魔導国の日常【完結】 (ノイラーテム)
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街道編
レイバー=ロード


 エ・ランテルにある魔導国の執務室は今日も忙しい。

 部屋の主人は夜も眠れない日々に追われながら……その必要無いのだが、多忙な日々を過ごしていた。

(あー、課金したら決裁をスキップできるようにできないかなー。でも自分でできることに無闇に課金するのも駄目だよな……。どっちみちお金ないし我慢我慢)

 そんな他愛のないことを考えていると、来客を知らせるノック音がする。

「アインズ様。冒険者組合長が、供を連れて参っております」

「アインザックが? 構わん、通……。通した後で少し時間を取る。直ぐに終わるかもしれんが、ゴンドとの予定以外は適当に空けておけ」

「承知いたしました」

 言いながら今後のスケジュールを思い出していく。

 数日もしないうちに、ラケシルらを交えて冒険者ギルドの今後を話し合う予定だ。急ぎの用ができたか……あるいは公式に訪問する用事があるということだろうか?

 思念を飛ばして手隙のエルダーリッチに、行政用に作られたドワーフ製紙を持たせて控えさせておいた。

 

「魔導王陛下には御機嫌麗しゅう」

「うむ。早速だが時間が惜しい、本題に入りたいので楽にしてくれて構わない」

 嘘だけどな…。と呟きながらアインズはアインザックともう一人に声を掛けた。

 どちらかといえばスケジュールよりも心理的なものだ。

 対等の目線で話すというポーズを作りつつ、長話や難しい話をいつでも切れるように布石を打っておく。

 これがラケシルやモックナック辺りであれば別だが、連れてきているのは官僚風の小役人だったからだ。

「それで…? 急報が入るほど進展したのだとすれば喜ばしいのだがね」

「申し訳ありません。本日は冒険者ギルドに直接関わることではなく、この男が魔導国にとって魅力的な提案があると…」

 コネクションを利用しての提案であれば、無礼者として処分されてもおかしくない。

 そう目くじらを立てようとするメイドを、アインズは視線で制止した。

 横紙破りは組織運営上よろしくないが、冒険者ギルドに命じている内容と絡むならば仕方のない範囲だ。

 何よりも、本当に魅力的かどうかは別として、せっかく国のために役立ってくれるという人材を、野に置くのは惜しいし、忠誠を誓ってくれるならばドンドン増えてほしいものだ。

「同時に並行するプランもあるゆえ確約はできぬが、真に役立つ提案であれば採用しよう」

「お聞き届けくださり、ありがとうございます。私はレイバー…」

 長ったらしい挨拶になりそうだったので、アインズは片手を上げて制止した。

 それだけでレイバーと名乗る官僚はビクリと震え、怯えたように口ごもる。

「会合中にたまたま引き合わされたに過ぎぬ。今はアインザックの友人レイバーで良かろう。採用するのであれば、重要な責任者の名前だ…しっかりと覚えさせてもらうがな」

「も、申し訳ありません! …で、ですが、陛下にとっても魔導国にとっても、有益な案件であると確信しております!」

 面倒くさいなーと思いつつ、支配者ロールに慣れてきたこともありこういった面倒事は問題無く調整できるようになってきた。

 反面、笑って付き合えるような仲から遠ざかるのが難点だが、まあ全てを同時にこなすなんてデミウルゴスやアルベドでも無ければ無理だろう。

「案とは見方や時期一つで良くも悪くもなるものだ。提案内容で罰したりなどせぬ」

 自分にはとうてい無理だとか思いつつ話の続きを促す。

 

 レイバーと名乗る男は暫くの間、恐怖で躊躇っていたようだが、意を決して口を開き始めた。

「魔導国の街道に舗装路と中継地点を設置してはいかがでしょうか? 王国時代にもラナー王女殿下が発案された有用な案でございます」

「街道の件か。悪くは無いがそれだけでは魅力的には感じぬな」

 まずは第一段階クリアー。

 確かに各地に中継拠点があれば、冒険者たちも行商も楽になるだろうし、アインザックに任せて居る範疇に被っているから後で責任問題にはならないだろう。

「な、何故でございます!? 交易にも役立つ立派な案で、王女様が提案されたときもその点では反対者は…」

「王女が提案したときと今では条件が違う、だから可能か? 逆の見方もできるな。当時は問題だったことが普通になり、当時は普通だったことが問題になる」

 利点を認めつつも、アインズには採用できない大きな理由があった。

 ぶっちゃけお金が無い、第二に街道に舗装するほどの理由が無い。

「ですがっ…」

「レイバー。アインズ様を煩わせてはならん。旧知の仲であるし、ギルドにも意味があるから仲介しはしたが…」

「良い。提案自体を否定している訳ではないのだ。そうだな…確かにアンデッドの人足ならば岩を切り出すのも運ぶのも簡単だ。だが、我が国の馬車馬はソウルイーターであることを忘れてはいないか?」

 アインザックが引き下がらせようとするが、アインズは笑って許してやった。

 鷹揚で開明的な王であるという評判は悪くないし、将来に余裕ができたときに、仕事を押し付けるには確保しておいた方が良いだろう。

 何しろ魔導国には提案のできる…人間の官僚が殆ど居ないのだ。

「そ、ソウルイーター…」

「そうだ。疲れ知らずで馬の何倍も運ぶことができるし護衛にもなる。もちろん舗装などしていなくとも移動距離に変わりは無い」

 そう、金を掛けて道路を舗装する意味が無いのだ。

 箱庭としての見栄えは良くなるかもしれないが、ソウルイーターの移動距離・速度に変わりがないのなら、現時点ではまるで採用する意味が無い。

 冒険者の休憩所としては意味があるだろうが、そんなものは村の空き家でも足りる話だろう。

 

 しゅんとして項垂れるレイバーに、アインズはどうフォローするか少しだけ悩んだ。

 断る理由は主に金銭的なもので、将来に金があるという前提でなら、採用しても良いレベルだ。

 ここはやる気を失わないようにしつつ、価値のあるプランを練り直させる方が良いだろう。

「それにこの計画のままでは王女を褒める理由にはなっても、お前である必要はあるまい? そうだな…」

 言いながら執務室に目を這わせると、以前に手に入れた地図が見えた。

 既に描き写しているし、より詳細な地図を作っているから不要な物だ。

 手に取って、机の上に放り出した。

「これをやろう。この地図に書き加えるに足る、有用な計画を考えるが良い」

「ち、地図ですか!? お、お待ちください、地図は国防上の重要な…」

 はて?

 アインズは聞きなれない言葉を聞いた。

 地図が国防上、重要な?

 不正確で詳細でもなく、場所によっては数日分の誤差もあるのに?

 そう思っているのは、どうやら、アインズだけであったようだ。

「確かにワザと誤差を入れておりますが、この地図があれば、何日でエランテルに攻め込めるか丸判りではありませんか! 村々を略奪し放題で…」

「あぁ…そのことか」

 しまったー!?

 この時代の地形って、他所者には教えないんだっけ?

 そりゃスパイ放つからある程度は判るだろうけど、確かに調べる手間とか考えると大きいよね。

 そういえばラケシルにクドイほど忠告されたなァ…。

 とかアインズは今更のように思い出しつつ、どう誤魔化そうか必死で悩んだ。

 このままでは無知を晒すことになるし、かといって、王たるものが軽々しく撤回すべきではない。

 そう思ってアインズザックに相談しようと視線を移すと、ブルブルと震えながら提案してきた。

「よ、よろしければ陛下。わたくしめの方で説明してやってもよろしいでしょうか?」

「アインザックがそう判断したのなら構わない、特に許す」

 よし! 解決手段があるならアインザックに任せた!

 自分が思いつかないときは、思いついた部下を活用するに限るよなー。

 問題があってもアインザックの説明が悪いんだし…と、これは人が悪いか。説明のフォローくらいはしようとアインズは自分を納得させる。

「くれぐれも迂闊に口外してくれては困るが…。冒険者ギルドではより正確な地図を作製し、未知の領域の情報を集めている」

「そ、そうだ。この程度の情報は、いずれ街全体に公表しても良いレベルになる。どうだ? お前の手で古い地図を取るに足らない情報に変えてみたくはないか? お前の手で新しい光景を創り出してみるが良い」

 我が国の戦力ならば国防には何の問題も無い。

 

 そう言った辺りで、アインズは冷や汗を拭いたくなった。

 勿論、冷や汗をかくはずもないが。

「わ、わたくしをそこまで買ってくださるのですか?」

「今はアインザックの友人程度と言ったぞ? だが、計画が完成したそのときこそ、お前の名前を聞かせてもらうとしようか。必要ならドワーフのトンネルドクターを招聘しても良い」

 取り繕ったことを隠しつつ、あえて創られた新しい地図を公表するとは言わなかった。

 知識は独占してこそであるし、詳細な地図がナザリックの場所を特定し、転移攻撃されては困るからだ。

 そこまで考えた段階でようやく、確かに地図は国防上重要だなーと振り返るのであった。




他の話を書いてる時に、ふと思いついたネタを書いて行こうかと思います。
今回は、街道が中途半端に舗装されている話から。
地図に関する認識は、レア狩り場や鉱山なら別として、国防上ではそれほど認識してないかな? という程度に解釈して書いております。


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空では無く、上を向いて歩こう

「ドワーフのトンネルドクター…。陛下はドワーフを従えて居られるのですか?」

「正確には同盟関係を築いている、というところだな。無理は言えんが妥当な交渉には応じてくれるだろう」

 だから招聘可能ではある、というところだ。

 そう告げるアインズの言葉にレイバーは衝撃を受けたようだった。

 そして衝動の赴くままに、地図に向かって目を血走らせる。

「何ができるかは…そうだな、カルネ村に何人か居るから話してみるといい。今日も一人来る予定だから顔を通すくらいはできるだろう」

「ありがとうございます。ご厚情に感謝の言葉もありません」

「……。……」

 アインズの言葉に感動するレイバーであるが、アインザックは少しだけ目を細めて見守る。

 ちゃんと理解できているのか不安と言った風情だが、ここで指摘するのも問題だ。

 幸いなことにアインズは気を良くしたのか、そのやりとりに特には口を挟まなかった。

 まあ営業部長と事務の部長候補のあいだに、余計な口を挟む社長も居ないだろう…というのもあるが。

「重ねて言わせてもらうが、他の案件もあるから確約できないということを覚えていてもらおう」

 二人が退出するに当たり、アインズは先ほど言ったのと同じ言葉を繰り返した。

「お前のアイデアがいかに素晴らしくとも他に良いアイデアがあれば変わるし、時と場合によって、お前のアイデア以下のプランが優先されることもある」

「ははーっ」

 恐れと言うよりも、自分に刻みつけるかのようにレイバーは仰々しい回答を示す。

 その様子に耐えかねたのか、アインザックは帰り路で口を開いた。

「随分と思い詰めているようだが、あまり無茶な案を連ねられても困るぞ。これ幸いと机上の空論を混ぜられては紹介した私の肩身が狭い」

「何を言うプルトン! トンネルドクターとやらを教えてくださったのは陛下だぞ! あちこちで邪魔する山を貫けるなら、どれほど素晴らしい街道が敷設できることか。やろうと思えば…」

 やっぱりか、とアインザックは溜息をついた。

 レイバーが先ほどからしている目は、何かしらの使命を感じた者だけが持つ目だ。

 良いことでもあるが、あまりに熱中されて、悪い方向に転がった者も少なくない。

「口だけ賢者の例だけではない、都病に罹患して足元を忘れた行政官はただの迷惑だ。その轍を踏んでくれては困る」

「出来もしない計画を練るつもりはない。ただ、陛下のお力を借りれば実現可能な範囲で…」

 王都や帝都などの大都会に上京して、そこで見た素晴らしいことを、田舎町で実行しようとして失敗する領主は多い。

 その多くが自分を開明的な人物だと勘違いして、時節を見誤ったり、せっかくの協力者などを失っていくのだ。

 そもそも街のサイズによる差、文明による差、あるいは地理・人材の差であったり、単に相場や得意産業の被りなど当てはまらないことが多いのだから。

 

 問題なのは、今回の協力者とはこのエ・ランテルで…いや、近隣諸国で一番力を持っている魔導王だということである。

 不興を買えば、レイバーやアインザックのみならず、冒険者…いやこの街の住人全てが不幸なことになるだろう。

「…言うまいと思ったのだがな。その地図はもともとモモン殿の物だ」

「漆黒の英雄から? 何故、陛下の手に?」

 アインザックはそのときのことを今でも鮮明に思い出せる。

 言わなかったのは、大事にしまっておきたい感傷でもあるが、言えば戻れぬ確定事項になってしまいそうだったからだ。

 だが、ここに来てレイバーが浮かれたままであれば、言わざるを得ないだろうと腹を括った。

「以前に冒険者ギルドのことで陛下の許に伺ったときにな、かつてモモン殿に譲った物の一枚だとラケシルが思わず口にしたのだ。失礼なほど大きな声だったが陛下は笑って許してくだされたばかりか、由来も教えてくだされた」

「ああ、地図は造り手で特徴が出るからな。で、その由来とは?」

 早く話せとせっつくレイバーに、アインザックは息を呑んで決意を固めた。

 気軽に話せるものでもないが、彼を翻意させるならここで話すしかあるまい。

「モモン殿の立場であれば試されることもあるだろう。だが彼は、陛下に挑戦状を突きつけた。いわく『自分の私物はこの地図以外になく、この上にある者全てとの絆だけなのだ』とね。要するに信頼するならば信頼で返そう。そしてこの地図を信頼するモノに渡してほしいと」

 伝聞の伝聞だからだろうか、アインザックの言葉は常よりも長く、いささか芝居じみていた。

 もしかしたら魔導王が芝居めかして伝言ゲームをしたのかもしれないが、先ほど会ったときのことを考えれば、漆黒の英雄モモンが言った言葉の方がしっくりくる。

 そして、意味を理解すると同時に、ゴクリとレイバーの喉が鳴った。

「つまり、この手に有るのは街の命運なのか…」

「そういうことだ。陛下は理知的な方だし少々のことで激怒はされまいが、少なくとも行政の案件を人間側に渡してもいいとお考えになるのは遠のくだろうな」

 アインズが頭の回る駒不足に悩んでることを知らない二人は、鏡に映った自分の影に向かって畏れおののいた。

 魔導王が理知的なアンデッドと知っていても、いや、知っているからこそ何でもできると思ってしまう。

 事実、行政面ではエルダーリッチが簡単に事務処理を片付けるのだ。

 当時にアインザックとラケシルが出会ったのは、パンドラズアクターであることを知らないということも含めて、事態を深刻に受け止めていた。

 そして沈黙を破って、レイバーが再び口を開く。

「地に足を付けて少しずつ調べた方が良さそうだな。村や鉱山を出鱈目に繋ぐような地図を陛下にお返しするところだった」

「そうした方が良い。夢見がちな発想は行政官には不向きだ。まあ、とりあえずはドワーフに現実を教えてもらうとしようじゃないか」

 気を取り直してまともに戻ったレイバーを励ますように、アインザックはカルネ村の話を始めた。

 なんでもルーン工匠が招かれており、冒険者ギルドに第一に卸されることから、他の人物より詳しいらしい。

「では陛下との面会が優先として、その後か、無理ならいつ会いに行ってもいいかアポイントメントを取らないとな」

「その意気だ。もう大丈夫だと思うが、迂闊に陛下や魔導国のことを口にするなよ? あれで陛下に心酔してる連中ばかりだからな」

 

 そんなことを言いながら、二人が一度街に戻る中で、入れ違いに一人のドワーフが執務室に入ってきた。

 本来はもっと遅かったはずだが、思い切ってスケジュールを空けたことにより、思いのほか予定が早まったのだ。

「まずは文字数を増やせた者が出たこと。おめでとうと言っておこう」

「陛下にそう言われると、こそばゆいわい。実を言うとわしは既に諦めておった部分もあるが…感謝してもし足りんくらいじゃ」

 ドワーフのゴンドは機嫌よくアインズとの再会を喜んだ。

 言うほどの時間は経っていないが、とうとう念願が叶ったのだ。もしかしたら自分もそうなるかもしれない。

 もちろん他のルーン工匠を思えば、胸を張って言える成果ではないのだが…。

「ゴンドよ、冒険者にはこんな言葉があるらしい。『感謝は次の者に渡せ』とな。お前から何かもらうより、お前が数人育ててくれた方が、何倍も得だろう?」

「勿論じゃ! しかし『徒弟には我が子を与えよ』か。何処にでも同じような言葉はあるもんじゃな」

 そう言って二人は、拳を合わせて笑いあった。

 MMOにおいて新人は恩を受けても、スキルでも課金でも先行する古参に、よほど無茶をしない限り恩を返すことができない。

 いや、できたとしても、ワールドアイテムを除けば、今更返されても困るというのが、古参の言い分だろう。

 だから、MMOのプレイヤーは中期クエストや装備の援助を、受けたプレイヤーではなく、ギルドや顔見知りの後輩に与えることで連綿と繋がっていくのだ。

「ところで何故、できるようになったのか、今までは無理だったのか判るか? もちろん私が経験で得たことをまとめるのは容易いが」

「そうじゃな。『コツは我が子にも教えるな』とは言うが、陛下ならば問題あるまい。…一番ありえるのは、ドワーフ全体が追い詰められたこと、そして専念できるようになってしまったことが問題じゃろうな」

 アインズは自分でもできるがと、あえて無駄な前置きを置いた。

 推測は付けているが、自分で考えた方が成果に繋がるものだし、話し易さも違うだろう。

「掘れる素材やそのための道具などは、上位者はともかく、わしができなかった言い訳にはならん。それを考えれば武具の作成や、ルーン刻印のみで済むようになったことが、却って力や集中力を欠いたのじゃろう」

「そして、一時的に増産や技術の向上が見られたことが、間違った方向への後押しをしてしまったと?」

 ゴンドはアインズの言葉に頷いた。

 そしてテーブルの上に、複数の皿と、ルーンの形状をしたクッキーを並べていく。

 大皿には六個、中皿には四個、小皿には二個。そして直に一個。

「おそらくは…じゃが。自分という皿を大きくせねば刻む力も得られない、なのに、わしらは皿を大きくすることを止めてしまったわけじゃな。満足して歩みを止めたとき、魔化に負けてしまったのじゃ」

「手習いの武具や、初歩のルーンだけを量産しても技は磨けないだろうからな。…ふむ、私の見立てと、ほぼ同じだと言っておこう」

 アインズが即答したことを受けて、ゴントも満足そうに頷いた。

 教えてもらうのと、自分で辿りつくのは大きく異なる。

 もちろん二人まとめて間違っている可能性もあるが、まずは第一歩と言えるだろう。

「それで、これからどうする?」

「わしも可能になり、二文字あれば組み合わせに差で力が宿るか、効率が良くなるかを自分で試すことができる。まずはソレじゃな。他にも歪んでしまう魔化との共存や、まったく別の技術との組み合わせというところかの。そして…」

 まずはできる範囲で考えを試していく。

 そして技を磨くのと同時に、いずれ来る限界を超えるために努力を重ねていくことになるだろう。

「なるほど文字のコスト計算か…。試したいことで協力できる話があったら言ってくれ。素早さや魔力などが上昇するアイテムも必要ならば貸しだそう」

「そのときには命を懸ける前に、の。そして、この借りは徒弟を育てて返すし、他になんでもさせてもらうわい」

 感謝してもし足りんが、という言葉をゴントは呑みこんだ。

 アインズがそれを望んでいるとは思えないし、メイド達が睨んでいるときでもなければ言わない方が嬉しそうだからだ。

 ゴンドはアインズという絶対者と上手く付き合う方法をなんとなく理解していたが、それを口に出す気は無かったのである。

(こいつは言えん、言えんわい)

 それこそが、ゴンドなりの忠誠というものであろう。

 




 まずは現地人視点でやや固めながら「アインズ様のお力があれば!」状態をキャンセルして、地道な歩みを。
というのと、前回に地図を出してしまったので、後で戻す為の布石。
仮に原作でラケシルから貰った地図の話題が出ても、大丈夫にしてこうという感じです。
 次に、ルーン文字の話で『まだ、ゴンドではないが』と予防線を張りながらルーン文字数が増えない理屈に関して
アインズ様が想像している観点まで、ゴンドが気が付いた事にしてみました。
これなら原作でゴンドが二文字目行けても無理でも行けるのと、色々出来るようになるフラグが立つ事
ついでに、現在の経験値で上限に達してると理解すれば、ゴンドが冒険に出る話とかできるなーという感じです。


想定している増えない理屈は、主にwikiが無いので
1:取得経験値が難易度で下がる事を知らない
2:冒険しなくなったので、能力値も上がらず足りてない
3:冒険でも高難度でもいいいから、獲得可能レベルがあがらないとルーン工匠レベル上がらない
などを、一応考えてみました。

A:ゴンドはルーン工匠においてサラブレッドな家系のはずなので
 必要な職業の組み合わせなどは、前提条件を満たしてる
B:ゴンドは11レベルが上限だが、兵士などは普通にもう2・3レベル行けてそうなことから
 取得経験値がカンストに近い状態で入手されていないのでは? という想定から考えております。
(違うかもしれないので、『ゴンドが』ではなく、ルーン工匠の誰かが成長した…な感じ)

追記:
なお一度、転生者ぽい技術持ち込みモノ視点で書いてから、現地人視点に修正してるので、アイデア思いついても割りと時間が掛りますので、申し訳ありません。


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マイル・フリーク

「用件自体は分かった。暇なときに話すことは構わんが、先に一つだけ確認させてくれんかの?」

 ゴンドが魔導王の許を去るとき、レイバーは彼を捕まえてアポイントメントを取りつけた。

 これで予定が空いている時であれば、カルネ村で話を聞くこともできるだろう。

 とはいえ、何か話があるようで何時間か前にアインザックとそうするように、そのまま宿まで歩きつつ話を続ける。

 カンコロカンコロとゴンドの鉄靴が足音立てるのに歩調を合わせて、レイバーもスタスタと付き添った。

「私に答えられることであれば、なんなりと」

「何故、街道なんぞにこだわる? わしには到底理解ができん。じゃが…理解できんからこそ聞いておきたい」

 不思議なことに、ゴンドは顔合わせだけではなく、そのまま詳しい話に踏み込んできた。

 どうでもいいことだと言うなら、それこそまさに、暇な時に茶飲み話ついでに話せばいいものを。

「理解してもらえるか判らないですが、私が自分の夢に対し無能だったから。単に悔しいから、努力を無駄だと思いたくないから…少し長いですが?」

「構わん。どうせ飯屋を探して、その後は宿屋で寝るだけじゃしの」

 暇だから話に付き合うと言いながら、ゴンドは意外なほど真摯に頷いた。

 レイバーは与り知らぬ話だが、ゴンドにも同じような鬱積がある。いや、だからこそ同じ臭いのする相手を見付けて、聞いてみようと思ったのかもしれない。

 

 そうだな…。と前置きをしてレイバーは考えを整理してから話を再開した。

「結論から言うと、私はタレントと才能が乖離(かいり)していた。…この場合の意味は分かりますか?」

 人が生来持つ可能性の一つ、タレント。

 この特殊な恩恵は、強力かつ効率的な半面、ほぼランダムでしかも判り難いという欠点を秘めている。

 レイバーの言わんとすることを、ゴンドは自分の知り合いなどを引き合いに出し、推測を並べていった。

「魔化魔法が得意だが金属に触れられない、あるいはジっと集中作業ができないような、生理的な条件みたいな感じじゃろうか?」

「まさしく! 私の場合は見ての通り戦士の才能も盗賊の才能も、詳しくは調べていないが魔術の才能も無かった。場所把握が得意という、冒険者向きのタレントを持って生まれたのにもかかわらず」

 そういえば、レイバーはずっとゴンドの歩幅に合わせていた。

 着かず離れず、こちらの様子を見てもいないのに。

 

 そのことに気が付いたゴンドは、改めてレイバーの姿を確認する。

 肉付きは良くなくややヒョロ長い、誰もが思い浮かべる役人や魔術師など賢者を思わせるスタイルだ。魔法が使えないとも思えないが…。

「詳しく調べるなり、身を入れてやってみようとは思わなんだのか? お互いの位置を魔法も使わんと把握できるなら、やってみる価値はあると思うのじゃが」

「うちは名ばかりの貧乏貴族でしてね。せいぜい第一位階が物になる程度と言われては受講料を払うような余裕はありません」

 ひたすら修業すれば、アイテムや特殊な補助魔法の補助で第二位階を詠唱することもできるのかもしれないが…。

 そもそも魔法を学ぶのには、一部の系統は材料費などでさらにお金が掛る。

 教える方も善意でやってる訳でもないし、やっていたとしても、何かしらの労役が待っていただろう。費用という点に関して、魔化よりもルーンの方が優れていると主張するゴンドにとっては、よく分かる話であった。

「どの道、直ぐにでも働く必要がありました。香辛料を造る魔法を覚えながら学ぶ手もあったのかもしれませんが、才能の無いこの身では、そこで全てを終えてしまう」

 一度の成長で、覚えられる魔法は3つ程度だと言う。

 才能が頭打ちになる第二位階前後までで何度か覚えられるにしろ、冒険者として必要な魔法を覚えるのに足枷になるのは間違いが無い。

 口にこそ出さないものの、魔法の才能の他に魔力量なども欠けていたのかもしれない。

「そこで私は、上の貴族や派遣されてくる行政官の鞄持ちのような仕事から始め、いつかこの能力を活かせる地位に成ってやろうと思っていたのです。王女の計画を見たときは天啓が舞い降りたかと思ったくらいです」

「……」

 だが、既存の勢力や既得特権、あるいは現実的には不要、予算が無いといった壁がそれすらも打ち砕いた。

 レイバーは夢を何度も打ち砕かれ、それでも諦めずにここまで来たのだろう。

 自分に似た環境にゴンドは思わず途中から相槌だけを打っていた。

 

「そういうことなら分かった。話せることなら話すし口添えもするが…、それ以外で協力を求めるなら、ルーンを彫った物を効率的に試せる場合に限らせてもらうが良いかの?」

「ありがたい! 上の言うことに従ってウロウロしたことはそれなりにありますが、あくまで仕事上ですから」

 勿論、ドワーフの国に行ったことも無ければ、トンネルドクターなど聞いたこともない。

 かろうじて、自分が担当する未来を考えて、トンネルを掘る苦労に関して王国の鉱山で聞いたこともある程度だ。

「そういえば、失礼でなければ聞きたいのですが、その鉄靴はドワーフならではなのですか?」

「ん? ああ、そうじゃの。地下に住んでいるから鉱石のみならず石が崩れたり、物自体が頑丈じゃから、ゴツイ靴でないと困る。あとはまあ習慣のようなものじゃ」

 カンコロよく音のする鉄靴が気になっていたのだろうレイバーは思わず尋ねた。

 案の定、ドワーフならではの文化の差があり、地下に居るからと言われたら、確かにそうだと思わなくもない。

「でしたらドワーフの都はさぞかし賑やかなのでしょうね。高炉には鉄打つ鋼の音、道には闊歩する足の音…」

「何か勘違いしておるようじゃが、それほど音はせんよ。地を潜る魔物対策に、堅い岩盤の上に在るか、音を響かせぬ多層構造になっておる」

 目を閉じて推測しながら歩くレイバーに、ゴンドは器用だなと思いつつ、先ほどのタレントのことを思い出していた。

 軽く見ただけで、間違えることなく歩けるならば、性能は確かなようだ。

 だが、人とすれ違うときの足取りなどは素早いとは言えず、盗賊としての才能が無いと言うのも嘘ではないように見える。

「多層構造…。聞いてみないと判らないものですね。ですが、お陰で面白い御話を聞けました」

「まあそうじゃの。わしにしても、リザードマンと出会ったときに驚いたわい。あれらは水辺を歩くのに慣れておって、普通に歩くのは苦手なんじゃと」

 そんな風に端から繋げつつ、ゴンドに食事を奢りながら適当に話題を続けていった。

 そして別れ際にふと思いついたことを、レイバーは最後に質問したのである。

「そういえば、強力である必要はありませんが、ただ単に、消えない光というルーンは可能ですか? 文字などが光って見えるだけでも良いのですが」

「光量次第で寿命や予算も変わるが、可能じゃと思う。しかし、そんなものを何に使うんじゃ?」

 レイバーは指差しながら、その辺りの土塀に軽く文字を描いた。

 首を傾げながらもゴンドは仲間が造る複雑な物、自分でも可能な一文字ルーンを彫る場合の値段を教えてやる。

「いえね。あくまで国防に関係ない場所に限りますが、街道の一定距離ごとに目安の塔か何かあってもいいかと思いまして」

「ほうっ…。それは面白そうじゃの」

 酒を呑んでいるためか、レイバーは随分と口が軽いようだ。

 機密事項こそ話さないものの、自分が考えていたアイデアを次々に喋り始める。

 ゴンドはその話を聞いたとき、思わず目を輝かせて見上げてしまった。

「ということは、小さい目安には小さい文字だけをシンプルに、大きい目安には責任者や工事記録などを載せるのか?」

「そんな感じになりますかね? そうしておけば、いざというときに区画幾つか分で予算はどの程度と、記録を参照するとかできますから」

 ゴンドの誘導には気が付かず、レイバーは記録を付けることを口走る。

 実際に責任者の名前を入れるまでは思いついていなかったのかもしれないが、此処で頷かせれば、後で口にするときにやり易い。

「そうか。一つか二つの文字だけで何ができるか試せるし、わしは協力してもいいぞ。それに魔導国の業績に金字塔を打ち立てられるならば自分も関わりたいという者もでるかもしれん」

「それは良いですね。基本の骨子はともかく、実地でやる場合は様々な方の御意見があったほうがいいですから」

 ゴンドはドワーフとか、ルーン工匠という単語は入れずに、不信感を煽らないようにさりげなく締めくくって別れることにした。

 実際に参加するかは別として、国元で不遇を見た彼らが銘を残す日々を夢見ながら、その日は気分良く眠りについたのである。




 ゴンドが仲間になった!
という訳で、ローマ式の道路知識とか無いのと、マイルストーン的な物を導入するのに、ドワーフ系の知識として混ぜてしまいました。
実際には違うのかもしれませんが、だいたいそんな感じに、実地研究の結果で変わって行く感じです(ウルティマの街道にある光る文字とかが理想的ではありますが)。
 オリ主のレイバーですが、あまり大袈裟な話にはならないので、強力な能力はついてません。
指定した対象との相対位置を理解出来るという、魔法で可能そうなことを、なんとなく理解できる感じのタレントにしてみました。
もし仮に、今度に予算貰ったり魔法使いに教えてもらっても、方位を探る・距離を測るとかの魔法を覚えて終わりになるかと(アインズ様がアイテム持っていそうですが、現時点ではそこまでは注目されて無いので)。


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義務と権利の境目

「新たな領域守護者の話はデミウルゴス達が良いと判断したのならば、私に言うことは無いと伝えよ。しかし…」

 アインズは報告書を片付けると、関心は次に新しい資料に移った。

 本日のアインズ様当番であるアロケーションは、即座に資料を用意すると、デミウルゴス・アルベド向けの伝言を書き留める。

「学校への自主通学者もだがアンデッドの普及が、遅々として進まないな…」

「アインズ様の御厚情を理解できぬとは、やはり人間どもは愚かな存在です」

 そう言う事じゃなくて…。

 アインズは苦笑いを隠しつつ、窓辺に立って思案を重ねた。

(おっかしいなあ。上の学校行きたくても行けなかったし、そもそも小学校ですら無理して入れてもらったのになあ…)

 鈴木悟としての生活において、小学校で学んだことは重要だった。

 無理をしたせいで…と思わなくもないが、小学校で学べたこと自体には感謝しかない。

(と言う事は、根本的に勘違いしてるんだ。別に無理して学校を成功させなきゃいけない訳でも無いけど…。何を勘違いしてるのかは突き止めないとな)

 家族の事を思い出すと暗くなるので、気持ちを切り替えてアインズは前向きに考える。

 せっかく学校を造っても良いと考えたことが無駄に成る事よりも、間違いを確認する事で、他に活かそうとしたのだ。

 大変有効だからこそ、アンデッドの人足を普及させる必要が無い事を、綺麗さっぱり忘れて居ることが不幸と言えば不幸かもしれない。

 

「いっそのこと、対象となる全ての者が御厚情に感謝して参加するか、逆に無礼者らにその資格は無いと閉鎖…」

「それは早計だぞ。だが…考え方の一つとしては悪く無いな。うむ、やはりお前達が話し相手になってくれると思索が進むな。素晴らしい」

 アロケーションは顔を赤らめて恐縮した。

 本来、彼女達メイドは政策などに口出しできる立場に無いのだ。

 事実、求められた為に感想を口に出してみるものの、それが採用されることは少ない。

「申し訳ありません。私どもではアインズ様のお役に立てず…」

「そんな事は無いぞ。確かにお前達の提案に左右されることは無い。だが、様々な考え方が在り、その差を理解しようとする試みこそが、私の思考を前に進ませるのだ」

 ますます恐縮するのだが、どうぞどうぞと限りは無いので、アインズはそこで止めておいた。

 改めて思考を再開し、学校やアンデッドの普及に関して考えを巡らせる。

 

(どっちでも良いなんて言ったら、そりゃやらないよな。あの頃の年頃ならもう働けなくもないし、…賃金やっすいだろうけど。だけど、学校に行く事が地位ステータスになり、成り上がるステップになればどうだろ)

 元の世界と違って、この世界は環境が良いのだ。

 鈴木悟が子供の頃から働かなかったのは、児童労働の問題よりも、外出のための準備・メンテが問題と言う逆説的な理由に寄る面が大きい。

 学校に行かせてあげて良い将来をという愛情を享受できたが、もし仮に、自分もこの世界に居たら話は違ったかもしれない。

(せっかく孤児院みたいな形式で造るんだし、最初はそこで実験するとして…)

 今は自主的に通う者の数が少ないが、実験として考えるならば、むしろやり易いとも言える。

 ならば非難されない程度に色々な試みを施行し、将来に役立つようにすべきでは無いだろうか?

(学校に行けば、読み書きと簡単な計算を覚えることが可能。さらに才能があれば上に行ける可能性。…実際にはその過程を見て引き抜くと。…うん良い感じだ)

 できれば、タレントとか魔法適正とかも調べられたら良いんだけどな…。

 とか思いつつ、その辺りの知識が少ない事を自覚する。

 

(タレントや適正が調べられるか、フール…いやラケシルに相談するとして、モモンとして聞いてみた方が良いかな。魔導王が無知だと思われても困るし)

 適任者に思考が及んだところで、異常なほど熱意を燃やす老人の対応を思い出して身震いしそうになる。

 恐ろしくは無いが、あの極端なテンションには積極的に関わりたくは無い。

「急ぎでは無いので適当な時に、ニグレドかペストーニャが寄る様に伝えてくれ。手隙ならユリでも構わん」

「承知いたしました。アインズ様のスケジュールに余裕がある時間帯を伝えておきます」

 いや、向こうの都合がいい時で良いんですよー。

 とアインズは言いたくなったが、魔導国の全てが自分を中心に回っているので仕方無い。

 彼女達にとって、自分の命令こそが何をもっても優先すべきなのだ。

 

 まずは誰でも入れる孤児院で読み書き計算を勧め。

 そこで適正を調べ、レアや頭が回る者は魔術師や役人候補として育てる…。

 そんな考えに至って満足しているアインズだが、1つの事を忘れて居たのである。

 未来の手習いは中世レベルに置いて、丁稚や徒弟には必須の…十分に高度な物であると言う事を失念していた。

 

「アンデッドの普及に関しては、貸し与えている者たちに、次回から暫く一体当たりの成果を提出するように指示しろ。同時に対価や値引きの資格を付記する事で、目安を判りやすく提示する」

 アインズはそれらの事に気が付かないまま、ゲームを参考にアンデッドの取得制限を思いつく。

 誰でも数体までなら自由購入、資格を持てばより多く、よい安くアンデッドを雇えるならば、皆こぞって得ようとするだろうと。

 アインズもユグドラシルで自分が成長するごとに、wikiと見比べつつ、使い勝手の差を実感していたものだ。

「承知いたしました。ただちに発効し、伝令を送ります」

 アロケーションは隣室で待機するエルダーリッチに指示を伝えに向かう。

 そのくらい自分でやれるのになーとか思うのだが、仕事している実感がして嬉しいらしい。

 社長の秘書が課長に伝達するようなものかと思えば、確かにOLよりは恰好良いのかもしれないと納得した。

(後は適当な業務で、実際に成果が急上昇した例があれば完璧だな。目に見え易い…あーなんだっけ、誰か街道とか提案してたな)

 確かレイバーだったか…往年の名作ゲームに出て来る敵モンスターの名前だったので、比較的に早く思い出す事が出来た。

 彼の提案を採用する形で実績を出せば、下の者の意見を取り上げる王という評判は立つし、街道なら目に見えるよなーとアインズは自画自賛しそうになる。

 実際は限りある予算を割くことになるので、システマチックに成らざるを得ないのだろうが…。

 

 そこまで至った段階で、ふとアインザックの方も難航しているのを思い出した。

(これも同じ様な感じで、しかも一緒に解決が出来るんじゃないか?)

 冒険者の強さもだが、亜人に対する対応の悪さが直らないらしい。

 教導隊として派遣したはずのゴブリンやリザードマンに、良い顔を向けて無いと聞いた事がある。

(リザードマンの村周辺に避難所を造っておいて、カルネ村付近にも同様の避難所を造る。そして、いつもは交易所として使うんだ)

 避難所兼の交易所。

 普段はそこまでしか入れないが、許可を得た冒険者は入って話が出来るし、行商は自分だけの交易権も得ることが出来る。

 完全な自由を許可する訳でもないが、資格を得れば権利を貰えるということなら、狙って取得する人間も出て来るだろう。

 何より、サラっと亜人たちが魔導国の影響下にある事を宣伝できるし、強要して無い事を説明もできる。

(ナザリックを見付けられたら困るし、トブの森は迂回するとして、当面はその2つをチェックポイントにした街道を敷設すれば良いかな? ドワーフの方は街道の方が安全で早いと判ったら頼んで来るだろ)

 その道くらいしか予算的に無理だろうが、逆に言えば、その道だけに定期便を走らせても良い。

 そして、定期便に乗ることが出来るのは、やはり資格のある者だけ。

 その資格者の中に冒険者が…例えばミスリルはカルネ村まで、リザードマンの村にはオリハルコンが自動的に得られるのはどうだろう?

 一種のステータスになるし、亜人の事を許容できる人数的にも、丁度良いのではないだろうか。

「その路線で行くか…。パンドラズアクターに奴の…モモンのスケジュールが空き次第、来る様に伝えろ。その後に重要な話をする為、お前達は席を外せ」

「承知いたしました。その様に手配いたします」

 やはりメッセージの方が手っ取り早いのだが、今回ばかりはアインズにとっても伝令を使えと言う意味がある。

 なにしろ途中で交代し、ラケシルやアインザックの意見を聞きに行きたいからだ。

 ならば仕方無いと、久しぶりに冒険者気分を味わう言い訳をするのであった…。




 今回は現地人ではなく、アインズ様の視点なので直訳に近い形です。
小学校=職人・商人の卵であることを気が付いて居ないとか、県道とアウトバーンの差が判らない感じに成ります。
いずれ私鉄がシベリア鉄道になるかもしれませんが、1cmと2cmの区別が付かないとシャルティアも言ってますし…。


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狙いによる転換

「久々の町中だけど、気が重いなぁ」

 パンドラズアクターを呼びだし、面倒くさい業務を押し付け…。

 じゃなくて、任せて居た冒険者たちとの会話を聞きだしたアインズは、入れ替わって久々の自由を満喫していた。

 その時に魔法を覚える労力やタレントの事を詳細に確認したのだが、これが芳しく無い。

「悪い知らせが無いのはいいけど、まさか良い知らせも無いとは」

 齟齬をきたす様な深い会話や、独特の挨拶をして無いのは知っていたが…。

 そういう余計な事が無かった代わりに、意味がありそうな情報自体が無かったのだ。

「失敗した。こんなことなら、アインザック達へのアプローチを考えさせるんだった。…適当に考えるか」

 とか思っていると、つい、昔の感覚で冒険者ギルドに向かっていた。

 

 お陰さまで相談内容を考える間も無く、貴賓室まで通される。

(アンデッドの普及に関しては目に見える成果さえあれば、実績と時間の問題かな? なら、ここは魔法やタレントの学習に関して尋ねるべきだ)

 とはいえ、数日後の会合に向けてラケシルとの打ち合わせ中らしく、僅かばかりだが、考えを整理する時間が取れた。

 まず尋ねるべき内容を1つに絞ることにする。

(本当はカルネ村やリザードマンの村付近にチェックポイント造る話もしたいんだけど、アインズとして命じるかモモンとして誘導した方がいいか悩むんだよな)

 そうしてる間に時間が過ぎ、受付嬢がすまなさそうに頭を下げて呼びに来た。

 規定通りに時間掛けてくれても良いのに…とは思うが、あちらとしてもモモンを入れて三人で話したいのだろう。

 

(仕方無い。自業自得だし…自分をダシに使うか)

 魔導王としての政策の為に、魔導王への脅威を語る。

 なんという矛盾だろうか? もし仮に心を許してくれているのであれば、悪戯に脅威を説くだけなのに。

 その辺のフォローも自分で…いや、何してんの俺?

「お久しぶりです組合長。それにラケシル殿も」

「良く戻って来てくれたモモン殿。私と君との仲じゃないか、もっと気を楽にしてくれたまえ」

 馬鹿馬鹿しいマッチポンプになるが、考える暇も無い。

 いつものやり取りをしながら、一度アインズとしての自分の脅威を語りつつ、その脅威が無い事を確認する為にしようと決めた。

「申し訳ありませんが、相手や立ち場で話し方を変えたりはしませんので。何度目のやり取りか忘れましたが、気にしないでください」

「そうだそうだ。毎度同じ流れで飽きて来た所だ。この次は……我が家と思って寛いでくれたまえ…だっけか?」

「ラケシル…そういう話では無いのだがな」

 他愛ないやり取りに、政務の堅苦しさが抜けて行く様な気分を感じる。

 とはいえあまりに寛いでいたら誘導できないので、ここは切り込んで行こうと、アインズは話し始めた。

 

「私が居ない間に変わりはありましたか? 目に見えて変化は無い様ですが」 

「モモン殿が出るほどの用件では無かったろうから、気にはなるだろうが…。今のところ特には無いな」

 愚痴を言おうとするアインザックを制する為にアインズは首を振った。

 ここで愚痴に乗っては、せっかく誘導し始めた話が瓦解してしまう。

「ある種、私も望んで居たので問題ありません」

 悪いと知りながら、強引に持って行く。

 怪訝な顔をするアインザックに矢継ぎ早に言葉を浴びせる。

「私が居る間は対外的にも無茶はしないでしょうが、離れて居る間も本当に何もしないのか、信義を守って本当に何もしないのかを確認したいところですから」

「なるほど、言われてみればその通りだ。とはいえ、以前と変わらないのは同じだよ。魔導王陛下はともかく、側近たちの方は取りつく島も無い」

 痛くも無い腹を探り合って、友好を結ぶ相手との争いは避けたい。

 まあ頷くだろうなとは思いつつ、アインズは自分への評価が一定数あるのを感じた。

 もっとも、ゴンドのように親しみを窺わせる程では無いし、モモンとしての自分へ向ける様な感覚ではないのが残念だ。

「ともあれ今後も遠ざけられたり、こちらからも遠ざかって様子を窺う事はあり得るでしょう。物は相談なのですがタレントや魔法で調整できませんかね?」

「魔法で陛下たちを出し抜くのは不可能に近いと思うが…どうなんだラケシル?」

「内容にもよるが協力はさせてもらおう」

 兜の奥でニヤリとしつつ、アインズは誘導に成功した事に満足を覚える。

 心の中でガッツポーズを決めながら、必要最低限の事を語り始めた。

 

「私はタレントや魔法の習得には詳しく無いのですが、『伝言(メッセージ)』を使える術者を増やしたり、あるいは記録を残したり伝達するようなタレントの使い手確保などは無理でしょうか?」

「習得…。この場合は新たに伝達要員を獲得したい。という事でいいかな?」

 流石にラケシルはエ・ランテルで魔術師のトップだった事もあり(今でもそうではあるが)、言いたいことを即座に理解した。

 その上で、齟齬が無いかどうかを確認してくれるのでやり易い。

「正直な話、今のまま平穏なら痛くも無い腹を探り合うのは止めにしたい。大過無いか急いで戻るべきか確認できればと」

 アインズの言葉にアインザックがしみじみと頷きつつも、ある種の否定の言葉を入れた。

「モモン殿には言って無かったが、『伝言(メッセージ)』は少し欠点がある。ただ、お互いに探り合って、不信を募らせるというのは私も避けたいな。ただ、タレント発見は難しいんじゃ無かったか?」

「ああ。精神系の第三位階にあるが、使い手は少なく、しかもタレントの方が曲者だ」

 伝言が持つ、誤情報が入り込む欠点を指摘しつつも、アインザックは融和そのものには肯定を示す。

 ラケシルは二人の視線を受けて、軽く考えを整理した後で説明を始める。

(第三位階か…。ユグドラシルでは低いが、こちらの住人だとほぼ最上位だから、そのままだと確保が難しいな…)

 アインズはしっかりと小耳に挟みつつ話題を邪魔しないように、口を挟まないでおく。

 

「例えばオレ達の知り合いだとレイバーだな。仲間に一人欲しい能力だったが…」

「そういえばレイバーは判り易いタレントだったな。だが、その彼でも魔術師に成れる適正を持って居なかった。ままならん物だ」

「…御二人の知り合いのレイバーという方は、魔術師向きのタレントだったのですか?」

 二人の会話を聞きながら、アインズは思わず口を出してしまった。

 つい最近紹介されたばかりだし、行政官に成れるくらいだ頭脳には問題無いだろうに? という疑問と、どんなタレントがあるのか気に成ったからだ。

「どう言ったら良いのかな? 彼は距離感がつかめると言うか、高位の魔法なら詳細に可能なのだろうが、それを漠然ではあっても魔力消費無しに判断出来るんだ。ただ、体力的にもレンジャーには向かない」

「同じ様に魔術師の適正が無いから、第一位階も難しかった」

「魔力消費無しにできるのは便利そうですが、魔術師や盗賊の才能が無いのが残念ですね。聞いた感じだと戦士の方もアレでしょうし」

 この世界での魔術の才を決める基礎能力値が、仮に知力と魔力として、魔力の方とMPが低いのか…。

 それは致命的だなーとか思いつつ、ニニャが自分の事を幸運だったと言ったのを思い出す。

 彼女は魔法の習得が早いと言うタレントと、魔法の才能を同時に有していたが、そんな例はごく稀少なのだろう。

 

 数多くのタレント持ちを見て来た筈の、彼ら冒険者ギルドに魔術師ギルドの長たちとしても、そんな例は珍しいのだそうだ。

(魔法を見抜くワーカーだっけ? あれも含めて復活させなかったのはやっぱり惜しかったなー。まあ今更だし、他に必要があったら蘇生を検討するか)

 思い出としてもニニャは前向きだが、アルシェの方はむしろマイナスが多い。とはいえ一々考えて居たら良い意味でも蘇生のチャンスを失うだろう。

 そんな手前味噌な事を考えながら、アインズは二人の話を他人事の様に眺めて居た。

 これが有効な話があったなら別なのだが、ニニャから聞いた時とそう変わる物でも無かったからだ。

「と言う訳ですまないが、冒険者の本分からは外れるし、どちらも使い手を増やすのは無理だな。もちろん既に覚えて居る者を確保するのは不可能ではないが」

「いえ、こちらも無理を言ってすみません。断片的な確認であれば暗号でも済みますので御気になさらず」

 習得数の問題で余分が無いこともフールーダの情報防御が薄かった時に判っていたし、ショックではないが徒労感が強い。

 とはいえ、何も判らないよりは良かったかもしれない。

(収穫は第三位階の精神系って判っただけか。伝言もだけど冒険者は確かに覚えないよな。必要無いし…、ん? 必要?)

 待てよ…とアインズは新しい考えが湧きでた事を自覚する。

 

 アインザック達が魔導王としての立場で協議したことを、モモンとしての自分に伝えて来るがソレは聞き流しても問題無い。

 これ幸いと没頭するのだが…、ふと、脳裏に電球が灯ったり、道が開けて来た気がする。

(確か貧乏な魔法使いは香辛料を造る魔法や水質改善とか覚えるとか言っていたが、同じ様に有用な目的があればいいんじゃないか?)

 はっきり言って、香辛料を覚える魔法なんか冒険には必要が無い。強いて言うなら水質を改善する魔法でどうにかだ。

 だが、そう言った魔法があれば有利になるなら、余裕の範囲で取得しようとする者もいるはず。

(それに、必要性が無くてもロマンがあるなら取る奴は居るよな。エクリプスもそうだったし…最初は隠し職業みたいな感じで、国が優遇すれば良いんじゃないか?)

 アインズは自身がネタビルドでクラスを修めて行った過程で、幾つかの条件を揃えた形に成り、隠し職業であるエクリプスに辿りついた。

 つまり、最初から優遇するつもりで何パターンかの待遇を用意しておき、民の為になるとか言う名目の魔法の中に、こっそりタレントを見抜く魔法などを入れておくのだ。

 これならばアインズが魔術師を招くとしても穏健に聞こえるし、最後にそういう魔法を覚えて隠居する冒険者も出て来るだろう。

 

 冒険者として見果てぬ地を目指し、それに飽きたら魔導国で後進を指導する。

 あるいは、魔導国のエージェントなりオフィサーになる未来予想図を描いて、そっち方面に腕を磨く若者が出る…と言うのも面白いかもしれない。

(いいな。クソ運営思い出すけど、方向性としては悪く無いや。…その上で学校出身者は安く確認出来る、教師に才能を見込まれた者は無料で判定可能ってどうだろ)

 そうなれば、学校と言う物に別の意味が出て来る。

 孤児院として運営している初歩の学校では、計算や読み書きを適当に覚えさせながら、裏で才能の方向性を見るのだ。

 その上で魔術師・戦士・野伏と言った判り易い才能の者たちには、無償で判定する。

 そして、才能が判り難い者でも、様々な才能を安く見出せるなら、勝手に受けてくれるだろう。

(単発ガチャより十連ガチャ、一気にやって駄目なら時間帯をずらして引けっていうもんな。これなら学校経営ってwin-winなんじゃないか?)

 中には単発で引き当てる猛者も居るけど…。

 と、ガチャに関する苦い思い出を苦笑しながら、アインズは人間でガチャをやると言う暴挙を知らず知らずのうちに肯定していた。

 単発で目当てを引き当てた、かつてのギルドメンバーなら絶対に許さないかもしれないのに…。

 

 そしてアインズは、ここで得た逆転の発想で振り返ってみた。

(状況に流されて必要な事を模索するんじゃなくて、状況を動かす為に、新しい視点を設定してみる…か。これで街道に関して見直してみるのはどうだ?)

 アインザックとラケシルの話は、もうちょっとで既に聞いて居る範囲を終えてしまう。

 考えがまとまっていないが、逆に言えば、思いついた案を披露するなら今が丁度良い。

(魔導国…いやナザリックとして困ることは、アインズとして命じるべきだ。後から言われても不快だろうし、本拠地があるとバレるのは絶対に避けたい。逆にそれ以外は任せるべきだよな)

 例えば、カルネ村の周囲に避難所と交易所を兼ねたチェックポイントを造るとして、森の近く側に成るか、遠い側に成るか判らない。

 だが、万が一を考えれば、遠い場所にすべきだ。理由など森の保護なり、カルネ村の権益とでも言えば済む。

 逆に、リザードマンの村周辺に関しては、街道を敷設しようとするレイバーとか言う行政官や、冒険者ギルドなどに任せておいても良いだろう。

「なるほど判りました。先ほど出た異種族との付き合いですが、まずは互いに一歩離れた位置から、お互いの都合の範囲で歩み寄るのはいかがですか? 最初は物々交換希望者だけで十分でしょう」

「確かにな。文化の差もあるし、話したのは何人かだが、見解が全く異なる者も、我々とそう変わらない者まで多岐に渡ったよ」

「おおむね賛成なんだが…。ルーン工匠の所に行くのはオレに任せてくれよ! 実際に造ってるところを見て見たいんだ!」

 リザードマンという種族との交渉だの、双方に都合が良い位置など考えるだけでも一苦労だ。

 それを国から先に口に出して、厄介事に成るのはコキュートスとの調整もあって面倒くさい。

 あくまで現場組に任せることにして、いつもの戯言を口にするラケシルを二人掛りで宥めることにした。




1:魔法習得に関して = ニニャとの話とほぼ同じ
2:タレントに関して = 王女の話とほぼ同じ

 という訳で、あまり差はありませんが、2の事を改めて知ったことくらい。
それらの事を改めて考慮した結果

学校 = オート十連ガチャ

という結論に辿りついた感じなります。

とはいえ魔法に適正のある幼女発見、英才教育を施して!
と言う話には成りません。


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分母と分子のタンゴ

(そういえば、前にこんな話を聞いたことがあるな。誰だっけ…えーっと、ぷにっとさんに聞いたんだったかな)

 アインズ・ウール・ゴウンの孔明と呼ばれた男の会話が脳裏に蘇る。

 

 イベントで実装された中の、未解明エリアの一つをギルメンだけで回り切った時の事だろうか?

 他にもコラボの思い出があるので、KADOKAWA感謝祭で行われた、連続コラボの一つだったはずだ。

「こんな話を知って居るかな? ある時、見世物小屋に一つ目怪人が連れて来られた…」

「確か、自分も見世物小屋をしようとして、捕まえに行ったら逆に捕まる寓話でしたっけ?」

 何人かのギルメンが同意して頷くのだが、そこが首なんだ…と思ったのが印象的だった。

 なにしろマクロ・コマンドで『頷く』動作はあるが、種族によっては判らないのが多いからアイコンで…。

 …っクソがっ。

 

 思い出し笑いをしようとして、アインズの感情が抑制されてしまった。

 続きは何だっけ…えーと。と楽しい思い出を追い駆け直す。

「今回のポイントは主観性で状況が変わると言う事なんですよ」

「つい、絶対量が多い方を正しいと思い込んでしまいますよね。たった一人の、それも見世物小屋の出し物を見ただけで…」

 相手の考えに気が付いたと思って、先回りしようとした時、フルフルと首の様な何かが横に動いた。

 

 アレ? 何か間違えたかと当時は思ったのだが、どう考えてもおかしい所は無い。

 あえていうなら、この話のポイントは…じゃなくて、今回の。ということだろうか?

「違うんですか? てっきり、迂闊に情報を信じてはいけないって忠告かと」

「モモンガさん達はいつから一つ目怪人が、同レベルの相手だと思ったんです? 単眼巨人キプクロスだって一つ目じゃないですか。弓の為に片目に成ったアマゾネスかもしれませんよね」

 だからこそ、今思い返せば、詐欺臭い手口に感心してしまう。

 いわゆる、叙述トリックというやつだろうか?

 

「野生のロリっ子落ちてたら…。それだったら確実に捕まりに行きます!」

「巨人のティムが可能なら冒険する価値があるな。強いだろうけどロマンもある。例えばこう…背中に立って薙ぎ払え! とか」

「倒しにいけばジャイアントスレイヤーの称号とか、巨人族に伝わる秘宝も良いですよね」

 アインズは続く仲間の言葉を思い出して、できるだけ思い出が途切れないように、噛み締める様にして懐かしんだ。

 今はもう会えない仲間達の事を思い出しつつ、続く軍師の言葉を思い返していく。

「要するに情報は手に入れた段階から、汚染している可能性があります」

 指に当たる部分を立てながら、ぷにっと萌えは当然の様な説明を行う。

 つまりは、大前提から嘘を吐けば状況自体が動かせるのだ、と。

「分母と分子を計算すれば、汚染する事も可能だということです。例えば先行して狩りをしてる我々が、次から全員、特定の装備を付けて居たら? 今は一人も所持して居ませんが?」

「っ! あのイベントから隔離できるかもですね。そしたら暫くは独占できるかも」

「アンチで固めてPKしてもいいな。これは一回・二回だろうけど。…種族特攻同士の相克はなんだっけ? 何かが五割増しになったはず」

 確か、あの時は特定の種族に有利に成るアイテムを持っていると、始まらないイベントがあったのだと思い出した。

 

 その時のコラボ『トリニティ・ブラッド』は、吸血鬼が大規模に出現するイベントなのに、アンデッド・スレイヤーを持って居たら始まらないイベントが存在した。悪の吸血鬼を狩る、正義の吸血鬼の話ってどういうことよ…とか皆で笑いあった物だ。

 勿論、タブラさんみたいに連続コラボの全てを網羅する原作スキーなら、話は別なのだろうが、思いつける全員が行動する訳でも、仲間に吸血鬼が居る訳でも無い。

 ルールが判明するまで、盛大にバンパイア・スレイヤーのクリスタルを売り払い、専用クラスの鬼強データを愉しんだものである。

(吸血鬼オンリーのギルドから、クリスタル売るな! って言われてたのに、専用職もあるって判った瞬間に、いきなり転職条件教えてくれって頼まれたのも良い思い出だなぁ…)

 

 アインズはそんな思い出を心の奥に仕舞いながら、なぜ今の話の最中に思い出したのかを、擦り合わせし始める。

 今は異種族交流の話題の最中。

(つまりは、大前提から状況を動かし、観念を汚染してしまえば良いって事だよね。ぷにっとさん)

 モモンとして出来る事を分子に、アインズとして出来る事を分母に持って行くのだ。

 そうすれば、上手く交流させれるに違いない。

「冒険者全てが異種族を許容できる訳でもないし、そちら側方面に行きたいと思うかは別です。ですが…興味があって、交流しても良いと思う数名を厳選、例えばラケシル殿やミスリル以上に限り、カルネ村で試せば良いでしょう」

「オレはもうゴブリンなんかじゃ驚かないぞ! だからカルネ村でドワーフに会うには問題無いってことだな」

 モモンの誘導に従ってラケシル、そしてアインザックも自分の知識に照らし合わせていた。

 

(よしっ引っかかった。後は冒険者10人、ゴブリン50人くらいにしとけばいいかな。…いや待てよ、40にしてリザードマンも10人ほど入れておくか)

 実際に会わせる時は、アインズとして人数を調整しておけばいい。

 村の外で呑気に護衛をやってるゴブリンや、周辺で採れない物を交換しようとするリザードマンならば冒険者も異和感を持たないだろう。

 同時に冒険者の方も、訓練で顔を合わせて居るモックナックなど、もう直ぐ上がれる連中を中心に据えれば良いのだ。

 やがてモックナック達がルーンの武器を手に入れ、ゴブリンの案内で依頼をこなし、オリハルコンになったと知れば…。

 修行してカルネ村に行きたいと言う者や、訓練にやって来るメンツなど、話の判るゴブリンも居ると認識する者も出て来るだろう。

 

 そして重要なのは、逆もまた然りということだ。

(それはリザードマン達にも言える。出会う連中を順繰りに入れ換えておき、次にはオリハルコン冒険者をリザードマン30~50人とってやれば良いよな。元に戻した後で交易もし易いはずだ)

 人間と出会って、人間の中にも話が判る連中が居ると知れば、次第に人間社会に出て来る者も増えるだろう。

 もちろんアインズとして機会を作ったり、話題や場所を提供する必要もあるだろうが…。

 そんな風に、大前提そのものを動かして誘導してやれば、今は進まない異種族交流も上手くいきそうである。

 一つ目怪人の寓話から、トロイの木馬に逆転させると言う訳だ。

 

(なんだろう? 最初はどうでも良いと思ってた街道敷設の話が、段々と布石として面白くなって来たな)

 街道敷設の効率があがれば、アンデッドの人足が認知される。

 街道が伸びて人が来たから、異種族交流を始める。

(難しい案件だから直に確認したいと言えば、モモンとして見守っても良いよな)

 そして見守るのはモモンとしての自分!

 完璧な理由で政務を放りだせると自画自賛して、スケジュール調整と、責任者を任せたレイバーと顔を合わせる事を思いついた。

 

 アインズとして命じれば遠ざけるという事になってしまうが、レイバーから腕利きかつ異種族に偏見が無い者として、責任者から来てくれと頼まれるなら、むしろ逆だ。

 前からある、モモンの名声を徐々に変換し、アインズとしての親しみを持たせるという計画にもバッチリであるし、要請を受けて国から派遣するなら何の問題も無い。

(じゃあ、友人のアインザックから紹介してもらうのが一番だよな。どうしよっか)

 先ほどタレントの件で名前があがったから、話す理由にはなるが、そのまま街道の話題に繋がる訳ではない。

 

 なら…。

「話は変わりますが、先ほどレイバーと言う名前が出てきましたが、お二人から話を窺ったのは初めてですね。例に出すにしても他にも居られたはず。もしや魔導王がらみか異種族問題で何か?」

「ん? ああ…そうだな、街道が向こうに伸びるなら、今の話の延長と言えなくもないな」

「あいつの街道プランを推薦したんだよな。前にオレが贈った地図の話に絡んで居てな…」

 話を聞くと昔の友人で、どちらかというとラケシルに近い友人関係らしい。

 そういえば魔術師の才能が無いとか言ってたし、同門を叩きはしたが…とかだろうか?

 アインズはそんな事を考えながら、カルネ村行きの途中で紹介すると言う話を受けたのである。




捏造イベント『トリニティ・ブラッド』
 KADOKAWA感謝祭で行われた、連続コラボの一つ。
吸血鬼が無数に現われて、あちこちで騒ぎを起こすお話。
アンデッド・スレイヤーをパーティの誰も所持していないと、途中で吸血鬼を狩る吸血鬼が出現するのだとか。

 この正義の吸血鬼クースルニクは特殊な種族で、吸血鬼の血を吸うと劇的な強化がされる。
また特殊クラスであるバンパイアハンターへの転職条件、特殊効果のバンパイア・スレイヤーのデータ・クリスタルが手に入る。
悪の吸血鬼クドラクが大量発生する大規模レイドの中で、パーティに誰もアンデッド・スレイヤーを持って居ない状況で始めなければ成らないという条件はかなりキツイ。
だがアインズ・ウール・ゴウンは異形種ギルドゆえ、種族特徴で持てない者と後衛だけで造ったチームがあり、そのチームが発見したとか。

同時期に『ロードス島戦記、火竜山の魔竜』や、『風のムー大陸』、『アルスラーン戦記、ザッハーク討伐戦』、『ハレハレユカイ』、『宇宙巫女』、『ゴシックメイド』、『幼女戦記』などがあったという。
ゴシックメイドにはホワイトプリムが忙しくなっていたはずなのに帰還。何故か幼女戦記ではペロロンチーノが軍人口調に変化、ぶくぶく茶釜はハレハレユカイの時には居なかったという。

 と言う訳で
1:カルネ村周辺で、ちょっとした人数変化。
 あら不思議、初心者でも付き合い易い割合に!

2:レイバーと顔見知りになって、モモンさん(アインズ様)も街道敷設に顔出すよ!

3:ミスリルはカルネ村、オリハルコンはリザードマンの村までという認識。
 モモンはアダマンタイトだからドワーフの国へ姿消すけど仕方無いよね!

 という感じのイメージが浸透することになります。
現地に居る異種族たちの意見? そんなものを聞く必要が無いので、アインズ様は聞いておりません。
ああいう世界観だと、支配された一族は価値のある財産なので、仕方無いですよね。

追記:
新しく始めた新着報告とは、冒頭の文章が若干違っております。


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シナリオクラフト

「完全な平野は無いみたいだけど将来の目標としてなら丁度良いか」

 執務室に戻ったアインズは地図を取り出した。

 眺めながら、ああでもないこうでもないと心の中で格闘。

「森の近くだから獣くらいは出るだろうけど、このくらいなら問題無いよな」

 心はすっかり新たな街道敷設に前向きで、既存の街道を舗装し直す…という当たり前の事実を忘れさった。

 もはやカルネ村を中継地点に、リザードマンの村まで伸ばす事を前提としていたのだ。

 他のメンツが、エ・ランテルを中心に、王都や帝都に繋げる街道強化を基準にしている事を考えれば、真逆と言えるだろう。

 

「地下洞穴の調査はまあ後回しで良いや。いつかのコラボみたいに、地下に大トンネルがあったら、それはその時でっと…」

 何しろ王都や帝都への街道敷設なんて、きっとも冒険心をかきたてないため、考慮の外だったのである。

 懸念する案件も、どちらかといえばKADOKAWA感謝祭のロードス島コラボで通った、ドワーフの大トンネルくらい。

 おかげで誰かさんの胃が、多少なりとも救われたかもしれない…。

 

「あっ、そうだ。せっかくなんだしイベントを作…創らないとな」

 雀百まで踊り忘れず。というが、残滓であってもゲーム脳というのはあるものだ。

 かつての経験に従い、アインズはチュートリアルを思い出していた。

 そして幾つかの勢力の中から、適任者を思い出す。

「『伝言(メッセージ)』リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンよ、聞こえるか?」

『ははぁ。我が主アインズ様。なんなりと御命じください』

 脳裏にナーガの顔を浮かべ伝言の魔法を唱えると、たちまち返事が返って来た。

 相手の姿は見えないが、平伏してるだろうなーという、奇妙な確信が感じられる。

 

「お前は森の全てをテリトリーとし、主に西を棲み処としている…で間違いは無いな? ならば数日後に人間達が赴く事になるであろう」

『そひゃ…そやつらを、始末すればよろしいので?』

 アインズから送られた思念に驚いて居たリュラリュースは、徐々に落ち着きを取り戻しながら、出来るだけ丁寧に応えて来た。

「そうではない。人間達が通行許可を求めて来た場合、お前の欲しい物と引き換えに許可してやるが良い。…そうだな、万が一を考え、洞穴か窪地など捨てても良い場所を仮の住処とせよ」

『欲しいものと言ふと猿酒とか…へありまふか?』

 猿酒?

 聞いた事の無い単語に、アインズの心は俄然沸き立った。

 もしかしたらタブラさんやブループラネットさんは知っているかもしれないが…、実物を見るのは自分が始めてだろうと、観光を計画しているような楽しい気分になれた。

 

「お前が満足できる物ならば何でも良かろう。他にも欲しい物があれば、お前が余らせている物と交換を申し出れば良い。そこまでの要求であれば西の森の主人ということで受け取って構わん」

『ありがたき幸せ』

 リュラリュースから嬉しそうな反応が返って来る。

 西の森の主人として行動できるからか、あるいは単に酒が好きなのかもしれない。

 そういえばドラゴンやドワーフ達も、色々と目が無かったなぁ…と思い出した。

「あくまで予定だが…。その際、私か部下が居るかもしれないが、見守る以上ではないので無視して構わん。同様に、人間ではなくリザードマンになるやもしれん」

『…わはりまひた。決して御期待には背きませんぞ。わしは一層の忠誠をアインズ様に…』

 一瞬だけ、リュラリュースからブルリと震えるような反応が返って来る。

 それ以外は特に予定外の事は無く、アインズは申し分ない成果に満足して伝言を打ち切った。

 

「よし、これで一応のイベントは完成。あいつの仮の棲み処を探し出して、交渉がまとまるのを見守ればいいかな」

 カルネ村とリザードマンの村の途中にナーガの棲み処。

 そこで通行許可をもらって、通り抜けていく…。

 猿酒とか言う物を見た事は無いし、棲み処の場所自体は知らないから、今回の冒険の目標としては十分だろう。

「そうだ。欲しい物を考えておけって言っといて、誰もいかなかったら可哀想だもんな」

 もしかしたらレイバー達がそこまで辿りつけないのかもしれないので、リザードマン達の方が行くかもしれないとしておいたのだ。

 それに蛇みたいなナーガが相手なら、トカゲみたいなリザードマンは話し易いかもしれない。

 まあ、嫌がるかもしれないが、それはそれで人間の方が話が通じると思う可能性が出て来るので、どっちでも良かった。

「後は現地に行ってからのお楽しみだな…」

 アインズは同じ様にリザードマンの村やカルネ村に伝言を飛ばしつつ、遠足を待ち詫びる子供の様に、ラケシル達と約束した日々を数えた。

 

 そして、伝言を受け取ったリザードマンの村では、その解釈に悪戦苦闘していた。

「ムウ。街道トハ王都ヤ帝都ニ繋ゲルノデハナイノカ…。シカモ、アウラノ協力ヲ受ケズトハ」

 コキュートスは四つの腕を組み大いに首を傾げる。

 頭から湯気ならぬ凍気が零れ出し始めて居た。

「流石はアインズ様。僅か道一本で世界を動かされるとは。まさしく我らを導くに相応しい御方」

「ドウ言ウ事ダ、デミウルゴス?」

 相談を持ちかけた友人は、即座に偉大なる主人の考えを理解したようだ。

 下された命令の意味が判らぬ身としては、恥ずかしながら確認せざるを得ない。

「便利な街道があればドワーフ達が人間の領域に顔を出すだけでは無く、アゼルシア山脈全体がアインズ様の影響下にあることを知らしめることが出来るんだよ」

「何ヲ当然ノ事ヲ? 当タリ前ノ事デハナイノカ? 現ニ、ドラゴンドモモ…」

 デミウルゴスはニヤリと笑って、コキュートスの反論に頷いた。

 そこまでは良いのだ。

 

 だが、そこから先に展望があると言う訳である。

「良いかいコキュートス。ソレは距離を制覇できる我々の視点だ。だが、悲しいかな人間たちにはソレが理解できない。山々と距離に阻まれ、遠くに住んで居ると思う人間達は、自分が安全だと信じて居るんだよ」

「ソウ言ウ事カ。当然ノ事ヲ理解デキヌトハ、人間ハ視野ガ狭イナ」

 天然の要塞と思って居たアゼルシア山脈が、ただの地形だと判ればさぞや驚愕するだろう。

 デミウルゴスは恐怖する人間達の事を考えて、うっとりとした表情を浮かべた。

「イヤ、ソノ事ニ気ガツカナイ私モマタ…。恥ヲ承知デ再度尋ネルガ、何故、アウラヲ使ワズ街道ナノダ? 別ニ、街ヤ要塞ノ建設デモ良イノデハ?」

「君は軍人だったからね、今までは、それで良かったから問題無い。これから見地を積めば良いさ。さて…、まずはアウラに頼んではいけないというのは簡単だ」

 コキュートスが自らの未熟を嘆くと、デミウルゴスは友人のフォローに回る。

 そもそも戦闘型として創造された彼が、戦闘以外の知識を持っている訳が無い。

「現地に居る人間やリザードマンでもなんとか可能であり、彼らの忠誠や、学習効果を確認できる。つまり命じておけば管理せずとも幾らでも可能になるんだ」

「確カニ。ソシテ、私モマタ、着実ニ見聞ヲ広メラレル…ト」

 デミウルゴスの指摘で、コキュートスは自分の学習材料であることを理解した。

 仮に、アウラに命じればものの数日で済んでしまうが、何も得ることが出来きない。

 試しにやらせてみる今回の事で、実行可能だと判ればあちこちに街道を敷設する事が出来る。

 失敗して無残な結果に成ったとしても、所詮は取り替えの聞く人間・リザードマン達の損失であり、失敗すら経験値に替えることが可能だ。

 

「そういう事だね。それに…街や要塞でない理由は、その後の事を考えておいでなのだよ。街道は街より安価に出来て、利益を生む。今は奥地にある資材を前線に送ることが容易くなるだろうね」

「既ニ王国・帝国ヲ下シタ後ノ事ヲ…。何ト言ウ…ヨウヤク意味ガ判ッタゾ、デミウルゴス。感謝スル」

 とはいえ森を越え、山を越えるのは、非力な人間には難しい作業だ。

 さぞや苦労を重ね、襲ってくるモンスターに阿鼻叫喚する事だろうとデミウルゴスは微笑んだ。

 その時の光景を、自分で目にする事が出来ないのは残念でならない。

「そういえばペストーニャがこちらに呼ばれているらしい。おそらくは、既に死んでいる連中を蘇らせて、使い捨てにせよという事じゃないかな?」

 デミウルゴスは高位の神聖魔法を使えるメイド長が、人間達の学校などと言うくだらない用事で呼ばれていたことを思い出す。

 その時は何故? と思わなくもないが、そちらはついでというか、カモフラージュだったのかもしれない。

 仮に、高位の使い手が目を付けられるような事があったとしても、学校の為に移動しているのであって、蘇生や街道敷設の動きとは全く関係ないのだ。

「アインズ様の温情に露と消えるまで応え…。いや、草場に消えた後まで役に立ってくれることだろうね」

 街道敷設は広域に渡り、人足や行商によって、長期に及んで人の口に登る。

 死を超越する奇跡と共に使命を与えられ、その後も恩賞として判り易い形として伝説に残るだろう。

 その意味で今回の件は重要だと、デミウルゴスは主人の深謀遠慮に畏れいったのである。

 

 

 そして、本人も知らない内に大袈裟な事態に成った後、数日が経った。

 一足先に出発の準備を整えたアインズの元に、ラケシルがレイバーを連れてやって来る。

「これが我々の悪友レイバーだよ、モモン殿」

「悪友はないだろう。テオから紹介に預かりましたレイバーです。お目にかかり光景ですモモン殿」

「やはりラケシル殿と親しい様ですね。こちらこそよろしくお願いします。色々とお話しすることになるでしょうし、堅苦しい言葉は構いませんよ」

 二人が来たことでバックパックを背負うと、出発の準備は終わりだ。

 移動を促すと、レイバーが話題のキッカケとして軽く尋ねて来た。

「聞いたのかもしれませんが、良く古い付き合いだと判りましたね。何かコツでもあるのですか?」

「なに、迷いなく名前を呼び会っていたでしょう? アインザック殿との会話でも半々だったと思いますが…。こう言うのは、紹介された時・名乗った時の名前を引きずる物なんですよ」

 A・Bという名前で、Aと紹介されればA、Bと紹介されればBと認識。逆もまた然り。

 よほど年齢に差があったり役職で呼ばねば失礼な場合を除いて、割りと年代に差があっても、最初の紹介が引きずる物だとアインズは説明した。

 一歳・二歳の差だと、敬称を紹介されたあだ名につけたりする奇妙な現象が起きるのだと付け加えると、軽い笑いが返って来る。

「確かにそうですね。代々続く貴族の方でも、武人肌の方など将軍と呼べとおっしゃられる人もおられます」

「直接紹介されてない第三者が聞くと、格式が低い呼び方で失礼だったりするんですよね」

 

 そんな他愛のない話をしながら歩いて居ると、ラケシルが不満そうに話題に加わって来た。

「それは良いんだけどなぁ…。ナーベ殿は居られないのか? せっかくの魔法談義が出来ると思ったんだが」

「ラケシル殿が居られるので、魔術師は不要と別件に出してしまいました。同じ様な問いになりますが、アインザック殿は? やはり仕事で?」

 ナーベの話題が出はしたが、アインズとしては余計な連れが出るのが好きではなかった。

 その意味で、同じ魔法職のラケシルが居るのはありがたい。

 戦闘になるなら特化型のナーベという話になるかもしれないが、そうでないなら研究も出来るラケシルの方がより正しい選択のはずだからだ。

 だいたい、せっかくの遠足を紐付きで嬉しいはずがないではないか。

 

「私の方で聞いて居ますが、帝国の方が見えられたそうですよ? あちらの話を陛下にお伝えする任務とは別に、冒険者ギルドの件でも…」

(そういえば、そんな奴も居たな。…せめて空飛ぶ方だったらなあ。そしたら理由作って同行させるのに)

 レイバーの話でアインズは使者としてやって来た金髪の女を思い出した。

 他に用事があれば、何でもしますとでも言わんばかりの意気込みだったが…、アンデッドの身では相手させる意味も無いので、正直扱いに困る。

 今思えば道なき道の一行として、鷲馬のライダーだったら良いチョイスではなかったろうか?

 チェンジしてもらえば良かったなーとか、他愛ない思いに耽るのであった。




 というわけで、ミニ・クエストの準備会…と言う名の大事業発生。
アインズ様は遠足で猿酒とか見に行くだけのつもりなのですが、デミウルゴスがいつもの拡大解釈を始めたので、シベリア鉄道的な何かが秘密裏にスタートする感じになります。
王国・帝国・法国という概念は古い、天下の三分の一以下だよ~と言う認識がいずれ広まる事になるでしょう。


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旅の道のり

「これは参ったな」

 カルネ村までの旅の途中で、ソウルイーター同士が、細い道で立ち往生していた。

 流石にソウルイーターとはいえ、お互いの荷物を維持して上手く通り抜ける事は出来ない。

 

「エ・ランテルから来た役人なのだが、まずは私の指示に従って通行してくれ。それとは別に、雨が降っても大丈夫なよう。簡単な工事をするつもりだが…構わないかな?」

(上手いもんだな。一度、役人として上に立った後で、相手の都合を汲み取ることで、命令ではなくしてしまった)

 上に立つことで、もめる話をスムーズにまとめた。

 下手に出ることで、不満を募らせず作業を円滑に進めることが出来る。

 思えばシャルティアとアルベド、シャルティアとアウラなど…仲裁に困る場合は上に立つ者として一定の理解を示した方が早かった気がする。

 行政に慣れないアインズとしては、自分の経験と照らし合わせつつ、色んな意味で参考になる一幕だと言えた。

 

「そうして下さると助かりますだ。オラたちも急がないとは言え、こいつら借りてる立場だしよ」

「大丈夫。道を拡げて凸凹を無くすだけだ。ソウルイーターの力なら簡単に済むレベルだろう」

 田舎ゆえに急がないから貸してくれてるが、あまり時間はかけられないし、材料も無い(村人達もソウルイーターにレンタル料を払って居る)。

 だが幸いにも、小さな崖が崩れて道が細くなっていただけだ。

 丘の斜面が緩やかになる様に削って、一区間を最低限の工事を施し終了という計画が建てられた。

 

「レイバーさんのお陰で面白い物が見れそうです。これも旅のたまものというやつでしょうか」

「足りない物が多いので色々省くつもりです。その意味では恐縮ですけどね」

 レイバーが間に入って仲裁し、今後も同じことが起きない様にするため、ソウルイーターを借り受けたのだ。

 アインズは偶然にも街道作りの一環や、レイバーの手腕を見れて、ほくそ笑む。

 

「参考までにお聞きしても?」

「構いませんが?」

 丘の斜面を削るついでに、全体を一度掘り下げてから均し、脇の部分は下げたままだ。

 アインズは道を拡げるだけなのに何故、地下まで掘るかが少しだけ疑問だった。

 特に脇の低い部分は、未来都市出身だったアインズ…鈴木悟には良く判らない。

 今はモモンの姿をしている事もあり、素直に質問できるのがありがたい。

「意味は二つあります。一つは雨の時に丘から水が流れ出ても、困らない様になる側溝という仕掛けを導入します」

「速攻? なるほど、水がさっさと消えれば往来にも便利になりますね」

 二人は微妙なニュアンスの違いには気が付かなかった。

 翻訳に失敗しては居るが、ここではそう意味の差が無い。

 村人たちに聞かせる為、モモンがあえて質問してくれてるのだろうとレイバーは思い、逆にアインズはレイバーが判り易く効果を説明したのだと誤解する。

 

「それで、もう一つの役目は?」

「通行し易く馬車の負担を減らす為の、地均しですよ」

「ここに来るまで随分と苦労してたしなあ。少しは鍛えたらどうだ?」

 来る途中で気が付いたのだが、高低差が大きいとレイバーの様に旅慣れてない物は疲労が大きい。

 それに、馬車にスプリングがあるようなモノは珍しく割と壊れ易いからだ。

 そこで地面を均すことで、歩き易く馬車は壊れにくく、交通の便が良くなるということらしい。

 旧知の仲だからか、ラケシルも普段よりは魔法に関する時の様な気易さが見受けられた。

 

「歩き慣れてないのだから仕方あるまい。それに…だからこそ判る物もあるというものだ」

 レイバーは不満から逃避するように学習効果はあったと嘯いた。

「田舎道を歩かなきゃ気が付き難いもんな。…トブの森方面に限らず辺境はどこもこんなもんさ。便利だから人が通り、人が往来して道となり、町が街になって道は街道になる」

「人が作る歴史というやつですね」

 それをラケシルはスルーしながら、浪漫をアインズと共に語って行く。

 数時間の道草ではあるが、無駄な肯定ではあるまい。

 意味のある浪費で有れば、人はそれを有意義と呼ぶのだ。

 

「次に…何故、草を抜いて地面を焼いて居るのですか?」

「あれは私も知らないのですが…。テオ、何でか判るか?」

 どうもレイバーは以前の仕事で都方面の道路舗装をやっていたらしく、道を焼くと言う意味に詳しく無いらしい。

「単純な理屈だよ。新しく道にした所へ下草がなければ、草食の獣が来ないしソレを狙う肉食の獣も来ない。…それに人間の臭いがする文明の領域へ頭の良い獣なら寄って来はしないさ」

 二人の疑問にラケシルは、それほど詳しいわけではないが…と肩をすくめた。

 無論、ソウルイーターの脅威は人間の脅威を超えるので、焼くほどの必要が無いのかもしれないが…とも付け加える。

「なるほど。私たちはつい獣くらいと思うが、人々にとって獣は脅威。確かに歩いてみないと判らないものです」

「そうですね。戦闘などできない人が殆ど、ソウルイーターが導入されたのも最近ですから」

 感心するレイバーに頷きながら、アンデッドはやはり優秀だなと再確認する。

 

「こっち方面はオマケで、本当は王都や帝都方面だったのですが…」

 レイバーは少しだけ言い淀んだ後、思い直して、直ぐに言葉を続けた。

「あれだけ収穫や買い付けがあるなら、こっちを先にするのも良いですね」

 食糧が足りなくなる王都の商人と、先物取引が行われている事が計画を担保しているのを、ここにいる三人は知らないのだが…。

 焼き払われた開拓村の復興と、収穫量の増大はトブの森方面の街道整備に、一定の採算性をもたらしていた。

(こっちはオマケだったのか…。でも、自分の目で見たからだけど、あれだけ取引があるなら、やっぱりこっちも悪くないよな…)

 レイバーの話に頷きながら、アインズは自分が思いついたアイデアに流されていたのを、ようやく自覚した。

 おかげで、ここで聞いておかねばならない事があるのを、徐々に思い出して行く。

 

 丁度良い感じで質問を続けているが、モモンとして確認できる内なら何の問題も無いが、アインズとしては無理だからだ。

(そうだ。今の内に費用を確認しておかなくちゃ…。王様が気にしてたらみっともないもんな)

 こう言ってはなんだがケチというのは為政者としてよろしくない。

 威厳を保ちつつなんとか予算を抑制したい。だが安価に抑える為に理屈をこねた結果が、無用な長物では逆効果だ。

 安物買いの銭失いくらいはサラリーマンとして良く知っている。

 

「まあレイバーさんもその一環であちこちを調べられるのでしょう? 成果と予算で都方面とこちら方面を天秤に掛けて、確認して見るのも良いのではないですか」

 懐と性能、双方の丁度良い範囲で探らねばなるまい。

 多少苦しいが、レイバーの話にこじつけて、費用を比べてみないかと提案することにした。

「費用か…。こちらは地均しだけでも良いですが、都方面は舗装もするからどうしても金が掛る。とはいえ効果が大きく、陛下や他国に見せても恥ずかしく無いのは都側…」

 いや、俺に遠慮しなくて良いから。

 そう思いつつも、恥ずかしい物だと困るよなと奇妙なジレンマで葛藤している自分が居る。

 アンデッドの成果を出し安価で、冒険にも使い易いのはこちら側。

 とはいえ、一目は百聞に勝ると言う。

 だが、アインズ・ウール・ゴウンを誇り、他国…いやギルドの仲間が見て居るとして、宣伝できるのは王都側なのだ。

 

 レイバーに全て任せるか? それとも、モモンとして口を出すべきか?

 どうしたものかと、出口の無い答えに陥ってしまう。

 だがそんな時、つい先ほどの光景が思い出された。

 あの立ち往生の時、レイバーはどうしていた? その光景を見ながら、自分は何に例えて居た? 

 

(そうだ、そんな時は王として考えアインズが動けばいい)

 似たようなことを、つい最近になって理解した所だ。

 必要な結果を導く為に、モモンとして口を出した方が良いなら口を出し、アインズの命令の方がよければ王として後から修正すれば良い。

 前提条件自体を動かして、分母と分子を入れ換える大嘘を吐けば良いだけの話だ!

(じゃあどうすべきなんだ? 恰好の良い場所を絶対に一か所は必要だよな。そこへ人を案内する。いわば魔導国としての街道モデルケースだ)

 鈴木悟であった頃の知識を総動員し、営業マンの扱う商品として捉え直す。

 いいぞ、これなら問題は無い。

 アインズはようやく出口が見え始めて来た事を理解する。

 

 ならば後は、レイバーが口出しをしても良い様に、駄目ならその前に修正する。

(そして他は…、安価ですませればいい。こっちはアンデッドの人足をアピールする場所だ。だから地均しが誰でも、簡単に済むぞ、と見せてやれば良いんじゃないか? 今こうしてるみたいに)

 やはり道を均すだけなら、それほど金が必要ないと言う話も魅力的だった。

 そして畑仕事や街道敷設に関して、サンプルという名の理論で武装する。

 

 見れば牛馬には不可能なレベルの怪力で、ソウルイーターは穴掘りを済ませて居た。

 そもそも、農夫たちは借り受けて何をするかを聞いて、少しも反対しなかったじゃないか。

 百聞は一見にしかずというが、彼らは簡単に済む…重機レベルだと、知っていたからに他ならない。

(うん、やっぱりモデルケース戦略は有効だな。アンデッドの農夫と人足…良い感じじゃないか。これなら商売の松竹梅に通じる。見栄えの松、主力商品の竹、最後に魔導国との交流が梅だ)

 実際の松竹梅なんか見た事無いけど…。

 アインズはそう笑いながら、散々叩き込まれた商売人としての基本を思い出した。

 三つあれば人は無難に真中を選び、それはそれとして見栄えを気にする者や、最低限で済ませたい者の為に段階がある方が良い。

 そして最低限の交流ですら、魔導国にとっては成果なのだ。

 

 理論が完成した段階でマインドセットで思考を元に戻す。

(完璧かはともかくとして、これなら問題無い。後はどっちで切り出すか、いつ口にするかだ)

 悩んで居るなら放置し、こちらのアイデアと同じ事を考えて居るなら、やはり放置しても良い。

 アインズとしての利益と名誉はアインズの命令で、アインズに相応しくないことはモモンで口にする。

 例えばデータを取るために、一区画だけは完全に仕上げて見ろと命令すれば良い。

 高額になる場合は、安く抑えようと言う提案だけモモンとしてすれば良いはずだ。

 あるいは、少しでも長く街道を敷設したいから、少しでも早く敷設したいから、地均しを先にと命令しても良いだろう。

 

(OK。後は流れに任せて、冒険を愉しむとするか!)

 悩みを自己解決したアインズは、早ければ明日にでも辿りつくカルネ村と、森での冒険を夢見る。

 だが、意外な事に村で歓待され、冒険譚を強請られると言う行程を、二度・三度と受けて苦笑する事になった。

「意外に時間が掛りましたね」

「あれほどの歓待と羨望を受けるとは…流石モモン殿」

「まあ仕方無いさ。村ってのは森の海に浮かぶ孤島みたいなもんだ。冬場なんかロクな娯楽が無いから、旅芸人を呼んだりするしな」

 そんな風に道草を食いながら、笑って道を進んで行く。

 

 それはこの道で、今後百年、二百年と続いて行く光景なのだろうか…。




 と言う訳で、街道に関する基本案件が完成。
後はカルネ村で何人か増えた後、簡単な冒険となります。
他国から見たら、どう見ても戦略道路とか、鉄道みたいなもんで、プレゼンテーションと言うより、デモンストレーションですが…。
まあこの場に居るメンツは気がつかないでしょうし、気が付くデミウルゴスは判っていて愉しんで居るかと。


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旅路の終わりに

「ん? あれはなんだ」

「何か来たのか? 遠見の……いや、いいか」

 アインズが遠くの土煙を確認したが、差し迫ってなさそうなのでラケシルは<視覚拡大>の魔術行使を止めた。

 危険なら身構えるだろうし、一度唱え始めると、他所から別の対象が迫って来ると対処できないからだ。

 代わりに森の脇道が無いかを確認する事で、パーティとして備える。

 

「荷馬車か。…それにゴンド?」

「おお、レイバーにラケシルか。ここで会えるとは丁度良かった。モモン殿も久しぶりじゃの」

「何かあったのか?」

 アインズが告げたのはドワーフのゴンド達が操る荷馬車群だ。

 カルネ村で会うつもりだったので、こちらとしては驚いてしまう。

 

(確かゴンドに正体はバラして無いって話だよな。適当に相槌を打っておくとして、何があったんだろ。ルプスレギナからは何も言ってこないけど…)

 驚きではあるが、見慣れ無い荷馬車にワクワク感を覚える。

 何しろ先頭の車両には銅張りの板が張ってあり、それなりの防備が見えたからだ。

 無論、モモンならばソウルイーターごと叩き斬るのは容易いが、熊やゴブリンくらいならば中で弓を構えるだけで対処出来るだろう。

 こういった物に興味を抱くのは、男の子として仕方ない面もある。

(それに何時の間に仲良くなったんだ? いやレイバーの紹介はしたけど…)

 まあラケシルの事だ、来たと話を聞きつけてマジックアイテム談義に花を咲かせたとは思う。

 ゴンドの持っているマントなど、垂涎の的だったはずだ。

 そして、町に住む彼らや自分に声を掛けたと言う事は、村で何かあったはずなのだが…。

 

「こちらの客人が大怪我をしておってな。町の治療師に診せようと急いでおったんじゃ。…後ろの連中が、この荷馬車を試したいと言うのもあったがの」

「…申し訳ない。迷惑を掛ける」

「はははっ! ええじゃろうが、せっかくワシらが改良して、性能が上がってるおる! この荷馬車そのものが商品じゃからの!」

 ゴンドが後ろを指差すと、相当な怪我を負ったリザードマンと、見慣れぬドワーフ数人が顔を出した。

 特に後者、ドワーフの顔を見分けられないが、それでもルーン工匠くらいは判っていたつもりなのだが…。

 

「そういう事じゃなかろうが。載せて行く事じゃなく…」

「ええじゃないかええじゃないか。ガハハ!」

(話を聞かねー。というか、怪我人くらいはルプスレギナで何とかなるはずだけど…)

 そう思いながらも、新顔のドワーフであること、ルーン工匠では無さそうなこと。

 それらのことから、ルプスレギナに出している保護命令の範疇では無いことだから理解はできる。

 おそらくは、魔力がどうのとか、不在だった事にして様子を見て居るのだろう。

 もし、また危険が起きているなどの問題が発生したのであれば、今度こそ、連絡か伝令の一つも来るはずだからだ。

 

「すまないが、こちらでは話が見えない。順を追って説明を頂けるだろうか?」

「おお、そうじゃったの。おぬしらには区別つかんとおもうが、このリザードマンはカルネ村に居た連中では無くての、もっと北から三日ほどの急行軍で旅をしてきたそうなんじゃ。で、慣れぬ森で大怪我を負ったと」

「西の森の主には、願いを叶えるから通してくれると言われたのですが…。徹夜で突破し注意力が落ちた原因だったようです」

 どうやら森を抜けるまでに獣や、野良のゴブリンか何かに襲われたらしい。

 あるいは、命令の区別がつかない手下に襲われた可能性もあるが…。

 まあ、そのレベルの相手を撃退して倒してしまっても、お互い様で問題は無いだろう。

 

「そこでワシらが改良した荷馬車のテストと、魔導国への貢献も兼ねて、町まで運ぼうと言うんじゃ。なに、礼は酒でええぞ!」

(商魂たくましいな…。いや、酒に意地汚いというべきか)

 とは言いつつも、ガッツのある商売人は嫌いでは無い。

 鈴木・悟であったころは、そう言った営業マンと丁々発止の駆け引きをしたり、あるいは意気投合して企画を練った物だ。

「そういう事ですか…。それならば腕効きの治療師を紹介しましょう。流石に手足の欠損であれば、陛下の旗下にお願いをせねばならぬでしょうが」

「む…確か陛下の所に、そんな術者が居るとも聞いたな。治る光景を見たいものだが」

「お構いなく。この通り…怪我こそ、負ってますがね」

 レイバーの子場にラケシルが興味深そうな顔で見つめるが、リザードマンは五体満足な所を見せた。

 確かに大怪我ではあるが、バレアレ印の治療薬で一命を取り留めるレベルだ。

 おそらくは、ルプスレギナも大事ないから放置したのだろうとアインズは理解する。

 

「ああそうだ。この先の道で軽く補修をしたから、見ておいてくれると助かります。ドワーフ製の通路の知識を織り込んでは見ましたが」

「おお! この間に話したやつじゃの! 了解じゃ。こちらも村で試してみたから見ておくと良い」

(やっぱり仲良くなってるな。…というか、道路の知識のほかにルーン技術を試す材料にしたのか? 費用は上がるだろうけど、面白そうだな)

 レイバーとゴンドのやり取りをみながら、アインズはまだ見ぬ技術に夢を馳せる。

 ユグドラシルにおける有名人に、道マスターというのが居て、一定ヘクスごとに転移先を記したという帳面を作った豪の者も居るくらいだ。

 駆け出しの頃に聞いた時は意味を疑った物だが、トレジャーハントや鉱石スポーンでの効率UPを知ってからは、良く利用させてもらった物である。

 

「ところで、後ろの車列にある荷台にあるのは?」

「おお、見てくれたか! あれこそ自慢の小形カタパルトよ。実用化の暁には、故郷とリザードマンの村を自分達だけで移動できる…と思うておる!」

「そうじゃそうじゃ。この銅張り装甲もその為でな、流石に大型生物は駄目じゃが、素材の質さえ上がればなんとでも!」

「それはもっともじゃが、量産するならミスリルなんぞ使えぬわ!」

 一つ聞くと、次から次へとマシンガントークが飛び出て来る。

 流石に辟易(へきえき)して来るが、ドワーフの国とリザードマンの村が普通に往復できるなら良い事だろう。

 それに浮遊戦車や天使のメルカバほど物騒ではないが、浪漫を書きたてるなぁ…とアインズはユグドラシルを思い出していた。

 

 当然のことであるが、古代戦車という物を知らないことは幸せである。

 こんな物を量産すると他国の連中が知れば、きっと胃か髪の毛のピンチになるに違いない。

「なら治療師や納入先の紹介をしますし、私と実戦練習でもしてみますか? 大型生物だと思っていただければ十分です」

「おお、それは願っても無い事じゃ! 怪我人はゴンドに運んでもらうとして、わしらは試すか!」

「…そうじゃの。ワシは先に行っておるぞ」

 興味を覚えたアインズは、ペストーニャを呼び寄せて居たことを思い出した。

 懐から紙を取り出し、紹介先を書きつけるとゴンドに手渡す。

 そうすると、この技術者たちの横槍に迷惑していたらしいゴンドは、苦笑しながら手紙を受け取ってリザードマンを運んで行った。

 なお一同の預かり知らぬことではあるが、一連の事態に、ルプスレギナは街道敷設に関するアインズの深謀遠慮の一環であると思って居るそうな。

 

 一同は軽く話しあった後、街道を外れて荒野で戦うことにした。

 戦えないレイバーは審判役と、最大移動距離を把握する役。

 荷車に対し、最初にアインズだけで、暫くしてラケシルが増援として加わるという感じで襲いかかることになった。

 もっともアインズはともかく、ラケシルではソウルイーターに叶わないので、あくまで援護役ということになるが。

 まあ、状況を固定せず、場面をいろいろ見れると言う意味では良いのかもしれない。

 面白そうだから戦ってみたいという以上の意味は無いが、走り回ることで荷車の耐久性は示せるだろう。

 

「そんなに重そうな鎧を着て、近づけると……。なんじゃソレは!?」

「ゲェー! 回避じゃ回避―!」

(へえ、意外に冷静だなあ)

 アインズは丘を降るかのように、荒野を疾走する。

 徒歩とは思えない速度に、二台の荷馬車に乗ったドワーフ達は大慌てで迂回軌道に入った。

 その様子に自信満々だった先ほどの姿は窺えない。

(そういえば、大型生物には苦労してるって言うか、ドワーフもクアゴアも下から数えた方が早いって言ってたっけな。ちょっと失敗したかも)

 苦戦したことのない冒険者の中には慢心する者も多いが、流石に弱さを自覚しているこのドワーフたちは一味違う。

 恐るべきアインズの速度を見た瞬間に、判断を切り替えたのだ。

 愚かであればもう少し近寄った所を『本気で』急接近した所だが、ここで全力を出すのはまずい。

 

 もっと幅を拡げられて近寄れなくなってしまう。今はまだ全力疾走は取っておくことにしよう。

 距離と言う天然の要塞は、当たる位置に居なければ良いという究極の防御を成立させている。

 いかにアインズが無敵を誇り、モモンとしての姿だけでも無双できるとしても、こればかりは仕方無い。

 

(ということは暫く、追い駆けっこを演じて見せないとな)

 アインズは砲弾変わりの大岩を交わすため、ジグザグに走りながら仮想戦場を斜めにひた走る。

 狙いは崖がある扱いで移動できない場所を抑える形で、追い込む為だ。

 岩など避ける必要も無いが、一端速度を落として見せないと、後々奇襲する時に距離を詰められない。

 限界速度や持久力があると見せ掛けつつ、型の上ではクレバーに追い込み始めた。

 

「なんて奴じゃ。これがアダマンタイト冒険者とやらの実力か」

「感心してる場合か。アレを使うぞい」

(布の包み?)

 次に飛んで来たのは、布で包まれた小粒な石だ。

 途中でハラリと解け、ばらばらと小粒な石が落ちて来る。

 片方だけならそれでも避けられるが、両方が合わせて来るとそろそろ難しい。

(まあ無効化出来るんだけど…。何も受けてないと悪いしな…。少しは喰らってるフリでもするか)

 アインズは片手を上げて兜の目線を隠し、せめて目に入らない様に…というポーズを作った。

 そして僅かに速度を落としたり、『当たらない為に思い切って走り抜けて居る』かの様なポーズを取って見せた。

 

「ラケシル殿、出番だ。私の防御は良い」

「心得た! そろそろこっちも出ようかと思って居たんだ」

 アインズが合図すると、増援としてラケシルが出場。

 むしろ足手まといだが、アインズの方が無敵過ぎるので、弱みを作って見せないとドワーフも動いてこない。

「まずは自分に<鎧化>、…そして、モモン殿に<加速>だ!」

「なるほど! 魔術師の長というのは伊達では無いな!」

 まあ効かないんだけどな…。

 とは思いつつも、せっかくなのでラケシルの魔法が聞いて居るフリをして急加速を掛けた。

 思えば尋常でない速度や持久力を素で出しても引かれるだけだろう。

 そう意味ではラケシルはモモンの名声を守ったのかもしれないが、アインズはその事には気が付かず、攻撃魔法よりも戦況に合わせたバフ系魔法を使いこなす手並みに感心する。

 

 常に地形を把握していたことと、急加速によって一台目のソウルイーターに斬撃を浴びせる。

「ぬわっ! 追いつかれてしもうた。これが最後の一撃じゃ! おぬしは生き残ってくれよ」

「任せておけ! 荷馬車で儲けたら、お前に酒を奢ってやるわい!」

 と言いつつ、アインズが庇うのを計算して、ラケシルを狙うあたりが実に良い根性してる。

 人間の中にはフェアプレーとか言って、効きもしない攻撃を相手のエースに仕掛ける冒険者も居るが、その点においてこのドワーフ達は狡猾だった。

(…自分で言い出してなんだけど、こんな練習止めとけば良かったかな。いや、異なる価値観を知れて良かったと思っておこうか)

 こういう価値観の違う連中を一緒にさせて冒険をしたら、実に面白いことになるだろう。

 少なくとも自分の常識だけに従って、知らない種族と交渉を始めることは無いだろう。

 できれば多数の国、二種三種の種族が、一緒になって冒険を行っている姿を見て見たかった。

 それこそが、ユグドラシルでも見ることが出来なかった、真の異種族間交流であろう。

 

「ここは私が防ぐ、ラケシル殿は怪我させない程度にもう一台を頼む!」

「その怪我をさせないってのが難しいんだけどな!」

 アインズは剣で大岩を弾きつつ、小岩を鎧の厚みで弾いた。

 その間に残り一台の馬車は遠のいていくが、ラケシルの <電撃>が追いかける。

 銅板で吹き散らされてしまうが、この場は丁度良かった。

 中に居るドワーフ達には怪我を負わせず、車体や…車軸にダメージを与えたからだ。

 

 結局、その場で止まりこそしなかったが、ガクガクと目に見えて動きが悪くなった。

 調子を心配して速度を緩めた所を、アインズが追いついてソウルイーターに切りつけて終戦となる。

「いやー。捕まってしまったわい。じゃが、これでその辺の獣には問題無いと判ったぞ! 更なる改良をして…」

「しかしのう、ソウルイーターに引っ張ってもらうのを基準にしてはいかんじゃろ。せめて馬かロバでないと」

(アダマンタイトの威厳を保つんならこんなものかな。でも思ったより面白かった…)

 アインズはユグドラシルであった、色んなイベントを思い出していた。

 特殊なアイテムを使ったバスケットやサッカー、補助魔法の方が重要な各種プレイ。

 戦闘力だけでは倒しきれないチームが居たりして、散々頭を使った物である。

 

「いやいや、現状でも十分に使えると思う。少なくともコレを壁にするだけでも、隊商なんかは助かると思わないかモモン殿?」

「まあ費用次第ですけど…。ソウルイーター込みでレンタルにしたら、借りる者も多いでしょうね」

「そうか! 今夜の酒は美味そうじゃのう」

「なんじゃ、おぬし毎晩そう言っておるではないか。ガハハ!」

 常識人のラケシルが実用的だと語ると、アインズはこれもアンデッドの普及に使えるかな? と首を傾げる。

 とはいえこれで練習終了である。

 あくまでも自分本位なドワーフ達の酒談議に、笑いながらカルネ村に移動する事にした。

 

 やがて、荷馬車の調子を見ながら、一同はゆっくり村に辿りつく。

 驚いたのは、町に向かったはずのゴンドが急いで戻ってきた事。

 そして…。

「私は帝国騎士のレイナース・ロックブルズと申します。こちらに怪我人が居られると言う事で窺わせていただきました」

 予期せぬ来訪者を伴って居たことである。




 リザードマンが急行して死にそうになってるのと(神託に等しいので完徹三日)、ドワーフが売り込みに来たので魔導国にボクヨユウ自動車が実装されそうです。
 街道整備後はきっと平和な交易のために頑張ってくれることでしょう。ボクヨユウ戦争なんか起きないと思います!
 それと、次回に森で冒険して終わり…なのですが、回復系が居ないので、レイナースさんがパーティに加わります。
 小さき爪の元族長(レンジャー)・レイナースさん(プリースト)・ラケシル(メイジ)で、ゴンド(クラフトマン)が資材調達・レイバー(ロードメイカー)が測量するまで時間稼ぎしつつ、冒険をする感じ。

 後の数行で予定通りのコメントをアインズ様が口にして街道編と共に終了に成ります。
その後に現地産メイド物とかするかもしれませんが、構想とか固まったら…になる予定です。


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道路は続くよ何処までも(前篇)

「知謀の王…」

 森の中から一行を観察していたルプスレギナ・ベータは、あまりの事態に畏れおののいて居た。

 金髪の女騎士に見覚えが有り、それが帝国の重要人物の一人と知っていたからだ。

 政策にこそ関わりはしないが、皇帝の身辺に侍る者だという。

 

「デミウルゴス様から聞いた時はまさかと思ったすけど、本当に道一本で世界を動かされてしまったっす…」

 リザードマンの探究者が来訪。

 ドワーフ技術者たちの奮起。

 行政官が街道敷設を夢見る。

 

 そして、帝国騎士がそれらをつぶさに皇帝へ報告するだろう。

 仮に皇帝が属国化を中止しようとしても、即座に戦力が帝国中を駆け巡る。

 逆に、忠実に従い続ける限り、近隣諸国を支配することになる魔導国の物資が、要望があれば届けられるのだ。

 確かに魔法の様な即時性こそないが、街道には魔力の様な限りが無い。さらに街建設と違って、活気の途切れで寂れもしない。

 欲望と恐怖が突き動かす限り、いや、王が必要だと言えば幾らでも使い道が生じるのである。

 

「ともあれここは顔見知りが姿を見せない方が良いっすね。ちょうど回復魔法が使えるそうだし、様子を見るっすよ」

 もしかしたら偉大なる支配者にして、知謀の王のこと、そこまで想定済みだったのかもしれない。

 そう思って、ルプスレギナはアインズにだけ判る合図を送った後で、出来るだけ遠くまで移動するのであった。

 

 偵察という理由で先行したアインズはソレを確認。

 有りもしない誤解を部下達がしているとは知らず、ホっとしていた。

(やっぱり遠足に保護者同伴ってのは面白くないしなー)

 内心は部下達の思いとは、百八十度真逆。

 久しぶりに冒険者として愉しむことを重視していた。

 

 カルネ村に常駐する連絡役でもあるルプスレギナに、あれこれ注釈されても困る。

(猿酒とか他の通行アイテムを既に聞いてて、探し出してるかもしれないし。それじゃ愉しみが半減だ)

 こう言ってはなんだが、今の同行者が知っているのは良い。

 ソレを聞き出すのも、ついでに苦労話を聞くのも楽しい思い出になるイベントだ。

 だがしかし、部下から全部聞き出し、アイテムを渡すと言うのでは、ただの知識と経過のやり取りに過ぎなくなってしまう

 

 その意味では、ルプスレギナが一度下がってくれたのはありがたい。

(こっちから何か言うとツッコミが入る可能性があるからなー。ピポグリフ乗りの方が良かったけど、さっきの騎士が来てくれてよかったな)

 ルプスレギナをナザリックでの接待に出したのはアインズも覚えて居たから、彼女が遠慮した事だけは流石に一致する。

 レイナースなど関心が無かったが、ささやかな役に立ってくれたことに満足を覚えた。

 

 見れば一同に混ざって談義中で、何か便宜でも頼んで居るのかもしれない。

 せめてもの御礼に、話題が終わるまで邪魔すまいと、微笑ましい気持ちで斥候の真似を続けるのであった。

「なるほど、ゴンド殿と街で出会ったのか」

「はい、私の求めている情報が治癒魔法に関する事でしたので、偶然とは言いかねますが…」

「魔法の情報とは面白い。こっちで調べられたら伝えるし、余裕のある時にでも良いから、ゆっくり聞かせて欲しいところだな」

 レイバー達はレイナースからカルネ村にやってきた理由を聞き出していた。

 とはいえ言い難いプライベートに関わる事だと思ったので、ラケシルは話す気になるまで放っておく。

 

 もし、ラケシルが魔法の情報よりも女心に興味があれば、いつでもウェルカムな彼女の心理を窺えただろう…。

 何しろ帝国では周知の事実、レイナースの方に隠す理由など無かったのであるから。

 

 そんなこんなで話し込んで居ると、モモン…アインズが興味深そうに地面を眺めて居た。

 ややあってしゃがみこむと、熱心に確認している。

「何があったんですかね?」

「先ほど最初にスレ違った時に伝えたルーンを見付けたんじゃろう。丁度そのくらいのはずじゃ」

「おっ、気になってたんだよな。ちょっと行って来る!」

 レイバーの質問にゴンドが答えると、ラケシルは年甲斐も無くダッシュ。

 誰かさんの『実はですね』攻撃をスルーしつつ、刻まれたルーンに猛接近した。

 

 過程の話であるが、レイナースとラケシル、どちらかに相手の事を思いやる気持ちがあれば、二人は魔法談義で盛り上がれる関係に成っていたかもしれない。

 それに何の意味があるのかは別にして、魔導国と帝国の間で草の根の交流が生まれ、某皇帝陛下の胃と髪の毛に優しい未来が待って居たことだろう。

 

 とはいえ、それはあり得ない未来であり、ここでは関係ない話である。

 ラケシルが近付くと、確かに奇妙な紋章が鈍く輝いて居た。

「確かにルーンだが…。何の効果があるんだ?」

「ええ。一文字だけで、続く文字も隠されて無いようなのですよね。レンジャーの専門家でも呼ぶか、やはり本職のゴンドに聞くしかないでしょう」

 二人は難しい顔をして魔法談義を開始する。

 元々がデータ収集には熱心だったアインズである、どんな意味があるのか、自分が使いこなすとしたら…と何パターンも考慮してみた。

 だが、右から見ても左から見ても、地面を撫でてみても替わりは無い。

 強いて言うなら、その道が火山灰やら何やらを混ぜ込んだ、いわばコンクリートに近い性質だと言うくらいだ。

 

 だがいくら考えても答えが出ない。

 首をひねって意地を通している間に、残りの連中が来てしまった。

「単体でいくら考えても無駄じゃぞ? そいつは試作道路のついでに、ルーンの組み合わせを試すだけのモノじゃからな」

「こいつは一本取られた。意味の無い物に意味なんか見付けられはしないよな」

「ということは光るだけのモノ? ふむ……」

 ゴンドの言い分に苦笑するラケシルであるが、アインズの方は別の見方をする。

 組み合わせを試すと言うからには、別のルーンと組み合わせるはずだ。

 そして刻印コストが安くなるのであれば複合で、無理ならば周囲の『硬化』などの単独で機能する他のルーンを試すだろう。

 

 まず、ここに単体で存在する物は『光る』というルーンで、対象とした文字が光る。

 それだけでも道路標識にはなるが、『投射する』という文字があるならば、道路標識が空に浮かんで見えるだろう。

 そして、『投射する』と『軽量化』を組み合わせれば、道路の上を通る馬車は荷重が随分と楽になるはずだ。

 

 鈴木・悟が営業マンだったから思うのかもしれないが、ソレは兵士や冒険者の強化などより、よほど国の役に立つように思われた。

 そして、レイバーもゴンドからルーンの組み合わせを簡単に聞いて居るのだろう、納得した表情で頷いて居る。

「なるほど、現地で見ないと判らない、当事者にしか判らないモノもあるとはこのことですね」

「確かにそうですね。こればかりは街に居ても判らない」

「二人で何を納得してんだよ。こちとらルーンについては詳しく無いんだ。どんな効果があるかくらい教えてくれたって良いだろうに」

 見合わせて居た顔を同時に苦笑に切り換える。

 普段は冷静なラケシルも、魔法や魔法の品に関しては目が無い。

 こう言う時は手が掛ると、諦めて説明するのであった。

 

 そして一同は、カルネ村で待つリザードマンの探索者たちを訪れる。

 負傷者をレイナースが治療しつつ、同時に、森の件に関して尋ねる為である。

 アインズはともかく、他のメンツには関わりない話ではあったが、せっかくだからと話を聞くことになったのだ。

 

 まずは元小さき牙の部族族長で、今は探索隊の長と名乗るリザードマンが順を追って説明を始める。

 区別が付き難い種族であるが、彼は小柄な割りに非常に引き締まった体をしているので、判り易いというのも会話が弾む一因であった。

「我々リザードマンは森の北部に住んで居ましたが、五つの部族が統合されたことで、食糧や資材の供給に困っていました。そこに魔導王陛下の神託が下ったのです」

「なるほど…。森へ採りに行け、そして人間と交流せよか」

 リザードマンと会った事もあり、事情の判るゴンドが口にした言葉を、元族長…探索の長が頷いた。

 

(神託って何? というかこの忠誠心…何時の間にこんな事になってんの?)

 その神妙で重々しいやり取りに、アインズは思わずドン引きしかけた。

 だが、強制ではなく心の底から信じて居る風な様子に、少しだけ考えを改める。

(もしかしてコキュートスが頑張ったのかなぁ。この短期間に慕われるなんて、随分と成長したじゃないか)

 そう思うと思わず存在しない頬が緩むアインズだが、彼は自分の言葉の重みを理解していなかった。

 

 アインズにしてみれば人間側から行かないかもしれないから、リザードマン側からもアプローチがあれば良いよね。

 …くらいのつもりであったのだが、支配された諸部族からすれば重みが異なる。

 ましてその為に、本来はありえぬ蘇生…それもペストーニャによる負担の軽い上級の蘇生であったとすれば、強制でなかったとしても行かざるを得まい。

 

 それで何も得られないならば不満も出ようが、リザードマンに取って食料や資材の供給地が出来るのは素晴らしい事である。

 これまで、陰では緩やかに飼殺しにされることを嘆いて居た者も居たが…。

 森という秘境の探索であれば、自ら切り拓いたと言えるのも大きかった。その意味ではまさに神の与えた試練と言えなくもない。

 何しろアインズはそんな事を少しも考えておらず、自ら勝ち取った成果と言えるのだから。

 そして今回、忠誠心と自らの克己心を示す為に、不眠不休で森を三日で駆け抜けたそうである。

 アインズならずとも呆れる急行軍であるが、ゴンドが同じ様な忠誠心を密かに抱えて居たことで、仲立ちにより奇妙な整合性を見せて居た。

 

「紆余曲折を得て、森の西部を支配する蛇の様な魔物が、猿酒なる物と引き換えに通行を許可してくれると言っていました。採取に関しても、定期的に幾つかの物を納めれば良いと」

「猿酒…? 聞いたことが無いのう。酒好きとして知られるドワーフに聞いてはみるが…」

 信じられません…と不思議そうな面持ちで、次々と為し遂げた成功を語るリザードマンと、首を傾げるゴンド。

 

(あら、そんなに簡単に行くものかしら…もしかして…)

 レイナースは不自然さからなんとなくアインズの手引を感じたものの、魔導王が忠誠を誓う者に恩寵を授けると聞いて、心の高鳴りが抑えられなかった。

 蘇生が可能なだけでなく、試練に対する為に上位の蘇生を行うなど信じられない上級魔法だ。

(口に出さない方が良いわね。迂闊に口出しして、不信感を抱かせたら計画を邪魔してしまうわ。その恩寵を絶対に私も掴んでみせる!)

 これほど凄いのであれば、自身を蝕む呪いなどひとたまりも無いに違いあるまい。

 なお、ナザリックにとっては割りと簡単なので、今すぐ口にしてちょっと試してみたいと思わせれば済むのであるが…。

 

 いずれにせよ、こうしてアインズの知らない所で忠誠心の天井突破が伝染した。

 ゴンドに続いてレイナースまで会話の修正に加わったことで、物語は加速度的に冒険へと向かって行く。

「おそらく冒険者ギルドに持ち込んでも成立する依頼だと思われますが、私達で見付け出すと言うのはどうでしょう? 迂闊な者に任せると、温厚な魔物なのに退治すると言い出しかねません」

 レイナースはこれで、ジルクニフへの恩義は恩義として確かに持っている。

 信じない者も居るが、優先順位として一番で無いだけだ。

 国を出奔せずに済む今回の様な機会をずっと待ち続けて居たと言っても良い。

 その辺の冒険者に渡して、魔剣や鎧などの報酬にされてはたまった物では無い。

 千載一隅のこのチャンス、逃す気は無かった。

 

 皇帝に仕えて来た知識をフル回転させて提案すると、案の定ではあるが、ゴンドの他にリザードマン達も乗ってきた。

「陛下は一度結んだ『約』を曲げる方ではない。それだけに悪さをせん魔物を勝手に退治したらどうなるか判らんの」

「それは困りますね。私たちリザードマンとしても、話の判る者と信義を結びたい」

 彼らも自分の目的と、アインズへの忠誠を両立させていると言う意味では、同志と言えるのかもしれない。

 顔を見合わせて、この場のメンバーで解決しようと言う空気が拡がって行く。

 少なくとも、今のメンバーの中には、迂闊に荒事を起こす様な者はいないのだから。

 

「言われてみると確かに頭の痛い問題だからな。実力だけなら送り出せるパーティは居るんだが…」

「ならば受けるのも良いのではないですか?」

 ラケシルが苦い顔をした時、アインズはここぞとばかりに話へ乗ることにした。

 迂闊に街に戻ってしまっては、せっかくの遠足が打ち切りになりかねない。

「表に出る名誉などなくとも、困っている人を助けるのは当たり前。それに手続き上の問題ならば、レイバー殿の護衛という形を継続すればいい」

「そう言えば街道敷設用の調査が名目でしたね。私の方は問題ありませんよ。こちらに伸ばす事が本決まりになれば、まさに、いつか通る道です」

 街に縛りつけられた形のモモンを、レイバーの護衛という名目で連れ出す格好になっていた。

 魔導国としても、モモンの名声を上げずに、国民に協力するのは良いこといだ。

 

 戦闘力の無いレイバーが引き受けることで、気分だけなら引き受けたかったラケシルも折れる。

「レイバー…良いのか? お前が良いと言うなら俺は構わんが、これではプルトンに叱られてしまうな」

「大丈夫さ。私は皆で守ってくれるんだろ?」

「そうですわね。アダマンタイトであるモモン殿が専属で守り、我々で無理なら交代というのはいかがでしょうか?」

 心配するラケシルにレイバーが冗談めかすと、レイナースが口添えという形で、さりげなく貢献出来る立ち位置からパージする。

 できれば自分で成果を上げ、役に立ったと報告して欲しいのだ。

 

「ならワシも着いて行くことにしよう。面白い素材が見つかるかもしれんし、動かない場合限定で、イザとなればレイバーを一緒に隠すくらいはできる」

「私にも問題無い。一人守るのも、二人守るのも同じだからな」

 ここでゴンドが身隠しのマントの説明をすると、おおよその話は決まって行った。

 アインズとしても自分の配下を相手に戦う気は無いし、丁度良いなーと提案を受け入れることにした。

 貢献争いからは押し出された形だが、目下の者が上としてこちらを立てたなら言う事も無いだろう。

 これがイグヴァルジのように、余計な口を挟んだあげくに邪魔をしようとするなら話は別だが…。

 

 アインズは余計な口を挟まれない内に、イニシアティブを取ることにした。

 役に立ったとか立たないとかどうでも良いが、ナザリックの位置を偶然悟る様な状況を作らない為だ。

「では前提条件の確認として、そちらをリザードマンの探索長と呼ばせてもらおう。そしてレイバーもあえて街の行政官と呼ぶ」

「了解した。依頼を持ち込むのと同時に、立場の擦り合わせをすれば良いのですね?」

「なるほど…。ということは、私はリザードマン全体の臨時代表と…。判りました」

 アインズの提案に対し、自分の立ち位置が決まっているレイバーは快諾。

 彼と違ってリザードマンの方は戸惑ったようだが、それでも元は部族の長である。

 言わんとする事を察して、部族からの意見を主張すると約束してくれた。

 

「我々は依頼として話し合うが…、二人は部族として役人として譲れない線。あるいはできれば要請したい事を修正提案してくれ」

「いや、我々は陛下の神託を受け、なんとしても…」

「陛下の指示は確実に交易することじゃろ? 別に何でも受け入れろではあるまい」

 思わず口に出した探索長だが、そこへ脇から仲介が入った。

 ゴンドが噛み砕いて説明してくれたことに、アインズは軽く会釈の様な形で礼を示す。

 

「我々冒険者としても、他種族から見てでは考えられない常識、人では考えられない付き合い方があっても困る。今の内に慣れておかないとな」

「そういう意味では、全てを良しと言うよりも、適度に歩み寄る程度の方が、陛下の役に立つじゃろう」

「判りました。ならば、歩み寄らせてもらいますが、思った事は素直に口出させてもらいます」

 話がまとまった所で、アインズは具体的な話を始める。

 

「報酬に関してはお互いに交易街道の為…としておこう。成功すれば国なり部族から何か出るだろうしな。今後は西回りにリザードマンの集落を目指す、その途中にある西の主人と話を付けるということで良いか?」

「こちらは問題ありません。最初はオマケと考えてましたし、案を練るのに無よりは叩き台にし易いくらいです」

「我々の通って来た道ならば異存は無い。ただ…」

 レイバーが頷いたことで、アインズは密かにガッツポーズを決めた。

 これでナザリックの近くに行く様なコースは殆どあるまい。帝国の方も避難施設だから問題は無いはずだ。

 

 気がかりなのは、従順そうだったリザードマンが口を挟んだ事だ。

 彼らの通った道だから、問題は無いはずなのだが。

「…ここで言わない方が問題だろうな。…神託によって通行を求めたが、部族の全員が他所者を好きではないのを理解して欲しい」

「それは仕方無い。なんなら、村の手前に交易所を置いたらどうだ? お互いに交易したい者だけがそこに集まればいい」

 リザードマンの話は、此処に来るまでに考えた範疇だ。

 アインズが王として提案できないことを、モモンとして口に出すことにした。

「良いなソレ。冒険者でも異種族問題無い奴も居るが、嫌がる連中も多い。だが交易所から出るなと言って納得する奴なら、割と居るはずだ」

 それならば…とリザードマンも頷き、同じ問題に頭を悩ませていたらしいラケシルが同意の表情を示す。

 

 アインズは話がまとまったことで肩の荷が下り、具体的な情報収集に入った。

 ここまではただの前座、オレ達の冒険はここからだ! である。

「すまないが探索長、具体的な条件を教えて欲しい。もしかしたらヒントがあるかもしれない」

「判りました。蛇の様な魔物が出した条件は、『猿酒』『沼鉄』のどちらかがあれば通し、もう片方も揃えば今後の通行も許可すると言うもの」

「さっきの話では猿酒…。ということは、沼鉄は持って居たのか」

 ここで探索長は腰から短剣を引き抜いた。

 粗末な造りの刃で、人間が製鉄する物より、ドワーフ製からすると更に劣る。

 

「これは故郷の湖の一部に、鉄を残す場所があります。もしやと思ってコレかと聞いたら、そうだと頷きました」

「なるほど…ということは、池でも沼でも良い。いや、もしかしたら鉄が貴重だから鉄が欲しいと言ったのかもしれねえなあ」

「いや、ラケシルの話は納得が出来るが、普通の酒は予備案で行こう」

 アレ? いきなり片付いちゃったじゃん。

 アインズは肩透かしを食らいそうになって、急遽、口を挟んだ。

 そういえばラケシルはこれでも頼りになる賢者だったんだな…と、マジックアイテムを見た時の反応と比べてしまった。

 

 そして軌道修正をしつつ、自分も探索できる内容で推し進める。

「できれば沼の鉄と、湖の鉄程度の差の物を見つけたい。その上で、普通の酒も用意しておくのはどうだろう」

「となると猿の造った酒ってやつかあ…。何か知ってる者は居るか?」

 アインズの提案にラケシルは異存ない様だが、顔を見渡しても周囲の反応は無い。

 レイバーは役人だから滅多に出歩かないし、酒を呑まないゴンドや、この地方出身では無いレイナースも同様だ。

 

「予備案を抑えるとして、念のために、この村の者に聞いておくか?」

「そうだなあ。バレアレ家は昔から森に出入りして居るし、聞いてみるのも悪くは無いかもしれん。……研究中でなければ」

 二人は口に出してから、リィジー・バレアレの偏屈さを思い出して苦笑した。

 頼めば教えてくれるだろうし、調べれば判る事なら調べてくれるだろうが、そこに至るまでの苦労が面倒過ぎる。

 

 結局のところ、そこまで行かない内に答えを知ることが出来た。

 杞憂だったと言えるが、新しい厄介が増えたとも言える。

「おう、それならば知っておるぞ。きっとアレに違いないわい」

「そうじゃアレじゃろう。酒ならばドワーフであるワシらに任せておくが良い。ちょっとしたお願いを聞いてくれたら、教えよう」

(本当なのか? 適当言ってるんじゃないだろうな…)

 先ほど馬車を動かしていたドワーフの技術者たちが、自信満々に胸を叩いた。

 嫌な予感しかしないが、この際、仕方あるまい。

 アインズは不承不承といった体で頷きながら、かつてのギルメンが無茶振りして来た時を思い出す。

 素晴らしい提案とかいいながら、大抵は明後日の方向に全力疾走しているのだ。

 

「明らかに勘違いだった場合は、酒を奢るだけ。本当ならば願いを聞くと言うことで良いか?」

「まあ良かろう。苔酒というのがあるんじゃよ。谷の苔酒、あるいはトカゲの苔酒」

「とある谷間に人知れず酒がある。きっとトカゲか何かが造った違いないと言われておる」

「…ワシは知らんが、話からすると猿酒に似ておるのう。じゃがまあ、そこはせめて蛇の苔酒としておかんかい」

 技術者たちは我がことのように、聞きかじった知識を披露する。

 傲然とトカゲと口にする彼らに、少しは常識をわきまえて居るゴンドは、リザードマンと似ては居ない蛇の名前を提案した。

 

「面白そうだな。それで…正体、あるいは製法というのは判るか?」

「一応は…の。じゃが報酬である願いが先じゃ」

「そうそう。まあワシらの要望は簡単じゃ、場合によっておぬしらにも利益と成るかもしれん」

 アインズは冒険の醍醐味を味わい始めた。

 ドワーフ達の要請は面倒が増えるだけだが、イベントというのは、こんな感じで連鎖して片付けておくものだ。

 

「判った、可能な範囲で請け負おう。陛下で無ければ無理な場合も、一応の申請を出しておく」

「そうだな。あまり無茶なのは無理だろうが、利益とリスクさえ吊り合うなら、魔導国の王ならば大抵のことは叶えてくれるはずだ」

 レイバーに合わせてアインズも頷いた。

 流石に無茶な話ではないだろうし、他に人間に無理でも、アインズの魔法ならば簡単だったり、所有物にあるかもしれない。

 

(っ! やっぱり、ここに来て正解でしたわ。ぜひとも功績を立てて、呪いを解いてもらわねば!! 帝国にも有益な事なら、陛下に相乗して…)

 レイナースはそのやりとりに、人知れず野心…いやせつない願いを燃やすのであった。

 冒険の果てに為し遂げた業績の代価であれば、帝国や実家の事情にも無関係で通せる。

 

 そんな彼女の思惑とは裏腹に、技術者たちの願いは、他愛なくそれでいて面倒なモノであった。

 思えば、納得のいくことなのだが。

「大したことでは無い。ワシらが改良したこの馬車に、荷物を積んで拠点替わりにしてくれんか?」

「まあそれくらいならば…。ただし、出入り出来ない地形では、見張り番を付けて置いて行くぞ」

「構わん! これで故郷とリザードマンの村を周回する代わりになると言うものよ!」

 技術者たちの申し出に、レイナースはたったソレだけ? と思い、ラケシル辺りは苦い表情を浮かべた。

 誰かを、余計なモノを守りながら戦うと言う意味に置いて、レイナースは本業であり、ラケシルは面倒な重荷だったからだ。

 実際、全てが無事に終わった後の彼女は、自分はプロフェッショナルだと主張すれば良かったと、漏らしたと言う。

 

「問題ないだろう。話の続きを頼む」

「そう慌てるでないわ。…苔酒なんじゃがの、その谷間の上に森があったのじゃ」

 どこか楽しげなアインズを制し、技術者たちはもったいぶって話を進める。

 

「どうやら果実というか、実が零れ落ちた。あるいはトカゲなり蛇が、非常食として持ちこんでおったのかもしれん」

「なるほど、それが自然発酵したものとは。商品では無く偶然か、これは盲点だったのう」

「先ほどの沼鉄を例とすれば合致しますね。自然発酵した酒精を探すか、近縁の製造過程で作られた酒が無いか探すのも良いでしょう」

 話を聞いて、酒好きではないゴンドが知らない理由も判明した。

 商品では無い噂であることから、酒好きがネタにすることはあっても、彼は知らなかったのだろう。

 探索長たちも膝を打って、それに違いないと言う事になった。

 

 こうして一同は、普通の酒を予備案として、自然発酵の酒を探す事になる。




予定ではこの十話で終わる予定でしたが、思いのほか字数が増えたので分割します。


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道路は続くよ何処までも(中篇)

「そうじゃ、せっかくじゃしワシらも付いて行くのはどうじゃろう。このカタパルトで…」

(いかん。これ以上は面倒だ。って言うか、急な来客に合わせて予定変えるのって好きじゃないんだよな~)

 ドワーフの技術者が余計なことを口走り始めた時、アインズは嫌な予感しかしなかった。

 そもそも鈴木・悟であったころから、営業マンにとって第三者の介入は良くないサインだ。

 団体行動では愉しめないばかりか、彼らに遠慮して気を使うだけでも、存在しない胃が痛みそうである。

 

 そんな風に思って居た時、同じ様に焦る者が居た。

(…これ以上、彼らの発言力が大きくなっては、私の価値がますます減ってしまいますわ)

 レイナースは外様というか完全にゲストである。

 帝国では押しも押されぬ重騎士であり、同時に軽快に動けるコマンド的な要職にある(奇しくもカースドナイトだからだが)。

 だが、ここでは口添えしか出来ないし、このままでは千歳一隅のチャンスを棒に振りかねない。

 

 どうにかして連中をパージせねば。

 そこまでは全員に共通する考えだが、空気を読まない技術者たちに決め手が無い。

(ここは貴族達を利用する方法を使いましょうか。一度持ちあげて…)

 しかし、レイナースの表情が少しだけ替わった。

 帝国で苦労した経験を活かして脳裏で流れを組み立てる。

(むっ。何か考えているみたいだな。…どっちだろう、賛成なのか反対なのか。このまま押し切られそうだし、ここは賭けてみるか)

 ここでの問題が、話を全く聞かないドワーフの技術者であることが幸いした。

(任せていいんだな?)

(任せてください!)

 その思いが通じたのだろう、僅かな一瞬だけ、アインズとレイナースの心は一致した。

 二人は団結して、可能な限り少人数での旅を模索する。

 

「レイアース殿だったか。何か意見があるようですが?」

「レイナースですわ。…技術者の方のお申し出ですが、少し惜しいのではないかと思います」

(おや、モモン殿に何か考えがあるのかな)

(連中を切り離す策でもあるのか? ここは様子を見るか)

 アインズ…モモンがレイナースに下手に出たことで、レイバーやラケシルは短い付き合いながらも事態の打開を期待した。

 

「惜しいとはどういう事じゃ?」

「危険地域で隊商を組むなら戦力分散はしない方が良いですが、戦力が足りているなら、宣伝を兼ねた情報収集の方が有益ではないでしょうか?」

 喰いついた(フィーッシュ)

 レイナースが切り出したパージ用のアイデアに、ドワーフの技術者達が関心を示した。

「なるほど。他の村に馬車を見せるついでに、猿酒が無いかを聞きに行くと言う訳だな?」

「そういう事です。カルネ村周辺だけでは、馬車の宣伝も、猿酒の収集も中途半端です。しかし、一台をそちらに回す事でどちらも可能でしょう」

 アインズは話を理解すると、営業マンであった頃の知識を活かし、win-winの関係を提示。

 その方向性で合っているとレイナースは口添えした。

 

 ここで重要なのは、話を聞かない連中が関心を持つキーワードを先に、優先度も上であるかのように話す事だ。

 逆では自分達の重要性を誇示しようとしかねないし、そっちに本気になられる心配はあるが、そもそも余分の選択肢なのだから問題無い。

 彼らが猿酒を発見して、後から追いついてくれれば恩の字であろう。

 

「なるほどのう。そういう考えもあるか」

「確かに森の中を一台がつっきる実験、もう一台があちこちの村に売り込むのも悪くないのう」

「ではその方向性でお願出来るかな? こちらで借りる一台に、予備案の酒や、キャンプ用の物資を載せ本拠とする」

 技術者たちが喰いついたところで、アインズはさっさと決定事項にしてしうまう。

 これ以上長引かせると、また考えを改めかねない。

 

「なんだったらゴンドやレイバー殿も…」

「すまぬが、素材を確認してみる以上は、いちいち降りるのは苦労で敵わん」

「私もです。せっかくの申し出ですが、私は直に歩いて苦労を知らないと、理解が出来ないので」

 思わずいつもの癖でゴンドを呼び捨てにしてしまったが、気にした風も無く普通のレベルで否定が返って来る。

 レイバーたちの立場からすれば、地に足を着けて体感する事の方が重要なのだろう。

 

「万が一を考えると酒を搭載した馬車は大型生物の目標になりかねません。立ち入れない場所もありますし本拠地という案で良いのでは?」

「そうですわね。モモンさんは最後尾から全体を守り、その手前にお二人。馬車を挟んで中央にラケシルさん。先頭集団として探索長たちと私というのはいかがでしょう?」

「確かにな。オレは遠距離に攻撃できるし、<遠見>と<加速>を応用すれば、モモン殿の足なら何処にでも行けるだろう」

「ふむ…」

 探索長が道中の事を説明すると、レイナースとラケシルが隊列についてアイデアを出してくる。

 アインズはそのアイデアに頷きつつ、一つだけ質問した。

「皆が良いならソレで良いとして、大型生物が居るのか? 以前は見た覚えが無かったが」

「我々の常識で大型と言う意味ですね。どうも縄張り争いに負けて移動してきているようです」

 話してみないと判らないもので、探索長たちが言うのは、熊や猪の事だと言う。

 

 モンスターに比べて強くは無いが、俊敏で森の気配に紛れると言う意味では、相当に厄介らしい。何しろモンスターは血の臭いなど独特の臭気をしている事もあるが、獣は糞の臭いに紛れるため判り難いし、リザードマンも鼻が利く方ではない。

 特に普段は入り込まない森の奥地である為に勝手が判らず、つがいの夫婦や親子連れかと思っていたら、一回り大きい種別であったと驚いたと言う。

「ほう。一回り大型の熊で、こちらの警戒をすり抜ける…か。素早いトロールくらいとしても面白そうだな」

 アインズは自分の実力だけでは抜けられないと言う展開に、ニヤリと笑いそうになった。

 レベル差があるので脅威としては大したことは無いが、守りながら戦うと言う意味では十分な難関だ。

 冒険心を満たすと言う意味では、最適な相手と言える。

「そんな事が言えるのはモモン殿だけだよ。オレ達じゃ攻撃を弾かれている間に食われちまう」

「出来ればもう、あんな目に会いたくないですよ。それと大蜘蛛の林や、蛭の沼など避けて通って来た場所もあります。馬車だとそこを通らねばなりませんから」

 当然ながら周囲はそんな事を思っておらず、スケールの違いに苦笑していた。

 

「さて、話を戻すか。予備の酒は馬車に八割、残りは各人に分配しておくが呑み過ぎないでくれ」

「心配せんでもワシは呑まんし、全員が呑み切る事も無いじゃろ」

「猿酒・苔酒の類だがオレに良い考えがある」

「良い考えですか?」

 アインズが本題に戻すとラケシルが提案してきた。

 こう言ってはなんだが、『良い考えがある』と言われてフラグとしか思えないのは訓練され過ぎだろうか?

 此処に来るまでも思った事だが、かつてのギルメン達が思いついたことは、大抵よろしくない斜め上の見解だった。

 今回は現地人のラケシルだから、問題無いと信じたいのだが。

 

「材料を集めたら、昔ながらの製法でその場で作っちまうんだよ」

「そう言えば昔の酒はタネを入れた後で、材料を足で踏んだりするレベルだったそうですね」

「おお、なるほど! それは良い考えじゃ」

「…?」

 ラケシルの提案に、レイバーやゴンドが視線を移した。

 三人の視線がレイナースに集まり、周囲の視線もそこに集約する。

 

「え? わ、私ですか? あ、いえ、なんで!?」

「おっさんが潰したようなのを呑みたくはねえな」

「味見くらいはしないと西の森の主に渡せませんしね」

「恥ずかしい事はありませんよ。部族では口噛みの酒というモノもありましたが、今回は他の酒を混ぜるだけで…」

 レイナースは混乱した!

 

 周囲は口々に納得しているようだが、身勝手な事にしか聞こえない。

 口噛みの酒と言うのもノーセンキューだが、この歳でミニスカになって素足で果実踏みと言うのも恥ずかしい物がある。

「ちょっと待ってください。私は帝国騎士として一杯戦闘に参加して、魔物と言わず人の血で汚れて居ますよ!?」

「魔物に納めるんじゃから問題無かろう」

「それにだ、血が汚れて居るとか言うのは近年の発想だ。昔は戦も血も、神に納めるモノであったと言うしな」

「我が部族にも似た様な教えがありますね。祖霊であって神ではありませんが…面白いものです」

「まさかネムたち小さい子をつれていくわけにもいかんしな。では、そういう事で頼む」

 気が付いたら決まっていた。

 まさに人類に逃げ場無し!

 酒造りの恥ずかしさから逃避した、男達の集団セクハラにレイナースは陥れられたのだ。

 良く考えたら、女性も恥ずかしいけど、男がミニスカってのも恥ずかしいよね。

 

 そして、結論から言おう。

 レイナースは混乱していた!

 冷静にこう言えば良かったのだ『私は呪われています、相応しくありません』と。

 そうすれば大半は考え直したであろうし、面倒くさがりなアインズはスクロールで<解呪>を提案し、ラケシルは興味深々で見守った事だろう。

 悲しい事に、彼女は超弾道ウルトラスーパーなチャンスを逃したのである。

 

「…そういえば東部の主である魔物が退治されたり、近くのゴブリンの部族がこの村の傘下に収まったそうだ。猿酒・苔酒の類が無いかどうかを確認してもらうと言うのでどうだ?」

「そこで妥協します。ですが馬車での情報収集と、ゴブリン達への聞き込みはちゃんとやってくださいね!」

「判った判った。帝国騎士にも可愛い所があるもんだな」

「まったく…いや、失礼だぞテオ」

 適当な所でアインズが助け船を入れると、レイナースは疲れたので全身の汗を拭きに行くと出て行ったが…。

 実際には、膿をふき取るついでに場から逃げ出したのだ。

 

 翌朝になり、一同は準備を整えて出発を開始する。

 似た物をゴブリン達が持っていたそうなので、まずはそこへ向かう。

「族長からも言われてるしな、任せとけ」

「道案内お願いね。それと…そっちの一行も」

「ガハハ! ワシらの心配はいらんぞ、全ての村をたちどころに巡って来てやるわい」

 アーグと言うゴブリンの子供は、族長…エンリの命令だからというより、久々の里帰りとあって嬉しそうだった。

 レイナースはゴブリンの方がよっぽど信用置けると言う、奇妙な気分を味わう。

 何と言うか、ドワーフ達の技術者たちは調子に乗るので信用が置けない。

 

「こちらの準備も万端だ。行くか」

「よし、今日中にアーグの実家に行って、猿酒を手に入れるぞ」

(十分な量がありますように…できれば普通の酒でもOKだと言いますように…)

 ソウルイーターはワインや設営用具一式を荷台に乗せ、ゆっくりと出発を開始する。

 本来は西回りの予定だが、アーグの棲み処であった場所に行くため直接、北へ移動する予定だ。

 

 暫くすると一行は、技術者たちの話を聞いたことを後悔するようになって来た。

「道が無いとこれほど通るのが難しいとはな」

「引いてるのがソウルイーターでなければ、とっくに放棄してましたね」

「ヒントを貰った以上は仕方ないが、せめて交渉するんだったな。まあその時に思いつけなかった我々が言う訳にもいかんだろう」

 対案なき否定は許されざるべき。

 対案なき否定は許されざるべき。

 アインズは大事なことなので、二度繰り返して耐えることにした。

 だが、直接移動できない道が多く、というか獣道レベルである。まともに移動できるわけがない。

 

「できれば我々とこの子だけで行ければ良いんですがね」

「この子じゃない、アーグって名前があるんだ!」

 探索長の言葉にアーグが食ってかかるが、周囲の苦笑も仕方あるまい。

 子供の歩く歩幅のコンパスは短く、出遅れていたのだ。

 終着点である棲み処に少人数で辿りつき、位置や荷物の量から逆算すれば良いのだが、そうもいかない訳があった。

 

「アンデッドがうろ付いているのだから止めた方が良いだろう。それに大蜘蛛か獣か何かが組み合わさったら、流石に危険だ」

「まさか天然のトラップに成ってるおるとは思いもよらなかったわい」

 臭いなどで識別し難いアンデッドをアインズが発見したのだ。

 気が付いたら近くまで接近しており、ゴンドたちはリザードマンが臭いに強く無いと言うのを、身を持って実感した。

 そういえば、昨晩の話でも、大熊の糞と親子連れの糞を間違えたと言って居たではないか。

 そんなアンデッドが、探知可能レベルの獣などと一緒に居るのでは対策し難かった。

 加えて蜘蛛は殖える時に風に乗って飛び、棲み処を移動する性質があるそうで、もしかしたら居るかもしれないと警戒しておいたのである。

 

「怪我人の方は大丈夫ですか? キツイようならもう一度治療しますが」

「大丈夫です。あれも部族の一員ですし…。いいえ、傷の程度的にも問題ありません」

 レイナースが念のために確認すると、探索長は奇襲を受けた形の部下について心配無用と切り返した。

「今のところ馬車で休ませてもらって居ますし、体力が回復すれば彼の方から復帰を申し出るでしょう」

「ならいいけど、無理はしないでね。この後に西に行くわけだし」

 ややあって説明し直したのは、やはり従順過ぎるのは困ると言われたからだろう。

 二人はそんな感じでやり取りをしながら、他の種族と協力し合う奇妙な連帯感に少しだけ笑みを浮かべた。

 本来ならば出会わないか、殺し合う相手だからだ。

 

(しかし、野生生物やリザードマンもなかなかやるもんだな。アンデッドの気配に気を取られたからとはいえ、隠れてるのに気が付かなかった。ソレに気が付く辺りは無能じゃないみたいだし)

 やはりレンジャースキルと経験の差は大きい。

 アインズはアンデッドこそ、己のスキルで即座に気が付いたが、隠れて居た獣の方には気が付かなかった。

 直ぐに追い散らしたから正体は判らなかったが、これがもっと詳しい猟師ならきっと特定しただろう。

 自分ひとりでは補えない状況に、ここ数日味わって居た冒険の醍醐味を思い出す。

 この愉しみを、出来ればかつてギルメン達と味わってみたいものだ。

 

 ペロロンチーノはレンジャーとアーチャーを兼ねた後衛から始めて、隠し技で白兵戦を。

 たっちみーならば純戦士だろうが、類い稀なる技を攻防一体で披露してくれるはずだ。

 そして純後衛ウルベルトと仲良く喧嘩して、決着をつけるために…。

(…くそがっ。何度味わっても慣れないな)

 楽しくなって来た所で、突如、沈静化して冷静になる。

 想像に夢中に成っていた状態から、気が付けば先行組の動きが変わったのを理解している自分が居る。

 効率から言えばこの方が正しいはずだが、どこか苛っと来るものがあった。

 

 その苛っとくるモノから逃れるために、そして自分の責任もあって中衛のラケシルに声を掛ける。

「辿りついたのですか?」

「そのようだな。<遠見>しても良いんだが、急を要さないみたいだし魔力は温存しとこう」

 旅に出たてのころこそ、興奮して魔法を連発していたラケシルだが、アンデッドの奇襲を見てから落ち着き始めた。

 冷静に不要な魔力は使わず、それでいて、必要になればその場で必要とされる魔法を選び出せるような雰囲気がある。

 それはユグドラシル時代に何度も味わった光景でもあった。

 偽の情報を与える場合を除いて、余計な情報や、余計なアクションはおこさない方が良い。

 

 そしてレイバーが此処までの簡易地図を情報ともども書き込んだ頃に、伝令を寄こすのではなく、全員が一度戻ってきた。

「あの辺りですか? 見た感じアンデッドは居ないようですが」

「良く判りますね。丘の窪みに面して洞窟があって…念のために足元を確認しましたが、獣が出入りした足跡の他は、出て行った足跡だけです」

 アインズが尋ねると探索長は足元を指差しながら応えた。

 驚いた風な事を言っているが、顔を見ても区別できないので、本当に驚いて居るのかお世辞を口にしているのかは判らない。

 

「アーグが言うには隠し通路とかはないけど、他に出入り口があるそうよ。守るためと言うよりはまさに棲み処みたいね」

「オーガなんて適当に暴れるから締めきりなんて無理だし、どこもそんなもんさ」

(東の主は洞窟に扉を作ろうとして失敗してたし、そんなもんかな)

 アインズはそう言いながら、思案をまとめる。

 絶対にアンデッドが居ないと言うのは妙な話だし、獣が言えることを考えたらレンジャーは必要だ。

 自分だけで行って戻るのも良いが、先ほどのことを考えれば、スルーしてしまう可能性もあるだろう。

 

「では一度代わって私が先行しよう。もう一人…そうだな、探索長に<鎧化>とか掛けておいてくれるか? 二人で侵入して、問題無ければアーグとゴンドを呼ぶ」

「そうじゃの。中に興味があるのはワシくらいじゃろうし、そんなもんじゃろ」

「私の方に問題はありません。無くとも何とかなりそうですが、魔法の支援があれば助かります」

 そして楽勝ムードを嘲笑う様に、あっけなくフラグが折られる。

 暫くして、ナニカが洞穴の中に居たのだ。

 

 そいつは大きな木の身を乾燥させた…、ようするに器に顔を突っ込んで眠っていた。

「居ました! 途中で出会った熊のようです」

「下がって居ろ。敵と言うには物足りんが、適当に片づけるには狭すぎる」

 寝床にしていたらしき場所は、奥まった場所であった。

 

 倒すに難しい相手では無いが、大剣を振り回すには向かない。

「どうしますか? 石礫で追い出す手もありますが」

「あの器を壊すわけにもいかんだろ? 素手で片付けるさ」

 探索長が少し広い場所に移動してスリングを取り出すが、アインズは笑って大剣を放り投げた。

 そして突進して来る熊とガップリ四つ。

「ふんっ。どうやら新しい棲み処に来て本能を忘れたようだな。逃げ出され無くて助かった」

 ベアハッグを食らった形になり、なかなか力が入らない。

 だが、所詮は獣。

 ダメージなど入らないし、この状態ならば逃がす事も無い。

 そして、100レベルに匹敵する状態のアインズであれば、ベアハッグされた状態の、何分の一かのダメージすら大きかった。

 毛皮の油で拳が滑る分を除いても、二度・三度と頭に叩きつければ、やがて熊は動かなくなる。

 

(ふー。巻き込む方が問題だからなー。こっちなら死ぬ事も無いし、助かったよ。…それにしても熊が野生を失っていたのは、助かったような拍子抜けのような)

 アインズはそう言って抱きついたままの熊から腕をのけると、念のために首をへし折ってトドメを刺しておいた。

 何故、熊が逃げ出さなかったのか?

 何故、器に頭を突っ込む形で眠っていたのか?

 後から考えれば、不思議では無かったのだけれど…。この時は冒険の興奮ですっかり忘れて居たのである。

 

「どう考えても足りんの」

「そうですね。発酵を促すタネには成るでしょうが…」

 そして、最後に残ったのは僅かばかりの猿酒。

 木の実を繰り抜いて乾燥させた器に、熊が鼻と口を突っ込んで呑んで居たのだ。

 大きさが違いすぎるのでそれなりに残っていたのかもしれないが、ここ数日で振り回し、あるいは叩き割って舐めて居たらしい。

 

「という訳だ、すまないな」

 持って来る気はあったという、誠意と証明の為に数口分だけ残し…。

 残りは果実と普通の酒を混ぜ、自然発酵の酒を作るべく一肌脱いでもらうことになった。

「本当にワザとじゃないんでしょうね!?」

 レイナースは不承不承ながら、ミニスカに着替え近くの泉で足や顔を拭きにいく。

 包帯を鉢巻の様にした彼女の顔が、赤かったのは果実の汁が飛んだせいか、それとも…みんなで囃し立てたせいかもしれない。




 と言う訳で、まさかの三分割に変更。
ここから森の西部まで行って、エ・ランテルに帰るだけなのですが…仕事もあるので予約投稿だけして休ませていただきます。


オマケの捏造ネタ:追加職業
『ハイランダーズ・ナザリック・シェヴァリエ』
前提条件:
・魔導国に仕官する、または祭展に参加する事。
・異形種ないし、魔物感染者(カースドナイト・ライカンスロピィ・ダンピールなど)である。
・大剣ないし槍・斧と言った大型武器を装備し、キルテッドスカートを履く事。
特殊能力:
・呪いなどのバッドステータスを緩和する。
能力上昇傾向:
・移動に大きなボーナス、攻撃力>命中回避で上がり易い
スキル:
・ベルセルクほか

/クラス雑感
 軽戦士系だが、前提が異形種か特殊クラスなので攻撃力が保証されている。
クラス能力が呪いの緩和であるのは、初代ハイランダーであるレイナース女史の意地であったという。


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道路は続くよ何処までも(後篇)

「レイちゃんアレ使っててくれてるかな~」

「珍しいわね。そんなにあなたが人を気に掛けるなんて」

 吹きすさぶ風がカルネ村を通り抜ける。

 そんな中、とあるお家の屋根に腰掛けてルプスレギナが鼻歌を口ずさんでいた。

 ユリがその様子に首を傾げると、心外そうな声が返ってきた。

「やだなあユリねえ。ナーちゃんと違って私は人間達を愛してるっすよ?」

「じゃあ、何でそんな口をしているのかしら」

 ルプスレギナの口元は歪に歪んで居た。

 唇の端を上げるソリュシャンの嫌らしい笑いと違い、今にも獲物に飛び掛からんとする肉食獣のようだ。

「そりゃあ楽しいからっすよ♪」

 笑顔とは本来獰猛な性質の表れであると、至高の方の何方かがおっしゃったような気がする。

 それは本当なのだろうと、ユリは溜息をついた。

 愛していると言うのは、きっと、玩具として愛好していると言う意味だろう。

 

「あなたが楽しむのも、無関係な人間の運命ならこの際、置いておくわ。確認しておくけど、アインズ様の計画を邪魔しはしないのでしょうね?」

 皇帝の供として現われた人間に、このカルネ村でも顔を合わせに行った。

 それも一度は配慮して、顔を見せないように下がった相手に、だ。

 ユリはその事を確認する為にこの村を再び訪れたのだ。

「情報を集めてたので怪しまれるより先に誘導したのと…。レイちゃんの問題で計画の遂行が危ぶまれたので、仕方無く必要なアイテムを渡しに行っただけっすよ~」

「じゃあ、何でそんな口をしているのかしら」

 狼女の口元は、それはもう、どうしようもないくらいに歪んで居た。

 

「そりゃあ楽しいからっすよ♪」

「良い趣味をしてるわ…」

 デミウルゴス様と気が合うんじゃない?

 そんな言葉を呑みこんで、ユリはもう一度、溜息をついた。

 

 そんな会話が繰り広げられ、遊ばれているとも知らないレイちゃんこと、レイナース・ロックブルズ。

 彼女は森の泉で、羞恥心と戦って居た。

「何の因果でこんな目に…。こんな丈の短いの、履いてたとして小さいころくらいよ」

 小さい頃はむしろ厚く着こんで居た気がする。

 家や領地の問題もあって訓練、あの忌まわしい魔物との戦いがあってからは、神殿に通いつめて訓練。

 訓練三昧の日々に、スカートなんて余分で余計な産物。

 流石に一度も無い事は無いだろうが、絶無ではないが皆無というやつである。

「それでも、ここを乗り越えなくちゃ本題にすら入れないわっ。絶対に負けない!」

 賢者たちが広めたと言う下履き(パンティ)がなければ、こんな事は絶対に拒否したであろう。

 

 ふうと息を吐き、深呼吸してから一気に身を清める。

 そして顔の膿を拭いてから、白いアイパッチを右目に巻いた。

「あとはコレを付けるだけね…」

 レイナースがアイパッチを身につけた瞬間、彼女の顔に変化が訪れる。

 拭ったばかりでもジンワリと出て居た膿が、ピタリと止まったのだ。

「ちゃんと止まった…。凄い…」

 改めてアイパッチの上から清め直し、レイナースはカルネ村で出会った聖女のような女性を思い出していた。

 ナザリック大墳墓に行く時に出会った時は、恐るべき魔物の仲間と思って居たが…。

 こんなアイテムを貸してくれるなんて、そして色々な忠告をくれるなんて、なんと良い人なのだろう。

 

 カルネ村で情報収集しようとして、バレアレ家に行こうとした所で出会ったあの女性。

 ルプスレギナは色々な事を聞かせてくれた。

獣人憑き(ライカンスロピィ)とか言ったっけ。あんな呪いでも抑え込めるなんて…」

 魔導王は以前から忠誠を誓う者を見捨てずに、カルネ村へ彼女を派遣している事。

 彼女もまた恐ろしい呪いに囚われ、気を抜けば獣毛で覆われ、人を襲いそうになる事。

 

 そして…呪いは自身の成長があれば抑えられ、必要ならば補助するアイテムがある事を教えてくれたのだ!

「私にも出来るかしら…ううん、抑え込んで見せなくちゃね。お姉さまにも陛下にもでないと申し訳が立たないわ」

 呪いの中には自身を強化してくれるモノがあり、それは祝福でもあるからこそ解除し難いのだと言う。

 魔導王のメイドになったことで、解除可能になったものの、ルプスレギナは呪いを抑え込む道を選んだのだと言う。

 自分では到底なしえない選択を躊躇なく実行する聖女の決意と、ソレを許容させる魔導王への忠誠に頭が下がる思いだ。

 容易い道を選ぼうとした…いや、選ぼうとして見付けることすらできなかった自分とは、大違いだとレイナースは打ちのめされた。

「見て居てくださいお姉さま…。きっとやり遂げて見せます」

 レイナースはその時の事を思い出すと、羞恥心と後悔で体が熱くなる。

 もう自分には必要無くなったからと、この呪いを抑えるアイテムを貸してくれたあの人の、何分の一かでも強くなりたいと願った。

 

 レイナースには人並の羞恥心や、克己心。

 皇帝への忠誠心や恩義を感じる心が在るのだ。

 今まではソレに比して巨大な、呪いと、世間の悪評があったにすぎない。

 

「この冒険でエ・ランテルの陛下の目に止まるのは無理かもしれないけど…。もし必要だったらメイドでよければ推挙してくれるって言ってたし…」

 だが、思い返してみれば、成り振り構わぬ自分の姿勢こそが、返って悪影響を与えて居た(ビッチと思われていた)のではないだろうか?

 ここ暫く、カルネ村で探索に関わって、自分のことを知らない人々に出会うことで、心境の変化が訪れて居た。

 

 なお、ルプスレギナの事を良く知る者が聞いたら…。

 首を掴んで、『目を覚ませ』とか、『逃げてー!?』と忠告した事だろう。

 なにしろルプーは獣人憑きではなく、最初から獣人として設計されているのだ。

 嘘八百ここに極まれり、レイナースを救う為では無く、持ち上げて落とす日のために、この場で<解呪>を報酬だと言い出させない為に、口を挟んだのである。

「絶対に負けない! 希望を捨てない限り呪いなんて必ずなんとかなるわ!!」

 そんな事を知らないレイナースは、今までにない謙虚な気持ちで酒踏みに向かったのである。

 

 そして出迎えた一同の注目が集まる中、すり鉢状になった岩の上に果実を並べて行く。

「本当にこの場所を使ってしまっていいの? 一族の重要な場所だったんでしょ?」

「もう一族なんて残ってねーよ。それにさ、族長の為に働いたら、村でもっと美味いのがもらえるんだぜ」

 アーグの言う事ももっとな話で、今までこの洞穴というか窪みは放置していたほどだ。

 それに、果物を置いておけばその内に酒に成ることもある…。程度の保存場所であって、別に専用の祭儀場ではない。

 おそらくは、酒のタネ(菌)がこびりついて発酵していたのであろうという事だ。

「判ったわ。じゃあ少し離れててくれる? さっさと踏み潰して、森の西部に向かうわよ」

「頼んだぞ。だが、くれぐれも踏み割らないようにな」

 レイナースが踏んで潰した汁や、綺麗に潰れた部類の果実が、上の岩棚から下の岩棚に滑り落ちる。

 そこから木の器に溜めて居たようだが、今日ばかりは村から持って来た樽を置いておいておく。

 中には先ほど見付けた猿酒の残りが入っており、時折かき混ぜながら、少しずつ少しずつ溜めて行った。

 その間、レイナースは踊る様に果実を踏みしめており、本人の羞恥心とは裏腹に、急げば急ぐほどスカートがヒラヒラしていたそうな。

 

 暫くして一樽分の量が溜まり、残りの汁は果実や酒と一緒に別の樽に放り込んでおく。

 こちらは軽く煮詰めることでジャムに近い…、異なるアプローチで製造しようと言う訳だ。

 

「熊は結局、解体しちゃったのね」

「ハンティング・トロフィーにしようという話もありましたが時間もありませんし」

「モモン殿の功績を称えるには熊じゃ物足りないうと言う事だな。ハハハ」

 レイナースが武装に戻して来ると、そこには剥ぎ取られた熊の皮と、バラバラにされた肉の塊があった。

 一部は塩漬けにして、残りは血と一緒に撒き餌にするらしい。

 これを先に帰還するアーグに任せて、反対側のカルネ村方向に撒く事で、肉食獣の類いを反らしておく算段だとか。

 

 そのお陰で途中までは順調に進めたのだが…。

 臭いを利用するのであれば、匂いで起きる結果に気を付けておくべきだった。

 あるいは大蜘蛛が居ると言う事で、無意識に頭の中から外していたのかもしれ無い。

 一度カルネ村に戻れば話は別だったのかもしれないが、迂闊にショートカットしてしまったせいで、一同は報告にない問題と直面していた。

 

「いかんアレは巨大蜂だ。数からすると、巣も相当な大きさだぞ」

「あるいは女王蜂の株分けがあったのかもしれませんね。普段ならばゴチソウを見付けたと喜ぶ所ですが…」

 遠くから接近して来る幾つかの影に、ラケシルが<遠見>を使用する。

 話を聞いたリザードマンの探索長が、惜しい事ですと苦笑した。

 だが、事態は笑い話どころでは無い。

 

「どうするモモン殿。迫って来る奴だけ迎撃して素早く抜けるか?」

「いや駄目だ。どうやるのか知らんが、連中には格好の獲物を見付けたり、倒されると仲間を呼び寄せる性質がある。できるだけ刺激しない様に遠ざかるぞ」

 ラケシルの提案にアインズは首を振る。

 ユグドラシル時代で駆け出しのヤングだった頃、その性質を良く利用したモノだ。

 当時のレベル的には丁度良い狩りの相手だったと同時に、特定の条件でスポーンし易く、素材に成るドロップ品まで付いて来る絶好のエネミーではあった。

 

 だがしかし、今なら余裕とはいえ、当時とは諸条件が違う。

 自分だけならともかく、無力なレイバーやゴンドを庇いながら絶対多数と戦うのは、流石に無理だ。

 もちろん、正体をあらわせば余裕であるし…、イザとなれば絶望のオーラもありはするが…。それではこの状況を愉しめないではないか。

 

「蜂どもの性質解明と、巣に対処するのは後の冒険者に任せよう。調査だけならミスリル、完全対処ならオリハルコンというところかな」

「せいぜいそうさせてもらうさ! だがどうにかしないと追いつかれるぞっ」

 一同は距離を稼ごうとするが、ここは街道では無く森の中だ。

 直進出来ないし、馬車では通れない場所がある。

 もちろんソウルイーターに掘らせれば工事くらい簡単だが、今は時間の方が問題である。

 

「それでしたら、一度あちらの林を回ることで視覚だけでも遮ってはどうでしょうか? 確か蜂は巨大な目があったはずです」

「アレは小さい目の塊だと聞いたが…、まあこの場は同じか。なら全身鎧を着た私が囮になる、その間に回り込んでくれ」

「了解です」

 レイナースが少し先の茂った密度の高い林を指差して説明すると、アインズは頷いてその提案を了承した。

 五感の一つを断てば逃げ易くなるはずだ。

 後は大蜘蛛の巣を見付けて壁にするとか、策を積みあげて突き離すしかない。

 

「こっちだ着いて来い!」

「今だ! あの林を迂回するぞ!」

 黒き甲冑が大剣を掲げて走り抜け、暫くしてからゆっくり馬車が動き出す。

 傍目から見れば、慌てて逃げた個体と、ゆっくり統制を保っている集団に見えるかもしれない。

 事実、馬車のカタパルトには包みに入れた小石、スリングに魔法にと迎撃準備がしてある。

 この距離で詳細が見えるかは別にして、見た目を重視するなら十分な効果があったろう。

 

 アインズは十分に距離を離し、林の陰に馬車が移動しているのを確認した後、一匹だけ叩き潰して、速度をさらに上げた。

「さて、これで脅威と判ったはずだが…どう出るかな」

 だが異様な事に、蜂はアインズの方向に急速に集まって来た。

 やはり仲間が倒されると攻撃する性質があるようだが、何をしても倒せない強者に挑むとは…。

「先ほども視覚を騙されてこちらに来たようだし、所詮は虫か…。いや待て、五感?」

 アインズはうるさそうに巨大蜂を払って居たが、面倒になって大剣を掲げ直したところで手を止めた。

 

 そして、もう一度、大剣を見直す。

 そこにはベットリと、蜂の体液や蜂蜜かナニカが含まれていた。

「まさか、そうなのか? ブループラネットさんやベルリバーさんならば簡単に答えを出してくれるんだろうが…」

 振り降ろそうとした大剣を、アインズは明後日の方向に放り投げた。

 そして反対方向に走り出すと、念のために途中で、臭いの強い草を探して鎧にこすりつける。

(案の状だ…。連中は臭いで判断してるのか)

 正確にはフェロモンなのだが、ここでは余り差が無い。

 アインズは仲間達が走り去った方向に疾走して行った。

 

「おお、モモン殿! 流石ですね」

「世辞は構わない。ラケシル殿、すまないが風の魔法か何かを使えないか? どうやら臭いで追いかけて来るらしい」

「…風? 突風を吹かせる魔法ならあるが、この樽を追いかけてるなら何度も使う必要があるぞ?」

 出迎えるレイバーを押し留め、アインズはラケシルに魔法の要請をする。

 臭いを飛ばすと言うだけで、何が必要か悟ったラケシルであるが、それだけに苦い表情で酒の入った樽を軽く叩いた。

 果実酒の匂いに引き寄せられて居るなら、それこそ蜂が来るたびに使用する必要があるだろう。

 

「酒…というか果実が狙いとは盲点でしたね。獣避けをやったんなら気を付けておくべきでした」

「そうと知ってれば、幾らか潰さずに採っておいたが…まあ今更だな。毛布でも被せておくか?」

「それだと毛布に匂いが移るだけじゃぞ。ちょっと待ってくれるかの? 試したいことがある」

 探索長が謝罪し、ラケシルが毛布を被せようとする。

 それらをゴンドが制止し、荷物から刻印の為の(のみ)を取り出した。

 

「どうするつもりだ?」

「こう言う場では対して役に立たん文字じゃと思ったが、密封用の文字を掘る」

 ゴンドが片方の樽に文字を刻印し、軽くゆすってみたが、以前は漏れた果実の汁が漏れて来ない。

「凄いじゃないか。これで匂いも出ないはずだ」

「ワシ自身、この場で使えるとは思って無かった文字じゃし、気にせんでええぞ。それと、漏れないだけで既に漏れている部分はどうしようもない」

 感心するラケシルが興味深そうに眺めるが、ゴンドは肩をすくめた。

 

「それこそ毛布で良いのではないですか? ひとまず、果実の匂いのしている物で捨てることが可能な物は捨てましょう」

「仕方ありませんわね。出来るだけ要望に沿いますけど…そういえば、モモンさんの大剣はどうします?」

「あれくらいなら予備があるし、回収クエストでも追加しておいてくれ。大した物でもないが何か報酬を出そう」

 レイバーが馬車の荷台に敷いておいた布を引き剥がすと、レイナースも諦めたように荷物から布切れを数枚取り出していく。

 そして彼女が赤い顔をして林の中に捨てて居るのを眺めながら、アインズはもう一本の大剣を指差した。

 所詮は魔法で作った物なので唱え直せば良いのだが、先輩が残すクエストというのはイベントっぽくて気に行ったのだ。

 後日、本当に回収された時は、魔法で消えても困るのでレプリカを渡すなり、別のアイテムでもプレゼントしようと久しぶりに笑った。

 

 そうして楽しい旅も、いつか終わりがやって来る。

 勿論、小さな脅威は沢山あった。

 だが、アインズが自分の力だけでは踏破できない、パーティとしての危機は巨大蜂で終了。

 冒険らしい冒険としては、言うべき事は何も無い。

 

 あとは森の西部の主…ということになっている、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンの元に辿りついて終了だ。

(本当は交渉もやってみたいんだけど…、あいつって心を読めるんだよな。見守るだけにしとくしかないか)

 森の西部にある沼に辿りつき、その近くにある隠れ屋のような洞穴の前で、足を止める。

 尻切れトンボになってしまった事を残念に思いながら、アインズはそれなりの満足感を得た。

 旅の途中で何度か<伝言>が飛んで来たことだし、今回の遠足はここで終了だろう。

「警戒されてもなんだし、中へは探索長とラケシル殿たちだけでも良いだろう。私は軽く周囲を警戒してから戻るとしよう」

「そうですね。何から何までありがとうございます」

「なーに良いって事よ。オレもルーンや珍しい物を見れたし、プルトンに自慢してやれるってもんさ」

「依頼の一環として処理させてもらいますので、お互い様ですよ」

 アインズの言葉を最後に、どちらかと言えば距離を取って行動を始めた。

 終わりの始まりと言おうか…、パンドラズ・アクターと適当なタイミングで交代する為だ。

 

 かつてユグドラシルで愉しんだ冒険や、漆黒の剣のメンバーと過ごした日々を懐かしみつつ、アインズは冒険者モモンから魔導王へと戻って行った。

 そして、幾日かが過ぎた後…。

 あのレイバーが、今度は自分の名前で面会を申し出て来たという。

 

「久しぶりだな。それで、地図に載せても良い様な計画は出来上がったのかな?」

「はい。陛下ほどの方にとっては十分では無いかもしれませんが、将来の下描きとしては十分。必ずや満足していただける未来を用意できると思います」

 いささか芝居掛った台詞回しに、アインズはパンドラの影を見た。

 感情移入でもしなのか、しょうのない奴だと思いながらも、自身が感情移入している事を認めて声には出さずに笑った。

 

「あれから私の方でも多少考えては見たが、せっかくだ。専門家のアイデアを聞こうじゃないか」

「ありがとうございます陛下。ではまず…」

 自分で根回ししておいた交易所の話題が出たので、避難所として使える様にしても良いだろうと修正。

 マッチポンプだなとは思いつつ、ゴンドが提案したらしい、一定距離ごとの作業石碑や、ルーンでの文字標識はそのまま頷いた。

 そして、自分が知らない聞いて居ない情報を、今か今かと楽しみに待ち続ける。

 

「防衛上の問題に関しては、効率良く建設できる場所だけを直接繋ぎ、各地へは直接繋ぎません。そこから小道を町・村に繋げるかは、各領主の判断というのはいかがでしょう?」

「良かろう。その方法であれば、無駄な工事に手間を取る事も、道を繋げて欲しくない者から文句を受けることも無かろう。いや、文句を言うかは別にして、不満には思うだろうからな」

 最後に提出された地図は、直線的ではあるがエ・ランテルや各地の町・村を繋いでいない。

 確かにこの方法ならば、全体の工事もさることながら…、将来の設計にも役立つだろう。

 直線道路の周囲に、繋げたい者が道を繋げ、利益を享受したい者が自分で村を起こすのだ。

 

「雛型としては素晴らしいと言うしかないな。おめでとう、君はこの計画の主任として一切を任せよう。ただ…そうだな」

「はっはい! 直せる問題点は直し、改良できる点は改良いたします!」

 何か不満でもあるのかと緊張するレイバーを押し留め、アインズは今度こそ声を出して笑った。

 不満があるというよりは、予算上の首輪を付けるため、王様としてはみみっちいので、それらしい理由を付けようと恰好を付けただけである。

 

「問題など時間が解決しよう。少なくとも私には関係ない話だ。単にサンプルケースがあった方が、導入を求める者、懐疑的な者には判り易かろう?」 

「そ、それは確かに。今回、モモン殿と一緒に巡らせていただいた道中でも、臨時に工事した場所やカルネ村周辺では評判とのことで」

 アインズはおもむろに頷くと、レイバーの提出した書類を軽く眺める。

 確認をするフリをして、話を合わせて頷いた。

 

 そして、指を三本ほど立てる。

「まずは短く街の周囲だけで良い。完全に管理できる区画で万全のサンプルを創ってみせよ」

 言いながら指を一本折ることで、まだ説明は続くのだと簡単に示す。

 ここで止めたのでは、吝嗇家が妥協したのだと思われるだろう。

「次に低予算で敷設可能だと…。領主や村長たちをその気にさせられる低予算のサンプルを、カルネ村の辺りまで造り直してみるが良い」

 二本目の指を折りながら、アインズが放って寄こしたのは、レイバーが道中で試した簡易工事の事だ。

 これならば予算は殆ど使わないし、今ある開拓村の交易が便利になるだろう。

「最後にまだ見ぬ交流相手と、軋轢の出ない交流路のサンプル。この三種類を創って見せよ」

「おおっ…ということは」

 三本目の指を折ると同時に、意を汲んだレイバーが拡げて見せたのは、リザードマン達と共に歩いたトブの森西部の話題だ。

 道と言うよりは、ただの獣道の改良版。

 これを街道と言ったら文句が出そうだが、今は重視しない、将来へ繋げる掛け端に聞こえるから不思議だ。

 レイバーが感動した表情で見上げるのを見て、アインズは道中を切り上げて、散々練習した甲斐があったと心の中でガッツポーズを決めた。

 

「そうだ、これほどの計画を立案した者に対する報奨を忘れておった」

「いいえ、まだ敷設してもおりませぬし、以前に否定されなければここまでの計画は造れませんでした」

 恐縮するレイバーをアインズは笑って留めた。

 そして、ペンを用意すると地図に直接書き込んで行く。

 

「なに、別に物を渡す訳でも、叙勲する訳でもない。先ほど一定の区画ごとに作業工程や責任者の名前を石碑に入れると言ったな?」

「はい。その方が次回以降の補修や他に道の参考に成りますし、手抜きをすれば追求する事も可能です」

 示したのはレイバーが最初に手掛けるであろう、サンプル用の区画である。

 そこにはきっと、道路側溝やら火山灰を練り込んだ道やら、ルーンの文字が刻まれるに違いない。

 

 アインズはその事を思いながら、道の名前を書き込んで行く。

「第一号の街道。そこの名前にお前の名前を取ろうと思う」

「へっ、陛下。まさか!」

 ニヤリと笑って、アインズは狼狽するレイバーに書きこんだ地図を見せつける。

「レイバー=ロード、そこが最初の街道の名前だ。いずれ街道番号が改定することはあっても、この道の名前が変わることはあるまい」

 そこには燦然と輝く、彼の名前が書きこんであったという…。

 

(まあ、名前を付けるくらいは無料だし、こうしておけば自分の名前が第一号って付けられないだけなんだけどな)

 もし、モモンガ街道とか、アインズ街道と銘付けられたら悶絶してしまう。それを回避する為であり、懐が痛まないからという理由を、レイバーが知る由も無い。

 感動して彼が、自分の名字をロードにすると言い出すまで笑いながら見守っていた。

 

 最後の最後に、適当なマジックアイテムや現地には無いスクロールなどを報償として分配を任せれば…。

 街道を巡る短い冒険譚は終わりを迎えたのである。




 と言う訳で、街道編が無事に終了しました。
お付き合い下さった方には、誠にありがとうございます。
一度完結表示を出して、今後は思いついたら付け足して行く形に成ります。
(思いついたアイデアを、現地人が抱くであろうイメージに加工してからになりますので、思いついても時間はかかるかと)

 なお、冒頭でルプーがレイナースさんに会いに行ってるのは、情報収集すると何処かで名前が出るので、フォローに行った…。
という理由を付けて、レイナースさんを弄り倒す為です。
渡したアイテムは、という、肉体の状態を保つことで、出撃とかし易くなるアイテムという設定(もちろんナザリック的には価値が低いアイテム)。
コレを付けて居たので、膿がお酒にタレることも、道中で頻繁に膿を拭いてアインズさまが『どうしたんだ?』と聞いて解決しちゃわないためのものです。
 結果としてレイナースさんは現状維持、でも今まで存在しなかった解呪の情報とか手に入ったよ! コネ(地獄への片道切符)も手に入ったよ!
運が良かったらどこかのチャンスで救われて、運が悪ければ…。と言う感じでしょうか。


捏造アイテム
『アイパッチ・オブ・レイ』
 アニメ好きの人物(ギルメン?)が、とある作品に置いて、ホムンクルスのヒロインが怪我を押して出撃したというエピソードから制作した物。
負傷による体の悪化が起きないという効果があるが、当然ながら、こんなアイテムが役にたつような戦闘はユグドラシルの上級者は行わない。
コスプレグッズとして、自分が作ったNPCなどに持たせたり、ゴミ同然でストレージに放り込まれたりしていたという。


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外伝
エイプリル用『火薬庫の子供達』


 この話はオーバーロードに沿っては居ますが、それほど関係がありません。
 これまでの話と違い整合性を取って居ませんので、そうなるとは限らない流れも存在します。
 また、別に他の物語でも構わない内容なので、エイプリル用のお話と御理解下さい。


「タニア、今日も早いね」

 十歳ちょっとの少女が町のはずれ、工事現場にやって来た。

 そこには何人かの若者が汗を流し、老人達が物の数を数えたり、紐の長さで道を測っている。

 

 ここは魔導国が主導する労役の場である。

 その年の行政や町村の差で週一から二日の労役が課せられはするが、規定以上の時間か休みの日に自主的に訪れると金を稼ぐことが出来た。

 

「はい! もうちょっとで私を買い戻せるですっ、頑張ってますよ~」

「御主人との間にはちゃんと誰か挟んで居るかい? そうか、ならば安心だなタニア」

 タニアと呼ばれた少女は奴隷である。

 奴隷同士の父母の間に生まれた、生まれながらの奴隷だ。

 だからタニアという名前だけ。

 

 でもちょっと寂しいので、彼女はこう名乗ることにしている。

「我こそ最後。魔導国で最後の奴隷、タニアなのです!」

「そうかそうか、頑張っておくれよ」

 併合された帝国から奴隷制度が逆輸入されたが、ほぼ一瞬でそんなモノが消え去った。

 なにしろ全ての人民は魔導王の貴重な財産。

 主人はそれを借りて居るだけであり、奴隷が自らを買い戻す事を邪魔出来ないし、必要以上に拘束する事も出来ないのだ。

 功績を数える者を買収したり、商人自身が労役代わりに計算する事も可能だが、エルダーリッチが担当の日は功績を誤魔化す事も出来ない。

 

 もちろん無能な者や、やる気の無い者は別なのだが…。

 この少女の様に、積極的な努力する者には自らを買い戻す事が難しく無くなっていた。

 そして農地解放と農地改革が同時進行することで…。人々は農奴という奴隷では無い奴隷を解放する為に、魔導王が奴隷制度を一度通用させたと噂しあったのである。

 実際には逆であり、金持ちから農奴を取りあげる為にデミウルゴスと言う賢者が導入したそうなのだが、大した差ではあるまい。

 

「タニアねーちゃん、今日はなに納める?」

「ちび達は薪を集めるですよ。お日様があっちに行くまでに持ってくるです」

 身寄りのない子供達が、計算できるタニアの元に集まって来る。

 孤児であったり親が病気であったり、彼女の様に時間を造って金を稼ぐ奴隷の子も居た。

 

 ちび達を指揮して、タニアは簡単な作業を振り分ける。

「その後は日干しだね? 紐を沢山持って来る!」

「順番を間違えるなですよー」

 子供達の多くは数を数えられないので、定められた紐でくくることでソレを代用している。

 魔導国ではド・リョウコウという賢者の名前が単位を統一したとかで、どこでも同じ紐で良いのが助かった。

 仮に紐五本分が選択労役だとするならば、六本分以上持って来れば金を貰える。

 孤児はソレで日銭を稼ぎ、奴隷は自らを買い戻す為に励むのであった。

 

「俺達は何をすれば良いんだ?」

「おっきな子たちは日干し煉瓦を造るですよ。今日は焼煉瓦の職人が来てるので、買い取ってもらえるです」

 金持ちは自分の労役を奴隷や雇い人に任せる事も出来る。

 徒弟や丁稚などは親方の代わりに訪れており、彼らに交渉する事も…美味くやれば技術を学ぶ事も出来た。

 もちろん、あからさまに敵対すれば商売敵として睨まれるが、大抵は開拓村に行けば良いので問題には成らない。

 

「タニア、またこんな所に来て…。お前ならもっと楽な場所で働けたろう?」

 やがて、タニアの主人らしい身なりの良い若者が数人伴って現われる。

 護衛であったり雇い人であったりするのだろうが、顔見知りらしく皆一様に笑う。

 町でも名の知られた若者が、彼が成人した時のプレゼントとして買われてきたタニアには、てんで弱いことが良く知られていた。

 

「若旦那! もしかしてお迎えに来てくだすったのですか? でもですね、ここの方が実入りが良いのですよ」

 身も蓋も無い事ながら、タニアとてボランティアで子供達の面倒を見て居たのではない。

 段取りを考えたり、数を数える代わりにタニアは手数料を物納でもらって居た。

 自分自身が働くことに合わせそれらを加算する事で、彼女がまだ若いながらも自分を買い戻す事が視野に入れれたのだ(若くて能力が無い頃の値段だからこそ、安かったとも言えるが)。

 

「タニア。そんなに私の元に居るのが嫌なのかい? お前さえ良ければ…」

「それでは若旦那の物のままなのですよ。タニアはタニアの意思で若旦那と一緒に居たいのです。それに、タニアを馬鹿にした連中にあいつは凄いと言わせて見せるのです」

 惚れた弱みもあるのだろうが、若者はタニアに強く出られないで居た。

 タニアの方も若者を憎からず思って居る様であるが、彼女には奴隷には似合わぬ自尊心がある。

 若旦那の御相手で、一緒に計算や文字を覚えれると知った時から、彼女は諦めるのを止めた。

 そこに有益な手段があるのだ、やって何が悪いと居直ったとも言う。

 そんな風に、タニアは生来の奴隷としては、一風変わった女の子だった。

 

「先生が変なことを教えるから、タニアが変わった子になってしまいましたよ」

「元から彼女は物判りが良かった。教えなくともいつかは自分で理解したとも。私はソレを後押ししただけだ」

 変わった所も悪くない。

 そんな風に笑う若者に、先生と呼ばれた男は力強く頷いた。

「特殊なタレントも魔術の能力も無いが、何が必要かを理解する力がある。何をやってはいけないかを理解する力でも良いがね」

「冒険者にでもなったらどうするんですか。せっかく教えたことが無駄になるんですよ? まあ、慣れましたけどね」

 才能が無いからこそ愛されるという事もあるだろう。

 タニアは誰でも出来ることを、他人と一緒に汗水たらして実行するだけなのだ。

 ただ諦めることなく、前を向いて実行するだけ。

 あえて言うならば、それが彼女の才能だろう。

 

「若旦那~。アルフレッド先生を独占したら駄目なのです。みんな困ってるのですよ」

「悪い悪い。つい話し込んでしまってね。タニアが聞きたいなら、また講義に来てもらおう」

「彼女はそういうことを言ってるんじゃないと思うがね」

 学校に行くと言うのは、ある種の幻想である。

 貧しい者に取って時間は有限だ。

 子供達でも数時間の労働で金を稼ぐことが出来るし、それが鉱山の様に特殊性があったり過酷であればあるほど時間は重要で、魔導国でなら賃金も高くなる。

 学校に行っている暇があれば、子守の一つでもさせるのが貧乏人である。

 その意味に置いて、労役の最中に時間を造って、判り易く教えてくれるアルフレッドと言う教師は貴重であった。

 

「アルフレッド先生~。先生に面会だよー。レイナースさんて言う、綺麗なメイドさん!」

「レイナース? まさかな…。今行くから待って居てもらいなさい」

 一同が色々やっていると、子供の一人がアルフレッドを呼びにやって来た。

 その名前が有名人の名であることも、自分が教師と言う名目で隠遁しているなど問題の覚えがあるものの、なぜその人物が呼びに来るのかが見当が付かない。

 

 いっその事、心当たりが外れてくれれば気が楽なのだが…。

 どう見ても、知っている人物にしか見えないだけに不気味である。

 しかも聞いて居た通り、メイド用の服を着て居るのが混乱に拍車を掛けた。

 

「アルフレッドさんですね? とある方がお会いになりたいそうです」

(これは勝てんな…。以前はもっと余裕が無い感じだったが、随分と様変わりしたものだ)

 アルフレッドは自分の過去の行状から、捕えに来たのかと逃げる事を考えたものの、その考えを打ち消した。

 戦っても勝てず、隙を突いても揺らぎそうにない。

 何より、戦って死ぬことよりも、レイナースと言う心に闇を抱えた女性が、ある種の安定を得た事に興味を覚えて居た。

 帝国は魔導国の傘下に入ったものの、別に解体などはされて居ないはずなのだが…。

 魔導王というのは、そんなにも影響力があるのだというのか?

 

「ある方? 会うのは構いませんが、私に何が出来るやら」

「その方は、この国に学校を造りたいそうですわ。その為の要請だと思います」

 これはアルフレッドと言う八本指の暗殺者が、魔導国の学校建設に携わる前の出逢いである。




 と言う訳で、思いついたネタをでっちあげてみました。
感想にあった事で、たまたま閃いたのですが、続きを思いつかなかったのでエイプリルフール用のネタにしてみました。

/登場人物
・タニア
 諦めるのを止めた十二歳の少女。
それ以上でもそれ以下でもないが、生来の奴隷がそんな事を実行できるのが異様。
流されままではなく、自分の意思で世界を渡って行く。
夢はいつか金持ちになって、世界中の奴隷を買い取り自由にすることで、若旦那の嫁は凄いと言われること。

・若旦那
 金持ちの若者。
成人の時に奴隷の子供をプレゼントされ、最初は普通に扱っていたものの、その子が変わって行く様子に惚れてしまったらしい。

・アルフレッド
 暗殺者であり、これから元暗殺者になる予定の男。
精神系の魔法を用いて洗脳や教育を得意とし、『人形遣い』『チャイルドマン』『百の子を持つ者』『人間爆弾』『ワッペン・マインドクラック』などの通り名を持つ。
実際の所、タニアが異様なのは、使えると判断して加工中であったと言うだけの話で別に救いようがある裏話などは無い。
この後は放置するので、タニアは芝む―的なちょっと変な子になるだけでしょう。

・レイナース
 帝国騎士。重爆。でも今はメイド。
そして使いっぱしりであり、ルプーにきっと騙されている。
でも良いのだ、彼女は目標を見付けて充実しているらしい。


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学校編
必要は成功の母


注:
名前だけ流用のオリ至高が脳内再生されます。


●魔導王の憂鬱

(参ったな…)

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンはかつてない窮地に陥っていた。

 この地に転移してから、これほどの窮地は経験したことが無い。

 

(あえて言うならユグドラシル時代か。だが止めれば済むゲームの時とは違うんだ)

 総身震える窮地と言ってよい。

 喉が無いのにゴクリと言う音が聞こえてきそうだ。

 このピンチをいかに乗り切れば良いと言うのだろうか?

 

(俺は良い。俺だけなら良いんだ。問題はNPC…子供達の苦労に直結するって事だ)

 親戚の子供達にあたるNPC達の窮地。

 ソレを放置する事は親代わりを自負するアインズにとって看過できる事態では無い。

 

(俺はどうしたら良いんだ。教えてくれ、音改さん!)

 どうしようもない苦境にかつてのギルドメンバーを思い出す。

 ギルドの財政担当であった彼なら、どんな助言をしてくれるのだろうか?

 

 そう、魔導国国王アインズ・ウール・ゴウンの窮地とは…。

(金が無いんです。もう…駄目だ…)

 切実なほどに空に成った財布である!

 

 もう右に振っても左に振ってもストレージから金が出て来ることは無い。

 涙でちょちょ切れるとか、首が回らないと言う表現が身近に迫る。

 

(勿論、宝物庫やみんなの部屋を漁れば幾らでも出てくるけど…)

 金が無いのはナザリックではなく、あくまでモモンガとしての手持ち資金だ。

 調子に乗ってアルベドのドリームチームやユリの孤児院など、手持ち資金を投入した為にスッカラカンになってしまった。

 

 だが、ギルドの金に手を付けるのは躊躇われる。

(それは最後の手段だ。俺の我儘の為に使うことはできない!)

 NPCが活動する為の資金を豊富にしてやりたいというのは、あくまで余分で余計な考えだ。

 ギルドの金を使うのは、それこそ不慮の事態でNPC達が死んだ時に復活する為のモノ。

 活動資金を豊富にして蘇生費用が減ると言うのは、本末転倒だろう。

 

(ユリやリザードマン達に使う費用ってだけなら現地の金を使えるけど、魔導国の運営に当てられてるし俺の自由にならないんだよな)

 アインズは王であるがゆえに、好きなように振る舞うことが出来る。

 だが、王が自分の趣味で金を右から左に動かすのは、恥ずかしい行為だ。

 

(これじゃあ奥さんに財布を握られた旦那みたいだよ。小遣いくれって王様が言うのも変な話だしなー)

 実際には王にしても皇帝にしても、予算を組んで手持ち金に組み入れて居るのだが…。

 王者の振る舞いをいまいち理解できない鈴木・悟としての知識が、アインズにそう思わせていた。

 

 その時、神の啓示とも言える言葉が訪れた!

 

(銭が欲しいなら、どんな事でもせなアカンで)

(間違って居るぞ! 間違った方法で得た資金はいずれ自分を滅ぼす!)

(ね、音改さん!?)

 ギルドの金庫番と言われた男の、あれほどまでに欲したアドバイスが脳裏に蘇る!

 アインズの右と左から、良心と悪徳心の化身として入れ知恵を始めた。

 

(座して逃がすのは甘えや甘え。使える手段は全部使うんや)

(DUPEやリアルマネー取引が栄えたか? 結局は終わりが速くなるだけだ!)

(い、いやまて。なんで口調が違うんだ? 落ちつけ、俺)

 右からアキンド語(似非大阪弁)で悪徳を説き、左から正論を清々しく説く。

 脳裏に浮かぶ姿は、どちらもミミックというのだから笑うしかない。

 

(そうか、ロールプレイだ。…正攻法の中で可能な限りの努力を行うべきで、その為には躊躇は無用)

 悪だからこそ可能な手段がある。

 悪だからこそ抑えるべきポリシーがある。

 隅々までルールを読み尽くし、許される行為はなんでも利用して金を稼ぐ。

 

 そして、稼いだ金は仲間の為に有意義に使え!

 金とは回す為のモノであり、決して貯め込んで置くモノではない。

 それがギルドの金庫番であり、財政担当の考えであった筈だ。

 

(そうですよね。使える手段は全部使う)

(この場合は魔導国なら良くて、ナザリックは駄目というのが絶対順守のルール)

(それで最低限の安全は保たれるが、出来れば王としての面目は保ちたい…どうすればいいんだ)

 もう架空の声は聞こえなかった。

 音改に頼る心が、良心と悪徳の鬩ぎ合いを演出して居たのに過ぎない。

 

(思い付くのは工作資金にする前提で新しい税を導入するくらいだが、そんな都合の良い方法があるのか?)

 魔導国は良い国と宣伝し、今居る国民が逃げないようにする。

 その為に税金は最低限に抑えられている。

 そもそもアンデッドの行政官がメインで、出費が無いからこそ国庫が余裕で回っているだけなのだ。

 ここで余計な税金を導入しても、国威が下がるとか住民が逃げるだけだろう。

 

(後は労役…だっけ?)

 話を聞いてみると、週の半分を最大限として国民を動員する税金の一種があるそうだ。

 普通はそれで堤防や道の整備をしたり、免除する代わりに兵として一定期間連れて行く兵役になるとか。

(でもなあ、それもアンデッドがやっちゃうし、無意味に動員しても費用掛るだけなんだよな)

 魔導国は金を借りればアンデッドをレンタルできるし、行政府自身がやるなら無料である。

 ゆえに労役を定めたとしても、国民を動員するのは逆に金が掛るだけなのだ。

 

(参ったな。魔導国を使うとしても俺の知識じゃ限界だ。こんなことアルベド達には相談できないし、どうすれば…)

 頼めばNPCは幾らでも融通してくれるだろうが、全ての基準を入れ換えてしまいかねないので問題である。

 それに相談の仕方を間違えれば、孤児院なりリザードマンやドワーフに金を掛けることが間違いだと言われかねない。

 

 そして時は無情である。

 グダグダと悩んでいるうちに、タイムリミットが訪れてしまった。

 

「アインズ様。ユリ・アルファ様がシズ・デルタ様を伴って面会を求めておられます」

「ユリが? 何が…いや待てよ、プレアデスのユリとしてでは無くか」

 嫌な予感がした。

 猛烈に、嫌な予感がした。

 ユリは私情を持ち込まないNPCの中でも、特に公私混同に厳しい方だ。

 

 そのユリがあえてプレアデスのユリではなく、ただのユリとして面会を求める用事。

(つまり、孤児院で何かあったのか。ヤバイ…今の状況で…)

 ユリには孤児院を任せて居る。

 もともと彼女が申し出た事だが、魔導国や引いては他のNPCが見た時の対応が違うと、今では任せて良かったと思っている。

 

 だが、定期の報告以外でユリが面会を申請しているということは、困った事態が起きている。

 その相談にアインズを頼っていると言う事なのだ。

 

「いかがいたしましょう? 不都合でしたら…」

「通せ。我が子同然のお前達が望むならば、いつでも歓迎だからな」

 メイドが尋ねて来るが、会わないという選択肢は無い。

 アインズは鷹揚に頷いて見せると、内心の動揺を隠して見せた。

 無いはずの胃が痛むのは、気のせいではあるまい。

 

●院長先生の憂鬱

(困ったわ…)

 話しは少し前、ナザリックの一角まで遡る。

 そこには子供達には見せられない様な、書面や計算式などがあった。

 ユリ・アルファは孤児院運営という初めての作業で、大きな問題に直面して居たのだ。

 

(まだ余裕はあるけれど、このままではいずれ運営資金が枯渇してしまう)

 ユリはアインズに面会を申し出る前に、十分に検討を重ねて居た。

 彼女の中に、いやNPC全ての中に安易にアインズに頼ると言う選択肢は無い。

 だがマナー教育以外に、戦闘するしかないユリに取って出来る事もまた少ないのだ。

 

 こう言う時の定番は、艶やかな髪を付け毛として売ったり、…体を売るというのが定番だ。

 だが彼女の神であるやまいこが造った体の一部を売るなどとんでもないし、現在進行形でナザリックのシモベである自分が体を売るなどありえない。

 

(街の有力者に寄付を頼むというのは、アインズ様の面子を傷つけかねない)

 有力者にアインズへ協力的だと吹聴するとか言って、適度に絞り取るなどユリには出来ない。

 むしろ強奪気味に脅す方が簡単だが、それはそれで問題だ。

 

(それに資金が直接の問題と言う訳でもないし、そこを是正しないと問題の先送りでしかないのよね)

 最も重要な問題は、資金繰りが滞る計算が立って居るだけで、金が無いわけではない。

 孤児院の設立に際し、予算などは微々たるものだったが、子供達が食って行くための専用の畑を工面してもらっている。

 実際には子供でもアンデッドを使えば農耕が出来ると言うプレゼンの為なのだが、レンタル料を免除までしてもらっていて、資金が回らないでは許されない。

 

 では、何が問題なのか?

 

(まさか、こんなに増えてしまうだなんて…。ボクの予想を大きく外れてしまっている)

 単純な数の問題だ。

 鼠算とは言わないが、子供が増えるばかりで減らないのだから、いずれは予算がパンクするのは当然のこと。

 

 難民は何も出来ないから難民なのであり、孤児を拾って育てても何にも成らない。

 簡単にではあるが文字を教え、数の数え方を教えはしたがそれだけだ。

 ナニカの為に使うことを身について居ない計算など、物の役には立つまい。

 専門知識が無くても可能な、人足などの仕事には難民化した時点で既に働きに出ており、アンデッドという手段がある魔導国では引き受け手が増えることは無い。

 

 かといってどこの商家・工房も無関係な子供達を雇うような余裕はなく、縁のある子供であれば既に限界まで丁稚や徒弟として雇っている。

 

「要するに、手詰まりなんだよね」

 誰かに金を無心したとしても、問題は全く解決しないばかりか、安易に魔導国運営の孤児院に頼るだけだろう。

 

 勿論、孤児たちにだって言い分はあるし、それを除いても誠実に努力はしていた。

 この手の施設を貴族や商人が思い付くと、たいていは性格の悪い子が、筆やスコップその他の道具を売り払ってしまう事もある。

 あるいは弱い子をイジメたりするのだが…。

 流石に、魔導国の施設で、そんな不心得をする馬鹿は居なかった。

 

 何かしらの仕事を創設し、その働き手として斡旋する。

 または、何かしら子供達の才能を見てもらって、引き取り手が現れる方法を見つけるしかないのだ。

 

 だが、そんな未来を予測し修正して行くようなことはユリには向いて居ないのだ。

 

「要するに、手詰まりなんだよね」

 思わず、同じことを繰り返した。

 その事で事態が進展しないことを察したのか、黙っていたもう一人が声を掛ける。

 

「ユリねえ。アインズ様に相談した方が良い…。手遅れになったらアインズ様も、流石に困る」

「私にも一応は判ってるわ」

 思わずボクと口走っていたことを察して、ユリは言い直しながらシズに微笑んだ。

 だがシズは良い子だが、妙に口数が多い。

 自分の経験をもとになんとなく理由を察しながら、行くか行かないかに決断を付けることにした。

 

「シズの言う通り取り返しがつかなくなるまで先送りにして、呆れられてしまうことね」

 魔導国の為、アインズ様の為になるからと説得した結果なのだ。

 これで足を引っ張ることになれば、子供達の未来は明るいとは思えない。

 

 場合によっては最悪のタイミングで誰かに報告されて、役立たずとして処分されるか…。

 マシな所で、『牧場』送りかもしれない。

 

「今なら初期段階では成功してる。子供達に仕事が無いのはユリねえのせいじゃない。それと…」

「余裕のある今の内にアイデアを御借りすることにするわ。もちろんシズの仕事もね」

 シズの口数の多さ。

 それは、自分もまたやるべき仕事が無いことだろうと推測できた。

 なぜならばユリもまた、孤児院に関わるまではナザリックの為に成る、仕事が無かったからだ。

 

 全てのギミックを知る妹は、その重要性に外に出られ無い。

 どうせ相談に行くのであれば、シズの事も頼んでおくべきだろう。

「それじゃあ、さっそくだけどアインズ様の所に行きましょうか」

「うん。いく」

 そう言う事で、二人は連れだってエ・ランテルに居る魔導王の居室へと赴いたのである。

 

●イン…なんとか

 子供達の働き先が無く、資金繰りに困るほど増えて行く。

 その話を聞いたアインズは早速困っていた。

 

「なるほどな。解決そのものは簡単だが…」

「流石はアインズ様」

「すごーい」

 命令とか金を唸らせれば簡単である。

 だが、どちらも出来ないから困っているのだ。

 

「では、何が問題なのでしょうか? 可能であれば私達も努力をいたしたいと思います」

「お前達は自重するにしても、他の者は私に頼る事を覚えるだろう? 次々相談されても面倒だと思ってな」

「ユリねえもそこで困ってた」

 仕方無いのでその場を誤魔化しつつ、考えながら歩いて方法を探る。

 ユリも、ではなくユリの懸念をそのまま流用しただけだ。

 

 絶対条件。ナザリックの資金を使わない。

 条件1。出来るだけ、なけなしの手持ち金を使わないこと。

 条件2。出来るだけ、王としての威厳を損ねないこと。

 条件3。出来れば、その後の収入に繋がること。

 

(…出来るか!)

 一歩目で精神に均衡がもたらされた。

 だいからして、鈴木・悟であったころから商売以外でやったことは無いのだ。

(そんな都合の良いことは、インサイダー取引でもしない限りは不可能だ。他に在ったらどこの王様でもやってるだろうさ)

 あんまりウロウロするのもみっともないので、歩調をゆっくりしたり、カーテンを開けて王様っぽく振る舞う。

 そのたびにメイド達は凄いとか恰好良いというので、自分で目標を高くしてしまった感が否めない。

 

 そしてここで、再び神の啓示が訪れたのである。

(出来るんやろ? なんでインサイダーしたらあかんねん)

(そうか! インサイダー取り引きの規制法なんてこの世界にはなかったんだ!!)

 プルプルと震えながら、心の中の音改に感謝を捧げた。

 

(確か、インサイダーというのは宇宙人が侵略して来るのを、自分の町を壁にして迎撃するゲーム。得はあるが損もする自分食いの手法だったはずだ)

 だが、マネーロンダリングのように使えるのは確かだろう。

 魔導王として金の消費を命令し、それを別の手段で回収するのだ。

 

 この場合はユリの孤児院に労働が回る様に命令し、他の者…できればシズの指示で回収するのが一番。

 

(だが気をつけろ! 売って良いのは、売られる覚悟のあるやつだけだ!)

(情報の隠蔽が一番ですよね。バレたらみっともないというか、他の奴も同じことをするか、工作資金を指摘する奴が出て来る)

 アインズは思い付いた事をまとめようと、トントントンと窓枠を叩き始めた。

 考え事に入ったと察して、あれほどうるさかったメイド達の賞賛が止まる。

 

(どの道、シズは表に出せないんだ。指示と計算だけさせるにしろ、ナザリックか避難所経由だな。そこに集めた情報を使って売りさばく)

 情報自体はアンデッドの通信網で良いだろう。

 各地に置いた情報をエルダーリッチあたりに記述させて、表にして伝えさせても良い。

 仮に自分以外にアンデッド達が情報を伝えないのであれば、…最悪、多くの情報を提出させた時に、こっそり抜き出す形で良いだろう。

 

「シズ。計算は得意か?」

「アインズさま。スナイパーの得意技。忘れたら駄目」

「シズ。アインズ様に失礼ですよ」

 シズが銃を構える仕草でふてくされ、ユリが怒る姿が微笑ましい。

 

 この答えにアインズは満足すると、手早く計画をまとめることにした。

 苦労は多いだろうが、苦労が欲しいと言うのだから丁度良い。

 それに、シズが苦労して居るならば他の姉妹が羨ましそうに手伝いを申し出るだろう。

 

(後は商品を何にするかだな。ユリの孤児院作る物。…いや孤児たち以外でも働けるようにして、最低限の賃金は保証するんだ)

 先ほどスルーしたはずの、労役制度を思い出した。

 労役として労働を命じ、何らかの商品を作らせるという方式だ。

 

 その一部は適当な価格で現地で売りさばき、賃金に当てる。

 もともと無償で作らせるのだから日銭くらいは稼げるだろうし、ダミー情報としては十分だろう。

 そして他所の町で高額販売できる物はナザリックが独占し、ちゃっかり自分の懐に入れてしまえば良い。

 ゲートを使うのだから、情報が行き帰きしない遠方の場所でも構わないくらいだ。

 

(最大三日っていうけど、一日あれば十分だよな。その方が楽な仕事だと思ってくれるし、賃金が貰えるなら助かる人だって出て来る筈だ)

 基準は貴族達がやってることである。

 比較対象が最悪なのだから、少し楽なくらいで丁度良いだろう。

 

(後はどうやって俺の懐に入れるかなんだよなー。デミウルゴス達に相談したいけど、そしたら国庫に入っちゃうし…)

 アインズはそう考えながら、ふとユリの相談もまた資金繰りが問題であったことを思い出した。

(そうか。ユリ達が自由に使える資金として蓄えるように言えばいいんだ。どの道使い道の多くはそこなんだし)

 言わないだけでナーベやルプスレギナも資金が必要だと思っているかもしれない。

 

「暫定的だが、これから週に一度。国民には何らかの労働を課すことにしよう。獣でも薪でもレンガでもなんでも良い」

「っ! 子供達が働ける場所があると言うことですね。それを見て居れば商人たちだって…」

 アインズは軽く手をかざしてユリの言葉をそこで止めた。

 

 落ち着いた所で、改めて話を進める。

「数が判り文字が書ければ作業は簡単だろうな。そうだ、労働の中には教育や製造の方法を教えても良いとするか。同じ町で商売しないなら教えてくれるだろう」

 今度は喋らないので、満足そうに頷いてから最後まで続けることにした。

 

「そこで出来た品は村や町で買い取って使うと良い。その金の範囲でノルマ以上の品や良い出来の品には賃金を出す。さて、特に良い品だが…シズお前に任せよう」

「この子に仕事をですか?」

「アインズさま。シール貼って良い?」

 シズとて馬鹿では無い。

 いや、狙撃には計算が重要なので、頭の回りそのものは良いのだ。

 普通の品を町で買い取ると言った以上は、特に良い品を誰が買い取るのかは言うまでも無い。

 

「構わないとも。シズ印と言う訳だな。…特に良い品はナザリックで集めて必要とする場所に高く売る。その利益は私とシズで半分こだ」

「恰好良いのあったら貼る! でも、なんで半分こ?」

 アインズは笑って頷いてユリの方に向き直った。

 出来レースの商売の話なのだ、恰好良く決めねば恥ずかしいだろう。

 

「半分は私が手持ちの資金にするが…。今回みたいな事があった時に、シズに頼んだら資金が出ると言うなら私を気がねしなくても良いだろう?」

「ボクたち…じゃなくて、私達プレアデスの為ですか? そんなにも御気遣い頂くなど…」

 感極まって泣き出しそうなところを、軽く撫でて宥めてやった。

 後にこのことを聞いたアルベドが嫉妬するのであるが、今は関係ないことである。

 

(よし! 暫くすれば金に困らなくなるぞ。後はどうやってデミウルゴス達を納得させられるかだが…)

 意外なことに、アインズが抱いた最後の関門は存在しなかった。

 

●農奴が消える日

 

 子供達のために労役を施すと聞いて、アルベドは最初、開いた口が塞がらなかった。

 重戦闘形態であれば、しまうのに苦労しただろう。

 

「なんということ、人間の子供達の為に、アインズ様が御心を砕かれるなどと…」

「フフフ。アルベド、嫉妬は良くありませんよ。それではせっかくの御計画を見落としてしまいます」

 図星を刺されアルベドは口ごもった。

 ユリがアインズに撫でられたと聞いて、ユリに嫉妬するのも問題なので、子供達に飛び火しただけなのだ。

 

「どう言う事なのデミウルゴス? 国民がアインズ様に奉仕するなど当然だと思うのだけど」

「ええ、私もそう思いますよ。ですが貴族や大商人達は、手の中の財産をなかなか手放さないでしょうね」

 自分が何かを見落としているのではないか。

 そう思ったアルベドは素直にデミウルゴスの考えを聞くことにした。

 彼女自身も頭が切れるほうであるが、他者をナニカに利用する事に掛けてデミウルゴスの右に出る者は居ない。

 

「農奴というものを知って居ますか? 彼らは雇い主に契約する下級農民であって、正確には奴隷では無いのですよ」

「ああ。土地を持たず移動するほどの食料を持てず…。なるほどね、彼らに賃金が渡れば枷を解き放ってくれたアインズ様を崇拝する」

 そういう事です。

 デミウルゴスは頷きながら更に続けた。

 

「大商人たちもアインズさまの手前、労役に行くなとは言えないでしょう。更に近隣の諸侯たちが見ものですね。困窮した市民はこぞって魔導国の労役に参加するでしょう」

「それをさせまいと農奴狩りをおこなえば、魔導国へ喧嘩を売ると言うことね? 黙って国力の低下を見て居るしかない」

 例えるならば文明爆弾でしょうか?

 デミウルゴスは伝播する情報によって、人々が魔導国へ行きたがる流れをそう評した。

 場合によっては、町自体が魔導国へ移籍したがるだろう。

 それに文句を付けてくれば即戦争…、いや貴族同士ならば私闘(フェーデ)だろうか?

 

「貴族達の労役が最大三日なのにたいし、アインズ様は僅か一日。その一日だけで世界が震撼する事に成る。何手先を読まれているのか」

「感動して居ないで、私達の為すべきことを考えましょう。アインズ様の一手を活かすには、まずはどうすべきかしら」

 震えるデミウルゴスをせかしてアルベドは現実に向き合うことにした。

 戦争を避ける必要は、別の意味で全く必要ない。

 大義名分はこちらにあり、戦争を仕掛けてこなければ、文明爆弾が町から人をこちらに引きつけるだけだろう。

 ならばその流れを加速させ、大義名分を逃さない様にするべきなのだ。

 

「そうですね。登録すれば奴隷の持ち込み自体は良しとして、自分を買い取ることが可能にしましょう。そして我が国では売買を許可しません」

「なるほど。大商人達の財産を差し押さえない。でも、奴隷が働けば働くほど天秤は傾くと言うわけ…」

 奴隷売買を許可しない以上は、魔導国は奴隷制度を良しとしない国である。

 だが、持ち込みは可能なので楽をしたい商人は奴隷を利用する者も居るだろう。

 やはり近くの奴隷がこのことを聞きつけて、魔導国へ来ても流れは同じである。

 

「一見、全てを許可する自由の国。ですが…気が付いた時にはアインズ様を崇拝する者で溢れるでしょう」

「アインズ様のように日ごろから下々に御心を砕かれて居れば、商人達も困らないでしょうにね」

 ナザリックの誇る智者二人は、笑いながら法令を定めることにした。

 魔導国へ人々がやって来るように。

 敵対したモノをなぎ倒しても、問題無い様に…。

 

 




と言う訳で、久々のオバロ物です。
以前に書いた、エイプリル物をリニューアルしてショートシリーズにする為の第一回に成ります。
とはいえ、ネタありきの物語ですので、ネタを思い付いて、現地のイメージに訳してからなので遅くなるかと思います。
思い付いたら書く感じで、全5-10回のショートシリーズになるでしょうか?

 前フリなので学校モノとか言いつつ、学校はちっとも出てきませんが…。
デミ衛門たちの話してる今回の労役は、アルスランとか見てて持ったことを、悪意を持って悪い方の懸念をワザと表に出す感じになります。
奴隷から介抱してくれる国が在る、と奴隷が目指す。国が止めるから戦争になりかねない。
だけど、魔導国からすると、戦争OKなほど戦力差があるのでと言う論法。

 脳内再生される音改さんは、名前だけのオリ至高になります。
種族はゴーレムで、財宝を余分に持てるミミック。
特典小説とか手に入ってないので、問題があれば修正する予定です。


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バハルス領域の黄昏

●いつものように会議を

「もしかして魔導国って政治の素人ばっかりなんですかい?」

 魔導国よりもたされた布告文を前に、一人の男がとぼけて見せた。

 その男は帝国四騎士の一人、”雷光”バジウッド・ペシュメル。

 絶対者から送られた文言を前に、誰よりも早く反応してみせたのは流石の胆力という他ない。

 

「そんな訳があるか」

「ですが陛下。素人に毛の生えた俺でも判るくらい矛盾だらけですぜ」

 緊張感を解し、話の流れを作るためにワザと空気を読んでいない。

 それが判るからこそ、バハルス帝国皇帝たるジルクニフは、バウジッドをつまみだす事は無い。

 

 引き立てた文官や騎士の中でも教養を持つ者達は、弾かれたように思考を巡らせ始めていた。

 バウジッドが言う様に、奴隷売買を禁止しているのに持ち込みは可能であるなど、矛盾する内容もありはするのだ。

 だが、そこに隠された意図があるはずだと思考を重ねて行く。

 

「俺に腹案はあるが、今回追加された政令に関してお前達はどう思う?」

 ここで最適解に違いあるまいと言う馬鹿を、ジルクニフは側近に登用したつもりは無い。

 最終的にそう判断せざるを得ないとしても、何かしらの意見を提出するだろう。

 己の解釈は既に存在するものの、異なる意見・異なる価値観を取り入れることで、より良い結果を導き出すつもりであった。

 

 アンデッドはビーストマンと違って人など喰わないとか、初歩的なことは既に周知の事実。

 ならば目的は何か?

「全ての国民は魔導王のモノであることを判り易く示し、中央集権の第一歩ではないかと」

「それだけでは足りるまい。逃げ出した旧エ・ランテル市民を呼び戻す為と考えたらどうだ?」

「確かに。あの(・・)魔法を含めて相当数の人間が居なくなったそうだからな…」

 誰かが口火を切ったところで、一気に話し合いが加速して行く。

 そして一定の段階を越えたとこで、一つの方向へまとまって行った。

 

「そう考えて見れば慣習法である労役をあえて法令と定め、賃金まで保証する必要はありません」

「これは魔導国が国民待遇を良くしているアピールする為のものでしょう」

「奴隷の売買は禁止しておりますが、持ち込みは問題ないとあります。先の冒険者を呼び集める宣言と同じ様に、優れた商人や技巧者を集めるつもりでは?」

「魔導王という絶対者の元へ、集まる数多くの人材か…笑えんな」

 ある程度の案が話されるが、ブラッシュアップされる前に一度議論が止まる。

 これで良いのかと、全員の視線が一点に集まった。

 

「我が国に先の見えん奴は居ないと判って安心したぞ。だが、もう一歩考えを進めて見るが良い」

 沈みゆく泥舟から逃げ出すんじゃないかと疑っていることなど微塵も見せず、ジルクニフは鷹揚に笑って見せた。

 領域守護者と言う藩属国の王で済むと処断が決まってからは、最近は胃が痛まないのも影響して居るだろう。

 

「と、言いますと陛下?」

「例年の恒例事業であった王国への派兵を思い出せ。あれは単純に戦闘行為が目的だったか?」

「なっ!?」

 諸官がギョっとした目でジルクニフを眺めた。

 不敬とは知っていても、思わず確かめざるを得ない不吉さがそこにある。

 

「そうだ。これは周囲から緩々と人材を奪い去り、同時に国を発展させる策略だ」

 更に魔導王を中心とした絶対王制を確立する。

 そんな一石三鳥の手だとジルクニフは語った。

「王国はただでさえ疲弊して居ます。旧エ・ランテル市民を皮切りに大移動が起きかねませんな」

「文句を付ければ勝ち目の無い戦争。黙って見て居れば人が居なくなるか…。これは詰んだな」

「我が国も人ごとでは済みませんぞ! 早急に対策を話し合わねば…」

 ある者は沈みゆく王国の将来を、ある者は帝国に飛び火する効果を。

 恐怖感に煽られ、諸官は口々に政策を話し合った。

 

 そんな中で、二人だけが何時もの調子で続けて居た。

「それにしても陛下。それだけの手として、なんでうちを完全に吸収しないんでしょうかね?」

「ただの実験に過ぎんよ。これから国土が十数倍になるとして、様々な政治形態を試せる方が都合が良いだろ」

 国土が十数倍になる。

 その仮定が出た時、諸官はようやくジルクニフの言った『先が見えない奴は居ない』という言葉の真意を悟る。

 

 これから魔導国は急拡張するのだ。

 それを考えれば帝国が早期に属国化し、その勢力に組み込まれたことに感謝すべきかもしれない。仮に帝国を逃げ出したとしていたら、呑み込まれる過程で酷い目に会う可能性が高いのだから。

 

 こうしてジルクニフは、デミウルゴスの一枚上を行くことに成功した。

 もっともソレを知る者は誰も居ないし、無用な深読みの度合いで上回っていると知っても喜べないだろうが…。

 

●帝国よりアイを込めて

「とりあえずは今回の布告から良い所取りする路線で話を詰めろ。それと重爆とロウネを呼べ」

 もともと帝国では奴隷は自分を買い戻す事が出来るし、労役の中で最も長期間に及ぶ兵役が存在しない。

 ゆえに取り入れて、税の一部とする事には問題が無いのだが…。

 

「ロックブルズ卿は判りますが、ロウネと言うとロウネ・ヴァミリオンですか? 洗脳された可能性もあって遠ざけられていたのでは?」

「他にロウネを知らんな。…洗脳されていても奴の才能を使える方法を思い付いただけだ」

 さっさと呼べ。

 そう言う意味を込めて視線を強めると、文官の一人が慌てて飛び出していく。

 

 暫くして閑職に追いやっていた元首席秘書官と、帝国四騎士の一人が現れた。

「陛下、お久しゅうございます。私などに何の御用事で?」

「皮肉か? 用事も無いのに呼ぶはずもあるまい」

 デミウルゴスによる洗脳の危険があり、遠避けられていたことをチクリ。

 そんなロウネの無礼を笑って許す事で、閑職に付けたことを詫びて見せる。

 ロウネの方も仕方ないとは判っているので、それ以上を言わないし恨んではいないようだ。

 

「では何の任務なのでしょうか? この組み合わせは嫌な予感しかしないのですけれど」

「そう急くな。まずはコレを読め」

「失礼します」

 嫌な顔をするレイナースに対し、ジルクニフは二人の前へ布告文の映しを放り投げた。

 ロウネが早速取り合えげて読み始める。

 

「単純に言うと魔導国が広く人材を募集し始めた。忠実な領域守護者としては、優秀な人材を送り込む必要が出て来る」

「それが私達ですか? ていの良い使い捨てでは無いのでしょうね?」

「いえ、それですと相当数の人数が居た方が良いはず。使い捨てとしては惜しいと信じたいところです」

 不満顔のレイナースと違って、流石にロウネの方は言いたいことを察したらしい。

 

「そう言うことだ。二人には文官と武官を引き連れて、魔導国の足りない人材を埋めるくらいのつもりで行って欲しい」

「今のうちに連合王朝の主導権を確保するおつもりですか?」

「ロウネはやり甲斐があるでしょうけど…騎士に仕事があるとは思えませんけどね」

 打てば響くようにロウネは策を見抜いた。

 レイナースも判らなくもないと納得はして見せるが、アンデッドの軍勢を前に英雄未満の戦力は無いも同然だと苦笑する。

 

「そう馬鹿にしたものでもないと思うがな。以前に冒険者の真似をして重宝がられたと言っていたろ? そういう智恵はアンデッドには無理だからな」

「空いた時間は好きに使って良いと? それならば私にもメリットはありますけどね」

 ここでレイナースも頷いて見せる。

 主命である以上は従わざるをえないし、自由に行動できるなば自分の目的も叶えられるかもしれないからだ。

 言質を得られれば、あとは好きに行動すればいい。

 

「せっかくだ、二人には十分な工作資金を持たせよう。ロウネは政策で面白そうなモノを試し、レイナースは呪い対策なり健康促進のアイテムを探すと良い」

「…そこまで厚遇されると疑わざるを得ませんが、お聞きしてもよろしいので?」

 あまりにも都合のよい待遇に、レイナースは思わず渋い顔をした。

 確かに呪いを解くことを最優先する気だが、露骨にソレを助けられても嫌な予感がするだけだ。

 

「他意はないぞ? 単に俺も人ごとでは無くなって来ただけだ。この間まで体の調子がすこぶる悪くてな、一種の呪いじゃないかと疑っているくらいだ」

「同情などいたしませんわよ。ただ、ご期待に添うことで忠誠の代わりにいたします」

 プイっと顔を背けて見せるレイナースに、ジルクニフは安堵した。

 胃の痛みは治まって来たが、心もとなくなって来た髪の毛の方は取り返しがつかない。

 できれば彼女が探す医療品の中に、かつての健康を取り戻せる薬があることを心から願った。

 

「では陛下。私の方は文官を中心に様々な職種の者や、上は下級貴族で下は奴隷までを選定すればよろしいのですね?」

「そう言うことだ。可能な限り広い分野の連中を連れて行ってくれ。反応が見たい」

 一を聞けば十を知る。

 ジルクニフの側近として付きあって来たロウネは、最近のブランクにも関わらず言われるまえに全て悟っていた。

 彼らは貢献の為に送りこまれるだけではない、内部から掌握する為に送り込まれるだけでもない。

 彼らを遠目に確認することで、どれほどの事業を魔導国が為しているかを実体験で観察する。

 

 それ為にこそ、どうでも良い人材ではなく、能力のある二人が長として選ばれたのである。

 もちろんロウネが魔導国のエリート官僚になり、レイナースがオリハルコンやアダマンタイト級の実力を身につけられれば理想的ではあるのだが…。

 

 いずれにせよ、こうして帝国から派遣される一団が結成されることになったのである。

 

●メイドとメイドとメイド

「何がどうしてこうなったのかしら?」

 レイナースは正直、困惑して居た。

 せっかく訪問団に先行して、コネのある人物の場所まで辿りつけたのだが…。

 不本意なことに、紹介された先が微妙であった。

 

 魔導王に出逢う可能性があり、かつ、不意の襲撃があっても護りに付いて功績を稼げる。

 そんな都合が良い場所がそうそう無いのは判っていたが、まさかこうなるとは思わなかった。

 

「確かにメイドで良ければ紹介するって言われたけど、私が帝国を飛び出したらの話よね」

 懇意にしてもらったカルネ村在住のクレリックに挨拶へ行ったら、メイドにされてしまったのである。

 

(うふふ。レイちゃん愉しんでいるようっすねー。でも、これからっすよー)

 レイナースは知らない。

 彼女の立場と意思に関わらず、紹介したルプスレギナ・ベータに取っては『玩具』として扱い易い場所に紹介しただけなのだ。

 例えメイド以外を紹介されたとしても、不本意な場所しかなかったに違いない。

 

 その意味においては、レイナースの要望に一番近い場所として間違いは無かった。

 そのこともレイナースは知らない。

 

 だが、行政府付きのお屋敷に案内された以上は、覚悟が必要だろう。

「こちらがこの屋敷…私達は下館と読んで居ますが、そこで働く人間たちを統括するツアレニーニャ・ベイロンさんです」

 中の上。地方であれば十分に美女であるが、争って求めるほどではない。

 理性ではそう判断できるものの、女として満ち足りた表情が何割増しかで美しく見せて居た。

 レイナースにはそこがどうにも癇に触る。

 

「ということは、ルプスレギナお姉様は…?」

「私は純粋な人間ではありませんからね。ただ、レイナースさんも管轄上は下になりますので、気を付けてください」

 自分が持って居ないモノを見せつけられて、舌打ちこそその場で抑えたものの感情を抑えるのには苦労した。

 少なくとも、自分を買ってくれているルプスレギナの前で失態を犯すわけにはいかない。

 

 席を外して二人っきりにしてもらったので、今の内に挨拶をしておくことにした。

「帝国より参りましたレイナース・ロックブルズと申します。よろしくお願いいたします統括殿」

「ツアレとお呼びくださいレイナースさん。統括と申しても、メイドや下男以外の人間が居ないだけで、その御役目は畏れ多いです」

 こっそりイヤミを入れたら、下手に出て返されてしまった。

 やるな…とは思いつつも、社交界には顔を出してないので、それ以上のやり口を思い付けない。

 

「私は一応は騎士なのですが、ここでは…そうですね。戦闘メイドとでも呼ぶ存在になるのでしょうか?」

 仕方無いので、我身の不幸を嘆こうと現状を語ろうとしたのだが…。

「っ!? その呼び方は止めた方が良いです。いいえ、お止めください。そ、その役職はベータさんほか限られた方のみに許された単語です」

「え? は、はあ…。お姉さま達のみの?」

 今まで静かに微笑んで居たツアレが、突如として豹変した。

 ガクガクと震え…こそしないが、周囲を気にしながら、口元に指を立てる。

 

「あの方々は我々の事など気にされませんが、魔導王さまがたの決められたお役目だけは別格です。お優しいベータさんやアルファさんならともかく、他の方に聞かれたら大変ですので気を付けてくださいね」

「わ、判りました。御忠告を感謝いたしますね」

 見て居るこちらが驚くほどの慌て様であったが、この時だけは素顔が見えたような気がした。

 これまで諦めと幸せが一体化したような、儚げな笑顔であったのが年頃の娘に戻ったようだ。

 思えば普通の女が、こんな魔物だらけの都市の中央で平然と暮らしている方がおかしいのである。

 

「そういえば、ツアレさんはどうして魔導国…いえナザリックに?」

 興味をそそられたレイナースは、止せば良いのに核心を尋ねることにした。

 詳しい内情を知っているツアレという女であれば、魔導国ではなくナザリックという本館どころか王城ですら及ばない場所を知っていると確信して。

 

「私ですね…。本当はとっくに死んでいた筈なんですよ」

 ポツリと呟いた言葉が不思議と心に突き刺さる。

「死んでいた筈?」

「ええ。死に掛ってゴミの様に捨てられた所を、あの方に助けていただいたのです…」

 真の絶望を知る女の前で、絶望と戦っているフリの女はただ聞くだけしか出来なかった。

 ところどころ知らないことがあったり、ボカされていることはあったが、王都で起きたことを知った時…。

 

 レイナースは心底、ツアレを羨ましいと思った。

 そして彼女の様になりたいとも。

 魔導国に仕える者が手に出来る幸せを求めて、レイナースは心から忠実に働くことを決めたのであった。

 

 なお、彼女の預かり知らぬことではあるが…。

「なんだ、仲良くなっちゃったのか。できれば殺し合って欲しかったなー。失敗失敗」

 とはレイナースの心から敬愛するルプスレギナのお言葉であったそうな。

 

●奴隷の少女と、お勉強の始まり。

 所変わって帝国に所属する、とある村。

 

「売られるですか? 奴隷だから仕方無いです」

 とある村に奴隷の少女が居た。

 ティという奴隷の娘で生まれながらの奴隷、タニアと言う。

 

 奴隷の子供は地域によって二種類に扱われ、主人の持ちモノという場所と、奴隷の数少ない財産という場所に別れる。

 だがこの場合はどちらも同じだろう。

 この年、村が貧乏になったので売られることに成ったのだ。

 

「できれば良い主人に買われるのが良いと思ったです。結果的に幸せが来たのです」

 タニアは村を出てから、どうにもならない事があるのと、諦めても意味が無いことを理解した。

 彼女が売られたのは理不尽な理由であったが、その結果、買われた先は金持ちだった。

 メンツもあるので食うに困らないだけ食事をだされるし、村に居た頃よりも良い生活をしているくらいだ。

 

「ほーさく貧乏ですか? 意味が判んねーです」

 勉強が出来るようになった今でも理解が出来ない。

 成人したばかりの若旦那付きの奴隷になり、勉強を教えてくれる先生が何か言っていたが、全く理解できなかった。

 

 商品作物が豊作過ぎて、他所と狙いが被って大損をしたと言うのは判る。

 だが、知識と実体験は異なるというか、幸福と不幸がいっぺんに訪れたことで意味が判らなくなった。

 何が幸福で、何が不幸なのかが判らない。

 ただ判るのは、何が起きるか判らないのだから、諦めてはいけないと言うことだけだ。

 

 楽観論ではなく、極限の悲観論からタニアは自分が幸せだと思うことにした。

 諦めなければ何でもできる。

 自分はゼロから出発したのだと、そう思うことにした。

 

 死ねば躯に成るだけ、それは誰でも同じではないか。

 ならば諦めずに、今を愉しむのが良いのである。

 

 今の所は悪い運命ではない様で、努力した分だけはちゃんと回収できている。

 若旦那の代わりに叩かれる為であったが、勉強することもできたし。

「タニアは頭が良いね。私の代わりに面倒を片付けてくれる」

「若旦那の為ではねーです。全部自分の為なのです」

 モノ覚えが良いと判ってからは、若旦那の代わりに宿題を片付けることで美味しい物も貰えるように成った。

 夜の営みの訓練は、体の小さいタニアには相変わらず苦手であったが、他のことで気に入られることになってからは優しく扱われるようになった。

 

「タニアは可愛いね。ずっとうちに居ると良い。可愛がってあげるからね」

「若旦那…。出来た嫁を見付けると良いです。その人を大事にするといーですよ」

 そのうちに若旦那は妓館やらに行き出したので、良くできた奴隷だと可愛がられるだけになったのも大きいだろう。

 流石にタニアも若旦那の正妻になれるなんてちっとも思っては居ない。

 せいぜいが追い出されない程度に、お女中か、お妾さんの一人に成って苦労せずに食って行ければよいなーなんて思っていたのだ。

 

 そうして過ごしていた時、タニアのもとに何度目かの転機が訪れた。

 帝国と魔導国に交易が始まり、町で一番である若旦那の店も出入りが許されるようになったのだ。

 暫くすると向こうの政策を真似るように成り、タニアの町でも労役が始まった。

 

 この時から、タニアには目標が生まれたのである。

「我こそ最後。帝国最後、魔導国最後の奴隷タニアなのです」

 自分を買い戻し、仲間達を買い戻し…。

 いつか自由になった奴隷たちと共に、大きな商売をやってやろうと思うのであった。

 




 と言う訳で、今回は帝国から人材が魔導国へ流れて行くお話です。
ロウネさんは陛下の身代わりで髪の毛が薄くなる役目に飛ばされ、レイナースさんはメイドさん系エージェントにジョブチェンジ。
二人とも苦労しながら地元民代表として頑張ってくださることになります。
 最後の方でオリ主のタグに合わせて、タニアちゃんが登場。
魔導国の労役やら学校やら、食事風景とかにスポットを合わせる役目に成ります。


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学業のススメ

 今回のお話は、エイプリル企画『火薬庫の子供達』を焼き直した物です。
その為、同じの内容が多分に含まれますのでご注意ください。


●末路の報告

「労役に参加したことで子供達は様々な事を覚え、引き取り手も現われました。全てアインズ様のお陰です」

 エ・ランテルの執務室に、ユリ・アルファが御礼の言葉を述べた。

「引き取ったのは当初思っていた職種ではありませんでしたが、出会いの場としても考えておられたのですね」

「そこまでは考えて居ないさ」

 アインズはユリが放つ尊敬の眼差しを、くすぐったそうに受け止めた。

 その裏で、『あーそういえば中小企業人材交流センターで他の業種の人と出会ったなー』なんて、今更のように思い返していたのである。

 

「ただ…そうだな。今回は別件もあって都合が良かったと言うだけだ。ところでシズの方は上手くやれているのか?」

 アインズは手元の軍資金を稼ぐために利用したとは言えず、話を打ち切るためにこの場に居ないシズの事を尋ねた。

 てっきりユリが答えて、別の話題に変わると期待したのだが…。

 

 残念ながら、斜め上に持ち上げられてしまう事態に突入した。

「その件ですが、想定していたより大きな余録が発生しているようですわね。例の件も早く始められそうです」

「例の件…ですか?」

「ふむ…」

 アルベドの言う話に、ユリどころかアインズもサッパリだった。

 偶には素直に聞いても良い様な気もするのだが、帝国から来た行政官と引き会わされたばかり。

 

 仕方無いので、いつもの手を使うことにした。

「せっかくだ、アルベド。ユリ達にも判る様に聞かせてあげなさい」

「承知しました。まずは労役によって集められた労働力・資材・食料を元に、街道の敷設・避難所の建設が急ピッチで進んでおります」

 これは判り易い具体例だ。

 確かに労役で作らせても薪や食料と違い、レンガや石板の消費先が無いのは困る。

 せっかくアンデッドでは製作出来ない物資なのだし、他の政策で決まった案件に消費できるのは良いことだ。

 

「避難所の内、交易を並行して行う場所に『駅』を建設してチェックポイントにする予定です」

「以前に話していた『道の駅』だな? 定期便を利用出来る冒険者が増えてくれればありがたいのだがな」

「駅と申しますと、ただの伝令詰め所ではないので?」

 アルベドとアインズの会話に、帝国から来たロウネという行政官が疑問を挟む。

 それに対しての答えは叱責では無く、ニヤリとした笑いであった。

 

「ソウルイーターを始めとしたアンデッドによって大型の馬車・荷馬車を定期的に運用するの」

「イザという時に近隣住民を守れるだけでなく、物流を司る訳ですな。僭越ながら利用可能な冒険者とは…」

「亜人種との交易できるだけの『理性』を持っていると判断出来る者たちだな。無論、行政官も含まれるが欲しければ発行してやろう」

 人間の心理とは面白いもので、自由に交流して良いとすれば敬遠する。

 だが、一部だけが交易して良いとすれば、利益欲しさに望んで手を上げるのだ。

 ロウネがゴクリと頷いたところで、アインズの指先一つでエルダーリッチの一体が作業を始めた。

 

「便さえあれば朝の出発で昼には森の北に在るリザードマンの村まで行ける。流石にドワーフの国へは夜に成るし、おいそれと許可は出せんがな」

「そ、それだけの速度を持つ馬車が、定期的にですか!?」

 驚く声を耳にして、アインズは満足げに頷いた。

 自分が手掛けたものでないにしろ、立案に関わった身としては面白いものだ。

 

「ん。話を中断させてしまったな。…続きを頼む」

「これらの話を見聞きした者たちの口を伝わって、早速、我が国に乗り込んで居る商人『達』が増えている模様です」

 今度はロウネも口を挟まなかった。

 いや、達…という言葉が聞こえた時、自分達のことかと喉を鳴らして緊張したくらいだ。

 

「奴隷や労役の管理は登録制ですので、帝国のように戸籍が整うのも間もなくでしょう」

「戸籍か…。せっかくだし、帝国から来た連中に任せるとしよう」

「よ、よろしいのですか? 国の要を私達等に任せてしまっても」

 ハッキリいって、よろしいも何も無い。

 アインズには戸籍の重要性も、造り方も判らないのである。

 収入だとか兵だとか、国力の基礎計算の源と言われてもサッパリなものはサッパリだ。

 

「餅は餅屋だと言うだろ? それに…何の問題もあるまい?」

「まさか支…。いえ、何でもありません。謹んで任務に精励させていただきます」

 その場を誤魔化したアインズであるが、ロウネの方は到着した後の恐ろしい光景を思い出していた。

 全員が一斉に心を支配され、魔導国や帝国に仇なす目的で入り込んだ者を挙手させたのだ。

 

 彼らにはナイフが手渡され、自分の主人の前へメッセンジャーとして送り返された。

 今頃は取り押さえられて居ない限り、こうなる運命だと喉をかき切っているに違いあるまい。

 本当に必要ならばそうやって管理できるし、恐怖と利益の二つがあれば人を操るなどもっと簡単なのである。

 

 事実、ロウネはデータを誤魔化すなどやりたくもないし、発行された許可証を自由に使ってみたいと言う気持ちにさせられている。

 まだ見ぬリザードマンの集落や、道の駅に定期便。

 余計な事をしてここで死ぬよりも、もっと先を見て見たいと言うナニカが心の中に芽生えて居た。

 

●より上を求める為に

「お、おそろしい…。あの方の前では忠実に任務をこなしてしまいたくなります」

「アインズ様ならば魔法など使わずとも同じこと。それにしても何手先を読まれているのかしら」

 退出するロウネの言葉を拾って、アルベドは共に下がりながらクスリと笑みを浮かべた。

 歯向かっても無意味だが、意思に従うならば安全や利益を保証される。

 それだけでなく、言われたことを以上の事をやり遂げれば、栄達と栄光が待って居るのだ。

 

 二人の話を聞いていたユリは、話が今一つ理解できない物の…。

 すべきことを見付けて、目の前に居る知恵者に素直に尋ねることにした。

「アルベド。申し訳ありませんが、私にも何か、すべきことがあるのではないでしょうか?」

「ん~。貴女の役目的には十分果たしていると思うけれど…。そうねえ、話してしまってもよいのかしら」

 ナザリックに所属する者にとって、至高の方の為に役立つのは当然の義務。

 そして他の者が言われた事以上をこなしているのであれば、ユリが不安に思うのも当然であろう。

 

 気持ちは判ると言いながら、アルベドは少し考えてから口を開いた。

「アインズ様の構想では、学校関連は落ち付いたら一つ上の学校を造るそうよ? 志望者の中から更に選抜すると思うけど」

「選抜者の学校ですか…」

 そう聞くと、ユリとしては肩を落とすほかは無い。

 今教えている子供達には、簡単な計算や文字を教えはしたがそれだけだ。

 優秀な者を集めて、冒険者や行政官にするというのであれば、物足りないどころではない。

 

 落胆するユリに対し、アルベドは微笑んでフォローを掛けてやる。

 それが守護者だけでなく、ナザリック全体を統括し…ひいてはアインズの后たるものの役目! であろう。

「そこまで気にする必要は無いわよ? 才能には色々あるし、子供のころから教えられるならば延び代はあるもの。それにタレントばかりは数を見ないとね」

「タレント…。たしか様々な能力があり、千差万別で生まれつきの才能とは別方向なこともあるのでしたよね」

 アルベドの言葉に、ユリはカルネ村に居る青年を思い出した。

 あの青年は凄まじいタレントを持って居ると聞かされたが、薬師としては言うほど使うものではない。

 あえていうならば、薬品関連の特殊アイテムがあるならば役に立つくらいだ。

 逆に、ツアレの妹は魔法関連のタレントを持ち、その分野の才能もあったと休みの間に聞いた覚えがある。

 

 確かに、早期にタレントを発掘して、その適性を活かせる者ならば上級の学校に推薦できるかもしれない。

「しかしタレントの発掘などどうやってやったものやら…」

「安心なさいな。それもアインズ様の手の内よ。なんでも精神系統の第三位階にあるとか。その辺りも含めて良い教師を揃えれば良いのではなくて?」

 ここまでヒントをもらえれば、直情系のユリでも判る。

 学校の経営は今のレベルを維持して、教師陣を揃えて希望者は上の学校に行ける様にすればよいのだ。

 その人材集めは無駄にならないだろうし、中には上級学校で教鞭を取り便宜を測ってくれる者も出て来るかも知れない。

 

 では、どうやって?

 その疑問を口にしようとした時、思わぬところから答えが先に提出された。

「せ、精神魔法の第三位階が使え、教師が出来るならば問題のある人物でも構いませんか?」

「帝国には魔法使いの学校があると言ってたわよね。貴方も知っての通り、問題など魔導国には存在しないわよ」

「心当たりがあるならば教えてください。万難を排除して連れてきます」

 嫣然と笑うアルベドと、籠手同士を打ちあわせるユリに対し、ロウネはおずおずと口を開いた。

 

「犯罪者で良ければ…」

 大抵の場合では恐れるものが、髪の毛と共になくなった彼であるが、流石に犯罪者を推挙するのは躊躇われたのである。

 それも帝国内に潜伏する輩ゆえ、押しつけと思われかねない。

 

「子供を育てて、八本指のような犯罪者やイジャーニのような暗殺者の里、あるいは後継者に困った貴族に売り付ける者がおります」

「良いかもしれないわね。精神魔法で子供のころから調整すれば確かに…。面白いじゃない」

「その人物を殴って更生させれば良いのですね? 何処に居るのですか?」

 ロクでもないことを考え始めるアルベドと違い、ユリの方は至極真面目であった。

 その勢いで殴りつけたら即死だと思いながらも、ロウネは言い訳を考え始める。

 ここまで来て、居場所を特定しきって居ないとは言い出し難かった。

 

「ロックブルズ卿ら四騎士と共に追い詰めて居た時期がございます。一度は王国経由で逃れられてしまいましたが、帝国の総力を要請すれば難しくはないかと」

「王国に逃げた事が? ふーん。なら特定は難しくないわね。良いでしょう、貴方たちに手の者を貸してあげるわ」

 ロウネの苦しい言い訳を聞きながら、何事か思い当たりのあるらしいアルベドは楽しそうに頷いた。

 その人物が八本指の同盟者であるか、外部に放った手下であれば特定するのは簡単であろう。

 隠行を得意とする魔物と、八本指の知識の両方があればアッサリと見つかるように思われたのである。

 

 そして、その予想は外れてなど居なかった。

 暫く経って、というには日がそう離れて居ない時節、件の人物が潜伏する先がもたらされたのである。

 

●見出す者と、育てられし者

「タニア、今日も早いね」

 十歳ちょっとの少女が町のはずれ、工事現場にやって来た。

 そこには何人かの若者が汗を流し、老人達が物の数を数えたり、紐の長さで道を測っている。

 

 ここは魔導国や、帝国など傘下に入った地域が主導する労役の場である。

 週一の労役が課せられはするが、規定以上の時間か休みの日に自主的に訪れると金を稼ぐことが出来た。

 村や町の都合で増やす日は、割増し料金も貰える。

 

「はい! もうちょっとで私を買い戻せるですっ、頑張ってますよ~」

「御主人との間にはちゃんと誰か挟んで居るかい? そうか、ならば安心だなタニア」

 タニアと呼ばれた少女は奴隷である。

 奴隷同士の父母の間に生まれた、生まれながらの奴隷だ。

 ティの娘だから、タニアという名前だけ。

 

 でもちょっと寂しいので、今ではこう名乗ることにしている。

「我こそ最後。魔導国で最後の奴隷、タニアなのです!」

「そうかそうか、頑張っておくれよ」

 傘下に収まった帝国やその他の地域から奴隷制度が逆輸入されたが、ほぼ一瞬でそんなモノが消え去った。

 なにしろ全ての人民は魔導王の貴重な財産。傘下の国生まれでも同じこと。

 主人はそれを借りて居るだけであり、奴隷が自らを買い戻す事を邪魔出来ないし、必要以上に拘束する事も出来ないのだ。

 功績を数える者を買収したり、商人自身が労役代わりに計算する事も可能だが、エルダーリッチが担当の日は功績を誤魔化す事も出来ない。

 

 もちろん無能な者や、やる気の無い者は別なのだが…。

 この少女の様に、積極的な努力する者には自らを買い戻す事が可能になっていた。

 そして農地解放と農地改革が同時進行することで…。人々は農奴という奴隷では無い奴隷を解放する為に、魔導王が奴隷制度を一度通用させたと噂しあったのである。

 実際には逆であり、金持ちから農奴を取りあげる為にデミウルゴスと言う賢者が導入したそうなのだが、大した差ではあるまい。

 

「タニアねーちゃん、今日はなに納める?」

 身寄りのない子供達が、計算できるタニアの元に集まって来る。

 孤児であったり親が病気であったり、彼女の様に時間を造って金を稼ぐ奴隷の子も居た。

「ちび達は薪を集めるですよ。お日様があっちに行くまでに持ってくるです」

 彼らを指揮して、タニアは簡単な作業を振り分ける。

 

 それはまるで蜂や蟻の女王であるかのようだ。

「その後は日干しだね? 紐を沢山持って来る!」

「順番を間違えるなですよー」

 子供達の多くは数を数えられないので、定められた紐でくくることでソレを代用している。

 ド・リョウコウという賢者の名前が単位を統一したとかで、どこでも同じ紐で良いのが助かった。

 仮に紐五本分が選択労役だとするならば、六本分以上持って来れば金を貰える。

 孤児はソレで日銭を稼ぎ、奴隷は自らを買い戻す為に励むのであった。

 

「俺達は何をすれば良いんだ?」

「おっきな子たちは日干し煉瓦を造るですよ。今日は焼煉瓦の職人が来てるので、買い取ってもらえるです」

 金持ちは自分の労役を奴隷や雇い人に任せる事も出来る。

 徒弟や丁稚などは親方の代わりに訪れており、彼らに交渉する事も…美味くやれば技術を学ぶ事も出来た。

 もちろん、あからさまに敵対すれば商売敵として睨まれるが、大抵は開拓村に行けば良いので問題には成らない。

 

「タニア、またこんな所に来て…。お前ならもっと楽な場所で働けたろう?」

 やがて、タニアの主人らしい身なりの良い若者が数人伴って現われる。

 護衛であったり雇い人であったりするのだろうが、顔見知りらしく皆一様に笑う。

 町でも名の知られた若者が、成人のプレゼントとして買われてきたはずのタニアに、てんで弱いことが良く知られていた。

 

「若旦那! もしかしてお迎えに来てくだすったのですか? でもですね、ここの方が実入りが良いのですよ」

 身も蓋も無い事ながら、タニアとてボランティアで子供達の面倒を見て居たのではない。

 段取りを考えたり、数を数える代わりにタニアは手数料を物納でもらって居た。

 自分自身が働くことに合わせそれらを加算する事で、彼女がまだ若いながらも自分を買い戻す事が視野に入れれたのだ(若くて能力が無い頃の値段だからこそ、安かったとも言えるが)。

 

「タニア。そんなに私の元に居るのが嫌なのかい? お前さえ良ければ…」

 惚れた弱みもあるのだろうが、若者はタニアに強く出られないで居た。

「それでは若旦那の物のままなのですよ。タニアはタニアの意思で若旦那と一緒に居たいのです。それに、タニアを馬鹿にした連中にあいつは凄いと言わせて見せるのです」

 タニアの方も若者を憎からず思って居る様であるが、彼女には奴隷には似合わぬ自尊心がある。

 

 豊作貧乏で売られると言う理不尽が徒来た時。

 あるいは若旦那の御相手で、一緒に計算や文字を覚えれると知った時から、彼女は諦めるのを止めた。

 そこに有益な手段があるのだ、やって何が悪いと居直ったとも言う。

 

 そんな風に、タニアは生来の奴隷としては、一風変わった女の子だった。

 …まるで誰かに、そうあれと操られたかのように。

 

「先生が変なことを教えるから、タニアが変わった子になってしまいましたよ」

「元から彼女は物判りが良かった。教えなくともいつかは自分で理解したとも。私はソレを後押ししただけだ」

 変わった所も悪くない。

 そんな風に笑う若者に、先生と呼ばれた男は力強く頷いた。

 

「特殊なタレントも魔術の能力も無いが、何が必要かを理解する力がある。何をやってはいけないかを理解する力でも良いがね」

「冒険者にでもなったらどうするんですか。せっかく教えたことが無駄になるんですよ? まあ、慣れましたけどね」

 才能が無いからこそ愛されるという事もあるだろう。

 タニアは誰でも出来ることを、他人と一緒に汗水たらして実行するだけなのだ。

 ただ諦めることなく、前を向いて実行するだけ。

 あえて言うならば、それが彼女の才能だろう。

 

「若旦那~。アルフレッド先生を独占したら駄目なのです。みんな困ってるのですよ」

「悪い悪い。つい話し込んでしまってね。タニアが聞きたいなら、また講義に来てもらおう」

 学校に行くと言うのは、ある種の幻想である。

 貧しい者に取って時間は有限だ。

 

「彼女はそういうことを言ってるんじゃないと思うがね」

 子供達でも数時間の労働で金を稼ぐことが出来るし、それが鉱山の様に特殊性があったり過酷であればあるほど時間は重要で、魔導国でなら賃金も高くなる。

 学校に行っている暇があれば、子守の一つでもさせるのが貧乏人である。

 その意味に置いて、労役の最中に時間を造って、判り易く教えてくれるアルフレッドと言う教師は貴重であった。

 

「アルフレッド先生~。先生に面会だよー。レイナースさんて言う、綺麗なメイドさん!」

「レイナース? まさかな…。今行くから待って居てもらいなさい」

 一同が色々やっていると、子供の一人がアルフレッドを呼びにやって来た。

 その名前が有名人の名であることも、自分が教師と言う名目で隠遁している事を悟られた理由など覚えがあるものの、なぜその人物が呼びに来るのかが見当が付かない。

 

 いっその事、心当たりが外れてくれれば気が楽なのだが…。

 どう見ても、知っている人物にしか見えないだけに不気味である。

 しかも聞いて居た通り、メイド用の服を着て居るのが混乱に拍車を掛けた。

 

「アルフレッドさんですね? とある方がお会いになりたいそうです」

(これは勝てんな…。以前はもっと余裕が無い感じだったが、随分と様変わりしたものだ)

 アルフレッドは自分の過去の行状から捕えに来たのかと、逃げる事を考えたものの、その考えを打ち消した。

 戦っても勝てず、隙を突いても揺らぎそうにない。

 何より、戦って死ぬことよりも、レイナースと言う心に闇を抱えた女性が、ある種の安定を得た事に興味を覚えて居た。

 

 帝国は魔導国の傘下に入ったものの、別に解体などはされて居ないはずなのだが…。

 魔導王というのは、そんなにも影響力があるのだというのか?

 

「ある方? 会うのは構いませんが、私に何が出来るやら」

「その方は、魔導国に良い学校を造りたいそうですわ。その為の要請だと思います」

 一応はトボけてみせるものの、隠し通せるとは思わない。

 そもそもが、正体が突きとめられていなければ、彼女が会いに来る必要などないのだ。

 

「いつまでも後ろ暗い『妖精隠し』などせずともよいでしょう」

「妖精隠しか…。なるほど、言い当て妙だ」

 アルフレッドと名乗る男は、人浚いの真似ごとをしていた。

 そして、才能がありそうな者を精神的に加工し、大成しそうな者を望む場所に送り込むのだ。

 

「だが、私なら裏切り者と呼ぶがね。そんな男を推挙すると?」

「そんな事が気に成るような方ではありません。思いっきり自分のしたいことを出来る職場へと案内いたしますわ」

 これはアルフレッドと言うイジャーニの人形師、あるいは八本指の暗殺者と呼ばれる男が…。

 魔導国の学校経営に携わる前の出逢いである。




 エイプリル物の話を拡張し、何故そんな事になったのかを付け足して
微妙になさそうな事を修正し足り加工してみました。
 奴隷のタニアとアルフレッド先生は、ティタニア・オベイロンの妖精ネタから名前をもじった感じで。
 アルフレッド先生の来歴ですが、精神魔法が使えて、子供の才能を引き出すのが上手くて…。でも冒険者でも魔法学園にも関係ない。という必要性から、こんなキャラになりました。
幾つかの元ネタはありますが、シンプルにまとめるためガンパレ系の『A』とオーフェンの『チャイルドマン』の2キャラに絞った感じです。
当然まんまの設定では使い難いので、流用してる程度ですが。


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ヴァミリネン・レポート

●視点変更

 私はロウネ・ヴァミリネン、帝国より魔導国へ派遣されている。

 今後の参考にするため記録を残すが、業務日誌ではないのと、秘匿される可能性があるので日付は付けない。

 

「この今はアルフレッドと名乗る男が、お求めの教師役の条件に添うと思われます」

 アルフレッドという男は子供を浚って教育を施す犯罪者だ。

 身体的に優れ、目端の効く子供を浚って闇組織に売り付ける。

 あるいは子供が居なくて断絶しそうな貴族に売り付けるなどしていた。

 

「教師ですか…。お役にたてるかはどのような学校かに依ると思いますが」

「将来において子供達が、上級の学校に進むことができる学校を作りたいのです」

 魔導国に将来建設される学校は、帝国で言えば魔法学院に当たる場所の様だ。

 商人や職工のみならず、軍人や役人に冒険者など色んな職を目指す者が学べる場所。

 

 その前段階として、幼年学校を創るために孤児院を母体に発展させたい。

 ユリ・アルファというメイド…の姿をしているが、側近の一人はそう口にする。

 

 その可能性を尋ねられた時、第一声は幸先の良い物ではなかった。

「難しいですね」

 アルフレッドと名乗る男は、平然と否定を口にした。

 同席して居る私はまだしも、ユリ・アルファは魔導王の手の者なのだ。

 権力だけでなく、実力的にアダマンタイト級冒険者を遥かに超えていると言うのに…。

 

「何が難しいのですか?」

「言葉通りの意味です」

 ピクリと眉を跳ね上げ拳を軽く握るユリ。

 帝国四騎士くらいならば片手で叩きのめせると豪語…事実を口にする女に、アルフレッドは容易く首を振る。

 気配の動きだけで文官であるロウネは首を縮こまらせるというのに、胆力だけは太いのだろう。

 もっとも、そのくらいでなければ暗殺者の育成者など務まろうはずもない。

 

「少なくとも現状では子供達をどう育てた所で、望み通りにするのは無理ですね」

「才能の面? それとも忠誠心の不足?」

 誰の、とは言わない。

 アルフレッドに才能が無いのであれば面会には来ていない。

 彼に忠誠心が足りないのであれば、叩き込んで身の程を弁えさせればいい。

 

 つまりは子供達の方に育つだけの芽が無いのだ。

「横から失礼、少なくとも『現状』ではですよね?」

「軍人や役人なら、人間がするべき任務が無いだけですから、与えれば目指す者も出るでしょう」

 脇からフォローに出た私に頷いて、アルフレッドが説明を付け加える。

 どうやらユリという女官(?)は、人の意欲と言うモノにそれほど詳しくは無いようだ。

 あるいは自らが魔導王への忠誠心の塊のような存在なので、その辺の人間の気持ちが判らないのかもしれない。

 

 逆にアルフレッドの方は、子供の心を見抜き操ることを小憎らしいくらいに得意としている。

 暗殺者はともかく、送り込まれた貴族の子供なら観察できるのだが、贅沢であったり憧れの女性が居たり実家に憎しみがあったりと、様々なキッカケを元に忠実になる教育を施していた。

 

「魔導国へ仕えることが、栄光であると子供にも理解できるような仕事があれば良いのです」

「確かに騎士などの花形の登用に差別が無いのであれば、反発など世代が変われば消えてしまうものですからね」

「なるほど、そこを改善すれば可能であるということですか」

 伝説級のアンデッドが全てを片付けてしまう現状では、近衛騎士だろうが行政官だろうがその辺の小役人以下である。

 派遣されている私はともかく、誰が目指そうというのか。

 それならば商人なり職工になって、金儲けを目指す方がマシである。

 

 だが所属する事が素晴らしい栄誉であるならば、話は別だ。

 その職業が全ての階級・全ての種族に門戸が開かれているのであれば、是非にと目指す者も現れるであろう。

 

「ですが冒険者だけは無理です。アレは憧れを抱き難い」

「憧れ難い? 英雄モモンでは不足と言う事ですか?」

 ここで激しい怒りをユリは見せた。

 子供達は英雄に憧れるものである、嘘を言っているのではないかと感じたのだろう。

 

「英雄モモンでは偉大過ぎるのですよ。憧れることはあっても真似して冒険者になりたいとは思わないでしょう」

 先ほどまでの怒りが嘘のようにユリの怒りは鎮まった。

 魔導王に仕える者がモモンに傾倒する筈は無いので、あるいはアルフレッドの性根を試そうと、ワザと怒って見せたのかもしれない。

 それほどまでに心理の上下が激しかった。

 

「その対策は?」

「施設に顔を出す実力派の冒険者が必要です。人は身近な者がやれるならば自分にも可能だと思うモノです」

「そういえば帝国の魔法学院でも、一族の誰かが通えば係累の者が通うと聞いたこともあります」

 アルフレッドの言葉を私は帝国での例に例えて説明し直す。

 やはり口だけの説明よりは、具体例がある方が判り易い。

 

「ただし一人くらいは、自主的に寄る者も居なければ子供達は意外と見抜いてしまいますよ」

「自主性ですか…。それに関しては陛下に報告するに留めましょう」

 冒険者を連れて来るだけなら依頼を出せば難しくはない。

 だが、自主的に訪れて交流すると言うのは難題だ。

 今は学校建設に必要とされる情報として提出しようと、その場での話は打ち切りと成った。

 

「そちらに赴くのは、今務めている職場次第ですが構いませんか?」

「用事が済んでからで構いません」

 八本指のことを臭わせるアルフレッドに、ユリは特に気にすることなく答えた。

 犯罪組織が入り込もうと構わない。

 それが何の意味も無いことを私は痛い程に知っている。

 

 帝国から魔導国へやってきた初日、魔法で支配された不埒者のことを私は今でも忘れられない。

 

(この男に余分な考えがあれば、やつらと同じ運命を辿るだけだな。推薦した分だけは働いて欲しいものだが)

 どうせ証拠は無いし役に立ってくれるなら良いかと、知っていて放置して居たのだが…。

 そいつらは支配された『害を為す為に来た者』との問いに瞬間に手を挙げてしまった。

 ナイフを渡され飼い主の元へ暗殺する為に早馬を操って行ったのだから、忘れられようはずもない。

 

 そんな事を思いながら、私は魔導王の元へと戻ることにした。

 

●サクラとユニフォーム

 

 エ・ランテルにある執務室に向かう傍ら、都市近辺の地図が大きくホールに描かれている。

 機密情報を盛大に暴露するなど、どうかしていると最初は思っていた。

 

(どうかしていたのは私だな。これが機密ならゴミだ…)

 無知とは罪であると誰かが言っていた気がするが、まさにその取りだ。

 ここ数日の成果を書類にまとめあげ、アポイントメントを取って出仕するとその思いが益々強くなる。

 

 執務室の扉が開くともっと詳細で遠方まで記載され、一部は立体的に刻まれたレリーフを見せつけられるからだ。

 ドラゴンの背に載せてもらったドワーフが、感動のあまり製作して献上したらしいが…。

 この情報を知ることができるのは、才能と忠実さを評価された者だけだろう。

 ジルクニフ陛下に良い思い出話が出来たと思っておこう。

 

「ロウネ・ヴァミリネン、陛下がお目通りを許可されます」

「ありがとうございます。陛下の御厚情に深い感謝を捧げます」

 日替わりで付くメイドの案内で執務室に通される。

 

 この件に関しては守護者統括という最上位の地位に在るアルベドという女が、ユリに提案したのだがあえて言う気は無い様だ。

「書類は読ませてもらった。しかし、ユリがそこまで動いてくれるとは思わなかったな」

「ナザリックに所属するモノで言われたことを、ただ為すだけのモノなどおりませんわ」

 王妃にあたる地位ゆえに当然のフォローと思って居るんだろうが…。

 自分も聞いていたことや、何か自主的にした方が良いのかとは、この場では口にしないでおく。

 

 どうも『魔導国』と『ナザリック大墳墓』の間には厳然たる差があるようで、『私もその一員になりたい』という風に考えていると思われたら殺されそうな気がしたからだ。

 この辺りの意識は、帝国においても権門の扱いに似ているので判り易い。

 権勢を振るう派閥に数あれど、『帝国の中の帝国』だの『真なる帝国』と呼ばれるのは首都近郊など皇家に所縁の深い家だけだ。

 彼らの集まりで、『私も帝国の一員として…』などと口に出来ないのと同じだろう。

 

「軍人や役人に具体的に何をやらせるかは別にして、……以前にナザリックに所属する者へユニフォームを共通したらという意見があったろう」

「あの意味の無いくだらない提案ですか? やはりここは何者か探し出して処罰すべきです」

 魔導王が言い出した言葉をアルベドが切り捨てる。

 やはり『ナザリック』と『魔導国』を同一視することには忌避感があるようだ。

 

「意味が無いと思ったのは私も同じだが、状況に応じて変わるのではないか? そうだな…、お前はどう思う?」

 魔導王はどうやら、配下の意見を取りあげてやりたいらしい。

 あるいは他愛ない冗談を装って、こちらの才や献策速度を試しているのかもしれない。

 

「魔導国に所属する人間・亜人種に限定し、騎士の制服ないしマントや徽章としてはいかがでしょうか」

「マントや徽章ならば予算や時間的にも問題はあるまい。これなら良いのではないか?」

「人間や亜人種に限定するなら、区別のつかないモノにも見易くなるという利点はあるわね。それならば構わないと思います」

 『ナザリック』と『魔導国』を切り分けて提案し、現在の国庫に照らし合わせた提案を行ってみた。イメージしたのは騎士の略装で華やかではあるし、材料は掛けなくとも遠目にも判り易くなっているので今回の話に即応する。

 すると魔導王は鷹揚に頷き、アルベドも不承不承ながら納得したようだ。

 

「でも服飾であれば偽装するのも楽よね? それはどう対処するのかしら」

「処刑を最高刑に、紛らわしい物を含めて勝手な製造や持ち出しを取り締まります。今回の案件から憧れた子供が真似るのは例外としますが」

 悪戯っぽく尋ねて来るアルベドには騙されず、ここは少し厳しめで提案する。

 

 他にも無くして報告せぬ者は厳重注意、奪われた者は降格、奪って同僚を落としめる者は処刑。

 戸籍を尋ねられて答えられない者はその場で拘束、こちらの許可を取らずにシンパを気取って着飾る他国の者も、場合によっては殲滅対象とする。…などなど。

 極刑を前提として提案すると、満足そうにアルベドは頷いて居た。

 

「では冒険者の方はどうする? アインザックやモックナックに命じるのは簡単だがな」

 どうやら乗り切ったと思った所に、今度は魔導王からの第二弾が待っていた。

 今回の件が功績に成ったかどうかは別として、無能だと思われれば、せっかく任せられた戸籍管理の地位を失うかもしれない。

 地位などどうでも良いが、税の算定や人口の推移から来る経済の発展を把握出来るのだ、惜しいと言えば惜しい。

 

「依頼を受ける者の中に『手の者』を混ぜてしまいましょう。予め調べておけば子供達に優しい者も見つかるかと」

「サクラを入れるつもりで指定するのか。バレさえしなければ悪い手では無いな」

 都合良く条件が合う者が、子供達の顔を見に行くとは限らない。

 だが予め調査しておいて、その者が依頼を出す時に近くに居る様にすればいい。

 場合によっては直接、指名依頼を出すのも良いだろう。

 

「同様に忠実な冒険者には身入りの良い依頼を指名して見せます」

「能力のある者は報奨を与えるつもりであったが、冒険者が儲かると思わせるのか。…ふむ」

 ここで不意に魔導王が怪訝な様子を見せた。

 何かを思い付いたのだろうか?

 

「この手は亜人種を快く思わない冒険者対策にも使えるな。自由往来の許可は能力ある者のみだが、依頼で連れて行くだけならば問題はない?」

「はっ。以前に仰せられておりました『駅』など、遠くに出歩かない範囲限定すれば良いかと」

 どうやら別件だったようだ。

 ホっと溜息を突きながら、亜人種に偏見の無い者を調べておき、その者達へ依頼を出せば良いだろうと提案する。

 その報酬が高いのであれば、心の底から思わずとも、少なくとも心の内を隠し通せる者も増えるだろう。

 

 こうして無事に難関を乗り切ったのだが、どうやら私はやり過ぎたらしい。

 思わぬトラブルに付きあわされることに成ったのである。

 

●魔導王視察行

 

「思い立ったが吉日と言う。せっかくだからこの男も『次の予定』に連れて行くとしよう」

「…では当日までに馬車を用意いたしますわ」

「?」

 次の予定なるモノを知らないので、話がつかめない。

 あえて予想するのであれば亜人種の居留地に行く用事だろうか?

 

 その疑問は当日に成ってようやく解消される。

「天蓋の無いタイプは問題がありませんか?」

 日程だけ告げられた後、連れて行かれたのはパレード用の天井の無い馬車だ。

 側面はドワーフによる彫刻で豪奢に作られているが、これでは様々な問題が出る。

 遠目に雲は見えるし、遠距離から狙い放題だ。

 

「何も問題は無い」

「へ、陛下がそう仰せなのでしたら」

 形ばかりの簡易扉をお付きのメイドが開くと、魔導王はさっさと乗ってしまう。

 恭しく頷いておいて、私もメイドと共に搭乗した。

 

 そんな折に、遠くの方に在った雲が拡散して行くのが見える。

「あれは…天候魔法ですか。なるほど、確かに問題などありません」

「そういうことだ。それに景色が見れた方が面白いだろう」

 他愛なさそうに言うのだが、天候捜査は以前も聞いた通り上位の魔法らしい。

 後にフールーダ師に会う事があったのだが、『もう一つの魔法』と共に締めあげられることになる。

 

「さて、準備に少し時間の掛る魔法を使用するが、冒険者に何を依頼したら良いか適当に案を話してくれ」

「? 承知いたしました。巡検と言う訳でもありませんが各地の村を巡らせてはいかがでしょう」

 聞かれる可能性はあったので、前もって考えておいた案を提示する。

 必要なければ喋らなければ良いし、このくらいのことを用意できなければジルクニフ陛下の側近には成りえなかった。

 魔導王のせいで今では遠い過去ではあるが、それを言っても仕方が無いし、これから栄達できるならば努力は惜しまないに限る。

 

 だが、思いもかけない事態が言葉をそこで止めさせた。

 奇妙な光輪が魔導王の周囲に発せられ始め、それが『あの魔法』を発動した時の予兆だと聞いたことがあったからだ。

「こ、これは…」

「最上位の上にある魔法で護衛を呼び出すだけだ。それで、どうして巡回させるんだ?」

 驚く私の声を煩そうにしながら続きを尋ねて来る。

 王国軍を壊滅させた魔法と違うと言われても、私には区別つかないので言葉が中々出てこない。

 

 何度も息をの呑みながら、なんとか喋り始める。

「どれだけの地域を知っているか、どれだけ貢献したかを競わせるのです。人は遠くの情報を娯楽として聞きたがるので、自然と話は進みますし…」

「なるほど行路クエストか。行き先に学校があっても不自然では無いな」

 イメージしたのは吟遊詩人や、冬に訪れる旅芸人だ。

 村に芸術家と言うとそぐわない気がするが、雪で閉ざされる地方に娯楽として旅芸人が招かれるのは当然のことだ。

 同じ様に、村々へ訪れた冒険者が訪れれば、話が弾んで子供達も喜ぶし、狩りや護衛の話ならば身近である。

 

「戦闘での感状のように、村長や町長に一筆書かせても良いでしょう。勿論逆も然りです」

「粗相を働く馬鹿を途中で見付け出せると…。悪くは無いが費用の問題はどうする?」

 王が費用を気にするようなことでもないように思われるが、これは重要なことだ。

 これから毎年行う年中行事であると仮定するならば、その額は膨大な物に成る。

 

 あそこに町を創れ、大きくしろと気易く言う貴族は多いのだが、絶対者と言えど簡単に出来る事ではない。

 膨大な費用は常に頭を痛めるものであるし、ジルクニフ陛下が戦争を王国に仕掛けれたのは、愚かな貴族を無数に改易したからである。

 どうやら魔導王は優れた経済観念を持っているらしく、ただの覇王ぶった男では無いと片鱗を見せていた。

 

「労役で出た利益を使って、村長に依頼を出す事を許可しましょう。何も無ければ、どうせ巡回なのですし他の地域の特産品を運ばせればよいのです」

「地方クエストと考えれば面白いな。さて、召喚物に命令を出すし休憩しておいてくれ」

 休めと言われても、モンスターを召喚するのだから気が休まるはずもない。

 しかも屈強の獅子のようなモンスターで、光り輝く姿が実に印象的だ。

 確かにこれほど恐ろしいモンスターが護るのであれば、狙い撃ちを警戒する必要も無いだろう。

 

 …なお、このモンスターは天使と言う善の存在らしい。

 護衛用の能力を所持してると聞いたのは随分と後の話だ。何度も呼び出すので自然と話題に出たのである。

 

 それから暫く、馬車は物凄い速さでトブの森の方を目指して走り始めた。

 おそらくはカルネ村にでも行くのであろう。

「しかし、揺れが少ないですね。これもドワーフの技術なのでしょうか」

「ドワーフの技術と言えばそうかもしれんが、道の敷設法の方だな」

 走り抜ける光景に感心しながら思わず観光のような言葉を漏らすと、魔導王が応じて来た。

 

「道の方ですか? 何か特殊な製法が…」

「1mだか2mだか掘って大きな石を取り除いてから、コンクリ…火山灰を利用した練り石で平らにしているそうだ」

 灰を利用したコンクリートの事は聞いたことがある。

 それをドワ-フが何故使うかと言うと、地下に足音を聞きつける魔物が居るため、コンクリートの一枚板で音を打ち消すのだとか。

 更にこの地方に流用する時には、雨の時に出る水がコンクリートには染み込まずに脇に流れていくという、思わぬ特典もあったらしい。

 簡単に石を敷き詰めただけの粗末な道に見えるのに、普通の舗装路よりは寿命が長く持ちそうだと言って居た。

 

「このまま村々を視察して行くのでしょうか?」

「いや、定期便と同じ道で一気にカルネ村付近にある『道の駅』までいく。そこで乗換だな」

 魔導王は頬杖を突いて外を楽しそうに眺めていたが、観光が目的の筈はない。

 尋ねてみると、かねてから興味のあった『定期便』や『道の駅』と言う言葉が出てきた。

 

 そういえば村々を通り過ぎる間で、定期的に幾つかの石碑が見えた。

 そこに功績を上げた者の名前を載せると同時に、エ・ランテルまでの距離とカルネ村までの距離を掘ってあるのだという。

 街道の名称も敷設した者たちの名前だそうで、魔導王たちの名前は付けられてはいない。

 無限の寿命ゆえに名誉欲が無いのか、あるいは人々を引きつける策なのだろうか。

 

「その『道の駅』はあのような建物なのですね。確かに市場の様な物も見えます」

「この道もそうだが、労役で集めた資材を利用しているらしいな。完成すれば雨宿りをしたり、モンスターや洪水での避難所にする予定だ」

 村々を通ると、労役で集めた煉瓦や石材を運んでいるのが見える。

 それをチェックポイントにある道の駅とやらに持ち込み、大きな建物を建設するらしい。

 定期便でやってきた旅人が眺めたり、商人が買いつけて行くのには丁度良い目印だろう。

 

 それが避難所として機能するというなら、計り知れない効果があるだろう。

 そこへ逃げ込めばモンスターが護ってくれるし、何かあればエ・ランテルまで護衛してくれる。

 救援が来る時も、最初はそこを目指せば良いので効率的である。

 

「しかし、地下を掘り進められるほどでしたら、森を切り拓いて直進する方がよろしいのでは?」

「…それでは面白味もないだろう。景色というモノは条件が変わるから面白いのだ」

 本当にそうだろうか?

 そんな感傷的なことを魔導王ほどの存在が考える筈は無い。

 答えるまでに少し間があった事を考えると、何か理由があるのだろうか?

 

(そうか。重要なのは『条件が変わるから面白い』という言葉。あれは、色々な手法を試す為に残しているということに違いない!)

 魔導王の命令でやってしまえば、直ぐに完成するだろうがそれだけでしかない。

 そんな事をしなくとも他の地域で、もっと平坦な場所に在る都市群の方が発展性がある。

 逆にここで培った技術と経験は他の仕事に活かせるし、あの石碑のように名前を刻む為の努力をする者が現れるだろう。

 

 その答えに至った時、私はジルクニフ陛下の言葉を思い出す。

 帝国と皇家を残す理由は、ただの実験ではないかと仰った。

 絶対的な皇帝の統治する現在の帝国、以前の元老達が影響を残す帝国。委員が無数にいる評議国に、諸侯が力を持つ王国。

 王国と言えば『あの魔法』での残酷さと、奴隷たちに対する寛容さ…。

 

 これら様々なことを今の内に試す事で、勢力を拡大した時にどうすれば良いのかを実験して居るのだ。

 良く考えれば、執務室にあったレリーフには知られているよりも遠方の地図が載っている。

 それに、わざわざ立体にするのは威容の為かと思うが、馬鹿な司令官に高低差の問題を教えるには良い見本だろう。

 帝国の戦史にも、補給が簡単だと地図だけを見て誤った将軍の逸話があり、その是正のために今から準しているのかもしれない。

 

 そんなことを考えていると、建設中の駅の辺りから村人達やリザードマンが現れた。

「これは陛下、よくぞお越しで。エンリ将軍にもお伝えしましょうか?」

「いや。このまま乗り換えてお前達の村まで行く。誰か道案内をくれればいい」

 話しかけてきたのは理知的な感じのするリザードマンだ。

 彼らの種族に対するイメージが変わりそうになったが、他のリザードマン達は野暮ったい感じなので村長級なのかもしれない。

 

 そして乗り換えることになったのは、一回り小さいが随分と頑丈そうな二台の馬車である。

(こ、これは古代に合戦で用いられた戦車をモチーフにしているのか? 森で使えると言う事は兵員を輸送することもできるはず)

 横板には銅板が張り付けられ、案内が乗る先頭車両には小さな投石器が付けられていた。

 我々の乗る二台目には投石器は無かったが、スペースが広く取られており、出入りも簡単なように工夫がされている。

(やはり大戦を考慮して居るのか)

 新型の戦車が弓兵を援護し、兵員輸送車両に乗った歩兵が押し寄せる…。

 今までの合戦を根本から覆しかねない技術と運用思考だ。

 

 奴隷を優しく扱うのは開戦のキッカケ造りだと言った者もいるが、もし戦いが始まれば通常戦力だけで恐ろしいことに成るだろう。

 更に魔導王の手勢が控えており、戦果というよりは戦禍が期待できそうで震えが来る。

 

「そういえば、村々を巡らせるクエストを提示するというところまで話を聞いていたような気がするのだが」

「は、はい! 冒険者に限りませんが、それらの活動で他者を排斥するような者ではないと保証された者達には、次の『道の駅』建設に協力させるなどはいかがでしょうか」

 私が魔導王の恐ろしい考えに気が付いた時、すかさず話題が戻された。

 やはり、このことを徹底させ思案を引き出す為に連れて来られたようだ。

 弾かれたように提案し、自分が役立たずでは無いと見せねばならない。

 

「と言う訳で、予めお前達を迫害しないと判った冒険者や職工たちに協力させると言っているが構わないか?」

「非常にありがたい提案です。何分、我らの手足では作業に向いておりませんので」

 先ほどのリザードマンがこちらに搭乗して話相手を務めてくれるのだが、手足のヒレを見せてくれた。

 彼はこちらの会話がスムーズに理解できるほどの頭脳を持って居るようで、彼の協力が得られるならば問題無く道の駅は建設出来るだろう。

 魔導王へ絶対の忠誠を誓って居る様に見えるのだが、これほどの人材を抱えていることに今更のように驚かされた。

 

 こうして本当に一日だけの行程でリザードマンの村まで辿りつくことが出来た。

 そこでの見聞きは驚くものもあったが、行政としては無関係な事が多かったと記載しておこう。

 …最後に宿泊所としてその場で建設した要塞に止まることに成り、非常に恐縮すると同時に、やはり後ほどフールーダ師に飛びつくように尋ねられることに成る。

 

 ここでペンを置き、本日の業務はこれまでにいたしとうございます。




 体調不良と仕事が忙しいのが続いていましたが、再開の一本目にオバロ物を持ってきました。
 今回は視点を変えて、ロウネさんのレポートという形で始まり、最後に『さすアイ』チームの一員に成って終了という感じです。
次回はたびたび出てきたサクラ冒険者選定のお話を挟むのですが、今までとは違って原作の大筋を外れるネタ物を考えているので、外伝としてしまうか冒険者なので問題無いと押し通してしまうかのどちらかになるかと。


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外伝、イースターにサクラ咲く

 明らかに原作と異なる要素がありますので、ご注意ください
 また、時系列は、四章・五章・一章・二章・三章とバラバラになっています。



●四章、神様転生?

『目覚めよ』

 力強い声が聞こえる。

『目覚めよ●●●●●●、いやイチロー・スズキよ』

 再び力強い声が聞こえる。

 私はこの声を何度も聴いた様な気がするし、初めてである様な気がした。

 

「あなたはどなたなのでしょうか? 神とお呼びすれば良いのでしょうか?」

『名前など便宜上のモノ。存在AでもミスターMでも、もっと別の名前でも好きに呼ぶが良い』

 圧倒的な存在感と、敵対した場合には何をしても対抗でき無さそうな悪寒がする。

 だが今は親しげな声で語って来ている事もあり、受け入れるべきだと私のカンが告げていた。

 

「…先ほどの名前は私の名前なのですか?」

『そうだ。電脳死したため、記憶の大部分が消失しているようだな。鈴木一郎よ』

 電脳死…。

 確か、ネットに接続中に肉体が死に、ネットゴーストに成っていずれは消えてしまうことだったろうか?

 

(鈴木・一郎…そうだ、それが私の名前だ)

 段々と思い出してきた。

 双子の兄弟である鈴木・悟が唯一の肉親。母親は私達を学校に入れるため、過労で何年も前に死んでしまった。

 その影響もあってか、孤児の子供達の元へ顔を出しささやかな援助を送ることもあったと思う。

 他の記憶が感じられないので、電脳死してしまったと言うのは本当なのだろう。

 

「ということは私はこのまま消えてしまうのですか…」

 まともに外を出歩く事もできない末期的な社会であり、いつか死ぬ可能性も考えていたが…。

 随分とあっけなく死んでしまったものだ。

 身に覚えが無いくらいに苦痛の無いのだから、幸せな部類なのかもしれない。

『いや。お前の死は予定外であるため、別の体に転生することとなる』

 そう思って居ると、温情のような労役の様な運命が待って居た。

 

『異世界にちょうど、社会的にも精神的にも死んでしまった者が居る。お前はその者に成り変わり、生き直すのだ』

「企業に仕えて先の無い未来ですから、兄弟である悟のこと以外に未練はありませんが…。いえ生返れるだけマシと思うべきですかね」

 不思議なことに存在Aは悟のことを口に出した時、少しだけプレッシャーが和らいだ気がした。

 そして意外なことを申し出て来たのだ。

『少しだけ援助をしてやろう。いわゆる神様転生と言うやつだな。何が欲しい?』

「特に欲しい物はありませんが…。そうだ、子供達に援助しても問題無い程度のナニカをいただけたらと思います」

 私はあやふやな記憶の中で考え抜いた答えに、存在Aは満足そうな反応を返してきた。

『そう言うと思っていた。金の斧も銀の斧も望まない者には、持てないだけの助力をしろと言うからな』

 愉しみにしているが良い…。

 そういうと存在Aの気配が消え、私は目をゆっくりと覚まして行った。

 

「この男の記憶はあまり残って無いのか…。だが確りと鍛えられて居るし…聖印? 神聖魔法に適正が在るのかな」

 頑健な肉体に強靭な精神、白兵に魔法の才能。

 良く見ればマジックアイテムらしき輝きと、生活に困らないだけの金貨、そして常識の書かれたメモ貼があった。

 どうやら存在Aは気前よく色んな物をくれたようだ。

 この異世界で新しい生活を送るのも悪くないのかもしれない…。

 

●五章、リタンナー

「パラダイン様。手短にお願いしますね」

「うむ」

 帝国魔法省の裏口から、三人の魔術師が入って行った。

 先頭を進むのは帝国にその人ありと言われていた、フールーダ・パラダイン。

 一部の人間には残念ながら、その権勢は過去形である。

 

「かつては正面から堂々と入れたものを…」

「構わん。呪文を1つ試せば終わりなのじゃからな」

「……」

 フードを被った魔術師が、憤懣やるかたないと漏らす。

 その言葉に偽りはないのだろうが、彼自身、フ-ルーダと関わりを知られない様にしている段階で、あまり人の事は言えないだろう。

 三人目の小さな魔術師は、素顔を晒したまま歩いているのだから。

 

「デスナイト…。何度見ても恐ろしい…」

「…お前は師の軍勢を見て居らぬのだったな。恐れるにあたわず、ただ油断は禁物とだけ覚えておくが良い」

 フードを被った魔術師は伝説のアンデッドを垣間見るだけで振るえあがったが、残り二人は平然としたものだ。

 フールーダも顔を晒している者も、共に究極のアンデッドである魔導王と出会っており、デスナイトなど恐れるほどではないと知っている。

 もちろん油断して斬り殺されてはたまらないので、即座に飛行の呪文を唱えるだけの心構えはあるのだが。

 

 そしてフールーダはおもむろに呪文を唱えると、以前にこの場所に来た魔法の改良版を行使した。

「ふむ。まだか、師よりたまわった知識で補強したつもりなのだが…」

 だが反応は変わらず、デスナイトは恐ろしげな唸り声を止めようとはしなかった。

 あえて前回と違う点を上げるのならば、フールーダに焦りも怒りもないことである。

 

「前回は冒険者を参考に数値を考えてみようと言うところであったな。師は専門性を考慮してみよとおっしゃったが、どう思う?」

「確かに難易度:百と思っていた対象が、実は百二十だったということもありえます」

 十三英雄のリグリットという魔術師とフールーダは、ほぼ同じ実力ではないかと思われている。

 だから彼女が使役したデスナイトを実力的にはフールーダも可能だと思っていたのだが、専門によってアンデッドにのみ強大な支配力を持って居たのかもしれない。

 そう言われてみると、ストンと腑に落ちるものがあった。

 

「こうもアッサリ答えが見つかるとはな。これがより強大な先達に導かれる素晴らしさよ。…お前はどう思う?」

「は、はい。強大な支配力の件で思い出したのですが…」

 フールーダはここで三人目の魔術師に声を掛けた。

 フードを被らず素顔をさらした小さな姿は、まだ年若い少女だ。

 それでいて修羅場を潜ってきた様な意思力が感じられることから、フールーダが同席させた理由も判ろうと言うものだ。

 

「カッツェ平原の霧は、強大なアンデッドの一部だと言う説があったと思います。上級アンデッドの一部、ないし直属個体という扱いなのではないかと思います」

「そういう考えもあるな。いかに強力な呪文を用意しても、師の一部を支配する事も、直属兵を奪うことが出来るとも思えぬ」

 女の子と言っても差し支えない年齢の少女は、よどみなくカッツェ平原と言う魔所の名前を上げた。

 その言葉は不案内な場所の伝承を口にしたようには見えず、この若さで赴いたことがあるに違いあるまい。

 あるいは既に、冒険者として名を上げているのやもしれぬ。

 

「素晴らしいぞアルシェ。それでこそ師よりお前の命を賜った甲斐があるというものよ」

「ありがとうございます。我が師にも、大師たる魔導王陛下にも絶対の忠誠を捧げさせていただきます」

 少女の名前はアルシェ・イーブ・リイル・フルト。

 この間まで死亡…していた、現在ではフールーダ付きの冒険者であり弟子の一人である。

 

 彼女はフールーダとの関連を隠さないのではない、隠せないのだ。

 何しろ、彼女の危い立場を守っているのは、フールーダであり魔導王なのだから…。

 そして探している人物を見付ける為にも、彼らとの縁を最大限に利用必要があったのである。

 

●一章、復活祭(イースター)おめでとう!

 

(これが芸術品? …ナイワー)

 全てはナザリックに飾られていた『調度品』をアインズとフールーダが見た時から始まる。

 突如として押し黙り、やや陰鬱な声を上げた。

 

「アルシェよ、死んでしまうとは情けない…」

(たしかアレって、ナザリックにやって来た冒険者だっけ。親しい相手だったのか?)

 珍しく悲しそうな顔をした老魔術師に、アインズは記憶を辿っていく。

 

 そうすると、やがてあの時に感じた男性冒険者への激しい怒りと、調度品の元になった少女は死をもって許したことをなんとか思い出していた。

 

「お前でも見知った顔が死んでいれば後悔するのか…」

「いえ別に? 惜しいとは思いますし、知って居れば別の者を派遣したかもしれませんが…」

 思わず口から出た言葉をフールーダはキョトンとした顔で首を傾げた。

 良い年こいたじーさんがそんな仕草をしても可愛くないというか、回答込みでドン引きである。

「しかし、魔の深奥を覗くことに比べれば我が生命ですら軽い物! むしろ師との絆に成ってくれたのかと感謝しております」

「そ…、そうか。ならば良い」

 どんだけー!?

 アインズは思わず人前と言うのを忘れて絶叫しそうになった。

 精神の均衡にこれほど感謝をしたことは無い。

 

(待てよ? これってチャンスなんじゃないか?)

 気分が悪くなったので話を打ち切ろうとしたが、まだフールーダからの質問を終えて居ない。

 そして、新しいアイデアが脳裏に浮かんだのだ。

(部下からの贈り物をお蔵入りにせずに、無かったことに出来るんじゃないか? しかもコイツの対応までやってくれそう)

 思い付いた瞬間に、関連する記憶を少しずつ掘り進めていく。

 最初にこの少女、続いてあの腹立たしい男性冒険者、脇に居た女冒険者に、貴重な実験台になってくれた神官戦士。

 そして神官戦士の記憶を辿って居た時に見付けた、印象深い幾つかの光景…。

 

(確か、妹の為に危険な冒険したんだっけ? ならタレント込みで学校の件にも使えるっぽい? 一石三鳥じゃないか…)

 死を持って決着の着いた敵対者には、別に復活以降は気にしないのがプレイヤー精神と言うモノである。

 ならばこの少女もまた、死を持って許した以上は復活しても良いだろう。

 この少女の縁者にその能力が無い以上は、一つ貸しにする代わりにアインズがやっても良い。

(…でも俺じゃあ復活を望まない可能性があるな。ならもう一つの『実験』もやってしまうか)

 そして蘇生用のワンドを幾つか取り出すと、その中でも回数の少ない物を選ぶ。

 沢山ある物でも惜しくなって使うのを躊躇ってしまうが、今回は理由が沢山あるので踏ん切りが付き易い。

 

「フールーダよ。実験に協力してくれるならばこのワンドをやろう。それとこの少女の生命もだな」

「師よ? いかなる実験でありましょう。それにアルシェの生命を使うアンデッドとはいかなる能力を…」

 恐ろしいことに老魔術師は目をランランと輝かせて居た。

 どう見ても少女を蘇生することを念頭に入れておらず、新しいアンデッドの能力に期待しているようだ。

「デュラハンや飛頭蛮でしょうか? それとも…」

「勘違いするな。蘇生してお前付きの冒険者にするだけだ。素材や実験用に直属の部下が居た方が良いだろう」

 こいつ頭大丈夫かな…と思う反面、アルシェと言う少女に期待してしまうアインズであった。

 これ以上マッドと会話がしたくないのは仕方があるまい。

 

「おぉ…。闘技場で武王を蘇らせたお力ですな。この目で見られるとは眼福であります」

「ふっ、復活させるのはお前だ。以前に別の者を蘇生させた時は拒否されてな。親しい者がやれば拒否を回避できるかどうかを実験したい」

 うまくいけばフロストドラゴンの親玉でも同じことが出来るからな…一石四鳥じゃないか。

 そう考え得てしまう辺り、アインズのゲーム脳もフールーダを笑えない。

 

 その事に気が付かないままに、二人は嬉々として蘇生実験を始めたのである。

「ペストーニャ。フールーダがワンドを使用した時に合わせて、肉体の損耗を修復する魔法を使用せよ」

「承知しました。女の子の様ですし服を用意しておきます。…わん」

 記録を取りながら、アインズはメイド長に指示を出す。

 タイミングがシビアであれば、タイムストップを有効活用できないかと呟き始める。

「なんと! そのように高度な神聖系魔法があるとは! 流石は師の直臣ですな!!」

 フールーダのほうも興奮冷めやらぬと行った風情で、タイムストップとは一体!?

 と今から蘇生するかもしれないアルシェのことをそっちのけで鼻息が荒くなる。

 変態じゃないよ、マッドという名の紳士だよ! とでも言うところだろうか。

 

 そしてワンドの魔力を行使する僅かな沈黙の後、ペストーニャの魔力が迸った。

 まるでシャルティアを蘇生した時のように、一糸まとわぬ少女の姿が顕現したのである。

「…あっ? お師…さ…ま?」

「アルシェよ~!!」

 目を開け、混乱した様子の少女に対して老魔術師が駆け寄った。

 ペストーニャの掛けるシーツごしに抱き締めるかのようだ。

 

 この期に及んでアインズはフールーダのことを誤解していた。

(お、流石に復活したら体の調子が心配になって来たのかな)

 そんなことを考えるはずもないのに、好々爺になって昔話を語ったり…。

 すまなかったと謝るなど、人間らしい態度を想像してしまったのだ。

 

 もちろん、実は180度異なる。

 血走った眼でフールーダは、今しか聞けない情報を聞くことにした。

「アルシェよ、良く聴くのだ。お主は今まさに蘇ったばかり! その体験を報告せよ。死後の世界は? 思考力は残っていたか? 蘇った後の体の硬直具合はどうだ!?」

(えー!? こいつ…大丈夫か? 人間として問題があるだろー)

 アインズは自分を棚に上げて、老魔術師の人格に疑いを抱いてしまうのであった。

 

●二章、取引

「蘇がえ…る? 私は、し…んで、いた、のですか?」

「そうじゃ。偉大なるナザリック地下大墳墓を侵してしまい、死んでしまった」

 ぼーっとしたまま言葉を紡ぐ私に対し、フールーダ師は少しだけ冷静になったようだ。

 揺すっていた首元から手を離してくれたので、ようやく息が落ち付いてくる。

「だが安心するが良い、我が師はお前の罪をお許しに成ったのだ!」

「ナザリック? 我が師? …それは一体…」

 止せば良いのに、私は視線を巡らせてしまった。

 とある場所で視線が止まると、途切れていた記憶が怒涛の様に蘇って来る!

 

 あれは、あれは!?

「き、危険です師よ。あ、あれは化け物!! お、おげえええ…!!」

「まったく…。あの時と同じ対応か。忘れていたのを思い出したぞ」

 そこに居たのはあの化け物、アインズ・ウール・ゴウンだ。

 私達を闘技場に移動させ、なぶるように戦士として戦いを挑んで来た。

 だがその正体は、恐るべきマジックキャスター!!

 

「申し訳ありません。我が弟子の不徳をお詫びいたします」

「まあ仕方無いな。私もうっかりして居た…指輪を付けたぞ。これで良いか」

 お師様があの化け物に対し、恭しく頭を下げていたのが信じられない。

 洗脳されたのか、それとも誰か人質に取られているのだろうか?

 

「信じられんのも無理は無いが、フ-ルーダは私に弟子入りした。そして良いキっカケがあったので、死をもって許したお前の蘇生を許可したのだ」

「そ、そんなバカみたいなこと可能な筈が…無い」

 何を言っているのだろうか、この化け物は?

 信じられないと言う気持ちがある半面、最後の時に確かめた『偽物の空』が思い出される。

 あんなモノを作り出せる存在であるならば、人間を蘇生させるなど簡単なことだろう。

 師ほどの強大な魔法使いであっても、…いや強大だからこそ魅入られたのだろうか。

 

「嘘では無い、全て本当のことじゃ」

「まだ疑うのであれば、お前とこの娘しか知らぬことを言ってやれば良いのではないか?」

「……」

 あまりにも呑気な話題に、私は戸惑いを覚え、次第に納得するしかなかった。

 この場を騙すにしては大袈裟過ぎるからだ。

 

「…蘇生したのは判りました。でも何故、私なんですか?」

「ん? 一つはさっきも言ったがキッカケだな。二つ目は同レベルの中で、お前の点数が高かったことだな」

 敵対したが、死を持って罪を許された。

 そう言われても今一ピンと来ない。

 

 すると、この化け物たちは師を超越して居るので、死んだら恨みを残さない、誰かが蘇生しても許可するという見解なのだと説明を続けた。

 正直、雲の上過ぎて付いて行けないが、至高の存在と言うモノは良く判らない考え方をすると思う。

 

 暫くして私が落ち付いたところで、話題がガラリと切り替わる。

「さて、アルシェよ。物は相談だが、私と取引しないか? 断っても何もしないが…」

「どんな取引でしょう?」

 ソレは私が決して嫌だとは言えない、まさに悪魔との取引だった。

 受けるかどうかは自由だと口にしているが、あの悪徳高利貸しなどよりよっぽど危険な商談を持ちかけて来る。

 

「冒険をしながら、偶に子供達の様子を見に学校に行ってくれれば良い」

「がっ…こう? 帝国に在る魔法学院のような学校ですか?」

 戸惑う私にこの化け物は運命の宣告を落とした。

 その言葉を聞いた瞬間に、断る気持ちも逃げ出そうと言う気持ちも全てが霧散してしまった。

「そういうのがあるらしいな。今は目指している段階なんだが、流用できる良いアイデアがあったら報奨も出そう。ああ…もちろんお前の妹たちを連れてきても構わないぞ」

「いもっ…!? なんでウレイとクーデのことを!? 今はどのくらい経ったの!?」

 私は混乱した。

 何故、この化け物が妹たちのことを知っているのだろうか?

 そして、今はどのくらいの期間が立ってしまったのだろうか?

 

 数日ならば問題が無いが、そんなはずがない。

 数か月? それともまさか何年も? そんな事になったら致命的だ。

 良くて貴族の血を求める商人の婚約者として送り込まれ、悪ければ奴隷商人に売られてしまっているだろう。

 屋敷と両親などに未練は無いが、妹達だけはなんとしても救いたい。

 

「順番に話そうか。お前の事はロバーデイクという神官の記憶を探って垣間見た」

「家族のためという、印象深い記憶は妹の為にというものだから良く覚えていた」

「ロバーデイクが知らないので妹の名前やその後は知らないし、知る気も無い」

 三本ほど指を立てられ、それが折れるのを食い入る様に見つめながら聞き入った。

 そして最後に残ったのは絶望でしかない。

「時間は一年、いや二年ほどかな? 私はその間にエ・ランテルに魔導国を建設し、さっき言った学校は今から大きいのを立てるつもりだ」

「に、二年…そんな…」

 絶望的だ。

 もう絶望しかない。

 あまりにも絶望が深いと、涙すら出てこないのだと初めて知った。

 

 もう、ウレイとクーデが生きていることが奇跡の様な偶然しかないのだと思い知らされる。

 そんな時に頭に閃いたのは、化け物が口にした『報奨』と言う言葉。

 そして、死んだはずの私が蘇えったという事実だった。

 

「協力します! 協力しますから妹を助けてくださいっ! 死んでいるかもしれないんです!」

「ふむ。別に蘇生くらいは構わんが…。ただ注意をしておくぞ、普通の蘇生だとおそらく灰になってしまう。そして上級蘇生には幾つか問題がある」

「おお! 蘇生に際して一切の問題が無いと言う、最高位の蘇生魔法ですな! すばらっしししいいい!!」

 力が抜けそうだった…。

 化け物がアッサリを頷き、それと同時に絶望的な事を告げた時。

 そして、その懸念を師が情報の補足を持って教えてくれた時。

 この化け物の顔が、これまで出会った誰よりも力強く尊いモノに感じられた。

 

「何でもします! 私に出来ることならなんでもしますからお願いします」

「今、なんでもすると言ったな?」

 私は動かない体を引きずって、何度も何度も頭を下げた。

 体に掛けられたシーツがずり落ちるが気になどしていられない。

 夜の相手をしろと言われたら、おそろしくはあるが喜んで体を開くだろうし、モンスターと戦えと言われたらどんな強敵であっても倒して見せる。

 

 だが、そんな懇願を嘲笑うように、差し出された条件は拍子する抜けするほど簡単なものだった。

「良いだろう。お前を蘇生したついでにロバーデイクのサルベージ実験をするから、忘れている常識を教えてやってくれ」

「ロバーデイクも助けてくれるんですか? ヘッケラン達は?」

 化け物は奇妙な顔をして首を傾げていたが、ヘッケランの名前を出した瞬間に恐ろしい気配が再び漂い始めた。

 その恐ろしさを打ち破ってくれたのは、またもや師のフォロー(?)だった。

「サルベージ? それは肉体ではなく記憶や魂が損耗するタイプの蘇生なのですかな?」

「いや。あの男は死んだのではなくて記憶が消えてしまったのだ。少し思い付いた手法があるので試してみようと思う」

 実験に付き会ってくれたから、最後の方では許してやっても良いと思っていたので助ける。…と不可思議な言葉が躍る。

 うって変わって、にこやかな態度で化け物と師は言葉を重ねていた。

 吐き気がする傲慢な態度と同時に、困難な魔法に挑むのだと紳士ぶった態度で貸し借りを返そうと口にしていた。

 

 いっそのこと、『よくぞ捨てずに取っておいた』くらいの悪党ぶりを見せてくれたら、信用などしないで居られるのに…。

 この様子ならばこちらが役に立っている内は、決して裏切らないのだと容易に想像が出来る。

 神というモノの中には、厳格な者も邪悪な者も、どちらでもない災害の様なモノも居たのだと聞いたことがある。

 この化け物が神だと言うなら、まさしくお似合いではないだろうか?

 

「協力します。…だから妹達とロバーデイクをお願いします」

 私は他に言葉が見つからなかった。

 何を言えば良いのか判らなかったし、今から始まる実験に従うことはロバーデイクの為でもあるのだ。

 つまり、どうやっても嫌ということのできないということだ。

 記憶が無くなったと言うことなので、せめて元の記憶が少しでも戻るのが彼の為。私に出来る罪滅ぼしは彼の社会復帰に協力する事だろう。

 

「この娘のことはお前付きの冒険者として、役に立った範囲で協力してやると良い。それと、もし必要ならば功績に応じて幾らでも手を貸そう」

「なんという温情でしょうか。アルシェも果報者にございましょう」

「は…い。ゴウン様の慈悲には言う言葉もありません…」

 こうして私は化け物たちの共犯者となり、故郷である帝国にスパイとして戻ることになった。

 冒険者として行動しながら、妹達の情報を求め奔走することになる。

 

●三章、サルベージ

 そして最後に視点は、魔導王の元に戻る。

(前回はただ記憶を戻しても駄目だったんだよな。まずは人格を創らないといけないから…)

 元に戻すなんてアインズとしても不可能ではあったが、似て異なることなら可能だと言うギルメンの記憶を頼りに何度も重ね掛けて行く。

 軽く弄るだけでも膨大なmpが飛ぶのに、詳細まで弄る気は無いので大雑把に調整して行った。

 

 アインズはかつて鈴木・悟だったころの知識と情報、そして認識の一部をコピーすることで作業を簡略化させたのだ。

(ここは神様転生ということにして、偽物の記憶から新しく考え方を自分で作らせよう。俺の兄弟ってことにすれば似ててもおかしくないよな)

 母親が過労で死んだこと、ユグドラシルの思い出…。そして自分の考え方だ。

 

(とはいえ完全に俺と同じ考え方だと気色悪いだけだし、その辺は元の記憶をベースにっと)

 それらを少し希釈して薄くした後で、覚えている範囲でロバーデイクの認識を付け加えていく。

 忘れてはならないのは、子供達の面倒を見ると言うことだ。

 せっかくなので母親の事を理由にして、孤児院に顔を出していたと言う記憶は重要だ。

 

(くっそー、コピーして付け加えてるだけなのに、スッゴイ消費だな。上手く行かなかったら次にまた上書きするか)

 途中で投げ出しそうになりながらも、あと少しが上手く調整できないだけなので、仕方無く挑戦を続行。

 このまま投げ出したら、フールーダ達の手前、また同じことをやる必要があるだろう。

(考えの方は簡単にコピーできたのに、記憶の方が上手く行かないんだよな…。まあいいや、電脳死で記憶が飛んだことにしよっと)

 最後の最後で小さくまとめる調整理由を思い付き、精神魔法で語りかけて強引に終わらせることにした。

 

 どうして認識の方が簡単に行ったのかなど、不思議に思わないままに作業を終わらせて行く。

 そう、精神魔法は互いの心を混ぜ合わせる危険な魔法でもある。

 総体としてアインズの方が影響力が強いのは当然であるが、元の強さを考えればロバーデイクがアインズに与えた影響は決して小さくないだろう。

 もしかしたら、ガゼフに匹敵するだけの影響を与えたかもしれなかった。

 

「さあ、目を覚ませ。ロバーデイクよ。子供達の様子を見る為にな…」

 だがその事にアインズが気が付くことは無いままに、この日の実験を終えた。

 何しろこれからフロストドラゴン達を蘇らせて、素材を剥ぎ取る楽しい実験が待って居るのだから…。




と言う訳で、続きなのですが外伝をお届けいたします。
外伝なのは、見ての通り神様転生詐欺を思い付いたからで、最初はハンターXハンターでやろうかと思ったのですが、書くだけの余裕が無かったのでオバロ物で試してみました。
交流のあった現地の人たちを蘇らせることは簡単な筈なのに、やってないのはそれなりにこだわりがあると思われたのと、フォーサイトはどうあがいてもロクなことになりそうになかったので、逆に実験という理由を付けて蘇生してみました。
 共に学校関連で冒険者が寄った方が良いというネタを前回に仕込み、今回でアルシェとロバーデイクが理由の一環として扱われます。
それでも理由が薄かったので、アルシェはフールーダ対策と特殊な蘇生実験、ロバーデイクは神様転生をやってみたかったとアインズ様が思い付いたと繋げた感じになります。
 流石に脱線が過ぎることと、本編のストーリー進行にあんまり関係ないことから、蘇生を考えても居なさそうな人が蘇生するの込みで、外伝としました(出てこなくとも問題無いので)。

 と言う訳で今回はネタに走った外伝でしたが、次回は本編の純粋な続きで、学校に行くためにアルフレッド先生が八本指のところに挨拶に行く感じになる予定です。


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タニアのごはん【前編】

●ある日の朝ごはん

「おはよーなのです。今日も良い天気なのですよ」

 奴隷であるタニアの朝は早い。

 下働きが朝一番にするのは、町でも村でも水汲みと相場が決まっている。

 体の小さな彼女がその日のノルマを片付けるには、誰よりも早く起きて一回分か二回分は多くやらないと。

 

「まだ定刻の鐘が鳴ってないでしょうが。起こさないでよクソガキ」

「起こさなかったらゲンコツだと言ったのはそっちなのですよ」

 常に誰かに報告して居るような口調は、最底辺だからこそ色々押しつけられて居るからだ。

 もっともイジメッコは後から起きても困る事が少ないので、遅くていいならごゆっくり。

 タニアが朝一番に起きるのは、同部屋の彼女達に邪魔されない為だ。

 

「これで終わ……もう一回持って行くです」

 仮にノルマが五回だとしよう、その時にタニアは六回持って行くことにしている。

 体が小さいので量が少ないかもしれないし、言われただけやっても誰にも褒めてもらえない。

 いつも頑張ってるねと褒められる為には、余分にやっておいてノルマが遅れている誰かにあげるくらいでちょーど良いのだ。

 意地汚くて結構、それが最底辺にいるタニアの処世術である。

 

「タニア姐さんおはようございます」

「マギーもおはようなのですよ。水が余ったので、これで汗を落とすといーです」

 今日は年上の妹分であるマーガレットに水を上げることにした。

 彼女は最近になって若旦那が手を付けたメイドで、おつむはともかく我儘ボディはウルトラなタイプである。

 

「すみません。タニア姐さんが汲んで来た水なのに」

「昨晩は若旦那がお呼びで疲れてるです? なら今日は一日気にする事は無いのです」

 商家くらいだと、お家の人に手を付けられることの特権など無きに等しいが、それでも一日の仕事が免除というのが定番だ。

 マーガレットは奴隷では無く普通の生まれだが、なんでも閨のルールでは身分の上下に関わりなく先にInした娘が姐貴分らしい。

 ついでにこの子は世渡りが賢いタイプでもないので、タニアが先輩風を吹かせて教えてあげる。

 そういう所もあり、飽きられた女は適当な使用人か仕入れ先へ持参金付きで嫁に出すのであるが、その対象はマーガレットであってタニアではないというのがもっぱらの評判であった。

 

 暫くしてマーガレットのような昨晩のお手付きや、重労働など別件で免除組を除く全員が、朝の仕事を終える。

 道に水を打って掃き清め、棚やテーブルに至るまで整えておけば大凡は解決だ。

 もちろん手を抜いたりあまりにも重役出勤だと、お局様のお小言付きで朝食抜きなのだけど。

 

「よろしい。今日も一日の糧を頂けることに大旦那様へ感謝を捧げ、朝食を頂くことにいたしましょう」

 一番上の糞婆こと、ビクトリアばーさんが許可を告げるとまずは一安心。

 それと同時に新しく緊張が走り、みんな一斉に直立不動。

 ここでいちゃもん付けられたらやりな直しなのと、新しい任務が入れられる可能性があるからだ。

 

「そうですね。今朝は行儀作法を仕込みましょう…タニアとトマスは付いてくるように」

「はい。なのです」

 お客の目に留る可能性のある者は、こうやって抜き打ちで引っ張って行かれる。

 タニアは奴隷だが若旦那付きでお呼ばれすることがあり、トマスは使い走りの小僧で気の効いた相手先だとやはり同様。

 基本は目に留まる可能性がある者たちが選ばれることが多いのだが、可能性が皆無の者でも抜き打ちでやらされるので選ばれたらまあ大変。

 

「はい。急いで準備いたします!」

 なお行儀作法でエライ人たちとお食事すると言っても、別に良い物は出ないし、一日の業務は全く減らない。

 若旦那次第なタニアはともかく、既に仕事の決まっているトマスは青い顔。

 選ばれなかった者たちが一斉に溜息を付き、くたばれ糞婆と罵りながら食事を開始するのも仕方のないことだろう。

 

 そして人によっては憂鬱なのはここからだ。

 この日の朝食は麦粥で、エライ人から奴隷まで『同じ朝食が出る』と言うことに成っている。

 奴隷にすらまともな食事を出すのが豊かな商家だという見栄でもあるのだが、建前と違って同じ物が出る筈もない。

 

「おや、今朝はタニアもかい? 良い一日が始まりそうだね」

「はいなのです。今朝は蜘蛛ひとつ湿っけてない良い朝だったのです」

 行儀作法を教えてもらう中で一番エライのは若旦那。ちゃんとした麦の他に、干した果実や蜂蜜が入った美味しい御食事。

 お気に入りであるタニアと同席して食べるのだから、楽しい一日と言って間違いないだろう。

 意外なことに奴隷のタニアはお行儀が良いのだが、それも仕方あるまい。

 麦というより籾柄のような残りカスが多いとはいえ、奴隷がもらうにしてはちゃんとした食事だからだ。

 

 そして彼女が行儀の良い理由がもう一つある。

「若旦那。会食でもないのに食事中のお喋りは行儀が悪いですよ。タニア、手を出しなさい」

「はい。なのです」

 普通の、一番シンプルな麦粥を食べ終ったビクトリアさんが乗馬鞭を手に立ち上がる。

 タニアは若旦那付きなので、若旦那が失敗すると代わりに鞭で叩かれるからだ。

 自分が失敗してもビシリ、若旦那が失敗してもビシリ。

 ならば自分だけでもちゃんと覚えて、数を半分に減らさないとやっていられない。

 なお、話しかけた若旦那は無作法だが、話し掛けられた方はTPOに則った会話が出来るのが望ましいので、問題は無いそうな。

 

「ありがとうなのです、ビクトリアさん」

「よろしい。食事中の作法は大事ですよ」

 鞭で叩いた相手にタニアは礼を言う。

 それが教育者への作法なのもあるが、彼女は割りとビクトリアという糞婆を尊敬して居た。

 愛称がトリアで名前が似ているからではなく、単に勝ち組メイドだからである。

 

「タニアもだいぶ良くなってきましたね。言葉使いも少しずつ直すように」

「ビクトリアさんのように成れるように努力するのです。…いたします」

 この糞婆は人より仕事を一割も二割も余分にやって、『出来たメイドだ』と良い嫁入り先として系列とも言える商家に嫁がせてもらっていた。

 

 同レベルで熱心な働き者が沢山いるのである、与えられた仕事など出来て当たり前。そこから色々と積み上げて、ようやく『出来る』と評される。

 先ほどのマーガレットが『御手付き』の手切れ金として色々世話してもらう予定だとしたら、この人は全て実力。

 旦那が死んで出戻るように教育掛りの一人として雇われ直したのだが、上を目指すタニアがこういった『勤め上げた』人を尊敬するのも当然であろう。

 

「トマスの方は食べるだけで夢中の様ですね。食べるペースも問題ですが、主人からお話しの時は何か応じるべきです」

「申し訳ありません! 次回までに……あ、そういえば若旦那……」

 トマスの方も同様で、ビクトリアさんの亡き旦那のように系列の商家を立て仕事の一つを任されるのが、男にとっての『勤め上げた』勲章とも言える。

 出遅れた感はあるが、何か面白いことは無いかと必死で探したようだ。

「ん、ないんだい? 何か面白いことがあったかな」

「それがですね。アルフレッド先生が王国へ御出かけの様ですよ。なんでも王都の親戚の方がご婚礼なのだとか」

 商家に最も必要なのは新しい情報である。

 情勢の移り変わりや流行の変化など仕入れて損は無いし、急激な変化などが判れば儲けが出なくとも損が出難くなる。

 この話題はビクトリアさんも納得の様で、トマスは特に鞭で叩かれることも無くなんとか食事を終えた。

 

 いまさら斜陽の王国に用もないものだが、一つだけ最先端のモノが存在した。

「リ・エスティーゼか。何人か先生の従者に付けて最新の服を見て来てもらうのも良いかもね。とうさ…じゃなくて、大旦那に私の方から言ってみよう」

 それは服飾の分野だ。

 若旦那のところの商売でも扱っているため無視できない物で、その分野では老が…貴族社会の残っている王国の方が帝国や法国よりも上だ。

 貴族の絶対数だけでなく街に居る服飾関連の職人、その下で働く徒弟や御針子たちの数が群を抜いている。

 

「大旦那様もその提案には御喜びになられるかと思います。帝国の服はどうも野暮ったくていけませんからね」

 帝国は粛清によってオーダーする層が劇的に減っている。というのも理由かもしれない(法国はもともと贅沢する気風が無い)。

 貴族たちの代わりに富裕層が劇的に増えている訳でもないので、どうしてもこの分野では立ち遅れてしまっている。

 上手く流行を仕入れて、帝国風に手直しして取り入れることができれば儲ける事も出来るだろう。

 

 その日の朝食会はそれでおしまい。

 タニアが四人部屋に戻ると、朝起こした御礼にオヤツを差し入れてもらった。

「若旦那はともかく婆さんとじゃロクに食べられなかったでしょ? 遠慮なしに食べていいからね」

「ふふふ。故郷の村が懐かしいでしょ」

 その日のオヤツは数日前に取れたばかりのモノで、実にクリスピーでシャクシャクした味わいであったと言う。

 

●旅の日はお昼ごはん!

 

 暫くしてアルフレッドが王国行きの準備を整えた頃、お付きの一人にタニアが居た。

「王国へ行くのは初めてなのですよ」

「今のリ・エスティーゼは危険なのだけどね…」

 懇意にしてる商人が名のある者の出入りを理由に越境し、ツテを利用して商売しようとするのは良くある話だ。

 だが随行員にタニアが入っていると言うことに、どうしても違和感が拭えなかった。

 

(彼がタニアを手放すかな? さすがに重要とは思っていないだろうが手放すには惜しいと思っている筈だ。別に使い捨てと決まった訳でもないが…)

 無論、意味が無い訳でもない。

 情報を集めるなら色んな年頃の男女が居る方が良いし、タニアは奴隷としての値に比べて頭が良い方だ。

 治安が悪化している王都で何かあってもそれほど困りはしないが、色々な事を覚えて帰るかもしれない。

 

 とはいえカンがそれほど鈍っていないことをアルフレッドは自覚して居た。

 

 普段は朝夜の二食が基本であるが、何事にも例外が存在する。

 それは重労働や軍隊であったり、旅する一行のような体力を使う場合だ。それを利用してさりげなく聞いてみることにしよう。

「あの辺の茶屋で昼食を取ろう。トマスは軒下にお邪魔すると伝えておいてくれ」

「判りました。馬に水を飲ませても良い場所も聞いておきます」

 アルフレッドが使い走りの小憎であるトマスに駄賃を多めに渡すと、護衛を兼ねている者達を連れて場所取りに出た。

 彼らは先に茶屋に行って食事を頼むと、馬の番をしながら食事をするという訳だ。

 

「良く若旦那があの子を送り出したね。最近は気に入っていつも連れているのに」

「大旦那様の所に訪れたお客様が仰ったんですよ。遠出するなら若旦那に近い者を何人か入れておいた方が良いって」

 このトマスのように将来を担う世代の者を入れておき経験を積ませる。

 それ自体は間違いではないし、側近中の側近と呼べる手代などが危い目にあうよりもタニアたちお気に入り数名の方が安上がりではあるだろう。

 無事に帰りつけば男たちは席次は上がるし、タニアだって奴隷から解放されても文句ないくらいの経験とみなされるかもしれない。

 

(そう考えるのは都合が良すぎるな。…『彼ら』が抜けると言った私を呼ぶまで時間が掛ったことを考えると、調べて時に最後の作品であると気が付いたと考えるべきだろう)

 情が移ったなら見せしめに殺す。

 そうでないならば売れ、次の職場でも同じ様に子供を供給しろ。もちろん足抜けなど許さない。

(そんなところだろうな。タニア達には悪いことをしたが仕方あるまい。…『彼ら』の方は何があっても自業自得というものだ)

 犯罪組織から足抜けしようと思ったのは、魔導国での学校建設が面白いから制限無しでやりたいと思ったのもある。

 だが理由の半分は紐付きで行動する事を、あの恐ろしい魔導王たちが許すとは思えなかったからだ。

 

 魔導王たちが戯れに創る人間の学校で、育てた子供達が冒険者に成ろうが騎士に成ろうが役人に成ろうが、あの化け者たちは気にもしないだろう。

 だがそれを横から犯罪組織…八本指が浚って行くことを看過するほど、優しい相手とも思われなかった。

(問題はソレを説得する材料が無いことかな。死んだ方がマシな目に合わなければ良いのだが…)

 他人事のようにアルフレッドは苦笑いともつかぬ笑顔を浮かべて、どう話したものかと自問していた。

 

 そんな時に和ませてくれたのは、酷い目に遭う可能性の高いタニアであった。

「先生、新鮮なお野菜なのですよ! 久しぶりにお昼を頂くのですが、初めて食べるのです」

「…ああ。新鮮と言えば新鮮だね。若豆と早瓜か」

 それは熟す前の豆であり、育つのが早い種の瓜であった。

 水に漬けられて塩をふってあるのだが、少しひなびて小さい気がする。

 

(王国の食糧事情は相当なものだな。口を洗うには悪くないがそれほど腹持ちが良いとも思えない)

 美味しいと思って出しているのではなく、熟す前の若豆や延びる前の早瓜なら、気候次第で何度も獲れるからなのかもしれない。

 だが熟しきる前に収穫するなど、どうかしていると言えるだろう。

 加えて豆は元もと肥料用や油を獲るのメインであり、食用として適しているとは思われていないのだ。

 それほどまでに食糧事情が追い詰められて居ると言えた。

 

 しかしロクな物を食べてないタニアにとっては、これですら御馳走らしい。

「凄いです、こんなにお塩振ってるのです。こっちのスープの具には香辛料まで!」

「この辺りで獲れる香草でね。香辛料と呼ぶには……。いや、地方によって価値が違うと覚えておきなさい。塩も岩塩が取れるならそれほど高い物ではないしね」

 生まれた地域は内陸なうえ山も近くになかったのだろう、タニアは塩が安いことにすら感動して居た。

 香草を干した物を香辛料だと勘違いを始めたのを見て、アルフレッドは正しい知識を授けるのではなく、どこでも使える知識こそを教えることにする。

 タニアだけなら余った時間に細かく教えても良いが、ここには他にも数名居るのだ。

 

「売値と買値は知ってるですが、場所によって価値がそんなに変わるです?」

「若旦那から聞いたのは作って居る場所なら安く、足りない場所なら高いくらいだろう? 区切られた場所では常識すら変わる」

「貴族の方の御領地では良くあると聞いたことがありますが…」

 アルフレッドがタニアだけに話しているのでは無いと気が付いて、トマスが見聞きしたことを受け答えた。

 それに頷きながら、地面に小さく区切った簡単な地図を描くと、それぞれにサイズ異なる小石を置いて行く。

 

「地域によってルールがあり交流がある。貴族同士の仲が悪かったり、物入りで通行税が高いと他愛のない物が値上がりする」

「それを見越して旦那様方が御商売を繁盛させるのですよね」

「この辺は判るです。右の貴族が通さなくても左の貴族にお願いして通れば良いのです」

 地面に書いた地図の上、小石を移動させて商人達の流通だと言い張った。

 アルフレッドが通行止めのサインとしてX印を幾つか区切った地図に付け加えると、トマスやタニアはX印を避けて小石を動かして行く。

 普通は全ての貴族が許可を出さないなどありえず、街道が近い領主などがさっさと許可を出してしまうので留めきれないからだ。

 

「だが天候や地形などで、殆ど無くなれば目玉が飛び出るほどの値段に成る訳だ。例えばどこでも拾える薪ですら、旅人は雨の日には買う必要が出て来る」

「あー。皆と違って旅する人は昨日のうちに集めておけないのです」

 アルフレッドが地面に描く為の小枝を指差すと、労役で集める事もあるタニアは何となく理解した。

 確かに雨の日には薪が良い物に仕上がらないので、避ける様にしているからだ。

 地元の自分達ですらそれである、その日に訪れた旅人が火を熾す為にその辺の枝を拾っても無駄であろう。

「薪は極端な例だが新鮮な魚などがそうだね。近くで獲れないと食べる習慣すら無くなる」

「近くに川が無いと新鮮というのは無理ですね。池をお持ちの貴族様でも自分の所で精一杯でしょうし」

「そんな中で自分だけ魚を食べたいと言ったら、確かに目玉が飛び出そうなのですよ」

 魚を食べる習慣が無いと、うまく保存する方法すら発達しない。

 もちろん魔法を使えば簡単だが、その場合は保存の魔法を使える人材の確保が必要だ。

 結果的に馬鹿高いコストが生じる。限られた趣味人だけがそれを払うので、やはり遠距離で新鮮な魚というのは無理な話である。

 

「逆にこの辺りで溢れていて持ち運んでも欲しがらない物は値段も安くなる。ここでさっきのスープに戻るが、あれは香辛料漬けの野菜では無く保存用の香草なんだよ」

「言われてみれば宴会でお余りを頂く時の味とは違っていましたね」

「普通に美味しかったので不思議なのです」

 本来は香辛料代わりの代用というか、香りつけの香草らしい。

 食べる物が減って来て、そんな物でも食べなければやって行けなかったのだろう。

 タニアのように食べ慣れてないと割りと美味しく感じるのかもしれないが、付け合わせとして知っている者には微妙だったと言えるだろう。

 もちろんアルフレッドとて、逃走中など食料が無くなって来ると文句も言わずに何でも食べるのだけれど。

 

「そういえば大旦那の所に訪れたお客というのは、どんな方なのかい?」

「あの方はですね…」

 最後にアルフレッドが尋ねた時、出て来た名前は帝国に居るはずの無い人物の名前であった。

 案の定というか八本指が良く使う偽名であり、それを隠さないのは逃げるなという忠告のつもりなのだろう。

 こうして一同は数日後に王都リ・エスティーゼへ辿りつくことになる。




 という訳で食事しながら風物詩的なことを混ぜて見ました。
朝食はオートミールですが、若旦那のはグラノーラと蜂蜜入りシリアル風。タニアのは「ふすま」入りの劣化バージョンです。
昼食は塩スープの香草・クルトン入りと、キュウリの叩き、枝豆。意図して味付けすると呑み屋のツマミになるのですが、代用食品なので美味しくない感じですね。
次回は夕食とタコ部…工場見学したあと、VIP達と会談ということになります。


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タニアのごはん【後編】

「陛下、王国に対して魔導国は何もしないのですか?」

「勿論だとも。我が国は王国と敵対などしておらぬからな」

 ふとロウネ・ヴミリネンが漏らした問いに、魔導王は機嫌良さそうに答えた。

 アインズとしては頭の痛い資金繰りが解決に向かっており、これ以上ないほど御機嫌である。

 ユグドラシルの金貨は無理でも、現地通貨での工作資金は持ち直すだろう。

 

「アルベド、王国は何も変わっておらぬな?」

「はい。何も(・・)、変わってはおりませんわ」

 上機嫌のアインズを喜ばせるためではなく、心底からアルベドは微笑んだ。

 この期に及んで変わることの出来ない王国の運命を、嘲笑う為に。

 

(もはや戦する必要すらないのか…どんな策謀が…)

 その残酷な意味と、あまりにも美しすぎる魔性の微笑みにロウネは心底震えたと言う。

 

●斜陽の王国、不動の王都

 

「とーちゃくなのですっ。大きな町なのですねえ」

「帝都と比べては駄目だよ。アーウィンタールは陛下の肝入りで改修可能だからね」

 タニアを含むキャラバンは無事に王都に辿りついた。

 ある者は商品を売り捌きに、ある者は組織からの連絡を待つ。

 

「三年前とまるで変わって居ない……?」

 そこでアルフレッドは信じられない話を聞いた。

 トマスたちが貴族の家に出入りして居る商家や、場合によっては直接売りつけに行って聞きつけたのだ。

「はい。みなさん争ってお買い求めくださいましたので、順調に在庫が掃けました」

(元もと疲弊して居る上に、カッツエ平原での大敗北したのだぞ)

 それはとうてい信じられない話だ。

 帝国の…というよりは、魔導王一人の為に空前絶後の大敗北を喫して居る。

 当然ながら王国存亡の危機であり、人的な窮地にあり無傷の貴族ですら財政的な見通しが立たないままの筈だった。

 

(…王国貴族たちは成長して居ないのか? 人が居なくなったということは対立して居た老害どもが消えたと言うことなのに)

 ポっと出の国に貢物を送り、王太子になったザナック王子自ら靴の底を舐めるような外交で延命して居るのだ。

 この期に緊縮財政を行って、一気に整理すべき時だと言える。

 それが何故、王党派と反王派で揉めている頃のように夜会や園遊会を繰り返しているのだろうか。

 

 そんな時、ふと疑問が湧いた。

 一体全体、誰と競い合うようにそんな事をしているのだろうか?

「新しい卸し先はどんな家なのかね? 出入りの商人を通さずに買ってくれたのだろう?」

「何でも王国を良くしようと言う改革派と名乗っているそうですよ。一番上のフィリップという方がおっしゃるには、既存の慣習に捉われない自由な競争とやらを入れるべきだとか…」

 どうやら貴族たちは、その改革派と対立しているらしい。

 相手に舐められないように、あるいはパーティを通して裏工作する為に頻繁に接触を繰り返しているのだ。

 

 だがトマスは珍しく歯切れの悪い言い方をした。

 改革派ではなく改革派と名乗っていると告げ、目上のはずの貴族に対してあまり良い言葉で印象を語ってはいない。

 

「あまり感触が良くなかったようだが…もしかして、商人如きとか下働きがどうのと言われたのかね?」

「似た様な物ですね。これまで敵国だった帝国から来た商人を引き入れるからにはとか、良い話を回してやるからと、その…あからさまに値引きを」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 口約束の空手形なのは別に良い、だが体面を重んじるはずの貴族が直接値引きを言い出すなど墳飯物でしかない。

 結果的に値引きを要求するとしても、差額となるような買い取りをさせたり、袖の下としてコッソリ受け取るものである。

 放っておいても次のツテを掴む為にそうしたろうし、恥ずかしいを通り過ぎて先が見えて居ないとしか思えなかった。

 

「しかしフィリップという貴族に聞き覚えが無いが…。そんなに羽振りが良いのかね?」

「なんでも改革を望む商人や貴族の有志が付いておられるとか」

 フィリップという男にまるで記憶が無い為、カッツエの悲劇で結果的に繰り上がった貴族と思われる。

 あるいは商人の一人が金で貴族位を家ごと(婚姻で)買ったのかもしれないが、随分と妙な話だった。

 

 成り上がるまでは良いとして、ソレが派閥の領袖に成りおおせる事が出来るだろうか?

 まだ蒼の薔薇や朱の雫のリーダー達が、貴族の地位を利用しラナー王女の援助を受けて王党派の派閥を起こしたと言う方があり得る話である。

 

(八本指に召還されたあと生きて帰ることができたら、調べて置く必要があるかもしれんな)

 そう思うアルフレッドであるが、そのフィリップと先に出会うことになるとは思いもしなかったのである。

 縁者からの手紙として渡された、八本指の指示書に寄って貴族たちや改革派の両方へ顔を出すように求められたのであった。

 

●リ・エスティーゼの晩餐

 

 貴族達の集いで、夜通し行われるパーティを早々に辞して一同は宿に戻った。

「王都の料理はたっくさんなのですよ」

 タニアは沢山のお余りを頂いてご満悦。

 何しろ招待されたアルフレッドが適当にしか手を付けて無いので、タニアやトマスたちで分けれたからだ。

 獲物次第である狩猟はともかく、こうして残り者を使用人達に御馳走を分け与えるのが良い主人役の筈であった。

 

「タニアには悪いがこれは駄目だな。とても貴族の食べる料理とは思えん」

「この程度の材料で良くまともに見える料理が出来たと思いますよ。これなら旦那様と敵対して居る商家の方がマシな物をくれます」

 他にも何人か使用人が居たが、アルフレッドやトマスと同じ感想であったようだ。

 怖いモノ見たさで手を付けてはいるが、それぞれ宿に頼んだ煮物などをツマミに酒をかっ食らった方が良いとまで言っている。

「過去の戦乱時における苦労をしのび、限られた材料で伝統的な料理を…という所だろうな」

「他に言い訳のしようがないのですよね…。野菜の細工物とか凄いのもありましたし残念です」

 とはいえ貴族にも体面というものがある。

 あり余る料理を出して、欲しいだけ食べてもらうと言うのが伝統なのだ。あまりに貧相では主催する家の権威が啼くと言うものだ。

 

「萎びた野菜に水を含ませ、干し肉に塩スープで張りを持たせているようなものだからね。明日には改革派の方にも顔を出すが、あまり期待しないでくれ」

「判ってます。値切りまくってるでしょうし腐る寸前の料理が出てもみんな驚きません」

 アルフレッドの言葉にトマス達は苦笑いを浮かべた。

 幾つか改革派の家に顔を出したものの、どこも親分に倣えで似たようなものだったからだ。

「タニア、妙な物があったら先生の代わりにお前が食べるんだぞ」

「任せておくです。何でも美味しく食べられるのですよ」

 重要な女性が居るというなので、連れて行く従者として女の子のタニアが良いということになっていた。

 奴隷のタニアにとって、若旦那の店に買われるまでは仕方なく腐った物でも何でも食べていたものである。

 飢えが予想された年など、ロクでもない物を食材として無理やり使っていたことすらあったはずだ。

 

 しかし、一同の予想は斜め上の方向で覆されることになる。

「お招きいただき、誠にありがとうございます。他所では見かけぬ大変なパーティですね」

「そうだろうとも。爺どもの所では出来ぬことばかりだからな」

 どんな男か見物しようと、真っ先に挨拶に赴いたところフィリップは機嫌良く頷いた。

 そして何が気に行ったのかしらないが、派閥の主人ともあろうものが新参者に案内をしてくれたのだ。

 

(権威というものを考えていないのか? それとも人を誑かす手段か…)

 世の中には些細な功績に感動して見せる演技で、仁君と呼ばれるタイプの貴族も居る。

 アルフレッドがそう思って様子を窺うと、誰もフィリップには心酔した表情を見せて居ない。

 表面を取り繕うのが貴族であっても、これは少し妙なことだ。

 

 そして奇妙なのは、人の流れがあることだった。

 古参の者の多くが奥向きに移動してから、こちらに戻ってくるのだ。まるでフィリップなど二番目で十分だと言うかのように。

(奥方が名のある権門の血筋なのか? そう考えれば辻褄が合うが…王都に来てから待機するように言われた事で情報収集が出来てないのが痛いな)

 おそらくフィリップの反応は、彼を一番と扱った事で自尊心がくすぐられたのだ。そう思って見渡すと何人かこちらに頭を下げる者が数名居て、フィリップもその人物たちには満足げに頷いて居た。

 

 背景が疑問であるが、せっかく機嫌が良いのにここで迂闊に尋ねて怒らせても意味が無い。

 真の権力者への挨拶を怠ったことは諦めるとして、機会を窺ってフィリップの機嫌を取りつつ情報を集めることにした。

 

「どれも珍しい料理ばかりだが、足りなければそこの連中に注文すると良い。みんな王都の料理屋で名前を上げて来た連中だ」

「料理の達人を呼び寄せて、目の前で作らせるとは古い貴族の方ではとうてい思い付かない斬新さですね」

 得意げに語るフィリップであるが、貴族の常識では考えられぬことだ。

 第一に料理人と同席するなどありえないし、普通はパーティでは出さない様な(縁起の悪い)材料であったり珍奇な創作料理が何種類も並んでいる。

 中には思わず唾が出そうな良い香りの物もあるが貴族が食べる物ではない物もあるし、注文形式ということはアレが欲しいと強請る必要がある上、出された物を食べる貴族としてはみっともない。

 

 端的に言うと貴族に相応しい料理では無いし、…料理人たちにも『顔を出させてやる』と言って値引きを求めているのだとしたら恥ずかしいという他は無い。

 

(セオリーから外れてしまった為に美味くない物や、食事以外でも見栄えの悪い装飾品もある。…典型的な大都市病に掛っているのか)

 大都市病や王都病というのは、『素晴らしい考え』を思い付いた改革者が一度は落ち居る罠である。

 何も考えずに突き進んだ挙句、思わぬ落とし穴に落ちて失敗するのが精々だ。

(だが、これほどの勢力にまで拡大して居るとあっては、よほどのバックが付いているな。でなければさっさとつまずいて居るはず)

 アルフレッドはそういって周囲を見渡しながら、質問するのに丁度良い『材料』を見つけた。

 

「そういえば当主や代理ばかりのパーティと聞き及んでおりますが、随分と女性の方が多いですね」

「ん? ああ。連中は女当主になったばかりの奴らだ。貴族扱いしてもらえぬと泣きついて来た」

 男の兄弟が居ないと何処の国でも臨時で女当主が出る時がある。

 王国ではその地位は高くなく、大抵は兄弟の子供が育つまでか、その女の子供が生まれるまでの代理人扱いだ。

 だが奇妙なことに、ここのパーティに出席して居るのは肩で風を切る様な、気合いの入った女性が多い。

 

「おお。フィリップ様が彼女達を保護して居るのですね。流石ですが権門…いえ、頭の固い神殿などはさぞや文句を言ってくるのでは?」

「はっはは。あの連中に何が出来る! 俺が取りなしてやらねば今頃どうなったことか」

 全てフィリップのお陰。

 そう言ってやると随分と嬉しそうに胸を反らせた。どうやら自分の意識と周囲の扱いで不満があるらしい。

 人物を見る限り周囲の扱いの方が正しいのだろうが、ここはおだてて聞いておくべきことである。

 

「生憎と長男ではなかったので家を告げない為、旅暮らしで知らないのですが…。フィリップ様が神殿の問題を片付けて差し上げたのでしょうか」

「俺も三男だったが実力さえあればそう悲観することもあるまい。流れとしてはそういうことだ。連中は身内にとんでもない不心得者を抱えて居てなぁ…」

 得意げに語るその内容は、実に驚くべきことであった。

 

「俺の領地から神官が居なくなって調べさせたら、妙なモノが出て来た。他の連中の領地にもあったらしいが神殿の派閥の一つが麻薬を育てていたのだ」

「それは何と言う事を! ということは、最初のキッカケになって調査をさせて功績が大であるフィリップ様が取りなしたと…」

 おおよその流れを推測して尋ねると、フィリップは鷲のように胸を反らせた。

 

(自分で見付けたと思い込まされていることに気が付いていないのか。しかし、これで背景が判ったな)

 確かに、神殿の一部には犯罪組織と結託して麻薬の栽培を許可して居る連中も居る。

 同じ様に麻薬の流通を手助けしている連中も居る訳だが…。それをフィリップ如きが見付けられる筈が無い。

 

(改革派の手柄にしつつ、麻薬に関わって甘い汁を吸っていた貴族に牽制する為か。まさか八本指が黒幕とは…)

 要するに改革派と古参貴族と争わせることで、両方の背後から王国に根を張るつもりなのだろう。

 それに何の意味があるのかはともかく、今まで以上に八本指の権勢は強くなっているに違いない。

 

「面白い料理が多いですので、使用人にも食べさせて研究させたいと思います。少し持ち帰っても良いでしょうか?」

「使用人に土産などと甘い男だな。だがまあいいだろう。金を出した分なら幾らでも持って帰っていいぞ」

 とても貴族とは思えぬ言葉にアルフレッドは呆れつつ、寛容さと経済観念に恐れ入ったと演技をしてその場を立ち去ることした。

 

「そろそろ戻るよタニア」

「あ、先生。さっき綺麗なおねーさんが、オヤツをくれるから先生と一緒にいらっしゃいと言ってたのですよ」

 割り当てられた控えの間に居たタニアは、奥向きを指差して髪形を手で再現して見せる。

 だが覚えが無いというか、嫌な予感しかしないので聞いてみた。

「ここの奥様かね? お名前は?」

「呼んでくれたのは手伝いをしてる人で、偉い人はヒルマさんだそうなのです」

 タニアが口にした名前は、八本指の一人の名前であった。

 確かにその人物であれば、フィリップに麻薬を見付けさせることも、神殿に譲歩させることも可能であろう…。

 

●悪意のデザート

 

「ようこそぉおいでくださいましたぁ。ヒルマ様はこちらにぃおいでなのですぅ」

 妙に甘ったるい調子で喋るメイドに案内されて奥向きに入ると、奇妙なことに地下を経由して離れへと通された。

 見た事もないほど美しいメイドではあるが、周囲で垣間見れる光景は奇妙であり知っている者から見れば他人には見せられない物ばかりだ。

 時々人が生き交う他は、同じ部屋に込められて何か作業をしているのだが…。その材料や作業が問題なのである。

 

「先生、なんであの人たちは同じ事ばかりをしてるです?」

「良く気が付いたね。人は覚えるのが得意ではないからね。まずは一つのことだけ覚えているだ」

 まさか秘密を守るために、余計なことを教えて居ないのだとは言えなかった。

 そこで適当な説明をしたのだが、タニアはそれが気に行ったらしい。

「ということは子供でも一つだけなら覚えられるですね」

「そういうことになるね。帰ったら、何に使えるか考えて見るのも良いかもしれない」

 勿論、それは無事に帰れたらの話である。

 あまり人には見せられない作業を見せながら案内しているということは、返答次第で帰さないと露骨に脅しているのだ。

 

「お連れ様はあちらにぃオヤツをたっぷりと用意してますわぁ」

「わーい。お姉さんありがとうなのです」

 やがてどこにも逃げ場の無い部屋に通されると中には美しい女が居た。

 メイドほどではないし痩せこけてはいるが目は鋭く力を称え、時々驚いた様に周囲を窺う他は力強い意志に溢れる女であった。

 タニアはそこで別室に案内され、アルフレッドの返答次第で生きては帰れまい。

 良くても娼館に売られたり、悪ければ変態の貴族に買われて後ろ暗い趣味の為に切り刻まれてしまうなど、死んだ方がマシな目に合う事もあるだろう。

 

「お久しぶりというべきかしらね。まさか暗殺者を育てて来た貴方が普通に教師をする日が来るとは思わなかったわ」

「こちらこそ。まさかヒルマ様が黒粉を捨てるなどとは思いもしませんでした。表に出る気ですか?」

 ヒルマという女は八本指の長の一人で、麻薬取引を担当して居た。

 部門のトップ自ら秘密を暴かせたのなら、他の部下や甘い汁を呑ませている連中が動く筈は無い。

 

 完全な出来レースであり、黒粉と呼ばれる麻薬を発見させる代わりに改革派の名前を上げたのだろう。

 加えて女当主たちが活躍しようと躍起になっているのも、もしかしたら自分も出ようとしているヒルマの画策なのかもしれない。

 

「黒粉はどのみち蒼薔薇の連中が追いかけてたからね。暫くは『お休み』さ。少なくとも王国では育てる必要が無くなったのよ」

 どうせ捨てるモノであれば、せいぜい利用するのだと肩をすくめた。

 もちろん完全に捨てるなどありえず、とりあえず彼女が言う通り休んで居るだけで、王国以外で再び生産する気なのだろう。

「報復はしないのですか?」

「勿論したわ」

 自分達を脅かす者への報復はしないのか?

 そう尋ねはするが、真の意味は別にある。

 足抜けする気の自分に対し、何らかの制裁を考えているのではないかと遠回しに尋ねたのだ。

 

「王国を思って行動為される王女様に感動してね。せっかくだから、自分たちの手でトドメを刺してもらうのも面白いでしょう?」

「なるほど。抵抗して斬り殺された犯罪者の中に、改革派を留められる者が居た訳ですな」

 古参の貴族たちと改革派の対立が、ただでさえ足腰の弱った王国に決定的な死を約束する。

 

 王家は貴族を一つに束ねて改革する事が不可能になり、無意味な出費が財政に浪費をもたらしてしまう。

 それだけではない、食料不足のこのご時世に悠長にパーティを繰り返しているのだ。

 民衆が王国を見離したとしても、そうおかしな話ではないだろう。

 

 そして、この流れの最後の一手を打ってしまったのは、八本指を散々邪魔して来た蒼の薔薇なのである。

「国が荒れ、場合によっては内乱すらあり得る。既に八本指は金を形のある物に変えて外に持ち出して居る…と」

「正解。王国内に残しているのは秤を傾ける為の分銅だけよ。それが何処なのかどの程度なのかは言えないけど」

 アルフレッドの推測に、ヒルマは一切の否定を挟まなかった。

 嘘を言わずに誤解を与えている可能性もあるが、大きく外れてはいないだろう。

 持ち出し先は帝国か最も強大な魔導国か、それを聞くほど命知らずではないのでそこには沈黙を守る。

 

「それで、私に何をさせたいのですか? ここまで話しておいて帰って良いとも思えませんが」

 頷かない限り生かして返す事は無い。

 いや、頷いたとしても監視という紐付きで無ければ話す必要も無いだろう。

 要するにアルフレッドにさせたいことがあって、ヒルマはアルフレッドに頷くしかない状況を作って見せたのである。

 

「何、貴方には簡単なことよ。これからも今まで通り優秀な子供が欲しいの。魔導国に怒られない程度で良いの」

 アルフレッドと言う男は端的言えば人浚いだ。

 見どころのある子供を洗脳し、あるいは浚って教育して闇の組織に出荷して来た。

 それが八本指やイジャニーヤであり、そのほかの勢力であったりと差はあるが。人として褒められた行為ではない。

 

「お断りします。真に優秀な子供は魔導国が連れて行くでしょうし、魔法で真実を暴き出されれば揃って全滅ですよ?」

「そこを何とかするのが貴方の手腕だと言っているの。別に騎士や冒険者向けの子が欲しい訳では無いわ。そこは判るでしょうに」

 お願いして居るのではなく、やれと言っている。

 ヒルマは視線に圧力を掛けて来た。言葉はソフトであるが実質的な命令である。

 

 とはいえアルフレッドとしても頷けない理由があった。

 調べたところによると帝国が送り込んだ人材に対し、魔導王は支配魔法を行使してスパイに『自供』させたという話である。

 普通ならば嘘だろうと疑って掛るべきだろうが、あの魔道王であれば真実であると思う他ない。

 

 迂闊に副業を持ちこんだら殺されても文句は言えない。

 それにアルフレッドには誰にも話して居ない望みがあった。正確には望みが出来てしまった。

 

(あのユリという女…)

 出逢った時から抱いている思い。

 あの目、あの動き、あの仕草。間違うことなく思い描くことが出来る。

 長く後ろめたい稼業に手を染めて、こんなことは初めてだった。

 

(なんという『完成度』であることか。出来得るならばあのレベルの『作品』を仕上げて見たい…)

 アルフレッドはユリに彼女を調練した何者かの影を見ていた。

 おそらくは『死の教師』として名のあるモノに違いあるまい。間違いなく自分以上の存在だと誰に知らされることなく気が付いていたのだ。

(ほぼ狙い通りの性能。ソレは完成にして完成に非ず。僅かな歪みが破滅にではなく、自らをさらなる高みに仕上げさせる螺旋を描いている)

 あのレイナース以上の戦闘力と優雅な仕草。

 完全なる実力と美貌に満足するのではなく、さらなる高みを目指して魔導王の為にあろうとする。

 向上心から言っても忠誠度から言っても、これ以上ないほどの存在であった。

 

(もし神々に従属神が居るとしたら、ああいう存在を言うのであろうな)

 六大神のうち地の神には、八本指・六腕という従属神が居ると伝えられている。

 アルフレッドはユリを介して、至高の存在に辿りついていた。

 魔導王が六大神の仲間と思うかは別にして、それほどの存在であってもおかしくは無いだろうと考えたのだ。

 

「監視を付けるのも、魔導国に務め無かった者を勧誘するのも問題は無いでしょう。ですがこちらから安易に勧める事は身の破滅に繋がります」

「そう…。これほどにお願いしても駄目なのね」

 お願いという命令に対し、可能な譲歩は勝手にやってくれ…という言葉が精々だった。

 孤児院と言う名の学校が魔導王直下の人物が経営する以上は、どんなに秘密にしたところで魔法で暴かれるのは間違いあるまい。

 

 前例がある以上は、もしかしたら魔法を使わないかもしれないという淡い期待も抱くことが出来ない。

 高い可能性で死んだ方がマシな目にあわされるか、ナイフを持ってここに特攻する羽目に成るだろう。

 

「それじゃあ仕方無いわね。デザートを食べたら帰っても良いわよ」

「殺さないのですか? 私としては後で殺されるのも今殺されるのも同じだと思うのですが」

 ヒルマはやけにアッサリと引きさがり、かわりにゾっとするような笑みを見せて指を鳴らした。

 

「魔法に寄る監査を受けた後でまた聞くことにしましょう。と延期しただけよ。デザートはお嬢ちゃんと同じメニューだから安心して欲しいわ」

「その時までに監査が定期的なのか、一度切りなのか調べておきますよ」

 タニアの活け造りでなくて良かった…。

 アルフレッドとしてはそう思う他は無い。

 もしそうなれば、若旦那に対する言い訳として腕の一本も落として見せるか、一度行方をくらます必要があったろう。

 

 そう思っていたところ、デザートというには酷い皿がテーブルに載せられる。

 ゴミ溜めに入ている物を鍋で煮詰めれば、こんな物ができあがるあろう。

「食べきるまでこっちにはこさせないでとお願いしてあるから、帰る為にはお嬢ちゃんの分まで貴方が食べてみせないとね」

「これはご丁寧にありがとうございます。忠誠の証を見せろと言う訳ですか」

 中にはミミズや鼠だか子猫だかの肉と骨まで入っている。

 ゴミ箱に入っている一通りの中味が揃っているようだが、不思議と虫の死骸だけは丁寧に取ってあるのが妙ではあった。

 

 だが妙と言えば、おかしな印象が見受けられた。

(お願い? 今のは命令と言う意味では無かったな。あのメイド…何かあるのか?)

 もしや、誰かに借りたエージェントか?

 言われてみればメイドとしては美し過ぎる上に、身のこなしもしっかりしていた。

 それにこんな陰惨な地下へ案内されて、顔色一つ変えていないのは妙なことだ。

 

(まさか…な。いや、まさか本当にそうなのか!?)

 思えば奇妙なことが幾つかあった。

 何故、八本指が表に出ようとしているのか?

 何故、ヒルマが自分のアガリである麻薬を処分してまで、表に食い込む必要があるのか?

 

 そこに絶対者の命令があったとしたらどうだろう?

 あのメイドは、絶対者からヒルマに貸し出された臨時のボディーガードなり戦力なのかもしれない。

(ユリと言う女と違って強者の格は感じないが…。後衛の魔術師だとしたらそれも頷けるな)

 八本指が魔導国の傘下に収まっているのであれば頷ける話だ。

 ここに来るまでの王国の縮図を見せつけられることになり、この国が将来長くないことを知らされた。

 加えて八本指の食い込み具合を自覚させられては、その行く末がどうなることか判らない筈は無い。

 

(この国は既に終ったな。魔導王が戦争を命じるまでも無い。富を食い荒らされ残るのは『研究成果』のみだ)

 もし、今の改革派と古参貴族の対立が実験であるとしたらどうだろう?

 女性貴族は台頭し、食事に限らず色んな方策が魔導国ではなく、王国で試されているのだ。

 加えて貴族に対する反発が強大化し、民衆自身が評議員を決める国になるかもしれない。

 

(既に魔導王の掌で踊る実験場というわけだ。しかし…その見地であれば先ほどの命令に対する答えも変わってくるな)

 八本指が魔導国の一組織であるならば、そこに人材を供給するのは問題でないだろう。

 表向きの人材は騎士や役人として推挙し、あるいは冒険者として活躍させる。

 そして後ろ暗い仕事向きの子供は、八本指に投げ渡せば良いのだ。

 

 アルフレッドがそう考えをまとめてヒルマを説得しようとした時。

 驚くべきことが生じたのである。

 

 …隣の部屋のドアがけたたましく開き、何かを見付けたヒルマが顔を青ざめたのである!

「せんせー。美味しいオヤツを一杯もらったのです。このおねーさん凄く良いひとなんですよー」

「それほどでもないですよぅ。もっと要りますか? 食べにくいならビスケットもあるのですぅ」

 なんとタニアがゴキブリを両手いっぱいに掴んで現れたのである。

 口元の汚れは、さきほどの『デザート』とやらを食べきったに違いない。

 その上で、ゴキブリをオヤツと言って踊り食いして居る様は驚きである。

 

「そ、それを食べるなら隣で食べて頂戴。…いえ、お願いします。今は大切な相談中でして…」

(どういうことだ? 魔導国の配下どうしならば…。いや、ゴキブリ? ゴキブリが原因なのか?)

 哀れなくらいに慌てふためくヒルマを見ると、ロクでもない目にあわされたのかと想像してしまう。

 もしかしたら、器一杯のゴキブリを食べることが忠誠の証として求められたのかもしれない。

 

(それを考えればこのデザートはまだ有情だな。騎士たちに追われて山や悪所を逃げ回った時は酷いモノだった)

 考え方を変えれば、ゴミ箱の中身はまだ食べられる。

 スラムで生きている連中は、ゴミを漁って逃げ延びている時もあるのだから。

 タニアにしても、故郷で飢えそうな時はゴキブリだろうと鼠だろうと食べたと言っていた。

 アルフレッド自身も山で逃げ回り、血の臭いを出さない為にミミズや食べられる種類の虫を食べざるをえないときがあったのだ。

 

 もし、この場に呼ばれたのが、魔導王へ忠誠を見せるためだったとしたらどうだろう?

 何も考えずにヒルマの言うことに頷いた場合は、無能として一生拘束されるようなことになったかもしれない。だが逆に今のところは忠誠を見せているということだ。

 

「忠誠の証が必要ならば私も食べて見せねばなりませんね。お互いに魔導王陛下の為に忠誠を尽くすとしましょう」

「そ、そうね…。お願いだから食べたらあの子を連れてさっさと帰ってちょうだい」

 鼻を付く嫌なにおいだが、スラムでゴミを漁って逃げ延びた時に比べればマシだと思いながらアルフレッドは皿を片付けることにした。

 強制されて食わされるならば気色悪いことこの上無いが、八本指の横槍無しで活動する為の一杯なら、今だけは美味しく食べられるような気がしたのである。

 

 こうして一同は帝国へ帰還したということである。

 なお、ときどきタニアの元にオヤツが届けられるようになったとか、ならなかったとか。




 という訳で、タニアのごはん後編をお届けします。
乾燥食材や二級品による晩餐会、けちんぼスーパー創作料理界、最後にスラムの有情丼(タニアはオヤツ付き)で締めくくりになります。
基本的には九巻とかの内容をあまり逸脱する事無く、その延長線上で色々書いてみました。
確証は無いので、あくまでアルフレッド先生の推測でしかない。という視点ではありますが。
なお、都合良くアルフレッド先生が派閥の領袖に合えたのは、改革派がフィリップを派閥の長として扱っていないから、滅多に素晴らしい姿を見せられないのでやる気出したというオチ。
本当にフィリップ様はなんでも出来るお方。

 今回でフィリップの役割として想定したのは、『王国内の対立勢力』、『NAISEI担当』、『民衆に嫌われる役目』となります。
彼が成功しようが失敗しようが魔導国はNAISEIの成果を得て、何が良かったのか悪かったのか学習。改革派がどうなろうと八本指は別の『顔』を立てて乗りかえるので問題は無い。という感じです。
また黒粉に関しては、フィリップが無茶ぶりして出ていった神官を利用した。そのまま神殿勢力を抑えるために利用。決定的な証拠は蒼の薔薇が見付けてしまった、これで王国はおしまいだ。という感じになります。
今後もこんな感じで、原作とは少し違う流れを独自の解釈で発展させて入れて行くかもしれません。

 この後の流れとしては、学校物の続きとして書くには時期が早過ぎるので、一度冒険物か政治物を入れてからまた学校物に成る予定です。


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ダンジョン&ドミネイター

●ダンジョンの完成と、新しい居住区

 それはエ・ランテルの街を視察中の事。

「あ、アインズ様!」

「おお、マーレか。町中で珍しいな」

 アインズは街の区画整理の一端でスラムを確認しに行く途中、マーレと出逢った。

 今日・明日の予定には無かったので、ここで出逢ったのは偶然だったのだろう。

 

 しかし引っ込み思案なマーレの事、町中で見かけるのは奇妙であると言えた。

「そ、その…。ダンジョンがひとまず完成したんです。ですから、一刻も早くお知らせしようと…。御迷惑でしたか?」

「おお。こんなに早く出来あがったのか」

 言われてみれば、ダンジョンの作成を任せていたのはマーレであった。

 郊外というには少し離れた場所だが、魔獣をアウラに借りれば大した距離ではない。

 マーレからしてみれば帰り道の途中で、アインズ一向に出くわしただけなのだろう(挨拶に来るのは当然と言える)。

 

 ならば予想よりも早く完成したのかと思ったが、そこで明るかった顔がいつものように暗くなる。

「ええと…。完成したというかせざるを得なくなったというか。…お預かりしてるモンスターや僕の魔法で出来る限界に成ってしまいました。これ以上は土台を増やさないと…」

 何でも掘っていく過程で地盤が緩くなるので、魔法を使って補強して居たらしい。

 だがそれも限界が訪れ、注意しても穴が出来てしまうなど問題が生じたようだ。

「途中までは出来てしまった穴を使って部屋を作ったりしたのですけど。…その。そろそろ大きくなり過ぎて」

 そこまで聞くとアインズにも予想が付いた。

 上の階は亜人サイズで下の階は巨人やドラゴンサイズで収まっていた。そこまでは良いとしても、レイドボスでも放りこむしかない区画など不要なのだ。

「無駄に大きくする前に確認に来た。現段階で可能な範囲での完成報告と言うことか」

「ハイ! その通りです。勝手にお預かりしてる区画を増やすわけにもいきませんし…」

 全体構造を大きくすれば、補強に使うエリアも十分に取れる。

 だが予定区域に収まらないし、任せていた進捗を取り合えず終えたこともあって中間報告に来たのだろう。

 

「ご、御不満なら…もっと大きくしましょうか? もっと凄いのを…」

「いいや、良くやってくれた。魔法に寄る拡張と補強、アンデッドとゴーレムによる作業成果。そのデータをまとめて提出してくれれば理想的だな」

 アインズは先に合格点を出してから、次の目標を付け加えた。

 どうやらマーレは適当に終らせたのではないと説明しつつ、もっと良いモノを目指したいと思っている様だ。

(完成と共に次を目指すのは、やっぱり男の子ということかな。俺も覚えがあるな~)

 アインズは納得したように頷くと、手を軽くマーレの頭の上に載せる。

 その姿にかつて自分がユグドラシルで垣間見た、様々なビルドのキャラメイクやダンジョン攻略を思い出していた。

 

「任せた当時はドワーフやドラゴンも居なかったし、その上でこんなに早く完成してくれたのだから言うことはない。次は彼らとも協力して、サイズ重視や効率重視、そして面白い機能など…色んなタイプを目指すと良い」

「は、はい! 次はもっと良いダンジョンを作って見せます! た、たぶん…大丈夫です」

 マーレの頭を撫でると嬉しそうな笑顔がこぼれて見える。

 

 ユグドラシルで組み合わせを探るだけでも膨大な時間が掛り、しかも全てを知ることが出来たわけではない。

 それでも知る過程で培った経験や楽しさは、今でも思い返せるくらいだ。

「何度かやればマーレなら必ずできるさ。あえて助言を付け加えるなら、思い付く端から継ぎ足すよりは、最初から計画した方が整合性が取れると言うことくらいか」

 闇雲に次の成果を目指せと言うのではなく具体的な手段と、目指すべき地点を教えることが出来たと満足して頷く。

 ここで終っておけばどちらにとっても幸せでいられただろう。

 

「流石はアインズ様です…。あ、そうだ」

「ん? 何かな」

 するとマーレは何かに気が付いた様に、上目遣いで尋ねて来た。

「アインズ様はこちらへ何の御用事で? ぼ、僕でお役にたてるなら何か…」

 当然と言えば当然の問いであるが、ここで出逢ったのは偶然なのだ。

「まあ私もマーレと似たような目的ではあるが、町の区画整理…街を大きくする為の下見というやつだな。興味があるなら一緒に見て回るか?」

 上機嫌のアインズは言葉を間違えた。

 それが何を意味するかを良く考えずに即答してしまったのだ。

 

(あれ? 何かキラキラした目だな。何か感動する様な事を言ったっけ?)

 自らの失言。

 …より正しくは、言葉と言葉のドミノにアインズはまだ気が付いて居なかった。

「どうしたマーレ? 何か気に成ることがあるなら…」

「アインズ様がお手本を見せて下さるのですね…。でも御邪魔じゃありませんか?」

 へ?

 アインズは一瞬、何の事か判らなかった。

(てっきり、どんなダンジョンにしたら良いかの相談があるのかと思ったんだけど…。違うのか?)

 実のところ、マーレはダンジョンの政策を愉しんで居たわけではない。

 アインズから命じられた任務をこなし、上手くこなせたから喜んでいたのだ。

 守護者ならば更に次を目指すのは当然であり、もっと良いモノを作って見せると言っていたのに過ぎない。

 

 つまりこの勘違いがどういう結果に成っているかと言うと。

「…何の事だ。マーレが邪魔に成るはずなどないが」

「アインズ様には大きな街を作るなんて、何でもないんですよね…。うわぁ…」

 え?

 そんなこと言ったっけ…。

 思わず話の流れを思い返して、とんでもない勘違いに気が付いた。

(ヤッベ!? もしかして、今ここで『どんな街にするかの結論を出す』ことになってないか!?)

 アインズからしてみれば、ダンジョンの話題は既に終わったことだと思っていた。

 だから気軽にエ・ランテル見学の同行者に加えたつもりだったが…。

 

 マーレの中でダンジョンと街の区画整理が二身合体していたらどうだろう?

 というか、それ以外に自分が勘違いされる理由も、同行する事で何かを得られる事を喜ぶ理由にはならない(マーレなら何でも喜んでくれるとは思うが)。

 

(い、いかん。どうにか結論を先延ばしにして、アルベドかデミウルゴスに整理計画を聞かないと…)

 マズイことにアインズは絶対者である。

 ゆえに街の区画整理など、胸先三寸で決めてしまっても問題は無い。

 だがそんな計画に欠片も自信が(いだ)けない身としては、『重臣と相談します』以外の選択肢はありえなかった。

 

「これからどちらへ? 場所によってはお姉ちゃんに返しておかないと」

「アウラに魔獣を借りてるなら先に…」

「後はスラムを確認して終わりです。お手数はおかけしないかと存じ上げます」

 アインズのせつない望みは身内に寄って切り裂かれた。

 秘書役を兼任して居る本日のアインズ当番、エイスが卒なく説明してしまう。

 先ほどまでは二人の会話を邪魔しない様に控え、必要な所で口にする辺りは如才ない(アインズを追い詰める結果に成ったが)。

 

(何してくれてんだよ! でも間違った事は言って無いしなー。本当は見回って終わりにするはずだったんだよな)

 さすがに当たり前のことをしたメイドに文句を言う訳にはいかない。

 その結果が主人の胃を冥途送りにする結果であったとしても、ここで言うのが役目なのだから責められない。

 一緒にくっついている官僚たちだけなら脅して黙らせる手も使えるかもしれないが、友人たちの忘れ形見であるメイドにはその手を使うつもりはなかった。

 

 つまりは移動するまでに、何らかの結論を下さねばならないのだ。

(思い付かないことにして宿題にする? ありえない。『伝言』(メッセージ)で誰かに聞く? バレたら問題だ)

 内心の焦りと裏腹に、一行は問答無用で街を練り歩く。

 元もとスケジュールの大半を終えて居たこともあり、そう対して時間も掛らなかったのだが。

 

(駄目だ。適当な理屈で押し通すしかないか。だが完全な嘘は駄目だ)

 マーレは素直なので不審に思う事はあるまい。

 だがそんな期待を踏みにじりたいとはこれっぽっちも思わない。

(出来るだけ何かの理由に当てはまり、一時的な処置として過ごすのがベストだということにする。…これしかない)

 なけなしの脳味噌で捻りだし、無意味なプライドと整合性を保てたのは『今だけのベスト』だったことにするというものだ。

 今だけの正解であれば、後で新しいアイデアに上書きしてしまっても良いだろう。

 

(でっち上げた『今だけの理由』でこの場を凌ぎ、後は人間のやる気を出させると言う理屈で官僚たちのアイデアを採用するとしてしまえばいい。良し! ここまでは完璧だ)

 内心で冷や汗をかきながら、アインズはどうにか妥協案にこじつけようとしていた。

 残る中で、一番の問題は…。

(その『今だけの理由』をサッパリ思いつかねー!)

 当たり前だがそんなモノを瞬時に思い付けるなら苦労はしてない。

 まあ内政とか外交とか完全に嘘八百の理屈を作れば幾らでも出来るが、ソレをしたくないから苦労して居るのだとも言える。

 

●スラムと住人たち

 中途半端な良心とプライドにありもしない胃を刺激されつつ、とうとうスラム街まで辿りついてしまった。

 

「思ったよりも人が少ないですね…えっと、なにかの行事でしょうか?」

「ん? ああ、働ける者には開拓村を任せてしまったからな。残ってるのは怪我やトラウマで、何もすることが出来ない者くらいだ」

 探せばスパイや犯罪者もいるんだろうけど。

 咄嗟のところでアインズはその言葉を思い留まった。

 もし口に出せばどうなるのかは想像に難くない。殺してきましょうかと言いながら、魔法で殲滅するか撲殺して歩くだろう。

 

 アインズとしては別にどうでもいいが、友人の子供とも言えるマーレにそんなことを率先してやって欲しくは無かった。

 

「エイス。お前が聞いている範囲で良いから、マーレにこの区画を使おうと定めた理由を教えてあげなさい。難しい言葉は噛み砕いて出来るだけ判り易くだぞ」

「承知いたしました、アインズ様」

 聞いたことをそのまま説明するだけならメイドでも問題あるまい。

 その間の時間稼ぎも出来るし、自分も考えの整理が出来るからな。

 難しい単語があって説明できないとしても、自分も判らないから先延ばしにできるかもしれないとすら期待を抱いて…。

 

 そう思っていたアインズの期待はものの見事に打ち砕かれた。

 メイドにとって栄光のアインズ当番が、説明できないなどという落ち度をする筈が無い。

 至高の存在によってそうあれと定められたマイナス面(おっちょこちょい・物忘れ設定)があったとしても、他の場所で再現すれば良いのだ。

 

「亜人の来訪者が増えつつあるため、彼らが居住し易い場所が必要になると予想されます」

 何が問題だったかと言うと、聞いていることをそのまま口にしてしまったからだ。

 

「とはいえ元からの居住者とのトラブルは好ましくありません。陛下に生かされていることを忘れた愚か者などはどうなっても構いませんが、御名前に傷が付いてしまいます」

 判り難い表現こそ判り易く直しているものの、説明した人物の評価をそのまま鵜呑みにしてしまっている(同意もしているようだが)。

 

「あ、ということは…」

 察しの良いマーレはエイスが口に出すよりも早く周囲の様子をもう一度眺めた。

「はい。このスラムであれば普通の居住者は近寄りませんし、残っている者は居ても居なくとも構わないゴミばかりです」

 まともな市民はスラムに行こうと言う認識自体が無い。

 壁で塞ぐ必要が無いから安上がりだし、王が遮断したと言う噂も立たない。ゆえに亜人の居住地にするのは打ってつけだ。

 残ってる連中が大したことないのも、まあ判る。事後報告で処分したと言ってくれれば承諾もしただろう。

 

 だが人間に対する偏見をそのまま口にするのはどうかと思うのだ。せめて誰も居ない身内の時にだけ言って欲しい。

 おそらく提案した者…アルベド辺りも自分が人前で口にする時はそうしているはずなのだから。

 

(せっかく人間の官僚も居付いてくれるようになったのに…止めて欲しいなぁ。でも理由もなしに王様が止めるのもなんだし)

 くっ付いて来ている連中は、アンデッドの王でも構わないという覚悟しているだろう。

 それでも同族が虐殺されるのを良いと思う筈は無い。

 官僚たちの機嫌を窺う必要などは無いが、丸投げする相手が居なくなってしまうのは残念だ。

 

 そうこするうちにエイスは全てを語ってしまい、マーレはワクワクした瞳でこちらを見上げて来る。

 悩む間もなくモラトリアムは終ってしまったのだ!

 

「あの…アインズ様。せっかくですし僕がこの辺を崩してしまいましょうか?」

「まっ、待て。その必要は無い」

 マーレが今にも杖を掲げてしまいそうなのを、アインズは慌てて止めた。

 人間など別にどうでも良いが、いたいけな少年が虐殺者の名前を背負うのは精神的によろしくない。

「た、建物を残すなら…、邪魔な人たちを一人ずつ連れて行きますけど」

「その必要も無い。彼らには別の役目があるのだ」

 マーレがやる気を出してくれてるのは結構だし、言葉だけならソフトではある。

 しかしやることは死刑執行人と同じでは、笑顔でやらせる訳にも行かない。

 

 ここで止めるには、スラムに残った住民には利用価値があると言う他はない。

 しかし、ハっとした顔で見上げたのはマーレだけではなかった。

「そうですよね。退去勧告済みとはいえ、やはり罪も無い住人を処分してしまうのは問題です」

「その役目とはどのようなものでしょうか? 早速、アルベド様たちにお伝えいたします!」

 数少ないながらも付き従う人間の官僚は期待の目で、エイスは秘書役として働こうと鼻息荒く見守っている。

(やっべ。ハードル上げてどうするんだよ、俺!)

 何がマズイかといって、この状況で今は思い付かないとか、アルベドに聞くとか言う方法が取れないことだ。

 後でバレたらエライ事になるだけでは済まないだろう。

 

「しかし、怪我人や気力を失った住人達を活用する方法を見出すとは、さすがは陛下です」

「わわわ…アインズ様なら凄い方法に決まってますよね、でも…どんな方法なんだろう…」

 官僚やマーレは発表を今か今かと待ち続けている。

 もはやあと五分…すら通用しない雰囲気だ。

(なんで人見知りのマーレと意気投合しちゃってるんだよ。そりゃ俺やコキュートスよりも親しみが湧くだろうけど…。いや、それはむしろ良い事なんだ。早く思い付かないと…)

 しかし、しかしである。

 いきなり思いつけるようならば苦労などして居ない。

 できるならここに来るまでに済ませているし、あの時よりもハードルが上がってしまっているのだ。

 

 なんとかしようとアインズは己の知識…鈴木・悟であったころの記憶を総動員する。

(営業マンとしてルート営業の時や、飛び込み営業に駆り出された時…。駄目だ、なら他業種間で組んで新商品の時…も駄目だな)

 小学生までの学歴しかない鈴木・悟に大した知識があるはずもない。

 ならば会社で叩き込まれた知識を必死で探すが、見つかるはずもない。

 

 何しろ何も出来ないから難民なのだ。何かを出来る人間が居たとして、それらは既に開拓村に行って居るだろう。

(やはりユグドラシル時代しかないか…。でも、街で住人がすること? そんなの出来あいのNPCくらいしか見たこと無いよ…)

 だが現実は無情である。

 ユグドラシルで見かけた光景など、その辺のファンタジーゲームと変わり無い。

 鈴木・悟は手を出しては居なかったが、他のギルメンから聞いた話ではやはり同じ様な一定の会話しか出来ないNPCくらいだったという。

 

 もちろんミッション用の重要NPCは凝った造りをしているが、それだって同じ会話のパターンでしかない。

 だからこそ、こちらの思考を呼んだようにパターンが切り替わる悪魔メフィストや聖人イーノックなど、作り込みの濃いキャラが人気を集めたとも言える。

 

(街の住人なんて判を押したような会話だけ。例外はイベント中にテキストや服装が入れ替わったりくらいだしなあ…。ん? ……定型NPC?)

 巡り巡った指向は、同じ場所でループを始める。

 最初に否定した項目に何度も行き辺り、とうとう何故駄目なのかを思い出せなくなっていく。

(そうか。この世界じゃNPCなんて作れないんだから、NPC代わりに配置すれば良いじゃないか。給料を払って…いや、食料と家賃を代わりに払うことにすればいいんだ)

 それが正解かどうかは判らない。

 だが、それ以外に思い付かなかったし、既に時間切れしているこの状況では、これで押し通すしかない。

 なんだったら職業訓練の一環で、生きる気力が湧くまで待ってやった扱いで、新しいアイデアが湧くのを待つしかないだろう。

 

「あの、陛下?」

「もしや聞いては不都合なことでも?」

 思ったよりも考えて居たのだろう。顔を巡らせると恐る恐る口を開いた。

「いや、どうやれば面白い使い方になるか再計算して居ただけだ。普通に使うだけなら何でも良いのだがな」

「流石は陛下です。何通りもの策を瞬時に巡らせて居られたのですね!」

「そ、それでどんな策なのでしょう…」

 う、うむ。

 長らく沈黙して居たことを誤魔化しながら、アインズはマーレが来た道を指差した。

 

●始まりの町へようこそ!

「マーレが建設してくれたダンジョンの周囲に、冒険者が扱う施設を複数作る。その冒険者村とも言うべき場所に配置するのだ」

「で、ですが、彼らには商売や鍛冶などは不可能です」

「預けた物を盗むか、何もしないうちに逃げ出してしまうかと」

 話を始めて間もない内から、事情を知っている官僚たちから声が上がる。

 アインズはニヤリと笑うと、エイスやマーレが『そんな不心得者は殺してしまえば良い』というのを手で抑えた。

 

「そうではない。大して苦労のある事をさせはしない。簡単な事を説明させるだけだ」

 例えば…そう。

 小さく間を置いて説明を続けていく。誰もがアインズが何を言うか同じ様に見守っていた。

「村に入って最初人間は基本的に『始まりの町にようこそ』と言うだけで良い。この程度であれば誰でもできよう?」

「しかし、それくらいの説明ならば立て札や場合によってはアンデッドでも良いのでは?」

 当然の意見に対し、アインズはゆっくり首を振る。

 

「立て札では一つの事しか伝えられないし、アンデッドでは委縮させてしまう。…言葉に意味を見出すのは他の人間だ」

「ということは、暗号の伝言役ですか?」

「確かにそれならば、喋ることも出来ない者以外は…。いや、木の札でも渡せば良いのか」

 帝国で切れ者だったというロウネ・ヴァミリネンは、流石にアインズの言葉を即座に理解した。

 その説明を受けて、他の者たちもなるほどと理解の色を示して顔色が変わっていく。

 

「特定の条件が揃うまではそういうことだ。住人が慣れ、冒険者も慣れた頃に少し付け加える」

「生きる気力が湧かない者も、会話する事で少しずつ変わってくると言いますしな。悪い方向にいったものは別の役目を与えれば良いのですし」

「それならば可能でしょうし、表向きの役目としてはピッタリですね。流石は陛下」

 ん?

 表向きという言葉に違和感を覚えたものの、アインズは思い付きの説明が形になったことで満足してしまった。

 そして新しいアイデアとして、かつでユグドラシルであったことを得意げに盛り込んで行く。

 

「祭りの日など特定の条件で、酒の代わりに情報を渡すとか『友人』を紹介するというのは面白かろう?」

「出かけた先でちょっとしたことを覚える訓練にもよさそうですね。微妙な変化に気が付くとかは慣れないといけませんし」

「情報収集役としても期待できるな。…情報収集? なるほど、そういうことか」

 一部の官僚は何故かしたり顔で頷いている。

 どうやら冒険者の村に配するスパイや、それらが社会復帰したことにして他の町に移動させる時のアリバイ作りなどと誤解してしまったようだ。

 

 だが当のアインズにはそんなつもりはまったくないので、延々とNPC役としての説明を続けて行った。

「そうだな。建物は確りしたものではなく、定期的に入れ換えても面白かろう。新しい技術や建て方を試す為に大工を募り、費用そのものは労役で集めた物資を使用する」

「もしや、簡易的な建物を組み合わせていけば、騎士たちの突入訓練もできるのではないか?」

「おお! なるほど。たかが村の住人とはいえ、毎回用意するのも苦労しますからな」

 気が付くと今度は出動訓練の概念に移っていた。

 アインズはそんなことに気が付かなかったが、官僚たちの方には知識があるので勝手に思い付いて行ったようだ。

 

「と言う訳で、郊外に作ったダンジョン周囲に冒険者の施設村。そこと街とを挟む形でスラムへ亜人達の居住区を作る」

「冒険者が直ぐ傍で見張っているわけですから、住民たちも安心できましょう」

「これならば対して回収費用も掛りませんし悪くな…いいえ、様々な策を同時に実行できると言う意味ではこれ以上のモノはありません!」

 アインズのアイデアはただの思い付きであったが、あれよあれよと言う間に官僚たちが塗りたくって行く。

 またたく間に出来あがる計画に『あれは思い付きです、直ぐに変更するから』なんて今更言えない雰囲気だ。

 

「さ、流石はアインズ様です! ぼ、僕はダンジョン作るだけでしたけど…、郊外に作れと指示された時からこんな計画を考えておられたのですね」

(上手く繋がったよ…。とりあえずこの期待を裏切らない様にしないとな)

 キラキラした目で見上げるマーレや、何度も口の中で呟いて反芻しているらしいエイスを傍らにアインズは心の中で胸を撫で降ろすのであった。

 

 こうして一難去ったアインズの元に、新しい一難が自爆に寄ってやって来る。

 それは執務室でのこと。

「そうだ。偶にはマーレも冒険してみるか?」

「良いのですか!? 僕は嬉しいですけど、お忙しいのでは…」

 あれ?

 アウラと組ませて簡単な御使いクエストを頼むつもりだったのだが…。

(あ…。『も』って言ったのを、俺と一緒に行くって勘違いしたのか。しまったなあ。…でも、久しぶりに冒険で息抜きってのも良いよな)

 流石に今回の勘違いは、マーレの願望が入り過ぎている。

 自分の失策ではないので否定するのは容易いが、そこにアインズ自身の願望が入り込んでしまった。

 

「構わないさ。ちょうどマーレがダンジョンを作りあげたからな。御褒美と言う訳でもないが何日か周辺を一緒に見て回ろう」

「はい!」

 とても嬉しそうなマーレの気持ちに水を挿す気も起きず、御褒美という理由を使って自分も便乗する事にしてしまった。

 これが新しい騒動との出逢いのキッカケに成るとは思いもしなかったが…。




と言う訳で、今回は十二巻で出て来た情報との繋ぎになります。
見た感じで、『あれから●年が立った』的な感じですので、半年~三年程度の経過後として考えています。
魔導国は割りとまとも? と評判が出始め、亜人や冒険者を中心に出入りが始まっているというところでしょうか。
丁度、街道・ドワーフ・支配魔法での不正対策はやってしまっているので、今回は亜人居住区を終わらせて、次回に入国管理官とかその他の理由付けをする予定です。


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外伝、四者の視点【前編】

かなり捏造が入りますので、外伝となります


●死者の使者

「ふむ。幽霊船を覆う霧と、立ち昇る霧の差か」

 帝国魔法省の一角、フールーダの部屋に一人の少女が報告に訪れた。

 

「はい。最初は幽霊船がカッツエ平原を覆う霧の正体かと思いましたが、もう一種類」

 フールーダがデスナイトを支配できない理由は、実力不足の他に他のアンデッドが作った手駒の可能性がある。

 そう案を上げたアルシェは自身の目と、雇った冒険者やワーカーの口から情報を集めて来た。

 

「幽霊船の方は行く先々にしか湧きませんが、この霧は所構わず。ただし…」

「帝国と王国が戦う時などは晴れる…か」

 ふむ、と頷いてフールーダは髭を撫でつけた。

 アルシェが勘違いして居る可能性はあるが、嘘を言っている可能性は無い。

 

「どちらだと思うか?」

「地下の方かと」

 何の、とは言わない。

 これまで散々調査して来たのは、アンデッドの主が居るかどうかだからだ。

 ならば死人の数を増やし、活動範囲が広いと思われる方がよりソレらしい。

「ただ、幽霊船の方はカッツエ平原周辺に限った範囲で移動して居ます。執着心では無く支配されているのであれば、反応を見る事もできるかと」

 アルシェはここで保険を掛けた。

 場合によっては地下の調査に派遣される事もあり得る。

 ただでさえ死んで能力が下がり、信頼出来る仲間も居ない彼女には荷が重い。

 あれから効率的な訓練をこなしたり、魔導王から強力なアイテムを借りたりしているが、相対的には以前ほどではないからだ。

 

 いや、以前の力があり、仲間が居たとしても…。

 アンデッドの支配者と戦いたいなどとは到底思えなかった。

 

「地下への入り口を探す必要もあるか…。ならばお前は幽霊船に関して調べよ。話が通じるか、支配されているかだけでも良い」

「承知いたしました」

 アルシェはホっと息をつく。

 流石に地下への入り口を探して来いとか、船への強襲偵察でもないのがありがたかった。

 接近だけでも危険な可能性があるが、話をするだけでも良いなら何とかなるかもしれない。

 仮に近寄っただけで攻撃されたのならば、理性の無いモンスター扱いであるとか、護衛用に従属させられているという報告で済ませられるだろう。

 

 そして退出しようとした彼女に、思い出したように声が掛けられた。

「そうじゃ。正式にお主を魔導国への派遣士官として推挙するそうじゃ。元の家でも没落した適当な親族でも好きに登録しておくが良い」

「ではお言葉に甘えまして…」

 どうやら、皇帝は帝国が魔導国へ協力して居ると言う姿勢を見せるため、アルシェを派遣騎士なり官僚扱いにしたいらしい。

 なんとも見え透いた手だが、彼女としては苦笑するしかない。

 何しろ、両親があれだけ望んだ家名の回復がアッサリ叶ったのだから。

 

「…フォーサイトと名乗らせていただきます」

 親が生きて居れば許さないだろうな。という思いよりも、勝手に名乗って良いのかそっちの方が気になった。

 だがアルシェにとって、あのパーティの思い出の方が重要だった。

 必ずや妹たちを探し当て、功績を立て残り二人も蘇生を願いたいと切実に思った。

 

 可能性の薄い仮定形なのが、なんとも悲しくアルシェにのしかかる。

 

 帝国魔法省を経由して、貴族院に名跡の登録を済ませたアルシェはさっそく裏町へ向かった。

 人類の敵の手駒に堕ちた今だからこそ出来る、最も効率的な手段を取り行方不明の妹を探す為だ。

 数日もすれば幽霊船の調査に向かわねばならない、時間が有限である以上は躊躇う余裕など無かった。

 

「どこのガキか知らねえが、とっとと帰んな。此処は小汚いガキの来るところじゃねえ」

 思いも知らぬ優しさに、今更ながらに気が付いた。

 馴染みの顔であった取り立て人が、アルシェの事を知らないフリをして来たのだ。

 引き返せば気が付かなかったで済ませてやると、ありがた迷惑なお節介を焼いてくれたらしい。

 

「今の私はフォーサイトと言う家を起こしたの。没落したフルト家と関係ないから」

 この世の中、家の主人に家族は縛られる。

 どんなに愚かでも、父親の持ち物である彼女にはかつての愚行を止められ無かったし、もし取り立て時に居たら一緒に浚われていただろう。

 だが、逆に言えば別の家名に移ればそんな義理は無くなる。

 力が無ければ暴力によって押しかけられることもあるが、今の自分は魔導国の士官なのだ。

 

「…そうですかい。魔導士官ねえ」

 よくよく思い返せば、この男は回収できる内は延々と金を回収しようとしてきた。

 この男は金貸しのプロであり、利益確保の為に動いているだけなのだろう。

 

 逆に言えば返せる内は担保の範囲で貸してくれたとも言えるし、返せなくなったから容赦なく取り立てたに過ぎない。

 ならば返せないレベルまで貸すなと言いたいが、そうすると他の業者に借りるだけなのでそうもいかないだろう。

 

「妹たちが何処に売られたか知らない? お金なら即金で二倍、待ってくれるなら…フルト家が踏み倒した分も払えると思う」

「その言葉を疑う訳じゃないんですがね…こっちにも浮世の義理ってもんがあるんでさ」

 口約束では無く、帝国から派遣士官に対する俸給を提示してみせれば問題は無い。

 一定の収入があることを示し、その保証があれば借金取りは大人しくなると…魔導王が以前に他愛なく教えてくれた。

 あれだけ悩んだ問題が、あの王の手にかかれば鼻息すら必要無いとは、悲しいを通り越してもはや笑うしかない。

 

「情報料も追加で払うけど?」

「…いい加減にしないとあんたが寄りつかないように、ワーカーを雇いますよ?」

 なおも言いすがろうとして、アルシェは奇妙な表現に気が付いた。

 暴力に訴えるならば飼っている力自慢なり、裏街道で暮らす後ろ暗い者でも良いのだ。

 あえてワーカーを使うとしても、黙って差し向ければ良い。

 

 知り合いなら出し抜けるかもしれない。

 間違っても元ワーカーの前で口に出す事でもないだろう。

 単に、脅せば良いのだから。

 

「…ありがとう。御礼はまた今度」

「なんのことか判りませんな。そん時は払える範囲で借りに来てください」

 口には出せない。

 しかし担当したワーカーを探せば良いとヒントはやる。

 そう解釈したアルシェは、貸金を後にして酒場へと向かった。

 こんな所と付き合いのあるワーカーは限られているし、聞けなければソレを調べる依頼を出せば良いのである。

 

 こうしてアルシェの休日は、忙しく過ぎて行ったが…。

「人買いの旦那に伝えな。お望みの相手が見つかったってよ」

 さっさと帰れって忠告はしやしたぜ?

 金貸しの男はそう呟くと、アルシェが去って行った方向に溜息をつくのであった。

 

●北の邦より

「鍛冶…の長? なんのことか良く判らないな」

 アインズは来客であるドワーフにそう答えた。

 当人としては既に終わった話だし、採算は取れているのだから覚えておく必要も無い些細なことばかりだ。

 良く覚えて居ないのも、問題視していないのもどちらも本心である。

 

「我々の同胞がしでかした事を無かったことに…。その御厚情、感謝いたします」

 だがそれは強者の意識に過ぎない。

 弱者であり、迷惑を掛けてしまった方としては平謝りし続けて事件が風化するのを待つしかなかった。

 更に言えば、義理堅いという認識を広めることは意味があるので、当面はこのスタンスが続くだろう。

 

「で、ワザワザそんな事を蒸し返したい訳でもあるまい? トブの森を越えるのも一苦労だと言うのに」

「リュラリュース殿が良くしてくださったので問題ありません。ですが……魔導王陛下の御明察には頭が下がります」

 これまでドワーフのお偉方は、殆どが逃げ帰る様に視察を終えて居た。

 アインズに好意的な総司令官は国を離れるわけにはいかないし、ルーン工匠は基本的にカルネ村だからエ・ランテルに来る必要も無い。

 これで何も用件が無ければ、肩透かしだ。

 あのクエストを発行させているナーガにはいずれ褒美でも取らせるとして、今はこの話題を済ませてしまうに限る。

 

「これまで鍛冶工房長…元ですが、お預かりした鉱石を持ち逃げしたのだと思っておりました」

「ふむ…」

 顎をしゃくって続きを要求するアインズにドワーフはゴクリと頷いた。

 ここまでの段階で不快であるとか、どうでも良いのでと打ち切られないならば最後まで話すべきだ。

 例えそれが友人の不名誉だとしても…。

 

「当然ながら捜索もその方面に展開しておりましたが。良く良く考えてみれば、あの男は加工し切れずに悩んでおったのです」

(え、そうなの? あれは大した鉱石じゃないんだけどなあ…)

 レベル下がってたのはルーン工匠だけじゃなかったんだ、悪いことしたかなー。

 そう思いつつも、無茶ぶりしたことを悟られない為には黙っておくしかない。

 幸いなことに本人が自信満々で請け負っていたので、最終責任は自分では無いとホっと一息を突く。

 

「ソレを考えれば持ち逃げするのは不自然です。逃げた所で加工しようが無いのですから」

「道理だな。むしろ加工するヒントを見付けて、それを求める為に修行の旅に出たと見るべきか…」

 希望的観測かもしれませんが、とドワーフは重々しく頷いた。

 まあ理解出来る話だし、アインズとしては終わった話なのでどうでも良い。

 重要なのは、ソレが魔導国の役に立つか…だ。

 

「こんな話をした以上は、その先があるのだろう?」

「はい。魔導王陛下も我が国で使われる熱鉱石について御存じであるかと」

 アインズは過去に抱いた残念さを思い出した。

 最初に聞いた時はワールドアイテムである熱素石を思い起こさせたが、違う物である。

(とはいえ面白い効果があるし…あまりにもドワーフに都合良すぎるアイテムなんだよな。今思えばプレイヤーが願って作りだしたのかも)

 <星に願いを>(ウィッシュ・アポン・ア・スター)の効果がこの世界で変わった時、もしかして出来るかもしれないと熱素石の量産を狙ったが、結局は失敗した。

 あるいは死にかけて居たので、子孫たちへの手助けの為に最初から扱い易い効果を狙っていたのではないだろうか?

 そう思えば納得できることもある。

 

(どっちにせよ、あの魔法を使うとしたらよほど困っているか死にかけて居るかだよな。ということはドワーフの国にプレイヤーが居たのは過去か)

 ドワーフの国に対する警戒心を、一段階下げることにした。

 だが、それはそれとして技術や知識の独占には意味がある。

 当面は彼らと交易を行うのは、魔導国だけで良いだろう。

 

「読めて来たぞ。熱鉱石の発生温度を上げる手段を探しに行った。…いや、その手段に心当たりがあったということか」

「御明察の通りかと。元鍛冶工房長は陛下の下さったヒントを元にその考えに至ったのでしょう」

 ヒントなんて出したっけ?

 そもそも渡したのは同じ鉱石で出来たナイフくらいだが…。

 戸惑いつつもこの場で答える必要がないことから、無理やりスルーして誤魔化した。

 もしかしたら、おべっかとしてそう付け加えたのかもしれないと期待を抱きながら話の続きを促す。

 

「陛下が特に仰らなかった以上は、熱耐性を持つ石ではありません。それと同じ素材のナイフで加工可能な事を理解できております。となれば手段さえ見付ければ可能であるというのは自明の理」

 まあそうだろうなと、話を聞いてからようやく思い至る。

 一部の鉱石には下処理をしないといけないとか、クエストを通じてもっと良い石に変換可能な物もあるが、あの鉱石はそういう性質ではなかった。

 つまりは温度をひたすら上げれば、融かして加工出来るのだ。

「ハンマーの代わりにあのナイフで熱鉱石を叩いた可能性もあります。もちろん剛力を求めたのかもしれませんが、同じ場所に求める物があると伝えられているのです」

 熱鉱石を力一杯叩いても熱量は上がるそうだが、さほど効率は良くないらしい。

 力仕事の鍛冶師が力一杯やってソレなら、国一番の若者でも同じことあろう。

 

「ふむ。ということはドワーフに伝わる伝説のハンマーが巨人の元にあるのだな?」

「はい。かつて巨人の邦と友好関係を築いた時のことです。互いの大槌と剣を交換したとか」

 ドワーフからは『不壊の槌』と呼ばれる、特殊機能が無いが決して壊れない大槌。

 巨人族からは『自在の剣』と呼ばれる、誰でも・どんな状況でも使えるとても扱い易い名剣。

 国宝ではあるが、微妙な魔力を持つ武具を交換し合う程度には彼らは仲が良かったらしい。

 

 あるいは、交換した方が役に立つと思ってトレードしたのかもしれない。

 例えば他の種族の脅威や王族たちの衰えもあったこともあり、重くて使いこなせない大槌を力自慢の巨人族に渡し、使い易いだけで強力でもない剣を大地の上でも下でも戦うドワーフに渡したのだろうか?

 興味は尽きないが、口伝で伝えられた過去の伝承であり眉唾な部分もあるのでツッコミを入れても意味が無い。

 

「状況でアイテムの価値は変動するものだ。早計であったと思うが…当時の状況を知らぬ我々が口出しても仕方が無いか」

「今になって、それも鍛冶の道具として使う必要が出るとは思いもしなかったのでしょう。…ともあれ、元鍛冶工房長の足跡が発見されました」

 ここでようやく本題に戻ってきた。

 ようするに、運が良ければ捕まえることが出来るので、鉱石ともども犯罪者として引き渡しましょうか? と、お伺いに来たわけである。

 

(もうどうでも良いんだけどな…。伝説のハンマーも壊れないだけだし、それもドワーフが衰え始めた時代の基準じゃなぁ)

 どちらかと言えば、面倒事を持ちこまれて王として公正な判断を下さねばならない方が困る。

 これで態度や判断がおかしいと後ろ指さされても迷惑なのだ。

 正直な事を言えば、勝手に処分してこちらの耳に入らないくらいの方がありがたいほどである。

 

「ドワーフの国とは対等な交易をする間柄。こちらの都合を気にする必要は…」

 待てよ?

 アインズは口を開きかけた所で、ふと考え込んだ。

(鍛冶や工房の長を務めた程の腕とコネだよな。惜しくないか?)

 もちろん、ナザリックで腕を振るうNPCと比べ物になる訳が無い。

 だが現地で築いたコネクションや、ドワーフならではの特殊技術を生む可能性もある。

 事実、細工物や彫刻などは人間とは比べ物にならない技術であるとの話だ。

 

(それに巨人の伝承とか勝手に調べてくれるんだし…。処分してもらうのは、どうしても協力しない時だけで良くないか?)

 何より、タダである。

 既に失われた鉱石の元は、アダマンタイト製のチェインメイルやミスリルの盾で釣り合っている。

 ここで彼を傘下に加え、カルネ村に押し込めて研究をさせても良いかもしれない。

 いちいちルーン工匠の陳情で、ルーンを彫るための武具を揃えるよりも簡単ではないか。

 

「待てよ、既に新しい鍛冶工房長が就任したのだったな。もし国に居場所が無いならば、我が国に招くとしよう。もちろん本人にその気があればで良い」

「おお、おお……! 期待を裏切ったはずですのに、陛下はなんと慈悲深い…」

 良く判らないが感動しているようだ。

 ドワーフの顔は区別が付かないのだが、もしかして鍛冶工房長の友人だったのだろうか?

 そういえばそんな事を以前に聞いた様な気がしないでもないが、すっかり忘れて居た。

 

「なんのことか良く判らないな。ああ…そうだ。聞き忘れていたが巨人の国は何処を通って行くんだ?」

 というか何故、これまで足跡が見つからなかったのが不思議だった。

 よほど上手くやったか、それとも盲点でも突いたのだろうか?

 フロストジャイアントの集落は山脈にあるということだが、地表を行くならどこかで警備の兵に見つかると思うのだが…。

 

「当時に交易があった巨人の邦は地下の大空洞、大裂け目近くを通るのだそうです。横穴が大きくなってしまったので今では封鎖されていますが、比較的に安全な道が見つかりました」

 それは、かつてアインズが予想して居た特殊鉱脈と同じ考えだった。

 まだまだドワーフが精強であった頃に大裂け目を調べて、下まで降りると危険過ぎるが横穴があったので入って見たらしい。

 その先に鉱脈こそなかったが、巨人が棲んで居る地域へ繋がっていたそうだ。

 それがアゼルシア山脈のどこに繋がっているのか今では判らないが、そこに入ってみると厚いホコリの上に比較的に新しい足跡があったとのことだ。

 

「ほう…。大裂け目に横穴がな…面白い」

 そういって場所の詳しい話を聞き出すと、腕利きの冒険者を差し向けても良いと鷹揚に頷くのであった。




 というわけで想像というか、捏造で冒険物をやるので外伝としました。フルで書くと長引くので、一部だけ予定通りに書いた感じ。
復活したと捏造してるアルシェが幽霊船を調べたり、あるかも判らない巨人とドワーフの交流が過去にあったことにして、でっちあげて行きます。

感覚的には、十二巻で出て来た話題と繋ぐため。
捏造前提なので十二巻でまったく違う話だったとしても気にしません。


鍛冶工房長:
 熱耐性があると聞いて無いし、熱量を上げれば行けるはず!
かつて失われた特殊金属かもしれないハンマーがあれば!(自然の熱で良いなら溶岩でも良いと思うので)という妄想を加えて居ます。

「アダマインタイト以上の鉱石ないし、この使えないハンマーやるわ」
「じゃあこのショートソードあげるわ。あんたの身長ならロングソードでしょ」
みたいなトレードがあったのかもしれませんが、実際には強大な外敵が現れた時に、武技やら得意武器の都合で交換した物と考えて居ます。
まあ捏造なので理由は何でも良いのですが、武器を壊すけど強い技を壊れないハンマーで放つとか、巨人には似合いそうだなーとか思っただけです。


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外伝、四者の視点【中編】

●影の邦への入り口

 ドワーフの国にある大洞穴、大裂け目。

 そこに存在する横穴に直接降りられると言う場所へ、一同は訪れた。

 

「ここから先は危険ですので案内は不要です」

「魔導王陛下から派遣されたモモン殿を置いて、そ…そういう訳には…」

 漆黒の英雄と名高いモモンが、封鎖された地下道の入り口でドワーフ兵の同行を断った。

 ここが解放されたのがつい最近とあっては、彼らがこの周囲以外に道を知るはずもなく案内どころか足手まといにしかならない。

 冒険者モモンとしても、魔導王アインズとしても迷惑だった。

 

「それに、あんな小さな子供まで行くのに、ワシらが引き返すと言うのも…」

「マ……ヘジンマールの本体は地上で、ここにはアイテムを使って見届けに来ているだけです」

 近くにいるダークエルフの少年に目を向けるドワーフを遮って首を振った。

 善意だけに無碍にはし難いし、善意だからこそ迷惑だと言う事もある。

 このまま付いて来られて死んでしまったりすれば評判が下がりかねない上…。思わぬ強敵が現れた時に、アインズとしての姿を見せられなくなるからだ。

 

 未練がましく残らては困るので、ここで追い討ちを掛けておく。

「見届け役と言えば、魔導王陛下が送って下さるアンデッドも来ると思いますが大丈夫ですか?」

「え!? ああああ、ワシらは封印の近くに何か来ないか見張っておきますね!」

「そうじゃの。せっかくクアゴアがおらんようになったのに、妙なモンスターが出入りしたら大変じゃからの!」

 剛胆なドワーフ兵達もさすがにアンデッドの恐怖には逆らえなかったようだ。

 慌てて封印の向こう側に戻っていく。

 

「行くぞ。ヘジンマール」

「はい、モモンさん!」

 ヘジンマールと呼ばれたダークエルフの少年はなんとなく嬉しそうだ。

 その様子を見てアインズは、ドワーフ達には聞こえない場所まで移動してから口を開いた。

「見事だマーレ。上手に演技出来て居るじゃないか」

「い、いえ……。ボクなんてまだまだです」

 アインズは金色の頭を優しく撫でながら、ナーベラルがいつまでも名前の呼び方が固たかったり一般人を虫扱いするのを思い出して居た。

 それに引き換えマーレはヘジンマールやモモンという偽の名前に違和感を持たずに頷いて見せたり、チームメンバーとしては新参者として控えている。

 

「そんな事は無いぞ。マーレがナザリックの防衛に重要でなければ、いつも一緒に冒険へ出たかったくらいだ」

「ほっ……本当ですか? 嬉しいです……ボクの事をそこまで思って下さるなんて……」

 更にはいつもの引っ込み思案でオドオドした態度も、可能な限り控えていたのか見せる事は無かった。

 求められれば必要なことだけを喋ったし、提案を求めればマーレとしての知識ではなくその場に出た情報だけで、判り易い提案をしていたのだ。

 階層守護者とプレアデス達では使用して居る拠点ポイントや作り込みが違うから仕方が無いとはいえ、できるものなら誰でもこのレベルの対応をして欲しかった。

 

「そ、そう言えば、どうしてこちらの横穴を調べようと思われたのですか? ボクはてっきりエ・ランテル近郊で冒険されるのかと」

「その予定だったのだがな」

 アインズは以前の約束を思い出しながら、指を二本立てた。

「フールーダが面白い情報を送って来たのと、ドワーフが持ち込んだ情報を考慮すると…。面白い推測が成り立ったからだ」

 指を折りながら説明するのをマーレはジっと見つめている。

 アインズの言葉を一言も逃すまいとし、その情報を自分も精査しようとしているかのようだ。

 

「トブの森の地下にも大穴があるという話があって、そこの大裂け目を見た時に繋がっているのではないかと仮説を立てた。まあ、この段階では数ある仮説の一つに過ぎん」

「ということは、他でも穴が見つかったのですか?」

 アインズは満足しながら頷き、他愛ない妄想を愉しんだ。

 本当かどうかは判らない。

 だが、そうだとするととても楽しいではないか。

 

「カッツエ平原の地下にも穴があるらしくてな。一直線に繋がっている可能性もあるし、普通に大穴が三つあるだけの可能性もある」

「それでは、何故…こちらから調査なのでしょうか?」

 当然と言えば当然の質問にアインズはおもむろに頷いた。

「どうやら強力なアンデッドの支配者が棲んでいるらしい。操られるつもりはないが直接乗り込むリスクを考えてのことだ」

「そんな! アインズ様を支配できるモノが居るはずがありません!」

 自分でも一応のつもりで言ったのだが、これまで聞き役に徹して居たマーレが突如大声を出した。

 かなり歩いたのでドワーフに聞きつけられることは無いが、意外と言えば意外だったのでちょっとばかり驚いてしまう。

 

「信頼してくれるのはありがたいがな。過信は早計だぞマーレ。相手は常に自分の一歩先を行っているくらいの警戒が必要だ」

「も…申し訳ありません…。アインズ様はどんなことにも油断なさらないのですね…」

 尊敬の目で見上げて来るマーレを、もう一度頭を撫でながら宥めてやる。

 マーレだけ連れているのも、イザと言う時に抱えて移動する事も戦士化を解いて転移するのも楽だからだ。

「ということは、レイスなんかと知覚共有で調査をされないのも、万が一の事を考えて利用されない為でしょうか?」

「半分くらいはな。…せっかくの旅が直ぐに終ったらつまらないだろう」

 執務室で延々と頭と胃を痛めるより、楽しく冒険の旅をしたい。

 アインズは自分の正直な気持ちを優先したつもりだった…。

 

 しかし、何故マーレはポーッっと上気した表情でこちらを見上げているのだろう?

 目も潤んでいるが…別に感動する様な言葉は言わなかったつもりだが…。

 

「そんなにもボクとの時間を優先して下さるなんて……。ぼ、ボク…とても嬉しいです…」

(あっ。確かにそう聞こえちゃうよなー。…でもまいっか。ずっと働き詰めだったし)

 アインズは自分が王様として苦労して居たこともあり、マーレの勘違いを訂正しなかった。

 顔を赤らめモジモジしているのも、感動して居るからだと思いこんでしまう。

 マーレがアルベドやシャルティアの様に煩悩を口に出すタイプではなく、こう見えて我慢強いのも影響して居たのかもしれない。

 もし彼女達の様に『ここで初めてを迎えるのですね』と言い出したら即座に訂正しただろうが。

 

「さて、いつまでもこうして居ても始まらない。早速調査に入るか」

「もうちょっと……いえ、そうですね」

 マーレは名残惜しいとは思っていたが、アインズの為に気持ちを素早く切り替えた。

 あのフロストドラゴンの名前を流用したというのは気に入らないが、せっかくチームに居てもおかしくない立場を貰ったのである。

 またこう言う機会があるかもと期待して、洞穴を確認し始めた。

 

「…これってやっぱり加工して出来た道です」

「そうだな。土中を動くモンスター対策だけはしたということだろうが…妙だな」

 しゃがんで洞穴を調べた後、魔法を使って補強した跡や掘り返して埋めた跡をみつけたという。

 流石に都市内部と違って粗が目立つのだが、危険地帯で突貫工事をしたにしては丁寧だと言える。

 

「人間の大きいサイズではあるが、巨人が通るには狭過ぎる」

 洞穴のサイズはアインズが大剣を振り回せるくらいには広い。

 だが、巨人の巨体で通るには狭かった。

「…巨人の方が強くて、呼びつけていたのではないでしょうか? あるいは…その。巨人はあの大裂け目か地上を通って来たとか」

「話を聞く限り従属関係という程では無かったらしい。どちらかといえば…後者だろうな」

 無論、魔法である可能性も捨てきれない。

 熱鉱石を生み出すのに<星に願いを>(ウイッシュ・アポン・ア・スター)を使ったかは別にして、転移魔法はそう難しくは無い。

 当時はまだ精強だったということなので、ゲートはともかく<上位転移>(グレーター・テレポーテーション)辺りの可能性はある。

 

「あくまで仮説だが、最初は鉱脈を探すつもりで道を伸ばして巨人の邦に行きついた。その時は徒歩でも魔法で往来もできたが、段々と強者が減るにつれてどちらも出来なくなった」

「ありえる話だと思います。王都で見た中に凄い奴とか居ませんでしたし」

 それが一番しっくり来る考えだろう。

 モンスター対策だけはしたおかげで襲ってくるモノも殆ど見受けられないが、居ても戦力差を理解して隠れ棲むような雑魚ばかりだと思われた。

 ということは強者が居るならば敵にすらならないが、強者が居ないならこの道も危険だと判断したわけだ。

 

 そうして考えてみると、アゼルシア山脈の中でフロストジャイアントは強い部類だし往来可能な範囲だ。

 だが巨人は竜王ですらないフロストドラゴンと同レベルにまで落ち込み、自由に往来など出来なくなってしまった。

 ドワーフは更に深刻で、能力の劣化だけでなく並行して技術が衰退したこともあり利益が無いと無理してまで来なくなった…見捨てたと考えるのが最も矛盾なく一番しっくり来る。

 

 二人は一応の結論が出たことで推測を止めてまずは調査を再開した。

 やがて元鍛冶工房長の遺した足跡やモンスターを発見したこともあって満足してしまったのだ…。

 

●行き止まり?

 敵らしい敵が居ないことと本格的な脇道が無いもあって、二人のペースは相当な早さで進んだ。

 まずは本堂を直進してから、崩れた横穴…これを脇道と呼ぶなら、そこを調査しようということになった。

 

 だが探索は途中で打ち切り、ないし万が一の可能性に掛けて横穴の調査への変更を余儀なくされていた。

 落盤が起きており、道が閉ざされていたからだ。

 そんな折に襲いかかって来たモンスターが居る。

 

「ぬうん!」

 大剣の一閃がサラマンダーに似た生物の表面を滑り、体では無く足が飛ぶ。

 本物の火蜥蜴ならば再構成するだろうが、野生動物だけにそうもいかない。

 

「このサラマンダーもどき、強くは無いが随分と滑るな」

 ぬめり気のあるボディは刃を通しそうにも見えなかったが、返す一撃はその誤差を踏まえ腹を切り割くことに成功。

 異様な外見にも関わらずスパイシーな薫りがあたりに立ちこめた。

 だが切り割いた張本人は涼しい顔で、2mはありそうな体を掴んで岩壁に叩き付ける。

 

 そこでようやく死亡したのか、ビクンビクンと痙攣するものの動きを止めた。

 

「もしかして増えるように改良されたサラマンダーでしょうか? 見た感じ火ではなく水属性みたいですけど」

「いや。そういえば以前に聞いたことがある」

 マーレの言葉にアインズは首を振り懐かしい過去を思い出していた。

 あれは…誰に聞いた話だったろうか。

「それは他の御君から?」

「ああ。私の知っている範囲では既に滅びた種だったが…」

 鈴木・悟が生きていた世界では既に絶滅して居た。

 大企業が区間割り当てなどを勝手に割り振る時に、ゲリマンダーという不公正割り当てを聞くことがあるのが精々の名残だとか。

 

「ブループラネットさんだったかタブラさんだったか忘れたが、サラマンダーには原型があるんだそうだ」

「それは水の中に棲んでいたと言う事なのですね…」

 息をするだけで大変な世界なのに、毒素溢れる水の中に居て生き延びられる生物など居ない。

 だが、ここにはかつての仲間達ならば知りたがったであろう本物…に近い生物が存在するのだ。

 その事実が落盤により足止めされている煩わしさを打ち消してくれた。

 

 二人は話しながらも軽く解体してこの生物を調べて行く。

 腹を割いて胃を確認してみるが魚や蜥蜴の他は、コケか何かが融けているだけ。

 元鍛冶工房長の死体でも入って居れば一応の終了だが、こうなると脇道に希望が出て来る。

 目が退化せずに残っていることからも、どこかで地上の光を見ていると思われたからだ。

 

「肌が濡れていることと湿気が充満していることから、どこかに水脈と出口があるのでしょうか」

「そうだろうな。袋小路になってしまった様に見えて、実は隠し通路ならぬ水路で続いていると言う訳だ」

 よく気が付いたな。とマーレを褒めながらアインズは愉しそうに笑った。

 やはりレイス辺りを使って感覚共有するよりも、こうやって一つ一つ謎を解いて行く方が楽しいものだ。

 二人は探索に夢中になっており、人探しという用事もあることを忘れて話し込む。

 

「探しているドワーフは我々と同じ場所で引き返そうとしていたか、行く途中でアレと出くわし脇道に逃げた。マーレはどっちだと思う?」

 アインズの質問に対しマーレは少しだけ考えた後、上目遣いで精いっぱい答えた。

「お、おそらくは行く途中だと思います。理由は…多分、ボクらよりもペースが遅いから…」

「素晴らしい。自分の常識に縛られず他者の特徴を元に考えられるのは良い傾向だ」

 二人はノンストップで直行したが、戦闘力も探索経験も無いドワーフにそこまでのスピードが出せた筈は無い。

 本当に巨人の邦まで繋がっているのか、モンスターは入り込んで居ないのか。

 辿りつけたとしても、巨人が未だに友好を保っているとは限らないのだ。

 

 それらの問題を考えながら移動するならば、移動のペースは更に落ちる。

 二人には襲いかかって来なかったが、警戒しながらの移動だとモンスターにとって襲い易い対象になってしまったとも考えられるだろう。

 

「その可能性と地下水道を通れそうかを確認して今回の冒険は終わっておこう。コキュートスと相談して捜索方法を考えてみるといい」

「デミウルゴスさんじゃなくて…コキュートスさんとですか?」

 アインズは鷹揚に頷きマーレに説明をすることにした。

 いつもデミウルゴスばかりに頼っているがマーレも頭が良いのだし、今の内から指揮の訓練をしても良いだろう。

「コキュートスは苦労しているがその成長も著しい。その経験を聞きながら最も効率的な方法を考えて見るんだ」

 マーレはその言葉を聞いて考え込み始めた。

 やがて答えが出たのか口を開く。

 

「み、水の中でも行動出来るリザードマンを使うのでしょうか? 寒冷防御の魔法を掛けておけば冷たい水でも大丈夫ですし」

「合格だ。よく寒さ対策まで思いついたな」

 アインズはドワーフの国を探すのにリザードマンを使った事を思い返す。

 あの時も寒冷に対する防御のほか様々な防御手段を渡していた。最初からそのレベルまで思いつくのは酷であるし1つ思いついただけでも十分だろう。

 今はリザードマンを使い捨てるのではなく、再利用可能にするために考え付いただけでも上出来である。

 

「もっと良い回答は必要な時になるまでに思いつけばいい。私もそうして来たが、まずは自分で考え足りなければ他の者と相談することだ」

「アインズ様も…」

 かつてギルドの仲間達とワイワイやってた頃を思い出しながら頷いた。

 今では遠い過去の出来事だが鈴木・悟としての生活と違い、ついさっきの様に思い出せる。

 

「一人の力や知識など大したことは無い。だが仲間達と力を合わせることでどんな難関でも乗り越えてきたんだ」

「ぼ、ボクにも…出来るでしょうか?」

 アインズは不安そうなマーレの頭に手くのではなく、腰を落として視線を等しくした。

 そして昔を思い出しながら笑いかけたのである。

「出来るさ。お前とアウラはぶくぶく茶釜さんの子供のようなものだからな。あの人はとても人使いが荒…上手かったんだぞ」

 はにかんで微笑み返すマーレを見てアインズは危いところで茶釜像を修正する。

 

 それを誤魔化す為に立ちあがって調査の続きを終わらせてしまうことにした。

 下部に崩れて居た場所の内、どこかに水源に連なる場所があるはずだ。ひとまずそこを調査して方向とサイズを調べれば良いだろう。

 

(埋まってしまった場所までだけでも相当に長い道だったな。どこまで続いているか判らないけど…トブの森まで行ってそうなことが判っただけでも収獲だと思っておくか)

 昔、コラボで潜ったことのあるドワーフの大トンネルを思い出す。

 あれは大きな島の殆どを網羅する大洞穴で、最初は苦労したものの最後の方はショートカットにも使える場所だった。

 中にはトンネルを使わないといけないMAPがあったりして、コラボが終わるまでは愉しんだものだ。

 

「そろそろか。マーレ、これらのスクロールを使用してくれ」

「はい、アインズ様」

 崩れて出来た穴の周囲に来て、聴覚を強化する<兎の耳>(ラビットイヤー)と幸運度を上げる<兎の足>(ラビットフット)をスクロールで唱えさせたのだが…非常に可愛らしい。

 容姿に優れているのはNPCに共通して居るのだが、マーレは美しいと言うよりも可愛く見える。ちゃんと逞しく成長できるのか不安になるほどだ。

 敵性値を下げる<兎の尾>(ラビットテイル)も使ってヘイトを下げさせると、もはや趣味の領域である。

 

「アインズ様。こっち…だと思います」

「よし。降りれそうな場所を探して水源を見付け、出入り出来るかの確認をしよう」

 少しずつ穴を降って行くと、アインズの耳にも水音が聞こえて来る。

 もう少し降りようかと思ったところで、再びモンスターに出くわしてしまった。

(ローパーか。大した敵ではないが…五大災厄に居たな)

「…?」

 後ろを振り向くとマーレが可愛らしい姿のまま首を傾げていた。

 マーレからすればあんな弱いモンスターに何故アインズが警戒して居るのかが判らなかったのだろう。

 

(マーレなら簡単に振りほどける筈だが…。いや、アレの例もある。念には念を入れよう。マーレが大人の階段を昇るのはまだ早過ぎるからな)

 五大災厄の一つに触手地獄とでも言うべき場所があった。

 なぜそんな場所があるかと言うと…ローパーの分泌物に誘淫効果があるという『設定』を入れていたからだ。ゲーム内ではコメント表示に偽のエロ・ワードを被せたりする程度しか出来なかったが…。

 

 いずれにせよ、万が一にもそんなことがあったら大変だ。

 

「マーレ。少し体が痛むかもしれんが我慢しろ」

「アインズ様? あっ……」

 アインズがマーレの華奢な体を抱え上げると、見る見るうちに顔が赤くなる。

「む、すまん。きつくし過ぎたか? 片手でもとうとするとどうも加減がな」

「い、いえ! そんなことはありません。で…でもアインズ様に抱きしめ…守っていただけるなんて」

 アインズはマーレを片手で持てるようにすると、苦労しながら残りの手で大剣を掴む。

 持つだけならイビルアイにそうしたように担ぐ方が楽なのだが、荷物扱いするのは気がひけたし、何より<兎の耳>(ラビットイヤー)を使い易くする為だ。

 

「マーレ。私の首に手を回せ、少し動くぞ」

「は、はい……」

 マーレは感極まった表情なのだが、生憎とアインズの位置からは見えない。

 走りながらアインズが剣を振るう度にギュっと抱きしめて、自分が落ちて足手まといにならないようにしていたという程度の認識であった。

 もしアルベドがこの光景を見て居たら何というか疑問ではある。

 

 実のところ野生のローパーがエロ生物な筈は無いので、マーレにとって無害だった。

 むしろアインズが力を入れ過ぎた時の方が痛みがあったくらいだろうが、本人が嬉しそうなので忘れておこう。

 片手の剣捌きとはいえアインズが苦戦するはずもなく、斜面に生息するローパーは居なくなった。

 

「あっ…アインズ様。あそこに水脈があります」

「こっちも裂けた布を見付けた。やはりこちらであっていたな」

 マーレが指差す方向に確かに地下水脈が流れていた。

 そこに至るまでの間に裂けた布を見付け、砂浜になっている場所まで降り切ったところで見渡したり上の方を見上げると所々にナイフやハンマーが落ちているのが見える。

「ふむ。逃げ込んだ先でローパーに襲われ、なんとか逃げようとあがいたのかな」

「……っ」

 アインズがそれらを回収している間、マーレはキョロキョロと顔を動かして上流下流を確認する。

 

「上流は判りませんけど…下流は暫くこのままの流れですので、大穴や溶岩に流れ込まない限り、麓まで流れて行くのでしょうか?」

「かもしれんし何処かに地下湖水があっても面白いと思わないか? まあ次回までの宿題だな」

 アインズはそういうと、懐から新しいスクロールと金貨サイズの石を取り出してマーレに預ける。

 それは<記録>(マーク)という魔法で転移の目標にする為のものだ。

 

 マーレが魔法を唱えるとスクロールが消失して、石は仄かな輝きを帯びる。

 今度は本を取り出してソレを嵌めこむと、染み込みながらユグドラシルで良く見られた文字へと変化して行った。

 

「…次からはコレを目標に転移魔法やゲートを唱えれば此処に移動できる。私も同行する予定だが、無理な場合はコレを使うと良い」

 アインズは少しだけ寂しそうに本に記載された他の文字列を撫でる。

 今では転移の目標にすることもできない、ユグドラシルのダンジョンやトレハン場所が記載されていたのだ。

「こんな大事なモノを頂いてもよろしいのですか?」

「構わないさ。今回の報酬というか次回に使う為のものだからな」

 寂しそうなアインズの姿を見てマーレが遠慮するが、過去を振り切る様に首を振った。

 意図して取り出さない限りは文字は消滅しないし、役に立つならば消耗品で無い以上は使用するべきだからだ。

 

 こうして冒険は一時中断し、二人はナザリックに帰還したのである。

 

●記憶喪失の男と、墓杜の村

「おっさん。まだ記憶は戻らねえのか?」

「うむ、すまんが何も思い出せん」

 とある谷にある村で背の低い男が、数人いる少年たちの一人に手を伸ばした。

 代わりにズッシリと重い鉱石を手渡され、鍛冶場に在る炉に放りこんだ。

 

「治金に関してならば、どうすれば良いか手が覚えておる。しかし記憶の方はサッパリじゃな」

「オリハルコンがこんなに簡単に加工出来るんだから、そのうち知ってる奴に出逢うんじゃねえか?」

「まあそうだな。これだけの腕を持った鍛冶主なんてそうはいねえよ。ましてドワーフつったら限られてんだろ」

 男は背が低いのではなくドワーフだ。

 周囲の村にはドワーフは居らず、ドワーフの国まで辿り付ければ判るだろうと少年達は話し合った。

 何しろオリハルコンを使ったチェインシャツを簡単に作ってしまえるほどの腕前である。こんな人物が何人も居るとは思えない。

 

「そういえばユー、オボロの奴はどう言ってた?」

「よほど思い出したくない事でもあるのでしょう。ならば…向き合う覚悟が無ければ努力しても無駄。だってさ、ジャン」

 ユーとジャンという少年達は、この場に居ないオボロという青年の事を口に出した。

 彼はこの谷でも随一の腕前であり旅を重ねた練達の戦士だ。

 本人はまだまだ修行中と言っているが、その見識に間違いは無いと思われた。

 

「向き合う覚悟か…ワシは何を探しに来たんじゃろう…」

 記憶を無くしたドワーフは槌を叩く手を止めて、自分が持って居たと言う荷物の方を眺めるのであった。




 と言う訳で冒険の中編です。今回は道中の考察をしながら移動するだけ、次回の目的地の顔見せくらいですが…。
すみません! マーレとイチャイチャ、バニーモードがしたかっただけです。
後編は二十日ごろ予定ですが、この話も予定とずれたので少しずれるかも。


<記録>(マーク)の魔法と地図の本
 ウルティマ・オンラインから着想。
場所を記録して、それを参照すれば移動できるマーカーを作成。
そして、そのマーカーやテレポート系のスクロールを格納できる本です。
ユグドラシルにも似たようなモノがあるだろうなーとか、これを使って世界地図(記録・転移できない場所)を作るギルドあるだろうなーとか言う感じで出してみました。

・記憶喪失のドワーフ
 まあ言うまでも無い人です。

・ユー、ジャン、オボロと墓杜りの村
 アゼルシア山脈の途中にある村と、そこに棲んで居るモブ(?)です。


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外伝、四者の視点【後編】

●墓杜の村と修行僧

 その村はアゼルシア山脈のとある谷にあり、割と大きいが都市とは比べられない程度だ。

 村で戦える者は格闘メインなので、訪れる稀人は墓杜の村だとか修行僧共だと渾名する。

 もっとも、この谷から出る許可は周囲の脅威の中で最低単位である、熊に勝てる事が基準なのであながち間違いでもないのだが。

 

 その村でつい最近に救助されたドワーフは記憶を失っており、仮の名前は適当に決められた。

「ロス、調子はもういいんだっけ?」

「記憶以外は問題無い」

 記憶と共に名前も自分自身も目的も無くしたのでロス、鍛冶屋なのでロス・スミス。

 それらしい名前なら何でも良かったが、ずいぶん昔に記憶喪失が他に居てそいつに付けたネモ以外で決められた。

 

「それじゃあ俺のシャツを直してくれっか?」

「なんじゃお前もか? ここの連中は物持ちが悪いのう。良く鍛冶屋無しでやってこれたものよ」

 この男が親身に世話されたのは久しぶりの来客という以外に、村へ専門の鍛冶屋が居ないと言うのが大きいだろう。

 でなければ雑用と引き換えに食料を渡される程度の扱いであったと思われる。

 

「居ねえわけじゃねえぞ? オリハルコンやミスリルが扱えねえだけで」

「ワシから言えば扱えて当然なんじゃがの。まあ…アレでは仕方あるまいか」

 この村では鉄や銅の武具は無く、それどころかロクな武器も無い。

 武器が無くて格闘を主体とするだけなら宗教に関連して居るのかと言えば、そうでは無い。

 単純に膨大な量の鉄や銅を渡してしている相手が居るからだ。

 

『おーうい、持って来たどー。交換しとくれー』

「ちょっと待っとれえ!」

 外から谷へ、ズシンズシンと地響き立てて青い肌の大男が現れる。

 鍛冶場の奥から引き出した巨大な穂先を苦労して持ち出し、渡した相手がそれを簡単に持ち上げるのが見えた。

 

 アゼルシア山脈に棲むフロストジャイアントだ。

 近くに棲む彼らと協力して暮らす事で、この谷にある墓杜の村では平和と生活が保たれていた。

 それほど器用ではない彼らに鉄器や銅器を渡していれば、人間用の武具を作る余裕などないし必要も無い、金属製の農具など不要でもある。

 負担ではあるが収奪という程では無く、外敵から守ってくれて重労働を簡単に片付けてくれるので重宝されてもいた。

 

 では他の金属で作れば? というが金銀などは硬くないし通貨代わりに使える。

 稀少過ぎるアダマンタイトなどは見つかっても遠くまでに卸ろしに行くし、比較的に見つかるミスリルも鎧用に需要が高いので同様だ。

 価格が微妙になるだけでオリハルコンも良い値で売れるなら売ってしまうので、残った少量のオリハルコンを伸ばしてチェインシャツの部品をコツコツ作るだけの話である。

 

「そういえばまだワシの外出許可が下りんのか? 記憶を取り戻す為にも出かけたいんじゃが」

「ロスは熊を倒せないだろ? なら駄目だよ、隊商か冒険者でも来るのを待ちな」

 村から出歩いている者は狩人でも修行者でも、熊を狩れることが条件だ。それは元外部の者である行き倒れも同様。

 出歩いて死ぬと判っている人間を、おいそれと出せるはずもない。

 

 とはいえ、そんな者ばかりではないので必然的に村の周囲から出る者は少ない。

 隊商を組んで出かけるのを除けば、谷の奥側にある鉱山やロスが流れて来た谷川の周囲だけが、唯一自由に動ける領域とも言える。

 割りと大きな村だと言ったが戦力を増強できるような魔法を使える者は、魔力の化粧を施し呪符を作る呪紋師が一名、心霊手術が出来る呪医が一名しか居ないので仕方無いとも言えた。

 

「そんな事よりかさ、ロスもずっと此処で暮らさねえか? 腕の良い鍛冶屋が居ると助かるんだ。ミスリルだって加工して売れるしよ」

「ワシはそんな事の為に旅をしたわけじゃないぞ! …ソレを忘れてしまっておるがの」

 男は怒りかけたものの、少しだけ寂しそうな顔で鍛冶場に仕舞ってある鞄を見た。

 そこには彼が後生大事に抱えていた謎の金属と鍛冶道具一式が入っていたのである。

 

 このまま記憶が戻らないまま暮らすのか?

 燻って居て良いのかと鬱積した気持ちと、このまま悩みなど忘れて暮らすのも良いかと思っていた時。

 ロスにとって状況を一変させる出来事が二つ起こった。

 一つ目は村に一人だけ居る呪紋師が魔化をするのを手伝った事だ。

 

「どんな魔化を施すんじゃ? それによって形状が微妙に変わってくるが」

「ティアーの奴が使える術次第って話だろ? まあ最悪、幽霊を触れりゃ十分さ。余裕があったら適当に強化してくれりゃいいよ」

 ロスは話を聞いて頭が痛くなった。

 これが既製品に近い形で一点物を作り、平均値が高いだけの品を作るのは良くある話だ。

 戦士が欲しがる能力など大抵が似たようなもので、基本を押さえておけば残りは買った者が自分で補強アイテムを揃えるからだ。

 

 だが今回は村社会という狭い中で作成する物であり、実質的なフル・オーダーである。

「オーダーする以上はどんな能力が欲しいか明確に決めておくものじゃ。まあ国の術師を動員する訳でも無し選択肢など…」

 もちろん国直営の工房で作る場合と違い、村に一人しか呪紋師が居らず精霊召還など魔化出来ない術もあるので、可能なことに限りがあるのは確かなのだが。

 そこまで考えた所で、おかしなことに気が付いた。

 

(国の術師を動員…? なぜワシはそんな事が思いつけるんじゃ?)

 自分が並の鍛冶師でないことはオリハルコンを扱える段階で判っては居た。

 好きなように魔術師・呪紋師の類を呼び寄せ魔化を頼んだり、こうするからと頼まれて製作した実感が湧いて来た。

 記憶を思い出したと言うには曖昧すぎるが、苦労して色々やった・やってこれたという経験の様なモノだけは思い出して居た。

(ワシがそれを可能な立場に居たとして、なぜ記憶をなくすような目におうた? 追われた? それとも何かを追い求めて…)

 まだ届かない、だがキッカケは直ぐ傍に在る様な気がする。

 比喩ではなくヒントは自分の荷物にあるわけだが、後少しナニカが足りないのだ。

 

 そして、決定的なナニカが彼の目に飛び込んで来た。

 

「こっこれは!?」

「あら判る? この村に伝わる品なのだけど…どうしたの? 憑き物が堕ちたような顔をして」

 目の下に緋で呪紋を描いた女呪紋師がクスリと笑った。

 心当たりがあるかのように、こちらに嫣然と笑いかけて来る。

「判るも何もないわ! ワシはこれを探していたんじゃ!」

「…そう。思い出してしまったのね。何十年ぶりでは聞かないくらいのドワーフの稀人だし、そうじゃないかと思っては居たのだけど」

 呪紋師の家にあったのは、見た事もない金属で出来たハンマーだった。

 ロスが持ち込んだ金属とは違うが、明らかにアダマンタイトより格上であることが一目で判る。

 

「渡すには条件があるわよ? これと引き換えた剣を戻す事。まあ当然よね」

「で…ではここに居る時だけでも貸してくれんか!? これであの金属が加工出来れば…あのアンデッドを見返してやれる!」

 鬼の様な形相がそこにはあった。

 先ほどまでの好々爺然とした顔はなりを潜め、一緒に付いて来た少年などはドン引きしている。

 

「アンデッド? 奇遇ね…私達もアンデッドで困ってるんだけどね。力を貸してくれるならこっちも力を貸すわ」

「ワシに出来る事なら何でもするぞ! アダマンタイトどころかもっと上の金属でも可能じゃろう!」

 目的の為には何でもする!

 だが聞いてくれないなら…そんな心根が顔に現れていた。

 だからティアーと呼ばれた女呪紋師は直球で譲渡の条件を述べ、借用条件にも即座に応じたのである。

 

「その意気込みは買うけど相手は地下だから十分な戦力も必要よ? 貴方は戦えないし、強力な護衛をすり抜けて本命だけを滅ぼさなくちゃならない」

「戦力…戦力か」

 そういえば注文主の少年は、幽霊を触れることが最低条件だと言って居なかったか?

 つまりは、ただでさえ倒し難い相手を追い詰める必要があるのだ。地下というならフロストジャイアントの力を借りるのも無理である可能性が高い。

 しかも、話を聞く限りは戦闘力に関して護衛も相当なモノであると思われた。

 

 考え込むロス…いやドワーフの国の元鍛冶工房長の元に二つ目の転機が訪れる。

 もう一つは彼に続いて川を降って来た闖入者が現れた事である。

 

●滅びし影の邦

 ティアーという女は村で一人しか居ない呪紋師。

 だから当然、闖入者が現れれば協力を求められることになる。

 

「大変だ! り、リザードマンが!」

「何体居るの? できれば構成も教えてちょうだい」

 飛び込んできた村人の言葉にティアーは作り置きして居た呪符に手を伸ばす。

 それほど強いモノは召喚できないが、数の不利くらいは補えるかもしれない。

 

「あ、ああ。敵じゃないんだ…一応」

「本当なの? とにかく油断はしないで。ユーあなたも準備なさい」

「こうしちゃ居られねえ!」

 形の良い眉を跳ね上げながら尋ねるが応えなどありはしない。

 話を聞けば一人だけでしかも怪我をしているから…というが、怪我が治れば襲うかもしれないからだ。

 

「リザードマンじゃと…? もしかしてワシが流されて来た川から出て来たのか?」

「陸を歩いて来たとも思えないし、そうなんじゃない? とりあえずロスは鍛冶場に戻って」

 その言葉にロスは首を振った。

 もちろんこの場に残ってハンマーを触りたい気持ちもあるが…。

「ワシらドワーフの国にもリザードマンが来たんじゃ。…知性はあるが胡散臭いアンデッドと共にの。同じ奴かその仲間かもしれん」

「それなら着いてきてくれる? 貴方を探しに来たのかもしれないし」

 奇妙なことにティアーもユーも、ロスの言葉を疑わなかった。

 いずれにせよ一同は急いで居たので、疑問に思う時間も尋ねる時間も無い。

 戦えるティアーとユーは装備を整えて先に向かった。

 

 

 そこでは一体の…いや、一人のリザードマンが遠巻きにされている。

 外に出ることができる者が中心となって、後ろの方に狩人や呪医が念の為に控えて居る様だった。

 

「ティアー、良い所に来てくれた。どうするべきだと思う?」

「敵意があればとっくに殺しあってるでしょうし、どこまで信用できるかってことよね」

 呪医のランディだかラムディとか言う男がこちらに気が付くと、ティアーはドワーフのほうをチラリと見ながら考え始めた。

「顔は判らんが体形が違っておる。別のリザードマンじゃな。しかし、あのアンデッドのことを考えたら油断はできん。どんな無茶を言われるか判らんぞ」

 彼が国元に居た時に見た相手なのか、まったく別の相手かで少し変わってくるかもしれない。

 だが、そもそもこのドワーフが国元で何をしたかも判って居ないのだ。

 

「仕方が無いわね。誰か家から鍋を持って来て! 魔法で判断するとしましょう」

「俺が取って来る!」

 魔法が使えるからか、それとも判断が他につけようがないのかティアーの言葉で村人が鍋を取り行った。

 ドワーフは首を傾げるが、彼女の魔法を知っている者は疑って居ないようだ。

 

「そろそろ話をしても良いでしょうか? あまり時間を掛けると次の者が訪れてしまいますが」

「援軍を期待しているのか? それとも俺達を脅す気か!」

 リザードマンは想ったよりも流暢に言葉を操ったが、だからこそ信用できないと村人の一部が声を上げる。

 旅に出ることが出来る数名は落ち着いたものなので、この辺が経験の差であろう。

 

「も、持って来たぞ!」

「ありがとう。川の側に置いて水を汲んで置いてね。ちょっと話して来るから」

「おい、あぶねぇぞティアー!」

 女は制止の声も聞かず、リザードマンの方に歩き出した。

 そして途中で立ち止まると、あろうことか身を守るための杖をその場に置いてしまう。

 

「よろしく、私はティアーという名前よ。この村の相談役というあたりかな?」

「私はキュクー・ズーズーと申します。私も集落での相談役と、魔導国のミスリル冒険者のランクを授かっております」

 キュクーと名乗ったリザードマンは、軽く頭を下げて手に持ったショートスピアを地面に置いた。

 そして腰に差した自衛用の短剣を、目の前に置いてから座り込んだ。

 

 流石に無防備になりはしないが、即戦闘は無理な構えに見える。

 どうやらキュクーもようやく話ができる相手が来たと判断してくれたようだ。

 

「さて、話をするのは良いのだけど、お互いに信用がおけるとは限らない。そこで魔法を使っても良くて?」

「構いませんが…どのような魔法かお聞きしても良いでしょうか?」

 当然と言えば当然の質問に、ティアーは用意させた鍋を指差した。

 そこには川から汲んだばかりの冷たい水が注がれている所だ。

 

「あの水に手を漬けた状態で嘘を吐くと、その人には熱湯に感じられると言う魔法よ」

「人間達には盟神探湯と呼ばれている魔法ですね。部族では真実の口と呼んで居りましたが」

 キュクーは心得たとばかりに頷いていたが…。

 後からドワーフや知らない村人が聞いた話では、他所者を信用するのに良く使われる呪術らしい。

 術が使えない場合はハッタリであることもあるが、ティアーは力があるので大丈夫だろうと知っている者は安心して居たようだ。

 

 しかし、鍋に魔法を使った後で、キュクーが突然に足を止める。

「どうした! いまさら怖くなったのか!」

「いえ、そう言う訳ではありません。ただ、このまま私がやったとしても信用されない可能性もあるかと思いまして」

「なんだと! ティアーが嘘を言って別の魔法を使ったとでも言いがかりを付ける気か!」

 キュクーはフルフルと首を振って自らの首元を指差し、次に指輪を掲げて見せた。

 それは美しい紋様が彫られており、キラリと輝くところからも相当の値打ものか…マジックアイテムであると窺える。

 

「それがどうしたって言うんだ!」

「これは魔導王陛下からお預かりしている装備で、熱障害や精神魔法に耐性を付けるものです」

「ェ……?」

 村人たちは一瞬、何を言われたか判らなかった。

 

 もしそうなら、嘘を言っても問題が無い。

 つまり、一方的に嘘をついてもよいし、真実を話しても良いということだ。

 

「これを外してから話をした方が良いと思うのですが、いかがなものでしょう?」

「…ぷっ。警戒して居たのが馬鹿みたい。リザードマンってのはみんな貴方みたいなのばかりなわけ?」

 クスクスと笑うティアーに、キュクーはもう一度首を横に振った。

 なんでも魔導国でミスリル以上の冒険者を名乗れるのは、警戒心の強い亜人とまともに話ができる事が前提である。

 つまり、ミスリル冒険者以上ならば信用出来ると教えてくれた。

 

 そして装備を外すと、おもむろに鍋に手を突っ込んで質問を待つ。

「どうぞ。なんでもは無理ですが、可能な範囲で聞かせてください」

「もう使わなくても不要だとは思うんだけど…。とりあえず貴方達は何をしに来たの? そして、アンデッドと手を組んでるって本当?」

 ティアーはキュクーを信用したとしても、他の村人までそうだとは限らない。

 この場合は村人が見て実際に億化があった魔法の方が重要だろう。

 

 二人はそう判断して鍋に手を突っこんだまま話を進めた。

「まず…魔導王陛下は理知的なアンデッドです。我々リザードマンはその勢力下にありますし、エ・ランテルの街も同様です。無意味に殺されている人間や亜人はおりません」

 手を組んで居るのではなく支配下である。

 更には殺されてアンデッドの列に加わっている訳ではないとキュクーは説明した。

 無意味でなければ殺されている者も居るのだが…、まあ嘘では無いし『誰も殺されて居ないのか?』などと質問される前に言っておいたのだろう。

 

 アンデッドに支配…。そう一部が騒ぎ始めた所でキュクーは次の話題に移った。

「ここに来た理由は二つ。巨人の邦へ行けるかを手分けして確認中です。もう一つは行方不明であるドワーフの鍛冶工房長が生きて居れば保護すること」

 支配下に置きに来たのではない、巨人の邦があるかどうかを確認している。

 そして他にもリザードマンが動いているということ、…最後にドワーフを捕まえるのではなく保護であると口にした。

 

 当然ながら鍋が煮え立つことも、キュクーが慌てて立ちあがって川に飛び込む様子も無い。

 村人たちは自分たちが目標では無いと知って安心すると同時に、この間助けたドワーフの事を思い出して居た。

 

「わ、ワシを捕まえに来たのか!?」

「いえ。陛下は窮地に居るなら保護せよ、鉱石の扱いを磨いているところであれば協力せよとおっしゃられました」

 キュクーはそこまで言ってから失礼かもしれませんが…と、もう一言付け加えた。

「…それと扱えないのであれば無理を押しつけてしまったことになるので、先の依頼は撤回するとも」

「何を言うか! そのヒントは既に掴んでおる! 条件さえ整えばいつでも可能じゃ! あのアンデッドへチェインシャツにして叩き返してくれる!」

 ドワーフは顔を真っ赤にして怒号を上げると、追っ手であるとか捕まるとか言う判断を置き去りにした。

 ガンコ職人の性格が顔を出し探究心と克己心が、アインズへの反骨心を圧倒する!

 

 激昂する彼を宥める様に、ティアーはポンポンと肩を叩いてから説明を続けた。

「その件も関係してるなら丁度良いわ。とあるアンデッドの問題があるんだけど大丈夫かな? 貴方の国の王様も執着心を持って居るタイプなのよね?」

「…ええ。私は存じ上げませんが、陛下は生命に憎しみを燃やす事はありません。そして全てのアンデッドがそうでないとも理解しております」

 二人の間で、微妙な空気が流れた。

 意図したことを理解できたのは、何かを知っている数人だけで他の者は首を傾げるばかりだ。

 

「そこにどう言う差があるんじゃ?」

「この周囲にも話の判るアンデッドと、生命と見れば襲いかかって来るアンデッドが居ると言うことでしょう」

「そういうこと。正確に言えば…話が通じる方は過去形なんだけどね」

 首を傾げるドワーフに、キュクーが理解したことを口にする。

 その様子で話しても大丈夫と思ったのか、ティアーが詳しい説明を始めた。

 

「貴方達の探して居る巨人の邦というのは、とっくに滅びているのよ。問題なのはアンデッド化した巨人と配下が地下の王国にのさばってるって訳」

「なんと…種すべてが…ではないにしろ、痛たましいことです」

 ティアーの言葉にキュクーは素直に頭を下げて見せた。

 彼女やこの村の住人達は関係ないにしろ、そういった事を知っている以上は庇護下にあった人間族の末裔なのだろうと推測。

 そして、仲の良い巨人や他の種族が犠牲になったのだろうと想像したのである。

 

「そこの入り口が幾つかあって、出て来ない様に見張ったり倒しに行ったりするわけね。理知的なアンデッドはその途中で出逢ったの…支配されちゃうまでは」

「なるほど。アンデッドが無数に居れば一体くらいは特殊なアンデッドが出る事もありえるでしょうね」

 これがティアーではなく、キュクーが口にしたことなら疑いを持つ者も居ただろう。

 

 だが、この村の相談役である彼女の言葉であり、更には他に知っている者も居たので話はスムーズに進んだ。

「それって”船長”のことだろ? この世に俺が行けない場所はねえって言ってたのに、支配されちまうなんざ情けねえ」

「そういえばあの爺も記憶が無かったよなあ。アンデッドになった時に記憶を無くしたのか、それとも途中からか知らねえけど」

 外に出る者たちがそう口にするが、流石に全員が勘違いするとは考えられない。

 出られない村人のなかにも、隊商を組んで出た時に見たことはあると言う者も居たので納得する者も出始めた。

 こればかりは経験であり、経験者が居なければ信用しないし最後まで出来ない者がいるのも仕方が無い。

 

「と言う訳で、地下に居るアンデッドを倒せる戦力は揃えたいのよね」

「そして…できれば”船長”という方を見掛けても倒さないで居られることが必要なのですね?」

「もしかしてアテがあんの? ティアーが言ってるのってかなり無茶な気がするんだけどよ」

 キュクーは頷くと自らが持つミスリルのプレートを取り出して説明を始めた。

 

「このプレートはミスリルですが、まだ上にオリハルコンが一組、アダマンタイトが一組おられます。その中でもモモン様は亜人種やアンデッドに偏見を持たれない方です」

「漆黒の英雄モモン! 話に聞いたことがある!」

 その名は王国でも帝国でも知られた名前であり、近年ではドワーフの国でも聞こえ始めた名前だと言う。

 アンデッドの群を蹴散らし強力な魔を退けた彼が、人類の守護者で在ると同時に身分や人種にとらわれないのだと言うことを知っている者は多かった。

 噂が尾を引いているのだろうと思ってはいたが、ことが自分達の圏内であり、逢えると判って馬鹿にする者は居ない。

 

 こうして魔導国の中で、地下帝国攻略戦のクエストが発令されることになる。




 今回の『四者の視点』では、今までのストーリーと十二巻の出来ごとに居り合いを付ける為のストーリーです。
「フロストジャアントが協力して居る」、「幽霊船が配下に加わっている」。などの幾つかの物語りを一気に解決する感じで強引に繋げております。
これは十三巻やDVD特典で新しい情報が出る前に、さっさとやってしまう為ですのでご了承ください。
外伝であるのは、この話自体が新巻が出た後に無かったことになる可能性がある為です。

 まあ、どれもジックリ一本分のショートシナリオが出来るストーリーだとは思うのですが、綺麗な始まりが思い付かないので、ドワーフの鍛冶工房長の件から繋げた感じですね。
次回以降は地下帝国に本命の班が侵入しつつ、強力な幽霊船が援軍に来ない様に足止め班が抑えに行く。という感じになる予定。
なお、最後に出て来たオリハルコン冒険者はモックナックさんが昇格した…としております。

/墓杜の村:クロービス・バレイ
 熊と戦って倒せないと外に出れない。
それも鉄・銅不足でロクな武器は無く、頼れる物は己の拳という過酷な環境に在る。
とある理由から、フロストジャイアントと仲が良く共棲関係に在る。
村の名前はかつてドラゴンを倒した英雄の名前から取っているとか。

/墓杜の戦士:●●●●●
 クロービス・バレイの住人の中で、熊を倒せる愉快な連中。
とはいえそんな奴らは数は多いわけではないので、基本的には彼らの誰かがチーフになって、隊商を組んで外に出ることになる。

種族:●●●●●:1~10レベル
種族職:遺跡の護り手:1~5
モンク:1~
キ・マスター1~

種族スキル:
『■■化』:■■になる
『サイズ適正』:相手がどんなサイズでも通常ダメージを適用出来る

種族職スキル:
『フル・ポテンシャル』:マジックアイテムを扱うのが上手い。装備に掛った魔化ランク+1程度

魔法:
『硬気功』:体が硬くなり、装甲と格闘ダメージが上昇する
『オーラパワー』:ダメージ補正。アンデッドに特に効果が高い

上位魔法:(覚えて居ても一人一つ)
『軽気功』:体が軽くなり、アクロバティックな行動が可能になる
『オーラエリベイション』:冷静になり、行動に若干の補正が出る
『オーラマックス』:素早く行動が可能になるが、行動を終えると反動で大ダメージ

装備:
『その辺の武器』
『オリハルコンのチェインシャツ』
 魔化:速度強化・筋力強化・幽体接触などから1つか二つ

式召喚の呪符(低位)など


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外伝。死者が棲む邦、一話

●シャルティアの為に

「アインズ様がお出でになる必要はありません」

「そうでありんす。アインズ様は玉座の間でお待ちいただければ!」

 ナザリックの玉座へ戻った時、珍しくアルベドとシャルティアが二人して詰め寄っていた。

 あまりの剣幕にその場に居合わせたデミウルゴスやマーレ達も驚いている。

 

「相手はアンデッドを操るアンデッドだとか。タレントであるなど万が一のことを考えれば…」

「二人の気持ちは嬉しいがな。幾つかの理由で却下する」

 アインズは内心で驚きながらも可能な限り冷静を装った。

 

「一つ目の理由は私が最もアンデッドの形態に詳しいということだ。該当する能力を持った上級モンスターを私以上に知っているか?」

「そ、それは…」

 真祖であるシャルティアと言えど知って居るのは吸血鬼系統だけだ。

 アンデッドを支配するアンデッドなど伯爵級以上…バンパイア・ロードや自分と同じ真祖が似たようなことが出来るという認識でしかない。

 アインズのようなオーバーロードは別格として、それほど知っている訳でもないのだ。

 

「ですが知識を授けていただければ可能かと!」

「あるいは守護者全員で討伐すると言う手もあります。魔導国として他者を操る者を許せぬと言うスタンスであれば、何の問題もないはず」

 なお、何故にこれほどの頑強な抵抗があるのか?

 それはきっと、地下に棲むアンデッドの親玉が女性タイプのアンデッドであるとの情報が影響しているのかもしれない。

 

 アインズ自ら攻め入るということは口説きに行くという判断が出来てしまうし、万が一に操られればすなわちNTRである。

 ペロロンチーノであればむしろOKと言いそうな気もするが、人の性癖はあまり気にしないでおこう。

 

「それこそ万一の時は取り返しがつかん。だが私ならばモモンとしての顔と魔導王としての顔で二度試せる」

 …もちろん対アンデッド探知対策は万全で行くぞ?

 そう言ってしまえば二人には抗いようが無い。

 もともと大きく口出せないのだし、理論的にも筋が通っている。

 

 モモンとして行けば冒険者を壁代わりに出来る上、人間相手だと舐めてかかる可能性がある。

 更にモモンとして敗北したとしても、アインズが自ら乗り出したということならば名声の塗り替えが可能なのだ。

 一度目が重要な他のプレイヤーと違い、モモンガ時代は二度目を前提とした情報収集で大幅な勝率を持って居たことも大きい。

 

 どう考えてもアインズ自らが最適、そういう空気が流れた所で仲裁が入った。

「二人ともそこまでにしたらどうです? それにシャルティア、これは君の為でもある」

「わ、わたくしの為でありんすか?」

(ん、どういうことだ?)

 デミウルゴスの仲裁はありがたかったが、いまいちアインズには理解でき無かった。

 自分としては政務なんかより冒険がしたいなーというのが本心であり、理由など話題を切り出す前から用意して居ただけだ。

 

 さっぱり思いつかないが、シャルティアが首を傾げたのでこれ幸いと見届けることにする。

 

「地下の女アンデッドが銀髪の吸血鬼を操った黒幕というのはどうです? 色々ストーリーが想像できて面白いとは想いませんか?」

「あっ…」

「ちっ」

 デミウルゴスが指で眼鏡を修正しながら説明すると、二人の女はそれぞれに言葉を失った。

 

「もとより吸血鬼はむやみに人に害為す気はなかった。あるいは助けられた以上は魔導国と契約する…など適当な噂で調整できるでしょう」

「まさかアインズ様はわたくしの名誉の為…いえ、魔導国の運営へ参加を許可する為に…」

 デミウルゴスの説明を聞いてシャルティアは感極まったのか涙を浮かべる。

 アインズはいつもながらアンデッドなのに器用だなーとか想いつつ、指でそっと涙を拭ってやった。

 

「あ、アインズ様~」

「ふふ…。流石はデミウルゴス。全てでこそないが見抜かれてしまったな」

「御謙遜を。私も最初はモモンと冒険者ギルドの貸し借りまで利用してしまうとは思いもしませんでした」

 鼻も出て来たのかハンカチを取り出すシャルティアの頭を撫でながら、アインズは『え、まだあるの?』と驚いた。

 口から出まかせで全てではないと言っただけなのに…やはりこれからは、余計な知ったかぶりは控えるべきかもしれない。

 

「シャルティアやマーレにも説明してあげなさい。判り易く出来るだけ簡単にな」

「はっ! 至らぬところは御修正いただければ幸いです」」

 しないって…そう思いながらもアインズは鷹揚に頷いてその場を誤魔化した。

 

「モモンはエ・ランテル時代の冒険者ギルドに留まる条件として、『二人の吸血鬼』に関する情報と討伐に優先権を与える様にと条件を付けました」

 二人居るのだから、そっくりな吸血鬼がもう一人居ても良い。

 実は蘇生アイテムで生きていたとかでも良いのだが、どちらにせよシャルティアが表に出ても問題は無いと言うことだ。

 

「ぼ、冒険者ギルドは吸収したのですし、条件を守らなくても良いのではないのでしょうか?」

「もちろんその通りだとも。だけど考えてみると良い。守らない場合と守った場合の差を」

 マーレが首を傾げるとデミウルゴスは教師が生徒を見る様な目で頷いた。

 これが人間ならば別の反応かもしれないが、彼は仲間には優しい男だ。

 

「必要以上に冒険者の取り決めに口を出さないから、人が、来易いということですか?」

「それもあるが、吸収した組織の貸し借りを代行する懐の深さを見せつけることが出来る。つまり魔導国は組み入れた国家や組織の負債を踏み倒さずに引き継ぐということだ」

「どこの大商人や小国も、安心して魔導国の傘下に収まれるということよね」

 約束を守らない相手に誰が金を貸し、奪われると判っている鉱山や工場に投資をするだろうか?

 また小国や貴族領が吸収合併される時に、他所の国だから知らんと突っぱねれば赤字を出すだけだ。だから攻められた国の大商人は、貸し倒れを防ぐために国に資金を提供するのである。

 

「これらの事項を様々な項目で実行すれば良い。そうすれば傾きかけた国の商家はこぞって魔導国に主権を委ねるだろうね」

「最初は赤字になるけど、や、約束を守る素晴らしい国だからみんな魔導国に参加するということですね」

(な、なるほどな。商売の話になってくれて助かった)

 更にカッツエ平原の事を責任もって面倒を見ると口にして、実質的に組み入れることも出来るだろう…。

 アインズはそんなデミウルゴスとマーレの会話を聞きながら、ようやく頷くことが出来た。

 この話を人間の文官が聞いていたら侵略準備だと卒倒するかもしれないが、ここはナザリックなので実にほのぼのしている。

 

「流石はデミウルゴスだな。しかし私も全てを計画している訳では無いぞ。そうなったら良いな…と思っていただけだ」

「いいえ。僅か一手、それも他国から聞いた情報を元にそれだけのことを見通せる御方などアインズ様の他を置いて知りませぬ」

 知ったかぶりをするのも怖くなって来たので、謙遜して見せるが尊敬返しをされてしまった。

 このストレスを発散しようと、アインズは冒険に打ちこむことにしたのである。

 

●幽霊船と陽動作戦

 それから暫くして、魔導王より一つの布告が為された。

『自由意志こそは全ての者に許された最後の尊厳!』

 集められた上位冒険者や魔導国に協力する騎士や魔導く士官たち。

 彼らの前で魔導国国王の名において、一つの命題が下る。

 

『ここにアンデッドを支配するアンデッドの討伐を、クエストとしてコールするものである!』

 クエストのコール。

 古来より力持つ王や人間に好意的な龍王などが発し、成し遂げた者に対して大きな褒章を約束するものである。

 魔を払う聖剣や生命を救う聖杯などの探索がそれに当たるだろう。

 

「これは千載一隅のチャンスね。…これを成し遂げれば私に掛った呪いなど簡単に解いてもらえるはず」

 ある女騎士は切なる悲願を心に秘める。

 

「ここで任務を無事に終えれば智慧を借りれるし、功績次第であの二人だって…」

 ある少女は悲しいほどに薄い希望に心を寄せる。

 

 叶えられない思いを持つ二人が出逢ったのは、さほどおかしな話でもないだろう。

 共に帝国から派遣されたという立場であり、情報収集の有効性を冒険者ギルドが訴えた事も影響した。

 

「魔導王陛下がおっしゃるには、地上のアンデッドは強制的な支配下にある。撃退するのは構わないが無理に追い詰めて倒さずとも良いと断言された」

 最初に口火を切ったのは、冒険者ギルドの長であるプルトン・アインザック。

 壇上に建てられた浮遊板(フローティングボード)にスクロールを張りつける。

「現時点では元は人間に友好的だった幽霊船と、そうではなかった幽体群が確認されているそうだ。情報を持っているものは高く買おう」

 遭遇した者や噂を聞いた者たちの情報を総合し。

 仮定で討伐難度150、足止めなら120を下回るのではないかと設定される。

 

 ここで注目を集めたのはまだ若い金髪の少女だ。

 華奢な体で杖を持っていることから、マジックユーザーと目される。

 

「帝国魔導官のアルシェ・イーブ・リリッツ・フォーサイトです。初期情報は御命です」

「幽霊船の目撃範囲か。既に情報を集めていたということは命令を下されたのは…」

 アルシェと名乗った少女はアインザックの推測に頷いた。

 既に帝国経由で魔導王の命令が降っていたということだ。冒険者にとって一番重要な情報を真っ先に集めていると言うのはどれほど先を読んでいるのだろうか。

 

「その為、報酬に関しては追加情報に対して『飛ばし』をお願いします」

「良かろう。功績が蓄積された暁には、許可された範囲で願いを叶えていただく」

 魔導国での報酬には三つの形態がある。

 通常の資金の他、一定ランクに達すると武具を選択報酬に選べる下賜、そして通常では与えられない願いを叶えるために積みあげる『報酬飛ばし』と呼ばれる貯蓄である。

 

 普通の魔法医には見離された病を治して欲しい、あるいはかつて失われた四肢を元に戻して欲しいなど。

 そういった目的であったり、一点物の魔法の品などを願う為に用いられている。

 飛ばしを選ぶのは目先の資金に難がないものであると同時に、このまま魔導国の為に働く意思表示でもあるので、上に立つアインザックなどは推奨している。

 もっとも、彼の友人であるラケシルのように、他では手に入らないマジックアイテムが見たいからという人間も居るのだが。

 

(ぶっちゃけ即金の方が困るんだよな。マジックアイテムや治癒魔法ならそれほど困らないし…)

 モモンとして参加して居るアインズは、冒頭で演説したパンドラズアクターに胃が痛い思いをしていた。

 まさかストレスを解消しに来てストレスを受けるとは思わなかったので、そろそろ事態を進展させる新情報が欲しかった所ではある。

 

「Aが幽霊船が最初に見掛けられた範囲です。Bがこちらの雇ったワーカーたちに気が付いた後の周回範囲になります」

(地下遺跡への襲撃を警戒して守る為に範囲を絞ったのか、それとも引き離す為に嘘の周回をしているのか…)

 加点はプラス一点というところか?

 アインズは話を聞きながら、まだまだ絞られて無い情報に可もなく不可も無くという印象を受けた。

 これで後は何処に行けば良いと判って居ればより良かったし、判って居なくとも判明させる提案が行えて居れば優秀だと思ったかもしれない。

 

「質問するがBを除いた範囲…仮にこれをCとするが、BとCのどちらかに青銅の巨人は見受けられたか? 地下から進んだ者の話なんだが」

「ブロンズゴーレムですか? 生憎と目撃例はありませんが察する事は可能です」

 アインズが墓杜の村で聞いた情報を提示すると、アルシェは地図にピンを幾つか突き刺した。

 一か所に断定するには多いが、それらは全てBに収まる範囲である。

「これは全てワーカーに負傷者ないし犠牲が出た場所です。何れも戦闘力だけならミスリル級ですのでゴーレムが居るとしたらBかと」

 遺跡ないし入り口か何かの痕跡を見つけ、ワーカーが報酬目当てに先走った可能性があると付け加える。

 冒険者と違って信用置けない分が微妙なのだが、ミスリル級を排除するとなればかなりの難敵だ。

 

「ゴーレムではなく幽霊船や幽体群の可能性もあるが…。どこかに入口があるならば足止め出来るかもしれんな」

「そうは言うが幽体群は倒すのも足止めするのも難しいぞ? 連中は実体が無い」

 アインザックの言葉にラケシルが難色を示す。

 何しろ実体が無い相手には有効打が発生させ難い。

 それこそ攻撃魔法を浴びせても、属性や形態によっては簡単にすり抜けてしまうのだ。

 

「一応だが魔導王より切り札を預かっているな。数に限りがあるから分散させる訳にもいかんが」

「も、モモン殿それはまさか…」

 アインズがテーブルの上に置いたのは、輝く小さな水晶が三つ。

 これの大ぶりなやつを見たことがあるラケシルとアインザックは、この水晶を複数個所持していたと言う魔導王の財力に目を見張る。

「そうだ。魔封じの水晶の下位に当たるものだ。…ラケシル、以前のやつとの差が判るか?」

「魔法を使えば直ぐなんだが…。まあ、さっきの子じゃないが想像できなくはない」

 良く見るとサイズの他に輝きがくすんで見える。

 明らかに劣化互換品と言うべきものであり、込められた力の差を感じてしまう。

 

「おそらくは低位の魔法しか込められない。あるいは…魔法強化などが一切掛けられないという辺りじゃないか?」

「正解だ。魔法の性質や拡大レベルが段違いだが…まあこの場はコレで十分だろう」

 中に込められている魔法は幽体系に効果のあるアストラル・スマイト。

 強大な幽体モンスターが出ると知った時点で、魔導王が用意したと言う。

 

 漆黒の英雄モモンが吸血鬼ホニョペニョコを倒した時のように、広範囲でもなければ超絶魔法でもない。

 しかし、相手に有効打を与えると言う意味では十分な力を持って居ると言う。

 

(魔封じの水晶を使った時の…嘘の情報がバレても困るしな。この場は複数種類があると説明だけすれば良い)

 アインズが用事の一つを片付けて安心した所、偶に見る人間のメイド…帝国騎士の女が手を上げている。

 これから作戦をどうするかと思っていた所なので丁度良い。

 

「帝国騎士のレイナース・ロックブルズですわ。神聖系魔法や魔法武器などを持つ者で固めた班を複数構成し、同時に陽動攻撃というのはいかがでしょう?」

「それならば最低限の攻撃力は保持できるし、この水晶は保険として使う事も出来るな」

 レイナースの提案に対して、魔封じの水晶を消耗したくないラケシルが飛び付いた。

 幽体攻撃手段を持たない班が挑むのは無謀であるし、持った班が追加攻撃手段として保持するのは有効な手段でもある。

 アインザックは呆れもしたが、効果的な作戦なので反対はしなかった。

 

「初回は威力偵察を前提として、入口の確定か守護モンスターの確定のどちらかまでを。幽体攻撃手段の無い班は、他の地域や負傷者の回収班に当てます」

「相手を知り戦えばおのずと勝利する…だったか。悪くない案だと思う」

 レイナースの作戦に対し、個体情報を重視するアインズが頷いたことで作戦は次第に決まって行った。

 

●門を守るは青銅巨人、攻め寄せるは大胸筋

 おおよその作戦が決まったところで、アインザックたち首脳陣やモックナックら上位冒険者らが少し難しい顔をした。

 アルシェやレイナースの話以外にも精力的に情報を集めたのだが、戦力が足りないのだ。

 

「地下を行ける所まで行ったというメンバーは?」

「敵が逃げ出さない様に見張ってもらう必要があるだろう。とすれば、少し手が足りないかもしれないな」

 魔導国が供給するマジックアイテムの数を知っているがゆえに、一時的に貸与するという話はしていない。

 集めた情報を追加しても、神聖魔法以外に闘気魔法も効果があるとか、ワイデンマジックで拡大できるならば攻撃魔法も有効な場合があるという程度だ。

 到底、怪しいとされた場所を全て調べるには足りないのだ。

 

「難しいかもしれんが、王都や帝都の冒険者ギルドに依頼を出すのはどうだ?」

「蒼の薔薇と朱の雫か? 受けてくれたとして、今回の最低条件の方が問題だぞ」

 御題目として、友好的なアンデッドならば敵対しない。

 今回はそんなルールがあり、戦いが避けられないなら倒すが無理には倒さないことを前提にしていた。ミスリル級までならむしろ足止めで良いから助かったと言うだろうが、本気で倒せるアダマンタイト級に要請するのは問題が無いだろうか?

 

 これが普通の依頼ならば何の問題は無いが、今回に限って御題目を大義名分にしているのだ。

 戦力をかき集めて討伐するのは可能かもしれないが、それでは魔導国として却下されてしまう可能性がある。

 

 一同が頭を悩ませた辺りで、解放されっ放しの扉を叩く音が聞こえた。

 ゴツンゴツンと鈍い音がした辺りを眺めると、分厚い胸板を持つ漢が立っているではないか。

 

「俺ともう一人だけなら構わねえぜ」

「あの漢はガガーラン!? まさか、蒼の薔薇が…」

 信じられないと言う表情で何人かが目を見開いた。

 だがあの大胸筋は蒼の薔薇に所属するガガ-ランに間違いが無い。

「悪いが全員じゃないけどな。リハビリがてらに協力しても良いってことさ」

「鍛え直してるけど、まだまだ」

 そう言えば、と王都での顛末を思い出す。

 彼女らは二名がヤルダバオトに殺されており、までかつての全力を取り戻して居ないのだと言う。

 

「だが、アダマンタイトともあろうものがアンデッドを見逃しても良いのかね?」

「実のところを言うとな。俺も『船長』には世話になったことがあってよ」

 ガガーランの言葉を聞いて、反応した者がいる。

「…もしやティアーさんが言っていた戦力のアテとは貴女の事ですか?」

「あの呪紋師か。そう言えばそんな事を言っていたな。アテの他に何チームか居れば…と」

「そういうこった。まあ俺らにも事情があって、別に亜人やアンデッドだからと言って問答無用で倒すわけじゃないのさ」

 キュクー・ズーズーが交渉した時の事を思い出すと、その後に参加したアインズも思い出して居た。

 その時は戦力のアテとだけしか聞いて居なかったし、そもそも自分達だけで解決するつもりだったので詳しくは聞かなかったのだ。

 なお、後ろにいた忍者が『呼んだ?』と自分の名前がティアであることを主張していたが、無視しておくことにする。

 

「しかし…判らんな。それならば何故、王都で蟲のメイドと無理に戦ったんだ?」

「犯罪者とはいえ目の前でバリボリと人の手を食われたら見逃せやしないさ」

 あまり思い出したくない過去とのことで渋面ではあったが、面倒見は良い方なのだろう。

 思わず以前と同じ質問をしてしまったアインズに、その時に居なかったガガーランは大真面目に答えた。

 

「そうか。それでも早計だったとは思うがあえて言うまい。その時の雰囲気もあるからな」

「亜人も沢山やって来ている魔導国に住んでるならそう思うのかもな。まあ、俺も亜人の村だったら少しは遠慮したがね」

 状況を聞いてしまったアインズは、エントマの失点を確認したことで僅かに怒りが遠ざかったような気がした。

 とはいえエントマが殺されかけたことには変わりない。

 機会があれば勝負を挑むことに変わりは無いとした上で、機会が無ければそのままでいいかと棚上げする事にした。

 

「ティアの足ならもう一か所回れないか?」

「ガガーランは変身できるから平気で言う。普通の人間には難しいことを覚えたほうがいい。…私には出来るけど」

 いつもの冗談に辟易しつつもガガーランは手を振って冗談はよせと止めさせた。

「俺は人間だっつーに。ともあれコレで二か所は行けるぜ」

「ならばもう一か所はこちらで都合しよう。位置を入れ換えるアイテムを使えば私とナーベが入れ替わることが出来る」

 その後にナーベが飛行魔法で合流すれば良いと付け足した。

 このことで最低限の場所を抑えることが出来る。

 実際に行動に移すまでに、ワーカーの情報を精査してもう少し絞れば良いだろう。

 

「情報の精査とチームの調整が付き次第に作戦に移るぞ」

「「応!」」

 こうして地下帝国の攻略作戦が始まったのである。




 と言う訳で、遅れる予定でしたが早起きしてしまったのと筆が滑ったので本日の公開予定です。
何も無ければ昼には予約公開されている筈。

0A:墓杜の村で最低限の情報を収集。
0B:ワーカーを使って幽霊船の行動半径を調査

1:クエスト発生
2:どうするかの会議(ナザリック)
3:どうするかの会議(魔導国)
4:ガガーラン襲来
5:威力偵察

6:陽動作戦予定
7:青銅巨人・幽霊船・幽体群の位置を確認
8A:幽霊船を抑えつつ他を撃破、地下へ侵入する
8B:アゼルシア山脈からの地下ルートは、墓杜の村の人々+@が抑える
 と言う感じの計画が立ちました。

次回…十二月十日前後に6からスタートと言う感じになる予定です。


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外伝。死者が棲む邦、二話

●威力偵察に向けて

 それから暫くした夜のこと、帝国経由でワーカーからの詳細情報が送られて来た。

 遺跡目当ての独断専行や失敗を問題にせず、少しでも意味のありそうな情報を買い取ったところ少しだけ判ったことがある。

 

 強いモンスターである幽霊船・幽体群・青銅巨人のうち、一つの情報が埋まったのだ。

 酒場に集まった冒険者たちは次々に口を開いた。

「最初にレギオンと聞いた時は驚いたが、これで一息吐けるな」

「モモンさんでもそう思う相手が居るんですか?」

「ばーか、俺たちを巻き込む心配だよ」

 幽体群の正体がレギオンと判明し、詳細を確認する事で大凡の難度が判明したからだ。

 

「他人の命を預かるというのはそういうことだ。リーダーというモノは自分だけ強くても困る」

「そう持ち上げないでくれ。気が楽になったという意味では同じだからな」

 アインズは口にすると指を折って説明した。

 冒険者たちは酒の肴に英雄譚を聞こうと熱心に耳を傾けている。

 

「同じ名前ではあるが霊が寄り集まった『残霊軍団』(レギオン)と、名の知れた勇者の『英雄残滓』(レギオン)では格というか厄介さ加減が違う」

 もう一つ伝説級の魔獣もそう呼ばれることがあるが…。

 この辺りでは魔獣もドラゴンもアンデッドも様々なモンスターが一括りになって、ドラゴンロードと呼ぶらしいなと付け加える。

「かつての勇者とはいえ残り滓じゃないんですか?」

「知性や技を使えるのが問題だ。こういう強さを持って居る筈だという噂を元に、『場』の力で再設計されるから本人より厄介な事もある」

 カッツエ平原全体の気配を利用した英雄など、戦うだけでも厄介だろう。

 まだ若い冒険者にアインズがそう説明して居ると、近くに居たティアが真顔で冗談を口にした。

 

「…女勇者ガガーランは狙った獲物を決して逃さない…」

「ちょっと待て。なんか悪意がある例えだな。おい」

 自分の名前をダシにされただけでなく、性癖までオマケにつけられて流石のガガーランも酒を呑む手を止めた。

 それというのも、彼女には重要な目的があったからだ。

「せっかくモモンを酔い潰してオモチカエリしようとしたのによ。全部ばらしちまいやがって」

(えー!? ナイワー)

 アインズは心の底から震えあがり、この時ばかりは飲食不可能な自分の体に感謝したと言う。

 だが、驚いたのはそこからだ。

 

「それは無理。さっきから袖かどこかに流し込んでる」

「…良く判ったな。明日から早速動こうと思って禁酒しておいたんだ。悪く思わないでくれ」

「さ、流石ですモモンさん!」

 忍者であるティアにとって匂いの種類が発散中のモノか、飲み物のままかを判断するのはそう難しくないのだろう。

 アインズは冷や汗をかきながら、次回から冒険者の前では出来るだけ酒を呑むフリは止めておこうと心に誓った。

 

「まったく、貴女を見ていると我身の余裕の無さが良く判るわ」

「本当に佳い女なら外見を気にしない相手くらい直ぐに見つかるさ」

 そこへやってきたレイナースが呆れたような溜息をつくと、ガガーランはあくまで自分の事だと言うフリをして酒を注いでやった。

 レイナースが大きな悩みを抱えていることを知った上で、軽く流したのである。

 

「そうだこいつで良ければどうだ? 女だけどよ」

「なんなら一週間くらい、抱き枕になったりされたりしても良い」

「遠慮しておくわ。あ、貴女が嫌なんじゃなくてそっちに走るなら、身を捧げたい人が居ないでもないし…」

 声を落として冗談を言い合うガガーランとティアに、レイナースも冗談に笑って付き合った。

 彼女の悩みを知る者なら驚くべき心境の変化だが…。

 なお、この冗談を言った時、どこかのメイドがくしゃみをしたかは定かではない。

 

「とにかくこれで一つの難問が片付きそうだな。…おめえがこっちに来たって事は、配置が決定したのか?」

「そう言っても最終確認が終わったくらいだけどね。亜人の班に右翼を任せて前面に出した斜線陣で、中央に魔導国の冒険者を置いて左翼を帝国系で占めることになるわ」

 この布陣になったのは単純だ。

 エ・ランテルから南下するから帝国を左側とし、亜人が街の役に立って居ると評判を立てるために最前線へ。

 とはいえ良く知らない帝国士官と亜人を合わせるのは、余計な問題が起きる可能性がある。だから中央に魔導国の冒険者が仲立ちになるというだけの話だ。

 

 烏合の衆をなんとかまとめる為に、軍へ所属したことのある者たちが話し合っただけの簡易陣型ではある。

 だがメリットは確かに存在した。

 単純に亜人冒険者の班は肉体面で精強だし、下手な人間より賢いキュクーがリーダー、武王が前衛と言うかなり贅沢な構成だ。

 これが市民権を得たいだけの雑魚なら別として、冒険者としての訓練も積んで居るので成果を期待出来る。

 

「そういえば青銅の巨人の方は何か御存じですか?」

「居る…とだけ聞いている。ブロンズゴーレムならば高が知れているが、銘有り(ネームド)の場合はピンキリだな」

 なんとか英雄と話を続けようとした若者たちは、上手く話題が見つからずに心得を聞く程度で尋ねたつもりだった。

 だが返って来たのは想定外の答えだ。

 

銘有り(ネームド)と言いますと、ドラゴンロードに準じるゴーレムが居るんですか?」

「私の知っている賢者は、街を守る為に造られた泥人形のことをゴーレムと読んで居たな。…まあ、そのクラスになると素材は強度では無く属性が問題になって来る」

「強度では無く属性?」

 もしこの場にラケシルが居たら、朝までアインズを離さなかっただろう。

 それほどまでにミスリル級までの冒険者には初耳な話題も多かった。

 流石にガガーランくらいになると知っているが、若者たちの興奮を止めるような野暮はしない(今晩の相手を物色はしていたが)。

 

「低級なゴーレムの場合は、作業用や戦闘用に最大データ量…込められる魔力次第で能力が上昇する。しかし上位になると祭礼した素材次第で様々な特殊能力を付与するそうだ」

「た、例えば先ほどの泥人形と青銅の差は…」

 呑んで居ないはずなのに、アインズは口が軽くなったようだ。

 酒場の雰囲気に当てられたというか、久々に良い気分になった。

 徐々に盛り上がる話題なので、いつもの鎮静化が無いのもありがたい。

 

「泥を祭礼して使うと強化素材の供給面…要するに治癒力と大型化が楽になる。青銅は我らを守り給えと捧げる為の金属…どちらも防衛用だな」

 街を守るための泥人形は幾ら攻撃されても無事なように、泥で造られたと言う。

 あるいは泥しか材料が無いほどに追い詰められただけかもしれないが、巨大化したり自動治癒したので結果は同じらしい。

 同様に青銅巨人の多くは神…上位者やその代行者の姿を持ち、守り手として要所に設置されたので補助機能も多いとか。

 

(ナーベには悪いがこの場に居なくて良かった。居たらいつものノリでタブラさんの事を口に出したんだろうな…)

 アインズはかつての仲間達の知識を披露する事で、久しぶりに愉快な気持ちでその日を終えた。

 

●地下への入口を探せ!

 まずは低級アンデッドの露払いとして不気味な霧の中を、魔法武器の数を揃えて居ないミスリル級の冒険者が中心となって進む。

 カッツエ平原は広く、最初から主力が動くと本命と戦う前に疲弊してしまうからだ。

 彼らは本命が見つかる前に交代し、負傷者を回収する班に変更される。

 

「露払いはともかく、負傷者を回収する専門の班なんて考えてもみませんでした」

「それだけ帝国が長く戦って来たということよ。興味があるなら教えてあげても良いけどね」

 アルシェが冒険者だと交代要員の確保で精いっぱいでしたと語ると、レイナースは頷いて色々レクチャーしてくれる。

 特に口へ出したわけでもないが、共に帝国出身で暗い過去を調べようと思えば直ぐである。打ち解けるのは早かった。

 

 これが男女の組み合わせであったり、同性趣味でもあればカップルになるのかもしれないが…。

 生憎と二人にそんな性癖も余裕も無い。ティアが居ればハッスルしたのかもしれないが、亜人に理解のある彼女は反対側に居る。

 

「レイナース様、そろそろ廃屋です!」

「みなさんは後退してください。…それと帝国ではないので様は遠慮してくださいね」

 彼女のことを良く知る帝国兵は、思わず本当に本人かと疑ってしまった。

 しかしいつか呪いが解除できると知って、元の性格に近くなればこんなものかもしれない。

 もちろん余裕が無ければそうでもないが、今は十分な余裕がある。

 

 やがてかつての犠牲者が造ったらしき休憩所…廃屋が見えて来た。

 一軒一軒は小さなものだが、多数が休めるようにテント用の材料で屋根同士をつないでいるために、割と大きく見える。

 周囲は薄暗いので何も知らずに近寄ったワーカーや冒険者が、もしや遺跡か何かと誤解しても仕方が無いだろう。

 

残霊軍団(レギオン)が出てきたら、まずは私が薙ぎ払います。一時的に散って総量が減ったところを、徐々に倒して行って下さい」

「そういえば広範囲化で幽体にも効くようになるんだっけ…。貴女使えたの?」

 アルシェはフルフルと首を振り、貸し与えられたアイテムを取り出した。

 それは人・蛙・猫の顔が彫られた禍々しい短剣で、彼女としては捨てたいくらいだ。しかし借り物であるうえに、魔導国に所属する一部の連中(ナザリックの面々)が羨ましそうにしていたので捨てるわけにもいかない。

 

 そして本命の一つ。

 三体居るモンスターの中で、もっとも弱いとされる残霊軍団(レギオン)が帝国組の元に姿を現した。

 戦士の魂が幾つもの折り重なった姿は、ネクロ・スオームジャイアントのスピリット版と言えなくもない。

 しかし幽体ゆえに通常攻撃が効かず、魔法攻撃も効き難いと倒し難い相手でもある。

 

「抜刀!! でも迂闊に飛び着いたら駄目よ。フォーサイトの魔法攻撃の後で二人一組で戦いなさいっ」

「「了解です!」」

 先ほどのやり取りは何処へやら、レイナースと帝国兵は元の調子に戻って居た。

 この状況で取り繕う余裕はないし、誰かが率先した方が上手く連携出来るからだ。

 

 視界の悪い中で魔法の刃だけがキラリと揺らめき、あるいは仲間に付与してもらって戦線を整えた。

 二人一組で三チームがレイナースの前後左右に。

 更に後方にアルシェの壁役として二チームが展開する。

 

「聞け、もろもろの精霊たちよ。アインズ・ウール・ゴウンと災厄の大魔術師ウルベルト・アレイン・オードルの名において、我は精霊に命ずる」

 アルシェの長い前置きが始まった。

 持ち主に魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)を使用させるこのアイテムは、取得枠が厳しい時代に造られた物だ。

 実の所、前置きは何でも良いのだが…。

 アインズは作成者の名前をキーワードに設定し、アルシェに必須呪文と伝えていたのである。

 

「雷精よ雷精よ雷精よ! そは収穫祭に降る稲妻、地上に堕ちたる暗き雷鳴」

 実に厨二臭い言葉の連呼が周囲に木霊する。

 普通に聞いたら笑い出しそうな言葉かもしれないが、高まるボルテージに伴って掲げられた短剣が怪しく輝いて行くではないか!

 

「我に仇なす愚かなる者よ神鳴るイカヅチを受けるが良い、落ちよ怒槌!」

 魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)を伴った電撃が周囲に満ち溢れる。

 一拍の溜めの後、迸る様にして放たれるソレは本来の使い道からすれば物足りないほどだ。

 眼前全てを埋め尽くす筈の効果は、併用された電撃のサイズを数倍にして見せるだけだ。

 

 だがそれで十分。

 上位魔法を見た事も無い帝国兵達が畏れおののき、残霊軍団(レギオン)を一時的にバラバラにするには十分な効果をもたらした。

 

「前列突撃! 隊列を乱すな!」

 しばしの沈黙の後、最初にレイナースが声を発したのは流石の肝力だ。

「複数に見えても本体はあくまで一体! 首が無数にあるモンスターだと思え!」

「了解!」

 レイナースが切り込んで行くのに合わせて、まず左右の二組が歩を進める。

 この場における最強は彼女であり、その力が十全に振るえる様にサポートする形で始まった。

 何しろ敵は多頭のヒドラと同じ様な性質であり、目の前の個体が倒されても意味は無く、同時に複数視野で一つの判断が出来るからである。

 

「フォーサイト様。我々はどうしましょう?」

「このまま」

 レイナースの後ろを固めた組が前に出たこともあり、護衛がアルシェに作戦変更があるかを尋ねて来た。

「周囲から他のアンデッドが良く来るし、アンデッドは疲れないから」

 軍の指揮を任されたら貴族としての教育が薄いアルシェの事、慌てたかもしれないが冒険は豊富にしている。

 カッツエ平原でもアンデッド狩りをした経験も多く、その判断は間違って居なかった。

 

「私は残霊軍団(レギオン)に集中して時々援護で魔法を飛ばすから、周囲を見張って居てくれると助かるかな? それと…」

「この後でレイナース様の組が疲れたら交代ですね? 了解しました」

 兵士たちの方も同じ様な経験をした者を中心に送り込まれている。亜人に対して偏見を持たない柔軟な者に絞ったから数こそ少ないが、判断力は優れている。

 アルシェの言葉を良く聞いて、彼女が電撃で援護するのを見守っていたのである。

 

●地下へと続く孔

 帝国組が危なげなく戦い始めて居た頃…。

 他の組はそれぞれ異なった様相を呈していた。

 

「どんな状況になるのか期待したが…一番つまらない展開になったな」

 アインズは冒険者チームと後退した後、無人の野を進んで居た。

 幽霊船がモックナックら『虹』を退けたと聞いて駆け付けたが、どこにも居ないのだ。

 

(対アンデッド探知と生命力の偽装は上手く言っている。…これは対戦を避けられたな)

 時折やって来るスピリットやスケルトンが居ることから、自分が死者であることは気が付かれていない筈だ。

 だが、幽霊船は影も形も見えない。

 漆黒の英雄モモンが格上と知って、戦わず他を狙いに行ったのである。

 

「さて、これはどっちだろうな?」

 幽霊船の行動は明らかに思考力を残した動きだ。

 強制的に支配するというのはそれほど都合が良い能力ではない。

 

 この周囲を守れと命令したら頑なに守ろうとするし、戦闘にしても最適解にこだわるあまり長期的なミスをすることもある。

 元が知的生物のはずなのに、ゴーレムやアンデッド並みの行動しか取れない場合だってある。

 それを考えれば、今回の動きには思考できる者の意図を感じた。

 

(一つ目の考え方は、幽霊船を地下のボスが直接コントロールして居る。二つ目の考え方は、与えられた命令の範囲でしか動けないだけ)

 前者であれば明らかに罠だ。

 このまま進んで時間を浪費した後に青銅巨人を発見。その間に援護が全て撃破され、両方から挟み討ちに合う。

 

 後者であれば流れは同じだが、戦闘意欲が異なる。

 モモンであれば青銅巨人も地下のボスも倒せると踏んで、他の冒険者を足止めするという理屈を付けて時間を稼いでいるのだ。

 もちろん放っておけば、モモン(アインズ)が地下に辿りついた段階で強制的に呼び戻される筈だが…。

 

「どちらにせよこの周囲に目的地はなさそうだ。あの忍者とナーベに偵察を任せるとしてモックナックを呼び戻すか」

 アインズとしては前者が望ましい。

 どのみち幽霊船は足止めするから後で交渉できるのだし、手強い敵と対戦する方が面白いし…この時間を長くとることができる。

 後者であれば戦えたとしてもお茶を濁されてしまい、最短の時間で解決してしまって欲求不満が起きるだけだ。

 

 

 アインズが儚い希望を持ってモックナック達を呼びに行ったころ、予想通り右翼では大混乱が起きていた。

 幽霊船が突っ込んで来て戦闘に陥ったからである。

 そして戦闘レベルと意思の問題に対しては、どちらでもなくあえて言うならば中間であったと言えるだろう。

 

残霊軍団(レギオン)は一体だけじゃなかったのかよ!」

「まさか幽霊船に同乗しているとは思いもしませんでしたね」

 ゼンベル・ググーとキュクー・ズーズーは苦笑しながら戦線を立て直して居た。

 現在のチームはバラバラで、かろうじて士気を保っているに過ぎない。

 

 そして建て直そうとすると、残霊軍団(レギオン)が幽霊船のコントールを奪って骨の矢を放ったり、突撃を掛けて跳ね飛ばして来るのでどうしようもない。

 特にこの班で最大の戦闘力を持つ武王を真っ先に跳ね飛ばして居るので、回復まで時間が掛るのが痛かった。

 

「ちっ。武王の旦那が復帰するのを待つっきゃねーな」

 ゼンベルは表皮を硬化させ骨の矢を跳ね返すと、爪に生命力を充実させて残霊軍団(レギオン)を切り割いて行く。

 斧よりも手軽な分だけ威力は無いが、そこは装甲など無いアンデッドのこと。

 容易く切り割いて数度振るうだけで蹴散らせる。だが集まっている総量が大き過ぎて、それほど効果的では無いようにも思えた。

 

 しかし必要なのは武王が復帰するまでの時間稼ぎだ。

 トロールとしての生命力に仲間の回復魔法が加われば、瀕死の重傷であろうとそれほど時間を掛けずに復帰できる筈だ。

 

 亜人の冒険者たちは帝国組とは逆に窮地にあった。

 そんな状況を救ったのは予め定めた作戦に基づく援軍…そう、あの漢である!

 

「ようっ。愉しんで居るところを悪ぃが邪魔するぜ!」

 ガガーランは鉄槌を掲げて飛び込むと、幽霊船のパーツのうち矢を撃ち出すカタパルトを歪ませる。

 ただの船ならそれだけで粉砕するのであろうが、凄まじい威力であり大した耐久力だ。

 

「いかんな…あの厳つい奴が女神に見えて来た」

「リザードマンだけには言われたくないと思ってやすぜ。まっ、救いの女神さまにしちゃゴツイってのは同感ですがね」

 骨の矢による牽制が止まったことで、ゴブリン達が戦線を立て直した。

 魔法の剣や槍で残霊軍団(レギオン)へ集団で襲い掛り、構成するスピリットを一体一体削って行く。

 

 こうして亜人班も巻き返しを始め、紆余曲折はあったものの威力偵察は成功しつつあった。




と言う訳で状況が徐々に判明していきます。
アインズ(モモン)の相手が逃げるので役割は知識担当になってますが、次回くらいには真面目に戦う予定。
呪いで強制されている幽霊船はやる気がないのですが、憑依現象によりコントールされてる感じ。
当然ながら、死霊使いがいるので幽体群である残霊軍団(レギオン)は割りといます。
後半で登場して無いナーベとティアは、それぞれ地下への入り口を探索中で、広いカッツエ平原の移動で手間取っている感じになります。

この後の展開は、三話で青銅巨人を撃破して地下洞穴まで。
四話で地下を確認してキャンプ地まで戻るか相談くらい。と全体的には短めにまとめて、予定して居たスケジュールよりは早く入れて行く気でおります。
(3000~4000字、7000字、1万字くらいでペースが変わるので、試験的に中間の7000字くらいで行っています)

マジックアイテム
『ベールの細剣』形状:短剣、効果:ワイデンマジックの使用
 人間の顔、カエルの顔、猫の顔が彫り込まれた短剣で、キーワードを唱えるとワイデンマジックが使用出来る。
比較的初期にウルベルトが作成したもので、他に機能は無く成長するにつれて使わなくなった頃にモモンガに送られたという設定。
後にペアで悪魔を呼ぶ赤本が製作されタブラさんから送られたそうだが、モチーフを利用しただけなので判らず、お蔵入りになったと言う。
 ちなみにアインズ様が渡したのは名前を広めて『もし居たら』という事態に備える為だが、最初に考えたキーワードは『ウルベルト・サンダー』であったそうな。


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外伝。死者が棲む邦、三話

●拓かれた孔と、入口の穴

 振り降ろされる棍棒をカトラスが流す。

 ぶつかり合った時に魔法の力が鬩ぎ合って、僅かに霧を照らした。

 

「ムウン!」

『はっはは。凄いな』

 軌道を修正して押し切ろうとする武王に対して、帽子を斜に被ったスケルトンが笑いながらいなす。

 力ならばウォートロルである武王が圧倒的だが、船上に居るスケルトンは上方の優位を利用して居た。

 

「ククク。凄いな。世界は広い。これで切り札を隠して居るとは」

『それが判るお前さんも大したもんだ』

 武王は大した武技を使っていないが、使えない理由があった。

 できれば足止めだけと言われても居るが…。

 間合いの取り方や技の入りに、以前に味わった違和感を感じたからだ。

 

 一気に攻め立てても防がれる。

 その思いが武技の使用を躊躇わせた。

 

「なあ。オレ達の内の誰かが攻撃に行けたら何とかなるんじゃねえか?」

「冗談はよせ。『船長』が本気になっぞ。魔法を使われたら一巻の終わりさ」

 ゼンベルは残霊軍団(レギオン)を相手して居るメンバーの内、誰かが応援に行けば良いと提案してみた。

 だが幽霊船を良く知るガガーランは、躊躇う事無く首を横に振る。

 

「嘘…だろ。あれだけ強くて魔法まで使うのかよ」

「旅に便利な魔法は覚えていると本人は言ってたぜ? ただ戦闘系を覚えていないとは聞いてねえな」

「よくもまあ、それだけ強力なアンデッドが無名で居られやしたねぇ」

 二人の会話にゴブリンが加わって肩をすくめた。

 冒険者ギルドの情報は誰にでも開示されるわけでは無いが、とうてい信じられない。

 

「旅する事に妄執を抱くタイプだからな。自分ちを自由に往来させたくない貴族以外は倒す気もないのさ」

 冒険者ギルドに持ち込まれる案件は山ほどあり、危険性の低い対象はどうしても調査や討伐もおざなりになってしまう。

 まともに戦って勝てるどころか、そもそも接近する前に逃げてしまうのだからどうしようもない。

 ならば天災の一部だと思って、放置するのが一番ということらしい。

 

「しかしまあ、この様子なら当初の依頼は果たせるか」

「そう願いたいねぇ」

 幽霊船を見掛けたら、あとは足止めで良い。

 そう作戦が周知されていることもあって、一同はホっと胸を撫で下ろす。

 手を抜いて苦戦するレベルのアンデッドを、無理に倒そうとすればどれだけ被害が出るか判らないからだ。

 

 だが、そんな想いは容易く粉砕された。

 

『ギギギ…。承知いたしました、御主人さま』

 それまで余裕で戦っていたスケルトンは、地の底から響いて来るような歯軋りを漏らす。

 ゾっとする気配を感じたのも束の間、魔法で武王をひっくり返して強引に引き剥がすと幽霊船が移動をさせ始めた。

 

「こいつは一体どういうことだ?」

「…追い掛ける。今度は相手も本気だ。油断するんじゃねえぞ!」

「なるほど、モモンの旦那らが本命を見付けたってことっすか」

 その場に居た亜人隊とおまけのガガーランは、決死の覚悟で幽霊船を追い掛け始めた。

 モモンが地下への穴を見付けた以上は、足止め出来る数分間が今後の勝敗を分けるからだ。

 

 

 そして予想は外れてはいなかった。

 見るだけで目眩が出そうな輝きが、剣と剣の鍔迫り合いで巻き起こる。

 

「大したものだ。力だけとはいえ私と互角とはな」

 アインズは大剣をXの字に交差させると、真上から振り降ろされる青銅の剣を受け止めた。

 大剣と剣が同じサイズなことから、相手の大きさが判ろうと言うものだ。

 

「モモンさん! 相手はゴーレムです! 途中で交代しましょう!」

「不要だ! 今回の依頼では『疲れ知らずの指輪』に変更して居る」

「はっ、はい!」

 先を見通す漆黒の英雄に尊敬の眼を向ける。

 実のところアンデッドであるアインズも疲労を覚えないので、そんな事は無いのだが彼らに判るはずもない。

 

「それよりも援軍と入口付近の把握を頼む。安全な場所が知らされたらナーベは<記録(マーク)>の魔法を使え!」

「はい! モモンさー…ん」

 声を掛けられ冒険者たちは周囲に散っていく。

 彼らが行ったのを確認すると、チラリとナーベに視線を移した。

 何故ならばそこにはもう一人、戦いを見守り介入の機会を窺う相手がいたからである。

 

(「アインズさま。御命令を」)

(「ナーベラルよ。地下の何処かに『灯台』が隠されている筈だ。可能ならば探し出しておけ」)

 察したナーベは<伝言>《メッセージ》を使用して尋ねる。

 様子を窺っている忍者に気がつかれない様にアインズは命令を発した。

 

(「灯台…ですか?」)

(「そうだ。こいつはゴーレムじゃない。ユグドラシル産の『防衛用アイテム』だよ」)

 疑問を返すナーベにアインズは御機嫌な様子で返信した。

 ワザワザ此処に来た甲斐もあるというものだ。

 

(「強くは無いが何度も使えるからな。回収すれば都市防衛用に使用出来るだろう。よって次に来た時に重要になる」)

(「承知いたしました、アインズ様」)

 指令に従いナーベは転移目標を決める<記録>(マーク)のスクロールと、探知用のスクロールを用意する。

 

 やがて冒険者の一部が孔から戻って来た時、青銅の巨人が動きを変えた。

 

「ナーベさん! 安全な場所を見つけました!」

人間(アリ)にしては…。いえ、ありがとうございます。スクロールを使用するまで近づけないでくださいね」

「待ってください。奴がこっちに…!?」

 戦力比を感じとってナーベは行かせられないと判断したのか、それとも主人の命令か青銅の巨人が剣を横滑りに動かした。

 鍔迫り合いの最中に仕掛けた強引なスイングゆえに、その勢いは大したことは無いように見える。

 だがそれも、サイズの差を考えなければの話だ。

 

「不動金剛の術!」

(やはりユグドラシルの忍術だな。レベルが低そうな所を見ると、レベルダウンの影響か…それともスキップ条件が隠されていた?)

 割って入る姿が見えたことと、その人物が部下では無いことからアインズは様子を見ていた。

 間に合わせることはできるが、知っている術の響きを聞いて放置したのである。

 

(確かあの術は高い物理防御を有していたはずだな。なるほど、自分が高い適性を持って居るから移動しなかったのか)

 不動金剛の術は忍術の一種だが、対物効果が高く魔法にはそれほどでもない防御魔法だ。

 また、魔力をどれだけ注ぎ込むかで忍術が変化し、介入速度も敏捷性依存なので扱い易い。

 

「ナーベの為にすまないな。…どうやらこいつは戦闘力で相手を見るらしい。護衛を頼めるか?」

「委細問題無し。美女をエスコートするのは世界の摂理」

 ティアと言う名前の忍者は、真顔で自分の欲望をさらけ出した。

 あまりにも素で口にした為、アインズは意味が判らなかったほどである。

 

(しかし、『ロドス島の巨人』に忍者の情報か。今回はついているな)

 アインズは続く幸運に楽しくなりながら、巨人に向かって大剣を構えた。

 正確には巨人に見える自動防衛システムなのだが、この際は気にすまい。

 

「お前の相手は俺だろ? 転移場所の準備が整うまで遊んでやるから掛ってこい!」

 アインズは自分が勝つとは一言も口にしていなかった。

 それもそうだろう。

 この防衛用アイテム『ロドス島の巨人』は、正確にはゴーレムではない。

 指定した彫像(コロサス)を動かして戦わせるだけで、本体は灯台の方なのだ。

 本体がゴーレムクラフトの代わりに魔法を使用し、防衛に回して居るだけの存在。彫像さえあれば幾らではも代わりは用意できる。

 

 ゆえに戦ってもキリがないが、その情報を知っているだけで話は変わってくる。

 こいつを転がしておいて、次回に訪れた時に灯台の方を回収すれば、ナザリックはともかくエ・ランテルの守備くらいは万全にできるだろう。

 

(武技を使えないけど…。まあ、俺や守護者が来るまでは保てるだろ。後は…何の彫像を指定しようかな)

 思わぬ拾い物にアインズは鼻歌を唄いながら剣を振るう。

 迫り来る剣をいなし、あるいは蹴りを入れて相手の足をぐらつかせに掛る。

 

 まあずは蹴りを入れて態勢を整え、有利になった所でもう一撃。

 片方の大剣で反らせながら、もう片方の大剣を脇腹に当てた時、頃あいとみて大声で呼び掛けた。

 

「やはりな。こいつは残霊軍団(レギオン)と同じ足止め用。術者を倒す必要がある」

「だ、だとしたら…どうしましょう? 倒しても意味が無いのでは?」

 予想された答えゆえにアインズは動じることもなく首を振った。

「ならば入口を少し塞げばいい。人間だけが通れる穴さえあれば問題無いからな」

「さ、流石はモモンさんです!」

 どうやって塞ぐのか、間違えて全て塞いでしまったら…なんて心配する者は居ない。

 次は集団転移でショートカットすることは作戦の内だし、魔導王としての顔を出したアインズならば自身の魔法でも、マーレに命令する事もできる。

 いや、マーレと冒険するという意味で自分でやらない方が良いかもしれないと思う余裕すらあった。

 

 その頃には…この防衛用アイテムを手に入れた時、アインズ自身の彫像が選ばれるなどとは思いもしなかったのである。

 まして官僚たちに結論を任せてすら、満場一致で決議されるなど思いもよらなかった。

 

 考えが巡ればその結論に達し、やっぱり壊しておこう…と思ったかもしれない。

 だが、新しい事態が考えを中断させてしまう。

 

「モモンさん! 幽霊船がこっちに突っ込んできます!」

「やれやれ。こんなモテかたはしたくないんだがな」

 アインズは苦笑しながら、この場を取り繕う作戦を考えに切り換えた。

 正面の相手が時間稼ぎ専用であり、後ろから来る相手は呪いで行動を強制された…戦っても楽しくない存在だ。

 ここで死力を尽くしても意味が無い上に、冒険者を巻き込んでは評判が落ちてしまう。

 既にモックナックは最初の襲撃で怪我をして下がっており、これ以上は冒険者ギルドの戦力も落としたくは無かった。

 

「転移座標の確保を最優先! 当初の予定である三か所で無くても良いと、ナーベに伝えてくれ。終わり次第に撤退する!」

「はい!」

 転移目標を三か所ほど考慮していたのは、相手の罠を警戒してのことだ。

 移動した瞬間に待ち伏せと言うのは良くある話だし、防衛設備やモンスター配備の内容も変更できるだろう。

 

 だが四の五の言っては居られない、次回に向けて最低限の情報は仕入れているのだ。

 ここは場を区切って、さっさと引きあげるに限る。

 

「幽霊船はもう直ぐです! ナーベさん達も戻って来てます!」

「残っている者は孔の向こう側に移動! ナーベ達が戻り次第に少しずつ下がる」

 アインズは言いながら、大剣のうち一本を幽霊船が来るコースに角度を付けて投げつけた。

 僅かにでも時間が稼げるならそれで十分!

 

 隙を見付けたつもりで大振りを行う青銅巨人に、残った大剣を返して跳ね上げる。

 そして身を翻して回転する事で、大剣は背中に回して自らの後方へ回した。

 ここで膝を沈ませ、肩を突き出す様にして柄を両手を添える。

 

 鎧が削れても構わぬとばかりに立ちあがりながら力一杯に引くと、大剣による担ぎ抜刀の出来あがりだ。

 いまだに態勢の崩れている青銅巨人に向けて、正面から刃を振り降ろしたのである。

 

「やった!」

「まだだ! 撤収!」

 歓声を上げる冒険者たちを制止して、動くと知っているアインズは号令を掛けた。

 孔を出たばかりのナーベ達も、その声を聞いて向こう側に走り始める。

 

 そして大剣を構え直してこちらに向けて疾走して来る幽霊船に身構え直した。

 直撃コースだが途中で突き立てた大剣に引っ掛かりスピードを緩め、既に飛びのく態勢が整っていることもあり見守る冒険者たちは一目散に撤退を開始する。

 そこに漆黒の英雄が押し潰されているという心配は、どこにも無かった…。

 

●残心

 本命である地下の孔と、青銅巨人の位置は判った。

 だが巨人を倒せたわけでも、幽霊船を開放出来てもいない。

 残霊軍団(レギオン)こそ倒して居たが、高レベルのネクロマンサーならば増やせると聞けば、相手の防御力は下がって居ないも同じだ。

 

 ここで失敗したと思って意気消沈するか、それともチャンスと見て浮揚するかはリーダーの手に掛っている。

 

「良くぞ無事に戻って来てくれた。その上、必要な情報を全て集めるとは素晴らしい結果だ」

「い、いえ。…敵の戦力を減らす事も出来ず、地下洞決への孔も確保できませんでした」

 魔導王として冒険者ギルドに顔を出したアインズは、アインザックの謝罪を否定した。

 むしろ笑い掛けることで王者の余裕を見せつける。

 

「恥ずかしい話だがな。私は同格同士での戦いでは常に弱者だった」

「陛下…」

 魔導王アインズ・ウール・ゴウンに匹敵する者など思いも使ない。

 慰めだと思ったのか、何か言おうとするアインザックを手で止めて説明を続ける。

 

「だが、二度目の戦いでは破れたことは無い。戦うに際して情報収集を重視し、相手の弱点を突き長所を殺したからな。…さて」

 火が得意で氷が苦手ならば、凍気を用意して火の耐性を強化すれば良い。

 具体的に例を示しながら、アインズは周囲を見渡した。

 

 誰も口を開く者は居ない。

 王が演説している最中に口出す者がいるはずもないが、勝つか負けるかで判断している者には考えてもみなかった発想だからだ。

 

「次は地下に繋がる穴を塞いでから、直接転移するから青銅巨人と幽霊船は無視して良い。つまり倒したも同然だ」

 ゴクリと誰かの喉が鳴った様な気がする。

 それはアインザックだったか、ラケシルだったか。あるいは怪我を押して出て来ているモックナックや武王だったかもしれない。

 

「次回に繋がる情報を仕入れることが出来ていないならば敗北かもしれん。だが、これだけの成果を残した君たちに掛ける言葉は称賛以外に存在しない」

「陛下…」

 再び口を開いたアインザックだが、先ほどとトーンも意味も違っていた。

 自嘲の言葉ではなく力強い同意の声だ。

 

「今回の復習と次回の予習といこうじゃないか。まずは転送目標付近の地図を描け。そして、予想される敵の情報を精査せよ!」

「はっ! 必ずや攻略…。いえ、いつか地下探検を成功させてみせます!」

 攻略する意味など無い。

 何故ならば次回も情報を持ち帰り、その次その次と時間を掛ければ必ず到達できるからだ。

 

 アインザックが言葉を言い直し、戦争のようなイメージから冒険に思考を切り替えたことでアインズは満足して頷いた。

 

「何か判った情報は有るか? あるいは気がついたこと、提案でも良い」

「幽霊船を操っている手段は、特殊能力の憑依現象(レイスフォーム)だと思います」

「地下にも残霊軍団(レギオン)は居るでしょう。倒す事よりも、確実に撤退できる準備を整えて何度でも挑むべきかと!」

 次々に報告や提案があげられ、その都度、他の者が意見したりアインズ自ら修正を行っていく。

 

 そして…。

 幾つかの案が飛び交った後で、少女はおずおずと提案をする。

 それは在る種、後ろ向きであり大胆な撤退表明でもあった。

 

「そ、その。残霊軍団(レギオン)が居るのならば英雄残滓(レギオン)も居ると予想すべきだと思います。…それについて調べてみようかと」

「…ほう。アテはあるのか?」

 アルシェが手を上げるとアインズは面白そうに尋ねた。

 その予想は当然あり得るが、そこから続く展望があるかが問題だった。

 無ければ前回と同じプラス一点、あればもう少し加点して扱いを見直しても良いだろう。

 

「今回、我々が見付けた場所に昔の帝国の名残を見つけました。…魔法学院で見掛けた手法ですので、あそこに行けば何かの資料があるかもしれません」

「…良いだろう。そちらに派遣するとしよう。必要ならばジルクニフにも色々とお願いしておこうじゃないか」

 逃げるかのようなアルシェの提案だが、確かに年代を指定して資料を漁れば以前に見つからなかったデータが出て来ることもある。

 次の展望があったことにアインズは快く頷くと、派遣を認め…もう一つの案を捻じ込むことにした。

 

「探す気があるならば他の者にも許可を出そう。その時は該当する年代の資料。前後する時代の英雄的な人物。…あとはモモンが探している吸血鬼を調べてやってくれ」

「モモン殿が探している吸血鬼の片割れですか?」

 アインズは頷きながらゆっくりと説明して行く。

 

「ずっとモモンが追っていた吸血鬼が、なぜトブの森で足を止めたか? 地下のアンデッドが支配して凶暴化した可能性もあるだろう」

「…確かに。無理にモモン殿ほどの英雄と戦う必要はありませんからな」

 理解出来ると頷きつつも、アインザックはおそるおそるアインズを見上げた。

 自分は以前からの約束を守るとは言っているが、アインズから明確にソレを継承するとの言葉はもらっている訳でもない。

 

「へ、陛下…。心苦しいのですが、一つ確認をさせていただけませんか?」

「モモンとの約束だろう? 構わない認めよう。まずはモモンと吸血鬼の確執処理が先だとしよう。ただし…」

 冒険者ギルドが交わしたモモンとの約束を、魔導国が受け継ぐ。

 以前にあったデミウルゴスの話を思い出しながら、ひとまずの了承を行った。

 

「ただし?」

「一定のルールの下で奇襲はなし。その代わりに逃亡は私が責任もって食い止める」

 アインズは指を三本ほど立て、条件を並べ始めた。

「決着がつかずに勝負が流れた場合のみ、私が仲裁するとしよう。当然ながら理性が存在して『人を傷つけない』という契約魔術を受け入れたならばだ」

 それならば…。と言う雰囲気が周囲に流れた。

 漆黒の英雄はもう一人の吸血鬼に勝利しており、霧に化けたりして逃亡しないのであれば有利に戦えるはずだ。

 対等の条件とは言え、今から切り札や新装備を用意できる者と、目覚めたばかりの吸血鬼ではどちらが勝機が高いのかは言うまでも無い。

 

「そして三つ目。以上の内容を同様の処理に充てる。今後に同じ様な確執があった場合、対等のルールで勝負し決着がつかない場合はそこまでとする」

 あくまで理性が存在して、『人を傷つけない』という契約魔術を受け入れたら。

 繰り返してそう説明しながら、アインズはガガーランの方を眺めた。

 

 その視線を察したのか、判り切っていることを尋ねてくる。

「その内容は俺たちと蟲メイドの件でも言っているのか?」

「両者が私の傘下に来るならば当然だな。逆に言えば理性なく人を害する者や、私の庇護下に入る気の無い者に適用する気は無い」

 例えばヤルダバオトの支配により暴れ続けるならば、理性があろうが無かろうが容赦はしない。

 その前提を改めて説明した上で公正に判断するとルールを説明すると、ガガーランも納得したのか頷いて返した。

 

 こうしてシャルティアを配下としてデビューする準備を整えながら、取り交わした約束は受け継ぐとアインザックに説明し直したのである。

 もちろん成功したとしても、今すぐデビューさせる必要も無いだろう。

 そう思いながら、満足してその日の成果を受け止めた。




 と言う訳で、地下の孔への入り口を確保しました。
次回は地表をスルーして、色んなレギオン+@と戦うことになります(アルシェは帝国の魔法学院に移動しますが)。
流石に地表の足止め連中と違って強敵ばかりなので、ミスリル以下の連中は置いて行くことになるでしょう。
具体的に言うと、アインズ様・ナーベ・レイナース・武王・ガガーラン・ティア+@に絞って、戦闘描写で固める予定です。
今のまま組織として行くと、妥当な作戦の繰り返しで小競り合いッポイ戦闘が続いてしまう為です。
戦士x3、忍者、ロード、メイジとバランスおかしいですが、ウイザードリーじゃないので気にせずダンジョンハック。

 このストーリーは外伝を数本で終わり、最後に学園ものの締めを入れて終わり予定。
オバロで書く場合も、関連しない内容で書くかと思います。

『ロドス島の巨人』:マジックアイテム
 ゴーレム魔法を掛ける灯台が本体であり、彫像(コロサス)を倒しても戦力補充が可能。
この為、防備を突破するには彫像ではなく灯台に掲げられた魔法の火を止める必要がある。
あくまでゴーレム魔法なので性能限界は存在するし、素材の影響を受けるのでデータは千差万別。


素材の目安
石:耐久力強化、安価
鉄:装甲大幅強化
青銅:受動防御力、最大エネルギー量(装備可能キャパシティ)
赤銅:能動行動力(命中・回避)、最大エネルギー量(装備可能キャパシティ)


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外伝。死者が棲む邦、四話

●出陣!

 壁抜け対策に物質透化を保護した部屋から、<転移門(ゲート)>の魔法が展開される。

 対象は<記録(マーク)>の魔法で記された、地下の安全区画だ。

 

「来ないな。…では行くか」

「「応!」」

 スピリットの類で待ち伏せされている可能性が減ったことで、アインズは一同を出発させた。

 

「兄者。後は任せた」

「任せろ。大きな弟よ」

 自分より小さな兄貴分に武王は出発地の警護を頼んだ。

 彼が死ぬ以前の実力よりも、僅かに強力な程度だが…。

 人間よりも地下の闇に慣れ、更にアンデッドへ効果の高い闘気を使えるその男とその部下たちは頼れる存在だった。

 

「上手く行ったら…そうだな。巨人の末裔たちが主張しないならば、今回攻略する地下洞穴全てを任せても構わない」

「ありがとうございます。魔導王陛下」

 小さなその姿が恭しく礼をすると、周囲の部下達も『陛下の御厚恩とお慈悲に感謝いたします』と臣下の礼を取った。

 

 そしてまずは彼らが飛び出し、周囲の安全を確保する。

 今回はミスリル以下の冒険者を連れておらず、露払いが出来ない。

 そこで地下に慣れた『彼ら』の精鋭中から、更に闘気を使える者だけを集めて露払いとキャンプ地を任せたのである。

 

「すまんな。お前達、みなここで死ね」

「何もおっしゃいますな、陛下。デレの地へ赴くだけです」

 気易い調子で先陣を任せたアインズと違い、彼らクアゴアは決死の覚悟を決めていた。

 アンデッドが蔓延る地を与えられても絶望しかないが、戻る場所も無いのと同じである。

 

「あれほどの鉱石に、生育記録など今まで思いもしなかった教育。ま、魔導王陛下に逆らっておきながらこの御厚恩。代価は死して支払わねばならん」

 クアゴアの子供たち殆どに、ミスリル以上の鉱石が供給されていた。

 更にその摂取頻度や効果の差を調べ、データを与えられている。

 敗残者には晴天の霹靂とも言うべき厚遇だが、少しも楽観視できない。

 

「ご安心を。我ら、誰一人として戻る気はありません」

「…遠からず子供たちは我らの事を、無意味に魔導王陛下に反逆した愚か者だと罵るだろう。だが、その子供たちくらいには苦難を忘れさせてやりたいものだ」

 最高の食事を与え、教育という今まで無かった概念まで与えてくれると言う。

 次の世代は確実に、愚かな自分達を許さないだろう。

 クアゴアの中でも聡明な王であるペ・リユロの言葉に教えられ、レッドクアゴアの勇士たちは涙を流した。

 

 だがその扱いはクアゴア珍しさの事。

 ここで貢献しておかねば、いつ打ち切られてもおかしくは無い。

 ゆえに彼らは、紅の特務部隊を組織して一歩も引かぬ構えで地下洞穴の死守を決めたのである。

 

 クアゴア決死部隊『紅』。

 その伝説が始まろうとしていた。地下洞穴を血で染めながら…。

 

●地下に灯る火

 初期目標であるキャンプ地は無事に確保された。

 結界を敷けるだけの面積を確保した後、四隅と上方にアイテムが設置される。

 

(「ナーベよ。例のモノは見つかったか?」)

(「アインズ様のおっしゃった灯台を発見しました。前面には小ぶりですが武装の異なる青銅巨人も見えます」)

 飛行魔法で上方に設置に行く…。

 という理由でナーベは偵察を行っていた。

 前回は明かりがあるという程度だったが、今回は安全を確保できている上に視野を広げる魔法も使用して居る。

 

(「装備が違う? どんなモノか判るか?」)

(「少々お待ちを。右手にはシズが使うような構えで筒を持ち、火の粉を発しております…」)

 アインズはスケルトンやゾンビの軍団を片手間で退けながら、ナーベに具体的な内容を求めた。

 

(「左手には鏡の様に輝く青銅製の盾を所持しており、鎧は半透明になるまで軽量化した装甲です」)

(「ふぁっ!? 炎の枝(レヴァンティン)だけでなくAEGISだと?」)

 ユグドラシル産だと心当たりのあったアインズは、『幾らなんでも盛り過ぎだろう!?』と思わず驚きの声を漏らす所だった。

 

 それほどまでに強力なマジックアイテムであったのだ。

 パック詰めの銘有り(ネームド)武具ゆえに自作の神器級には利便性に劣るが、込められている総データ量は多い。もしゴーレムの性能に合わせてあるならば…モモンとしての姿では危く、アインズ自らが出向かねばならないだろう。

 

(いや、待て。そのレベルならばどうして地上に出さなかった? 小ぶりなら出入りも簡単だ。温存したか奪取を避けている? それとも何かの問題が…)

 鎮静化により冷静さを取り戻したアインズは、奇妙な点があることから突破口を探した。

 まず『ロドス島の巨人』の効果で動かす即席ゴーレムに持たせるには、少々高価すぎる玩具だ。

 仮に銘有り(ネームド)のゴーレムにそれほど強力なマジックアイテムを与えているならば、出入口付近の攻防で一掃してなければおかしい。

 

(「ナーベよ。盾の構造を確認せよ。女の顔が彫ってあったり皮で補強されているか? それと筒の形状を具体的に伝えよ」)

 アインズはタブラ・スマラグディナや、参考にするのは悔しいが…るし☆ふぁーが自信満々に披露してくれた知識を思い出して行く。

 

 確かにブロンズ素材は追加できるマジックアイテムを増やせる効果だ。

 また炎の枝(レヴァンティン)にしてもAEGISにしても強力なアイテムであるが、彼らから聞いていたイメージとは異なりチグハグさが拭えない。

 ゴーレムを造る際に必要なのは強さよりも、最初に思い描いたイメージが最後まで保てるかが重要なのだそうだ。

 

(「盾は磨き抜いているだけです。顔や皮などはありません。筒ですが…腰まで延びる管のようなモノがついております」)

(ということは…『ペルセウスの盾』と『ギリシアの火』か。よくやった戻ってこい」)

 ユグドラシルのアイテムは幅広く、盾の場合は同じ形状でも魔法を反射する『水鏡の盾』など、幾つかのレパートリーがある。

 その中でタブラ達が口にしていた中から、『文明縛り』という特殊なルールを思い出して居た。

 

 思い出したアイテムは先ほど挙げたアイテムの下位互換ではあったが、運営が文明圏で装備品を統一した場合にセット・ボーナスがあるのだという。

 そういえば『ロドス島の巨人』も同じカテゴリーに入っており、ローコストで抑えるために苦心した結果だろう。

 

「モモンさん! ナーベさんが戻って来ましたわ」

「すまないな。帝国騎士に伝令までやらせてしまって」

 後方で治療役と状況把握をやっているレイナースに形ばかりの礼を伝え、大声を挙げて合図を送った。

 

「結界を起動し、ここをキャンプ地とする! 可能な限り押し返せ!」

「あいよ! 待ちかねたぜ!」

 アインズの指示で、防御に回って時間を稼いでいたガガーラン達が押し返し始めた。

 

 クアゴアが死守して居る結界基部から、四方に置いている結界分器に死人払いの結界を張る。

 偶然中に取り込まれた連中を始末すれば、遠距離魔法以外で狙われない、安全な区画が出来あがるのだった。

 <飛行(フライ)>を使って上方に設置するのも、結界を起動するのもナーベなので時間が掛ってしまったが、これで当面の安全は確保できるだろう。

 

「しっかし、便利なもんだな。こいつがありゃあカッツエ平原を普通になんとかできそうだぜ」

「残念ながら数が限られているのと、維持するだけでラケシルが卒倒するだろうな」

 地下洞穴を確保した後に時間が取れるならば、普通に聖水をまいて清めの儀式をした方が良いレベルのコストが掛る。

 そう言うとガガーランは肩をすくめて苦笑した。

 マジックアイテムに糸目はつけないが、幾らなんでも高価過ぎだと思ったのだろう。

 

「遠視の魔法も使ってみましたが、中央に広場と灯台があり、奥には王城の様な施設があります」

「パっと見で良い。何か居たか?」

 ナーベの報告にアインズは軽く答え、相の手を入れながらウンウンと頷いて行く。

 

「広場にある灯台を小さめの青銅巨人が守って居ます。王城には巨人のアンデッド達が居ましたが何故か同じ区画に留まって居ます」

「おいおい。中に潜り込めば居ないんじゃなかったのかよ。巨人が動かねえのは良いけどな」

 ナーベの報告にガガーランが肩をすくめる。

 無視して良い筈の戦力と再び戦う必要が出たのは面倒以前に、気力が削がれるのだろう。

 

「小さくなっただけでも良しとしよう。それと出口の攻防に使用しなかったことからも、幾つか欠点があると思われる」

「そうですわね。同時に二体動かせないとか、サイズで能力が違うとか…。ああもう、こういう時にアルシェが居てくれれば良いのに…」

 いつの間にか仲良くなったのか、レイナースがアルシェの事を口にする。

 蘇生で戦闘力が落ちているのを、調べた知識や渡したアイテムで補っているので、いれば役に立つのは間違いないが…。

 

「あれは帝国で調べ物をしているのだろう? 勝てる相手よりも未知の相手を調べてもらえる方が助かると思うがな」

「モモンさんにとってはそうなのでしょうけどね…」

「まあこの場に居ない奴の話をしてもしょうがねえ。調べるだけ調べて、作戦立ってっか」

 そうしてナーベが口にする情報や、ティアが可能な限り調べて幾つかの作戦を立てることにした。

 

「火を噴霧する武器を持って居る様だから、武王は寄って来るアンデッドを頼む。ガガーランは私のサポートを前提に、漏れて来たアンデッドを頼む」

「応!」

「任せときな!」

 火耐性のアイテムは限りがあるのと、防具も変えないとアイテムだけでは耐性向上までしかできない。

 そこでアインズは彼らが死なない程度の役目を割り振り、次に本命を抑えるべく女性陣に向き直った(一応ガガーランも女性ではあるが…)。

 

「ティアは私達が足止めしている間に管の切断を試みてくれ。ナーベは灯台にあるだろう補給物資を抑えるんだ」

「へいよー。最悪、動きを止める術を使う」

「承知しましたモモンさー…ん」

 アインズはドロップ品が欲しかったのと、ゴーレムの本体である灯台を抑えるのを邪魔されたくないのでティアをバックアタックに割り当てる。

 同時にナーベを投入する事で、機能を止められれば言うことは無いだろう。

 

「レイナースは治療に専念。私はこの鎧があるし火炎耐性を上昇させるアイテムがあるので、主にガガーランと武王を診てやってくれ」

「判りましたわ」

 アインズは次々に妥当な指示を出す事で、ナーベに割り当てた作業の重要性を隠しておく。

 <飛行>(フライ)の魔法もあるので、ナニカ問題があっても戻ってくることが出来ることから、一同も不信には思っていない筈だ。

 

「質問が無ければ取りかかるとしよう。今日の内に中央まで抑えて気分良く休みたいからな」

 既に移動開始した一同は、手を上げあるいは武器を掲げてその言葉に応える。

 そしてアインズはゆっくりと前進し、青銅巨人と向き合うのであった。

 

「行くぞ守護者よ! 貴様を倒して地下に光をもたらす!」

 アインズは軽快に走り出し、盾を持つ左側に回り込んだ。

 その瞬間に3mはある火の柱が元居た場所を焼き払い、そのまま炎の大剣と化して真横に薙ぎ払って来る!

 

「景気が良いじゃないか。分けてくれないか?」

 チンピラの言葉みたいだなと思うくらいの余裕を持って、そのまま左へ左へと回り込む。

 攻撃していないことを勝てないからだと判断したのか、ゴーレムはそのまま追い掛けるように回転して行った。

 

「ったく。オレが戦力外ってどういうことだよ。どりゃあ!」

 ガガーランは苦笑いを浮かべながら、後ろを向いたゴーレムに突進。

 鉄槌を振り降ろしては、武技を使用しながら抱え直し、何度も何度も叩きつけて行った。

 その連撃たるや、実に怒涛の十五連だ。

 

(うーん。武技ってズルイな~。あんな連撃はユグドラシルのスキルだって無理だぞ)

 自分の魔法やレベルを棚に上げて、アインズは武技のことを羨ましく思う。

 だがそうしてばかりは居られない。

 

「後退するぞ、下がれ!」

 敵がガガーランの方に向き直ったとこで、次なる手を撃つべく介入に入った。

 二刀を振り回して飛び込み、片方で盾を抑えつつもう一方で火を吹く筒先を狙う。

 

「何!? あえて飛び込んで来るとはゴーレムの癖に、やるなっ!」

 するとゴーレムは接近しながら肩当てで体当たりを掛け、薄い羽衣のような装甲で止めてしまう。

 勿論ただでは済まないが、大剣とはいえ根元だけに大した傷は与えられなかった。

 

「流石に最適解をやらせると判断が早いな。しかし…これはどうする?」

 しょせんは消耗品ゆえに、自らが傷付くことよりも装備品が失われて継続戦闘力が無くなることを問題しているのだろう。

 ゴーレムらしい判断力を診てとったアインズは、なんと左の大剣を地面に突き立て、もう一方を右手一本で掲げて見せる。

 

「やはりな。最適解に縛られるがゆえに、貴様は目の前の戦力にだけ対処してしまうんだ」

 ゴーレムが注意を払っているのはあくまで右手の大剣…そして近くで様子を窺うガガーランだけだ。

 突き立てられたもう一つの大剣や、陰で様子を窺うティアの動きには注意を払っては居ない。

 

「受け止めて見せろよ?」

 アインズは見え見えの一撃を放ち、相手の盾を強打する。

 その反動を利用して態勢を立て直すと、当たらない位置で蹴りを放った。

 だがそこには先ほどの大剣があり…。

 

 蹴る付けると同時に跳ね挙げて、右手に持った筒先に直撃させた。

 無論、こんな無理な態勢では完全に破壊する事は出来ない。

 だがそれで十分だ。

 

「らっしゅらっしゅ」

 後ろから飛び込んで来る無数のティアが取りつくには、それで十分な隙であった。

 ゴーレムゆえに驚かず、間髪いれずに態勢が崩れたまま筒を振り回して火を吹き炎の剣に変える。

 線による攻撃ゆえに完全に回避し切れず、分身たちが消えて行くが、それも含めてフェイクに過ぎない。

 

「取った」

 ズルリ。

 影から影に転移した本物のティアが、筒と背嚢を繋ぐ管を切り割いて行く。

 最後の余波で巻き込もうとするが、当然そこにはアインズが体当たり気味に大剣で切り掛っている。

 重い体重ではあるが、相次ぐ重身の移動に加えてこの一撃を受けて完全に態勢を崩した。

 

「悪いがこれで終わりだ」

 最後にアインズがゴーレムの盾持つ左手を切り落とし決着がついた。

 頭部を破壊すれば直ぐにでも新しい個体が動くのかもしれないが、武装を無力化したことで時間切れを待ったのである。

 

「本当に動か無くなっちまったな」

「言っただろう? 表に出せなかった大きな欠点があるはずだとな」

 実際にはナーベが灯台の火を止めたからであろうが、馬鹿正直に伝える必要も無い。

 今後にこの機能はエ・ランテルに持ち帰って防備用に使う訳であるし、知っている者は少なければ少ないほど良いだろう。

 

 こうして一同は中央に在る広場までを制圧し、地下照灯用の灯台に火を灯したのである。

 予備の灯台に偽装した、ゴーレム稼働用の『ロドス島の巨人』が密かに回収されたことに気が付く者は誰一人として存在しなかったという…。

 

 




 と言う訳で地下帝国の半分ほどを制圧しました。
 巨人のアンデッドが王城から出れないので(だからカッツエ平原にボスが居ないのですが)、ここまではサクサクと進みます。
次回に帝国の魔法学院でアルシェが色々調べたり学園長に聞き込みをした後、本格的に王城に向かう事になります。
その次がボス戦闘で、その次に学園物を入れて締め予定。
(予定は予定なので、どこかが前後編になって長引く可能性はあります)

●クアゴアたちと、特攻部隊『紅』
 良い鉱石を与えられ教育も受けさせてもらえ実に高待遇です。
おかげでペ・リユロ達には立つ瀬が無く、「何故、さっさと降伏しなかった?」と一族からも不信の目で見るものが出始めて居ます。
なお、部隊のモチーフは、六門世界のリザードマン特攻部隊『蒼』から取って居ます。

●セット装備
 文明縛りなど、ちょっとした効果が追加される装備品のこと。
ここでは『ミケーネ縛り』という括りで揃えられており、ミケーネ文明・アレス文明などエーゲ海沿岸・トラキア地方に絞ったアイテムが主流です。
ウルティマ・オンラインより着想しております。

・太陽神ヘリオス像と、神造人間ミュルドーン像
 地上にあった大きい方がヘリオス像で、地下で守っていた方がミュルドーン像です。
ヘリオス像は装備品を豊富に揃え、ミュルドーン像は本来は集団戦にファランクスを組むのですが、年代の経過と共に失われています。
(巨人が持ち出して居るとか)
装備品の組み合わせと外見的には、ファイブスター物語のLEDミラージュや火炎歩兵を参考にしています。

・『火の枝(レヴァンティン)』と、『ギリシアの火』
 どちらも火を吹くマジックアイテムで、データクリスタルでカスタムできないけど、その分強い装備。
焼き払う事も可能ですが、回避の難しい炎の剣として使う方が主流という扱いです。

・『AEGIS』(盾)と、『ペルセウスの盾』
 魔法反射・対象速度劣化があるのがAEGIS、耐性向上能力があるのがペルセウスの盾です。
上記の装備ともども、アインズ様が覚悟して居る(同意に欲しい)方と、別に壊しても問題無い程度の下位互換品になります。


・『AEGIS』(肩当て)と、『聖なる衣』
 盾の方とセットで強化される神器級アイテムと、よく似た模造品の際礼済み青銅製の衣。
これも同時にあつらえることで、セット効果を高めつつAEGISであると誤解させる為のものです。

●地下帝国のユグドラシル由来アイテム
 元は他所のギルドが転移した拠点の名残(?)であり、その威容はギルド武器と共に失われている。
このギルドに所属する者は、巨人・リザードマン・蟲人間・ゴーレムなどのみで、幹部は暗黒将軍とか悪の科学者だったりオカマのバロンさんだったりしたそうです。
 まだ途中なのに書いていることからお分かりかもしれませんが、彼らは出て来ることもアインズ様に影響を与える事もありません。

時間が取れたので書きましたが、また忙しくなり始めるので次回は二十日ごろかと。


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外伝。死者が棲む邦、五話

●少女の盲点

 帝国魔法学院を歩く中、私は不意に呼び止められられた。

 魔導士官の制服や年月の経過もあり、顔見知り程度では気が付かなかったのだろうが、彼女を誤魔化す事は出来なかったようだ。

 

「もしかしてアルシェではないかしら? フルト家の」

「今はフォーサイトと言う家を起こして居るわ。お久しぶり……フリアーネ」

 呼び止めたのは旧知の中でも二番目に親しい相手だった。

 

 フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド。

 魔法学院で学ぶ中で能力のある生徒が生徒会を主催する。

 その中でも彼女は実力と指導力の面で抜きんでており、生徒会長をしていた。

 

「仕官を許された以上は色々あったのでしょうけど…。大胆な事をするのね」

「家にはあまり良い思い出は無かったし、お先真っ暗なのは確かだもの」

 実家であるフルト家は『●●帝以来の~』で通用する、いわゆる名家だった。

 百年以上に渡って帝国を支えているというのは伊達ではない。

 

 派閥を経営する権門ではないが、何処かの傘下に入る必要もないレベルの独立貴族。

 力のある派閥に良い顔を売って居れば、それなりの地位を回してもらえる家柄と言えただろう。

 …まあ中途半端だからこそ、取り潰されたし再び浮かび上がる事も出来なかったのだが。

 

(屋敷を捨てたり呼称を戻すだけならまだしも、受け継がれた名跡を捨てるのは少し考えなくもないけどね…)

 リイルをリリッツに変えたのは良い。発音の問題なのか…リリッツであった時期があったからだ。

 フリアーネが言う様に名門以外はお断りな案件が多いのも確かなのだが、そうも言って居られない事情がある。

 

 皇帝に睨まれている以上は、役職どころか婚姻相手の手配など色々と絶望的だと言うことだ。

 家が健在だったとしてもお金など無い上、開拓など何か事業を起こしても援助が出る事も、ウレイやクーデが嫁げる貴族も居ないだろう。

 

「それで…。学院に復帰するわけでは無いのよね?」

「魔導国へ貸し出されてる魔導士官という立場だもの。そうもいかないわ。…調べ物をするためにちょっとね」

 フリアーネとは生徒で居られた時に、切磋琢磨し合った仲だ。

 彼女が惜しんでくれるのはありがたいが、ウレイやクーデを探し出し…蘇らせてもらう為にも此処に戻るわけにはいかない。

 

「調べ物?」

「…昇級試験の時に家と家を繋ぐ方式を見たことがあったじゃない? アレを他で見付けてね」

 任務を喋るわけにはいかないが、助力は欲しいので多少ボカして話す事にした。

 彼女も私と同じものを見たことがあるのと、まるで手が足りないからだ。

 

「ちょっと待って。今思い出すから。確か…。もっと帝国が貧しかった時代の名残だったわよね」

「そうそう。それの兼ね合い」

 家屋と家屋を屋根で繋ぐアーケードと呼ばれる手法があった。

 これにより、奴隷や家畜を管理出来る数が飛躍的に増える。

 なにしろ温度が一定に保たれるので、冬は暖かく夏は割りと涼しいままなのだ。

 

 当然ながら良い面があれば悪い面もあり火災に病気や、盗賊や亜人が入り込んで犯罪の温床になるともあって今の帝国では行われていない。

 

「良い面を部隊運用で取り入れた方法もあるって話になったでしょ? その時代の調査なの」

「天幕と天幕を繋いで…段々と思い出してきたけど…その辺りの知識…」

 閃いた後で思い出しながら来た私と、言われて思い出すフリアーネでは差があって当然だ。

 それでも思い出せるのは、彼女が並々ならぬ努力をしていることと、上位の貴族階級では記憶することが日常茶飯事だからといえる。

 

「…生憎とそれ以上は思い出せないわ。調べるアテでよければなんとかなりそうだけど」

「それだけでも助かる。教えてくれれば出来る範囲で御礼をさせてもらう」

 行き詰まった場合でも、そこから繋ぐ手段を見付けるべきだ。

 魔導王から色々指摘されたことだが、フリアーネは普通にできている。

 上に立つ者には必須の能力なのかもしれない。

 

「私自身が知ってることじゃないし、学院かウチの近くへ来た時に寄ってくれればそれで良いわ」

「ありがとう。その時は是非にそうさせてもらうから」

 次の行動など自分で組む権限は無いに等しいが、功績を立てればそんな未来もあるだろうか?

 その日を夢見るくらいは許されるだろう。

 そして彼女の厚意を返せる日が来ることを祈る。

 

「書物に書き込まれた情報よりも、口伝のみで伝えられる情報の方が重要だったりするものよ。学長先生に紹介してもらってみたら?」

 言われてみてストンと落ちるモノがあった。

 冒険での調査で実感したので、口伝のことを忘れて居たわけではない。

 土台からして紙がもっと高価だった時代の情報なのだ。

 

「学長先生に?」

「そうよ。学長先生も教育者なのだし知ってるかもしれない。でもそれ以上に、古参の先生や引退された先生を知っておられるでしょうね」

 昇級試験がらみで見たわけだし、そもそも行軍用に取り入れた方式でもある。

 名目だけの長なら別として尋ねる価値は大きいと言えた。

 

 フリアーネが言う様に学長先生が知っている可能性はあったし、闇雲に尋ねて回るよりは紹介してもらった方が早いだろう。

 別々の先生に条件を付けられたら交渉するだけでも大変だが、一人なら最悪、魔導国の力を使ったり魔法に関する知識を伝える手もある。

 

 こうして私は学長先生の元に向かうことになった。

 

「フォーサイト君だったか? まあ掛けたまえ」

 優等生で大貴族の出身であるフリアーネが紹介してくれたから、スムーズに話が進んだ。

 学長先生の部屋に赴くと、にこやかな顔で席を勧められる。

 

「行軍訓練で稀に見られるアーケード様式の天幕を見ました。それをお尋ねしたいと思いまして」

「ふむ…。それが流行ったのは随分と昔になるが…」

 私やフリアーネは建物を見て、調べたら行軍訓練でも存在すると知ったレベルだ。

 それに対して学長は覚えがあるのか、僅かに懐かしそうな顔を浮かべた。

 

「私が現役だった頃には既に廃れて、こんな方法もあるのだと先達に教えてもらったレベルだな。まあそのくらいの過去と言うことになる」

「少なく見積もって百年ほどでしょうか?」

 フルト家が勃興を始めた頃で、リイルと発音して居るのにリリッツと呼ばれた頃のことだろう。

 私どころか父も生まれてすらおらず、肩をすくめて想像する他ない。

 

「そういうことになるな。せっかくだし魔法談義でもしながら話そうじゃないか」

 情報料として自分が知らない魔法に関する事を教えろ。

 そんな要求なのだろう。私が頷くと嬉しそうな顔で話の続きを始める。

「任務の最中で見掛けたのだろうから、まあ詳しいことは聞くまい。…そうだな。魔導国ではどのような魔法が使われているのかね?」

「効果的な使い方を学ぶだけで、『殆どは』そう代わりはありません」

 ごく一部は違うのだと言う意味を含ませて、私は学長の興味を煽ることにした。

 もちろん情報提供の報酬という意味であり、一方的に話す事は無いし、一応秘密にしておけと言われたモノは程度が低くとも喋る訳にも行かない。

 

「それ以外ですと、ごく稀に見せていただくこともあります」

「ほう。どんな魔法…いや軍事に関わることはマズイな。例えば健康とかなら教えてもらっても大丈夫かな?」

 私が水を向けると学長は嬉しそうに乗った後で、少しだけ訂正した。

 流石に軍事や行政に関わることは問題になると思ったのだろう。

 魔法で健康を維持するという、微妙な辺りから尋ねて来た。

 

「報酬の一環として行使していただけるようなモノになりますが…。腕を失ったり歩けなくなった者、あるいは呪医が投げ出した病などは良くある例です」

「……それは素晴らしいなっ。うん、あー詳しい話は紹介した所で聞いてもらうとして、私が知っている範囲でだが」

 学長は子供の様に目を輝かせた後、元の落ち着きを取り戻してこちらの用件を説明に掛る。

 流石に私が二重の意味で、報酬の一環だと言った事に気が付いてくれたらしい。

 

「アーケードを使ってドーム天幕を造る。要するに軍は動かせないが、不特定多数の精鋭を派遣する事件というのはそうそう存在しない」

「はい。ですからヒントになるお話が聞ければ、追って行けるかと思いまして」

 軍隊を正式に動かせるならば、天幕を無数に用意すれば良い。

 ということは何人増えるか判らない状態での調査行や、ちょっとした討伐任務で移動し続ける必要があると言うことだ。

 

 具体的にどんなとは言えないが…。

 英雄残滓(レギオン)の候補になるほど強力な、という前提で騎士やマジックキャスターも候補に上がる。

 調査して得意分野や特殊能力などが判るのであれば、大きな功績に出来るのではないかと思う。

 

「幾つか案件はあると思うが、当時の話で目を引くのはやはり『白蓮動乱』あるいは『白蓮土王の乱』と呼ばれる一件が怪しいかと思う」

「白蓮…動乱?」

 これまた判断に困る話だ。

 地方反乱や豪族が攻めて来たというなら英雄の可能性はある。しかし独立部族の併合しておいて、反乱を鎮圧しただけだと称するのは良くあることだ。

 

 だが英雄と呼ばれる酋長の話を聞いた覚えが無かった。

 

「あー君の言わんとする疑問は判るつもりだ。しかしな、世の中には口に出来ない秘密。判り易く言えばスキャンダルが関わっているので広くは知られていない」

「当時の帝国上層部が絶対に握り潰せと。スキャンダルになるような?」

 学長は重々しく頷いた後で、年齢に似合わない上目遣いでこちらを窺ってくる。

 交渉材料として自身があるのと、本当は秘密にしておく必要があるのだろう。

 

(もし校長の話が当たっているなら、フリアーネに感謝しないとね。…まずは話す前にセルフチェックしないと)

 もしかしたら<魅了(チャーム)>の魔法を掛けられているのかもしれない。

 常にそのつもりで居なくては、うっかり魔導国の秘密をバラして処分される可能性がある。

 学長が下手に出ているくらいにはこちらに魅力的な情報が有るわけだし、ここで気を引き締めて次の取引に備えるくらいが良いだろう。

 

(<魅了(チャーム)>された可能性をチェック。まず最大級に親しい相手へすら、話してはいけないことがあることを自覚すべし…だっけ)

 魅了された場合、相手は親友や家族に匹敵する相手なのだから大丈夫と認識してしまうらしい。

 そんな人が少ない筈であっても、その隙間に割り込む様に認識してしまうとか。

(大丈夫。ウレイ達が無事でも、ヘッケラン達が蘇っても話せないことが一杯ある。うん、学長はそんな相手ですらないもの)

 思考に冷静さを取り戻すと、私は話して良い事の中から魔導国のアピールになることを選んだ。

 

「魔導国の冒険者は一定ランクごとに、様々な許可がもらえたり高度なアイテムをもらったりできます。上位冒険者の最低条件は罪の無い亜人なら差別しないとか、聞いたことをちゃんと秘密にできることです」

 鉄級冒険者になると初心者卒業で、特訓用ダンジョンへの入室許可。

 そこから一定の昇格を果たす毎に、ドワーフ製の優良な武具やちょっとしたマジックアイテムがもらえる選択権が手に入るのだ。

 

 これが上位と呼べるランクまであがると、戦闘や警備の訓練を施して稼ぐなど、割りの良い仕事の斡旋や労役を指導によって払う権利が視野に入って来る。

 ここまで来ると一生の稼ぎが保障されている様な物だ。

 やれるだけ冒険を繰り返して、資金と野心を満足させる。その後は技術を指導することで暮らしていける。

 

「そういった上位冒険者は低利で借金が可能になる他、功績に応じて色々と注文できるようになります」

 ミスリル級になると、ルーンの武具のほかに話が通じるゴブリンの集落地までの移動許可。

 オリハルコン級ならリザードマンの集落への移動許可や、武具以外でも冒険を便利にする様々なマジックアイテムを任意で注文する事も可能だ。

 そこまでランクが上がると、協会としても繋ぎ留めておきたいし、秘密を共有しても良い相手ということになる。

 

「貯めておいた功績に応じて、工房に特注したり自分で鉱石回収の依頼を出したり、様々な陳情も可能になったりですね」

「上位の魔法を見学したい。治療魔法を掛けて欲しい…などもだね?」

 反応が良いだろうという確信があった。

 フールーダ師のみならず、マジックキャスターは魔法に関して好奇心が強い物だ。

 学長も多分に漏れず先ほどから関心を示して居るし、功績…というか発言権を溜めておいて、望んだ魔法を使ってもらうというのは意欲をそそられるのではないかと思う。

 

 また魔導国の冒険者がかなりの自由度を許されているというのは、冒険者を志す生徒が居るなら流れて行っても良い情報と言える。

 他所に漏らしても処分されないだろうと言う確信を持って、私は話の続きを促した。

 

「それで、先ほどの白蓮動乱というのは?」

「ドラゴンを信奉する宗教が流行ったのだよ。加護の一つもくれなかったそうだし、私ならば神様か邪神様かは別にして魔導王陛下を崇めるがね」

 冗談は別にして、学長の言葉は意外なモノだった。

 ドラゴン信仰というのはマイナーな部類だが、隠す様なモノではない。

 

 つまり生贄を要求する様な邪悪なドラゴンを信仰していたか、交渉相手に選んで力を借りていたということだ。

 無知な者を馬鹿にする様な学長の優越感を考えれば、前者の可能性が高い。

 そんな奴が上流貴族の中に居れば、確かにもみ消したくなるだろう。

 

(でも、これで裏は取れたかな? 教団の幹部か魔獣使いが相手に居る可能性が出て来たんだし)

 ドラゴンが居たと言う伝承も残っていないので、おそらくはドラゴンも居なかったのだろう。

 力のある死霊魔術の使い手が悪霊を使ってみせたか、魔獣使いが地下に棲む魔獣を操ったという可能性が高いと思う。

 

 成果に満足して、追加で質問する事が無いか思案し始めたが…。

 ここまでの流れに迂闊な点があるとしたら、学長以外の情報入手先を考えてみなかったことだ。

 

「その当時はどうやって騒ぎを収めたのですか?」

 後は討伐した時の情報が入手できれば言うことは無い。

 その点について学長に尋ねておいたのだが、この時、子供が悪戯を見つけられた様な表情を浮かべていた。

 

「その、なんだ。フールーダ師が研究されていたと思うが、南方渡りの魔術があったと思う。討伐に当たったのが南方系の傭兵だったので直属兵として抱えることで他言させなかったとか」

「……っ」

 思い返せばフールーダ師がそう言ったことを研究されていない筈が無い。

 以前に尋ねた時は、まったく別方面から情報をすり合わせたので繋がらなかっただけだ。

 

 良い気になって盲点に気が付かなかったことで、私は思わぬところで足を取られた事になる。

 決して学長に尋ねたことが無意味ではなかった筈だが、この事に気が付いて居れば他の情報を聞きだす事も出来ただろう。

 例えば…。

 

「そういえばフォーサイト君は姉妹が居ないかね? いや、勘違いならば良いのだが」

「もしかしてクーデリカとウレイリカを御存じなのですか!?」

 ドラゴン教の情報が軽くなってしまった代わりか、学長は何かを思い出す様に切り出して来る。

 それこそがもっとも望んだ情報であり、私は幾つかの違和感に気が付かなかった。

 後から考えれば不自然な事もあったが、この時の私では到底無理だったろう。

 

「以前に人手を探した時に奴隷市で似た子を見掛けたことがあってね。気になるなら調べておくが…あまり期待はせん方が良いだろうな」

「可能な限りで構いません、お願いします…。妹たちは父が造った借金のカタで…」

 待ち望んでいた情報が思いがけず手に入ったことで、戸惑う頭をできるだけ冷静に保ちながら言葉を連ねて行った。

 これが魔導国の情報ならば警戒もしたが、学長の質問は蘇生の他に若返りなど健康維持の魔法に終始したこともあるだろう。

 

●立ち去ることを禁ずるは、立ち入ることを禁ずるよりも易し

 フールーダ経由でアルシェから連絡があったのは、地下洞穴の半ばを攻略した辺りだ。

 青銅巨人の脅威を抑え、キャンプ地周辺の安全を確保する為にアンデッドを掃討中だったのが幸いした。

 一度、エ・ランテルに戻って応対する。

 

「ほう…呪禁道(じゅきんどう)か、珍しいな」

「…? それは禁術とは違うのでしょうか」

 フールーダの質問に対し、アインズは山ほど覚えた魔法の知識を楽しそうに披露した。

 

「仙術の一つとしての禁術は、幅広い応用が可能な術だ。そこまでは良いな?」

「はい。私もそれを応用することで年齢の経過を抑えております」

 己も禁術師(きんじゅつし)であるフールーダは師の言葉に重々しく頷いた。

 完全に抑えることが出来ていないのが口惜しいが、彼自身も重要視している魔法だからだ。

 

「たった一つの魔法でありながら高い汎用性を持つ。だが同格の相手に通じ難いのが欠点だ」

「まさに。私は抵抗する気が無いのですが、どうも抵抗してしまうらしく完全に年齢経過を抑えられぬのです」

 フールーダはある種の予感を持って長年の苦しみを吐露した。

 この術が完成して居なくともアインズに師事したであろうが、ヒントをもらえるならばこれ以上のことはない。

 

「そう言った難問をどのように回避するか、どうすれば効率良くできるかを考えるのが呪禁道(じゅきんどう)という魔法体系だ」

 タブラ・スマラグディナであれば体系の成り立ちから説明したのだろうが…。

 生憎とアインズが知っているのはユグドラシルで見たゲーム的な知識のみ。

 

「スキルで言えば歩き方や法印などの簡易儀式。時間を掛けるモノだと例えば条件付けだな」

「そのようなモノが…。師よ、条件とはどのようなものでしょう」

 フールーダにとって未知のモノばかりだ。

 目を爛々と輝かせて一語一句覚えようと意識を集中する。

 

「判り易いのは待ち構える場合で、例えば炎を禁じたエリアにフロストドラゴンを配置すればいい。グっと難易度があがるのは突発的な事態と、起きて当然のことだな」

「やはり時間が掛る術ですからな。それだけに師の仰せられた簡易儀式は瞠目の知識です」

 待ち伏せに使用するのは良くあるトラップで、警戒したり自分達でも利用して居るので説明が楽だ。

 問題なのがそこから先だ。ゲームの中では可能な事自体が限られているが、そう説明するわけにもいかない。

 

 対策の為に覚えただけでそれほど詳しくはないし、八層に居るあの娘に会わせることもできない。もったいぶるフリをして時間を稼ぎながら喋る。

 

「まあ大自然を説得するようなものだと思えば良い。落ちて来る岩の動きを降り坂で止めるのは至難だが、登り坂なら割りと簡単だろ? 草原に火が点いたなら、周囲を伐採すれば楽だ」

「だ、大自然と会話するなど…改めて師の偉大さに頭が下がります」

 イベントを思い返せば説明は簡単なのだが、問題なのは使用方法の説明ができないことだ。

 コンソールを開いてコマンドを選択しろなどとは言えない。どこかで話を打ち切る必要があるだろう。

 

「話がそれてしまったが、地下で見たアンデッド・ジャイアント達が何故出て来ないかは簡単だ。王城の外に出る事を禁ずるのではなく、守りから優先順位を変えることを禁じている」

「なるほど! 守備隊が城を守ることは至極当然、すなわち鎮護より出撃を優先させることを禁じたと」

 帝国を守る仕事もやっていたせいか、フールーダには馴染みが深かったようだ。

 現在の問題に照らし合わせて応用方法を示したことで、発動条件などから話を反らせることができた。

 

「それでは何故、地下洞穴の主人はカッツエ平原に霧を放ち、アンデッドを支配する事ができておるのでしょう?」

「む…」

 当然と言えば当然ながら、フールーダは最初にカッツエ平原に関心を抱いた理由を持ち出した。

「封印されておれば不可能、さりとて出歩いた様子も無し」

「おそらくは複数の封印を、矛盾せず相互に干渉し合わないように掛けた。そして齟齬の原因としては指定した内の幾つかが的外れだったんだろう」

 アインズは執務室にあった壺を指差し、適当な布をその上に掛けた。

 

「この壺がカッツエ平原にある大穴として、この布が封印だ。しかし普通のマジックキャスターでは難しいので、複数で一つの封印を掛ける」

 そして糸や紐、あるいは縄やチェーンのようなモノを次々に指差して行く。

 

「王城から出てはならない、洞穴から出てはならない。アンデッドが、死体が、巨人が出てはいけない」

「矛盾せず干渉し合わない複数の条件…。なるほど」

 フールーダはアインズが指差したモノを取り外し、口の中で反復しながら順番に壺の上に置いて行く。

 アンデッドと言う条件と死体という条件は、似て非なる条件であり矛盾もしてない。

 王城から出ることを禁止し、巨人が出ることを禁ずる。

 

 糸や紐を置くたびに、壺の上に置かれた布はピッタリと封を施して行くではないか。

 

「最後に締めとしてドラゴンロードが出る事も禁ずる。…だが地下に棲む黒幕は別にドラゴンでもなんでもないとしたらどうだ?」

「全ての封印が機能すれば完全だとするならば、大きな問題になると思われます」

 最後に装飾用のチェーンを置くが、鎖だけならともかくとして先に付けられた飾りの重さでズリ落ちてしまう。

 先ほどまで万全に見えた布すらも巻き込んで、僅かに崩れたと思うと壺の中に呑み込まれてしまった。

 

「そして思考錯誤を繰り返す内に本体である死体は持ち出せないが、霊体化(レイスフォーム)で魂だけは動き回れることに気が付いた」

「ああ…。言われてみれば! それならば時間を掛けて様々な術や能力を行使できます」

 アンデッドには時間が幾らでも残されているのだ。

 本体である死体は動かせずとも魂だけならば動けると言う法則を見付ければ、他にも封印のルールに抵触しない方法を探し始めるに違いない。

 また霊体化(レイスフォーム)は憑依することで他者を操れるし、一石二鳥だ。

 

 もし吸血鬼や上位の人狼ならば体を霧にできるだろうし、自ら移動するのではなく風を起こして外に出したりといったチャレンジも可能。

 そういった種族でなくとも、なんらかの方法で地下領域を広げれば、動ける範囲が増えるかもしれないと思うだろう。

 最終的にカッツエ平原全てが地下帝国の領地だと認識できれば、封印が掛ったままでも地上に出ることができる。

 

(繋がった…ちゃんと繫がったよ)

「師のおかげで長年のつかえが取れました。カッツエ平原の謎だけでなく、禁術の改良という方向性まで…」

 フールーダーが深々と頭を下げるのに合わせて重々しく頷いておく。

 思い付けたことで良い気になって、途中で数秘術がどうのと聞きかじったことを付け加えようとしたが言わなくて正解だった。

 

「バシリスクかナーガの強者が死霊魔法を使えたが、周囲の人間はまとめてドラゴンロードという括りに入れてしまっただけだろうな」

「まさに」

 今回の件でレギオンという言葉を聞いた時、残霊軍団や英雄残滓そして伝説級の魔獣を思い立った。

 だがその時に伝説級の魔獣がいたとしても、ドラゴンロ-ドと呼ばれると聞き及んだ。

 仮に呪禁道による封印を施した者がプレイヤーであるとするならば、ドラゴンロードと聞けば対ドラゴン用の結界を張った可能性も高い。

 

「王城に乗り込む前に今回の情報が手に入ったことで助か……敗北の可能性が限りなくゼロになった。あの娘にはいずれ褒美を取らせよう」

「師の敗北など思いもよりませぬが、きっとアルシェも喜ぶことでありましょう」

 恭しく御辞儀をしたあとで、フールーダはアインズが考え込み始めたことに気が付いた。

 まだ何か不安材料があるのだろうか? いや、限りない知性のことを考えれば不安材料よりも新しい策の方がありえるだろう。

 

「師よ、まだ何か素晴らしい案を思い付かれましたので?」

「うむ。出入に関する複数の条件がある…で思い出したのだがな。エ・ランテル入国時のトラブルにも使えると思っただけだ」

 宿泊まで辿りつく頃には問題無くなっているのだが、入国して直ぐトラブルを起こす者が出るらしい。

 デスナイトが成敗するが、実は勘違いや慌てふためいて抜刀した結果だという報告だ。

 

「自業自得な気もしますが、デスナイトが相手とあっては判る気もします」

「そこで予め説明する役や、待合室に当たる場所が複数あって段々と慣らせば良いと思ってな」

 アインズはそう言いながら、誰を管理に回せば良いかを考え始めた。

 その姿には既に、地下帝国の討伐など些事であるとの余裕が窺えたのである。




 と言う訳で今回は解説回・考察回になります。
何故カッツエ平原に霧が掛っているのか、地下にボスが居るとして何故出て来ないのか、前回で巨人のアンデッドが居ると言ったけどなんで動か無いのか。ついでに入国時の話。
それらをまとめて理由をでっちあげて、一気に解決してみました。

 フールーダは気が付いて無いだけで知ってる可能性はあるので、探すのはアルシェである必要は無いのですが…。
まあその辺は帝国魔法学院に行って学長先生とお話したかったのもあります。

 ここからは本編整理用に設定書いてるだけなので、スルーないし流して読まれても大丈夫です。
/村のアーケード
 中世ヨーロッパの戦争もので、傭兵雇用するとどこからかワラワラ出て来るアレです。
王国の家屋でそんな記述が無いので、帝国の方の文化だとしました。

/白蓮動乱と時系列
0:どこかのギルドが転移して、巨人を中心とした地下の国が出来る
1:少なくとも百年前に白蓮と言うドラゴンが暴れ、巨人の国が滅びると情報が伝わる。
2:邪竜を神と崇める宗教が暗躍しており、それを駆逐しながら討伐。巨人の生き残りと共に地下洞穴を封印する。
3:実はドラゴンではないので、封印が完全に機能していない。
4:地下のボスは徐々に領域を拡大し、今ではカッツエ平原全体に霧が及ぶ

/呪禁道
 仙術の一つである、禁術に特化したマジックキャスター用の様式

『禁術』
 指定したことを禁止するというシンプルな術
同じ術を白と黒に使い分け、行動を不可能にする重度の禁止や、罰則を設けるだけの軽度の禁止に使い分けることが出来る。
ただし、基本的に同格の相手に使用しても成功しないので、様々なテクニックが必要。

・歩法(以下、各スキルの正式な名称は失われている)
 常に両足を大地に付けたまま歩くことで、その領域内に入った者は禁止事項を受け入れたことにする。
ウルトラ制限が厳しいので、戦闘中に使用するのは不可能に近い。

・法印
 行使する達成値が増えるほか、白と黒の切り替えなども出来るようになる

・繰り返し唱える
 何度も繰り返して達成値を加算、新しいルールを導入して達成値を加算。
と言う様に行使する側が複雑なルールを用いることで、達成値をどんどん上げて行く。

・見たてる
 元は別の仙術であるが、基本的には禁術と併用されることが多い。
AダッシュもAプラスもAマイナスも、全てAというグループである。
あるいは、A=BでありB=Cが成り立つ時、A=B=Cであるというルールを設定する。
このルールを使って迂回する事で、対象に直接魔術を行使せず、間接的に成立させる。
(風邪は風の一種であり、季節が変わったら風邪は治る…など)


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外伝。死者が棲む邦、六話

●カッツエ平原が消える日

 エ・ランテルの三重に造られた壁の中で、もっとも中央に位置するバルコニー。

 今まで数限りなく、王侯が立って来た場所に魔導王アインズ・ウール・ゴウンの姿があった。

 

「近隣に住まう聖俗の諸卿、並びに我が国民に対し私は詫びねばならない』

 とても陳謝して居る様には見えない態度で、魔導王は短い演説を開始した。

 

『これまでカッツエ平原が存在したこと、それは私の至らなさに在る。本気を出せば対処可能な災いに対し看過して来たのは私の怠慢だと言えるかもしれない』

 話の切り出しは実に傲慢不遜。

 カッツエ平原はもはや天災とすら認識されている魔境である。

 それに対し、自分ならば容易く対処できると豪語して見せたのだ。

 

『私はどんな相手にも一定の理解を示し、また挑む際にも油断せずに調査をしてきた。しかるにカッツエ平原を魔境たらしめて来た魔物の正体を掴んだのだ』

 入り込んで居る他国のスパイは、この言葉に驚きを隠せない。

 アンデッドである魔導王がアンデッドに理解を示すのは判る。

 カッツエ平原の主人の正体も歴史に詳しい者ならば推測くらいはできる。

 

 だが、アインズ・ウール・ゴウンはその強大さを知ってなお、倒すのは容易いと言っているのだ。

 

『全ての交渉チャンネルを拒みアンデッドを凶暴化させる()の者。己をヴァンピーア・ドラゴンと騙る存在の狼藉をこれ以上看過できない。よって私は討伐と浄化を決意した』

 ヴァンピーア・ドラゴン、プレイヤーからは白蓮土王と呼ばれる存在を魔導王は明らかにした。

 なんとなく正体の推測を付けていた者は、やはりという声を漏らしたに違いない。

 本物のドラゴンではないにしろ、強大な死霊魔法を操る存在を倒してみせると確信を持って宣言したのだ。

 

もう二度と(ネバー・モア)! もう二度と(ネバー・モア)! 人々が怯えて暮らさずとも良い未来を創るために』

 魔導王は世界を明らかにせんとする冒険者たちに。

 あるいは要請に応えて参集する兵士たちに。

 手を広げて招き寄せ、そして振り降ろして力の行使を宣言する。

 

『二度目の朝を越えることなくソレは果たされる。明日の明星が怯えて目覚める最後の目醒めである(ナハト・ウルティモ・メザノッティ)!』

 僅か一日、ただそれだけで魔導王は事態を解決して見せると豪語する。

 あまりにも早過ぎる宣言に対し、本来ならば鼻白んで呆れ返るべきなのだ。

 だが十万の軍勢をたった一つの魔法で壊滅させた魔導王の言葉だけに、信じるほかないと言う者も多かった。

 

『大志を抱く者はモモンに続きカッツエ平原に向かえ! 我はその思いに応えるであろう』

 ガラガラと引き出されて来たのは、概ね二種類の馬車だ。

 先頭集団を構成するのはカタパルトやバリスタを装備した、五人まで騎乗でき銅張装甲で守るチャリオット。

 第二群を構成するのは武装は無いが、それだけに十名は乗れるであろう輸送専門の馬車である。

 

 これを引くソウルイーターだけでも、その辺の魔物が束になっても太刀打ちできないのだ。

 魔法や武技を行使する冒険者や士官たちが騎乗し、豊かな判断を下せるのであれば、魔導王の手が無くとも対処可能なのではないのかと思われたのである。

 

 そして、分乗してカッツエ平原に向かった冒険者や士官たちは信じられないモノを見た。

「こんなに早く到着したのか…」

「しかもアレは…」

 派遣されたばかりの騎士やマジックキャスターたちが唸りを上げる。

 一時間もしないうちに装甲馬車がカッツエ平原に辿りついてしまったのだ。

 

「なんだよコレ…。カッツエ平原とアンデッドは何処に行ったんだ?」

 しかも現れたのは…。

 盛り上がった大地で均され、起伏がほとんど見えなくなってしまったカッツエ平原である。

 

「魔導王たちが霧の湧き出る小さな穴を、魔法で埋めてしまったとか。大地を掘り起こして来る連中を見つけて倒してくれれば構いません」

「そ、そんなことが可能なのか……」

「くそー! その魔法みたかったなあ!」

 アインザックとラケシルは改めて魔導王の力を思い知るのであった。

 

●神智の賢者が遺したモノ

 この場に残る兵士や冒険者たちを置いて構成を組み直し、精鋭だけで移動を開始する。

 その先頭に立っているアインズは、大きな葛藤とストレスのただ中にあった。

 

(あの馬鹿…。どれだけハードルを上げれば気が済むんだ)

 出がけの演説でパンドラズ・アクター演じる自らの姿を思い出し、アインズは目の前が暗くなった。

 確かに情報を揃え、これならば確実に倒せるとの確信を抱きはした。

 だが勝負は水物であり、不運や何者かの介入によって中断する事もありえるのだ。

 

(それと俺の前以外でも、俺の姿でドイツ語を使うのは止めておけと言っておかなくちゃな)

 溜息が出そうになるが、リーダーであり皆の希望である自分が弱音を吐いた様に見える。

 魔導王として断言して無ければ別だが、いま不安を抱かせるだけにもいかないだろう。

 

「なあ。大した自信だったが、大言壮語ってことはねえのか? 今まで誰も倒せなかったんだろ」

「ん…ああ。それは初見殺しの裏技を使ってただけだ。倒すこと自体は難しくない」

 ガガーランが不安を押し殺しながら尋ねて来たので、アインズはそれを払拭する為にも断言した。

 

「初見殺しの裏技?」

「そうだ。それが知られた以上は魔導王の言葉じゃないが、奴の無頼は今宵までと言っても良い」

 ガガーランは脳筋に見えてこれで頭脳派だ。

 戦闘力に自信が無いからか(アインズから見て)、補助アイテムや攻める時期を窺うタイプである。

 

「人聞きだがな。神を名乗る存在を相手にするには…祭祀を継承する神主、存在を見極める審神者(さにわ)、対話する巫女の三者が必要なんだそうだ」

「初めて聞く話だが…。神を相手取るなんて大概だな」

 どう言ったら理屈を説明できるかと思案しながら、アインズは昔を思い出して居た。

 かつて神秘学や形而上科学に詳しかった…というかオタクを超えてカルトの域に達して居た、タブラ・スマラグディナの言葉を思い出して行く。

 

「要するに対抗する為の道具と知識、何を対処すれば良いかと言う見識、誰が最適かという対象者のことだ。…今まではその全てが的外れだった」

 タブラは厳かに語った後で、自分達にも判り易い様に翻訳してくれた。

「判り易く言うと騙されていたのさ…」

 そして最後まで結論を引っ張って、延々と知識を垂れ流すという悪癖があった。

 結論を最初にしてくれと、良くみんなで言い合ったものだ。

 

「まず本体はドラゴンを信仰する人間でも巨人でもない。そしてドラゴンそのものでもない。邪竜信仰そのものがミスリードだったんだ」

「あー。ドラゴンスレイヤーなんて持ってねえけど、討伐隊クラスなら判んねえな」

 実際にそうなのかはアインズも知らない。

 だが確実に言えることは、既に本体を本体と認識していないということだ。

 この場合に重要なのは、真実よりも隠して居る手段の方である。

 

「良く居るだろう? 肩に載せている使い魔や飾っている人形の方が本体だという話。アレだよ」

「リーダーが好きな芝居だったか本で見た気がするな。切り札の武器は効かねえ、挙げ句に倒した相手は影武者かよ」

 アインズは頷きながら説明を続ける。

 ここまで理解が進めば、手順を教えるだけだ。

 

「操っている偽者のドラゴン…バシリスクかナーガ。そして巨人族の英雄残滓(レギオン)。このどちらかが倒された段階で奴は必ず逃げ出す…そうこの出口にな」

「そこを待ちかまえるって寸法か」

 作戦自体は単純だ。

 偽ドラゴンか英雄残滓(レギオン)を倒せば、不利だと見て逃げることを考える。

 地下の穴も閉じてあるので、大地を埋め尽くされ脱出口はこちらが侵入する一か所しかない。

 

 そこにはこちらの精鋭が足止めする幽霊船の船長が居る筈で、本体を捨てて乗り移ろうとするだろう。

 

「見定める見識は重要か…教えてくれた賢者に感謝だな。んでこっちの切り札になるブツは?」

 タブラが残してくれた知識によって、何を対象にするかを理解し、必要な道具を用意して居る。

 そのことに感謝されて悪い気はしないので、アインズは少しだけサービスすることにした。

 都合の悪い事を黙っているという罪悪感の整理も含めて…なのだが。

 

「最終段階では、ここの調査を始める前に用意した魔封じの水晶を使う。そして本体潰しには…丁度良いのがある。コレを渡しておこうか」

「んなモン何の役に…うおっ!?」

 アインズが手渡した物を見てガガーランは驚愕を覚えた。

 それほどまでに激的な変化があったからである。

 

「こいつはまさか…」

「そうだ。巨人がドワーフに贈った『自在の剣』だよ。ドワーフに『不壊の槌』を返すと決まったそうなので預かっている」

 誰でも使える、どんな職業でも使いこなせる剣。

 その真髄を見て、そして忘れ去られた本当の能力を知ってガガーランは切り札であると納得したのである。

 真価を発揮するキーワードを教えてもらい背中に背負うのであった。

 

 そしてアインズは肝心の事をあえて伝えなかった。

 三つの内、巫女に当たるのは幽霊船だけではないことを…だ。

 

●リターナー達の戦場

 やがてワザと残した、地下洞穴への入り口の孔へと一同は差し掛かった。

 そこには動きを止めた青銅巨人の代わりに、幽霊船が待ち構えている。

 

「では任せるぞ。その装備で大丈夫か?」

「問題無い。使いこなして見せる」

 アインズが声を掛けたのは新しく加わった仮面の男だ。

 その男は右肩にスパイク付きショルダーシールドに、右前腕部にはショーテル付きバックラー。

 左手には鏡の様に磨き抜かれた…、地下の小ぶりな青銅巨人が持って居た大盾『ペルセウスの盾』を装備して居る。

 

「ねえ、もしかして貴方…」

「今の俺は南方人の末裔、マスク・ド・ブランデッシュだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 レイナースの誰何に対し、盾を三枚も装備した男は断言した。

 スッパリと切り捨ててはいたが、何も隠しては居ない。

 

「…相変わらずね。何があったかは聞かないでおくわ」

「…。…」

 あまりの天然さと頑固さに、レイナースは誰であったか理解した様だ。

 それでも無視し続ける辺りが、この男の最硬たる所以である。

 

「幽霊船の突進は俺と武王でなんとかする。ロックブルズ、お前は地下組だろう」

「はいはい。病み上がりなんだし気を付けてね」

 この場で幽霊船を抑えるのは、実に独特のメンバーだった。

 前衛は仮面の男マスク・ド・ブランディッシュを始めとして、武王、ガガーラン。

 後衛にはアルシェ、そしてティアだ。

 地上組の中では精鋭であるが、とある共通点があった。

 

「大丈夫でしょうか? いえ、本体の方は地上までに可能な限り傷つける予定ですが」

「弱い結界だが、死体を持ち出せないというのがある。どこかで使い捨てるだろう」

 レイナースの質問は半分ほどは、地上に残る予定のメンバーの心配だった。

 だが、この言葉にはもう一つの意味合いが残されている。

 

「ワザワザ転移せずに地上から歩いて入り直すんだ。此処に向かうだろうよ。それに…乗り換えるのに丁度良いからな」

「丁度良い?」

 本当にこの場所を目指すのか確信が持てない。

 無駄足になるのではないかとの部分に対し、アインズはそっけなく付け加える。

 既に地上組は離れており問題無いだろう。

 

「幽霊船もだが、此処に残る者はみんな一度死んだ人間だ。体を取り変えるならこれ以上は無い。だからこそ過剰なほどの装備を渡してあるしな」

「ということはナザミ以外も…」

 神を降ろす巫女に重要なのは貞潔ではない。

 そもそも古来の神は血や闘争を好み、床乙女は魔法的な強化触媒でしかないのだ。

 最も重要視されるのは、降ろす予定の神への親和性であると言う。

 

 

 やがて幽霊船がこちらの接近に気が付き、急速で突撃して来る。

 船長の知性が有効であれば、突入組が孔に飛び込む為のフェイントであると気が付いたろうに。

 

 

「不落城砦! 天地無用!」

「不落城砦! 流水加速!」

 二人の男が同時に同じ武技を使用する。

 マスク・ド・ブランディッシュことナザミ・エネックは、盾で受け止めた後で衝撃を緩和する武技を使用。

 吹っ飛ばされることには変わりないが、その隙に武王が身をかわす程度の時間を稼ぐことに成功する。

 

「行け!」

「……っ」

 自分が生贄であることを聞かされているのかもしれない。

 だがナザミは躊躇なくレイナース達を送り出し、いつもの様に最低限の言葉だけを告げて戦い続ける。

 

「不動、金縛りの術!」

「…行きましょう。時間を無駄にはしたくないですからね」

 更にティアが何度目かの術を仕掛け、ようやく動きを止めることに成功した。

 闘うフリをして徐々に近寄っていた突入組も、ここに来て一斉に突入していく。

 

 いつもならば他人のことよりも自分優先のレイナースであるが…。

 知っている人間を二度も死地に向かわせる心苦しさからか、少しだけ無事を祈ることにした。

 友人になったばかりの女たちに加えて、元同僚まで加われば無情では居られないのかもしれない。

 

●ナハト・ウルティモ・メザノッティ

 再投入して暫くは前回で攻略したエリアなので余裕がある。

 簡単な結界で新しい侵入を停止させた後で、クアゴア達が安全の為にも日夜アンデッド狩りをしているからだ。

 もっとも阻止できるのは侵入だけで、遠距離攻撃で狙い放題という欠点もあり油断はできない。

 

「王城から出撃するなという縛りが残っているので、巨人は出て来ない。大元を誘き出す為に清めの儀式を行うぞ」

「承知しておりますわ。この為に私が呼ばれているのですから」

 レイナースはその身に合わない剛力で戟を振り回した。

 穂先は槍であるが、両脇の刃の代わりに鈴が幾つか付属して居る。

 いわゆる錫杖の機能を追加した物であり、振り回すたびにシャンシャンと金属音が鳴り響く。

 

「この域は神の域。この域を浄化せしは神の意気」

 音はこの地に張られた結界に抵触しないモノの一つであり、聖水と違って消費せず、また判り易さや伝播性に優れている。

 

「この鈴の音は神の音。この域にて浄化しは神の想うところ」

 定型のリズムと鈴の音に載せて魔力が四方を走る。

 ソレは音魂というべきものであり、清められた祭具と呪に載せられた言葉によって紡ぐ初歩的な魔法。払い給え清め給えと()る。

 

(あした)昼日(ひるひ)(ゆうべ)夜長(よなが)のできごと。巡り捲りめく月日(つきひ)という名の()

 神に捧げる詩を唄い、今日一日を言祝ぎ、明日と言う日が来ることを祝っていく。

 声質が高まり、心のヴォルテージが昂るたびに載せられた魔力が四方へと伝播していく。

 清めた聖水ほどの効果は無いが、幾らでも繰り返せると言う点、音が聞こえる限りどこまでも拡がっていく点に置いてこの方法は直ぐれていた。

 

「日を繰り返すたびに四度、時を刻むたびに二十と四。定められし時は繰り返さん」

 タブラ・スマラグディナならば打点鐘と呼んだかもしれない。

 音魂による浄化はシャンシャン鳴る鈴の音、レイナースの言葉と踊りによって奉納されてこの地を清めて行く。

 

 それは閉鎖された王城の中には殆ど届かない。

 まして威力は低く、アンデッド・ジャイアント達には殆ど効かないだろう。

 だが格の弱いアンデッド…特に実体のないスピリットには十分に通用するだろう。そして制圧するにはそちらの方がスケルトンなどよりよっぽど邪魔なのである。

 

 遠からずこの地は段階的に浄化される。

 音魂が通用せずとも、清めた聖水に正式な浄化の儀式によって…。

 そのことが判るからこそ奴らはやって来た。

 

「来たな。正確には巨人でもドラゴンでもないからな。出て来ると想った」

 足音も立てずに白いナーガが現れ、その隣に巨人が実像を結んで顕現する。

 おそらくはナーガの強者と、ソレに召喚された英雄残滓(レギオン)で元は巨人の戦士長か何かだろう。

 

「ナーベは一応、レイナースを守っておいてくれ。そっちには行かせないつもりだがな」

『承知しました。いざとなればアメン…あの女を連れて脱出します」

 アインズが命令するとナーベは中間地点に留まり、魔眼殺しを外して鞄に放り込んだ。

 

「一応は巨人の方が本体で、デスゲイズ・バシリスクを使役して居る可能性も考慮したんだがな。無駄になったか」

 その可能性を考慮し、ナザミに持たせておいた鏡の盾込みで色々と用意しておいたのだ。

 ガガーランに援助しておいたのもゲイズペインがあるからなのだが、全ては無用であったとも言える。

 

「さあ終わりの始まりと行こうじゃないか。いっておくが吸精攻撃(エナジードレイン)は効かんぞ」

 白い靄が白色のナーガより放たれるが、アインズは気合いを入れて抵抗すらせずに涼しい顔だ。

 なにしろオーバーロードはアンデッドなので、生命力を吸収しても意味が無い。

 おそらくは生命力の変動の探知を妨害するアイテムや、アンデッド探知を無効化する指輪を付けているからだろう。

 

「こないのか? じゃあこっちから行くとしようか」

 アインズが叩きつける大剣に即座の反応を巨人が示す。

 右手の一閃を大斧で弾き、左手の一撃を手甲のソードストッパーに絡めて受け流した。

 いつもは剛力によって押し込めば片が付くので、実に新鮮な気持ちである。

 

「能力を制限して武王と戦った時くらいの心境かな? まさかそれで終わるわけじゃないよな?」

『…承知しました。御主人さま』

 底冷するような表情のまま、巨人は何者かに返答を返す。

 そして大斧を振りあげると、怒涛の攻撃を繰り出してきた。

 

『限界突破。秋霜裂日』

「お、やっぱり武技を使えるんだな。確かダメージと引き換えに限界を超える技だったはずだが…」

 魔力で疑似的な肉体を作る英雄残滓(レギオン)に反動が及ぶ肉体は存在しない。

 反則気味のコンボだが、特性を考えれば実に有効だと言えるだろう。

 奇妙なのは続ける技がまだ一つだと言う事。

 

『能力向上。即応反射。能力超向上』

「ぬ、うおおお!?」

 ズンと手元に響く一撃を受けた後、刃を絡めたまま押し込んで来た。

 どうやら二つ目の武技である『秋霜裂日』は、タメを威力に転嫁するらしい。

 要するに振り被るのと同じ効果だが、ソレを武技の使用枠に置き換えた技の様だ。

 更に強化した技を食らわせた後、体勢が傾いた所にもっと強化した技を浴びせてくる程の念の入れようである。

 

「いや、驚いた。まさか俺よりサイズの大きい奴が、バランスを崩す繊細な技を使いこなすとはな」

 気が付けばクツクツと笑っていた。

 白兵戦に置いてもそれほど苦戦した覚えがなく、これまでは能力をカットして戦った武王くらいしか肝を冷やした覚えが無い。

 それを戦士としてだが優位を崩されるとは思ってもみなかったのである。

 

「お前が巨人の中で一番背が高いとも限らないしな。悪かった。正直なところ侮っていたよ」

 思えば巨人族の戦士長だからといって、育つと同時にその地位になれたわけでもないだろう。

 訓練の賜物であり自分より小さな相手を強敵と見抜いて、こんな連携を見せるほどにこの英雄残滓(レギオン)は強かったのかもしれない。

 

魔法蓄積(マジックアキュレート)は良いとしてもバンパイア・アタック? そんな物を武器に付与しても同じだぞ。直撃したとしてもな」

 それに対しナーガの方は酷いものだ。

 強いことは強いのだが偶然抵抗したのだと判断して、再び効きもしない魔法を放って来た。

 学習したとすれば、攻撃魔法では無く付与魔法に変更する事で偶然性の排除を行ったくらいだ。

 

「お前の敗因はな、能力の向上を怠ったことだよ。スキルレベルを上げられないにしろ、使い方くらいはなんとでもなっただろうに」

 おそらくは自分が強者であることに慣れ過ぎて、効率的な魔法しか使って来なかったのだろう。

 吸精攻撃などは決まれば確かに致命的なのだが、効かない相手にはとことんまで効かない。

 少なくとも格上に対して使用する魔法では無いし、それならば冒険者がやっている様な初歩的な強化魔法の方がまだ意味があるだろう。

 英雄残滓(レギオン)が善戦している内に強化して居れば、もしかしたら押しきれた可能性があったはずなのだ。

 

「やはり自分を絶対者と信じて歩みを止めるのは間違っているな。常に自分より上を行く者が居ると思っておくべきだ」

 アインズは大剣を横薙ぎに振るい、その際に僅かに跳ね上げることで大斧の一撃をいなす。

 あの一撃をまともに受ければアインズとて危険だったかもしれない。

 60レベルに到達して居ない武器ならば無効化できるが、英雄残滓(レギオン)は魔力で肉体を再構成した存在である。

 もしかしたら、60レベル以上扱いだったかもしれないのだ。

 

「私としてはもう少し続けたい所だが。楽しい時間はそうそう長くは続かないな。…武技は精神力を消耗するんだろう?」

 肉体を持たないモノが限界突破など反動が大きい武技を使用するのは、反則級の効率性を持っている。

 その反面、悪い面も当然ながら存在する。

 魔力で構成され精神力だけである英雄残滓(レギオン)は、自分で自分のHPを減らしながら戦っている様な物だ。

 短時間で押し切れず、武技を使用すれば使用するほどに敗北へ近づいているのだ。

 

『旋風撃。一点突破』

「遅い!」

 振りかざした大斧から真空波が放たれ、それが途中からピンポイントに集約し始める。

 避けることを許さない範囲攻撃と、範囲攻撃を一点に集中させる武技の組み合わせなのだろう。

 だがコンパクトなスイングから大振りに変更し、更に繰り返したことでアインズも付け込む隙が出て来た。

 大剣の片方を放りだし、こちらも片方に絞ることで高速で振り抜いたのである。

 

『見事。ここまでの戦士は……。承知しました御主人さま。自爆』

「はあっ!?」

 感情らしい感情を見せなかった英雄残滓(レギオン)が、最後に一瞬だけ自我を見せる。

 しかしその途中で新しい命令を受けたのだろう、大剣を受けたまま刃を掴んで閃光を放った。

 アインズは驚くと言うよりも、呆れてしまったくらいだ。

 

「あ、あれほどの部下を自爆させる!? いかにアンデッドとはいえ信じられん」

 道連れで倒す為と白いナーガが逃げ出す為の時間稼ぎを兼ねているのだろう。

 閃光が収まった後にナーガの姿は無かった。

 もし行動の推測をしていなければ、探し回る必要があっただろう。

 

「モモンさん、大丈夫ですか!」

「王としての誇りもないのだな。やはり吸血鬼化し巨人を全滅させて王様気どりになったナーガということか。…貴様を葬るのにもはや何のためらいも無い」

 アインズは心配するレイナースの言葉に耳を傾けるよりも、湧きあがる殺意を抑えることに気を取られていた。

 コキュートスが近くにいればきっと話が合ったに違いないと言う確信すら覚えるほどに、勝利に向かって邁進する良き戦士だった。

 それを使い捨てる様な相手に、同情やら憐憫が湧くこともあるはずがない。

 

「奴を追うぞ。このまま考える余地も無く追い詰めて罠に嵌める」

「了解しました。しかし、本当に治療は不要なのですか?」

 ようやくアインズはレイナースに指示を伝えると、既に飛行魔法で追撃を掛けているいるはずのナーベを追った。

 白きナーガ白蓮に引導を渡す為である。

 

 そしてナーベの雷撃や、適当に用意した投げ槍を使って地上へ地上へと追い詰めて行く。

 まだ夜の筈であるが、それでも地下よりは明るいために孔の外は輝いて見えた。

 あるいは…そう。

 自在の剣と呼ばれた剣を構えるガガ-ランが、剣が持つ本来の姿を解き放ったからなのかもしれない。

 

「アインズ・ウール・ゴウンとティアー・フルフラットの名前に置いて、このオレ様が命じるぜ」

 相対位置や気のせいかガガーランの姿が巨人のように見える。

 正確には剣が放つ光が、彼女の姿を大きな影絵に見せていたのだろう。

 

守護者(スプリガン)の剣よ、元の…姿に!」

 コマンドワードと共に振り抜いた瞬間、剣が拘束を解かれ大元の巨人が持つ大剣サイズに戻っていく。

 そう、誰でも自在に扱える。どんな職業でも自在に扱える剣とは…。

 人間の姿にも変身でき、巨人の姿にも戻れる正義の義侠心を持つ特殊な巨人。スプリガンが持つべき魔法の武器だったのである!

 

 剣が振り降ろされた瞬間に光輝く大剣と化して一閃された。

 そのことにより巨大な刃の直撃を受け、既に傷付いていた白きナーガは崩れ落ちた。

 ただし、外見上は。である。

 

「良いか、そろそろ来るぜ?」

「いつでも準備はできている。みなも準備をお願い」

「問題無い」

 いつもの鉄槌に持ち替えたガガーランが声を掛けると、アルシェは魔封じの水晶を開放するところだった。

 そしてナザミは四方のどこから迫ろうと、魔法の盾を持って殴りつける準備を整えている。

 

『…その体を、ヨコセエエ!』

「さようなら!」

「消え失せろ!!」

 飛び掛って来るナーガのレイスに対し、アルシェは開封した水晶よりアストラル・スマイトを放つ。そしてトドメとばかりに、その場にいたメンバーが魔法武器で切り裂いたのである。

 

 こうして魔境としてのカッツエ平原は、長らく支配したその主人と共に終わりを告げた。

 魔導国がこの平原を傘下に収めると宣言したのは、報告を受けたその日の事であったという。




 と言う訳で外伝終了となります。次回に締めとして学園物を一本入れて、物語は終了ということになるでしょうか。
この外伝は十二巻で出て来た情報と、それまで書いてた物を繋げる為のものです。
出て来た情報の何割かは『こういうことやってるだろうなー』ということでやっていたので、穴埋めで対応できるんじゃないか? と思った為でもあります。

・自在の剣
 外伝の構成としては、ドワーフの王都にあったアインズ様も扱える剣を見て、ふとピグマリオという漫画の大地の剣を思い出したので、その閃きを下敷きにしました。
実際にあの剣がスプリガン用の剣かどうかはともかくとして、思いついたネタだからやって見ただけです。

・ナザミさん
 盾二枚流って昔あったゲームのブランデッシュを思い出すよね…。ということでやってみたかったので出てきました。
単純に締めで冒険シーンを入れて、盾二枚で戦う為の前振りです。

・神降ろしと打点鐘、前回の禁術などのネタ
 アルシェの学園退魔行とか研究する為の前フリです。

・一言しかないボスの白蓮さん
 整合性のある能力と、出ている情報に可能な限り合致するボスとして用意していました。
モチーフはルナ・ヴァルガーのヒュレーネさんなのですが、あくまでナーガの強者なのであんまり強くは無いです。
ただし人形師として、自己保存には長けていたというのが裏話になります。

・墓杜の村の人々
 あちこちで使ってネタの六身合体になります。伏線というよりはただの趣味です。
ドラゴンバスターの主人公クロービス。ルナ・ヴァルガーのロビス・バレイ。スプリガンの主人公達。
これらをちょろちょろっと拝借しております。なので彼らのうち何人かはスプリガンということになるでしょうか(だからフロストジャイアントとも仲が良い)


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魔導国の日常

●いつもの光景

 エ・ランテルの執務室に今日も幾つもの案件が持ち込まれる。

 以前と比べ人間の姿がチラホラと窺えるのが賑やかになったと言えなくもない。

 

「過日。カッツエ平原を領土に組み込みましたが、現時点で問題は発生しておりません」

「抗議を送って無いだけで、認めたとも言って無いだけではないか?」

 ロウネは恭しく頷きながら、何枚かの羊皮紙を取り出した。

 普段使いしているものと違って削り取られておらず、蜜蝋での封があることから国書であろう。

 アインズもそのくらいは一目で判るように成って来た。

 

「許可を得ましたので開封させていただきましたが、周辺各国共に領有を認めております。聖王国のみは『アンデッドの被害が無くなることを祈る』と付記しております」

「皮肉かな? まあいい。狂信者でないことは良いことだ。話が通じるからな」

「予定通り過ぎてつまらないと思わなくもありませんが、まずはおめでとうございます」

 ロウネはアインズとアルベドの会話を聞きながら、背中に汗を感じた。

 もし彼らがその気ならば、国書を送らなかった国は滅ぼされていても不思議ではない。

 要するに各国ともに、魔導国の脅威を重大事項として認めたのだ。

 

 使者の口頭だけで内々で認める旨を伝える方法もあるが、それは難癖付ける為の口約束であり、逆に言えば難癖を付け返される可能性もある。

 アルベドが言うのはそのことを指しているのだろう。

 半日で実質的な確保までこぎつけた手段。装甲馬車による電撃占領を他国に使ってみたいのだと…ロウネはこの時まで本気で信じていた。

 

「ということはその後も予定通りか。面倒ではあるな」

「申し訳ありません。何も無い土地に移住したい者などおりませぬ。低い出現率ながら埋まっているアンデッドもおりますから」

(そうか! 既にその後の経営…いや、領地分配まで視野に入れているのか)

 ロウネの背中に汗では無く電流が走りぬけた。

 新しい領土を手に入れた時、国内や隣国の貴族はかつての血縁の土地だと言い掛りをつけおこぼれに預かろうとする。

 更には活躍した豪族出身の武将などが、正式な権利として分配を申し出ることもある。

 何も無い大地なのだから当然だと言う見方もあるが、将来を見越して一言添えるだけ添えるのが貴族社会というものであった。

 

 ここでアインズが確認したのは紐付き支援があるのかどうか、あるいはフリ-ハンドを得たかどうかの確認に違いない。

 将来を見越して名目としてでも支援があれば資金も物資も楽にはなるが自由さは失われ、支援が無ければ面倒だが好き勝手にできる。

 

「であれば全てが直轄領という扱いになりますが、幾つか関所を儲けますか?」

「要らんだろ? あれは面倒だ」

「流石はアインズ様です」

 通った事も無い筈の関所に対し煩わしいとの声が上がる。

 やはり。との思いが強くなった。魔導王ほどの人物が関所の有用性を理解して居ない筈が無い。

 関所とは不埒者が居ないかを確認し、貴重な現金収入を合法的に行う為の場所なのだ。

 

 即ち学者系の官僚たちが夢見て止まない、関所も租税も存在し無い都市の建設…。

 確かに租税が無ければ収入は増えない様に見えるが、税が無い商売を求め様々な人々が行き交い、国のどこかで金を落とすのでいつか回収はできる。

 最初から十分過ぎる財を所有して居る魔導王には、ちまちました収入よりも国全体が潤う方が重要なのだろう。

 

「文句ないのは素晴らしいが、自主的な入植者も協力者も居ないのでは手間と資金を無尽蔵に費やしてしまうな。どうすれば良いと思う?」

「全てはアインズ様の御心のままに。ですが…何か提案したそうな者が居るようですわ」

 ゴクリ。

 自分でも判るほど喉が鳴った。あるいは他の官僚かもしれない。

 魔導王たちは自分達に好きな様な絵図面を描けといっているのだ。

 

 失敗したら命が危いかもしれないが、それは何処の国でも同じことだ。

 主人の寵愛を良いことに権門になり代わって主座に就いた官僚貴族は、結果が出せなければ粛清される運命。

 それは魔導国だけの問題ではないし、ここには反対する貴族どもは存在しないのである。

 我知らず他の官僚たちと目を合わせ、視線で順番を決めながら交代で話し始めた。

 

「労役による資材を用いるとしまして、供給可能なペースに合わせて街を順次建設いたしましょう。まずは発展可能な都市区画を」

「そのペースならば上下の水道を完備することが可能です。街道と共に整備しながら十分な土台を作りあげるべきかと」

「区画整理は街だけの物ではありませんぞ。いっそのこと大規模農場はいかがでしょうか? 時間が掛るならば実験農場を先にすれば良いのです」

 資金は潤沢でも無限に投入しようと言うのは愚かな判断であり、そんな者がここに居る筈は無い。またここに居るのは才能はあっても故郷に居られなくなった者が主体だ。

 他にも発展することを前提として、施設を追加し易い区画整理など様々な案が飛び出してくる。

 この機に色々と自分がやりたかった事、あるいは師匠筋に当たる学者や友人たちから聞かされた知識を次々と提出する。

 

 これらの奏上に対して宰相にあたる地位にあるアルベドは、どこで聞いたのか成功例失敗例を添えて修正して行く。

 官僚たちは知らないが…全て王国の対立を利用して試した実例であり、血と汗を十分に吸った内政案だ。実入りが良さそうなのは当然だろう。

更に、これらを支える資材や種籾などは、既に労役で作りだされ開拓村で作りだされており…豊富にあったのである。

 

「まさか王国の食糧問題への介入だけでは無く、ここまでの事を全て予測されて…」

「当然よ。アインズ様は常に数歩先を読んで行動されておられるの」

「止さないか。大したことをしている訳でもないからな」

 内政案を実行する場所としてこれ以上の場所は無い。

 官僚たちは恐れではなく畏れを抱きながら、ならばこの問題も解決策があるのだろうと尋ねたのである。

「土砂に埋められたアンデッドが出て来なければ、住民も増えるでしょう。何か対策はあるのでしょうか」

「…ん? ああ、それならば今から担当者が来る予定だ。まずは学校でも建設し、そこへ研究者や冒険者を送れば良いだろう」

 官僚たちはやはり…と唸りながら、恭しく頭を下げたのであった。

 

●アルシェの退魔行

 執務室に赴くアルシェの足は心と同じ様に重い。

(ナザミさんは作戦の都合で蘇生。私の時も実験と言っていた。ただの蘇生ならば簡単)

 自分もだが本人や帝国の都合を無視して蘇生させられたことは、単純な蘇生が魔導国では重くないということだ。他国の中には実行すら出来ない国が殆どだと言うのに。

 

 ナザミは防御用の武技が使えて、たまたま地下洞穴攻略に便利な魔法の盾があったからという理由で復活したに過ぎない。

 

(もしヘッケラン達が有用だと伝えて居れば…。ううん、私と同じ運命は辿らせられない)

 アルシェは気が重かった。

 生きて死ぬことがこんなに単純にできるとは思いもしなかったし、蘇生させても良いかどうかがこんなにも重い決断だとは思わなかったのだ。

 

(やっぱり蘇生自体は簡単。申請も楽。…でもこの方法はあの子たちには使えない)

 アルシェの気を更に重くしているのは、とある発見が吉報と喜ぶには不完全であったことだ。

 クーデリカとウレイリカは見つかったものの死体であり、一人は状態がよろしく無かったのだ。

 

(普通に蘇生するだけでも失敗する可能性がある。それなのに…あんな状態じゃあ)

 クーデリカの死体は飢死かそれに近い、比較的に綺麗な状態の白骨死体であった。

 蘇生可能かは別にして、呼びかければ応じてくれるかもしれない。

 

 ……だが問題なのは残るウレイリカの方だ。

 腕部や脚部が切除されている他、胸部の骨などに『包丁』が切り降ろされた痕跡が見つかった。

 つまりは何者かが食人儀式でもやったか、さもなければ亜人の客をもてなす為に食餌として供したか…である。

 

(幼い子供目当ての凌辱ではないだけマシだけど…。こんな状態で殺されて、まともに蘇生に応じる訳が無い)

 飢死か病気などで死んだと思わしきクーデリカを幸いだと思わなければならないとは、なんたる皮肉だろうか。

 アルシェは全てのやる気が減退して行くのを感じながら、ヘッケラン達の通常蘇生に切り換えるべきか本気で悩んだ。

 だが魔導王たちならば、何らかの方法があるのではないかと淡い期待を抱いて執務室に向かう。

 アンデッドや魔神ではあるが、人間のケダモノよりもマシであろうと悲しい思いが心にあふれて消えた。

 

「アルシェ・イーブ・リリッツ・フォーサイト、太師のお呼びにより参りました」

「良く来た。…まずはそこに座れ」

 執務室に通されると部屋の中央に椅子が置かれる。

 謁見というには奇妙で、査問か何かかと思わず疑ってしまいそうだ。

 宰相役である守護者統括のアルベドはともかく、官僚たちまで居るとなるとそういう面も無くは無い。見慣れない夜会巻きの髪型をした美しいメイドが、失敗でも報告したのだろうか?

 

「このたびは良くやった。褒美を与えるつもりだが…私は糠喜びさせたいわけでも追従されたい訳でもない」

「は…い」

 疑念に適当な答えを出すよりも先に、アインズの言葉がアルシェの胸に突き刺さった。

 魔導王ですら二人の妹たちを蘇生させるのは容易ではないのだ。

 

「最初に言っておくが、私は代用手段も含めて三つの…。この表現はいかんな。誤解を招く」

「……」

 魔導王は説明や交渉において表現に厳しい面がある。

 商人が細部まで確認し条件を取り交わす様に、複数の意図を込めることを良しとはしない。

 それこそ曲解による詐欺を許さず、子供でも判る様に噛んで含んで話せと、極力判り易い表現を部下にも徹底させている。魔導王ほどの人物が言葉の真意を読めない筈はないので、それほどまでに契約というものを重視しているのだろう。

 まるでアンデッドというよりも、悪魔との契約であると称する者すら居た。

 

「改めてだが、私は労力が途方も無い方法を含めて、三段階の蘇生手段を持っている」

「三…段階」

 オウム返しで答えるアルシェの胸には、平坦さの代わりに何か別のモノが感じられた。

 先ほどまで感じていた気の重さが、既に消失しているのを自覚する。

 

「まずお前達が良く知る蘇生、これは駄目だ。鉄級冒険者以下は耐えられない。次に上位の蘇生は肉体の損壊すら補修する。しかし親しくも無い相手の蘇生を受け入れるか怪しいな」

「…はい」

 肉体の損壊すら治す上位の蘇生と聞いて、心が躍りそうになるが悲しい現実が待って居る。

 クーデリカはまだ良い、よほど折檻されて食事を抜かれたのでなければチャンスはある。

 しかし、ケダモノどもに食われたウレイリカは絶望的だろう。

 温和な聖職者ならまだしも、魔導国に所属する魔物たちがやったのでは蘇生を拒否しかねない。

 

 それでも構わないから試してくれと口に出しそうになるが、失敗すれば他の方法が見つかっても尾を引く可能性がある。

 また魔導王はもう一つあると言い、それに最後の希望を託したのだ。

 

「最後の手段は私にとっても容易ではない。お前達の表現で言えば、我が力の一部を犠牲に奇跡を起こす様なモノだ」

「奇跡…そんな御力が…」

 衝いて出た言葉は自分のものであったか、それとも官僚たちか。

 それほどまでに信じられない言葉だ。いや、普通ならば誰も信じないに違いあるまい。

 

「他の用途にも使えると言えば、最初に代用手段と言おうとしたのが判るだろう? それほどの使い道、そして一部とはいえ我が力が損なわれることを考えれば容易くは行えん」

 誰も言葉を発しようとはしない。

 真実かどうかを問い糺す声も無い。というよりも既に誰も疑ってはしない。

 恐るべき力を持つ魔導王がそんな虚勢を張る必要はないし、虚勢であれば力を損なうなどと口にする必要も無いのだ。

 

 この場は奇跡に近い手段があることと、魔導王と言えど頻繁に使える手段ではないと理解できれば十分だろう。

 

「用途の幅で言えば…そうだな。お前が交渉した学院長との会話を覚えているか? その時に出た若返りも可能だとは言っておこう」

「え?」

 アルシェは背筋に氷が入れられた様な感覚を覚えた。

 何時から知られていた? いや、それとも気が付かないうちに喋らされたのだろうか?

 ただ言えることは、魔導国に不都合なことを条件に入れなくて良かったと心の中で胸を撫で下ろしたくらいだ。もし不都合な情報を売り渡していれば、今頃生きては居ないであろう。

 

 …やはり見慣れないメイドは、その辺りの情報収集を任された者なのだろうか?

 

「他の人間と同時に使うならばそっちの方が簡単なくらいだ。例えばアインザックやラケシル達とまとめて若返らせることが可能だからな」

「冒険者組合長らと…」

 この時点でアルシェ以外、官僚たちも同席して居る理由が良く判った。

 彼らを通し魔導王の強大さが広まるだけでは無く、眼の色を変えて功績を争おうとするだろう。

 同時に学院長との会談を知っていたとの言葉を聞けば、迂闊な者にしゃべるのではなく身内とだけ相談して切磋琢磨に励むに違い無い。

 

「あ、改めて御確認いたします。それは冒険者組合長らと並ぶような功績を立てよとおっしゃるのでしょうか?」

「そうではない。いや、半分くらいはあってるのか」

 勇気を奮ってアルシェが確認すると、魔導王は少しだけ考えて首を振った。

 

「お前に新しい任務を用意しようと思ってな。成功すればアインザックらと同列にしても構わないが、そんな苦労も必要も無くす為の研究だ」

「え…? それはどういう…。私には神官になれるような才能はありませんが…」

 訳が判らなかった。

 唯一考えられるのは、アルシェ自身が上位の蘇生を行えるように成ることだ。

 だがそんな都合の良い素質はなく、まだ知性のあるアンデッドにする魔法の方が早いとすら思えた。

 

 結果として魔導王の答えは、その中間であった。

 

「死者の魂を守り魂を癒し、時に憑依させ会話をする。そんな魔法を覚えよ。そうして上位蘇生の使い手と友人になれば後は簡単だ」

「うそ! そんな方法が…。いえ、御無礼を働きました。でも信じられない…」

 まさかそんな方法があるとは思わなかった。

 だが言われて見ればウレイリカの魂が上位蘇生を使える人物と友人になれば何の問題も無い。

 末路を考えればアルシェも蘇生を拒否したかもしれないが、フールーダの蘇生であったがゆえに呼びかけに応えた様なものだ。

 

「無礼を許そう。私が知るだけでもその様な魔法は幾つか存在する。それらを研究しカッツエ平原に立てる予定の学校にて後代に伝えよ」

「まさしく一石二鳥ですわね。貴女はどう思うのかしら?」

「私に可能であれば是非とも! …しかし私は研究した事もそんな魔法の存在すら…」

 驚愕するアルシェにアルベドは意地悪そうな問いをして来た。

 その視線を避けるために平伏し、痛みが気にならないほどの勢いで床に額をコスリ付ける。

 

「研究法はフールーダに尋ねれば良い、アレの研究にも役に立つ系統ならば嫌などと言うまい。それと魔法に関しては適任者が居る」

「アインズさまの命であれば嫌などと言う者はおりますまい。しかし…<霊話(スピリットトーク)>の魔法ではないのですか?」

 この言葉にはアルベドも思わず首を傾げた。

 アインズが覚えている<霊話(スピリットトーク)>の魔法ならば似たようなことは出来る。

 厳密には違うのだが、この世界で魔法のアレンジが開発されている事を考えれば開発そのものはそれほど難しいとは思えないのだ。

 

 ワザワザ自身が使えない魔法を覚えさせる意味があるとすれば、研究させておいて魔導国に導入するということであろうか?

 適任者にも覚えが無いので、その辺りを確認しておかねばならないと思ったのである。

 

「アルベド、お前は仙術が使えるあの子のことを念頭から切り離して居るだろう? 外に出れないあの子にも会話くらいはさせてやろうと思ってな」

「失念しておりました、申し訳ありません!」

 思い当たるフシがあったのか、アルベドは慌てて頭を下げる。

 

「アインズ様はあの子にも任務を…。ありがとうございます」

「なに。お前たち姉妹のうち、一人だけ何もしないのは寂しいだろう? それにユリ、お前に学校を任せる気なのだから丁度良い」

 これが外に出そうと言う提案であれば、アルベドも防衛上の問題で反対したかもしれない。

 しかし会話だけと念押ししてあるならば何の問題も無い。

 ユリとして見れば自分自身の協力を、重要アイテムの警護があるとはいえ、アインズの仕事を手伝えない末妹の事が担当するのであれば望外の喜びである。

 

「会話だけ…ですか? 何か事情でも…」

「体が弱く外には出れないのだと思っておけば間違いない。せっかくだし、お前が覚える魔法を使ってなら何かさせるのも面白いかもしれんな」

 アルシェは御伽噺で聞いたことのある涙が宝石になる少女のことを思い出したが、直ぐに消え失せた。躊躇なく監禁をしそうな連中ではあったが、宝石如き魔導王の資産からすればあっても無くても変わりない。そんな能力のある亜人種が居たとして、厳重に囲むべき対象へ外の様子を窺わせるはずもないだろう。

 

「使い魔との感覚共有であれば聞いたことがあります。そのような魔法なのでしょうか」

「憑依魔法の一種だな。併用する魔法は共感呪術や感染呪術辺りか。人形など同じアイテムに作用させると、ペアにした対象にも作用し始める。まあ<伝言(メッセージ)>みたいなものだ」

 最初こそ戸惑ったが、アルシェにも使い魔の視野を借りる魔法は知識の中にあった。

 それをアレンジして、人形に魂を憑依させて会話したり字を書くだけと言われれば、難しくはあっても不可能ではないと思われたのだ。

 

 そしてリンクした対象に効果を及ぼす魔法があるということは、都市区画に紛れ込ませることで他の魔法を広げて行くことが可能と言うことでもある。

 

「その研究過程で、カッツエ平原にアンデッド対策の結界が敷けるだろう。期待して居るぞ」

「は…い。太師のご期待に必ずや」

 それと同時にこれらの魔法は汎用性が高いので、研究に成功すれば冒険者組合長と肩を並べるまではいけるかもしれない。

 無論、彼らが先に行っている分だけ追いつくのは遅れるが…先ほどまでの絶望に比べれば、何でもない障害と思われた。

 

 こうしてアルシェは仙術の開発、あるいは退魔行の習得を始めることになった。

 実験対象である霊やアンデッドもカッツエ平原に沢山いる。

 押しつけられたフールーダと語らい官僚たちと話し合うことで、いつか完成に向かうだろう。

 

●学園都市

「カッツエ平原には地下洞穴への入り口に砦を建て、そこを拠点に学校を建設せよ。様々な試みを試しつつゆっくりと街を整えれば良い」

「どのような学校にいたしましょう。魔法の研究も行うということならば、帝国にある魔法学院から教師を引き抜きますか?」

 アインズはアルベドにそう尋ねられた時、思わず黙りこんだ。

 都市のイメージに関して学校を作ることにして先延ばしにすれば、彼女や他の者が具体的な内容を提案すると思っていた。

 だが尋ねられた以上は、何らかの方針を示さねばならない。

 

(どうしよう。魔法学院から引き抜くのは楽でいいけど、それじゃあ規模はともかく同じ学校にしかならないよな)

 上下関係に物を言わせて人材を引き抜いた挙げ句、同じ学校を作るのでは二番煎じだ。

 面白味が無い上に、そもそもナザリック以上のレベルになるとは思えない。

 それならばまだナザリックには無い便利系の魔法を開発させる方が面白いし、どうせ学校を作るのであれば自分達の役に立ってくれる方がありがたいではないか。

 

(ナザリックの役に立つのは無茶かもだけど、せめて俺が困ってることを手助けでもしてくれれば…。ん?)

 アインズはふと、ロクでもないことを思いついた。

(その辺を研究させておけば良いんじゃないか? 困ったらモモンの格好なり学生に見えるように幻覚使って相談しに行けばいい。…それ良いな)

 官僚や騎士の学校を作るのは良い。

 誰かに相談するのも良いだろう。

 しかし、学校で真面目な討論が行われるとは限らないし、真摯な意見だからと言って無条件に採用して良い物でもないのだ。

 まして責任を持つべき王が、いい加減な民衆に振り回されるというのは非常によろしくない。というか、あってはならないことである。

 

(あとは議題を話し合って居ても叱られない様にしておかなくちゃな。ここで話してる内容を聞いたからって、殺されちゃ可哀想だし真面目に議論もしてくれないからな)

 だが時として、一周回って問題が問題で無くなると言う事はありえる。

 ちょっとしたバランスの変化で名案になり、逆に良策が愚にも付かない事にもなりえるのだ。

 

「アインズ様?」

「少し考え込んでしまったか、許せ」

 顔を上げたことで思案が終わったと判断したのだろう。

 アルベド達が一斉にこちらを注目する。

 

「せっかくだ。魔法を利用した政策そのものを研究させるとしよう。どんな魔法があれば便利かに始まって、それを最大限に生かす方法や、政策そのものの修正も議論と実験までであれば許す」

「おお、やはり…」

「それは素晴らしいですな」

 アインズの言葉に官僚たちは、都市建設の話題を始めた時の予想が当たっていたと頷いた。

 だがそれ以上の許容をアインズが示すと、思わず絶句してしまったのである。

 

「議論の中に限り王である私の意見を修正し覆そうとすることも、結果として批判となってしまうことも許そう。私も時には間違えることはあるだろうからな」

「流石はアインズ様。なんという御慈悲でしょう…」

 王に意見することはおろか、批判するなどもっての外!

 だがアインズは平然とそのことを受け入れて居る様に見える。

 世俗の王などとは比べ物にならない叡智と実力が、やれるものならやってみせろと挑戦を待ち受けているのだと官僚たちは受け止めた。

 

(アインズ様は批判して良いと仰せられたけど、この方が間違うなどあり得ないわ。つまり王や皇帝の批判を許容することで、間接的に自らの絶対性を知らしめると言う事…)

 忠誠度が振り切れているアルベドは、アインズを批判という本来なら許されないことをスルーしてしまった。

 彼女にしてみれば批判される自体などあり得ず、王や皇帝を批判しアインズのみを讃える社会を作るということに他ならないのだ。

 

 魔導国がこの学園事業で発展するならば、他国が追随しない訳はないし教育システムを抑えれば、これから学ぶ者はみなアインズの素晴らしさを真っ先に学ぶことになるだろう。

 相対的に王や皇帝へ批判しても良いのだという考えが広まり、両者の差は開くばかりであるとNPCならではの盲目的な推測を浮かべたのである。

 

 

 それから数年が経ち、ヤルダバオトの討伐戦も終わった頃のこと。

 帝国魔法学院から学生が選ばれ、あるいは自主的に魔導国の学園都市へと送り込まれて行く。

 他にも一儲けしようと先行投資したい者たちや、警備を兼ねて研究しようと言う冒険者。

 時には冒険者の学校その物を作ろうと言う者たちが、カッツエ平原に建てられた砦へ集められたという。

 

 その日の討論会は、こんな議論だった。

「今回の議題は…えーと、『分担作業で商品を作る』だ。誰の意見かな?」

「はいはーい。タニアが思いついた名案なのです」

 私に良い考えがある! というのは微妙な案であることが多い。

 とはいえ子供が頑張って提案した事なので、むしろ微笑ましさが溢れた。

 

「一つの作業だけは覚えた子が協力しあって、一つ終わったら次の人に渡しながら作るのですよ。例えばお服とか!」

「覚える事が一つだけなら誰でも出来ると思うけど…。服は無いんじゃない?」

「まあまあ。まずは服を考えてみようぜ。服が駄目なら細工とか食いモンでもいいだろ」

 良くある議論として、難民や孤児に仕事を覚えさせようとする案が失敗し易い。

 難民は何もできないから難民なのであって、それは孤児でも同様である。

 その意味において学生や商人たちは、一つだけ覚えさせるのはアリだと判断した。

 

「えっとですね。最初の子はこの形をしたボタン持って来て~とか、次の子は布。それで次の子はチョキチョキするです」

「それなら区別できるか?」

「んー。そうだけど服でも料理でも似たようなのはあるしねえ。文字読めなくても良い様に、もうひとひねり欲しいかも」

「なら箱に札として紋章のような絵を描くのはどうです? それならば文字が読めなくても大丈夫かと」

 こんな風に誰かの出したアイデアに対し、修正提案や駄目出しを行っていく。

 最初は愚にも付かない案に見えても、現実的な修正を行うことで使えるモノもあるからだ。

 

「でも子供や難民だと仕上がりが不安じゃない? 不格好な服なんて安くても絶対に着ないわよ」

「真似ることを学ぶという。型を作っておいて墨守させれば良いじゃろう」

「全体を監督する者だけ大人が付いておれば良いのでは? 当然ながら難しい場所は徒弟を使う」

「むしろ徒弟がする必要のない雑用を任せてしまっても良いな。それほど金が掛らないならウチで採用しても良いと思う」

 こんな風に思い付きをブラッシュアップすることで、ごく偶にではあるが店や工房で採用されることもあった。

 その時は提案者にアイデア料として幾らかを支払ったり、そこで得た成果を無条件で教えるという条件になっている。

 もちろん嘘をついたり、再修正した内容を他の街で行うことは問題無いので、必ずしもお金やデータをもらえるとも限らないのだが。

 

「ひとまずこんなところかな? では魔法を使う場合、開発する魔法はどうだろう?」

「香辛料生み出す魔法で日銭を稼いでるんですが、染料を生み出す魔法はどうです? 魔力使うから別の人が使う必要あるけど」

「そういえばジエット君はウチに納めて居てくれたね。とても助かっているよ」

「それはともかく染料か…。植物から採れる物なら開発も割りと簡単かもしれんのう」

 眼帯を付けた学生が手を上げると知り合いが声を掛けたり、魔法の開発に関わったこともあるマジックキャスターが口を開いた。

 

「そこまでやるなら、まずは料理で試してみるのはどうだい? 着ない服が沢山あっても不良在庫になるだけだが、料理なら食える」

「そうじゃな。香辛料を生み出す魔法をそのまま使用できる。型の代わりに数量指定で良かろう」

「なら若旦那にお願いしてみるです。ジエットくん協力してくれますか?」

「あー悪ぃ。今日は合格発表日なんだ。鉄級冒険者に挑戦中」

「鉄級とミスリル級以上は実力勝負だからねえ。頑張りなよ」

 そんなこんなで実験し易い料理で試そうと、最初に提案された内容からかけ離れたアイデアに変遷してしまうこともある。

 アインズがこっそり議論に加わることもあるのだが、こんな時は笑いながら踊る会議を愉しんだと言う事であった。

 

●魔導学園の冒険者たち

 ジエットと呼ばれた学生が冒険者ギルドの分室に赴くと、そこには大きな板に数字が書きだされていた。

 

「あった! これでようやくダンジョンに潜れるよ…」

 鉄級冒険者になれば訓練用のダンジョンに挑む事が出来る。

 そこで倒したモンスターの部位や、描き込んだ地図を提出しても小銭が稼げるので、ジエットの能力ならば香辛料を生み出す以上の金が期待できた。

 

 もちろん戦闘が前提になっているので合格は完全に実力勝負。

 魔導国はコネや金も力と認められるのだが、あくまで情報収集や資材収拾の補助としてしか考慮されない。

 それらが真の意味で役に立つのは、あくまで鉄級以上の冒険者になり、ダンジョンでの成果を見ながらパーティーに誘われてからになるだろう。

 

「ジエット・テスタニアさんですね。鉄級冒険者合格おめでとうございます。魔導国よりこれらの品から一つをギフトとして贈らせていただきます」

「では補助のワンドをお願いします」

 鉄級冒険者になると、四つから五つと言われる品をチョイスしてもらうことが出来る。

 ドワーフ製のナイフやハンドアックスといった、戦闘にも工具としても使える品。

 あるいはジエットが選んだような、魔法を助ける補助道具もそうだ。

 

 これがミスリル級以上になれば、ルーンの武具や指輪型の補助具もあるそうだが、ジエットに取ってこれが第一の選択である。

 嬉しそうな顔を引き締め直して、今日の所は鞄に放り込んでおく。

 

「それなりの費用を払えばタレントがあるかどうかの魔法を受けることも可能です。どうなされますか?」

「一応ですがもう判って居ますんで無しでお願いします」

 ジエットが指でコンコンと眼帯を叩くと受付嬢は、顔色を変えずに少しだけ付け足した。

「では二つ目のタレントがあるかの調査を、自主的なクエストとして受けることが出来ます。担当者を探し出して口頭で伝えてください」

「そんなのがあるんですか…。時間があったら探してみますね」

 一応は秘密になっているのか声のトーンだけは神妙だ。

 ジエットは簡単に探し出せるとも思えないし、相手のスケジュール次第で相当な時間が掛るだろうと思いその場は頷くだけにしておいた。

 

 そしてまずは初心者ダンジョンの様子を窺おうとしたところで、弓を持ったまま立ちつくして居る少女を見つけた。

 目つきが悪いので、犯罪者が憮然とした表情で周囲をギロリと睨んで居る様に見える。

 しかしここはダンジョンでありスラム街ではないのだ。仮に金を取りあげようと待ち構えた所で、みんな自分の部屋に置いているに違いない。

 

「どうされました? もし困っている事があれば…」

「え、ええと…あの、その。パーティ募集が無いかと待って居るんですが…全然声が掛らなくて」

 それはそうだろうとジエットは内心で溜息をつく。

 どうやら少女は他所の国から来たらしく、鉄級まで一発合格する実力はあるようだが、基本的な事を知らないようだ。

 ましてこれだけ目つきが悪くてギロギロ(本人にとってはキョロキョロ)しているのだ。不審者を誰も誘うはずがない。

 

「ここは初心者用なんで最初の方は一人で回れますよ。パーティー組むのは実力があると判った者に声を掛けたり、戦闘力に自信の無い者は溜まり場を探す方がメインです」

「そ、そうなんですか…」

 最初は噂で聞いた隠しクエストや、先ほどの二つ目のタレント検査の事かと思った。

 しかし話して見た感じ明らかな御登りさんで、知人に放りこまれたのだと予想してみる。

 放置しても良かったのだが、話すたびにボロが出る様子を見ていると、チョッピリ不安になるのであった。

 

(我ながら人が良いよな…。演技の可能性も無くは無いんだけど…)

 なんというか、このまま放っておけば明日まで立っているか、酒場に辿りついたのは良いがグデングデンに酔わされて大変な目に合う未来しか見えない。

 盗賊出身者だったら目つきが悪いくらいは気にしないだろう。

 仕方無いのでちょっとした提案をしてみることにした。

 

「俺は合格したばかりで下見だけするつもりだったんですけど、なんでしたら一緒に軽く回ってみます? 慣れたら一人で…」

「お願いします! 私、是非とも強くなりたいんです!」

 何か重要な理由でもあるのだろうか?

 必死になって掴みかかる少女に、ジエットは内心の溜息が冷や汗に変わるのを自覚する。

 そしてロクな打ち合わせもせずにダンジョンに飛び込もうとし始め、早くも後悔しそうになる。

 

 だがジエット自身、早く上級冒険者になって叶えたい願いがある。

 そして彼をこの学園に呼んでくれた恩人の必死な姿を重ねながら、こんなキッカケも良いかと初めてのダンジョンに挑むことにした。

 

「ネ…えーあーオホン。そこの君。良かったら私と組んで…アレ?」

「間にあってます! 私、この人と予約ありますんで、また声を掛けてくださいね!」

 それは魔導国で良く見られた出逢いであり、一つの良くあるすれ違いの光景であったという…。

 

 




 と言う訳で、第二部学園編も終了いたします。
最初は道を作るだけの話で無事に第一部完となったのですが、そのまま第二部として徒然と書き足して行ったので長くなってしまいました。
しかも途中で思い付きを加えて行ったのですが、今思えば外伝はオリ主物の続きでは無く、アルシェの物語として別の枠にした方がスマートだったかもしれませんね。

 ともあれこれまでお付き合いありがとうございます。
またの機会があれば、オバロの物語ほかを書いてみようと思いますので、その時はお読みいただければ幸いです。

霊話(スピリットトーク)
 ユグドラシル時代は死亡したPCとゲーム外チャットを行ったり、幽霊系のイベントNPCとの会話に用いる魔法。
死体に使えば死亡する寸前の光景をサイコメトリーの様に見ることもできる。
ウルティマ・オンラインより着想

『共感呪術』と『感染呪術』
前者はリンクした対象に魔法などを掛ける魔法。
後者は接続した対処に徐々に広めるながら掛けて行く魔法。
仙術(符蟲道)の一種であり、フィールドそのものにエンチャントを掛ける為の魔法である。
王都妖奇譚・鉄壱智・ゴーストハントなどより着想。

『ベルク・カッツエ』ないし『カッツエブルク』
 カッツエ平原にある地下へ続く孔へ、それを隠す為に建てられた砦。
新しく建設される学園都市を作る為の拠点として、カモフラージュが始まったとか。
秘密基地とか隠しイベントとして構想が練られている。
名称はガッチャマンに登場する敵キャラより

『学園都市』
 建設中の街で名前はまだ無い。アインズ様に任せると死天獣朱雀学園とかタブラなんとか学園になる。帝国魔法学院と同じく特に魔法だけを扱う訳ではないが、王様すら批判して良いと言う議論姿勢が有名。
なお風の噂ではフールーダや、魔導王その人が授業に参加することもあるという。

・タニアの提案
 いわゆる流れ作業による分担制手工業。
子供の提案なので大したことはないが、商人や学者も議論に加わるので成功することもある。
ただし、服の提案が気が付けば食事を作る話になったように、提案とまるで異なる結論になる事も多いとか。

『ジエット・テスタニア』
 WEB版に登場するアルシェの郎党みたいなもの。
その段階で魔法を第一位階まで納め、本編ではWEB版原作より更に数年経過して居るので、第二位階の一部も覚えている。
タレントとして幻覚看破の眼を持っており、アルシェに呼ばれて推薦されてはいるが、鉄級の冒険者資格は実力主義なのでなかなかもらえないで居たとか。

・鉄級冒険者がもらえる選択アイテム
ナイフまたはハンドアックスのような武器兼小道具
ワンドまたはオーブのような魔法補助具
軽量のハンマーや楔、丈夫なロープなどの小道具
一~二人用の簡易テント
 などの中から選んで一つもらうことが出来る。基本的にはナイフかワンドというのが定番。
これが銀級になると切れ味の良い武具、ミスリルならルーンの武具や指輪型補助具などにUPするらしい。

『初心者用ダンジョン』
 個人または戦闘力の無い者を含むパーティが挑む場所で、モンスターを退治して部位を持ち帰ったり、地図を作製すると段階に応じて小銭をもらうことが出来る。
基本的には本格パーティーを結成する頃には卒業して、より上位のダンジョンに挑むらしい。

・ネなんとかさん
 ヤルダバオト討伐後にやって来た少女。魔導国最初のパラディンを目指し、弓矢を強化する神聖魔法はないものかと悩み中。


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