひげの船の名も無き海賊・ティーチに執心しているということを伝えられている。ティーチは随分な古株らしいが、20年以上も一兵卒であり続けることに、テゾーロだけでなくシードも得体の知れなさを感じていたという。

 そのティーチが、この祭りに来ているのだ。

「何も起きなきゃあいいが……」

 長い海兵人生で培った勘の警鐘に、ガープは警戒を強めた。

 

 

            *

 

 

 その日の夜。

 テゾーロはメインタワーの最上階で、テゾーロフェスティバルの成功を祝い、盛大な打ち上げパーティを催していた。

「あなたの器量には感謝しきれません。フェスタさん」

「謙遜するねェ、同志! デカイ祭りはお互い好きだろうに」

 キンッとグラスを軽く合わせ、黄金色のシャンパンを飲み干す。

 主催者と経営者は、二人酒を楽しむ。

「いいのかい、こんなおっさんと飲んでよ? 奥さんいんだろ」

「ガールズトークに水を差すとあとがおっかない」

 テゾーロが視線を逸らすと、その先には愛妻(ステラ)がバカラやカリーナと一緒に女子会を楽しんでいた。

 テゾーロはステラを愛している。ゆえに、彼女自身の時間を過ごさせることも大事だと考えている。前の世界のように女子が一堂に集まって楽しい時間を過ごすなど、こんな立場でなければ決してできないことだ。元々奴隷として売り飛ばされそうになった身で、解放されたがテゾーロの野望をずっと支えてきてくれたのだ。これぐらいの労いは必要だろう。

 ――するるるるる~~~~。

 ふと、タナカさんが能力で床下からテゾーロの前に現れた。

「テゾーロ様……今回の収益を全てグラン・テゾーロの金庫に入れておきました」

「そうか……今いくらだ?」

「ざっと四千億はあるかと」

「なら、次のエンターテインメンツはそれにしよう」

 テゾーロはニヤリと笑みを深めた。

 次の祭りは、テゾーロとの知恵比べをメインにした、テゾーロマネー争奪戦に決めていた。

 テゾーロマネーを狙う全ての泥棒達とギルド・テゾーロが繰り広げる、自分の金融資産を賭けた頭脳戦。これは賭け事として盛り上がる。

 こういった催しで表と裏の大物と繋がり、武力ではなく経済(カネ)と権力で世界を変える。他人にとっては気宇壮大が過ぎてバカバカしく感じるだろうが、それを実行する器量と力をテゾーロは有している。

「そう言えばメロヌスはどこに行った?」

「ヤミヤミの実の箱を保管する部屋で一人酒とのことですよ」

「全く、どこまでも仕事人気質な奴……」

 部下の仕事熱心ぶりに呆れつつ、テゾーロはシャンパンをもう一度煽った。

 

 

 その頃、ヤミヤミの実の保管室では。

「ゼハハハ……! ついに見つけたぞ……!」

 厳重な警備を掻い潜り、ヤミヤミの実を目前にあくどい笑みを浮かべる不審者。

 今回の争奪戦に不参加だったティーチだ。

「こいつがあれば、おれはオヤジを超えて海賊王になれる……!!」

 カギを掛けられた箱を力任せに開け、ヤミヤミの実に手を伸ばす。

 白ひげ海賊団はこの大海賊時代の頂点であり、仲間を「家族」と想う船長・白ひげの心意気によって鉄の団結力を誇る。それゆえに仲間殺しを一味最大唯一の〝鉄の掟(タブー)〟とし、これを犯した者はたとえ苦楽を共にしたとしても許されることはない。

 ティーチにとって、ヤミヤミの実はそれを破る程の価値がある代物だ。しかし禁忌を犯してまで得て追手を出されるより、最小限のリスクで強奪し縁を切った方がいい。よって、ティーチは今この瞬間を最大の好機(チャンス)として奪いに来たのだ。

 そして目的の物は、ついに手中に収まろうとしていた。

「ゼハハハハ……色々とズレは生じたが、これで結果オーライだ!」

 隙っ歯が目立つ口を大きく開け、ヤミヤミの実にかじりつこうとした、その時だった。

 

 ――ジャキッ!

 

「そこまでだ、マーシャル・D・ティーチ」

「っ!?」

 後頭部に突きつけられる銃口。それと共に、煙草の臭いが漂う。

 ティーチはゆっくりと振り返る。

 視線の先には、スーツ姿で手動装填(ボルトアクション)式の小銃(ライフル)を構える男が立っていた。

「おめェは……〝ボルトアクション・ハンター〟か!?」

()()()()()()()で呼ばれるのは久しぶりだな」

 紫煙を燻らせ、鋭い眼差しでティーチを睨むメロヌス。

 ヤミヤミの実にしか眼中になくて油断していたのもあったが、足音一つ立てることなく背後を取られたことに、ティーチは冷や汗が止まらなかった。

「てめェ、いつの間に……」

「こう見えて狩猟が盛んな島の出身でね。おれは人間よりも五感の鋭い猛獣共を仕留めてきたんだ。足音立てずに背後を取れねェと、狩りは成り立たねェってわけさ」

「お、おめェ……こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」

「白ひげは一国と全面戦争する程バカじゃねェさ。ウチの上司との戦争も御免だろうしな」

 メロヌスはボルトを前方に押して弾薬を装填する。

 現役の海賊と元賞金稼ぎの、壮絶な腹の探り合いが勃発した。



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第142話〝9600万ベリー〟

やっと最新話更新です。


 伝説の一味の古参船員と、凄腕の元賞金稼ぎ。

 先手を取ったメロヌスは、ティーチを脅した。

「先に言っておくが、ウチは四皇と戦争するつもりはない。だが俺達の〝国〟を荒らしてでもそいつを手に入れたいってんなら、容赦はしない」

 メロヌスはいつでも撃てるよう、引き金に指を掛ける。

 四皇は些細なことでも五老星を筆頭とした世界政府上層部から動向を警戒されているが、認識として穏健派と武闘派に分けられている。

 たとえば「鉄壁の海賊団」と称されている赤髪海賊団を率いるシャンクスは、暴れられれば手に負えないと評される一方、自ら動いて事件を起こしたりするようなことはほとんどなく、海賊ながら良識ある人物であるため穏健派と見られている。その逆に愚連隊のような一味を纏め上げる百獣のカイドウは、他の四皇の首を取らんと動く時もあるため武闘派と呼ばれている。

 そして大海賊時代の頂点に君臨する白ひげは、相手を壊滅させることは容易いが必要が無ければ戦闘を避ける主義。この時代で間違いなく最強の存在だが、穏健派か武闘派かと言われると穏健派に分けられるだろう。

(それにしても、まさかウチと事を構えようと仕掛けるバカが、白ひげん一味(トコ)とは思わなかったな……)

 おそらく、これは白ひげも知らない事態なのだろう。

 海軍の情報網にも引っかからなかった、白ひげの船の名も無き海賊。しかし直接会って、その危険性や内に秘めた野心は相当なモノであるのはわかった。

(ここで殺しとくべきか? いや、それはそれで白ひげと揉めることになる。だが野放しにするわけにも……)

 主導権はメロヌスにあるが、その先を考えると引き金を引くことができない。

 さて、どうしたものか……悩んだメロヌスは、ひとまずティーチを拘束すべく銃口を下ろした。

 その直後だった。

 

 ゴッ!!

 

「ぐっ!?」

「ちぃっ!」

 ティーチの拳が、メロヌスの顔面を穿った。

 幸いにも緊張の糸を切らさなかったメロヌスは、反射的に顔面に覇気を集中させたことでダメージは最小限に抑えられた。

()る気か!」

 ジャキッと愛銃を構え、心臓を狙う。

 しかし、ティーチは引き金を引かれる前に首に鉄槌打ちを見舞った。これも覇気を集中させて耐えたが、覇気を纏わせた上での攻撃だったため、衝撃の無効化はできずモロに受けてしまう。

 あまりの威力に、メロヌスは白目を剥いてしまい意識が飛びかけた。が、どうにか気を強く保って引き金を引いた。

 

 ――ズドォン!

 

「うっ、ぬわああああああ!!」

 心臓は外れたが、至近距離の一発はティーチの左肩に命中。

 巨体は大きくよろめき、鮮血と共に床に倒れて被弾した箇所を必死に押さえた。

「おあァァァっ!! (いて)ェ、(ちく)(しょ)ォ……!!」

「……クソ……首の骨がイカレちまう……!!」

 こいつは危険だ――そう判断したメロヌスは、ティーチを始末せんと銃口を向けた。

 その時、ティーチは例の悪魔の実を一口かじっていた。

「ゼハハハ……ゼハハハハハ!! 勝負あったな!!」

「くっ!!」

 メロヌスは本性を見せたティーチと黒いナニかを見たのを最後に、意識を失った。

 

 

           *

 

 

「――うっ……」

「メロヌスさん!! 気がついたのね!!」

 メロヌスは全身に走る痛みに眉を潜め、目を覚ました。

 目の前には、それはそれは心配そうな顔を浮かべたテゾーロの愛妻、ギルド・ステラが。顔を横に向けると、財団時代から苦楽を共にした同僚達もいた。

「……ここは……」

「レオーロよ。三日間寝ていたから心配だったのよ……?」

 ステラ曰く、異変に気づいたテゾーロの即断とシードら同僚達の応急処置により、後遺症にまでは至らずに済んだという。

 上司と同僚の懸命な対応に、メロヌスは感謝した。これ程人間に恵まれるなど人生に早々無いだろう。

「気がついたか」

「テゾーロ……っ! そうだ、あのブタ――」

「傷に障るから止せ」

 テゾーロに声を掛けられた途端、ティーチとヤミヤミの実のことを思い出し、勢いよく起き上がった。

 が、上司はそれを諫め、「全て知っている」と諭した。

「……ティーチは逃げたよ」

「……あの後、どうなったんだ」

 テゾーロはメロヌスに全てを語った。

 あの後、ティーチの起こした事件は会場中に知れ渡り、白ひげ海賊団も対応に追われた。フェスティバル終了後にテゾーロは単身モビー・ディック号に殴り込んで会談に臨み、二人で今後の対応を話し合ったという。

 この時代の頂点に立つ生ける伝説と話し合いを申し出たテゾーロの器量に、メロヌスは「あんたホント何なんだよ」とボヤいた。

「今回の一件は白ひげ自身も重く受け止めているらしく、追跡命令を下した。おれはおれで五老星と電伝虫会談で奴に懸賞金を懸けるよう頼んで、ちょうど手配書が来たところだ」

 そう言ってテゾーロは、ティーチの初手配書を見せつけた。

 手配書には「MARSHALL・D・TEACH 96,000,000」と記されていた。

「初頭の手配で9600万ベリー……異例中の異例だ」

「経歴が経歴だしな……前におれがシャンクスと会ったの、憶えてるか?」

「ああ、赤髪が……」

「シャンクスの顔に傷をつけたのは……ティーチだ」

 その発言に、一同は瞠目しテゾーロに視線を集中させた。

 情報屋でもあるアオハルですら「全然知らなかった……」と動揺している。

「おい、何かの冗談だろ……?」

「本人が言ってるんだ、紛うこと無き事実だよ。油断していなかったのにもかかわらず、傷を負ったそうだ。そもそもおれに接触してきたのは、おれの政府内での権限でティーチに懸賞金を懸けてほしいからだった」

「それ程の実力者が、今まで一切名を上げずに一介の船員として潜んでたってことなのか……」

 ハヤトはティーチの得体の知れなさを、不気味に思った。

 海賊界では、懸けられた懸賞金の額が高いことは、己の強さを周囲にアピールしたり名を上げるきっかけになる。賞金首の中には偽装手配書で他の海賊から襲われないようにする者がいるようだが、海賊のほとんどは懸賞金に肯定的だ。

 だからこそ、それに当てはまらないティーチが不気味で仕方なかった。

「それで……どうするんだ。あんた、面目丸潰れじゃねェのか?」

「一度潰れただけで困るような面は持っちゃいないさ。それよりもティーチの動向を把握しないといけない。サイ! 今のところ、どうなってるんだ?」

 テゾーロの呼びかけに、サイは書類を片手に情報を提供した。

 白ひげの船を降りたティーチは、目撃情報を照らし合わせたところ、偉大なる航路(グランドライン)を逆走しているという。サイは仲間集めをしていると睨んでいるが、己の野心を白ひげ含め誰にも悟らせなかったため、〝金獅子のシキ〟のように狡猾な策士である可能性も高く、実際のところは不明だという。

「仲間集めだけなのか、それとも別の目的があるのか……そこは判断しがたいです」

「ミホークやバレットのように大局的な思想を持たない海賊じゃないからな。色々考えているんだろう……ともかく、今回の一件で白ひげ海賊団が少し()()()()だろう。今まで大人しかった大所帯が動くからな」

 テゾーロは呆れるように溜め息を吐いた。

 

 

 一週間後。

 海軍本部では、白ひげに関する会議が行われていた。

「こんなどこの馬の骨とも知れぬ一海賊が、そこまでの危険性を孕んでいたとはな」

 海軍の総大将、元帥センゴクはティーチの手配書に目を通す。

 今回の祭りは、あくまでもバレットの行動を考えてガープとゼファーに一任したのだが、まさか白ひげの一味といえど一介の古株船員が大事件を起こしたのはセンゴクも予想外だった。 白ひげの盃を返し、新世界の怪物に喧嘩を売った海賊ティーチは、ただの命知らずではない――大海の秩序維持に長年貢献してきた伝説の海兵の勘は、そう警鐘を鳴らしていた。

「シード。お前の上司は今どうしてる?」

「テゾーロさんは今、メロヌスさんから事情聴取しているかと。サイさんも別で動いているんですが……」

「そうか……無名ゆえに足取りが易々と掴めんのか」

 こうなることも予測されてたのかと、センゴクは眉間にしわを寄せた。

 世の中には「大男総身に知恵が回りかね」という言葉があるが、ティーチはどうも違うようだ。

「おつるさん、どう思う?」

「あたしら海軍はともかく、世界政府(うえ)が何と言うかだねェ」

 海軍きっての頭脳派、〝大参謀〟つるは腕を組む。

 各勢力の動きを警戒し、それに合わせて軍を動かせるのは元帥だ。だが海軍の指揮を執るも、世界貴族に振り回されることも少なくない中間管理職であるのも事実。もし政府側がティーチの実力を高く買ってしまえば、王下七武海への加盟という事態もあり得る。

 今のところ、七武海は一人として欠けていないが、欠けてからが正念場だろう。

「でもよォ、能力を考えたら野放しにはできなくないですか? センゴクさん」

「クザン」

「わしも同じく」

 会議に参加している大将達……クザンとサカズキの珍しく合った意見に、センゴクは唸る。

 ヤミヤミの実の能力についての情報を提供された際、確かに度肝を抜いた。ヤミヤミの能力である〝引力〟は、悪魔の力をも引き込むという特性、すなわち覇気とは異なる「悪魔の実の能力の()()()()()()」が可能である。能力の発動自体を封じることができるということは、この世の全ての能力者達に対して防御不能の攻撃力を得たということでもなる。完璧に使うことができたら、相当の脅威だ。

 全てにおいて未知数の海賊、マーシャル・D・ティーチ。計り知れない実力と野心に、センゴクは楽観視できなかった。

「……わかった。偉大なる航路(グランドライン)の全支部に話を通しておこう」

「しかし、白ひげの一味も奴を追跡してるとなると、色々面倒だねェ。赤髪の因縁もあるとなれば尚のことさね」

 つるは懸念を示す。

 厄介なことに、ティーチは白ひげと赤髪に目を付けられている。二人共自分から事件を起こすような性格ではないのだが、事が事であるため、下手に揉めるわけにもいかない。最悪、何かの拍子で海軍と四皇の衝突となれば……それだけは避けねばならない。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、ガープがさり気なくこんなことを言った。

「おい、センゴク。それこそテゾーロに口利きさせておきゃあ、ハズミで殺し合いにならずに済むじゃろ?」

「……っ! そうだな」

 センゴクは何か閃いたのか、目を大きく見開くと、シードにこう命じた。

 

 ――〝白ひげ〟あるいは〝赤髪〟とティーチの件で衝突した場合は、両者と面識あるテゾーロが介入して「危機」を避けろ。

 

「シード、できるな?」

「ちょうど似たようなこと考えてました。おそらくテゾーロさんも、最悪の事態は想定しているでしょうし」

「うむ……ならばよし。シード、奴に伝えるんだぞ」

「感謝します、センゴク元帥」

 シードは一礼し、元帥室を後にした。

 その場に残されたセンゴク達は、一人、また一人と元帥室から出ていく。最終的に残ったのは、センゴクとガープだけとなった。

「まさかお前からしっかりした意見が出るとはな……」

「何じゃとォ!?」

 憤るガープを他所に、センゴクはズズ……と茶を啜るのだった。




【朗報】
あともう少しでルフィ達が登場できるかも。


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第143話〝規範〟

12月最初の投稿です。


 テゾーロフェスティバルを終えたテゾーロは、一国の主としての仕事に取り掛かっていた。

 それは夜中になっても継続。だがこれくらいのことを容易くこなせなければ、経営者としてやってけないのも事実。

「収入が興行だけなのはよくねェなァ……特産品か何かつくれりゃいいんだが。シードがせっかく酪農学んだんだし、開墾と開拓が終わってねェ地域をとっとと開発するか」

 休憩を取りつつ、独り言をブツブツと言いながら国の方針を固める。

 するとそこへ、サイが扉を開けて乗り込んだ。

「テゾーロさん、今時間空いてますか?」

「ん?」

()()()()が来ましたよ」

 サイの言葉に、テゾーロは目を見開いた。

 自分と同じ時代を生き、時に競い合い時にタッグを組んだ唯一無二の盟友と言えば、彼しかいない。

「――スライスが?」

 

 

 「THE() REORO(レオーロ)」の屋上に設置された天空劇場で、二人の男は邂逅した。

「ようテゾーロ、相変わらず目がチカチカする服だな」

「嫌味言いに来たの」

「そんな訳ないだろ」

 ニッと笑う、コートを羽織った男。

 スタンダード・スライス……テゾーロの盟友である石油王だ。

「まあ、久しぶりに顔合わせたんだ。会食を楽しもう」

「おう」

 即席の黄金のイスに座り、テーブルに並んだ食事を口に運ぶ。

「何かすべらない話とかは無いの?」

「一つだけあるさ。あまり表じゃ言えない内容だが……今日はウチにとって大事な日なんだ」

「記念日か何かか?」

 テゾーロの問いに、スライスは頷いて「おれの祖父の話だ」と返した。

「……ウチが、スタンダード家が石油を掘りあてて財を成し始めた頃、歴史の本文(ポーネグリフ)を偶然見つけたんだ」

歴史の本文(ポーネグリフ)を?」

「まあ、何が書いてあるかは今も知らねェけどな」

 スタンダード家の意外な過去に驚くテゾーロ。

 だが、驚くべきなのはそこから先だった。

「祖父が生きていた頃は、まだオハラがあった。だから伝手を頼って解読しようとしたんだ。だけど世界政府が察するのが早く、軍艦を3隻引っ張って圧力を掛けてきた」

 テゾーロは目を細める。

 話の内容にして、今から40年は昔の話だろう。ロジャーやガープと言った伝説級の猛者達の全盛期であり、一方で世界政府の禁忌に触れる者がまだ生きている時代。

 一般人とて歴史の本文(ポーネグリフ)に関連する案件は厳罰に処される程のこと。しかしスライスが生きているということは、彼の祖父はその場を切り抜けることができたということである。

「どうやって切り抜けたんだ?」

「偶然通りかかった、在りし日のロックス海賊団さ」

 テゾーロは驚愕のあまり汗を一筋流した。

 ロックス海賊団は、かつて世界最強と謳われた伝説の一味だ。船長のロックス・D・ジーベックは「世界の王」という壮大な野望を掲げていくつもの世界のタブーに触れ、海賊の頂点ではなくこの世の頂点を目指して暴れていたという。

 そんな伝説の海賊団と、スライスの祖父は接点があったのだ。

「ロックス海賊団はあっという間に海軍を沈め、船長のジーベックは祖父に歴史の本文(ポーネグリフ)を寄越す代わりにお前の望みを叶えてやると言った」

「……お前の祖父は何て言ったんだ?」

「さァ? でもおれがこうして生きてるんだから、取引が成立したんじゃない?」

 スライスの祖父とロックスとの間に何があったかを知る術はない。

 だが、史上最も凶暴な海賊と言えるだろうロックスと交渉できたのは紛うことなき事実だ。もしかすれば、ロックスに気に入られたのかもしれない。

「そして祖父とロックス海賊団と会ったのが今日なんだ。世間の評判はクソでも、祖父は恩人だって親父に言ってた」

「そんなことがあったのか」

「まァ、今となっちゃ酒の肴さ」

 ロックスの名を知る者が少ない今、スライスは祖父の逸話をそう言ってのけた。

「……で、本当は何しに来たんだ」

「……」

 テゾーロの双眸がスライスを見抜く。タダ飯を食いに来たわけじゃないことはわかっていたようだ。

 スライスは口角を上げ、笑みを絶やさず本題を語り出した。

「おれとお前、もう二十年近くの付き合いだろ?」

「そうだなァ……まだ財団やってた頃からだもんな」

 テゾーロは酒を呷りながら天を見上げる。

 随分と長い時間を過ごした。この世界で良い事も悪い事もあり、時には非情な現実を目の当たりにした。転生し、成り代わり、そして今日まで生きたのは奇跡なのかもしれないとテゾーロは思った。

「お前は〝新世界の怪物〟、おれは〝新世界の黒幕〟と呼ばれ、世界的な資産家・実業家としてこの世に君臨している。だからさ……」

「……だから?」

 

――そろそろさ、殴り込みにいかねェか?

 

「……!!」

 まるでどこかを襲撃するような言い方。

 テゾーロは眉間にしわを寄せたが、相手は競い合うと共にタッグを組んで悪漢を倒した盟友。ただのビジネスパートナーではない。彼の言っていることの意味がテロや破壊活動ではないことは瞬時に理解できた。

 そして、何に対する殴り込みかも理解できた。

「お前からその話を持ち込むとは思わなかったよ、正直」

「かもな。だがお前達だけじゃ心もとないだろ」

 スライスはグラスに注がれたシャンパンを煽った。

「……新聞屋は中々扱わねェが、革命軍と世界政府の衝突が年々苛烈になっていることぐらいは知ってるよな?」

「ああ。現に世界中で革命軍によるクーデターが相次いでいる。打倒世界政府を掲げる革命家、モンキー・D・ドラゴンの思想信条が少しずつ浸透しているのは明白だな」

「そうさ。じゃあテゾーロ、仮に革命軍が世界政府と本気で戦争し、革命軍が勝って覇を握ったとする。民衆の意志の集合体である革命軍が武力で勝利を収めたとしたら、世界はどう認識すると思う?」

 スライスはテゾーロに問う。

 世界政府は不都合な事実は情報操作や武力行使を以って徹底的に隠蔽し、市民の身の安全など二の次で保身に走る。そんな腐敗した体制と傲慢な主義・思想の塊と言える世界政府を倒すために立ち上がったのが、ドラゴンが率いる革命軍だ。

 では、この両勢力が全面衝突し、革命軍が勝利して世界政府を打倒したら、世界はどう解釈して受け入れるのか。

「これはあくまでも個人的な意見だが……「テロ組織による支配が始まるんだな」という認識だと思ってる。ドラゴンはすでに〝世界最悪の犯罪者〟として認識されちまってるからだ」

 スライスはそう断言する。

 平和に暮らしている大多数の一般市民は、海軍等を擁する世界政府が正義と考えている。言い方を変えれば、革命軍のドラゴンがいかに正義感あふれる男であっても、大義名分は世界政府側にある。凶悪な犯罪者、それも世界最悪というレッテルが貼られた以上、その名を一般市民は恐れるのだ。

 この世界は世界政府の掲げる正義が、この世の正義であるというシステムだと言いたいのだ。

「自分達に従う者は勝者、逆らう者は敗者だ。この世界は負け犬に正義は語れねェ……その論理で行くと、従う者が正義で逆らう者は悪ってなる。世界政府は意図的に〝規範〟を作ったのさ。その真意が自分達の都合のいい統治ができるようにするためだと察しても、その規範を世界中がよしとしたからこそ数百年も続いている」

「だが規範は変わっていいモンじゃないのか? 時代が変われば、世界の在り方も変わっていくモンだろう。規範も変わらざるを得ないはずだ」

「ああ、そうだ。だが世界政府は変化を拒んでいるように見えるんだよ、おれには。もちろん、お前の思想も政府中枢は拒んでいる。お前の場合は上っ面だけ受け止めてるのかもしれないが」

 グラスに再びシャンパンを注ぎ、グイッと呷るスライス。

 テゾーロは暴力や武力で支配する時代を終えさせ、世界的な革命を起こすことを野望としている。その考えに最初に賛同したのは、他でもない盟友スライス。同じ業界を生き、同じ時代をやってきたからこそ、テゾーロの思想に興味を持ち同意できたのだ。

「テゾーロ。おれ達が殴り込みをかけるべきなのは、世界政府じゃない。世界政府が定め、170以上の加盟国が支持する〝規範〟だ」

「!」

 テゾーロは目を大きく見開かせた。

 170以上の国々が世界政府に加盟しているということは、先程スライスが語った〝規範〟を支持している人々が多数派であるということだ。従う者が正義で逆らう者は悪という世界中の見方を変えない限り、真の革命は成就しないのだ。

「革命軍のやり方じゃあ世界は変えられない。だがおれ達には財力と権力がある。財力と権力は人間の強欲と対等に渡り合える数少ない手段だ」

 財力と権力は、人間の強欲と渡り合う〝ツール〟だとスライスは主張する。

 もちろん才能や血統といった「カネや権力で得られないモノ」も存在する。だがカネがあれば避けられる不幸は存在し、権力があれば捻じ曲げられそうになる自分の運命を変えることもできる。

 カネや権力が全てではないことぐらい、百も承知だ。だが使い方と価値を理解できている者は、たとえ最下層の人間でも最上層にまで駆け上がることができ、一度蹴落とされても這い上がることができる。

「財力と権力で規範をぶっ壊し、新しい時代と新しい世界を築く。それこそが革命軍が見落としている、お前の理想的なやり口なんだろ? なァに、血さえ流れなきゃ平和さ。おれ達には血を流さずに大事(おおごと)を変えられる〝影響力(プレゼンス)〟がある」

「代弁どうも。ただ一つ、訂正するべき点がある」

 テゾーロは人差し指を立てた。

「殴り込みを仕掛けるタイミングはすでに決めてある」

「っ! 本当か?」

 テゾーロの言うタイミングは、世界会議(レヴェリー)が行われる年だという。

 しかし今回の世界会議(レヴェリー)は終了しており、次に行われるのはまた4年後だ。

「お前がどこまで嗅ぎつけてるかは知らねェが、クロコダイルがどうもアラバスタで色々企んでるらしい」

「! ……あいつなら確かにやりそうだな」

「それとドフラミンゴが支配するドレスローザ……アマゾン・リリーとは違った海賊の国家。ドフラミンゴとクロコダイルが崩れ去った時こそ、絶好のチャンスと考えてる。そしてそれが現実となるのが、次の世界会議(レヴェリー)までの4年間と見ている」

 これははっきり言って、避けられない事態と言える。

 ドレスローザとアラバスタの案件は、テゾーロはあまり深く関与していない。ただ情報収集をしているだけであって、大まかな流れは原作とほとんど変わっていないだろう。そしてその二つの案件に関わり、打破してくれる存在がいるのも。

 だからこそ、テゾーロは確信を持って言えるのだ。

「……それまでに準備を整えるんだな」

「時が来たら、一緒に来てくれるか」

「何だよ今更。――盟友(ダチ)の頼みだ、喜んで」

 スライスとテゾーロは、互いに朗らかな笑みを浮かべて固く握手を交わした。

 

 

 そして年月が流れ、大海賊時代開幕から22年後。

 世界は、大きくうねり始めることになる。

 それは、〝新世界の怪物〟がある小さな村から船出した海賊とその一味の出会いから始まる。




大変お待たせしました!
ついに次話から原作に入ってルフィ達と出会えます!(確定)
麦わらの一味と共闘したり、ルフィ達に力の差を見せつけたり……まあ色々と。
今月は多分ここまでかな? 頑張れば年末行けるかな?
という訳で、ようやく原作突入です。


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アラバスタ編
第144話〝影の共同戦線〟


2021年初の投稿は、いきなりアラバスタ編です。
しかも作者も忘れかけた二人が関与してます。(笑)


 それは、突然の報せだった。

「テゾーロさん! 緊急の手紙だ!」

「うおっ!? 焦ったァ……」

 いきなりドアを豪快に開けてきたハヤトに、テゾーロはビックリしてコケそうになった。

 しかしハヤトの焦りっぷりから只事ではないと即座に判断し、渡された封筒を千切って中の手紙を広げた。

「……これは……」

 その手紙には、こんな内容が書かれていた。

 

 

 ――拝啓 ギルド・テゾーロ殿

 

   一国の主として御多忙の身であることであろうが、我がアラバスタ王国を助けてほしい。

   娘のビビが手紙を送った通り、我がアラバスタ王国では、ここ数年の間にダンスパウダーが首都に運搬される事件が続き、多くの町で全く雨が降らないという異常気象も相次いでいる。貴殿の活躍でダンスパウダーの原料である銀の生産が制限されたため、以前よりは少ないが未だにダンスパウダーを送られている。町が枯れ、人が飢え、ついには反乱軍が結成されて武力衝突が起こってしまい、連日後を絶たないのだ。

   それに最近、ビビとの連絡も途絶えてしまっている。私自ら探しに行くことも、軍に任せることも行かないため、娘の安否確認もお願いしたい。

   このままでは国の平和も、王家の信頼も、雨も町も、人の命までもが奪われてしまう。勝手なことで申し訳ないが、どうか助けてほしい。

 

             アラバスタ王国 ネフェルタリ家第12代国王 ネフェルタリ・コブラ

 

 

「……」

「……アラバスタ王国が最近揉めているとは知っていたが……」

「アラバスタ王国の影響力は大きい。早く止めないと厄介だぞ」

 テゾーロは内心焦っていた。

 というのも、かつて参加した世界会議(レヴェリー)でダンスパウダーの原材料である銀の産出量の大幅な制限を決定したため、原作のような異常気象は減っていると考えていたからだ。この予防策クロコダイルの国盗りは大きく狂うはずなのに、原作通りの展開となってしまっている。

 しかし、クロコダイルは海賊界きっての切れ者である。権力で封じるというテゾーロの大胆な策に面食らっただろうが、そこからの切り返しが想像以上に早かった。彼が計画は周到に立てる策略家であるのはテゾーロ自身も承知していたが、ここまで速いのは予想外だったのだ。

(こればかりは、少しマズイな……)

 テゾーロは立ち上がった。

「オーロ・コンメルチャンテの出港準備をしろ!! アラバスタ王国へ向かう!! アオハル達に伝え、世界政府にも通達しろ!!」

 

 

           *

 

 

 一週間後、偉大なる航路(グランドライン)前半のある海。

 財団時代より長く〝新世界の怪物〟を支えてきたテゾーロの所有する艦船オーロ・コンメルチャンテ号は、アラバスタ王国を過ぎて逆走していた。

「……アラバスタ王国過ぎていいのか?」

「手紙で十日ぐらいかかるって伝えちまったしな。先にビビの安否確認から行こう、偉大なる航路(グランドライン)からは出てないはずだ」

 甲板でくつろぎながら、テゾーロはステラとポーカーをしながらメロヌスの問いに答える。

 この世界において、財団時代の活躍ぶりからギルド・テゾーロという男を知らぬ者はそうそういない。それ程の超大物がアポなしで加盟国に乗り込めば混乱を招く。ゆえにテゾーロは多少時間を空けてから他国を訪問することを意識している。それは加盟国も例外ではない。

「海軍には言わなくてよかったの? テゾーロ」

「海軍本部は、言い方を変えれば「海上治安維持組織」だ。世界政府直属と言えど、加盟国の内政に干渉することはしないさ」

「……そうなのね」

 ステラは難しそうな表情を浮かべる。

 すると、新聞の間から一枚の手配書がパサリと落ちた。テゾーロはそれを拾うと――

「……! これは……」

 その手配書の写真を見て、目を見開いた。

 堂々と映る満面の笑み。左目の下の頬の切傷。トレードマークと言える麦わら帽子。

 そう、彼がついに海賊として名を上げていたのだ。

(来たか……ルフィ)

 モンキー・D・ルフィ。

 〝ゴムゴムの実〟を食べた能力者であり、「五番目の〝海の皇帝〟」と見なされることになる、明るく豪快な若き海賊。そして、本来なら衝突する運命であった海賊王を目指す者。

 この世界に生まれて数十年。ようやく待ち侘びた瞬間が近づいたことに、テゾーロは笑みを溢した。

 そんな上司の様子に勘づいたのか、アオハル達が続々と手配書に目を通した。

「モンキー・D……まさか英雄ガープの孫?」

「初頭の手配が3000万ベリー……世界的にも異例の破格ではあるな」

東の海(イーストブルー)って、たまに超大物出るんだよね……」

 アオハルの一言に、一同は無言で頷く。

 東の海(イーストブルー)はこの世界で最も治安が安定した海であるため、「平和の象徴」であると共に「軟弱な海賊しかいない海」と呼ばれている。

 しかし東の海(イーストブルー)はあの海賊王ロジャーや英雄ガープ、四皇シャンクスの部下である〝追撃者(チェイサー)〟ヤソップといった超大物が出てくる海でもある。かくいうアオハルも東の海(イーストブルー)出身であり、本当にとんでもないのが何十年かに一度は輩出されるのだ。

「英雄ガープの孫が海賊になった……胃とか痛めてないかな?」

「どっちかって言うと大爆笑してるだろ。胃を痛めるのセンゴクさんの方だよ多分」

「ハハハハ! 確かにそうかもな!」

 テゾーロが大笑いした、その時だった。

「国王様! 海賊です!!」

 オーロ・コンメルチャンテの乗組員の一人が、甲板に駆けつけ報告した。

 海賊船を視認したことにより、緊張が走る。

「……海賊か。海賊旗はわかるか?」

「麦わら帽子を被った海賊旗を掲げてます!!」

 その報告に、一同は顔を見合わせた。

 噂をすれば影が差すとは、まさにこのことだ。

「……ウチの国旗と世界政府の旗を掲げろ。さすがに加盟国の船にケンカは売らないさ。少しばかり挨拶してくるから、接舷の準備を」

「はっ!」

 オーロ・コンメルチャンテの乗組員は、海賊船と速度を合わせて巧みに船を操る。

 この船の乗組員は、シードが率いる「ガルツフォース」に所属している。その多くが足を洗った元海賊や諸事情で軍を辞めた元海兵であり、日々の訓練で高い操船技術を有している。

「羊って可愛いな、おい。海賊ってイメージじゃないんだけど」

「キャラヴェルだね……あれで偉大なる航路(グランドライン)は厳しいんじゃないかな」

「丸太船で新世界渡るよりかはマシだとは思うけどな」

 麦わら帽子の海賊船が、まさかの船首が羊のキャラヴェル。

 色んな意味でギャップのある船に、苦笑いを浮かべてしまう。

「……さてと。じゃあお邪魔するとしよう」

「あんた一人でいいのか?」

「戦闘になったとしても心配することは無い。おれを誰だと思ってる」

 愛用のサングラスをかけ、不敵な笑みを浮かべた。

(さァ、ご対面と行こうか)

 

 

 一方、海賊船「ゴーイングメリー号」では。

「デッケェ船だなーー! 何だアレ?」

「黄金の船なんて初めて見たぞ!」

「皆、あれは「グラン・テゾーロ」の船よ!」

 メリー号の倍以上はある黄金色に輝く船に、船長のルフィは興奮し、船医のトナカイ・チョッパーも目を輝かせている。

 しかし船が掲げている世界政府の旗と「GT」の文字が刻まれた旗を目にした航海士・ナミは顔を強張らせていた。

「グラン・テゾーロ?」

「何だそれ?」

「ギルド・テゾーロの治める国家よ!」

 その声に、一同は振り返った。

 声を発したのは、ネフェルタリ・ビビ。訳あって麦わらの一味の船に乗船しているアラバスタ王国王女だ。

「ギルド・テゾーロ? ビビ、そんなに有名な奴か?」

「ええ、世界一の大富豪であるカジノ王よ!」

 ビビはギルド・テゾーロについて語り出す。

 〝黄金帝〟あるいは〝新世界の怪物〟の呼び名で知られる、一流のエンターテイナーにして〝絶対聖域〟とも呼ばれる世界初の中立国家の国王を務める男……それがギルド・テゾーロという億万長者。

 その莫大な富は全世界の五分の一の金融資産を有するとも言われ、一代で世界政府も認める特権を得たことから「出世の神様」とも呼称されている。

「世界の海において、ギルド・テゾーロは知らない人の方が少ないくらいの超大物(ビッグネーム)なの!」

「それはさすがにヤバそうだな……」

 一味の料理人であるサンジも、一筋の汗を流す。

 海賊や海軍とは別のジャンルの、格上の相手。何かの拍子で不本意であっても攻撃行動を取ってしまったら、タダでは済まないだろう。

 甲板に緊張感が漂う。

「……誰か来たぞ」

 戦闘員のゾロがそう言い、欄干から顔を出した男を指差した。

 煙草を咥え、狙撃用のライフル銃を背負ったその姿は、まさしく狙撃手。同じ狙撃手という立場であるウソップは、その鋭い眼光にビビり散らした。

「おれはメロヌス。〝麦わらのルフィ〟ご一行とお見受けする。合っているか?」

「ああ! そうだ!」

「ウチの上司がおたくらと少し話をしたいとのことだ」

 メロヌスの言葉に、ナミ達はざわつく。

 世界政府の関係者が、名を上げて間もない一味との対談を望んでいる。何かの罠なのかと勘繰るが……。

「ああ、いいぞ」

「ちょっと、ルフィ!」

「ケンカ売りに来たわけじゃないから、そこは安心しろ。海軍にチクるような野暮なマネもしない」

 ルフィの即断に、ナミは焦る。

 しかしメロヌスも「戦意は無い」と発言しており、ルフィはそれを直感で信じているようだ。

「……だそうだ、国王」

「それは何より」

 

 ビリィッ!

 

 黄金船の欄干から火花が散った。

 それと共に、欄干が融解して階段が生まれ、メリー号の甲板にまで伸びた。

「何だ!?」

「悪魔の……!!」

「おおおっ!?」

 未知の悪魔の実の能力に、驚愕するルフィ達。

 すると、黄金の階段から一人の男が降りてきた。

「いやいや、私の勝手な申し出を受けて下さり、どうもありがとうございます」

 ルフィ達に声を掛けたのは、マゼンタのダブルスーツを着こなしサングラスをかけた長身の男だった。

 全身に黄金の装飾品をいくつも身に着け、緑色の髪をオールバックにキメた、いかにも大富豪な見た目の男。しかし只者ではない雰囲気も醸し出しており、歴戦の強者であると本能的に悟ったのか、ゾロとサンジは警戒する。

「誰だ、お前?」

「申し遅れました。はじめまして……私はグラン・テゾーロの国王、ギルド・テゾーロと申します」

「おれはルフィ!! 海賊王になる男だ!!!」

「ハハハハ!! 未来の海賊王に誰よりも早く謁見できるとは、一介の国王として実に光栄だ」

 胸を張るルフィに、テゾーロは朗らかな笑みで応じる。

「あ、あああれがギルド・テゾーロ……!!」

「新聞でしか顔は見なかったのに……まさか本人がいるなんて驚いたわ……!」

「ハハハハ! イッツ・ア・エンターテインメンツ……驚いてくれたようだ」

 テゾーロはサングラスを額に上げた。

 その後、ルフィとチョッパーが興味津々そうにテゾーロに尋ねた。

「なあ! アレはどうやったんだ!?」

「何の能力だ!?」

「あの階段のことか……黄金だよ。私は〝ゴルゴルの実〟の能力者。黄金を生み出し、一度触れた黄金は自在に操れる」

 物理法則を無視してな、と付け加えてリングを一つ外し、チカラを込めて火花を散らす。

 するとリングはバチバチと音を立ててアームチェアに変化した。

「「「スッゲーーーーーー!!!」」」

 これにはルフィやチョッパーだけでなく、ウソップも興奮した。

「当然、質量も形状も自由自在! この世にある全ての黄金を、私は支配できるのだよ」

 アームチェアにドカッと座るテゾーロ。

 すると今度は、青いロングヘアーの少女に顔を向けた。

「ビビ王女、ご無事で何よりです」

「!!」

「あなたの父親から手紙を受け取りまして。急遽駆けつけた次第です」

「パパが!?」

 テゾーロはその証拠にポケットから手紙を取り出し、ビビに渡した。

 それを広げて目を通したビビは、くしゃりと手紙を強く握り締めた。

「テゾーロさん、ありがとうございます……!」

「礼には及ばないさ……さて、なぜアラバスタ王国の王女様が海賊船に乗っているのかね? 何か深い事情がありそうだが、教えてくれるか?」

「実は……」

 ビビはどこか悔しそうな表情で語った。

 昨今のアラバスタの不安定な情勢と秘密結社「バロックワークス」の存在、そして潜入したことで気づいた黒幕の正体……ビビが知った真実を聞いたテゾーロは、目を見開いてから汗を流して頭を抱えた。

 自分が思っていたよりも――原作よりも事態が深刻だったのだ。

 

「――こいつは少々、ショックが強いな……!! 完全に油断していた……まさか利権と復讐の為にスパンダイン親子がクロコダイルと協力していたとは……!!」

 

 テゾーロはあまりにも衝撃的な事実に面を食らった。

 スパンダインとその息子・スパンダムとは、かつて船大工トムの一件で大揉めし、世界政府から追放した因縁がある。追放してからはその後の足取りが掴めなかったため、テゾーロはあまり気にしていなかった。

 ――まさか加盟国の内乱を利用するとは……!

「復讐って……ちょっと、一体何のこと!? それに利権って……」

「スパンダイン親子は、おれが世界政府から追放した悪党だ。世界政府の諜報機関「サイファーポール」のトップで、多くの汚職や不正をしていた」

「それであんたに復讐するってことか……」

 咥えた煙草に火を点け、サンジは納得した表情を浮かべた。

「じゃあ利権って?」

「戦争や反乱、革命は必ずカネが動くんだ」

 テゾーロ曰く。

 戦争はビジネスの側面もあり、戦争の準備や戦時中には軍需品を売りつけたり、戦後の復興事業で発生する利権を独占することで巨額の金儲けができる。カネと権力は万国共通であり、テゾーロが財力で天上までのし上がったように、スパンダイン親子も利権で世界政府に復権しようとする可能性があるのだ。

 あの二人が政府に戻ったら、長年のテゾーロの努力が全部無駄となりかねないだろう。

「テゾーロさん、力を貸していただけませんか? このままじゃ……!」

「残念ながら君達の直接的な援助(アシスト)はできない。私ができるのは政治的な駆け引きや終結後の復興支援ぐらいだ」

「そうですか……」

「だが、反乱軍の動きを一時的に止めることはできるかもしれない」

 テゾーロの言葉に、一同は目を見開く。

 〝新世界の怪物〟の権力や世界情勢への影響力は、この世界の頂点に君臨する世界貴族や四皇に匹敵する。彼が外交としてアラバスタへ来訪したとなれば、さすがの反乱軍も動きを止めざるを得ないだろう。

「他国の王にまで牙を剥ける程、反乱軍は愚かではないはずだ。問題なのは反乱軍にも国王軍にもクロコダイルの息がかかった者がいるかどうかだな……」

「あり得るわ……クロコダイルならやるはずよ……!」

 テゾーロとの衝突は、反乱軍も国王軍も、ひいてはアラバスタ王国もバロックワークスも避けたがるだろう。軍事力も権力も、あらゆる面のチカラでグラン・テゾーロはアラバスタ王国をはるかに上回る。

 しかしクロコダイルの目的はアラバスタ王国の乗っ取りだ。その為ならば、テゾーロすら利用して王国を崩壊させるだろう。

「……よし! ここは君達と共同戦線と行こう」

『!!』

 黄金帝の前代未聞の宣言に、その場にいる全ての者が驚愕した。

 海賊との共闘。それは天竜人と同等の権力を持つテゾーロだから成せる荒業とも言えた。

「おい、いいのかよ? あんた政府の要人だろうが」

「ロロノア・ゾロ。世の中とは綺麗事だけでやってける程甘くはない。おれじゃなくてもそうするさ」

 テゾーロは微笑みながらメロヌス達を見た。

 彼らの顔には呆れたような笑みが浮かんでおり、それこそ予想通りの展開だとでも言わんばかりだ。

「おれは外交としてアラバスタを訪問する手筈になっている。そこで反乱軍を抑える時間を稼ぐ。メロヌス達にはバロックワークスの面々を片付けさせよう」

「その間におれがクロコダイルをぶっ飛ばせばいいんだな!!」

「早い話、そういうことだ」

 トントン拍子に話が進む。

 だがビビは心の内では安堵していた。王下七武海(クロコダイル)という強大な黒幕(てき)に立ち向かう自分達に、強力な助っ人が全面サポートを約束してくれたからだ。

「ルフィ。クロコダイルをぶっ飛ばした後は手出し無用で頼む、そこから先はおれや世界政府の仕事だからな」

「ちょ、ちょっと! 勝手に決めないでよ!! まだ何も準備もできてないんだから!!」

 テゾーロに異を唱えるナミ。

 相手はかの王下七武海。当初こそ衝突を避けるべきと考えていた一味の常識人には、この流れは溜まったものではないはずなのだが……。

「ボランティアじゃないから報酬は払うつもりだったんだが……」

「いやん♡ 何でもお任せあれっ」

「「おいおいおいおい」」

 常識人、陥落。

 世界一の大富豪からの報酬に目が眩んだナミに、ウソップとゾロは頭を抱えた。

「……大方の方針は決まったな。ここから先は何が起こるかわからない。臨機応変に対応し、クロコダイルの野望を打ち砕くんだ! 君達の武運を祈る!!」

『おう!!!』

 

 ここに、歴史に刻まれぬ「影の共同戦線」が誕生した。



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第145話〝黄金と砂の首脳会談〟

2月最初の投稿です。


 ルフィ達と別れたテゾーロ達は、アラバスタ王国へ急ぎつつ作戦会議を開いた。

「おれはアルバーナで首脳会談をする。付き添いはメロヌスで十分だ。その間にお前達は反乱軍とクロコダイルの動きを探り、この緊急事態の〝裏〟を炙り出せ」

「スパンダインとスパンダムは?」

「……まあ放置しても始末されそうな連中とも言えるが……一応所在は把握しよう」

 テゾーロが立てた作戦は、こうだ。

 コブラ側との電話会談の末、テゾーロはアラバスタ王国の首都・アルバーナに到着次第緊急会談を行うことになっている。その間はステラと共に宮殿で寝泊まりするため、財団時代のように直接出向くのは困難となる。そこでアオハル達に動いてもらい、クロコダイル率いる秘密結社「バロックワークス」と反乱軍の内部を探ってもらい、事態の早期終息を図るのだ。

 また、もし機会があればスパンダイン親子の身柄を拘束し、世界政府に罪人として引き渡すことも念頭に入れている。さすがの世界政府も、今回の件を知れば重く受け止めるだろう。

「そしてメロヌス。おれとステラは宮殿で寝泊りする。その間に国王軍の内情も調べておいてほしい」

「国王軍も? その必要はないんじゃないかしら……」

「いや、国王の言う通りだ夫人。アラバスタの国王軍にもスパイを送り込んでる可能性が高い……そうだろ?」

 テゾーロは無言で頷く。

 バロックワークスの存在は世界政府ですら把握していない。それゆえにあらゆる可能性があり、ましてや頭の切れる海賊として有名だったクロコダイルであれば、両軍にスパイを潜入させて思いのままに内乱を操るだろう。

「海軍は頼れない以上、頼れるのはあの一味だけ――」

「いや、そうとも限らないぞ」

 ハヤトの言葉を、テゾーロが遮った。

「先日、軍から連絡があってな。スモーカー大佐が部隊を率いてすでに偉大なる航路(グランドライン)入りしているってよ」

「あの野犬が? ……まあ彼じゃないとできないマネか」

 アオハルは煙草を吹かしながら呟く。

 〝白猟〟の異名で知られる海軍本部大佐・スモーカーは、素行の悪さから上層部「野犬」として煙たがられている問題児海兵だ。だが海軍の掲げる正義を妄信せず、それなりに頭もキレる一面もあるので、軍の命令を絶対視しない彼のやり方はありがたい。

「彼らの部隊がどこまで来てるかはわからないが、アラバスタに来たら事情を説明して味方に引き入れた方がいい」

「同感だな」

()()()()()は現場で一番強いからね」

 各々がスモーカーとの協力に賛同する。

 それ程、彼への期待が高いということなのだ。

「よし。アラバスタに合流次第、スモーカーの部隊と接触して手を組もう。味方は多い方がいい。本部の人間なら信頼に足る」

「それ支部の指揮官に対する悪口じゃ……」

「細かいことは気にするな」

 

 

 テゾーロが支部の腐敗ぶりを露骨にディスる中、スモーカー達は麦わらの一味を追跡していた。

「たしぎ、お前はどう思う」

「え? 何がですか?」

「ギルド・テゾーロがアラバスタに向かってる。コブラ王と緊急会談するそうだ」

「っ! ――〝黄金帝〟が()()アラバスタに、ですか!?」

 眼鏡をかけた女海兵――海軍本部曹長・たしぎは驚愕する。

 一代で天竜人に匹敵する権力を得た〝怪物〟が、アラバスタ王国に向かっていることは、かなり危険である。というのも、一国の王が他国との外交で自ら出向くということは滅多に無いからだ。大抵は手紙による文通で、使者はどんなに階級が高くとも大臣から上は絶対に動かない。暗殺事件やクーデターの勃発、海賊や反政府勢力の侵攻の可能性が拭えないからである。

 確かにテゾーロの国は軍事力も加盟国屈指であり、世界政府中枢との関係性の深さもあって国王不在でも国を護ることは可能である。だがスモーカーが気にしているのは、テゾーロ自ら動いたことの方だった。

「奴が直々に動くってことは、タダの反乱じゃねェっていう確信があるってこった。あいつの部下には情報屋とサイファーポールの諜報員がいるしな」

 ギルド・テゾーロは、財団時代はどんな所だろうと自ら出向いて功績を上げるような活発な男であった。今は国を治める身として落ち着いてはいるが、それでも保身にこだわる王侯貴族とは別物だ。

 そう語るスモーカーに、たしぎはハッとなる。

「つまりだ。奴はアラバスタに巣食うクロコダイルを怪しんでるってことにもなる」

「ま、まさか……アラバスタの内乱がクロコダイルの仕業だと!? スモーカーさん、それはいくら何でも――」

「出まかせに聞こえるだろうな。だが奴が向かった先には、何かしらの裏事情が必ずあった」

 スモーカーは、たしぎにテゾーロの功績とその裏事情を語った。

 裏の社交場である地下闘技場は、テゾーロとその盟友であるスライスが摘発し、多くの人々が救われた。地下闘技場は天竜人の遊び場であり、五老星も迂闊に手が出せない世界政府の〝闇〟だった。

 テキーラウルフの巨大な橋は、テゾーロの介入で橋の開通が成功した。しかし彼が来る前は全世界から犯罪者や世界政府非加盟国の人々を強制的に集めて建設しており、その重労働ゆえに死者が後を絶たない過酷な環境だった。

 長年黙認していた人身売買は、テゾーロの介入によって次々と人間屋(ヒューマンショップ)が摘発され、奴隷となって苦しむ人々が激減した。

 珀鉛病という鉛中毒に苦しんだフレバンス王国は、テゾーロの懸命な慈善活動によって王国崩壊の危機を乗り越えた。この功績はグラン・テゾーロの礎となった。珀鉛の有毒性を世界政府は把握した上で事実を隠蔽していたため、世間はおろか加盟国すらも世界政府の対応を非難した。

 偶然なのか、テゾーロが介入する場には政府の闇が隠れているのだ。そしてスモーカーは、テゾーロは政府の尻拭いをしているのではないかと考えているのだ。

「今回の件もそうだ。もし奴がアラバスタに用があるってんなら、何かマズイことが起きてるってことになる」

「……しかし……」

「まあ、行ってこの目で見りゃあわかる。()()()()()()()面を合わせることもできるだろうよ…………アラバスタへ急ぐぞ」

 

 

           *

 

 

 二日後。

 アラバスタ王国に到着したテゾーロは、首都アルバーナの宮殿でコブラ王と面会し、首脳会談を行った。

 テゾーロとコブラの会談内容は、枯れた町の復興支援。テゾーロはコブラ王の頼みならばと快諾し、その場で署名した。この首脳会談は予め世経のモルガンズにリークしておいたため、号外で全世界へと発信された。これにより反乱軍の動きも止まり、一時的にだが武力衝突の回避に成功した。

 そしてその日の夜、国王の私室にテゾーロとステラは招かれた。

「改めて……よくぞ参られた、テゾーロ殿」

「ええ。誠に光栄でございます」

 互いに軽い挨拶を済ませると、イスに座って本題に入る。

「内乱の件は耳にしています。書状でも確認しましたが……やはり何者かが煽ってるとしか思えません」

「君もそう思うか」

「ダンスパウダーの製造に必要な銀は制限したのに、これですからねェ……」

 テゾーロの権力によって銀の産出や取引は制限されたのに、未だにダンスパウダーが送られる。この事実に王家の関係者のほとんどは黒幕の存在に気づいているが、その正体はわからない上に反乱の鎮圧で多忙なため、探る機会が無いのが現状だ。

 そこでテゾーロ自らがコブラの味方となって動いてくれるのは、国王側にとっては救いの手を差し伸べられたも同然なのだ。

「……コブラさん、ここ数年でアラバスタ全域で起こった出来事を教えてくれませんか? 私達も力を貸します」

「うむ。チャカ、用意できるか?」

「はっ。ここに」

 ステラの提言に、コブラは王国護衛隊副官のチャカに声を掛けた。

「フフ……いつ以来かしら? 二人で問題解決に取り組むなんて」

「財団時代を思い出すよ、ステラ」

 財団時代の若き日々を懐かしんでいると、チャカが分厚い本をテーブルに置いた。

「ここには、現在までのアラバスタ王国で起こった全ての出来事を記録しているが……もしやこの中から黒幕を炙り出すと?」

「黒幕の正体自体は、大方の予想はつきますがね」

 聞き捨てならない発言にコブラとチャカは驚く。

 そんな二人のことなどスルーして、テゾーロは一文ずつ読み漁る。

 すると、ここでステラがあることに気がついた。

「あの……この〝ユバ〟の砂嵐、多すぎませんか」

「む……?」

 ステラが指摘したのは、反乱軍の拠点でもあったユバという街。

 記録によると、アラバスタ西部において旅人や商人の行き交う交差点であった物流の要所であるユバの地は、雨が降らなくなって以降衰退し、度重なる砂嵐の襲撃に見舞われ枯れた街となってしまったと記されている。

 砂嵐も干ばつも「大自然」であり、どうにもならない災害と思われるが……。

「砂嵐がそう何度もうまくユバを襲うわけないよなァ」

「「……!!」」

 コブラとチャカは、怒りに震えた。

 自然の力に、人間は敵わない。だがこの世界には、対抗できるどころか意のままに操る存在がいる。悪魔の実の自然(ロギア)系能力者だ。

 砂嵐を操れる自然(ロギア)系能力者は誰か……その結論(こたえ)を導き出すには、三秒も要らなかった。

「黒幕はクロコダイルか……!!」

「外道が……!!」

 黒幕は、王下七武海サー・クロコダイル。

 アラバスタの英雄が、アラバスタを滅ぼそうとしていることを悟り、今までにない憤怒の形相を浮かべた。

「クロコダイルは頭脳派の海賊……海賊界屈指の切れ者です。当然、スパイを送り込むでしょう。それも両方に」

「……!」

「我々にも反乱軍にも、奴の息がかかった者がおるということか……!」

 コブラとチャカの頬に、冷たい汗が流れる。

 反乱の鎮圧に加え一連の出来事の裏を探っている内に、すでに黒幕の魔の手がすぐそこまで迫っていた。たとえ反乱軍を抑えられても、国王軍に紛れ込んだクロコダイルのスパイが動けば、反乱は止まらず全面衝突となる。

 クロコダイルの用意周到さと狡猾さに、背筋が粟立つ思いだった。

「話を変えます。コブラ王、おれは先日ビビ王女と会っています」

「!? ビビは無事なのか!!」

 愛する娘の話となり血相を変えるコブラ。

 ビビは無事であると伝えると、彼は目に見える程に安堵した。

「彼女は頼もしい仲間と出会い、行動を共にしている。ビビ王女は彼らに任せて問題無い」

「君がそう言うのなら、ビビはさぞ心強い味方と出会えたのだろう」

「そして実は今、私の優秀な幹部達が動いている。反乱軍やクロコダイルの懐を探り、反乱の早期終結を図っている」

 テゾーロが提示した情報を聞き、コブラは考える。

 反乱軍は動きこそ止まっているが、機を見計らって動くのは明白。国王軍が挙兵してクロコダイルのいるレインベースへ討って出れば、反乱軍によって宮殿を落とされ、最悪国王軍が滅びる可能性もある。だがクロコダイルさえ討ち倒せれば、国民の手によって国は再建する。しかしこのまま国王軍と反乱軍が討ちあえば、クロコダイルの一人勝ちだ。

 ここにはギルド・テゾーロという強大な後ろ盾がいるし、ビビ達も頼もしい味方を引き連れて祖国に帰還しようとしている。何の犠牲もなく終結を見せる戦いではないと覚悟していたが、まだ希望はあった。

「チャカ、ペルを呼べ! 明夜、極秘の戦陣会議を開く。その際は士官達を集めるでないぞ」

「国王様、それは……!!」

「万に一つだ……私とて、国を想う者達を疑いたくはない」

 国王(コブラ)は誰よりも深く〝国〟を想い、国民を想う者である。

 本来ならば士官達を集めて出撃の準備を整えたいが、おそらくクロコダイルはそれすら見越して国王軍にスパイを潜り込ませているだろう。

 同じ国を想う者として、自分に付いて行く者を疑って行動するのは、コブラにとって辛い決断であったのだ。

「細心の注意を払い、出陣の準備を整えよ!!」

「はっ!!」

(まずは一手……皆、油断するなよ)

 打倒クロコダイルに向け、テゾーロは「包囲網」を着々と築き始めるのだった。



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第146話〝砂の国と四人の男〟

アラバスタの反乱に彼らが介入してもおかしくないと思います。


 その頃、アオハルはナノハナの港に潜入していた。

 バロックワークスは交易が盛んであるこの港を使ってダンスパウダーを輸送していたため、武器もまたこの港から流れると考えたのだ。

 そして停泊している商船を手当たり次第調べ、ある武器商船に乗り込んだところ、驚愕の光景が広がっていた。

「…………うわ、これどこから流れてくんの」

 紫煙を燻らせ、アオハルは一筋の汗を流す。

 拳銃や剣だけではない。自動小銃や擲弾銃、機関銃、手回し式のガトリング銃といった重火器が箱の中にぎっしりと詰まっていた。その中には、同僚メロヌスが愛用するボルトアクション式のライフルも入っていた。

(これは……完全に〝ビジネス〟だね。国際規模の武器の闇取引……ジェルマの差し金かな?)

 かつて北の海(ノースブルー)を武力で制圧したジェルマ王国。世界唯一の海遊国家が保有する科学戦闘部隊「ジェルマ66(ダブルシックス)」は、戦争屋の別名で裏社会にその名を轟かせている。

 裏社会の闇取引と言えば、王下七武海の一角であるドンキホーテ・ドフラミンゴも有名だ。彼の場合は武器や兵器だけでなく、違法薬物(ドラッグ)や悪魔の実も含めたあらゆる分野の危険物の闇取引を取り仕切っている。

 だが、ドフラミンゴとクロコダイルははっきり言って仲は悪い。そもそも王下七武海は海賊だ。ただでさえ一人一人が手の余る曲者揃いなのに、七武海同士が仲良くしてる場面など見たことも聞いたこともない。海賊である以上、利害が一致しても易々と手を組むなど考えられない。

 クロコダイルがドフラミンゴを頼るとは到底思えないので、やはり武器の出所はジェルマの可能性が高い……そう考えるのが妥当だろう。

「う~ん……」

 アオハルはモリモリと頭を掻くと、電伝虫を使ってスモーカーの部隊へ向かうメロヌスに掛けた。

 

 プルプルプルプル……プルプルプルプル……ガチャッ

 

「もしもし?」

《アオハルか、どうした》

「ナノハナの港に泊まってある商船を漁ってたんだけどさ……デカイのが釣れたよ」

 通話に応じたメロヌスに、アオハルは反乱軍の倉庫の状況を伝えた。

「平穏な加盟国が所有するとは思えない、数々の重火器のオンパレード。手回し式のガトリング銃とか」

《ハァ!? ず、随分と大掛かりだな……》

「そっちスモーカー側でしょ? 周辺海域にいる全ての船の監視取締り、特に商船の取り締まりを強化するよう要請して。王国の内乱を口実にすればどうにでもできるでしょ。それとデカイ船一隻よりも小型船か中型船数隻で送ると思うから、民間でも船団に注意して。とりあえず武器商船は沈めとくから」

 闇取引は一歩間違うと生命に関わる、利益が大きい分リスクも大きい稼業。ましてや武器の闇取引が内乱状態の加盟国で行われたことが公になれば、世界規模のスキャンダルになる。だからこそ、第三者に発覚されないように動かねばならない。

《わかった、こっちもやれる手は打っとく。気をつけろよ》

「了解」

 通話を終え、受話器を下ろす。

「さて……あとは武器を持ち込んでくる仲仕(ポーター)を叩ければいいけど」

 

 

 アオハルとの通話を終えたメロヌスは、目の前の人物に話を振った。

「……という訳なんだが」

「……ちっ、最悪な展開ってことか」

 舌打ちをする白髪の海兵――スモーカーは苛立ちを露わにする。

 アオハルが商船を漁る前にスモーカーと接触することに成功したメロヌスは、テゾーロの〝読み〟と黒幕と思われる人物に関する情報を提供していた。

 スモーカー自身は「〝海賊〟はどこまでいこうと〝海賊〟」として七武海のことを一切信用していないため、そこまで驚くことではなく、むしろ予想通りだと言ってのけた。だが部下のたしぎやマシカクは政府側の人間だと思ってたからか、アラバスタの英雄が国を乗っ取ろうとしていることに動揺を隠しきれないでいた。

「スモーカーさん、これは本部に報告するべきでは!? ギルド・テゾーロからの情報であれば――」

「バカ野郎。軍の上層部はともかく、政府の上層部が問題なんだよ」

『?』

 スモーカーの言葉に、メロヌスは補足するように口を開いた。

「さっき同僚から、反乱軍の港には本来海軍が所有するような重火器があったという連絡を受けた。闇の世界から流れたんだろう……ジェルマ66(ダブルシックス)の介入も否定できない以上、政府がアラバスタの為に動くとも思えねェ」

「ジェルマ66(ダブルシックス)!? それは空想上の悪の軍隊じゃないんですか!?」

「実在する組織だよ。ジェルマ王国は政府加盟国だ。世界会議(レヴェリー)で顔は出さなかったがな」

 メロヌスの言葉に、海兵達は開いた口が塞がらない。

「他の海の戦争にも参加している連中だ。アラバスタの件にも手ェ出してもおかしくねェ」

「……世界政府もグルだって言いてェのか? 加盟国の要人だろ、あんた」

「ウチは誰一人として世界政府を神と思っちゃいねェからな」

 煙草を吹かすメロヌスは、爆弾発言を炸裂させつつ夜空を仰ぐ。

 もみ消しが十八番(オハコ)の世界政府の隠蔽体質に加え、天竜人の繁栄の為に世間には絶対公表できない活動をするCP-0。世界政府の闇は深く、自分達に利益があれば加盟国を生け贄にすることも厭わないだろう。

「……まあ、状況的には結構悪くはない方だと思うんだよな」

「何だと?」

 その言葉に、スモーカーは目を細めた。

 

 海軍の掲げる「絶対的正義」を盲信しない海兵、〝白猟のスモーカー〟。

 アラバスタ王国王女と行動を共にする海賊、モンキー・D・ルフィ。

 王国の乗っ取りに向けて暗躍する王下七武海、サー・クロコダイル。

 そしてアラバスタの動乱を終わらせるべく動き出した大富豪、ギルド・テゾーロ。

 

 確かに考えてみれば、ここまでの大物が揃うことは無いだろう。

 そしてその内の三名の共通した敵が、クロコダイルである。

「……ウチはあくまでアラバスタ王国の国王に頼まれてきたからな。〝麦わら〟やクロコダイルをどうするかは海軍(そっち)に任せる方針だ」

「……あんたらとならともかく、海賊とも手ェ組まなきゃなんねェのか?」

「海賊と海兵がタッグを組んで巨大な敵を倒したって前例は過去にある。恥じても気に病むことはねェだろ」

 世界政府が表には出していない海軍の歴史を知るような発言に、スモーカーは眉間にしわを寄せた。

「そんでもって、おれは今回あんたらと行動を共にさせてもらう。黄金帝が認める頭脳を料金なし・キャンセル料なしで借りられるスペシャルプランってわけ」

「……フン、悪くねェ」

 不敵な笑みを浮かべるメロヌスに釣られ、スモーカーも口角を上げた。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 「夢の町」と称されるギャンブルの街・レインベースには、クロコダイルが経営するレインベース最大のカジノ「レインディナーズ」が構えてある。

 その地下に存在する秘密基地では、オーナーが葉巻を燻らせていた。

「……テゾーロが先手を打ちに来たか」

 クロコダイルの眼前にある新聞には、コブラ王とテゾーロの首脳会談に関する記事が掲載されていた。

 王下七武海に加盟した海賊は、政府からの指名手配を取り下げられ、海賊および未開の地に対する海賊行為の許可以外にも様々な特権が与えられる。配下の海賊がいれば恩赦を与えられ不逮捕特権の対象とされたり、商船をも略奪の対象としても多少なら黙認されたり、四皇を除いた他の海賊と比べると色んな意味で優遇されている。

 しかしテゾーロは、王下七武海をも遥かに凌ぐ権力を持っている。世界政府の最高権力者である五老星との私的な謁見、天竜人とのコネクションがあるゆえの「神々の地」への出入り、世界会議(レヴェリー)への参加権など、クロコダイルが持っていない特権を多く持っている。

 それらは世界政府に莫大な上納金を納めたり、政府中枢からの指令に期待以上の結果で応えたりなど、世界の秩序の貢献に努めているからである。ただし実際は、テゾーロが政府の失態の尻拭いをこなしたことで得た特権(チカラ)でもある。

「成程、少しは賢い奴のようだ」

 クロコダイルはテゾーロの狙いを悟る。

 コブラ王との会談を大々的に報じることで、「おれはコブラ王の後ろ盾だ」というアピールにも繋がる。ギルド・テゾーロというビッグネームは世界規模で通じ、世界政府の中枢にも影響を与える大物がいれば反乱軍もバロックワークスも迂闊に手は出せないだろう。

 一代で国家を築き上げた大富豪の頭脳に、クロコダイルは感心していた。

「あら、随分と楽しそうね」

「……そう思うか、ミス・オールサンデー」

 新聞を読むクロコダイルへ近寄る、一人の女性。

 彼女はミス・オールサンデー。クロコダイルのパートナーであり、正体を隠すクロコダイルに代わって指示を送るなど、組織の総司令官としての役目を持つバロックワークスの副社長だ。

 その正体は、バスターコールによって地図上から削除された〝考古学の聖地〟オハラの唯一の生き残りである考古学者ニコ・ロビンである。

「〝新世界の怪物〟……いえ、〝黄金帝〟ギルド・テゾーロ。世界政府の使いかしら」

「いや、政府は何もしていない。奴が勝手に動いただけだ。……もっとも、コブラの奴が泣きついたんだろうが」

 クロコダイルがそう結論づけると、ミス・オールサンデーもといニコ・ロビンは彼を問い詰めた。

「……()()()()はどうする気なの?」

「クハハハ……ああ、あの間抜け親子か? 奴らが集めてきた情報は得たからとっとと始末するつもりだったが、気が変わった」

「……どういう意味?」

「殺す手間を省くために、役目を果たしてもらおうと思ってな」

 期待など一切していないが、と付け加えて笑みを浮かべるクロコダイル。

 彼にとってスパンダイン親子は、すでに用済みの存在だった。保護したのは建前であり、情報さえ手に入ったのだからあとは()()だけであった。

 しかしテゾーロとの因縁の深さを考慮すれば、目を逸らす程度の時間稼ぎはできるだろう。一分一秒でも綿密な計画では大きく影響し、本来の予定を大きく狂わすこともある。

「〝新世界の怪物〟が首を突っ込んじまったからには、相応の対処をしなけりゃならん。まあ使い方はいくらでもある。適当に唆してから武力衝突(ぶつけるの)も悪くあるまい」

「……」

「さて、延命治療を施したアラバスタ王国にはお薬を処方しないとな」

 クロコダイルはおもむろに電伝虫に手を伸ばし、ある人物と通話をした。

《――私だ、クロコダイル》

「この国にギルド・テゾーロが入った。奴の気を引いてほしい」

 電話相手に、クロコダイルはある作戦を伝えた。

 それは、人も住んでいないエルマルの町で偽反乱軍による暴動を起こすこと。バロックワークスの情報をあえて漏らし、テゾーロの注意を別の事件に向けることで「本来の作戦」の準備を進めるというものだった。

「クハハハ、当然金はくれてやる。おれが国を盗ったら必ず支払う」

《二言は無いな?》

「ああ、おれは約束は守る男だ」

 クロコダイルは受話器を下ろすと、葉巻の火を灰皿でもみ消す。

 一国を争う頭脳戦で後手に回ったクロコダイルは、次の一手に出たのだった。



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第147話〝謝罪〟

今回はちょっとした閑話っぽい感じです。
主人公が直接関与しない話は久しぶりな気も……。

ってか、原作もアニメもエライことになってる!


 翌日。

 アオハルはテゾーロからのさらなる命令を受け、ある勢力と交渉していた。

「この国の英雄が黒幕だと……!? にわかに信じがたい話だ……!!」

「相手が相手だからな」

 アオハルから真実を告げられ、驚愕する男。

 その名は、コーザ。反乱軍のリーダーで、同国王女ネフェルタリ・ビビの幼馴染みである。

「この壮大な自作自演(マッチポンプ)において、クロコダイルが恐れてるのはビビ王女との再会だ。あんたとビビ王女の関係は、〝向こう〟もおれ達も把握している。だからこそクロコダイルは、あんた達が再会できないように手を打っている」

「……」

 アオハルの言葉に、コーザ達反乱軍の中枢は動揺する。

 少なくとも幼馴染み(ビビ)はこの内乱の黒幕の正体に辿り着いており、国王側も必死に追っている。そして自分達はそんなことなど知らずに掌で踊らされ、被害を拡大させる一因となってしまっている。

 このままでは、自滅という形でアラバスタ王国が崩壊し、その全てをクロコダイルに乗っ取られてしまう。

「……おれ達は、どうすればいい」

「そうだな、まずは――」

 アオハルが反乱軍に提案しようとした、その時だった。

「コーザさん! 大変だ!」

「どうした」

「国王がこの町に!!」

 反乱軍のメンバーの一人からの報告に、空気が一変する。

 しかも報告によれば、アラバスタの雨を奪ったのは自分だと公言しているというのだ。

「堕ちる所まで堕ちたか、国王っ!!」

「待って、いくら何でもおかしい」

 アオハルは激昂するコーザを制止した。

「そんなことを大っぴらに、それも反乱軍(てき)の拠点で言ったら、下手すりゃ殺されるよ。()()()()()()()()()。それこそコブラ本人かどうかすら怪しい」

「……お前」

「おれも行くよ。こう見えて腕っ節はいい方なんでね、用心棒くらいにはなる」

 

 

「正直に謝罪しているのだ!! この国の雨を奪ったのは私だ!!!」

 ナノハナの街では、国王コブラが兵士達を連れて民衆に公言していた。

 それは、言い出すには遅すぎる、何の解決にもならない謝罪。その上、事件を忘れるために町を消し去るというめちゃくちゃな宣言も告げた。

「不正な町だ、破壊して焼き払え!!」

 コブラは国王軍に命じて、町に火をつけ、人々に銃を向けて発砲し始めた。

 人々はパニックに陥り、逃げ惑う。

 そんな中、国王の前に躍り出る少年が一人。

「おい国王!! お前が雨を奪うから……!! 町はみんな枯れていくんだ!!」

 そう涙ながらに叫ぶのは、このナノハナで靴磨きとして働く少年・カッパだ。

 力の限りで国王に抗議するが、コブラは非情にもカッパを蹴り飛ばそうとした。が、蹴られる寸前に人影が凄まじい速さで通り過ぎ、カッパはその場から姿を消していた。

「……!」

 コブラは目を細める。

 視線の先では、アオハルがカッパを抱きかかえていたのだ。

「フゥ~……大丈夫?」

「あ、ありがと……」

 パンパンと砂を手で払うと、メロヌスは煙草を咥えて火を点ける。

「……誰だ、貴様」

「誰だっていいでしょ? 強いて言えば……ただの臨時雇いの用心棒さ。そこのリーダーさんの」

 その直後、馬に乗ってコーザが駆けつけた。

 反乱軍の指導者が現れたことに、民衆は一斉にどよめく。

「何のマネだ……貴様……」

「謝りに来たのだ」

「フザけるな!! 何て侮辱だ……!!」

 怒りを露にするコーザ。

 ダンスパウダーで三年間の雨を奪った事実をもみ消すために、町を破壊するという国王の暴挙。名君とは程遠い。

 そしてコーザは、ダンスパウダーを使っていたことを怒っていたのではない。国王を信じて死んでいった者を裏切ったことに怒っていたのだ。

 枯れた町に倒れた民衆は、皆最期までコブラを信じて死んだ。その気持ちをコブラが踏み躙ったら、死んでいった者達の気持ちはどうなるのか。

「ウソでもせめて〝無実〟だと言わなきゃ、死んでいった人達の気持ちは報われないよね」

「……」

 アオハルはコブラを睨みつつ、テゾーロとのあるやり取りを思い返した。

 

 

           *

 

 

「……〝マネマネの実〟?」

「ああ」

 アラバスタ上陸前。

 テゾーロはアオハルに、悪魔の実図鑑のあるページを見せていた。

「外見のみならず、声や体までをも忠実にコピーできる能力だ。戦闘には向かないが情報戦では凶悪なまでの効果を発揮する。たとえば……時の権力者に化けて国盗りを仕掛けたりとかな」

「まさか、このアラバスタの一件も……!」

「察しがいいな。そういうことだ」

 その極めて搦め手に長けた能力で政治工作をすれば、政権を容易く交代させ、土台作りもしやすい。その能力を持つ者がバロックワークスにいたとしたら?

 そう考え、アオハルは背筋が凍るような思いだった。

「……だが弱点もある。右手で自らの顔に触れることで変身できるが、逆に左手で顔に触れると元の顔に戻るという特徴がある。うまくハメれば、その場でネタバレなんてこともできるかもしれない」

「工作に向いてる能力か……スパイなら喉から手が出る程欲しい代物だ」

「もしそれらしき人間と会ったなら、「左の頬にゴミついてるぞ」とでも言ってハメればいいさ。ただ、なるべく公の場でやるようにな。その方が都合がいい」

 

 

           *

 

 

(……賭けてみるか)

 アオハルは怒りに震えるコーザよりも前に出て、コブラに声を掛けた。

「コブラ王。左の頬に何かついてるけど」

「え? ホントぅ?」

 

 カシャッ

 

『!?』

 その衝撃の光景に、民衆と反乱軍は息を呑んだ。

 国王がいきなりオカマに変わったのだ。声も体格も口調も、何もかも全てが。

「あ……」

「思った以上にバカでしょ、あんた」

 愛刀を抜き、その切っ先をオカマの眉間に突きつける。

「さてと……オカマさん、ちょっとゲロってもらうよ」

「っ……!! ハメやがったわねい!!」

「あんたの前にいるのは〝新世界の怪物〟の子分だよ? 抜かりはねェと言って――」

 

 ドコォン!!

 

 刹那、轟音と共に地響きが発生した。

 振り向けば、巨大な船が港に激突して横転していた。港付近の建物は崩壊し始め、混乱が拡大する。

「くっ!!」

 衝突の影響で宙を舞い、降り注いでくる瓦礫を、アオハルは愛刀に覇気を纏わせ次々と斬り払っていく。

 瓦礫は剣閃に沿って砕け散り、小石程度の大きさにまで砕かれながら飛散する。

(ちょっと待って、どういうこと!? 周辺海域にいる全ての船の監視取締りは要請したし、昨日の夜に停泊していた武器商船は沈めたはず!!)

 裏工作済みでありながら、さらなる一手を打たれたことに動揺を隠せないアオハル。

 それは、新たな勢力の介入を意味していた。

 

 

           *

 

 

 その頃、メロヌスはサンドラ川付近の武器庫で「66」の文字が刻まれた軍服を着る兵士達と激闘を繰り広げていた。

 そう、かの有名な戦争屋〝ジェルマ66(ダブルシックス)〟である。

「くっ……こんな所で加盟国同士の紛争なんてな!」

 次弾装填しつつ、苦い顔を浮かべる。

 というのも、ジェルマ66(ダブルシックス)を保有するジェルマ王国は、戦争屋として犯罪同然の非合法活動で軍事的支援を行い利益を得る〝裏稼業〟をしてるが、れっきとした政府加盟国なのだ。中立国であり強力な軍隊と世界トップクラスの資金力を有するグラン・テゾーロも同然であり、アラバスタ王国で揉めれば国際問題なんて言葉では済まない事態に発展しかねない。

 加盟国同士の紛争は、中立国としても避けるのが筋。しかしジェルマの暗躍を知った以上、放置するわけにもいかない。

(……ひとまずこの修羅場をくぐり抜けるのが先決だな)

 その時だった。

「はっ!」

「うおっ!」

 突如として、空中からの襲撃。

 電光石火の攻撃を、ギリギリで躱す。

「頭上の攻撃を躱したか……噂以上にできるようだな」

「こいつは……隊長格か……」

 メロヌスを急襲したのは、アシンメトリーな赤髪の男。

 赤色に大きく「1」と描かれているマントを着用しており、軍隊の幹部級かそれ以上の実力者のようだ。

 この男の名は、ヴィンスモーク・イチジ。ジェルマ66(ダブルシックス)の幹部〝スパーキングレッド〟であり、大昔に武力で北の海(ノースブルー)を制圧した人殺しの一族「ヴィンスモーク家」の現長男である。

「〝ボルトアクション・ハンター〟だな?」

「…………()()()で呼ばれるのは久しぶりだな」

 裏社会での通り名で呼ばれ、メロヌスは目を細める。

 するとイチジは、意外な一言を発した。

「我々とて、お前達と争うのは避けたい」

「何だと?」

 戦争屋としては珍しい、衝突を避けたいという主張。メロヌスは懐疑的だが、納得もしていた。

 ギルド・テゾーロという名前は、全世界で通用する程にまで成長・強大化している。その莫大な富と天竜人に匹敵する権力、そして保有する強力な軍隊は、新世界の大物達も直接的な争いを避けている。ヴィンスモーク一族も同様であるようで、いくら科学力に秀でた軍事国家と言えど、全世界の五分の一の金融資産を持つ男を相手取るのは面倒だと判断しているのだろう。

 もっとも、当初は利用して使い潰そうと企んだのかもしれないが。

「……そこまでわかってるんなら、手を引いてもらいたい」

「そう言われて従うとでも?」

「……だよな」

 交渉は決裂。

 メロヌスは溜め息を吐き、銃口を向ける。

狙撃銃一丁(そんなもの)で我々に敵うとは思えないが」

「オツムの出来はてめェらよりはいい方だからな。戦闘力と勝敗は別物ってよく言うだろ? ………それと弾薬庫の傍に突っ立ってるのはよくねェぞ」

「!?」

 引き金を引き、メロヌスは迷うことなく弾薬庫に発砲。

 その真意を悟ったイチジは、マントで自らを覆った。

 

 ドゴォォォン!!

 

 弾薬庫に弾丸が着弾した瞬間、とてつもない大爆発を起こした。

 その余波で次々と誘爆を引き起こし、ジェルマの軍隊をも巻き込んでいった。

 

 

 しばらくすると、黒煙の中からイチジが姿を現す。

 あの爆発をマントと服装だけで耐え切ったのだ。

「っ……これはしてやられたな」

 イチジはどこか愉快そうに笑った。

 彼に課せられた任務は「テゾーロ達の牽制」で、引かなければ実力行使で止めろとジェルマ66(ダブルシックス)の総帥である実父(ジャッジ)から命ぜられた。

 今回の任務は、テゾーロ達の妨害という点では成功だが、イチジはメロヌスを仕留めるつもりでかかっていた。だがメロヌスは弾薬庫に発砲するという奇策に打って出て、あの爆発の際にギリギリで川に飛び込んで逃走した。

 ――かなりの切れ者だと聞いていたが、ここまでとは……!

「……いい収穫だった」

 悪名高きジェルマ66(ダブルシックス)を出し抜いた、凄腕の元賞金稼ぎ。

 その技量・度量に感心しつつ、イチジは撤収を始めるのだった。




今思ったんですけど、おでんとバレットって、どっちが強いんでしょうね。
個人的にはバレット派です。


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第148話〝スケルトン〟

四月最初の投稿です。


「そうか、よくやった」

 アルバーナの王宮にて、テゾーロは笑みを溢していた。

 ナノハナで起きた偽コブラ王事件により、民衆と反乱軍に真実が伝わったと電伝虫越しで報告があったのだ。これで国王の誤解は解けただろう。

 だが、肝心のクロコダイルを潰せてない。この事実がクロコダイルの耳に届けば、計画は狂えど次の手を打ってくる。次の手を打たせないためには、ナノハナで起こった偽コブラ王事件を利用し、反乱軍の扇動に成功したように振る舞わねばならない。

 無論、テゾーロはそのこともアオハル達に伝えてある。

「さて、あとは……」

 余裕の笑みを溢した、その時。

 ドタドタと慌てた様子で、血相を変えたステラが現れた。

「テゾーロ!! 大変よ、コブラ王が失踪したの!!」

「――な、何だと!?」

 思わず声を荒げるテゾーロ。

 このタイミングでコブラ王が、姿を消したなど想定していなかったのだ。

「今チャカさん達が必死で捜索してるの!」

「……ステラ、コブラはおそらくクロコダイルの刺客に誘拐されたんだ。もうアルバーナにはいないと考えた方がいい」

「そんな……!」

 ステラがどうしようかと慌てふためく中、テゾーロは心を落ち着かせて

 コブラの偽者は、先程ナノハナで目撃され、その正体も民衆の目に晒された。

 となれば、考えられるのはクロコダイルが次の手を打ったか、あるいは別の勢力の介入となる。いや、クロコダイルとなればそうなってもいいように予め用意するだろう。

(ここには敵地視察でペルがいないとしても、覇気を扱うおれもいる。おれにも気づかれずにコブラ王を誘拐できるとすれば、透明になれる能力の使い手か……!?)

 この世界において、透明になれる能力は非常に少ないが存在はする。

 その最たる例が、超人(パラミシア)系悪魔の実〝スケスケの実〟だ。

 スケスケの実の能力は、自身の姿を風景に同化させ、文字通りの透明人間になる能力だ。着衣など自身が直接触れている物体も透明化の対象に含まれ、敵地への視察などの諜報・工作活動や暗殺・奇襲にはうってつけなのである。体臭までは消せないという欠点を抱えるが、その凶悪性は超人(パラミシア)系悪魔の実でも群を抜いている。

 しかし、今のスケスケの実の能力者は王下七武海ゲッコー・モリアの部下のアブサロムだ。七武海同士の仲はハッキリ言って最悪の関係であり、手を組むよりも潰し合う可能性の方が高い。クロコダイルがモリアと手を組むのは考えにくいし、モリアもクロコダイルと手を組みたがらないだろう。

(……まさか、()()()()か……!?)

 だが、透明人間になれる方法も保有するであろう連中も存在する。ジェルマ66(ダブルシックス)だ。

 ジェルマの幹部及び総帥は、戦闘時にはレイドスーツという特殊装備を纏う。普段は筒状に収納されているレイドスーツの機能は多様で、マントは盾になり、防御力と耐熱性に優れ、加速装置と浮遊装置でスピードアップや飛行を可能にしている。

 それ程の科学力を持つのならば、透明人間も可能ではないのか……テゾーロはそう結論づけた。

「スパンダイン親子だけじゃなかったか……」

 不覚にも、先手を打たれたテゾーロ。

 真実を知ったのは、ナノハナの民衆と反乱軍。国王軍にも知れ渡るだろうが、肝心のコブラ王の行方がわからない以上、何が起こるかわからない。

 これでクロコダイルが実力行使で攻めたとなれば、アラバスタ王国内で彼に敵う人間は一人としていない。()り合えるのはテゾーロやルフィぐらいだ。

 しかも、テゾーロはあくまでも外交目的で来ているという名目。あまり出しゃばると世界政府がうるさいのだ。

「早急に手を打たないと、少しマズイな……」

 テゾーロは拳を強く握り締め、急いでチャカ達の元へ向かった。

 

 

 同時刻、アルバーナ近辺の荒れ地。

 そこでは、二人の男がコブラ王を拘束していた。

「随分と予定が狂ってるらしいが……大丈夫なのか?」

「何を言ってやがるんだ、ヨンジ。おれ達は仕事をして金を得るだけだ」

 口を縄で塞がれ拘束されたコブラの前で会話する、二人の若者。

 一人は、リーゼントがかった青髪が特徴でゴーグルを掛けた男。もう一人は、緑髪のオールバックが特徴の男。二人共、マントを羽織り髪の色と同じ服を纏っている。

 彼らもまた、ジェルマ66(ダブルシックス)の幹部格――ヴィンスモーク・ニジとヴィンスモーク・ヨンジである。

(……ジェルマ王国……なぜ我が国に……)

「そういやあ、イチジが〝ボルトアクション・ハンター〟と()ったらしい」

「へえ……あの元賞金稼ぎとか」

 長男(イチジ)が凄腕のガンマンであるメロヌスと戦ったことを聞き、ヨンジは不敵な笑みを浮かべる。

 というのも、メロヌスは彼自身も知らないことだが、その類稀なる射撃の腕と頭脳から総帥ジャッジがヘッドハンティングしようと考えた程の人材なのだ。ジェルマの科学力で最新の銃火器を造り、それを最高の狙撃手に性能を最大限に発揮させ、ジェルマ王国を進化させようとしていたのである。

 もっとも、その前にテゾーロの部下となったので、ジャッジにとって叶わぬ夢となったが……。

「クロコダイルの国盗りが成功したら、父上はどうするんだろうな」

「さァな。だがクロコダイルは海賊だ、ロクに信用しちゃいねェだろうさ」

(……戦うな……争ってはならん!)

 

 

           *

 

 

 一方、ナノハナではコーザ達反乱軍が項垂れていた。

 国王を信じ切れなかった自分達が、クロコダイルの片棒を担いで国を滅ぼすコマとなっていた。今までしてきたことの全てが無意味で愚かであったことにショックを受けているのだ。

「おれ達は、取り返しのつかないことを……

「いや、ギリギリ踏みとどまったってところだね」

 国の為にと思ってたのに、国を滅ぼすハメになった。

 だがアオハルは、まだ望みはあるとコーザ達に声を掛けた。

「少し前に、アラバスタへ帰還するビビ王女と遭遇した」

「ビビとだと!? 無事なのか!?」

「屈強な船乗り達に助けられてね」

 煙草の紫煙を燻らせ、アオハルは海上でのビビとの出会いを説明した。

 彼女は黒幕がクロコダイルであるという真実に辿り着き、信頼できる新たな仲間と共に祖国を救うべく独自に動いているという。

 さらに、自分の上司である〝黄金帝〟ギルド・テゾーロも、コブラ王の嘆願に応じ、裏でクロコダイルが指揮する秘密結社と戦っているという。

「ビビ……」

「君達には、まだやれることがあるだろう」

 その言葉に、反乱軍の中枢はハッとなる。

 真実を知ることができたのだ。今の自分達にやれるのは、戦争を止めること。一人でも多くの命を救うことだ。

 コブラもまた、同じ答えに辿り着くだろう。この国を愛し、想う者であるのは変わらないから。

「クロコダイルはおそらく、ビビ王女の命を狙う。反乱軍の指導者とビビ王女の関係は、向こうも知ってる」

「……ビビが戦争を止める()()()なんだな」

 アオハルは無言で頷き、さらに言葉を紡ぐ。

「こんなこと言うのもアレだけど……ビビ王女もクロコダイルの掌の上で踊らされてると思う。君とビビが手を組んでも、それを想定した作戦を練って修正するだろう」

「そんな……!」

「それじゃあ……」

 反乱軍の幹部達の顔に、絶望の色が見え始める。

 王国側もコーザ達も、クロコダイルを甘く見たわけではない。だが、彼らの想像以上の実力と智謀を、クロコダイルという海賊は兼ね備えていたのだ。

 そもそも王下七武海は海賊であり、何だかんだ言って海軍からもあまり信用されていない立場だ。それなのに海軍は、アラバスタには部隊を配置しなかった。クロコダイルはそれ程までに用心深い策略家であるのだ。

(……おそらく、今回の一件はまだビビ王女には伝わってない。このままアルバーナに向かうだろうけど……)

「……アルバーナに向かうぞ」

『!!』

 コーザは意を決したように言い放った。

「クロコダイルが国を盗るってんなら……必ず王宮を狙うはずだ……国王軍も反乱軍(おれたち)も両方潰した方が手っ取り早いだろうさ……」

「……それを利用するのかい」

「わざと乗っかって、吠え面かかせてやる……!」

 クロコダイルにとって、国王軍も反乱軍も目障りな存在で、用が済めば切り捨てるどころか滅ぼすつもりなのは明白。ビビのことだから、それを命懸けで止めるだろう。無論、クロコダイルから見ればネフェルタリ家も邪魔な存在なので、アラバスタと共に滅ぼすだろう。

 それだけは避けねばならない。一国の王女を、昔からの幼馴染を、国を滅ぼそうとする英雄の皮を被った悪逆非道な海賊に葬られるわけにはいかない。

「首都アルバーナへ向かい、黒幕を討ち滅ぼす!!」

 

 

 そして、場面変わってサンドラ河。

「まさかこんなところで鉢合わせとはな」

「あんたがこの国にいるってことは、すでにテゾーロがいるってことか」

「今は首都にいる」

 背広に袖を通すメロヌスの視線の先には、ビビと麦わらの一味がいた。

 ジェルマとの戦闘をくぐり抜け、河川敷で服を乾かしていたところ、アラバスタ王国の動物達の中で最速の足を持つ「超カルガモ部隊」と合流したビビ達と思わぬ再会を果たしたのだ。

「……麦わらのルフィはどうした」

「っ! ……ルフィさんは、クロコダイルと戦ってるの」

「砂漠の戦闘じゃあ間違いなく最強の男と、か……」

 メロヌスは、ルフィは絶対負けると思っていた。

 異例のルーキーではあるが、王下七武海でも最古参の部類かつ新世界の海でも破竹の進撃をした大物に、よりにもよって最大限のパフォーマンスができる砂漠で戦うなど、無謀の極みだ。十中八九負けるだろう。

 しかし、それでも生き残り立ち上がる者もいる。戦闘力と勝敗は別物だ、心が折れた方が真の敗北を喫するのだ。

「……これからおれは、その辺から馬でも拝借してアルバーナに向かおうかと思ってる。もうオアシスや港町に用は無いしな。お前らはどうする?」

「私達も、アルバーナに向かうの! 今ならまだ間に合う!」

 メロヌスは鋭い眼差しでビビを射抜く。

 この内乱は、何の犠牲も無く終わらせることは不可能だ。ビビはそれでも、犠牲を出さずに終わらせようとしている。

 だが、現実は残酷である。かつて珀鉛病という国難に遭っていたフレバンスも、テゾーロの財力・権力・人脈を揃えても犠牲者が出たのだ。全てを救うなど、夢のまた夢だ。

 それでも、彼女は止まらないだろう。だからこそ仲間が集い、敵は優先的に命を狙う。

「……臨時の用心棒だ。無料(タダ)で貸してやる」

「え?」

「ウチの上司も、この場にいてもそう命じるさ。あんたらと同行させてもらおう」

 メロヌスは一行との同行を願い出た。

 それは、戦力的には申し分ない、十分すぎる提案だった。

「そこいらの海賊程度なら、おれ一人でもお前ら全員護れる」

「ほ、ホントに!?」

「……ウソじゃなさそうだな」

 メロヌスの発言にナミは驚愕し、ゾロはウソはないと判断して笑みを浮かべた。

 サンジやチョッパー、ウソップもどこか安堵した表情を浮かべている。

「じゃあ、契約者はネフェルタリ・ビビの名で。――今からここにいる全員のボディーガードを務めるメロヌスだ、指示をどうぞ」

「……この戦争の終結に、全面協力してください!!」

 ビビ達は強力な助っ人を引き込み、最終決戦の場へと向かう準備を整えるのだった。



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第149話〝掃除屋と戦争屋〟

五月の投稿です。


「クロコダイルめ、何と卑劣な……!!」

「卑劣って言うか、用意周到だな。奴はある程度の想定外(アクシデント)を考えた上で作戦を練るタイプだから」

 王宮内は、大混乱だった。

 コブラ王が誘拐されたことで、反乱軍の鎮圧だけでなくコブラの捜索という新たな問題が出てきたからだ。

 現状、一番大事なのは反乱軍の対処だが、それに集中していてはコブラ王の身に()()()()()()が起こってしまう。しかしクロコダイルの暗躍に彼が従える秘密犯罪結社(バロックワークス)がいる以上、下手に兵力を割くわけにもいかない。

(クロコダイルのスパイがどれ程いるか炙り出せてない今、このままぶつかれば……!!)

 チャカは悩み苦しむ。

 10年仕えて来た国王を信じて、この国を守るのが自らの使命だ。それに迷いはない。

 だが、相手は国を愛する国民であるのは変わらないし、戦闘となればそれこそクロコダイルの思惑通りに事が進み、結果的にアラバスタは滅ぶ。

 コブラとビビは不在、信頼の厚い護衛隊長のイガラムはバロックワークスの追手により生死不明。ペルも敵地視察にレインベースへ向かってから連絡が途絶えたまま。

 これ程までに追い込まれたことは無かった。

「チャカ様……」

「チャカ様、御命令を!」

「っ……わかってるさ」

 しどろもどろになる国王軍。

 その一方で、テゾーロは腕を組んで一人考えていた。

 

 このアラバスタの内乱で、黒幕は予想通りクロコダイルと判明した。

 その裏で、クロコダイルと密かに接触していたスパンダイン親子。クロコダイルが彼らを無償に庇護するつもりなど無く、大方は二人が持つ情報が目的だろう。それと共に、メロヌスからの報告で上がったジェルマ王国の介入。戦争屋であるヴィンスモーク・ジャッジ率いるジェルマ66(ダブルシックス)の暗躍は、さすがのテゾーロも面を食らった。

 しかし、ジェルマ王国は政府加盟国。加盟国同士の戦争に、世界の秩序の維持に努める世界政府が果たして黙っているのだろうか。

 

 奇しくも、アラバスタ王国は世界政府が解読はおろか探索すら禁じている歴史の本文(ポーネグリフ)を持っている。その一文の中には、古代兵器プルトンの在処が記されているという。

 その歴史の本文(ポーネグリフ)は、ネフェルタリ家が代々「護り手」として護り続けてきており、決して表には公表されず王家の墓の奥に鎮座・眠り続けている。

 

 ――もしその事実を世界政府が知っており、この内乱を機にアラバスタを葬ろうとしているとすれば?

 

「……さすがに無い、よな?」

 テゾーロは一筋の汗を流す。

 世界政府は都合の悪いことや禁忌(タブー)に触れた人間をことごとく抹消してきた。オハラがいい例だ。テキーラウルフやフレバンスは、少なくない犠牲を払いつつもテゾーロが救ってきたが、世界政府の本質が変わることなど無い。

(……クロコダイルの狙いはプルトン。ジェルマはアラバスタの内乱で利益を得るビジネスの為。そしてスパンダイン親子は、復権とおれへの復讐。だがスパンダムは部下からもあまり信用されない無能ぶり……)

 スパンダムが何らかの失態を犯し、それが政府に()()()で露見した。

 それも十分に考えられる。あのスパンダムだからだ。

(ここはおれが動くしかないな)

 テゾーロは意を決し、チャカに声を掛けた。

「チャカさん、コブラ王の件は私達に任せてくれないか」

「テゾーロ!?」

「おれにも相応の権限があるし、部下もある程度連れて来てる。穏便に事を済ませられる保証は無いが……少なくともコブラ王の無事ははっきり言える」

 テゾーロはそう語るが、チャカは躊躇った。

 本人はやる気だが、彼はあくまでも外交としてアラバスタを訪問している。いくら支援・援助の申し出があったとしても、彼の身に何かがあればアラバスタの責任問題となり、最悪の場合は加盟国から外されたり武力制裁が行われるかもしれない。

 しかし、テゾーロ自身にも味方は大勢いるのも事実。彼の言葉に甘えて乗るのも一つの作戦だ。

「……テゾーロ、すまぬ!」

「非常事態なんだ、お互い助け合うのが道理さ」

 深々と頭を下げるチャカに、テゾーロは笑みを浮かべた。

 

 

           *

 

 

 その頃、ハヤトはアルバーナから離れ、見聞色の覇気を用いて探索していた。

 彼もまた、王宮内での騒動を耳にし、テゾーロには内緒で独断行動に出たのだ。

 これは手柄を立てるためではない。王宮内にスパイがいてもおかしくないため、人目に触れるのを避けるためなのだ。

(あの崖の上から強い気配を二つ、弱い気配を一つ感じる。そこにいるのか?)

 背負った大太刀をゆっくり抜き、刀身に覇気を纏わせる。

 偉大なる航路(グランドライン)前半の海で強力な覇気を扱える者は非常に限られ、そもそも覇気という力そのものを知らない者の方が多い。いるとすれば隠居した伝説の海賊、あるいは王下七武海の面々とその傘下ぐらいだろう。

(おそらく弱い気配がコブラ王だな。残り二人は……クロコダイルの側近か何かか? まあ、誰だろうと斬殺するけどな)

 ハヤトは地面を蹴って跳躍し、一気に崖の頂上まで辿り着く。

 眼前には、縄で縛られ身動きが取れないコブラ王と、マントを羽織りサングラスをかけた二人の男。その光景に、ハヤトは絶句した。

 あの二人、まさか――

「ふんっ!!」

 

 バキィッ!

 

「ぐっ!?」

 刹那、緑の拳がハヤトの頬を抉った。

 ハヤトは殴られた勢いで、そのまま地面に激突する。

「へェ……〝海の掃除屋〟か」

「ちっ……! まさか、噂に聞く〝戦争屋〟か……!」

 緑の男――ヴィンスモーク・ヨンジは、ハヤトの異名を口にする。

 その直後、ヨンジと共にいた男、ヴィンスモーク・ニジが舞い降りた。

「ヨンジ! そいつは剣士だろ? おれがやる!」

「何ィ?」

 ニジは電気を纏った剣を抜いており、好戦的な笑みを浮かべている。

 ヨンジは自分が出る幕でないと悟ったのか、黙って崖の上へと()()()()()()

 それを逃すはずもなく、ハヤトは斬撃を飛ばしてヨンジを撃墜させようとするが、ニジに防がれてしまう。

「おっと! そうはさせねェ、大事な任務なんだからな」

「……一国の国王を誘拐するのが任務だと? 反吐が出るな」

 嫌悪感を剥き出しにするハヤト。

 まさに血も涙もない、冷徹な態度。人間としての感情が一切ない言葉に、戦慄すら覚える。

「誘拐犯であるのは言い逃れもできないぞ。コブラ王をこちらに渡すか、ここで半殺しにされるか、好きな方を選べ」

「ハッ! そんな脅しが通じるとでも思ってんのか?」

「「本物は死さえ脅しとならない」……言い得て妙だが、話し合いは通じないか」

 交渉の余地が無いと確信し、実力行使でコブラ王奪還を決意する。

 ニジはそれを察し、久しぶりの一対一(サシ)の勝負に燃え始めたのか、口角をさらに上げた。

「いいねェ、やる気か?」

「お前らのようなクズが海にのさばるのが嫌いなだけだ!」

 ハヤトは駆け、ニジと刃を交わせた。

 覇気を纏った大太刀と、電撃を纏った剣。二つの刃は衝突すると、周囲に衝撃と電撃を拡散させる。

 そしてすぐさま、斬撃のぶつかり合い――剣戟を繰り広げる。目にも止まらぬ速さで繰り出される斬撃は、互いに一歩も譲らず。リーチの長さや反射速度など、色んな面で大きな違いはあるが、両者は互角以上に渡り合っている。

 しかし、それは全力ではない。互いに相手の手の内を探り、技量を確かめ合っているのだ。

(攻撃は大振りだが、繰り出すのが(はえ)ェ上に風圧で懐に潜り込むのが容易じゃねェ)

(細身である分、電光のように鋭く速い一太刀……少し不向きか)

 互いに舌打ちしつつ、それぞれの剣の特徴を見抜く。

 ハヤトの愛刀〝海蛍〟は大太刀であり、刀身が長い分、通常の刀剣よりも大きな隙が生じやすい。完全に躱して懐に潜り込めば、一撃必殺を受ける可能性も高い。それを無くすため、覇気を纏い太刀風で空気の流れを変えることで、懐に潜り込めても太刀風によって体勢を崩しやすくしているのだ。

 対するニジは〝デンゲキブルー〟の通り名を持つ通り、電撃を操る。剣は勿論、拳打や蹴りにも電撃を纏わせて攻撃することが可能だ。剣による斬撃に電撃を放つ能力をプラスした二段構えで戦うスタイルは、かなり有効だろう。

 相性としてはかなり悪い方だが、覇気の練度はハヤトの方が格上。勝負はハヤトが優勢に見えた。

「〝超電光剣(ヘンリーブレイザー)〟!!」

「ぐっ!」

 ニジはすれ違いざまに電撃を纏った剣でハヤトに斬りかかった。

 すかさずガードするが、その瞬間に感電してしまう。

「……やるじゃねェか。今のを耐えるか」

「クソ……電撃が厄介だな」

 新世界の海でも通じる実力を持つハヤトは、己の肉体を鍛え上げているため、電撃による攻撃も大したダメージにはならない。

 しかし言い方を変えれば、電撃は絶縁体かそれと同じ体質でもない限りは防御不能の攻撃と言える。

「お前に恨みはねェが……任務の邪魔だからな。死んでもらう」

「……それはおれも同じだ」

 怪物の知らぬところで、国王を懸けた戦いが始まろうとしていた。




そろそろ150話か……随分と長く旅をした……。


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第150話〝ニコ・ロビン〟

マズイ、ちょっと迷走気味かも……。
頑張って更新しますので、よろしくお願いいたします。


 アラバスタ王国全体が、大きく揺れ動いている中。

 首都アルバーナの王宮で、テゾーロは静かに次の手を考えていた。

(この流れだと、明朝にはアルバーナでの決戦が始まる。バロックワークスの幹部陣も、肝心のクロコダイルも倒せてない。ルフィ達は原作通り進んでるだろうが、メロヌス達もうまく行ってれば……しかしジェルマの軍がいる以上、分散させるのは愚策か)

 次の手が中々決まらず、困り果ててしまう。

 テゾーロの介入によって、アラバスタ王国の内乱は原作以上の規模となった。そもそもテゾーロ自身が強くなりすぎた分あってか、クロコダイルの警戒度を高めてしまい、戦争屋と連携するという事態に陥った。

 やれる限りの根回しをしてはいるが、今後の展開が予想つかない。

「やはり、おれがクロコダイルと一戦交えるしかないか……」

「あら、随分と武闘派なお金持ちね」

「!」

 背後からの声に反応し、バッと振り返る。

 視線の先には、テンガロンハットを被り、ジャケットとパンツの上にロングコートに袖を通した美女がいた。

 彼女は、テゾーロが()()()()()()()()出会った人物だった。

「お前は……ニコ・ロビン……!?」

「こんばんは、ギルド・テゾーロ」

 そう、後に麦わらの一味に加入することになるニコ・ロビンだった。

 この時期はバロックワークス副社長〝ミス・オールサンデー〟として生きていた頃。言わば一応は敵対関係という立場だ。

「クロコダイルの命令か?」

「その様子だと、私と彼の関係も予想ついているのかしら?」

「おれが質問してるんだ」

 圧を強めて尋ねる。

 ロビンは裏社会の組織を転々としてきた分、()()()()()には慣れていたが、相手はかの〝新世界の怪物〟。ワールドクラスの大物を本気で怒らせるわけにはいかないと判断し、素直に返答した。

「クロコダイルの命令じゃないわ。個人的な用事で来たの」

「私の首、というわけじゃないとなれば……何が言いたい?」

「あなたが()()()()()()()()()()、興味があるの」

 口角は上げつつも、真剣な眼差しでテゾーロを見つめるロビン。

 そして、こう切り出した。

「あなた、〝D〟の名についてどこまで知ってるの?」

「……〝D〟だと……?」

 テゾーロは怪訝そうに言葉を繰り返した。

 〝D〟の名を持つ人間は、この世界の歴史の中でしばしば現れる。ルフィは勿論、父のドラゴンや祖父のガープ、海賊王ロジャーとその息子のエース、フレバンス出身のトラファルガー・ロー、さらにはロジャーにとって最初にして最強の敵だった大海賊ロックスもその名を持っている。

 ふと思えば、彼女を救った海軍本部の元中将サウロも、本名がハグワール・()・サウロだった。

(……確かに、おれが〝D〟との接触が多いのは事実だな)

 海軍のガープは政府との関係上そうなるのは必然だが、海賊のルフィや革命家のドラゴンといった面々は、そうそう会えるものではない。

 世界的な大物であるギルド・テゾーロも、その名を持っていなくとも〝D〟について何か知っているのではないかと思われるのも、無理はないだろう。ニコ・ロビンはこの場において、敵としてではなく一端の考古学者として、怪物テゾーロを問い質しているのだ。

「……確かに、私が〝D〟のミドルネームを持つ者と接触があるのは事実だ。だがミドルネームがある人間など、この世界にはごまんといるだろう? それについて深い意味があるとは全く思えないが」

「いいえ。あなたは〝D〟の意味に心当たりがあって動いている……私はそう思ってるわ」

 ロビンがそう断言し、テゾーロは複雑な気持ちになった。

 テゾーロはこの世界を変えようという意志があって活動している。だがそれは武力によるものではないため、政府そのものを倒そうとしているドラゴンとは、目的に共通点はあれど根本的なやり方が違う。

 いや、実はロビンはギルド・テゾーロは偽名で本当は「ギル・D・テゾーロ」と思っているわけはないだろうが……それはさすがに深読みが過ぎる。

「……()()は〝D〟が何なのかなど見当もつかない。とある地方では〝神の天敵〟と呼ばれているという話ぐらいしかない」

「!?」

「残念だがニコ・ロビン、おれはオハラのような英知を持つ学者じゃない。所詮は成り上がりの成金野郎……お前が納得するような答えを持っているような男と思うな」

「あなた……ヒドいウソをつくのね」

 ロビンはどこか忌々しそうにテゾーロを睨んだ。

 テゾーロは知っているのだ。世界貴族に匹敵する富と権力で、オハラで何があったのかも、あの運命の日にどんなやり取りがあったのかも。

 もっとも、それはテゾーロが転生者であり、前世の知識を持っているからなのだが。

「なら今度はおれから質問しよう……歴史の本文(ポーネグリフ)の解読は違法行為だが、なぜそこまでこだわる?」

「真実を知るためよ。〝空白の100年〟を解き明かすため――」

「本当にそうなら、おれと本格的に敵対することになるかもしれないぞ」

 その言葉に、ロビンは眉間にしわを寄せた。

「……どういうこと?」

「〝空白の100年〟に何があったのか、世界政府が秘密にしたがってる真実は何なのか……おれにとってはどうでもいい話だ」

 テゾーロにとっては、世界政府が隠す秘密などに興味は無い。

 なぜなら、テゾーロは〝(まえ)〟を見ているからだ。

 過去を変えることは、天竜人にも四皇にもできない。当然テゾーロ自身もだ。だが未来を変えることと自らが望む未来を作ることは誰でもできるし、その権利も皆平等だ。

 未来を作れるのは、今を生きてる者達。過去の真実を知ったところで、それで未来が変わるのかというと、そうとは言い切れない。たとえ知ったとしても、世界政府に対する印象や評価は変わり不平不満が爆発するだろうが、それで四皇が政府を滅ぼしに向かうなど限りなく低い可能性だ。

 

 ただ、世界政府がもみ消した真実が、本当に世界に悪影響を及ぼすという可能性もある。

 世界政府が歴史の本文(ポーネグリフ)の探索および解読を禁止してる理由は、古代兵器の復活を危惧しているという建前だ。しかし原作においてオハラの学者達は、かつて強大な力を誇っていた「ある巨大な王国」の存在を突き止め、オハラの学者達を代表してクローバー博士は「その王国の思想こそ世界政府にとって脅威である」と推測して仮説を打ち立てた。

 その王国の思想を知る者はいないし、テゾーロが知るわけもない。ただ、本当に危険な思想である可能性は否定できない。

 その思想が民主主義や平等主義、男女同権主義ならばともかく、強い反道徳性・反倫理性の一面を持つ思想であれば、世界を乱すことに他ならない。世界政府にとって不都合である歴史なのは間違いないだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも事実なのだ。

 

 テゾーロは世界政府の尻拭いをしてきた。そして力を付け、暴力による時代への終止符を打つという目的を持って生きている。

 では、もし世界政府が隠したがっている真実が、テゾーロの革命を脅かすものであったらとしたら?

「おれはおれなりに未来を作ろうとしてるんだ。お前の好奇心や探求心が、おれの革命を脅かすという可能性を否定できるか?」

「っ……」

「そういうことさ。たられば言っても仕方ない」

 テゾーロは、基本的には争いは好まない。ただ、明確な敵意を持って接する相手には、相応の態度で対処するのだ。

 それがたとえ、たった一人であっても、根が善良でも、情に絆されないようにしなければならない。

 野望や夢を実現するとは、信念を貫くとは、時には自らの手を汚したり非情な判断をしなければならないのだ。()()()()()()()()

「……あなたは世界政府を変えられるの?」

「変えてみせるさ」

「……そう」

 踵を返すロビン。

 テゾーロは彼女を追おうとはしなかった。テゾーロにも立場はあるし、何より最優先事項はアラバスタの内乱の終結とコブラ王の救出だからだ。

「……そう言えば、ルフィは大丈夫なんだよな……?」

 

 

           *

 

 

 テゾーロがルフィの身を案じていた頃。

 反乱軍と別れたアオハルが、サンドラ河の畔で意外な二人と遭遇していた。

「麦わらのルフィ、何を道草食ってんの? ってか何なのその包帯、どっかで転んだ?」

 そう、クロコダイルと一戦交え敗れたルフィだった。

 彼は流砂に放置されたのだが、その英雄ガープ仕込みの生命力と〝ある女〟の介入で流砂から脱出し、ペルと偶然出会ってアルバーナを目指していたところだ。

 ちなみにルフィは、サンドラ河の巨大魚を倒して焼いて食っている最中である。

「ワニに……やられちまった」

「そりゃそうでしょ。相手はゴールド・ロジャーが君臨した頃の海から海賊やってる実力者。元8100万ベリーの賞金首だけど、実力を考えれば億は超えてるレベルだし」

 その言葉に、ペルは瞠目する。

 億越えの賞金首は、海軍本部の大将クラスもチェックする程の存在。懸賞金の高さと強さが必ずしもイコールの関係とは限らないが、少なからずクロコダイルは王下七武海に恥じぬ実力を持つ()()なのだ。

「……ギル兄が今根回ししてるけどさ、どうすんの? 一応反乱軍の説得には成功したけど、クロコダイルのことだからまだ隠し玉はあると思うよ」

「あやつめ……」

「関係ねェ!!」

「は?」

 ルフィの一言に、アオハルは虚を衝かれた。

「仲間が困ってんだ!! ワニが八武海だからなんだ!! おれはあいつをぶっ飛ばす!!」

「……いや、七武海ね。誰だよあと一人」

 呆れた笑みを溢し、アオハルは立ち上がる。

「――まあ、これで役者が揃ったわけだ」

「「!」」

「こんなところでつまづいてちゃあ、〝新世界の怪物〟のいるステージには上がれないね。ギル兄には申し訳ないけど、おれが奴を仕留めるとするかなー」

 棒読みでルフィを煽るアオハル。

 それは見事に効果を発揮し――

「おい草メガネ! おれがワニをぶっ飛ばすんだから引っ込んでろよ!!」

「……え? 草メガネって何? 草っておれのヘアスタイルのこと!?」

 ルフィが付けたあだ名に半ギレになるアオハルだった。

 

 反乱軍。

 バロックワークス。

 ジェルマ66(ダブルシックス)

 麦わらの一味。

 そして、ギルド・テゾーロ。

 アラバスタの命運を懸けた戦いは、ついに佳境に入っていくのだった。




早く決戦に入って、社長ボコらないと……。
これからまだやることありますから。


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第151話〝ズレ〟

やっっっと更新できました!
そろそろアラバスタ編も終盤へ……!


 明朝、アルバーナ郊外。

 200万の反乱軍が、馬やラクダを疾走させ、地響きと共に首都へと押し寄せていた。

 その先頭には、反乱は全て仕組まれたものだったという事実を知った指導者・コーザが。

(すまなかった、ビビ……この反乱が仕組まれたものだというのに……!)

 自責の念が支配する。

 コーザはつい先日まで、国王が雨を奪い国を裏切ったと思っていた。だが真実は、英雄として国中から讃えられている王下七武海のクロコダイルが黒幕で、彼こそがアラバスタを滅ぼす国盗りを仕掛けた張本人と知った。

 この衝撃の真相を伝えたのは、一代で国を樹立させた世界一の大富豪ギルド・テゾーロとその忠臣達。彼らが外交目的でアラバスタに来訪し、この一連の反乱に首を突っ込まなければ、今頃多くの血が流れ、クロコダイルの完全勝利だった。

 アラバスタの為にと今までしてきたことの全てが、無意味で愚かなことだった。ビビや王国側は必死にクロコダイルの周囲を嗅ぎ回っていたのに、コーザはクロコダイルの片棒を担いで国を滅ぼすコマとなった。

 そんな自分が許せず、情けなかった。

(だが真相は知った。おれが蒔いた種だ、おれが摘まなきゃならない!)

 敵は知れた。

 倒すべきは真の国賊――海賊サー・クロコダイル。アラバスタを助けてくれていた英雄ではなく、アラバスタを滅ぼさんとする無法の野心家。

 ここまでの事態になった以上、何の犠牲もなく終結を見せる戦いではなくなった。

(クロコダイルのことだ、すでに王宮に向かっているはず……! おれが止めなきゃ筋が通らねェ!)

 コーザは今度こそ国の為に、王宮へ向かった。

 

 

 時同じくして。

「ハァ、ハァ……」

「ちっ……」

「くっ……さすがに〝海の掃除屋〟は手強い……」

 イチジとニジ、そしてハヤトの戦いは、終盤を迎えていた。

 最新の科学力と堅牢な肉体で幾戦もの戦場をくぐり抜けた戦争屋と、海を荒らし回る海賊達を相手に単身渡り合ってきた元賞金稼ぎ。両者の戦いは熾烈を極め、互いに消耗しきっていた。

 コブラはそれを、猿ぐつわをされたまま見守るしかない。

 すると、ハヤトの眼前で砂煙が上がった。それは渦を巻いて砂の塊となり、人のカタチとなる。

「――クハハハハ……ここまで嗅ぎつけるとはな、テゾーロの狗」

「クロコダイル……!!」

 顔の横一文字の傷に、鋭い鉤爪。

 この内乱の黒幕である男、クロコダイルだ。

(クロコダイル……貴様……!!)

「随分と憔悴しきってるな……まあ、くたばってねェあたりはさすがだ」

 言葉では称えつつも、その顔は嘲りに満ちている。

 その笑みに、ハヤトは昔を思い出し、血走った目で睨んだ。

「お前のような奴がいるから……海は……!!」

 歯を噛み締めながら、凄まじい怒りを露わにする。

 海賊に両親を殺されたハヤトは、テゾーロの部下の中で最も海賊という存在を憎んでいる。上司であるテゾーロの立場や秘めたる野望を尊重しているのであって、幼少期から魂に刻まれた海賊への怒りと憎悪は一度も薄れていない。

 正義感が強く、海賊狩りに情熱を注いだ海兵の父。常に温かく成長を見守ってくれた母。ハヤトにとってかけがえのない存在は、海賊によって殺された。父は剣でズタズタにされ、母に至っては殺された後に遺体を奪われた。

 クロコダイルの嘲笑は、嫌でもあの悲劇を思い浮かべる。

「海賊の旗で……海が汚れる……! 海賊の自由は、海の敵だ……!!」

「……下らねェ妄執だ」

 呆れるクロコダイルは、コブラを自分の肩に背負い担ぎ上げた。

「ご苦労だったな。報酬はきっちり払うぜ」

「――ああ。行くぞニジ」

「ちっ……わかったよ」

 成すことが終わったと、イチジとニジも撤退を決めた。

 ハヤトは疲弊した身体に鞭を打ち、剣を構えた。

「逃がすか……!! 海を穢すお前達を、ここで殺して……!!」

「クハハハ……負け犬の遠吠えだな。〝砂嵐(サーブルス)〟!!」

 掌から小さな旋風を起こして砂嵐を巻き起こし、全てを吹き飛ばす。

 ハヤトはすかさず扇を取り出し、覇気を纏った突風で弾き返すが、その時にはすでに四人は姿を消していた。

「クソッ……取り逃がした……!」

 己の未熟さを恥じ、悔しがるハヤト。

 疲弊した今では、クロコダイルを追撃できない。出来るとすれば残りの面々だ。

(すまない……あとは頼む……)

 ハヤトは日陰まで移動し、岩に背を預けて休んだ。

 

 

           *

 

 

 そして、首都アルバーナの王宮。

「どうやら、()()()()()よりもズレが大きいようだな……」

 反乱軍のものであろう巨大な砂煙を目にし、テゾーロは小声で呟く。

 自らの介入で原作とは展開が大きく異なり、優秀な部下達のおかげで被害も犠牲も最小限に済んでいる。反乱軍も真実は知っているので、あとはクロコダイル達を打ち倒せば全て終わる。

「真実を知った者達が、祖国を脅かす悪党共を討とうと決意を固めた。あの切れ者は甘くないが、彼さえ倒せれば残りの面々は烏合の衆。おれが介入するまでもない」

 王女(ビビ)も然り、海賊(ルフィ)も然り……この動乱を終わらせようとする若者達は、大きな可能性を秘めている。

 テゾーロはチョイ役で、彼らが主役。それ以外の何物でもない。

 ゆえに、テゾーロは介入はすれど決着(ケリ)は二人に一任する腹積もりである。

「――そうだろう? Mr.スパンダイン」

 芝居がかった様子で振り返ると、そこには黄金に囚われた親子が。

 かつてテゾーロによって世界政府から追放された、スパンダインとスパンダムだ。

「ギルド・テゾーロ……!」

「テゾーロ、てめェ! こんなことしてタダで済むと思うなよ!!」

「強がりは大歓迎だ、あとが面白い」

 怨嗟の声を浴びても、絶対的優勢は変わらず。

 二人は忌々しげに睨みつけるが、テゾーロは悠然と笑う。

「それにしても、こうして顔を合わせると感慨深いな……」

 地位と権力を傘にやりたい放題してきた、俗物スパンダインとその息子のスパンダム。

 ド底辺から天上まで一気に駆け上がり、名実共に世界一の大富豪となったテゾーロ。

 今この場で、権力者ながらも全く正反対に位置する者達が、因縁と共に対峙しているのだ。

「まあ、今はどうだっていい。単刀直入に言う……お前達は終わりだ」

 慈悲など無用と言わんばかりに、絶望を叩き込む。

 すでに政府内では、悪代官の粛正が始まっている。サイファーポールでは部下のサイが介入し現長官のラスキーが主導して行い、船大工トムの一件で露見した腐敗ぶりを機に最高権力(ごろうせい)も推奨している。何が言いたいのかというと、要はスパンダイン達の居場所は、今の政府にはもう無いということだ。

 世界政府の体制の改善は、テゾーロの革命という野望の一部だ。それは成就寸前まで進んでおり、もう数年経てば世界政府は生まれ変わる。虎の威を借りる狐が蔓延る旧時代の政府高官は、生き場所を失ったということだ。

「「……!?」」

「イッツ・ア・エンターテインメント! 間抜けの君達には感謝するよ、あんなバカをやらかしてくれたおかげだ!」

 テゾーロは呆然とする二人に拍手喝采。

 そうだ。もしスパンダムがもう少し狡猾で警戒心の強い性格だったら、もしスパンダインが勘が鋭く洞察力も高かったら、テゾーロの野望が成就するのはもっと先……最悪実現不可能だったかもしれない。

 この親子が無能だったからこそ、成り立つシナリオだったのだ。

 そうと理解し、顔を真っ赤にして怒りを露にする。ハメられたのだから当然だが、残念ながら二人を擁護する者もテゾーロを非難する者もいない。自業自得なのだ。

「テゾーロ! てめェが何をしても無駄なんだよォ!」

「無駄かどうかは自分(こっち)が決めることだ。驕るなよ?」

「はん! てめェをよく思わねェ連中は、この海には腐る程いんだよ!! ドフラミンゴも!! CP-0も!! 世界中に喧嘩売ってんだ、お前のことを五老星と()()()が許してもらえると思うなよ!!」

「……今何つった?」

 スパンダムの聞き捨てならない発言に、テゾーロは訊き返した。

 それと共に、スパンダムもスパンダインも顔を真っ青にしていく。どうやら()()()()言っちゃマズイ発言をしちゃったようだ。

「フフ……ハッハッハッハ!! そうでしたか、まさかもっと繋がっている面々がいるとは……ぜひ詳しく聞かせてほしい」

「な……い、今のはウソだ!! はは……どうだ、ビビったか!?」

(いや、結構心配にはなったよ? そっちの身の安全)

 本音は隠しつつも、テゾーロは彼の言葉にウソは混じってないという確信を持った。

 ウソが下手というか、交渉術がズブの素人なのだろうが……〝見聞色〟の覇気は相手の気配をより強く感じたり動きを先読みするだけでなく、生物の発する心の声や感情を聞いたりすることができる。それを交渉術に応用すれば、相手の言葉の真実味を確かめることができる。

 テゾーロは〝見聞色〟を使用しながらスパンダム――父親の方はそこまで間抜けじゃないらしい――から情報を引き出すことにし、見事吐かせることに成功した。それも一片のウソも無い情報だ。

(しかし、ドフラミンゴは想定できたがCP-0もか……)

 自分の部下であるサイは、現在のサイファーポールの高官だ。

 だがCP-0は、サイファーポールとは別の存在と言っていい。何しろ天竜人直属の組織だ、任務内容は全て超法規的措置な上に海軍元帥すら超越する権限もある。サイが彼らの裏事情を知ることができるわけもない。

 それよりも気になったのは「五老星と()()()」という部分だ。五老星には度々謁見するが、少なくともテゾーロに敵意や疑念は見せてない。腹芸かと勘繰って見聞色で確かめても変わらないので、彼らがテゾーロを消そうとすることは無いだろう。消すことへのメリットも見当たらない。

 だがその上となれば話は変わる。テゾーロは長年政府と付き合ってる分、そういう存在がいるのは勘づいてはいたので驚きはしない。だが表立って敵対すれば、身内も大変な目に遭う。それだけは避けねばらない。

「……まあ、この戦いが終われば好きなだけ尋問できる。幸い、そういうのに詳しい部下が一人いるからな」

「ひっ……!」

「せいぜい楽しんで待ってくれたまえ」

 怪物の嘲笑に、欲深い親子は戦慄したのだった。




今思ったんですけど、スパンダムやスパンダインは政府機関の重役。
原作でサカズキ元帥は「五老星の上」がいること自体は知っていたので、あの親子もイム様の存在は薄々知っていたのではないかなと思ってます。いるかいないかのレベルですけど。
本作では、名前とかは知らないけど実は五老星の上がいるんですよ的なノリで描写しています。


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第152話〝黄金時代(ゴールドラッシュ)

ギリギリで更新できました。


 アルバーナの宮殿。

 物事が順調に進んでいると判断し、テゾーロはほくそ笑んでいた。

「反乱軍が迫ってるが、すでに真実は知っている。大方、クロコダイルの首を狙いに来たんだろう」

「コーザ……」

 宮殿から首都郊外の砂漠を見つめる。

 その傍には、つい先程帰還したばかりの王女ビビの姿が。

「国は人が居てこそ成り立つ。――国家樹立を成し遂げた私も、それはよく身に染みている。ビビ王女、あなたもそうでしょう?」

「ええ。……チャカ、イガラムを欠いて2年以上の暴動をよく抑えていてくれたわ」

「ビビ様……」

「だけど〝あいつ〟が生きている限り……この国に平和はこない!!」

 そうだ。あくまでテゾーロは全ての〝堀〟を埋めたに過ぎない。

 是が非でも攻め落とすべき〝本丸〟は、まだ残っている。その〝本丸〟を落とせば、戦いは終わるのだ。

「フン……この調子ならおれの勝ちで終わりそうだな。()()()()()()()()()()()

 不敵に笑った、その瞬間。

 テゾーロはハッとなって目を見開き、見る見るうちに青褪めた。

 

 クロコダイルは「〝作戦〟ってのはあらゆるアクシデントを想定し実行すべきだ……」と語る、狡猾にして明晰な男であるのは言うまでもない。

 その用意周到ぶりは目を見張るもので、現に〝()()()()()()〟では直径五キロメートルを吹き飛ばす特製の爆弾を、万が一砲撃が無理だった場合に備えて時限式にした程だ。

 当然テゾーロ自身、あらゆる策を講じ、その手の内をことごとく封殺してきた。

 

 ――それすらも……第三者の徹底した妨害工作もクロコダイルは見越して、計略を練っていたら?

 

「マズイ……これはマズイ!!!」

「え?」

「テゾーロ殿?」

 テゾーロは止まらない冷や汗を気にも留めず、子電伝虫を通じて叫んだ。

「緊急指令だ! 身体のどこかに翼とレイピアをあしらったドクロマークの入れ墨をした奴がいるはずだ! そいつらは全員クロコダイルの手下だ、問答無用で拘束し――」

「〝砂嵐(サーブルス)〟!!」

 

 ドゴォン!!

 

「ぐわっ!!」

 突如として発生した砂嵐により、テゾーロは吹き飛ばされた。

 空高く上げられてしまうが、咄嗟にゴルゴルの能力で黄金の糸を作り、尖塔にくくりつけた。まるでワイヤーアクションのように受け身を取りながら着地すると、王宮の上から見下ろしてくる〝諸悪の根源〟を睨んだ。

 テゾーロを攻撃したのは、()()()()()()()()()()()()……アラバスタの騒乱の元凶にして黒幕であるクロコダイルだった。

「っ……!」

「クハハハ……さすがだな〝新世界の怪物〟。ただの成金とは違うようだなァ」

「クロコダイル!!!」

 テゾーロは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、ビビは顔色を真っ青に染める。

 幸い、愛妻(ステラ)は万が一に備えて首都から離れるよう頼んであるため、今は安全な場所に避難しているが……。

「それにしても……まさかここまで嗅ぎつけるたァな」

「まさかはおれの台詞だ。ジェルマとグルだったのは想定外だった……それとコブラ王を解放してもらおうか」

 テゾーロは〝覇王色〟を放出する。

 クロコダイルは意外そうな表情を一瞬浮かべるが、すぐさま嘲笑うかのように「くだらん」と一蹴する。

「お前がこうも食いついてきた以上、後戻りはできん。この騒乱に巻き込まれて事故死という形で死んでくれた方が、まだどうにでもできた。全く、てめェもバカさ加減は飛び抜けてるらしい」

 困ったように紫煙を燻らせるが、焦った様子は見せない。

 だが、クロコダイルは()()テゾーロを潰すつもりではなかった。テゾーロの影響力は四皇と引けを取らず、世界政府内では天竜人に匹敵する権力を持つ。どこぞのフラミンゴ野郎と違い、クロコダイルは未だ英雄と持て囃されているだけの一海賊であり、七武海を遥かに上回る富と権力を持つ男とは大きく違う。

 テゾーロを潰しにかかる時は、クロコダイルの国盗りが成就してからの話となるのだ。

「もっとも、たとえお前の能力が〝覚醒〟していようとも、砂漠での戦闘では話は別だろうがな」

「……御託はいい。彼はどうした?」

「その口ぶりだと、麦わらとも繋がってたようだな……こりゃたまげた」

「とぼけるな」

 テゾーロは静かに一喝する。

 クロコダイルが()()()()()ルフィと戦ったのなら、彼がうっかり言ってしまう形でテゾーロの暗躍は知るはず。策士のクロコダイルがすっとぼけるとは、すなわちそういうことである。

「まあ、土産話で教えてやろう。――奴なら死んだ」

「ウソよ!! ルフィさんがお前なんかに殺されるはずがない!!!」

「そうか? 少なくともテゾーロは現実を見てるらしいが」

 クロコダイルはテゾーロに視線を送る。

「テゾーロさん……!」

「お前も姫さんに一言言ったらどうだ? 人生の先輩としてな……クハハハ!」

 テゾーロは話を振られると、鋭い眼差しで答えた。

「彼が大人しく死ぬ(タマ)とは思えないな。英雄ガープの孫だぞ?」

「ほう……道理で聞き覚えがあるなと思ってたが、そういうことか。……だが奴は死んだ事実は変わらん。このおれが串刺しにし、流砂にぶち込んどいたからな」

「決めつけはよくないな、サー・クロコダイル。己の常識だけで物事を判断すると、墓穴を掘るぞ」

 腹の探り合いをする〝黄金帝〟と〝砂漠の王〟。

 強者同士が纏うただならぬ雰囲気に、ビビとチャカは息を呑む。

「何が狙いだ」

「それはお前には関係ない……! 用があんのはお前だ、国王(コブラ)

「ぐぅっ!」

 クロコダイルは抱えていたコブラを地面に投げるように降ろすと、見下ろしながら問い質した。

「コブラよ……〝プルトン〟はどこにある?」

「っ!? 貴様、なぜその名を……!!」

 驚愕し、目に見える程に動揺するコブラ。

 ビビとチャカは意味がわからない様子だが、テゾーロは違った。

(やはり、狙いは古代兵器か……!)

 クロコダイルは真の目的――プルトンを語る。

 プルトンは遥か昔に造船された、世界最強にして造船史上最悪の戦艦。その威力は凄まじいでは済まされず、一発の攻撃で島一つを跡形も無く消し飛ばすという。その古代兵器を手中に収めてアラバスタの王となることで、世界政府をも凌ぐ軍事国家を築き上げようというのだ。

 そしてクロコダイルは、そのプルトンがアラバスタに眠っているという情報を手に入れたわけである。

「クロコダイル、それは希望的観測に過ぎない。いくら強大でも、所詮は大昔の戦艦だぞ」

「彼の言う通りだ。一体どこでその名を聞いたのかは知らんが、その在処は私ですらわからんし、そもそもこの国にそんなものが実在するかどうかすらも定かではない!」

「だろうな。存在すら疑わしい代物であるのはおれも承知だ」

「……〝白ひげ〟への復讐の為もあるのか」

 その言葉に、クロコダイルは目を見開いた。

 対するコブラ達は「〝白ひげ〟だと……!?」と呟き、思わぬビッグネームの登場にざわめいている。

「〝白ひげ〟に戦いを挑んで惨敗を喫したことを、享受してはいないだろ。お前は伝説の怪物との戦いで涙をのんだ〝銀メダリスト〟だからな」

 テゾーロは挑発し始めた。

 クロコダイルはアラバスタに来る前、七武海就任後に大海賊時代の頂点である白ひげと衝突し、そして敗北したのだ。それを暴露することで隙を狙ったのだ。

 が、クロコダイルは怒りを見せつつも、テゾーロの思惑を悟ったのか、口角を上げた。

「――クハハハ……おれを挑発してその隙を突こうということか? 乗ってやってもいいが、生憎立て込んでいる」

「……ちっ」

「まあ、お前の持っている〝国宝〟を()()寄越すなら、国盗りを諦めてアラバスタから出ていくのも考えてもいいがな」

「……!」

 テゾーロは静かに見据える。

 やはりと言うべきか、〝闇〟ではテゾーロが所有する二つの国宝――ラフテルの永久指針(エターナルポース)古代兵器(プルトン)の設計図に関する噂が出回っているらしい。が、裏社会や闇の世界に詳しいフェスタやサイからは国宝の正体に関する話は聞いておらず、せいぜい「テゾーロは二つの秘宝を所有している」といった程度の情報が流れているのだろう。

 しかし、だ。相手は王下七武海であり、海賊界きっての切れ者であるクロコダイル。本当に知っているのかもしれないし、知らなくとも今この場で聞き出そうとするのかもしれない。

 気を抜かぬよう、言葉を選ばなければならない。

「……それを易々と言ってくれるとでも思うか」

「クハハ……まあ割らねェだろうな。だから必要なのさ、この国に眠る強大な軍事力(プルトン)がな」

「……だったら、余計お前を野放しにはできない。おれの野望の為にもな」

 テゾーロはガツン! と拳を地面に減り込ませた。

 バリバリと空気が破れ、プラズマの如き火花が迸り――

 

「〝黄金時代(ゴールドラッシュ)〟!!」

 

 ガキィン!!

 

『!?』

 金属音と共に、金箔でも貼られたかのように王宮の庭が一瞬で黄金に染まった。

 黄金を腕に纏って攻撃したり、触手のように操って攻撃するのがテゾーロの基本的な戦闘スタイル。それを〝覚醒〟によって自分に有利なバトルフィールドを展開させ、格上の相手とも真っ向勝負が通じるようにする……すなわち、「〝無〟から自分の支配力が及ぶ世界を創る」という離れ業である。

 これにはクロコダイルも度肝を抜いた。

「ちっ、厄介な……」

()には、少し削ってもらう」

 減り込ませた拳を抜き、無造作に手を振る。

 刹那、次々に黄金が噴水のように噴き上がり、太くしなやかな触手に変化し、クロコダイルに襲い掛かった。

 突き、払い、振り下ろし……しなやかな分、時間差が生じる変幻自在な攻撃に、回避を続ける他ない。しかも触手には覇気が纏われており、物理攻撃が通じない自然(ロギア)系能力者でも命取りになりかねない。

 能力を鍛え上げ研ぎ澄ましてあるのは、テゾーロもクロコダイルも同じだが、明確に大きな差が生じている。

「し、信じられん……!」

「あのクロコダイルが……!」

「テゾーロさん、スゴいわ!!」

 コブラとチャカは驚愕し、ビビは歓喜する。

「くっ……〝砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)〟!!」

 クロコダイルは触手攻撃を躱しつつ、右手を砂の刃に変え、巨大な斬撃を放つ。

 それは大地を容易く両断する切れ味。岩すら斬り裂く砂の凶刃は、テゾーロ目掛けて襲い掛かるが、それに反応するかのように二つの触手が交差してテゾーロを護った。

 超硬度を誇る黄金、ましてや覇気を纏った状態となれば、並大抵の攻撃は通じない。突き破るとすれば、彼以上の覇気を纏った黄金を容易く破壊できる攻撃しかない。

 その後もテゾーロの猛追は続き、クロコダイルは技を駆使して回避し続けるが、勝負は急展開を迎えた。

 

 ギュルンッ!

 

「!?」

 触手の先端が針のように鋭くなり、クロコダイルに迫った。

 咄嗟に避けるが、覇気を纏っているせいか、顔に赤い筋が一つ走った。

 クロコダイルが血を流した瞬間だ。

「ま、まさか本当にクロコダイルを……!」

 テゾーロならやれると、コブラ達が確信した時だった。

「ハァ……ハァ……!」

「! クハハハ……!! やはりか」

 ふと、少しずつ息が荒くなることに気がつく。

 その真意を察し、劣勢のクロコダイルは笑った。

「そんな広範囲に覇気を纏わせりゃあ、長くは()たねェ……てめェも後先を考えてねェ……!! 笑わせてくれるじゃねェか、お前のお望み通りのエンターテインメントだ」

 そう、この技は覇気を纏った攻防一体の〝覚醒〟の戦術。

 使い勝手のいい代物ではなく、触手を完璧にコントロールしつつ覇気を纏わせることがいかに至難の業か。

 集中力と体力の消耗と引き換えに繰り出すため、長時間の使用は禁物なのだ。

「てめェの能力には恐れ入った。だが所詮は成金……おれとお前とじゃあ「格」が違う……!!」

 戦闘力と勝敗は別物だ。

 テゾーロがクロコダイルよりも実力が上でも、負ければクロコダイルが格上なのだ。

 しかしこれも計算の内。テゾーロは〝主役〟が来るまで時間を稼いでいるのだ。クロコダイルが気づかぬように。

「……そしてお前の最大のミスは、ここに間抜けな雁首が揃っちまってることだ。護る者が多いと大変だな! クハハハ!!」

「……図に乗るな。護るために強くなるのが人間のあるべき姿だろう」

「理想論だな。そんな戯言、この海じゃあ何の意味もねェ。金勘定とは訳が違う……!!」

 リアリストらしい言葉を並べるクロコダイル。

 すると、彼はテゾーロに揺さぶりを仕掛けた。

「クハハハ、まあ何とでも言うがいいさ。どの道このおれに構い続けていると、大変なことになる」

「何だと?」

「反乱軍はお前が真実を伝えたことで、このおれの首を取ろうと躍起だろう……あと15分もすればここまで来るだろう」

 クロコダイルは笑みを深め、さらに告げた。

「さらにその15分後……今から30分後に、王宮前広場に特大の爆弾を撃ち込む手筈となっている」

「っ!? 正気か、貴様……!!」

「直径5キロを吹き飛ばす特製弾だ。ここから見る景色も一変するだろうな」

 その狡猾かつ非情なやり方に、コブラは怒りを露にする。

「……そこまでするか。海賊というよりもテロリストだな」

「この内乱を止めるためには、本人達を吹き飛ばすのが手っ取り早い。――そうだろう?」

「どうしてそんなことができるのよっ!! あの人達が何をしたっていうの!?」

 人々の命を思うビビは悲痛な声で叫ぶが、クロコダイルは「くだらん」と一蹴する。

「予定変更だ、やはり始末する」

「あら、いいのかしら?」

 そこへ、女性の声が響く。

 振り返ると、コブラの()()()()()()()が、彼の喉元にナイフの刃を付きつけていた。

「ニコ・ロビン……!!」

「あなたも立場上、国王様の身の安全は欠かせないでしょう?」

(っ……この頃は悪女の方だったな)

 人質を取ったニコ・ロビンは妖艶な笑みを浮かべる。

 ミス・オールサンデーとしてクロコダイルのパートナーとなった彼女は、裏社会を生き抜いただけあって頭が回る。七武海と悪魔の子を同時に相手取っており、相性の悪さを考えれば、迂闊に手は出せない。

「クハハハ……まァお前を消すのは後回しでも構わん。利用価値の高さはそこらの権力者とは比べ物にならねェからな。それにプルトンさえ手に入ればこっちの勝ちだ」

「そうはさせん!」

 刹那、威勢のいい声が聞こえたかと思えば、大きな門がこじ開けられた。

 同時にロビンは手を押さえて後退った。その手からは血が滴り落ちている。

「……何者だ」

「お前達……!」

「〝ツメゲリ部隊〟!!」

 アラバスタ王国が誇るエリート護衛団が、死中に活を求め馳せ参じたのだ。




本作における、クロコダイルのテゾーロに対する意識は「利用価値は高いが、かなり操りにくく厄介」と言った感じ。
富と権力は万国共通なので、五老星との私的謁見も許可されている男を利用すれば大きな力となる一方、テゾーロ自身の影響力が強すぎて手っ取り早い手段が取れないという訳です。

ちなみにテゾーロが「マズイ」と言って子電伝虫で連絡を取ろうとしたのは、クロコダイルがバロックワークスの内通者に指示をして強引に戦火を拡大させる可能性を思いついたからです。
ホラ、社長なら潜伏している雑兵達に国王軍になりすまして攻撃するよう仕向けることくらい、普通に考えそうですし……。


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第153話〝手錠〟

お待たせして申し訳ありません。
ヤマトのCV、しのぶちゃんでしたね。


 王宮の庭に馳せ参じたのは、アラバスタ王国のエリート護衛団・ツメゲリ部隊。

 愛国心溢れる精神を持つ屈強な四名で構成され、アラバスタの兵士達の中でも指折りの少数精鋭である。

「国王様、あなたを死守するのが我ら4人の使命」

「手を出さないわけにはいきません」

「〝七武海〟が相手となれば」

「卑怯などとも言っておれぬ」

 大物海賊(クロコダイル)に、命を賭して挑む姿勢を見せる。

 しかしクロコダイルは「見逃してやるから家に帰れ」と余裕に満ちた言葉を投げかけた。

「家に帰る? そうはいかん!」

「我らには退けぬ理由(ワケ)がある!!」

 無精髭と身の丈ほどもある巨大な剣が特徴の男・ヒョウタがそう言った時、腕にアザが浮かんできた。それは同志であるブラーム・アロー・バレルにも浮かび上がっている。

「お前達、まさか……!!」

「言うな」

「「!」」

「彼らの覚悟が無駄になる」

 チャカの言葉を遮るテゾーロ。

 すでに彼らは、国の為に殉ずると決めているのだ。

()()()()()()()()()()……残念だが手遅れだ、申し訳ない)

 ツメゲリ部隊が口にしたのは、〝豪水〟と言う命を削り一時の力を得る水。嵌めていた腕輪を砕き割る程の力を得ることができるが、一定時間が経過すると身体が痙攣をおこし、息を荒げながら吐血して絶命してしまう副作用を持っている。

 それを飲むことも厭わない程、国に一途な男達。テゾーロはその愛国心に心を打たれるが、同時に心を痛めていた。

(覇気を使えない上、ましてや弱点を突ける技量があるか……どの道手遅れだ)

「……ほう、〝豪水〟か」

『!?』

 クロコダイルは体を瞬時に砂に変え、その身を城の上に移して見下ろした。

「あーあー……スマートじゃねェな。命は大切にしろよ。いやもう手遅れか? クハハハハハ……!!」

 葉巻の紫煙を燻らせ、クロコダイルは笑った。

(どういうことだ……!? ()()()()チャカの言葉を聞くまで〝豪水〟だと気づいている様子じゃなかったはずだろう……!!)

 本来の――原作の展開と違うことに、テゾーロは内心戸惑っていた。

 そこで、ふと気づいた。

 

 今回の一件でクロコダイルがジェルマと裏で繋がっていたことが発覚している。

 ジェルマの兵士達は、組織の主戦力級たるヴィンスモーク家以外は全員がクローン兵であり、勝利の為であれば好き好んで命を差し出す程に士気と忠誠心が高く造られている。その上ヴィンスモーク家の命令に従順に従うため、イチジやニジは「盾」と部下に命じ使い捨てることに躊躇いが微塵もない。

 ――では、もしもヴィンスモークがクロコダイルに「一時的に強大な力を得られる薬とかは無いのか」と要求していたら?

 いや、そんなことはどうでもいい。これで彼らの死はクロコダイルに踏み躙られてしまうのだから。

「クハハハハハ……勝手に死んでくれるんなら、俺が直接手を下すまでもねェよな?」

「戦うこともせんのか……!!」

「クハハハハハ!! 間抜けってのはまさにこのことだなァ!!」

 ツメゲリ部隊が副作用で自ら苦しんで死んでいくのを、高見の見物で嘲笑う。

 チャカは理性を抑えることができず、剣を抜いてクロコダイルに斬りかかった。

「おのれ貴様ァァァ!!」

「チャカ!! 止さんか!! お前まで死んではならん!!!」

「クソッ!」

 テゾーロはすかさず能力を発動し、チャカのアシストに入ろうとしたが――

「そこまでよ」

「っ! ニコ・ロビン……!!」

 ハナハナの実の能力で関節技を決められてしまう。

 いかに覇気使いとて、関節技で拘束されては強引に動くのはかえって体に支障をきたす。

 となれば、能力に頼る他ないが――

 

 ガシャンッ!

 

「なっ!?」

「フフ……」

 テゾーロの片腕に、手錠が嵌められた。

 それも、ただの手錠ではない。

「海楼石……!!」

 脱力感を感じ、苛立つテゾーロ。

 新世界・ワノ国で産出される海楼石は、産出国を征圧している四皇カイドウの一味を除き、海軍及び王下七武海が所有している。現にクロコダイルもレインベースに海楼石でできた檻を所有しているため、手錠の所持もおかしくはない。

 一方で海楼石にも純度が存在し、純度が高い程に能力者は弱体化し、逆に低いとある程度の行動が可能となる。テゾーロに嵌めた錠は、低い方。用意周到かつ狡猾なクロコダイルならば、なるべく高い方を用意すると思われるが……。

(まさか……)

 ――ニコ・ロビンはクロコダイルと縁を切りたがってるのではないか?

 そんな考えに至ったテゾーロは、無言を貫くことにした。

 その間にも、チャカはクロコダイルに秒殺されてしまった。

「チャカ!!!」

「……くっ……!!」

(よえ)ェってのは……罪なもんだ……」

 王宮広場爆破まで、あと25分と迫っていた……。

 

 

           *

 

 

 アルバーナ郊外。

 よもや首都爆破という非常事態が迫っている中、メロヌスは疲弊しきったハヤトを見つけた。

「おい、しっかりしろ!」

「うるさい……死んじゃいない……」

「あ、じゃあ大丈夫か」

「おい……」

 あっさり手の平を返す同僚に、青筋を浮かべる。

 軽口を叩きながら安否確認を終え、メロヌスは一服する。

「……今、ビビ王女と麦わらの一味がこっちに向かってる。〝上〟は麦わらとの共闘という方針だが……どれぐらいで立てる?」

「……おれが海賊を嫌ってるというのに、わざわざそんな話振るんですか」

「仕方ねェだろ」

 海賊嫌いの掃除屋を諭す。

 もっとも、今回の一件で〝麦わらのルフィ〟がクロコダイルを打ち倒せば、自分達がアラバスタを救ったとして印象操作されるのがオチだろうが。

「政治絡みってのは、難しいな。信用だの威厳だので縛られちまって、伝えるべき真実(モン)もきちんと伝えられねェ」

 政治は正義を歪める。そういう場面はいくらでも見てきた。

「あの人は、随分と苦労の絶えない世界を選んだ」

「……」

「まあ、おれはそれでもあの人に付いて行くがな」

 岩壁を灰皿代わりに煙草を押し付けて火を消す。

 するとそこに、思わぬ乱入者が。

「グラン・テゾーロのメロヌスさんとハヤトさんですね?」

「!!」

「……海軍?」

 二人の前に現れたのは、海軍の部隊だった。

 その先頭には、ボーイッシュな出で立ちとショートボブの黒髪が特徴的な女海兵――たしぎが佇んでいる。

「……テゾーロさんの言っていたスモーカーの部隊か。当の大佐は別行動のようだが……」

「はい! スモーカーさんの命令で、あなた達の応援に……って、ああっ!! その刀はあの〝海蛍〟では!?」

 ハヤトの刀を一目見た途端、たしぎは目を見開いて食いついた。

 彼女は生真面目で真っ直ぐな女性だが、大の刀剣マニアという一面がある。資料だけでの知識がほとんどだが、自身が書き記した名刀のメモを常々持ち歩き、一目で名刀を言い当てる筋金入りなのだ。

「え? そんな有名なのこのデケェ刀」

「有名も何も! 数多の大太刀・野太刀の中でも〝知る人ぞ知る名刀〟として語られる程の剣ですよ!? 大業物21工の一振りで、一振りで津波をも斬ったという逸話もあります!! 一体どこで!?」

「昔、賞金稼ぎしていた頃に海賊から分捕った。まさかそれ程の剣だったとは……」

 たしぎに言われるまで全く気づかなかったハヤトは、どことなく申し訳なく感じた。

「……で、本題に入るけど、どこまで把握してんだ海軍(おたくら)?」

 メロヌスは話を切り替え、本来の目的――アラバスタの内乱に切り込む。

 たしぎ曰く、スモーカーからクロコダイルが黒幕であるという真相を知り、その上でこの一件で「自分が正しいと思った判断で事態収拾をしろ」と命令されたという。

 スモーカーは内外から野犬と呼ばれる海軍随一の異端児だが、部下を見捨てるマネはしない。独自の行動でたしぎを援護するつもりなのだろう。

「……今、テゾーロさんが王宮で待機している手筈。アオハルも時期に合流する……反乱軍にはすでに真相を伝えてるから、一種の八百長に近い形で事を進めていくそうだ」

「そして自分の思い通りになったと浮かれてる隙に、クロコダイルとその傘下をまとめて潰す……そうすれば内乱は全て終わる。〝麦わら〟とも利害が一致してるから、まあうまく行くだろう」

「〝麦わら〟!? なぜそこに……海賊と手を組むのですか!?」

 たしぎは海賊との共闘、ましてやスモーカーが逮捕にこだわる〝麦わらのルフィ〟とその一味と知り、海兵として抗議する。

 しかしメロヌスは「〝上〟が決めたことだ」と一蹴する。

「この海で正義を貫くのは容易じゃねェ。時には海賊の助けが必要な場合もある……そういうやり取りはいくつかあった。今もそうだろう。七武海かそうじゃないかの差でしかねェ」

「っ!!」

「負け犬に正義は語れねェ……ここは()()()()()だ。どんなカタチであろうと、勝たなきゃ話にならねェのさ」

 その一言に、海兵達はおろかハヤトですら顔を背けてしまう。

 正義の味方は、勝ち続けるから称えられる。負けの続く弱いヒーローは、ボロ雑巾のように捨てられる。それがこの世界の理だ。

 このアラバスタ王国の内乱も、()()()()()()()()()()()クロコダイルがきっちり片をつければ、政府はそれを是とするだろう。余程のことが無い限り、政府中枢は加盟国の問題に首は突っ込まないからだ。

 全てが終わった時に、世界政府は動く。ならば――

「おれ達がやれることは、クロコダイルの謀略を叩き潰すことのみ。それ以外は何も考えるな」

「……どれ程の民間人が犠牲になってもですか」

犠牲(それ)を最小限に抑えるために、お前ら海軍がいるんだろうが」

 メロヌスは煙草をもう一本追加し、煙を吹かせる。

(にしても……そろそろ動かねェとな。テゾーロさんからの音沙汰がねェのが気掛かりだ)

 メロヌスは上司からの連絡が途絶えていることに、不安を覚えた。

 電波が悪いというわけではないので、少なからず何らかのトラブルに見舞われたとしか思えない。

 一番あり得そうなのは、黒幕との戦闘だが……。

「ハヤト、お前いい加減立てよ。麦わらの一味に後れをとっちゃあ立つ瀬がねェぞ?」

「わかってる……!」

 苦虫を嚙み潰したような表情で、ハヤトは立ち上がる。

 全勢力が、アルバーナに集結しようとしていた。



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第154話〝理想論と力〟

映画最新作の情報が出ましたね!
シャンクスがついに劇場版登場か……超楽しみ!
しかし、敵キャラはバレットを超えるのだろうか……。


 ニコ・ロビンによって海楼石の手錠をかけられたテゾーロ。

 といっても、片手だけ嵌められたのであって両手は利く。ただし思うように力が出ないが。

 そうとなれば、あとは知恵を振り絞るしかない。

(この頃のロビンは()()()敵のはず。だが賭けるしかないな)

 ニコ・ロビンとクロコダイルは、ビジネスパートナーの関係だ。

 最終的にはクロコダイルはロビンを切り捨てたし、ロビンもロビンで最後までクロコダイルの味方についてはいなかった上、考古学者特有の歴史への探求心は失ってないままのはず。

 テゾーロにとって、その関係こそが突破口のカギとなる。テゾーロには多くの手札があり、ロビン本人も喉から手が出る程の代物ばかり。それをチラつかせるだけでも大分違う。

 いや、そもそも裏のルートで存在自体は知ってるかもしれないが、この際どうだっていい。今はロビンを信じる他にない。

「クハハハ……割とあっけないな。ギルド・テゾーロ」

「あんまり余裕ぶってると足を掬われるぞ」

「負け犬の遠吠えだな。お前とて海楼石の手錠には敵うまい。脇が甘かったな」

 テゾーロの動きを封じることに成功し、勝利を確信した笑みを浮かべるクロコダイル。

 一方のテゾーロは、内心焦ってもいた。

(コーザが来ない……やはり()()()()()()()!?)

 そう、「この場面」は本来、反乱軍のリーダーであるコーザが乗り込んでくるはずなのだ。

 原作においてコーザは、戦いが王宮内に及ぶ前に国王(コブラ)を説得しようと、子どもの頃よく使った〝抜け穴〟を通って王宮内に侵入した。そこで国を裏切ったはずの国王が流血で拘束され、チャカが国の英雄クロコダイルに殺されかけている場面を目にし、真実を知る――というものだ。

 それがいつまで経っても来ない。テゾーロの読みは、反乱軍に真実を伝えることに成功したため、もう少し早く来るのではと踏んでいた。ということはつまり……。

(おれの知らないところで、足止めを食らったか……!)

 バロックワークスの兵力は、両軍に大勢のスパイを入れられる程。そして今回、ジェルマ王国の介入も発覚している。

 もしかすれば、原作より厳しい状況に置かれているのかもしれないのだ。

「くっ……」

「逃げなさい!! ビビ!! その男から逃げるんだ!!!」

 焦るテゾーロが次の手を考える中、コブラは父として娘に撤退の指示を出した。

 万が一のことがあれば――ビビまで失うことになれば、それこそアラバスタが終わる。クロコダイルの天下になるのだけは、王としても避けねばならないからだ。

 だが、ビビは引かない。

「まだ15分ある!! それまでに砲撃を止めれば犠牲者は減らせるわ!!!」

「目ェ醒ませお姫様……見苦しくて敵わねェぜ、お前の理想論は」

 クロコダイルが呆れたように口を挟んだ、その時。

「――理想とは、実力の伴う者のみ口にできる〝現実〟だ」

『!!』

 その言葉に、一同は一斉にテゾーロを見る。

「おれはおれなりに全部救おうとした。地下闘技場もフレバンスも……命続く者は平等に救けようとした」

 テゾーロは――テゾーロに成り代わった〝彼〟は、あらゆる手段と知識で困難を乗り越えた。

 テキーラウルフも地下闘技場も何もかも、原作で起きた悲劇に介入し、それをよりよい未来へ向けられるように全力を尽くした。ゆえに彼は天竜人と同等の富と権力と名声を得た。

 だが、犠牲を一切払わずに済んだかと言えば、それは否だ。

 駆けつけた時には少年少女の亡骸を見た。支援事業の最中に事切れた病人は多かった。莫大な富も強大な権力も有してなお、その手で救えなかった者達がいる。誰かが幸せになれば、その裏で必ず誰かが不幸になるように、テゾーロの成功の陰にはそれに見合った代償があるのだ。

「全てを救おうという考えは素晴らしいことさ。でもその為にはその考えに相応しい代償を払わなきゃならない」

「……クハハハ! さすが〝新世界の怪物〟と言ったところだな。この国のバカな人間達と違って「世の中」を理解してる」

 現実主義的(リアリズム)な言葉を口にしたテゾーロを、クロコダイルは好感を抱いたのか微笑んだ。

「まあ、おれは権力者としても一人の人間としても、ビビ王女のような言葉が好きだ」

「テゾーロさん……」

 フッとビビに微笑み、テゾーロは見聞色の覇気を発動して限界まで精度を高める。

 その圏内に、急速に王宮へ向かってくる気配が二つ。

 ようやく来たか――テゾーロは不敵に笑い、クロコダイルに問いかけた。

「……さて。サー・クロコダイル、脇が甘いのはお前もさ」

「何……?」

「おれだって考えなしに首は突っ込まない。お前の用意周到さと狡猾さは百も承知だ……だから〝保険〟を用意しておいた。それもとっておきのな」

 そう言ってテゾーロは天を仰ぐ。

 釣られてクロコダイルも顔を向けると……。

「――っ!? バカな……!!」

 その姿を捉え、顔色が一気に変わる。

 太陽の光の中から一直線に落下してくる黒い影。それは、レインベースで仕留めたはずの……!

 

「クロコダイル~~~~~~~~~~!!!」

 

 怒りの雄叫びを上げるのは、クロコダイルに敗れ、復活を果たした海賊〝麦わらのルフィ〟だった。

「ルフィさん!!」

「麦わらァ……どうやってあの流砂から……!!」

(それ、すぐそばのロビンだろ……)

 歓喜するビビに対し、怒りと困惑を露にするクロコダイル。

 事の顛末はテゾーロの思った通りである。

「ルフィさん……!! 広場の砲撃まで時間がないの!! だから……」

「心配すんな。お前の声ならおれ達に聞こえてる!!」

 ビビにそう返し、麦わら帽子を被り直す。

(わり)ィな、金ピカのおっさん。おれ、あいつにいっぺん負けちまったんだ」

「金ピカのおっさんって……いや、もう四十手前だからおっさんは否定しないけどさ……」

 ルフィのあだ名に思わずジト目になる。

 が、ここは彼に譲ることにしているのは心に決めており、テゾーロは手錠をどう解除しようか考え始める。

 すると――

 

 ガシャン!

 

「!?」

「!! ……何のマネだ、ミス・オールサンデー」

 その音を聞き、クロコダイルは激怒した。

 何とテゾーロに手錠をかけたロビンが、自らテゾーロの手錠を外したのだ。

「ニコ・ロビン……!?」

「あなたが私を切り捨てるつもりなのは薄々わかってたのよ。裏切るタイミングを伺ってただけに過ぎないわ」

「貴様……」

 クロコダイルはパートナーのロビンが自分と早々に縁を切る腹積もりだったと知り、殺す勢いで睨みつけた。

 しかし裏社会で長く身を置いたロビンに、大物海賊の殺気は効かない。一切怯まずに微笑んだ。

「私の夢を続けるためよ。ゴメンなさい、Mr.クロコダイル」

「そうか……残念だ」

 刹那、クロコダイルの姿が一瞬で消えた。

「――しまった!」

 テゾーロはハッとなり、能力を発動してロビンの背後を護るように黄金を飛ばしたが……。

 

 ドシュッ!

 

「その通りだ、ニコ・ロビン。おれは最初(ハナ)から誰一人として信用しちゃいねェのさ……!」

 間に合わなかった。

 鉤爪で胸を貫かれ、吐血と共に倒れ伏すロビンを、クロコダイルは嘲笑った。

「プルトンの存在はコブラの反応で予想はついた。お前がいなくとも自力で探すさ。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が読めなくとも、この国を手に入れりゃあ時間の問題だ……!!」

「お前……仲間じゃなかったのか!?」

「仲間? クハハハ……くだらねェことを訊くもんだな〝麦わらのルフィ〟。おれとコイツは互いの利害の一致で結託していたに過ぎねェ。そんな関係のどこが仲間だ?」

 仲間であったはずの相手に手をかけたことに怒るルフィ。

 だがクロコダイルは「信頼はこの世で最も不要」と豪語する男であり、冷酷なエゴイストだ。仲間に対する情は皆無だった。

 一方のテゾーロはロビンの元へ向かい、能力を発動して黄金の指輪を融かした。

「……今死ぬと困るんだよ、ニコ・ロビン」

 液状化した黄金はベチャッという音を立て、ロビンの胸に落ちた。

 ピキピキと音を立てて固まり、まるでカサブタのように傷口に被さった。

「何の……つもり……?」

「安静にしていれば命は助かるかもな。包帯や傷薬が無いのでね、おれ流の応急処置だ」

 テゾーロは傷口に自らの支配が及ぶ黄金が入り込み、止血状態にさせたのだ。

 ただし、これは本当にその場しのぎ。適切な処置をしなければ命の保証は無い。

「理解に苦しむぜ。そいつ一人死んでも世の中大して変わりゃしねェだろうに」

「過去は変えられないが、未来は変えられるものだ。それにおれはあくまで止血しただけ……あとは彼女の〝自由〟だ」

 テゾーロは人生の終幕はその者が決めることだと語る。

 ここで死ぬと、今後のルフィの冒険に大きな影響が出るだろうが、個人の意思を尊重するとはそういうものだ。彼女がこの王宮を死に場所と決め、それを覆す気が無いのならそれまでである。

「……麦わらのルフィ。この場は任せるぞ」

「? おう」

「テゾーロさん、どこへ……」

「砲撃を止めに行く。大方の予想はついているからな」

 テゾーロはクロコダイルの相手をルフィに任せ、特製の爆弾の砲撃を止めに向かうという。

 その言葉に偽りがないと判断したクロコダイルは、一瞬で距離を詰めて鉤爪を振るったが……。

 

 ドォン!

 

「!?」

 ルフィは一直線にクロコダイルに向かって行き、鉤爪を蹴り上げた。

 その直後、()()()()()()()()()()

 殴ることもできなかったはずのルフィの拳と蹴りは、クロコダイルに確実に衝撃を与え、クロコダイルは口から血を流して地面に倒れた。

「貴様……!」

「あの時、お前の手にかかった〝ユバ〟の水が教えてくれたんだ」

 ルフィはホースで背負った樽の水を手に浴びせる。

 スナスナの実の弱点は、物理攻撃が通じない自然(ロギア)系だが、覇気のほかにもう一つ存在する。水などの水分で濡れると本体が砂化できなくなるのだ。

 アラバスタから雨を奪うのは、反乱を起こして国盗りを成功させるだけでなく、自らの弱点となる手段を封じるためでもある。

「これでお前をブッ飛ばせる。これからがケンカだぞ!!!」

「……ククク……!」

 そして、〝麦わら〟と〝砂漠の王〟の第二ラウンドが始まった。

 

 

 王宮から離れたテゾーロは、ロビンの手当てをするべくある建物にいた。

「――ああ。至急来てほしい。適切な治療が必要だ。……場所? 見聞色で察知できるだろ。あと五分後なら、こっちから出向く。頼むぞ」

 子電伝虫で通話を終え、ベッドに横たわるロビンを見下ろす。

「……私に、何の用……?」

「お前に一つ、問いたいことがある」

 テゾーロは真剣な眼差しで問い掛けた。

「お前は〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟で、何を得るつもりだ」

「どういう、つもり……?」

「おれは……この世界に革命をもたらす。武力ではない方法でな。だがそれを阻む者がいるのなら、おれは一歩も引かず立ち向かう」

 それが、覚悟というものである。

 夢や野望を叶えるということは、それを阻む全ての存在を蹴散らさねばならない。その覚悟を持つ人間が、この世界で成り上がるというものだ。

「……人を傷つけるものに、必ずしも悪意があるとは限らない。興味本位や好奇心で破滅を招くことなどザラとある。お前は、どうなんだと聞いている」

 世界政府にとって不都合な歴史が刻まれているのが、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟という碑石。ロビンはそれを読み解くことができる、世界で唯一の存在。世界政府はおろか四皇にも狙われる立場だ。

 そして〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の中には、世界を滅ぼす三つの「古代兵器」の在処を示す文がある。その在処を知ったとしてもロビンは手に入れるつもりはないだろうが、何らかの形で情報が漏洩した場合、古代兵器の争奪戦が勃発する。

 それが海賊、あるいは悪意ある誰かの手に渡れば、間違いなく世界は滅びる。そうなってはテゾーロの野望は二度と成就することは無い。

 己の為、世界の為に、テゾーロは改めて問い質した。

「お前の興味は……好奇心は世界をどうするつもりだ」

 その言葉に、ロビンは静かにある一言を告げた。




次の話で今年度最後になるかもしれません。
来年あたりに作者から重大発表もあるので、お楽しみに。


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第155話〝電線〟

明けましておめでとうございます。
久しぶりの更新ですね。

今回、例の時限爆弾を自分なりに仕組みを考え、結構強引な形に持ってきました。ご了承ください。

あと、あとがきのところで前回お伝えした「重大発表」を記載してあります。


 ロビンから答えを聞いたテゾーロは、階段を降りて外へ出た。

 外は戦闘の真っ只中。文字通りの死地に、マゼンタのダブルスーツは不釣り合いにも程がある。

「……アレが本心なのか」

 その脳裏に、ニコ・ロビンとのやり取りが蘇った。

 

 

 数分前。

 テゾーロに「世界をどうするつもりだ」と問われたロビンは、悲しげな笑顔を浮かべ、一言告げた。

「どうするつもりもないわ……なのに……()()()()()()()()()()()

 前世持ちの人間としては、耳に覚えのある言葉。

 コブラに投げかける言葉が、まさか自分に向けられるとは。

(……敵、か。お前から見れば、おれもそうだな)

 テゾーロは背を向ける。

 志というモノは、高ければ高い程に敵が多い。自分の夢を叶えるということは、周囲の人間や環境が邪魔をしてくるのと同然だ。

 テゾーロ自身も、革命を成功させるためにあらゆる場数を踏み、精一杯足掻いて努力を尽くしてきた。その度に多くの邪魔者が障壁として立ちはだかってきた。地下闘技場の一件が最たる例だろう。ゆえに人は――夢を追う者は、全てを蹴散らして進んでいくのだ。

 だからテゾーロは、一言返した。

「……それは、お互い様だ」

 

 

(……ロビンの気配が薄くなってる?)

 建物の壁に凭れていると、ロビンの気配を感じにくくなった。

 おそらく、自力で建物から降りていったのだろう。

 とんだ無茶をするものだと呆れつつも、テゾーロは彼女の武運を祈る。

「まあいい、今はこっちだ」

 その時だった。

「あ、いたいた」

「ったく、為政者のやる行動じゃねェっての……」

「お前達!」

 テゾーロの元に、メロヌス達が駆けつけた。

「ステラさんは?」

「ステラ達は安全な場所に避難するよう言ってある。……それよりもハヤト、顔色が悪いぞ」

「気にするな、掠り傷だ……!」

 一際疲弊しているハヤトの強がりに、テゾーロは「そういうことにしておこう」と告げた。

 おそらく、ハヤトが一番災難に遭ったのだろう。〝海の掃除屋〟と恐れられた男を追い詰めたのだから、相当な猛者達とたった一人で戦い抜いたのが一目でわかる。

 するとさらに、思わぬ加勢が飛び込んだ。

「ああっ! あの時の金持ち野郎!」

「……!」

 テゾーロは再び驚いた。

 何と、麦わらの一味が全員揃っており、そこにはビビもいたのだ。汚れていたり包帯だらけだったり、血まみれだったりしているが、()()()()()()()()に全員集合している。

 どんなに〝改変〟が起こっても、元に戻るのか……テゾーロは感慨深げな様子だ。

「海賊と共闘か……」

「今回は仕方ねェだろ」

 海賊嫌いが根強いハヤトは、やはり落ち込み気味。

 一方のメロヌスは煙草を吹かし、ニヤリと笑った。

「ゴホン! ……時間が無い、手短に済ませるぞ」

『!』

 テゾーロは咳払いをすると、真剣な表情で状況を知らせた。

「午後四時半……今から五分以内に、クロコダイルは砲撃手に直径5キロを吹き飛ばす特製弾を広場に撃ち込むよう命じている」

『直径5キロ!?』

 いきなりの爆弾発言に、一同は驚愕。

 国民も海軍も麦わらの一味も、助からないだろう。

(……だとすればそれなりにデカいはずだ。そしてその分重くなり、飛距離も下がる。しかもこの砂埃……)

 メロヌスは、狙撃手としての視点から考える。

 目標は広場の中心。しかし戦闘の渦中にあるアルバーナは塵旋風が常に舞い、照準も狂いやすい。砲弾も巨大で、それを撃つ大砲も巨大だろう。それを置くとすれば、隠密性を考えれば屋外の線は絶対にあり得ない。

 つまり、広場に近く、それでいて隠密性に優れた高い建物の中。そこが砲台だ。

「……あそこじゃないのか」

『!!』

 メロヌスが指差すのは、広場で一等高い唯一の建物――アラバスタの標準時を司るのであろう時計台だ。

 確かに時計台なら、メロヌスの考える「広場に近く、それでいて隠密性に優れた高い建物の中」の条件が全て揃う。塵旋風の妨害もなく、広場をよく狙える。

「でも、場所はわかってもあんなとこまで登れないわよ!!」

「あそこへ行くには一階の奥にある階段が唯一の到達手段……どうすれば……!」

「それなら妙案がある」

 メロヌスはそう言うと、愛銃に弾丸を装填。

 どうやら起死回生の一手を思いついたようだ。

「ハヤト、扇は持ってるか?」

「……! ああ、そういうことか」

「おい、どういうことだ」

 勝手に話を進めるメロヌスとハヤトを、サンジは質す。

 他の者達も同意で、二人に視線が集中する。

「……今から、こいつが起こす風であそこまで飛ぶ」

 作戦は、こうだ。

 

 ハヤトは大太刀を操る剣士だが、サイドアームとして扇子を持ち、〝武装色〟の覇気を纏わせて強風を引き起こすことができる。その強風を利用し、集結している面々の中でも腕の立つ面子を飛ばす。砲撃時は時計台の盤が開くと思われるので、完全に開いたと同時に飛ばす。

 飛ばしたところで、砲撃手を撃破。そして砲台の導火線をすぐさま切り、爆弾の様子を見てから撤退。安全の為、階段を降りて撤退とする。

 

「……どうだ、テゾーロさん」

「採用。ただし砲撃手はメロヌスが()れ。この距離ならヘッドショットも可能だろう?」

 テゾーロ曰く、飛ばされた面々は空中にいるために受け身が取りにくいため、飛ばしてから砲撃手を撃破するのではなく、先に砲撃手を始末してすかさず導火線を切る方にすべきとのことだ。

 その案に、メロヌスは参った表情を浮かべた。

「部下に対して中々キツい要求(こと)言ってくれるな……角度が急すぎる。……だが、少しでも顔を出せば十分だ」

 ニッと口角を上げ、準備を整える。

 すると、ゴゴゴゴという大きな音が時計台から響いた。

「来たか……ぶっつけ本番だな」

「上に行く面々ってのは決めてんだろうな」

「お前ら二人だ」

 上に飛ばされるのは、ゾロとサンジのようだ。

 だが、そこへビビが自らを推してきた。

「私も行くわ! 仲間だもの!」

「……決まりだな」

 そうこうしている内に時計台の時計が完全に開き、中に巨大な砲台が広場を向いて設置されているのが見えた。

 そして砲台のすぐ傍に、カエル風の珍妙な衣装に身を包んでいる二人組――狙撃手であるMr.7とミス・ファーザーズデーが姿を見せた。

「二人だけか……完全にこっちを見てくれねェと」

 照準を時計台に合わせ、最高のタイミングを狙う。

 その目つきは冷徹なスナイパーで。ジワジワと放つ気迫にウソップ達は息を呑んだ。

「王女様、()()()()()

「――! ええ、わかったわ……」

 メロヌスの意図を察し、ビビは顔見知りの二人に地上から声を掛けた。

「Mr.7!! ミス・ファーザーズデー!!」

「「んん?」」

 聞き覚えのある声に反応し、無防備に下を向いて顔を覗かせる二人。

 次の瞬間!

 

 ドドォン! ドサッ……

 

 声の主に気づく間も与えず、メロヌスは狙撃。

 彼が放った二発の弾丸は、二人の砲撃手の眉間を正確に撃ち抜き、確かな死をもたらした。

 あまりの精密さに、狙撃を得意とするウソップは心底震え上がった。

「じょ、冗談だろ……!? こ、こんな急角度と塵旋風の中……しかもあんなに離れてんのに……!!」

「元を正せば新世界の強豪達も知る凄腕の銃使いだ。これぐらいなら造作もない。今だ!」

「わかってる!」

 次の瞬間、ハヤトが扇子を振るい、台風並みの突風を誘発。

 ゾロ・サンジ・ビビを時計台まで吹っ飛ばした。

「きゃあっ!」

「ぐっ!」

「何ちゅー威力だ……!」

 相当の強風なのか、先の戦闘で負った傷にも堪える。

 が、そこは気合で耐える。

「っ……おい、ステキ眉毛!!」

「わかってらァ!!」

 ゾロは刀の峰を、サンジは右足をビビの両足の裏に添える。

「押し出すぞ!」

「行け、ビビちゃん!」

 渾身の力で、砲台まで押し出す。

 二人はそのまま急降下するが、テゾーロがあらかじめ能力で展開していた黄金の触手にうまくキャッチされ、無傷で地上に降り立った。

「〝孔雀(クジャッキー)スラッシャー〟!!」

 ビビはバロックワークスに潜入していた頃から扱っていた武器を振るい、見事導火線を切ってみせた。そのまま砲台のすぐ隣まで転がるが、その程度の痛みなど意にも介さない。

 

 そして、時計は予告時間の午後四時半を指した。

 

「……」

 ……爆撃は起こらなかった。危機を知らない広場では、戦闘の雄叫びと怒号と悲鳴が飛び交い続けている。

 だが、ビビは喜べなかった。大砲の中から時計の音が聞こえるのだ。

 まさかと思って砲台の中を覗くと、中には時計が仕組まれている砲弾がカチカチと音を鳴らしていたのだ!

「大変みんな!! 砲弾が時限式なの!! このままだと爆発しちゃう!!!」

『!?』

「やはり時限爆弾か……!」

 悪い予感が当たったと、テゾーロは苛立った。

 これが用意周到なクロコダイルのやり方だ。狙撃手の身に万が一のことが起こっても、必ず砲弾が爆発するようにしている。

「爆弾である以上、()()()()()()()()最悪の事態は避けれるが……」

 不発弾であれば鉄板で強固な防御壁を構築し、周囲を土嚢や土で覆った上で撤去作業を行い、最悪の場合は爆破処理もできるが、今回はそうではない。

 どうすればいいか悩んでいると、思わぬ人物が現れた。

 

 ドンッ!

 

『!?』

「ハァ……ハァ……おま、たせ……しました……」

「……シード!? なぜここにいる!?」

 何と、本来この場にいないはずの部下(シード)が。

 呼んだ覚えのないテゾーロは、目を大きく見開き驚きを隠せない。

「ステラさんが……ハァ……救援要請を、したんです」

「ステラが?」

 シード曰く。

 彼はちょうど二日前、かつて世話になった海軍の教官に「演習に付き合ってほしい」という話を持ち掛けられており、それに応じてアラバスタ近海まで来ていたという。

 そこで緊急信号を受信し、内容がアラバスタの内乱でテゾーロがピンチに陥っているというステラの声が響き、すかさずアルバーナまで駆けこんだという。

「最寄りの港からは結構距離あったぞ……」

「ぜ、全力の〝(ソル)〟と〝月歩(ゲッポウ)〟で……死ぬかと思いました……」

 全ての体力を最速の移動に使ったため、かなり消耗しきっているようだ。

 大丈夫かと思いつつも、テゾーロは状況を説明した。

「時間が無いから手短に話す。時計台の上に時限爆弾がある。信管を抜くか、遥か遠くに持って行って爆破するしか道がない」

「信管を抜けばいいんですね? 海兵時代に爆弾撤去の経験を積んでるので、俺に任せて下さい」

「そんなことやってたのか!? 初耳だぞ」

「別に訊かれなかったので……では!」

 ダンッ! とシードは時計台までひとっ飛び。

 一瞬で砲台に着地すると、両手に武装色の覇気を纏って砲台の解体を始めた。

「ちょ、ちょっと!」

「大丈夫、元海兵です」

「……海軍の?」

 安心させるように穏やかに笑うと、あっという間に砲台の解体が完了。

 カチカチと音を鳴らす時限爆弾が全貌を露にする。

「……これか」

 時限爆弾を一目見て、シードは顔を歪める。

 この爆弾は、時計の針に起爆装置の回路から引いた電線を接着し、ある時刻――今回の場合は午後四時半――がきたら針が重なって通電し、爆発させる代物だ。言い方を変えれば、時計の針と起爆装置を繋ぐ電線を遮断できればいいのだ。

 問題なのは、衝撃に耐えられるかどうかだ。それも最後にシードが爆弾の解除をしたのは、グラン・テゾーロの国防軍であるガルツフォースを結成して以来それっきり。かなりのブランクがある。

「……一発勝負だ」

 起爆阻止(せいこう)か、起爆(ぜんめつ)か。

 シードは〝見聞色〟を限界まで解放し、全ての感覚を研ぎ澄まして電線の位置を把握する。

 時計の針と起爆装置につながっているところは……。

(見つけた!)

 電線を見つけたシードは、一瞬の躊躇いも無く武装色の手刀で時計の針を貫いた。

 それを見たビビは、目を瞑ったが……何も起きない。

「……まさか……」

「……成功だ!」

 ゆっくりと手を抜くシード。

 かなり荒っぽい手口だが、見事電線を断ち切ることに成功した。

 火花が火薬に引火しなかったのは……運がよかったのだろう。

「みんな! 小さい男の人が起爆の解除に成功した!!」

『……よっしゃあァァァァァァァァ!!!』

 

 

           *

 

 

 ()()は、王宮で激闘を続ける二人にも届いていた。

「何だ? 何だったんだ?」

「……あの小僧!」

 きょとんとするルフィに対し、クロコダイルは激しい怒りを露にしていた。

 作戦とはあらゆるアクシデントを想定し、実行に移すのが最適解だ。だからこそ、特製の砲弾をわざわざ時限爆弾にしたのだ。広場のド真ん中に撃ち込めずとも、これといった支障はきたさないと判断したからである。

 だが、まさか時限爆弾の仕組みを理解し、強引に時計と起爆装置を繋ぐ電線を破壊して爆破を阻止するとは……!! これはさすがのクロコダイルも想定外だった。

 策士策に溺れるとはよく言ったものだ。

「っ……やってくれたな」

 クロコダイルの計画は、大幅に狂うことになった。

 この距離でなら能力でどうにでもできるが、広場付近には新世界で腕を磨いたテゾーロの屈強な部下達がいる。遠距離攻撃も移動してからの強制爆破も阻止される。たとえ目の前の邪魔者(ルフィ)を排除できても、国盗りは失敗だろう。

「また一からか……!!」

 

 バキィッ!

 

「っ!!」

 怒りのあまり、柄にもなく隙を見せたクロコダイル。

 それを見逃さず、ルフィは拳を叩き込んだ。

「うおおおおおおおっ!!!」

「麦わらァ……!!」

 体勢を立て直そうにも、ルフィの猛攻はそれを許さない。

 何度も何でも殴り、それこそ命を削るつもりで戦う。

 そして渾身の一撃で腹を穿ち、吹き飛ばした。

「……ハァ、ハァ……どうだ!!」

「……いい気になるなよ……!!」

 猛攻を耐え、立ち上がるクロコダイル。

 すると鉤爪のフックを外し、中に隠された毒針を見せつけ、睨みつける。

「てめェのしぶとさには呆れたモンだぜ……これで終わりとしよう」

「毒か?」

「何だ、文句あるか」

「いや、別に」

 毒を使うのが何だとでも言いたげに、素っ気なく返事をするルフィ。

 クロコダイルは、不敵に笑った。

「そうさ、海賊の決闘は常に生き残りを懸けてる。〝卑怯〟なんて言葉は存在しねェ……!! 目障りなてめェとの戦いもこれで最後だ、決着(ケリ)を付けようじゃねェか!!!」

「おう!!」

 

 砂の王国の動乱は、終結へと向かい始めていた。




【重大発表】
前回お伝えした重大発表です。

前の感想では「打ち切りでは?」という指摘がありましたが、全く違いますのでご安心を。(笑)

実は……。

















新しくワンピの小説を投稿することにしました!!

主人公はオリジナルの女性キャラで、女性の大海賊の物語としています。海賊王の一団や同世代の伝説達との絡みが多く、作者の趣味が臨界点に達すると思うので、乞うご期待。


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第156話〝最後の用途〟

二ヶ月ぶりの更新。
お待たせして申し訳ありません。


 シードの強硬手段で広場の爆破は阻止された。

 しかし肝心の国王軍と反乱軍の戦闘は、今なお継続。

 テゾーロの部下達とルフィの仲間達が、必死に止めようと踏ん張っている。

「少し乱暴だが、仕方ねェよな!」

「ケガで済むか死んで終わるかだ、前者の方が救いがある!」

 サンジは的確に蹴りを見舞い、メロヌスは銃床で叩いて兵士達の意識を奪う。

 ゾロは二刀流の峰打ちで、シードは徒手空拳で、誰も死なせないよう戦闘能力を奪っていく。

 ナミやチョッパーも奮闘し、ビビは機能しなくなった爆弾がある時計台から叫んでいる。

 しかし、声は届かない。

「キリがない……! ここは〝覇王色〟で止めるべきか」

 テゾーロは躊躇いながら、戦闘員の意識を奪っていく。

 その時だった。

 

 ドゴォン!!

 

「うをぉっ!?」

 眼前に、突然の落下物。

 轟音と共に土煙を上げ、テゾーロは素っ頓狂な声を上げた。

 やがて土煙が霧散すると、衝撃の光景が広がっていた。

「クロコダイル……!!」

 視線の先には、白目を剥いて血を流し、大の字に倒れる全ての元凶(クロコダイル)の姿。

 それが意味するのは、ただ一つ。

『――アイツが勝ったんだ!!』

 ルフィの仲間達は、船長の勝利に歓喜した。

 この国を苦しめ滅ぼし、世界政府を凌ぐ軍事国家を築こうとした元凶を、ついに打倒したのだ。

「……!!」

「まさか、あのルーキーがクロコダイルを……覇気使いじゃねェはずだろ……!?」

「さすがガープ中将の孫ですね」

 麦わらのルフィの勝利に、メロヌス達は動揺する。

 何せ、クロコダイルは王下七武海の中でも古参のメンバーであり、自然系(ロギア)の能力者の中でも上位に位置する強豪。水気があると本体が砂化できなくなるという弱点を抱えてるとはいえ、世界最強の海である「新世界」へ進出した実力は本物だ。

 そんな彼でも、麦わらのルフィに破れてしまったのだ。

「……やはり天はルフィに味方するか」

 テゾーロがそう言った直後だった。

 空からポツポツと、アラバスタの地面を濡らす雨が降り始めた。アラバスタの民が何よりも欲したモノが、戦場に降り注ぎ始めたのだ。

 爆弾でも止まらなかった群集の狂気が、静かに振る雨で止まった。雨が暴動の声を消し、砂塵を消していった時、ようやくビビの声が響き渡った。

「もうこれ以上……戦わないでください!!!」

 行方不明だったビビ王女の声と姿に、国王軍も反乱軍も驚きの目で注目した。

 ビビは、国民達に声を伝えた。

「今振っている雨は……昔のようにまた降ります。悪夢は全て……終わりましたから……!!!」

「……だが!! 「悪夢」なんて言葉で済むはずがない!!」

「この反乱で倒れた者達が納得するものか!!」

 ビビの声は聞こえたが、反乱軍の心には響かず、武器を掲げて憤った。

 三年間。三年にも渡り多くの町が潰れ、仲間が死んでいく地獄を味わってきたが、王は何一つ助けてはくれなかった。ナノハナの一件で真相は明るみになったが、結局は戦闘となってしまったのだ。

 殺気立つ反乱軍だったが、そこへチャカが叫んで国王軍を止めた。

「武器を捨てよ!! 国王軍!!」

「おま……ゴホン! マーマー……お前達もだ!! 反乱軍!!」

 そこへ、新たな声が。

 声の主は、カーリーヘアを極端に強調したような髪をした、黒タキシードに身を包み蝶ネクタイを巻いた長身の中年男性。それは、アラバスタの人間なら誰もが知る男だった。

「イガラム……!?」

「生きておられたのか!!」

 男の名は、イガラム。

 王国護衛隊隊長という、アラバスタにおける軍事・公安のトップを務めており、ビビと共にバロックワークスに潜入した恐妻家だ。

 実は彼はバロックワークスに潜入捜査中、ウイスキーピークで自分達の正体が露見したため、囮になるためビビに変装しアラバスタへと舵を取った矢先に船ごと爆破されてしまい、死亡したと思われていた。

 深く尊敬されていたイガラムの死は、王家及びその家臣達に多大なショックを与えたが、どうやら爆炎に巻き込まれる寸前に勘づいて脱出したようで、無事祖国まで辿り着けたようだ。

「この国に起きた事の全てを…私から説明しよう…………全員武器を捨てなさい!!」

 イガラムのその言葉に、全員武器を手放した。

 

 

「……だったらクロコダイルさんが……この男が全ての元凶だと……」

「何てことだ……信じられない……」

 イガラムから全ての事実を知らされた国民達は、国の〝英雄〟だった王下七武海(クロコダイル)が国を滅ぼそうとした巨悪だったと知り、驚きを隠せない。

 無理もない話だ。何せクロコダイルは非常に頭が切れる海賊――自らの本性・目的を隠すのが上手であり、必死に黒幕を探っていたコブラ達も見抜けなかったどころか、海軍も彼を信用してアラバスタには部隊を配置していなかったのだから。

 そこへ、海軍本部曹長・たしぎ率いるスモーカー部隊が現れた。

「〝王下七武海〟海賊サー・クロコダイル。世界政府直下「海軍本部」の名のもとに、あなたから敵船拿捕許可状及びあなたの持つ政府における全ての称号と権利を剥奪します」

『……』

 

           *

 

 

 同時刻。

 アラバスタの沖合に、バロックワークスが所有するダンスパウダー使用の為の人工降雨船が浮かんでいた。

 その船はすでに、たった一人の男によって制圧されており、海軍はその周囲で後始末をしていた。

「……たった一人で壊滅か。サイファーポールは伊達じゃねェな」

 そう呟くのは、麦わらの一味を追跡していた海軍本部大佐〝白猟のスモーカー〟。

 スモーカーは部下のたしぎと別れ単身海に出て、クロコダイルの実態とバロックワークス社によるダンスパウダーを使った気象コントロールの証拠を掴もうとしていた。そして、思ったとおり人工降雨船を発見して確保に成功した。

 ただ、予想外の先客がいた。テゾーロの部下であるグラン・テゾーロ外交官のサイ・メッツァーノだ。

 彼はスモーカーが来る半日前に乗り込んで制圧し、テゾーロの命令を執行したのだ。その内容は、非常に驚くべきものだった。

「しかし、まさかダンスパウダーの使用を認めさせるとはな」

「「経済力と権力は、いかなる暴力にも勝る時がある」……そうおっしゃってましたから」

 何と、テゾーロがダンスパウダーを使用したのだ。

 それもただ勝手に使った訳ではない。五老星の了承の下に実行したのだ。

 

 五老星との私的な謁見も許される程の権力者のテゾーロは、アラバスタの一件がクロコダイルの仕業と通達し、ダンスパウダーによる人工雨で戦火を止めるという奇策を申し出た。雨はアラバスタの民が一番求めているものであり、内乱の火種とも言えるからだった。

 クロコダイルの反逆を知り、その目的の大まかな内容を聞かされた五老星は「クロコダイル拿捕の為に使用を特例で許可する」と告げた。言質を取ったテゾーロは、サイに命令を下した。

 その命令は、外交官の立場を使って隣国の国王達との交渉。テゾーロはダンスパウダーの使用を認めてもらう代わりに、周辺諸国に干ばつ被害が生じた場合の復興資金の提供と天才科学者ベガパンクが製作した「ろ過装置」の無償寄付を約束することを伝えるよう命じたのだ。サイは迷わず実行し、見事その交渉を締結させた。

 なお、復興資金は()()()()()()()100億ベリー。小国の国家予算並みの額の大金をお小遣い感覚でポンッと出せるなど、テゾーロ以外に誰ができようか。

 

「まあ、これを機にダンスパウダーの使用も製造も全面的に禁止されるのは、火を見るよりも明らか。これが〝最後の用途〟となるでしょう」

「……クロコダイルが〝麦わら〟に倒された。世界は動くな」

「世界政府は借りができちゃいましたからね。まあ、良くも悪くも〝麦わらのルフィ〟の名はワールドクラスの猛者達の耳に届く」

 どこか酷薄な笑みを浮かべ、サイは新世代の海賊の行く末を想像したのだった。




次回は戦後処理。
黒腕の先生や世界中の強豪達とか、ワンピでよくある世界情勢の部分をやろうと思ってます。







そう言えば、今気づいたんですけど、この小説も今年で五年目迎えるんですよね……事実上の第一話である「プロローグ」が2017年02月09日(木) に投稿されたので。

改めて、感謝いたします。
色んな方に読んでいただき、様々な感想・批評を受け入れてここまで頑張ってきました。
筆者としても、読み返さないと未回収の伏線的な内容とかあると思ってるので、うまい具合に繋げて頑張ってまいります。
完結はいつになるのかは……正直わかりません。一応最終話の構想自体は何となくできてるんですけど、それまでの「道のり」が()()()()()長すぎて……。ただ、一度始めたからにはきっちりまとめるつもりです。
今やってるリボーンの小説が最終章にようやく突入できたので、少しずつ新連載に向けて動きます。リボーンの小説が終わり、準備が整い次第投稿します。

今後とも、皆さんよろしくお願いいたします。


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大海賊時代Part6
第157話〝世界の動き〟


久しぶりの更新です。
今回は短めに。

それとすいません、辻褄合わせるために一部修正しました。


 王下七武海・クロコダイルの大逆と、その失墜。

 「英雄」として賞賛された海賊の本性と討伐劇は、全世界を駆け巡った。

 

 

 新世界、ドレスローザ。

 王下七武海で最も危険な男とされる海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴはその一報に疑問を持った。

「クロコダイルがテゾーロにやられた、だと?」

「「世経」にはそう書いてるもんねー」

 ドンキホーテ海賊団の最高幹部である参謀・トレーボルの言葉に、ドフラミンゴは怪訝な表情を浮かべていた。

 

 ギルド・テゾーロという男は、確かに実力を伴う男だとドフラミンゴは考えている。

 数多くの慈善事業を介して、世界の頂点に君臨する天竜人と同等の権力を手に入れた手腕は、確かに目を瞠るものだ。天竜人の出身である自分と違い、元は貧民街の人間だったため、その敏腕ぶりとカリスマ性が余計に輝いて見える。

 彼を慕う者達も強者揃いであり、打算的な関係とは言え伝説の怪物(ダグラス・バレット)とも同盟に近い関係を結ぶなど、この世界の常識をぶん殴って破壊するようなマネもあっさりしでかす。

 

 彼ならば、クロコダイルを倒すとなってもそこまで違和感はないが……。

「やったのはテゾーロじゃねェな」

「?」

「その証拠に、コイツを見てみろ」

 ドフラミンゴが見せつけたのは、二人の賞金首の張り紙だった。

「〝麦わらのルフィ〟と、〝海賊狩りのゾロ〟だァ~~~?」

 赤を基調としたド派手なファッションとフェイスペイントをしている最高幹部・ディアマンテは眉間にしわを寄せる。

 二人共、新世界の海賊である自分達としては()()()()のガキ共だ。麦わらの方は一億ベリーの懸賞金がついたとしても、別に大したことじゃないが――

「やったのはコイツだ。テゾーロはお膳立てしたんだろうよ」

「なっ!? このガキがか!?」

 ドフラミンゴの推測に、最高幹部達は驚く。

 テゾーロは自分が手を下すのではなく、どこの馬の骨だか知れないルーキー海賊に七武海を倒させて悪事を発覚させることで、世界政府は七武海の国家転覆に気づけなかったとアピールするのが目的ではないか。

 おそらく今回はもみ消しただろうが、それも織り込み済みであり、次の七武海の悪事で王下七武海制度の撤廃を目論んでいる……ドフラミンゴはそう考えているのだ。

「根拠はねェが、そう考えると奴の今までの行動に辻褄があってくる」

「……テゾーロの野郎は、こうなるように仕向けたってのか? ドフィ」

「さァな。少なくとも、俺達を意識してるのは確かだろうな」

 

 

           *

 

 

「……」

 新世界のとある海域。

 四皇からも警戒されるダグラス・バレットは、号外の新聞と手配書に注目していた。

 旧敵クロコダイルがルーキー海賊に屈したことに、興味を抱いているのだ。

「……〝麦わら〟か」

 野太い声で、手配書に写る笑顔を見据える。

 新聞には海軍本部の大佐がクロコダイルを倒したとあるが、海軍の佐官などバレットは覇気を使うまでもなく叩き潰してきた。ゆえに新聞のウソを見抜き、真相を理解するのは早かった。

 

 大海賊時代以前の海の匂いを残している海賊、ましてや自分と戦って生き残っている男が、ぽっと出の若造に負けた。こういう類の敗因は慢心や油断だが、用心深く頭の切れるクロコダイルが負けたのは「運がよかった」や「クロコダイルが相手を舐めすぎた」では済まされない。

 ごく稀にだが、戦場では戦っている最中に急成長してくる奴が出てくる。その成長ぶりは凄まじく早いもので、中には常識的に考えて覆るはずのない実力差を埋めるどころか逆転してくることもある。

 クロコダイルは、()()()()そんな相手と出くわしたのだろう。

 そして奴は、奇しくも〝D〟に敗れた。

 

「……カハハハ……!」

 グシャリ、と手配書を握り潰す。

 手配書の小僧の笑顔は、どうしてもあの男を思い出すのだ。

 憧れでもあり、目標でもあり、ライバルでもあった、世界最強の――

()()()()()()()()()()、相手してやる……!!」

 旧敵を倒した小僧に、鍛え抜いた〝本物の強さ〟を見せつけてやる――バレットは獰猛に笑った。

 

 

           *

 

 

 グラン・テゾーロでも、その報せは号外として国中に行き渡っていた。

「おーい。クロコダイルがワニ革の財布にされたってよ」

「スルルル……どうやら年貢の納め時のようで」

「七武海ローンは割高だからな」

「何!? 七武海ローンって!?」

 テゾーロと共にアラバスタへ同行していない幹部衆は、テゾーロの活躍に大騒ぎ。

 クロコダイルが何やら企んでるのは薄々把握していたが、何と実体は国家転覆未遂。

 これには驚きを隠せない。

「……しかし、それと共に出回ったこの手配書はどう思います?」

 そう言いながら、三つ目族のタタラは新聞に混じっていた手配書を見せつける。

「……モンキー・D・ルフィとロロノア・ゾロ?」

「麦わらの子は前回は3000万ベリーの賞金首で、もう一人は初頭。ちなみに元賞金稼ぎの剣士です」

「初頭手配で6000万ベリーか! 相当な腕前だな」

 同じ剣豪であるジンも、海賊狩りのゾロに興味を向ける。

 一般論として、懸賞金は戦闘能力の高さと世界政府に対する「危険度」で決まる。その上で初頭手配の懸賞金額は、当人に対する危険度を推し量ることができる。

 たとえば、白ひげに次ぐ実力を持つ四皇カイドウは、13歳の頃の初頭手配で7000万ベリーの賞金首となっており、ビッグ・マムに至っては海賊稼業を始めた6歳で初頭が5000万ベリーだ。ニコ・ロビンのように世界政府に不都合という理由で高額懸賞金が懸けられているケースもあるが、いずれにしろ年齢・経歴・初頭手配の懸賞金額から危険度や実力を大方把握することができる。

 今回の場合は、目立った悪事をしてなくても初頭手配で6000万ベリーなので、実力で懸けられたのだろう。

「……そういやあ、ここ最近は色んな若い衆が暴れてるよな」

「……まあ、彼らが我々の舞台(ステージ)に上がれるかどうかは別として、確かに賑やかにはなってますね」

 幹部達の話題は、近頃の海で破竹の進撃を続ける若手の海賊達に替わる。

 大海賊時代開幕以来、世界の勢力図は若干複雑になっている。三大勢力に加え、政府打倒を目指す革命軍、天竜人に匹敵する富と権力を持つ中立国「グラン・テゾーロ」、そして四皇に匹敵する力で世界中の海を回るダグラス・バレット……テゾーロの介入もあって、政府中枢は均衡維持の為に今まで以上に神経を尖らせている。

 その中でも、最近この勢力図にカチコミをかけて巷を騒がせているのが、若手の海賊達の中でも懸賞金額が1億ベリーを超える「超新星」だ。

 

 その超新星の中でも別格とされているのが、南の海(サウスブルー)出身のユースタス・キッドと北の海(ノースブルー)のトラファルガー・ローだ。

 二人は超新星の中でも断トツの強さと危険度を有してるとされ、海軍大将もその動向に目を光らせている程だ。

「……しかし納得がいかないですね。トラファルガー・ローは確か……」

「ああ」

 幹部達は神妙な顔つきになる。

 トラファルガー・ローはフレバンス出身で、彼の父はテゾーロの世話になったし、そもそも海賊と接点がないはず。

 ふと思えば、あれからフレバンスとは関わっていないのだが……彼の身に何かあったのだろうか。

「それよりも気をつけるべきなのは、こっちよ」

 バカラが手渡したのは、また別の手配書。

 黒いバンダナと立派に蓄えた顎髭、何本も欠けた歯が特徴の男だ。そのギョロっとした目は凶悪性を孕んでおり、上がった口角もどこか不気味に思え、一種の威圧感を覚えさせるものだ。

「マーシャル・D・ティーチ……〝黒ひげ〟か」

「懸賞金は9600万ベリーのまま……逆にこれといった悪事重ねてねェ分、不気味だな」

 それは、世間で最も注目を集めている海賊だ。

 黒ひげは先のテゾーロフェスティバルにおいて、ケンカ祭りの商品であるヤミヤミの実を奪い、白ひげ海賊団から脱走した男だ。元四皇の船員に加え、テゾーロと白ひげが警戒する程の危険度ゆえに、その動向は彼を知る人物からは常に注視されている。

 ただ問題なのは、賞金首となって以来、彼に関する情報が一切出回ってないことだ。ティーチとしては賞金首になるのは想定内なのだろうが、ここまで息を潜めていると得体の知れなさに不安を感じる。

「……いずれにしろ、これで七武海の一角が崩れたわけだ。その席を誰が埋めるかだな」

「何事も起きなければいいんですがね……」

 手配書からも感じ取れる悪意に、目を配る一同だった。



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第158話〝世界の反応〟

二ヶ月お待たせして申し訳ありません。


 クロコダイルの反逆と失墜のニュースが、全世界に衝撃を与え続ける中。

 海軍本部の元帥室では、センゴクがある人物と会話していた。

《あのクロコダイルが……!?》

「ああ、つい先日だ」

 好物のおかきを頬張りながら、センゴクは極秘任務中の部下――ロシナンテと会話する。

 かつてロシナンテは、ドンキホーテファミリーの幹部として潜入していたが、ヴェルゴの内通や自らの失態によって壊滅作戦を失敗してしまった。しかしテゾーロの部下のアオハルによって命を救われ、センゴクはその後もドンキホーテファミリーを追うように指示している。

 そしてロシナンテは、10年も前から新世界の政府加盟国「ドレスローザ」の外れにある無人島・グリーンビットに潜伏し、実兄の監視を続けているのだ。

「ロシナンテ、そっちの様子はどうだ?」

《グリーンビットはファミリーも近寄らないので、いい隠れ家です。協力者も大勢いますので、今のところ大事には至ってません》

「そうか……」

 センゴクは目を細めた。

 ロシナンテの極秘任務は、センゴク自身も成功確率がかなり低いと考えている。頭の切れる海賊であるドフラミンゴを失墜させる計画だ、長い時間と綿密な内容でないと打倒は困難を極める。

《……センゴクさん、おれ達は今、ドフィを止める作戦を練ってます。ただ、それを成就させるにはまだ時間がかかります》

「兵が足りんか?」

《兵力と言えば兵力ですが……ファミリーを倒すには、いくつかの段階を踏まなければならないんです。それを満たせる人材が来ないと……》

「そうか……私としても、お前の負担は軽くしたいのだが……」

 センゴクはもどかしさを覚えた。

 ドンキホーテファミリーを今度こそ壊滅させるべく動いたが、七武海に加盟した以上おいそれと手を出せなくなった。その上、ドフラミンゴ自身の出自が出自であるため、天竜人が絡んできてしまう。

 海軍元帥は海軍の総大将だが、同時に世界政府の中間管理職でもある。五老星はともかく、同期ですらゴミクズ呼ばわりする天竜人の命令まで受けなければならないため、元と言えど天竜人のドフラミンゴは簡単に潰せない。

「やはり、海軍では無理なのか……」

《こんなこと言うのは海兵として失格かもしれませんが……海賊か革命軍が関わってくれると、センゴクさんも動きやすいかもしれません。捕縛を口実にできますから》

「……ガープなら、そう言うだろうな……」

 センゴクは呆れたように笑うと、ロシナンテに指示した。

「私もテゾーロを通じて揺さぶりをかけてみよう。今のあいつは政府中枢にも影響を与える。テゾーロが何らかのアクションを起こす動きがあれば、こちらからまた連絡する」

《センゴクさん、ありがとうございます》

「うむ。通話は切るぞ、盗聴されては敵わんからな」

 今も息子のように可愛がっている部下との秘密のやり取りを終え、センゴクは新聞に再び目を通す。

(テゾーロ……こいつは昔から常識や固定観念に縛られぬ男だった。この男ならば、ロシナンテの助けになれるやもしれん)

 智将と称される男は、絶対的正義の名の下に「奇策」に打って出ようとした。

 

 

           *

 

 

 聖地マリージョア、パンゲア城。

 城内にある「権力の間」にて、世界政府最高権力の五老星が海軍の使者から報告を聞いていた。

「何、〝赤髪〟が?」

「ええ……不穏な動きを」

 海兵曰く、使者を使った間接的なものではあるが〝白ひげ〟と〝赤髪のシャンクス〟が接触したという。

 両者は共に四皇として新世界に君臨する海の皇帝。彼らの動向は海軍や世界政府にとって最重要事項の一つで、万が一武力衝突となると戦闘どころか()()となるため、四皇同士が接触すれば最大級の警戒態勢が敷かれる。

 だが、シャンクスは自分から世界を混沌にさせようとする男ではないため、政府上層部もある種の信頼を置く者もいる。五老星も例外ではない。

「別に自ら動いたわけではあるまい。下手に動かず様子を見ればよい」

「うむ。それに赤髪と白ひげであれば、テゾーロが接触していると聞く。いざという時は奴を仲介させれば穏便に事が済むだろう」

「テゾーロは世界政府にとって利のある存在(おとこ)だ。奴も混沌は望むまい」

 後ろで手を組む長いひげを蓄えた五老星の一声に、四人は頷いた。

 テゾーロの実績は、はっきり言って勲章や昇格というレベルではない。政府が抱える諸問題を次々と解決し、民衆からの信頼を損なわずに事を済ませてきたのだ。もみ消しや抹殺は世界政府の得意分野だが、テゾーロのやり方は回りくどかったり肝を冷やすようなことあるが非常に重宝している。

 交渉人や調停役としても、多くの大物を相手取った彼ならば五老星も一任できるのだ。

「それより今は七武海だ。クロコダイルの後任を急がねば……穴一つとて甘く見るな、三大勢力の陣営崩壊は世界に直接ヒビを入れる」

 刀を抱える白い着物姿の五老星は、七武海の件を口にした。

 新聞ではテゾーロの活躍となってるが、〝D〟の名を持つ海賊によってクロコダイルが倒されたことは政府にとって不都合だ。真の討伐者の情報が出回る前に後任を決めねばならないのが彼らの本音でもあるのだ。

「七武海の招集はかけてはいるが、期待はできんな」

「それにしても、厄介な男が現れたものだ」

 五老星は溜め息を吐きながら、クロコダイルを倒した海賊〝麦わらのルフィ〟の手配書を眺めるのだった。

 

 

           *

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)、バルディゴ。

 世界政府を直接倒そうと活動している組織「革命軍」の総本部にて、総司令官ドラゴンはクロコダイル討伐の報せを聞いていた。

「クロコダイルが倒れたか……」

「これで七武海に空席ができたので、政府は穴埋めに躍起になるでしょう」

「――ジェルマの件はどうなった?」

「いえ、クロコダイルの身柄拘束の前から撤退していたようで、アラバスタ周辺の海域には影も形も……」

 部下の報告に、ドラゴンは静かに「そうか」と呟いた。

 アラバスタの内乱の一件で、ジェルマ王国が絡んでるという情報があり、実際に潜入調査に当たった部下達も彼らと思われるいくつかの証拠を回収できた。

 が、肝心のジェルマ66(ダブルシックス)はすでに撤退済みであった。戦争屋である彼らを野放しにすれば、どこかで民衆が戦争に巻き込まれてしまう。

「それにしても、ギルド・テゾーロは時の人ですね」

「ああ、世界政府もいい広告塔を持ったものだ。おそらく政府側の人間では一番真面な感性を持っているだろう。ダグラス・バレットとブエナ・フェスタが関与した時は一時はどうなるかと思ったがな」

 ドラゴンは天を仰ぐ。

 テゾーロの思想は、おそらく革命軍に寄っていて、やり方は違えど方向性は同じ。

 彼とうまい具合に付き合えば、革命軍側の犠牲も抑えることができる。それこそ、世界政府を内側からも変えられる。

 ドラゴンとしては、ギルド・テゾーロという男との武力衝突は避けたいのが本音なのだ。

「……とすれば、次はドンキホーテファミリーを狙うかもしれんな」

「ドンキホーテファミリーを……!?」

 ドラゴンの一言に、その場にいた構成員達は一斉に顔を向けた。

 ドンキホーテ・ドフラミンゴが率いるドンキホーテファミリーは、闇取引を主に活動としているため、海賊団というよりも犯罪組織という方が正しい。彼らは七武海の特権も利用して世界中の戦争地帯への武器の密輸をしたり、世界各地での人身売買といったヤバい犯罪に手を染めている。

 これをテゾーロが快く思わないのは、火を見るよりも明らか。近い内に〝新世界の怪物〟と〝天夜叉〟の抗争が起こり得るのかもしれない。

「これからはテゾーロの動向にも注視しろと、世界中に散ってる幹部達にも周知させろ。今後の展開次第で、革命軍の指針を変更する必要も出てくるかもしれん」

『はっ!!』

 

 

           *

 

 

 シャボンディ諸島では、かつてテゾーロに覇気を教えたシルバーズ・レイリーが新聞を読んでいた。

「フフ……随分と活躍してるじゃないか」

「レイさん、何だか嬉しそうね」

 ぼったくりバーの店主である、シャッキーことシャクヤクは煙草を吹かしながら笑う。

 62歳となる美魔女である彼女も、テゾーロの活躍は面白いそうだ。

「まさか、あのガキがこうも化けるとはな。レイリーもビックリしたろ?」

「……そうだな」

 隣に座るかつての仲間――スコッパー・ギャバンが酒を片手に語る。

 元ロジャー海賊団である二人がテゾーロと邂逅したのは、数十年近く前。テゾーロ財団がまだあった頃だ。当時は一介の青年実業家にすぎず、まだ青臭さも残っていた。〝黄金帝〟という異名には程遠いものだった。

 それが今となっては、世界の勢力図すら書き換えかねない程の大物となった。人間とはよくわからないモノだ。

「なァ、レイリー。今度暇ができたらおれ達であいつんトコに顔出さねェか? カジノで賭け事やりたい放題だ、シャッキーも飽きねェだろうし」

「久しぶりに会ってみたいのはあるわね」

「それもいいな。手配書を破棄するように言っておくか。そうすれば伸びやかに隠居できる」

 旧世代の元海賊達は、顔見知りの富豪をどう強請ろうか語り合うのだった。




「FILM RED」が楽しみで仕方ない!
ウタちゃんもタイミング見計らって本作でも出そうと思います。


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第159話〝テゾーロのビジョン〟

あともう少しで「FILM RED」が公開ですね……!

それと、皆さんのご指摘で矛盾に気づきました。
訂正しましたので、お詫びいたします。
すんませんでした!


「そうか、逃げられたか……」

「すまねェな、センゴク」

「構わん。無茶を言ったのはおれだ」

 海軍本部の元帥室にて、軍の教官であるゼファーが同期のセンゴクと話し合っていた。

 話題は、アラバスタ王国における〝麦わらのルフィ〟の逮捕劇だった。

「やはり、テゾーロがいると迂闊にやれんな……」

「おい、センゴク! 扱いがおかしいじゃろうが! 甘やかしとらんか!?」

「黙っとれガープ!! お前なら「孫だから」と言うに決まっとろう!!」

 センゴクはガープに怒号を飛ばすと、溜め息を吐いて茶を啜った。

 

 今回の逮捕劇は、結論から言うと失敗に終わった。

 が、それは情状酌量の余地がある、致し方ない点が多かった。

 

 まずゼファーは、伝説の元海軍大将と称えられるだけあり、今でも現役の大将とも渡り合える技量を有している反面、昨今は心肺機能の低下が著しく、戦闘中でも吸入器を使った薬物投与を行わないと戦いが継続できない程に弱っている。心技体において全て上回っていても、老いに勝つことはできない。あのガープでさえ、最近パワーが落ちてるとボヤいているのだから無理もない。

 それに加え、今回はあのギルド・テゾーロが絡み、政治的な要素で海軍が思うように動けなかった。自由な振る舞いもあるが、テゾーロは世界各国の王族はおろか政府中枢からも信任が厚く、実質彼が関与しなければアラバスタは乗っ取られていたかもしれないのだ。今もアラバスタの復興に尽力しており、万が一のことがあれば海軍の面目は丸潰れ。下手をすればテゾーロがその尻拭いをしかねない。

 

 これらの要素があるため、海賊を逃しても仕方がなかった。もっとも、中枢の何名かは「他の七武海が首を取ってくれるだろう」と呑気に変な期待をしていたが。

「これ以上障るのもいかん。休むことを勧める」

「フッ……善処する」

 ゼファーはそう言うと、元帥室を後にした。

 その場に残されたセンゴクとガープは、別の議題について話し合った。

「おい、ガープ。お前としての意見を聞きたいが、次の七武海はどう思う?」

「〝黒ひげ〟とか言うヒゲブタ小僧か? わしゃ信用ならん」

 二人の話題に上がったのは、クロコダイルの後任を突如立候補してきた海賊だ。

 その名は、マーシャル・D・ティーチ。自らを〝黒ひげ〟と名乗り、たった四名の仲間と黒ひげ海賊団を結成し、丸太船で偉大なる航路(グランドライン)を航行する海賊団だ。

 実は先日、彼の使いである西の海(ウエストブルー)の元保安官・ラフィットがマリージョアに侵入し、後任に立候補してきたという。大した実績と無名に近い知名度をどうするつもりかと問うたところ、「暫しお待ちを。ぜひ我ら黒ひげ海賊団、覚えて下さい」と不敵に笑って姿を消した。

 怪しい臭いがプンプンするが、政府中枢はこれを一応は受理しているため、豪快な性格とは裏腹に老獪さや思慮深さをしっかり併せ持つ同期にセンゴクは意見を求めたのだ。

「白ひげの船の古株だった男らしいが、今までノーマークじゃったしなァ」

「やはり黒ひげは未知数、か……」

 ガープの意見に、センゴクは懸念を抱いた。

 実は以前、センゴクはテゾーロからティーチにイベントの景品であるヤミヤミの実を強奪されたという話を聞いていた。当時のティーチはあの白ひげの一味の船員であり、黄金帝ギルド・テゾーロの面子を潰したために四皇と一触即発になりかけたのだ。

 幸い、白ひげもテゾーロも良識ある人物であるため武力衝突にはならずに済んだが、事態を重く受け止めた白ひげは追跡命令を下し、テゾーロは政府中枢や海軍上層部に働きかけた。

 だが、今回のクロコダイルの件で七武海に穴が空き、政府中枢は「大した実績がなくとも実力が伴えばよい」という方針に変わりかけている……と、コング総帥から一報を受けた。もしこれで黒ひげが七武海になれば、かなりマズいことになる。

「……中枢(うえ)は三大勢力の均衡の為、穴埋めに躍起じゃろうな」

「ああ……厄介なことになりそうだ」

 パリッというせんべいをかじる音が、いつになく響いた気がした。

 

 

           *

 

 

 同時刻、グラン・テゾーロ。

 アラバスタから帰還したテゾーロは、打ち上げパーティーを開いていた。

「私がいない間、この国のイベント主催を代行してくれて感謝しているよ、Mr.フェスタ」

「ハハハハハ! こちとらロジャーがいた頃から興行してんだ、あんたの腐る程あるカネがありゃあどうってことないさ!」

 キンッとグラスを軽くあわせ、ワインを飲み干す。

 すでに七十代後半に差し掛かったフェスタだが、〝祭り屋〟としての敏腕ぶりは全くと言っていい程の衰え知らず。自らの人脈と相棒(テゾーロ)の資金を活用し、様々な企画を仕掛けている。

 その中でも人気を博したのは、音楽ライブだった。かつてテゾーロマネーを狙った泥棒だったカリーナを歌姫としてデビューさせると、目と耳が肥えた客を魅了させ、莫大な利益を上げることに成功した。これに味を占めたフェスタは、トンガリ島のライブハウス出身の歌姫アンを誘致し、カリーナとデュエットを組ませてライブを開催。興行収入100億ベリーという大成功を収めた。

「次のライブじゃあ、本格的に二人組としてデビューさせたいモンだ」

「その件は一任するよ。おれは少し世界政府に構わなきゃならなくなりそうだ」

 ケラケラと笑っていると、テゾーロの傍に愛妻ステラが座り、彼の身体に凭れかかった。

「……ステラ?」

「私、少し疲れたの……先に寝ていていいかしら?」

「構わないとも。もう少ししたら、私も行く」

 疲れた様子のステラに、テゾーロは優しく頭を撫でた。

 今回のアラバスタの件で、心労が溜まったのだろう。

 先に休むよう伝えると、ステラは自室へと戻っていった。

「……いい旦那ぶりだな」

「ステラ一筋なんでね」

 ニコリと笑い、今度はシャンパンを飲み干す。

「そういやあ、今日は重大発表すると言ったな」

「ああ、幹部は大体集まったから、そろそろバンドマンとスタッフ下げようか」

 テゾーロの一声に、動いたのはマリージョアから戻ったサイだった。

 彼は手を叩きながら解散を促し、幹部衆だけをその場に残した。

 今回は、久しぶりにグラン・テゾーロの上層部が集っている。ただ客将であるバレットは相変わらず海で暴れているが。

「――なあ、皆」

 テゾーロは声をかけた。

 そして一呼吸置いて、爆弾を投下した。

 

「もう少ししたら、潰そうか。七武海制度」

 

『!!!』

 テゾーロの言葉に、幹部達は息を呑んだ。

 王下七武海制度を撤廃する。それはすなわち、三大勢力の一角を担う王下七武海を倒し、世界の勢力図を塗り替えようということに他ならない。

 ついに〝新世界の怪物〟が、己の野望である「革命」に動くのだ。

「今回のクロコダイルの件で、おそらく七武海に対する不信感は加盟国の王達も疑念を抱くはず。その間に手を回して、そうだな……二年後までには潰そう」

「そんなことして、七武海の海賊達は黙ってるとは思えませんが……」

 元海軍であるシードの指摘に、幹部達は頷く。

 何せ七武海は世界政府によって選ばれた海賊達で、海軍大将と引けを取らぬ猛者も多く、なおかつ政府の要請や命令に応じるわけがない。その特権を失うのを嫌がるのは目に見えている。

 だが、テゾーロはその程度なら予測済みだとして、言葉を紡いだ。

「おれとしては、アマゾン・リリーを我が国と同様の中立国とするよう働きかけ、ドフラミンゴはこっちで倒す形に持ち込み、他の面々は()()()()()()()バレットに一任する」

「確かに、九蛇は敵に回すと面倒だな」

「あそこ全員覇気使いだからね」

 テゾーロ曰く。

 制度を撤廃すれば各々のメンバーは海軍の精鋭部隊から攻撃を受けることになるが、戦力分散は海軍にとってもかなり困る事案。しかし相応の関係を結んでいるハンコックのアマゾン・リリーを政府公認の中立国にすれば、海軍との武力衝突は回避できる。ドフラミンゴはかねてより標的であったため、それ以外の面子はバレット一人で事足りる。

 ただミホークは例外で、テゾーロは彼を雇う形で後ろ盾になろうと考えているらしい。世界最強の剣士は、やはり敵に回したくないようだ。

「ジンベエはどうするんで」

「彼はリュウグウ王国側の男だ、ネプチューン王とその辺りはうまくやるさ」

「じゃあ、その分の戦力は? 政府が納得してくれるとは……」

「それについてのビジョンもある。徴兵制で、海賊じゃない凄腕を海兵として雇う制度を作ればいい」

 海賊ではないが、そこらの大物を容易く蹴散らせる実力者を海兵として取り入れる。

 センゴクの胃に穴が空きそうだが、確かに海軍の徴兵は前例がなく、やってみる価値はありそうだ。

「……だが二年だろ? そう簡単に潰せるか?」

「これはおれの推測だが……おそらく、世界の勢力図は変わり始めている。今はまだ水面下での変化だが、時が経てば〝表〟にも出始める。変化に敏感でなければビジネスはできない」

 そう言った時だった。

 

 バンッ!

 

「テ、テゾーロ様!!」

「!? 何事だ!」

 非常に慌てた様子で、電伝虫を携えスタッフの一人が乗りこんできた。

 どうも電話相手がとんでもない人物の様子で、スタッフでは手に負えない相手のようだ。

 天竜人かと思い、電伝虫を受け取る。

「こちらギルド・テゾーロ。こんな夜中に何の用かね?」

《おれだ、テゾーロ》

「……シャンクス!?」

『――ええェーーーーーーッ!?』

 目を見開くテゾーロに、一同も思わず叫び声を上げた。

 何と、四皇〝赤髪〟が直接テゾーロに電話をかけてきたのだ。

《いきなりですまん。テゾーロ、お前さんに頼みがある。明後日いいか?》

「構わないが……何の件だ?」

《〝黒ひげ〟ティーチだ》

「ティーチ……!?」

 赤髪と黄金帝、二度目の会談が始まろうとしていた。




ちょっと思ったんですけど、最近のワンピの映画、歌姫多いですよね。
「GOLD」ではカリーナが、「STAMPEDE」ではアン、そして「RED」ではウタが歌姫を務めてる。しかも中の人も歌姫。
カリーナ、アン、ウタで三人組の女性音楽ユニットとかありですよね。そうなると中の人スゴイ豪華ですけど。(笑)



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第160話〝音楽のチカラ〟

先日、「FILM RED」観ました。
すごい感動しましたので、早速本作に……!

まだご鑑賞していない方、申し訳ありません。


 〝赤髪〟と〝黄金帝〟。

 前代未聞の二度目の会談は、テゾーロの活動拠点であるグラン・テゾーロで実施された。

「いきなり訪ねて悪かった。混乱を生んだか?」

「本当にいきなり仕掛けるんだなって思ったよ」

 シャンクスの猪口に酒を注ぐテゾーロは、呆れ半分といった様子。

 まあ、事前に電話で一報入れてくれた分、アポなしで突然来るよりかはいくらかマシだが。

「……これ、西の海(ウエストブルー)の酒じゃないか?」

「おれの故郷の味だ、飲んでくれ」

 年も近い分、久しぶりに会った友人のように接する両者。

 しかし、互いに立場は違えど世界的に大きな影響を与える男。一応センゴクには「シャンクス来るけど何もするな」と連絡しといたが、今頃世界政府の上層部は大慌てしている頃だろう。

「……美味いじゃないか」

「だろ? 遠慮せず飲め!」

「生憎、お酒はゆっくり嗜む主義でね」

 猪口に注がれた酒を一口。

 テゾーロは「さすが〝四皇〟が選んだ酒だ」と舌鼓を打ちながら、本題を切り出した。

「――黒ひげの件で話があると言ったな」

「ああ……実は白ひげに会うことにした」

「ブーーーッ!!」

 あっけらかんと言い放ったシャンクスに、テゾーロは酒を吹いた。

 いくら穏健派と言えど、四皇同士の接触は即座に五老星に報告が入り、世界政府・海軍はそれを阻止するため艦隊を差し向ける程の事態。そんなことになれば、世界の均衡にも関わる。

 と、ここで気づいた。テゾーロになぜわざわざ伝えたのか。その意味を考えると……。

「……まさか艦隊止めろとか?」

「おお! そこまで言っちまえば話が早い」

 テゾーロは悟った。

 黄金帝の富と権力は、天竜人に匹敵する。その経済力は四皇も無視できない程で、テゾーロマネーを未だに狙う一味もいるくらいだ。

 現状、テゾーロと良好な関係を築いているのはシャンクスと白ひげぐらい。その一人がテゾーロに頼るとすれば、海軍の艦隊派遣の中止ぐらいだろう。

「本当に戦争はしないよな……?」

「話し合いたいだけだ、そこまで大ごとにはしないさ」

「話し合いの中身を大方察しても、四皇同士が接触すれば大騒ぎだぞ」

 呆れたようにボヤきつつも、テゾーロはシャンクスの頼みを受け入れた。

 シャンクスとしても海軍との戦闘は避けたいし、海軍としても進んで四皇を討ち取る気はない。世界政府が危惧するのは四皇同士の戦争か同盟ぐらいなので、それとは直接関係ない案件ならば無視してもいいだろう。

 ただ、センゴクの胃に穴が空きそうだが。

「すまんな、テゾーロ」

「別にいいさ、バランサー役同士仲良くしよう。……それと、アラバスタでルフィと会った」

「っ! ホントか? じゃあクロコダイルを倒したのはルフィなんだな!?」

「3000万がいきなり億まで額が跳ね上がった時点でお察しのクセに」

 シャンクスはルフィの話となり、気分がよくなったのか豪快に笑った。

 テゾーロもルフィとは顔馴染みなので、そういう意味でも二人は気が合っていた。

 すると、そこへ外交官を務めるサイが顔を出した。

「テゾーロさん、少しいいですか?」

「何だ、仕事か? 席外そうか?」

「いえ、できればあなたもいてほしいですね〝赤髪〟」

 席を立とうとしたシャンクスを制止するサイ。

 サイは何も言わず、テゾーロに書状を渡した。

「これは?」

「〝エレジア〟って島、知ってます?」

 サイの言葉に、シャンクスの顔が一瞬強張った。

 テゾーロはそのわずかな変化に気づきつつも、サイに続きを促す。

「エレジアって何だ?」

「音楽の国として栄えていた王国です。その書状は元国王であるゴードン氏からのものです」

「ほう……」

 テゾーロは、ゴードンからの書状を読み上げた。

 

 

 ――拝啓 ギルド・テゾーロ殿

 

 

 

   一国の主として御多忙の身であろうが、頼みたいことがある。

 

   私は今、かつて栄えた音楽の国・エレジアの島で、一人の歌い手を育てている。その名はウタ。「世界の宝」と称賛するに相応しい類い稀な歌唱力を持つ娘だ。彼女は「歌を通じて世界中の人を幸せにしたい」と願っていて、素性を隠して世界中に歌声を発信し続けているのだが、最近はフレバンスやテキーラウルフを救った君に興味を示している。

 

   そして先日、彼女はあなたの影響力を頼り、ファンの前に姿を見せて行う巨大なライブをしたいと申し出た。私はかねてより貴殿の評判を他国の王から度々聞かされていたので、彼女の夢の為にと思いこの書を送った。

   

   彼女はある人物から託された。彼女を世界中を幸せにする最高の歌い手に育て上げることを誓って。その成果を、かつて私が犯した罪を代わって背負った〝彼〟への謝意として届けたい。

 

   どうか、ウタの気持ちに寄り添えていなかった私に代わって、ウタのライブ開催を手伝っていただきたい。

 

 

 

                           誰よりも音楽を愛する者 ゴードン

 

 

「……どうしますか?」

「やろう!」

 何とテゾーロは即断。

 判断が早すぎるのでは、と思わずサイは苦笑いした。

「音楽……武力やカネとは違う、全く新しいチカラだ! その手があったかと、思わず笑ってしまったよ……!」

「テゾーロさん……」

 テゾーロは、武者震いしながら笑った。

 暴力や武力ではなく、経済力や権力で革命を起こし時代を変えようとしたが、新しい選択肢――音楽があったことに、興奮が止まらなくなった。

 音楽は、言語・宗教・民族の壁を乗り越え調和を生むことができる。事実、現実世界には 音楽の力で紛争の爪痕が残る社会を癒そうとする団体があり、平和活動をするミュージシャンも大勢いた。

 現実世界でやれるのだから、この世界でもやれる――前世の記憶を持つテゾーロに、迷いは無かった。

「そうとなれば、色々な準備が必要だな。サイ、手紙を送る時間も惜しい。すぐにエレジアへ向かうんだ」

「何て伝えます?」

金主(スポンサー)になると伝えろ。二人では限度があるし、初めてとなれば相応のカネと人脈が必要だからな。これから忙しくなるぞ!!」

 完全にやる気満々のテゾーロだが、一方のシャンクスは複雑な表情をしていた。

「……そういう訳だからシャンクス、説明してもらうぞ。サイの情報収集力を甘く見るなよ」

「……そうだな、言い逃れもできなさそうだしな」

 観念したように笑うと、シャンクスは爆弾を投下した。

 

「ウタは、おれの娘だ」

 

「「……ハァァァ!?」」

 テゾーロとサイは、口をあんぐりと開けて驚愕。

 四皇〝赤髪〟に、娘がいたなど聞いたこともない!

「おい、お前さんサイファーポールだろ。何で驚く?」

「いや、そこまでの関係だとは……」

「それ以前にシャンクス! シードからフーシャ村でその子と会ったって報告聞いてないぞ!! ――ああ、そういうことか……」

 それらしき人物を見なかった理由を、テゾーロは察した。

 テゾーロの部下であるシードは、酪農を学びにフーシャ村へ留学した時期があり、そこでシャンクス達と会っている。だがその際にウタと思われる少女の報告は無かった。娘ならば、必ず同伴のはずだからだ。

 だが、留学中シードはシャンクスと行動を共にする少女と会わなかった。それはつまり、すでにウタはエレジアに行っていたということだ。

「……で、ウタと何で別れたんだ?」

「それについては、こちらの記事を」

 サイは当時の新聞をテゾーロに渡した。

 そこには、「赤髪によりエレジア滅亡」という信じられない見出しが載っていた。

「……あんたの性格から、到底そういうことはしないはずだ。真犯人は誰だ?」

「……いきなり核を突いてくるな」

「その方が手っ取り早いからな」

 シャンクスは酒を飲み干すと、エレジア滅亡の真相を話し始めた。

 

 

           *

 

 

「そんなことがあったのか……」

「あいつの歌声に、罪はない」

 真相を聞いたテゾーロは、未だ動揺を隠せないでいた。

 

 エレジアを滅ぼしたのは、地下深くに封印された魔王〝トットムジカ〟であること。

 それを呼び覚ましたのは、ウタの能力であるウタウタの実であること。

 シャンクスは彼女の為に、エレジア滅亡は赤髪海賊団の襲撃によるものと世間に伝えるようゴードンに頼んだこと。

 

 この世界に〝魔王〟なる存在がいたことに驚きだが、世界政府の中枢や海軍上層部もトットムジカを知っていることにも驚いた。

「……禁断の歌で出現する魔王。そんな古代兵器みたいな危険な楽譜、とっとと燃やせばいいでしょうに」

「いや、下手に処分をすればさらに厄介な形で蘇る可能性もある」

 テゾーロ曰く、封印されていたはずの楽譜がなぜかウタの手元にあったということは、楽譜が自らの意思を持って彼女の前に飛んできたという裏付けであり、それを考えれば破るなり燃やすなりしても復活する代物である可能性が極めて高いという。

 ウタウタの実の能力者に近づかせないように、厳重な場所に楽譜を閉じ込める以外に方法がない――そういうレベルの()()()()()なのだろう。

「……よしわかった! トットムジカの楽譜も、こちらで預かろう」

「それはさすがにゴードンさんも許さないでしょう……」

「心配すんな、おれに策が一つある」

 テゾーロは妙案を思い浮かんだらしく、サイに耳元で囁いた。

 サイは一瞬目を見開くと微笑み、「それなら問題なさそうですね」と断言した。

「……そういう訳だ、シャンクス。お前も手伝え」

「おれがか!? これから白ひげに会いに行くというのにか!?」

「それが済んでからでいい。親子喧嘩の場を設けるから、ちゃんと娘と向き合うべきだ。世界の命運も関わるんだ、()()()()()()()()()

 テゾーロはシャンクスに、ウタと再会させる準備をすることを伝えた。

 その計らいに、シャンクスは「すまん」と礼を述べた。

「サイ、ウタの件は一時お前に預ける。おれは白ひげと赤髪の会談の手回しをする」

「了解しました。フェスタさんには伝えときますか?」

「無論だ。興行力とプロデュース力はおれ以上の敏腕ぶりだ、必ず話を通しとくんだ。詳しいことはおれが直接話す」

「じゃあ、早速エレジアへ向かいますね」

 サイはそう告げると同時に、一瞬で姿を消した。

「……テゾーロ。おれの娘と――ウタと組むのか?」

「やり方は違えど、方向性が同じなら素性は問わない……それがおれのモットーだ」

 ――協力者は、一人でもいた方がいい。

 実業家らしい台詞を吐いたテゾーロに、シャンクスは笑った。

「テゾーロ、ウタを頼む。あいつは、赤髪海賊団(おれたち)の大切な家族なんだ」

「おれの革命は、あの子が必要らしいからな。あんたはあんたの仕事に集中してくれ、彼女はこのギルド・テゾーロが責任を持って夢を叶えさせる」

 テゾーロとシャンクスは、互いに口角を上げて固く握手したのだった。




本作では彼女の闇堕ちはさせません!!


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第161話〝黄金帝、赤髪〟

先日、二度目の「FILM RED」を観ました。
一度目はライブのシーンや戦闘シーンに圧倒されましたが、二度目は泣きそうになりました。(本当です)

クライマックスの戦闘シーンのBGMは最高でした。「新時代」の曲調に「ウィーアー!」のメロディが交ってるの二度目で気づいて……!
個人的には、赤髪海賊団バージョンの「ビンクスの酒」とか聞きたかったなァ……なんて。

ちなみにアニメ映画で泣きそうになったのは、作者は人生初です。無限列車でも泣かなかったのに……。


 世界が慌ただしくなりつつある中、グラン・テゾーロでは。

「そうか……クリューソス聖が……わかった、どうもありがとう」

 ガチャリと自室の電伝虫の受話器を下ろし、テゾーロはソファに座り込む。

 その顔には、哀しみの表情が浮かんでいた。

 

 先日、天竜人のクリューソス聖が病で逝去したと、同じ天竜人で親交のあるミョスガルド聖から電話があった。

 クリューソス聖は、天竜人でありながらテゾーロに力を貸し、世界的大物に昇り詰めて大きな影響力をもたらすきっかけとなった人物。彼がいなければ今のテゾーロはなく、恩人の一人でもあった。

 そんな彼が死んだのだ。最後にあった日は若干病気がちであったので、体調に気を付けるよう連絡を取り合ってはいたが、ついに再び会うことなくこの世を去った。

 

 盟友であるスタンダード・スライスも、彼と親交があった。もしかすれば、彼も今頃哀しんでいるのだろう。

「……献杯」

 テーブルに置いてあったグラスに酒を注ぎ、一気に飲み干す。

 彼の意志を継ぎ、時代を変え、革命をもたらすため、テゾーロは決意を新たにした。

 

 

           *

 

 

 翌日、テゾーロは国王としての執務をしている最中に電話をもらった。

 電話の主は、エレジアでウタと暮らすゴードンだった。

「直接会って話をしたい?」

《烏滸がましいだろうか?》

「こちらとしては問題ないですが……現職の国王という立場ゆえ、そちらに使者の船を送ります。国王が度々国を飛び出すと面倒ですので……よろしいでしょうか?」

《それはありがたい……! エレジアの元国王だった私も、その気持ちはわかる》

 ゴードンは明るい口調で答えた。

 今のウタの育ての親である彼は、エレジアが()()()()()()で壊滅して以来、一人でウタを育て見守ってきているのだが、今回のテゾーロとのコンタクトは非常に有意義なものだと考えている。天竜人に匹敵する権力と世界の勢力図を塗り替えかねない影響力を持つ〝新世界の怪物〟が、ウタの金主(スポンサー)として支えてくれれば、天からの贈り物であるウタの歌声を世界に届けられるからだ。

 それに、テゾーロは慈善事業に精力的に取り組んでいることでも有名で、最近ではアラバスタの復興支援でもその名を轟かせている。やり方は違えど方向性の近さから、ウタにとってもいい刺激となり、外の世界をほとんど知らない彼女の良き友人になってくれるだろうという期待もあった。

「実は……この件にはシャンクスにも手伝ってもらってましてね」

《シャンクスが……!?》

「ええ。ウチの外交官はサイファーポール兼務でしてね、エレジアの事件の真相も〝トットムジカ〟の件も存じてます」

《…………》

 言葉を失うゴードン。

 エレジアが滅んだあの運命の夜の真相を、テゾーロはなぜか知っている。

 表向きには赤髪海賊団によってエレジアは壊滅させられ、ゴードンは「()()()()()()()()()()()()()()()()とシャンクスと約束し、真相をひた隠しにしてきた。それにトットムジカの件は政府上層部が知っていたとしても、半信半疑の者が多いはずだ。

 それはつまり、テゾーロはシャンクス本人の口から真相を知ったことになる。

(ギルド・テゾーロ氏は、今や世界で最も影響力のある人物の一人……可能性は十分にあり得るが……)

「ともかく、時期を見計らってシャンクスと合同で会談しようと思ってます。ただ、今は止めときましょう」

《……ウタの為か?》

「いやァ、ちょっと今大変な事態でしてね……シャンクスは白ひげと会談する予定なんです」

 テゾーロの言葉に、ゴードンは驚愕した。

 白ひげと言えば、かつてあの海賊王ゴールド・ロジャーと()()互角に渡り合った世界最強の海賊だ。シャンクスが白ひげと会談するということは、四皇同士の接触ということであり、海軍は厳戒態勢となり世界に緊張が走ることでもある。

 一体どんな理由で……? ゴードンは尋ねたくなったが、今はウタのことが一番だとして改めてテゾーロに尋ねた。

《事情はわかった……なら私もウタに伝えて準備をするから、いつでも来るといい》

「よろしくお願いいたします。お二方を来賓として、()()()()()()()()()()()

 テゾーロはそう言って受話器を下ろした。

「……だ、そうだ。聞こえたか、()()()()()

《ああ》

 テゾーロは傍に置いてあったもう一つの電伝虫に言葉を掛けた。

 その相手は、エレジアの事件の当事者の一人――〝赤髪のシャンクス〟だった。

「一応、センゴクには穏健派同士だから大ごとにはならないとは伝えてはあるが……」

《なァに、それでも艦隊差し向けられたら、こっちは()ってやるだけさ》

「……あまり事を荒立てるなよ」

《だはははは! そりゃ無理だな》

 大笑いシャンクスに、テゾーロは溜め息を吐く。

 四皇の中でも際立って穏健なシャンクスだが、大きく動く時は別。艦隊を差し向けようが海軍大将がやってこようがお構いなしで、邪魔したら容赦なく叩き潰される。

 そのような事態を避けるべく、テゾーロは根回しをしていたのだが……。

「こっちはこっちで大変な――」

《そうだテゾーロ! ルフィの活躍知ってるか!?》

「話を聞け!! ――ああ、クロコダイルを倒したのはルフィだ……ってか、これ前回も話したな、さては酔っ払ってるな!?」

《バーロー! 酔っちゃいねェよ! ヒック》

 ――酔ってるじゃないか!!

 額に青筋を浮かべ、わなわなと震えるテゾーロ。

 無性に今度会ったらぶん殴りたくなった。

「……ベックマンに代わってくれ。今のあなたじゃダメだ、手がかかる」

《ハァ!? なんでベックに代わんなきゃいけねェんだよ!! あと手がかかるってなんだ、ガキじゃねェぞおれァ!!》

《お頭、代わるぞ》

《ちょ、ベック!!》

 電話の向こうでゴタゴタが起きている中、副船長のベックマンが出てきた。

 一番真面な相手が来たことに安堵しつつ、テゾーロは言葉を紡ぐ。

「どうも、テゾーロです」

《すまんな、ウチのお頭が……》

「心中お察しします」

 軽く挨拶を済ませ、本題に入る。

「……そっちはこれから白ひげ海賊団の本船へ?」

《いや、もう向かってる》

「! 結構早いですね……」

 どうやら赤髪海賊団は、すでに白ひげの元へ向かっているらしい。

 鉄壁の海賊団と世界最強の海賊団の接触は、どうやら想像以上に早い時期に行われるらしい。

《……そっちには悪いな、色々手を回してくれたようだな》

「海軍も七武海の後任で躍起なんですよ。あまり揉め事を起こされるとたまらない」

《……まァ、善処する》

 ちょっぴり哀愁の漂う返事をするベックマン。

 シャンクスに振り回されてるのだろうか。

《それより、お前は大丈夫か?》

「?」

《これ、盗聴されたりしてないのか?》

「ああ、御心配なく。プライベートな案件は〝白電伝虫〟を繋げてやってるんですよ」

 テゾーロはグラスのシャンパンを飲み干しながら笑った。

 白電伝虫は、通常の電伝虫に接続することで、黒電伝虫による盗聴を妨害する念波を飛ばす希少種だ。四皇や革命軍と言った、世界政府及び海軍が動向を注視する勢力は所有しており、情報保護には欠かせないアイテムだ。言い方を変えれば、盗聴妨害の念波を飛ばす白電伝虫に接続せず連絡を取ることは、挑発行為や政府にとって不都合な情報を大々的に報じ、揺さぶりをかけようとしているということである。

 もっとも、シャンクス達も持ってはいるが、()()()()()()()()念の為にテゾーロ側も繋げているのだ。

「一応こっちでも、政府の動きを把握しておく。新しい七武海が何しでかすか見当もつかない。ただでさえ、こっちは七武海制度を潰そうと画策してるってのに……」

《……正気か? 三大勢力の均衡を破壊するつもりか》

「正気ですよ。時代を変えるにはそれぐらいのことをしなきゃならない」

 テゾーロの覚悟に、ベックマンは電伝虫越しで息を呑んだ。

 海賊王ロジャーが、自らの死をもって大海賊時代という〝新時代〟を到来させたように。世界を巻き込む程のことを起こさなければ、世界は変わらない。

「それよりも、今は〝黒ひげ〟ですよ。一応白ひげ側は追討命令を下してるようですけど……あの男はおれ達をも出し抜いた切れ者。何か妙な考えがあるかもしれない」

《……ああ、お頭はその件で話があるそうだ》

「……こっちも政府には黒ひげを信用するなと念は押してますが、おれも敵が多い立場。すんなりとはいかない可能性が高い。でも赤髪海賊団(あなたたち)は、政府上層部も一目置く程の勢力。何かしらのアクションをしてくれるのは助かります」

《……そうか》

 そのようなやり取りをしていると、ふらりとサイが部屋に入ってきた。

「おや、お取込み中でしたか」

「別に大丈夫さ、赤髪海賊団だ」

「ほう、四皇シャンクスの……白ひげとの接触の噂は本当でしたか」

 サイは目を細めて呟く。

 政府内部でも、今回のシャンクスの動向は注目の的のようだ。

《……お前の言う、サイファーポールのか?》

「信頼のおける部下です、ご安心を。……では、お互いこれから多忙でしょうし、一度切ります。終わり次第、そちらから連絡をしてくれるようお願いできますか? できればあなたがやってほしいんです、ベックマン」

《お頭はうっかり忘れるかもしれないからか?》

「明晰な方と能天気な方、どっちがいいかという選択肢でいい方を選んだだけですよ」

 テゾーロがバッサリ切り捨てると、電伝虫越しで大爆笑の声が相次いだ。

 赤髪海賊団の幹部格はほとんど一緒にいるようで、シャンクスへの毒がウケているようだ。

 さすがは赤髪海賊団、お気楽である。

《……ウタのことを、おれ達の娘をよろしく頼む》

「ええ。彼女はこれからの〝新時代〟に必要ですからね。――では、失礼」

 ガチャリと受話器を下ろし、テゾーロはサイに命じた。

「サイ。エレジアへ使者を送り、ゴードンとウタをグラン・テゾーロ(このくに)へ来賓として連れて来てくれ」

「白ひげとの接触の後で?」

「ああ。今動くのはキツいからな。タイミングは一任するよ」

 テゾーロの命令に、サイは「委細承知」と微笑みながら頭を下げたのだった。



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第162話〝国賓・ウタ〟

久しぶりの更新です。

ウタの裏設定で、カリーナとマリア・ナポレを尊敬するミュージシャンとして挙げてるなんて初耳でした。
せっかくなので、その設定を活かします。


 数日後。

 グラン・テゾーロに、二人の男女が姿を現した。

 一人は、文字通りの美少女。髪色は右がポピーレッド、左が淡いピンクホワイトのツートンカラー。髪型は一言で言えば「うさみみ型」で、肩から胸にかけて下ろした髪の先はリング状に結んでいる。ヘッドセットにアームカバー、ミニワンピースとハイカットスニーカーという衣装は、どこか現代の歌姫を彷彿させる。

 もう一人は、突き出た頭とその頭に残るつぎはぎが特徴的な貴族風の大男。フランケンシュタインの怪物を想起させるが、とても柔和な雰囲気を纏っている。

 ギルド・テゾーロの「国賓」であるウタと、その育て親のゴードンだ。

「スゴイ……!」

「これが、黄金帝の国……! 何と素晴らしい……!」

 ウタはエレジアの事件以来、初めて外国へ訪れたのだが、ゴードン共々圧倒されていた。

 このグラン・テゾーロは世界で唯一の中立国家であり、同時に巨大なエンターテインメントの街でもあり、世界中の多くの人種が差別なく暮らしている〝夢の国〟でもある。平和で自由な新時代を望むウタにとっては、この国は一つの〝答え〟だったのだ。

「素敵な国……!」

 ウタはグラン・テゾーロの様子に感動を覚えた。

 すると二人の元に、褐色肌のセクシーな女性が現れた。

「お待たせいたしました。私はこのグラン・テゾーロでVIPのお客様をご案内させていただきます、バカラと申します」

「この国の案内係(コンシェルジュ)かね?」

「勿論! 特にあなた方はグラン・テゾーロ公認のVIPの最上位である()()! 民間の方ではあなた方が初めてです」

 つまり、ウタとゴードンは天竜人と同等の立場だと見なされているのだ。

「さあ、どうぞ。世界が認める()()()()()()()、ギルド・テゾーロ様がお待ちしております!」

 

 

 バカラに案内され、ウタとゴードンはテゾーロの自室を訪れた。

「よく来てくれたね。私がギルド・テゾーロだ」

「は、初めまして! ウタです」

 緊張気味に自己紹介するウタ。 

 ――これが、あの赤髪のシャンクスの娘か……。

 テゾーロは朗らかに笑うと、徐に立ち上がった。

「ではまず……会食と行こうか」

「へ?」

「君達二人は国賓として招いているんだ。ただ会話してバイバイだと、ロクなもてなしもしないのかと批判を受ける。国家の信用にも関わりかねないからね」

 テゾーロはイスに腰掛けるよう催促する。

 その前にある会食用のテーブルには、世界各地の様々な料理が並べられている。

 中でもウタが食いついたのは、ホイップがたんまりと乗ったパンケーキだった。

「――パンケーキは好きかね?」

「え、いや!」

「遠慮しなくともいい。好きな物を食べればいい」

「じゃあ、いただきまーす!」

 何と、本当に遠慮せずにパンケーキをがっつき始めた。

 さすがのゴードンも無礼だと注意したが、テゾーロは「せっかくの外界だから好きにさせて構わない」と笑った。

「しかし、ここまで歓迎を受けていいのかね?」

「それが国賓というモノですよ、ゴードン元国王。新時代を担う歌姫ならば、なおのことです」

(……これがこの国の王……何という器の持ち主だ)

 テゾーロの器量に感服しつつ、ゴードンもパエリアを食べ始める。

 なお、テゾーロはローストビーフを頬張っている。

「おいし~!」

「喜んでくれて何よりだ。私は世界中を飛び回ってる身でね、色んな国の食や文化を身を以て体験してきた。そしてその文化は、グラン・テゾーロに集中する」

「成程、異文化交流ということか……」

 ゴードンは関心を寄せた。

 というのも、グラン・テゾーロは移民が多く、多種多様な建築物が多い国だ。冬島ならではの屋根づくりの家から、夏島ならではの壁の家など、種類だけでも相当な数だ。色んな人種が幸福に暮らせるようにした、テゾーロなりの政策なのだろう。

「ねえねえ! カジノ王さん、カリーナさんっている!?」

「ん? カリーナがどうかしたのか?」

 突如、話題はグラン・テゾーロの歌姫・カリーナに切り替わる。

 その反応から、テゾーロはもしやと思い尋ねた。

「……会ってみるかね?」

「いいの!?」

 ウタの食いつきっぷりが、尋常ではない。

 テゾーロはどういうことかと、目線をゴードンに配った。

「ウタにとって、カリーナは尊敬するミュージシャンの一人なんだ」

「成程……」

 そんな縁があったとは思いもしなかったのか、テゾーロは驚きを隠せない。

 すると、それならばとあることを閃いた。

「……カリーナと一緒にステージに立ってみるかい?」

「ええっ!?」

 ピコーンッ! という効果音が付きそうなくらい、ウタのうさみみ型の髪が立ち上がった。

 テゾーロは一瞬ギョッとするが、すぐに通常運転に戻って話し出した。

「歌唱力に自信があるのなら、デュエットを組むなり歌合戦をするなり、色々と手を打てる。幸い、明日のステージのスケジュールは空白でね」

「ホント!? やったー!!」

 テンションが爆上げしてるのか、物凄い勢いで髪が荒ぶる。

 余程嬉しいようだ。

「話については私から通しておこう」

「ありがとう! おじさん、いい人だね!」

 

 ――ザクッ

 

「お……おじさん……ああ、そうか、そんな年齢だもんな……アハハ……」

「ウ、ウタ!! 少しはオブラートに包まないかっ!!」

「え? 何かマズかった?」

 無邪気で純粋な性格ゆえ、ド直球で言い放つウタ。

 今年で三十九歳――ドフラミンゴと同い年――を迎えるテゾーロは引き攣った笑みを浮かべ、ゴードンは血相を変えてウタを叱ったのだった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 明日急遽行われるステージに備え、ウタが寝ている頃。

 テゾーロはゴードンと一対一で飲み会をしていた。

「ウタの為にここまでしてくれて、どうもありがとう。私はあの島ではここまでのことはできなかった」

「国を挙げて歓迎すると言ったんです。こうでもしないとおれの気が済まない」

 シャンパンを煽るテゾーロ。

 ゴードンもまた、久しぶりに飲む「外の酒」を堪能する。

「……さて、ここから先はオフレコで行きましょう。まずはトットムジカについてです」

「!!」

 その言葉に、ゴードンは顔を強張らせた。

 エレジア崩壊の原因である〝魔王〟トットムジカ。テゾーロはその禁断の歌の楽譜について、あることを思いついたというのだが――

「ゴードンさん、トットムジカの楽譜は何枚ありますか?」

「楽譜は四枚だが……」

「その楽譜を、バラバラに保管するというやり方です」

 テゾーロ曰く。

 魔王が実体化して顕現する条件は、ウタウタの実の能力者がトットムジカを歌うこと。逆を言えば、ウタウタの実の能力者でなければ歌えない曲の可能性があり、能力者であるウタの手に渡らない状況を作ればいいというのだ。

 しかし、ゴードンは妙案だと思いつつも難色を示した。楽譜自体はエレジアに封印されていたにもかかわらず、封印が解かれてエレジアは滅んだからだ。これについてはウタの美しい歌声を国中に響かせようとしたため、トットムジカがそれに呼応した可能性があるが。

「封印が解かれた代物の管理はそう簡単ではないぞ……」

「そこで、おれとゴードンさん、そしてシャンクスで楽譜を管理することにしようって訳です」

 テゾーロは不敵に笑った。

 四枚ある禁断の楽譜を、シャンクスにも管理させるという大胆なアイデア。しかし分割して所有・厳重に保管すれば、ウタの手元に戻るのは容易ではないのも事実だ。

 ましてや管理者の一人が海の皇帝であれば、邪な考えを持つ人間が奪いに来るのも容易ではない。テゾーロもテゾーロで、天竜人に匹敵する権力を持つがゆえ、そう簡単に奪われることもない。ゴードン一人で管理するよりは、リスクは少ないだろう。

「楽譜の内、一枚目はシャンクス、二枚目はおれ、三枚目はゴードンさんが管理してください」

「わかった……だが四枚目は?」

「四枚目は、ある人物に託します。絶対的な人望と実績がある人ですので、ご安心を」

「……海兵か?」

 ゴードンの質問に、テゾーロは無言を貫いた。

 四枚目の管理者が海兵だとすると、トットムジカの伝説と孕む危険性を承知し、その上で世界政府の上層部が悪用に転じないように働きかけられる者――テゾーロはそんな人物を選ぶはずだ。

 だが、テゾーロは交友関係が広く深い。何らかのルートで世界政府に知られ、ウタの身に危険が及ばないよう、長年の親友に託す場合もあり得る。

(……詮索はしない方がいいか)

 ゴードンはその管理者候補については問わないことにした。

 政府上層部からの信任が厚いテゾーロが信用するのならば、ひとまず安全だと判断していいだろう。

「……トットムジカの楽譜の管理は、わかった。後日持ってくる」

「ありがとうございます。――それとこれは別の話ですが、トットムジカの楽譜の処分の検討ってしたことありますか?」

「……!」

 テゾーロの質問に、ゴードンは驚いた表情を浮かべた後、目を逸らした。

「私は……私は、音楽を愛する者として、トットムジカの楽譜を捨てることができなかった……! 自国に伝わる凶器に立ち向かわず、ウタ自身と向き合うことも……!」

「……トットムジカの楽譜は、処分してどうにかなる代物とは思えません。心に傷を負った子供に真実をいつ告げるべきかというのも、かなり難しい問題ですしね」

 懺悔するように、涙ながらに語るゴードンに、テゾーロは複雑な表情を浮かべる。

 しかし、大人になれば真実について色々考えて受け止められるものだ。今ここでウタと向き合わなければ、いつか自分で真実を知った時に精神的に追い込まれる。そうなってしまえば、自分はなぜ歌を歌うのかという根本的な部分が揺らいでしまう。

「ゴードンさん、おれが彼女と向き合う機会を作ります」

「!!」

「シャンクスにも来ていただくよう、おれが働きかけます。あなたの口で真実を語るんだ」

 テゾーロの提案に、項垂れていたゴードンは鼻をすすり上げた。

 ウタの歌姫としての在り方は「海賊嫌い」だが、今の内に手を打てば「海賊嫌いのウタ」の看板を下ろせる。幸いにもテゾーロは世界政府の有力者であり、世界政府の〝闇〟に殴り込んで悪漢達を追放した実績もある。いざという時は〝そいつら〟を黒幕扱いにすればいい。特にスパンダインとスパンダムを。

「それに、これでも五老星との私的な謁見も許されてます。権力は万国共通……政府側のアクションに関しては、五老星が動けば情報統制も容易い」

「……ウタの為に、そこまで……」

「正しくは、ウタとシャンクス、そしてゴードンさんの為ですが」

 テゾーロは、そう言うと笑みを深めた。

 部外者なのに、本気で自分達を救おうと力を尽くしてくれる――テゾーロの計らいに、ゴードンは声を震わせ感謝を述べた。

「ありがとう……本当に、ありがとう! こんな愚か者を、何だかんだ理由を付けて逃げている卑怯者の私を……!」

舞台(ステージ)はおれが作る。だから……育ての親として、ウタとゆっくり話してください」

 ――あの子は、これからの時代を背負う資格があるから。

 〝新世界の怪物〟は、ウタの可能性に賭けたのだった。



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第163話〝エレジアの真実〟

今年最後の投稿です。



 その頃、サイはテゾーロの命令で、一人ある場所へと訪れていた。

「ここが、エレジアですか……」

 廃墟の中を進み、息を呑む。

 ウタとゴードンが暮らす、かつて世界一の音楽の都だったエレジア。たった一晩で国が滅んで以来、この島には廃墟だけしか残っていない。それでも文化的価値・歴史的価値の高い建物であるのは変わらない。

 街中、教会、城跡、港……エレジアの様々な場所を調査し、砂浜へ貴重な資料が残ってないか散策した時だった。

「これは……映像電伝虫?」

 見つけたのは、古い映像電伝虫だった。

 映像を再生できるのかどうか怪しいくらい、年季が入っている。映像電伝虫は当時極めて貴重な代物……おそらく、この国で行われる音楽祭に政府の人間も出入りしており、何かの記念で受け取っていたのだろう。

 中身は幸いにも、生きている。もしかすれば、()()()()()の記録があるかもしれない。

「これは確認する必要がありますね……」

 サイファーポールは諜報活動のプロ。

 スパンダイン親子の追放後、出世して高官となった今でも、テゾーロの外交官の傍ら、諜報員として活動している。

 少なくとも、貴重な記録として保管しなければならないだろう。

 

 ――たとえ、どんなに残酷な真実であっても。

 

 

           *

 

 

 古い映像電伝虫を再生すると、そこに移っていたのは、火の海と化したエレジアだった。

 

《誰か! 大変だ、トットムジカの話は本当だった! 〝魔王〟が――トットムジカでよみがえった魔王が街を破壊している!!》

 

 映像の配信者は、若い男性。

 炎で夜空は真っ赤に染まり、音楽の島は文字通りの地獄絵図だった。

 大火に包まれた街中には、首元の数珠のように並んだ髑髏とピアノの鍵盤の様な両腕が特徴的な、黒いハットを被ったピエロのような異形の怪物がレーザー光線で破壊の限りを尽くしていた。

 よく見ると、怪物に立ち向かう者達の姿が映っている。麦わら帽子と黒いマントの剣士――あの〝赤髪のシャンクス〟と赤髪海賊団だ。今でこそ大幹部とされる面々も、まだ若い。

 赤髪海賊団と魔王の戦闘は、苛烈極まりなく、同時に赤髪海賊団の劣勢だった。魔王の防御は鉄壁であり、覇気を纏った攻撃ですら完全に防ぎ切っている。シャンクスも果敢に攻め立てるが、魔王は巨大な腕を盾にしてレーザーで周囲を焼き払っている。

 大海賊の赤髪海賊団が総力で立ち向かっても圧倒する怪物――魔王の実在に、サイは絶句した。

 

《ハァ……ハァ……この映像を見ている人!! ウタという少女は危険だ!! あの子の歌は、世界を滅ぼす!! ――あっ!! うわーーーーーーーーーーっ!!!》

 

 ドゴォンッ!! 

 

 〝魔王〟が放ったレーザーが直撃したのか、爆音と共に音声と映像はそこで途切れた。

「…………こ、これはっ……」

 サイは血の気が引いた。

 エレジア壊滅の事件は、ゴードンとウタ以外は全滅。この配信をした男性も、トットムジカによって殺されたのだろう。

 海賊界でも穏健派として知られるシャンクスの、悪名を馳せたエレジアの事件。その真相は、ウタがトットムジカを歌って召喚してしまった〝魔王〟を、島の人間を護るために赤髪海賊団が戦っていたというものだった。

 しかし、それでもエレジアは滅んでしまった。四皇と称される前とはいえ、赤髪海賊団は10年以上前から名を轟かす鉄壁の海賊団。彼らの総力を以てしてもエレジアの民を護り切れなかったという事実は、衝撃という言葉では済まされない。

「こんなものが知られたら、世界は破滅するじゃないか……!!」

 サイは顔面蒼白のまま、そう呟いた。 

 この世界を脅かす存在は、古代兵器の復活。悪意ある人間の手に渡れば、四皇でも手に負えないだろう。当然、世界政府も。

 だが、映像に移っていた魔王は、古代兵器以上の脅威だ。後の四皇ですら圧倒する力、映像越しで伝わった明確な悪意、ウタウタの実の能力者がトットムジカを歌えさえすれば封印が解けるという顕現のしやすさ……どれをとっても、古代兵器よりも質が悪い。

 ましてや、悪魔の実をこの世から完全に抹消するのは不可能に近い。人間の手に渡らないようにウタウタの実を封印する以外、方法はないと言える。

 これ程の理不尽が、この世界に存在したとは。

「早くテゾーロさんに報せないと……!」

 

 

 その夜、グラン・テゾーロでは。

「今日は特別中の特別!!」

「カリーナさん! アンさん! そしてこの私、ウタで!!」

「最高最強のスペシャルショーだ~~~っ!!」

『うおおおおおおおおおおおおっ!!』

 グラン・テゾーロが誇る巨大ステージ「GOLD STELLA SHOW」では、三人の歌姫が降臨していた。

 

 一人は、紫髪をまとめ上げたドレス姿の美女・カリーナ。かつては〝女狐〟と呼ばれた怪盗だが、テゾーロに素質を見抜かれ、現在はグラン・テゾーロの歌姫として荒稼ぎしている。

 もう一人は、トンガリ島のライブハウス出身の歌姫・アン。大きなリボンとわたあめのような緑のツインテールが特徴で、天真爛漫な性格から人気が根強い。

 そして、今回のショーのゲスト……世界で一番愛されている人とも称されている世界の歌姫・ウタ。別次元とも言うべき歌唱力と無邪気な性格は、活動して間もないのに種族間の軋轢を通り越した人気を確立させている。

 

 そんな三人の歌姫が、一度に集まるなど前代未聞。

 このサプライズはテゾーロの独断で決定したため、観客は何も知らされてない。ゆえに熱狂ぶりは尋常ではなかった。

「諸君!! 盛り上がってるか~~~~~~~!!」

 ステージの中央に、蝶ネクタイとサスペンダー、短パン姿のコメディアンがマイク片手に現れた。

 グラン・テゾーロのステージで行われるショーを担当する、義足の名司会――〝仕切屋〟ドナルド・モデラートだ。

「今夜のサプライズに驚いた者は多い……いや、全員が度肝を抜いただろう!! 実は……おれもつい先程、フェスタさんとテゾーロさんに言われたばかりでな……スッゲェ緊張してる!! ショーが始まる直前にウタちゃんが参加するって聞いたんだぜ!? ぶったまげるだろ!!」

 その言葉に、観客も湧く。

 世界中のアイドルの頂点が雁首揃えば、誰だって緊張するだろう。

「まずは! この舞台(ステージ)が初めてであり、顔出しも初めてのウタちゃんの自己紹介からだァ!! ――そんじゃ、よろしくな」

「みんな! 初めまして! ウタだよ!!」

 ウタが軽く名前を言った途端、観客の熱気が一気に上がった。

 歓声に包まれる会場に、ウタも思わず「ごめん……ちょっと感動しちゃった」と涙ぐんだ。

「今日は私が尊敬するカリーナさんと、意気投合したアンさんと! スッゴく楽しいショーをします! 楽しんでねーーーー!!」

『うおおおおおおおおおおおお!!!』

 轟く歓声。

 ショーはこれからだというのに、すでに最高潮を迎えている。

 そこで、仕切屋の出番だ。

「ウタちゃん、ありがとよーーー!! さあ、これからショーが始まるんだが……ここで喉を嗄らすなよ!! 終わった頃にはミイラになってるぞ!!」

「みんなー! 水分ちゃんと摂ってねーー!」

 アンが慌てた様子で水分補給を促す。

 その可愛らしい姿に、アンを推すファンはウタのファンに負けない声援を上げる。

「ようし! 準備はいいな? いきなりかっ飛ばすぞ!! ウタちゃんが作曲した、文字通りの〝神曲〟……「新時代」だァ!!!」

 

 

           *

 

 

 新時代はこの未来だ

 

 世界中全部 変えてしまえば 変えてしまえば

 

 果てしない音楽がもっと届くように

 

 夢は見ないわ キミが話した 「ボクを信じて」

 

 

「……美しい……!」

「……何て素晴らしい」

「ああ、ここまで彼女が生き生きしているのは久しぶりだ」

 ホテルの最上階にある自室にて、テゾーロはステラとゴードンと共に、映像電伝虫で生配信を見ていた。

 観客と歌姫が一つになった瞬間だ。平和とはまさにこのことだろう。

「君にはいつも驚かされる……ウタも勿論だが、君も世界が必要とする人材と言える。間違いない」

「買い被りすぎです。所詮おれは成金ですよ?」

「だが武力ではなく、権力と経済力でこの世界を変えようとするその心意気は真実だろう?」

 ゴードンは朗らかに笑う。

 見た目はどう考えても悪役なのに、根っからの善人であるゴードン。人は見かけによらないものだ。

「……ウタを君の庇護下にすれば、政府や海賊達から狙われるリスクも減る。彼女をここに置いてくれないか?」

「エレジアを捨てるつもりですか? 彼女にも思い入れはあるかと」

「……すでに滅んだ国に、いつまでも居させるのもダメだろう」

 ゴードンの言葉に、テゾーロは納得した様子でシャンパンを飲み干す。

 ウタはゴードンとエレジアで二人暮らしだったためか、かなり世間知らずな一面も持ち、王下七武海や四皇の存在など、世界の大半が知っていることに対してほとんど知らない。書物などから知識や情報を得ているらしいが、それだけでは目まぐるしく変わる世界情勢についていけない。

 それを憂いたゴードンは、テゾーロにグラン・テゾーロへ()()()()を移住させてくれないかと提案したが……テゾーロの答えは「NO」だった。

「彼女の育て親はあなただ。今の彼女は、シャンクスに裏切られたと思っている……その上であなたが離れるのは絶対にダメだ」

「……なら……」

「そうね……だからこそ、シャンクスさんとのわだかまりの解消が必要なんでしょう?」

 ステラの言葉に、テゾーロは無言で頷いた。

 運が悪いことに、シャンクスは〝黒ひげ〟と彼を追跡する〝火拳のエース〟の対応で忙しく、今は白ひげとの交渉に向かっている。事前にテゾーロが海軍と政府中枢に手を回したとはいえ、四皇同士の接触に何の対応もしないのはマズいとし、海軍は最重要厳戒態勢を敷いている。

 四皇の中でも話がわかるタイプの男二人の会談に、世界は注目すると同時に危機感を抱いている。シャンクスはそれ程の存在なのだ。

「今の世界情勢次第では、ウタとの和解が先延ばしされる。チャンスを伺って、手を打たなきゃ手遅れになる」

「……テゾーロ……」

 

 プルプルプル……プルプルプル……

 

「!」

 ふと、電伝虫が鳴った。

 テゾーロは受話器を取ると、サイが慌てた様子で声をかけた。

《テゾーロさん! 大変です、エレジアでの任務の件ですが……!》

「収穫があったのか?」

《事件当日の映像を、入手しました……!!》

「「「!!」」」

 その言葉に、一同が目を見開いた。

 テゾーロは冷静に、サイへ指示を飛ばす。

「ご苦労。そのまままっすぐ帰って来い」

《了解……ですが、五老星への報告は?》

「まずはおれがチェックする。中身次第じゃあ、ウタの立場が危ぶまれるかもしれないだろ」

 テゾーロはウタが危険因子と認識されないように忠告する。

 その意図を察したのか、サイは了承するとすぐに連絡を終えた。盗聴を防ぐためだろう。

「……テゾーロ」

「……ゴードンさん、立ち合いをお願いします」

 

 新世界の怪物は、悲劇の真実を目の当たりにすることになるのだった。




楽曲コードの方、今回が初めてなので、使い方が誤ってたら教えてください。


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第164話〝ウタとステラ〟

新年初投稿は、久しぶりに出番が回ってきたキャラが頑張ります。


 四日後。

 急きょ帰還したサイは、テゾーロとゴードンに例の映像電伝虫の映像を見せた。

「ま、まさか記録していた者がいたとは……」

 かつての国王だったゴードンは、国民が命懸けで映像を回していたことに驚く。

 だが、それ以上に衝撃を受けていたのが、テゾーロだった。

「……」

 火の海と化したエレジアに顕現した〝魔王〟。

 四皇と呼ばれるずっと前とはいえ、赤髪海賊団が総力で立ち向かっても大惨事を免れなかったという凶悪かつ圧倒的な〝破壊のチカラ〟に、血の気が引いていた。

 今まで見たことない程に青褪めたテゾーロに、サイも驚いていた。

「……この件は政府上層部には?」

「まだ報告してません。私の上司はテゾーロさんですから」

 そう言ったサイに、テゾーロは「英断だ」と感謝を述べた。

 こんなものが世に出回ってはならない。真実は知るべきモノだが、これは別次元だ。

 存在が露見すれば、()()()()()()()()()()のだ。

「悪魔の実の副産物か、古代兵器か……?」

「……」

 サイは無言を貫いた。

 そう、現地に赴いたサイの調査を以てしても、魔王の正体は不明なのだ。

 ただ歌えばいいのではなく、ウタウタの実の能力者が歌うことで顕現するらしいので、悪魔の実と関係がある可能性は高いが、それどころではない。

 魔王とは本来、悪魔の実が存在するこの世界でも、絵物語や真偽不明の伝説上の存在でしかない。だが、この映像にはその空想上の存在の実在が明らかとなっている。しかもそのチカラは四皇すら上回りかねない。

 それにゴードンの証言によれば、魔王が消滅したのはウタの体力切れだという。言い方を変えれば、もしウタウタの実の能力者がとんでもないスタミナの持ち主なら、顕現したら体力切れになるまで破壊の限りを尽くすということだ。

 まさに、制御不能。人智を超越した破壊の化身。トットムジカで顕現した魔王は人間が使役できる存在ではなく、本当に世界を破滅させる〝脅威〟なのだ。

「……シャンクスやゴードンさんがひた隠しにする理由がわかったよ……」

「テゾーロ君……」

「ウタは純粋な子だ、真面に受け止めたら精神的に追い詰められかねないぞ……」

 これ程の大ごとには、さすがのテゾーロも参ったのか頭を抱えた。

 

 エレジアを滅ぼしたのは魔王で、その魔王を召喚したのは何も知らずにトットムジカを歌ってしまったウタ。

 シャンクス達はエレジアの為に魔王と戦うが、救えたのはウタとゴードンだけだった。

 そしてエレジアでの全ての罪をシャンクスは被り、立ち去ることでウタを守っていた。

 この真実を、ウタは知る権利がある。テゾーロはその考えに間違いはないと思ってるし、このままさらに歪む前に教えるべきとも考えている。

 

 だが、本当にウタが知っていい真実なのか……それだけが引っかかった。

 

 ウタは世界一の歌姫であり、彼女を必要とする人間は物凄い数だ。世界的な影響力は自分や四皇に匹敵、あるいはそれ以上とも言える。

 だがこの真実を知れば、今まで海賊嫌いと公言していたウタは、目的を失ってしまう。海賊を嫌う資格が無くなり、誰の為に、何の為に歌うのかがわからなくなってしまう。

 目的を失ったことで歪な道を歩む者は多い。ダグラス・バレットも、ロジャーとの決闘という目的を失ったことで、サイクロンのようにあらゆるものを無差別に破壊するようになったのだ。ウタが歌う目的を失えば、廃人どころじゃ済まなくなる。シャンクスとの和解など、夢のまた夢だ。

「……本当に、どうすればいいんだ……!」

 手詰まりだと言わんばかりの重い声を上げるテゾーロ。

 何が正解なのか、何が間違いなのか、わからなくなっている。

 サイもゴードンも、助言はおろか提案もできない。今はこの場にいないシャンクスでも、おそらく答えが出ないだろう。

「っ……」

 そんな様子を、息を潜めてウタが見ていた。

 本来ならテゾーロは気づくはずだが、トットムジカの脅威を知ったことで冷静さを欠いており、彼女が隠れて見ていたことに気づかなかったのだ。

 ウタは苦悩するテゾーロ達の姿をそれ以上見るのが苦しくなり、その場から逃げるように走り去った。

 その姿を目撃している者も知らず。

 

 

           *

 

 

「どうしろっていうの、今更……!!」

 ホテルの天空劇場のステージで、ウタは蹲っていた。

 色んな感情がごちゃ混ぜになり、整理がつかない。

 

 海賊嫌いだと公言してきたからこそ、海賊に虐げられた世界中の人々がウタの曲に惹かれた。

 が、それがつい先程根本から崩れた。

 真実を知った今、海賊を――シャンクス達を恨むことができない。嫌う資格さえない。

 

 ――何をすればいいの……!? 何のために生きればいいの!?

 

 ウタは自責の念に潰されそうになった。

「……大丈夫? ウタちゃん」

「……ステラさん……?」

 その時、声をかけてきたのはステラだった。

 かの黄金帝ギルド・テゾーロの妻が、世界の歌姫に手を差し伸べてきたのだ。

「……とても苦しそうよ」

「……あなたには、関係ないから大丈夫だよ」

 ウタは無理矢理笑顔を作った。

 が、テゾーロと共に苦楽を共にしたステラは騙されない。

「自分にウソをついてるのは、よくないわ」

「っ……!」

「良いことも悪いことも、全部溜めずに吐き出した方がいいわ。自分を壊さないためにも……ね?」

 穏やかに笑って隣に座りこむステラに、ウタは涙を流しながら話し始めた。

 

 自分と〝赤髪のシャンクス〟との関係。

 エレジアで起こった大事件の真相。

 自分の罪。

 

 涙で顔がぐしゃぐしゃになっても、精一杯言葉を紡いだ。

 ステラはそれを、遮ることなく黙って聞いた。

 

「私、歌を歌ってもいいのかなぁ……!?」

 感情が崩壊したウタの、悲痛な声。

 ステラは彼女の頭を撫でながら告げた。

「今まで頑張ってきたのね、偉いわ」

 ありきたりとも言える常套句。

 だがその一言は、今のウタにとって慈愛に満ちた囁きであった。

「ス、スデラ、ざん……!!」

「ウタちゃん……ファンの為に、世界中の人の為に歌ってくれてありがとう」

「う……あ、あぁああぁぁぁっ!!!」

 大きな声で泣きじゃくるウタを、ステラは優しく抱き寄せる。

 

 シャンクスに会いたい。

 赤髪海賊団の皆に謝りたい。

 逃げたいし、救われたい。

 

 今まで隠していた本心を、言葉に表すウタ。

 悲痛と後悔の想いが胸を通じて痛い程に伝わる。

(私に出来る事は限られているし、大した力にもなれないけど……どうかウタちゃんの心が少しでも和らぎますように)

 そう願いながら、彼女が泣き止むまで――全てを吐き出し終えるまで、優しく包んだ。

 

 

 しばらく経ち。

 ウタがようやく泣き止んだところで、ステラは提案した。

「ウタちゃんって、映像電伝虫で配信しているんですって?」

「うん、私の声はそうやって届けてるの」

「それはいいことを聞いたわ。ウタちゃん、ファンの皆に尋ねるのはどうかしら?」

「ファンの皆に……?」

 ステラはウタに、一つ提案をした。

 海賊嫌いを公言していたが、()()()()からウタは何度も〝同じ海賊〟に助けられていると聞かされ、それが真実だったとファンに告げることだ。これを緊急生配信で伝え、自分は海賊を嫌う資格がないと思っていて、どうすればいいかわからないと打ち明けることで、ファンの本心を問うのだ。

 ファンがどう答えるのかは、ステラ自身もわからない。ひどく責め立てるだろうし、失望と非難の声の嵐になる可能性も高い。だが、自分にウソをつき続けるのはあまりに辛いのも事実だ。ならば、ここで「区切り」をつけた方がよっぽど気が楽になれるだろう。

「もしかすれば、シャンクスさんもどこかで聞いてるかもしれないわ」

「っ……」

「大丈夫、ウタちゃんならできるわ。私は信じてる」

「……うんっ!」

 ウタはステラに励まされ、奮起した。

 その様子をテゾーロは影から見守っていた。

「……ステラには敵わないな」

 

 

           *

 

 

 翌日、ウタはステラの提案通りに緊急生配信を敢行した。

「皆、今日はどうしても聞いてほしいことがあるんだ……」

 いつになく思い空気を纏うウタに、モニターで見ていたファンは戸惑いを隠せない。

 そしてウタは、ぼつり、ぼつりと言葉を紡いでいく。

 

 自分は昔、ある海賊に出会ってから度々助けられていたこと。

 その海賊は知らぬ者がいない程の悪名高き海賊であること。

 その海賊は、私利私欲や気まぐれではなく、純粋にウタが好きで助けていたこと。

 昨日、それが真実だと知ったこと。

 

 拳を強く握り締め、俯きながら涙声で語るウタに、ファンは言葉を失った。

「私、海賊を嫌う資格がないよ……皆、どうしよう……」

 海賊嫌いのウタが、何度も悪名を馳せる海賊に助けられていた。

 未だ現実を受け入れてない彼女に、ファンも何と声を掛ければいいかわからない。

 苦しみを分かち合い、安らぎを与える世界の歌姫が、人々を虐げる海賊に何度も救われていた事実。ファンの中には子供もおり、不安そうな表情を浮かべている。

 その時だった。

 

《ウタちゃんに罪はねェよ》

 

「え……?」

 ウタはバッとモニターを見た。

 励ましの声を上げたのは、モニターの一つに映っているストライプのスーツの上に黒のコートを羽織った男性だ。

《人間、誰かに助けられることは必ずある。ウタちゃんの場合、それが()()()()()()()()()()()……そうだろ?》

「……!!」

《ウタちゃん……たとえ君が海賊の娘であったとしても、海賊に育てられたとしても、海賊が実はちょっと好きだとしても、ウタは世界の歌姫だ。海賊が好きか嫌いかなんか関係ない。そうだろう?》

 ストライプの男性の言葉に、ウタは唖然とした。

 失望や非難を覚悟していたのに、あまりにも想定外な第一声だったから。

《このモニターに映る人間に心の安らぎを与え救ったのは事実だ。海賊は人の命を救えるかもしれねェが、心は別だ。だがウタは心を救える。海賊にできないことができるから、それを誇ればいいじゃねェか》

 男性の言葉を皮切りに、ファンは一気に激励の声を上げた。

《そうだよ、ウタちゃん!》

《海賊を嫌う資格がなくても、関係ない!》

《ウタはウタだよ……!》

 海賊は海賊、ウタはウタ――ファンは次々と落ち込む歌姫に寄り添った。

 今まで寄り添ってくれたお礼とでも言わんばかりに、ウタの心に安らぎを与えていくではないか。

「みんな……ありがとう……本当に、ありがど……!!」

 感極まって泣きじゃくるウタ。

 すると、ストライプの男性が笑みを溢しながら口を開いた。

《おれも()()()と〝新時代〟を作るからな……その為には君のような若者がいてくれないと困る。「革命の芽」を摘ませやしない》

「?」

 何やら意味深な言葉を紡ぐストライプの男性。

 泣き止んだウタは感謝しつつも何者なのか尋ねた。

「えっと……私のこと、最初に励ましてくれありがとう。おじさん、名前は?」

《おれの名か? そうだな、そっちが名乗るからにはこっちも名乗らないとな》

 ストライプの男性は、不敵に笑って自己紹介した。

 

《おれの名はスタンダード・スライス。石油王にして〝黄金帝〟ギルド・テゾーロの盟友だ。今日は君の金主(スポンサー)になるために配信を見てたんだ》

 

『――ええェーーーーーーーーッ!?』

 ストライプの男性がとんでもないビッグネームだと判明し、その上金主(スポンサー)契約を申し出され、ウタとファン達は度肝を抜かれて悲鳴を上げたのだった。




この話の最優秀賞はステラに決定ですねー。
ウタちゃんも、ああいう人がいれば違ったのかなと思います。

それとスライスのこと、皆さん憶えていましたか?
作者は忘れそうになりました。ヾ(・・ )ォィォィ
だってオリキャラ多いもん、この小説。(笑)

次回はシャンクスとウタが仲直りできそうです。
それにしてもこの小説、どこで区切りつけよっかな……。


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第165話〝お礼〟

今回は短くも濃い内容で行きます。
前半はウタ、後半は……例のアレです。


「ジャングズ~~~!!」

「……今まですまなかった、ウタ……!」

 グラン・テゾーロの港で、シャンクスとウタは抱き合って涙を流していた。

 テゾーロ・ステラ夫妻の陰の尽力で10年の溝が埋まり、ようやく和解できたのだ。

 ヤソップもルウも、あのベックマンですら目頭を押さえて涙ぐんでいるので、双方にとって余程辛い案件だったのだろう。

「よかった……本当によかった……!!!」

(いや、何であんたが一番泣いてんだよ……)

 涙で顔をグシャグシャにするゴードンに、テゾーロは呆れた。

 ゴードンも育ての親と言えば育ての親だが、どっちかって言うとシャンクスの方が顔をグシャグシャにすると思う。

「黄金帝……何と礼を言ったらいいか……」

「ああ、おれ達にとっての一番の恩人だ!」

「礼を尽くしてもまだ足りねェ!」

「そこまでのことじゃない。ウタの身にもしものことがあれば世界規模の損失だし、()()として想うところもあっただけだ。……それに礼を言うならステラに言うべきだ」

 ライムジュース、ホンゴウ、ボンク・パンチの幹部三人はそれぞれ感謝を述べ、テゾーロはにこやかに対応した。

(それに、スライスの働きもなければダメだったかもしれないしな)

 スライスに礼の品でも送らないとな、とテゾーロは笑った。

 先程問い合わせたところ、あの時ウタの配信は《本当にたまたま観ていただけ》なのだそうだ。

 あのアドリブがなければ、ウタの心はズタボロになりかねない。ステラの献身だけでなく、スライスの後押しがあったからこそ成り立った和解なのだ。

「シャンクス、私は礼などいらないですよ。金は腐る程あり、コネも無数にあるのでね」

「いや、これはおれ達のメンツにかかわる問題だ。そうだな……ここをおれのナワバリにするってのはどうだ?」

 シャンクスの提案に、テゾーロは思案する。

 四皇の中でもシャンクス率いる赤髪海賊団は、海軍から「鉄壁の海賊団」と呼ばれる程に個々の実力が高く、組織としてバランスが取れている。テゾーロも自国を護る軍隊や客将であるバレットがいる上、今は政治に身を置いているメロヌスら幹部陣も戦闘力が高いが、四皇には及ばない。

 シャンクスと結びつき、一種の軍事同盟的な契約を結べれば、他の四皇や世界政府との全面戦争という最悪の事態は回避できる。ましてや、「ラフテルへの〝永久指針(エターナルポース)〟」と「古代兵器〝プルトン〟の設計図」を厳重に保管し、禁断の「〝トットムジカ〟の楽譜」をシャンクスとゴードンと三人で管理しようと話を持ち掛けてる以上、情報が出回ったら自国の軍では守り切れないのは明白だ。

 そうとなれば、受け入れた方が得だろう。

「……わかった。じゃあ上納金についてだが――」

「いや、カネはいい。赤髪海賊団からの〝お礼〟として扱ってくれ。それにここなら食料やカネは自力で集められそうだ」

 シャンクスは無償でグラン・テゾーロ周辺をナワバリにすると明言し、ベックマン達も一切の抗議もせず同意した。

 それ程までに、ウタという少女は赤髪海賊団にとって大きな存在なのだ。

「ではお言葉に甘えて。……ただ、ウチのカジノでパンツ一丁になった腹いせで暴れるのだけはやめてくださいね」

「いや、そこまで落ちぶれやしねェよ!!」

「パンツ一丁はあるだろうな」

「シャンクスって、結構引っ掛かりそうだよね~」

 ベックマンとウタの言葉の刃に、赤髪海賊団は大爆笑。

 シャンクスは「笑うんじゃねェ野郎共!!」と怒鳴り散らすのだった。

 

 その後、赤髪海賊団はグラン・テゾーロでの長期滞在を決定。

 ウタは歌手として尊敬するカリーナとデュエットを組んでショーを盛り上げ、ヤソップらはカジノを楽しみ、ゴードンはテゾーロの部下達と政治の談話をしたり、それぞれで有意義な時間を過ごした。

 そしてシャンクスとテゾーロは、ホテル最上階の天空劇場で再び会談した。

「〝西の海(ウエストブルー)〟で仕入れた酒だが、どうだ?」

「さすが故郷の海だ、肌に染みるよ……」

 酒を飲み交わす、海の皇帝と黄金帝。

 二人は年の差が二つなので、親しく話すことができた。

 特にウタの話とルフィの話は、シャンクスが一方的にしてくる勢いなので、本題を切り出すのが一苦労だ。

 テゾーロは長年のノウハウで受け流し、ようやく落としどころを見つけて尋ねた。

「そうだ。シャンクス、白ひげと会談したそうじゃないか。結果は?」

「……決裂したよ」

 シャンクスの言葉に、テゾーロは「あー……だろうね」と返した。

 テゾーロフェスティバルの一件以来、白ひげはティーチに追跡命令を出した。テゾーロはそれに口を出さないようにしたが、当事者に因縁あるシャンクスは直談判しに行ったようだ。

 ある意味では原作通りの展開だ。

 そして、白ひげの対応も原作通りだ。強いて言えば、サッチが無念の死を遂げた仲間殺しではないという違いが生じているが、その代わりにとんでもないニュースが全世界に拡散した。

 

 ――大海賊白ひげが、過去に政府公認の中立国家(グラン・テゾーロ)に〝()()()()()()()()()

 

 どんなすれ違いを起こせばそんな複雑怪奇な話になるのか……世経のモルガンズが捏造レベルにまで誇張した話が事実として拡散し、世界的に大きな波紋を呼んでしまった。

 まあ、内容は十中八九テゾーロフェスティバルで起きた事件であり、時系列もアラバスタの内乱の前であるので過去という点は合ってるが……少なくとも白ひげは表立って事を起こす性格の人間ではない。モルガンズは話題のネタでも尽きたのだろうか。

 いずれにしろ、ナワバリを侵害していないのに、世界的な実業家であるテゾーロに手を出したという話が広まったのはよろしくない。見方を変えれば、言いがかりをつけて武力で制圧し、テゾーロの富と権力を奪おうとしたと歪曲して受け取られかねない。大海賊白ひげの長年の信頼と威厳に泥を塗る事態だ。

 ゆえに白ひげは、落とし前をつけに追跡命令を出した。問題なのは、ティーチを追っていたのが〝火拳のエース〟だったことだ。てっきり親友であったサッチか、実力を考えて二番手のマルコかと予想していたが、まさかの原作通りだった。

「……マズいな」

「ああ……今のエースじゃあ、ティーチには敵わない」

「これは参ったな……白ひげ海賊団に一任するって言っちゃったし……」

 テゾーロは食い下がるべきだったか、と苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。 

 エースとティーチの衝突によって、あんな大事件が起こり世界が荒れたのだ。

 シャンクスの直談判にも応じないからには、やはり海軍との戦争への道は避けて通れないのか。それとも、エースが引き際を弁えてくれるのか。ちなみにテゾーロは前者の可能性の方が高いと踏んでいる。

「こうなったら、静観するしかないか……」

「……最悪の場合は戦争だぞ」

「こればっかりは運だよ。一応注意喚起はしたけど……海軍元帥は五老星にとっちゃあ中間管理職に過ぎない」

 そう、海軍が戦争を避けようとしても、世界政府の中枢が望むとなれば逆らえない。

 エースの()()を考えれば、何としてでも公開処刑しようとするだろう。だがティーチが別の賞金首を捉えて七武海入りを果たす可能性も否定できない。そうなったらそうなったで世界政府は痛手を負うハメになるが。

 ティーチがエースと衝突するか否か。それだけで、今後の世界の命運が決まるのだ。

 原作ではエースが敗れ、それを機に戦争が起こり、白ひげが死んで黒ひげが台頭した。ではこの世界はどうかというと、避けられない可能性もあるし避けられる可能性もある。だが、それはテゾーロの力量では手に負えない案件であり、天任せだ。

 それにティーチの実力を考えれば、他の大物ルーキーでも事足りる。名を上げるのにわざわざ〝麦わらのルフィ〟にこだわる必要はない。まあ、彼も血筋が血筋だが。

(正直な話……海の王者を怒らせる方を選びそうだ)

 原作を思い出し、テゾーロは頭を抱えた。

 ティーチは原作で悪魔の実の能力者から能力を奪う〝能力者狩り〟を行い、自身も白ひげのグラグラの実を奪取している。このことを視野に活動しているとなれば、むしろ白ひげの一味の誰かを誘き出して政府に引き渡し、わざと白ひげと海軍の戦争を誘発させる可能性がある。

 ……というか、考えれば考える程、そうなりそうで怖い。

(クソ、あの時〝ヤミヤミの実〟を奪われた時点で詰んでたってことか!?)

 テゾーロは後悔に苛まれた。

 あのテゾーロフェスティバルでティーチを取り逃した時点で、白ひげと海軍の戦争勃発のカウントダウンが始まっていたのだ。

 事実、原作では「色んなズレは生じたが計画通りだった」とティーチは言っていた。つまりティーチにとって、テゾーロの妨害や工作は色んなズレ()()の認識でしかなく、大まかな計画の流れにはちゃんと沿っているのだ。

 完全に、一本取られてしまった。

「テゾーロ、顔色が悪いぞ」

「ああ……もっと早く気づくべきだった。とんでもねェ策士だ」

 かつての海では、金獅子のシキが海賊界きっての策士として名を馳せた。

 今の海では、そこまで名を上げてはいないが、ティーチが金獅子と同等以上の策士として暗躍している。懸賞金は初頭手配の9600万ベリーのままだが、彼のことを侮る人間は多く、素性や得体の知れなさを理解している者にしか危険性を把握できてない。

「もはや何をしても無駄だ……ティーチの策略で白ひげ海賊団と海軍本部は衝突する」

「……」

 

 ――白ひげ海賊団と海軍の戦争は、最初から避けて通れない運命だったのか……!?

 

 沈痛な声をあげるテゾーロに、シャンクスはやるせない表情を浮かべたのだった。



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第166話〝監視〟

今回は短めです。
頂上戦争、どうしようかな……個人的にはドレスローザをしっかりやりたいからなぁ。


 シャンクスと白ひげの会談が決裂し、しばらく経った頃。

 テゾーロは世経の新聞を見て頭を抱えた。

「……もはや止められないか……」

 困惑と驚愕を混ぜた、複雑な表情を浮かべる。

 その新聞の一面の見出しには、こう載っていた。

 

 ――白ひげ海賊団〝火拳のエース〟、インペルダウンに収監!!

 

「ついに現実となってしまったか……」

 額から汗を流すテゾーロ。

 全海賊中最大最強と謳われる白ひげ海賊団は、「仲間の死を許さない」ことで世界的に知られる。エース奪還のため、自身の海賊団と傘下の海賊達を引き連れて動くのは明白だ。こういう事態になった以上、衝突は避けられない。

 だが、戦争はまだ避けられる。

 そもそも世界政府にとって、白ひげとの戦争はかなりの博打だったはずだ。いくら老齢のために体調が悪化しているとはいえ、それでもカイドウやビッグ・マムをも上回る実力と影響力を持ち、正史においてマリンフォードは壊滅的被害を被ったのは言うまでもない。

 ロジャーの血を絶やすために、冗談抜きで世界秩序を根底から覆し得るチカラを持つ白ひげ海賊団と戦う必要性はない。裏取引でエースを引き渡し、隠蔽体質の世界政府がお得意のもみ消し・印象操作で「エースがインペルダウンから脱走し、その責任を負って署長が辞任」みたいにしても世間は長期間騒ぐことはないだろう。

「……クリューソス聖亡き今、動かせるのは誰だ……?」

 天竜人との結びつきがない今、五老星との謁見も許されてるとはいえ、そう簡単に承諾してくれるとも思えない。何らかの形で脅すしかない。

 最悪、一時的にシャンクスを動かしたり、バレットにインペルダウンを襲撃してもらうしかない。世界政府側の人間として限りなくアウトであるが。

「ひとまず、五老星に直通で――」

「それは困るな」

「!」

 電伝虫に手を伸ばそうとしたところで、殺気を感じて振り返った。

 視線の先には、奇妙な男達がいた。

 

 口元以外を覆い隠す白マスクを着用し、口元も白塗りした男。

 ムスッとした強面な赤仮面を装着した男。

 ひょっとこのようなデザインの仮面を装着している男。

 

 全員が白いスーツとコートを着用しており、只者ではない雰囲気を醸し出している。

 テゾーロは彼らのことを知っていた。

「何の用だ……〝CP-0〟」

 テゾーロは睨みつけた。

 世界最強の諜報機関が、グラン・テゾーロにいる。それはつまり、五老星か他の天竜人の命令で動いているということだ。

「五老星から任務を命ぜられている」

「ギルド・テゾーロ氏の警備をせよ、とな」

「警備? 監視だろうこれは。私一人にしては戦力が過ぎる」

 テゾーロの言葉に、何も言い返さないCP-0。

 だが、彼らの実力は〝仮面の殺し屋〟と称される程に凄まじい。六式を駆使した体術の練度は桁外れで、長らく不敗神話を誇っていたCP9の構成員の上位互換に等しく、特級のエージェントは七武海クラスに比肩する実力者とされている。

 テゾーロは覇気もそれなりに鍛えてるし、ゴルゴルの能力も覚醒に至っているが……CP-0のエージェントを同時に三人相手取るのは至難の業だ。そのことも想定した上で、彼らも来たのだろう。

「……おれが動くと不都合かね」

「影響力だけで言えば、貴様は四皇と比肩する。むやみやたらに動いて、世界政府の未来を脅かすマネをされては困るのだ」

(……)

 テゾーロは冷静を装うが、内心では焦っていた。

 世界政府の尻拭いを散々してきたため、五老星からは一定の信頼を寄せてはいるが、天竜人や一部の政府高官からは煙たがられている――政府とのパイプ役であるサイからはそう聞いていた。

 サイはサイファーポールの高官だが、CP-0ではない。彼らの活動は越権行為もあるので、彼も把握できなかったのだろう。

 それよりも問題なのは、()()()()()()()()()()()だ。

「……私の妻や部下に手を出してないだろうな」

「そこまで愚かではない。世界政府としては敵対は避けたい」

「しかも、ここは〝赤髪〟の縄張りでもある。()()四皇と黄金帝を同時に相手取る訳に行かない」

 その言葉に、テゾーロは目を細める。

 シャンクスとの接触は、やはり政府上層部にも知られているようだ。

 ウタとの関係性について知っているのか、カマをかけたいところだが、それをして彼女に危害が及ぶ訳にも行かない。

「っ……」

「しばらくの間、我々は滞在する。君が妙なマネをしなければ、我々も何もしないと誓おう」

「信用できないな。天竜人の繁栄を快く思ってない人間を前によく白を切れるものだな」

「……」

 白マスクのエージェント――ゲルニカは押し黙った。

 テゾーロの読み通り、〝新世界の怪物〟が天竜人の支配と繁栄に否定的な人間だと、彼らは承知しているのだ。

(もどかしい限りだ)

 テゾーロは思わず舌打ちするのだった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、マリージョア。

 五老星はテゾーロの動向について話し合っていた。

「……エージェント三名は、無事に辿り着いたか」

「〝赤髪〟との接点もあって、()()()は警戒しているようだ」

 テゾーロは油断できないと、五老星は語る。

 世界政府にとって、ギルド・テゾーロという男はなくてはならない存在だ。財力と権力ではなく、影響力という面では世界政府の都合のいい広告塔だ。

 本人が「腐る程ある」と豪語するくらいの財源を慈善事業にも費やし、天上金の肩代わりや戦争などで疲弊した各国の復興補助など、今の秩序をよりよくするためには欠かせない。だが天竜人の支配や秩序には不快感や反感を示しているのも事実だ。

 一方で、五老星が頭を悩ませる案件もある。テゾーロ自身の民衆からの支持が絶大なのだ。特に非加盟国への資金援助によって貧民からの熱狂的な声が上がっており、革命軍の活動にも影響が出ているのだ。

 その影響が、革命軍を抑えるものであればよかったが、生憎と言うべきかお約束と言うべきか……結果は逆。テゾーロが民衆側であるというイメージを利用し、同志だとして動き始めている。

「テゾーロとドラゴンのやり方は大きく異なるが、野放しにするのは危険だ。革命の灯火は早めに消さねばならん」

「……とはいえ、テゾーロのやり方は世界を大きく混乱させる訳ではない。おそらく、内部から時間をかけて変えていくやり方だろう」

「いきなり全てが変わることによって生じる弊害は、奴自身も想定内のはずだ。我々と敵対せねばならぬ道理も事情も、そうはあるまい」

「とすれば、やはりドラゴンの革命軍をどうにかせねばならんな」

 五老星は意見が合致したのを確認し、今度はある海賊のことを話した。

「今回の〝火拳〟の件、どう思う?」

「奴を捕らえ引き渡した〝黒ひげ〟については、テゾーロも危険視していたな」

「懸賞金をかけるよう要請したのも、テゾーロだな」

 次の話題……いや、一番話し合わねばならないエースと黒ひげ。

 五老星も「七武海の穴を埋めたい」という思惑があったため、一応は身柄を引き受け七武海入りさせたが、白ひげとの衝突以上に警戒してもいた。

「赤髪の左目の傷をつけたのも、黒ひげの仕業と言っていたな」

「会談中に知ったとなれば、疑う余地はない」

「実力的には申し分ないが……」

 五老星が不安視しているのは、黒ひげの素性だ。

 四皇になるずっと前とはいえ、あの〝赤髪のシャンクス〟に一生残る傷を負わせた程の男が、少し前まで懸賞金0ベリーだったというのは不自然すぎる。何らかの目的を達成するために実力を隠し続け、「白ひげ海賊団の無名の古株」という立ち位置のまま過ごしてきたことに他ならない。その忍耐力と覚悟は尋常ではない。

 初頭手配で9600万ベリーという異例の賞金を懸けて以来、彼は違和感を覚える程に大人しくなり、本格的に動いた矢先にエースとの勝負に勝って七武海入りした。

 言葉には表現しがたい、何とも言えない不自然さを、五老星は感じていた。

「……どの道、白ひげとの衝突は避けられん」

「左様。今は戦力を整え、白ひげ海賊団との戦争に備えねば」

「インペルダウンでの戦闘もあり得る。皆に周知させるべきだ」

 運命の一戦は、刻一刻と迫っていた。



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第167話〝時代の節目〟

マリンフォードはテゾーロの出番がほとんどないので端折りました。
新世界編では無双します。


 CP-0に監視されるという事態に見舞われたテゾーロ。

 ステラ達にも目が向けられてる以上、根回しは不可能。このグラン・テゾーロで大人しくしている他なかった。

(介入できない以上、エースは死ぬだろうな。あいつに未練はないが、白ひげ亡き後の世界の荒れようを考えるとな……だが敵討ちに〝黒ひげ〟に挑んで勝てるかどうかは別だな……)

 テゾーロにとって、〝白ひげ〟の死は世界規模の損失になると考えている。

 彼は自らの雷名でナワバリにある国々や島々を庇護下に置いているが、ビッグ・マムやカイドウと違って一切の見返りを求めず守っている。言い方を変えれば、白ひげはナワバリを無償の善意(ボランティア)で警備しているのである。

 事実、世界政府に加盟していない国家は「人権」が無いも同然で、海賊や人攫いが蔓延る無法地帯と化している。加盟したら加盟したらで天上金を支払い続けねばならず、中には天上金を支払い続けたために国家財政が破綻・滅亡した国もあるという。

 天上金に関してはテゾーロが無償で肩代わりすることもあって、加盟国の中でも財政難に苦しむ国家は年々減少傾向で、非加盟国からの要請も増えつつある。黄金を生み出す能力ゆえに何百億何千億ものカネを出せるテゾーロは、そういった国々にとっては救世主に見られることもあるが、武力という面では白ひげには到底及ばない。むしろ海賊達は〝新世界の怪物〟より〝世界最強の男〟を恐れるのだ。

「……これが俗にいう〝世界の修正力〟というヤツか……?」

 テゾーロは頭を抱えた。

 今のギルド・テゾーロは、成り代わりという似て非なる存在。彼が世界の流れに関わり過ぎたため、このような事態に陥っているのかもしれない。

「……今は静観を決めるしかないな。エースと白ひげは不可能だ。そうなると、ひとまず大物達に注視すべきか」

 

 ……ゴゴゴゴ……!!

 

「!? これは……!」

 突如、地鳴りと共に島が揺れた。

 幸い、このグラン・テゾーロがある「バーデンフォード」は、全ての建物に耐震構造をしてある。現実世界の巨大地震なら耐えうるように補強されてるので、特に問題はない。

「テゾーロ様!」

「大変だ、〝白ひげ〟と海軍が!」

「ぶつかったか……!」

 大慌てで駆けつけたタナカさん達の言葉に、テゾーロは眉をひそめた。

 ついに、マリンフォード頂上戦争が始まったのだ。

「先程の地震の負傷者は?」

「現時点では確認されてません……!」

「緊急事態宣言だ! 白ひげの能力行使による地震及び津波の発生が高まっている! 海岸にいる者がいれば必ず屋内、なるべく国の中心に避難するように通達しろ! 混乱による治安の乱れもあるだろうから、私がシード達にも命令しておく!」

『はっ!!』

 グラン・テゾーロ中枢は慌ただしくなる。

 結果がどうなっても、この先の未来の行く末に関わる巨大な戦いが〝赤い壁〟の向こうで勃発しているのだ。万が一の事態に備えねばならない。

 国家間の戦争であれば仲裁役を買うことができるが、相手は四皇――それも50億越えの懸賞金がつけられた世界最強の海賊。〝新世界の怪物〟として四皇に並ぶ影響力を持つテゾーロでも、進撃を始めた彼を止めるのは不可能だ。

(……もどかしい限りだ。止められることも止められないとは。それも政治的な理由で)

 政治的な駆け引きは、テゾーロも板についている。五老星との私的な謁見も許される身なのだから、権力も天竜人に匹敵する。

 だが、今回ばかりは先手を打たれた。凄腕の殺し屋の一面を持つCP-0を派遣され、身動きがうまく取れない以上、この戦争の回避は不可能となり、ついに衝突した。

 己の非力さが、憎く感じる。

(……本当に、すまない)

 誰に対する謝罪なのか。

 それは、テゾーロのみが知る。

 

 そして翌日、全世界に号外が配られた。

 

 ――マリンフォード頂上戦争にて海軍が勝利し、〝白ひげ〟〝火拳〟が戦死。

 

 

           *

 

 

 それから二日が過ぎた頃。

 CP-0が任務遂行を終えたとして引き上げた直後、センゴクから伝達が来たため、テゾーロはマリンフォードへと向かった。

 マリンフォードの街と要塞は、未だに破壊の跡が生々しい。

「お疲れ様です! センゴク元帥がお呼びです!」

「ああ」

 テゾーロはマリンフォードの広場を歩く。

 マスコミも連日ここで起きた歴史的事件を伝えるべく、シャッターを押している。

(……モルガンズのところの記者もいるな)

「……え? あそこにいるの、ギルド・テゾーロさんじゃ!?」

「本当だ!! 〝黄金帝〟テゾーロ王だ!!」

「スクープだ!! 大売出しだぞ!!」

 一斉にシャッター音が鳴り響く。

 海兵達に警備されながら、テゾーロはセンゴクの元へ案内された。

「……来たか、テゾーロ。まあ、掛けたまえ」

「……失礼」

 ソファに座り、湯呑みの茶を啜る。

 その後、暫しの沈黙が訪れる。

「……センゴク元帥」

「わかっている。だが、上の決定には逆らえんし、どの道白ひげとの戦争は避けられんかった。エースの身柄を受け取った時点で決まってたんだ」

「……」

 そう言葉を紡ぐセンゴクに、テゾーロは何も言えない。

 彼もまた、世界の平和を願って軍務に没頭していたのだ。

「……白ひげはボランティアで島を護ってたんだ。白ひげという()()()()を失った島々がどうなるか、わかった上での戦争なんだろうな……?」

「……」

「この際言うが、エースはこの時代の頂点にはなれない男だった。海賊王の息子という肩書きこそ効果があるだろうが、〝この海で最も恐ろしい能力〟の覚醒者じゃない」

「〝この海で最も恐ろしい能力〟?」

 テゾーロ曰く。

 覇気や悪魔の実、武術や戦法など、この世界を生き抜くためのチカラは多数あるが、その中でもその場にいる者達を次々に自分の味方につける、一種のカリスマ性とも言える「求心力」こそが恐ろしいチカラであるという。

 その恐ろしさを、センゴクは身をもって知っているはずだと。

(〝麦わら〟か……)

 頂上戦争の最中、突如乱入してエース奪還を一度は許してしまった、ガープの孫。

 確かに彼は、初対面である白ひげの信頼を勝ち取り、頂上戦争で一際注目を集めた。それがテゾーロの言う「求心力」の持ち主ゆえなら、納得もいった。

「それを持つ人間と持たない人間とじゃあ、成長した時の差は歴然だ。白ひげも話のわかる人だったんだ、()()()()()()()()あそこまでの犠牲を払う必要性があったか疑問なんだ」

「……」

「戦争は勝っても負けても失うモノの方が多い。それはわかってるさ。だから避けたかったんだ」

 テゾーロの言葉に、センゴクは何も言えなくなった。

 世界政府の尻拭いを若い頃からしてたからこそ、今の世界の在り方に思い悩んでいるのだろう。彼も平和を重んじることを理解している分、甘えるなだの現実を見ろだのと反論できない。

「……まあ、もう済んでしまったんだ。今はこれからの世界をどうするのかが大事だ」

「……そうだな」

「――で、話とは?」

「ああ、まずはこれに目を通してくれ」

 センゴクはテゾーロに一枚の紙を渡した。

 それは、世界政府からの要望が書かれた書類だ。

「……予想通りと言えば、予想通りか」

 テゾーロはそう呟いた。

 書類の中身は、今回の戦争における遺族への慰謝料と要塞の修復費、そして周辺海域で起きたであろう津波被害の復興費の全額負担だ。

 テゾーロからカネを奪って力を削ごう、なんて思惑がゴルゴルの実の能力者に通じる訳もないので、政府中枢が泣きついてる状態と考えるべきだろう。

「別にカネは腐る程あるので結構ですよ」

 スラスラとサインをするテゾーロに、センゴクは呆れた笑みを浮かべた。

 その顔には、どこか安堵の表情を浮かべているようにも見える。

「……海軍はどうするつもりですか?」

「〝正義〟は価値観だ……世代は越えられない。コング総帥には、青キジを推薦していると伝えてる」

「政府中枢は、サカズキ大将を推すと思いますよ。仲があまりよろしくないと聞いてるので、ちゃんと仲介した方がいいですよ」

「それは確かにな……」

 センゴクは溜め息を吐いた。

 寛容さを持つ「ダラけきった正義」を掲げる青キジと、人間は正しくなければ生きる価値なしとして「徹底的な正義」を掲げる赤犬。まるっきり対極に位置する二人は、確かに何かと対立気味ではあった。

 多くの人間と出会ってきたテゾーロは、赤犬を慕う者やその思想に賛同する者が多いため、大海賊時代に必要とされるのではないかと分析しているようだ。

「……ガープ中将は?」

「ゼファーと共に、軍の教官として残る。私も大目付という立場で、元帥は辞しても軍に残るがな」

「おつるさん、大変ですね」

「そうなると、どの道大将の枠が一つ減るな……どうしたものか」

 センゴクの懸念は、どう転んでも大将が一人いなくなるということだ。

 海軍の最高戦力に欠員が出た場合、今の海軍に候補者こそいるが、サカズキにクザンに匹敵するかは別問題。人望と実績は勿論、海賊達から畏怖される実力が無ければならない。それに今の海軍は、先の戦争で大きく人員を減らしているため、人材調達も必須だ。

 そんな切実な悩みを聞いたテゾーロは、笑みを浮かべた。

「センゴクさん。これはおれの提案なんですが……徴兵制というのはいかがでしょう?」

「徴兵制?」

「世界各地から猛者を集めるんです。それこそ、大将に相応しい実力者を」

「フム……」

 テゾーロの提案に、センゴクは唸った。

 海軍は志願する人間を育ててきたが、その逆の徴兵は今までしてこなかった。時代が移り替わろうとしている中で実施するのは、いい刺激かもしれない。

「中々の妙案だ、検討しておこう」

「恐れ入ります……あと、あなたにだけ伝えたいことがあるんですが、いいですかね」

「私にだけ」

 テゾーロはセンゴクに耳打ちをした。

 その内容を知り、血相を変えて叫んだ。

「貴様、本気なのか!?」

「あの男を消せば、世界は大きく変わります。三大勢力の均衡は、近い内に役に立たなくなる。あいつが雲隠れする前に仕留めなければならないんです」

 テゾーロの決意に、センゴクは息を呑んだ。

 それは、世界中を巻き込む大事件へとつながる布石だった。




あの男は、薄々お分かりかと。


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第168話〝ハートの海賊団〟

もう少ししたら新世界編かな?


 グラン・テゾーロで書類仕事をしていたテゾーロは、サイの報告に目を見開いた。

「元帥候補で対立?」

「ええ。普段はやる気を見せない青キジが、赤犬が元帥になることに猛反対してるそうで」

 その報告に、テゾーロは「ああ、ついにか……」とボヤいた。

 良くも悪くも「海軍」という一つの組織では型破りといえるクザンは、ダラけきっているが様々な正義を許容する慎重居士であり、サボっている様子が目立つが義理堅い一面を持つ。海軍関係者の中では穏健派の常識人であることもあり、部下からの信頼は軍の中でもトップクラスに厚い。

 対するサカズキは、苛烈かつ過激に正義を貫く硬骨漢だが、意外にもその思想に賛同する者や慕う者は結構多い。過激派の割には世界のバランスや秩序を重んじる慎重な一面を持ち、視野も海軍の中では広い方だったりする。

 ちなみに職を辞するセンゴクは青キジを推し、政府上層部は赤犬を推している。

「政府からもどちらを推すかを問われてます。テゾーロさんは、どちらを?」

(海軍元帥は中間管理職だからな……)

 テゾーロは考える。

 軍部のトップという立場は、胃に穴が開きやすいだけでなく、もどかしさを覚えることも多い。ましてや海軍本部の上司は世界政府であり、政府中枢から見れば海軍は「表の顔」に過ぎず、その威厳を一蹴される命令を下されることも多い。

 新元帥が自分の正義を貫けるかは、かなり怪しい。そういう意味では、一番自由に動けるのはガープのような中将の立場なのかもしれない。

「……おれはサカズキを推す」

「!」

 テゾーロがサカズキを推薦することに、サイは驚いた。

 クザンの方が馬が合うのではと考えていたのだろう。

「……なぜ?」

「軍の立て直しじゃなく、軍の強化ならサカズキの方が向いている。それにクザンの信念は、オハラの件で迷った末に辿り着いたんだ……組織のトップに長い迷いは禁物だ」

「成程……では、その旨をマリージョアに」

「ああ、なるべく早く伝えろ。それとクザンにこちらに来るよう伝えてくれ」

 その言葉に、きょとんとしながらもサイは承諾した。

 

 テゾーロは、知っているのだ。

 サカズキとクザン――海軍大将同士の対立が、決闘にまで発展し、敗れたクザンが〝黒ひげ〟に加担するようになることを。

 海軍大将という巨大な戦力が海賊に堕ちれば、それが世界にとってどれほどの損失か、計り知れない。

 

(クザンを手放すのは痛い。なるべく穏便に事を進めねば)

 ――海賊クザンは、本当にマズい。

 そう思いながら、テゾーロは書類の処理を再開したら、電伝虫が鳴り響いた。テゾーロ直通だ。

 テゾーロは目を細めながら受話器を取ると、バカラが慌てた声を発した。

《テゾーロ様! 緊急の来客です!》

「誰だ? シャンクスか?」

《いえ……それが……超新星のトラファルガー・ローです!》

「!? 何だと!?」

 それは、思わぬ再会だった。

 

 

           *

 

 

「かけたまえ」

「……わざわざあんたが出迎えるとはな」

「ここは中立国家だ、世界政府の権力は及ばない。……ところで、おにぎりは好きかな?」

「いただこう」

 テゾーロは自室まで、巷を騒がす「ハートの海賊団」をもてなす。

 グラン・テゾーロの豪華絢爛な街並みや賑わいに圧倒されていたのか、ローの仲間であるベポやペンギン、シャチ達はあんぐりと口を開けたり目を輝かせている。

 一方のローは相変わらずというべきか、いつも通りというべきか、冷めた眼差しをしていた。

「今、料理人を手配した。酒は色々あるが……そうだな、まずは海賊らしくラムかな? ちょうど〝北の海(ノースブルー)〟の美味い一品が手に入ったのでね」

「ちょ、それめっちゃ高いヤツじゃねェか!?」

「一本百万ベリーだ。私は金が腐る程あるから、遠慮せず飲みなさい」

「おー! 太っ腹!」

 テゾーロなりの歓迎に、盛り上がるベポ達。

 彼らにも好きなイスに腰かけるよう言うと、ローと面と向かって会話をした。

「……まさか海賊になってたとは、驚いたよ」

「てっきりそのまま医者になってた、と思ってたか」

「ああ、全くだ」

 テゾーロは喉を鳴らして笑うが、内心は穏やかではなかった。

(フレバンスの件は、おれが解決したはず。コラソンも、センゴクの話では潜入捜査中……なぜだ?)

 故郷のフレバンスは、テゾーロの懸命な努力で滅亡の道は回避した。

 それに付随したのか、ロシナンテもドフラミンゴにスパイ活動がバレたが、紆余曲折あってオペオペの実はローの父の手に渡り、瀕死の重傷を負ったロシナンテは一命をとりとめ、兄を止めるべくスパイ活動を継続している。

 本来なら、ローは海賊にならないはずだが……。

「何で、海賊になった?」

「……とりあえず、見れば早いだろテゾーロ屋」

 ローはそう言うと、スッと手を上げた。

「〝ROOM(ルーム)〟」

「!?」

「〝シャンブルズ〟」

 ローは球状の結界を張り、テーブルの上に乗っていた酒瓶と電伝虫の位置を入れ替えた。

 それは、間違いなくオペオペの実の能力だった。

「それは……オペオペの実の……!」

「ああ」

「待て!! 父親の手に渡っただろう!? まさか……」

「……父親は死んだよ」

 その言葉に、テゾーロは絶句し、頭を抱えた。

 フレバンスは何もなかった分、完全に大丈夫だろうと油断していた。まさかそんな事態になってたとは夢にも思わなかった。

 もし気づいていれば、あるいは一言くらい電伝虫で声をかけてれば――そう思ったテゾーロだが、ローは「あんたのせいじゃねェ」と複雑な表情で擁護した。

「……何があったんだ、一体」

「4年ぐらい前か……ドフラミンゴの刺客が病院を襲った」

「!?」

 テゾーロは目を見開いた。

 ドフラミンゴは、やはりオペオペの実を諦めていなかったのだ。

 だが、それだと()()()()()が生じる。

(話の脈絡だと、父親は殺されたことになるが……それが奴の望みなのか?)

 そう、オペオペの実の真価を知ってるとすれば、ドフラミンゴがやることではないのだ。

 オペオペの実は、自らの命と引き換えに、永遠の命を与える「不老手術」を施すことができる。ゆえに50億ベリーもの高額で取引され、過去にはオペオペの実を口にした者の中には世界的な名医になった者もいたという話もある。

 だが、オペオペの実も所詮は悪魔の実。能力者が死ねば、その人物が食べた悪魔の実は復活する。問題なのは実の復活が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が検討付かないこと。そういう意味では、殺すよりも選択できない脅迫をして従わせる方が賢明だ。

 ということは、ドフラミンゴとしても不本意な形でローの父は死んだ可能性もあるのだ。

「……君の父は、()()()()()?」

「……自決だ」

 その言葉に、テゾーロは察した。

 おそらく、ドフラミンゴに不老手術を施してもしなくても、どの道家族も殺されると判断し、家族を逃がして自決することで、ドフラミンゴに老いを知らない不死の肉体を与えないようにしたのだろう。

 ドフラミンゴもさぞお怒りだろうが。

「……あんたの考えてる通りだ。事実、その刺客とやらは()()()()()

「ドフラミンゴから見れば大失態だろうしな」

 永遠の命まであと一歩というところで、してやられた。

 元天竜人である彼からしてみれば、見下される立場の医者に出し抜かれるハメになるのは誇張抜きに筆舌に尽くしがたい屈辱だ。しばらくはファミリー内の空気もギクシャクしそうである。

「……妹と母親は?」

「離れ離れだが……何かの縁でここに来る可能性もあるしな。その時はテゾーロ屋には匿ってほしい」

「今になってドフラミンゴが殺しに来るとは考えづらいが……わかった」

 テゾーロはローの依頼をひとまず承諾する。

 残忍という世間の評判とは裏腹に、結構家族想いなのだろう。

「……おれは七武海になって、奴に近づいて討つつもりだ。あんたはどうする」

「まあ、潰そうと考えていることについては同意だ」

「なら、おれと手を組めテゾーロ屋! あんたとならやれるかもしれねェ……」

 ローはテゾーロを鋭い眼差しで見つめた。

 超新星の彼にとって、七武海は大きな壁だ。しかし天竜人に匹敵する権力と富を有する〝新世界の怪物〟を味方(バック)につければ、大きなチカラになるのは明白だ。ドフラミンゴへの敵討ちもしやすくなる。

 しかしテゾーロは、意外な回答をした。

「組むのなら、おれではなく〝麦わらのルフィ〟と手を組むのを勧める」

「麦わら屋と?」

 テゾーロは、自分ではなく同じ超新星の「麦わらの一味」と同盟を組むべきと主張した。

「ルフィはこの海で最も恐ろしいチカラを持っている。彼と手を組んだ方がうまくいく」

「麦わら屋か……」

「何か縁でも?」

「まァな」

 ローの言葉に、テゾーロは二人の関係が原作に沿っていると知り、安堵した。

 ルフィとローの同盟は、大きな求心力があるからだ。

(まあ、ローがどうやってオペオペの実を手に入れたかは聞かないでおくか)

 テゾーロ自身としては、どうやってオペオペの実をローが手に入れたのかが気になったが、それは今となっては些事だ。

 頂上戦争が避けられなかったように、転生した影響なのか修正力という概念が存在するようで、後々大きな影響を与える物事には見えないチカラが干渉することが示唆されている。

 ローはルフィ同様、新時代を担う海賊。しかも〝D〟の名を持つ者だ。()()()()では〝神の天敵〟として忌み嫌われてるのだから、運命づけられているのかもしれない。

「……君達はドフラミンゴを倒すと?」

「止めろと言っても聞かねェぞ」

「いや、奴の素性をちゃんと把握してほしいと思ってね……彼は元天竜人だぞ」

『えええええええええっ!?』

 テゾーロの言葉に、一同は絶句。

 ドフラミンゴが天竜人の血筋だということは、やはり知らなかったようだ。あのクールな態度のローですら目に見える程に動揺した。

「……ちょ、ま、ええっ!?」

「あ、あのドフラミンゴが元天竜人ォ!?」

「ちゃんと裏取りはしてある。ウソじゃない。……じゃあ、君達には知ってもらおうか。堕ちた天竜人――ドンキホーテ・ドフラミンゴとその一味を」

 テゾーロは笑みを浮かべながら、ドンキホーテファミリーに関する話を始めるのだった。




トラ男のローのモデルであるエドワード・ローは、残してきた娘を思っては度々感傷的になっていたという話があるそうです。
もし家族が生きていたら、海賊をしながら家族のことを懐かしむローも見れたのかもしれませんね。


そして今回、ローはやっぱり能力者になりました。
なぜオペオペの実を得られたのかというと、父親が自決した後、偶然近くに置いてあった果実が……ということです。
果実自体は「依り代」であるということを踏まえると……要はそういうことです。
ローの父が自決した原因は、刺客がファミリー幹部でも雑魚の構成員でもなく、足がつかないようにドフィが手配した某機関の人間だからです。どこの誰なんでしょうね。


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第169話〝クザンの迷い〟

最新話をチェックしたんですけど、藤虎が滅茶苦茶ですね。
クザンが抜けたの、実際問題キツかったんですね……。


 ドンキホーテファミリーに関する話を終えたテゾーロ。

 耳を傾けていたロー達は、言葉を失っていた。

「……これからどうする? この先は相当世界は荒れるぞ」

「……変わらねェよ」

「!」

 ローはテゾーロを一蹴するように笑った。

(やはり、原作通りになるか)

「……言いたいことは、それだけか?」

「ああ。武運を祈る」

 ローは愛刀を片手に立ち上がると、一礼してから仲間を連れて部屋を出た。

 一礼したのは、フレバンスの件で世話になったからだろう。

「……あとはクザンだな。間に合えばいいが……」

 テゾーロが目を細めながら外の景色を眺めていると、電伝虫が鳴り響いた。

 まさかと思い、すぐさま応答する。

「どうした」

《テゾーロさん! 海軍大将〝青キジ〟が!》

「噂をすれば影が差すとはこのことだな……私の部屋まで通せ」

《了解!》

 テゾーロは続けざまにクザンとの対談に臨んだ。

 

 

 数十分後、テゾーロは海軍大将と一対一(サシ)で話し合いを始めた。

「……お前、サカズキを推すのか」

 クザンは目を細め、テゾーロの真意を問う。

 海軍では過激派である部類のサカズキを元帥に推すとは、クザン自身も想定外だった。政府の顔役とはいえ、上層部の思想ではない彼がどういう経緯でサカズキを推したのかが、とても気になった。

 その疑問に答えるように、テゾーロは口を開いた。

「理由は大したものじゃないですよ。その方が都合がいいからです」

「都合ね……必要な犠牲ってわけじゃねェよな」

「そんな訳ないでしょう。……クザンさん、自身の向き不向きを考えたことあります?」

 その言葉に、クザンは目を見開いた。

「……どういうこった?」

「今の海軍に求められるのは、軍の強化です。海賊王ロジャーや白ひげを相手取った古参の英傑が前線を退き、さらに海軍大将が一人減る――海軍をより強力な軍隊にするとすれば、サカズキさんの方が向いている。あなたは軍の立て直しの方に向いてそうですから」

「成程ね……」

 その上で、テゾーロはクザンに指を差しながら告げた。

「クザンさん。あなたはガープ中将と同じ型破りの組織人です。海軍大将をあえて辞して、遊撃隊を率いるという選択もある。大多数の指揮より、少数の隊長の方が向いてる気がするんです」

「……まさか似たようなことを言いなさるとはなァ」

「?」

 クザンは頭を掻きながら、気になることを言い放った。

 似たようなことを言う……クザンは一度、テゾーロに似たことを告げられたのだろうか。

「実はな……ゼファー先生から声がかかってよ」

「ゼファーさんから?」

「お前さんの言っていたような、遊撃隊を組織したいって」

「!?」

 まさかの言葉に、テゾーロは驚きを隠せないでいた。

 ゼファーで遊撃隊と言えば、海賊の殲滅を目的とする過激派組織「NEO海軍」がどうしても浮かび上がるからだ。NEO海軍は海軍の非正規部隊「海賊遊撃隊」を前身とした組織であり、そのきっかけはこの世界では起こってない演習艦襲撃事件である。

 まさかここへ来て、思わぬ方向へ向かうとは。

「具体的な話は?」

「これからだな……司令官はおれで、ゼファー先生は顧問とする組織にしたいらしい。一応色んな海兵に声をかけてるってよ」

「……クザンさんは、どう思ってるんで?」

「……正直、迷ってる」

 クザンは項垂れながら、困った表情を浮かべた。

 サカズキが暴走した際に止められるようにしたいという想いもあれば、今までの海軍で出来なかったことがやれる新しい組織に入りたいという想いもあり、板挟みになってるようだ。

 そんな彼の様子を見たテゾーロは、ガープの話を持ち出した。

「……クザンさん、ガープ中将がなぜ()()()()()()()()()()()()をご存じで?」

「そりゃあ……活躍が活躍だからな」

「厳密に言えば人望と実績です。クザンさん、あなたにはそれがあるじゃないですか」

「!」

 テゾーロは、迷いに迷うクザンを諭し始めた。

「海軍大将としての実力からくる実績と、センゴクさんが次期元帥に推す程の人望。……これだけでも十分大きな影響があるんです」

「……お前……」

「それに、サカズキ大将が元帥になったとしても、センゴクさんみたいにストレスに悩まされる日々だと思いますよ? 天竜人の無茶ぶりとか」

「あー……」

 色々と振り回されるセンゴクの姿を思い出したのか、クザンは引き攣った笑みを浮かべた。

 元帥になったらなったで、クザンは大きく変化する世界情勢の対応に追われ、ダラけることができなくなる。それにサカズキの正義は現場で効果が最大限に発揮されるのであり、海軍の指揮権を掌握しても思い通りにはいかないのだ。

 そういう意味では、元帥はやめた方がいいかもしれない。

「……ちょっと考え直すわ」

「それでいいと思います」

 テゾーロの不敵な笑みに、クザンは憑き物が落ちたのか朗らかに笑ったのだった。

 

 

           *

 

 

 聖地マリージョア。

 世界政府最高権力の五老星は、テゾーロのことで話し合いをしていた。

「テゾーロとドフラミンゴが、どうやら対立しているらしい」

 左目に傷のある、杖を突いた巻き髪の老人――ジェイガルシア・サターン聖は、二人の関係に言及した。

 今では天竜人に匹敵する権力と富を持つ〝黄金帝〟ギルド・テゾーロと、七武海で最も危険とされる〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴ……二人は世界的に影響力のある男であり、世界の均衡にも影響を与える程のチカラを秘めている。

 そんな二人が、お互いの寝首をかくことを狙っている――その報せを聞いた時、彼らは肝を冷やした。四皇同士の接触とはまた別の意味で、世界に直接ヒビを入れかねないからだ。

「確かに……ここ近年の奴の行動も、不可解な点がある」

 大きな白いひげと頭部のシミのような痕が目立つ老人――トップマン・ウォーキュリー聖は、テゾーロの実に起きたある出来事に疑念を抱いていた。

 それは、グラン・テゾーロが中立国と認められているにもかかわらず、四皇〝赤髪のシャンクス〟と関係を持っていることだった。

「そのまま捉えれば、カイドウやビッグ・マム、そして最近四皇の一角となった黒ひげの脅威への抑止だろう」

 刀の手入れをする禿頭と和装の老人――イーザンバロン・(ブイ)・ナス寿郎聖は、事実を鵜吞みにした場合の見解を述べる。

 白ひげ亡き後、新世界は不安定だ。先日に至っては、不死鳥マルコ率いる白ひげ海賊団の残党達と黒ひげ海賊団が大規模な抗争を繰り広げ、マルコ達が惨敗した。今までの白ひげの領海(ナワバリ)も他の四皇に奪われており、侵略行為も多発している。そういう意味では、グラン・テゾーロは他の四皇達から見れば()()であり、それゆえに穏健派であるシャンクスと関係を結ぶことで、世界情勢の変化による動乱を乗り切ろうとしているのではないか。

 この解釈については、長髪で長いひげをたくわえた老人――マーカス・マーズ聖も同意している。

「しかし、我々を意識しているとすれば話は別だろう」

 金髪でカストロひげをたくわえた、首元の傷が特徴の若々しい老人――シェパード・(ジュウ)・ピーター聖は述べる。

 ドフラミンゴは、聖地マリージョアにある()()()()が世界を揺るがす程の重大な「国宝」をはじめとした、公に出るとヤバいネタを多く知っている。天竜人達にとっては最悪のカードを持った脱走者であり、それで揺さぶりをかけられては一溜りもないのだ。

 それに対し、テゾーロは世界政府を内側から変えていこうと目論んでるが、この世界の秩序をより良くしようと動いているのは明白だ。経済力と影響力を鑑みれば、都合がいいのはテゾーロだ。

「……赤髪と密接な関係を築いたのは、ドフラミンゴを潰した際、奴の取引相手からの報復による被害を防ぐためか」

「そう考えることもできるな」

「ドフラミンゴを押さえて口封じすれば、厄介事は確かに減る。切り捨てるのならばドフラミンゴだな」

「テゾーロは世界政府の顔役としても必要だ。次の世界会議(レヴェリー)では、中立国初の議長にしようという話もある」

 マーズ聖の言葉に、他の四人は無言で頷く。

 

 五老星の共通の考えは、テゾーロの利用価値の高さだ。

 民間人から慈善事業や世界政府の依頼の請負で成り上がり、ついには天竜人と同等の権力と富をも手に入れた、まさしく出世の神様。彼は革新的で古い常識に囚われない柔軟な思考で、多くの事業を成功させてきた。ドフラミンゴは自らの出自や裏社会での立場で君臨しているが、テゾーロのような堅気の仕事で世界の最上位に成り上がった者に相応の権限を委ねる方が、世間的なウケがいいのだ。

 

 世界政府の統治の正当性をアピールする上では、ギルド・テゾーロという男は絶大な影響力を発揮する()()()()()()〟なのだ。

「ふむ……ならば、二人の抗争は様子を見ることにしよう」

「武力衝突となれば、大将を派遣して牽制すればよい」

「国王同士の衝突となれば、両国の国民は混乱するだろうが、奴の手口が露見すれば割り切れよう」

 世界で唯一の中立国の国王と、王下七武海である国王の摩擦。

 新時代を迎えようとしている今、五老星の腹は決まっていた。

「ドフラミンゴを切り捨てるぞ」

()()()()にもお伝えし、奴の一味が崩壊次第一兵卒に至るまで取り押さえるぞ」

「あの男をうまく利用すれば、活発化する革命軍の抑止にも使えるからな」

 テゾーロとの連携を重視した五老星は、ドフラミンゴの失脚を前提に今後の方針を固めることにするのだった。

 もっとも、シャンクスの件に関しては、真実は(ウタ)との和解の貢献に対する見返りなのだが……さすがの五老星も、そればかりは知る由も無かった。



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第170話〝藤虎と緑牛〟

タイトル通りです。(笑)
今回は短めですが、内容は案外濃いかも。


「……以上が、報告となります」

「ひとまず安心というところか……」

 サイの報告に、テゾーロはホッと息をついた。

 というのも、先日元帥に就任したサカズキが世界徴兵を実施し、あらゆる外様の実力者を揃えることに成功したのだ。これにより、新しい海軍大将が任命され、より強力な正義の軍隊となった。

 同時に元海軍大将ゼファーがクザンを誘い、海軍からは半ば独立した遊撃隊「SWORD(ソード)」を設立。最高司令官をゼファーが、参謀総長をクザンが担い、上層部の命令を聞かずに自由に動きたいと願う海兵達の受け皿として動き、海賊だけでなく革命軍の動向の探りを始めた。

 白ひげの死で、世界の均衡は大きく崩れた。海軍も変わらざるを得なかったが、どうにかうまい具合に事が運んだようだ。

「じゃあ、これで予定通りグラン・テゾーロにおける世界会議(レヴェリー)開催に動けそうだな」

「……お言葉ですが……実は、()()()()()()()が発生しまして……」

「何?」

「〝神の騎士団〟って、ご存じですか?」

 サイが険しい表情で、聖地マリージョアにて水面下で発生した面倒事を話した。

 

 神の騎士団とは、海軍とも政府とも独立した組織で、サイファーポールの高官であるサイも詳しくは知らない。

 なぜなら、神の騎士団は天竜人と密接な関係にある組織で、その最高司令官はフィガーランド・ガーリング聖という天竜人。事実上、天竜人が組織した騎士団と言え、関わらない方がいい連中とも解釈できる。

 

「……その神の騎士団とやらが、私の計画に文句を言ってると?」

「神に等しいとふんぞり返る彼らからすれば、世界政府を内側から変えようとするテゾーロさんは目障りなんでしょう」

「お前も言うようになったな」

 政府高官が言っていいセリフではない言葉を平然と吐くサイ。

 彼も大分仕上がっているようだ。

「人間の価値観をそこまで忌避するのか?」

「天竜人は人間を虐げねばならない……その掟に反する者は天竜人でも処罰する。自浄作用と言えば聞こえはいいですが……」

 内部変革を目指した者は、無残な目に遭う。

 そんな残酷な事実を暗に告げているような内容に、テゾーロは顔をしかめた。

「テゾーロさん……」

「言いたいことはわかってる。おれを消したがってるんだろう」

 おそらくどころか確定だろうな、と付け加えるテゾーロ。

 聞いた感じでは、神の騎士団はマリージョアの治安組織のようだが、天竜人が最高司令官を務めるだけあり、政治への干渉も可能なのだろう。

 五老星は政治を担うだけあり、テゾーロの広告塔としての価値の高さを政府内で最も理解しているだろうし、何より天竜人の最高位だ。彼らの言葉を無視するかどうかは別として、耳を傾けることぐらいはするはず。ただ、フィガーランド・ガーリング聖とやらが「そんなこと知るか」と一蹴すれば話は別。テゾーロと天竜人の「軍事衝突」という笑えない事態になりかねない。

(とはいえ、シャンクスとの関係については五老星も把握しているはず。神の騎士団がいかに強大でも、さすがに四皇にも喧嘩を売るとは思えないが……)

 テゾーロは、顎に手を当て考える。

 シャンクスは政府上層部からも一定の信頼を得ている。政治やマリージョアの内部に何らかの関与をしていてもおかしくはない。

 今度会った時に酒でも飲みながら聞くか、と判断し、サイに命令を下した。

「サイ。五老星に伝えてくれ。神の騎士団があまりにもうるさかったら、世界会議(レヴェリー)開催は例年通りでいいと」

「よろしいので?」

「〝新世界の怪物〟と〝神の騎士団〟が軍事衝突なんて、百害どころじゃ済まないからな……」

 天竜人の繁栄の為に、世界政府の広告塔を消して民衆の反感を買うか。

 神の騎士団との抗争で、政府内部をガタガタにしてしまうか。

 選択肢が絶望的である以上、テゾーロが引くしかない。神の騎士団がどれ程の軍事力を持ってるかわからない以上、下手に拗れたら取り返しがつかなくなり穏便な落とし所も失う。

 そんな最悪な事態は、絶対に回避せねばならない。

「……それと、恩義あるクリューソス聖が()()()()()()()()()()も調べてほしい」

「……テゾーロさん、まさか!」

 一筋の汗を流すサイに、テゾーロは無言で頷いた。

 神の騎士団が天竜人の自浄作用を担うのであれば、自分に協力的だったクリューソス聖は病死ではなく処刑されたのではないか――そんな疑念を抱いたのだ。

 親交のあるミョスガルド聖から直々に電話を頂いたが、あの閉鎖的空間で何が起こるのかは見当がつかない。表向きは病死扱いで、実際は異端者として始末されたとなれば、ミョスガルド聖の身も危険に晒される。

 天竜人をも裁く存在……それが神の騎士団ではないか。

「できればでいい。お前も深追いしない範囲でやれ」

「…………了解」

 サイはテゾーロの命令を承諾し、任務を全うすべくマリージョアへ向かうのだった。

 

 

           *

 

 

「何やってるんですか、あなた方……」

 数日後、たまには様子でも見ようかとテゾーロはVIPルームの丁半賭博の場に姿を見せたのだが、思いもよらない二人と遭遇した。

「だあーーっ! チキショー、また外れかよォ! おいイッショウ! 〝重力〟でサイコロ動かしちゃいねェだろうなァ!?」

「いやはや、まぐれが続いてるようで……へへ」

「クッソ、スゲェ怪しい……!!」

 ゴザ敷の上で胡坐を掻いて、賭け事に興じるのは二人の海兵だ。

 

 一人は、短く刈った黒髪と無精ひげ、両目を塞ぐ大きな十字傷が特徴的な逞しい壮年男性。藤色の着流しの着物の上から海軍のコートを羽織っており、紫色の合羽や手甲を身に着け、傍には仕込み杖を置いている。

 もう一人は、左肩から腰にかけて入っている「死川心中(しながわしんじゅう)」の刺青が目立つ、細身で筋肉質な身体の男性。上半身裸に海軍のコートを羽織り、花柄があしらわれているダメージの入ったレザーパンツを着用しており、煙草の紫煙を燻らせている。

 

 彼らこそ、先の世界徴兵でその圧倒的実力から海軍大将に特任された〝(ふじ)(トラ)〟イッショウと〝(りょく)(ギュウ)〟アラマキだ。

 

「これはこれは、新しく最高戦力に迎えられた新海軍大将のご一行ですかな」

「あーん?」

「……こいつァどうも、ギルド・テゾーロさんですかい」

「いかにもそうだ」

 階段を降り、反対側のゴザ敷に座る。

 その隣には、グラン・テゾーロを守護する軍隊「ガルツフォース」の長であるシードが。

「……お前、何でここに?」

「非番なんで街を散策してたら、あっちの刺青の人に絡まれて……」

「緑牛に? どういった感じで」

「それが……」

 

 ――おいチビ助! 元海兵だって? おめェがペーペーだった頃のサカズキさんどんな感じよ?

 

「って……」

「上司が異様に大好きな部下か……」

 スタッフに「美味い酒くれよ!」と注文するアラマキに、テゾーロはジト目で見つめた。

 サカズキに強い尊敬を向けているようだが、それが度が過ぎて大変な事態になりそうな気がする。

 今は機密特殊部隊のナンバーツーに就任したクザンも軽いフットワークだったが、アラマキはそれ以上に軽そうだ。

「それで、何で二人がここに?」

「あ、それなんだけど国王、遊びに来たんだって」

「隠す気ゼロか!!」

 書類を読み漁るアオハルの言葉に、テゾーロは頭を抱えた。

「ハァ……新しく海軍大将に特任された二人が、揃いも揃ってギャンブルに来たんですか」

「へへ……ここは本部に近いですからね、あっしの気分転換にゃ丁度いいんで」

「おれも気分転換」

「サカズキ元帥、大丈夫かな……」

 センゴク元元帥同様、胃痛に悩まされる日々を送るようになるのではと不安になるシード。

 もっとも、サカズキの場合は瞬間湯沸かし器みたいになり、胃痛より高血圧で体調を崩しそうな気がしなくもないが。

「あァん!? チビ助、てめェサカズキさんに喧嘩売ってんのか!?」

「少なくとも「サカズキさんにチクんなよ」って無線連絡入れた人に言われたくないと思うよ」

「は!? おい〝剣星〟アオハル!! 何で知ってやがる!?」

「黙秘権を行使しまーす」

 思わず立ち上がる緑牛に、アオハルはガン無視。

 防音や防犯を徹底するVIPルームでなければ、大問題になっていただろう……。

「権力濫用ですよ、アラマキさん……」

「呆れてものも言えないな……」

 ――サカズキも胃薬が相棒になる日も近いのだろうか。

 軍はより強力になっただろうが、命令を聞けるかどうかは別問題であるとしみじみ思う一同だった。




オリキャラのアオハル、昔はテゾーロを「ギル兄」って呼んでたけど、今は「国王」って呼んでます。
成長したなー……。(笑)

ワンピの連載もあともう少しで再開。
尾田先生の目からビームが出るようになれたことを祈って待ちましょう。

もう少ししたら、本作もドレスローザ編でのドンキホーテファミリーとの抗争に入るので、お楽しみに。


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ドレスローザ編
第171話〝電撃訪問〟


ついにドレスローザ編!!
原作に沿いつつも盛り上げていこうと思います。


 その日、テゾーロは心底嬉しそうな顔で新聞を読んでいた。

「スルルルルル……テゾーロ様、どうしたのですか?」

「ああ……〝麦わらの一味〟が復活したんだ。私の前で大見得切ったあの子が、二年の沈黙を破って動き出した」

 テゾーロはタナカさんに新聞を差し出す。

 一面には、〝新世界の怪物〟が最も期待を寄せる〝麦わらのルフィ〟とその仲間達が、更なるチカラを得て完全復活したという趣旨の見出しが載っている。モルガンズの意思もあるのか、新聞の三分の一がルフィ達に関する話題だ。

「……〝最悪の世代〟の代表格の一人として名を上げてるルーキー海賊……彼も大きな器と力の持ち主のようで」

「王の器であるのは間違いない」

 断言するテゾーロに、タナカさんは「随分高く買っておられるのですね」と驚いた。

 

 白ひげ海賊団と海軍の頂上戦争以降、世界は大きく動いた。

 四皇の一角が崩れ、新たに〝黒ひげ〟マーシャル・D・ティーチが白ひげの後釜に座り、悪魔の実の能力者からその能力を奪う「能力者狩り」をしながら勢力を拡大している。〝不死鳥マルコ〟が率いる白ひげ海賊団の残党達と双方多くの援軍を含んだ「落とし前戦争」で勝利してからは、白ひげ海賊団のナワバリのことごとくを奪っているという。

 かつてシャボンディ諸島に集結し「11人の超新星」と呼ばれた若き海賊達は、〝最悪の世代〟と呼ばれて世間や海軍からは恐れられる一方、現在では四皇に敗北した者や傘下に降った者が多い。特に勢力図をかき乱しているユースタス・キッドはシャンクスの逆鱗に触れて惨敗し、トラファルガー・ローは王下七武海入りを果たしている。

 王下七武海もまた、面子が入れ替わった。ローだけでなく新たに道化のバギーが〝千両道化〟の異名で加盟し、さらに強さだけで言えば若き日の白ひげを彷彿させる「()()〝白ひげJr.〟」のエドワード・ウィーブルが加盟した。ウィーブルに関しては眉唾物だが、実力は黄猿をもってして「海賊として圧倒的に強い」と言わしめているので、十分な脅威となり得るだろう。

 海軍も大きく変わった。赤犬ことサカズキが元帥に就任すると、世界徴兵で新たに〝藤虎〟イッショウと〝緑牛〟アラマキが特任され、その実力を遺憾なく発揮している。一方の〝青キジ〟クザンは恩師ゼファーの呼びかけに応じて海軍大将を辞め、()()()()()()の海兵で構成した機密特殊部隊「SWORD(ソード)」を設立し、海軍公認の遊撃隊の最高幹部として活躍の場を広げている。

 

 そんな激動の中、再活動した麦わらの一味。大きくうねる群雄割拠の海賊界と、より強力になった正義の軍隊を相手にどう立ち回れるのか、実に楽しみだ。

「実に楽しみだ」

 そう呟いた時だった。

 開けていた窓枠にニュース・クーが新聞を届けた。

どうやら号外のようで、見出しにはルフィとローの手配書の写真が載っていた。

(トラファルガー・ローとの海賊同盟……!! やはりローはそれを選んだか)

 それは、王下七武海のローが麦わらの一味と同盟を結んだという内容。

 通常、七武海と他の海賊の関係では、七武海の下に付く、すなわち傘下入りとなれば恩赦としての措置がなされる。ジンベエが七武海加盟の際にアーロンがインペルダウンから釈放されたという例もあり、麦わらの一味がハートの海賊団の配下になればルフィ達にも恩赦がつくのだ。

 そうではなく記事通りの同盟ならば、協定違反として七武海の称号剥奪を余儀なくされる。ましてや同盟相手が世界政府を散々振り回してきた麦わらの一味となれば尚更だ。もっとも、手を組むならルフィをと勧めたのはテゾーロ自身だが。

 いずれにしろ、二人が手を組んだということは、すでにパンクハザードは――

(動くなら今しかない!!)

 二人が同盟を組んだのは、ドレスローザにある人造悪魔の実「SMILE」の工場の破壊で、それを皮切りに四皇〝百獣のカイドウ〟の首を取ることだ。

 そしてドレスローザは、新世界の闇を仕切る七武海のドフラミンゴが統治する国。テゾーロにとって、ドフラミンゴは世界に革命をもたらすためには排除しなければならない敵でもある。

 ――叩くなら、今しかない。

「思い立ったが吉日だ」

「?」

「ドレスローザに訪問する! 準備を整えるぞ」

「ええ~~~~~!?」

 

 

           *

 

 

 翌日、新世界のとある海。

 麦わらの一味の帆船「サウザンド・サニー号」の甲板で、同盟を組んだローは麦わらの一味全員に作戦内容を話した。

「同盟組んで「四皇」を倒す!?」

「「四皇」か!! いいなそれ」

「よくねェよ!!」

 ゾロが海の皇帝との争いに興味を示す中、ウソップはローが率いるハートの海賊団が信用できないと異議を唱える。

 だが、当のルフィは「ウチとトラ男の海賊団で同盟を組んだぞ!! 仲良くやろう!!」と嬉しそうにローの肩を叩く始末。ウソップは反対者の人数を確認するが、ブルックの「反対したらどうにかなるんですか?」

とサンジの「どうせルフィが決めたんだろ」の二言で反対決議は幕を閉じた。

「忠告しとくが、お前の思う「同盟」とルフィの考える「同盟」はたぶん少しズレてるぞ! 気ィつけろ……!」

「…………」

 サンジはローにだけ聞こえる小さな声でルフィの「同盟感覚」の違いを忠告する。

 ちなみにローにとってこの忠告は二度目である。

「だからルフィが誘拐誘拐ってガラにもねェこと言ってたのか……この変な羊捕まえて料理してくれと言われても、さすがにおれも困るところだった………」

 サンジはチョッパーが治療中のパンクハザードのマッドサイエンティストであるシーザー・クラウンを指差しながら言うと、今まで大人しかったのシーザーが突如声を張り上げ喋り出した──

「てめェらの愚かさを知り゛……!! 死゛ぬ゛が゛いい!!!」

 自分の立場を忘れて粋がるシーザー。

 当然の如く、サンジにボコられるのだった……。

「おい!! サンジ!! 今治療中なのに!! 終わってからやれよっ!!」

「終わったらいいのか……」

 パンクハザードにて子供達に非道な人体実験をしていたことがバレたからか、普段は温厚なチョッパーもシーザー限定に冷たい態度であった。

 するとローは、パンクハザードで麦わらの一味にシーザーの誘拐を頼んだこと、そして自分が島内にある「SAD」という薬品を作る装置を壊したことについての説明を始めた。

「〝新世界〟にいる大海賊達は大概海のどこかに〝ナワバリ〟を持ち、無数の部下達を率いて巨大な犯罪シンジケートの様に君臨している。とにかく今までとは規模が違う!! 一海賊団で挑んでも船長の顔すら拝めやしない……!!」

『……!』

「──だが、あくまで裏社会。海軍に目を付けられねェ様に必要な取り引きは闇の中で行われる……!! その中で最も信頼と力を持っている男がドフラミンゴだ。闇の名は〝ジョーカー〟、奴にとって最も巨大な取り引き相手は四皇〝百獣のカイドウ〟だ」

「んな!!」

「…………!!!」

 それを聞き、パンクハザードで訳あって出会い同行することとなったワノ国の侍〝狐火の錦えもん〟と、人造悪魔の実を食べた子供・モモの助は絶句した。

「どうした?」

「いや…!! 何でもござらん…!! 続けてくれっ!!」

「おれ達が狙うのは四皇カイドウの首だ……!!! ──つまり、こいつの戦力をいかに減らす事が出来るかが鍵!! カイドウは今、ジョーカーから大量の果実を買い込んでいる。人造の動物系悪魔の実「SMILE」だ」

 ローの言葉に瞳を輝かせるルフィ。

 彼曰く、人造なだけに相応のリスクがあるようだが、すでにカイドウ率いる百獣海賊団には500人を超える能力者がいるという。

 ウソップだけでなくチョッパーやナミも反対するが、ローは「もう能力者が増えることはない」と笑った。

 というのも、人造悪魔の実の元を作ってたのは他ならないシーザーだからだ。世界最大の頭脳を持つベガパンクの発見した〝血統因子〟を応用して作成していたのだ。

「ジョーカーはもう詰んでる。あとはドレスローザのどこかにある「SMILE」製造工場を潰せばいい」

「成程、だが敵は取引のプロなんだろ?」

 二年前とは色んな意味で変わった船大工・フランキーの言葉に、ローは「油断できないのは変わらねェ」と肯定した。

 が、直後に新聞を差し出して悪い笑みを浮かべた。

「今日の号外だ、見てみろ」

 シーザーを含めた全員が新聞を見る。

 その見出しには、驚愕の内容が書かれていた。

 

 ――ギルド・テゾーロ氏、ドレスローザに電撃訪問!

 

「テ、テテ、テゾーロォ!?」

 目が飛び出る勢いで驚くシーザー。

 天竜人に匹敵する権力者が、突如としてドレスローザへの訪問を決め、グラン・テゾーロを出港したというのだ。

「ついに〝新世界の怪物〟が動いた……!! おれ達には追い風が吹いている!」

「というと?」

「テゾーロ屋もドフラミンゴを潰そうと機を伺っていた。だから事前に奴の根城に乗り込んで同盟を申し出た……そしたらお前らと組む方がいいと言われたがな」

「あの成金野郎、正気か!?」

 世界政府の重要人物が王下七武海の一角を崩しに行くと聞かされ、シーザーは思わず叫んだ。

「テゾーロ屋がおれ達の後ろ盾となれば、ドフラミンゴの失脚すら可能だ! 立場の都合上、カイドウの件は触れられないだろうが、それでも巨大な力を動かせる!」

「それは確かにな……」

「最初はカイドウとドフラミンゴをぶつけるつもりだったが、おれもドフラミンゴには個人的な因縁もある身だ……予定を変更し、テゾーロ屋と手を組んで直接叩く」

「その方がいいな。ルフィは策を張り巡らすよりも正面からぶっ飛ばしに行く方が向いてる」

 サンジの一言に一同はうんうんと頷いた。

 ルフィは常に正面突破するからだ……。

「その上で、おれはテゾーロ屋から奴の秘密についても聞かされた。正直耳を疑ったが、共有しねェといけねェ」

「ドフラミンゴの秘密?」

「ああ……まず先に言う。奴は()()()()だ!!!」

『――ええ~~~~~~っ!?』

 ローの爆弾発言に、一味は震撼したのだった。




ドレスローザ編では、ゴールデンテゾーロとピーカのビッグサイズなバトルを予定しています。(笑)


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第172話〝奴のペース〟

そろそろアニメもワノ国クライマックス。
緑牛の声、すごい気になります。


 翌日、海軍本部では緊急の会議が開かれていた。

 それは、三大勢力の均衡の崩壊すらあり得る程に重大な事態だからだ。

「「王下七武海」とは……!! 世界でたった七人!! 世界政府によって選ばれた略奪を許可された海賊達!! 引き換えに必要とされるものは〝圧倒的な強さ〟と〝知名度〟!! 彼らが政府側に与することが世の海賊団への脅威とならなければならない!!」

 海軍の会議で司会進行を務めるブランニュー准将は、あらためて王下七武海の在り方とメンバーを説明する。

 

 世界一の大剣豪、〝鷹の目〟ジュラキュール・ミホーク。

 ドレスローザ国王にして悪のカリスマ、〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 今や海軍の人間兵器、〝暴君〟バーソロミュー・くま。

 アマゾン・リリーの現皇帝、〝海賊女帝〟ボア・ハンコック。

 〝最悪の世代〟の一人にしてロッキーポート事件の首謀者、〝死の外科医〟トラファルガー・ロー。

 海賊派遣組織を率いる「伝説を生きる男」、〝千両道化〟バギー。

 今は亡き「世界最強の海賊」エドワード・ニューゲートの実の息子を名乗る、自称〝白ひげJr.〟エドワード・ウィーブル。

 

 彼ら彼女ら七名の大海の強者の武力で海賊界の皇帝「四皇」を牽制し、この世界のパワーバランスを保っているのだ。

 この三大勢力のパワーバランスが崩壊すれば、世界を混沌の時代へ導くことを意味し、手に負えないうねりとなる。事実、二年前の頂上戦争で白ひげが戦死した際、黒ひげの侵略やキッドを筆頭とした新世代の進出によって情勢が大きく荒れた。

 その後はサカズキの主導やクザンの根回しのおかげで、海軍はセンゴクが元帥だった頃よりも強力となったが、今回の件ばかりは無視できなかった。

「しかし、これは今朝……夜明けまでの話!! ドフラミンゴは突然の脱退!! ローも腹積りによっては七武海除名を余儀なくされます!! 「海軍本部」「四皇」に並ぶ三大勢力が、こうも不安定では……!!」

 そう、海軍が大きく揺れたのはドフラミンゴの七武海脱退だ。

 頂上戦争でも暴れた大物が、ここへ来て――海軍側から見れば――真偽不明の脱退。同時にトラファルガー・ローとモンキー・D・ルフィの海賊同盟発足。有事と見なしたギルド・テゾーロが動き出し、ドレスローザへと電撃訪問に向かっている。

 黄金帝が事態収拾を図っているのは言うまでもないが、海軍がそれを黙っている訳にはいかない。テゾーロと手を取り合い、解決する必要がある。

「──あァ、わかっちょるわブランニュー……」

「元帥!!」

「今〝ロー〟にも〝麦わら〟にも勝手なマネはさせん……!! 昨日「G-5」のスモーカーからうるそう連絡があってのう……一日様子をみちょれ……〝藤虎〟を行かせてある」

 

 

 そして同時刻。

 新たに設立された「SWORD」でも、クザンが隊員達にいつものだらけた態度で語った。

「――ってまァ、そういうこった。何か質問は?」

「話を端折り過ぎです」

 幹部を務める女性将校・アインに冷たい目で見られ、クザンはバツの悪そうな表情を浮かべた。

 この場にいる海兵達は皆、海兵の認識番号であるマリンコードを返上している。要は辞表提出済みの面々で、許可無しで戦ってはいけない勢力とも独自の裁量で戦うことが許されている。同時に捕虜や人質になるなどで邪魔になれば、いつでも処分が可能でもある。

 とはいえ、この組織の設立者は海軍大将経験者であるので、世界政府としても無視できない。安易にいつでも切り捨てられるとはいえ、元海軍大将の損失はあまりにも大きいので、中枢は一応釘を刺したりしてくる。

「〝天夜叉〟ドンキホーテ・ドフラミンゴ。彼は10年前、天竜人への貢ぎ金である天上金の輸送船を襲撃し、政府を脅迫し七武海に加盟。同時期に狂乱したドレスローザ国王リク・ドルド3世を成敗してドレスローザの王位に就任。その後は海賊女帝と同様の二足の草鞋を履いてます」

「……」

「そして本日の朝刊で、彼は突然の脱退を表明。理由は不明ですが、同じ七武海トラファルガー・ローとは因縁があると()()()()()()()()()()()()()()()から情報提供あり。さらにリク王の狂乱にも裏で糸を引いている可能性があります」

 アインの淡々とした解説に、一同は唸った。

 ドフラミンゴの悪行は、七武海として目を瞑れる範疇を超えていた。これ以上野放しにしては世界の秩序の崩壊に拍車をかけるばかりだ。それに海軍は政治の影響を受ける。五老星を筆頭とした世界政府の上層部の命令には、あの硬骨漢であるサカズキも逆らえない。

 だが「SWORD」は独立した遊撃隊。融通の利きやすさで言えば、政治の影響を受けずに活動できるというのは大きな利点だった。

「ハートの海賊団と麦わらの一味の同盟と同時に、黄金帝が電撃訪問を決行。この動きに乗じ、革命軍も大きく動くのではないかと」

「ああ……ドラゴンは来ないだろうが、サボかイワンコフ、軍隊長の誰かは来るだろうな」

 SWORDの最高司令官であるゼファーは、自らの見解を述べた。

 革命軍のNo.2である参謀総長のサボをはじめ、革命軍は油断ならない猛者が揃っている。

 あらゆるものを押しのける「オシオシの実」の能力者である巨人族の〝毛皮のモーリー〟、一声で人々に勇気を奮い立たせると同時に筋肉を増量させて戦う力を与える「コブコブの実」の能力者のベロ・ベティ、様々な兵器・科学を駆使した戦闘を得意とするネコのミンク族のリンドバーグ、体を煤に変える「ススススの実」の能力者のカラス――彼ら四人の軍隊長は、どれも億超えの覇気使い。実力は本物だ。

 幹部の層も中々に厚く、真っ向からぶつかるのは愚策。新海軍本部大将の二人も、正面から戦うのは骨が折れるだろう。そしてそれは、クザンや老いたゼファー自身にも言えることだ。

「サカズキはイッショウを動かした。こっちも手を回したいところだが、ドレークが百獣海賊団に潜入している今、あまり戦力を割るのはよくない」

「……おれ達もドデケェ山を迎えるってトコですけど、ウチはどうするんで?」

「クザンやおれが直々に出張れば、ドフラミンゴの警戒心は強くなるばかり……ここは藤虎に任せるとする」

 ゼファーはあくまでも静観の方針であることを告げた。

 七武海で最も危険な男の狡猾さを考え、戦力の向け過ぎはかえって不利になると判断したのだ。

「まあ、一番のジョーカーはガープの孫だろうが……あの若造の出方次第もあるな」

「麦わらが、ですか?」

 ゼファーは不敵に笑った。

 あの二年前の頂上戦争で、大きく戦場をかき乱したルーキー海賊。当時ゼファーはマリンフォードで暮らす関係者の避難と保護を担当したため、戦場にはいなかったが、新聞で大きく取り沙汰されて興味を持ったのだ。

「そういう訳だ、我々はあくまでも静観。だが有事に備え、出撃の準備はしておけ!」

『はっ!!』

 ゼファーの一声に、()()を手にした海兵達は呼応するのだった。

 

 

           *

 

 

 新世界のとある海域。

 目的地のドレスローザへ向かう麦わらの一味は、朝刊の一面を確認していた。

 見出しは「ドンキホーテ・ドフラミンゴ「七武海脱退・ドレスローザの王位放棄」」と載っていた。

「本当にやめやがったァ~~~!!!」

「鳥の国って、ドレスローザって名前なのかー」

「だがトラ男。おめェの言っていたことを踏まえると、こんなにアッサリ事が進むと逆に不気味じゃねェか?」

 慌ただしい一味の中で、フランキーはローに尋ねた。

 すでにローは、ドフラミンゴが元天竜人であり、七武海の中でも政府中枢との繋がりが深いことを知らされている。

 むしろこれこそ、ドフラミンゴが仕掛けた罠なのではないか。フランキーはそう言っているのだ。それに対してローは「かもな」と返した。

「おれ達はただシーザーを誘拐しただけ……それに対し奴は10年間保持していた「国王」という地位と略奪者のライセンス「七武海」という特権をも一夜にして擲ってみせた──この男を取り返すためにここまでやったことが奴の答えだ!!」

「でもトラ男君、もし七武海を辞めてなかったらどうするの?」

「その時はおれが時間を稼いで指示をする。少なくとも今回の一件で、海軍も大きく動くはずだ。赤犬が誰を差し向けるかにもよるが……」

 その時、電伝虫の受信音が鳴り響いた。

 このタイミングでサニー号に電話をしてくる者は一人しかいない。――ドフラミンゴだ。

 すかさずローが受話器を受け取ると、ドフラミンゴが声を発した。

《おれだ……「七武海」をやめたぞ》

「おれはモンキー・D・ルフィ!! 海賊王になる男だ!!」

「お前黙ってろっつったろ!!」

 ルフィはウソップに止められながら、ドフラミンゴと通じる電伝虫をローから奪い、怒鳴りながら話す。

「〝茶ひげ〟や子供らを(ひで)ェ目に遭わせたアホシーザーのボスはお前かァ!!! シーザーは約束だから返すけどな!! 今度また同じ様なことしやがったら今度はお前もブッ飛ばすからな!!!」

《〝麦わらのルフィ〟……!! 兄の死から2年……バッタリと姿を消し、どこで何をしていた?》

「!! ……それは絶対に言えねェことになってんだ!!」

《フッフッフッフ……おれはお前に会いたかったんだ。お前が喉から手が出る程欲しがる物を、おれは今……持っている》

 虚言なのか事実なのか、ドフラミンゴはルフィが揺さぶられるような言葉を口にした。

 まんまと引っかかったルフィは好物の肉を想像し、完全に相手のペースに乗せられてしまい、「お肉が一匹♡ お肉が二匹♡」と呟きながら妄想に駆られてしまった……。

 その隙に受話器を奪い返したローは、ドフラミンゴに余計な話はするなと釘を刺した。

「約束通りシーザーは引き渡す」

《そりゃあその方が身の為だ……! ──ここへ来てトンズラでもすりゃあ……今度こそどういう目に遭うか……お前はよくわかってる。フッフッフッフッフ!! さァ……まずはウチの大事なビジネスパートナーの無事を確認させてくれ》

(……何だ、この余裕は……!?)

 追い詰められている割には、やけに余裕綽々なドフラミンゴに、ローは違和感を感じた。

 普段から不敵ではあったが、この状況下でも余裕な態度に一抹の不安を覚えつつ、シーザーに受話器を向け、安否確認を二秒で済ませた。

 

「今から8時間後!! 「ドレスローザ」の北の孤島「グリーンビット」〝南東のビーチ〟だ!! 「午後3時」にシーザーをそこへ投げ出す──勝手に拾え!! ──それ以上の接触はない」

 

 ローは時間と場所を指定し、取引はそこで終わらせると告げた。

 ドフラミンゴは「淋しいねェ、お前と一杯くらい……」と一対一(サシ)で飲みたいと口にしようとしたが、ルフィに強制終了させられた。

「ふーーっ……危なかった!! また「奴のペース」にやられるところだった!!」

「いや、すでに手遅れだし!!」

「おい待て、相手の人数指定をしてねェぞ!! 相手が一味全員引き連れてきたらどうする!!」

 ルフィの目が骨付き肉への願望丸出しのままな中、サンジはドフラミンゴが一味総出で事を構える可能性があるのではと焦った。

 だが、ローは「スマイル」の工場を潰す方が目的であるため、シーザーの引き渡しは囮の様なものだと返答すると共に、問題なのは工場がどこにあるかがわからないことだと付け加えた。

「敵の大切な工場でしょ? 何か秘密があるのかもね」

「だろうな。そもそも奴の治める王国に行ったこともない」

「ほんじゃ全部着いてから考えよう!! しししし!! 楽しみだな~ドレス老婆!!!」

「ドレス()()()だ、麦わら屋」

 ルフィはサンドイッチで朝食を食べながら作戦会議をしようと提案し、各々好みの具材をサンジに伝えた。

 なお、ローはパンが嫌いなため、おにぎりを要求するのだった。

 

 

 そして、ドレスローザ近海。

「テゾーロさん、見えました!!」

「ドレスローザか……初めての来訪だ。気を抜くな、ドフラミンゴなら何をしでかしてもおかしくない」

 〝天夜叉〟と〝新世界の怪物〟の邂逅が刻一刻と迫っていた。



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第173話〝異様な平穏〟

緑牛の声、諏訪部さんだった!
めっちゃカッコいいですね。


 世界情勢の注目の的となったドレスローザ。

 ついに四皇に匹敵する影響力を持つテゾーロが来訪し、国賓の電撃訪問として歓迎ムードとなった。

「テゾーロ様ーー!!」

「本物のギルド・テゾーロだ!!」

「ようこそドレスローザへ~~!!」

 国民の歓迎を受けるテゾーロ。

 しかしその顔はどこか険しく、ボディーガードとして来たサイ達も顔をしかめている。

 というのも、ドレスローザはドフラミンゴの七武海脱退の報道で危ういはずなのだ。王が突然辞めたのに、異様なまでに街が平穏なのだ。普通の国ならデモや反乱レベルの事態に陥るというのに。

「テゾーロさん、これは……」

「予想通りの結果だ、狼狽える程じゃない」

 そんなやり取りをしながら、王宮へと案内される。

 王宮はドンキホーテファミリーの居住区であり、幹部達が集う場所。全面衝突すれば双方の被害は計り知れないし、この国の住民達も無事では済まない。

「よく来たな、テゾーロ」

 不敵に笑いながら迎えるのは、フラミンゴの羽を思わせるようなピンク色のファーコートを着用した、3メートル超えの長身の男。

 世界政府公認海賊の王下七武海の一角――ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。

(いきなり本人か)

「電撃訪問は驚いたぞ。それなりに心配してたのか」

「ああ。突然王位を放棄した国は内乱どころじゃないはずだからな」

 あくまでも友好的な姿勢のテゾーロ。

 無論、ここで国際問題を起こすのは厄介なのもあるが、一番は彼を倒す者達の為である。

「……朝刊の件、アレはどうなっている?」

「ああ……アレか。〝誤報〟だ、先程政府の役人共が直々に伝えた。全く困ったもんだぜ」

(白を切るか……)

 ドフラミンゴは余裕綽々な様子であり、テゾーロは政府とのコネで凌いだと確信した。

「フフフフフフ……!! せっかく来たんだ、ワインでもどうだ?」

(……幹部達の中に、()()()はいないようだな)

 ちらりと辺りを見回す。

 この国で一番警戒しなければならないのは、シュガーという女の子。彼女は「ホビホビの実」の能力者で、触れた生物をオモチャに変えることができる能力を使う。だが、何より恐ろしいのはオモチャに変えられた生物はその者の記憶が全世界から消滅する効果があることだ。

 もしテゾーロに使えば、グラン・テゾーロは崩壊し、多くの者を失う上、あの「国宝」を敵から護る術がなくなる。奪われたら各国が時代の覇権を狙って世界大戦状態に突入するだろう。それだけは何としても阻止せねばならない。

 だが、テゾーロでは少し目立ちすぎる。そう考えると、海賊同盟を組んだ()()とサカズキ元帥の命令を受けた藤虎に任せるのが利口だろう。

「いいだろう。私のボディーガード達にも振舞ってくれ」

「フフフフフフ! そう来なくちゃな」

 ドフラミンゴは愉快そうに笑いながら、部下達に会食の準備を進めるよう命令したのだった。

 

 

           *

 

 

 その頃、ルフィとフランキーはレストランのルーレットで盲目の壮年男性――実は藤虎――から金を巻き上げていた連中の頭を、人気のない路地裏に連行して必要な情報を聞き出していた。

 そこでルフィは、ドフラミンゴの下に亡きエースの〝メラメラの実〟があることを知った。

「〝悪魔の実〟は同時期に同じものが二つ存在することはねェそうだ……! ──だが〝実〟の能力者が死ぬと、また世界のどっかにその能力を秘めた″悪魔の実″が復活するらしい。〝火拳のエース〟の死後、人知れずこの世に再生してた〝メラメラの実〟を若様は手に入れてたのさ……!! 自然系(ロギア)の〝悪魔の実〟を興業の景品にしちまうとは、若様も水くせェ……!!」

 あんなスゲェ能力手に入れたら俺も人生変わるだろうな、と男は笑う。

 ルフィとしては、亡き兄の形見と言える代物。ドフラミンゴは、十中八九ルフィを自分の手の届く範囲に誘い込む罠として利用するつもりだろう。

 だが、工場の在処を知らない二人は、確実に知っているであろうファミリーの幹部達が集まっているコリーダコロシアムに用がある。

「これだけは言える。チャンスなら逃すな!! 後悔してもつまらねェ、コロシアムにはどの道用があるんだ。とにかく行こうぜ!!」

「おう!!」

(………!! バカ共……欲しいからって手に入りゃ、()()()()()()()()()……!! コロシアムのレベルを見くびるな…!!)

 卑しい笑みでルフィとフランキーを嘲るチンピラを他所に、コロシアム周辺の街では海軍大将の藤虎が部下からテゾーロの動向を聞いていた。

「テゾーロの旦那が?」

「ええ……今、ドフラミンゴと会食中とのことで」

(テゾーロの旦那は、あっしと同じ七武海について懐疑的……直接乗り込んで、天夜叉の首を狙うって算段ですかね)

 王下七武海制度の完全撤廃を狙う藤虎にとって、この状況はかなり好ましい。

 今年は世界会議(レヴェリー)を控えており、そこで一昨年起きたアラバスタ王国の内乱を議題とし、本当に七武海が必要かを問うつもりだ。テゾーロの後ろ盾を得れば円滑に進み、もしドフラミンゴがこの地でやらかせば拍車をかける。

 とはいえ、今日はどこかおかしい。王が突然辞めたというのに国民はいたって普通の生活を営んでいる。何か裏があるのは明白だ。

 それに、今回のコロシアムの大会には世界中のアウトローが集結している。彼らが暴れ始めた際、能力や人数を把握しなければ大変なことになる。

「ひとまず、コロシアムに向かいやしょう。名の知れた海賊共も大勢でしょう」

「はっ!」

 

 

 そして、愛刀を盗んだコソ泥を見つけ追いかけたゾロを追跡していたサンジは、情熱的にフラメンコを踊る踊り子・ヴァイオレットと遭遇していた。

 そのまま見惚れゾロを見失ったのでドレスローザに置いてけぼりにする算段を立てつつ、警備兵の捜索を掻い潜る。目をハートにし、鼻から鼻血を滝のように流し、変装用の付け髭を真っ赤に染めながら。

「ごめんなさいっ……頭でもぶつけたかしら……」

「あー、いや、ぶつかってきたのは出会いという名の衝撃だけだ……♡」

「でもこんなに血……」

 その内失血死しそうなくらい血だらけになるサンジに、ヴァイオレットは不安そうな表情を浮かべる。

 全部サンジの下心のせいであるが。

「おわあああああ~~……!! ダメだ……もう恋が止められないっ!!」

 ガクガクと震える乱時に、ヴァイオレットは慌てて「ダメよ!! そんな目で私を見ちゃ!!」と告げた。

「私はもう恋を捨てた女っ……!! 過去、私に関わった男達はみんな……』

「そう♡ みんな幸せだ♡」

 サンジは彼女の話が耳に入っていないようだ。

 が、警備兵に追われるなど、中々深そうな事情があるようだ。

「追われてたな!! あいつら一体誰なんだ!? 俺で力になれることがあれば言ってくれ!!」

「追ってきたのは警官よ。私……男の人を……刺したの!! ……恋が拗れて……」

「えェ!? この国の女は男を刺す程、情熱的って本当なのか!?」

 ドレスローザは愛と情熱とオモチャの国だが、少し恋が拗れすぎてる気がする。

 それでもサンジは美女とならばと、ハートになった目で「OK!!」とサムズアップした。

「OKなの!? ウウ……!! ダメよ!! こんな魔性の女を許さないで……」

「どうしたんだ……?」

「あなたを好きになっちゃう……♡」

「グハッ!!」

 その妖艶な仕草と声色で、サンジは心臓を射抜かれてしまった。

「……私の名はヴァイオレット……よろしければとなり町まで私の護衛して下さらない? そして、そこで……」

 ヴァイオレットはサンジの両手を握ると、涙を流した。

「──殺してほしい男がいる……!!」

「!?」

 

 

           *

 

 

 その頃、シーザー引き渡し組であるローとロビン、ウソップ――それと人質のシーザー――は、変装した状態で北東のカフェにてシーザーを引き取るドフラミンゴの使いを待っていた。

「グリーンビットねェ……あまり薦められねェなァ……研究員か探検家かい? あんた達……命かけて行く程の用がねェんならやめた方がいい……」

 カフェのマスターは、どこか遠い目でグリーンビットについて一行に教えた。

 グリーンビットの周りには〝(とう)(ぎょ)〟ツノのある凶暴な魚の群れが棲みついているという。棲みつくようになったのは約200年前で、現れるまでは人の往来もあったらしい。

 先人達は鉄橋を架け、度々修復と強化を繰り返したようだが、全て徒労に終わったそうだ。

「鉄の橋でもその魚に倒されるってのか!?」

「さァ、橋がどうなってるかは……行った奴しか知らねェし、帰ってきた奴も知らねェし……」

「ハァ!?」

 カフェのマスターは不吉な言葉を言い残し、カウンターへ戻っていった。

「……おい、トラ男!! 今すぐ引き渡し場所を変えろ!!」

「そうだぞ!! 引き渡される身にもなれ!! バカめ!!」

 ウソップとシーザーは身の危険を即座に感じ、ローに場所の変更を要求するが一蹴された。

「変わらねェ。ここまで来てガタガタ騒ぐな……そんなことより俺が心配してんのは国の状態だ! 王が突然辞めたのに、何だこの平穏な町は……!! 早くも完全に予想外だ……!!」

「大丈夫かよ!! ……ん? 何してんだ、ロビ――」

「しー……」

 突然ロビンは、自分達に向かって歩いてくる仮面を付けたスーツ姿の三人組を見かけると、隠れるかの様に帽子を深くかぶり直した。

 その姿を見たシーザーも、素早く顔を隠した。

「CP-0……!! 何しにここへ……?」

 ローは戸惑いを隠せないでいた。

 世界最強の諜報機関であるCP-0が、突如としてドレスローザに姿を現したのだ。

「え…!? CP……!? も……もしかして……「CP9」と関係が……!?」

「──その〝最上級〟の機関よ……彼らが動く時にいいことなんて起こらない……」

 その呟きに、ローも静かに同意した。

 ドレスローザは、早くも大混乱に近い状態であった。



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第174話〝新旧海軍大将〟

大変お待たせ致しました。
本作が月一のペースで申し訳ありません。


 さて、ここはドレスローザ沖。

 島に上陸せず、サニー号で待機することになったナミ達は、モモの助の「将軍ゴッコ」という時代劇コントに付き合っていた。

「トノ。ご気分は如何ですか?」

「うむ、くるしうない。余はマンゾクに思うぞ♡」

「そう……それはようございました♡」

「余も満足でーす♡」

 そうブルックが寄った瞬間、ガン!! という音と共に鉄拳制裁が下された。

「ドベハラバンヌ!!! チョ……チョット痛いナミさん!! え!? ひざ枕パーリーじゃないんですか!?」

「どんなパーリーよ!!!」

 大きなタンコブができて悶絶するブルックに、チョッパーが説明する。

 曰く、モモの助を見ていると、一人で放っておくと思いつめた様に塞ぎ込むことがあるという。その理由については話してくれないが、彼はまだ8歳だ。そんな幼子が塞ぎ込むということは、心に深い傷を持ってる可能性もある。

 ブルックもかつてのルンバ―海賊団崩壊後、50年も孤独だった。事情は違うだろうが、心の傷というモノがいかに難しいのかよくわかっている。

「そうか……そうだったんですか……」

「おい、「ホネ吉」! よきょうで座をもり上げよ!」

「イヤです。私、ルフィさんの命令しか聞きたくありません」

「やれよ!!!」

 チョッパーのハリセンツッコミにより、ブルックは()()空気を読み、ギターを弾きながら歌うのだが──

「やだよ♪ ヤダーヨ♪ 埋んめ~てーも♪ 埋んめ~てーも♪ 帰っーってくるーよ♪ バイタリティ~~~~死体(ゴースト)!!! カモン!!」

 

 ガシャン! バサバサ……トントン!!

 

『……え?』

 四人しか居ないはずのサニー号から、居ないはずの五人目の声と物音が響き渡った。

 しかも男子部屋からだ。

「やだよー……全く……やだやだ……」

「誰かいる~~~~!?」

 

 

 時同じくして。

 テゾーロはドフラミンゴ達と会食を終え、会談していた。

「私の部下にまで振舞ってもらい、申し訳ない」

「フフフフフフ! そう気にすんな。お前は国賓だ」

 相変わらず不敵な笑みを浮かべるドフラミンゴに、テゾーロは目を細める。

 ドンキホーテファミリーを倒せば、世界会議(レヴェリー)でも優位に事を進められるが、焦りは禁物だ。ここで悟られるわけにはいかない。

(ルフィ達は上陸し、藤虎も来てるはず。だが変にこちらから行動して、予想外の事態を引き起こすのは避けなければ)

「……そろそろだな」

「?」

 ふと、ドフラミンゴが立ち上がり、宙に浮いた。

 イトイトの実の能力で空中の雲に糸を引っかけたのだ。

「少し離れる。なァに、すぐ終わるさ」

「所用なら構わないが……」

「フッフッフ! おれが留守の間は頼むぞ」

 ドフラミンゴはファミリーの幹部達に、テゾーロ達を見張るよう暗に示し、王宮を後にした。

「……さてと」

「待て、ギルド・テゾーロ」

 徐に席を立った途端、黒ずくめのコートとゴーグル、マスクに覆われた顔が特徴の男が近寄った。

 元3100万ベリーの賞金首であるドンキホーテ海賊団の幹部・グラディウスだ。

「何の用だ。トイレに行きたいだけなんだが」

「ここは若の王宮! 客とてお前は政府中枢に近い、油断できん」

「成程、理由はわかるが……()()()()()()()政権を樹立した君達に言われる筋合いはない」

「っ……!」

 その言葉に、グラディウスだけでなくその場にいた全員が顔を強張らせた。

 テゾーロは、ドフラミンゴが国王になった経緯の()()を知っているのだ。

「貴様……!」

「慌てることはない。私はドレスローザを滅ぼす気はない。そんなことよりトイレはどこだ?」

 暢気にトイレを尋ねる〝新世界の怪物〟に、緊張が走るファミリーの幹部達だった。

 

 

           *

 

 

 その頃、「シーザー引き渡しチーム」はと言うと。

「島まで飛べ」

「ロー!! てめェ本当に覚えてろよ!? 人を3人浮かすのにどれ程のガスエネルギーを要すると思ってやがる!? おれは大切な人質だぞ!!」

 闘魚との戦いで鉄橋ド真ん中に取り残されてしまったため、人質のシーザーのガスガスの実の能力を使い、シーザーを気球代わりに移動していた。

 ちなみにシーザーがここまで麦わらの一味とローに協力的な理由は、ローに心臓を握られているので逆らえないから……である。

「ハァ、ハァ……着いた……ゼェ、ぜェ……」

「海は闘魚にやられた船の残骸だらけ……」

「まだ誰も来てないみたいね……」

 ついに一行は、目的地であるドレスローザより北の無人島「グリーンビット」に到着。

 野生丸出しの異常に成長した森が生い茂っており、まるで自分達が小人になった気分だ。

「あそこが約束の〝南東のビーチ〟。15時にお前を放り出す」

「あ……!! 逆の海岸見てみろ!! あれ海軍の軍艦だろ……!?」

 ふとウソップは、森に突っ込んだ状態の海軍の軍艦を指差す。

 岸に乗り上げたというレベルではなく、文字通り船首から森に突っ込んでいるのだ。しかも植物の傷がまた新しく、船体も思った程の損傷していない。

 ということは、あの闘魚の群れの中を進んでいることであり、海兵達がここへ辿り着くのも時間の問題ということになる。

「まさか取り引きがバレてるのか!? それは聞いてねェぞ!!!」

「し─────っ!!! バカ科学者!! お前声でけェよ!!」

「おい、おれは賞金首だ!! ボスであるジョーカーが〝七武海〟をやめた今、おれを守る法律は何もない!! 海兵のいる島に海楼石の錠つきで放り出されたら……!!」

 慌てふためくシーザーとウソップ。

 ここでの取り引きは不当であり、即刻中止すべきだとシーザーは要求するが、ローは「海軍が敵なのはこっちも同じだ」と一蹴する。

「海軍ならまだいいが……最近発足した「SWORD」ならもっと厄介だぞ」

「ソード? 何だそれ?」

「海兵であって海兵でない……いわば辞表提出済みの海兵で組織された特殊部隊よ」

 ロビンは一同にわかりやすく説明する。

 SWORDは海軍からは半ば独立した遊撃隊であり、四皇などの許可無しで戦ってはいけない勢力とも独自の裁量で戦ったり本部の命令を無視して活動できるという利点がある上、あくまでも()()()()()()()()()()なので昇格できる反面、捕虜や人質になるなどで邪魔になればいつでも処分が可能という一面もあるという。

 構成員は全員が本部の佐官以上の将校達で、能力者や覇気使いも多く顔を並べており、中には伝説の海兵の身内もいるという。

「そして「SWORD」の最高司令官は、元海軍大将〝黒腕のゼファー〟。ナンバーツーに青キジがいるわ」

「あ、青キジィ!?」

「冗談だろォ!?」

「新旧海軍大将が指揮する遊撃隊がもし来ているなら、かなりの大ごとになるわ……」

 ロビンは冷や汗を垂らす。

 しかしローは、別の可能性を考えていた。それは海軍大将が直々に現れることだ。

 そして最悪なのが、海軍大将とSWORDが足並みを揃えてドレスローザに来ている場合だ。

「気を抜くなよ……ここから先は何が起こるかわからねェ。あと15分だ……お前らは〝狙撃〟と〝諜報〟でおれの援護を頼む……!! 森に異常があったらすぐに連絡を」

「ええ、わかったわ……」

「てめェ!! まさかハメやがったんじゃねェだろうなァ!?」

「ちょっと待て!! 海軍がいるなんて予定外だ!!」

 こうしてシーザーとローが南東のビーチに残り、ロビンとウソップは島の森を調査することとなった……。

 

 

 そして、ドレスローザの街中。

 サカズキの命令で派遣された藤虎とその部隊は、意外な人物と顔を合わせていた。

「おや、カジノの旦那の……」

「メロヌスだ。〝上〟から指示を受けて調査中だ」

 テゾーロの側近の一人・メロヌス。

 彼はテゾーロの命令で、独自に動いてドレスローザの調査をしているそうだ。

「……そっちはサカズキ元帥の命令か」

「ええ。サカさんに〝麦わら〟と〝ロー〟に勝手なマネをさせるなと」

「へー、あいつ案外慎重じゃないの」

 第三者の声に、一同は振り向いた。

 その姿に、全員が驚いた。

「マジか……!?」

「お前さんは、確か前任の……」

『青キジさん……!?』

 何と、元海軍大将で現SWORDのナンバーツーとなった〝青キジ〟ことクザンがいたのだ。

 だが、いつものスーツの上に海軍コートを羽織っている姿ではなく、暗い色のコートを着て黒のサングラスを身に付けており、その出で立ちは海兵というよりも放浪者であった。

 まるで、自分が海兵であるのを隠しているかのようだ。

「何でここに?」

「何でって……まァ、アレだ。新体制の山場だからだ」

 クザン曰く。

 ドフラミンゴは九蛇の蛇姫とはまた違った極めて異例づくしの海賊であり、大将達が動かねばならない程の案件。〝王下七武海で最も危険な男〟に相応しい実力と影響力、深いコネクションを有するため、一筋縄ではいかない。

 そこで、ゼファーは今朝の朝刊を機にドレスローザへの派遣を決断し、()()()()()()の備えとしてパンクハザードでスモーカーの部隊を救出したばかりのクザンに任務を命じたのだ。

「今年は世界会議(レヴェリー)だ、テゾーロの力がどうしても必要になる。最悪の事態は阻止しなきゃならねェ。過剰戦力だとしてもな」

「それは同感ですね……あっしも、あの人の協力が必要だ。だが軍隊は市民の被害を最小限に抑えなきゃならねェ」

「ま、その意味も込めておれが来たんだけどな」

 クザンは頭をポリポリと掻く。

 これ程の面子がいれば、非常事態の対処も可能だろう。

「ではお二方、あっしはグリーンビットへ向かいやすので、これにて失礼」

「隕石、間違って味方に落とすなよー」

「へへ……ご心配なく」

 不敵な笑みを浮かべながらその場を後にする藤虎の背中を、クザンとメロヌスは見送ったのだった。




次回、そろそろコラさんに関するネタが……。


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第175話〝藤虎の思惑〟

今年最後の投稿です。
ドレスローザ編は基本的に原作に準じてるので、省くところは省きます。


 その頃、広大なひまわり畑の地下にある反ドフラミンゴ体制「リク王軍」決起本部にて。

「それにしてもドフラミンゴの弟が、まさか海兵だとはなァ……」

「それも、あの〝仏のセンゴク〟の直属の部下……!!」

「本当なら、おれはもっと早く死んでた。だが〝剣星〟アオハルのおかげで命拾いして、この地で10年も潜伏捜査している」

 トンタッタ王国の小人族と行動を共にするウソップ達は、一人の海兵と邂逅していた。

 その名は、ドンキホーテ・ロシナンテ。ドフラミンゴの実の弟だ。

「ドレスローザが前々から狙われてたという情報は得ていたが……たった一夜で全てがドフィの手中に収まるのは予想外だった……! 悔しくて仕方がねェ……」

「我々も同時…リク王の乱心を鵜呑みにして新王ドフラミンゴに接触し、このあり様なのれす。リク王を信じ抜けず恥ずかしい……!!」

 ロシナンテに続き、トンタッタ族の王であるガンチョも嘆いた。

「──そうか、やりきれねェな……そこまでみんなが慕ってた国王を無実の罪のまま死なせちまったのか……!!」

「いや、リク王はまだ生きている」

『!?』

 ロシナンテの言葉に、一同は目を見開いた。

 それに続き、リク王軍の隊長であるオモチャ・片足の兵隊が語った。

「その通り!! ドフラミンゴは当時の王女・ヴィオラ王女の持つ〝能力〟に惚れ込んでいた……そして、ドフラミンゴは王女を意のままに動かすため、「リク王を殺さぬ代わりにドンキホーテファミリーに入り、新王たる俺に尽くし働け」という条件を出した!!」

「ヴィオラ王女は現在も兄の部下として生きている……ファミリーの幹部〝ヴァイオレット〟と名を変えてな」

 二人の言葉に、ウソップ達は言葉を失う。

 10年に及ぶリク王の苦しみやヴィオラ王女の心中……それはあまりにも計り知れない。

 あの夜にリク王と同じ様に操られ、不本意に国民を傷つけてしまった兵士達も、ある者達は殺されたが、ある者達はその場でドフラミンゴにひれ伏し、護衛兵として生き延びている。しかしそれも苦渋の決断で、どれ程の屈辱なのかも計り知れない。

 だが、ここ数日で情勢は大きく揺らいだとロシナンテは告げる。

「ひとまず……ドフラミンゴは反乱の意志を闇へと葬り去るが、それはオモチャとして奴隷にしており、全員が全員抹殺されてる訳じゃない。裏を返せば国の闇には反乱の意志が蠢いているということだ」

『!!』

「そう! そしてオモチャにされた我々は人間だった頃の事を全て憶えているが……周りの人々は例え家族であれ我々の存在をすっかり忘れてしまう。大切な者を忘れたことにも気づかず、町を歩くオモチャ達の中にも自分自身を忘れてしまった仲間もいる。この〝悲劇の数〟こそが今回の我々の作戦の大きな〝鍵〟を握っている!!!」

 二人の言葉にフランキーはピンと来たのか、涙を拭いながら声を強めた。

「成程、そうか!! お前らの言う〝勝機〟ってのはそういうことか!! 確かに「七武海」の一団を相手にするにはこれだけじゃ心許ねェが、この国のオモチャ全員が反乱分子とすりゃ相当な勢力だ!!」

「ああ……今日は来るべくして来た決戦の日!! 今までの落とし前をつける最後のチャンスだ!! 今朝の事件もこの前兆と言える……!!」

「そう!! 今日この日にウソランド率いるノーランド一族が現れたのも決して偶然じゃない!! 戦えと天が言っているのれす!!」

 トンタッタ族戦士のリーダー的存在であるレオの言葉に、ウソップは首を傾げた。

「…今朝の事件って?」

「ドフラミンゴが一度王をやめた事件だ! それを聞いた我らの喜びが……想像できるか? 〝奇跡〟が起きたと思った……!! ――そして〝誤報〟という知らせ…!! 天国から地獄の淵へ叩き落とされた我らが…

…絶望と共に今日を決戦の日に選ぶのは、ごく自然なことじゃないか?」

(なんかすみませ──ん!!!)

 ウソップ達はまさかそのドフラミンゴ王位辞退誤報は自分達が招いたことだとは言えなくなり、冷や汗とムンクに近い顔で心の中で謝罪するのだった。

「だが、その誤報事件で我々は強大な力を得られるチャンスが来た!!」

「強大な力?」

「〝新世界の怪物〟と呼ばれるカジノ王――〝黄金帝〟ギルド・テゾーロが動いたのだ!!」

 ギルド・テゾーロの名を聞き、ロビンはまさかと思いつつも尋ねた。

「まさか、兵隊さん……テゾーロと手を結ぶつもり……!?」

「その通り!! 彼はこの世界の台風の目になる男!! 以前よりドフラミンゴとは対立しており、世界政府側の人間でも()()()()()()()()の訴えに常に耳を傾け実行してきた……!! 彼もこのドレスローザの悲劇に気づいているはずだ!! でなければ、誤報の直後に電撃訪問などあり得ない!!」

 つまり、ギルド・テゾーロは満を持してドフラミンゴを潰しに来たというのだ。

 確かに、これに便乗すれば、作戦はスムーズに遂行されるだろう。

「おれ達はドフラミンゴを失脚させた場合、世界情勢が大荒れになると読んでた。だがその大荒れの情勢を丸く収められるのがテゾーロだ! あいつがいれば、世界の均衡は著しく不安定になってもどうにでもなる。それぐらいの影響力があるからな」

「でも、今は動けないんじゃないかしら? ファミリーもそこまでバカじゃないはずよ」

「ああ。あの狡猾なドフラミンゴのことだ、最高幹部を寄こしてでも動向を監視するだろう。だがテゾーロは自身の有能な側近を何人も連れてきている。彼らとコンタクトを取れれば、必ず力を貸してくれる!!」

 片足の兵隊の力強い言葉に、リク王軍の士気は高まる。

「おそらく、テゾーロが本格的に動けるのはシュガーを気絶させた後。おれ達はその前にある程度ファミリーの兵力を抑え、シュガーを気絶させなきゃならねェ」

「工場の破壊なら、スーパー任せとけ!!」

「それはありがたい。工場はドフィにとっても急所となり得る。幹部達が相当集まるだろうが……」

「お、おい! 勝手に話を進めないでくれ!」

 ウソップの嘆きに耳を傾けず、兵隊とロシナンテはフランキーとロビンと作戦を煮詰めていくのだった。

 

 

          *

 

 

「マズいな……」

 ドレスローザの王宮で、テゾーロはボヤいた。

 現状、彼は身動きが取れないのである。別に牢屋にいるわけではないが、ドンキホーテファミリーの幹部や下っ端達の監視が思ったより厳しく、時々石の壁から視線を感じるのだ。

(最高幹部にも見張られるか……嬉しいのか嬉しくないのか)

 テゾーロの言う最高幹部とは、ピーカのことである。

 彼は〝イシイシの実〟を食べた「岩石同化人間」――自身の肉体を周囲の岩石と一体化することができ、地面を隆起させたり岩石を身にまとって巨人化するなど攻撃面の応用が利き、岩石の中に潜り込めば追跡や監視も可能となる。

 王宮は石で構成されている部分が非常に多いため、四六時中テゾーロを見張ることができる。というか、見聞色の覇気でテゾーロは監視されているのを薄々察知している。

「メロヌス達に任せるしかないとは、中々難儀な立場だ……」

 そうボヤいた時だった。

 扉の向こうからグラディウスが現れた。

「テゾーロ。若がお呼びだ、すぐに来い」

「全く、国賓に対する扱いが雑すぎるぞ……」

 幹部の人間に案内されて廊下を歩き、最高幹部が座るイスがある「スートの間」へと辿り着く。

 そこには、藤虎と対峙するドフラミンゴと、扉の隣で拘束されている老人、そして椅子に拘束されている満身創痍のローがいた。

「お、お前は……ギルド・テゾーロか!?」

「……もしや、あなたはリク・ドルド3世……?」

 リク・ドルド3世もといリク王は、テゾーロの姿を見て驚き、助けを求めようとする。

 しかしドフラミンゴが不敵に笑いながら睨んできたため、それ以上のことは言えなかった。

 テゾーロもまた、下手な介入をすればややこしくなると判断し、あえて黙り込むことにした。

「海軍が動いた。よく決断してくれたな……〝藤虎〟」

「…………何もあんたの味方をしようってんじゃありやせん……」

 イッショウは杖を突きながらドフラミンゴに近寄り、持論を展開した。

 〝麦わらの一味〟に加え、さらに不審な者達の動きがあるというのなら、海軍が動いて事態の鎮圧に出るのは当然の筋。〝麦わら〟の目的がドフラミンゴを討ち取ることだとするなら大きな破壊も厭わないはずなので、それを止めるのが市民の被害を最小限に抑えるために戦う軍隊のあるべき姿だ。

「あんたは…………()()()()()()……!!」

「何だと……?」

 イッショウの声色が変わり、ドフラミンゴも警戒心を露わにする。

「あたくしァ世界徴兵の新参者ですが、大将という立場を受けたからにゃあ、やりてェ事がある」

「――何だ?」

「それは……〝王下七武海〟制度の、()()()()でごぜェやす!!!」

 その言葉に、ドフラミンゴは耳を疑った。

 確かに、二年前のクロコダイルによるアラバスタ王国の乗っ取り未遂事件があり、制度に懐疑的な者も少なくはない。それどころか存在意義すら疑問視する状況が増えてきている。

 とはいえ、四皇達の勢力を牽制し、他の海賊に対する抑止力として存在する集団である。そう易々と潰しては行けない組織であるはずだ。

「三大勢力の均衡ってやつはどうなる?」

「さァ、崩してみなきゃわからねェ。だから……」

「だから?」

「あんまり悪ィ事重ねると――」

 

 ガギィン!

 

 イッショウが続きを言おうとした途端、ドフラミンゴが覇気を纏った蹴りを見舞った。

 当然、イッショウは仕込み杖を抜いて容易く受け止めた。

「……首の値が上がりやすぜ? 天夜叉の旦那」

「フフフッ……「消すなら今の内に」と言われた気がしたよ!!」

「慌てなさんな、今は仲良くやりやしょう」

 イッショウは「あんたの国を守ろうってんだ」と言いながら納刀する。

 もっとも、ドフラミンゴを守る気はゼロで、ドレスローザの国民のことを守るという意味だろうが。

(さて、リク王とローの安否は確認できたとはいえ、迂闊に動くのもよくない。どうするべきか……)

「──今年は〝世界会議(レヴェリー)〟がある年。否が応でも世界は動く……いや、()()()が正しいでしょうかねェ? テゾーロの旦那」

「!?」

 話を振られてギョッとするテゾーロに、イッショウは朗らかに笑いかけた。

「へへ……あんたみてェなのがいてくれると、あっしとしちゃあ心強い。何卒、〝王下七武海〟制度の完全撤廃の件はよろしくお願いしやす」

「それ、ここで言っちゃあマズいんじゃないか!?」

「……こらいけねェや」

「ハァ~……」

 とぼけたフリをしてるのか、本当にとぼけてるのか、不安に駆られるテゾーロだった……。




来年はバトルシーンを増やします。


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第176話〝大大人間(だいだいにんげん)

新年初です、今年もよろしくお願いします。

ワンピースでSWORDのメンバーの声優がわかりましたね。
プリンス・グルスが煉獄さんだったので、孔雀は甘露寺さんであってほしいです。(笑)


 テゾーロが王宮から出れる状態ではない頃。

「出て来たと思ったら……お前何で泣いてんだよ!!」

「うおえ~~~~~ん!!!」

 コロシアムにいたはずのルフィは、ある人物の手引きによって脱出。

 ゾロと錦えもんと合流し、錦えもんチョイスの動物の着ぐるみで行動をしていた。ちなみに着ぐるみは皆チョンマゲ付きで錦えもんがカエル、ゾロは猫、ルフィは鯉の着ぐるみである。

「しかし……海軍もすっかり拙者達を町のオモチャと勘違いしてござる!」

「ギリギリだぞお前……!! この着ぐるみの動物チョイスおかしいからな!!」

「ん? 〝ポピラー〟でござろう……特にコイなど」

 ゾロの言う通り、チョイスが魚類なのは少しおかしい。

 それでもバレないということは、魚類のオモチャが存在するということなのだろう。

「──で うるせェよお前っ!! トラ男を救う気あんのか!?」

「トラ男は助げる……!! ミンゴもブッ飛ばす!! 〝メラメラの実〟も……もう大丈夫だ!!」

「大丈夫!?」

「生ぎてると思わながっだんだ……あ……あのとぎ死んだと…!!! 死んだど思っでだんだ!!!」

 ルフィが泣きながらコロシアムで起きた出来事を説明していると、思わぬ人物が眼前に現れた。

「あららら……コロシアム抜け出して、とうとうここまで。そろそろってトコか?」

「ぬっ!! 何奴でござる!?」

「だ、(だい)(だい)(だい)(げん)……!?」

 サングラスをかけ、暗いコートに袖を通した3メートル近い長身の男が不意に現れ、錦えもんは居合の構えを取り、小人族のウィッカは震えあがる。

 ルフィとゾロも何者かわからない様子だが、相当な強者と判断してか覇気を纏い始める。

 しかし男は両手を上げ、戦闘する気はないと弁明しながらサングラスを上げた。

「まァ……お前らとは()()()()、麦わらの方はマリンフォードん時以来だからな。嫌でも覚えてるだろ?」

「「――〝青キジ〟!?」」

 ルフィとゾロは冷や汗を流し、男の異名を呼んだ。

 男の正体は、クザンだった。

「盲目のおっさん以外の大将が何でここにいやがる……!!」

「な、何と!?」

 男の素性を知った錦えもんは、言葉を失う。

 先程、新海軍大将の藤虎の実力を目の当たりにした分、それに匹敵する猛者がもう一人来ているのだから無理もない。

 一方のクザンは「そういきり立つなよ」と三人を宥めた。

「おれは大将辞めて、海軍の機密特殊部隊の司令部やってんだ。今お前らを捕らえるのは()()()()()()()都合が(わり)ィんだよ」

「都合が悪い……?」

「要するに、お前達と事を構える気はねェってこった。考えてもみろ、本気で捕らえるんだったらイッショウと対峙してた現場におれも駆け付けた方が確実だろ?」

「そ、それはもっともでござる……」

 世界を騒がす〝麦わらの一味〟を捕らえる絶好の機会を、わざわざ見逃すのは確かに不自然だ。

 ということは、クザンがルフィ達の前に姿を現したのは、別の理由があってのことだ。

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

「そうだな……ひとまずお前ら、ドフラミンゴをぶっ飛ばすんだろ? でも奴の部下のことはどこまで知ってんだ?」

「知らね」

「だと思ったよ……じゃあ、ドンキホーテファミリーの中で厄介な二人だけ教えてやる」

 クザンは、ルフィ達の目的達成に向けて必要な情報を語り始めた。

 ドフラミンゴファミリーの闇を少しでも知るため、ルフィ達は耳を傾ける。

「一人は、スペードの席に座る最高幹部・ピーカ。イシイシの実の岩石同化人間で、石や岩で構成されている物ならば島の地形を大きく変えることができる。ドレスローザは岩石が多い上、戦闘になれば仲間や民衆の巻き添えは確定だな」

「えげつねェ能力だな」

「もう一人はシュガー。ホビホビの実の能力者で、触った奴をオモチャに変える。触れた相手なら能力者だろうが関係ねェし、何より世界中のあらゆる人間の記憶から、オモチャになった人間の存在が消されるのが厄介だな」

「じ、実在する人間を全てオモチャにしてしまうのでござるか!?」

 錦えもんが戦慄させる。

 そんな恐ろしい能力を持つ者の手にかかれば、間違いなく計画は破綻する。

「当然、ドフラミンゴのイトイトも面倒だが……まァ、お前らのことだ。力押しでどうにかするだろ」

「おう!」

「まァ、あんまり肩入れすると後でドヤされちまうから、ヒントはここまでだ。……それと言っとくが、シュガーは幼い少女の見た目をしている。油断すんなよ?」

 クザンはそう忠告してその場を去った。

 まさか〝ホビホビの実〟の能力者が、幼い女の子の見た目をしているとは――三人は驚きを隠せなかった。

 しかしクザンが自分達にウソをつくために接触を図ったわけではないのは明らかなので、情報を得た以上いくらでも対策ができると前向きに考えることにした。

 

 

           *

 

 

 同時刻、サイは路地裏である人物と相対していた。

「まさかというべきか、やはりと言うべきか……革命軍も動いてましたか」

「グラン・テゾーロの外交官のあなたがいるということは、()()()()()()なのね」

 サイの前でドンキホーテファミリーの三下達を伸し、その伸びた三下達の上に座る一人の少女。

 彼女の名はコアラ――革命軍幹部で、魚人空手師範代を務める革命家だ。

「大方の見当はつきます。ドレスローザから流れる武器や兵器の流通の調査でしょう?」

「さすがにあなた達も、この国の裏事情は知っているのね」

 サイがドレスローザの闇取引の事情を一目で見抜いたため、コアラも自分達革命軍が情報を欲していることを見抜く。

 そもそもサイは、サイファーポールの人間。諜報員なので情報収集はお手の物だ。

「〝天夜叉〟に海賊同盟、〝新世界の怪物〟に新海軍大将・藤虎、そして「SWORD(ソード)」に続いて革命軍か……この国も大ごとに見舞われそうですね」

「!? あの噂に聞く、〝黒腕のゼファー〟が司令官の機密特殊部隊まで……!?」

 極秘任務の詳細まで海軍に伝わっていることを知り、コアラは目を大きく見開く。

 これから起こるドレスローザの混乱を思い描いているサイに、コアラはさらに話しかけてくる。

「あの人は……ギルド・テゾーロはどうしてるの?」

「最高幹部を始めとしたドフラミンゴの部下達の監視の目が厳しく、王宮から身動きが取れないそうです」

 こちらも概ね当たっていたのか、コアラは眉を顰める。

「実はある伝手から、麦わらの一味がドレスローザで大きな動きを見せるとのことで。我々もそれに乗じて、ドフラミンゴを倒すつもりです」

「!? 本気なの!? 海軍が黙ってないんじゃ――」

「海軍の目的は「海賊同盟に勝手なマネをさせないこと」と「ドフラミンゴの()を守る」こと。ドンキホーテファミリーを守るつもりは最初(ハナ)からないんです」

 サイはコアラが二の句を告げる前に、言葉を紡ぎ続ける。

 このままドフラミンゴが失脚すれば、今度の〝世界会議(レヴェリー)〟で王下七武海制度の完全撤廃が現実味を帯びる。今の王下七武海はミホークのような四皇級の猛者も在籍しているが、一部の面子の処遇はテゾーロが権力と財力にものを言わせて丸く収めるという。

 そして、ドレスローザでの海軍の動向に関しては、藤虎が一任するというのだ。

「ところで、あなたがいるということは、()も来ていると?」

「……彼? 誰のこと?」

「こんな時にシラを切ってどうします? ドフラミンゴ相手なら動くでしょう、革命軍の参謀総長が」

 サイはコアラの腹を探ろうとする。

 〝反逆竜〟と称される革命家・ドラゴンの右腕的存在が、これ程の案件に指をくわえて静観を決めるはずがない。必ず革命軍の中でも大幹部クラスの面子を動かすはずだ。

「……一応〝敵〟よ?」

「諜報員なもので。昔からのクセですよ」

 不敵に笑うコアラに釣られ、サイも冷徹な笑みを浮かべた。

 

 

           *

 

 

 クザンから重要な情報を得たルフィ達は、密かにドフラミンゴを裏切ったヴァイオレットことヴィオラの手引きにより、王宮の外壁あたりまで侵入に成功していた。

「よし、着いた!」

「アレが王宮の入り口か!?」

「まだ王宮の下段外壁塔の入口よ!! 門番に見つからないで……!! 外壁塔にも秘密の入り口があるわ、そっちへ!! 騒いで幹部達に連絡が回れば、とたんに動けなくなる!! 特にピーカという男に見つかったらドフラミンゴには到達できない!!」

「ピーカ……青キジがさっき言ってたな」

 ヴィオラが口にした名前に、ゾロはクザンが注意するべき相手として明かした敵幹部の名前を思い出す。

「ん? ルフィ殿は……?」

「あの……アレ」

 ふと、いつの間にかルフィがいないことに錦えもんは気づいた。

 迷ってしまったのかと思うと、ウィッカが正面を指差した。

「〝ゴムゴムの〟ォ~~~~!! 〝ギガント(ピストル)〟~~~!!!」

『ギャーーーッ!!』

「「何やっとんじゃァ~~~~!!!」」

 ルフィは何と、正面玄関の警備兵を吹っ飛ばした。

 全く話を聞いてなかった。正面からの方が早いかもしれないが、心から空気を読んでほしいところである。

「開いたぞ!!」

「開いた、じゃねェよ!!」

 ルフィの破天荒ぶりに、ゾロも思わずツッコんだ。

「し……仕方ない行きましょう!! こうなったら正面からの方が早い!!」

「脱いでいいよな? もうコレ!!」

「勝手にしなさい!!」

 物凄くヤバいことをしたルフィの呑気さにカンカンのヴィオラ。

 それを宥める錦えもん。

 その時、辛うじて意識が残っていた正面入り口護衛兵により、麦わらのルフィが城中に伝えられたのだが……。

「……? あァ!? 何を言ってやがる……!?」

 その報告はドフラミンゴの下にも届いていたが、彼はその報告に困惑していた。

 それもそのはず……侵入者である〝麦わらのルフィ〟は、現在進行形でコリーダコロシアムにて選手・ルーシーとして各ブロックで勝者となった強者達と鉄パイプを片手に戦っているのだから……!!

《──こちらB-2!! 外壁塔大食堂前!! 間違いありません!! 侵入者は〝麦わらのルフィ〟!! 〝海賊狩りのゾロ〟!! ──そして、ヴァ……ヴァイオレット様……ギャー!!!》

「………………!! …じゃあ今!! コロシアムにいるあいつは誰なんだ!? 一体何が起こっている!!」

 ドフラミンゴは、電伝虫越しに怒鳴り声を上げた。

 ドン・キホーテ政権崩壊が、少しずつ迫ろうとしていた。



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第177話〝虎視眈々〟

テゾーロの覚醒は本作オリジナルです。
まあ、原作でも頑張ればやれそうな気も……。


 王宮地下1階。

 ここでは、ルフィ・ゾロ・ヴィオラの三人が王宮には入ったものの、ピーカのイシイシの能力で狭まる壁の打開策がなく、防戦一方の苦戦を強いられていた。

「うわああああ!! おい、どういうことだー!! 色んな所が行き止まりだぞ!!」

「ピーカの意志で壁も移動するのよ!! それより〝麦わら〟、彼……本当に大丈夫!?」

「ん!? ゾロか!? あいつなら心配すんな!! 何があっても大丈夫!!」

 ニシシ、とルフィが笑っている頃、ゾロはピーカと一騎打ちを繰り広げていた。

 しかし、斬っても斬っても次々と現れる壁という名の攻撃にゾロの体力は奪われる一方となっていた。

「ハァ……ハァ……キリがねェ……!! どこをどうすりゃ攻撃したことになるんだ、こいつ!?」

 あまりにも巨大な敵の、厄介な特性に苦しめられる。

 しかしそれは、ピーカがゾロの強さを警戒している証でもある。

「……!!」

 死角からゾロの動向を伺う。ピーカとしても、麦わらの一味の主戦力たる剣豪〝海賊狩りのゾロ〟を、どうにか倒しておきたいところだった。

 だが、遠くから聞こえた靴音と、それに伴う強い気配に、ピーカは戦慄した。

「っ……!?」

「……ん?」

 不意に、ゾロは気配が消えたことに気づいた。

 ピーカがその場から撤退したのだろう。自分をあれほど倒すことに執着していた相手の行動を不審に思うと……。

「あららら、さすがに逃げちまったか」

「……てめェ、何でこっちに!!」

 現れたのは、別れたはずのクザンだった。

「いや、ね……ちょいと厄介なことになっちまったらしくてよ」

「厄介?」

「先代国王のリク・ドルド3世が、ドフラミンゴに捕まってるって情報を()()から聞いてよ。……元でもおれァ海軍の「大将」はってた男だ、海賊の人質になった人間を放置すんのはよくねェだろ?」

 

 

 一方、片足の兵隊と小人族たちは、ドンキホーテファミリーの幹部・グラディウスと戦っていた。

「まともにやっても勝ち目はない! 私とランポーで一瞬のスキを作ります!! どうか先へ!!」

「おい、やめろ!! またそんなことを!!」

左右から行こう! カブさん!!」

 槍を携えた副長のランポーと、「ムシムシの実 モデル〝カブトムシ〟」の能力者のカブが片足の兵隊と走りながら策略を立てる中、グラディウスは「なぜおれがあんなネズミ共の相手を」と愚痴を溢しながら構えた。

 すると、グラディウスの両腕が膨らみ、グラディウスは左手でカブを、右手でランポーを見事に捕らえた。かと思えば、グラディウスの両腕は爆発し、爆発に巻き込まれたカブとランポーは焦げた状態で気絶してしまい、その隙に片足の兵隊はグラディウスを横切って前に進んだ。

「オモチャの速度など知れている──おれは〝バムバムの実〟の「破裂人間」!!! パンクさせられるものはおれ自身の体……そしておれが触れた〝無機物〟!!!」

 グラディウスは片足の兵隊に一瞬で追いつき、その胴体を鷲掴みすると、片足の兵隊の頭部全体がまるで風船の様に膨らんでいった……!

「プリキなどは跡形もなく消し飛ぶ……粉々に消えてなくなれ!!!」

「は……放せ!! 私には使命が……!!」

 片足の兵隊を破裂させようとするグラディウスだったが、そこへルフィが乱入し、〝ゴムゴムのJETスタンプ〟で跳ね飛ばした。

 グラディウスの腕から放れた片足の兵隊は、まるで風船の空気が抜けるかのようにみるみる小さくなり、元の大きさに戻った所をルフィがキャッチした。

「兵隊!! フランキー達は!? 一緒じゃねェのか!?」

「…………キミは」

「麦わら!! 話してるヒマはないわ!!!」

「〝麦わらのルフィ〟……!! ヴァイオレット!! 貴様よくも若様を裏切ったな!!!」

 裏切者を許さないグラディウスは頭部を膨らませ、爆発によって生じる破片でヴィオラを始末しようとする。

 が、その時予想だにしない出来事が起こった。

 

 ズズズズ……!

 

『!?』

 何と、天井の一部が黄金となったのだ。

 突然の現象に、一同は立ち止まって驚きを隠せない。

「黄金!?」

「な、なにが……!?」

「何だありゃあ!?」

「これは、まさか……!」

 ルフィたちが戸惑う中、グラディウスは答えを導き出して唖然とした。

 黄金を操る能力など、彼が知る限りでは一人しかいない。

 世界で最も影響力が強い権力者の一人――黄金を操る〝新世界の怪物〟だ。

「ギルド・テゾーロ!!」

 その名を口にした途端。

 黄金になった天井から、直系数メートルはある巨大な黄金の触手が現れ、グラディウスに襲い掛かった。

「や、やめろーーー!!」

 

 ドゴォン!!

 

 黄金の触手はグラディウスを横薙ぎし、思いっきり石壁に叩きつけた。

 触手が離れると、彼は大の字で減り込んでおり、そのまま気絶してしまった……。

「あ、あのグラディウスが一捻り……!!」

「でも、一体どうやって!?」

「まァ、どっちでもいいさ!! とにかく2階に行きゃいいんだろ?」

「!? ちょっと、階段はそっちじゃ……!!」

 ルフィはヴィオラを抱えると、彼女の助言も聞かずに猪突猛進し、ガラスをぶち破った。

 そして宙で身を捻り、二階に手を伸ばして一気にスートの間まで迫った。

「な……何と一気に目的の部屋の前に……!!」

「おい!! 何で隠れるんだよ!! ミンゴいたぞ!!」

「静かに! 彼らの作戦を台無しにしないで!!」

「作戦……!?」

 

 

           *

 

 

(どうにかバレずに仕留められたな)

 窓の外でルフィたち三人がこれといった傷を負わずに来たのを察知し、ホッと安堵する。

 グラディウスを仕留めたのは、テゾーロなのだ。

 彼は政治や外交に尽力する傍ら、暇さえあれば能力を鍛え続けてきた。それが実を結び、ついに覚醒の領域に至った。

 ゴルゴルの実の覚醒は、一度触れた黄金に起きた出来事を感知できることだが、それに加えて触れたものを黄金にするという領域にまで鍛えた。その技術に見聞色の覇気を併せることで、誰にも悟られずに遠くの敵を攻撃するという荒業を成し遂げたのである。

 ただし、床にどうしても触れなければならないので、今回はドフラミンゴの目を盗むのに苦労したが。

(それに、順調にここまで()()()()だ。あとは彼らを信じるしかない)

 あくまでも「機」を待つテゾーロ。

 そんなことを考えているなど知るはずもないドフラミンゴは、ローを尋問していた。

「――お前らの狙いはSMILE工場……それだけのはずだ! 今日の思いつきでできることじゃねェ……!! なぜ〝麦わら〟たちとグリーンビットの小人たちがつながっている!? どうやって地下へ侵入した……!?」

 ドフラミンゴの呟きに、ローは怪訝な表情を浮かべた。

 無理もない。ローもリク王軍の案件はノータッチで、そもそも反乱分子がいること自体知らないのだから。

「なぜ〝シュガー〟を狙う……!? 偶然でなけりゃあ……奴らはこの国の闇の「根幹」を知ってることになる……!!!」

 そう、問題はそこだ。

 このドレスローザは、支配体制がホビホビの実に頼っているどころか依存しているという欠点がある。ホビホビの能力は「オモチャにされた生物の記憶が全世界から消滅する」「能力者と契約を結べば絶対に逆らえなくなる」という凶悪極まりない性質なのだが、シュガーが気絶すればオモチャは全て元の姿に戻り人々の記憶も元に戻ることになり、あっという間にドフラミンゴの支配が崩壊する。

 シュガーはドレスローザの闇であると同時に、ドレスローザの弱点とも言えるのだ。

「……言ったはずだ……あいつらとおれとはもう関係ねェ……同盟は終わっている!! お前の言ってることは、おれにはほぼ理解できねェ……」

「フン……!! こんな尋問、千里眼を持つヴァイオレットがいりゃあ瞬時に真実を見抜けるんだが……それともお前の差し金ってこともねェよなァ、リク王……? トンタッタはかつてお前にも仕えていたんだ」

 拘束されたリク王を見やるドフラミンゴだが、それも一瞬のこと。

 まだ可能性が残っていることに気づき、サングラス越しに睨みつけた。

「それとも、お前の仕業か? テゾーロ」

「――私はこの国の政治は不干渉だ。藤虎がこの国を守るとお前に言った手前、私がこの国を滅ぼさねばならん理由がどこにある?」

「……ちっ」

 それなりに筋の通った返答に、ドフラミンゴは舌打ちした。

 テゾーロは相応の権力と軍事力を持ってるが、あくまでも経済力――カネの力で物事を動かす。加盟国一つを失うのは、テゾーロの損失にもつながるのだ。事実、ドフラミンゴはテゾーロを警戒してなるべく穏便に済ましてきたのだから。

「カジノのおっさん……! トラ男もちゃんと息あるな!」

「お父様!! なぜ王宮に……!?」

「リク王……!! 10年間……よくぞご無事で……必ずお助けします!!」

 ルフィたちは窓から様子を伺うが、ヴィオラの言う作戦が成功するまでは待つべきだろう。

 すると、三人の傍に一人の人物が近づいた。

「よくぞここまで来ましたね」

「「「!?」」」

 思わず振り返る三人。

 視線の先には、口元に人差し指を当てる黒スーツの男。

「あなた、確かテゾーロの部下のサイ……!!」

「ヴィオラ王女、ご無事で何より」

 テゾーロの部下と知り、警戒を解く一同。

「テゾーロが動いていたのは知ってたわ。でもドフラミンゴには海軍大将が……」

「問題ありません。そもそもイッショウさんは王下七武海制度の完全撤廃を目標とし、テゾーロさんと協力関係にあります。というか、イッショウさんは隙あらばドフラミンゴの首を取りに行くタイプです」

「海軍大将として問題児じゃない……?」

「サカズキ元帥だけでなく、新大将のアラマキさんにとっても頭痛の種と聞いてます。()()()()()()()()()()()()()()()()()ですからね、彼は」

 新海軍大将の思惑を知り、三人は笑みを浮かべた。

 藤虎は形としてドフラミンゴの味方を取るだけに過ぎず、事が終わり次第始末しようという魂胆なのだ。

「で、どうすんだ? 乗り込むか?」

「まだです。ホビホビの呪いが解けてから一気に制圧します。ルフィさん、それまでは耐えてください、ドフラミンゴは必ず隙を見せる!」

「おう!」

 息を殺し、天夜叉の完全な隙を伺うことに集中する。

 

 ――シュガー気絶まで、残り数分。



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第178話〝キュロス〟

本作をどこで終わらせようか迷ってます。


 テゾーロやルフィたちが今か今かと待ち侘びてる頃。

 ついに地下でその時が訪れようとしていた。

「この毒入りグレープも返すね」

 シュガーはトレーボルの粘液に拘束されたウソップに近づく。

 ロビンやトンタッタたちもおもちゃに変身させられてしまい、孤軍となっても腹を括って応戦したが、結果は惨敗。徹底的に叩きのめされてしまい、完全に意識が飛んでしまっている。

 そんな戦闘不能の彼に、シュガーは毒入りグレープなるものを食べさせて殺そうとした。

 しかし……その認識が誤りだった。なぜならグレープの正体は「タタババスコ」という()()()()()()()()()調()()()の塊で、その辛さはトンタッタ族が50人で実験したところ全員気絶し、その内の18人が死にかけたほどである。

 そんな別の意味で悪魔の実である代物を人間が食べるとどうなるか……火を見るよりも明らかだ。

「あんたが食べて死になさい!!」

 シュガーは容赦なくウソップにタタバスコの実を食べさせた。

 その結果――

 

「ぎィやああ~~~!!!」

「きゃあああ~~~!!!」

 

 ウソップはあまりの辛さに、口から火を吹いて目も舌も飛び出して絶叫した。

 その命懸けのリアクション芸を至近距離で見たシュガーもまた、目を飛び出させながら絶叫。

 そのまま意識を失った。

「おい! シュガー!! 気をしっかりもてェ!!」

「あ~~~~っ!!」

「シュガー起きろ! シュガー! んねーんねー!」

 激しく体を揺さぶっても、シュガーは沈黙したまま。

 それは、SOP作戦が成功した何よりの証拠だった。

 

 

 地下で起きた非常事態は、すぐドフラミンゴに伝わった。

《ドフィ~、すまねェ!! シュガーが気絶しちまった!!!》

「――っ!? おい、なんの冗談だ!?」

《ホビホビの実が解けていく……おれたちの10年間がァ~!!!》

「フフ……ハハハハ!! さすがは未来の海賊王の船員(クルー)だ、まさに前代未聞の一味!!」

 トレーボルの報告に動揺するドフラミンゴを嘲笑うように、テゾーロは大爆笑した。

 まさに究極のエンターテイメンツ。我が物顔した支配者が無様を晒すのは、黄金帝でも愉快に見えたようだ。

「彼らには感謝しなければな。私の革命のためには、どうしても目障りな君をどうにかしたかったからね」

「テゾーロ、てめェ……!!」

 ドフラミンゴは悟った。

 テゾーロが電撃訪問したのは、国交のためではなく、麦わら・ローの海賊同盟を利用してドレスローザのドンキホーテ政権を倒すことだったのだ!

「さあ、これで()()()()()()()()()()()というわけだ……!!」

 

 ドロッ!! シュルルルルルッ!!

 

「!?」

 テゾーロが指に嵌めた黄金のリングから火花を散らせた瞬間、それらは液状化したかと思えば、細いロープ上になってドフラミンゴの四肢を拘束した。

「若ァ!!」

「若様!!」

「――おっと、お前らはそこまでだ」

 ガチャリ、と銃を突きつけられる音が響く。

 その声に覚えがあったドフラミンゴたちは、信じられないと言わんばかりに侵入者の名を叫んだ。

「「「コラソン!?」」」

「待たせたな」

 そう、かつてのドンキホーテファミリー最高幹部、コラソンことドンキホーテ・ロシナンテだった。

 いつの間にか現れた人物に、ルフィとヴィオラは目を見開いた。

「何だあいつ!? ミンゴの知り合いか?」

「ロシナンテ()()、やはり来てたのね……!!」

 彼女の言葉に、ルフィは絶句した。

 何と道化師のメイクをした、ドフラミンゴと似た格好の人物が海兵だというのだ。

「前元帥センゴクの直属の部下、それがロシナンテ中佐よ……私たちをドフラミンゴから10年間も守ってくれた。ドジだけど、彼がいなければレベッカもお姉さまも殺されてたわ……!!」

「へー、あいつドジなのか」

「そこ拾わないでちょうだい!! 本人にとってもデリケートなのよ!?」

「まァ、味方ならいいや!! おい兵隊……って、あれ?」

 ルフィは殴り込もうと片足の兵隊に呼びかけるが、彼は姿を消していた。

 その代わり、ドフラミンゴに斬りかかろうとする片足の戦士が見えた。

「誰だあいつ!」

「キュロス兄様……! 私……彼の記憶も失ってたんだ!」

「何言ってんだ!? どういうことだ!?」

 ヴィオラ曰く。

 オモチャたちは元々人間であり、シュガーによって自分たちの記憶から消されてしまっていたとのこと。その能力者シュガーが倒れたことで、記憶を取り戻したという理屈だ。

「彼は元リク王軍軍隊長キュロス! コロシアム史上最強の剣闘士で、レベッカの実の父親よ!!」

「銅像のおっさんか!!」

 正体と真実を知って驚くルフィを他所に、コロシアムの伝説は一直線にドフラミンゴに向かう。

 テゾーロが拘束したおかげで、とても狙いやすい位置にいる。

「感謝する、ギルド・テゾーロ!」

 その姿を見たリク王は、涙ながらに呼んだ。

「キュロスか!?」

「はい! 10年間お待たせして申し訳ありませんっ! 今! 助けに来ました!」

 キュロスは渾身の一太刀で、ドフラミンゴの首を刎ねた。

 その光景に、ルフィですら唖然とした。

「真のドレスローザを取り戻しに来た!!」

「若~~~! おのれ~~!」

「10年! 10年! 我々は耐えて来た! これより、全ての偽りを断ち切らせてもらう!」

 高らかに宣言するキュロス。

 その隙にルフィはイスに拘束されているローに近寄る。

「何してやがる!! 〝同盟〟は終わった!! 失せろ!!」

「そんなもん、自分が決める!! 動くなよ、海楼石に触れねェからカギ外すの難しいんだ」

「しっかり!!」

「おれの言うことを聞いてねェだろ、お前ら!!」

 ルフィは海楼石の錠を震えながらも何とか外そうとするが、下から石が槍のように出て吹っ飛んだ。

 先程までゾロと交戦していたピーカだ。

「……あ!! 石の奴!!」

「フッフッフ……想像以上にしてやられたな……」

 突然首を切られたはずのドフラミンゴが喋り出し、テゾーロとコラソンを除いた一同は驚愕する。

「フフフフ……!! コラソン、久しぶりだなァ……やはりお前も絡んでたか……!!」

「……」

「これはマズい事態だ……!! 〝鳥カゴ〟を使わざるを得ない……!!」

(……ここからが本番だな……!)

 テゾーロはいつになく鋭い眼差しで、ドフラミンゴを睨んだ。

 

 

           *

 

 

「おのれ麦わらの一味! トンタッタ! よくもシュガーを気絶させてくれたな! お前ら絶対ここから出さねェぞ!」

 そして、シュガーが気絶した現場では。

 トレーボルが怒りを露わにしながら、ロビンたちに攻撃を仕掛けようとしていた。

「みんな! ウソップをお願い!」

「了解れす!」

「逃がすかァ!!

 トンタッタに運ばれるウソップを殺さんと、粘液を飛ばそうとするトレーボル。

 だが、そこへ想定外の人物が現れた。

「〝アイスBALL(ボール)〟」

 

 ガキィィン!!

 

『!?』

 突如、トレーボルが球状の氷塊に閉じ込められた。

 人一人を丸ごと封じ込める冷気を操る人間など、この世界ではただ一人しかいない。

「青キジ!?」

『ええ~~~~!?』

「よう、ニコ・ロビン。二年ぶりだな」

 まさかの助太刀に、ロビンは戸惑いを隠せない。

 一方のドンキホーテファミリーと〝呪い〟から解放された海賊たちは、超大物の登場に後退った。

「あなた、なぜここに……」

「なぜって、任務だよ任務。おれァ大将辞めても社畜なんだよ」

『嘘つけェ!!』

 社畜という言葉から最も程遠い男が何を言うか。

「……ま、お前の知り合いはおれだけじゃなさそうだが」

「――うわ! ビビった! 急に燃えやがった! 難しいなコントロール」

 クザンがそう言いながら目を配ると、ゴーグル付のシルクハットや首に巻いたスカーフ、黒いコートと青色を主体とした服装をした金髪の青年が、腕から発する炎に苦慮している光景が。

 彼の隣には黄色いゴーグルをつけた赤いキャスケットを被ったオレンジ色のショートヘアが目立つ女性と、柔道着を着たエビスダイの魚人が立っていおり、他にもビキニアーマーの少女に巷を騒がすルーキーまでいる。

「……海軍の特殊部隊に〝新世界の怪物〟、それにあいつらまで……人気者だねェ、あの王様は」

 含み笑いを浮かべながら、クザンはロビンを連れて近寄る。

「この港から出る武器が世界中の戦争を助長してる。おれたちはそいつを止めに来た」

「成程、革命軍は幾度も兵士を送り込んでいるが、全員ここでオモチャにされていたからマーケットをずっと暴けなかったってか」

「っ!? 青キジ!!」

「まーまー落ち着けって、おれらも似たような理由で来てんだ。お前さんらと揉める気はねェよ、革命軍」

 両手を上げて交戦の意思はないとアピールする青キジ。

 その言葉に噓はないと察したのか、金髪の青年――参謀総長のサボは向けていた鉄パイプの先端を下ろす。

「コアラにハックまで揃えて……そっちのチンピラはバルトロメオか? で、そこのボインの嬢ちゃんは確か……」

「おい、失礼だろうが!!」

「レ、レベッカよ! あなたは?」

「おれか? おれはクザンってんだ。青キジって呼ばれる方が多いかな」

 青キジは相変わらずの態度で自己紹介すると、キャスケットを被った少女――コアラがロビンの姿を見て抱き着いた。

「ロビンさん!」

「コアラ、元気だった? サボとハックも変わりないようね」

「よう。まさか「SWORD」の最高幹部とお出ましとはな」

 クザンを一瞥しつつ、サボはロビンに笑いかける。

 その様子を陰からドンキホーテファミリーの三下たちが恐る恐る覗いていた。

「革命軍のNo.2が何でここにいるんだよ!?」

「しかもあのデケェの、元大将の青キジだぜ!!」

「早く若に報告をし――」

 

 ドドドドッ

 

「……させませんよ」

「久しぶりに見たな、お前の動くところ」

「これでも現役の諜報員も兼務してますので」

 人差し指で次々と急所を貫かれ、三下たちは全滅した。

 下手人は、テゾーロの重要な部下の一人であるサイだ。その隣には愛用のライフルを抱えたメロヌスがいる。

「……どうすんだ」

「ドフラミンゴのことです、きっとドレスローザの人々を皆殺しにする。海賊たちと手を組んでドフラミンゴを倒すのが最初でしょう」

「……全く、とんだ貧乏くじを引いちまったぜ」

 メロヌスは煙草の紫煙を燻らせ、天を仰ぐ。

 あらゆる勢力が、打倒ドフラミンゴに傾こうとしていた。

 

 



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