円卓の料理人【本編完結】 (サイキライカ)
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次回予告(四月一日時点)

それは、ほんの僅かなボタンの掛け違いだった。

 

「新たな特異点が発見された。

 場所は五世紀のイングランドだ」

「五世紀といえば、円卓の騎士だね」

「生前の騎士達に逢えるかもね」

「あ、ランスロットさんは結構です」

 

 いくつもの特異点を乗り越えた人類最後のマスターは、そこで人理を守ることの残酷さを思い知ることになる。

 

「去れ。人類最後のマスターだった(・・・)者よ。

 この地は既に人理より切り離された異聞帯へと突入する。

 貴様達に踏み入れる理由はない」

 

 それは一つの奇跡から始まった絶望(・・)

 

『有り得ない!?

 ローマが、サクソン人が、ピクト人が悉くブリテンに滅ぼされている(・・・・・・・)!?』

「然り。

 そして其れを成したのは余達だ」

 

 立ちはだかるは運命に絶望しながらも抗い続けていた(・・)者達。

 

「コサラの王ラーマ、それに王妃シータ!?」

「お帰りくださいお二方。

 彼の地で叶わなかった願いを私達は漸く叶えられたのです。

 これが一夜の夢だというのなら、私達は目覚めることを拒絶します」

 

 円卓は砕け、花のキャメロットを守るは人理に希望を抱かぬモノ。

 

「その森に入っちゃ駄目だ。

 その森を守護するサーヴァントは、人の存在を許したりはしないから」

「アストルフォ……まで」

「君達は正しい。

 だけど、彼らを救いたいって願いも間違いじゃないんだ」

 

 何が正しいのか、その意味を見失いかけた先にマスターに悪夢のような決断が突きつけられる。

 

『結論から言おう。

 君は帰れない』

『そんな……何か手は無いんですか!?』

『ある。

 それは、この異聞帯を破壊することだ』

『破壊……それはまさか』

君の手で(・・・・)ブリテンを(・・・・・)滅ぼすことだ(・・・・・・)

 

 大事な人との再会の方法は余りにも残酷な手段のみ。

 両の手を朱に染めてでも帰りたいと望むべきなのか惑うマスターだが、選択の刻限は徐々に迫っていく。

 そんな中、未だ人理から切り離されまいと抑止は刺客を投入する。

 

「大のために小を切り捨てる。

 それが僕の仕事だ」

「どちらにしろ死ぬべき命だ。

 徹底的速やかに皆殺しにしてやる」

 

 守護者達による容赦の無い虐殺。

 そしてソレを阻むブリテンのサーヴァント達。

 

「貴様達も奪うのか!?

 ローマがそうしたように貴様達も!!??」

「堪忍なぁ。

 奪うも殺すも鬼の性よって」

『■■■■■■■■!!』

「うるせえ犬だ。

 犬なら犬らしくも吠えてねえでさっさと首を刈りに来い」

 

 生きたい。

 ただそれだけを願って戦ってきた。

 そしてどちらも根幹は同じ。

 罪なき命が散る世界でなにもしなかった(・・・・・・・・)魔術師が重い腰をあげる。

 

「あたたた……

 久しぶりの運動は堪えるねぇ」

「マーリン!?

 『あの人』が殺された時、なにもしなかった貴方が今更何をしに来たというの!?」

「確かにその通りだ。

 だけどガレス、あの時何もしなかったから今回もなにもしない訳じゃないよ?」

「戯れ言を!?」

 

 九死の中でマスターの命を拾い上げたマーリンは、一時の休みをと楽園へと誘う。

 

「これはきっと僕の罪が招いた結果なんだ。

 美しいものが見たいだけで、それを織り成す人の心の強さに目を向けず、機会があったのにただ一歩を踏み出さなかった人でなしの僕の罪こそが、この世界を閉ざしてしまったんだ」

 

 花の魔術師は語る。

 平凡で、なんの力もない、ただ善良だった故に人理に殺された一人の男の物語を。

 

「君の本当の人類史に帰りたいならば、守護者達に荷担すればいい。

 君が協力すれば遠からずこのブリテンは崩壊するだろう。

 この異聞帯に留まるというならそれもいい。

 僕が責任を持ってブリテンの一員とアルトリアに認めさせてあげよう。

 大切な人と無辜の命、君の天秤がどちらに傾こうと僕は君の力になると約束しよう」

 

 どちらを選んでも後悔は必ず残る。

 そんな残酷な世界で人類最後のマスターは己の選択を言葉にする。

 

 

 

 異聞帯No.0401『千年理想郷◆◆◆◆』

 

 

 

「ここは……日本じゃねえ?」

 

 




遅刻投稿です。

後で先頭に移します。


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ブリテンで頑張る料理人の話
そのいち


血生臭さZEROなほのぼのしたのが書きたかったんや。




 炎が舞う。

 焼き尽くさんばかりに燃え盛る炎を前に俺は手にした刃金を奮い立ち向かう。

 敵は強大。対して味方は無し。

 しかし恐れはない。

 既に慣れたものだ。

 幾度と繰り返した作業に一切の澱みもなく刃金は相手の身を裂き切り細かい肉片に切り分けるがそれではまだ足りないと判断。更に微塵に刻む。

 そして刻んだ肉片を繰り返し捏ね回し解れないよう繋いで固めた肉塊を更に均等な大きさの13個の肉塊に分けると順番に炎で炙っていく。

 そうして最後に焼いた肉塊を俺は抜き取り中まで火が通ったのを確かめてから俺は他の肉塊を取りだし終わりを告げる。

 

「メインディッシュのハンバーグ上がったぞ!!

 冷めない内に持っていけ!!」

 

 白い皿に盛り付けられた出来立てのハンバーグは侍女の手によりトレイに移され運ばれていく。

 そうして俺の戦いは今日も終わりを告げた。

 

 

 

 突然だがイギリス料理は不味い。 これは冗談とかではなくマジな話だ。

 歴史的な背景とか食材的事情とか色々詳しいことは知らんが俺が知ってる理由は一言に尽きる。

 

 あいつら旨味を片っ端から捨ててるからだよ。

 

 肉は肉汁が無くなるまで焼く。

 野菜は煮崩れて溶けるまで火を止めやしない。

 あまつさえ魚から出た出し汁は塵扱い。

 これでどうして美味い飯が作れるのか。

 どうやっても無理。

 まあ、だからこそ俺は今日まで生き延びられたのだけどな。

 

「料理長」

 

 明日の朝飯はクラムチャウダーにしようかなと思いつつ下拵えに勤しんでいると俺を呼ぶ声がした。

 

「ん?」

 

 聞き覚えがある声に振り向けばそこには一人の少女がいた。

 

「お、アルちゃんかい。

 今日も食い足りなかったみたいだな」

 

 そう言うと一房だけ髪が跳ねた金髪の少女は顔を赤くして俯く。

 

「…恥ずかしながら」

 

 アルちゃんはケイの従者で度々(というか毎日)俺の戦場である厨房に飯を食いに来る。

 俺の立場的には本当は宜しくないのだろうが、アレだ。不用意に猫に餌をやってしまい止めるタイミングを見失ってしまったパターンだ。

 まあ、俺としてもイギリス人の舌で試食してもらえるからありがたいことはありがたいので構わないのだが。

 そんなことを思いつつアルちゃんに焼き加減を確かめるのに使ったハンバーグを茹でたキャベツで巻いたものを渡す。

 

「はいよ。

 今日はハンバーグのキャベツ巻きだ」

「おお…」

 

 出した料理を前にアルちゃんは目を輝かせる。

 しかしふと気付き俺に訪ねた。

 

「フォークはどちらに?」

「それは手掴みで食べるんだよ」

 

 本当はパンで挟みたかったんだが生憎パンはまだ種が発酵しきっていないのでキャベツで代用してみたのだ。

 アルちゃんは瞬巡するも食欲に負けキャベツ巻きを手で掴むとパクリと頬張った。

 

「っ……おぉ」

 

 余程気に入ってくれたのかアルちゃんの目が星でも浮かべたかのようにキラキラ輝く。

 

「見た目は雑なのにこれは…流石円卓専属の料理長ですね」

「ありがとよ」

 

 アルちゃんからの称賛に俺はそういえばロールキャベツはまだ試していないなと思いだしたので問うてみることにした。

 

「今度その肉の中に刻んだ野菜を混ぜ込んでスープで煮込んでみようと思っているんだがどうだろうか?」

「良いと思います!」

 

 即答だよ。

 

「料理長のスープはいつも絶品なので肉の旨味を閉じ込めたこのキャベツ巻きが入るなら絶対誰も文句は言いません」

「そうかい」

 

 素人に毛が生えた程度の俺の料理にそこまで言ってもらえるなら心配はいらなそうだな。

 

「因みにアルちゃんは牛乳でこってりさせたのと野菜と魚であっさりさせたのならどっちがいい?」

「それは……なんと難しい問題を………」

 

 まるで軍議に挑んでいるかのように悩むアルちゃん。

 そんな様子に俺は両方作ればいいかと明日の下拵えを再開する。

 

 

 

 何の因果か平成の日本からアーサー王物語の世界に飛ばされた俺の日常である。



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そのに

「少し良いでしょうか料理長」

「クロワッサンに山羊のバターは合わないか」

 

 主食になるか試食してもらった皿を前に眉をひそめそう言ったアルちゃんに俺は自らの過ちを自覚した。

 臭み消しにパセリを混ぜたんだが上手くいかなかったみたいだな。

 

「牛のバターよりクセが強くて風味も独特ですが決して悪くはありません。

 いえ、そうではなく少し意見を頂きたいと思いまして」

 

 こりゃまた久しぶりだな。

 料理長等と言われているが俺はただの円卓専門の料理人でしかない。

 なんだがアルちゃんはこうしてちょくちょく相談を持ちかけてくる。

 まあ、無害そうな30越えたおっさんだし多少は口は堅いほうだから構わないのだが。

 作業の手を止め向き合うとアルちゃんは話始めた。

 

「…これは私の知り合いの話なのですが、最近妻が親友と懇ろな関係になってしまったんです」

「いきなりヘビーだな」

 

 浮気の相談とか魔法使い()なおっさんにはどうしようもないんだが。

 

「で、修羅場になったと?」

「いえ。

 その知り合い自身は二人がその関係になったことを寧ろ喜んでいるのです」

「……すまん。その知り合いの特殊な性癖については理解しようもない」

 

 寝取られで興奮出来ねえよ。

 

「そうではなく知り合いと妻は政略結婚だったのですがとある事情から自分には妻に幸福を与えられないと悩んでいたので喜んでいるのです」

 

 多少早口に捲し立てるアルちゃん。

 顔が赤いのは気にしないでおいてあげよう。

 しかし、ふむ。

 

「流れからしてその知り合いってのは豪族でその親友は円卓ぐらい偉い騎士ってとこか」

 

 アルちゃんは円卓騎士のケイの従者だしそういったお偉いさんの込み合った某を見聞きしちまってもおかしくはない。

 

「ええ。

 ですので二人の関係をそのまま万が一何かが起きても波紋を起こさずに壊れずに済ます方法はないものかと」

「無いな」

 

 アルちゃんの言葉をばっさり切り捨てる。

 俺がいた時代なら離婚して再婚とかで済むだろうが生憎この世は基督教が幅を効かせる封建社会。

 とはいえプロテスタントだから離婚できなくもないらしいんだが、政略結婚だからそれも難しいだろう。

 そして豪族の妻が不貞を働いたとなれば体裁を保つために妻と騎士の処刑しなけりゃならなくなるだろう。

 

「……そうですよね」

 

 よっぽどその知り合いたちに肩入れしてるらしくアルちゃんは肩を落とす。

 

「とはいえ、なんもかんも丸く収まるかもしれない案はあるぞ」

「本当ですか?」

 

 まあ、間違いなくその騎士は受け入れないだろうけど。

 

「アルちゃんは最悪知り合いの妻と騎士の処刑が避けられればいいんだよな?」

「ええ。

 しかしその様な方案は」

「簡単だ。

 不貞がバレたらその騎士に自分で去勢させろ」

「…………え?」

 

 そう言うとアルちゃんは石になった。

 そして暫くしてからしどろもどろで口を開く。

 

「去勢…って、もしかしなくても、アレを、その、」

「ぶったぎらせる」

 

 十代前半の金髪美少女には刺激が強かったらしくみるみる顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 

「しかしそれでは男性は大変なのでは…」

「まあ、そうだな」

 

 この時代の価値観は本人たちもだが何より如何に周りが納得できるかだ。

 

「忠義に背いた罰として自分からそこまですりゃ大体の男は納得するもんだ。

 その妻だって本気で騎士を愛してるなら竿の有り無しもあんまり関係ない筈だしな」

 

 無いなら無いなりにヤりようもあるし。

 野郎にとっちゃあ地獄だが魔法使い()からしたらザマァでメシウマだ。

 アルちゃんにはかなり刺激的だったらしくブツブツ言ってる姿はちょっとクるものはあるが俺はロリコンではないので何かしたりはしない。

 やがてアルちゃんは「貴重な意見ありがとうございました」と言い厨房を出ていった。

 出ていく際に残っていたパンをバケットごと持っていったのでアーサー王にも提供出来るだろう。

 

「そういやアーサー王と言えば」

 

 ランスロットとギネヴィア姫が浮気したんだったか?

 まあアレはモルドレッドが来てからの筈だし、一介の料理人に何か出来ることもないか。



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そのさん

 スパイスこそ神だ。

 聖四文字? 長腕? 雷霆? 信仰して欲しかったら肉の臭みを消してみろ!! 

 特に胡椒は素晴らしい。

 どんな食材にも使えて塩と組み合わせれば大抵の食材は食えるようにしてくれる正に大いなる福音。

 崇めたてよ黒きダイヤ、我らが尊きその誉れ高きその黒い輝きを!!

 

 …つっても、四世紀前後のブリテンには無いんだけどな。

 

 大航海時代のドレクだかドラゴンだがいう海賊が居てくれれば或いは…いや、インドに到達できる造船技術がないから居ても無理か。

 そんなことを熟考しつつ付け合わせのジャガイモ…はないので代わりのアーティチョークを仕上げていく。

 今日は珍しい事に食材に子羊が来たのでラム肉をメインに据えてみた。

 しかし臭み消しに使えるのがハーブしかないからマトンよりマシとはいえ下処理にひたすら手間取らされたよ。

 いやほんと、胡椒があればもっと楽だったのに。

 

「少しいいか料理長」

「ん?」

 

 聞き覚えのある声に振り向けばそこに居たのはアルちゃんの直接の上司にして行く当てもなく放浪していた俺をキャメロットの厨房に招いてくれたサー・ケイであった。

 

こちら(厨房)に来るなんて珍しいなケイ」

 

 最後に厨房で見たのはボーマンの手解きをしろって押し付けに来た時だったか?

 騎士になりに来たらしく一年したら出ていったけど元気にやってるのかね?

 

「…少し、話を聞いてもらいたくてな」

 

 なにやら言いにくそうにそう言うケイ。

 

「それは構わないが少し待てるか?

 今手を抜くとポテトが不味くなっちまう」

 

 そう言うとケイは分かったと言いアルちゃんがいつも使ってる椅子に腰かける。

 そんな様子を尻目に俺は鍋の中の芋を素早く回して付け合わせの粉ふきいもを手早く完成させていく。

 それを少量小皿に乗せ小さく切ったパセリ入りのバターを添えてケイに差し出す。

 

「これは?」

「っと、いつもアルちゃんに食わせてたからついな」

 

 要らないか?と聞けばケイは食べるといい早速一口放り込む。

 アルちゃんみたいにあまり表情は変わらないが舌鼓を打ってくれたので出来はまずまずと言うところか。

 

「で、話ってのは?」

「その前にだ、」

 

 ケイはアーサー王の兄で騎士なのだから忙しいだろうと本題を訪ねるも、ケイはなにやら難しい顔をする。

 

「へい…じゃないアルがよく来ているらしいがどれぐらいの頻度なんだ?」

「ほぼ毎日だぞ」

「毎日だと…?」

 

 そう言うと愕然とした様子で目を見開くケイ。

 その後なにやら口の中で呟き始める。

 う~む。やはり宜しくなかったか?

 

「示しが付かないってなら食わせるのは止めるぞ」

「…いや。来たら食わせてやってくれ」

「そうか」

 

 なんだかんだでケイも自分の従者は可愛いらしいな。

 まあ、俺としてもあれだけ旨そうに食べてくれる娘に食わせないってのは辛いからいいけどな。

 

「それはそれとして話ってのは?」

「ああ、それなんだがな…」

 

 ぽつりぽつりと話し始めるケイ。

 なんでも最近円卓の空気が悪いらしい。

 理由はアーサー王の辣腕があまりに完璧過ぎるからだそうだ。

 9を救うために一切の呵責も見せず1を切り捨てるその完璧な王の姿が一部に反感を抱かせ、王は王で完璧な王で有るためにそれらの反感を省みず、結果空気はどんどん悪くなる一方。

 

「特にトリスタンの野郎だよ!!」

 

 アルコールは一切入っていない筈なんだがまるで酔っぱらいの愚痴吐きの如く出てくる出てくる鬱憤の数々。

 

「なぁにが『天秤に人は従わない』だ!!

 陛下がどれだけ心を圧し殺して王足らんと振る舞ってるか知りもしないであの野郎は!?」

 

 ガンッと力一杯テーブルを殴るケイ。

 石のテーブルを一発で凹ますとかブリテンヤベエ。

 まあ、恩もいっぱいあるしなんかアドバイスでもするか。

 

「なんならいっそ陛下に本音をぶちまけさせてみたらどうだ?」

「そんなことができるわけ無いだろ」

「素面ならな」

 

 そう言って俺は宮廷魔術師なる胡散臭いイケメンにたのんで作った秘蔵の一品を差し出す。

 

「それは?」

「ウィスキーっていう、麦から作った強い酒だ」

 

 差し出されたウィスキーのコルクを抜き瓶から漂う強烈な酒精に眉をしかめるケイ。

 

「嫌に強烈だな。それに煙臭いな」

「その煙臭さがいいんだよ。

 馴れればその薫りが病み付きになるんだぜ」

 

 信じられんとコルクを戻すケイに俺は言う。

 

「酒の席は無礼講ってな。

 そいつでぐでんぐでんに酔わせて全員の腹の中をぶちまけさせてみたらどうだ?」

 

 そう言うとケイは憮然とした様子で立ち上がった。

 

「……参考にさせてもらう」

 

 そう言いウィスキーを手に厨房を出ていこうとするケイに俺は大事なことを言い忘れたと教える。

 

「そいつは軽く炙ったチーズを肴にすると更に美味いぞ」

 

 

 翌日、朝食とは別に蜆のスープがあると言っておくと円卓の騎士全員からそっちを所望されたことを追記しておく。




因みにイギリスにウィスキーが登場するのは約千年後だったりする


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そのよん

長くなったので分割


 世の中理不尽は山のようにあるわけなんだが、いつも思う。

 

「どうしてこうなった」

 

 後はメインディッシュだけとしておいた料理が全部食い荒らされていた。

 これが野犬とかならまだ致し方なしと諦めもつく。

 仮にアルちゃんならケイに責任取らせることも出来る。

 しかしだ。

 

「ちちうえ~……」

 

 主犯とおぼしき者が見たこと無い女性騎士でしかも料理用のブランデーを幾つも空にして酔い潰れていた場合どうしたらいいのだろうか?

 

「とりあえず何とかするか」

 

 今からやり直すとなると時間が足りない。

 残る材料で出来る料理となると……

 

「パイか」

 

 下拵えさえ終わらせれば石窯オーブンでそれなりのものに出来る。

 

「すみません料理長、少し…」

 

 そして狙ったかのようなタイミングで現れるアルちゃんに俺はすかさず頼むことにした。

 

「アルちゃん、悪いがボーマン連れてきてくれ」

「え? え?」

「早くしてくれ! じゃないとディナーがオートミールだけになっちまう」

「分かりました!!」

 

 言うなりなんか足からジェット噴射して飛び出すアルちゃんを尻目に俺は寝かしに入れたばかりのパン生地を潰しバターを練り込んでいく。

 

「連れてきました!!」

「速いな!?」

 

 三分と経ってないぞ?

 まあ有難いからいいか。

 

「え、えっと、」

「床下の倉から熟成済みの牛肉三キロをサイコロカットに。

 そいつはそのままワインベースで煮込みにしてくれ」

「了解!」

 

 基礎からみっちり叩き込んだお陰で指示を出せば素早く動き始めるボーマン。

 

「私も何か手伝いますか?」

「じゃあそこの野菜を皮を剥いて厚みが均等になるよう薄くスライスしてくれ」

「分かりました」

「その前に手はしっかり洗えよ」

 

 早速ナイフを手に取るアルちゃんにそう釘を刺し仕上がったパイ生地に濡らした布巾を被せ乾かないようにしておく。

 瓶の中に作った石パンとエールのパン床に漬けておいたザワークラウトもどきは無事か確かめ大丈夫だったのを確認した俺は次いで薫製窯を開ける。

 

「こっちは駄目か」

 

 吊るしておいたソーセージがやはり残らず消えていることに嘆息するも即座に切り替えて二人の様子を確認する。

 ボーマンは心配するまでもなくハーブの瓶から適当な物を適量用いて煮込みの調整にいそしんでいる最中。

 あっちは大丈夫そうだが問題は…

 

「グスッ、どうしてこんな、涙が止まらないんですか?」

 

 案の定アルちゃんは玉葱を相手に目を真っ赤にして四苦八苦していた。

 慣れてない奴が玉葱を切るときは鼻を塞がないとああなってしまうんだが、切られた野菜もかなり不揃いだしどうやらアルちゃんは料理の経験はあまりないようだ。

 

「アルちゃん大丈夫か?」

「すみません料理長。

 手伝うと名乗り挙げておきながら」

「気にすんな。

 アルちゃんは十分役に立ってくれたよ。

 それに、なんでもかんでも一人で出来るなら他の人の手なんか必要ないんだからな」

 

 そう言うとアルちゃんは何故か辛そうに俯く。

 

「そう、ですよね……」

 

 あれ? 何か変なことを言ったか?

 

「兎に角だ。

 まずは鼻を噛んで玉葱の汁を洗……」

 

 そこまで言いかけたところで背中に氷柱を刺されたような寒気が走った。

 

「おまえか……?」

 

 振り向けば酔い潰れていた少女が虚ろな目で俺を睨んでいた。

 

「おまえが、ちちうえをなかせたのか?」

 

 赤ら顔で呂律が怪しいところから酔ってアルちゃんを誰かと見間違えているらしい。

 って、そんなことよりあの剣を振り回されたら一般人な俺じゃ一刀両断にされてしまう。

 

「モードレッド!!」

 

 突然アルちゃんがそう叫びロケットみたいな速さで少女を殴り付けた。

 まるで金属同士がぶつかったようなガゴンとか凄まじい音を発ててアルちゃんの拳が少女の頭を叩きそのまま石畳の床を破壊した。

 ……見た目は可愛い少女でもアルちゃんもケイと同じ騎士()なんだね。

 というかモードレッド?

 この少女が?

 

「ち、ちちうえ?」

「父上ではない。サー・ケイの従者アルだ」

 

 二人がなんか話しているようなんだが、なんでか二人と俺たちの間に凄まじい風が舞って会話の中身が聞こえない。

 にも関わらず食材その他に一切の被害が起きていないとか訳がわからないんだが。

 

「そ、その、あの、」

「今この場で私をアル以外の呼び方で呼んだら殺す。

 細かく説明すれば貴様の尻を聖剣の鞘にしてそのまま真名解放してやる。

 理解したな? ハイ以外の答えは即座に殺す。いいな?」

「え、なん」

「いいな?」

「……ハイ」

 

 話は終わったらしく涙目でカタカタ震えて女座りでへたりこむモードレッドを置き去りにアルちゃんが振り向く。

 

「ふう。やはり酔って錯乱していたようですね」

 

 そう俺を安心させるためにそう言うアルちゃん。

 見間違いだと思うんだがアルちゃんの目がさっきまで金色だった気がするんだが……聞かない方がいいな。

 

「まあ、落ち着いてくれたならいいか」

「料理長ってかなり呑気ですよね」

 

 ボーマンがなにか言ってるが気にしない。

 

「とりあえずパイの具が完成するまでまだ時間がかかるし軽いおやつでも作るか」

 

 なんでモードレッドが食材を食い荒らしたのか聞かないといけないし。



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そのご

 米の代わりに麦で作った即席プディングをオーブンから取りだしリンゴのコンポートを添えて三人に提供しつつ俺はモードレッドの対面に座る。

 

「じゃあ改めて、どうしてあんな真似をしたのか説明してもらおうか」

「お前には」

「関係ないは通用しないぞ。

 少なくとも今だけで俺とアルちゃんとボーマンの三人に迷惑をかけたんだ。

 騎士なら説明の義務は果たしなさい」

「……」

 

 そう言うとモードレッドは目を逸らして押し黙る。

 なんというか、これが円卓を崩壊させアーサー王に反旗を翻したあのモルドレッドなのか?

 どう見ても年相応以下の子供にしか見えないんだが。

 なにより女の子にモードレッドって、親はいったいどんな神経でそんな名前にしたんだ?

 

「……まあ兎に角だ。

 冷めたプディングは食えたもんじゃないから食っちまってくれ。

 腹も膨れれば気分も落ち着くだろうしな」

 

 地方に因っては冷めた方が美味しいプディングもあるらしいが、少なくとも俺が用意したやつは冷めると不味くなる。

 そう言うとモードレッドはアルちゃんとボーマンが貪るようにがっつく様をチラ見してスプーンを手に取ると一口含む。

 

「っ、甘い!?」

 

 一口目で目を輝かせてプディングを掻き込む様はやはり年相応よりも幼い子供だ。

 そうしてあっという間にプディングを平らげたモードレッドに改めて尋ねる。

 

「美味かったか?」

「ああ!」

 

 満面の笑みで答えるモードレッド。

 しかし気恥ずかしくなったのか顔を赤く染めてそっぽを向いてしまう。

 

「そいつはなによりだ」

「……」

 

 その様子がおかしくてつい苦笑しながら相手の反応を待っているとモードレッドはポツリと呟いた。

 

「……怒ってないのか?」

「何をだ?」

「酒とか勝手に食ったこと」

 

 叱られるのが分かっていて怯える子供のようにそう言う。

 ああ、それね。

 

「まだ怒れないな」

「なんでだよ?」

「理由がわからないからだ」

 

 いぶかしむモードレッドに俺は言う。

 

「とにかく腹が減っていて我慢できなくてつい食べたのならしょうがない。

 逆にランスロットみたいにただ飲みたいからって食い荒らしたのなら絶対許さん。

 俺はお前がどうしてそんなことをしたのか教えてもらわなきゃ怒ることも許すことも出来ないんだよ」

「……」

 

 そう告げるとモードレッドは俯いてしまう。

 そして暫くしてからぽつりぽつりと語りだした。

 自分がアーサー王を破滅させるためにモルガンの手により産み出されたホムンクルスだということ。

 だけど自分はモルガンの思惑に従うつもりはなく、純粋にアーサー王に憧れて円卓の騎士に登り詰めたこと。

 アーサー王に自分のことを認めてもらいたくて全てを打ち明け後継者に指名してくれと頼んだが膠もなく断られたこと。

 

「俺はなんのために今までずっと……」

 

 ぐずぐずと鼻を鳴らし嗚咽するモードレッド。

 う~む。

 ホムンクルスというものはよくわからんが、取敢えずモードレッドが殊更特殊な出生を経ているため文字通り血が繋がったアーサー王に強い承認欲求を抱いていること。

 そしてその終着点が王位継承に行き着くもアーサー王がそれを拒否したため感情の行き場がなくなり自棄食いとして発露したってところか。

 

 ………………………………うん。責任はアーサー王にあるな。

 

「今回の判決はアーサー王のパイを一切れ剥奪で決定するとして」

×

「その理屈はおかしい!?」

 

 何故かアルちゃんが猛抗議を上げる。

 

「今回の件はアーサー王の言葉足らずが原因である以上妥当ではないかアルちゃん弁護士?」

 

 何故にと思いつつ俺は告げるとアルちゃんは反証を述べる。

 

「しかし裁判長、アーサー王被告は王としての責務に則り判決を下したものと推測されます。

 然るに品目削除については酌量の余地ありと発言いたします」

 

 ノリノリで返してくるアルちゃんに面白くなってきたがいつまでも当人をほっぽらかすのも悪いので俺はさっさと切り上げる。

 

「審議の結果、弁護人の意見は棄却し上告通りの判決とする」

「……神よどうして、正義は何処に?」

 

 四つん這いで絶望に落ちるアルちゃんは一先ず無視し俺はアルちゃんの惨状に呆然としているモードレッドに問い掛ける。

 

「なあモードレッド。

 どうしてアーサー王が後継者に指名しなかったと思う?」

「それは……」

 

 その問い掛けにモードレッドは親に捨てられたような顔で答えを発する。

 

「俺がモルガンの子だから」

「それは違う」

 

 不義の子だから認めてもらえないんだと言うモードレッドを否定する。

 

「アーサー王はウーサー王の不義の子だぞ?

 だから、モルガンが母親だから指名しないなんて、アーサー王は口が裂けても言えないんだ」

 

 そもそもアーサー王がブリテン平定に乗り出さねばならなかったのは、その前に平定間際まで持ち込んだウーサー王の不義が原因だ。

 そのせいで余計に混沌と化したブリテンの実状を身を以て知っているアーサー王が同じ轍を踏むとは思わない。

 

「だったらなんでだよ!?」

 

 テーブルを叩いて癇癪を起こすモードレッドに俺は敢えて淡々と問う。

 

「なあモードレッド。

 王様に必要なものとはなんだと思う?」

「そんなもの決まっている!!」

 

 感情のまま叫ぶモードレッド。

 

「力だ!!

 サクソン人を、ピクト人を、そしてローマを斥け誰にも逆らおうなんて思わせない絶対の力こそ王には必要なんだ!!」

 

 まるで酔っているかのように声高に宣うモードレッド。

 

「そんなもの無くても王は務まるよ」

 

 しかし俺はそれを否定する。

 

「じゃあなんだと言うんだ!?」

 

 剣を掴み抜こうとするモードレッド。

 蛮行の気配にアルちゃんとボーマンから険しい気配が発つも俺は言う。

 

「モードレッド。

 王になりたいと口にするなら座りなさい」

「っ……」

 

 凄く怖い。今すぐ逃げたい。

 とは言えこれだけ踏み込んだ以上此処で放り投げるのは流石に人としてアウトだと思う。

 顔面の筋肉を使えるだけ使って表情を動かさないように頑張る。

 

「ちっ!」

 

 甲斐はあったようで暫ししてからモードレッドは苛立たしげに座る。

 

「だったら教えてもらおうじゃないか。

 王に必要なものってのをよ」

「俺は教えない」

「テメエッ」

「教えてしまったらアーサー王の本意が無駄になるからだ」

「……本意?」

 

 アーサー王の名を出すとモードレッドは少しだけ落ち着いてくれた。

 

「アーサー王が何も言わなかったのはきっと、モードレッドが自分で気付かないといけないんだとそう判断したからだ」

 

 ケイの愚痴通りならアーサー王は普段人間性を圧し殺して常に公平であるよう公の場にいる。

 ならばきっと、その答えはモードレッド自身がたどり着かないといけないんだ。

 とはいえ今のモードレッドにそれに気づけと言うのも無理だろう。

 尤も、俺程度で至った答えなんて多分間違っているのだろうが

それでもそんなには外れていない筈……だといいな。

 俺の言葉にモードレッドはふてくされた様子で肘を着きながらも殺意を霧散させて口を開く。

 

「……力じゃないってなら、カリスマか?」

「あるに越したことはないけど無くても王は務まる」

 

 人に好かれなくとも名君と名を残した人物は確かにいる。

 というより今の円卓を思えばアーサー王は……いや、やめておこう。

 

「血筋」

「必要だが絶対じゃない」

「政治の手腕」

「後でも磨ける」

「容姿」

「美醜の基準は人其々」

「忍耐力」

「それも鍛えられる」

「聖剣」

「アーサー王はカリバーン折ってるぞ」

「腹心の側近」

「腹の中を打ち明けられる相手が今のアーサー王に居るのか?」

「外交」

「今もローマに攻められているよな?」

「民意」

「平民は平和であれば君主は誰でもいいもんだ」

「国土開拓」

「全く進んでないよな」

「食料改善」

「そもそも意識の改革が必要」

 

 もはや適当とも言える内容を次々に挙げていくモードレッドに片端からダメ出しをしていると何故か死にそうな顔でアルちゃんが意見を口にした。

 

「も、もう時間も大分経っていますしその辺りでいいのでは?」

 

 なんでサンドバッグに詰められたみたいに心身ともに疲労困憊になっているんだろうか?

 誰かから虐めをうけているのだろうか?

 だとしたら許さん。

 そいつの飯は暫くガウェインのマッシュポテト(無塩)にしてやる。

 

 閑話休題。

 

「これはあくまで俺が王に必要なものだと思っているだけでアーサー王の答えとは別物だと念頭に入れておいてくれ」

 

 そう前置き俺は語る。

 

「王に必要なものは、俺は『時間』だと思っている」

「時間?」

「そう。時間だ」

 

 理解できないと眉を寄せるモードレッド。

 

「なあモードレッド。

 王様ってのは簡単に死んじゃいけないんだよ。

 長く国を治め、そして国の次代を継ぐ後継者が立派に国を治められる大人になるまで死んじゃいけないんだよ。

 そうは思わないか?」

「それは……確かにそうだ……」

 

 そう言いかけたところでモードレッドは何かに気付いたように唇を震わせる。

 ……どうやら俺の懸念は当たっていたみたいだ。

 

「正直あまり聞きたくはないが、モードレッド、君は後どれぐらい生きられるんだ?」

「……」

 

 モードレッドはなにも言わない。

 ただ、静かに泣き始めた。

 ホムンクルスがなんなのかまだよくわからないが、様子からモードレッドの寿命はそれほど長くはないのは容易に察せられた。

 

「なあアルちゃん。

 ホムンクルスの寿命を伸ばす方法は無いのか?」

 

 俺の質問にアルちゃんは首を横に振る。

 

「分かりません。

 私も魔術には明るくないので。

 ただ、モードレッドを生み出したモルガンなら或いは何等かの方法を知っているかもしれません」

「魔術と言えば宮廷魔術師は?」

「知っていてもマーリンが何かするとは思えません」

「だよな」

 

 あのクズの事を当てになんかしたら何をされるやら。

 

「決めた」

 

 ガチャリと音を立ててモードレッドが立ち上がる。

 

「俺は今からモルガンの所に行って俺の寿命を伸ばさせてくる」

「今からか?」

 

 モードレッドも円卓の騎士なのだからアーサー王に断るとかしなくて大丈夫なのだろうか?

 

「そうしたら今度こそ父上に後継者にしてもらえるよう頼むんだ」

 

 そうモードレッドは元気よく飛び出していった。

 なんか、嵐のようにやりたい放題していったな。

 まあ、いいけどさ。

 

「すみません料理長。

 私もそろそろ戻ります」

「悪いなアルちゃん。

 何か相談があったんだろ?」

「いえ。

 彼女のお陰で殆ど解決しましたから」

「そうか」

 

 本人がそう言うならそれでいいけどな。

 

「料理長。私も職務の途中で抜け出したのでそろそろ……」

「そうか。

 ボーマンも助かったよ。

 後でパイを届けさせるからな」

 

 と言っても今何処に所属しているのか知らないんだがな。

 まあケイに聞けばいいか。

 厨房を後にする二人を見送り俺は今日のメインディッシュになるパイの仕上げに取りかかることにした。



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そのろく

何故か昨日の一日で異常に評価が加速していたのですが何があったのでせうか……?(震え声)

あ、今回アルちゃん不在です。


 この時代の糖分は貴重品ではある。

 故に機会があれば糖分を含む樹液を出す木の確保や蜂の巣の探索に余念は欠かしていないがしかし安定供給には至っていない。

 だがしかしここに至って俺は実現可能な大量確保の当てに気付いたのだ。

 その希望は円卓が満場一致でクズオブクズと認めたマーリンである。

 マーリンは歩くと何故か足跡から花が咲くため、だからこそひたすら歩かせ足元に咲いた花から蜜を蜂に回収させることで短期間で蜂蜜の大量確保が叶う筈なのだ。

 問題はマーリンが咲かせた花の蜜が変な作用を含んでいないかという懸念と野生の蜂をどう手なずけるか。

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

 ここはやはり無難に養蜂に手を出すべきかと頭を巡らせていると円卓の中でも厨房では初見の人物の来訪があった。

 

「ギャラハッド?」

 

 円卓の三大良心の登場に俺は首を傾げる。

 こう言うのもどうかと思うが円卓の騎士がこの厨房に来ることはしょっちゅうだ。

 ケイが愚痴を溢しに来たりランスロットがウィスキーをギンバイしに忍び込んだりアグラヴェインがブランデーを融通してくれと頼み込んできたりガウェインが料理とは名ばかりの野菜のマッシュに使う調味料を強奪していったり……

 あれ? 円卓の騎士って騎士の中の騎士の筈だよな?

 なんというか、これだけだとただのやんちゃな連中が集まる男子寮みたいなんだが……?

 来たこと無いのってギャラハッド以外だとベディヴィエールとガレスとトリスタン……っと、いかんいかん。

 

「何かリクエストがあるのか?」

「いえ、そうではありません」

 

 そう言うとギャラハッドは理由を述べた。

 

「私は今日を以て円卓を離れることになったのです。

 ですからこれ迄の感謝を告げに来ました」

「本当なのか?」

「ええ」

 

 随分急な話だな。

 

「理由を聞いてもいいか?」

「構いませんよ」

 

 そう言うとギャラハッドは聖杯探索の任を承ったのだと教えてくれた。

 

「聖杯って、聖なる手榴弾か?」

「は? 手榴弾……?」

 

 って、なんでよりにもよってモンティ・パイソンのネタを当人に振ったんだよ俺は?

 

「すまん。変なものと間違えた。

 確かヨシュアが処刑前夜に水をワインに変えるのに使った杯だったか?」

「ええ。

 その聖杯です」

 

 さっきの間違いのせいで引き気味に頷くギャラハッドに内心謝りつつ俺は問う。

 

「少し待ってろ。

 日持ちするものを幾つか見繕ってやるから」

「いえ。

 私より陛下に供して下さい」

 

 やんわりと断るギャラハッドだが俺は麻袋に出来の良かったベーコンとウィスキーに加えどうせだからとアグラヴェインがブランデーの対価にと置いていったとっておきの生姜に蜂蜜の瓶も袋に積め無理矢理押し付けた。

 

「いいから受け取れ。

 お前が受け取らないなら全部捨てるぞ」

「……分かりました」

 

 本気で言っていると理解してくれたギャラハッドは仕方なしに麻袋を受けとる。

 

「湯で割った蜂蜜に少量の生姜とウィスキーを垂らしてやれば身体を温めるだけじゃなく風邪薬の代わりにもなるから覚えておいてくれ」

 

 医療の乏しいこの時代風邪一つで人の命が消し飛んでしまう。

 中東には風土病も多いだろうからあって損は無い筈。

 特に生姜は栽培が出来ない非常に貴重な品なので路銀に変えるという使い方も出来るだろう。 

 

「これ程の手厚い施し…なんと礼をすれば」

「礼をと言うなら無事に帰ってきて俺の飯をまた食ってくれ。

 料理人にとってはそれがなによりの礼だからな」

 

 月刊サクソン人とか月刊ピクト人とか言いたくなる頻度で繰り返される戦争にいつの間にか姿を消した者も少なくない。

 だからこそ、俺はみんなが少しでも生きていたいと思えるよううまい飯を作っているのだから。

 

「……分かりました。

 必ず務めを果たし、また貴方の食事を戴きに戻ります」

 

 ギャラハッドはそう微笑むと渡した麻袋を肩に背負い厨房を出ていった。

 その背中を見届け俺は調理で残った屑肉の再利用の作業に向かう。

 

「しかし聖杯ね」

 

 こんな世の中だから信仰が寄る辺になるのはわからなくもないが、聖人という名の生贄の使った物が何の役に立つのやら。

 本当に奇跡があるなら砂糖と香辛料でブリテンを潤してみろ。

 そんな無益なことを倩考えつつ挽いた屑肉にタイム他幾種かのハーブを混ぜ混んだ物を山羊の腸詰めにするのであった。



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そのなな

 今日も今日とて料理を作る。

 スープは鶏ガラで出汁を取ったコンソメにメインは荒巻にしておいた鱈のワイン蒸しである。

 

「明日は少し趣向を変えてみるか?」

 

 卵には余裕分があるし豚肉を薄切りにしてピカタなんてどうだろう?

 豚肉も良い感じに熟成が進んできたし悪くないだろう。

 

「やあ」

 

 こうなると胡麻や醤油がないのが残念だな。

 ナンプラーも試してはいるが気候が合わないのか中々提供に価する出来になってくれない。

 あれば保存食にも幅が出るんだが。

 

「フォーウ」

 

 不意に脛を擦る温かさと特徴的な鳴き声に俺は注意した。

 

「ふう、厨房に入っちゃ駄目だって言ったろキャスパリーグ。

 胡桃やるから出ていってくれ」

「フォウ」

 

 申し訳なさそうに耳を下げる犬ともリスとも見える不思議な生き物キャスパリーグに殻を割ったクルミをあげると、キャスパリーグはクルミを口に含むと外で食べるつもりらしくトテトテ足音をたてながら厨房を出ていってくれた。

 本当に賢い子だな。

 飼い主とはまるで違う。

 

「無視はそれなりに辛いんだけど?」

「嘘つけ」

 

 そう言いながらちらりと見ればそこにはゆるふわおにいさんとか言われそうなイケメンが一人。

 だがしかし中身は1日掛かりで灰汁抜きしても抜けないだろう灰汁の塊としか言えない屑である。

 

「何の用だマーリン。

 相談なら他を当たれ」

 

 こいつに善意など見せた日には一生後悔するレベルの災厄に見舞われる。

 実際そうなった俺が言うんだから間違いない。

 

「いやいや。

 ちょっと君に大事な話があったからさ」

 

 そうにこやかに笑うマーリンだが、俺はその笑顔が胡散臭くしか見えない。

 

「片手間で良いなら聞くぞ」

 

 今夜のディナーは恒例の対ピクト人との戦勝祝いなのだ。

 暇人と遊んでいる暇など無い。

 

「君、遠からず死ぬよ」

「……」

 

 正直どうでもいい話だった。

 

「話が終わりならさっさと帰ってくれ」

「驚かないんだね?」

「何を今さら」

 

 春先に採っておいた菜の花を水で戻しつつ俺は言う。

 

「人間が死ぬのは当然だ。

 今のブリテンの実状を鑑みれば俺は十分長生きできた」

 

 少なくとも40年近く生きれたのだ。

 ブリテンに来たのは30を過ぎてからだがそれだってひ弱な現代人には過酷な日々だった。

 そんな俺より若い者が戦場で散っているのだから十分生きれたと言えるだろう。

 もう話は終わりだと切り上げる俺に対しマーリンは構わず好き勝手に話を続ける。

 

 なんでも俺が人理に悪影響を及ぼしたらしく早ければ数ヵ月以内に抑止が殺しに掛かるそうだ。

 正直言う。意味がわからん。

 人理とか抑止とか中二病か?

 あ、花の魔術師(笑)だったか。

 例え物語では高名な予言者だか賢者かであろうと俺にとってマーリンは塩以下の価値しかない。

 残飯を出さないだけ感謝してほしいものだ。

 

「う~ん。

 君からそんなに嫌われる理由が思い付かないんだけど?」

 

 塩対応をしていたらマーリンは本気で分からないというふうにそう尋ねてきた。

 無視してもよかったが俺ははっきり言ったほうが後々円卓のためになるかと思い直しその理由を言葉にした。

 

「気に入らないんだよ。

 お前が、そんな傍観者みたいな目で俺達を眺めていることが」

 

 そう俺はマーリンを正面から見据える。

 

「この国は終わっている。

 腐って折れた屋台骨をアーサー王って鎖で固定して辛うじて嵐をやり過ごしているのがこの国の正体だ。

 きっとアーサー王が後継者を選ばないのは次代に崩壊を引き継がせないためなんだと思うぐらいにこの国は死にきってる」

 

 俺の言葉をどう捉えているかは分からないが、マーリンから笑みが消え無表情で俺を見ている。

 

「アーサー王だっていつか死ぬ。

 そうなれば総崩れでこの国はサクソン人に更地にされるだろうが、それだってなんもかんも無くなったりしないんだ」

 

 俺の知ってるブリテンの歴史では最後はサクソン人に支配され円卓の騎士達からさえ化物扱いされているピクト人も消え去る。

 だけど、それでもブリテンに住む民は生き残った。

 

「人理がどうとか知ったことじゃないんだよ。

 明日死ぬかも知れなくても、それでも皆今日を必死に生きている」

 

 お前以外がな。

 

 そう言うと俺はマーリンから視線を外した。

 

「俺はこの国の民じゃない。

 だけどこの国の人達は俺が作った飯を旨いと言って笑ってくれた。

 アーサー王は異邦の民の俺をお抱えの料理人として取り立ててくれたばかりか料理長って肩書きを与えて厨房の一切を取り仕切らせてくれた。

 俺に出来ることはうまい飯を作ることだけだ。

 もうすぐ死ぬってならそれで構わない。

 俺は死ぬ寸前まで料理長として厨房に立ち続けるだけだ」

 

 今度こそ話は終わりだと酒蒸しの具合を確かめに向かう。

 

「……もしも、君が死なずに済む方法があったとしたらどうする?」

「不老不死にでもなれってか?」

 

 いい加減苛ついてきた俺はそう言うとマーリンは違うと言った。

 

「聖杯を使えば君は助かる。

 聖杯はくべられた魔力を燃料にあらゆる願いを成就させる願望器だ。

 君が最初に言っていた帰ることは叶わない故郷にだって」

「なあよ」

 

 そうとう頭に来ているらしく自分でも驚くぐらい低い声が出た。

 

「その聖杯だったか?

 魔力を燃料にするとか言ってたが、その燃料は何処から調達されたものなんだ?(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 願いを叶える願望器?

 この世はゲームじゃないんだ。

 そんな都合の良い代物を使いたければそれ以上の対価が必要になるはず。

 きっとそれは、絶望さえ枯れるような何かに違いない。

 

「それは……」

「そろそろ帰れ。

 じゃないとお前のディナーだけガウェインに全部任せるぞ」

 

 説明されてもそもそも理解できないかと思い直しそれ以上の言葉を封じる。

 

「……失礼するよ」

 

 そう言い残しマーリンは厨房を出ていった。

 

「……はぁ」

 

 いい年してなに熱くなってんだか?

 こんな状態で仕上げても納得できる味にはならんな。

 

「料理長、今日のディナーのメニューを聞いてこいと陛下からお達しを受けたのですが…」

 

 と、そこに入れ替わりアルちゃんが厨房に現れる。

 

「今日のメインは鱈の酒蒸しのベリーソース仕立てにコンソメスープにクルミパンだぞ」

 

 マーリンのお陰でさっきまで立っていた気が目を輝かせるアルちゃんの姿に癒され、鎮まっていく。

 

「やはり料理長の料理は素晴らしい。

 鍋から香る芳醇な香りだけで遠征で死にかけた味覚が甦ってくるようです」

 

 まるで砂漠でオアシスを見付けたかのように歓喜するアルちゃん。

 そんなに誉めたって大したもんは出せねえぞ?

 

「とりあえずいつものな」

 

 そう言いつつ小皿にコンソメをよそいクルミパンを添えて出す。

 

「では、いただきます」

 

 俺がやっていた手を合わせる所作の後スープを一掬いすると忽ち目が星になる。

 

「……ああ、生きててよかった」

 

 本当に美味しそうにスープを噛み締めるアルちゃんに俺は一層頑張ろうと誓う。

 しかしアルちゃんは何故か二口目に向かわず顔を伏せた。

 

「あの、料理長。

 一つ質問してもよろしいですか?」

「どうした?」

 

 何か苦手なものが入っていたか?

 

「もし、料理長がどんな願いも叶えられるとしたら何を願いますか?」

「……」

 

 マーリンに続いてアルちゃんからまでそんな質問を喰らうとは。

 今日は厄日か?

 あまり気分は良くないが、アルちゃんの訴えるような目に俺は真剣に答えることにした。

 

「……敢えて言うならアルちゃん達にもっといろんな飯を食べさせたいから香辛料と砂糖が欲しいな」

「そうではなく、料理長自身の望みです」

 

 アルちゃんは自分達にではなく自身のために願いをと言う。

 とはいえさっきマーリンに言った通り俺の願いは最期まで厨房に立つことしかない。

 ……いや、もう一つあったな。

 

「そうだなぁ……」

 

 しかし言うべきだろうか?

 いや、これはもう言わねば終らない流れか。

 

「だったらアルちゃんの結婚式で厨房を任せてほしい」

「料理長……」

「もう四、五年もすればアルちゃんは絶対美人になる筈だからな。

 そんなアルちゃんをアーサー王に出しているのにも負けない極上の料理とアルちゃんの背より高く積み上げたウェディングケーキで祝福したいっていうのが俺の願いだ」

 

 マーリンの話が本当ならそれも叶わないらしいがな。

 

「……」

 

 そう言うとアルちゃんは今にも泣きそうなぐらい悲しそうに俯いたが、すぐに顔を上げ笑顔で言った。

 

「そんなこと当然に決まってます。

 見ていなさい。

 すぐに背も胸も大きくなって料理長が嫉妬するような立派な騎士を婿にしてみせます」

「そいつは楽しみだ」

 

 そんな日が来ることを心から願いながら俺は美味しそうにスープとパンを食べるアルちゃんを眺め続けた。




ここで分岐します

FateEND or trueEND

鍵はマーリン。


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Fate END

警告。

今エンディングにほのぼのも救いはありません。

いつものほのぼのを求めるかたは数日以内に投稿できるはずの次回までお待ちください。


 ……やられた。

 

 マーリンが言っていた抑止が殺しに来るとかいうのを俺は今身を以て理解させられていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 呼吸するだけで肺が軋み指一本動かすのにさえ全神経を使わなければならない程俺は衰弱している。

 原因は疫病だ。それも致命的な。

 そう言い切れる理由は自分の全身に浮かんだ斑点模様から。

 膿疱が出ていないから天然痘ではないと信じたいが、どちらにしろ今のブリテンに疫病が蔓延したらサクソン人がなんていう暇もない。

 

「料理長」

「……ケイ………か…………?」

 

 様子を見に来たのだろうか。

 マズイ。思考さえ上手くまとまらなくなってきた。

 とにかく、伝えないと。

 

「ケイ…俺が……死んだら、死体は……焼いてくれ……」

「何を…?」

「こいつは……死体を……媒介に……拡散する………病気かも…だから……」

「もう喋るな」

「聞け!

 俺が死んだら、使ってた包丁は、ボーマンに…厨房の引き出しに、今までのレシピを、纏めて、ある」

「分かった」

 

 必要な事はこれで全部言えたはず。

 視界が狭まっている。

 ……クソッ、本当に死ぬみたいだ。

 

「頼む、アルちゃん、に、いい、嫁さんに……なれ……っ………て………」

 

 つた……………………え…………………………て………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………

………………………… 

 

 

 

 息を引き取った料理長の遺体をケイは使っていたシーツで包み一路アーサー王の元へと向かった。

 

「陛下、料理長が亡くなりました」

 

 アーサー王、いやアルトリア・ペンドラゴンしかいない円卓の間でその報を聞き届けた彼女は両手を額に当て黙祷を捧げるとケイに尋ねた。

 

「料理長は何か言い残していったか?」

「……遺体から病が拡散する恐れがあるため焼いてくれと」

「……」

 

 基督教に於いて遺体は約束された復活の日のため遺すこととされている。

 それを焼くということはそれは復活に能わぬ罪人の烙印を押すのに等しい所業だ。

 彼は多くを与えてくれた。

 貧しい食料事情の中でそれでも手の込んだ繊細な食事を多く作り出し、ただ飢えを満たすだけの作業であった食事を明日への活力を生む日々の糧として与えてくれた。

 責務に縛られ交わることは叶わぬはずだった円卓の騎士の軋轢の受け皿となり酒を供してその関係に修復の機会を与えてくれた。

 なにより磨耗し擦りきれていた筈のアルトリアの少女としての心を『アルちゃん』と呼び可愛がることで救い上げ癒してくれた。

 そんな返しきれない恩を与えてくれた者の遺体を焼くことを『アルトリア』の感情が嫌だと泣き叫ぶ。

 だが、『アーサー王』は決断した。

 

「遺言通り遺体は焼却しろ」

 

 民への懸念は残さない。

 感情を切り捨て天秤として合理的であることを選ぶ。

 

「……御意」

 

 そんな内なる葛藤を手に取るように分かった義兄もまた感情を切り捨てその命令に従う。

 

「料理長。私はブリテンを救います。

 それが一時の凌ぎでしかなくとも、人としての私(アルちゃん)を殺してでも一日でも長くブリテンを生かし続けます」

 

 

 そうしてブリテンの崩壊は加速を始める。

 

 

 最初に恩義ある料理長の遺体を焼いたことに激怒したトリスタンがアーサー王を痛烈に詰り出奔。

 トリスタンの出奔は修復の兆しを見せていた円卓に再び亀裂を生む。

 その後短命の宿命を克服したモードレッドが料理長の訃報を聞きキャメロットに戻ると瞠目する事態が起きていた。

 料理長の死後、アルトリアは自ら聖剣の鞘アヴァロンを手放しロンの槍を手に戦いに出るようになっていたためそれまでアヴァロンによって遮られていたロンの槍の魔力の影響で止まっていた肉体的成長が急激に進み見事な肢体をもつ美女へと成長していた。

 だがしかしモードレッドが瞠目したのはそこではない。

 アヴァロンの加護を捨てたアルトリアは急速にロンの槍の浸食を受け人の枠から外れかけていたのだ。

 このままではアルトリアは人ですらないもっと恐ろしいナニカ(・・・)に成り果ててしまう。

 そうしないためにはもはや命を奪う以外手段はない。

 故にモードレッドはアルトリアを人として終わらせるため己の宿命に殉じることを選んだ。

 己の寿命を悟り発見した聖杯と共に天へと登ってしまったギャラハッドとの和解が叶わず悲嘆に暮れていたランスロットの不義を告発し円卓を分断。

 モードレッドの真意に気付いたランスロットはアーサー王から与えられた去勢による助命の提案を拒絶しギネヴィア姫を連れフランスへと逃亡。

 モードレッドは軍を率いて追撃を駆けるアルトリアの隙を狙いアーサー王への反感を抱く諸侯をアグラヴェインと共に纏め上げ反旗を翻す。

 同時にモルガンの横槍を防ぐためガレスがモルガンの殺害を敢行。

 料理長が残した包丁で心臓を刺しモルガンを殺害したがモルガンは死に際にガレスを呪い、ガレスはその呪いが原因でカムランの丘に辿り着く前に死んでしまう。

 そして全ての布陣が揃い、モードレッドは反逆の騎士としてアーサー王とぶつかり合った。

 反逆の旗印として倉から持ち出した選定の剣クラレントを手にアーサーへと斬りかかるモードレッド。

 対し逆臣となったモードレッドを屠らんとロンの槍を振るうアルトリア。

 本当なら神への領域に踏み込みかけたアルトリアにモードレッドが敵う筈がない。

 しかしモードレッドは父との和解の可能性を与えてくれた料理長への恩義を果たすため文字通り死に物狂いで食らい付く。

 そしてその執念は相討ちという形で勝利を掴み取った。

 

「どうして……こうなってしまったのだろうか?」

 

 ベディヴィエールが聖剣の返還に向かい離れていく背中を見ながらアルトリアは悔恨する。

 彼の人が今も居てくれていれば聖剣を抜いた日よりも前から確定していたブリテンの崩壊はもっと先へと引き延ばせたかもしれない。

 だが、彼の人の死によりそれは砂上の夢と消え去り自分もまた無為に命を終えようとしている。

 

「…………すみません料理長。私は、やはり貴方の願いに背いてしまいます」

 

 それがとても愚かだと理解している。

 だけどアルトリアは手を伸ばさずにはいられなかった。

 

「我が怨讐の源よ、死後の全てを明け渡します。

 だから、対価を私に寄越しなさい」

 

 万能の杯を、かつての夢を取り戻したいとアーサー王は虚空に手を伸ばす。

 そして全ては運命の夜へと回帰する。

 少女は懐かしいかつてを取り戻すため呪われた杯を賭けた争いへと身を投じ、いずれ正義の味方に憧れる少年と出会うのだった。



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true END

寝る間も惜しんで全速力で仕上げますた。


 彼の聖人は宣う。

 人はパンのみに生きるに非ず。

 だが俺は言おう。

 なにより人が先ず満たさねばならないのは腹なのだと。

 

「ランスロット貴様!?」

「待てアグラヴェイン。私の分をやるから落ち着け」

「野菜と肉では等価にならないと思いますよガウェイン?」

「ああ、なんと浅ましい。

 私は悲しい」

「と言いつつその手の肉は手放さないのだなトリスタン」

「肉肉肉肉肉肉!!」

「野菜も食べなさいモードレッド」

 

 ここはアーサー王のお膝元キャメロット城の中庭。

 何が起きているかというと、バーベキューなうである。

 というのも食糧庫に寝かせていた幾つかの肉が限界を迎えそうになったところでギャラハッドが短命を克服したモードレッドと共に聖杯探索より無事帰還。

 その祝いの席にと在庫整理も兼ねアルちゃんに提案するとアーサー王から快諾を頂きこう相成ったのである。

 全員揃ってとはいかないものの、世界円卓の騎士の半数が思い思いにバーベキューに興じる姿は中々壮観である。

 因みに了承したアーサー王当人は執務につき外出してしまっている。

 もうすぐ死ぬらしいからこの機会に素顔を見てみたかったのだがまあ仕方ない。

 

「料理長、この鹿肉のベーコン巻きというのはもう食べ頃ではないかと」

 

 鉄板にかじりつくように肉が焼けるのを眺めていたアルちゃんの言葉に俺は具合を確かめる。

 タイム、セージなど複数のハーブと赤ワインで漬け込んだ鹿肉は濃厚な肉の香りを発てていた。

 

「ふむ。確かにもう良いだろうな」

 

 もう少し焦げ目が付くまで待った方が個人的には好きなのだが、食べるにはもう十二分に焼けているので待ちきれなさそうなアルちゃんのために皿に移してやる。

 

「熱いから気を付けて…って」

 

 忠告の間もなくアルちゃんは鹿肉を食べきっていた。

 

「作法もない野外でというのも粗雑ながらこれはこれで良いものですね」

 

 そう笑うアルちゃんだけどさ、所作こそ丁寧ながら皿に乗せた鹿肉は300グラムはあったはずなんだよ?

 それをどうやったら数秒で食べきれるのかおじさんには解らないんだ。

 内心この娘の将来の婿に黙祷を捧げつつおかわりを乗せていると他の連中の雑談が耳に届く。

 

「いくら陛下がお許しになったとはいえ勝手に聖杯を使ったことは申し開きも叶わんぞモードレッド」

「うっせえなぁ。

 そうでもしないとギャラハッドが死んでたんだからしょうがねえじゃねえか」

「しかしだな」

「どうせ使わなくてもギャラハッドが自分を使って聖杯消そうとしてたんだしいいじゃねえか」

「別に私はそれでも」

「へぇ、今際の際で『約束は叶いそうにありません料理長』とか言って泣いてたのは何処のどいつだったかな?」

「それは言わない約束だったはずですモードレッド!?」

「何!? お父さんは同性なんて認めないぞ!?」

「脳味噌腐ってんのかクソオヤジ」

「これがアーサー王の後継者候補夫妻だと思うと胃が…」

「後で料理長直伝の薬草入りオートミール用意しますねベディヴィエール」

「頼むガレ…ボーマン」

 

 本当にこいつら全員騎士の中の騎士なのか疑うような光景を繰り広げる連中に何をやっているんだかと思いふとアルちゃんを見ると、アルちゃんはそんなばか騒ぎをまるで尊いものを見るように眺めていた。

 

「どうした?」

「いえ。

 きっと、アーサー王はこんな光景が見たくて円卓を作ったのだろうと思いました」

「……そうだな」

 

 上下の区分なく対等な関係を望み作られた円卓。

 確かにここにそれはあった。

 さてと。

 

「次、もうすぐ焼けるぞ」

 

 そう宣うと同時に全員が俺の前の鉄板に集中する。

 

「一番槍は貰った!!」

「やらせん!!」

 

 中でも真っ先にフォークを伸ばすモードレッドにランスロットがフォークを繰り出し弾く。

 

「テメエッ!?」

 

 歯軋りするモードレッドに勝ち誇るランスロット。

 その手に焼けたばかりの肉と冷えたエールがなければ絵になったろうに。

 野暮な事を考えつつ俺は拐いきられ何もなくなった鉄板に次の肉を敷くのであった。

 

 そんな賑やかな光景をマーリンは楽しそうに窓から眺めていた。

 

「フォウ」

「一冊丸々書くなんて久しぶりだったからね。

 行くにしてももう少し後かな」

 

 キャスパリーグの鳴き声にそう答え目元に薄く隈を浮かべたマーリンは少し前に書き上げた書物を眺めた後欠伸を掻きながらごちる。

 

「しかし参ったね。

 料理長の死後を座に登録させる事でその死を引き伸ばすのには成功したけど、まさか僕まで座に乗せようとするとは。

 お陰で簡単に死ねなくなっちゃったじゃないか」

「キュゥ」

 

 ザマァと言うように鳴くキャスパリーグ。

 

「君、本当にいい性格してるよね」

「フォウ」

「そっちは封じてるはずなんだけどなぁ?」

「フォウ、フォウフォーウ」

「ん?

 アルトリアと料理長?

 無い無い」

 

 マーリンは苦笑する。

 

「アルトリアの慕情はモードレッドと同じ父親を慕う感情からで、料理長もアルトリアを娘としか見ていない以上その先に進むことはないよ」

 

 下ではどうやら誰かが迂闊な台詞を吐いたらしく料理長の見えないところでアルトリアによる制裁が行われていた。

 

「ん、やっぱり良いな」

 

 マーリンの好きな綺麗なものとは言いがたいが、しかしマーリンから見てもとても好ましいものがそこにはあった。

 あの光景はマーリンにとって抑止を欺き人理を50年遅らせただけの価値は確かにあった。

 

「ついでにおいしいものも食べられるしね」

 

 半分が夢魔とはいえマーリンもやはり人間。

 餌よりも料理が食べたいと思うのだ。

 

「さてと、そろそろ行かないと食べ損ねそうだ」

「フォーウ!」

 

 そう言って一人と一匹はあの賑かな輪の中へと少しだけ歩み寄るため部屋を出た。

 そして、主が去りただ一つ部屋に残された一冊の本にはこう書かれていた。

 

『円卓の料理人』




これにて料理長の物語は終わります。

マーリンが何をやったかと説明すると、世界そのものを外史として切り離し編纂することで料理長が存在する平行世界を作り出したという、一歩間違えれば人理崩壊も起こり得る綱渡りをやらかしました。

しかも善意で。

お陰で料理長は知らない内に死後を売り飛ばされたとか後で大騒ぎになるだろうけど、アルちゃんのためだから是非もないよね!


この後は後日談というか、皆様が期待されているようなのてFGOに鯖として呼ばれたらなんて小咄を幾つか投下させていただきます。

ブリテンのその後についてもそちらでちらほら語ろうかと思います。


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カルデアで頑張る料理人の話
料理人とけん


流石にこのペースはもう維持できないかと……。

後、アルトリア(剣)が酷いことになるので注意してください。


 人理焼却なる事件によりカルデアにサーヴァントとして喚ばれた訳なんだが、やることは生前と特に変わることはなかった。

 一応キャスターなるクラスは持ってるけど、そもそもただの料理人に鉄火場など連れてっても足手まといにしかなりませんって。

 ついでにスキル構成も料理関係特化だしね。

 スキル? 『調理EX』『心眼(食材)EX』『陣地作成(厨房)EX』『道具作成(調理器具)EX』だけど?

 宝具? 包丁でフルコース作って振る舞うだけですが?

 勿論厨房でしか使えませんよ?

 音楽家や作家も居る訳だけど基本戦闘に参加することはないから同じだよね。

 なんて、俺は今猛烈に現実逃避をしていた。

 

「どうして、どうして私の世界に貴方は居なかったのですか!?」

 

 等と訴えながらギャン泣きするアルちゃん(偽)を前にどうしろと?

 始まりは些細な勘違いからだった。

 第一特異点なる場所へのレイシフトなるタイムトラベルに当たり戦力増強を願って喚ばれた俺だが、まあ戦闘では役に立たないので後方支援として厨房を任せてもらわせた。

 ブリテンでは拝むこともなかった電気式調理器具の一式に感動しつつ最適な調理環境を整えているとそこに懐かしきアルちゃんが現れた。

 まあ、よく考えれば1500年ほど前の人間がここに居るわけもないんだが、アーサー王退陣の際に城を移すアーサーと共にキャメロットを去ってから自分が死ぬまで逢うこともなかった顔に思わず昔の態度で挨拶をしたのだ。

 だがしかし、

 

「……申し訳ありませんがどちらでお会いしましたか?」

 

 等と言われ轟沈した。

 その後話をしてみるとアルちゃん(偽)は平行世界のアーサー王だったと判明したのだ。

 その後アーサー王は俺の料理の腕前に興味を持ち、折角なので当時使えた材料だけで簡単な料理を提供したのがついさっき。

 そして先程の慟哭である。

 

「あれだけ悲惨な食糧事情でこれ程繊細な食事が叶ったなんて……」

「まあ、香草系なんて早々試さないだろうしな……」

 

 あの当時俺が改革したと胸を張れるのは大きく三点。

 骨や皮といった食用に適さない部位から栄養価の高い出汁などを抽出させる転用の徹底。

 豆類の発酵や肉類の熟成といった保存食に関わる概念の普及。

 そして香草類の利用価値の周知と栽培。

 これだけで餓死者が4割無くなり慢性的な食糧不足であっても栄養不足で餓え死にする者は大分少なくなった。

 ハーブは薬にも転用され負傷者の感染症予防による損耗の低下に繋がったとアグラヴェインに感謝されたっけ。

 死ぬ少し前に始まったサクソン人の入植の際には輸出品として重宝もされてたな。

 

「……やはり私が王になったことが全ての間違いだったのでしょうか?」

 

 なにやら死んだ目でそう呟きだすアーサー王。

 そういや気になったんだがこのアーサー王はやはりカムランで死んだのかな?

 だとしたら……いやよそう。

 下手に何か言うとアーサー王が本格的に自殺しかねん。

 

「とりあえず食ってくれ。

 じゃないと折角作ったのが無駄になっちまう」

「……そうですね」

 

 誤魔化されてくれないかなと期待しつつそう促すと、アーサー王は死んだ目のまま牛肉の塩スープを食べきる。

 

「シロウ、答えは貴方に貰いましたがやはり私は王になるべきではなかったのです」

 

 そう誰かに訴えながらうちひしがれた様子で食堂を出ていくアーサー王。

 

「……なんか、悪いことしちまったな」

 

 別人とはいえアルちゃんと同じ顔の少女を泣かせた罪悪感にしかしどうすることも出来ずこの時の俺は黄昏れるしかなかった。

 

 後日、正義の味方を名乗る青年に殺されかけるのだが、その時の俺は当然知る由もないのだった。



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料理人とゆみとたて

前回の投稿にてスキルが全てEX評価であることについて多くの意見があったため補足をさせていただきます。

料理と心眼は唯一無二かつ信仰によるバックアップを受けているためEXですが、陣地作成と道具作成のEXである理由は固定スキルだから必要なので類似しているだろうブレイクスルーを無理矢理当て嵌めたけど、そもそもにして厨房でしか役に立たないのにどう評価しろと? と座のほうが評価を放棄したため評価不可能としてEXとさせていただきました。

平行世界なのに信仰が届くのかと思うでしょうが熱心な信奉者はこちらにもいたりするので
……

多数のご意見はあるでしょうがここではそうなのだと緩く受け止めていただければと思っています。

最後に言えることは、全部マーリンって奴の仕業なんだよ。




 やはり香辛料こそ神。

 胡椒は食えない金よりも価値があるのは当然の事実だ。

 

「ふむ。

 成程」

 

 生前は遂に縁がなかった香辛料との再会に興奮しつつ料理をして居るのだが、何故かその背中を観察されている。

 そいつの名前はエミヤというアーチャー。

 正直、俺はこいつが苦手だ。

 いきなり殺されかけたこともそうだが、その後も何かにつけて観察してくるのが不気味なのだ。

 まあ、殺されかけたことは惚れた女を泣かせた俺が悪かったんだしちゃんと謝罪を受けたので水に流しているが。

 

「さっきからなんなんだ?」

「いや、円卓の厨房を取り仕切っていたというのでどれ程の腕前か興味があってね」

 

 いいかげん決着を付けようと尋ねてみればエミヤはあっさり理由を答えた。

 

「別に大したものでもないだろう?」

 

 ブリテンでなら料理の化身とか言われていたが、それはあくまでブリテンでの話だ。

 信仰によるバックアップとかいう身の丈に合わないものを差っ引けば研鑽を重ねた現代のシェフに比べ然して腕が立つとは思わない。

 

「謙遜の必要はあるまい。

 貴殿の研鑽は見る価値のあるものだ」

「そいつはどうも」

 

 賛辞には聞こえない誉め言葉にそう返しつつトマトをたっぷり使ったビーフシチューを煮込む。

 

「で、本当に聞きたいことはなんだ?」

「たいした話じゃないさ。

 貴殿は平行世界のアーサー王を支えていたそうだが、そちらのアーサー王の最期について少しな」

 

 ああ、つまり平行世界では惚れた女がどんな最後だったか知りたいのか。

 アーサー王がいないタイミングを狙った辺り聞かせたくはないが知っておきたいってあたりか。

 そもそも性別が違うはずなんだが……まあいいか。

 

「俺も伝聞きだが、隠居先で老衰だったそうだぞ」

「隠居しただと?

 後継者はまさかモードレッドか?」

「ああ。

 短命を克服して後継者候補に認めて貰った後ブリテン国内の不穏分子を一掃した功績でアーサー王から戴冠したぞ」

 

 戴冠式では一日中ひたすら料理を作り続けていたから見る暇もなかったけどな。

 

「そういやその時にはギャラハッドと結婚してたっけ」

「は?」

「なんでも聖杯探索で死にかけていたのを助けた時に一悶着あってそのままくっついたそうだが式は挙げなかったんだよな」

「……」

 

 エミヤの顔がまるで作画崩壊した漫画みたいになっとる。

 

「ち、因みにだ。

 トリスタンは」

「アーサー王が隠居する際に奥さんと旅に出たな。

 大分前には同じ名前の昔の女と重ねていたことを詫びてその後は仲睦まじくやってたぞ」

「それは何処の世界の話なんだ」

 

 感情が一周したらしく真顔になってるエミヤ。

 

「い、いやまだランスロットがいる。あいつはそう変わる筈が……」

「ランスロットなら不貞の責を自分で去勢することで償ったからギネヴィア姫共々許されたぞ」

 

 ガクッと膝から崩れ落ちるエミヤ。

 

「これは確かにアルトリアが泣く事態だ……」

「なんかすまんな」

 

 そうなったのも俺がアルちゃんに色々口出ししたのがアーサー王の耳まで届いたせいみたいだし。

 

「いや、貴殿は何も悪くない」

 

 そう言うとヨロヨロとアーサー王の時のように力無く立ち去るエミヤ。

 

「あの、今すごく辛そうなエミヤさんが出てきたんですがなにかあったのですか?」

 

 そこに入れ替わるようにマシュ・キリエライトが食堂に入ってきた。

 エミヤがアルトリアを泣かせたとガチギレして殺しに来た時に全力で守ってくれた彼女には、俺に厨房で働かないかと誘ってくれたケイと同じぐらい恩がいっぱいあるのだ。

 

「それがさ」

 

 自分が居た円卓が物語とはかけ離れて円満だったことにショックを受けたらしいと告げるとマシュは困った様子で笑った。

 

「それは確かに難しいですね」

「エミヤはアルトリアと恋仲だしな」

 

 なにより今更どうしようもないしな。

 

「それで、マシュは何か食べていくか?」

 

 時間的に昼食には少し早いが連日の種火集め? で疲れているみたいだし甘いものとか用意してもバチは当たるまい。

 

「いえ、まだお腹は空いていないので後でお願いします。

 ですが飲み物を頂きたいと」

「何がいいんだ?」

「蜂蜜と生姜のお湯割りをお願いします」

 

 珍しいものを頼むな。

 

「好きなのかお湯割り?」

「いえ。

 ですが、料理長の顔を見たら何故か飲みたくなったんです」

 

 何ででしょう? と首をかしげるマシュの後ろに俺は懐かしい男の影を見た。

 ……そっか、お前もこっちに来てたんだな。

 

「分かった。じゃあとっておきの一杯を用意してやるよ」

「お願いします」

 

 そう言うと俺は生前何度も彼に頼まれ作った少し薄味のお湯割りを作るのだった。

 




 料理長の中ではアルトリアとアルちゃんは同じ顔の別人だと本気で思っています。

マテリアル風スキル解説

料理EX:対象の食材に対して最適な調理方を実施できるスキル。
 本来ならB+だが唯一無二かつ信仰により大幅修正を受けている。

なおエミヤが有した場合Aを与えられる。


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料理長とうま

料理長の時間軸こと『向こう側』と絡むとどうしてもアルトリアが壊れてしまう不具合が……


「落ち着けアルトリア!?」

「手を離してくださいシロウ!!

 もう、もう私にはこれしか無いんです!!」

 

 鬼気迫る様子でエミヤを押し倒すアルトリア。

 その手はエミヤのズボンに掛かっており、何処からどう見ても事案事態であった。

 

「とにかく冷静になれ!!

 こんな場所で始めようだなんて君は狂化にでも掛かったのか!?」

 

 現状を抑えられそうなカルデアのマスターは教育に宜しくないとマシュを連れて逃走中。

 お陰で誰も止めることが出来ず大惨事と化していた。

 なんでそうなったかと言うと、つい先程新たなサーヴァントが召喚された事が発端だった。

 

「久し振りだな料理長。

 俺も今日から厄介になるぜ」

 

 そう笑顔で宣うのはライダーの霊基で顕現したモードレッド。

 先の言葉から分かるように『向こう側』のモードレッドである。

 しかし何故に水着にパーカー?

 そうしてアルトリアと会ったのが少し前。

 以下がその時の会話である。

 

「お、ちち…じゃないアル?

 抑止に狙われたからマーリンの所に行ったんじゃないのか?」

「何を馴れ馴れしく話し掛けているのですかモードレッド」

「あー……この塩対応はこっち側の父上か。

 じゃあ改めて自己紹介しといた方がいいな。

 俺の名はモードレッド。

 料理長と同じ平行世界のアーサー王の娘です。

 この度はライダーにて召喚されました」

「……」

「うわぁ、懐かしい鉄面皮。

 最後に見たのはリチャード抱っこして顔が緩みそうになったのを堪えた時だったな」

「……リチャードとは?」

「俺の息子」

「…………え゛?」

「言ってないのか料理長?

 俺、父上から王位継いでギャラハッドと結婚したって」

「……」⬅石化中

「あ、安心してくれ父上。

 父上から任されたブリテンの段階的解体はちゃんと成功させておいたから抑止が余計な茶々を入れて大量の犠牲者を出させるなんて事はさせなかったぜ」

「……」⬅砕け散る

「父上?」

「し」

「し?」

「シロウ!!??」

 

 と、いうやり取りを経てアルトリアはエミヤを逆レ○プしようとしたのだ。

 

「抵抗しないでくださいシロウ!!

 王としても負け、女としても及ばない私にはもう子供を産むぐらいしか対抗する手段が無いのです!!」

「受肉もしていないサーヴァントが妊娠するわけ無いだろうが!?」

「安心してくださいシロウ。

 聖杯があれば子供の百や二百気合いで産んで見せますから」

「とち狂うのも大概にしろアルトリア!?

 というより桁がおかしすぎるだろ!?」

 

 ほんとこれ、どうしたもんだか。

 

「ところでモードレッド陛下」

「うん?」

「アルトリアを父上と言ってたがアーサー王とアルちゃんってそんなに似てたのか?」

 

 最初に会った時も酔ってアルちゃんをアーサー王と間違えてたんだよな。

 

「え? あ、ああ。

 アルは生き写しってぐらい父上にそっくりだったんだよ」

 

 何故か脂汗を浮かべながらそう言うモードレッド陛下。

 

「ほ、ほら。アーサー王は聖剣の加護で若い時の姿のままだったから円卓の連中でさえたまに間違えちまってたしな」

「確かにそうだったな」

 

 間違えた後、何故か尻を擦りながら慎重に歩くランスロットとかをたまに見たっけ。 

 

「というか陛下は止めろよ。

 此処では1サーヴァントとして昔みたいに呼び捨てにしてくれ」

「分かった。

 じゃあ、改めて宜しくなモードレッド」

「おう!」

 

 快活な少女時代の笑みを浮かべるモードレッド。

 リチャードが産まれた後はかなり落ち着いてたから懐かしく思う。

 

「しかしモードレッドが来たということは他の円卓も来るのか?」

「俺以外にも何人か来たがってはいたんだが平行世界となると難しくてな。

 俺は料理長とアイツの縁を辿ってなんとか分霊を送り込めたけど、他は料理長と一番縁が深かったガレスが来れるかどうかってぐらいだな」

「……ボーマンか」

 

 あの娘も来てくれると良いんだがな。

 アルちゃんは座に居なかったから間違いなく来ないだろう。

 それとやはりマシュの霊基は『向こう側』のギャラハッドだったみたいだな。

 

「湿っぽくしても仕方ない。

 何か食べるか?

 ここなら昔は作れなかったうまい飯がたくさん用意できるぜ?」

「ああ。

 だけどその前に……」

「どうして抵抗するんですかシロウ!!

 リンとサクラを同時に相手にしたことだってあったのに!?」

「マスター!!

 令呪を、令呪を寄越せ!!??

 じゃないと本当に笑い事で済まなくなる!?」

「あっちなんとかしてくるわ」

 

 最後の砦となったパンツを剥ぎ取られないよう抵抗するエミヤの悲鳴にやれやれという風にそちらに向かうモードレッドであった。

 




向こう側のモードレッドは戴冠し母親にもなったのでアルトリアが自分を拒絶した心情などを理解しているので塩対応も余裕で受け流せます。
多分このモードレッドが霊器再臨したら乳上そっくりになるものと。



料理長の暫定パラメータ

筋力C 敏捷D 耐久D 魔力C 幸運A 宝具D

ブリテン暮らしかつ香草を初めとした食材探索のために意外と動き回っていたため肉体は(ブリテンの)一般人並に頑丈。
魔力はクラス補正で辛うじてC、無ければE。
包丁を狙う野党やら不審者として切り捨てられる前にケイに拾われた事などから幸運は言わずもがな。

宝具は元々が神秘と無縁の包丁なので低め。
常時展開型の対人特化の回復型。
真名解放で回復とバフ+敵にスタン付与。
後は円卓特攻?

こんな感じで考えてます。


次回はほのぼのがアゾられます。


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料理人とあんさつしゃ

因みに作中時間軸は第5特異点直前です。


 料理EX。

 食材をどれだけ美味しく調理できるかのスキルである。

 正確には少し違うらしいが俺はそう認識してる。

 そして今、珍しくそのスキルに感謝していた。

 

「甘くて美味しい!!」

「とても甘くてかわいくて素敵よ!!」

 

 本当はあまりデザートは得意ではないがスキルのお陰でプロのパティシエ並みのケーキもお手の物。

 そう嬉しそうにケーキを食べる幼女二人の姿を作り出したのだから感謝するしかあるまい。

 ジャック・ザ・リッパーとナーサリー・ライムという超危険物に分類されるサーヴァントだと言うことに目をつむればだけどな。

 実際にその脅威を目の当たりにして無い俺にはナーサリー・ライムの危険性はピンと来ないが、少なくともジャック・ザ・リッパーの名を冠している娘が超危険物というのは分かる。

 まあ、そんなことはどうでもいいんだがな。

 子供が俺が作ったケーキを笑顔で食べているという事実の前では些事である。

 言っとくが俺はロリコンではない。

 どちらかと言えば笑顔がかわいいタイプのカルデアに居るサーヴァントで言うならブーディカみたいなタイプが好みだ。

 

「ジャンヌも来ればよかったのに」

「仕方ないわよ。

 イベント前にオルレアンを突破できなかった新参なんだから」

「君は何を言っているんだ」

 

 とてつもない爆弾を放り投げた気がするぞおい。

 

「ケーキ屋さんおかわり!」

 

 口の回りをクリームでべたべたにしながらジャックがおかわりを要求する。

 

「ケーキ屋さんじゃなくて料理人な。

 何がいいんだ?」

「苺のケーキ!」

「私はチーズケーキをお願いします」

 

 口の周りを拭いてやり俺はいっそ気の済むまで食べさせることにした。

 だがオルタ。貴様は食事制限だ。

 

「紅茶のおかわりは?」

「「飲む(わ)」」

「はいはい」

 

 これで三個目なので止めさせるべきなんだろうが、どうにも止められん。

 ちなみにイギリスでケーキと言えば日本のふわふわなスポンジケーキではなくパウンドケーキよろしくがっつり重たいスポンジを使う。

 どうでもいい余談だがブリテンの頃はティータイムには可能な限り麦の消費を抑えるために麦から絞った糖を大量の重曹でカルメ焼きにして提供してたっけ。

 糖分だけだから当然腹持ちは最悪で麦糖に大量の重曹のと甘さはあんまりなく評価はさほど芳しくなかったが、胃が疲れ果てた兵士からは好評でパンよりも長期保存が効くから携帯食にと広まったんだったな。

 

「お待ちどうさま」

 

 エミヤ監修のセイロンと供にイギリス式苺のケーキとチーズケーキを目の前に並べてやれば二人は見た目相応の童となって歓声を上げる。

 そのまま傍を離れた俺は苦笑しながら天井を見上げる。

 

「態々天井に張り付く意味が分からないんだがアルちゃん?」

 

 見上げた先には懐かしい少女の姿。

 ただしその服装は短パンジャージにマフラーと色々突っ込みどころが満載である。

 

「私はアルちゃんではありません。

 私は謎のヒロインX。

 コスモリアクターが導くままに貴方を警護する暗殺者です」

 

 ……相変わらずはっちゃけてるな。

 彼女はカルデアに来て数日が経った頃に厨房で盗み食いしていたのを見つけた日からいつもこうして俺に張り付いているのだ。

 因みにサーヴァントを含む他の誰かが居る時は絶対に姿を現さない。

 顔を隠しているけど帽子を突き破ってる髪の毛とかどう見てもアルちゃんである。

 というか謎のヒロインXって名前じゃないよな?

 ちなみにアルちゃん呼びしている理由は初見で思わずアルちゃん呼びして否定しなかったから。

 その後すぐに自分は謎のヒロインXだと自称しかなり痛い設定を羅列していたが。

 余談だがサーヴァントとしての自分のステータスを確認したさいに彼女についても調べてみたが、少なくともカルデアに彼女の物と思える霊基は登録されていない。

 まあ、実害はないしオルタと違って飯にケチは付けないので何も問題はない。

 というか雑なハンバーガーが食いたいなら自分で作れ。

 俺に作らせるなら文句を言うな。

 

「賄いはいつものとこに用意してあるからな」

「感謝します料理長」

 

 そう言うとSFチックに姿を消すヒロインX。

 ほんと、彼女は何者なのだろうか?



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料理長とやり

皆お待ちかねの時間です。


「私の料理長から離れなさいガレス」

「貴女のではありません。私のです」

「戯れ事はそこまでにしておけ二人共。

 その人は私の料理長だ」

 

 ……なんだこれ?

 俺を中心にヒロインXを自称していたアルちゃんとボーマンと第6特異点で獅子王と名乗っていたアルちゃんが殺気だって俺の所有権を巡ってるってどう言うことなの?

 助けを乞おうにも、

 

「どうしましょうシロウ。

 自分の同一存在がこんなに沢山」

「気をしっかり持てアルトリア。

 まだ弓兵と狂戦士と魔術師と裁定者と復讐者が残ってる。

 流れからしてきっと来る。だからまだ倒れるには早い」

「絶望しかないんですねわかります」

 

 あの二人ほど酷くはないがおおよそ助けようという動きはない。

 しかしさ、

 

「彼は私の料理長です。

 座に居るガレスなら百歩譲ることも一考しますが平行世界の貴女は認めません」

「身バレ恐くて生きたままアヴァロンに引きこもったならそのまま大人しくしてて下さい。

 復讐者舐めないでくださいアルトリア。

 モードレッド以上の反逆見せますよ?」

 

 さっきから爆弾発言が続きすぎておじさん理解が追い付かないんだよ。

 もしかしてモテ期?

 死んで千五百年経ってから来てもどうしろと?

 なにより、こんな血生臭いモテ期はあんまり嬉しくないんだがな……。

 料理に逃げたいけど、第6特異点でロンの槍に刺された傷が霊基にまで届いたせいで完治まで厨房に立たせてもらえないし逃げようがないのがもうね。

 なお、流石にあんなことがあればアルちゃんがアーサー王だと理解したけど、ダブルで本人が真顔でアルちゃん呼びを要求してきたから呼び方は変わらなかったりする。

 そろそろぶっ殺すと言い出しそうな雰囲気の二人にアルちゃん(獅子)が更なる燃料を投下した。

 

「ふん。

 その貧相な胸で料理長を満足させられるとでも?」

 

 空気が凍る音がした。

 瞳孔が開いた二人を勝ち誇るように俾睨しながらアルちゃん(獅子)は豊かに育った双丘を俺に押し付ける。

 

「貴様……」

「料理長は胸が豊かな女性が好みなのだ」

 

 知らなかったのか? と煽るアルちゃん(獅子)にアルちゃんとガレスが涙目で俺にすがりつく。

 

「嘘ですよね料理長!?

 あんな脂肪の塊が好きだなんてそんな!?」

「考え直してください料理長。

 巨乳なんて年をとったら萎んで垂れるだけなんですよ!?

 そんなものは女の価値じゃないんです」

 

 そんな絶望顔で詰め寄られたら恐いんだけど。

 背中に感じる柔らかい感触を考えないようにしつつ俺は訂正する。

 

「いや、別に胸の有り無しで女性を好き嫌いとは……」

「評価価値に加算しないと?」

「……」

 

 耳を擽るアルちゃん(獅子)の声に俺は沈黙しか返せません。

 俺も健康な男だからね、どこぞの変態と違って口には出さないけど否定は出来ない。

 

「そこに直れ私ぃ!!

 その駄肉を削り取ってやる!!??」

 

 本音を隠しきれなかったためにアルちゃんがガチ泣きしながらついに抜剣してしまった。

 

「やっぱり初めからこうしとけばよかったんですよ!

 王だろうと料理長に近付く輩は悉く切り捨ててやる!」

 

 こうなれば最早自重はしないとばかりに生き生きとした顔でボーマンも剣を抜く。

 

「ふっ、浅ましい連中だ。

 夫を守るのも妻の役目。

 料理長に集る蝿は早贄にしてくれるわ!!」

 

 どこから取り出したのかつっこみたくなる勢いでロンの槍を振り構えるアルちゃん(獅子)。

 ……ちょっと待て君達?

 気に食わないから喧嘩するのは仕方ないとしても、主武器をしかも食堂(俺の戦場)で持ち出すとなれば流石に黙っちゃいられない。

 

「これ以上やるならもう飯は作らん」

「「「ごめんなさい!!」」」

 

 最終忠告に対し三人は一瞬で武器を消して俺に頭を下げた。

 

「まったく、こんな女性と付き合ったこともない男のどこがいいんだか?」

 

 慕われているのは嬉しいとは思うが好意の元が思い付かない。

 

「「「…………」」」

 

 気が付くと何故か三人は固まっていた。

 

「……どうしたんだ?」

 

 急な変化に戸惑っていると三人は徐に俺から離れ円陣を組み出した。

 そしてなにやら小声で話し合っていたかと思うと、突如さっきまでとは比較にならない殺意の塊と化して三人は飛び出していった。

 

「いったい何が……?」

 

 誰か訳が分かるものと見回すも最初の抜剣が起きた時点で全員逃げ出したため食堂には俺一人しかいない。

 

「大丈夫か料理長?」

 

 エミヤかクー・フーリン辺りなら分かるかもしれないと探しに行こうとしたところでタイミングよくモードレッドが食堂に現れる。

 

「大丈夫というか、なんでか三人共殺気立って出ていったんだが理由がわからなくてな」

「何か言ったのか?」

「ここでやるなら飯はもう作らないってのと、後は俺に女性との交際経験がないってのぐらいなんだが」

「あ~……」

 

 思い当たる何かがあったらしくモードレッドはしょうがないなと言いたそうに頭を掻く。

 

「あれだ料理長。

 強く生きてくれ」

「意味がわからん」

「すぐに分かるよ」

 

 そう言うとモードレッドは頑張ってくれよと言い残してその場を後にした。

 その後すぐ俺は、肉食獣と化した三人に食堂以外で襲われるようになりその意味を嫌というほど理解する羽目になるのだった。




唐突に思われるかもしれませんが、これにて終いとさせていただきます。

オルタ対料理長とか第6特異点で何かあったのかとか書き残しはありますが、対決はコメディ100%なのでまだしも特異点は重いシリアスに傾倒するため別に切り離すべきと判断した結果になります。

拙いながら日刊のランキング1位にさせていただいたりと多くの評価を頂きもっと続けるべきかとも思いましたが、終るときはすっぱり終わらせるべきと思い直し筆を置かせていただきます。

ありがとうございました。


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『あちら側』のFate/Zero

ある日の会話

知人「ところで料理長時空の聖杯戦争ってあったのか?」
自分「(艦これもの書きつつ)最後は○○○時空だぞ」
知人「書けよ」
自分「え?」
知人「なんで書かないんだよ?」
自分「料理長出ないし、ほのぼのしないし」
知人「愉悦あるじゃねえか」
自分「いや、愉悦目的じゃ……」
知人「カルデア編は全部ほのぼの系じゃなくてアルトリアフルボッコ愉悦祭りだろうが!!」
自分「えー」

そんなわけで無理矢理書かされました。

とはいえ手抜きはしてませんけどね。

しかしこれじゃ終わる終わる詐欺なんだが……


 人類最後の防波堤ことカルデア。

 他のカルデアと違い異なる世界線の人類史に刻まれた特異なサーヴァントを擁するこのカルデアで新たな特異点がまた修復された。

 

「大丈夫ですかシロウ」

 

 修復を終え、心身ともに疲弊しきった様子の青年をそれ以上に疲弊しながらも労る少女。

 青年の名をエミヤシロウ、少女の名はアルトリアという。

 共に人理修復に力を貸すサーヴァントである。

 

「大丈夫だアルトリア。

 ああ、私は大丈夫だ。

 私よりも君こそ大丈夫なのか?」

「シロウに比べれば私の方こそ大丈夫ですよ」

 

 彼等が修復しに向かった特異点は20世紀末の冬木市。

 エミヤにとっては生前アルトリアと出合い想いを重ねあった思い出深い故郷であり、アルトリアにとっても大きな転換を得た地である。

 それだけを聞けば彼等が心身ともに疲弊しきっていることに首を傾げるだろう。

 だが、彼等が成した修復は冬木市の壊滅を起こすこと。

 かつて起きた第4次聖杯戦争の結末を正しく破滅させることが彼らの任務であった。

 だが、二人が疲弊しきったのは其だけではない。

 寧ろ……

 

「爺さん……あんたどれだけ疫病神だったんだ?」

「痛い痛い痛い。過去の私が痛すぎる」

 

 冬木市が特異点となった原因が『衛宮切嗣の不在による歴史変動』であったことだった。

 慕っていた義父の不在がここまで大きな波紋を呼んだことに頭を痛めるシロウ。

 アルトリアはアルトリアで第4次聖杯戦争に参加していた当時の自分の痛々しさを直視する羽目になり精神的にダメージを受けてしまった。

 と、そこに同じカルデアに味方するサーヴァントが通りがかる。

 

「お、父上にエミヤじゃん。

 もう戻ったのか?」

 

 何処をとは言わないが豊かに成長したアルトリア似の女性がそう声を掛ける。

 

「む? ……モードレッドですか」

 

 一般的にはアーサー王を討った反逆の騎士と名高い人物であるモードレッドだが、このモードレッドは異なる世界線にてアーサー王から正しく王位を継承しブリテンの崩壊をもっとも犠牲の少ない方法で成したのだ。

 故にアルトリアはこのモードレッドが何重にも苦手である。

 そこに正しく女性として成長できたことが含まれているのにカルデアの面々は気づかないふりをしてあげている。

 

 閑話休題

 

 気まずそうなアルトリアを尻目にモードレッドは頭の上で腕を組む。

 組んだときにたゆんと揺れたなにかに対しては殺意がわくので無視する。

 

「それはそうと此方の第4次がどうなったかちょっと興味あるから教えてくれないか?」

「待ちなさいモードレッド」

 

 然り気無い爆弾発言にアルトリアは食い付く。

 

「モードレッド、貴女があちら側の第4次に召喚されたのですか?」

「そうだぜ?

 つっても聖杯は即行で解体になったからあんまり戦わなかったけど」

「待て」

 

 いくら世界線が違うとはいえ当人であるエミヤからしたら悪夢としか言えない台詞につい声が固くなる。

 

「何があった?

 というより爺さんとイリヤはどうなったんだ!?」

「あー……、まあいいかな」

 

 空気からしてまた発狂されそうと察したモードレッドだが、言わなきゃ言わないで余計に拗れそうだと判断し素直に白状することにした。

 

「俺が第4次聖杯戦争に召喚されたのは父上の代理だったんだよ」

「代理?

 つまりそちらのアルトリアは」

「まだ生きてるぜ。

 死んだら座に捕らわれて料理長に正体ばれるってアヴァロンに逃げたんだよ」

「そちら側の私は何をやっているんですか……?」

 

 騎士として潔く死んだことを勝ったと愚にもならない思考を片隅に抱きつつ呆れ果てるアルトリア。

 

「で、そん時のマスターが随分拗らせててな。

 まあ、妻は生け贄になるし負けたら娘まで同じ目に遭うってなってれば多少同情もしたんだけどさ」

 

 

~~~~

 

 

「テメエ、いい加減にしろよ?」

 

 召喚されてから暫く、まるでいないものとして自分を扱う切嗣にモードレッドは完全に頭に来ていた。

 最初は我慢した。

 パスを通じて知り得てしまった彼の道程に限界まで摩りきれていたアーサー王を重ね、同情から多少は妥協してやろうと思った。

 だが、切嗣が娘のイリヤと接している姿を、その娘の辿る末路を想像してモードレッドはキレた。

 

「止めてセイバー!?」

「お前もお前だアイリスフィール!!

 こういう奴は甘やかしたら甘やかしただけ勝手に暴走するんだ!!

 そうやって一人で暴走した挙げ句最後は全部巻き込んで大爆発するって少し考えれば分かるだろうが!?」

 

 合理的に、ただ合理的な機械に徹して成せば全てが解決するなんて事はあり得ない。

 人は天秤には従わない。

 かつて崩壊寸前だった円卓でトリスタンが漏らした台詞だが、今ならその通りだと同意する。

 自分は機械に徹したアーサー王に反発し爆発する前に料理長に諭されたから立ち止まれた。

 そうして立ち止まって、足りないものを補うために多くの回り道をしたから最後は父上から全てを託され人としての幸せも手にいれて満足して死ねた。

 あそこで立ち止まらねばきっとブリテンを道連れに父上を殺していただろう。

 だからこそそんな末路を引き起こそうとしている切嗣が赦せなかった。

 

「……」

 

 しかし切嗣は一切反応しない。

 自分の理想を叶えるため妻の命を賭け代に乗せ、それでも足りないと言われたから娘まで質に入れて漸く揃えた時点でテーブルに立った切嗣に聞く耳などありはしない。

 

「……そうかよ」

 

 そうまでするというのならモードレッドもまた手段を問うのを止めた。

 

「何をするのセイバー!?」

 

 モードレッドの凶行にアイリスフィールが悲鳴を上げる。

 

「決まってんだろ?

 降りるんだよ(・・・・・・)

 

 アーサー王より賜った選定の剣を自らの首に当てるモードレッド。

 

「話しもしねえ話も聞かねえ。

 そんな奴に付き合う義理なんて騎士にも無いんだよ」

 

 元より聖杯に託す願いなど無い。

 ただアーサー王を呼ぼうとしていたから代わりに来てやっただけ。

 強者との戦いに後ろ髪を引かれはするがこいつの下ではそれも碌に叶いはしないだろう。

 

「じゃあな」

「待て」

 

 このまま戦わずしてリタイアするなどあり得ない。

 令呪で縛ってもいいが使いどころとしてはあまりに不合理。

 故に相手に合わせることが一番合理的だと判断し切嗣は対話に付き合うことを選んだ。

 自分を見ていることを確かめたモードレッドが剣を下げると、最短で終わらせるため切嗣は言葉を発する。

 

「君は僕に何を言いたいんだ?」

 

 想像できる範囲全てに一言で返す用意をした切嗣の問いにモードレッドは問いを放つ。

 

「お前の願いを教えろ」

「必要ない」

「ならサヨナラだ」

 

 再び剣を握り直すモードレッドに切嗣は舌打ちをした。

 

「……世界平和だ」

「は?」

「この世から悪を無くし恒久的平和を実現する。

 それが僕が聖杯に託す願いだ」

「…………」

 

 その答えに呆気に取られるモードレッド。

 その反応にやはり英雄なんて戦争を煽るだけの存在かと改めて侮蔑の感情を抱き打ち切ろうとした切嗣だが、それより早くモードレッドは口を開いた。

 

「あー、うん。いい願いだとは思うけどさ」

 

 だからこそ間に合った(・・・・・)

 

「その平和はどんな過程を辿って(・・・・・・)なんだ?」

「…………」

 

 それは切嗣がどうやっても気づけない、いや、気付いてはいけない思考。

 

「何をいっているんだ?」

 

 憎悪さえ籠めて睨み付ける切嗣にいぶかしがりながらもモードレッドはその疑問をぶつけた。

 

「そっちこそ何を言ってんだよ。

 聖杯は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺だって国を率いた身だ。

 その願いが叶うなら悪くはねえと思う。

 やり方さえマトモならな」

 

 その事は聖杯から刻まれた基礎知識にも含まれている当たり前の常識だ。

 故になんの気兼ねもなくモードレッドは方法について尋ねただけ。

 

「…………」

 

 だがそれは、壊すことでしか何も成せなかった男にとって一番聞いてはならなかった問いだった。

 

「…………どうしよう?」

「あ?」

 

 悲願の達成を望んでいた。

 だけど過程が分からなかった。

 だから、

 

「どうしたら、世界は平和になるんだ?」

 

 縒る辺に過程を求めた衛宮切嗣(殺戮兵器)は崩壊した。

 

 

~~~~

 

 

「まあ、そんなことがあってその後マスターは聖杯を完成させる事を諦めて妻と娘を生かすために……って、二人共、大丈夫か?」

 

 膝から崩れ落ちた二人を心配するモードレッドだが、二人は聞いちゃいなかった。

 

「形すらなしていない爺さんの夢を追い続けた私は一体……」

「ああ……漸くわかりました。

 私がキリツグに感じていた不快感は同族嫌悪だったんですね。

 うふふふふふ……」

 

 死んだ魚のように濁った瞳でブツブツ呟き続ける二人。

 どう見ても再起不能である。

 

「……どうしよう?」

 

 その後、主戦力であった二人の穴を埋めるためカルデアは総力を掛け奔走する羽目になり、第6特異点の手前でこちら側のモードレッドが召喚されるまで続くのであった。 




ということで愉悦出来ましたでしょうか?
先に読ませた知人はマジ愉悦とほざいてマジキチスマイルかましてたけど。

ちなみにケリィ達はプリヤ時空に行きました。

……プリヤ勢まで書けとかいわないよね?


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二人はモードレッド

プリヤ編が難航しているのでこちらでお茶を濁しときます。


 モードレッドは怒った。

 モードレッドに政は分からぬ。

 ただ父上を慕い、認知してくれなかったら仕返しに国を滅ぼすしか能の無い騎士である。

 故に父上の変化には敏感であった。

 ブリテンになる前のブリタニアを征服したDEBUを押し退けカルデアに顕現したモードレッドは目をかっと開いた。

 そこに居たアルトリアに覇気はなく、まるで腫れ物を見るように酷く怯えた目で自分を見ていたのだ。

 

「父上?」

 

 一体何が父上をあんな風にした?

 父上に悪逆非道を成した者を必ず殺すと誓うモードレッドにアルトリアは意を決した様子で問いを放つ。

 

「モードレッド、貴方はブリテンの食事をどう思いましたか?」

「は?」

 

 この人は何をいっているのだ?

 周りを見るもアルトリアの質問に対して、懐疑するどころか同情の目を向けるものばかり。

 空気を読まないモードレッドだが、きっとそこに重大な意味があるのだと直感で悟り当時を思い出して思ったままに言った。

 

「どうって、飯と言うより餌だよな?」

 

 料理らしい料理と思い出してもせいぜい挙げれるのはガウェインの潰した野菜の塊ぐらい。

 正直食えたものではなかったが、それさえマシと言えるのがブリテンでの食事の記憶だ。

 

「モードレッド!!」

 

 その直後、アルトリアは感極まってモードレッドに抱き付いた。

 

「ち、父上?」

「ああ、貴方はまさしく私のモードレッドです」

 

 涙さえ浮かべ歓喜するアルトリアにただ呆然とするモードレッド。

 

「良かったなアルトリア」

 

 妙に馴れ馴れしい態度でアルトリアを祝福する白髪の男は後で殺すと誓いつつ嬉しさよりも戸惑いが大きかったモードレッドは何故と問う。

 

「一体何があったんだ父上?」

「…………」

 

 その問いにアルトリアの肩がピクリと跳ね、そして重苦しい声を漏らす。

 

「ブリテンが、円卓が瓦解しない可能性があったんです」

「……は?」

 

 なんだそれは?

 円卓が瓦解しない?

 

「私がもっと寛容であれば……貴女とちゃんと向き合っていれば……」

 

 語る傍から泣き崩れるアルトリアを抱き止めながらモードレッドは激昂した。

 何がなんだかわからないが、何処ぞの誰かが父上にありもしないホラを吹き込んだに違いない。

 思い込んだら一直線。

 例え後世がどう言おうが知ったことかとブリテンを滅ぼしたモードレッドはしかし冷静でもあった。

 

「一体だれがそんなことを言ったんだ?」

 

 目先の片端から切り捨てればその内諸悪の根元も倒せるだろうが、しかしそれでは人理が燃え尽きてしまう。

 何よりこの身はサーヴァント。

 一人か二人目を斬った時点でマスターが令呪を切って自害させられるのがオチだ。

 ブリテンを崩壊させたとき並みに頭を使うモードレッドにそんな内心に気付かずマスターは頬を掻きながら下手人の名を告げる。

 

「多分料理長だね。

 いつも厨房にいるから食堂に行けば会えると思うけど……」

 

 本当はもう一人いるのだが、ある件でその事を失念したマスターがそう言うとモードレッドは殺意を隠しそうかと言うとさっさと殺そうと食堂に向かう。

 

「料理長はいるか?」

 

 怒鳴りそうな己を律し無人の食堂にそう声を響かせると奥から男が顔を覗かせる。

 

「モードレッドか?」

 

 現れたのは白のコックコートにバンダナを巻いたアジア系特有の凹凸の低い顔の30台頃の男。

 顔立ちは悪くなく上背もそれなりにあるが、然りとて美形とはいいがたく、体も多少筋肉はあると言っても戦闘向きとは言えない、どちらかと言えば農民のように鍛えられた体つきの男は頭に巻いていたバンダナをほどき妙に馴れ馴れしい態度で話しかける。

 

「どうした?

 もう少しでランチだが待ちきれなかったのか?」

「まあな」

 

 知己の相手にするような態度に疑問を抱くもそちらのほうが殺りやすいと深く考えずに適当に合わせる。

 

「出来ればすぐに食いたいんだ」

「ん。分かった」

 

 モードレッドの要求をあっさり信じ料理長はバンダナを巻き直しながら、しかしと苦笑しながら背を向ける。

 その瞬間、モードレッドはクラレントを抜き料理長に斬りかかった。

 

「英霊だから太らないって言っても調子に乗るなよ?

 リチャードに『お母さんのおなかほっぺたよりやわらかい』って言われたって俺に泣きついてきたのは忘れていないだろ?」

 

 出来ているおかずから適当に見繕い皿に盛って振り向く料理長。

 

「あれ?」

 

 しかしそこには誰もいなかった。

 

 一方その頃、料理長に斬りかかったモードレッドは自身の『死』を覚悟していた。

 

「一度ならず二度までも。いい度胸だ愚息よ。

 生前はギャラハッドに免じて見逃してやったがそれが間違いだったようだな」

 

 料理長に斬りかかった刹那、鮮やかという言葉でも賛辞しきれぬ身体操作で一切の物音を発てることなくモードレッドを拘束し、本職のアサシンにさえ目撃者を出さずに近場の空き部屋に叩き込んだヒロインX(自称)は踏みつけたモードレッドを怒りで金色に染まった目で睨み付ける。

 

「ちっちちちちち」

 

 衣服こそ奇妙な出で立ちだが、両手に一本ずつ握られた金と黒の『約束された勝利の剣』と人の形をした竜としか表現できない威圧にこの人物は間違いなくアーサー王だと強制的に理解したモードレッドは、なんとか言葉を発しようとするも絶望に舌が固まり言葉にさえならない。

 

「今回は特別だ。

 貴様をあの屑に用意させた聖剣を二本の鞘にしてやろう」

 

 しぃぃっと歯を剥き笑うアーサー王。

 それは正に竜が殺意を向ける動作そのもので、そのあまりの絶望にモードレッドはいつもの敵愾心さえ抱けずただ自分が死ぬのを受け入れてしまった。

 しかし天は、いや抑止か? とにかく某かはそんなモードレッドを見捨てなかった。

 

「あれ?

 この気配は父上か?」

 

 部屋の外から響く聞き覚えしかない声にアーサー王はピタリと静止し、舌打ちを打つと幻のように消えた。

 

「父上、やっぱり父上もこっちに来てたのか?」

 

 そう口にしながら部屋を覗き込んだ人物にモードレッドは今度こそ亡我する。

 現れたのは伸ばした金髪をバレッタで留めた成人女性。

 パーカーとパレオで多少肌は隠してはいるが下に着ているのはビキニタイプの水着と季節感を無視しているとか、そんなことよりも驚いたのはその顔。

 

「あれ?

 なんで俺がいるんだ?」

 

 不思議そうに自分を見る『モードレッド』に、モードレッドは考えるのをやめた。

 

 

閑話休題(しばらくお待ちください)

 

 

「お前は誰なんだよ?」

 

 それから暫くして、なんとか復活したモードレッドはそう訪ねた。

 

「見て分かるだろ?

 俺もモードレッドだよ」

 

 その問いに『モードレッド』は苦笑する。

 

「……ありえねえ」

 

 モルガンから与えられた寿命を越えて成長していることもそうだが、一つ一つの動作が女性らしい事にモードレッドはそう漏らす。

 決して、豊かに育った双丘に嫉妬したわけではない。

 違うったら違うのだ。

 

「つっても、(モードレッド)は平行世界から来たから別人って言っても差し支えはしないな」

 

 この世界の自分(モードレッド)がどんな末路を辿ったのか知っている『モードレッド』はそう苦笑する。

 

「……なんでだよ?」

「ん?」

「なんで女らしい真似が出来るんだよ?」

 

 自分が女だってことは嫌でも分かっている。

 だが女扱いなんて死ぬほど嫌だ。

 だからといって男扱いもされたくない。

 そんな歪んだ感情を抱えているモードレッドは目の前の『モードレッド』が女としての自分を受け入れているように見えた。

 それが気に入らないと態度で顕すモードレッドに『モードレッド』は苦笑する。

 

「母親になってみれば分かるもんさ」

「……は?」

 

 今、こいつはなんと言った?

 

「子供はいいぞ。

 産むのはキツいが日に日に大きくなっていくのを見ているだけで満たされるんだ」

 

 そう語る『モードレッド』からは目が眩むほどの母性を放っていた。

 

「子供って、俺が産んだのか?」

「当然だろ?」

「つうか誰のガキだよ!?」

 

 平行世界とはいえ自分を孕ませた野郎をぶっ殺してやると思い問いただすモードレッドにあっさり答える。

 

「ギャラハッド」

「え"?」

 

 まさかの顔見知りに固まるモードレッド。

 

「……なんであいつなんだよ?」

 

 円卓二大性欲魔神のランスロットとトリスタンよりかは天と地ほどにマシではあるが、モードレッドが知るギャラハッドは自分と真反対というぐらいそりが合わない相手だった。

 

「正直、最初はそんなつもりじゃなかったんだけどな」

 

 そう言いながら『モードレッド』は昔話を語り始める。

 

 

~~~~

 

 

 そうなった始まりはモルガンのクソババアのせいだったんだよ。

 あのババアから俺の寿命を伸ばす方法を聞き出す事には成功したんだが、その方法があんまりにも酷くてさ。

 詳しくは端折らせてもらうが、要すると自分以外にもう一体ホムンクルスを用意してそのホムンクルスを介し大量の魔力で以て肉体を再度作り直すっていうやり方だったんだよ。

 で、大量の魔力とホムンクルスを用意しなきゃならなくなったんだが、当然あのババアが協力してくれるわけもなくどうしたもんかと悩んでいたら、丁度ギャラハッドの奴が聖杯探索に出ていったって耳にしたんだよ。

 まあ、後は察した通り両方同時に手に入れるチャンスだってギャラハッドを追いかけてみれば、アイツが死にそうになりながら聖杯を消そうって現場にギリギリで間に合ったんだ。

 助けられる顔見知りを見捨てるのも嫌だったから自分の寿命を伸ばす次いでにギャラハッドの身体も直したんだよ。

 その後、二人でキャメロットに戻る途中、暫くしてからまあ、その、当たってたって気付いたんだよ。

 そりゃあその時は堕ろすつもりだったよ。

 だけどキャメロットに着く前にギャラハッドに気付かれてさ。

 アイツ、俺に頭を下げて産んでくれって頼んできたんだよ。

 断らなかったのかって? もちろん最初は断ったさ。

 だけどアイツがしつこくてな。

 自分に子供が出来たら自分が貰えなかった分、目一杯愛してやりたかったって言うんだよ。

 それで、気付いたんだよ。

 アイツも俺と同じ道具として産み出されて親の愛情に飢えていたんだって。

 そうしたらなんかさ、腹の中の子供が急に手離せなくなっちまってさ。

 子供がいたら父上に認めてもらえないと思ってたんだけど、それでも手放したくなかったんだよ。

 そうやって悩んでる内に気づいたんだ。

 腹の中で必死に生きようとしている子供の温もりを父上は知らないんだって。

 当然だよな。

 父上は、アーサー王はあくまで『男』だ。

 だから腹を痛める苦痛も、それでもそれが嬉しいんだって思うことも知らない。

 なのに突然見ず知らずの餓鬼が自分の血を分けた子供だなんて言われたって受け入れられるわけがなかったんだ。

 そうやって気付いたらさ、なんかどうでもよくなっちまった。

 父上に認められないことも、道具として利用されていたこともどうだっていい。

 ただ、この子に俺みたいな寂しさを知って欲しくないってただそう思ったんだ。

 だから、産む代わりに二つ約束させた。

 何をって?

 大したものじゃないさ。

 産まれた子供が大人になるまで手放さないこと。

 それと、他所にこの子の腹違いの兄弟を作らないこと。

 だってあのランスロットの息子だぜ?

 トチ狂って猟色に走った挙げ句父上みたいに見ず知らずの子供をこさえられたら堪ったものじゃない。

 そっちはまあ父親っつう反面教師が居たからあまり心配してなかったんだけどな。

 その後から女扱いというか妻扱いしてきたのには少し困ったけど……別に嫌じゃなかったぞ?

 なんだかんだ言って欲しいと思う気遣いは出来てたし腹の中で大きくなっていく子供を見る目も恐る恐る俺の腹を触る手も優しかったし間近で見る素の笑顔は結構可愛かったし。

 同じ顔で惚気んな?

 いや、この程度で惚気なんて言わねえだろ。

 十分惚気てる?

 まあそれはさておき、お陰で俺はもう王位継承なんてどうでもよくなったんだよ。

 ただ、この子が笑って暮らせるよう、この子が剣を取って戦場に向かうことがないようブリテンを平和にするために剣を握ろうってそう決めたんだ。

 で、そっから変なことになっちまってさ。

 何があったって?

 言ってもいいけど発狂すんなよ?

 なんでって? ……俺、その後戴冠したんだよ。

 落ち着け!!

 ちゃんと順を追って話してやるから。

 ただし、一度でも暴れたらもう話さないからな?

 よし。

 で、キャメロットに戻った俺はギャラハッドとそういう関係になったことも含めて父上に洗いざらい告げたよ。

 短命の宿命をギャラハッドと二人で克服したこと。

 そのために聖杯を使ったこと。

 自分はもう王の座に拘っていないこと。

 お腹の中に新しい命が宿っていること。

 願わくばこの子に争いのない世界を知って欲しいから今後も騎士として戦場に立ちたいと思っていること。

 最後に、この子をブリテンの民としてでいいから愛して欲しいとそう俺は言った。

 まあ周りは騒然としてたよ。

 特に漁夫王なんかは聖杯を使ったことにぶちギレて俺を殺そうとしたぐらいだし。

 そうしたら誰よりも早くギャラハッドが俺の前に立って妻と子に剣を向ける輩は誰であろうと許さないって盾を構えたんだよ。

 正直惚れ直したよ。

 あ? 口ん中がジャリジャリするから続き話せって?

 こっからがアイツのカッコいいとこなんだが……ハイハイわかりましたよ。

 一触即発ってぐらい緊張した中で父上は言ったんだよ。

 一言許すって。

 その後父上はケイに耳打ちして蔵からクラレントを持ってきて俺に言ったんだよ。

 

「貴女は己の運命を乗り越えた。

 そして母となった事で本当の意味で戦う理由を手に入れた。

 今の貴女になら、この剣も応えてくれるはず」

 

 そう言って差し出されたクラレントを本当に握っていいのか迷ったんだが、ギャラハッドが背中を押してくれたから俺はクラレントを握って、そしてクラレントは俺を認めてくれた。

 

「資格の証明はここに成された。

 今この瞬間を以て、我、アーサー・ペンドラゴンは円卓の騎士モードレッドを王位を継ぐものとして此処に宣言する!!」

 

 そう高らかに宣言する父上に何人かは完全に納得はしてなかったが誰も異を唱えようとはしなかった。

 そして全員が了承すると、父上は俺の肩を叩いたんだ。

 

「この国の未来を貴女に託します。

 頼みましたよ我が子(・・・)モードレッド」

 

 そう励ました父上は優しく笑ってくれて、俺はつい泣いちまったんだよ。

 

 

~~~~

 

 

「と、まあ後は子供が無事に産まれてくれたけどブリテンを下手に存続させるよりゆっくり解体するほうが犠牲が少なくなるって分かって皆で協力してくれたりとか色々あったわけなんだが……」

 

 そう一旦区切る『モードレッド』の前でモードレッドが打ち上げられた海豚の如く倒れ臥していた。

 

「なんだよそれ?

 そんなハッピーエンドがあってたまるかよ……」

 

 止まらない悲劇の連鎖を断ち切るため全て納得した上で反逆した自分との雲泥の差に流石にモードレッドも耐えきれなかった。

 

「ああ、それはそうとさ、」

 

 そんなモードレッドに『モードレッド』は何気無く告げる。

 

「さっきの話があんな風になれたのはお前が殺そうとした料理長が居てくれたからなんだよ」

「……え?」

 

 『モードレッド』の顔は笑み一色。

 しかしそれは友好的だからではなかった。

 

「テメエさぁ、俺の恩人になにしようとしてくれたんだ、あぁ?」

 

 モードレッドの襟首を掴んで無理矢理立ち上がらせるとそれまで鳴りを潜めていた殺気が溢れだす。

 その様は正に怒れる獅子。

 抵抗しようものなら‼逆らう間もなく喰い千切られるだろう。

 

「…………」

 

 今度こそ死んだと確信したモードレッドは抵抗は無駄だとへし折れる。

 

「今回だけは特別(・・)に許してやる。

 ただし、次、変なこと考えたら……分かっているな?」

 

 何をするとは明言しない。

 だからこそ、モードレッドはこれが最終警告であると正しく理解した。

 

「分かったな?」

「……ハイ」

 

 言い分も何も許さない確認に機械的に返事をするモードレッド。

 返事を聞いた『モードレッド』は殺気を消すとにっこりと笑う。

 

「よし。

 時間もいい感じだし飯食いにいこうぜ。

 料理長の飯は旨いから期待しとけよ」

 

 さっきまでのやり取りなんか無かったかのようにフレンドリーにモードレッドを引きずり出す『モードレッド』。

 しかし彼女達は一歩踏み出した時点で固まった。

 

「止めるんだアルトリア!?

 君が死んだって何も変わらないんだ!!??」

「放してくださいシロウ!!

 辛いんです!!

 平行世界の私の寛容さが、子の幸せも考えずに姉と同じ真似をしようとした自分の愚かしさが辛いんです!!」

 

 廊下のど真ん中で首吊り自殺を試みるアルトリアとその足を掴んで留めるエミヤの姿があった。

 

「……立ち聞きしちまったみたいだな」

 

 こうなると分かっていたからずっと話さないでいたのだが、やはり予想通りの事態になってしまったと困る『モードレッド』。

 

「父上!!??」

 

 そんなアルトリアにモードレッドは駆け出すと隣に縄を掛け出した。

 

「って、増えた!?」

「俺も連れてってください!!

 その罪は父上の苦悩も考えられなかった俺にもあるから!!」

「ええ逝きましょうモードレッド。

 そして、来世こそちゃんと親子になりましょう」

「ハイ!!」

「君達は基督教徒だろうが!?」

 

 威勢よく首を括ろうとするモードレッドを止めるため慌てて足場を作り止めようとするエミヤ。

 適当に剣を投影して縄を切れば早いのにそれに思い至らない辺りエミヤも相当慌てているようだ。

 

「って、俺も止めないと」

 

 あんまりな展開につい見ていた『モードレッド』だが、見過ごしていい理由はなく急いで止めに向かうのであった。




俺、プリヤ書き終わったら今度こそ筆を置くんだ……


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料理長とクロエとアルちゃん

 話がうまく進まずさんざん難儀していたある日、愉悦な知人がこう言った。

「逆に考えるんだ。
 イリヤを出さなくてもいいんだって」

 珍しく知人がまともな発言をしたと感心した直後、

「爆死したらエミヤが愉悦出来るからな」

 やはりこいつは最低だと思った。

 後、少し前に活動報告に料理長の逸話を一つ載せています。


 恥多き人生を歩んで参りました。

 理想のためと多くを犠牲にし、幾度と家族を泣かせ、もはやその顔も思い出せぬほど擦りきれた私ですので、この末路は当然の報いと思います。

 ですから、

 

「爆死してイリヤが来なかったから座に帰ります」

「そんな理由で私を置いて逝かないで下さいシロウ!!??」

 

 いっそあったほうが精神安定剤になるんじゃないかと挙がった頭のおかしい意見により作られた絞首台に登ろうとするエミヤを足にすがりついて引き留めるアルトリア。

 普段は逆だが、もはや見慣れた光景となりつつあるのがこのカルデアであった。

 余談だが絞首台を一番使っているのはアルトリアではなく(デオン並びにアストルフォ含む)女性サーヴァントに過度のセクハラを行ったとしてルーラーにより有罪判決を食らった黒髭だったりする。

 

 閑話休題

 

 そんな茶番を尻目に新たなカルデアの仲間が歓迎を受けていた。

 

「久し振りモードレッド!!」

 

 そう水着の谷間へとダイブしたのは水着のように露出度の高い衣服に赤い外套を纏った褐色の少女。

 

「イリヤか?

 随分雰囲気変わっちまったな」

 

 抱き止めたモードレッドは嬉しそうに胸に頬擦りするイリヤのピンク掛かった白く長い髪を鋤いてその再会を喜ぶ。

 

「色々あってイリヤと分離したの。

 あ、ちなみに私の事はクロエって呼んでね」

「分かった。

 宜しくなクロエ」

 

 深い事情はいずれ聞けばいいとそう改めて名を呼べばクロエはまるで母に甘えるようにモードレッドに頬擦りする。

 

「ん~。

 ママも良いけどモードレッドのこの柔らかさも堪んないわ」

「こらこら。

 そいつはリチャードのだ」

 

 胸を揉もうと企んだクロエをそう嗜め引き剥がすとポンポンと頭を叩く。

 

「むぅ。じゃあギャラハッドもダメ?」

「駄目だ。 ……たまにだけど」

 

 そっぽ向いて照れるモードレッド。

 遠目にやり取りを聞いていたらしく血を吐いて倒れるモードレッド(剣)は見なかったことにしておく。

 

「完成したぞ」

 

 と、そんなやり取りの中にブッシュド・ノエルを手にした料理長が現れる。

 

「少し季節外れだがこんなもんでどうだ?」

 

 クロエからの注文は大人っぽいスイーツとの事だったのでガトーショコラとどっちにするかと迷い材料との兼ね合いからこちらにした。

 

「ええ。

 文句はないわ」

 

 精巧なブッシュド・ノエルに乗ったデフォルメされたイリヤとクロエと美遊の三人が仲良く手を繋いだ人形をチラチラ見つつそう頷くクロエ。

 

「人形は砂糖菓子だから、とっておきたかったらメディアかその辺りの本職のキャスターに頼んでくれ」

「そ、そんなことないし」

 

 図星を衝かれたと顔を赤くして不満を口にするクロエ。

 

「俺、もうちょっと頑張るよ」

 

 少女らしい態度を見せたクロエに立ち直ったらしいエミヤが黒髭から押収したカメラでその姿を撮影しているとルーラー判定に引っ掛かったらしく裁判に引っ立てられていった。

 外野はさておきクロエはそこで料理長に尋ねる。

 

「貴方がモードレッドが言ってた料理長なの?」

「そうかもしれないが、なんせマーリンのお陰で本名も無くなっててな」

 

『顔のない英雄にしたほうが英霊にする時色々追加しやすくてついね』

『下手に名前残すと後世でランスロットの代役にされるかもしれないから名前は消しておいたよ』

『終身独身にしておいたから末裔を誰も名乗れないから安心して旅立ってくれ』

 

 かのような外道きわまりない台詞を善意で吐いてくれたマーリンのお陰で本名を無くした挙げ句、身に覚えのない逸話が色々ある料理長。

 ことマーリン自身が執筆したと言う料理長が主役となる『厨房の賢人』なる逸話に至っては懊悩するアーサーを的確な助言で導き円卓に燻る不和の種を払うという内容だったため、それを読んだアルちゃんが半泣きで一日中追い回したという実に微笑ましいやり取りもあった。

 

「ともあれ貴方には改めてお礼を言いたかったの」

 

 そう言うとクロエは料理長の両頬に手を当てそして触れるような軽いキスをした。

 

「辛いことも沢山あったけど、貴方が居たからママもキリツグも一緒に居てくれる。

 だからありがとう」

 

 そう、花が咲いたような笑顔で感謝を伝えるクロエ。

 一方料理長自身にそんな覚えもなく困惑していた。

 

「そうは言うが俺は君にもご両親にもなにもしちゃいないぞ?」

「そうね。

 でも、貴方がモードレッドを変えてくれた。

 それが巡り巡って私たちを変えてくれた。

 それは貴方が居たからこその奇跡なのよ。

 だから、貴方に感謝しているの」

 

 そう語るクロエにそういうものなのかと納得し素直に感謝を受けとることにした。

 

「だが、そんな簡単にキスなんてするもんじゃないぞ?」

「あら? 嬉しくなかった?」

「……ノーコメントだ」

 

 嫌ではないが肯定すればロリコン扱いされるとそうはぐらかす。

 と、いつのまにかモードレッドの姿が無いことに気付く。

 

「そういやモードレッドはどうした?」

 

 そのモードレッドだが、現在進行形で大ピンチと戦っていた。

 

「離しなさいモードレッド!!??」

「落ち着け父上」

 

 クロエが料理長にキスした瞬間、その首を叩き切ろうとしたヒロインX(自称)に気付き、モードレッドはクロエを庇うとそのままヒロインX(自称)を引き連れ誰もいない場所へと隔離した。

 

「あのロリビッチの首を!!

 料理長の唇を奪ったあのロリビッチをアルトリアの名に懸けてぶっ殺してやるんだ!!」

「一体どうしたってんだよ!?」

 

 じたばたと暴れるアルトリアを羽交い締めにして抑え込みながら困惑するモードレッド。

 アルトリアが料理長を慕って居たのは円卓の公然の秘密ではあったが、しかしそれが男と女の情ではないのも明らかだった。

 

「もしかしてアレか?

 今更になって男として料理長に惚れたのかよ?」

 

 あんまりそうあってほしくないなと思いつつ指摘するとアルトリアはぴたりと暴走を止め、顔を赤くして俯いてしまった。

 

「……マジで?」

 

 嫌でこそないが正直どうなんだと思ってしまうモードレッドにアルトリアはぶつぶつといい訳じみた発言をする。

 

「いいじゃないですか別に。

 もう王の責務も無いんですし恋に生きたって。

 それに長い年月でちゃんと自分の気持ちと向き合ってその上で料理長を男性と想うようになったんだから」

「だったら素直に言えよ」

「……今更恥ずかしいじゃないですか」

「……うわぁ」

 

 完全に拗らせてしまったアルトリアにドン引きするモードレッド。

 

「それに私がアーサー王だと知ったら幻滅されそうで怖いんですよ」

「そんなんで料理長が幻滅するわけないだろうが」

「分かんないじゃないですか!?」

 

 突然幼児退行染みた癇癪を起こすアルトリア。

 

「どうせモードレッドだって千五百才にもなって処女とかドン引きするとか思ってるんでしょ!?」

「被害妄想も大概にしろよ!?」

 

 どうやらアルトリアはアヴァロンでの半ば監禁生活により喪女を拗らせていたらしいことにようやく気付くモードレッド。

 

「せめて、ホテルのロイヤルスイートとは言いませんが夜景の綺麗な場所でしっとりとした雰囲気の中で告白されたいんですよ!!」

「まさかのスイーツ脳かよ!?」

 

 正体を隠し通したいからアヴァロンに行くと言い出したときに拗らせることは諦めていたが、まさか喪女を拗らせて更にはスイーツ脳になっていたのには流石に予想もしていなかった。

 

「いいから正体あかしちまえよ」

「ヤダ!? 恥ずかしくて死ぬ!?」

「死ぬか!?」

「どうせこの後ギャラハッドの霊基を託された娘と魔力交換するんでしょ?

 爆発してしまえリア充め!!」

「平行世界のアイツとなんかヤるわけねえだろうが!?」

 

 これはもう歓迎会の飯は食いっぱぐれるなと諦めたモードレッドは、この後アルトリアを宥めることに多大な時間を労するのだった。

 

 



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料理長とゆり ※追記あり

やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。

でも、このタイトルを見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
心臓や歯車が足りない殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい


じゃあ、本文といこうか。


 英霊にも色んな奴が居るわけだが、なんつうかこうさ、

 

「凄い!?

 ブリテンの食材だけなのにとっても美味しいです!!」

 

 アルちゃんは少しばかり可能性が多すぎはしないだろうか?

 何があったかって?

 アルちゃんがまた増えたんだよ。

 それもまだ王様になる前の少女騎士と言うべき若かりし頃の。

 

「辛い。

 若々しい輝く私が目の前に居ることが辛い」

「大丈夫大丈夫。

 まだ肌は水を弾くし美容に気も遣ってアンチエイジングだって怠っていないんだから私はまだ若い」

「夢も希望も抱いていた私も今は……思えば遠くに来たものです……」

 

 そんな若いアルちゃん……多すぎてこんがらがるから白アルちゃんの様子に同じアルちゃん'sがまた近寄りがたい雰囲気になってしまっている。

 下手に個性が立ってる分悩みも各々違うらしくフォローのしようがないため放置しておく。

 

「それにしても凄いですね。

 あのブリテンの事情でどうしてこんなに丁寧に料理が出来たんですか?」

 

 と、本人の希望によりブリテンの食材のみで作った料理を完食した白アルちゃんはそう俺に尋ねた。

 

「ん?

 ああ、あの頃のブリテンは調理法もそうだが、意外と使って無かった食材が結構あったんだよ」

「そうなんですか?」

「そうだぞ。

 例えば牛蒡に近い食用に堪えられる木の根や茸なんかがそうだな。

 ただ、茸は毒性が在るのが多かったから下手に触らなかったのは賢明だな」

「茸は怖いですものねぇ」

 

 そう遠い目をする白アルちゃん

 おそらく餓えから手を出して当たったことがあるのだろう。

 

「あの時はケイ義兄さんとマーリンがなんとかしてくれましたけど居なかったらどうなっていたことか」

「茸は猪に探させるといいぞ。

 あいつらが喰おうとするのは人間でも大丈夫な茸だけだから」

「猪ですね!

 ケイ義兄さんに相談して飼い慣らすようにします」

「それと獣や魚の骨は捨てずに煮込んでやれば栄養価も高い旨いスープのベースになるから覚えておくといいな」

「分かりました」

 

 故郷で雑な飯に戻りたくはないとメモを始める白アルちゃん。

 そんな前向きな姿におこがましいと自覚しつつ僅かでもその将来に幸があらんと願う。

 と、不意に白アルちゃんの手が止まり真剣な目で俺を見た。

 

「料理長、『飢餓殺し』ってどう作るんですか?」

 

 その名前に『向こう側』のアルちゃん達がざわめく。

 自分の声が固くなるのを自覚しつつ俺は問う。

 

「それを何処で知った?」

「それがあればブリテンで飢えて死ぬ人が減らせるって聞きました」

「止めなさいアルトリア。

 アレ(・・)に手を出してはいけない」

 

 食い下がる白アルちゃんに槍アルちゃんが真剣な声で留まるよう言う。

 

「どうしてですか!?

 民が一人でも救われるなら私は……」

「アレはそんな生易しいモノではないのです」

 

 其こそが己の罪であるというように辛そうな顔でアルちゃんは言う。

 

「確かに『飢餓殺し』は多くの民を餓えて死ぬ事からは救いました。

 ですが、代わりに多くのモノを失わせたのです」

「何を……」

 

 その言いように慄く白アルちゃんに俺は腹を括る事にした。

 

「教えるのは構わない」

「料理長!?」

 

 悲痛な叫びを上げるアルちゃん達を制し言う。

 

「ただし、一つ約束してくれ。

 ほんの少しでいい。

 一人でもあんなものを食わなきゃ生き残れないような悲惨な民を減らしてくれ」

「……分かりました」

 

 白アルちゃんがそう頷いたのを見届け俺は第2特異点のブリタニアに赴き『飢餓殺し』に使う材料を集め厨房に向かう。

 

「待て料理長!?

 君は自分が何をしようとしているのか分かっているのか!?」

 

 厨房に並べられた材料からいち早く察したエミヤが凄い形相で留まるよう言うが俺は止まらない。

 

「あの時はこうするしか無かったんだ。

 一人でもいい。目の前で飢えて死ぬ人間が一人でも減るなら俺は狂人と呼ばれたって構わない」

「……っ!?」

「なあ、エミヤ。

 お前は飢えて死んだ人間を見たことあるか?

 ガリガリに痩せ細って骨と皮しかない木乃伊みたいになった人間を見たことがあるか?

 食うものがなくて自分の腕や足を食っちまった人間を見たことがあるか?

 死んで干からびちまった自分の赤ん坊を助けてくれとすがりつく気狂いの母親を見たことがあるか?

 そんなものを、助けたいと思ったらいけないか?」 

「……ああ、助けたいさ!!」

 

 悲痛な叫びを溢すエミヤ。

 

「私もそうだった。

 救われてほしい、爺さんの救われたあの顔に、俺はずっと、こんなふうに成り果ててでも誰かが救われるならと、それだけを願って、ただ走り続けたんだ」

 

 顔を手で隠し支離滅裂に思いを溢すエミヤ。

 暫く荒く肩で息をした後、手を下ろしたその顔は疲れた老人のように見えた。

 

「……すまない料理長。

 無様を晒した」

「いや、俺も似たようなものさ」

 

 嫌となるほど繰り返した作業を手が勝手に進めるのに任せ俺は口を歪める。

 

「だけどさ、アルちゃんを、いやアーサー王を恨んじゃいけねえぞ。

 あの時のブリテンはそうしなきゃ全部がそうなってしまうぐらい追い詰められてたんだ。

 腐った大木が倒れないよう、一日でも長く滅びないようにって弱い枝葉を削って遣り繰りするしか方法が無かったんだ。

 怒らないでやってくれ」

『おい!? またアルトリアが首を吊ってるぞ!?』

『今日に限って何で三人並んでぶら下がってんだあいつら!?』

 

 そう言った直後、エミヤが口を開く前に廊下からそんな怒号が飛び込んできた。

 

「……」

「……」

 

 さっきまでの重たい空気が一瞬で別の重さに変わった気がする。

 

「……取り敢えず回収してくる。

 料理長、貴方こそあまり気負わない方がいい。

 貴方の願いは決して間違っていないのだから」

「ありがとよ」

 

 厨房を飛び出したエミヤにそう礼を述べて俺は『飢餓殺し』を完成させる。

 その後、やはり俺達のやり取りを聞いていたらしい白アルちゃんは泣きながら『飢餓殺し』を堪えきれない吐き気と共に完食し、こんなものを作らなくてもいいブリテンに必ずして見せますとそう宣った。

 必要もないのに他のアルちゃん達まで『飢餓殺し』を食べていたことも追記しておく。




しつこいと思われるでしょうが報告も兼ねて投稿しました。

現在第六特異点編を書いているのですが、新しい表題を作らず此方に新しい章を作って投稿することにしました。

予定では前中後結オチの五編程度になる……はず。


-追記-

コメント欄で皆様のSAN値がガリガリと削れているので飢餓殺しについて一部材料を明記します。

先ず、二本脚の羊()の肉は絶対使いません。
  主に虫、土、雑草、骨等食べるという選択肢に入れようのないモノをメインに後は……血の栄養価は高いんですよね……


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料理長とししおうさま
そのいち


修羅場、始まります。


「これで終いだ」

 

 銀線の煌めきと共に鋼が砕ける音が響き、重たいものが倒れる音がした。

 その光景を微かに暗い光を宿した翡翠の輝きを湛える瞳で見届けたアルトリアはただ静かに述べる。

 

「評決は下った。

 これより聖都に住まうに足る善き人の選別を始める」

 

 そう宣い踵を返そうとしたアルトリアに待ったの声が掛かる。

 

「まだだ……まだ、俺は終わってねえぞ!!」

 

 罅欠けたクラレントを杖として必死に立ち上がろうとするモードレッド。

 

「勝敗は既に決した。

 大人しく座に帰れ」

「ざけんな!!」

 

 アグラヴェインの言葉に血を吐きながら怒鳴る。

 

「折れるわけにいかねえだろうが!!」

 

 アルトリアの召喚に応じ、そして変わり果てたアルトリアという絶望を目にした。

 だけならまだ諦めが着いた。

 だが、変わり果てたアルトリアの憤怒を、悲嘆を、絶望の果てに人理焼却という唯一無二の機会(・・・・・・・)に到達して選んだ答えを聞き、今度こそ殺し尽くさねばならないと剣を握ったのだ。

 答えを受け入れられないと純粋に反意を抱いた者。

 あまりに無意味と止めようとした者。

 他に手段はあると訴えた者。

 其々の理由からアルトリアの成そうとする事に異を唱えた者は諸共討たれモードレッドを残し座へと返された。

 そうして残ったのはモードレッドを含む七人。

 アルトリアの願いに心から賛同し真っ先に随従を選んだガレス。

 ただ黙し随従を選んだアグラヴェイン。

 変わり果てたアルトリアであろうと今度こそ忠義を尽くすと随従を選んだランスロットとガウェイン。

 後悔から随従を選んだトリスタン。

 そして……

 

「もう休めモードレッド」

 

 肉を突き刺す音が響き、ケイ(・・)の剣がモードレッドの霊核を貫き破壊した。

 

「ケイ……なんで…だよ……?」

 

 生前のケイはあんな風に成り果てて欲しくないと願っていた。

 金の粒子へと溶けていきながら、なのにどうしてだと問うモードレッドに、無表情のままケイはモードレッドにだけ聞こえるように答えた。

 

「……そうかよ。

 せいぜい、貫いて見せろ」

 

 そう言い残しモードレッドは座へと返された。

 

「言うまでもない」

 

 消えたモードレッドへとそう言うとケイは剣を収め他の者に倣い膝を着いて臣下の礼を払う。

 

「終わりました陛下」

「ああ」

 

 白い外套を払いアルトリアは告げる。

 

「始めよう私の選択(・・・・)を。

 人理に奪われた我々のブリテン(・・・・・・・)を取り戻すのだ」

 

 

~~~~

 

 

 第5特異点の修復が終わり数日が経過した。

 修復直後に突如昏倒したマシュ・キリエライトへの不安からの混乱も落ち着き、料理長と役職で呼ばれるサーヴァントは何時ものように厨房に立っていた。

 

「貴様は相も変わらずだな」

 

 鉄のように冷えた声に料理長は作業をそのままに答える。

 

厨房(ここ)に来るなんてどんな風の吹きまわしだオルタ?」

 

 そう尋ねるとオルタは、なに、と肩を揺らす。

 

「あの娘の事で貴様がおたついていないか興味が湧いただけだ」

「そいつはいい趣味だこって」

 

 一通りの作業を済ませた料理長は使っていた厨房の清掃に入る。

 

「餅は餅屋。

 専門家でもない俺に出来るのは心配するぐらいしかないからな。

 出来ることは何時快復しても良いよう旨い飯を直ぐ食えるよう用意しておくぐらいさ」

 

 負傷を回復させる手段こそ料理長の手にあることはあるが、しかしマシュの容態から自分では足りないと自覚していた。

 

「然り。

 存外身の程は弁えているようだな」

 

 くつくつと笑うオルタ。

 正直料理長はオルタがあまり好きではない。

 見た目が生前良くしていた少女と全く同じであるのに性格は横暴ながら自虐的。

 おまけに飯にはけちをつけまくるとあって、グレて不良になってしまった彼の少女のように感じてしまうのだ。

 しかしそれも仕方無し。

 彼女はこの世界線のアーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンの一側面。

 力を以て反意を黙らせ、誰の意見も意に介させずただ合理的にブリテンを平定したアーサー王の圧政者の面を表とした存在なのだ。

 直接対面したことこそないものの、一応はアーサー王の側にいた料理長としては主君の悪い部分が前に出ているオルタにはあまりいい気持ちはしない。

 なにより人が丹精込めて作った飯を『贅を貪るだけの肥え太った豚のための餌』と評した時点で不倶戴天の天敵なのである。

 

「で、それだけか?」

「まあ、今はそうだな」

 

 含みを持たせた言い方に料理長は首を傾げる。

 

「何か起こるのか?」

「さあな?

 だが、貴様がカルデアに招かれた因果が如何様に拗れるか我が事ながら見物だと思っただけさ」

 

 意を解させない言い回しに半目で睨む料理長。

 

「そういう言いかたしてるとあの屑魔術師みたいになっちまうぞ?」

「流石にその侮辱は聞き捨てならん」

 

 マーリンみたいだと文句を言うと本気で嫌がるオルタ。

 

『……ミツケタ』

「「っ!?」」

 

 突如響いた『声』にオルタが即座に鎧を纏い料理長も護身用に生前狩りと護身に使っていた鉈を握る。

 周囲に人の気配はない。

 しかし確かに声は響いた。

 それも、何処か聞き覚えのある……

 

「ガッ!?」

 

 突如響き渡るオルタの悲鳴。

 見ればオルタは虚空から現れようとしている槍に背中から貫かれていた。

 

「これは、ロンゴ……!?」

 

 自らを刺し貫いた槍の正体に思い至ったらしいオルタがその名を口にしようとするも槍は大きく振られオルタを食堂の壁に叩きつけた。

 

「オルタ!?」

 

 いくら英霊とはいえあのダメージでは最悪『座』に返されてしまうだろう。

 咄嗟にカウンターにあった軽食の焼き菓子を手に取ると、腰の香草の瓶の中身を振り掛け魔力を込め腑活効果を付与し、オルタを治療するため駆け出そうとした料理長だが、虚空の槍がそれを阻む。

 助けにいきたいが下手に動けない。

 とある理由で行動不能と化した主力メンバーの代わりに主戦力に抜擢されていたオルタを気付くことさえ赦さず一撃に伏させた相手に、元より戦闘など埒外である料理長が敵う由もない。

 赤い血溜まりがゆっくり広がるのをただ見ているしかなく歯噛みする料理長の前で、槍が出現したらしい虚空に黒い丸が広がりそこから槍の持ち手が姿を表す。

 

「お前は……」

 

 現れたのは白い甲冑の騎士。

 獅子をモチーフとしたフルヘルムにより顔は解らないが、長大な槍に似つかわしくない細い腕からしてどうやら女性らしいと当たりを付ける。

 

『ヤット……ミツケタ』

 

 兜越しに紡がれた声が料理長に向けられる。

 敵意を一切持っていないどころか、むしろ待ち焦がれていた相手を前にしたような雰囲気を纏う相手に困惑を隠せないでいると、突然騎士は背後に向け槍を振るった。

 

「ちぃっ!!」

 

 振り抜かれた槍が背後から暗殺を仕掛けた自称ヒロインXの斬撃を弾き、しかしヒロインXは魔力放出を駆使して空中で体勢を整えると圧縮した空気を足場に騎士へと斬りかかる。

 

「今のうちに!!」

「すまないアルちゃん!」

 

 二刀によるラッシュで騎士を釘付けにしている合間にオルタへと駆け寄る料理長。

 

「大丈夫かオルタ?」

 

 俯せに倒れたオルタを抱き起こすもその呼び掛けに応じない。

 

「後でなんとでも責めてくれ」

 

 一刻の余裕もないと判断した料理長はそう謝罪する。

 そも料理長は正規の英霊とは言い難い存在であり、クラスこそキャスターではあるが使える魔術らしいものと言えば逸話が昇華した事で可能となった料理に強化付与を与える事と調理器具の投影が精々。

 それも出来て先程したように料理に僅かな付与効果を施す程度。

 故に魔術を施すとなると料理を食べさせる他にない。

 故に料理長は腑活効果を施した焼き菓子を自ら口に含んで噛み砕くとそのまま口移しで無理矢理嚥下させた。

 

「何このタイミングでそんな羨まもとい不埒な真似をしてるんですか!?」

 

 それを目撃したヒロインXが悲鳴を上げ、何故か襲撃者の騎士も愕然とした様子で動きを止めていた。

 

「治療だ治療。

 食ってもらわなきゃどうにもならないから仕方なくであって、オルタをどうこうなんて邪な感情は微塵もない」

 

 そう言うとヒロインXは謎の騎士との距離を測りつつぽそりと呟く。

 

「つまり、今ここで意識を失うほどの重体になれば料理長から口移しが頂けると……」

「恐怖を和らげようって気持ちはありがたいが今はマジで頼む」

 

 ごくりと唾を飲み込むヒロインXに料理長は真顔で嗜める。

 度が過ぎた緊張により咄嗟の反応が出来なくならないよう場を解したのだと前向きに解釈してそう言う料理長だか、実際は本気でそれを実行しようかと悩んでいたのが口から出ただけだったりする。

 

「失礼、ですが時間稼ぎはもう必要ないようです」

 

 駄々漏れになった欲望が気づかれなかったことに内心感謝しつつ、その言葉の直後、直刀が騎士に着弾し爆発した。

 

「一体どういう事だ?」

 

 そう言いながらも油断なく双剣を構えるエミヤを筆頭に援軍が食堂に雪崩れ込む。

 

「料理長!?」

 

 負傷したオルタを抱え血塗れの料理長の姿にマスターである藤丸立香が悲鳴を上げる。

 

「俺は無事だ!!

 それよりオルタがまずい!!」

 

 そう応えると立香は即座に駆け寄り礼装を起動してオルタの傷を癒す。

 そうしている間に煙が晴れ、無傷の騎士が再び姿を表した。

 

「あれは、ロンゴミニアド!?」

 

 その槍に逸速く食い付いたアルトリアは信じられないと呻く。

 

「つまり、あれもアルトリアか……?」

 

 双剣を油断なく構えるエミヤの問いにアルトリアはおそらくはと首肯する。

 ロンゴミニアド、またはロンの槍とも言われる神槍の担い手で最も著名なのはアルトリアである。

 件の騎士は上背などアルトリアと比べると大きな差異があるが、ロンドンでカルデアに立ちはだかったアルトリアが彼女のように成長していた事から外見ではアルトリアか否かは当てにならない。

 今現在食堂に集ったサーヴァントはアルトリア、エミヤ、そして偶々立香と共に居たロムルスの三名。

 そこにヒロインXを加えれば一方的に蹂躙され負けるという事態はそうは起こらないはず。

 

『……周りに気を回して些か時間を掛けすぎたか』

 

 五対一の状況を前に騎士はそう嘆息するとロンゴミニアドを振るう。

 

『是は、精霊との戦いではない』

『承認ーーランスロット』

 

 騎士の声と共に槍が輝きを放つ。

 

「こんな狭い場所で槍の真名を解放するつもりなのか!?」

 

 百人以上を収容可能なカルデアの食堂とはいえ対城宝具を放てばどうなるかなど言わずとも明らか。

 しかしアルトリアの警戒を余所に続くはずの拘束解放は行われず、代わりに槍は風を纏っていく。

 

「真名解放をしない?

 疑似解放だけで十分と侮るか!?」

 

 手加減して状況を脱せると侮られたと捉えたアルトリアが怒りの声を発するも騎士は無言で槍を構える。

 

「一体何が目的なんだ!?」

 

 各自が防御を固めようとする中、立香がそう問いを投げる。

 ただ襲撃しに来たのであればこうなる前にロンゴミニアドを解放するだけでカルデアは甚大な被害を被っていた。

 しかし騎士は此方に何を言うこともなく力を振るわんとしている。

 まるで理解が敵わない行動に問いを投げると、騎士は槍に風を纏わせたままぽつりと答えた。

 

『その人を此方に渡せ』

 

 そう告げた視線の先にはオルタと立香を庇うように立つ料理長。

 

「やはり其れが目的か」

 

 ざわりとそれまで気配を薄くして目立たぬようにしていたヒロインXが殺気を隠すことなく撒き散らす。

 

「アルトリアがもう一人!?」

 

 居たことに全く気づかなかった立香が驚くのに構わずヒロインXは怒鳴るのを堪え低い声で言う。

 

「女々しい真似を何時までも。

 いい加減諦めろ」

『お前がそれを言うのか!!??』

 

 暴風を吹き飛ばすような怒声を放つ騎士。

 

『何もかも救われた(・・・・)お前に、救われなかった(・・・・・・・)私の絶望(・・)の何が解ると言うのだ!!??』

 

 感情を爆発させそのまま槍に溜めた風を放とうとした騎士の前に料理長が立ち塞がる。

 

「止めろ。

 此処は飯を食う場所だ。

 料理人として、これ以上暴れることは許さない」

 

 両手を広げ立ち塞がる料理長に騎士はたじろぐが、すぐに槍を握り直す。

 しかしそれを声を大にした料理長が遮る。

 

「お前の要求に従ってやるから止めろと言っているんだ!!」

「料理長!?」

 

 立香の悲鳴に振り向かず料理長は言う。

 

「カルデアはあと二つ人理を修復した上で黒幕をなんとかしなきゃならねえんだ。

 戦力にならないサーヴァント一人無くすだけでマスターが怪我一つ無しにこの状況がなんとかなるなら安い出費だ」

 

 そう言うと料理長は騎士の正面に立ち連れていけと言う。

 

「行かないで下さい!!

 行けば貴方は、」

「アルちゃん」

 

 ヒロインXの言葉を遮り料理長は振り向きながら笑いかける。

 

「俺はあくまで分霊だ。

 その内新しい俺がそっちに来るだろうから、今後の飯はそっちの俺に頼んでくれ」

「料理長……」

 

 悔しそうに俯く少女に料理長は困った様子で苦笑するとそこにそれまで黙っていたロムルスが口を開く。

 

「料理長。

 汝の信念(ローマ)浪漫(ローマ)を貫くといい。

 それこそが(ローマ)である」

「……ああ」

 

 相変わらず解りづらいが応援してくれているのだろうと解釈してそう頷くと最後に立香に別れの言葉を告げる。

 

「じゃあなマスター。

 マシュが起きたらよろしく頼む」

「……わかった」

 

 しっかりと頷いたのを見届けると下手な真似をさせぬよう槍を以て牽制を続けていた騎士に言う。

 

「もういいぞ」

『分かりました』

 

 そう言うと騎士の背後に現れた時と同じ黒い穴が発生する。

 黒い穴はそのまま大きく広がり、終に二人を飲み込むとそのまま消えてしまった。

 




オルタの台詞が誤解を招きそうなので先に補足しておきます。

オルタが言っていた因果が云々はヒロインXこと料理長時空のアルちゃんの滑稽さを皮肉っているだけで獅子王他先のことについて何か知っているなどということはありません。

ネタバレになるのでまだ説明できませんが、獅子王がカルデアに襲撃をかけれたのにもちゃんと理由があります。

おそらくきのこが無かったことにした設定で、知っている人がどれだけいるかも分からないかなりマニアックな部位でしょうが。


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そのに

これまでのあらすじ


オルタ「ヒロインXマジワロスwwしてたら槍に刺されて料理長にキスされてたでござる」

獅子王「ドーモ、カルデアの皆さん。獅子王デス。料理長寄越せ」 

ヒロインX「絶許」

料理長「いうこと聞くからカルデアに手を出すな!!」

立香「おっさんがヒロインポジにinしたんだけど質問ある?」



 行った先で拷問でもされるのかと覚悟してたわけなんだが……

 

「スゥ……スゥ……」

「ムニャ……りょうりちょう……」

 

 顔見知りの美女二人と寝床を一緒にした状態で朝を迎えているのはどういう事態なんだ?

 言っとくが疚しい事は一切してないからな?

 というか、訳が分からんのだよ。

 騎士に連れてこられた先は懐かしきキャメロットを思い出させる白亜の宮殿で、騎士の正体は大人になったアルちゃんだったんだが、そこからが更にややこしい話になっていた。

 というのもアルちゃんは俺の世界のアルちゃんではなく、モードレッドがキャメロットに凱旋する前に俺が死んでしまった世界のアルちゃんなんだそうだ。

 その世界では俺が死んだ後ブリテンは坂を転げ落ちるように崩壊していき、ギャラハッドは聖杯探索の最後に倒れ、モードレッドもアルちゃん、いや、アーサー王に反逆しカムランでアルちゃんが討ったそうだ。

 つまり、俺が知っているアーサー王の物語そのままの悲劇を辿ったと。

 それを聞いて俺は初めてマーリンの屑に感謝した。 

 あの屑は俺の死後を勝手にしてくれたが、其れがなかったら俺の知っているアルちゃんも隣で寝ているアルちゃんがそうしていたように独りぼっちで今日までさ迷い続けていたのだから。

 信じられないがこのアルちゃんはまだ生きている。

 カムランで死に損ない、槍によって人の理から外れて世界の外側をずっとさ迷っていたのだ。

 理由は教えてもらっていない。 

 尋ねたがまだ言いたくないと濁されたので話してくれるまで待つことにした。

 

「……ごめんなさい」

 

 と、反対側のボーマンもといガレスが泣きながらそう寝言を言った。

 

「……」

 

 アルちゃんがそうだったように、このガレスもまた耳を塞ぎたくなるような末路を辿っていた。

 母親を殺し、その断末魔に放たれた呪いにより苦しみながら死んだそうだ。

 それだけでも酷い話なのに、ガレス自身は自分が苦しんだことよりも俺が遺した包丁を咄嗟に武器として使ったことをずっと後悔していた。

 ガレスは泣きながら俺に謝った。

 料理長の魂を血で汚してごめんなさいと。

 確かに俺の包丁が人を殺したことは気分がいい話じゃない。

 だけど、一時としてもガレスの命を救ったのならそうして使ったことを怒るような事とは思わない。

 そのせいで包丁が血錆びに腐り、魔術師殺しの宝具となっていてもそれを咎めようとは思いたくない。

 しかしだ、

 

「やっぱりそうなのかね?」

 

 このアルちゃんが本当はアーサー王だったというなら、俺の隣に居たアルちゃんもやはりアーサー王だったのだろうか?

 もしそうなら俺はどうするべきなのか?

 いや、考えるまでもないか。

 アルちゃんはアルちゃん。

 本人が分を弁えろと言うならそうするし、今まで通り気安くと望むならそうするだけの話だ。

 まあ、それをするのは俺じゃなくて『座』から下ろされるだろう別の(料理長)なんだがな。

 

「……厨房に行くか」

 

 なにもしていないとどうにも落ち着かん。

 英霊の座に座り幾度も時代が移り変わる程在り続けてさえ日本人(社畜)気質は治らない辺り、業が深いなと思いつつ俺は上着を肩掛けに厨房へと向かった。

 

「ここもキャメロット仕様か」

 

 完全再現された懐かしき我が戦場を前に俺はつい苦笑を溢し先ずは竈に火を点す。

 魔力を放出して火花を発てて種火を着火、そのまま藁に放ると薪へと燃え移り竈に火が入る。

 かつて使い慣れた床下の倉庫を開ければ完璧に近い熟成加減の肉の山が姿を見せ、そこから豚の肩ブロックを選ぶと薄くスライスしてアスパラガスに巻く。

 

「お、胡椒もあるのか」

 

 香り付けにタイムかオレガノをとハーブの瓶を並べていた棚を見ればそこにハーブに並び金より価値の高い黒いダイヤの姿。

 迷わずその瓶を掴むが粉にするためのミルは無かったので道具作成のスキルを使ってミルを投影し手早く粉にする。

 

「……今更だがサーヴァントって便利だな」

 

 粉にした胡椒をハーブと共に小量振り掛け下拵えを済ました俺はそうぼやく。

 火起こし一つ、調理器具一つにしたって態々作らなくても投影すれば片付けの手間もないし衛生の心配もしなくていい。

 

「料理長!!??」

 

 そんなどうでもいいことを考えつつ朝食を作っていると血相を変えたアルちゃんが厨房に飛び込んできた。

 

「……よかった」

 

 そうして俺を見つけるなり泣きそうな顔で安堵するとどう話し掛けるべきか迷う俺に近より俺の頭を立派に育った胸に押し付けた。

 

「ちょ、ア」

「ああ、夢じゃない。

 料理長は、確かにここに居る……」 

 

 そう言うアルちゃんの声は感極まったように聞こえ俺は何も言えなくなる。

 どうしてアルちゃんがこうまで俺に固執しているのか分からない。

 だけど、この状況は何れ終わらなければならないのは確かなんだ。

 だってここは、ブリテンなんかじゃなくエルサレム(特異点)なのだから。

 

 

~~~~

 

 

「あのアルトリアの目的は料理長を手にいれることです」

 

 アルトリア・ペンドラゴンの襲撃から一夜明けたカルデアでブリーフィングルームに集った面子を前にアルトリア(ヒロインX)はそう告げた。

 時間を空けた理由はマシュ・キリエライトにも傍聴して欲しいとアルトリア(ヒロインX)が頼んだためである。

 料理長が拐かされたという事態にカルデアに激震が走った。

 特に同郷であるモードレッド(騎)とクロエは不在時に起きた事件であったこともあっていきり立ち、彼の作る料理に安寧を抱いていた職員達もその行方を追うために特異点の観測と平行しながらにも関わらず凄まじい勢いで捜査の手を拡げ、そしてその所在はすでに判明していた。

 そんな中でアルトリア(ヒロインX)は自身について全ての経緯を語るといい、当時その場に居た全員と料理長に関わりのあるサーヴァントを集めて話を始めた。

 

「先ずは私についてから。

 全員気付いているでしょうが私の名はアルトリア・ペンドラゴン。

 料理長が本来居るべき世界のアルトリアです」

 

 そう言いながら帽子を脱ぎ素顔を晒すアルトリア(ヒロインX)

 その中で最初に口火を切ったのはエミヤだった。

 

「先に確認しておきたいのだが、貴君はいまだ存命中との事だが確かなのかね?」

 

 カルデアの代表としてこの場に参加したロマニとダ・ヴィンチが驚く傍らアルトリア(ヒロインX)はハイと頷く。

 

「ですがそれにはちゃんと理由があったのです」

「理由とは?」

 

 モードレッドからは己がアーサー王であることを隠して接していたことが明らかにならないために生きたままアヴァロンに引きこもったと聞いている。

 

「それは、私が死ぬことであのアルトリアが平行世界から侵入することを防ぐためだったのです」

「どういう事なんだ?」

 

 聞いていた理由と違うと若干不機嫌そうに見るモードレッドにアルトリア(ヒロインX)はすまなそうに目を逸らす。

 

「モードレッド、マーリンが料理長に何をしたか覚えていますよね?」

「料理長の死後を勝手に売り渡して英霊にしたんだろ?」

「あの屑は……」

 

 平行世界とはいえマーリンは何処までいっても救いがたい真似をすると呆れるアルトリア(セイバー)

 しかしアルトリア(ヒロインX)はしかしと言う。

 

「もし、あの屑がそうしなかったらどうなっていたと思いますか?」

「どうって……」

 

 そんなこと考えたことも無い。

 だが、想像してみれば簡単に予想が着いた。

 

「まさか、襲撃してきた父上の世界では料理長が抑止に殺されたのか?」

「ええ」

 

 その答えに動揺が走る中いち早く合点が行ったとエミヤが推測を語る。

 

「つまり、彼は剪定事象の優先排除対象だったのだな」

「どういうことなのですかシロウ?」

 

 アルトリア(セイバー)の問いにエミヤは皮肉げに笑う。

 

「希に起こるのだよ。

 何らかの理由から本来居る筈の無い存在が無自覚な人理の破壊者(イレギュラー)として現れる事が。

 そういった者達は行為の善悪に関わらずその行いにより人理を揺るがすため、余程の偶然か介入が入らねば抑止はほぼ確実に守護者を用いて消しに掛かる。

 実際、抑止の駒として私も幾度か赴かされたことがある」

「お兄ちゃん……」

 

 人理を保つためだけに罪無き者を殺したことを語るエミヤをクロエが悲しそうに見る。

 

「では、料理長と呼ばれた彼もそのイレギュラーだったと?」

「はい。

 マーリンが動かなければ料理長は人理の異物として排除されていました」

「では、例のアルトリアはマーリンが動くこともなく、私が辿ったように円卓が割れてしまったと」

「ええ。

 マーリンは子細を語りこそしませんでしたがおそらくは」

「あのアルトリアはロンの槍を以て平行世界の狭間に潜み私の世界、料理長が『座』に登録された世界に侵入しようとしたのです」

「アルトリアの目的は料理長を『座』ごと連れ去ること。

 それを防ぐために私は死ぬわけにいかなくなったのです」

「どうして?」

「一つの世界に複数の同じ存在は在ることが出来ないからです。

 本物のアルトリアが二人居るという矛盾を世界は容認しない。

 最悪両方の存在が無かったことにされる。

 それを防ぐには片方が死ぬ必要がある。

 だから私は生きたままアヴァロンに入ることで平行世界のアルトリアが入ってこられないようにしたのです」

 

 隔絶した妖精郷とはいえ世界の一部。

 そこに在る限り他のアルトリアは存在できない。

 その代わりに未来永劫料理長に会えなくなるとしても、それで構わないとアルトリアは不滅を選んだ。

 

「本当にそれでよかったの?」

「料理長は既に人理の歯車に組み込まれています。

 彼を失えば私達の世界の人理は崩壊する。

 料理長が救ってくれた世界(ブリテン)を無かったことにしたくない。

 だからこそ、永劫に生きることに耐えられるのです」

 

 然り気無くアルトリア(セイバー)にダメージが入っているが努めて隠し続け問いを向ける。

 

「では、あの(アルトリア)の目的は」

「分霊の料理長を基点に『座』に居る本体を直接引き込むことでしょう」

「そんなこと不可能だ!?」

 

 あまりに無茶苦茶な目的についロマニが声を上げる。

 

「仮に『座』から本霊を引きずり出せたとしても、そのまま切り離すことなんか出来る筈がない!?」

「確かに本来なら不可能でしょう。

 ですが、人理が崩壊し抑止が動けない今ならそうとも言い切れない」

「どうして?」

 

 立香の疑問にアルトリア(セイバー)が答えに至る。

 

「そのためのロンゴミニアドですか」

「そうです」

 

 ロンゴミニアドは一見ただの神造兵器だが、それは仮の姿でしかない。

 

「あの槍は兵器の形をしていますが世界を繋ぐ錨とも言える存在。

 そして同時に人の魂を収容する塔としての使い道もあります。

 槍の中に世界を閉じ込めてしまえば人理から完全に切り離され抑止の介入さえ弾く完全な閉鎖世界となりえる」

「つまり、今の彼のアルトリアには人理が修正された後も料理長を手元に残し続ける手段があると?」

「そういうことです。

 分霊の料理長をカルデアから連れ出したのは本霊を呼び出すための器とするためでしょう」

 

 ダ・ヴィンチの憶測を肯定するとギシリと拳を握り締める音がアルトリア(セイバー)から発した。

 

「民を見捨て、只一人の男を取ったと言うのですかあのアルトリア()は?」

 

 王としての矜持も何もかも投げ出したのかと静かに怒るアルトリア(セイバー)

 平行世界の存在だからこそ、その怒りは凄まじいものがあった。

 しかし、そこに異を唱える声が上がる。

 

「……本当にそうなのでしょうか?」

 

 それはマシュが発した疑問だった。

 

「どういうこと?」

「わかりません。

 ですが、私の霊基が騒ぐんです。

 何か、とても大事な見落としがあると、そんな気がするんです」

 

 そう言うとマシュはすみませんと謝罪した。

 

「根拠もなく勝手な意見を言いました」

「いいえ。

 確かに根拠は無いかもしれませんが、確かに私達は一方的に考えすぎていました」

 

 アルトリア(ヒロインX)の言葉が真実だとしても、あのアルトリアがただその事だけで動いているという証拠にはならない。

 彼女の目的を正しく知り得て、初めて憤怒を抱くべきだとアルトリア(セイバー)は自戒した。

 

「どちらにしろ、襲撃してきたアルトリアとの邂逅はそう遠くない筈だ」

 

 指揮官として真剣な声でそうロマニは言う。

 料理長の所在は既に判明している。

 都合のいいことに、これまで観測しても不安定故にレイシフトを見送らねばならなかったエルサレムに料理長の霊基を観測したのだ。

 多少懸念要素こそ残っているが、料理長の霊基を基点として観測することでレイシフトが可能となった。

 なればこそ、カルデアはその目的を果たす。

 

「これより第六特異点へのレイシフトを開始する。

 目的は魔術王が放った聖杯の回収及び料理長の奪還。

 皆、頑張ってくれ」

 

 その指令の下、カルデアは動き出した。

 アルトリア(ヒロインX)がレイシフトに使用するコフィンが開くのを待っているとモードレッド(ライダー)が近付き不満そうに唇を尖らせた。

 

「どうして本当の事を教えてくれなかったんだよ?」

「己の不始末を貴女に背負わせたく無かったんです。

 貴女には王の責務に加えまだ幼いリチャードも居た」

「だからって、料理長にアーサー王だって気づかれたくないからなんて嘘を言わなくても良かっただろ?」

 

 そう言うとアルトリア(ヒロインX)はすいっと目を逸らした。

 

「父上?

 あんた、まさか」

「い、いいじゃないですか。

 知らなくても済むならそれに越したことはないのでせよ」

 

 最後のほうなど噛むほど早口に捲し立てるとアルトリア(ヒロインX)は開いたコフィンに逃げるように身をねじ込むと話は終わりと強引にコフィンを閉めてしまった。

 

「……そっちもマジだったのかよ」

 

 見直した後で父上はあの頃から既に拗らせていたのだと再確認させられ、モードレッド(ライダー)はやるせない気持ちになりながら自身もまたレイシフトに向かうのだった。




なお、ヒロインXの推測はマーリンの観測結果を元にこれまでの攻防から成り立った結論です。

因みにコラボはリアルに第六特異点で戦っている最中なのでどうやっても間に合わずメルトもパッションもBBもキアラも存在しません。

なお、我がカルデアでは無課金縛りが存続条件のため魔法のカードは存在しません。

次回は艦これでガングート手に入れたら投下します。


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そのさん

ガングート無事ゲットし国後、択捉、沈守、神威、沖波、藤波と掘りも好調でイベント乗りきりましたので投下です。

FGO? まだエルサレムをさ迷う基礎力さえ足りないので種火集めに走り回ってますが何か?

と言うことであらすじ。



獅子王「ゆうべはおたのしみで…」
料理長「嘘言うな」

ヒロインX「獅子王の目的は料理長を自分のものにすることなんだ!!」
マシュ「それなんか違います」




「ふ……ざけ………るな…………」

 

 夕闇が世界を包んでいくなか、掠れた声が上がる。

 

「ふざけるな」

 

 その声を上げるのは青いバトルドレスを朱に濡らしたアルトリア・ペンドラゴン。

 その目には深い絶望から沸き上がる憎悪が燃え、ロンゴミニアドを杖に立ち上がろうと足掻く。

 

「ふざけるな」

 

 万能の杯を対価に世界と契約した。

 救国を願い誇りさえ擲って浅ましき争いに身を投じた。

 その果てに一人の少年と出会い過ちに気付いた。

 そうして彼女は手にいれた。

 己の願ってやまなかった願望器(聖杯)を。

 だがしかし、

 

「ふざけるな!!」

 

 知らなければ彼女はそこで終われた(・・・・)

 悔いはあれど、それでもいいのだと受け入れられた。

 残酷な真実(人理の傲慢)を知らなくて済んだ。

 しかしそれは既に仮定の話。

 

「赦さない」

 

 アルトリアはただただ憎んだ。

 例え自分がどうなろうと、それだけは許せないと。

 得た答えさえ霞む憎悪が彼女を突き動かす。

 しかしそれは燃え尽きる前の蝋燭の揺らめきにしかなれない。

 命を繋いでいた聖剣は既に返還され、アルトリアに残された命はとうに尽きていた。

 だが、それでもアルトリアは立ち上がる。

 

「赦さない!!」

 

 赤い涙が零れ、打ち捨てた聖杯(がらくた)に吸い込まれる。

 聖杯に納められていた無色の魔力はアルトリアの憎悪に染め上げられ赤い輝きを放ち始める。

 

「陛下!!??」

 

 聖剣の返還を達成したべディヴィエールが悲鳴を上げるもアルトリアには届かない。

 赤い輝きに包まれながら三度歩き出そうとするアルトリアは誰にでもなくその決意を吠えた。

 

「例え幾億の世界を跨いででも、私は必ず辿り着いて見せる!!」

 

 直後、アルトリアは世界から消えた。

 

「陛…下……?」

 

 消えたアルトリアを呼びながら呆然とべディヴィエールはアルトリアが立っていた場所まで歩きそのまま膝を着く。

 そして、理解した。

 

「あ、ああ、」

 

 世界はこんなにも残酷であることを。

 夕闇にべディヴィエールの、絶望の叫びが木霊した。

 

 

~~~~

 

 

 唐突なんだが、ケイに殴られた。

 

「…痛ぅ」

 

 唯一の救いは素手だったことか?

 いや、歯が割れてるしマシとも言えねえか。

 足まで来る衝撃になんとか立ち上がると割れた歯を吐き出して口を拭う。

 

「再会頭に随分なご挨拶じゃねえかケイ?」

 

 そう言うとケイは鼻を鳴らした。

 

「ふん、貴様はどの世界でも相変わらずか」

 

 そう言うと何故だと言う。

 

「どうしてあの馬鹿を甘やかす」

「……」

「お前だって分かっている筈だ。

 あの阿呆は取り違えている(・・・・・・・)と」

「……そう、だな」

 

 アルちゃんが、いや、獅子王がやろうとしていることは本人から聞いた。

 獅子王は人理が焼却されたこの世界で人という種が存在していたことを遺そうとしている。 

 正直、そのやり方自体あまり受け入れられるものじゃない。

 獅子王が選定した人を槍の中に記録として封じ込め永劫残すという、さながら昆虫標本の人間版みたいなやり方だ。

 しかし、受け入れがたくてもそれを完全に間違いだという事は出来ない。

 そもにしてカルデアが人理修復の機会を得たこと自体が奇跡。

 成功しなければならないのは当然として、失敗した際の備えが有る筈もない。

 それに対し獅子王の用いた方法は失敗する方法がない(・・・・・)

 槍そのものが破壊されれば話は変わるが獅子王曰く、詳しくは解らんがあの槍を破壊すれば世界がどうにかなっちまう代物だから、ソロモンの目的からして関わって来ることは獅子王が対立しない限り無いそうだ。

 それはつまり、獅子王がやることをソロモンは放置すると言うこと。

 敵対する筈のソロモンがなにもしないなら獅子王の行動が失敗する理由がない。

 だけど同時に、それをすると言うことは獅子王に人理を守るつもりはないということの証明そのものだ。

 人理を保つならカルデアに来た時にそう意思表示をすれば終わっていた。

 だけど獅子王はそうはせず独力で人の保全をすることを選んだ。

 それはつまり、人は救いたいが人理は守りたくないし、直らなくていいと言っているようなものだ。

 人を遺したいのに人理は守りたくないなんて、それはとても矛盾していると思う。

 だけどそれを誰も異と言わない。 

「なあケイ。

 お前こそなんでアルちゃんを止めないんだ?」

 

 アーサー王を支えることをただ由とするアグラヴェインや忠義と考えるのを止めているガウェインは話にならんし賛同しているというガレスもダメ。

 ましてや後悔から過去の清算にと荷担するランスロットとトリスタンなんかそれ以前の話だが、ケイだけは昔と変わらずアーサー王を否定する。

 

「止めろと言って聞くタマ(・・)かあの阿呆は」

 

 無駄だと諦めの混ざった毒を口から吐き出すケイ。

 

「俺は最初から言っていたんだ。

 お前は王の器なんかじゃない。

 その辺の無害な器量良しの嫁にでもなって、山ほどガキを抱えてそいつらに振り回されているのが似合いだとな」

「流石に言い過ぎやしないか?」

 

 政治なんてわからん俺でもアーサー王は立派にブリテンを治めていたように見えてたぞ?

 

「笑えんな。

 あんなものは人間を捨てれば誰にだって出来たものでしかない」

 

 そう言うとケイは俺を見た。

 

「ああ、そうだ。

 今からでもあの阿呆をかっ拐って手込めにしてしまえ。

 そうすれば自分がただの馬鹿だって気付ける筈だ」

 

 なんならガレスも付けるぞとおどけるケイに俺は溜め息を吐く。

 

「馬鹿言うな。

 義理だって妹だろうが」

「千年以上行き遅れた間抜けな奴の世話をするこっちの身にもなれ。

 そこまで行けば貰ってくれるなら誰でもいいと本気で思うんだよ」

 

 ……全く、

 

「アルちゃんが心配だから守ってくれと素直に言えないのか?」

「お前の耳はギャラハッドの盾で塞がっているのか?

 俺はいつも正直だ」

 

 皮肉げに笑うケイ。

 

「だが、まあそれももう終わる。

 星見の連中がオジマンディアスを味方に付けた。

 このロンデニウム(箱庭)も陥落するだろう」

 

 そう言うとケイは背を向ける。

 

「……行くのか?」

「まさか。

 ギフトなんて要らないものを押し付けられてでもお前をぶん殴るって目的も果たしたんだ。

 俺は今度こそ逃げさせてもらう。

 あの馬鹿に付き合って二度も死んでられるか」

 

 そう言うと肩を竦める。

 

「とはいえ前回は迂回しようとしたせいでべディヴィエールに追っ手を擦り付けられたからな。

 今度は正面から堂々と逃げてやるよ」

 

 口では軽く言いケイは首だけ俺に向け言った。

 

「他の奴等にあいつの手綱は任せられん。

 お門違いは承知だが、その気があるならアイツを頼む」

 

 そう言い残しケイは完全武装のまま厨房を後にした。

 俺が動き出したのはそれからすぐだった。

 俺が動かなくても全て解決するのだと頭では分かっている。

 寧ろ、余計な真似をしているのかもしれない。

 だけど、だからってなにもしないってのは絶対に間違っている。

 なによりもだ、俺は獅子王にまだ何も聞いちゃいないんだ。

 身支度を終え、さあ行くかと一息いれた直後、背中に強い衝撃が走った。

 

「……どうしたボーマン?」

 

 背中を見れば震えながら俺にしがみつくガレスが居た。

 

「いかないでください」

 

 そうぎゅうと服を掴むガレス。

 

「分かっているんです。

 料理長は料理長だけど私達の料理長じゃないって。

 でも、それでも居て欲しいんです」

 

 正規のサーヴァントとして顕現した後で獅子王に頼んで自分から復讐者に身をやつしたガレスがどんな気持ちなのか俺にはちゃんとは解らない。

 少なくともだ、

 

「全く。

 包丁は引いて切れ(・・・・・・・・)と教えたろうが」

 

 俺を刺したその気持ちは理解しようもない。

 

「……どうして?

 だって、私の宝具は真名を解放しなくてもキャスターに……」

 

 平然としていることがあり得ないと言いたげに後ずさるガレスに俺は痛いのを必死に堪えながら理由を言う。

 

「お前がぶっ刺したのは俺の包丁(・・・・)だ」

 

 なんとか血錆を落とせないかと思いその間だけでもと俺の包丁と交換しておいたんだが、まさか自分が刺されるとは思わなかったぜ。

 そう言うとガレスは崩れ落ち泣き喚いた。

 ひたすらにごめんなさいと泣きながら叫ぶガレスに俺は包丁を抜いて出血が続かぬよう止血を施してから顔を上げさせる。

 

「そんなに泣くんじゃねえよ。

 ボーマンは騎士なんだろ?

 騎士がそう簡単に泣くもんじゃねえんだろ?」

「だっで、わだし、りょうりちょうの、たましいを、にかいも、」

 

 女の子が見せていい許容なんかぶっちぎってぐちゃぐちゃになった顔でそう泣き腫らすガレス。

 

「ああもう、んなもん気にすんな。

 血なんか洗えばいい。

 それでも気になるってならよく研いで塩でも振っとけ」

 

 突き詰めれば包丁なんかただの刃物でしかない。

 持ち主が1度や2度その使い方を間違えたって本質がそう簡単に変わるはずが無い。

 ガレスの手に渡った包丁がその1度の間違いで変質していたとしても、それは後世が押し付けたものであってガレスが悪いとは俺は言わない。

 ハンカチなんて洒落たものはないので洗った後でまだ使っていない布巾で顔を拭いつつ俺は言う。

 

「だって、だって私!!」

「いい加減にしろ!!」

 

 まずい、思わず怒鳴っちまった。

 しかしやったものは返らないからこのまま押し通す。

 

「俺が許してるんだからそれで納得しろ。

 それでも気が済まないってなら、俺が用事を終わらせてくるまでにこいつを新品同様になるまで洗って研いでおけ」

 

 そう俺の血で汚れてしまった包丁を押し付けて俺は立ち上がる。

 

「待って料理長!?」

 

 追いすがろうとするガレスに今日のディナーの下拵えを言い付けて厨房を出た。

 そのまま獅子王の居るだろう王の間へと向かうも、途中で目眩を起こし柱に体を預けてしまう。

 

「……痛ぅ」

 

 ガレスの前では意地を張っていたが刺された傷は結構深いらしい。

 だけど、止まれない。

 マスター達は既にロンデニウムに入ったらしく遠くから戦いの音が聞こえる。

 ケイ、お前やっぱり……

 

「……しぃっ!!」

 

 こんなところで立ち止まってられねえんだよ。

 鉈の柄で頭を叩き意識を揺り戻させる。

 テメエだって中途半端に終わるなんて認めねえだろ?

 ちっとでいいんだ、手を貸せや獅子王の料理長(もう一人の俺)

 本当に力を貸したのか、それとも単に少し休んで落ち着いただけなのか分からないが、目眩が収まったのを感じ俺は再び歩き出す。

 血で汚れたコックコートを1度廃して着直し、王の間へと続く扉の前で立ち止まると、俺は一回深呼吸をしてから普段と変わらぬよう意識しながらその扉を開いた。

 




 すまんべディ。どうやってもお前を救済できんのだ。
 fateENDでのベディは聖剣返還を躊躇っても1度が限界としか思えんのだ。


 だらだら引っ張ってもしょうがないので以前言ってたきのこななしにしただろう設定ですが、冒頭の通り獅子王は冬木の聖杯手に入れてます。
 何時だったか読んだ設定の中で士郎が聖杯に『正義の味方』になるという願いを叶えた世界線があると書いてあって、その際アルトリアは聖杯を手にブリテンに帰った旨が同時に書かれていたのです。
 と言うことで、獅子王世界線ではアンリ君オミットで真っ当に聖杯戦争が完了した世界線だったのだとご了解をお願いします。

 後、本編に出る隙間がないケイのギフトを紹介します。

 『不沈』

 円卓一の泳ぎの名手にして何者にも溺れずアーサー王にさえ揺らぐことの無かった強靭な在り方を評して授けられたギフト。
 直接的には水に溺れなくなり水場で自在に移動できると非常に無意味に見えるが実は流砂等の流れるもの全般も対象に含み一応死にスキルではない。
 そしてもう一つ、デバフ完全無効。


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そのよん

これまでのあらすじ

立香「活躍全部カットされた…」

ケイ「アルを頼む」

ガレス「nice boat失敗しました」

料理長「ケイ、お前のギフトにコメント欄が阿鼻叫喚なんだが」


「一寸いいかい?」

 

 玉座の間へと入ってきた料理長の姿に獅子王は僅かに眉を動かすも無表情で言う。 

 

「ここに入らないよう言っておいた筈。

 話なら此方から出向くので退去してください」

「カルデアが来たんだろ?

 その前に聞いておきたいことがあるんだ」

 

 事情を知らぬものからしたら耳を疑うような人然とした獅子王の要求を流して要求を口にする料理長。

 

「……いいでしょう。

 ただし、手短に」

 

 力ずくで追い出せと暗に言う姿に獅子王が折れたところで料理長は切り出していく。

 

「どうしてカルデアと一戦交えているんだ?

 やり方は違えど方向は同じじゃないか?」

「私と彼らは違います」

 

 同じソロモンの企みに逆らう側にいるなら戦う理由はないだろうと問う言葉を否定する獅子王。

 

「彼等が守るのは人理、人の歴史。

 私が守るのは人という種。

 目的の根幹が違うのです」

「だが武器を向ける必要はないだろう?」

「放った兵程度に膝を屈するなら、彼の魔術王に挑むなど土台不可能というもの。

 私を納得させる実力を示せぬなら彼等の言葉を聞く価値もありません」

「……そうかい」

 

 傲慢とも聞こえる言葉に料理長は納得の言葉だけで黙し次を切り出す。

 

「なんでブリテンじゃなく此処(エルサレム)なんだ?」

 

 その問いに獅子王は僅かに言葉を選ぶ仕種を見せる。

 

「……同情、なのかもしれません」

「同情?」

「エルサレムはローマを始め多くの国からの派兵により幾度となく虐げられ血を流しています。

 私が此処(エルサレム)に聖都を築いたのはあの頃のブリテンと重なって見えていたからなのでしょう」

 

 まるで他人事のように心情を語る獅子王に眉間に皺を寄せ料理長は言う。

 

「だったらなんで、虐殺なんて真似をさせたんだ?」

「……」

「ガレスに教えてもらったんだよ。

 王は槍に選ばれなかった者を殺しているってな」

 

 同情からこの地での救済に乗り出したのなら殺すなんて手段はおかしいだろと問い質す言葉に、獅子王は冷徹な瞳で答える。

 

「人は理不尽です。

 選ばれなかったことを誰もが静かに受け入れてくれたなら、私とてそうしたくはなかった。

 ですが選ばれなかったことを妬み、幾人の子や兄弟の中から一人だけを選んだことを怨み、他にも其々の理由から彼等は選定に不満を抱き拳を握った。

 槍に選ばれた者はすべからく私が庇護すべき民。

 王として、民を守るため最小限の犠牲は払わざるを得ませんでした」

此処(エルサレム)アーサー王の国(ブリテン)じゃねえだろうが」

「ブリテンは滅びました。

 聖都こそが今の私が治める只一つの国なのです」

「そうまでして、王様として在りたいのかよ?」

「それは違います。

 私は最初から求められて王座に在り続けた。

 それは今も変わらない。

 誰かが王を求める限り、私は応えるだけです」

 

 それでは機械と変わらないじゃないか。

 そう叫びそうになった喉を押さえ付ける料理長。

 

「話はもう十分でしょう。

 早く退室して」

「まだだ。

 まだ、一番聞かなきゃならないことが残っている」

 

 言ってしまえばこれまでの質問はサーヴァント(英霊)としての疑問であり、黙秘されてもそれでいいと終われる質問だった。

 しかし、これだけは違う。

 

「なんで自分の料理長(オレ)じゃなく平行世界の料理長()を連れて来た?」

「…………」

 

 その問いに、獅子王は初めて黙り込んだ。

 そもそもがおかしいのだ。

 獅子王程の力があれば、マーリンが手を加えねば英霊になる可能性もない料理長の魂ぐらい引き寄せることはできた筈。

 だが獅子王は、わざわざ自らがカルデアに赴いてまで英霊となった料理長を引き込んだ。

 沈黙が支配する王の間に獅子王の問いが溢れる。

 

「言えば、納得して頂けますか?」

 

 何をとさえ言わず、まるですがるような、いっそ怯えているようにさえ聞こえる問いに料理長は静かに答える。

 

「なにも聞かずに応とは言えねえよ」

「……変わらないですね。貴方は」

 

 ガチャリと鎧を鳴らし獅子王がロンゴミニアドを手に立ち上がる。

 そして、槍を料理長に向ける。

 

「王としてではなく、貴方の隣に居た(アル)としてお願いします。

 何も聞かずに槍を受け入れ共に来てください」

「その理由を言えと言っているんだ」

 

 頑なに語らぬ獅子王に声を大にする料理長だが、帰ってきた答えは突き出されたロンゴミニアドの穂先だった。

 見るものが見れば素人が繰り出したものと評するだろうあまりに手緩い一打。

 しかし戦いなどブリテンの猪が精々という料理長からしたら必殺のそれと何等かわりない致命の一撃。

 

「ア"ア"ア"ア"ァァアア"ア"ア"ッ!!」

 

 突き出されたロンゴミニアドに喉が裂けたような雄叫びを上げ、無意識に魔力を回し強化した全力の鉈で払った事で料理長は辛うじてそれを回避するも、衝撃を逃しきれずバランスを崩したたらを踏む。

 

「アルトリア!!??」

 

 初めての魔力運用に悲鳴を上げる全身を叱咤し怒鳴る料理長だが、獅子王は無言で槍を横薙ぎに振るう。

 

「ガッ!?」

 

 かわすのは不可能とせめて直撃は喰らわぬよう鉈を盾とするも、一発目で既に限界を越えていた鉈はロンゴミニアドの薙ぎ払いを防ぐ役目を果たすことなく砕け料理長の身体はトラックに跳ねられたように王の間の壁まで吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……カハッ……!?」

 

 何の技巧もない戯れ同然の薙ぎ払い一発で料理長は継戦不能に追い込まれる。

 感覚から鉈を握っていた左腕はぽっきり折れて完全に使い物にならなくなり、肋なんてダース単位に砕けているだろうなと他人事のように思いながら、なおも生まれたての小鹿のように四肢を震わせ立ち上がろうと足掻く。

 

「いい加減にしろよアルトリア。

 いっくら俺だって、ここまでされりゃあ尻叩きぐらいの罰は下すぞおい?」

 

 なけなしの魔力はとっくに使いきり唯一武器らしい鉈も壊れ戦う術を失いながらも料理長は立ち上がる。

 

「抵抗しないで槍を受け入れてください。

 それが、貴方を守る唯一の方法なのです」

「だからその理由を言えと言っているんだろうが!?」

 

 理解も納得も必要ないと言わんばかりに獅子王は槍を腰だめに構える。

 ただそれだけで料理長は自分の死を確信してしまう。

 そもそもにして、数多の戦場を駆け抜けた獅子王と猪相手が精々の料理長では土俵が違う。

 先の二撃とてそれで十分戦闘不能になった筈のものであり、こうしてまだ立てているだけで十分評価に値するのだ。

 

「苦しめるつもりはありません。

 これで決めます」

 

 直後、獅子王は腰だめに構えたままくんと踏み込んだ。

 

「っ!?」

 

 たった一歩。

 それだけで十メートル以上離れていた距離がほぼなくなり、ロンゴミニアドの穂先が料理長を貫いた。

 土手っ腹に風穴を開けられたのに痛みを感じないことを不思議に思っていると獅子王が口を開く。

 

「槍よ、彼を人理の及ばぬ果てへと連れていけ」

 

 すると、まるで乾いた砂が溢れ落ちるように身体の奥から何かが抜けていく未知の喪失感が全身に広がっていく。

 

「アル……」

 

 指一本動かすのも億劫に思いながらもその手を獅子王へと伸ばす。

 

 どうしてだ?

 

 言ってくれなければ解らない。

 

 自分を槍に閉じ込めようとする事も、カルデアと戦おうとすることも、

 

 どうして、そんな泣きそうな顔をしているのか教えてくれなければ何も解らないのだ。

 

 喪失感に意識を保てなくなり槍に身体を預ける形で料理長が気絶するとその重みを噛み締めるように槍を強く握り直す獅子王。

 

「……許してくれなんて言いません。

 だけど、貴方に真実を知って欲しくない」

 

 傲慢も独善も承知している。

 だが、それでもこれ(・・)だけがただ唯一、救う術なのだ。

 全てを終わらせるべく槍に意識を向けようとする獅子王。

 

約束された(エックスゥ)……」

 

 然し其れを阻む声が憎悪を纏い飛び込んできた。

 

勝利の双剣(ダブルカリバー)!!!!!!!!」

 

 心臓から吹き上がる膨大な魔力を黄金と漆黒の二振りの聖剣に剰さず叩き込み、いっそ両方とも折れても構わんとアルトリア(ヒロインX)は全力でロンゴミニアドに振り下ろした。

 

「ちぃっ!?」

 

 しかし獅子王は刹那に床を蹴りロンゴミニアドを僅かに削られながらも料理長共々その必殺を回避して見せた。

 代償として料理長の身体は槍から抜けてしまったが、獅子王はそれに構う余裕はない。

 

「コロス」

 

 注がれる魔力に聖剣が悲鳴を上げるという目を疑う光景を起こしながら、しかしヒロインXは瞳を黄金に輝かせただ殺戮を宣言する。

 

「ブッ血kill!!」

 

 狂戦士の如く殺意を撒き散らして滅茶苦茶に斬りかかるヒロインX。

 

「邪魔を、するな!!」

 

 対し獅子王もまた、翠の双眸に怒りを燃やしロンゴミニアドを振るって迎え撃つ。

 

「料理長!?」

 

 ヒロインXと獅子王が激しい剣戟を繰り広げる中、遅れて到着した立香達は倒れ伏す料理長へと駆け寄ると急いで治療を開始。

 

「貴様、自分が何をしたのか解っているのか!?」

 

 マグマの如く燃え盛る怒りを燃料に千年を越えて鍛え続けた武を振るいながらに吠えるヒロインXに、獅子王もまた怒りを舌に乗せて放つ。

 

「貴様こそ、彼の窮地に何を悠長にしているのだ!?」

 

 腰の入った薙ぎ払いに後方に下がり仕切り直しを強要されるヒロインX。

 再び踏み込むタイミングを測るヒロインXに対し、石突きを床に叩き付けながら獅子王の咆哮が轟く。

 

「このまま放置して、もし料理長が今度こそ人理に抹消され(・・・・・・・)てもいいというのか貴様は!!??」

「なっ、」

 

 思いがけない言葉に一瞬意を失うヒロインX。

 

「どういうことなの?」

 

 剣戟が再開される前に飛んだ立香の問いに獅子王は槍を構えたまま答える。

 

「言葉の通りだ。

 このまま人理を修復し終えれば、人理は料理長をいなかったことにする(・・・・・・・・・・)

「どうして?」

 

 耳を疑う言葉についマシュも問いを重ねる。

 

「どうして人理が彼を消すというのですか?」

 

 確かに彼は平行世界の出身だが、だからといってその存在を消すとは俄に信じがたい。

 マシュの問いに瞳に憎しみを宿し獅子王は語る。

 

「私の世界の彼は人理に殺された。

 それ自体でさえ許しがたい事だが、あろうことか人理は二度と同じことが起こらぬよう、彼が存在したことを最初から(・・・・)無かった(・・・・)事にしたのだ(・・・・・・)

「……馬鹿な」

 

 とても信じがたい言葉に息を飲むヒロインX。

 

「お前はどうやって其れを知ったのだ?」

 

 ある意味当然の疑問に獅子王は聖杯だと答えた。

 

「私は私の世界で願望器である聖杯を手に入れた。

 そして私が願ったのは『料理長が死ぬ前に故郷に帰ること』だった」

 

 その願いにシンと空気が凍る。

 

「だが、その願いは叶わなかった。

 その時には既に彼は人理に存在から消されていたのだからな」

 

 自分を嘲笑うように鼻で笑う獅子王だが、立香達はそれが絶望に疲れ果てたものに聞こえた。

 

「……ブリテンの救済を願わなかったのですか?」

 

 この世界のアルトリアがそうであったように救国の願いは無かったのかと問う声に是と言う獅子王。

 

「確かに最初はブリテンを救うことを願っていた。

 だが、聖杯を手にした私はどうすれば救国が叶うのか、どうしても思い付かなかった」

 

 遠い日を思い返しながら滔々と語る獅子王。

 

「国を豊かにすればいいのか?

 兵を全て円卓に比肩する猛者とすればいいのか?

 サクソン人が来ないようにすればいいのか?

 ピクト人がいなかったことにすればいいのか?

 ……どれも違う。

 分かるだろうヒロインX(アーサー王)

 私達が選定の剣を抜く前からブリテンは終わっていたんだ(・・・・・・・・)

 あの時点でブリテンは根が腐り倒れる寸前の巨木と同じ。

 如何に私が人を捨て国を保とうと、それはほんの僅かな延命にしかならなかった」

 

 ゆっくりと獅子王は立香に視線を向ける。

 

「答えてくれ人類最後のマスター。

 私は、私達は私達を救おうとしてくれた人を救うことさえ許されないのか?」

 

 答えに窮する立香に問いを重ねる獅子王。

 

「私はいいのだ。

 多くの民のために疫病の温床となっている懸念があるからと恩人の遺体を焼いた恩知らずだ。

 そんな愚か者は救われなくて当然だ。

 だが、料理長は違う。

 彼はただ私達に手を差し伸べてくれただけなのだ。

 食べると言うことが生きる喜びを教えてくれると、そう教えてくれた事がそんなにも罪深い所業だったのか?

 言葉を尽くせぬ無能な王の代わりに、その苦悩を少しだけ言葉にしたことがそんなに間違っていたことなのか?

 私達をほんの少し救ってくれた人は、最初からいなくならなければならない大罪人なのか?」

 

 そう問い掛ける獅子王の顔は悲哀に染まり止めどなく涙が溢れていた。

 悲嘆の問いに何も答えられない立香に代わりヒロインXが口を開く。

 

「貴方は、そうまでしてあの人を救いたかったのですね」

 

 漸く全てに合点がいったと言うヒロインX。

 

「那由多の平行世界を巡り、ようやく料理長が英霊になっている世界を見つけられて私はそれだけで満足できた。

 まさかその世界でアーサー王がまだ生きていたことを知った時は驚かされたが、それでも料理長を否定しない世界が一つだけでもあったことで私はそれで十分だったのだ」

「だけど、彼はこの世界に来てしまった。

 人理が焼かれ動けない今はまだいい。

 だが、修復されれば間違いなく人理は料理長に牙を剥く。

 そして同じことが起こらぬよう英霊の『座』にいる本体さえ殺すだろう」

「そんなことは」

「無いと言い切れるのか?」

 

 悲嘆に代わり憎悪に染まりながら獅子王は問う。

 

「自分に都合が悪ければ時代ごと切り捨て元の形に戻そうとする自分勝手な人理が、本当に料理長を消さないと言い切れるのか?」

 

 叫ぶように言う獅子王の言葉には怒りの中に恐怖が含まれていた。

 

「あの人が居なくなったら今度こそ私は耐えられない。

 人理を壊すため人という人を殺し尽くすだろう」

 

 どれだけ憎くても彼の人が居るから耐えられた。

 だから、ほんの僅かな可能性さえ恐ろしい。

 そんな可能性をなくす方法はたった一つ。

 

「その人を渡せ。

 ロンゴミニアドの中に納めてしまえば人理も抑止も絶対に介入はできない。

 そうすれば私は、彼と今日までに選び出した善き人と共にこの特異点から自去しよう」

 

 そう提案を持ちかける獅子王。

 実際のところ、今の立香達で戦力として数えられるのはヒロインXとマシュのみ。

 現地のサーヴァントを含む他のメンバーは皆ケイを始めとした獅子王の円卓の排除の際に全員脱落している。

 この特異点の修復を目的とするなら獅子王の案を受けることは最善でなくとも次善以上であるのは確か。

 迷う立香達だが、意外なところからその答えは出された。

 

「ったく、これはケイがぶん投げてもしゃあないな」




ひみつかりばーはどうかと悩みなんでかエックスダブルカリバーになっていた……

一番人の心が分からなかったのはマーリンというオチ。

次回で決着。

長かった幕後も今度こそ終わり……たいな。


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そのご

週の睡眠時間が30時間を割るのは辛い…

そんかデスマに見舞われ遅くなりましたが投下します。


「王の話を」

「死ね」

 

 生前から数えても上から数えられるぐらい本気で殺意を込めた鉈を屑に叩き込んだ。

 しかし相手はあのアーサー王に剣技を仕込んだ屑オブ屑。

 素人の攻撃が当たるはずもなくあっさり避けやがった。

 

「話を遮るなんて酷いじゃないか」

「喧しい」

 

 トラブルメーカーなんて生温い、いっそクライシスメーカーとでも呼んでやろうかとさえ思わせる諸悪の根元に俺は吐き捨てる。

 

「つうかなんで此処(『座』)に居るんだお前は?」

 

 縁の深い英霊同士なら行き来するぐらいは出来るが、しかしこいつは縁はともかくまだ死んでいないので来れる筈がない。

 

「いやだなぁ。

 君の『座』を拵えたのは僕なんだよ?

 幻霊以上英霊未満ななんちゃって英霊な君の『座』に入るぐらいは難しくないさ」

 

 撲りたい。この笑顔。

 しかし無駄なので怒りを放置して俺は問おうとしたが、

 

「それに君の『座』とアヴァロンは裏口で繋げてあるから簡単に出入りできるし」

「待てコラ」

 

 今、とんでもないこといったぞこいつ。

 

「大丈夫なのかそれ?」

「うん。

 最悪アヴァロンに抑止が乗り込んでくるけど、その時は君の『座』が崩壊して人理が崩れるから問題ないよ」

「最悪だなテメエ」

 

 人の死後まで引っ掻き回すとか本当に屑。

 

「で、態々嫌味言われに来たんじゃないんだろ?」

「勿論。

 君は本当に話し易くて怖いね」

 

 文脈がおかしいのはどうせからかっているだけだろうから無視だ。

 

「ちょっと聖杯戦争に参加してきてくれないかな?」

「……」

 

 何を言っているのだろうこいつは?

 

「色々引っくるめて言わせてもらうが、お前、長生きし過ぎて痴呆を患ったのか?」

「酷いじゃないか。

 僕は正気だよ」

「……ああ、終に梅毒が頭にまで回っちまったか」

 

 こうなると流石に憐れだな。

 

「いやいやいや。

 どうして君はいつも僕の話をちゃんと聞いてくれないんだい?」

「阿呆」

 

 こいつ本当にキングメーカーと称される賢者なのか?

 

「何だって詐欺(・・)だって解ってる面倒ごとに付き合わなきゃならないんだよ」

「……」

 

 久しぶりにみた胡散臭さの無い真顔に俺は首をコキリと鳴らす。

 そもにしてだ、人理は自分がこうだと決めたことをなにがあっても変えることを許さない。

 自分が最後は他の星から来た絶対の一(アルテミット・ワン)とかいう異星人?により鋼となった大地で死に絶えると決まったのに、それを変えようとしないほど頭が硬いんだ。

 そんな片意地張りが人理を変える(英霊が願いを叶える)なんて真似を許すはずがない。

 例え叶えたとしても、すぐにもっと酷いことが起きて覆されるのがオチだ。

 例外があるとすれば、その聖杯戦争に参加する事を願いとする頭のおかしい戦闘キチだけだろう。

 俺の時のようなマーリンの暗躍(有り得ない裏技)があれば兎も角、人理が変わってしまうことがほぼ確定している英霊達の願いが叶うなんて大嘘に、分かっていて付き合う馬鹿はそうはいないはず。

 

「……君は本当に怖いね」

「あにがだよ?」

「いや。

 なんでもないさ」

 

 一体何だと言うんだ?

 

「兎に角今回ばかりは少し事情が違ってね。

 君の力がどうしても必要なんだ」

「……分かったよ」

 

 どっちにしろこいつが動いた時点で事が動くのは確定なのだ。

 どんな大惨事になるかも分かったものではないが、やるだけはやろう。

 そう覚悟を決め、マーリンに言われるまま英霊になって初めての分霊(サーヴァント)作成を始める。

 

「これでよし。

 後は流れるままにハッピーエンドになるだけだ」

 

 そんな、不穏に満ちた楽しそうな声にやはりこいつは信用ならねえとそう思った。

 

 

~~~~

 

 

「料理長、何時から……?」

 

 生前悪いタイミングが重なりまくって四徹やる羽目になった時のように、全身が鉛にでもなったかのような怠さを押し退け起き上がる俺を見る獅子王は、まるで隠していた悪さが見付かった子供のように怖がっていた。

 ったく、

 

「アルちゃんに散々言ってたときからだよ」

 

 正直に答えると獅子王は顔を青ざめカタカタと震えだした。

 とはいえはっきりしてたのは意識だけで、獅子王(アルちゃん)がロンの槍に俺を納めようとした際に霊基に致命的な傷が入ったらしく実際何が出来る状態でもなかったんだがな。

 今も大して変わっちゃいないが、ここで黙りしてられるようなタマでもない。

 

「アルちゃんよぅ」

 

 笑いっぱなしの膝に無理を言わせ立ち上がった俺が回りを押し退けゆっくりと近付きながら呼び掛ければ、獅子王はビクリと肩を震わせた。

 まったく、そんなに怯えなくてもいいんだよ。

 お前さんが必死になっていた理由は分かったんだ。

 だからな、

 

「(アルちゃん、)よく頑張ったな」

 

 獅子王(アルちゃん)の頭を俺の胸に当てさせて優しくそう言った。

 

「だけどもういいんだ。

 アルちゃんが頑張らなくてもいいんだよ」

「りょう……」

 

 何か言いかけた獅子王(アルちゃん)に構わず俺は言う。

 

「アルちゃんはもうブリテンの王様じゃないんだ。

 だからさ、もう王様を止めていいんだよ(逃げていいんだよ)

「っ」

 

 獅子王(アルちゃん)は王様になるために生まれたからそれしか(・・・・)知らなかったんだ(・・・・・・・・)

 だから、何かをしようとしても王様として(・・・・・)しか接せられなかったんだ。

 だからエルサレムの民を救いたいと思っても、獅子王(アルちゃん)は王様になる以外の方法を知らないから聖都を建てて自分の民にしてしまった。

 それに異を唱える者を王様として排してしまった。

 誰よりも正しい王様になれと、それしか教えてもらえなかったからアルちゃんは獅子王になるしかなかった。

 諸悪の根元たるマーリンへの少し前に抱いた感謝を全部ぶん投げ必ず殴ると誓いながら俺は獅子王(アルちゃん)に教える。

 

「アルちゃんはもう王様をつづけなくていいんだ。

 誰かを救う義務も、守る義務もないんだ。

 アルちゃんに王様になれと言う奴は、誰もいないんだよ」

「……違う」

 

 掠れたような声で獅子王(アルちゃん)は否定する。

 

「私は王なのだ。

 王でなければ私は」

「誰も救えないとそう言うつもりか?」

 

 たぶんそうなのだろうと当たりをつけて口にしてみると、正解だったらしく獅子王(アルちゃん)は黙りこくってしまった。

 ……ったくよぅ、なんで誰も言わなかったんだよ?

 

「なあ、アルちゃん。

 さっきアルちゃんは言ったよな?

 俺がアルちゃんを救ったってさ。

 俺は王様にならなくてもアルちゃんを救えたんだぞ?

 だったらアルちゃんに同じことが出来ないわけ無いだろ?」

「無理です。

 私と貴方は違う。

 私は貴方のようになんでも許せるような者ではなかった」

 

 ……俺になんつう夢を見てんだこの娘は?

 

「そんな訳ねえだろうが。

 俺だって折り合えねえ奴もいれば気に喰わねえ奴だっているよ」

 

 主に飯にケチを付けるジャンクフードマニアとか善意に見せ掛けてとんでもねえ真似しやがる屑とか。

 

「そもそもだ。

 俺とアルちゃんが違うのは当然だろ?

 俺なんかに比べてアルちゃんは若くて美人で頭も良くて、それでいて人を引き寄せる魅力も威厳も度胸もある優良物件だ。

 正直俺が話しかけていいような相手じゃねえよ」

「違う違う違う。

 私は国のために幾つも村を干上がらせ沢山の民を見殺しにした度しがたい悪鬼だ。

 兵站を優先し国を豊かにすることを放棄した暗愚だ。

 一日でも国を存続させるためだけに合理性をただ突き詰め人の心を棄てた人形だ。

 それに私は貴方が生きていた頃から歳上だった。

 そんな能無しの年増を好こうなんて思う人は居る筈がない」

 

 そう自分を扱き下ろす獅子王(アルちゃん)

 頭を押し付けた胸の辺りが湿っているのは気のせいじゃない。

 ……はは、

 

「なんだ。

 やっぱりアルちゃんは良い女じゃないか」

「……え?」

「アルちゃんはさ、本当はそんなことしたくなかったんだろ?

 民を見捨てることも、戦争の準備ばかり繰り返すことも、自分の気持ちを押し殺すことも、全部やりたくなかったんだろ?

 だったらさ、なおのこと逃げちまいなよ。

 自分に正直になって、やりたいことをやって良いんだよ」

 

 上げようとする頭を押さえそう言うもアルちゃんはそれを必死に否定する。

 

「違う。

 私は王にならなければいけなかったんです。

 じゃないとブリテンはもっと早く滅亡していたから、そうしなければならなかったんです」

 

 ……やっと本音が見えてきたか。

 それに本人が勘違いしていることもはっきりしてきた。

 

「アルちゃん。

 『やりたいこと』と『やらなきゃならないこと』は一緒じゃねえぞ」

「…………」

「アルちゃんはブリテンの民を救いたくて王様になったんだろ?

 じゃあさ、王様にならなくても同じだけの沢山のブリテンの民を救えるなら、それでも王様になったのか?」

「それは…」

「ちゃんと思い出せ。

 そして言葉にしてくれ。

 アルちゃんは、本当は何がしたかったんだ?」

 

 そう念を押して問うと獅子王(アルちゃん)は黙り込んだ。

 そして、

 

「私は、ブリテンの人達に笑って欲しかった。

 それが一時の夢でしかなくても、それでもその笑顔を与える方法が欲しかったんです」

 

 それは子供が抱くようなささやかな夢。

 それこそがアルトリアという少女が歩き出した始まり。

 だからこそ、俺は伝える。

 

「その夢はちゃんと叶ったんだ。

 だから、もう逃げて(王様を止めて)いいんだ」

「……ぅ」

 

 獅子王(アルちゃん)の手が俺の服を掴みそのまま獅子王(アルちゃん)から啜り泣きが溢れ、やがてそれは嗚咽へと変わっていった。

 

「ごめんなさい」

 

 俺が解いたせいで張り詰めていた感情がその口から溢れていく。

 

「みすててごめんなさいたすけられなくてごめんなさいすくえなくてごめんなさいきずつけてごめんなさい」

 

 今日までずっと堪え続けてきた悲しい気持ちを何度もごめんなさいと繰り返す獅子王(アルちゃん)

 視界の端でマスター達が獅子王(アルちゃん)に気を遣い出ていったのを見た俺は、内心で皆に感謝して彼女が全部吐き出せるようただ寄り添い続けた。

 

 

~~~~

 

 

 そうして我慢し続けてきた想いを吐き出し終え、全てが終わった……筈なんだが、

 

「どうしてこうなった?」

 

 床の上に正座した俺の太股の上に、尻を突き出す形で腹を軸として俯せに身を乗せる獅子王(アルちゃん)という構図がここにあった。

 分かりやすく言うと、お尻ペンペンの体勢である。

 

「あ、あの、流石にこの姿は恥ずかしいので早めに終わらせてください」

「お、おう」

 

 太股に覆い被さる形を強要され顔を真っ赤にしてぷるぷる震える獅子王(アルちゃん)の嘆願にそうどもってしまう。

 経緯として語れることはあまり多くはない。

 獅子王(アルちゃん)が落ち着きマスター達と問答を重ねている最中に俺は肉体を維持するだけの魔力が尽き消滅しかけた。

 それだけならまだ霊基を登録してあるカルデアで復活すれば済む筈だったんだが、抑止の奴が阿頼耶に働きかけて俺の消滅に合わせて登録してある俺の霊基が消えるように動いていたのだ。

 そんな訳で再び人理殺すべしと発狂しそうになってしまった獅子王(アルちゃん)とぶちギレて一緒になって人理を滅ぼそうとしたヒロインX(アルちゃん)をマーリンから言わないよう口止めされていたアヴァロンの裏口の存在とそれ故に自分が消滅しても『座』の本体に危険が及ばないことを教えて宥め、ギリギリで思い止まらせた所で俺は消滅した。

 筈だったんだが、獅子王(アルちゃん)がカルデアに来た際にロムルスが俺に復活スキルを施していたことが判明し俺は消滅した直後に復活し消えるのは免れた。

 で、そうなった原因である獅子王(アルちゃん)にケジメとして罰をと本人からも含め俺に処するよう強要され、どうしてか俺が獅子王(アルちゃん)の尻を叩くという流れになったのだ。

 言うまでもなく反対したかったんだが、その代案がヒロインX(アルちゃん)によるエクスカリバー尻叩きだったため断るに断れなかった。

 

「くっ、あんなの罰ではなくただの御褒美じゃないですか」

「君、少し黙れ」

 

 俺達の状態に下唇を噛んで本気で悔しがるヒロインX(アルちゃん)につい配慮とかかなぐり捨ててしまったが、頼むから過日の思い出が残念一色に染まるような発言は本当に止めてくれ。

 ついでにロマニ、もしもこの様子を録画なんてしていたら飢餓殺し口に捩じ込むからな?

 しかしぐだぐだやっていても獅子王(アルちゃん)に恥を重ねるだけなので意を決し俺は告げる。

 

「じゃあ、始めるぞ?」

「………はい」

 

 消え入りそうな声で応じる獅子王(アルちゃん)に変な事を考えないよう、なるべく痛くないよう料理の仕上げ作業の時以上に神経を張りながら俺は手を振り上げた。

 




これにて本当におしまいです。

以下はFGOに対する個人的展開と本編にまつわるあれやこれですので興味がないかたはスルーかバックをお願いします。





















 正直、FGOの公開で聖杯戦争に参加の意思のある英霊の殆どは闇堕ちしても仕方ないと思うんや。

 典型的な例が第一章のジルさん。

 ジルの場合完全な蘇生は聖杯でも不可能と公式が述べているから最初からそうなんだけど、本編で彼、世界が甦らせることを拒絶したって言ってたのが引っ掛かったんです。
 で、考えてみたら英霊の願いが叶うってことは=人理崩壊じゃね? って結論。

 ジルの場合、仮に叶ったら青髭回避で人理崩壊。

 他にも例を挙げると、マタ・ハリの場合スパイとしての技量が無くなる又はそもそもスパイにならない可能性だってあるんだからこれも人理崩壊の可能性大。

 天草なんて言わずもがな。
 というか過程が違うだけで●●●●●とやろうとしていること殆ど変わらんし。

 つまり、聖杯戦争で英霊が願いを叶えたら今度はカルデアがそれを破壊しに向かわなきゃならない可能性が……


 これ以上は危険なので閑話休題


 料理長について今更だから言える話ですが、彼は某フランスの詩人の名前みたいな彼を参考に限りなく普通になるよう作りました。
 とはいえブリテンの環境でそのままいられる筈もなく結構おかしな方向に転がって行ったりしてますけどね。
 なのでマーリンからしてみれば、無害だけど正体の分からない恐い存在に見えてます。

 そして最後に、英霊になった料理長には本人さえ知らない隠し宝具がありました。
 効果はアーサー王を『人』にするだけのささやかな宝具。
 
 
 


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人理修復後もカルデアで頑張る料理人
料理人とおとうさん


ある日のことでした。

いつものごとく星四鯖に恵まれず爆死を繰り返していた私に愉悦が提案してきました。

愉悦「星五引いたらこのネタ書こうぜ」
俺「人のネタ帳勝手に読むなや」
愉悦「いいから書けや」
俺「聞けよ」
俺「……じゃあ残り九個の石でマーリン引けたらな」

召喚➡金エフェクト➡金魔術師➡マーリン

俺「(゜д゜)」
愉悦「おめでとう」ゲス顔

そんな訳でどうぞ。

それといつものごとく捏造設定多数です。


 人理は修復された。

 

 そうして世界は再び回り始め余り役に立つこともなかった俺も現世に余り未練はなく『座』に帰ろうかと考えていたんだが、そう簡単にお役御免とはいかなかった。

 理由は女神ロンゴミニアドこと獅子王(アルちゃん)である。

 現在の槍アルちゃんは女神としての神性が殆ど眠っている状態らしい。

 同じ女神のアルテミス(オリオン)曰く原因は分からないが俺という存在が楔となって人の枠に留まっているとのことらしく、女神ロンゴミニアドを封印するためにも還るに還れないという謎の事態に落ち着いた。

 序でに俺から離れたくないとヒロインXことアルちゃんとガレスもカルデアに残っている。

 平行世界の、しかも存命中のアーサー王が二人も在籍しているカルデアって……まあそこは責任者に任せよう。 

 

 そんな訳で人理修復後も残留し今日も今日とて厨房にて日々の活力源をと料理に勤しんでいた俺に相談事を持ち込んできたものがいた。

 

「娘が塩対応なのが辛い」

 

 彼の名はランスロット。

 人理が修復された後もカルデアに居残ったサーヴァントの一人であり、生前からの知己の騎士である。

 といってもそいつは平行世界のなんだがな。

 

「自業自得だろ」

「何故だ!?

 私はただ生前叶わなかった父としての役割を果たしたいと」

「で、マシュ嬢ちゃんとマスターのデートに乱入したと」

 

 罪状を語れば明後日の方向に顔を背けるランスロット。

 ランスロットは息子であるギャラハッドが霊器を託したマシュ嬢ちゃんを実の子として見ており、件が先日起きた第三次ランスロット抹殺未遂事件に繋がる原因であった。

 因みに第一次は召喚直後にアルちゃんと槍アルちゃんとガレスを侍らす俺(ランスロット視点)を始末しようとして三人に擂り潰された。

 第二次は擁護しようが無いので省くが……ほんと、俺以外のサーヴァントって頑丈だよな。

 

「なあランスロット。

 お前さんがギャラハッドに悔いがあってせめてマシュの嬢ちゃんをという気持ちは分からなくもないが、だからって年頃の娘のデートの邪魔をするのはやり過ぎだろう?」

「し、しかしだ」

 

 そう前置くとランスロットは血の涙を流しかねん程に悔しそうに漏らす。

 

「どうして狂戦士の私とこんなにも扱いが違うのだ……?」

 

 このカルデアにはランスロットが二人居る。

 一人は目の前のランスロット(ダメ親父)

 そしてもう一人はマシュ嬢ちゃんに並んで冬木からの最古参のバーサーカーとして顕現したランスロット。

 オルレアンでは敵側にもバーサーカーのランスロットが居て大惨事になったらしいが余録はさておき、同じランスロットながらマシュ嬢ちゃんの態度は天と地ほど扱いに差がある。

 バーサーカーに対してはマシュ嬢ちゃんは信頼できる仲間として柔らかい対応をするのに対しランスロットに対しては表情筋が全く仕事をしない。

 それはもう見事な塩対応である。

 そんなランスロットに思ったまま感想を漏らしてしまった。

 

「主に付き合いの長さと、特に女癖の悪さが改善されているから?」

「貴様!?」

 

 つい生前のままに駄目だしした俺に激昂したランスロットだが、直後にその首を二本のエクスカリバーが挟み込んで拘束した。

 誰がやっているのか言うまでも無いがヒロインX(アルちゃん)である。

 

「料理長の時間を借り受けながら貴様、その握った手をどうするつもりだった?」

 

 自分からはその表情は伺い知れないがまるで地獄の釜から漏れ出したような低い声に俺の背筋も凍る。

 

「お待ちください王よ。

 確かに気を昂らせたのは事実ですが彼に害を為すつもりはありません」

 

 まるでシザーマンのように剣をシャリシャリ鳴らせるアルちゃんに冷や汗をダラダラ流しながら必死にそう言い繕うランスロット。

 

「私は貴方の騎士王ではありません。

 それと……次はありません」

 

 そう言うとまるでハサンのように溶けるように消えるヒロインX(アルちゃん)

 

「……念のため言っとくが、お前さんに気安いのはアルちゃん云々じゃなくて、生前『向こう側』のランスロットと気安くしてたからだからな」

「そ、そうか」

 

 ヒロインX(アルちゃん)を警戒してかぎこちなくそう納得を示すランスロット。

 そしてすぐにしかしと首を傾げる。

 

「どうしてそちらの私は貴様と懇意にしていたのだ?」

 

 そう言うのも仕方ない。

 当時の騎士と厨房番での立場の違いなど言うまでもなく大きく隔たっていたし、ある件があるまで俺に対するランスロットの評価は腕は確かだが、だからといって特に関するに値しない厨房役としか見られてなかった。

 散々っぱら酒を掻っ払っといてそれな辺りは時代的価値観の違いがあったとはいえ当時は流石に思うものはあったな。

 

「たぶんあれだな。

 アグラヴェインと和解させてエレイン姫から逃がしてやったからだろ」

「……………………はぁ!?」

 

 暫し固まった後天井に突き刺さる勢いで飛び上がるランスロット。

 まさに身体能力の無駄遣いだ。

 

「どどどどどどどどうやって!!??」

「取り敢えず落ち着け」

 

 見事なほど取り乱すランスロットを嗜めることしばし、漸く落ち着いたのを見計らって俺は言った。

 

「先に確認しておくんだがランスロット、お前さんアグラヴェインを斬ったか?」

 

 アーサー王物語曰く、ランスロットはギネヴィア姫との不貞を明かしたアグラヴェインを激昂のままに斬り殺したという。

 その問いにランスロットは無言で首肯し、俺はつい溜め息を吐いた。

 

「ほんと、円卓は地獄だな」

 

 どちらにも関わりが深くかつある程度腹の中まで知っているだけにこちら側の酷さを余計に痛感してしまう。

 しかし今はあまり関係無いので脇に置きつつ俺は言う。

 

「ともあれだ、と言ってもとりたてて大したことはしちゃいない。

 エレイン姫の時は本人が諦めるまで匿っただけだし」

「……あれから匿うことが出来たのか?」

 

 当時を思いだしガタガタ震えながらそう漏らすランスロット。

 いや、うん。気持ちはよくわかる。

 

「ああ。

 俺の居たキャメロットには厨房の地下に食糧庫を設けておいてあってな。

 そこに隠れてやり過ごしたんだよ」

 

 保存の関係上あまりやりたくはなかったが、あの様を見ちゃあそうも言えなかったよ。

 

「しかし災難だったな。

 歳の差40だったか?

 そんなんに見初められたっつうのは素直に同情するよ」

 

 そう言うと言わんでくれと沈んでいく。

 姫といって若い女性を思い浮かべるだろうが甘い。

 姫というのは王の娘を指すものであり例え40、50を過ぎていようと后にならなければ当時は全て姫なのだ。

 因みにエレイン姫の来訪の後、ガウェインは仲間を見つけたとそれまでの友好に加え同族意識を芽生えさせ、色漁りに不快感を募らせていたあのアグラヴェインでさえ同情したのだ。

 若くて美しい姫と結婚した筈が、ある日婆になったらそら逃げるわ。

 そんな事情もあってランスロットのそれまでの風当たりは大分和らいだのだ。

 因みに来訪はギャラハッドが結婚した祝いを理由に本心は今度こそランスロットを拉致監禁するために誘拐しに来ていたらしい。

 

「そ、それで、アグラヴェインとの和解とは一体……?」

 

 勤めて思い出さないようにしつつ声を震わせるランスロット。 

 

「それは私が説明しましょう」

 

 いつの間にか俺の隣に座ってたアルちゃんがそう口を開く。

 その手にはさっき作ってたロールケーキが丸ごと握られている。

 

「料理長、以前私が身分を偽って相談したことを覚えてますか?」

「ああ。

 よく覚えているよ」

 

 ……って、待てよ?

 あの頃はなんも知らずにアルちゃんに餌付けしていたが、よく考えたらアーサー王として食った上で俺のところに食いに来ていたわけだから、つまり他の奴等の倍の量をいつも食っていたってことか?

 

「アルちゃん、後で槍のアルちゃんと一緒に説教な」

「なんでですか!?」

 

 どんなに厳しい状態でもせめてアルちゃんにはと色々切り詰めていたのに、そういう真似をしていたのなら反省させねばならない。

 

「で、相談といっても結構な回数を重ねてたからどれと言われなきゃ思い出せねえぞ?」

 

 弁明の隙間もない事にこの世の終わりのように絶望するヒロインX(アルちゃん)を信じられないものを見る目で見遣るランスロットを尻目に俺がそう問い返すと、ヒロインX(アルちゃん)は煤けた状態で口を開いた。

 

「ええと、あれです。

 料理長が不倫の解決策を薦めたその次の相談です」

「……ああ、あれか」

 

 そう言われて俺は記憶を振り返りすぐになんの事か思い出した。

 旦那公認の妻の不倫を穏便に済ませる方法として去勢させることを提案した翌日、アルちゃんはまた相談を持ってきた。

 曰く、ある性別を偽っていた女性騎士が主君からの奨めでさる貴族の娘を娶ることになってしまったそうなんだが、その後、娘は騎士の同僚と懇ろな関係になってしまったそうなんだ。

 そして今回の問題は当人たちではなく騎士の従者に当たる若い騎士。

 彼は同僚の騎士を非常に嫌っており、どうにか説得しなければ事態は悪い方向に転がるやもしれないと解決策を俺に求めたのだ。

 今なら女性騎士がアルちゃん、貴族の娘はギネヴィア、同僚はランスロットで従者はアグラヴェインだと気付けているが、当時の俺はそんな事とは露知らず思い付いた案をそのまま提示した。

 

「彼はなんと?」

 

 食い付いたランスロットに対し嬉々として饒舌に語るヒロインX(アルちゃん)

 

「料理長はこう言いました。

『その従者に貴族の娘の状況を正しく説明させて理解させたらどうだ?』と。

 なので私は後日、マーリンの協力の下言われた通りアグラヴェインにギネヴィアの不貞の原因を理解してもらいました」

「あの野郎が協力したのか?

 つうか、アグラヴェインは大丈夫だったのか?」

「それはもう見たこともないほど協力的でした。

 アグラヴェインは……その、可哀想なことをしてしまいました」

「何をしたんだ野郎は」

「マーリンは、ギネヴィアの立場を白昼夢という形で追体験させました」

「普通に屑じゃねえか」

「ええ。

 彼の話では夢の中で私がアグラヴェインにパーシヴァルとの婚姻を強要し、その後どうにかしようとガレスに相談しているうちに恋に落ちる展開だったそうです」

 

 登場人物全員顔見知りとか間違いなく悪夢じゃねえか。

 しかもガレスはアグラヴェインの実の妹だからその展開は洒落であっても許される次元を踏み越えてんぞ。

 

「その後、私は自身が女であることをきちんと明かし、ランスロットも重い罰を受ける事でとけじめを取らせるので二人を咎めぬよう頼みました。

 先の悪夢もあってアグラヴェインはけじめの内容如何でという条件の下に二人を見逃すことを了承しました」

「……けじめの内容とは?」

 

 とてつもない経緯があるとはいえあのアグラヴェインが折れたことに緊張しながら先を問うランスロット。

 その様子はどこか生前の禍根が晴れる場に立ち会うような期待に満ちている。

 

「………ランスロットのアロンダイト()を手ずから折れと」

 

 ちょっと顔を赤くしてそうアルちゃんは言った。

 

「グハッ!?」

 

 聞いた途端ランスロットは血を吐いて崩れ落ちた。

 

「お、王に裁きを下していただいた事は良いのですがそれはあまりに……」

 

 その顔は苦悶に満ちながらも恭悦に染まるという非常に気持ち悪いものだった。

 突如がばりと身を起こすと焦った様子でアルちゃんに詰めより出した。

 

「ギネヴィアは、ギネヴィアはどうなったのですか!?」

 

 ちょっとしたズレで顔がくっつきそうな程詰め寄る鬼気迫るランスロットを押し遣りながらアルちゃんは困った顔で答えた。

 

「表向き子を成せなかった事を理由に離縁させました!?

 だから離れなさい!!」

 

 そう言いながらランスロットのアロンダイト()を蹴り飛ばすアルちゃん。

 

「はぉぁっ!!??」

 

 男としてこれ以上ない激痛にランスロットらしからぬ情けない悲鳴を上げて悶絶する。

 

「……大丈夫なのか?

 なんか、今際の際みたいな痙攣してるんだが?」

「ランスロットなので問題ありません」

 

 寧ろ折れてしまえばいいと吐き捨てるとアルちゃんはそのまま立ち去ろうとする。

 が、そんな事は許さん。

 

「料理長、何か?」

「何か?じゃないだろアルちゃん?」

 

 惚けるアルちゃんの肩をがっしり掴み逃がさないようにする。

 どさくさ紛れてうやむやにしようたってそうはいかんよ。

 

「アルちゃん、正座するか1週間ガウェインを専属料理担当にするか好きな方を選「私が愚かでした」

 

 いっそ清々しい態度で土下座するアルちゃん。

 

 その後、ヤバイ痙攣をするランスロットを背後に正座しながら俺に説教されるアルちゃんと槍アルちゃんの姿は多くの者達に目撃されたという。



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料理人と太陽とお姉ちゃん

愉悦「書けよ」
自分「いい加減にしろや」
愉悦「アラフィフと北斎引いてやるからさ」
自分「課金できんから無償と呼び符で本当に引いたら書いたるよ」

呼び符召還➡箒星➡北斎

自分「」

無償石召還➡騎兵➡オジマン

愉悦「すり抜けだと!? 糞が!!??」
自分「……まあ、北斎来たからいいよ」

そんなわけでどうぞ


「……ふむ。

 良しとしておこう」

 

 そう言いながらモッキュモッキュとハンバーガーを貪るオルタ。

 苦節二年の死闘の果てに漸く出した品に一言の文句も言わなくなったオルタだが、その料理が大量生産でさえ認めないような手抜きハンバーガーだったことが面白くない。

 

「オニオンもトマトもレタスも駄目とか偏り過ぎだろうが……」

「パンと肉だけあれば戦は勝てる」

 

 つい溢した愚痴を鮸膠もない暴論で切り捨てやがる。

 

「だが、このソースは別格だ」

 

 そうバンズの間に見える砕いた卵が混ぜられた黄色いソースを指すオルタ。

 

「マヨネーズと卵だけというシンプルさは悪くない」

「ああ、そいつな」

 

 余ってた卵の始末をどうするかと思い、懐かしさについ作ったやつだった。

 

「ガウェインが好きだったんだよ」

「……何?」

 

 なんともなしにそう言うと、信じられないものを見たような目で俺を見るオルタ。

 

「今、聞き間違いでないなら貴様、ガウェインがマヨネーズを好んだと口にしたか?」

「言ったが?」

「……」

 

 肯定してやるとオルタの鉄面皮が崩れ鳩が豆鉄砲食らったかのような顔をする。

 つうか、そんな顔出来たんだな。

 

 ガシャッン!!

 

「……ありえない」

 

 何事かと音の発生源を確認すると食器を取り落としたアルトリアが顔面蒼白でブルブル震えながら否定の言葉を口にした。

 

「あの、あのビネガー以外は塩さえ邪道と切って捨てたガウェインが調味料を口にしたなんて……」

 

 嘘だぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!?? と泣き叫びながら脱兎のように食堂から走り出すアルトリア。

 

「……気持ちは分からなくもねえがそこまでか?」

「いや、そこまでだよ」

 

 なんとも言えない空気の中でそう返したのは此方側のモードレッド。

 

「あいつのクッソ不味いマッシュに酸味以外の味が付いたなんて、ヴォーティガーンが復活したっていうほうがよっぽど信憑性があるってもんだ」

「えぇ……?」 

 

 いや、ガウェインの評価ってどうなってんだ?

 

「つうか、マヨネーズってあの頃のブリテンで作れたのかよ?」

「出来るぞ」

 

 というより、マヨネーズぐらいしか作れる調味料が無かったとも言えるんだが。

 

「基本は卵の黄身をよく溶いて、そこに少量のオリーブ油とビネガーを加えるだけだからな。

 粒山椒を加えればマスタード擬きになるし、更に蜂蜜を加えてやればステーキソースとしても使えるぞ」

 

 尤も、そこまで手間を掛けるなら普通に洋芥子用意するほうが色々楽なんだが、残念なことに当時のブリテンの洋芥子はまだ原種に近くて癖やらが使い辛く、どうしてもというならランスロットの領地から輸入するのが無難と実に本末転倒だったりする。

 そして言わないほうが良い余談だが、マヨネーズに目覚めたガウェインはその後、より良いマヨネーズを目指すためだけにビネガーの開拓と養鶏に傾倒していき、卵に至っては何の考えもなしにやってしまった俺の入れ知恵もあって最終的にはヨード卵の開発までやりきっちまったんだよな。

 だが良いことばかりでもなく、マヨラーと化したガウェインはその後、なんでもかんでもマヨネーズをぶっかけて食うようになり、お陰で罵倒がゴリラからマヨゴリラに変化しちまったのはすまないと今も後悔している。

 過去のやらかしに遠い目をしているとそわそわした様子のモードレッドが俺に注文してきた。

 

「なあ料理長。

 俺もそのステーキ食ってみたい」

「ああ、分かった。

 すぐに用意するから待ってろ」

 

 未知の味に目を輝かせるモードレッドに、早速厨房へと向かおうとする俺をオルタが呼び止めた。

 

「待て料理長」

「なんだ?」

 

 またお代わりか?

 

「ハンバーガーはもういい。

 私にも同じステーキを提供しろ。

 焼き加減はレアだ」

「父上……」

「勘違いするなモードレッド。

 ただステーキが食べたい気分なだけだ」

 

 いい雰囲気になりかけたところをバッサリ切り捨てるオルタ。

 しかしながら『向こう側』のモードレッドとなにかあったらしく、あまりショックを受けた様子もなく残念そうに眉尻を下げるのみで引き下がる。

 だが甘いぞオルタ。

 二年も戦い続けた俺から見ればお前が消えろと言わない事が容認の意だと手に取るようにわかる。

 試しに同時に完成させたモードレッドのステーキをオルタの対面に置くとオルタは俺を半目で見遣る。

 

「何の真似だ?」

「何か問題あったか?」

 

 問い返してやればオルタはフンと鼻をならしてから無言でステーキにかぶり付く。

 

「あの……?」

「黙れモードレッド。

 モノを食べる時は、誰にも邪魔されず、自由であるべきだ。

 独りで静かで豊かで……だ」

 

 貴様も勝手にしろと一瞥もくれずステーキへと向かうオルタに顔を輝かせいそいそと席へと座る。

 

 

 

 そんな訳知り者なら頬が緩むやり取りが食堂であった頃、逃げ出したアルトリアはヒロインXの所に抗議を叩きつけていた。

 

「なんなんですかあの人は!?

 あのガウェインまで更生させたとか羨ましすぎますよ!!」

 

 訂正。

 料理長のやらかしに嫉妬が爆発しやりきれない感情をぶつけていた。

 しかしそんな抗議も何処吹く風とばかりにヒロインXは胸を張る。

 

「舐めないで下さいアルトリア()

 あの人のやらかしはその程度じゃ終わらないのです」

 

 ドヤァと不敵に笑うヒロインXに、本気で叩き斬ってやろうかと騎士の矜持も月までぶん投げかけたアルトリアだが、辛うじて崖っぷちで留まり問を投げる。

 

「兎に角、以前からずっと疑問に思っていたのですが、どうしてあの人が抑止に狙われるようになったのですか?」

 

 円卓がどれだけ円満であっても崩壊は免れない。

 実際、モードレットが跡目を継いでさえ穏やかにでもブリテンは終了を迎えているのだ。

 そうであるからこそ、料理長が剪定事象に選ばれるのはおかしい。

 その質問を投げ掛けるとヒロインXは少し真面目な顔になる。

 

「これはアルトリア()にとってかなりきつい話ですが聞く勇気はありますか?」

 

 真剣な空気を纏うヒロインXにアルトリアも居住まいを正しはいと頷いた。 

 

「……正直な所、私自身マーリンから現状のままでは抑止に殺されるとしか聞いておらず、詳しいことは聞かせてもらっていません。

 ですが、思い当たる大きな出来事があったことは確かです」

「それは?」

「それは、モルガンに復讐を諦めさせたことです」

「……なん…ですって……?」

 

 憎しみから王位簒奪を企み、権謀術数を繰返し続け、最期はブリテンを滅ぼすことしか頭になかったあのモルガンに復讐を諦めさせたと口にされアルトリアは絶句する。

 

「どうやって!?」

 

 つい語気を荒げてしまうアルトリアにヒロインXは静かに答える。

 

「方法は余りに簡単でした。

 いえ、今ならそんなもので良かったのだと納得できましたが、当時彼に言われるまで私は気付かなかった」

「彼は、何をしたのですか?」

 

 固唾を飲むアルトリアにヒロインXは答えをいう。

 

「モルガンに見せたのです。

 戴冠から今日までに至るブリテンの経済状態の推移を」

「…………」

 

 その答えに目から鱗が落ちたような顔をするアルトリア。

 

「そんなことでブリテンを諦めたのですか?」

「……分かっているでしょう?」

 

 アルトリアの言葉に声を震わせ紡ぐヒロインX。

 

「あの頃のブリテンの台所事情は火の車処じゃない程切羽詰まっていました。

 確かに末期のモルガンなら意に介さなかったでしょうが、当時の彼女はまだ、未来を考える余裕がありました」

 

 明後日の方向を向き、頬に滴を伝わせながら語るヒロインXに驚愕も羨望も嫉妬も吹っ飛び、ただ悲しい気持ちで耳を傾け続けるアルトリア。

 

「今、国を簒奪しても待っているのは雪だるま式に積もり積もった負債の山。

 ケイとアグラヴェインを始めとした文官達が必死に債権をかき集めても、そんなこと知るかと襲ってくるサクソン人とピクト人のお陰で戦費に全て持っていかれ手元には借金ばかり。

 ランスロットに寄生していると言われても黙るしかない現状を理解したモルガンは、とても優しい顔で私に謝罪してきました」

「もういい……」

 

 聞くに耐えない嘗ての悲惨さをまざまざと思い出さされ、アルトリアは制止を促すもヒロインXは止まらない。

 

「もう、いいですから……」

「知ってます?

 モルガンは母と同じ香を好んで使っていたそうですよ。

 顔を見ることさえ出来なかった母の香りを私はその時初めて知りました」

 

 その後、食事時になっても顔を見せない二人を心配してエミヤが様子を見に来るまでアルトリア達の啜り泣く声がカルデアの一室に響き続けたそうな。



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料理人とお兄ちゃん*おまけ追記あり

艦これの筆もイベントも進まないから息抜きに投下。


今回はブリテン時代の話。

時期は料理長がキャメロットに就職して暫くぐらいです。




「なんだこれは?」

 

 ある晴れた日。

 寒冷とまではいかないが夏でもそうそう暑苦しい日は少ないブリテンの、その王城たるキャメロットの厨房のすぐ側に突如完成した奇妙な小屋を前にケイはそう呟いた。

 一見しただけだと窓のないただの石造りの小屋にしか見えないが、しかし入り口には木製の戸が設えられ、更に戸には明かり取りのためか大きなガラスの窓が張られている。

 

「おや? 誰かと思えばケイじゃないか」

 

 佇んでいたケイにそう声を掛けたのは、扉を開けて中から出てきた、後に『円卓の料理長』と呼ばれるようになる男。

 

「……貴様か」

 

 自分を敬称抜きで呼ぶ者などこの男ぐらいしかなく、そのどこか腑抜けとも聞こえる声にケイは不審げに尋ねた。

 

「この小屋は貴様の手配か?」

「まあな」

「一体なんだこの小屋は?」

「風呂だ」

「は?」

 

 己の耳を疑うケイ。

 しかしそれも当然。

 ブリテン時代の風呂と言えばローマのテルマエを代表するような大規模かつ設備の稼働にも非常に金の掛かる代物か、さもなくば比較的大きな湯桶を使った行水のどちらかが一般的な認識である。

 しかし目の前の風呂と言われた小屋は、窓が無い分湯編みの際の風避けにはいいだろうが、どちらかと言えば物置小屋というのが相応しい体だ。

 理解が及ばず固まるケイになんとなく察した彼は説明を始める。

 

「と言っても、こいつはローマのテルマエじゃなくてサウナだけどな」

「サウナ?」

「蒸し風呂の事だが、知らんか?」

「蒸す? なんだそれは?」

「そこからかよ……」

 

 煮る焼く燻す以外の調理法を知らんとは流石ブリテンと内心呆れながら彼は説明するより体験した方が早いかと頭を切り替える。

 

「これからアーサー王陛下の昼食の仕上げに入るから、知りたかったら二時間後に厨房に来てくれ」

 

 そう言うと表情を料理人へと切り替え己の戦場へと向かう。

 

「……まあ、知っておく必要はあるか」

 

 会うまでに耳にしたこれまでの風評と実際目にした奴の人柄から、私腹を肥やすような着服などしようもなさそうだが、キャメロットの経理に携わる以上無駄な部分は容認せざるものだ。

 序でに、

 

「いっそ、あの阿呆も巻き込むか」

 

 忙しさにかまけ、十日以上も湯浴みを怠る頭の固い義妹を思い悪い笑みを浮かべるケイ。

 そうして二時間後、昼食の提供を終え夕食の支度を粗方終えた料理人の前にケイは現れた。

 

「来たぞ厨房役」

「おう、来たか」

 

 と、振り向けばケイの他にもう一人。

 年の頃は15、6歳位と思し仕立ての良いシャツとズボン姿の少女。

 言わずもがな、アーサー王ことアルトリア・ペンドラゴンである。

 

「その娘は?」

「娘ではありません。

 私は」

「俺の従者で騎士見習いのアルだ」

 

 少女扱いされたことを訂正しようとしたアルトリアを先じてケイが偽りの身分を紹介する。

 

「サー・ケイ」

 

 さらりと嘘を吐いた義兄を睨むアルトリアだが、その様子を自己紹介を邪魔されて拗ねて反発しているのだろうと勘違いした料理人は明るく謝罪する。

 

「すまんすまん。

 まさかお前さんみたいな可愛い娘が騎士見習いだとは思わなくてな」

「可愛い……」

 

 知らないとはいえ、真っ正面からそう言われ憤慨しそうになるも、今更、正体を明かすに明かせず押し黙ってしまうアルトリア。

 そんな様子に照れているんだと勘違いしたまま料理人はケイに問う。

 

「なあケイ。態々連れてきたってことは、この娘も風呂に入れてやるのか?」

「問題あるのか?」

「いや、こんな年若い娘がいい年の野郎二人と風呂に入るとか不味いだろ」

「甘く見ないで下さい」

 

 気遣う発言にさしものアルトリアも我慢できなくなり噛みつく。

 

「見習いの立場とはいえ私とて騎士の端くれ。

 貴方ごときが不埒な感情を抱こうと正面からねじ伏せて見せましょう」

 

 魔が差したら叩き伏せてやると息を巻くアルトリアに、料理人はその勘違いに溜め息を吐く。

 

「いや、お前さんに根も葉もない悪評が立つことを気にしたんだが……まあ、そこまで言うならしゃあねえ」

 

 これは梃子でも動かないなと料理人は色々諦め二人に例の小屋の中で待っているよう言う。

 

「さっきのアレは何のつもりですかサー・ケイ」

 

 小屋に入り手前の着替え部屋で二人きりとなるとアルトリアは先の件について弁明を求めた。

 しかしケイはそれを鼻で笑う。

 

「なんのことだ?」

「惚けるなサー・ケイ。

 騎士見習いのアルなどと冗談にも程がある」

 

 アーサー王としての口調で批難するアルトリアに、しかしケイはどこ吹く風。

 

「ならば今からでも訂正するか?

 尤も、そうなれば常勝無敗のアーサー王が、実は何日も湯浴みさえしない不精者だと奴に覚えられることになるだろうがな」

「くっ!? 卑怯な……」

 

 嫌みったらしい笑みで嘯くケイに歯噛みするアルトリア。

 何時もならば此処から更なる皮肉と嫌みが飛んでくるところだが、しかし今日は違った。

 

「ちゃんと上は隠せよ」

 

 さっさと服を脱ぎブレー一枚で奥へと入っていってしまったケイに虚を突かれたアルトリアだが、しかしこのままでもいられないとなるようになれと半ば自棄っぱちな気持ちで言われた通りブレーと薄手のシャツ一枚きりの格好となりケイを追う。

 

「……これは?」

 

 部屋に入ると、そこは外から見たよりかなり奇妙な造りとなっていた。

 窓のない部屋の中には燭台のような灯りは一切用意されておらず、光源は扉の曇りガラスから入る日光のみ。

 そして部屋の中そのものも内側に隙間なく打ち付けられた防腐剤を塗った木材により大分狭く、腰掛け用だろう膝下付近の出っ張った部位のためその広さは四人も入れば身動きはほとんど叶わぬだろう程度。

 更に中央には竈のような台座が設えられ、その上には素焼きの鍋が一つ。

 

「バスタブも湯桶も無い。

 これが本当に風呂なのか?」

 

 用途の解らない構造にアルトリアが訝しがっていると、水桶と鉄鍋を提げた料理人が入ってきた。

 

「お待ちどうさん。

 じゃあまあ、早速始めようか」

 

 そう言うと料理人は鉄鍋をひっくり返しその中に入っていた石を土鍋に移す。

 

「その石は?」

「昼のパイを焼くのに使った石窯で焼いておいた石だ」

 

 そう答えると次いで桶から水を掬い土鍋に撒き掛けた。

 途端、焼かれた石により水が蒸発し部屋の中に湯気が満ちていく。

 

「これは……?」

 

 蒸気によって部屋の室温が上がり息苦しさをアルトリアが問うより先に料理人は解説を始める。

 

「少し息苦しいだろうがそのまま耐えてくれ。

 その内汗を掻き始めるからそこからが蒸し風呂の本番だ」

 

 不可解な事を言う料理人にケイは質問を投げる。

 

「汗を掻くだけなのか?」

「汗を掻くって事はそれだけ体が温まっているって証拠だ。

 序でに蒸気で身体に溜まった垢も柔らかくなって落としやすくなるんだ」

「そういうものなのですか?」

「渇いた布より濡らした布のほうが汚れは綺麗に落ちるだろ?

 更にお湯で拭けばもっと落としやすくならないか?」

 

 そう尋ねれば納得したとアルトリアは頷く。

 

「確かに乾いた血糊は湯でないと中々落ちませんからね」

「……まあ、そう言うことだ」

 

 物騒な例えに可愛い顔をしていてもこの娘も戦場を知っているんだなと物悲しく思っていると、ケイが違う問いを向ける。

 

「所でだ、お前のソレはなんだ?」

「ソレ?」

「その腰に巻き付けた布のことだ」

 

 自分たちが穿くブレーと比べ、下着には到底見えない布を指すケイ。

 

「こいつは褌つって故郷の下着だよ」

 

 来た当時は普通にパンツを履いていたが、長旅の合間に擦りきれてしまいこちらを使うようになっていた。

 

「そんな尻も丸出しで品の無い布切れがか?」

「洗いやすいし、構造的に尻が引き締まるから気合いが入りやすいんだぞ?」

「どうだか」

 

 蒸気により軽く汗を掻き始めたケイがそう鼻をならし腰掛けの上で足を組む。

 既にじっとりと汗を浮かべるアルトリアはじゅうじゅうと水を蒸発させる石を見て感心の声を上げる。

 

「しかし本当に暑いですね。

 ただ焼いた石と水だけだというのに」

「石は木より熱を溜め込めるからな。

 石は食事の支度の序でに竈で焼けば薪の消費も気にしなくて済むから湯を炊くより安上がりでやれる」

「成る程。

 ですがこの薄暗さは良くない。

 せめて篝火を焚くべきでしょう」

「そうしたら酸欠でぶっ倒れちまうぞ?」

「酸欠とは?」

 

 聞いたことの無い単語に首を傾げるアルトリアに、料理人は時代の格差をまざまざと思い知らされる。

 

「火ってのは燃料だけじゃ燃えないんだよ。

 火が燃えるためには燃料の他に空気の中の酸素を消費するんだ。

 で、その酸素は人間が息をする際に取り込んでいる大事なものだから、こんな狭い部屋で火を燃やしたら、俺達が吸う分の酸素も使われちまって最悪死ぬ」

「………」

 

 死ぬという単語に二人は耳を疑うも、それ以上に真偽は兎も角として彼の知識の広さに驚いていた。

 

「どうした?」

「お前はそれだけの知恵を何処で手に入れた?」

 

 この男が披露してきた知識はとにかく多岐に渡りすぎる。

 政事や軍事に関する事は素人もいいところだが、その他に関しては文官さえ舌を巻くほどなのだ。

 最も多い料理関連に至っては食材の知識と加工手段ばかりかその栽培方法にまで知識は及び、正直こいつ一人居ればブリテンの農業問題は解決するんじゃないか? とさえ思わせるほどなのだ。

 真剣な顔をするケイとアルトリアだが、当の本人はあっさりそれを否定する。

 

「俺の知識なんざ大したもんじゃないさ。

 故郷の専門にしている奴等からしたら俄もいいところだよ」

「お前が俄?

 どんな変態国家だ」

「それだけ余裕がなかったんだよ」

 

 苦笑を溢し料理人は語る。

 

「俺の故郷は水が豊富だってぐらいで土地の半分近くが山に囲まれた、それでいて大した資源もない小さな島国でな。

 そんな国だが、食うことに関してはとにかく貪欲でな。

 俺の知恵なんて、そんな先人達が必死で編みだし研鑽したその切れ端を借りてるだけさ」

 

 凄いのは自身ではなくそれらを積み上げた先人だと言うと、料理人は汗だくになったアルトリアに水を向ける。

 

「ところでアルちゃんや。

 頭が痛いとか体調に変化は無いかい?」

「その様な事は…というよりアルちゃんは止めてください」

 

 そう年も離れていない相手に子供扱いされる事を厭うアルトリアだが、相変わらず勘違いし続ける料理人は背伸びしたい年頃なんだよなと苦笑する。

 

「すまんすまん。

 どうも君みたいな若い娘と話すのは苦手でな。

 ともあれだ、少しでも変だと思ったらすぐに出てくれよ?

 身体を温めるってのも、やり過ぎれば身体を壊しちまうことなんだからな」

「……分かりました」

 

 どうにもあしらわれている感が気になるも、慈愛と真摯を以て接する彼を無下にするには今のアルトリアは『素』になりすぎていた。

 取り繕うにも取り繕いきれずやきもきするアルトリアをニヤニヤしながら見るケイ。

 と、そこに麻紐を束ねた縄が差し出される。

 

「いい感じに汗も流れてきたようだし、そいつで身体を擦って垢を落としちまえ」

「……ああ」

 

 言われるまま縄を受け取り腕を擦ってみると、浅黒い垢が削げ落ちその下から白人特有の白い肌を覗かせた。

 

「こんなに落ちるものなのか……」

 

 徹夜明けに水浴びはよく行っていた筈が、予想に反した結果に感心するケイ。

 

「はいよアルちゃん」

 

 驚くケイを横目にアルトリアにも縄を渡す料理人。

 そうして軽く擦ってみたアルトリアは、麻縄にごっそりこびりついた自身の垢にゾッと背筋を凍らせた。

 

「………」

 

 選定の剣を抜いた日から女であることを捨てたアルトリアではあるが、しかし目の前の現実はそんなこととかどうでもよくなるほど酷いものだった。

 

 こんな身汚いまま平然としていたのか?

 

 男とか女とか、それ以前に王として、なにより人としてどうなんだと言われそうな状態を自覚しアルトリアは羞恥で真っ赤になる。

 そうして自覚してしまえば、それまで気にもならなかった蒸れてきつく感じられるようになった自分の汗の臭いが二人に嗅がれているだろう事が、今すぐ二人の記憶が無くなるまで殴りたくなるほど恥ずかしくなってしまった。

 

「大丈夫かアルちゃん!?」

 

 顔を赤くして震えだしたアルトリアに心配していた熱中症を起こしてしまったかと焦る料理人が声を荒げると、漸く意識を浮上させたアルトリアは勢いよく立ち上がる。

 

「す、すみません。

 やはり辛くなったので先に上がります」

 

 今すぐ飛び出したいのを最後の矜持で堪えそう述べると直ぐ様扉へと向かう。

 

「隣の部屋の水瓶の中に焼き石で温めた水が入っているから其れで汗を流しな。

 それと、汗を掻いた分の水をちゃんととってくれ」

 

 伝えなければならない事をなるべく手短に伝えるとアルトリアは「感謝します」とだけ告げサウナを飛び出した。

 

「やっぱり初めてだときつかったか」

 

 大丈夫だろうかと心配する料理人を他所に、おおよそを察したケイは必死で笑いを堪える。

 

「何笑ってんだお前さんは?」

「くくっ、いや、なに、あの堅物が、久しく人間らしくてつい、な」

 

 アーサー王として戴冠し、アルトリアは感情を無くしたかのように只々合理的な機械になっていった。

 そんな義妹が、怒りからではなく羞恥に顔を染めてくれたことがケイは嬉しくて堪らなかった。

 しかしそんな不器用な兄心が分かるわけもなく、しかし悪意からではないことは察し意味が解らんと首をかしげる。

 

「ああ、それはそうと冷したエールがあるんだが、風呂上がりにどうだ?」

「昼間から酒か?

 だが、今日ぐらいは構わんだろう」

 

 悪い誘いに嬉々と応じるケイ。

 

 そんなやり取りがあった数日後、料理人はアーサー王より厨房役の長に命じられ、ケイから「こき使ってやれ」と部下としてボーマンという弟子を取ることになる。

 

 

 




おまけ『円卓の騎士達の初入浴』


パーシヴァルの場合

「うん。
 部下の福利厚生の一環に意見してみよう」

アグラヴェインの場合

「……尋問に使えるか?」

トリスタンの場合

「裸で二人っきりに……閃きました」
 料理長にバレて円卓一同から粛清された模様

ガレスの場合

「あの、アーサー王?」
「アーサー王ではありません。
 私はアル。そういうことにしておきなさいボーマン」
「アッ、ハイ」

ランスロットの場合

「ギャ、ギャラハッド。
 希には親子で風呂でも……」
「………」⬅生ごみを見る目

和解後

「…一度ぐらいは背中でも流してあげましょうか」

ガウェインの場合

「暑ければ暑いほどいい。
 しかし火は焚けない
 つまり、私の聖剣なら火を使わず更なる熱を!!」


 勿論火事となり建て直した模様。


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料理人がキャメロットに向かう話・前

あ、ありのままに起きたことを話すぜ…。

死に物狂いでE7を攻略してエンディングを迎えたテンションで艦これの続きを書いていたらこれが完成した。

何を言っているかわからねえだろうが俺が一番わからねぇ。

催眠術とかトリックとかそんなちゃっちなもんじゃねえ。

愉悦の野郎の恐ろしさを味わったんだ…

いやほんと、なんで艦これじゃなくてこっち書いてるんだ?


 王城キャメロット。

 常勝無敗の王と謳われるアーサー王の居城たる白亜の城の廊下を、眉間に厳めしい皺を浮かべた男が早足に歩いていた。

 男はそのままの足取りでサー・ケイの執務室の前へと辿り着くと在中かを確かめるためドアを叩く。

 

『誰だ?』

「例の噂について新しい情報が入った」

 

 尋ねる声に応えず男、アグラヴェインは入ると同時に要件を口にした。

 この二人、斯様に無礼を流しあえるほど仲がいいのかというと、真実真逆。

 片や有能だが腹の底は知れたものではないと警戒を絶やすことはなく、片や他の阿呆共よりは幾分融通が利くとしか思っていない。

 しかし、どちらもがこと国政に関しては信用に足るという程度に信はあり、仕事に関わるならば円卓の中では比較的まともに話す間柄でもあった。

 

「どうだった?」

 

 ケイが促すとアグラヴェインは表情を変えず得た情報を告げる。

 

「噂の者の痕跡を確認した」

「面倒だな」

 

 その噂とは、一年ほど前から密やかに囁かれ始めたもの。

 冷酷なりしアーサー王に切り捨てられたブリテンの民を主が憐れみ、使者を送りたもうたという。

 

 曰く、その者は絵画より抜け出たような平たい顔の男であり、枯れ果てた村に何処からともなく現れ食事を与え餓えて朽ちかけた者を救い上げたそうだ。

 

 それだけならばただの噂でおわっただろうが、噂の内容はそれだけではない。

 

 曰く、聞いたこともない神の国の言葉で死者の魂を天へと運んだ。

 曰く、痩せ細った大地に祝福を施し肥沃な大地に生まれ変わらせた。

 曰く、食べてはならないと遠ざけていた毒のある草木を禊ぎ食べられるものに作り替えた。

 

 そういった幾つかの噂が少なからず広まっており、延いてはアーサー王の政権にさえ揺らぎを与えかねないと懸念した二人は真偽の調査に乗り出したのだ。

 そうして調査をした結果、噂は多くが真実であり、実際彼の者が立ち寄ったと思われる村が幾ばくかの復興をしていたのだ。

 

「それで、噂の当人は見付かったのか?」

「いや、目下捜索中だ」

 

 アグラヴェインはこれが何処かの貴族の策謀であると踏みキナ臭い諸侯に間者を飛ばしているがどれも空振り。

 ならばローマの陰謀かと目を向けてもしかしこれも外れ。

 最も確実な方法をと当人を捕まえるため村の生き残りに行方を尋ねても、切り捨てたアーサー王への不信から見当違いの場所を教えて無駄足を踏まされてばかりであった。

 

「ならば、俺が行こう」

 

 待っていても埒が明かないと判断しケイは席を立つ。

 

「足跡から判断するに奴はこのキャメロットを目指しているようだ。

 態々出向くまでもない」

 

 貴重な後方担当が抜ける穴を考慮しそう言うアグラヴェインだが、ケイはそれを否定する。

 

「この手の手合いは待ったら待っただけ面倒が大きくなる。

 それに阿呆共のばか騒ぎを耳にするのにも苛ついて来たところだ。

 溜まっている休暇がてら、遠乗りのついでに見付けてくる」

 

 アーサー王こと義妹の心意も理解しようとしない者達への憤慨を隠すことなくそう口にするケイ。

 貴様もその一人だと冷えた視線をくれるケイを無視しアグラヴェインは指示を下す。

 

「ならば北に行け。

 いまのところ可能性が一番高い」

「……ああ」

 

 視線を切ってそれだけ言うと、ケイは件の男を探すべく執務室を後にした。

 

~~~~

 

 

「これで最後だ」

 

 ざくりと音を発て子供の背丈ほどの木が地面に突き立てられた。

 木は縄によって十字に組まれており、それがすぐそばに掘り返された墓穴の墓標であることは一目で解った。

 墓標を刺した男はそのまま布にくるんだ非常に軽いナニカをなるべく丁寧に墓穴の底に安置し這い上がると、用意していたスコップでソレに土を被せ埋めていく。

 

「本当は火葬にしちまいたいが……しかたねえ」

 

 そうごちりながら全ての土を元に戻すと男は両手を合わせた。

 

「仏説摩可般若波羅密多心経~」

 

 と、墓の前で般若心経を唱え始めた。

 一応言っておくと、宗教の拘りや悪意といった意識は男にはない。

 ただ、男が基督教の死者の弔いに明るくなく、当然基督教に則った鎮魂の作法なども全く知らないため、せめてもの慰めになればと自分が唯一知っている般若心経を唱えているのだ。

 両者を知るものが見れば常識知らずないし間抜けにも見えるが、しかしながら男は真剣に彼等の冥福を祈り経を詠む。

 そうして暫くして、彼以外生者は誰もいない村の跡地に響いていた般若心経が終わる。

 

「…………」

 

 合わせていた手を離し男は廃墟となった村に視線を向ける。

 男がこの村に着いたのは太陽が中天を越えるかどうかといった時分。

 既に夕刻は目の前であり、もう少しすれば夜の帳が落ちてしまうだろう。

 

「……今日中に終わらせられただけまだマシか」

 

 どうしようもないやるせなさをそう誤魔化すと、男は汚れを落とし来た時に目星をつけていた比較的マシな空き家を今夜の宿とするため歩き出す。

 

「瓜助、チビ助、終わったぞ」

 

 空き家で待っているように言っておいた旅の同輩に呼び掛ければ、其々が待っていたとばかりに鳴き声を上げる。

 

「プギー!」

「フォーウ」

 

 片や黒い毛並みに小さいながらも鋭い牙が口から伸びる猪と、真っ白いふわふわとした毛並みの栗鼠のような四つ足の獣。

 男が戻ったことを喜ぶように鳴き声を上げた二匹に男は口を緩め告げる。

 

「遅くなって済まなかった。

 日が暮れる前に飯の支度をしちまおう」

 

 まるで彼の言葉を理解しているように再び鳴き声を上げる二匹。

 二匹はどちらも男がある目的のためにキャメロットに向かっていた途中で出逢った動物達である。

 猪こと瓜助は森の中で道を見失い、なんとか脱出しようとさ迷っていたところを傷だらけの姿で見付け、まだ小さくて食えるほど大きくなかった事からつい傷の手当てをしたところ、まるで恩義に酬いるとばかりに森の出口へと案内しそのまま旅の連れ合いとして付いてくるようになった。

 一方、チビ助と呼んだ栗鼠のような獣は、数ヵ月前にふらりと自分の前に現れ、その日からなついてきたため好きにさせていた。

 どちらもとても賢く、危険が迫ればそれを教えてくれるため男は今日までに多くの難を逃れ続けた。

 男はそんな二匹に感謝の念を改めて抱き、墓掘りを始める前に水で戻しておいた干肉と野菜を水ごと鍋に入れ、起こした火に掛けて煮込む。

 そうして煮立ち、暫くして浮いてきた灰汁を取り除いてからそこに麦味噌を投入して味を整える。

 そうして出来上がった味噌鍋を男は碗によそうと二匹の前に置いた。

 

「熱いから気を付けろよ」

 

 そう注意するも熱さなんて気にもしないのか、二匹はそれぞれの碗に顔を突っ込み貪る勢いで食べていく。

 

「相変わらず頑丈だな」

 

 肌に当たれば火傷は必至な筈の熱さをものともしない二匹に苦笑しつつ男も自分の碗に鍋をよそい口をつける。

 そうして細やかな夕食を口にしながら男は手持ちの食材について思いを巡らす。

 

(味噌の残量は後数回分、干し魚は三尾、干し肉は食い果たした。

 住人にはすまんが暫く逗留させてもらって二週間ぐらい貯えに走ろう)

 

 運よく近くの森に牛蒡とサヤエンドウの群生地があったのを瓜助が見付けてくれたので、それらを加工して今後の食材に使おうと考える。

 

(しかし問題は塩だな。

 サヤエンドウで味噌を作るにも塩が足りねえと腐っちまうし、前回みたいに山塩を見付けるなんて偶然はそうあるはずもねえわな)

 

 立ち寄った村で食用可能な植物の栽培法や肥溜め農法等の農業技術と引き換えに塩など保存に必要な材料を確保してきたが、最近はこの村のように枯れきって滅んでしまった村の方が多く、当初のキャメロットへの道程の予定より大幅に遅れていた。

 

「花の魔術師か……」

 

 元の時代に帰る手段を求め、彼はマーリンに知恵を借りるためキャメロットを目指している。

 しかし、

 

「……いや、よそう」

 

 ろくにアーサー王物語を知らない自分でも知っているような高名な魔術師にも打つ手が無かったらという考えを打ちきり、男は味噌漬けにしておいた川魚を串焼きにする。

 

「今日は疲れたからな。

 少しだけ贅沢をするか」

 

 味噌が焼ける芳ばしさに瓜助とチビ助が行儀よくしながらもそわそわと魚を今か今かと伺う。

 

「もうちょっと我慢しろ。

 そうしたらもっと旨くなるからな」

「プギャ!!」

「フォウフォウフォーウ!!」

 

 そう言うと待ちきれないと言いたげに鳴きながらも、それでも男の言葉を信じてか二匹は座った体勢のまま我慢する。

 そんな二匹にやるせない気持ちを和らげてもらった男は口許を緩め魚の焼け具合に集中するのだった。




因みに瓜助はトゥルッフ・トゥルウィスではありませんが無関係でもなかったり。

チビ助はみんな大好きあの子です。

なんでいるかは後日改めて。


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料理人がキャメロットに向かう話・後(追記追加)

作中にての話で一つ補足を。

肥溜めにより豊作となった理由は土地に栄養を与えただけでなく、結果として土地に神秘が多少なりとも追加されたからです。

ブリテン人が神秘側の存在であるなら、腹から出た糞尿にも神秘が含まれているだろうという考えから至ったものです。

後、全部ぶっ混んだので長めです。


 キャメロットを発ち噂の男を探しに出たケイだが、十日を過ぎてなおその捜索は足取りを掴む段階で難航していた。

 その理由はケイが円卓の騎士であるからである。

 パーシヴァルやランスロットのように吟遊詩人が謡うような華やかな活躍はなくとも、円卓第三席の肩書きと風貌は小さな村にまでしっかり知れ渡っており、そんな彼がアーサー王への批判的な噂の原因である男を探しているという事実が足枷となり、男について話を聞こうにも村人は反意を抱いていると思われたくないと知らないの一点張りか、さもなくば消極的な協力しか得られなかったのだ。

 

「そら見たことか。

 お前の努力なんて、誰も理解していないじゃないか」

 

 これまでの情報から男は足跡を隠すためかアルトリアが苦渋の決断の下に潰さざるを選なかった廃村から廃村へと渡り歩いているのだろうと当たりをつけ、その中の一つを目指して通行がなくなり獣道化している森の街道を馬を引いて歩きながらケイは毒吐く。

 胸中を過るのは多くのモノへの怒り。

 ヴォーディガーン亡き後も征服欲から侵略を続けるサクソン人への。

 闘争心を満たすためだけに戦いを続けるピクト人への。

 保身と権力欲から表向き服従を示しながらも虎視眈々と反旗を伺う諸侯への。

 義妹の真相も知らず王を奉り盲目に従う騎士共への。

 勝手に期待して勝手に失望し目新しい希望にすがる民草への。

 一握りを見捨てなければ多くを失う枯れたブリテンへの。

 なにより、そんな中でどれだけ足掻こうと義妹の何一つさえ救えない己自身への怒り。

 なにもかもがケイを苛立たせ、そうでありながらも義妹のために決定的な事を起こせない己に辟易する。

 

「……?」

 

 と、それまで自分と馬の足音の他は風に揺れる枝葉の微かな風鳴り程度しか音が無かった森の中で、はっきりと異音と言い切れる音が耳に届く。

 それは何かが木にぶつかる音だ。

 

「獣の縄張り争い……いや、違うな」

 

 これまで戦場で培った戦闘勘がこの音がそうではないと告げる。

 魔獣の類いならいずれ討つ必要があると確かめに向かったケイは、そこで奇妙な光景に出くわした。

 

「さっさとくたばれ猪野郎!!??」

 

 それは泥塗れの男が聞いたことのない言葉を叫びながら紐のような何かで一メートルを越える魔猪の成獣を必死に宙吊りにしようとしている場面だった。

 周辺は血と汚物により凄まじい悪臭が立ち込め、見れば魔猪の体当たりを受けたらしい倒木が何本も散乱している。

 

「黄色い肌に平たい顔……奴が例の男か」

 

 外見の特徴から奴こそが探していた噂の男であるとケイは確信する。

 目的を問いただすためにも手を貸すべきかと思考していると、ケイは男が手にしている紐が生々しいピンク色をしており、更にそれが猪の尻から直接延びているのを見て、それが尻から引きずり出された腸であると気付く。

 魔猪は必死に逃げようと前脚を掻くも、引きずり出された腸のせいで殆ど脚に力が入らずその抵抗は風前の灯であった。

 

「ぐっ、ぎぎぎっ……」

 

 丸々と太った魔猪は百キロを越えるだろう。

 下手な手出しは逆に窮地を招くと判断しケイは状況が変わるまで推移を見守ることを選ぶ。

 そうしている間にも泡を吹き悶える魔猪をそのまま窒息死させんと、男は歯を剥いて食い縛り顔を真っ赤にしながら必死に魔猪を吊るし続ける。

 そうして数分の時が経った頃には魔猪は抵抗を止め、口から舌を垂らし顔の穴という穴から汁を垂れ流し絶命した。

 魔猪の死を確信した男は手を離すと精魂尽きたのかそのまま仰向けに倒れ込んだ。

 

「な……なんとか………生き……のこれたか……」

 

 喘息を患っているようにぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返す男。

 好機と見たケイは鞘を手に男へと近づく。

 

「だ……誰かいるのか……?」

 

 目を開ける気力もないのか目を閉じたまま男はケイに尋ねる。

 

「貴様が噂の神の遣いか?」

「噂?」

 

 少しだけ体力が回復したのかふらふらの状態で上半身を起こすと、男はケイを見上げ不思議そうに問い返す。

 

「一体何の話だ?

 すまねえが、ここ暫くまともに人と話してなくてな。

 詳しく聞きたいんだが……」

 

 そう言葉を切ると男は仕留めた魔猪を示す。

 

「先にあっちを処理しちまっていいか?

 早くやっちまわねえと臭くて食えなくなっちまう」

 

 あんたにも振る舞うからよと小さく笑う男に、ケイは瞬巡してからここ暫くまともな食事をとっていなかった事を思い出し、解ったと頷いた。

 

 

~~~~

 

 

 そうして男に誘われるまま二人掛かりで血抜きをした魔猪を廃村へと持ち込むと、ケイは村の様子に奇妙な違和感を覚えた。

 人の気配は無いのは当たり前だが、それにしてはあちらこちらに保存食とおぼしき乾燥した植物が用意され、更にいくつもの樽や瓶が散見しているのだ。

 

「あの吊るしてある物は全部お前が作ったものか?」

「まあな。

 この辺は結構食える野菜があったんで当座の食料と、村で物々交換に使う分を溜め込ませてもらってんだ」

 

 そう言うも、吊るされたものの中にはケイが食したことのない雑草にしか見えない葉物や、明らかに食用とは思えない木の根なども含まれている。

 聞けば答えるだろうがケイはそれよりは気になるものを先に尋ねる。

 

「あの樽はなんだ?」

「あの樽は浄水用の樽で、あっちは保存食を浸けている樽だ」

 

 聞きなれない言葉だが何となく意味を理解し首をかしげる。

 

「浄水?

 井戸水を洗うのか?」

「この辺の土は森の中より痩せているからな。

 そういう土地は井戸水が病原菌の温床になっていることもあるから念のためな」

「その焦げている瓶は?」

「そっちのは炭焼きに使ってる瓶だ」

「炭?

 木の燃滓なんて何に使うんだ?」

 

 魔猪を木の台に置いてそう問うと、男は井戸から水を汲み先ず頭から被り汚れを濯ぎ、次いで魔猪の身体へと掛け汚物を洗い流しながら答える。

 

「炭は使い道が多いんだぞ?

 単純に燃料としても優秀だが、水の浄化もしてくれるんだ」

 

 証拠を見せてやるよと言うと男は浄水用と言っていた樽の横のコルクを抜いて中の水を手にした器に取る。

 

「この樽の中には砂と土と炭を順番に敷き詰めてある。

 中に水を入れると水が其々を通過する際に汚れが洗い落とされて綺麗になるって仕組みだ」

 

 そう言うと男は器の水を旨そうに飲み干す。

 

「あんたもどうだい?

 えっと……」

 

 もう一杯汲み差し出す男に毒気を抜かれかけている己に気づかないままケイは半信半疑で器を受けとる。

 

「ケイだ。

 お前こそ名を言え」

「あ~……」

 

 そう言うと男は困ったように頬を掻く。

 

「何を躊躇している貴様?

 まさか名乗れない身分だとでもいうのか?」

 

 枯れた村の井戸水とは思えない澄んだ水に内心驚きつつ、下手な態度を見せた瞬間切り捨てようと考えたケイをよそに男はそうじゃないんだと言う。

 

「名乗るのは構わねえんだが、多分聞こえねえぞ(・・・・・・)?」

「は?」

 

 何を言っているんだこいつは? と懐疑を向けるも男はいくつもの木桶と解体に使う道具を並べながら言う。

 

「俺の故郷の言葉はブリテン人には聞き取りづらいらしくてな。

 何人かにも自己紹介したんだが、誰一人として聞き取れなかったんだよ」

 

 そう言うと男は突然ケイに聞き取れない言葉を放つ。

 

「俺は日本人だ」

 

 その言葉を魔術師(メイガス)の魔術と警戒したケイが咄嗟に地を蹴り剣を抜くも、ただ身分を語っただけなので当然何も起こらない。

 

「……今のは?」

 

 困ったように顔を緩める男に警戒はそのまま問い質すも、男は仕様も無しと言う。

 

「今のが俺の故郷の言葉だ。

 ただどこの国の人間かを言っただけなんだが、今の反応から答えは聞くまでもないな」

 

 そう苦笑する男。

 一切警戒を解かないケイだが、しかしやはり何かが起きる気配もなく、しかも男がケイに構わず魔猪の解体を始めたため嘘ではないようだと剣を下ろす。

 毛を剃り落とし腹を裂いて手早く内臓を取り出すと其々を別個の木桶に移していく。

 

「捨てておくか?」

 

 手際の良さに感心しつつ手持ち無沙汰から桶を指しそう言うも、男はいやと言う。

 

「捨てる部位はねえ。

 全部使いきる」

「腸はともかく、猪の毛なんか喰えるのか?」

「流石にそいつは無理だが、毛は汚れを洗ってから火口に纏めるし、骨と皮はゼラチンを取ってから砕いて乾かして肥料の足しに使う」

「ゼラチン?」

「液体を固めてくれる物質だ。

 例えば、煮崩れるまで砂糖で煮た果物に暖かい内に混ぜれば汁が固まって独特の弾力があるゼリーって料理になる」

「………」

 

 それを聞いたケイから言葉が無くなる。

 それがどんなものなのか皆目見当も付かないが、少なくともそう語る男の目は適当を吐いて煙に撒こうとする者の目ではない。

 やはりこの男が噂の神の遣いで間違いないと確信した。

 

「ピギー!?」

「フォウフォーウ!!」

 

 義妹のためにこの場で切り捨てようとケイが剣を握った直後、その意を挫くように二匹の獣の鳴き声が響く。

 

「…あ、瓜助とチビ助の事忘れてた」

 

 そう男が頬を引きつらせると、直後、森の方から土煙を発てて物凄い勢いで小さな魔猪と栗鼠にも見える白い毛並みの獣が男の方へと駆け寄り、そしてその勢いを手前で殺しきると二匹はまるでケイから男を庇うように間に立ち塞がり吠えた。

 

「キュウッ!! キャウ!!」

「プギャ!? ピギピギピギー!!」

 

 唐突に威嚇され、更には片方にはかなり見覚えがあるだけに固まるケイ。

 一方男は見知らぬ人間に警戒しているのだろうと二人を宥める。

 

「すまねえ二人とも。

 心配掛けたのは悪かったから落ち着いてくれ。

 ケイはそこの猪を運ぶのを手伝ってくれただけで悪いやつじゃねえよ」

「フォウ!!」

「ピギー!!」

 

 そう嗜める男を諫めるように二匹が鳴き声を上げる。

 

「参ったな…。

 俺以外の人を見てもこんなふうに興奮なんかしなかったんだが……」

 

 どうしたもんだかと困り果てる男を尻目にケイは内心で怒りを必死に堪えていた。

 

(キャスパリーグだと!?

 あの魔術師の差し金か!?)

 

 幻想種犇めくブリテンにあってもキャスパリーグと同じ姿をした存在は無く、そしてこの獣がキャスパリーグそのものであるならば、しかもこの男の裏にはあの五体を微塵に刻んでも飽きたらないマーリンが糸を引いていることになる。

 激昂しかけたケイだが、だが同時に疑問も浮かぶ。

 

(奴にしては余りに意図が見えない)

 

 ただの気まぐれの愉快犯的蛮行は多々あれど、しかし今回のはアーサー王に対してのダメージが余りに大きい。

 

「貴様、何が目的だ?」

 

 混迷を来す推測の数々に埒を明かすため、ケイは単刀直入に真意を問いただす。

 

「目的?」

「惚けるな。

 国に火種を撒き散らしておいて何処の領主の差し金だ?」

 

 突然剣呑な雰囲気を纏ったケイに困惑しつつも男は様子から正直に話す。

 

「何を勘違いしてんだがよく解らんが、俺の目的はキャメロットに居るっつうマーリンって魔術師に話を聞きたいだけなんだが……」

「あの屑に話だと?」

「屑……」

 

 つい本音を漏らすと、伝説に名高い賢人と期待していた男は表情をしょっぱくさせながら続きを言う。

 

「さっきも言ったが、俺の故郷は言葉も通じないぐらい遠い所にある国で、俺はそこに帰りたくてマーリンにその方法を知らないか聞きに行きたいんだよ」

「……」

 

 筋は通っているのだろう。

 だが、はいそうですかと信じるには男に関わる噂と、男の足元で牙を見せて唸り声を上げるキャスパリーグという存在は怪しすぎた。

 

「もしもだ。

 マーリンがお前の希望を叶えなかったらどうする?」

「………」

 

 そう言うと男は初めて口を噤んだ。

 そして両目を閉じ、深く悩むように眉間の皺を立ててから暫く立ち尽くすと、やがてふっと力を抜いた。

 

「そうしたら諦めるしかないさ」

「何?」

 

 意外な答えに虚を突かれたケイに男は言う。

 

「ブリテン1の魔術師にどうにもならねえってなら本当に手はないんだろう。

 だったらどっかの村にでも腰を落ち着けて静かに暮らすさ」

 

 そう言う男の顔には疲れたような笑みが浮いていた。

 

「………」

 

 それをどう受け止めるべきか迷うケイを尻目に男は魔猪の解体作業を再開する。

 

「まあなんにせよ、今はこの猪が最優先だ。

 貴重な肉が台無しになるのは勿体ねえ」

 

 話は終いだと解体作業を続ける男に、ケイはどうしても納得できず問いを投げる。

 

「簡単に諦めるのか?」

「簡単なわけねえだろ。

 だけどさ、希望ってのは必死になってでも目指すもんであって、そいつにただ縋っちまったらそれは奴隷と何が違うんだ?」

「…………」

「帰る希望があるうちはお天道さんに顔向けできないこと以外はなんでもやるさ。

 だが、無理なら無理ですっぱり諦めて他に出来ることをやる。

 運が良いことじゃあねえが、ブリテンにゃあ俺の知識が山程活かせる。

 そいつで誰かが救えるなら、それは俺にとって帰ることに負けないぐらいの救いになる」

 

 そう言うと今度こそ言うことはないと男は黙って魔猪へと向かう。

 ケイは暫く魔猪を解体する男を黙って見続けたが、やがて肩の力を抜くと放置していた馬の世話に向かう。

 そうして日が暮れるまでお互いにやることをやり続けた後、ケイは男が仮の宿とする小屋の中で夕食を振る舞われた。

 

「今日は猪のモツ煮込みだ。

 味の方はそれなりの出来になったぜ」

 

 そう言ってケイに碗を差し出す。

 受け取った碗の中には、昼から煮込まれた魔猪の内臓がぶつ切りにされ、蕪や葱といった野菜と共に茶色い汁の中に浮いていた。

 

「……妙な匂いだな」

「味噌のことか?」

「味噌?」

「故郷の保存食の一つだ。

 豆や穀物を塩で浸けて発酵させた代物だ。

 そのまま湯で溶いて良し、肉や魚を浸けて干して良しの万能調味料の一つだ。

 考え方で言うなら乳の代わりに豆で作るチーズみたいな感じか?」

「そうか」

 

 チーズのようなものという説明に納得しケイは碗を傾けた。

 

「…………ハッ!?」

 

 汁を口にした瞬間、ケイは意識が飛ぶという奇妙な経験を味わった。

 見れば碗の中身はない。

 どういうことだと男を見れば、男は憐れみに満ちた優しい笑みを浮かべていた。

 

「お前さん、よっぽどひでえもん食ってたんだな……」

「は?」

 

 何を言っているんだと言う前に男は何があったのかを語る。

 

「ケイが汁を飲んだ瞬間、急に固まって、そしたらもの凄え勢いで碗を飲み干しちまったんだぞ」

「……馬鹿な」

 

 そんな記憶は無い。

 確かに腹の奥にずしりと熱が溜まっていることから煮込みを食べたのは確かだろうが、しかし記憶を失うほどの衝撃をただの食事で味わったのかと驚愕する。

 そんなケイに碗を寄越せと男は手を伸ばす。

 

「どうせ俺達だけじゃ食いきれねえんだ。

 何杯でも食ってくれ」

 

 そう促されケイはやや戸惑いながらも碗を渡す。

 そうしてよそられた二杯目の煮込みを改めて口にするケイ。

 

「これは……」

 

 まず初めに感じるのは強烈な塩気。

 しかし塩辛さは全くなく、むしろ独特の風味と相まってじんわりと舌を楽しませる。

 次いで野菜を噛んでみれば、汁を吸った野菜は噛むほどに野菜の旨味が味噌の風味と混ざりながら溢れ、野菜も舌で潰せるほど柔らかくほろほろと崩れあっさりと溶けてなくなる。

 そうして最後に魔猪の内臓。

 下処理をした者の腕の違いがはっきりわかるほど臭みが殆どなく、プリっとした噛みごたえはそのままに噛めば噛むほどに肉の旨味が口の中に広がっていく。

 

「……美味い」

 

 そこまで理解した後、ケイはここに冷えたエールがあれば最高だったと感想を遺し、考えることをやめた。

 長年のブリテンの食事により死にきった味覚が初めてというほどの美食に暴走を起こし、それに抗う術を持たぬケイはただ美味いと口にしながら煮込みを流し込む機械となり果てた。

 そんな様子に男も満ち足りたとばかりに頬を緩めてから自分の分へと手を伸ばす。

 そんな二人を少しだけ離れたところから眺めていた瓜助とキャスパリーグは互いに顔を見合わせ、そしてほぼ同時に彼が用意してくれた自分達の器へと食らいつく。

 

「……食い過ぎた」

 

 その後、あまりの美味さにキャパシティを越えてなお食べ続けたケイは、煮込みを食べ尽くすと食べ過ぎで身動きがとれなくなり藁敷きの床に転がった。

 

「満足いただけたようでなによりだ」

 

 空になった鍋を片付けた男は膨れた腹に苦しそうながらも満ち足りた様子のケイに満足しつつそう言うと暖炉が朝まで絶えぬよう炭を調整する。

 

「………」

 

 その背中を眺め、ケイは思う。

 

 ―――やはりこの男は危険だ。

 

 本人その者は無害でありはっきり言えば善人だ。

 これまでの話から後ろに貴族の気配も無い。

 だが、善良なる者の善意からの行動がいい結果ばかりを招くわけではない。

 寧ろその結果故に自分は男を危険視し、場合によっては切り捨てるつもりでいた。

 だが、それは惜しいと心から思う。

 しかしケイが今ここで男を見逃そうと、何れ男はアグラヴェインの手に掛かり尋問官としての手腕の限りを尽くされ凄惨な最期を遂げるのは見えている。

 それは余りに気に入らない(・・・・・・・・・)

 

「お前、マーリンに帰郷の手伝いを断られたら俺のところに来ないか?」

「えぇ?」

 

 突然の提案に驚く男にケイは言う。

 

「俺の主君は『それなりの』領地を持った大貴族で、俺も『それなりの』地位にある騎士だ。

 お前が持っている知識をより確実に多くに広めたいなら口利きしてやるがどうだ?」

 

 嘘は言っていない。

 アーサー王はブリテン内にアーサー王個人として『それなりの』領地を有しており、ケイも円卓の騎士という『それなりの』地位に居る。

 

「いや、しかし、いいのか?」

 

 躊躇いがちに男は問う。

 

「俺個人で出来ることなんかたかがしれてるし、知識を広めてくれるってのはありがたい話だが、それでお前さんやその領主がアーサー王に目を付けられたりしたら申し訳ねえんだが……」

 

 まるで見当外れな心配を、あろうことかアーサー王1の臣下とも言える円卓の騎士であるケイに嘯く男に、ケイはとうとう堪えきれなくなり笑いだしてしまった。

 

「アハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 腹を抱えて笑い出したケイに男はたじろぐ。

 

「な、何が可笑しいんだ?」 

「これが笑わずにいられるか。

 お前、こっちが功績から何から全部巻き上げようっていうのに、その盗人の心配をするとか本当に天の遣いか何かか?

 アハハハハハハ!?」

 

 そう笑うも男は憮然と唇を尖らせる。

 

「別に功績なんかたいして興味もねえし。

 俺は俺が作った飯を美味いと笑ってくれた方がよっぽどありがてえんだよ。

 第一だ、そいつは花の魔術師に断られたらって話だろ?」

「そうだったそうだった」

 

 漸く笑いが落ち着いてきたケイがそう言うと「全く」と男は溜め息を吐く。

 

「それと、帰れるって話になったら俺に教えられるものは全部教えてから帰るつもりだから、功績でもなんでも好きにしてくれ」

「……本気か?」

 

 どちらであっても残せるものは全部置いていくと宣う言葉に驚くケイ。

 しかし男は溜め息をもう一度吐いてからこう言った。

 

「それで誰かが救えるなら、それは俺にとっても救いだって言っただろ?」

 

 

 その後を多く語る必要はあるまい。

 

 男はケイに連れられ、そしてキャメロットの厨房で料理人として包丁を振るうようになった。

 

 それだけなのだから。




何で魔猪を吊るせたかと言うと完全に偶然です。

魔猪と遭遇する➡木に逃げる➡魔猪の体当たりで落ちる➡運よく魔猪に乗る➡混乱したあげく内臓抜けば殺せると尻から手を突っ込む➡魔猪が暴れて吹っ飛ばされる➡しかし腸を放さなかった➡吹っ飛ばされ枝に腸が引っ掛かる➡ケイが発見する場面という経緯でした。

吊るしてる最中に腸が千切れるとか先に内蔵が抜けるだろという突っ込みは勘弁してください。


追加 現在活動報告にてアンケートを募っています。
   よろしければ御意見をお願いします。


以下はみんなが気になってるだろう小咄です。







おまけ『キャスパリーグが居た理由』


マーリン「むぅ、神秘が妙に濃いから確かめに来たんだけど酷い臭いだねこれ」

マーリン「しかもこの辺だけ変に暖かいしなんなんだろ?」

村人「おいそこの兄ちゃん。その肥溜めはまだ寝かしてる最中だから、下手に近付くと病気にかかっちまうぞ」

マーリン「肥溜め?」

村人「便所から集めた糞を貯めて肥料に作り替える場所だ」

マーリン「……糞?」

 ズルッ

マーリン「え"?」⬅滑った

 ドボンッ!

マーリン「………」⬅肥溜めに落ちた

キャスパリーグ「(大爆笑)」

マーリン「くくく……。何処の誰か知らないけど、生まれて初めて本気の殺意を抱かせてくれてありがとう」

マーリン「行けキャスパリーグ!! 僕に変わってこの恨みを晴らしてくるんだ!!」

キャスパリーグ「本気の殺意を自分で晴らさないとかマジで屑www」

~暫くして~

マーリン「遅いなキャスパリーグの奴」

マーリン「何処かで女の子の尻でも追ってるんじゃ無いだろうな?」

料理人「なんだチビ助。この胡桃が食いたいんか? 今砕いてやるからちょっと待ってな」

キャスパリーグ「フォウフォウ!!(最初はおっさんなんてとか思ったけど、貴方になら倒されてもいい!!)」

マーリン「キャスパリーグ!!??」


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料理長と弟子

いつものやり取り

俺「アサシンピックアップ爆死した……」

愉悦「アナスタシア引かないのか?」

愉悦「今の俺ならアナスタシア引ける自信があるぜ?」

俺「カドアナ派の俺としては擬似的にでもNTR展開は御免だ」

愉悦「ならば仕方ない」

愉悦「代わりに喰らえ」

フレンド召喚➡アンリ君

俺「……(白目)」


ちなみにまた長めです。


 私、ガレス。

 騎士(アイドル)を夢見る16歳。

 お兄様達も名を列ねる円卓の騎士(トップアイドル)になるため、母の反対を押し切って故郷オークニーを飛び出したんだけど、そこで待っていたのは意地悪なサー・ケイの嫌がらせだったの。

 兄の七光りなんて言われないよう身分を隠して騎士になろうとした私を、サー・ケイは騎士見習いじゃなくて厨房役助手としてなら雇ってやるなんて言ったのよ?

 だけど私負けない。

 ボーマン(白い手)なんてハラスメントめいた名前まで付けられたけど、私、絶対円卓の騎士(トップアイドル)になって魅せるんだから!!

 

 

 

 そう思っていた時期が私にもありました。

 

 

 

「ボーマン!!

 グレイビーソースはまだか!?」

「もう少し待って下さい!?」

「急げ!!」

「はい!!」

 

 料理長(本名不明)の指揮の下、本日のディナーを完成させるため持てる限りの全力を尽くす。

 騎士(アイドル)になる誓いはどうしたって?

 そんな暇があったら野菜の皮剥きをしてますよ!!

 なにせ、料理長はアーサー王と円卓の騎士全員分を同時に完成させなければならないため、一度作業が開始されたら気を緩める暇なんて無いんです。

 今回私が任されたのは、メインディッシュに使う肉汁で作るグレイビーソース。

 料理の要とも言える重要な作業を任され、私のやる気と緊張は最高潮に達しています。

 鍋を前に私は深呼吸をして意識を研ぎ澄ませる。

 料理長に急かされた通り予定時間を越えてしまっているけれど、だからといって焦ってはいけない。

 焦って小麦粉を一気にいれてしまえばダマ(・・)が出来てしまい、折角の鴨のローストが台無しになってしまう。

 定量の小麦粉を振るいながらとろみが出始めたソースが焦げ付かないよう混ぜ合わせ、そうして名前の由来でもある焦げ茶色に近付いてきたのを見計らって火から下ろし鍋を渡す。

 

「出来ました!!」

「おう」

 

 鍋を受け取った料理長はソースの色を確認すると匙で一掬いし舐めてから良しと頷いた。

 

「このまま仕上げに入る」

 

 それは手直しは必要ないと、料理長が認めてくれた証左。

 感極まって目頭が熱くなるけれど、まだ戦いは終わっていません。

 切り分けられたローストが己が主役だと主張する皿に見映えを意識した盛り付けを成す作業が残っています。

 それも、それぞれに許された誤差は銅貨一枚以下というとても神経を使う作業です。

 そうするのは、曰く、『円卓は対等を願っているのだから料理が不揃いになっては意味がない』からという彼の信念からだそうです。

 噂ではそんな鉄火場を見かねたさる宰相の指示で量もまばらに順繰りに提供した結果、それが誰の皿なのかということでいさかいが起き、最終的には殴りあいの末に聖剣が抜剣されるまでに至り円卓に罅が入ったから…なんていう話もありましたが、まあ流石にそれはないでしょう。

 現在円卓の席を埋める騎士は11人。

 常に全員がキャメロットに居るわけではありませんが、何人であろうと料理長は手を抜きませんし、私も気を緩めません。

 

「完成だ。

 持っていけ」

 

 料理長の声に従いそうして出来た8枚の皿が控えていた侍女達により運ばれていきます。

 

「……ふぅ」

 

 本日の山場を越え、張り詰めていた緊張から解き放たれた私はつい力を抜いてしまいます。

 

「お疲れさんボーマン。

 賄いはどうする?」

 

 先程までの覇気がなくなり、独特な平たい顔に温厚さのみを残した料理長の言葉に私は即答します。

 

「先に片付けですよね?」

「よくわかってるじゃねえか」

 

 その答えに満足そうに笑うと僅かな残りを皿に移し鍋などの調理器具を洗い始める。

 

『安全で旨い料理が作れて三流。

 人に金を払ってでも食べたいと思わせて二流。

 その上で自分が振るう機材の管理がしっかり出来て初めて一流の端くれだ』

 

 そう彼は宣い、そう在れるよう日々努力しています。

 今でこそその信念に深い敬意を抱いていますが、聞いた当初は何故そこまで高い意識を持つ必要があるのか疑問に思いました。

 その理由を尋ねると、料理長はとても真剣な顔で答えました。

 

「いいかボーマン。

 俺達料理人の仕事ってのは飯を作ることじゃねえ。

 食べる人に食への不安を持たせないことが仕事なんだ。

 先に言っておくぞ。

 俺達料理人ってのは、王様や騎士なんかよりも簡単に人を殺せる仕事なんだ。

 それも刃物や毒なんか必要ねえ。

 肉の加熱時間を短くする。

 料理に使う食材の中に傷み過ぎた食材を混ぜ込む。

 たったそれだけのことで人間って生き物は食中毒で死んでしまうんだ。

 お前さんが厨房に立つことに不満があろうと構わねえ。

 だがな、人に物を食わせるって事を甘く考えているなら今すぐ出ていけ」

 

 そう嘯く料理長の威圧感は、御前試合に挑む円卓の騎士の覇気に何ら劣らぬ程に凄みがあるものでした。

 しかしすぐにそれが消え、次いで彼はこうとも言いました。

 

「それとだ。

 王様の食べる料理ってのは、例えるなら額縁みたいなものだと思っている」 

 

 脈絡の見えない言葉に当時の私は変な声を出してしまいましたが、料理長は気にしないまま続けました。

 

「王様ってのは国の象徴だろ?

 だったら王様の食べる物は王様とその国の『格』を量る指針のひとつとも言えるもんだ」

「豪華な食事が摂れるってことは国が裕福である証だ。

 実際のところはさておいてな」

 

 下手なことを言うと不味いことになると料理長は話を切り上げ私に尋ねました。

 

「例えばだ。

 ボーマンが国の偉い役職に居たとして、外交で他の国に行ったときに、その晩餐に手の込んだ旨い飯を振る舞う国と、煮ただけ焼いただけの肉をただドンと渡すだけの国だったら、ボーマンはどっちと仲良くしたいと思う?」

 

 その質問に私は当然前者だと答えました。

 

「それが額縁に例えた理由だ。

 どんな立派な絵だって額縁が貧相なら安く見られちまう。

 逆に大したこと無い絵だって立派な額縁に飾ってやればその絵が立派な絵だと思わせることが出来る。

 勿論うちの王様は立派な絵だがな。

 まあ、つまるところだ。俺達の仕事はアーサー王を更に立派に見せる仕事でもあるって訳だ」

 

 そう締めくくった料理長に私は当時申し訳なさでいっぱいになりました。

 料理なんて食べられればそれでいい。

 料理人なんて騎士に比べたらつまらない仕事だ。

 そんな軽い気持ちだった私に比べ、彼は国が栄えるため、自らが出来うる限りを尽くして王のために身を捧げていたのですから。

 立場は違えど彼の意志は騎士が本懐とする忠義の形そのもの。

 世間知らずも甚だしい己を叩き直す機会をくれたサー・ケイに私は深い感謝を抱きました。

 

 ……まあ、その半分ぐらいは私の先走りきった勘違いだったりしましたが。

 

 特に、サー・ケイはただ私の白い手を見て『こいつが騎士になるとか無理だろ?』と当時人手が足りなそうだった料理長に宛がっただけでしたから。

 閑話休題

 調理器具を洗い終えた私に料理長が賄いを用意してくれました。

 

「今日は鴨のローストサンドだ」

 

 渡されたのは丸パンを横に切り、間に残った鴨のローストを挟んだ物と付け合わせのアーティチョークのマッシュでした。

 

「ありがとうございます料理長」

 

 パンといえば石のように固いものか溶いた小麦粉をただ焼いただけのものしか知らなかった私ですが、料理長が出すパンはどれも柔らかくふんわり香る麦の香ばしさが食欲をそそり、それだけでも何個も食べられそうだと思います。

 ふんわりしながらもしっかり触感のあるパンと間に挟まれた鴨肉の組み合わせはとても素晴らしく、更に鴨肉と一緒に乗せてあったグレイビーソースがアクセントになってとても美味しいです。

 そうしてこの世の至福を堪能していた私に、料理長は問いを向けました。

 

「ボーマン。

 この後畑に行くがお前さんはどうする?」

 

 その問いに槍の鍛練をと考えてすぐに破棄しました。

 騎士になりたいという夢は諦めていませんが、助手としていただいてまだ一年。

 まだまだ覚えるべき事は沢山あります。

 

「ご一緒してもいいですか?」

「人手があるのはありがてえし、別に構わねえがいいのか?」

「勿論です」

「分かった。

 荷車の準備をしているから食べたらいつものところな」

「ハイ」

 

 ローストサンドとマッシュを食べ終え使った皿を片付けてから私は野良着を羽織って料理長と合流します。

 

「よし、行くか」

 

 野良着に着替え、黒毛の立派な軍馬に荷車を繋いだ料理長と共に畑に向かいます。

 

「今日もいい天気だな」

 

 馬を引き暢気に空を見上げそう言う料理長。

 ですが、私はそんな余裕はありません。

 なにせ、料理長は全く気付いていませんが、荷車を引いているのがアーサー王の乗馬である『ラムレイ』なんですよ?

 料理長いわく、『アルちゃんが必要なら馬屋に居たら使っていい』と言われたそうですが、そもにしてアルちゃん=アーサー王とどうして知らないのかと突っ込みたいです。

 しかし蒸し風呂で席を共にした際に料理長に言わないよう、アルちゃんことアーサー王当人から釘を刺されている私には言えません。

 というより、この人料理に関しないと鈍すぎます。

 以前もサー・ケイにキャメロットで一番驚いたことは?と質問された際に、この人は『チビ助…じゃなかった、キャスパリーグが猫だったこと』なんて言ったんですよ?

 王城への感想とか、キャスパリーグが花の魔術師マーリンの使い魔だったことじゃなくて、キャスパリーグがどんな動物なのかが重要な辺り暢気すぎると思ったってバチは当たらないはずです。

 その事について聞いても料理長は『食わせたら危ない食物与えたら可哀想だろ』なんて真顔で言うし。

 いえ、それだけ食べるということに真剣な方だという事でもありますが、それにしたってもう少し周りを疑って生きるべきではないでしょうか?

 それについて本人は『騎士が下働きの料理人に嘘を吐く理由が思い付かんし、大事になるならそもそも関わらんだろ?』と、実に暢気な事を仰る始末。

 しかしそんな料理長ですが、厨房では肉の僅かな変色や野菜の色の異状も一切見逃したりはしません。

 本当に、料理中の鬼気迫る姿と重なら過ぎなのですが…。

 

「ビギー!!」

 

 思考に没していた私ですが、遠くから聞こえた鳴き声に意識を引き戻されました。

 

「今日も瓜助は元気だな」

 

 道の奥に広がる森の方から土煙を立てて迫る大きな魔猪を見遣り、嬉しそうにそう言う料理長。

 そうしている間に全長二メートル近い巨大な魔猪が料理長の目の前で急停止しました。

 

「おはよう瓜助。

 数日見ない間にまたでっかくなってないか?」

「ブギィ!!」

「こらこら。

 ははは」

 

 頭を擦り付ける魔猪に料理長は口では嗜めながらも嬉しそうに好きにさせます。

 魔猪と言えばブリテンでも筆頭に数えられる害獣であり、手練れの騎士だって甘く見れば返り討ちにされかねない狂暴な魔獣です。

 そんな魔獣がまるで飼い豚のように親愛を示す、そんな光景を初めて見た時に正気を疑った私は悪くないですよね?

 

「瓜助、畑の野菜を収穫をしに来たんだが大丈夫か?」

「ピギー!」

 

 料理長の質問に大丈夫と言わんばかりに鳴き声を上げる瓜助。

 そのまま付いてこいと言うように料理長の前を歩き出しました。

 瓜助の案内のままに付いていく私達。

 ところで以前から思っていた事なんですが、瓜助は牝なのですからもっとそれっぽい名前は無かったのでしょうか?

 取り留めない事を考えつつ暫く歩くと、突然森が開け、そこにそれなりの規模の畑が広がりました。

 

「うんうん。

 瓜助のお陰でいい野菜が育ってくれてるぜ」

 

 畑の具合を確かめそう喜ぶ料理長。

 流石に魔猪は城内で飼えないと言われ、料理長は瓜助をキャメロットの近くの森に放しました。

 そうして料理長は飼えない代わりにと森の奥に畑を拓き、好きに食べていいと譲ったのですが、瓜助は畑に実った作物の半分だけにしか手を付けず、畑というよりこの森が瓜助の縄張りのため他の獣が食い荒らすこともなかったため、このまま腐らせるのも勿体ないと残りの半分はキャメロットで使う事になったそうです。

 料理長と二人がかりで蕪やキャベツにアーティチョークといった作物を収穫し、ラムレイで牽いてきた荷車に乗せていきます。

 そうして一時間ほど掛け十日分ほどになろうかという量を収穫し終えた料理長は、荷車に乗せてきた壺を持って畑を行ったり来たりしながら中身の白い粉を少しづつ撒いていきます。

 

「料理長、それは肥料……じゃないですよね?」

 

 料理長がブリテンに広めた肥料は前に来た際に撒いていました。

 アレは効能は確かですがやり過ぎても宜しくないと仰っていました。

 

「こいつは貝殻を砕いて粉にしたものと竈の灰を混ぜたものだ」

「灰は分かりますが、貝殻をですか?」

「貝殻は炭酸カルシウムっつう……まあ土質を農業に適するよう調整するために撒いてるんだよ」

 

 あ、私が理解できないと思って掻い摘みましたね?

 いいですよー。

 私は農民になるつもりはありませんから知らなくたって困りませんよーだ。

 ちょっとだけ不満を抱いていると瓜助が私の傍に近付き下履きの裾を噛んで何処かに案内しようとしました。

 

「料理長ー。

 ちょっと失礼します」

「ん?

 終わったら待ってるから焦らなくていいぞ」

「違います!!」

 

 御手洗いと勘違いするなんて流石に許せません。

 罰として秘蔵の蜂蜜飴を頂戴しても許されるぐらいですよこれは。

 邪智暴虐たる料理長への報復を誓い瓜助の案内するまま森の奥へと進みます。

 

「プギー!」

 

 少し進んだところで瓜助が何かを探す様子で辺りを嗅ぎ始め、やがて木の根本近くの土の前で鳴き声を上げました。

 

「ブギィ!」

「そこの土の下に何かあるの?」

「ビギィ!!」

 

 肯定するように前足で地面を掘る瓜助を信じ私は土を掘ってみます。

 すると、土の中から幾つかの黒い塊が出てきました。

 

「……茸?」

 

 不思議な香りのする茸に首をかしげ、一番大きいものを取り出す私の横で瓜助が残りの茸にかぶり付き、あっという間に残りを食べ尽くされてしまいました。

 

「……もしかして、私に掘らせたかっただけ?」

「ブギィ」

 

 肯定とも否定とも付かない鳴き声を残し瓜助はさっさと来た道へと踵を返してしまいます。

 

「……なんか複雑です」

 

 してやられたような気持ちになり、モヤモヤしたものを抱えたまま茸を持って畑に戻ります。

 畑に戻ると帰り支度を終えた料理長が待っていました。

 

「大分掛かったみたいだが、何かあったのか?」

「瓜助に此れを掘らされました」

 

 そう言って茸を差し出すと、受け取った料理長はそれをよく観察してから目を見開いて驚きました。

 

「驚いたな。

 ブリテンにも自生してるってのは聞いていたが、実物を拝んだのは初めてだ」

「そんなに凄いものなんですか?」

 

 私にはただの黒い塊にしか見えません。

 

「こいつはトリュフつって、別名『黒いダイヤ』なんて呼ばれている代物だよ」

「ダイヤって……」

 

 仮にも王族ですからダイヤが希少な宝石だと言うぐらいは知ってます。

 しかしそれに例えられるなんて、俄には信じられません。

 

「このサイズなら……そうだな、卸す相手次第だが故郷だと銀貨十枚……いや、天然物だから金貨一枚は出しても買うって奴はいるだろう」

「金貨一枚!?」

 

 それ、私のお給料の何ヵ月分なんですか!?

 信じられない世界の感覚に呆然としてしまう私を尻目に料理長は瓜助を全力でかいぐります。

 

「お手柄だぞ瓜助。

 こんないいものを見つけるなんて凄いじゃないか」

「ブギィ!!」

 

 全身あまねく撫で回して感謝を表す料理長に法悦というように身を任せる瓜助。

 ……なんでしょう?

 物凄く負けた気がします。

 

「ボーマンもありがとうな。

 お陰でいつも以上に料理に気合いが入る」

「いえいえ。

 私は瓜助に付いていっただけですから」

 

 満面の笑みで感謝する料理長にさっきまでのもやもやが薄れ気分も良くなってきます。

 あれ? 私、こんな簡単な女でしたっけ?

 

「んじゃあまあ、早速トリュフに合うディナーを拵えなきゃな。

 生半可なもんは作れねえぞ」

 

 気合い十分と瓜助に別れを告げキャメロットへの帰途に就く料理長。

 

「じゃあね瓜助」

「プギー!!」

 

 私も瓜助にお別れを言って料理長を追いかけます。

 

「料理長、御褒美に蜂蜜飴を要求します」

「あれか?

 別に構わねえが、何だったらアーサー王と同じもん出してやるぞ?」

「いえ。

 それは私が騎士になれたときに取っておきます」

 

 それは何時になるかわかりませんが、暫くはこのままでいいと思います。

 

「そうかい。

 じゃあ、その時はアーサー王に出すものより豪勢なフルコースをご馳走してやるよ」

 

 勿論アーサー王には内緒でなと笑う料理長が可笑しくて、釣られて私も笑ってしまいました。

 

「やぁ。

 待っていたよ二人共」

 

 キャメロットに到着すると、何故か花の魔術師に出迎えられました。

 朗らかに笑っているマーリンですが、正直言うと私は彼が苦手です。

 初対面でいきなり口説かれたこともそうですが、マーリンは母モルガンに似ているからです。

 勿論容姿云々というものではなく、彼からは人とは違うナニカを感じるんです。

 最初は気付きませんでしたが、料理長と一緒に並ぶと、彼からは薄ら寒い感じがします。

 まるで人形に人を無理矢理詰めたような、自分でもよく分からないですが、そう表現するしかない違和感を感じるんです。

 

「待ってた?

 珍しいこともあるもんだな?」

 

 そう評するのも然もありなん。

 なにせ彼はどんな状況だろうと、お構いなしにこちらにちょっかいを掛けてきましたから。

 それで料理を台無しにして料理長を怒りで表情が無くなるぐらい怒らせてからは作業中のみは何もしてこなくなりましたが、彼という存在は厄介事の火種というのが私達の共通認識です。

 

「そうかな?

 それよりもボーマン。

 君に耳寄りな話を持ってきたんだ」

「私にですか?」

 

 十中八九厄介事だと確信した私が身を固めるのに構わずマーリンはうんと頷きました。

 

「もう間もなく、さる貴婦人に仕える侍女が助けを求めてキャメロットを訪れるだろう。

 アーサー王は派兵を渋るだろうから君がそこで名乗りを上げてくるといい」

「え、でも……」

 

 胡散臭いことで有名なマーリンですが、少なくともアーサー王が絡んだ時に王の不利になるような嘘を吐く人物ではありません。

 だとしたらこれは本当に好機なのでしょう。

 

「どうしたんだい?

 君は騎士になりたくてキャメロットを訪れたんだろう?

 ならばこそ、この機会は逃すべきじゃない。

 もしこの機会を逃したら、君は一生騎士にはなれないだろうね」

 

 そう、笑みはそのままに一切の温度を感じられない瞳で私を崖から突き落とすような冷たい言葉を突き付ける花の魔術師。

 本心を言えば今すぐ飛び出したいと思いました。

 だけど、同時にまだ料理長の下で働きたいと願う私も確かにいます。

 二つの願いに立ち竦む私を、料理長が押し出してくれました。

 

「行ってこいボーマン」

「料理長…」

「お前さんはまだ若いんだ。

 人に憚らねえんなら、やりたいことは全部やっちまえ」

 

 そう莞爾と笑う料理長に私の胸は一杯になりました。

 

「はいっ!!」

 

 背中を押してくれたその笑顔に応えるため、なにより私は私の夢を叶えるため私は新しい一歩を踏み出しました。

 

 

~~~~

 

 

「……で、なんのつもりだマーリン?」

 

 ボーマンの姿が城内へと消えたのを見届け、料理長は胡乱げに見遣りながらそう尋ねる。

 そんな視線を向けられながらもマーリンはニコニコと笑ったまま朗らかに嘯く。

 

「今回は特に他意は無いさ。

 程々に厄介な案件を、皆が円満に解決できる人材に斡旋しただけだよ」

「……胡散臭え」

「相変わらず酷いな君は。

 まだあの事を根に持ってるのかい?」

 

 以前とある女性に粉を掛けたはいいが、一晩宜しくしてみたらあんまりにも重たい性格だった事が判り、面倒だからと幻覚で料理長と自分が入れ替わって見えるようにしたことを恨んでいるのかと問うも、料理長は違うと言った。

 

「そいつはケイが何とかしてくれたからもう終わってるよ」

「じゃあなんでだい?」

「……はぁ」

 

 溜め息を吐くと、料理長はマーリンを真っ直ぐ見据え告げた。

 

「お前さんは俺の飯を食っても全く喜んでねぇからだよ」

「………」

 

 その言葉に一瞬言葉を忘れるも、すぐにそれを否定する。

 

「嫌だなぁ。

 君の作る料理は本当に楽しみなんだよ?」

楽しみ(・・・)なだけか…」

 

 そういうマーリンに料理長は表情をやるせなそうにする。

 

「情けない話だ。

 お前さんには俺の料理は届いちゃいねえんだからな」

 

 そう言うと料理長はラムレイを引いてその場を後にする。

 

「………」

 

 彼のあの言葉と表情、それが何を意味するのか、たくさん集めた感情のどれもが答えにならず、マーリンはちいさく呟いた。

 

「君は怖いね。

 わからないことが怖いなんて、初めてだよ」




活動報告にお蔵入りを供養始めました


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料理人と聖人

愉悦に唆されてアルちゃんもHSDDもほっぽらかして書いちまったぜ。

と言うことでフライングお年玉です。

にしても小規模と言いつつ全海域ダブルゲージとか運営ぇ……


「さて、どうしたもんか……」

 

 ルーマニアの聖杯大戦なる戦いにキャスターとして駆り出された俺だが、なんというかさ、

 

「俺、忘れ去られてないか?」

 

 特に戦力的に役に立つこともないと監禁されている『赤』のマスター達の食事を作ることだけやっていたら、いつの間にかマスターが監督役に変わり拠点だった教会が空を飛ぶ宝具と化していて戦況も大分変わっていた。

 まあ、戦力として数えられても困る程度のおっさんに今から何が出来るわけでもないから、事が終わるまで元マスター達の食事を作り続けているのが自分が出来る最善なのだろう。

 が、だ。

 

「だからって何もしないのはなぁ……」

 

 監督役のシロウ・コトミネ改め天草四郎には思う所が無い訳じゃない。

 一応日本人であるため、天草がどんな生涯を送ったか触り程度には知っている。

 そんな彼が残存する『赤』のサーヴァントを率いてまで叶えたい願い……ろくなもんじゃねえよな。

 パッと思い付くだけでも徳川への復讐とか江戸時代に基督教の国教化とか後世が笑えなくなる事態しか思い浮かばないんだよ。

 

「まあ、やるだけやってみよう」

 

 話し合う余地ぐらいは在る筈。

 それさえ無いにしても天草の願いを聞くぐらいの権利は有るだろうさ。

 そう思い天草を探しに向かうと、すぐにテラスで寛いでいるように見える姿を見つけた。

 

「おや、何かありましたか?」

「少し話がしたくてな」

「話ですか?」

 

 慇懃と言うか、どこか胡散臭い雰囲気の天草におれは早速本題に入る。

 

「俺はお前さんが何をしようとしているのかなんも聞いちゃいないからな。

 それを聞きに来たのさ」

「……ああ、そうでしたね」

 

 すっかり忘れていたと言いたげな天草に若干思うものを抱きつつ言葉を待つ。

 

「私の目的は第三魔法を以てこの世界から死を排し、恒久的人類の救済を実現することです」

「……え?」

 

 いや、なんつうか、

 

「徳川に復讐しないのか?」

 

 思わぬ答えについ口にしてしまい、途端に天草の表情が険しくなる。

 

「貴方は私の事を知っているのですね?」

「書籍に残されている程度にだけどな」

 

 下手に言い繕えば不味いと察して素直に言うと、天草は僅かだが険を緩める。

 

「……イギリスの英霊である貴方がどうして私に詳しいかは後にしておきましょう。

 確かに復讐者として喚ばれたなら何をしてでもそう願っていたでしょう。

 ですが今の私は裁定者として在ります。

 なればこそ恨みを捨て人類の救済を願います。

 それで、貴方は私に賛同して頂けるのですか?」

 

 そう締め括る天草だが、拒否すれば自害させるだろうなってのがなんとなく察せられた。 

 なんでかと言うなら、雰囲気がまんま初対面の時のアグラヴェインを思い出すからだ。

 

 それはそれとして、だ。

 

「死を排すると言ったが、それで本当にどうにかなると思ってるのか?」

 

 だとしたら甘すぎるにも程がある。

 そう問うも天草は勿論それだけでは無理でしょうと言う。

 

「ですが、死の恐怖から解き放ち、時間という制約さえ無ければ何れ全ての人は解り合えると私は考えています」

「……成程」

 

 言ってることは分からんでもない。

 不可能だと言われる原因を削除することで到達の為の敷居を下げようってのは間違いだとは言わない。

 だがなぁ……

 

「二つ聞きたい。

 一つはそれは星の全て(・・)を対象にするのか?」

「ええ。

 それが必要となるなら人以外の動植物もあまねく第三魔法の対象にしますよ」

「それは惑星もか?」

「え?」

 

 そう問えば天草は耳を疑う様子で顔を強ばらせた。

 

「え? じゃねえだろ。

 太陽の寿命は約百億って言われてんだ。

 地球だって其ほど違いはないだろうし、太陽系全てが居住不可能になっても人類が滅びれないってなったらどうやって生きていくんだ?」

「それは……」

「俺に思いつく程度のその先の答えは余所の星への侵略ぐらいしかないが、それは今と何が違うのか教えてくれ」

「」

 

 その事に考えさえ及ばなかったと言うふうに絶句する天草。

 俺は忘れていない。

 無いなら奪うしかない。

 そうやって拗れに拗れたのがサクソン人のブリテン侵略だったんだ。

 辛うじてブリテンの処遇にローマとの落とし所が見付かったからモードレッド王はブリテンの解体まで治世を纏められたが、そうなっていなかったらアーサー王より酷い結末になっていただろう。

 

「それに、俺としてはこっちの方が重要なんだが」

「……」

 

 まだ何を言うつもりなんだと警戒する天草に俺はもやつく感情を真っ直ぐぶつける。

 

「死なないなら食う必要もないよな?

 だったら『料理人』は何を生き甲斐にしたらいい?」

 

 食べるとは即ち生きるための行いだ。

 

「俺は食わせた人に喜ばれる以上の功績なんかどうでもいいし、後世に忘れ去られて『座』が無くなったのならそうかと納得してやる。

 だが、『料理人』としての矜持は譲れねえんだよ」

 

 食材が足りず食わせてやれない奴が山程居た。

 必死に食材をかき集めても間に合わず飢え死にさせた事だってあった。

 だから食えずに餓えて死ぬ人間が居なくなるってなら諸手を挙げて賛同してやる。

 

「俺は生前、『生きるために食う』事に、食事を通して生を噛み締めさせる事に最高の喜びを感じていた。

 だが、その世界ではそれはもう誰にも与えられねえんだろ?」

 

 全ての料理人が同じような矜持を抱いているなんて思わねえ。

 だが、

 

「食うことが酒や煙草と同列の嗜好品となっちまうような、そんな世界で俺のような料理人はどうすればいい?

 いや、料理そのものが命を奪う行いである以上その世界では食うことは勿論、料理人は全員『悪』と断ざれるかもしれないな」

 

 全てを救済したいと嘯きながら、悪でなかったものが悪と裁かれるかもしれない可能性を突き付けられ、天草の顔から生気が消える。

 

「わた、わたしは……」

 

 必死な様子で口を開こうとする天草に俺は背を向ける。

 

「俺からは以上だ。

 お前さんの願いが完全に間違いだなんて思えないから否定はしねえ。

 だが、お前さんの作る未来に希望を奪われるものが確かに存在することだけは頭の片隅にでも留めておいてくれ」

 

 そう言うと会話を打ち切り俺はテラスを後にした。

 

 

 

 その後の事は記録にはない。

 俺がサーヴァントの誰かに討たれたのか、聖杯が無くなり消滅したのか判別は着かないが、少なくとも世界から死が消える様子は今のところ無いようだった。




愉悦「料理って生きる喜びを与える事と奪った命に感謝する行為なんだから、天草のやろうとしてることは料理長の全否定だよな」

 この一言で今話は完成しますた。

 正直目から鱗だったよ。

 珠には役に立つんだが、それが天草で愉悦したい一心だから質が悪い……

 しかしこれ経由してからカルデアで会ったら、天草は料理長を本気で苦手に思ってるだろうな。


 以下はお蔵入りより天草編の初期プロットを転載。
 お互い今回のアポクリ時空の記録がなくカルデアで初対面だったらという設定です。


『料理長と聖人』


天草「人類救済の意見を是非貴方に」

料理長「揃いも揃って何故に俺に相談を持ちかける?」

天草「私の至った結論の是非を下さい」 

料理長「頼むから話をだな…」

天草、全人類の不死化による解決策を提示

料理長「天草さん、そいつは止めておいた方がいい」

天草「何故ですか?」

料理長「死を無くしたら命の価値が下がるだろ?」

料理長、死による解決の破綻と死なないことによって生を軽んじるだろう辛い世界になることの懸念を語る

料理長「いつか、誰かが『死』こそが救済だと至った時に、天草さんはそれを否定できるのかい?」

天草「……」


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料理人とマヨネーズ

皆様お久しぶりです。

薬のお陰が鬱も大分楽になったのでリハビリに知り合い(愉悦に非ず)のリクエストを書いたので投稿します。

時期的には料理長になってすぐぐらいです。




 夏。

 温暖化現象とは全く関係ない時代のブリテンもやはり夏となれば暑いものである。

 

「今晩はどうするか……」

 

 夏バテとは縁もなさそうな騎士様達とはいえ、こうも暑い中でシチューやらステーキなんてのも流石に宜しくなかろう。

 なんてことを考えつつ納入された朝採れた野菜をがさごそしてみれば、端の方に季節ものの姿。

 

「ほう。胡瓜か」

 

 ブリテンでは非常に貴重な生でイケる野菜の一つ。

 本来ならさっさと下処理してピクルスにしちまうところなんだが、不意にそれを見たせいで懐かしき調味料を思い出した。

 

「マヨネーズ、食ってないなぁ…」

 

 丸洗いした胡瓜を薄くスライスしてから塩揉みしてマヨネーズを掛けただけのお手軽な付け合わせ。

 夏場ならそれだけでもビールの肴に食える一品だと俺は思う。

 とはいえブリテンてもう食えるもんでも……

 

「いや、待てよ?」

 

 よく考えてみればマヨネーズの材料は卵にビネガーとオリーブオイルと、オリーブオイルが輸入品だから割高になるがどれもブリテンでも手に入るものばかり。

 

 

「…やってみるか」

 

 マヨネーズが作れるならメニューのレパートリーはかなり広げられるし、他にも色々試せるかもしれない。

 そんな感じで今朝回収したばかりの卵とアップルビネガーに絞りたてのオリーブオイルを用意。

 

「何をしているんですか料理長?」

 

 そうして卵黄と卵白を取り分けているとアルちゃんが厨房に顔を見せた。

 

「ん?

 こっちでも作れそうなソースを思い付いたんで作ってみてるのさ」

 

 アルちゃんにそう答えつつ卵黄とビネガーをかき混ぜながらオリーブオイルを少しづつ足していく。

 そうして暫くしてなんとかマヨネーズらしいものが出来た。

 

「それが料理長の故郷のソースですか?」

 

 白く濁ったマヨネーズを不可思議そうに眺めるアルちゃん。

 

「ま、実際使えるかは食べてみないことには分からんがな」

 

 そう言って俺は胡瓜を一本持ち出し、そのままスティック状に切り揃えてからディップ感覚で胡瓜でマヨネーズを掬いかじってみる。

 

「どうですか?」

 

 興味津々という様子のアルちゃんに失敗だと感想をそのまま言う。

 

「ビネガーを入れすぎたみたいだな。

 使えなくはないが酸味が強くなりすぎちまった」

 

 サルモネラ菌を警戒して多目にビネガーを加えたのが原因だな。

 その上酸味だけでなく使ったアップルビネガーの甘みも強く出すぎてしまいバランスはかなり悪くなってしまった。

 

「……おお!!」

 

 と、バランスを考察してたらアルちゃんがマヨネーズを舐めて顔を輝かせていた。

 

「失敗なんてとんでもない!

 ただのソースというにはなんと濃厚な、それでいて甘味と酸味が爽やかさもあって実に複雑な旨味が……」

 

 えらく感動してるアルちゃんに俺は味覚の違いなのかと悩んでいると、場違いなイケメンが顔を覗かせた。

 

「おや?

 此方にいらしたのですね」

「サー・ガウェイン」

 

 イケメンらしい爽やかな笑みでアルちゃんに話しかけるガウェイン卿。

 この二人が並ぶと良い絵になるよなあ。

 やっぱりアルちゃんには戦場になんて行かないで、こういういかにもな騎士と結婚して幸せになってもらいたいもんだ。 

 

「ところでそちらの白いソースは?」

 

 そんなことを考えていたらガウェイン卿がマヨネーズに興味を向けてきた。

 

「故郷のソースだ。

 とはいえ、出せるものになるのはもう少し試作を繰り返したいところでな」

「ほほう……」

「折角だからガウェイン卿も意見を貰えるか?」

 

 聞いている話ではブリテンの食料事情の都合上肉も食べるがガウェイン卿は本来菜食主義者との事だから、野菜と相性の良いマヨネーズも気に入ってくれるかもしれないと胡瓜スティックを並べた笊を差し出す。

 

「宜しいのですか?」

「じゃなきゃ渡さんさ」

「では私も」

 

 然り気無くアルちゃんが横から胡瓜スティックを摘まんでマヨネーズを付けて胡瓜を食べる。

 

「……新鮮な胡瓜とマヨネーズ。

 これがあれば一年は戦い抜けられますね」

 

 胡瓜を飲み込んだアルちゃんが見たこと無いぐらい真剣な顔でそう溢す。

 

「いや、幾らなんでも言い過ぎじゃないか?」

 

 第一胡瓜は夏にしか採れないだろうに。

 

「で、ガウェイン卿はどうだい?」

 

 アルちゃんに構ってばかりでは先に進まないとガウェイン卿に感想を求めてみると、ガウェイン卿は胡瓜を口に含んだまま笑顔で固まっていた。

 

「どうしたんですかガウェイン卿?」

 

 様子のおかしさにアルちゃんと二人いぶかしがって目の前で手を降ったりしていると急に城内か騒がしくなった。

 

『賊は聖者の数字を持つサー・ガウェインを仕留める手練れだ!!

 陛下の御身を守るのだ!!』

 

 賊?

 というか……

 

「ガウェイン卿は此処に居るよな?」

「ええ……?」

 

 何がどうなっているのかと困惑する俺はまさかと思い脈を計ってみたが、彼の脈は停まっていた。

 

「……死んでる…だと……?」 

「は?」

 

 まさかこいつ、マヨネーズのショックから心停止を起こしたのか?

 

「何してるんですか貴方は!?」

「とにかく蘇生だ!!」

 

 思いもがけない大惨事に二人してパニックになる。

 

 その後、なんとか一命を取り留めたガウェイン卿はその時の感動からマヨネーズに傾倒するようになり、ベジタリアンからマヨラーへと変わっていくのだった。




最後の外の騒ぎはガウェインが心停止➡トリスタンがガウェインの心音が消えたと騒ぐ➡城内騒然という流れが厨房の外で起きてたのです。

今更読み返してみてモーツァルトなら兎も角トリスタンの聴覚はそんなに無いだろと突っ込んだ次第ですが、そこはコメディと流してください。



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料理人と包丁

最近シリアスアンドダークばっかりなので気楽な話でバランスを取りたくなりました。

後、今話の時系列はアルちゃんアヴァロンルートのモードレッド戴冠後数年以内になります。


 酒は百薬の長。万病の因とはよく言うが、実際の所飲み方一つでどちらにも転ぶというだけの話である。

 

「料理長。

 冷えた水を、それとミントをくれ」

 

 二日酔いに辛そうに頭を押さえそう頼むケイに、言われた通り浄水樽から絞った水を汲んで渡しながら俺は苦言を呈する。

 

「またか?

 最近飲み過ぎじゃないかケイ?」

 

 そう言うと、なんでか睨まれてしまった。

 

「お前のせいだろうが」

「……俺?」

 

 いや、なにかした記憶はあんまり無いんだが…?

 

「寝酒にウイスキーをいれると気がつけば何杯も傾けてしまうんだよ」

「完全に自業自得じゃねえか」

 

 最初にマーリンに頼みこんで作ってもらった蒸留窯で料理用に仕込んだウイスキーを渡したのは確かに俺だが、だからといって飲み過ぎを人のせいにすんなよ。

 因みにマーリンにもウィスキーを渡してみたら、「一緒に飲むと女の子ととても仲良くしやすくなった」と嬉しくない絶賛を頂いた。

 ともあれ、くれと言われたらホイホイやっちまう俺にも問題はあるのだろう。

 お陰で十分寝かせた樽も残り少なく、今のペースで渡していたら寝かしの足りない樽まで手を付けねばならなくなってしまう。

 

「最近はどこから嗅ぎつけたのかウイスキーを飲ませろと、野生のピクト人の首を持ってくる奴が居るし、何らかの対策を立てたほうがいいな」

「とんだホラーだな」

 

 げんなりするケイに素でそう言ってしまう。

 今は嫁さんと円卓を離れたトリスタンのお陰でピクト人による組織的な蛮行も少なくなったが、しかしそれでも散発的にピクト人の被害は発生し定期的に狩られている。

 そんな野良ピクト人(?)の首がウイスキーの引き換え券代わりって、ピクト人よりブリテンの方が蛮族思考に染まってないか?

 

「だったらいっそ、モードレッド陛下の金策にウイスキー工房を拡大するか?」

 

 今は俺が厨房仕事の合間に作っているだけだが、後世でイングランドはウイスキーのメッカになるんだし、少々フライングしても問題ないだろう。

 

「真面目にそれは考えている。

 しかし飲み慣れないと香りのクセと酒精がきついから拡大も慎重にしないと赤字がな…」

 

 ケイのぼやきに、ふと、違和感を覚え後回しにするのもと思い尋ねてみる。

 

「もしかしてだがなケイ。

 ウイスキーは水で割って飲むもんなんだが、まさかそのまま飲んでたのか?」

 

 そう尋ねるとケイが目を見開いた。

 

「…………」

「…………」

「…………先に言えよ」

「スマン」

 

 沈黙の後に反論するか考え、これは俺が悪かったと素直に謝る。

 

「ともあれ、ウイスキーにしなくても蒸留したアルコールにハーブを浸して薬酒にして売るって手もあるし、事業拡大は真面目にしていい…」

 

 直後、凄まじい衝撃が厨房を貫いた。

 

「怪我は無いか!?」

「ケイのお陰で大丈夫だ…」

 

 破壊された壁の破片がぶつかる既の所を、ケイが身を呈して庇ってくれたお陰でなんとかそう口に出来た。

 

「無事か料理長!!??」

 

 と、ぽっかり開いた壁の穴からモードレッドが飛び込んできた。

 粉塵の中を掻き分け安否を問う彼女に俺は無事を告げる。

 

「俺は大丈夫だが、何があったんだ?」

 

 そう応じると、緊張を解いた様子でモードレッドは息を吐く。

 

「済まない料理長。

 ガウェイン達がサッカーで熱くなり過ぎて蹴り飛ばしたボールが厨房に…」

「えぇ…?」

 

 サッカーで王城を破壊って…。

 

「ご無事ですか料理長!!」

「居たら返事をしてください!!」

 

 騒ぎを聞きつけたようで、アルちゃんとボーマンも厨房跡へとやってきてしまった。

 

「ああ。夕食は駄目になっちまったが俺は大丈夫だ!」

 

 無事を大声で告げると、収まり始めた粉塵の中で二人の安堵の息を吐く声が聞こえた。

 

「ともあれ、急いで飯を作り直「カシャン」ん?」

 

 一歩踏み出すと、何かが足にぶつかり金属音が成る。

 

「    」

 

 落ちた銀食器かとしゃがんで正体を確認した俺は、目にした()()に言葉を無くしてしまう。

 

「どうしたんですか料理…」

 

 蹲った形で動かなくなった俺を心配して覗き込んできたアルちゃんの声が途中で止まる。

 他の三人も同様に、その光景に言葉を無くしてしまった。

 

「包丁が…」

 

 落ちていたのは中程から真っ二つに折れてしまった俺の包丁(相棒)であった。

 

 

〜〜〜〜

 

 

「これより略式処刑を開始する」

「ストップ!! ストーップ!!」

 

 中庭にケイとボーマンの二人掛かりで膝立ちに拘束されたガウェインを前に、裁判をすっ飛ばして斧を担ぐモードレッドにそう嘆願するが、怒り心頭といった具合のモードレッドは聞く耳を持たぬ様子で罪状を述べる。

 

「罪状。

 ガウェインのシュートによる王城キャメロットの偶発的破壊によって発生した料理長傷害未遂並びに料理長の宝具破壊。

 よって、処刑内容は料理長の故郷に罪人への沙汰として伝わる晒し首とする」

 

 というかなんで誰も止めないんだよ!!??

 

「料理長、お優しさは感銘の至りですが、罰は罰。

 アーサー前王もこの処刑は是非もなしと認めております」

「包丁一本に前王の片腕は釣り合いが取れてないだろ!?」

 

 止めようとする俺を引き留めるアルちゃんだが、脂汗を浮かばせながら必死に助けを求めて目を配らせるガウェインを見殺しにするのは無理である。

 

「とにかく一旦待ってくれ!!」

 

 包丁のために円卓の騎士の首が(物理的に)飛ぶなんて寝覚めが悪いどころの話では無いとそう必死に留まるよう訴えた結果、すったもんだありつつもなんとか一時保留をもぎ取る事に成功した。

 

「チッ、料理長に感謝しろよマヨゴリラ」

 

 斧を放り捨て口惜しいとばかりに昔のヤンチャっぷりを彷彿とさせる口の悪さで吐き捨てるモードレッド。

 普段ならギャラハッドが諌めるのだが、悲しい事にリチャードには処刑シーンはまだ早いとギャラハッドは息子を連れて避難中なので誰も止められない。

 その上で非常に悲しい事にギャラハッドも処刑肯定派に回ってしまっており、今現在ガウェインに手を差し伸べようとしているのが俺しかいないという。

 

「料理長、すぐに同じものを用意させましょう」

「いや、多分無理だ」

 

 そう言うアルちゃんに俺は言う。

 

包丁(コイツ)は故郷の『刀』と同じ製法で造られているから、ブリテンの鍛冶士じゃ難しいだろう」

 

 そう言いながら包丁を寄越した友人を思い出す。

 もう碌に顔も覚えちゃいないが、元気にしてるのかねえ?

 

「そんなに特殊な代物なのですか?」

「ああ」

 

 首を傾げるボーマンに、俺は包丁について語る。

 

「こいつは元々鍛冶屋の友人が、刀の製作に失敗したのを包丁として仕立て直した物なんだ。

 だからこいつと同じ物を造ろうってなら刀鍛冶の技術が必要になるんだよ」

 

 よくわかるよう、折れた包丁の断面を見せながら説明する。

 

「これ、包丁の素材に2つの鉄を使ってますね?」

 

 アルちゃんがそのことに真っ先に気付き、そうだと俺は頷く。

 

「流石に詳しくは知らないんだが、刀ってのは柔らかい『芯鉄』に硬い『玉鋼』を被せることで硬くしなやかな武器に仕立て上げるらしいんだ」

 

 そう教えていると、アルちゃんは何故か一筋汗を流す。

 

「料理長、失礼ですがこの包丁をよく見せてください」

「構わないぞ」

 

 気をつけてなと言いながら渡してやると、受け取ったアルちゃんは断面を舐めるようにじっくり見ながらダラダラと脂汗を流し始める。

 

「どうしたアル?」

「アルちゃん?」

「何だ何だ?」

 

 様子がおかしい事に首を傾げていると、アルちゃんは三人と首を突き合わせて俺には聞こえないように話しだす。

 

「料理長は鉄を二種類と言っていましたが、使われている鉄は二種類どころじゃありませんよ」

「えぇっ!?」

「よく見なさいガレス。

 真ん中の方は一枚ですが、外には4種以上の鉄が重ねてあるんです」

「一本の剣に何枚も鉄を重ねるなんて無駄が過ぎる」

「いえ。これは無駄ではなく耐久性を高めながら切れ味を高めるための工夫の結果でしょう。

 折れてしまった包丁でさえこれ程の物なのですから、ちゃんとした剣だったら手に入れるためなら交換として蔵の宝剣数本投げ渡してもいいと思います」

「え? じゃあ湖に返したエクスカリバーと交換でも良いってのか父上?」

「物次第では応じてもいいかと」

「え゛?」

「マルミアドワースと同じ条件で応じるのか…?

 お前にそこまで言わせるなんて変態過ぎるだろ!」

 

 う〜ん。全然内容が聞こえないから何を話しているか分からないが、そろそろ話を進めないとガウェインの足が痺れて大惨事になっちまうと思うんだが…。

 

「おーい」

「っ、すみません料理長」

 

 呼び掛けると円陣を解いて包丁を返してくれた。

 

「ようは鍛冶屋の腕とかじゃなく、純粋に製法が特殊過ぎるから同じ物は無理だってのは理解してもらえたと思うんだが」

「そうだな。

 やっぱりガウェインは晒し首に」

「それは止めてくれ!!」

 

 再び斧を手にしたモードレッドにすがりつく勢いで待ったを頼む。

 

「兎に角、物なんていつかは壊れちまうもんで、この包丁の命日が偶々今日だっただけなんだ。

 だから、今回は俺に免じて処刑は許してやってくれ」

 

 埒が明かないと判断し、故郷の最終手段だと教えていた土下座で頼み込む。

 

「いや、しかしだなぁ…ああ、もう解ったから頭を上げてくれ料理長!!」

 

 必死の想いが通じてくれたようで、モードレッドは斧を兵士に片付けさせる。

 

「本当か?」

「ただし、無罪放免は他への示しがつかなくなっちまうから、代わりの罰を料理長が下してくれ」

 

 自棄だと言いたげにそう声を荒げるモードレッドに安堵しつつ、しかし今度は罰をと言われて困る。

 

「と言われてもな…マヨネーズ断ち半年とか?」

「ごふっ!!??」

 

 そう言った瞬間後ろでガウェインが血を吐いて倒れ付した。

 

「あんまりです料理長…せめて一週間で!!」

「全然反省してねえなテメエ!!」

 

 本気なのか笑いを取りに行ったのか分かり辛いガウェインの譲歩を求める叫びにモードレッドの蹴りが足を襲う。

 

「グハッ!!??

 止めて頂きたい陛下!?

 痺れた足に蹴りは昼間でも軽減できませんから!!??」

 

 多少ぐだぐだしてきた気配はするが、なんとか処刑は免れたようだ。

 

「領地の譲渡ぐらい言っても認められますよ?」

 

 良いんですか? と言うボーマンに俺は肩をすくめる。

 

「そういうのは心得が無いし、給金も多すぎるぐらい貰ってんだ。

 それに、さっきも言ったがいつかは包丁(相棒)も使えなくなるってのは分かってた事だし、いい機会だと思うさ」

 

 そう言って俺は折れた包丁を革のホルダーに差し込む。

 

「さ、くよくよしてても仕方ない。

 さっさと片付けて飯を作らねえと、育ち盛りのリチャード殿下がお腹空いたって愚図っちまう」

 

 そう言って俺は未だに続くガウェインの悲鳴を背中に厨房へと向かう。

 因みに下手人であるガウェインは後日ちゃんとした場を設けて謝罪をさせてもらえたので、公の形で正式に許す事に出来た。

 

 

〜〜〜〜

 

 

 おまけというか後日談。

 

「ふむ。放っておいても問題無いんだろうけど、これは良くないね」

 

 折れた包丁が入ったホルダーを持ち、マーリンはごちる。

 

「フォウ!!」

「分かっているよキャスパリーグ。

 いくら僕が人でなしでも、彼が大事にしている思い出を無くす悲しみがわかる程度には成長しているんだから」

「フォウ…」

 

 しょんぼりしたふうに首を下げる白い獣にマーリンは感慨を覚えながらテクテクと歩く。

 

包丁(コレ)()()()()()みたいなものだから相性は悪いんだけど、まあ少しは冠位魔術師らしいところを見せてあげようじゃないか」

 

 そうにこやかに笑いながらマーリンはとある湖を目指す。

 

「まあ、結果として多少神秘が混ざってしまうだろうけど、『座』に認めさせる理由付けの足しになるだろうしみんな喜ぶはずさ」

「フォーウ!!」

 

 やっぱり分かってねぇこのクズ!! と言わんばかりにキャスパリーグの鳴き声が森の中に響いた。

 




 あ、本編ではふざけてるように見えますが、ガウェインは本気で後悔してて斬首もやむなしと思ってましたし、温情には心から感謝を感じてます。
 なので、ガウェインアンチ等という意識はありませんししているつもりは無いんですが、どうしてもやらかし要因になっちゃうんだよなぁ…。


 ここからは本編で語れなかった余録。

 料理長の友人。
 実家が金物屋の跡継ぎで、元々は長船派の鍛冶氏の家系で料理長とは幼馴染。
 戦後のゴタゴタで鍛冶氏としては絶えていたが、刀に興味を持ち打ってみたいと槌を手にした。
 包丁は刀鍛冶の失敗作を包丁に仕立て直した物で、友人の手探りながら古刀の技術が盛り込まれているためアルトリアが関心を寄せる程のマジモンの逸品。
 しかしながら料理長はそんなこととは知らないため切れ味が良いなぐらいしか思ってない。

 
 


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料理長と揚げ物

お久しぶりです。
最近大変ですが、自身は大事なく生きてます。


 ブリテンで最も贅沢な料理とは何か?

 

 肥え太らせた家畜の希少な肉の部位を素材とした料理?

 年に一度しか回遊してこない魚を素材とした料理?

 ブリテン本土では育成不可能な生鮮野菜を使った料理?

 

 確かにどれも贅沢なのは間違いない。

 

 だがしかし、あえて俺は違うと言おう。

 

 そして俺が最も贅沢な料理だと言えるもの、それは…揚げ物であると。

 

「菜種からこんなに油が採れたなんて…」

 

 人の頭ほどの瓶いっぱいに溜めた菜種油を前にアルちゃんが声を震わせる。

 その反応もさもありなん。

 ブリテンで油といえば大凡ラードかオリーブオイルのほぼ二択。

 菜種は香辛料の代わり程度で、油の取得などローマでさえやっていない。

 そして植物油は高級品として取り扱われており、アルちゃんが持っている瓶ほどオリーブ油を買おうとすれば金貨で二桁は覚悟する必要があろう。

 

「疲れた…」

 

 知識ゼロからの菜種油の採取に着手してから約三年。

 失敗と挫折を重ね続け、漸く求める純度の油を必要な量だけ確保できるようになった。

 とはいえひたすら菜種を砕いて蒸しての作業の連続は、人生の下り坂の終わりが見えて来る年に至った俺には辛く、重労働を通り越して苦行レベルのしんどさだった。

 一応採取法は残しておくが、労力から考えて定着はしないだろうな…。

 

「料理長! すぐにアーサー王からリゲニスの壺を借りてきますね!!」

「そいつは今晩使う予定だよ」

「なん…だと……?」

 

 さり気なく命知らずな発言を口にしたアルちゃんにそう言うと、アルちゃんはまるでこの世の終わりを前にしたような顔になった。

 

「正気ですか料理長!?

 まさか働きすぎて心が疲れ果ててしまったのでは!!??」

 

 そう縋り心配そうに見上げるアルちゃんに、心配りは有り難く思いつつも否定する。

 

「合間合間でちゃんと休憩は挟んでいるから大丈夫だよ。

 少なくとも、ケイや宰相殿の苦労に比べたら軽いもんさ。

 それに、アーサー王だって一日も休んでないんだ。

 上司が働いてるのに部下が易易と休んでられないよ」

 

 そう言うと何故かアルちゃんは自分が諌められたかのように曇ってしまった。

 

「私が休まないから料理長が休めないなんて…。しかし私達が一人休むだけで執務が倍に…クソッ、料理長のためにも人材が欲しい…っ!?」

 

 なにやらよく聞こえないが、割って入るのも気が引けてしまう。

 

 然しながら、アルちゃんの言い分も確かだ。

 

 輸入頼りのオリーブ程ではないが菜種とて安い品とは言い切れない。

 加えて油を搾った菜種は飼料か畑の肥料の足し以外の使い道を俺は知らないし、対応費量から考えたら暴挙と思われても仕方ない。

 

「仕方ないか。

 これだけ菜種油が有れば故郷の最強料理の一角が作れたんだが、それは諦め「やって下さい」」

 

 菜種油をどう使うか考え直していた俺にアルちゃんはすごい剣幕で詰め寄ってきた。

 

「え? だがさっきアルちゃんも」

「私が間違っていました。

 料理長の心からの献身と誠意を疑う貧乏が染み付いた愚か者の戯言など忘れて頂きたい」

 

 表情がのっぺりしたアルちゃんから怒涛のように流れ出てくる言葉に気圧されつつ、一応言うだけ言ってみる。

 

「い、いや、流石に油の量もあるし、一応アーサー王や宰相殿にも確認を取ったほうが…」

「陛下とアグラヴェイン宰相ですね?

 序でにサー・ケイからも了承をぶんどって来ます!!」

 

 そう言い、竜巻みたいに風を起こして厨房から飛び出していくアルちゃん。

 

「…ちょっと、盛り過ぎたかな?」

 

 落ち着かせるつもりが逆に火を付けたような気がして本気で困っていると、数分と待たずにアルちゃんは竜巻みたいな風と共に戻って来た。

 

「三人から許可を取ってきました!!

 ついでに人手としてボーマンも連れてきました!!」

「早っ!?

 というかボーマンは仕事は良いのか!?」

 

 憧れていた騎士になれたと意気揚々と語っていたボーマンが、アルちゃんに首根っこを掴まれ目を回している様についそう言葉にするも、アルちゃんはなんでか自信満々に親指を立てた。

 

「陛下から許可は出ています!!」

「えぇ…?」

 

 それで良いのかアーサー王?

 

「う〜ん…」

 

 と、困惑していた所で目を回しつていたボーマンが呻きながら目を覚ました。

 

「あれ…なんで私、厨房に?」

「すまんなボーマン」

「ふぇっ!? 料理長!?」

 

 巻き込んでしまったボーマンに詫びを口にするとびっくりして飛び起きる。

 

「一体何があったんですか!?」

「ちょっと作ろうとしている料理で少し騒ぎにしちまってな。

 折角というのも何だが、ボーマンもブリテンでも作れる俺の故郷の料理を覚えてみないか?」

 

 そう言うとボーマンは喜色満面の笑みで応えた。

 

「料理長の故郷の料理…知りたいです!!」

 

 尻尾があったらブンブンと振っているだろう様子で希望するボーマンに良しと俺は頷いた。

 

「じゃあ始めるか。

 まずはボーマン、」

「着替えて手を洗ってきます!!」

「私は不埒者が侵入しないか見張っています」

 

 何より最初にやるべきと教えた事を言うまでもなく実施する姿に成長を喜ばしく思う。

 だけどアルちゃんや、それはちょっとどうかとオッサンは思うんだが?

 とはいえ居られてもついつい味見で食べさせ過ぎてしまうだろうし、そのままやりたいようにしておこう。

 

「さてと、ボーマンが戻るまでに下ごしらえを進めておくか」

 

 揚げ物といえばやはり鶏唐は外せない。

 ついでにディナー用のカツレツもやってしまおう。

 それとガウェインのために作ったひよこ豆の豆腐で厚揚げと野菜かき揚げもやらねばならないし、ケイ他酒好きの連中向けの魚とエビのフライも忘れてはいけないな。

 惜しむらくは、芋も南瓜も無いブリテンでは揚げ物の定番であるコロッケが作れない事か。

 

「一体何の騒ぎだ?」

 

 豚肉の筋切りをしていると面倒と興味が半々と行った様子のケイが厨房に顔を覗かせた。

 

「悪いなケイ。

 ちょっと材料で贅沢がな」

「まあ、()()が騒いでいたからそうだろうとは思ったが、まさか本当にだとはな」

 

 そう肩を竦めると、ケイは「で?」と尋ねてきた。

 

「一体何を作る気だ?」

「揚げ物っていう油を大量に使う料理だ」

「通りで」

 

 納得がいった様子でケイは息を吐く。

 

「お前の事だから酷いことにはならないだろうが、あまり滅茶苦茶するなよ?」

「分かってるさ。

 あ、それと揚げ物は冷やしたエールと最高に合うぜ」

「そいつは良い。

 なら、良いやつを準備しておこう」

 

 そう言うとケイはさっさと厨房を出ていった。

 心無し機嫌が上向いているのは見間違いではないだろう。

 

「料理長!! 此度の夕飯に一言申し上げたい!!」

 

 と、入れ替わるようにガウェインが厨房に現れる。

 

「ちゃんとガウェイン卿とベディヴェール卿に合わせた野菜のみの料理も予定しているぜ」

「委細承知しました!!」

 

 まあ、展開はあるだろうと思い先んじて言うとガウェインは答えは得たと言いそうなぐらいいい笑顔を浮かべていた。

 

「円卓の騎士ガウェイン。

 今この時のみですが汎ゆる存在から御身を守り通してみせましょう」

 

 目をギラギラと輝かせてガウェインが間近に迫る。

 

「あ、うん。

 じゃ、じゃあつまみ食いする奴が入らないよう外で見張っててくれるか?」

「我が身を賭して遂行します!!」

 

 なんか、アーサー王に向けて言っている勢いでガウェインは俺に恭しく頭を下げてから厨房を出ていった。

 

「何をしているのですかサー・ガウェイン!?」

「お許し下さい陛下、今この瞬間だけは私は陛下の騎士ではなく料理長の騎士なのです」

「頭の中にマヨネーズでも詰まってるのかマヨゴリラ」

「サー・ケイ。いくら貴公でもマヨネーズを愚弄するなら容赦はしない!!」

「騎士を愚弄しているのは貴様だろうが」

 

 なんか扉の外でドッタンバッタンし始めたんだが、いかんせん煩すぎて会話がこちらにまで届かない。

 

「何事ですか料理長?」

 

 支度を整えたボーマンに、俺はどう答えるべきか少し悩んでから答えた。

 

「まあ、いつものだから気にすんな」

「ああ…成程…」

 

 理解したとどんよりした目で頷いたボーマンにスマンと思いつつも、しかし作業を遅らせないようせっつかせてもらう。

 

「さ、外は外に任せて俺達もやるぞ」

「ハイッ!!」

 

 一声掛けるとボーマンもスイッチを切り替え料理人の顔になる。

 

「先ずは下ごしらえを済ませる。

 ボーマン、焼いてある丸パンを細かくちぎってボウルに溜めておいてくれ」

「分かりました」

 

 指示通りにパンをちぎって行きながらボーマンは質問を投げてきた。

 

「コレは何に使うんですか?」

「そいつは食材にまぶして熱し過ぎて硬くならないよう食材を守るために使うんだよ」

「へぇ…」

 

 感心したふうに声を漏らすボーマンに俺は言う。

 

「それと完成した後はパンそのものもサクサクとした食感を与えてくれるから食べ応えも良くなるぞ」

「うわぁ」

 

 声からしてワクワクしているのが見て取れるボーマンに穏やかな気持ちを覚えつつ、火入れした竈に油を注いだ銅鍋を乗せていく。

 

「料理長、それはお湯じゃないですよね?」

「ああ。菜種から搾った油だ」

「ヒエッ!?」

 

 正体を言うと面白いぐらい驚くボーマンが先程のアルちゃんと被ってつい笑ってしまう。

 

「そんなに驚くなよ」

「驚きますよ!!

 こんなに沢山の油を使うなんて、料理長の心が心配になります!!」

 

 手を休めず抗議するボーマンに改めてどれだけと思いつつ、俺は笑い飛ばした。

 

「心配するなって。

 本当にまずいと思えばちゃんと休んでいるよ」

「…むぅ」

 

 ジト目を向けてくるボーマンを受け流し話題を変えようと俺は尋ねる。

 

「序でというのも何だが、ボーマンもリクエストが有れば聞くぞ?」

「え? え、えぇと、じゃあ甘いのが欲しいです!!」

 

 ほう?

 

「じゃ、蜂蜜掛けの揚げパンをボーマンだけに賜らせてやろう」

「パンを『揚げる』?」

 

 おっと、そういや説明していなかったな。

 

「食材を油に通すことを『揚げる』って言うんだよ。

 で、パンを揚げるとこれがまた美味いんだよ」

「ふぇぇ…」

 

 概要を理解したボーマンが感心と驚きの混じった目で奇妙な声を出す。

 

「因みに揚げるだけならラードでも出来るが、ラード臭くなるし油っこくなってあまり美味くないからオススメはしないな」

「成程」

「とはいえラードは安上がりだしお湯より高い温度で調理出来るから、水を確保しづらい状況で短時間で安全な食事を大量に用意する必要があるならラードも選択肢に数えたほうがいいな」

「例えば…戦場とか?」

「だな。あまり言いたくはないが熱した油は凶器として使えるってのも状況次第じゃ有利を向けれるかもしれない」

 

 人を殺す手段なんざ口にしたくは無いが、しかし口を噤んだせいでボーマンやアルちゃんが死んでしまうほうが俺は辛い。

 こればかりは、時代がそうだと受け入れるしかない。

 

「大丈夫ですよ料理長。

 私、こう見えて結構強いんですよ。

 それにアルちゃんもです。

 だから、料理長は何も心配いりません」

 

 むん。と気合を入れる仕草を見せるボーマンに、俺は自然と笑っていた。

 

「ああ、年寄ってのは心配性でいけねえな」

 

 暗くなった感情を振り払ってくれたボーマンに感謝しつつ、菜種油が十分に温まったのを確かめ俺は気合を入れ直した。

 

「さて、今日も頑張るか」

 




なお、その日の晩餐は地獄絵図と化した模様。(ただし料理長には一切知られないよう配慮だけは全員忘れなかった)

蜂蜜揚げパンの事がバレ、暫くガレスはアルちゃんからしっとりした眼差しを向けられました。


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料理人と食器

|・ω・*)チラ

|彡サッ!

|・ω・*)つ『新作』

|彡サッ!


 ブリテンに根を下ろす決意をしてそのままブリテンの厨房で働けるようケイに口利きしてもらって暫し経った。

 

 なんでかかのアーサー王にえらく気に入られたらしく、時折アグラヴェイン宰相に睨まれ小言を言われたりしつつ、偶にアルちゃんの相談に乗りながら今日も今日とて命の危機とは縁遠い場所で料理人として頑張らせてもらっている。

 

 いや、気に入られた原因は分かっているんだよ。

 

 

 ※以下、料理人の作った料理に対するアルちゃんの反応

 

 

「こんなにフワフワしたパンがあったなんて…わたしが今まで食べていたパンはパンじゃなかったのですか…?」(林檎酵母入りの丸パン)

 

「牛の肉なのに硬くない!?

 下処理だけでこんなに肉質は変わるのですか!!??」(熟成させた牛肉)

 

「甘い…。砂糖も使わずこんなに甘みが出せるんですか…?」(麦糖で作ったカスタードクリーム)

 

「なんであの食べようも無いインゲンと捨てるしかなかった屑麦からこんな保存食が出来るんですか…」(麦味噌モドキ)

 

 

 エトセトラエトセトラ。

 

 

 そんな感じで作る度に目が死んでしまうアルちゃんが不憫過ぎて色々食べさせていたらなんか、その話を聞いたアーサー王からも高評価を貰いまくったらしく、報奨として近い内に厨房の総責任者に昇進する事が決まってしまった。

 

 いやまあ、伝説に残るアーサー王に認められたのは大変誇らしくはあるんだが、しかし俺がやっているのは他人の褌で相撲を取っているだけだというのがどうにも、な。

 

「っと、いかんいかん。

 後ろ向きになっている暇はないぞ」

 

 なんせ先任の料理長が居なくなっちまって人手が足りんからな。

 

 その原因が俺が帳簿を纏め直したことで料理長が搬入された食材の横領していた事が発覚した為という誠にしょうもない理由なんだが。

 

 相談したケイに連れて行かれた彼がどうなったかについては考えない事にする。

 

「じゃあ、まずはコイツだな」

 

 意識を切り替え俺は昼前に届いた木箱を開く。

 中には見慣れた道具がずらりと入っている。

 それを一つ一つためつすがめつ確かめていると「シェフは居ますか?」とアルちゃんの声がした。

 シェフ、つまり料理人と言う名は暫定的に俺に付けられた名だ。

 本名はマーリン曰くテクスチャの違いとかいう訳わからん理由で音として認識出来ず翻訳も出来ないらしい。

 だったら俺が字に書こうにも、現世のブリテン語は話せるようになったが字の方はラテン語もルーンとかいうブリテンの文字もまだまだ読み書き出来ないため、ケイが「厨房に居るのが似合いなお前にはピッタリだ」とシェフという呼び名を名前に宛てた。

 

「どうしたアルちゃん?

 残念だが今日は試食してもらう必要はないぞ?」 

 

 冗談めかしてそう尋ねると、アルちゃんは「違います」と若干むくれた様子で来た理由を口にした。

 

「シェフが鍛冶屋に銀製品の鋳造を依頼したと聞いたので、一体何をお考えなのか興味が湧いたのです」

「ああ、その事か」

 

 どうやら声をかける手間が省けたらしい。

 

「頼んでいたのはコイツだよ」

 

 そう俺はアルちゃんに箱の中身を見せた。

 

「これは、匙とナイフは分かりますが、この小さな三叉はなんですか?」

 

 箱に収められているカトラリーセットにアルちゃんは首を傾げる。

 

「コレは食事に使う一式だよ」

 

 そう言って俺はフォークを手にする。

 ブリテンに来てからキャメロットで働くまで一年以上あった訳だが、実を言うと俺はブリテンの食事でスプーンは使っても専用のナイフやフォークは存在していないことに気付かないでいた。

 その説明にアルちゃんはますます解らないと首を傾げる。

 

「申し訳ありませんが、その様な物の必要性が見い出せません」

「ううむ…」

 

 そう言われたら少し困る。

 

 なんせアーサー王でさえスープ以外は食事は手掴みが当たり前なもんだから、従者のアルちゃんがそう言うのも仕方ない。

 

「それに態々銀製品を調達したのも理解し難いです」

 

 どう説明するかと考えている俺にそう問いを向けたアルちゃん。

 俺は先にそちらを説明することにした。

 

「銀を選んだのは毒対策だよ」

「毒ですか?」

「ああ。

 考えたくは無いが、アーサー王の命を狙う輩が俺が作った食事に毒を混ぜないなんて保証は無いからさ。

 アーサー王の毒殺を避けるために用意したんだ」

 

 勿論俺にそんな事をするつもりはないが、防ごうにも四六時中食材を監視していられるわけでもない。

 だからこそそんな懸念を銀食器で少しでも排除出来ればと鍛冶屋に無理を言って頼んだのだ。

 

 代わりにこれまでの給料が全部吹っ飛んだが、それに関して後悔はない。

 

「本当は円卓の騎士全員分とアルちゃんにも用意したかったんだが、先に財布に限界が来ちまってな」

「そんな滅相もありません」

 

 茶化してみるもアルちゃんはいたく感激したと表情を柔らかくする。

 

「王の身を案じ私財を擲つ貴方の献身は騎士の忠義にも比類します。

 貴方に想って戴いてアーサー王もさぞお喜びになるでしょう」

「だと良いんだがな」

 

 うろ覚えだがアーサー王に毒を盛られた話は無かった筈だし、なにより手掴みで食べられていることに忌避感を感じているからという自分勝手な考えが主なんだしな。

 そんな思考を横に、俺はアルちゃんが喜ぶだろう話をする。

 

「それはそれとして、フォークじゃないと食べづらい料理が幾つかあるんだが興味は「是非賞味させていただきたい!」」

 

 さっきまでの真面目な空気が吹っ飛んで欠食児童アルちゃんが目を爛々と輝かせる。

 

「ははっ、そうこなくっちゃな」

 

 期待からワクワクしているアルちゃんに満足してもらえる事を祈りながら、俺は試作したばかりの生パスタを茹でるために竈へと向かった。




誰も突っ込まれてませんが一話目でアルちゃんがフォークが無いことに疑問を抱いていますが、実はヨーロッパでフォークを食事に使うようになったのは十一世紀になってかららしいですね。

んな訳で料理人、またこいつ歴史をぶっ壊してるよ…


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英霊になったアルちゃんの話
アルちゃんwith第四次


 今回の話は完全なif、もしアルトリアがアヴァロンに行かなかったら?という完全な別時空のお話です。

 



~~事の始まり~~

 

 

 英霊の座と呼ばれる何処でもない世界。

 紆余曲折あってアヴァロンへと行かず人の世界で人として生を終えたアルちゃんことアルトリア・ペンドラゴンはその『座』へと辿り着き、その仕様を知って頭を抱えた。

 

「まずいまずいまずいまずいまずい……」

 

 と言うのも、彼女は死後英霊として召し上げられることは予想していたが、その『座』では生前に余程の事が無ければ他の英霊の『座』ともある程度行き来が出来るということを知らなかったからだ。

 生前部下であり友でもあった円卓の騎士達はまだいい。

 逆に生前のあれこれで距離を置かれるほうが傷付く。

 しかし円卓の料理長だけはまずい。

 

「料理長との再会とか、絶対無理です……」

 

 なにせ生前は王であることを隠し散々迷惑を掛けたのだ。

 というか、今更アルちゃん=アーサー王と知られた時にどんな態度を取られるか解らないのが恐ろしい。

 

「む?」

 

 と、混乱のあまりいっそ今からでもアヴァロンに逃げ込もうかと考え始めていたアルトリアは、地上から『座』に呼び掛ける声を聞いた。

 

「聖杯戦争への呼び掛け?」

 

 なんのことかと『座』に用意してあった『英霊のお仕事(阿頼耶識監修)』なる胡散臭いマニュアルを広げてみると、英霊に召し上げられた報奨として参加出来る、どんな願いも叶えられる秘宝を奪い合うサバイバルゲームと書いてあった。

 

「あ、これ絶対詐欺だ」

 

 なんせ阿頼耶識監修である。

 抑止と双璧をなす信用ならない存在が仄めかす『どんな願いも叶えられる』などという言葉を鵜呑みにするほど、アルトリアは若くもなければ追い詰められてもいない。

 

「……いや、待て」

 

 無視してやり過ごすのが無難かと思ったアルトリアだが、その誘いに天啓を選る。

 

「これに参加している間は料理長と逢わなくても済むのではないですか?」

 

 実際ただの引き延ばしでしかない案だが、少なくとも覚悟を決めるないしうまく誤魔化す手段を考える時間は稼げるだろう。

 

 そして、なにより、

 

「未来の美味しいご飯が食べられる!!」

 

 次代に譲るという形で王という責務から解放されたアルトリアだが、しかし悲しいことに時代が変わったからといって食料事情がすぐに改善されたわけでもなく、その旺盛な食欲を十全満たすことは終生まで無かった。

 

 よって、アルトリアは一石三鳥とばかりにその呼び掛けに食い付いた。

 

「待っていなさい聖杯(未来の食事)よ!!」

 

 参加者がしょっぱい顔をすること請け合いな願望を胸に生前手放した聖剣のレプリカ(耐久性以外は性能そのまま)に加え鞘を含む幾つかの秘宝を手に『座』から飛び出すアルトリア。

 

 しかしこの時点でとてつもない勘違いが発生していた。

 

 そも、聖杯戦争へと送り出されるのは『座』の分霊であり、更に言えばその霊格を大幅に削ることで召喚者が制御可能とした『サーヴァント』であるからして、間違っても『座』から英霊本人が赴くわけではない。

 しかしながらアルトリアは本人が直接出向いてしまった。

 それを知った抑止が発狂し慌てて連れ帰ろうとしたが、そこに、偶々、宝石翁と讃えられる魔法使いが『座』から飛び出したアルトリアとニアミスし、本来出向く筈の聖杯戦争から外れ、アルトリアは平行世界の聖杯戦争へとたどり着いてしまった。

 そのため人理は大混乱してしまう。

 なお、本来の聖杯戦争へは剪定事象回避のために夫婦でいちゃついていたモードレッドに泣き付くことで体裁は整えられたが、件の聖杯戦争は夫婦水入らずを邪魔された事により完全にぶちギレたモードレッドによる召喚したマスター諸共巻き込む凄まじい蹂躙劇が起きたそうな。

 

 

~~召喚~~

 

 

「……困りましたね」

 

 現世の料理もとい聖杯を求めて現世に舞い戻ったアルトリアだが、マスターである衛宮切嗣の態度に悩んでいた。

 彼のスタンスは目的のための過程を必要最小限の犠牲を最短で切り捨てる合理主義者。

 おまけに自分というか英霊の存在を道具と見なす以外にも思うところがあるらしく話しかけても無視されてしまう。

 一言で申すなら、嘗ての己自身を見せられている気分だ。

 因みに平行世界であったことは既に把握しているが、アルトリアは料理長の不在の円卓の惨状にショックを受けたものの、それ以上に彼への畏敬が高まっただけだった。

 

「モードレッドもこんな気持ちだったのでしょうか?」

 

 だとするならば、本人は完全に無自覚だったが料理長の仲介は正に望外の奇跡だったと思える。

 とはいえその奇跡を手繰り寄せてくれた料理長はおらず、今回ばかりは自身の手で何とかせねばなるまい。

 

「さて、どうしたものですか……」

 

 殴り付けてから膝を付き合わせてもいいが、しかし理想の騎士王と謳われた身としてやはりそれは最終手段とすべきだろう。

 

「む?」

 

 と、何気なく窓の外を見遣れば、そこには切嗣が妻アイリスフィールの面影がある幼女と戯れる姿があった。

 その光景を眺め、アルトリアはある可能性に至る。

 

「まさか、マスターはロリータコンプレックスを通り越したペドフィリアなのですか?」

「人の旦那を変態にしないで」

 

 アルトリアが口にした可能性を凄みのある笑顔で否定するアイリスフィール。

 しかし史実のアルトリアならともかく、どっちの意味でも変な方向に振り切ったアルトリアはその否定に疑念を投げ掛ける。

 

「しかしだアイリスフィール。

 だったら何故切嗣は長年連れ添った舞弥女史ではなく貴女と子を設けたのでしょうか?」

「それは……」

 

 普段ならそうなった経緯や自分の姿等から論破出来ただろうが、最近の切嗣の様子や時折感じる舞弥の嫉妬と羨望の混じる視線を思いだし、そして自分の年齢を考慮した結果、アイリスフィールは切嗣への疑念をいだいてしまう。

 

「もしかしたら、本当にあの人は……」

「違います」

 

 年若い子供しか愛せない異常者なのかと口で手を覆いかけたアイリスフィールに舞弥の突っ込みが飛ぶ。

 

「御二人共正気に帰ってください。

 確かに私と切嗣は男女の関係がありましたし、私は今もそういった想いを抱いています。

 ですが、彼は私を自身が道具として在るための付属品と見なし私も彼の道具であろうとしていたため、マダムのように心を支えることは出来ませんでした。

 ですから彼は正常だと私が保証します」

 

 下手に誤魔化すより自身の胸の内も含めはっきりした方がいいと言い切る舞弥だが、その態度にどこぞのヒトヅマニアを思い出したアルトリアが余計な一言をぶちこむ。

 

「それって最期は感情を押さえきれなくなって泥沼の三角関係からの大惨事になるパターンじゃないですか」

 

 事実、アイリスフィールが聖杯として完成する前に二人の関係を速やかに終らせる役目も任されていた舞弥はその一言に固まる。

 

「い、いえ。

 私はそのようなことは……」

「いいのよ舞弥」

 

 しどろもどろに焦る舞弥にアイリスフィールは慈しみをもってその手を取る。

 

「聖杯を完成させた時私はこの世からいなくなるわ。

 その後のことを貴女になら任せられるわ」

「マダム…」

 

 原作のくっそ重たいシリアスな空気を醸す二人だが、しかしシリアルに片足突っ込んだアルトリアは構わず二人に声をかける。

 

「それはそれとして、切嗣がこちらを無視し続ける現状を何とかしたいんでお力添え願えますか?

 それと小腹が空いたので何か摘まむものがあれば欲しいです」

「貴女は少し空気を読んでほしいんだけど?」

 

 そんな白い目を向けるアイリスフィールだが、フリーダムを極め尽くした円卓の長は堪えない。(なお、アグラヴェインとギャラハッドとベディヴィエールは除く)

 

「シリアスなんて戦場だけで十分です。

 常に肩肘張ってても、死後にその痛さで頭を抱えるだけですから」

「え~と……」

 

 妙に実感の篭った言いようになんと返すべきか言葉を失うアイリスフィール。

 

「ねぇ舞弥……」

 

 助け船を期待して舞弥に水を向けるも、シリアルは御免とばかりに既にそこにはいない。

 

「……取り敢えず、私が仲介しましょうか?」

「お願いします」

 

 その後、軽く苛立ったアルトリアにより切嗣が空を飛んだのは言うまでもないだろう。

 

 

~~初日~~

 

 

「……残り5騎」

 

 聖杯戦争開催の地に到着し、昼間から早速サーヴァントの気配を振り撒いてきたうつけに対しブリテンのKEMONO相手に磨いた気配遮断術を発揮して背後から暗殺を完遂したアルトリアは冷酷に告げる。

 孫の前だからと年も弁えずに此方を殺す勢いで斬りかかってきたランスロットを相手にしているつもりで本気で攻めたのだが、結果は一撃で終いと実に呆気ないものだった。

 これが誇りを賭けた『決闘』であるならば正々堂々騎士としての矜持を胸に相対するが、『戦争』と銘打つ以上アルトリアに正道などという選択肢はない。

 戦争で卑怯とはただの言い訳と遠距離からの土地ごと聖剣で凪ぎ払うも気配を消して暗殺するもアルトリアは良しとやる。

 そもにして聖杯戦争は夜間のみのはず。

 それを無視する弁えない輩に掛ける礼儀など有りはしない。

 

「アイリスフィール。

 如何しますか?」

「そうね…」

 

 持ち込んだプリドゥエンを使いその場から離脱し安全圏と判断できる位置まで待避してから今後の指示を仰ぐアルトリア。

 拳に加え、更に今の態度を続けるならば娘にお前の女関係を洗いざらい教えてやろうかと、強はもとい話し合いをして速やかにコミュニケーションを取るようにさせた切嗣から、今後の方針を聞き出した。

 そしてアルトリアはアイリスフィールを偽のマスターとして立て、自身をアイリスフィールの警護と敵を引き出す釣り餌にする算段だったと聞いていた。

 呼びつけておいてその扱いとはと不愉快に思ったが、自分は自分で現代の食事を堪能するために参加したのだからその事についてはおあいこだろうと流すことにした。

 しかし、今の流れはよろしくない。

 合理的に勝つなら今のでも構わないだろうが、切嗣の策からしたら目立たず敵を潰すのはいい顔をしないだろう。

 

「取り敢えず切嗣が用意している拠点に向かいましょう」

「解りました」

 

 因みに切嗣は時計塔に逃げる途中のケイネスを消せたので別に文句を言うことは無かったそうだ。

 

 

~~会敵~~

 

 

『Aaaaaaa‼』

 

 聖杯戦争へと本格的に参加するため夜の町に繰り出したアルトリアは、早速黒い靄に包まれたバーサーカーらしきサーヴァントに襲われた。

 

「この太刀筋……まさかランスロットなのですか?」

 

 生前の逸話から派生した身分を隠す宝具の効果で正体を視認することは出来ないが、狂化されていても太刀筋までは失っておらず、アルトリアは割りとすぐに正体を看破してのけた。

 

「何故お前がバーサーカーに……って、そう言えば以前ギネヴィアに罵られて発狂してましたね」

 

 サクソン人やピクト人と並ぶブリテン恒例ギネヴィア誘拐事件の際に、救助に向かったランスロットは馬をやられてしまい、急ぐあまりにあろうことか荷車に乗って駆け付けるという愚行に走ったのだ。

 当時のブリテンでは荷車に乗る者は罪人であるという認識が強く、それを目撃したギネヴィアが勘違いからランスロットを手酷く詰り、余りのショックにランスロットは発狂し数年間も行方不明になるという惨事が起きたのだ。

 そんな訳で狂った理由はその頃を狙って呼ばれたのだろうと勘違いしたアルトリアは狂った同朋を前に聖杯戦争ではこんなこともあるのかと記憶に留めるだけにした。

 

「まあいいでしょう。

 敵陣とあれば容赦はしません。

 火急的速やかに倒されなさい」

 

 そんな感じでランスロットと戦うも、マスターに恵まれなかったランスロットはすぐに魔力切れを起こしその場から消えてしまう。

 

「……取り逃がしましたか」

 

 全盛期のランスロットと打ち合うのが割りと楽しかっただけにこの結果を残念に思うアルトリア。

 余談だがバーサーカーのマスターは外道麻婆(未満)に拾われた。

 

 

~~本気~~

 

 

「おお!?

 お久しゅう御座いますジャンヌよ!!」

 

 もうすぐ夜が明けるので撤収しようとしていたら突然魚面の気持ち悪い男に絡まれた。

 

「失礼ですが私はジャンヌではありません。

 というか貴方はキャスターですね?」

 

 ならばここで斬ると構えるアルトリアだが、精神汚染Aを所持するジル・ド・レは気付かず悲しみを垂れ流す。

 

「何故だ神よ!!??

 何故ジャンヌから貴き信仰心を象徴するような胸を奪い去ったのだ!!

 いえ、私個人としては全く脹らみの無いほうがフェミニンさとかプリティブな感じがして好みなのですが」

「しね」

 

 絶対零度の殺意と共に真っ黒に染まった極光がジル・ド・レを消し飛ばす。

 

「あ、アルトリア?」

「……ナニカ?」

「ナンデモナイデス」

 

 金色に染まる双眼を爛々と輝かせるアルトリアに、これ触れたら鏖殺されるやつだと距離を取るアイリスフィールであった。

 キャスターのマスターは敗退と同時に冬木を脱出したが、アサシンにより抹殺されました。

 

 

~~問答~~

 

 

「聖杯に何を求めるか……ですか」

 

 聖杯戦争も三騎の脱落が確定したところでライダーより王の器を比べ聖杯に相応しい者をはっきりさせんと談合を持ち掛けられ、アルトリアは切嗣に確認を取ってからそれに応じた。

 切嗣はアーチャーのマスターを暗殺するまでの時間稼ぎにそれを利用するつもりでそれを許可したが、まさか、その選択が後に多大な影響を及ぼすとは思いもしなかった。

 

「正直に言えば私は聖杯に固執していません」

「何?」

「…ほぅ?」

 

 疑念を浮かべるライダーと何やら愉快なものを見たと言わんばかりのアーチャー。

 

「生前に後悔が無いかと言われれば勿論あります。

 ですが、それさえ私が為した道。

 生前ならまだしも、願望器を用いて死後にやり直しを願う道理はありません」

「ならば、何故この戦争に参加した?」

「食事です」

「は?」

 

 その答えに全員が何を言っているんだと目で言う。

 

「生前から私は餓えを満たすことは叶わなかった。

 だから、一度ぐらいは美味しいご飯をお腹一杯食べたかったんですよ!!」

「え? 聖杯よりご飯が大事なの?」

 

 ドン引きするアイリスフィールだが、その発言がアルトリアを怒らせた。

 

「アイリスフィール。

 貴女は本物の飢餓を知らないからそんなことが言えるんです」

 

 そうして始まるブリテンの悲惨な生活事情。

 

「そもにして土地が死んでるんですよ!?

 そんな土地でできた作物なんて痩せて味も悪い粗悪品ばかりで、しかも土着の技術的な某は宗教弾圧によって悉く四散。

 雑で不味い食事だってそれさえ贅沢だったのにどうして文句が言えましょうか……」

「あの、その……だったら聖杯で土地を蘇らせれば」

「抑止案件からの剪定事象まっしぐらですねありがとうございます」

 

 一言で叩き切られ二の句を失うアイリスフィール。

 神代の酒の効果か、アルコールが悪い方向に入ったアルトリアは溜まりに溜まった鬱憤を打ち撒ける。

 

「第一、前の世代があんまりすぎるんですよ!!

 ウーサーはウーサーでブリテン統一寸前に覇権より女って馬鹿じゃないんですか!?

 それに付き合うマーリンもマーリンです!!

 次代を担う理想の王?

 そんなもん仕込むより先に神秘の終焉に愁いたヴォーディガーンを見習って対策を立てなさい!!

 そんなんだからお前は屑と言われるんですよ!!」

「ちょっ、それ以上は真名の解明に関わるからストップ!?」

 

 酒をピッチャーごと奪い一気に捲し立てるアルトリアに必死に制止するアイリスフィール。

 そんな様子にアルトリアの生前の苦難を察しなんと言うべきかと頭を掻くライダーと、道化芝居を見ているようににやつくアーチャー。

 

「お金もない、食べ物もない、信頼できる部下もちょっとしかいない。

 そんな国の王様が先陣切って身を粉にしないでどうやって国を建て直せると言うのか教えてください征服王!!」

「いや、うん……。

 余は治世は失敗した側だから政治は偉くは言えんが、余なら夢と志を共とする無二の仲間を募る事から始めるか?」

 

 唐突に水を向けられ自分ならこうするかと意見を出すも、アルトリアの悲惨さは歯止めが無かった。

 

「私は断金の友と信じた最初の友人に妻を寝とられました」

「……すまん」

 

 次々と降りかかる苦難でも言い表しきれない地獄の数々に遂に征服王も白旗を上げる。

 

「ふは」

 

 と、とうとう堪えきれなくなったアーチャーが爆笑する。

 

「なんだこれは?

 王道を競うと聞いてくればこんな愉快な道化芝居をみせられるとは。

 実に愉快で堪らないぞ!」

 

 そう爆笑するアーチャーを酒によって歯止めが聞かなくありつつあるアルトリアは剣呑に睨む。

 

「そんなに人の不幸が面白いですか?」

「言うまでもあるまい?

 雑種が転げ回る様を愉しまなくて何が王か」

 

 そう言うとアーチャーはくつくつと笑う。

 

「我をここまで楽しませた褒美をやろう。

 傍に侍ることを赦す。

 セイバーよ、我の寵愛を篤と受け取るがいい」

 

 これ以上の誉れは有るまいと自信満々なアーチャーだが、()()が外れたアルトリアは一蹴する。

 

「嫌ですよ」

「ふっ、遠慮する必要はない。

 我を「いえ、そうじゃなくて」ん?」

 

 アーチャーの戯言をぶったぎってアルトリアは理由を言う。

 

「私、若い男には興味無いんです。

 三十代中頃の、余計な油が落ちた頃に出てくる渋さのある色気を持った男性が好みなんです」

「ぬぅ…」

 

 頭からの拒絶なら強硬に組み敷くも一興と思っていたところでまさかの言葉に然しものアーチャーも二の句に迷う。

 と、今度はそれを聞いたライダーが愉快げに笑う。

 

「こいつはしてやられたな?」

「ええい! だったら三十代の我なら良いのだな!?」

 

 苛立たしげに虚空から若返りの秘薬の反対の効果を持つ宝具を取り出そうとするアーチャーだが、アルトリアは更に言う。

 

「それと、婿にするなら毎日私のために手ずから食事を作ってくれる方が良いですね」

 

 と、そう言ってからアルトリアは自分が挙げた条件にぴったり嵌まる条件の男が居たことを思い出す。

 

(そう言えば、私はどうしてあの時あそこまで狼狽えていたのでしょう?)

 

 生前の某についても毅然とした態度で謝罪すれば彼の性格からしてそう見下げられる事はないはず。

 はてと首を傾げるアルトリアにアーチャーは震えながら怒鳴る。

 

「貴様、我を前に他の男を懸想するとは、我に恥を掻かせるか!?」

「懸想?」

 

 その言葉を聞いたアルトリアはパチリとずっと足りなかったパズルのピースが嵌まったような感覚を識る。

 

(……ああ、そうだったのですか)

 

 どうして彼に会いたくなかったのか、どうして自分がアーサー王だと知られたくなかったのか、そんなことは当然だ。

 知らなかったとはいえ、自分をただ一人の小娘として見てくれた『彼』を、一人の男として慕っていたのだ。

 己自身気付いていなかった想いを知り得たアルトリアにアーチャーは不愉快だと立ち上がる。

 

「我以外の男を思ってそのような顔をするなど、少々躾が必要なようだな」

 

 背後に黄金の波紋を発し戦闘体勢を取るアーチャー。

 

「生憎と、叱ってくれる人は既に間に合っています」

 

 アイリスフィールを守るためアヴァロンの展開も視野に入れ戦端が何時切られてもいいよう警戒するアルトリア。

 空気の温度が下がっていく中、然り気無くマスターを後ろに下げながらライダーが執り成しを計った。

 

「まぁ待て待て。

 このまま武を競って勝者を決めることも吝かではないが、奴等にも杯を交わす意思があるか問うぐらいは待ってもよかろう?」

 

 その言葉に同調するかのように髑髏の仮面を付けた黒塗りのアサシンが現れる。

 その後、史実通りにアサシンはライダーの怒りに触れ退場し、アーチャーは興が削がれたと何もせず去った。

 

 

~~可能性~~

 

 

 四騎が脱落し、いよいよ人としての機能を喪失し始めたアイリスフィール。

 その姿を痛ましく思ったアルトリアは切嗣に直談判することにした。

 

「本当にこのままでいいのですか?」

 

 問いを無視をしたかったが、また空を飛びたくなかった切嗣は端的に切り捨てる。

 

「彼女は覚悟していた。

 イリヤのため、聖杯になることを承諾していた。

 今更どうこう出来はしない」

 

 切嗣とて何もしなかったわけではない。

 時計塔に封印指定を受けた人形師を探してみたり、時間の許す限りアイリスフィールを救う手段はないかと手は尽くした。

 しかし伸ばした手は届かなかった。

 ならば然るべき結末を迎え、彼女のためにも、なによりイリヤのためにも聖杯を手に入れなければならない。

 その為になら、何をすることにも躊躇いはない。

 

「……分かりました」

 

 切嗣の答えにアルトリアは自身の言葉は届かないのだなと理解した。

 

「偵察に出る序でに食事を調達してきます。

 希望はありますか?」

「任せる」

「……何かあれば念話で伝えます」

 

 そう言うとアルトリアは用意されたバイクを駆り走り出す。

 

「さて、どうしますか?」

 

 任せるとは言われたがアルトリアは真剣に困っていた。

 何せ、5世紀のブリテンに比べ食べるものが多いのだ。

 初めてコンビニに入った時なんてラインナップの多さに卒倒しかけたほどだ。

 ただしジャンクフード、お前だけは許さない。

 安さと量を折半した某チェーン店のハンバーガーを否定する気は無いが、戦場の天幕でも無いのに態々そういった類いの最低限のエネルギーだけを求める必要はあるまい。

 

「やはりこういう時は土地の穀物を選んでおきましょう」

 

 清浄で豊かな水源により育まれた米の味は料理長の食事を初めて食した時並みの感動を与えてくれた。

 その料理を巡って円卓の騎士達と本気で殴りあったのも今では懐かしい笑い話だ。

 

「……って」

 

 慌てて急ブレーキを掛け停止したアルトリアは、遅まきながらある可能性に気づく。

 

「もしかして、この国が料理長の故郷なのでは?」

 

 浄めずとも飲用可能な豊かな水源。

 狭く、それでいて山脈の多い国土。

 そして麦ではなく米を主とし、飽食の時代にあってなお食に対して飽くなき探求心を持ち続ける民。

 以前聞いた故郷の話は丸々日本のそれとぴったり嵌まった。

 

「此所が料理長の故郷……」

 

 もしそうだとするなら、我欲によってその平和を荒らす自分はなんと恥知らずなのか。

 そも、そんなものを容認した聖杯戦争とは其れほどの物なのか?

 不幸は多くあれど、抗う術さえ思い付かないような理不尽な不足は少ない時代に於いて万能の願望器など本当に必要なのか、その是非を思うアルトリアはふと、遠くに見える山に違和感を感じた。

 微かにだが、生前討伐した魔猪の王が撒き散らしていた呪詛に似た、放置すれば災害の種となりかねない原因となると直感が訴えている。

 

『切嗣、こちらの近くに悪性を感じる何かを感じました。

 キャスターの残した呪詛かもしれません。

 確認してもよろしいですか?』

『任せる』

『分かりました』

 

 報連相はしっかりと交わしアルトリアは直感の導くまま、『この世すべての悪』に汚染された大聖杯に向かった。

 

 

~~転換~~

 

 

 アルトリアの調査により、万能の願望器がサーヴァントを燃料とした大量破壊兵器と化していたことが判明し、衞宮切嗣の心が遂に折れた。

 

「………」

 

 妻を死なせ、娘さえ贄となる未来が確定したと項垂れる切嗣に、アルトリアは冷めた目で問う。

 

「どうしますか?」

 

 続けるのか、辞めるのか。

 

「…………」

 

 これ以上のサーヴァントの脱落は大聖杯の爆発を起こしかねず、下手にサーヴァントの自害を命じれば街を破壊すると同義になりかねない。

 万事手詰まりとしか思えなくなった切嗣に、アルトリアは怒りの声をあげる。

 

「いい加減にしろ!!」

 

 切嗣の胸蔵を掴み、サーヴァントとしてではなく『人』としてアルトリアは怒りを叩きつける。

 

「このまま手をこまねいて妻を喪い、娘を奪われ、無関係なこの町の民を見殺しにするような、そんな誰も救われないふざけた結末を座して迎えるつもりか!?

 貴様の覚悟とは、その程度のものだったのか!?」

 

 そう、アルトリアは切嗣の間違いを指摘する。

 

「そうやって諦めたまま、本気で世界に平和をもたらせると思っていたのか!?」

 

 救うことを諦め殺す道を選んだ。

 正義の味方を諦めて天秤の秤になった。

 妻を諦め世界を平和で満たそうとした。

 

「そんなつもりで、娘を救えると本気で思っていたのか!?」

「じゃあどうすればいい!!」

 

 イリヤの事を挙げられ切嗣は遂に爆発した。

 

「聖杯は穢れ、アイリの死も無駄となる!!

 そんな状態でどうやってイリヤを救えると言うんだ!!」

 

 何を切り捨てればイリヤだけでも救えるのかと泣き叫ぶ切嗣にアルトリアは言う。

 

「令呪を二画切りなさい」

「……何を」

「1画目でアインツベルンへ私を転送しなさい。

 そうすればアインツベルンを鏖殺してでもイリヤスフィールを確保します。

 その後、おそらくアインツベルンには聖杯汚染の原因となる資料が有る筈。

 それを手に入れた時点で二画目を切りイリヤ共々私をこの街に呼び戻しなさい。

 そうすればアイリスフィールを救える可能性が生まれます」

「………そんな上手いことが」

「そうやってまた諦めるのか?」

 

 アルトリアの叱咤に切嗣は言葉を失う。

 

「答えなさい衞宮切嗣。

 諦めてなにもかも喪うか、それとも一縷の望みを私に託すのか。

 貴様の本心を私に告げなさい」

 

 そうアルトリアは掴んでいた手を離した。

 解放された切嗣はそのまま尻餅を着いて項垂れる。

 

「…僕は」

 

 正義の味方になりたかった。

 だけど年をとるに連れそれが夢物語なのだと諦めた。

 そうして少しでも悲劇を減らすため殺戮の徒へと身を堕した。

 

 殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して

 

 そうした果てで血塗れの手を掴んでくれた者を最後の贄と捧げる事で救われる道を示された。

 だけど、それこそが本当の間違いだった。

 

「令呪を以て告げる」

 

 本当に欲しかったのは、本当に成さねばならなかったのは、

 

「妻と娘を助けてくれ!! セイバー!!」

 

 家族を救う『正義の味方』になることだ。

 

「承りましたマスター」

 

 刹那、アルトリアはその望みを果たすため光となった。

 

「舞弥」

「はい」

「アイリを頼む」

 

 掴まれた服を直し切嗣は立ち上がる。

 

「それと、これが終わったら君の息子を迎えに行く」

「っ、はい!」

 

 その目には、確かに光が宿っていた。

 

 

~~顛末~~

 

 

「……と、言うわけで聖杯戦争は中断され、大聖杯を私が破壊することで開催は恒久的に頓挫しました」

 

 と、今回の大惨事のあらましを語り終えるアルトリア。

 しかしその姿に覇気はなく、正座をさせられた状態でカタカタと小さく震えていた。

 

「成る程な」

 

 それまでずっと弁明を聞き届けた料理長は深く溜め息を吐いた。

 

「アルちゃんが意外とそそっかしいのは今更だから置いとくとして、取り敢えず一週間飯抜きな」

「そんな!?」

 

 凄惨を極める厳罰にアルトリアは涙目で嘆願する。

 

「どうか御慈悲を!?」

「これでも随分軽くしてるんだぞ?」

「え~と…具体的には?」

 

 恐る恐る確めるアルトリアに料理長はすっぱりと言う。

 

「ケイから半年飯抜き、モードレッドから1年間ガウェインのマヨマッシュ喰わせろって言うのをギャラハッド達と必死に宥めて俺が裁量を預かることにしたんだが…反省してねえみたいだしやっぱりそのままで」

「誠心誠意刑に服させて頂きます」

 

 某総大将や語り部を彷彿とさせるほどにそれは見事な土下座をするアルトリア。

 

「……はぁ」

 

 そんなかつての主君の情けない姿に料理長は再び溜め息を吐いた。

 

「俺からは以上だ。

 後、他の全員にもちゃんと謝ってこいよ?」

「はい」

 

 立ち上がりとぼとぼと歩き出すアルトリアに料理長は言い忘れていたことを思い出し呼び止める。

 

「アルちゃん」

「はい?」

「偶然とはいえ俺の故郷を救ってくれてありがとう。

 罰とは別で、その礼にアルちゃんの好きなもん作ってやるよ」

 

 そう仕方ないと云うように笑う料理長に、アルトリア(アルちゃん)は満面の笑みで答えた。

 

「はい!」




 最近、何を書いても納得できず、完全にどん詰まりになってました。
 
 他所ではライトニングなユキ○ゼとか深江とか普通に引いてたけどさ…ガチャは呼符込みで星四も威蔵も出やしねえ60連敗。

 そんな中で愉悦から渇破されました。

「貴様の愉悦は何処に消えた!!」

 そうして気付く。
 最近書いていて愉悦してねえと。
 そもそも自分は書いていて愉しいから書いてるのであって、それを忘れて書いてもそりゃあ面白くもなんともない筈だ。

 そんな感じで頭空っぽにして原点回帰。
 好きなように書いてみました。

 因みに飛び飛びなのはアルトリアが語り部としてかいつまんでいるのを表現したからです。


 予定の話はちょいちょい書いていたので自分の愉悦が少し回復したので忘れ去られる前になるべく投下したいな…


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第5次聖杯戦争+アルちゃん

某作者様と微妙にネタが被ったので迷ったけど、取り合えず冒頭は投げとこうと思います。


 俺はその日、運命と出会った。

 月明かりに照らされたその青いドレスの上から甲冑を纏った少女の姿は、状況も忘れるぐらい幻想的な…

 

「「問おう、貴方が私のマスターか?……え?」」

 

 鏡合わせのように全く同じ姿の二人の少女を、俺は生涯忘れないだろう。

 

 

~~~~

 

 

 平行世界から同時に召喚されるという珍事に固まる間もなく襲撃してきたランサーをセイバーが退け、次いで現れた赤い外套のサーヴァントを情報を引き出すためアルトリアが半殺しにして拘束したところで、そのマスターが召喚者の知り合いだったため諸々の確認のため居間へと移動することにした。

 

「で、なんで同じ顔のサーヴァントが2体も居るわけなのかしら衞宮君?」

 

 その名字を聞いた瞬間僅かにセイバーが反応したのを見たアルトリアはしかしすぐでの追及は控えておくことにした。

 話によると、マスターとなった衞宮士郎は魔術使いであり、聖杯戦争の事は知らずセイバー達の召喚も偶然だったらしい。

 

「そう……で、そこの二人はどういうわけなのかしら?」

「恐らく正規の召喚ではなかったためにより起きたイレギュラーでしょう。

 私とシロウのパスが正しく繋がっていないのもその辺りが原因かと」

「私も同意見ですね。

 竜の心臓で必要魔力を供給していますから現界を維持するだけなら定期的に食事で代用していればしばらく問題ないでしょうが、何れどちらかに絞ってパスを繋ぎ直した方が良いでしょう」

 

 そう言うとセイバーから叱りの声が飛ぶ。

 

「あまり迂闊に情報を漏らすべきではない」

「そちらこそ状況が見えていないのでは?」

「何?」

 

 アルトリアの言葉に眉を寄せるセイバー。

 

「マスターはメイガスと言うにも未熟以前です。

 下手にこちらの内情を秘匿して内々で処理しようとするより、他の正規のマスターの進退を握っている状況の内にマスターに正しい認識と状況改善の手段を持たせるのが最優先ではないですか?」

「……確かに」

 

 後の展開までを視野にいれたアルトリアの意見にそう押し黙るセイバー。

 

「ちょっと待ってくれ!」

 

 改めて話を続けようとしたが、そこに士郎が異議を唱える。

 

「俺はまだ聖杯戦争に参加するなんて言っていないぞ!?」

 

 自分が殺し合いの場に参加する前提で話が進んでいることに反論する士郎。

 それにアルトリアは軽くため息を吐いてそれを論ずる。

 

「貴方が聖杯戦争への参加を拒否したいのは分かりました。

 ですが、現状を鑑みても貴方がこのまま辞するのは危険です」

「どういう意味なんだ?」

「理由は私達が召喚されたという事実です」

 

 そう一拍を置き、アルトリアは言う。

 

「聖杯戦争への召喚の際、私は私を指定して召喚する意思を感じました。

 おそらくこの家の何処かに私に由来を持つ何かが存在しています。

 ミス・トオサカでしたか?」

「何よ?」

「英霊に纏わる遺物には金銭的な価値が付加されていませんか?」

「……そうよ。

 英霊に纏わるアーティファクトは数億以上の値段で取り引きされるのが普通よ」

「数億だって!?」

 

 桁の違う値段にそんなものが家にあったなんてとギョッとする士郎を尻目にアルトリアは問いを続ける。

 

「では、それらを強奪したいと思うような輩は少なくないですね?」

「……否定はしないわ」

 

 アーチャーを狙って半殺しに留めた手際から、アルトリアがトップクラスの英霊だと悟った凛は誤魔化して不興を買うリスクを避け素直に肯定する。

 

「であれば、貴方がこの先魔術に関わらないとしても、その触媒を処理しておかなければ貴方と貴方の隣人の今後の身の安全は保証できない」

「だけどそれは…」

 

 誰にも知られなければいいと言おうとする士郎に先じてアルトリアはだめ押しを言う。

 

「もう既にランサーのマスターに貴方の事は知られている。

 これ以上に説明はいりますか?」

「……いや。大丈夫だ」

 

 ランサーのマスターがどこに所属しているかは分からないが、だとしてもサーヴァントを召喚するだけの条件が士郎にはあると知られた時点で士郎に選択肢はなかったのだ。

 

「だけど殺し合いになんか参加しないぞ」

「それで構いません。

 私は聖杯そのものを求めて参加したわけではありません。

 マスターの身の安全が確実となるまでの間だけ契約を続けてくれれば結構です」

「待ちなさい!!」

 

 そう言った所でセイバーが激昂した。

 

「お前は何のためにこの戦いに身を投じたというのだ?」

 

 凄まじい怒気を放つセイバーにどうしてそこまで怒るのか理解できないアルトリアは素直に理由を語る。

 

「強いて一言で言うなら、現代の食事に惹かれたからですかね?」

「貴様!?」

「何をそんなに怒っているのですか?

 死後に叶えたい願いがそれ以外にあるとでも?」

 

 この時アルトリアは、この世界が料理長により改編された生前の悲願であったブリテンの穏やかな終焉が叶った時間軸の未来だと本気で思っており、まさか史実通りの悲劇的な最後を遂げた平行世界だとは思いもしていなかったのだ。

 そしてセイバーもまた、アルトリアが自身と同じ結末を迎えていると信じきっており、その態度が王の責務を無責任に放棄しているように見えていた。

 尤も、その擦れ違いはすぐに解決する。

 

「ブリテンの救済はどうなった!?」

「?

 ……モードレッドに託して完遂されたでしょう?」

「」

 

 その瞬間セイバーはヴォーティガーンに殴られたような衝撃を受けた。

 

「モードレッドって……まさかアーサー王なの!?」

 

 悲鳴に近い大声を上げる凜に逆にアルトリアは驚く。

 

「竜の心臓と言った時点で気付かれていたと思っていたんですが、少し早計でしたか」

「うぐっ!?」

 

 無自覚にかましていたうっかりを暗に指摘され反論できず唸る凛。

 同時に、どうしてアルトリアがそこまで触媒の在りかを気にしていたのかも納得した。

 

「しかしだ、どうやら私とそちらの私とで経験したブリテンの歴史は大部違うようですね?」

「でしょうね」

 

 白目を剥いて呆けるセイバーに凜は仕方なしと言う。

 因みに士郎は言いたいことは沢山あるが、状況があんまりすぎて取りあえず黙って様子を窺っていたりする。

 

「私達が知っているアーサー王の物語って言えば、ランスロットの不義から円卓は瓦解して、最期はモードレッドと相討ちになったってのが一般的よ」

「……それはまた」

 

 料理長が知らずに解決していなければそうなっていただろうと容易に想像できたため、改めて料理長へと感謝を捧げるアルトリア。

 

「ということは、つまり『厨房の賢人』は此方には居なかったのですね」

「……誰ですかそれは?」

 

 少しだけ回復したセイバーが尋ねたため居ないことが確定したと内心思いつつアルトリアは語る。

 

「円卓の不和の解決に一助していただいた恩人です。

 彼のお陰でモードレッドは改心して王座を譲るに値する者になってくれました」

「」

 

 その言葉に再び気を失うセイバー。

 

「えっと、因みにその厨房の賢人は他に何をしたんだ?」

「一番大きな事はブリテンの土壌改善に助言してくれたことですね」

「土壌?」

「はい。

 当時のブリテンは神秘と人理の転換期にあり、只でさえ痩せていた土地は民の糊口を凌ぐ糧さえ取れぬほどに乾いていました」

 

 痛ましい話に顔を歪める士郎。

 同時に、正義の味方を目指している己としてアルトリアの語る『厨房の賢人』は自身の目指す答えの一端に居る気がした。

 

「ですが、彼に故郷の肥料の作り方を伝授してもらいそれも殆ど解決しました」

「待って」

 

 色々限界が近いらしく王の仮面が剥がれかけた半泣きで制止するセイバー。

 

「フランスから土を入れても駄目だったのに、どうして神秘が薄れていた状態で土地が回復したんですか?」

「この話は姉から聞いたんですが、どうやらその肥料は神秘と人理の橋渡しをしていたようで、肥料を撒いた土地は神秘と人理が上手く混ざった状態になっていたそうです」

「」

「結果、土地は枯れないままに人理の時代へと移行しブリテンの神秘は緩やかに消えていきました」

「……もうやだ」

 

 アーサー王の最大の悩みの一つが消えた世界があったことに喜ぶ以上に、自分のブリテンがそうでなかった悲しみに真っ白になるセイバー。

 

「マスター、可及的速やかに食事を用意していただけますか?」

「なんでさ?」

「こうなった時の私は、自棄になって聖剣を振り回すかひたすら鬱く引きこもるか無心でお腹を満たすかしないと正気に帰りませんので」

「それって」

「……私も通った道です」

 

 その夜、士郎は冷蔵庫が空になるまでセイバーのために食事を作り続け、なぜか途中からアーチャーまでが食事を作るのに参加し、そしてあまりの惨状に凛は暫く敵対するのは止めようと誓ったのであった。

 因みにロリブルマもとい待ち伏せしていたバーサーカーのマスターは待ち惚けの末に風邪を引いた。

 

 

 




続き?

セイバーが食べたので無いです(多分)


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第5次聖杯戦争+アルちゃんその2

ある日の話

愉悦『なあ』
自分『どうした?』
愉悦『ガレスのギフトの【不浄】ってもしかしてお腐れ様の自重無くす』
自分『そうとしか思えなくなるから言うな!!』

後、申し訳ないですが短いです。



 二人のアルトリアが召喚されて数日が経過した。

 アルトリアの至った平行世界の結末に同じ円卓とは思えない落差から絶望したセイバーだが、しかしそれは平行世界の話であり自身のブリテンの救済は別と聖杯を求めることにした。

 それに対し士郎は参加に難色を示すも、冬木市の最近の事件が他マスターの被害者である可能性が高いことを凜から聞き、己の願望である正義の味方として見過ごせはしないとセイバーに協力することを誓う。

 そうした中、アルトリアは自分が監督役の下に向かう一同とは別行動をすることを提案した。

 理由は当然に戦略的観点からだ。

 同一人物の多重召喚という異常事態を活かし、間諜として敵勢力の察知に走ろうと考えていた。

 これに対しセイバーから異議が挙がったが、アルトリアは霊体化に加え生前山狩りで鍛えた気配遮断が有るから問題ないと突っぱねる。

 その答えにセイバーは眉をひそめた。

 

「は? 狩りならば聖剣で森ごと薙ぎ払えばいいでしょう?

 薪の調達も兼ねられて一石二鳥ではないですか」

 

 その答えに唖然とする士郎と凜。

 そしてアルトリアはその答えに己の恥を突き付けられうんざりした。

 

「短期的になら正解でしたが、長期的に見れば悪手ですらない愚の骨頂でしたよ」

「何?」

「いいですか(セイバー)

 樹と呼ぶに適した植物が育つまでには最低でも五年は掛かるんですよ?

 それを後先考えずに伐採していたら森が枯れて只でさえ痩せたブリテンが更に痩せ細るのですよ?」

「し、しかしだ」

「その上、樹を薙ぎ払い森が痩せれば草や木の実を食む獣が減り、草を食む獣が減れば肉を食う獣が餓える。

 その餓えた獣が人を喰らいに山を下り、それを討伐するために兵を動かさねばならなくなる。

 そして兵を動かせば兵站が更に減る。

 これが愚の所業でなくてなんと言うべきですか?」

「……」

 

 身に詰まされていた獣害の原因を今更知らされ崩れ落ちるセイバー。

 

「やはりわたしはおうになるべきじゃなかったんです……」

 

 自慢のアホ毛を萎びさせながら涙の川を作るセイバー。

 

「士郎。

 彼女を頼みますね」

「いや、完全に丸投げですよね?」

 

 士郎の突っ込みに対ししかしアルトリアはさっさと霊体化してしまう。

 逃げたのではない。

 これはお互いに冷静さを取り戻すための戦略的撤退である。

 そう言い訳しつつアルトリアは偵察のためその場を後にした。

 そうした事が有ってから数日後、アルトリアは有益な情報を得たため久しく離れていた士郎の屋敷に舞い戻ってきた。

 

「戻りました士郎」

「セイバー!?」

 

 茶の間で休んでいた士郎は霊体化を解いて現れたアルトリアに驚く。

 

「一体今まで何処に居たんだよ?」

「音沙汰もなかったことは謝ります。

 ですが先ず聞いてもらいたいことがあります」

「聞いてもらいたいこと?」

「はい。

 キャスターとの同盟の算段が立ちました」

「キャスターと?」

 

 現在士郎達が把握していないキャスターの名に士郎は耳を疑う。

 

「はい。

 詳しい話は(セイバー)を交えてしたいのですが、今どちらに?」

 

 おそらく家の中に居るのだろうと問えば士郎はすぐに呼んでくるとその場を離れる。

 そうして士郎とセイバーに加え凛とアーチャーが揃い、最初に凛が口火を切る。

 

「ふうん。

 キャスターとの同盟ね?」

 

 凛はアルトリアがキャスターから洗脳ないし何らかの操作を受けているのではないかと懸念していた。

 そんな疑念の篭る視線を受け、しかし今はその疑いを晴らす術はないと問題を切り出す。

 

「ええ。

 ですが事態は少々複雑ゆえ、少し前から話させてもらいます」

 

 そう前置くとアルトリアはこれ迄の行動を語る。

 

「私がキャスターと接触したのは偶然でした。

 活動資金の捻出のため、針子のアルバイトの面接を受けに行った先で」

「待ちなさい!!」

 

 アルトリアの話に早速突っ込みを入れるセイバー。

 

「偵察しに行ったのでは無かったのですか?」

「ええ。

 ですが先立つものが無ければ得られるものも無いでしょう?

 如何程必要かもわからない金銭をマスターに出させるわけにもいきませんし」

「それは……」

 

 自分達の時代ならともかく、現代において士郎の年の年代はまだ親の扶養を必要としている頃。

 そんな相手に金の無心をねだる恥をセイバーも理解して二の句を澱む。

 

「というより私としては、かのアーサー王が針子のアルバイトをってのが引っ掛かるんだけど?」

 

 凛の何気無い言葉にアルトリアはそうですか?と首を捻る。

 

「縫い物は騎士の嗜みですよ。

 私とて見習いの頃はよく練習させられましたし、叙勲した後もコートの解れ等は基本的に自分で縫っていました。

 それに、針子を雇うお金があったら他の経費に回せますから……」

 

 暗に貧乏だから自分でやってたんだと告白したアルトリアにセイバーも覚えがあるため表情を沈痛に染めて落ち込む。

 

「と、とにかく、そこでセイバーはキャスターを見付けたんだよな?」

 

 また冷蔵庫を空にさせられるのではと内心肝を冷やしながら士郎は無理にでも本筋へと引き戻す。

 

「はい。

 というより、その雇い主がキャスターだったんです」

「なんでさ」

 

 サーヴァントがアルバイトの募集を掛けてたという話に思わず突っ込む士郎。

 しかしそこは些末とアルトリアは話を続ける。

 

「本人の思惑はともかく、私はそこでキャスターから聞き捨てならない話を聞かされました。

 曰く、この地の聖杯は呪詛により汚染されており、このまま聖杯を完成させようものなら冬木の街どころか世界規模の大災害になるだろうと教えられました」

 

 その言葉に空気が凍り付いた。




おまけ

【アルトリアが反省する話】

アルちゃん「見てください料理長。王が本日の狩りで仕留めた獲物です」

料理長「こいつは凄いな」

アルちゃん「でしょう?」

アルちゃん「料理長にも一度王が聖剣で森を薙ぎ払い、獲物を追い詰める姿を御覧いただきたいものです」(自慢気)

料理長「森ごと薙ぎ払って……」(苦虫を噛み潰したような顔)

アルちゃん「どうしたんですか?」

料理長「……いやさ。このままアーサー王が毎度毎回そんなふうに森を考えなしに破壊し続けていたら、数十年後のブリテンが砂の大地になるんじゃないかと心配になってな」

アルちゃん「どういうことですか!?」

料理長「折角だからアルちゃんも覚えておいてくれ」

料理長、生態系と自然のサイクルについて解説する。

アルちゃん「な、成る程…。料理長の懸念も理解できました」(震え声) 

料理長「王様が生態系のいろはなんて知る必要も無いから知らなくて当然とはいえ、作物の取れ高が落ち着いている今のうちに未来を見据えた環境作りを考えてもらいたいもんだな」

アルちゃん「ご安心を料理長。その懸念はサー・ケイを通して必ず王の耳に入れていただきますので安心してください」

料理長「そうか?
 だけど、二人とも無理すんなよ?」

アルちゃん「大丈夫です!!」

後日

アグラヴェイン「料理長。貴方に心からの感謝を」

料理長「……俺、なんかしたか?」

アグラヴェイン「貴方によって私の胃痛の種が一つ消えた。それだけです」

料理長「そ、そうか……?」


この後、アルトリアは狩りの方法を改め、気配遮断からの一撃必殺に重きを置く。

これが後のヒロインXへの第一歩であった。


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第5次聖杯戦争+アルちゃんその3

もはや需要はないだろうけど、それでも漸く出来たので投下しときます。

ぶっちゃけ、これがやりたかった。


 聖杯の汚染。

 アルトリアより齎されたその報は衛宮士郎の方針を著しく変更させるものとなった。

 かつて起きた冬木の大災害。

 聖杯戦争が続けばそれが再び発生すると知り、士郎は勝ち残るのではなく聖杯戦争の停止と大聖杯の解体へと舵を切った。

 その決断に、大聖杯を確保しているのがかの裏切りの魔女メディアである事から最初こそ反対の意を持った遠坂凛も、円蔵山の大聖杯の状況を直に見ることで()()の完成なんて以ての外だと同調し、監督役への通達へと向かった。

 そうして第5次聖杯戦争は本来の経緯からの本格的な逸脱(原作ブレイク)を始めた。

 まず、暗躍に暗躍を重ねる筈の間桐蔵硯だが、大聖杯に溜め込まれていた魔力を消費せねばならないと聞き、無為に消えるぐらいなら第三魔法を己が身に施すことを要求。

 代わりに魔力の消費のついでと受肉を果たしていたメディアは日本人としての戸籍を求めてそれを受諾。

 その際に裏切りを避けるためメディアに魂の腐敗を取り除かれた蔵硯は、己の大願と現実の今日までの腐敗ぶりに絶望したが、しかしだからこそ成さねばならぬと奮起しなおし、孫へと埋め込んだ聖杯の欠片を除去して来たる惨劇(黒桜)の発生を防いだ。

 マスターの破滅の未来が回避されたのでライダーは慎二をボコって契約を切り、桜の側で事が終わるまで身を潜める事にした。

 しかしながらそんな事(桜ルート消滅)があったとは微塵も知ることなく、アインツベルンと所在不明のランサーのマスターだけが障害として残る中、士郎の食事に舌鼓を打って現世を謳歌したアルトリアは何ともなしに衛宮邸の道場に足を向け、そこに一人座すセイバーを見付けた。

 

「どうしたのですか(セイバー)

 朝食が冷めてしまいましたよ?」

 

 二度とブリテンの食事を食べたくなくなる(料理長の食事は例外)馳走を無駄にしたと軽く憤慨を抱きながらそう声をかけるも、しかしセイバーはアルトリアの声に何も返さなかった。

 

「?」

 

 微動だにしないセイバーにどうしたのだと回り込むと、セイバーは両目を閉じていた。

 

「寝ているのですか?」

 

 そう口にすると、セイバーはゆっくりと両目を開いてアルトリアを見た。

 

「…どうしたのですか?」

 

 開かれた目がどんよりと濁っていることに気付き、そう問いかけると、セイバーはポツリと零した。

 

「羨ましいですね」

「は?」

 

 何をと口にする間もなくセイバーから呪詛の様な感情の籠もった声が零れる。

 

「成すべきを成し、憂いも後悔もなく、同じアーサー王として生きたというのに…」

 

 肌を突き破りそうな程強く拳を握りしめて、妬みの籠もった声を吐き出すセイバーにアルトリアは反論する。

 

「そんな事はありません」

 

 妬みの一端は理解しつつもアルトリアは言葉を発する。

 

「あの時ああしていれば、この時その事を知っていれば。成すべきを成しはしましたが、振り返ってみれば私とて、その人生は後悔ばかりが先立つばかりです」

 

 自分だけであれば、どれも成し得ることは無かった。

 その殆どは何も知らずに、されどその言葉で気付かせる切っ掛けを与えてくれた恩人がいたからだ。

 

「私一人ではきっと、ブリテンは(セイバー)と同じものであったはずでしょう」

「なら…」

 

 小さく零された言葉は、しかしアルトリアは聞き逃し、そしてふと気になっていた事を思い出した。

 

「そう言えば、(セイバー)の願いは何だったのですか?」

 

 カムランを迎えた自分が如何様な願いを胸に秘めていたのかとんと分からず、しかし聞く機会も無かったために後回しにし続けたその質問をアルトリアは投げかけた。

 

「…しを」

「え?」

 

 その答えを聞き間違いだと思い変な声を出してしまったアルトリアに、セイバーは憎悪とさえ言える暗い感情を宿した瞳で睨めつけながらはっきりと口にした。

 

「選定のやり直しだ。

 私はやはり、王になるべきではなかったん」

 

 最後まで言い切ることは出来なかった。

 何故なら、言葉を終えるのを待たずアルトリアの拳がセイバーの顔面を打ち、道場の壁を破壊しながら庭へと叩き出したからだ。

 

「襲撃か!!??」

 

 突然の轟音に庭へと飛び出した士郎達が目にしたのは、鼻から血を流し仰向けに倒れるセイバーと、

 

「貴様、よもやそこまでおかしくなっていたとはな」

 

 完全武装で背に赤い竜を幻視するほどに赫怒に燃えるアルトリアがそこに居た。

 

「せ、セイバー?」

 

 撒き散らされる余波にさえ心臓が竦み上がる怒りを前に、言葉を失う士郎に構わず、アルトリアは脳がシェイクされて呻くセイバーの胸ぐらを掴み上げる。

 

「見損なうにも程があるぞ(セイバー)

 よもや、よもや…」

 

 怒りにわなわなと震えながらアルトリアは感情を叩きつけた

 

「あの借金地獄から逃げ出そうなんて恥をしれ!!」

 

「そこなの!!??」

 

 思わずツッコミを入れてしまった士郎に、ぐりんと人形じみた動作で首を動かしアルトリアが士郎を見る。

 

「貴方は何もわかっていない!!

 お金がないという事がどれほど辛く惨めになるか!!」

 

 怒りのあまり涙さえ浮かべながらアルトリアは吠える。

 

「金さえあれば救える命がどれだけあったか!!

 お金があれば村を枯らさずとも、ランスロットに寄生することも、債権を押し売りして貴族や商人達から白い目で見られることもなかったんですよ!!」

「え、いや、だからって…」

 

 あまりの気迫とそれにそぐわない主張に困惑する士郎だが、しかし隣に立っていた凛は力強く解ると同意した。

 

「魔術の研鑽、宝石魔術に使う宝石の購入、セカンドオーナーとしての収出…うっ、頭が」

「凛。お前もか」

 

 金にまつわる苦労に頭を抑える凛に、呆れた視線を向けるアーチャー。

 

「黙りなさいアーチャー。

 世の中何をするにもお金がいるのよ。

 恒久的平和だって、成された世界が貧しかったらすぐに奪い合いが始まって崩壊するんだから」

 

 そんな屁理屈じみた糾弾だが、しかし一理あることを生前見てきたアーチャーは理解し、何も言えなくなり曖昧な顔になる。

 

「そこで負けるのかよ!?」

「ふっ、何れ解る衛宮士郎。

 金がなくても多少なら救えるが、より多くを救うなら、金などいくらあっても足りないのだとな」

 

 シニカルに笑うアーチャーだが、内容が内容だけに全く締まらないという。

 そんな外野はさておき、昏倒から抜け出したセイバーはアルトリアの手を払い怒りに満ちた顔で叫ぶ。

 

「逃げるのではない!!

 アルトリア・ペンドラゴン()ではブリテンは救えないと確信したからそう決めたのだ!!

 ブリテンを救えたアルトリア(アーサー王)には私はなれないと、だから」

「黙れ」

 

 怒りのあまり遂に表情さえ消えたアルトリアの言葉にセイバーは二の句を噤む。

 

「貴様、いつから()()()()?」

「間違えた? そんなもの最初からに決まっている!!

 選定の剣を抜いたあの日からだ!!」

 

 国を救うために王になろうとしたこと自体が過ちだったのだと叫ぶセイバーに、アルトリアは怒鳴り付ける。

 

「貴様は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!??」

「……」

 

 アルトリアの怒号にセイバーは頭を真っ白にした。

 

「私は、貴様は剣を抜いたあの日、避けられない終焉に翳るブリテンの姿をマーリンから見せられたはずだ」

 

 だからこそ、アルトリアは誓った。

 

「自分が人でなくなろうと、ブリテンが滅ぶその日まで、一人でも多くの人々が笑って暮らせるように戦うと、そう誓ったのではないのか!!??」

 

 ガツンッ!! と、ヴォーティガーンの一撃よりはるかに重い衝撃がセイバーの頭蓋を打った。

 

「……あ、ああ、」

 

 何故、忘れてしまっていたのか?

 あの日決意した筈だった。

 どんなにその末が救い難かろうと、自身の果てに報いがなかろうと、それでも多くの人が笑ってくれると、それが泡沫の夢だとしても希望はあるのだと知っていたはずなのに…。

 

「いつから私は、あの日の誓いを忘れてしまっていたんだろう?」

 

 十を救うために一を切り捨てるようになってからか?

 ランスロットが裏切った時か?

 カムランで多くの同朋を手に掛けた時か?

 切嗣に聖杯を破壊しろと令呪を使われた時か?

 それとも、

 

()()()()()(セイバー)

 私達が王になった事が過ちだったとしても、民に笑顔があったことは偽りなどではなかったのだ」

「っ…!!」

 

 他の誰でもない自身からの肯定に、セイバーは崩れ落ちた。

 

 




自分はセイバーが思いを忘れてたのは安定のアラヤの仕業だと思ってます。

後、綺麗な蔵硯になってるのはとある人への救済のついでだったり。

誰かはオチまで行けば判明します。


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第5次聖杯戦争+アルちゃんその4

 はい。ハーメルンユーザーの気の長さ甘く見てました。

 と言うことで反省の意を込めて今日も投下します。

 


 自らの歪みと見失っていたかつての決意を思い出したセイバーだが、しかし一度こびり付いた瑕疵というものは簡単に拭えるものでは無い。

 

「ですが、やはり私は王に相応しくなかったのでしょうね」

「まだ言いますか(セイバー)

 

 矯正が足りなかったかと拳を握るアルトリアにセイバーは慌てて訂正する。

 

「もう選定のやり直しを願うことはありません。

 ですが、どうしてもトリスタンやランスロットの事を思うと…」

 

 そう沈んでいくセイバーだが、吹っ切れたアルトリアはばっさり切り捨てる。

 

「ギャラハッドやアグラヴェインから見限られたなら兎も角、あの二人に何を言われようと気にする方が疲れるだけです」

「しかし」

「どうせ、トリスタンから『人は天秤には仕えられない』『王は人の心がわからない』とか言われたんでしょう?」

「ええ」

 

 去り際に言われた台詞を思い出して凹むセイバーにアルトリアは凄まじい切込みを入れる。

 

「はっ!

 浮気を繰り返して妻を泣かせ続けた男がよく言いますね。

 王が人の心が解らないならお前は妻の心も分からないだろうと言い返してやれば良かったんですよ」

 

 キャメロットを辞する際、このままでは何れ料理長も使い潰されると料理長を連れて行こうとして、逆に料理長からそう返されて猛省させられたトリスタンを見ているアルトリアの言葉には妙な説得力があった。

 

「え? で、でもランスロットはバーサーカーになるぐらい私を恨んでいたんですよ!?」

「はぁ?」

 

 何を根拠にそんな事をと首を傾げるアルトリアにセイバーは言う。

 

「実際第四次聖杯戦争で、ランスロットはバーサーカーとして召喚され、狂いながらも執拗に私だけを狙い続けて」

「あの、バーサーカーだったのはギネヴィアに罵られて発狂していた時を狙って召喚されていただけでは?」

「……あ゛」

 

 その可能性を微塵も思いつかなかったために、指摘されつい変な声を出してしまうセイバー。

 

「それにギネヴィアの件はどう考えても逆恨みじゃないですか。

 私は許すとちゃんと本人にも言ったんですよね?」

 

 アルトリアの問いにつつぅっと気まずそうに視線を逸らすセイバー。

 

「……その後すぐアグラヴェインが逢瀬の現場に踏み込んだために殺されてしまいそれどころではなく」

「馬鹿じゃないですか!?」

 

 思わず素で罵倒してしまいますます涙目になるセイバーをアルトリアは容赦なく糾弾する。

 

「アグラヴェインがモルガンのせいで女性不信を患っていたのは知っていたでしょう!?

 それにランスロットの事を嫌っていたのも知っていたのだからまず初めに彼の暴走を阻止しないでどうするんですか!!」

「で、でも」

「でももしかしもありません!!

 そもそもが後手後手に回り過ぎなんですよ!!

 良いですか? ケイとかパーシヴァルとか内心を理解してくれていた上で付いてきてくれていた騎士達は居たのだから彼等を頼らないでどうしてあの経済危機を潜り抜け続けられると…」

 

 何故か始まった説教に反論出来ず涙目で受け続けるセイバー。

 そうして十分程が経過したところで、意を決した様子で凛がセイバーに尋ねた。

 

「ちょっといいかしら?」

「なんですか?

 今大事な話をしているのですが」

「それは後にして。

 それよりも、さっきセイバーがおかしなことを言っていたのが気になるんだけど?」

「おかしな事?」

 

 首を傾けるアルトリアに凛は言う。

 

「サーヴァントって同じ英霊が召喚されたとしても、前回の記憶をそのまま保持している事は普通は無いはずなのよ」

「そうなのか?」

 

 凛の言葉に士郎が不思議そうにそう返し、凛はええと頷いた。

 

「だけどさっき、セイバーは第四次聖杯戦争での記憶を持っているとしか思えない発言をしたわ。

 どういう事か聞かせてもらえるかしら?」

 

 そう水を向けられ、セイバーはばつが悪そうにぽつりぽつりと語りだした。

 

 曰く、アルトリアは普通の英霊とは違いまだ『座』に辿り着いておらず、『抑止』の手を借りカムランで瀕死の際の状態から分霊を送り出しているため他の聖杯戦争での記憶を継承できるのだそうだ。

 そして第4次聖杯戦争では、衛宮切嗣のサーヴァントとしてアインツベルンの陣営に与して最後まで勝ち抜き、しかし最後の時に切嗣が裏切り顕れた聖杯を破壊するよう令呪を切られたのだと言った。

 

「なる程。

 それでマスターの名に反応したのですか」

「最初はシロウを同じ姓の無関係な他人と思いましたが、住いがかつて切嗣が用意したセーフハウスだったので関係者だと判断し、下手に混乱させてはいけないと思い黙っていました」

 

 そう締め括るセイバーに一応の納得を得たアルトリアはではと質問をする。

 

「アインツベルンのマスターについて何か分かることはありますか?」

「おそらく切嗣とアイリスフィールの娘のホムンクルスではないかと」

「爺さんに娘が居たのか!?」

 

 そんな話は聞いたことが無かった士郎が驚きの声を上げると、セイバーはええと認める。

 

「切嗣とイリヤスフィールは大変仲睦まじい親子でした。

 ですが、十年前から姿見が殆ど変わっていなかったので本人では無いと思うのですが、そうなると彼女のシロウに執着している理由が分からないのです」

「いや、本人なのでは?」

 

 何故そんなに悩むのか分からずそう口にするアルトリアにセイバーは白い目を向ける。

 

「聞いていなかったのですか?

 イリヤスフィールは十年前から姿見が変わっていないのですよ?」

「悪質なメイガスなら姿見を変えぬようにするぐらい容易では無いのですか?

 寧ろ、切嗣に対する嫌がらせでそうされたと考えたほうが自然では無いですか?」

「可能性は十分あるわね」

 

 アルトリアの言葉に凛が同意する。

 

「アインツベルンは御三家でも最も聖杯に対して執着していると言えるし、聖杯に固執する魔術師なら再びマスターになるかもしれない衛宮切嗣への牽制に娘を使うぐらいやるでしょうね」

「だけど爺さんはもう死んでいるのに…」

 

 突然知らされた養父の身内の存在とその仕打ちに怒りを堪える士郎にアルトリアは言う。

 

「どちらにしろ、アインツベルンとは話をしなければなりません。

 何が本当なのかは、本人から聞けばいいでしょう」

 

 そう締め括り、セイバーに衛宮邸以外の拠点は無かったのかと聞くと、郊外の森にアインツベルンが所有する城があるとの答えを返され、おそらくそこに居るのだろうと当たりをつけ一同はアインツベルンの森へと向かった。

 

 

 

 

 




 次回は戦いますよ。

 相手はバーサーカー…だと思いますか?


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第5次聖杯戦争+アルちゃんその5

うん。 コラボに費やした5時間分のデータが吹き飛んだショックでスランプ入ったんだ。

なので気を取り直すためにこちらを先に投下します。




「うぅ…頭痛い…」

 

 初日に待ち伏せをしたが、待ちぼうけをくらい今日まで寝込んでいたイリヤスフィール。

 アインツベルンの最高傑作を寝込むほどに蝕んだ病魔。それは、

 

「聖杯を手に入れたらインフルエンザなんて滅ぼしてやるんだから……」

 

 下手を打てば大の大人さえ命を危ぶませ、現在進行形で己を苛むウィルスへの怨嗟を吐き出しイリヤスフィールは呻く。

 発病当初に比べると症状は多少は落ち着いたが、未だ頭痛や喉の痛みに悩まされていたイリヤスフィールは、それ故に気付くのが致命的に遅れてしまった。

 

 ズズゥン…。

 

 アインツベルン城を震わせる振動に、イリヤスフィールは地震かと疑い、

 

「…? ッ!?」

 

 それが襲撃によるものだと理解したイリヤスフィールは、熱で茹で上がっていた頭が一瞬で冷えきるほどの衝撃に見舞われ、慌ててガウンを肩にフロアへと走り出す。

 そうして辿り着いたフロアは、品の良い豪奢な造りが嘘であったかのように破壊され、天井には大穴が空いて廃墟同然というほどの有様となっていた。

 

「セラッ!? リズっ!?」

 

 そんな破壊の痕跡の冷めやらぬ粉塵の中に、従者であるホムンクルスの二人が血塗れになって倒れているのに気付き悲鳴を上げるイリヤスフィールの意識を、無理矢理引きずり出すような傲慢な声が響く。

 

「ふんっ、我も鈍ったか?

 たかが人形如きを仕留め損なうとはな」

 

 そこに立っていたのは、短ランのような丈の短い黒い上着を着る金髪に赤い瞳の偉丈夫であった。

 そこに立っているだけで全てを圧してしまいそうなプレッシャーを感じたイリヤスフィールは、即座にそれがサーヴァントであると気付き、瞬時に己のサーヴァントを呼び付ける。

 

「バーサーカー!!」

 

 イリヤスフィールの呼び掛けに応じ、控えていたサーヴァントが現界。

 身の丈は3メートルは超えるだろう岩のような巨人が赤い光を宿す眼光を灯し、イリヤスフィールを守るように立ちはだかる。

 見る者に絶望を抱かせ、相対する事に死を確信するだろうその姿を目にした男にあったのは、しかし落胆の感情だった。

 

「フンッ。同じ半神の身と聞いていたが故に少々期待してやっていたが、よもや狂気に身を窶していようとは…。

 興醒めもいい所だ」

「っ!!」

 

 信頼するサーヴァントを見下され、ただでさえ体調不良で機嫌の悪かったイリヤスフィールの沸点はそこで限界を超えた。

 

「バーサーカー、殺して!!」

 

 その言葉にバーサーカーが野獣の如き咆哮を轟かせる。

 

「フッ、僅かながらにでも我を楽しませてみせろ」

 

 そして、蹂躙が始まった。

 

 

 

〜〜〜〜

 

 

 

 バーサーカーと謎のサーヴァントが交戦を開始した一方、セイバーの先導でアインツベルン城へと向かっていた衛宮一行だったが、しかし後少しで城へと到着するというところでその歩みは止まっていた。

 

「妬ましい…」

 

 ギリギリと歯を軋ませ、射殺さんとばかりに殺意さえ籠もった鋭い眼光を向けるセイバー。

 

「…ふっ」

 

 そんな視線を受けながら、しかしその視線に対し勝ち誇った様子で笑みを向けるアルトリア。

 

「ふ、二人共こんな時に喧嘩なんて…」

 

 そんなのっぴきならない空気を醸す二人をなんとか宥めようとする士郎だが、しかしセイバーはその言葉に耳を傾けずアルトリアを睨む。

 そんな様子に呆れたと言いたげに凛は吐き捨てる。

 

「好きにやらせておけばいいじゃない」

「遠坂!」

 

 煽るような言い草に難色を示す士郎だが、そこにアーチャーさえ賛同の意を告げる。

 

「同感だな。

 事が事だけに後に引かせるべきではないだろう」

「お前まで…」

 

 どこか困惑の色を見せるアーチャーの言葉が皮切りになったように、セイバーが遂に口火を切った。

 

「なんで、なんで…」

 

 口から溢れるのは抑えきれない妬み。

 アーサー王(騎士王)としてではなく、アルトリア(騎士)として希い、しかし生前叶わなかった一つの願望。

 

 即ち

 

「なんでマルミアドワーズを宝具にしているんですか!!??」

 

 マルミアドワーズとは鍛冶神ウェルカヌスが打ち、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスに与えた神造兵器であり、アーサー王の物語の中において登場する数多の宝剣の1つである。

 幾多に並ぶアーサー王の名剣の中でもマルミアドワーズはアーサー王がいたく惚れ込んだ剣であり、物語の中ではマルミアドワーズを振るうためにエクスカリバーをガウェインに下賜した程だ。

 尤も、不老不死を与える星の聖剣をマルミアドワーズを持つのに邪魔だからで手放すような真似をマーリンが許すはずも無く、セイバーが動くより先にマルミアドワーズを処分することでセイバーの企みは潰えたのだった。

 ところが、アルトリアの時空では捨てる途中で畑に向かう途中の料理長に出くわし、その大きさから捨てるぐらいなら案山子代わりに畑に挿していいかと言われ、捨てる手間を面倒に思っていたマーリンが譲った事で失われずに済んだのだった。

 まるで駄々をこねる子供のようにそう喚くセイバーに対し、アルトリアは優越感に満ちた勝者の笑みを浮かべ嘯く。

 

「ふふっ、羨ましいですよねえ?」

 

 煽るように、いや、間違いなく煽っているとしか思えない態度でアルトリアは嘯く。

 あまりアルトリアらしく無い態度だが、同一存在故にセイバーの気持ちはよく分かるとアルトリアもつい調子に乗っているのだ。

 どうしてこんなふざけているような事に至ったのか、事の始まりはアインツベルン城での交渉に伴いアインツベルンの擁するサーヴァントを無力化させねばならなくなった際に備え、己の宝具について知っておいたほうが良いと判断したアルトリアの説明だった

 被害者であるセイバーも、自身が正規のサーヴァントになればエクスカリバー以外にも持ってこれるのかと、そう興味を持ったために聞きに回ったのが更に悪かった。

 

 そうして明かされたアルトリアが現在所持している宝具は5つ。

 

 マーリンに用意させた普段使い用のエクスカリバーのレプリカ。

 エクスカリバーと対を成す喪われた魔法の鞘。

 船にもなる魔法の盾。

 中に入れた食物を傷ませない壺と自在に温める皿。

 そして全身全霊を奮う際の真の切り札としてマルミアドワーズ。

 それらの品々にセイバーは嫉妬を大爆発させ、冒頭に至るのであった。

 

「本物のエクスカリバーはどうしたのですか!?」

「湖に返しましたよ。

 モードレッドに王位を譲ってしかも孫までいたのに、何時までも若い姿でいられますか」

「孫!!??」

 

 モードレッドに王位を譲ったのは聞いていたが、そのモードレッドに子供がいたとは聞いていなかったために顎が外れんばかりに驚愕するセイバーに、アルトリアは懐かしそうに語る。

 

「ええ。

 それはもう父と母の良い所だけを取り入れた様な溌溂としていながらも非常に聡明で、よくランスロットと真の祖父の座を決闘で争って、時折やり過ぎて本気で殺しかけたり殺されかけられたりしていましたね」

「えぇ…」

 

 楽しい想い出を懐かしむような表情に、だけど全くそぐわない物騒極まりない内容に士郎はちょっと引いてしまう。

 

「というより、ランスロットがもう片方の祖父ということはモードレッドの夫はギャラハッドなのか?」

「ええ。

 聖杯探索の旅の終わりにモードレッドが乗り込んできて、そこで二人共人間として生まれ直したそうです。

 子供が出来たのもその時の某が理由だと本人達は言ってましたね」

 

 つい口を開いてしまったアーチャーの問いにそう語るアルトリアに、とうとう黄昏れた様子で目を濁らせるセイバー。

 

「ギャラハッドが生還したことは喜ばしいですが、どうして私のブリテンは…」

「この件は完全に間が良かったとしか言えませんしね…」

 

 モードレッドが聖杯探索を知らなければギャラハッドが生還するはずも無かったので、こればかりは上げるも下げるも叶わないと困った様子でアルトリアは頬を掻く。

 

「そうではなく、百歩譲って他の至宝はともかく、なんで鞘を失っていないんですか!?」

「モルガンが盗み出す前に改心したからですよ。

 ブリテン解体にも彼女には助力してもらいましたし」

 

 血を分けた姉妹であり信頼する部下の母でありながら、しかし野望の果てにブリテンを滅ぼした怨敵でも足りない忌むべき相手さえ手を携えられたと聞かされ、セイバーは数えるのも馬鹿らしいぐらいになってきたヴォーティガーンの一撃超えのショックから崩れ落ちた。

 

「もはやご都合主義の領域じゃないですか…」

 

 頭から飛び跳ねた髪の一房を萎れさせながら涙の川を作るセイバーをアルトリア以外の三人は直視出来ず、口元を手で隠し顔を背ける。

 そうして再び暴食の権化と化すのかと内心で冷や汗を掻き始めた士郎だが、ふと、何か訝む様子のアルトリアに気付き問い掛ける。

 

「どうしたんだセイバー?」

「…先程から空気が微かに震えていませんか?」

「え?」

 

 真剣な顔でそう口にするアルトリアに、言いたいことを察したアーチャーが双剣を手に辺りを警戒し、同じく不穏な空気から先程までの意識を切り捨てセイバーも不可視の剣を両手に握る。

 

「戦闘が起きている…?」

「そう考えて然るべきだろう」

 

 腑抜けた空気を塗り変えるように情況の推察に入るアーチャーとセイバー。

 

「セイバー…ああ、アルトリアのほうだ。

 現在所在が分からないのはランサーとライダー、それとバーサーカーの三騎だったな?」

「ええ。

 アサシンはキャスターの所から動けないので間違いありません」

「ならば最悪を想定しておこう」

 

 その言葉に二人共「ええ」と応じ、マスターに警戒を促す。

 

「城まで一気に駆け抜けます。

 二人共、決して逸れないように」

 

 そう呼び掛け、アルトリア達はその行軍の速度を速めるのだった。




露骨なフラグの嵐に許さるのかと戦々恐々しつつ、次回はなんで誰もやんないかなとずっと見たかったネタまで行けたらいいなぁ…


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