IS学園での物語 (トッポの人)
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1話

 小さい頃から俺は空が好きだった。この何処までも広がる青空を見ていれば、それだけで鬱屈とした気持ちは吹き飛んで晴れやかな気分になれる。

 

 広げた手のひらを空に向かって伸ばしてみる。どれだけ焦がれようが、どれだけ望もうが、幾ら手を伸ばしても届かない。掴もうとしても掠りもしないのが俺の夢である空に行く事……のはずだった。

 

 インフィニット・ストラトス。開発者に何処までも続く空と名付けられた、戦闘機を軽く上回る機動力を持つマルチフォームスーツは俺に衝撃を与えてくれた。

 

 人が空を飛べるのだ。限りなく、生身のままで。俺の夢を具現化したような発明は当然の如く世界を震撼させた。

 

 しかし、そんな夢のスーツにも欠点が存在した。何故か女性にしか扱えないのである。

 勿論、性別が男である俺には動かせない。漸く見えてきた夢は儚くも消えていくものでしかなかった。

 

「……もう、届かない夢じゃない」

 

 言葉と共に空を掴むように拳を握り締める。

 そう、もう夢じゃない。俺は世界で二人目の男性IS操縦者となったのだ。

 今まで掠りもしなかった空に届いた気がした。

 

 ――――いや、それはいいんですけど、どうして俺は女子校のIS学園に通う事になってるんですかね? 異性どころか同性とすらまともに話した事もないんですけど。辛いってもんじゃない。

 匿うためっていうなら企業でも良いと思うんですよ。だから何処かの企業さん、俺を助けてください!

 具体的な希望を言うとアナハイムかサナリィ、若しくは企業じゃないけどアルヴィスでもいいので!

 

 

 

 

 

 

 ただいまIS学園の一年一組の教室、このクラスには俺を含めてもう一人の男子がいる。世界でたった二人しかいない男性操縦者が。

 そんな稀少存在を一目見ようとクラスを越え、学年を越え、出でよ神の戦士みたいな感じでこのクラスに人が集まっている。こいつら全員ダンクーガかよ。

 

「わ、わ、動いた!?」

「あ、携帯弄ってるよ」

 

 そりゃ動くし、弄るわい。俺だって人間なんだよ。

 

 少し身動ぎしただけでこの反応だ。一番前にいるもう一人はこのせいで先程から動こうとしない。気分はさながら動物園のパンダである。ストレスで禿げそう。

 

 さて、携帯を取り出したのは理由がある。このストレスをどうにかしなくてはいけない。言ってしまえばストレス解消だ。

 その方法はSNSで神絵師の方々が投稿された俺の嫁の絵にひたすらいいねする事。心が洗われる。リリンが生み出した文化の極みやで。

 

「ねーねーねー」

 

 気付けば直ぐ横でニコニコとしている少女が俺に話し掛けていた。

 大分ビックリしたが、落ち着いてその少女の方へ顔を向ける。

 

「わっ、目付き悪いねー」

 

 目付き悪いのは元からなんだから言うな。結構気にしてんだよ、ちきしょう。あと今日は寝不足だからで、普段はもう少しましなんだよ。

 

 のほほんとした喋り方で確実に急所を抉ってくる少女をジロリと見た。

 袖はダボダボだが肩幅とか他の箇所は普通な辺り、そういう風に改造しているらしい。

 IS学園の制服は個人で改造してもオッケーとなっている。恐らくは生徒からそういう要望があったんだろう。オサレしたい年頃だからね、仕方ないね。

 

「むー、聞いてるー?」

 

 そう言うと少女は頬を膨らませて如何にも怒っていますとアピールしてくる。その様子は容姿と相まって非常に愛らしい。

 俺でなければ恋に落ちていた。危ないぜ。

 

 それにしても誰かから話し掛けられたのなんてくっそ久し振り過ぎる。緊張してやばい。

 だがしかし、これはチャンスでもある。これまで一人だった世界から卒業するのだ。

 

「……何だ?」

 

 この学園で初めて俺の口から発せられた言葉は、平仮名にしてもたった三文字という驚異的な短さで終わりを迎えた。

 

 あかん。ダメダメだこれ。この解答は零点だよ。落第だよ。落第騎士だよ。

 

「お菓子持ってるー?」

 

 そんな俺のへこみを無視して少女は問い掛けに答える。

 あんな短い言葉でも俺が反応したのが余程嬉しかったのか、またにこやかに表情を変えて。コロコロと変える表情はこの少女の明るさを示しているのかもしれない。

 

 それにしても何故俺にそれを求めてきたのか、ていうか今食うのかとか色々聞きたいがまぁいいか。

 

 俺は鞄を漁ると、小腹が空いた時に非常食として用意していたトッポを取り出す。すると少女の目の色が確かに変わった。

 

「お、おおー! トッポだぁ! 貰っていーい?」

「……ああ、構わない」

「わーい、ありがとー!」

 

 封を開けようとした俺の手からトッポを丸ごと奪い、少女は他の女子生徒の輪に加わった。どうもそこのグループに所属しているらしい。

 

 ていうか丸ごと奪われちゃった……。一袋だけ渡すはずだったのに。

 まぁあんな可愛い娘に食べられるのならトッポも本望だろう。少なくとも俺よりは嬉しいはず。自分で思ってて悲しくなった。

 

「ほ、本音どうだった!?」

「えー? んーとねー……」

 

 本音と呼ばれた少女は輪の中に戻ると早速質問攻めにあっている。内容は言うまでもなく、俺という名の珍獣について。

 

 何というかは分からないが、大方「あいつクールぶってる(笑)」とか「クール気取ってるのになんかトッポ持ってた(笑)」とか「その打球、消えるよ」とかだろう。聞きたくもない。ごめん、最後の台詞は聞きたいです。

 なので俺は外界との関わりを断つため、音楽を聴く事に。殻に籠ると言っても良いだろう。腕を組んで俯けば完全に寝る体勢だ。時間はあるし、少し寝てもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「いてぇ!?」

「お前はろくに挨拶も出来んのか」

 

 まさか教室に入るなり、直ぐに弟の頭に出席簿を叩き込む事になろうとはな。

 会議で遅れてしまった私に弟の一夏は何とも間抜けな自己紹介を披露してくれた。緊張しているのは分かるが、もう少し言う事もあるだろう。

 

「げぇ!? 関羽!?」

「誰が三國の英雄か」

「あふ!?」

 

 振り返って私を見て第一声がこれだ。失礼極まりない。親しき仲にも礼儀ありと教えたはずだったのだが。

 再び一夏の頭で乾いた音が鳴り響く。涙目で抗議してくる姿は我が弟ながら中々に情けない。何も言わないのは、今口で何か言おうとしても下手を打つと分かっているからだろう。

 

「ち、千冬様よ!!」

「きゃあああ!!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!」

「はぁ……」

 

 口火を切ったかのようにクラスが騒ぎ始める。隣のクラスには本当に申し訳ないと毎回思う。それも全て私のせいだった。

 

 誇りたくもないが、私はこの世界で最強の肩書きを貰っている。公式戦無敗、世界大会において優勝を果たすといった、他人からすれば輝かしい功績がある。この学園に来る者からすれば私は尊敬の対象になるらしい。

 

「静かにしろ。全く……」

 

 毎度の事ながら、呆れてものも言えん。

 溜め息混じりの言葉は僅かの間、このクラスに静寂をもたらしてくれる。

 しかし、それも本当に僅かの間だけで直ぐに元通りに、いや、それ以上になって帰って来た。

 

「お姉様、もっと叱って!」

「もっと罵って!」

「でも時には優しくして!」

 

 思わず頭を抱えてしまう。これでは尊敬の対象ではなく、崇拝の対象だ。その対象が自分なのかと思うだけで薄ら寒いのを覚える。

 

 そんなクラス全体が大騒ぎしている最中、窓際に座っているもう一人の男子が目に映った。

 

「…………」

 

 そいつはこの騒ぎの中でたった一人、退屈そうに腕を組んで俯いている。何故かなんて、その態度が口で言うよりも雄弁に物語っていた。聞くに堪えないからだと。

 

 聞くに堪えないのは私も同意見だが、さすがに授業中だというのに音楽を聴いているのは教師として見過ごす事は出来ない。男性恐怖症で言えなかっただろう、山田先生に代わって注意するか。

 

 真横まで歩み寄るも、こちらに気付いていないのか俯いたまま。それどころか見向きもしない。

 他の生徒も私がそこまで動いた事で漸く気付いたらしく、青い顔をしている。特に一夏や私の親友の妹である篠ノ之箒の二人が顕著だ。

 

「おい」

「…………」

「無視、か」

 

 声を掛けても反応は無し。音楽を聴いているのだから当然か。

 

 さて、どうしたものか。ISという危険な代物を扱っていく上で、今後もこのような態度を取られるのは非常に危ない。事故を起こしてから聞いてなかったから知りませんでした、では話にもならん。

 なので悪いが、ここで少し痛い目をみてもらうとしよう。反省するという意味も含めて。

 

「聞こえるか? これからこいつを振り下ろすぞ。いいな?」

 

 出席簿を構えて警告をしてもやはり反応はしない。それからたっぷり十秒待ってもダメだった。仕方ない。

 

 振り下ろした出席簿は先程一夏にしたのと同じように加減している。痛い目をみるのには充分だろう。

 

「っ!」

 

 だがそこで予想外の出来事が起こった。

 頭へ振り下ろした出席簿を後ろに仰け反る事で避けたのだ。こちらを一切見る事もなく、容易く。

 

 どうやら気付かないふりをしていたらしい。そこまでしてこいつが何をしたいのか、当然のように沸き上がった疑問はあっさり次の行動で分かった。

 

「ほう」

「「「っ!!?」」」

 

 私に向けて真っ直ぐ右拳が放たれたのだ。だが危険はない。当てる気がないと言っても良いだろう。

 その速度は非常に緩やかだ。ノロノロと私の顔目掛けて飛んで来るこれでは、虫の一匹も殺せやしない。

 

 山田先生を含め、周りが驚愕して声も出せない中で、当人である私だけが感心したような声を出した。

 尊敬や崇拝にも似た事をされても、こんな真似をされたのは初めてだ。

 立ち向かってくるなんて真似はな。

 

「……ん?」

「気付いたか。もう授業中だ。そんなのは仕舞え。それと人の話はちゃんと聞け、いいな?」

「……すみません」

 

 こちらを見て向けていた拳を下げると、そそくさとイヤホンと音楽プレイヤーを仕舞い始める。

 

 まるで今初めて私に気が付いたような振る舞い。あれだけの事をしておいて態とらしい事この上ないが、この際いいだろう。

 そんな時、ふとある事を思い付いた。時間もないし、ちょうどいい。

 

「櫻井、自己紹介しろ」

「……了解しました」

 

 櫻井と呼ばれたもう一人の男子は立ち上がると辺りを見渡した。自分に向けられる畏怖の視線を少し気にしたのか。

 

 だがそれも直ぐにやめて、視線は真正面にいる私へ。元からなのか、態とそうしているのかは不明だが目付きが悪い。

 

「……櫻井春人です」

 

 名前だけ言うと櫻井は口元に手をやり、考え出した。

 一分ほどだろうか、漸く櫻井の口が開かれる。さて、何を言うのか。

 

「……しがない一般人ですが、よろしくお願いします」

「くっ、くくく……!」

 

 たったそれだけ。たったそれだけだが、私には充分過ぎるほど面白い。

 加減していたとはいえ、私の一撃を避けてあまつさえ反撃するような男が、しがない一般人だと。あぁ、とても面白い。

 今年は色んな意味で退屈しなくて済みそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 何やら物凄い寒気がして目が覚めた。これまで過ごしてきた人生の中でかつてないレベルだ。

 決して良い目覚め方ではない、というよりも叩き起こされたというのが表現的に一番近い。だが一度起きるとしよう。

 

 俺は同じ姿勢で寝ていた身体のコリを解すべく、椅子に寄り掛かってから右手を伸ばす。

 僅かな時間だったが、中々濃い睡眠時間を取れたらしい。

 

「……ん?」

 

 伸ばした手の先に何やら険しい顔のお姉様がいた。スーツ姿という事は教師のようだ。

 何処かで見た覚えがあるのだが如何せん、起きたばかりで頭が働かない。はて、誰だったか。

 

 それにしても何故俺の真横に先生がいるのだろうか。そしてこの人のプレッシャーは何なんだろうか。もう怖くて仕方ない。

 

「気付いたか。もう授業中だ。そんなのは仕舞え。それと人の話はちゃんと聞け、いいな?」

「……すみません」

 

 なるほど、もう授業中だったのか。それなら怒られるのも仕方ないね。

 ていうか誰か起こしてくれよ。かなりの硬度のバリアで殻に籠ってたけど、そこは暴走エヴァ初号機みたいに破ってきてくれ。

 

 慌ててプレイヤーを片付けるとスーツ姿の先生は教壇に戻っていった。と、こちらへ振り返った瞬間、凄まじい爆弾が投下される。

 

「櫻井、自己紹介しろ」

 

 なん……だと……?

 

 下手な男より男らしい先生の言葉に驚愕してしまう。授業中じゃなかったのかとか、何故俺からなのかとか疑問は尽きない。

 

 しかし、身体は素直に言う事を聞いていた。立ち上がり、クラス全員の視線を浴びる中で……ふと俺は気付いてしまう。クラス全員が俺へ恐怖に満ちた視線を向けている事に。

 

 授業中に少し寝てたぐらいで恐れるのやめてほしい。今までどれだけ平和な学校に行ってたんだよ。

 

「……了解しました」

 

 仕方ないので俺は真っ直ぐ先生を見て返事。

 続けて自己紹介へと進めていく。

 

「……櫻井春人です」

 

 名乗りは定番だろう。だがここからが問題だ。この続きをどうするかである。

 

 選択肢は二つ。ふざけるか、真面目に言うか。

 ちなみにふざける場合、

 

「ToLOVEるのリトさんくらいモテたいんでよろしくお願いします」

 

 と言えばいいのだが、多分めちゃ怒られる。お前なんかが烏滸がましいって、それはそれは怒られる事間違いなし。

 そういう訳で真面目に言おう。そうしよう。恐いイメージ払拭するためにも。

 

「……しがない一般人なのでよろしくお願いします」

「くっ、くくく……!」

 

 俺の自己紹介に面白いものを見つけたと言わんばかりに先生が声を押し殺して笑う。

 その悪役みたいな笑い方のせいか、全員が青い顔でこちらを見ていた。

 

 何わろてんねん。自己紹介しただけやろ。

 やっぱりこの先生怖いよ。



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2話

 自己紹介が終わってからというものの、最初の興味津々だった視線に別の何かが含まれ始める。

 それは恐怖や警戒といったもの。俺が取る行動一つに慄き、何をするか分からないので警戒して目が離せない。

 言ってしまえばなんて事はない、これまでと同じになっただけ。つまり小中と続き、俺の高校デビューは見事に失敗したのである。

 

 ――――いや、何でやねん。どうしてこうなった。ただ寝てただけだぞ。

 

 一体何がいけなかったのか。さっぱり分からない俺は必死に無い知恵を絞って考えるも、やはり答えは依然として分からない。

 そしてもう一つ分からないのがある。

 

「はるるん、ドンマイ!」

「……ん」

 

 休み時間の度に俺の元へ来る、こののほほんとした少女だ。ちなみにはるるんとは俺の事らしい。物凄く似合ってない件について。

 

 何故かこの少女だけは全く俺を恐れずにこうして話し掛けてくれる。ニコニコと笑みを絶やさずに話し掛けてくれる姿はもしかしたら天使なのかもしれない、そう思わせるには充分だった。天使は実在したらしい。学会で発表しないと。

 

 それにしても――――

 

「どうしたのー?」

「……いや」

「あ、あわわわ……」

「こ、殺されちゃう……」

 

 俺の机に顔だけ覗かせて首を傾げる少女。さっきから行われるこの一方的な会話に周りの女子は青い顔でこちらを見ていた。

 

 殺さんわ。何でそんな考えになるのか。お前らの考えの方が怖いよ。

 

 それにしてもこの少女はやたら的確に俺の思考を読んでくる。今も俺がこの少女について不思議に思っていたらこうして問い掛けてきた。何も言っていないのに。

 おかげで俺とこの少女には通じるのだが、周りには何の事かさっぱり分からない会話が出来上がっている。クール(笑)と不良に加えて、新たに不思議属性が俺に追加されようとしていた。やめろ、余計に近付きにくい。

 

「大丈夫だよ、はるるん」

「……そうか」

 

 言葉と共に肩を叩かれる。柔らかく、優しく肩を叩くその手は、少しでも俺から不安を取り除こうという思いが端から見ても伝わってきた。

 

 何だ、マジで心を読まれている可能性が出てきたぞ。ワンチャンあるんじゃね?

 

 頭の良い俺は思い付いたのだ。単純な事だ。この少女を通じて俺の不良というイメージを払拭してもらおう。

 気分はロランに助けを求めるハリー・オード。あの世界一カッコいいSOSを出すしかない。

 少女よ、助けろぉぉぉ!

 

「んー?」

 

 ――――おい、何で急に精度悪くなったんだ。さっきまでバリバリ読んでたのに何故?

 

 それから何度か必死になって助けを求めてみるも、本当に分からないらしく少女は首を傾げたままだ。

 どうやら俺の考えた素敵な作戦は見事失敗に終わったらしい。

 

「ちょ、ちょっとよろしくて?」

「……ん」

「ひっ」

 

 そんな時、俺の元へ二人目の来客が現れた。

 縦ロールのある金の長髪に綺麗な碧眼、非常に整った容姿はまるで雑誌とかに載せられるモデルのようだ。

 顔を向けると微かに怯えたような声を上げる。その綺麗な顔が恐怖でひきつっているのは気のせいではないらしい。

 

「な、何ですのそのお返事は!?」

「……すまない」

 

 恐怖で吃りながらも理不尽な内容で貶してくる辺り、そういう人間のようだ。今の世の中では珍しくもない。

 最強の戦力であるISは女性にしか扱えないから女性の方が偉いという風潮。

 かつての男尊女卑から女尊男卑と名付けられた風潮はそれまでの鬱憤もあってか、あっという間に世の中に浸透した。

 

 こういうのに絡まれた時の対処方としては素直に謝るのが一番ベターだ。下手に歯向かうとホールドアップされる。ブレイブポリス、デッカードだってされちゃう。

 

「早くその目付きをどうにかなさい!」

「……すまない、これは生まれつきだ」

 

 どうやら話している内に自分のペースを取り戻せたようだ。恐怖を乗り越えて饒舌になった彼女を止める術など俺にはない。

 でも顔の話はやめてくれ。そればっかりはどうしようもないんだ。

 

「全く、これだから男は。いいですか、本来ならわたくしのような選ばれた人間と――――」

 

 女尊男卑主義者らしく、如何に自分が優れているかと流れるような罵倒が俺に襲い掛かってくる。その様子はのほほんとした少女でさえも黙って見ているほど。

 

 ていうか何か罵倒聞いてる内に悪くないように思えてきた。むしろ心地良い。最後の扉が開かれそう。

 

「まぁ、分からない事があればこのセシリア・オルコットが教えて差し上げますわよ? 泣いて頼んでくるのであればですけど」

「……そうか」

 

 ここで漸く金髪の少女の名前が判明した。何処かで見覚えがあると思ったらイギリスの代表候補生だったらしい。しかも専用機持ちの。

 

 以前テレビで見て、何か家族か親戚にカラードランク上位のリリウムって人がいそうな名字だなって事で俺も覚えてる。貴族らしいし、あながち間違いとは言い切れない。

 

 そんな事を考えていると予鈴が鳴り響く。どうやらオルコットとしてはこんなに時間が掛かる予定ではなかったらしく、意外そうにしていた。

 

「あら、もうそんな時間ですのね。ふふ、とりあえずここまでにしておきましょう」

「……ん」

 

 話し掛けてきた頃の怯えていたオルコットは何処へやら。笑顔を浮かべて大変満足そうにしてらっしゃる。

 ドレスのように改造された制服のスカートを翻し、こちらに背を向けると上機嫌そうにこう言った。

 

「次も来ますので感謝なさい」

 

 えぇ……? 嘘やん……。

 

 何かオルコット的に思ったより楽しかったらしく、次の休み時間も来るとの予告。次の時間はお昼なのに。お腹空いてる上に眠いのに。まだ話したりないというのか。ちくせう。

 

 既にこの場にはいないオルコットに文句を言っても仕方ない。とりあえず大人しくしていた、ていうか寝ていたこの少女を起こすとしよう。

 

「……起きろ」

「んぅー……? んー……」

 

 余程オルコットの話が退屈だったのか、少女は俺の手の甲を枕に寝ていたのだ。声を掛けると眠たげな返事と共に身動ぎし、柔らかい頬が擦り寄せられる。

 

 春の陽気が包み込んでくれる窓際の席で眠くなるのは分かる。かくいう俺も眠いからだ。

 しかし、俺の手を枕にするのは分からん。

 

「ほ、本音!? ほら、もう時間だから戻るよ!」

「うー……」

「す、すいませんでしたぁ!」

 

 女子三人が眠そうにしている少女を無理矢理引き摺っていく。しきりにこちらへ頭を下げていたのが印象的だった。

 そして確実にあのままだと本音と呼ばれた少女が俺に殺されるというイメージが定着しているのが俺は悲しい。どうしてこうなった。

 

「……はぁ」

 

 それにしても眠い。先程寝たばかりだというのにまた眠気が押し寄せて来てしまった。

 しかし、ここで寝てしまえばまた不良扱いされて恐れられてしまう。

 

 だが俺は思い付いたのだ。承太郎も言ってた、イカサマはバレなきゃイカサマじゃないって。正確には言ってたのバービーくんなんだけど。

 要するにバレなきゃええねん。失敗したら大変だし、確率は半々だがアレをやろう。成功したら基本的にバレないしね。という訳でお休み。

 

 

 

 

 

 

 

 世界でたった二人の男だからと思っていたら、他の男と同じで何を言われてもただ黙って聞いてるだけですのね。

 

 わたくしは自分の席で先程の櫻井春人という男とのやり取りを思い出していました。

 最初はあの織斑先生に全く恐れずに挑発する姿から恐ろしい人かと思いましたが、そこはやはり男。少し言ってやれば謝るだけで、何も言い返す事の出来ない情けない人でした。

 

 まぁ酷く従順な姿勢は話していてとても気持ちの良いものでしたけれど。

 

「…………」

 

 ちらりと後ろを見てみると、教科書を開いて項垂れそうな頭を右手の指先で支えています。

 きっと高度な問題過ぎて分からないのでしょう。先程からその姿勢のまま動こうとしません。あの様子でしたら近い内、本当に泣いて教えてくれと頼んで来るのは予想に難くありませんね。

 

「さて、授業の前に一つ決めておかなければならない事がある」

 

 教壇に上がった織斑先生がそう言って切り出したのはクラス代表というものでした。

 なんでも、委員会や会議などに出席するクラスの代表は再来週に行われるクラス対抗戦にて、このクラスの実力を計る指針として出るとの事。

 

「自薦でも他薦でも構わない。誰かいるか?」

「はいっ!」

 

 その言葉に返事と共に次々と手を上げていく人達。話を聞いていた途中で誰を推薦するか考えていたのでしょう。

 

 ふふふ、仕方ありませんね。不本意ですが、このわたくしがあなた達をクラスの長として指導してあげましょう。何せ、わたくしは専用機持ちの代表候補生、そして入試試験で主席なのですから。望む望まぬに関わらず、このセシリア・オルコットが選ばれるのは必然。

 

 さぁ、誇り高きその名前を呼びなさい!

 

「織斑くんを推薦します!」

 

 えっ?

 

「私も織斑くんが良いと思います!」

「私も!」

「私ははるるんー」

「ちょ」

 

 次々と上げられた名前はわたくしのではなく、織斑一夏と先程の櫻井春人という男達。

 

 そう、たまたま男でISを扱えるというだけでこの学園に来られた運だけの存在。何の努力もせず、苦労も知らない男。

 それがただ珍しいという理由だけで代表として選ばれる。ではそれまで頑張ってきた人はどうなりますか。わたくしの気持ちはどうなりますか。

 

「えっ、お、俺!?」

「この場に織斑は一人しかいないだろう」

「お待ちください! そんな選出は認められません!」

 

 ふつふつと沸き上がった怒りを叩き付けるように遮り、立ち上がります。

 あってはならないのです。そんな不当な事があっては。こんな極東の猿の後を付いていくなどわたくしにはとても耐えられません。

 

「いいですか、クラス代表は実力トップのわたくしがなるべきです!」

「はぁ、おい」

「それをこんな極東の――――」

 

 怒りの赴くまま、私が話していると後方から何か凄まじい音がして話を中断させられました。

 振り向けばあの櫻井春人という男が自身の机を二つに割り、呆然と立ち尽くしている姿が。右手で顔を覆い隠し、何を思っているのか分かりません。

 

「野蛮な……! あなたのような――――」

「言うな!!」

「ひっ!?」

 

 わたくしの邪魔をしたのは事実であるので怒りの矛先をあの人に変えようとした時でした。

 指の隙間から覗く鋭い眼光と共に今まで経験した事のないような殺気が放たれたのは。

 

「それ以上言うな……!!」

「あ、あ……!」

 

 もう一度、強く言い聞かせるように言いましたが、こんなのを充てられて言う気なんておきません。今も恐ろしくて立つのでさえやっとなのですから。

 

 先程の休み時間で何も言い返せなかった情けない人などそこにはいません。

 

「そこまでにしておけ」

「……はい」

 

 たったそれだけ織斑先生から言われると、それまでのが嘘だったように静かになりました。

 

 助かった……。心からの安堵は自分の身体を休ませるという選択肢を強制的に選び、椅子に腰掛けさせます。

 

「さて、面倒なのが減ったのは良い事だが机を壊すな」

「……すみません」

「山田先生、すみませんがこいつを連れて新しい机を持ってきてください」

「えっ、えぇ!?」

「良いですね?」

「は、はいぃぃぃ……」

 

 壊れた机を手に教室を去ろうとした時、織斑先生が再び声を掛けました。勿論、あの櫻井春人にです。

 

「櫻井、お前が行っている間に決まりそうでな。何か意見はあるか?」

「……いいえ。任せます」

「くくっ。分かった」

 

 少しだけ振り返ってどうでも良さそうにそう言うと今度こそ姿を見せなくなりました。皆も息が詰まりそうだったのでしょう、クラス中から深い溜め息が聞こえてきます。

 

「オルコット」

「は、はい!」

 

 突然、わたくしの名前を呼ばれたのでつい大声で返事をしてしまいました。

 

「お前が何を言うつもりだったかは知らんし、知る気もない。だがここが何処で、お前はどういう立場の人間か、よく考えてから言うようにしろ」

「っ!」

 

 言われて思い出しました。先程自分が怒りに身を任せて何を言おうとしたのかを。

 冷静になってみればとてもではありませんが口には出来ません。それもそのはず、男だけでなくこの国の人までを馬鹿にするもの。

 わたくし以外は日本人であるこのクラスで言えばどうなるか。

 

「分かればいい。今後は気を付けろ」

「……はい」

「お前も自薦としておく。クラス代表の座は自分で勝ち取れ」

 

 血の気が引いて蒼白となったわたくしの顔を見て、織斑先生は一人頷いていました。

 

 もしあの人が止めてくださらなかったら。そう思うだけで怖くて仕方ありません。

 あれだけ侮辱した後だというのにわたくしの事を気に掛けてくださって……。

 でも何故わたくしの言おうとしていたのが分かったのでしょう? 本当に不思議な人です。

 

 

 

 

 

 

 

 くっそ、顔面いてぇ。やはり失敗してしまったか。

 

 副担任である山田先生の後ろを付いていきながら、教室でしでかした事を思い出してみる。

 

 俺が実行したルルーシュ式オサレ居眠りは成功すれば本当に寝ているのがバレないという素敵なものだが、失敗すると思いっきり顔面から机にぶち当たる。

 それで何度か中学の時とかも机を壊してしまった。悪気はなかったんだ、許してくれ。

 

「あ、こ、ここです」

「……はい」

「ああ、ごめんなさいごめんなさい!」

 

 どうやら机のある場所に着いたらしく、山田先生が俺にビクビクしながらもそっと扉を開けてくれる。ひたすら謝るというオプション付きで。

 

 いや、俺返事しただけなんだけど。そういうの本当にやめて欲しい。中々にショックでかいんだよ。俺はアライグマくんか何かなのか。

 

 それにしてもまさかオルコットが俺の居眠りを見破っていたとは。告げ口しようとしたところについつい怒鳴ってしまったけど、さすがにやり過ぎだったなあれ。

 

 ともかく織斑先生に言ってないなら良いんだけど。にしても何の話をしていたんだろうか。全く聞いてなかったから適当に受け答えしちゃったけど、まぁ俺には関係ないよね?

 



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3話

猛者が多過ぎて怖いです。


 何か新しい机を手に意気揚々と教室に戻ったらクラス代表決定戦とかいうのに参加する事になっていた。

 織斑先生がそれはそれは楽しそうに教えてくれたのが印象的で。それに対して俺はただそうですか、と答えるしか出来なかった訳で。正直に言わせて欲しい。

 

 ――――訳が分からないよ。こんなの絶対おかしいよ。

 

 しかも相手はあの代表候補生のオルコットともう一人の男子である織斑とらしい。

 代表候補生と一般男子二人……新手のいじめなのかと疑いたくなる。一般人が専用機持ちの代表候補生に勝てる訳ないだろう、どう考えても。

 恐らく教室を出る前に聞かれた織斑先生の話はこれだったのだろう。適当に返事した結果がこれである。あたしってほんと馬鹿。

 

「うわっ、来た」

「あ、あれが噂の……!」

「目付きこわっ」

 

 さて、食堂に到着したのだがここでも俺は間違った方向で人気らしい。食券買って列に並んだ瞬間、モーゼの如く道が開かれたからだ。

 

 人の顔見てうわっ、とか言うのやめろ。マジで傷付くから。顔の話はやめろって。

 

 出来上がった道をのそのそと歩いていく。一歩進む度に俺に関するよろしくない噂が耳に入ってくるのは気にしない。

 これが横入りだとは分かっているが、俺がいると上手く回らないという事も分かっている。さっさと食事を受け取ってこの場を去るとしよう。

 

「…………」

「…………?」

 

 そうして混んでいる列をスルーして食券をおばちゃんに手渡した時だった。

 何かやたらとジロジロ見られてる。頭の先から足の先まで。おはようからお休みまで。うん、何か違うな。

 

「なんだい、あんた一人で食べるのかい?」

「…………ええ」

 

 唐突に言葉のボディブローがおばちゃんから放たれた。もうなんか、辛い。ひたすらに辛い。俺じゃなければ泣いていた。

 

 違うし。ぼっちじゃないし。ただ孤高なだけだ。孤狼でもいいけど。

 

「そんな元気ないから友達も出来ないんだよ! これ食べて元気出しな!」

「……ありがとうございます」

 

 渡されたのは漫画みたいに盛られた山盛りのご飯と多めの定食。ていうか俺だけお椀じゃなくて丼の時点で色々おかしい。

 いっぱい食べればその分元気になるだろうという寸法のようだ。そんなんで元気になるんだったら苦労はしてないが、この好意はありがたく受け取ろう。

 

「な、なぁ」

 

 辺りを見渡すとすこぶる良さげな場所を発見した。人気が少なく、周囲にも気付かれにくい、なんて素敵なんだ。俺が孤高に生きていくための重要なスポットに違いない。そうと決まればこそこそ作戦です。

 

「あ、あれ? おーい」

 

 僕、櫻井春人。幸せ探して約十六年。あそこで一人ご飯を食べたら幸せだろうなー。

 はぁー……し、あ、わ――――

 

「おーい!」

「……ん?」

「うおぅ!?」

 

 せ?

 

 物凄く近くで騒いでるのがいるから何だろうと振り向けば、やたら狼狽えている男がいた。

 

 織斑一夏、世界で初の男性IS操縦者。更には世界最強である織斑先生の弟との事。そして爽やかイケメン。何だこいつ、主人公要素が多過ぎてどうしていいか分からん。

 

「う、うるさかったのは悪かったけど、そんなに睨まないでくれよ」

「……これは生まれつきだ」

「そ、そうなのか。良かった……」

 

 どうやら振り向いた時に目付きが相当悪かったらしく、怒っていると勘違いしているらしい。

 最早お決まりとなりつつある定番の台詞を言うと織斑は一安心したように強張っていた顔を綻ばせた。

 

「……で、何の用だ」

「ああ、一緒に飯食べようぜ!」

 

 眩しいばかりの笑みと共にサムズアップ。

 やはりイケメンがやると絵になるな。妬ましい、爆発しろ。

 だがいいだろう。俺としても仲良くするのは吝かではない。態々嫌われるなんて事をする気もないからな。

 

「……別に構わない」

「そうかっ! じゃあこっちだ!」

 

 既に席は確保してあるようで織斑は早足で先へ行くと、満面の笑みを浮かべてこっちに来いと手を振ってくる。大勢いる食堂の中で。

 

 おい、やめろ。変に注目浴びてるだろ。何て事をしてくれたんだ。せっかくのこそこそ作戦が哀れ失敗に。

 とにかく織斑のアレを止めるためにも早く行くとしよう。

 

「さ、座ってくれ」

「……失礼する」

「う、うむ」

 

 織斑が待ち受けるテーブルに着くと俺と織斑以外にももう一人いた。長い黒髪をポニーテールにした少女はそわそわと何処かぎこちない様子でいる。

 

 誰なのかと内心首を傾げているとそれに気付いたのか、織斑がああ、と短く声を漏らした。

 

「こいつは篠ノ之箒。俺の幼馴染なんだ」

「そ、その箒でいい」

「……分かった、俺も春人でいい」

「俺は一夏でいいぞ!」

 

 暗い表情で箒はおそるおそるそう言い、対照的に織斑は底抜けに明るく言ってくる。

 

 天然っぽい織斑は放置しといて、何故にこの箒という少女はこんなにもビクビクしているのだろうか。そんな俺の疑問を解くべく、織斑が代わりに口を開いた。

 

 クエスチョン、何故箒は怯えているのか?

 

「箒、春人は別に怒ってないぞ?」

「えっ、そうなのか? てっきり怒っているものだと」

「…………これは生まれつきだ。気にするな」

 

 アンサー、俺の目付きが悪いから。

 

 くそっ、どうなってんだ。どれだけ悪いんだよ。俺は目で殺せる感じなのか。ランチャーのサーヴァントなのか。でじこなのか。

 それにしても今日だけで同じような言葉何回言われるんだろう。その度に俺の心が抉られていく。私は悲しい。(ポロロン)

 

 まぁ俺の傷心はいつもの事なのでさっさとこの飯を食べるとしよう。

 

「何故春人だけそんなに多いのだ?」

「……サービスらしい」

「へー、食べきれるのか?」

「……出された以上は食べるだけだ」

 

 食事を取ろうとすると二人からの質問攻めに遭う。こいつらからしても俺は珍獣のようだ。

 それはさておき、正直な話こんなに話し掛けられた事ないから食べていいタイミングが分からん。

 

「あー……クラス代表決定戦とかどうするかなぁー」

「全く、何の考えもなしにやるとか言うからだ」

「いや、だって春人がやるって言った手前、俺だけ引き下がる訳には行かないだろ?」

「それはそうだが……」

「…………」

 

 やがて話は自然と一週間後に行われるクラス代表決定戦へと。当事者二人もいればこの話題になっても仕方ないだろう。

 俺は漸く来た食事の時間に今だと頬張る。気分は餌を前にして待てを言われていた犬だ。量も量だし、焦るように箸を進めていく。

 

 しかし、織斑の言葉の通りなら二人はどうも勘違いしているらしい。ただ話聞いてなかっただけなんだけど。そもそもやるって言ってないし。まぁ訂正するのも面倒だから放っておこう。いいか、俺は面倒が嫌いなんだ。

 

「やっぱりやるからには勝ちに行くだろ。な、春人?」

「……ん」

「ふふふ、一夏は変わってないな……」

 

 箒は織斑の言葉を聞くと嬉しそうに微笑む。懐かしむように、少し遠い目をしている彼女の目には在りし日の二人の思い出が見えているのかもしれない。

 

 ていうかさっきから気付いていたけど、箒は織斑の事が好きなようだ。初見の俺が気付いたくらいだから相当分かりやすいのだが、どうにも織斑本人は分かっていない。こいつ、鈍感系主人公か。

 

 二人は幼馴染だと言っていた。更に言うなら、どうにもこの学園で再会したらしい。運命的やん。もう主人公確定やん。こんな美人が幼馴染とかギャルゲーの主人公か。

 いや、もっと言うと女性だらけの学園に入れた時点でエロゲーだな。

 …………そこだけ見れば俺もだった。でも何か俺は違う気がするぜ。ちくせう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに再会した一夏との食事はとても楽しいものだった。今まで一人だった事からすれば誰かと食べる食事はこんなにも美味しいものかと気付かされる。それが想い人なら尚更、という事らしい。

 

「そうだ。箒、久し振りに俺に剣道教えてくれないか? 全国でも優勝した腕前、見せてくれよ。春人も一緒にどうだ?」

 

 だが浮かれていた気分も何気ない一言で地に落とされる。

 切っ掛けは食事中の一夏の言葉だった。クラス代表を決める戦いに余程負けたくないのだろう。こいつは昔から負けず嫌いだった。

 

 私の家の道場に入門してきた時も私に負けてられないと良く突っ掛かってきたものだ。何度も勝負した。何度も何度も。

 

「い、一夏……私は、その……その、申し出はありがたいが……」

「? どうしたんだ、箒?」

「いや、その……」

 

 そんな幼馴染の変わらぬ一面を見て喜ぶ一方で私は恐怖していた。

 一夏は何も知らないのだ。全国優勝したという事は知っていた。だから全く知らないのもおかしな話なのだが、それでも何も知らない。

 

 ――――私が暴力で優勝した事を。とてもじゃないが褒められたものではない。

 そんな私が剣を教える。あの真っ直ぐで綺麗だった一夏の剣を汚してしまう。

 恐らく剣道なんてやった事がない無垢な春人も汚してしまう。私の暴力の剣で。

 

 そう思うと怖かった。汚してしまうだけじゃない、私に愛想を尽かされるのではないかと思うと怖かった。想像するだけで震えが止まらない。

 

「わ、私は……」

「箒?」

 

 私は手にしていた箸を置くと、震える手をぎゅっと握り締めた。多くの人を暴力で傷付けた私のこの手は自分が傷付くのを何よりも恐れている。身勝手な人間だ。都合のいい女だ。

 

 その時、ふと春人と目が合った。相変わらず鋭い目付きだが、何処か心配そうに見ているのは私の気のせいではないだろう。

 都合のいい私は無意識の内に心配してくれている春人に助けを求めていたのかもしれない。

 

「……悪いが俺は断る」

「な、何でだよ!? 勝ちたくないのか!?」

 

 私の不安に応えるように安心しろ、と優しく目で語り掛けてくると春人はそう言った。

 それに黙ってないのが一夏だ。女尊男卑を嫌う一夏にとって今の回答は納得行くはずがない。何かをする前から既に女性に屈したと考えたからだ。

 

 でも、本当は違う。春人は私に気を使ってくれたのだ。でなければあの安心しろと言った目は嘘になる。

 

「……やった事もないものをやったとしても付け焼き刃にしかならん」

「う、うぅん……そう言われればそうかぁ」

「……こっちはこっちで勝手にやる。お前は自分の心配だけしてろ」

「分かったよ。じゃあ箒、俺だけでもいいか? 頼むよ、この通り!」

 

 春人は適当な嘘を並べて一夏を納得させると、再度私に頼み込んできた。一夏に頼りにされていると思うと嬉しい反面、やはり恐ろしくもある。

 ちらりとまた春人を見ると再び目が合った。今度はやってみろと言っているようだ。一夏を信じてみろと。

 

「い、一夏……。わ、分かった。お前がそこまで言うのなら……」

「お、おお。サンキューな!」

 

 嬉しそうにしている一夏を見て思わず顔が緩む。そんな私を見て春人は静かに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、一夏……私は、その……その、申し出はありがたいが……」

「? どうしたんだ、箒?」

「いや、その……」

 

 なんと箒は剣道で全国優勝するほどの腕前を持っているとの事。

 今織斑がクラス代表決定戦で勝つために教えてくれと懇願してるところなのだが様子がおかしい。明るい表情から一転、どんよりと曇りだす。

 

「わ、私は……」

「箒?」

 

 箸を置くと震える手を抑え込むように両手で握り締めた。完全に何かに怯えている。織斑も気付いたらしく、首を傾げている。

 その時、ふと箒と視線が交差した。怯えきったその綺麗な瞳は今にも泣きそうにゆらゆらと揺らいでいて。

 

 ――――怯えてる原因どう見ても俺やんけ。

 

 ステイステイ。さっきまで比較的普通に話していたのに何故だ。何のスイッチが入ったんだ。随分ディレイしてやってきたな。このパターンは初めてだ。

 だが安心しろ箒よ。俺の答えは既に決まっている。

 

「……悪いが断る」

「な、何でだよ!? 勝ちたくないのか!?」

 

 俺の答えに納得出来ない織斑は両手をテーブルに叩き付け、勢い良く立ち上がった。

 するとただでさえ注目を浴びていた俺達に更なる視線の雨が降り注ぐ。

 

 おい、こら、やめろください。織斑のせいで変に注目浴びてて、辛いのが痛いになってるんだよ。こちとらダメージ負ってんだよ。

 

「……やった事もないものをやったとしても付け焼き刃にしかならん」

「う、うぅん……そう言われればそうかぁ」

 

 俺の言葉に一理あると思ったらしく、織斑はあっさりと引き下がる。この一週間でどうにか剣を振れるようにしろと言うのが無理な話を分かってくれたみたいだ。

 

 もっと言うと二人きりにしてやるからさっさとお前らくっ付けよという意味合いが含まれているのだが、鈍感の織斑には分かるまい。

 

「……こっちはこっちで勝手にやる。お前は自分の心配だけしてろ」

「分かったよ。じゃあ箒、俺だけでもいいか? 頼むよ、この通り!」

 

 頭を下げる織斑に対し、箒は再び俺の方を見た。まるで良いのかと聞いてきているような箒の瞳。その瞳をじっと見て俺も答えた。

 

 ええんやで。存分にイチャイチャしなさい。あとで爆発させるけど。

 

「い、一夏……。わ、分かった。お前がそこまで言うのなら……」

「お、おお。サンキューな!」

 

 笑顔を浮かべる織斑に釣られて箒も頬が緩んでいる。何とも微笑ましい。

 そして妬ましい。俺以外の唯一の男子がリア充とか何やねんそれ。こんだけ分かりやすいのに気付いてないの織斑だけだからね。百円渡すから殴らせて欲しい。

 

「……一足先に失礼する」

「えぇ!? もう食べたのか!?」

「あ、あれだけの量をか……」

 

 目の前で繰り広げられる幼馴染の会話を適当に聞き流し、さっさと完食させた俺。驚く織斑と箒を残して食堂を後にした。

 

 向かう先は人目に付きにくい外の木陰。そこで横になると空を見上げる。

 綺麗な青空、ぽつりぽつりと浮かぶ白い雲。俺の大好きなこの光景はいつ見ても飽きさせない。

 

「はるるん、お外でお昼寝するのー?」

「……そうだな」

 

 木陰の下で横になっている俺に布仏はすぐ傍まで近寄り、こちらを見下ろしてくる。名前は授業で先生達が言ってるので覚えた。

 木漏れ日の中でゆったりと微笑む彼女はそのまま近くに腰を下ろそうとしている。どうやらここに居座るつもりらしい。

 

「……汚れるからこれでも敷け」

「わぷっ」

 

 上半身だけ起こすと制服の上着を布仏に投げるも、上手く取れなかったために頭から制服の上着を被ってしまう。

 

「えへへ。ありがとう、はるるん」

「……ん」

 

 そんな事をされてもやはり笑顔の布仏。言われた通りに俺の上着を地面に敷くとそこに体育座り。抱えた膝に頭を乗せてじっと俺を見ている。

 

「…………何だ?」

 

 布仏、貴様見ているな!

 

「何で教室で寝ないのー?」

「……俺がいたら皆に悪いだろう」

「んー、そっか」

 

 俺が教室にいたら他の皆が警戒して休めない事くらい分かる。だったらいないほうがいいだろう。それと俺もこっちの方が楽ってのもあるし。

 

 答えると間延びした声で納得したと言う布仏だったが、未だ俺を見続けている。

 

「……今度は何だ?」

「はるるんは優しいね」

 

 唐突に言われたその言葉はからかっている感じでもなく、やたらと自信に満ちたものだった。

 

 優しいってそんなん言われたの初めてだし、よく分からんな。別にそんなつもりもなかったしな。

 

「……知らん」

「大丈夫だよ。今は皆怖がってるけど、すぐにはるるんが優しい人だって分かるよ」

 

 えぇー、本当にござるかぁ?

 それにしても布仏はストレートに感情をぶつけてくる。聞いてるこっちが恥ずかしい。

 



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4話

R・H改めトッポの人(R・H)です。

(皆さんの感想が)私の迷いの霧を……晴らしてくれたのだよ。(マクギリス感)


「く、訓練機ですか?」

「……はい」

 

 休み時間に職員室へ行くと山田先生にビクビクされながら聞き返された。

 今にも泣きそうなその表情は、まるで俺が山田先生に何か悪い事をしているのかと錯覚させる。

 

 いや、まじで話し掛けただけなんだよ。何もしてないし、何もする気はない。

 ただせっかくIS学園に来たんだ。一日でも早くISに乗らなければ損だろう。一週間後のクラス代表決定戦もあるしね。

 

「その、す、すみません。訓練機ですが、一週間は貸し出し出来なくて……」

「……何故ですか?」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 早い者勝ちなんです!」

 

 俺の問い掛けに必死に謝りながら答えた山田先生。その様子に他の先生がジト目で見始める。大声でそんな事言われればそうもなるだろう。

 

 先生、やめてください。死んでしまいます。

 

 さて、山田先生が言った早い者勝ちという言葉。言われてみればそうだ。

 ISは数に限りがある上、この学園にいるのはIS目的で入学しているんだから皆が皆触ろうとする。更には上級生もいるから競争倍率は非常に高い。

 

「で、でも櫻井くんには訓練機がずっと貸し出される予定ですので」

「……一週間後に、ですよね?」

「そうですぅ……」

 

 俺がそう言うと涙目でしょんぼりとした。声も最後の方は本当に力なく項垂れるようで。

 

 うん、詰みましたね。元から勝ち目なかったけど、こてんぱんにやられるフラグが立ちました。

 さて、どうしたものか。俺としては負けた方がいいのだが、織斑にやる事はやると言った手前、あっさり引き下がる訳にもいかない。

 

「……代表決定戦までに何かする事ってありますか?」

「えっ? えっと……やっぱり仕組みを理解する事ですね。それとイメージトレーニングもいいです、よ……?」

 

 突然でもないが、質問すると自信無さげに答えてくれる。やはり最後の方が力なく、弱々しい。

 だが怖がりながらも、一生懸命俺に教えようとしてくれるこの人はいい先生だ。自信がないのは多分まだ若いから経験がないだけで。あと俺の目付きが悪いだけ。くそが。

 

「……分からない事があったら聞きに来ます」

「は、はいぃぃぃ……」

 

 でもやっぱりその怖がるのやめてほしい。その術は俺に効く。だからやめてほしい。大事な事だから二回言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず山田先生に言われた通り、まずは入学前に貰っていた教本と睨めっこしていたのだが……。

 

 ふと辺りを見渡せば日は暮れ、夕焼けが目に刺さる時間帯となっていた。簡単に言ってしまえば放課後である。

 当然、そんな時間だから周りには誰もいるはずがなく。俺は一人、教室で佇んでいた。

 

「くぅー……くぅー……ぅんん」

 

 訂正。どうやら俺一人じゃなかった。拡げていた教本を閉じれば俺の机に突っ伏して寝ている布仏の姿。

 春とはいえまだこのまま寝るには寒いのだろう、身体を震えさせている。

 

「……起きろ」

「んー……もう少しー……」

「……はぁ」

 

 声を掛けても、揺さぶっても返事するだけで起きようとしない。仕方ないのでまた制服の上着を脱ぐと、そっと布仏の両肩に掛けた。

 

「にへへ……くぅー……」

 

 すると僅かに身動ぎした後、また穏やかな寝息が聞こえてくる。もう寒くはないようだ。

 しかし、おかげで布仏が起きるまで待たなくてはならなくなった。

 

「……はぁ」

 

 もう一度溜め息を吐くと、乱暴に席に座って空を見る。

 目に映る黄昏時の空もいいが、もう見るだけでは物足りない。飛べると分かったのだから早く飛びたいが、それも一週間はお預け。

 

「……早く飛びたいな」

 

 自然とそう呟いていた。

 俺と俺の翼だけの空。そんな夢の舞台が目の前にあるのにまだ立つ事は許されない。凄くもどかしかった。

 

「あっ。よ、良かった、まだいたんですね!」

「……山田先生?」

 

 空に焦がれていると慌ただしく山田先生がやって来る。どうやら俺を探していたらしい。

 

 それと違うな……間違っているぞ。まだいたんじゃない。気付いたらこんな時間になっていただけだ。本当だったらもう帰っているのです。帰宅部エースの実力、侮らない方がいい。

 

「あの、これ……寮の鍵です」

 

 恐る恐る差し出して来たのは寮の鍵との事。鍵には番号が書いてあり、そこに対応する鍵なのだろう。

 

「……一週間は自宅から通うと聞いていましたが」

「そ、そうなんですけど、事情が事情なので一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいです」

「……そうですか」

 

 事情……か。彼と彼女の事情なのか。彼女いないけど。まぁよく分からんが、大体分かった。今日から寮暮らしになったと。

 しかし、問題もある。

 

「……どちらにせよ、一度帰宅しないと荷物が――――」

「荷物なら私が手配しておいた。まぁ生活必需品だけだがな。着替えと携帯の充電器があれば充分だろう」

 

 ――――何故俺がそれだけあれば生きていけると分かったし。的確すぎて草を禁じ得ない。

 さすが世界最強といったところか。僅か一日でそこまで見抜くとは恐るべき観察力。

 

 それから寮の説明を簡単に受けて、織斑先生が持ってきてくれたスポーツバッグを手に寮へ行こうとしたところで布仏の存在を思い出した。

 

「……もう行くぞ」

「んー……」

 

 ここで俺がいなくなれば本当に寝たままになるだろう布仏をどうにかしなくてはならない。

 どうにか起きた布仏は未だ眠たい目を擦り、必死に起きようとしている。

 やがて諦めたのか、両手を拡げて気だるげな声でこう言ったのだった。

 

「はるるん、おんぶしてぇ……」

「……自分で歩け」

「うぅ、やだー」

「……はぁ。ほら」

「わーい、ありがとー!」

 

 あれ、実はこいつもう眠くないんじゃね?

 

 布仏からの元気な返事に疑惑が浮かび上がるも、それももう遅い。既に布仏は元気に俺の背中に乗っかったのだから。

 でも――――

 

「……やっぱり降りろ」

「えぇー、やだー」

 

 俺が降りろと言うとあからさまに不満たっぷりな様子。しゃがんだままだが一向に首に回した腕を離さない辺り、降りる気はないらしい。

 

 こ、こいつ、着痩せするタイプだったのか。ていうか女の子おんぶするんだから当然そうなるよな。くそ、俺は馬鹿だ。

 

 ならばとせめて早く行って早く終わらせようと立ち上がった俺に新たな注文が届いた。

 

「おおー、これがはるるんの景色なんだね。ね、ね、ゆっくり行こー?」

「…………分かった」

「……んー? まぁいっか」

 

 どうやらおんぶして見える景色が楽しかったらしく、ゆっくり行こうとお願いしてくる。

 了承の返事をすると何か気になる事でもあったのか僅かの間だけ首を傾げた。

 

「楽ちん楽ちんっ」

「……そうか」

 

 ゆっくりと寮への道を歩いていると随分と上機嫌そうだ。俺が抱えている足もパタパタと動かして無邪気な子供のようにしている。実際の年齢よりも幼く見せていた。

 

「ありがとうね、はるるん」

「……ん」

「また明日ね」

「……ああ」

「ほ、本音、大丈夫なの!?」

「何がー?」

 

 周りから白い目で見られるも何とか布仏の部屋まで送り届ける。同居していた女子からやはり恐れられていたが、終わったのだからもういい。もうこんな事にはならないだろう。

 

 自分の荷物を担ぎ直して割り振られた部屋に向かう途中。

 

「あっ」

「……ん?」

 

 今度はオルコットに見つかってしまった。

 俺に用があるのか、何処かばつの悪そうな様子でこちらを伺っている。

 こっちも見つかってしまったとの通り、あまりこの展開は宜しくない。昼以降、こうして会うのがこれが初になるからだ。

 

 やべぇ。昼前に怒鳴ってから一度も会話してなかった。き、気まずい。

 だって来るって言ってたじゃん。後で来るって言ってたじゃん。多分怒鳴ったから怖くて来られなかったんだろうけど。

 

「あの……お昼前の事なんですが――――」

「……怒鳴ってしまってすまなかった」

「っ!?」

 

 オルコットが口を開いて何か言う前に謝っておく。先手必勝というやつだ。あれは本当にやり過ぎたっていうのもあるしね。

 

「そんな、謝るのはわたくしの方で……!」

 

 俺が謝るとやたら驚いた表情でオルコットが食い付いてくる。胸に手を当て、あれは自分が悪かったのだと。謝る必要なんてないのだと。

 

 俺はそれに一人感激していた。

 なんて素直で良い子なんだ。あの状況では俺の居眠りを報告しようとしたオルコットがどう見ても正しいというのに。

 それにしても怒鳴った影響か、俺が正しいと思っているようだ。そんな事ないぞ、落ち着け。

 

「……オルコットは悪くない」

「ですが……」

「……何も言ってないんだ。それでいいだろう」

「――――」

 

 ダメだ。何かギアスにでも掛かってんじゃないのかってくらい曲げねぇ。俺は絶対遵守のギアスを持っていたのか。雑だがとにかく話を切り上げよう。

 

 俺の言葉に目を見開いて唖然とする彼女は口元に手を当ててやんわりと微笑む。

 とても休み時間に眉間に皺を寄せて色々言ってきたのと同じ人物とは思えない、穏やかなものだった。

 

「――――あなたは不思議な方ですのね」

「……そうか?」

「ええ、とっても」

 

 待ってくれ。今の会話の何処に不思議属性があったんだ。もう定着しているからなのか。どうしてこうなった。クランク二尉、ボードウィン特務三佐、私を導いてください。

 

「……もう、いいか?」

「あっ、すみません。足止めしてしまって」

「……いや、構わない」

 

 もう後戻りなんて出来ないのだと知り、ショックを受けた俺は足早にこの場を去ろうとする。

 と、そこで一つ言い忘れていた事があったのを思い出した。これはどうしても今言わなくてはならない。

 振り返った俺はまだそこにいるオルコットへ。

 

「……言わないでくれてありがとう」

「っ!」

 

 感謝の言葉を送った。

 

「待ってください!」

「……ん?」

「何故、何故あの時止めてくださったのですか……?」

 

 すると何故だろうか、先程は立ち去るのを止めようとしなかったのに今度は止めに掛かるオルコット。更には何故止めたのかとも。

 

 ぅん? いや、居眠りしてたのを報告しようとしてたからなんだけど。

 何だ、何かが違う気がするがまぁいい。

 

「……言っていたら雰囲気が悪くなるだろう」

「あっ――――」

 

 もし言われてたら確実にもっと恐れられていたからね。もっとも、もう既に手遅れなところまで来てるけど。何でやねん。

 

 何も言わなくなったので今度こそ去っていく俺の背後からぽつりと呟くようにして聞こえてきた。

 

「本当に、不思議な方……」

 

 だから今の会話の何処に不思議属性があったんだよ。誰か俺に教えてくれ。

 

 オルコットとの会話も終えて漸く自分の部屋に辿り着いたのだが、周りからの視線が痛い。

 多分俺が何処の部屋に行くのかを見ているのだろう。そこに近付かなければいいという事だ。触らぬ神になんとやらである。

 

 寮の部屋は二人部屋だ。山田先生が説明の時にそう言っていた。だから俺の相手は織斑なのだろう。

 しかし、途中で会ったが織斑はどうも箒と同じ部屋らしい。つまりはここは俺の一人部屋である。やったぜ。

 

「……?」

 

 俺がドアノブに手を掛けた瞬間、扉が一人でに開いてきた。何という画期的な自動扉なんだ。

 

「わっ……!」

 

 そんな訳もなく、開けた先には少女がいた。

 水色の髪の眼鏡を掛けた、内気そうな少女は俺の顔を見るなり小さく声を上げて驚く。

 

 まぁ俺だからね。仕方ないね。

 

「……君もこの部屋なのか?」

「う、うん……」

 

 やばい、凄く馬鹿な事を聞いたぞ。この部屋から出てきたのにあなたの部屋ですかって。違っていたらやばいだろ。

 落ち着け。何で俺の部屋の相方が女子なんだ。どう考えてもおかしいだろ。このご時世で訴えられたら確実に負ける。

 

「その、部屋に入ったら……?」

「……いいのか?」

 

 俺の問い掛けに頷いて答える少女。やはり若干怯えているがこれまでに出会った女子と比べると大分大人しい。

 

 何だ、天使か。天使と相部屋とか罪深いな。

 アクセス、我が(sin)。何も起きないけど。

 

 さて、ふざけてないで部屋に入るとしよう。

 この少女が几帳面だからなのか、パッと見てもどちらのベッドを使っているのかよく分からない。

 

「……どっちのベッドを使っているんだ?」

「奥の方……」

「……そうか」

 

 じゃあ手前の方を使わせてもらうとしよう。

 手前のベッドに荷物を置くととりあえず中身を確認していく。

 

 ……うん。本当に着替えと携帯の充電器だけだな。着替えも一週間分しかないし、休みの日に取りに行かなくては。

 

 荷物の確認もそこそこに俺は運動用のジャージを手に浴室へ。天使の前で着替えるとか出来ないよ。

 

「……少し、走ってくる」

「うん……」

 

 短く告げると、同居人も短く答えてくれた。気のせいでなければ俺と同じ孤高の匂いが同居人からするような。気のせいだろう。

 

 グラウンドに出るとしっかり準備体操をしてから走り出す。とりあえずいつもの二〇㎞を走る事に。

 

「……ふむ」

 

 走ってて思う。女子と相部屋はまずいだろ。常識的に考えて。相手俺だぞ。

 たしか織斑先生が寮長だったはずだ。そうと決まれば全力で走ってノルマを終わらせますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダメだった。織斑先生の恐怖を乗り越えて話し掛けたけど、ダメだった。少なくとも一ヶ月はこのままらしい。

 くそ、天使になんて可哀想な事をしやがる。主に俺が可哀想な事させてるんだけどね。

 

「……これでいいか?」

「これでいい……」

「……分かった」

 

 部屋にあったパソコンを使って共同部屋のルール表を作ったので、天使こと更識に確認してもらう。

 だが、せっかく作った表も一瞬だけしか見てくれなかった。それどころではないようだ。

 

 さっきから何かの作業を行っているが、それが上手くいってないっぽい。イライラしているのはそれのせいなんだろう。

 さて、どうしたものか。今までルールを作る上で多少なり会話があったが、今はもう静かなものだ。正直な話、静かすぎて辛い。

 

 という訳でこの状況を打開すべく、脳内俺会議をしよう。

 目を閉じれば白い長テーブルに数人の俺が座っている映像が。恐ろしい。

 答えが出るのに時間は掛からなかった。立ち上がると早速準備を始める。

 

「……ん」

「えっ……? 紅茶……?」

 

 そう、更識が言った通り、俺が差し出したのは温かい紅茶。立ち上る湯気と紅茶の良い香りが口元へ誘う。

 更識の分を手渡すと未だ不思議そうに見上げてきた。そのままベッドに座るまで俺を目で追い掛けて。座ると同時に俺の口が開いた。

 

「……少しは休め」

「ありがとう……」

 

 ちなみに何で紅茶なのかというと、脳内会議したら上座に座るオールバックの俺がこう言ったのだ。

 

「同居人だ。まずは紅茶でも淹れようか」

 

 ……うん。何か藍染様みたいなのがいただけなんだけどね。しかもこれインスタントだし。味の保証は出来ない。

 少しでも更識の気休めになればいいんだが。

 

 俺の心配を他所に更識が両手で持ったティーカップに口をつける。口から離すと気のせいか、目元が少し柔らかくなった。

 

「美味しい……」

「……そうか」

 

 天使からのまさかの美味しい発言。インスタントって侮れないんだなって思いました。

 

 そこまで見届けると俺はイヤホンをセットして殻に籠る準備。山田先生に言われたイメージトレーニングをするのだ。曲はテンション上がるやつでいこう。

 

「ぅん……?」

 

 目を閉じれば今度は広大な青い空が映る。そこにはラファール・リヴァイヴを纏った俺が空中に浮かんでいる。

 俺と俺の翼だけの空だ。この最高の舞台を――――

 

「何してるの……?」

 

 突然肩を叩かれたと思いきや、更識との顔がこれでもかというくらいに近い。

 多分伝わらないが、どぎまぎしながらも答える事に。

 

「……イメージトレーニングだ」

「イメージトレーニング……ISの……?」

「……そうだ」

「そう……」

 

 答えると興味をなくしたのか、また謎の作業を始める更識。俺もまたイヤホンを付け直して再び空のイメージをする。

 

 それにしても向こうから話し掛けてきたのなんて初めてではないだろうか。これも紅茶の効果なのか。藍染様ってすげー。




とりあえず今後の投稿予定でも。

基本的に週一程度にする予定です。
休み明けの平日、時間は朝7時です。

何かしらでつれぇわってなったら後書きにでも遅れそうな雰囲気を出しますね。


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5話

聞こえますか……人の子よ……。
今、あなたの心に直接呼び掛けています……。
きっと人気になるであろう作品のタイトルを思い付きました……これで書くのです……。

タイトルは『布仏本音は天使である』です……。

間違っても鬱展開をやってはいけませんよ……。


 翌日、朝早くに目を覚ました俺はぼんやりとしたままの頭で辺りを見渡す。

 見慣れない部屋に僅かの間だけどういう事かと頭を悩ませるが、直ぐに寮部屋だと思い出した。

 

「……さて」

 

 首を二、三度鳴らして日課のトレーニングでもしようとしたところでもう一つ、重要な事実を思い出した。

 そう、この部屋に住んでいるのは俺だけではないという事を。同居人が寝ているであろう、ベッドへ視線を向けると――――

 

「すー……すー……」

 

 静かに寝息を立てて眠る天使がいた。その光景は思わず時間を忘れて見てしまうほど。

 

 あれだ。これはマクギリスが見たらやたら得意気な顔であれは天使だ。って言っちゃうくらい天使だ。断言出来る。

 

 寝顔が天使に加えて夜遅くまで何かをやっていた更識を自分の都合で起こすのは忍びない。

 そう判断した俺は静かに着替えると、やはり静かに部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず十㎞程度走ったところで人目につかなそうな森を見つけた俺はそこへ入っていく。

 

「……よし」

 

 辺りを見渡して周囲に人がいない事を確認してから見よう見まねで空手の型のように構える。言ってしまえば悪い意味での適当にだ。

 

「すぁあっ!!」

 

 右の正拳から始まるこれまた適当な乱打は風を巻き起こし、周りの草や枝を揺らす。

 

 うん、身体の調子は良さそうだ。思った通りに動けてる。さて、ちょっと技でも行こうか。

 

 乱打を一度止めると深呼吸を一つ。

 心も身体も落ち着いたところで再び乱打が始まる。しかし、今度は手順が決まっているのだ。

 

「ふっ!」

 

 鉤突き、肘打ち、両手突き、手刀、貫手、下段回し蹴り、中段回し蹴り、下段足刀、踏み砕き、上段足刀! 以降、それの無限ループ!

 その名も煉獄。れ、ん、ご、く!

 

 七種類ある連撃パターンの二つを選んでやってみた。先程までの適当な乱打と違って、何をすべきか分かっている分、速度も多分威力もこちらが上だ。威力は誰かにやった事ないから分かんないけど。

 これまでこのパターンのみを重点に練習した賜物か、流れがスムーズになっている気がする。そろそろ他のパターンを練習してみるのもいいかもしれない。

 

「……そろそろ戻るか」

 

 さて、気付けばもういい時間になっている訳で。そろそろ戻って準備しないと遅刻する可能性もある。

 本当はガーベルコマンドーのソニックフィストの練習とかもしてみたかったのだが、出来る訳ないしいいか。

 

「……ん」

「いったぁ……!」

 

 帰り道をまた走っていると道端で踞る女子がいた。右足を抑えているところを見るとどうやら怪我をしたらしい。

 

 ていうかあの子はたしかクラスの女子だったはず。自己紹介を聞いてなかったから名前は分からないが、間違いない。

 

「……大丈夫か?」

「えっ、うひゃあ!?」

 

 心配して声を掛ければ、俺の顔を見るなり痛みで引きつっていた顔が恐怖で引きつる。そして俺から逃げようと後退る。

 彼女からすれば俺は追い掛けてきたジェイソンか何かなんだろう。

 

 うん、まぁこれくらいは予想通りだから平気だ。最悪、絶叫されると思ってたがそんな事もなかったぜ。変な声は上げられたけど。

 

「……立てるのか?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、どうか命だけは……えっ? あ、た、多分……」

 

 命乞いしてたクラスメイトは極々当たり前な内容の質問に戸惑いつつも答えた。拍子抜けしたと言ってもいいのかもしれない。

 

 こんなに呆けられるんなら俺も空気を読んで、

 

「知らないのか? 大魔王からは逃げられない」

 

 とでも言った方が良かっただろうか。

 ……うん、確実に泣き叫ぶ事になるだろうな。言わないで良かった。

 

「……そうか。ん」

「えっ、えっ?」

 

 差し伸べた手と俺の顔を交互に見てどういう事なのかと訊ねてくるクラスメイト。

 恐らく織斑辺りがやればすんなり分かるのだろうが、やっているのが俺なので非常に分かりにくいようだ。

 

「……立ちにくいだろう。手を貸す」

「……あっ。ああ、うん」

 

 漸く差し伸べた手の意図を理解したようで、俺の手を掴むとそれを支えに立ち上がらせる。

 怪我をしている右足を地面に着けないようにしているのを見ると相当痛むようだ。このままでは到底一人では帰れそうにない。

 帰れたとしても女性は準備に時間が掛かる。遅刻は免れない。

 

「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ。ほら、この通り、っ……!」

 

 心配しなくてもいいと片足でひょこひょこと歩こうとするが、飛び跳ねるだけで痛むのか苦悶の表情を浮かべる。

 

「ほ、ほらね?」

 

 それでも大丈夫だと女子はやせ我慢して笑顔を浮かべて伝えてくる。大丈夫なのだと。だから手はいらないのだと。

 

 まぁ言いたい事は分かる。誰だって俺みたいなやつの手助けなんか借りたくないはず。

 でもだからと言ってここで引き下がって怪我人を放っておくなんて事したくない。

 

 だから――――

 

「……失礼する」

「へっ? きゃあ!?」

 

 ここから先は俺の我が儘だ。

 

 一応、一言断ってから女子を抱き抱える。

 横たわった女子を両手で持ち上げるこの姿は俗に言う、お姫様抱っこ。

 女子も俺が何をしたのか次第に分かっていき、羞恥で顔が赤く染まっていく。

 

「ちょ、降ろして! 恥ずかしいから降ろして!」

「……俺も恥ずかしいから大丈夫だ」

「それ大丈夫じゃないよ!? 早く降ろしてよ!」

「……ちょっとの間だけ我慢してくれ。直ぐに終わらせる」

「えっ?」

 

 そう言うや否や、やや前傾姿勢になると土埃を巻き上げて駆け出した。

 向かうは寮にいる医務の先生の元へ最速で。大して難しい話でもない。五分以内で着いてやる。

 

「は、はやっ!? スピード落として、スピード!!」

 

 腕の中にいる女子が騒ぎ立てる。まるでジェットコースターにでも乗っているかのような騒ぎっぷりだ。

 俺の服の裾を握り締めているのを見るとかなり怖いらしい。ようは安全バーのないジェットコースターに乗っているのだから当然か。

 

「……俺はこう思っている――――」

「急に何!? それよりもスピード落とすか、降ろしてよ!」

「凄いのは月刊漫画家よりも週刊漫画家、週刊漫画家よりも日刊漫画家だと」

「何の話してるの!?」

 

 速さの話だよ! 受け売りだけども!

 

 行こうぜ、スピードの向こう側によって感じで要望とは逆に速度を上げていく。ただし、ちゃんと周囲の安全を確認しながらだ。

 誰かとぶつかったりして不運(ハードラック)(ダンス)っちまったら大変だからね。

 

 その甲斐あってか、誰かとぶつかるどころか誰とも出会う事なく寮の医務室へ辿り着いた。

 

「んー、いい天気ねぇ」

「……すみません。怪我人です」

「ほ、ほぇぇ……」

「えっ、何この状況」

 

 医務室へ入るなり、日の光を浴びていた先生に突っ込まれるのも仕方ない。

 速さに目を回したお姫様抱っこされている女子に目付きの悪い男。完全に事案発生である。

 

「まぁいいわ。こっちに寝かせて」

「……はい」

 

 だが先生は見てみぬふりをしてくれた。その心遣いは非常にありがたい。

 

 言われた通りにベッドの上に寝かせると早速触診で怪我の箇所を調べていく。未だに女子は目を回したままなので聞くに聞けないからだ。

 

「いっ……!」

「うん、捻挫ね。バケツにいっぱいの氷と水入れてきて」

「……はい」

 

 雑用は任せろー。バリバリ。

 

 今度はバケツを持って食堂まで氷を貰ってくる。行き帰りで怪しいと色んな人に見られていたが、気にしないでいよう。

 持ってきた氷水のバケツに患部を浸けてから少ししてだった。

 

「っ……!」

 

 それまで呆けていた女子が鋭い目付きで俺の顔を睨み付けてくる。その瞳には激しい怒りが渦巻いていた。

 

 さて、何と言われるだろうか。何にせよ、文句は言われなれてるし別に構わないが。

 

「あのねぇ! こっちがゆっくりって言ったらゆっくり運んでよ!」

「えっ」

「あら?」

「すっごく怖かったんだよ!? あれ人が出していい速度じゃないからね!?」

「す、すまない」

 

 お、おお……そこか。怒りポイントはそこだったのか。もっと根本的な話をされるのかと思っていたがそうではなかったらしい。

 

 静かに怒られるのを想定していたのでこの怒り方は意外だ。思わず平謝り。

 

 なるほど、女子はあんな速度で走れないのか。知らなかったぜ。これも日頃から鍛えている成果か。

 しかし、俺の言い分も聞いてほしい。

 

「……だ、だが急がなければ遅刻してた」

「それよりも身の安全だよ!」

「は、はい、すみません」

 

 いや、アレでも凄く気使ってたんですけど。

 多分聞き入れてくれないだろうな。言うのやめておこう。

 

 その後も怒られ続けて気付けば俺は正座で聞かされている状態に。自然とこういう体勢になっていた。

 やがて一頻り言いたい事を言い終えたのか、溜め息一つ吐いて――――

 

「でも、ありがとうね」

 

 先程までの怒りがまるで嘘のように笑顔でそう言ってくれた。

 

「……えっ?」

「何で意外そうにしてるの。そりゃいっぱい文句言ったけど、それでも櫻井くんがここまで運んでくれたでしょお礼を言うのは当然じゃない」

「…………そうか」

「???」

 

 そうか。あれはお礼を言われるような事だったのか。知らなかったぜ。

 

 一人頻りに頷いて納得している俺を不思議そうに見ていたが、女子は吹き出して話を続けた。

 

「それにしても私、櫻井くんの事誤解してたみたい」

「……誤解?」

「うん。櫻井くんが凄く怖い人だって思ってた」

 

 まぁ近所の子供からはラスボス扱いされてたからな。わりとガチな感じで。何度討伐されかかった事か。

 大体ピンチになったら瘴気って言って砂埃巻き上げて逃げてたけど。

 

「でもね、私が文句言っても素直に聞いてくれるところとか、助けてくれたりとか見てたら違うんだなって分かったの。色々変な事言ってごめんね」

「……気にするな。俺は気にしない」

「私が気にするのっ」

「……むぅ」

 

 笑顔から一転、今度はむすっとした顔で言ってくる。良く表情が変わるやつだなと思う。何となく布仏を思い出した。

 

 しかし、困った事にそう言われても俺にはどうすればいいか分からない。こんな事が初めてだからだ。

 ない知恵を搾って必死に頭を働かせていると、目の前に手を差し出される。

 

「握手しよ。それで終わり」

「……分かった」

「これからよろしくね」

「……ああ」

 

 小さな手に触れると暖かさが伝わってきた。

 初めてしたが、握手っていいものだなと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の授業も終えてお昼時。そう、昼食だ。一日の中で俺が最も輝く瞬間である。

 昨日と同じく行列をスルーして、おばちゃんにやはり山盛りの定食を受け取ったら後は場所取り。向かうは昨日見つけた影薄く食べられる場所。

 

 ちなみに昨日一緒に食べようと言ってきた織斑と箒は二人でイチャコラしてたから置いてきた。お腹空いてたから仕方ないねん。

 まぁ二人仲良くしてねといったところで目的地はもう目の前。

 

「あっ……」

「……ん」

 

 グレート、目と目が合っちまったぜ……。

 

 目的地に辿り着けばそこには既に同居人である更識が座っている。ちょうど座っていた場所が柱で死角になっていたから気付かなかった。

 

「どうしたの……?」

「……いや」

 

 どうしたものかと立ち尽くしていれば向こうから当然のように訊ねられる。

 いや、更識は恐らく答えは分かっているのだろう。俺もここで食べたかったのだと。

 

 くそっ、まさか先客がいるとは。そういえば更識も俺と同じ孤高の匂いがするのを忘れていた。とすれば、この場所を知らないはずがなかった訳で。ど、どうしよう。

 

「一緒に食べる……?」

「……いいのか?」

「別にいい……」

 

 まさかの提案に思わず食い付いてしまったが、本当に良いらしい。怯えとかそういうのが一切含まれていないからだ。そこら辺は見慣れてるからさすがに分かる。

 更識はダウナーだけどやはり天使だったのだ。

 

「……失礼する」

「うん……」

 

 短く言葉を交わして対面に座る。やはりいいよと言ったが、緊張しているらしくお互い無言の時間が続く。これは厳しい。

 更識は話題を探しているのか、目が泳いでいる。かくいう俺もあらぬ方向を見ている時点でお察しだ。

 

「あっ……」

 

 そこで初めて俺の持ってきた定食を見たのだろう、山盛りのご飯を見て少し驚いていた。

 

「いっぱい食べるんだ……」

「……食べきれない事もないが、別にこんなに食べなくてもいい」

「じゃあ何で……?」

「……無理矢理大盛りにされる」

「そうなんだ……」

 

 終わっちゃったよ! せっかく天使が会話の切っ掛け作ってくれたのに全然生かせなかったよ!

 

 内心冷や汗だらだらの俺の目に更識の食べているものが映る。やたら大きな器にいっぱい入ったうどんとかき揚げ。正直、女子が食べるには多すぎる。

 辺りを見渡してもそうだ。こんなに大きな器は更識以外誰も持っていない。

 

「……更識も多いな」

「む、無理矢理大盛りに……」

「……そうか」

「ふふっ」

「ふっ」

 

 そうだった。元気がないんだからと俺は大盛りにされたんだ。失礼だがそれは更識にも当てはまる。要するに似た者同士なんだ。

 それに気付いたら二人とも小さく笑みが溢れた。何を緊張していたんだろうか。

 

 大丈夫。この子とならこれからもやっていける。そう確信した昼だった。

 




とりあえず遅れてすみません。
お仕事ががが……なものでやっぱり不定期になります。

一応は前回の予定を目安にやっていくつもりですのでよろしくです。


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6話

 休み時間。教室で一人、黙々と真面目に教本を読んでいればやはりというべきか、こいつがやってくる。

 というよりは俺のところにやって来るのなんてそもそも二、三人しかいないのだがそこは無視。

 

「ねーねー、はるるん」

「……布仏か」

 

 いつものように間延びした声の布仏は、これまたいつものようにニコニコと笑顔で俺に話し掛けてきた。一体全体、何がそんなに楽しいのやら。

 

「お菓子ちょうだいっ」

「……すまない。今日は持ってない」

「えー!? ぶーぶー!!」

 

 えっ、嘘。お菓子持ってないだけでこんなにブーイング受けるの?

 

 目一杯に頬を膨らませて、不満そうに言ってくる布仏。余程俺のお菓子に期待していたようだ。これからはちゃんと補充しておこう。

 とりあえず目の前で騒ぐ布仏を静めるために代わりのアレを出すしかない。

 

「……手を出せ」

「?」

 

 布仏は言われるがまま素直に両手を俺の前に出して、静かに待っている。まるで主人の命令に従ってお座りしている犬のようだ。

 

 俺は待ち構える布仏の両手の上まで右手を持っていき、握り拳を作る。拳を再び開けば何も持ってなかった掌からポトリと何かが落下した。

 

「ぅん? お、おお……」

 

 突然現れたそれを布仏は見て少し驚いていた。頻りに目を瞬かせて、何だろうと。

 やがて落ちてきたのが何か分かると徐々に瞳がキラキラと輝いていく。

 俺はその変化を見届けると、一言。

 

「……飴をやろう」

「わーい!」

 

 それにしても大声で喜びを表す姿を見ていると本当に同年代なのかと疑いたくなる。

 喜ばれるのは嬉しいがこれはかなり恥ずかしい。

 

「何だ何だ?」

「どうしたのだ?」

 

 そのおかげで何事かとクラスの視線が俺の元へ。それだけじゃなく、何故か織斑と箒も俺の元へやってくる。

 恐らく他の遠巻きに見ているやつらの気持ちの代弁者として来たのだろう。勘弁してくれ。

 

「オッレンジ、オッレンジっ」

「ああ、飴をもらったのか」

「うん!」

 

 嬉々として包装から飴を取り出す布仏の姿を見れば態々説明するまでもない。オレンジ味の飴を口の中で転がす布仏はとても幸せそうだ。

 

「うまうまー」

「なぁなぁ、俺達にもくれよ」

「……分かった」

 

 まさか織斑まで飴を欲しがるとは思わなかった。そんなに美味しそうに見えたのだろうか。まぁいいか、まだ数はあるし。

 

 頷くと俺は右手を軽く振るう。

 

「「はっ?」」

「おおーかっこいー」

 

 するとあら不思議、たったそれだけの動作で右手の中指を中心に人差し指と薬指の間に先程布仏にあげたのと同じ飴玉が現れた。

 

「……バレないようにしろよ」

「う、うむ、ありがとう……。しかし、今のは一体何処から……」

「本当だよ……何処から出したんだよ……」

「……それは秘密です」

「何で敬語なんだ?」

 

 そういうものだからね。仕方ないね。

 ちなみにこれは種も仕掛けもあるもので、ちゃんと弾数制だ。飴玉が尽きれば出せなくなる。

 決して手からお菓子を出せる魔法とかではない。この世に枯れない桜なんてないのだ。

 

「ほ、本当に大丈夫なの?」

「やめといた方が……」

「大丈夫だよ、まぁ見てて」

「ちょ、清香……」

「櫻井くん、今大丈夫?」

 

 なんて下らない事を考えていたら新たな来客が。誰かと思えば昨日足を怪我した女子。どうやら俺に用があるらしい。

 

「きよりんだー」

「「「きよりん?」」」

「あ、あははー……」

 

 布仏が口にした彼女を示す渾名に俺だけじゃなく、織斑と箒までもが首を傾げる。言われた女子までもが苦笑い。

 

「清香だからきよりんってのはちょっと……」

「きよりんの方が可愛いよ?」

「う、うん……」

「え、えっと、とりあえず相川さんはどうしたんだ?」

 

 その呼び方はやめてくれと抗議しても布仏には届かない。俺もそうだったが、そっちの方が可愛いからと却下されてしまう。

 意気消沈しているところへイケメンがすかさずフォロー。やはりこういうのは手慣れていると見える。

 

 ていうか今初めて知ったが、あの時の女子は相川清香っていう名前だったのか。今ので覚えたぞ。

 

「あ、うん。次の授業で使う教材持ってくるの手伝って欲しいんだけどいい?」

「……分かった」

「んー…………」

 

 なるほど、それならお安い御用だ。頭を使うのは苦手だが、肉体労働は任せろ。

 

 相川のお願いを叶えるべく、立ち上がった俺に布仏の視線が突き刺さる。

 他のクラスメイトのように怯えるとかではなく、いつもは楽しそうに細めている目をうっすら開けてじっくり観察するように。

 

「それって多いのか? 俺も手伝うよ」

「多いというか重いらしくて。でも櫻井くんがいれば大丈夫だから」

「というか一夏はあと数日で教本を覚えなければならないだろう。あまり余裕はないと思うが大丈夫か?」

「そ、そうだった……」

 

 手伝おうとする織斑の顔が箒の一言により、青くなっていく。

 織斑は入学前に読んでおけと言われていた教本を間違えて捨ててしまったのだとか。おかげで授業中だというのに織斑先生から凄まじい殺気を送られていた。

 

 やっぱあの先生こえーよ。あの人HELLSINGとかドリフターズに出てきても違和感ないもん。

 

「わ、悪い、春人、相川さん」

「んーん、気にしなくていいよ」

「……俺も別に構わない」

 

 別に何も悪くないのに謝ってくる織斑を見ていると逆にこっちが申し訳ない気持ちになる。態々謝ってくるとは律儀なやつだ。

 

「あ、もうそんなに時間ないから早く行こ」

「……分かった」

 

 確かに相川の言う通り、時計を見てみれば残り五分を切っている。急がなければ次の授業に間に合わない。

 だがその前に。

 

「……何だ」

「はるるん、良かったね」

 

 未だにじっと見ている布仏に話し掛けると唐突にそう言ってくる。いつもの笑顔を浮かべて。

 あまりにも話の内容が突拍子もなくて困惑するのは仕方ないだろう。何が良かったのかさっぱり分からない。

 

「……何がだ?」

「えへへー、内緒ー」

「……そうか」

 

 訂正、いつもの笑顔ではなかった。いつもより何処か嬉しそうに微笑んでいる。今も口の中で転がしている飴玉のおかげだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 決闘まであと四日。ラファールのカタログを読みながら部屋に戻っていた。用意してくれた山田先生に感謝である。

 俺が選ぶISはラファールだ。日本製よりもおフランス製のISの方がカッコいいザンス。

 

「……ん?」

 

 だがそこでカタログを眺めている内に俺は重大な事実に気付いてしまったのだ。それを確かめるためにも部屋へ急ぐ。

 確かめるのなら山田先生でもいいが、多少慣れたとはいえまだ怯えてるし、更識も実は代表候補生だったらしい。分からない事があれば教えて貰ったりしている。

 

「かんちゃーん!」

「ぅん……。本音、やめて……」

「久しぶりだからやだー」

 

 何か部屋に戻ったら更識と布仏が百合百合してた。何を言ってるか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。

 いや、ただ布仏が抱き着いてるだけなんだけどね。

 

 言い忘れていたが、この二人は知り合いだったらしい。どういう関係かまでは聞いてないが、きっと友達なんだろう。

 

「あ、はるるんだ」

「おかえり……。本音も挨拶……」

「はーい。お邪魔してまーす」

「……ああ」

 

 入り口で少し立ち尽くしていれば漸く気付いてもらえたようで声が掛けられる。二人は変わらずくっついたまま。

 

 分かっている。俺が物凄く邪魔な存在だってのは。だからさっさと聞きたい事を聞いておさらばしよう。

 

「……更識、少し聞きたいんだがいいか?」

「何……?」

「……ISの近接武器は剣とかしかないのか?」

 

 そう、さっきカタログを見てる内に気付いたのだが、少なくともラファールはカタログを見る限り近接武器は剣かパイルバンカーしかないようだ。

 パイルバンカーなんて上級者向けは使えるはずがないし、剣だってちゃんと刃を立てたりしなければ効果は薄い。

 俺としては脳筋で殴ればいいだけの打撃武器が欲しかったのだが……。

 

「打鉄も刀と槍くらいしかないよー?」

「……そうなのか?」

「うん……」

 

 布仏という思わぬ人物からの解答を信じきれず、更識に確認してみると頷いて答えた。

 しかし、俺は諦め切れずに重ねて質問。

 

「……打撃武器はないのか? メイスとか」

「鉄血メイス先輩もレンチメイスもない……」

「っ!?」

 

 なん……だと……!?

 やべぇよやべぇよ、どうしよう。何かしら一個くらいはあるかと思ったがそう上手くはいかないらしい。

 

「しののんに教えて貰えばー?」

「「しののん?」」

「うん。剣道で全国優勝してるしー」

 

 布仏が上げた名前に更識と一緒に頭を悩ませると続くヒントで誰かが判明。箒の事だった。篠ノ之箒だからしののん。安直である。

 

「……そうする」

「むぅ……」

 

 ふむ、それしかないか。二人でイチャイチャしてきなと言ったにも関わらず、自分から壊していくのはどうかと思うが背に腹は変えられない。

 

「……行ってきます」

「いってらっしゃーい」

「…………」

 

 いつもなら更識もいってらっしゃいと言ってくれるのに今日は言ってくれない。

 その事に少しだけ寂しく思いながらも部屋を後にした。向かうは道場。そこに織斑と箒がいるはず。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時は大変だったなぁ……」

「ふふっ、そうだったな」

 

 道場に着くとちょうど休憩中だったらしく、二人が仲良く並んで座っていた。

 どうにも思い出話に華を咲かせているようで時折楽しげな声が聞こえてくる。

 

 正直言ってめっちゃ話し掛け辛い。あんなに良い雰囲気になってるとはこの海のリハクの目をもってしても読めなかった。

 仕方ない、このまま待つとしよう。

 

「剣の振り方を教えて欲しい?」

「……頼む」

「むぅ……」

 

 二人の休憩が終わったところでたまたま現れた俺は目的である剣の振り方を教わる事に。

 やはり難色を示す箒だがせめて今日のこの時間だけは教えて欲しい。

 

「まぁそれくらいなら……」

「……ありがとう」

「じゃあ春人も一緒にやろうぜ!」

「……いや、俺は」

 

 何とか指導して貰えるようになったが、何故か織斑がやたら喜んでいる。

 思えば事ある毎に俺と一緒に行動しようとしているな。何なんだろうか。

 

「まずは剣の握り方から始めるから、その間一夏は素振りだ」

「あー、そっか……仕方ないかぁ」

 

 お師匠様の一言により、織斑はとぼとぼと少し離れたところへ。竹刀を振るう姿は何処か寂しそうに見えた。

 

 今の寂しそうにしている織斑を落とすのなんてかなりチョロそうだ。つまり箒さん、出番ですよ!

 でも俺のせいで行けないっていうね。さっさと覚えよう。

 

「握り方は――――」

「……こう、か?」

「そうだ、それでいい。では次に――――」

 

 次々にお師匠様から剣の握りから構えと教えられていく。さすがは全国優勝者、実際にやってみせてくれるのもあって非常に分かりやすい。

 

「よし、では最後に剣の振り方だがこれも見せた方が早いだろう」

「……分かった」

 

 そう言うと箒は竹刀を構えて呼吸を整える。

 一挙一動、決して見逃すまいと俺も真剣にその姿を追っていく。

 

「スッとして――――」

 

 言葉と共に箒の腕が上げられ、

 

「ドンッ」

 

 一歩前に出ると同時に振り下ろされた。

 竹刀を振った際の小さな風切り音がやけに耳に残る。

 残心というやつだろうか。振った後もその方向を見ていた箒は少しだけ間を置いてからこちらへ振り向き、得意気な顔でこう言った。

 

「これだ」

 

 いや、どれだ。やばい、全然分かんなかった。むしろ油断してた。

 まさか最後の最後でこんなん来るとは誰も思わないだろ。

 

「……すまない、もう一度やってくれないか?」

「む、いいだろう。ちゃんと見てるんだぞ」

 

 一つだけ分かったのはアレを理解するのは今の俺には難しいという事だけ。ならば見よう見まねで覚えるしかない。

 俺の頼みを聞き入れてくれたお師匠様はもう一度構える。

 

「スッとしてドンッ」

 

 そしてこれまたあの擬音での説明が始まる。正直な話、そっちは全然分からないが今度はその動き覚えたぞ。

 

「よし、ではやってみろ」

「……分かった」

 

 構えまでは教えられた通りに、そしてそこから先は見よう見まねで。

 お師匠様の言葉を借りるならスッとしてドンッ、これだ。

 

「――――」

 

 まさかあれで出来ると思ってなかったのか、目を見開き、口を半開きにして呆けるお師匠様。

 

「んん! うむ、ちゃんと教えた通りに出来ているな」

 

 咳払いを一つして、むふーと何処か満足そうに頷く。嬉しさを隠そうとしているらしいが隠しきれていない。

 

 やばいな、これで幼馴染属性もあるとか箒さんつえー。織斑くん羨ましい。

 

「……ありがとう」

「ん、もう行くのか?」

「……ああ」

「え、もう行くのか!? 春人も一緒にやろうぜ!」

 

 そう言うや否や、織斑の不満たらたらの叫びが木霊する。

 俺としてもお師匠様からまだまだ教わる事はたくさんあるのだが、そう言ってもいられない。

 

「春人にも事情があるのだ。そう我が儘言うな」

「うぅん……そっか……」

 

 そう、俺には事情があるのだ。

 ていうかこれ以上二人の邪魔をするのは悪いだけなんだけどね!

 

「春人」

「……ん?」

 

 身体が覚えている内にさっきの素振りをしようとした時。

 

「その、今度はもう少し教えるから……また来い」

「……分かった」

「何故拝むのだ?」

「……気にするな」

 

 いや、だって顔を赤らめて恥ずかしそうに言ってくる箒の姿はまさにツンデレのそれ。拝まずにはいられない。ありがたやありがたや。

 

「また今度な!」

「……ああ」

 

 最後に織斑とも言葉を交わすと今度こそ道場から立ち去る。また一つ簡単には負けられない理由が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上でイメージトレーニング中。

 イメージの中でとはいえ、ロックを聞きながら飛ぶのはやはり最高だ。早くこれを現実でやってみたい。

 

「……何だ?」

「ん、その……」

 

 肩を叩かれて瞼を開ければそこには天使が。若干驚きつつも問い掛ければもじもじして何か答えにくそうにしている。

 

 そういえば最近更識との距離が近い。なんなら距離感も近い。

 やはりアレなんだろうか、朝食を一緒に食べるようになったのは大きいのか。俺が朝のトレーニング終わるまで待ってくれるようになったしな。あの時は俺凄い頑張った。

 

「きょ、今日はお勉強しないの……?」

「…………後でする」

「そうなんだ……」

 

 それだけ聞くと更識は机に戻り途中だった作業を再開。何だったんだ。

 言われてみれば確かに今日は勉強していなかった。これまで欠かさずやっていたのにやらなくなって少し気になったんだろう。

 

 それにしても更識……お勉強ってなんだよ……。態々勉強に『お』付けるとか天使かよ……。

 

 予想外の攻撃により集中出来なくなった俺は勉強する事にした。教本を開き、目を通していくがやはり集中出来ない。

 

「ん……」

「……」

「うぅ……」

「…………」

 

 それもそのはず、横で更識がさっきから俺に視線を送ってくるからだ。更にはそわそわしているので気になって気になってしょうがない。

 

「……更識、少しいいか?」

「っ! うん、何……?」

 

 話し掛けると待ってましたとばかりに更識がすぐ近寄ってきた。何故かは分からないが妙に嬉しそうだ。

 

「……これはどういう事なんだ?」

「これはね――――」

 

 分からなかった箇所を聞いてみると淀みなく、すらすらと答えてくれる。代表候補生としてとっくに学んだところなんだろう。

 

 ある程度進めたところでお茶で一息。教えて貰っているせめてものお礼としてお茶出しをやっているが、もうインスタントは厳しいかもしれない。

 

「明日からはどうするの……?」

「……明日からか」

 

 お茶の淹れ方でも覚えようかと考えているところで更識が明日からの予定を確認してくる。

 というのも明日から学園に来てから初の休日だ。と言ってもそんなにやる事もない俺は比較的暇でしかない。かといって余裕がある訳でもないので難しい話だ。

 

「……特に考えていないな」

「なら一緒にこれ見よう……?」

 

 取り出したるはブルーレイ。タイトルはガン×ソードというもの。言ってしまえばアニメだった。

 ……いやいやいや、何故だ。何故アニメを見ようという流れになるんだ。それを見てどうしろと?

 

「……何故?」

「これにはISに乗る上での極意がある……これを見れば月曜日の試合もバッチリ……」

 

 まじでか。アニメに極意があるとか日本のアニメってすげー。

 

「……早速見よう」

「うん……」

 

 明日からと言わず、今日から見るとしよう。極意を会得するなら早い方がいい。

 こうして三日間にも及ぶ、二人きりの上映会が開始された。




次回はクラス代表決定戦になります。


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7話

 休みの日を勉強とトレーニング、それに加えて更識とアニメ観賞してたらあっという間にクラス代表決定戦当日。サラマンダーより速い。

 ていうかガン×ソードめっちゃ面白かったんですけど。俺は何でリアルタイムで見てなかったんだ。あんなカッコいいの影響されちまうぜ……。

 でもね、肝心の極意がなんだったのか全然分からないんですけど。単純にアニメ楽しんだだけなんですけど。更識も教えてくれなかったし。

 

「……はぁ」

 

 さて、このアリーナは現在満員御礼。普段から訓練に使われていてもそこまで賑やかにならないのにだ。そう考えると満員にしている原因である俺と織斑の知名度は凄いなと感じる。

 

「おお、すげぇ人いるなぁ」

 

 凄いと感じるから織斑、さっきから観客席の様子を見ようとするんじゃない。

 お前が見る度に俺の視界にもその様子が入ってきてお腹が辛いんだ。いや、最早辛い通り越して痛い。助けてくれ。

 

「あ、あそこに本音がいたぞ」

「えっ? 何処だ?」

「ほら、ここだ」

 

 織斑と箒は仲良くベンチに座って、空間ディスプレイに映るアリーナの様子を見ていた。

 やれ、クラスの誰々がここにいたとかそんな話で大いに盛り上がっている。

 

 何あれ、カップル? カップルなの?

 何でカップルがここにいるの?

 

「この中でやるとなれば凄いプレッシャーだろうな」

「あんまり考えないようにしてたんだから言うなよ……」

「ふふっ、すまないな。でも――――」

「……ん?」

 

 その時、俺は二人から少し離れたベンチに座って俯いていたのだが、視線を感じて顔を上げた。

 するとやはりというべきか、織斑も箒もこちらを見ている。二人の視線と俺の視線が交差し、力強く頷いた。

 

「やはり春人はいつも通りのようだな」

「ああ、あいつプレッシャーとかとは無縁そうだもんなぁ」

 

 えぇ……。どうしてそうなった。

 

 前日の夜中までガン×ソードを見ていた弊害で眠くて仕方ない俺。だからこそ変に動かないで俯いていたのだが、それが間違っていたらしい。

 

 おいおいおい、プレッシャーと無縁だと?

 分かってないな、このカップルは。俺は無縁どころか運命の赤い糸で結ばれてるんだぜ。辛い。

 

「……一つ、聞いてもいいか?」

「ん? 何だ?」

 

 だが、こうして向こうから話すチャンスを作ってくれたので結果的に良かったのかもしれない。俺はこの一週間、ずっと感じていた疑問をぶつけて見る事に。

 

「……お前達は何故ここにいる? 俺が怖くないのか?」

 

 不思議だった。こいつらがこうして俺に話し掛けてくるのが。

 俺から話し掛けて来たのならともかく、織斑と箒、あとここにはいない更識と布仏と相川は向こうから話し掛けてくる。布仏は少し違う気もするけども。

 そんな俺の質問に二人は目を瞬いて、お互いの顔を見て、少し間を置いてから答えた。

 

「えっ、怖くないけど?」

「は?」

 

 何を言っているのかと言わんばかりに織斑はそう口にした。あっけらかんと。

 あまりにあっさりと答えたもので俺も思わず間抜けな声を出してしまった。

 

「いや、まぁ正直最初はちょっと怖かったよ。でも最初だけだ」

「そうだな。それにお前が幾ら怖いからといって一緒にいてはいけないという事ではないだろう」

「……そうか」

 

 二人の言葉に対してそれだけしか言えなかった。いや、分からなかったのだ。それ以外なんて言えばいいのかを。

 

 何なんだろう、こいつらは。俺が今まで会った事もないタイプの人間だ。多分ここにはいないあの三人もそれに相当するのだろう。

 言い方は悪いが、生きていれば珍しいやつらに会うものだ。人生ってのは何があるか分からないもんだね。

 

「それにしても俺の専用機は結局来なかったな」

「というか今日が期限なのにまだ来ていないではないか……」

「いや、本当にな……どうなってんだ?」

 

 自分の考えに耽っているとそんな会話が聞こえてきた。たしか織斑の専用機は今日までには届く話だったはず。何があったのかは分からないが、どうやら不測の事態というやつらしい。

 

 俺と織斑とオルコットの三人は一対一を三セット行う事になっている。織斑とオルコット、俺とオルコット、俺と織斑の順番だ。

 つまり初戦は織斑が行かなくてはいけないのだが未だ機体がない。最悪訓練機を使うんだろうが、はてさて一体どうするんだろうか。

 

「さ、櫻井くーん!」

 

 遠くからパタパタと足音を響かせてやって来たのは我らが副担任である山田先生。この一週間、怖がっているけど何度も聞きに行くという荒療治のおかげで俺への恐怖心も最初に比べて若干薄い。

 酷い事をしたとは思っている。でもあれはしょうがなかったんだ。聞かないと分からなかったし。

 

「はぁ……はぁ……」

「二人ともいるな」

 

 その逆に山田先生の後ろをゆっくりと織斑先生が歩いてきている。威風堂々たるその姿は貫禄ありすぎて俺が怖い。

 そして良く通る声で織斑先生が切り出した。

 

「織斑の専用機がまだ来ない。かといって悠長に待つのもダメだ。ここの使用時間も限られているのでな。だから予定を変更する」

「しょ、初戦は櫻井くんとオルコットさんです!」

 

 何て事はない、先生達が言ってきたのは極々当たり前の内容だった。織斑は準備出来ていないのだから、準備出来ている俺を先にやらせるだけ。

 

 ですよねー。そうなりますよねー。プレッシャーが半端じゃないんですけど。トップバッターは嫌でござる。

 

「櫻井、行けるな?」

「……はい」

 

 しかし、嫌だ嫌だと言っても織斑先生の言葉には即座に了承の返事をしてしまう。この人の問いは最早条件反射ではいと答えるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ISスーツに着替えて俺だけの翼になるラファールの元へ向かう。勿論、これからの事を考えて胃薬を飲んでからだ。絶対お腹痛くなるからね。

 格納庫に着いて見れば、先程いた山田先生以外の面々が揃っていた。山田先生は織斑のISを受領すべく、何処かで待機中との事。

 俺のISを用意してくれたのは山田先生らしいから是非ともお礼が言いたかったのだが、いないのでは仕方ない。

 

「来たか、これがお前の専用機だ」

「おお、黒だ」

「真っ黒だ……」

 

 何か織斑と箒の台詞を繋げればK´の代表的な台詞が聞こえた気がするがまぁいい。

 皆が向ける視線の先には言葉通り、真っ黒に染められたラファール・リヴァイヴの姿が。

 これこそが俺が求めてやまなかった翼。憧れの空へ行くための俺の夢。それが今、目の前にある。気にしている余裕なんてない。

 

「……俺の翼……」

 

 気付けば誘われるようにふらりふらりと歩き出していた。行き先は勿論、鎮座しているラファールへと。

 目の前に着くとその身体にそっと触れて、目を閉じて心の中で呟いた。

 

 この空を自由に飛ぶために、お前の翼を貸してくれ。まぁ今日は飛ぶだけじゃないんだけどさ、近い内に二人だけでこの空を楽しもう。何にも、誰にも邪魔されずに、俺達だけの空を。

 

「なっ……!?」

「えっ……!?」

 

 織斑と箒が驚くのも無理もない。俺も思わず手を離したし、あの織斑先生でさえも目を見開いて驚いているほどだ。

 それもそのはず、目の前のラファールが、誰もまだ乗っていないISが独りでに動き出したのだから。より人が乗りやすいように正座という形を取って。

 まるで俺を歓迎しているかのようなラファールに再び触れた瞬間、不思議と頭にすんなり入ってくる声が聞こえてきた。

 

『乗れ、名人!』

 

 誰だ、名人って。いや、乗れって言ってるから状況的に俺の事なんだろうけど。

 

 誰が言ったのかは分からないが、とりあえず乗り込む事に。胸部の装甲が閉じるのが切っ掛けに各部の装甲が少しずつ変わっていく。本当に俺だけの専用機へと。

 

「これから初期化と最適化を行う。完了まで暫く待て」

「……了解」

 

 初期化と最適化とは、初期化でこれまでの搭乗者で得たデータを消して、最適化で現在の搭乗者に特化させるのだ。本来なら訓練機では最適化まではやらないが、男性IS操縦者のデータ取りで許可が出たとの事。

 この二つは最低でも三十分くらいは掛かるらしいが、これから念願の空へ行ける事を考えればこんな待ち時間は大した事じゃない。

 

 それにしてもこの喜びはどう表現すればいいのか。と、その時、ふと頭にあるキャラクターが思い浮かんだ。今の俺の気持ちを見事に表している。これしかない。

 

 ああ、会いたかった……会いたかったぞ、ガンダム!

 

『ガンダムじゃないよ!』

「…………織斑、何か言ったか?」

「えっ? 誰も何も言ってないぞ?」

「……そうか」

「???」

 

 聞かれた織斑は俺が何を言っているのか分からないと首を傾げる。何やら変な声が聞こえた気がしたが、どうやら気のせいだったようだ。試合への緊張と空への期待のせいか、変に興奮しているみたいだな。落ち着けという方が無理な話なんだが。

 

 だから俺を支えて欲しいんだ。二人で空を飛ぶためにも……俺に力を貸してくれガンダム。

 

『力を貸すのはいいんだけど、ガンダムじゃないってば!』

「…………」

「う、ぅん? 何だ?」

「さっきから様子がおかしいがどうかしたのか?」

「……いや」

 

 再度織斑を見るも、何の事か分からないらしく首を傾げるのみ。そんな俺を見て不思議に感じた箒も問い掛けてきた。第三者からすれば限りなく怪しいのは間違いない。

 

 というかさっきから考えないようにしていたが、声が聞こえる。もしかしてこれが噂のダブルオーの声?

 

『ガンダムじゃねぇつってんだろ』

 

 あ、すみません。

 聞こえてくる幼女の言葉に思わず平謝り。どうやら俺は思った以上に興奮しているらしく、そのせいで幻聴が聞こえるようになっているようだ。しかも幼女の。何でやねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春人が乗り込んでいるISの初期化と最適化が進んでいく頃、改めてそのISを見た。

 黒に染められただけのラファール・リヴァイヴは乗り手のせいか、まだ静かに佇んでいるだけなのに確かな存在感がある。きっと春人とこの上なく、合っているんだろうけど……。

 

「打鉄じゃないのかぁ……」

 

 気付けば自分の考えをつい口にしていた。

 中学生の頃、誘拐された俺を救ってくれた千冬姉のIS、暮桜。その後継機種である日本製のIS、打鉄はきっと似合うと思ったんだけどなぁ。

 

「……これを見ろ」

 

 するとその呟きを聞いた春人がこちらへ空間ディスプレイを見せてくる。そこには武装欄と書いており、あるのはたった一つの項目だけ。

 近接ブレード『葵』。日本の代表的な武器である刀の名前。本来なら打鉄の装備であるはずのものが何故ここに。いや、それよりも。

 

「何で刀だけなんだ?」

「む、本当だ」

「…………ん」

 

 言われて箒も確認してみるが、やはり俺の見間違いではないらしい。

 ラファール・リヴァイヴに限らず、打鉄だって銃は標準装備されている。だから装備をそっくりそのまま入れ替えた訳でもなさそうだ。

 

「それはこいつなりのお遊びだ」

「お、お遊び……?」

「ち、織斑先生、それってどういう……?」

 

 思わず千冬姉って言いそうになった。何とか踏み留まったけど、出席簿を構えるのはやめてほしい。

 

 それにしても相手が俺だけなら分かるけど、対戦相手はもう一人いて、しかも代表候補生。所謂エリートだ。

 更に専用機を国から預かっていると考えるとその中でも選りすぐりなんだろう。そんな相手にお遊びだなんて……。

 

「大方私への当て付けといったところか」

 

 言われて初日に春人がやっていた事を思い出した。

 

 ――――千冬姉への、ブリュンヒルデへの挑戦。

 

 これから挑む相手が出来た事を自分も出来るのだという証明。そのためにこんな事を……。

 

「それにこいつ自らがこうしてくれと申請書に書いたのだからな。見てみろ」

 

 そう言うと、千冬姉は春人が書いた申請書を見せてきた。確かに装備のところには直筆で『葵』としか書かれていない。

 

「何かの間違いじゃ……」

「そう思って確認したが、こいつはこれでいいと言ってな。いやいや、大したものだ」

「…………ふっ」

 

 その時を思い出したのか、千冬姉はくつくつと笑う。釣られて春人も僅かに口角を上げて。実の弟である俺さえも分からない、強者同士のみが分かるだろう笑みはとても楽しそうだった。少しだけ羨ましい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑が実は日本大好きだったらしく、俺のISが打鉄じゃないのかとがっかりしていた。

 だから武器は日本の刀使ってるんやでと見せると予想外の事実が発覚。武器がそれしかない。どうしてこうなった。

 更にはそれが織斑先生への当て付けにされている。どうしてこうなった。

 

 申請書の武装欄って追加武装を書くだけじゃなかったのか。知らなかったぜ。思わず笑っちまったよ。

 くそっ、あの時の織斑先生が聞いてきた。

 

「これでいいのか?」

 

 ってそういう意味だったのかよ。内容をちゃんと言ってくれ。ろくに確認しないでそれでいいと言った俺も悪いんだけど。

 

『えぇ……この人、えぇ……?』

 

 幻聴にも引かれる始末。どうしようもないね。

 

「春人……漢だな!」

「うむ、それでこそ日本男児だ!」

「まぁそうでなくてはな」

 

 織斑と箒はまるで玩具を前にした子供のようにキラキラと輝かせた瞳でこちらを見て、織斑先生は当然だと目を閉じて何故か楽しげ。

 何だこれ。どうなってんだ。俺がポカしただけだぞ。

 

 とりあえず織斑と箒はその瞳で俺を見るのやめろ。その純真無垢な瞳は眩しすぎて辛い。

 織斑先生は俺に何を求めているのか。対戦相手とかだったらきっとその内に良い相手に会えますので勘弁してください。

 

「さて、もうそろそろいいだろう。相手は待っているぞ」

 

 言われてみると初期化と最適化が終わったというメッセージが出ていた。

 それはつまり、記念すべき俺達の初陣を表している。

 

「……了解」

 

 ゲート前まで歩くと前傾姿勢を取る。未だ閉じられたゲートを睨み付けるとレッドランプが点灯し――――

 

 《マッテローヨ!》

「えっ?」

「む?」

 

 何か変な機械音声が格納庫に響き渡った。同時に空気が凍り付いたのは言うまでもない。

 いや、まじで何だこれ。明らかにラファールから聞こえるんだけど。

 

 《マッテローヨ!》

「櫻井、何だそれは……?」

「……何でしょう」

 

 眉間を揉みほぐすようにして、怒りを抑えている織斑先生からの質問は至極真っ当な内容。だが、聞かれても俺にも分からないのだから答えようがなかった。

 

「ふざけて――――」

 《イッテイーヨ!》

「――――ほほう?」

 

 織斑先生の台詞に被るようにして再び機械音声が。切り替わった機械音声はゲートの状態を言っているらしく、確かにもう開ききっている。

 

「ち、千冬姉、落ち着け! 時間がないんだろ!?」

「一夏の言う通りです、落ち着いてください!」

「……分かった。さっさと行ってこい」

「……了解」

 

 織斑や箒の言う通り、時間がないと言っていた以上行かせるしかない訳で。二人が止めてくれたおかげで落ち着いたのかと思いきや。

 

「櫻井、試合が終わったら話がある。楽しみに待っていろ」

 

 ――――なるほど、試合が終わったら俺の人生が終わる訳ですね。分かります。

 でも待ってください。僕は悪くないんです。本当です、信じてください。

 

『嘘つけ、春人! お前は一週間の謹慎だ!』

 

 くっそ、この幻聴好き放題言ってきよる。何なんだ。

 

 幻聴なんて気にせず、スラスターを吹かし始める。もう念願の空は目の前だ。高鳴る胸をどうにか抑えて、正面を見た。

 それじゃあ、お決まりの台詞を言ってから行こうか。

 

「……櫻井春人、ラファール・リヴァイヴ――――」

『With私!』

 

 誰だよ。

 

「出る!」

 

 やはり幻聴は無視して言葉と共に俺は飛ぶ。

 その先にある広大な青空を目指して。

 ほんの少しの暗い道を抜ければ急に明るくなり、そして。

 

「ああ、綺麗だ……」

 

 想像していた以上に綺麗な青空が広がっていた。思わず呟いた言葉は風に溶けて消える。

 俺は今、この空にいる。たったそれだけで心が洗われていく気がした。

 もっと近くで見たい。そう思って上昇するとある一定のところで見えない何かにぶつかった。

 

 《何をしている。それはアリーナのシールドだ。その先には行けないぞ》

「……了解」

 

 通信から織斑先生の声が聞こえてきて現実に戻される。何度かノックするように叩くがびくともしない。観客に危険が及ばないようにするのだから当然か。

 ハイパーセンサーで得られた視界には俺達以外にもISがいた。空のように青く、外見は何処か騎士のようにも見える。あれが対戦相手であるオルコットの専用機か。

 

「櫻井、さん……」

 

 同じ目線まで降りると何処かもの悲しげな様子のオルコット。ハイパーセンサーのおかげではっきりと見えてしまう。

 

 しまった、オルコットとは今朝ちょっと気まずい場面で遭遇していたんだった。し、試合始めれば大丈夫なはず。

 

「……さぁ、始めるぞ」

「っ、ええ、分かりました」

 

 苦虫を噛み潰したような表情のオルコットは静かに大型のライフルを構えた。

 同時にラファールが相手のISを解析したらしく、武装などのデータが浮かび上がる。互いの戦力分析と行こう。

 装備はレーザーライフルにショートブレード、そして特殊兵装。最後が気になるが、解析もそこまでしか分からないので無い物ねだりは出来ない。

 

『次はこっちだね!』

 

 その通り、今度はこちらだ。

 まずアサルトカノン『ガルム』は喪失。

 

『喪失(そもそも持ってない)』

 

 ……残されたのは近接ブレード『葵』のみ。中、遠距離戦は圧倒的にこちらが不利だ。

 そこまで言うと自身の胸に手を置いて祈るように念じる。

 

 でも……頑張ろう。

 

『切嗣はそんな事言わないよ』

 

 さすが俺の幻聴、見破っていたか。言ってみたかっただけなんだ、許してくれ。

 

 とりあえず何も持たないのは不安なので、右手に『葵』を呼び寄せる事に。

 日本刀をイメージすると光の粒子が右手に集まり、形を成す。

 

「踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルーティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

「……来い」

 

 言葉と共に鳴り響くロックオンアラート。それを切っ掛けに俺達の戦いが幕を開ける。

 

 さてさて、精一杯踊るとしますかね。それにしても戦う、踊る……BGMSランク機体……?

 

『ガンダムじゃないって! それより敵ISの特殊兵装来るよ!』

「……っ!」

 

 忠告に警戒するとオルコットのISのフィンユニットから四つのユニットが切り離され、それぞれが縦横無尽に駆け回る。

 慌ててその場から逃げ出すも、四つのユニットは俺の四方を囲むように配置され、確りと追尾。

 

 ていうかおまっ、ファンネルじゃねーか!

 

『あれは、うん……』

 

 どうやらこれには幻聴も言い返せないようで、ただ頷くのみ。しかし、ファンネルが四基とは若干少ない。平均的に六基ほど積まれてるはずなんだが。

 

『来るよ!』

「ちっ!」

 

 背後から飛んできたレーザーを何とか回避するも、それを皮切りに次々にレーザーが飛んでくる。

 

「そこですわ!」

「くっ!?」

 

 勿論、オルコット自身も何もしない訳じゃない。ファンネルに意識を集中させていると、彼方から発射されるレーザー。

 そちらに視線をやればレーザーライフルを構える彼女の姿。何とか避けるも、今度はファンネルの方から射撃。切りがない。

 

「遅い……遅いぞ、ラファール! 奴の反応速度を超えろ!」

『これはガンダムじゃないの! 反応速度あんま関係ないし、あとこれ最高速度なんですよ』

 

 がーん、だな。

 

 幻聴から告げられた事実は状況的にかなりまずい。つまり俺がファンネルを振り切るのは不可能という事だ。

 撃ち落とせればいいのだが、生憎射撃武器は一切ない。ならばオルコットを狙うしかないのだが、逃げるので精一杯の俺がどうしろと言うのか。

 

「ここまでですわね」

「…………」

 

 逃げに逃げていると、気付けば俺はアリーナの片隅にまで追いやられていた。後ろにはアリーナのシールド、正面はファンネルとオルコット。

 どうやらここに来るよう誘導していたらしい。伊達に代表候補生ではないという事か。

 

「どうか降参なさってください……お願いします……!」

 

 またオルコットの顔が悲しげなものになる。弱いものいじめはしたくないのか、単なる彼女の優しさか。恐らくは後者だろう。

 

「……悪いがそれは出来ない」

「何故ですか!? 何故、あなたは……!」

 

 実力の差は歴然。この場はオルコットに従って降参するべきだ。でもそれは出来ない。

 

「……色んな人に申し訳ないからな」

 

 怖がりながらも教えてくれた山田先生、剣を教えてくれた箒、そして今も俺の後ろの観客席で両手を合わせて祈るようにしている更識。

 そんな人達のおかげで俺はこうして空にいる。辛いから降参なんてやったら、申し訳なくて顔合わせ出来そうにない。

 

 だが絶体絶命には間違いなく、逃げ出そうにもあっさり撃ち落とされるだろう。

 せめて更識の言っていた極意が分かれば。

 

「……なら、わたくしとブルーティアーズの前で踊りなさい!」

「――――」

 

 俺が従わないため、やけになって言ったオルコットの何気ない言葉が切っ掛けだった。

 自分とブルーティアーズ……そうか、そういう事だったのか。考えるなってそういう事か、ガドヴェド。

 何が二人で飛ぼうだ、俺は何もしないでこいつに全て任せきりだったじゃないか。

 

『えっ、どういう事?』

 

 俺もこいつの飛ぶ手助けをすればいいって事さ。まぁ見てろ。

 

 ライフルとそれぞれのファンネルに光が灯る中、何かを叩いたような凄まじい音と共に俺は真正面から突っ切る。

 

「「「きゃあああ!?」」」

「な!?」

『えっ、はや!?』

 

 大勢の驚く声を置き去りにして、俺はオルコットの遥か後方の地面を滑っていた。思ったよりも速度が出てしまい、中々止まりそうにない。

 軸足を切り替えながら、回転して速度を落としていく。所謂カズマさんムーヴで。

 漸く止まった俺にオルコットが問い掛ける。

 

「い、一体何を……?」

「……ただアリーナのシールドを足場にして蹴っただけだ」

『えぇ……』

 

 今までラファールのスラスターだけで飛んでたところに俺の力を加えただけ。

 たったそれだけと馬鹿にするなかれ、おかげで俺達はあの場から脱出出来るだけの速さを手に入れたのだ。これまでの最高速度を大きく上回る速度を。

 

「ですが、これで!」

 

 ライフルから放たれたレーザー。だがこれまでと違い、ファンネルはまだ来ておらず、真正面から来るだけ。銃口の向きと撃つタイミングさえ分かればって漫画で言ってた!

 

「シッ!!」

「なっ!!?」

『えぇ……何か出たぁ……』

 

 射線上に刀を思い切り振り払うと、レーザーを切り払うだけじゃなく、三日月型の斬撃がオルコットへ襲い掛かる。

 この試合で初めて回避行動を取るオルコットだけじゃなく、観客も幻聴でさえも少し引いてた。何でやねん。

 

 何だ、そういう機能があるのか。カタログとかには一切書いてなかったけど、これならやれる。

 

「くっ、舞いなさいブルーティアーズ!」

 

 主の命令に従い、大人しくしていたファンネルが動き出す。だがその速度はさっき俺達が出した最高速度には到底及ばない。これなら余裕で振り切れる。少しだけ勝ち目が見えてきた。

 

「……さぁ、振り切るぜ」

 《Accel!》

 

 襲い掛かってくるファンネルを前に何も持っていない左手でポーズを決めた。するとまた謎の機械音声が聞こえてくる。何なんだこれ。



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8話

幼女の人気凄いなと思いました。


 試合開始から五分ほどが経過しただろうか。正直言って状況は芳しくない。せっかくの空にいるのに素直に喜べないでいる。

 と言うのも、唯一の武器である『葵』に飛ぶ斬撃があると知ったは良いものの、こっちの攻撃が全く当たる気配がないからだ。あんな見え見えの大振りの攻撃、当たる方がおかしいか。

 

「っ、そこですわ!」

「……甘い」

 

 そしてこちらは逆にたまにやってくるレーザーを何とか避けていく。今も放たれたレーザーを切り払い、また地面を蹴って方向転換と共に加速。オルコットの射線上から逃げ出した。

 たまにと言ったのは基本的に俺がオルコットの銃口の範囲外に逃げているからだ。今みたいにミスして撃たれる事もあるけど。

 

「また……!」

 

 さすがのオルコットも俺が滅茶苦茶に動いていれば当てられないらしい。出来れば後もう少しの間だけそうしていてくれ。

 そう、後少し……後少しだけでいい。そうすれば漸くこの呪縛から解放されるんだ。絶対回避の呪縛からな。

 

『――――♪』

 

 ていうかこの幻聴がヤンマーニなんか歌わなければ、俺は被弾しても良かったのに。被弾覚悟で斬り込めたのに!

 

 大体俺が振り切ると言った辺りから頭の中に幼い少女の歌声が響き渡っている。綺麗な声でとても上手いのだが、少なくとも今はその時ではない。落ち着いた時にゆっくり聞きたいものだ。

 だがそれももう少しで終わりを迎える。この曲は比較的短いので終わりも早い。終わったと同時に突撃だ。

 

『――――……♪』

 

 アリーナのシールドに張り付いたと同時、曲が終わりを迎えた。オルコットもまだ銃口をこちらに向けていない。タイミング的には最高と言っても良いだろう。

 さぁ、行くぞとオルコットへ踏み込もうとした瞬間。

 

『――――♪』

 

 俺の頭の中に独特のバックコーラスが流れ始める。これは間違いなく、先ほども聞いていたヤンマーニ。俺の呪縛はまだ解けていなかった。

 

 あ、アンコールだとぉぉぉ!?

 

「今度こそ!」

「……読めている」

 

 まさかのアンコールに動揺しているとオルコットの銃口がこちらへと向けてきた。発射される前にそこから逃れる。距離を取ってまた作戦の練り直しだ。

 

 それにしても辛過ぎる。こっちはこのBGMが流れる限り、絶対に避けなくてはいけない。使命感という名のノリで。

 だが避けるのに意識を割きすぎて攻撃が散漫だ。向こうにダメージを与えられないが、こっちもダメージを受けない。妙な快感を覚える反面、酷く虚しくなる。

 

『仙水じゃん』

 

 ……歌が止まった。今がチャンスだ!

 

『あ、ちょ、春人ずるい!』

 

 幻聴の非難の声を無視して突撃準備。地面に足を叩き付けると共に再度オルコットへ。

 思わぬところで予想外の成果が出た。この歌さえ止まってしまえば特攻出来る。当たってもいいって素晴らしい。

 

「はぁっ!!」

「くっ!? 『ブルーティアーズ』が!?」

 

 人の死角である背後から襲い掛かるも、寸前で回避される。恐らくハイパーセンサーで全方位が視認出来るおかげだろう。

 しかし、その先にいたファンネルは避けきれなかったようで、通り過ぎ様に振るった『葵』の斬撃によって真っ二つとなった。

 ファンネルの残りは三基。素人にしては上出来と言っていいだろう。この調子でもう一度。

 

『――――♪』

 

 くそっ、またヤンマーニが始まったか。迂闊には攻められないな。

 

 三度目の歌が始まり、また絶対回避の呪いが掛けられる。厄介な事この上ない。

 しかし、そこでふと気付いてしまった。俺は一体、誰と戦っているんだろうと。目の前にいるオルコットではなく、自分の中の幻聴と戦っている気がしてきた訳で。

 

『昔から真の敵は自分の中にいるって言いますしおすし』

 

 えっ、そういうのって後々になって気付くものだろ。初戦でそれに気付くとか凄くね? 俺は闘いの申し子か何かなの?

 

 それにしてもまじで何なんだろう、この幻聴。今更だが、どうしていいか分からない。相性的には凄い良さそうなんだけど、幻聴ですし。

 ええい、細かい事は気にするな。今はただ斬る事のみを考えろ。

 

「せぁっ!!」

「それでしたら避けられますわ!」

 

 歌も止まったし、アリーナのシールドから地面に降りた際に離れたオルコットとファンネルそれぞれへ向けて『葵』を全力で振るう。

 幾つもの斬撃が襲い掛かるも、その場から離れる事であっさり避けられた。オルコット、ファンネルの順番で。

 

「……やはり、か」

 

 だが俺が見たかったのはそんなお手本ではない。どう避けるのかを見たかったのだ。

 というのも思うところがあって、さっき斬り掛かった時に何故オルコットは避けられて、ファンネルは避けられなかったのかと。

 突然だったからファンネルの制御が間に合わなかったのかも知れない。それでも少しくらいは動いてもいい気がするが、一切動かなかった。

 そして今。ほぼ同時に仕掛けた攻撃をそれなりの距離があったにも関わらず、同時に避けなかった。今回は制御が間に合わなかったでは説明出来ない。

 

『つまり?』

 

 オルコットは自分かファンネルかのどっちかしか動かせないんだと思う。よく考えれば同時に攻撃もして来なかったし、可能性は高い。

 

『じゃあ、確認してみようよナルト』

 

 春人だっつうの。俺は忍者じゃないんだってばよ。

 

 幻聴も俺の考えに賛同してくれたようなので、オルコットとファンネルの位置が直線上に重なるようにアリーナを飛び回りながら調整。予想通りならこれでまたファンネルを一基撃墜出来る。

 

『今だよ!』

「そこだ!!」

「きゃ!! ま、また……!?」

 

 合図に従って突撃すれば当然のようにオルコットが回避。その影にはやはりピクリとも動かないファンネル。どうやら俺の読みは当たっていたらしい。

 自分かファンネルかのどちらかしか動かせないのなら、同じパターンでファンネルを落としていけばいい。そうしてがら空きになったところで近接戦に持ち込めば勝ちだ。

 

『こいつ……近距離パワー型かっ』

 

 いや、確かにそうなんだけど、なりたくてなってる訳じゃない。俺だって遠距離攻撃が欲しいんだ。これ終わったら絶対装備しよう。

 

 とりあえず確認もしたし、オルコット攻略のプランも出来た。だったら後は――――

 

「駆けろ、ラファール! その名の如く!」

「まだ速くなるんですの!?」

 

 ――――ノリノリで行くだけだぜ!

 

 ずっと言いたかった台詞の一つを口にして、更に速度を上げていく。立ち止まって斬撃を飛ばすというのもやめて、ただただ先ほどの戦法を繰り返すのみ。

 

『ねっ、ねっ、歌っていい?』

 

 おう、歌ったれ歌ったれ。ノリノリなやつ頼むぜ。

 

『かしこまり!』

 

 もう普通に会話してるのに何ら違和感も感じなくなってきた。きっと疲れているんだ。ストロベリーサンデーでも食べて早く寝るとしよう。

 

「…………ん?」

 

 実はあまり気にしないようにしていたが、足場を蹴る度に各部がメキメキと言っているのは何なのだろうか。速度を上げた瞬間、それがより一層大きくなった気もする。

 

『それ実力が付いてきてる音だから大丈夫、大丈夫』

 

 実力付くのってこんなに分かりやすかったのか。知らなかったぜ。

 

 そんなこんなしてる内に気付けばファンネルも全部斬り捨てて、残るはオルコットのみとなった。

 こうなれば真正面から行っても大丈夫だろう。ファンネルの弾幕が怖かったがそれもなくなったし、手持ちのライフルは威力と射程を重視しているのかそんなに連射性能もない。

 

「このっ!」

「……温いな」

 

 俺を迎撃すべく放たれたレーザーは刀の前に霧散。既にオルコットにかなり肉薄している。もう目と鼻の先と言ってもいいだろう。次弾が来る前に近接戦に持ち込める。

 勝ちの目が濃厚になった時、オルコットの目が鋭くなった。それはまだ勝つのを諦めていない目。

 

「この距離、この『ブルーティアーズ』ならどうですか!?」

「っ!」

 

 腰部のアーマーが展開し、何かが打ち出された。いや、オルコットの言葉を信じるなら、これも『ブルーティアーズ』なのだろう。

 だが先ほどのとは違い、レーザーを放つ事もなくただ真っ直ぐ俺に向かってくるだけ。

 

 なるほど、今度はファンネルミサイルか。まだ何かあると思っていたが、中々珍しいものを出してきたな。

 しかも空中で出せば足場を蹴っての移動が出来ない。とすれば当然、ファンネルミサイルの方が速い訳で――――ま、いっか。よっこいしょっと。

 

「なっ!?」

 

 一切減速する事なく、『葵』を振りかぶって斬撃を飛ばす。目標はファンネルミサイルではなく、オルコットだ。

 ミサイルに向けて斬撃を放てば、当然回避される。ならオルコットにやればどうなるのか。

 恐らくこのファンネルミサイルも結局はオルコットが指令を出していないと追尾して来ないはず。つまりミサイルに指令を出している暇なんてないようにすればいい。

 

「あっ……!」

 

 自分に専念させれば、ファンネルミサイルの真横を通っても大丈夫。追尾もしなければ、爆発もしない。自動追尾する普通のミサイルだったら危なかったな。

 さて、本丸落としと行こうか。オルコットの頭上を取った俺は刀を構えて真っ直ぐ降下。

 

「……終わりだ」

「ひっ……!」

「っ……!!」

 

 刀を振りかざした瞬間、オルコットの顔が恐怖に歪んだ。ハイパーセンサーのおかげでよく見えるその瞳には怯えが含まれ、華奢な身体は震えている。

 山田先生が言っていた。搭乗者は絶対防御というバリアで守られているが、絶対防御も完璧ではないと。攻撃されても命に別状がなければバリアは通るし、そのバリアを上回る攻撃を受ければ――――

 

「くっ……!」

 

 ――――最悪死に至る。

 違う。俺がISでしたかったのは人殺しなんかじゃない!

 

「ぐ、あああっ!!」

『あっ』

 

 俺にしては珍しい叫び声がアリーナに木霊する中、途中まで振り下ろされていた刀の軌道を身体を捻る事で無理矢理変更。オルコットを素通りして地上へ。

 

「オルコットは!?」

 

 着地と共に刀を横に振れば、漸く俺の攻撃は終わりを迎えた。急いで顔を上げれば怯えてはいるものの、無事なオルコットの姿。

 

「良かった……っ!」

「いや、いや……!」

 

 安堵するのも束の間、ロックオンアラートが鳴り響く。鳴らした相手はオルコットしかいないが、少し様子がおかしい。小さく拒絶の言葉を口にしながらライフルでこちらを狙っている。

 

「……だが、当たらな……ん?」

 

 移動のために地面を蹴ろうとした時だった。身体が異様に重く感じ、思うように動けない。さっきまでとは雲泥の差だ。これでは不安が残る。

 

「……ならば、えっ」

 

 それならと切り払うべく、刀を構えれば根元から刀身がすっきりなくなっている。

 何処へ行ったのかと探してみれば、先ほど横に振った先、アリーナの壁に柄のない刀が突き刺さっているという状況が。何故だ。

 

「いや!」

「しまっ、ぐっ!?」

 

 動揺している隙にオルコットは射撃。避けるも切り払うのも間に合わない。咄嗟に右腕を盾にすると、シールドを貫き、装甲を一撃で砕いた。破片が腕に突き刺さり、決して少なくない量の血が流れる。

 

 《櫻井春人、機体ダメージ超過。これ以上の戦闘は不可能。よって、勝者セシリア・オルコット》

「来ないで!!」

「ちっ!」

 

 思わず舌打ち。勝敗は決したとアナウンスが流れるも、今のオルコットには届かない。

 次々と放たれるレーザーに回避行動へと移るが、何とか当たらないようにするので精一杯だ。

 どうしたものかと考えていると通信ウィンドウが開かれる。相手は織斑先生だった。

 

 《試合は終了した。櫻井、撤退しろ》

「……撤退?」

 

 聞き返したのは意味が分からなかったからじゃない。分かりたくなかったから。

 

「……ですが、オルコットは」

 《現在、オルコットは恐慌状態にある。その原因であるお前がその場から離れれば正気に戻るはずだ》

 《千冬姉! あんな状態のクラスメイトを放っておけって言うのかよ!?》

 《織斑先生だ》

 《ぐっ……!》

 

 織斑先生の読みでは原因である俺がいなくなれば、時間は掛かるかもしれないがその内落ち着くとの事。それに歯向かうように織斑が食って掛かるも一言と睨みで黙らされた。

 

 なるほど、確かに放っておけばいいだけだ。そうすれば勝手に解決する。止めに行く必要もないから、誰も傷付かなくて済む。オルコットは除いて。

 

「……確かに合理的ですね」

 《ああ、その上簡単だ。お前が逃げればいいだけだからな》

 《春人まで……! なら俺が行って――――!》

 《やめろ、一夏!》

 

 俺と織斑先生の会話に苛立ちを隠しきれない織斑。今までそんな素振りを見せなかったが、どうも熱くなりやすいタイプのようだ。止める箒も大変だろう。

 

「でも俺は納得出来ません」

 《ほう、どうする気だ?》

 

 理解はした。その案が合理的だとも分かってる。でも納得しないし、したくない。

 何故ならこの案には人の暖かさがないからだ。血の通っていないような冷たさだけがある。それに目の前で困ってるやつを放っておくなんてしたくない。

 

『――――』

 

 俺の言い分は織斑先生の気を惹くのには充分だった。興味深そうに見てくるこの人に向けて、俺は続ける。

 

「……オルコットを止めます」

 《き、危険です! 櫻井くんのISは機能不全でスラスターも四割死んでて、シールドも張れないんですよ!? そんな状態で攻撃されれば……!!》

 

 山田先生は最後まで言葉にしなかった。だが、それまでの説明で続きは容易に想像出来る。右腕から流れる血が教えてくれた。

 

 ああ、だからさっきので装甲が破損したのか。なるほど、なるほど。

 

「……で、終わりですか?」

 《えっ?》

「……他にはないんですね?」

 《は、はい》

「……なら行きます」

 

 何故か大事に持っていた『葵』の柄部分を投げ捨てた俺は視線を上げる。真っ直ぐに、空中にいるオルコットへと。

 

 《……え、えぇ!? 私の話聞いてましたか!?》

「……はい」

 

 どんな事にだってリスクは付き物だ。ただ今回はそれが大きいだけ。他人にやらせるなら気が引けるが、自分のしでかした事だ。自分でやるのが筋だろう。

 

 《……く、くくく、はははっ!!》

 《ち、千冬姉?》

 

 突然織斑先生の笑い声がウィンドウ越しに聞こえてきた。普段のあの人からは想像もつかないような豪快な笑い声。

 

 《すまないな。まさかお前がそんな奴だとは思ってなくてな》

「……はぁ」

 

 ぅ、うん? これは褒められてるのか?

 

 《正直な話、私もあんな案は好かんさ。だが色々考えるとあんなのにも頼らなくてはならなくなる》

 

 まぁ作戦を考えている立場という事は他の人の安全に気を使わなくてはならないんだろう。

 

 《任せるぞ。やるからには後悔するような事はするなよ》

「……元より後悔する気なんてありません」

 《ふっ、上出来だ》

 

 笑みを深めて織斑先生は了承してくれた。少しだけこの人が分かった気がする。

 

 《ちょ、ちょっと待ってください! 櫻井くんのISは機能不全で……えっ、直って……?》

 

 最早行くだけとなったが、そこに待ったを掛ける山田先生の表情が驚愕に染まる。壊れていたものが直っていたのだから無理もない。

 だが何故直ったのだろうか。

 

『直ってはないよ。無理してるだけだから動かせるのは少しの間だけだし、シールドは展開出来ない。さっきみたいな移動方法したら即終わりだから気を付けて』

 

 飛べれば充分さ。

 

 それだけ心の中で呟くと、空へと飛んだ。思った通りに動けるし、さっきみたいな身体の重さも感じない。これなら行ける。

 

「落ちなさい!」

『発射まで三、二、一、来るよ!』

「そこかっ!」

 

 無数に放たれるレーザーを掻い潜り、その距離を縮めていく。今も暴れるお姫様との距離を。

 幻聴が教えてくれるタイミングがあまりに的確な事に驚きだが、好都合だ。このまま行かせてもらう!

 

『三、二……』

「オルコット!!」

「ひっ!」

『っ! タイミングが!』

 

 距離が近付いたから名前を呼んだのが間違っていた。そのせいで幻聴が教えてくれていたタイミングがズレてしまった。

 だが、もう目の前まで来ている。ここまで来れば後はこの一撃をどうにかすればいいだけ。

 

「来ないで!!」

「おおおっ!!」

 

 叫びと共に思いきり左腕を叩き付けて、俺へと狙いを定めていたライフルを払い除ける。逸らされた銃口は明後日の方へと向けてレーザーが放たれる。

 その隙を逃すまいとオルコットの右腕を掴み、こちらに引き寄せた。必死に腕を外そうと、離れようともがくオルコット。

 

「いや、いや!」

「……大丈夫だ」

「離して!!」

「……もう、大丈夫だから」

 

 決して荒々しく叫んだりしない。さっきので逆効果だと知ったからだ。だから子供に言い聞かせるように大丈夫だとなるべく優しく言っていると、徐々に大人しくなっていった。

 

「……落ち着いたか?」

「あの、わたくし……」

 

 震えも止まり、暴れる事もなくなったので腕を離す。念のため確認したが、もう大丈夫だろう。

 オルコットから距離を取ったその瞬間、ラファールが少しずつ光始めていき――――

 

『春人さん、もう限界っす』

「……ん?」

「櫻井さん!?」

 

 そんな声と共に俺のラファールは一層強く光ると消えてしまった。正確には待機状態に戻ったらしい。見慣れない右腕の黒い腕輪がその証だ。

 

「…………ふぅ」

 

 ――――あらやだ。まだ地上に降りてないのに。参ったね、どうも。

 

 諦めて溜め息一つ吐くと、一瞬だけ落下する感覚に身を委ねるも直ぐになくなる。何故かというと――――

 

「櫻井さん、ご無事ですか!?」

「……ああ、助かった」

 

 オルコットが落下していた俺を受け止めていたから。脇の下から確りと。

 

 あ、あぶねぇ……あのまま落ちてたらまじで死が見えてたぞ。このグラウンドに真っ赤な花が咲く事になってたわ。最後に一花咲かせる事になってたわ。

 

『まぁ私が絶対させないけどね』

 

 えっ、どうやって?

 

「それにしても何故ISが強制格納を……? それに腕の怪我は……?」

「……それは……」

 

 右腕から流れる血に気付いてしまったらしい。ISも突然消えればそれは聞きたくもなる。だが問題として説明するのが面倒だ。どうしたものか。

 と、困っていたら織斑先生が

 

 《櫻井のISは限界だった。あの無茶苦茶な機動のせいでな。シールドも展開出来ない状態でお前を助けに行ったんだ。感謝しろよ》

「わたくしを……助けるために……」

 

 何かオルコットが言いたそうにしているがそれは置いといて、俺のあの動きが無茶苦茶だと言われてショックなんですけど。まじめに考えたんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 治療も終えて格納庫に戻れば織斑が既に白いISを纏って待機していた。見た事もないそのISはカラーリングもあって聖騎士のような印象がある。

 織斑がこっちに気付いたらしく、顔を向けると近くにいた箒もこっちを向いた。

 

「お、春人。お疲れ!」

「怪我は大丈夫なのか?」

「……まぁ、な」

 

 実際問題、大した怪我ではなかった。派手に血が流れていただけらしい。早く治すために今日は風呂に入るなと言われたが。

 そしてその時一緒に来ていたオルコットがやたら見ていたが、負い目でも感じていたんだろうか。気にしなくていいのに。

 

 それにしても織斑がさっきから左手を上げたままにしているのは何なんだ?

 

「あ、ごめん。怪我してるからこっちか」

「……?」

 

 そう言うと今度は右手を上げた。相変わらずにこやかなその表情は何かを求めているように見える。

 

「んん? 春人、ノリ悪いぞ。こういう時はハイタッチだろ?」

「…………あ、ああ」

 

 言われて漸く何がしたいのか分かった。おずおずと怪我をしていない左手を上げると、そこに織斑の右手が重なるように叩く。格納庫に良い音が鳴った。

 

「今度は俺だな」

「……ああ」

「その、大丈夫なのか?」

「ほら、見てみろよ」

 

 不安そうに箒が訊ねる。さっきのはたまたま俺の戦い方が上手く噛み合っただけ。織斑の専用機がどんなものかも分からないのでは不安になっても仕方ない。

 

「これって……千冬さんの……?」

「ああ」

 

 しかし、織斑は自信ありとばかりにウィンドウを見せてきた。映し出された武装一覧には『雪片弐型』の文字。たしか織斑先生が現役時代に使っていた刀も『雪片』だったはず。

 

「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ。だから俺も俺の家族を守る。そのためにも強くならなきゃな」

「――――」

 

 織斑が笑みを浮かべて言ったその言葉に少し呆けていた。

 

 正直に言って、恥ずかしい奴だと思った。そんな事を平気で口に出来るのだから。でもそれ以上に――――。

 

「……頑張れよ」

「おう!」

 

 返事と共に織斑が行く。第二試合、織斑とオルコットの戦いが始まろうとしていた。



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9話

シャルが第三世代機に……なるほど。
二つの機体を一つにしてデュアルコア……なるほどなるほど。

で、シャルがくっそカッコいい変身ポーズ決めながらMAX大変身って言ってマザルア……IS展開するSSはまだですか?


 自分のためではなく、誰かのために。

 そいつが俺に魅せたのは、自分が理想とする姿そのものだった。他にも何か考えがあったと誰かは言うかもしれないが、ずっと思い描いてきた理想の姿を見間違えるはずがない。あれは純粋に誰かのためだった。

 

 嬉しかった。自分と同じような事を考えるやつがいて。

 羨ましかった。自分には出来ない事を出来るそいつがどうしても。

 

 あれは決して咄嗟に出来るような事じゃない。きっとこの学園に来る前からずっとそうしていたんだろう。誰かのために。そしてこれからもあいつは誰かのために行動するんだろう。

 なら俺ももう一人の男子として恥じない行動をしよう。いつかあいつと肩を並べるため。隣に立っても不自然な事がないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりか」

「これ……なんて言えば良いんでしょう……?」

「さて、な……」

 

 真耶が戸惑うのも無理もない。私達が見ているウィンドウには凄まじい力でフレームを歪められたラファール・リヴァイヴがあった。はっきり言ってもうこのラファールは使い物にならない。装甲だけなら学園だけで何とでもなったが、フレームもとなれば話は別だ。新しいのを取り寄せてまるまる交換するしかない。

 

 とその時、私の前に空間ディスプレイが開かれた。来客のご登場のようだ。

 この部屋には私と同等の権限がなければ入れないようになっており、それは真耶とて例外ではない。

 

「入れ」

 

 短く告げるとドアのロックを解除する。開けばそこには私が呼んだ学生が二人。

 

「「失礼します」」

 

 IS学園はネクタイの色で学年が判別出来るようになっている。やって来たのは三年生と一年生。二人は姉妹で良く似た顔立ちではあるが、雰囲気はまるで違う。

 

 三年生の方は学生ながら秘書のようでもあるのに対し、一年生は幼い子供のような無邪気さがある。

 そうは言ったが三年生は勿論の事、少し頼りないが一年生もこれから依頼する分野に対して高い能力を持つ。人を見掛けで判断するなといういい例かもしれない。

 

 ……正直な話、一年生の方はそんなところまであいつに似なくてもいいと思う。

 

「山田先生お願いします」

「はい。これを見てください」

「これは……」

 

 先ほどまで真耶と見ていたラファール・リヴァイヴのウィンドウを見せれば顔色を変える三年生。一目見ただけで状態を理解したらしい。さすが三年主席なだけはある。

 

「はるるんのだー」

「はる、えっ?」

「本音……」

「……はぁ」

 

 そしてこちらも一目で理解したらしい。操縦者が誰なのかを。間抜けな渾名に困惑する真耶を尻目に私と三年生は頭を抱えていた。

 

 間違ってはいない。間違ってはいないのだが、もう少し場に適したましな言い方があるだろう。

 深い溜め息を吐くと、気を取り直して顔を上げた。伊達にあいつと長年一緒にいた訳じゃない。

 

「……正解だ。これは櫻井が使用したラファール・リヴァイヴ、その成れの果てだ」

「こんな、たった一回乗っただけで……?」

 

 布仏姉が驚くのも無理もないだろう。櫻井に渡されたISは毎日の整備に加えて定期的なオーバーホールもこなしていた。

 実際に渡す直前にはオーバーホールもしている。新品同様だったのだが、一回で壊されたのだ。しかもたった数分の搭乗で。

 

「それだけじゃありません。こちらも見てください」

 

 真耶が手元の端末を操作すると違う画面に移る。そこには外装の状態が映し出されていた。

 

 今言った通り、被害はフレームだけではない。装甲にも無数の亀裂が入っている。レーザーが直撃して砕けた右腕以外にもだ。 外部から何かしらの衝撃があればシールドの上からでも簡単に砕けてしまうだろう。

 

「開発者もまさか内部からダメージを受けるとは思ってもなかったでしょう」

「それは……そうでしょうね……」

 

 私の言葉に真耶が困惑しながらも同意する。いや、困惑しているのは布仏妹を除く全員だった。

 

 ダメージを受けていない箇所にまでそうした被害が出ているという事は、つまり内部からのだと判断出来る。被害を出したのは他でもない操縦者自身なのだと。

 外部からの攻撃はシールドと絶対防御という二重構造の防壁で遮断、もしくは軽減出来る。だが内側から、搭乗者からともなればそうも行かない。軽減すら出来ずにありのままを受けてしまう……らしい。私も見るのはこれで二回目だから何とも言えん。

 

「こんなのありえない……」

 

 布仏姉の言う通りだ。普通ならありえない。だが現実にこうして起きているのだ。受け止めるしかないだろう。

 そして対策を考えるべきなのだ。二つの意味で。

 

「本題に入るぞ。二人に集まって貰ったのは他でもない、櫻井のISを改造して欲しい。これは学園からの依頼だ」

「……それは構いませんが、具体的にはどういった風にでしょうか? こちらで考えるのでしょうか?」

 

 こういった話になった時点である程度予想はしていたのか、布仏姉の返事が早い。たった三人で生徒会を機能させているだけはある。

 

「パワーアシストを利用する。増幅ではなく、抑制としてな」

 

 櫻井はこう言っていた。ただ全力で刀を振っただけだと。ただ飛ぶ際に足場を蹴っていただけだと。

 そういった機能があるなら未だしも、常人が斬撃を飛ばすなんて出来るはずがない。

 飛ぶ時に足場を蹴るなんて当たり前の事で、既存全てのISを凌駕する速度が出せるはすがない。

 

 ISが内部から壊されていた事も加味すると、一重にあいつの異常なまでの身体能力が原因なのだろう。原因が分かってしまえばやりようは幾らでもある。

 

「それと重りとしての意味合いで追加装甲もだ」

「……そんなに必要なんですか?」

「必要だ。備えあれば憂いなし。用心するのに越した事はない」

 

 不服そうに布仏妹が口を開いた。いつもは浮かべている笑みも今だけは影も形も見せない。

 

 こいつが真面目なのも意外だが、それ以上にこんなに分かりやすい態度を取るとは思わなかった。同室のやつを除けば恐らく一番櫻井と一緒にいたから面白くないのだろう。

 

「本音。今回は運が良かったけど、もしかしたらがありえるのよ」

 

 そう、今回は運が良かっただけ。それは櫻井が無事だったというのもあるが、今は他の意味の方が強い。

 

 オルコットとの試合の最後、櫻井は直前まで振り下ろす気でいた。常人ではありえない現象を起こしたその力を、そのまま人に向けて。

 ISはあくまで普通の人間同士が乗って競うものだ。それが櫻井のような逸脱したやつが乗ればどうなるか……はっきり言って分からない。

 例え話をするとしたら、銃弾には耐えたからこれも耐えられるはずだと防弾チョッキを装備した人間に戦艦の大砲をぶつけてみようとしているようなものか。ISの絶対防御も完璧ではない。もしもあのままオルコットを切り裂いていたとしたら、きっと悲惨な事になっていただろう。その可能性は充分ありえたのだ。

 

「それにまたあんな戦い方をすれば今日と同じ事になるぞ」

 

 何故そうしたのかは分からないが、櫻井はオルコットを徐々に追い詰めていき、嬲り殺しにしていた。何度も終わらせられるタイミングはあったのにも関わらずだ。

 

 オルコットが怯えるのも仕方ない。IS同士の戦いかと思いきや、相手はISの皮を被った別の何かで規格外の力で徐々に嬲り殺しにされ、最後は散々見せつけたその力で一刀両断にされるところだったのだ。

 何の気紛れが起きたのかそれは未遂に終わったが、次がないとは言い切れない。

 

「……分かりました」

「他の生徒だけでなく、これは櫻井のためでもあるんだ。頼む」

「はい……」

 

 さて、布仏妹も了承したし、後はあいつか……。面倒だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、やる気満々の織斑の元へ織斑先生から通信が入り、たった一言だけ。今日は中止だと。一気に空気が盛り下がった。

 

 織斑が見せつけた主人公っぽさにすっかり忘れていたが、よくよく考えればそうなるよね。俺は自分のISぶっ壊したから出られないし、オルコットのISも殆ど俺がぶっ壊したし。……全ての原因俺じゃん。破壊衝動が半端じゃない。

 

「包帯、緩んでる……」

「……ん」

 

 更識に言われて右腕を見てみるときつくしてもらったはずの包帯がもう緩み始めていた。怪我を気にせず右腕を使っていたからだろう。

 

 片腕でやるのは面倒だな……なるべく右腕は使わないようにして明日先生に巻き直して貰おう。

 そう考えていたら更識がそっと俺の右腕を手に取り、こう言ってくれた。

 

「巻き直してあげるね……」

「……ありがとう」

 

 やっぱりこの子天使ですわぁ……。天使と同じ部屋で良かった。

 

「ねぇ、何であんな危ない事したの……?」

 

 包帯を巻き直している最中、更識から質問された。内容から察するに今日のオルコットに対する仕打ちの事だろう。

 

 実は自室に戻る最中、途中で合流した相川から散々説教されていた。戻ってからも正座で説教されたけどね。

 あんな追い詰めるような事したら怖がられるのは当然だと。何であんな事をしたのかと。要約するとこんなところだ。ぐぅの音も出ない。

 

「あそこは引き下がっていた方が賢明だったのに何で……?」

「…………そっちか」

「?」

「……いや、こっちの話だ」

 

 思ってたのと違った。更識が言っているのはオルコットを助けに行った事らしい。

 仕方ないとはいえ、てっきり更識からも何か言われるのかと思った。

 

「……助けるのに理由がいるのか?」

「えっ……?」

「……困ってるやつがいる。そこに誰かが助けに行く。当たり前の事だろう」

「――――」

 

 俺が言ってるのがそんなにおかしいのか、包帯を巻くのも忘れて更識は呆けていた。こういった表情を見せるのは更識にしては珍しい。

 

 ちなみにこれ、ダブルオーのモレノ先生の言葉なんだけどね。初めて見た時、凄く感銘を受けたのだ。

 ていうかオルコットのは俺のやらかした事だから俺が片付けるのが普通なんだけど。

 

「私が困ってても助けてくれる……?」

「……助ける。幾らでもな」

 

 何処か不安そうに俺の手を握って訊ねてくる更識の手を握り返す。その不安が少しでもなくなるように。

 

「うん……うん! えへへ……!」

 

 それが功を奏したのか、不安そうな表情から一転して眩いばかりの笑顔となった。こんな近くで手を触れ合いながらともなれば嫌でも鼓動が早くなるのを感じる。

 

「どうしたの……?」

「…………何でもない」

「???」

 

 突然、手で顔を覆ってそっぽを向いた俺に疑問を抱いた更識から即座に追及されるが、何でもないとだけ返す。その態度に不思議そうにしているだろう事は間違いない。

 

 あああ、更識さん困ります、困ります! 春人くん惚れてしまいそうです! 天使に惚れるとかいうあかん事してしまいそうです!

 

「ね、ねぇ今日お風呂はどうするの……?」

 

 俺の乙女回路がどうにかなってしまいそうになっていれば、見かねた更識からそんな話が浮かび上がる。更識の顔が見た事ないほど赤くなっているのは気のせいではないはず。

 

 ああ、そういえば言ってなかったな。俺が今日風呂入ってはいけないって事。

 

「……早く治すために今日は入るなって言われた」

「右腕濡らさなければ大丈夫……!」

「…………ん?」

 

 医師に言われた事をそのまま告げると、何故か胸の前でぐっと握り拳を作る更識。やる気満々なのが伝わってくる。

 

 入るなって言われてるのに暗に入れと言われてるぞ。どういう事だ。そんなに臭いのか俺は。

 確かに右腕が濡れないようにすれば入れなくもない。そうだな、入るとしよう。天使に嫌われたくないし。

 

「で、でね? 片腕だと不便だから私が――――」

「……客か」

「――――」

 

 更識が何かを言い掛けた瞬間、部屋にノック音が。こんな時間に誰かが来たらしい。

 そして唖然として固まっている更識の反応を見るに更識の客ではない事も分かる。とりあえず出るとしよう。

 

「夜分遅くにすみま――――櫻井さん!?」

「……オルコットか」

 

 扉を開ければそこにはバッグを持ったオルコットが頭を下げていた。顔を上げるなり、俺を見て驚くのはやめてほしい。

 

「……誰かの部屋と間違えたのか?」

「あ、いえ、櫻井さんに用事がありまして……」

「……俺に?」

「は、はい」

 

 念のため確認してみるが、俺に用があるとの事。何故かモジモジと恥ずかしそうにしているのが気になる点ではある。

 だが俺はまだ風呂に入っていないのだ。更識の反応を見るに臭うみたいだし、明日にしてもらおう。

 

「……明日ではダメなのか?」

「えっと、きょ、今日の方が良いかと」

「……今日の方が良い?」

 

 やばい、全然話が見えてこない。オルコットが遠回しに言っているのもあって輪に掛けて分からん。

 

「……よく分からないが、立ち話も何だし入れ」

「お、お邪魔します」

 

 長くなりそうだからと部屋に招いてみればあっさりと応じた。

 

「セシリア……?」

「あら、簪さん?」

「……知り合いなのか?」

「ええ、入学する前に何度か……そうですか、お相手は更識さんでしたか……」

「むぅ……」

「???」

 

 部屋の中に入れば復帰していた更識とオルコットが向き合った。二人は知り合いだったらしい。

 

 それはいい。それはいいのだが……何故ちょっと険悪な雰囲気になっているんだ。更識は面白くなさそうに眉をひそめているし、オルコットも目を細めて見ている。

 あれか、喧嘩別れでもしたのか。ここで再会したのも何かの縁なんだし、仲良くしようぜ。

 

「……ところでオルコットは何の用だ」

「あ、はい。その、まずは櫻井さんにお詫びをしたくて……」

 

 この空気を変えるためにもオルコットの用件を訊ねてみれば、俺への謝罪との事。

 はっきり言って謝られるような事をされた覚えがない。口出しして話が進まないのでは仕方ないので黙って様子を見る事に。

 

「……本日は未熟なわたくしのせいで櫻井さんにお怪我をさせてしまった事、心より謝罪致します。申し訳ありませんでした」

 

 そう言ってオルコットは深々と頭を下げてきた。その表情は暗く、重苦しい。言葉だけでなく、心からの謝罪だというのが見て分かった。

 

「……気にするな。お前は悪くない」

「ですが、傷を負わせたのはわたくしで――――」

「……そうさせたのは俺だ」

 

 ガンダムという存在だ!

 

 と、ふざけるのはそこまでにしておいて。俺がオルコットを怖がらせてああなったんだからこの傷は自業自得でしかないだろう。

 

「……だからオルコットは悪くない。気にする必要もない」

「……ふふっ」

 

 すると俺の言い分に突然オルコットが吹き出した。口元を手で抑えて笑う姿はとても上品で、育ちの良さが窺える。

 

「……何故笑う」

「すみません、実はここに来る前に謝ったら櫻井さんが何と言うか想像していまして」

「……」

 

 事前にシミュレートしてきたという訳か。

 

「……で、結果はどうだった?」

「ええ、バッチリ予想通りでしたわ。きっとあなたならそう言ってくださると信じてました」

「むぅぅ……」

 

 シミュレートしていた時を思い浮かべているのか、そう言う姿はやはり楽しげで。

 しかしそんな姿もほんの少しだけだった。直ぐに真面目な顔に戻る。

 

「ですからもう一度だけ謝罪を。あなたがそういう人だと分かっていながらあんな事をしてしまい、申し訳ありません」

 

 また言ってきたという事はどうしても謝罪を受けてほしいという事だろう。ここで俺が何か言っても言うだけ無駄、か。

 

「……はぁ、分かった。降参だ。それでいい」

「はいっ」

 

 両手を上げてオルコットに降参のポーズ。嬉しそうに微笑む彼女を見るとここまで想定していたのだろう。俺が最初にああ言う事も、そして最後に折れる事も。

 と、そんな時だった。いつの間にか横にいた更識から袖を引っ張られたのは。

 

「うぅー……!」

「……更識?」

 

 何か俺に訴え掛けて来ているのは分かるが、袖を引っ張りながら低く唸るだけ。

 

 ……はっ、そうだった。臭いきついから風呂入るって流れだったわ。これは早く風呂入れって訴えか。

 

「……すまない、用件はそれだけか?」

「じ、実はもう二つほどありまして……」

 

 まだあるのか。というよりはこっちの方が本題のような気がする。

 

「これからはわたくしの事は名前でお呼びください。それと櫻井さんの事を名前で呼んでもよろしいですか?」

「!?」

 

 神妙な面持ちで何を言うのかと思えば呼び方の問題だった。そんなに緊張するような話なのかと声を大にして聞きたい。

 そして何故言われた俺じゃなくて、関係ない更識が驚くのか。

 

「……別に構わない」

「!?」

「はい! では名前を呼んでみてください!」

 

 何かオルコットさんのやる気スイッチ入ってる。失礼だが、名前を呼ばれるのをそわそわと待つ姿はご主人様に懐いている犬のよう。

 

「……セシリア?」

「はい、春人さん!」

 

 ただ名前を呼んだだけなのにここに来てから一番の笑顔を見せるセシリア。それだけだが嬉しくてしょうがないのだと。

 

 何このわんわん。これでもかってくらい尻尾が振れてる幻影が見えるわ。超ご機嫌だわ。

 

「わ、私だって名前で呼ばれてないのに……!」

 

 再び更識にぐいぐいと引っ張られたかと思えば謎の対抗意識。

 

 名前呼びが流行ってるのか? そういえば織斑も名前で呼んでくれと頻りに言っていたな。名前で呼ばれたいのならそうしよう。

 

「……簪」

「っ、は、春人」

「むむむ……!」

 

 たった一言、名前を呼べば更識の対抗意識の炎が収まった代わりに今度はセシリアが着火。

 その火を自分で消火するべく、今度はセシリアの口が開いた。何を言うのか。

 

「そ、それとわたくし、春人さんの入浴の手伝いをしようかと思いまして!」

 

 ……えっ、何だって?

 

 初めて知ったが、俺は疲れていると難聴になるらしい。セシリアが何を言っているのか全然分かんなかった。

 入浴の手伝いをするとか言ってたけど、聞き間違いだろう。

 

「それは同室の私がするからセシリアは気にしなくていい……」

「あら……では春人さんに決めてもらいましょう」

 

 天使の口からも変な言葉が聞こえる。私がするからとか何とか。そして俺が決めるとか何とか。

 

 うん、これは重症ですね。今日は早く風呂入って寝よう。こそこそと風呂へ向かおうとしたところ二人が一斉に俺の方へ向き言い放った。

 

「春人はどっちがいいの!?」

「春人さんはどちらがいいですか!?」

「…………えっ」

 

 頼むから俺に聞かないでくれ。

 

 気付けば三人で備え付けのシャワールームに。右腕にはゴミ袋、腰にタオルという心許ない装備で。二人が前後からサポートしてくれるのだが狭い事この上ない。しかし、これは仕方なかったのだ。

 どっちとも入らないを選ぶともう一回聞かれてループに入るし、どちらか一人にしようとすればもう片方が泣きそうになる。苦肉の策でしかない。

 

「それにしても簪さん、その水着お似合いですわね」

「セシリアは水着用意しててずるい……!」

「ふふっ、これは淑女の嗜みですわ」

 

 後ろにいるセシリアは白いビキニタイプだった。大きな胸に括れた腰とスタイルの良さを見せつけるには最適だった。本当にありがとうございます。

 一方、前方の更識は学園指定のスクール水着。セシリアに比べれば慎ましやかな彼女のスタイルを晒し、ある意味最大限引き出していると言っても過言ではない。

 

 ていうか古き良き伝統のスク水を学園指定にするとか、IS学園何考えてんだ本当にありがとうございます。

 それにしても……

 

「春人、大丈夫……?」

「先ほどから静かですが何かありましたか?」

「…………気にするな、俺は気にしない」

 

 狭いせいか、さっきから前から後ろから柔らかいの当たっててこちとら必死なだけだ!!

 

 二人の姿を見ないように目を瞑ったのが間違っていた。その分、他の感覚が鋭敏になって辛い。これは小宇宙が高まるのも頷ける。

 しかも困った事に二人は気付いていないのだ。俺から言うのもどうかと思うし、耐えるのみである。

 

「うんしょ、うんしょ……」

「う、ん……」

「……ちょっと待て」

「「?」」

 

 いや、もう我慢の限界だ……。

 

 俺は怪我をしていない左腕をどうにか上げると思いっきり自分の頬を殴り抜いた。

 

「は、春人、大丈夫!?」

「……ああ」

「何で自分の頬を……!?」

「……気にするな」

 

 その後も何度かこの痛みで誤魔化す戦法を繰り返してどうにかこの事態を乗り越えた。何だったんだ、この拷問は……。



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10話

 随分と聞く事がなかった着信音が携帯から流れる。着信音というかヤクザ映画のワンシーンなんだけどね。

 

「こ、これは……とぉーう!」

 

 ヘッドスライディングするように携帯のところまで飛び込めば、その途中にあった色んなものがバタバタと地面に落ちたり、机の上に横倒しになったりしている。

 でもそんなのこれから声を聞く人物と比べれば大した事じゃない。

 

 この着信音は特別で、私の大大大親友であるちーちゃん専用なのだ。ちーちゃんはこの着信音について物凄い抗議してたけど、分かる人には分かってくれると思うんだけどなぁ。私が知ってるのいっくんと箒ちゃんだけだけど。

 

 《束か。久し振りだな》

「久し振りだね、ちーちゃん! 愛してるぜベイベ!!」

 

 開口一番の言葉で即座に切られちった。ちーちゃんってば照れ屋さんなんだから。いつもこうなんだもん。

 

 慣れた手付きで今度はこちらから電話を掛ける事に。何回かのコール音の後、漸く出てくれた。

 

 《……次にふざけたら二度と掛けないし、出ないぞ》

「はーい。で、どうしたのちーちゃん?」

 《あるISコアが突然誰にも反応しなくなった。幾ら調べても分からなくてな……原因は分かるか?》

「んー? コアナンバーは?」

 《三八四だ》

「……ちょっと待っててねー」

 

 ――――ああ、あの子か。

 

 そのナンバーを聞いて直ぐに分かった。初めて親に逆らったいけない子だ。忘れるはずがない。

 念のためにと移動ラボを立ち上げて様子を見てみるが、やはり特に異常はない。

 そもそも、仮に何かしら異常があれば直ぐに私に知らせるようになっているから、それがなかったという事は正常という事になる。そう、何処をどう見ても正常だった。正常のまま親に逆らったのだ。

 

「一応こっちでも調べてみたけど、やっぱり何ともないねー」

 《そうか……一応聞くが何か思い当たるのはあるか?》

「そうだねー……」

 

 ちーちゃんからの言葉に言い淀む。原因は何となくだけど分かってる。きっとちーちゃんもだ。それを私は理解出来ないし、したくない。

 ただちーちゃんが困ってるのを見過ごす事も出来なかった。だから私は今理解している分を教えるとしよう。

 

「きっと運命の人に会えたんじゃないかな?」

 《運命の人だと?》

「そ、運命の人。コアにだって意識はあるからねー。好き嫌いがあってもおかしくないでしょ?」

 

 子が親の言う事に逆らうのなんて、それくらいしか思いつかない。こんなの初めてだけど、きっとそうだ。自立したと言えば嬉しくもあるが、やはり悲しいものだ。

 

 《ふっ、随分とロマンチックな事を言うんだな》

「何ですとー!? ロマンチストじゃなきゃ宇宙に行きたいなんて言わないよ!」

 《くっくっくっ、それもそうだな》

 

 とか言いながらもくつくつと声を殺して笑うちーちゃん。昔はもっと豪快に笑ってたのになぁ。大人になったからなのかな、それとも立場がそうさせているのかな。

 

 変わってしまった親友の声を聞きつつ、今度は私から話を切り出した。

 

「ねぇ、ちーちゃん」

 《……何だ?》

「この世界は楽しい?」

 《…………ふぅ》

 

 私の質問にちーちゃんは直ぐには答えなかった。代わりに色んなものが含まれた深い溜め息が聞こえてくる。

 

 《それなりだ》

「……そっか。ちーちゃん、変わったね」

 

 暫くの沈黙の後、ちーちゃんは漸く口を開いた。その答えはある種の決別だったのかもしれない。

 

 《お前も変わったよ。束》

「……だろうね」

 

 自分が造り上げた夢が世界を歪めて、その夢が何をしているのかを知れば変わりたくもなる。

 

 《昔のお前は赤の他人を無視する事はあっても、いきなり危害を加えようとはしなかったからな》

「ぅん? 何の事かな?」

 《……お前がそう言うのならそれでいい》

 

 面倒な事を見つけたとでも言いたげにちーちゃんは話を切り上げた。やっぱりちーちゃんにはバレバレだったみたいだね。さすがは束さんの親友だよ。

 

「ねぇ、何でトランプってジョーカーがあるんだろうね」

 《何故いきなりトランプの話をしたんだ》

「だって束さんは現在進行形で不思議の国のアリスの格好しているからね! トランプ兵は付きものでしょ!」

 《まだコスプレ紛いの事をしてるのか……》

「好きなものは好きだからしょうがないよ。略して好きしょ!」

 《何を言っている》

 

 ちょっとふざけると直ぐに冷たい反応が返ってくる。そこだけは昔と変わらなくて内心嬉しかった。でもそれもこれまでになるのかな。

 

 《……ジョーカーがあるから決着が着く。勝負の決め手になるだろう。切り札、とも言うしな》

 

 うん、ごもっとも。大抵のゲームで重要な役割を持ってるよね。一般的にはそれで合ってるんだと思う。でもね、違うんだ。

 

「私はね、違うんだ」

 《ほう?》

「ジョーカーがあるから場が掻き乱される。収まりが悪くなる。だから――――」

 

 そう、だから。

 

「ジョーカーなんていらない。もっと言えばもう私にはKとQとAだけあればいい」

 

 私の思い描いたシナリオの登場人物にはそれだけで充分。ジョーカーなんて以ての外。存在してはいけないんだ。

 

 《……それだけじゃ何も出来ないぞ》

「その三枚が揃えば何もする気なんてないからね。それでいいんだよ」

 《そうか……》

 

 ちーちゃんにしては珍しく気落ちした声が聞こえてくる。私も同じ気持ちだ。もう昔のようには戻れない。いっくんや箒ちゃんとも七月を最後にお別れになるだろう。

 

「じゃあね、ちーちゃん」

 《ああ、じゃあな》

 

 もう会う事を想定しない別れの言葉を送り、電話を切った。次に話す時はどうなっているんだろうか。

 

「さぁて、と」

 

 嫌な事ばかりの考えを切り上げて私はその足で今の隠れ家にある格納庫へと向かった。

 薄暗い格納庫には三機のISが佇んでいる。開発者の私には自分達の出番を今か今かと待ちわびているようにも見えた。

 

「君はあと三ヶ月で外に出られるからね」

 

 そう言って触れたのは紅に染められたIS、箒ちゃんの誕生日にプレゼントする予定の専用機だ。

 

「君達は……年内には出られるかな? いっくんと箒ちゃん次第だね」

 

 そしてそこから少し離れたところに置かれた二機。まだ何色にも染められていない二機は私からこの世界へのプレゼントだ。

 

「プレゼント……そうだ! クリスマスにしよう! きっといっくんと箒ちゃんなら頑張ってくれるよ!」

 

 この最高に皮肉なプレゼントを渡す日も決まれば、後はそこに間に合わせるようにするだけだ。まだまだ先だけど、今年は最高のクリスマスにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が怪我してから一週間が経過した。つまりクラス代表決定戦からそれだけ経った事になるが、未だに俺のISは手元に来ていない。

 何でも修理と同時に改修しているらしく、本当に俺にしか扱えない仕様にされているとの事。誰か俺のわくわくを止めてくれ。

 

「はるるん。こっち、こっちー」

「……分かったから暴れるな」

 

 ちなみに今何をしているのかと言うと、放課後に一緒に来てくれと布仏に言われるがままあっちへふらふら、こっちへふらふら。何故かこいつを背負った状態で。

 何処へ行くのか教えてくれないから完全に布仏ナビに従うしかなかった。普通のナビと違って予告ではなく、寸前で右に曲がると教えたり、予定の道を通り過ぎてUターンというのもままある。

 

 それはいいのだが、ナビをする際に暴れるのはやめてほしい。背中に感じる柔らかな感触がゴリゴリと音を立てて俺の精神を削っていくのが分かるのです。

 

「――――♪」

「何これ、歌……? うわっ」

 

 そして真っ直ぐになると途端に上機嫌で歌い出す。何故かやわらか戦車のテーマを声高らかに。恥ずかしげもなく歌うため、すれ違う人全員から白い目で見られていた。

 いや、正確にはその視線は俺に対してだ。クラス代表決定戦であんな戦い方をした俺を怖がっているのだ。

 

 まぁあれは完全にやばいやつだったから仕方ない。織斑先生には勿論、相川にも怒られたし。

 

「……そういえば布仏は何も言わないのか?」

「んー? 何がー?」

「……セシリアとの試合についてだ」

 

 俺の問い掛けに布仏は歌うのを中断して、いつもの笑顔ではなく真面目な表情でこう言った。

 

「はるるん」

「……何だ?」

「もうあんな危ない事しちゃダメだよ?」

「……分かってる」

 

 いつになく真面目な表情の布仏は妙な迫力があった。少し怒っているようにも見える。

 しかし、俺だって別にやりたくてやった訳じゃない。怖がらせるつもりなんてなかった。

 助けた事に後悔はないし、セシリアはもういいと言ってくれたが、その点だけは後悔している。

 

「私もかんちゃんもすっごく心配したんだからね」

「は?」

「ぅん?」

 

 思わず立ち止まって振り返った俺を、やはり首を傾げて不思議そうにこちらを見てくる。

 こいつも簪と一緒で俺の虚を突いてきた。

 

「……セシリアの事はいいのか?」

「せっしーも危なかったけど、はるるん態とやってた訳じゃないしー。必死だっただけでしょ?」

「……そうだな」

 

 そうだった。この一週間、代表決定戦とか色々あってすっかり忘れていたが何故か布仏は俺の心が読めるんだった。

 

「それにはるるんは絶対そんな事しないもん」

「……何故そう言い切れる」

「はるるんはそういう人だからー」

 

 そう言う布仏はいつかの木陰の時のように自信に満ちている。何を言っても聞かないだろう。完全に感覚で生きている人間だ。

 

「……お前、よく変わってるって言われるだろ?」

「うっ……で、でもはるるんの方が変わってるよ?」

「……生憎だが俺は言われた事はない」

「えー、絶対はるるんの方が変わってるよー!」

「……暴れるな」

 

 俺の言い分にまた身体を必死に暴れて抗議する布仏。余程不満だったらしい。

 

 ちょ、悪かったから揺らすな。色々困るからやめろ。そんな切実な俺の願いに対して布仏は――――

 

「……んー?」

 

 やはり不思議そうに首を傾げるだけだった。

 お前は何でこういう時だけ心を読んでくれないの?

 

 下らないやり取りをしながら布仏が指し示した道を進んでいくとアリーナに辿り着いた。

 

「……ここでいいのか?」

「そうだよー。早く中に入ろっ」

 

 中に入ってみれば、布を被せてある何かを中心に織斑先生と山田先生と……学生か。ネクタイの色から察するに三年生がいる。

 

「来たか」

「……すみません、遅れました」

「だ、大丈夫ですよ。時間はまだありますから」

 

 腕を組んで短く言う織斑先生の姿は威圧感たっぷり。その気はないんだろうけど、正直怖くてしょうがない。

 まぁ山田先生は俺の方を怖がってるみたいだけど。

 

「本音、こっちに来なさい」

「はーい。はるるん降ろしてー」

「……ん」

 

 幾ら言っても聞いてくれなかった布仏が三年生の言葉にあっさりと従った。降りると布仏は三年生の横に並んで……

 

「……ん?」

「どうしたの?」

「……何でもない」

 

 並んで漸く気付いたが、何か三年生と布仏がやたら似ている気がする。雰囲気はまるで違うけど。三年生は出来るお姉さんの風格がある。

 

「ここまで来れば分かるとは思うが、お前の専用機が完成した。言うよりも見せた方が早いだろう」

 

 言い終えると同時に織斑先生は被せていた布を一息で取り払った。

 そこにいたのは黒いラファールだが、以前見たのとは大分姿が変わっている。まず全体が一回り、二回りは大きくなり、マッシブになった。そして背部のスラスターがなくなり、代わりに見覚えのあるバインダーに。

 

 ていうかもろヴァーダントのヴァリアブルバインダーじゃねぇか。どういう事なんですか織斑先生。

 

「これが新しいラファール・リヴァイヴだ。詳しい事は改修の指揮を取った布仏姉に聞け」

「……布仏姉?」

 

 言われて思わず振り向いた。元気良く手を振る布仏とそんな布仏に困った笑みを浮かべる良く似た三年生……つまりそういう事らしい。この二人は姉妹だったのか。どうりで似ている訳だ。

 俺が振り向いたのを切っ掛けに、布仏先輩が口を開いた。布仏とそっくりな笑顔で。

 

「初めまして、今回改修の指揮を取らせて貰いました布仏虚です。いつも妹の本音がお世話になっています」

「……櫻井春人です。こちらこそお世話になってます」

「お世話してまーす」

「本音……はぁ」

 

 何か一気に力が抜けるな……。それがこいつの良いところなんだろうけど。

 

 布仏先輩と一緒にがっくりしたところで態とらしい咳払いが聞こえてきた。織斑先生だ。

 

「んん!! 挨拶も済んだし、説明に入れ」

「あ、はい。この新しいラファール・リヴァイヴのコンセプトは櫻井くんが使っても大丈夫な機体なの」

「……俺が使っても大丈夫?」

「ええ」

 

 鸚鵡返しで確認してみるもやはり返答は同じ。コンセプトは櫻井春人が使っても大丈夫な機体との事。

 

 ……えっ、どういう事なんですかね?

 

「オルコットとの試合、一撃で装甲が砕けただろう? あれはお前の動きにISが耐えられなかった結果だ」

 

 なるほど、あの七夜の体術擬きはISではやっちゃダメだったのか。そんな技を出来るとかさすが七夜さんだ。俺に厨二を教えてくれた師匠の一人なだけはある。

 

「……なるほど」

「そこでリミッターとしてパワーアシストを使って櫻井くんの身体能力を増幅じゃなく、抑える事にしたのよ」

「えっ」

「「えっ?」」

「ん?」

「んー?」

 

 思わず出た言葉に布仏先輩まで釣られる。正確にはこの場にいた全員が釣られた。予想外過ぎるアプローチを掛けられたのだから仕方ない。

 

 何故動きの話をしていたのに俺の力を抑える方向へ?

 

「勿論、条件を満たせばリミッター解除も出来るから」

「……その方法は?」

「一つは織斑先生が許可する事。もう一つは櫻井くんの判断で出来るんだけど、それは動かしながら説明するわね」

「……了解」

 

 どうやら俺の意志で解除するには幾つかの条件をクリアしなければならないらしい。

 それの説明を受けるためにもこの新しいラファールを纏うとしよう。そうしてラファールに触れた瞬間だった。

 

『伊達明、リターン』

「――――」

『久し振りだね、春人!』

 

 謎の台詞と共に聞こえてくる幼女の声。実に一週間振りの事だった。初めて聞いた時と変わらず、幼女は元気一杯だ。

 

 な、何でだ。あれから全く幻聴なんて聞こえなかったのに何で今になって……。

 

『前から言おうと思ってたんだけど、私幻聴じゃないよ?』

 

 幻聴ではないと。では伊達さんは一体何なのかという話になる訳で。

 

『ISコアです。あと伊達さんじゃないです』

 

 言われて思い出した。授業で山田先生がISコアには意識があると言っていたのを。そのおかげで乗れば乗るほど操縦者を理解していき、性能を引き出していくとか。

 ていうか何故伊達明と名乗ったし。

 

『ちなみに私達の声が届いたのって、春人が初めてなんだよ』

 

 えっ、そうなのか。

 

「さ、櫻井くん? どうしたんですか?」

「何をしている? 早くしろ」

「……すみません」

 

 コアとの話に夢中になっていたら織斑先生に急かされた。山田先生にも心配されてる辺り、結構な時間が経っていたようだ。

 これ以上急かされないためにもさっさとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「普通に動かしてますね……」

「どうやら七割抑えて、更に重りを付けて漸く普通の操縦者と同じくらいみたいです……」

「そうか」

「はるるん凄ーい」

 

 早速新しいラファールを纏って慣熟訓練するも、前の時と違い身体が重くてしょうがない。地面を蹴っても遅いし、刀を全力で振っても何も出ない。

 

『いや、それ普通だからね』

 

 えっ、俺普通に出せましたけど?

 

『あー……これ困ったやつだ』

 

 そうだな。これは困ったやつだ。どうしたものかね。

 

 この新しいラファールが俺専用というのは嬉しいが、この状況は頭を悩ませるものでしかない。幼女も一緒に頭を悩ませてくれている。

 それにしても幼女も新しいラファールってのも呼びにくい。ラファールはラファールで良いとして、幼女ってのはな。何か良いのはないのか。

 

『私の名前? 名前はないけど、コアナンバーは三八四だよ』

 

 それはただの数字だ。他にはないのか?

 

『うーん……ないから春人が名付けてよ』

 

 まさかの返答だった。確かに名前がないなら名付けるしかないのだが、その大役に俺が抜擢された訳で。

 

 待て待て、俺はネーミングセンスがないというかやばいがいいのか?

 

『春人が付けてくれる事に意味があるから!』

 

 分からんが、そういうものか。少しでも良い名前を付けるようにしなければ。

 うんうんと頭を悩ませ、ない知恵を絞り、思考を巡らせて約五分。頭に閃きが。

 

 ミコト。命と書いてミコトだ。命を大切にして欲しいという願いを込めて付けたんだが、どうでしゃっろ?

 

『ミコト……うん、私は今日からミコトだよ! 改めてよろしくね、春人!』

 

 ああ、喜んで貰えて何よりだ。これからよろしくな、ミコト。

 

「よし、次は飛んでみろ」

「……了解」

 

 バインダーを翼のように広げてから羽ばたかせて空へと舞い上がる。ラファールのウィングスラスターがなくなったのは少なからずショックがあったが、これはこれで良いのかもしれない。

 

『――――♪』

 

 久し振りの空に気分が高揚しているのは俺だけじゃないらしい。ミコトも飛んだ瞬間から歌を歌い始めた。初めて聴く曲だが、悪くない。それをBGMにこの空を飛び回っていた。

 

『これcyclone effectって名曲なんすよ』

 

 知らね。ていうか前から思ってたけど何で歌うんだ?

 

『それはね……あっ、ちょっと待って。んん!! あ、あー……よし』

 

 問い掛けると何故か咳払いをして喉の調子を確かめ始める。先ほどから聞いていた声と比べれば精一杯の低音……何か嫌な予感がしてならない。

 

『――――ミカの目が聞いてくるんだ。次はどうする。次はどの曲を入れればいい。次はどんな歌で俺をワクワクさせてくれるんだ……ってな。あの目だけは……裏切れねぇ』

「…………ふぅ」

 《あ、危ない!》

 

 嫌な予感が見事的中してしまった。意識が遠退いて落下を始めるも、山田先生が声を掛けてくれたので事なきを得た。下手をすれば地面と熱烈なキスをしていただろう。

 

 何やってんだミカァァァ!!

 

『てへぺろー』

 《櫻井、大丈夫か?》

「……問題ありません」

 

 ふざけようとしたら即座に織斑先生から通信が入る。本能が逆らってはいけないという指令を出しているからダメでもはいと言ってしまう。

 

『春人、もう一回『葵・改』呼び出して』

 

 何だそれ。『葵』じゃないのか。

 

『春人専用の武器になってて、リミッター解除のキーになってるんだよ』

 

 そうだったのか。では早速。

 

 飛ぶ前に呼び出した『葵・改』を再度呼び出してみる。光の粒子が集まって刀を形成し、光を放つと右手に刀が。

 しかし、改という割りには見たところ以前と何も変わっていない。

 

『刀身を指先で突っついてみるよろし』

 

 ミコトに言われるがまま、指先で二回叩くと再び光を放ち、刀身だけが綺麗さっぱりとなくなった。残るは柄の部分のみ。

 

 ……僕の刀がない!? 何で、どうして!?

 

『でゃははは! やってみるもんだなぁ! えぇ、おい!』

 

 カズマさん!

 

『……で、また刀身があるイメージしてみて』

 

 あ、はい。

 

 今度はこの状態で刀身があるイメージしろとの事。刀身を消してからあるイメージをしろとはこれ如何に。

 と、先ほどまで刀身があった部分からレーザーが放たれ、それが刀の形を成していく。

 

『これが『葵・改』の機能。簡単に言うと実体剣の代わりにレーザーブレードを形成。春人の戦う意志によって、その威力を上下させる』

 

 か、カッコいいタルー!!

 詳しく説明してくれ!

 

『春人の戦う意志が強ければ強いほど弱くなって、弱くなるほど強くなる』

 

 えぇ……? 普通逆じゃね?

 

『仕方ないね。で、この状態で初めて春人の意志でリミッター解除出来るよ』

 

 この説明が本当だとすれば機体のリミッターを解除しても今度は武装の方に制限が掛かる。なんてこったい。

 

『実はもう一個あるけど、千冬が呼んでるからもう行った方がいいよ』

 《一度降りてこい》

「……了解しました」

 

 素直に降りると衝撃的な言葉が飛び出した。

 

「これから模擬戦を始める。行けるな?」

「…………はい」

 

 慣熟訓練はもう終わりなのか。全然動かしてないんですけど。しかし、逆らえないので泣く泣く了承。

 

「よし、では特別ゲストだ。来い」

 

 織斑先生がインカムで指令を送れば、アリーナの入場が開き、そこから水色の機体が飛び出した。俺のラファールとは違い、かなりスッキリした機体だ。

 それが近くに降り立ち、操縦者が俺を睨み付けて来た。

 

「よくも簪ちゃんを……!」

 

 水色の髪を外側に跳ねさせた女子は厳しい視線と言葉を向けてくる。並大抵の怒りじゃない事は読み取れた。

 

 簪? 俺が簪に何かしたのか?





ボツネタ

今回登場のミコトちゃんは元々いませんでした。
代わりにISにやたら愛されるという設定がありました。


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11話

今回ちょっと短いです。


 アリーナのグラウンドで睨み合う俺と名も知らぬ女子。纏っているISは明らかに打鉄とも、ラファールとも系列が違う機体だった。

 この学園に置いてあるのは打鉄とラファールの二機だけ。それ以外となると何処かの国の専用機という事だ。

 

『ミステリアス・レイディ……いきなり大物来たね』

 

 現れたISに先ほどまで一緒になって騒いでいたミコトの声が一気に引き締まった。

 このトーンはセシリアを助けようとした時と同じだ。それほど状況的に、いや目の前の相手がやばいという事になる訳で。

 そうなると俺の答えなんて既に決まっているも同然。一度だけ深呼吸。

 

「…………ふぅー」

 

 ――――よし、チェンジで。

 

『えっ、ちょ』

 

 何を驚く事があるのか。ただでさえ俺自身もこの人がやばいと感じているのに、そこへ追い討ちが掛かったのだ。この結果は当たり前でしかない。

 

『あの、何か春人と因縁あるっぽいんですけど』

 

 問題はそこだ。先ほどの口振りからするにどうやら俺は簪に何かやらかしているらしい。

 思い当たる事が多過ぎて分からないけど。

 

『えぇ……』

 

 同室なんだからある程度は仕方ないんだよ。ちゃんと謝ってるんだけど、それでも足りなかったのか。

 

「呆けちゃって、まぁ。おねーさんが相手じゃ嫌?」

「……分かってるじゃないですか」

『えっ』

 

 口元を隠してくすくす笑っている目の前の女子。俺の気持ちをちゃんと理解してくれていて釣られて俺も笑う。

 

 ふ、ふははは!! なんだ、戦いを避けるのなんて簡単じゃないか! これで――――

 

「へぇ……言ってくれるじゃない」

「……?」

 

 嬉しくてつい口にした一言は、せっかく浮かべていた笑みを消して更に相手の怒りと闘志を燃やすはめに。右手に持っている槍を強く握り直したのを見ると相当だ。

 

 あれ? 余計やる気入ってる気がするぞ。どうしてこうなった。

 

『春人さん春人さん。今のって「私、弱いけどいい?」って問いに「じゃあ、嫌だ」って言ってるようなもので……』

 

 えっ。違う、違うぞ。そっちが弱いから嫌なんじゃない。強いから嫌なんだ。早く訂正しなきゃ。

 

「……いや、あの――――」

「そう言うな、櫻井。これでもこいつはロシアの国家代表で、学園最強なんだ」

 

 織斑先生から教えられた情報は俺の気持ちを更に盛り下げるものだった。

 しかし、教えてくれた織斑先生は何処か楽しげ。俺とは対照的に盛り上がっているように見えた。

 

 いや、もっと嫌だ。何で代表候補生から一気に国家代表で、しかも学園最強と戦わなくてはならんのだ。どう考えても割りに合わない。やっぱりここは抗議して――――

 

「行けるな、お前」

「…………はい」

「よし、では残りの説明を受けろ。山田先生、模擬戦の準備をしましょう」

「は、はいっ」

 

 織斑先生には勝てなかったよ……。

 

 鋭い目付きで問われれば、はいと答えるしか道はなかった。逆らって命を落としたくはない。肩を落としてとぼとぼと二人の元へ行く事に。

 

「うちの会長がすみません。どうしても櫻井くんと戦うって言って聞かなくて……」

「……いえ、気にしないでください」

「はるるん、ごめんねー」

「……ん」

 

 着けば開口一番に謝罪された。どうもこの二人は今も睨み付けてくるあの人の関係者らしい。

 

「……あの人は簪の事で怒ってるんですか?」

「ええ、まぁ……」

「……俺は簪に何をしたんですか?」

「いや、えっと、気にしなくてもいいから」

 

 俺の質問に布仏先輩は曖昧な態度で答えを返していく。聞けば聞くほど、段々と困った顔になっていった。

 

 やはり簪の事で怒っているのは間違いない。だが、その内容については教えられない、か。ここで口にするのは憚れるような内容の可能性もある。何したんだ俺。

 

「……ちなみに会長というのは?」

「生徒会長の事よ。IS学園の生徒会長は代々最強でなければならない決まりなの」

「たっちゃんはねー、すんごーく強いんだよー」

「……なるほど」

 

 布仏先輩の言い方から察するに最強と学園全体の認識のようだ。誰もが納得して名乗るのを許されていると。

 

 何故そんな相手にリミッター付きという縛りをしなくてはいけないんだ。全く、どうかしてるぜ。

 

「会長の話はそこまでにして、武装の説明をするわね」

「……お願いします」

「まずは『葵・改』からなんだけど――――」

 

 先ほどミコトから教えてもらった『葵・改』を使ったリミッター解除の手順と残された機能から始まった。どうやら普段の状態での攻撃力不足をどうにかしようと考えていたらしい。

 

「次に背部の『ヴァーダント』。これはバインダーが片方に八枚重なってて、それぞれに反りのない太刀が二本ずつ入ってるわ。あとバインダーは盾としても使えるから」

「太刀はねー、普通に切る以外に手元から離れてたら遠隔から音声入力で爆発させられるんだよー」

「……ほう」

 

 何だ、そのオサレな攻撃方法。不覚にもときめいたわ。

 

「そして最後ね。これは何の変哲もない槍で、『楓』っていうわ」

 

 武装欄を見れば確かに『楓』という名の槍がある。槍と言っても生徒会長が持っているような西洋のランスではなく、長い棒の先端に刃が付いてあるのだ。それが二本……それはいい。

 

「……最後?」

「ええ、以上よ。織斑先生がこれだけあればいいって」

「……そうですか」

 

 悲報、俺氏射撃武装持つ事許されず。

 一度目は俺のポカだった。それは仕方ない。でも、二度目は先生からの指示ってどういう事なの……。何でブレオン強制されてるの。

 

 その後、悲しみを胸にこっちと生徒会長の機体説明を受けて終了となった。

 

「じゃあ、頑張ってね」

「頑張れ、はるるん」

「……ん」

 

 二人からの激励に応えて、正面を見据える。先ほどまでは纏っていなかった水を展開している生徒会長がいた。

 勿論、ただの水ではない。布仏先輩の話では、あの水こそが最大にして最強の武装との事。まずは攻守一体の水をどうにかしなければならないのだ。

 

 ていうか水を操る機体って水の魔装機神かよ。そんなんと俺を戦わせないでくれ。

 

『大丈夫、精霊憑依は出来ないから』

 

 もし出来たら戦う相手間違えてるだろ。こんな一般ピーポーじゃなくて、もっとゴツいのと戦ってくれ。

 それより今まで何で黙ってたんだ?

 

『ちょっと教えてもらったところ復習してた』

 

 教えてもらったところ? 何を教えてもらったんだ?

 

『ふっふっふっ、じゃあ見せてあげるから武器構えてよ!』

 

 やたら自信満々のミコトに内心首を傾げつつ、一番慣れている『葵・改』を呼び出す。

 さて、ここからどうするのか。

 

『これで……こう!』

「……む」

「風……?」

 

 するとそれまでたまにしか感じなかった風が『葵・改』を中心に吹き荒れるようになり、やがて荒れた風も落ち着けば――――

 

「なっ!?」

「……これは」

 

 綺麗さっぱり『葵・改』は消えていた。

 しかし、右手には未だに刀を握っている感触がある。どうやら視覚的に消えただけらしい。

 

『んふー、どや?』

 

 う、うおおお……これ、風王結界じゃねぇか! ど、どうしたの!?

 

『イタリアにいるナカーマに教えてもらいました』

 

 イタリアにいる仲間……?

 何だ、この世界には水の魔装機神だけじゃなくて、風の魔装機神もいるのか。

 

『魔装機神っていうかスクウェアメイジかな?』

 

 あぁ、うん、そっちの方がまだ勝てる気がする。エグいけど。

 

「それは虚ちゃんから聞いてなかったけど、隠すのが好きなのね……この陰険陰湿根暗男っ」

「…………」

『むー……』

 

 二人きりになったせいか、よりストレートに敵意をぶつけてくる生徒会長。最早隠そうともしていない。

 そして初めて知ったが、人間本当の事を立て続けに言われると何も言えなくなってしまう。

 

『……ちょっとは言い返そうよ』

 

 それに反応したのがミコトだった。まるで不貞腐れた子供のようにしている。

 

 と言っても事実だしな。これは仕方ないさ。

 

『いーいーかーえーすーのー!!』

 

 分かった! 分かったから叫ぶな!

 

 頭の中にミコトの声が大音量でぐわんぐわんと響く。二日酔いなんてした事もないが、もし二日酔いになって大声を出されたらこんな気分になるのかもしれない。

 言われた本人ではなく、何故ミコトが怒っているのか不思議だがとにかく言うとしよう。また叫ばれては敵わん。

 

「そっちはマナーが悪いですね。ブーイングにしても度が過ぎる」

「あら、それは失礼しましたっ」

 

 こっちの指摘に少しも悪びれる様子もなく、言葉だけの謝罪が返ってきた。ちらりと見せた舌が、何処か小悪魔的なイメージを作る。

 

『言い返そうとは言ったけど、何故コードは魔弾(タスラム)の人?』

 

 だって、カッコいいだろう?

 

 《こちらの準備出来ました。用意はいいですかー?》

「こちらはいつでも」

「……こちらもです」

 

 間延びした山田先生の声。

 それに応えると同時に、こちらが『葵・改』に風を纏わせているように生徒会長も槍に水を纏わせた。

 水は螺旋状になり、刃を形成していく。凶悪な武器の完成だ。

 

 そういえばこの風って風王結界以外出来ないのか? 歌えば両肩から次元破壊砲とか出せないのか?

 

『出来るはずがないよね。あれ見た目風っぽいだけだから。精々風の防壁とかかなー。ちなみに春人の意思でも使えるよ』

 

 試しに左の掌に風を集めるイメージをしてみれば手の中で小さな渦が出来た。

 それを握り締めてから振り払うと刀を構える。向こうも槍を構えて応えた。

 

「そのポーカーフェイス崩して、化けの皮剥いであげるわ!」

「……こっちから剥いで見せましょうか?」

「『えっ?』」

 

 その瞬間、俺を中心に風が巻き起こった。

 吹き荒れる風は嵐となり、その規模はこの広大なアリーナのグラウンドの約半分を覆うほど。

 

 何これ、凄い。多分やった本人が一番驚いてるわ。ここまで出来るんやなって。

 

『は、春人? 急にどうしたの?』

 

 心配そうにミコトが訊ねてくる。いきなりこんな事をすれば心配するのも無理もない。

 

 簡単な事だ。向こうがこちらを悪役として見ているからそれに応えるまでよ。

 近所の子供にラスボス認定されてた実力、見せてやるぜ。

 

『えぇ……何その経歴……』

 

 改めて問われると本当に何なんだろう……ま、まぁいい。

 

「恐怖は我が喜びとなり、憎しみは糧となる! 我こそは嵐の騎士!」

「悪趣味ね……いいわ、その性根叩き直してあげる!」

 

 こうして暴風の中で生徒会長との戦いの幕が上げられ――――

 

『あの、噛ませ臭半端ないところいいですか?』

 

 何だよ、これからって時に。

 

『こんなに風出してるせいで物凄い勢いでシールドエネルギー減ってて……もう少しで合計百減るんですよ』

 

 何ですと!?



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12話

「っ、はぁ!」

 

 エネルギー減少付きの過剰なボス演出をさっさとやめると、同時に生徒会長が突撃。槍を前方に突き出して前進。

 どうやらあの風が多少は足止めになっていたようだ。まぁそうでなくては困るのだが。

 たった十数秒でエネルギーを百も使ったのだ。本当はもっと大きな効果が欲しかったが、贅沢は言えない。

 

 俺の顔目掛けて文字通り飛んできた槍と生徒会長を左に回り込んで避ける。

 

「……甘いですね」

「一回で終わりと思う方がおかしいんじゃない!?」

「……それを含めてもですよ」

 

 そうして放たれる横への凪ぎ払い。襲い掛かる水の槍を滑り込ませた不可視の刀で受け止める。

 この科学が進んだご時世において、随分とファンタジーな光景だ。俺達だけ何処か違う世界からやって来たものかと思えてしまう。

 

「ふんっ!」

 

 両手で押し返してやれば力の流れに逆らわず、素直に距離を取ってバレリーナのようにくるりと回ってから構え直す生徒会長。随分と余裕があるようだ。

 

「言ってくれるわね。じゃあもう一度!」

 

 まるでさっきのやり取りを巻き戻したかのように再び突いてくる。狙いはやはり顔面。簡単に避けられる。

 だが気になるのは先ほどと違い、槍というリーチの長さを最大限生かしてきたところか。こちらの間合いの外からの攻撃となれば近付くしか手はない。

 

「芸がない!」

 

 こちらも先ほどと同じように左に、時計回りに動いて回避。そうすれば続けて来るのも読みやすい。

 そう思って取った俺の行動に、一瞬だけにやりと嬉しそうに笑うのが印象的だった。

 

「ほら、また行くわよ!」

 

 その笑みも一瞬だけで、直ぐに引き締めて襲い掛かる。やはりというかまた俺を追尾するように槍が横に凪ぎ払われた。

 変えるのはここからだ。

 

「へぇ……そうするんだ」

 

 横に凪ぎ払われた槍を潜って、一気に踏み込む。振るわれた槍の風圧を頭上に感じながら、前進していく。こちらの刀の間合いへと。

 

 しかし、また攻撃が外れて接近を許しているというのにこの人の余裕は崩れない。

 何を根拠にそんな余裕があるのか。既にこちらの間合いだというのに。

 

「いないいない――――」

『っ、春人!』

 

 その余裕の正体が分かるのに時間はいらなかった。生徒会長が槍を横に凪ぎ払いながら、身体をこちらに向かせてくれば――――

 

「――――ばぁ」

「っ!!」

 

 ――――いつの間にか左手に持っていた鞭のような剣が右下から振り上げられようとしていた。顔には悪戯に成功した子供のような表情を浮かべて。

 前へと向かっているのも相まって、とてもじゃないが避けられそうにない。こんなカウンターが決まればそれで終わりとなる可能性だってある。

 

「エンチャント・マイナス!!」

『流れ、変える!』

「ん?」

 

 慌てて発した指令をミコトは正しく受け取ってくれた。前方に風の層が出来上がる。これがミコトが言っていた防壁らしい。

 風による防壁は蛇腹剣の勢いを確実に殺ぎ、与える被害を少なくした。風と防壁で残りシールドエネルギーは四〇九。多少のダメージは仕方ない。

 

「ぐっ……今だ!」

 

 予想していた手応えとの違いに生徒会長の動きが僅かに鈍った。その隙に空へと逃げ出す。

 

「あら、おねーさんを置いて逃げちゃうの?」

「……押してダメなら引いてみろってやつですよ」

 

 軽口に軽口を合わせる。こっちは時間稼ぎの見かけ倒しに過ぎないが、向こうは余裕そのもの。

 それもそうだ。辛くて逃げ出した相手に焦るやつもいないだろう。油断したところに、なんてのもあるだろうがそんな甘い人ではなさそうだ。

 

 それにしても今のは何だったんだ。いつの間にあの剣を。展開した時の光も見えなかったぞ。

 

『春人が横に回って攻撃を避けた時に自分の身体と水で隠してたみたい』

 

 なるほど、馬鹿正直に目の前でやるんじゃなくてそういう風にやって隠すのもあるのか。

 セシリアが隠すつもりもなく展開してたから考えてなかった。

 

『――――でも春人、おかげで見えたね』

「……ああ、見えた」

 

 ミコトの言葉に思わず笑みを浮かべて返事を口にした。どうやらミコトも俺と同じものが見えているらしい。他に同意してくれるのがいるのがここまで心強いとは。

 

「何が見えたのかおねーさんにも教えて欲しいんだけどー」

「……また今度にしますよ」

「今教えて欲しいなっ!」

 

 言葉と共に向けられた槍から今度は無数の銃弾が放たれる。刀で払い落とそうとして構えてから思い出した。今は制限が掛けられている事を。

 

「ちっ!」

 

 舌打ちしてから回避行動へ。ハイパーセンサーのおかげではっきりと銃弾が見えているのに、身体が追い付かない現状が恨めしい。

 

「はい、久しぶりっ」

「っ!」

 

 凄まじい速度で俺の目の前に躍り出て、この場に合わない挨拶をしてきた。そして槍で叩き付け。

 刀で防げば、楽しそうな笑みを浮かべて生徒会長は訊ねてきた。

 

「で、何が見えたの?」

「……さぁ、何でしょうね」

『負ける未来だよ!!』

 

 その通り!! やはりミコトちゃんにも見えていたか!!

 やばいやばい。無理無理、勝てないよこれ。こんなに強いとは思わなかったよ。何でこんな実力に差がある人を選んだんですか、織斑先生。

 

「いじわ、るっ!!」

「ぐっ!」

 

 がら空きだった右の脇腹へ連結させた蛇腹剣がやってくる。『ヴァーダント』のバインダーを展開、盾にして防ぐと距離を取った。

 

 ミコト、もう一つ風王結界行けるか!?

 

『二つまでなら大丈ぶい!』

 

 その返事を聞くや、即座に新しく武装を展開。呼び出したのはもう一本の『葵・改』。

 左手から発する光がその来訪を告げ、その姿を見せる事なく不可視の刀と化す。

 

「また刀を呼んだの? 芸がないわね」

「……さて、それはどうでしょうか」

「ぅん? どういう事?」

 

 両手をだらりと下げて自然体へ。構えで今何を持っているのか悟らせないためにだ。その状態で話を続ける。

 

「もしかしたら太刀かもしれないですし、槍かもしれません。弓という可能性も捨てがたい」

「弓はないじゃない」

『それな』

 

 それな。いや、すまない……ただ言いたかっただけなんだ……本当にすまない……。

 

「それに太刀はそのバインダーから取り出さないとダメだし、使い慣れてない槍を選択するのもないわよね? バレバレの嘘はよしなさいな!」

「っ!」

 

 言い終えるとガトリングの喧しい音が鳴り、銃弾の雨がやって来た。バインダーで全身を包み込んで防御。刀を持ったままだが、無駄に本家の倍もあるからスペース的にかなり余裕がある。

 バインダーの防御力ならこれしき何て事はないが、このままでは埒が明かない。

 

『近付いて来てるよ!』

 

 そして目の前にいる人は詰めが甘いタイプではないようだ。バインダーでこちらの視界を封じているのを良い事に一気に接近して決着を着けようという腹積もりらしい。

 

 …………ん? ああ、なるほど。

 

『どうしたの? って、近い近い!』

 

 この試合始まって初の意味ありげな俺の発言にミコトが問い掛ける。その焦りようからもう目の前にいるだろう事は充分伝わった。

 

 いや、少し思い付いただけだ。これなら一泡吹かせられるかもな。

 

『思い付いた?』

 

 まぁ見てろって。せめて一撃は入れてみせるさ。実力差があっても、パーフェクトされるのは嫌いなんだ。

 

 押し寄せる銃弾の雨をバインダーという傘で凌ぎつつ、作戦開始。

 このまま防いでいれば間違いなく、抉じ開けてくる。あっと言わせるのはそこからだ。

 

「殻に籠ってばかりいないで、たまには外に出なさい!」

 

 どこぞの引きこもった子供に言い付ける母親のようにバインダーを抉じ開けてきた生徒会長。

 抉じ開けてきたのがとある旦那だったら泣いて謝っていたが、この人だったらまだやれる気がする。

 

「シッ! っ!?」

「へぇ、待ち伏せ? 女の子相手に待たせるなんて感心しないわね」

 

 抉じ開けられたと同時、左手の刀で振り掛かるも薄い水の膜にあっさりと絡め取られた。

 こちらに風の防壁があるように、向こうには水のバリアが攻撃を防いでくれるのか。しかも力を込めても抜けそうにない。

 

「ならば!」

「そっちもくれるの? じゃあ、ありがたく」

「っ!」

 

 左手の刀を手放し、右手で全力の刺突を繰り出すも水の膜には意味がなかった。絡め取られてしまい、そちらも手放して距離を取る。

 

「この刀、取り返しに来ないのー?」

 

 手元から離れていても風をコントロール出来るおかげで、二つの武器は未だ不可視のまま。非常に便利だ。

 

 あげゃげゃげゃ。そろそろ種明かしといきますか。

 

「……そうですね」

 

 右手を翳すと二つの武器に纏っていた風が解除され、その姿を現す。

 一つは『葵・改』、そしてもう一つは――――

 

「太刀……? っ、まさかあの時……!」

「……もう遅い」

 

 そう、もう一つは『ヴァーダント』の太刀。爆破機能がある代物だ。変わった顔色を見るに、それも分かっているのだろう。

 

 俺はバインダーを遮蔽物として使って接近してくる生徒会長のやり方で気付いたのだ。

 こちらが見えていないのなら向こうからも見えていない。そして風王結界で何を持っているのかすら分からない。これを活かさない手はないと。

 

 やった事といえばバインダーを遮蔽物に右手の『葵・改』を格納し、太刀を取り出すだけ。取り出したら即風王結界で分からなくして仕込み完了。

 結果的に最初に俺に一撃与えようとした生徒会長の真似みたいになったが、良いところは真似るもの。誰が悪い訳じゃない。

 

『おー、綺麗にいったね。バレると思って冷や冷やだったけど』

 

 あっちが刀以外は事情ありで使えないと思ってくれてたからな。さて、そろそろ決めますか。

 

 翳した右手を強く握り締め、爆発の命令を口にする。

 

「バースト!!」

 

 口にした瞬間、水の膜に突き刺さっていた太刀から眩い光が溢れ、大爆発を起こした。ISを纏った人間を丸ごと呑み込んでも余りあるほどの。

 

「えっ」

『うわぁ……』

 

 ちょ、おまっ、あんな威力あるなんて聞いてないぞ!?

 

『でしょ? 私も知らなかった』

 

 でしょじゃないよ! ていうかお前も知らなかったのかよ!? せ、生徒会長ー!

 

 爆炎に包まれた生徒会長を助けに行こうとしたその時。左右から現れた水によって動きを封じられてしまう。そして。

 

「驚いた? 私ね、相手の足を引き留めるの得意なのよ」

 

 爆炎の中から何かとんでもない事を口にしつつ、生徒会長が現れた。見た目は無傷そのもので。

 水の膜が前よりもはっきり見える事から水の量を増やして防いだらしい。

 

「さすがに完全に無傷とはいかなかったけど……仕方ないわね。で、ちょっと痛かったからお仕置き」

「づっ!?」

 

 言い終えると身動き出来ないところへ槍の一撃。派手に吹き飛ばされるものの、絶対防御のおかげかがら空きだった腹部への攻撃も少し痛い程度で済んだ。

 

「今ので直ぐ立てるのね……まぁいいわ。早く武器を出しなさい。さもないと……」

 

 立ち上がると直ぐに戦闘体勢に。態とらしく音を立てた槍がこのままだとどうなるかを教えた。

 

『シールドエネルギー残り二五五。今の一撃が効いたね』

 

 もうこちらのエネルギーは半分を切っているのか。やるからには勝ちたいが作戦が思い付かない。ここは耐えるしかないようだ。

 

 両手から光が溢れ、形成していく。俺が選択したのは太刀と同じく、今回新しく追加された槍。

 

「槍なんて使えるの?」

「……それなりです」

 

 それらしく構えると問い掛けに答える。

 正直な話、槍なんて使うのは今日が初めてだ。刀だって箒に教えてもらうまでは触れた事もなかった。

 

『えっ、じゃあ何でそれなりに使えるなんて言ったの?』

 

 昔、兄貴とディルムッドの戦闘シーン何度も見てたから大丈夫。今でもたまに見るし。

 

『大丈夫の根拠……』

 

 まぁ見てろって。行くぜ、おい!

 

 ミコトの呟きを余所に生徒会長へと立ち向かう。

 結果は――――

 

「もう終わりかしら」

『ですよねー』

 

 勿論、ダメでした。

 

 這いつくばる俺を生徒会長は呆気ないとばかりに見下ろす。

 事実、あれから十分程経ったが、太刀の爆発を使ってダメージを与えてからこれまで有効打を与えられていない。対してこちらはもうエネルギーが百を切ろうとしている。

 

『まさか私達のあのスーパーウルトラグレートな必殺技が効かなかったなんて……!』

 

 あれでもダメだったとなれば最早打つ手はない……! くそ、どうすればいいんだ!?

 

「早く刀を呼んで本気を出しなさい。そうすればこれまでみたいに全く手足が出ないって事はなくなるはずよ」

「……何故そんな事を? 好都合では?」

 

 そしてそんな必殺技なんてあるはずもない訳で。生徒会長の言葉通り、手も足も出ていなかった。

 しかし、生徒会長は俺を痛め付けるのが目的だったはず。それならこの状況は望んだ展開のはずだ。

 

 俺の発言に生徒会長はあからさまな溜め息を吐いて

 

「あのねぇ……最初からあんな下手くそな演技されたら誰だって頭冷えるわよ。どうぞ痛めつけて下さいって言ってるのと同じじゃない」

 

 悲報。俺氏悪役下手くそかつ、ドM疑惑が持ち上がる。

 

『噛ませ臭半端なかったからね』

 

 いや、でもあれ近所の子供には凄い人気あったんだけど。やると子供達の殺る気がMAXになるからな。

 と、とにかくドMは否定しないといけない。これ以上悪評が広まる前に。

 

「……そんな事ないですよ」

「はぁ……もういいから。簪ちゃんも苦労してそうだなぁ……」

 

 何処か遠い目をして簪の名前を言う生徒会長。この人と簪は外見は良く似ている。

 そういえば簪が前に優秀な姉がいるとか言っていたのを今更になって思い出した。

 

「……もしかして簪の姉なんですか?」

「あれ、言ってなかったかしら? 私の名前は更識楯無。簪ちゃんの実の姉よ」

「……なるほど。だから……」

 

 やはりそうだった。簪に俺みたいな変な男が付きまとえば怒りたくもなるだろう。

 

「漸く分かったみたいね……。自分がどんな立場にいるのかを!」

「……はい」

「簪ちゃんと一緒の部屋だけでも許せないのに、ご飯も一緒だし、一緒にお風呂も入ってるし!」

「『えっ』」

「極めつけは簪ちゃんのあの笑顔! 家族の私にも見せた事ないのに!! うぅ、やっぱりもう一回殴らせなさい!」

 

 えっ、ちょっと何言ってんのこの人。

 もしかして俺に敵意向けてた理由ってこれなのか。ていうか何で風呂入った事とか知ってんの。

 

『春人、この人残念な人だ』

 

 俺も何となく分かってきた。布仏先輩が気にしなくていいって言ってた意味。

 簪に何をしたのか分からなくて負い目を感じていた。痛い目にあっても仕方のない事だと。しかし、更識会長の話を聞く限りとりあえずはそれも大丈夫そうだ。

 だから――――

 

「――――やる気になったみたいね」

「……ええ、付き合って貰います。但し、一分だけですが」

「充分っ」

『ふ、ふおおお……』

 

 テストも兼ねて本気を出してみよう。

 

 立ち上がると両手にあった槍を地面に突き刺し、代わりに『葵・改』を呼び出した。風王結界で姿を隠さずに。

 リミッター解除時はこの『葵・改』しか使えない。徒手空拳もだ。仮に槍やら太刀やらを使おうとすればその時点で強制的に制限が掛かるようになっているらしい。

 つまりこれしか使えないのなら隠す必要もない。

 

 指先で刀身を二回叩くと刀身だけが光となって消えて準備完了。柄だけの状態で正眼に構えて、小さく呟いた。

 

「――――解き放て、『葵』」

『何故斬魄刀の解号みたいなのを』

 

 だってカッコいいだろう?

 

 その言葉に反応し、柄から光の刃が形成され、ラファールが変化を見せた。装甲の各部が展開されていき、若干大型化する。

 

 《Complete》

 

 暫くするとラファールからそんな音声が流れた。これで完了したらしい。随分と分かりやすい機械音声だ。

 

『今はアイドリング状態で、ここから動き出して一分だけ本気で動けるよ』

 

 了解だ。それと聞きたい事がある。

 

『何?』

 

 ……これなら俺達は人殺しにならなくて済むんだな?

 

 不安だった。セシリア戦で人殺しになっていたかもしれないと思うと怖くてしょうがない。

 人殺しになんてなりたくないし、ミコトを、翼であるISをそんな事で汚したくない。俺がやりたいのはそんな事じゃないんだ。

 

『――――大丈夫だよ』

 

 聞こえてきたのはそんな不安も掻き消すような優しい声だった。

 

『春人がそう思ってくれている限り、私が春人を人殺しになんてさせない。絶対に』

 

 ……分かった。頼りにしてる。

 

 相棒からの頼もしい返事を聞くと右半身を後ろに下げて突撃する体勢へ。

 それを見た更識会長も余裕のある表情から真剣なものへと変わる。

 

「私に足を引っ張られないよう、気を付けなさい」

「それも……振り切ってみせます」

 《Start up》

 

 ラウンド二の幕開けだ。



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13話

「はっ――――」

 

 駆ける。駆ける。駆け抜ける。

 纏わりつく空気も、雑多な音も、襲い掛かる銃弾も、足を止めようとする水も、何もかもを振り切って。

 

「ははっ――――」

 

 このアリーナのグラウンド、空を覆うシールドを足場に飛ぶ。その度に加速して溶けていく景色を見て、ただ心が昂った。

 そうなる原因として久し振り飛べたというのは間違いない。だがそれ以外にも要因はあった。

 

 全力を出せるのがこんなにも嬉しいものとは。

 何のしがらみもなく、好きに飛べるのがこんなにも楽しいとは。

 

「はははっ!!」

 

 今この瞬間も戦っているという事実を忘れてただ飛んでいたい。いつかこの狭いアリーナという枠さえも越えて。

 

『凄い凄い! 速い速い!』

 

 姿は見えないが、聞こえてくる声だけでミコトもはしゃいでるのが伝わる。

 喜びを共感出来るのがこんなにも嬉しいとは知らなかった。

 

「そぉ……れっ!!」

 

 そんなこちらの喜びなど知らないと、道を塞ぐように眼前に現れた更識会長が水の槍で突きを放つ。

 加速した状態に加えて、全身を使って放たれるそれは威力、速度共に必殺の一撃と言っても過言ではないだろう。

 引き締めた表情が、向けてくる目の鋭さが、先ほどとまるで違う空気が感じさせた。これが国家代表の本気なのだと。

 

 しかし、今の俺にはそれさえ遅い。

 

「すぁっ!!」

 

 速度はそのままにバレルロールですれすれで避けると、槍を打ち上げるように切り払う。

 水で構成された部分を切ったためか、甲高い金属音ではなく、水を叩き付けたような音がした。

 

「くっ、この馬鹿力……!」

 

 恨めしそうな声を出す更識会長と向き合うように、左手で地面を掴んで強引にブレーキとターンを掛ける。

 無理矢理止まれば、展開された装甲の各部から排熱が始まった。その冷却時間を生かして一言。

 

「遅すぎる……!」

「確かに速いわね……でもまだ何とでも出来るわ」

 

 更識会長の発言は負け惜しみとは思えない。今もどうやったかは分からないが、実際に俺の前に出てきたのだから事実なのだろう。

 一度だけならまぐれかもしれないが、二度三度と続けば疑う余地もなくなる。

 

『足場を蹴る時の体勢とか身体の向きで何処に行くか分かりやすいからね』

 

 なるほど、要は俺の動きは読みやすいと。

 

『対処出来るかどうかは置いといてね』

 

 読みやすいのに対処出来るかは分からないとはこれ如何に。

 だが実際セシリアがそうだったように、誰もが出来る訳ではないんだろう。読めるのならやれよと声を大にして言いたいが。

 

 ……いや、やっぱりやらなくていいです。普通に考えて俺が怖い目に遭うだけですわ。

 テンション上がってIQ溶けてたけど、何でこの人も本気で来るんだよ。おかしいだろ。こっちは本気出せなんて言ってない。

 

『じゃあこっちもって良くある展開だから……』

 

 そういう展開好きだけど、当事者でやるのはやめてクレメンス……。

 

「どうしたの? 時間が勿体ないわよ?」

『あっ、残り約四〇秒』

 

 更識会長に言われて思い出したかのようにミコトが残り時間を告げる。俺が全力を出せる時間を。

 使った二〇秒間、ただ飛び回ってたーのしーしてただけだからテストとしては不十分だろう。

 しかし、やるにしても俺の動きは見え見え。危ない橋なんて渡りたくないのが心情だ。どうしたものか。

 

『見えなきゃいいんじゃない?』

 

 見えなきゃってお前、あー……なるほどですね……。じゃあ、ついでにこういうのもどうだ?

 

『どれどれ……おー! いいね、やってみよう!』

 

 助言で思い付いた俺のイメージも正確に伝わったようで賛同を得る。そうなれば行動は早い。

 

「……行きます」

「速く来なさいな」

 《Attack ride Invisible!》

 

 新しい機械音声が流れると俺の身体を風が包み、更識会長の視界から俺は姿を消した。そして静かに移動開始。

 

「消えた……。さっきの武器にしてたのを応用したの……?」

 

 更識会長の言う通り、これは風王結界の応用だ。風の層によって光の屈折を変化させ、何もないかのようにする。

 だが、あくまで見えなくしただけなのでそこに存在はする。ならば見る以外での探知をすればいいだけ。

 

「でも熱感知なら……っ!?」

 

 そしてそちらへの対策も抜かりない。

 

「熱源が無数にある!?」

 

 更識会長の驚く顔が目に浮かぶ。

 熱源の正体はラファールから排熱されたホッカホカの空気で、それを風で逃がさないようにしているのだ。

 しかし、熱も少しすれば冷めていくもの。今回は直ぐに決め技を放つからいいが、改良が必要だ。

 

『で、今の春人の状況を厨二っぽくお願いします』

 

 孤独と闇が俺を包み込んでいる……!

 

 IQ下がったままだったから気付かなかったが、風王結界全身にやれば光を通らなくなる訳だから俺が何も見えなくなるのは当然な訳で。

 そんな状況でレーダーだけを頼りにふわふわ動いていた。アーマードコアでレーダーの位置と色で敵の場所を把握するという事を覚えてなければ身動き一つ取れなかっただろう。

 

『やっちゃったぜ』

 

 暗いよ怖いよ! これ姿消してる優位性ないよ! さっさと突貫するしかない!

 

『あっ、ちょ…………ぅん?』

 

 上を取っていた俺は早速風王結界を解いて斬りかかる事に。でないと俺のSAN値が大変な事になってしまう。

 

「シッ!」

「っ、上から!」

 

 上からという死角から姿を現して斬りかかるが、水で真正面から受け止めるのではなく、逸らされた。地面と『葵・改』の刃がぶつかる。

 狙いの一撃は外されたが、お互いに近距離。と、すれば俺にも勝ちの目は充分あるはずだ。

 

「ふっ!」

 

 まず攻めたのは更識会長から。この距離では槍は使えないと考えたのか、左手の蛇腹剣を連結させた状態で振るう。

 しかし、『葵・改』を手離した右手の指二本で真剣白刃取り。押すも引くも許さない状況にすれば左手に持ち変えた刀で左から右へと胴体を切り払った。

 

「甘いわ……ね!」

「ちっ!」

 

 ありったけの水を防御に回し、ほとんど柄の部分だけとなった槍をこちらへ向けてくる。

 手で払いのけると槍から明後日の方向へと放たれる銃弾。

 

 くそっ、あの水面倒だな……。風で吹き飛ばすか?

 

『えっ? んー……全ての水を飛ばすだけの風となればその瞬間にエネルギーが尽きるね』

 

 そんな自爆技はちょっとな……。

 仕方ない、アレやってみるか。

 

 両手で刀を持ち、右半身を僅かに引いて刀を水平に持ち上げる。構えとしてはこんなものだろう。

 そして――――

 

「秘剣――――燕返し!」

「えっ、きゃあ!?」

『えぇ……そういうの出来ちゃうの……?』

 

 いや、まぁただそれぞれ別方向から三回斬っただけなんだけどね。完全に同時なんて無理無理。

 

 繰り出した三連続の斬撃は左右と上から更識会長に襲い掛かる。

 上からは槍と剣に防がれ、左は水で。残る右からの斬撃だけが命中。

 だがそこで『葵・改』こと、別名エクスカリパーの効果が発動。見た目は派手だが、ダメージが一しか入らない。

 

『投げれば強い』

 

 投げたら攻撃手段がなくなるんですがそれは……。

 ていうか俺はこのエクスカリパーであと何回斬れば勝てるんですかね?

 

『えっとね……あと四五三回かな』

 

 勝ち目なんて最初からなかったんや。

 とにかく、続けて攻撃するしか――――

 

 《Three》

『あっ』

「ん?」

 

 ――――ん?

 

 《Two》

 

 もう一度燕返しの構えを取ろうとすれば、再び聞こえてくる機械音声。しかも何やら数字が少なくなってきている気がする。

 

 《One》

 

 やはりだ。何かのカウントダウンのようだ。そして次に来るのはゼロのはず……。

 あれ? これってもしかして。

 

 《Time Out……Reformation》

 

 時間切れと告げる機械音声に続き、各部の展開していた装甲が次々に閉じていく。前の姿へ戻るのに三秒も掛からない。

 急速に抑えられた力と元に戻った姿は俺だけでなく、目の前の更識会長すらも唖然とさせた。

 

 あらやだ。

 

「……隙ありぃ!」

「ぐっ……!?」

 

 いち早く立ち直った更識会長がその隙を逃さないと腹部に一撃。

 慌てて腹筋に力をいれたおかげであまり痛くはないが、今のでこちらはエネルギー切れ。何とも情けない決着となってしまった。

 

 ていうか、ああいうのあるならあるって教えてくれよ。

 

『ごめんごめん。ちょっと視線が気になっちゃって』

 

 そんなの今更過ぎやしませんかね……。

 

 《櫻井くん、シールドエネルギーゼロ。勝者、更識さんです!》

 《櫻井……戻ってきたら分かっているな?》

「……了解」

 

 ヒェ……。

 

 山田先生のアナウンスが勝者を告げ、織斑先生からお説教という名の死刑宣告もついでに告げられる。内容はきっと最後の情けない終わりについてだろう。

 はっきり言って戻りたくない。だが戻らないともっと酷い事になるのは誰がどう見ても明らかなので、諦めて戻る事に。

 

「ねぇ、最後に教えて」

「……ん」

 

 重い足を前へ進めようとした瞬間、何処か言いにくそうに更識会長が口を開いた。

 

「……どうして簪ちゃんは笑うようになったの?」

 

 そこには大切な妹の事を少しでも知りたがる、何処にでもいるような姉の姿があった。

 生徒会長でも、国家代表でもない。これが本当の更識会長なんだろう。

 

「……何ででしょうね」

「教えてくれないんだ……いじわるっ」

 

 俺が出した答えは到底満足の得られるものではなく、少し不貞腐れたような表情を浮かべる。

 

 あ、あれ? 違う違う。教えないんじゃなくて、俺も分からないんですって。

 

『えっ、知らないの?』

 

 い、いや、だって気付いたらそうなってたし。そりゃ最近は前よりも笑う事多くなったな、とか思ってたけど。

 

「春人くん、お願い!」

 

 どうやらちゃんとした答えを出すまでは納得してくれないらしい。早く行かなければ織斑先生から怒られてしまう。

 お願いもされてしまったので、どうしたものかとない知恵を精一杯絞っていればふと頭に電流が走った。

 

「……本人に直接聞いてみてください」

 

 そうだよ。簪本人に聞いてみればいいんじゃん。分からないのに無理に答えを出す必要なんてなかったんだよ。

 

「でも……」

「……簪は話したがってますよ」

 

 嘘ではない。実はいつも寝る前に簪から姉との仲をどうにかしたいと相談されていたのだ。

 しかし、簪も早く気付いて欲しい。そんな仲直りの仕方とか、仲良くなる方法分かってるんなら俺はそもそも一人じゃない事を。

 

「簪ちゃんが……うん」

「……ではこれで」

 《櫻井、早くしろ》

「……今行きます」

 

 漸く更識会長も納得してくれたが、織斑先生から催促の通信も来てしまう。少しだけ歩く速度を上げて覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長く、苦しい戦いだった……。更識会長と戦うよりもずっと。

 お説教の内容はやはりあの情けない終わりについて。織斑先生の言う事が正論過ぎてぐうの音も出なかった。

 

『うぐぅ』

 

 違う、そうじゃない。それは俺みたいなのが出してはいけない鳴き声だ。

 ていうか俺って所謂高校デビューの素人なんやで? 要求されてるレベルおかしくない?

 

『千冬は春人に期待してるんだよ』

 

 今まで期待なんかされた事ないからプレッシャーを感じてお腹が辛いを通り越して痛い。勘弁してくれ。

 

 そして今回の模擬戦でテストとはいえ、リミッターを解除してしまった。と、なれば整備が必要となる。

 織斑先生からも早くやれと言われたので、布仏先輩と布仏の助力のもと何とか今日中に終えたのだった。

 

『ほら、早く部屋に戻ろう』

 

 時刻は夜の八時を既に回っている。整備に時間が掛かり過ぎてしまった。

 こうしてさっきからミコトが早く早くと急かすが、まだ俺は夕食を取っていない。燃費の悪い俺としては何かしら食べたいのだ。

 

『だからいらないってば。虚からも買い食いはダメだって言われたでしょ?』

 

 そういえばそうだった。やたらと念入りに言われたからな。うぅん、でもなぁ……うぅん。

 

 激しい葛藤の末、布仏先輩の言い付け通り買い食いしない事にした。やはり世話になった人の言う事は聞くべきなのである。

 だが、この空腹は耐え難い。さっさと寝るとしよう。

 

「簪ちゃん、来たわよ!」

「う、うん……!」

 

 ドアに手を掛けた瞬間、部屋の中から聞こえてくる簪と更識会長のひそひそ声。

 模擬戦の後、姿を見せないと思ったらこっちに来ていたらしい。仲直りは出来たようだ。

 その事に少しだけ嬉しく思いながらドアを開ければ、そこには――――

 

「お帰りなさい! ご飯にします? お風呂にします? それとも、わ、た、し?」

「お、お帰り! えっと、その……!」

「…………」

 

 裸エプロンみたいな格好の姉妹が出迎えてくれた。仲良く二人で。

 定番の台詞を聞いた俺は冷静かつ、スピーディーにドアを閉めた。

 

 ……空腹のせいか、二人が裸エプロンみたいな格好してる幻覚が見える。

 

『どうするの?』

 

 大丈夫だ。こんな事もあろうかと、心眼は鍛えてある。

 

「ダメよ、簪ちゃん! もっと積極的に行かないと!」

「で、でもやっぱり恥ずかしい……」

 

 目を閉じて一度深呼吸。するとドアの向こうに制服を着た二人が見えてきた。何やら作戦会議中らしく、またひそひそと話し合っている。

 

 これが幻覚ではない、真実の姿。疲れや空腹に左右されない本当の景色だ。心眼、会得したり。

 

 それにしてもドアノブ何処だろ?

 

『見えてないじゃん……』

 

 ……普通に目を開けるか。

 

「お帰りなさい! 私にします? 私にします? それとも、わ、た、し?」

「お姉ちゃん、話と違うよ!?」

 

 再びドアを開ければやはり裸エプロンの二人。何やら打ち合わせと言う事が違っているようで、簪が抗議していた。

 

 何だこれ……。どうしてこうなった。

 とりあえず簪、天使がそういう格好しちゃダメだろう。常識的に考えて。

 

「……簪、外で待つから着替えろ」

「……お姉ちゃんは?」

「……?」

「お姉ちゃんはいいの……?」

『あっ……ふーん』

 

 ジト目で睨みながらそう訊ねてくる簪はちょっとやそっとでは引き下がりそうにない。そんな固い意志が伝わってきた。

 

 何か簪さんが若干怒ってらっしゃる。

 別に更識会長はいいとかそんなつもりもなかったのだが、これは言い方が悪かったな。

 

「……更識会長も着替えてください」

「んふふ。い、や、よっ」

 

 にんまりと笑みを浮かべながら扇子を拡げて更識会長ははっきりと拒絶した。

 扇子には『愉悦』という文字。やたら達筆に書かれているそれで口許を隠しながら見せつけてくる。

 

「……何でですか?」

「だって、そっちの方が楽しそうだし。ちらっ」

 

 そう言うと更識会長はエプロンの裾を態とらしく少しだけめくってみせた。

 そのおかげで僅かに覗かせる太腿の上部分へと思わず視線を向けてしまうと笑みを深める。小悪魔的な笑みを。

 

「あはっ。春人くんのえっちぃ」

「春人……?」

「…………」

 

 仕掛けられた罠に物の見事に嵌まった俺へ軽蔑の眼差しを向ける簪。頭を抱える俺を瞬き一つしないで見ているのが恐ろしい。

 

 違う、違うんだ簪。あんな事をされれば誰だって目を向けてしまうんだ。男の悲しい性質なんだよ。

 あと、俺はえっちではない。ただエロい事に興味津々なだけなんだ。

 

『人、それをえっちという』

 

 なん……だと……? お前は一体……!?

 

 そんなやり取りをしているとそこで食欲をそそる良い匂いに気が付いた。テーブルを見ればところ狭しと料理が並べられている。

 

「……あの料理は?」

「あら、気付いちゃった? あれはね、私と簪ちゃんの手作りなのよ!」

「お姉ちゃんと仲直りした証……」

「……そうですか」

 

 さすが姉妹というべきか、嬉しそうに笑う二人の顔は良く似ていた。

 

「さっ、食べて食べて」

「……いただきます」

 

 促されるまま用意されていた席に座ると手を合わせる。

 用意されていた料理はどれもが絶品と言えるもの。これは空腹だからではなく、単純に二人が作ってくれたのが美味しいのだ。

 

「……二人は食べないんですか?」

「春人くんのために作ったんだから遠慮しとくわ」

「うん。春人に食べてほしい……」

「……分かった」

 

 えっ、こんなに多いのにこれ一人で食うの?

 幾らなんでもさすがにこの量はキツいんですが……。が、頑張るしかない。

 

「そうそう、ISの訓練見てあげようか?」

「……遠慮しておきます」

 

 何とか食べきれば、更識会長からそんな提案が出た。勿論、断固辞退させてもらう。

 何故かと問われれば、嫌な予感しかしないからだ。俺が想像している訓練とかけ離れている気がしてならない。

 

「遠慮しなくていいわよ」

「……いや、いいです」

「遠慮! しなくていいわよ?」

 

 あっ、これイエスしかない選択肢のやつだ。逃げられないやつだったわ。

 

 その後も何回か断るも結果は同じ。結局は俺がイエスと言うまでこのループからは逃れられなかった。



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彼と彼女の物語 ――side簪――

すみません、以前言うと言ってましたがすっかり忘れてました。

ちょっと現状忙しいので、投稿が予定よりかなり遅れています。すみません、許してください。何で(ry


 私、更識簪にはとても優秀な姉がいる。天才と言っても差し支えない人だ。

 

 昔から何でも出来た姉は何事においても優秀で、私がどれだけ頑張っても届かない存在だった。勉強においても、運動においても、果ては実家の家業でさえ。

 天才と凡人の違いを小さいながら私は身近な人から思い知らされていた。嫌というほどに。

 

 そんな姉といるのが苦痛になるのに時間は掛からなかった。

 

 頑張って良い結果を出しても周りからはさすがはあの人の妹だと言われ、無様な結果を出せばあの人の妹らしくないと言われる。

 周りからしてみれば私は姉の一部でしかない。付属品でしかなかった。

 

 それでも必死で頑張った。頑張っていればいつかは私を見てくれる。私が姉の付属品ではないと分かってくれる。ただひたすらにそう信じて。

 

 ある日。父と一緒に出掛けていた姉が帰ってくるなり、慌ただしく私の部屋へと入ってきた。こちらの了承を求めずに。

 幾ら姉妹とはいえ、ノックも何もせずに入ってきた姉に怒るべきなのだろう。親しき仲にも礼儀はあるのだと。

 

「っ……!!」

「お姉、ちゃん……?」

 

 しかし、血の気の引いた姉の顔が私に何も言わせなかった。

 様子がおかしい事に気付いて声を掛けても何の反応も返ってこない。荒い息を吐いて俯くだけ。

 

「お姉――――」

「簪ちゃん」

 

 もう一度呼び掛けてみようとしたら、遮るように私の名前を呼んだ。

 いつもはある余裕なんて欠片もない。何処か切羽詰まった様子で、口を開いて――――

 

「あなたは何もしなくていい」

 

 ただ一言だけ、そう言った。

 

「えっ……?」

 

 急速に喉が乾いていくのを感じながら、私が絞り出すように出した声はそんな情けないものだった。

 

「えっ、あっ?」

 

 今のは何かの冗談。そう思うも、浮かべているのはからかいや冗談を言うような表情ではなく、真剣そのもの。

 

 何で? どうしてそんな事を言うの?

 私は私でありたいだけなのに。ただ私を見てほしいだけなのに。

 そんな簡単な言葉さえ出せない。

 

 気付けば私の部屋に姉の姿はなかった。多分怒鳴ったからだと思う。そんな記憶が朧気ながらあるから。

 私しかいないこの部屋を呆然と眺めていたら、自然と涙が頬を伝った。

 一度流れれば止めるのは難しい。

 

「う、うぅあぁぁぁ……!」

 

 震える身体を抱き締めて、精一杯声をあげて泣いた。誰かにこの声が届くようにと。こうでもしないと誰も私を見てくれない気がして。

 

 怖かった。このまま姉の一部になる事が。

 怖かった。何もしないでいなくなる事が。

 怖かった。私がいなくなっても周りは何も変わらないんじゃないかと気付いてしまった事が。

 

「いや、いや、いや……!」

 

 消えたくない。消えたくない。消えたくない!

 

 必死に声をあげて泣いても、それでもこの声は誰にも届かなかった。

 幾ら泣いて叫んでも、私が見ていたアニメや漫画のようにヒーローなんて助けに来てくれない。私が私としてここにいるためには自分一人で頑張るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 春人がセシリアと決闘したその日の夜中、目を覚ました。というよりも飛び起きたというのが近い。

 久し振りに嫌な夢を見たせいか、寝汗が凄い。そのせいで衣服が肌に張り付いて気持ち悪かった。

 

「ふ、ぅ……!」

 

 もう春だというのに身体が震えていた。

  温度の話じゃない。それなら布団を被れば済む話だったけど、これは違う。

 震えているのは心が寒くて。いや、寒いなんてものじゃなく、まるで氷の世界にでもいるような冷たさがあった。

 

「汗、流そう……」

 

 汗の気持ち悪さとこの寒さをどうにかすべく、こんな夜中だけどお風呂に入る事に。

 直ぐ隣で寝ている同居人を起こさないように、代わりの着替えを持って備え付けのシャワールームへ。

 

 頭上から流れる少し熱めのお湯が身体にまとわりついた汗の不快感を流してくれるが、寒さまではどうにも出来なかった。幾ら浴びても震えが止まらない。

 

 どれだけそうしていただろう。怖くて怖くて泣きそうになっていると、不意にシャワールームにノックが響いた。

 

「……簪」

「はる、と……?」

「……ああ、大丈夫か?」

 

 声の主は同居人の櫻井春人だった。

 このIS学園でたった二人しかいない男性が扉一枚、磨りガラス一枚隔てたところにいる。

 

 嫌な感じはしなかった。何かされるんじゃないかという不安もない。もしされるなら相部屋になった時にされていたはずだから。

 その証拠に磨りガラスから見える彼の姿は黒一色だ。恐らくこちらに背を向けているんだろう。ガラス越しとはいえ、私の姿を見ないように。

 

「起こしちゃった……?」

「……今起きたばかりだ」

「そう、なんだ……」

 

 少しだけ期待してしまった。心配して私のために起きてくれたんじゃないかと。何処かの物語のように。

 それでも偶然とはいえ、こんな遅くにこうして話し相手になってくれるのが凄く嬉しい。

 そして嬉しいのはこれで終わらなかった。

 

「……随分長い間シャワーを浴びているが何かあったのか?」

「えっ?」

「……ん?」

 

 春人の言葉に呆気に取られるも彼は自分が言った事に気付いてないようだ。

 何とも間の抜けた話だが、思わず笑みが溢れる。楽しさと嬉しさで。

 

「ふふっ。今起きたばっかりじゃないの?」

「…………むぅ」

 

 小さく唸ると黙ってしまった。どうやら言い返せないらしい。図星、という事だ。

 

 良く良く考えれば私がシャワーを浴びているだけで大丈夫かと話し掛けてくるのは少しおかしい。

 きっと私が起きたのとほぼ同時か、シャワーを浴びて直ぐに起きたのだろう。それからずっと起きていたのだ。私を心配して。

 普段の彼らしくもないミス。もしかしたらまだ寝惚けているのかもしれない。そう思うと可愛くも思える。

 

「……それより、何かあったのか?」

 

 強引に話題を戻してきた彼に従う事に。もう少しだけからかいたかったけど、また今度にしよう。

 

「あっ……」

 

 さっきの言葉を気にして手のひらを見てみれば、確かに指先がふやけていた。本当に長い間浴びていたらしい。

 でも同時にそれだけ浴びても止まらなかった震えが止まっている。寒くて仕方なかったのに、いつの間にか寒さも消えていた。今では暖かささえ感じる。

 

「うん……ちょっと……色々あった……」

「…………そうか」

「でも、もう大丈夫」

 

 あなたが来てくれたから。私の悲鳴に気付いてくれたから。寒くて冷たい、氷の世界から私を助け出してくれたから。

 

「……あまり無理はするなよ」

「うん。先に寝てて……」

「…………分かった」

 

 そう言うと遠ざかる春人の姿に若干の寂しさを覚える。でも、もう不安はない。

 もしも私がまた姉に怯えていても、きっと春人が助けに来てくれる。それが分かったから。

 

「春人……」

 

 彼を想い、彼の名前を呟くだけで自然と口元が緩む。胸に手を当てれば、そこを中心に暖かさが広がるのを感じた。

 心地好い暖かさが全身に広がり、私を包んでくれる。近くに彼がいてくれるようで心強い。

 

 震えも止まったのでシャワーから出て着替えれば、濡れた髪にタオルを当てて静かに乾かしていく。

 本当はドライヤーを使いたいが、こんな時間だし、春人に迷惑が掛かる。助けてくれた恩人にそんな真似出来ない。

 

 思えば初日はプログラミングが上手くいかなくて苛立ちをぶつけてしまったりもした。我ながら酷い事をしたと思う。

 それでも彼は特に気にする訳でもなく、私と接してくれた。普通ならそんな態度を取られれば放っておくところなのに。苛立っているなら少しでも落ち着くようにと紅茶を出してくれた。

 

「早く乾かそう……」

 

 考えれば考えるほど、彼と話をしたくなってくる。彼の声が聞きたくなってくる。今ならまだ起きているかもしれない。

 そう思って急いで部屋に戻るも部屋は真っ暗。シャワールームから覗く僅かな明かりだけが唯一の光源だった。

 

「あっ……」

 

 僅かな明かりを便りにベッドを見れば、彼は布団を被って寝ている。それを見て思わず口から出たのは、自分でも驚くほど寂しげな声だった。

 でも当然だ。私がもう大丈夫だから先に寝ててと言ったのだから。そう、これは仕方のない事。

 

「春人……もう、寝ちゃった……?」

 

 でも、それでも声を聞きたくて。あなたと話をしたくて。諦め半分で小さく、微かに訊ねてみれば――――

 

「……ああ、寝てる」

「っ……!」

 

 待ちかねた返事がやってきた。他の誰でもない、聞きたかったあなたの声で。

 もう寝ていると思っていた私へこれ以上ない嬉しい報せだ。自然と気持ちが昂る。体温が上がっていくのが分かる。

 

「寝てるのに返事するの?」

「……たまにはそういう事もあるんじゃないか?」

「そうなんだ、ふふっ」

 

 また私を笑顔にしてくれた。なんて事はない、あなたとならこんな会話でも楽しくてしょうがない。

 だからこうしてもっと話したいと求めてしまうのは普通なんだろう。もっと、もっと。

 

「春人」

「……何だ?」

「そっち、行くね……」

「えっ」

 

 返事は待たない。行くと宣言したのだからあとは行くだけだ。彼の元へ。

 珍しく驚いているのか、それまで寝ていた春人が飛び起きた。整った顔に、日本人らしい黒い瞳が私を捉える。

 

「……簪。その、今日はもう遅いからやめ――――」

「遅いから……ダメ……?」

 

 必死に止めようとする春人へ一歩、また一歩と近付きながら問い掛けた。

 視界に映る光景がボヤけたのは気のせいではないだろう。沈んだ私の声が何よりの証拠だ。

 

「――――やめなくていい」

「うんっ」

「…………」

 

 本人から許可を貰えば足取りは軽い。途端に明るくなった返事に困惑しているのか、春人は頭を抱えて俯いていた。その間に彼の使っているベッドに腰を掛ける。

 直ぐ傍にいる春人のせいで心臓が高鳴る。真っ暗なのとこんなに近くにいるからかもしれない。

 

「その、さっき言った色々あった事なんだけど……聞いて、くれる……?」

「……俺なんかで良ければ、な」

「春人に聞いてほしい……」

「……分かった」

 

 自分を卑下する彼に、本当は春人じゃなきゃダメなんだよって言ってあげたい。でもそれは今の私には恥ずかしすぎるからまたいつか、そう遠くない内に必ず。

 

「私ね、一つ年上のお姉ちゃんがいるの」

「……お姉ちゃん?」

「うん……妹の私が言うのもどうかと思うけど、凄く綺麗で、スタイルも良くて、頭も良くて、運動も何でも出来る人……」

「…………」

 

 姉の紹介から私が実の姉に怯えている話が始まった。

 皆が皆私ではなく、姉を見ているという他人からすればただの勘違いだと一笑されて終わるような話も彼は真面目に聞いてくれる。

 

「これで……全部……」

「……そうか」

 

 やがて私の話も終われば真っ暗な部屋に相応しい静寂が訪れる。でもそれも僅かな間だけ。静寂が破られる事に驚きはしない。

 

「……簪。ありがとう」

「えっ……?」

 

 意外だったのは破ったのが春人から送られた感謝の言葉だった事。私はただ相談しただけなのに。それを言うべきなのは私なのに。

 

「何でありがとうなの……?」

「……俺に悩みを打ち明けてくれたからだ」

「――――」

「…………何かおかしかったか?」

「うぅん、おかしくないよ。こっちこそありがとう」

 

 首を傾げて然も当たり前のように言う春人。それが出来るのがどれだけ珍しくて凄い事なのか、彼は分かっていない。

 ただ悩みを聞く事はあっても、聞かせてくれてありがとうなんて言う人がどれだけいるだろう。彼の人となりが見てとれる。

 

「……簪のお姉さんについて良く知らない」

「うん……」

「……でも、きっと簪が思ってるような人じゃないと思う」

「何でそう思ったの……?」

「……それは――――」

 

 確かに私の姉はからかう事はあっても、除け者にするような事は言わなかった。

 それに家の都合もあって、小さい頃からずっと礼儀や作法について厳しく教えられてきた。粗相がないようにと。

 なのにあの日の姉はそれまで教えられてきたものを忘れて部屋に入ってきた。血相を変えて。

 

 話していて気付いた違和感を次々とあげていく春人は最後の理由を言うべく、でもと一度区切った。

 私が気付いたのはここまで。他にもあったんだと彼の言葉に耳を傾ける。

 

「……でも、一番は簪が優しいからだ。会った事はないが、そのお姉さんも優しいよ」

「私が、優しいから?」

「……ああ」

 

 私が優しいから。

 根拠とするには呆れるほど単純明快で、酷く曖昧で、けれどとても優しい理由を春人は一番に選んだ。なんともこの人らしい。

 

「……仮にそうじゃなかったとしても、簪は簪だ。どれだけお姉さんが優秀でも違う。俺は更識簪を見失ったりしない。消えたりなんかさせない」

「っ! 本当に……?」

「……約束する」

「うん……うんっ!」

 

 また心が暖かくなる。漫画やアニメにしかいないはずのヒーローに会えた。私が困っていたら助けてくれるヒーローに。

 嬉しくて泣きそうになるのを必死で堪えていると漸く気付いた。

 

「そっか、そうなんだ……」

「……?」

 

 この人はまるで月みたいなんだ。太陽のように辺りを眩しくするのではなく、月明かりのように優しくそっと照らしてくれる。

 今もこの部屋を照らしてくれているように、私が何処にいてもこの人が見つけてくれる。真っ暗なところで埋もれていたとしても。

 

 そして私は太陽よりも月が好きらしい。らしいと言ったのは直感的にそう思っただけで、まだ確証が持ててないから。

 

「……簪?」

「動かないで……」

 

 だから彼の直ぐ隣へと移動する。本当に好きなのか確認するために。戸惑う彼も放って。

 手を伸ばせばどころか、肩が触れあっているという事実は容易に鼓動を早めた。顔がどんどん赤くなるのが分かる。でもまだ足りない。

 

「すー、はー……すー、はー……」

「…………簪?」

「う、うん」

 

 呼び掛ける声に応えてから彼に寄り掛かる。肩に頭を乗せれば、深呼吸してから挑んだのに心臓は落ち着いてくれない。

 

「うぅ……!」

 

 恥ずかしくて顔から火が吹きそうになるけど、それと同じくらいの嬉しさが私の胸にやってくる。

 それでも恥ずかしさを堪えて何とか顔を上げてみれば、春人が不思議そうにこちらをじっと見つめていた。

 

「あっ――――」

「…………その、簪?」

 

 交わる視線に一際胸が高鳴る。もう疑う余地なんてない。いや、そんなものとっくになかった。こうしたのも、ただあなたと触れ合いたかっただけ。

 

「うんっ。何、春人?」

 

 何度も呼び掛けるあなたに、間違いなくこれまでで一番の笑顔で応える。少しでも私の気持ちが伝わるように。

 

 そうだ。こんな確認なんてしなくても私は、更識簪は櫻井春人が好きだったんだ。



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彼と彼女の物語 ――sideセシリア――

 今思えばわたくしの両親はこの世界の縮図のような関係だった。

 女尊男卑が広まる前から名家であったオルコット家の当主として気高く強かった母。とても厳しくて、わたくしの憧れだった人。

 そして同じくその前から気弱で、いつも母の機嫌を伺っていた父。婿入りしてきたから母に引け目を感じていたのかもしれない。

 

 ISが世に広まり、女尊男卑という風潮が広まれば二人の関係はより顕著なものになっていった。母はより強く、父は益々弱く。

 母に憧れる一方で、父に対しては情けないとしか感じなくなっていた。将来、自分が結婚相手とする男性には強さを求めるようになるほど。

 

 そんな両親との生活も唐突に終わりを迎えます。何の脈絡もなく、実にあっさりと。

 三年前に起きた越境鉄道の横転事故。死傷者が百名を越える大きな事故に父と母も巻き込まれてしまった。

 いつものように行ってきますの挨拶を交わし、いつも通り強い母と弱い父を見送って、そして帰ってきた。変わり果てた姿となって。

 

 突然の死に泣き喚くわたくしに現実は何処までも非情だ。両親が遺した莫大な遺産を狙って、金の亡者が押し寄せて来たのだから。

 せめて二人が遺してくれたものを守りたくて、わたくしは若くしてオルコット家の当主となり、あらゆる勉強をした。両親との別れを悲しむ時間さえ許されない。

 

 それだけの時間を割いてもわたくしには足りない。力も知識も、何もかも。そう簡単に母のように強くはなれない。

 このままでは守れない。どうしたものかと頭を悩ませていると国からIS操縦者の適性検査があるとの話が。もしも高い適性があり、代表候補生にもなれば国から援助があるとも。

 

 幸いにもわたくしの適性はAと高いもので、直ぐに代表候補生として名を連ねる事になった。

 それだけではない。国からの援助があると分かれば、今まで財産を奪おうとしていた人達も手のひらを返したようにわたくしの機嫌を伺うようになった。自分と同じ貴族のはずなのに、恥も外聞もない。

 

「全く、情けない……」

 

 脳裏に過ったのはひたすら母に頭を下げる父の姿。幼少から育まれた弱さへの嫌悪は当主になって益々増していく。父のようには、目の前のこの人達のようにはなりたくないと。

 同時に強さへの渇望も増していく。母のように強くならねばやりたい事も出来ない。

 

「強く、強くならなくては……」

 

 そうして代表候補生として訓練を重ねていけば専用機を持つ事を許された。

 自身の努力が実を結び、評価された喜びから訓練に更に熱が入るのは必然。来るIS学園への入学に向けて研鑽を重ねていく。

 そこで不思議な人との出会いがあるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練を終えてシャワーを浴びているわたくしは先日出会ったばかりのあの人の事を思い浮かべる。

 

「櫻井、春人……」

 

 小さく呟いたはずのその人の名前は降り注ぐ水の音に消される事なく、すんなりと耳に入っていく。

 

 不思議な人だった。

 最初は織斑先生への対応からとても強い人だという事は充分伝わった。目付きの悪さも相俟って、恐れるのも無理もない。

 しかし何とか話掛けてみれば何を言われても言い返してこない。どれだけ侮辱されようとも。

 

 それに落胆したのはわたくしだけではないはず。たった二人の男性に他の男性とは違うのではないかとほんの少しの夢を抱いていたのも。

 だが実際は見掛けだけの何処にでもいるような、わたくしの父のような弱い人。この世の中では極ありふれた人だった。

 

 かと思えば、直前まで侮辱していたわたくしが失言しそうになった際は経験した事もないような殺気と言葉で止めてくれた。

 他の候補生との会話では世の中には女尊男卑を嫌って、女性とあらば徹底的に噛み付いてくる狂犬のような人もいるらしい。

 わたくしは会った事はないが、他の候補生は何人も見た事があると言っていた。

 

「でもあの人は違う……」

 

 櫻井春人という男性は違った。聞こえているはずなのに、陰で何を言われようとも噛み付いたりはしない。怒ったりはしない。

 

 初日にわたくしが怒りに身を任せて、大変な事を口にしようとした時のみ、あの人は怒った。

 怒った理由もただ場の雰囲気が悪くなるから。ただそれだけ。呆れるほど簡単な理由だった。

 

「不思議な人……」

 

 何度考えてみても結論はそこに行き当たる。強いようで弱く、弱いようで強い。

 いや、織斑先生へあんな態度を取れるのだから間違いなく強いはずなのに強さをひけらかす事がなかった。隠しきれてもないが、あくまで弱く振る舞おうとする。

 

 分からなかった。何故態々そんな事をするのか。その強さで耳障りな悪評なんて幾らでも黙らせる事が出来るのに。

 

 気になって、気になって、気付けばあの人の姿を目で追っている自分がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫻井くーん、ちょっと手伝ってー」

「……何だ?」

 

 ある日の休み時間。相川さんが呼び掛ける声からある意味でいつもの光景が始まろうとしていた。

 

「織斑先生に頼まれてね、職員室にある段ボールを持ってきて欲しいんだけどいい?」

「……構わない」

 

 事情と内容を説明すれば、櫻井さんはそれまで読んでいた教本を閉じて立ち上がった。

 それを見た相川さんが微笑む。

 

「ありがとっ。それじゃ行こっか」

「…………相川も来るのか?」

「えっ、当たり前じゃない。荷物持ちは櫻井くんに任せるけど、扉開けるのは私に任せてよ!」

「……そうか」

 

 以前からそうだったが、どう聞いても雑用の仕事をあの人は毎回二つ返事で応じる。一つの例外を除いて。だがそれでも断るなんて、少なくともこの数日間では見た事がない。

 

 そしてその例外がこれ。

 

「はるるんおんぶしてー」

「…………一応聞くが何故だ」

「歩くの面倒だよぉ……」

「…………」

 

 次の授業は移動教室。そこまで遠い訳でもないが、布仏さんは心の底から嫌そうな声を出して訴えている。その証拠に櫻井さんの裾を掴んで離そうとしない。

 布仏さんが口にした理由に思わず頭を抱える櫻井さんに織斑さんと篠ノ之さんが近付いていく。

 

「ほら、早く行こうぜ」

「……いや、だが」

「急がないと遅れてしまうぞ」

「……むぅ」

 

 どうやら二人は布仏さんの味方のようで少し意地の悪い笑みを浮かべて櫻井さんを早く早くと急かす。

 渋っているが、二人とも櫻井さんがどうするのか分かっているようにも見えた。

 

「はるるーん……」

 

 そこへダメ押しとばかりに裾を引っ張りながら布仏さんがいつもの明るい声とは違った、若干どんよりとした暗い声で呼び掛ければ。

 

「……はぁ、ほら乗れ」

「わーい!」

「……はぁ」

 

 溜め息一つと共にあっさり折れてしまい、その背に布仏さんを背負った。

 さっきまでの暗い雰囲気は何処へやら、一転していつも通り明るくなった布仏さんを見てまた溜め息を吐く。

 

「えへへ、はるるんありがと!」

「…………ああ」

「んー? はるるん照れてる?」

「……そんな事はない」

 

 他の人からすれば櫻井さんの様子は普段と何ら変わりないが布仏さんにしてみれば照れているらしい。

 そんな二人の様子を見て、織斑さんと篠ノ之さんが示し合わせたように笑った。

 

 そんな櫻井さんを見ていて、少しずつだが分かってきた事がある。

 あの人はただひたすらに優しい。お人好しと言ってもいい。それも度が過ぎるほどの。

 頼まれると断れない、困っている人を見ると放っておけない、良くある物語に出てくるヒーローのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑用している姿に皆さんが違和感を感じなくなってきた頃、クラス代表決定戦が行われた。

 結果、その非常識さと戦い方から多少は収まりかけていた悪評もより悪いものとなってまた広まってしまう。曰く、悪魔。曰く、化け物。

 そんな事はないとあの人を良く見ていたわたくしや簪さんを含めた方で必死に否定したが悪評は止まらなかった。

 

 自分が言われていたらどうだったろうか。少なくともあんな周りの冷たい視線には耐えられそうにはない。

 でも、それでもあの人は変わらない。以前よりも酷くなった周囲にも動じず、以前と同じように頼まれ事や困っている事をこなしていく。

 

「いっつも思うけど、櫻井くんって力持ちだよね」

「……男だからな」

「いやいやいや、男だからってこんなに持てないよ? 普通なら一個しか持てないよ」

「……鍛えてるからな」

「そういう話じゃないと思うんだけど……」

「……そうか?」

 

 今日もそうだった。

 視線の先には段ボールを三つ積んだ状態で悠々と運ぶ春人さんと、付き添う相川さんの姿。

 相川さんも否定してくれた一人だ。今もこうして春人さんは悪評のような人物とは違うのだと証明しようとしてくれている。

 

「春人さんっ」

「オルコットさん?」

「……セシリア?」

 

 振り返っても段ボールのせいでこちらの顔が見れない春人さんは見えるように身体を横向きにして顔だけこちらへと向けた。

 

「どうしたの?」

「お急ぎのところ申し訳ありません。どうしても春人さんにお聞きしたい事がありまして……」

「ほほう?」

 

 訊ねてきた相川さんに春人さんに用事があるのだと応えれば、その目をキラリと輝かせてにんまりと笑った。

 

「オルコットさんはぐいぐい行くタイプなんだ。モテる男は辛いねー。うりうり」

「……?」

「なっ、ななな!?」

 

 とても楽しげな表情でそう言いながら指先でぐりぐりと春人さんを突っつく相川さん。

 鏡なんて見なくても顔が赤くなっていくのが分かる。

 

「ち、違います! 違いますわ! わたくしは、そんな……!」

「はいはい、オルコットさんは分かりやすいなー」

「だから違いますと……!」

「……???」

 

 幾ら言っても相川さんは聞いてくれない。それどころか、からかうのが面白いのかその笑みを益々深めるだけ。

 

 本当は相川さんの言う通り。簪さんもそうだが、わたくしもこの人の持つ優しさに惹かれたのだ。こんな世界でも優しくいられる、誰よりも強いこの人に。

 

「……良く分からないが俺で答えられるなら答える」

「「えぇ……」」

「……何かがっかりさせてすまない」

 

 漸く春人さんが口を開いたかと思えば、分からないとバッサリ断ち切った。比較的分かりやすい状況だったにも関わらず。

 思えばわたくしや簪さんがどれだけ好意をアピールしても伝わっていないのだから当然なのかもしれない。

 

「ん、んん! では気を取り直して……」

 

 いち早く立ち直ったわたくしは一つ咳払いすると本題へ。また相川さんに茶化されては堪らない。

 

「春人さんは何故そんなにも強いのですか?」

「…………俺が、強い?」

「ええ」

 

 意外そうに首を傾げる春人さんは自分の強さを分かっていないようだった。

 でもあなたは間違いなく強い。それでいて誰かを気遣う優しさも失わずに持っている。

 

「どうすればそれだけ強くなれるのですか? どうすればあなたのように強くなれるのですか?」

「…………」

 

 重ねて質問するわたくしに春人さんは話が長くなりそうだと思ったのか、手の荷物を置いてちゃんと向き合ってくれる。

 十数秒ほど黙り込んでから口を開いた。

 

「……今のままで充分だと思うが」

「まだ……足りません」

「…………そうか」

「「?」」

 

 最終確認なのだろうか、まだまだ満足していないと答えると何故か春人さんは残念そうにしている。

 わたくしもそうですが、何で残念そうにしているのか相川さんも分からない。

 

「……訓練している時に意識はしているか?」

「意識……ですか?」

「……ああ」

 

 聞かれた事をそのまま口にすれば静かに頷いて肯定される。

 

「どうすれば勝てるのか、相手がどうするかを意識して訓練していますが……?」

 

 だがそんな事は当然だろう。相手がいる競技なのだから相手の事を考えて訓練する。

 ISに限らず、それはどんな競技でもそうだ。自分よりも強い人だったり、互角の相手だったり。意識する相手は人それぞれでも、何も考えてないなんてありえない。

 

「……そんなに難しい事じゃなくていい」

 

 しかし、春人さんは否定した。そうではないのだと。もっと簡単な事なのだと。

 

「では?」

「……俺はいつもどう強くなりたいかを意識している」

「どう強くなりたいか……」

「……そうしていれば自然と強くなる。セシリアはどう強くなりたいんだ?」

 

 春人さんの答えでどうして自分が強くなりたいのか、その理由を思い出した。

 いや、違う。忘れていた訳ではない。他の事に目移りしてしまっていたのだ。

 いつの間にか目の前で見せ付けられる弱さを憎んで、ただただ漠然とした強さを求めるようになっていた。

 

「わたくしは――――」

「あ、櫻井くん! 時間、時間!」

「……ん」

「あ……」

「ごめんね、オルコットさん! また今度にして、ね?」

 

 どうやら休み時間が終わる寸前まで話し込んでいたらしい。

 話の途中で終わらせた事を気にして謝ってくる。でも――――

 

「いえ、納得出来る答えは得られました。もう大丈夫です。ありがとうございました」

 

 あなたのおかげで忘れかけていた大切な事を思い出せた。感謝してもしきれない。

 本来、わたくしが求めた強さは守るためのもの。決して無闇矢鱈に誰かに振りかざすものではない。

 

 きっとこの人も同じものを見てくれているはずだ。だから何を言われても怒らないし、強さを振りかざさない。誰かが傷付こうとしない限り。

 

「……そうか」

「良ければお手伝いしますが……」

「……いや、大丈夫だ」

 

 そう言うと春人さんは置いていた荷物を持ち上げ、また歩き出した。

 同じものを見てくれているが、この人はもう遥か遠くでなりたい強さを求めて頑張っている。

 まずは追い付いてみよう。いつかあの人と肩を並べて歩くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「櫻井くん、結構良い事言うねっ!」

「……そうか?」

「うん、見直しちゃった!」

「……そうか」

 

 それまで相川が俺の事をどう見ていたのか気になるところだ。多分ろくでもないんだが。

 

 セシリアと別れてからというものの、先程の話で相川からやたら褒められる。

 訊いてきたセシリアも納得したと言ってくれていたし、最後は何処か尊敬の眼差しのようなものを向けていた。

 あんな筋トレの方法を教えたくらいで。

 

 筋トレにおいて意識するというのは非常に重要で、意識するかしないかだけで効果が全然違う。

 論より証拠。俺も毎日意識しながら筋トレしていたおかげでこうして強くなれたのだ。というよりも俺が強い要素なんてそこくらいしかないんだが。

 

 まさかインターネットで調べれば分かるような事をお嬢様のセシリアだけでなく、スポーツマンの相川も知らないとは思わなかった。

 

 そしてセシリアは俺のようになりたいと言っていたが、やめておいた方がいいと思う。

 マッチョなセシリアなんて誰も見たくないだろう。間違いなく今のままの方がいい。

 だが意志は相当固いようだった。願わくば本人がその考えを改めてくれるのを祈るのみである。

 




次回は春人の一日の様子になります。


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16話

タジャドルコンボが眼魔を視認出来る理由を見て変な声出ました。


 俺が専用機を貰って十日。寝る前に枕の下に仕込んでいた携帯が振動した。朝のアラームだ。

 音が鳴るようにしては同室の簪に迷惑だからとこうしているが、おかげでほぼ確実に目が覚める。目覚めが良いか悪いかは置いといて。

 

「……んー」

 

 もぞもぞと手を動かして振動元である携帯を掴めば慣れた手付きでアラームを解除。

 まだ寝ていたいという欲求と起きなければという理性との葛藤の最中、それは聞こえてきた。

 

『運命の赤い糸ってさー、何で見えないのに赤って分かるんだろうね? 緑だったらどうするんだろ、気持ち悪くない?』

 

 最近になって漸く聞き慣れてきた声で突拍子もない事を訊いてきた。

 薄く目を開ければ右腕のブレスレットからぶら下がる黒い翼のアクセサリーが淡く光っている。

 

 ミコトはこうして頭の体操として毎回問い掛けてくる。ちゃんと起きているかの確認とも言っていた。

 寝惚けて何かをしたとかいう覚えはないのだが、それを言うのは野暮だろう。

 

 分かってないな、ミコトちゃん。運命の糸はたとえ見えなかったとしても、その色は赤でいいのさ。

 

『へー、何で何で?』

 

 抑えきれない期待を胸に、わくわくした様子で理由を訊いてくるミコト。

 隠すつもりもないのだろうが、ミコトはいつもこのやり取りを楽しそうにしている。

 俺はその期待に応えるべく、なるべく良い声でこう口にした。

 

 ――――赤い方が、情熱的だろ?

 

『ヒュー!!』

 

 その答えに幼い感嘆の声が脳内に響く。

 本当は指を弾いて言いたいところだったが、なくてもそれなりに好評だったようなのでよし。

 

『春人、おはよー! 今日も良い天気だよ!』

 

 はい、おはようさん。ミコトも元気そうで何よりだ。

 

 そうして朝のやり取りが終われば漸く交わされる挨拶。

 子供らしい元気な挨拶が聞こえてくる頃には俺の頭も完全に覚醒していた。これも先程の頭の体操のおかげなのかもしれない。

 

『ほら、楯無が待ってるから早く早く!』

 

 時刻は未だ朝の六時を回っていない。外を見ればお日様が漸くその姿を見せ始めたような時間。

 そんな早朝から何をするのかと言われれば、更識会長が見てくれると言っていた訓練だ。

 態々俺のためにアリーナを借りて、こんな時間に起きてまで指導してくれるのは非常にありがたい。

 そこまでしてもらっているのに待たせる訳にはいかないだろう。常識的に考えて。

 

 急いで準備をして、さぁ行こうと扉に手を掛けたようとしたその時だった。

 

「はる、と……」

「……すまない、起こし――――」

 

 充分注意していたつもりだったが、どうやら起こしてしまったらしい。

 俺を呼ぶ声に謝りながら振り返れば――――

 

「ぅ、ん……はると」

 

 穏やかな顔でまだ寝たままの天使もとい、簪がいた。

 規則正しい呼吸にベッドの上で僅かに身動ぎする姿は間違いないだろう。

 つまり、先程も今も覚束ない口調で俺の名前を呼んだのは寝言という事になる。

 

『きっと夢にも春人が出て来てるんだねー。ほほえまー』

 

 そうか……可哀想に。

 

『えぇ……何でぇ……?』

 

 冷静に考えて夢に俺みたいなのが出て来てたら可哀想だろう。魘されていないのが幸いだ。

 今度もう一回織斑先生に部屋を変えれないか訊いてみよう。そうだ、そうし――――

 

『そんな事したら多分というかほぼ絶対簪泣くと思うけど』

 

 ――――よし、やめよう。

 

『手のひら返すのはやっ』

 

 いや、本当にダメなんだ……。泣かれるのは本当にダメなんだよ……。泣かれそうになるとテンパってどうしていいか分からなくなる。

 

『甘いなぁ』

 

 そんな事はないさ。泣かれるのが嫌なんて誰だってそうだろ。

 

『うんうん。そういう事にしておくね』

 

 そう言ってくるミコトは表情こそ見えないものの、その声色はとても楽しげなものだった。

 言い返そうとしたところで携帯から二度目のアラームが告げられる。二度目が告げるのは急げという意味だ。もうあまり時間はない。

 喉まで出なかった恨み言を飲み込んで、急いでアリーナへと向かう事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナに到着すれば更識会長から今日の訓練メニューを告げられる。

 ISでの歩行とかの基礎から始まって、一通り終えれば飛行訓練に移り、最後に更識会長との戦闘訓練で終わるのだが今日は違った。

 

「ここはあなたの距離でしょ!? 譲ったらダメじゃない!!」

「ちぃ!」

 

 更識会長の猛攻に距離を取ろうとするも、即座に距離を詰められる。

 その静かな見た目とは裏腹に激しい攻めをしてくる水の槍を二本の不可視の太刀で受け止めた。鍔迫り合いで押して押されてのやり取りが始まる。

 

 ていうか何で今日はみっちり戦闘訓練だけなんですかね!?

 そういうの本当に良くないと思います!

 

『原因は分かってるじゃん』

 

 その通り、こうなった原因は分かっている。

 というか先程から更識会長がその原因を口にしていたから嫌でも分かってしまう。

 

「簪ちゃんの寝顔ぉぉぉ!!」

「ぬ、ぐっ……!」

 

 魂の叫びと共に水の槍を押し込んでくる更識会長。その姿は鬼気迫るものがある。

 

 まぁ理由ってこれなんですけど。物凄い不純な動機なんですけど。

 何で今日に限ってこんな事言ってくるんだ。

 

『今朝のを見てたからだと思うよ』

 

 何処から見てたんだよ……。怖いよ、このお姉ちゃん怖い。

 

「隙あり! っ!?」

 

 俺の動揺を隙だと判断した更識会長がここぞとばかりに出力を上げた。

 その瞬間、態と後方へ飛ぶ事で押し込まれた力も利用して遠くへ。陸奥圓明流、浮身で再び距離を取れば反撃開始だ。

 しかし、距離を取った俺には相変わらずまともな反撃手段はない。銃もなければ、弓もない。ならばどうするか?

 

心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)!」

 

 答えは簡単。無駄に多いこの太刀を投げるのである。

 翼を広げるように『ヴァーダント』を展開。まずは持っていた太刀を両手を広げるように投げ付けた。回転しながら更識会長の元へ行こうとする太刀を見つつ、次の手へ。

 

心技、黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)!」

 

 展開していた『ヴァーダント』から再度太刀を取り出すと今度は上下に。

 先程投擲した太刀とは違う軌道を描き、左右から更識会長を挟み込むように追い詰めていく。

 

唯名、別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)!」

 

 最後にダメ押しとしてもう一本ずつ太刀を取り出す。ここまで来ればどうするかは分かるだろう。

 

両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら、ともにてんをいだかず)!」

 

 正面を真っ直ぐに飛んでいくように投げれば包囲網の完成。

 上下左右に加えて正面からの投擲は決して相手を逃がしたりしない。

 

「へー。でもこれって後ろに逃げればいいだけなんじゃない?」

「……そうですね」

 

 所詮は人が放った投擲。弾丸のように早くはない。その遅さはISという翼を纏った状態では致命的な弱点だ。

 僅かに後ろに下がれば、それだけで上下左右から襲い掛かろうとする太刀は避けられるので脅威度は一気に下がる。

 元の使い手のように太刀同士を引き寄せる事でも出来れば話は変わったろうが、生憎そんな事は出来ない。

 

「風に乗りて歩むものよ」

『あいあいさー!』

「っ、そういう事するんだ!」

 

 だからここからが俺の応用だ。

 

 言葉と共に飛ばした太刀それぞれに風を纏わせる。いつもの通り、不可視の刃にしたかと聞かれればそうではない。

 では何か。風を使った俺達なりの追尾弾だ。

 俺のイメージを汲み取ったミコトが風でその軌道を変えていく。一度は避けた更識会長を追い掛けるように。

 

 さすがの更識会長も面食らったようで、慌てて回避を――――

 

「はい、なんちゃって」

「『あっ』」

 

 あらやだ。

 

「中々いい線いってたと思うけど、まだまだね。もう少し頑張りましょう」

 

 回避するかと思いきや、飛ばした太刀を全て水で包み込んでしまった。

 こうなってしまうと風の恩恵は受けられない。最後の抵抗と風で散らしたり、爆破のコードを送っても水が吹き飛んでしまう。そうすると水蒸気爆発起こせるようになるから逆に更識会長が有利になるだけだ。

 

 くそう、あんな恥ずかしい台詞言ってまでやったのに。

 

「じゃあ次行ってみよー」

「……その前に一ついいですか?」

「なぁに?」

 

 まだまだ時間はあるのでもう一戦始めようとしたところで待ったを掛けた。

 別に時間稼ぎとかではなく、更識会長にも訊いておきたかったのだ。

 

「……もし、織斑先生に部屋を変えるよう話したのを簪に知られたらどうなると思います?」

「断言してもいいわ。絶対泣く」

『ほらね?』

「……そうですか」

 

 即答だった。

 

「何々、部屋を変えるの?」

「……いえ、そういう事になるなら俺からは変えません」

 

 簪から変えたいと言うなら話は別だが、少なくとも今の話を聞く限りでは俺から変えるつもりはない。

 

「ふーん……」

「……何ですか?」

 

 変えないと俺が言えば、更識会長がじとっとした目で俺を見てくる。何かを訴え掛けているようだった。

 目は口ほどにものを言うと聞くがこれほど分かりやすいのもないだろう。

 

「春人くんって、簪ちゃんに甘いのね」

「……そんな事ないですよ」

「甘いのっ」

『まぁそう言われるよね』

「……今度からは気を付けます」

 

 やたらはっきりと言われてしまった。しかもミコトの同意付きだ。

 勢いだけでなく、二対一と多数決においても負けてしまっている。

 

 確かにここ最近は簪からお願いされる事も多くなった。中には近くに行ってもいいかとか、俺の肩に頭を乗せてもいいかとか妙な内容のもあって何だかんだでそれも聞いている。

 

 何だろう、あまり甘やかすなという事だろうか。この人の事だから甘やかすのは自分でありたいとか考えてそうだ。

 だが俺の返答に更識会長はがっくりした様子で呟いた。

 

「簪ちゃんも大変ねぇ……」

「……何がですか?」

「何でもないわ。さ、話が終わったなら武器を構えなさい。まだ時間はあるんだから」

 

 呆れた表情から一転、構えと共にまたやる気に満ち溢れたものになる。

 こちらも量子格納領域から槍の『楓』を取り出せばそれが再開の合図となった。

 

十三拘束解放(シール・サーティーン)――――円卓決議開始(ディシジョン・スタート)!!」

 《承認――――》

「っ、また風!」

 

 再開と共に吹き荒れる風が更識会長の接近を許さない。

 この人は俺に合わせて戦ってくれている。要はガトリングを使わず、ただ近接での斬った突いたで勝負を着けようとしているのだ。

 それだけこの人と俺の実力は離れている。なら少しでもその差を埋めるために全力を出すのは当然だろう。

 

 ……全力の出し方間違ってると思うけど。

 と、ともかく、円卓の騎士の方々俺に力を貸してくれ!

 

 《ヴィルヘルム》

「えっ」

「ん?」

 

 何か俺が想定してた円卓とは違う円卓の人が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が起きればもう彼の姿はなかった。

 彼は朝早くに起きて静かにこの部屋を出ていく。だから私が起きる頃にはこの部屋は私しかいない。

 

 寂しくないのかと問われれば、私は迷いなく答える。寂しいと。

 以前は彼がいなくてもなんとも思わなかったのに、今は彼がいないこの部屋が寂しくてしょうがない。

 

「春人はずるい……」

 

 ベッドに腰掛けてぼそりと呟いた。私しかいないこの部屋には独り言が良く聞こえる。

 暇を持て余すように、寂しさを紛らわすように足をブラブラさせるがそれでもこの気持ちは一向に晴れない。

 

「うぅ……」

 

 これも春人のせいだ。彼は私に暖かさを与えてくれたが、同時に寂しさも与えた。

 今頃はお姉ちゃんと一緒にいるのかと思うと胸の辺りがもやもやとさえしてくる。

 でも――――

 

「……簪、入っても大丈夫か?」

「っ!」

 

 と、そこまで考えていると部屋にノック音が聞こえてくる。待ち焦がれていた彼の声も。

 彼の声が聞こえたなら行動は早かった。

 私はベッドから立ち上がるとパタパタと駆け足で扉の方へ向かい、返事の代わりに扉を開ける。

 

「おかえり、春人っ」

「……ああ、ただいま」

 

 ――――でも、こうして彼と対面するだけで寂しさも胸のもやもやも、まるで何もなかったかのように消えてしまう。自然と頬も緩んでしまう。やっぱり春人はずるいのだ。

 

「……朝食は取ったか?」

「まだ食べてない」

「……いつも言っているが混み合う時間だ。別に俺を待つ必要はないぞ」

 

 会話しながら春人はハンガーに掛けていた制服を手に取る。そこから上着だけ自分のベッドに放り投げ、制服のズボンにYシャツ、長袖の黒いTシャツを抱えた。

 

 確かにこの時間帯の食堂は激戦区になっている。汗を流していれば更に混み合ってくるだろう。

 

「うぅん、待ってるから」

「……そうか。なるべく早く出る」

 

 それでも私はあなたと一緒にいたい。そんな些細な事で離れたくない。

 言外に込められた想いに気付く事なく、春人はシャワーを浴びに行った。また少しの間だけ私は一人になる。

 

「あっ……」

 

 ふと、彼のベッドに置かれた制服の上着が目に留まった。

 周囲を見回して誰もいない事を確認してから上着を抱き締める。肩に寄り掛かった時に感じる、彼の匂いがした。

 

「えへへ……」

 

 彼のベッドに座り、彼の上着を抱き締める。

 先程と同じく一人きりなのに寂しさを感じなかった。むしろ笑みが溢れる。

 

「そうだっ」

 

 一つ妙案を思い付いた私は上着に袖を通した。しかし彼との身長差のせいで袖から私の手は見えない。本音のように萌え袖になっている。

 

「――――♪」

 

 でも、それで良かった。何だか春人に後ろから抱き締められているようで心地好い。

 その状態で彼がよく口ずさむ鼻歌を歌えば、また笑みが溢れる。

 彼が直ぐ傍にいるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ねぇねぇ春人』

 

 急いでシャワーから出て雑に頭を拭いていればミコトに話し掛けられる。

 何やら色々言いたそうな事があるみたいだが、とりあえず話を聞いてからにしよう。

 

 そんなおっかなびっくり話し掛けてきてどうした?

 

『ちょっと大きな物音立ててくれる?』

 

 それは別にいいが、何故にそげな事を?

 

『いいからやる!』

 

 は、はい。分かりました。

 

 理由を訊こうにも強い口調で黙らされた。良く分からないが、それで機嫌を直してくれるなら安いものだ。

 という訳で早速、右手の親指と中指をくっ付けて心の中で声高らかに叫ぶ。

 

 出ろぉぉぉ!! ガンッダァァァム!!

 

『何このクオリティの高さ』

 

 風呂で鍛え上げられた俺の指パッチンは大音量でその音を鳴らす。しかも綺麗。

 本当は焔の錬金術師を目指していたのだがそこは割愛。久し振りにやったが、腕は落ちていないようだ。

 

「っ!!?」

 

 その事に安堵しつつも、部屋から聞こえてくる物音に直ぐ様驚く事となった。

 

 や、やべぇ簪をビックリさせてしまったようだ。ところで何で物音立てろって言ったんだ?

 

『気にするな、私は気にしない』

 

 いや、俺は気にしてるんだが……。

 

 本当は直ぐに見に行きたいところだが、如何せんパンツ一丁ではどんな状況だろうと変態扱いされる。

 天使に嫌われるのだけは勘弁願いたい。早く着替えて様子を見に行くとしよう。

 

「……簪、大丈夫か?」

「だ、大丈夫」

「……そうか」

 

 着替え終わって先程の事を訊いてみるも、そう言う簪の顔は赤い。いつもは白い首筋までもが真っ赤に染まっていた。

 明らかに何かあったような感じなのだが言いたくないのなら聞かない方がいい。

 

「あっ……」

「……ん?」

「な、何でもない。早く行こっ」

「……ああ」

 

 最後に制服の上着を着れば簪から思わずといった風に声が漏れた。その視線はじっと俺に向けられている。

 首を傾げて訊ねれば、返ってくるのはやはり何でもないとだけ。非常に気になるがここは我慢して食堂へと向かった。

 

 




これまだ朝のお話なんですよ……。
どうしましょうかね……。


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17話

長くなっちゃいました。


 雲一つない綺麗な青空の下、ISを使った授業が始まろうとしていた。

 コアの関係上、ここにいる人数に比べて遥かに少ないISが横に並び立つ前で。

 

「さて、今日は基本的な飛行訓練を行う」

「っ!」

 

 織斑先生のその一言に思わずガッツポーズを取りそうになった。

 それもそのはず、本来なら更識会長との朝の訓練で飛んでいるはずなのだが、諸事情により今日はまだ飛んでいない。ぶっちゃけると早く飛びたくてしょうがなかったのだ。

 

「では織斑、オルコット、櫻井。試しに飛んでみせろ」

「「はい」」

「……はい」

 

 安全面の説明が終われば俺を含む専用機持ち三人に飛ぶように指示してきた。他の生徒達に手本を見せろという事らしい。

 

「良い機会だ。オルコットから展開し、次に織斑、最後に櫻井の順でISを展開しろ」

「前回の授業でも言いましたが、ISの展開は訓練次第でその時間を縮められるんです。熟練の操縦者ともなれば展開に一秒と掛からないんですよー」

 

 前に出た俺達を待ち受けていたのは展開速度がどんなものかどうかの抜き打ちテスト。

 しかもその気はないんだろうが、山田先生の天然プレッシャー付き。やめてほしい。

 

「ではわたくしから」

 

 一歩前に出たセシリアが目を閉じると左耳のイヤーカフスが僅かに揺れた。あれがブルーティアーズの待機状態らしい。

 それが光の粒子を放ち、セシリアの体を包む。光が収まった頃にはISを纏ったセシリアが地面から僅かに浮いていた。

 

「展開時間〇・五秒。さすがですね!」

「「「おー!」」」

「凄いね、セシリア!」

「ふふ、当然ですわねっ」

 

 与えられた事前情報に加えて、計測していた山田先生からの結果に皆が称賛の声をあげる。

 当然だと言いながらも、手でふわりと髪を靡かせて言うセシリアの姿は満更でもなさそうだ。

 

「この次って俺かよ……」

 

 若冠十五歳にしては織斑の背中は哀愁漂うものとなっていた。がっくりと肩を落としている姿はいつもの姿からは想像もつかない。

 無理もない、何故か最初に最高を持ってこられたのだ。周りの期待もあってこれは辛い。

 

 だがこいつはこのテストの穴に気付いていない。真面目過ぎるのも考えものだな。

 

「次、織斑だ」

「はいっ!」

 

 名前を呼ばれると織斑は元気良く返事。次の瞬間には右腕を勢い良く突き出し、もう片方の手で右腕の待機状態のガントレットを掴んだ。

 

 やだ……あのポーズ、カッコいい……。

 

『メルブラのOP流す?』

 

 ああ、頼む。

 

 意外と中二力が高い一面を見せた織斑にとてもオサレなBGMを流そうとしていれば、その前にあっさりとその身に白きISを纏っていた。

 

「〇・七秒! 凄いです!」

「「「おー!!」」」

「むむむ、やりますわね……」

 

 出された結果は先程のセシリアに負けているが、専用機を貰って二週間程度でこの速さと考えると凄いだろう。

 その証拠にセシリアの時よりも皆が大きな声をあげているし、セシリア自身も焦りを感じているようだ。

 

「最後は櫻井だ」

「……了解」

 

 そして遂にやって来てしまった俺の番。

 何で俺が最後なのかと訊きたいところだが、相手は先生でしかもあの織斑先生。態々死にに行くつもりはない。

 

「では始めてください」

『行くよ、御堂』

 

 おう!

 

 山田先生の測定が整うと同時、急に真面目な雰囲気を醸し出したミコトからおふざけ満載の言葉が送られてきた。

 まだ短い付き合いだが、相変わらずミコトはこちらの思考を綺麗に、的確に読み取ってくる。

 

 つまり俺が気付いたこのテストの穴さえも。

 要するに、別に俺熟練者じゃないから一秒以上掛けてもいいよねっていう。

 という訳でやるとしますか。

 

 俺の身体の周囲を光の粒子が漂う。織斑やセシリアとはまた違った光景の中で徐々に集中していく。

 

 鬼に逢うては鬼を斬る。

 

『仏に逢うては仏を斬る』

 

 ツルギの理、ここに在り!

 

 心の中で宣誓の言葉を言い終えれば、黒いラファールが展開されていた。

 

「えっと、櫻井くん五・八秒です……」

「「「えぇ……」」」

「はぁ……」

 

 山田先生からの結果報告に全員が全員、何とも言えない空気になっていた。呆れていると言ってもいい。織斑先生までもが頭を抱えている事からどれだけか分かるだろう。

 

 まぁセシリアの記録の約十一倍というある意味で奇跡的なタイムだ。そうなるのも無理もない。さすがにこれは露骨過ぎた。

 

「櫻井、真面目にやれ……二度目はないぞ」

「…………はい」

「全く、何のための授業だ」

 

 恐ろしいまでの殺気を放ちながら言ってくる織斑先生。この人だけが持つ、誰もが従う魔法の言葉には抗えるはずもない。

 一度ISを仕舞ってから、今度は本気で展開する事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し強めに言えば櫻井は大人しくISを待機状態へと戻した。先程あれだけ手間取ったのがまるで嘘のような早さで。

 さすがに格納するのは計測していなかったようだが、あまりの変わりように周りがひそひそと騒ぎ始めた。

 

 その騒ぎを無視して櫻井はISを展開すべく、黒いブレスレットから光を放つ。ISに関わるようになって何度も見た光だ。

 その光を呑み込むように現れたのは、先程も見た漆黒のラファール。

 

「展開時間〇・五秒……オルコットと同等か」

「「「うぇえ!?」」」

「す、凄いです! まだ二週間も経っていないのに!」

「「「…………」」」

 

 計測結果に真耶も大声をあげ、一夏に箒、オルコットは空いた口が塞がらないようだ。

 自分達が今のレベルまで至るのにどれだけ苦労してきたか、良く分かっているからだろう。

 本当ならこいつはこれくらい出来るのだ。

 それは更識からの報告でも聞いているし、実際に私もこの目で見ている。

 

 だがこいつは本気を出したがらない。授業においては必ずと言っていいほど手を抜こうとする。

 恐らくは私と同じで騒がしくなるのが嫌なのだろう。今の態度が何よりの証拠だ。決して褒められたものではないが、親近感も湧いてくる。

 

「…………ふぅ」

 

 目の前で広げられる皆の驚く姿と向けられる様々な感情が込められた視線に、櫻井は顔を背けて溜め息一つ。

 腰に手を当てている姿からは鬱陶しくてしょうがない、煩わしいという思いしか取れない。手を当てているのが腰というより脇腹なのが少し気になるが、意味合いとしては変わらないだろう。

 

「櫻井、気持ちは分かるがあからさまな態度を取るな」

「…………?」

「惚けるならそれでいい。それと今度からは真面目にやれ。いいな?」

「…………はい」

 

 渋々と言った感じを隠すつもりもなく、それでも櫻井は了承の返事をした。

 一度言えばこいつは意外と素直に言う事を聞く。とりあえずは大丈夫だろう。

 

 そして良い機会だ。櫻井の本気を見せて貰うとしよう。何処ぞの誰かがこいつにちょっかいを出してくる可能性もある。

 勿論、やれる事はやるが専用機を持つ本人が対処出来るのが一番だ。まだISに触って間もないが、こいつならやれると思っている。

 何よりも私自身、櫻井春人という男の本気に興味が出てきた。

 

「くっくっくっ」

「お、織斑先生?」

「ち、千冬姉?」

 

 今、私はとても悪い顔をしているのだろう。隣にいる真耶や一夏が私を見て動揺している事から明白だ。

 だがこれを抑えるのは非常に難しいのだ。これから何が見れるのかと思うと楽しみでしょうがない。

 

 ――――見せてみろ、お前の可能性を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か織斑先生がこちらをじっと見ている。物凄い悪役のような笑みを浮かべて。

 でもはっきり言って、俺はそれどころではない。

 

『春人、大丈夫?』

 

 全然だいじょばない。超絶お腹痛い。何これ、かつてないレベルで辛いんだけど。

 しかも織斑先生にお腹抑えるのやめろって言われるし。助けて。

 

 あまりこうして目立つ機会なんてなかった俺にはこの注目を浴びる今の状況は辛すぎた。

 最初からちゃんと真面目にやっていればまだマシになっていたかもしれない。

 

『やってしまったね、櫻井さん』

 

 辛いのだ……。フェネック助けて欲しいのだ……。

 

 心からの助けを望めば突如俺の腹に押し寄せていた痛みの波が引いていく。

 気付けば痛みはおろか、不快感もない。綺麗さっぱりと消え失せていた。

 

『搭乗者保護機能のレベルを物凄い上げたよ。これでもう痛くないでしょ?』

 

 どうやらミコトがISの機能を使って助けてくれたらしい。開発者もまさかこんな下らない事に使われるとは思ってもいなかっただろう。

 

 おお、助かった。愛してるぜ、ベイベ!

 

『ありがとせんきゅー! 私も愛してるっ!!』

 

 ありがとセンキュー!

 

「よし、指定の位置まで三人とも飛べ」

「「は、はい」」

「……はい」

 

 健康というかけがえのないものを手にした俺に怖いものなどない。それは未だ不敵な笑みを浮かべる織斑先生でさえも。

 謎の上機嫌な織斑先生の言葉にいち早く返事をして飛んだ二人に続き、俺も空へと飛ぼうとした時だった。

 

「ああ、そうだ」

 

 何かを思い出したかのように織斑先生が口を開くと、この場にいた全員が一斉にそちらへ視線を向けた。

 

「櫻井、一応言っておくが授業で『一刀修羅』は使うなよ?」

「…………はい」

 

 そ、その名前で言うのはやめろぉ!

 テンション上がってる時ならまだいいけど、素面で言われるのはさすがに恥ずかしいんだよぉ!

 

 何を言うのかと思えば、口にしたのはこの数日の間に急速に広まった俺の二つ名。

 そしてこのラファールに搭載されたリミット解除の通称でもあった。

 とあるアニメの主人公が持つ力と同名のこの名前は簪が名付け親だ。それが食堂で話してる時に誰かの耳に入り……という事らしい。

 まさか教師である織斑先生もそう呼んでくるとは思わなかった。

 

『千冬も知ってたんだねー』

 

 健康になったところで、思わぬ人からの思わぬ攻撃にげんなりするはめに。

 それは飛行にも影響が出ていたようで。

 

 《織斑、何をやっている。スペック上の出力では白式が一番なんだぞ。櫻井、幾らリミッターが掛かっているとはいえ、お前はその程度ではないだろう?》

 

 こんなお叱りの言葉を受けてしまった。

 ハイパーセンサーで声の主を見ればやはりあの素敵で不敵な笑みを浮かべている。

 

 ミコトちゃん、あの白騎士先生は何が楽しくて笑ってるの?

 

『さぁねー……え゛っ?』

 

 ん? どうした?

 

『は、はる、春人、さん……? えっと、どうして千冬の事を白騎士先生と……?』

 

 何故か酷く動揺しているミコトは震える声でそう訊ねてきた。どうやら唐突に付けた渾名が不評らしい。

 まぁ何も説明しなければ白騎士に乗ってたのが織斑先生みたいな言い方だったから仕方ないだろう。

 

 いや、白騎士ってマクロス的な意味なんだけど。

 

『マク、ロス……?』

 

 ああ。今も

 

「久しぶりだな。ルンがこのような色を見せるとは」

 

 って言いそうな顔してるだろ?

 何に対して光らせてるのかは知らないけど。

 

『あ、ああ……そっちね……はぁぁぁ』

 

 何やら心の底からどっと疲れたというような深い深い溜め息を吐くミコト。

 要らぬ心配を掛けてしまったようだ。理由を訊ねるのはまた今度にしよう。

 

「なぁ、前方に角錐を作るイメージなんて分からないよな?」

「……そうだな」

 

 と、そこでタイミング良く織斑が話し掛けてきた。内容は先程の織斑先生が言っていた事について。

 

 すまない、思わず返事してしまったが実は俺出来るんだ。今は織斑先生の精神攻撃があったから出来ないだけでな。

 

「春人さん、一夏さん。イメージは所詮、イメージ。自分がやりやすい方法を模索するのが一番ですわ」

「そう言われてもなぁ。空を飛ぶ感覚自体まだあやふやなんだ。何で浮いてるんだ、これ?」

『物理の法則もあったもんじゃねぇな』

 

 いや、それお前が言っちゃうのか。

 

 話を聞く限り織斑はまだ飛行訓練をあまりやっていないらしい。箒との剣道の訓練もあると考えると時間的に難しい話だ。

 説明するにしても俺もそこまで修めてる訳ではない。どうしたものか。

 

「説明しても構いませんが、長いですわよ? 反重力力翼と流動波干渉の話になりますもの」

「わかった。説明はしてくれなくていい」

「あら、そうですか。春人さんは如何ですか?」

「……俺も遠慮しておこう」

「えっ……。そ、そうですか……」

『春人ぉぉぉ!!』

 

 す、すいません。

 

 どう説明するか悩む俺の代わりにセシリアが答えてくれた。ただし物凄く難しい専門用語を使って。

 講義の内容の末端を聞いただけで降参だと織斑は両手を上げてアピール。

 俺も続いてやめておくと告げると目に見えてセシリアが落ち込んだ。そしてミコトに怒られる。何故だ。

 

「……すまない。やはりお願いしてもいいか?」

「っ! し、仕方ありませんわねっ。このわたくしが教えて差し上げましょう!」

 

 たった一言、そう言っただけでセシリアの落ち込みようは嘘のように元気に。

 その様は主人が帰って来た愛犬のようで、尻尾を横にぶんぶんと振っている幻影が見える。

 

「そ、それでは春人さん。また放課後に指導してさしあげますわ。その時は二人きりで――――」

 《一夏っ! いつまでそんなところにいる! 早く降りてこい!》

 

 セシリアと放課後の訓練について話をしていると、いきなり通信回線から怒鳴り声が響く。

 見ると遠くの地上で山田先生がインカムを箒に奪われてオタオタしていた。先生なのに。

 

 山田先生……あざといな。侮れん。

 

『ホウキザンナズェミテルンディス!?』

 

 いや、見るだろ。そういう授業なんだから。ていうより唐突に滑舌悪くなったな。びっくりしたわ。

 

 とか思ってたら箒が織斑先生に肩を叩かれる。その手は遠目でも伝わるほど優しいが、顔はとても恐ろしかったようで、箒は青い顔して素直にインカムを返していた。

 

 《織斑、オルコット。急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ》

 

 そうしてやってきた指示に俺の名前は含まれていなかった。別に構わないが、そうするなら何で呼んだりしたんだろうか。

 

 《櫻井は最後だ》

 

 あ、そうですか。てっきりいない扱いされているものだと。

 

「では春人さん、一夏さん、お先に」

 

 それだけ言ってセシリアはすぐさま地上に向かった。あっという間に地上に降りていき、完全停止も難なくクリア。

 こちらへ振り向いて、にこやかに手を振ってくるおまけ付きだ。

 

 さすがセシリア。略してさすセシ。

 

「うまいもんだなぁ……じゃ、俺も行ってくるぜ」

「……ん」

 

 僅かに頷いて応えるだけ。相変わらずコミュ力が最底辺だ。本当にどうしようもない。

 だが織斑はそれを気にせず、勢い良く地上へ向かった。その速度は先程織斑先生に言われたのを気にしてか、セシリアの時よりも速い。

 

 ……ん? 何か勢い良いのはいいんだけど、あいつ何処で止まる気なんだ?

 

 その疑問はすぐに解決することになった。

 凄まじい音と共に土煙が織斑の着地予定地点を包む。着地した場所を中心にクレーターが生まれた。

 

『あれはミスターノーブレーキですね。間違いない』

 

 やはり織斑は一般人枠のようで、一般人ではないキャラだったんや。

 

 《馬鹿者。誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする》

 《すみません……》

 《情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやったろう》

 

 ……箒。もしかしてその教えたっていうのはかつて俺に素振りを教えてくれたあの擬音だらけのやり方ではないよね?

 あれ相当難しいからなぁ。織斑を責めないでやってくれ。出来なかった織斑はきっと悪くない。

 

 《さて、次は櫻井だが……》

 

 静かに織斑への弁明をしていれば俺の番となった。

 毎朝の更識会長との訓練のおかげで急降下からの完全停止なら余裕で出来る。

 

 《趣向を変えよう。地上五メートルから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で降りてこい。目標は同じく十センチでいい。出来るだろう?》

 

 な ん で ?

 

 なんで俺の時だけ難易度上げたの!?

 下手したら織斑の時よりも悲惨な事になるわ!

 

『何か春人は妙な信頼をされてるね』

 

 おかしいだろ……。こんなの間違ってます。

 

 しかし、そんな思いとは裏腹に織斑先生は目で早くしろと促してくる。

 早く返事をしなければならない。選択肢ははいかイエスしかないけど。

 

「……了解」

 《春人さん、頑張ってください!》

 

 オッケー、やってやらぁ!!

 

 セシリアという美少女の応援を受け、やる気も上がった俺はラファールを地上に降下させた。

 頭から真っ直ぐ落ちていく。ぐんぐんと迫る地表に若干の恐怖を覚えつつも、それでも最高速度を維持して。

 

 信じろ、この翼を。信じろ、俺を。俺達なら出来る!

 行くぞ、ラキエータ! メテオバーニア!!

 

『行くよ、春人。答えは聞いてない!』

 

 えっ、どういう事? じゃあ何で聞いたの?

 

 そして俺は地表五メートル地点で言われた通り、瞬時加速を発動。

 一気に加速度が増していくが、地表付近で無理矢理身体を起こして姿勢制御。

 進行方向とは真逆に吹かせてそれまでの加速分をちゃらにする。

 

 人呼んで、グラハムスペシャル!

 

「いいぞ、上出来だ」

 

 短いながらも珍しい、というよりは初めての織斑先生からのお褒めの言葉に驚きを隠せない。

 

 あれ、なんだろうこれ。不思議と悪くない……いや、むしろ嬉しい。やだ、完全に調教されちゃってるよこれ……。

 

「す、すげぇよ春人! 今度やり方教えてくれよ!」

「むぅ……!」

 

 だが織斑の言葉で一気に現実に戻された。指導者である箒の厳しい視線付きで。

 

 いや、待て。お前には箒という素晴らしい師匠がいるじゃないか。だから俺から教える必要は何もないんだ。何故それが分からん。

 

「……箒がいるだろう」

「いや、そうなんだけどさ……頼むよ!」

「……はぁ、箒監修の元でなら」

「分かった! 箒には言っておく!」

 

 そう言われると断りきれない。

 溜め息を一つ吐いてから了承すれば、織斑はガッツポーズを取って喜びを露にする。

 

「それでは専用機持ちをリーダーに各班別れろ」

 

 織斑先生の号令の元、クラスの人員が三等分にされる。

 話した事がない人の方が多いが、運良く俺の班には相川や箒がいてくれたので良しと言えよう。

 

「じゃあ、私からね。よろしくっ」

「……ああ、こちらこそ」

 

 授業の内容はまず専用機持ちがISを纏った人を抱えて指定の位置まで飛ぶ。ISでの飛行感覚を掴むためのものらしい。

 

「聞いただけでその気になられても困るからな。実際に体験して、それからやってみるのが一番だ」

 

 とは織斑先生のお言葉。

 そしてその後で今度は自分だけで飛んでみるとの事。専用機持ちは近くで何かあった時のサポートを行う。

 

『うー……うー……!!』

 

 こら、威嚇するな。仕方ないだろう。

 

 さて、ここで困ったのが俺という存在である。恐ろしい俺には触られたくないと滞っているのだ。

 そして相川が率先して可哀想な生け贄の役として出てきたのである。

 

 そんな話を聞いて黙っていないのがミコトで、寸前まで上機嫌だったのに一気に不機嫌に。更識会長との時もそうだったが、何故そうなるのか。

 

「……変なところ触っちゃダメだよ?」

「……触らん」

「えー、本当にー?」

「……本当だ」

「…………」

 

 後ろから抱えようとしたところで顔だけ振り返った相川が両手で胸を隠して少し恥ずかしそうに言ってくる。

 それを聞いてか、別班にいるセシリアが白い目を俺へと向けてきていた。

 

 待て待て待て。冷静に考えてみてくれ、触ったら俺が社会的に死ぬわ。

 

「お疲れ様っ」

「……お疲れ様」

 

 そんなこんながありながら一人目終了。

 終わった途端に箒以外の班員が相川に詰め寄り、大丈夫かと質問攻め。せめて聞こえないところでやって欲しい。

 

 ちらりと横を見れば織斑やセシリアは二人目の自力飛行に移っている。急がなくては。

 

「……次は誰が行く?」

「私が行こう」

 

 威風堂々と前へ出てきたのは箒だった。

 他には出てこなかったので、早速やるとしよう。言いたい事もあるし。

 

「……何処かおかしいところがあったら言ってくれ」

「今のところは大丈夫だ」

 

 打鉄を纏った箒を抱えて飛行中。ある程度皆から離れたところで話を切り出した。

 

「……さっきは織斑の頼みを断れなくてすまなかった」

「……別に私に謝る必要はないだろう。一夏が望んだ事なのだから」

「……謝るさ」

「何故だ?」

 

 そう言いながらも箒は何処か不満そうな顔。これで隠しているつもりなのか、本当に分かりやすい。

 必要はないと言われても謝る俺に、箒は不思議そうに首を傾げる。仕方ないのでこの学園に来て初日から気付いていた事を言う事に。

 

「……俺はお前と織斑の恋を応援しているからな」

「っ!? な、なななな!!?」

 

 何で、とでも言いたいのだろう。たった三文字の言葉が激しい動揺のせいで言えないでいる。

 俺が抱えている時に言って正解だったな。正直ここまで動揺されるとは思ってもみなかった。もしかしたら事故が起きていたかもしれない。

 

「……見ていれば分かる」

「う、うぅ……!」

 

 真っ赤になった顔を隠すように両手で覆って俯く箒に畳み掛けるようにある提案を出した。

 

「……今日の昼でも二人きりで食べようと誘ってみればどうだ?」

 

 聞けば二人はここで運命的な再会を果たした。離ればなれだった時間を埋めるのにもこの提案は最適だろう。恋人になりたいのなら尚更だ。

 

「それは、ダメだ」

「……何故だ?」

 

 だがせっかく一緒にいられるというのに箒は急に真剣な表情になってはっきりとこう言った。

 様子がおかしい。理由を訊いてみれば、さっきとはうって変わって暗い表情で口を開く。

 

「私はそうしたいが一夏は皆と、お前と食べたいのだ。二人だけで食べたいというのは私の我が儘なんだ……」

 

 一緒にいたいのは間違いない。だがそれは織斑もそうとは限らない話で。

 相手の事を考えず、自分の我が儘を押し付けていては織斑に迷惑を掛けてしまう。箒の中で幾ら織斑が好きだとしてもそれだけはやってはいけないのだ。

 

「……難儀な性格だな」

「ああ……そうなんだろう。でも私は――――」

「……だが気にするな」

「えっ?」

 

 ハイパーセンサーで見えているはずなのに、意外そうに箒がこちらへ顔を向けた。

 

「……これは二人をさっさとくっ付けたいという俺の我が儘だ。箒はそれに巻き込まれただけで何も悪くない」

「あ――――」

『――――』

 

 何か言いたげに口が開かれたが、出たのは吐息にも近いものだった。

 唖然としている箒へ再度提案。これで断られたら素直に諦めるとしよう。

 

「……だから気にせず二人で食べてこい」

「う、うむ……そう、する……」

 

 どうにか承諾を得られた頃には箒は今日のノルマを終えていた。となれば次の人と交代である。

 打鉄から降りても未だ赤い顔の箒はそそくさと立ち去ろうとした時――――

 

「その、あ、ありがとう……」

 

 ――――はい、ツンデレ頂きました。

 

 とてもか細い声だったが、確かに感謝の言葉が聞こえた。その様子と相俟ってツンデレレベルは非常に高い。

 

「……どういたしまして」

「前にも聞いたが、何故拝むのだ?」

「……前にも言ったが、気にするな」

「むぅ」

 

 またはぐらかされてしまい、唸る箒。

 ただこんな生のツンデレを見せられては拝まずにいられないだけだ。ありがたや。ありがたや。

 

『春人、拝むのもいいけど時間ないから早く続きやろうよ!』

 

 と、先程まで不機嫌だったミコトが嘘のように上機嫌に。ころころと変わるのは幼さ故だろうか。

 結局俺の班はとてもではないが、時間内に終わりそうになかったので山田先生に手伝って貰った。

 

「空いてるのここしかないな」

「う、うむ! 仕方ない、ここにしよう!」

 

 そしてお昼は席が埋まったという事で織斑と箒は二人きりの席へ。表情に嬉しさを滲ませる箒は幸せそうだ。

 一方、俺の方はと言うと。

 

「「ふふふ……」」

「…………」

 

 あの二人を孤立させるのに協力してくれた簪とセシリアが俺を挟んで火花を散らしている。その顔に笑みを浮かべて。

 

 しまった。最近簪とセシリアがたまにこうなるのを忘れていた。お腹痛い。

 

「いやぁ、やっぱり櫻井くんはモテモテだねぇ」

「はるるん、頑張れー」

 

 更にこの状況を面白がって同じく手伝ってくれた相川と布仏が茶化してくる。

 

 助けて織斑。何でお前こういう時にいないんだよ。

 




本当はのほほんさんとのお昼寝シーンとかも入れたかったんですが、カットで。

※ミコトが言った『御堂』とは装甲悪鬼村正に出てくる用語?で、簡単に言うと自分の使い手の事を指しています。


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18話

長い……。




 放課後。昼間の約束に加え、クラス対抗戦まであと僅かになった事もあって俺と織斑はアリーナにて近接の戦闘訓練をしていた。

 

 射撃に関してはセシリアが、近接に関しては俺と箒が織斑に協力する事になっている。そしてここにはいないクラスメイトは他のクラス代表の情報収集と大忙し。

 

『皆デザート無料パスに必死だねー』

 

 その通り、僅か一ヶ月も経たない内にクラスがこうして一丸となれている裏にはそんな理由があった。

 甘いもの大好きな女子からしてみれば半年間デザート食べ放題とは、とても甘い魅力的な果実なのだ。

 

 俺としてはそんな夢のパスよりも目の前で咲こうとしている恋の花を優先したい訳で。

 しかし、クラス代表である織斑はもとより、デザートパスが欲しいであろうセシリア、相川、布仏に加えて箒からも手伝ってくれとお願いされたため、ここにいる訳だ。

 

「だぁっ!!」

「……甘いな」

「くそっ!」

 

 さて、そんな事を考えていると織斑の振りかぶった一撃によって現実に戻される。

 身体を半歩横に動く事で避けると耳元で聞こえてくる織斑の悔しそうな声。意図したつもりもないが、毎度ぎりぎりなのが嫌なのだろう。

 

 俺は避け様に右拳を握り締め、がら空きの織斑の顎目掛けて振り上げる。

 

 行くぞ、必殺の――――!!

 

「ジェットアッパァァァッ!!」

「ぐはぁっ!?」

「ただの右のアッパーをまるで必殺技のように!?」

「何で叫ぶ必要があるのだ……」

 

 天高く舞い上がる織斑を尻目に叫んだ俺を見てセシリアと箒は驚きと何処か呆れを含んだ視線を向けてくる。

 

 違う、これはただのアッパーではない。地を這うような低空から繰り出されるアッパーなのだ。断じてただのアッパーではない。

 

『いや、分からないよ……』

 

 まぁ正直な話、言ってる俺もどう違うのか良く分かってないからな。では今度はもう少し違うのをやるとしよう。

 

「も、もう一度だ!」

 

 地上に降りてきた織斑は再度構えると気合い充分にそう叫んだ。

 闘志は充分。やる気も少しも衰えていない。だが、一時間休みなしで戦っていたところにさっきのアッパーが効いたのだろう、足が震えている。

 

「……今ので最後と言っただろう」

「うっ……」

「……それと一度休憩しよう。足が震えてるぞ」

「わ、分かったよ……」

 

 それだけ言えば織斑は直ぐにISを格納し、その場に座り込んで項垂れた。どうやら本当は立っているのも辛かったようだ。

 

 今ので最後と言っていたのはそろそろ箒と交代してあげなくては色々と可哀想だったからだ。あくまで俺の中ではそちらがメインだからな。

 

「……俺は向こうで訓練してくるから後は箒に任せた」

「う、うむっ! 任せておけ!」

「お、おう……」

 

 俯いたまま握り拳を上げて応える織斑。そんなになってでも俺と戦おうとしていたのは純粋に凄い。さすがにもう限界みたいだが。

 そしてそんな織斑に寄り添って、必死に嬉しそうなのを隠している箒。バレてないのが織斑ぐらいなのはお察しだ。

 

 何だあれ、もうカップルじゃん。何で付き合ってないの?

 とりあえずお邪魔虫である俺達は退散するとしよう。

 

「……セシリア、付き合ってくれるか?」

「はいっ」

 

 何故かやたら嬉しそうにしているセシリアを連れて離れたところへ歩いていく途中、隣からくすくすと笑い声が。

 見ればセシリアが口元に手を当てて笑っていた。その表情は実に楽しげだ。

 

「……何だ?」

「ふふっ、恋のキューピットも大変ですのね」

「……そんなんじゃない」

「そんなに謙遜しなくても。とってもお似合いですわ」

 

 慣れない事はするものじゃない。早くあの二人がくっついてくれれば俺もお役ごめんと相成るのだが。

 ちらりと二人の様子を見ればまだまだ恋人となるのは時間が掛かりそうだ。

 

「それでわたくしは一体何を?」

「……確認したい事がある。ターゲットを二つ出してくれ」

「分かりました」

 

 セシリアがISで空間ウィンドウを操作すれば、俺達の前方上空にふよふよとターゲットが二つ浮かび上がる。

 あとは最終確認するだけだ。陽気な感じで聞いてみよう。

 

 へいへい、ミコトちゃん。

 

『Oh、春人キュン。一体全体どうしたんだい?』

 

 なぁに、聞きたい事があってね。教えてくれるかい? マイリトルガール。

 

『しょうがないニャア……いいよ』

 

 リミット解除をすれば『葵・改』での攻撃しか出来ない。他の武器や、素手で殴ろうとすれば強制的に制限が掛けられる……でいいんだよね?

 

『その通り。正確には武器は持った瞬間に、素手は相手に当たりそうになれば、だよ』

 

 ……なぁるほどぉ。良い事聞いたぜ。

 ミコト、十秒だけリミット解除頼む。

 

『? いいよ』

 

 ラファールのリミット解除は一分以内だったら好きなだけ分割出来る。

 こうする事でメンテナンスする負荷も軽く出来るのだ。一分使い切れば意味はないけど。でもその気になればワンセコンドだって可能だ。

 

 《Complete》

「……行くぞ」

 《Start up》

 

 装甲が展開され、起動音と共に全力を出せる状態になれば少し腰を落として右腕を引き絞る。

 

『春人?』

「春人さん、一体何を?」

 

 俺が取った構えを不思議に思ったセシリアとミコトが問い掛けてくる。遠目で織斑達も首を傾げていた。

 確かに現れたターゲットとは距離も離れているからこんなところで構えてもどうしようもない。

 

 でも日々の筋トレに加えて、今の俺にはISのパワーアシストがある。きっと出来るはず。

 

「シェルブリット・バーストォッ!!」

「っ!?」

「「?」」

 

 気合いを入れるために拳を振り抜くと同時に声を出せば、それまで座って呆けていた織斑が勢い良く立ち上がる。

 女子二人は何事かとそちらに目をやるが、直ぐ様こちらへ振り向く事に。

 

 空を切った拳の先、セシリアが出してくれたターゲットが砕け散ったからだ。

 

「「「『えぇ……』」」」

 

 全員が全員、砕け散ったターゲットを見て何とも言えない表情と声を出しているが気にしていられない。

 ターゲットはもう一つあり、かつ時間は五秒を切っている。これ以上は時間を使いたくなかった。メンテナンスのためにも。

 限られた時間で瞬時加速を発動し、いつものように地面を蹴る。これまでよりも更なる速さを手に入れた俺は即座にブレーキ。

 

「ぜやぁっ!!」

 

 そして繰り出したのは右足。放たれた上段蹴りの軌道に沿って大気が裂けた。

 大気を裂いた衝撃波は巨大な牙となって空を飛ぶターゲットに襲い掛かり、獲物を真っ二つに引き裂く。

 

 《Time out》

 

 設定した十秒が終わりを告げるのと二つ目のターゲットが消えるのはほぼ同時だった。

 

 何だ、シェルブリット・バーストも牙こと『Leviathan』もやれば出来るもんだな。

 それにこれなら直接攻撃してないから制限には引っ掛からないらしい。使うつもりもないが、使えると知っておくのは重要だ。

 

「は、春人さん? 今のはその、風を使ったのですか……?」

 

 今起こした事について恐る恐るセシリアが訊ねてくる。

 なるほど、言われてみれば確かに風を使えば同じような事が出来るのかもしれない。使えると知っていればそっちだと思うだろう。

 

「……いや、使ってない」

「そ、そうですか……」

『あー……そういうのも出来るんですね』

 

 もしミコトが目の前にいたとしたら、セシリアのように困った表情で今のを言っている事だろう。そんな気がする。

 それにしても種も仕掛けもない、ただ全力でやっただけなのに何をそんなに驚く必要があるのかと。

 

『種も仕掛けもないからなんですよ……』

 

 えっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、休憩を終えた織斑が今度は箒指導の元で訓練している頃、俺はセシリアの射撃訓練を手伝っていた。

 内容は極めて単純で、三十秒間限定でリミット解除した俺に当てるというもの。

 

「くっ、当たらない……!」

 

 当てられない事に苛立つセシリア。放たれるレーザーを避けて、避けて、避けまくる。無我夢中で、ただひたすらに。

 向こうがイチャイチャしているのに対して、こっちは色気も何もない何とも殺風景なものだった。相手が美少女だというのが唯一の救いか。

 

『まぁそんな美少女に一方的に攻められてるんだけどね』

 

 何その聞く限りドMには堪らない状況。どういう事なの……?

 

 そんな事を考えていれば三十秒なんてのはあっという間で。しかし、どうもセシリアは夢中になりすぎて制限時間を忘れているようだ。焦っていると言ってもいい。

 時間切れとなれば俺は一気に無力となってしまう。リミット解除している間にどうにかせねば。

 

『大丈夫、大丈夫。その昔、戦隊もので変身しないでかつ、タイマンで怪人と戦って勝った黒い人とかいたから』

 

 いやいや、俺は大丈夫じゃないから。ていうかそいつ変身する必要ねぇだろ。

 

『あるんだよっ!』

 

 と、まぁその話は置いといて。一応どうにかする案はある。

 要は分かりやすく終わればいい。誰が見ても、夢中になっているセシリアにも分かるような終わりを。

 制限時間まであと数秒、そうとなれば話は早かった。

 

「そこですわっ!」

 

 突如動きを止めて仁王立ちした俺を隙だらけと判断したセシリアがレーザーを放とうとする。

 ついでだ。リミット解除時の攻撃手段は見たから今度は防御の方も見ておこう。

 

 行くぜ。櫻井春人流防御術、究極奥義!

 

『あ、いきなり究極奥義なんだ』

 

 ミコトの突っ込みとセシリアがレーザーを放ったのはほぼ同時だった。

 瞬間、空気が破裂したかのような音がアリーナに響き渡り、離れて訓練していた織斑達も何事かと視線を向ける。

 

「……えっ? えっ?」

『えっ、ちょ』

「……時間切れだ」

 《Time out.Reformation》

「は、はい。いえ、そうではなくて……」

 

 目の前で合掌している俺にセシリアが言葉では表せないが、どういう事かと態度で訊いてくる。

 答えるとラファールが元に戻り、排熱を始めて視覚でも終わった事を告げた。しかし、セシリアが訊きたかったのはこれではないらしい。

 

「……何だ?」

「は、春人さん、今何をしたのですか……?」

 

 まるで信じられないものを見たとでも言いたそうな顔だ。確かに放たれたレーザーを避けていないし、かといってラファールの装甲に弾着したような跡もない。

 俺も今初めてやったし、テレビでもやってるのを見た事もない。といっても原理としてはそんなに難しい話でもないはずなんだが。

 

 もう一度先程した動作、命中するはずだった胸の前で手を合わせてからこう言った。

 

「……光線白羽取り」

「…………はいっ?」

「……光線白羽取りだ」

「…………」

 

 このように、と再び手を合わせると漸く俺が何をしたのか理解したらしく、ぽかんとその小さく可愛らしい口を目一杯広げて驚きを表していた。

 

「……わたくし、少なくとも春人さんには想像力で絶対に勝てないと分かりましたわ」

 

 暫くしてセシリアが言葉を発したかと思えば、口にしたのは謎の敗北宣言。しかも溜め息付きも添えて。

 何か暗に馬鹿にされている気がするのは何故だろう。

 

『春人はウルトラマンか何かなの?』

 

 いや、何処にでもいる一般ピーポーですけど。そんな光の巨人とは何の縁もありません。

 光線白羽取りもとある漫画のとあるニンジャマスターがやっていたのを見て櫻井春人流に組み込んだのだ。

 それに実際は白羽取りというよりも叩き潰しただけ。本当なら掴んでそのまま相手に返す技なんだが、まだまだ完全習得への道のりは遠い。

 

『ちなみに他の防御技は何があるのさ?』

 

 よくぞ聞いてくれた。色々あるが、代表的なのは櫻井春人効いてないとかだな。

 

『ただのやせ我慢じゃん』

 

 名前聞いただけで技の全容分かるとかお前天才かよ……。

 

「あの、前から思っていたのですが、急にぼうっとするのは何故ですか?」

「確かに専用機を貰ってからそうだな」

「俺も気になってたんだよ。何かあったのか?」

「……ん」

 

 ミコトと会話をしていれば、それを前から不審に思っていたセシリアといつの間にか近付いてきていた織斑達に何事かと問われた。

 その瞳は俺が見た事もないような何かを秘めてゆらりゆらりと揺れている。

 

 ああ、そういえば言ってなかったな。別に言う必要も、言うつもりもなかったからなんだけど。

 ここまで不思議に思われていたら仕方ない。観念して言うとしよう。

 

「……実は――――」

 

 それから俺はこの場にいる三人に自分はISのコアと話せる事、名前はミコトと言い、ミコトと話しているから周りから見れば呆けている事を説明した。

 説明している間ずっと三人は驚いていたが、それでも説明自体はすんなりと終わりを迎える。

 

 そして、何を言われるのかと思えば。

 

「何だ、そういう事か。心配させんなよ……」

 

 危惧していたような事ではないと分かり、安堵したような笑みで織斑が。

 

「全くだ。心配して損した……なんて言うつもりはないが、早く言えばそれで済む話だったんだぞ」

 

 もっと早くに何で言わなかったのかと、子供を叱りつけるように箒が。

 

「春人さん、今度からはちゃんと話すようにしてくださいっ」

 

 話さなかった事を責めるように、出会った当初のような鋭い目付きで睨み付けセシリアが言う。

 

「……すまない」

 

 何故俺が責められているのかは分からないが、ただ謝るしかなかった。

 心配掛けさせていたみたいだが、織斑達もまさかあんなアホな会話をしているとは夢にも思うまい。そんな二重の意味の申し訳なさでいっぱいだった。

 

『じゃあお詫びにセシリアの手伝いしよ?』

 

 それはいいが、手伝いってセシリアに何をするんだ?

 

『ブルーティアーズが直接話したいみたいだから』

 

 ブルーティアーズが? 分かった。やってみる。

 

 何とも気軽に他のISと会話してみろと言われたが、実は他のISでも声が聞こえるのはこれまでの授業で気付いていた。

 俺に話し掛けるように何処からともなく声が聞こえたり、ミコトと話をしているような会話も聞こえていた。

 条件はただ触れるだけ。ISの装甲に触れていれば特に意識しなくてもいいらしい。

 

 現在一区切り付いたのもあって全員ISを格納している。早速セシリアに一言断ってからブルーティアーズに触るとしよう。

 未だ睨み付けているセシリアの元へ行き、手を伸ばせば簡単に触れられる距離。

 

「……セシリア、触ってもいいか?」

「は、はいっ!?」

「「!?」」

「…………」

『アカン……』

 

 そんな距離で明らかに言葉足らずの発言をしてしまった。説明するのを面倒くさがる悪い癖が出た……にしてもこれは酷い。

 言われて一気に顔が赤くなったのは本人だけじゃなく、近くで見ていた二人もが俺の変態発言に驚き、赤くなっていた。

 

 やばい、これじゃただの変態だ。しかも正面から言う辺り、やたら度胸のある変態だ。直ぐに弁解しなければ……。

 

「あの、その、さすがに人目がありますし、そういうのはふた――――」

「す、すまない、ブルーティアーズに触ってもいいか?」

「えっ」

「……ん?」

 

 慌てて弁解するもタイミングが悪かった。人目があるからと断るついでに何かを言おうとするセシリアに俺の弁解が被さる。

 赤い顔で恥ずかしそうにもじもじと魅惑的な身体をくねらせていたが、ピタリと動きが止まってこちらを見た。

 

「……どうぞ……」

 

 何か言いたげだったが、セシリアはすっかり意気消沈し、もう好きにしてくれと言わんばかりの態度。

 

「お前……」

「……言うな」

「はぁ」

 

 それを見て織斑が何かを言い掛けるが、俺が悪いのは分かっている。セシリアがこうなってしまったのも俺のせいだと。

 だから遮ると代わりに箒が額に手を当てて溜め息を吐いてきた。

 

 だからその息の合ったコンビネーションとかカップルかよって。

 

『早くブルーティアーズと話してあげてっ』

 

 すみません。全力でやらせてもらいます。

 

 急かされるまま、もう一歩近付いて手を伸ばした。すると何かに気付いたようにセシリアの口から声が漏れる。

 

「あっ、すみません。今すぐ展開を――――」

「……このままでいい」

「えっ」

 

 右手がセシリアの髪に隠された左耳へと向かう。ブルーティアーズの待機状態は左耳のイヤーカフスだ。待機状態では試した事はないからそれに触れれば話せるはず。

 

「あっ……春人、さん……」

 

 なるべく優しく髪を耳に掛けると、露になったイヤーカフスに触れる。

 意識を集中させるべく、下を向いて目を閉じればあっさりと声が聞こえてきた。

 

『櫻井様、私の声が聞こえますか?』

 

 聞こえてきたのは若い男性の声だった。と言っても俺よりも年上のような印象を受ける。

 どうやらこれがブルーティアーズのコアらしい。

 

 ああ、聞こえる。初めましてだな。知ってるようだけど、俺は櫻井春人だ。

 

『……本当に私達の声が聞こえるのですね』

『どやぁ……』

 

 実際にやってみるまで半信半疑だったのだろう、声に応じてやればあまり口には出さなかったが驚いたようだった。

 何故か誇らしげにしているミコトを放置して、ブルーティアーズのコアが自己紹介を始める。

 

『申し遅れました。私はブルーティアーズのコアで、セシリアお嬢様の執事をやらせてもらっています』

 

 それにしても何か、あれだな。めっちゃ良い声してるな。人気声優なのか?

 

『櫻井様。私はあくまで、執事ですよ』

 

 意識してなのか、同じ男なのにやたら色気を感じる声でそう言う。密かに俺の中でこのコアの名前が決まった瞬間だった。

 

『早速本題に入らせて頂きます』

 

 そこから始まったのはセシリアとイギリスのIS事情に深く関わる事だった。

 ブルーティアーズはそもそも第三世代兵器『ブルーティアーズ』のデータ収集が目的の試験機である。

 そしてその最終目的は最大稼働時における偏向射撃。要するにレーザーを自由自在に曲げるとの事。

 

『ですが、お嬢様はその稼働率があまり良くないのです』

 

 精々で三十%前後。それが現在の稼働率で、もっと上げなければ偏向射撃は出来ない。

 これでも最高クラスらしいのだが、未だに偏向射撃のデータを渡してこないセシリアを国が急かしている。

 セシリアも気にして朝練とかしているが上手くいっていないようだ。

 

『そこで櫻井様に私とお嬢様のバイパス役をお願いしたいのです』

 

 俺の役目は声が聞こえるのを生かして二人を繋げる。心が通じれば稼働率も上がるとの事。ISのコア本人がそう言ってるんだからそうなんだろう。

 

 俺は了承するとセシリアにこの事を伝えるべく、目を開ければ何やら不思議な光景が広がっていた。

 

「ん――――」

「っ!?」

 

 俺に釣られてなのか、セシリアもまた顔を赤くして目を閉じている。しかも僅かに顎を上げ、祈るように合わされた両手を胸の前に置いて。

 その姿は何かを待っているようでもあり、何かをせがんでいるようでもある。

 

 ――――ていうかどう見てもキス待ちです。本当にありがとうございました。

 ……いやいやいや、待て待て待て。どうしてこうなった。俺、会話してただけだぞ。

 

『お嬢様の事、宜しくお願い致します』

 

 おい、待て。それはさっきの事か、それとも今起きている事か、どっちだ。

 

『ダメですよ! ミコトちゃんはいきなりそういうの認めませんからね!』

 

 お前は俺の母親か。

 

「え、ま、まじでするのか……!?」

「わ、私も一夏と……」

 

 しないわ。何でそうなるんだよ。

 あと箒は心の声が駄々漏れだぞ。織斑も何で隣にいるのに聞こえないの、おかしくない?

 

「……セシリア、行けるな?」

「お、お願いします!」

 

 声を掛けると二人揃ってISを展開。

 誤解を解くのとセシリアをトリップ状態から目を覚まさせるのにかなりの時間を要し、更には状況説明と、気付けばアリーナの使用時間を終えようとしている。

 これが今日最初で最後のチャレンジとなった。

 

「……肩、触るぞ」

「はいっ!」

 

 一言断ってからセシリアの右肩に手を置けば、またブルーティアーズの声が聞こえてくる。

 

『ダメです。もっとお嬢様にくっついて頂かないと』

 

 そう言うイケボの持ち主からのダメ出しに嫌な予感を感じつつ、俺は問い掛けた。

 正直、聞かなきゃ良かったとしか言い様がない。

 

 ……具体的にはどのくらいまでやればいい?

 

『こう、ガバッと後ろから抱き締めてください』

『抱き締めて! 銀河の果てまで!』

 

 うるさいよ! 久し振りに聞いたよ、その台詞!

 ていうか何でだよ!? そこまでする必要ないだろ!?

 

『あるんです。どうかお願い致します』

 

 くっ……! せ、セシリアが拒否したらやらないからな!

 

 お願いと言われると弱い。どうしても断り切れないのだ。

 しかし、当のセシリアが嫌がれば話は別となる。普通に考えて後ろから抱き締めていいかと訊かれて、はい。と答えるのは限りなくゼロだ。代償として俺がやはり変態になる事だが、まぁ安いものとしよう。

 

『君は知るだろう――――』

 

 デスポエムが聞こえる気がするが無視。

 

「……セシリア、相談がある」

「何ですか?」

「……より効率的にやるために後ろから抱き締めろと言われているのだが――――」

「素晴らしいですっ! 是非そうしましょう!!」

「…………そうか」

 

 セシリア。君のやる気スイッチが今の言葉の何処で入ったのか分からない。

 

 嬉しそうに返事をするセシリアに思わず変な声が出そうになった。

 何で嬉しそうなのかは分からないが、本人がそれでやろうと言っている手前やるしかない。

 

「…………失礼する」

「は、春人さんっ」

「……集中しろ」

「はいっ!」

 

 腕のところだけ装甲を解除すれば、セシリアの細い腰を後ろから抱き締める。

 するとセシリアも一瞬緊張して身を固くするが、直ぐにそれもなくなり、そのまま身を委ねてきた。

 

 ていうか何で俺はこんな美少女を抱き締める事になっているんだろう。意味分かんない。

 もうさっさとやって、さっさと終わらせよう。ラファールのメンテも明日に回そう。そして寝る。それだけだ。

 

『まずは――――』

 

 ブルーティアーズが言っている事をそのままセシリアへ。恥ずかしさに赤くなりながらもちゃんと説明を聞いている。

 全部言い終えたところで実際に『ブルーティアーズ』を飛ばし、実戦テスト。

 縦横無尽に飛び回るビットに指令を与えるため、セシリアは空中に浮かぶターゲットへ向けてゆっくりと人差し指を向け――――。

 

「ばーん」

 

 口で言うと、四つのビット全てから一斉にレーザーが放たれる。与えられた命令に従って。

 四本のレーザー全てが複雑な軌道を描き、正面から撃ったのに上下左右からターゲットを撃ち抜く結果となった。

 

「や、やりましたっ! やりましたわ、春人さん!!」

「…………ああ、おめでとう」

「ありがとうございますっ!!」

 

 誰が見ても文句なしの成功にぴょんこぴょんこと跳ねながら俺に抱き着いて喜ぶセシリア。それに俺の精神がゴリゴリと音を立てて削られていく。

 そして、そこへとどめがやってきた。

 

「春人さん、お願いがあるのですが……」

「……何だ?」

 

 抱き着いたままだからか、少し言い辛そうにしている。正直、もう離れて欲しいし、嫌な予感がするから聞きたくない。

 しかし、お願いという言葉には抗えなかった。

 

「明日から毎日、今のをお願いしたいのですが如何でしょうか!?」

「…………毎日、やるのか?」

「はいっ!」

 

 嘘だと言ってよ、バーニィ……。

 

「……ああ、いいぞ」

「はいっ! では明日からよろしくお願いします!」

 

 興奮冷めやらぬ様子のセシリアに何とか了承の返事をすると、まるで華が咲いたような笑顔が見られた。

 お先は真っ暗だが、まぁ良いもの見れたという事にしよう。それにしても疲れた……。

 

 




これで一日終了です。

次回は鈴ちゃんです。


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19話

 早朝、前日にメンテをしなかったので更識会長との朝練をなくしてもらう代わりに思うところがあって久し振りに木刀を振っていた。

 

「ふっ……ふっ……!」

 

 以前お師匠様に教えられた通りの構えで素振りを行い、徐々に振る速度を上げていく。しかし、決して構えを乱してはいけない。

 もし乱せば千回目指して振るっているが、最初から数え直しと決めていた。

 この訓練は新たな日課にしようと思っている。

 

 というのも、俺のラファールはリミット解除すると装備がエクスカリパーのみになる。Fate風に言うと約束された不殺の剣となってしまう。

 

 ……カッコ良くなっちゃった。悪くないかも。でもやっぱり約束された勝利の剣の方がいい。まずは勝利すべき黄金の剣を抜くところから始めなきゃいけないな。

 

『無理無理、抜けないよ』

 

 何でそういう夢を壊すような事言うの? やってみなきゃ分からないじゃん。

 

『春人は岩に刺さってる伝説の剣抜こうとして、岩ごと持ち上げるタイプだから』

 

 ただのギャグじゃねぇか。でもその手があったか……。

 

 さて、話は逸れたが、リミット解除すればほぼ絶対にダメージが一しか与えられないので勝ち目がないに等しい。

 ならばどうするか?

 

「ふっ……!!」

 

 答えは直ぐに見つかった。手数を増やせばいい。一撃でダメなら、二撃。二撃でダメなら三撃と増やせばいいのだ。

 しかし、全力はたった一分しか出せない。そんな僅かな時間で勝負を決めるためには速さがいる。一呼吸で無数に切り裂く剣速が。

 

『燕返しは?』

 

 同時に三つの斬撃とかまず無理だし。それに三発だからな、シールドエネルギーが五〇〇とかある相手にはきつすぎる。一度に二桁は斬れるようになりたいのだ。

 

『ふむふむ、なら特訓あるのみだね! さっき九五回までやってたからそこから!』

 《Restart》

 

 やるのはいいけど、何かその機械音声邪悪だな。まぁ、いいか。

 

 何処がゴールで、今自分はどれくらい近付いているのかも分からないがやる価値はある。

 提示された回数を振るうべく木刀を構え直し、振り下ろした。少しでも見えないゴールに近付くため。

 

 九六、九七、九八、九九…………二〇〇。

 

『おう、待てい』

 

 す、すみません。真面目にやります。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……忘れ物はないか?」

「う、うん……」

 

 部屋を一緒に出た簪に確認を取れば、俺が責任を持って鍵を掛けた。

 校舎へと歩き出そうとすれば不意に簪から恥ずかしそうにおずおずと手が差し出される。顔を見れば頬を薄く朱に染めてモジモジとしていた。

 

「……どうした?」

「あの、えっと……」

「……?」

 

 みるみる赤くなっていく簪。頬を染める程度だったのが、気付けば耳まで真っ赤になっている。

 分からず首を傾げていると、ゆっくりと訳を説明し出した。

 

「その、昨日倒れるように寝てたから……またそんな事があったら大変だから……手、繋ご?」

『ほほう、そう来ましたか……』

 

 何がどう来たんだ……。

 

 確かに昨日は部屋に着くなり、着替えるのも忘れて倒れるように寝ていた。声を掛けてくれた簪を無視して。もしまたそんな事があったら大変だと手を繋いで、支えると言っているらしい。

 真面目に考えれば男の俺を華奢な簪が支えられるはずがないのだが、その目は真剣そのもの。元からの性分に加えて断るにはかなり忍びなかった。

 

「……ああ、分かった。よろしくお願いする」

「っ、うん!」

 

 差し出された小さな手に俺の左手を重ねれば、まるで大切なものを扱うかのように優しく握られる。

 俺からも握り返してやれば簪から笑顔が溢れた。

 

「春人の手、大きいね」

「……そうか?」

「うんっ。それに暖かい」

「……そうか」

 

 そんな些細な事が分かって喜んでいるのか、簪は手を繋いでから凄く上機嫌だ。今も元気良く頷いて、これでもかと嬉しさをアピールしてくる。

 

 向けてくる笑顔に内心ほっこりしていると進行方向に人影が現れた。ドレスのように改造された制服には一人しか心当たりがない。

 

「おはようございます。春人さ、っ!?」

「……セシリア?」

 

 予想通りの人物の登場だが、何故かこちらを見て驚いている。

 何か言いたげに口をパクパクさせながら、ゆっくりと指した先には繋がれた俺達の手。

 

「は、春人さん? そ、それは一体……?」

「ふっ……」

 

 何で手を繋いでいるのかと説明を求めるセシリアに対し、何故か勝ち誇った笑みを浮かべる簪。

 未だにワナワナと震える指先を向けるセシリアへ説明する事に。説明するのは面倒だけど、これはちゃんと言っておかないとまずい気がした。

 

「――――という事なんだ」

「さ、支えているだけでしたか……驚かさないでくださいな」

 

 下手くそながらも訳を話すと心から安堵したような深い溜め息がセシリアの口から出た。一体何を想像していたのか聞きたいところだが、こちらも気になる。

 

「むぅぅぅ……」

 

 横に目を向ければむっちりと頬を膨らませた簪。セシリアの『だけ』という言葉にやたら不満そうなご様子だ。

 もっと言うと俺が違うと説明し出した頃からのような気もする。説明の仕方が悪かったのか。

 

「それよりも昨日はそんなに体調が悪かったのですか……?」

「……単に疲れていただけだ。寝れば治る」

 

 精神的にな!

 セクハラで訴えられたらどうしようかと不安でしょうがなかったよ!

 

「昨日も言いましたが、ちゃんと言ってくださいね」

「……すまない」

「それと――――」

 

 また言わなかった事を咎められるとそそくさと俺の右横に移動し、

 

「わたくしも支えますわっ」

「っ!?」

「…………」

 

 そっと腕を俺の右腕に絡ませてきた。簪の顔が不満そうなものから驚愕のものへと一気に変わる。

 変わったのはそれだけではない。何かを感じ取り、俺のお腹の具合も変わり始めていた。

 

 えぇ……? 何でぇ……?

 

「な、何でセシリアも?」

「あら、支えるのでしたら一人よりも二人の方がいいでしょう?」

「むむむ……!」

 

 ――――すみません、全然良くないです。どうしてこうなった。

 

 至極もっともな事を口にして得意気な顔のセシリアとそれに対して言い返せない簪。

 腹に押し寄せるじくじくとした痛みに悶絶していると、ふと頭に素朴な疑問が浮かび上がる。

 

「……その、支えてくれるのが目的なら態々腕を取る必要はないのでは?」

「あ、ありますわっ!」

「腕を取っていれば、つまり春人と身体を密着させていれば、春人の体調不良にもいち早く気付ける。これによって何かが起きてからではなく、何かが起きる前に春人の異変に気付けるからこれは最適」

「……そうなのか」

 

 さっきまでいがみ合っていたのに、俺が提案すれば急に息の合った二人からの必要との一声。近くにいればいいだけだと思うのだがそうではないらしい。

 こんなに饒舌に、捲し立てるように話す簪は初めて見るが、そう言うのならそうなんだろう。

 

 ていうか、そもそも体調悪くないからしなくていいんだけど言わない方がいいんだろうな。どうですかね?

 

『言ったらお説教でした』

 

 やっぱりね。知ってた。

 

 その後、美少女二人に挟まれながら何とか教室に到着。漸く離れてくれた二人に礼を言って席に座った。

 するといつものように布仏が鼻歌でも歌いそうな底抜けに明るい雰囲気で歩み寄る。おまけでスキップしていてもおかしくない。

 

「おはよう、はるるん、セッシー!」

「……ああ、おはよう」

「おはようございます、本音さん」

 

 長い袖に隠された右手を勢い良く上げると元気良く挨拶。

 そしてそのままこちらに来たであろう、これまたいつもの用件を切り出した。

 

「はるるん、お菓子ちょーだい!」

「……まだ朝だ。後にしろ」

「えー!?」

 

 授業開始前だというのにお菓子をねだってくる布仏に今は渡さないと言うと、形の良い眉を八の字に曲げ不満を露にする。

 しかし、それも直ぐにいつものにこやかな表情に戻ると何処かの悪役みたいな笑いを始めた。

 

「ふっふっふっー、こんな事もあろうかと今回は秘策があるのだー」

 

 ぅん? 秘策?

 

 すると布仏は俺に向かってに袖越しに指を差し、ゆっくりと指先を回し始めた。まるで暗示をかけるように。

 

「はるるんはお菓子をあげたくなーる……あげたくなーる……」

「…………」

「ほ、本音さん?」

「あげたくなーる……あげたくなーる……あげたくなった?」

「……いや、別に」

「あれー?」

 

 俺の言葉に不思議そうに首を傾げる布仏。どうやら誤算だったようだ。

 

 ていうか、まさか……秘策ってこれなのか?

 こんな釣りに引っ掛かる俺ではないわ!

 

『くっ!? こんなの釣られ、クマー!』

 

 釣られてるじゃないですか、やだー!

 

「おーっす」

「おはよう。いきなりで悪いが本音はどうしたのだ?」

「あげたくなーる……あげたくなーる……」

 

 織斑と箒がこちらへ来れば、再度必死に俺に暗示をかけようとしている布仏の姿。こんな不思議な光景、気にならないはずがない。

 

「……お菓子が欲しいらしい」

「「あー……」」

 

 たった一言で状況を理解したらしく、何とも言えない声が重なった。何て事はない、いつもの光景だ。

 

「織斑くん、織斑くん。今週のクラス対抗戦の情報収集成果ー!」

「おお、ありがとう!」

「専用機持ちは他に四組がそうみたいだけど、まだ未完成で対抗戦までに完成するのは無理みたい」

「他のクラスは専用機持ちじゃないみたいだから結構楽勝かも?」

「いや、でも専用機持ってても俺素人だしなぁ……」

 

 謙遜する織斑に大丈夫、大丈夫とクラスメイトがおだてる。他のクラスはどうか分からないが、四組は簪が代表みたいだし、手強いのは間違いない。

 その時だった。

 

「――――その情報古いよ」

「っ!!」

「一夏?」

「あげたくなーる……あげたくなーる……」

 

 盛り上がるクラスに一石が投じられた。

 声の主は教室の扉に腕を組んで寄り掛かるようにしており、何処か勝ち誇った表情。その声を聞くなり織斑が勢い良く振り返る。

 織斑のその姿は幼馴染の箒でさえも珍しいらしく、釣られて声の方へと視線を向けた。

 

 ていうか布仏はそのおまじないをやめなさい。今そんな雰囲気じゃないから。あとでお菓子あげるから。

 あれ? むしろ何で今まであげなかったんだろ? あげるべきなのに。

 

『効果抜ギュンじゃないですか、やだー!』

 

 釣られてしまったクマ……。

 

「り、鈴!? 何でここに!?」

『彼女は鈴ではない』

「久し振りね、一夏。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 本人じゃねぇか。

 それにしても二人は知り合いだったのか。織斑くん友人関係グローバル過ぎ。

 あと何故だろう、あの子からツンデレの気配がする。ツンデレカルタを読ませたら右に出るものはいないと、私の勘がそう告げている。

 

『奇遇ですな。私もです』

 

 やはりか。箒といい、この子といい、織斑くんはやたらツンデレと縁があるようですね。うらやま。その内、勘違いしないでよね! とか言いそう。

 

「い、いつからこっち来てたんだ? 連絡してくれれば……」

「昨日の夕方よ」

「でも会うなら早い方がいいだろ? 昨日の内だったらゆっくり話せたのに」

「べ、別にいいじゃない、こうして今日会ったんだし。でも勘違いしないでよね! 一夏と話すために来た訳じゃないんだから!」

『言ったぁぁぁ! 中国の鈴選手、言いました!』

 

 この子も織斑の事好きなのか。ていうか再会して即言うとかツンデレの鑑かよ……。ありがたや、ありがたや。

 

「わ、分かってるよ」

 

 ……あれ? 気のせいか? 何か若干織斑が気落ちしたような……。

 

「い、一夏? い、今のはその……」

「おい」

 

 それは凰も気付いたらしく、声を掛けるも背後からタイムアップを知らせる一声。

 授業開始を知らせる役としてはある意味でこれ以上適した人はいない。その証拠にクラスメイトはそそくさと自分の席へと戻っていく。立ち尽くす一夏と箒を除いて。

 

「何――――ひぃ!?」

「凰、さっさとクラスに戻れ。二度は言わんぞ」

「は、はいっ!」

「織斑、篠ノ之も席に着け」

「「はい」」

 

 突然やってきた凰も織斑先生には敵わないようだ。脱兎の如く逃げ出した凰を織斑が、そしてその織斑を箒が寂しそうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《あなたに楽しい一時をお届け!》

 《ISがくえーん、レーイディオー!》

『見たい、聴きたい、歌いタイ!』

 

 やたら語呂がいいけど、何のキャッチフレーズなんだそれ?

 

 お昼時の食堂に響く陽気な声はこの学園の、食事時のみに放送されているラジオ番組だ。

 基本的にスタッフも有志の学生でやっているというもので、音楽を流したり、お便りを読んだりしている。

 

 《まずはお便りのコーナーから! このコーナーではリスナーさんのお話何でも聞いちゃいます! 二年生、三年生は勿論。今年入ったばかりの一年生も遠慮せず送ってきてね!》

 《じゃあ早速読んでいきましょう! ラジオネーム、あっ間違えた。レイディオネーム!》

 《相変わらず発音いいなー》

 

 テンション高いなぁ。

 

 まぁ俺がこうしてラジオに意識を向けているのには訳がある。少しだけ意識を目の前に向けると

 

「私は篠ノ之箒だ。箒と呼んでくれ。よろしく頼む」

「私は凰鈴音。鈴でいいわよ」

「……負けん」

「……絶対勝つ」

「何の話だ?」

 

 食事始める前から織斑を巡って既に火花散らしてる件について。しかもやはり織斑は分かっていない。箒だけでなく、凰も一夏の事が好きなのに。

 分かってしまった俺からすれば、笑顔を浮かべながら箒と凰がやりあっている様は非常に胃にくるものがある。何故こんな時に限って日替わりがハンバーグなんだ。

 

『伯邑考……』

 

 おう、トラウマやめろ。

 

「どうしましょうか」

「私達お邪魔虫みたい……」

「……ここは俺だけでいい。あっちに席が空いて――――」

「「いや(です)」」

 

 一緒のテーブルに座るセシリアと簪の言う通り、これは困った状況である。居づらくてしょうがない。

 しかし、箒に手伝いをすると言った手前やめる事は出来ないが、二人を無理に手伝わせる必要もなかった。言ったらあっさり拒否されたけど。何でやねん。

 

「ふーん……」

「……何だ?」

 

 いつの間にか話を終えて凰が俺をじっと見ていた。品定めでもするように。気になって声を掛けても、ひたすら見ているだけ。

 漸く口を開いたかと思えばニカッと笑い、少なくとも俺には良く分からない事を口にした。

 

「噂ってのも当てになんないもんねぇ」

「……?」

「あんた、何となく一夏とおんなじ感じがするわ」

 

 俺が織斑と? 全然違うだろ。

 あいつ俺と違ってイケメンだし、リア充だし……くそっ、虚しくなってきた。

 

「はぁ、何で一夏にコンプレックス持ってんのよ」

「へ? 春人が? 俺に?」

「「「???」」」

『えっ、凄い……凄くない?』

 

 下らないと言いたげな凰の確信を突いた言葉にドキリとさせられた。

 引き合いに出された織斑は勿論、このテーブルに座っている他の皆が何を言っているのか分からないと首を傾げる。

 

 な、何だ? この子、布仏以上に正確に心を読んできたぞ?

 

「そうなんですの?」

「…………別にそんな事はない」

「らしいけど……鈴、本当か?」

「ま、そういう事にしとくわ」

 

 こちらが否定しても凰には全てがお見通しだと丼を持ち上げてラーメンのスープを飲む。

 ある程度飲んだところで丼を置いた。

 

「さっきも言ったけど、私の事は鈴でいいわ。春人って呼んでいい?」

「……それでいい。よろしく頼む、鈴」

「よろしく、春人」

「なぁ、そういえば何で俺だけまだ苗字で呼ばれてるんだ?」

「……さぁな」

「誤魔化さないでそろそろ名前で呼んでくれよ……」

 

 極々簡単に紹介を済ませると、今度は織斑が俺に話し掛けてきた。未だに苗字で呼ばれてるのが気になるらしい。何だかんだで一月経つし、当然と言えば当然か。

 

 いや、それにしても本当に何でなんだろう。自分の事だが見当もつかん。

 

「鈴は分かる?」

「ん? 何で一夏の事名前で呼ばないの?」

「……何でだろうな」

「んー……」

 

 簪が先程的確に心を読んできたと思われる鈴に訊ねる。ラーメンを食べる手を止めて問い掛ける鈴。

 やはりこんなに見られるのはちょっと苦手だなとか考えた瞬間、鈴は視線を外してまたラーメンを食べ始めた。

 それが分かったのだと判断した織斑が早速答えを聞こうとする。

 

「わ、分かったのか?」

「分かんない」

「そうか。まぁ……仕方ないな」

 

 あっけらかんと言い放つ鈴。残念そうに呟いた箒にああ、と声を漏らし補足が始まった。

 

「違う、違う。こいつ自身が分かってないから分かんないのよ」

「どういう事だ?」

「そのまんまよ。少なくとも態とやってる訳じゃないみたい」

 

 えっ、完璧じゃん。完璧に俺の心読んでるじゃん。こわっ。これが中国四千年の歴史ですか?

 

 鈴の読心術にどきまぎしながら食事を終えた。織斑巡っての三角関係で波乱が起きそうです。

 

 

 



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20話

 放課後開催の織斑との特訓を近距離担当と遠距離担当に任せて、俺は昨日やらなかった整備をするため整備室へ。

 合計で四十秒間リミット解除していたため、整備にはそれなりの時間が掛かるだろう。

 

『春人、春人。実は虚にお願いがあるんだけど』

 

 ほう……実は俺も布仏先輩にやって欲しい事があるんだ。まぁいい、先にミコトから言っていいぞ。

 

『うん! あのね、あのね! ラファールに尻尾付けよ!』

 

 鼻息荒く興奮した様子で提案してきた内容は中々とんでもないもの。

 ラファールに尻尾。そう聞いてまず浮かんだのはとある狼の王様の名を冠する機体。最後は惨たらしく殺されたものの、それまでは無双していたから良く覚えている。

 

 それが俺のラファールに付けるとなれば、ISの操縦もやって、尻尾も動かすようになる。

 ……うん、扱いきれる自信がない。やっぱすげぇよミカは。初陣で完全に使いこなしてるんだもん。度胸もあるし、嫁さんからハーレム許されるし。

 

『私がサポートするから! でもね、本当にやりたいのはそうじゃないの! ふんすふんす!』

 

 口でふんすふんす言うとかあざといな、さすがミコトちゃんあざとい。

 

『本当にやりたいのは右足にその尻尾を巻き付けて飛び蹴りなのです! 蹴ると同時に尻尾で突くのです!』

 

 いや、IS相手に飛び蹴りって難しくない?

 牽制する武器すらないのに。ていうか何で尻尾巻きつけるの?

 

『だって、ただ蹴るよりその方がカッコいいでしょ?』

 

 オッケー……言葉でなく、心で理解した。まぁダメ元で虚さんに言ってみよう。言うだけはタダってね。

 

『で、春人のお願いは何?』

 

 よくぞ聞いてくれた。まぁ俺のはミコトみたいに意味あるような事じゃないんだ。ぶっちゃけると言っても断られると思う。

 

『そうなの?』

 

 だってリミット解除して装甲が展開された後、最後に口全体を覆うマスクが展開されるギミックが欲しいだけだからな。意味ないだろ?

 

『ああ、クウラ最終形態みたいな感じね。分かる分かる』

 

 お前分かるのかよ……。もうホント好き。

 

『ん、んんんっ!! 私も好きっ!!』

 

 えっ、何その反応。何で早口だったの? んんんっ!! って何?

 

 そんな会話を相棒としていれば整備室に着いた。扉を通れば穏やかな雰囲気から一転、どたばたと慌ただしく、騒がしいものへと変わる。

 当然だ、IS学園にあるISは全てここで整備しているのだから。更に三年生が企業就職へ向けて作った新装備とかもここで見ているらしい。

 

「あら、櫻井くん。いらっしゃい」

「……いつもお世話になってます」

「い、いえいえ」

 

 慌ただしさに呆けていると先に来ていた布仏先輩から声を掛けられる。

 正直な話、この状況で当てもなく探し回るのは中々骨が折れるから助かった。

 

「それで連絡してきたのはラファールの整備で?」

「……はい。今からお願い出来ますか?」

「大丈夫よ。まだそんなに忙しい訳じゃないから他の子も手伝ってくれると思うし」

 

 ちょっと待っててと言って他の三年生と話に行ってしまった。

 

 これで忙しくないとかどんだけ……。少しブラックなところが見えてしまった気がする。

 

『おお、でもかなり優秀なチームが空いてたみたいだね』

 

 早速空いてる整備班が見つかったようで、布仏先輩が談笑しながらこちらへ近付いてくる。若干苦笑いなのは気のせいか。

 そしてその面々についてミコトは知っているらしい。

 

『お世話になってたからね。リュウキ達はこの学園では最高クラスの整備班だよ。ちなみに今虚と話してるのがリュウキね』

 

 どう見ても女の子なのにリュウキって名前なのか……。ま、まぁいいか。

 

 ぞろぞろと引き連れて戻ってきた布仏先輩。リュウキさんを紹介するように手を広げて口を開いた。

 

「櫻井くん、この人達が手伝ってくれるわ」

「私は悠木真よろしくっ」

「…………こちらこそよろしくお願いします」

 

 悠木じゃねぇか、ちくしょう。動揺しちまったよ。

 

「じゃあ、悠木悪いけど早速やりましょう」

「任せて。皆せいれーつ!」

『あっ、始まるよ!』

 

 悠木さんの号令により集まった整備班が横並びに立つ。慣れているらしく、並ぶのに時間も掛からなかったし、並ぶ姿も綺麗だ。

 ただミコトがこれから行われる事をやたら楽しみにしているのが気になる。

 

「櫻井くん、私達も準備始めましょう」

「……いいんですか? 参加しなくても」

 

 ちらりと目をやるとモチベーションを上げるためか、演説みたいなのが始まった。内容は今日は早く終わらせてデザートを食べようというもの。女の子らしい極々ありきたりなことだった。

 

「いいの。あのチーム、凄く優秀なんだけどちょっと独特というか……」

「……そうなんですか?」

「ええ、まぁ。見てれば分かるわ」

 

 言われて再び目を向ければ演説も佳境に入ったらしく、最大限盛り上がっていた。

 

「デザートという明日への活力を得るためにも、まずはこの戦場を戦い抜きましょう!」

「「「『おー!』」」」

「じゃあ、いつもの締め行くよー! せーの――――!」

 

 いや、待て。何でミコトも参加してるんだ。

 しかし、そんな事もどうでも良くなるような事を言い出した。当分頭に残るような、締めの言葉を。

 

「戦わなければ!」

「「「『生き残れない!』」」」

「ね? 分かったでしょ?」

「…………はい」

 

 えぇ……何それぇ。普通にファイト、オー! とかで良くない?

 

 物凄く物騒な掛け声で締めくくり、作業に入っていく悠木先輩達。本当に大丈夫なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確かに布仏先輩やミコトの言う通りだった。あの人達と途中から来た布仏が加わった事により、いつもより遥かに早く終わった。

 人数が増えたからとかだけではない。皆が皆、やるべき事をちゃんと理解して的確にかつ、手早く終えていったのだ。その様は圧巻の一言。そんな中に入っても意外と見劣りしなかった布仏は何者なんだ。

 

『本音はラファールの改造にも加わってたからね』

 

 普段のほほんとしてるのになぁ。人を見掛けで判断してはいけない良い例なのかもしれない。

 

 さて、早く整備が終わったと言っても既に今日の織斑の訓練は終わっていた。元々今日は無理だとは思っていたから行けないと言ってて正解だったな。

 訓練も終わっていたとなれば特にする事もないので部屋へ戻る事に。

 

「……簪、入ってもいいか?」

 

 簪が着替えている可能性もあるのでノックするといつものように返事ではなく、代わりに扉が開かれる。

 そこには簪ではなく、更識会長が。仲直りしてから頻繁に遊びに来るようになったが、今日も来ていたらしい。

 楽しそうに笑みを浮かべる口を扇子で隠し、ウィンク一つしてから出迎えてくれた。

 

「おかえりなさい! ご飯にします? ライスにします? それとも、お、こ、め?」

「…………ご飯でお願いします」

『じゃあ私はライスでご飯を食べちゃうぞー』

 

 ちくしょう、選択肢三つあるようで一つしかない……!

 

「おかえり、春人」

「……簪、ただいま」

「うん、おかえりっ」

「…………」

 

 遅れてやってきた簪がもう一度おかえりと言うと微笑む。こんなやり取りが嬉しくてしょうがないのだと精一杯伝えてくれる。

 どう応えればいいか分からずに困った風に頭を掻いていると、簪は先に部屋の中に入っていき、それまで黙って見ていた更識会長が小さく唸り声をあげた。

 

「うぅぅぅ……春人くんばっかりずるい……!」

「……すみません」

「私だって簪ちゃんにあんな風に出迎えてほしいもん!」

 

 そう言われてもなぁ。特に何かしてる訳じゃないし、どうしたらいいもんかね?

 

「……ふむ」

「嫌味っぽくしちゃって……!」

「……いや、別にそんな事は」

 

 顎に手を当てて考えているとどうやら嫌味ったらしく見えたらしい。

 弁解しようとするも拳を振りかぶって飛び掛かる更識会長は止められそうにもなかった。

 

「楯無パン――――!!」

「春人? お姉ちゃん?」

「っ!?」

 

 楯無パンチが俺に炸裂する寸前、部屋に入ってこない俺達を不審に思った簪が奥からひょっこり顔を覗かせて呼び掛ける。

 するとまるで止められそうにもなかった更識会長が自ら拳を止めるも、飛び掛かる勢いだけはやはり止まりそうにない。

 

「よ、っと」

「は、う、え……!?」

 

 避けると悲惨な事になりそうだったので正面から受け止めると、更識会長がみるみる赤くなっていく。 直ぐに離れるも、簡単には治りそうにもない。

 それもそうだ。途中まで振りかぶった腕と合わせて情熱的な感じに抱き着いてるみたいになっていた。その恥ずかしさたるや凄まじいものがあるだろう。

 

「春人……?」

「ごめんなさい、悪かったです、すみませんでした、許してください」

「はわわ……!」

 

 すみません、すみません。本当に僕がいけなかったので、瞬きひとつしないでじっと見るのはやめてください。

 まさか帰って来て早々に土下座する事になるとは思わなかったぜ……。ていうか、はわわって言ってる人初めて見た。

 

「あんた何で土下座してんの……?」

「……鈴か」

「へぇー。顔も見ないで良く分かるわね」

「……まぁ、な」

 

 偶々通りがかったのか、鈴が呆れがちに訊いてくる。顔も見ないで誰か判断出来た事に驚いていたが、あまり誇れるものではない。

 声だけで声優さんが誰なのか分かるというダメ絶対音感のおかげなのだから。

 

「……何か感心して損した気がするわ」

「……だろうな」

『やす鈴』

 

 やっぱすげぇよ鈴はを略すんじゃない。

 でも本当に凄いな、何でそんなに分かるんだろ?

 

「なぁんか言いたそうね。でも先にちょっと話したい事あるんだけどいい?」

「……構わない」

「何の話するの……?」

 

 何を疑っているのやら、まだちょっと怒っている様子の簪様が何を話すのかと追及してくる。

 

「ああ、別に簪の心配するような話じゃないわよ」

「本当に?」

「んー、疑われるのも嫌だし一緒に聞いてもらおうかしら。いい?」

「うん、どうぞ」

 

 そうして何やら話がある鈴を部屋に入れる事に。さっきの話し方からするにどうやら俺に用があるみたいだがなんだろうか。と、その前に。

 

「……更識会長、入りましょう」

「……はっ! え、ええ、そうね! そうしましょう!」

 

 未だ固まっていた更識会長に話し掛けると漸く稼働したようで、そそくさと部屋に入っていく。

 

 鈴は簪のベッドに腰掛けたので、真向かいの俺のベッドに腰掛けると何故か簪もこちらに座ってくる。しかもピッタリくっついている。気になってしょうがない。

 

「むぅ……!」

 

 更識会長、睨み付けるのはやめてください。俺からしてる訳じゃないので。

 

「えっと、話してもいい?」

「……ああ」

 

 真向かいに座った更識会長からの視線に耐えていると鈴が切り開いてくれた。俺としてもこの状況はどうにかしたかったので願ったり叶ったりだ。

 

「じ、実は――――」

 

 そうして話し出されたのは結構今更な事だった。要約すると鈴は織斑が好きで、恋人になりたいと。しかし、ツンデレな性格が災いして中々進展出来ない。

 

「さっきも昔の約束で一夏に嘘吐いちゃったし……」

「昔の約束って?」

「あの、その……」

 

 すっかり復活した更識会長が話を引き出していく。実に慣れたものだった。

 昔の約束について聞かれると鈴はもじもじとてぽつりぽつりと話し出す。

 

「前に日本にいた時に親が中華料理屋やってて……一夏が結構食べに来てくれて……」

「結構ってどれくらい?」

「ほぼ毎日。少なくて週五くらいだったと思います」

「あ、ああ、そうなんだ」

 

 いや、多いな。バイトじゃないんだぞ。更識会長もリアクションに困ってるじゃん。織斑も結構分かりやすいな。

 

「で、そんなに来てくれるから一夏に酢豚で良ければ毎日作ってあげるって……」

「それってもしかして毎日味噌汁を作ってあげるって的な意味で?」

「……………」

「「あー……」」

「…………そうか」

 

 はっきりと言葉に出されて恥ずかしそうに俯く鈴。それでも頷いて肯定する姿に更識会長と簪が何とも言えない声が出る。

 

 分かり辛くてしょうがないよ! そんなん今時日本人でも言わないよ! 鈍感の織斑が分かる訳……ん?

 

「……さっき嘘吐いたと言ったが、つまり織斑はちゃんと理解していたのか?」

「春人、それは多分無理」

「幾ら何でも……ねぇ?」

「う、うん。ちゃんと分かってた」

「えぇ!?」

「嘘……」

 

 まずい事になってきた。薄々気付いてはいたが、どうやら織斑は完全に鈴の事が好きなようだ。箒応援委員会会長としてはこれはまずい。

 

「……何て言ったんだ?」

「ただ料理が上手くなりたかっただけだって。誰かに食べて貰った方が美味しくなるから……」

「……織斑の反応は?」

「えっと、そうだよなって笑ってた……」

「……そうか」

 

 きっと織斑は今朝みたいな反応をしていたんだと思う。落ち込んだのを無理矢理隠すような、そんな笑いだったんだ。

 多分鈴もそれに気付いててこうして落ち込んで――――。

 

「私、多分一夏に嫌われてる……」

「「「『えっ』」」」

「な、何よ?」

 

 しょんぼりと俯いていた鈴だったが、俺達が声を合わせて驚いた事に思わず顔をあげて三人を見る。

 

 ステイステイ、どういう事?

 

「何でそう思ったの?」

「だって一夏に酷い事ばっかり言ってるし……最初の頃はフランクだったのに今は何か緊張してるし。まぁ、それは私もなんだけど……」

 

 自分が今まで何を言ったのかを思い出して再び落ち込む。

 

『この名探偵ミコトちゃんの推理では、一夏も鈴の事好きだから緊張してると思うんですけど』

 

 それ正解だわ。さすが名探偵だぜ。

 ていうか、得意の読心術はどうしたんだよ。

 

「……織斑が何を考えているのかは分からないのか?」

「多分悪く思ってないくらいとしか……でもこればっかりは私の勘も自信ないのよ……」

 

 読心術だと思ったら酷く曖昧なものだった件について。でもそれで俺の考えを的確に当ててきたんだから馬鹿には出来ない。

 

「だからお願い! 私と一夏の仲を取り持って欲しいの!」

『出ました、春人のブロックワード』

 

 お願いやめて、それ言われると……はっ! おね、がい……?

 

『自ら言っていくぅ!』

 

 だが、真面目に考えると困ったなこれ。

 箒に応援すると言ったが、鈴も応援して欲しい。しかし、願いが叶うのはどちらか一人のみ。どうしたらいいんだ。

 事情を知っている簪と更識会長も目でどうするのかと訊いてきている。

 

『まぁ、真面目に答えると箒に相談してオッケー出たらでいいんじゃない?』

 

 そうだな、俺一人の話ではないからな。箒に相談してダメだったらダメで行こう。

 

『でもこのままだと箒負けるよ……?』

 

 何だ、知らないのか。ギャンブルの醍醐味は最後に一発大逆転だぜ。

 

『それ逆転出来ない人が言う台詞ですよね』

 

 うっせ。

 

 とりあえず話は纏まった。

 考えると言ってこの場は収めて、箒にもこの話を聞かせる。その上でどうするかを決めよう。

 

「……時間も時間だ。明日答えを出す」

「分かった……。良い返事期待してるから」

「ま、どっちにしてもおねーさんにも相談なさい。きっと力にはなれるわ」

 

 そう簡単には決められないと分かってくれたようで、あっさりと鈴は引き下がる。

 就寝時間が迫ってきたのもあって更識会長もいなくなる。あっという間にこの部屋には俺と簪だけとなった。

 

『ふわぁ……私にしては結構遅くまで起きてたなぁ……もう寝るね』

 

 ああ、お休み。良い夢を。

 

「賑やかだったね」

「……そうだな」

 

 ミコトが寝て余計に静かになったが、やはりピッタリとくっついたまま簪は話し掛けてくる。全然離れそうにないし、離れてもまた元通りになる。

 

「……もう寝る時間だぞ?」

「ま、まだ寝ない」

「……何かあるのか?」

 

 就寝時間を過ぎて明かりを消そうとも離れようともしない。さすがに不思議に思って訊ねれば、簡単に分かった。

 

「今日はその……深夜放送のアニメがあるから……」

「……そうか」

「櫻井、更識、うるさいぞ。静かに寝てろ」

 

 近くに織斑先生がいる事が分かっていたから小声で話していたが、ノックされて扉越しに注意される。聞こえていたみたいだ。

 

「……すみません」

「すみません」

 

 相手は先生だ。しかも織斑先生となれば逆らうのはおかしいというよりも命知らずでしかない。

 二人で素直に謝って、鬼が過ぎ行くのを待ってからゆっくりと顔を見合わせた。

 

「怒られちゃったね……」

「……そうだな。でもアニメ見るんだろう?」

「一緒に見てくれる?」

「……簪だけを不良にはさせないさ」

「うんっ」

 

 嬉しそうに頷くと俺のベッドで肩を寄せ合いながらその時間まで待つ事にした。離れても直ぐにくっつかれるからね。

 

「あっ、春人」

「……ん? 何――――」

 

 裾を引っ張られて呼ばれたので振り向いてみれば、簪は立てた人差し指を口に当てて、まるで子供に言い聞かせるようにこう言った。

 

「しー……だよ?」

「えっ――――」

『うぅん……? 何でアラーム鳴って――――うわぁぁぁ!? 春人なんで死にそうなの!?』

 

 何ていうか、心が浄化されたようなそんな清々しい気分だ。最後に良いものが見れた気がする。天使はやっぱり天使だったんや。

 

『何々、どういう事!?』

「は、春人? 大丈夫?」

 

 近くにいるのに二人の声が遠くから聞こえる。それが不思議だったが、感じる心地好さに次第にどうでも良くなっていく。

 

「おい、うるさいと――――何だこれは」

「お、織斑先生! 急に春人が胸を抑えて……!」

「櫻井が? どうした、返事をしろ」

 

 騒ぎを聞きつけて部屋に入ってきた織斑先生が声を掛けてくる。何とか俺は大丈夫だと応えなくてはいけない。

 

「……大丈夫だよ、遠坂。俺もこれから頑張っていくから」

『それ大丈夫じゃないやつだよ!! あと色々台無しだよ!!』

「遠坂って誰だ。おい、遠坂って誰だ!? 変な幻覚を見るな!」

「え、え? 春人!?」

 

 その後、何とか復活したあと聞いた話では部屋に入ってきた織斑先生も困惑するほどだったらしい。とてもじゃないがアニメなんて見る空気じゃなかった。

 

「……そういえばどんなアニメを見るつもりだったんだ?」

「ショタが好きすぎる人が転生して自らがショタになる話」

 

 何だその業が深すぎるアニメは……。



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21話

 天使簪によって浄化されかけた俺だったが、翌日は何も問題なく行動出来ていた。

 リアルガチでこの世からセイグッバイしそうな感じだったが、現状然したる問題もない。頑丈な身体で生まれた事に感謝しよう。

 

 天使は本当に汚れた人間を浄化出来るんだな。知らなかったぜ。

 

『浄化してあげるわ! 神技、エーテルストライク!』

 

 あれ浄化っていうか消滅じゃん。しかも天使じゃないじゃん。女神じゃん。じゃんじゃん?

 

『神奈川弁じゃん?』

 

 さてさて、俺達がこうしているのも朝から箒を屋上に呼び出していて、ひたすら待つのが退屈だからだ。呼び出した理由は昨日受けた鈴のお願いをどうするかについて。

 鈴に返事しなくてはいけないから早めに聞いておきたかったのだ。箒も考える時間が欲しいだろうしね。

 

 そうして暫く空を眺めて待っていると待ち人がやってくる。

 

「おはよう、朝から呼び出してどうしたんだ?」

「……ああ、おはよう。少し、相談したい事がある」

「相談したい事……?」

 

 俺の言葉に嫌な予感がしたんだろう、少し警戒しながらも箒は話を聞いてくれた。

 状況は鈴が圧倒的有利で、ほぼ間違いなく織斑と両想いだという事。その鈴から箒と同じようにバックアップして欲しいとお願いされた事。

 どうやら箒も織斑と鈴の関係は察していたようで大してショックは受けていないようだった。誰よりも織斑の近くにいたのだから気付いてて当然か。

 

「……箒はどうしたらいいと思う?」

「私が嫌だと言ったら、鈴を支援するなと言ったらどうするんだ?」

「……断るかもしれないな」

「そのまま正直に言ってか」

 

 本題である鈴の支援をどうするかについて訊くと、逆に箒から質問された。何とも厳しい目線付きで。箒は美人だから睨むと迫力が凄い。やめてくだしあ。

 

 でもまぁ、普通はそうなるよな。手伝うと言ったのにこれから真逆の事をしようとしているんだから。でも勘違いしてもらっては困るな。

 

「……それは俺が決めた事だから箒を理由にするつもりはない」

「なら何故私に聞いてきた?」

「……あくまで意見を聞いただけだ。そこからどう答えを出すのかは俺の役目で、出した答えは俺の責任だろう」

 

 まぁ、そもそも箒一人にしか聞くつもりないんだけど。そこは聞かれてないから言うつもりはない。

 

「そんなの屁理屈ではないか……」

「……嫌いか?」

「私はあまり好きではない」

「……今度からは気を付ける」

 

 おどけるように言うと、箒の不機嫌さを表していたつり上がっている目が申し訳なさそうに下がっていく。

 やがて言い辛そうに口を開いた。

 

「すまない……。苛立ちをぶつけてしまった……」

 

 俯く箒の姿はいつもよりずっと小さく見えた。昨日鈴に対抗してみせたし、今も俺から言われても表面上動揺を見せなかったが、内心ぐちゃぐちゃにかき乱されていたんだろう。

 

 こればっかりは仕方ない。離ればなれになってもずっと好きだった男には好きな人がいたんだ。しかも相手と両想い。荒れるなという方が難しい。

 

「……気にするな。俺は気にしない」

「私が気にするんだ……幻滅しただろう? これが本当の私だ。自分のために平気で相手を傷付けてしまえる……そんな女なんだ……。一夏と釣り合うはずがない」

 

 俯いたまま震える声で話す箒は普段の凛とした姿からは想像も出来ないくらい、酷く弱々しい。

 

 困ったな。こういう時慰めるのは織斑くんだと思うんですけどね。慣れてないし。ていうか苦手だし。

 でもかといって何もしない訳にもいかないだろう。常識的に考えて。

 

「……俺は箒と会って一ヶ月も経っていない」

「ああ……」

「……だから良く分からないが、お前がそう言うのならそうなんだろう」

「そう、だな……」

『おっと、春人さん? 絶版キックされたいのかな?』

 

 あ、やべぇ。箒さんがドンドン落ち込んでらっしゃる。これはなまらまずい。このままだとミコトちゃんからお説教されちゃう。ていうか絶版キックってなんだ。

 

「でも好きな人に振り向いて欲しくて一生懸命頑張ってる箒も本当の箒だと思う」

「えっ……?」

 

 テンパってやや早口に言った俺の言葉をちゃんと聞いてくれたらしく、漸く見せた箒の顔は目を丸くさせて驚いていた。

 

 確かにさっきのも本当の箒なんだろうけど、なら織斑と一緒に昼食を取りたくて悩んでいたのとか、織斑の傍で笑っていた箒は一体何なのかと。

 そんなぽっと出よりも、今までこの目で見てきた方が本物だと思う訳で。

 

「……お前は気にしすぎだ。そんな事を言ったら鈴だって織斑に酷い事を言っているようだぞ?」

「そ、そうなのか?」

「……鈴自身が言っていた」

 

 まぁ昨日の様子を見るに鈴もその度に自己嫌悪に陥ってるっぽいけど。だからツンデレレベル的にはほぼ互角なんだよね。

 

「でも……そんな私では一夏とは……」

 

 これだけ言っても箒は踏ん切りがつかないようで、まだ渋っている様子だ。それでも最初の俯いていた時に比べれば遥かにましか。

 あと一押しのようだが……仕方ない。あまりこの手は使いたくなかったが。

 

「……なら大人しく身を引くか? あっさりと」

「むぐっ!?」

「……織斑との関係を諦めるんだな? そんな簡単に」

「むぐぐっ……!!」

 

 余計な一言を交えつつ、淡々と言葉にして確認していくとやはり諦められないのか、沈んでいた表情も負けるものかと引き締まっていく。

 

「……それなら俺は鈴を応援するだけだ」

「ひ、引かない!」

「……そうか」

『チョロい』

 

 チョロい。

 

 箒から諦めないと宣言を聞けば、随分遠回りをしたが本題へと移る。鈴の協力要請をどうするかだ。

 

「鈴もお願いしていいか?」

「……いいのか?」

「私は勝負するなら、正々堂々と戦いたい」

「……分かった」

 

 勝っても負けても後腐れなく。そう言っているようにも聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後のアリーナ。昨日は整備で戦えなかったからと、織斑が俺に勝負を挑んできた。

 ちょうど良かったと箒と昨日から参加していたらしい鈴にその役目を押し付けようとしたが、俺の提案は却下。仕方ないので二人には休憩時間に活躍してもらうとしよう。

 

「すぁあっ!!」

「うおおお!?」

 

 という訳でさっさと休憩時間に入るべく、気合いの掛け声と共に『葵・改』を振り回す。かつてない積極性を見せる俺に織斑はたじたじ。

 

「な、何でこいつさっきからおんなじ攻撃しかしてこないんだ!? あぶねぇ!?」

 

 今織斑が言ったように、俺はさっきから避けられようが、防がれようが、横凪ぎという全く同じ攻撃しか繰り出していない。

 意地でもこれを当ててやるという気迫と気概を見せていた。

 

『蛮族していくぅ!』

 

 横格だ。とにかく横格で擦れ! 基本的に判定とか強いし! ガンダムハンマーとか理不尽極まりないし! スーパーアーマー? 三発殴ってぶっ壊せ!

 

「く、くそっ!」

「甘い!!」

 

 ずっと攻められているからか、焦って破れかぶれのような一撃が振り下ろされるが、そんなのに当たってやるほど俺は優しくない。

 横に僅かにずれるだけで簡単に避けられてしまう。そして始まる横凪ぎの嵐。当たるまで決して止む事のない嵐が再び織斑に襲い掛かった。

 

「うおおおっ!!」

 

 蛮族ぅぅぅ!!

 

『蛮族ぅー!』

 

 ミコトと二人して何か妙に盛り上がっていると漸くその時は来た。

 

「シッ!」

「しまっ!? ぐぁっ!」

 

 幾度振り続けただろうか。何度目になるか分からない横凪ぎが疎かになった防御をすり抜けて織斑を切り裂いた。

 苦悶の声をあげる織斑に続けて与えるべく、今日初めて横凪ぎ以外の攻撃を見せる。

 

『これはー? ブッパではないー? これはー? 人類が生きるためのー?』

 

 覚醒技煽るのやめろ!

 

「はぁっ!」

「ぐっ! んのぉ!!」

「ちぃっ!」

 

 そんな煽りを無視して戦い、白式のシールドエネルギーを着実に減らしていく。織斑も負けじと刀を振るってくる。

 攻撃は最大の防御であると言わんばかりに攻めまくるが、どうやら相方はご不満らしい。未だに煽ってくる。

 

『今日の私はー? 阿修羅すらー? 凌駕するー? 存在ー?』

 

 ああ、くそっ! しょうがないからその期待に応えるよ!

 

「我は渇いたり!」

「っ!?」

 

 突然斬り合いをやめて、刀を両手で持ち、胸の前で構えて何か言い出した俺に織斑も何事かと一瞬動きが止まった。

 

「EH-Y-YA-YA-YAHAAH-E'YAYAYAAAaaa!!」

「がっ!?」

 

 その隙を逃さず、二度、三度と斬り付けていく。唐竹、横凪ぎ、逆袈裟と。

 

「我が絶望と羨望と渇望を知れ!!」

 

 最後に大きく振りかぶって縦一閃。勢いそのままに地面まで着地すれば、決着は着いたと右手に持っていた刀を横に振り払うようにして量子化。

 そして締めの一言。実はミコトも知っていたようで、二人の声が重なる。

 

「『咲き乱れよ、悪の華』」

「が、は……!」

 

 やった……やりきったぞ……。引き換えにとても大事なものを失った気がするが。やっぱテンションに身を任せてはいけないんだなって思いました。

 

 早期決着だったがプレッシャーを与えて疲労させるのには成功したようで、地上に降りた織斑は肩で息をしている。

 

「お、お前……最初と最後のはなんだったんだよ……」

「……さぁな」

「ちくしょう、またそれかよ……」

 

 強いて言えばテンションに身を任せた結果とただのゴリ押しだ。擦って倒したってだけのな。

 

『グッドファイティン! グゥゥゥッドファイティン!!』

 

 相方もこう言ってくれてるし、成果としては上々だろう。短かったが、その分濃い時間を過ごせたと思いたい。

 さてさて、ここからがある意味本番だ。

 

「……織斑、喉が乾いてないか? 汗も拭きたいだろう?」

「え? ああ、まぁそうだな」

 

 その言葉を聞くと、ちらりと遠くで待ち構えていた箒と鈴に目配せをする。僅かに頷いてタオルと飲み物を取りに行った。

 ただその際、気のせいじゃなければ若干鈴が怒っていたような気がしないでもない。心当たりは充分過ぎるほどにあるんだけれども。

 謎の答えを突き付けるために二人と別れたセシリアが近寄ってきた。

 

「春人さん、幾ら何でもやり過ぎです。あれでは鈴さんも怒りますわ」

「……そうだな」

『ご、ごめんね春人』

 

 俺がやった事だ。気にすんな。さて、俺もやる事をしよう。

 

 先の戦闘でエネルギーもほぼ空になった白式の補給もしなくてはいけない。機材を取ってくるべく、俺もこの場から離れようとした時だ。道を塞ぐようにセシリアに手で制された。

 

「動いたばかりですし、春人さんもお休みください。補給機材でしたらわたくしが取ってきますわ」

「……いや、しかし」

 

 しかし、そもそもそうしたのは俺なのだから俺が取りに行くのは当たり前の事。見ていただけのセシリアが俺の尻拭いをするのはおかしな話だ。

 難色を示す俺にセシリアは怒ったような顔で俺に言い聞かせてくる。

 

「ダメです。取ってくるよりも先に、春人さんは一夏さんにまず言わなくてはいけない事があるのではなくて?」

「…………そうだな」

「では二人でお待ちになっててください。ちゃんと言うんですのよ?」

「……分かってる」

 

 そう言って機材を取りに行こうとするセシリア。

 

「……セシリア」

「はい?」

 

 つい呼び止めてしまった。後でいいと言われるような気もするが、どうしても今この瞬間に言っておきたかったんだ。

 

「ありがとう」

「――――それでしたら今度デートにでも誘ってくださいな」

 

 目を見開いて驚いていたみたいだが、直ぐに細めてくすくすと笑うと何とも凄い無茶振りを仕掛けてきた。

 

「……ぜ、善処する」

「はいっ。期待してます」

 

 そう言うとウィンク一つして、今度こそセシリアは機材を取りに行った。

 気付けばこの場に残されたのは男二人だけ。

 

「……織斑大丈夫か?」

「まぁ……正直かなりしんどい。やっぱ見栄は張るもんじゃないな」

 

 言うや否やその場に座り込んでしまう。疲労もそうだがダメージも相当らしい。

 箒か鈴か、或いはどちらにも大した事ないとカッコ付けたかったようだ。情報が漏れまいと、セシリアの前でもずっと耐えていた。

 

「……本当にすまなかった」

「別にいいって。何か考えがあってやったんだろ? 春人って言わないからそれが何か分かんないけどさ」

 

 そう付け加えると頭を下げている俺に織斑は無邪気に笑った。

 

 本当に何なんだろう、こいつは。まじで聖人か何かなのか。箒や鈴が惚れるのも分かる気がする。

 

「それよりもさ、どうすれば春人みたいに強くなれるんだ?」

 

 ――――えっ、何言ってんのこいつ。分かりそうだったのに一気に分かんなくなっちゃったよ。

 

「…………すまない、もう一回言ってくれ」

「どうすればお前みたいに強くなれるんだって」

 

 急に難聴になっちゃう病気かと思ったら耳は健康そのもの。ただ打ち所が悪かったらしく、織斑の頭がおかしくなっているようだ。

 

 あれだろ、所謂ギャグ補正的なやつで俺は勝ってるだけで、それを抜かれると途端に弱くなるやつだ。

 ゲットバッカーズの二人だってあれだけ強いのにヤのつく職業の人達には絶対勝てないからな。似たようなものだろ。

 

『いや、でもこれ一夏引き下がりそうにないよ』

 

 しょうがない、また筋トレの話をするしかないか。強くなるにはまず筋肉からだ。

 

『筋トレはセシリアと清香が言いふらしてるみたいだから知ってるよ』

 

 えぇ……? あれってそんなに言いふらすような話か?

 

 いつかセシリアに話した筋トレの話が広まっている事に困惑していると、織斑は手を合わせてきた。

 

「頼む。強くなりたいんだ、俺も強く……」

「…………分かった。教える」

「おお、サンキュー!」

『えっ、そんな簡単に言っちゃっていいの?』

 

 私に良い考えがある。数々の漫画やアニメを見てきたこの私に不可能はないと思いたい。

 

『願望じゃんよ……』

 

 まぁ、それは置いといてだ。こんなに必死に頼み込まれたら断れないよ。

 

 ISを格納して俺も地面に座り込むと強くなるための方法を話す。とっておきの方法を。

 

「……まずはその場で一番弱い考えを思い浮かべろ」

「弱い考え?」

「……一番楽な考えだ」

 

 聞き慣れない言葉に織斑は鸚鵡のように繰り返す。簡単に補足説明するとまた新しい疑問が浮かびあがったのか、首は傾げたままだ。

 

「普通こういう時って困難な方とか辛い事を考えるような気がするんだけど……」

「……人間、辛い事を考えようとすると限度があるが、楽な事なら限度なんてないからな」

「あー……まぁ、何となく分かるけどさ」

 

 多少は心当たりがあるんだろう、短く声を漏らすも、それでも何故そんな事をと納得はしていないようだった。まずは一度やらせてみよう。

 

「……目を瞑って言われた事を想像してみろ」

「? 分かった」

 

 言われた通り目を瞑る織斑。不思議そうにしているところへ、恐らくこいつが嫌がるであろう状況を伝えていく。

 

「……友達でも大切な人でもいい、今お前の目の前にはそいつがいる」

「お、おう」

 

 ……何でこいつ想像しただけで恥ずかしそうにしてるんだ。鈴が来てから途端に童貞臭くなったな。

 

『と、童貞が申しております』

 

 うっせ。俺の場合は態とだ。俺はこのまま魔法使いになるんだよ。世界の法則塗り替えてやんぜ。

 

 と、下らないやり取りもそこそこに、赤い顔で照れている織斑に気付かないふりして話を進める。

 

「……そいつが他の誰かにいじめられているとしよう」

「っ……!」

「……あくまでこれは想像だ。その時の織斑にとって一番楽な考えは、弱い考えはなんだ?」

 

 いじめられていると聞いてそれまでの浮かれていた雰囲気ががらりと変わる。

 怒り、不快、嫌悪。そんなごちゃ混ぜの感情を必死に抑えて、問い掛けた答えを吐き捨てた。想像するだけでも、口にするのも嫌なんだとこれでもかというほどに態度で伝えて。

 

「そいつを……見捨てる事だ……っ」

「……ああ、そうだな。俺もそれが正解だと思う」

『えっ、春人笑って……』

 

 不思議なもので、心底嫌そうにしている織斑を見て何だか嬉しかった。織斑のこの反応は想像していた通りなんだが、それが嬉しかったんだ。

 別に人が嫌がるのが好きな訳じゃない。そんな歪んだ性癖は持っていない。

 

「……なら、あとは簡単だ。その弱い考えに逆らえばいい」

「逆らう……?」

 

 そこまで話すと漸く織斑はゆっくり目を開けて、どういう事か訊ねるようにこちらを見てきた。

 

「……何があっても、誰が相手でも、どんな困難な状況でも弱い考えに逆らえ」

「そうすれば強くなれるのか?」

「……きっとな」

「いや、そこ曖昧なのかよ」

「……俺に保証されても嬉しくないだろう?」

 

 ジト目で睨んでくるのに対してそう返すと織斑は屈託のない笑みを浮かべた。

 

「そんな事ないって。もう少し自信持ってくれよ、師匠」

「…………誰が師匠だ」

「あははは、やっぱダメか」

 

 勘弁してくれ、俺にそんなのは似合わない。ていうか鈴もセシリアもそうだが、そもそも俺に相談するのが間違ってるんだ。いい加減誰か気付いてくれ。

 

 最近出来た新しい悩みに頭をフル回転させて考えていれば、織斑がさっきとは別の事を訊ねてきた。

 

「そういや春人って中学の時とか何して遊んでたんだ?」

「……基本的にインドア系だ」

 

 ラノベとか漫画とか読んだり、アニメ見てたり、ゲームとかですけど。あとはガンプラ作ったりとか。最近はアニメと漫画しか見てない。

 

「へー……あっ、カードゲームやってたか? 遊戯王とか」

「……遊戯王なら俺も持ってる」

「お! じゃあ今度家から持ってくるからやろうぜ!」

『おお! 良かったね春人』

「…………それは別にいいが、さっきから何だ?」

『えぇ……?』

 

 さっきから織斑が何をしたいのか分からない。さすがに遊ぼうと誘っているのは分かるが、何故相手が俺なのかとか色々ある。

 

「いや、何かずっとドタバタしてて、春人と遊んだ事なかったからさ」

「……箒とか鈴がいるだろう」

「俺は春人と遊びたいんだよ。もっと春人の事知りたいしな」

 

 即答だった。何故か織斑の中で箒や鈴よりも俺の方が優先順位が高いらしい。

 ここまで来ると何か裏があるのではと思いたくなってくる。

 

「……それだけか?」

「? おう」

「…………本当に珍しいやつだ」

「そうか? 友達と遊びたいとか、友達の事もっと知りたいとか普通だろ?」

 

 おう、その孤高である俺に突き刺さる台詞やめろ。そんなん知らんがな。

 

「一夏ぁー!」

「……来たか。まぁ対抗戦終わったらな」

「おう! 約束な!」

 

 とりあえずクラス対抗戦が終わったら織斑と遊ぶと約束したタイミングで箒と鈴が帰って来た。

 そのまま織斑の元へ向かうのかと思えば、二人の邪魔しては悪いと織斑から離れた俺の元へ。あれ?

 

「あんた、ふざけてないでもう少し加減を覚えなさいよ!」

「『す、すみません』」

 

 織斑に聞こえないように小声だったが、それでも鈴の怒声に身を竦めてしまう。

 一頻り怒ったあと、今度こそ鈴はタオルを持って織斑の元へと。そして何故かまだ何も言わない箒さんがここに残っている。

 

「……織斑のところに行かないのか?」

「今は鈴が行っているからな」

 

 二人に協力する時に決めた、お互いがお互いのアピールタイムの邪魔をしないという不可侵条約は守られているようだ。鈴の後に箒が行くらしい。

 

 

「それよりも一夏には謝ったのか?」

「……はい、謝りました」

「むぅ……」

 

 鈴に怒られていた影響か、地面に正座している俺に箒はいつものトーンで訊いてきた。

 正直怒っているかどうか分かりにくい。下を向いているせいで表情も見えないから余計だ。しかし、それも直ぐに箒の方へ向ける事になる。

 

「……っ?」

「ふふっ、驚いたか? こっちを見て話さないからだぞ」

「???」

 

 前屈みになって俺の頬へ冷たい飲み物を押し当てた箒は悪戯が成功したと楽しげ。とても怒っているように見えない。

 訳が分からず、そのまま素直に聞いてしまった。

 

「……怒ってないのか?」

「私の代わりに鈴が言ってくれたからな。また言うのも可哀想な話だろう。それにちゃんと謝ったんだろう? ならそれでいいではないか」

 

 そう言って手渡してきたのは俺の分の飲み物。それを受け取ると箒は更に続ける。空いた手で優しく俺の頭を撫でながら。

 

「春人にもそういう一面があっただけだ。お前の良いところは私も、一夏も、セシリアも分かっているから安心しろ。鈴もこれから分かるさ」

 

 だから安心しろと、言葉にはしてないが何度も何度も頭を撫でて伝えてくる。優しさが身に染みた。

 

「……そうか。ありがとう」

「ああ、どういたしまして」

 

 お礼を言われたのが嬉しかったのか、微笑んでそう返す箒はまだ撫でている手を止めない。

 

「…………箒?」

「ん? 何だ?」

「……いや」

 

 呼び掛けても逆に不思議そうにされてしまった。どうなっているんだ。

 

 結局、鈴と交代するまでこれは続いていた。何が楽しいのやら終始嬉しそうに、楽しそうにして。

 

 



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22話

別作品がランキングに載ってヒャッハーするも、次のランキング更新で呆気ないものよされた時の悲しさ。

それと今回からローマ数字を使います。
読み方はワンとかツーとか読んでもらえれば。


 いよいよクラス対抗戦当日。アリーナの壁に寄り掛かって俺は選手が出てくるのを待っていた。

 賑わいを見せるアリーナ。対戦相手は再会したもう一人の幼馴染。盛り上がる観客の前で、これまでの訓練の成果を見せろ。織斑。

 

『何そのSEEDの次回予告みたいなの』

 

 さ、最近見ちゃったからつい……。でも何か初戦の相手が鈴だって考えるとちょっと悲劇的というか、あいつもツイてないというか。

 

『じゃあ、試合の組み合わせが発表された時、あんなに一緒だったのにが流れていたに私は花京院の魂を賭けるよ!』

 

 花京院……。

 

 ちなみにクラス対抗戦は四クラスのリーグ形式で行われる。優勝というのはあくまでおまけであって、真の目的はお互いの実力を肌で感じる事だかららしい。

 そこで我がクラスの初戦の相手として二組が選ばれたのだった。 いずれは戦うと分かっていても少し急過ぎる展開だ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……見つ、けたぁ!!」

「……ん?」

 

 俺の直ぐ横で大声をあげる誰かに目を向けると肩で息している相川の姿があった。鋭い目付きで俺を睨み付けてくるのは恐ろしいものがある。

 

 うおっ、何この人こわっ。

 

「……どうした相川」

「どうした、じゃないでしょ!? クラス代表の織斑くんの試合があるのに激励に来ないクラスメイトがいる!? 他の皆は来てるんだよ!?」

『あーあ、だから言ったのに』

「…………いや、それには深い訳が――――」

 

 やばい、何かめっちゃ怒ってる。だってそこに俺が行ったら他の皆様に明らかに迷惑だなって思った訳でですね。

 

「言い訳はいいから早くこっち来る!!」

「は、はい」

 

 珍しく理由を説明しようとしたものの、遮るように放たれた相川の怒鳴り声には逆らえず、大人しく従う事に。

 何か最近こういうの多い気がする。その度に俺は男性が弱くなったんじゃない、ましてやISが出てきたせいでもない。単純に女性が強くなったんだと思うようになった。

 

「こちら相川! ターゲット確保、今から織斑くんのところに連れていくよ!」

 

 現実逃避していると相川が携帯片手に出来る人みたいに他の誰かに向けて連絡していた。どうも話し方的に携帯を使って複数の誰かと連絡を取り合いながら俺を探していたらしい。

 

 ……えっ、何それどういう事なの?

 

『PⅠ! PⅡ! PⅢ! 何をやっている……!』

 

 ルルーシュくんちゃうで。それPⅣがあかんかった時のやつや。今回成功しとるから大丈夫やで。

 

 そのままぐいぐい引っ張られ、着きましたのはアリーナのピット。我がクラスメイト達がこっちを見るなり一斉に嫌そうな顔をしてくる。いつも通りの光景だ。

 言う事言ったら直ぐに退散するから安心して欲しい。

 

「春人!」

「…………ああ」

 

 名前を呼ぶと、態々ISで覆われた右手を解除して俺と手を合わせようしようとしてくる。

 未だ慣れない織斑とのこのやり取り。若干遅れて俺も手を翳せば二人の手が重なり、良い音がピット内に木霊した。

 

「何処ほっつき歩いてたんだよ?」

「…………いや、まぁ、そこら辺をぶらりとな」

「何だそりゃ。今更散歩するとこでもないだろ」

「……意外と新鮮だったりするものさ」

「そんなもんか?」

 

 言えない。横で物凄い目付きで言うなと睨み付けてくる相川がいるから本当の事なんて言えるはずがない。

 のらりくらりと織斑からの追及をかわしていると、俺を探しに行っていた残りのメンバーも帰ってきた。セシリア、箒、布仏の三人だ。

 

「春人さん! 一体何処にいらしたんですか!?」

「……そこら辺だ」

「はるるーん、はるるん探すのに疲れたからおんぶしてー」

「…………分かった」

 

 追及してくるのにセシリアも加わり、布仏が俺の手を引きおんぶするように催促してくる。とてもカオスな状況が出来上がっていた。

 唯一何も言わない箒だが、セシリアの後ろでニコニコと微笑んでいるだけ。ただその目には後でなと恐ろしいメッセージが込められていた。

 

「さぁさぁ、早く櫻井くんも何か一言!」

「お、良いアドバイス頼むぜ!」

 

 もう時間も迫ってきたところで何か相川から無茶振りが始まった。織斑も何故かノリノリで、期待に満ちた目を向けてくる。

 

 待て待て。俺はそういうの経験ないんだよ。ど、どうすればいいんだ? 教えてミコトちゃん!

 

『んー。鈴は一緒に訓練してこっちの手の内分かってるから気を付けろーとか?』

「……鈴にはこっちの手の内が分かって――――」

「それはこのセシリア・オルコットが言いましたわ!」

 

 ミコトが言っていた事をそのまま言おうとしたら、セシリアが既に伝えていたらしい。

 それにしてもその胸に手を当てて誇らしげにするポーズとか取る必要あったんだろうか。

 

『なら近接戦における心構えでも』

「……近接戦は――――」

「近接戦の心構えなら私が教えておいたぞ」

 

 今度は腕を組んで得意気に頷いている箒が言っていたようだ。再び遮られてしまう。

 仕方ない、ありきたりだがこの言葉を送るとしよう。

 

「……頑張――――」

「頑張れーなら皆言ったよー?」

「…………そうか」

「櫻井くん、遅れたから罰ゲームで同じ事言っちゃダメだからね」

「……むぅ」

 

 背負っていた布仏からも遮られ、万策尽きた状態となった。集まったクラスメイトも布仏の言葉に頷いていた。

 皆が言ってるなら俺もそれでいいじゃんと思うが、相川曰く来なかった罰ゲームとの事。何とも厳しい罰ゲームだ。

 

『ありゃりゃ、罰ゲームなら春人が考えないとダメだね』

 

 ぐぬぬぬ……! 厄介な罰ゲームを考えたな……!

 

 そして遂にはミコトの協力も得られなくなってしまった。ここからは俺のソロプレイとなる。いつもと変わんなかった。

 

「……織斑、一回しか言わないぞ」

「おう!」

「……これは勝負における一つの真理だ」

「うおお、何か凄いの聞けそうだな!」

『おお? 何々?』

「勝負の真理って何だろう……?」

「分かんない……」

 

 俺が言う度に織斑だけじゃなく、ミコトや周りにいたクラスメイトまでもが謎の期待を寄せてくる。ひそひそと話している声がここまで聞こえてきていた。

 

 や、やめろ。腹が痛くなってくる……! 偉そうな事言ったけど、まじで大した事ないから! くっそ、早く言ってこの場を去ろう……。

 

「…………いいか、良く聞け」

「…………」

 

 織斑が静かに頷くと妙な緊張感で急に静かになった。誰もが俺の言葉を聞き逃さないようにしている。ゴクリと誰かの喉を鳴らす音が響いてからそれは遂に発せられた。

 

「……勝てば、負けない」

「「「…………えっ?」」」

『ぷっ、く、くくく……!』

「勝てば……負けない……?」

「おー」

 

 神妙な顔で俺の言葉を繰り返す織斑と感嘆の声をあげる布仏を除く全員の時が止まる。一瞬静かになったところにミコトの必死に堪える声が良く聞こえた。

 聞き間違いかと思っていたのか、俺を見てから繰り返す織斑を見て、もう一度全員が一斉に視線を向けてくる。一体お前は何を言っているんだと。

 

 すまない、もうそれしか思い付かなかったんだ。本当にすまない……。

 

「ん、んん? は、春人? 何を言っているのだ?」

「その、すみません。春人さんが何を仰ってるのか、わたくしも良く分からなくて……」

「えっ、ちょ、櫻井くん?」

 

 箒やセシリア、相川までもが困惑する中で、顎に手を当ててぶつぶつと小声でずっと繰り返していた織斑が何かに気付いたように顔をあげた。

 

「確かに……! 勝てば負けない……!」

「「「えぇ……?」」」

「勝てば負けなーいっ!」

 

 何か二人には通じたらしい。呆れている皆を他所にキラキラした目で織斑は言い直し、布仏も右腕を上げてそれに続く。

 

 いや、この変な団体作ったの俺なんだけど、何なんだこれ。どうしてこうなった。

 

「よっしゃ、盛り上がったついでに何かテンション上がる曲でも教えてくれよ」

「……Kir Royalか、BGMだがAttack the systemでも聴いてろ」

「おお、早速聴いてみる!」

「……じゃあな。頑張れよ」

「おう!」

 

 曲名を聞くと早速携帯を弄って調べ始めた。片方は今言ったように歌ではなく、BGMだが盛り上がるのには変わらない。少なくとも俺は盛り上がる。

 さて残り時間も僅かなのでそのやり取りを最後に箒を残して全員がピットから退出した。幼馴染の特権を生かしたとも言える作戦だ。

 心の中で箒をひっそりと応援しつつ、この場を去ろうとした時。

 

「はるるん、何処行くのー?」

「っ!?」

 

 背中から発生したのほほんとした声に呆気なく捕まってしまう。しまった、布仏を背負っていたのをすっかり忘れていた。慣れって恐ろしい。

 

「あら、春人さん? どちらへ行こうと?」

「…………いや、その」

 

 セシリアもにこやかにして問い掛けるのだが何故だろう、とても恐ろしく感じるのは。

 

「櫻井くん、正座!」

「は、はい」

 

 言われるがままに布仏を背負った状態で正座。いつでも降りれるのに何でこいつは離れないんだろう?

 そんな疑問などお構いなしと皆の前で始まる今回来なかった事へのお説教はなんとも言えないものがあった。

 

「あれ? 櫻井くんってさ……」

「うん、もしかして……」

「薄々勘づいてたけど……」

「「「ヘタレ?」」」

『遂にバレてしまったか』

 

 おう、待てい。別にヘタレじゃないわい。

 いかん……周りから聞こえてくる俺の評価がクール(笑)、不良、不思議属性に更にヘタレが追加されそうになってる。ここはそうではないのだと、ガツンと言う必要があるな。

 

「……と、何か言う事ある?」

 

 一通り言い終えたのか、腕を組んでふんぞり返る相川がここぞとばかりに訪ねてきた。

 まさに千載一遇、俺がヘタレではないと証明するこのチャンスを逃す手はない。

 両手を地につけ、頭を下げると声高らかに叫んだ。

 

「本当にすみませんでしたっ!」

「えっ。な、何ですか?」

「いや、うん。いいんだけど……何でそんな勢い良く謝ってるの?」

 

 所謂土下座での俺の発言に戸惑いを見せるセシリアと相川。俺がガツンと言ってやった結果だろう。

 

『顧客が求めてたガツンとは違うんだよなぁ……』

 

 知ってたけど、止められなかった。反省も後悔もしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人のお説教が終わったので試合を見ようと観客席側へ移動。相川は友達と見ると約束していたらしく、観客席に到着するなり別れた。その入れ替わりで簪と合流したという訳だ。

 

「……簪は準備しなくていいのか?」

「準備は出来てるから直前までここにいたい」

「…………そうか」

「むむむ……!」

 

 合流するなり繋がれた手を僅かに握って離れたくないと伝えてくる。それに更に横でセシリアが唸って不満を表していた。いや、手を繋ぐのもそうだが、それでセシリアが不機嫌になるのは何故だ。

 

 ちなみに簪は自らの専用機である未完成の打鉄弐式で出るらしい。未完成と言っても、布仏先輩を初めとした先輩達の協力もあって八割、九割は出来ているそうだ。微力ながら俺も協力させて貰ったが正直いらなかったと思う。

 出来ていないのも荷電粒子砲だけで、それ以外は問題なく動かせるとの事。荷電粒子砲が使えない分も打鉄に標準搭載されている『焔備』とかいうアサルトライフルで補うとか。未完成だからと侮ると痛い目を見るのは間違いない。

 

「……これから始まる試合、三人はどう見る?」

「単純に一夏さんが接近出来るかが問題かと」

「うん……データを見た限りでは鈴の甲龍に近付くのは至難」

「おりむーはやれば出来る子だから大丈夫ー」

 

 聞いといて何だが布仏はとりあえず置いといて……二人とも同じ意見のようだ。織斑の白式は何はともあれ近付かなくては話にならないブレオンだ。俺のラファールよりも酷い。

 対して鈴の甲龍は近距離重視らしいのだが、中距離も充分対応出来る機体。弾幕を張って近付けなくさせるのも出来るし、牽制しつつ近距離に持ち込むのも出来る。鈴も一撃必殺の『零落白夜』があると知っているから無理に近接戦には持ち込もうとしないだろう。初戦にしては色んな意味で強敵だった。

 

『ていうか三組の人可哀想だね』

 

 それな。代表候補生らしいけど、そもそも織斑以外代表候補生だし、もっと言うと三組以外専用機持ちだからな……。持ち前の技術で戦うしかないとか泣けるぜ。

 

『でも普段の半分のパワーしかないけど、そのISと相性が最高に良いのと持ち前の技術で凄く強いとか好きでしょ?』

 

 何だよその設定。普段の半分のパワーってのが気になるけど、すっごい好き。

 好きなんだけど、そもそもISと操縦者に相性とかってあるのか?

 

『あるよ。それが私達の成長の早さに関わってくるし』

 

 そこでふと授業で山田先生が言っていた事を思い出した。へーとか、ふーんとか、ミコトがやたら興味津々にしていたから覚えている。

 

 ISとは時間に応じて操縦者を理解していき、性能を上げていく。その先にあるのが第二次移行(セカンドシフト)と呼ばれる機体の進化だ。

 

『まぁ、間違ってはないよ。時間を掛ければいつかは第二次移行はする。でも移行するタイミングはまちまちで、むしろ第二次移行なんてしない方が多いくらいだよ』

 

 そういえば山田先生も第二次移行した機体はとても珍しく、研究対象になるとも言っていた。それだけ珍しいんだろう。

 

 で、それに至るのにISと操縦者の相性が関係してるって事か?

 

『まぁね。正確には、時間×相性×想いの強さで決まるんだよ』

 

 何だその公式は。

 

『まぁ説明するよ。時間はそのまんま、私達とどれだけ一緒にいたか。で、相性が結構厄介で操縦者とコアのやりたい事が合致してないと良くならない』

 

 なるほど、つまりコアは近接戦が好きなのに操縦者のせいで射撃をやらされてると悪くなるって事か。

 

正解(エサクタ)。もっと言うと、そういう事したくない子もいるからねー』

 

 聞いてみれば極々当たり前の話だった。簡単に言えば自分の趣味と合う人とは仲良くなれて、合わない人とは仲良くなれないってだけ。

 

 それにしてもやっぱり聞いてみて正解だった。フィンドールキャリアスさんはとっても物知りなんや。

 ちなみに俺とミコトちゃんの相性はどうなの? 俺は勝手に悪くはないと思ってるんだけど。

 

『最高やで。他の人とは赤い炎になるのに、春人となら青い炎になるくらい凄いんやで』

 

 何で炎で例えたの……? 凄く分かりにくい……。ていうかミコトのやりたい事とか分かってないんだけど。

 

『――――春人が春人らしくいてくれればそれでいいよ。それが私は大好きだから』

 

 う、うん? 俺らしくって……良く分からんが今のままでいいのか?

 

『イエス、イエース!』

 

 んー、そっか。なら最後の想いの強さってのは何だ?

 

『これもそのままかな。操縦者が何をしたいのかっていう想いが強ければ、私達もその人の事をより早く理解出来るから』

 

 ふーん、ちなみに俺はどうなんだ?

 

『結構強い方だけど、身近にもっと凄い人いるからなぁ……』

 

 身近でもっと凄い人。そう言われると我がクラスの担任であらさせられる織斑先生が真っ先に浮かび上がる。ISに乗る上で知らぬものはいない代表格だ。

 いや、そりゃまぁ織斑先生には敵わんよな。むしろ世界最強とただの学生を比べないで欲しい。

 

『ふっふっふっー、実はねー……おっと』

 

 と、呆ける時間が長かったためか左右から腕を引っ張られて強制的に会話を中断させられる。

 

「春人、どうしたの?」

「……ミコトとISの事で話していた」

「ISの事で……ですか?」

「……ああ。まぁ気にするな」

 

 既に簪や布仏にもミコトの事は話してあったため、特には言われない。

 一部だけでは今更過ぎて不審に思われるのも仕方ないだろう。ただ授業で習ったのと比べるとあまりにも新事実が多いため、変に混乱させないためにも言わない方がいいと考えたのだ。

 

「天気悪いね……」

「てるてる坊主吊るしてたのにー」

「雨が降らないといいのですが……」

「……そうだな」

 

 誤魔化すように視線を空へと向ければ分厚い雲が空を覆っている。今にも降りだしそうな雰囲気の空は何故か嫌な予感がした。



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23話

 第一試合、織斑と鈴から始まるクラス間の戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 鈴のIS、甲龍は小柄な鈴に不釣り合いなマッシブな機体だ。簪やセシリアの話では見た目通り、相当なパワーがあるらしい。ていうか名前的にもう別次元の戦闘力を持ってそうなんだけど。

 

『くそったれ! パワーが貴様ならスピードは俺だ! 一生掛けても追い付けんぞ!』

 

 それ逃げようとしたら直ぐに追い付かれるやつや。お久し振りですからのヒャア! ってやられるやつや。

 でもまぁ、確かに速さで撹乱するしかないと思う。自分の得意な事で勝負を仕掛けるのは間違いじゃない。 それを鈴相手に出来るかどうかは置いといて。

 

 《っ……行くぜ、鈴!》

 《来なさい、一夏!》

 

 ……一応、戦う意志はあるようだ。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、それでも切っ先を鈴へと向けている。鈴もそれに応えるように青竜刀を織斑へと向けた。

 

「大丈夫……なのでしょうか?」

「……さぁな」

 

 隣で見ているセシリアも若干不安なようだが、もう織斑にやらせるしかない。ダメだったらその時はその時だ。箒が慰めてやればいい。多分R指定になるから近付かないように注意だ。

 

『一夏が勝ったらどうするの?』

 

 その時は戦いで疲れた鈴を保健室まで連れていかせて……そっから先はこれまたR指定になる。

 

『基本R指定なんだね……』

 

 幾ら織斑が聖人とはいえ、男子高校生だしな。きっと手を出すだろう。

 完璧だ……完璧過ぎるプランに思わずブルッちまうぜ……。

 

「……はるるんのえっちー」

「…………」

「むー」

「「?」」

 

 そんな事を考えていたら背中から批難する声が。油が切れたブリキの玩具のようにぎこちなく首を動かせば、赤くなった頬を膨らませてこちらをじとっと睨む布仏がいた。簪とセシリアからも何事かと見られて非常にいたたまれない。やっぱ一人最高だわ。

 

 《ぜぁぁぁ!!》

 《近付かせる訳ないでしょ!》

 《ぐぁっ!?》

 

 さてさて、試合開始と共に織斑が突撃。一直線に鈴の元へ。しかし甲龍の浮遊部位の装甲が一部スライドしたかと思えば、その進路の途中で何かに当たったかのように織斑が大きく仰け反って止められてしまう。鈴の言葉通りとなった。

 それだけではなく、大型スクリーンに映された織斑のシールドエネルギーが減る。何らかの攻撃を受けたという事だ。

 

「『衝撃砲』……これ程厄介なものとは思いませんでしたわ」

「近接しか出来ない白式ではやっぱり難しい……」

「おりむー頑張れー!」

 

 二人の反応から早速何かしら使ったらしい。

 

「……『衝撃砲』?」

「はい。空間に圧力を掛けて砲身を形成し、その際の余剰で生じる衝撃を砲弾化して撃ち出す第三世代兵器ですわ」

「…………なるほど」

 

 キャンディ良く分からないクル。ミコトちゃん、十文字以内で説明して!

 

『見えない空気砲』

 

 なるほど。弾はおろか、砲身すら見えない空気砲か。でもそれなら射角から外れればいいんじゃないの?

 

『全方位に撃てるんだよ。ほら』

 

 そう言うと真下から攻撃を仕掛けようとする織斑がまた吹き飛んだ。鈴は下を向いてすらいない。本当に全方位撃てるのか。

 

『ハイパーセンサーで大気の乱れとか探ろうとしても分かるのは殆ど撃った後だから、それじゃ避けられない』

「確実に避けようなんてありませんわね。とにかく動いて的を散らすしか……」

「うん、それしかない。分かってたけど強敵」

 

 これから戦う簪も改めて鈴の強さを認識したようだ。セシリアが出した案に同意する。それを踏まえた上で頭の中でシミュレーションしているようだが……。

 

「……そうか? 意外と避けられそうだが」

「「『え?』」」

「はるるん、分かるのー?」

「……まぁ、な。見てろ」

 

 確かに弾丸も砲身も見えないけど、ほぼ完璧に把握してるっぽい。その証拠として三人に実況する事に。

 

「……撃った。命中する」

 《ぐぅ!》

 

 言葉通り、織斑が仰け反るも直ぐに体勢を立て直して向かっていく。

 

「……今度は避けた」

 《やるじゃない! どんどん行くわよ!》

 

 今度は織斑の僅か右の地面が何かに叩き付けられたように窪んだ。

 

「……? 何だ、いっぱい撃てるのか?」

 

 連射速度と弾の大きさもコントロール出来るらしく、小さな窪みが地面を作っていく。

 回避、回避、命中、回避……その後も的中させていき、もうまぐれなんて言えないレベルの的中率に左右にいる二人は唖然としていた。

 

「す、凄い。何で分かるの?」

「……鈴は感情剥き出しだから分かりやすい」

「か、感情ですか?」

「全然分かんない……」

「……そうか」

『えっ、飛天御剣流でも習ってたの?』

 

 るろ剣のおかげで中学の時に剣道部に入ろうかと思った事はある。結局入らなかったけど。あとヒカルの碁のおかげで碁に目覚めそうになった。やらなかったがな。

 

 鈴は普段から思うがまま、気が向くままに動いている。感情に素直といえばいいのか。動物的……というよりは、反射神経も勘も良いからまるで猫のようだ。

 だからこそなのか、どの攻撃にも殺意じゃないがありったけの闘志が込められている。非常に分かりやすい。

 

『つまり鈴は鈴ちゃんじゃなくて、鈴にゃんだったって事?』

 

 それちょっと良く分かんないですね……。

 

 《一夏! なぁに手ぇ抜いてんのよ!!》

 《何を言って……!》

 

 不可視の攻撃を一切休めずに鈴が吼えた。避けながら反論しようとする織斑を待たずに続ける。

 

 《気付かないとでも思ったの!? 模擬戦の時からずっと、あんたは本気じゃなかった!》

 《くっ!》

 

 熾烈さを増していく攻撃に苦悶の表情を浮かべる織斑。いや、恐らく図星なのだろう。だから言い返せない。

 

 《私は強くなった! もう昔の私じゃない! あんたはどうなのよ!?》

 《俺、は……!》

 《見せなさいよ、あんたの本気!》

 

 ……ここまで言われたらやるしかないぞ、織斑。もしやらなかったら男が廃るぜ。ハッピーエンドの条件は満たしてるしな。存分にやってやれ。

 

『ハッピーエンドの条件って何?』

 

 ハッピーエンドの条件は……ハンサムが勝つ事さ。

 

『ヒュー!!』

 

 そんな事を考えていたら織斑の腹は決まったらしく、それまで見せていた迷いを完全に捨てて鈴と向き合った。

 

 《分かった……本気で行くぞ!》

 《最初からそうしなさいよ!》

 

 改めてお互い向き合い、今度こそ本気の勝負が始まる……その時だった。

 

「えっ!?」

「な、何ですか!?」

「はるるん!」

「……ああ」

『あれは……!』

 

 空から光の柱がステージ中央に降ってきて、アリーナのシールドを突き破った。だが幸い観客も織斑も鈴も無事なようだが、土煙が上がっている中心に何かがいるらしく、二人は視線を外さない。

 

 《I……S……?》

 《鈴!》

 

 次の瞬間、土煙から見せた全身装甲のISが腕を突き出した。そこから出た光の帯が二人を貫こうとするも何とか回避に成功。

 しかし、その光は再びアリーナのシールドを破って空へと消えた。ISに使われているものよりも堅牢なシールドが、である。

 

「「「きゃあああ!!」」」

 

 阿鼻叫喚となる観客席。安全だと思われていた場所は安全ではなくなった。むしろISがない分、下手をすれば織斑達よりも危険だ。ならばこの場から逃げようとするのは当たり前の事で。

 

「あ、開かない!」

「何で、何でよ!?」

 

 しかし、開いていた扉は何故か閉ざされていて一人も逃れられない。叩けど叫べど、重く固い扉は動く気配すらなかった。かなりまずい状況だ。

 

 《専用機持ち、全員聞こえるか!?》

「こちらセシリア・オルコット、聞こえますわ!」

「更識簪、聞こえます」

「……櫻井春人、聞こえています」

 《織斑一夏! 聞こえてます!》

 《凰鈴音も同じく!》

 

 珍しく焦ってる様子の織斑先生からISを通じて通信が入る。代表候補生は有事の際への対処方法も訓練されているらしく、ただの学生よりも遥かに頼りになるとの事。

 

 《避難状況は?》

「扉がロックされているらしく、開く気配がありません」

 《ちっ、直ぐに解除させる! 織斑達も部隊を行かせるから避難しろ!》

 《ダメだ、俺達がいなくなったらこいつが何するか分からない! それに――――》

 

 織斑の言う通りだ。あのISは今でこそISを展開している織斑達を狙っているが、いなくなったら誰を狙うか分からない。部隊がどれくらいで来るか分からないが、下げるべきではないだろう。

 

 《それに今の俺の弱い考えは、逃げられない皆を置いて俺だけ逃げる事だ! そうだろ、春人!?》

「…………ふっ」

 

 ――――待って、何で俺に聞いてきたの? ていうかそんな聞き方したら、まるで俺が何かしたみたいになるじゃん。

 

『まぁ、実際春人が教えた事ですしおすし』

 

 くそっ、変な事教えなければ良かった。

 

 《へへ、だったらそれに逆らわなくちゃな!》

 《一夏……》

「春人さん……」

「春人……」

 

 噴き出した吐息のような笑いを織斑は合ってると勘違いしたらしく、ノリノリで戦いへ。

 それを見て戦いの最中だというのに鈴がトゥンクしてる。織斑が男の子してるから無理もないが、何故簪とセシリアもトゥンクしてるの? しかも俺の名前呟いて。ふっしか言ってないけど。

 

 《ま、待て、一夏! くそっ、急いでロックを解除させろ!》

 《は、はい!》

 

 向かっていく弟を見て、織斑先生の焦りが更に増す。普段は呼ばない名前で呼んでいるのが良い証拠だ。

 

「織斑先生、ISを展開して扉を破壊すれば……」

 《ダメだ。あいつがISに反応している以上、そこで展開すればお前達もターゲットになる可能性がある》

 《同じ理由で部分展開もダメです!》

 

 確かにあの全身装甲は織斑と鈴に夢中なようだが、ターゲットはあの二人だけという事はないだろう。ISを展開すればこちらも対象になり、他の生徒に危害が及ぶ可能性がある。

 

「他に逃げ道は?」

 《……ない。ロックを解除されるのを待つしかない》

「……すまない、少し退いてくれ」

「ノックしてもしもーし」

 

 扉の周りにいた女子を掻き分けてたどり着いたが、ノックして確認するが中々重厚な扉だ。爆弾を使えば壊せるかもしれないが、それではあのISに狙われる可能性もある。

 

「……織斑先生、後で謝ります。布仏、降りろ」

「うん!」

 

 あれ、いつもは全然言っても聞いてくれないのに何で素直に降りたの?

 

 《櫻井くん?》

 《おい、櫻井。何を――――》

『春人? どうやって避難させるの?』

 

 ISも、爆弾も使わず、他に逃げ道もないので正面から堂々とこの扉をどうにかして開ける……そんな方法でだ。

 

 まぁ簡単に言えばゴリ押しだな。俺の得意な分野だ。任せろ。

 

「……離れてろ」

 

 左右の扉に手を掛ければ一息で全開まで持っていった。その際、各部から破壊音が聞こえてきたのは気のせいと思いたい。

 

「「「《――――》」」」

『わぁお……』

 

 振り返れば唖然としている女子達を尻目にあのISを確認。こちらには目を向けていない事から今の程度ならセーフのようだ。

 

「……開いたぞ」

 

 背後に広がった逃げ道を指で差して言えば、その一言が切っ掛けとなり、雪崩のように逃げ込む女子達。

 

「押さないでください! 焦らないでくださいませ!」

 《でかした櫻井! そのまま次も頼む! オルコットはこの場で避難誘導! 更識、布仏は櫻井に付いていき、別箇所で避難誘導だ!》

「「了解!」」

「りょーかーい!」

「……了解」

 

 雪崩から何とか脱出して一息つく間もなく、また別の近くの扉を開けに行こうとした時だった。

 

「櫻井くん、ありがとう!」

「うん、本当にありがとう!」

「…………ああ」

 

 やっぱり何度言われても慣れないものだな。素っ気ない返事をして次の場所へと向かう。

 

 《織斑、凰、聞こえるか!? 櫻井達が他の生徒を避難させている! それまで持ちこたえろ!》

 《了解!》

 《了解! やるじゃん!》

 

 そうして三ヶ所目の扉を開いた時だった。何かが空から降ってきて、俺の目の前に立ちはだかる。織斑達が相手しているISと同型のようだった。

 

 あらやだ。

 

 《レーダーに反応! もう一機!?》

 《隠れていたのか……!》

 

 通信越しに先生方の焦った声が聞こえてくる。いや、あの、そのもう一機が目の前にいるんですが……。

 

『っ、春人!!』

「っ!」

 

 頭に振り下ろされた拳をガードすると、踏ん張る両足がコンクリートを砕いた。

 それに目もくれずに始まるラッシュ。右、左、右と順序良くガードの上から叩き付けてくる。

 

 痛いです! やめてください、死んでしまいます!

 

『えぇ……ISが殴ってるのに痛いで済んじゃうの……?』

 

 何か良く分からんが、こいつが手加減してくれてるからだろうな。相当なSだぞこいつ。多分打たれ弱いけど。ガラスの剣と一緒だ。一回だけだけど朱雀を一撃で倒せるやつだ。

 

『何の話?』

 

 ゲームの話だよ!

 

「春人!」

「春人さん!」

「……早くしろ」

「「っ!!」」

 

 このISの猛攻を防いでいると近くで避難誘導していた簪と誘導を終えてこちらに来ていたセシリアが呼んでいる。二人とも声的に焦っているようだ。

 正直な話、ここで援軍はありがたい。ISも使えないが、それでも三人寄ればなんとやら。人が増えれば色々思い付く事もあるかもしれない。早くたしゅけて。

 

「分かった……! 直ぐに戻るから!」

「それまでどうかご無事で!」

「…………ん?」

 

 そう言うと再び避難誘導を始めるべく、何処かへ行く二人。

 

 あれ、お二人さんってば何処行くのさ……。おいおいおい、全然分かってないぞ!? 普通に考えてこのままだと無事じゃなくなるから!

 

「――――!!」

 

 こっちの戸惑いなんてお構いなしにISは左拳を振りかぶる。これまでにない大振りはラッシュでは埒が開かないと判断したからか、威力重視に切り換えてきた。

 

 うおおお、こんちくしょう! 根性勝負じゃあああ!!

 

「シッ!!」

 

 それを見てやられるだけだった俺も初めて攻めに転じた。繰り出される左拳目掛けて、右肘を叩き込む。

 すると哀れにも左拳は砕けてしまい、指とかの破片が辺りに飛び散った。

 

『え、え?』

「――――」

 

 まるであり得ないものでも見ているかのようにISはじっと壊れた左手を見つめていた。目の前にいる俺の事などすっかり忘れているらしい。

 

「……本当ならやられた分やり返すところなんだが……」

 

 右手を閉じたり、開いたりして感触を確かめながら話す。聞いているかどうかは分からないが不意討ちなんてしたくないからな。

 

「……これでも一応フェミニストなんだ。だから一発だけにしておく。ただし――――」

 

 ISを使ってるって事は、全身装甲で分からないがこいつは女性なんだろう。男だったら同じ回数殴ってたけど。

 右手を固く握り締め、半身後ろに下げると続きを口にした。

 

「一撃だ」

「――――!!」

 

 ちゃんと俺の話を聞いていたらしく、慌てて両手を交差させてガード。その上から関係ないとばかりに右拳をぶつけて振り抜くと、派手にぶっ飛んでいく。

 進行方向にある観客席を壊していくも、まだ止まらない。終わりである壁に激突する寸前でまた新たに現れたISに受け止められて漸く止まった。

 

 ……えっ。三機目? 嘘ですやん。ていうか大袈裟だな。わざと後ろに飛んでただけだろうに。

 

『いや、あの……あれ本気……』

 《新たにもう一機出現!》

 《……櫻井!!》

「……はい」

 

 何か余計なものを出してしまった感が半端じゃない。これ以上怒られないよう、通信越しに聞こえる織斑先生の怒号に大人しく従うとしよう。

 

 《ISの展開を許可する! その二機を撃破し、織斑達の援護に向かえ!》

 

 …………えっ、何だって? 急に難聴になる病気が出てきて良く聞こえなかったな……もう一回言ってくれ。

 

『ISの展開を許可する! その二機を撃破し、織斑達の援護に向かえ! だって』

 

 えっ、俺の相方は?

 

『いないですねぇ』

 

 おかしくね? 何で一人で二体相手して、しかも二人の援護に行くのさ。普通逆じゃね? 俺援護される側だろ。

 

 《頼む……! 凰を、一夏を助けてやってくれ……! 更識はまだ動けないし、お前しかいないんだ……! 頼む……頼む!》

 

 言い淀んでいると、初めて聞く弱々しい織斑先生の声が聞こえた。

 震える声を必死に押し殺して懇願する姿は世界最強なんて堅物ではなく、何処にでもいる、たった一人の弟を心配する姉としての織斑先生。

 

『春人、どうするの?』

 

 決まってんだろ。

 

「……了解。目の前の二機を撃破後、織斑達の加勢に向かいます」

『だよね!』

 《っ!! あ、ああ!》

 

 あんな事を言われて断るなんて出来そうにもない。受ける以外の選択肢なんてなかった。

 了承の返事をすれば、途端に明るくなる織斑先生とまるで分かっていたかのように嬉しそうに言うミコト。

 

 《よし、山田先生は織斑と凰のサポートを!》

 《了解です!》

 《安全最優先でお願いします!》

 

 早速ラファールを展開して敵IS二機と向き合うとそんな会話が。

 

 あれ、俺にはサポート付いてくれないの?

 

 《櫻井には私が付く。これは時間との勝負だ。一気にケリを着けるぞ!》

「……了解」

 

 と思いきやとんでもなく強力なサポートが付く事に。これが百人力ってやつか。頼もしい限りだ。

 

 《春人!》

「……箒か」

 

 その時、織斑先生との通信に箒が割り込んできた。中々怖いもの知らずな事をする。織斑先生との付き合いなんて俺よりも遥かに長いだろうに。

 

 《ちゃんと無事で帰ってくるんだぞ!》

「……分かってる。織斑と鈴はちゃんと無事に帰す」

 《春人もだ! お前も無事で帰ってくるんだぞ! いいな!?》

「…………善処する」

 

 曖昧な返事をして箒との通信が終わった。

 態々そんな事を言うために通信してくるとは……この学園には本当に珍しいやつが多い。

 

 そして入れ替わりでまた織斑先生と話すが何処か様子がおかしい。先ほどとは別の、これまた見た事もない織斑先生だった。

 

 《……わ、私からも一つ言わせてくれ》

「……何ですか?」

 《な、何だ……その……》

 

 やはりおかしい。モゴモゴと口を動かしてらしくない。どうかしたんだろうか。

 

 《その……あ、ありがとう……》

「――――えっ」

 

 ――――何かツンデレきた。

 

 照れたように消え入るような声で頬を赤くしながら言うのは破壊力抜群の一言。普段のこの人を知っている分、より凄まじいものがあった。思わず固まってしまった俺を誰が責められようか。

 

 《っ、時間がない。さっさとやるぞ!!》

 

 柄にもない事を言ったと自覚しているのか織斑先生は大声で誤魔化した。

 

 《ミッション開始! 所属不明機三機を撃破する!》

 

 矢継ぎ早に放たれた言葉は先ほどの予期せぬ事態で緩んだ気を引き締めるには充分過ぎるもの。

 

 《まずは目の前の二機からだ。セオリー通り、弱っている方から確実に数を減らせ!》

「……了解」

 

 量子格納領域から槍を二本取り出すと左手の槍を敵ISへと向けた。

 

「……すまない、さっきの一発だけは嘘になった。降参すれば――――」

 

 俺の言葉は最後まで続かなかった。二機ともがこちらへ突進してきたからだ。

 向こうの戦う意志は消えていない。ならばこちらも戦うまで。

 

「……超VIP待遇だ。さっきのやつ、ありったけ打ち込んでやる」

 

 負けられないんだ。なるべく気を付けるが、多少の怪我は覚悟してくれ。



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24話

 右側から左フック、上半身を反らして回避。そこへ今度は左側から放たれる右ストレートは真っ直ぐ俺の顔面へと迫ってくる。フックがやたら避けやすいと思ったらどうやらこちらが本命らしい。

 

「ふっ!」

 

 短く息を吐き、左手の槍を反時計回りに回転させ、柄の部分を手首に当てる事で軌道を外側へとずらす。豪腕が髪を撫でた。

 伸ばされたその豪腕が槍を押し退けて、ラリアットのように俺の頭部を狩ろうとする。

 体勢を持ち直して前宙。飛んでいる間、目の前を右側からやって来ていた蹴りが素通りしていく。ただしゃがむだけだったら一撃もらっていた。

 

 二機から繰り出される連撃と連携を後退しながら何とか防いでいるが非常にまずい。

 何か向こうさんが本気出してきた。恐らく原因はISを展開したからだと思われる。おかげで防戦一方なんですけど。

 

 《受けてばかりでは勝ちはないぞ。攻めろ。出来るな?》

 

 この状態に業を煮やしたのか、ウィンドウに映る織斑先生は厳しい顔付きでこちらを見ている。

 相変わらず無茶言う人だ。ともあれこの人から攻めろと言われたんだ。特段織斑達がピンチという訳でもないがやるしかない。

 

「……やります」

 

 相手の攻撃を捌きながら俺がそう返事すると、厳しい顔から一転してニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。

 

 《出来る出来ないではなくやる、か。私好みの返事だ。ならばやってみせろ!》

「……了解」

 

 織斑先生も言っていたが、セオリー通り弱っている方から倒させてもらうとしますかね。

 

「セオリー通りやらせてもらう!」

『君はガンダムマイスターに相応しくない』

 

 俺は……ガンダムになれないのか……。

 

 とか余裕かましてたら左側が破損しているにも関わらず左拳を叩き付けようとしてきた。根性が半端じゃない。もっと他で生かすべき。

 

「遅いっ!」

「――――!!」

 

 と、ここで俺はこの戦い初めての前進をした。というよりは攻撃してきた破損IS……二号に向かって体当たりしたのだ。瞬時加速を使って。

 攻撃を掻い潜り、瞬時加速も使った体当たりは二号の体勢を崩すには充分。そんな状態でも無理矢理もう片方の手でアッパーを仕掛けてくる。顔だけ動かして回避。

 さて、距離を詰めてしまった分、槍を短く持って斬りつけようとすればそこへ最後に現れたIS……三号が追撃はさせまいと背後から俺へ突進。

 

「隙だらけだ、な!」

 

 言葉と共に、短く持った代わりに後ろに長くなった柄を顎下に潜り込ませる。最初から狙いはこっちだ。撃破するにしても、まずはこの二機を離れさせるのが優先だろう。

 後ろを向いたまま槍の真ん中辺りを踵で蹴り上げれば、柄によって三号の顎が強制的に上へと向いた。

 

「悪いなっ!」

 

 蹴り上げた体勢から後ろに飛び上がってぐるりと一回転。そして無防備となった三号の横面へボレーシュート。吹き飛ばされて少しだけ二機が離れた。

 

『二機の腕部より高エネルギー反応! あのビームが来るよ!』

 

 作戦が上手くいったと喜ぶのも束の間、三号は吹き飛ばされながら右腕をこちらへ向けてきやがった。正面からは二号も同様に腕を向けてきて、腕部に備えられた砲口に光が灯る。

 アリーナのシールドさえ突き破る威力のビームだ。もし当たれば、なんて想像もしたくない。

 

 《櫻井、上空へ退避しろ!》

「了解!」

 

 チャージしていた瞬時加速で言われるがままに上空へ離脱。その後を追い掛けるように空へ二本の光が放たれた。

 念のために『ヴァーダント』を展開して外套のようにして顔以外を覆っているが、それでも一溜まりもないだろう。

 

 ちょっと真面目にやってたけど、まぢもうむり。あんなん死んぢゃう。

 ありったけ打ち込んでやるとか調子こいててすみませんでした。

 

『春人くんのっ! ちょっと良いとこ見てみたいっ!』

 

 飲み会のノリやめろ。俺の良いところは出しきったよ。もう勘弁してくれ。

 ていうか何なんだあいつら。攻撃すれば体勢崩すし、吹っ飛ぶけど、どんな体勢からでも攻撃しようとしてくる熱いガッツを持ってるんだが。あと、どっかで見た事あるフォルムしてるし……デジャヴるんだよなぁ。

 

『GANTZの七回クリアの人が着てたスーツじゃない?』

 

 それだ! おかげでスッキリしたぜ。つまりこいつはピンポンと通信空手をやっていた可能性が出てくる。これは有益な情報だ。

 

『反応、反射! 音速、光速ぅ!!』

 

 その時、腕から発射されるビームが収まると、並んだ二人が肩を張るようにポーズ。すると今度は肩に光が灯った。

 

『春人、広範囲にビームが来るよ! 威力はさっきより下がるからちょっとくらいなら当たっても大丈夫!』

 

 だとしても当たりたくはないな!

 

 ミコトの言った通り、俺がいる方向に手当たり次第にビームがバラ撒かれる。ハイパーセンサーが教えるエネルギー量も今まで見てきたビームと比べると遥かに低い。これなら当たっても多少の無茶は利くかもしれない。

 

 だがその前に……ミコトお前、あいつが何なのか知ってるのか?

 

『うん。アレは私のママンが作ったやつだね』

 

 ……えっ、待って。ミコトって母親いたの? そうとは知らずに俺ってば勝手に名前付けちゃったけどいいの?

 

『別にいいんじゃない? 産まれて直ぐにここに置かれたし』

 

 お、おう。そうか……。

 

 軽いノリで話してきたけど、内容が重い。どうリアクションすればいいのか分からず、微妙な返事をしてしまった。

 と、ともかく、広範囲にバラ撒かれるビームを何の対策もなく突撃するのは避けたいところ。近接武装しかないのが本当に仇になっている。終わったら今度こそ武器追加の提案をしよう。

 

 《もうこちらからリミット解除許可は出してある。お前を縛るのは時間制限以外には何もない。存分にやれ》

「…………はい」

 

 ラファールを受領した時に布仏先輩が言っていた。織斑先生が許可すればリミット解除しても武器の制限等もなくなると。

 確かに使えば一気に楽になるだろう。だがそれはセシリアを怯えさせた力を存分に奮えるのだ。あの時よりも強化された力で。

 

 《不服そうだな。嫌か?》

「……誰だって人殺しは嫌ですよ」

 

 俺の返事に何かを感じ取ったらしく、織斑先生が訊ねてきた。

 当たり前の話だ。敵だからといって喜んで人を殺すなんて異常な趣味は俺にはない。頭は悪いし、馬鹿でもあるが、異常になったつもりはないんだ。

 

 《ああ、そういう事か》

『ああ、あのね春人』

「……ん?」

 

 と、ここで織斑先生とミコトの二人が何かに気付いて、何かを言い出そうとする。何だろうか。

 

『《あれは無人機だ(よ)》』

「えっ」

 

 二人の台詞が重なり、俺の口から何とも間抜けな声が出た。

 

 えっ、無人機って、えっ?

 

 《生体センサーに反応はない。純度百%の機械だ。遠慮する必要はないぞ》

『あれって操縦者を必要としないISなんだよ。だからやっちゃえ、バーサーカー!』

 

 バーサーカーちゃうわ! てかえぇぇぇ!? 俺の苦悩は何だったんだよ!?

 ていうかISって人が乗らないとダメなんじゃないのか?

 

『んー……まぁ作ったママンがぼっち街道まっしぐらだからね。無人のを作るしかなかったんだよ』

 

 やだ……凄い親近感湧く……。

 でもそんな事を言っている余裕も時間もない。それなら俺がやる事をさっさとやるだけだ。

 

 《Complete》

 

 俺の意志を汲み取り、ラファールの各部装甲が展開されていきアイドリングモードへ移行しようとする。

 それを機に身体を覆っていたバインダーは再び背中に仕舞われる。もう『ヴァーダント』に頼る必要もない。槍も身軽な方がいいので仕舞った。

 

「……そうだ」

 

 ビームを避けながらアリーナの屋根へ向かい、そこで水泳でターンを決めるように足を着けると二機へと身体を向ける。狙いはあの二機の前方。

 更識会長には読みやすいとされていた通り、二機も次の予測が付きやすいのか威力の高い腕の方で照準を合わせてきた。

 

 でもそれさえも関係ない。

 

「ああ……そうだ!」

 

 そうだ。たとえビームの雨に晒されようと、二機がかりでの連撃を浴びせられようとも。

 

「振り切ってみせる!」

 《Start up》

 

 ビームが放たれる瞬間、アリーナの屋根を足場に瞬時加速も併用しての移動は屋根を犠牲に爆発的な加速力を生んだ。

 入れ違いになったビームを横目に見つつ、トップスピードから制止状態に戻ろうとブレーキを掛けながら二機の前に降り立つ。まだ二機の照準はこちらへ向けられていない。

 

 《Fang! MaximumDrive!》

「刻む!! ぜやぁ!!」

 

 その隙に右足を三号へと振り抜いた。距離は空いているため蹴り自体は当たらないが、発生した『牙』が大気を裂いて襲い掛かる。だがこれだけでは終わらない。

 

「おおぁぁぁ!!」

 

 中段蹴りを放った右足を地面に叩き付けるようにすると、その勢いを利用して今度は左足を上へと振り上げた。これにより縦に裂く『牙』が生まれ、これまた無傷の三号の元へ。

 これまでの戦いから向こうもこっちが遠距離攻撃の手段を持っていると考えてなかったのだろう。避ける暇も腕の照準を合わせる余裕もなかったらしく、十字に放たれた『牙』を両手で抑えるので精一杯のようだ。

 

「……確認させてもらうぞ」

「――――」

 

 三号が十字の『牙』、『Gigaers Cross』と遊んでいる間に二号でさっきの確認をするとしよう。

 一気に二号の目前まで踏み込むと、向けてきた腕を払い除けて顔の仮面を強引に剥がした。

 

「…………本当に機械なのか」

『だから無人機なんだって』

 

 引き剥がした仮面には無数のコードが繋がれており、漸く見えた素顔は数多の部品で構成された冷たい機械そのもの。ISは人にしか扱えないという常識を覆すものだった。

 

「……なら今度は嘘吐かなくて済みそうだ」

「――――!」

 

 それは同時に本当に遠慮なんかしなくていいという証明にもなる。二号が右拳を繰り出すのを皮切りに反撃開始。

 

「……一」

『あ、やばい。音がやばい』

 

 右拳にこちらの左拳を重ね、相手の攻撃を上へと逸らして懐に踏み込んだ。その際に踏み込んだコンクリートが粉砕したが気にせず、左肘を腹部に叩き込む。陸奥圓明流、裏蛇破山朔光。

 

「逃がさん」

 

 鈍い音と共に二号の身体がくの字に折れ曲がり、また後ろへ飛ぼうとするがそうはさせない。

 

「二」

 

 右腕を掴んで無理矢理引き寄せてから二撃目。引き寄せるのに加えて、こちらから更に踏み込んで胸部へ右の掌底。再び踏み込んだ先のコンクリートが砕けた。

 

「三っ」

 

 そのまま右手でまた引き寄せて腹部へ右膝蹴り。

 

「四っ!」

 

 浮き上がったところへ四撃目。左の手刀を肩に叩き込んで地面に押し付けるようにする。四つん這いになった二号の両手両足が地面に陥没した。

 

「五っ!!」

 

 叩き込んでいた手刀から少し手首を動かしてほぼ零距離からの掌底。俯せになるように叩き付けられて今度は身体丸ごと陥没させる。

 

「六……ん?」

 

 六撃目を繰り出そうとしたところで二号からパソコンの電源を強制的に落としたような音がして、僅かに上がっていた腕が力尽きたように落ちた。

 少しだけ様子を見るが、ピクリとも動かない。試しに槍を呼び出して突っついてみても結果は同じ。どうやら機能停止になったようだ。

 

『ご、五発でIS壊したの?』

 

 何か……そうなんのかな? 脆すぎワロタなんだが。俺氏五発殴ってIS壊すでスレが賑わいそうだ。

 ああ、でも展開する前にも殴ってるから六発か。まぁどっちにせよ脆いけど。

 

「……さぁ、っ!?」

 《良くやった! あとは――――!?》

 

 制限時間残り四〇秒。

 残りもう一機と織斑先生も言おうとしたところで通信ウィンドウ越しにこの異様な空気に気付いたらしい。

 

 その発生源は三号からだった。『Gigaers Cross』を打ち破ったにも関わらず、襲って来ないでただこちらを見ているだけ。

 ただそれだけなのに直ぐにでもこの場から逃げ出したくなるようなやばさがあった。

 

「――――」

『春人!』

「っ、ぐぉ!?」

 

 三号が放つ異様な空気に呑まれていたからか、反応が遅れて接近を許してしまう。同時に腹へ身体ごと浮かせるようなアッパーで上空へと強制的に移動させられた。

 

「う、ぐっ……! まずい、な……」

『また来る!』

「ちぃっ!」

 

 こちらの状況なんてお構い無しに追撃を始める三号。さっきまでとは比べものにならない早さで近寄り、拳を振りかぶる。

 

「おォォォ!!」

「――――」

 

 気合いで腹部に走る痛みを誤魔化し、こちらも拳で応戦。右拳同士がぶつかり合い、轟音が鳴り響いた。

 

「ぐっ、く……!?」

「――――」

『力で春人と互角……!?』

 

 互角だったらどれだけ良かったろうな……! こっちは必死こいてるってのによ……!

 

 ぶつかり合ったまま、どれだけ拳を押そうとしても向こうはビクともしない。全く同じ力で押しているからだ。それどころかこちらの様子を伺っている余裕さえある。

 

「ぐおぁ!?」

 《Reformation》

 

 押し込もうとしていると、何もなかったかのようにあっさりと腕を振り切られて織斑達がいるグラウンドまで吹き飛ばされた。

 恐らくミコトがやったのだろう、地面に激突すると強制的に装甲が閉じられる。

 

 正直な話ありがたい。貴重な制限時間を立て直す間もなんて使いたくなかった。

 

「春人!!」

「あんた、大丈夫なの!?」

 《櫻井くん、無事ですか!?》

「なん、とか……」

 

 起き上がると織斑と鈴が駆け寄ってきた。それまで戦っていた相手を放置して。

 幾ら二人来たとはいえ、今この状況で二機同時に戦うのは厳しすぎる。

 

「こっちはいい……! それよりそっちは――――?」

 

 意識を一号の方に向けると何故かじっと三号を見ていた。今さっきここに来たばかりの俺は勿論の事、戦っていた織斑や鈴なんてもうどうでもいいと言わんばかり。

 

「春人と上空でぶつかった時くらいからあっちも様子がおかしくなったんだよ」

「…………なるほどな」

「何かいやーな予感するわね……」

 

 鈴に同意見だ。というか予感ではなく、嫌というほど実感させられた。

 俺ではあいつに勝てないと。あいつはまだまだ余力を残してる。俺ではお話にもならない。そんなレベルだった。

 

「くっ――――」

 

 全員が全員、警戒してまだ上空にいる三号を黙って見ていた。その沈黙を破ったのは三号自身。何かを堪えきれないといった風に吹き出すともう止まらなかった。

 

「は、ははは、ははははっ!! やっぱりお前だ、お前だったんだ!!」

「「「『っ!?』」」」

「ついでに確認するだけだったが最高だ! 生まれて初めて神に感謝したくなったぞ!!」

 《……まさか》

 

 静まり返ったアリーナに、この場にそぐわない馬鹿笑いが木霊する。

 

「何よ……何なのよ、あいつ……」

「っ……!」

 

 鈴の震える声で小さく呟いたにも関わらず、やたら良く聞こえる。それが虚勢なのは言うまでもない。鈴も本能的に勝てないと悟ったのだろう。

 織斑は険しい表情で見ているが、刀を持つ手が震えていた。険しい表情も恐怖に耐えるためなのかもしれない。

 

「っ!」

 

 あいつの織り成す空気に呑まれそうになっていると、一号が仲間のはずの三号へ腕を向けているのに気付いた。その腕に備えられた砲口に眩い光を灯らせて。

 未だあの三号は笑っていてそんな事になってるなんて気付いていないようだった。

 

「おい、馬鹿笑いしてないで逃げろ!」

『春人、あれは無人機で……』

 

 気付けば無人機という事も忘れて三号へ叫んでいた。どういう事か分からないが、ともかくあのビームを仲間に撃つ気らしい。

 ISでもあんなものが当たったらどうなるかなんて、考えたくもなくなるようなものだ。しかし、遅かった。

 

「ああ? 何言って――――」

 

 瞬間、三号が言い切る前に放たれた光がその前方でまるで華を咲かせたように幾つにも別れた。

 アリーナのシールドを破ったビームでさえ三号は微動だにしない。

 

「ああ、兎の玩具か。そういえばいたな」

『何、あれ……シールド……?』

 

 ISには当然のようにある機能。だが同じISでも桁が違いすぎる。ミコトの反応から言葉にしなくても充分過ぎるほど伝わってきた。

 そんな状況で漸く一号のやってる事に気付いた三号は少し落ち着いた風に話し出す。

 

「こんなにいい気分は初めてなんだ。邪魔しないでくれ」

 

 今もビームに照射され続けているのに全く意に介さない三号はゆっくり一号へ腕を向けると、砲口から赤黒い稲妻が迸り――――。

 

「――――!!」

 

 馬鹿げた出力のビームが押し返して一号を光の中へ呑み込んだ。欠片も残さず、一号はこの世界から消え失せた。拮抗する間もなく、実にあっさりと。

 さっきから信じられない事の連続だ。夢なら早く覚めてほしい。そう願うくらいには逃げ出したかった。

 

 《全機、そいつから逃げろ!!》

「千冬姉……?」

 《いいか、絶対に戦おうとするな! そいつは――――》

 

 さっきまでの好戦的な態度は何処へやら。いつになく弱気の織斑先生から撤退命令が下るも、最後まで言うことなく通信は閉じられる。

 

「黙っていろ織斑千冬……もうお前に用はないんだよ……!」

『通信を切った? そんな事も出来るの?』

 

 犯人は言うまでもなく、目の前に降りてきたこいつだった。僅かに後退りながらそれぞれの武器を構える。

 

 それにしてもこいつの狙いはなんだ。何かの別件でここに来て、この場にいるのはそのついででしかない。

 つまりそのついでを達成させれば大人しく帰る可能性が出てきた。それが分かれば――――。

 

「さぁ、もっとお前の力を見せてくれ。櫻井春人!」

 

 ――――俺と戦う事かよ。

 

「ラウンドⅡ……!」

 

 頭が真っ白になりそうなのを知らず、向こうはやる気満々でそう口にした。

 



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25話

お待たせしますた。


「諦めていた。妥協するしかないと思っていた。だがそこに櫻井春人、お前が現れたんだ」

 

 溢れる喜びを隠そうともせず手を拡げてゆっくり、ゆっくりとこちらに話し掛けながら三号は歩み寄ってきた。その気になれば一足で距離を詰められるだろうに一歩ずつ踏み締めながらやって来る。

 

「見ていく内に、知っていく内に、もしかしたらという期待とどうせという諦めの二つがごちゃ混ぜになっていた……」

「こんのぉっ!!」

 

 苛立ちを含む声共にまずは鈴が行動した。震えるほどの恐怖をどうにか抑えて。

 浮遊部位の装甲がスライドし、ハイパーセンサーにも見えない砲身が形成され、『衝撃砲』が牙を剥く。

 

「でも今日、お前と会って分かったよ」

「足も止められないの……!?」

 

 だがそれでも止まらない。絶え間なく砲撃は続き、命中した音はすれど、何事もなかったかのように三号は歩みを続ける。遅くなる事も、早くなる事もなく、ただ一定の速度で。

 当然だ。アリーナのシールドを破るビームでさえ、あいつには通用しなかったんだから。もしかしたら何かされてるという意識さえないのかもしれない。

 

「最高だ……! 諦めなくて正解だった!」

「……逃げろ。あいつの狙いは俺だから二人は大丈夫のはずだ」

 

 織斑と未だ攻撃を続ける鈴に逃げるように促す。織斑先生からの許可は出ているし、俺以外は完全に眼中にないようだから何の問題もなく逃げ切れるはずだ。

 俺のその発言に織斑が目の前にハイパーセンサーがあるにも関わらず、態々こちらを向いてきた。

 

「……一応聞くけど春人はどうすんだ?」

「…………逃げ切れるようなやつだったら良かったんだがな」

 

 リミット解除しても逃げ切れはしない。それに、たとえ逃げても何処までも追ってくるだろう。ひたすら俺を求めて。

 かといって戦って勝てるかと言われても勝てる気もしない。押しても引いてもダメな状況だ。

 

 ならばせめて、織斑先生に頼まれた二人を助けるって事くらいはやっておかなくては。

 

「……心配するな。時間稼ぎくらいは出来る」

 

 右手に『葵・改』を呼び出して構える。一分以内に二機を撃破して、残った一機を少しでも得意な武器で戦うって計画が無駄になったな。

 悪いミコト。この負け戦、最後まで付き合ってくれるか?

 

『ん? まぁ私は春人のパートナーだからいいんだけど、横見てみたら?』

 

 へ?

 

 呑気に考えていたら不意に横に引き寄せられた。三号ではない。あいつはまだ前方をのんびり歩いてきている。では誰か?

 

「ふざけんなよ……!」

 

 犯人は織斑だった。

 これだけ怒りを露にするのは強くなる方法を訊いてきたあの時以来か。いや、顔だけでなく行動にまで出ている時点でそれ以上かもしれない。

 

「あの時、友達や大切な人を見捨てるのが一番弱い考えだって、それに逆らえって言ったのはお前だろ! 俺にとってお前もその一人なんだよ!!」

「…………織斑」

「見捨てないからな……! 俺は絶対見捨てないからな!!」

 

 言いたい事を言ったからか、掴んでいた手を離すと織斑は三号へと向かっていった。強く握り締めた『雪片』と共に。

 すると今度は入れ替わりで鈴が俺のところまで下がってくる。キッと向けられた視線も向けられる言葉もやはり怒りを孕んだもの。

 

「あんた、次もそんな事言ってみなさい。ひっぱたくわよ」

「……鈴も逃げないのか」

「何言ってんの。当たり前でしょ」

 

 当たり前、か……。

 そんな二人からの言葉を噛み締めながら意識を前へと向ければ織斑が三号に肉薄し、刀を振りかぶっていた。

 

「っらぁ!! なっ!?」

「邪魔だな」

「う、おおっ!?」

 

 気合い一閃、充分な加速と共に振られた一撃はその腕を掴まれる事であっさりと止められると、力任せにやって来た方向へと投げ返された。

 

「織斑っ!」

「い、いででで! 腕がもげる!」

 

 本当に真っ直ぐこちらへ飛ばされたので俺も織斑の腕を掴むと、これ以上下がらないように無理矢理引き寄せる。

 一機の出力で負けるなら、二機でとやってみたが何とか上手くいった。織斑が悲鳴をあげていたが、この際贅沢は言ってられない。

 

「助かったけどさ、ああいう時って普通抱き止めるもんじゃないか!?」

「……悪いが男を抱き止める趣味はない」

「お、おおお俺だってねぇよ!」

 

 ……えっ、うん、えっ。冗談で言ったら何か予想外の反応が返ってきたんだけど。

 何でそんなにどもったの? 何でそんなに顔赤いの?

 

『どうやら間抜け(ホモ)は見つかったようだな』

 

 嘘だろ承太郎……。

 

「ほら、アホやってないでさっさと構えなさい!」

「お、おう!」

「……ああ」

 

 鈴に諭されて、俺を中心に左右を織斑と鈴が固める陣形を取る。狙われてるのが俺だからどちらからもサポートしやすいようにとの考えだろう。

 三人揃って武器を構えると、何をした訳でもないのに三号の足が初めて止まった。

 

「ふんっ。向かってくる気か」

「はっ! あんたも春人と同じで寝惚けた事言うのね」

「五月蝿い女だ。たしかその機体……中国だったな。それと――――」

 

 まずは鈴を指差し、その後ゆっくりと織斑の方へ動かすと途端に様子が変わった。

 

「――――ちっ、雑魚か」

「何をぅ!?」

「……落ち着け、織斑」

「あんなやっすい挑発に乗らないでよ?」

「む、むぐぐぐ……!」

 

 まるで歌うように語りかけていたのに、織斑を見た瞬間一気に不機嫌になった。その憂さを晴らすように向けられた悪態は何とも安いもの。あからさまな挑発だった。

 まぁ言われた本人は引っ掛かりそうになったけど。

 

 織斑にだけやたら敵対心を向けている? さっき突撃して邪魔をしたからか?

 いや、それなら鈴も攻撃して邪魔してたから鈴にもそうなるはず。だが鈴に対しては気にしてないようだ。二人は何が違う?

 

「お前らに構ってる暇はないんだよ。用があるのは櫻井春人だけだ。中国と雑魚は失せろ」

「悪いけど、敵の言う事を素直に聞くほど良い子じゃないのよね」

「右に同じく! あと織斑一夏だ!」

「言っても分からない馬鹿の相手がこんなにも面倒だとはな……」

 

 俺が思考に耽っている間、三人で盛り上がっていく。考えを纏めるにはちょうど良い時間稼ぎだったが、次の言葉で強制的に意識を戻された。

 

「仕方ない。もう少し分かりやすく教えてやる。実演も踏まえて……なっ!」

『来るっ!』

「っ!!」

 

 瞬間、ぞくりと背筋に走った寒気に従って自然と身体は動こうとしていた。目には土煙をあげてこちらへ近付く三号が映るが間に合わない。

 

「ぐあっ!!」

「「……えっ?」」

 

 悲鳴を聞いて二人が思わず顔を向けると、そこには俺の代わりに三号が拳を振り抜いたままの姿。

 俺はと言うと三号が振り抜いた拳によって後方へと吹き飛ばされていた。

 

「? 何だ、反応が鈍いな。お前なら制限があってもちゃんと防御出来るはずだろ?」

「ちっ……!」

「まぁいい。その内慣れる」

 

 織斑と鈴の二人に挟まれているというのに三号は気にせず俺へと話し掛けてくる。

 分かってはいたが、どうやら俺はやたら買い被られてるらしい。勘弁してくれ。こっちは震えてそれどころではないというのに。

 

「中国と雑魚」

「「っ!!」」

 

 今度は一切顔を向けず、横にいる二人へ話し掛ける。顔はおろか、意識さえ向けていない。ただ二人へ言葉を放っているようだった。

 

「今の見えたか? 見えたとしても反応出来なかっただろ。櫻井春人はちゃんと見えていたし、反応もしていたぞ?」

 

 二人は何も返さない。それを肯定と受け取った三号は再び歩を進める。真っ直ぐ俺へと向かって。

 

「これだけやっても分からない可能性もあるからはっきりと言ってやる」

 

 そうして漸く二人へ意識を向けた。

 

「向かってくるなら殺す。邪魔をするなら殺す。分かったらとっとと失せろ」

 

 強烈な殺意と共に。

 先ほどまで二人とも抑え込んでいたはずの恐怖が震えという形で再度噴出した。

 こうなれば誰だって逃げたいと思う。目の前に人を容易く殺せるような存在がいるんだから無理もない。

 

「きゃあああ!?」

「っつう!!」

「織斑、鈴!」

「馬鹿共が」

 

 だがそれでも二人は立ち向かった。背を向けた三号へと。結果は掴んだ『双天牙月』を鈴ごと振り回して織斑諸とも迎撃されたが。

 迎撃した二人を三号は不思議なものを見るように話始めた。

 

「頭だけでなく、目と耳も悪いのか? 俺が何をやったのか分からなかったのか?」

「うるせぇな……! 嫌ってほど分かってるよ……!」

「なら何故向かってきた」

 

 刀を杖代わりに立ち上がりながら織斑は決して目を逸らさず、その訳を口にした。

 

「お前の狙いは春人かもしれないけど、それだけで終わらせるって保証はねぇだろ……!」

「……っ!」

「ほう」

「だったら逃げるより、三人で持ちこたえて増援が来るのを待った方がよっぽど現実的だ……!」

 

 織斑の言葉にはっとした。三号も感心したかのように眺める。

 言われてみればその通りだ。こいつが俺をどうにかして大人しく帰る保証なんて何処にもない。こいつへの恐怖心でどうにかしていたようだ。

 

「そんなつもりは欠片もなかったが……なるほど、俺に勝てるかどうかは別として一理ある。どうやら馬鹿ではないらしい」

「――――へへっ。つってもこの理由は本当に今さっき思い付いたもんだけどな」

「は?」

「あ?」

 

 俺と三号の間抜けな声が重なる。

 

「足りねぇよ……! 俺に春人を置いて逃げさせたいなら、そんな理由じゃ全っ然っ! 足りねぇんだよ!」

「――――前言撤回。やっぱりお前は馬鹿だ」

 

 そうかもしれないな。俺もそう思う。

 

「二人とも下がれ!!」

「っ! あいよ!」

「オッケー!」

『私の出番!』

「ん?」

 

 だがその馬鹿のおかげでこうして反撃出来る機会を得られたのは事実だ。このチャンス、無駄にはしない。

 言葉と共に目配せすると、織斑は僅かに頷き鈴を伴ってその場を離れる。同時に展開した『ヴァーダント』から上空へ一斉に三十二本全ての太刀を射出した。

 

 ミコト、同時複数制御だ。やれるな!?

 

『お任せ!』

「風に乗りて歩むものよ!」

「これは……たしか更識楯無に使ったものか」

 

 風に乗った太刀は三号を包囲してから突貫。周囲全てを刃で埋め尽くされても微動だにせず、ただぼんやりと眺めている。

 

 余裕だな……直ぐに焦らせてやるよ!

 

「受けろ、大花火!!」

 

 翳した左手と言葉に従い、全ての太刀が爆破。一本だけでもやり過ぎと思えるような爆発が三十二回も起きた。でもこいつに関してはやり過ぎとは思えない。

 

「ははっ! 遠慮なくやったな!」

 

 爆炎の中から笑い声と共に三号が現れた。相変わらずダメージなんてありそうにもない。変わったところなんて土埃で少し汚れたぐらいだ。

 

『解析終了。予想通りだね』

 

 そうだな。外れてほしかったもんだが。やっぱり俺ではダメらしい。

 でも……。

 

「でぃぃぃやぁぁぁっ!!」

「何っ!?」

 

 でも織斑ならどうだ?

 

 爆炎に紛れて雄叫びと共に織斑が『零落白夜』を発動させて突撃。

 これだけ派手に爆発させたのも織斑という本命を誤魔化すため。確かにあれで倒せたらという考えもなかった訳じゃないが、保険は掛けておくものだ。

 

「ふんっ!!」

「がはっ!?」

 

 だが、三号が勢い良く突き出した右手から衝撃波で織斑が撃ち落とされた。いつかの夜に試しにやったシェルブリット・バーストと似たようなものか。

 

「一夏、大丈夫!?」

「げほっ、ごほっ! わ、わりぃ、せっかくのチャンスだってのに……!」

「……いいや、ナイスだ」

「へっ?」

 

 駆け寄った俺の言葉に気の抜けた声で返事をする織斑。どういう事かと訊ねる前にやって来た銃弾とレーザーの音に掻き消された。

 

「お待たせしました! 皆さんご無事ですか!?」

「あれで最後……!」

「最後に相当厄介なのが残ったみたいねぇ。一切効いてないみたいだし」

 

 そこへ更に避難誘導していたセシリアと簪に加えて、更識会長もやって来た。

 代表候補生三人に、国家代表一人。そこに俺と織斑が加わってその全員が専用機持ち。

 

「イギリスに日本の。そして更識楯無もか」

「あら、私だけ名前で呼ぶだなんて……もしかして私のファン?」

「一応覚えているだけだ」

「残念。ならおねーさんの本気で虜にしてあげるわ」

「はっ、期待はしないでおくが……やってみせろ」

 

 たった一機を相手に過剰とも言える戦力と相対しているにも関わらず、三号の余裕は揺るがない。更識会長と軽口を叩いているところからも余裕かありありと見える。

 簡単に言って、この状況でも勝てる自信があるからだろう。

 

 しかし、何となくだがこちらも勝ち筋は見えた。とても細くて、少しでも間違えたら消えてしまいそうなものだがそれでも確かに見えたんだ。

 だがその前に……。

 

「……ちっ」

 

 震える手を一瞥し、舌打ち一つ。まずはこの恐怖をどうにかしなければならない。




次で無人機襲来ラストにします。
年内に投稿したいですね。


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26話

遅れてすみません……。
ちょっと……真面目に仕事が4月まで忙しくてすみませんです……。


 現状俺が知り得る最高級の戦力が揃った。本当なら織斑先生や山田先生にもいてほしいところだが、このメンバーでやるしかない。

 

「で、何か分かったんじゃないの?」

「……ああ」

「ほう?」

 

 鈴に問われるも肯定しか出来なかった。通信妨害によりプライベートチャンネルは勿論、普通の通信も行えない。

 あと出来るのは接触通信だが、皆でノコノコと集まるのを目の前にいる三号が許すとは思えないし、堂々と話すのなんてもっての他だ。

 

 《皆さん大丈夫ですか!?》

「山田先生? 何で急に……?」

 

 どうしたものかと考えていると突然ウィンドウが開かれ、焦った様子の山田先生の声が響いた。

 

 《わ、分かりません。何をやってもダメだったのに突然……と、とにかくもう少しで織斑先生がそちらへ着きます! 何とか持ちこたえてください!》

 

 織斑が訊ねるも返ってくる答えは分からないとだけ。だがこの状況において最高級の朗報が俺達に舞い込んできた。世界最強がこの場に来てくれるのだ。これに勝るものはないだろう。

 

「という訳だ。三分だけ待ってやる。その間に話を済ませろ」

 

 続くこいつの話がなければ。浮かれそうになった気分が一気に沈んでいくのが分かる。

 それは誰もがそうだったようで、柔らかくなった目付きが険しいものへと変わった。

 

「あら、レディが到着するのも待てないんですの?」

「何とでも言え。あの女は例外だ。それに時間をやった上に妨害もやめたんだからケチでもない」

「……何故妨害をやめた?」

 

 時間がないのは分かっていたが、どうしても気になる点だった。

 

「さっきから言ってるだろ? 俺はお前らには興味ないが、櫻井春人には興味がある。何を考えたのかがな。それだけだ」

「……期待するだけ無駄だぞ」

「無駄かどうかは俺が決める事だ。そらそら時間がなくなるぞ」

「……ちっ」

 

 当然のように忠告したが、こちらの話を聞いてくれそうになかった。やばい、とても期待が重い。

 相変わらず俺にぞっこんなこいつを放っておいてプライベートチャンネルを開く。少しでも傍受される可能性を下げるためだ。

 

 《……聞こえますか?》

 《お、おう!》

 

 俺の問い掛けに慣れてない織斑だけが返事をしてきた。他のメンバーは僅かに頷くだけで済ませる。こういうところで代表や代表候補生との経験値の差を感じさせた。

 

 《で、分かった事って何よ?》

 

 矢継ぎ早に鈴が問い掛けてくる。時間もないし、さっさと話すとしよう。

 

 《……あいつの倒し方だ》

 《まじか!?》

 《まじで!?》

 《……まじだ》

『ミコトちゃんがいいねしました』

 

 えっ、今の織斑、鈴、俺のまじの三段活用のどこにいいねを?

 よ、良く分からんがまぁいい。

 

 《……結論から言う。多分このメンバーであいつを倒せるのは織斑だけだ》

「お、俺!? むぐぅ!?」

 《馬鹿! 聞こえないようにしてるのに声に出してどうすんのよ!》

 

 まさか名指しされるとは思ってなかったのか、織斑が驚きのあまり普通に声を出してしまう。しかも声がでかい。

 慌てて鈴が口を塞いでくれて助かった。悪いがこのまま続けさせてもらうとしよう。

 

 《何でそう思ったのか、聞かせてくれる?》

 《……切欠は織斑への敵意です》

 《敵意……?》

 《……ええ》

 

 更識会長から当然のように出てきた質問。

 最初は俺も何でか分からなかったが、気付いてしまえば何て事はない話だ。ある意味で当然なのかもしれない。

 

 《……他の皆は攻撃しても敵意を向けられていませんが、織斑にだけは明確な敵意を向け、挑発までしています》

 

 やたら喜ばれている俺はまた別として、鈴や他の皆には邪魔だと言うだけ。だが織斑にはそれ以上の何かを向けている。

 そこまで言うと少し冷静になった織斑が再び通信で話し掛けてきた。

 

 《そうだけど、俺の攻撃当たってないから通じるかどうか分からないだろ?》

 《……それだ。それが二つ目の理由だ》

 《へ?》

 《……言い方は悪いが、織斑だけ攻撃が当たっていない。正確には防がれている》

 

 俺や鈴の攻撃に対してはほぼ確実に警戒していないようで防御行動をしない。更識会長やセシリア、簪は一回しか攻撃していないが、少なくとも遠距離からでは警戒に値しないようだった。

 

 《……織斑の攻撃には警戒するのがある。それが――――》

 《『零落白夜』ね》

 《……はい》

 

 恐らくあの三号が持つ強固なシールドでも防げない唯一の例外。ISのシールドを無効化させて、その先にある絶対防御を発動させる。攻撃力に関して最強の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)。さしずめ魔王を倒せる勇者の剣と言ったところか。

 

 《じゃあ倒すのは一夏くんで……》

 《わたくし達で一夏さんの露払いをっ》

 

 そう、作戦的にはそれでいい。さっきまではそれで良かった。でも気付いた時にはもう遅かったんだ。

 更識会長に続き、セシリアもどうすべきか口にしたところで織斑の顔が青白くなっていく。原因は分かっている。

 

 《……織斑、エネルギーは残り幾つだ?》

 《悪い……もう五〇もない……多分、足りない……》

 《……そうか》

 

 落胆で皆声も出なかった。漸く勝てる方法が見つかったというのにその戦法も使えない。

 そもそも気付くには織斑が攻めるしかなかった以上、仕方のない事だった。

 

 《……もう一つのプランにするか》

 《もう一つあるのか?》

 《……通じるかどうか分からないがな》

 《それはどういう事なんですの……?》

 《……あいつのシールドエネルギーは一応減るらしい》

 

 これはミコトが見てくれていて分かった事だ。俺達の攻撃を受けた時、腕部の荷電粒子を撃っていた時、普通のISと同じ様にエネルギーが減っているとの事。

 

 《でもあいつ超元気だけど……》

 

 鈴が向けた視線の先には曇り空をじっと眺めている三号が。

 

 《……こちらが攻撃で減らすよりも早くエネルギーが回復しているからだ》

 《え、エネルギーが……?》

 《回復する……?》

 《そ、そんなの勝てる訳ないじゃない!》

 

 唖然とするセシリアと簪を尻目に怒鳴る鈴。

 まぁ俺も鈴と同意見だ。回復するとか超チートくせぇ。それに対してミコトはどういう意見なんだ?

 

『あれって今あるエネルギーを増幅させてるから、完全にエネルギーをなくせば回復しないはずだよ』

 

 要するに回復するよりも早く高火力の攻撃を連続で叩き込んでエネルギーをなくせって事か。

 

『そ。イッツゴリ押しだね』

 

 得意技だ。任せとけ……って言いたいところなんだがな……。

 

 初めて感じる死の恐怖はどうしようもなかった。あからさまに狙われている状況で落ち着けという方が無理な話だ。

 とりあえず今ミコトと話した内容を皆に伝えて作戦会議は終了。

 

 作戦はこうだ。まずは俺と織斑が近接戦闘に持ち込んで少しでもダメージを与える。

 その後は他の皆が遠距離からそれぞれが持つ最大火力を叩き込む。

 

 まぁおよそ作戦と呼べる代物ではないが、何の練習もしていない俺達では変に細かく決めてもただ連携が取れないだけ。それならある程度自由にさせた方がいいだろうとの楯無さんの言葉だ。

 

 《……織斑、無理はするなよ》

 《お前もな》

 

 近接担当同士、お互い声を掛け合う。

 二人とも互いに一番やばい距離での戦いだ。気休めにもならないが、言う事に意味があった。

 

「時間切れだ。さぁ始めようか!」

「皆行くわよ……!!」

 

 ちょうどあらかた話終えたところで三号が声を張り上げたのを切っ掛けに、こちらも全員が武器を構える。

 さぁ、行くぞという時だった。

 

「皆っ!!」

「「「っ!」」」

「ん?」

「頑張れっ!!」

 

 そんな時にアリーナの中継室から凛とした声が響いた。もう避難は完了して俺達以外は誰もいないはずなのに、聞き慣れた声が。

 

「ほ、箒……?」

 

 この中で誰よりも聞き慣れているだろう一夏がその名前を呟く。

 何で? どうしてそこに? そんな言葉を誰かが呟く前に三号が行動した。

 

「誰かに似ている気もするがまぁいい。邪魔だ」

 

 まるで目の前を飛ぶ虫を振り払うように右腕をゆっくりと中継室へ。その腕に赤黒い稲妻を迸らせながら。

 脳裏に先程光に呑み込まれて消えた一号が思い浮かぶ。瞬間、これから起こる惨劇を想像して動きが停止してしまった。

 

 おい……おい、何してんだよ。それISがあっても死ぬようなビームだろ? 何生身の箒に向けてるんだよ。

 あいつが何か悪い事をしたのか? 再会した好きな人に振り向いて欲しいけど、そいつの考えを優先しようとして奥手になるような良いやつなんだぞ。それが、何で……おかしいだろ。そんなの間違ってる。

 

『春人』

 

 辺りが静まり返った中でその声は良く聞こえた。いつもの茶化すような感じではなく、真剣な声で。そんな声で――――

 

『今春人がやろうとしてるのは自分が死ぬかもしれない事だよ? それでもやるの?』

 

 現実を叩き付けてきた。逃れられない現実を。

 

 そう、だな……死ぬかもしれない……。分かってる。想像するだけでも怖いよ。

 でも……。それでも!

 

 《Start up》

「おおおっ!!」

「っ!」

「簪ちゃん!」

「うん!」

「なっ!?」

 

 恐怖を誤魔化すように雄叫びをあげて地面を蹴る頃にはラファールは既にリミット解除されていた。他の皆もそれぞれがそれぞれの役割を果たすべく動き出す。最初から俺がこうするのが分かっていたかのように。

 それとは反するように三号は意外そうな声が出た。

 

『勿論っ。皆、春人ならこうするって分かってたよ』

 

 そうか……。

 

『大丈夫。私が春人を絶対に死なせない。だからやりたい事を思う存分やっていいよ!』

 

 そうか!

 

 射線上に滑り込むと突き出した左腕と共に左側の『ヴァーダント』のバインダーを展開。その上をシールドが覆い被さる。

 そこへあの死の光が放たれた。ISでさえ容易く消してしまえる光。あのビームを受け止めようと考えるな……! 逸らせ!

 

「ぐっ、おおあぁぁっ!!」

 

 上から下へと振り下ろすように展開されたバインダーに沿って、死の光は誰もいない上空へ逸れていく。

 

『各部損傷拡大……! 春人、バインダーを右と変えて!!』

「『ヴァーダント』!」

 

 しかし、真正面からは受け止めていないはずなのに既にバインダーの耐久が限界を迎えている。それだけじゃない、余波で装甲の各部も

 ミコトに言われるがまま、今度は右側のバインダーを展開。まだ耐えられる。問題ない!

 

「何でお前がそこにいるんだ!? そこを退け!!」

「退く、かぁ!!」

「でやぁぁぁ!!」

「何ぃっ!?」

 

 三号との押し問答の間に織斑が三号へと肉薄し、斬りかかった。あっさりと刀を左腕で掴み取られてしまったらしい。

 だがそれにより中断されたビームに一安心し、俺は薄れていく意識に抗う気力もなく地上へと落下した。

 

「春人!」

 

 背後から俺の名前を呼ぶ声がした気がする。今にも泣きそうな声で。

 

 

 

 

 

 

 

 くそっ、あの馬鹿が! 完全に計算違いだ! あいつ死んでないだろうな!?

 

 まさかあそこで櫻井春人があの女を庇うとかいう行動に出るとは。

 しかもそっちに気をとられて雑魚の接近を許してしまった。いや、もうこいつはどうでもいい。思わず掴んだが、最早脅威でもない。

 

「お前、ずっと春人の事見てたって割には何も知らないんだな……!」

「あ?」

 

 櫻井春人へ歩み寄ろうとした瞬間、こいつが何かを口にしてきた。思わずそちらの方へ気をやり、足が立ち止まる。

 唯一の武器である刀を掴み取られて尚、目の前にいるこいつは吠えた。切り札の『零落白夜』も使えないのに。

 

「あいつはああいうやつだ。誰かのために動けるやつなんだ」

 

 それでも押し切ろうと力を込めてくる。ありったけの怒りも込めて。

 

「春人が取った行動に俺達は誰一人疑問なんか持っちゃいない!」

 

 こいつの言葉に応えるようにISのスラスター出力が上がっていく。未だ俺には到底敵わないが、それでも俺を倒すべく出力が上がる。

 

「何も分かってないのはお前だけだ! お前だけが、あいつをちゃんと見てなかったんだ!!」

「…………」

 

 脅威は感じない。こいつよりも強いのは他にも幾らでもいる。更識楯無の方がよっぽど強いだろう。

 だがこいつにここまで好き勝手言われているのが気に入らない。

 何も分かってない? 自分は知っているかのような口振りしやがって……!

 

「態と生かしておいてやれば付け上がる……!」

「ぐっ、くっ!」

「一夏くん、離れなさい!」

「「一夏!!」」

 

 刀を握る力がより強まる。遂に耐えきれず刀身に無数の罅が入った。

 更識楯無が離れろと言うがもう遅い。中国が名前を叫ぶがもう手遅れ。今更引こうとしても俺が逃がすはずがなかった。

 

「調子に――――」

 

 まずはこれからだ。知っているぞ。この刀、お気に入りなんだろう? 織斑千冬と同じ刀だもんなぁ……!

 

「乗るなァッ!!」

「っ!!」

 

 言い終えると共にご自慢の刀を握り潰してやった。と、同時に突然解放されてこいつが後ろによろめいて距離が出来る。

 折れて砕け散った刀を見て絶望に顔を歪ませろ。お前のその顔を見てから終わりを教えてやる!

 

「それでも!!」

 

 そう言うとこいつは折れた刀を手に再び立ち向かってきた。怯えや絶望に一切染まらず、真っ直ぐ俺へと向かって。

 

 死にたいか。そうか、そんなに死にたいのか。

 

「ならば望み通り、殺してやる!!」

「が、はっ!?」

 

 引き絞った右拳がこいつの腹部に突き刺さった瞬間、シールドを破り骨が折れる音が伝わるもそこで終わってしまった。いや、終わらせられた。誰かの手によって。

 

「これは……動けない?」

 

 腹に風穴を開けるつもりで放ったが、実際は彼方へ吹き飛んだだけ。それもこちらは殴ったままの姿勢で身動き一つとれない。まるで何かに沈んでいるような感覚さえある。

 何があったのかなんて考える時間は必要なかった。こうした犯人が向こうから現れたのだから。

 

「ごめん、一夏くん! 大丈夫!?」

「あ、ぐ……」

「そうか、更識楯無か……!」

 

 声のした先、先程まではなかった赤い翼を拡げて、更識楯無のミステリアス・レイディが纏う水の色が青から赤に変わっていた。

 

「今日のおねーさんは簪ちゃんからの贈り物のおかげでいつもの三割増しで凄いのよ」

 

 日本から受け取った専用パッケージによる出力の向上。そしてそれによって使用可能となった単一仕様能力(ワンオフアビリティ)。その仕業か。

 たしかこいつのは空間拘束結界だったはず。厄介と言えば厄介だが、結界ごと周囲を吹き飛ばせばいい。

 

「こんなもの、すぐに吹き飛ばして……!!」

 

 両肩と両腕の荷電粒子砲を起動。全砲門に光が灯ると更識楯無はにやりと笑みを浮かべる。

 

「あら、意外と周りが見えてないのね」

 

 言われて周りに意識をやれば、

 

「一点に集中して放てば……『ブルーティアーズ』!」

 

 イギリスが周囲にBT兵器を配置し、ミサイル型も発射する姿勢を取り、

 

「マニュアル誘導システム起動……! 『山嵐』、全弾発射準備!」

 

 日本がミサイルを格納させていた全てのハッチを開き、

 

「一夏、一夏ぁ!」

「俺は、いいから……」

「でも!」

「や、っちま、え……鈴……!」

「……分かった。一夏の分も纏めてきついの一発、お見舞いしてやるわよ!!」

 

 雑魚を心配するのも束の間、中国もすぐにこちらへ向き直り特大の砲身を生成する。

 

 各国三名の専用機が持つ最大火力での波状攻撃。なるほど、こちらのエネルギーを削りきる作戦か。まぁ『零落白夜』が使えない状況ではそれしかないが。しかし、それでは俺には届かない。

 

「そんなもので俺を、っ!?」

 

 倒せると思ったか。そう言おうとするとそれはゆっくりと立ち上がった。

 目の前で攻撃態勢が整いつつある最中、そちらへと目を奪われてしまった。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 だらりと下がったままの腕。立ち上がるのもやっとなのか、肩で息をしながら気だるげに丸まった背中。

 そいつは右手に刀を呼び出すと顔をあげて鋭い目付きでこちらを睨み付ける。

 

 《Complete》

「櫻井春人……!」

 

 名前を呟いた瞬間、爆発音と巻き上げられた土煙が俺を包んだ。断続的に続くミサイルやレーザー、見えない砲弾が襲うも、意識は既に次の事へ。

 

 櫻井春人。織斑千冬、兎と並んで俺を倒せる可能性を持つ男。今襲ってきているのよりも遥かに脅威だ。これを目眩ましにして……というのもある。さぁ、いつ何処から来る……!

 

「っ、来たか!」

 

 各国からの攻撃が止めば、爆煙を切り裂いて煌めく白刃が真正面から迫りくる。あの中で刀を使うのはただ一人だけ。予想通りと言えば予想通りだ。

 

「叩き壊してや――――」

 

 横に凪ごうとやってきた刀を叩き壊そうと右腕を振り上げると少しずつだが煙が薄れてきて、その向こうにいる姿が見えてきた。

 

「でぃぃぃやぁぁぁ!!」

 

 列泊の気合いと共に現れた櫻井春人はその手に刀を持っていなかった。しかし、刃は今も尚迫ってきている。幻覚などではない。それを振るっているのは他でもない櫻井春人だ。

 ではどうやって振るっているのか。

 

 答えは足だった。正確には脚部装甲に刀を格納し、そこから刃を発生させ、刃が立つようにして放たれる跳び後ろ回し蹴り。

 それらが分かると同時、迎撃しようとした右腕に鈍い衝撃が走った。

 

「おお……」

 

 思わず感嘆の声が出た。目の前で行われたこの行為に、作られた光景に呆然としてしまう。見とれていたと言ってもいい。

 俺の後方には今の蹴りの軌道に沿ってアリーナの壁や地面に一文字の大きな爪跡が残され、放った本人は蹴りの勢いのまま半回転してこちらに背を向けている。大した事だが、見とれているのはこれではない。

 

 俺が見とれているのは受け止めた右腕が今も空高く舞っていた事だった。

 こいつは、櫻井春人は、『零落白夜』を使わず、俺のエネルギーを尽きさせてから攻撃するでもなく、単純にシールドをそれ以上の力でぶち抜いてダメージを与えてきた。

 

「おお……!」

 

 金属が砕ける甲高い音は刀が繰り出した攻撃に耐えられなかった証。でもそれが曇り空から僅かに覗く日の光を反射して煌めいていた。まるでこの事を祝福するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今まで使わなかったラファールと『葵・改』の最後の機能である脚部に刀を格納しての蹴り。リミットが掛かっているからと布仏先輩が用意してくれた機構がこの場で役に立った。

 足は腕の三倍強い。手っ取り早く強くなるなら腕を足並みに強くするか、足を手並みに器用にしろというのは本当らしい。

 

 ふふ……さっきまでびびってたからダメダメだったが、冴えてきた……冴えてきたぜ!

 とりあえず布仏先輩への報告にはこう書こう。破壊力は充分、強度がいまいち!

 

『らじゃー! それと報告であります! 敵機は無防備であります!』

 

 なら追撃だろ!

 

 俺は手にもう一振りの刀を呼び出すと振り返り様、ローキックのような足払いを放つ。

 

「虚空陣――――」

「む!?」

 

 両足を狩られ、体勢を崩して漸く気付いたらしい。前のめりに倒れそうになるも何とか堪える。

 

「――――禁技」

 

 だが飛び上がった俺が上から踏みつけて、三号を足場に再度跳躍して上空へ。強制的にダウンさせられると同時に三号がバウンドして遅れて上空へやってくる。刀を振り上げた俺の元へと。

 

「天骸!!」

「は、はははっ!!」

 

 地上へと降下しつつ両手で振り下ろすも、さすがにそのまま受けてくれない。残った左腕とシールドが阻み、二振り目も砕けてしまった。

 

「お返しだっ!!」

「ぐぅっ!?」

 

 言葉通りに繰り出してきた左拳を受け止める

 と受けた右腕が嫌な音を立てると共に激痛が走る。

 

「ああ、しまった……だがまぁいい。それより何だ、さっきよりも強いじゃないか。どうしたんだ?」

 

 限界まで残り僅か。それでも何処か嬉しそうに訊ねてくる三号に答える事に。

 

「……大した事ないって分かったからな」

「ほほう、俺が大した事ないと?」

「……お前の事じゃない」

 

 お前が大した事なかったらびびるわ。俺この世界でやっていける自信ないわ。

 なら何かと三号が首を傾げる。

 

「ぅん? じゃあなんだ?」

「……何でもいいだろう。さっさと終わらせるぞ」

 

 こちとらもうそろそろ色々限界なんでな。もう休みたくてしょうがないんだよ。

 左半身を僅かに後ろに下げて腰を落とすと拳を握り締めた。それを見て俺とは対照的に明らかに三号のテンションが上がる。

 

「いいぜ……! お互い片腕、お互い素手! 盛り上がってきたぜ……なぁ!?」

「……はぁ。別に」

 

 これだけ冷めた反応だというのにそれでも嬉しそうに構えた。

 冷めてるのには理由がある。そもそも誰が好き好んで戦ってるのかって話と――――

 

「……お前、周りを見ろと言われたばかりだろう」

 

 もう俺の役目は終わってるからなんだよね。

 

「な……!?」

 

 向かい合っていた三号の胸部から突然白い刃が生えた。その刃の正体については俺よりもこいつの方が詳しいだろう。かなり警戒していたし。

 

「『零落白夜』だと!?」

「後ろからだけど失礼するぜ……!」

 

 背中から聞こえる声の主は表情は見えないが、声からしてしてやったりと言いたげな顔をしているだろう。

 

 

「何で、お前が……!?」

「よくわかんねぇけど、お前にぶん殴られて死にかけたら体力もエネルギーも全快だ!」

 

 そう言うや否や、『零落白夜』の輝きが更に増す。あいつを倒せるようにと、強く強く。

 

 てか、死にかけて体力回復ってどういう事? お前ドMの鑑かよ。

 

「一夏!」

「ああ!」

「決めなさい、一夏!」

「おう!」

「一夏さん、トドメはお任せしますわ!」

「あいよ!」

「一夏くん! 無理はしないでね!」

「分かってます!」

「……ふぁっきゅー」

「何で!?」

 

 さて、簪以外の全員が激励している訳だ。いや、あれも激励なのかもしれない。とりあえずここは俺もするべきなんだろう。

 ゆっくり構えを解いてから溜め息一つ。

 

「……ふぅ。最後は決めろ、一夏」

『お?』

「…………ぃよっしゃぁぁぁ!!!」

 

 何か俺の時だけテンションの上がり方が違う……。どういう事なの……。

 

 そんな俺の混乱も他所に白い刃が三号を切り裂いた。もう大丈夫だろう。安心すると今度こそ意識を手放した。

 



















イチャラブックスしてるの書きたい……


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彼と彼女の物語 ――side箒――

お待たせしますた。
前回の反応凄い。


 姉さんが開発したISのせいで私は一人だった。片想いの相手はおろか家族さえ離ればなれ。保護プログラムのせいで私は小学四年生にしてたった一人で過ごすのを強要されたのだった。

 更には相次ぐ転校のおかげで友人なんていない。私を誘拐しようと誰かが狙うため、同じ土地に長く留まる事なんて許されなかったのだ。

 

 そもそも姉さんと同じ名字に大人達は過敏に反応し、子供の私にご機嫌を取ろうとする。媚びへつらうようになっていた。

 それは大人から子供へ伝わり、その子供から他の子供に伝わっていく。私に関わるのを恐れて離れていく。

 出会った人は皆、目の前にいる私ではなく何処にいるかも分からない姉さんを見ていた。ここにいるはずのない姉を。

 篠ノ之束という世紀の発明をした名前と影は何処までも付きまとって私を苦しめていた。

 

 誰も私を見てくれない。悪い事をしても誰も怒ってくれない。それは剣道でも同じだった。

 私は中学三年生の時、剣道の全国大会を優勝した。だがそれは力にものを言わせた暴力。

 父から教えられた心技体で最も大切な心を忘れていたのだ。それだけじゃなく、私はいつからか遠く離れた大切な人との繋がりである剣道をストレスの捌け口としていた。とても褒められたものじゃない。

 

「お、おめでとう!」

「その……頑張ったな、篠ノ之」

 

 だというのに当時の学校の仲間や先生は私を褒め称えた。その瞳に明らかな恐怖を宿して。

 

 いつの間にか姉さんだけでなく、私も恐怖の対象となっていた。

 当然だ。あんな簡単に暴力を振るう女を恐れるなというのがどだい無理な話。漸く周りが私を見てくれたと思えば、これからも私が一人でいるのには何も変わらなかった。

 

「あ……ああ……」

 

 そんな光景に私は耐えられなかった。逃げ出すように会場を後に住んでいたマンションへと戻るとベッドに倒れこんで泣いた。声が外に聞こえないよう顔に枕を押し付けて。

 

 ただ怒って欲しかっただけなのに。間違いを正して欲しかっただけなのに。もうそれさえ叶わない。

 

「助けて……助けて一夏ぁ……」

 

 昔一緒にいた大切な人に必死に助けを求めるも、側にあの人はいない。きっとこれからもいないのだろう。一夏だけでなく、私の側には誰も。

 

「誰か、誰か助けて……!」

 

 誰も私を見てくれない、誰も私の側にいない。寂しくて冷たい、死ぬまで続く永遠の孤独だ。

 

 そんな未来を想像して誰にも届かない声をあげていると、IS学園に入学しろと政府から言われた。その方が保護しやすいのだと。

 元々拒否権などない私は言われるがままその提案を受け入れた。

 どうせ暗い未来しかないのだ。何をしても変わらないのなら何もしない方がいいだろう。

 

 諦めていた私はそこで一夏と再会し、あの男……櫻井春人と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず春人に抱いた印象はひどく悪いものだった。

 目付きは悪い、いきなり机を叩き割る、よりにもよって千冬さんに挑発するなど本当にただの怖いもの知らずの不良としか言い様がない。

 でもそれは直ぐに間違いだと思い知らされる。

 

「はるるん、飴ちょーだい」

「……ほら」

「わーい、うまうまー!」

 

 何処からともなく取り出した飴を渡すと子供のように喜ぶ本音は嬉しそうに口へと入れる。このクラスの休み時間に行われるいつもの光景だった。

 ただの粗暴な不良なら本音も近付かなかっただろう。だがあいつの周りには本音だけでなく、不思議と人が集まった。私もその例外ではない。

 

 見た目とは裏腹にあいつは優しかった。いつも周りを気にかけているし、頼まれ事は基本的に二つ返事で了承する。

 やっている事だけを見ればまるで物語に出てくるヒーローと相違ない。

 

「春人はね、月みたいな人なの」

 

 鈴が来る前に開催されたお茶会であいつの話題になり、春人と同じ部屋に住んでいる簪はこんな事を言っていた。

 

「月?」

「うん。どんなに暗いところにいても優しく、そっと照らしてくれる……そんな人」

 

 何があったのか、優しげな表情を浮かべながらとても嬉しそうに話す簪。それは同性の私から見ても魅力的だと感じるほど。

 

「ええ……ええ。そうですわね」

 

 簪の言葉に真っ先に同意したのはセシリアだった。しきりに頷くその表情はやはり優しげでとても魅力的だ。

 二人とも同じ人を好きになったせいか、いがみ合う事もあるがこうして好きな人の話題でよく盛り上がる。そんな二人においてけぼりにされるのもよくある話だ。

 

「まぁ……そうだな」

 

 だが今回は大丈夫だった。私でも簪の言いたい事は伝わったし、思い当たるのも充分ある。

 

 そんな素振りなんて全くなかったと思うが、あいつはあっさりと私が一夏を想っているのに気付いた。私の恋を応援してくれるとも。

 手始めとして少し強引だったが、私と一夏が二人きりで食事を取れるように周りにお願いしてくれたのだ。

 他の皆に一夏への恋心が知られた気恥ずかしさがある反面、お節介ともとれるその優しさが嬉しかった。まぁ、私としてはそれよりこの二人との関係をどうにかしろと言いたいのだが。

 

「っ……」

 

 こうして皆と平和で幸せな一時を楽しんでいる一方、私の不安は一向に解消されない。それどころか少しずつ不安は募っていく。

 最初は再会出来た事に浮かれていて気付かなかったが、一夏でさえ何処か遠くを見ている。そんな気がした。

 簪もセシリアもここにはいない春人でさえ本当は私か姉さんに怯えていて、ご機嫌取りをしているのではないかと疑ってしまう。自分が段々嫌な人間になっていくのが分かる。

 

 そしてその予感は当たっていた。

 気付いた切っ掛けは転校してきた鈴と再会してあからさまに様子がおかしくなった一夏だった。あんな一夏は初めて見る。私が知る限り見た事がない。

 誰が見ても二人が想い合っているのは明らかだ。一夏に恋している私でさえ分かってしまった。

 

 数年に渡る私の初恋は儚く散ったのだ。告白するまでもなく、実にあっさりと。

 失意の中、朝から春人に屋上に呼び出されたかと思えば鈴に一夏との恋を応援するよう頼まれたらしい。

 

「……箒はどうしたらいいと思う?」

「私が嫌だと言ったら、支援するなと言ったらどうするんだ?」

 

 私は耐えきれずつい春人に当たってしまった。それまでの不安や苛立ちも乗せて何もかも。あいつは何も悪くないのに。

 だがあいつは私の不安も苛立ちも受け止めて、いつも通りに話してくれた。

 話していく内に徐々に毒気を抜かれ、冷静になってみれば自分が酷く嫌な人間だと思い知らされた。

 これが本当の私だ。こんな女が一夏と釣り合うはずがない。

 

「でも好きな人に振り向いて欲しくて一生懸命頑張ってる箒も本当の箒だと思う」

 

 そのまま春人に伝えれば、あいつは私の不安を一蹴した。掛けてくれた言葉に戸惑いながら嬉しく思ったのは秘密だ。

 両思いのあの二人に今更私が入り込む余地なんてない。でもこんな風に私を見て応援してくれる春人を裏切りたくなかった。やれるだけはやってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前に春人が相談してきた屋上で一人、壁に寄り掛かっていた。そのままずるずると落ちていき、体育座りへ。

 

 襲撃してきたISから守るために一夏も春人も皆が戦った。私だけ安全なところから見ているなんて耐えられそうにない。

 だからせめて皆に激励だけでもと思い、通信が使えないから中継室へと向かった。そうすればどうなるか分かっていながら。

 

「最低だ……」

 

 自分が何をしたのかを振り返りそう呟いた。抱えた膝に顔を押し付けて。

 先ほどまでいた保健室での光景を思い出せばより一層後悔が強くなる。

 

 一度は立ち上がったものの、私を庇ったせいで春人は再び倒れた。保健室にいるのはあいつが起き上がるのを静かに待つ人だけ。その原因である私がいていいはずがない。

 

「いや、違うな……」

 

 そこまで考えて、自らの考えを否定した。

 本当は逃げ出したのだ。春人をあんな酷い目に遭わせたのに誰も私を怒ってくれない状況から。

 誰も、一夏も怒らなかった。ただ無事で良かったとだけしか言わない。やはり皆は私か姉さんに怯えているのだ。だから怒らない。怒れない。

 あいつも起きたらきっと愛想を尽かせているのだろう。それが何よりも怖かった。

 

 謝りに行きたいけど、行きたくない。そんな自分勝手な葛藤に苦しんでいれば、屋上への扉が開く音がした。

 

「あっ……」

「……ここにいたのか」

 

 俯いていた顔をあげればそこには羽織るようにしたYシャツの左腕だけ袖を通した春人がいた。右腕は三角巾で吊っていて、その姿は非常に痛ましくある。

 

「だ、大丈夫……なのか?」

「……あんまり大丈夫じゃない」

「そう、だろうな……」

 

 何を言えばいいのか分からず思わず馬鹿な質問をしてしまった。ついさっきまで倒れていたのだ。大丈夫な訳がない。

 春人の言葉にも怒気が含まれているのは気のせいではないだろう。

 

「すまない、私のせいでそんな目に遭わせてしまった……」

 

 そう思えば自然と謝罪の言葉を口にしていた。こんなもので許されるはずもないが、それでもやっぱり謝りたくて。

 すると春人は小さく溜め息を吐くと私と視線の高さを合わせるためにしゃがんだ。黒く、いつもより鋭い目付きが私を射抜く。身がすくんだ。

 

「……お前、あの状況であんな事をすればどうなるか分からなかったのか?」

「わ、分かっていた。でも皆に、一夏に、お前に無事でいてほしかったんだ。だから――――」

 

 瞬間、乾いた音が鳴った。

 紡いだ言葉は途中で切られ、頬が焼けるように熱くなり、遅れて痛みがやってくる。

 

「皆に無事でいてほしかった!? お前が無事じゃなくなるところだったんだぞ!!」

 

 頬に感じる痛みと目の前で怒鳴っている春人を見て初めて私はこの状況を理解した。

 ――――目の前にいる優しい男に私は怒られているのだと。

 

「しかも黙ってこんなところに来て! 皆が心配してるだろう!」

「で、でも」

「でもも何もない!」

「ひっ……!」

 

 私だけでなく、恐らく皆が初めて見る怒った春人は想像以上に迫力があった。

 その反面、嬉しかった。いつ以来だろう、怒られるのは。いつ以来だろう、上辺だけの心配ではなく本当に心配されるのなんて。

 

「…………とにかく無事で良かった」

「ごめん、なさい……」

「……ちゃんと心配した皆に謝れ」

「分かった……」

「……ならいい。それと――――」

「?」

 

 一頻り怒った春人は怒鳴るのをやめると普段の口調に戻り、こう言った。

 

「――――ありがとう」

「えっ……」

 

 分からなかった。何で私がそんな事を言われるのか。呆けてる私を不思議そうに見つつ、春人は続けた。

 

「……やり方がどうであれ、箒が皆を助けようとしたのは分かってる」

 

 違う。

 

「……そのおかげか、勝てたしな」

「……がう」

 

 違うんだ。

 

「……だから」

「違う!」

「……?」

 

 大声を出した勢いに任せて立ち上がると、今度は私が怒鳴り付ける。未だしゃがんだまま、何も知らない春人へと。

 

「私はお前に怒られても、感謝されるような事はしていない!」

「…………どういう事だ?」

 

 そんな事を言えば訊ねてくるのは当然だ。

 これを言えば私は一人になる。自ら居心地のいい場所を手放すのは恐ろしいものがあった。

 だがそれ以上に言わないままでいる方が、こいつに真実を言わないでいる方がずっと怖い。

 

「分かっていたんだ……。あんな事をすればどうなるかなんて分かっていたんだ……!」

「…………危険は承知の上でやったんだろう?」

「お前が助けに来てくれる事もだ!!」

 

 春人が取った行動に俺達は誰一人疑問なんか持っちゃいない。

 

 あのISに向かって一夏が言っていた事だ。

 その通りだ。私も分かっていた。どんなに危なくても春人が助けに来てくれるのだと。分かっていてあんな行動をしたのだ。

 

「私は、お前を利用したんだ!!」

 

 最低だ。こいつのお人好しにつけこんでいたなんて。

 これでもう終わりだ。僅かに見えた光も自らの手で掻き消してしまった。私はずっと孤独でいるしかない。

 

「…………はぁ。箒と話していると日本語が難しく感じる」

 

 そう思っていたのに光は消えなかった。

 また溜め息を吐くと春人も立ち上がり、穏やかな口調で話し掛けてくる。

 

「……前にも言ったが気にしすぎだ。もっと簡単に考えろ。お前は俺を信じてくれただけだろう」

「そう、かもしれない……」

「……ならそれに応えないとな」

 

 言い方の問題ではない。そんな簡単な話でもない。だがこいつはそれで終わらせようとしている。何とも甘いやつだ。

 

「……それに俺の知ってる篠ノ之箒はそんなやつじゃない」

「春人の知ってる私?」

 

 オウム返しのように繰り返すと僅かに頷いてから教えてくれた。

 

「……好きな人に素直になれなくて、そいつのために一生懸命頑張って、好きな人と話すだけで心底嬉しそうにしている。そんなやつだ」

「っ……!」

「……他人を利用するなんて器用な真似出来そうにない」

 

 じわりと目に涙が浮かんでいくのが分かる。

 恐怖や姉さんの事以外でちゃんと私を見てくれる人なんてもうないと思っていたのに。もう我慢なんて出来なかった。

 

「…………? おい」

「うぁぁぁ……!!」

「っ!!? おい、ちょっと……まっ!?」

 

 春人の左半身に抱き付いて、声をあげて泣いた。枕の代わりに戸惑うこいつの胸板に顔を押し付けて、思いっきり。

 今までのベッドみたいに寂しくて冷たいなんて事はなかった。慌ただしく賑やかで、何より暖かい。私の声を聞いてくれる相手がいるのがこんなに嬉しいなんて。

 

「な、泣き止んだか?」

「ああ。その、すまない」

「そ、そうか。はぁ」

 

 暫くして泣き止むと少し疲れたようにこいつは呟いた。いや、どちらかというと安堵したと言ってもいいのかもしれない。

 

「迷惑……だったか?」

「……そうじゃない。ただ泣かれるのが苦手なだけだ」

 

 言いながら空の左手を軽く振って飴を取り出す。相変わらずどういう仕掛けなのかさっぱり分からない。

 すると取り出した飴をそのまま私へ差し出してきた。前にも食べた事があるオレンジの飴だ。

 

「何で私に……?」

「……甘いものはいいぞ。嫌な事も多少は忘れさせてくれる」

「だから飴を持っているのか?」

「……いや、単に甘いものが好きなだけだ。辛い事からは目を背ける性質だからな」

 

 こいつも人間だ。そういう時があるのかと思ったが否定された。物凄く簡単な理由だ。

 そして続いた言葉は何ともカッコ悪いもの。一瞬目を丸くさせて驚いたが、すぐに吹き出してしまった。

 

「ぷっ、何だそれは。カッコ良く言っているつもりだろうが、内容は凄くカッコ悪いぞ」

「……そんなもんだ」

 

 もう一度差し出された飴を受け取ると早速口の中に放り込んだ。何処かの誰かみたいに甘い。

 

「甘いな……」

「…………甘いのは嫌いだったか?」

 

 思わず口にした感想に不安そうに春人が訊ねてくる。答えなんてもう決まっていた。きっとこの場所で鈴の事で相談を受けたあの日から。それが今分かったのだ。

 

「いいや、大好きだ」

 

 今の私はいつかの簪やセシリアみたいな表情を浮かべているだろう。鏡なんて見なくても分かる。

 感謝しよう。ずっと続くと思っていた孤独の闇を晴らしてくれた、優しく照らしてくれるこの光と会えた事に。



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彼と彼女の物語 ――side束――

解放された……はず。
ディスチャージされたはず……。


 小さい頃から私は周りと違うと認識していた。

 同世代と比べてではない。大人と比べても私は優秀だったと思う。

 思うと言ったのはその時にはもう興味がなかったから。それは実の親でさえ例外ではない。でもほぼ間違いなく、私は優秀だった。

 その証拠として大人が知らない事も私は理解していた。知っていたと上辺だけの事ではなく、その物事の根底から理解していた。

 でも自他共に天才と認められている私でさえ分からないものがある。それが宇宙だった。

 

 あの広大な宇宙の彼方には未知の星があり、そこには未知の生命がいる。宇宙の果てには何があるのかなどあげればキリがない。調べても調べても、分かるどころか更に気になるところが増えるだけ。

 そんな宇宙の魅力に取り付かれた私は必ず宇宙へ行くんだと、一人星が輝く夜空に誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙へ行くためにはロケットも必要だけど、船外活動をするためのスーツも必要だ。

 何が起こるか分からない宇宙において、今の宇宙服では正直心許ない。ほんの小さな破片一つで宇宙服が破れてしまい、人命に関わる事になるからだ。

 だから私は何があっても人命は守る宇宙服を作る事にした。これが夢への第一歩と言ってもいいのかもしれない。

 スーツには着用者を守るバリアは勿論、制御の中枢であるコア部分に意識を持たせる事で何が起きたのかを観測し、学習し、対応出来るように幅も持たせた。更には独自のネットワークで他のコアにもその経験を伝達出来るようにも。出来る限りの事はした。

 

「おい、本当に大丈夫なんだろうな……」

「まぁまぁ! やってみてのお楽しみってやつだよ!」

「それをやってみるのは私なんだが」

「と、なんだかんだ文句を言いつつやってくれるのがちーちゃんの良いところ!」

「ちーちゃんはやめろ」

 

 さてさて、作ってみたはいいけど実際動きませんでしたでは話にならない。開発にはテストが付き物だ。

 そこで私は小学生の頃からの付き合いで唯一の親友であるちーちゃんを私の夢に巻き込んでみた。勿論、嫌だと言ったら一人でやるつもりだ。

 そうしたらあっさりと協力してくれるって。やっぱり持つべきものは親友だね。

 

「じゃあちーちゃんの熱い要望に応えて、まずは石ころからぶつけてみようかな」

「軽く投げろよ……」

「任せて、ぶいっ!」

 

 試作スーツの機能を確かめるべく、テスト開始。

 まずはバリアからなんだけど、銃で試してみようとしたらちーちゃんがかなりガチで止めに来たので石ころからだ。

 そんなに怯えなくても大丈夫なんだけどなぁ。

 

「そぉれっ!」

 

 掛け声と共にスーツを着用したちーちゃんに向かって山なりに石を投げる。予定では展開されているバリアが直前で弾くはずだ。

 

「あっ」

 

 でも放物線を描いて向かっていく石は直前で弾かれる事なく、ちーちゃんの顔面に命中。

 小さい石を投げたからそんなはずはないのに、何故か頭の中で鈍い音が聞こえてきた。

 

「……おい、どういう事だ?」

「え、えっとですね……」

 

 静かに訊ねてくるちーちゃんは迫力満点だった。あれはまずい。これでもかと頬がひくついて怒りを示している。嘘はつけそうにない。

 

 通常、バリアはあくまで危険なものだけを弾くようにしている。高速で飛んで来る石ころならいざ知らず、緩やかにやってくるのなら弾かない。

 束さんとした事がそんな石ころもバリアで弾くように設定するのを忘れていた。やっちまったぜ。

 その事を説明するとちーちゃんの険しい顔がより一層強まる。

 

「何か言う事はないのか?」

「束さんうっかり、てへペロッ!」

「……ほう?」

 

 和んでもらおうと選んだ一言は物凄く失敗だったらしい。とても未成年の学生とは思えない迫力を出しながら重い口を開いた。

 

「……束、そういえばこのスーツにはパワーアシストとかいう機能があったな」

「えっ」

「ただのデコピンがどの程度にまでなるか、お前で試してやる」

「Nooo!!」

 

 そうして始まった追いかけっこ。こんな風に毎日開発と実験と失敗、そして成功を繰り返しているとスーツは完成に近付いていく。

 ある日、いつもの如くテストをしているとちーちゃんから当然の質問をされた。

 

「束、一ついいか?」

「んー? 何ー?」

「協力するのは私だけでいいのか? 他にもいるだろう。この前やってきた人とか」

 

 いつしか私達の実験は有名なものとなっていた。山奥から人間大の何かが飛んでいったりしていれば有名になるのも時間の問題だったのかもしれない。是非とも私達に協力させてくれと色んな人が訪ねてきていた。少しでもそのおこぼれに肖れるようにと。

 

「ごめんね、ちーちゃん。私、馬鹿な人って嫌いなんだ」

 

 馬鹿は嫌いだ。目先の欲と自分の事ばかり気にしてその先の事なんて一切考えない。こっちのペースを掻き乱されるのはごめんだね。

 

「……何かしら賞を取っていたと言っていたが」

「ああ、それでも馬鹿は治らなかったんだね。可哀想に」

「はぁ……。もういい……」

 

 説得するのを諦めたのか溜め息と共に俯く。長い付き合いだからこれ以上は何を言っても無駄だと分かったんだと思う。

 

 でもそんなちーちゃんもきっと分からない。皮肉を言いながらも私の夢を真面目に聞いて、ただの善意で協力してくれるのがどれだけ嬉しかったのかなんて。

 

「私はちーちゃんにぞっこんだからね! 他の人に浮気なんてしないのさ!」

「やめろ、普通に気持ち悪い」

「ちーちゃん酷いよ!」

 

 ま、まぁこんな風に普段はツンデレの化身だけどね。私はちゃんと分かってるからいいのさ!

 

 私達が作り上げたこのスーツはインフィニット・ストラトスと名付けた。いつか何処までも続くこの空の先へ行けるようにと願いを込めて。

 そんな願いを嘲笑うかのような事件が起きる。私達が行っていた実験は悪意ある人間の耳にも届いていたらしい。端的に言ってしまえばろくでもない戦争屋だ。どうにかしてISを表舞台に引っ張り出したかったらしい。

 そのために掻き集められた百を優に越えるミサイル群は私達が住む関東なんて簡単に焼け野原に変えてしまえる。

 

 私と大切な人達が逃げるだけなら幾らでも出来た。でもちーちゃんがそれを許さない。もしそれをしたら私はきっとちーちゃんの親友ではなくなってしまう。

 だがハッキングするにしても数が多いし、時間がない。既に発射されているのもある。逃げるのも、未然に防ぐのもダメなら迎撃するしかなかった。

 でも国の防衛装置もこれだけの数のミサイルは想定していないだろうし、私からすれば完全に防げるかどうかも怪しいものだ。

 

 ――――そう、選択肢なんてあるように見えて、元から一つしかなかった。

 

 全てのミサイルを迎撃するのに成功した私の夢は全世界で有名となった。着用者の安全を守る画期的な宇宙服ではなく、現行の全てを上回る兵器として。

 しかもそのせいで保護プログラムの対象となり、大切な妹の箒ちゃんはいっくんとも離ればなれになってしまった。

 

「どうしてこうなったのかなぁ……」

 

 暗闇に向かって呟くも答えは返って来ない。

 世界中に散らばったコア達からの情報に目を通していくと、あげられるのは悲惨なものばかり。

 人の命を守るはずの発明が、人の命を奪っている。直接的にも、ISが女性にしか扱えないのを良い事に女尊男卑とかいうので間接的にも。

 

 どうしてこうなったのか。どうすればいいのか。私には何が出来る。

 ぐるぐる頭の中を駆け回り――――

 

「あっ、そうか」

 

 そこまで考えて気が付いた。私とした事が多少なりショックを受けていたらしい。

 

 単純な話だった。私の夢がこのおかしな世界を造り上げた。ならその世界を終わらせるのが私の夢でも間違ってないだろう。

 

「うんうん! そうと決まれば早速作ろうかな!」

 

 この物語の主役はいっくんと箒ちゃんだ。内容は唯一の例外であるいっくんがIS学園で箒ちゃんと再会、二人で愛を育んで強大な敵を倒す王道のお話。ちーちゃんには二人の師匠ポジションに回ってもらおう。

 

 頭の中で思い描いたハッピーエンドの物語を実行すべく、私はラボを稼働させた。二人が戦う強大な敵を作るため。もう一人の例外がいる事も知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が切っ掛けで起こったIS学園での事件は奇跡的に死傷者〇で終わった。ただ一人の例外を除いて。

 

「やぁやぁ、初めましてジョーカー!」

「……どちら様ですか? というかジョーカーって……?」

「皆のアイドル、束さんだよ!」

「…………はぁ」

 

 誰もいなくなった隙にその例外で、もう一人の男性操縦者がいる保健室へ侵入した。

 もう一人は窓から突然入って来たのに反応は薄かった。名乗っても微妙な反応だ。

 

「ジョーカー、君に言いたい事があって遠路はるばる来たのさ!」

「……何ですか?」

「うん、箒ちゃんを助けてくれてありがとう!」

「……このままですみませんが、どういたしまして」

「反応が薄いなぁ……」

「……何かすみません」

 

 ベッドの上で上半身だけ起こしているこいつはそう言うと軽くお辞儀する。やはり反応は薄い。

 

 むむむ、ならこれはどうかな?

 

「あの三機のISは君を消そうと私が仕向けたんだけど――――」

「っ!!」

 

 言い終える前にこいつの元々悪い目付きがより一層悪くなる。それにつられて雰囲気もガラリも変わった。

 もう怒っているのかと思ったけど、どうやら今初めて怒っているらしい。

 

「……本当、ですか?」

「本当だよ。嘘は吐かない主義だからね」

「大勢の人が怪我するところでした……! 箒に至っては下手をすれば死ぬところだったんですよ!?」

 

 暗くなってきた保健室にこいつの怒声が良く響く。突然やって来た理不尽に対する至極真っ当な怒りだ。

 

 確かに怒られる内容を言ったけど、それでもこいつは他の人が傷付くかもしれなかった事を怒っている。傷付いたのは自分だけなのに。

 

「そう、だね。だから――――」

 

 そこまで言うと私は深々と頭を下げた。スカートの裾をこれでもかと強く握り締めて。

 

「本当に、本当にありがとう……!!」

「っ!?」

 

 震える声で言えばベッドから驚きの声と何かに動揺したかのような物音が聞こえてくる。

 ここにちーちゃんがいたのなら同じような反応をしていたのかもしれない。私が他人に頭を下げるなんて見た事もないはずだから。

 

 箒ちゃんが狙われた時、私は何も出来なかった。いつも簡単に出来ているキーボードを叩く事さえ儘ならなかった。

 もし間に合わなかったなら。もし大切な妹がこの世界からいなくなってしまったのなら。

 そう考えただけでもう終わった事なのに今も指先が震え、あれだけ泣いたのに目からは涙が溢れて止まらない。怖くてしょうがなかった。

 

「あ、あの……す、過ぎた事なんで……な、泣かないでください」

 

 さっきまでの怒りは何処へやら、ベッドの上でオロオロしながらこっちに話し掛けてくる。泣いている私をどうにか泣き止ませようとしていた。

 

「う、うん。えへへ……君は泣いてる人に弱いんだね」

「……こればっかりはどうにも」

 

 言われて強引に涙を拭うと慌てぶりが面白くて少し笑ってしまった。

 屋上での箒ちゃんとのやり取りを見ていたけど、同じようにただひたすらオロオロしていた。泣き止むと心の底から安堵するのも。

 

「あ、一つ聞いてもいい?」

「……何ですか?」

「何で箒ちゃんを助けてくれたの? 箒ちゃんの事が好きなの?」

 

 こいつは普通なようで狂ってる。基本的な感性は普通の人間に近いようけど、自分に興味がない。だから自分が怪我した事について何も言わないんだと思う。

 

 そんなこいつでもさすがに死ぬのは怖いはず。だとすれば助ける理由も限られてくる。

 もしかしたら箒ちゃんと両思いかもしれないもんね。お姉ちゃんとして知っておくべきだと思います!

 

「……人として好ましいとは思っています」

「いやいやいや、私が聞きたいのはラヴの方だよ」

「……別に。そもそもあいつには織斑がいますから」

「お、おぉう……」

「……?」

 

 今度は私が頭を抱えるはめに。こいつは嘘を言っていないからだ。頭に付いてるウサギ耳型の嘘発見器が何も反応しないのがその証拠。

 あんなやり取りがあってこれってどういう事なんだろう? そもそもそれなら助けた理由が分からない。

 

「な、なら何で? 死ぬかもしれなかったんだよ?」

「……確かに死ぬかもしれませんでした」

 

 でも、とシーツを強く握り締めて続ける。

 

「……でもあそこで行かなかったらどうなるかを想像したんです」

「ほうほう。どうだったの?」

「……後悔しました」

 

 うん。……ぅん?

 

「えっ、それだけ?」

「……? はい」

「えぇ……」

 

 変なところで話を切られたので続きは、と訊ねればない、と返ってきた。理由としては凄く弱い。

 それを察したのか、まだ続きがあったのか、再び口を開いた。

 

「……想像しただけで凄く後悔したんです。現実に起きてしまえば俺は死ぬほど後悔する」

「――――だから『かもしれない』方に行ったの?」

「……はい」

「そっか」

 

 本当に、本当に単純な理由だ。分かってしまえばあまりにも単純過ぎる理由に笑みが溢れた。そして噛み締めるようにもう一度呟いた。

 

「そっかぁ……」

 

 行けば死ぬかもしれないけど、行かなかったら死ぬほど後悔する。どっちにせよ死ぬような苦しみは味わってしまう。

 だからこいつは選んだ。まだ助かる可能性がある方へと。かもしれない方へと。

 

「君さぁ、よく馬鹿って言われない?」

「…………言われた事はありませんが、自覚はしています」

 

 また嘘は言っていない。本当に誰にも言われた事がないんだろう。でも間違いなくこいつは馬鹿だ。しかも私が知っている中でもトップクラスの。

 

「ごめんね。でも私は君みたいな馬鹿、好きだよ」

 

 馬鹿は嫌いだ。それは今でも変わらない。そいつらが私の夢を利用したんだから当然だ。でも世の中にはこんな馬鹿もいるんだね。

 何となくだけど、あの子がこいつを気に入った理由が分かった気がする。

 

「…………ありがとう、ございます?」

「うんうん、今のは褒め言葉だからね。素直に受け取っていいよ」

「……そうですか」

 

 首を傾げて戸惑いながらもお礼を言ってくる彼を見ていると、この世界も捨てたもんじゃないと思えてくる。

 史上初ではないんだろうけど、それでもある意味でISのあるべき姿を見せてくれた彼に感謝しよう。

 

「君はISをそういう風に使うんだね」

「……本当はただ飛んでいたいだけなんですが……」

「へ……?」

「……ん?」

 

 思わず間抜けな声が出た。時間が止まったと言ってもいい。それぐらいあっさりと、そして衝撃的な事が彼の口から飛び出た。

 ただ飛んでいたいだけ。とてもISを兵器として見ている人間が言う台詞ではなかった。

 

「き、君にとってISはなんなのかな?」

 

 歓喜に打ち震える私はその喜びを必死に抑えながら何とか絞り出した。

 糠喜びになるかもしれない。だからまだ待て。そう頭の中で叫びながら。

 

 最初の紹介で私が開発者だというのは彼も知っている。なのにそんな事を聞いてくるのが解せないのか、また不思議そうに首を傾げながら彼はこう答えた。

 

「…………翼なのでは?」

「つ、翼?」

「……人を宇宙へと、空へと羽ばたかせてくれるものでは?」

 

 翼。そう答えた彼の言葉の虚偽を確かめるべく、頭のウサギ耳を見るけど動く気配はない。

 嘘じゃ……いや、もしかしたら故障しているだけなのかも。

 

「な、何か嘘言ってみて」

「……今日も平和でした……?」

 

 反応した。壊れてはいない。つまり目の前にいるこの子は私の夢の理解者になる。ISを兵器としてではなく、私が名前に込めた願い通りに受け止めて。

 世界の何処にもいないと思っていた理解者がこんなところにいたんだ。そうと分かれば早かった。

 

「ねぇねぇ、君の名前は!?」

「……さ、櫻井春人です」

 

 詰め寄って名前を訊ねる。漸く見つけた理解者だ。興奮している私に彼も戸惑っているようだけど、気にしていられない。名前なんて私が調べれば十秒も掛からないけど、直接彼の口から聞きたかった。

 

「櫻井春人……櫻井春人……櫻井春人……」

 

 目を瞑って彼の名前を口にする度に胸が暖かくなっていく。それが心地好くて何度も口にした。何度も。何度も。

 

「じゃあ春人だからはるくんだ! はるくん、はるくん!」

「っ!」

「? 何ではるくん今ガッツポーズ取ったの?」

「…………何でだろう」

 

 幾度か繰り返してから私の中で決まった呼び方で呼ぶと、何でか彼は怪我をしていない左手でガッツポーズを取った。それについて問い掛けてもただ左手をぼんやり眺めるだけ。

 

 自分の事なのに分からないなんて変なの。それよりはるくんとあの子の方が気になるからいいや!

 

「ねぇねぇ、はるくんのIS見せて!」

「……どうぞ」

 

 包帯やら袖やらで隠れていた待機状態である黒いブレスレットが僅かに覗いた。そこへ私の移動式ラボから出たコードがところ狭しと次々に刺さる。

 さすがに怪我をしている状態で展開しろなんて口が裂けても言えない。

 

「へー……ふーん……」

 

 すると色々と見えてきた。はるくんのISはパワーアシストを使ってその異常とも言える身体能力を抑え込んでいる事、何故そうしているのかも。

 三割にまで抑えて更に重りの装甲付けて漸く他の人と同じくらいってかなり凄いけど……。

 

「はるくん、このISじゃ窮屈じゃない?」

「……まぁ、しょうがないです」

「むぅ……。あと何で近接武装しかないの?」

「……それは織斑先生からの指示です」

「ちーちゃんの!?」

「…………ちーちゃん?」

 

 はるくんがちーちゃんという呼び方が気になっているみたいだけど、それどころじゃなかった。

 

 むむむ……! あのちーちゃんがはるくんの装備に口出ししてくるなんて……まさかまさか箒ちゃんだけじゃなくて、ちーちゃんも?

 

「はるくんの女誑し!」

「…………何かすみません」

 

 そう言うとはるくんは素直に頭を下げて謝ってきた。我ながら物凄く理不尽だと思う。

 

 それにしても私は追われる身なので直ぐにははるくんの側にいられない。くーちゃんもいるしね。

 でもその間にも箒ちゃんやちーちゃんは側にいてアピール出来ちゃう。ず、ずるい。

 

「そうだ! たしか持ってきてたはず……あった!」

「……?」

 

 負けていられないと宙に浮かぶキーボードを操作してはるくんのISにある武装がインストールされていく。

 兵器ではなく、翼として見てくれる彼には必要ないものかもしれないけど備えあれば憂いなしって言うもんね。

 

「はるくん、武装見てみて!」

「……黄金の、弓?」

「そう! これは束さん特製の遠距離射撃武器で『聖弓ウィリアム・テル』、又の名を――――」

「…………ん? えっ?」

 

 はるくんのISにこれまでにはなかった光輝く黄金の弓が武装欄に映し出される。

 

「『天狼星(シリウス)の弓』って言うんだけど、これあげるね! これ凄いんだよ!」

「あ、ありがとうございます」

「えへへ」

 

 開発中の専用機に搭載する予定だったから今のISじゃ本来の半分ぐらいしか性能出せないけどはるくんが喜んでくれて何より!

 さ、さぁここからが本番ですよ……。

 

「で、でね? 束さんお礼というか、ご褒美欲しいなーなんて……」

「……何か欲しいものがあるんですか?」

「ものというか、えっと……その……」

 

 ご褒美の内容を言い淀んでしまう。どんな反応されるか分からないから。

 でもこれははるくんの近くにいられない私へのご褒美だ。ちゃんと言わないと。

 

「ギュってしても、抱き締めてもらってもいいですか……?」

「…………」

 

 い、言ったはいいけど緊張しすぎて思わず敬語になっちゃった。はるくんはそう来るとは思ってなかったのか、頭抱えてるし。

 これはダメなのかな? ダメ、なのかな……?

 

「ダメ……ですか……?」

「ダメじゃないです」

「っ! う、うん!」

 

 目尻に涙を浮かべながら訊けば即座に大丈夫だって言われた。私は意気揚々とはるくんの左側へ向かう。腕が折れてない左側へと。

 

「し、失礼します」

「…………はい」

 

 はるくんに再度確認してから恐る恐る手を伸ばす。乗り掛かって軋むベッドの音が良く聞こえた。

 音が出ないように優しく、柔らかく抱き付けば空いている左手で私の腰を抱き寄せてくれた。優しく、でも力強く。

 

「……これでいいですか?」

「うん……」

 

 直ぐ側から聞こえてくる声に耳を傾けつつ、五感全てではるくんを覚えていく。匂いも、暖かさも、感触も、声も何もかも。

 

「はるくん……」

「……何ですか?」

「えへへ、はるくんの声が聞きたかったんだぁ……」

「…………そうですか」

 

 言いながら頬と頬を擦り寄せればまた幸せな気持ちになる。身体をもっと密着させれば鼓動も感じられた。

 最初はそれだけで良かったのに足りない。もっと、もっとと欲が出てくる。湧き出る欲に従って動くと、気付けばはるくんを押し倒していた。それでも私の熱は止まらない。熱に浮かされるまま名前を呼んでいた。

 

「…………あ、あの?」

「はるくん、はるくん、はるく、ぐぇっ」

「学園で何をする気だ、この馬鹿は」

 

 あともう少しというところでちーちゃんに首根っこ掴まれて引き剥がされてしまった。

 めくるめく大人の世界が……。残念だけど次回に持ち越しだね。

 もう帰ろうとした私はふと用事を思い出して振り返った。

 

「はるくん!」

「……何ですか?」

「はるくんに専用機あげるね! はるくんが枷なんか付けなくても、この空を思いっきり飛べるような凄いの!」

「……それは……」

 

 元々この世界への皮肉で付けた名前だったけど、ちょうどはるくんに合うしね。もう少し改造すればはるくんの身体能力にも耐えられるはず。

 

「おい、束。そんな事をすればこいつは――――」

「ちーちゃんも分かってるでしょ? はるくんはそんな子じゃないって」

「まぁ……な」

「……?」

 

 ちーちゃんが何を思って枷を付けているかなんて分かってる。だから本当は五割でも良いところを三割まで抑えてるんだ。

 でもはるくんはそんな子じゃない。そこら辺はちーちゃんの方が分かってると思うけど。

 

「だからはるくんも遠慮しないでいいんだよ!」

 

 そこまで言うとまた少し考えてはるくんは答えを出した。

 

「……すみません、お願いします」

「えへへ、お願いされました!」

 

 これはこの子に空を飛んで欲しいというだけじゃなく、贖罪と感謝も兼ねている。

 よく知ろうともしないで消そうとしてしまった事への贖罪と、まだこの世界は捨てたもんじゃないと教えてくれた事への。

 きっとこの子なら、この世界を壊すために作ったISも正しく使ってくれるはずだ。

 

 色々間違えたけど、もう間違えたりしない。世界の何処かにも理解者がいるんだと思うと正しい使い方を宣伝しなくちゃね。

 

 さぁ、頑張るぞー!




次回はこの翌日のお話です。
こんな日常になりましたってのを二話ぐらいやる予定です。


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29話

久しぶりに間隔短い投稿です。

短縮!最速!完了!


『ちゃちゃらちゃっちゃっちゃらっちゃーら』

 

 ……意識がゆっくり覚醒していくにつれて、何か頭の中で物凄く古めかしい感じの曲調が流れ始める。しかもそれを演奏するのは楽器ではなく口だ。何だこれ。

 

『ねぇ、お花見しよ!』

 

 もうその時期終わったよ!

 

 クラス対抗戦翌日の早朝。慣れとは怖いもので、結局いつも通りに起きてしまった。今日はゆっくり寝ていようと思っていたのに。

 というのも折れている右腕は勿論、昨日は色んな事がありすぎて身体が悲鳴をあげている。

 具体的には喉。普段あんまり喋らないのに叫んだり、話しまくったりしてたからだと思うが起きたら喉が痛い。のど飴舐めなきゃ。

 

『うぅん……春人って変なところで貧弱だよね』

 

 おいおい、ミコトちゃん。逆に聞くけど、俺に強いところあると思ってんの?

 

『えぇ……』

 

 まぁなんにせよ、慣れない事はするもんじゃないってこったな。良い勉強になったぜ。

 

 それにしても昨日はまじで色んな事があったな……。

 変なのに狙われたり、箒が無茶しようとしたから庇ったら簪とセシリアに泣かれたり、その事で怒ったら箒に泣かれたり、箒を助けた事で篠ノ之博士に泣かれたり、部屋に戻ろうとしたら別部屋になるって簪が泣きそうになってたり。

 

『泣かれてばっかじゃないですか、やだー!』

 

 いや、本当にね……。どういう事なの……?

 これ絶対織斑の役目だよ……。

 

 ともかく、簪は別部屋に移動となったので今は俺一人でこの部屋を使っている。

 簪がいた頃はかなり気を付けていたが、これからは一人だ。ゴミ屋敷にしないよう気を付けなければ。

 

「……電話?」

 

 そう決意したところで俺の携帯が振動し始めた。そちらに視線を向ければ画面には見た事もない番号が映っている。当然、名前も出てこない。

 

 こんな早朝から間違い電話というのも珍しいが……まぁ出れば分かるか。

 

「……もしもし、櫻井です」

 《あっ――――》

「……?」

 

 電話に出ると聞こえてきたのは吹けば消えそうなか細い声。やはり間違えたのか、想定外の人物の名前に言葉が続かない。

 

「……間違い電話ですか?」

 《いや、あの……その……!》

「…………もしかして篠ノ之博士ですか?」

 《っ!!?》

 

 電話の向こうから何やら慌てふためく物音が聞こえる。どうやら正解のようだ。

 

 《な、何で分かったの……?》

 

 何で分かったのか不思議なようで聞いてきたから答える事に。実はそんなに難しい事ではない。

 

「……声を聞けば分かります」

 《っ!!》

 

 そう、数々のアニメ観賞で鍛えられた俺のダメ絶対音感ならね!

 

『馬鹿と春人は紙一重ってよく言ったもんだね』

 

 それ両方馬鹿だけど大丈夫?

 

 《わ、私も! 私も声だけではるくんだって分かるよ!》

「……そうですか」

 《うんっ!》

 

 まさか篠ノ之博士が似たような特技を持っていると言ってくるとは思わなかった。しかも何故か嬉しそうに。電話越しからでもそれが伝わってくる。

 

 《というかはるくん、篠ノ之博士じゃなくてもっと親しみと愛を込めて名前で呼んでよ!》

「……分かりました」

 

 うぅむ、失礼のないようにそう呼んでいたのだが……。当の本人からそう言われているんだし、いいか。親しみと愛が込められているかは知らないけど。

 

「……束さん」

 《――――》

「…………束さん?」

 《は、はいっ》

 

 名前を呼べばさっきまでの陽気な束さんは何処へやら、急に緊張したように畏まった返事がやってきた。

 

 ていうか会話終わっちゃったよ。ちくせう、また俺から振るしかないか。

 

「……それで束さん、電話の用件は?」

 《あっ……えぇと、そうだ! 専用機に使うコアって今一緒にいる子でもいいよね?》

「…………それは」

 

 用件を訊ねればまるで今思い付いたかのように話し出した。昨日、俺にあげると言ってくれた専用機のコアについて。

 しかし、ミコトは元々学園に所属している。いつかは、遅くとも卒業する頃には離れなくてはならない。

 

 《ああ、学園は違う子に任せるから気にしないでいいよ!》

『マミー! ありがとせんきゅー!!』

 

 と思っていたらこれである。開発者って、すげー。

 喜ぶミコトを尻目に再度確認してみる。

 

「……いいんですか?」

 《もっちろん! その子ははるくんと一緒にいたがってるからね!》

 

 へー、そうだったのか。まぁ俺もその方がいいしな。

 

『えっ……?』

「……でしたらすみません、お願いします」

 《うんっ、束さんにお任せ!》

 

 束さんとの電話を切ると同時に喉の痛みを和らげるべく、うがいをしてのど飴を放り込む。ほんの少しだけ楽になった気がする。

 

『は、春人しゃん、春人しゃん』

 

 すると何故か舌足らずみたいな話し方でミコトが呼び掛けてきた。正直な話、かなり珍しい反応だ。

 

『春人はISに乗るなら私がいいの?』

 

 まぁ、そうなるな。たった一ヶ月も経たない程度の付き合いだけど……俺の翼はミコト、お前だと思ってるよ。

 

『うん……うん! 私も春人がいい!』

 

 えっ、うん。今束さんから聞かされたばっかだから知ってるけど。

 

『私から言う事に意味があるのっ!』

 

 そんなもんかねぇ?

 

 電話を終えたが、まだ食堂が開くまで時間がある。とりあえず昨日の傷付いた心を癒すべく、何か機嫌が最高級になったミコトと録画していたアニメを見る事に。

 余程傷付いていたのか、我が王が幸せそうにご飯食べてる姿見るだけで心が癒される。何これ凄い。

 

『春人はいつから円卓の一員に?』

 

 何言ってんだ! 俺はずっと前からあの人の爪牙だ!

 

『さては黒円卓だなオメー』

 

 そんなやり取りをしながらアニメを見ていれば、これまた朝早くからこの部屋にノック音が響く。

 

『ぅん? 誰か来たみたいだよ』

 

 どうやらミコトにもこうして聞こえているから気のせいではないらしい。

 今まで来客なんて滅多になかったが一体誰だろうか。流していたアニメを止めてから扉を開くと見慣れた人物が立っていた。その手に小さなバッグを持って。

 

「……箒か」

「お、おはよう春人」

「……ああ、おはよう」

 

 さて、軽く挨拶を交わしたものの、何処か緊張した面持ちの箒がやってきた理由が検討も付かない。

 

「……どうしたんだ?」

「実は頼みがあって……」

「……頼み? 何だ?」

「う、うむ……その、だな……」

 

 僅かに顔を赤くさせながら必死に何かを伝えようとしてくる。ややあって、一度だけ深呼吸をすると話し出した。

 

「わ、私に花嫁修業をさせてはくれないだろうか?」

 

 ――――えっ、ちょっと意味分かんない。

 

「…………長くなりそうだ。部屋に入れ」

 

 ベッドに腰掛けた箒が口にした内容は中々俺を混乱させてくれたが、つまりはこういう事らしい。

 いつか来るであろう生活に備えて、俺の部屋の掃除や洗濯、機会があれば料理もやらせてくれと。凄く簡単に言ったが、これが全てだ。

 

「……聞きたい事がある」

「何だ?」

「……ある意味ここでの生活はもう花嫁修業みたいなものだと思うんだが」

 

 掃除も洗濯も自分達でやるし、料理も敷地内にスーパーもあるから出来なくはない。要は本人の心掛け次第だ。

 

「じ、自分にやるのと誰かのためにやるのとでは勝手が違うだろう!?」

「……なるほど」

「だからさっきも言ったが、今の内から実際にやってみて本番に備えるのだ! 実戦で得られた経験は貴重だからな!」

 

 対面に座る箒は慌てた様子で早口で捲し立てる。まるで何かを隠すように。

 確かに言う事は一理ある。結局は相手がいてこそなのだから相手の好みというのも存在するからだ。

 

 でも、それを言うなら織斑にやってあげるのが一番良いと思うんですけど。

 

『あー……そうすると協定的に鈴にも同じ事しなくちゃダメでしょ?』

 

 言われてみれば確かに。俺が二人に交わした約束は平等にアピールタイムを作るというものだ。片方だけアピールするというのは俺が許さない。

 つまり箒は俺で練習して、何処かのタイミングで鈴との差を一気に詰めたいと。大体分かったぜ。

 

「……分かった。それならよろしく頼む」

「っ! あ、ああ、こちらこそ!」

 

 そう言うや否や、安心したのか笑みを向けてきた。ぱぁっと華が咲いたような綺麗な笑みを。

 

「よし、では早速……」

「……ん?」

 

 と、直ぐに立ち上がると持っていた小さなバッグから何かを取り出した。エプロンだ。

 それを制服の上に着用し、今から始めるつもりらしい。ありがたい事だ。

 

「だから何故拝む」

「……気にするな」

 

 だって制服にエプロンとかありがた過ぎて……。

 

「……何かあれば手伝うから言ってくれ」

「気にするな。私からやらせてくれと言ったのだ。泣き言は言わないさ」

「……そうか。正直な話、家事は苦手だから助かる」

「何だ、それならもっと素直に頼れば良かったのに。やっぱりお前と将来一緒になるやつは苦労しそうだな」

「…………まぁ、そうだな」

 

 今のご時世、女尊男卑の影響もあって男が家事を覚えるのも珍しくない。それを抜きにしても二人とも出来る方がいいだろう。

 

 まぁ、そもそも一緒にいてくれる人がいるかどうか怪しいけどね。悲しいね。

 

「全く、しょうがないやつだ」

 

 そう言いながらも言葉とは裏腹に何故か嬉しそうに微笑む箒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に向かっているのだが何かがおかしい。

 

「櫻井くん、おはよう!」

「……おはよう」

「おはよー」

「……ああ、おはよう」

 

 来る途中で会う人全員から挨拶されるようになっていた。今まではそんな事なかったのに。

 どういう事か訳が分からず、とりあえず教室に着くとこの学園にいるもう一人の男子がいつものように話し掛けてきた。

 

「おっす、春人!」

「……おはよう、織斑」

「っ!?」

 

 えっ、何でそんな挨拶しただけでショック受けてるの?

 

 幽霊のようにゆらりとこちらへ近付くと織斑は俺の制服を掴んでくる。まるで泣きすがる子供のように必死だ。

 

「昨日は一夏って呼んでくれたのに何で戻ってるんだよ!?」

「…………言ったか?」

「言ってたよ! 最後に!」

 

 教室中だけじゃなく、廊下にまで聞こえるような大声で叫ぶ織斑。男子二人が織り成すこの状況に視線が集まる。やめてくだしあ。

 

『ちなみに本当に言ってたよ』

 

 えっ、そうだったか?

 と、とりあえずこの状況をどうにかしよう。お腹が辛くてしょうがない。

 

「……分かった。分かったからやめてくれ一夏」

「っ!! お、おう!」

 

 名前を呼ぶと途端に嬉しそうに頬を緩める。

 俺もあれだけ呼ぼうと思っても呼べなかったのにこんなにすんなり呼べるとは思わなかった。

 

「改めて。おはよう、春人」

「……おはよう、一夏」

 

 再度一夏と挨拶を交わすと空気を読んでいたのか、じっと黙って俺を見ていた布仏を見やる。

 

「……何だ?」

「んーん、何でもないよー」

 

 訊いてもやはりいつもの間延びした声で返してくる。たまに布仏が本当によく分からない。

 

 何かがおかしいまま授業を行い、気付けばお昼時。今日一夏と一緒にお昼を食べるのは鈴だ。

 

  「……頑張れよ」

「あんたもね」

 

 食券を買うべく、並んでいる鈴に軽く激励しておく。

 多分鈴が言った頑張れと言ったのは簪とセシリアが作る空気の事だろう。だが少しずつ慣れてきたのでそろそろ大丈夫のはずだ。

 その間に俺は適当に見繕った席の確保をしておく。というのも右腕が折れているので食事を持っていくのは難儀だろうと皆が気を利かせてくれたからだ。怪我人は大人しくしていろという事らしい。

 

「春人さん、横失礼しますわ」

「春人、横座るね」

「……ああ」

 

 思考に耽っていると俺が座している左右をお馴染みの簪とセシリアが固める。相変わらずこの二人が早い。

 

「むぅ……出遅れてしまったか」

「いやいやー、相変わらずモテモテですなー」

「……からかわないでくれ」

「お邪魔しまーす」

 

 そこへ更に箒、相川、布仏が加わる。箒が少し不服そうにしているのが気になるところだ。というか俺の分がないのだが。

 

「やっほー」

「こんにちは」

「……更識会長? 布仏先輩も?」

「そっ。皆のおねーさん更識楯無、華麗に登場っ」

「私達も一緒にいい?」

 

 と、そこへ現れたのは更識会長と布仏先輩だった。更識会長が拡げた扇子には『満を持して』と書かれている。その扇子は何処で買ってるんだろうか。

 

「……どうぞ」

「じゃあ春人くんの分取ってくるから待っててねっ」

 

 そう言うと更識会長は俺の分の食事を取りに行ってくれた。これから起こる事を期待するかのように楽しそうな笑みを浮かべて。

 

 年上の人に行かせるのは悪い気がするが、それ以上に何か嫌な予感がする。もうどうしようもないが。

 

 さてさて、これで俺が取った座席は満員となった。一夏と鈴が座るスペースはここは勿論、近くにもない訳で。

 

「あ、あれれー? また座るところないみたいねー」

「えっ、そうなのか?」

 

 鈴……いつも思うが、頼むからもう少し演技を覚えてくれ。そんな棒読みじゃいつかバレるぞ。

 

「あ、あそこ空いてるみたいよ」

「お、おう、行こうぜ」

 

 鈴が示した先は予定通りの二人きりになれる場所。それに気付いたのか、一夏がドギマギしている。

 

 今日のところはバレるという心配も杞憂に終わったようだ。しかし、もう少し他の何かを考えなくてはならないのかもしれない。

 

「春人くん持ってきたわよー」

「……ありがとうございます」

「じゃ、いただきましょうか」

 

 全員揃ったので食事に……と思ったら事件が起きた。いや、起きていた。

 

「…………?」

「春人さん?」

「どうしたの、春人?」

 

 俺の異変を感じ取ったセシリアと簪が訊ねてきた。二人に釣られてその場にいた全員が視線を向ける。

 

「……箸がない」

 

 更識会長から渡されたお盆を幾ら見渡しても箸がない。嫌な予感が現実味を帯びてくる。

 

「では取ってこよう」

「大丈夫よ、箒ちゃん」

「楯無さん?」

 

 真ん中に座っている俺に代わり、箒が立ち上がろうとしたが更識会長から待ったが掛かる。その顔はやはり楽しそうだ。

 

「しかし会長、それでは櫻井くんが……」

「んふふー。食べさせてあげればいいじゃない」

『ほほう』

「「「っ!!?」」」

「お、お嬢様?」

「えっ、えっ……!?」

「…………」

 

 簪やセシリア、そして箒までもが更識会長が言い出した案にやたら食い付いている。

 相川は恥ずかしそうにこちらを見ていた。左手で頭を抱えている俺を。頼むから俺を見ないでくれ。

 

 ちくしょう、どうすればいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更識会長の悪戯を何とか乗り切った俺は外に昼寝をしに来ていた。

 

 ここに来る道中でも今までなかった挨拶をされたりと色々あったのだが何なんだろう。

 

「今日はこっちなんだー」

 

 不思議に思いながらも横になっていれば、今日は珍しくあまり話していない布仏がやって来た。

 こいつも不思議なもので、不定期で場所を変えても何故か直ぐにバレてしまう。尾行されてはいない。木の影に隠れているのでそう簡単には見つからないはずなのに。

 

「……ほら」

「ありがと、はるるんっ」

 

 こうなると大人しくするしかない。いつものように上着を敷物代わりに渡せば、これまたいつもの楽しそうな笑みで受け取る。

 だが、いつもと違うのはやたら近いという事か。寝返りをしようものなら触れてしまえる距離だ。

 

「はるるん、そんなに皆に話し掛けられるの不思議だったー?」

「…………まぁ、な」

 

 そしてこいつに隠し事は通じない。多分最初の頃から気付いていたんだろう。不思議がっていた事を。

 

「はるるん、私が初日に言った事覚えてるー?」

「……初日に言った事?」

 

 はてさて何だったろうか。

 考える間もなく、布仏が答えを出した。

 

「皆怖がってるけど、直ぐにはるるんが優しい人だって分かるよって」

 

 ああ、そういえばそんな話をした気がしないでもない。

 

「昨日、はるるんが皆を助けようと頑張ったから分かったんだよ。本当は優しい人なんだって」

「……そうか」

「ふっふっふっー、そうなのだー」

 

 俺の淡白な答えに布仏は腰に手を当てて、胸を張って応えた。ドヤ顔付きで。

 何で布仏がするんだろう。と、得意気なのもそこそこに向き直った。今度は何をするつもりなのか。

 

「はるるん、ありがとう」

「…………どういたしまして」

「だから頑張ったはるるんにご褒美ー」

「……ご褒美?」

「うんっ」

 

 そう言うと布仏は横になった俺の頭上に座り直す。長い袖に包まれた両手が俺の頭を持ち上げ、地面との間に膝を滑り込ませた。

 

「はい、膝枕ー」

 

 いや、何でだよ。

 

 この状態から脱出すべく、起き上がろうとするも両手で頭を抱えられているので上手く動けない。最悪、振り払う形となってしまう。

 どうしたものかと悩んでいれば、不意に袖に包まれた手が優しく俺の頬を撫でた。安心出来るように、優しく、優しく。

 

「良い子、良い子っ」

「…………おい」

「ゆーっくり休んでね」

 

 子供扱いに見上げて小さく抗議をしても布仏には届かない。そして俺の頬を撫でる手も止まりそうになかった。

 しかし、そこから広がる暖かさが心地好くて身体も逆らうのを諦めていく。眠気に負けるのも時間の問題。

 

「…………辛く、なったら……起こしてくれ」

「うんっ」

 

 そう言って負けを認めた俺が目蓋を閉じようとした瞬間。

 

 

「――――お疲れ様、はるるん」

 

 眠る前に木漏れ日の下で最後に見たのはいつもの無邪気な笑顔ではなく、柔らかい微笑みを浮かべる布仏の姿だった。




今回、ホモ要素がある予定でした。※本当です。

次回、ミコトちゃんの間違ってるようで大体あってる仮面ライダー講座エグゼイド編です。※嘘です。


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30話

 見えない何かが襲い掛かってくる。現在の敵である私を倒さんと脅威を伴って。

 手にした刀で見えない脅威を振り払えば薄い金属を弾いたような、これまで幾度となく聞いた音が響いた。聞き間違えるはずがない、相手も刀剣を使っている。

 

「はぁっ!」

「ちぃっ!」

 

 弾いてがら空きとなったところを横に薙ごうと刀を振りかぶるが、相手は後ろに下がりながら手首を右足で蹴ってきた。いや、蹴るというよりは抑えるに近い。

 

「ふんっ!」

 

 両手で強引に押し込めば流れに逆らわず、私の力を利用して後ろへと大きく飛んで距離を取られた。仕切り直しだ。

 

「……はぁ」

 

 一先ず落ち着ける状況だと向こうも分かったらしく、自然体になるとこちらにも聞こえてくる溜め息を一つ。

 

「櫻井、溜め息を吐く暇があるなら攻めろ」

「…………了解です」

 

 空で向き合った私が言うと櫻井はだらりと下げた両手に持っているであろう不可視の刀を握り締める。

 

 あれから一週間。昨日、右腕の骨折がもう完治したと言っていたので確認ついでに朝からISを使って剣を交えている。

 本人曰く毎日牛乳を飲んでいたからだそうだが、全く意味が分からん。半信半疑だったが、実際に戦ってみれば本当に治っているようだ。

 

「……行きます」

「ふっ、さっさと来い」

 

 相手はISに触れて僅か一ヶ月。私との経験の差は比べようがないだろう。しかし油断出来る相手ではない。たまに妙な技を使ってくるからだ。

 だがそうだと分かっていても訓練とはいえ、戦っている相手にこれから攻撃するぞと律儀に宣言してくるこいつに思わず笑ってしまった。らしいと言えばらしい。

 

「シッ!」

「甘い!」

 

 瞬時加速で一気に距離を詰めてくると、短く息を吐いて見えない刀を振るう。私も振り掛かる火の粉を払おうと刀を振るった。金属がぶつかり合う音がこの空に響く。

 

「むっ」

「そこだ!」

 

 何度目かの交差する瞬間、私が繰り出した唐竹を『ヴァーダント』のバインダーを使って左へ逸らすと、櫻井は右手で突きを放つ。隙だらけとなった私の元へ。

 

「なっ!?」

 

 しかし、次に聞こえたのは寡黙なこいつにしては珍しい驚きの声。

 

「馬鹿者が。自分の得物くらい分からないでどうする」

 

 何て事はない。こちらも打鉄の盾を使って不可視の刃を逸らしただけだ。

 確かに武器が見えないのは厄介だが、使っているのが改良型とはいえ打鉄にも積まれている『葵』と分かっていれば幾らでも対応出来る。

 

「くっ!」

「逃げるなよ、色男!」

 

 余程予想外だったのか、瞬時加速を使ってまで後退する櫻井にこちらも瞬時加速を使って追い掛ける。

 後ろに下がっていても機体性能の差からその距離は縮まらない。縮まっても誤差の範囲だ。このままでは体勢を整えられてカウンターを貰う……と思うだろう。

 

「――――さぁ、お勉強の時間だ」

 

 呟くと同時、互いの瞬時加速が切れる瞬間を狙ってもう一段階の瞬時加速が距離を詰めた。さっきと同じ手は食わん。

 

「っ、おお!」

 

 避けられないと悟ったらしく、向こうからも接近し、左から切り上げようとする私に体当たり。

 

「ぐぅっ……!」

「今のは悪くない選択だった。まぁ、そもそも少し不利になったからといって逃げるのはどうかと思うが、な!」

 

 そこへ脇腹にカウンターで柄尻を叩き込めばくぐもった声が聞こえてくる。

 細やかなアドバイスを送り終えると同時に再度上段に構えて振り下ろした。真っ直ぐ、地上へと向かって。

 

「受けるのは上手いな」

 

 地上へと飛ばされていく櫻井を見て呟いた。

 幾ら私でもただの斬撃で相手を吹き飛ばせるはずがない。実際、手応えがなさすぎる。

 あいつは自ら飛んだのだ。そうして少しでもダメージを少なくして、相手を油断させるために。

 

「まだ刀で挑むのか?」

 

 私も地上へ降り立つともう一度構える。

 純粋な刀の勝負であれば私の方が有利だ。こいつも筋は悪くないが、それだけなら負けるつもりはない。

 

「…………さて、本当に刀でしょうか」

「ほう……?」

「槍かもしれませんし、太刀かもしれません。いや、弓という事も――――」

 

 櫻井は特定の構えをせず、自然体で挑んでくる。何度かの戦いでそれが最適だと判断したようだ。

 恐らくは対応の早さからそれをしているのだろう。だがもう一つ理由があった。

 それは構えによって自分が今何を持っているか分からないようにするため。不可視の力を最大限生かした戦法だ。

 

「くっくっくっ、なるほど」

 

 二刀か、二槍か、はたまた弓か。武器も変われば当然対応も変わる。

 周りに幾つも発生させている風も目眩ましに使うのだろう。覆っている風も範囲が広く、そこからでは判別出来ない。

 こいつもこいつなりに考えているという事か。まるっきり馬鹿ではないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の刀が何処にも見えぬぅ! 急いで探せと驚き叫ぶぅ!

 

『なんてダサいキングオブハートなんだ……』

 

 さっきの織斑先生から貰った一撃で思わず持っていた刀を手放してしまったのだが、まさか風王結界が続くとは思わなかった。

 手は勿論、地面に落とした刀にも気付かれないようにやたらめったら風を起こしたら、今度は何処に落としたか分からない。

 

 なのでこうして必死こいて持っているふりをするはめになったのだがどうしてこうなった。

 

『千冬もまさか何も持ってないなんて思ってもないだろうなぁ』

 

 あり得ないなんて事はあり得ない、だぜ。

 

 何にせよ、今も楽しそうにルンピカしてる織斑先生をどうにかしなければならない。何も持ってないというこの状況を隠しながら。辛い。

 

『しかも個別連続瞬時加速(リボルバーイグニッション)でドヒャアドヒャアしてくるからね』

 

 織斑先生がやった連続の瞬時加速にはちゃんと名前があるようだ。しかも意外とカッコいい名前の。とてもじゃないが俺のセンスでは真似できそうにない。

 

 ああ、あれか。あれはいいんだよ。対処法は思い付いた。

 

『先輩、まじっすか』

 

 あれは不意を突かれただけで、ああいうのもあると分かっていれば問題ない。

 

『ちなみにその対処法って?』

 

 簡単な話だ。相手が高速で動くと分かったのであれば、そう踏まえた上で――――

 

『うん』

 

 ――――俺も高速で動けばいいだけの事。

 

『えぇ……何言ってんの……?』

 

 いやいや、とあるアニメで神父がそんな感じの事言って倍速で動く相手に対応してたぞ。

 

『いやいやいや、私もその神父知ってるけどあれって速球来るからバット早く振ろうとかそんな感じだよ』

 

 えっ、そうなの?

 

「隙だらけだな……!」

『あっ』

 

 ミコトと相談していれば織斑先生の冷徹な声がその現在地を如実に伝えてくる。もう回避は不可能だという事も。

 

 あらやだ。

 

「ぐはっ!?」

『春人ー!?』

 

 決め手はがら空きのボディに左からの切り上げ。襲ってきた衝撃と痛みに思わず声をあげると織斑先生が刀を肩に担いで歩み寄ってくる。

 

「さすがのお前もまだ本調子ではないか。少し休憩してもう一回やったら終わりにしよう」

「……了解です」

「私は必要なものを持ってくる。お前は休んでおけ」

「……ありがとうございます」

 

 そう言って一度アリーナを後にする織斑先生。鬼の居ぬ間に風王結界を解除してせっせと刀の回収をしておく。

 

 GWの合間の平日というテンションだだ下がりのところへやってきたこの追い打ち。心が折れるというか粉砕された。

 

「休めとは言ったが……空中で横になるとはまぁ器用な事を……」

「……すみません」

 

 地上から一メートルくらいのところで横になっていたら織斑先生が早々に戻ってきた。

 直ぐに起き上がると軽く放り投げられた飲み物が綺麗な放物線を描く。

 

「……ありがとうございます」

「少し話そう。いいか?」

「……大丈夫です」

 

 ISを格納して威厳たっぷりに腕を組んで俺の横に立つ。さっきまでやいつもの事を考えると少しというか、かなり怖い。

 

「すまないな、怪我が治ったばかりだというのに」

「……いえ、別に」

「ふっ、これでもお前が嫌がっているのは分かってるつもりだ」

 

 どうやら嫌々やっているのがバレているらしい。だというのにいつも醸し出しているお固い雰囲気ではなく、この人にしては珍しく楽しそうな雰囲気を出している。

 

「……すみません」

「別にいいさ。お前はそのままでいろ」

 

 うぅん? 嫌々やってるのがいいってどういう事なんだ?

 

『そのまんま。春人らしくしてればいいんだよ』

 

 また難しい事を……。

 

 今のがどういう事か考える暇などなく、織斑先生は量子格納領域から二振りのIS用の刀を取り出すと俺に差し出してきた。どうやらこれを取りに行っていたらしい。

 

「……これは?」

「束に作らせた世にも不思議な刀だ。お前のためだと言ったら喜んで作ったぞ」

「……はぁ」

「ついでに強化アーマーにもなれる自律稼働するウサギ型のロボットも作っていたらしい。いらんと言ったが」

『何でさ!?』

 

 何でお前が怒ってるの?

 

 世にも不思議らしいが、一振りを鞘から抜いて見たが一見何の変哲もないただの『葵』だ。しかし、世にも不思議なのはこの刀を振ってみると分かった。

 

 消えたのだ。刀身が綺麗さっぱりと。正確には柄だけ残して量子化しているようだ。

 

「それはお前の力に反応し、一定以上になると刀身が消える仕組みだ」

 

 あっ、そういう不思議なのね。何でまたそんなものを……。

 

「……何でこれを」

「一種の荒療治だ。恐らく束は専用機を渡すのに然程時間は掛からないだろう」

 

 先日に交わした束さんとの約束。

 今まで拘束されていた俺に枷がない翼をくれるというものだった。

 

「それまでにお前は加減を覚える必要がある。これはその加減を強制的に覚えさせるものだ」

 

 要するに習うより慣れろという事らしい。確かに口で言われるよりは実際に体験した方が本当にためになる。

 

「これを使うのは朝の私との訓練だけでいい。楯無には私から言っておく」

「…………はい」

「くっくっくっ。まぁ頑張れよ、色男」

 

 今後の地獄行きも決まったところでまた俺の嫌そうな雰囲気を悟ってか、織斑先生が楽しげに笑う。先行きは暗くて見えないが、前途多難な事だけははっきり分かっていた。

 

 あとさっきからずっと言いたかったけど、色男はおたくの弟さんですからね!

 

『春人であってるんだよなぁ』

 

 それ絶対嘘だゾ。

 

「さぁ、最後にやるか」

「……了解です」

 

 そう言うと織斑先生は俺から距離を取って構えた。またいつものように張り詰めた空気を纏わせて。

 こちらも受け取ったばかりの刀をさっきのように二刀流で構える。今まで使っていた『葵』と遜色ないのが唯一の救いか。

 

「ああ、制限を五割まで緩めていい。それでないと話にならんだろう」

『春人、ちゃんとポーズと台詞覚えてる?』

 

 当たり前だろ。休んでる間それしかやってなかったからな。くっそ恥ずかしいけど。

 

 束さんに言われて判明した実は五割まで制限を緩めても大丈夫との事。それを今回の修理ついでに一時的に解除出来るようしたらしい。

 普段は何処まで抑えられているのか気にかかるところだ。

 

「……行きます」

『わくわく! わくわく!』

 

 左手の刀を地面に突き刺すと、フリーになった左手を顔の高さにまで持っていく。

 そしてミコトに教えられた台詞と共に左指を五本立てて顔を遮るように横に倒す。

 

「――――第伍拾戦術」

 《Dual up!!》

『ヒュー!!』

「何だそれは……」

「……何でしょう」

 

 盛り上がっているミコトを尻目に、俺が取った行動と聞こえてきた機械音声に織斑先生が何とも言えない表情で呆れたように言ってきた。

 

 いや、俺が聞きたいくらいです。どうなってんだこれ。

 

『ちなみにもう一つ台詞の候補として『ラブリーミコトちゃん、愛してるぜベイベ』ってのがあるけど』

 

 今のままでいいわ……。

 

「今の機械音声で思い出した。櫻井、右足で斬る時には事前に警告音を流せ」

「……了解です」

 

 他の攻撃にはびくともしなかった三号のシールドを破った一撃。皆のおかげで届いたとはいえ、あれは確かにそう言われても仕方ない。

 

『任せてよ! 誰が聞いても危険だって分かるのにするから! ヤベーって分かるのにするから!』

 

 言われてミコトが鼻息荒く応える。もう既にアイディアが浮かんでいるらしい。

 うぅん、あんまり期待したくないのは俺だけなんだろうか。

 

「それと天骸……だったか? あれはもう使うな」

「…………何でですか?」

「自ら禁技と付けたくらいだ。分かってるんだろう? あれは相手を確実に殺すための技だ」

 

 知らなかった……。

 いや、でもそれならそれで気になる事がある。

 

「……でしたら右足で斬るのも使わない方がいいのでは?」

 

 危ないという意味ではあれも相当なものだろう。俺一人だけの力ではないとはいえ、シールドを破ったのだから。

 しかし、織斑先生はまたさっきのような柔らかい雰囲気になって話し出した。

 

「そっちは警告音だけでいい。お前なら変には使わんだろう」

「……ですが」

「勿論、危ないのは分かっている。だがそれ以上に――――」

 

 構えを解いた織斑先生は刀を肩に担ぐと答えた。いつもは厳しい目付きを柔らかくし、固く結ばれた口も少しだけ口角をあげて。

 

「――――あの技はお前には似合わん」

 

 学園では聞いた事もないような優しげな声。

 ふと、一夏と鈴を助けてくれと言ってきた時を思い出した。きっと聞いた事あるのも一夏や箒、束さんぐらいなんじゃないだろうか。

 

 それにしてもちくしょう。やはり俺にはイケメンの技は使いこなせないって事かよ。

 

『うぅん、この畜生』

 

 何でやねん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらら。それは大変そうねぇ」

「……他人事みたいに言わないでください」

「だって他人事だもん」

 

 ですよねー。

 

 放課後に廊下でたまたまあった更識会長と歩いていたら朝の話になった。

 話は聞いていたが詳細は知らされてなかったらしく、俺から聞いて初めて知ったようだ。

 

「でもこうして春人くんもおねーさんから離れていっちゃうのね。私悲しいわ」

「……嘘泣きはやめてください」

「あはっ。バレてた? ごめんあそばせっ」

 

 よよよ、と制服の袖で顔を隠して泣いた振りをする更識会長は嘘泣きだと看破されると素直に謝ってきた。大して悪びれる様子もなく、ウィンク一つと可愛らしく舌を少し出して。

 

「…………はぁ、行きますよ」

「あっ、ごめんって」

 

 構わず進もうとする俺に更識会長が小走りで追い掛けてくる。どうにも俺と同じ方向に用があるらしい。

 

「……ところで更識会長は何処に用があるんですか? 俺は整備室ですが」

「んー、じゃあ私もそこかな。春人くんといると色々面白い場面に遭遇するし」

『それな』

 

 何だそれ……。

 

「あっ、春人とお姉ちゃ――――」

「簪ちゃんどうしたの?」

「う、うん。春人に聞きたい事があって……」

 

 更識会長の言い分に困惑していると今度は簪と出くわした。困惑してる俺なんて放って即座に簪の元へ行く辺り、更識会長は本当にシスコンなんだと思わされる。

 何処か恥ずかしそうにモジモジしている簪だが何やら俺に用があるらしい。

 

「……何だ?」

「あ、あの、ね? 今日、春人のお部屋に行っていい?」

 

 訊いてきた内容はこの一週間で当たり前となりつつある事だった。

 何故か皆が俺の部屋に集まって遊んだりなんだり好き勝手にしていくのだ。一人部屋だかららしいが、それなら一夏も一緒なのに。

 

「ダメ……?」

「……いや、構わないが何かあるのか?」

「その、カップケーキ作ろうと思って」

「わ、私食べたいです!」

「えっ、うん。別にいいけど……」

 

 なるほど、差し入れとして自作のカップケーキを持ってくるつもりだったのか。

 

「春人くん、いい!? 簪ちゃんのカップケーキは絶品なのよ!」

「……そうなんですか?」

「ええ、だから何とかして食べられるようにしなさい! これは会長命令よ!」

 

 事態を理解した俺に更識会長がひそひそと耳打ちしてくる。小声なのに凄く必死さが伝わってきた。必死過ぎて簪が若干引いていたぐらいだ。

 

 まぁ、俺も甘いもの食べたいからね。職権濫用は見逃そう。

 

「……すまない。それならよろしく頼む」

「うん。春人の口に合えばいいんだけど……」

 

 不安そうに口にした内容は俺からの評価を気にするもの。何故そんなにピンポイントなのかとか気になるが、更識会長に言われた通り何とかしよう。

 

「……それなら気にするな」

「えっ、でも……」

「……口の方を合わせる」

『ヒュー!!』

「――――」

「むぅ……」

 

 態々善意で作ってくれて、口に合うかどうかまで心配させるのもおかしな話だ。せめてそれぐらいはこっちが動いてもいいだろう。

 

 俺が言った言葉に簪は呆けて目をパチクリさせると、口元を手で抑えて静かに笑った。さっきまで見え隠れしていた不安を感じさせない明るい笑顔で。

 

「ふふっ。そんな事出来るんだ」

「……まぁ、やる必要もないと思うがな」

「うんっ。そうしなくても良いように頑張るね」

「……程々でいいからな」

 

 その後も二、三言葉を交わすと簪とは目的地が違うようなので別れる事に。

 別れる時には今にもスキップしそうなくらい明るくなった。これなら文句の付けようがないだろう。

 

「…………更識会長?」

「むぅー……!」

 

 さて、無事に問題は解決したが新たな問題が浮上してきた。今度は更識会長が唇を尖らせて不機嫌そうにしている。

 

「……どうかしましたか?」

「春人くんってやっぱり簪ちゃんには甘いわよね」

「……そうでしょうか?」

「そうなのっ」

 

 えぇ……? だってあなたがどうにかしろって言ったからやったのに……。

 

 理由を訊ねれば俺が必要以上に簪を甘やかしているからとの事。やはり甘やかすのは自分でありたいんだろうか。

 

『おいおいおい、君ってやつは、おいおいおい』

 

 えっ、やっぱり俺のせいなの?




次回、転校生が二人来ますよい。


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31話

4月から新しい子に文字通り手を焼かされています。
私だけではダメで他の人達も一緒になってやってるくらいです。



マムタロトくんっていうんですけど。


 ルンピカしてる織斑先生と毎朝イチャラブ(地獄)を続けてはや一ヶ月が経とうとしていた。日曜日というたまの休みである今日は昼頃に街へと繰り出して買い出しへ。

 と言ってもそんなに買うものなんてない。買うのは俺のラファールの修理に付き合ってくれた布仏先輩を始めとする先輩方への礼としてのケーキだけだ。女の子は甘いものに目がないってね。

 

『春人、春人。皆にはお土産買わなくていいの?』

 

 ミコトに言われてふと考えてみる。

 確かに入学してから今まで皆には何かと世話になっていた。日頃からの感謝として皆の分のケーキも買っていいのかもしれない。

 

『わくわく! わくわく!』

 

 あっ、でもこれ違うわ。これ俺がどう答えるか期待してるだけだわ。

 しょうがない。子供からの期待に応えるのも年上の役目だ。

 

 そうだな……皆へのお土産はいらないんじゃないかな?

 

『えっ、何で何で?』

 

 何でって、そりゃあ――――

 

 次に俺が何て言うのかと期待に満ちた返事がやってくる。姿は見えないが、きっとキラキラと瞳を輝かせている事だろう。

 だから俺はわざと勿体ぶって、少しためを作ってから決めた。なるべく期待を裏切らないように気を付けて。

 

 ――――俺の笑顔で充分だろ?

 

『ヒュー!!』

 

 何とか期待には応えられたようで、ミコトから黄色い声があがる。

 

『でもそれ出てくる難易度エクストリームだけど大丈夫?』

 

 ダメですね。どう考えても。なのでちゃんとお土産買います。

 

 冷静になってみれば殆ど笑った事なんてなかった気がする。別に今に始まった事でもなく、昔からそうだった。気付いたらこうだったのだ。この悪い癖をどうにかしたいと思う反面、どうにも出来ない。

 

「……あれは」

『セシリアですねぇ』

 

 もどかしさを感じながら、美味いと評判であるお目当ての店に向かっているとその途中でセシリアを見つけた。

 むしろ見つけない方が難しい。それほどの存在感を放っていた。

 

「はぁ……」

 

 着ている衣服やその整った容姿、ただ立っているだけで伝わってくる気品と相俟って、退屈そうに溜め息を吐く姿は喧騒とした街中で彼女だけがまるで違う空間にいるように見える。映画にあるワンシーンを切り取ったと言ってもいい。

 周りの人達もそれを感じているらしく、近くを通る人の殆どが目を奪われていた。かくいう俺もその一人だ。

 

 だがこの女優だけの映画に突如として一般人があがる事になろうとは誰も予測出来なかっただろう。

 

「あら……?」

 

 少し遠目から眺めていた人物とセシリアの視線が重なる。すると恐る恐るだがゆっくりと確実に歩みを進めていく。

 疑惑の視線が歩を進めるにつれて確信に変わっていき、それに応じてセシリアの表情が退屈そうなものから変わっていった。段々と楽しそうなものへ。

 見とれていた人達がそんな少女の変化に気付かぬはずがない。追うように視線がその先にいる人物へと注がれる。

 

「やっぱり春人さんですわっ」

 

 ていうか俺だった。

 

 俺の元へ着く頃にはまるで探していた宝物を見つけたような嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 代表候補生として人前に立つのに慣れているセシリアとそんなのに縁がなかった俺。とてもじゃないが耐えられそうにない。

 

「…………すまない、場所を移そう」

「構いませんが、どちらに行きますか?」

「……喫茶店でどうだ?」

「はいっ。では早く行きましょうっ」

 

 苦し紛れのこちらの提案を嬉々として受け入れてくれる。それは弾む声からでも分かるほど。

 とりあえずここから少し離れたところにある喫茶店へ行く事に。注文も終えると今回の目的を話した。

 

「春人さんはどちらに行かれる予定で?」

「……今更だがラファールを修理してくれた先輩方にケーキでも買おうとな」

「あれは突貫作業でしたものね……」

 

 三号との戦いによるダメージは相当なものだった。リミット解除『一刀修羅』による負荷も加わり、詳しくは分からないがとにかく悲惨だったらしい。しかもそれを早く直せときたもんだ。

 布仏先輩や布仏だけではとても手に負える内容ではなかったので、いつぞやの優秀な先輩方の手を借りたのだ。

 おかげで俺は怪我が治ったと同時にISに乗れたという訳だ。本当に頭があがらない。

 

「……セシリアは?」

「わたくしは色々と買い物を」

「……一人でつまらなそうにか?」

「まぁ。見ていたなら声を掛けてくださいな」

 

 無茶言わないでくれ。俺からしてみればあんな状況で逆に声掛けられただけでも厳しかったのに。

 

「…………次はそうする」

「楽しみにしています」

 

 いつ来るか分からない次を想像してか、実に楽しそうに笑うセシリア。先ほどまで退屈そうにしていた少女と同一人物とは思えないほど明るい。

 

「……本当に楽しそうだな」

「はい。春人さんがどう声を掛けてくれるのか想像するだけでとても楽しいですわ」

「……そんなものか?」

「そんなものなんです」

 

 そう言うと目を瞑り、両手を自身の胸に押し当ててセシリアは続ける。

 

「さっきまでの退屈な時間も、ただ春人さんと一緒ならと考えるだけで楽しくなりますもの」

「……そうなのか」

「ええ。こうして本物には勝てませんけれど」

『ですって春人さん』

 

 そ、そう言われてもな。こちとら話題を振るだけで精一杯だっての。そもそも面白い事なんて何もしてないぞ。

 

 困ったと頬を掻いているとそれを見てまたセシリアが静かに笑う。口元に手を当てて、くすくすと。

 

「困らせてしまったみたいですわね」

「…………まぁ、な」

「ふふっ、すみません。お詫びとして春人さんの買い物にお付き合い致しますわ」

 

 予期せぬ展開から俺の買い物に同行者が。

 正直、ケーキを買うだけなんだが女性視点での意見というのも欲しかったのだ。ミコトに訊いても俺が選んだのならいいとしか言わないし。

 

「……ああ、よろしく頼む」

「でしたら早く行きましょうっ」

 

 急かしてくるセシリアと共に店を出ると、俺の右腕を取って自身の腕と絡ませてくる。肘に柔らかな感触がががが。

 

「…………その、これは?」

「あら、殿方がレディをエスコートするのは当然の事ですわ」

「……エスコートなんてした事ないぞ」

「それでしたらわたくしが厳しく指導致しましょう。また今度のために」

 

 先ほど交わした口約束が早速効力を発揮してきた。ウィンクしながらこちらを伺ってくるセシリアは淑女とは程遠い小悪魔的な顔を覗かせている。

 観念した俺は溜め息を一つ。それとせめてもの細やかなお願いも。

 

「…………お淑やかに頼む、レディ」

「お任せくださいっ」

 

 お土産のケーキを買うついでに急遽教わる事となったエスコート。せめてものお願いもあまり意味をなさなかった。

 

 というかお詫びとは一体……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。休み明けの月曜日になればまた朝から慌ただしくなる。具体的には織斑先生とのイチャラブ(地獄)だ。

 

「シッ!」

「ぐっ!?」

 

 繰り出される銀線はこれが訓練とは思えないほど鋭い。織斑先生も加減しているとはいえ、こちらは二刀流なのに手数で圧倒されている。

 

 織斑先生が止まらない! 止まらない、止まらない!

 

『ワルキューレが!?』

 

 止まらない!

 あっ。やばい、ふざけてる場合じゃないぞ!? どうすればいい!?

 

『ガッツでガッツンガッツンだよ!』

 

 凌いで来ますよ篠田さん!

 

「はぁっ!」

 

 訂正、凌ぐのも無理だった。こちらの防御を掻い潜って刀が迫ってくる。避けるのも不可能。

 

 くそっ、仕方ない。我がアルター能力を見せる時がきたようだな!

 

『見せちゃってー、見せちゃってぇ!』

 

 うおおお、こんな時こそ発動しろ我がアルター『おねがい☆ティーチャー』!!

 

『来た! マニアックなやつ来た! これでかつる!』

「命乞いか? らしくもない!!」

「ごふっ!」

『春人ー!?』

 

 そんなものが鬼神に通じるはずもなく、文字通り斬って捨てられた。本日早朝、最後の一試合の結果がこれだ。

 膝をつく俺に織斑先生が興味深く見てくる。ややあって、意図が分からない質問をしてきた。

 

「櫻井、ISに乗る以外何かしていたか? 刀を振るような事だ」

 

 う、ぅん? 結構具体的に訊いてきたな。何が言いたいんだろう?

 

「……入学してからたまに竹刀を振っていました」

 

 やっていたとしたら剣速を上げるために竹刀を振るっていた事しか思い付かない。

 最近はこっちが忙しくてそれもやってなかったが、ここまで具体的に問われるとそれしか出てこなかった。

 

「どんな風にやっていた?」

「……箒から教えてもらった構えを崩さずになるべく早く振るだけです」

「今はやっていないのか?」

「……最近はあまり」

「たまにとはどれくらいだったんだ?」

「……一週間に二回あるかどうかです」

「そうかそうか……」

 

 織斑先生にしては珍しい質問攻め。全て答えると何か納得出来たらしく、しきりに頷く。

 また暫く考えてから大きく頷くと口を開いた。

 

「よし、これからは毎日やれ。いいな?」

「……はい」

 

 何かよく分からないけど、また新しいメニューが増えた。今日からより一層忙しさを増していく事に。

 

『やったね、春人! メニューが増えるよ!』

 

 おう、やめーや。

 

 織斑先生との訓練も終え、ボロボロの身体を引き摺りながら部屋へ。身体がボロボロになるのはいつもの事だが、今日は心もズタボロになりつつある。

 

『オデノカラダハボドホドダ!』

 

 何で急に滑舌が悪くなっちゃうんだよ。ビックリするわ。

 

 他愛ない話をしながら今日はどうするかを考えていればあっという間に部屋に到着。

 鍵なんて使わず、ドアノブに手を掛けると――――

 

「おかえり、春人。今日は早かったな」

「……ただいま。まぁな」

 

 ドアの先にはすっかりこの部屋の住人と化している箒がいた。何か洗い物をしているようだ。

 

 ちなみに箒と別に一緒に住んでいる訳ではない。相変わらず俺は一人部屋だ。

 ただ怪我が治ってからは箒が来る頃には俺は織斑先生との訓練でいなくなっている。

 そうすると箒は何故か俺の部屋の前で帰ってくるのを待っていたのだ。今日は早く終わったが、遅い時もあるから終わったら連絡すると言っているのだがそれも聞かない。

 なので織斑先生にお願いしたら結構あっさり合鍵をくれた。朝付き合わせている礼も兼ねてらしい。

 

「ほら、早く汗を流してこい。今着てるのも洗濯したいんだ」

「……すまない」

 

 さすがに女性の目の前で着替える訳にもいかないので浴室で着替える事に。その時、ふと箒の格好を見て漸く気付いた。

 

「……そうか。今日から夏服か」

「そうだぞ。冬服は今日クリーニングに出しておくからな」

「……ありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 礼を言われるとそれが嬉しいのか箒は幸せそうに笑う。これが一夏相手ならもっと幸せそうにしているんだろう事は想像に難くない。

 

 ていうか箒さん家事スキル高いんじゃが。これ練習しなくてもいいんじゃね? いきなり実戦でいいような気がするんですけど。

 

『それ言ったらグーで行きます』

 

 えぇ……。いや、助かるから俺はいいんだけどさ……。

 

 シャワーを浴びて汗を流した俺は渡された制服に袖を通してから浴室を出る。

 その頃になれば朝の家事は粗方終わったようで、箒は一緒に食堂へ行くために俺をじっと座って待っていた。

 

「……待たせた」

「気にするな。これも将来のためになる」

 

 うぅん、なるほど。箒は待つのは平気か。男の子的にはポイント高いぞ。少なくとも俺的には高い。

 

『うぅん、これは成功してるのかな……?』

 

 どう考えても成功してるだろ。

 

「……食堂に行くか」

「待て待て。そのままで行く気か?」

「……?」

 

 さて、食堂に行こうとすれば箒から待ったが掛かる。そのままでと言われたが、パッと見て問題はないようにも思える。

 と、そんな俺の疑問を払拭するように箒はこれだと忘れ物を見せてきた。

 

「ネクタイを忘れているだろう」

「……必要なのか」

「学園の指定だからな」

 

 中学の時は学ランだったから知らなかったが、夏服にもネクタイは必要らしい。

 

「ほら、ちゃんと真っ直ぐ立て」

「……ん」

「よいしょ……」

 

 箒に促されるまま、いつもの如く直立していると持っていたネクタイを首に巻かれる。家事の他にネクタイを結ぶのも箒の役目となっていた。

 何でも将来は箒がやってあげたいんだそうな。だから今の内から慣れておきたいとの事。

 

「……慣れてきたな」

「ま、まだまだだと思うぞ。うん」

「……そうか」

 

 そう言うと箒はほんのり顔を赤くして否定した。俺より余程綺麗に結べるのにまだまだらしい。俺が思っているよりネクタイは奥が深いのか。

 

「よしっ。出来た」

「……ありがとう」

 

 言葉と共に俺の胸板を軽くポンッと叩いて終わりを教えた。何度見ても仕上がりは綺麗だし、何より早い。

 そして美少女がやってくれたという事できっと自分でやるよりもカッコ良さに補正が掛かっている事だろう。

 

「どうかしたのか?」

 

 ジロジロとネクタイの出来栄えを見ていたら不審に思われてしまった。

 

「……少しは見てくれがマシになったかと思ってな」

「ふむ、どれどれ……」

 

 今度は箒がまじまじと俺を眺めてくる。頭から足の先までじっくりと。

 ややあって箒はくすりと笑い、こう答えた。

 

「――――ああ、カッコいいぞ」

 

 えっ、まじで? 来た。俺の時代来た。やっぱり美少女補正って凄かったんや。

 

『まぁ初っぱなIS使う授業ですけどね』

 

 俺の時代早々に終わるやんけ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー」

「おはよう」

「おはようございます」

「うむ、おはよう」

「…………おはよう」

 

 ざわついているクラスメイトからしてくれた挨拶に簪、セシリア、箒、そして俺が応える。

 寮から出る頃にはこのメンツが俺の左右を固めていたのだが、何これ。どうなってるの?

 

「おっ、皆おはよう」

「おっそいわよー」

 

 先に来ていた一夏と鈴も合流し、一年生の専用機持ちが一ヶ所に集まる。どう考えても過剰戦力としか言いようがない。

 

「おはよっ。ねぇねぇ、また転校生来るんだって」

「そうなのか? 相川さんもよく知ってるな」

「うん、朝たまたま聞いちゃった」

 

 さっきからざわついているのはそういう訳らしい。そういえば織斑先生もそんな事を言っていた気がする。

 

「転校生……」

「あらあら、それはまぁ……」

「何とも……」

「…………何故俺を見る」

「「「別に」」」

 

 簪とセシリア、箒は転校生が来る事に何か思うところがあるのか口々に呟く。何故か三人とも俺にジトッとした視線を向けて。

 問い掛けても口を揃えて何でもないと答える。あからさまに何かあるような口振りでだ。気にするなという方が難しい。

 

「はーい、皆さん席についてくださーい」

「そんじゃ、またあとでねー」

「俺達も席に戻るか」

「うむ」

「そうですわね」

 

 三人の息の合ったチームプレイを見せたと同時に山田先生が授業開始を告げる。鈴が去ると一夏達も自分の席へ戻っていく。

 

「春人……」

 

 ただ一人、簪を除いて。

 違うクラスではあるが合同授業で直ぐに会う鈴はいいとして、簪は早くてもお昼まで会う事はない。その口から表情に合った寂しげな声が聞こえてくる。俺の名前と共に。

 

 い、いつもの事なのに今日は何故?

 

『転校生が来るのに何かを感じ取ったんだろうね。女の勘ってやつ?』

 

 えぇ……何それぇ……? どうすればいいんだ?

 

『その問いに対する検索は既に完了している。こうすれば大丈夫さ』

 

 さっすがミコトちゃん、頼りになるぅ。でもその無理に男の子っぽい声を出すのは意味があるの?

 ていうか教えられたのくっそチャラいけど大丈夫か?

 

『騙されたと思ってやってみるよろし』

 

 ま、まぁやってみるわ。ダメだったら次の手を用意しなければ。

 

「……また、な」

「っ、うん! また、ね!」

 

 言われた通り子供をあやすように天使の髪を撫でると、本当にあっさり天使に笑顔が戻った。気のせいか頭に付いていたヘッドギアが僅かに動いた気がする。

 

「「んんっ!!」」

 

 小走りに去っていく簪を見送ると小さく咳払いが聞こえて視線を向ける。そこにはそれはそれは大変不満そうにしている箒さんとセシリアさんのお姿が。

 

 俺が何したってんだ……。

 

「さて、早速だが転校生を紹介する。入ってこい」

「「失礼します」」

 

 俺が頭を抱えている間に織斑先生も来ていたらしく、噂通りに二人が呼ばれてやってきた。

 途端に盛り上がっていたクラスメイトが押し黙る事に。その内の一人にクラス全員が目を奪われるのも仕方なかった。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。不馴れな事もあるかと思いますが、よろしくお願いします」

「えっ、男……?」

 




二人出すと言っといてすみません、すみません。
次こそは次こそは……。

それはそうとTwitterでR指定のお話について聞こうと思ってます。


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32話

偽りのC/二人の転校生


 シャルル・デュノアの登場により騒がしかった教室は鳴りを潜めている。いつもと同じ場所とは思えないほどにだ。

 

 まぁ現れたのは世界で三人目の男性操縦者様だ。それはそれは驚くのも仕方ない。

 何せ、今の今まで秘匿されていたのだ。知っていたのなんてここの教員とフランスの一部くらいだろう。

 

 世界でたった三人という絶滅危惧種を取り上げなかったのもそうだが、今更やって来たのも気にかかる。はっきり言えば怪しくて仕方ない。

 だが、かといって怪しいので来るなとも言えないのだ。そうするとフランスがうるさい事この上ないからな。結局はこうして受け入れるしかなかった。

 

 こいつの実家であるデュノア社の状況を省みるに、狙いは男性操縦者のデータと現段階で既に単一仕様能力が使える白式のデータか白式そのものといったところか。そのための男装だろうしな。随分と雑だが。

 

 さて、この転校生はどうしたものかな。

 私や真耶が動ければ早いのだが、私達は教師だ。そんな迂闊に動く事も出来ない。下手をすればあらぬ疑いを掛けられたと大事になるだろう。

 かといって一夏に気を付けろと言ってもあまり意味をなさない。疑っていないだろうからな。むしろあいつからひょこひょこ近付いていきそうだ。

 

 と、なれば……。

 

 チラリと視線を動かせば冷ややかな目でデュノアを見ている櫻井がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中性的で整った顔立ち。それに加えて華奢な体型。日本人にはとても似合わない濃い金髪を首の後ろで丁寧に束ねていた。

 浮かべる笑顔は人懐っこい友好的なものでとても眩しい。

 

『だが男だ』

 

 やべぇよ、本当にこんな男っているんだ。知らなかった……。ブリタニア皇帝のせいで名前は厳つく感じるけど。

 

『デュノアのおかげで薄い本が厚くなりそうですよっ!』

 

 それは薄いままにしておけ。確かにその手の女子に人気ありそうだけどさ。

 

「はいっ。こちらに僕と同じ男性がいると聞いて――――」

「「「き――――」」」

「き?」

「「「きゃあああ!!」」」

 

 クラスの誰かが絞り出したような台詞。それに反応するデュノアを遮るようにあがる黄色い悲鳴。あがる悲鳴は簡易的な音響兵器となり、聞き慣れない男子達に襲い掛かる。

 

「えっ、えっ?」

「ぐ、ぐおおお……!」

「三人目の男子!」

「美形で守ってあげたくなる系の!」

「王子様系の織斑くんやぶっきらぼうに投げる系の櫻井くんとはまた違ったタイプ!」

 

 デュノアと一夏に関しては分かるんだけど、何で俺だけ技名なの? おかしくない?

 

 目の前で繰り広げられる不思議な空間にデュノアも面食らってるようだった。音響兵器の直撃を受けた一夏は撃沈したが、デュノアは平気だったらしい。

 まぁデュノアも文句なしにイケメンの部類に入るから聞き慣れているんだろう。

 ちなみに俺が平気なのは音が来る前に耳を塞いだからである。いきなり大声出されてもそうすれば大丈夫ってウヴォーさんが言ってた。

 

『ソッスネ……』

 

 えっ、素っ気なくない?

 

『素っ気なくなくない?』

 

 どっちだよ。

 

「皆さん、静かにー! まだ自己紹介は終わってませんからー!」

 

 山田先生の言葉に全員が視線を向ける。これだけの騒ぎにも関わらず何も言わないもう一人へ。

 

「わっ……」

 

 漏れた声は誰のものか。一気に静まった教室にはその声はあまりにもよく聞こえた。

 無理もない、そこには妖精がいたのだから。

 

 光を浴びて輝く銀髪。腰まで届くほど長い髪は何も手入れなんてされていないようにも見える。

 小柄な体型と合わさって妖精のようにも見えるが、左目を覆う眼帯と鋭い右目が妖精ではなく冷たい人間なのだとこちらに教えた。

 

 それにしても何処かで見た事がある気がする。何か、結構見た事あるような……。

 

『シュライバーじゃない? 春人好きそうだし』

 

 おお。なるほど、それか! しかも狂乱状態とかかなりやばいな。でも眼帯の位置が左右逆なんじゃが……ま、まぁよくあるイージーミスってやつだろ。

 

「あ、あのー……」

「…………」

「うぅ……」

 

 いつまで経っても何も言わないので山田先生が恐る恐る訊ねるも、腕を組んで完全に無視。見る事さえしない。

 頑なその態度に教師なのに若干涙目な山田先生はかなり可哀想だった。

 

 やばい、俺よりコミュニケーション下手くそな人初めて見たかもしれん。

 

「はぁ、挨拶をしろ。ボーデヴィッヒ」

「了解しました、教官」

 

 えっ、何か始まった。

 

 見かねて織斑先生が銀髪少女、ボーデヴィッヒに話し掛けると漸く反応した。やたら畏まった言葉と敬礼付きで。

 教官と呼ばれた織斑先生の顔が苦笑いしているように見えるのは気のせいだろう。

 

「ここではそう呼ぶな。今の私は先生で、お前は一般の生徒だ。織斑先生と呼べ」

「はっ!」

『あっ、これラウラ絶対分かってないよ』

 

 言われて敬礼はやめたが、返事と共に取った直立不動の姿勢はまだ軍隊ごっこをしている証しにも見えた。

 ともあれ、ミコトがラウラと呼んだ少女の自己紹介が漸く始まる。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

 うん。……ぅん?

 

「……えっ、以上ですか?」

「以上だ」

「えっと、ふ、二人ともフランスとドイツの代表候補生なので皆さんも仲良くしてくださいね」

「はぁ……」

 

 山田先生の問いにボーデヴィッヒは胸を張って答えた。何も恥じる事なんてないのだと。そんなボーデヴィッヒに対する山田先生のフォローが光る。

 教え子の堂々たる姿に溜め息と共に頭を抱える織斑先生。そういえば俺は聞いてなかったが、一夏も最初の挨拶は中々だったらしい。それを思い出しているのだろう。

 

「っ、貴様――――!」

「んぁ? へぶっ!?」

 

 何かに気付いたボーデヴィッヒが決められた席に向かう途中、いきなり一夏の頬に平手打ち。気の抜けていた一夏から乾いた音が鳴り響いた。

 

「い、いきなり何しやがる!?」

「認めない。貴様が教官の弟などと……!」

 

 殺されるくらいのレベルで殴られても回復するくらいのドMの一夏でもさすがに怒ったらしく、何かを言うボーデヴィッヒに食って掛かる。

 これはまずいかと思ったが、誰かが動くまでもなく直ぐに行動に移した人がいた。

 

「――――おい」

「っ!!?」

 

 そう、ブラコンお姉ちゃん織斑先生である。

 一夏を訳も分からず叩かれたとあってはこの人が黙っていない。音もなくボーデヴィッヒの背後に近寄るといつもの五割増しくらい冷たい声で話し掛けた。

 

「あ、う……!」

「礼儀はちゃんと教えたつもりだったがな……もう忘れたのか?」

「い、いえ、そんな事は!」

「なら何をすべきか分かるな?」

「は、はい……」

 

 絶対零度の声を放つ織斑先生に人が変わったようにあわてふためくボーデヴィッヒ。滝のような汗がその心情を物語っていた。

 直ぐ背後で威圧されながら、やがて観念したように一夏へ頭を下げた。

 

「すまなかった……!」

「えっ、お、おう」

 

 物凄く不服そうに謝られても、それまでの事もあって一夏としては戸惑うしかない。

 

 ていうかこれ一夏めっちゃ可哀想なやつじゃん。当事者なのに殆ど話してないぞ。

 

『私の一夏に、手をあげたなぁぁぁ!!』

 

 ブラコンお姉ちゃん怖い……。

 

「今何か変な事を考えなかったか?」

「…………いえ」

「ならいい」

 

 織斑先生曰く変な事を考えていたら矛先が俺の方へ。びっくりしすぎて二文字しか喋れなかった。

 

「さて、HRは終わりだ。各人、着替えて第二グラウンドへ急げ。それと櫻井」

 

 教室を後にしようと立ち上がった俺に織斑先生から声が掛かる。またさっきの事でも言おうとしているのか。

 

「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男だろう」

「……はい」

「頼んだぞ」

 

 えっ、何で俺だけ? 一夏も男ですけど?

 

「おい、早く行こうぜ」

「うん」

「…………ああ」

 

 織斑先生の意図を考える暇なんてなく、行動を余儀なくされる。

 

 HRも終われば次はISを使っての授業だ。という事は着替える必要が出てくる。

 本来ならIS学園は女子校なので各教室で着替えるのだが、そこは今年からやってきた俺達男子。空いてるアリーナの更衣室で着替えるしかない。

 

 ただ問題なのは何で一夏はデュノアの手を取ったんだっていうね。幾ら急ぎでもそれはやらなくないか? 俺が気にしすぎなだけかな。

 

「これから実習の度にこの移動だから覚えてくれ」

「う、うん」

 

 移動しながら一夏がデュノアに説明している後ろを俺が付いていく。デュノアが何処か上の空なのは繋がれた手のせいかもしれない。

 

「あー! 転校生発見!」

「織斑くんと櫻井くんも一緒!」

「げっ」

「……早速か」

『団体さんのお出ましだぁ』

 

 HRが終わったのだ。他のクラスからも女子生徒がやってくるだろう。噂の転校生を一目見るべくぞろぞろと。

 既に階段に続く道は塞がれてしまっている。仮にここをどうにか突破したとしても、今度は同じくやってきた違う階の先輩方を相手にしなくてはいけない。

 

「春人、頼むぜ」

「……デュノアはどうする?」

「初めてなんだから初心者コースでいいだろ」

「……分かった。失礼する」

「わっ。えっ? ん? 何の話?」

 

 何の話か付いていけてないデュノアを尻目に俺達は着々と準備を進めていく。といっても準備する事なんて窓開けるのとデュノアを持ち上げるぐらいなんだが。

 

「……先に行ってる」

「いってらー」

「行かせるなー!」

「ねぇ、行くってその先には窓しかないんだけど……?」

 

 段々どういう事か分かってきたのか、デュノアの声に不安の色が帯びてくる。暴れる前にとっとと済ませよう。

 

「……外に繋がってるだろう?」

「こ、ここ四階……!」

 

 抗議の声を無視して俺は飛んだ。デュノアを連れて広大な空へ。今日もいい天気だ。

 

「きゃあああ!?」

「おっしゃ、俺も!」

 

 デュノアの悲鳴をBGMに地面に左足を軸にして右足で円を描くように着地。そこへ遅れて一夏も俺目掛けて飛び降りてくる。

 

「あらよっ、と!」

 

 空いていた左手を掲げてバレーボールのトスをするように落下してきた衝撃を吸収すると、もう一度飛んでから一夏は華麗に前宙を決めてから着地。

 最初は無難に着地してたのにここ一週間くらいで芸術点求めるようになりやがった。

 

「よし、早く行こうぜ!」

「……ああ」

 

 と、一夏の演技の評価もそこそこにアリーナへと急いだ。ぐったりしたデュノアを抱えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがにISなしで飛び降りるのはやめようよ……」

「ご、ごめん」

「……すまなかった」

 

 復活したデュノアからの切実なお願いだった。一夏と二人してグラウンドに土下座である。時間には余裕で間に合ったが、まさかあんなにぐったりするなんて。

 

『いや、あれはデュノアじゃなくてもビビるよ』

 

 そうなのか……。中学は早く帰りたい時とかはよく使ってたんだけど。

 一夏にやった時も目キラキラさせて喜んでたから良いもんだと思ってたが。今も楽しんでるっぽいし。

 

「もういいよ。次からは気を付けてね。今回はそれでいいから」

「……本当にすまなかった」

「ごめんな?」

「だからもういいって。このままだと他の人達に僕が酷い人だって思われちゃうよ」

 

 再度謝って顔をあげてみればデュノアは笑みを浮かべていた。今の俺達の姿を見られたら困るのは自分だからと軽い冗談も付けて。

 それに俺と顔を見合わせた一夏も笑った。多分デュノアとなら今後もやっていけると思ったのだろう。俺も同感だ。

 

「ありがとな。俺は織斑一夏、一夏って呼んでくれ」

「……櫻井春人だ。春人でいい」

「僕はシャルルでいいよ。よろしくね一夏、春人」

「……すまない。その心遣いはありがたいが、俺はデュノアと呼ばせてもらう」

「いいけど……何で?」

 

 不思議そうに訊ねてくるのも無理もない。でも何というか、しょうがなかった。

 

 俺の中でシャルルってブリタニア皇帝のイメージが先に出てきちゃうんだよ。そのイメージが払拭されるまでデュノアと呼ばせてもらおう。

 

『理由が……』

 

 すまない、本当にすまない……。

 

「気にすんなよ。こいつ、俺の事名前で呼ぶのにも一ヶ月掛かったからさ」

 

 俺の肩を組んで代わりに説明する一夏は何故か嬉しそうだ。デュノアと呼ばせてくれと言った時はほっとしたような様子さえ見せていた。

 

 うん、説明してくれるのは助かるんだけど、何で俺の肩組んできたの?

 

「そうなんだ。二人は仲良いんだね」

「二ヶ月も一緒にいればな。シャルルも直ぐに仲良くなるって。なぁ?」

「…………そうだな」

「何かげんなりしてないか?」

 

 すまん、お前が言うと何か意味深に聞こえるんだ。これまでの行動もあってな。

 何となくだが、織斑先生が俺だけに頼んだぞって言ってきたのが分かった気がする。

 多分、一夏がちょっとホモっぽいからそれが切っ掛けでトラブルにならないようにしろって事なんだろう。

 

『あぁ、うん。んふっ』

 

 何でちょっと笑ってるの?

 

「よし、全員いるな。では並べ! 本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を行う!」

 

 織斑先生の号令に我が一組と合同訓練相手である二組が綺麗に並ぶ。と、いつも織斑先生の横にいるはずの山田先生がいない事に気が付いた。

 すると何処からともなく空気を切り裂く音が。空を見上げればその正体も分かった。

 

「ど、どいてくださいー!!」

 

 ラファールを纏った山田先生だ。どうやら制御出来ない状況にあるらしい。

 

「はぁ……櫻井、山田先生を無事に止めろ」

「……了解です」

 

 山田先生の指示に従おうとしたら更に上位存在である織斑先生から止めろとのご命令が下された。しかも無事にとの事。

 何で俺なんだと思う反面、日々の訓練により身体は素直に動いていた。

 

 山田先生を止めるぞ、ミコト。

 

『おはようございます。戦闘行動を開始します』

 

 告げられた言葉と共に展開されたラファールに興奮を隠せない。俺の中で言われたかった台詞ランキング上位だ。戦闘じゃないけど。

 

 もうミコトちゃん好き!

 

『ぜっっったい私の方が好きですぅー!!』

 

 何張り合ってんの!?

 

 時間もないから冗談はそこまで。山田先生を受け止めるべく、空へ飛ぶと両手を広げる。いつでも瞬時加速を使えるように用意して。

 

「ぐっ!?」

 

 身体に感じる衝撃は俺にぶつかって尚、突き進もうとする。真っ直ぐに地面へと向かって。

 しかし、離さないように両手でしっかり掴まえれば多少はこちらで制御出来る。

 

「えっ……? あっ……」

 

 ぶつかった瞬間からスラスターを全開で吹かしているが、加速していたせいか向こうの方がパワーがあるらしく押し込まれる。

 このままでは仲良く地面に激突だ。そうはさせじと瞬時加速を発動させればスレスレのところで何とか停止。

 

「……無事、ですか?」

「は、はい」

 

 念のため避難した場所から少し離れたところに軌道修正して着地。ISを解除してから一応訊ねれば織斑先生の依頼通り山田先生も無事なようだ。

 

「……そうですか、っ!?」

 

 返事をした瞬間に、いやもっと言えばその前からだったのかもしれない。とにかく背後の方から感じる何かを確かめるべく振り返った。

 

「「…………」」

「…………???」

 

 そこには不満そうにしている箒とセシリアがいた。まるでリスのように頬をこれでもかと目一杯膨らませて。

 むっちりした頬の二人は何かを言いたそうにこちらに視線と無言の圧力を送り続けている。

 

『むちぃってしてますね……』

 

 な、何だあれ? 何が言いたいんだ?

 

「おい、色男。セクハラで訴えられたくなければいい加減離れろよ」

 

 素朴な疑問はいつの間にか近付いていた織斑先生によって解決された。

 と、同時に一気に血の気が引く。どうすればいいのかは身体が分かっていた。考える時間さえ惜しい。

 

「っ! す、すみません!」

「い、いえ! その、大丈夫ですから……」

 

 勢いよく離れてから謝るとギリギリセーフだったようで山田先生から許しをもらえた。

 かなり恥ずかしかったようで、山田先生の顔が朱に染まっている。

 

「さて、オルコットに凰。山田先生と模擬戦をやってみろ」

「あ、あの……二対一では……」

「さすがにちょっと……」

「安心しろ。今のお前達なら直ぐに負ける」

 

 その後、あっさり挑発に乗った二人は山田先生と対決。見事、織斑先生の言った通りの結果となった。それどころか被弾さえしていない。

 戦っている最中、織斑先生が山田先生は元代表候補だったと言っていたがここまで凄いとは。

 

「さて、IS学園教員の実力が分かったところで授業に移る。各専用機持ちをリーダーとして、出席番号順に別れろ!」

 

 織斑先生の号令に各生徒は従い、綺麗に各班ごとに別れた。デュノアやボーデヴィッヒが来た事により、今まで同じ班だったものと別れたりするのだが……。

 

「よろしくね、はるるん!」

「うぅん、ここは変わんないね」

「よ、よろしく頼む」

「……こちらこそよろしく頼む」

 

 布仏、相川、箒と何か初期からのメンバーは綺麗に残ったな。どうなってんだ。

 

「さぁ、まずは歩行訓練からだ。順次終えたところから次に移れ」

 

 言われた通り、用意したISを使って基礎の基礎である歩行訓練から開始。初心を忘れない心構えは大事だ。とてもとても大事だ。

 

「はるるん、お姫様抱っこしてー」

「…………何でだ」

「女の子の夢だからー?」

 

 何故疑問系なんだ。あとその夢を頼むから俺で叶えないでくれ。

 

 何故布仏にお姫様抱っこをせがまれているかと言うと、普通ISは次の人が乗り込みやすいように屈んでから装着解除するのだが、最初の女子が立ったまま解除したから乗り込めない状態に。

 すると解決案として出されたのが、俺がラファールを展開して女子を運ぶというもの。何でやねん。

 

「いやー、ごめんごめん」

「……別にいい」

 

 相川が明るく笑いながら謝ってくる。先ほど言った最初の女子である相川が。変なところで妙なドジっ子みたいなのを見せてきた。

 とにかく、今日のノルマを終わらせないと居残りになってしまう。急がなければならない。背に腹は変えられないのだ。

 

「わぁ……!」

 

 注文通り布仏を持ち上げるとまるで欲しい玩具を見つけた子供のような声が飛び出た。本当に夢だったらしい。

 

「えへへ、はるるんありがとっ!」

「…………どういたしまして」

 

 嬉しそうに声を弾ませる布仏は次の瞬間に俺の頭へ手を伸ばし、ゆっくり撫で始めた。

 

「良い子、良い子っ」

「……やめろ」

「何で? はるるんは良い子だよ?」

「……そういう話じゃない」

 

 こちらの言い分に不思議そうに首を傾げる。何かおかしいのかと本当に心の底から思っているんだろう。

 と、撫でていた手が止まり、ゆっくり下がっていくと今度は俺の頬に触れてくる。

 

「んー……むー……」

「……今度は何だ?」

「はるるんが頑張ってないかの確認ー」

 

 何だそれ。

 

 確認も無事終えたようで布仏は歩行訓練も無事終えた。頑張ってないかの確認はとりあえず大丈夫らしい。基準がよく分からん。

 

「……次は箒か」

「う、うむ。運ばれる覚悟は出来ているぞ。来い、春人!」

 

 布仏の次は無駄に威勢のいい声と共にほんのり顔を赤くして両手を拡げる箒。

 恥ずかしさを誤魔化しているようなその表情からは確かに覚悟が窺える。さっきまで頬を目一杯膨らませてた人とは思えないほど引き締まっていた。

 さぁ、いざお姫様抱っこへ。

 

「あっ……」

 

 抱えあげると消えてしまいそうな微かな声をあげて、箒の顔は緩んでしまった。

 

 あれっ? さっきまでのちょっとカッコいい箒さんは一体何処へ?

 

「そ、その……春人、少しいいか?」

「……何だ?」

「出来ればゆっくり……そう、物凄くゆっくり運んで欲しいのだが」

 

 一体どういう事なのか、箒の口から出たのは何とも容易い要望だ。しかし、この急ごうとしている状況で何故そんなお願いを。

 

『こ、高所恐怖症なんだよ……』

 

 飛行訓練は平気だったのに、この高さはダメなのか。なんて微妙な高所恐怖症なんだ。

 まぁでも大体分かった。そうしなきゃダメならそうしよう。

 

「……分かった。早かったら言ってくれ」

「ああ、ありがとう」

 

 短く礼を言うと箒は鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に。一方、俺はそんな箒と顔が近い事に内心ドキドキしていた。

 

「ふふっ」

「……?」

 

 ゆっくり運んでいると不意に箒が笑った。幸せが思わず溢れてしまったようなそんな声を気にするなという方が無理な話。

 

「……どうした?」

「いや、これいいなと思ってな」

 

 訊ねてもはっきりとはしない答えが返って来た。しかし、こちらを見ながら何処かうっとりとした声色は余計に興味を惹かせる。

 これとは間違いなくお姫様抱っこの事だろう。布仏曰く女の子の夢なのだから。

 

「……何がいいんだ?」

「ふふっ。さぁ、何だろうなぁ」

 

 幸せそうに微笑む箒はやはり曖昧にしか答えてくれない。俺がその良さを分かるのは随分と先の話になりそうだ。そもそも分かるかどうかも怪しいが。

 

 




前書きのはただやりたかっただけなんだ……本当にすまない……。


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33話

 

「春人、お昼は予定あるのか?」

「……別にないが何かあるのか?」

「その、お弁当を作ったから味見をしてほしくてな……」

 

 午前中の授業も終わりに差し掛かり、使っていたISを片付けていた時だった。

 元あった場所へ戻すべく、片手で専用のカートごとISを持ち上げていた俺に近寄ってきた箒はそわそわと落ち着きがない。原因は今話したお弁当についてだろう。

 

 ふぅむ。たしかに花嫁修業で料理も見てくれと言って了承したが、いきなり弁当ときたか。もう少し段階を踏んで来ると思っていたが違うらしい。

 

「だ、ダメ、か……?」

 

 しまった、少し考え過ぎていたようだ。

 俺が返事しないのを難色を示していると思ったらしく、箒の瞳がある感情に揺れる。断られるかもしれないという不安で。

 

「……いや、構わない」

「っ!」

 

 たった一言。それだけで感じていた不安はなくなっていき、パァッと明るい表情へ変わっていった。

 

「そ、そうかっ! では今日は天気が良いから屋上で食べよう!」

「……分かった。皆はどうする?」

「と、とりあえず私達だけだ! 他の皆はお弁当なんて用意してないだろうからな!」

 

 確かに言われてみればそうだ。事実、今言われた俺も何も用意していない。

 購買に行けばいいのかも知れないが、購買は購買で弁当のクオリティがかなり高いらしく、毎日長蛇の列が並んでいる。そこに態々行かせるのも可哀想な話だ。

 

「……そうだな。そうしよう」

「うむ! では早く戻ろう!」

「…………少し落ち着け」

 

 先を行く今にもスキップでもしそうなくらい浮かれている箒にほんわかしつつ、授業前のように並び始めた。

 

 いや、まさか味見するだけであそこまで喜ぶとは。余程一夏に料理の腕を披露したいらしい。役に立てればいいんだけど。

 

『いや、あの……披露したいのはあってるんですど……』

 

 ぅん? 俺は役に立てそうにないか? 確かに俺って基本美味いとか好きじゃないとかしかコメントしないからなぁ。

 しょうがない、事情を知っている誰か代わりに――――

 

『めがっさ役に立てるから春人さんでオナシャス!』

 

 えぇ……。今してた会話の意味よ……。

 

「では午前中の授業はここまでだ。午後は今使ったISの整備を行うので各人班別に集合する事。では解散!」

「春人、シャルル、早く行こうぜー」

 

 織斑先生のよく通る声が整列した全員の元へ届き、午前の授業は終わりを告げた。

 となれば、少数勢力である俺達男子はまた急いでアリーナの更衣室に移動しなければならない。昼食がいらないというのであれば話は別だが。

 

「……ああ」

「う、うん」

「……?」

 

 一夏の提案に了承の返事をするも、デュノアの様子がおかしい。ちゃんと一夏の後ろを付いて来ているが、何があったのか顔を赤くさせている。

 それは更衣室に近付くにつれて赤みは強くなり、到着した頃には真っ赤になっていた。

 

「早く着替えないと食堂込むからなぁ、ってシャルルはISスーツの上に制服着るのか?」

「う、うん。一応安全とかも考えて着とけって」

 

 ISスーツは操縦する上で必要な情報をISに伝達するだけでなく、小口径の銃弾なら防げるほど耐久性が優れているらしい。

 とはいっても女性仕様のデザインならいざ知らず、男性仕様は腹部ががら空きとなっている。そこでも充分致命傷になると思うが。

 

『ミコトちゃんもね、将来子供を産むためにもお腹も守らなきゃダメだって思うのです』

 

 女だったら分かるけど、男だから子供産む事はないと思うんですがそれは……。

 

『これはミコトちゃんうっかり! テヘペロ!』

 

 うぅん? 何か引っ掛かるが、まぁないよりはましなんだろうな。

 それにしてもデュノアの親も過保護だねぇ。フランスの治安がどうかは知らないが、IS学園なんて安全地帯にいるんだから着なくてもいい気がするんだけどね。

 

「ふーん、ISスーツの上にズボン穿くのって何か変な感じしないか?」

「ぼ、僕は慣れたからね」

「ああ、でもやっぱり変には感じてるんだな。よし、今脱いじゃえよ! その方が楽だって!」

「えぇ!?」

 

 おやおやおや? 一夏さん?

 

 一人で黙々と着替えていたら何か事件が起きそうになっていた。しかも犯人は知り合いの。

 何とかデュノアを着替えさせようとかつてない積極性を見せてきた一夏。壁に追い込んでからした右手のサムズアップと、浮かべている笑顔がいつもより眩しいのは気のせいだと思いたい。

 

『違う意味で危ないみたいですね……』

 

 やっぱり織斑先生がHR後に頼んできたのってこの事だったんだ。

 そもそも普通に考えれば分かる事だったが、転校生の世話を社交的な一夏を差し置いて、俺に任せるはずがない。国際問題になる前にどうにかしなければ。

 

「……そこまでにしておけ」

「えっ、何でだよ?」

「は、春人ぉ」

 

 分かったのなら行動は早かった。着替えるのもそこそこに、一夏の止めに入る。

 壁に追い詰められていたデュノアは一夏の魔の手から逃げ出すと、そそくさと俺の背中へと隠れてきた。余程怖かったらしい。

 

「……デュノアが困ってる」

「うっ……で、でもその方が楽だし……少ない男同士、親睦深めるのは必要だろ?」

『一夏くん! 君が何を言ってるのか分からないよ!』

 

 えっ、本当に何言ってんのこいつ。何で親睦を深めるのと一緒に着替えるのがイコールになってんの?

 

 ある意味で予測出来た展開に痛む頭を抑えつつ、不思議そうにしている一夏へ話を続ける。

 

「…………脱いだ方が楽なのは認めるが、別に親睦を深める手段はこれだけじゃない」

「そ、そうだけどさぁ……」

「……訓練が終わったら何処かに行くとかでいいだろう。デュノアもそれならどうだ?」

「うん。僕は大丈夫だよ」

「うっ……」

 

 顔を僅かに覗かせるデュノアに訊ねれば、快く了承してくれた。

 こうなれば二対一、頑なだった一夏が折れるのにも時間は必要ない。

 

「分かった。無理言ってごめんな?」

「う、うん。気にしてない……よ?」

 

 素直に謝る一夏に対して、疑問系で気にしてないと俺に隠れながら答えるデュノア。どう見ても完全に気にしている答え方だった。とりあえず俺越しに話すのやめて欲しい。

 しかし、生まれた不安は直ぐに取り除くのは至難だ。結局、デュノアは俺を盾にして一夏からこそこそ制服を着る事に。

 

「ぼ、僕外で待ってるね」

「……分かった。俺も直ぐに行く」

「お、おう……」

 

 着るだけのデュノアが一番先に終わったので一足先に外へ。俺もあとは下だけなのでそんなには時間は掛からないだろう。

 一番時間が掛かりそうなのは一夏だ。意気消沈しているようで、着替える手がとにかく遅い。

 

 さて、何とか第一次デュノア防衛戦は勝てた。これが第二次、第三次と続かないようにしなければ。

 

「はぁ、やっちまったなぁ……。嫌われたかな?」

「……そうかもな」

「だよなぁ。はぁ……」

 

 デュノアがいなくなってから直ぐに一夏が口にした言葉だった。素っ気なく返すと真に受けて、更にどんよりとした空気へ。

 そうは言ったが、別に嫌われてはないだろう。ただ警戒されているだけだ。

 

「……冗談だ。そんなに焦る必要もないだろう」

「そうなんだけど……」

 

 元々着替えるのが遅かった一夏の手が完全に止まった。何かを言い淀んでいるようにも見える。

 その間にこちらは仕上げの段階としてネクタイを締めていた。ちゃんとやらないとまた箒に迷惑が掛かってしまうのでかなり気を付けて。

 

「……昔、さ」

「……ん?」

「小学生の時にその、転校生が苛められた事があってさ」

 

 やがて言い辛そうに口を開いた。俺も手を止めて一夏と向き合う。

 

「そいつも違う国から来たんだけど、シャルルと違って日本語が上手く話せなくってさ。それが原因でクラスに馴染めなくて、苛められたんだ」

 

 一夏も素直なやつだ。ただ思い出すだけなのに、まるで今目の前でそれをやられているかのような反応をする。

 今もそうだ。その時を思い出してか、かなり苦い表情をしている。本当に嫌だったらしい。

 

「……そいつとデュノアでは状況が違うだろう?」

「分かってる。でもどうしてもその時の事が頭に過るんだ。だから今度はそんな事がないようにって、早く仲良くなろうとしたんだけど……失敗しちまったなぁ」

 

 あっ、でもやっぱり一夏の中では着替えるのと仲良くなるのはイコールなんすね。

 

「……そうだな。失敗だな」

「うぐっ……」

「……だから今度は違うやり方にすればいい」

「えっ? い、いいのか?」

 

 俺の言葉に意外そうな言葉と顔を向けてくる。一夏の中で俺はデュノアと仲良くなるのは反対していると思っていたらしい。

 

「……俺は手段がダメだと言っているだけで、目的については何も言っていない。むしろそれならお前に賛成だ」

 

 その目的が本当ならな!

 ホモだったら許さんけど!

 

「そ、そっか! うぅん、じゃあ何がいいかな?」

「……さぁな。俺はそういうのに疎い。だが強引なのはもうやめろよ」

「わ、分かってるよ」

 

 明るい表情になった一夏は早速どうすればいいのかを考え始めた。こうなると俺は門外漢だ。伊達に友達一人もいない訳じゃない。

 というかそれより――――

 

「……それより早く着替えた方がいいんじゃないのか?」

「うおっ!? 忘れてた!」

 

 言われてまだ自分が上しか着替えてないのに気付いたらしく、物音を立てて慌ただしく着替える速度を上げていく。

 

「……外で待ってる」

「す、直ぐに終わるから待っててくれ!」

「……了解だ」

 

 そんな一夏を尻目に更衣室から出ればデュノアが壁に寄り掛かっていた。俺の顔を見るなり、ホッと溜め息を吐いてこちらに近寄ってくる。

 

「……待たせた」

「うぅん。でも結構時間掛かったね」

「……色々とな。一夏も急いでるからもう少しで終わるはずだ」

「う、うん」

 

 一夏の名前が出た途端に少しぎこちなくなってしまう。相当警戒されているようだ。

 まぁ壁に追い詰められてまで脱げと要求されたんだ、無理もない。

 

「……さっきはすまない。あいつなりにデュノアと仲良くなろうとしただけなんだ」

「い、いいよ。僕も仲良くなりたいし。さっきのはちょっと強引だったけど……」

「……それはもうないはずだ。もし何かあれば言ってくれ。どうにかする」

「ならいいけど……ぷふっ」

 

 そこまで口にしてからデュノアはこちらを見て、何が楽しいのか少し笑った。面白い事なんて何一つ言ってないんだが。

 不思議そうにしている俺にデュノアは眩しいばかりの笑顔で応えた。

 

「何か春人って見た目と違ってお兄ちゃんみたいだね」

「…………何でそうなる」

「一夏のフォローとか、僕の心配してくれてるところとか。何かお兄ちゃんみたいだなぁって」

「…………あまり兄を心配させないでほしいな」

「はーい。ごめんなさい、お兄ちゃんっ」

「…………やっぱりやめてくれ」

 

 笑っていた理由を聞いて少し流れに乗ってみたものの、また頭を抱えるはめに。最近こうして頭を抱えるのが癖になってきてる気がする。

 というか双子でもないのに同年代の兄ってどうなんだ。もう意味が分からない。むしろ分かったらいけないのではないか。

 

「ところでここで待ってていいの?」

「……何でだ?」

「えっ、屋上でお弁当食べるんじゃないの?」

「…………はっ」

 

 何処で聞いていたのか、デュノアに言われて漸く思い出した。箒と屋上で手作りの弁当を味見する事を。目の前で起きていた出来事の衝撃が強すぎて忘れていた。

 

 時間を確認すればそこそこ時間が経っている。女性の着替えは時間が掛かるかもしれないが、それを差し引いてもこちらはまだ移動時間もあるのでちょっとまずい。

 それだけじゃない。デュノアの護衛についても問題が出てくる。今更になって問題が浮上してきた。

 

「ど、どうしよう」

「僕に聞かれても……」

「お待たせって、どうした?」

 

 オロオロしてる俺達を見て一夏が首を傾げる。でも気にしている余裕なんて今の俺にはない。

 あちらを立てればこちらが立たず。どうしたものかと考えていれば、携帯電話に更識会長からメッセージが。

 

『一夏くんはこっちが見ておくから、箒ちゃんとのお昼楽しんできなさい……だってさ』

 

 態々読んでくれてありがとう。でも更識会長の声真似いる?

 それにしてもまさか更識会長まで動かしているとは……織斑先生が容赦なさすぎてどうしていいか分からないよ。

 だけど、おかげで今どうすべきかははっきりした。

 

「……すまない。少し用事があるから先に行く」

「あ、そうだったのか? 何か待たせてごめんな」

「……気にするな」

 

 一夏とデュノアに一言断ると外に出た俺は急ぐべく、軽く準備運動。

 

 さぁて、いっちょ行きますか。

 

『Get Ready』

 

 その言葉を皮切りに必死に口で演奏するミコト。何処かで聞いた事あるBGMを聞きながら走り出す。

 目指すは校舎の屋上。そこを目指して走って時折障害物を避けるためにジャンプしていく。その度にあるSEがミコトの口から流れ出す。

 

『シュィィィ! シュィィィキャッ! シュィィィ!』

 

 あれ? 俺ってバーチャロンだったの?

 

 耳元で風が鳴り響く心地好さを感じながら久し振りに走っていれば、あっという間に校舎の前に辿り着いた。

 あとは屋上へ行くだけである。この速度を維持したまま、最短ルートで。

 

 つまりは校舎の壁を駆け上がるんですけど。

 

『加速ぅ! 迅速ぅ! 最速ぅ!!』

 

 うおおお、何だその熟語三段活用は!? 急に熟語フェチになってどうしたの!?

 

 垂直の壁を駆け上がると勢いが良すぎたのか、最後はジャンプしたように高く空を舞ってしまう。

 と、同時に屋上の扉が開いた。屋上にある謎の影を目で追い、まだ空にいる俺と視線が重なる。

 

「えぇ……」

 

 唖然とした様子で俺を見ていた箒の元へ着地。ギリギリ間に合ったようだ。

 

「何でお前は空から来るんだ……」

「……違う。校舎の壁を走ってきた」

「あ、ああ、そうやって来たのか……。どっちにせよ、普通に来ればいいだろうに。そんなにお腹空いてたのか?」

 

 訊ねられると謀ったかのように腹の虫が盛大に鳴った。直前に少し運動してたのもあって、それはそれは立派な音を奏でる。恥ずかしいほどに。

 

「…………返事はこれでいいか?」

「ふふっ、随分と分かりやすいな。ではまた勝手に返事される前に食べようか」

 

 一頻り笑われると背もたれがないベンチに二人並んで座り、本題の手作り弁当がその中身を見せた。

 

「おお」

「ど、どうだ?」

「……心配しなくても美味しそうだ」

「な、なら早く味も見てくれ」

「……そのつもりだ」

 

 渡された弁当の蓋を開ければ、色鮮やかな弁当がまずは視覚からその美味さを伝えてくる。

 そわそわと落ち着かない箒に言われるまでもない。だがどれもこれも美味しそうで、本当はいけないのだが迷い箸をしてしまう。

 

「こらっ。行儀が悪いぞ」

「……すまない。どれも美味しそうでな」

「そ、そうか。ならまずは唐揚げから食べてみてくれ。自信作なんだ」

「……では」

 

 箒自信作と言われる唐揚げから。横からじっと見られながら口に運ぶ。自信作とはいえ、他人からどう思われているのか不安で仕方ないのだろう。

 だがそれも杞憂に終わった。

 

「美味い……!」

「っ!」

 

 飛び出た言葉に箒は固くなっていた表情を柔らかくしていく。

 

「よ、良かった……。他のもどうだ?」

「…………」

「ふふっ、食べるのに夢中か」

 

 腹が空いていたのもあるが、それを抜きにしても箒の弁当は美味い。どれもこれも手間が掛かってるのは言われなくても分かる。

 

「ほら、お茶だ」

「……ありがとう」

 

 一息吐こうとしたところで、箒からお茶を差し出された。本当にタイミングのいい。

 それはいいのだが、箒の箸が全然進んでいない。俺が食べている弁当と同じものを食べているのだが、見た限りでは一口、二口程度しか進んでいなかった。

 

「……箒は食べないのか?」

「ん? ああ、お前の食べている姿を見ていたら忘れていた」

「……そうなのか?」

「ふふっ、お前は本当に美味しそうに食べてくれるからな。見ていて楽しいんだ」

 

 俺の食べている姿を思い出しているのか、頬を緩ませて話している姿はこの上なく嬉しそうにも見える。

 そんなに美味そうに食べてたのか。というよりはそんなに見られてたのか。これはかなり恥ずかしい。

 

「……ご馳走さまでした」

「はい、お粗末様でした」

 

 恥ずかしさに耐えながら食べていればあっという間に食事は終わった。礼を言って空となった弁当箱を返せば、向こうもニッコリ笑って受け取る。

 そんな関係を良いなぁと思いつつ、そうなれる可能性がある一夏へ呪いを掛けておく。リア充爆発しろ。

 

『一夏は関係ないだろ、いい加減にしろ!』

 

 えぇ、これ一夏と箒がお付き合いするためにやってるんですけど……。

 

「……さて、と」

「また昼寝か」

「……また昼寝だ」

 

 弁当も食べたし、拙いながら感想も述べたらもうやる事もない。言われた通り、昼寝をしようと立ち上がれば、少し頬を染めた箒が態とらしい咳をしつつ話し掛けてきた。

 

「あー、んんっ! 何処へ行くか知らないが、硬いところに頭を置くのは良くないぞ」

「……いや、硬くはないんだ」

「硬くない?」

「…………何でもない」

 

 最近というか襲撃されて以来、昼寝するところに布仏が必ず現れて膝枕してくるのを危うく言いそうになった。

 

「どっちにせよそんな移動する事もないだろう?」

「……そうだな」

 

 まぁここなら今は箒しかいないし、今日はこれまで誰も来てないから、今から誰かが来るのもないだろうし。

 

「待て待て。何故隣のベンチにいこうとする」

 

 隣のベンチに移動しようとすれば再度待ったが掛かる。抗議の視線を向ければ、顔の赤みが強くなっているような気がした。

 

「……そこには箒がいるだろう」

「ええい、察しの悪い! わ、私の膝を貸そうと言っているのだ! さぁ来い!」

 

 えぇ、何でそうなるの……?

 

 遂には真っ赤になった箒が両手を拡げて迎撃体勢は整ったと言わんばかりの構え。

 まさか箒も膝枕をしてこようとは思わなかった。女子の間で男に膝枕するのが流行っているのか? 日本始まったな。

 

『で、どうするの?』

 

 数々のギャルゲーをクリアしてきた俺の勘がこう言っている。断ってはならないと。ミコトちゃん、これどうですかね!?

 

正解(エサクタ)

 

 やっぱりね、知ってた。

 

 満足そうなフィンドールキャリアスの答えを聞いた俺はそれならと箒の膝に頭が乗るように調整して横になる準備完了。

 

「……失礼する」

「うむっ!」

 

 一言断ってから横になれば、後頭部に女性特有の柔らかさが。布仏ですっかり慣れたものかと思えばそんな事はなかったらしく、心臓が喧しくなる。

 

「――――♪」

 

 そんな俺を落ち着かせようとしているのか、箒は片手で俺の頭を撫でながら、もう片方の手で鼻歌に合わせて優しく肩を叩いていく。

 子供を寝かせるようなその行為は吹き飛びそうだった眠気を呼び戻してくれる。

 

「どうした、寝ないのか?」

「…………いや、大丈夫、だ」

 

 最早返事をするのも精一杯。それでも最後の力を振り絞って、これだけ告げた。

 

「……誰か、来たり……辛く、なったら……起こしてくれ」

「ああ、そうする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――♪」

「箒さん、抜け駆けは卑怯ですわ!」

「セシリアはまだいい。私なんか休み時間でしか会えないのに……!」

 

 春人と箒が屋上で二人きり。そう聞いて私とセシリアが慌てて購買で買ってきた時にはもう終わっていた。

 春人は箒の膝を枕にして静かに眠っている。いつもは悪い目付きもこの時だけは穏やかなものにして。羨ましくてしょうがない。

 

「ああ、すまない。春人が寝ているんだ。静かにしてくれないか?」

「「ぐぬぬぬ」」

 

 鼻歌を止めた箒は余裕の表れか瞳をキラリと光らせる。気のせいかもしれないけど、確かにそう見えた。

 でも箒の言う通り。せっかく春人が寝ているのに私達が騒いで起こすのは申し訳ない。

 

「それにしても相変わらず一人でいようとしますのね……」

「そう、だな……。私が言わなければまた何処かへ行こうとしていた」

 

 穏やかに寝ているこの人はなるべく一人でいようとする。休み時間なんて特にそうだ。

 何でか分からなくて悔しいけど多分誰よりも一緒にいる本音に聞いたら、自分がいたら皆に悪いからって言っていたらしい。もうそんな事はないのに。

 

「春人……」

 

 誰よりも優しいこの人がそんな理由で一人でいようとするのがあまりにも寂しくて。この人の名前を呟きながら手を伸ばせば、寝ているはずなのにまるで見ているかのような反応が出た。

 

「やめ、ろ……」

「えっ?」

「近寄るな……!」

「春人さん!?」

「春人!?」

 

 それは寝言にしては寂しくて、悲しすぎるもの。何があったのか分からないけれど、今見ているのは悪夢だというのは誰でも分かった。私達が何をすべきかも。

 

「春人……傍にいるよ。ずっと……」

 

 私は伸ばした手でそのままそっと右手を取って胸元に引き寄せる。私が近くにいると分かるように。

 

「わたくしも……傍にいます。だから、そんなに寂しい事を言わないでください……」

 

 セシリアも反対側に立って、春人の左手を取ると自分の頬に寄せた。セシリアの暖かさが伝わるようにと。

 

「私も、お前の傍にいる。怖がらなくていいんだ……」

 

 愛しそうに箒が春人の頭を撫でる。目に掛かる髪を退けて、魘されてうっすらかいている汗が手に付くのも気にせずに。

 

 春人は拒むかもしれない。これからもいつも通りにするのかもしれない。

 でも私達は決めたんだ。傍にいるって。何があっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見知らぬおっさんに耳を舐められるとかいうおぞましい悪夢。あれは一体何だったんだ……。

 

『ホモやないですか』

 

 違う、断じて違う……!

 

 そして夢から覚めたらえらい事になってる。

 

「…………箒、これは?」

「気にするな」

 

 目線を上に向ければ寝る前以上ににこやかな箒が。起き上がろうとする俺の肩を両手で押さえ付けてくる。まだ寝ていろと言いたいらしい。

 

 

「春人さん……良かった」

「…………セシリア?」

「っ……はい。わたくしはここにいます」

 

 左側にはセシリアが俺の掌に頬を乗せていた。何があったのか、少し泣きそうな彼女を慰めたくて頬を撫でれば嬉しそうに頬を緩める。

 

「春人……」

「……簪もか」

「うん。私もここにいるよ。春人の傍にいるよ」

 

 ただそれだけなのに何故か必死さが伝わってくる。胸元に引き寄せられた俺の右手が大切そうに両手で包まれてるのを見て、俺からもその手を握り返す。

 

「……ありがとう」

「っ! うんっ!」

 

 溢れた笑みを見ていれば先ほどの悪夢なんてどうでも良くなっていた。




万丈くんに
「オラオラオラ!」
って言いながら殴る蹴るのラッシュをしてもらって、最後の方は
「俺のぉ!腕がぁ!真っ赤によぉぉ!!」
とナックルを取り出しながら重い一撃を繰り出し、締めのヴォルケニックフィニッシュに
「燃えてんだオラァァァッ!!ぁぁあっつい!!」
みたいなのをやってほしい。



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34話

いつも誤字報告ありがとうございます。
単純な脱字も気付かない誤字も直してくれる神機能万歳。


偽りのC/悪いやつとお姫様


 現在、放課後のアリーナで俺は布仏先輩をオペレーターに装備の試験を行っていた。

 これはラファールを修理してくれた礼としてケーキ以外に何かないかと持ち掛けたところ、手伝ってくれた人達が装備の試験をしてほしいと言われたからだ。

 なんでも、奇抜過ぎて他の人だと断られる事もあるらしい。

 

「春人っ」

「……ん」

 

 呼ばれて声のする方へ振り向けば、観客席にいる簪、セシリア、箒が俺へにこやかに手を振っていた。箒はISを借りれなくて待機しているのだが、あとの二人は休憩中だ。

 たまに微妙な空気になる事があった簪、セシリア、箒の三人だったが、何があったのか今日のお昼から落ち着きを見せている。

 というよりは三人で仲良くしている事が多い。俺を挟んでだが。どうしてこうなった。

 少なくとも箒は一夏に振った方がいいんじゃないか?

 

 《櫻井くん、集中してっ》

 

 余計な事を考えているのがバレたらしく、布仏先輩からお叱りを受けてしまう。

 ただでさえISに触れて二ヶ月程度の素人が慣れてない武装を扱っているのだから当然だろう。

 

「……すみません」

 《いいけど本当に気を付けてね? もし怪我でもされたらお嬢様達が大変だから》

「…………気を付けます」

 

 言われてついこの間、大怪我した時の反応を思い出した。怒られるのはまだしも、泣かれるのだけは何としても避けたい。

 そう考えているとくすくすと笑い声が聞こえてくる。布仏先輩が眉を潜めて視線をその音源である悠木先輩達がいる後方へ。

 

 《……何かしら?》

 《はい、嘘ー》

 《嘘を吐きましたねぇー?》

 

 俺にはさっぱり分からなかったが、悠木先輩達には嘘を吐いていると分かるらしい。画面には映っていないが、あの人達がニヤついているのが目に浮かんだ。

 

 《な、何が嘘なのよ? 私は嘘なんか……》

 

 とは言うものの図星だったようで、布仏先輩の目が泳ぎ始めた。それはあまり事情が分かっていない俺でもこの返しが嘘なのだと分かってしまうほど。

 布仏先輩がどんな嘘を吐いたのか関係ない俺も気になってしまう。

 

 《だって櫻井くん怪我したら虚だって大変になっちゃうじゃない》

「…………俺、ですか?」

 《なっ、何を言って……!》

 

 速報、実は俺も関係あった件について。

 予期せぬ人物の登場に唖然としていると、視界に耳まで赤く染めている布仏先輩が必死に口を動かそうとしている間も攻める手は緩まない。

 

 《そーそー。襲撃された時も大慌てしてたのよー》

 《あんな虚初めて見たんだから。ねぇ?》

 《ゆ、悠木っ!!》

 《きゃー! 虚が怒ったー!》

 《あらら》

 

 一喝すると蜘蛛の子を散らすように悠木先輩達が去っていった。後に残るのは息を荒げる布仏先輩と現在扱っている装備の開発者のみ。

 興奮してまともに話せそうにない布仏先輩に代わり、開発者の藤尾先輩が話し掛けてきた。

 

 《さて、これまでの話を聞いて櫻井くんから何かある?》

「……迷惑掛けないようにします。布仏先輩のためにも」

 《ふぇっ!?》

 《ほっほーう?》

 

 そう返せば変な声を出して更に赤くなる布仏先輩と興味津々にこちらを見てくる藤尾先輩。その表情はにやにやと実に楽しげ。

 

 しかし、布仏先輩も俺と同じで泣かれるのが苦手とはなぁ。思わぬところに同士はいるものだ。

 

『春人くん? 今日は寝る前に反省会をしようか?』

 

 あっ、この口調のミコトちゃんはやべぇ。静かに怒ってる時のやつだ。な、何で?

 

 《うんうん、期待以上のものは聞けた。さぁさぁ次はその武器の感想を》

「…………そうですね」

 

 上機嫌の藤尾先輩に言われて右手に持っていた武器を一瞥した。

 普通の剣のような持ち手の先にはスパイクが付いた金属の球体。持ち手部分とはワイヤーで繋がっており、相手に投げ放つとワイヤーが延びて、何かに叩き付けると巻き戻るという仕組みだ。

 

「……威力は充分ですが、扱いが難しいです。慣れるのには相当な訓練が必要かと」

 

 これが使われないのは女性には良く思われない奇抜なデザインもそうだが、それ以上に扱いにくさもある。

 止まっている的にでさえ上手く当てられなかったのだ。高速で動くIS相手ともなれば、そう簡単に行くはずがない。

 

 《ああ、やっぱり? でもさぁ――――》

「……ん?」

 

 だがそれは製作者からすれば重々承知の話だったようで。それでももしも使われた場合を想像してか、まるで子供のように瞳をキラキラ輝かせ、興奮が冷めやらぬ声でこう続けた。

 

 《――――相手にぶつけたら、屈辱を与えられそうじゃない!?》

 《えっ》

 

 ――――あっ、やべぇこの人。発想がやべぇ。

 

『び、ビルドはちょっとマッドなところあるから……』

 

 ミコト曰くビルドこと藤尾流子先輩は凄く優秀らしいのだが、たまに色物を作りそれがあまりにもマッドなため、学園に認められていないとの事。

 

 《藤尾……あなた、もう少し普通のものを……》

 《でもこれ凄いでしょ!? 最高でしょ!? てんっさいでしょ!?》

 《そ、そうね》

 

 人に言えた義理じゃないけど、この人やべぇ。布仏先輩もドン引きしてるし。

 

 だが持っているこの名称不定のGNハンマーは置いといて、それ以外は結構俺的には良いものだったりする。

 例えば両腕に装着されている展開式のブレード。普段は折り畳まれているが、この状態でもトンファーのように使えるし、展開して腕部固定式のブレードとしても使える。

 

 まぁ少し大型だけど、どう見てもプロトGNソードなんだよね。全く、良いセンスしてるぜ。あげゃげゃげゃ。

 

『あけゃけゃけゃ』

 《はぁ……試験はこれで以上よ。お疲れ様》

「……いいんですか?」

 

 下らない事を考えていたら、少し疲れた様子の布仏先輩から溜め息と共に告げられる終了の知らせ。

 正直、まだ三つしか試験していない。最初の話では試したいのはいっぱいあるとの事だったが。

 

 《ええ、あまりこっちにばかり時間を取らせたら悪いもの》

「……ありがとうございます」

 《いえいえ、こちらこそ》

 

 通信の向こうでにこやかに応対してくれる姿は先ほど少し疲れた様子なんて微塵も感じさせない。出来る人は隠すのも上手いという事か。

 

 それにしてもこのままでは元の礼を返すどころか、加えて試験に付き合わせてしまったこの人に申し訳ない。何かないものか。

 その時、ふとここに来る前に一夏と話していた事を思い出した。

 

「……布仏先輩、今日の夜は空いてますか?」

 《えっ、な、何?》

 

 突然の質問に布仏先輩の顔が羞恥で赤く染まる。動揺して返事も少しどもり気味だ。

 

 やばい、聞き方がやばい。これは下手すればセクハラで訴えられても仕方ないレベル。早く弁解しなくては。

 

「そ、その、転校生の歓迎会をやるのでそのお誘いです」

 

 一夏が授業中も考えた結果、食堂の一画を借りて転校生二人の歓迎会をする事になっていた。基本的に参加するのは一組だけだが、他にも呼ぶのは自由だ。

 

 《あ、ああ……そういう事ね。大丈夫よ》

「……お待ちしています」

 《ええ、楽しみにしてるからっ》

 

 ちゃんと誤解は解けたようで、布仏先輩は最後に笑顔で言うと通信を終えた。最後に見せた笑顔はあの人にしては珍しく、無邪気なもの。笑った顔は姉妹だからか、布仏によく似ていた。

 

 しまった。企画してるの一夏だから俺に言ってもしょうがないんだけど。一夏に布仏先輩も楽しみにしてるって言っておくか。

 

『それは胸の中に仕舞っておく! それと春人が楽しませる事!』

 

 は、はい。頑張ります。

 

 ミコトから注意を受けている間に、観客席からセシリアがいなくなっていた。恐らく、試験が終わったのを察知してこちらに向かってきているのだろう。俺の事見すぎじゃないか?

 

『あっ、今確認するチャンスじゃない?』

 

 確認するとは足で斬る時の警告音だ。結構前から決まっていたようだが、ドタバタしていてそんな暇がなかった。

 

 おう、タイミング的にもちょうどいいから今やるか。どんなもんか俺も知っておきたいからな。

 

『じゃあ、実際にやってみよう!』

 

 言われて俺は右手に『葵・改』を取り出すと刀身を指先で三回叩く。すると刀身だけが量子化した。

 ここが重要だ。二回だと本気モードになるが、三回だと蹴りモードへ移行するのだ。

 

 《Hazard on!》

「お?」

「えっ?」

「ん?」

「っ!!」

「か、簪? 突然立ち上がってどうしたんだ?」

 

 アリーナに響き渡る機械音声は観客席にいた二人だけじゃなく、少し離れた場所にいた一夏とデュノア、鈴からの視線も集める。

 

 これが警告音……なの、か?

 

『ほら、続けて続けて!』

 

 疑問が残る中、その場に腰を落とす。そして柄だけとなった『葵・改』をくるりと半回転させ、蹴りモードによって展開された右足の装甲に差し込む。

 

 《Are you Ready?》

 

 するとまだ続きがあったらしく、再び機械音声が。もう気にしない。

 

「……さっさと終わらせる」

 《Ready Go!  Hazard Attack!》

 

 しかし、俺の思いとは裏腹に更に機械音声は続く。それにしても果たしてこの機械音声は分かりやすいのかと思いつつ、立ち上がっていよいよ上段回し蹴りを放とうとした瞬間。

 

 《ヤベーイ!!》

「「「えぇ……」」」

「……っ!!」

 

 最後の機械音声と共に、それを聞いた全員が唖然としたような声がアリーナに木霊する。ただ一人、興奮している簪を除いて。

 

 えっ、ヤベーイって言った。それまで英語だったのに明らかに日本語でヤベーイって言ったよ。わっかりやすぅい。

 

『むふー。そうでしょ、そうでしょっ』

 

 姿は見えないが、ミコトが腕を組んで得意気な顔しているのが目に浮かぶ。

 

「あんた、今の何よ……」

「……警告音だ」

 

 いつの間にか近くに来ていた鈴が力が抜けたような声で問い掛ける。その原因が警告音なのは言うまでもない。

 

「誰かそういう音声付ける人がいるんだ。こ、個性的だね」

 

 続いてやってきた二人、特にデュノアの顔が引きつっていた。まぁ警告音なんて付けるのも珍しければ、あんな音声が出てくるとも思わないだろう。

 

「ミコトだろ? 確かにあれってやべぇけど、そのまんまはちょっと卑怯だろ」

『カッコいいでしょ?』

「…………相手が理解するのを重視したらしい」

「まぁ分かりやすいけどね……」

「? ミコトってそんな名前の人いたっけ……?」

 

 精一杯意訳すると一夏も鈴もある程度の理解はしてくれた。

 デュノアはミコトという聞き覚えのない名前に、必死に頭を働かせているようだ。これからの事を考えると早く言っておいた方がいいのかもしれない。

 

「おい」

 

 と、その時。上空から冷たい声が降り注いだ。

 見上げればもう一人の転校生が俺達を見下ろしていた。見下ろしているのは単純な位置の話だけじゃなく、代表候補生としての自分の地位からも。

 

「織斑一夏、私と戦え」

 

 えっ、いきなり理由もなく戦いを挑むとか、ボーデヴィッヒはバトルジャンキーか何かなの?

 

「嫌だ。理由がねぇよ」

「貴様にはなくても私にはある。貴様が誘拐などされなければ、教官がモンド・グロッソを二連覇出来たのは容易に想像出来る」

 

 そういえば織斑先生は二回目の世界大会で決勝戦まで行くも結局出ず、不戦敗となっていたがそんな裏があったとは知らなかった。

 当時は何故だと色んな憶測が飛び交ったが、分かってみれば何とも簡単な話だ。一夏を大切にしているあの人らしい。

 

「あんた馬鹿なんじゃない? そんなの一夏じゃなくて、誘拐したやつが悪いに決まってるでしょうが」

「だとしても足を引っ張ったのは事実だ。教官が二連覇出来なかったのもな」

「っ……!」

 

 見るにみかねて鈴が庇うも、一夏本人が迷惑を掛けたと思っているようで、ただ歯を食いしばって耐えている。見ていられなかった。

 

「……やめろ。ボーデヴィッヒ」

「貴様は黙っていろ、二闘流」

「ごふっ!?」

『春人ー!?』

 

 思いがけないカウンターに俺の少ないライフがゴリゴリと音を立てて削られる。

 最近になって付けられた名前の由来は俺が刀だったり、槍だったりをとにかく二つ使うところから来たらしい。

 

「…………何故、それを」

「トラブルがあった時に教官が私ではなく、お前に命令していたからな。お前の事、調べさせてもらった」

 

 何ていらない事調べてんだ、こいつは……!

 

「二闘流、お前が何を言おうと起こった事実は変わらない」

「…………そうだな。織斑先生にとって世界大会優勝より一夏が大切だっただけだ」

「……何?」

「春人……?」

 

 ボーデヴィッヒの言葉が一々俺の胸に突き刺さるが、今度は逆にボーデヴィッヒが面白くなさそうに眉をほんの少しだけ動かした。

 

「……大切なものは、大切にするのが当たり前だ。別におかしい話じゃない」

「それは捨てるべき弱さだ。私が目指すあの人には必要ない」

 

 なるほど、ボーデヴィッヒは世界最強である織斑先生が好きなのか。確かに一夏が関わると弱くなる一面もある。

 でもそれこそがあの人の強さだ。こいつはそれが分かっていない。

 

「……捨てるかどうかは織斑先生が判断する事だ。だが俺は捨てなくていいと思う」

「何故だ?」

「……さぁ、何故だろうな」

「織斑一夏が、弱者が弱さではないというのか……? そんなはずは……」

 

 余程理解し難い事なのか、ぶつぶつと小さく呟く。

 

「あら? 皆さんどうされたのですか?」

 

 そこへ何も知らないセシリアがグラウンドに入ったのを見た瞬間、ボーデヴィッヒの口がにやりと醜く歪んだ。

 片方だけ覗かせる眼光が物語る。

 

 獲物を見つけたと――――。

 

「なら弱者(それ)が弱さではないと私に証明して見せろ!!」

「「「っ!!」」」

「えっ?」

 

 突然砲口を向けられて唖然とするセシリア。瞬時に状況を理解して逃げろなんて言っても分かるはずがない。

 

「っ、ちぃっ!!」

「このっ!!」

「ふっ!」

「はははっ! そんな攻撃が私に通じると思ったか!」

 

 慌てて風を纏わせた槍を投擲するもあっさり片手で掴まれた。続けて鈴とデュノアが衝撃砲とライフルで攻撃するも見えない何かに阻まれてしまう。

 だがこれで僅かながら時間稼ぎにはなった。その間に急ぎセシリアの元へ。

 

「消えろ!」

「きゃっ!?」

「ぐっ!?」

 

 辿り着いて腕の中に引き寄せたと同時に覆うように展開した『ヴァーダント』に着弾。

 轟音と衝撃がISを通して伝わる中、身体に異変が起きる。自分の身体なのにセシリアを抱きしめたまま動かせない。

 

「な、んだ……!?」

「くっくっく、どうだ? まんまと網に引っ掛かった気分は?」

 

 言葉と共に笑みを深めるボーデヴィッヒの姿を見て確信した。この異変はこいつの仕業であると。

 しかし、これはまずい。

 

「あの、春人さん……?」

 

 何がまずいって今もセシリアを抱きしめたままなのがまずい。完全にセクハラです本当にありがとうございました。

 それにしても遠くにいる簪と箒を見るのが怖いのは何故だろう。

 

「セシリア……動けるならここから離れてくれないか?」

「は、春人さんは?」

「すまない……ボーデヴィッヒのせいで動けそうにない……!」

「……」

 

 えっ、何で考えてるの? ここ考える場面じゃないよ?

 

 と、必死に態とではないと状況を説明するとセシリアは何故か動かずにその場で考え始めた。

 漸く口を開いたかと思えば――――

 

「わ、わたくしも動けませんわー」

 

 ――――酷い棒読みで衝撃の事実を明かしてきた。

 ハイパーセンサーに映る観客席にいる二人が立ち上がったのが見えたのは気のせいだと思いたい。

 

「そ、そうなのか?」

「ええ、ええ、そうなんです。これはラウラさんのせいですわ。ですからこうしているのは仕方ないのです」

 

 後方でボーデヴィッヒが狙いを定めている緊急事態が拡がっているにも関わらず落ち着いているように見える。

 内心頭を傾げているとこの事態にもう一人疑問に感じている人がいた。

 

「む、何故セシリア・オルコットも動けないのだ?」

「「「えっ」」」

 

 この事態の張本人であるボーデヴィッヒだった。

 再度立ち向かおうとした一夏や鈴、デュノアの足が停止。ボーデヴィッヒに向けられていた視線がこちらへと。

 

「私の停止結界はIS相手では一機を止めるので精一杯なのだが」

「……らしいが」

「え、えっと……それは……」

 

 二人掛かりの問い掛けにセシリアの伏せがちの目が露骨に泳ぎ始める。

 

「き、きっと、こうして二機が重なっているせいでしょう。接触しているISも影響されるみたいですわ」

「むぅ、そうなのか……。確かに二機が接触した状態での実験はやった事がないな。あとで報告せねば」

「……そうだったのか」

『ピュアッピュアやぞ』

 

 どうしようもないというのは分かった。しかし、直ぐ背後でいつ撃たれるか分からないのはどうにかしたいところ。

 

『ミコトちゃんにお任せっ!』

 

 えっ、どうすんの?

 

『さっき投げた槍にまだ風が残ってるでしょ? あれを使うのです』

 

 見てみるとボーデヴィッヒが未だに持っている槍は不可視のままだ。しかし、あれだけの風でどうにか出来る相手じゃないはず。

 

『この停止結界はハマれば凄いんだけど、集中力が大切なの。一瞬でも集中乱されると解除されるんだよ』

 

 おお、なるほど。じゃあ頼むぜ!

 

『任せて! ……ふぅ』

 

 こちらも集中力が必要なのか、少し間を置いて深呼吸。

 

『――――櫻井ミコトが風に問う。答えよ、其は何ぞ』

 

 あっ、違った。ただ決め声出すだけだったわ。

 

「っ!? 何だ、視界が!?」

 

 その言葉を紡いだ瞬間、槍に纏っていた風がボーデヴィッヒを覆い尽くし、その姿を隠してしまう。風王結界の全身バージョンだ。

 攻撃されても余裕を見せていたが、突然視界を奪われればさすがのボーデヴィッヒも動揺してしまうようだ。動かなかった身体が動かせるように。

 

 ていうかいつから櫻井の名字を?

 

『最初からだよ!』

 

 とりあえずセシリアを抱えたまま、その場を逃れると風が解けたボーデヴィッヒと睨み合い。俺がお望みみたいだ。

 

「小癪な……!」

「……セシリア、離れてろ」

「……嫌です」

 

 えぇ、動けるようになったのに何で!?

 

 と、動揺しているこちらを差し置いてセシリアの瞳は揺るがず、真っ直ぐ俺を見ていた。

 

「約束しました。あなたの傍にいると」

「……またさっきみたいな怖い目に遭うぞ?」

「あなたが傍にいてくださるのなら、わたくしに怖いものなどありません」

 

 そんな約束した覚えないんだけど……。ま、まぁいいか。

 

『お久し振りです。櫻井様』

 

 幾ら言っても離れそうにないセシリアに触れているとイケボの執事こと、セバスチャンの声。

 

 おお、久し振りだな。いきなりどうした?

 

『はい、お嬢様が最高の状態になるためにお願いがありまして……』

 

 待って、めっちゃ嫌な予感がする。

 

 そしてその予感は当たっていた。全くもって俺的には解せないが、とにかくやってみる事に。

 

「…………セシリア、すまん」

 

 一言謝ってから右腕の装甲だけ部分的に解除すると、素手でセシリアの細い腰を抱き寄せた。女性の柔らかさがこれでもかと触覚を刺激させる。

 

「は、春人さん!? これは一体……!?」

「……ブルーティアーズ曰く、これが一番良いらしい。嫌なら――――」

 

 嫌ならやめると言う前にセシリアも両腕の装甲を部分解除し、俺の胸板にそっと置いてしなだれ掛かってきた。

 

「これで行きましょう!」

「…………そうか」

 

 セシリア、相変わらず君のやる気スイッチが何処にあるのか分からないよ。

 

「二人纏めてか? いいぞ、私を今までの代表候補生と同じと思うなよ」

 

 こちらが二人で挑もうとしているのにも関わらず、ボーデヴィッヒの余裕は崩れない。

 実際僅かな攻防だったが、俺と鈴とデュノアの三人での攻撃も防いでいた。言うだけの事はある。

 だがそれでも。

 

「……大した事はないな」

「言ってくれるな。なら私の実力、その身に刻み付けてやろう!」

 

 そこまで言えば今度は今回相方となったセシリアへ。

 

「……機動と近接は任せろ」

「射撃はお任せください!」

「……分かった。第伍拾戦術」

 《Dual up!》

 

 役割を簡単に話してから、左手でポーズを取って半分までリミット解除。機械音声が戦闘開始の合図となった。

 

 それにしても……何で俺は美少女を抱き寄せた状態で代表候補生と戦おうとしているんだろう?

 

 




本来はない台詞の組み合わせですが、とりあえずヤベーイって言わせたかった。


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35話

 俺が第伍拾戦術を使ったのに合わせて、ボーデヴィッヒが突撃してきた。その両腕に輝くレーザーブレードを展開させて。

 こちらも後ろへ飛びながら、展開した『ヴァーダント』から取り出した太刀を左手に持つと、襲い掛かるレーザーブレードを迎撃。

 

「足手纏いを抱えてとは苦労してるな!」

 

 鍔迫り合いの最中、ボーデヴィッヒがにやりと笑みを浮かべて挑発してきた。一瞬だけ送った視線を見るに、足手纏いとはセシリアの事らしい。

 

 そんな事を言われれば普段ならセシリアも怒っていただろう。だが今日は一味も二味も違った。

 腕の中にいる彼女は俺の鎖骨に頭を預けたまま、ふふんと不敵に笑ったかと思えば、自信たっぷりにこう返す。

 

「あら、ご存知ないのですね。わたくしと春人さんが組めば敵はいないという事を」

『むーてーきー!』

「そうだったのか……!」

 

 いや、俺も知らなかったんですけど……。

 

 明かされた事実に驚きつつ、ボーデヴィッヒの猛攻を凌いでいく。朝から織斑先生とやっていた訓練の成果がこんなところで実を結ぶとは。

 

「しかし――――」

「むっ」

 

 こちらが繰り出した唐竹を右に避ける。そのまま回り込んで、セシリアを抱えている右側へと。

 

「これでもそう言えるか!?」

 

 放たれた突きの軌道はセシリアの背中へ。

 俺の右手は未だに彼女の腰を抱き寄せているし、彼女自身も俺の腰と胸元に手を置いているからどうにか出来るはずもない。かといってそちらに振り返る時間もなかった。

 

「ちっ、盾か!」

「お姫様を守るのには必要だろう?」

「まぁ、春人さんったら」

「「…………」」

 

 だから『ヴァーダント』のバインダーでセシリアごと右側を覆う。これだけくっついていれば何とかカバー出来る。

 

 しかし、やべぇ。今の一言であっちのおひいさん達がめっちゃ怒ってはる。俺の第六感が危険だって訴えてる。どうしよう。

 

『逆に考えるんだ。一人にやったら怒られるって事は、皆にやればセーフだって』

 

 セーフになる自信がないんですがそれは。

 

「今度はわたくしですわね」

 

 ボーデヴィッヒの方へ向き直るついでに、バインダーで振り払うと少し距離が出来た。

 そのままバインダーを折り畳めば、隠れていたセシリアの右手が胸元から離れて銃を象る。

 流し目でターゲットを確認すれば、銃口が明後日の方向へ向いたまま引き金が引かれた。

 

「ばぁんっ」

 

 すると最初の鍔迫り合いの時に切り離されていた『ブルーティアーズ』が引き金に合わせてレーザーを飛ばす。真っ直ぐ、ボーデヴィッヒへ向かって。

 

「気付いてないとでも、何っ!?」

「こちらもご存知ないのですね」

 

 そんなものは最初からお見通しだと回避するボーデヴィッヒへ四本のレーザーが直撃。エネルギーを削り、余裕の表情が驚愕に染まる。

 

「レーザーが、曲がるだと!?」

「わたくし、意外とお転婆ですのよ?」

 

 普通ならあり得ない事に動揺するボーデヴィッヒを差し置いて、セシリアはそう言うと手で象った銃を口に押し当ててウィンク。

 何というか、動作が非常に様になっている。密かに練習とかしてそうだ。

 

「くっ、ならば!!」

「っ!」

 

 ボーデヴィッヒが手を掲げると背筋にぞくりと冷たいものが走った。さっきの動けなくなった時に似ている。

 瞬間、考えるよりも早く身体が後ろへ下がるのを選択。遠くへ、こいつの手が届かない遠くへと。

 

「逃がすか!」

「……これで勘弁してくれ」

「そんなので足りるかぁ!!」

 

 それでも尚、レーザーを掻い潜って追い掛けてくるボーデヴィッヒに持っていた太刀を放り投げる。が、どうやらお気に召さなかったらしい。

 まぁ幾つもある内の一本なんて渡されてもありがたみは少ないか。仕方ない。

 

「バースト!」

「ぬ、ぐっ!?」

 

 拡げていた手を握ると共に太刀が目の前で爆発。ボーデヴィッヒが怯んでその進行を一時的に止める。

 その隙を逃すはずがない。

 

「決める……セシリア!」

 《Are you Ready?》

「はいっ!」

 

 先ほど試しに刀を入れたままの右足を繰り出すべく声を掛けるも、とても元気の良い返事が返ってくるだけ。

 

 違う違う。蹴りをやるからちょっと離れてって意味なんだけど。機械音声も鳴ってるんですけど。

 

『多分見てないから分からないと思うんですけど』

 

 そう来たか! ええい、このまま行くしかねぇ!

 

「すまん!」

「きゃあっ!?」

 《Ready Go!》

「何だ、この音声は?」

「えっ? えっ?」

 

 一言謝ってからセシリアの足を持ち上げてお姫様抱っこ状態に。聞こえてくる音声に困惑気味の二人。その隙にボーデヴィッヒへ瞬時加速も使用して突撃した。

 

『春人! 分かってると思うけど、私達の戦闘スタイルは!?』

 

 技名言ってからぶん殴る!

 

『そのとーりっ!!』

 《Hazard Attack!》

「っ、正面から!? 馬鹿か貴様は!」

「言われなくても分かってる!」

 

 右足で飛び後ろ回し蹴りをすべく、セシリアを抱えたまま振りかぶると、機械音声がその驚異を伝える。

 ボーデヴィッヒも俺達を迎撃すべく、遅れて肩の大口径のカノン砲を向けてきた。だがもう遅い。

 

 俺もミコトに言われて考えに考え抜いた名前を口にした。この右足で斬る、必殺技というべき技を。

 

「ブレード……キィック!!」

『ネーミングセンスぅぅぅ!!』

 《ヤベーイ!!》

「なっ!?」

「えぇ……」

 

 とっておきの名前が飛び出すとミコトの叫びが木霊する中、振りかぶった右足から刀身が出現すると一閃。

 煌めく銀線は放たれた砲弾ごと、ボーデヴィッヒのISが持つ大型のカノン砲を両断した。

 

「やってくれるな……!」

「……もう武装は壊した。ここまでにしよう」

「何っ!?」

 

 他にも武装はあるのは分かっている。だがこれだけやればもう充分だろう。何も本当に相手を倒すまでやる必要はない。整備に関しては素人同然だが、今の時点でも修理するのに相当な時間は掛かるはずだ。

 しかし、そんな簡単には済むはずもなく、ボーデヴィッヒが食い下がる。

 

「こんな負け同然で引き下がれるか!」

 《そこまでにしろ》

「っ!!?」

 

 アリーナに響く凛とした声。それを聞くだけでボーデヴィッヒが蛇に睨まれた蛙のように動かなくなってしまう。

 続いて現れた人物にボーデヴィッヒの判断は間違っていなかったのだと理解した。

 

「全く、連絡があって来てみれば……何をやっている」

「きょ、教官」

「……織斑先生」

「教官ではない。織斑先生と呼べ。それとさっさと降りてこい」

 

 打鉄の刀を携えて現れた織斑先生の指示に従い、アリーナのグラウンドまで降りると三人ともISを格納。

 

「この私闘の当事者は櫻井とオルコット、ボーデヴィッヒで間違いないな?」

「はっ!」

「はい」

「…………はい」

 

 せめてセシリアはと言う前に当人含めた他二人が返事。動揺してしまったため、俺だけ遅れてという形になった。

 

「では三人ともあとで職員室に来い。詳しい話と処分はそこで決める。異論はあるか?」

「「ありませんっ!」」

「……こちらもありません」

「では解散だ。もう面倒なのは起こすなよ」

 

 最後にそう締めくくり、簡易的な事情聴取は終わった。

 やはり無理していたのもあったのだろう、ボーデヴィッヒはそのまま大人しくアリーナを去っていく。

 

「櫻井、話がある。ちょっと来い」

「……分かりました」

 

 と、思いきや俺だけ織斑先生に呼ばれるはめに。くいっと首だけで来いと伝えてくるジェスチャーがやたらとカッコいい。

 男前な織斑先生に付いていって、皆から少し離れたところまで来ると漸く話が始まった。

 

 

「やれやれ。転校初日からこれとは先が思いやられるな」

「……すみません」

「どうせお前は巻き込まれた側だろう? 色男」

「…………俺は色男ではありませんよ」

「そう思ってるのはお前だけだ」

 

 腕を組んでくつくつと織斑先生は笑う。実に楽しげに。

 最近になってこの人もよく笑うようになった。ただ、その笑うのが主に俺関連なのが少し勘弁して欲しいところ。

 

「さて、話が逸れたな。本題は他でもない、デュノアの事だ」

 

 一頻り笑うとここに呼んだ理由が明かされた。確かに離れた方がいい話題だ。

 

 ちらりと視線をデュノアの方へ向ければ、落ち込んでいる一夏を慰めようと必死に話し掛けていた。その横で鈴がつまらなそうにしている。早くどうにかしないと。

 

「今は大人しくしているみたいだが、何かあったら私に報告しろ」

「…………何でもですか?」

「ああ、些細な事でもいい。今はまだ大きくは動かないだろうからな」

 

 確かに普通に考えれば転校初日に手を出そうとしない。だが一夏は少し違った。

 

「……いえ、午前中に更衣室で仕掛けてました」

「ほう、具体的には?」

「……着替えの時に強引に――――」

「はっ。余程我慢出来なかったと見えるな」

 

 言い終える前に何があったのか分かったらしく、吐き捨てるように呟いた。まるで敵に対するような発言だ。

 

 えぇ……この人、一夏の事大切じゃないの?

 

「本来なら生徒を守るのは私達の仕事なんだが、すまないな」

「……いえ、別に」

 

 そうは言うが、今回みたいに更衣室でやられたりしたらどうしようもないだろう。男性教員がいる訳でもないのだから確認も、監視もしようがない。

 

「私の気が済まないんだ。そうだな……何か考えておこう。楽しみにしておけよ」

「……はい」

 

 だからといって、しょうがないで済まさないのがこの人で。どうにかして俺に礼をするつもりらしい。何とも義理堅い人だ。

 しかし、柔らかい雰囲気もここまで。急に張り詰めた空気を纏った、いつもの織斑先生になった。

 

「ところで……最近お前が一夏と四階から飛び降りしていると聞いたが本当か?」

「…………」

「露骨に目を逸らすな」

 

 だって超怖いんだもん……。

 

「全く、一夏にあまり変な事を教えるな。ただでさえ最近は何処かの誰かに影響されて変な事をするようになったんだぞ」

「……以後、気を付けます」

 

 その何処かの誰かが誰なのかは知らないけど、とりあえず飛び降りるのはやめるようにしときます。

 

『って、思うじゃん?』

 

 いや、もうやらないからね。怒られちゃうから。

 

 そのやり取りを最後に織斑先生は戻っていった。今回の書類作成でこれから忙しくなるらしい。

 

「ごめん……」

「…………何がだ」

 

 とりあえず一夏達の元へ行くと開口一番、一夏から謝罪されてしまった。悔しさを精一杯滲ませた声で。

 

 いや、まじで何の話だ。ニュータイプの会話やめろ。

 

「俺の事で、お前が戦ったから……」

「……その事か」

 

 何をかと訊けば、やはり言い辛そうにその理由を口にした。

 

 なるほど、俺がボーデヴィッヒと戦った事を言ってるらしい。こいつといい、箒といい、気にしすぎだ。

 

「……別にお前は悪くないだろう。俺が売って、ボーデヴィッヒが買っただけだ」

「でもさ……」

 

 切っ掛けは一夏かもしれないが、結局は俺とボーデヴィッヒの問題だ。言い方は悪いが、一夏はもう関係ない。

 

 でもダメだ。織斑一夏という男も頑固だ。変に義理を通そうとする。そんな義務はないのに。

 

「……デュノア」

「何?」

「……向こうで俺の訓練に付き合ってくれないか?」

「えっ、いいの?」

 

 ちらりと一夏を見やってからデュノアは訊ねてきた。落ち込んでいる一夏を一人にしていいのか不安に思っているようだ。

 でもこっちも何も考えてない訳じゃない。

 

「…………鈴に任せよう」

「っ!?」

「鈴に? ふーん、へー……」

 

 俺が幾ら言っても無意味だ。なのでここは箒と鈴に慰めてもらうとしよう。落ち込んでいる主人公を慰めるのはヒロインの役目ってね。まずは近くにいる鈴からだ。

 俺がそう言うとやたらと焦っている鈴を見て、デュノアも何となく察したらしい。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 さすがにいきなり二人きりは焦るのか、鈴が詰め寄ってくる。

 

「……頑張れ。でないと箒に慰める役持ってかれるぞ」

「えっ、ああ……そうね」

 

 何で冷静になったんだ。そこは焦るところじゃないのか。

 

 さて、どちらにせよ影ながら箒を応援しているからここらで鈴も応援しないと釣り合いが取れない。

 

「……一つ、あいつの元気が出る作戦をやる」

「えっ、そんなのあるの?」

「……プライベートチャンネルで話そう」

 

 一夏は勿論、他の誰にも聞かれないようにプライベートチャンネルで概要を話す。こういうのは明かされた時に楽しかったりするものだ。

 

 作戦といってもそこまで大それたものではない。これまでの動作にただアクセントを付けるだけ。

 

 《……という事だ》

 《何かそれ……凄く馬鹿っぽくない?》

 

 概要を伝えた鈴の率直な感想だった。ころころ変わる表情でもそれを伝えてくる。

 

 《……大丈夫だ。これは鈴の活発なイメージを最大限活用したものだ》

 《それはいいけど……あんた、無表情でダブルサムズアップするのやめなさいよ》

 《…………すまない》

 

 すまない、そればっかりはどうしようもない。

 

 《ま、せっかく考えてくれたんだしやってみるわ》

 《……頑張れよ》

 《言われなくても》

 

 それを最後にプライベートチャンネルを閉じると、俺とセシリアとデュノアは二人から離れた。あとは遠目から二人の動向を見守るのみ。

 

「ほら、いつまでもしょぼくれてないでさっきの続きやるわよ」

「ああ……」

 

 言われて一夏はデュノアから借りていたライフルを構えた。しかし、やはり直ぐに気持ちを切り替えられるほど器用ではないらしく、酷く散漫なものだ。

 その証拠に先ほどまでは何回か捉えていたのに今は全く的に当てられていない。

 

「全然当たらないじゃない」

「うっ……ご、ごめん」

「ごちゃごちゃ余計な事考えてるからいけないのよ。私が手本見せるからちゃんと見ときなさい」

 

 そんな様子を見兼ねて鈴が遂に動き出した。作戦を実行するつもりらしい。見ているだけなのに思わず手に力が入る。

 

「い、行くわよ……」

「お、おう……?」

『わくわく、わくわく』

 

 緊張している鈴に一夏も何かおかしいと気付いたらしく、訝しんでその様子を見守る。

 

「ど……」

「ど?」

 

 鈴の一挙一動を見逃さないでいる一夏は躊躇って出た一言を鸚鵡のように繰り返す。

 そしてその時は来た。

 

「どかーん! どかーん!」

「――――」

 

 衝撃砲が放たれる度に聞こえてくる鈴の無邪気な掛け声。やると自ら言ったものの、やはり恥ずかしいらしく、頬を薄く染めていた。

 だがそれは少し見える輝く白い八重歯と合わさり、鈴の可愛らしさを一層際立てる。

 

 鈴の輝かしい姿を一夏は横で真顔になって見つめていた。声も出さずに、口を噤んで呆然と。

 

『完全にドラ・ザ・キッドやないですか』

 

 だって衝撃砲の話を聞いた時、それしか思い付かなかったんだもんよ。

 しかし、効果は高いはずなんだが……何故一夏は黙っているのか。

 

 と、思っていたら事態が急変した。突如白式が消えるように格納されて、その場に一夏が倒れ込んでしまったのだ。心臓を手で抑えるようにして。

 

「一夏!」

「一夏さん!?」

「えっ、一夏!?」

 

 一緒になって眺めていたセシリアとデュノアも倒れた一夏を心配して駆け寄る。

 

「ちょ、一夏!? 大丈夫!?」

「待って……待ってくれ……! ホント無理……! しんどい……!」

「えっ、えっ!? 何が!?」

『大変! このままだと一夏が尊さを抱いて溺死しちゃう!』

 

 くそ、しまった! 一夏には刺激が強すぎたか!

 

 慌てて一夏を保健室に連れていく事になり、結局その後の訓練も中止と相成った。

 それと鈴には違う作戦を与える事になった。もう少しマイルドなやつをね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、皆行くぞー! 乾杯!」

「「「かんぱーいっ!!」」」

『うぇーい!』

 

 夕食後、一夏の挨拶を皮切りに食堂の一画を借りて転校生二人の歓迎会が開かれた。一時は生死の境をさ迷っていたが無事復活出来たようだ。

 ちなみに二人と言ったが、ボーデヴィッヒは来ていない。きっぱりと断られてしまった。せっかく頑張って誘ったのに。

 

「……ふぅ」

 

 俺はと言うと、せっかくお呼ばれされたのだが、こういうのは初めてのため一人静かに隅っこで壁に寄り掛かっていた。偵察中と言ってもいい。

 

『私、盛り上げるためにいけないボーダーライン踊ります!』

 

 ああ、何か騒がしい時があると思ったらその練習してたのか。

 

『そうなのです! こんな事もあろうかと、衣装も用意してるのです! バッチリなのです!』

 

 でもミコトちゃん実体ないじゃないですか。

 

『ちくしょう! 私にボディがないからちくしょう!』

 

 そんな時、騒ぐミコト以外に俺の携帯が着信を伝えるべく鳴り響いた。

 

「……ん?」

 

 ここ最近は来なかった束さんかと思いきや、見知らぬ電話番号。俺の電話番号が色んな人に出回っている気がする。騒いでいる場から少し離れて電話に出る事に。

 

「……もしもし」

 《もしもし、こちらは櫻井春人の携帯でしょうか?》

 

 聞こえてきたのは少女の声。俺のダメ絶対音感が発動しない辺り、初対面らしい。

 それにしても何故フルネームなのかが気にかかる。

 

「……そうですが、あなたは?」

 《申し遅れました。私は束様の付き人をさせてもらっている、クロエ・クロニクルというものです。以後、お見知り置きを》

「……これはご丁寧にどうも」

 

 何とも丁寧な挨拶に電話越しだというのに頭を下げてしまった。

 聞けば束さんの付き人との事だが、あの人くらいになれば付き人の一人や二人なんておかしい話じゃない。

 そんな人から電話とは、もしや束さんに何かあったのだろうか?

 

 《今回はあなたに対して苦情の電話をさせてもらいました》

「…………苦情?」

 

 えぇ……初対面の人に苦情って何でぇ……?

 

 《束様はあなたと電話した後は長時間部屋の隅で体育座りしていじけています》

「…………はぁ」

 《いいですか? もっと束様を大切にしてください》

「…………大切にしないとどうなるんですか?」

 《そうですね……》

 

 意地悪な訳ではない。言ってくるのに対して色々聞きたい事はあったが、ふと嫌な予感が走り、それに従って疑問を口にしただけだ。

 電話の向こうでクロニクルさんは暫く黙ると口を開く。

 

 《恐らく世界を滅ぼすかと》

「えっ」

 

 待って、責任重大過ぎてどうしていいか分かんない……。

 

 《冗談です。ですが、たまにはあなたから電話してください。束様は何よりも喜ぶでしょう》

 

 喜んだ姿を想像してかクロニクルさんの声が暖かいものになる。

 ああ、この人は束さんをとても大切に思っているんだな。俺で良ければその思いに応えたい。

 

「……分かりました」

 《はい。では宜しくお願いします》

 

 クロニクルさんとの電話を切るとすかさず今度は束さんに電話。

 

 《は、はるくん!?》

「……こんばんわ、束さん」

 《うん……うんっ! こんばんわっ!》

 

 たったワンコールで応対した束さんの声はとても落ち込んでいると感じさせない、とても元気なものだった。話がちゃうやんけ。

 

 《は、はるくんから電話なんて珍しいね。どうしたの?》

「…………その」

 

 どうしよう。えっ、まじでどうしよう。他に理由なんて考えてなかったよ。

 きっとクロニクルさんが言ったからとかは言ってはいけないんだよな。どうすればいいんだ。

 

 《もしかして束さんの声が聞きたくなっちゃった!? もー、しょうがないなぁ――――》

「…………何で分かったんですか?」

 《はる、くん……は? へ……?》

 

 言い淀んでいた俺に提供してくれた理由をそのまま使うと、何故か束さんの言葉は失速していった。冗談とはいえ、本人が言ってきた展開のはずなのに。

 

「……元気そうで良かったです」

 《は、あ、う……》

「…………束さん?」

 

 やがて消え入りそうになる束さんへ呼び掛けると息を吹き返したように電話越しに叫んだ。

 

 《は、はるくんの女誑し!》

 

 何でやねん。

 

 とにもかくにも、元気そうな束さんと久し振りに会話する事に。基本的に聞き手で、俺から話す事はなかったが、束さんはとても楽しげにしていた。

 

 《あっ、はるくん。今日来た男女には気を付けてね》

『あっ、言っちゃった』

「……デュノアですか?」

 

 会話も終えようかと言う時だった。束さんが変な事を言い出してきた。察するにデュノアの事らしい。そしてミコトも知っているようだ。

 

 《うん。私もちゃんと見てるから! じゃあね!》

「…………お休みなさい」

 

 どういう事か聞く前に切られてしまった。

 ちらりと見ると今もデュノアはクラスメイトに囲まれて和気あいあいとしている。側にいる一夏と共に。

 鈴推しのホモ予備軍が近くにいる事以外は別段異常はない。至って平和な光景だ。

 

 うん。全然分からん。ミコトちゃん、教えて!

 

『いいけど、これは結構驚くかもしれないよ。だから……』

 

 だから、前置きもあってそれに続く言葉に固唾を飲んでいると、

 

『だからもし驚いたら『まじかよ、こいつは伝説級だぜ』って言ってね』

 

 身構えて損したと思わせる台詞が飛び出した。

 

 えっ、何でリアクション固定してきたの。

 ま、まぁいいや。にしても甘いぜミコトちゃん。俺がそんな簡単に驚くなんて――――

 

『デュノアは女の子だよ』

 

 ――――まじかよ、こいつは伝説級だぜ。

 




投稿した今日から三日間、TwitterでR指定のお話についてアンケート取ります。


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36話

ISABに出てくる乱ちゃんくそ可愛いんですが


「凄く賑やかだったね」

「…………そうだったな」

 

 歓迎会も終わり、俺とデュノアは部屋に戻るとお互いのベッドに座ってさっきまでの事を思い返していた。

 ちらりとデュノアの顔を伺ってみるも、本当に楽しかったらしく、その表情はとても明るい。

 

 それを見ていると到底思えなかった。思いたくなかった。悪ふざけをした俺や一夏を許してくれたデュノアが、さっきまで色んな人と仲良くしていたデュノアが皆を騙しているなんて。

 

『で、どうするの?』

 

 今考えてリングなう!

 

『相当テンパってますね……』

 

 正直、とんでもない話を知ってしまった。迂闊に誰かに話せる話でもないし、言っていい話でもない。どうしたものか。

 

 とりあえずデュノアのISにも話を聞きたい。話をしておいてくれ。

 

『あいあいさー!』

 

 少し場違いなミコトの元気良い返事が今はちょうど良かった。相棒が聞いている間に俺の中で整理しておく。

 

『向こうはいいってー』

 

 何にせよ、話を聞かないとどうしようもないのだ。確かめなくてはならない。それが仮に嘘だったとしても。

 

「……デュノア、触ってもいいか?」

「えぇっ!? 何を!?」

『春人さん何でそうなってまうん……?』

 

 分かんない……。

 

 聞かないとどうにもならないが、訊いた内容が不味い事この上なかった。デュノアも真っ赤になって僅かに俺から遠ざかる。

 デュノアが女だとしたら俺は変態だし、男だったらホモになる。どちらにせよ、ここで訴えられたら勝ち目がないのははっきりしていた。結論、やばい。

 

「ち、違う。デュノアじゃなくて、デュノアのISに触っていいか?」

「ぼ、僕のISに? 何で?」

 

 慌てて弁明すれば当たり前ともいえる疑問が返ってくる。芽生えた警戒心を残して。

 大分やらかした。こんな状態では触れるのは無理だろう。予定変更するしかない。

 

 ミコト、俺に任せてくれ。

 

『うぃー!』

「……俺はISの声が聞こえるからな」

「えっ、本当に?」

「……信じるかはお前の自由だ」

 

 ISを操縦出来る世界でたった三人の、それまた珍しくISコアの声が聞こえる男。

 そんな希少価値が満載の俺を前にして、さっきまでの警戒心は何処へ行ったのかデュノアが食い付いた。

 

「へー。ねぇねぇ、どんな事が出来るの?」

「…………他のコアを通じて色んな話を聞いたり出来る。例えば――――」

 

 そこまで口にして少し迷いが生まれた。

 もし本当なら、これから話すのは明るくしているデュノアに影を落とすかもしれない。そう思うと言いたくなかった。

 だが、デュノアが何か悪さをする前に止められるのは俺だけだ。聞かなくてはいけない。

 

「――――デュノアが実は女の子とか、な」

「っ……!」

 

 訊いてくる前の明るい雰囲気と打って変わり、目を見開いて言葉を詰まらせるデュノアの様子ははっきり分かりやすいものだった。改めて訊くまでもないほど。

 

「……知ってたんだ?」

 

 否定もしない。しても無駄だと思っているのだろう。俯きがちに呟かれたのは観念したような、疲れたような声だった。

 

「……いや、知ったのは歓迎会の最中だ」

「そっか……。鈴と本音が言ってたのって本当だったんだね……」

「……鈴と布仏が?」

 

 二人が何を言っていたのかと首を傾げると僅かに頷いてデュノアは続ける。

 

「僕や他の皆は分からなかったけど、途中から春人の様子がおかしいってずっと言ってたよ」

「…………そうか」

 

 自慢じゃないが、俺ってかなりのポーカーフェイスのはずなんだけど。まじで何なんだ、あの二人は。

 

「……何で危ない橋を渡って来たんだ? お前の実力なら普通に来れただろう」

「僕の狙いはただ来る事じゃなくて、一夏と白式のデータだから」

「……なるほど」

 

 言い方は悪いが代表候補生とはいえ、その他大勢いる女性では確かに持ち主である一夏に接近しにくい。

 だからその中で目立つために、自らも男性であると偽った。女性だらけのところへ突如現れた数少ない仲間ともなれば、向こうからも近付いて来ると踏んで。

 

「それに広告塔にもなるしね。良いことづくめなんだよ……デュノア社にとっては」

「…………それは分かった。しかし、そこまで焦る事か? バレたら犯罪者になる」

 

 実家で経営している仕事なのに何処か他人行儀に話すデュノアに違和感を覚えつつ、新たに沸いた疑問を口にした。

 明らかにリターンよりもリスクの方が大きい。それは一時の事じゃなくて、今後も付いて回るものだ。時間は掛かるだろうが、普通に近付いた方がいいだろう。

 

「僕は愛人の子だから……きっと切り捨てるのなんて簡単なんだよ……」

 

 衝撃的な告白と共に、デュノアは次々と事情を話してくれた。

 

 自分が社長と愛人の子である事。六年前、実の母親が亡くなって社長に引き取られたが、子供が出来ない正妻から疎まれていた事。引き取られた理由も何か利用価値があるかもしれないからと、肉親の情なんてなかった事。

 

「デュノア社は第三世代開発に遅れてるんだ。ほとんどの企業は国からの援助で成り立ってるんだけど、このままだと国からの援助も受けられなくなる。第三世代開発は急務だったんだよ」

「…………だから、お前一人で済むなら安いものだと?」

「そうなんだろうね……。言う事を聞かないと僕もどうなるか分からなかったからしょうがなかったんだ……ごめんね、騙したりして」

 

 単純な話だった。愛人との間に出来たとはいえ、自らの子供と自分の会社。どちらが大切で、どちらを犠牲にするか。

 きっとデュノアの両親にしてみれば考えるまでもない選択肢なんだろう。そしてデュノア自身も同じ道を選ぶしかなかった。

 

「…………俺はその話を聞いても、お前が悪くないなんて言うつもりはない。選んだのはお前だからな」

「それは、そうだろうね……」

 

 選ばせたのはデュノアの両親かもしれない。でも、それしかなかったとしてもデュノアもその選択肢を選んだんだ。そんなつもりもないんだろうが両親と会社のために、デュノアの意思で。

 

「……だから騙してた皆にちゃんと謝れ」

「えっ……?」

 

 俯きがちだったデュノアの顔が上を向いた。どういう事かと疑っているような視線が向けられる。

 まだやってもない事で責めるほど落ちぶれちゃいない。未然に防げたのなら被害者にしても、加害者にしてもそれにこした事はないだろう。加害者が不本意なら尚更だ。

 

 人によっては今の話はもしかしたら正体がバレた時の罪を逃れるための作り話だと言う人もいるだろう。

 世界には良くある話だと、もっと不幸な目にあっている人がたくさんいると誰かは言うかもしれない。

 

「……謝ると約束するなら、お前がどうしたいかにもよるが俺で良ければ助ける。どうする?」

 

 それでも俺はデュノアを助けたいと思った。

 世界の何処かにいる、見知らぬ誰かではなく、たった一日とはいえ知り合った目の前のデュノアを。

 

「っ、ほん――――」

 

 本当に。明るくなった表情と共に向けられそうになった歓喜の言葉は最後まで言われる事なく、宙をさ迷った。

 そして直ぐに表情は暗くなって、また俯く。

 

「――――ありがとう。でも……ごめんね。無理だよ」

 

 声色まで暗くなって紡がれた言葉は歓喜とは真逆のもの。諦めと絶望に支配された薄暗い言葉は訳を訊ねるのには充分過ぎた。

 

「……何故だ?」

「デュノア社は国からも認められている。それくらいとても大きな会社なんだ」

「……それは分かっている」

「分かってないよ……」

 

 ゆっくり首を横に振ってデュノアは続ける。震える手を握り締めて。

 

「大きくなれば色んな人が集まる。中には悪い事が得意な人もいるんだ。それが大勢。幾ら強くっても、あの手この手で四六時中狙われたら勝てるはずがない」

「…………詳しいんだな」

「それはそうだよ。勘違いしてるみたいだけど、僕はお伽噺に出てくる悪いやつに捕まったお姫様なんかじゃないんだ」

 

 あれだけ他人行儀に話していたのに、ここまで詳しいとは思ってもいなくて驚いたら当然だと言われた。

 

「僕はね、悪いやつの仲間なんだよ……」

 

 デュノアとしても不本意だが、そう言わざるを得ないんだろう。客観的に見ればそうなってしまう。六年間は両親の恐ろしさを知るには充分過ぎる期間だったようだ。

 

「……暗いお伽噺もあったものだ」

「しょうがないよ……」

「……だがそれでも最後はハッピーエンドだろう?」

「何を言って、っ」

 

 また言葉を詰まらせた。顔をあげたデュノアの前に差し伸べた俺の手があったからだと思う。

 

「……デュノアにとってのハッピーエンドは何だ? お前はどうしたい?」

「……何を言ってるの? 無理だって、今話したばっかりだよ? もう良いんだ。僕を早く牢屋に送るなりすればいい」

 

 再度訊けばデュノアは僅かに苛立ちを見せ始めた。それでもまだ諦めの方が勝っているようで、声のトーンは低い。

 

「……それでいいならそれでいい。お前はどうしたい?」

「っ、さっきからどうしたいって何!? 春人に何が出来るの!?」

 

 ヒェ……。

 

 そしてデュノアにも我慢の限界がやって来た。怒りを剥き出しにして怒鳴り散らす姿に内心ビビったが、何とか話を続けていく。

 

「……お前を抱えて空を飛べる」

「そんなの……!」

「…………他には、そうだな」

 

 出来る事を答えてみたが、不満そうなのでもう一つあげてみる事に。

 

「……信じてくれるならお前を助ける事が出来る」

「もうやめてよ……。信じられないからいいよ……」

 

 今日会ったばかりの俺を信じるというのも無理な話だ。だがそれ以上に両親の事を悪い意味で信じているのだろう。

 それでも少し揺らいでいるらしく、声が震えている。何とか遠ざけようと態と冷たい言葉も口にして。

 

「……どうすれば信じてくれる?」

「……なら、これを手に突き刺してみてよ」

 

 少し考えてからデュノアが格納領域から取り出したのはナイフ。鈍く光る刃の輝きがナイフの鋭さを示していた。

 ペン回しの要領でくるくると回しながら渡されたナイフを確認してみるが、特に変わった様子はない。

 

「出来ないでしょ? だからもう――――」

「……分かった」

「――――えっ?」

『ちょ!?』

 

 了承した俺の返事に動揺する二人を差し置いて実行した。逆手に持ったナイフを左手に突き刺せば刃は甲にまで達し、夥しい量の血が流れ出る。

 

「う、ぐっ……! さすがに痛いな……!」

『あ、あばばば!? 一夏、白式、白騎士呼んでー!!』

 

 な、何で一夏と織斑先生呼ぼうとしてんだ?

 とりあえず落ち着け!

 

「春人、何してるの!?」

 

 左手に突き刺したナイフを見て、デュノアが青い顔をしてこちらに駆け寄って止血してくれた。昼間に見た俺と一夏を冗談混じりに許してくれた優しいデュノアだ。

 

「……これで……信じてくれるんだろう?」

「な、何で……?」

「……お前を、助けたいと思ったからだ」

「っ!」

 

 痛む左手を抑えて話していると、不意に痛みが和らいだ。まだ多少痛むがこれなら問題ない。

 

『白式に言われて思い出したけど、搭乗者保護システムとかいうのありました……』

 

 お前はどんだけテンパってたんだよ……。いつも使ってくれてた機能じゃんよ……。

 

「…………お前が本意でここにいるなら何も言わない。でもそうじゃないんだろう?」

「それ、は……そうだけど……」

「……お前の意思は何処にある。お前が本当にやりたい事はなんだ?」

「僕の意思……本当にやりたい事……」

 

 慣れない事を拙い言葉で何とか伝えていく。デュノアの心の揺れは大きくなっているようだった。

 

 ていうか待って、俺のお口くそ絶好調ですやん。めっちゃ喋れてる。このまま頑張るんだ俺!

 

「……お前は本当にそこにいるのか?」

「っ!!」

 

 何でそこでファフナー出ちゃったんだ俺! 調子こいて喋った結果がこれだよ!

 

『何であんな事言った! 言え! 何でだ!』

 

 やめて! もう、やめてよぉ……!

 

「ねぇ、本当に助けてくれるの……?」

 

 しかし、何とかバレずに済んだようだ。震える声で訊ねてくる。何度も答えた内容を。

 何度訊かれても俺の答えは変わらない。何度でも同じ答えを返すとしよう。

 

「…………デュノアが望むならな。だからもう一度選べ。お前が、他の誰でもない、お前のために、お前の意思で」

「……酷い目にあうよ。きっと……後悔する……」

「……させてみろ。俺は今まで誰かを助けて後悔した事はない。これからも、するつもりはない」

「っ……!」

 

 どんな事が起きるか分からない。それがいい事ではないとだけは分かっている。それでもいいのかと確認してくるデュノアに構わないと返事をすれば遂に決壊した。

 

「僕、僕……もうあそこにいたくない……! お願い……助けてよぉ……!」

 

 アメジストの瞳からポロポロと流れる大粒の涙は嘘だと言うにはあまりにも儚くて、本物だと分かるにはあまりにも説得力があった。

 そして俺をテンパらせるには充分過ぎた。

 

「た、助ける。助けるから泣くな、な?」

「うん、うん……うぇぇ……」

 

 泣くなぁぁぁ!!?

 

 一向に泣き止む気配のないデュノアにどうしていいか分からず、ない頭を必死に働かせてオロオロしていると俺の携帯が鳴り出した。

 

「も、もしもし?」

 《はるくーん! はるくんはるくん!》

 

 着信音も煩いのでとりあえず電話に出る事に。慌てて出たから分からなかったが、相手は束さんだったらしい。

 クロニクルさんが落ち込んでいると言っていたが、そんなの微塵も感じさせない明るさだった。

 

「ど、どうしました?」

 《話は聞かせてもらったよ! さっきはああ言ったけど、はるくんがその子を助けるなら束さんも協力するぜぃ!》

 

 えっ、あの、どうやって今の話を聞いてたんですかね?

 

 《ちーちゃんにはもう連絡したから直ぐに来るはずだよ!》

「…………ありがとうございます?」

 

 俺が何かするまでもなく事態が進んでいるらしく、やる事といえばデュノアを慰めるのと刺したままのナイフを処理するぐらいしかなかった。

 

「……もう大丈夫か?」

「うん……」

「…………そうか」

 《ぐぬぬ……!》

 

 暫くすれば、まだぐずっているがデュノアは何とか泣き止んでいた。何故か俺の手を繋いだ状態で。どうしてこうなった。

 更に言えばISの通信に切り替えた画面の向こうで束さんが非常に不服そうにしている。やはりデュノアを助けるのは反対なのだろうか。

 

 新たな問題に頭を悩ませていると部屋にノックの音が響く。本当に束さんが呼んでくれていたようだ。

 

「櫻井、入るぞ」

「……どうぞ」

 

 鍵は開いていたからそう返事をすれば扉が開いてぞろぞろと人が入ってくる。

 

「……山田先生に更識会長達も?」

「私が呼んだ。お前が思っている以上に頼りになる」

「こ、こんばんはー……」

「春人くん、やっほー」

「こんばんは」

「はるるんのお部屋だー」

 《はるるん?》

 

 最後に入ってきた布仏の俺の呼び方に何故か束さんが反応した。声がした方へ振り向くと俺とデュノア、それに織斑先生を除いた半数以上がぎょっとした表情に。

 

「え、えぇー!?」

「篠ノ之博士!?」

「な、何でここに……?」

 

 驚くのも無理もない。今世界で最も有名な個人が画面越しとはいえ、目の前にいるのだ。

 だがそんな超有名人の束さんは騒がしくなる周りなんて、何処吹く風とっいった様子で布仏に訊ねる。

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