LORD Meets LORD(更新凍結) (まつもり)
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始まりの攻略者
プロローグ


「うーん、次はこんな感じの王がいいかな・・・、いや、それとも」

 

ここは聖宮(せいきゅう)

 

世界に満ち全ての生命、あらゆる自然現象を生み出している大いなる存在ルフを管理する場所だ。

 

望めば世界を如何様にも変えることが出来るこの場所でアルマトランのマギ、ウラルトゥーゴは聖宮の番人として黙々と作業に没頭していた。

 

今、部屋にはウーゴがボードと画面を備える魔法装置を操作する音だけが響いている。

 

 

かつてウラルトゥーゴはアルマトランと呼ばれる世界で、多種多様な種族を統べる王ソロモンの補佐の賢者マギを務めていた。

 

だがアルマトランはソロモンの意思に従わない魔導士(まどうし)達の手により滅亡。

 

辛うじて滅亡から逃れ、生き残った民を纏める存在となったウーゴは五年の歳月をかけて、全ての民を別世界へと移住させる方法を見つけ出した。

 

アルマトランでは、かつて種族の違いから起こる争いが後を絶たなかった経験から、その別世界では誰もが同じ種族、人間としての姿を取るようにしたものの、それだけで人々が一つになって、協力しながら生きることが出来るとはウーゴも考えていなかった。

 

そこで、考案されたのがマギシステムである。

 

世界が混沌に包まれたとき、民たちは新たな王を求める、そして高い志と能力を持つ、王となるべき者がいる。

 

マギシステムとは、王となるべき者に、それに相応しき力を与える仕組み。

 

そして時代の変わり目ごとに、王に相応しい者を選ぶ使命を帯びて生まれる、三人の賢者こそがマギであった。

 

 

今の世界の様子を見るにとりあえず大きな戦乱は起こっていない。

 

だが、進歩を止めてかつての遺産を少しずつ食いつぶしながら永らえている国が目立つ、といったところか。

 

経験上この状態が後三十年も続けば多くの国の屋台骨がぐらつきだし、戦乱の時代へと突入するだろう。

 

ウーゴはもうすぐ時代の変わり目、すなわちマギシステムの出番が来ることを見越して準備を重ねていた。

 

「この国は、まだ当分持ちそうだからマギはこっちの地方に生まれさせるのがいいか。

 ああ、そうだ。 迷宮(ダンジョン)の確認もしておこう」

 

迷宮(ダンジョン)、とはマギシステムの構成要素の一つ。

 

一つの迷宮につき、一人のジンが管理する。

王に相応しい人間を選別するための、試練の場だ。

 

迷宮を出現させる権限はマギに与えられており、マギは自らが王と見込んだ人間の為に迷宮を出現させ、その中で試練を受けさせる。

 

その結果次第で、王たる力を得られることもあれば、ジンの試練を乗り越えられず死んでしまうこともある。

 

すなわち、マギは有力な王候補を見つけチャンスを与えることが出来るが、最終的にジンが王たる力を与えるか否かはジンの裁量に任されるということだ。

 

マギが見込んだ候補であっても選ばれないことは往々にしてあるし、マギが全く意図していない人間が迷宮を攻略することもある。

 

ウーゴが手元のボードに触れると、目の前の画面に真っ赤な惑星が姿を現した。

 

ここは全部で七十二ある迷宮が存在する惑星。

 

先程マギが迷宮を出現させる、といったが正確には少し違う。

 

マギが出現させることが出来るのは、迷宮本体があるこの惑星へのゲート。

大抵の迷宮は、非常に広い面積を有する為、人が住む星に直接出現させることは難しい。

 

なので、別の惑星一つを丸々使い七十二の迷宮を配置しているのだ。

 

ウーゴは、指をボードに滑らせながら各迷宮の状態を確認していく。

 

「問題なし、問題なし、・・・ここは少し迷宮生物のバランスが悪いかな、まあ許容範囲内か。 問題な、おっと!」

 

確認作業の最中、ウーゴの肘がどこかに当たってしまった。

 

「んっ、なんかボタンを押したような気がしたけど。うーんと、多分当たったのはこの辺りの筈、・・・ってまさか⁉」

 

ウーゴが慌てて画面を見ると先程まで確認していた迷宮が表示されていない。

 

詳しく状況を確認している内に、彼はかなり厄介な事態になってしまったと悟った。

 

実はこの世界には、かつてアルマトランを滅ぼした魔導士達の組織『アル・サーメン』が潜伏し、ウーゴとは敵対している。

 

ウーゴは彼らが迷宮が存在する惑星を攻撃してきた場合に備え、惑星を一時的にこの世界ともアルマトランとも違う、異次元に移動させるシステムを作っていた。

 

だが、今回はアクシデントにより正規の手順を踏まずに次元移動をさせてしまった為、無数にある次元の内、惑星がどの次元に移動したかウーゴにさえ分からなくなってしまった。

 

一応、魔力(マゴイ)の残滓や転移の痕跡を分析していけば、いずれは惑星を見つけ出すことは出来るだろうが、それまでに数十年、いやもしかしたら百年以上はかかるかもしれない。

 

ウーゴはその途方もない作業を思い、大きくため息を吐くと再び装置に向き合った。

 

(次元を移動したことが、迷宮にどんな作用をもたらすかは僕にも予想できないな。 前例もないし。 あまり変な事にならなければいいけど)

 

 

 



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第一話 雨夜の陰謀

バハルス帝国北西部に位置する町パルミナは、南方にトーラ山を望める景勝地だ。 

 

地形の為か、夏でも涼しく過ごしやすいこの地は古くから王族や貴族の保養地として使われてきた。

 

特に貿易拠点などの役割は持たず夏場の富裕層が滞在する時期を除くと、よく言えば落ち着いた、悪くいえば活気の少ない町だが三年前からある要因により帝国内外においてかなり有名な街になっている。

 

季節はすでに秋。

夏場の賑わいはなりを潜め、落ち着きを取り戻したパルミナにある王族所有の別荘。

 

並みの貴族のものとは一線を画す絢爛さと、快適な居住性を兼ね備えた広大な屋敷。

 

日はすでに暮れ、雨がしとしとと降り注ぐ中庭にバハルス帝国次期皇帝、ジルクニフは跪いていた。

 

周りにはこの景勝地には場違いな鎧を着込んだ、三十人以上の男達が取り囲んでいる。

 

その中でジルクニフは縄で後ろ手に縛られ、数人により押さえつけられた上、剣を突き付けられていた。

 

一人の男がジルクニフに話しかけた。

 

この場で唯一武装しておらず、部下たちに守られるように立っている金髪の男。

 

ジルクニフの叔父にあたるグロック公爵だ。

 

歳は四十を超えており顔にはところどころ皺が刻まれているが、ジルクニフとの血縁を感じさせる整った容姿をしている。

 

「ジルクニフ、お前は頭が切れるし計画を実行に移す決断力も大局を見つめる眼力もある。 だが・・・、如何せん若すぎたな。 一番怖いのは分かりやすい敵ではなく身内の反乱だ。 最期に大事な教訓を得られたんじゃないのか?」

 

返答はせずジルクニフは黙ってグロック卿を睨みつける。

 

目にはまんまと計略に陥れられた屈辱と怒りが宿っていた。

 

 

 

事の始まりは二か月程前、ジルクニフの父親前バハルス帝国皇帝が急死したことだ。

 

寝室に置かれていた水差しから毒が検出されたことで毒殺との結論は出ているが、まだ犯人は判明していない。

 

ただ王の寝室に入れる者などごく少数に限られている。

 

長く王家に使えている信用のある使用人か、もしくは・・・側室や皇子の中の誰かか。

 

捜査は未だ続いているが、それよりも優先して解決しなければならない問題がある。

 

バハルス帝国の次期皇帝の決定だ。 王国との関係も年々悪化している以上、帝位が長期間空席になることは避けなければならない。

 

前皇帝は自分の後継者として皇子たちの中でも早くより一際優れた才気を発していたジルクニフを選んでいた。

 

長きに渡り帝国を支え続けている伝説の賢者、フールーダ・パラダインに教育係を任せていたのは、次期皇帝としてフールーダと親密な関係になることは不可欠だと考えてのことだ。

 

帝国の軍事の要、帝国騎士団も前皇帝が貴族より皇帝に従うよう地盤を整えておいたおかげで、今ではジルクニフがほぼ全体を手中に収めている。

 

そして今より一か月後に控えた即位式の為、ジルクニフはこのパルミラの更に北。 帝国最大の港湾都市カルバ=オルカスへと視察・・・、要するに民への顔見せの為に向かい今はその帰り道だった。

 

道中の休息の為にパルミラの別荘へと滞在していた所、グロック卿による襲撃を受けたのだ。

 

グロック卿とは兼ねてより前皇帝が進め、ジルクニフも踏襲しようとしていた政治方針である貴族の力を弱め皇帝への権力の集中させることに反発していた、ジルクニフにとって叔父にあたる存在である。

 

勿論次期皇帝であるジルクニフには五十人からなる護衛団に加え、帝国四騎士の内二人、上級貴族の家に生まれ家宝の黒い魔剣を振るう剣士、黒剣(こくけん)のケイオス。 並みの騎士では二人がかりでも運ぶのがやっとという巨大なメイスを自在に操る巨漢、激震(げきしん)のビーザムが身辺を守っていた。

 

だが屋敷での食事中、護衛団の中の数人が突如として反旗を翻し仲間達を殺害。

 

裏切った中には黒剣のケイオスも含まれており、彼は真っ先に同じ四騎士であるビーザムを攻撃した。

 

食事中とはいえビーザムも武装はしていたが、屋内では巨大なメイスは使いづらい。

 

それに不意を突かれた混乱も重なりビーザムはケイオスに心臓を刺し貫かれてしまった。

 

・・・あとは一方的な虐殺といっていい。

 

護衛団の中には冒険者のランクで金級の実力を持つとされる精鋭の騎士も含まれていたが、オリハルコン級以上の実力者である帝国四騎士相手では分が悪い。

 

一部の護衛団員の裏切りと共に屋敷に雪崩こんできた、グロック卿率いる戦士たちの増援もあり、ジルクニフを残し屋敷内の使用人、裏切っていない護衛団員は全員殺されてしまった。

 

「グロック、父上を・・・前皇帝陛下を殺したのはお前か?」

 

「うん? ああ、兄上の件か。 殺したのは私では無いよ、あれは・・・。 いや、やめておくか。 周りに人が多すぎるからな、叔父として君の最後の謎くらいは解き明かしてやりたかったがね、残念だ」

 

グロック卿が、ジルクニフへと歩み寄り、彼を上から見下ろした。

 

「君の父も、そして君も、道を誤ってしまったのさ。 長らく帝国に尽くしてきた貴族を弱体化させ、王の独裁状態を作り出そうなどとはね。 いい事を教えてやる。 今回、護衛団の中から私に協力してくれた者たちはいずれも貴族出身者だ。 皆、いつか君に切り捨てられることを見越して、先に君を排除する決意をしてくれたのさ」

 

「なに⁉」

 

ジルクニフは絶句した。

 

彼とて、貴族すべての排除を計画していたわけではない。

 

有能な者は爵位に関わらず相応しい評価を与えるつもりだったし、優秀な騎士団員を輩出している家などは明らかに帝国に害を与えている家以外は、多少無能でも尊重する態度を見せ裏切りを防止しようとしていた。

 

「君も、大きな反発が起きにくいように色々策は講じていたようだがね。だが君が周囲に漏らしていた政策では、どんなに緩やかであろうと、徐々に貴族の力は弱まっていく。 十、二十年後はともかく百年後は? 今の権力集中の流れをこのまま続けていくといずれ貴族は滅びてしまう。先見性のある者たちはそれを見越していたんだよ、なあケイオス殿」

 

話を振られた、帝国四騎士のケイオスは頷いた。

一見ただの優男に見えるが、服の下には鋼のように鍛え上げられた肉体を持つ、名実ともに四騎士に相応しい男。

ジルクニフも、彼を重用しており、裏切られる要素は無いと思っていた。

 

「ええ。 ジルクニフ様、あなたは結局の所、何も分かっていない。 邪魔な貴族を排除していけば国がよくなる、というのは、余りにも安直すぎるんですよ。 帝国の貴族は、経済にも軍事にも深く関わっており彼らを混乱させることは国の弱体に繋がるということが分からないのですか? 真に帝国の為を思うなら、貴族と話し合い、協力しながら国を治めていけばいい。 わざわざ、貴族を刺激して内乱の危機を招くあなたは、間違いなく帝国を害する存在となる」

 

「くっ、何を言う。 バハルス帝国建国から二百年近くが建つが、年代が下るごとに貴族の質は低下している。 それもこれも皇帝の力を貴族に分散しすぎたためだ。 その末路がどうなるかはリ・エスティーゼ王国を見ればわかるだろう? 今は、皇帝の権威を取り戻し貴族たちの気を引き締めなければならん。 国が滅びれば貴族も存在できないと、なぜわからんのだ!」

 

「その話は平行線だ。 あまり時間をかけすぎると援軍が来ないとも限らんし、そろそろ終わりにしよう」

 

論争に発展しかけた会話をグロック卿が遮った。

 

「ジルクニフ、昔はよく一緒に軍盤で遊んだっけなあ。 君は父親・・・、兄上によく似ている。 特にその燃えるような目がね。 誤解しないで貰いたいが、私は兄や君を恨んでいたわけではない。 兄上は、兄上で自分の信じるものの為に戦ったんだろうし、君もそうなのだろう。 ただ、私達とは相いれない道を選んでしまっただけだ。 君を、すぐに切り捨てずに身柄を抑えたのはその為さ。 私の手で君を殺したくはない。 だから・・・、他の方法で消えて貰おうと思ってね」

 

グロック卿は部下たちに指示を出す。

 

「おい、運ぶぞ」

 

それを合図に、部下の一人がジルクニフを無理矢理立たせる。

 

(どうするつもりだ? 他の場所で殺す、いや、そんな事しなくてもここで殺せばいいだけだ。 なら・・・)

 

ジルクニフが、行き先について思考していると屋敷の中から、数人のグロック卿の手勢らしい男達と、彼らに運ばれてくる縛られた男が出てきた。

 

「グロック様、屋敷の便所に、コイツが隠れていました。 多分、護衛団の団員かと」

 

グロック卿はジルクニフの隣に投げ出された縛られた男を見下ろす。

 

恐らく十代後半。 赤毛の髪を耳や目にかからない程度に切りそろえており、鳶色の丸い瞳をしている。

 

その目と頬のそばかすの為か、精強な兵士といった印象は受けない。

 

世間の垢が抜けておらず、舞踏会で女の尻を追いかけているような、どこにでもいる若者に見えた。

 

「フン、まだ若いな。 大方、臆病風に吹かれ真っ先に隠れた愚か者だろう。 よくやった。 この別荘は市街地から離れていて民間の目撃者はいない筈だが、だからこそ屋敷内の人間は全員消しておかないとな」

 

縛られた赤毛の男はグロック卿の言葉に息を飲む。

 

「ち、違うんだ。 いや、護衛団ではあるんだけど今回が初めての任務で家のコネでねじ込まれただけなんだよ。 そ、そうだ! オレの家も貴族なんだ、ローチェル伯爵家の四男バレット・ボージア・デル・ローチェル。 あなた達は貴族派ですよね⁉ オレも仲間に入れてくださいよ、絶対今日の事は喋りませんから」

 

ジークを見下ろしていたグロック卿の目が汚らわしいものを見るように細められた。

 

「まあ、どんな集団にも腐った奴はいるものだしな。 バレット、とか言ったか。 私は立場が悪くなるとあっさり主君を裏切るような奴を信用しない。 ここにいる者たちは以前から前皇帝の方針に疑問を持っており、自分の信念により私に協力してくれた者たちとその部下だ。 失敗すれば自分のみならず、家もただでは済まないと知りながらも未来を掴み取る為に立ち上がった。 お前のように状況次第でコロコロ変わる奴はいらん」

 

グロック卿の意を受け部下がバレットを切り捨てる為に剣を構える。

 

「ひぃぃっ!」

 

「待て」

 

だが、それを制したのはグロック卿だった。

 

「折角だ、ソイツも水晶宮(すいしょうきゅう)へと連れて行くぞ。 ジルクニフ一人で、不帰(かえらず)の門をくぐるのも寂しかろう。 上等とは言い難いが死出の旅路へ従者を着けてやろう」

 

「はっ」

 

ジルクニフとバレットは内部が見えないように、黒い布で窓を覆った馬車に乗せられ、運ばれていった



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第二話 水晶の宮殿

馬車に乗せられたジルクニフは移動しながらも考える。

 

(くそっ、水晶宮だと? 最悪の場所だ、あの一万人以上を飲み込んだ、死の宮殿とは・・・)

 

水晶宮。三年前にパルミナの郊外に出現した正体不明の建造物だ。

 

土台の上には円を描くように八本の柱が立ち、屋根を支えている。

 

水晶宮の名は、その八本の柱が全て透明な鉱石から作られていることからついた。

 

出現当時は柱を構成する透明な鉱石を採取しようと、かなりの者が道具を持って削ろうと試みたようだが、この建造物の破壊は今に至るまで一切成功していない。

 

だがもし水晶宮が、ただ美しく決して壊れない建造物というだけならばジルクニフが恐れる必要は無い。

 

この建物が最悪の場所、死の宮殿とまで呼ばれるに至ったのはある特性の為だ。

 

柱の円の中心には柱と同じく透明な鉱石で出来た縦長の直方体が存在していたが、その直方体の一面にそれはあった。

 

扉のような装飾で周りを囲まれた黄金の膜。

発見当初、美しく光り輝くその膜に触れたものがいた。

 

彼は見物に来ていた一般市民だったというが指先が触れた瞬間、強い力で膜の中に吸い込まれて行ったという。また彼を助けようとした三人の市民も同様に膜に触れてしまい、一緒に引きずり込まれてしまった。

 

一日が経過しても吸い込まれた四人は戻らず、彼らの家族は冒険者組合に救出を要請。

 

パルミナには冒険者組合がある事はあるが帝国兵による街道の警備が行き届いていることと町の人口の少なさから規模は小さく、当時は最高戦力がミスリル級五人組チームのみだったという。

 

その状況でも冒険者組合はミスリル級チームを筆頭に、金級、銀級も加え構成した二十人ほどの団体で、黄金の膜の内部への侵入を決定した。

 

これは依頼者が資産家などの理由ではなく、未知の建造物の出現に湧く冒険者達が救出作戦にかこつけて、建物内部を探索しようとしたのだろう。

 

帝国は王国などとは違い強力な常備軍を持つため、冒険者の役割は自然と限られてくる。

 

もし、この建物について国が本格的に調査に乗り出すことになれば完全に軍に主導権を握られる可能性が高い。

 

その場合この建物内部を探索し得られるかもしれない、未知の魔法に関するアイテムや財宝などが国に独占されてしまう。だからこそ冒険者達は、情報不足というリスクを冒してでもまだ政府が動き出していない段階で内部の調査を決意した。

 

そして結果・・・。

内部へ侵入したものは誰一人として帰らなかった。

この結果を受け、冒険者組合と帝国はこの建造物の危険さをおぼろげながら理解し、住民の接近と冒険者達の立ち入り自粛を勧告。

 

だが当時はまだ、帝国も冒険者組合も内部の調査を諦めた訳ではない。

 

 

この後の経過は帝国軍も深く関わっているため、ジルクニフもよく覚えている。

 

二週間ほど後、帝国軍から派遣された三百人規模の武装調査団・・・全滅。

 

金級の実力を持つ精鋭騎士と第二位階魔法を使用しレンジャーの技能も持つ隠密。フールーダの高弟三人による五十人規模の少数精鋭部隊・・・全滅。

 

帝国の威信をかけて編成された千人規模の第二次調査団・・・全滅。

 

一切の成果を挙げられず、ただいたずらに被害を拡大させたことで騎士団や国民からの不満が高まり、皇帝は軍による調査は凍結。内部の情報に巨額の懸賞金をかけ冒険者達やワーカー達に調査を託した。

 

当時の盛り上がりは記憶に新しい。

 

三代に渡り遊び暮らせるような懸賞金と内部で見つけたアイテムは発見者の所有権を認めるという宣言を受け、帝国中、いや、王国やローブル聖王国、スレイン法国からも多数の人間が集まった。

 

それから三年、水晶宮は未だ落とされず死者は一万人を超えている。

死者の中にはアダマンタイト級、オリハルコン級の冒険者チームも含まれていた。

 

いつしか不帰の門と呼ばれるようになった、黄金の膜をくぐるのは今では無謀な新人冒険者か自殺志願者のみ。

 

全ての者にとっての正真正銘の死地と化していた。

 

 

やがて馬車がゆっくりと停止した。

ジルクニフの隣の男が、外にいる人間に確認する。

 

「付近には誰もいないな? よし」

 

ジルクニフとバレットは荒々しく引き出される。そこは、水晶宮のすぐ近くだった。

 

光を受けて透明な柱が神秘的に輝く。

その光の発生源に不帰の門、黄金の膜はあった。

 

二人は背後に剣を突き付けられ、門の方へと歩かされる。

そして門まで二メートル程の距離まで近づいた。

 

「美しいな・・・。 こうして見ると、とても一万人の人間を吞み込んだ死の門には見えん。 家に飾りたいくらいだ」

 

グロック卿は自分の冗談に、ははは、と軽く笑うとジルクニフに視線を移す。

 

「どうだ、ジルクニフ。 最後に言い残す言葉でもあるか?」

 

言葉を投げかけられたジルクニフは少し考える素振りを見せるが首を振った。

 

「残念だ。 相手がお前でなければ今後の政策について意見でも言っていたんだがな。 お前のような頑迷な思考しかできない者には、言うだけ無駄だろう」

 

「はっ、最後まで君らしい。 じゃあ、そろそろ膜に触れて貰おうか。 自分で出来ないなら手伝ってもいいが?」

 

「お前たちの世話になどならんさ」

 

ジルクニフはゆっくりと前へ歩み、指先を膜へと近づけた。

 

「ひとつ言っておく。 私は自殺などするわけではない。 必ず生き帰り帝国を導いて見せる。 せいぜい震えて待っているんだな」

 

勿論、並みの人間の到底及ばぬ領域。冒険者としての最高位であるアダマンタイト級冒険者チームも生きて帰れなかった門の向こう側から生還できる可能性がゼロに限りなく近いことはジルクニフも理解している。

 

だが・・・。

 

(私はまだ生きている。 なら・・・、せめて最期まで戦い抜いてやる。 自分から死を受け入れてたまるか!)

 

ジルクニフの指が膜に触れた。

 

「ぐっ」

 

予想していたよりも強い力で引き込まれていく。

指から腕へ、腕から肩へ、やがて全身が膜の中に吸い込まれた。

 

「ほら、お前も行くんだよ」

 

ジルクニフが吸い込まれた後、今度はバレットが背中を剣先でつつかれながら急かされる。

 

「ちょっ、なんとか勘弁してくだ」

 

「うるせえっ!」

 

「へぶっ」

 

この後に及んで命乞いをしようとするバレットに苛立った男に背中を押され、バレットもまた膜の中に吸い込まれていった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

肌を叩きつける風を感じジルクニフは目を開ける。

 

(赤い・・・球体?)

 

自分は光の通路を通り、恐ろしく早い速度で赤い大きな球体へと吸い込まれているようだ。

 

(綺麗、だな)

 

そこまで考えてジルクニフは再び意識を失ってしまった。

 

 

 

 



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第三話 臆病な騎士と、決意の王

(んっ、痛いな)

 

頬の下に固い地面の感触を感じジルクニフは意識を取り戻した。

恐る恐るまぶたを開けると、滲んだ視界の中にぼんやりとした光が見えた。

 

「これは・・・、光る石か?」

 

どうやら、ここは周りを岩に囲まれた洞窟のような場所らしい。

 

壁面の所々から鋭い透明な石が突き出ており、それが光を放っているようだ。

 

(ドワーフの都市では光る鉱石を照明として使っていると聞いたが、それがこれか? 

《コンティニュアル・ライト/永続光》で光る石は見たことがあるが、人工的な物には見えない)

 

だとすれば、ここは、あの扉の地下か何かなのだろうか。

だがパルミナ周辺で光る鉱石が産出されるなど聞いたことが無い。

 

もし、こんなものが大量に採掘できるなら商人が放っておかないだろう。

 

この鉱石を利用すれば便利な照明道具が安く作れそうだ。

《コンティニュアル・ライト/永続光》の照明は、それなりに高くつくし・・・。

 

(ちっ、思考を脇道にそらしている場合じゃない。 今はここからの出口を探すことが先決だ。 一旦、深呼吸をするか。 じいも危機に陥ったとき最も重要なのは平常心と言っていたからな)

 

後ろ手を縛られている状態から足の力を使い立ち上がる。

 

大きく息を吸い込みゆっくりと吐いた

それを数回繰り返すと、皮膚の内側からつつかれるような、体のざわめきが少し収まったのを感じる。

 

周りを見渡す余裕が出てきた。

 

今、ジルクニフが立っている場所は洞窟の中でも袋小路になっているようだ。

二十メートル程先を見てみると、人が一人通れるくらいの細い出口がある。

 

出口からは強い光が入ってくるため、ここからはその先を見通すことは出来ないが、脱出の為にはあそこへ行ってみるしかない。

 

(周りの壁は自然の洞窟そのままのようだが・・・。 全く人の痕跡が見られないわけではないな)

 

そう思いながらジルクニフが見下ろしている地面には、大きな円の中に八つの角がある星のような図形が彫られている。

自然にできた物にしては形が整い過ぎていた。

 

この洞窟に住み着いていた、あるいは住み着いている何者かの手によるものだろう。

問題はそれがどの種族かということだ。

 

基本、人間は地下になど住まない。

 

洞窟に住まう種族は幾つかあるが、一番マシなのがドワーフだろう。

オーガやゴブリンなど野蛮な人食い種族とは異なり、文明的な社会を持ち高い技術レベルを保持している種族。

 

帝国とも友好関係にあるし、ジルクニフが次期皇帝だと説明すれば身柄を保護してもらえる可能性が高い。

 

(まあ、この推測は都合が良すぎるか)

 

ドワーフの鍛冶職人の腕の良さは有名だが水晶宮を作るほどの技術を保持している訳がない。

なにせ水晶宮は、世界でも最高のマジックキャスターであるフールーダが全力を挙げて研究しても、何一つ成果を得られなかった程の未知の塊なのだから。

 

今まで膜に吸い込まれた人間が一人も帰還していないことを考えると、人間に敵対的な種族の縄張りである可能性が高い。

 

「とりあえず、この縄をどうにかしなければな・・・」

 

軽く手に力を込めてみる。

 

全く手首が動かないほど、きつく縛られてはいないようだ。

だが、手首を回してみても抜ける気配はない。

 

一応、懐に護身用のナイフは入っている。

魔法が付与されている高価な物で刀身は電気を帯びている。

 

軽く触れただけでも電気のダメージは与えられるため、王族の嗜みとして軽く護身術を習っただけのジルクニフでも、暴漢程度が相手ならば有効に戦えるはずだ。

 

もし相手が戦闘訓練を積んだプロならば、ナイフで触れる間もなく息の根を止められるだろうが。

 

ジルクニフはナイフの他にも、常に着用者の周囲を快適な気温にするマント。毒を探知し一日一回まで傷を治す一角獣の指輪など高価なアイテムを保有している。

 

だが、それらはグロック卿に奪われることは無かった。

 

グロック卿の貴族としてのプライドが追剥のような行為に抵抗を感じさせたという理由もあるだろうが、もしジルクニフから奪ったアイテムを保有していることが露見すれば暗殺の決定的証拠となってしまう、という理由の方が大きいだろう。

 

流石に帝国に伝わる至宝、精神防御のネックレスなどであれば、そのリスクを負ってでも奪っていただろうが、あれは紛失防止の為余程の事がなければ持ち出さない。

 

 

だがナイフを持ち込めた所で、手を縛られていては使えない。

 

焦りを覚えつつ周りを見渡すと、先ほどの光る鉱石が目に入った。

 

(これはかなり鋭いようだし、もしかしたらナイフの代わりに使えるかもしれん)

 

背中に刺さらないようにゆっくりと近づき、縄を鉱石にあててみる。

脆いものではないようで、強く力をかけてみても壊れる気配はない。

 

(縄を切るのは難しそうだが、この先端部分で結び目をほどくことが出来れば・・・)

 

無理な体勢でも作業に悪戦苦闘しながら、十分程が経過。

 

運が良かったのか、なんとか縄をほどくことに成功した。

 

「ふぅぅ、や、やった」

 

袋小路の出口から、今にも恐ろしい怪物が入ってくるのではないかという緊張の中の作業。

 

普段使わない筋肉を動かしたことで腕がつりかけているが、それ以上に精神的な疲れも大きかった。

 

少し休んだ後、ジルクニフは懐からナイフを取り出し出口へと歩く。

 

(モンスターに出くわしたりすれば、まず助からん。 極力隠れながら進まなければ)

 

足音を殺しながら、ゆっくりと進んでいく。

 

「ん、んがっ。 固っ、なんだ?」

 

進んでいく・・・途中で、後ろから間抜けな声が聞こえてきた。

 

先程ジルクニフも横たわっていた図形の中。

眠そうな目をしばたたかせているバレットが転がっていた。

 

徐々に目が慣れてきたバレットは数メートル先に立っているジルクニフに気が付く。

バハルス帝国次期皇帝。 先程自分が保身の為に裏切った存在。

 

その手にはナイフが握られていた。

 

まだ起きたばかりでジルクニフ以上に状況を把握していないバレットだが、本能が働いたのかナイフを見て顔を青くする。

 

ジルクニフが一歩ずつバレットの方に近づいて来た。

 

「ひぃぃっ。 い、いや、実はさっきのは裏切るふりをして、相手の懐にもぐりこんでですね、それで・・・」

 

咄嗟の言い訳にもジルクニフは歩みを止めることはない。。

ジルクニフはバレットの近くにかがみ、ナイフを近づけてきた。

 

バレットは思わず目を瞑ってしまうが、予想していた痛みは無い。

 

縛られていた手に、縄の感触を感じなくなり、ゆっくりと目を開けると地面に、切られた縄が落ちていた。

 

「ど、どうして?」

 

てっきり怒りに任せめった刺しにされるものと考えていたバレットは、ジルクニフの真意を測りかねた。

 

「相手の懐に潜り込んでね・・・、まあ信じがたいが、今回はそういう事にして、裏切りは無かったことにしよう。 そんなことを追及している場合でもないからな。 どのみち、ここを出なければ二人とも助からん」

 

「で、出る? ここは一体どこなんですか?」

 

「私にもわからん。 どんな目的で作られたのか、どんな怪物が潜んでいるかもな。 ・・・お前は、コネで護衛団に入れたと言っていたが、全く剣が使えないわけではないんだろう? 流石に、明らかに護衛団の足を引っ張るような、ただの新兵をコネだけでねじ込めるはずが無いからな」

 

「一応、実家は貴族なので、幼いころから剣の修行はしていました。練習試合ですが、銀級冒険者の剣士に勝ったこともあったので自信はあったんですけど・・・」

 

ジルクニフは少し驚いた。

 

「銀級に勝ったのか。 なら、それなりの腕は持っているという事だな。 どうして最初に屋敷の便所に逃げ込んでいたんだ?」

 

「あれはですね、隠れつつ反撃の機会を」

 

「そういうのは、もういい。 ここを出た後で罰したりはしないから教えてくれ」

 

バレットは軽く下唇を噛むと意を決したように、打ち明け始めた。

 

「本当に殺し合ったりとか、オレには無理なんですよぉ。 実家が、軍人を多く輩出している家だから、オレも昔から、軍人になるために育てられましたけど、騎士団に入って初めての街道警備でゴブリンとオーガの集団と闘ったときに気が付いたんです。 オレは本当は、根っからの臆病者だって。 命など賭けていない、練習試合でいい成績を残したからって、いい気になってただけ。 オレにはきっと戦うための何かが、根本的に欠けてるんです」

 

「・・・」

 

「結局、その戦闘は後ろの方で震えているだけで、何も出来ませんでした。 でも軍を辞めたら、家にもどこにも帰る場所が無いので、出来るだけ戦う機会を少なくしようとして、コネを利用し護衛団に入ったんです。 なにせ次期皇帝を襲おうなんて奴はそうそう居ませんし、いても四騎士の人達が何とかしてくれますから」

 

「だがそうは、いかなかった」

 

「はい。まさか四騎士が裏切るなんて思ってもいませんでしたよ」

 

バレットは俯いていた顔を上げ、ジルクニフと目が合う。

しかし、そこには軽蔑の視線は無く、燃えるような強い意思に満ちた瞳があった。

 

「お前のことはよく分かった。 しかし、今ここではお前は一番頼りになる戦力だ。 過去はどうでもいい。 力を貸せ」

 

「・・・分かりました。 どうせ生きて帰れないでしょうしね。 こんな狭い場所で、動かずに飢え死にするよりは、いけるところまで行って死ぬ方がまだしもいい。まあ、殿下と一緒に死ぬ騎士なんて、ある意味大出世ですね・・・。父さんあたりは大喜びしそうですよ。 でも伝えられないから無理か」

 

ジルクニフは、再び袋小路の出口へと歩き出した。

 

「伝えればいい。 私は、まだ生きているし、お前もまだ戦える。 お前に、私の為に剣を振るい、命を捨てろなどとは言わん。 大体、お前が命令を聞かなかったところで、ここでは与えられる罰など何もないしな。 だから・・・、必要ならば私を見捨てろ、お前は自分が生きる為に剣を振るえ。 国民の事も、私の事も、もう考えなくていい。 そんなものより自分の命の方が大事なのだったら、それを全力で守ればいい。 ただ、生きて帰ることが出来たら、フールーダにグロック卿が、私を暗殺したこと、次期皇帝は第三皇子を指名することを伝えてくれ。 正直言ってアイツには能力的に不安があるが、私の実の弟、第二皇子よりはマシだろうからな」

 

「・・・そんなこと言ってもいいんですか? オレは、ゴブリン達との戦闘と、今回の襲撃で、自分の臆病さと卑怯さを嫌というほどに知ってしまった。 身が危なくなれば、本当に殿下を見捨てますよ」

 

「良い。 ただでさえ、未知の危険が溢れる場所だ。お前が私という足手纏いを抱えていくのは、きっと限界が来る。 共倒れになるくらいならば、私が囮にでもなって、お前が生還し情報を持ち帰る確率を増やす。 それが、皇族としての役目を最大限果たす方法だろう」

 

バレットは自分以外誰にも聞こえない、小さな声で呟いた。

 

「役目、か。 わかりませんよ、そんなもの。 あなたが自分で望んで得たものでもないくせに・・・」

 

二人が出口をくぐると、視界が光に満たされ一瞬白く染まった。

 

 

 

 




オーバーロードも、マギも、かなり練りこまれた世界観を持つ作品なので、それをすり合わせていくのは難しいですね・・・。

辻褄を合わせる為に、独自の設定を追加することもありますが、出来るだけ自然に融合させていきたいと思います。
オリキャラも、登場しますが、ストーリーは概ね原作キャラ中心で進めていきます。

誤字、脱字などを見つけましたら、感想欄で指摘して頂けると嬉しいです。


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第四話 水中迷路

袋小路からの出口の先にあったのは、幅十メートル、高さ三メートルほどの通路。

通路の床と壁面はすべて透明で、その向こうがよく見えた。

 

 

ジルクニフとバレットは、眼前に広がる光景に言葉さえも忘れて見入ってしまった。

 

 

上下左右には揺らめく水草や銀色に光る魚の群れが見え、まるで海の中にいると錯覚するようで。

 

どのような業によるものか、この通路は大量の水の中を通っているようだ。

 

先程の鉱石により水中には淡い光が満ちていて、遠くまで見渡せた。

 

 

「す、すげえ」

 

バレットが単純な感想を漏らすが、次から次へと起こる予想外の出来事に驚いているのはジルクニフも同じだ。

 

「ああ。 水中にこんな通路を作ることが出来るとは、ここを作った者はどうなっているんだ? まあ水晶宮は三年前からあるってことは、この通路も最近作られたものではないだろう。 いきなり壊れることはなさそうだが」

 

壁面に指で触れてみると、鉄のような硬さと冷たさを感じる。

材質はどうなっているのだろう。 

目を凝らして見てみるが、壁材と外部の水を隔てる境界は見えない。

 

(まるで海の中を、そのままくり抜いてしまったようだな)

 

 

想像を超えた世界に吞まれかけていたジルクニフだったが、驚いて足を止めている場合ではない事を思い出し周囲を警戒する。

 

自分は魔法のナイフ一本のみという乏しい武装だし、バレットも捕まった際に剣は捨てられてしまった上、食事中の襲撃だったため防具も万全ではない。

 

布の服の上に着たチェインシャツと辛うじてブーツの中に隠すことが出来た、短剣一つを右手に持っているだけだった。

 

「まずいな、ここでは隠れる場所などありそうにないぞ。 モンスターに見つかったら今の武装では太刀打ち仕様がない。 早くここを抜けよう」

 

「はい。 ん?」

 

バレットが天井を訝し気に見上げた。

 

「魚が数匹ほどこっちに向かってきて・・・、まさかっ、前に飛んでください!」

 

ジルクニフは、その大声に反射的に床に転がる。

 

そのすぐ後。

ジルクニフが立っていた場所に、天井の透明な壁を難なく通り抜け魚が降ってきた。

 

大きさは一メートル程か。

口の部分が長く伸び、先端が鋭く尖っている。

銀色の矢と錯覚するような速度で飛び出してきた魚は、そのまま床面に吸い込まれて、水中を泳いで行った。

 

そこに確かに存在しているはずの硬い壁を無視するかのように。

 

「なっ。 まさか、こいつらは壁を自由に通り抜けられるのか⁉」

 

「今度は右から来ます。 屈んで!」

 

床に伏せたジルクニフの頭上を、風切り音を立てて魚が通り過ぎた。

 

「ここは、まずい。 一旦引こう!」

 

ジルクニフはすぐに起き上がり、先ほどまでいた洞窟に走る。

だが確かに通ってきた道引き返したはずだが、途中で水の壁に突き当たってしまった。

 

壁の向こうには洞窟の入口が見えてはいるが、もはや後戻りはできない。

 

「くそっ、体勢を整える暇も与えるつもりはないようだな。 ここを作った奴は」

 

「殿下っ、止まらないで、とにかく動いてください」

 

確かに行き止まりでグズグズしていても、あの魚に串刺しにされるだけだ。

ジルクニフとバレットは退路が塞がれた以上、唯一の道である水の通路の奥へ走るが、その背後では今も魚が飛ぶ音が聞こえる。

 

だが先程のように、躱さなければいけないコースへ飛んでくるものはいなかった。

 

ジルクニフが後ろを見てみると、自分たちに突進してくる魚たちは水中からある程度の加速距離を取り、一直線に突進してくる。

 

突進開始からジルクニフ達に届くまで数秒の時間があるし、途中の方向転換も出来ないようで少し前まで自分がいた場所を魚は通っていく。

 

「動き続けていれば当たらないぞ、走り続けながらここを抜け・・・、あ、あれは⁉」

 

ゆらりと大きな影が水中に揺らめく。

 

風船のような頭に丸太のように太い八本の触手。

 

(確か本で見たことがある。 海に住む生物で蛸とか言ったか。 だが、あの大きさは・・・間違いなくモンスターだ)

 

小さな商船など、易々と絞め潰してしまいそうな規格外のサイズ。

人間など、あの触手ではたかれるだけで全身の骨が砕けてしまいそうだ。

 

「ひぃぃっ、あ、あのモンスター追ってきますよ。 もっと急がないと!!」

 

「分かってる。 っ⁉、分かれ道だと?」

 

前方の道が二手に分かれている。

 

壁越しにそれぞれの道がどこへ伸びているのか確かめようとしたが、外側の水の、透明度が高いためか通路と水中の区別が遠目ではつけられない。

 

「み、右に行くぞ」

 

どちらが正解か分からないならば悩むだけ無駄、とばかりにジルクニフは勘で道を選んだ。

 

幸いにも正解の道を選ぶことが出来たのか、行き止まりに突き当たることは無かった。

だが次は三股の分岐点へと行きあたってしまう。

 

(そうか。ここはただの通路じゃない。 侵入者を惑わせる迷路になっているんだ!)

 

その時、視界の隅に蛸のモンスターの影が映った。

その巨体と鈍重そうな見た目とは裏腹に、滑らかな動作で左手の分岐路の方向へと移動する。

同時に一本の触手を通路の中へと、振り下ろす。

 

彼らの左側の通路を恐るべき勢いで触手が横切った。

 

「うっ。 あんなの当たったら一撃で死にますよ! とりあえず、右の通路へ」

 

そう言って走り出しかけたバレットの手を、ジルクニフが掴んだ。

 

「待て、多分正解は左だ。 あの蛸を突っ切るぞ!」

 

「はぁ⁉ ど、どうしてですか。 そもそも通れませんって」

 

「理由は走りながら話すし、突破する方法は一応考えてある。 とにかく来い! 止まると串刺しにされるだけだぞ」

 

「ちょっ」

 

走り出したジルクニフの後をバレットは一瞬迷った後、追う。

ジルクニフを信用したというよりは、その確信を持った様子に流されたと言ったほうがいいが、それが思いがけずバレットの命を救うことになった。

 

自分のすぐ近くの通路を通ろうとするジルクニフに大蛸が触手を振るう。

 

今度は横なぎの一撃。 まともに食らえば強靭な肉体を持つ上位冒険者でさえ、ただでは済まない威力と重さを兼ね備えた攻撃だが、それが通路の壁を通り抜ける前にジルクニフはナイフを攻撃が迫ってくる壁に当てた。

 

<雷刃撃(サンダー・ブレイク)>

 

ナイフから紫色の雷光が迸り、電撃が刀身から水中へと伝わる。

 

ジルクニフが持つ魔法のナイフ、『紫電の刃(バイオレット・エッジ)』が持つ特殊能力。

一日三回まで、刀身に接触している相手に通常よりも強力な電撃を流す技だ。

 

電気を受け大蛸の触手が一瞬硬直する。

 

ジルクニフとバレットはその隙を突いて、大蛸の下をくぐり抜けることに成功した。

 

(よし! 体や物体は壁を通り抜けることが出来なくても、電気は貫通する可能性に賭けたが・・・成功したようだな)

 

その通路の先にはジルクニフが予想していた通り行き止まりは無く、しばらく二人は長い一本道を走る。

 

「この道は当たりみたいですね・・・、でも、どうして分かったんですか?」

 

「あの蛸は魚と違ってただ私達をがむしゃらに攻撃するのではなく、道を塞ぐように動いていただろ? もし、あれに正しい道筋を記憶するだけの知能があり私達を殺すことを目的に動いているなら、袋小路に誘い込もうとするはずだ。 後ろから、魚のモンスターの攻撃が常に迫ってくるこの通路では行き止まりに追い込まれるのは致命的だからな。 だから、逆に言うと蛸が塞ごうとしている道はこの迷路の出口に繋がる可能性が高いわけだ」

 

「そ、そういえばそうですね。 じゃ、蛸の動きを見て動けば良いんですね?」

 

「・・・まあ、自分の動きを私達がヒントにしていることに気づく程の知能は無いことを祈ろう。 あの技も、後二回しか使えないしな」

 

幸いジルクニフ達は幸運に恵まれたようで、蛸の動きを見極め電撃を用いて活路を切り開き、水中の通路から岩で出来た道へと繋がっている場所を視界に捉えた。

 

だが、水中迷路の出口まで後二十メートル程まで接近した土壇場で蛸が二人に追いつく。

そして先程と同じく、二人の後ろから触手を横なぎに振るう。

 

(避けられないっ!)

 

だがまがいなりにも騎士としての訓練を積んで来たバレットは、自分達を薙ぎ払おうとする攻撃に短剣を向けることに成功した。

 

考える前に最早身に沁みついた防御行動をとる。

 

<要塞>

 

バレットの短剣が白く光り、大蛸の触手を受け止める。

しかし拮抗は一瞬だった。

 

攻撃の威力に耐えられず短剣が砕け散り、バレットの体がはじかれたように飛ばされる。

 

壁面に叩きつけられらば大きな隙を晒すことになり、続く一撃が放たれれば躱すことはほぼ不可能になるだろう。

 

だがバレットとジルクニフは最後まで運に見放されることは無かったようだ。

弾かれた先には迷路の出口が口を開けていた。

 

バレットは、先を走っていたジルクニフに衝突し転がる。

二人は共に岩の壁が取り囲む通路へと逃れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ。 これは・・・、なかなか洒落にならんな。 一つでも間違えば即死するぞ、ここは」

 

「本当にそうですね・・・。 今生きているのが信じられないくらいですよ。 あの化物の一撃を受けて生き残るような幸運に恵まれるなんて」

 

「骨を砕かれずに弾き飛ばされただけで済んだのは実力があったからだろ。 実力を過信しすぎている奴も問題だが、逆も禁物だ。 迷路は抜けたが外への出口はまだ辿りつかせてはくれないようだからな」

 

命からがら飛び込んだ道は、更に奥深くへと二人を導こうとしていた。

 

 

 




マギ風、迷宮生物解説

銀矢魚(ぎんしうお)
体長約一メートル。
鋭い口による突撃は、鋼鉄の鎧をも撃ち抜く威力。
突進には、長い助走を取る必要があり、常に動き続けていれば回避は容易。
しかし、大人数がひしめき身動きがとりにくい。
袋小路に追い詰められ後がないなどの状況になると、非常に危険となる。

オオアシ・デビルフィッシュ
足まで入れた全長は、四十メートルを超える巨大な蛸型生物。
本来の蛸に比べ、太く強靭な触手を持ち、それを得物に対し振り下ろす攻撃が得意。
得物を行き止まりへ追い込み、銀矢魚と連携して狩りをする習性を持つ。
電撃には弱く、動きを鈍らせることは出来るが、その生命力の高さから、息の根を止めるのは至難の業。
触手を切り落としたとしても、すぐに再生する。


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第五話 光の底へ

石で出来た壁の裂け目から、次々と大きな蜥蜴のような生物が這い出てくる。

 

その口には鋭い牙が並び、紫色の液体を地面に滴らせていた。

 

「こいつら毒があるぞ! 牙に触れないようにしろ」

 

魔法のアイテム、一角獣の指輪が持つ毒物探知の能力で毒の存在を知ったジルクニフが叫ぶ。

紫電の刃の特殊能力は既に使い切ってしまっていたが、それでも刃を蜥蜴たちに突き出し真っ直ぐに構える。

刀身を走る雷に蜥蜴の本能が恐怖を訴える為か、何とか蜥蜴を威圧し押しとどめることが出来ていた。

 

<斬撃>

 

バレットのブロードソードによる一撃が大蜥蜴の首を跳ね飛ばす。

 

大振りによって出来た隙を狙い横から別の大蜥蜴が飛び掛かってきたが、それはバレットの予測の範囲内だった。

 

<回避><知覚強化>

 

武技により鋭敏になった聴力で蜥蜴の位置を把握したバレットは、素早い動きで後ろに引く。

毒の滴る牙から逃れつつ剣を一振りすると蜥蜴の胴体は空中で分断され、二つの肉塊となって地面に転がった。

 

水晶宮に入った当初は未知のモンスターに怯えて実力を出し切れていなかったバレットだが、あの水の迷路からここに至るまで多くの修羅場をジルクニフと共にくぐったことで、命がかかる場面でも冷静さを保つことが出来ていた。

 

バレットが今持っているブロードソードはその道中で見つけた、モンスターにやられ死亡したと思われる帝国騎士の遺体から拝借したものだ。

 

遺体は風化が進んで白骨化しており、他の鎧や道具などは使用できる状態ではなかったが、この剣だけは錆避けの魔法が込められた鞘に入れられていたらしく、使用できる状態にあった。

 

だがジルクニフ達が見つけた遺体はせいぜい十数体。

この場所に入った者たちが全員死亡したとするなら、あちこちに死体が積み重なっていてもおかしくない。

多数のモンスターが存在している為、死亡した者の大半はそれらに捕食されてしまったのだろう、とジルクニフは納得していた。

 

「ちぃっ、このっ」

 

ナイフを恐れずに攻撃を仕掛けてきた蜥蜴がジルクニフの腕に嚙みついた。

咄嗟にナイフを首に突き刺し振り払ったが、噛まれた場所から不快な脱力感が広がってくる。

 

「殿下⁉ っとぉ、うしっ、これで最後だ」

 

ジルクニフを横目で見ながらも、バレットは一度も噛まれず全ての蜥蜴を始末した。

 

「大丈夫ですか? 解毒のポーションとかありませんし患部を刺して血を抜いたほうが・・・」

 

帝国軍で教育される毒のある生物に刺された際の応急処置を薦めるバレットだが、ジルクニフはそれを手で制する。

 

「いや、その必要はない。 "毒を癒せ、一角獣の指輪"」

 

ジルクニフの指にあるユニコーンを模した指輪から柔らかな光が溢れだし、全身を包む。

指輪の主を蝕んでいた毒は噛まれた際の傷と共に消え去った。

 

「一日一度までだが、この指輪で毒を癒せる。 しかしもう後が無いな。 水は所々にある湧き水を飲めばいいとして、食料はどうにもならん。 そろそろ出口が近づいていると良いんだが」

 

元々準備をしてこの場所に入ったわけではない二人は、圧倒的に物資が不足していた。

ポーションもなければ食料もロープなどの探索道具も無し。

 

水は湧き水を一角獣の指輪で調査して現地調達が可能だが、食料はそうもいかない。

いかに腹が減っているからと言って、得体の知れないモンスターの肉を食うのは気が進まなかった。

 

一角獣の指輪で毒の有無は確認できるが、たとえ毒が無くても消化に悪かったり、人間の体質に合わないものだと腹を壊す可能性はある。

 

常に命の危険と隣り合わせの今、体調を崩す危険は避けたかった。

 

「だが、どうも気になるな」

 

「えっ、何がですか?」

 

 

「私たちは今まで、多くの罠やモンスターに行く手を阻まれたが辛うじて生き残ることが出来た、だがそれが逆に引っかかってな・・・。

確かに私たちにとっては幾度となく死を間近に感じた道中だったが、アダマンタイト級やオリハルコン級冒険者ならば容易く切り抜けられそうなものだが」

 

「もしかしたら、今はここのモンスター達が大人しい時期とかじゃないですか?」

 

だがバレットも自分で言っておいてなんだが、この推測は希望的に過ぎるな、と考え直す。

 

「又はええと。 この先に凄く強いモンスターがいるとか・・・」

 

「そうだったらまずいな」

 

「ええ、この道中死体が少なかったのは、実は皆は、そのモンスターにやられているってことなら辻褄も合いますね。 で、でも、アダマンタイト級がやられるようなモンスターなんて、オレじゃどうすることも出来ませんよ・・・」

 

当初の予想とは異なり、苦戦しつつも先へ進むことが出来ていることで、もしかしたらここから出られるのではないか、という希望が芽生えかけていたバレットの心に一転暗雲が立ち込める。

 

バレットが落ち込んでいくのを感じたジルクニフは努めて出来るだけ明るい声を出す。

 

「いや、悪かったな。 別に、不安を煽る為に言ったわけでは無かったんだ。 もしかしたら、私かお前のどちらかが、とんでもない幸運に恵まれているのかもしれん。 それなら、私もお前も、両方生きて帰れるかもしれんぞ」

 

ジルクニフはバレットの背中を、ばんばんと強く叩いた。

普段のジルクニフはここまで快活には振舞わない。

強気な態度はバレットを鼓舞する為というより、自分の心を奮い立たせる目的の方が大きかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ここは・・・?」

 

ここまで石畳が敷かれていたり、壊れた燭台らしきものがあったり、罠が仕掛けられているなど人の痕跡を感じさせる場所は所々にあった。

しかし基本的には自然の洞窟そのままと思われる部分が多く、光源も岩肌から突き出た鉱石しか見かけていない。

 

だが今ジルクニフ達がいる部屋は明らかにこれまでと趣が違う、人工的な物だ。

 

壁面には燈台が等間隔で配置されており、蝋燭の代わりに丸く加工された光る鉱石が置かれている。

床は、赤、青、白の小さなタイルが敷き詰められモザイク模様をなしていた。

 

一際目を引くのは部屋の中央の床に開く大きな穴と、その前にある文字が書かれているらしい石板。

部屋の奥には石の扉が見えるが、そこはぴったりと閉ざされている。

 

二人は手分けして部屋の中の捜索を始めた。

 

「この扉は開かないようだな。 押しても手応えがない。」

 

「うわっ、この穴、底が見えませんよ。 落ちたらまず登るのは不可能ですね」

 

「確かにそのようだな。 一体誰が何の目的でこの場所を作ったのか。 とりあえず、石板には何て書いてあるんだ?」

 

だがそこに書かれていたのは、幼い頃より皇族として英才教育を受けてきたジルクニフにも全く見覚えが無い未知の言語。

もしフールーダが、いや、そこまで凄腕のマジックキャスターでなくとも読解の魔法が使えるものがいれば少しづつでも解読することは可能だったのに、と思うが無いものねだりをしても始まらない。

 

「だめだ、全くわからん。 もう少し他の場所を探してみるか」

 

「はい。 何語なんでしょうね、これ」

 

バレットは呟きながら石板の文字を指でなぞった。

 

「おい、まだ触るのは止めておけ。 さっきの落とし穴みたいにまた罠が発動するかも・・・、おいどうした?」

 

石板に触れたまま固まっているバレットをジルクニフが怪訝な目で見る。

その声にバレットは大きく身を竦めた。

 

「い、いえ、何でもないです。 そうですね、俺は壁を調べてみることにします」

 

しばらく二人は無言で作業する。

レンジャー技能は持っていない為ゆっくりと目を凝らしながら。

 

だが、部屋に満ちていた沈黙をバレットが破った。

 

「あの、少し聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

 

「んっ、何か発見したのか」

 

「あー、いえ。 そういうわけでは無くて個人的な事です」

 

床を詳しく調べていたジルクニフは、バレットの方を見上げた顔を元に戻す。

 

「そうか。 まあ、いいぞ。 話しながらの方が、作業が捗るかもしれんしな」

 

「殿下はここに来てからも、ずっと冷静な態度を崩してませんよね。 最初なんか必要なら自分を見捨てろって仰ってましたし。 オレなんか、ここに来てから、ずっと恐怖に押しつぶされそうです。 ・・・もしかして殿下は恐怖を感じていないのですか? いや、本来こんな質問は、オレみたいなのが、殿下にするなど恐れ多いのですが」

 

数秒間の沈黙。

ジルクニフが口をゆっくりと開いた。

 

「恐怖、恐怖か。 感じてないはずが、ないだろ。 感じていない振りをする練習を積んで来ただけだ。 私のような立場にいるものが、こんな事、本来は言うべきではないがな」

 

「そ、そうですよね。 はは、やっぱりだ。 殿下も、オレも同じ人間ですから。 

帝国の為なら、自分など死んでもいいって言うのも強がりなんでしょう? そうだ、そうです、生まれた時から、勝手に決められた役目の為に死ぬなんて出来るわけがない。 オレに本当のことを教えてくれませんか。 どうせ生きて帰れる可能性なんて無いんですから」

 

「いや、それは本当だ。 帝国を生かすためならば、私の命を捨てる覚悟は出来ている。 私には、その理由があるからな。 ま、喜んで命を捨てるとまでは言えないが。 やはり、帝国も生かして、私も生きることが出来るならその方が、よっぽどいい」

 

「そんなこと・・・、いえ、そう、ですよね。 なんせ皇族の方ですから、オレとは・・・」

 

バレットが力なく呟く。

もしジルクニフがもっと場数を踏んでいたならば、彼の声に宿る危険な響きを感じ取れたかも知れない。

 

「・・・?  それに生きて帰れる可能性はまだ潰えていないだろ。 石板の文字が分からなくても、諦めるにはまだ早い」

 

「ええ、どうも弱気になってしまっていたようです。 調査を続けますね」

 

また、しばらく沈黙の時間が流れる。

その時だった。

バレットが部屋の中央の大穴の前で、驚いたような声を上げる。

 

「で、殿下。 これを見てください。 穴の中が!」

 

「どうした⁉」

 

ジルクニフは急いでバレットの横に駆け寄った。。

だが、見下ろした先にあったのは、依然として底知れぬ暗闇を湛えている大穴のみ。

 

「何か変化が・・・、ぐはっ、なに、を」

 

背中をバレットの手に押されたのを感じた直後。

 

ジルクニフの体は穴に投げ出されていた。

 

光に満ちた部屋の明かりが、徐々に遠のいていく。

 

それがジルクニフが意識を手放す前に見た、最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 犠牲と献身の試練

水滴が滴る音が聞こえ、ジルクニフは目を覚ました。

 

暫く意識を失っていた為か、じんじんと痛む頭を押さえながら立ち上がり、自分の体を確認してみる。

あの深い穴へと落ちたはずだが特に怪我はないようだ。

 

自分が落ちてきた穴がありはしないかと天井を見てみるが、そこには平らな面があるのみ。

それどころか、部屋のどこを見ても出口らしきものは存在しない。

 

どうやって入れられたのか、完全な密室に閉じ込められてしまったようだ。

 

だが、ただ一つ。 

 

この部屋にあって異彩を放っているものがある。

壁に取り付けられている大きな鏡だ。

 

鏡面の周囲は繊細な石の彫刻で飾られており、人間一人の全身を映せるほどに大きい。

 

ジルクニフがその前に立つと、自らの鏡像と目が合った。

 

その時だった。

鏡の中のジルクニフの姿が大きく歪み、その向こうに違う景色が映し出される。

 

そこにあったのは、ここと同程度の大きさの二つの扉で閉ざされているらしい部屋。

そして、鏡のすぐ向こうに立ち、こちらを同じように見つめているバレットの姿があった。

 

「で、殿下。 どうして? だってあの声は』

 

これは幻だろうか。 

いや、それにしては余りにも生々しい。

噂に聞いたことがある、遠くの景色を見ることが出来る魔法によるものかも知れない。

 

 

「あの声だと? 一体、何がどうなってるんだ」

 

「それは『望むなら教えよう』 ⁉」

 

バレットの声は、突然どこからともなく響いた、若い男のものらしき声に遮られた。

低く深みを帯びたその声は続ける。

 

『石板に最初に触れし者は、扉を開ける鍵を知る。

 "水底(みなそこ)へと同胞を捧げよ、さすれば扉は開かれん、と。

 捧げし者よ、今そなたが居るのは水面(みなも)の部屋。 その部屋の先こそが、この迷宮の終着点。

 捧げられし者よ、そなたが居るのは水底の部屋。 水面の部屋の扉を開く場所』

 

声がそこまで話したとき。

部屋の至るところから水が流れる音が聞こえてきた。

 

咄嗟に周囲を見渡すと、壁の隙間という隙間から水が溢れ、あっという間に部屋に溜まり靴を濡らした。

鏡を見てみるとバレットがいる声が言うところの水面の部屋、とやらも同様に水が流れ出したようだ。

 

『双子の部屋は同時に水に満たされん。

 捧げられし者よ。 汝が献身を望むなら、この鏡に触れよ。

 さすれば水面の扉は開かれよう。 しかし水底で扉が開くこと無し・・・。

 汝が、どのような選択をしようともな』

 

「ま、待て! お前は誰だ」

 

しかし、もう声が語り掛けてくることは無かった。

 

薄々なにが起きているのか感づいたジルクニフだが、確認の為、鏡を通しバレットに問いかける。

 

「バレット、お前が知っていることをすべて話せ」

 

バレットは、しばし怯えた顔で逡巡していたが、やがて観念したように話し出した。

 

「あ、あの部屋で石板に触れた時、頭の中であの声が響いたんです。 その内容はさっきの声が話した通りですけど、オレは先に進むには誰かをあの穴に突き落とせって意味だって気が付いて、で、殿下を穴に・・・」

 

「かまわん、続けてくれ」

 

震えて沈黙しかけたバレットにジルクニフが話の続きを促した。

 

「でも、あの扉を開いて中に入るとこの部屋があって、奥へと繋がる扉は開かなかったんです。

 慌てて引き返そうとしたんですけど、通ってきた扉も開かなくなってて、そしたら殿下がこの鏡の向こうに見え、て」

 

「やはり、そういう事だったか」

 

(仲間同士の裏切りを誘発し、一人の仲間を切り捨てさせる。 そして次は切り捨てられた者に、自分を切り捨てた者の生殺与奪権を握らせる)

 

ジルクニフが足元を見ると、既に水は膝の高さまで溜まっていた。

後十分も経過すれば、部屋は完全に水で満たされるだろう。

 

(おまけに声によると、どうやってもこの部屋に居る者が助かる道は無いらしい。

成程、誰か知らんが悪趣味な仕掛けを作ったものだな・・・)

 

ふぅぅぅ、ジルクニフは深呼吸をする。

昔からやっていた、感情が暴発しそうな時や絶望に押しつぶされそうになった時の習慣。

 

(よし・・・、落ち着いた)

 

自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、腹の奥に力を籠める。

ジルクニフは鏡の向こうのバレットを真っすぐに見据えた。

 

「狼狽えるなバレット。 最初にも言ったはずだ、必要ならばオレを見捨てろ、とな。

 お前は、私の命令に従っただけだ。 怯える必要は無い」

 

「・・・は?」

 

何を言っているか分からない、というようにバレットは目を丸くした。

 

「さっきの声は。この先が迷宮の終着点と言っていた。

 迷宮がこの場所の事を指すなら、私がお前の部屋の扉を開ければ生きて帰れる可能性は高い。

 外に出た時の頼みを忘れるなよ、フールーダに私が死んだのはグロック卿の陰謀であること、そして次期皇帝には第三皇子を指名していたと伝えるんだ。 絶対に忘れるな」

 

バレットが表情を歪ませながら、鏡越しに訴えた。

 

「いや、そうじゃないだろ? アンタこれから死ぬんだぞ! オレが憎いだろ、鏡に触れなければオレもアンタと同じ運命を辿る。 自分を裏切った罪を償わせることが出来るんだ」

 

言葉遣いさえも忘れバレットはまくし立てる。

その顔に出ているのは感謝や賞賛ではなく・・・恐怖だった。

 

「・・・別に裏切ってなどいないと言ったろ。 私は自分で選んで、捨て駒になったんだ。 お前はその命令を果たした。 次はここを出た後の命令を果たしてくれ」

 

ジルクニフが手を鏡に近づけていく。

 

バレットはそれを阻もうとするように、向こう側の鏡を叩いた。

 

「やめろぉ。 触るな。これ以上オレは・・・。 触るんじゃねえ!」

 

鏡面に触れた瞬間。

ジルクニフはここに入る際、入口の膜に触れた時のように、鏡へと引っ張られるのを感じた。

 

体が鏡の中を通り。

気が付いた時には、目の前にバレットがいた。

 

「は、え、どうして」

 

狼狽するバレットだったが、その時また声が響く。

 

『捧げられた同胞は扉を開け道を通った。

 認めよう。 汝らが宝物庫へ至るべき器だと』

 

水面の部屋にあった奥へ進む扉は水圧に負けたように、半ばまで解き放たれ。

部屋の中にあった水はそこから流れ出ていった。

 

「生き、残ったか」

 

ジルクニフは底知れぬ安堵を感じながら自分が助かった理由を考える。

そうすると、声が伝えた言葉の不自然な点に気が付いた。

 

「成程な、同胞を捧げよ、か」

 

「どういう、ことですか?」

 

「奇妙だと思わないか? ただ、誰かを穴の中に落とすなら、普通は自分にとって一番価値の無い奴や、関係の薄い奴を無理矢理突き落とす。 ならば、同胞、ではなく生贄を捧げよ、の方がしっくりくる。 恐らく、これは穴の中に落ちても、自分達を助けてくれる者を選べ、という意味のヒントだったんだろう」

 

「で、でも、殿下が脱出できたのは?」

 

「ふむ・・・、そうか! あの声は"扉を開け道を通った"と言っていたな。

 多分、道とは鏡の事だろう。塞ぐものなど何も無いから、水底の部屋に開く扉は無い、という文句とは矛盾しない。 ははっ、皮肉なことだな。 扉を開くまでもなく、始めから道は用意されているのに、恨みや憎しみが、その道を自ら閉ざしてしまうというわけか。 どうやら、ここの主の性格の悪さは、私の予想を超えているらしい」

 

「そんな・・・」

 

バレットは俯き、拳を白くなるほど硬く握った。

 

「・・・気にするなと言ったぞ。 さ、確か声は、宝物庫と言っていたな。

 なんのことかは分からぬが、もう出口はすぐそこかも知れん。 先を急ごう」

 

二人が奥への扉を完全に開き、それをくぐる。

 

すると急に視界が開けた。

 

果てがかすむほどの空間に石造りの屋根が所狭しと並び。

 

既に朽ちてはいるが、かつての荘厳さを想起させる大きな石像や、枯れた噴水があった。

 

「これは、都市、か?」

 

帝都アーウィンタールと並ぶ、あるいは凌ぐのではというほどの広さを持つ地下都市。

 

それが命がけの旅の果てに、ジルクニフとバレットがたどり着いた光景だった。

 

 



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第七話 サレオス

二人は周囲を警戒しながら、地下都市の中を進んでいた。

 

時折近くの建物の中を覗き込んでみるが、人の気配はない。

床には塵が溜まっており、長い間誰の手も入っていないことを示していた。

 

「生活感は全く無いな。 ここの住人は相当昔に滅びたようだ。

 それにしても、この都市は凄いな・・・、当時は相当美しかっただろうに」

 

町中に水路が張り巡らされているようで、二人はそこにかけられた美しい装飾が施された橋を渡る。

 

その先にあった広場の石畳は、街路樹の根により侵食されつつあった。

 

中央には杖を掲げた人間の男性を模した、石像が置かれていた。

 

「この石像を見る限りでは・・・、この都市は古代の人間が作った町なのか?」

 

幼い頃より宮中のみで育ってきたジルクニフは、世界の広さを感じることが出来る英雄譚や冒険録の類を好んでいた。

その中には、六大神や八欲王の時代の遺跡が世界中に点在している、と記してあったことを思い出す。

 

(だが、これほどの規模の都市が歴史に一切の痕跡を残さず、最近まで知られていなかったことなどあり得るのだろうか・・・。 もしかしたらスレイン法国ならば知っていたのでは・・・)

 

周辺国の中で最も古い歴史を持つスレイン法国。

かの六大神が作ったという国で、二百年ほどの歴史しか持たない帝国や王国が知らない情報を持っていたとしても不思議ではない。

 

しかし、ジルクニフはすぐにその可能性は低いと判断する。

 

(スレイン法国も当時は冒険者達に紛れて、特殊部隊の隊員を調査に送り込むなどしていたようだが、ある程度の損害を出したところで調査は凍結したようだ、と報告が上がっていた。

もしここが六大神ゆかりの地だという情報があれば、どんなことがあっても引き下がることは無いはず。

恐らく、その可能性も考慮して調査部隊を送ってみたが、リスクが高すぎるしリターンも不明なので引き下がった、といったところか)

 

暫く歩いているうちに、二人は目的地にたどり着いた。

 

目の前には、都市の中でも一際目を引いていた巨大な塔がある。

 

都市の中央で大きな存在感を放っており、何らかの重要施設である可能性が高いとジルクニフは判断していた。

 

「しかしこの扉、近くで見ると更に大きいな。 取っ手はついていないから押せばいいのか。

 バレット、一緒に押してくれ」

 

「は、はい・・・」

 

バレットが弱弱しい声で返事をする。

 

「よし、やるか」

 

だがジルクニフが扉に触れると、全く力を込めていないにも関わらず、扉は奥へと開かれる。

 

「魔法の扉、か? しかし、ここは・・・一体?」

 

そこには広い空間があり、床や備え付けられている棚には多数の装飾品などが置かれていた。

 

「色々な道具があるようですけど・・・、全部ただの石で出来ているみたいですよ」

 

「ああ。 あの声が宝物庫という単語を出していただろう。 もしかしたらここがそうなのかと思ったのだが、これは宝というより、どう見てもガラクタにしか見えんな。 古代人はただの石で出来た装飾品を纏う習慣があった、などという話は聞いたことが無いし・・・」

 

もしかしたら隠し扉でもあるのかも知れないと、塔の内部を歩き回ってみるが、それらしいものは見つからなかった。

 

「あ、殿下。 ちょっとこれを見てください」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

バレットが指さす先には、祭壇らしき台の上に置かれた一つの壺。

 

ここにある他の物品と同じように石で出来ていたが、それには図形が描かれていた。

黄金の膜をくぐったあと、最初に飛ばされた地点にあったものと同じ。

 

円の中に星が入っている図形だ。

 

その図形は近くで見ると、微かに光を放っていることに気が付いた。

ジルクニフは罠を警戒するが、この壺以外に、ここには手掛かりになりそうなものは無い。

意を決して、ゆっくりと手を伸ばし壺に触れた。

 

「うっ、な、なんだ⁉」

 

ジルクニフが壺に触れたその瞬間。

 

壺の口から眩い光があふれだし、塔内を駆け巡った。

 

周囲に置かれていた石の道具は、光に触れた部分から黄金色の輝きを放つ材質に代わっていく。

 

光が壺の上に集い、竜のようにうねった。

そして光が収まったとき。

 

「誰だ? 王になるのは・・・?」

 

そこには塔の天井を突き破らんというばかりの、青色の肌をした巨人がいた。

 

「吾輩はサレオス・・・、犠牲と献身のジン」

 

その巨人は、豊かな髭を蓄えた筋骨隆々の男だった。

 

顔は人間によく似ていたが、その額からは二本の角が生えており、首から下の胴体は蛇のような鱗で追われている。

かぎ爪の生えた指の間には水かきが存在していた。

 

(きょ、巨人族なのか? いや、しかし本で読んだかぎり、ここまで大きな巨人など存在しないはず・・・)

 

青肌の巨人は、じっと二人を見つめている。

そして、少し考える素振りを見せてから口を開く。

 

「王の器の大きさは・・・、金髪のそなたは中の上。 赤毛のそなたは、上の下、といったところか。

 そこまで大きな差は無いな。 どうしたものか・・・」

 

「王の、器?」

 

バレットが呟いた。

 

「王の器、すなわちその身に宿る魔力(マゴイ)の総量だ。 

 私達の世界ではない、この地でもルフは存在するようだな。

 これなら私も力を貸せる。 そなたら二人の、どちらかに王たる力を与えよう」

 

「ま、待て。 話が見えんぞ! ここは一体何なんだ? それに王たる力、というのも説明してくれ」

 

「仕方ないな・・・。私が話せる範囲ならば教えてやる。

ここは、迷宮(ダンジョン)という場所だ。 それぞれの時代の変わり目に次世代の王を志す者に試練を与える。 もし試練を乗り越えれば、この宝物庫の財宝を与え、私が力を貸すことになっているのだ。 

本来はマギの意思を無視して、勝手に行動するべきではないが・・・、この世界に我らがやってきたのも、きっと何か意味があるのだろう。 何もせずに待ち続けるよりは、この地の王に力を貸すのも悪くないしな・・・」

 

巨人は更に続ける。

 

「おっと話が逸れたか。 私が貸すジンの力は巨万の富を得て大国を築くことも出来れば、一国を一夜で滅ぼすことも出来る強大な力だ。 これから、そなたらのどちらかがジンの力を得ることになる」

 

「強大な・・・、力。 それは・・・、オレでも手に入れることが出来るんですか?」

 

「バレット?」

 

バレットの質問にジンが当然のことのように答えた。

 

「無論だ。 お前も私の力を使うのに十分な量の魔力(マゴイ)はある。

 この世界の魔法は私の言う魔力(マゴイ)とは異なる力を使って発動するようだが、ジンの力を振るうときは、全ての人間がその身に宿している力を使う。 そなたらの知っている、いわゆる魔力(まりょく)が無くても問題はない」

 

「オレも、オレにも・・・、力が・・・」

 

それを聞いて、大いに内心が乱れていたのはジルクニフも同じだ。

 

(一夜で国を亡ぼす力、だと? もしそんなものが手に入れば、確実に帝国を私の手で統治できる・・・、そして全てを守ることも・・・)

 

「オレに力をください!」「私にその力を!」

 

ジルクニフとバレットが叫んだのは、ほぼ同時だった。

 

「ほう・・・、分かれたか。 しかし、これもまた必然かもしれんな・・・」

 

サレオスが手を目の前まで上げると、手のひらを向かい合わせる。

 

「吾輩は王となるものにとって、最も重要なのは意思の力だと考えている。

思想の違う他者とぶつかり合い、相手をねじ伏せる強固な意思だ。

双方とも譲る気が無いならば・・・力ずくで勝利をもぎ取ってみせよ」

 

手の平の間から、人が数人楽に入りそうな大きさの透明な水球が生成された。

 

それはゆっくりと落下し、地面の僅か上を浮遊する。

 

「ここに来るまでの経緯を見たところ。 純粋な力では赤毛のそなたが大きく勝っている。

だから、少し特殊なやり方をさせてもらうぞ。

もし王の力を得ようとするなら、この水球の中に入れ。

この球には、精神に作用する特殊な魔法が込められていてな。 対立する二人が中に入ると互いの精神をぶつけ合うことになり、どちらか一方が、もう片方の意思をねじ伏せるまで決して出ることは出来ない。 ただの言い争いとは異なり、この中では嘘をつくことも出来ない。 まさに裸の精神のぶつかり合いだ・・・。言っておくが、一度中に入れば出られるのは勝利した者のみ。

つまり、どちらか一方は確実に死ぬことになる。 ・・・それでも良いならば、中に入れ」

 

どちらか片方が確実に死ぬという試練の水球。

透き通り鈍い光を湛えたそれに、先に近づいたのはバレットだった。

 

「裸の精神のぶつかり合い、か。 はは、良いですね・・・。

 殿下、先に言っておきますが私はこの力を手に入れた場合、自分の為だけに使いますよ。

 もしサレオスの言うことが本当なら、だれもオレには逆らえなくなる。 何だって手に入る。

 帝国なんかもう知ったこっちゃない。 いっそ肩慣らしに滅ぼしちまうのも悪くない、かな」

 

「バレット、お前・・・、帝国を滅ぼすだと? そんな事は許すわけにはいかん!」

 

いきなり態度を変えたバレットの言葉にジルクニフは語気を荒くした。。

 

「殿下・・・、いや、どうせ二人でここを出ることは出来ないんだし、もう敬語はいいか・・・。

ジルクニフ。 お前は帝国、帝国ってやかましいんだよ! いつまでそんな偽善を続けるんだ!

自分を犠牲にしても帝国を生かす・・・? 

はっ、そんなことを言うお前はきっと自分の心に嘘をつきすぎて、真実が分からなくなっているのだろう。 

あの鏡に触れた時だって、混乱していたせいで血迷っただけだ!

そんな・・・、そんなお前に自分の心を、弱さまで全て受け入れているオレが負けるわけがない。お前の偽善でオレに打ち勝てると言うのなら・・・、それを証明して見せろ、ジルクニフ!」

 

バレットが水球の中に頭から潜り込む。

 

数秒後、ジルクニフも同様に後を追った。

 

 

 

 

 



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第八話 衝突

空は現実世界ではありえないような、白一色で塗りつぶされている。

 

足元には水があり、ジルクニフは気が付いたときには、その水面の上に立っていた。

 

何処までも広がる水面には僅かな波さえなく鏡面のように輝いていて、その面より下に足が沈むことは無い。

 

(これは・・・あの水球の中か)

 

サレオスと名乗った巨人は、この中でお互いに意思をぶつけ合い勝者を決めよと言っていたことを、ジルクニフは思い出した。

 

「来たな・・・、ジルクニフ」

 

後ろから声がかけられる。

ジルクニフが振り向くと彼はそこにいた。

バレットは先程と全く変わらない格好で、ジルクニフと同様水面に立っていた。

 

「バレット。 お前は何を望んでいるんだ? 帝国を滅ぼすなどと・・・、お前も帝国の貴族なのだろう?」

 

帝国による恩恵を、最も受けているはずの貴族。

そんな彼がどうして帝国を滅ぼすなどと言うのか。

ジルクニフには、理解できていなかった。

 

「貴族、ねえ。 まあ確かにそうだな。 はは、オレがこんなだから誤解されてるかも知れないけどローチェル家は、かなり真面目な家でね。 ガキの頃から、帝国の為、皇帝の為に命を捧げよ。 それが常日頃から民の税で生きている貴族の宿命だって教えられてきた。

親父は小さい頃に死んじまったけど、その言葉だけはよく覚えてるな・・・」

 

目の前の水面に初老の男性が映し出された。

赤毛の、どこかバレットに似た面影がある男性。

バレットもそれを見て声を上げた。。

 

「おお、こんな風になってるのか。 オレの記憶に反応しているのかな・・・。

実際、兄貴たちはその言葉を忠実に果たしたよ。

一番上の兄貴は施しが好きでね。 貧民たちに食料を配ったりしていたけど、貧民街に裕福そうな格好で出入りしていたのがまずかった。 強盗にナイフで胸を刺されて、あっけなく逝っちまったんだ」

 

水面に映し出された場面が変わる。

担架に乗せられた男の体。

胸は赤く染まっており、顔に布がかけられているので、死んでいることが分かる。

 

豪華な装飾がついていたであろう衣服が土に汚れ、ボタンがちぎり取られた跡が見て取れた。

・・・貴族の服のボタンは宝石で出来ていることも多いため、何者かにもぎ取られたのだろう。

 

遺体の横では母親らしい、中年の女性が突っ伏して泣き叫んでいた。

 

「二番目の兄貴は勇敢な騎士だった。 正義感に溢れていて、人からも良く好かれて。

オレは小さい頃から気が小さかったからな。 兄貴はオレとは全く違う、すごい人だと思って憧れてた。・・・でも死んだ。 任務中に遭遇したオーガに頭をかち割られてな。始めに、足を負傷して地面に転んだところを上からズドン。

仲間によると、最後の言葉は"助けて、母さん"だったとさ」

 

映し出されたのは、白い石で作られた墓。

帝国騎士団では、損傷がひどい遺体は遺族に引き渡さず、そのまま埋葬してしまう。

石に刻まれている騎士団の紋章がこれが、その為の墓であることを示していた。

 

「三番目の兄貴は・・・、そうだな、良い人だった。

親父も兄貴たちも死んだ後、ローチェル家を維持する為に必死で頑張ってたよ。 悲しみのあまり体調を崩した母さんの面倒も見ながらな。 オレが騎士団に入ったのも、少しでも家を支えたかったからだ」

 

最期に映し出されたのは屋敷の広間。

美しい絨毯と、シャンデリアが貴族の家である事を示していた。

 

その部屋の壁から突き出ている、帽子などをかける為であろう棒の下。

 

二人の人間が、首にロープをかけてぶら下がっていた。

 

「でも、母さんも兄貴も元々心の強い人達じゃなかった。

オレが騎士団に入って最初の街道警備の任務で、何も出来なかったことは話したよな。

これは、そのすぐ後。 やっぱり騎士なんてオレには無理だ、辞めようと思うって家族に話す為、実家に帰って・・・、そこで二人の・・・、死体を、見つけ、た」

 

バレットが話終えたと同時に映し出されていた光景は消え、元の静かな水面に戻った。

 

「それで・・・、帝国を恨むようになったのか?」

 

「帝国を、てのは、ちょっと違うな」

 

バレットはジルクニフの言葉を首を振って否定した。

 

「そもそも何を恨めばいいのかすら、分からなかった。

一番上の兄貴を殺したごろつきは、とっくに処刑されたし、二番目の兄貴を殺したオーガも仲間にその場で討伐された。 一番下の兄貴と母さんに至っては、自分で死を選んだわけだしな。

・・・まあ一番上と二番目の兄貴も、自分の行動の結果死んだことには変わりねえ」

 

「ならばどうして、帝国を滅ぼすなどと?」

 

「・・・そもそも貴族って何だと思う?」

 

バレットは唐突に話題を変えた。

 

「兄貴と母さんが死んだ後、考えてみたんだ。 結局俺たちは伯爵家に生まれたけどよ、それって要するにオレの先祖が功績を成し遂げて、そんで与えられた爵位を受け継いだだけだろ?

貴族だけじゃねえ。 皇族に生まれたアンタは皇帝になるべく育てられ、貧乏人の子に生まれたガキは分相応に育てられる。 卓越した才能と度胸でもなきゃ、大体決まった道を辿らざるを得ないようになってるんだ」

 

それをジルクニフは否定することなど出来ない。

何故ならジルクニフ自らが望んで、皇帝を目指し始めたわけでは無いからだ。

幼い頃に勝手に才能を見込まれ、自分は将来皇帝になるのだと言い聞かされ続けてきた。

 

「思えばオレの兄弟の誰もかも、知らず知らずの内に始めから決められた道を歩き、そして死んでいった。

死んだのはもちろん本人のせいだ。一番上の兄貴は、貴族として人の悪意を感じる能力に欠けていたし、二番目の兄貴は他人を利用する狡猾さに欠けていた。 三番目の兄貴と母さんは、貴族として生きていくには真面目で、そして弱すぎた。 オレも貴族として、騎士としても臆病すぎたしな」

 

一旦言葉を区切ったバレットは、ここではない世界を見るように視線を宙に漂わせた。

 

「だけど初めから貴族としての道なんて用意されておらず、自由に自分の生き方を選べたなら、みんな、自分にあった道を歩めたんじゃないか・・・? あんな馬鹿な死に方はせずに済んだかもしれねえ」

 

バレットの視線が、ジルクニフに突き刺さる。

 

「みんな生まれた時から、何かに縛られた奴隷だったんだ。 身分だったり、種族だったり、国籍や貧富だったりもする。 自分で選んだわけでも無いものに縛られて、望んでもいない道を歩かされている・・・。

だからオレは思ったんだ。 そんな鎖は、全部オレがぶっ壊しちまおうってな!

家の名を使ってアンタの護衛団に入ったのも、本当はそれが目的だったんだ。 皇帝を殺せば、帝国っていう枠を壊せると思ってた。 だけど・・・、アンタも所詮は縛られた奴隷だと気付いた。 もし殺しても、バハルス帝国は無くならない。 違う奴が皇帝の椅子に座るだけだ。 ・・・しかし別の奴もアンタを殺そうとしたのには驚いたがな。

アンタの為に死ぬつもりも無かったし、直ぐに隠れたが見つかっちまった。

ま、それのおかげでオレの夢をかなえる機会が、こうして巡ってきたわけだが」

 

「・・・お前は、これから何をしようと言うんだ」

 

「サレオスがくれるという力はどんなものでも壊せる、でかい力なんだろ?

オレはその力でこの世界を縛る全ての鎖をぶっ壊す。 全ての生命が自分で選んだ道を自分の意思で歩く、そんな世界を見てみたい。

これがオレが自分で考えて得た答えだ。 皇帝という鎖に縛り付けられて、そんなものの為に命を捨てる?

奴隷同然にクソッタレな運命を受け入れ、生きたいという当然の意思さえ縛られたお前が・・・、オレの邪魔をするんじゃねえッ!」

 

バレットの体から迸り出た鋭い光がジルクニフを貫く。

何よりも強く、純粋な力。

光が貫いた場所に、まるで石のようにヒビが入る。

ジルクニフはバレットの強い意思を受け、自分の心が悲鳴を上げているのを感じていた。

 

 

 

 

 



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第九話 それでも君は

「バレット、お前の言う通りかもしれんな・・・」

 

オレの意思を受け、徐々にひび割れながらジルクニフが呟いた。

 

「私が皇族に生まれたことを幸せに思ったことなど無い。

人から期待されるのは、つらい。 頼られるのは悲しい。 落胆されると・・・死にたくもなる。

誰かにオレの役目を押し付けて、消えてしまいたいと何度思ったことか・・・」

 

オレが何もしていないのにも関わらず、ジルクニフの体に走った亀裂は勝手に広がっていった。

 

そこから先程オレが放ったものとは異なる弱弱しい光の粒が漏れ出し、水面に落ちた。

 

水面にジルクニフが過去に見たであろう光景が映し出される。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

金髪の美しい婦人を見上げていた。

 

婦人が身に纏う美しい装飾品は、並みの貴族では到底手が届かないほどの価値を持つだろう。

 

おそらく皇族のような高貴な身分。

この人は、ジルクニフの母親なのだろうか。

 

「ジルクニフ、あなたは次の皇帝になるの。 皇帝陛下も、その為に優秀な教育係を沢山つけてくださるそうよ。

あなたは他の皇子の誰よりも賢い。 必死で頑張ってね」

 

そういう彼女の瞳はジルクニフの方を見てはいるが、オレの母親がくれた視線とは少し違う。

かわいい息子、というよりは優秀な競走馬を見るような・・・。

 

『母様。 どうして私が皇帝を目指すのですか。 皇帝とは、この国で一番偉くて、全てを思い通りにできる人なのでしょう? ですが私はそんなものは要りません。 母様は・・・、私を皇帝にしてどうしたいのですか?』

 

幼い子供の声が響く。 だが水面に映された女性が反応していないところを見ると、これはジルクニフの心の声なのだろう。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ジルクニフはそれを見て、顔を歪ませた。

亀裂から溢れ出す光を手で押さえて止めようとするが、効果は無いみたいだ。

 

次の光景が映し出される。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

今度は僅かに開かれたドアの隙間から、覗き見しているようだ。

 

部屋の中の安置台の上に横たわる、騎士団の服を着た遺体。

 

傍らには家族らしい、若い女性と小さな女の子がいる。

 

女の子は遺体に取りすがって泣いていた。

 

「お父様、お父様。 目を覚ましてよぉ」

 

その女の子に、父親と同じ騎士団の団員らしい男が語り掛ける。

 

「お嬢さん。 お父様はジルクニフ殿下を暗殺しようとした悪い奴から、殿下をかばって立派に死んだんだ。・・・今は無理だろうけど、きっといつか、そのことを誇りに思える時が来るよ」

 

男の言葉は宙に虚しく溶け、安置室にはすすり泣きだけが響いていた。

 

『どうして私の為に死ぬのが誇りなのだろう。どうして皆が私を敬い、守ろうとするのだろう。

私が特別な人間ではない事など、私が一番知っている。 たかが生まれた家が違うだけで、命の価値すらも異なるというのか?』

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

一度広がり始めた亀裂は、もう止まらない。

 

今のジルクニフを蝕んでいるのは、きっと自分自身が抱えてきた苦しみだ。

 

なんだ・・・、お前はオレが壊すまでも無く壊れかけていたのか。

 

この空間では互いの精神が繋がっているためか、今ジルクニフを苛んでいる苦しみがオレにも伝わってくる。

オレの言葉がきっかけとなって、心の中に必死で閉じ込めようとしていた、負の感情に呑まれようとしているのだ。

 

だけどジルクニフはもがき続けていた。

砕けそうな腕を地に着け、今も起き上がろうとしている。

 

 

また、違う場面に切り替わったようだ。

そこにいるのは・・・、オレだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

この宝物庫に来る前の試練。

 

鏡にはオレが映っていた。 何かに怯えた、弱弱しい表情。

そう、オレは・・・、怖かったのかもしれない。

 

この世の鎖を壊すと決意したとき、いや、もっと昔から考え続けていた。

 

もしかしたら他の皆は、生まれた時から決められた役目。

いわゆる、運命に従いながらも幸せに生きているんじゃないか。

 

オレは自分に与えられた貴族の運命が、嫌で嫌で堪らなかった。

だれからも期待されたくない。

ただ、小さな幸福を糧に生きていきたい。

 

だけど、もしオレだけが運命に見捨てられた欠陥品で、他の奴らは何の疑問も持たず、運命に従って生きていくことに満足しているとしたら?

・・・わかっていた。 オレは世界の為などと言っているが、結局自分の視点でしか物事を考えていない。

ただ自分の為に世界を、運命を恨み、全て壊したかっただけだと。

 

 

ジルクニフがオレの裏切りを責めず、自分の命を投げ出そうとしたとき。

もしかしたらこの男は、高尚で、献身的で、優しくて、自己犠牲を躊躇わない存在なのかもしれないと思った。

そんな奴がいるとしたら、オレは単なる出来損ないなのか?

この世界で排除されるべき存在なのか?

 

あの部屋で、鏡越しに向き合ったとき。

怒りを剥き出しにして欲しかった。 あらん限りに罵って欲しかった。

いっそのことオレを殺して・・・、アンタもオレと同じ不完全な人間だと証明してほしかった。

 

ジルクニフの声が聞こえる。

 

『この男はオレを騙した。 憎い憎い憎い。 いっそのこと、ここで殺してしまうか?

どうせ、こんな奴は外に出た所で、オレの言葉を伝えてくれる可能性は低い。 面倒ごとを避けて逃げてしまうのが関の山だろう。 こんなクズはここで苦しんで・・・』

 

その時ジルクニフの視線が、オレの目を正面から捉えた。

 

他人の視点で見るとオレ自身の気付いていなかった感情が、オレの瞳に満ちているのが分かった。

 

『こいつ・・・、悲しんでいるのか。

・・・そうだったな、こいつだけが特別なんじゃない。 世界は初めから、こうなっていたんだ。

みんな自分が生きるために誰かを犠牲にするし、誰かを守る為に自分の命を捧げる。

そして、その二つは別れてない・・・、繋がっている。

どうして沢山の人間が、オレを守る為に犠牲になっていったのか、ずっと考えてきた・・・。

きっとそれは・・・、オレに託していったんだろう。

人一人の手で守れるものには、限界がある。

だが私が国を統べ、多くの人の手を束ね、皆がそれぞれの大切なものを共に守ろうとしたならば、きっと自分の大切なものも残り続けると信じて。 自分が死んでも、そして死んだ後も。

バレット、こいつは・・・私だ。

生きる為に人を犠牲にして、それでも進みたい未来があるのだろう。

なら私も、今一度託そう。

オレと同じく、勝手に人に期待されて重荷を託されて・・・、でも、きっとそれを愛して守っていってくれると』

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

・・・運命は残酷で身勝手だ。

 

ジルクニフも皇族として生まれなければ、そんな重荷を背負うことも無かっただろうに。

 

「まだだ・・・、まだ、立てる。 私は・・・闘え、る」

 

ジルクニフのひび割れは止まったが、だれがどう見ても既に手遅れの状態だった。

両の腕は無残に砕け、残された足も身動きを取るたびに少しずつ崩れている。

だが・・・、ジルクニフは立ち上がろうとするのを辞めない。 最後までオレと闘おうとしていた。

 

なぜ、こいつは立ち上がろうとするのだろう。

重荷を背負い潰されそうになりながらも、どうして歩こうとし続けたのだろう。

 

オレとほとんど変わらない。

弱さと葛藤を抱えたこの男が、こんなにも眩しい理由は・・・。

 

「あなたが・・・、ジルクニフ様だから、なのでしょうね」

 

気が付いた時には、オレはジルクニフの元へと歩み寄り肩に手を回し、助け起こしていた。

 

「バレッ、ト?」

 

「オレもあなたも、自分ではどうすることも出来ない運命に、突き動かされて生きてきた・・・。

オレは、その中でずたずたに擦り切れて、もう全てを無かったことにしたいと思ってました。

だけど、あなたは違うんですね。 苦しくて、つらくて、心が壊れかけるほど傷ついても前を向き続けている。 ここから出るのはあなただ。 世界の理不尽な運命に傷ついても、何度でも立ち上がれる。

そんなあなたを、オレは支えたくなりました」

 

自分の体から無数の光の粒子が湧きだしているのに気が付いた。

いや、これはよく見ると放出されている、というよりは体が解けて光の粒になっていくと言った方が近い。

 

その瞬間、オレはこの場所が何の目的で作られた場所なのかを理解した。

 

「成程ね・・・、そういうことか。

殿下、オレの命はどうやらここまでのようです。 ですが最後に・・・、陛下の騎士として初めての忠義を捧げたい。 もしよろしければオレの力だけでも、殿下が作るこの先の未来へ連れて行って下さいませんか?」

 

殿下は少し驚いた様子を見せた後、確かに微笑んだ。

 

「分かった・・・。 帝国騎士バレットよ。 お前の忠義、主君としてしかと受け取ろう。

必ず未来へ連れていく」

 

オレの精神が、完全に光に溶けた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

水球の中の世界から、元の宝物庫へと再びジルクニフが移ったとき。

その隣には穏やかな表情で、目を閉じているバレットの遺体が横たわっていた。

 

「吾輩の金属器が持つジンの能力の中で、特に異彩を放つものは、ルフの移植。

一生に一度だけ、金属器の所有者に真の忠義を捧げる者の命と引き換えに、主の体内へとルフを移し替えることが出来る。 今、バレットのルフはここに・・・、吾輩の契約と共にお主の体内に移植される。 異存は無いな?」

 

「ルフの移植? 要するにバレットの魂を取り込むという事か。

勿論、異存など無い。 そう約束したからな・・・、もしかして全てお前の計画通りか?」

 

「いや、それは違う。 あの場において互いの意思を真正面から衝突させ、どちらかの心を力尽くで砕く展開になるのが本来の形だ。 だが・・・、そなたは自身の覚悟によりバレットに自ら勝利を譲らせた。それは、そなたが王としての資格を持つ証だろう」

 

サレオスの体が輝き、出現の時の逆戻しをするかのように溢れ出した光がうねり出す。

 

「やはり、この地にダンジョンを出現させたのは間違いではなかったな。

そなたならば、幾百万の民の命を背負い、それでも先頭に立ち希望を示すことが出来る。

吾輩はそう信じているぞ」

 

ジンの体は一角獣の指輪に。

バレットのルフはジルクニフの体の中へ、それぞれ吸い込まれていった。

 

 

 

 

第19迷宮(ダンジョン)『サレオス』 

 

完全攻略者:ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

総死者数:約1万人

出現期間:3年2か月間

 

...攻略

 

 

 

 




これで、導入の章は終了です。
次章は、時系列が未来へと飛び、アインズ・ウール・ゴウンの転移から始まります。

また、第一章は、原作で心が壊れてしまう前のジルクニフのお話です。
このイレギュラーにより、未来のジルクニフの性格にも変化が生じます・・・。




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黄昏の王国
第十話 滅びた村


小規模の村と思われる、粗末な家が集まっている場所。

 

正午を周り、傾き始めた太陽が照らすその地は、今まさに地獄の様相を呈していた。

 

村のあちらこちらに転がる無残に傷ついた遺体。 目に見える範囲でも、五、六十体はあるだろう。

 

死因は剣や槍で出来た傷による失血死が多いようだったが、所々に黒く焦げた遺体も存在する。

 

(村に火が放たれた形跡は無いようだし、もしかしたら魔法によるものかも知れないな・・・、雷か火かは分からないが)

 

先程から遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で、村の様子を観察していたモモンガは、そう思考を巡らせた。

 

悪戦苦闘の末、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)の操作法を何とか理解し、ナザリックから10km程の距離にあるこの村を見つけ出した。

 

だがモモンガが見つけたときには既に村人は死に絶え、家や家畜を囲んでいたらしい柵も壊されていた。

 

(ふむ・・・、こうして見る限りでは生き残りはいないようだな。 この世界に来て始めて見る人間だというのに残念だ。 しかしどうするか・・・、こちらの世界の情報を出来るだけ早く得なくては行動の指針も建てられんし、その為には知的生物との接触が手っ取り早いと思ったんだが)

 

ならば蘇生魔法で村人たちを生き返らせて、話を聞き出すか? とも考えたが、この世界に魔法があるのか。もしあったとしても蘇生魔法が一般的なものでないなら、余計な面倒事を引き寄せるのでは無いか、と考えモモンガはその案を自ら却下した。

 

「セバス、この村を見てどう思う?」

 

「はっ。・・・失礼致しますが、どのような点に関して申し上げれば宜しいでしょうか?」

 

一口に、この村を見てどう思ったかと言っても様々な方向からの見方がある。

 

セバスは不敬かもしれないと恐れながらも、主の意図にそぐわぬ感想を述べるのは避けるべきと判断し、モモンガに尋ね返した。

 

「ああ、すまんな。 少し言葉が足りなかった。 そうだな、この村を襲ったのはどのような者、あるいは者たちか。 そいつらはどのような目的を持っていたか・・・、とりあえずこの二つに関して推察してみてくれ」

 

「はっ。 私ごときの意見が至高の御方たるモモンガ様のお役に立つかは分かりませんが、私の所見を述べさせて頂きます。 まず、村の地面に残っている足跡ですが、村人らしき者たちの死体が履いている簡素な靴によるものの他に、金属製の重靴によるものと思われる深い足跡が多数存在します。

また村人の傷も確認できるだけで、剣、槍、矢、それに恐らくは魔法と思われるもの、と多様性があります。 ここから見るに、村を襲ったものは武装した複数の集団。 マジックキャスターも含まれている可能性が高いかと」

 

「マジックキャスターか。 まあ、この世界に魔法があるのか。 もしあったとしても私が知る魔法と同じものなのかは不明だが・・・、もし私の知る魔法だとしたら、第三位階の《ファイヤーボール/火球》辺りが使われたか?」

 

《ファイヤーボール/火球》は魔力系魔法職を選んだユグドラシルプレイヤーなら、殆どの者が習得していただろうと思われるポピュラーな魔法だ。

ただ着弾後周囲に燃え広がる火球を打ち出すだけという単純な魔法だが、それゆえに汎用性が高い。

 

焼き殺されたと思われる遺体には一部では無く全身が炎に包まれた痕跡が残っているため、第一位階や第二位階の魔法では威力不足に感じる。

 

(んっ? そういえば、焼死体を見ているというのに、どうして冷静に分析ができているんだ?

別に今までの人生でこれほどの死体を見たことは無いが、少なくとも忌避感や嫌悪感は感じるはず・・・。

まあ、今はいいか。 当面の間の行動方針を立てる方が先決だな)

 

モモンガは自分の精神に違和感を感じるが、今は目の前の出来事に集中することにした。

 

「セバス、続けてくれ」

 

「はっ。 目的は間違いなく略奪だと思われます。

備蓄庫らしき建物が破壊されて、中には何も残されておりませんし、家畜も全て運び出された後・・・。

畑には掘り返された痕跡が多数あることから、作物も盗んでいったのでしょう。

もし金銭目的ならば、村人の服装を見ても、それ程裕福とは思えないこの村を襲うことは効率が悪いと思われますし、初めから食料の略奪が主目的だった、と推察致しました」

 

「なるほどな。 セバス、お前の推察はかなり的を射ているように思う。 この状況を見るに、それが一番妥当だろうな。 ・・・よし、この村へ実際に行ってみるか」

 

(現地の人間に話を聞くのは難しそうだが、もしかしたらこの世界のことが記された本や、地図は残されているかも知れないからな・・・。 それに家の内部には、まだ生存者が残っている可能性もゼロではない)

 

だが、その言葉にセバスはモモンガの予想外に動揺した。

 

「なっ! お言葉ですがモモンガ様。 まだ、どのような驚異が存在するかも判明していない、ナザリック外部への探索は危険すぎるかと。 調査でしたら隠密能力に優れたシモベを派遣された方が」

 

「いや、確かに現時点では不明な事が多すぎるというのはセバスの言うとおりだ。

しかし、だからこそ私自身で情報を仕入れ、適切な判断が出来るようにする必要がある。

まあ、そう心配するな。 もちろん護衛は連れて行くさ」

 

(とはいったものの、誰を連れて行くのがいいか・・・。 この世界の生物の強さが分からない以上、ナザリックの最大戦力の一つである階層守護者レベルの護衛は欲しいな。 それに、この世界で見つけた知的生物は今のところ人間だけ。 ほかの種族が存在するのかも分からないし出来るだけ人間に近い容姿を持つ者の方がいい。 とすると・・・)

 

結局モモンガは、村の調査に同行し自身を身近で守る為の護衛を二人。

 

そして村の付近に近寄るものが無いか警戒する為に、隠密能力に優れたシモベを複数動員することにした。

 

このことを話したシモベたちは、モモンガを間近で守る護衛が二人ということに不安を抱き増員を進言してきたが、あまり多くで行動すると、万が一事情を知らない何者かに自分達が目撃された場合、村を襲撃した張本人たちと見なされる恐れがあると説明し、護衛は最終的に二人に決定した。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「醜い傷ですね。 切れ味の悪い剣で力任せに振り抜いたのが一目瞭然です。

この村を襲ったものの実力はせいぜい素人に毛が生えた程度と思われます」

 

アルベドは地面に転がる死体を見ながら、冷静に分析した。

 

「そうか・・・。 ならば、いきなり実力者に出くわすような事態は避けられたようだな。

セバスの見立ても同じか?」

 

「・・・はい。 実力に関しては私もアルベド様と同様の見立てです」

 

モモンガはセバスの声色に、感情を押さえつけているような響きを感じた。

 

(この光景を見て思うところがあるのか・・・。セバスはたっち・みーさんの作ったNPCだし、もしかしたら影響を受けているのかも知れないな)

 

今壊滅した村の近くに立っているのは、モモンガ、セバス、アルベドの三人。

 

まだ、この世界にどのような驚異が存在するか全く情報を得られていない為に、モモンガは防衛系戦士職に特化した百レベルNPCであるアルベドと、本来の竜形態での正面戦闘力ではアルベドやコキュートスをも凌駕するセバスを護衛として選んでいた。

 

もっとも、アルベドは体型が人間に似てはいるが、角や瞳の形といった人ならざる特徴も持っている。

 

その為、全身を漆黒の全身鎧、ヘルメス・トリスメギストスで覆い真の姿を隠していた。

この鎧は特別な能力は持っていないものの、神器級アイテムであり並みの武器では傷一つつけられない。

また、この鎧は三層構造になっており、アルベドが持つダメージを鎧に移し替えるスキルを使えば、超位魔法ですら三回は耐えることが可能だ。

 

モモンガも、いつもの豪奢な装飾に彩られたローブではなく、赤茶色の簡素なローブを羽織っていた。

 

モモンガはここに来る前に、もし何者かに発見された場合は偶然ここを通りかかった遠方からの旅人という設定で通そう、と決めていたが、あの派手すぎるローブを長旅で好んで着る者がいるだろうか、と思い当たり、今の地味なローブに着替えることにした。

 

だが、いたずらに装備の質を落として安全性を犠牲にしたわけではない。

このローブには、登録した装備に瞬時に着替えられるデータクリスタル『速攻着替え』が組み込まれており、いざという時には直ぐに元の装備を装着できるようにしていた。

 

骸骨の顔は、ローブのフードを深く被り嫉妬する者たちのマスクを装着することで隠し、手にはガントレットを装着している。

 

「さて、最初は生存者探しと行こうか」

 

モモンガは手を掲げて、魔法を発動した。

 

「《ワイデンマジック/魔法効果範囲拡大》《ディテクト・ライフ/生命感知》」

 

《ディテクト・ライフ/生命感知》は効果範囲内の生物の居場所を感知する魔法。

 

魔法による強化で効果範囲を拡大されたそれは、村全体を一度に探知した。

 

「おっ、これは」

 

モモンガの魔法が、二体の生命反応を捉えた。

 

場所は、ここからも見える小さな小屋。 恐らく物置か何かだろう。

 

二体の生命反応をほぼ同じ位置に感じたことから、身を寄せ合っているのだろうか。

 

まだ人間だとは限らないが・・・。

 

「セバス、アルベド、あの小屋だ。 ・・・ふぅ、この世界に来て初めての人間との接触になるかもしれん。

出来るだけ友好的に接して、可能な限り情報を得たいな。 敵対は向こうが私に攻撃をしてくるか、私が命令するまでは避けてくれ」

 

モモンガ達一行は、ゆっくりと小さな小屋へ近づいていった。

 

 

 

 



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第十一話 アインズ・ウール・ゴウン

埃臭い納屋に置かれた壺の影。

エンリ・エモットは、妹のネムの体を掻き抱き必死に息を潜めていた。

 

二時間ほど前だろうか。

家の中でネムと一緒に昼食の支度をしていた時、村中に響き渡るような大きな悲鳴が聞こえた。

 

今まで聞いたことが無いような、悲痛な声。

あれが断末魔というものなのだろうか。

 

こっそりと家の窓を開け外の様子を伺うと、エンリの知っているカルネ村の日常は既に跡形もなく消えていた。

 

粗末な鎧を着込んだ男達が、逃げ惑う村の人を追いかけている。

 

二軒隣の木こり、カイルさん。

ぶっきらぼうで無口だが、本当はたまに森で採った木の実をくれる優しい人だった。

お向かいのメリンダさん。

三十半ばの人で、少し年下の旦那さんと仲がよく、さりげなくお互いを労わり合っているのが見ているだけでも伝わってくる。

私も将来は、こんな夫婦になりたいと思っていた。

 

この人たち、いや、この村の誰もこんな風に殺されていいような人じゃないのに。

 

私も噂は聞いていた。

ここの数年の帝国との戦争や新王国の出現によって、王国内の経済や食糧事情は低迷している。

それにより農村から流出した者が、盗賊になって王国の治安が悪化していると。

だけど、まさか私の住む村が襲われるとは思ってもみなかった。

 

 

恐怖のあまり倒れそうなのに、なぜか体は動かない。

 

そのとき窓の外にお父さんが見えた。

後ろからは、何も武器を持っていない男が追ってくる。

ほかの男たちと違い、ちゃんとした鎧を着込んでいて、右腕に嵌めた銀色の手甲(ガントレット)が目立っていた。

 

お父さんは私たちを心配して、ここまで駆けてきてくれたのだろう。

私は必死で走っているお父さんと確かに目が合った。

そして、お父さんは口の動きだけで『隠れろ』と私に伝えて。

男の手甲から放たれた炎に包まれた。

 

 

私の足は不思議とお父さんに隠れるよう指示された瞬間、自然に動いた。

急いで家の裏口から出て、普段は使わない道具を入れておく納屋にネムと共に隠れた。

 

しばらく経って、納屋の扉が開けられたが運良く見つからずに済んだようだった。

盗賊に金目のものはないと判断されたのだろう。

やがて、騒がしい足跡や悲鳴は鳴り止み自分の心音と、ネムの呼吸音しか聞こえなくなる。

 

「お姉ちゃん。 まだ、いるの?」

 

「まだ・・・、まだ分からないわ。 もう少しじっとしていましょう」

 

心の冷静な部分では、もう盗賊は村を去った可能性が高いと判断していたが、納屋を出る決心はつかない。

すぐ外に大勢の盗賊が息を潜めて、待ち構えている気さえした。

 

暗闇の中でじっと待ち続ける。

 

どれほど時間が経っただろうか。 外から足跡が聞こえてきた。

一人ではなく複数のもの。 全身の毛が逆だったような感覚がする。

 

もしかしたら、納屋を開けられた時に盗賊に見つかっていたんじゃないか。

それで後から私達を弄ぶ為に、気がつかない振りをしていたとか・・・。

 

「誰かいるのか? 私達は、偶然ここを通りかかった旅人だ。 危害を加えることはないから、出てきてくれないか」

 

だが外から聞こえてきたのは下卑た笑い声ではなく、敵意は感じない男の声。

 

どうして私達が隠れていることが分かったのかは不明だが、どのみちいつまでも隠れていられるわけじゃない。

エンリは一か八か、その声の主を信じてみることにした。

 

「ネム、あなたはまだ、ここにいて。 私がいいって言うまで絶対に出ちゃ駄目だよ」

 

立とうとすると、長く座り続けていた為に膝が痛んだ。

エンリは軋む体を鼓舞して納屋の扉を開けた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

小屋の扉が開かれ、中から粗末な服を来た十代後半程と思われる金髪の少女が出てきた。

 

(よし、営業でも初対面の印象が何より大事だからな。 ここは親しみやすさを出さないとな)

 

「こんにちは。 ここの村人のようだな。 我々は、旅の者で先程この村を見つけたんだ。この村で一体何があったんだ?」

 

モモンガは出来るだけ穏やかに話しかけたつもりだが、少女の顔はこわばって、小刻みに震えているようだ。

 

それはそうだろう。

モモンガは自分たちが出来るだけ人間に見えるように変装したつもりで、エンリもまた、目の前の三人が人では無いかも知れないとは考えていない。

 

ただ、人間に見えることと警戒心を持たれないことは別である。

 

ローブに仮面、ガントレットという私は怪しい者ですと言わんばかりの服装をしたモモンガ。

禍々しいデザインの全身鎧を纏い、表情どころか性別さえも読み取れないアルベド。

上下を黒いスーツで固めた老人という、三人の中では一番まともな格好をしたセバスも、旅人というにはちぐはぐな格好をしている。

 

その結果エンリは緊張のあまり、何も話せなくなってしまっていた。

 

「小娘、早く質問に答えなさい」

 

モモンガの質問に沈黙を続ける少女へ、アルベドが苛立った声で催促する。

 

流石に下等生物呼ばわりはしなかっただけ、モモンガが事前に人間を演じるように指示しておいた介はあったと言えるだろう。

 

「待てアルベド。 あー、心配しないでくれ、私は別に怪しいものではない」

 

そう言うとモモンガは仮面に手をかける。

実は、この村に来る前、骸骨の顔は仮面で隠すとして、もしかしたら仮面を取るように求められる場面が来るかもしれないと予測し、モモンガは簡単な幻術を仕込んでおいた。

 

嫉妬する者たちのマスクの中から現れたのは、リアルでの自分、鈴木悟を参考にして作られた顔だった。

 

「実は私は、肌が弱くてね。 日光に長時間当たると、肌が赤くなってしまうから、仮面や手袋で肌を隠しているんだ」

 

 

怪しい仮面の人物の素顔を見たエンリは、少し安心した。

特に、いかつくも、鋭い目つきをしているでもない、至って普通の顔だったからだ。

この国では珍しい黒髪であることを除けば、際立った特徴のない男の人、といった印象だった。

 

「す、すいません。 緊張しちゃって・・・。 私はここカルネ村に住む、エンリ・エモットって言います。こ、この村は盗賊に襲われたんです。 今日の昼少し前くらいに。 あ、あの、私た、いや、私の他にも生き残っている人は見かけませんでしたか?」

 

「いや・・・、我々は見かけていないな。

とは言っても先程来たばかりで、よく調べたわけではないのだが」

 

「そう、ですか」

 

エンリは辛そうに下唇を噛み締め俯いた。

 

「あの、ちょっと待ってください。 確認したいことがあるんです」

 

エンリは納屋の前から走り出す。

 

モモンガ達が、それについて行くとエンリは黒く焼け焦げた遺体の前に立ち尽くしていた。

 

「お父さん・・・、す、すいません。 人の前で。 でも、お父さんが最後に逃げろって言ってくれたから私は・・・」

 

暫く呆然と立ち尽くした後、エンリは声にならない嗚咽を漏らし始めた。

 

(父親が殺されたのか・・・)

 

モモンガは、鈴木悟としての少年時代。

自分を小学校に通わせる為に無理をして働き、体を壊して死んでしまった母を思い出した。

 

既に、思考が人間、鈴木悟ではなく、種族、死の支配者(オーバーロード)のものに殆ど置き換わってしまっているモモンガはエンリに対し、可哀想や傷ましいと思うことはない。

ただ、親の死に涙を流すエンリの姿は、僅かに残っていた鈴木悟の残滓を刺激した。

 

(まあこのままでは、まともに話も出来そうに無いからな)

 

「エンリさん。 村の人達を、埋葬してあげよう。 私達も手伝う」

 

「あ、ありがとう、ございます。 そうですね、このままだとモンスターや野生の獣が寄ってくるかもしれませんし・・・」

 

「そうだな・・・」

 

エンリからモンスターという単語を聞き、モモンガはこの地にもユグドラシルのものと同じとは限らないがモンスターが存在する可能性がある、と情報を頭の中にしまいこんだ。

 

(しかし、外に見えるだけでも五、六・・・、七十体近くはあるな。 家の中まで探せば、更に増えるかも知れないし、四人だと時間がかかりそうだ)

 

だが、村に転がる死体を見渡したモモンガは、粗末な鎧を纏い武装した死体もあることに気がついた。

 

「エンリさん。 あの遺体も、村人のものなのか?」

 

「えっ? あ、これは・・・違います。 多分、村を襲った盗賊です。 立ち向かった村の人達に返り討ちにあったんだと思います」

 

エンリは、憎しみを込めて死体を一瞥した後、考え込んでしまった。

 

「でも、この死体も土に埋めないとモンスターが寄ってくるかも・・・、アンデッドになったりしても困りますし」

 

幾ら、村を襲った盗賊の死体だからといって、その辺に放っておけばいい訳ではない。

亡骸を放置すると、モンスターや疫病を引き寄せるし、場合によってはアンデッドになってしまうこともある。

例え敵の死体でも、最低限、埋葬くらいはするのがこの世界の常識だった。

 

しかし、エンリが嫌々ながらも埋葬するしか無いか、と考えていたときモモンガは別のことを考えていた。

 

(おお、そうだ、こっちの世界に来てからアンデッドの作成は試していなかったな。

いい機会だし、テストついでに作ったアンデッドに穴掘りを手伝わせられるかも知れない。

どうやらこの世界にも、アンデッドはいるみたいだし、大騒ぎになることは無いだろ)

 

「ちょっと、失礼」

 

モモンガは手を盗賊の死体へと突き出し、スキルを発動した。

 

―中位アンデッド創造 死の騎士/デスナイト―

 

黒い靄のようなものが、死体を覆い形を変える。

そして、ユグドラシルにおいてモモンガが良く盾役に使っていたモンスター、デスナイトが出現した。

 

(おお、見た目はユグドラシルと変わらないな)

 

「デスナイトよ。 この村の住民の遺体を埋葬するのを手伝え」

 

「ウォォォ」

 

デスナイトは、低くくぐもった唸り声で応答した。

 

「お見事です、モモンガ様」

 

「よせ、セバス。 この程度のこと・・・、ん?」

 

ひょっとしたら、村を滅ぼした盗賊の死体から作られたデスナイトに作業を手伝ってもらうのは不快かも知れないと思い、モモンガがエンリの様子を伺うと彼女は顔面蒼白になっていた。

 

(もしかしたらデスナイトのようなアンデッドは珍しいのか?

いや、私がデスナイトを制御できているか不安に思っていると言うこともありうるな・・・)

 

「安心してくれ。 私はマジックキャスターでね。 このアンデッドは、私の命令を聞くように作られている。

デスナイト、気をつけ、後に敬礼」

 

デスナイトは、モモンガの意図を正確に汲み取りポーズを決める。

命令の際、まるで心が繋がっているような感覚を感じたモモンガは、もしかしたら口に出さなくても命令を出すことが出来るかもしれないな、と思う。

 

「ま、魔法って凄いんですね。 ・・・少し待っていてください。 実は、妹のネムも一緒に納屋に隠れていたんです。今連れてきますね」

 

魔法というものをよく知らないエンリはデスナイトを操る、ということが伝説級の偉業だということに気づいていない。 ただ、エンリの頭にはマジックキャスターはとにかく凄い、という情報が刻まれた。

そして暫く話していて、自分を捕まえて売り飛ばそうなどという悪意は無いように思えたので、この三人を信じることにした。

 

去り際にエンリは思い出したように振り返る。

 

「あの、そういえばあなた方のお名前を聞いていませんでした。 教えていただけますか?」

 

「ああ、こっちが・・・」

 

モモンガは、セバスを促す。

 

「セバス・チャンと申します」

 

「私は、アルベド」

 

セバスよりはそっけないとは言え、アルベドも一応質問には答えた。

最後にモモンガが自分の胸に手を当てて言う。

 

「私はモモ・・・、いや、アインズ・ウール・ゴウンだ」

 

 

 

 

 



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第十二話 一つの村の終わり

それからモモンガは、下位アンデッド創造で虚空からスケルトン・ウォリアーを十体作り出すと、手分けをして作業にかかった。

 

だが、ここでモモンガはアンデッドに指示を出す際にユグドラシルとの違いに気が付く。

 

デスナイトの場合は簡単な指示を与えておけば、後はある程度自分で考えて作業を進めてくれるが、スケルトン・ウォリアーの場合は細かい手順ごとに逐一指示を与えなければならない。

 

例えば村人の死体を埋葬するように命令するには、スコップを持て、穴を掘れ、村人の死体を入れろ、穴を埋めろ、と複数の指令が必要になる。

 

(デスナイトと違いスケルトン・ウォリアーには、自分で計画をたてて実行するだけの知能が無いということか? いや、むしろ自分で判断し動けるデスナイトの方が変化したのか。 ユグドラシルではマクロでも組まない限りは、ワンアクションごとに命令していたしな・・・。 他の召喚モンスターに関しても、どの程度の知能を持っているのかはその内調べておこう)

 

多少命令に手間が掛かるとはいえ、数の力で作業は急速に進む。

村人の遺体を埋める作業はアンデッド達が行い、モモンガ達とエンリは、村の家や家畜を囲っていた柵の残骸を壊して簡素な墓標を作った。

 

結局日が暮れる前にすべての村人を埋葬し終わり、村の外れの墓地に百近く並んだ新しい墓の前でエンリとネムが祈りを捧げた。

赤色に染まりだした陽光が住む者のいなくなった村の家々を照らし、明暗を濃くする。

確かにここで生きた人がいて、そして死んでいった。

 

粗末な建物と牧歌的な草原が広がるその風景を見ていたモモンガは、なぜか仲間達の誰もいなくなったナザリック地下大墳墓を連想してしまった。

 

「あの、本当にありがとうございました。 見ず知らずの私達の為に、ここまでしてもらって・・・」

 

エンリはモモンガ達に深々と頭を下げて礼を言う。

隣のネムも、姉を真似て子供らしい舌足らずな礼を言ってから、エンリの動作を真似た。

 

「礼には及ばない。 我々はこの地に来たばかりだからな、作業の途中に色々話を聞けただけでも見返りとしては十分だった」

 

エンリの話によると、この地はリ・エスティーぜ王国という国家の領土だという。

モモンガとしては、この世界のことがよく分かっていない現状では現地の勢力と迂闊に敵対はしたくない。

それにはまず、リ・エスティーゼ王国の情報を調べさせ、戦力はどれほどか、交渉は可能か、もし敵対したとして驚異はどれほどか、などを調べるべきだと考えた。

 

(しかし、なあ。 バハルス帝国に新王国とやらの存在も、この地域では無視できそうにないな)

 

バハルス帝国は、リ・エスティーゼ王国の東方に位置するという軍事国家。

数年前から毎年同時期に王国に対し、戦争を仕掛けてくるらしい。

ただ、この戦争では両軍が本格的に衝突したことはないらしく、せいぜい小競り合いが発生するのみで、村から徴用された若い男達の中に戦死者が出たことはエンリの記憶ではないそうだ。

 

だからといって、バハルス帝国の目的がただ王国を挑発するだけだとは思えない。

アルベドとセバスに帝国の意図について意見を求めたところ、農作物の収穫期に戦争を仕掛けることで、王国に徴用による大規模な軍団を組織させ、収穫を妨害する。そして本格的な侵攻を始める前に王国の国力を弱めるのが目的ではないか、という意見だった。

軍事に関しては素人のモモンガでも、ただ集められて、いきなり武器を持たされた素人の集団よりも、専業の兵士がいるという帝国の方が強そうだ、という判断はできる。 もし本格的に戦争になれば、国境近くのこの地域が最前線になるのではないだろうか。

 

(だが・・・、気になることはあるな)

 

モモンガは先程のエンリの言葉を思い出す。

 

『でもカルネ村から戦争に参加した人の話では、帝国が王国に攻め込んで来ないのは、ただ一人の男を恐れているからだって言っていました。魔神の力を持つ剣士、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが本気になれば帝国軍なんてひと捻りの筈だって』

 

『ガゼフ・ストロノーフ? ほぉ、そんなに強い者がいるのか』

 

『はい! 一度ガゼフ様の戦いを見たことがあると話していましたが、百体以上のゴブリンとオーガの群れを剣を一度振っただけで焼き払ってしまったって』

 

『ゴブリンとオーガ、か』

 

ユグドラシルで、フィールド上に出現する敵としてのゴブリンという種族は一番弱いものだとレベル3、強いものだとかなり高レベルまでいたはずだ。

名前が同じということは、モモンガが知っているものと同じゴブリンなのだろうか?

しかし、その強さも気になるところだが、百体以上を一気に焼き払ったという点が気になった。

モモンガの知る剣士のスキルは、範囲を重視したものは少なかったはず。

もしかすると、魔法も使えるのだろうか?

 

『それは、かなりの広範囲だな・・・。 その方は魔法剣士、だったりするのか?』

 

『うーん、どうなんでしょうか。 炎を自在に操るってことは聞いたことがあるのですが、そこまで詳しくなくて。 ・・・帝国との戦争では、理由は判りませんが、直接戦うことは無いみたいですし』

 

モモンガは、その王国戦士長の名をしっかりと記憶した。

王国の戦力を計る上で、真っ先に調べなければならない相手だろう。

 

 

そして、もう一つ。

こちらはエンリからあまり有益な情報は聞き出せなかったが、カルネ村の北西の方角で、四年程前にリ・エスティーゼ王国の王族と貴族の一部が離反して周辺地域を占領し、リ・エスティーゼ新王国を名乗っているようだ。

 

今も軍事的なにらみ合いが続いているが帝国への対策もあるため、王国が大規模な軍事行動を起こしたということはエンリの記憶には無いらしい。

 

 

(うーむ。 情報としては不十分だが、こんな小さな村の娘では、こんなものか。 やはり、もっと人が集まるところに行く必要があるな。

ん、そういえば、この二人はこれからどうするのか・・・)

 

流石に、ここまで世話を焼いてきた相手が野垂れ死になどということになったら、後味が悪い。

モモンガはこの二人に対し、ギルドメンバーやNPCに向けるものとは異なるが、小動物に対して覚えるような愛着が湧き始めていた。

 

「それで、君たち二人はこれからどうするんだ? 二人だけではもう、この村で暮らしていくのは無理だろう」

 

「あっ、それなんですが、ここから西に行ったところにエ・ランテルという大きな都市があるんです。そこに薬師のンフィーレアっていう友達がいて、彼に手伝ってもらえるように頼んで、その街で仕事を探してみようかと思ってます。 あの、そこでお願いがあるのですが・・・」

 

「どんなことだ?」

 

「もしかしたら、あなた方は冒険者なのではないですか? もしそうだったら、エ・ランテルまで連れて行って欲しいんです。 お金は、もしもの為に地面に埋めて隠して置いた物がありますし、足りなかったら、あとで働いて必ず払います」

 

「・・・冒険者、というものについて説明してもらってもいいか? いえ、我々の知るものと違うかも知れないからな」

 

「は、はい」

 

エンリの説明によると冒険者は、依頼により、モンスターを狩ったり、行商を護衛したりして報酬をもらう。

いわば、モンスター専門の傭兵なようなものらしい。

 

王国では街道付近といえども、モンスターが出る確率は低くはないので、カルネ村では、薬草の行商の際など、街の冒険者組合に依頼を出して冒険者に護衛してもらっていたということだった。

 

(なるほどな。 確かに、魔法使いと、全身鎧の戦士、筋骨隆々の男という組み合わせでは、戦いを生業にしているように見えたのも不思議じゃない。しかし冒険者ね・・・。腕にさえ自信があれば、誰でもなれるのか? 現地の通貨や情報を手に入れ易そうだし、冒険っていうのも興味が沸く。ちょっとやってみたいな)

 

「うむ・・・。 そうだな、実は我々も冒険者になることも視野に入れてこの国へ来たのだ。

そのためには冒険者組合に行かなければならないのだろう? エ・ランテルにはいずれ行かなければならないわけだし、道案内ついでについてきてくれると助かる。 どうせ、ついでだし、金は必要ない」

 

「ほ、本当ですか? ありがとうございます」

 

「ああ、だが今日はもう日が暮れそうだ。 出発は明日にしよう。 我々はちょっとこのあたりを見張ってくるから家で休むといい。 護衛は・・・コイツに任せよう」

 

モモンガは、召喚から数時間経っているにも関わらず一向に消える気配のないデスナイトに目をやる。

 

(えっ、なんで消えないんだコイツ。 召喚時間はとっくに経過しているよな。 スケルトン・ウォリアーはもう消えたし・・・)

 

そして、モモンガ一行はエンリ達と一時的に離れ、村周辺の森の中へ入っていった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

モモンガは、エンリ達の目につかないところまで来ると、魔法を発動した。

 

〈ゲート/次元門〉

 

モモンガの持つマジックアイテム、アインズ・ウール・ゴウンに所属する証である指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの効果により、ナザリック地下大墳墓、玉座の間まで一行は帰還した。

 

「ふう、一先ず初接触にしてはうまくいったほうか」

 

「しかし、モモンガ様。 まさか、貴方様が自ら人間の街などに行く必要はありません。 適当な下僕を派遣して、必要ならば適当な人間から情報を引き出したほうが早いのでは?」

 

人間の演技をする必要がなくなったアルベドが堰をきったように話し始めた。

 

「いや、現段階で現地の勢力と敵対する可能性は極力排除したい。 リ・エスティーゼ王国とやらが、どの程度の情報網を持っているかは不明な以上、迂闊な行動はしないほうがいいだろう。 それに、私自ら行くことに意味があるのだ」

 

「モモンガ様自ら向かわれることに意味が・・・」

 

アルベドはモモンガの言葉を聞き、反芻するように繰り返した。

 

「アルベド、ここに階層守護者達を呼んでくれ、私が留守中の報告が聞きたいからな」

 

「承知致しました」

 

アルベドの呼びかけを聞いて全速力で、ここへ移動したのだろう。

五分後には、全ての階層守護者が玉座に座るモモンガの前に跪いていた。

 

「私が留守にしていた間、何か異常はなかったか?」

 

「はっ。 マーレの魔法による隠蔽が功を奏したようで、侵入者、及びナザリック地下大墳墓の入口から半径一キロメートル以内に近づいた知的生命体もおりませんでした。 大墳墓内の罠など、防衛システムも正常に作動しております」

 

防衛戦構築の指揮を取っていた、階層守護者随一の知恵者であり最上位悪魔、デミウルゴスが答える。

 

「そうか。 我々の方でも収穫はあった。 アルベド、説明してやってくれ」

 

その後アルベドが守護者達に、カルネ村という盗賊に滅ぼされた村を探索したところ、二人の人間と遭遇したこと。 明日その二人と、エ・ランテルという都市に同行する約束をしたこと。

モモンガが自ら冒険者という職業につき、情報を集める計画であることを説明した。

 

「なっ、モモンガ様御自らそのような危険を冒す必要はありんせん。 情報など私達、シモベがいくらでもお集めしんす」

 

「私モ、モモンガ様ガ直接赴クノハ危険過ギルカト」

 

「僭越ながら私も同意見です。 そのエンリという娘を利用すれば、エ・ランテル内で足がかりを得やすいとは思われますが、至高の御方がどのような危険が存在するかも不明な地を探索するなど・・・。 その娘に、本当の御姿は知られていないわけですし、人型のシモベに現在のモモンガ様の服装をさせて送り込めば宜しいかと」

 

当然のことながら、モモンガが冒険者になる、という思いつきには誰もが反対してきた。

 

(やばいな・・・。 まさか、冒険というものに興味が湧いたことが理由とは言えないし)

 

だが助け船は、思いもかけない所から差し出される。

 

「あなた達、確かに私もモモンガ様が少しでも危険に晒されることを思うと身が引き裂かれるような思いです。 しかし、思い出しなさい。 モモンガ様が前の世界において、いつも単身ナザリックを離れ、この地下大墳墓を維持するために行動なさっていた事を。 モモンガ様にとって、未知とは自ら探索し明らかにしていくもの。 ナザリック地下大墳墓へ篭っているだけというのは、きっとモモンガ様の魂が許さないのでしょう・・・」

 

「アルベド・・・」

 

守護者一同は、誰よりもモモンガの身を案じているはずのアルベドの言葉に黙り込んだ。

 

「わ、分かってくれたか」

 

「モモンガ様。 先程の貴方様の言葉に、御自ら道を切り開かれる勇敢な意思を感じました。

ならば、それを汲み取るのが私の役目でございます。 ですが、モモンガ様。せめて、これから冒険者として人間の都市を探索する際は、私が御身をお側でお守りすることをお許し下さい・・・」

 

「・・・そ、そうだな。 任せたぞアルベド」

 

(やばいな。セバスはともかくアルベドは、こんな鎧を着たままじゃ不自然だし、ナーベラルかルプスレギナあたりを、鎧を脱いだアルベドということにして連れて行く計画だったんだが・・・。もう言い出せない雰囲気だな)

 

階層守護者達は自分たちの偉大なる主人、モモンガのナザリックを思っての決断に感動し、涙さえ浮かべている者もいる。

 

そうして紆余曲折ありながらも、新しい世界の夜は更けていった。

 

 

 

 

 



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第十三話 前線都市

エ・ランテルは、リ・エスティーゼ王国の都市の中で最もバハルス帝国との国境に近い。

 

街を取り囲む三重の壁に守られたこの都市は、軍事拠点として利用されてきた歴史があり、例年の帝国との戦争の際には兵の駐屯地として使用される。

そのため食糧や武器の需要が高く、それらを取り扱う商人達が大きな影響力を持つという特徴があった。

 

バハルス帝国との緊張は今に始まったことでは無く王国の歴史を紐解けば、カッツェ平野にて幾度となく帝国との戦争が繰り返されてきた。

その際に問題になるのは、戦死者の埋葬場所である。

 

この世界では、弔われることもなく放置された遺体はアンデッド化することが多いとされている。

戦時中であっても遺体の回収と埋葬に関しては、敵味方関係なく邪魔をするべきでは無いという暗黙の了解があり、王国ではカッツェ平野で回収した戦死者の遺体を最寄りの都市であるエ・ランテルの外周部の壁内にある広大な墓地に埋葬することが慣習となっていた。

 

わざわざ都市内部に墓地を作っているのには理由がある。

戦争で殺されるなど無念の死を迎えた者の遺体は、例え丁重に弔われたとしてもアンデッド化する可能性は通常よりも高い。

 

発生したアンデッドを放置しておくと、それに誘発され更に強いアンデッドが発生する現象が起きてしまうため、発生したアンデッドが弱いうちにこまめに討伐する必要がある。

その為には常に目の行き届きやすい、都市内部に墓地を作った方が都合がいいのだ。

 

もっとも最近の帝国との戦争は、とある事情から本格的な衝突は起こっておらず、王国側に死者が発生しても比較的少数。エ・ランテルの墓地は、かなり空きがある状態だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

モモンガたちを乗せた馬車は、エ・ランテルに近づきつつある。

馬車自体は、カルネ村の住人が薬草の行商の際に使用していた幌もついていない簡素なものだが、それを引いている二頭と予備として連れている一頭の馬は、見事な筋肉と毛並みをしており、軍馬としても十分通用しそうだ。

 

この馬達は、モモンガが召喚した騎乗用の傭兵モンスターである。

とは言ってもナザリックの図書館の中では、最もレベルの低い騎乗モンスターであり、体のつくりも普通の馬と変わらない。 レベルにして5レベルという、モモンガにしてみれば走るしか能のない"ただの馬"であるが、この世界においては一般市民の年収でも到底手が届かない名馬に分類されるものだった。

 

朝起きたエンリとネムに、森に繋いでおいた馬だと、この三頭を紹介したときのエンリの驚きようにはモモンガも面食らってしまった。

 

魔法や武器の善し悪しは、ただの村娘では判断がつかない。

しかしエンリも馬には接したことがあるだけに、その価値が理解出来る。

エンリはこの三人について、名のある戦士か高貴な出自なのかも知れない、と予想していた。

 

「あれが、エ・ランテルか。 近くで見るとでかいな・・・」

 

モモンガは思わず感嘆の声を漏らした。

 

「そうですね・・・。 実は私も去年、父の行商についていったとき、始めてエ・ランテルに行ったんです。 ンフィーレアは、いつも自分で村の周辺に薬草を取りに来ますし」

 

「しかし、この広い都市の中で、そのンフィーレアというご友人を見つけることは出来るのですか?」

 

いつもの執事服ではなく、黒いレザーシャツとズボンを着たセバスが尋ねた。

ちなみに、この服装は旅人の中に一人執事が紛れ込んでいたら浮いてしまうかも知れない、と危惧したモモンガが着替えさせたものだ。

 

モモンガは、この世界の装備や道具のレベルを測るには、まだ情報が足りなすぎると判断していた。その為、セバスが着用している装備は、目立たないようにとナザリック基準では低レベルの装備・・・、聖遺物級(レリック)遺産級(レガシー)の装備で揃えている。

アルベドも、姿を隠すための鎧は仕方がないとして、武器のハルバードは聖遺物級(レリック)のものを装備していた。

 

そして念には念を入れ三人とも、魔法による探知を妨害する指輪をつけている。

 

「あ、はい! セバスさん。 ンフィーレアは、おばあさんとバレアレ薬品店っていうお店を経営しているんです。 おばあさんはエ・ランテルでも有名な薬師だって言っていましたから、人に聞けばお店の場所が分かると思います」

 

「なるほど、それなら安心ですね」

 

一同を乗せた馬車は都市の門に近づいて行く。

 

「アインズさん。 あの門で検問を受ければ中に入れたはずです」

 

「検問? それは・・・、どんなことをするんだ?」

 

「えーと、確か去年お父さんと来た時は、エ・ランテルに来た目的と危険物を持っていないかを調べてから、足税を払っていました。 でも、もしかしたらアインズさん達のように武器を持っていたり、魔法を使えたりする場合は、更に詳しく調べるかもしれません」

 

「そうか・・・」

 

(この世界の技術や魔法はまだ未知数だからな・・・。 対策できないような方法で情報を抜き取られなければいいが)

 

一抹の不安を覚えながらも、アインズ達は検問の列の最後尾に並んだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「よし、次の者」

 

検問の任務にあたる兵士の彼の前に、変わった一行が現れた。

その五人は、幌もついていない粗末な馬車に乗っていたが、その馬車を引く馬は見事なものだ。

 

馬、というものは農作業用の馬、騎乗用の馬、そして騎乗用の中でも特に優れた軍馬などに分類することができるが、これはどう見ても軍馬にしか見えない。

これほどの馬を購入するには、平民では手が届かないような大金が必要だった筈だが、ならば馬車が粗末なのはどういうわけだろう。

 

また、その者達の風体を変わっていた。

村娘と思われる二人の少女と、革製のシャツの上からでも鍛え抜かれた体格が伺える老人はまあいい。

問題は、悪魔を連想させる禍々しいデザインの全身鎧を来た人物と、古びたローブを纏い、顔には悲しみとも怒りとも取れる不思議な表情をした仮面、手には手袋を装着した人物。

性別どころか、年齢すらもはっきりしない。

 

――不審にも程があるな。

兵士は自分の当番の時に、このような厄介そうな一行が訪れた不運に内心ため息をつきながらも、仕事を始めることにした。

 

「えー、まずエ・ランテルに来た目的は何だ?」

 

十代半ばと思われる金髪の少女が質問に答えた。

 

「私はカルネ村出身のエンリ・エモット。 こっちは妹のネムっていいます。 あの、実は・・・、私達の村が盗賊に襲われてしまって、生き残ったのは私達二人だけなんです。 二人だけでは、村で生活していくことは出来ないので、この街で仕事を探そうと思って・・・」

 

「村が盗賊に・・・」

 

兵士の胸中に苦いものが走る。

近頃、国内の経済の悪化から、食い詰めた者たちが野盗と化した案件が多発しており、エ・ランテル周辺でも荷馬車が襲われるなどの事件が頻発していた。

 

「ちょっと待ってくれ、一応台帳で確認してみる」

 

兵士は同僚に目配せして、詰所にある台帳を確認してもらう。

リ・エスティーゼ王国の都市には、都市及び周辺地域で生まれたものの名前や生年月日など、簡単な記録をつけた台帳が存在する。

スレイン法国の戸籍のように、国民の犯罪歴やタレントまで記録した精度の高いものでは無いが、それでも兵士の徴用や人口の把握などの目安程度にはなる。

 

その結果、確かにカルネ村に生まれたエンリとネムという娘の名前が見つかった。

 

「どうやら、本当のことのようだな・・・」

 

しかし、と彼は考えてしまう。

エ・ランテルには、この娘のように仕事を求めて流れて来るものは珍しくはない。

だが昨日まで畑を耕していたような人間が、いい条件の職業につくのは難しい。

 

安い給料の過酷な仕事でも、働き先を見つけられるなら幸運な方。

最悪、犯罪者に身を落としたり騙されて借金を背負わされ奴隷として売られた、などという話も聞く。

若い娘なら、覚悟さえ決めれば働き口はあるだろうが・・・、目の前の純朴そうな娘が、悪所で春を売るようなことになるのは忍びなかった。

 

「働く当てはあるのか? 特に、特殊な技能も持っていないなら難しいと思うが」

 

「あっ、この街のバレアレ薬品店っていう店でおばあさんと働いているンフィーレアって子と友人なんです。 仕事探しを手伝ってもらえないか頼んでみようと思ってます」

 

「ほう・・・」

 

バレアレ薬品店なら兵士も知っている。

この街、いや王国でも最高の薬師と言われるリィジー・バレアレが孫と共に経営している店で、軍との関わりも深い。

 

(ンフィーレアと言うのは、そこの孫のことか。 ならば、店の雑用係の仕事くらいは紹介してくれるだろうな。 楽では無いだろうが、生活はしていける)

 

「よし、お前たちは通っていい。 それで、えーと・・・、そっちの三人は何者なんだ?」

 

彼が気になっていたのは、二人の少女よりも彼らだ。

問いかけに、仮面の男が答えた。

 

「私達は、最近このあたりに来た旅人です。 私はマジックキャスターのアインズ・ウール・ゴウン。 そしてアルベドとセバスです」

 

「旅人? マジックキャスターってことは流れの冒険者か?」

 

確かに腕のいい冒険者ならば、あのような馬を買えたとしても不思議はない。

それに、この三人の風体は明らかに戦闘を生業とする者たちに見えた。

 

「いえ、私達のいた国では冒険者という職業はありませんでした。しかし、我々もモンスターを退治して路銀を稼いで来ましてね。この国では、冒険者組合、というものに登録してみようと思っています」

 

冒険者がいない、ということはリ・エスティーゼ王国やバハルス帝国ではない。

そういえば、スレイン法国や、その更に南方の国には冒険者組合が置かれていないと聞いたことがあるが・・・。

 

「じゃあ、その仮面をとってくれないか? 一応顔は確認しておかないとならないからな。そっちの鎧のあんたも頼む」

 

「・・・ええ、実は私は直射日光に弱くて仮面をしているのですが、短時間なら大丈夫でしょう」

 

男が、仮面を取り外すと、怪しげな外見に反し、中からは意外と地味な顔が現れた。

恐らく年齢は三十代前半くらいか。 予想通り、髪は南方出身の人間に見られるという黒髪だ。

もしかしたら、仮面の中から人間離れした顔が出てくるのではないか、と警戒していた兵士は、心の中で胸をなでおろす。

 

「じゃあ、後は鎧のアンタだな。 もしかして、同じように肌が弱いのか?」

 

「いえ、私の信仰する宗教では、戦士たるもの常に装備を外すべからず、という教義があるのです」

 

そう言って、取り外された鎧兜の中から現れた顔を見て、担当の兵士のみならず、近くで歩哨に立っていた兵士や、別の列に並んでいた者たちまでもが、息を飲んだ。

 

絶世の美女。

使い古された言葉かも知れないが、彼女を表すのには、これしかないだろう。

絹のような滑らかな黒髪に、慈愛に満ち溢れるような穏やかな瞳。

禍々しい重そうな甲冑に覆われていた肌は、白磁のようなシミ一つない美しさを湛えていた。

 

「あ・・・」

 

彼女は思わず言葉を忘れてしまった兵士に軽く微笑み、薄紅色の唇で言葉を紡いだ。

 

「顔は確認していただけました? もう、兜をかぶってもいいかしら」

 

「は、はい、どうぞ! ありがとうございました」

 

思わず直立不動になり、上ずった声で兵士は答えた。

 

――――勿論これはモモンガの幻術によるものである。

アルベドは比較的人間に近い容姿をしているため、偽装はそう難しいものではない。

角と瞳の形を透明化と幻術の魔法で誤魔化せば、それで事が足りた。

 

「それじゃ、マジックキャスターがいるということだから、最後に魔術師の調査を受けてくれ。

あなた達を疑っているわけではないが魔法や、マジックアイテムを使って危険物を持ち込まれるというケースが報告されていてな。 規則なんだ」

 

男が近くの兵士に事情を説明すると、その兵士は魔術師ギルドから派遣された、魔術師を呼ぶ為に走っていった。

それを待つ間、モモンガの心の中に緊張が走る。

 

(この世界に来て初めての魔法か・・・。 いきなり正体がばれることには、ならなければいいが)

 

やってきた魔術師は、黒いローブに怪しげな三角帽をかぶった鷲鼻の男だ。

まるで、私は魔術師だ、と喧伝しているような服装の彼は、モモンガを興味深げに見る。

 

「異国からやってきた魔術師らしいな。 ふむ・・・、そなたは何位階まで使えるのだ?」

 

「位階・・・」

 

(ユグドラシルでは、十位階までの魔法と、超位魔法があるけど、この世界ではどうなんだ?

それに、この世界の魔術師の強さとかも、分からないし・・・)

 

モモンガは悩んだ末に、カルネ村で全身が焼け焦げた遺体を見かけたとき、第三位階の《ファイヤーボール/火球》によるものではないかという仮説を立てたことを思い出した。

 

(こうなったら一か八かだ・・・。 もし不審に思われたら、自分の故郷では位階の数え方が違うとでもいって、ごまかそう)

 

「だ、第三位階まで使用できる」

 

「おおっ、なんと!」

 

魔術師は、目を見開き驚きを露にする。

 

(まずい、何か間違えたか? やはり、もう少し高く言うべきだったか) 

 

モモンガは危惧するが、その魔術師は興奮して話を続けた。

 

「第三位階か・・・。 その歳になるまで相当努力したのだろうな。 エ・ランテルにそなたのような優秀な魔術師が訪れたことは、幸運と言うべきか」

 

「ち、ちなみに、あなたは何位階まで使えるんだ?」

 

「私は、昨年、二十五歳で第二位階に到達した。 勿論、これで満足したわけではないぞ。 この先、更に上を目指したいと思っている」

 

魔術師は誇らしげに胸を反らせた。

 

(二十五歳で第二位階って・・・。 えっ、もしかして、これで強いほうなのか? ユグドラシルなら、ゲームを始めて一日も経てば覚えられるぞ。 いや、しかし彼のいう魔法は、ユグドラシルとは違う可能性が高いだろうし・・・)

 

「おお、そうだ。 本題を忘れていたな。 魔法のアイテムなどを所持していないか調べさせてもらう」

 

魔術師は魔法を詠唱した。

 

「《ディテクト・マジック/魔法探知》」

 

魔法使いが目を細め、モモンガ達三人を眺めるが、やがて目元を緩めた。

 

「うむ。 特に、魔法を使用したり、マジックアイテムを所持していたりはないようだな。

第三位階の魔法詠唱者なのにマジックアイテムの一つもないとは珍しいが・・・」

 

「えっ?」

 

モモンガは思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ。 別になんでもない」

 

《ディテクト・マジック/魔法探知》はモモンガもよく知るユグドラシルの魔法だった。

モモンガは、魔術師の詠唱を聞いた後、この世界の魔法がユグドラシルのものと同じであることに確かに驚いた。

しかし、モモンガが声を上げてしまったのは、それが理由ではない。

身体検査が、たった一つの魔法で終わってしまったためだ。

 

(幾ら第二位階までしか使えないと言っても、《ディテクト・マジック/魔法探知》だけで終了は有り得ないだろ。 マジックアイテムを一つも所持していないことを不審に思ったなら、せめて探知妨害の可能性を視野に入れて、確実に作用するであろう探知魔法、《ディテクト・ライフ/生命探知》とかを使って、探知魔法自体が妨害されていないか確認くらいするのが常識だと思うが・・・。リスクは高いけど《ドミネイト・パースン/人間種支配》を使う可能性も視野に入れていたのにな)

 

モモンガは、魔法による調査のあまりの緩さに愕然としてしまう。

 

しかし、それも仕方ないだろう。 情報系魔法というのは、それだけは敵を倒したり、味方を強化したりといったことが出来ない為、一生に習得できる魔法が限られているこの世界では率先して取るものが少ない。

 

ユグドラシルには、今のモモンガ達が行っているような隠蔽工作など、簡単に突破してしまうような、情報系魔法に特化したプレイヤーも多くいたが、そのように偏ったビルドが出来るのは、ゲーム内に限った話。

 

現実に、今後の人生のことまで考えて習得する魔法を選ばなければならない、この世界の魔術師にしてみれば使いどころが多い攻撃魔法や補助魔法を優先するのが当然だろう。

 

「よし。 じゃあ、通っていいぞ」

 

兵の許可が出て、エンリに一旦足税を立て替えてもらい、門を潜ろうとしたモモンガを魔術師が呼び止めた。

 

「ちょっと待ってくれ。 もし良かったらなんだが、魔法を使ってみてくれないか? この街に新しく優秀なマジックキャスターが来たなら魔術師ギルドに話を通しておきたいのだが、やはり実際に見てみないとな・・・。

そなたにとっても、早めに魔術師ギルドと顔を繋いでおいたほうが動きやすいだろうし、悪い話では無いと思うのだが」

 

(魔術師ギルド、ね。 また新しい単語が出たな。 まあ、魔術師達の組織といったところか。 この世界の魔法についてもう少し詳しく調べてみたいからな・・・、確かに話は通してもらった方がいいか)

 

「分かった。 では、第三位階の魔法を使って見せよう。 私はネクロマンサーでね。 アンデッドを召喚させて貰うぞ」

 

モモンガは、人のいない方角を向くと、手を突き出し詠唱した。

 

「《サモン・アンデッド・3th/第3位階死者召喚》」

 

地面から黒い靄が吹き出し、次第に形をとっていく。

そして現れたのは、大きさ三メートル近くはあろうかという真っ赤な肌の巨体から、血のように赤い粘液を垂らすアンデッドだった。 そのぜい肉が揺れるたびに、周囲に粘液が飛び散る。

このアンデッドの名は血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)

殴るしか攻撃手段を持たないレベルにして十五のアンデッドだが、高い体力に加え、再生能力を有しているため同レベル帯ならば倒すのには時間がかかるだろう。

モモンガもユグドラシルを始めてすぐの頃は壁役としてよく使っていた。

 

「おお、これは本で見たことがある! 

 難度約45のアンデッド、ブラッドミート・ハルクだな!?」

 

魔術師は感嘆の声を上げたが、その他の周囲の人々は、恐怖でざわついた。

 

「な、難度45、だって」

 

兵士の一人が思わずつぶやく。

ここにいる兵士達は、冒険者のランクで言うと鉄くらいの強さしか持っていない。

彼の記憶では、難度四十五といえば、最低でも金級の冒険者のチームが必要となり、もしここでこのアンデッドが暴れだせば、詰所にいる兵士達全員で掛かっても押さえ込めないだろう。

 

近くの列に並んでいた民達の動揺はもっと顕著だ。

彼らの中にも、ゴブリンなどの弱いモンスターを見たことがある者は少なくないが、難度45というのはこの世界ではかなり強い部類に入る。その姿から伝わって来る、自分を容易く殺し得るであろう力に震えるものもいた。

 

だが、その心配とは裏腹に、ブラッドミート・ハルクは出てきたときと同じように、あっという間に黒い靄となって地面に吸い込まれた。

 

「これで分かって貰えたかな?」

 

「ああ。 そなたのことは、私から魔術師ギルドに話しておく。 優秀な魔術師は大歓迎だ、いつでも寄ってくれ」

 

「そうだな・・・。 時間が出来たら是非寄らせて貰うとしよう」

 

モモンガは魔術師に後ろ手で軽く手を振ると、他の四人と共に、エ・ランテルの中へ入っていった。

 

それを見送った兵士が、小声で話し合う。

 

「凄そうな奴らが来たな・・・」

 

「まあ、優れた冒険者はいつでも歓迎だ。 彼らは、すぐに有名になるだろうな」

 

 

 

 



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第十四話 冒険者組合

「バレアレ薬品店・・・、ここ、みたいですね」

 

エンリは、看板を見て呟く。 彼女は読み書きはできないらしいが、看板にはポーションを表しているであろう絵が書かれている。

この街一番の薬師ということで、知り合っておけば色々と情報が手に入るかも知れない、と考えたモモンガ達も同行していた。

 

その大きな家からは、複数の草や木の実をすり潰した、独特の臭いが漂っている。

エンリも、ンフィーレアという友人の元へ自分から尋ねたのは始めてらしく、一度深呼吸をしてからドアを開けた。

 

「いらっしゃいま・・・、エ、エンリ!」

 

中では無造作に伸びた髪が、目元を隠している少年が店番をしていたがエンリを見て驚いた声を上げた。

エンリの顔も、無事に友人に会えたことで、喜びに輝く。

 

「ンフィー! 久しぶり。 三ヶ月前に会って以来だね」

 

「い、いや、そうだけど、どうしてここに? お父さんと一緒に来たの?」

 

エンリは一瞬辛そうな表情をした後、ンフィーレアにカルネ村が盗賊に滅ぼされたこと、生き残った自分たちはアインズ・ウール・ゴウン一行に助けられこの街までやってきたこと、仕事を探したいので、出来れば手伝って欲しい旨を伝えた。

 

「カルネ村が・・・、それは辛かったね」

「うん。だけど今は、生きていくことを考えないと。 どこか働き手を募集している所はないかな?」

「働き手・・・、ちょ、ちょっとここで待ってて」

 

ンフィーレアが店の奥へと消えた。

暫く経った後、彼は一人の老婆を連れてくる。

 

「ふぅん。 この娘がお前がよく話していたエンリかい?」

「へっ?」

「あ、い、いや。 エンリとは友達だから、たまに話すこともあってさ。 エンリ、この人が僕のおばぁちゃん、リィジー・バレアレだよ」

「は、初めまして。 私は、カルネ村から来ましたエンリ・エモットと言います」

「ああ、よろしく」

 

リィジーは、エンリを興味深げに眺めた後、問いかけた。

 

「ふむ、お前さん、どこにも行くあてが無いんだったらウチで雑用係をやってみないかい?

まあ、薬の知識は無さそうだから、店番や配達、買い出しなんかが主な仕事になるけどね」

「え・・・、い、いいんですか? あっ、勿論有難いですが、気をつかっていただいているんじゃ」

 

謙遜しかけたエンリに、リィジーは微笑む。

 

「今この街で仕事を探すなんて、簡単なことじゃないよ。 お前さんらみたいに農民じゃ食っていけなくなって、出稼ぎに来ていたり、王直轄領の外・・・、他の貴族領から流れて来た奴も多いからね。なぁに、気にすることはないさ。 雑用係が欲しかったのは本当だし、孫が熱心に勧めてきたから、信頼も出来る。それに・・・、孫を応援するのも、祖母の役割だからね」

「お、おばぁちゃん!?」

 

ンフィーレアがリィジーの言葉に顔を真っ赤にした。

 

エンリは最後の言葉の意味はわからなかったようだが、隣りのネムを見て、決心したように二人に向き直ると頭を下げた。

 

「では、よろしくお願いします。 バレアレ薬品店の為に全力で仕事に努めます!」

「よろしく頼むよ。 ああ、そうだ。住むところも無いんだろ? うちに物置として使っている部屋があるから、そこを整理すれば二人住むくらいの空間は空く。 妹と二人で、住み込みで働いてくれないかい?」

「あ、ありがとうございます」

 

(これで、このエンリとネムという娘達の生活は何とかなりそうだな)

 

モモンガが隣を見てみると、セバスは安心したように目元を緩めていた。

エンリは、アインズ達に向き直り深い礼をした後、おずおずと話し出す。

 

「あの・・・、やっぱり何かお礼をしなければ私の気が済みません。

私に出来ることはないでしょうか?」

「いや、一度礼はいらないといったことを取り消すことは出来ん」

 

しかし、ンフィーレアが言う。

 

「あの、僕も何か、お礼できることはありませんか? アインズさん達には、本当に感謝しています。エンリとネムちゃんだけで、エ・ランテルまで来るのは難しかっただろうから・・・」

「ンフィー・・・、ありがとう」

 

「そうか・・・。 じゃあ、この街の案内をしてくれないかな。 まずは冒険者組合だ。この国の通貨は持っていないし、足税もエンリに立て替えてもらったくらいだからな。 冒険者組合とやらに登録し、早いところ仕事を受けて通貨を入手したい」

「あっ、別にあのくらい。 せめて、立て替えた分のお金くらいは私に出させてください」

「そうか・・・。 では、今回はそうさせてもらうとしよう」

 

ンフィーレアはモモンガの言葉に頷くと、ドアを開けた。

 

「じゃあ、おばあちゃん、行ってくるよ」

「しっかり案内しといで。 また迷うんじゃないよ」

「わかってるって。 迷ってたのは子供の頃の話じゃないか!」

 

モモンガ達は、冒険者組合を目指しエ・ランテルの街を歩いていった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「そう言えば、アインズさん達はお金を持っていないって仰ってましたよね? 冒険者登録には、確か登録料として5銀貨かかったはずですよ?」

「何? それは・・・、まずいな」

 

どうしたものか、とモモンガは思案する。

すぐに思いつく解決策としては、このンフィーレアに頼んで三人分の登録料を貸してもらうか、とも考えたが、冒険者としての門出が借金から始まるのはどうも締まらない。

 

(ユグドラシル金貨なら沢山持っているのに・・・、そうだ! 両替してもらうっていうのは―――、いや、まずいかもな。 この世界に他のユグドラシルプレイヤーが来ていたとしたら、私達の存在を知られてしまうことになる。やはり、何か金目のものを売るしかないか)

 

「ンフィーレアさん。 この街に、品物を買い取ってくれるところは無いか? 私達は旅人でこの国の貨幣は持っていない。一先ず、先立つものを手に入れなくてはな」

「ンフィーレアでいいですよ。 うーん、しかし売るものによって、買い取ってくれるような店が違うと思います。宝石とか貴金属なら買いとりしてくれるところは多いですが、武器や、冒険の道具の場合は詳しくなくて・・・。 あと馬も売れますが・・・」

「んっ?」

 

アインズの声にンフィーレアは慌てて謝罪する。

 

「あっ、すいません。 それ程の馬ですし、やっぱり思い入れがありますよね」

「いや、そうじゃない。 この馬も売れるのか?」

「え、ええ。 僕も相場をよく知っているわけではありませんが、かなり高く売れると思います。 ・・・もしお売りになるつもりがあるなら、馬屋に案内しましょうか?」

「ちょっと、待ってくれ」

 

モモンガは、この馬を売ることで得られるメリットと、起こりうるデメリットを考える。

 

三頭の馬の種族名は、ワイルドホース。

一応モンスターというくくりにはなっているが、フレーバーテキストでは、騎乗や馬車引きに使われる一般的な馬としか説明されていなかった気がする。

モモンガが都市の門で並んでいるのを見かけた、この世界の馬と比べても外見に違いはなかった。

傭兵モンスターは本で召喚できるが、同時に召喚できるモンスターは一つの本で一体まで。

召喚したモンスターが死亡するまで、その本から次のモンスターは召喚できない。

だが・・・。

 

(まあ、いいか。 馬車を引かせる為に召喚したけど、ただ移動するだけなら自分で走ったほうが早いしな。 連れまわすのも面倒だし、戦力としても期待できない。 金に替わるなら、それが一番の有効利用法だな)

 

「よし、売ろう。 じゃあ、案内してくれるか?」

「はい!」

 

その後、馬屋で三頭の馬を売却したが、特に、この世界の馬と違うと、怪しまれることはなかった。

馬屋の主人は、このような名馬が持ち込まれるのは久しぶりだと随分驚いていたが。

 

その結果馬一頭につき、金貨22枚、三頭で金貨66枚となった。

ちなみに、この世界の貨幣は、金貨1枚で銀貨20枚、銀貨1枚で銅貨20枚が相場となっているようだ。

モモンガは、ンフィーレアに様々な商品の相場を聞き、大体銅貨一枚、千円くらいで計算すれば理解しやすいと判断する。

 

(そうすると、金貨66枚は2500万円以上に相当・・・、おお、すごいな)

 

モモンガがこの世界で所有する財宝を考えるとその程度の額は、はした金以下と言える。

ただ、改めて自分に馴染みのある通貨の単位で考えて見ると、金貨66枚が大金に思えてくるから不思議だ。

革袋の中に、金貨と一部崩してもらった銀貨を入れると、思わず周囲を警戒し、見回してしまった。

 

「とにかく、これで当分は何とかなりそうだ。 まだ日も高いし、今度こそ組合へ行くか」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

時刻は正午を過ぎ、そろそろ午後2時になろうとしていた。

ギルドの受付嬢イシュペン・ロンブルは、あくびを噛み殺す。冒険者の依頼というものは、緊急のものでもない限り、朝一番に新しいものが張り出され、いい条件のものから引き受けられていく。

よって、午前中は割と、人が途切れることなくやってくるのだが、この時間は大抵いつも、やることが無くなってしまう。冒険者組合の中には、10人程の冒険者がいたが、彼らの目的は、付近のモンスターの出現状況などの情報交換だ。時折、依頼が張り出されている掲示板の前にくる者はいるが、依頼を受けようとしている者は誰もいない。

 

そんな、平穏に満ちた冒険者ギルドの入口の扉が、不意に開かれた。

そこにいたのは、怪しい仮面とローブを纏った人間、筋肉が服を盛り上げている、軽装の老人、見事な全身鎧を装備している、これもまた性別、年齢不詳の人間だった。

ギルド内にいた冒険者達の目が、彼らに集中する。 興味深げに眺める者、怪しい外見に眉をひそめる者、反応は様々だが、皆一様に、彼らの情報を少しでも得ようとしていた。

 

冒険者にとって、もっとも重要なものはなんだろうか?

この質問には、聞かれた人間によって様々な答えがあるだろう。 あるものは力といい、あるものは魔法の知識と言う。 だが、多くの冒険者が程度の差はあれ重視しているものがある。 

それは情報だ。

 

どこに、どのようなモンスターが生息していて、どのような能力を持つのか。それを知ることが出来れば、事前に対策を打てることになり戦闘を優位に進められる。

また、隊商の護衛など、複数の冒険者チームが組んで仕事をする場面では、その冒険者達の情報も重要となる。 戦力としての評価、冒険者としての経験・・・、そして人間性。 幾ら強くて経験豊富でも、仲間を囮として利用したり、命が危険になるとすぐに逃げてしまうような人間とは、誰も一緒に仕事はしたくない。

 

よって、この付近で見かけない、しかし農民や一般市民には見えないこの三人が注目されてしまうのは当然のことと言えた。

 

「アインズさん。 冒険者組合では、受付で登録ができるはずです」

 

三人の後ろから声が聞こえてくる。

そこには、このエ・ランテルの中の冒険者の中ではかなりの有名人。 街一番の薬師、リィジー・バレアレの孫であり、希少なタレントの持ち主でもあるンフィーレア・バレアレがいた。

その彼と知り合いらしい三人は何者だろうか?

冒険者達は注目度を引き上げ、三人に更に視線が集まった。

 

仮面の人物は、その視線を気にもかけていないような足取りで受付に近づくとイシュペンに、男の声でいった。

 

「冒険者登録をしたいのだが」

「と、登録、ですか?」

 

イシュペンは困惑する。 そのみなりから、既に他の都市で登録した冒険者が、新しくエ・ランテルへと訪れたのかと思ったが、その予想は外れた。

しかし、伊達に受付嬢をやっているわけではない。

すぐに気を取り直し、業務用の口調で言う。

 

「はい、それでしたら、こちらで承っています。 まず、登録料としてお一人あたり銀貨5枚。 そして書類に必要事項を記入して頂きます」

「分かった」

 

男は、カウンターの上に銀貨15枚を出す。

しかし、書類とペンを見ると困った雰囲気を浮かべた、ような気がした。

男がンフィーレアを振り返る。

 

「ンフィーレア。 すまないが、代筆をお願いできるか。 私達はこの国に来てあまり日が経っていないから、文字が読めなくてな」

「いいですよ」

 

なるほど、他の国から訪れたのか、とイシュペンは思う。

軍が強力な国の中には、冒険者組合が存在しないところもある。 そんな国から来たのなら、組合に登録していなくても不思議はない。

 

「なるほど。 名前はアインズ様、アルベド様、セバス様、と。 承りました。 これにて登録は完了です。 プレートが用意できるまで、基本的な事項についてご説明致します」

「ああ、頼む」

 

それから彼女は、冒険者という職業について説明していく。

冒険者というのは、モンスター専門の傭兵のようなもの、というのはモモンガが事前に知っていた通りだが、やはり詳しい情報は知らなければならない。

 

まず、冒険者のランクは、身分証明書のようなものであるプレートが、どのような金属でできているかで表される。 全てで八段階、下から、銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。 モモンガは、最高位のクラスがアダマンタイトなどという柔らかい金属であることに違和感を覚え、さらに上位の金属のプレートは存在しないのか、と質問したが、答えはアダマンタイトが現在確認されている、最高の金属だということだった。

 

(アダマンタイトが最高の金属ね・・・。 装備の強さばかりが、戦闘力を決めるわけでは無いが、それでは低位の装備しか作れないのでは無いか? 強いモンスターを倒すときはどうするのだろうか)

 

イシュペンは、更に続ける。

 

「また、依頼の難易度もクラスごとに分けられており、自分のプレートより上位のランクの依頼は原則として受けることはできません。 全ての方は銅プレートから始まりますので、あなた方も銅級対象の依頼から仕事を選択することになります」

「その、銅級の依頼では、どのようなモンスターと戦えばいいんだ? 大体の目安や、よく戦うモンスターでいいから教えてくれないか?」

「いえ、銅級ではモンスターと戦う依頼は、まずありませんよ」

「なに?」

 

イシュペンが、モモンガの疑問の声に応え、説明を始めた。

 

「銅級は、まだ冒険者としての実績が殆ど存在しない段階ですから。 まずは、上位の冒険者の荷物持ち、ポーターの仕事や、安全な地域での物資の運搬など、モンスターと直接戦闘する可能性がほぼ存在しない仕事から始まります。 血気に逸って、モンスターと遭遇する危険のある場所へ探索にいく銅級冒険者もいますが、個人的におすすめはしません。 新規に登録した冒険者の中の約半数は、銅級で死亡。 25パーセントのものは銅級の時点で引退を決意、それをくぐり抜け鉄級に到達できた冒険者も、約15パーセントは一年以内に死亡しています。 そして銅級の死亡の原因で最も多いのが、自分の実力もわからず、分不相応な依頼を受けてしまったことです」

 

(最初は、雑用係から始めて、徐々に仕事を覚えていくってことか。 まあ、会社でも新入社員は入社して暫くは、簡単な仕事をしたり、先輩の後について学ぶから、理解はできるが・・・。 しかし、自分たちは、あの魔道士の話から判断すると、かなり強い位置にいるんじゃないか?)

 

だとすれば、自分たちはいわば、新入社員には変わりなくても、別の会社でスキルを身につけてきた、中途採用組ではないだろうか。 即戦力と理解してもらえれば、それなりに重要な仕事を任せてもらえるかも知れない、と思いモモンガは切り出した。

 

「私は、第三位階の魔法が使える魔法詠唱者だ。 そして、この二人も私の仲間として、相応しい力を持っている。 できれば、すぐにモンスターと戦う仕事がしたいのだが」

「だ、第三位階ですか?」

 

その言葉には、周囲で耳をそばだていた冒険者たちも、ざわついた。

第三位階とはすなわち、常人の限界と言われている位階。 それなりの才能を持つ者が、努力に努力を重ねてようやく到達できる位階だ。 ちなみに冒険者の基準では、第三位階が使えるならば、最低でも白金級の実力は持っている、と言われている。

 

しかし、イシュペンはモモンガの問いかけに首を振った。

 

「いえ、しかし・・・、アインズ様の話が本当だとしてもそれは出来ません。 冒険者のランクは実力は勿論のこと、その実績も考慮しています。 冒険者組合は依頼主に、その依頼を達成する可能性が高い存在として冒険者を斡旋しているわけですから、その判断材料としては実力だけでは不十分なのです」

「だが、幾らなんでも雑用からは「その人の言うことにも、一理あるぜ」 っ!?」

 

食い下がろうとしたモモンガに思わぬところから応援の手が差し伸べられた。

 

「イシュペンさん。 確かに実績も大事だとは思うけどな、明らかに戦いの素人じゃない相手に、雑用から始めろってのは厳しいと思うぜ? 機嫌を損ねて他の都市に行かれちまったら、それこそ損失じゃねえか」

「あなたは・・・、ミスリル級のイグヴァルジ様」

 

(ほう、この男がミスリル級か・・・)

 

先程のイシュペンの話からすれば、かなり上位の冒険者ということになる。

モモンガは戦士ではないため、この男の強さは分からないが、アルベドやセバスなら判断できるだろう。

後で、強さの目安を判断する為に聞いてみよう、と決めたあと、モモンガはイグヴァルジに礼をいう。

 

「わざわざ、すまないな。 イグヴァルジ殿」

「別に、いいって。 そんでイシュペンさん。 ここは少し規則を曲げて、上位の依頼を試しに受けさせてみたらどうだ?」

「いえ、しかし規則が・・・」

 

ミスリル級冒険者の加勢に、イシュペンの勢いが弱まった。

すると冒険者組合内にざわめきが起こる。 モモンガがそれに気がつき周囲を見渡すと、建物の二階から白い口髭を蓄えた壮齢の男が降りてきた。 引き締まった、筋肉質の体が服の上からでも見て取れる、まさに歴戦の戦士の風格をたたえたその男は、モモンガたちを見るとカウンターの近くまでやってくる。

 

「私はここの冒険者組合長、プルトン・アインザックだ。 話は二階から聞いていたよ。 ふむ・・・、イシュペン君、規則も大事だがイグヴァルジ殿の言うことにも一理ある。 このアインズ殿のいうことは本当だ。 彼は、検問の際に、魔術師ギルドの魔法詠唱者の前で、第三位階の魔法を行使したらしい」

「そ、それでは、上位の依頼を受けることをお認めになるのですか?」

「ああ、今回は特例と言うことで、そうだな、鉄級を対象とした依頼を認めることにしよう」

 

プルトンはモモンガ達の方を向く。

 

「君たちも、それで異論はないかな」

「ああ、そうしてくれると助かる」

 

プルトンは鷹揚に頷いた後、だが、と付け加えた。

 

「冒険者組合にも、立場というものがあるからね。 やはり、実績のない者に、失敗が重要な事態を引き起こす、隊商の護衛のような仕事を任せるわけにも行かない。 これから、すぐに依頼を受けたいというのであれば・・・」

 

そう言って、依頼が張り出された掲示板に向かったプルトンは、それらを少し眺めてから二枚の紙を剥がしてきた。

 

「さしずめ、この二つか。 エ・ランテル下水道の安全対策と、共同墓地の夜間巡回。 イシュペン君、説明してあげてくれ」

 

イシュペンは依頼書に少し目を通してから、息を大きく吸い込み、話し出す。

「エ・ランテル下水道の安全対策から説明致します。 この街の下水道には、大型鼠(ジャイアント・ラット)やジャイアント・コックローチが生息しており、稀にですがマッド・スライムも確認されています。 冒険者組合では、行政機関からの依頼で、定期的に下水道内の生態系の調査、及びモンスターの討伐を行っています。 この仕事では、下水道内の一区画を調査し、モンスターを発見した場合、討伐するのが仕事ですね。 モンスターの強さの目安として、大型鼠(ジャイアント・ラット)が難度3、ジャイアント・コックローチが難度1、マッド・スライムは難度9が基準となっています。 難度に関して上下4程度の変動はありますが」

 

「ちょっと待ってくれ、難度とは何だ?」

 

「ああ、そうか。 まだ説明しておりませんでしたね、難度とは実際にそのモンスターと戦った冒険者達の証言を参考に冒険者組合が、そのモンスターの大まかな強さの基準として設定したものです。 勿論、相性や状況によって難度がモンスターの驚異度に正確に対応するとは言えませんが、一種の基準としてお考え下さい」

 

「承知した」

 

ユグドラシルで言うレベルのようなものか、とモモンガは考える。

(ユグドラシルでは、明確な数値として設定されていたけど、現実である、この世界ではそうもいかないよな。 ユグドラシルのレベルと比べて相関関係にあるか、今日の依頼で調べられればいいけれど)

 

「この依頼は前例から考えますと、モンスターに遭遇する確率が非常に高いですね。 平均的には大型鼠(ジャイアント・ラット)が三体、ジャイアント・コックローチが六体くらいと遭遇している記録があります。 基本となる依頼料の他に、討伐したモンスターの部位を組合に持ってきて頂ければ、報奨金も払われますが、危険度は高めかと。 大型鼠(ジャイアント・ラット)は、鉄級冒険者ならば、一対一で、まず遅れを取ることはないモンスターですが、群れで行動することもありますし、不潔なので噛み傷から病気に感染する可能性があります。 また、下水道の内部ですので、当然光はなく、空気も悪いですね。 マッド・スライムは物理攻撃に対して高い耐性を持つため、チームに魔法詠唱者がいない場合は退却をおすすめしていますが・・・、あなた方のチームは、その点は問題ないでしょう」

 

「報奨金?」

 

「はい、王国では二年前に導入されたシステムで、依頼とは別にモンスターを討伐して証明部位を持ってきて頂ければ、モンスターの種類に応じ報酬が支払われます。 依頼がないときでも冒険者の仕事を確保し、街道などの安全を確保するのが目的です」

 

イシュペンの説明が終わりモモンガは、依頼について考察する。

 

(モンスターと遭遇する可能性が高いっていうのは、実力をアピールするチャンスになりそうだが、下水道っていうのがな。 この体になっても嗅覚はあるし、服が汚れるのも避けたいな)

 

モモンガは一先ず、この依頼を引き受けるのは避けることにした。

 

「もう一つの依頼は?」

 

「はい、もう一つの共同墓地の夜間巡回は、エ・ランテルの外周部西側にある、共同墓地を今夜定期的に見て回るのが仕事です。 共同墓地では、アンデッドが発生するケースがあり、夜間は兵士や冒険者が巡回して、発見した場合は、討伐しています。 遭遇する可能性があるアンデッドとしては、スケルトンやゾンビが主で、こちらは最近では月に合計17体程確認されてますね。 スケルトンとゾンビでしたら、鉄級冒険者が一対一で十分戦えるアンデッドですが、その他にも、スケルトン・ソルジャーや百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)食屍鬼(グール)など難度の高いアンデッドが出現することもあります。 モンスターに遭遇する確率は下水道よりも少ないですが、場合によっては危険度の高い依頼、といったところでしょうか」

 

モモンガは、内心挙げられたアンデッドのあまりの弱さに失望しながらも、まあ一日目だし焦ることはないか、と考え、その依頼を受けることにした。

 

「・・・では、その共同墓地の巡回で頼む」

「承知いたしました。 それでは、夜7時までに内周部の西門の詰所まで行ってください」

「ああ」

 

モモンガ達は銅のプレートを受け取り、依頼が始まる前に宿を確保する為、組合を出て行く。

 

 

 

 

 

 

それを見送ったあと、イグヴァルジに、一緒に来ていた彼のチームの前衛を務める剣士、ブラウンが話しかけた。

 

「お前にしては、珍しいな。 見ず知らずの他人に助け舟を出すなんて」

 

普段の彼は、名声に貪欲で他人のことを気にかけることなどまずないのだが。

そんな仲間の疑問に対してイグヴァルジが答える。

 

「門のところでの一件でこの都市に新しい実力者が来たと知ったからな。 もしかしたら、このエ・ランテルの状況が変化するかもしれん。 それに対応する為にはいち早く奴らの実力を知る必要があるが、それにはモンスターと戦ってもらうのが一番手っ取り早いだろ」

「そういうことかよ・・・」

 

イグヴァルジの本音としては、もっと危険度の高い依頼でなければ参考にはなりにくいのだが、まあ戦闘にならないことも多い、墓地の巡回任務でも、性格くらいは測れる。 西門の詰所には、知り合いの兵士が詰めているし、後でそいつに話を聞けばいいだろう。

 

「できるだけ強いアンデッドに遭遇するよう願ってるぜ・・・」

 

イグヴァルジは、モモンガ達が消えたドアを眺めながら、小声でつぶやく。

モモンガの実力を測りたいイグヴァルジと、実力をアピールしたいモモンガ。

意図は違えど、二人の意見が重なった瞬間だった。

 

 

 

 

 



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第十五話 襲来

ここはエ・ランテルの中では、中級に分類される宿屋、幸福の花瓶亭。

銅、鉄級を経て一人前の冒険者を名乗れるランクに歩みを進めた、銀、金級の冒険者が主な客層だ。

 

廊下は、この世界では高価な《コンティニュアル・ライト/永続光》による照明で照らされており、宿の作りは実用性を重視しているのか特に絢爛とは言えないが、隅々まで掃除が行き届いていた。

 

この宿屋の三人用の客室に、現在モモンガ達は滞在している。

 

本来なら銅級冒険者は、もっと安い新人冒険者御用達の宿に滞在し、自分と同じような冒険者と知り合う機会を増やすのが基本である。

 

しかし冒険者組合ではモモンガ達の実力を既にある程度評価しており、他の新人達と顔を繋ぐことは、そこまで意味があるとは考えていなかった。

だが、いきなり最高級の宿屋を勧めるのは、流石に他から浮きすぎてしまう可能性が出てくるので、間を取りこの宿を推薦したのである。

 

モモンガは床に荷物を下ろすと、ベッドに腰掛けた。

現在の時刻は午後5時を少し回ったところ。 まだ依頼に出発するのは早い。

モモンガは、二人に気になっていたことを尋ねることにした。

 

「それで、どうだった。 あのイグヴァルジという者の強さは?」

「私の見立てでは、レベル15から20程度かと。 申し訳ございませんが、戦うところを見なければ正確な実力まで測るのは困難です」

「セバスの意見と同じです。 しかしながら、雑魚には変わりありません。 あれで上位冒険者など・・・、この分ではオリハルコンやアダマンタイト級も、たかが知れているかもしれませんね」

 

レベル15~20、か。

モモンガは、心の中で呟いた。 確かンフィーレアに組合を出た後聞いた話では、ミスリル級がこの都市で最強と話していた。 ということは逆に考えると、この都市の周辺ではその程度の実力で対処出来るだけのモンスターしか現れないということではないだろうか。

 

未だ、この世界のモンスターの情報を多く得ている訳では無いが、エ・ランテルが現在の戦力で存続できている事実を鑑みると、その可能性が高い。

 

あと何回か依頼を受けてその推測が確信に変われば、今まで危険過ぎると考えやってこなかった、ナザリック周辺の大規模な捜査を実行してもいいかも知れない。

例えばナザリックの北にある森林、エンリが言うところのトプの大森林とか・・・。

 

だが、モモンガは思考が緩みかけたのを感じ、かつての仲間の言葉を思い出す。

 

(相手の実力を一部の情報だけで判断するのは危険。 ピンチっていうのは、大抵が慢心のすぐ後に来るんだから、でしたよね。 ぷにっと萌えさん)

 

モモンガは、気を引き締めると二人に話した。

 

「だが、まだ安心は出来ん。 この世界独自の魔法や戦術があるかも知れんし、もしかしたら、オリハルコン、アダマンタイト級の中には我々を脅かしうる人材がいる可能性もある。 今は気を引き締めて、あらゆる知識を吸収することに努めるときだ。 まあ、この都市には驚異となるような者がいない可能性が高いと分かったのは収穫だったがな。 一先ずは我々も、レベル20相当の力に抑えておこう」

「「はっ」」

 

もし、何かの拍子にミスリル級冒険者と戦闘になったとしても、すぐさま命の危険に発展する可能性は低そうだ、とモモンガは思う。

勿論、セバスとアルベドに言ったように侮ってかかるのは危険だし、モモンガ自身もイグヴァルジに対しては、新人にも優しい親切な男、とそこそこ高評価だったので、進んで敵対したいとも思っていないが。

 

暫く話しているうちに、モモンガは腕時計で午後6時になったことを確認した。

 

「さて、そろそろ行くとしようか。 冒険者組合が特例として、この依頼を引き受けさせてくれた以上、遅刻などしては面倒なことになるからな」

「承知致しました」

 

モモンガは部屋の鍵を施錠すると、西門を目指し宿を出た。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

門の前に二人の兵士が立ち、門番をしていた。

モモンガはその内の一人に話しかける。

 

「冒険者組合から依頼を受けてきた、アインズ・ウール・ゴウンだ」

「アインズ・・・、ああ、あの冒険者組合、期待の新人ね。 あそこの詰所の中に隊長がいるから、仕事内容を聞いてきてくれ」

 

詰所は石づくりの、小さな二階建ての建物だった。

予備の装備を保管したり、少人数の兵士が休憩する目的に使う分には、あまり大きな建物は必要ないということだろう。

詰所のドアをノックし中に入ると、金色の口ひげを生やした中年の男が、何やら日誌のようなものに記入していた。彼はモモンガ達が近づくと顔を上げる。

 

「おお、君たちが、組合からの冒険者か。 私が、このエ・ランテル共同墓地警備隊の隊長だ」

「よろしくお願いする。 私がアインズ・ウール・ゴウン、この二人は私の仲間だ」

「話は聞いているよ。 第三位階魔法が使えるなら、銅級でも問題はない。 ただ、墓地を巡回して、アンデッドを見つけたら倒すだけの単純な仕事だからな。 おーい、ゴードン、こっちに来てくれ」

 

隊長の呼び声に応え、二階から一人の男が階段を降りてきた。

 

「ゴードン、仕事内容について詳しく説明してやってくれ」

 

隊長の指示に応え、ゴードンがモモンガ達に説明を始めた。

 

「はい。 それでは今日のあなた達の仕事について説明します。 エ・ランテル共同墓地は、街の西側外周部全域を占める広大な墓地です。 なので巡回をする際は、墓地北部、中央部、南部の3つの区域に分け、3チームが手分けをして巡回を行っています。 今日の、あなた達の担当は北部ですね。 巡回は3時間おき。 今夜の8時に最初の巡回を始めて、後は今日の11時、明日の2時、5時にもそれぞれ行ってください。 一回の巡回は、大体一時間かからずに終わりますから、休む時間は、それなりにあります。 巡回ルートに関しては、そこの壁に貼ってある地図を確認してください」

 

「なるほど、承知した。 ところでアンデッドを見つけた場合は、とにかく倒せばいいのか?」

 

「基本はそうですね。 スケルトンとかゾンビでしたら、あなた方なら問題ないでしょう。その場で倒して、後で報告してください。 ただ、もっと上位のアンデッドが出現した場合は無理をせずに、情報を得てから、一旦援軍を呼びに来てください。 アンデッドの中には、自分が殺した相手を、アンデッド化させるような奴もいますから。 最近出現した強いアンデッドだと・・・、一ヶ月前に百足状の骸骨(スケルトン・センチュピート)が出ましたよね、隊長」

 

話を振られた隊長は、ため息をつく。

 

「そうだな。 あの時は、警備兵のチームが発見したんだが、偶然近くに冒険者のチームがいて助かった。 下手をすれば死者が出ていただろう。 あと、お前は最近入ったから話でしか知らないだろうが、4年前にスケルトン・ウォリアーが出たときは酷かった。 巡回していた警備兵5人と、救援に駆けつけた鉄級冒険者2人が死亡して、白金級の冒険者を組合から派遣してもらい、ようやく退治できたからな」

 

スケルトン・ウォリアーはユグドラシルでは、レベル16のアンデッド。

レベル7のスケルトン・ソルジャーの上位種であり決して強いアンデッドではなかったが、最大の戦力がミスリル級冒険者というこの街にしてみれば、非常に危険なアンデッドだろう。

 

「墓地内を巡回しアンデッドを見つけた場合、可能なら討伐、か。 理解した。 これから明日の朝までよろしく頼む」

「ああ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

都市の城壁内部にあるにも関わらず、その墓地の内部には陰鬱な空気がわだかまっている。

あちこちに並んでいる墓標は、年月により風化し、朽ちつつある物もあれば、ごく最近建てられたであろう新しいものもあり、それはこの墓地が長年に渡り死者の行き着く地として、在り続けたことを示していた。

 

「ふう。 広いなこの墓地は。 確かにここを全て見回るのは重労働だな」

 

モモンガ達は、警備隊から借りた松明を片手に、最初の巡回を行っていた。

アンデッドたるモモンガは、暗視能力を持っており、本当は光源などなくとも行動可能なのだが、これも普通の冒険者に溶け込む努力の一つだ。

 

「そうですね。 しかし、冒険者とやらも想像以上の弱さでした・・・。 モモンガ様、このようなくだらない仕事は、至高の御方たる貴方様には、あまりにも役不足なのでは? 今からでもお命じ頂ければ、私とセバス、いえ、どちらか片方でも情報収集は十分に可能でございます」

 

「・・・アルベドがそう言うのも理解は出来る。 だが、ここはもう少し気長に待つべき時だ。 我々はまだ、この世界での立ち位置が定まっていないからな。 冒険者として名声を得ていけば、権力者との接点や、貴重な情報を得ることが出来るし、それによりナザリックの利益となる選択肢も見えてくる」

 

モモンガは自分達がこの世界で、異質とも言えるレベルの実力者である可能性が高い、と感じ始めていた。

だが、まだナザリック地下大墳墓の戦力を広く知らしめるのは、リスクが高すぎるように感じる。

なぜなら、世界が自分達の存在を知った場合、どのような行動に出るのかは不明だからだ。

 

恐れるか、取り入ろうとするか、排除しようとするか。

各勢力の正確な実力と、他のプレイヤーの存在について十分な知識を手に入れるまでは、大胆な行動は起こすべきでは無い、とモモンガは判断していた。

 

「・・・情報といえば、ガゼフ・ストロノーフという戦士のことを聞くのを忘れていたな。 巡回が終われば、警備兵にでも聞いてみるか。 王直轄領の兵士なら、ガゼフについても知っているかも知れないしな」

 

「後は冒険者組合の人々も、何か情報を持っているかも知れません。 目的は違えど、同じ武に生きる者ですから」

 

「そうだな」

 

三人は、話をしながらも巡回コースを順調に巡っていく。

しかし、話をしながら歩いているからといってモモンガが見回りの手を抜いている訳ではない。

 

モモンガのスキルの中に《不死の祝福》というものがある。

これは、自分の付近にいるアンデッドを探知する効果を持つスキルであり、これによりモモンガは忙しなく辺りを見回すことなく、ただ歩くだけでアンデッドの探索が可能となる。

 

「!? これはっ」

 

モモンガのスキルに、アンデッドの反応があった。

だが、モモンガはすぐに、がっかりしたようにため息を吐き、ある方向を指で指し示した。

 

「この方角を50m程進んだところに反応がある。 だが反応が微弱すぎる。スケルトンか、ゾンビだろう」

 

一行が反応があった場所へ向かうと、一体のスケルトンが佇んでおり、モモンガ達を確認すると、腕を振り上げ走り寄ってきた。

 

《マジックアロー/魔法の矢》

 

モモンガの手から放たれた十個の光球がスケルトンに突き刺さり、ばらばらに粉砕する。

あまりの手応えのなさにモモンガは、げんなりしながらも、一応は初めて討伐したモンスターということで証明部位は、所得しておくことにした。

 

「スケルトン系の証明部位はどこだったか・・・。 腕の骨とか言っていたか? セバス」

「はっ。 スケルトンは右の前腕骨となっております。 私が回収しておきましょう」

「頼む」

 

その後は特に異常は無く、一回目の巡回は無事に終わった。

モモンガは、隊長にスケルトンの腕を見せる。

 

「巡回途中、スケルトンを一体討伐した。 セバス、出してくれ・・・、これが証明部位だ」

「おおっ。初の巡回でスケルトンを討伐とは・・・、はは、幸先がいいのか悪いのか分からんな、とにかくご苦労だった。 それは後で冒険者組合に持っていくといい。 マジックアイテムでアンデッドの一部であることを確認してから、報酬が払われるだろう」

 

その後、モモンガ達は次の巡回まで、詰所の中の椅子に座り待機する。

手持ち無沙汰になったモモンガは、視線を宙に漂わせぼんやりと思考に耽った。

 

(アルベドには冒険者として名声が高まれば、色々とメリットが出てくるといったが、いつのことになるやら。 いっそのこと、自分でアンデッドを作って、それを討伐したことにしたいくらいだが・・・。 やめといた方が無難か。 もしかしたら、それを確かめる術を組合は持っているかも知れないし、バレたら罰金程度では済まない気がするしな・・・)

 

考え事をしている内に、あることを思い出したモモンガは、詰所にいた隊長に尋ねた。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか?」

「ん、なんだ? 悪いがアンデッドの出現記録とかなら、ゴードンに聞いてくれ」

「いや、そうじゃない。 ガゼフ・ストロノーフという戦士について知っていることはないか?」

 

隊長が、モモンガの顔をまじまじと見つめる。

その表情には、呆れが混ざっているようだった。

 

「君は、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを知らないというんじゃないだろうな? 王国でも一、二を争う有名人だぞ」

「この国に来て日が浅くてね。 名前と、いくつかの逸話なら知ってるんだが。 なんでもゴブリンとオーガの群れを一瞬で焼き滅ぼしたとか?」

「ははっ、それくらいあの方にとっては朝飯前だろうさ。 何せ、王国が誇る魔神使いだからな」

「魔神、使い?」

 

今までモモンガが聞いたことのない言葉だった。

 

「ああ、人知を超える力をその身に宿した最強の戦士のことさ。 私も実際にお会いしたことは無くて、話に聞くだけなんだが、すごいらしいぞ。 赤竜(レッドドラゴン)のブレスを超える炎を操るとか・・・」

 

(この世界にも竜がいるのか。竜の死骸は、素材として有用で捨てる部分がないくらいだからな。 いつか狩りに行きたいが・・・、それよりも気になるのは)

 

「ならば、どうしてバハルス帝国との戦争でそれを使わない? それ程に帝国の兵隊は強いのか?」

 

隊長はその質問に肩を竦めた。

 

「まさか。 まあ帝国騎士団の実力は、王国の寄せ集めの軍団とは比べものにならないだろうが、魔神の力の前ではどちらも大差ないだろう。 私もそれに関しては詳しくないんだが・・・、多分、同じ魔神使いであると言われている帝国の皇帝、魔帝ジルクニフの存在があるからだろうな」

「魔神使いは複数いる、というわけか?」

「ああ、私が知る限りでは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。 バハルス帝国の皇帝。 そして新王国の」

 

隊長がそこまで言いかけた時、詰所の扉が開いた。

そこにいたのは、冒険者組合で一度会った男。

 

「よう。 ちょっと心配になってな。 様子を見に来たぜ」

 

ミスリル級冒険者、イグヴァルジだった。

後ろには、一緒について来た仲間らしい剣士の男もいる。

 

「おお、どうしたんですか? イグヴァルジ殿。わざわざこんなところまで・・・」

 

隊長の言葉づかいが、モモンガに対するものより丁寧だ。

それは、イグヴァルジはこの都市で一目置かれる存在であることを示していた。

 

「いや、俺が用があるのは、そっちの三人なんだ。 どうだ? 順調にやってるか?」

「順調と言えば順調だが・・・、まだスケルトン一体しか倒せていないな」

「はははっ、俺も駆け出しの頃は、この仕事をよくやったけど、一体も遭遇しない日の方が多かったぜ」

 

なぜ、この男がここに来たのだろう。モモンガは気になり尋ねた。

 

「ここへは、何をしに?」

「ほら、最終的に決めたのは組合長だけどよ。 アンタらを推薦したのは、俺もだろ? 無いとは思っていたが、問題が発生していたら俺の立場も悪くなるからな、ちょっと気になっただけだ」

「ふっ、その心配は無用だ。 どんな仕事でも、一度引き受けたからには、きちんとこなすさ」

「ほぉ」

 

イグヴァルジは心の中で、とりあえず、一般常識に欠けていたり無責任そうな者たちでは無い、と評価した。

彼も、本当にモモンガ達がこの程度の仕事で失敗するのでは無いか、と心配していた訳ではない。

 

当初の計画では、後から警備兵の一人に、この新人達の評価を聞くつもりだったが、よく考えると冒険者と警備兵は大抵別々に巡回するようになっており、接する機会は少ない。

そんな状態で聞き込みをしても、十分な情報が手に入りそうもないので、適当な理屈をつけて自分で見に行くことにしたのだ。 剣士のブラウンは、特にすることも無いらしいので一緒についてきてもらった。

チームの他のメンバーである魔術師と四大神の一柱、火神に仕える神官は、宿の酒場で酒を飲んでいたが。

 

 

「まあ、安心したよ。 スケルトン如きは楽勝だったか?」

 

モモンガはその問いに少し迷うが、宿屋で決めた当面はレベル20程と言うことで通す、という計画を思い出す。

レベル20もあれば、スケルトン程度、苦戦することすらが難しいだろう。

そう判断し、モモンガは問いかけに答えた。

 

「まあな。 正直言って物足りない気もするが、まあこの街としてはアンデッドの発生は少ない方がいいんだろうな」

「ちげえねえ」

 

イグヴァルジは一見、新人を気遣う先輩を装いながら、少しずつ情報を集めていく。

次はどの質問をしようか、そう思案しかけたとき、イグヴァルジの鋭敏な聴覚が墓地の中から西門が叩かれる音を捉えた。

 

「おい、開けろぉ、開けてくれ!」

「ど、どうしたんだ、一体」

 

門の向こうから聞こえてきた鬼気迫る声に、警備兵は慌てて鉄で出来た門を開ける。

すると、まだ門が完全に開ききらない内に、一人の警備兵が転がり込んできた。

 

「お、おい。 お前巡回に行ってたんじゃないのかよ? 七人組で出発したろ。他の六人はどうした?」

 

その兵士は息も絶え絶え、といった様子で激しい呼吸を繰り返している。

その内、ようやく息が落ち着いて来た兵士は、恐怖に慄く声で告げる。

 

「ぜ、全員死んじまった。 俺達は、中央部を巡回していたんだが、その途中、墓地の南側から別の区域を巡回していた三人が走ってきたんだ。 そいつらによると、突然数十体のアンデッドの大群に襲われて、他の仲間達が殺されたんで急いで逃げてきたと。 そんで俺らは、俺は・・・」

「落ち着け、それでどうしたんだ?」

 

目を見開き、再び息が乱れかけた男に、仲間の兵士が語りかける。

 

「仲間内でも、数十体のアンデッドの大群なんてすぐには信じられなくてな。 まず確認するべきだとか、すぐに逃げるべきだとか、意見が割れた。 でも、そうやって話し合っている内に、始めの奴らが逃げてきた方角とは別の方向から電撃が飛んできて、一瞬で二人殺られた。 そんで必死で門に向かって逃げたんだけど・・・、遠くから、火の玉や電撃が次々と飛んできて・・・、生き残ったのは俺だけだ」

 

火の玉や電撃。

その言葉に周囲がざわつく。 まさか邪な意図を持った魔道士が紛れ込んで、事件を起こしたのだろうか?

だが、その懸念が最悪の形で覆された。

 

「お、俺は見た。 あの骨と皮だけの顔に、黒いローブ・・・、本で見た通りだ。 間違い無い、あいつはエルダーリッチだ!」

 

兵士の叫びに場が凍りつく。

そして次に来たのは、恐怖によるざわめきだった。

 

エルダーリッチ。 御伽噺にもよく登場する、邪悪な魔法詠唱者の死体から生まれるというアンデッド。

アンデッドとして偽りの生を受けた瞬間から、常人には決して手の届かぬ領域、第四位階の魔法を行使するという、強力なマジックキャスターだ。

 

当然、この都市の警備兵が敵うような相手では無い。 遠距離から魔法で消し炭にされてしまうのが関の山だろう。

 

だが一人の男の声が、その場に響き渡った。

 

「こうなりゃ、もうアンタ達の出る幕じゃねえ。 ソイツと戦うのは・・・、冒険者の仕事だ」

「い、イグヴァルジ殿」

 

声の主はミスリル級冒険者イグヴァルジだった。

警備兵達が、絶望と恐怖に凍りつく中、イグヴァルジの内心は興奮に満ちている。

 

(城壁の中に現れたエルダーリッチの討伐・・・、いいじゃねえか! この偉業を成し遂げれば、俺はまた一歩英雄へと近づく!)

 

だが、高揚するイグヴァルジに、仲間のブラウンが横槍を挟む。

 

「いや、しかし俺達二人じゃ厳しいぞ。 エルダーリッチには、近接戦闘を仕掛けるのが定石だが、その為には前衛が近づく間に相手を牽制し、魔法から保護するマジックキャスターが必要だ。 お前の弓は、刺突耐性を持つエルダーリッチ相手には通用しないだろうし・・・」

「分かってるよ、おい! 警備兵ども。 誰でもいいから、黄金の輝き亭からクラルグラのメンバー二人を墓地に連れてこい。 流石に酔いつぶれるまで飲んではいねぇだろ。 それと、冒険者組合にも報告してこい!」

 

その言葉に、十人以上の警備兵が素早く反応し、都市内に駆けていく。

用件に対し、明らかに人数が多すぎる。 どさくさにまぎれて逃げ出してしまったのだろう。

 

「さぁて、時間稼ぎと行くか! 俺の予想では、仲間が来るまで十五分。 ギルドから増援が来るまで三十分ってところか」

「やるしかないな・・・」

 

クラルグラの二人は、城壁の上に登り、墓地の奥からアンデッドが現れるのを待ち受ける。

 

それを見てモモンガは俯き、じっと思考していた。

 

「どうなさいました? モモンガ様」

 

アルベドが、心配そうに問いかける。

モモンガは、警備兵やイグヴァルジ達には聞こえないように、小声で答えた。

 

「いや、我々だけでエルダーリッチを討伐して名声を取るか、時間稼ぎに協力し、現地の者達の戦いを見て、情報を取るか悩んでいたんだ」

 

しかしまあ、とモモンガは呟く。

 

「まずは、情報からだな。 勢い余ってやり過ぎないように、手加減をしつつ時間稼ぎに専念しろ」

 

モモンガ達は城壁を登り、イグヴァルジ達の横に立った。

 

「我々も助太刀しよう。 時間稼ぎ程度なら、造作もないこと」

「へへっ、言うじゃねえか新人が。 ま、お手並み拝見ってところだな」

 

警備兵達は皆、魔法による攻撃を恐れ、壁の下から動けない。

彼らには、今、城壁の上に立つ五人の姿が御伽噺の英雄のように見えていた。

 

 

 

 



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第十六話 陽動

薄く霧のかかる墓地の奥。

地形の起伏を超えて、多数の影が見えてきた。

 

「やはり、門を抜けようとしてくるか」

 

イグヴァルジは、暗闇に目を凝らし接近してくるアンデッドを確認する。

現在のアンデッド達との距離は約二百メートル。

見えるだけでも、40体近くのアンデッド達が、生ある者を滅ぼそうと、都市へ向かい押し寄せていた。

 

「どうだ、イグヴァルジ?」

野伏としてチームの目を務めているイグヴァルジに、ブラウンが質問する。

 

「スケルトンにゾンビが多いが、武器を持ってるのも、ちらほらいるな。 それに・・・、ありゃ、食屍鬼(グール)内蔵の卵(オーガン・エッグ)だ。 少し厄介なアンデッドも混じってやがる。 エルダーリッチは、まだ見当たらない」

「マジかよ・・・。 こんな街中に、そんなアンデッド達が出現するなんてどうなってやがる。 自然発生の数じゃねえぞ」

「もう少し近づいてから、攻撃を開始する。 アンデッドには牽制は無意味だからな。 おい、アンタらのチームの役割分担を教えてくれ」

 

「私が魔力系の魔法詠唱者で後衛。 セバスはモンク、アルベドは戦士で前衛だ」

「よし、距離が百メートル近くになったら俺とアンタで攻撃を始めるぞ。 ・・・3、2、1、今だ!」

 

掛け声と共にモモンガは魔法を発動した。

 

《ファイヤーボール/火球》

 

まっすぐに飛翔した火球が着弾し、アンデッド達の集団の中で爆ぜた。

猛烈な炎が、半径5メートル程の範囲に広がり、その中にいた4体のアンデッドが消し炭となる。

 

イグヴァルジは、弓に矢をつがえると叫んだ。

 

「《戦気梱包》」

 

矢が白く光ると、夜闇を切り裂くように飛んでいき、食屍鬼(グール)の頭に突き刺さる。

その一撃で、食屍鬼(グール)が倒れた。

 

(なんだあれは? イグヴァルジが何かを叫んだと同時に、矢が光った?)

 

「俺が、ゾンビ系の厄介なアンデッドを相手する。 アンタは、武器を持ったスケルトンをやってくれ」

「分かった。 アンタじゃ分かりづらいからアインズと呼んでくれ。 ・・・ところでさっきのは何だ?」

 

「あん? 《戦気梱包》 ―――なんのことだ?」

「その"せんきこんぽう"と叫んでから、矢が光る現象だ」

 

モモンガは野伏のスキルに詳しい訳ではないが、"せんきこんぽう"などというスキルは聞いたことはない。

もしかしたら、この世界特有のスキルか、或いは特別な技術、という可能性もある。

 

「はぁ? アインズ、アンタ武技も知らねえのか? いや、今まで魔法の修行ばかりしてきて、最近、実戦を始めたとかなら分からんでもないが・・・、幾ら魔法詠唱者でもそれは拙いぞ。 戦士にとっての魔法のようなものだからな、後で仲間にでも聞いとけ」

 

―――この世界の戦士が使う、特殊な技術なのか?

モモンガは、もっと詳しく聞きたかったが、流石に今は無理だろう。

 

武技、か。 警戒する必要があるな。

そう思いつつ、モモンガは《ファイヤーボール/火球》でアンデッドを焼き滅ぼしていった。

 

モモンガ達の遠距離攻撃で、アンデッドの数は減らされているが、それでも西門に20体程のアンデッドが接近している。 しかも、次々と新手のアンデッドもその姿を現していた。

 

「大丈夫だ。 遠距離攻撃を使うアンデッドは近寄っていねえ。 アインズ、近くのアンデッドを片付けてくれ。 やばいアンデッドが出現したら知らせる」

「承知した」

 

イグヴァルジが、遠距離からアンデッドを削り、モモンガが近づいてきたアンデッドを始末する。

壁の上に、恐る恐る登って来ていた衛兵達は、その様子を見て歓喜の声を上げた。

 

「い、いけるぞ。 エルダーリッチだって、この人達なら!」

 

イグヴァルジは、その声を聞き、誇らしい気持ちが溢れる。

 

「さあ、行くぜ! こいや、アンデッド共」

 

―――戦闘を始めてから、十分程が経過しただろうか。

未だ、エルダーリッチは姿を見せていないが、新手のアンデッドはもう途切れたようだ。

他の冒険者はまだ来ていないが、付近から、警備兵の増援が集まりつつある。

 

「・・・何か、おかしいですね」

 

セバスが、何かを案ずるように呟いた。

 

「どんなことだ?」

 

モモンガの質問に、あくまでも勘となりますが、と前置きしてセバスは自分の感じた違和感について話し始めた。

 

「いえ、先程から途切れることなくアンデッドがやってきていますが、なぜ少しずつ現れていたのでしょうか。ブラウン殿が自然発生とは考えにくいと言っていましたが、もし何者かが都市を攻撃する意図を持って召喚しているのなら、一度に全ての戦力を投入した方が、門を突破できる可能性は高いはず。 これでは、まるで我々を釘付けにするのが目的だったような・・・」

 

「面白い推測だが、これだけの戦力を時間稼ぎに投入できるような奴がいるか? それに、そんなことをして一体何をするつもりなんだ? まあ、もうすぐ俺のチームメンバーが来る。 合流したら、もう門の上で待っていても埓が空かなそうだし、こちらから探しに行こうぜ」

 

そして、目に見える範囲のアンデッドは掃討されたが、いつ新手が来てもいいように門の上からイグヴァルジは目を光らせる。だが急に目線が動かなくなり、その姿勢のまま、黙り込んでしまった。

30秒程経過したあと、ゆっくりとイグヴァルジは口を開く。

 

「セバスって言ったっけ爺さん。 今、仲間から《メッセージ/伝言》が来たがアンタの予想は当たっていたみたいだ。 警備兵達も聞け! 墓地の壁が・・・突破された。 今、内周部にアンデッドの大群がなだれ込んでいるらしい」

「内周部に!?」

「う、嘘だろ?」

 

兵士達が、悲鳴のような声を上げる。

内周部は市民達に開放されている、いわば居住区。

警備兵達の家族も、そこに住んでいるのだから。

 

「いや・・・、でも、門ならともかく、この城壁を突破だと? どんな化け者だよ!」

「知らねえよ、そんなの。 とにかく、援軍を回してくれ」

「で、でも、またアンデッドが来るかもしれない」

「既に都市の中に大群が入ってるんだぞ! そっちが優先だ」

 

不測の事態に、警備兵達は混乱し身動きが取れなくなっている。

 

(一体、何が起きているんだ?)

 

混乱しているのは、実はモモンガも同じだが仮面により―――いや、仮面が無くとも骸骨の顔では表情など無いだろうが―――周囲にその内心を悟られることはない。

 

一旦、イグヴァルジ達や警備兵から遠ざかると、出来るだけ音量を抑えた声でモモンガは言う。

 

「アルベド、セバスよ。 今の事態について、お前たちの考えを言ってみよ」

 

モモンガにとっては、半ば苦し紛れにでた言葉だったが二人にとっては全く違う風に捉えられる。

 

(私達に参考意見をお求めに・・・? いえ、きっとモモンガ様は、既に全てを看破された上で私達を試していらっしゃる! ここは、全身全霊をかけて考えなくては)

 

暫くの沈黙。

口火を切ったのはアルベドだった。

 

「このアンデッドは、自然発生したものではなく何者かが召喚したもの、という前提で考察しますと、最初に門に押し寄せたアンデッドは陽動。 本命は、城壁を壊し直接、城壁の中へアンデッドを送り込むことだった、と思われます」

 

「ふむ、しかしなぜそんな面倒なことを? これだけのアンデッドを召喚するとしたら、第七位階の《アンデス・アーミー/不死の軍勢》の可能性が高いが・・・。 それなら、都市の中で発動させた方が、早いだろう。 この世界では墓地の中でしか発動出来ないなんてルールがあるなら別だが」

 

「もしくは、この事態を引き起こした者は、あくまでも自然発生が原因ということにしたい・・・、ということでしょうか。 その目的までは、分かりかねますが」

 

セバスが、アルベドの説明に被せる形で自分の意見を述べる。

 

「アルベドの考えが正しいとすると、いくつかの辻褄が合います。 初めに門を襲わせたのも、警備兵の目をそちらに引きつけ、壁を壊すところを目撃されたくなかったからでは? 門を襲ったような低級なアンデッドでは、この城壁を突破できるようには思えません。 壁の破壊は、この事態を引き起こした者が行った可能性が高いかと」

 

「お前たちの考えはよく分かった。 一先ず、その線で当たったほうが良さそうだな。 しかし、今後の行動はどうするべきか。 その首謀者とやらは、まだ墓地にいると思うか?」

 

「場合にはよりますが、まだアンデッドを召喚しつづけるつもりなら、その可能性もあります。 ・・・しかし、その者は目撃されるのを恐れているように見受けられますので、逃げるのも時間の問題と思われます」

 

モモンガは、第三位階が一流とされる世界で第七位階の魔法を使用できる存在がいるならば、把握しておきたい、という思いがあったが、発見できるか分からない者を探すのに本腰を入れすぎて、居住区にアンデッドがなだれ込むという、名声や情報を獲得できる機会を逃すのも惜しい、と感じる。

 

ならば・・・。

 

モモンガは、周囲の人間にも聞こえるように叫んだ。

 

「私は、アンデッドの大群の討伐に向かう! この門を襲撃されたのは恐らく陽動だ。 もう、これ以上新手が来ることはあるまい。 それに城壁を破壊された今、門を守る意義も薄いだろう。 隊長!」

「な、なんだ?」

 

警備隊の隊長は、何事か、と身構えた。

 

「私は、まだあなた方に雇われている身だが、今夜はもう墓地の巡回をしている場合でもなさそうだ。 ここを離れてもいいか?」

 

隊長は、何を言われているのか分からない、というような顔をしたあと、勢いよく何度も頷く。

 

「あ、ああ。 別に私は止めなどしない。 すぐに行ってくれ」

「理解してもらい感謝する」

 

「おい、俺達も行くぞ! 二人は、既にアンデッド共に当たっているらしい。 既にかなりの範囲に広まってるって話だ」

 

モモンガ達が走り出すと、それを見てクラルグラも壁が突破されたという方向へ向かう。

 

「なんという律儀な男だ・・・」

 

まさか、この状況で墓地の巡回依頼の続きを気にするものがいるとは。

冒険者どころか、警備兵でさえ、もはやそんなものは頭から吹き飛んでいる。

 

モモンガが、まだ依頼のことを覚えていたのは、アンデッドとなったことで、この状況でも平常心を保てていたことと、もう一つ。 サラリーマンとしての記憶が、雇用契約を一方的に破る、という行為に忌避感を感じさせていたからだ。

 

《下位アンデッド創造 ―骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)―》

 

暫く走ってから、モモンガが周囲に人目が無いことを確認しスキルを発動すると、上空に10羽のハゲワシのスケルトンが現れる。

下位アンデッドなので、レベルは15と戦闘向きのアンデッドでは無いが、飛行能力を持ち偵察には向いている。

 

「墓地の中で、低級のアンデッド以外の者が存在していないか探せ。 ああ、それとエルダーリッチも念の為に探しておけ」

 

ユグドラシルでは、いくつかレベルの異なるエルダーリッチが存在するが《アンデス・アーミー/不死の軍勢》の魔法を習得しているものはなかった筈だ。

 

だが、もしかしたらこの世界では、自然発生したアンデッドでもレベルアップが可能で、そのエルダーリッチが《アンデス・アーミー/不死の軍勢》を習得し、この騒動を引き起こした。 もしくは、エルダーリッチを種族としているプレイヤーの可能性も視野に入れた命令だった。

 

 



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第十七話 小さな灯火

エ・ランテル内周部は市民の為に解放されており、様々な商店や市民が住む家が立ち並んでいる。

その中でも、西側の地区には武器や食糧品を取り扱う商店が多い。

 

時刻は、午後八時少し前。

 

エンリ・エモットとンフィーレア・バレアレは、買い物客で賑わうこの地区を歩いていた。

小さな都市ならば、この時間の通りは閑散としている場合が多いが、このエ・ランテルは約二万人もの人々が住む大都市であり、仕事を終え家に帰ろうとする労働者を目当てに、串焼き肉やジャムをつけたパンを売る屋台が元気に声を張り上げていた。

 

「うわぁ。 やっぱり都会は凄いね! 夜なのに、こんなに明るいなんて」

「そうかな? でも確かにこの辺りは、夜でも活気がある場所だよ。 食べ物屋が多いからね」

 

このあたりは共同墓地に近く、比較的土地が安い。

それは店を始める時も、少ない資金で始めやすいということにつながるため、住宅地としては人気が無いが、商売人達はこの地区に店を構えることが多かった。

 

今では内周部の西側は、住民たちに商業地区として認識されており、買い物客は大抵この地区に集まる。

ただ食品の屋台や雑貨店は、多くの客が集まるこの地区に店を構えたほうが繁盛しやすいが、バレアレ薬品店のように客層が冒険者や兵士といった特殊な店は、もっと静かな地区に店を構えていることが多い。

リィジー・バレアレを含むエ・ランテルの薬師達は、内周部の南側の区画に固まっていた。

 

「今から共同墓地に行くんだよね? ンフィー」

「うん。 今日中に納品しなくちゃいけない品があるからね。 それを届ければ、今日の仕事は終了だよ」

 

バレアレ薬品店は冒険者組合や警備隊との関係が深い。

これらの組織は定期的にまとまった量の薬品を購入してくれる、店にとっての上客であり、サービスの一環として配達も行っている。

 

ンフィーレアとエンリは現在、共同墓地の警備隊に収める商品を持って街の通りを歩いていた。

配達の仕事は今までンフィーレアが行っていたが、これからはエンリの担当になる予定であり、道を覚え、客との接し方を学ぶためンフィーレアに同行している。

 

「えーと、警備隊の人達に配達するのは錬金術油と錬金術銀・・・、だったっけ?」

「うん、正解だね。 錬金術油っていうのはこれ」

 

ンフィーレアが透明な液体の入った30センチメートル程の瓶を、手にした籠の中から出す。

 

「ランプに使う油よりも、ずっと良く燃える特殊な油でね。 アンデッドっていうのは大体火に弱いから、この油をかけてから火を放つと、大きな損傷を与えられるんだ。 錬金術銀っていうのは、銀に似た性質を持った液体で、これを武器に纏わせると一時的に銀製の武器と同じ効果が得られる。 アンデッドの中には銀製の武器以外に耐性を持つものもいるからね」

「そうなんだ。 すごい、ンフィーって物知りなんだね!」

 

エンリが、新しい知識に目を輝かせた。

 

「い、いや。 冒険者の人達からの受け売りだよ。 僕が直接モンスターと戦う訳じゃないけど、知識は持っておいた方が、実戦の場で求められる薬品とかも分かるし・・・」

 

照れくさそうに頭を掻くンフィーレアだったが、内心はエンリから賞賛されたことへの喜びに満ちていた。

 

「そっか。 ンフィーは、カルネ村に薬草採取に来るとき冒険者の人を雇ってたものね。 私も薬草の勉強をして採取の手伝いをしたいけど・・・、もしモンスターに襲われても何もできないだろうし、足手まといかな?」

「そ、そんなことないよ。 モンスターとの戦いは冒険者がしてくれるし、僕だってついてる。 これでも第二位階魔法は使えるからね。 し、将来、エンリを守ることくらい出来るさ」

「えっ?」

 

ンフィーレアが精一杯の勇気を振り絞った言葉に、エンリが瞳を丸くする。自分の心臓の鼓動が、大きく鳴り響くのがンフィーレアには聞こえた。

 

「ありがとう、ンフィー。 でも、これからは一緒に仕事をさせてもらうわけだし、例え友達でも一方的に頼っちゃうわけにはいかないよ。 ンフィーが魔法を使って戦えるなら・・・、私は少しでも手伝えるように剣でも練習してみようかな?」

 

微妙に自分の本心が伝わらなかったことに、ンフィーレアは落胆したような安心したような複雑な感情を覚えた。

 

「け、剣? でもエンリは女の子なんだし、そんなこと・・・」

「ううん。 ―――私、思ったの。 強くなりたいって。 カルネ村が襲われたとき、震えて隠れてることしか出来なかった。 他には何も・・・。 物語の英雄みたいになりたいとは思わないけど、せめて大切なものを守れるようになりたいの」

「・・・そっか。 きっとエンリなら強くなれるよ。 知り合いの冒険者の人が言ってた、強くなるために必要なのは、強さを求める気持ちだって」

「ありがとう、ンフィー。 あ、勿論ンフィーも私の大切な人だよ? だって友達だから」

「うん。 僕もエンリは大切な友達だと思ってるよ」

 

まあ、今はまだ、この関係でいいか。

ンフィーレアはエンリにいつか思いを伝えられる日まで、彼女を守り、応援していこうと決意する。

 

その時だった。

ここからそう遠くは離れていない場所で、まるで爆発のような大きな音が響いた。

 

「なっ、何だ?」

 

確かあちらの方角には、共同墓地の城壁があった筈。

ンフィーレアは予期せぬ事態に、その方角を眺めることしかできない。

 

彼のみならず、通りにいた殆どの人間が動けなくなっていた、その時。

音の方角から、空気を切り裂くような女性の悲鳴が聞こえた。

 

ンフィーレア達がいる通りの横道から、一人の男が現れ叫ぶ。

 

「あ、アンデッドだ! 城壁が破られた。 た、大量のアンデッドがなだれ込んで来てるぞ!」

 

その言葉に一瞬付近が静まり返り。

 

悲鳴が上がると共に、多くの人が一斉に走り出した。

 

「え、エンリ。 僕たちも逃げなきゃ」

「そう、だね」

 

例え低級のアンデッドであっても、戦う術を持たぬ市民には命を脅かす脅威となる。

 

一刻も早く、壁から離れなければならない。

それは、一般人全てにとっての共通意識だった。

 

エンリとンフィーレアは狂乱に陥っている群衆の中で、幾度も肩を人にぶつけながらも精一杯の速度で走る。

だが、細身の村娘であるエンリは、急に後ろから接近してきた男を避けることができなかった。

 

エンリは肩を思い切り突き飛ばされ、地面に転がる。

 

「エンリ!」

 

ンフィーレアが駆け寄ると、エンリは右足を抑えて蹲っていた。

 

「く、うぅ」

「まさか・・・、足を痛めたの?」

「そ、そうみたい。 ごめん、こんな時に」

「いいから、ちょっと見せて!」

 

ンフィーレアがエンリのスカートを捲り、くるぶしを露出させる。

そこは既に赤くなっており、内出血を起こしつつあるようだった。

 

そうしている間にも、周りは絶え間なく人が流れている。

 

「これは、歩くのは無理そうだね。 僕におぶさって」

「ご、ごめんね」

 

ンフィーレアはエンリを背負うと歩き出すが、ただでさえ歩きにくい混雑の中での歩みは遅々として進まない。

それでも必死に距離を稼ごうとするンフィーレアの耳が、何かの風切り音を捉えた。

視界の隅にある建物の石壁に矢があたり、火花を散らすのが見えた。

 

「まさかっ!」

 

ンフィーレアは咄嗟に近くにあった串焼きの屋台の影に、エンリと身を隠す。

そして屋台の肉を焼く為の台から顔だけを出し、矢が飛んで来た方角を確認した。

 

ンフィーレア達から30メートル程離れた場所に、弓を持ったスケルトンがいた。

 

「あれは確か・・・、スケルトン・アーチャー」

 

護衛を依頼した冒険者から聞いたことがある。

アンデッドの中には、魔法の力で具現化させたと考えられている、武器を装備した種類もあると。

スケルトン・アーチャーの放った矢が、近くを走っていた若い男の背中に突き刺さり、男はそのまま倒れる。

 

「うっ」

 

ンフィーレアは始めて見る、目の前で人が殺される光景に目を背ける。

しかし背中にいるエンリの存在を思い出し、勇気を無理やり呼び起こした。

 

(これじゃ、屋台の影から出ることが出来ない。 何とか奴を始末するしかないか)

 

「ンフィー、どうなってるの?」

 

ンフィーレアは、エンリに事実を告げるのを一瞬躊躇ったが、気休めを言っても何も解決出来ないと判断した。

 

「エンリ、聞いて。 もうアンデッドに追いつかれたみたいだ。 弓を使うアンデッドだから、奴を始末しないと逃げることは出来ない。 ―――少しの間、ここでじっとしているんだ」

 

ンフィーレアは、攻撃のタイミングを測る。

戦闘を想定して魔法を習得しているわけでは無いンフィーレアは、攻撃系の魔法はあまり覚えていない。

ポーションを作る際に使う補助魔法が中心で、スケルトン・アーチャーを倒すことが出来るであろう魔法は一つだけ。 第一位階魔法《マジック・アロー/魔法の矢》だ。

 

精神を集中したンフィーレアの耳に、矢が壁にあたる音が聞こえる。

 

(今だ!)

 

敵が矢を番えようとしている僅かな時間がンフィーレアに許された攻撃の機会。

 

だが屋台の影から飛び出すと、先程スケルトン・アーチャーを確認した場所には何もいなかった。

素早くンフィーレアが周囲を見渡すと、金属が光を反射したような、僅かな閃光を視界に捉える。

そこに次の矢を番えようとしているスケルトン・アーチャーがいた。

 

自分が隠れている間に、敵が移動した可能性を考えていなかった己の迂闊さを呪いながらも、ンフィーレアは魔法を詠唱する。

 

「《マジック・アロー/魔法の矢》」

 

ンフィーレアの手から二つの光弾が放たれるのと、スケルトン・アーチャーの弓から矢が放たれたのは、ほぼ同時。

光弾はスケルトン・アーチャーの頭蓋骨に突き刺さり、粉砕する。

そしてンフィーレアの腹部にも、鋭い矢が突き刺さっていた。

 

「ぐぅっ」

 

スケルトン・アーチャーが偽りの命を散らしたことで、具現化されていた矢も消える。

だがそれは、ンフィーレアの腹部からの出血を増やしただけだった。

 

「ンフィー!」

 

エンリがンフィーレアの元に、膝と手を使い這いよる。

必死に傷口を手で押さえるが、腹部からの出血は止まる気配がなかった。

 

「止まれ、止まれぇ!」

 

大切な友人の命をつなぎ止めようとするエンリだが、生者を憎むアンデッドは彼らを見逃すことはなかった。

ねちゃ、と生肉を引きずるような音をエンリは聞いた。

 

後ろを振り返れば、二十メートル程の距離に新たなアンデッドが近寄ってきている。

 

裸の人間の胴体を縦に割ったようなアンデッドで、裂けた体の中には、明らかに一人分では無い内蔵が踊っている。

つい先日までただの村娘だったエンリが知るはずも無いが、そのアンデッドの名は内蔵の卵(オーガン・エッグ)

難度にして約15とされる、この世界では危険なアンデッドだ。

 

ンフィーレアは薄れゆく意識の中で、このアンデッドの姿を目に捉える。

 

「エンリ・・・、ゆっくりでもいい。 逃げるんだ。 僕が、時間を稼ぐ・・・から」

「ンフィー・・・」

 

エンリがンフィーレアを見ると、彼は力が抜けつつある体を懸命に起こそうとしている。

 

彼女の脳裏に、最後まで自分のことを案じて目の前で死んでいった、父親の姿が浮かんだ。

 

「嫌! 私は・・・、もう逃げたく無い。 ここでンフィーを見捨てたら、何の為に大切な人を守る為に強くなるって決意したのか分からないから。 自分だけ逃げるくらいなら・・・戦って死ぬわ!」

 

エンリは、ンフィーレアが持っていた荷物の中から錬金術油の瓶を右手に持つと、そのアンデッドの前に立つ。

 

既に彼我の距離は10mと少しに縮まっていた。

内蔵の卵(オーガン・エッグ)は、内蔵を鞭のように振り回しエンリを捉えようとしている。

 

(錬金術油の瓶は一つ、これを投げつけて、もし外したり割れなかったりしたら、もう私に打つ手はない。 だから・・・確実に決める!)

 

エンリは左手を屋台の炭焼き台の中に突っ込むと、眼前の悍ましいアンデッドに向け接近していった。

 

内蔵の卵(オーガン・エッグ)の長い腸が、エンリの胴体を絡めとり自身の元へと引き寄せる。

そして、か弱い獲物を引き裂こうと内蔵の卵(オーガン・エッグ)は汚らしい爪を生やした手をエンリの方へ伸ばした。

 

だが、それは全てエンリの予想の内。

引き寄せられる力に抵抗することなく、むしろ自分から踏み込むことで、エンリは足を痛めているにも関わらず、高速で内蔵の卵(オーガン・エッグ)に接近した。

予期せぬ動きに攻撃のタイミングを狂わさた内蔵の卵(オーガン・エッグ)は、僅かに次の動作に移るのが遅れる。

その僅かな隙を見逃さず、エンリは錬金術油の瓶を、口の方を持って思い切り振り上げ。

内蔵の卵(オーガン・エッグ)に振り下ろした。

 

瓶が割れ、油が内蔵の卵(オーガン・エッグ)の体に降りかかる。

それを確認したエンリは今度は左手を突き出した。

 

そこには・・・、真っ赤に焼けた炭が、素手で握られている。

当然エンリの掌の肉は焼かれ煙さえ発している。 痛みも恐怖も無視し、自分の命さえ投げ打った渾身の一撃。

 

肉体能力的にはただの村娘に過ぎないエンリの攻撃は、遂に内蔵の卵(オーガン・エッグ)に届く。

赤熱した炭が油に触れた瞬間、爆発的とも言える勢いで猛烈に燃え上がった。

 

内蔵の卵(オーガン・エッグ)は弱点である炎に焼かれ悶えるが、至近距離で錬金術油に引火させたエンリもただでは済まない。

 

炎が肌を焦がし、熱い煙が喉を焼く。

実際は数秒だろうが、エンリには数十秒に感じられる地獄のような苦しみの時間が過ぎ、内蔵の卵(オーガン・エッグ)が腸でエンリを締め付けていた力が弱まった。

 

急に解放されたエンリは、後ろに倒れる。

 

内蔵の卵(オーガン・エッグ)はゆっくりと後ろへ倒れ、動かなくなった。

 

「た、倒した、の?」

 

上半身全体に火傷を負い、満身創痍のエンリの心は安堵に満ちる。

 

だが、それも長くは続かなかった。

 

エンリが内蔵の卵(オーガン・エッグ)との戦いに夢中になっている間に、既に新手のアンデッドが忍び寄っていたのだ。

 

そこにいたのは二体のゾンビ。

エンリの顔が絶望に強張り、手は無意識にンフィーレアが倒れている方へと伸び、虚しく宙を掻いた。

 

「あ・・・」

 

もうエンリは言葉を発する余力も残っていない。

 

だが・・・、エンリの決死の足掻きは無駄ではなかった。

 

《ライトニング/電撃》

 

夜闇を切り裂き飛来した、白い稲妻がゾンビ二体を貫く。

ゾンビが倒れたのを見たエンリは、稲妻が飛んできた方角を見た。

 

そこには、カルネ村から自分とネムをこの街へ連れてきてくれた恩人がいた。

 

「アインズさん・・・」

「炎が上がるのを見たから何かと思えば・・・、まさかこんな時に、また会うとはな」

 

エンリは安心して意識を手放す。 奇しくもンフィーレアも、ほぼ同じ瞬間、出血で意識を失った。

 

「やれやれ。 流石に、ここで死なれては何の為に助けたのかも分からんな」

 

モモンガはアイテムボックスから下級ポーションを二つ取り出すと、一つはエンリに、もう一つはンフィーレアにかけた。

 

二人の傷が消えたのを確認すると、モモンガはセバスに指示する。

 

「この二人をバレアレ薬品店まで運んでやれ。 この後は、我々で可能な限り多くのアンデッドを倒し、名声を上げる計画だから出来るだけ急いでだ。 ただし、身体能力はレベル20程に手加減した上でだぞ」

「はっ!」

 

モモンガは二人がセバスの両腕に抱えられ、遠ざかっていくのを見送りながら、誰にも聞き取れないほどの小さな声で呟いた。

 

「何の戦闘訓練も受けておらず、つい一昨日まで隠れることしか出来なかった娘が、格上のアンデッドを倒したか・・・。 大したものだな」

 

それは何の打算も含まれていない、素直な賞賛の言葉だった。

 

 

 

 

 




誤字報告をして頂きました。
修正の報告は、活動報告の方で述べさせていただきます。


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第十八話 鎮圧

様々な薬草が放つ、独特の匂いが篭った店の中。

リィジー・バレアレは店じまいの看板を出し、調合台の後片付けに入っていた。

 

すり潰した薬草のかすを払い落とし、水気を切った布で拭いていく。

 

「リィジーおば、えーと、リィジーさん。 ゴミはここに捨てればいいの?」

 

店の床掃除はエンリと共にこの店にやってきた少女、ネムが行っている。

彼女は行くあてのない自分達を受け入れてくれたリィジーに精一杯の感謝の気持ちを込めて、自分に出来る手伝いを率先して探していた。

 

「ふふふ、ンフィーレアと同じく、おばあちゃんと呼んでくれればいいよ。 うちは個人で細々とやっている店だし、無理に敬語なんか使うことはないさ。 ゴミは、そこに捨てといとくれ」

 

リィジーも、孫のンフィーレアが深く気にかけているということで、この姉妹を家に置くことにしたが、素直で活気にあふれたエンリとネムを個人的にも気に入っていた。

 

(孫と二人じゃどうしても店の中が静かすぎる。 これからは賑やかになりそうだ)

 

きっと、上手くやって行けることだろう。

その確信を胸に、リィジーは作業をしながら配達に出かけたンフィーレアとエンリを待っていた。

 

ここから共同墓地までは片道15分くらいだから、もうそろそろ着く頃か。

そう思っていると店の外から、鐘が力任せに叩かれた時の、けたたましい音が響いてきた。

 

これは確か・・・、緊急事態が起こった際に鳴らされる見張り台の鐘だ。

 

「ネム。 ちょっとここで待っているんだよ」

 

リィジーは、扉を開け店の外へと出る。

すると、一人の警備兵が走りながら大声で何かを伝えていた。

 

「共同墓地に大量のアンデッドが発生した! 城壁が破られ、既に市内へ多数侵入している。 中央部への門を開放したので、市民は避難を始めろ!」

 

「なん、じゃと?」

 

共同墓地の城壁が破られた? 

馬鹿な。 墓地によく出現するという低級アンデッド、いや、エルダーリッチやスケリトル・ドラゴンのような強大なアンデッドでも、あの城壁を破ることなど容易なことではないはず。

だとすれば、どんな化け物が現れたのだろうか?

しかし、リィジーはすぐにそんなことよりも重大な問題に気が付く。

 

いま共同墓地の方へは、ンフィーレアとエンリの二人が向かっているはず。

ならば、この事態に巻き込まれてしまっていてもおかしくは無い。

 

リィジーは、大切な孫とその孫の想い人が同時に失われる恐怖に、血が凍りつくような感覚を覚えた。

 

すぐに行かなくては。

 

そう思い、足が共同墓地へ向かいかけるが、店にふと目をやるとネムが扉を少しだけ開け、不安そうにこちらを見ている。

 

「お、おばあちゃん。 いま、どうなってるの?」

「そ、それは・・・」

 

そうだ、馬鹿か自分は。

リィジーはネムの姿を見て我に返り、己を叱りつけた。

昔から頭に血が昇ると短絡的な行動に出てしまうことがあったが、今はそんなことは許されない。

 

自分が今できる最善の行動は何か。

リィジーは焦る気持ちを抑え、懸命に考える。

 

そして考えがまとまると、再び店の中へと戻った。

 

「ネム、すぐにここを出るから準備をしてな!」

 

リィジーは背嚢と手提げ袋を持ち出すと、薬品棚の鍵を開けた。

 

その中に保管されていた薬品の中から回復や戦闘に使えるポーション。 錬金術油などを次々と袋へ詰め込んでいく。

薬師である自分にできることは、可能な限りの薬品を持って戦っている警備兵や冒険者の支援をすること。

戦闘経験は少ないとは言え、魔法も第三位階まで使える自分なら足手纏いにはならないだろう。

 

ありったけの薬品を抱えたリィジーはネムを連れて勢いよくドアを開ける。

そして、周囲を逃げ惑う群衆に目を凝らすと知り合いがいた。

バレアレ薬品店の近くに住む薬師の下で、修行をしている青年だった。

 

「ピート! ちょっとこっちへ来とくれ」

「んっ、誰・・・、バレアレさん!」

 

ピートがこちらに向かって走り寄ってくる。

エ・ランテル中の薬師の間で一目も二目も置かれているリィジー・バレアレの呼びかけなら、この非常事態でも無視は出来ない。

 

「バレアレさん。 アンデッドが街の中へ侵入したそうですよ。 早く中央部へ避難しないと!」

「あたしゃ、アンデッド共と戦いに行く。 避難するならこの子を連れていっておくれ」

「えぇ! 危ないですよ!?」

「うるさい! 今あそこにゃ、ウチの孫と従業員がいるんだ。 少しでも役に立てるなら、じっとしてなんて居られないよ」

「バレアレさん・・・、わ、分かりました。 この子は俺が一緒に避難させます」

「頼んだよ」

 

リィジーが、ネムをピートに預け西へ向け踵を返そうとするとすぐ目の前に、整えられた髭を生やした白髪の老人がいた。

 

「危うくすれ違いになるところでしたか。 間に合ってよかった」

 

確かこの人は、エンリとネムをここまで送ってくれた一行の一人、セバスという名前だったとリィジーは思い出す。

セバスは両腕で、二人の人間を抱えていた。

 

「ああっ、ンフィーレア。 エンリも!」

 

セバスは二人を下ろすと、リィジーを安心させるように優しく微笑む。

 

「大丈夫ですよ。 傷を負っていましたがアインズ様が治しました。 このエンリという少女も大したものです。 ンフィーレア君を見捨てずにアンデッドと戦って勝利したのですから」

「なんと・・・」

 

リィジーがエンリを見ると、その服は火に包まれたように焼け焦げていた。

 

「まさか、錬金術油に至近距離で火をつけたのか?」

「そのようです。 私達はその時の炎で、この二人を見つけたのですから」

 

エンリの覚悟と勇気に、リィジーの胸が熱くなった。

 

「んん・・・。 おばあ、ちゃん?」

 

ンフィーレアが先に目を覚まし、まだ焦点の合っていない目でリィジーを見つめる。

 

「ンフィーレア! 目が覚めたのかい」

「うん・・・。 あれ? お腹の傷が無くなってる?」

「アインズさんが治してくれたんだよ。 セバスさん。 二人を助けてくれてありがとう。 あなた達には感謝するよ。 必ず礼はするから・・・」

「いえ、困っている人を助けるのは当然のことです。 礼は・・・」

 

セバスは、礼はいりませんと言いかけて、それは自分が決めることでは無いと考え直す。

 

「礼などはもっと余裕がある時に考えましょう。 今は、避難してください」

 

リィジーはセバスの言葉に首を振る。

最も心配していた二人の問題が解決しても、まだ薬師としての使命が残っているのだ。

 

「私はこれからアンデッドを倒す手伝いに向かわなけりゃならない。 ンフィーレア! もう立てるかい?」

「な、なんとか」

 

リィジーの言葉を受けたンフィーレアは、多少ふらつきながらも両の足でしっかりと立った。

 

「あんたはエンリを連れて、中央部に避難しな。ああ、ピート。 悪いけどこの二人にも軽く手を貸してくれないかい? 私は西へ応援に行かなきゃならない」

「お、おばあちゃんだけで? 無茶だよ、アンデッドの数は十や二十なんてものじゃないんだ」

「私は第三位階魔法詠唱者だよ。 少なくとも、お前のようなひよっこよりは役に立つさ」

 

セバスが、その言葉を聞いてリィジーの近くへ寄ってきて、背中を差し出した

 

「では、私がお運びしましょう。 背中へどうぞ」

「悪いね」

 

セバスの背中へおぶさったリィジーは、服越しでも伝わってくる鋼のような筋肉の感触に驚嘆する。

 

「では少し急ぎますよ。 舌を噛まないようにして下さい!」

 

リィジーを背負いながらもセバスは、まるで早馬のような速度で、誰にもぶつかることなく駆けていった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

今、内周部西側にある通りで、四人の冒険者がアンデッドと戦っていた。

四人の前には、30体程のアンデッドが押し寄せて来ており、新手も続々と合流している。

アンデッド達はその殆どが、ゾンビやスケルトンなどの弱い種類だったが、中には食屍鬼(グール)膨れた皮(スウェル・スキン)などの少し厄介なアンデッドも存在していた。

 

「ペテル、補助いきます。 《リーンフォース・アーマー/鎧強化》」

 

「よし! 《斬撃》」

 

ペテルと呼ばれた男が、武技を発動しゾンビを切り捨てる。

だが、その後ろには既に他のアンデッド、スケルトンが迫っていた。

 

「ペテル!」

「大丈夫だ。 まだいける。《盾強打》」

 

ペテルは盾でスケルトンを跳ね飛ばした。

弱点である殴打攻撃をくらい地面に転がったスケルトンを、靴底に鉄板を仕込んでいるブーツで踏みつけ、頭蓋骨を粉砕する。

 

彼らは、銀級冒険者チーム"漆黒の剣"。

壁が破壊された時、偶然冒険者組合の近くにいた彼らは、組合の救援要請を受け、真っ先にアンデッドとの戦いに向かった。

 

「くそっ、いくら倒しても、次々と湧いてきやがる」

 

木の棒を鉄板で覆ったクラブを手に持ち、接近戦を行っていたチームのレンジャー、ルクウッドが悪態をつく。

 

「僕も魔力が半分近くまで減っています。 くそっ、あの腰抜け警備兵共・・・」

「くっ、街中ではドルイドの能力が十分に生かせない。 それに吾輩の魔力も減ってきたのである」

 

チームのマジックキャスター、ニニャが黒い感情をにじませて警備兵を罵倒し、ドルイドであるダインも消耗を訴える。

 

「もう少し持ちこたえるぞ。 いま、ギルドから応援の冒険者が向かっているはずだ」

 

リーダーであるペテルが仲間を鼓舞しようとするが、一体一体の強さは自分達ならば問題なく倒せる程度と言っても、疲れを知らず、次々と現れるアンデッドに漆黒の剣のメンバーは体力、精神共に消耗していく。

 

全員の気力が限界に達しようとしていたその時、一人の男の声が通りに響いた。

 

「《サモン・アンデッド・3th/第3位階死者召喚》」

 

そこにいたのは、赤茶色のローブを纏った、奇妙な仮面をつけた男。

そう、アインズ・ウール・ゴウンを名乗っているモモンガである。

 

モモンガが詠唱すると、全身を赤く揺らめく炎に包まれた4体の骸骨が出現する。

《サモン・アンデッド・3th/第3位階死者召喚》の魔法では、第3位階で始めて召喚できるようになるアンデッドを一体召喚するか、位階が一つ下がる《サモン・アンデッド・2th/第2位階死者召喚》で一体召喚できるアンデッドを複数召喚するか選ぶことができる。

 

モモンガが召喚したのは、レベル7の燃える骸骨(バーニング・ボーン)が4体。

ユグドラシルでは、火山や砂漠など火属性のエリアによく出現する、炎に包まれたアンデッドである。

 

アンデッド系の共通の弱点である火属性に対して完全耐性を持つ代わりに、水属性が弱点となっているこのアンデッドは、通常攻撃に火属性が付与されているため同族であるアンデッドと戦うのに向いている。

 

モモンガは目の前の通りに溢れているアンデッドを前に、燃える骸骨(バーニング・ボーン)に指示する。

 

「全員突撃だ。 冒険者の皆さんは、もう下がっていい」

 

モモンガの詠唱を聞いたニニャが呟く。

 

「第三位階魔法・・・、皆さん。 この人は、私たちより格上です。 邪魔にならないように下がりましょう」

 

ニニャの言葉に四人はモモンガと、その傍らで彼を守るように立っているアルベドの後ろまで下がった。

 

そして、燃える骸骨(バーニング・ボーン)とアンデッド達がぶつかり合う。

戦闘能力は、ここにいる低級アンデッドよりはレベルで勝り、火属性攻撃というアドバンテージを持つ燃える骸骨(バーニング・ボーン)の方が上だが、それでもモモンガが召喚した四体は、数の暴力で徐々に押し込まれつつあった。

 

だが、そこにモモンガの魔法が炸裂する。

 

「《ファイヤーボール/火球》」

 

放たれた第三位階の範囲攻撃魔法は、、燃える骸骨(バーニング・ボーン)ごと、アンデッド達を炎で包み込むが、燃える骸骨(バーニング・ボーン)は火属性への完全耐性によりダメージを負うことはない。

 

アンデッド達をなぎ払うように次々と放たれる《ファイヤーボール/火球》は、短時間の内に通りに溢れていたアンデッドを激減させ、召喚モンスターの壁を抜けてきた、少数のアンデッドはアルベドのハルバードで一撃の内に薙ぎ払われる。

 

「す、すげぇ」

 

目の前で戦う二人の実力に漆黒の剣は感嘆の声を漏らす。

そして、通りのアンデッドを全て殲滅したモモンガが、漆黒の剣の四人を振り返った。

 

「この通りは片付けたが、相当数のアンデッド達が都市に広がってしまった。 あちらの方角に数十体固まっているようだから、私達はそちらへ行く。 ここから三つ北へ行った通りにも、十体程居るようだから、あなた達はそっちを頼む」

「は、はい」

 

漆黒の剣は、目の前で見せつけられた実力差から、彼が銅のプレートをかけていることなど気にもせず、モモンガの誘導に従う。

モモンガが付近のアンデッドの位置を把握出来たのも、《ディテクト・アンデッド/死者探知》の魔法を使ったのだと思われたため誰も気にしなかった。 勿論、モモンガもそのことは計算に入れていたが。

 

 

そして、事件発生を受け組合から派遣された冒険者達、いち早くアンデッドの討伐に乗り出したクラルグラ、前線へと駆けつけ、負傷者の治療に当たったリィジー・バレアレ。

そしてなにより突如としてこの街に現れた腕利きの魔法詠唱者アインズ・ウール・ゴウン達のチームの奮闘により、徐々にアンデッドの群れはその数を減らされていく。

 

警備兵は住民の避難誘導くらいにしか役に立っていなかったが、それでも街中を駆け回り住民の避難を促した者たちは警備隊の中でも勇敢な部類である。

多くの警備隊員たちはアンデッドの大群に怯え、市民の警備を名目に中央部の城壁の中に篭ってしまっていた。

 

事態が収束へと向かっている中、骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)から墓地で一つの人影を発見したという情報が、モモンガへと伝わってきた。

 

 

 



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第十九話 暗闇の邂逅

骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)がモモンガに、人影発見の報告をする少し前。

 

エ・ランテル共同墓地のある一角。

一人の女が、墓石に腰掛けていた。

 

空には分厚い雲がかかり、月明かりさえも差さない墓地の中で、その女は楽しげに足をぶらつかせている。

全身を覆うローブのフードを、目深に被っている為顔は見えないが、外衣の隙間から銀色に光るメイスが見え隠れしており、戦士であることが伺えた。

近くの地面には、鳥籠が置いてあり、クアランベラトという光る物を集める習性を持った黒い鳥が閉じ込められていた。

 

「ふぅ、割と時間がかかったけど、アンデッドは城壁の中に全部入れたよー。 ああ、はいはい。 勿論見られないように気を使ったよ、姫サマ。 アイツを使ったアンデッドの誘導も概ね成功・・・、まあ雑魚を百匹くらいだけど時間稼ぎにはなったかな」

 

その女は虚空を見つめ、まるで誰かと話すように一人呟いている。

 

「ああ、はいはい。 次は、市内の様子の観察カー。 ふふふ、今のクアランベラトの鳴き声とかけたんだよ」

 

そう言うと女はローブの中から、金属を削り出して作られた、一枚の手鏡を取り出し鳥籠へと鏡面を向けた。

 

("魔法道具:鳥瞰鏡(チョウカンキョウ)")

 

鏡面が強い光を放ち、一定のパターンで点滅する。

クアランベラトは、それを見ている内に先程までの落ち着かない動きを止め、まるで自分の意思を失ったように泊まり木から動かなくなった。

 

クアランベラトの様子を確認した女は、鳥籠の扉を開け放つ。

 

「さっ、行って。 まずはここから東に500メートル程いって西側地区の様子を見てみようかなー」

 

自分の言葉を受け、飛び立っていった鳥を見た女が手鏡に目をやると、そこにはクアランベラトが見ている、空からの景色が映し出されていた。

 

・・・鳥瞰鏡は、生命魔法と雷魔法を利用した魔法道具だ。

精神感応系魔法により、一羽の鳥の自我を奪い、雷魔法で伝達される電気信号により自在に操れるようにする。

同時に、その鳥の脳信号も雷魔法で増幅し、魔法道具の鏡面に鳥の視界を映し出すことが出来る。

 

鳥と使用者の距離は10キロメートルが限度であり、使う鳥もモンスターに分類されるような大型のものは不可能、という制限はあったが、このエ・ランテルの様子を確認するには十分な性能を持っていた。

 

「ふんふん。 おおっ、また一人殺ったか。 雑魚アンデッドでも、あれだけ群れると結構な驚異になるんだなー。 よし、そこから半径150メートルくらいで旋回してみて」

 

今度は、内周部西側の広い範囲が映し出されていく。

 

「やっぱり、誘導する者がいないと大分バラけちゃうな。 はぁ、姫サマ見ました? あんな雑魚そうなガキに、今一体殺られましたよ。 ふふ、まあ、そのガキもカウンターで矢を食らったけど」

 

暫くの間、女は独り言を言いながら鏡に目を凝らしていた。

 

警備隊が殆ど役にたっておらず、中央部の城壁に逃げ込み出したのは女の予想通り。

ただ、壁が破られた直後からミスリル級冒険者チームクラルグラと、女が得ている情報には無い、銅級冒険者の三人組が対処に当たりだしたのは誤算だった。

 

クラルグラは勿論、銅級の三人組も次々とアンデッドをなぎ倒し、急速に事態は収束しつつある。

やがて、冒険者組合からの応援も到着し、壁の内部に侵入したアンデッドは殆どが討伐された。

 

(あの三人組、私の情報にはなかったけど、ミスリル級は確実だね。 組合のない国から流れてきた奴らか? たまにそういう事があるとは、聞いたことがあるけど・・・)

 

女はローブの裾を捲り、現在の時刻を表示する、腕巻きベルト型のマジックアイテムで時間を確認する。

 

「アンデッドが都市内に入ってから、鎮圧まで約40分・・・か。 やっぱ、あの程度のアンデッドじゃ500体くらい集めても、たかが知れてるね。 いや、今回は一箇所からアンデッドを侵入させたのが悪かったかも知れないねー。 もし、都市の各地に転送していれば、もっと被害出せたかも」

 

そこで女が一旦言葉を切り、ある一点を見据える。

 

「ところでさあ・・・、今回送ったのって、低級アンデッドだけだったよね? うん、そうかぁ」

 

女が見る方向から急速に接近してくるのは、2m以上の巨体に、黒い肩当てと二本の角を生やした兜を身につけているアンデッド。

妖しく波打つフランベルジュと、身の丈を超える長さのタワーシールドで武装している。

そのアンデッドは、巨体には似つかわしく無い程の俊敏さで、急速に女との距離を縮めていた。

 

この世界では、帝国魔法省の地下深くに一体のみ捕らえられている伝説のアンデッド、デスナイトであった。

 

「私も、法国の記録で見たことあるだけだから確信はないけど、多分コイツ、デスナイトだよ。 冒険者が使う難度にして、100超えって言われてる奴」

 

目の前の相手の力が分からない訳ではない。

むしろ、分かっているからこそ女は余裕を崩さない。

 

「分かった。 ・・・倒していいんだね?」

 

ゆったりとした動きでメイスを取り出した女は、デスナイトと向かい合った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「あれが・・・、そうらしいな」

 

モモンガは、骨のハゲワシから報告を受けると、墓地の内部に残存するアンデッドがいないか探してくる、と周囲に言い残し、共同墓地へと入っていった。

 

報告を受けた地点には、黒いローブを被った一人の人間―――顔も体も全て隠れてしまっている為、性別や本当に人間かも分からないが、体格的には人間の可能性が高い――がいた。

 

その人間との距離は50m程だが、気付かれる気配はない。

モモンガが二つの魔法、直径四メートル程の玉を作り、内部に入っている生物を透明化する《グローブ・オブ・インヴィジビリティ/透明化の球》と、周囲の音を消す《サイレンス/静寂》を使用しているからだ。

 

(見たところ魔法詠唱者、か? アイツが、《アンデス・アーミー/不死の軍勢》を発動したと考えれば辻褄があうが・・・。 それに手鏡を持っているようだが、アレは遠隔視の鏡のようなものなのか? まさか、こんな墓地の中で、化粧をしている訳ではないだろうし)

 

モモンガは思考を巡らせるが、やはり遠目から見るだけで、あの黒ローブの正体が分かるわけではない。

 

「捕獲するか。 やはり、この世界の人間から直接情報を引き出した方が、多くのことが知れるしな。 それに奴が自分の存在を念入りに隠そうとしていたことから考えると、もし奴をナザリックに連れ去っても、表沙汰にはならないだろうからな」

「はっ」

「承知しました」

 

アルベドが身構え、モモンガの号令一つでいつでも飛び出せるようにする。

 

だがモモンガは、相手のことを何も知らない内から不用意に飛び出そうとはしなかった。

 

「まだ行くのは早い。 アルベド、奴のレベルが分かるか?」

「い、いえ。ある程度、動きを観察しなければレベルは図れません。 それに、戦士職ではない可能性もありますし・・・。 それはセバスも同じかと」

 

アルベドの言葉に、セバスは頷いた。

 

「我々は、未だ多くの情報を得ている訳ではない。 もしかしたら、奴がレベル100を超える存在である可能性も否定しきれないのだからな。 まあ、この世界で強いとされているミスリル級の冒険者が、あの程度の実力だったことを考えると、その可能性は低いとは思うが。 まずは、強さを測ってみようではないか」

 

モモンガはスキル、中位アンデッド創造を使用し、デスナイトを一体生み出した。

 

「デスナイト、あの者を襲撃せよ。 ただし、殺さないように注意しろ」

 

生み出されたデスナイト、地響きを鳴らしながら、黒ローブに向かって走っていく。

 

そして、黒ローブの顔がデスナイトを向き、外衣の中から銀色のメイスを取り出すと、デスナイトを前に自然体で構える。

 

まずはデスナイトが、タワーシールドを構えて体当たりを試み・・・。

 

次の瞬間。 黒ローブの動きにモモンガ達は驚愕した。

 

「《戦気梱包》《回避》」

 

黒ローブは、女の声で武技を発動すると、デスナイトの突進を受け流し、左に回り込む。

 

女はその回転の勢いを利用して、デスナイトの顔面に思い切りメイスを振った。

まるで、破城槌が鉄門に衝突したかのような、轟音が鳴り響き、デスナイトが大きく仰け反る。

 

顔面の骨を粉砕されたデスナイトは、女の次の動きを捉えることが出来ない。

女が振りかぶったメイスは、デスナイトの背骨へと振り下ろされ、骨が砕ける音が響いた。

 

アンデッドといえども、体重を支える背骨が粉砕されれば満足に動くことは出来ない。

 

「《戦気梱包》《能力向上》」

 

地面に伏してなお、女をその手で捉えようとするデスナイトの頭部をメイスが粉砕していき、デスナイトの偽りの命は終わりを迎えた。

 

しばらくの沈黙の後、アルベドが口を開く。

 

「武技、とやらを発動した際、短時間ではありますが強さが変動していましたが・・・、最低レベル40台半ば、といったところかと」

 

「そうだろうな。 デスナイトを、数回の攻撃で沈めたくらいだ。 この世界の人間は、全体的に低レベル過ぎると思っていたが・・・、もしかしたらオリハルコン級やアダマンタイト級は、あのくらいのレベル帯に位置するのかもしれん」

 

自分が知らず知らずの内に油断していたことを自覚し、気を引き締めながらも、あの程度の相手なら幾らでも捕獲のしようはあると考え、モモンガは姿を表すことにした。

 

魔法が解除され、モモンガ達の姿が女からも見えるようになる。

 

「ふーん、アンタ達ぃ? このアンデッドをけしかけたの」

 

「いかにも。 初めまして、私の名前はアインズ・ウール・ゴウンだ。 色々知りたいことがあってね、今から君を捕らえるが抵抗はしないほうがいい。 無駄な苦痛が長引くだけだ」

 

モモンガの言葉に、ローブから覗く女の口元が、三日月のように歪んだ。

 

「あはは、何言ってんのあなた。 もしかして、さっきの戦いを見て変な勘違いさせちゃった? まだ全然本気じゃ無いんだよ?」

「ほう」

「あー信じてないね? ムッかつくんだー。 じゃあいいよ、どうせ姿を見られたからには生かして帰すわけにもいかないし、ちょっとだけ本気見せてあげる。」

 

女がローブを下ろす。

中から現れたのは、ブロンドの髪を短く切りそろえた女性だった。

ユグドラシルではビキニアーマーとして分類される、際どい鎧を身につけており、手にはメイス、腰にはスティレットを四本刺していた。

 

なにより目を引くのは、本来耳があるべき場所から二本の捻れた角が上を向いて生えていることである。

明らかに人間には無い特徴に、再びモモンガは驚いた。

 

「亜人、か?」

 

しかし、このような亜人をユグドラシルで見たことは無い。 だとすると、この世界特有の種族だろうか?

モモンガの疑問をその女が否定する。

 

「亜人なんかと一緒にしないで欲しいなー。 まあ、説明することでも無いし、知らなくていいけど。 重要なのはただ一つ、アンタらは今から私に殺されるってこと」

「ならばやってみるといい。 アルベド、セバス、私がやる。 二人は手を出すな」

 

女は一本のスティレットを持つと、地面に片手をつき、クラウチングスタートのような構えを取る。

 

「《疾風走破》」

 

武技の発動と共に、女は凄まじい速度で走り出す。

常人、いや、この世界の熟練の戦士でも、目で捉えることすらできないほどの加速。

 

モモンガは女に向かい魔法を発動した。

 

「《ドミネイト・パースン/人間種支配》」

 

人間の精神を支配し、傀儡とする魔法。

モモンガから放たれたそれは、本来抵抗するには、レベル60は必要なはず。

 

だがその魔法を―――女はレジストした。

 

「なっ」

 

驚愕するモモンガの胴体にスティレットが突き刺さる。

 

女はスティレットに込められた魔法、第五位階魔法《ドラゴン・フレイム/龍炎》を発動させ、更にもう一つ、攻撃を追加する。

 

("魔法道具:黄火輪(オウカリン)")

 

クレマンティーヌの右腕に嵌められた、腕輪型のその魔法道具は、使用者の魔力(マゴイ)を炎に変換し、手に持つ金属製の武器から噴出させる。

 

魔法と魔法道具。

 

二つの要素が重なりあった、爆発的な炎がモモンガを包み込む。

女はそれを確認すると、残りの二人に反撃されないため距離を取るが、目の前の光景に目が見開かれた。

 

たった今、焼き尽くされた筈の男が何事もなかったかのように、平然と立っていたのだ。

 

「お、おま、どうなって・・・」

「その程度か? 少し熱かったが、別にダメージという程のものでは」

 

そこまで言ってモモンガは重大なことに気が付く。

 

(熱かった、だと? ありえない、今は装備で火属性に対する完全耐性を得ているはずだ。 根源の火精霊のオーラも、全く熱を感じなかったし、炎を熱いと感じること自体が不自然だ。 ・・・とすると、こちらの火属性耐性が突破されたということか?)

 

今回は、威力が弱かった為か、ダメージにして1か2といったところだろう。

だが、もっと強力な炎だったら?

とにかく、この女が自分の耐性を貫通した方法を知らなければならない。 そう判断した。

 

「アルベド、セバス。 あの女を、何としても捕まえるぞ」

「「はっ!」」

 

女も、戸惑っていたのは少しの間。

すぐに立ち直り、別のスティレットを構えた。

 

「あんたら、さあ。 もしかして、新手の魔神使い? それとも、法国のお偉方が言っていた百年ごとの降臨なのかなー。 ふふっ、いいよ。 ホントの全力ってわけにはいかないけど、私の本気、見せてあげる」

 

女はそう言って、懐から黒い液体が入った瓶を取り出すと、地面に投げつける。

空気に触れた液体は急速に気化し、黒い煙となっていった。

 

「変な仮面の奴。 あんたさっき防御魔法か何かを使ったね? 確かに、攻撃がくる瞬間が分かっていれば、タイミングも合わせられる。 だったら、対応する暇もないくらいに、いきなり攻撃されたらどうかなー」

 

煙の中にかがみ込み、女は次々と武技を発動させていく。

 

「《流水加速》《疾風走破》《能力向上》《能力超向上》 そして――」

 

("眷属器:七星足甲(ダンテ・アルカウーザ)")

 

女の金属製のすね当ての表面に、星のような七つの光点が現れる。

 

次の瞬間、女は煙を突き破りモモンガ達に一直線に突撃する。

敵の位置は、煙の中にいながらも鋭敏な五感を用いて把握していたため、一切の迷いが無い。

 

移動速度も先程とは比べものにならない、まさに疾風を超え、閃光と見紛うほどの突進。

 

そして・・・女が狙ったのは、アルベドだった。

衝突、そして轟音が響く。

 

「は・・・、はぁっ?」

 

兜のスリットからスティレットを通そうとした女の一撃は、アルベドの片手で、右腕を掴まれることによって止められた。もう片方の腕も自身の背中に回され、身動きが取れない程の力で締め付けられる。

 

「何を驚いているの? あなたの攻撃は確かに速度は中々・・・、と言ってもレベル60位の速度重視型の戦士職並だけど・・・、あまりにも軽すぎたのよ。 軽く手を握っただけで止められたわ」

「な、何言って。 は、離せぇ」

 

女が暴れるが、レベル100の戦士職であるアルベドの腕はびくともしない。

 

「ぐはぁっ」

 

軽く腕に力を入れられただけで、女の体は軋み、悲鳴をあげていた。

 

「よくやったアルベド。 さて、思ったよりも手間取ったが・・・、これで終わりだ。 すぐにナザリックに送ってやろう」

「ぐ、くそっ・・・あんたは"ぷれいやー"なのか?」

 

(ぷれいやー・・・、ぷれいやーだと!)

 

明らかにこの世界の基準とは隔絶しているように見える強さ。

もしかしたら、プレイヤー関係者だったのか?

 

モモンガの心に迷いが生じる。

もし、この女がNPCか何かであれば、ナザリックに連れ帰った場合、プレイヤーに報復を受ける恐れがある。

 

「お前は何を知っている? もしかしてNPCなのか?」

「はは、は。 やっぱり"ぷれいやー"か。 それを聞けてよかっ、たよ。 いい土産話が出来た」

「土産話?」

 

それでは、これから何処かに帰るような・・・。

モモンガがそこまで思考した時、女が叫ぶ。

 

「《解放(リリース)》!」

 

アルベドが強く押さえつけていた女の体が光の粒子となり、一瞬の内に飛散する。

 

「えっ!?」

 

そして女の体は、先程自分で張った煙幕の上に転移した。

 

「じゃあねー。 ぷれいやーさん」

 

女は、重力に従い煙の中へ落ちていき――、急にその気配が消えたのをアルベドは感じた。

 

「まさかっ」

 

ハルバードを勢いよく振るい、煙を風圧で吹き飛ばす。

しかし、そこにはもう女の姿はなかった。

 

アルベドが自分の犯した失態に、青ざめる。

勢いよくモモンガの下に跪くと、兜を取りハルバードを自身の喉元に当てた。

 

「も、申し訳ございません、モモンガ様。 直々にくだされた命令を果たせず、拘束から抜け出されたばかりか、逃げられてしまうとは・・・。 この程度で失態を帳消しにできるとは思っておりませんが、この命でお詫び致します」

 

だが、モモンガはアルベドに手を差し伸べると地面から立たせた。

アルベドの悲愴な顔を見て、出来るだけ優しく声をかける。

 

「今回のことは良い。 実は私も、あの女をナザリックに連れ帰って情報を引き出すべきか、ここは一旦逃がすべきか悩んでいたが、最後に確信した。 あの女は逃がした方がいい。 お前の手からあの女が脱出する際に使用した魔法には覚えがある。 敵に触れられていたり、魔法で拘束されている状態から短距離を転移し抜け出すことが出来る魔法、《テレポーテーション・オブ・フリーダム/解放転移》、第9位階の魔法だ。 その魔法を、《グレーターマジックシール/上位魔法封印》に封じ込めて使用していたが、もし自分で仕込んでいたのでなければ、<魔法封印譲渡>のスキルで、高レベルのプレイヤーかNPC、・・・又は現地の強者が、あの女を支援しているということ。 これ以上不用意に関わるのは危険すぎる」

 

いつしか、空を覆っていた雲は途切れ、一筋の光が墓地へと差し込んだ。

だが、モモンガの心の中はその光景とは対照的に、暗雲に包まれていた。

 

(マズイな。 もし、この世界に他のプレイヤーが来ていた・・・、というより現在進行形で存在する可能性が高いとしたら、敵対するのは避けたいが・・・。 いや、待てよ。 今回、あの女は隠れながらアンデッドを都市に送り込んでいた。 だとすれば、現地人の目を気にせずに暴れまわるタイプのプレイヤーという訳では無いはず。 今回の遭遇も、冒険者としての活動の延長線上の出来事だと言い訳は出来るし・・・。 とりあえず、これからはもっと慎重に動くべきだな)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

―――リ・エスティーゼ新王国内のとある地下施設。

人里離れた森の奥に建てられたこの施設の中で、空中に七つの光点が線を描き、一つの多角形を形作った。

 

「《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》」

「へぶっ」

 

その多角形の中から、先程までモモンガ達と戦っていた女が飛び出し、間抜けな声を上げて床に転がった。

 

「ちょっ、ひどいじゃん、姫サマ。 せめて下に藁でも敷いといてよ」

「ああ、忘れてました。 あなたなら丈夫だから問題ないと思ったの」

「これは心遣いの問題だよー。 普段、他の部下に見せている優しさの半分でも欲しいもんですね」

「あなたが優しくしただけで従ってくれるような人なら、それもいいわね。 でも、そういうわけでは無いんでしょう、クレマンティーヌ」

「はぁ、人を乗せるのが上手いねー・・・、姫サマは」

 

クレマンティーヌが会話しているのは、約4年前、リ・エスティーゼ王国の王族でありながら、兄である次男ザナック、六大貴族の内の一人レエブン公と共に王国を離反した、ラナー王女だった。

 

かつては美しいドレスで着飾っていたその体は、現在はオリハルコン製の軽鎧で覆われている。

5年前に王国内に存在していた迷宮、第71迷宮:ダンダリオンを攻略し、その力で新王国を打ち立てた、王国の貴族や兵士にとっては裏切り者、新王国民や一部の王国民にとっては、金色の英雄と呼ばれる今年で18歳になる女性。

 

2年前にも、一つ迷宮を攻略し、世界に二人しかいない、複数迷宮攻略者の内の一人となっていた。

 

「それにしても・・・、まさか、アンデッドの兵器転用の実験がこんなことになるとは思いませんでした」

 

ラナーはアンデッドが持つ飲食や睡眠が不要、という性質に着目しその軍事転用を目論んでいた。

 

具体的には、身元の引受先がない死体を第三位階魔法《クリエイト・アンデッド/不死者創造》で低位のアンデッドへと変え、ラナーが金属器による攻撃で作った深い大穴に閉じ込めておく。

 

とは言っても、《クリエイト・アンデッド/不死者創造》を使えて、この計画にも携わることが出来る人材は新王国には一人しかいない為、後述する金属器の能力で、自然発生したアンデッドを大穴の中に転送するなどして、数を揃えた。

 

そしてある程度、捕獲したアンデッドの数が揃えば、ダンダリオンの金属器の出番だ。

このジンの金属器は、任意の二つの空間を連結させる魔法陣を展開する《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》という技が使える。

 

このジンの力を使い、捕獲しておいた大量のアンデッドを敵国に送り込むことで、アンデッドを自動殺戮兵器として使用する計画。

もし実用化が成功すれば、兵士の損失を最小限に敵を制圧することが可能となる筈だったが、いくつか課題もあった。

 

まず一つ目はアンデッドを捕獲しておく際、現段階では自力では登れないような穴に入れておく方法が一番実用的だとラナーは判断しているが、この方法は、自力で壁を登れるような強力なアンデッドや、飛行可能なアンデッドには使用できないこと。 その為、エ・ランテル襲撃は低位の飛行不可能なアンデッドのみで行うことになった。

 

そして二つ目は、ラナーが《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》を新しく展開出来る距離には限度があること。 ラナーが新しい転送魔法陣を展開したり、魔法陣の位置を移動させることが出来るのは半径5キロメートル以内に限られる。

 

つまり、自身から半径5キロメートル以内の範囲なら自由に物を移動させることが出来るが、新王国から、エ・ランテルまでの距離を移動させようとすると、まずはエ・ランテルに一つ転送魔法陣を設置しておいて、それから、新王国に帰り、アンデッド達をエ・ランテルに設置したものと対になる転送魔法陣を使い転送する必要がある。

だが、転送魔法陣は星のような光点を、光の線で結んだ図形が空中に浮いているという外見なのでかなり目立つ。

それをエ・ランテルにあらかじめ設置することで、誰かに発見されてしまう事態は避けなければならない。

 

その問題を解決するのが、眷属器使いであるクレマンティーヌだった。

クレマンティーヌの持つ眷属器:七星足甲(ダンテ・アルカウーザ)は重力を操作し、使用者を飛行させることが出来る。 そして、その力を応用することで地面を走る速度を上昇させることも可能だが、クレマンティーヌはこの眷属器に宿るダンダリオンの眷属と融合、つまり同化を果たしたことで、体が異形のものへと変化すると共に、新たな力を得ていた。

自身の視界と聴覚を主であるラナーと共有することで、ラナーはどれほど遠くにいても、クレマンティーヌが認識している景色を共有することが出来る。

更に、クレマンティーヌを起点として新たな転送魔法陣を展開することも可能なのだ。 もっとも、その有効範囲はラナーに比べれば小規模で、クレマンティーヌから半径100メートルの範囲だけだが。

 

それを利用して、ラナーはエ・ランテルと新王国に、対となる魔法陣の同時展開が可能となり、この計画は急速に実用化へと近づいた。

 

 

そして、最後の問題点。

冒険者や魔術師などの間で知られているアンデッドの特性。

 

大量のアンデッドが一箇所に集まると、更に強力なアンデッドが次々と生まれる現象だ。

 

もし、アンデッドの転送で敵の拠点を破壊しても、そこが強力なアンデッドの巣窟となってしまうのでは、些か問題がある。

そこで今回、ラナーとクレマンティーヌはエ・ランテルを舞台に、アンデッド軍団の戦力としての評価、新たなアンデッドが生まれる現象の観察などを目的に実験を行った。

 

当然、このアンデッドの軍事利用の計画は機密事項である。

現在、新王国でこの計画について知っているのは、ラナー達を含めても十人程度だ。

 

将来的に実用化に至ったとしても、国民や自軍の兵士への感情を考慮して、今回のように自然発生ということで処理する計画だった。

 

「しっかし、姫サマ。 わざわざ、王国の都市で実験するなんてワルですねー。 評議国とかで適当にやらせてもらえば良かったんじゃ?」

「エ・ランテルは別にいいの。 近々王国は滅びて、私達、新王国と帝国がその領土を奪い合うことになる。 エ・ランテルはその際に帝国の前線基地として早期に奪取される可能性が高いから、多少被害を受けたところで問題ないわ」

 

それに、とラナーは続ける。

 

「他の国の警備兵は、王国よりも有能でしょうからね。 アンデッドが都市部に被害を与える前に鎮圧されたり、あなたが目撃される可能性もあります。 まあ、私も今回の件でエ・ランテルを滅ぼす気はなかったけど。 今あの都市が滅びると、色々と計画が狂いますから」

「ははっ、やっぱおっかないねー、姫サマは」

 

どこまでも冷徹なラナーの思考回路に、クレマンティーヌは寒気すら覚えた。

 

「でも、今回の収穫は予想以上に大きいです。 まさか、あなたの言うぷれいやーらしき存在に遭遇するなんてね。 出会い方が出会い方ですから、利益に直結するとは限りませんが・・・、それでもこの件に関しては法国に先んじて行動できます」

「まあね。 私としては、もう会いたくないけど。 一応、脱出経路仕込んでもらって良かったよ」

 

クレマンティーヌが突進前に張った煙幕。

あれは、踏み込みの瞬間を悟らせないことが目的ではなく、あの中に転送魔法陣を展開してもらい、いざという時の逃走経路にするためだった。

 

 

 




マギ、用語説明
・ジンの金属器
迷宮攻略者は自身が愛用する金属製の物品の中に、ジンを宿している。
ジンとは一種の魔法使いのような存在であり、迷宮攻略者の意思を受けその力を振るう。 ラナーが契約したダンダリオンは、力に関わる魔法を使い、二つの空間を連結するジン。 転送魔法陣を展開し、光の線が囲む面に触れたものを転送する。全力で使用すれば、岩山一つを丸ごと転送することも可能。
転送可能距離は半径約2000キロメートル程と、とても広いが、新しい転送魔法陣を設置する際は、その地点の半径5キロメートル以内に近づく必要がある。 一度設置した魔法陣は、長期間そのままにしておくことが出来るが、実際にものを転送する際は、金属器使いが許可をだし、魔力を消費しなければならない。 同時に展開できる魔法陣は、七対。
また、ジンの金属器は、自然現象を引き起こしている魔力(マゴイ)を吸収することが出来る。 例えば、炎を操るジンならば、溶岩や山火事から火を自身の力として吸収して扱うことが出来る。
水を操るジンならば、海や湖の近くで使用すれば、水に宿る魔力(マゴイ)を吸収し、陸上よりも少ない魔力でジンの力を振るうことが出来る、風を操るジンならば、嵐の中で使用すれば、周囲の魔力を無尽蔵に取り込み、この上ない強さを発揮するだろう。

・眷属
金属器使いと共に戦い、ジンに認められた者には、ジンから生み出された眷属という存在が力を貸す。 眷属はジンと同様に、眷属器使いの所有する金属製の品に宿る。
主が金属器を身につけており、かつ主の魔力が空ではないときに、眷属器は使用可能。 その際に消費する魔力は、眷属器使いが持つ。 力は、ジンの金属器使いには遠く及ばないものの、同化という手段を使えば金属器使いにも迫る、強大な力を発揮できる。

・眷属との同化
クレマンティーヌは現在、眷属と同化した経験がある。
眷属器に宿る眷属を自身の体と一時的に融合させることで、体は異形のものとなり、強大な力を手に出来る。 ただし、同化を繰り返すごとに自分と眷属の境界は曖昧になっていき、最終的には自分と眷属が完全に一つになり、自我を失ってしまうという。
一度でも同化したことがある者は、完全に元の人間に戻ることは出来ず、同化を解いても体にジン特有の特徴を残す。 ただし、姿が人間とは離れる代わりに、身体能力の向上などのメリットもある。今回のクレマンティーヌはこの状態であり、同化を使えば更に強大な力を発揮することが出来る。

・魔法道具
金属器や眷属器とは異なり、誰でも使用可能な道具。
使用者の魔力(マゴイ)を使い、あらかじめ設定された魔法を使用できる。
ただし、威力は金属器とは比べ物にならないほど低い。
なぜなら、金属器は使用者の魔力(マゴイ)を何倍、何十倍に増幅する機能と共に、自然現象の中に存在する魔力(マゴイ)を使用する能力を持つからである。
但し、どのような種族でも使用できる訳ではない――――――。


魔力(マゴイ)
この世界のありとあらゆる自然現象は、ルフという光る鳥に似た存在により引き起こされている。
その自然現象は水、火、風、雷、光、生命、音、重力の要素に分類することができ、世界に満ちたルフは、己の中に存在する魔力(マゴイ)というエネルギーを利用し、各種の自然現象を起こしている。 当然、人体の中にも生命現象を起こすルフが存在しており、魔法道具とはそのルフの魔力(マゴイ)を取り出し使用している。
だが、己の中に存在するルフの魔力(マゴイ)を使い果たすことは死に直結するため、多少の消費ならば問題は無いが、魔法道具の使いすぎは命に関わる。
ジンの言う王の器とは、この体内の魔力の総量のことを指す。
ジンの金属器は、通常の魔法道具に比べ非常に魔力の利用効率が高いが、それでも魔力の多寡は、戦闘時の持久力に直結するのである。
勿論、それだけを基準にして王が選ばれる訳では無いが・・・。

また、体内の魔力の量は生まれつき決まっており、基本的に変化しない。
ジルクニフのように、特殊な手段により他者の体に宿るルフを己の中に取り込んだという例外はあるが。




ダンダリオンは第71迷宮ということになっていますが、この世界に71番目に現れた迷宮という訳ではありません。
クレマンティーヌが、魔法をレジスト出来た理由などは、もう少し物語が進んでからです。






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第二十話 虹色の蛇

冒険者組合の2階にある会議室。

 

そこには今、冒険者組合長プルトン・アインザックと魔術師ギルド長テオ・ラケシル。

そして、クラルグラのメンバーとモモンガ達三人がいた。

 

彼らは昨夜のアンデッド襲撃に最も早く対処した冒険者として、聞き込みの為に招集されていた。

 

「それで、アインズ殿達が最初の巡回を終えた後に、アンデッドの大群が西門を襲撃したわけだね」

 

「ええ。 そして、私達がそのアンデッド達の対処に当たっている間に、他の場所で城壁が破壊されたようです」

 

「俺もその時の音は聞いたぜ。 まるで巨大な鉄球でもぶつかったような・・・、多分少しずつ城壁を削っていったってよりは、とんでもない力で無理矢理ぶち抜いたんだと思うな」

 

「しかし、そんなことが可能なんて、どんな化物だって言うんだ?」

 

モモンガは、慎重に考えながら話している。

昨日あの墓地で出会った女のことは、考えた末、黙秘することにした。

話した場合、あの女の情報を手に入れられる可能性があるというメリットはあるが、もしもこの部屋にいる誰かがあの女、もしくはその背後にいるかもしれない組織と繋がっていた場合、虎の尾を踏む結果になりかねない。

 

「それに墓地の中に大量のアンデッドが出現した理由も気になるな。 自然発生の数じゃ無いし・・・。 ラケシル、魔法か何かでアンデッドを召喚する事は出来ないのか?」

 

アインザックが、エ・ランテルの魔術師ギルドを束ねるラケシルに尋ねた。

 

「無理、だな。 思い当たるとすれば、《クリエイト・アンデッド/不死者創造》だが、一日で数百体のアンデッドを作るのは不可能だ。 もし墓地のどこかに大量のアンデッドを隠しておける場所があったとしても、あれ程大量のアンデッドを大人しくさせておくことは無理だな。 それについては、死霊術師であるアインズ殿もよく知っているだろう?」

「えっ」

 

まずい、とモモンガは冷や汗をかいた気がした。 骸骨は汗など流さないので、気がしただけだが。

 

(落ち着け、この世界の魔法はユグドラシルの物とほぼ同じみたいだし、ユグドラシル基準で考えてみるか)

 

確か《クリエイト・アンデッド/不死者創造》の魔法では、作成できるアンデッドの数に限りは無いが、作ったばかりのアンデッドは野生のものと変わらず、命令は出来ない。

もし作ったアンデッドを支配下に置こうとすれば、ネクロマンサーのスキル、アンデッド操作かトゥルー・ネクロマンサーの職業レベルを上げて、アンデッド操作を進化させたスキル、アンデッド支配などを使う必要がある。

 

そのスキルで、数百のアンデッドを支配するのは・・・、アイテムの力を使えば出来ないことは無いが骨が折れる作業だろう。

 

「ええ、《クリエイト・アンデッド/不死者創造》で作成したアンデッドを数百体も集めるのは難しいでしょうね。 ただ・・・、前に本で読んだことがあるのですが、第七位階に《アンデス・アーミー/不死の軍勢》という低位のアンデッドを大量に召喚する魔法があると聞いたことがあります。 もしかして、それが使われたのでは?」

 

モモンガの発言に、ラケシルが一瞬目を丸くし・・・、笑い声を上げた。

 

「はははは、いや、アインズ殿。 流石に第七位階魔法などというのは発想が飛躍しすぎですよ。 帝国にいる、かのフールーダ・パラダインは第六位階に到達している、とは聞きますが、第七位階とは、200年前に存在した魔神が使用したと語られるだけだ。 ・・・ただ、《アンデス・アーミー/不死の軍勢》といったね。 第七位階魔法の名前が記された本が存在するとは―――ぜひ私も読んでみたいね」

 

ラケシルの目が鋭く細められる。

その顔は、一途に魔法の知識を追求し続ける魔術師のものだった。

 

「い、いえ。 その本は、私の故郷のある施設に保管されているものですので、恐らく無理かと」

 

「そうか・・・。 まあ、そんな本は国宝級のものだろうしな。 現地の魔術師達が厳重に保管してあるのは当然か。 そうだ! アインズ殿、魔術師ギルドに加入しないか? あなた程の実力者を銅級から始めさせるような冒険者組合とは違い、魔術師ギルドは実力重視。 君ならすぐに、相応の地位を得られるだろう」

 

「ちょっと待て! ラケシル。 俺の目の前で、冒険者を引き抜こうとするな。 あー、アインズ殿、アルベド殿、セバス殿。 冒険者組合でも、今回のアンデッド襲撃で果たしたあなた達の働きを評価して、白金級への昇格を決めたのだ。 私達、冒険者組合も君達の実力を高く評価しているよ」

 

「本当ですか? そうしてくれるとありがたいですが」

 

「いきなり白金かよ・・・。 まあ、実力的には分不相応ってわけでも無いが」

 

これから暫くは、墓地の巡回などの退屈な仕事をして行かなければならないのか、と思っていたモモンガは素直に喜ぶ。

イグヴァルジは一瞬不愉快そうな表情を浮かべたが、モモンガ達の実力を思い出し、それ以上の発言はしなかった。

 

(第七位階で、実在さえも確認できない領域とは・・・。 じゃあ、昨日の女は現地のものとは違う勢力である可能性がいよいよ高いか? それともう一つ、魔神使い、とやらについても聞いておくか)

 

「ところで・・・、これは墓地の件とは関係ないのですが、魔神使い、という言葉を知っていますか?」

「へっ? まあ知っているが・・・アインズ殿は知らないのかね」

 

アインザックは、軽く驚きの表情を浮かべた。

 

「ええ、私の前にいた国では聞いたことがないもので」

「そうか・・・。 じゃあ、簡単に説明しよう」

 

アインザックは一つ咳払いをしてから話し出す。

 

「魔神使い。 とはその身に魔神の力を宿す人間、もしくは亜人のことだな。 私が知っている限りでは、この国の戦士長ガゼフ殿。 新王国のラナー将軍。 バハルス帝国のジルクニフ皇帝。 後、竜王国を襲っているビーストマンの長もそうだと聞いたことがある」

 

「ほう・・・、その魔神使いというのはどのような事が出来るのですか?」

 

「うーん。 まあ、人によって違うそうだが、ガゼフ殿は炎を操ることが出来るそうだな。 それに、新王国のラナー将軍の森落としの逸話は有名だ」

 

森落とし、の言葉を聞いてラケシルが会話に割り込んできた。

 

「私も聞いたことがあるぞ。 新王国は当初、ザナック王子、ラナー王女と共に離反したレエブン侯の領地と、その周辺の貴族の領地を占領していただけだったんだ。 ただ二年程前、隣接しているブルムラシュー侯の領地に侵攻を開始。 迎え撃ったブルムラシュー侯の兵士の軍勢の上に、大量の木を出現させて、あっという間に制圧してしまったんだ。 噂では、近くの森を丸ごと転移させたんだとか」

 

「森を丸ごと・・・」

 

モモンガは衝撃を受ける。

ユグドラシルの転移魔法では、そのような離れ業を行えるものはなかったはずだ。

 

「ああ。 人間の限界を超える神の如き力を振るうもの、だから魔神使いというわけだ。 迷宮を攻略した、数万人に一人の傑物たちだな。 ・・・実は私も、迷宮に入ることは何度も考えたが、その勇気がどうしてもでなくてね」

 

ラケシルは、そう話しため息をつく。

アインザックもラケシルに同調した。

 

「まあ、もし迷宮を攻略すれば、一夜にして世界を変える力を手に出来るからな・・・。 ただ、王国のアダマンタイト級冒険者チーム、朱の雫も全滅したのだ。 攻略の可能性は限りなく低いが」

 

「ちょ、ちょっと待ってください。 迷宮、というのはどういうことですか?」

 

「ああ、それも話さないといかんな。 今、王国にも一つあるが、魔神の力が眠る建造物のことだ。 その中に入り、試練を乗り越えれば魔神の力を手に出来ると言われている。 そして、数多の財宝や魔法道具もな」

 

(要するに、魔神使いの力っていうのは、ユグドラシルでいうダンジョンの攻略特典のようなものなのか? もしかしたら、昨日の女もそれと関係があるのでは・・・これはナザリックでも攻略を検討するべきか?)

 

「その・・・、迷宮っていうのは誰でも入ることが出来るのですか?」

 

アインザックが頷く。

 

「ああ、人間から亜人まで制限はない筈だ。 あー、だけど自身の魔獣を連れ込もうとした冒険者がいたけど、魔獣のほうは、迷宮の入口となっている黄金の膜に触れても入れなかったと聞くな。 それに動物も不可能だとか。 まあ、よく考えた方がいい。 もし攻略に失敗すれば、二度と戻れん。 今、王国にある迷宮も既に二万人以上を飲み込んだそうだ」

 

「そう、ですか」

 

ならば、異形種はどうなのだろうか。

動物や魔獣とやらがダメということは、もしかしたら入れない可能性もある?

なら、人間や亜人の傭兵NPCを召喚して、攻略させるのは?

 

モモンガはいくつかの選択と可能性について考えた。

 

「だが、魔法道具だけでも十分に凄いがな。 空を飛べる絨毯だったり、美味い酒が幾らでも湧く壺だったり。 ボンクラ貴族共めが。 そんな貴重なアイテムを山賊などに・・・」

 

「お、おいっ」

 

アインザックが慌てて止めようとするが、モモンガ達やクラルグラに、もう既に聞かれてしまったことを悟り、話し出す。

 

「いや、今言ったとおりなんだよ、クラルグラの諸君にアインズ殿たち。 ガゼフ殿が、迷宮から持ち帰った数々の魔法道具はガゼフ殿が迷宮を攻略した際、既に戦士長だったことから、国家の所有ということになったんだ。

それを貴族たちが自分の権限を利用して好きに持ち出してしまってね。 何しろ魔法道具は誰でも使用できるから、戦闘の素人でもそれなりの強さを手軽に手に出来る。 だけど、それで調子に乗った若い貴族が、魔法道具を見せびらかして、結局盗賊に奪われた例がかなりあってね。 エ・ランテル周辺で起こった盗賊による略奪事件でも、炎をガントレットから打ち出す魔法道具が使用されたという情報がある」

 

「炎を打ち出すガントレット・・・」

 

アインザックの言葉を聞いたモモンガは、カルネ村でエンリから聞いた村を襲った盗賊の話を思い浮かべた。

 

それから、アンデッド襲撃についての話題へと戻り、約三十分後、会議は一通り終わる。

 

最後にアインザックが、モモンガに話しかける。

 

「白金のプレートは、帰りに受け取って行ってくれ。 それと、これからも三人で行動するならチーム名を考えていたほうがいいと思うぞ」

 

「チーム名、ですか?」

 

「ああ、冒険者として有名になってくれば、君達を名指しで依頼する者も出てくるだろうからな。 その時にチーム名があった方が都合がいい」

 

ふむ、どうしようか。

モモンガは候補を考えようとするが、心配事を抱えすぎている為か、すぐには思い浮かばない。

 

まあ無理に自分で考えることもないか。

 

「アルベド、お前が考えてくれ」

 

「わ、私がですか? ですが、そのような恐れ多い・・・」

 

「いや、そう難しく考えるな。 思い浮かんだ物を言ってくれればいいさ。

ああ、アインザック殿。 実はこの二人は、かつて私の家に使えていた部下達でしてね。

家が没落したあとも、私を主のように思ってくれているのですよ」

 

モモンガはアルベドの態度に怪訝な顔をした部屋の中にいる者たちに聞こえるように話す。

やはり、どうしても二人が抱くモモンガへの敬意を隠すことなど出来ない。 ならばいっそ、そういう設定にすればいいと、宿で考えてきた台詞だ。

 

「で、では・・・」

 

アルベドは俯いて、30秒程考える。

 

そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「虹色の蛇、というのはどうでしょうか?」

 

「虹色の・・・? ああ! なるほどな。 いいじゃないか」

 

「ほ、本当ですか?」

 

虹色の蛇、それはギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのデザインを指している。

 

(この名前を有名にすれば、もし他のギルドメンバーがこの世界に来たときも、気づいてくれるかも知れないしな・・・。 ふふ、やはりアルベドに任せて良かった)

 

「ああ、とても素晴らしいと思うぞアルベド」

 

モモンガは思いの他、このチーム名を気に入ってしまった。

 

「ではそういう事で頼む、アインザック殿。 さあ、今日は一旦宿屋に帰るか。 いや、そういえばリィジーさんがお礼をしたいから、薬品店に寄ってくれと言っていたな」

 

三人は階段を降り、冒険者組合を出る。

 

そして、バレアレ薬品店へと歩くモモンガの後ろ。

鎧の中でアルベドが、恍惚として笑みを浮かべた。

 

(ああっ、モモンガ様・・・。 やはり貴方は私の心を理解なされておいでなのですね。 ギルド武器は、ギルド長である貴方にしか使えない武器。 私がチーム名に込めた、ギルドなどではなく貴方だけに仕えたい、という告白をモモンガ様は素晴らしいと言ってくださった・・・)

 

この時モモンガの頭の中は、この世界にいるかもしれない他のプレイヤー、魔神使いと迷宮。

そして、これから貰えるというお礼のことで一杯だった。

 

(お礼、か。 もしかしたら、この世界の珍しいアイテムでもくれるのか? まあ、役に立つかは置いておいて、冒険者としての、初の大仕事の記念の意味でもコレクションに入れるとしよう。 ああ、そうだ。 カルネ村を襲った盗賊が魔法道具とやらを所持しているんだよな。 昨日あの女が、装備による火属性耐性を突破した理由も気になるし、一つサンプルに欲しいな・・・)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「しかし、アインズ・ウール・ゴウンか。 何者だと思う?」

 

冒険者達が去り、アインザックとラケシルの二人だけになった会議室で、アインザックが尋ねる。

 

「うーむ・・・。 少なくとも、第三位階の魔法詠唱者で、国宝級の書物を読む機会があった者なのだろう? 物腰も教養を感じさせるし、高度な教育を受けてきた、かなりの地位にいる人物だったのでは?」

 

「だろうな。 仲間の二人は、かつて自分の家に仕えていたと話していたし、平民では無いのだろう。 いや、あれ程の実力者が未だに忠誠を誓っているのだ、もしかして・・・」

 

「王族、とかか?」

 

ラケシルは、自分で言った王族、という言葉がやけに真実味を帯びている気がした。

確かにそう考えれば、色々と辻褄があうが・・・。

 

「まあ、いずれにせよこれからだな。 虹色の蛇、か。 もしかしたら、いつか英雄と呼ばれるような存在になるかもしれん」

 

アインザックは会議室の窓から、組合を出て通りを歩き去っていく、モモンガ達を眺めた。

 

 

 



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第二十一話 破滅へ向かう国

モモンガ達がバレアレ薬品店に向かい歩いていると、一人の兵士が声をかけてきた。

 

「あっ、アインズ殿達ではないですか! 昨日はありがとうございました」

「えーと、あなたは・・・」

 

あまり特徴的とは言えない顔の男を前に、モモンガは記憶を呼び起こそうとするが上手くいかない。

だが、セバスがモモンガに顔を寄せて囁いた。

 

「モモンガ様。 この者は、昨日の墓地警備の際に会った兵士でゴードンというものです」

 

その言葉で、モモンガもやっと思い出す。

確か、隊長に言われて仕事の説明をしていた兵士だ。

 

「やあ、ゴードンさん。 昨日は大変だったな」

 

「いや・・・、僕なんか結局大したことは出来なくて。 市民に避難を告げに走り回っていただけです。 あなたを含め冒険者の方々には感謝していますよ」

 

「ああ、いいんだ。 今は我々もこの国の冒険者だからな。 民を守る時は、兵士も冒険者も協力するべきだろう?」

 

「民を・・・、え、ええ、まあ」

 

ゴードンの返事は何故か歯切れが悪い。

 

少し気になったが、自分達がリィジーに呼ばれていることを思い出し、モモンガは別れを告げることにした。

 

「では元気で・・・、うん? あれは、何だ」

 

モモンガ達から100メートル程離れた建物の影から、一人の女が飛び出てきた。

 

体のラインがくっきりと浮かぶ薄い肌着を纏い、金属製の首輪を着けているその女は必死にモモンガ達がいる方角へと走っている。

 

「待て! てめえ」

 

その後ろから、皮製の鎧を身につけている三人の男も姿を現す。 どうやら追いかけられているようだ。

 

「あれは・・・モモンガ様。 どうされますか?」

 

明らかに只事ではない様子に、セバスが気を引かれている素振りでモモンガに問いかける。

モモンガとしては厄介事に巻き込まれたくは無いが、見たところ追いかけている男達は、明らかにまともな市民ではなさそうだ。

ここは一旦止めて事情を聞いてみた方が、当面の目的である名声を得ることにも繋がるか?

モモンガが、そこまで考えセバスに指示を出そうと思っていたとき、女を追いかける男の一人が、こちらを向いて叫んだ。

 

「おうい、そこの警備兵! 逃亡奴隷だ。 捕まえてくれ」

 

「・・・っ」

 

それを聞いたゴードンが、走ってくる女の前に立ち塞がる。

 

「や、やめっ。 助けてっ! 私は無理矢理・・・」

 

女が恐怖に引きつった顔でゴードンに助けを求めるが、彼は黙って女に組みかかると、地面に引き倒してしまった。

女の服が土に汚れ、もがいた腕に擦り傷が出来る。 ゴードンの顔はここからは見えないが、彼は男達が追いつくまで、女を抑える手を緩めることはなかった。

 

「すまねえな。 警備兵さん。 ちっ、このクソ女、俺らに手間かけさせやがって」

 

男のブーツが女の腹部に強くめり込む。

 

容赦が感じられないその蹴りに、女は押しつぶされるような声を発した後、強く咳き込んだ。

 

更なる蹴りを入れようとした男を、女を追っていた他の男が抑える。

 

「よせよ、こんな街中で。 お客さんが見たら引いちまうだろ。 警備兵さん、今回はありがとうございました。 これからは出来るだけお手間をかけさせないようにしますんで。 おい、行くぞ」

 

男の声に、他の二人が女の首輪に鎖を付け引きずっていく。

 

「やっ、やめてぇ。 許してくださいぃ」

「ちぃっ、黙らせろ」

 

男が女の頬を殴ると、もう女は言葉を話すことはなくなる。

女の啜り泣きが徐々に遠ざかっていった。

 

モモンガがふとセバスを見てみると、一見平静さを崩していないようだが、拳は白くなるほど握り締められている。

 

「あの・・・今のは」

 

目の前の出来事に理解が追いついていない、モモンガの質問を受けゴードンは顔を向ける。

 

モモンガの方を見ているその目は、先程とは違い暗く濁っているようだった。

 

「そっか。 あなた達は最近この国に来たんですよね。 ・・・今、時間がお有りなら、少し話していかれませんか? そこに詰所がありますので。 この時間は私以外は誰もいません」

 

「で、では、そうさせて頂こう」

 

詰所、というのは石づくりの小さな建物だった。

 

ごく少数の兵士が休憩する役割しか持っていないらしく、部屋の中には長テーブル一つと、椅子が6つ。 そして小さな収納箱しか置いていない。

モモンガ達は、ゴードンが並べてくれた椅子に座り彼の言葉を待った。

 

「ちょっと待っていてください」

 

ゴードンは収納箱から、茶褐色の液体が入っている瓶を取り出すと、蓋を開けて大きくあおる。

モモンガは、刺激的なアルコール臭を感じた。

あれは・・・酒だ。

 

「す、すいません。 人の前だっていうのに。 だけど、ああいう仕事をした後は少しでも酔わないと、おかしくなってしまいそうで」

 

ゴードンは瓶を持ったまま椅子に座ると、何度か躊躇った末に口を開いた。

 

「あの女の人は奴隷です。 恐らく、服からして娼館から逃げてきたんでしょうね」

 

「奴隷? この国には奴隷がいるのか?」

 

「そこからですか・・・。 まあ、他の国から流れてきたばかりなんですよね」

 

モモンガも、物語で、あるいはユグドラシルの設定などで奴隷というものは何度も見かけてきた。

だが実際に目にするとなると、やはり驚きがないとは言えない。

 

「この国の奴隷制度は昔からありました。 基本的には借金をして返済が不可能になった者が、自分の人権と引換に返済義務を果たす。 または、増えすぎた人口を支えきれなくなった農村などが金銭と引き換えに身売りをさせるっていう二通りの理由が主だったんです。 ですが、最近は・・・」

 

ゴードンはもう一口酒を煽る。

まるで、これから話す内容はそうでもしなければ語ることは出来ないとばかりに。

 

「四年前、体調を崩したランポッサ三世に代わり、パルブロ王が即位してから事情が変わりました。 王国内の奴隷の数が急激に増加したんです。 理由は二つの法律。 徴税方法の自由化、そして不敬罪の導入です」

 

「・・・詳しく説明していただいても?」

 

鋭い目をしたセバスが、ゴードンの話を促した。

 

「徴税方法の自由化から説明します。 以前は、農村からの税の徴収は、徴税官がその村の作物の収穫量などを調査した上で、収穫量に応じ一定の割合の作物を収めさせる、といった方法でした。 しかし王が変わってからは、経済の流動性の促進を理由に、作物その物ではなく、その作物の量に応じた金銭で税を収めさせることが各貴族の権限で行えるようになったのです。

・・・しかし、作物の値段などその年の収穫量や、地域により大きく変わるもの。 こういった場合は国が一定の基準を設けるものですが、王国はその権限を貴族に委ねてしまいました。

その結果、貴族の裁量で、法外な金銭を税として要求することが出来るようになり、当然納税義務を果たせない村も出てくる。 そういった村から貴族は、奴隷を供出させることで税の不足分を回収することも許されたのです。

まあ、この辺りは王直轄領ですし、エ・ランテル周辺地域を混乱させることはバハルス帝国の侵略に繋がりますから、従来の徴税方法を維持していますが」

 

「何という・・・。 ですが、農村部からの反発が起こるのでは?」

 

「無理ですよ。 徴税官に逆らった農村は罰せられて、見せしめの為に皆殺しにされることもありますし、貴族が所有する兵士だけで鎮圧が出来ない場合は中央から王国戦士団・・・ガゼフ・ストロノーフ率いる部隊が派遣されて殲滅されます。 魔神使いに普通の人間が敵う筈ありません」

 

会議室内に沈黙が満ちる。

人間という生物に同族意識を持たなくなっているモモンガは、特に憤りを覚えるということは無いが、リアルでのブラック企業より酷い搾取に、流石に呆れてしまう。

そんなことをして、国を支える農村を弱らせていけば、そう遠くない内にリ・エスティーゼ王国は滅びると、一般的な常識を持っていれば分かりそうだが。

 

セバスは沈黙しているが、その瞳は燃えるような炎を湛えている。

アルベドは会話は聞いているようだが、特に反応を示すことなく、沈黙していた。

 

「不敬罪の方は、もっと露骨ですよ。 つまり平民が貴族を侮辱したり、反抗的な態度を取ることを法律で罰することにしたのです。 例えば、ある貴族が町娘に狼藉を働こうと襲いかかる。 そして、その町娘が抵抗の拍子に貴族に傷をつけてしまえば、それだけで罪に問えます。 法外な罰金を課して、当然払えないので奴隷身分に落とすことで返済義務を履行させる。 平民側の言い分など大抵通りません。 これは他の都市で本当にあった出来事です」

 

話し終わったゴードンは、一際大きなため息をつくと、瓶に残っていた酒を全部飲み干し、テーブルに突っ伏してしまう。

話している途中から酔いが回り始めていたのか、目つきが怪しくなっていたが、とうとう酔いつぶれてしまったようだ。

 

「もう、僕もこの国で働くのはうんざりなんです。 ああ、新王国に行きたいなぁ。 ザナック王と金色の英雄ラナー将軍が治めるあの国では、王族以外に貴族というものは存在せず奴隷もいない。 税率だって民が余裕を持って暮らせる範囲にとどめてくれているそうですし・・・、きっと僕も誇りをもって・・・お仕え・・・・・・」

 

ゴードンはそのまま眠ってしまった。

目の端からは涙が一筋零れ、彼の苦悩と悲しみを表しているようだった。

 

「行くか・・・、アルベド、セバス」

「はっ」「はい・・・」

 

モモンガ達は詰所を出て、バレアレ薬品店へと急ぐ。

ついさっきまでモモンガの心は未知の世界への好奇心に満ちていたが、急に碌でもない現実に引き戻されたようだった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

十枚づつ積まれた金貨の塔がモモンガの目の前に、四つ並んでいる。

 

リィジーの用件というのは、ンフィーレアとエンリを助けてもらった礼と、二人の傷を癒すのに使用したポーション代の支払いだった。

 

(お金、か。 まあ現地の貨幣は、まだ豊富にあるとは言えないしありがたいといえば、ありがたいが・・・)

 

現地の珍しいアイテムなどを期待していたモモンガには、少し拍子抜けだった。

 

「ポーションの代金はこれで足りるだろうか? 二人の傷を跡も残さず完全に消すとなると、錬金術溶液を使ったものじゃろ? うちでは第二位階魔法を封じ込めたものは、金貨8枚で売っているから、それが二つで16枚。 それに、二人の命を救ってもらった礼を合わせて40枚くらいが妥当かと思ったんだが・・・、もし足りなかったら言ってくれ」

 

「いえ、これで問題ないです。 確かに私達が使ったのは第二位階魔法が封じ込められた錬金術溶液ですから」

 

モモンガは、ごく自然にリィジーの考えを肯定した。

この街に来てまだ二日だが、どう答えていいか分からない時はとりあえず人に合わせておけば上手くいく、と異世界での身の振り方がわかってきた気がする。

 

「今回のことは本当に感謝しておる。 私に手伝えることがあればいつでも言っとくれ」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

既に日が傾いてきたし、これから新たに依頼を受けるのは難しいだろう。

一度ナザリックに戻り色々と指示を出すためにも、今日は冒険者としての活動は終わりにする予定だ。

 

モモンガは帰ろうとするが、ふと、あることを思いつきリィジーに尋ねる。

 

「すまないが、ポーションを見せて貰ってもいいか? ここはエ・ランテル一の薬屋なのだろう? もし冒険の役に立つものがあったら、購入したいからな」

「ああ、勿論じゃ。 どんな薬が入用かの? ここにリストがあるから自由に見ておくれ」

 

モモンガが、リストを手に取るが当然のことながら分からない。

 

まあ、ユグドラシルで使われているポーションとの違いを調べるだけだし、最も基本的なポーションでいいか、と考えた。

 

「そうだな、ヒーリングポーションを持ってきてくれ」

「はいよ。 ところで、どの種類にする?」

「えっ? ま、まあ取り敢えず下級ポーションでいい」

「いや、そうではなく―――」

 

その後のリィジーの説明によると、この世界のポーションには薬草のみで作るもの、薬草と魔法で作るもの、魔法と錬金術溶液で作るものの三種類あり、後者となるに従い即効性が高くなるらしい。

 

その情報に興味が湧いたモモンガは全ての種類を一本ずつ購入することにした。

 

自分の目の前に並べられたポーションを見て、モモンガは驚く。

 

「青いヒーリングポーションか・・・」

 

何気なく口走った言葉だが、リィジーは敏感にそれを捉えると、目を見開きモモンガに対し勢いよく顔を寄せた。

 

「も、もしかして他の色のポーションを見たことがあるのか!?」

「い、いや。 赤いポーションを、ちらっと見たことがあるような・・・」

 

リィジーの剣幕に、モモンガは思わず正直に答えてしまう。

 

「なんじゃと! あ、ありえん。 赤い色のポーション、ということはもしかして神の血。 で、伝説のポーションがそなたの国では作られているのか?」

「うっ・・・」

 

軽く口走ったことがここまでの騒ぎになるとは・・・。

モモンガは己の迂闊さを痛感しつつ、この場を治める方法について考える。

 

すると、冒険者組合でラケシルに使った言い訳が、上手くいったことを思い出した。

 

「そ、それは違います。 私の国の魔術師達が、厳重に保管している秘宝の中に赤いポーションがあったのですよ。 研究はされているようですが、作成に成功したという話は聞いたことがありませんね」

 

「そなたの国では、赤いポーションの実物を分析して研究が出来るのか! わ、私にその国の場所を教えてくれ。店はンフィーレアに任せて、その研究に参加するぞ! これでも王国一の錬金術師を自負しておる。 研究の足手纏いにはならん」

 

まずい、本格的にまずい。

軽い気持ちでついた嘘が膨れ上がり、独自の世界観を形成しつつあるのをモモンガは感じた。

 

ここは一旦切り上げ、対応を考えるべき。

そう決めたモモンガは、多少強引な手段を使うことにする。

 

「だ、ダメです。 この研究は、国中の魔術師達が総出で行っているもの。 もし他の国の錬金術師に計画を漏らしたのがバレたら私の国での立場が無くなりますからね。 少なくとも、もっとあなたの人柄などを知ってからでなければ」

 

「・・・そう、か。 残念じゃな」

 

リィジーが思ったよりもあっさりと引いてくれたことにモモンガは安心する。

そして、店の扉を開けながら別れの言葉を口にした。

 

「では、私達はこれで失礼する」

 

建物が長い影を落とし始めた午後の街。

三人は宿屋へと歩いて行った。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

リィジーは考える。

 

本当はアインズに国の場所を教えることを拒まれた時、魔法を使って脅してでも聞き出すことが頭をよぎった。

 

だが、それをするとアインズとの関係が完全に破壊されてしまう。

 

恐らく、アインズ・ウール・ゴウンは母国では魔術師としてかなりの地位に居る人物だ。

国の秘宝だという、ポーションを見ることを出来たのが、その証拠。

 

彼の国にとってよそ者である自分が、そのポーションの研究に参加するには、アインズの後押しが必須だろう。

 

そこまで考えられたおかげで、なんとか魔法の行使を思いとどまった。

 

 

そしてリィジーは、近くの調合台で作業をしているンフィーレアに目をやる。

 

「ンフィーレア。 今年もトブの大森林まで薬草を取りにいくんじゃろ?」

 

「そのつもりだよ。 エンリのご両親のお墓にも、一度お参りしたいし」

 

「そうか、じゃあその際の護衛じゃが―――」

 

 

 

 

 



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第二十二話 王の剣

―――ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

エ・ランテルから一旦帰還したモモンガは、跪き自分の言葉を待つ階層守護者達を見渡す。

 

ふむ、どうしたものか。

モモンガは心の中でため息をついた。

人間の街に潜入し情報を得る作戦は、成功と言えるだろう。

 

現地人のレベルの低さ、都市の軍備の脆弱さを知ることで、ひとまずこの世界の平均レベルが100以上などという最悪の事態では無いと分かった。

 

だが、不安材料も数多くある。

例えば、現地出身の未知の強者、魔神使い。

 

そして自分達以外のプレイヤーの影だ。

 

この世界に来たばかりで上も下も分からないという状況からは脱したものの、依然として軽率な行動は絶対に取れない現状に変わりはない。

 

モモンガは、階層守護者達に命令を伝えていく。

 

「さて、我々が街である程度の情報は掴んだとはいえ、未だ不明なことも数多い。 とはいえ、いつまでもナザリックに引きこもったままでは、謎は謎のままだ。 私、セバス、アルベドによる情報収集は継続するが、いくつかお前たちにも調べて欲しいことがある。 まず一つ目は、ナザリック付近にある森、トブの大森林についてだ。 冒険者組合で聞いたところ、この森林は王国から帝国にかけて、アゼルリシア山脈という山脈を囲うように広がっているらしい。 そして、内部には亜人や魔獣などが生息しているらしいが正確な情報は無いと。 そこでだ、アウラ」

 

「はいっ」

 

男装をした子供のダークエルフ、アウラが目を輝かせ元気よく答えた。

 

「お前には、トブの大森林を探索し内部の情報を調査して貰いたい。 人類が未だ進出していないこの地は、いざという時のナザリックの避難所にも使えるかもしれん。 それには、レンジャー技能を持つアウラが適任だろう」

 

「わかりましたっ! 私が森の隅から隅まで、全て調べてみせます」

 

モモンガは、アウラの返事に頼もしさを覚えるが、一応釘は刺しておく。

 

「任せたぞ。 但し知的生物と遭遇した場合は戦闘は避けろ。 気づかれないように情報収集をするだけに止め、存在を勘付かれた場合も、逃走を第一選択とするのだ」

 

「了解です」

 

アウラへの命令が滞りなく終了し、モモンガは次の話題へと移る。

 

「さて、次は王国内の調査だ。 ただ、どこに驚異が潜んでいるか分からない以上、当面は我々が表から情報を得ていく。 私がすぐにでも欲しいのはこの世界特有の迷宮(ダンジョン)という建造物についての情報だな」

 

その言葉にデミウルゴスが反応する。

 

「それでしたら私もアルベドの報告で知っております。 魔神の力とやらが眠る建造物だとか」

 

「ああ、いずれ私が自ら調査をしたいが、今はエ・ランテルから大きく動くつもりは無いからな。 お前達の誰かに基本的なことだけでも調べて貰いたい。 具体的には、外見や付近の様子、入る人間の数、構成している材料などになるか。 これは・・・デミウルゴス。 お前に任せよう。 王国内の簡単な地図は街で買っておいた。 迷宮はこのリ・クルームという小さな街の近くにあるらしい」

 

迷宮の調査に当てる人員を選ぶ際、シャルティアかデミウルゴスかで迷いはしたが、確かシャルティアの配下には隠密能力を持つ下僕は少なかったはず。

隠密能力の高い、影の悪魔などを配下に持つデミウルゴスの方が適任だとモモンガは考えた。

 

「はっ、どうぞお任せ下さい」

 

「頼んだ。 …ひとまずはこんなものか。 帝国や新王国の調査は、せめてもう少し相手の戦力が分かってからにしたいな。 ……ああっ、そうだった。 どうやらエ・ランテル付近で活動している盗賊が、魔法道具というアイテムを所持しているらしい。 ユグドラシルには存在しないアイテムである可能性が高いので、手に入れておきたい。 ついでに盗賊を捕獲して情報を引き出すことが出来るかもしれないしな。 まあ、このことについては直ぐには取り掛からなくてもいい。 エ・ランテル周辺とは言ってもそれなりに範囲が広いし、手がかりがない上に、大規模な捜索も出来ない現状では居場所を掴むことも難しいだろう。 冒険者組合に何か情報が入ったら、その時動くことにする」

 

「「はっ」」

 

「もう用件は無い。 解散してそれぞれの職務に戻ってくれ」

 

守護者達は一礼をした後、転移魔法、或いは走って解散していく。

 

玉座の間に残っているのは、モモンガ、アルベド、セバスのみとなった。

 

(さて、我々もこれから暫くは冒険者の依頼を受けて信頼と名声を上げていくか……、だがやはり、多くの情報を得るためには王国の首都に行く必要があるだろうな。 エ・ランテルは所詮、地方の一都市。 いつまでも引きこもっているわけにはいかないな)

 

だが、あのゴードンという兵士の話では、他の都市では愚かな貴族が好き放題にしている最悪の状態になっているらしい。

できればトラブルには巻き込まれたくないが…。

モモンガは憂鬱な気分をため息とともに吐き出した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

――リ・エスティーゼ王城、前王ランポッサ三世の寝室。

 

天蓋付きの大きなベッドの他には、水差しが置いてあるテーブルと、簡素な文机しかない王族としては簡素な部屋。

その部屋に、一人の老人の咳音が響いた。

 

「ごほっ……。 すまんな、ガゼフよ。 話の途中で」

 

「いえ、滅相もございません。 殿下のお体が何よりも大事です、どうかご自愛を。 ……体調が優れないようでしたら、日を改めましょうか?」

 

「いや、次に話ができるほど回復するのはいつの事かわからん。今、聞きたいのだ。 王宮内で信頼が置けるのは最早そなたのみだからな。 それで…、最近の国内の様子はどうなっておる」

 

ランポッサ三世の質問に、王国戦士長であり国内唯一の魔神使い、ガゼフ・ストロノーフはしばし沈黙する。

 

だが、やがて心の中で意を決すると口を開いた。

 

「一時期はパルブロ陛下の即位による混乱もありましたが、最近は比較的落ち着いております。 帝国や新王国との軍事衝突も起きておりませんし…、大きな危機には直面していないかと」

 

「そうか、ならば良いのだが」

 

リ・エスティーゼ王国の王位は四年ほど前に、このランポッサ三世からパルブロに譲位された。

それ以来ランポッサ三世の体調は悪化の一途を辿っており、最近では月の内の殆どは寝たきりとなっている。

 

寝室から出られない彼には、当然国内の情勢などを直接知るすべはない。

身の回りの世話をする者達も、パルブロ王の命令で現在の王国の状況については、いいように誤魔化しており、今となっては、長年己に仕え尽くしてきてくれたガゼフとの会話がランポッサ三世にとって唯一信頼できるものだった。

 

故に彼は、ガゼフの言葉を信じる。

彼の心の中の葛藤に気がつかぬまま。

 

「ご安心ください、殿下。 パルブロ陛下は私が支えていきます、この剣と…魔神の力で」

 

「頼む、パルブロは簡単に乗せられやすいところがあるからな。 お前が近くで見守ってやってくれ。 ふぅ、すまんが、もう疲れたな。 今日は…、ここまでにしよう」

 

「はっ。 くれぐれもお体を大切に」

 

挨拶を済ませ、ガゼフは王城内の自分の部屋まで歩いていく。

 

すると、その途中。

廊下の向こうから、一人の男が歩いてきた。

 

くすんだ青色の髪に、不敵さをも感じさせる猛禽類のような鋭い瞳。

薄手のシャツを、無駄な脂肪の無い極限まで鍛え上げた筋肉が盛り上げている。

 

彼は王国戦士団の副団長、ブレイン・アングラウスだった。

 

「ガゼフ、前王と会ってきたのか?」

 

「ああ、今日は数週間ぶりに体調がいいようだったからな。 今の――、王国について話してきた」

 

「そうか……」

 

ブレインはこの城の中で最もガゼフに近しい人物と言ってもいいだろう。

副団長として、そして友人として。

公私に渡りガゼフと親交のある彼は知っていた。 ガゼフがランポッサ三世の体を気遣い、現在の王国の状態を懸命に隠していることを。

そして今から告げることは、また一つガゼフを追い詰めることとなるだろう。

 

「王から命令が来た。 リ・ウロヴァール周辺で発生した農民の反乱を鎮圧しろと。 どうやら複数の農村が協力して、千人程の農民が領内で暴れているらしい。 噂によると、ウロヴァール辺境伯が無茶な税金を課して、それらの村から大勢の奴隷を供出させようとしたらしいな」

 

またか、とガゼフは嘆息する。

パルブロ王の治世となってからは、元々深刻だった貴族による民からの搾取が激しさを増している。

このままでは民を苦しめるどころの話ではない。 もはや、民の命と引き換えに私服を肥やすまでに貴族の腐敗は進んでしまった。

 

「なあ、ガゼフよ。 もういいんじゃねえか? いずれにせよ王国は滅びる、しかも民を苦しめるだけ苦しめた後にな。 お前だってこのまま腐った貴族共に力を利用されていくよりは、新王国に」

 

ガゼフが手を突き出し、ブレインの言葉を途中で止める。

 

「それ以上は言うな。 でなければ私はお前を裏切り者として通報しなければならない、私の…部下だった者達のように」

 

以前ガゼフ達、王国戦士団がパルブロの命令で、反乱を起こした民を殺すことを命じられたとき。

ガゼフの部下だった者達の内数人が、ガゼフに対して訴えた。

 

もう王国に仕えることは出来ない。 自分達と共に新王国に寝返ろうと。

だがガゼフは王国を裏切ることはなかった。 そして王国に仕える戦士として…、離反を勧めた部下達を議会に密告したのだ。

部下達は大罪人として、その家族共々火刑に処された。 幼い子供から年老いた老女まで全て。

彼らの肉が焼ける匂いと断末魔の記憶は決して消えることなく、今もガゼフを苦しめていた。

 

その事件をきっかけに、ガゼフが見出し鍛え上げてきた従来の王国戦士団員から、ガゼフは民よりも王を選んだ犬と蔑まれるようになっていき、何者かの手引きもあったらしく、元々50人近くいた王国戦士団員達はその殆どが家族と共に姿をくらました。

 

失われた団員達を補う為に、各地の貴族達が手駒として押し付けてきた素行の悪い兵士を受け入れるようになり、戦士団の質は以前とは比べ物にならない程に下がってしまった。

 

ブレインは、彼なりに何か思うところがあったのだろう。

守るべき王国民達からも恐れられるようになったガゼフの噂を聞きつけ、戦士団の副団長として力を貸してくれることとなったのだ。

 

だが部下の兵士達は鍛え直す以前に性根から腐りきっている者が殆どで、ガゼフとブレインが目を光らせていなければ略奪や暴行を平気で行う者達ばかり。

今やこの二人が、屑の巣窟となった王国戦士団、いやリ・エスティーゼ王国を武力で支えていると言っても過言ではない。 それは決して、民の為になっている訳では無いのだが。

 

「誰から罵られようと、蔑まれようと……、ランポッサ三世殿下から受けた御恩を忘れることは無い。 あの方が望まれるならば、パルブロ陛下の命令にどこまでも従うまで」

 

「八百万の民から恨まれてもか?」

 

「恨まれる覚悟なら……、既にしたさ。 泣き叫ぶ農民を無理矢理奴隷に堕とすことに加担した、私を信頼してくれていた部下をその家族と共に地獄へ落とした。 そしてこれから、大切な者達を守る為に立ち上がった農民達を焼き殺そうとしている。 だが、前王殿下に取り立てられたときに誓ったのだ。 どんな状況であろうとも、最後までこの方の為に尽くすと。

私は王の剣、ガゼフ・ストロノーフなのだから」

 

 

 



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第二十三話 金色の英雄

――リ・エスティーゼ新王国、臨時首都エ・レエブル。

 

エ・レエブルはかつて六大貴族の中で最も力を持っていたレエブン侯が治めていた街。

そして現在は約4年前、王国から独立した新王国の臨時首都が置かれている。

 

臨時首都、というのは新王国を統治するザナック王が、近い将来に王国を併合し新王国の王都をリ・エスティーゼに移すと公に宣言している為。

 

事実、新王国は二年前に新王国領に隣接していたブルムラシュー侯の領地に侵攻を開始。

瞬く間に、彼の地を支配下に置いてしまった。

通常、こういった武力を用いた侵略は現地の民衆からの反発を招くものであるが、既に王国貴族の圧政に疲弊していた旧王国民は、王国よりも遥かに洗練された統治制度を持つ新王国の支配を喜んで受け入れたと言われている。

 

 

臨時首都エ・レエブル内の商業区。

正午を回り、昼食を終えた人々が午後の仕事に取り掛かり始め、市場は活気に満ちていた。

 

「さあどうだい、法国の旦那。 今朝取れたばかりのヒュエリだよ! 王国のヒュエリは瑞々しくて甘さ満点、少し負けてあげるから一つ食べてってよ」

 

「セレパの果実酒だ! トブの大森林のすぐ近く、新王国内でも特に肥沃な土地で取れた実を使った極上品だあ」

 

「法国産の調理用銀ナイフ。 ガアラの工房製の良品でえす、これを使えば料理が二割増しで美味しく感じると評判ですよぉ」

 

市場には様々な出店が立ち並び、それぞれ色彩に溢れる品々を売っている。

その中には、新王国とは国境が隣接していない筈のスレイン法国の商人も混ざっていた。

 

 

 

……現在、新王国政府が発表している新王国の成り立ちはこうだ。

4年程前、王国の前国王ランポッサ三世が、無能な王子パルブロを長男だからという理由だけで次期国王に指名すると内々に発表。

それに対し、ランポッサ三世の次男であるザナック王子と、その半年程前に迷宮を攻略していた、国内二人目の魔神使いラナー王女が反発。

二人と同じく王国の行先を憂えたレエブン侯が、領地と私兵達をザナック王子に委ね、王国からの離反を進言した。

そして、三人が機会を窺っていた矢先、バハルス帝国が突如として王国に対し宣戦を布告。

それに応じた王国内の貴族や、ガゼフ・ストロノーフ率いる戦士団がカッツェ平原へと向かい一時的に王国内への警戒が手薄になった隙をつき、三人はレエブン侯の領地を中心に周辺の貴族の領地を制圧し、新王国の樹立を宣言した。

 

その後、貴族制や奴隷制度の廃止。 スレイン法国の学者や、王国内から新王国に共感し寝返った識者を教師とする、授業料無償の国民学校の設立。 常備軍の構築、正確な戸籍の導入など、これまでの王国では考えられなかった制度を続々と導入し、先進的な社会を作り上げつつあった。

 

ちなみに新王国を語る上で、決して外せないのがスレイン法国の存在である。

新王国は、元々王国の物であった二つの大都市、エ・レエブルとリ・ブルムラシュールを支配しているが、その支配面積は分裂前の王国領の二割程度でしかない。

 

しかも、西に存在するバハルス帝国との間は、トブの大森林とアゼルリシア山脈に阻まれており、南のスレイン法国とも、間にエ・ランテルがあるせいで国境を共有していない。

 

そこで王国は、王国から新王国への移動に法外な足税を課すことで、商人の行き来や国民の流出を阻止し、新王国の外部とのやり取りを封じ国力を弱らせていく作戦に出た。

そして、それは現在も継続している。

 

だが、新王国の魔神使いラナー将軍はその程度の行動は既に予測していた。

 

彼女は自身の魔神の力を使い、スレイン法国、竜王国内の4つの場所とエ・レエブルを4組の転送魔法陣で繋ぎ、エ・レエブルを中継地として4つの場所の内、どこへでも短時間で行けるようにしたのだ。

 

ちなみに転送魔法陣が解放される時間は、ラナー将軍の消耗を防ぐために一日30分程度とごく短時間に設定されており、人間の移動だけなら兎も角、大きな荷物を運ぶ商人や新王国にも用事がある者は多くの場合、エ・レエブル内で一日滞在し翌日の解放時間中に次の目的地へと移動する。

それでも陸路を移動するよりはずっと短時間で済むし、危険な旅をする必要もない為に利用者は数多い。

 

その為、エ・レエブルは王国以外とは国境を共有していないのにも関わらず、スレイン法国と竜王国からの客で溢れる国際都市となっていた。

 

同時にこの魔法陣を使い、旧ブルムラシュー領で産出された鉱石や肥沃な大地で生まれた作物の輸出も行っており、新王国の経済はかなり良好であると言えた。

 

当然この二カ国と新王国との関係は親密で、両国とも新王国を正式な国家と認めている上、スレイン法国に至っては教育制度や戸籍の導入時に様々なノウハウを新王国に提供した新王国最大の友好国である。

 

王国の封じ込め戦略は、ほぼ完全に失敗に終わっていると言ってもいいだろう…。

王国自体は法国や竜王国との関係が薄い上に情報収集も怠っており、まだ現状に気がついていないのだが。

 

だが王国の国境閉鎖が新王国に全く損害を与えていないかといえば、そうではない。

 

新王国に現在不足しているもの。 

それは冒険者だ。

 

エ・レエブルとリ・ブルムラシュールを占領した際、都市の冒険者組合はそのまま残して業務を継続させた。

しかし冒険者というものは、その多くは政変に巻き込まれるのを嫌うもの。

突如として現れた新王国が、冒険者を強制的に徴収するかもしれないという噂が広がり、多くの冒険者が都市を離れてしまったのだ。

そして、一度新王国から出た冒険者は、王国の国境封じ込めにより、再び入国することは滅多にない。

転送魔法陣を繋げている国の内、スレイン法国は国内に冒険者組合を持っておらず、竜王国は組合を持ってはいるが事情が特殊だった。

 

竜王国を長年襲撃してきたビーストマン達の中に魔神使いが現れ一時期、竜王国は風前の灯となってしまった。

だがスレイン法国から応援の魔神使いが一人派遣され、ビーストマンの侵攻を押し戻し、ここ二年程は何とか硬直状態に持ち込むことに成功している。

 

しかし依然として予断は許される状態ではなく、長年の戦闘で摩耗した国軍は、国内の安全を確保するだけの力を失ってしまっている為、モンスター対策は冒険者に頼らざるをえない。

 

竜王国の冒険者は、元々滅び行く国の為に強力なビーストマンと戦っていた、国家に対して特別な思い入れがある者が多いため、新王国が引き抜くのは困難なのだ。

 

よって現在、新王国内のモンスター対策は4年前に結成された国軍が多くの役割を担っている。

 

歴史の浅い軍隊とはいえ既に人数は一万人を超えており、スレイン法国の軍隊教育を参考にしっかりと育成されているため、オーガやゴブリン程度の相手ならば、数的な優位を確保できれば勝利できる程度の力はあるのだが、更に強力なモンスターを討伐出来る存在は限られる。

 

王国内から、非公式ではあるがスレイン法国の手引きで離反してきた、旧王国戦士団員達。

レエブン侯の私兵だった、元オリハルコン級冒険者チーム。

そして……、ラナー将軍直属の最精鋭部隊、特殊討伐隊だ。

ラナー将軍の左腕とも言われる、クレマンティーヌ隊長が率いるこの部隊は、10人未満の極小数で編成されているのにも関わらず、アダマンタイト級冒険者チームを遥かに凌ぐ実力を有していると言われている。

 

だが、彼らは質は高いが数が少ない。

依然として、新王国は優秀な冒険者達を求めていた。 最近では、王国の冒険者の一部でスレイン法国経由で新王国に入国出来ると噂が広まっており、この状態は少しずつ改善してはいるが……。

 

 

 

そんな活気に溢れた市場の中に、呼び込みの声とは別の歓声が上がった。

 

急にざわめきだす民衆たち。 その中心にいたのは、数人の国軍兵士、そしてオリハルコンの鎧を着た少年に囲まれた、一人の女性だった。

 

「ラナー様!」

 

「本当だっ」

 

彼女が進む道の横に並んだ民衆は口々に歓声を挙げる。

凛々しく微笑みながら、国民たちに軽く手を振っている女性こそ、新王国民の多くが熱狂的な支持を捧げている最強の将軍。 王国の元王女ラナーだった。

かつては腰まで伸ばされた美しい金色の髪は、兜をかぶる時に邪魔にならないように、耳にかかる程度まで切り揃えられ、無駄な装飾を排除し機能性を追求したデザインの軽鎧を装備している。

 

隣にいる、国軍兵士の鎧を着た男が民衆に語りかける。

 

「騒がせて済まないな。 ラナー将軍が次の予定まで軽く市場を散策したいと仰ったのだ、普通にしててくれ」

 

そうは言っても国内最大級の有名人がすぐ近くに現れたのだ。

誰もが、彼らから目を離すことなどできなかった。

 

 

不意にラナーが露天の一つに目をやり、近づいて商人に話しかける。

 

「このフィリテは、幾らなのかな?」

 

「え、ひっ、フィリテ、ですか?」

 

その商人は、あまりの緊張でいつもの話術も忘れてしまう。

 

だが、ラナーは彼を安心させるように微笑んだ。

 

「すまないね、いきなり。 でも、そのフィリテがあまり美味しそうだったものだから食べたくなったんだ」

 

「ど、銅貨1枚で3つです」

 

「3つね・・・、じゃあ銅貨二枚で6つ貰おう」

 

ラナーはフィリテ……、拳ほどの大きさの、真っ赤な甘酸っぱい果実を6つ受け取ると、護衛の討伐隊兵士にも渡していく。

 

そして、果実に丸ごとかぶりついた。

 

「うんっ、美味しい。 やっぱりフィリテはこの辺で取れた物が一番だな……、スレイン法国の皆さんもおすすめですよ」

 

多くの国民にとっては天上の人と思われていたラナーの気軽な様子に、民衆の間から笑い声が漏れた。

 

それをきっかけとして、ラナーは様々な人に話しかけ、時には市場のごみ問題などの問題点を聞き出し、時には冗談を言って周囲の人間を笑わせる。

 

そして暫し時間が過ぎ、民衆に別れを告げたラナーは王城……、旧レエブン城への帰路についた。

 

「ラナー様、差し出がましいようですが、ああいった人ごみの中に入るのは警備上危険かと」

オリハルコンの鎧を着た15歳程に見える少年が歩きながら話しかける。 声は訓練のしすぎの為かすれており、手には分厚いタコが覆っている彼の名前はクライム。 ラナーの護衛を勤めている新王国の兵士である。

当時14歳で王国から離反したラナーに付き従い、それ以来ずっとラナーを最も近くで守ってきた。

 

その頭からは犬の様な耳が生えており、眷属と同化したことを示している。

剣技は未熟ではあるが、眷属同化の影響で身体能力は向上しており、もうじき冒険者の強さでいうとオリハルコン級に届きうる実力と噂されている存在だ。

 

クレマンティーヌをラナーの敵を討ち滅ぼす剣とするなら、クライムはラナーを守りぬく盾と言える。

そのあまりの若さと、ラナーに最も近い兵士である故に嫉妬を受けることも多いが、流石に眷属であるクライムに正面からそれをぶつけるものはいなかった。

 

「かもしれないな。 だが民衆の心の動き、街の活気というものはその中に入らないと分からない。 苦労をかけるかもしれんが、将軍の護衛として耐えるように」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

クライムは尊敬する主の、民を思う行動に余計な口を出してしまったことを反省し頭を下げる。

ラナーは分かってくれればいい、というように微笑みながらクライムの肩を軽く叩いた。

 

 

……暫く後。

 

城の執務室へと戻り、クライムのみを護衛に付けて、書類を片付けていたラナーに耳にノックの音が響く。

 

「どうぞ」

 

ドアの向こうから出てきたのは一人の兵士だった。

 

「はっ、失礼します。 実は、ラナー将軍に面会したいと仰る方が城に来ていまして…」

 

「面会? ……、誰だ? わざわざ飛び入りの面会要請を報告に来たということは、重要な人物なのだろう」

 

「はい。 5人組の女性冒険者達で、こう名乗っておりました。 王国で活動するアダマンタイト級冒険者チーム、青の薔薇と」

 

「ほう」

 

ラナーはその言葉に軽く笑みを浮かべ、兵士に命令を伝えた。

 

「応接室に通してくれ。 それと……幾人か付き添いがいるな。 特殊討伐隊の中から、クレマンティーヌ、ゼロ、マルムヴィストを呼んでくるように」

 

「はっ」

 

その言葉に兵士は一礼し、早歩きで部屋から遠ざかっていく。

 

そして、ラナーは傍らのクライムへと向きなおった。

 

「クライム、あなたは今回は来なくてもいいわ。 ほら、私の最高戦力である眷属が二人もいると警戒されてしまうかもしれないでしょう? 彼女達とは、ゆっくりと話したいから……」

 

将軍となったときから使っていた男言葉とは違う、ただの王女だった時の口調でラナーは話す。

ラナーのその言葉にクライム以外の人間であれば違和感を抱くかも知れない。

 

クライム自身、天と地程の差があると認める討伐隊最強の戦士クレマンティーヌと、アダマンタイト級の実力者であり、体中に刺青を彫っている筋肉の塊の様な拳士ゼロ、装飾過多な装備を身にまとう瞬速の剣士マルムヴィスト。 

明らかに、一緒にいて落ち着ける面々では無いのではないかと。

 

だが三人を見慣れており、若干普通の感覚がマヒしていることに加え、ラナーの言葉を盲目的に信じているクライムは、ラナーの本当の目的に気が付くことはなかった。

 

「確かにそうですね……。 ですが、もし何かあった場合は直ぐにお知らせください」

 

クライムの言葉に目を細めたラナーは、クライムの短い髪を軽く撫でて耳元で囁く。

 

「心配してくれてありがとう、クライム。 何かあったときは、勿論あなたに頼るわ。 あなたは私を永遠に守る、私だけの戦士なんだから」

 

纏わりつく様な甘い声が、クライムの耳朶をくすぐる。

思わず身をすくめてしまったクライムをラナーは愛しげに見つめ、応接室へと歩いていった。

 

 

 

 

 



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第二十四話 蒼の薔薇

応接室に置かれた、10人は同時に座れそうな大きなソファにラナーは一人で腰掛けていた。

そして、向かい合うソファに座っている五人の女性たちの為に、自らカップに飲み物を注いでいく。

今この部屋には、ラナーの後ろに立っている三人の護衛を除いては、彼女の部下は居ない為だ。

 

「アルベイン、飲み物はフィリテの果実水でいいわよね? 今年は特に出来が良くてね、スレイン法国の方ではあまり栽培されていないらしいから、いい値段で輸出出来たの」

 

アルベインと呼ばれたのは、蒼の薔薇のリーダーであり王国貴族アルベイン家の令嬢でもある女性冒険者、ラキュースだった。 

彼女は、明らかに只者では無いラナーの後ろの三人の様子を窺いつつも、以前と同じ友人同士の口調で答える。

 

「ええ……、ありがとうティエール、頂くわ。 あなたと会うのは、ティエールが王国から離反する少し前だから4年ぶりになるわね」

 

「そうねぇ。 私が最後に会った時は、蒼の薔薇はリグリットさんとあなただけだったけど、随分と賑やかになったのね。 私にお仲間を紹介してくれないかしら」

 

「そう、ね。 まず彼女はガガーランと言って……」

 

ラキュースが仲間たちを紹介していく。

ガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナと一通り終わり、彼女達とラナーは軽い自己紹介の後に握手を交した。

 

「へえぇー、それでイビルアイさんはリグリットさんと入れ替わりで加入したんですか。 ところでその仮面を脱いでもらう訳にはいかないの? ちょっとお顔が見たいのだけど」

 

「いや、これは特殊なマジックアイテムでな。 私の体質上外せないのだ。 ラナーのご友人であり、将軍でもあるあなたの前で失礼だとは思うが許して欲しい」

 

イビルアイの正体は、かつて国堕としとも呼ばれた吸血鬼であり、仮面を使い目と牙を隠さなければ一瞬で正体を看破されてしまう。

だが、イビルアイの言葉にラナーは動ずることなく、にこりと微笑んだ。

 

「あら、良いわよそんなに畏まらなくても。 この面会は公のものではないし、気楽にいきましょう。 アルベインのお仲間なら私の友人も同じ、言葉使いもいつも通りでいいわ」

 

「本当か? いやぁ、助かったぜ。実は俺はこういったお偉いさんの場は苦手でよ。でも、アンタは王族だってのに話しやすいよ」

 

王族、のところでラナーの眉がぴくりと動いた。

 

「王族扱いはしなくていいわ。 新王国の法律では、王族が国家の役職につく場合は、指揮系統の混乱を避けるために一時的に、王族としての扱いは停止すると決まっているの」

 

「へえぇ、そりゃかなり思い切った法律だな。 王国じゃあ考えられんぜ」

 

ガガーランの驚きももっともだ。

王族や貴族といった身分の者達が幅を利かせている王国では、限定的とは言え、彼らが自分達の権限を削ることなど考えられない。

 

「より良い国を作っていくために身分などは関係ない。 国家を作り、運営していく主役は国民。 私達王族は、彼らに尽くし、国の象徴として民を一つに纏める事が責務なの。より良い国を作っていくために身分などは関係ないわ。 新王国では、商業、農耕、鉱山、職工など各分野の代表者と、ザナック王が合議する国民会議という機関を設置して、そこで政治的な決定をしているの。 やっぱり政治は、より国民に近い立場の者達と話し合うべきなのよ」

 

「……その為に、貴族は排除するべき。 それがあなたの考えなの、ティエール」

 

「ふふっ」

 

ラナーはラキュースのその言葉に、今までの上品で美しいだけのものではない、心からの笑みを浮かべる。

やっと本題に入る気になったか、と判断して。

 

「貴族、ねぇ。 別にレエブン侯の事を言っている訳ではないわよね? 彼は今、大臣として国を支える重要な役割を担ってもらっているし……」

 

「ええ。 私が言いたいのは、あなた達新王国が占拠した土地に居た他の貴族のこと。 相当乱暴な手段で、財産の没収や処刑を行ったと聞いているけど。 問答無用で一族全員を皆殺しにして、その方法も火炙りや、石投げなど残酷な方法でね」

 

「……まあ、そういう場合もあったわね」

 

ただ昔の記録を捲るようにラナーは無感情に答えた。

 

ラキュースはその様子に表情を険しくする。

 

「あなた……、王国内の全ての貴族を嬲り殺しにするつもりなの? ティエール、あなたが何を考えているのか教えて欲しい。 私は新王国と今すぐに戦いたい訳ではないけど、場合によってはあなたとも対立しなければならないかも知れないから。 今回、私があなたに会いに来たのはそれを聞きたかったの、仲間達は私を心配して付き添ってくれただけだけど」

 

テーブルに置いてある、コップを手に取りラナーは果実水を一口飲む。

軽く唇と喉を潤わせた彼女は、コップを置くと同時に、ラキュースを見つめた。

その瞳は……、ラキュースの心の奥深くを見透かすようだった。

 

「アルベイン、もう取り繕うのはいいわ。 あなたが聞きたいことは、そんな下らない事じゃない。正直に言えばいいじゃない。 新王国は、アルベイン家を受け入れてくれるかって」

 

「なっ」

 

衝撃に目を見開くラキュースにラナーは、更に畳み掛けていく。

 

「知っているのよ? 今王国内でのアルベイン家の立場は、かなり悪くなっているわよね。 理由は、奴隷制度を助長する各種法案への反対とか。 ああ、今議題に上がっている黒粉の合法化にも反対意見を曲げていないそうね」

 

「あなた……、どこまで知っているの?」

 

「例えばそうね。 アルベイン家を潰したいと思っている貴族も、流石に表立って大貴族である、あなたの家と対立しようとはしない。 だから、蒼の薔薇を対象にした嫌がらせが始まったのでしょう? 直接では無いにしても、あなたが本拠地にしている宿屋の娘さんが不敬罪で奴隷に堕とされたりといった、関係者を狙う陰湿なもの。

もし、あなた方がそれに反発して貴族と問題を起こしても、ガゼフの力があれば簡単に鎮圧できる。 アルベイン家の立場を悪化させることが出来るし、正義ぶって奴隷調達の邪魔等をしている厄介者達を駆逐できて貴族にとっては、メリットしかない計画って訳よね?」

 

「………」

 

沈黙するラキュースに、傍らにいたティナが囁く。

 

「リーダー。 この際、全部話した方がいいと思う。 多分、下手な駆け引きは無駄」

 

ティナのその言葉に、黙り込んでいたラキュースも意を決したように口を開いた。

 

「ティエール、全てあなたの言うとおりよ。 私達はもう、王国で冒険者を続けるのが難しい状況にある。それにアルベイン家も今の滅茶苦茶な国民からの搾取に同調して、立場を良くしようとすることは出来ないわ。だから……、アルベイン家の、新王国での立場を確保して欲しい。 もし私の願いを叶えてくれたら、これから私はあなたの部下として、新王国に尽くすわ。 それに暮らして行けるだけの環境さえ確保してくれるなら、家の財産だって渡す」

 

家を飛び出て冒険者となっても、王国貴族としての誇りを失ってはいなかった、ラキュースにとってはこれまでの人生を全て否定するような宣言。

 

だが、このまま腐りきってしまった王国に飲み込まれ、人としての尊厳まで失ってしまうよりは、貴族で無くなる方がずっといい。

ラキュースと、アルベイン家の人間は話し合いの結果、そう結論し、ラナーと親交の深く、冒険者として比較的自由に動けるラキュースが使者としてラナーの元へ向かったのだ。

アルベイン家の財産と、アダマンタイト級の冒険者であり、王国唯一の蘇生魔法の使い手であるラキュースを手に入れられること。

新王国との取引材料として、彼女達が用意できる全ての物を用意したつもりだった。

 

しかし……。

 

「それは無理ね、アルベイン」

 

「えっ?」

 

呆然とした表情のラキュースにラナーは淡々と告げる。

 

「新王国軍が貴族達を処刑したのは、彼らに虐げられてきた国民がそう望んだからよ。 私やザナック王は権力者ではあるけど、絶対的な支配者ではない。 結局は民意に従うしかないの。 今や、王国の貴族は全ての国民に残酷な死を望まれている。 レエブン侯みたいに、自分の全財産を投げ打って、成功するかどうかも分からない離反に手を貸したなら兎も角、新王国の現状を確認して後から擦り寄ってきた貴族を、私の名の元に受け入れればどうなると思う? 私も所詮、貴族の味方なのだと民衆に思われて、現在の支持が下がるかも知れない。 そんなリスクは負えないわ」

 

「そ、それじゃあ、私の家族は…」

 

それに答えたラナーの言葉は、ラキュースが想定する最悪を遥かに超えていた。

 

「うーん。 大貴族であるアルベイン家を国外に逃せば、後の面倒事を引き起こしかねないわね。 だから、王国に対して、あなたの今の話を全て告げ口してしまおうかしら。 きっと腐った貴族達が喜び勇んでアルベイン家を潰すでしょうね。 考えうる最も下劣な方法で。 あなたの姪のリーネ、だったかしら。 あの子なんか、あなたに似て可愛いから、処刑前はさぞかし人気者になるわね。 処刑方法は、牛裂きか火炙りかしら。 国家反逆は重罪だから、楽な方法で殺してくれるはずが無いし…」

 

自分達のリーダーの残酷な未来を、にこやかに語るラナーに蒼の薔薇のメンバー達は怒りを抑えることが出来なかった。

 

「おい、ティエールさんよ。 こんなことはしたくねえんだが、もしここで……っ!」

 

ガガーランは、立ち上がりラナーの方へ詰め寄ろうとした瞬間、自分の喉元にスティレットが突きつけられていることに気がついた。

 

「それ以上は話さないほうが宜しいかと…、場合によってはあなたを罪人として捕縛する必要があります」

 

一流を超えるアダマンタイト級の冒険者であり戦士であるガガーランをして、反応できないほどの速度。

目の前の、短いブロンドの女戦士は自分を遥かに超える強さであることを、彼女は本能で悟った。

 

「クレマンティーヌ、もういいわ。 ゼロとマルムヴィストもね。

はぁ、人の話は最後まで聞いて欲しいの。 今のは、最悪の事態の例え話よ。 私としても、昔から親交のあったアルベイン家がそんな運命を辿るなんて、望んでいないわ。 …さあ、座って」

 

蒼の薔薇のメンバーが再び席についた事を確認し、ラナーは話し始める。

 

「まず、アルベイン家をそのまま迎え入れるのは無理ね。 やはり私が、日和見の貴族を受け入れたと見られるのは避けたいから。 だけど、アルベイン家では無いのなら何も問題はない。 つまり私の権限で、アルベイン家の人達には、別人の名前で戸籍を用意してあげるから、普通の平民として新王国に加わればいい。 元々貴族の顔なんて広く知られているわけでも無いし、人の少ない地域で数年も暮らしていれば、もう顔でアルベイン家の者だと発覚することはないと思う。 財産も……、苦労せずに暮らしていけるくらいには保証してあげるわ」

 

それに……、とラナーは付け加える。

 

「アルベイン、あなたも冒険者を辞める必要は無いわ。 新王国は慢性的に冒険者が不足している状態だし、蒼の薔薇のチームのまま、新王国で活動してくれればそれでいい。 ただ、そうね。 今後、私や軍の方から個人的にあなた達に依頼することがあるかも知れない。 その時は、余程の理由がない限り絶対に断らないこと。 これが条件よ」

 

「ティ、ティエール…」

 

ラキュースは絶望から掬い上げられ、望外の好条件を提示されたことでラナーに深く感謝する。

 

だが、元暗殺者という経歴からチームの中でも冷徹な判断力を持っている姉妹の一人、ティアが口を挟んだ。

 

「その依頼っていうのは、冒険者組合を通すの?」

 

「………ものによる、としか言えませんね。 基本的には冒険者組合を通しますが、秘匿性の高い依頼や、政治的要素の強い、他の冒険者には任せにくい依頼をすることもあると思います。 ただ、非合法な依頼はしないと約束しますよ」

 

「つまり、限定的ではあるがワーカーの様な仕事もしろと?」

 

イビルアイの質問にラナーは、素直に答えた。

 

「ええ、そうですよ。 私もそれなりに危ない橋を渡るわけですし、ラキュースにも相応の負担はしてもらわなければなりませんから」

 

「で、でも、それは私個人じゃなくて、蒼の薔薇の皆への依頼なんでしょう? そんなこと……」

 

ラキュースは、自分だけの話であるならこの条件を否応なく受け入れるつもりだった。

しかし、ラナーが仲間も巻き込むつもりだと理解し、チームに迷惑をかけるかも知れないという懸念が彼女を躊躇わせる。

しかし、ラキュースがリーダーとして蒼の薔薇のメンバーを何よりも大切に思っているのと同様、仲間達もラキュースの窮地を見捨てるはずが無かった。

 

「いいぜ、乗ろうじゃねえか、ラキュース」

 

「ガガーラン!?」

 

「うむ。 お前とチームとして冒険者が続けられるのなら、この程度のリスクは甘んじて負うべきだな」

 

「イビルアイと同感」

 

「鬼リーダーが抜けると蒼の薔薇じゃなくなる」

 

「あなた達……でも」

 

仲間たちの言葉を受けても、まだ躊躇っているラキュースの肩をガガーランが強く叩く。

 

「お前はどうしたいんだよ! 俺達は、皆お前と冒険者が続けたいって言ってんだ。 リーダーとしての責任感もなんか関係ねえ、自分の気持ちを言ってくれ!」

 

ラキュースは逡巡し、暫く口を噤むが、やがて小さく、しかしはっきりとした声で言った。

 

「みんなが許してくれるなら……、私も一緒に冒険、したい」

 

「ふっ、だろうな。 冒険者になるために、家を飛び出したような大馬鹿者が、このくらいで冒険を諦められるわけがない」

 

「言ってくれるわね、イビルアイ。 ……でも本当にその通りだったみたい」

 

ラキュース達の様子を微笑みながら見ていたラナーが、切り出した。

 

「では、話も纏まったみたいだし、明日具体的な話を詰めましょう。 今日はもう遅いから、宿屋に帰って寝ると良いわ。 眠い中で話し合いをしても、いい議論はできないだろうし」

 

「そうさせてもらうわ。 今日はありがとうティエール」

 

「ふふっ、ラナーでいいわ。 もう王族と貴族令嬢の関係ではなくなるんだし名前で呼んで、ラキュース」

 

ラキュースは、目尻に軽く涙を溜めたまま、別れの言葉を告げる。

 

「わかったわ。 おやすみ、ラナー」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ラキュース達と、ゼロ、マルムヴィストがいなくなった応接室で、ラナーとクレマンティーヌが二人で話していた。

 

「姫サマ、どうしてあいつらを軍に引き入れなかったんですか? 多分、ラキュースってのを餌にすれば全員引き込めたと思うけど」

 

「引き込んだところで、使いにくそうだったから。 裏出身のゼロ達と違って、汚れ仕事を任せられる訳でも無いし、かと言って兵を率いらせるのも難しそうだしね……。 それでも、以前なら貴重な戦力として喜んで引き入れたでしょうけど、魔神…、いえ、ジンの金属器が出現した今となっては使いにくい、中途半端な戦力でしかない。下手に軍に入れるより、彼女らの得意分野のモンスター退治に専念させたほうが有益よ」

 

「ふーん。 まあ、言われてみればそうかもね」

 

ラナーはソファの背もたれに体を預けると、笑みを浮かべる。

その笑みは、彼女がごく限られた人間にしか見せない、喜悦に満ちたものだった。

 

「ラキュースの心に、家族という楔を打ち込めたのは僥倖だったわ。 これで、だいぶ彼女を便利に使えるようになりそう。 中途半端な戦力とは言っても、アダマンタイト級冒険者の社会的な信用や地位を考えると、使い道は沢山あるわ」

 

「……そっかー」

 

クレマンティーヌは、果実水を自分でコップに注ぎ、啜った。

 

それから軽く息を吐き出すと、ぼんやりとした声で囁く。

 

「小さい頃からの親友も、姫サマにとっては便利な道具か。 まあ、そのえげつなさも姫サマの魅力の一つではあるけど、ね。 私もいつか、切り捨てられたりして」

 

ラナーは、その言葉に軽く微笑むとクレマンティーヌの頭をゆっくりと撫でた。

 

「あなたの事は、割と好きよ。 ひねくれてて、残酷で、壊れてて、軽薄で……、可愛いから。 悪いけれど、クライム程ではないけどね。 でも、あなたも私の世界に入れてあげる」

 

ラナーは応接室の窓の前に立つと、眼下に広がるエ・レエブルの町並みを眺める。

 

「王宮の中で、ただの非力な王女として生きていた頃が夢みたい。 あの頃の私は、この碌でもない世界の中で、なんとか自分が生きていける場所を作ろうとしてた。 ……でも今もそんなに変わってないのかもね。 私が手にしたジンの力で、世界の全てを私の望み通りに書き換える。 それが今の私の願い」

 

「世界の全て、か。 でも、ジンの力を手にした者は姫サマだけじゃないよ? 

竜王とかの化物もいるし」

 

ラナーは、エ・レエブルの更に先。 夜の闇に包まれつつある地平線を見つめて、呟く。

 

「出来るわ、必ず。 唯一の財産だった王女という地位さえも手放した私が、一人で迷宮を攻略したあの日から、今までずっと進み続けてきた。 

誰にも邪魔はさせない……、これは私の、私の為の物語」

 

 

 

 



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第二十五話 大森林

整備されていない街道を進んでいるせいで、ンフィーレアとエンリが乗る荷馬車が上に下にと揺れている。

 

モモンガ達は馬車の周囲を、モンスターや山賊に警戒しながら徒歩で追随していた。

 

「結構進めましたね。 恐らく、後3時間もすればカルネ村のあった場所に到着すると思いますよ」

 

「わかった。 このまま行けば、昼過ぎには到着できそうだな」

 

現在モモンガ達のチーム、虹色の蛇はンフィーレアからの指名依頼により、トブの大森林へと薬草の採取に行く彼らを護衛している。

 

エンリはンフィーレアに同行して薬草の知識などを学ぶと共に、無事に暮らしていけそうな事を、両親の墓前に報告したいらしい。

 

 

しかし、今朝早くにエ・ランテルを出発してから、一度もモンスターに遭遇していない。

退屈を持て余したモモンガは、ンフィーレアに話しかけた。

 

「まだモンスターに一度も遭遇していないが、いつもこのような感じなのか?」

 

「そうですね。 カルネ村へは何十回も行っていますけど、もしモンスターに遭遇してもゴブリンかオークが数匹ってところです。 なので普段は銀級の冒険者の方を雇っているんですけど……」

 

モモンガも、それについては気になっていた。

モモンガ達が白金級冒険者チームとなってから、受けられる依頼の難易度と報酬額が、大きく跳ね上がった。

 

この程度の護衛に、自分達を雇うのはあまり合理的とは言えない気がする。

 

「ならば、なぜ依頼料が高い私たちを?」

 

「ほら、カルネ村の周辺には盗賊団がいるらしいじゃ無いですか。 実際に荷馬車が襲われたという話も聞きますし。 もし数十人の盗賊に襲われたら、相当腕利きの冒険者じゃないと厳しいだろうと思って」

 

「なるほどな。 そういう事ならば、任せてくれ。 私達、虹色の蛇がいるからには二人には指一本触れさせん」

 

「ありがとうございます。 ……でもアインズさんの言う通り、だいぶ奮発してしまったので、今回は大森林の少し奥まで行ってみようかな」

 

ンフィーレアの本当の目的は、リィジーに頼まれてモモンガ達の情報を収集することだ。

 

謎に満ちた出自の冒険者、アインズ・ウール・ゴウン達の母国では、王国よりも魔法やポーションの研究が進んでいる可能性が大いにあるという。

 

リィジーは人生の全てを錬金術にかけた者として、更なる研究の手がかりになりうる、アインズの情報を少しでも知りたいと願っていた。

 

ただンフィーレアの言う通り、モモンガ達が白金級冒険者に昇格してしまったのは誤算だったと言えるだろう。

 

そのせいで、予定外の出費を強いられることとなり、薬草の採取で少しでも埋め合わせをしなくてはならない状態となっていた。

 

だが、そんなンフィーレアの言葉にエンリが反応する。

 

「大森林の奥? それは危ないんじゃないかな。 もし、森の賢王様の縄張りに入っちゃったら……」

 

「森の、賢王?」

 

モモンガが聞いたことのない単語だ。

 

「あー、そうか。アインズさんは知らなくても無理はありませんね。 カルネ村近くの森の奥には森の賢王と呼ばれる強力な魔獣が住んでいるらしいんです。 自分の縄張りに他の者が入るのを嫌うらしいので、人間が狩りや薬草採りで森の奥に入ることは難しくなっているのですが、反面他のモンスターや亜人の侵入も食い止めているので、森の近くにあるカルネ村も、モンスターに襲われずに存続できていたんです」

 

「まさか、盗賊に襲われて滅びるとは思っていなかったけどね……」

 

「あっ、……ごめん、思い出させちゃって」

 

「う、ううん、あまり気にしないで。 ンフィーに気を遣わせるつもりは無かったの」

 

ふむ、トブの大森林という多数のモンスターがひしめく領域で、広範囲を自分の縄張りとして確保できるほど強力な魔物なのか。

 

「あ、でもいつもより少し奥に行くくらいなら、何とか大丈夫だと思うんです。 カルネ村の住民が実際に森の賢王を見たという話は聞いたことがありませんし、相当の奥地にいる魔獣のようですから」

 

「そう、ですか。 分かりました」

 

その後、アインズ達は小川のほとりで暫しの休憩を取ることにした。

 

川の水は透明に住んでいて、小魚が身を翻す度に銀色の光が水中で閃く。

 

鈴木悟が住んでいた現実世界では考えられない光景に、モモンガはこの世界に来てから何度目になるか分からない感動を覚えた。

 

しかし、カルネ村周辺の森の中にいるという、森の賢王。

一体、どのような魔獣なのだろうか。

 

ンフィーレアから、白銀の体毛を持ち、鱗に覆われた長い尾を武器にする、魔法さえも使える魔獣ということだ。

 

白金級に昇格し、銅級の時よりはできることも増えてきたが、やはりまだエ・ランテル内において注目されている冒険者程度でしかない。

 

最高位のアダマンタイト級になるためには、そのような強力な魔獣の討伐実績を作るのが手っ取り早いか?

そこまで考えて、モモンガはアウラが現在トブの大森林を調査していることを思い出す。

 

エンリとンフィーレアが、セバスと談笑していることを確認すると、ひっそりと《メッセージ/伝言》を発動させた。

 

『アウラ、聞こえるか?』

 

『あっ、モモンガ様。 どうしたんですか?』

 

『いや、我々も今、トブの大森林に向かっているのだが、カルネ村周辺の森に、森の賢王という魔獣がいるらしい。 白銀の毛に、鱗に覆われている長い尻尾を持っているらしいが、見かけていないか?』

 

『うーん、白銀の毛……。 あっ、もしかしてあいつかも知れません。 毛皮をご所望なら、狩っておきますよ?』

 

『いや……、私が薬草採取にトブの大森林に入ったら、こっちに向かってけしかけてくれ。 その魔獣は現地では有名らしいからな、冒険者としての名をあげるいい道具になる』

 

『了解です!』

 

『他に何か見つけたものはないか?』

 

『そうですね……。 この森の中は魔獣が多いみたいですけど、どれも大した強さではありませんでした。 あっ、それと、エルフとダークエルフを見かけましたよ。 私が見たのは十人程の集団でしたが、二つの種族が一緒に行動していたので、多分協力関係にあるんだと思います』

 

『エルフとダークエルフ? 冒険者組合では森の中に、そのような種族が暮らしているとは聞いていないが。

とは言え、森の中の情報は少ないらしいし、別に居ても不思議ではないな。 その者達は何をしていた?』

 

『薬草の採取をしていたみたいですね。 接触はするなというご命令だったので、特に話しかけたりはしませんでしたが、森の東側に帰って行ったことは確認しました』

 

『そうか。 まあ、その件に関しては今のところは触れなくていい。 森の賢王については頼んだぞ。 後、二時間程でそちらに到着する』

 

『任せてください!』

 

モモンガは《メッセージ/伝言》を切ると、出発に向けて荷物……無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を背負いなおした。

 

そしてアルベドとセバスにも《メッセージ/伝言》を使い、森の賢王と戦うことになる旨を伝え、モモンガ達はトブの大森林へと向かっていく。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

トブの大森林は、王国で暮らす人間の生活圏の五分の一に匹敵する面積を持つ広大な森である。

 

森と平野の境界から数百メートルも進めば、鬱蒼と茂る木々の葉に遮られている薄暗い原生林が姿を現す。

 

倒れた木や、大きな岩が人の侵入を拒むように存在しており、モモンガ達は障害物を乗り越えながらゆっくりと進んでいた。

 

「ングナクの草がこんなに群生しているなんて……。 森の奥は人の手が入っていないので、大量の薬草が生えているかも知れないとは思っていましたが、これほどとは予想していませんでした」

 

「ングナク、か。 初めて聞いたなぁ。 ここまで森の奥に来ると、やっぱり珍しい薬草が多いんだね」

 

既に人類の領域を離れた森の中だというのに、モモンガ達は全くモンスターに遭遇していない。

 

これまで見かけたのは、小動物や昆虫だけだ。

 

(ここが、森の賢王の縄張りだからなのか……)

 

だとすれば、余程縄張り意識の強い魔物なのだろう。

 

不自然な程の森の静けさは、その奥に潜む魔獣の強大さを告げているようだった。

 

 

その時、アウラから《メッセージ/伝言》が掛かってきた。

 

『モモンガ様、今、例のモンスターを吐息でそちらに誘導しました。 あと30秒くらいで到着すると思います』

 

『よし、わかった』

 

《メッセージ/伝言》を切ったあと、モモンガは周囲の音に耳をそばだてる振りをする。

 

エンリがそれに気がついたようだ。

 

「どうかしたんですか? アインズさん」

 

「……足音が聞こえます。 どうやら森の賢王のお出ましのようですね」

 

「えっ? まだ、そこまで奥には進んでいないのに…」

 

ンフィーレアが顔を青くして、モモンガの聞き間違いであってほしいと祈るが、やがて彼の耳にも、地面を蹴る足跡が聞こえてきた。

 

「ンフィーレアさんとエンリさんは私の後ろに。 ご安心ください。 絶対に守り抜きますので」

 

セバスが二人を背中に回し、足音の方角へと拳を構えた。

 

 

そして、茂みが揺れ、その向こうから大きな何かが姿を現す。

 

白銀の毛、つぶらな瞳、げっ歯類のような歯……。

 

その魔獣は、モモンガのギルメンが飼っていた動物に余りにも似ていて…。

 

「ジャンガリアンハムスター、だと?」

 

「んっ? それがしの種族を知っているでござるか?」

 

人語を解し、魔法すら操るという強力な魔獣。

 

だが、モモンガが見たその姿は余りにも愛くるしすぎた。

 

「い、いや。 多分人…獣違いだ。 私の知っているものは、掌に乗るくらいの大きさだからな」

 

「そうでござるかぁ。 森の外にそれがしの同族がいるなら喜んで探しに行きたいのでござるが」

 

「……もしかして、この森には同族はいないのか?」

 

「そうなんでござるよ! やはり生物として生まれたからには子孫を残さなければならないでござる。 でも住み慣れたこの森を離れて、当て所なく彷徨くのは気が進まないでござるし……」

 

出会い頭に戦闘にはならず、普通に会話が出来てしまった。

 

だが、モモンガの予定ではここは勇ましく森の賢王を倒し名声を上げるところだ。

 

(いや、そもそもこんなモンスターを倒しても、動物虐待として逆に名声が下がるだけでは無いのか?)

 

モモンガは、ンフィーレア達の方をちらりと見てみる。

 

そこには、恐怖にこわばった表情で後ずさりつつある二人の姿があった。

 

「こ、これが……森の賢王」

 

「うっ…」

 

その姿は少なくとも愛玩動物を目の前にした人間のものでは無い。

 

モモンガは少し気を取り直し、森の賢王に向かって問いかけた。

 

「ところで…、会話もいいが、お前は自分の縄張りに入った私達を排除しに来たのではないのか?」

 

森の賢王の耳がピクリと動き、自分のすべきことを思い出したように目に力がこもった。

 

「そうでござった。 さあ、ここはそれがしの縄張り。 命が惜しければ、さっさと出て行くでござる。 そこの目が隠れた若いオスが採った草は別に持ち帰ってもいいでござるよ」

 

「えっ?」

 

意外に平和的な申し出にモモンガは困惑する。

てっきり、ユグドラシルのアクティブモンスターのように、いきなり襲いかかってくるものと思っていたが…ここでもユグドラシルとは大分違っているようだ

 

「ほ、本当ですか? あ、アインズさん、帰りましょう。 でも、あなたみたいな凄い魔獣が見逃してくれるなんて…」

 

「ちょっと今は事情があって、侵入者が人間の場合は大人しく立ち退くなら手出しはしないことになっているでござる。 だからと言って、次また入ってきたら違う対応をするでござるよ」

 

流石に、この状況でこちらから手出しをするのはまずいだろう。

もし勝利をしても、戦う気のない魔獣に襲い掛かり、殺害した人物という評価になるだけの気がした。

 

軽く後ろ髪…髪はもう無いが…、を引かれる思いをしながらもモモンガは雇い主のンフィーレアに従い帰還しようとする。

 

その時だった。

 

森の賢王が妙な声を上げた。

 

「あっ……がぁぁぁっ。 こ、これは? ぐぅぅっ、に、逃げるでござる。 このままではまず…あぁぁああがぁ」

 

尻尾を滅茶苦茶に振り回し、何かを振り払おうとするように、頭を木にぶつける。

 

森の賢王の瞳がこちらを捉える。

明らかに理性を感じない、正気を失ったような目つきだった。

 

「コ、コロぉすぅ。 ガァァぁぁ」

 

尻尾が、セバスに向けて風を切り飛んでいくが、手の甲で軽くはじかれる。

 

「はあっ」

 

一瞬で森の賢王との距離を詰めたセバスは、掌底を賢王の腹部にあて、十メートル程吹き飛ばした。

 

「オォアぁぁぁぁ」

 

苦しみと狂気に満ちたおぞましい声に、セバスは眉を潜める。

 

「モモンガ様、これは……」

 

言外に何かを示すアルベドの声に、モモンガは頷いた。

 

「ああ、十中八九…」

 

アウラの仕業だろう。 恐らく、モモンガの森の賢王をこちらに差し向け、自分達と戦わせろという命令を遵守しようとしての行動には違いないが、しかし……。

 

(幾らなんでも不自然過ぎるだろう)

 

吐息のスキルを遠距離から叩き込み賢王を錯乱させたらしいが、余りにも突拍子もなさすぎて、ンフィーレア達は戸惑いの方が先に来ているようだ。

 

「どうしていきなり…そうだ! 《アナライズ・コンディション/状態解析》……なっ、毒による混乱?」

 

おまけにンフィーレアが、第二位階の魔法で状態を看破してしまった。

 

モモンガは内心で大きくため息をつき、頭を抱える。

 

「アインズさん! もしかして、解毒さえ出来れば元に戻せるかも知れません」

 

「そうか…」

 

ここで倒しても、自分が狙った通りの効果が起こせない上に、下手な疑惑まで生じかねない。

 

とうとう、そう判断したモモンガは背嚢の中から、透明なポーションを取り出す。

 

「アルベド、これをあの魔獣の口に突っ込んでくれ」

 

「はっ」

 

モモンガからポーションを受け取るやいなや、アルベドは狂乱しながら暴れまわる森の賢王の毛を鷲巣かみ、無理矢理口に腕をねじ込む。

 

鎧を何度か、森の賢王の歯が叩いたが、神器級の鎧に傷一つつくわけが無い。

 

口の中で、ポーションが握り潰され、賢王の喉にポーションが流れ込んで言った。

 

「……げほっ。 ん…、それがしは一体? 急に、頭の中がぐるぐる回って……」

 

「よ、よかった。 ンフィーの言う通り毒でおかしくなっていただけだったみたい」

 

「えっ、毒でござるか?」

 

「あ、ああ。そうだったみたいだな。 何か悪いものでも食べたんじゃないか? 多分……」

 

モモンガは急いで《メッセージ/伝言》を発動し、アウラにこれ以上の手出しを禁じておく。

 

この件に関しては、作戦を中止する場合の取り決めをしていなかった自分のミスが大きい為、特に彼女に罰を下すつもりはないとも、言い足して。

 

「でも危なかったでござる。 もしあのまま近寄るものに、手当たり次第に攻撃を続けていたら、いずれ殺されていたでござろう。 この恩は……そうだっ! それがしもそなたらについて行くでござるよ。 いずれ森を出て行くつもりだったし、いい機会かもしれないでござる」

 

「つ、ついて来るだと?」

 

モモンガは、このジャンガリアンハムスター似の魔獣を連れ歩く自分の姿を想像して、何とか辞退しようとするが、賢王の勢いは止められない。

 

「そなたらは冒険者なのでござろう? ダークエルフ達に、モンスターを退治してお金とやらを稼ぐ仕事だと教わったでござる。 こう見えてもそれがしは、この森の魔獣の中では一、二を争う強さでござるよ? …まあ、魔獣の中では、でござるが」

 

最後の言葉は消え入りそうな小ささだったが、モモンガは賢王の話の中に気になるフレーズを見つけた。

 

「ダークエルフ? この森にはダークエルフが住んでいるのか?」

 

本当はアウラからの報告で、そのことは知っているが冒険者組合でも得ていない情報を自分が知っていては不自然だろう。

 

「本当ですか? 何かの本で大昔にはダークエルフが住んでいたって記録は読んだことがありますけど、何百年も前に出て行ってしまったと書いてあったような……」

 

「うーん、三年くらい前でござったか、数百人くらいのダークエルフが、森の東側を拠点にこの森で活動をするようになったでござるよ。 東にはグという強いトロールがいたのでござるが、問答無用でダークエルフ達に戦いを挑んで、殺されたらしいでござるなぁ。 それがしのところにも、ダークエルフ達の王を名乗る男が来たのでござるが、ダークエルフとエルフには手を出さないこと。 人間が侵入した場合は、とりあえず追い返して、諦めないようなら排除することを条件に、今まで通りに縄張りを維持していいということになったのでござる」

 

「ほう。 だが、その条件ではお前が少し不利なように聞こえるが…。 お前は強力な魔獣なのだろう? よくそんな条件を飲んだな」

 

「うーん。 ダークエルフの王と戦っても勝てる気がしなかったでござるからなぁ。 森の木を巨大な蛇みたいに自在に操ったり、植物系モンスターも何体か引き連れていたでござるし…。まあ、ダークエルフやエルフはたまに来て、草を採っていくだけでござるし、人間が侵入した場合も、排除していたのは元々だったから、特に悪い条件ではなかったでござる」

 

「そうなのか」

 

確かに、この森の情報が得られるというだけでも、賢王を連れて行くメリットはあるが…。

 

(しかし、ハムスターだしなぁ)

 

未だに、どうも踏ん切りがつかないモモンガはンフィーレアとエンリに尋ねてみる。

 

「ところで二人共。 この森の賢王を見てどう思う?」

 

「えっ、どう思うというのは?」

 

「いや、そう難しいことじゃなくて、ぱっと見の印象についてだ」

 

「そう、ですね」

 

始めはエンリが口を開いた。

 

「凄い、強そうだと思います。 怖さと同時に、どこか憧れてしまう勇ましさを感じるっていうか」

 

「それに、目にも惹きつけられますね。 普通の魔獣にはない深い知性が伝わってきます」

 

「い、いやー。 照れるでござるな。 そういえば、森の賢王とそれがしを呼んだ人間も、同じようなことを言っていたでござる」

 

自分の認識とはあまりにも違う二人の意見に、モモンガは自分がおかしいのかと疑ってしまう気分になった。

 

セバスを見ていても、二人の感想を当然のものとして受け止めているような、平然とした顔をしている。

 

(いや…、もしかしてハムスターが可愛いと思っているのは自分だけなのでは…。 ひょっとしてあの人も、かっこいいと思ってジャンガリアンハムスターを飼っていたのか……)

 

「そ、そうかもしれないな……。 確かによく見ると、かっこいい…かも知れない。 これからよろしく頼むぞ、森の賢王」

 

疑心暗鬼に囚われながらも、モモンガは取り敢えず多数派の意見に合わせることにした。

 

「あっ、森の賢王というのは、それがしの称号のようなものでござる。 人に呼ばれるのは兎も角、自分で名乗ることを考えると、ちゃんとした名前があったほうがいいでござるなぁ…。 アインズ殿、この中ではあなたが一番博識そうだし、何かいい名前を考えてくれないでござるか?」

 

「あ、ああ。 任せておけ」

 

取り敢えず、名前だけでも強大な魔獣らしいものをつけなくてはなるまい。

 

モモンガは頭をひねる。

 

ジャンガリアンハムスター、ハムスター、ござる、侍言葉…。

 

「よし、思いついた! お前の名前は――ハムスケだ」

 

「「……」」

 

なんとなく、微妙な雰囲気が漂った気がした。

 

 



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第二十六話 引き裂かれた鎖

―――リ・エスティーゼ王国、西方の小都市リ・クルーム。

この街から、30分程離れた平原の中に、その建物はあった。

 

明らかに王国のものとは異なる意匠の、まるで宮殿のような建造物。

屋根や壁は、金属のような未知の材質で作られており、もしこの世界の人間が同じものを作れと言われても、確実に不可能だろう。

 

正面にある入口らしき場所には、黄金の膜が光を放っている。

 

ここは、現在王国にある唯一の迷宮。

既に日が暮れ、近寄る者のいなくなった迷宮の周辺に、いくつかの影が動き回っていた。

 

「全く……、何とかならないのか!? まさかここまで収穫無しだとは……、くそっ」

 

焦りを含む声で、部下の悪魔たちを指揮しているのは、ナザリックの階層守護者であるデミウルゴスだった。

モモンガから、迷宮の調査を命じられたデミウルゴスは、考えうる限りの手段を用いて少しでもこの場所の情報を得ようとはしていたが……。

 

「も、申し訳ございません。 しかし、魔法や物理攻撃の類は一切この迷宮とやらに影響を与えることができず…、情報系のスクロールやワンドも全く役に立たないようです。 ここは一旦、ナザリックに帰還し再調査の準備を整えるべきかと」

 

「しかし、それは……」

 

デミウルゴスが苦虫を噛み潰したような表情になる。

ナザリックに最後に残った至高の御方であり、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガに直接仕事を任されたという名誉を受けたにも関わらず、収穫無しでおめおめと帰還するのは、彼のプライドが許さなかった。

 

しかしながら、現実問題として迷宮外部からの調査は一向に成果を上げていない。

だとすれば、次は内部の調査に移りたいところだが、守護者などの拠点NPCの立ち入りはモモンガに禁じられている。

 

「……まあ仕方が無い、か。 次は、迷宮内部の調査に移る」

 

「デ、デミウルゴス様。 内部への立ち入りは禁止されているはずでは?」

 

デミウルゴスの親衛隊の一人、嫉妬の魔将が慌てて止めようとするが、デミウルゴスはそれを軽く笑う。

 

「確かに、内部の情報が存在しない以上、不用意な立ち入りは禁止されている。 しかし、あくまでもそれは帰還できなかった場合、損失になるような下僕に限った話だ。 私が何体か、悪魔を召喚するからそいつらに内部の情報を持ち帰るように命令しよう。 所詮、人間風情でも攻略出来る程度の場所。 戦力的には十分なはずだ」

 

「なるほど…。 確かにそれでしたら、帰還出来なかった場合もナザリックの損失には成りえませんが、一応モモンガ様にお伺いは立てた方がいいのでは?」

 

「はぁ。 勿論、命令を絶対遵守するのは大切だが、だからと言って命令された事以外は何も出来ないようでは、下僕失格だ。 モモンガ様の深淵なる知恵は、我々を遥かに凌ぐもの。 しかし、あまりにも能力が高すぎる方の常として、人に命令をする場合に受け手が、その考えを理解できない場合がある。 これは、他人にとっては思いつかないことさえも、当然過ぎて語るまでもないだろうと判断してしまうからだが……、ナザリックの下僕である私達の勤めは、可能な限りモモンガ様の真意を察し、無駄なお手間をかけさせないようにすることではないかね?」

 

「それは……、確かに仰る通りでした。 余計な口出しをしてしまい申し訳ございません」

 

デミウルゴスの説明に、配下達は納得すると同時に自分の至らなさを恥じた。

 

「さて、それでは始めるとしようか」

 

―― 中位悪魔召喚 紅爪の悪魔/クリムゾン・リッパー ――

 

デミウルゴスのスキルで、長く鋭い、真紅の爪を持った人型の悪魔が姿を現す。

全身は黒い羽毛に覆われており、背中からは鳥のような翼が生えている、カラスの頭を持った悪魔。

 

レベルにして37相当という、この世界の基準では、一体もいれば大規模な都市を滅ぼすことが出来るような化けもの。 それが、六体もデミウルゴスの前に佇み、命令を待っていた。

 

「一先ず、奥には進まず入口付近を中心に内部の様子を調査してみてくれ。 お前たちの召喚時間は、60分が限度だから、30分ほど経ったら《メッセージ/伝言》を繋ぐ。 その時に、得た情報を報告しろ」

 

「「はっ」」

 

紅爪の悪魔は、次々と黄金の膜に触れ、迷宮の内部へと引き込まれていく。

 

デミウルゴスは、入口の前に立ち、それを満足げに眺めていた。

 

「モモンガ様に聞いた3人の魔神使いは全員人間だというので、異形種が入れるのかは危惧していたが…。問題は無さそうだな」

 

それに、召喚モンスターでも問題なく入場できるという情報が得られたことは、かなり大きな収穫だとデミウルゴスは判断していた。

 

ナザリックはユグドラシル金貨さえあれば、いくらでも傭兵モンスターを召喚できる状態にある。

この分なら、拠点NPCを危険に晒さなくても、簡単に魔神の力とやらを入手できそうだ。

まあ、どれほどの価値がある物なのかは、まだわからないが……。

 

その時だった。迷宮の入口が、急に大きく光輝き…。

黄金の膜の一部が変形し、触手のようにデミウルゴスに向かってきた。

 

「なっ!?」

 

予想外の出来事に、回避行動を取るのが遅れたことで、触手は避けることが難しい位置にまで到達してしまった。

 

それでも後ろに飛びのきつつ、触手を手で払おうとするが、デミウルゴスが右手に感じたのはねっとりと纏わりつく様な不快な感覚。

 

そして次の瞬間、デミウルゴスの体は強い力で入口へ向けて引っ張られた。

 

「デミウルゴス様っ!」

 

配下達が、慌ててデミウルゴスを助けようとするが、彼はそれを止める。

 

「やめなさい! 多分、この触手は切れない…。 それに、このまま全員が迷宮に引きずり込まれてしまったら、誰がナザリックにこのことを伝えるのですか。 あなた達は至急ナザリックへと戻り、モモンガ様に連絡してください。 私のことは……、自分で何とかする」

 

デミウルゴスを捉えているものと同じような触手が、更に二本、膜から飛び出し彼の体に絡みついていく。

 

やがて力の拮抗は崩れ、デミウルゴスの体は迷宮の中に吸い込まれていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「今日は、ここで寝るのでござるか?」

 

「ああ……、厩で悪いが、魔獣用の宿泊施設というのは存在しないらしくてな。 暫くはここで我慢してくれ」

 

「別にいいでござるよ、アインズ殿。 それがしが寝床にしていた洞窟と大して変わらないでござる。 ただ、やはり少し狭いでござるなあ。 それがしは寝相がいい方ではないし、もしかしたら柵や壁を壊してしまうかもしれないでござるよ」

 

「うーむ。 それは…」

 

ハムスケは、馬とは比べ物にならない程の力を持つ大魔獣。

やはり、厩に宿泊させておくのは無理があるか……とモモンガは思う。

 

宿屋の主人も、許可してくれはしたもののハムスケを見て顔が引きつっていたし…。

 

モモンガは夕暮れ前にエ・ランテルへと帰還し、ンフィーレア達と別れた後、冒険者組合でハムスケを魔獣として登録した。

 

正直なところ、ハムスケを連れて街中を歩くのは少し気恥ずかしい思いも残っていたのだが、組合の職員や冒険者、そして道行く人々から向けられたのは敬意と畏怖以外の何物でも無かった。

 

どう見ても大型ハムスターにしか見えないハムスケを、驚嘆の眼差しで見つめている群衆を見ている内に、ひょっとしたらハムスケには幻覚を見せる能力があるのでは無いかと、疑ってしまうほどの違和感だったが……。

 

「まあ、寝る場所の問題は近いうちに何とかしよう。 今日はそこで我慢してくれ」

 

「分かったでござる」

 

(さて、どうしようか。 グリーン・シークレット・ハウスのような簡易拠点制作アイテムでも使うか? でも、この世界で使えば、ひと騒ぎ起きそうな気がするしな……ん?)

 

モモンガは《メッセージ/伝言》が来ていることに気が付いた。

 

(誰だ? まあ、ナザリックからだとは思うが)

 

モモンガは《メッセージ/伝言》を、相手と繋ぐ。

 

《モモンガ様! 大変なことになったでありんす》

 

《シャルティアか…。 どうしたんだ?》

 

《それが、デミウルゴスの部下からの報告で―――》

 

 

シャルティアから話を聞いた後、《メッセージ/伝言》を切ったモモンガは素早くセバスとアルベドに目を走らせる。

 

「お前たち、今すぐナザリックに帰るぞ。 デミウルゴスが……、迷宮に飲み込まれたらしい」

 

《ゲート/次元門》を開くために、宿屋の自室へ急ぐモモンガの拳は、固く握り締められ小刻みに震えていた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

ナザリック地下大墳墓、第五階層内『氷結牢獄』

 

モモンガを始めとして、セバス、アルベド、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ――。現在ナザリック内に存在する最高戦力達が、この場所に集まっている。

 

牢獄の中では、ニグレドがデミウルゴスを捜索する為の下準備として、スクロール等も駆使して、防御魔法を複数発動させているところだった。

 

「それで、シャルティア。 デミウルゴスへの《メッセージ/伝言》は繋がらないんだな?」

 

「は、はい。 《メッセージ/伝言》は距離制限が無いはずですから、通信妨害の魔法が使われているのかもしれんせん。 ですが、少なくとも死んではいないはずでありんす。 向こうに、《メッセージ/伝言》が届いている感覚はあるのですが、応答が無くて……」

 

「どういうことだ? 意識を失っているのか……、もしや応答できる状況に無い? ……クソがっ! お前たち、デミウルゴスが、迷宮に引きずり込まれた時はどんな状況だったんだ?」

 

モモンガが、デミウルゴスの親衛隊に対し、鋭い声で問いかける。

 

その言葉に、魔将達は身を縮み上がらせながら、うわずった声で答えた。

 

「さ、最初はデミウルゴス様が、召喚したモンスターを使って迷宮内を探索しようと、六体のモンスターを門から入れたのです。 ……それから、何秒も立たない内に膜の一部が細長く変形して、デミウルゴス様に巻きついて…」

 

「お前たちはデミウルゴスの親衛隊だろう? あいつが引きずり込まれるのを、何もせずに見ていたのか!?」

 

「い、いえ。 デミウルゴス様の命令で、迷宮のことは自分で対処するから、お前達はナザリックに情報を伝えよと言われまして、それで……」

 

怯えながら弁解をする魔将達に興味を無くしたように、モモンガは彼らから目を逸らした。

 

(クソっ。 まだ十分な情報も無い場所をデミウルゴスに調査させたのは、完全な失態だった。 そもそも、私の情報源は不確かな噂話のみ。 信頼性に疑問を持ってしかるべきだったのに……。 デミウルゴスを無理矢理引きずり込んだだと・・・? ふざけやがってぇぇ! ウルベルトさんが、あんなに熱心に作ったデミウルゴスを…)

 

モモンガの心の中で、黒い炎が燃え盛る。

アンデッドの特性である精神作用無効の為か、激情に駆られ暴れるようなことは無いが、一度燃え始めた負の感情は決して消えることなく、心の中でくすぶり続けた。

 

モモンガは、このようなことをした黒幕が居るとしたら、絶対にこのツケは支払わせるという決意を固める。

 

 

「モモンガ様。 デミウルゴスの居場所を探知しました!」

 

その時、ニグレドがモモンガに向かい、探知の成功を報告した。

 

「本当か? どこなんだ!?」

 

「それが…、王国内ではありません。 ナザリックより南方の地……、モモンガ様から頂いたこの世界の地理情報に照らすと、スレイン法国とやらが存在する場所かと」

 

「スレイン……法国?」

 

なぜ、王国内で行方をくらましていたデミウルゴスが、遠い地であるスレイン法国にいるのかは誰にも分からない。

 

(だが……、もしスレイン法国とやらがこの件に関わっているとしたら……)

 

モモンガは渾身の力を込めて、雪原を踏みつける。

 

地面に積もっていた雪が、モモンガの怒りを表すように空中に舞った。

 

 



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神の国
第二十七話 悪を始める


―――スレイン法国、神都レインフォール。 

 

 

素晴らしい気分だ。

 

まるで、地中から突き出た瞬間の木の芽のような。

鳥籠から解き放たれ、果てしなく広がる空へと飛び立った小鳥のような解放感。

 

これが……、奴が言っていた自由というものか。

 

私は、最高の感覚にもう少し浸っていたかったが、周囲のざわめきを感じ、美しい空から、下等生物(にんげん)共が蠢く雑然とした地上へと目を移した。

 

ここが、どこなのかは知らない。

 

ただ…何をするべきかは理解していた。

 

「ひぃっ」

 

「に、人間じゃない。 もしかして……」

 

「神殿に連絡しないと…」

 

怯えながらも、こちらを遠巻きに眺める下等生物達。

 

今の私は人間に近い形態を取っているとは言え、尖った耳、宝石の瞳、白い鎧に覆われた尻尾など、明らかに人ならざる特徴をいくつも持っている。

 

確かに、こいつらが驚いても無理はないが……、この程度の奴らが私を指差しながら、囁きあっているのは不愉快ではある。

 

男、女、子供、老人。

様々な人間がいるが、この下等生物達に最も相応しい表情を、私は生まれながらに知っている。

 

大きく息を吸い込んだ。

これから発する言葉が、支配の呪言の最大射程である、半径50mに届くように。

 

鎖から解き放たれた私が、初めて地上に齎す災厄。

生まれた時から、定義されていた私の存在意義。

 

『苦しみ、もがき、嘆き、のたうち………殺し合いなさい。 血を分けた家族を持つ者よ、我が子の目を抉り、夫の喉を食いちぎり、母の心臓を突き刺すのです。 親しき友を持つ者よ、その下等な頭脳で思いつく限り冒涜的且つ残虐に、友の肉体と心を壊しなさい。 私はこれより……悪を始める』

 

この日、おぞましい呪いが神都へと降り注いだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

―――スレイン法国、光神殿内最奥聖域、アーラ・リィ・レイン

 

曇りガラス越しの穏やかな日光の下で一人の少女が本を読んでいた。

彼女がいる部屋はスレイン法国の軍事、政治、宗教の中枢である神殿の中でも、最も厳重に守られている聖域であったが、別に物々しい祭壇や儀式の場があるわけではない。

 

こじんまりとした文机に、魔獣の毛皮で覆われた柔らかな座り心地の椅子。

部屋の隅に置かれた書棚には、子供が読むような文字の練習本から、各地域の風土を案内する観光書など、種類は豊富なものの、特に難しい内容は含んでいない書籍が陳列されていた。

 

他にも、真っ白なシーツが敷かれた清潔なベッド、ふわふわと浮遊している鏡、不思議な模様が描かれたクローゼットなど不思議な物もところどころあるが、全体的には裕福な少女の部屋、といった印象を与える一室だ。

 

とは言え見るものが見れば、置かれた家具に宿る魔力と、凄まじいまでの価値に気がつくだろうが。

 

「………………」

 

少女はゆるくウェーブのかかった、肩まで伸びた白髪を揺らし、読んでいた本から顔を上げた。

 

 

「クリスト、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の方へ行って」

 

「は……? どうかなさったのですか?」

 

「ニグンから連絡が入ったわ。 ……神都内で異常事態発生ですって。 何者かが、たちの悪いスキルか魔法を発動させたようね。 もしかしたら、魔神使いかも知れないけれど」

 

クリスト、と呼ばれた地面に届きそうな長い黒髪を持つ彼は、少年と言っても良さそうな程に若い容姿をしている。

 

少女は、彼に車椅子の背を押され、机の上においてある鏡へと近づいた。

 

虚空に手を伸ばすと、腕の半ばから先が何処かへと消える。

 

そして、再び消えていた腕が現れた時には、二本のスクロールが握られていた。

 

「スクロールを使用するのですか?」

 

普段は、消耗品の使用には慎重な少女が、一度に二本ものスクロールを使うことが珍しく、少年は目を見開く。

 

「本当は出来るだけ節約したいのだけれどね。 今回は、相手がプレイヤーって可能性もある。 このマジックアイテムは、カウンターを喰らいやすいから、最低限の準備はしておかないと」

 

少女の病的な程に白い指が宙を舞い、遠隔視の鏡を操作していく。

 

そして、鏡面に神都のある一角が映し出された時……、少女の動きは全て止まり、映像へと釘付けになった。

 

積み重なる死体の上で、人々が殺し合っている。

鏡越しでは、音までは伝わらないが、人々の言っていることは何となく理解できた。

 

慟哭、あるいは贖罪。

 

ナイフや剣、それがないものは棒きれなどの粗末な武器を振り回し、今も互いの血を求めて狂ったように戦い続けているが、彼らの顔は狂人のそれではない。

 

顔は悲痛に歪み、涙を流しながらも、体は戦うことをやめていない。

 

「あ……あぁ………」

 

少女の予想を遥かに上回る凄惨な光景に、彼女は手を震わせながらそれを見ていることしか出来ない。

あまりの衝撃に、思考さえも吹き飛んでしまっていた。

 

その時だった。

彼女の指輪が光輝き、溢れ出た光が体に浸透していく。

 

それは精神異常が無効化されたことを示すエフェクト。

 

装備により、彼女が混乱から立ち直った時、鏡に眩いばかりの閃光が映った。

 

天から四筋の光が降り注ぎ、中から4体の強大な天使が姿を現す。

 

あまりにも圧倒的な神々しさを放つその姿に、遠く離れた位置にいる人々の目も引き寄せ、釘付けにしてしまった。

 

神秘的な黄金の文字が刻まれた全身鎧を纏った姿は、全長15メートルにはなろうかと言う巨大な物。

 

三対六翼の羽が力強く羽ばたく度に、血の匂いに充満した空気が浄化されていく。

 

光そのものに見まごうほどの輝きを放つ剣を、ひと振りずつ両手に持っており、頭部の目にあたる部分に存在する紫色の球体は、自身が倒すべき存在を正面に捉えていた。

 

この者たちの名は、浄罪の座天使(オファニム・コンベクション)

 

ユグドラシルのレベルにおいて70前半に位置する、白兵戦に置いて強さを発揮する天使だ。

 

そして、条件次第では格上の相手をも倒しうるスキルを持っている天使としても有名である。

 

第9位階魔法から召喚可能になる天使だが、今回召喚するために使われた魔法は……。

 

「ニグン……。 渡しておいた、《最終戦争・善(アーマゲドン・ホーリー)》の魔封じの水晶を使ったのね」

 

ニグンは姿を隠しているらしく、鏡面には映っていないが、召喚された4体の天使達は皆一様にある一点を見つめていた。

 

神都内部にある、集会や日常の礼拝などに使われる、小規模な礼拝所。

 

その屋根の上に……、この惨劇を引き起こしたであろう悪魔が立っていた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「くそっ!」

 

デミウルゴスが間一髪で身を翻すと、先程まで立っていた屋根がまるで爆発したように粉砕された。

 

レベル70前半の天使4体による攻撃は、その巨体とは裏腹にとてつもない速度だ。

 

地上で見ている民衆達には、空中に幾筋もの閃光が走っているようにしか見えないだろう。

 

ああ、なんと美しく、神々しく、強大であろうか。

 

4体の天使と、神都を突如地獄へと変えた悪魔の戦いを見て、祈りを捧げる者さえいる。

 

法国の危機に、自分達が生まれた時から信仰を捧げてきた六大神が、救いの手を差し伸べてくださったのだと信じて。

 

 

デミウルゴスも支配の呪言の効果を維持する余裕もなくなり、防戦一方となっていた。

 

デミウルゴスは戦闘を想定したビルドをされておらず、守護者の中でも戦闘能力が低いことを考慮してもレベル70そこそこの敵が相手であれば、攻撃を防ぎつつ、反撃をすることは可能だろう。

 

そう、通常ならば。

 

 

だが、本来格下の筈の天使が彼を追い詰めているのには、2つの理由があった。

 

一つ目は、この天使を召喚した人物であるニグンのタレントにより、天使達がある程度強化されていること。

この強化は固定値ではなく、召喚したモンスターのステータスを10パーセント引き上げるというもので、浄罪の座天使(オファニム・コンベクション)に使用された場合も、決して無視できない効果を上げていた。

 

 

二つ目は、浄罪の座天使(オファニム・コンベクション)のスキルである《断罪の光剣》。

この天使が持つ剣は特殊な性質を持っており、カルマ値が低い相手程、大きなダメージを与える。

デミウルゴスのカルマ値は-500の極悪であり、そのダメージ倍率は実に二倍にもなる。

 

このスキルは、逆にカルマ値が高い相手の場合はダメージが軽減されてしまうというデメリットを持つために、ユグドラシルではカルマ値の高い傭兵NPCか召喚モンスターをぶつけて盾にしながら倒すという戦術が取られていたが、デミウルゴスが召喚できる悪魔は、全てがカルマ値マイナスに偏っているものばかり。

 

例え彼がスキルを使い悪魔を召喚しても、大して時間も稼ぐことも出来ずに、光の剣に切り捨てられていく。

 

 

それでも、様々なスキルを目くらましに使いつつ、何とか致命的な攻撃を喰らわずに凌いできたが……。

 

「《解放(リリース)》」

 

どこからか、そのような言葉が聞こえたかと思うと天使の内一体の体が光輝き、急激に動きが早くなった。

 

「くっ!」

 

《悪魔の諸相:豪魔の巨腕》

 

急激に発達した腕が、天使の強力な剣の一撃を受け止める。

 

衝突の瞬間に衝撃波が生まれ、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

 

だが、かろうじて受け止めたとは言え、半ば程までデミウルゴスの腕にめり込んだ光の剣からは、邪悪なるものを討ち滅ぼさんとする、聖なる力が流れ込んでくる。

 

「ぐぅぅ……があぁぁ」

 

《悪魔の諸相:八手の迅速》

 

足に悪魔としての変身能力を使い、何とか距離を取ることには成功したが、デミウルゴスは今の一撃で己の生命が大きく削られたことを感じていた。

 

その様子を見た下等生物達の歓声が、この都市の各地から上がっていることを疎ましく思いながらも、デミウルゴスは必死に思考を巡らせる。

 

(くそっ、私としたことが……。 解放感のあまり、警戒心を忘れ軽率な行動を取ってしまいました……。 第十位階の召喚魔法に……、さっきのは強化魔法? モモンガに聞いた情報によると、この世界の者達の実力は警戒に値しない強さの筈だったから……我々のようにユグドラシルから来た者か、または現地出身の未知の強者か。 まずいですね……)

 

このまま戦っていては敗れるのも時間の問題。

かと言って天使達が自分を包囲するように配置されているせいで退却の成功率も低いだろう。 私が生き残る術は…。

 

その時、デミウルゴスは《メッセージ/伝言》が掛かってきていることを感じた。

 

これは……モモンガから?

 

(まだ運は、私にあるようですね。 まあ、完全な嘘を言うのはまずいから、ここは少しぼかして……)

 

デミウルゴスは、口元に暗い笑みを浮かべながら、《メッセージ/伝言》に応答した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「こ、これは……?」

 

モモンガは、ニグレドの情報系魔法により、水晶の画面に撮された映像を呆然と眺めている。

 

そこには、4体の強力な天使達。

そして、彼らに攻撃されながら、必死で防戦を続けているデミウルゴスの姿があった。

 

 

「な、なんだ、これはぁぁぁ。 クッソがァァァァ!!!」

 

大切な仲間である、ウルベルトが心魂を注いで作り上げたデミウルゴスが、無残に切り裂かれながら血を流している。 それを見たモモンガの心には、かつてない程の怒りの炎が燃え上がる。

 

「く、クズがぁぁぁ!!! クソッ、クソッ、クソォァァァ」

 

渾身の力を込めて雪原に拳を幾度も叩きつける。

 

だが、やがて拳を宙に振り上げたまま停止した。

 

「ふう……。 今は、怒りに我を忘れている場合ではない、な。 だが、これがアンデッドの種族特性による精神の沈静化か。 怒りが完全に無くなるのではなく、心の中で静かに燃えているような感覚だ……」

 

そして、モモンガはデミウルゴスに向けて《メッセージ/伝言》を発動した。

先ほどシャルティアが連絡しようとした時は、意識が無かったのかも知れないが、今ならば応答も可能だろう。

 

『デミウルゴス、今そちらの様子を魔法で見ているが、どういう状況なんだ? 戦闘中に悪いが簡潔にでも答えてくれ』

 

『は、はい。 迷宮の入口に引きずり込まれたと思ったら、なぜか多くの人間に囲まれた場所で目が覚めて……、悪魔と判断されると、天使達が襲ってきたのです。 今は、何とか生き残る為に戦闘をしております』

 

『なんだと……、クソッ! ……ああ、いや、すまないな。 お前の言うことは分かった。 なぜ、お前がスレイン法国で目が覚めたのかは分からないが……、迷宮はもしかしたらそいつらの罠だったのかも知れんな……。 絶対にお前は助ける。 ウルベルトさんの残したお前を見捨てるものか』

 

モモンガは《メッセージ/伝言》を切ると、階層守護者達に向き直る。

 

「これは私の我が儘なのだろう。 戦略的に考えれば、デミウルゴスを見捨てて敵の戦力を少しでも分析することに専念した方が良い。 だが……、私はデミウルゴスを見捨てたくはない。 これではギルドマスター失格かも知れんが……、それでも私についてきてくれるか?」

 

下手をすると、ナザリック地下大墳墓を崩壊させかねない、モモンガの決断。

だが、それに異議を唱えたり、不満を持つ者は誰ひとりとしていなかった。

 

「当然でありんす、モモンガ様。 私達の全ては、あなた様の為に……。 我ら、下僕達を思っての行動に、異議などあるはずがありんせん」

 

「シャルティアノ言ウトオリデス。 我等ノ命ハ初メカラ至高ノ御方デアル貴方サマノ物。 例エ、ドノヨウナ危険ナ任務デアロウト、タダ命ジテ頂ケレバヨイノデス」

 

他の守護者達も、口々に忠誠を誓っていく。

 

そして、モモンガもそれを聞いたことで完全に決意が固まった。

 

「デミウルゴスに手を出した愚か者共に、アインズ・ウール・ゴウンの名にかけて、限りない苦痛に満ちた死を与える。 二度と我等に手を出すような者が現れない様、我らの恐ろしさが世界の隅々まで届くように。 階層守護者達よ!! ナザリックの威を示すのだ!」

 

轟轟と吹雪が舞う雪原の中で、守護者達の鬨の声が上がった。

 

 

 

 

 

 



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第二十八話 再臨

―――ナザリック地下大墳墓、第五階層『氷河』

 

「まずは私とアルベドがスレイン法国へと転移し、デミウルゴスを救出してくる。

お前たちは、ここで待機していろ」

 

その言葉に、守護者達の雰囲気は微かにざわめいた。

 

「モ、モモンガ様。 敵の懐かも知れない場所へ赴くのに、護衛がアルベドだけでは……」

 

セバスが、不敬を承知でモモンガの言葉に口を挟む。

 

他の守護者達も、言葉には出さないものの、セバスの意見に賛同していることは表情から明らかだった。

 

「私も先ほどはそう思ったが、相手の戦力も分からない内に、重要な戦力であるお前たちをぶつけるのは危険すぎる。 もし相手が世界級アイテムを持っていた場合などに、一網打尽にされかねないからな。

だからと言って今から宝物殿へ取りに行く時間も無いし、まずはギンヌンガガプを持っているアルベドと、私が行くべきだろう。 もし我々が危機に陥った場合は、シャルティアの転移魔法で応援に来てくれ」

 

「……かしこまりました」

 

守護者達は心の中でモモンガの安全を不安に思いながらも、主の命令に従った。

 

モモンガとしては、デミウルゴスを傷つけた者達をナザリックの全戦力で直ぐにでも殲滅したいくらいなのだが、ユグドラシル時代の経験と、ギルドマスターとしての責任感が、相手の戦力も分からない段階で、全戦力を投入するのは無謀だと判断していた。

 

(アルベドの鎧は……まあいいか。 どうせ、もう冒険者などしている場合では無い。 エ・ランテルでアインズ・ウール・ゴウンと名乗ってしまっている以上、同じプレイヤーには私がプレイヤーだと勘付かれるもの時間の問題だろう)

 

転移する前に仮面とガントレットを着用しておこうかと暫し迷うが、それも辞めることにした。

 

浄罪の座天使(オファニム・コンベクション)を召喚できるようなマジックキャスターがいるのなら、下手な偽装など直ぐに見破られてしまうはず。

 

モモンガが、エ・ランテルへ行く時に着ける探知妨害の指輪は、流石に全ての探知、情報系魔法を遮断できる訳ではない。 一言に情報系魔法と言っても種族や生命、現在のヒットポイントやマジックポイント、弱点となる属性など、種類は多岐に及ぶ。

 

それを一つの装備で完全に無効化するなど、世界級アイテムでもなければできるはずがなく、モモンガが現在装備しているのは、第七位階程度までの情報系魔法と、それに相当するスキルを遮断するものだ。

 

当然これは、少しでも情報系魔法に力を入れているプレイヤーには全く通用しないため、高位の探知魔法を防ぐためには、ステータス隠蔽や、耐性隠蔽など、個々の分野に特化した装備を着けなくてはならないが、その為に貴重な装備枠を使用するのは気が進まない。

 

それに……、栄光あるアインズ・ウール・ゴウンの、この世界初の本格的な戦闘に、無粋な変装などは必要ない。

 

結局モモンガは、自分に補助魔法と幾つかの情報系魔法に対する対策を施した後、詠唱を始めた。

 

「《ゲート/次元門》」

 

モモンガとアルベドは、空間に開けられた通路を通り、戦いが待ち受けるであろうスレイン法国へと足を踏み入れた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

少女は、遠隔視の鏡の中に映し出される、戦闘の様子を見ていた。

 

「見たところ種族は悪魔、職業は……変身系か。 あまり、戦闘向きではないようだけど……」

 

「鏡越しでは、詳細までは分かりかねますが、貴方様がニグン殿に渡した魔封じの水晶で十分に仕留められそうに思えます。 とは言え、ここまでの強者同士の戦いを見たことは、漆黒聖典の隊長だった頃を含めても、そうそうありませんね」

 

口の中でぶつぶつと呟きながら、画面を険しい視線で見つめ続けている少女に、クリストが話しかけた。

 

「確かに、このまま行けば、あの悪魔を殺しきれるとは思うわ。 だけど、あの悪魔の目的が分からない。この世界の存在ではなく、私に近い存在が送り込んだとは思うけど、国を滅ぼすことが目的ならもっと戦力を用意してくるはず。

でも、単体で送り込んできたと言うことは……っ!? あれは、《ゲート/次元門》?」

 

神都の空に突如として、まるで空間を切り裂いた様な門が出現し、二人の人影が浮遊しながら通り抜けてきた。

 

煌びやかな装備を身にまとった骸骨と、悪魔的なデザインの全身鎧を着込み、漆黒のバルディッシュを装備した戦士。

 

そして、骸骨の肋骨の中で光っている真紅の球体が、少女の薄れつつあったユグドラシル時代の記憶を呼び覚ました。

 

「赤いオーブを持つオーバーロードの魔術師。糞DQNギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルマス…………」

 

名前は……なんと言ったか。 確か動物っぽい響きだった気がする。

 

「ご存知なのですか?」

 

クリストの疑問に、少女は答える。

 

「ええ……。 私が元居た世界では、人間を敵視していて、しょっちゅう問題を起こしていた奴ら、よ」

 

ゲームの中の話だけど。 

その一言を少女は、喉の奥にしまいこんだ。

 

彼女や、かつての仲間がユグドラシルの事を詳しく話したことは無いし、恐らくこれからも話すことはないだろう。

 

「貴方様が居た世界……もしやあの二人も『ぷれいやー』なのですか!? し、しかし人間を敵視と言うことは………」

 

「あの骸骨の方は、プレイヤー。 あの鎧は……分からないわ。 エヌ…従属神かも。 まあ、今の状況だけ見ても、どう考えても人間に対して敵意を持っているから、悪神ということになるわね」

 

彼、あるいは彼らはゲームの方針を、そのままこの世界に持ち込んで、人類を滅ぼそうとでも言うのだろうか?

 

恐らくあの悪魔の襲撃は威力偵察。 こちらの対応を見て、神都には大した戦力が無いと判断された。

だから、自ら法国の民を殺すために来た。

 

通常では考えられない感性。 元々人間であったものであれば、普通はありえない選択だろう。

 

だが……彼女の経験は、その可能性が排除出来ないことを知っている。

 

(スルシャーナの様に、人間への同族意識が薄れ………しかもカルマ値に呑まれたか。

だとすれば、あの子に聞いた八欲王の様に自分の下らない楽しみの為に、殺戮を始めても不思議ではない、わね)

 

そうしている間にも、骸骨は攻撃魔法を放ち天使達を削っていく。

ニグンは攻撃対象を悪魔から、骸骨達に切り替えさせたようだが、天使の剣は全身鎧の戦士に阻まれ、骸骨には届くことは無かった。

 

 

その時、部屋のドアが勢いよく開かれた。

 

現れたのは、スレイン法国、光の神官長である痩せぎすの男、イヴォン・ジャスナ・ドラクロワだった。

 

「た、大変です。 神都に、あ、悪魔が……」

 

彼女は、鏡から目を逸らさないまま、手をぱたぱたと振って彼に応えた。

 

「今、鏡で見ているところよ」

 

「し、神官長。 どうやら、今神都を襲っている者達は、神や従属神であり……しかも人間を憎む悪神であると」

 

「なっ!?」

 

イヴォンは、衝撃のあまり固まってしまう。

 

確かに時期的には、百年毎の揺り返しで新たな神が降臨する可能性があるのではないかと、スレイン法国の上層部では話しあっていたが、まさか降臨したであろう神が神都を襲い、しかも己が絶対の信仰を捧げる神が、彼の神を悪神であると判断したのだ。

 

また八欲王の時のような悲劇が繰り返されるのか。

 

それを聞いたイヴォンの心は絶望で塗りつぶされ、ただ神に祈りを捧げることしか出来なかっただろう。

 

そう――――、彼女がいなければ。

 

「大丈夫………法国は私が守るわ」

 

「あ、あぁ……神よ……」

 

奈落の暗闇に指す一筋の光とは、この方の事を言うのだ。

己が人生を懸けて信仰を捧げてきた、いつか再び人類を救ってくださると信じ続けてきた存在。

 

光と生命を司る、彼が最も偉大な神であると信じている御方。

 

「悪神が私の子供達を、人類を滅ぼそうと言うのならば、私が彼らを救う。

世界に闇が降りようとするなら、それを切り裂き、夜明けをもたらして見せる。 この光の……。

…ふふ、まあちょっと格好つけすぎかな?

気合を入れようと思って気取ってみたけど、私には似合わないみたい」

 

イヴォンとクリストを和ませようとした、彼女なりのお茶目なのだろう。

くすくすと笑ってから、少女は二人に柔らかく微笑みかけた。

 

「でも安心して、イヴァン、クリスト。 あの糞野郎は私が始末する。 骨を粉々に磨り潰して、豚の餌に混ぜてやるわ。 ―――行くわよ、クリスト」

 

「あ、貴方様が自ら? しかし、まだ時期尚早では……」

 

イヴォンが慌てて引き止めようとするが、彼女は力強く彼を見つめるた後、首を振った。

 

「もうそんなことを言っている場合では無い。 もう少し準備が整うまで、世界には私の存在を隠して起きたかったけれど……今は戦うべき時よ」

 

彼女は《ゲート/次元門》を発動すると、クリストに車椅子を押され、自分にとって死地となるかもしれない門の向こうへと向かっていく。

 

 

彼女を盲信する二人には気がつかなかったが、少女の手は緊張のあまり小刻みに震えていた。

 

(もし、他のギルドメンバーも一緒に転移していたら……、いや、拠点NPCだけでも十分驚異ね。 全ての手札を出し切っても勝目は薄いか)

 

本当は、安心して、など言えるような状況ではない。

 

だが、彼女は口元に湛えた微笑と、勝利を確信したような目の輝きを崩すことはなかった。

彼女は誰よりも知っているのだから。 あまりにも隔絶した力を持つプレイヤーが、誰かを滅ぼそうと思えば、この世界の住民に抗う術はない。 そして、そんな底無しの絶望に突き落とされようとしている法国の民の唯一の光は、自身であるのだと。

 

(例え全てを失っても……最後まで法国の民を見捨てない。 途轍もなく不安定な、この世界の荒波の中で、私達の助けもなく五百年間も耐え続けた子供達。彼らが絶望の闇に叩き落とされるなら、私も一緒に闇の中に堕ちて、小さくても彼らの光として在り続ける。

皆が居ない今……、それは私にしか出来ないこと)

 

《ゲート/次元門》の向こうへと消えた少女に、イヴォンは跪いて祈りを捧げた。

神官長という大それた地位でありながらも、それだけしか出来ない自分の無力を呪いつつ、彼はただ神に信仰を捧げ続ける。

 

「ああ、我等が母たる光の神よ……」

 

忘れもしない。

 

一年前のあの時。

彼の人生の中で、最も深い歓喜を味わったあの日。

 

上の地位へと登り続ける中で、人類の存続の為に戦う、純真な正義の神官ではいられなくなった。

人類の為、皆の為。 そんな大義名分で部下や自分さえも誤魔化しながら、かけがえのない少数を切り捨てていった。 そんな汚れた自分が、あの御方にお仕えするなど許されないと思い、自分の罪を全て告白したとき……、あの御方は私を責めるばかりか、自ら罪を被り人類を守ってきた功労者として、労ってくださったのだ。

 

だから、彼は祈り続ける。

己の闇を照らし、心の葛藤を憐れみ、母の如き愛を与えてくださった大いなる神。

 

法国に再臨した、至高なる六大神の一柱。 生の神アーラ・アラフに向けて。

 

 

 

 

 



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第二十九話 神々の戦い

最後の『浄罪の座天使』が、半ばまでひび割れた右腕で剣を振り上げる。

 

しかし、その一撃がモモンガに届くことは無かった。

 

「《グラビティメイルシュトローム/重力渦》」

 

圧縮された純然たる力の塊が、モモンガが差し出した手から放たれる。

 

周囲の光すらも捻じ曲げる程の重力の球は、天使に接触した瞬間に封じ込められていた圧力を解放し、浄罪の座天使の体を粉々に砕き、光の粒子へと変えた。

 

「さて、掃除はこんなものか。 敵の攻撃を警戒しながらだから、少し時間がかかったな。 ……デミウルゴス、回復は終わったか?」

 

モモンガは見晴らしの良い建物の屋根から、救出した後、敵の狙撃魔法を受けにくい地面に待機させていたデミウルゴスの元へと戻った。

 

「はい。 ポーションでほぼ万全の状態まで回復することが出来ました。 ……しかし、私としたことが、罠に掛かった上にモモンガ様の御手を煩わせてしまうとは…」

 

モモンガは目に見えて恐縮し、自身を気遣って見せるデミウルゴスに向けて手を掲げ、発言を止めさせた。

 

「気にする必要は無い。 私は他のプレイヤーの存在や、この世界の住人の戦力をまだ心のどこかで過小評価していたのだろう。 そして、そのせいでお前を……許せ、デミウルゴス」

 

「……我が身に余るお言葉でございます。 私、この埋め合わせは必ずや」

 

デミウルゴスが恭しく頭を下げて見せるが、二人のやり取りを見ていたアルベドが軽く眉を吊り上げる。

 

「デミウルゴス、下僕ともあろうものが、このような危険を招いた上モモンガ様にご迷惑をかけるなど………、モモンガ様がお許しになった以上あなたをこれ以上責めるつもりは無いけれど、今回のことはあなたの不注意が招いたことでもあるのよ? 階層守護者として、ナザリックの威を損なうようなことは、今後無いようにして」

 

「分かりましたよ、アルベド」

 

アルベドが、創造されてから初めてになるかもしれない本格的な実戦で、少なからず緊張と興奮をしていたのは、デミウルゴスにとって幸運だった。

 

もし、アルベドが普段と同じ冷静さを保っていれば、デミウルゴスの返答の声に含まれた僅かな険に気がついたかも知れない。

 

 

「さて……、雑魚を片付けたは良いものの、中々敵は姿を見せんな。 浄罪の座天使達を召喚した人物も見ていないのだろう? デミウルゴス」

 

「はい。 恐らくは、建築物の影に隠れるなどして姿をくらましているのだと」

 

「そうか」

 

それを聞き、モモンガは考える。

 

さて、どのように隠れ潜む敵をあぶり出すか。

 

探知魔法はそれ程得意ではないし、何より人間が大勢いるこの都市では、ノイズが多すぎて捜索が困難だろう。

 

ここが敵地である以上、あまり時間を掛け過ぎるのも避けたいところ。

 

ならば………。

 

「向こうから、姿を現すように仕向ければ良い話か。 アルベド、これから相手を誘い出す。 もし狙撃や魔法が飛んできたらお前が防御してくれ」

 

「そ、それは」

 

アルベドが止める間も無く、モモンガは《フライ/飛行》を使い、周囲にある最も高い建物に飛び乗った。

 

そこは、四階建ての建物の屋根であり、周囲の様子が良く見渡せる。

 

先程戦っていた時は、景色を眺める余裕など無かったが、今は街の様子をある程度詳しく観察することができた。

 

街の通りは、その殆どが石畳で舗装されており、建築物にも凝った装飾が施されている。 しかし、デミウルゴスと天使の戦いに巻き込まれたのだろうか。

自分たちがいる区画の建物は、その多くが損壊しており、通りには服を血で染めた人間が大勢倒れている。

 

(デミウルゴスも、かなり派手にやったな……。 まあ良いか。 自分達が何をしたか、これで少しは思い知ったことだろう……。どちらにせよデミウルゴスを傷つけたこの国は滅ぼす。 アインズ・ウール・ゴウンを舐めた奴らに、苦痛に塗れた死を与えなくては。 それがギルドマスターとしての自分の役目だ)

 

……モモンガが人間、鈴木悟であった頃ならば、例え仲間を、アインズ・ウール・ゴウンを侮辱されたとしても、ここまでの行動に出ることは無かった。

 

ユグドラシル内で粘着してPKをしたり、相手が大切にしているアイテムを強奪したりは試みたかも知れないが、所詮それまで。

 

無論、現在はNPC達も現実に生きており、全てをユグドラシル時代と比較するのが無理があるが……。

ナザリックのNPCの為ならば、躊躇いもなく一国を滅ぼそうとするあたり、もはや精神はアンデッドのものとなってしまっているのだろう。

 

アルベドが隣に立ったのを確認した後モモンガが手を広げると、彼を中心を幾つもの大小の魔法陣が展開され、目まぐるしく変化していく。

 

ユグドラシルにおいて、魔法職の最大の切り札。

モモンガをして、一日に四回しか使用できない位階すらも超越した最高位の魔法。

 

この魔法が完成すれば、恐らく神都は一撃で壊滅するだろう。

 

転移後の世界においては、まさに神にも等しい力を得たモモンガにとって一国を滅ぼすなど、一時間あれば事足りる。

通りから、あるいは建物の窓からモモンガを伺う者達の反応は様々だ。

 

あの強大な天使をも打倒した力を恐れ、恐怖に慄く者。

 

魔法陣の美しさに、逃げることすら忘れ目を奪われる者。

 

再度の奇跡を信じ、ただ一心不乱に神に祈る者。

 

そして…、モモンガへと小さな掌を向け魔法を詠唱する者。

 

「《アルテミス/戦女神の矢》」

 

清浄の力の結晶たる矢が具現化され、モモンガへと一直線に飛翔する。

 

第九位階に位置する、強力な神聖属性エネルギーを封じ込めた矢を射出する狙撃魔法。

 

アルベドは、その矢を武器で弾こうと試みたが、ギンヌンガガプに触れた瞬間に矢は爆発した。

 

周囲に拡散されるエネルギーは、アルベドだけでは受け止めきれずモモンガにも幾許かのダメージを与える。

その影響で、超位魔法の詠唱はキャンセルされてしまった。

 

……しかし、モモンガも相手が何者かも分からないと言うのに、超位魔法の先出しなどと言う愚を犯すつもりは無い。

詠唱はあくまでも妨害されることが前提だった。

 

「とうとう卑怯な鼠が姿を現したか……」

 

モモンガは矢が飛んできた方向を、虚ろな眼窩の中に赤い光が浮かんだ瞳で睨みつける。

 

そこには、地面に届こうかというほどの長い髪をたなびかせながら、百メートル程離れた路に佇む男。

そして、彼に押手を握られた車椅子に座る一人の白髪の少女がいた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

かたかたと音を立てて、車椅子は通りを進む。

 

道沿いにある建物の窓から、恐る恐るこちらを伺う視線を感じた。

 

……まさか、いきなり都市の中で超位魔法を打とうとするとは。 どのような魔法を使うつもりだったのかは分からないが、いずれにせよ発動を許してしまえば、甚大な被害が生じることは確実。

 

恐らく誘いだ……、と分かっていても詠唱を妨害するしか選択肢は無かった。

しかし、私は火力優先のビルドでは無いから、属性の相性を考慮しても、大きなダメージは通っていないだろう。

 

あの骸骨は再び通りへと降り立ち、私と百メートル程の距離を取って向かい合う。

 

こちらの戦力は、私とクリスト。

あちらの戦力は……ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターと思われる骸骨、全身鎧の戦士、そして……神都に呪いを撒き散らした悪魔の三人。

 

しかも、まだ後方に控えさせているギルドメンバーかNPCが居ると見て間違い無い。

 

やはりカイレを呼び戻すべきか、と一瞬逡巡するが、初めから多くの手札を晒すのは愚策だと、その案は見送った。

 

十中八九これから戦闘に突入するだろうし、私としても今更話し合いで全て解決するつもりは無いが……。

それでもまずは、相手と話してみて一先ず引かせられないかは試みるべきだ。

 

なにせ、ここは神都。

この場でもし、魔法の打ち合い……特に超位魔法やクリストの極大魔法を使う羽目になれば、例え戦闘には勝っても、神都の防衛という面では敗北に等しい結果となりかねないのだから。

 

「クリスト、あの骸骨にもう少し近づいて。 戦う前に一応話してみるわ」

 

「し、しかしそれは危険なのでは? 貴方様はこれから、まさに人類の希望となる存在。 御身にもしものことがあれば……」

 

「……あなたの気持ちは受け取ったけど、この神都を戦場にするのは避けなくてはいけない。 それに、最も重要なのは私ではないでしょう。

でも、一応魔装だけはしておいて、交渉が決裂したとき、直ぐに戦闘に移れるように。 それから、まずいと感じたら私を放置してでも逃げなさい」

 

「はっ」

 

クリストは、背負っていた槍を胸の前に掲げると、詠唱を始める。

 

槍頭に刻まれた六芒星が、紫色の光を放った。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

(なんだ、あれは……?)

 

車椅子を押していた長髪の男が、槍を背中から取ると胸の前で掲げる。

 

何かのスキルでも使うつもりか、と警戒するモモンガの方へ、風に乗って男の声が聞こえてきた。

 

懺悔(ざんげ)悔恨(かいこん)の精霊よ。

汝に命ず、我が身に纏え、我が身に宿れ……、我が身を大いなる魔神と化せ、ヴィーネ!』

 

槍先から溢れた眩いまでの紫色の光が一瞬で男の身体を覆い、それが弾けるように霧消した時には、既に先程までの彼の姿はそこには無かった。

 

両側の側頭部からは牛のように捻くれた角が突き出しており、先程まで着ていた鎧は何処かへと消え失せ、衣服は様々な宝石に彩られたベルトで白い腰布を巻いてあるだけだ。

 

裸の胸には、首から幾つも掛けられた首飾りの宝石が輝きを放っており、腕と足は、まるで獣のように黒い体毛で覆われ、鋭い鈎爪が生えた手足は猫科の猛獣を思わせる。

 

背中から突き出た、白い骨で出来た翼によるものか、男は軽く浮遊していた。

 

……そして何より目を引くのは、右手に持たれている不気味な槍。 雑多な獣の骨や牙を組んで作られたような、奇妙にねじ曲がったその槍の先端には、婉曲した刃が付けられている。

 

確かユグドラシルで、あのタイプの武器は見た事があるな……とモモンガは思い出す。

……薙刀とかいっただろうか、その形に近いようだ。

 

(変身魔法、か? いや、しかしあんな物は見たことが無い。

だとすれば、この世界独自の……ちっ)

 

相手がユグドラシル出身のプレイヤー、もしくはそれと同じような技能を使う現地の強者だと、デミウルゴスを襲っていた天使を見て、判断してしまったのは軽率だったようだ。

 

そして、悪魔を思わせる姿に変化した男は先程同様に車椅子の背を押し、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

モモンガは、傍らに控えるアルベドとデミウルゴスにしか聞こえない声で囁いた。

 

「まずは相手の出方を伺うとしよう。 お前たちは直ぐに攻撃を始められるように臨戦態勢を整えておけ」

 

「「はっ」」

 

 

 

 

やがて、モモンガ達と相手は20メートル程の距離で向かい合うことになった。

 

まだ、両者ともに動いてはいないが、周囲にはいつ爆発してもおかしくない様な濃密な緊張感が漂っている。

 

先に口を開いたのは、スレイン法国側の少女の方だった。

 

「さて……、恐らくギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとお見受けする。 何故、我がスレイン法国に害を成した? ことと返答によっては、ただでは済まない」

 

モモンガは少女の白々しい言葉に鼻白んだが、思いがけず自分の身分を特定されたことに驚き、怒りを爆発させる機を逃した。

 

「私は……、私の部下が貴様らに一方的に攻撃されいるのを救出しに来ただけだ。 姑息な罠を仕掛け、先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろう? 我等、アインズ・ウール・ゴウンに対する敵対行為、最早只では済まないと思え」

 

「何を言っている。 罠? こちらから喧嘩を売った? いきなり神都に現れ、法国の民を虐殺したのはそちらだろう。それに反撃されたから、救出しに来ただと?  全く道理が通っていないのが分からないのか」

 

少女は目を険しく細め、眉間に皺を寄せながら、問い詰めてくる。

 

(どういうつもりだ? デミウルゴスをこの国へ引き寄せ、攻撃をしてきたのは奴らのはず。そう、デミウルゴスの話しでは……)

 

モモンガが思考を巡らしかけた所へ、傍らからデミウルゴスの声が聞こえてきた。

 

「この女は確かに私を神都へと誘き寄せて、罠にかけ、洗脳しようとしてきました。

恐らく、その作戦が失敗し思いがけず反撃を喰らった為に、こちらを嘘で惑わせ奇襲の機会を伺っているのかと……、貴方もそう思うでしょう?」

 

話を振られたアルベドは一瞬迷う。

 

(何か……違和感を感じる。 しかしデミウルゴスの忠誠を疑う要素は特に無いし、不正確な情報をモモンガ様に報告するほど、愚かでも無いはず。 確かに状況から判断するとデミウルゴスの言う通り‥‥かしら)

 

「え、ええ。 私も同意見です。 その女の繰り言に騙されてはなりません」

 

この世界に来てまだ数日だが、ナザリックのNPC達の忠誠が絶対であるらしいことはモモンガも理解していた。

信頼する二人の部下の意見を聞き、モモンガは決意を固める。

 

「そうか、私もお前達を信じよう。 ……という訳で、これ以上貴様の嘘に付き合っている暇は無くなった。 貴様なんぞより、信頼できる部下が私の元にはいるからな。 ……我等ナザリックに大人しく投降するというのなら、命だけは助けてやるがどうする? この世界の情報も欲しいしな」

 

「それって大人しく拷問を受け入れろってことでしょう? はっ、冗談言わないで。 どうやら、話が通じる相手では無いようね。 まあいいわ、ここで戦闘する羽目になったのは残念だけど、貴様らを皆殺しにする方針に変わりはない、……死になさい」

 

数十万の法国の民が暮らす、人類最大の都市、神都。

 

この地で遂に、神々の戦いが幕を開けた。

 

神都で暮らす数多の民は、ただ震えて祈ることしか出来ない。

 

 



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第三十話 魔神使い

戦闘の口火を切ったのは、アルベドだった。

 

20メートル近い距離を一気に詰めると、近接戦闘用に変形させたギンヌンガガプを、アーラ・アラフ目掛けて思い切り振り下ろす。

 

現地の大抵の存在ならば、この一撃で勝敗が決するだろう。

 

だが、相手はユグドラシルのカンストプレイヤーと、命懸けで迷宮を潜り抜け、大いなる力を手にした魔神使い。

 

この程度で……終わるはずが無かった。

 

「<不落要塞>」

 

クリストの斧槍の刃が白く光り、アルベドの攻撃を受け止める。

 

相手の攻撃の威力を吸収する武技の効果で、一瞬だけ双方の武器が音もなく交錯し……、直後に、まるで爆発したかの様な衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

 

クリストの<不落要塞>だけではアルベドの攻撃を完全に受けきることは出来なかったが、その威力を弱めることには成功する。

 

武技と膂力で、一歩も引かずにアルベドの初撃を受け止めたクリストは、アルベドを武器ごと思い切り押し込む。

 

軽く後ろへとバランスが崩れたアルベドへ、すかさず追撃が繰り出された。

 

(響命斧槍(ヴィーネル・バルサロス))

 

不気味な斧槍とギンヌンガガプが激しい音を立てて打ち合い、空中に火花が幾筋もの光線を描く。

 

この攻防の様子を見て、デミウルゴスは目を見開いた。

 

(なんと! 純粋な戦士職であるアルベドとこうも打ち合うとは……。 いや、戦士では無い私には完全には両者の実力は測れないが、技は恐らくアルベドが上、だが、膂力ではあの人間の方が若干押している!?)

 

アルベドは防御優先の戦士だと聞いたことはあるが、物理攻撃力もかなりの水準には到達しているはず。

しかも、今のアルベドは世界級アイテムを身に付け通常時よりもステータスは底上げされている。

 

その状態のアルベドと、たかが人間が互角の戦いを繰り広げているのだ。

 

もしあそこで戦っていたのがアルベドでは無く自分であれば、恐らくものの数分で命を散らしていただろう。

 

デミウルゴスは自分が予想以上の危機に置かれていた事を悟り、内心冷や汗をかいた。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「人間風情が食い下がりやがってぇぇ、死ねえェ!! <ヘビィスイング>」

 

「滅びるのはお前たちの方だ、悪神。 <能力超向上>」

 

スキルで強化された一撃を、武技による身体能力の強化で受け止める。

 

衝撃を利用して一気に10メートル程距離を取った二人は、共通した思いを抱いていた。

 

((強い……))

 

既に敬意など捨て去ったとは言え、その力を誰よりも認めている自分の創造主、タブラ・スマラグディナ。

その彼により作られた、ナザリックの守護者統括たる自分が、下等生物と侮っていた人間(にんげん)如きにこうまで苦戦するとは考えていなかったアルベドは、少なからず驚愕の感情を覚えていた。

 

あの奇妙な姿に変身している人間の膂力は、ワールドアイテムを所持している自分を、大きく、と言う程ではないが、若干上回っている。

 

とは言え、戦士としての力量では自分の方に利があるようで、相手の攻撃の粗をつき、一撃逆転の手を打つことは十分に可能。

 

防御力に至っては、碌な防具を身につけていない相手より、神器級の鎧で武装し防御に特化したビルドである自分が確実に勝る、とも確信しており、最終的には自分が勝つという自信は揺らいでいない。

 

それに……いざとなればギンヌンガガプの効果を発動すればいい。

 

(しかし……戦いにくい。 あの槍と打ち合った時にギンヌンガガプを伝って私の腕に流れ込んでくる、気持ちの悪い脱力感。 あれのせいで、相手の粗には気がついているのにカウンターを打つタイミングを潰されている。 奴の武器の効果だとは思うけど、武器を交えただけであれなら、鎧にでも喰らえば動作の大きな遅れに繋がるかも……)

 

かつての1500人の大侵攻の際にも、戦闘は行っていないアルベドにとって、これが初めての自分を殺し得る力を持つ相手との闘い。

 

疲労無効の装備を身につけているのにも関わらず、アルベドの首筋に一筋の汗が伝った。

 

 

 

 

 

同時にクリストも、自身と相対する全身鎧の戦士の強さに危機感を覚えていた。

 

ジンの金属器は、ただ使用するだけならば手に入れた瞬間から、詠唱により力を引き出すことが出来る。

 

ただ、金属器の真価を発揮する為にはそれでは足りない。 

 

金属器を繰り返し使用し訓練していくことで、ジンの力を自分の体の周りに薄く纏わせ、肉体と同化させる魔装と呼ばれる状態になる術を身に付けることが必要なのだ。

 

魔装状態の金属器使いは、契約したジンとよく似ている姿へと変化し、その身体能力も爆発的に上昇する。

 

そう……、かつては決して届かぬ頂きに立っていた番外席次"絶死絶命"をも凌ぐ程の身体能力に、通常時よりも遥かに効率的に魔力(マゴイ)を運用出来るようになることで、より強力な技を容易く扱えるようにもなる。

 

アーラ・アラフ様曰く、『レベル100の戦士並の身体能力と、レベル100のマジックキャスター、いや、特定分野だけとは言え、それ以上の魔法の力を両立させた存在』へと変化するのだ。

 

だが、やはり弱点はある。

魔装により、上昇するのは身体能力のみ。

 

新王国のラナー将軍との情報交換で得た情報を参考にすると、魔装後の身体能力は恐らく、契約したジンにのみ依存し、使用者の元々の身体能力は影響しない。

ただし、戦闘技術や武技などについては、使用者が元々持っていたものが適用される。

 

どうやら、純粋な戦士としての実力は、私と対峙する悪神の方が明らかに上のようで、力では幾らか優っているであろうにも関わらず、こちらの攻撃は尽く受け止められている。

 

武技の複数同時発動が出来れば、相手の防御を崩す爆発的な力が得られるかもしれないが、武技の発動と発動の間には、僅かながら隙が生じるため、一瞬の遅れが命取りになりかねないこの状況では、一つ発動させるので精一杯だ。

 

 

しかし、クリストの心に絶望の影は射していない。

魔装状態の時、金属器を核として具現化させることが出来る、ジン特有の武器。

<響命斧槍(ヴィーネル・バルサロス)>の毒が、敵に回りつつあることを感じていたからだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

二人のプレイヤーを守る戦士達が、熾烈な白兵戦を繰り広げている頃、アーラ・アラフとモモンガもマジックキャスター同士の戦いの口火を切っていた。

 

―暗黒儀式― ―上位アンデッド創造―

 

モモンガの前に、二体の黒い全身鎧に身を包んだ、全長三メートル程の巨大なアンデッドが姿を現す。

 

このアンデッドの名は、偉大なる死の守護者(エルダーデス・ガーディアン)

身の丈程もある幅広の直剣と、左半身を完全に隠す程の大きさの盾を持つ強力なアンデッドであり、レベルは80台後半に位置する。

 

一日4体のレベル70以下のアンデッドを召喚する上位アンデッド創造の枠を、暗黒儀式習熟により二体分消費して召喚できるゾンビ系のアンデッドだ。

 

魔法攻撃の手段は持っていないが、その分、白兵戦では攻守ともに優れた能力を発揮する為、モモンガは自分の護衛としてこの二体を召喚した。

 

 

 

 

そして、クリストとアルベドの攻防に巻き込まれない位置にまで下がったアーラ・アラフもモモンガと同様、スキルを発動する。

 

聖女(ベアトリーチェ)の導き― 

 

「《サモン・エンジェル・10th/第十位階天使召喚》」

 

アーラ・アラフの召喚に応えて現れたのは、4階建ての建物と同程度の高さを持つ最高位に属する天使、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)

 

まるでクリスタルを削り出して作られた様に滑らかな人型の姿をしており、空の青を映す程に透き通った体の中には、宝石の様な色とりどりの球体が自分の意思を持つように、しかし何処か規則正しく踊っている。

 

その右腕に持つのは巨大なメイスであり、先端には武器とは思えない精巧なカットが施された紅いクリスタルが取り付けられている。

 

胸程の高さで、幾重もの明暗のコントラストに彩られたリングが体の周囲を取り囲んでいる、宇宙的な美しささえ感じさせる姿に、闘いの様子を遠巻きに伺っていた神都の人々は勿論、アルベドとデミウルゴスも一瞬目を奪われた。

 

 

 

一方で、モモンガは内心で厄介な相手だ……と眉を顰める。

 

《サモン・エンジェル・10th/第十位階天使召喚》単体でも熾天使を召喚出来ることは出来るが、その場合は熾天使の中では下から二番目の強さである、レベル80台前半の月天の熾天使(セラフ・ジ・ムーンフィア)が限界。

 

それ以上の熾天使を召喚しようとすると、必ず何らかのスキルの併用が必要不可欠になる。

 

先程、アーラ・アラフがスキルを発動した際の、桃色の羽が光と共に散るエフェクトには、モモンガも見覚えが有った。

 

あのスキルの名は、<聖女(ベアトリーチェ)の導き>。

 

プレイヤー限定のやり込みスキル……、つまりモモンガが持つ<黒の叡智>と同じように、特定の条件を満たしていくことで、天使の召喚魔法を強化し、より上位の天使を召喚できるようになるスキルだったか……。

 

ロールプレイ的にも、性能的にも、それなりに人気があるスキルである為その存在は知っていたが、具体的な効果や条件まではモモンガは覚えていない。

 

だが、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)のレベルは確か93程度。

確実に自分達を倒そうとするならば、更に上位の天使を召喚するべきでは無いだろうか。

 

勿論、奴の実力ではこの天使が限界だったと言う可能性も無くはないが、そうで無かった場合。

つまり何か目的があり、あえてこの天使を召喚したなら……。

 

モモンガは相手の狙いを理解し、心の中でほくそ笑んだ。

どうやら口では神都の中での決戦も辞さないと言っておきながら、民を切り捨てる覚悟が出来ていなかったらしい、と。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ちなみに、この闘いの直接の原因を作った当のデミウルゴスはと言うと、モモンガとアルベドの後ろに待機し、両陣営の情報を少しでも得ようと観察していた。

 

戦闘に参加せずにいる事で、後々不信感や不満を抱かれるかもしれない……とは思うが、今のデミウルゴスにとって最も優先すべきは自分の命。

 

戦闘能力では、とりあえずプレアデスには負けない、という程度の彼は、今も眼前で繰り広げられる熾烈な攻防戦に巻き込まれれば命取りになりかねない。

 

もし、盾に使われでもして一度死んでしまえば、今の自由が失われてしまうかもしれないし、そもそもモモンガが復活させてくれる保証も無いではないか。

 

後で何か言われれば、下手に手を突っ込んでも足手纏いになるだけだと思い、参戦の機を伺っていたとでも説明しようと考え、一人冷静に戦局を分析していた。

 

 

その時、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)の周囲を囲んでいたリングが急に輝きを増したかと思うと、急速に広がっていき、一瞬の内に熾天使を中心に半径50メートル程の広範囲を取り囲むリングとなった。

 

これは土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)が持つスキルの一つ、<円環領域>の発動を示す。

このリングの中から外には、攻撃魔法や遠距離攻撃の効果を及ぼすことは出来ず、魔法による転移も不可能となる。

 

しかし、外から中への攻撃には影響を及ぼさない上に能力の発動中、土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)はその場から動けなくなると言う、自分の防御というよりは、周囲……この場合は神都の民だろう……を守る事を優先したスキル。

 

貴重な召喚枠を、このようなスキルの為に比較的弱いであろう天使で埋めてしまったアーラ・アラフをモモンガは甘いと判断したが、彼女とて勝算も無くこのような作戦を取ったわけではない。

 

リングが展開された瞬間に、アーラ・アラフは鋭い声を張り上げた。

 

「クリスト、決めるわよ!」

 

「はっ!」

 

今までの攻防はいわば前準備や前哨戦に相当するもの。

彼女の声を契機として、生死を分ける最後の戦いが始まった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

クリストがアーラ・アラフの声を受け、今までよりも深くアルベドへと踏み込む。

 

「はっ、迂闊っ……!?」

 

それを、大きな隙と捉え迎撃しようとしたアルベドの舌が急にもつれた。

 

体が……動かない。

 

体が急に強張り、まるで石になったように感じる。 幸いにして、その感覚は生じた時と同様一瞬で消え去り、直ぐに元通りの身体感覚が戻るが、硬直したタイミングが最悪だった。

 

既にクリストの斧槍は大きく横薙ぎに払われ、アルベドの身体を吹き飛ばして、鎧と武器が接触した部分からは先程よりも強い脱力感が体に流れ込んできている。

 

……クリストの持つジンの武器、響命斧槍(ヴィーネル・バルサロス)は命を操る魔法を周囲に纏っており、間接的にでも接触した相手の中に魔力を流し込み、神経を一時的に麻痺させることが出来る。

 

この麻痺を齎す魔力は、金属器の習熟によりある程度、即効性と遅効性を操作することが出来、クリストはアルベドからの反撃を喰らいにくくする為に、即効性の麻痺に多くの比重を割くと共に、決定的な一撃を喰らわせるために遅効性の魔力を少しずつ蓄積させていた。

 

とは言え生者に対しての使用は、能力の一側面にしか過ぎず、この金属器の真価は別のところにあるが……。

 

だが、クリストの唯一の誤算はアルベドの纏う鎧の想像以上の硬さ。

命中した瞬間、僅かに鎧を傷つけた手応えはあったが、内部までは刃を通すことが出来なかった。

 

クリストの危惧の通り、アルベドは完全に動きを奪われることは無く、地面に転がりながらもギンヌンガガプをクリストの方へ向ける。

 

「お前などを……、モモンガ様に触れさせるかぁぁぁ!」

 

アルベドの前方に、クリスト、そしてアーラ・アラフすらも巻き込む広範囲攻撃が発動される。

 

上空から不可視のエネルギーが、彼らの上に降り注いだ。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

(やったか……?)

 

ギンヌンガガプは対物向けのワールドアイテムだが、人間に取っても軽視出来るような威力という訳ではない。

 

アルベドが発動したギンヌンガガプによる攻撃が、二人に降り注ぐ瞬間、モモンガはそう考えた。

 

だが……、モモンガの目の前で驚くべき事が起こる。

 

アーラ・アラフの上空を中心に、空間が円状に歪んだかと思うと、彼女を中心に攻撃のエネルギーが弱まったのを感じた。

 

一瞬後、周囲の建物が軒並み押しつぶされたように崩れたが彼女の周りだけはまるで無風地帯のようになんの影響も及んでいなかった。

 

(これは……まさかワールドアイテムを所持しているのか? 可能性はゼロでは無いとは思っていたが……)

 

モモンガは、ギンヌンガガプを手に入れた際、ギルドメンバー達で性能評価の為のテストをしたことを思い出す。

 

確かギンヌンガガプによる攻撃範囲にワールドアイテム持ちを巻き込むと、その者を中心に攻撃の効果が弱められていき、少し離れた箇所でも威力が……っ!。

 

そこまで思い出し、モモンガは咄嗟に、不思議な変身をした男がいた場所を見る。

あの女に気を取られて奴の存在が意識から抜けていたが、彼女の影響を受けて彼の立っていた辺りでも、攻撃の威力が減少していた筈。

 

 

……果たして、そこにクリストは立っていた。

頭部の角が一本折れ、左腕は力無く下がっている満身創痍の状態だが、両の足に込められた力と瞳に満ちた敵意は消えてはいない。

 

「くっ、偉大なる死の守護者(エルダーデス・ガーディアン)!」

 

モモンガが、護衛のモンスターを動かし身を守ろうとするが、直ぐに魔法が飛んでくる。

 

「《チェイン・オブ・エクソシズム/退魔の鎖縛》」

 

アーラ・アラフは、束縛系魔法のエキスパートとは言えない為、束縛できる時間は相性を考慮してもせいぜい2、3秒。

 

だが、クリストにとってはそれで十分過ぎた。

 

アルベドは地に転がり、デミウルゴスは傍観したまま姿勢を崩さない。

 

斧槍がモモンガの肩に叩きつけられ、アンデッドの偽りの命に相反する、命の魔力がモモンガを焼いた。

 

 

 

 

 



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第三十一話 恐怖

クリストの紫色の光を纏う斧槍がモモンガに叩きつけられた。

 

直接的な衝撃による、体の芯に響くような鋭い痛み。

そして、接触した箇所から体に流れ込んでくるような、不快感を伴う鈍痛。

 

モモンガはこの世界に来てから、初めてとなる本格的なダメージに思わず歯を食いしばった。

 

「ぐっ……《ネガティブバースト/負の爆裂》」

 

「うっ!」

 

モモンガの身体から吹き出た負のエネルギーの波でクリストが大きく吹き飛ばされる。

 

それ程威力の高い魔法では無いとは言え、至近距離からの攻撃にクリストの体勢は大きく崩される。

 

飛行能力を使い、空中で身体を立て直そうとするクリストに、モモンガは直ぐに追撃の魔法を放った。

 

「《トリプレットマキシマイズマジック・マジックアロー/三重魔法最強化・魔法の矢》」

 

放たれたのは、カンストプレイヤー同士の闘いでも十分使用に耐えうる程に、その威力を強化された必中の魔法。

 

一応、間に障害物を挟み込んだり、防御魔法を発動するなどの回避手段はあるのだが、クリストの手札にはこの無数の矢を回避する手段は存在しない。

 

……そう、クリストには。

 

「《トランスロケーション・ターゲティング/標的移行》」

 

アーラ・アラフの魔法により、魔法の矢は目標を土星天の熾天使(セラフ・ジ・サテニアン)を変え、天使の身体の表面に衝突し、幾つものヒビを生じさせる。

 

「《リジェネレ―ト/生命力持続回復》 っ! クリスト、私の近くへ。 早くっ!」

 

クリストがアーラ・アラフの声に反応し、身体の傷を癒されつつ、彼女の近くへと飛行したのとほぼ同時。

 

短時間の内に、麻痺から立ち直ったアルベドがモモンガの隣へ立ち、ギンヌンガガプの範囲攻撃を発動させた。

 

声が届いてからの僅かな時間にクリストは辛うじて、アーラ・アラフの周囲の安全地帯に逃げ込むことができたが、巨体の天使はそうもいかず、先程までのダメージの蓄積もあり、遂に体力の限界へと達する。

 

クリスタルの様な身体が砕け散り、周囲に宝石で出来たような虹色の雨を降らせたかと思うと、その雨は地面に触れるかどうかと言うところで、光の粒子へと変わっていった。

 

「ちっ!」

 

それと同時に今まで神都の民を、激戦の余波から守っていた結界も消える。

 

アーラ・アラフの顔には明らかに焦りが浮かんでいた。

 

「モモンガ様。 ここは、私が一旦この場から離れ、神都を破壊して回りましょう。 どうやらあの女は、この都市に大層執心している様子。 それが破壊されているのを横目に、冷静には戦えますまい」

 

モモンガの後ろからデミウルゴスが語りかけてくる。

その悪魔的な提案に、アーラ・アラフの弱点を感じていたモモンガは、効果的かも知れない、と思考を巡らせた。

 

「なるほどな。 よし、お前の意見を採用しよう。 この法国のゴミ共に、己の罪を叩き込んで……」

 

そこまで話して、唐突にモモンガの声が止まった。

 

(罪……。 この国の民の罪とは何だ……。

いや、そうだ。 今自分達と戦っているあの女が、デミウルゴスを罠に掛け洗脳しようとしたのだ。 デミウルゴスもそう言っていたではないか。 それはアインズ・ウール・ゴウンへの侮辱だ。 故にこの国の全ての民に、苦痛に満ちた死を……死? 本当にこの国の全ての民を滅ぼさなくてはならないのか? しかも、あの女は洗脳しようとしたことについては否定していた。 何か行き違いがあったのだとしたら……。 それに、デミウルゴスの言い分が正しかったとしても、直接には関与していない人まで殺すなんて……どうして……)

 

頭の中に唐突に、今まで考えもしていなかった事が湧き出てくる。

 

同時に今の自分、そしてこれから命じようとしている事に対し、アンデッドとなってから久しく忘れていた忌避感を覚えた。

 

「ま、待て。 攻撃はするな、デミウルゴス」

 

「は、はっ!」

 

「モモンガ様?」

 

闘いの最中に、急に前言を翻し、デミウルゴスを止めたモモンガをアルベドは怪訝な顔で見つめる。

 

「い、いや、何というか……。ちょっと待ってくれ。 頭の中が混乱して……」

 

「も、もしや何か魔法を使われたのでは!?」

 

「わ、分からないが……そ、そうだ。 あの女はっ!?」

 

この世界に来てから初めて味わうアンデッドのものではありえない感覚に、モモンガは答えを求めて、アーラ・アラフの方を見る。

 

しかし、そこには超位魔法のエフェクトを展開しているあの女の姿があった。

 

モモンガは、直ぐに自分が硬直していた隙に、一気に勝負を決めるための準備をされていたのだと悟る。

 

だとすれば、自分の今のこの状態も相手の計算通りなのか? という疑問が頭をよぎったが、それ以上にモモンガは彼らを止めなくては、と

 

「ま、待ってくれ。 正気か? こんなところで、超位魔法なんか発動したら人が大勢死ぬぞ!?」

 

必死に語りかけた。

 

モモンガの言葉は、相手を牽制しようなどと言う姑息な理由では無く、自分が原因で多くの人が巻き添えで死ぬかも知れないという、心の底から湧き上がる恐怖によるものだった。

 

その恐怖はアンデッドの特性により直ぐに沈静するが、完全には無くならず、確かに心の一部を占め続ける。

 

だが、モモンガの声は彼らには届かない。

 

「何を今更……。 そうだったわ、私が甘かった。 神都に犠牲を出さずにあんた程の相手を殺そうなんて……。臆病者には何も救えないって私だけが分かっていたのに……」

 

アーラ・アラフは、自分に言い聞かせるように呟くと、アイテムボックスから見覚えのある砂時計を取り出す。

 

「これで……終わりにするわ」

 

砂時計を握るアーラ・アラフの手に力が篭ったのを、モモンガは確かに確認する。

 

そして……、モモンガは自分でも考えられないような行動に出た。

 

「ゲ……《ゲート/次元門》」

 

「はっ?」

 

アーラ・アラフが思わず間の抜けた声を上げる。

 

攻撃魔法で詠唱を何とか阻止しようとするのではなく、使用した魔法は転移魔法。

 

意表を突かれ、呆気に取られるアーラ・アラフだが、続くモモンガの行動は更に彼女を驚愕させた。

 

「アルベド、デミウルゴス。 撤退するぞ!」

 

「なっ!? どうしたのですか、モモンガ様。 私のスキルなら超位魔法でも……」

 

「いいから、早くしてくれ」

 

「は……はい」

 

(な、何故? いや……、でもきっとお考えがあるはず)

 

状況を理解してはいないものの、モモンガへの忠誠心で疑問を振り切ったアルベドと、それに追従したデミウルゴスがゲートの中へと入り、最後にモモンガが飛び込む。

 

アーラ・アラフの手には、超位魔法の詠唱時間をカットする課金アイテムが握られており、その気になれば転移魔法で逃げようとするモモンガ達を後ろから撃つことも出来たが、ここに来て相手が防御でも回避でもなく、転移魔法で逃げの一手を打つという想定の外にあった展開に警戒し、超位魔法の使用は思いとどまった。

 

(どうなってるの? 今までの実験では、クリストの金属器の、あの効果を使えば、アンデッドの奴でも動きを封じることが可能かも知れないと判断して、その隙を狙ったけど……。最後に見せた奴の様子は明らかにおかしかった。 私達にも想定外のことが起こった……?)

 

彼女は超位魔法の詠唱をキャンセルする。

 

スレイン法国と、アインズ・ウール・ゴウン。

両者の会戦は、双方に大きな疑問と違和感を齎す結果となった。

 

だが、モモンガの逃走はアクシデントが生んだ偶然かも知れないが、それが彼らの命を救ったのも確かだった。

 

アーラ・アラフ、いや、クリストには一つの切り札がある。

 

その名は極大魔法。

かつてジン達がいた世界では、何者にも防げない大魔法であり、天地を引き裂く最強の攻撃手段であった、各金属器につき一種類だけ使える切り札。

 

クリストが極大魔法を使用したことは訓練を含め一度も無いが、法国が有するもう一人の金属器使いの例から、アーラ・アラフはその魔法ならば、例えプレイヤーや高レベルNPCであっても屠り得る、と判断していた。

 

そして、クリストの極大魔法の発動は神都の壊滅と……、アーラ・アラフの死という危険すら孕む諸刃の剣。

 

自滅前提の切り札など、もはや戦略的な価値は無いに等しい。

 

だが……、もしこのままモモンガ達がアーラ・アラフ達を追い詰めていれば、最終的に使用された可能性が高いだろう。 

 

もしかしたら、モモンガ達が逃げたことに最も安堵しているのは、彼らの方かも知れない。

 

 

 

瓦礫が散乱する神都の一角。

 

各地の高台から、あるいは建物の窓の隙間から、恐ろしい悪魔達を追い払った二人の人影に視線が注がれている。

 

召喚された天使のなんと強大であったことか。 

目まぐるしい攻防の中で一歩も引かずに、悪魔達と渡り合った姿のなんと勇ましいことか。

 

もはや、彼らが歴史の裏に隠れていることは出来ないだろう。

 

アーラ・アラフは力を使い切った様に、ぽすんと車椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「これからが大変ね……」

 

「ええ、もはや貴方様を隠し通すことは、神殿でも不可能になるでしょう。申し訳ございません。 私に力が足りなかったばかりに」

 

「いいえ。 魔神使いの力はとても強力だけど……脆い物。 あのような相手では、単独での戦闘は危険すぎるわ。 それに、貴方の死は、即ち私の死へと直結する訳だし」

 

彼女は、首を軽く後ろへ倒し、地平線を微かに盛り上げる山脈に沈みゆく太陽を見送る。

 

「でも私の顔出しなんかは、明日以降に回しましょ。 今日はやることが多くなりそうだから」

 

アーラ・アラフとクリストの二人は、居室へと繋がる《ゲート/次元門》の中へと吸い込まれていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ナザリック地下大墳墓第五階層、氷河へと戻ったモモンガは心配そうに自分を見つめる守護者達に囲まれ、未だ思考の堂々巡りを続けていた。

 

自分が、先程まで行おうとしていた事、デミウルゴスが何の躊躇いも無く人間に害を為そうとしたことへの恐怖。

 

そして……転移後に感じた微かな違和感。 人間への共感性が欠如していた事が、現在との比較によりまざまざと浮き出た為だ。

 

今の自分は、何故かアンデッドのものではなく、人間としての思考を行っている気がする。

そもそも、アンデッドになってからは警戒や危機感を感じたことはあったが、恐怖という感情などついぞ味わったことが無かったのだから。

 

それでも、アンデッドとしての特徴も失われてはいないらしく、平常心を完全に失ってしまうほどには感情が高ぶることは無い。

 

 

そしてモモンガを最も葛藤させたのは……、自分がかつての仲間の感情すらも思い描くことが出来なくなっていたということだ。

 

アインズ・ウール・ゴウンの名誉を守る、いつか仲間たちと再会するときの為に、ギルド拠点を維持し続ける。

 

だが……その為に、怒りに任せて虐殺を行い、アインズ・ウール・ゴウンの恐ろしさを世界に知らしめる?

どうして、そのような発想になったのだろう。 そんなことは、人間だった頃、そして今の自分、かつてのギルドメンバーの誰一人として望みはしないだろう。

 

悪のロールプレイをしているウルベルトさんや、えげつない作戦をいつも立案していたぷにっと萌えさんも……、いや、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターとして断言出来る。 彼らの中に、自身が行おうとしていた虐殺を良しとする様な者は一人としていないと。

 

なのに、自分はそれすらも理解できなくなっていた。 ただ、彼らと過ごしたユグドラシルでの記憶に縛られ続けていた。

 

(どうしたらいいんだ……)

 

モモンガはデミウルゴスをちらと見る。

 

そもそもの事の発端はデミウルゴスの証言にある。

スレイン法国の者達が自分を罠に掛けたため、それに抵抗していたのだと。

 

だが、あのプレイヤーと思われる少女の怒りは、今のモモンガには本物であるように思えた。

 

だとすれば、もしかしてデミウルゴスが何か嘘を……?

 

しかし、モモンガは首を振りその考えを振り払う。

 

(最悪でも、双方で認識の相違があったか……、向こうが嘘を言っているかだ、よな)

 

デミウルゴスを信じた、というよりは、これ以上悪い方向に物事を考えたくなかったという方が近いだろう。

 

既に、プレイヤーを完全に敵に回してしまった可能性が高い以上、今はNPC達が頼り。

 

彼らの忠誠まで疑うことは、自分が今立っている地面が崩れてしまうような気さえする不安なことだった。

 

それでも、下手に感情に揺り動かれず合理的な判断を下しやすい通常時ならばもう少し思考を掘り下げたかもしれないが、今のモモンガにはそうもいかない。 

 

 

それに現段階ではスレイン法国と話し合うことは難しいだろう。

真正面から会談などしようものなら罠を仕掛けられる可能性が高いし、そもそも向こうは確実にこちらを恨んでいるはず。 

一旦確立した敵対状態を解くことは、戦いを始めるよりよほど困難なのだから。

 

プレイヤーが一人や二人ならばナザリック内に篭ってさえいれば危険は無いだろうが……。

 

 

そして、モモンガはこれ以上NPC達を待たせておくわけにも行かないか、と考え指示を与えることにする。

ただ……自分にはもう少し考える時間が必要だ。 今の状況では、これからどのような行動を取るべきかすら分からない。

 

 

「いや、すまなかったな。 少し考え事をしていた。 お前たちは全員ナザリック地下大墳墓の警備にあたっていてくれ。 暫くは外出は許可しない……、警備の指揮については、いつも通りデミウルゴスに頼む。 それと、これを守護者全員に渡しておこう」

 

「こ、これは……!」

 

モモンガから、この場にいる階層守護者達に渡されたのは、大墳墓の中を自由に移動することが出来る、かつてはギルドメンバーのみが所有を許されていたマジックアイテム、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

 

それを渡されたナザリックのシモベ達は、怖々とそれを押し頂いた。

 

「それがあった方が、警備の効率も良くなるだろう。 ……私は暫く寝室で休む。 緊急の用件……侵入者やプレイヤー関連以外のことは、一旦アルベドかデミウルゴスに報告してくれ」

 

モモンガは、一通りの命令を下すと寝室へと転移していった。

 

 

 



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第三十二話 ひび割れ

デミウルゴスは、寝室へと転移していったモモンガを見送った後、自分の持ち場である第七階層へと戻ろうとしたが、後ろから呼び止められた。

 

「待ちなさい。 デミウルゴス」

 

アルベドだ。

このナザリックでも自分と並ぶ知恵を持つ守護者統括の声に、デミウルゴスはゆっくりと振り向く。

 

「どう……しましたか? アルベド。 私はこれから、ナザリックの防衛網を構築しなくてはならないのですが」

 

「少し気になることがあるの。 ……あなたは、スレイン法国でモモンガ様と私が敵と戦っているとき、後ろで見ているだけだったわよね。 戦闘向きでは無いあなたとて、階層守護者の一角。 もし貴方も戦闘に参加していれば、あそこで決着がつけれられたかも知れない。 私が納得するだけの理由があるのかしら?」

 

その言葉を聞いた、他の階層守護者達の視線もデミウルゴスに集中する。

考えてみれば、戦っていたのはシモベ達が最優先で守らなければならない主と、アルベドだけ。 当事者であるはずのデミウルゴスはやけに消極的だった、と思い出して。

 

咎めるような色さえ混ざった視線を受けながら、デミウルゴスはあえて余裕を崩さない口調で答える。

 

「あそこで私が参戦しても、却って足手纏いになる可能性が大きかったですからね。 モモンガ様とアルベドの連携を崩してしまう結果になるのは不本意ですし、ワールドアイテムを持たない私が敵と接近戦をしていてはアルベドも、ギンヌンガガプを思うようには使えなくなるでしょう? ですから、様子見に徹しつつ、参戦の機を伺っていたのですよ」

 

「……なるほどね」

 

確かに、あの状況でデミウルゴスが出来ることは多くはない。

ならば短絡的に、相手に突撃するよりは待ちの姿勢を選ぶのも、多少思うところがないでもないが納得は出来るか……、他の守護者達がそう考える中、唯一アルベドだけが、元々あった疑念を確固たるものにしていた。

 

あの場所でデミウルゴスの近くにいたアルベドのみが感じていた違和感。

それは敵と戦っている自分達を見ていたデミウルゴスの態度にあった。

 

もしデミウルゴスが説明したように、今すぐ主を助ける為に戦いたい、しかし今参戦しても邪魔になるだけ、という理由で逡巡していたのなら、焦りや葛藤が表面に現れなくてはおかしい。

 

しかし神都でのデミウルゴスからは、それらが全く感じられなかった。

むしろ何処か他人事という感覚で、冷静に観察されていた様な………。

 

「そういうことならいいわ。 私はモモンガ様の寝室の前で警備しているから、何かあったら教えて。 ……他の守護者も持ち場についてちょうだい。 もしかしたら、神都で戦った敵が襲撃してくる恐れもあるから」

 

だがアルベドは、それ以上の詮索は止めることにした。

 

デミウルゴスの言っていることも辻褄があってはいるし、自分が感じている違和感は、あくまで勘に近いもの。

 

確固たる証拠も無くデミウルゴスをこれ以上問い詰めることは、ナザリック内に無用な不信感をばらまくだけだ。

 

驚異となる外敵がいる今の段階で、内輪揉めの愚を犯すことは避けなければならないのだから。

 

アルベドの言葉を受け、玉座の間にいた守護者達は自分の守護階層へと帰還していった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

(やはり気をつけていても、ふとした瞬間に違和感は出てしまうものですか……。 出来るだけ急いだ方がいいですね)

 

デミウルゴスは、第七階層の赤熱神殿の中に置かれた黒曜石の椅子に座り、思考を巡らせている。

 

周囲には自身の親衛隊であり、レベル80台の強大な悪魔、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)強欲の魔将(イビルロード・グリード)の三体が控え、デミウルゴスを守るように立っていた。

 

(宝物殿の情報は、幸いにもそれなりに知っている……、タブラ・スマラグディナが複雑な防御システムを組んだらしいですが、複雑すぎるのも考えものですね。 ウルベルト様が、しょっちゅう合言葉やルールを忘れて人に尋ねていたので、近くで聞いていた私も覚えてしまいましたよ)

 

この赤熱神殿は、ウルベルトがギルドメンバーとの雑談場所として度々利用していたこともあり、その会話をデミウルゴスの頭脳を以て繋ぎ合わせれば、ナザリックに関するかなりの情報が知れる。

 

既に自身の手には、宝物殿への鍵であるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあり、噂に聞いている宝物殿の番人とやらも、突破する方法は考えてある。

 

そして宝物殿の最奥に保管されているという、とあるワールドアイテムがあれば、己の目的に一気に近づくことが出来る……。

 

デミウルゴスの目に野望の炎が宿るが、逸りそうになる心は押さえ込む。

 

そう、焦ることは危険だ。

神都で学んだではないか。 高揚や万能感に身を任せ短絡的な行動を取ることの危うさを。

 

幸い、デミウルゴスはナザリック内の警備に関してかなりの権限を渡されているため、内部の存在が自分の計画の妨げにならない様に操作することは容易い。

 

とすると最大の不確定要素は、ここ数日モモンガが外に出ていた際の足取りか。

 

もし……、もしだが、仮にモモンガが現地の強者、それもナザリックを脅かし得る程の力を持つ存在と、何らかのコネクションを持っていれば、計画には幾つかの修正が必要となる。

 

まあ、神都のぷれいやーと思われる存在は、モモンガと出会い次第敵対してくることは確実なので考慮する必要が無いが、もしモモンガが活動していたという都市エ・ランテルに強大な存在が居るならば……。

 

(可能性は低いですが、一応調査する必要はありますね。 とは言え、アルベドかセバスに外部の詳しい状況を尋ねるのは怪しまれる可能性がありますし……、自分で確かめるしかありませんか)

 

とは言え、自分がナザリックから離れるのは流石にまずい。

ならば、配下を使うという方法が考えられるわけだが……。

 

デミウルゴスは自分の指揮下にあるシモベ達を思い浮かべた。

 

 

まず自分の召喚モンスターは、召喚時間の制限もあり調査任務には不向き。

 

ギルド内警備用の傭兵として召喚されたシモベは、指揮系統の混乱を避けるために、召喚者に関わらず優先順位の頂点をナザリックのギルド長……つまり現在はモモンガとしており、自分はモモンガからその指揮権を命令により譲り受けているだけ。

傭兵NPCにモモンガの意向に反する様な命令をするのは困難だろう。

 

同様の理由で、自動で生成されるレベル30以下のシモベも無理。

 

十二宮の悪魔は……、かなり目立つため、情報収集に向いているとは思えない。

 

やはり、残る候補は三魔将か。

彼らは、デミウルゴスの創造者であるウルベルトが経験値消費型スキルにより直々に作成し、デミウルゴスに指揮権を譲渡した経緯を持ち、モモンガとは直接の関わりはない、正真正銘デミウルゴス直属の部下だ。

 

彼らなら、ある程度の"グレーゾーン"の命令ならばモモンガに告げ口することなくこなしてくれるだろう。

流石に、明確にナザリックを裏切る様な命令は、直接の主人であるウルベルトの意思に反すると拒否する可能性もあるが。

 

そう判断したデミウルゴスは傍らに控えていた、嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)に声をかけた。

 

嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)、頼みたい任務があるのだが」

 

三魔将の中でも、精神を操る魔法に長けた彼女ならば、情報を得ることなどお手の物だろう。

 

デミウルゴスはエ・ランテルにて、ここ数日のモモンガの足取り、接触していた人間について可能な限り秘密裏に情報を集めることを命じる。

 

危険な匂いのする命令に若干気配を引きつらせつつも、彼女はデミウルゴスの手引きでナザリックの外の草原へと走り去ってゆく。

 

(さて……、私も準備をしておきますか)

 

デミウルゴスは未だ夜明けは遠い闇の中で一人、楽しげに笑った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

――ナザリック地下大墳墓、第七階層の廊下。

 

デミウルゴスは人気の無い廊下を、堂々と歩いていた。

 

……時折、一般メイドやセバス配下の使用人とすれ違うことはあるが、彼らは所詮非戦闘要員。

現在デミウルゴスは、スクロールを使い姿と足音を消しているために、低レベルのシモベでは存在さえ感知することは出来ず、自身の存在を感知し得る様なシモベも簡単に避けることが出来る。

 

何せ、現在彼らの配置場所や巡回ルートを指示しているのは他ならぬデミウルゴス自身なのだから。

 

 

それにしても、僥倖というものは実際に存在するものだ。

まさか、嫉妬の魔将に命令したエ・ランテルの調査があのような有益な情報をもたらしてくれるとは……。

 

彼女は街の裏通りを彷徨くゴロツキを尋問したり、適当な冒険者をさらって精神支配の魔法で聞き出したりと精力的に調査を行ったらしいが、モモンガが現地の強者と接触したという情報は、少なくとも昨夜の夜から、今朝の夜明けまで行われた調査では得ることが出来なかった。

 

しかし、その過程でモモンガがエ・ランテルを訪れた後、頻繁に接触していたという人物、全てのマジックアイテムを使用することが出来るという、この世界特有の能力、タレントを持つ少年、ンフィーレア・バレアレにたどり着いたのだ。

 

彼の力があれば、作戦遂行後の懸念材料の殆どを解決することが可能。

正直、今すぐにでも手に入れたいくらいではあるが……、流石にそれは勇み足か、とデミウルゴスは思いとどまった。

 

計画完遂の前に、誰かに自分の動きを勘付かれるのはまずい。 

只でさえアルベドの自分を見る目が険しくなっているのだから、あまり欲張って手を広げすぎると、みすみす裏切りの兆候を察知されてしまうだけだ。

 

「……ふふ、いけませんね。 私としたことが、子供の様に焦ってしまっている。 優先順位はナザリックの掌握、そしてモモンガの始末が先。 ……しかしそれも直ぐです」

 

デミウルゴスは、ある一室の前で立ち止まると、扉の前にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをかざす。

 

扉に刻まれた幾何学的な文様が、幾度が明滅したかと思うと、やがて音もなく扉が開かれた。

 

その部屋の名札にはこう書かれてある。 

 

"錬金術研究所"

 

かつて、タブラ・スマラグディナを主とするナザリックの生産職が様々なマジックアイテム、そしてゴーレムの研究をしていた施設だ。

 

デミウルゴスが中に入ると、暗闇に閉ざされていた室内に白色の照明が灯る。

 

幸い、目的の物は直ぐに見つかった。

 

部屋の中央部で、透明なガラス管の中で目を瞑り微動だにせずに佇んでいる、一人の少女。

 

短く切りそろえた金髪に、白磁の様な肌。

 

美しさは一般メイドやプレアデスにも決して劣らない見事なものだが、彼女達とは違う……生気の無い人形の様な美しさだ。

 

それも、その筈。

 

彼女こそが、タブラ・スマラグディナが作り上げた最高傑作にして失敗作の自動人形。

ワールドアイテムである、熱素石(カロリックストーン)を核として作り上げた、ワールドチャンピオンをも屠りうるナザリック最強の個。

 

名付けられた名は……ルベド。

 

「会うのは初めてになりますねえ、ルベド。 ナザリックの他のシモベとは異なる方法で生み出された貴方は、他の者達とは違い、ギルドのメンバーを認識することが出来ない。 だからこの指輪をつけている者の命令に、無条件に従うように作られた、でしたか。 まあタブラとウルベルト様の受け売りですが」

 

とは言え、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを所持しているのはモモンガや他の守護者も同様。

 

この指輪だけでは、彼らを倒すようにルベドに命令するのは難しい為、やはりアレの掌握が必要不可欠だ。

 

(まあ……、全ての道筋は出来ていますがね)

 

デミウルゴスは、ガラス管の前に置かれたコントロールパネルに手をやり、起動ボタンを押し込む。

 

ルベドの身体がぴくりと動き、瞼がゆっくりと開かれる。

感情の一切宿らぬ無機質な瞳は目の前のデミウルゴス、自分への命令権を持つ存在を見据えた。

 

 

 

 

 



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第三十三話 崩れ落ちる過去

研究室の床に、粉々に砕かれたガラスが降り注ぎ、甲高い音を立てた。

 

自身を閉じ込めていたガラスの檻を破ったルベドは、じゃり、とガラス片を踏む音を立てて床へと降り立つ。

 

「セキュリティクリアランス一般………、暫定的なマスターと認定いたしました。 なんなりとご命令を」

 

「ふむ……指輪の所有者に従うというのは事前情報通りですね。 ところでルベドよ、今せきりゅてぃくりあらんす一般と言いましたが、それは?」

 

「お答えします。 ……セキュリティクリアランスとはナザリックの関係者以外が私を悪用することの無いよう、タブラ様が組み込んだプログラムです。 ギルドメンバーの証であるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの所有者は一般クラスのマスターとして、私への暫定的な命令権……複数の命令が下された場合は後に命令されたものを優先…‥が与えられると共に、他のマスターの命令であっても私が危害を加えることは出来なくなります。 ただ指輪が奪われた時の対応策として、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを所有する者はセキュリティクラス最高、つまり一般クラスマスターへの攻撃の禁止、命令の先着順を無視する絶対的命令権を得る仕組みになっております」

 

あらかじめ吹き込まれていた文句を、一切の淀みなくルベドは言い切る。

その説明を聞いて、デミウルゴスは心の中で胸をなでおろした。

 

自分がルベドについて持っていた情報はあくまでも、聞きかじったもの。

現在はモモンガがルベドへの最優先命令権を持っていることは確実と考えていたが、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの所有がそのキーとなっていることについては、かなり以前の情報なので確実と言えるほどの自信は無かった。

 

もしも、ルベドがモモンガに無条件で従うように変更がなされていれば、計画に多少の変更は要したかも知れない。

 

そう、多少のだ。

ルベドは計画の成功率を高める手駒ではあるが、確実に必要な要素では無い。

 

重要なのは全てここから。 一つのズレが即、己の破滅を意味する正真正銘の修羅の時間。

だが、これは仕方の無いことだ。 自分の使命を成し遂げるには、モモンガは排除しなければならない存在なのだから。

 

「ルベド、私についてきなさい。 ……宝物殿に転移します」

 

 

デミウルゴスがルベドの腕に触れた直後、指輪が一瞬眩い光を放ち……それが収まった時には二人の姿は研究室から消え去っていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう」

 

登録されていた合言葉を認証し、宝物殿への漆黒の扉が音もなく開く。

 

一歩、宝物殿の中へと足を踏み入れたデミウルゴスは視界一杯に黄金の輝きが満ちるのを感じた。

 

罠か…‥と一瞬警戒するが、それは直ぐに違う種類の驚きへと変わる。

 

そこにあったのはまさに、黄金の山だった。

 

何十万枚……いや、数えるのさえ億劫になるほどの金貨や、夜空に輝く星を地上へと盗んだ様な美しい宝石が五メートル以上はある部屋の天井付近まで堆く積まれている。

 

この財宝の山を、ルベドは只の障害物としてしか認識していないような無機質な目で見ているが、デミウルゴスは素直に感動していた。

 

流石はナザリックを作り上げた至高の四十一人の財産だと。

 

二人が、まるで黄金の山に挟まれた谷の様になっている道を歩くと、その振動の為に、さらさらと音を立てて金貨の川が谷に流れ落ちた。

 

扉のすぐ先でも、この規模の財産。 ならば最奥に眠るという一つ一つが世界にも匹敵するというアイテム群は、どのような言葉で価値を言い表せば良いのであろうか。

 

デミウルゴスは体の奥底から湧き上がる、歓喜と怯えの両方を含む震えを感じた。

 

「おっと、そろそろ指輪は外しておかなくては……」

 

二人は、先程の部屋から通路を歩くこと暫く。

宝物殿の最奥であり、最も価値のある財宝の眠る場所、霊廟へと到達しようとしていた。

 

その霊廟の守護者は、指輪を持つものを襲うという至高の存在の内、四十人の装備を身につけたゴーレム、化身(アヴァターラ)と、モモンガが制作したというレベル百のシモベが配置されているらしい。

 

シモベについては詳しい情報は知らないが果たして……。

 

「あれは……」

 

デミウルゴスが、通路の奥にある一際大きな扉の間に佇む人影を見つける。

 

「成程、貴方がモモンガ様の仰っていた宝物殿の守護者殿です……か……!?」

 

相手は、どのような能力を持つとも知れぬレベル百のシモベ。 上手く騙し戦闘を回避するか、せめて不意打ち位は成功させたいと考え、自然体で話しかけたデミウルゴスは、自分の瞳に映った者に思わず絶句する。

 

そこにいたのは、表面に赤く脈立つ筋が刻まれている漆黒の外骨格に包まれた二足歩行の昆虫。

 

ワールドチャンピオンのみに与えられるという純白の鎧を外してはいるが、間違いない。

 

ナザリック最強の戦士である、たっち・みーがそこにはいた。

 

思わず動揺しそうになるデミウルゴスだったが、本物のたっち・みーがここにいるはずなど無い、と彼の優秀な頭脳は直ぐに合理的な判断を下す。

 

ならばこれは、化身(アヴァターラ)というゴーレムなのだろうか。

至高の存在に似せて作られたとは聞いていたが、まさかこれほどまでとは考えていなかった。

 

「気配からしてナザリックのシモベではあるようですが、何者ですか? 私は何も聞いてはいませんが」

 

ゴーレムが話した!? ……いや、違う。

よく相手を見てみると、自分と同じナザリックのシモベの気配を放っていることが感じ取れる。

 

(成程……ドッペルゲンガーですか。 いや、私の装備でも無効化出来ない高位の幻術使いという可能性も……、ありますが、それは考えにくいですね。 幻術使いはどちらかというと、戦闘支援を得意としているはず。 単独で宝物殿を守るには些か不向きに思えますし……、それより問題は、うっかり驚いた様子を見せてしまったことか)

 

事前に宝物殿の守護者にはモモンガの使いとして、霊廟にアイテムを取りに来たと説明しようと考えていただけに、少しまずい行動だったかも知れない。

 

しかし、相手が未だ攻撃してこないということは、完全に敵として認定されてはいないということだ。

 

「なっ、そ、そうか。 貴方はドッペルゲンガーなのですね……。 ははは、モモンガ様もお人が悪い。 私を驚かせようと思い、貴方の正体をお隠しになられるとは。 ……私はデミウルゴス。

モモンガ様に命じられ、霊廟の中にあるアイテムを取りに来た者です。

横の彼女は……もし宝物殿の罠が誤作動したときの為に、モモンガ様が伴として同行させて下さったのです」

 

「そうですか……。 彼女は自動人形のようですが、ナザリックのシモベの気配は感じませんね。 ここに来たということは、指輪は所持しているということですし……」

 

多少苦しいデミウルゴスの言い訳ではあるが、パンドラズ・アクターは戸惑ったような気配を漂わせる。

自分への事前連絡無しにシモベを霊廟へと遣わせる、何故か自分の正体を教えていない、など怪しい要素はあるが、デミウルゴスがここにいるという事実自体が、彼の証言を裏付ける根拠のようなものだ。

 

彼からは自分と同じシモベの気配が感じとれるし、そうでなくともリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが部外者に盗まれたなどという非常事態があれば、宝物殿にいる自分に伝えられない筈がないのだから。

 

奇妙な緊張感の漂う中、十秒程考えたパンドラズ・アクターは徐に口を開いた。

 

「分かりました、貴方の言葉を信じましょう。 では、事前に聞いているとは思いますが、宝物殿に入る前にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは私に預けてもらえますか? お手間をかけるようですが、警備上の規則なのです」

 

その言葉にデミウルゴスは流石に躊躇する。

今は装備こそしていないが、霊廟での用事が済めば直ぐに指輪を使い脱出しようと計画していた為、例え一時的にでも指輪を手放すことはしたくはない。

 

「モモンガ様が仰ることには、出来るだけ急ぎで取ってきて欲しいアイテムがあるので、わざわざ一度リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを預ける必要は無いと」

 

「……そうでしたか、了解いたしました。 では、こちらの扉の向こうが霊廟となっております」

 

「はい、では……!?」

 

デミウルゴスの視界の隅に白い煌きが走った瞬間に、デミウルゴスは防御姿勢を取っていた。

 

いつの間にかパンドラズ・アクターの手には、紫電を纏った宝剣が握られており、首を庇ったデミウルゴスの右腕に深々と入り込んでいる。

 

「ぐぅぅっ!」

 

刃から流れ込む雷の痛みから逃げるように飛び退いたデミウルゴスは、憎悪を込めた目でパンドラズ・アクターを睨んだ。

 

……デミウルゴスが辛うじて斬撃を防ぐことが出来たのは、パンドラズ・アクターの能力が、あくまで変身対象のレベルの八割しか再現出来ない為だ。

 

ワールドチャンピオンのクラスは、レベル九十五から習得可能なクラスである為、現在のパンドラズ・アクターは実際のたっち・みーよりはスキル面でも能力面でも大きく劣っている。

 

それでも、たっち・みーが極限まで効率を追求した無駄のないビルドをしていたことと、デミウルゴスの戦闘能力の低さから、まともに戦えば敗北するのは確実にデミウルゴスだ。

 

「私は…‥モモンガ様の使いですよ。 至高の御方のご命令に背くような行為……ナザリックのシモベとして、自分が何をしているのか分かっているのですか!」

 

「私はモモンガ様への連絡手段を持ちませんからね。宝物殿の安全の為に、明らかに怪しい存在は独断で排除させていただきます。私が言った、霊廟内に入る前にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを私に預けるという規則、あれは完全な嘘です。 しかし、貴方はモモンガ様からその規則について言及されたと言う……、切りかかるには十分な材料でしょう?」

 

「鎌をかけた訳ですか……、ふふふ、流石は宝物殿の守護者。 流石に一筋縄では行きませんね………、しかしモモンガへの連絡手段が無いと私に教えたのは迂闊でした。 あなたを殺す場合は連絡する隙も与えないように、不意打ちするしか無いと考えていましたが……、その必要は無いようです」

 

「私とて、モモンガ様ご自身に作られた宝物殿の守護者……。

その血と命を以て大罪を償いなさい、逆賊!」

 

パンドラズアクターが空気を切り裂くような気合と共にデミウルゴスに斬りかかるが、デミウルゴスは余裕を崩さない。

 

――悪魔の諸相:八肢の迅速――

 

変身能力を足に発動し、デミウルゴスは素早く後ろへと下がる。

 

そしてデミウルゴスの前に立つことになったルベドが、パンドラズ・アクターに攻撃を……。

 

「なっっ!」

 

何と、ルベドはパンドラズ・アクターに一切反応せずに、そのまま後ろへと素通りさせてしまった。

 

――悪魔の諸相:鋭利な断爪――

 

鋭く伸びた爪を使い、間一髪で剣を防いだデミウルゴスは、後ずさりしつつルベドに向かい叫ぶ。

 

「ルベド! 何故戦わないのです」

 

その切羽詰まった叫びにルベドは相変わらずの感情の篭らない声で冷静に答えた。

 

「現在の命令は、『ついてきなさい』となっております。 現在戦闘状態に移行すると、命令の妨げになる恐れがありますので」

 

「な、なんですって?」

 

デミウルゴスは、この状況でも先程の命令を優先しようとするルベドに思わず驚愕の声を漏らす。

 

……これは情報不足がもたらしたアクシデント、と言えるだろう。

 

デミウルゴスが断片的な情報からルベドの行動原理を、指輪を持つ者に忠誠を近い、その命令に従うようになるものだと思い込んでいた。 ならば、指輪の所有者が襲われた場合には当然助けようとするだろうと。

 

だがルベドという存在は創造するにあたり、タブラが最強の自動人形というコンセプトにこだわって戦闘面に力を裂きすぎた為に、気がついた時には高度なAIを組み込めるようなデータ量の余裕が無くなっていたのだ。

 

その結果、ルベドに与えられたのは極めて単純な『一度に一つ、与えられた命令を何があっても確実にこなすこと』という設定のみだった。

 

そうしている間にも、パンドラズ・アクターの剣はデミウルゴスを、詰将棋のように壁際に追い込んでいく。

 

いかに優秀な頭脳を持っていたとしても、この圧倒的に不利な接近戦の途中に、ゆっくりと考え事は出来ない。

 

遂に、デミウルゴスの胸が浅く切り裂かれ、血飛沫が飛び散る……だが傷口を焼かれる激痛の中、デミウルゴスが咄嗟に叫んだ。

 

「がぁぁぁ! な、何でもいい。 コイツを殺せ、ルベド!」

 

「了解しました、命令を変更します」

 

「今度は二人がか…‥ごふぉっ!?」

 

先程はルベドから全く戦意を感じずに素通りしたパンドラズ・アクターが、ルベドの声を聞き振り向いた……その瞬間にはルベドの右手の手刀が彼の胸に突き刺さっていた。

 

「なっ……」

 

未だ自分の身に起こったことを飲み込めていないパンドラズ・アクターの腕を、ルベドの左手が掴み、思い切り捻る。

 

それだけで、昆虫の硬い甲殻をもつ腕は肩関節の部分から容易くもぎ取られた。

 

胸に穴が空き、足が踏み潰され、腹が指で抉られる。

 

技量など意味を成さない程に隔絶した基礎能力の差が、そこにはあった。

 

ルベドが攻撃を初めて僅か十秒程度……、それも指輪を所持するデミウルゴスに危害を加えないように、実力を抑えている状態。

 

デミウルゴスはパンドラズ・アクターの身体から、最後の力が抜けていくことを感じた。

 

ルベドも、その瞬間に攻撃の手を止め、一切の感情の篭らぬ声で告げる。

 

「目標、死亡確認。 命令達成……待機状態へと移行します」

 

「……っくくくくく、あはははははははは」

 

初めは剣と爪がぶつかる音、次に宝物殿の守護者が一方的に蹂躙される、甲殻が砕け、肉の潰れる音。

 

それらが終わり、ルベドの待機と共に静寂を取り戻した通路に、悪魔の嗤い声が響く。

 

己が解き放った存在が持つ予想以上の力を目の当たりにしたデミウルゴスは、モモンガの支配から抜け出し初めて自由を感じた時以来の、心の奥底からの愉悦に身を任せた。

 

「素晴らしいですよ、貴方は。 

そしてもうすぐ更なる力が手に入る、……真の悪へと至る為の力がね。

さあ、行きましょうかルベド、ついてきなさい」

 

「了解しました」

 

デミウルゴスは遂に霊廟への大きな扉を開き、その中へ足を踏み入れる。

 

引き続きルベドが扉をくぐり抜けると、つい先程までパンドラズ・アクターが守っていた扉が、ゆっくりと閉じた。

 

固く閉じられた扉の向こう側、デミウルゴス達と彼が闘いを繰り広げた通路ではパンドラズ・アクターからもぎ取られた腕が転がり、夥しい量の血が床を濡らしている。

 

ただ、そこにはパンドラズ・アクター自身の姿は無かった。

 

 

―――デミウルゴスは、霊廟の最奥へと歩を進めていく。

 

 

 

 

 

 



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第三十四話 夜明け

デミウルゴスは霊廟の扉をくぐった後、念の為ルベドに幾つかの質問をしていた。

 

命令方法、能力、所持スキル、弱点など多岐に渡る情報を聞き出している理由は、この先にあるという罠を警戒してのことだ。

 

どうやら、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを身につけている者にのみ作動するというトラップが霊廟の奥には存在するらしいのだが、デミウルゴスが知っているのは数年前に聞いた情報のみ。

 

至高の存在の多くが"りある"へと帰り、他のギルドの者に指輪を奪われる可能性が少なくなってからは、トラップの仕組みが変更されていてもおかしくはない。

例えば、モモンガとあの宝物殿の守護者以外の者が入ろうとすれば罠が発動するとか……。

 

それに加え、先程の闘いで情報不足が招く思わぬ危険を実感した。

 

守護者は既に倒し、ルベドを保管していた研究室も普段は誰も出入りしない部屋。

少し時間を消費してでも、今知りうる情報を全て得て、不確定要素を減らす価値はあるはずだ。

 

 

「さて、こんなものですか。 ルベド、貴方のことは大体理解しました。 これから霊廟の最奥へと向かいます。 ついてきなさい」

 

「はい、了解しました」

 

デミウルゴス達は薄暗い通路を歩き続ける。

 

ルベドの融通の効かなさは思った以上だったが、まあ勝手に余計なことをする馬鹿よりは、扱いやすい分こちらの方がましだ。

 

それにしてもルベドの能力がこれほどのものだったとは……身体能力の高さは先程の戦いを見て、ある程度理解していたが、その他にも幾つかの強力なスキルも所持しているらしい。

 

ルベドの支配が上手くいかなければ、最悪ウルベルト様から下賜された魔像を使い、宝物殿を悪魔で埋め尽くすことも考えていたのだが……、その方法だと自分も被害を受ける恐れがある。

 

やはり彼女がいて良かった。

 

薄ぼんやりとした光が揺蕩う通路を進んでいると、不意に強い光に満たされた場所に行き着いた。

 

そこも同じように奥への道が続いている通路ではあるが、道の両側には大小様々な異形の立像が佇んでいる。

その姿はデミウルゴスも、よく知っているものだった。

 

煌びやかな衣装に包まれたバードマンに、大きなガントレットを両腕に装備した巨人。 そしてデミウルゴスをもってして思わず視線が釘付けになってしまった山羊の頭を持つ大悪魔……。

 

「ウル、ベルト様。 ここは……既に"りある"へと旅立った者達を偲ぶ場所、ということですか。 ……霊廟とはよく言ったものですね」

 

この像達がつけている装備、これは間違いなく至高の存在が自らつけていたもの。

もう直ぐ、これも自分の手に入る。

かつては手も届かなかった財宝と力が………。

 

デミウルゴスが感動と……、自分が理想を実現する様子をウルベルトに見てもらうことは出来ないという一片の悲しみを覚えながらも通路を進んでいると、不意に金属が軋むような音が聞こえた。

 

それも道の奥からでは無く、横の壁から。

 

デミウルゴスが咄嗟に周囲を見渡すと、至高の存在の似姿である四十体の像がいずれも命を得たように動き、台座から降り立っている。

 

「これは……ゴーレム。 最後の罠というのはこれのことでしたか」

 

今デミウルゴスは指輪を装備してはいない。

にも関わらずゴーレムが襲って来るということは、やはりモモンガが警備システムを変更したか……。

 

(ん? このゴーレム達の視線……)

 

デミウルゴスの仮説通り、霊廟に入った存在を無差別に攻撃する仕掛けならば、デミウルゴスもルベドも同時に攻撃対象になるはず。 

だが、至高の存在を模したゴーレム達の視線はデミウルゴスのみを向いているように見えた。

 

(もしかして‥…)

 

デミウルゴスは、服のポケットから指輪を取り出し、地面に置いてみる。

 

もしかしたら指輪を身に付ける、という言葉が指すのは、効果が出るように装備することではなく、身体に直接的、もしくは間接的に接触していることを指す、という可能性を考慮して。

 

そしてデミウルゴスの指が、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと離れた瞬間に、今にもデミウルゴスの方へ襲いかかろうとしていたゴーレムは全て停止し、再び台座の上に戻っていった。

 

「成程、こういう仕掛けですか。 なら、ここに指輪を置いておくしか……、いや、それはまずいですね」

 

もし自分ならば、敵にこのゴーレムの仕組みが看破されることを見越して、宝物殿内に指輪を放置すると小型モンスターやゴーレムで指輪を回収し隠してしまう仕掛けを作る。

 

そうすれば、もしアイテムが敵に渡ってもそれを持ち出す術を封じることができるから。

 

自分が少し考えて思いつく程度のことだ。 当然、至高の存在が思い至らない筈はなく、似たようなトラップが仕掛けてあるだろう。

 

だからといって指輪を持つと、数十のゴーレム達の餌食になってしまう。

ルベドに命じれば、破壊は可能かも知れないが正直いって、もう直ぐ自分の物となるナザリックの戦力を消耗させるのは気が進まない。

 

とは言え、ルベドに指輪を預けて置くのは……不安が大きすぎた。

 

「ま、特に問題はありませんか。 大したトラップでもありませんし」

 

デミウルゴスは床に置かれた指輪を素早く回収して、ゴーレムの反応圏外まで離脱すると、スキルを発動させる。

 

―― 下位悪魔召喚 小悪魔/インプ ――

 

デミウルゴスの前に、赤子程の小さい身体にずる賢そうな顔を貼り付けた、緑肌の悪魔が3体現れた。

 

「宝物殿の奥まで行って、私が指定するアイテムを取ってきなさい。 指示は魔法を使って伝える」

 

そう言うと、デミウルゴスは召喚した存在と感覚を共有する魔法と、伝言の魔法が込められたスクロール二つを取り出す。

 

もしこれがユグドラシル時代であれば、一人で宝物殿に来た者は先へ進む術を失い、立ち往生したかもしれない。

 

だが、召喚した存在をユグドラシル時代より遥かに自由かつ繊細に操ることができるようになったこの世界では、ユグドラシル時代では考えられなかったような方法を取ることができた。

 

 

デミウルゴスの視界に、宝物殿の最奥に収められた幾つものワールドアイテムが映る。

 

しかし、デミウルゴスは全てのワールドアイテムの効果を把握している訳ではなく、少しでも知識があるのはそのうちの5つ程度だろう。

 

まあ、その内の一つのアイテムがあれば、デミウルゴスの計画を完遂させることは出来るのだが。

 

最初は、山河社稷図。 そして次に……。

 

デミウルゴスはそこまで考えて、ふと横のルベドを見る。

 

ルベドはワールドアイテムである熱素石を使用して作られた自動人形。

だが、熱素石というアイテムは消費するタイプのアイテムだと聞いたことがあった。 だとすれば、彼女はワールドアイテムを所持している訳ではない、つまりモモンガの持つオーブ型のワールドアイテムの影響も受けうるのでは無いだろうか。

 

デミウルゴスも、モモンガの持つオーブ型のワールドアイテムの効果は知らず、もしかしたらルベドを無力化、或いは乗っ取られることも否定はしきれない。

 

(一応、ルベドにも一つワールドアイテムを持たせておきますかね。山河社稷図は大きすぎるので携帯したまま戦うのには不向きですし。 ……あれは、ガントレット? 効果は知りませんが……、まあどうせ使用する為ではないし、あれでいいか)

 

そう判断したデミウルゴスは小悪魔に、神聖な雰囲気を持つ白銀の右手と、禍々しさを感じさせる漆黒の左手が、鮮やかな対比をなす一組のガントレットを取らせておいた。

 

そして本命。

最も重要なあのアイテムは……、あった。

 

鮮血や紅蓮の炎を思わせる、毒々しくも、艶やかな花弁を持つ一輪の薔薇の造花。

 

至高の存在も、ついぞ使用することはなかった、ギルドに所属する者にとって最悪とも言えるワールドアイテム。

 

その名は……『簒奪の薔薇』。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

ナザリック地下大墳墓 第九階層 ―円卓の間―

 

ユグドラシル時代、ギルドメンバー達の会議の場として使用されていた大部屋であり、四十一人分の旗の下に、豪華な椅子が並べられている。

 

そしてギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが配置されている場所でもある。

 

今でこそ、円卓には誰一人監視するモンスターはいない……、警備を任されているデミウルゴスがそう仕向けたからであるが、その為にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは一見無防備に部屋の一角に置かれていた。

 

だが、ナザリックの警備網にいくら自信を持っていたとしても、流石にギルド武器が何の安全対策もなされずに放置されているなどありえない。

 

デミウルゴスは警備の責任者という役職上、このスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに仕掛けられた罠を知っているが、それはギルドマスター以外が安置されているギルド武器に接触しようとすると、それぞれ属性の異なる六体の精霊が召喚され、それらを全て始末するまでは、円卓の間の閉鎖と共に転移阻害が張られるという凶悪なもの。

 

もしルベドの起動に成功しなければ、ここで多くの時間を取られ計画は失敗していたかもしれない。

だがデミウルゴスには、出来るだけ早く、この部屋にギルド武器がある内に動く必要があったのだ。

 

なぜならば、ここ数日のモモンガとの会話の中で、ナザリックの防衛体制の更なる強化に関する幾つかの案が話題に上ることがあり、その中にはギルド武器の桜花聖域への移動も含まれていた。

 

デミウルゴスが見たところ、モモンガはナザリック外の存在について、そこまで大きな脅威は先日まで感じておらず、ギルド始まって以来動かされることの無かったスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの移動には、そこまで積極的には感じられなかった。

 

しかしながら、ギルド外に"ぷれいやー"という至高の存在をも脅かしうる脅威が現れた今となっては、ギルド武器の移動はすぐにでも実行に移される可能性が高い。

 

今でこそ、モモンガは自室に篭って何やら考え事をしているようだが……きっと、ぷれいやーへの対策や、これからの行動について一人思案に耽っているのだろう。

 

この束の間の機を逃せば、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンはプレイアデスの末妹であり百レベルのシモベ、オーレオール・オメガの守護する桜花聖域へと移動させられ、ルベドの力をもってしてもモモンガに勘付かれずにギルド武器を手に入れることは不可能になっただろう。

 

だが……、幸運は全て私に味方した。

 

「ルベド、モモンガ及び各守護者の居場所を教えなさい」

 

「はい。 モモンガ様は現在第九階層の私室に。 アルベド姉様も、その近くにいます。 そしてセバス・チャンは……」

 

ルベドは淀みなく、ナザリック内の階層守護者達の居場所を挙げていく。

これは、ルベドに与えられた能力の一つ。 彼女は自分への命令権を持つ存在、即ちリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備している存在の位置を全て把握することができるのだ。

 

勿論、距離が遠くなれば多少精度は落ちるが、このナザリック地下大墳墓内ならば、どの部屋にいるかまで正確に把握できる。

 

ルベドの報告を聞いたデミウルゴスは、この付近にいて直ぐに駆けつけて来そうな守護者は居ない、と判断しこのまま最後の仕上げをすることに決定した。

 

「ルベド、これからレベル80台の六体の精霊が周囲に召喚される筈です。 そいつらが現れたら、この山河社稷図を使い、暫し隔離空間で時間を稼ぐように。 戦闘はしなくていいので、精霊が全て送還されたら、山河社稷図を解除しなさい」

 

「はい、了解しました」

 

デミウルゴスは絡まりあった七匹の蛇が、それぞれに宝玉を咥えている意匠の杖に手を伸ばす。

 

すると、予想通りにトラップが発動し周囲にレベル80前半の六体の精霊が現れ……、一瞬後にはルベドが発動した山河社稷図の効果で、ルベド諸共異空間へ隔離されていった。

 

「やっと……終わりますね」

 

デミウルゴスは守る者の居なくなった杖に、一輪の造花、簒奪の薔薇を近づける。

 

そして薔薇がスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに触れた瞬間に、簒奪の薔薇は淡い光を放ち、その蔦はギルド武器に絡みついていった。

 

デミウルゴスにとっては、まるで一時間以上にも感じられる程の緊張の時間。 だが実際は一分程度だろう。

 

簒奪の薔薇は、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの全体にその蔦を伸ばし終え……、まるで何かの完了を表すかのように、花弁が一度だけ、鮮やかな紅に光輝いた。

 

デミウルゴスの手がゆっくりとスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに伸ばされ、台座から取り外す。

 

モモンガ以外は装備することさえ出来ないはずの杖から、主の到来を喜ぶように漆黒に染まった赤いオーラが揺らめいた。

 

 

ワールドアイテム、簒奪の薔薇。

 

その能力は……ギルド武器、そして一部権限を除くギルド全体の掌握。

 

アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが多くの時間と、財産を消費して生み出したスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、デミウルゴスをギルドマスターとして認めたのだ。

 

ナザリックの外に広がる草原では、地平線から昇った朝日が新しい一日の到来を知らせていた。

 

 

 



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第三十五話 残ったものは

モモンガは、第九階層の私室の中にある巨大なベッドに仰向けになり、ぼんやりと天蓋を眺めている。

 

一人になってから、色々なことを考えた。

 

自分のこと、ギルドメンバーのこと、ナザリック地下大墳墓のこと、スレイン法国のこと。

 

これから自分とナザリックのNPC達は、スレイン法国との戦いに入るだろう。

例え、向こうに責任があろうが、不幸なすれ違いの結果だろうが、自国の首都を襲撃された上に、大勢の民を殺され、黙っている者などいるはずがない。

 

もし、アインズ・ウール・ゴウンと彼の国が戦争になれば、双方に大勢の犠牲が出るだろう―――。

 

「どうして俺が、アインズ・ウール・ゴウンを守らなきゃならないんだっけ」

 

ほぼ無意識の内に、モモンガの口から言葉が漏れた。

 

自分以外の誰に聞かれるでもなく、宙に溶けたその言葉をモモンガはもう一度反芻する。

 

(俺がアインズ・ウール・ゴウンを守っていたのは、ギルドメンバーの為……、いつか彼らがまた戻ってくる……心の中では、その望みは薄いと分かっていたが……、その為に彼らの居場所を守りたかった。 だけど、この世界で、これ以上アインズ・ウール・ゴウンを守ろうとすると、大勢の人を殺さなくてはならないのか)

 

少し前までのモモンガであれば、何の躊躇いも無く……むしろ怒りのままに率先して人間を殺していたかもしれない。 だが、スレイン法国で何故か人間だったころと同じ感情を取り戻してからは、そのような行動を取ろうとしていた自分には恐怖しか感じない。

 

(それに人を殺し、国を滅ぼし、このギルドを守ったとして、仲間がそれを喜ぶ筈もない……。 そうだ、俺にとってはユグドラシルは全てだったけど、仲間にとっては……いや、本当は俺にとっても所詮はゲーム。 自分が作ったものが多くの人間を苦しめ、死なせてしまったと知って喜ぶ人なんて誰もいないよな。 そんなことにも気付けなくなっていたんだ、俺は)

 

仲間はこれ以上、ナザリックがこの世界に影響を与えることなど望まないだろう。

自分がナザリックを守りたいと願っていたのは、仲間がそれを望んでいると信じていたから。 だが、その過ちに気がついてしまった今は、その目的意識もすとんと消えてしまった。

 

誰にも望まれず、自分も望まず。

 

これから、何をするべきなのかも分からない。

 

モモンガはかつての仲間達との記憶に縋るように手を虚空に伸ばし、やがて、崩れるように手を降ろした。

 

「もう、終わっていたのか。 俺の夢は……、ユグドラシルの最後の瞬間に」

 

自分とギルドメンバーが愛していたものは、あくまでもゲームの中のアインズ・ウール・ゴウン。

 

現実へとなってしまったそれは、最早別物。 ゲーム時代の名残を残すだけの……残骸とでも言うべきものか。

 

ユグドラシルの思い出に縋りつき、その残骸を守るためならば手段を選ばない恐ろしいアンデッド。

そういうものに自分はなってしまったのだ。

 

「怖いな」

 

誰も頼るものなどいない。

自分を崇めるシモベ達も、今では仲間と共に作った外装や設定を被っているだけの何かとしか思えない。

 

仲間もシモベも、モモンガは心の中にあった全ての希望を失ってしまっていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「何度言ったら理解するのですか、シャルティア! 私に従いなさい、モモンガを殺しに行きますよ」

 

「え、いや、でもモモンガ様は……。 でも、デミウルゴス、いやデミウルゴス様に従って‥…、でもどうして」

 

「ちっ!」

 

デミウルゴスは、ギルドマスターとしての権限を掌握した後。

逃がしてしまえば後の面倒を引き起こすであろうモモンガを始末する為に、階層守護者の中でも戦闘力において最強の存在であるシャルティアを引き入れに第一階層を訪れていた。

 

しかし、シャルティアと会ったデミウルゴスは直ぐに落胆する。

 

急に自分の主がデミウルゴスに変わったことに対して、シャルティアは完全に混乱していたのだ。

 

もっとも、これはデミウルゴスのミスという訳ではない。

 

これがゲーム時代であれば、簒奪の薔薇を使いギルドマスターとしての権限を手に入れた後は、直ぐにギルドのNPCを自在に動かすことが出来たが、現実世界へと移りNPCが自分の意思で行動することができるようになったことが思わぬ作用をもたらしていた。

 

自分の記憶では、自分達を作った至高の四十一人の一人であり、ギルドマスターである、モモンガに逆らう事など許されない。

 

しかし、何故か今はモモンガへの忠誠心が急に失われ、デミウルゴスに従うべきだという衝動が芽生えている。

 

現実化に伴い、NPCに自己決定能力が芽生えたことで、よくも悪くも彼らは機械的には動かなくなった。

それがこの混乱を引き起こしているのだ。

 

(恐らくこの混乱は一時的、現在のギルドマスター権限がこちらにある以上、時間をかければシモベ達の完全な掌握も出来るでしょうが……今はまずい。 無理にモモンガ討伐に参加させれば、思いもよらない行動を取らないとも限りませんね)

 

やはり、自分とルベドで行くしかないか。

 

既に薔薇の発動から三分が経過しようとしている。

 

これ以上、時間をかければマスター権限が剥奪されたことに気がつき、向こうから手を打ってこないとも限らない。

 

「本当に、ままなりませんね……。 まあいい。 狭い室内戦で、ワールドアイテムも所持しているルベドとの戦い。 負ける要素は……0です」

 

デミウルゴスはルベドを伴い、モモンガの寝室へと移動した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

「そうか……」

 

突如部屋に転移してきたデミウルゴスから、ギルドマスターとしての権限を剥奪されたことを伝えられたモモンガは、自分でも意外な程に落ち着いていた。

 

「それ程驚かないのですね?」

 

「いや……驚いているさ」

 

確かに、頭ではこの異常事態に驚愕している。

しかしシモベへの、かつての仲間達の子供に対するような親近感はまやかしだと気がついてしまった今では、その驚愕が心にまで伝わりにくくなっているのだろう。

 

「お前たち、シモベの忠誠は絶対だと思っていたのだが……なぜ裏切る気になった? 

デミウルゴス」

 

「何故? 何故ってそれは……私が悪魔だからです」

 

「どういうことだ?」

 

モモンガは、デミウルゴスの言い放った抽象的な言葉の真意を尋ねた。

 

「まあ、もはや時間は私の敵ではない。 教えて差し上げましょう。 ……全てのきっかけは私がダンジョンに引きずり込まれたあの後、気がついた時には赤い星へと続く、光の通路を飛んでいたのです」

 

その後のデミウルゴスの話はこうだ。

 

光の通路を通っている途中、突如として巨大な手の中に包み込まれるような感触を味わった。

 

そして頭の中に声が響く。

 

『お前には洗脳の痕跡がある。 無理やり意思を書き換えられ死地へと送り込まれた、哀れな者よ。 お前の洗脳を解除し、どこか遠い地へと逃がしてやろう』

 

直後、視界が光に包まれ、再び意識を取り戻した時にはスレイン法国の首都に佇んでいたというのだ。

 

「あの後、私は気がついたのですよ。 己が本当になすべきことを。 それはナザリックのシモベとしてあなたが世界を支配する手助けをすることではない。 むしろこの世界の全ての生命を、苦痛と怨嗟の内に滅ぼさなければならないのです。 ……私がこれを実行に移そうとすれば、必ずあなたと対立する。 ですから……排除させて頂きました」

 

「では、スレイン法国の件はやはり……」

 

モモンガの心の中が罪悪感で満ちていく。

あの国はデミウルゴスのせいで一方的に襲撃され……あまつさえ、自分の手により滅ぼされようとしていたのだ。

 

「だが……、だが何故全ての生命を滅ぼす必要があるのだ? そんなことをしてお前に何の得がある」

 

モモンガの言葉にデミウルゴスは、呆れたように肩をすくめる。

 

「必要? 得? ……私はウルベルト様に、全ての生命に滅びをもたらす絶対悪であれと作られた。 だからその願いを果たす為にはどんなことでもする。 それが私の存在意義で……あなたの友であったウルベルト様の意思でもあるのですよ?」

 

「なっ、ち、違う。 ウルベルトさんはそんなことを望んでは「黙れ」……」

 

デミウルゴスの全身から殺気が放たれ、表情は怒りに満ちている。 

 

モモンガは、デミウルゴスの逆鱗に触れてしまったのだと悟った。

 

 

「ウ、ウルベルト様が私に託した願いを否定したなぁぁァ! 巫山戯るな、ゴミがぁぁ! 

き、貴様に、かの偉大なる御方の御心が理解できると一片でも思った私が愚かだった……。 

ルベド、モモンガを殺せ!」

 

「了解しました」

 

「うっ……」

 

モモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの発動を試みるが、転移はしない。

 

恐らくはデミウルゴスのスキルによる転移阻害が張られているのだろう。

 

(まあ、いいか。 もしここから逃げられて……デミウルゴスからギルドマスターの権限を取り返すことが出来たとしてどうするというんだ。 もう仲間に望まれていないものを守る為に大勢の人を殺すのか? ……このまま無意味に流される続けるよりも、いっそのことここで……)

 

だが、モモンガが諦めかけ、大人しくルベドの手にかかろうとしたとき、部屋の扉が勢いよく弾け飛び、黒い影が飛び込んできてルベドを吹き飛ばした。

 

「なっ、あなたは……」

 

デミウルゴスが、焦りの声を漏らす。

 

そこに居たのは、悪魔めいた全身鎧を纏った、ナザリックの守護者統括アルベドだった。

 

「デミウルゴス、あなた……何をしているか分かっているの!? モモンガ様を手にかけようとするなど……その大罪、万死に値するわ!」

 

「あ、あなたこそ、このナザリックの頂点である私に向かい……」

 

そこまで言ってデミウルゴスの目は、アルベドが持つギンヌンガガプに吸い寄せられた。

 

「……成程。 ワールドアイテム所持者はワールドアイテムの影響を受けない。 簒奪の薔薇にも同じことが言える訳ですか……だが、あなた一人が加わったところで形勢は変わりませんよ、ルベド、ターゲットにアルベドを追加しなさい」

 

「はい、了解しました」

 

部屋の壁際にあるクローゼットへと叩きつけられ、残骸の中に埋まっていたルベドは、勢いよく木片を飛散させながら立ち上がる。

 

その姿に、殆どダメージの痕跡は見られなかった。

 

「どうです? ルベドの防御は例えたっち・みーであっても易々とは損傷を与えられないレベル。 それに加え、現在はワールドアイテムも所持しています。 あなたのギンヌンガガプの効果を発動しても意味がありませんよ」

 

ルベドが、周囲が振動する程の強さで床を踏み込み、一直線でアルベドへ向かう……かと思われたその時。

 

急にルベドの動きが止まった。

 

「な、何が起こって……」

 

呆気に取られるデミウルゴスの前で、ルベドの身体から白い煙のような物が抜け出していく。

 

その煙はモモンガの目の前で見覚えのある、人型の姿を取った。

 

「ベ、ベルリバーさん?」

 

ゴースト系の種族をとっていたプレイヤーであり、ナザリックの中でも頭脳派のメンバー。

 

ぷにっと萌えとはよく戦略談義をしていたことをモモンガはよく覚えていた。

 

「い、いえ。 違います。 この気配はナザリックのシモベのもの……」

 

アルベドの声に、ベルリバーの姿をとっていた何者かは答える。

 

「それは後です。 あなたが守護者統括殿ですね? 今の内に、ギンヌンガガプを」

 

よく見ると、目の前の者の両手にはルベドが装備していた筈のワールドアイテムが装備されている。

 

ならば、今ルベドは……。

 

アルベドにより解き放たれた力は、未だ硬直状態にあったルベドに襲いかかる。

 

その衝撃は、私室の壁を打ち抜き、ルベドをその向こうに続く廊下まで吹き飛ばした。

 

 

「あの自動人形は、改良の余地が大いにありますね。 宝物殿からずっと憑依していた私に何の対策もしなかったのですから」

 

「宝物殿、だと? お、お前はまさか……」

 

「パ、パンドラズアクターか!?」

 

モモンガの口をついて出た言葉に、ベルリバーの姿を取ったパンドラズアクターは頷いた。

 

「ええ、宝物殿であまりにも傷を負いすぎたせいで、あなたがギルドを乗っ取ることを止める事は叶いませんでしたが……モモンガ様の御命だけは……私が守ります」

 

たっち・みーの姿を取ったパンドラは、ルベドに蹂躙されながらも、あるスキルを発動した。

 

昆虫系の種族が習得する、そのスキルの名は"擬死"。

 

一時的に身体の生命活動を極限まで低下させ、生命感知の魔法すらも誤魔化すこのスキルによって、ルベドは誤った死亡判定を出してしまう。

 

やがてパンドラは一瞬の隙を突き、スキルを解除した後、ゴースト系の種族であるベルリバーに変身しルベドに憑依したのだ。

 

とはいえ、憑依状態になったことは当人であれば直ぐに分かることであり、ルベドがデミウルゴスに報告すれば、簡単な方法で解除できただろう。

 

だがあいにく、その時にデミウルゴスが命じていたことは"ついてこい"という命令のみ。

 

その命令の遂行には特に問題が無いために、ルベドはデミウルゴスに自分の状態を報告してはいなかった。

 

 

……ベルリバーのスキルには憑依状態から発動するものもあるが、強力なスキルになるほど、憑依から一定時間が経過していることが条件になっている場合が多い。

 

デミウルゴスがギルドを乗っ取った際は、その条件を満たしておらず、憑依を解除しても無駄死には確実だった上、異空間に隔離されてしまった為、止めることが出来なかった。

 

……しかし、ワールドアイテムを装備したルベドに憑依していたおかげでパンドラズアクターも、簒奪の薔薇の影響下から抜けることが出来たのだが。

 

その後、モモンガに危機が迫るまさにこの時、ベルリバーの憑依スキルの発動条件が満たされたのだ。

 

スキルにより、ルベドのワールドアイテムを奪い、更に硬直状態にすることでアルベドのギンヌンガガプの攻撃を直撃させることは出来た。

 

しかし―――、この程度でどうにか出来るほど、ルベドという存在は甘くはない。

 

形勢は三対一。 

ルベドがいるとは言え、彼女はワールドアイテムを所持しておらず、このまま行けばモモンガを逃がす時間くらいは作れる。

 

絶望的な戦況の中で、僅かな希望を見出したアルベド。

 

だが、その束の間の楽観さえ吹き飛ばすように、デミウルゴスの鋭い声が周囲に響く。

 

「ルベド、"心臓"の発動を許可する。 こいつらを纏めて吹き飛ばせ!」

 

「心臓、か」

 

三人の中で、唯一思い当たる節があったのはモモンガだけであった。

 

タブラがルベドを作成する際に、身体の各パーツ毎に組み込んだ特殊スキル。

 

その中でも心臓に仕込まれたそれは、四十八時間に一度という厳しい使用制限がある代わりに、超位魔法をも凌駕する破壊力を誇る、タブラの自信作だった。

 

「了解、"アポロンの矢"を起動します……、最高クラスマスターの影響範囲内の存在を確認。 カウントダウン終了までに避難してください。 20……」

 

(後はギリギリまで引きつけて、私はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移すればいいだけですね。 私が転移しても、次元封鎖の影響は、約五秒程この場に残留するはず。 逃げ場の無い、この部屋の中で転移魔法も使わずにルベドのスキルから逃れることは不可能。 ……もし生き残っても虫の息でしょうし、アポロンの矢を発動した後のルベドにあっという間に始末されるでしょう)

 

念の為に、デミウルゴスはギルド武器から根源の火精霊を召喚し、モモンガとルベドの間に配置しておく。

 

根源の火精霊はレベル87の強力なモンスター。 

 

更には、自身のスキルでレベル60近くの悪魔も複数追加した。

 

いかにモモンガ達とは言え20秒にも満たない僅かな時間で、この精霊達と自分を突破し、ルベドのスキルを阻止することは不可能だろう。

 

 

 

「ここは私達が何としてでも防いで見せます。 モモンガ様だけでも退避を……モモンガ様?」

 

アルベドが後ろを振り向くと、モモンガは力なくベッドに腰を下ろしていた。

 

その姿から感じられるのは、最後まで足掻こうという必死さでも、何か策があっての余裕でも無く……むしろ無気力に近いもの。

 

「ギルドの機能による洗脳が解けて……その結果がアレか。 お前たちも、ギルドに縛られて私を守ろうとしているだけなのだろうな。……もうどうでもいい。私の夢は……既に終わったんだ。 ここで吹き飛ばされればいっそすっきりするだろう。 ……アルベドは恐らく自分の防御に徹すれば生き残れる。 パンドラは、そうだな、スキルを上手く使えれば希望はある。 ……私のことは放っておいてくれ」

 

「何を言って……モモンガ様!」

 

アルベドが必死にモモンガの肩を揺するが、もはやモモンガは何も反応を返さない。

 

絶望と悲しみに心を支配されたアルベドに、伝言の魔法を使ってパンドラが声をかけた。

 

『守護者統括殿。 ……私がルベドの"アポロンの矢"とやらを防ぎます。 ルベドの言葉からして、デミウルゴスはスキル発動前にこの部屋から退避するはず。 それから、次元封鎖が解除されるまで凌げば、指輪を使い転移が出来るでしょう』

 

「あなた……」

 

アルベドがパンドラズアクターに何かを言おうとするが、直ぐに口を閉ざす。

 

そして小さく、

 

「ありがとう」

 

とだけ呟いた。

 

 

 

「アポロンの矢、照射開始」

 

アポロンの矢。 

そのスキルの正体は熱素石の膨大なエネルギーを使用した、強力な光線の照射だ。

 

圧倒的な熱量で全てを焼き尽くすその攻撃は、まさに太陽の神の名を冠するにふさわしいだろう。

 

だが、その攻撃の前に一歩も引かずに彼は立ちふさがっていた。

 

現在は、ぶくぶく茶釜の姿を取った彼が発動しているスキルの名は慈愛の盾(シールド・オブ・アフェクション)

 

己の命を犠牲として、一定範囲を超位魔法すら防ぐ強力な盾で覆うスキルだった。

 

「すまないな、パンドラズアクター……。 私がお前の意思を縛っていなければ……お前もこんな無意味な死に方はせずに済んだのに」

 

アルベドの言葉にも、何の反応も返していなかったモモンガが、命を捨ててまで自分を守ろうとするパンドラズアクターに声をかけた。

 

ただ、それは感謝から来るものではない……今のモモンガにあるのは罪悪感だけだ。

 

己の命を捧げるパンドラズアクターの行動も、結局はギルドのシステムに縛られている結果でしかない。

 

自分が作り出したNPCが、偽りの忠誠心故に命を捨てようとしている。

 

それにモモンガは、哀れみを覚えていた。

 

パンドラズアクターは、それを黙って聞き……アルベドに自分が装備していたガントレットを投げ渡した。

 

「そろそろ盾が消失します。 ……効果時間の限界まで待ってから指輪を発動してみてください。 運が良ければ、転移出来るでしょう、それと……」

 

ぶくぶく茶釜のスライムの身体が、モモンガに正面を向けた。

 

「子供が親を想うのは当然のことでしょう? 例えモモンガ様にでも……それを無意味と言って欲しくはありません」

 

「パンドラ………」

 

パンドラズアクターはその後も何事かを言おうかと迷う素振りを見せるが、結局、もう一度ルベドの方へ向き直った。

 

「もう効果が切れますよ。 3、2、1……今です!」

 

アルベドが、モモンガを伴いリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの発動を試み……パンドラズアクターの視界の隅に閃いた光が、その結果を示していた。

 

パンドラズアクターの視界が、真っ白に染まる。

 

やがてルベドによる攻撃が終わった後。

 

そこには、ただ、灰と焦げた石しか残っていなかった。

 

 



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第三十六話 反転

アルベドはモモンガを後ろに乗せ、必死の速度で騎獣を走らせている。

 

彼女が駆るのは白い毛皮に、時折青い火花が散る大型の虎、雷虎(ライコ)だ。

 

マジックアイテムから召喚したレベル70相当のモンスターであり、アルベドからすると幾分力不足な騎獣であることは否めないが、自分のスキルで召喚できる双角獣(バイコーン)には乗れない以上仕方がない。

 

あのモンスターは穢れなき乙女を嫌っているため、エ・ランテルで活動を始めた頃、人気のない場所で試し乗りをしようとしたら思い切り振り落とされたのだ。

 

「くそっ!」

 

そして今、アルベドが軽く後ろを振り向いた後、悪態をついた。

 

ナザリックを出て、二十分程。 方向も確かめずに走り続けていたアルベドの後方一キロ程の地点に、四体の影が迫っていた。

 

この事態を引き起こした張本人であるデミウルゴスとルベド、そして二人の悪魔だ。

 

「あれは確か親衛隊に属していた魔将の一人と……プルチネッラだったか。 指輪のことに気が付くのが遅かったな……」

 

モモンガが、猛スピードで走るモンスターの背中で揺られながら、力なく呟いた。

 

 

デミウルゴスはあの後、モモンガとアルベドの二人がルベドによる攻撃から逃れたとの報告をルベドから受け、大至急、追撃を開始したのだ。

 

だが、アルベドとモモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンにより既にナザリックの外。

広いフィールドではモモンガの強みが発揮され思わぬ反撃を受ける恐れもある為に、ルベドがいるとは言え二人では戦うのは不安がある。

 

だが、そこでデミウルゴスに天啓が舞い降りた。

 

ナザリックのシモベ達は、急な命令系統の変化に混乱している。 ならば、自分が普段から指揮下に置いているシモベであれば比較的混乱が少ないのではないか、と。

 

デミウルゴスの予想は的中し、彼の配下の三魔将、副官であるプルチネッラ、十二宮の悪魔……今は七体だが……の精神は比較的安定しており、命令が可能だと判断したデミウルゴスによって、十二宮の悪魔はナザリックの警備、三魔将とプルチネッラがナザリック外での作戦行動に駆り出されることになった。

 

ここでデミウルゴスにとって大きな幸運が起こる。

 

モモンガがルベドの能力の一つに、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの装備者の位置探索があることを失念していたのだ。

 

最もモモンガがルベドの機能についてタブラから説明を受けたのは数年前のことであり、その細部まで詳しく覚えていなくても無理はない。

 

モモンガがそのことを思い出したのは、デミウルゴスに姿を補足され、自分の位置が把握された理由を考えてからだ。

 

「モモンガ様、転移魔法を使って遠い場所へ逃れるわけにはいかないのですか?」

 

アルベドの声に、モモンガは少し考えてから首を振る。

 

「無理だ。 転移魔法は利便性が非常に高いが、それだけに多くの対策魔法やスキルがある。 確かデミウルゴスの覚えているスキルの中には、自分の視界内で転移魔法を発動したものがいた場合、その行き先を割り出し、後を追って転移できるというものがあったはず。 それに私の転移魔法は見たことのある場所にしか転移できないしな。 どの道、ナザリックの近郊にしか………」

 

転移出来ない、そう言いかけてモモンガは口を閉ざした。

 

一度は全てに絶望したモモンガが、現在アルベドと共にデミウルゴスから逃げている理由はパンドラズアクターの献身があったからだ。

 

例え理由が何であれ、自分の為にその命を差し出した者がいる。

その事実が、モモンガに自分の命を無為に捨てることを思いとどまらせていた。

 

ナザリックの全戦力を敵に回してしまった以上、遅かれ早かれ自分は死ぬ。

しかし、せめてパンドラズアクターの犠牲を全くの無駄にはしたくない。

 

その思いがモモンガにある覚悟を決めさせた。

 

「アルベド、お前に一つ頼みがある」

 

「モモンガ様……?」

 

今までとは違い、力の篭ったモモンガの言葉にアルベドが戸惑いながら、後ろを振り向く。

 

そして主が纏う決死の覚悟を、肌で感じとった。

 

「私がいなくなった後も……お前は可能な限り逃げてくれ。 私という重荷が居なくなれば、騎獣の速度も少しは上がるだろう。 デミウルゴスと戦えとは言わない、そんなことをすればあっという間に命を落としてしまうだろうからな。 ……だがどうか、この世界に害を為すことはせず、静かに暮らしてくれ。 それが私の最後の願いだ」

 

「最後? な、何をいっているのですモモンガ様。 私はまだ……戦えます。 生き残る道は潰えておりません!」

 

しかし、アルベドによる必死の説得もモモンガの決意を動かすことは無い。

 

「いや……ナザリックのギルド長として、最後のけじめはつけなければ。 それが仲間の為……いや、私自身の為にも行わないければならないことだ。 これ以上、ナザリックの為に誰かを傷つけたくは無い……今ナザリックを止められる可能性を少しでも持つのは、スレイン法国で出会ったあのプレイヤーだけだろう」

 

「ま、まさか……」

 

「ああ、あのプレイヤーにワールドアイテムとナザリックについての情報を託す。 私にしかできないことだ……その結果、例え殺されたとしてもな。 ……ギンヌンガガプだけはお前が持っておけ。 うまく使えば、お前だけなら逃げることが可能かもしれない」

 

「ま、待って、モモ……」

 

アルベドの静止を振り切り、モモンガは騎獣から飛び降りた。

 

猛スピードで走るモンスターから急に地面へと移った為に、慣性に引きずられてよろめくが、力で強引に体制を立て直すと、手を前へと向け呪文を発動した。

 

「《ゲート/次元門》」

 

空間に開けられた門をくぐり抜けるモモンガを、モモンガを追って騎獣から飛び降りたアルベドが必死に追おうとする。

 

モモンガの全身が白い光が漏れだす門に飲み込まれ、少しずつ次元門が閉じていく。

 

アルベドは呼吸をすることも忘れ、ただ追いすがった。

 

「モモ、ンガ様……、あなたは何も分かっていない。 あなたが居なくなっては……私はぁぁァァァ!」

 

彼女の必死の思いが通じたのだろうか、アルベドは門が閉じる直前にその中に身体を割り込ませることに成功し、後にはただ朝日に照らされた草原だけが残った。

 

 

「ふん、こんなもの直ぐに追って……何っ!?」

 

「ど、どうなされたのですか、デミウルゴス様?」

 

スキルを発動し、モモンガ達を追跡しようとしたデミウルゴスは慌ててそれを取り消した。

 

どこへ転移したのかは、現時点では距離と方向しか分からないが……そこにモモンガが一度訪れた場所という要素を組み合わせると答えは一つしかない。

 

「な、何を考えているモモンガ。 よりによって、スレイン法国だと?」

 

あそこには実力や抱えている戦力など、未知の部分が多すぎるぷれいやーが居るはずだ。

 

流石にルベドがいるとは言え、軽々しく後を追うわけにはいかない。

 

なぜならルベドを運用するには、デミウルゴス自身が同行し逐一命令をする必要がある。 その為、もし相手がルベドを倒せはしないまでも、動きを封じる切り札を持っていたりでもしたら、自分は絶体絶命の窮地に立たされるのだから。

 

「くそっ、なぜだ? もしかして、法国のぷれいやーを支配する方法でも身につけているというのか? まさか、やけを起こした訳では無いだろうし……」

 

デミウルゴスは己の理解を超えたモモンガの行動に、呆然として立ち尽くしていた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「来てしまったのか……アルベド」

 

「モモンガ様、命令に背いたことは……言い訳の仕様もございません。 しかし、私にとっての最悪はモモンガ様が居なくなってしまうこと……例えシモベとして失格の行動であるとしても、あの命令だけは聞くことは出来ません」

 

「そうか。 まあ、もういいさ、こうなればもう進むしかない。 ……これは転移誘導の罠にやられたな。 対策を何も施していないのだから当たり前だが。 このまま、一言も会話できずにやられることは避けたいが……」

 

《ゲート/次元門》を抜けた向こうには、あの活気溢れる神都の街並みでは無く、薄暗い四方を石で囲まれた部屋があった。

 

おおよそ一辺が二十メートル程、四角形のこの部屋に窓は一つもなく、壁にただ一つ備え付けられた《コンティニュアルライト/永続光》による証明が、冷たく周囲を照らしている。

 

金属製の扉がひとつ付いているが、硬く施錠されている上に、魔法的な罠が仕掛けてあることは確実だろう。

 

相手のテリトリーに踏み入れてしまった時点で、そこから逃れることは難しいというのはユグドラシルでの常識だ。

 

部屋の中央には宙に浮遊する一枚の鏡が置かれており、やがて鏡面が淡い光を放った。

 

「遠話の鏡、か」

 

それはユグドラシルではお馴染みの通信用アイテム。 同じ鏡同士で、音声と画像をやり取りできる為に《メッセージ/伝言》では伝えられない、地図などを用いた会話によく使われていた。

 

「驚いたわ。まさかこんな単純な罠に掛かるとは……。 半ば警報装置として設置しておいたんだけれどね。 ……なにか企んでいるか、それとも交渉に来たか。 どちらかだと思っていいのかしら」

 

鏡に映し出されたのは、つい昨日戦った白髪の少女。 

 

声に含まれた余裕から、自分の絶対的優位を確信していることが伝わってきた。

 

アルベドから一瞬殺気が吹き出すが、モモンガは慌てて手で制する。

 

彼女が自分についてきたことには驚いたが、こうなっては行く所まで行くしかない。

しかし、アルベドが暴走したせいで、会話が打ち切られてしまえば、自分とアルベドは本当に無駄死にになる可能性があるのだ。

 

「昨日のことは本当に済まないと思っている。 ……ギルドのNPCの暴走は、全て私の責任だ。 それにその後のことも……」

 

「………は?」

 

鏡の向こうで、何故か少女が硬直した。

 

「それに私はいまギルドマスターとは言えない。 ワールドアイテムの簒奪の薔薇を知っているか? それでNPCの一人に権限を奪われてしまった。 そして……」

 

「ちょっと待って………、あなた何を企んでいるの? ……まさか! ドッペルゲンガーか何かを自分を化けさせて……そうか、陽動作戦! クリスト、至急神都、いや、国内の情報を……」

 

「ち、違う! 私は紛れもない本人だ。 とにかく話しを」

 

「自分がどんな不自然なことを言っているのか分かっているの? 昨日とよくもまあそんなに態度を変えられるものね。それとも昨日のことは全て演技で、冗談だったから許してくれとでも?」

 

「いや……とにかく最初から話させてくれ。 実は昨日……」

 

モモンガはもしかしたら、相手は自分が人間の精神を取り戻した理由について知っているものと思っていたが、その推測は間違いだったと悟る。

 

だとすれば、自分の変化はいかなる要因によるものなのだろうか。

 

とにかく、なんとか会話のとっかかりを掴めたモモンガは自分が人間の考え方を取り戻したこと、そしてナザリックが拠点NPCの一人、デミウルゴスに奪われたこと、彼はこれから世界を滅ぼそうとしていることを説明することが出来た。

 

しかし話し終えた後、鏡の向こうにいるプレイヤー……アーラ・アラフは何かを話す気配も無く、俯いたまま固まってしまった。

 

「……が………でも……に……」

 

微かに漏れる声から、彼女が何かを考え込んでいることだけが理解できた。

 

張り詰めた糸のような緊張の時間が流れ、やがて彼女は顔を上げる。

 

表情はいたって平坦であり、そこからは何の感情も読み取れなかった。

 

「………あなたの言うことはよく分かった。 完全に信用は出来ないけど、迷宮の力は時にユグドラシルのシステムを捻じ曲げることは確認済みだし……。 カルマ値や種族が精神に影響を及ぼすこともね。 で、あなたはこれからどうしたいの? ……あなたのギルド、ナザリックを滅ぼす? それとも……ただ逃げて安全な生活がしたい?」

 

彼女の意図が読めない。

 

もしかして、自分とアルベドをいずれくるナザリックとの戦いの為の戦力として加えようとでもいうのだろうか。

 

だとすれば、ナザリックと戦うと言えば見逃しては貰えるかも知れない。

 

「私は……」

 

しかしモモンガは途中で口をつぐんだ。

一度はナザリックのNPCの忠誠も全てまやかしのように思った。

 

いや……パンドラやアルベドの自分への献身に触れても尚、もし自分がギルドマスターで無ければこうはならないのだろうと、心の中で考えている。

 

だが……自分は本当にナザリックを滅ぼすことが出来るのだろうか。

 

仲間と自分が一緒に作った、などは最早関係ない。

 

仲間に捨てられ、最後に残った自分にもこれ以上世界に害をなすことを望まれていない。

 

だから全て滅ぼすしかないのだろうか………、彼らはそうあれと作られただけ。 本当に責任を取るべきは……。

 

 

結局、その後暫く考えても答えは出ない。

だが……保身の為の嘘はつかないことにした。

 

「分からない。 ナザリックのNPCは私達が作った……だが、これ以上世界に害をなすことは望んでなどいない。でも……彼らは確かに生きているんだ。 だから……殺したくはない。 済まないが私は、役に立てそうにないようだ。 だがこのアルベドには私があなた達の国を守るように最後に命令をする。 だから、彼女だけは見逃してくれ」

 

「……そう」

 

アーラ・アラフはそっけなく言い放った後、通話を打ち切り鏡面が輝きを失った。

 

(やはりな……)

 

今の自分は死刑宣告を待っているに等しい身なのに不思議と心は静かだ。

 

ただ気がかりなのは、アルベドについての願いが聞き届けられたのかだけ。

 

「モモンガ様、例えあなた様のご命令でもモモンガ様の命を奪った相手に従うことなど出来ません。 その時は私も共に」

 

「しかし、アルベド……なっ!」

 

モモンガが驚愕の声を漏らす。

 

今、モモンガの目の前の空間には白い光が溢れる裂け目……つい先程自分がくぐった次元門が出現した。

 

そして、その中から現れたのは、車椅子に乗ったアーラ・アラフと、それを押すクリストと呼ばれていた青年。

 

どんな反応を取ればいいのか戸惑うモモンガ達の前でアーラ・アラフが告げた。

 

「最初に言っておくけど、あなた達を許した訳じゃない。 ……だけど、そのナザリックのNPC達を止めたいのなら私達は利害が一致するわ。 ……スレイン法国に協力しなさい」

 

「な、何故だ? 私は戦えるのか分からないんだぞ!? それに、つい昨日あなた達の街を襲った私を仲間になど……」

 

アーラ・アラフは一瞬目を鋭く細めた後、色々なものを一緒に吐き出すようなため息をついた。

 

「そうね……。 確かに私はあなたが憎い。 あなたは神都の惨状を見ていないでしょう? 昨日あなたの配下の悪魔のせいで、千人以上が命を落とした。 どの死体も口にするのもはばかられるほど酷い傷跡を負っていた」

 

「千人……だと? そんな………大勢の人が………」

 

「そしてこれからも大勢死ぬ。 万か十万か、あるいはもっとか。 その命を少しでも救うためなら……誰とだって組むわ」

 

つい昨日はナザリックの為に滅ぼそうとした国と、今度はナザリックを止める為に共闘する。 今尚、自分がどのような行動を取るかは、実際にナザリックと対峙するまでは分からない。

 

しかし………、このまま逃げては何も解決しない。

 

モモンガは遂に覚悟を決めた。

 

自分の命を捨てる覚悟は既にある、今決めたそれは……戦う覚悟だ。

 

「私がどれほど役に立つか分からない。だが………、全てを人に押し付けてこのまま退場というのは都合が良すぎるか。 私で良ければ力を貸そう」

 

この世界に迷宮が出現しなければ、デミウルゴスが裏切らなければ、幾多の要素が重なり合わなければ決して結ばれることの無かった両者。

 

スレイン法国を築き上げた六大神の一柱アーラ・アラフと、ユグドラシルで悪名を轟かせるギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、モモンガが手を結んだ瞬間だった。

 

 

 

 



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第三十七話 脅威

スレイン法国、神都レインフォールには六大神信仰の本拠地とも言える七つの聖域が存在する。

 

都市の中央部に存在する、壮麗たる建造物、中央大神殿。

 

そして、都市を囲む城壁に沿うように円を描いて配置された六つの神殿。 それぞれ光、闇、火、水、風、土の神が座していたと伝えられることから、六色神殿と呼ばれている。

 

レインフォールの七つの神殿が存在する場所は全て隔壁で区切られており、神都は七つの区に分かれていた。

 

ここは中央大神殿内の一室。

かつて六大神が会議に使用していたと伝えられる、法国の最高位に属する者達のみが入室を許されるこの部屋で緊急会議が開かれていた。

 

そこにいるのは、法国の事情を知る者が見れば目を見張るであろう、そうそうたる面々。

神官として法国の最高位に位置する最高神官長に、六大宗派の最高責任者である六人の神官長。

そして国家の運営を担う司法、立法、行政の三機関長に、魔法の研究などを担当する研究機関長。 そして軍事機関の最高責任者たる大元帥までもが揃って、席の前に起立している。

 

当然のことながら、各人とも寝食を削り多忙を極める毎日を送っており、最高神官長といえども軽々しく招集などかけられるものではない。

 

各々の予定を調整し事前に情報の共有を行うなど、ただ集まるだけでもそれなりの準備期間を設ける必要があるのだ。

 

だが今回に限っては朝の緊急招集であったにも関わらず、最高責任者達の誰ひとり異議など挟まずに、全ての予定を取り消し、ここに集まっている。

 

いや、文句など言える筈もない、と言い換えた方がいいだろう。

 

今回の緊急会議の開催を決定したのは、人間の役職など何の意味も持たないほどの偉大かつ尊い存在。

六大神の一人、アーラ・アラフその人なのだから。

 

「座りなさい」

 

その一声でこの部屋に集まっていた十二名が素早く、しかし可能な限り音を立てずに席についた。

 

現在、この部屋に立っているのはアーラ・アラフが座る一際大きな椅子の後ろに影のように佇むクリストのみ。

だが、この光景に慣れているこの部屋の者達は特に反応は示さない。

 

「朝の緊急招集にも関わらず、迅速に集まってくれたことを感謝する。 ………今回の要件について、恐らく皆ある程度推測してきたのでは無いかしら?」

 

アーラ・アラフは自室でのプライベートな話し方では無く、この国の神としての威厳を意識した、凛とした声で全員に問いかける。

 

すると案の定、あちこちからその言葉を肯定するような気配が返ってくる。

 

「昨日の夕刻に発生した、神都襲撃事件のことでありましょうか?」

 

声を上げたのは、土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサン。

元々漆黒聖典の一員として、十五年以上も戦い続けた英雄である彼は神官長の中でも特に腹が据わっている。

 

その為、アーラ・アラフに対しても比較的萎縮せずに意見を言うことも多かった。

 

――他の者達の名誉の為に言っておくと、彼らとて保身からアーラ・アラフへ積極的に話しかけない訳ではない。

ただ、彼女を目の前にするとどうしようもなく感じてしまうのだ。

 

肌がひりつくような緊張、思わず押し黙ってしまう程の圧力。

 

それは威圧でも、恐怖でもない。 ただ本能が訴えているのだろう。 この方の不況を買ってはいけないと。

 

しかし実際にアーラ・アラフが怒りを顕にすることはまずない。 ……身内に対しては、という限定つきではあるが。

レイモンの言葉にアーラ・アラフを柔らかく微笑み、頷いた。

 

「ええ、それに関することだけど……ちょっと事情が複雑になってね。 ただ、まずは言っておきます。 我々スレイン法国は、これから世界に降りた悪神達と……全面戦争に突入する。 悪神の首魁は世界の全てを滅ぼすと宣言しており、その脅威は八欲王に匹敵すると思って欲しい」

 

「…………」

 

この場にいる十二名は皆一様に押し黙り、部屋には緊張を吐き出すようなため息の音がいくつも響く。

 

彼らがそれ程取り乱さなかったのは、昨日の内にアーラ・アラフから、これから悪神との戦争に突入する可能性が高いと伝えられていたからだ。

 

しかし可能性が高いのと、確定したのとではやはり別物。

改めて全員の心には深刻な危機感が植えつけられた。

 

本来ならば、スレイン法国に八欲王に匹敵しうる程の勢力と戦う力などない。

故に、この会議も徹底抗戦、全面降伏、和平など様々な意見が飛び交い割れたかもしれないが、一年前にアーラ・アラフが再臨してからは、会議が割れたことなど一度もなかった。

 

若い頃より神を信仰し、人類の為に戦い続けた彼らにとって、目の前にいる本物の神の意見は絶対だ。

 

アーラ・アラフが戦うと言えば、それが国家の総意と同義。

 

もしも異論など唱えようものなら、アーラ・アラフ本人が許しても、他の者達が許さないだろう。

 

アーラ・アラフもそのことは自覚しており、皆の意見が聞きたい時は自分はあえて発言せずに議論させることもあるのだが、今回に限ってはそんな悠長なことをするつもりは無かった。

 

「しかし……昨日神都を襲撃した悪神は、あなた様が退けたと伺っております。 いかに悪神といえども、アーラ・アラフ様が召喚する天使様には敵わないのでは?」

 

水の神官長であるジネディーヌが、老人故幾分かすれてはいるが、はっきりと場に響く声を発した。

 

幾人かがそれに追従し頷くが、アーラ・アラフは重苦しく首を振った。

 

「いや……昨日はちょっと事情があって向こうが最後まで戦わなかっただけ。 あのまま戦っていれば、多分不利だったと思うわ」

 

「そ、それ程に強大な敵なのですか?」

 

誰かの言葉にアーラ・アラフは少し考えて後、呟いた。

 

「……相手との相性を考えれば昨日の一戦には勝てたかもしれない」

 

「おおっ、では……」

 

「ただその場合こちらも力の制限を一切せずに、周囲の全てを巻き込む程の魔法を使わなければならないわ。 昨日も一か八か超位魔法を発動しようとしたけど、やはり神都の全てを破壊してしまうような魔法を使用する訳にもいかないから、威力は控えめなものにせざるを得なかった。 ………こちらには守るべきものがあるが、あちらは恐らくなりふり構わずに全戦力をこちらに傾けてくる。 これが何を意味するかはわかるでしょう」

 

「………例え戦には勝ったとしても、国は滅びる、ということ……ですか?」

 

「その通り。 勿論こちらも全戦力を投入するわ、黎明聖典に、金属器使いのクリストとカイレ。 そしてあの子と……今は言えないけど切り札はまだある。 ただ全戦力を投入しても、正面戦闘では勝目は無いと思って欲しい。 向こうの戦力をざっと挙げてみると、私に迫る強さを持つ従属神が十体はいるし……他にも無数のシモベや従属神がいる。難度240以上の者だけでも百を越えるらしいわね」

 

「ひゃっ、ひゃくですとっ……」

 

闇の神官長、マクシミリアンが驚愕のあまり素っ頓狂な声を上げた。 

神の前で、このように取り乱すのは不敬だと分かってはいるのだが、抑えきれない。 

そしてマクシミリアンを咎める余裕を持つ者もいなかった。

 

「そ、そんな……どうやって戦えば………」

 

「真なのですか? い、いえ、アーラ・アラフ様を疑う訳ではありませんが、それはあまりにも……」

 

狼狽の仕方は人それぞれだが、殆どの者が完全に平常心を失ってしまっていた。

 

アーラ・アラフという規格外の力に接して、ある程度は耐性が出来た彼らにとっても、今の話の内容は理解を越えるものだった。

 

だがその中で一人だけ、身動ぎもせずに落ち着いて椅子に腰掛けているものが存在する。

 

光の神官長、イヴァン・ジャスナ・ドラクロワだ。

 

彼は、アーラ・アラフ信仰の最高責任者として日常的にアーラ・アラフに接する機会が多いが故に理解していたのだ。 

 

この御方は、ただ無暗に人を狼狽させるような方では無い。 

 

先に悪いことを語る時は、その後に必ず希望を持ってくると。

 

「ただ、悪いことばかりではない。 昨日神都を襲った悪神の内二人。 骸骨のマジックキャスターと全身鎧の戦士だが、彼らは邪悪な術を用いられ、自分の意に反してあの悪魔に操られていたのよ。 しかし、昨日の戦闘中それに気がついた私は彼らに洗脳を解く魔法をかけ……それに成功した」

 

「「……!」」

 

クリストさえも含む彼女以外の全員が驚愕に目を見開いた。

 

さらにアーラ・アラフは続ける。

 

「昨日の戦いの途中で彼らが引き上げたのはその為です。 そして、今日の朝。 彼らは自分の罪を償うために、悪魔の本拠地からいくつかのワールドアイテムを持ち出した上、スレイン法国に強力しようと申し出たの。 ……実は今、光神殿内に彼ら二人は滞在している。 私は彼らを客将として迎え入れ、共同戦線を張ろうと思います」

 

「し、しかし危険では無いのですか? 例え洗脳されていたとしても、元々敵の仲間だったのでしょう?」

 

最高神官長の問いかけに、アーラ・アラフは理解を含ませつつも毅然として答えた。

 

「確かに危険だと言うことは否定しない。 しかし……彼らが持つ敵の拠点の情報や、アイテム、そして何より実力は勝利の為には確実に必要になる。 ………砂漠で喉が渇いていれば、例え泥水でも飲むしかないでしょう? 今のスレイン法国は、破滅に直面している。 スレイン法国の襲撃の件に思うところがある人もいるでしょうけど、今はそれが最善の答えよ」

 

長い沈黙が続き、やがて誰かがそれを破った。

 

「それしか………ありませんな」

 

この一言を皮切りに、次々に声が挙がった。

 

「アーラ・アラフ様のご判断ならば、私は従うのみです」

 

「私も国が滅ぶよりは……」

 

「異議はございません」

 

 

「ありがとう、みんな」

 

アーラ・アラフが全員の意見がある程度一致したことを確認し、安心した表情を見せる。

 

始めに悪い情報を話し危機感を煽ったあと、危険は伴うが生き残りの希望がある選択肢を提示する。

彼女なりに色々と小細工はしたが、最終的には彼らがアーラ・アラフに寄せる信頼に救われたようだ。

 

「法国の民もこれから、戦の激流に揉まれていくことになる。 ついては明日……私自らスレイン法国の民に対して事態の説明を行う。 ……ただ不要な混乱を引き起こさないように情報制限は当然行うけれど。 今日中に国民への告知と、各機関の調整をしておいて」

 

「明日………承知致しました。 実は現在も、各神殿に国民や下位の役職につく神官達がつめよせて、あなた様について情報を得ようとしているようでして。 何せ、あなた様の存在は我々を含め、一部の人間しか知りませんからな。 あなた様御自ら姿を現すとなれば、確実に国民全てにとっての希望となりましょう」

 

一人が発した他愛もない言葉。

それを聞き、アーラ・アラフは誰に聞こえるともなく、口の中で呟いた。

 

「希望……か。 そうね………私は皆を幸せにしてあげたい………それだけ」

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

アーラ・アラフとクリストは、モモンガ達に会議の結果を伝えるために、二人がいる部屋へと続く廊下を進んでいた。

 

「アーラ・アラフ様……良かったのですか? あのモモンガという者の話では、特に洗脳されていたとは言っておりませんでしたが」

 

「そうね。 ………でも、彼らが神都で虐殺を繰り広げたデミウルゴスという悪魔の仲間だった事実は変わらない。 それで、もし改心し己の罪を悔い改めて私達に協力したなんて言ったところで誰が信じるの? もし信じられても、不快に思って強く当たる者は確実に出るでしょうし……少し話しただけだけど、あのアルベドって女は危ない。その結果、彼女が暴走してしまえば全ては水の泡になる。 ここは洗脳されていたとでも言っておいた方が、少しは同情心も買えるし、いいかなって」

 

「し、しかし……神官長達まで騙すのは……」

 

まだ納得しきれないらしく引き下がろうとする彼に、アーラ・アラフははっきりといった。

 

「重要なのは人を、この国を守ること……その為には小さい目線では悪と思えるようなことも行う必要がある。 大きな善の為ならば、その過程は全て神たる私が許してあげる。 この前、裏切り者のエルフ達の国を排除したことも、大局的に見れば国家の安全に繋がったでしょう? あの時、全滅させるのはやりすぎでは、とか。 せめて奴隷として使えばいい、という声に耳を貸していたら………国を守れなかった。 誰よりも国の為に働いてきたあなたなら、分かるはず」

 

クリストはその言葉に押し黙る。 

……彼は幾多の亜人の集落を滅ぼし、エルフ達を血祭りに挙げてきた。

 

だが、彼はそのことを苦に思ったことはない。 

 

彼にとって最も重要なのは国を、人間を守ることであり、その為に、他種族を犠牲にすることを躊躇うことは悪だ。

なぜなら、彼らは人間にとっての敵なのだから。

 

クリストにとって辛く、苦しい任務はただ一つ。

人を守る為に……人を犠牲にすること。

 

スレイン法国には、巫女姫と呼ばれる存在がいる。

 

叡者の額冠というマジックアイテムの効果で、第八位階の魔法を発動する生けるマジックアイテムにされた少女達。 

 

一人辺りが巫女姫でいられる期間はせいぜい五年間。 それ以降は魔法を発動する力を失ってしまうが故に、その場合は新しい巫女に叡者の額冠を明け渡す必要がある。

 

叡者の額冠を取り外す手段と巫女姫は回復不能な発狂状態に陥ってしまい、役目を終えた巫女姫を殺す役割は漆黒聖典が担っていた。

 

一年前アーラ・アラフが降臨してからは巫女姫の役割は全て彼女が代用できるということで、一時的に制度は停止されたが、その際に彼女は巫女姫の正気を失わせずに叡者の額冠を取り外すには、叡者の額冠を壊せばいいと魔法による鑑定で知った。

 

あの時、クリストを含め多くの者達は、彼女が叡者の額冠を壊してしまうのでは無いかと思い……内心でそれを歓迎した。 

法国の上層部の者達は、国家全体の為に幼い少女達を犠牲にしていることを、誰もが一生消えない傷跡として共有していたのだ。

 

神がこの呪われた歴史を、全て壊すというならば、それを拒絶するものはいなかっただろう。

 

 

……だが彼女は、アーラ・アラフは叡者の額冠を壊さないことを選んだ。 いつか自分が居なくなった後、より多くの者を救うのに必要だと判断して。

 

発狂した巫女姫は、アーラ・アラフの魔法でも治癒させることが出来ず、一度殺してから蘇生魔法で蘇らせるという手段が取られたが、彼女の力を以てしても蘇生時の生命力の消費をゼロにすることは難しい。

 

高位の魔法を行使している内に、多少は巫女姫の生命力が上がっていたらしく、四人は復活させ正気に戻すことが出来たが、残りの二人の肉体は耐え切れずに灰になってしまった。

 

クリストはあの時のアーラ・アラフの目が忘れられない。

 

悲しみ、絶望、後悔……全てを混ぜ合わせたような暗い瞳で、暫く灰となった巫女姫を見つめて、やがて自らの手で灰を壺に収め、彼女らの故郷の土に蒔いた。

 

 

彼女は全てを救えない。 人間と他種族ならば、人間を。 少数と多数ならば多数を取る。

それがアーラ・アラフ、法国が待ち望んだ六大神の一柱。

 

アーラ・アラフを信仰する宗派の者だけでなく、他の宗派の者達までもが彼女を崇めるのは、彼女が万能の存在だからでは無い。 

それはきっと………彼女が生きるために誰かを傷つけるという、人の罪を背負っているからだろう。

 

「そうですね。 私が間違っておりました」

 

クリストは答える。

 

アーラ・アラフとクリストは、モモンガ達の待つ部屋へと急いだ。

 

 

 

 




次回から、新章に突入します。

新章の舞台は、モモンガが最初に訪れたあの街になります。


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出会いと別れ
第三十八話 神と世界と人間と


不意に漂ってきた、複数の薬草を混ぜた青臭い匂いにツアーは目を覚ました。

 

地下深くに位置するこの場所に、これほどに強い草の香りなど漂ってくるはずがない。

 

だとすれば、選択肢はごく限られる。

 

ツアーが目の前の暗闇に目を凝らすと、一人の老婆の姿が浮かび上がってきた。

 

「君か……」

 

「久しぶりじゃのお、ツアーよ。 わしが此処まで近寄るまで気づかないとは。 ドラゴンも耄碌するのかのぉ」

 

「相変わらずだね、リグリット。 ふふ、心配しなくとも竜の感知網に引っかからずに、ここまで接近できる存在など、今の世では片手の指で足りるほどしかいないさ」

 

「ほほ、そう褒めるな。 あんたにそんなことを言われると、照れくさくてならんわ」

 

純粋な実力では、リグリットなどツアーに及ぶべくもない。

まさに彼は、制限さえなければ世界最強の個と言って差し支えない存在。 そんなツアーから賞賛の言葉を受けるのは、遠い昔に師匠から術の上達具合を褒められた時のような、嬉しさとこそばゆさが混じったような思いがする。

 

「しかし、君がここへ来るとは珍しいね。 ……もしかして冒険者の仕事に関わることかい?」

 

ツアーが噂に聞いた話では、彼女は数年前に王国で冒険者を始めたという情報があった。

その仕事に関わることならば、もしかしたら竜が関わる出来事なのかもしれない。

 

だが続くリグリットの言葉は、ツアーの予想を大きく上回るものだった。

 

「そんな平和な用事なら良かったんじゃがのぉ。 その様子では知らんようじゃな。まあ、評議国は法国内部の情報については、スパイを容易に侵入させられないという都合上難しいか。 ………スレイン法国の首都が昨日、何者かに………恐らくプレイヤー関連と思われる者に襲われた」

 

「なんだって!」

 

確かに百年の揺り返しの周期から言えば、近い内に世界に大きな変動が起きるかも知れない、という覚悟はしていた。 しかし、いきなり人類最大の国家であるスレイン法国を襲撃するとは………もしプレイヤーだとしたら、今までに無いパターンだ。

 

「ま、待ってくれ。 迷宮攻略者の仕業という線は無いのか?」

 

迷宮……、数年前から世界各地に現れ始めた巨大な力を宿す場所。

 

そこを攻略し、ジンに認められた『王』達は非常に強力な存在だ。 それに……亜人出身の王ならば場合によっては人間と敵対することも十分有り得る。

 

しかし、リグリットは重々しく首を振った。

 

「それは……可能性は低いじゃろうな。 私が聞いた話では、スレイン法国に現れた者は三体。 そのいずれも恐ろしい力を持っており、その一人は確実にアンデッドだったらしい。 迷宮には命なき者は入れない。 ……故に彼らが金属器使いという可能性は低いじゃろう」

 

「それは……確かに」

 

ただ、そのアンデッドの姿も幻ということも考えられるが………。

そこまで考えていれば切りがないだろう。 それに、金属器使いならばスレイン法国の首都を自ら襲撃するというのは下策だ。 

 

金属器使いの能力は確かに強力無比、場合によってはかつての八欲王の第十一位階の魔法にも匹敵するが、その分万能という訳ではない。 

 

彼らの弱点は、この世界の魔法……ツアーから見れば別の世界から持ち込まれた物だが……に対する耐性が低いことだ。

 

魅了や睡眠、そして石化。

 

何の対策もしていない金属器使いがスレイン法国を襲ったところで、噂に聞く漆黒聖典の魔物使いが操るギガントバジリスクに石化の視線を飛ばされれば、あっという間に勝負はついてしまうだろう。

 

それならば、リグリットがこうまで深刻そうな雰囲気を纏う理由が説明できない。

 

「それで……法国は滅びたのかい?」

 

スレイン法国は、未だに六大神の遺産を多数保有していると噂されている国家だが、流石にアイテムだけではぷれいやーには敵わないだろう。 

 

呪文一つ、技一つで国を滅ぼしうる。 だからこそ、ぷれいやーは神とも悪魔とも呼ばれる存在なのだ。

 

しかしツアーの予想は再び裏切られる。 今度は更なる驚愕を持って。

 

「いや……これはスレイン法国の内部にいる私の知り合いからの又聞きじゃ。 信頼はおける奴じゃが、自分の目で見たわけでは無いのだがの………、その者が言うには『法国に再び神が舞い降りた』と」

 

「神だって……それは何かの比喩ではないよね? 法国の者が神と呼ぶのは……まさか人間に与するぷれいやーが現れて、法国に味方したと?」

 

もしそうであれば、かなりまずい展開になる。スレイン法国は人間以外の種族に対して迫害を繰り返す、人間至上主義国家。 しかも最近は更にその苛烈さを増していて、エルフの国を滅ぼしたのみならず、国内で奴隷としていたエルフ達を処分したという噂も流れている。

 

帝国の介入により、ある程度のエルフは法国から買い取られ、帝国経由でダークエルフの国へ逃れたらしいが、その数は評議国が予想していたスレイン法国内のエルフ奴隷の数と比べて大幅に少なく、そして現在法国にエルフの奴隷はいない。

 

念入りに隠蔽しているのか、法国がエルフの奴隷を処分した確実な証拠は出てこないが、ほぼ確実と見てもいいだろう。

 

その状況を知っていながら、法国に味方するぷれいやーが現れたのなら……今回は二百年前のようには行かないかもしれない。

 

「それはまだわからん。 もしかしたら、スレイン法国の隠し玉という線もあるからの。 ……だが、一部の民はそのぷれいやーと思われる人物を、アーラ・アラフの再臨と信じておる。 ……白い髪の女性であり、強大無比な天使を召喚する………少なくとも法国を守ったぷれいやーはその特徴には合致していたらしい。 まあ、ある程度願望を重ねているんじゃろ。 アーラ・アラフ信仰は法国の最大宗派でもあるし……」

 

「アーラ・アラフ! ありえない! 奴は……老衰で死んだ、蘇生魔法も受け付けないはずだ」

 

「どっ、どうしたんじゃ?」

 

突如として大声を上げたツアーにリグリットが思わず目を丸くする。

 

老いを感じさせない快活さを持っているとは言え、身体は老婆。 竜に目の前で叫ばれては、驚いてしまうのも無理はないだろう。

 

「い、いや……済まなかった。 しかし嫌な名前を聞いたものでね。 アーラ・アラフに似た少女、か。 もしかしてアーラ・アラフの子孫……ではないか。 奴が子供を作ったという話は聞かないし……」

 

ツアーの明らかに動揺した様子に、リグリットは疑問を抱いた。

 

「どうしてそんなに焦っておるんじゃ? 確かお主はスレイン法国を築いた六大神とは取引をしたこともあるんじゃろう? 特にスルシャーナは話の分かるぷれいやーだったと聞いたことがあるが……」

 

リグリットは確かにスレイン法国の出身だ。

しかし十三英雄のリーダーだったぷれいやーから、恐らく六大神の正体はぷれいやーだと聞かされており、ツアーからの情報もあって、六大神を崇めているという訳ではない。

 

だがツアーは多くは語ってくれなかったが六大神は八欲王とは異なり話の分かるぷれいやーだったと聞かされており、悪印象を持ってはいない。 スレイン法国の上層部に対しては、人間を守ったぷれいやーの行動を都合よく解釈して、他種族への迫害を正当化している奴ら、と蔑んではいるが。

 

ツアーは暫く黙りこみ、やがてリグリットと目を合わせる。

彼女の目を見たツアーは、もはや誤魔化せる段階では無いと悟り、ゆっくりと口を開いた。

 

「君はスレイン法国の上層部のことを、自分達の都合で神の言葉を捻じ曲げている、と言って他種族の迫害には反対していたよね。 スレイン法国の内部にも僅かにいる、君のような良識派の為に黙っておこうとは思っていたんだが………、実はスレイン法国の今の方針は全くのデタラメって訳じゃない。 六大神の中に一人だけ……他種族の排除を本気で提唱し、ほぼ独断で幾つもの国を破壊してしまった怪物がいるんだ」

 

「なん……じゃと………」

 

リグリットはその言葉に信じられない、といった様子で目を見開く。

 

しかし、ツアーは更に続けた。

 

「どうしてスレイン法国や他の人間の国々があんなに肥沃で住みやすい土地を確保できているのだと思う? ……それは人間の力なんかじゃない。 奴……アーラ・アラフが本来そこに住んでいた種族達を滅ぼしたからだ。 元々スレイン法国は、前人未到の森の中に現れた小都市が起源。 そこにいた六大神と従属神達は、大陸で迫害され辺境へ追いやられていた人間を保護して、彼らと共に国を築いた………そこまでは話したね?」

 

「あ、ああ。 その後、八欲王が出現しスルシャーナを滅ぼし、真なる竜王達は八欲王に戦いを挑む……と続くんじゃったな」

 

「そうだ。 ……しかし、六大神の出現と八欲王の出現までの百年間は語らなかった。 ………君になら話そう、これはこの大陸でも恐らく僅かな者しか知らない歴史だ」

 

そこからツアーは語っていく。 今から話す中には、スルシャーナ自身から聞いた内容も多く含まれると前置きをして。

 

小都市で国を築いた六大神は、庇護下に置いた人間達を手厚く世話し、また生きていく術を教えていった。 その間は周囲の国家からはほぼ完全に隔絶しており、ツアーも詳しいことは知らない。 しかしながら、30年も経ったときには、六大神の国家の人口は爆発的に増えていたらしい。

 

やがて六大神は考える、今後更に増えるであろう国民をどのように養えばいいのか。

 

ある者は、森を更に切り開き畑や村を増やすべきだ。 またある者は、建築技術を向上させ土地を有効活用するようにすればいい、と訴える。

 

しかし彼らが住む森の面積は限られており、小細工を弄したところで近い将来に限界が訪れるのは確実に思えた。

 

そんな中で六大神の一人、アーラ・アラフが口を開く。

 

『この周辺の肥沃な土地には、数多の他種族が国を作っている。 彼らから土地を奪って、皆に与えましょう。 私達にとって守るべきは人間のみのはず。 遂に、それ以外を犠牲にする覚悟を決める時が来たのでしょう』

 

この意見を他の者達は皆否定した。 いくら大切な物を守る為とは言え、関係のないものを犠牲にするのは間違っている、と。

 

かといって有効な打開策も見いだせぬまま、時ばかりが過ぎ………、ある日、アーラ・アラフが独断で複数の国に侵攻を開始した。

 

転移魔法で敵国の重要拠点に移動し、あっという間にそこを滅ぼす苛烈な攻撃に、六大神の国の周囲は僅か一週間程度で他種族の手から奪い取られた。

 

その間………、他のぷれいやーは何も出来なかったらしい。 

スルシャーナはその事を、ずっと悔やんでいたという。 皆が彼女の行動は間違っていると思っていた………だけど彼女は人間を救おうとしていて、自分たちはしていない……その負い目から止められなかったのだと。

 

邪魔な国を滅ぼし、更に勢いを増した彼女は遂にある計画を唱え始めた。

 

人間にとって脅威となる種族……人から奪って増えるしか能の無い下等種を滅ぼし、この大陸を人間の理想郷にしよう。 それが人間という種を遠い未来まで守る唯一の方法だ。

 

その思想は今や国の過半数を占めていた彼女の支持者達には受け入れられ、遂に彼女の言うところの聖戦が発動されようとした時、やっと大陸の竜王達が協力し、彼女を押さえ込みにかかった。

 

アーラ・アラフは正面対決の構えを見せたが、他の六大神達が必死でそれに反対し、流石に一人では分が悪いと判断した彼女は、やっとその矛を収める。

 

その後、六大神は竜王達と、これ以上他種族に六大神側からは危害を加えないことを条件に、竜王達も身を引くという不可侵条約を結んだのだ。

 

「そんなことが……」

 

「ああ。 歴史が流れる内に、いつの間にか彼女の思想は六大神の総意とされてしまったけどね。 ……彼女が居なければ今のスレイン法国は無かっただろう。 そして、もし万が一彼女が蘇り、同じ道を進もうとするのだとしたら……今度は戦うしかないね。 今や真なる竜王はごく少数。 彼女も留まる理由は何も無いだろう」

 

それに、とツアーは呟く。

 

「まだスレイン法国を襲ったぷれいやーが敵と決まったわけじゃない」

 

「それは、どういうことじゃ? 宣戦布告も無しにいきなり人間の国を襲うなど、まともとは考えられんが……」

 

怪訝そうに眉を顰めるリグリットにツアーは何も答えることはなかった。

 

(人間の敵が、世界の敵とは限らないさ。 ……彼らがスレイン法国や人間にのみ恨みを抱いているならば、交渉の余地はある。 裏切り者の竜王とゴブリンの女王プーカの問題を抱えている今……あまり敵を増やしたくはないからね)

 

 

 



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第三十九話 彷徨う正義

桜花聖域。

 

ナザリックの第八階層、荒野の一角に存在する領域であるそこは、桜の花が咲き誇り、周囲と比べあまりに場違いな美しさを湛えていた。

 

そこにはセバスと、もう一人の人影があった。

 

「そうですか………、遂に外部勢力との敵対を……」

 

紅白の巫女服を来た十代後半程に見える若い女性が、セバスの言葉に目を伏せる。

 

「ええ、あなた達プレイアデスにもこれからナザリック防衛の為に動いてもらうことが多くなるでしょう。 勿論モモンガ様がどのような決定を下すかに依りますが」

 

セバスは現在、ナザリックの重要防衛地点のチェックの為、モモンガから与えられたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使い巡回を行っていた。

 

基本的には階層守護者のみに与えられた指輪だが、その他にモモンガと接する機会が多く、与えられた任務の重大さも階層守護者達に勝るとも劣らないアルベドとセバスも指輪を所持している。

 

目の前にいる、プレイアデスの末娘、オーレオールも先程から何度か羨ましそうな視線を投げていた。

 

「私でお役に立てることがありましたら如何様にもお申し付けください、とモモンガ様にお伝え願えませんか? シモベが主に意見を申すなど差し出がましいとは思うのですが、ずっとここへ閉じこもったままというのも……」

 

「直接敵と戦うばかりではなく、拠点の内側をしっかりと守るのも立派な仕事ですよ。 焦る気持ちは分かりますが、モモンガ様もあなたの貢献は把握していらっしゃることでしょう。 ナザリックでオーレオール殿ほど拠点防衛力に優れたシモベはおりませんから」

 

「……そう言っていただけると嬉しいのですが。 こんな分不相応な物までお預かりしている身、確かに今の仕事をきちんとこなすことこそ、ナザリックへの忠義を証明することかもしれません」

 

「ええ、では私はそろそろ………」

 

「はい、私のお姉様達にもよろしくお願いします」

 

挨拶を済ませ、セバスが桜花聖域の外へと歩き出した。

 

この領域内では指輪による移動も制限されており、使用するためには一度外に出なければならない。

 

行きと同じ道をセバスは歩くが、その途中で聞こえてきた涼やかな鈴の音色にふと足を止めた。

 

……いや、足を止めたのはもう一つ。 セバスの身体を唐突に何かが吹き抜けたような感覚がしたからかもしれない。

 

「これは何かのアラームで………」

 

オーレオールの方へ向き直り、音の出処を尋ねようとしたセバスは思わず言葉を失ってしまった。

 

今、オーレオールが手に持っているものは直径三十センチメートル程の大きさの金属製の鏡。

……その名を、八咫宝鏡。 

オーレオールが所持するワールドアイテムであり、全ての効果を知る訳ではないが、一定範囲内にいる者をワールドアイテムの効果から守り、その使用者の情報を映し出すというものだったはずだ。

 

「どうしたのですかオーレオール殿! まさか敵がワールドアイテムを発動して……」

 

だが、オーレオールはセバスの言葉に首を振り、ゆっくりと呟いた。

 

「いいえ……、発動者はデミウルゴス様。 ……そして発動されたアイテムは簒奪の薔薇です」

 

「簒奪の薔薇?」

 

聞いたことは無いアイテム。 だが、その言葉が持つ響きに嫌な予感を覚える。

 

「鏡によると、そのアイテムの効果はギルドマスター権限の剥奪。 ………つまりナザリックはデミウルゴス様の手に落ちたことになりますね」

 

「なっ!」

 

セバスは、オーレオールの言葉を直ぐに理解することが出来ず、自ら鏡に映った文字を確認する。

 

しかしそこには、デミウルゴスの裏切りの結果、ナザリックの全てが奪われてしまったことが記されているだけだった。

 

どうしてデミウルゴスが? 敵に洗脳を受けたのか?

 

セバスの脳裏を、数々の思考が瞬時に過ぎっていくが、もしデミウルゴスが主に敵対していた場合、この後デミウルゴスが取るであろう行動にセバスは思い至った。

 

それは……今後邪魔と成りうる、ナザリックの旧主モモンガの排除だ。

 

「何てことですか! オーレオール、こうなっては形振りなど構っていられません。 行きますよ!」

 

「……どこへですか?」

 

「どこへって……、モモンガ様をお守りする……為に?」

 

セバスの言葉は途中で途絶える。

 

普段ならば、主の身に危機が迫っていると知れば、窮地を救わんと真っ先に駆けつけるはず。

 

そう、それが正しいナザリックのシモベの在り方。

 

そのはずなのに。 

 

今のセバスは何故かそれを行動に移すことに、例えようもない抵抗を覚えるのだ。

 

「こ、これは……どうして……でも……」

 

混乱するセバスを見ながらオーレオールはもう一度鏡を見つめる。

 

そして、セバスに視線を戻し語り始めた。

 

「やっぱりそうですか……。 恐らく、簒奪の薔薇の効果は二段階に分かれている。 最初はギルド武器に働きかけ、モモンガ様からギルドマスターの権限を奪い……次にワールドアイテムの効果で全てのシモベとナザリックのシステムを乗っ取る。 私達は、鏡に守られていたおかげで洗脳は受けなかったものの……モモンガ様がギルドマスターでは無いという事実の影響は受けるようです」

 

「そ、それは……?」

 

セバスの問いかけに、オーレオールははっきりと答えた。

 

「我々は恐らく……、既にシモベとしての役割を失ってしまった。 モモンガ様への忠誠心を失い、しかしデミウルゴス様へ忠誠を感じることも出来ない。 端的に言えば……このナザリックにとって異物となってしまったのでしょう」

 

「い、異物ですと? そんなことはありません! 私はモモンガ……様……」

 

モモンガ様への忠誠は揺らがない。 そう告げるつもりだった。

 

しかし頭とは裏腹に、心がそれを口に出すことを拒否している。

 

今、心の奥から自分に強く呼びかけている存在があるのだ。

 

それはこう言っている、モモンガ様を助けることは"正義"では無いのではないかと。

 

つい先程までは、例えこの後の戦いでどれだけの人間を犠牲にすることになっても、迷うことは無いという、強いナザリックへの忠誠を感じていた。

 

しかし今は、嘘のようにそれが消えてしまっている。

 

自分の心を占めていた最も大きな部分が失われた分、それを埋めるように本来の自分……たっち・みー様にこうあれと願われた在り方が決して無視できないほどに大きくなってしまっていた。

 

「正義……正義を為さなければ………」

 

モモンガ様をお助けすることは正義だろうか。 モモンガ様は世界征服という覇業を成し遂げる為に、今後多くの命を犠牲にするだろう。 あの方は、人間や他の種族……いや、ナザリック以外の存在など虫けら程にも思っていないはず。 ならば、それを助けることは悪なのでは無いだろうか?

 

……しかし、たっち・みー様は言っていた。

目の前で困っている人がいたら助けるのが当たり前、と。

 

ならば、モモンガ様を見捨てることはやはり悪か?

 

しかし、刑場で処刑されそうになっている悪人を、目の前で助けを求めているからといって助けることは正義と言えるのだろうか。 もし彼を助けても、更に多くの人が犠牲になるかもしれないのに?

 

「正義……正義? 私は……どうすればいいのですか? たっち・みー様」

 

セバスは抜け出すことの出来ない思考の渦に囚われてしまう。

 

正義を為せ。 心の中で強く叫ばれているのに、いざとなると、どうすればいいのか分からない。

 

……だがその内心の混乱の中で、唐突にセバスは自分に迫る殺気を感じ、飛び退いた。

 

一瞬前まで、セバスの首があった場所をオーレオールが握る刀の刃が通過する。

 

咄嗟にセバスがオーレオールを伺うと、彼女の手は震え、目は怯えと殺気が入り混じった奇妙な色をしていた。

 

「何のつもりですか? オーレオール殿」

 

オーレオールは、動揺に眼球を揺らしながら搾り出すように答える。

 

「私は……私は怖いのです。 ナザリックにとって異分子となってしまった私にはもう居場所がない……。 下手をすれば危険因子として排除されるでしょう。 でもだからといって逃げ出しても……今まで私の全てと言っても良かった忠誠を取り上げられて……私はこれからどうして生きていけばいいの!? だから私は、デミウルゴス様に忠誠を誓い……これからもお姉様達と同じナザリックのシモベとして生きます。 セバス様……私は知っていますよ。セバス様はたっち・みー様に正義の人として作られた。 だから究極の悪であるナザリックの味方など、もう出来る訳が無い、違いますか?」

 

「そ、それは……」

 

オーレオールに、認めたくは無かった現実を突きつけられたセバスの背筋に冷たいものが流れる。

 

自分はもうモモンガ様を助けられない。 だがデミウルゴスに忠誠を誓うことも出来ない。

 

それはナザリックから完全に不要とされたことを示すのだ。

 

「だから……あなたは敵、粛清すべき異物。 あなたを殺して私はデミウルゴス様への忠誠の証とします。 ……セバス様、確か正義とは困っている人に手を差し伸べることなのでしょう。 このまま、そんな不確かでくだらない概念に縋り生を送るくらいなら……今死んでください、私の為に!」

 

オーレオールは周囲にいた自分直属のシモベに指示を出すと、刀を振り上げセバスへと飛びかかった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

赤茶けた大地が見渡す限り続く荒野を、一陣の風が駆け抜ける。

 

セバスは、オーレオール達に追われながら必死で走っていた。

 

もはや、何処へ向かうなどは考えていない。

 

元々セバスは第八階層についての知識には乏しく、管理の都合上必要だった桜花聖域周辺の知識しかない。

 

だが、今はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがある。 桜花聖域からなんとか脱出した今、ナザリックの何処へでも一瞬で脱出できる筈だった。 

 

そう、本来ならば。

 

「逃げても無駄ですよ! あなたは私の結界から逃れることは出来ない。 ただ苦痛が長引くだけです!」

 

現在のセバスには指輪を発動させることは出来ない。

 

なぜなら、オーレオールの魔法により貼られた転移妨害の結界が、逃走を妨げているからだ。

 

オーレオールが習得している魔法は、精神系の魔法職である巫女が使用可能な系統、巫術に属するもの。

 

直接的な攻撃魔法には乏しい代わりに、肉体強化や支援魔法、妨害魔法など援護に特化した巫術の一分野に、様々な効果を持つ結界も含まれている。

 

オーレオールのスキルにより更に範囲を増した妨害結界から逃れることは、余程の速度差がない限りは不可能だろう。

 

「オオトシ!」

 

オーレオールの声に合わせ、太陽のモチーフが使われた仮面を被った、少年のような姿をしたモンスター、オオトシの手から小型の太陽と見紛うような超高密度の火球が打ち出される。

 

「くっ!」

 

セバスは必死で飛び退き直撃は避けたものの、攻撃はすぐ近くの地面に着弾し、セバスにもその熱と衝撃を少なからず伝えた。

 

いずれも八十レベルを越える七体のシモベに囲まれたオーレオールと正面から戦っては、いかにセバスといえども勝てるはずがない。 しかもそのシモベ達は、オーレオールの魔法により強化されているというおまけ付きなのだ。 

 

かと言って、このまま防戦一方では、今のように少しずつダメージを蓄積され、遠からず限界を迎えるだろう。

 

反撃の見込みのない以上、今の逃走も無駄なあがきだろう。

 

焦りを募らせるセバスとは対照的に、確かな手応えを感じ薄く笑みすら浮かべているオーレオールは自分の勝利を確信していた。

 

もしセバスが真の姿である、竜形態で反撃をしてきても、この数の差と自分の支援魔法があれば、多少の被害は出ても確実に押し返せる。

 

そして、彼の首を手土産にすれば、これからもナザリックのシモベとして生きていくことが認められる可能性は高くなるだろう。

 

近い未来に迫る、追撃戦の結末に思いを巡らせるオーレオール。

 

その時、第八階層の上空を飛ぶ一つの影が、荒野の上で戦う彼らの姿を捉えた。

 

 

 

 



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第四十話 災厄の訪れ

それに最初に気がついたのはオーレオールの方だった。

 

一瞬だけ周囲の地面が暗くなり、自分の上を影が横切るのを感じる。

 

鳥? 

 

オーレオールはそう思うが、この荒野の上空には飛行型モンスターは配備されていなかったはずだと思い出した。

 

怪訝に思い上空を見上げ……オーレオールは自分の目に飛び込んだモノに愕然とする。

 

「ば、馬鹿な! アレは嘆きの谷で常時待機しているはず、こんなところに居るはずが……」

 

彼女が見上げる空を悠然と飛んでいる影の正体は一体の龍だった。

 

全身を深海を思わせるような碧い鱗に覆われ、荒野に降り注ぐ擬似的な太陽の光が翼膜を通り、ステンドグラスの様に複雑な光模様を地上へと投げかける。

 

レベル100の下僕をも凌ぐ、レイドボス級の強さを持つその存在の名は、紫電竜ヴァルテイン。

 

ナザリックの最終兵器として、この階層の各所に配置されていた存在の一つだ。

 

ナザリックの下僕とはまた違う気配を放つ彼らの正体を、オーレオールは八咫神鏡に宿る力の一つを用いて偶然に把握していた。

 

彼を含む五体の存在は、ワールドアイテム、諸王の玉座の効果により顕現しモモンガに支配されていた、かつてナザリックに存在したレイドボス……。

 

(はっ! まさか……、モモンガ様がギルドマスターの権限を剥奪されたことで、諸王の玉座によるアレらの支配も効力を失っている? だとすれば……)

 

自分の考える最悪の予想が外れていることを祈りながら、オーレオールは竜を見上げる。

だが、彼女の期待を打ち崩すように、竜は荒野の隅々まで届くような眩い光を伴う、雷のブレスを吐きかけてきた。

 

「くそっ……、《サイレントマジック/魔法無詠唱化》《雷切の陣》」

 

セバスを逃がさない為に発動していた結界を解除し、自分を中心として直径10メートル程の魔法陣を出現させる。

それは雷による攻撃を遮断する、第九位階に相当する巫術であったが、超位魔法に迫りうる威力を誇るヴァルテインのブレスを完全に防ぎきることは出来ず、オーレオールは部下達と共に数十メートルの距離を吹き飛ばされる。

 

(セ、セバス様はどこに………?)

 

爆風に揉まれながらも彼女は、周囲を見渡す。

 

すると巨大な柱のように立ち上る砂煙の間から、セバスが指輪を使い転移する場面を捉えた。

 

……ヴァルテインに限らず、レイドボスは転移阻害系のスキルを持っている事が多い。

そのボスに固有の超位魔法や強力なスキルを、転移魔法で簡単に回避されないための方策であるが、ヴァルテインもご多分に漏れず、敵対状態にあるキャラクターに対して自分の周囲での転移を妨害するスキルを持ってはいた。

 

しかしセバスの種族、竜人の持つ特性には竜系の敵から受けるヘイトを軽減するという特性があり、モモンガの支配を失い、周囲の存在を無差別に襲うアクティブモンスターと化していたヴァルテインは、オーレオール達への攻撃を優先したのだ。

 

もし偶然、ヴァルテインがここを通りかからなければ。

もしセバスの種族が竜人でなければ。

 

オーレオールは確実にセバスを仕留めることが出来ただろう。

 

しかしセバスの身に幾多の幸運……彼女にとっての不幸が積み重なり、オーレオールは彼を取り逃がした。

 

このことが、どのような影響をもたらすのか、まだ誰も知ることは出来なかった。

 

 

 

(……セバスを取り逃がしたのは大きな失点だけど………、今はそれどころじゃない。 もし他の4体も同じように暴走していれば、この第八階層でレイドボス同士が潰し合う自体に発展しかねない。 いや、もし転移門を通って他の階層に移動すれば、ナザリックが壊滅的被害を受けることも有り得る)

 

だとすれば、今オーレオールに出来ることは、転移門を操作してレイドボス達の他の階層への移動の妨害。 そして、デミウルゴスと連絡が取れるまでの足止めだ。

 

その為には、転移門の制御装置がある桜花聖域へと戻る必要があった。

 

「オオトシ、足止めを」

 

「……承知いたしました」

 

若干声を強ばらせながらも迷わずに返事をしたオオトシが、単独でヴァルテインへと飛びかかる。

 

オオトシは比較的体力が高く、防御スキルも豊富なモンスター。

 

数十秒程度の足止めは出来るだろう。

 

後ろで聞こえる爆音を尻目に、疾風のように、桜花聖域を目指し走るオーレオールは考えた。

 

そこには罪悪感も一片の憐憫すらない。 

 

自分の下僕は、結局は道具。 

 

もとから自分を最優先するように作られ、自分の為に死ぬことに喜びを感じるのだ。

 

そう、少し前までの自分のように。

 

「なにが忠誠よ、なにがそうあれと創られたよ、下らない。 ………その人形達の中で踊り続けることでしか、安らぎを得られない自分も………馬鹿馬鹿しいわ」

 

オーレオールは心の中でセバスを羨ましく思った。 彼はいずれ、ナザリックの裏切り者としてデミウルゴスに始末されることになるだろう。 その時にどのような惨たらしい死が与えられるのか……。 彼女には想像もつかない。

 

だが、少なくともそれは、ナザリック以外の存在意義を創造主から与えられたという証。

 

プレアデスの姉妹を好きであれ、ナザリックの絶対守護者であれ、至高の41人に尽くすことに喜びを感じる存在であれ。

 

そんなものしか与えられなかった彼女は、ナザリックの支配が消失した今も、特にやりたいことなどありはしない。 

 

ただ只管、空虚な過去にしがみつく存在。 それが自分なのだとオーレオールは冷めた心で自覚していた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

ナザリックの出口から飛び出したセバスは、咄嗟に周囲を見渡す。

 

混乱した心は未だ収まっていないが、彼の生存本能が自分が生きられる道を必死で探していた。

 

……ギルド武器による支配が解けた後、ナザリックを自発的に飛び出すのはれっきとした反逆行為。

 

これがデミウルゴスに露見すれば、確実に始末されるだろう。

 

ナザリックの総力と自分がぶつかり合えば、抗える術などない。 先程、オーレオールと彼女の部下達に追われていたときも、正面から戦えば勝ち目など無かったのだから。

 

(とにかく……逃げるしかありませんか……)

 

幸い、今の自分はモモンガ様から受け取った探知妨害の指輪がある。 

 

ニグレドの探知魔法をもってしても、居場所を探知されることは無いだろう。

 

ただ人海戦術で虱潰しに探そうとしてくる可能性はある。

セバスは山奥や森の中など、地形を利用して隠れることが出来る場所へ行った方がいい、と判断した。

 

大都市などで人に紛れる手もあるが、それは出来れば避けたい。

 

もしデミウルゴスがなりふり構わずにセバスを探そうとすれば、無関係の人間を巻き込んでしまうかも知れないから。

 

今はとにかく逃げて………、逃げて、どうすればいいのだろうか。

 

自分が逃げるのは何かを成し遂げる為ではなく、悪の権化として作られたデミウルゴスの活動に、加担したくないという意思が大きい。

 

正義などという不確かで下らない概念……、オーレオールの言葉がセバスの中で何度も繰り返された。

 

今のセバスにあるのは、正義を為せ、という心の奥底からの声だけ。

 

そしてそれが、具体的に何を指すのか。 

 

彼には分からなかった。

 

 

セバスは身につけていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを近くにあった墓石の上に置く。

 

「モモンガ様………、そしてたっち・みー様。 ナザリックの下僕の職務、只今返上させて頂くことをお許し下さい」

 

それは彼なりのけじめ。 ……すなわち悪との決別だった。

 

数秒間、ナザリックへ向かい頭を下げた後、セバスはトブの大森林へと走っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

リ・エスティーゼ王国、要塞都市エ・ランテル。

 

都市の上空から二人の異形が、ざわめき、怯える人々を見下ろしていた。

 

カラスの頭と、ボンテージに身を包んだ妖艶な女性の身体をもつ悪魔、嫉妬の魔将がその様子を見て口笛を鳴らした。

 

「ふふ、下等生物(ニンゲン)もこれほど集まると、壮観ね。 デミウルゴス様は、ンフィーレア・バレアレ以外の人間は自由にしてもいいって言っていたわよねぇ」

 

「ああ、ンフィーレア・バレアレは傭兵モンスターの召喚に必要な人材だと仰っていたからな。 ………傭兵モンスターの召喚アイテムは本来プレイヤーのみが使用可能な特別な道具。 だが、ンフィーレアという人間がもつタレントとやらは、そのルールを捻じ曲げる可能性があるらしい。 ……そいつさえ確保出来れば、目撃者は皆殺しだ」

 

答えたのは、黒い蝙蝠の翼を持ち、額から二本の角を突き出した悪魔、強欲の魔将だ。

 

彼ら二人は、ンフィーレアを確保する為に、デミウルゴスに派遣され、今まさにエ・ランテルへと到着した。

 

そして、既にエ・ランテルの周囲にはナザリックの第七階層から連れ出された5000体以上の自動POPモンスター達が配置されている。

 

突如として地平から湧き出て、あっという間に都市を包囲してしまったモンスター達にエ・ランテルの住人達はどうすることも出来ずただ、城壁を信じて立てこもることしか出来なかった。

 

悪魔の軍勢に対抗しようと、僅かな警備兵は城壁の上から弓矢などで立ち向かおうとしたが、直ぐに遠距離攻撃に撃ち落とされ、あるいは何らかの精神攻撃に発狂して、自ら壁から飛び降りて絶命した。

 

例え、ナザリックの基準では使い捨ての下級モンスターに過ぎない、最大30レベルの自動POPモンスター達も、この世界の基準では、神の軍勢に等しい絶対的な脅威。 この街の警備兵や冒険者に抗う術は何もない。

 

「それは、いいわねぇ。 ま、この世界の生物は弱っちぃのばっかりだけれど………、これだけいれば殺し甲斐がありそう」

 

「遊ぶのもいいが、うっかり標的を殺すなよ。 ……そういえば命令には無かったが、ンフィーレアとやらの家族や友人も確保した方がいいだろうか………、そちらの方が、ンフィーレアを支配するときに何かと便利そうだが」

 

「んー、別にいいんじゃないの? 人間なんて下等生物、ナザリックの下僕と違って軽く拷問すれば簡単に手懐けられるでしょ。 もし暴走しそうになっても、そいつのタレントはともかく、レベルは貧弱なんだから幾らでもやりようはあるし」

 

強欲の魔将は、少しだけ考え込むがやがて納得して頷く。

 

「まあ、そうだな。 関係者の確保は余裕があればでいいか。 ……さて、始めよう。 戦いにすらならない、一方的な人間狩りをな」

 

エ・ランテルはもはや風前の灯火だった。

警備兵は抗う勇気を失い、投石口などから怖々と悪魔の軍勢の動向を伺うだけ。

 

街の住民達は、悪魔達が前触れも無く現れ、瞬く間に街を包囲した為に、何が起こっているのかすら把握できず、錯綜する情報に踊らされながら、ただ狼狽えている。

 

冒険者達も、殆どが失意の中に叩き落とされている。 

彼らは街の住民や警備兵などよりもモンスターに対する知識が豊富で、外壁を包囲する悪魔達の強さも幾らかは理解できる。

 

しかしだからこそ悟ってしまうのだ。

勝てない、と。

 

なまじ知識を持っているがゆえに、より明確に絶望的な未来を思い描く事が出来る。

そういう意味では、まだ無知な一市民でいたほうが楽だったかも知れない。

 

この軍勢に抗う術など、エ・ランテルにはない。

5000体の悪魔だけでも、この街を滅ぼし、住民をひとり残らず殺し尽くすことは容易だろう。

力なき民も、力ある冒険者も所詮は人間の領域。

 

圧倒的な力の前には、抗いようも無く死が訪れる。

 

そう、人間の領域の強者ならば。

 

現在この街の中に二組………確かな生きる意志を持ち、行動する者達がいた。

 

 



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第四十一話 集う者たち

―――襲撃の二時間前、エ・ランテル近郊の街道にて。

 

朝早く、地平線から顔を出したばかりの太陽に照らされ、舗装されておらず土がむき出しの街道を二台の馬車が連なって進んでいた。

 

その馬車は灰色の布を屋根とした、二頭引きの幌馬車であり特に装飾なども施されていないもので、何も知らない者がこれを見れば、行商人か遠出する農民あたりが乗っているものと思うだろう。

 

しかし実際に中で揺られているのは、この国において辺境までその名が轟く程の著名人達だった。

 

「うーん、到着まであと、一時間くらいかしら………」

 

「そうですね。 この速さですと、その程度で到着すると思います。 城門での審査を上手く通過できれば良いのですが」

 

後ろに続く馬車の車内で、呟いたのは新王国の将軍ラナー。

 

普段着用している鎧は今日は見当たらず、木綿の布でできた臙脂色の上着に、丈長の赤いスカートを合わせただけの、まるで村娘のようなシンプルな服装だ。

 

それに応えた、隣に座るクライムも、一般的な農民風の半袖の上着とズボンを着用している。

 

ただ、クライムの場合、その質素なスタイルは普段着ている白銀の鎧や、儀礼の場で着用する礼服よりも、よほどしっくりと馴染んでいたが、ラナーの場合はどれだけ化粧を抑え、地味な服を着ても、その身に染み付いた生まれながらの貴人の雰囲気は全く誤魔化せていない。

 

もし、衛兵にその部分を怪しまれれば、少し面倒なことになるだろう。

それに、自分と今回同行しているクレマンティーヌは眷属同化の影響で、多少人間とは異なる特徴を持っており、イビルアイに幻術のスクロールを使わせて乗り切るつもりではあるが、念入りに魔法を用いて調査されると危うい……。

 

そうクライムは危惧していた。

 

「あはは、大丈夫なんじゃなーい? アダマンタイト級冒険者の蒼の薔薇が身分を保証すれば、審査なんかパスできるって。 その為にあいつら連れてきたんでしょ? 姫サマ」

 

御者として馬を操りながら、二人の話を聞いていたクレマンティーヌがラナー達に背中を向けたまま問いかけてくる。

 

彼女も、動きやすいようにスカートではなくズボンを履いている以外は、ラナーと同じように質素な服装をしている。

だが、スレイン法国内の名家の生まれであり、幼い頃から厳しい教育を受けて育ってきたにしては、彼女はなんの違和感もなくその服を着こなしていた。

 

良家の生まれにしては洗練されているとは言い難い内面が、外側に滲み出しているからかもしれない、とクライムは密かに考えた。

 

クレマンティーヌも普段は国民から尊敬される軍人であり、スレイン法国から貸し出されている客分としてそれなりに猫を被っているのだが、同じ眷属として何かと彼女と関わることの多いクライムは、彼女の奔放さ、いい加減さと言った、一般に思われている、美しく気高い戦士とは真逆の側面もよく知っている。

 

金属器使いの側近である眷属がそのような調子では、変な評判が立ってラナーの品位を損ねるのではないか、と危惧しているのだが、彼女の実力とラナーに対する忠誠は本物だとクライムも認めている。

 

多少の負の側面は有るものの、一応、総合的に見ればクライムは彼女に敬意を持っていた。とはいえ、一昨日のアンデッド実験のような彼女、そしてラナーがもつおぞましい顔までは彼は知らないが。

 

 

今のクレマンティーヌの言葉使いも王族、いや、上司に向けるものとしても不適切だが、クライムの主人であるラナーは意に介さずに話を続ける。

 

「声が大きいわよクレマンティーヌ、前の馬車に乗ってる彼女達に聞こえたらどうするの。 ……うん、でもまあ、彼女達を連れてきた理由はそれが大きいわね。 アダマンタイト級冒険者の社会的な信用は、実力以上に大きな武器になることもあるし、今回の件で説得に手こずった場合にも、きっと役に立つわ」

 

「ンフィーレア・バレアレという名前の少年でしたか……、来る前にお話は聞かせていただきましたが、確かに凄いタレントではありますね……。 まだ、どれほどの物か正確には分かりませんが……場合によっては脅威です」

 

「ええ、脅威であると同時に、重要な戦力にも為りうる………、危険を冒してでも確保する価値はあるわ。 もちろん穏便にね」

 

……ラナーがンフィーレア・バレアレという存在をエ・ランテルに関する資料の中に見つけたのは昨日の昼のことだ。 

最も、彼がもつタレントに興味を惹かれはしたものの、その時はあの件とは結びつけていなかったが……。

 

アンデッドによる襲撃に際し、クレマンティーヌが接触したぷれいやーらしき存在。

ラナーは、その人物による情報を集めるために、エ・ランテル内に忍ばせている内偵から情報を上げさせると同時に、既にある雑多な資料にも目を通していた。 

 

クレマンティーヌから聞いた話では、これまで降臨したぷれいやーと思われる存在は、ほぼ例外なく、その力を使いある程度派手な行動を起こしている。

 

流石に八欲王のように世界を手中に収めんと行動を起こす、というのは極端だが、彼らのように王国内の辺境都市で冒険者として地道に活動を始める、というのは、前例と比べてかなり目立たない部類と言えるだろう。

 

その行動をラナーは始め、情報収集を重要視するが故の行いだと結論づけた。

 

確かに冒険者には各地を転々とする者も多く、様々な情報を得たいならば、冒険者組合への加入は悪い選択ではない。 

だとすれば、彼らは慎重かつ理性的に物事を進める存在であり、自分の利益となるように交渉することも出来る……。

 

ラナーは、全ての国、勢力を自分の都合のいいように動かせる未来を望んではいるが、それは軍事力で世界を統一などという形のものではない。

 

例えば、スレイン法国のように敵対するよりは、親密な関係を結びながら適度に利用し合った方が多くの利益をもたらしてくれる国もある。

 

国々のパワーゲームの中で、常に有利な立場を保ち続け快適な生活を続ける………それこそがラナーの願い。

 

それには、利用できる者は全て利用するべきだ。

 

だが、ラナーの最初の考えは、その日の夕方に覆されることになる。

 

クレマンティーヌが珍しく焦りながら報告してきた内容、それは、スレイン法国の首都がなんの前触れも無く襲撃を受け、大きな被害を出した上に、襲撃者を取り逃がしたというものだった。

 

その報告は思わずたちの悪い冗談かと聞き返してしまうほどに、ラナーにとっては予想外なものだった。

 

スレイン法国は、人類により構成される国家としては間違いなく世界最強の存在であり、ビーストマンやトロールのような強力な種族であっても、迂闊に手を出せない程の戦力を保持している。

 

そんな国に、たった三人で手を出した上に、迎撃を受けながらも生き延びる……。

 

にわかには信じられないことだ。

 

現在は同盟国の事実上のトップである自分にも秘匿扱いになっているある情報をもラナーは握っており、それゆえに、襲撃者の取り逃がしは大きな衝撃を彼女に与えていた。

 

………実はラナーはスレイン法国内部の情報を、法国の上層部が予想するよりも多く握っている。

 

その情報の出処は、彼女の眷属であるクレマンティーヌだった。

 

どうしてクレマンティーヌが、ラナーの部下として動くようになったのか。

その説明には幾ばくかの年月を遡ることになる。

 

4年半前、ラナーは僅か12歳で、数多くの冒険者と兵士を飲み込んだ迷宮を攻略した。

 

……最初の迷宮攻略者であるバハルス帝国の帝王ジルクニフが、迷宮を攻略したのが七年前。 その後、迷宮で得た力をもって彼が簒奪者から帝国を取り戻して以来、この世界の戦争は大きくその姿を変えた。

 

数万の軍をたった一つの魔法で屠る程の火力、魔導師が使う飛行の魔法を遥かに凌ぐ速さで空中を飛び回る機動力……、それらを兼ね備えた魔神使いの出現により、既存の戦略、兵法は一気に陳腐化した。

 

もはや戦の勝敗を決めるのは、兵力の多寡ではなく、その国がどれほどの金属器を運用出来るかに左右されるようになったのだ。

 

スレイン法国の神人や評議国の竜王のように、金属器使いを相手に渡り合う力を持つ者も存在したが、いずれにせよ金属器というイレギュラーにより、この世界の軍事バランスが大きく崩れたのは間違いない事実である。

 

その中で当時から、黒粉にまつわる諍いなどで険悪だった王国と帝国の軍事バランスは、王国側が金属器を一つ所有するガゼフ・ストロノーム。帝国側が、金属器を二つ所有するジルクニフとほぼ拮抗していた。

 

金属器を一人が複数保有している場合、戦況や相性によって選べる手数が増える分、所有数が多いジルクニフが有利だったが、戦士として真正面から戦った場合は、攻撃力が高く、尚且つ戦士としての実力で上回るガゼフに分があるということで、両国の戦力は拮抗しており、王国と帝国は新しい迷宮を攻略し、更なる金属器を手に入れるべく鎬を削っていた。

 

ここで問題となるのが、一体誰に迷宮を攻略させるのか、である。

 

金属器の力は、たった一人で一国を滅ぼせる程の途轍もなく強力なもの。

 

もし国家に対しての叛意や野心を抱いているものに金属器の力が渡れば、逆に危機を招く結果になることは明白であるために、人選こそが最も重要なものとなる。

 

バハルス帝国は、この危険性を当初から認識し、厳重に対策を打ちだしている

 

外国の者や、冒険者が勝手に迷宮を攻略することを防ぐため、国内の迷宮は許可なくしての立ち入りを禁止する法律を作り、迷宮の入口には常に衛兵を立たせることにしたのだ。

 

だが、問題は人選である。

 

その辺の冒険者を捕まえて金属器を手にすることができれば、国に仕えることと見返りに褒美をやる、などと言うほど帝国は馬鹿ではない。 もし金属器使いが望めば、国を作ることすら夢ではないのだ。 果たして褒美などにどれほどの価値があるのか。 ジルクニフを初めとする帝国の上層部は金属器使いを物欲で制御するのは困難だと結論づけていた。

 

だとすれば、わざわざ帝国を潰しても何のメリットもない存在が理想的。

 

まず考えられるのが、ジルクニフの兄弟などの皇族だが、あいにく彼らはジルクニフ暗殺の陰謀に関わり処刑されたり、反乱を起こし戦死するなどして殆ど残っていなかった。

 

唯一陰謀に関わっていなかったと判明したジルクニフの弟である第二王子は本人の希望もあって、表舞台を退き辺境で隠遁生活を送っており、表舞台に引っ張り出すのは本人もジルクニフも望んでいない。

 

そこで、次に候補として上がったのはジルクニフが信頼を置く、有能かつ、強い使命感を持つ数少ない貴族達であった。

実際に三回ほど攻略者候補として志願した貴族に優秀な騎士と魔導師を同行させ迷宮に送り込んでみたが、結果は三回とも失敗。

 

このまま続けると、帝国の為に尽くす貴重な人材を無駄に死なせるだけだと判断したジルクニフにより、この方針は当分見送られた。

……尤も、多くの戦力を注ぎ込んだ攻略が三回とも失敗で終わったという結果に尻込みし、もはや自分から攻略者に志願する貴族はいなかったが。

 

やむを得ず、金属器使いであり既に二つの迷宮を攻略した実績もあるジルクニフが必要に応じて自ら迷宮を攻略するという方針に変更したのだ。

 

それにより権力だけでなく、絶対的な戦力も一手に握ることになったジルクニフの帝国での支配力はもはや磐石のものとなったが、あまりに力が集中しすぎている為、ジルクニフがもし暗殺されでもしたら、即崩壊に繋がりかねない危うさを持つ国、それが当時の帝国であり、現在もその弱点は解決されていない。

 

 

しかし王国の方針は異なっていた。

 

王国の貴族達は、全体的に人間というものを甘く見る傾向があり、迷宮には冒険者やら兵士をできるだけ大量に送り込み、もし上手く攻略に成功すれば、金をちらつかせた上で家族を人質にとれば完全に制御できる、とたかをくくっていた。

 

その結果、帝国と違い多くの人間が迷宮に挑戦していたものの、それは見方によっては国の危機を自ら手繰り寄せているようなもの。 

 

当時、12歳であったラナーは、同じ考えを持っていたレエブン候に対して自分が迷宮を攻略し王国を少しでも長く存続できるようにすると語り、レエブン候から秘密裏に手勢を借りることに成功する。

 

彼らは、レエブン候が主に諜報員として動かしていた非公式の部下であり、もしラナーが迷宮の攻略に失敗しても、レエブン候に責任の追求が届かないような、闇の住人。

 

冒険者で言うところの金級からミスリル級の力を持つ十人程の隠密部隊とラナー、そしてクライムが迷宮に挑戦し、そして攻略に成功したのだ。

 

その知らせを聞いたとき、王国貴族は歓喜し、そしてジルクニフは頭を抱えたと言われている。

 

金属器使いを二つ擁することになった王国と、金属器を二つ所持するとはいえ、ジルクニフしか金属器使いがいない帝国。 もはや完全に軍事バランスは崩れ、王国内の積極派は帝国に侵攻し、王国に編入してしまうべしと声高に訴えた。

 

 

しかし、熱狂する周囲を尻目に渦中の人物であるラナーは誰にも予想だにしない考えを持っていた。

 

新国家の樹立である。

 

ラナーは腐りきった王国にとうの昔に見切りをつけて、全て自分の望み通りに動く理想国家の建立を思い描いており、迷宮攻略はその通過点に過ぎなかった。

 

ラナーは当面の軍事力と資金を出す存在としてレエブン候を、新国家の王とするべくザナック王子の説得を始めた。

 

彼女が王としての座を求めなかったのは、新国家では貴族と平民という身分制度は撤廃するつもりだが、国家の権威を保持する為には王族は残さなければならない。 その場合、もし自分が王位についてしまえば、いずれクライムと結ばれる際に面倒な意見が増えそうだという計算からだった。

 

その点、現在の将軍という地位は、王よりは何かと動きやすいし、出来るだけ国民と触れ合う機会を増やすことで、庶民にも親しみやすい王女という評判が作れれば、クライムとの結婚への追風にもなる。

 

 

レエブン候とザナック王子も、このまま王国にしがみつくよりは、ラナーに協力した方が間違いなく利益になると判断し、新国家建立への協力を約束した。

 

そしてラナーが次に交渉したのはスレイン法国とバハルス帝国だ。

 

国を二つに割る行動を起こせば、確実にこの二カ国の介入は避けられないと判断したラナーは、スレイン法国には新国家への支援を、バハルス帝国には、新国家の旗揚げの時期に合わせて軍を動かして王国に軍事的圧力をかけ、ガゼフの動きを牽制して欲しいと依頼した。

 

一見図々しいだけに思えるこの依頼は、実は両国にとって大きな利益を生み出すものであり、帝国と法国はそれに殆ど迷わずに承諾した。

 

何故なら、バハルス帝国にとって最も危惧すべきは、王国にラナーとガゼフという二人の金属器使いが居るという今の状況であり、ラナーが新国家を作り、王国と袂を分かつならば、戦力が分散されることで、とりあえず当面の危機からは抜け出せる。

 

スレイン法国も、周辺国に害悪しか撒き散らさない腐りきった王国に優秀な帝国が併合されてしまうのはなんとしてでも避けなければならず、その時期にガゼフかラナーの暗殺計画が具体的に検討されてすらいた。

しかし、金属器使いを殺すのは人類が所有する戦力を大きく損なうことであり、他種族への対策を考えると苦渋の決断と言わざるを得ない。 

 

しかしラナーが新しい国を作り、スレイン法国と協調路線を歩むという提案は、人類の戦力の維持と帝国の存続、そしてラナーという金属器使いの協力を取り付けるという、一石三鳥の提案であり、スレイン法国は喜んでこれを支援することに決定した。

 

当時漆黒聖典に所属しており、人前では自分の性癖などを抑えていたおかげで上層部の印象もそこまで悪くなかったクレマンティーヌは、その支援の一環として、ラナーの護衛兼、新王国の内情を知らせる諜報員として送り込まれることになった。

 

その後、彼女はラナーとの四年間の付き合いを得て、完全に懐柔され逆スパイと化しており、現在も様々な法国の内部事情をラナーに横流ししていた。

最も、法国もクレマンティーヌがラナーに近づきすぎていることは察知しており、幾らかはクレマンティーヌへの情報の流れを制限しているが、ラナーの策略により、クレマンティーヌが逆スパイを行っていることは露見しておらず、クレマンティーヌが口を滑らせたりしているかもしれない……という危惧にとどまっている。 

 

そのクレマンティーヌから、ラナーはアーラ・アラフの存在を聞いており、話を聞くだけでも凄まじい力を持つ彼女とまともにぶつかり合い生き残るということは、襲撃者の正体はぷれいやーだと確信に近い予想をしていた。

 

勿論、単純な火力や、ある一つの分野ならば金属器使いがぷれいやーを上回る事も数多くあるだろう。

だがぷれいやーの真の恐ろしさは、応用力と素の強さにあるとラナーは確信している。

 

例えば岩山を拳のひと振りで崩す程の、剛力をもたらす金属器の使い手がいたとして、彼を第三位階魔法まで使える魔法使いが倒すことは可能か。

 

多くのものは馬鹿を言うなと鼻で笑うだろうが、ラナーの答えは戦略によっては可能、である。

 

考えつくだけでも、透明化して後ろからナイフで首を掻ききる、不意をついて金属器を奪い取る、そして魔法で眠らせるなど様々な答えが思いつく。

 

その中でも厄介なのは状態異常だ。金属器使いは魔装状態になることで、ぷれいやーに匹敵、あるいは凌駕するほどの力を身につけることが出来るが、それは精神力や毒への抵抗力までは引き上げてくれない。

 

竜を一撃で屠る力の持ち主が、第一位階しか使えないような駆け出し魔法使いの眠りの魔法で意識を失う。 このような不条理がありえてしまうことが、金属器使いの弱点。

 

そして、この点から見た、順当に実力を身につけた者が持つ優位性は、ぷれいやーを相手にしたとき更に大きなものとなるし、加えて金属器使いには魔力(マゴイ)の量という制約も加わる。

 

途轍もなく強力ではあるが、反面問題も多く扱いにくい力。

それがラナーの金属器に対する認識だった。

 

とはいえ、魔法などに対する脆弱性の問題は、装備や補助魔法で対策が可能であり、ラナーもスレイン法国……クレマンティーヌによるとアーラ・アラフから……受け取った魔法の装備で普段から身を固めている。

 

聞いたところによると精神攻撃を防ぐ指輪や毒、麻痺、眠りを防ぐイヤリング、一体使える者がいるのか疑問だが時間停止対策のネックレスなど状態異常の対策に重きを置いた装備だ。 

 

ラナーも協力している法国の研究では、魔装後の身体能力は、元々身につけていた装備の影響を受けないらしく、すてーたす上昇系の装備は意味がないという結論に至ったらしい。

 

しかし筋力向上などの補助魔法は効果を発揮するので、法国では金属器使いには高位のマジックキャスターを同行させることが推奨されている。

 

 

 

これらの情報からラナーはアーラ・アラフと、彼女のバックアップを受けていた金属器使いが協力しても仕留められなかった襲撃者はぷれいやーだと予想したのだ。

 

そして、エ・ランテル内の諜報員から、昨日の夕方から一昨日クレマンティーヌと対峙したぷれいやーが姿を消していると連絡が入ったことで、ラナーはエ・ランテルと法国のぷれいやーは同一人物、少なくとも深い関わりがあると結論づけたが、だとすれば疑問が残る。

 

慎重に社会に溶け込み情報を集めようとする行動と、正面からスレイン法国を襲撃するという大胆不敵な行動。

この二つが結び付けられなかったのだ。

 

だとすれば、何か読み間違えている情報がある? 

そう判断したラナーは襲撃の報を聞いた昨日の夜から再度手持ちの情報を整理し直していたところ、昼間に見たンフィーレア・バレアレについての情報に思い当たった。

 

諜報員に確認すれば、件のぷれいやーはアンデッドの襲撃時にンフィーレア・バレアレを救助したり、彼女の幼馴染を盗賊に襲われた村からエ・ランテルまで送り届けたりと、何かと彼と関わりがある。

 

もしそれが、ンフィーレアからの信頼を勝ち取り、彼の人となりを調べる目的だったとしたら……。

 

ぷれいやーが興味を持っているのは『あらゆるマジックアイテムの使用が可能』という彼のタレント。 なら使わせたいアイテムは………。

 

そこまで考えてラナーは一つの考えに思い至った。 ぷれいやーはジンの金属器使いから金属器を取り上げ、ンフィーレアに使用させるつもりではないかと。

 

金属器をマジックアイテムとして使用できるのかはまだ不明だが、使用できる可能性は無いとは言えない。

 

彼に接触したのは、彼を自分の命令に従わせる弱みを握るため。

家族や友人、恋人を人質に取るのが最優先と判断したからこそ、村で彼の幼馴染を助けた。

 

そして、それを切り上げてスレイン法国を襲撃し、自分の存在を諸国に大々的にアピールしたということは……。

 

(もしかして彼らは………、ンフィーレアを従える目処も立ち、全ての準備を終了させたと判断して、世界を敵に回して戦争を始めようとしている!? だとすれば……まずい。 この粗暴さが彼らの本性なら、交渉で上手く誘導など考えるだけ無駄かもしれないわね……)

 

何か手を打たなければならない。

 

そこでラナーは、ぷれいやーの手に渡る前に新王国でンフィーレアを確保することにした。

本当はスレイン法国の助力を仰ぎたかったが、法国も今は戦力をこちらに割く余裕も無いだろうし、まだほとぼりが冷めていないエ・ランテルに法国の目を向けさせて、一昨日の襲撃が露見すれば面倒なことになる。

 

あの程度のことで法国が新王国を切れるわけが無いと確信はしているのだが、多少は揉めてしまうだろう。

この急場では、出来るだけ不確定要素は取り除いておきたかった。

 

とりあえず、ンフィーレアを確保してから、ゆっくりと法国に保護を依頼するなりすればいい……。

 

その判断からラナーは、エ・ランテルへと朝早くから向かっている。

 

「おーい、エ・ランテルについたぜ! 早いとこ、そのリィジーって薬師を新王国に連れてってやろう」

 

前の馬車から蒼の薔薇のガガーランの声が飛んでくる。

 

蒼の薔薇の一行には、余計な混乱を招かない為に、王国の上層部が黒粉の合法化に際して、国一番の薬師と名高いンフィーレアの祖母、リィジー・バレアレを国営の黒粉精製所の技術顧問として強制徴用しようと決めたらしい。

役人がエ・ランテルに来て、彼女が連れて行かれる前に、彼女とその家族を新王国で保護することが目的だ、と伝えてある。

 

その言葉を信じる蒼の薔薇と、ラナー達はエ・ランテルの城門に近づいていく。

 

これは明らかにぷれいやーと敵対する行為。 ラナーも当然、衝突は起こるだろうとは覚悟している。

 

だが、この先に一体何が待つのか。 彼女たちはまだ知らない。

 

 

 



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第四十二話 女王様

「うーん………、どこもちょっと高いかな……。 ネム、悪いんだけど、もう少し他の店も見てみるね」

 

「お姉ちゃん、もう三軒目だよ……? どこも、そんなに変わらないと思うけど……」

 

「あともう少しだから! そうだ、あそこの店にも行ってみようか」

 

現在エンリは、ネムを連れて朝の店屋街へと買い物に来ていた。

 

一昨日の夜、エンリは錬金術油を使い墓地から湧き出してくるアンデッドを倒したが、当然のことながら、その際に服は酷く焼け焦げて、とても着れる状態ではなくなってしまっていた。

 

今は替えの服を着てはいるが、実はエンリが村から持ってきた服は、たったの二着に過ぎない。

 

機械などが存在しないこの世界において、服とは紡績から布織り、仕立て……と大変な手間をかけ全て手作業で作られている。

その為、一人で何着も服を所有出来るのは一部の富裕層だけであり、エンリのような村娘は一着しか服を持っていないという場合も多い。

 

とは言え、これからは客商売の店で働く以上、身だしなみには気を使わなければならない。

その為には着替えの服はあった方がいいと判断し、古着店を回っている。

 

幸いにして、村から持ち出してきたお金には余裕があるし、質素な古着ならば、そこまで痛い出費でもない。

とは言え、エンリの感覚では、年に一度か二度の大きな買い物であり、薬品店が休みで暇だからとついて来たネムが退屈する程に複数の店を回って、商品を吟味していた。

 

新しい店に向かい通りを歩いていると、エンリはふと青臭い草の香りを感じた。

村では嗅ぎなれた匂いではあるが、周囲は草むらなどは無い街の中。

 

違和感を感じ辺りを見回したエンリの目に、少し前から歩いてくる、木の皮で編まれた籠を背負った一人の女性が写りこんだ。

 

癖の強い赤毛の髪を無造作に肩まで伸ばしており、背はエンリよりも少し高い。 頬には多少のそばかすがあるが張りのある肌を見るに、まだかなり若いだろう。 鼻は低めで、眉毛も整えられておらず洗練された美人とは言えないかも知れないが、健康的で凛々しさを感じさせる顔立ちをしている。 強い意思を秘めているような、印象的な鳶色の大きな瞳は、エンリが村で大人の女性たちに感じていた逞しさを宿しており、彼女が恐らくエンリよりは年上であると直感させた。

 

装飾より機能性を重視した、飾り気のない焦げ茶色のローブを着ている様子を見ると、この街の人間ではなく周辺の村人だろう。

 

(あの籠に入ってる草は見たことがある………、確か去年ネムが病気になって薬代を稼ぐために、お父さんが森の奥地で採ってきた、ラクレスっていったっけ。 あの時は一壺三銀貨で売れたって言ってたかな。 あの籠は六壺分は入りそうに見えるから、大体十八銀貨……。 結構な儲けだなぁ)

 

エンリも付近にまともな医療機関が無い村で生まれたため、薬草について幾らかの知識は持っている。

 

ただ、それは人里の近くで取れる薬草を使った民間療法の域を出ないものであり、街で高く売れるような希少な薬草に関しては、そこまで詳しくは無い。

 

市場に出回る量が少ないということは、それだけ採取のリスクが高いということ。

ただの村人には、完全にモンスターの領域である森の奥地での採取などまさに命懸けなのだ。

 

エンリは命を懸けて家族を救おうとした父の姿を思い出し、胸が締め付けられるような郷愁に駆られた。

 

思いがけず昔を思い出したことで、つい女性の姿を目で追っていると、彼女は一軒の店の前で足を止めた。

 

「ここか。薬草を買ってくれる店というのは………」

 

彼女はローブの裾から一枚の紙を取り出し、それと店の看板を交互に見比べる。

エンリにも馴染みがある仕草。 恐らく文字が読めないために、文字を図形として見て、書かれている言葉が同じかどうか判断しているのだろう。

 

やがて得心がいったのか、扉が開け放たれている店の入口を潜っていった。

 

ただ見ていただけだったが、ラクレスを売りに来た、自分と同じような生まれであろう女性が気になったエンリは、彼女の交渉の様子を見てみることにした。

 

入口の近くから目立たないように中の様子を覗く。

なんだか盗み見しているみたい、とも思ったが、薬草店ということはこれからも関わる機会があるかもしれない。その為の見学だし………、とエンリは自分で自分に言い訳をした。

 

「お姉ちゃん。服は買わなくていいの?」

「あー、うん。ちょっと休憩っていうか、なんというか………。 後で屋台で何か買ってあげるから暫く待ってて」

「え、ホント! やったぁっ」

 

関心が、エンリの服のことから食べ物へと移ったネムと手をつなぎながら、エンリは耳をそばだてた。

中から彼女と男性の店主のものらしい声が聞こえてくる。

 

 

「ラクレスがこの量………。 重さでは六壺分ってとこか。 これお前さんが採ったのか?」

「いや、違う。 わた……余の家の近くで採った物で、磨り潰せばいい傷薬になると友人から聞いたのだ。 売れば金になるともな。 幾らくらいで買ってくれるだろうか?」

「……まて、家の近くで採れた? 冒険者に護衛を依頼して、採取したんじゃないのか?」

「冒険者? ………ああ、腕自慢の奴らがやっているアレか。 余はそのようなものに依頼したことはないな」

「へ、へえ………」

 

傍から聞いていただけのエンリも、何となくそわそわしてきた。

彼女の言葉遣いも、エンリの予想であるエ・ランテル周辺に住む村人という出自と比べてちぐはぐだが、今エンリが気になっているのは、そんなことではない。

先程から、あの女性が何かと正直すぎるのだ。

 

こういう交渉の場では、田舎から来たと見られると、くみしやすしと思われてしまうことがある。

店主というのは世間話の振りをしてこちらの手ごわさの程度を図る。 こういう場合に重要なのは、不自然にならない程度に自分が十分な知識を持っていると相手に思わせ、足元を見られないようにすること、とエンリは父に聞いたことがあった。

 

その点あの女性は、初めからラクレスの価値を理解した上で、入念に準備をして採集した訳ではないと打ち明けてしまっている。

自分も交渉に慣れているわけでは無いけど、これはまずい流れなんじゃ……とエンリが危惧していると、店主がついに核心に触れてきた。

 

「まあ、この量なら、一壺十八銅貨ってとこだな。 やはり人里近くで取れるような薬草だしそこまで高くはねえ……。 まあ色をつけて一壺一銀貨でどうだ」

「おお! おまけしてくれるのか。 すまぬな。 じゃあ、それで……」

 

もう、ダメだ!

 

とても黙って聞いていられる心境では無くなったエンリは、思わず店の中へと飛び込んでいった。

 

「あの、失礼ですがお二人の会話を聞いていました。店主さん、一壺一銀貨っていうのは安すぎではないですか? 去年の相場は一壺三銀貨だった筈です。 薬草の相場も年によって多少変化するのかもしれませんけど、一年で三分の一になるのは有り得ませんよね?」

「なっ」

 

思わぬ闖入者に驚愕し、鼻白んだ店主がエンリを睨みつけた。

 

「お嬢さん。 いきなり飛び込んできたと思ったら適当な事を………。 こっちは薬草に関してはプロなんだ、それを分かってて、そんな聞きかじりの知識をひけらかしてるのかい?」

「………」

 

思わずひるみそうになったエンリだが、その時にふと店主と目があった。

 

(目が怒っていない………)

 

怒っているように見えて、その実、冷静にこちらの様子を伺っている。

ここで隙を見せれば押し切られる………!

 

そう気がついたエンリは発言をする前に、一度心を落ち着けた。

 

「私にも薬草のプロの友人がいますし、適当な事を言っている訳ではありません。 なんでしたら他の店に行けば直ぐに分かることですよ?」

「………ちっ、若い癖に肝が据わってるな。……負けた負けた、お嬢さんの言うとおり、一壺三銀貨で買うよ。 姉さんもそれでいいだろ?」

 

何とか勝てた。

エンリはほっとして、薬草を安く買い叩かれそうだった女性の方を見る。

……しかしそこにあったのは、目を鋭く細め、怒りの形相で商人を睨んでいる彼女の姿だった。

 

「其方には感謝する。 話を聞いたところ、つまり、この者は余を騙そうとしていた訳だ。 余を見くびって詐欺のカモにしようと……。余は馬鹿にされるのが一番嫌いだし……、罪には罰をが、どの種族の社会でも不変のルールだ」

「んっ? おい姉さん何を……」

 

赤毛の女性は息を大きく吸い込むと、口を開け何かを叫ぶような……動作をした。

そう、動作だ。 少なくともエンリには、彼女が何か声を発したようには聞こえなかった。

 

だが、その直後に薬草店の店主は急に意識を失ったかのように崩れ落ち、カウンターに突っ伏してしまった。

 

「えっ……だ、大丈夫で」

 

一体なにが起こっているのか。 エンリには全く理解できなかったが、それでも店主を心配して声を掛けようとしたところ、店主は倒れた時と同じような唐突さでカウンターから頭を上げた。

 

「女王さま……詐欺を働き申し訳ありませんでした。 どのような償いもいたしますので、どうかお許しを」

「そうか。 では判決を申し付ける。 詐欺を働き不当に金をだまし取ろうとした咎を償うべく、お前が持つ金を全て余によこせ。 それで許そう」

「はい……」

 

なんの躊躇いもなく、赤毛の女の言うことを承諾した店主は、カウンターの内側へと手を伸ばした。

そこから小さな金庫を取り出すと、懐から鍵を取り出し蓋を開けた。

その中には、多くの人の手を経てきたことが分かる、数十枚の黒ずんだ銀貨、銅貨が詰め込まれていた。

 

「では、まずこれをお納めください」

「ほう……えーと、一枚二枚……数えるのが面倒だな。 全部でどのくらい入っているんだ?」

「はい、全てで金貨二枚分ほどにはなるかと。 もちろんこれだけではありません。 家の床下に隠してある財産が金貨十枚分ほどありますので、それもすぐにお持ちいたします」

「うむ、急ぐように」

「はっ」

 

あまりの事に呆然としてことの成り行きを見守るしか出来なかったエンリを尻目に、店主は店の奥へと向かっていった。 そして、その数秒後。 床板を剝がしているであろう音が聞こえてくる。

 

「ちょ、ちょっとアンタ。 何やってんだい!?」

「黙れ、邪魔するな」

「いや、邪魔するなって……、ほ、本気なのかい? それは娘の嫁入り費用や、私達の老後の為に貯めてきたお金じやないか。 一体どうする気……」

「黙っていろ」

 

店へも聞こえてくる言い争いの声にやっとエンリは驚愕の金縛りから抜け出した。

何が起こっているのかは、まだ理解できていないが、少なくも分かっていることが一つ。 

この不可思議な事態を引き起こしたのは、この非常事態においても、すました顔をして当然のように店主を待っている赤毛の女性だということだ。

 

そういえばンフィーレアから聞いたことがる。 魔法の中には、相手の精神に作用して、あたかも自分を親しい友人のように錯覚させる魔法もあると。 ならば、もしかしたら相手に自分の言うことを聞かせられるような魔法も存在するのではないだろうか。

 

「あ、あの……これってもしかして、あなたが使った魔法で店主さんがおかしくなってしまっているんですか……?」

「ん? ……まあそうだな。 まともに言ってもあの店主が進んで罰を受けるとは考えにくいし、強制的に執行するしか無いだろう?」

「い、いや……、でも……」

 

店の奥からの声は更に大きくなっており、揉みあうような物音さえ混じり始めている。

エンリは、これは下手をすれば、とんでもない事故を引き起こしかねないと感じた。

 

「あ、あのですね。 流石に財産を根こそぎ持っていくっていうのはやりすぎかなと。 たとえ相手が悪くても、私的な制裁は法律で禁じられているはずですし、こういった取引の場合、さっきの店主さんのようなことは、一概に悪いこととは言い切れないらしいですから」

「……どういうことだ? 嘘偽りを吐いて、金を巻き上げるのが悪くないこととは」

 

女性の目が不機嫌に細まり、エンリを睨みつける。

 

(う………)

 

今更ながらエンリは、女性に意見したことを後悔した。

ンフィーレアから魅了の魔法について聞いたとき、このような事も言っていた気がする。

この魅了の魔法は、厳しい修行を積んだ、相当に力のある魔法使いしか使えない魔法だと。

 

ならば、目の前にいるこの女性が使う、相手を自分の望み通りに動かせると思われる魔法はどれほど高位のものなのか。

思わず冷や汗が額を伝い、エンリはネムを守るように自分の背中に回した。

 

だが、ここで黙り込むのは相手を余計に不快にするだけだ。 かなり厄介な事に巻き込まれてしまったという後悔を一度飲み込み、エンリは言葉を続けた。

 

「あ、あの、商いって結局、どれだけ安く物を仕入れて、どれだけ高く売るかですよね。 当然知識が無ければ、安く物を買い叩かれたり、高く売りつけられたりもします。でも、そのことで失敗して痛手を負ったとしても、それは相手に騙されたっていうよりは、ただ商売という闘いで相手の方が上手だっただけだと思うんです。 買い手も売り手も、隙あらば少しでも得をしようと考えているのは、おあいこですから……。 だから、たとえ今日は負けたとしても、次はちゃんと準備をして、自分が得をしてやろうって考えればいいというか……。

まあ殆ど親の受け売りですけど……。とにかくどんなに怒っても、魔法で無理矢理に財産を取り上げるのはやり過ぎ……かなと」

 

一気に言い終わった後、女性の機嫌を損ねたのでは無いかと、エンリは恐る恐る彼女の顔色を窺う。

だが、彼女はそんなエンリの視線にも気が付かず、下を向いて呟きながら考え込んでいた。

 

「ふむ……詐欺ではなく、駆け引きか。 ……まあ社会が複雑になれば、そういう文化も生まれるのかも知れないな。より知恵の働くものが儲けるという……。善い行いではないとは思うが、これも社会を発展させる為の活動と思えば簡単に否定することは出来ん。 ならば、単純に悪行とは断定できないかも知れん……」

 

奥から聞こえてきた物音が一瞬止んだ後、何かが倒れる音が聞こえてきた。

 

「ちょ、ちょっとアンタ。 いきなり倒れて……大丈夫なのかい⁉」

 

店主の妻の物らしき焦った声が聞こえてきた。

どうやら女性に操られて、床板を剥がしていた店主が動きを止めたようだ。

 

その後、女性は金庫の中から、銀貨を十八枚数えてつまんだ。

 

「これが人間社会のルールなら仕方ない、今日は一壺三銀貨だけ受け取るとするか。 其方の話、なかなか興味深かったぞ。 しゅぞ……国が違えば文化も違うのが当然だものな。 うっかり過ちを犯すところだった。 礼を言おう」

「い、いえ、どういたしまして……」

「そうだ! 感謝の印として、何か奢らせてくれ。 そういえば、外の屋台で美味そうな焼き菓子を売っていたな。 あれはどうだ?」

「そ、そんな気を使っていただかな「お菓子⁉ ホントにいいの?」……ネム……」

 

幸い悪人では無さそうだが、素性が謎すぎる上に、強大な魔法を使う女性とこれ以上関わると、更に気疲れする羽目になりそうだ……。

そう判断したエンリは、申し出を丁重に断ろうとするが、それより先にネムがお菓子に飛びついてしまう。

 

「ははは、勿論だ。 金なら、たった今受け取った分がある。 遠慮せずに食べてくれ」

「ありがとう! ね、早くいこ、お姉ちゃん」

「あなたは……もう。 えーと、それじゃあ有難くごちそうになります」

 

三人は連れ立って、店の外へと出る。

暫く薄暗い店内にいたせいか、朝の陽ざしがエンリの目に染みた。

 

ふと、エンリはある事に気が付き、女性に語り掛ける。

 

「あの、まだ、あなたのお名前も知りませんでしたね。 私はエンリ・エモット、こちらは妹のネムで……、最近この街で暮らし始めました。 あなたは?」

「わた……余はプーカだ。 苗字は無いから、そのまま名前で呼んでくれ。 今日は買いたい物があってこの街へ出てきたが、普段は……森の奥で暮らしている。 よろしく頼む」

 

エンリとプーカは、屋台を目指して先頭を行くネムを追いかけて、朝日に照らされた通りを歩いて行った。

 

 



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第四十三話 守るべきもの

「ふぅ、やっと通れましたか……。 まさかあれほど並ばされるとは……」

 

ラナー達一行は、エ・ランテル入口の検問を計画通りに殆ど検査されずに抜けることは出来た。

王国内での立ち位置が悪くなったとはいえ、流石にアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇と言ったところか。

プレートを見せつけるだけで、仏頂面で検問に当たっていた兵士たちの態度が明らかに変わり、急に丁寧に応対されるようになり、軽く馬車の中を見られただけで、門を通過できたのだ。

 

だがラナーにとっての唯一の誤算は、門の前には材木やレンガなどを乗せた馬車が多数並んでおり、検問の順番待ちの間に二十分程経過してしまったこと。

聞いたところによると、一昨日のアンデッド襲撃により傷ついた墓地の外壁や建物の修復の為、付近の村から建築資材を集めているところらしい。

ラナーにとってはまさに自業自得であるが、一分一秒を争うこの局面において、無為に時間を消費するのは非常に焦る思いだった。

 

「まあ仕方ないわ。 割り込みする訳にも行かないし……。早いところバレアレさんの所に行ってエ・ランテルから連れ出しましょう。 ………それと、あの約束は大丈夫よね?」

 

ラキュースがラナーに顔を近づけて小声で囁いた。

 

「ええ、この件が無事に終わればあなたの家族を新王国に転送させる準備は出来てるわ。 それに帰りは楽だから安心して。 エ・ランテル内に直接転移すると、もしも見つかったときに不法侵入者として捕まる恐れがあるから、行きは門から入ったけど、新王国に帰るときは魔神の力で一瞬だから。 ……問題は、リィジー・バレアレが素直に交渉に応じてくれるかどうかね。 私の身分を保証する為に、アダマンタイト級冒険者である貴方達を連れてきた上に、王国の麻薬に纏わる陰謀の証として、この書状も調達してきたから何とかなるとは思うけど……」

 

ラナーの言う書状と言うのは、王国の政局に深く関わる有力貴族の名において書かれた、リィジー・バレアレの徴用を命令する文書だ。

ラキュース達には、王宮内に潜ませている諜報員に調達させたものだと説明し、ラキュースも文書に書かれている貴族の署名と、王国政府の正式な書類である事を示す印が本物である事を確認し、ラナーの言う事を信用して、この依頼を受けた。

 

………実際には、このような文書が王国から発行されたという事実はないのだが。

 

これはラキュースの鑑定眼が節穴であったという訳ではない。 

文書に記されている署名と印は紛れもない本物なのだから。

 

なぜラナーが、敵対しているはずの王国貴族の署名を手に入れることが出来たのか?

 

その理由はラナーの裏工作が、王国上層部まで浸透していることに他ならない。

 

とはいえラナーは、表立って王国貴族達を取り込んでいる訳では無い。

パルブロ王の即位から、以前にもまして支配層の腐敗が進み、王国の上層部にもはやまともな貴族は殆どいない。金品さえやれば簡単に新王国に寝返るであろう、目先の利益しか見えない、底なしの愚か者が上に立っているのが今の王国の現状。

 

ラナーが知略を駆使すれば王国を内部から崩すことは容易な事なのだが、あまりの愚かさに、その手間をかける気にさえならない……、それがラナーの本音だった。

 

しかも貴族達を新王国に寝返らせたところで、なまじ財力を持っているだけの害悪にしかならない。

有能な敵ならば裏切らせる価値もあるだろうが、無能な敵を寝返らせると逆に身の危険を招きかねない。

 

 

ラナーが求めるのは彼女の理想の完全な実現……。

 

それは彼女が新王国の事実上の支配者として君臨し続け、いずれは国民に祝福されクライムと結ばれて、溢れんばかりの名声と富の中で幸せな生活を送る。 将来的には、クライムとの間に出来た子供をザナック王と将来の妃の間に出来る子供と結婚させ、名目上も新王国の統治者となるのもいい。

 

その理想の実現の為には、王国貴族は誰もが支持する方法で、完全に始末する必要があると判断したラナーは、更に効果的で旨味のある………、恐ろしい計画を打ち立てた。

 

最初の段階として、ラナーは新王国の樹立後半年ほど経った時、魔神の力とクレマンティーヌの武力を背景に王国の犯罪組織、八本指の幹部と接触し取引を持ち掛けたのだ。

 

貴方達八本指は国家にとって害悪、新王国が王国を支配した暁には必ず壊滅させることになる。 そして、もしその前に帝国辺りに逃れることが出来たとしても、帝国の上層部は王国のように馬鹿ではない。 組織を存続させることに成功しても、大幅な弱体化は避けられない筈。 

ならば、いっそのこと新王国に組織を売り渡してしまえばいい、と。

 

それからラナーの口から幹部に話された内容はこうだった。 

今、王国では第一王子パルブロが王へと即位した。 パルブロはラナーの父であるランポッサ三世よりも無能な上に、単純な欲望で動く俗物。 これからの王国は腐敗が更に急速に進んでいくことだろう。 

八本指のトップ達には、この機に乗じて貴族を煽り、一気に民衆の不満が高まるような政策を打ち出させて貰いたい。 八本指自身も末端構成員に命じて奴隷取引や薬物取引も以前よりも大胆に行い、八本指を貴族と癒着している悪の組織と民に印象づける。

その後、国内の不満が限界まで高まったところで新王国が王国内に、国民を救うという名目で侵攻し、王国貴族と八本指構成員を大々的に処刑する。 しかし、あなた達幹部に関しては、生贄となる末端構成員とは異なり資産をそのまま持ち逃げさせてあげる上に、大人しくしているなら新王国内に安全な居場所を与えてもいい……。

 

ラナーにとっては王国貴族に深く癒着している八本指を支配下に置くことが出来れば、諜報員としても申し分ないし、新王国の統治を正当化する大義も作ることが出来る。 秘密の保持と言う点からも、有能で知られる八本指の幹部ならば王国貴族のように周りに情報を垂れ流して自分を窮地に追い込むことはしないだろう。

八本指の幹部達にとっても、王国が滅びた後、大きなリスクを冒して帝国や新王国内で組織の再建を試みるよりはラナーにすり寄って自分達の利益を確定させた方が得。

 

双方の思惑が一致し、協定は成立。 この時を境に、王国の腐敗は更に進むことになった。

 

その後ラナーが組織から得た情報により、八本指の中には幹部以外にも捨て駒として切り捨てるには惜しい人材が存在することを知り、かなりの人間が秘密の保持を条件に新王国に取り込まれた。 その中には、新王国のアンデッド研究を担当しているデイバーノックや特殊討伐隊の隊員達など、元六腕のメンバーも存在する。

 

この状況の中では、八本指を経由して貴族から署名と印だけ書かれた白紙の紙を入手し、架空の命令書を作ることも容易だった。

 

「じゃあ、そろそろ行きましょうか。 バレアレ薬品店はここから馬車で十五分くらいね」

 

ラナーの声に応え、一行を乗せた馬車は街中をゆっくりと進み始める。

 

しかし、五分ほど進んだ時だった。

 

不意にラナーの元に《メッセージ/伝言》の魔法が届いた。

 

これは……エ・ランテル警備隊に兵士として潜り込ませている、諜報員からのようだ。

 

『ラ、ラナー様、大変です。 草原の向こうからいきなり黒い群れが現れて……三分も経たずに城壁の外を取り囲んでしまいました。 モンスターのようです! で、ですが、あんな悍ましいモンスター見たことが……』

 

頭の中に響く諜報員の声から何か途轍もない非常事態が起こっていることを察したラナーは、鋭い声で問いかけた。

 

『落ち着きなさい。 正確に状況を伝えて。 そのモンスターの特徴もね』

『い、いえ……、私は今城壁の様子を窺っていますが、モンスターは城壁から百メートル程の距離を置いて都市を取り囲んでいるようです。 数百体なんて数じゃありません。 ここから見えるだけでも軽く千は超えています!モンスターに関しては……様々な種類がいますが、どれも奇妙で恐ろしい姿をしており……、そうだ、思い出しました! マジックキャスターが存在する悪魔という種族に雰囲気が似ています。 正体は悪……、う、うわぁぁぁぁ』

『どうしたの⁉ 応答しなさい』

 

そこまで言ったところで、ラナーの視界の隅に真っ赤な閃光が走った。

咄嗟にそちらの方角へ目を向けると、城壁の上に燃え盛る炎の柱が立ち登っており、やがて唐突に立ち消える。

 

そして、《メッセージ/伝言》の魔法は直後に打ち切られてしまった。

 

「あれは……魔法の炎だ!」

 

ラナー達の後ろについている馬車から、イビルアイの声が響いた。

 

「げ……マジで? も、もしかして姫様、これって……」

 

あくまで王国の手からリィジーを救うため、と言う建前を忘れてクレマンティーヌがラナーに問いかけようとした。 ラナーは急いでそれを手で制したが、クレマンティーヌが聞こうとしていたことは理解できる。

彼女はこう聞きたかったのだろう。

 

ぷれいやーが私達の動きを嗅ぎ付けたんですか、と。

 

クレマンティーヌの懸念は恐らく正解だ。

もしぷれいやーが、ンフィーレアを攫うだけが目的ならば、ここまで大規模な騒動を起こす理由がない。

秘密裏に少数の配下を向かわせて、身柄を確保してしまえばそれで済む話。

なのに、これだけの規模の軍を動かしたという事は、それ以外の目的もあると考えるべきだろう。

 

それが何なのかまでは、まだ分からないが………、一番あり得そうなのは敵の目的が実はンフィーレア以外にある。

もしくはラナーの存在を嗅ぎ付けて、ンフィーレアと一緒に確保することにしたと言うところか……。

 

(くっ……、どうも我ながら情報に踊らされている感がありますね……。 敵がンフィーレアのタレントを求めているということは、結局単なる推論の域を出ない。 目的がジンの金属器を使わせることだという考察も……改めて考えれば、無理矢理相手を従わせた上で、大きな力を渡してしまうというのはリスクが大きすぎる気もしますし……。しかし例え不確かな予想だとしても、ンフィーレアの力を敵に渡すのはまずい……。なぜなら、敵に渡した場合のリスクの予想が不可能なほど、大きな可能性を秘めたタレントだから。 ……このまま作戦を続行するしかないわ)

 

ラナーはゆっくりとクレマンティーヌに頷いた後、馬車から降りて声を掛け、同行する全員を自分の周囲に近寄らせた。

 

周囲の部外者がパニックを起こして通行の妨げにならないよう、一行にのみ聞こえる音量で告げる。

 

「今、現地の諜報員から連絡がありました。 都市を……少なくとも千体以上の悪魔と思われるモンスターが包囲しているわ。 ……そのモンスター達の目的は不明だけど、さっきの炎を見るに少なくとも友好的ではない」

「なっ……、それは本当なのラナー⁉」

「ええ、その諜報員は多分さっきの攻撃にやられたのでしょうね……、急に《メッセージ/伝言》が途絶えてしまったわ。 私達もここに居れば同じ運命を辿ることになる。 リィジーさんとその息子を確保して直ぐに逃げましょう」

「に、逃げるって……。 あなた、この街の人を見捨てる気⁉ 噂に聞く魔神の力で何とか出来ないの?」

「見捨てる、というのは違うわ。 そもそもここは王国の領土で、王国の兵士が防衛しているでしょう。 その中で私が下手に戦えば、敵国内での武力行使、つまり戦争行為と取られてしまう危険があるの……判るでしょう?」

「で、でも……」

 

食い下がろうとするラキュースにイビルアイが横から声を掛けた。

 

「確かにラナー殿の言う通りだ。 現在、ラナー殿はあくまでも他国の将軍。 下手に王国内で力を使う訳にも行くまい。 それは新王国の民を危険に晒すことにもなりかねないからな。 それに……千体以上の悪魔という報告が事実なら、とてつもない強者がこの件に関わっている可能性もある。 今考えるべきは、当初の目的を達成することだ」

「言いにくいが、それしかねえな。 ………今回の依頼には、リーダーの家族の未来も懸かってるんだろ? それを最優先で考えることは間違いじゃねえさ。 それに悪魔の方も、いきなり襲ってこないってことは単純に人を襲おうとしているだけじゃなく、他に目的があるのかも知れねえ。 もしかしたら、市民には犠牲が出ないで事態が解決する可能性もあるしよ」

「…………分かっ……たわ。 バレアレ薬品店に急ぎましょう……」

 

市民たちは、城壁の上に吹きあがった炎にどよめいているが、まだ何が起こっているのかは把握していない。

ラナー達は邪魔な馬車を乗り捨て、徒歩でバレアレ薬品店へと歩き出した。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

エ・ランテル包囲から約10分後、バレアレ薬品店にて。

 

現在、ここではリィジー・バレアレが慌ただしく手短な荷物を纏めていた。

つい先ほどまでは、ンフィーレアもここにいたのだが、現在はエンリ達を探しに市場の方へと向かっている。

 

「あー、くそっ。 なんなんじゃ、最近の事件の多さは! 一昨日はアンデッドに襲われて、こんどはモンスター達の大群じゃと!」

 

リィジーは一人毒づきながら、三分ほど前の事を思い返した。

 

 

 

朝食を済ませた後、休業日の店の中で、リィジーとンフィーレアは各々の雑多な作業台の上で薬品の調合に勤しんでいた。

今日は休業日なだけあり、本来ならば二人もゆっくりと休息をとっているのだが、一昨日のアンデッド襲撃事件に際して予想外のポーションの消耗があった為、常備しておく分のポーションは改めて作成しておかなければならない。

 

エンリとネムは薬草の調合に関しては素人の為、何もする事が無く、朝食を取ってから直ぐに市場で古着を買いに行っている。

二人とも一言も話さずに作業に集中しており、店の中には静寂が満ちていた。

 

その時だった。

不意に店の扉が開け放たれ、一人の男が駆け込んでくる。

 

近くに住んでいる修行中の薬師、ピートだった。

 

「た、大変です。 リィジーさん。 ま、街の外に……、モ、モ……」

 

ピートは冷や汗を流し、明らかに冷静では無い。

リィジーはそこにただならぬものを感じた。

 

「落ち着けピート、何があったというんじゃ? まさか、またアンデッド共が溢れだしたのか?」

「も、もっと悪いかもしれません。 今、エ・ランテルの城壁の外に……何千匹ものモンスター達が現れ、都市を包囲しているらしいです!」

「な、何?」

 

にわかには信じられないような発言だが、ピートの顔は真剣そのもの、それにこんな嘘をついたところで意味はない?

 

「ど、どういうことじゃ? 都市の襲撃か? いや…だが、この辺に数千体規模の群れを作るモンスターがいるなど聞いたことがないぞ⁉」

「俺にも分かりませんよ。 ただ、今城壁に登っている警備兵達に、魔法によると思われる攻撃がされています。 少なくとも、ただの雑魚ではないと……」

「魔法……」

 

リィジーはそれを聞き絶句してしまう。

魔法を使えるモンスターは、それなりに高い…場合によっては人間を凌ぐ知性を有していることが多い。

 

自らの縄張りで餌が取れなくなったため、人間の都市から略奪を行おうとしている亜人種辺りか…。

 

情報が少なすぎる為、種族までは把握できないが、単に偶然大量発生した弱いモンスターの群れが手近な都市を襲っただけではないだろう。 

少なくとも、敵は勝算があると思って都市を襲撃した。 これは、本能のままに動くアンデッドの襲撃とは比べ物にならないほど、厄介な事になるかもしれないとリィジーは感じた。

 

話を聞いていたンフィーレアが、横から焦った様子でピートに話しかけた。

 

「ピートさん! モンスター達はまだ都市の中には入っていないんですか?」

「あ、ああ。 少なくとも俺は聞いてないけど……」

「よ、よかった……、おばあちゃん! 今、エンリとネムちゃんが市場の方に!」

「あ、ああ、そうじゃな」

 

エンリとネムは、何の戦闘力も持っていない一般人。

もしもモンスター達との戦闘に巻き込まれれば、なすすべも無く、命を落としてしまうだろう。

 

ただ都市を襲撃している存在の正体がゴブリンなどの亜人種なら、そう簡単に城壁を突破できるとも思えないし、だからこそ相手は都市を包囲している。 恐らく直ぐに市街戦になることは無いだろうが、一刻も早くエンリ達を連れ戻した方がいいのは確かだ。

 

「僕行ってくる! エンリ達を見つけたら直ぐ戻るから」

 

そう言うや否や、ンフィーレアは何も持たずに外へと飛び出して行ってしまった。

 

 

そして現在リィジーは、一人で荷造りをしている。

バレアレ薬品店があるのは街の最外周部。 考えたくはない事だが、もしも外側の城壁が破られれば一番先に戦場になるのはここだ。

 

その時に、内側の城壁内へと逃げるときの為、最低限の準備はしておかなければならない。

 

店の裏で慌ただしく動くリィジーの耳に、ドアが開く音が聞こえた。

 

表には休業中の看板を出しているし、もしかしてピートが続報を持ってきてくれたのだろうか?

 

そう考えたリィジーは、表へと歩きながら声を掛けてみる。

 

「ピートか? 一体今度はどうし………」

 

だがリィジーの声は途中で途切れてしまう。

そこにいたのは人間離れした気配を放つ人型の異形だった。

 

黒い鎧を着た額から角が生えた青年と、カラスの頭と女性の体を持つ異形。

 

「あ、悪魔……」

 

その二体が放つ禍々しい威圧感に覚えがあったリィジーは思わず呟いた。

昔見たマジックキャスターが召喚していたそれと、彼女が現在対峙している二体。

 

纏う空気の質は似ているが、その大きさ、感じる圧力はまさに桁違いだった。

 

「ご名答。 ……さっきピートって言ってたっけ? もしかして、そいつ……この中に入ってる?」

 

女型の悪魔が、ドアの横の壁を右手で軽く叩く。

 

たったそれだけで、強風にもびくともしないように丈夫に作らせた土壁が、あっさりと弾け飛んだ。

 

リィジーは壁から飛び散った土の粉に目を細めるが、すぐに開けられた大穴からリィジーの目に、外の景色が飛び込んできた。

 

その瞬間、リィジーは息を飲んだ。

 

道路の至る所に、まるで花が咲いたように、赤い何かが飛び散っている。

 

その花の上に横たわっているのは……人間だ。

確実に生きてはいないと一目で分かる今は、人間だったもの、と言うべきだろうか。

 

 

ある若者は、腹部を千切られ上半身と下半身が分断されている。

元は女性であったらしい遺体は、頭部を完全に粉砕され、地面にその内容物を飛び散らせている。

 

そして、その光景の中で動くもの。

それは無残な遺体を愉し気に弄んでいる、数十体の悪魔達だった。

 

黒い鎧の悪魔、強欲の魔将が口を開いた。

 

「邪魔をされたら鬱陶しいから、蠅は全て排除させて貰った。 

そしてお前も返答次第では、こいつらと同じ運命を辿ることになる。 

慎重に答えるんだな……ンフィーレア・バレアレは今、店にいるのか?」

 

ンフィーレア、その言葉が、あまりの恐怖に思考が停止していたリィジーを我に返らせた。

 

「ンフィーレア? あの子に……何の用じゃ?」

 

問いかけてきた強欲の魔将は何も反応を示さない。

 

だが、カラス頭の悪魔、嫉妬の魔将が一瞬でリィジーの元へと接近し……リィジーの右手から爪を一枚毟り取った。

 

「あ……ぎやぁぁぁぁ!」

 

腕全体が焼け、心臓が潰されるような痛みに、思わずリィジーは蹲る。

 

その上から先程と同じ調子で、強欲の魔将の声が響いた。

 

「尋ねているのは我々だ。 今は最初だから手加減しただけ、質問に答えなければ更なる苦痛を与える……もう一度聞くぞ、ンフィーレアはどこだ?」

 

悪魔がンフィーレアに何の用事があるのだろうか?

それはリィジーには知る由もない。 

 

だが気が遠くなりそうな痛みの中で、ただ一つリィジーが確信していることがあった。

この者達にンフィーレアの居場所など教えてはならない。

 

自分にただ一人残された肉親であり、自分の技術を継ぐ後継者……、例えどれほど痛めつけられても絶対にこいつらに渡すわけにはいかない。

 

だが、リィジーが質問に答えようとしない事を察すると、再び嫉妬の魔将がリィジーの手を握り、先程爪をはがれた剥がされた人差し指の先を摘まむ。

 

悪魔の力は凄まじく、どれほど力を籠めようと一切の抵抗は叶わない。

 

そして、悪魔がリィジーの指先を摘まみ、一気につぶした。

 

「――――ひぃ―――」

 

余りの痛みに呼吸すら出来ない。

心臓の鼓動が頭の中に大音量で響く。

 

「痛いでしょう。 指先は人体でも特に敏感な部分だからねぇ。 たかが下等生物(ニンゲン)のくせにつまらない意地を張っちゃって……。 ナザリックに属さないゴミが私達に逆らう……その罪の重さ、じっくりと味わいなさい」

 

嫉妬の魔将は更に親指、それが終わると中指の指先を潰していった。

 

肺の中の空気を、完全に吐き出してしまったリィジーは叫ぶことすらできず、気が遠くなりそうな痛みの中でのたうち回った。

 

やがて、リィジーの上から強欲の魔将の声が降ってきた。

 

「おい、あまり痛みを与えすぎると殺してしまうぞ。 遊ぶのもいいが仕事が終わってからだ。 そいつは生け捕りにする予定だし、蘇生アイテムも持ってきていないのだからな」

「……分かったわよ。 確かに目的はンフィーレアだけだけど、この店には居そうにもないわね。 これだけ自分の祖母の悲鳴が聞こえても、物音一つ立てないなんてあり得ないし……、仕方ない。 魅了の魔法を使いましょう」

「あれは連続しては使いにくいから、あまり多用するのは考え物だが……。 まあ、今回聞きたいのはンフィーレアの居場所だけだし、別にいいか……やれ」

「はいはい」

 

嫉妬の魔将が、リィジーの元へしゃがみ込む。

その時……、リィジーは無事な左手で、懐から小さなナイフを取り出した。

 

「へえ、まだそんな元気があったの」

 

嫉妬の魔将はリィジーの無駄な抵抗に、嘲りの笑いを浮かべた。

 

これから最後の力を振り絞り、目の前の下等生物(ニンゲン)は自分に切りかかってくるのだろう。

その必死の一撃を、小指で弾いてナイフの刃を折ってみよう。 この人間は一体どのような絶望の表情をするだろうか。

 

だが、嫉妬の魔将の思惑が実現されることは無かった。

 

(ンフィーレアにだけは……、絶対に手を出させん。 私の命など………捨ててやる!)

 

リィジーはそのナイフを他ならぬ自分の首に向け……、自身の頸動脈をかき切ったのだ。

 

一瞬首筋に赤い筋が走り、そこから噴水のように血が溢れだす。

 

「なっ……」

 

嫉妬の魔将が驚愕に顔を歪める。

 

(ま、まさか孫を守るために自分の命を犠牲にしたとでも言うの⁉)

 

人間を恐怖や欲望から身内すらも軽く裏切る生物として甘く見ていた嫉妬の魔将にとって、これは完全に予想外の行動であり、大人しくリィジーの自害を見ていることしか出来ない。

 

リィジーは急速に黒く染められていく視界の中で、恐ろしい悪魔の慌てた様子を見て微かに嗤い……、そして意識を手放した。

 

「く、くそ……なんてこと! まさか人間如きが……」

「……流石に人間を舐めすぎたということか。 我らとは比べ物にならない、脆弱で愚かな生物だが、それでも自分の命よりも大事な物はあるらしい……。 これでは治癒魔法を掛けても手遅れだな。 ……だが問題ない。 ンフィーレアの居場所を暴かれそうになった瞬間、これ程の拒絶反応を示した。 ……これはンフィーレアの居場所を正確に把握していることを意味する。 恐らくこの街のどこかへ、用事を足しに行っているという事だろう。 嫉妬の魔将、そのンフィーレアの姿は把握しているな?」

「ええ、昨日遠目から見ただけだけど……ちゃんと覚えているわ」

「なら問題ない、街中の若い男を生け捕りにさせてナザリックへ運び、後からゆっくりとンフィーレアを見つければいい。 ……こちらには五千体の悪魔がおり、エ・ランテルの人口は約二万人……数の上では我々が少ないが、人間達は殆どが、連れてきた中で最も弱い悪魔にも対抗できないであろう雑魚、十分すぎる戦力比だ」

 

それに時間が経てば、ナザリックから更に増援を連れてくることも出来る。

とにかく、今モモンガを追っているはずのデミウルゴス様の命令をしくじる事だけは避けなくてはならない。

 

強欲の魔将は勝利への確信と……任務が失敗した場合に課せられる罰を想像して、わずかな恐怖を感じた。

 

直ぐに店の前の通りにいる悪魔達を伝令として、都市の外を包囲している悪魔の元へ命令を下す。

 

曰く、エ・ランテルを攻撃し若い男を生け捕りにせよ、と。

 

 



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第四十四話 決壊

エ・ランテル内の市場に、エンリとネム、プーカは居た。

 

現在既にエ・ランテルの周りを悪魔達が包囲していたが、この市場が衛兵の見張り台からは遠い事、悪魔による攻撃の様子が見えなかった事などが災いし、まだ自分達の置かれている状態について、ここにいる殆どの市民達は理解してはいない。

 

尤も、理解したところで何も打つ手の無い一般市民にとっては、例え束の間でも平穏でいられる時間が伸びる分、目前に迫る恐怖を認識していないことを、幸いと言えるかも知れないが。

 

エンリ達は屋台で買った、小麦粉と砂糖を練り混ぜ、香ばしく焼いた菓子を食べながら会話に華を咲かせていた。

 

「そういえば、プーカさんは何のお仕事をされているんですか?」

 

エンリが尋ねた。

恐らく高位と思われる魔法を使い、話し方も普通の農家の人間のものではない。

 

大きな村には、治療魔法を使える神官が常駐している所もあると聞いたことがあるので、そのような感じだろうか。

 

「……まあ色々だ。 皆のまとめ役をやったり、教師みたいなこともやるし……、モンスターと戦うこともあるか」

「モンスター、ですか?」

 

エンリの住んでいたカルネ村は、モンスターの領域であるトブの大森林のすぐ近くにあるのにも関わらず、殆どモンスターの襲撃を受けることは無かった。

ごく稀……年に一度くらいは村の近くにモンスターが出てくることもあったが、いずれも村人のみで対処できる程度のもののみ。 カルネ村周辺の森を縄張りにしていた森の賢王ことハムスケが、縄張りへの他のモンスターの侵入を防いで居たために、カルネ村はその恩恵を受けていたのだ。

 

だがそれは特殊な例で、プーカの村はそこまで恵まれてはいないのだろう。

 

「それってやっぱり、ゴブリンとかオーガとかですか? 人里近くに出てくるのは、その二種類が多いって聞きます。 ……人間を食べてしまう為に」

 

エンリが実際に亜人に襲われた経験は無いが、他の村の人間がオーガに喰われた、という話はよく聞いていた。

ゴブリンやオーガなどの亜人は人間を喰う人類共通の敵。 それはエンリに限らず、殆どの人類国家においての共通認識と言ってもいいだろう。 

 

「いや、あまり、そいつらと闘うことは無いな。 ……擁護のようになるが、ゴブリンとオーガは人間を専門に喰うという訳では無い。 むしろ、人を襲うのは少数派だな。 普段は森の奥地で集落を作り、虫や木の実を食べて暮らしている」

 

その言葉はエンリに軽い衝撃を与える。 幼い頃から、亜人は人の敵であり、邪悪な存在であると聞かされていた彼女にとって、自分の知らない亜人の姿を語るプーカの言葉は新鮮だった。

 

「えっ、そうなんですか? でも……、それだったら人間を襲う必要はないのでは?」

「……そう上手くは行かないのが、ゴブリンの悲しいところだな。

なにせ、ゴブリンは弱い上に、頭が悪い。 その弱さ故に、彼らの住む環境の中では常に外敵に捕食される危険に晒されているんだ。 故にゴブリン達はとにかく繁殖して、仲間を増やすことで、生き残る子孫を増やそうとする……まあ本能なのだろう。 ゴブリンの妊娠期間は短いからな。 一つの夫婦の間に、十人の子供がいるなんてざらだ」

「じゅっ、十人ですか?」

 

人間の夫婦が、皆十人の子供を持っている世界をエンリは想像してみたが、どう考えても大変なんてものではない。

そもそも、そんな大勢の子供の喰い扶持を稼げる親などは貴族や富裕層などの一握りしかいないだろう。

 

「ゴブリンは成長期間も短いから、皆数年で自立できる。 人間や他の種族のように、子供を長年育てる習慣が無いからこそ生める人数だな。 ……だが急速に膨れ上がる人数に対して、集落の縄張りで獲れる食物の量は決まっている。 知恵の働くゴブリン……いや、殆どホブゴブリンか。 そいつらがいる集落では虫の繁殖などを行い、生産量を増やすこともあるが、そんなのはごく一部。 大抵、その縄張りで養える許容量を超えた分の奴らは新しい土地を求めて集落を出るが、様々なモンスターや他種族、他の部族のゴブリンが犇めく森の中で新しい縄張りを確保できる者は限られる。 その競争に敗れた者達は、ゴブリンでも狩れる弱い生物……人間のいる領域に出ていって人を喰ってしまう。 オーガもまあ似たようなものだ」

「そうだったんですか……。つまり、食べ物が無いことが、ゴブリンやオーガが人間を襲う原因ってことですか?」

「その通りだ。 ……もしも街道でゴブリンに襲われたときは、食料を目に見えるように周りにぶちまけてから逃げると良い。 大抵のゴブリンは苦労せずに手に入れられる食料があれば、そちらに集中するから、大分逃げやすくなる」

「へえ、初めて知りました……」

 

プーカは自分の話を、面白がって熱心に聞いてくれるエンリに気をよくしたのか、更に亜人の事について語ってくれる。

 

トブの大森林の奥にはリザードマンという種族がおり、魚を主食としていること。

人間を食べることに拘る訳では無いゴブリンやオーガとは違い、トロールやビーストマンなど人間を特に好物にしている亜人もいる事。

遠くに聳えるアゼルリシア山脈に住む、人間とよく似たドワーフや穴を掘るのが得意なクアゴアという種族のことまで。

 

「はぁー、なんか……世界には色々な種族がいるんですね。 私は人間が住む国の外に、それ以外の国がある位にしか思っていませんでした」

「むしろ人間の国家は少数派だ。 ……人という種の武器は、それなりの数と比較的高度な知恵だけだからな。 まあ人間よりも優れた知恵を持つ種族はいるが、平均よりは上だろう。  ……だが如何せん人は力が弱すぎる。 はっきり言ってスレイン法国が他種族の侵攻を食い止めていなければ、とっくの昔に人間の国家は滅ぼされていたぞ」

「スレイン法国ですか?」

「ああ。 基本、見境なく他種族を殺している国だ。 全ての亜人を人類の敵と位置付けている位だからな」

「そんなことが……」

「まあ、人間もかなり危うい状況に置かれているからな。 他種族からすれば堪ったものではないが、目的と気持ちは理解できる」

 

スレイン法国。

確か、エ・ランテルよりも北にある六大神を信仰している国だったか。

今までエンリには六大神という独自の神を信仰しているせいで、四大神を信仰している周辺国家とは疎遠な国、という印象しかなかった。

 

今プーカから他種族を見境なく殺していると聞いても、実際に見た訳ではない為に特に強く感情が動くという事は無い。 

だがプーカに世界には色々な亜人がおり、人間と敵対する種族ばかりではないと聞かされた今では、その国のする事は酷く野蛮なものに思えてしまう。

 

「で、でも、他の種族ともやり方によっては協力できるんじゃないですか? 例えば、ゴブリン達に農作業を教えて、食料を沢山作れるようにするとか。 ………北の方に、沢山の種族が協力して暮らしている国があるって聞いたこともありますし」

 

エンリの言葉に、プーカは少し意外そうに眉を上げた後、小さく笑いかけた。 

 

「協力か。……難しいだろうな。 限定的なものならば共通の敵や目的を持っていれば可能ではあるかも知れないが、異なる種族が同じ国の中で平等に共存することは出来まい。 人間だって国籍や髪の色の違いなどで、時には反発しあうだろう。 それが種族の違いまで溝が深くなるとな……、事実、お前は自分とゴブリン一匹が法の下で平等だと言われて納得できるか?」

「えっ? そ、それは……」

 

エンリの口からは直ぐには言葉は出なかった。

現実に他種族と自分達人間が平等な世界。 これまでの価値観が全て覆るようなその世界を直ぐには想像できなかったから。

 

その反応を返答と見たのか、プーカは頷いた。

 

「全ての種族が手を取り合うにはもっと……全ての仕組みをぶち壊すような出来事が必要だ。 革命……世界の革命が」

「えっ?」

 

プーカの発言の意味を理解できなかったエンリは、彼女の顔をのぞき見るが、彼女は喋り過ぎたとでも言うように、気まずそうに目を逸らして黙ってしまった。

暫く三人が無言で菓子を口に運ぶ時間が続き、やがてプーカがまるで独り言のように呟いた。

 

「事実、アーグランド評議国だってそうだ。 あそこを理想郷なんてほざいてるのは、強い種族だけさ」

「えっ?」

「………いや、これは忘れてくれ。 単なる愚痴になるし、其方には関係のない話だった」

 

その言葉を最後に、また場は気まずい沈黙に支配されてしまう。

 

やがて三人は菓子も食べ終え、そろそろ解散という雰囲気になった時。

 

エンリは城壁から飛び出した、黒い影に気が付いた。

 

「あれは……鳥?」

 

始めは一つだった影が、やがて次々とエ・ランテルの上空へと躍り出てくる。

まだ状況の掴めていない市民達は騒めきながら、ただそれを見つめるのみだったが、やがて影の外観が朧げながら見えてくる。

 

翼を持つ生物が、それぞれ大きさの違う何かを抱えているようだ。

 

「こっちに来る……」

 

エンリの横で、ネムが呟いた。

 

直後、一体の影が上空から市場目がけて滑るように降下してくる。

そして………、広い道の中央に抱えていた、それが落とされた。

 

それは一見、大型の犬に見える。

だが、その目は邪悪な意思を感じさせる赤い眼光を放っており、口からは青白い炎がよだれのように漏れ出している。

 

モンスターだ。

そう誰かが呟いたのを聞いた直後、その犬型のモンスターは大きく口を開けて、十メートル程の距離まで届く、青い炎を吐き出した。

 

モンスターから三十メートルは離れていたエンリにさえ、じりじりと肌を焼きつかせる熱風を感じさせた炎。

当然直接それを浴びた数人の人間は、声にさえならないような悲鳴を上げ、地面に倒れ伏す。

 

このモンスターの名前は、上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)

レベルにして十二に位置するモンスターで、回数制限はあるが、強力な炎のブレスを吐くことが出来る悪魔の一種。

 

余裕を持って相手をするには、少なくとも銀級冒険者のチームが必要なモンスターであり、一般人の手に負える相手ではない。 

 

そして辺りに肉の焼ける匂いが漂った時。

恐怖に固まっていた民衆は堰を切ったように、悲鳴を上げ走り出した。

 

「きゃあぁ!」

 

咄嗟にエンリもネムの手を握り、多くの人が走っていく方向……内周部の城門へ繋がる道へと逃れようとしたが、その時エンリは肩を掴まれ、引き留められるのを感じた。

 

「ひっ! あっ、プ、プーカさん」

 

一瞬モンスターに捕まってしまったのかと錯覚したが、そこに居たのは先程まで話していたプーカだった。

彼女もまた顔を強張らせ緊張しているようだが、その目は真っ直ぐにエンリを見つめており、混乱しているような雰囲気は無い。

 

プーカはエンリとネムを近くの路地まで引っ張っていった後、話し始めた。

 

「そちらは止めた方がいい。 状況は良く分からんが……とにかく今エ・ランテルはモンスターに襲撃されたんだろう? ならば逃げなくてはならないが、敵には飛行能力を持つモンスターが多数含まれているようだし、内側の城壁に逃げても特に意味はない。 自ら退路を狭めてしまうだけだ。 かと言って、外側の城門は固められているだろうし……ここは付近の建物に隠れて、何とかやり過ごした方がいい。 人が集中しない分、少しは見つかる可能性が下がるだろう」

 

プーカの冷静な分析を聞いている内に、エンリの心も少しではあるが落ち着いてくる。

 

確かにプーカの言う通り、下手に逃げた結果、逆に狭い場所に追いやられ退路を無くすよりは隠れて嵐が過ぎるのを待つ方が危険が少ないかもしれない。

 

 

内周部には警備隊の本部もあるが、アンデッド襲撃の時の対応で警備兵の弱さはエ・ランテル中の噂になっている。

アンデッドから真っ先に逃げだした彼らが、本当に市民をモンスターから守ってくれるのか……。

 

エンリは少し逡巡するが、プーカ自身はエンリ達に顔を背けて路地の奥へと目をやった。

 

「一応、世話になった義理として忠告はした………が、余の考えが正解とは限らん。 例えその時は一番最良の選択に思えても、結果は蓋を開けてみるまで分からない」

 

その時、路地の入口付近から先程のモンスターの吠える声が入り込んできた。

 

「ちっ、時間が無いか……。 ではな、生き残れることを祈る」

 

プーカは、エンリ達に背を向け歩き出す。

 

それを見たエンリはやっと心が決まり、プーカの背中に声を掛けた。

 

「あの、待ってください! 私達も隠れることにします。 それで……私達を一緒に連れて行ってくれませんか?」

 

エンリの言葉を受けたプーカは、しかし少し困ったような表情を浮かべた。

 

「うむう、一緒にか……。 しかし、言っては悪いが……、お前達と共に行動すれば、重荷になるだろう。 知り合った縁で助言はしてやったが、それ以上となるとな……」

 

だが、エンリは諦めない。 力が無い者なりの本能がここでネムと共に孤立すれば、高確率で死が待っていると告げているからだ。

 

「も、勿論御礼は私に出来ることならなんでもします。 ……私とネムじゃ、一度でもモンスターに襲われたら終わりでしょうし………」

 

エンリの言葉にプーカは少し考え込む素振りを見せる。

 

「そういえばエンリよ。 そなたエ・ランテルに来る前は農民だったそうだな。 ……作物の育て方などの知識はあるのか?」

「えっ?」

 

あまりに場違いに思える質問に、エンリは戸惑った。

しかし、プーカの表情は至って真剣であったので、とにかく正直に答える。

 

「え、ええ。 芋とか、キュロットとか……、何種類かの野菜を栽培していましたから」

 

その返事にプーカは口元で笑みを浮かべる。

 

「ほう。 まあそれなら……、分かった。 お前のなんでもするという言葉を信じるぞ。 とりあえず隠れる場所を探そう」

 

エンリ達は、路地の奥へ向け小走りで歩いて行った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

エンリ達は現在、狭い通りに面した建物の中に居た。

元々は住宅だったらしい建物の三階の窓についている鎧戸の隙間から、プーカは外の様子を窺っている。

 

「……まずいな。 ここからでは見通しが悪くて広範囲は見渡せないが……、空を飛ぶ怪物の数は増えている気がする。………しかも抱えているのは人間、か? 食糧にするつもりか、奴隷にするつもりかは分からないが……もしかしたら、奴らは物資略奪程度では無く、更に質の悪い目的を持っているのかもしれん」

「そ、それって……、私達死んじゃうの?」

 

不安そうに擦り寄るネムを、エンリは安心させるように抱きしめた。

 

「大丈夫よ、この辺りには、あまりモンスターが来ていないみたいだし……」

「それが、唯一の救いか。 ……やはり多くの人間は、内側の壁内に逃げたようだ。 言い方は悪いが、彼らが結果的に怪物を引き寄せてくれているんだろう。 だが、このペースでモンスターが増え続ければ、どこに逃げようと最終的には見つかるかもしれん」

「……そうですか。 ンフィーレアとリィジーさんも無事でいると良いんですが」

 

市場からバレアレ薬品店までは、かなりの距離がある為、とても二人の安否を確認することなど出来なかった。

エンリは自分達を救ってくれた二人への心配で、胸が塞がれるような思いを味わっていた。

 

「さっき聞いたが、その二人は魔法の使い手なのだろう? ……はっきり言ってお前達が一緒にいても足手纏いにしかならんだろうし、別々に行動して良かったと思えばいい。 少なくとも自分より強い相手の心配をするのは辞めておけ。 体力の無駄だ」

「……確かにリィジーさんとンフィーレア二人だけの方が、生き残る確率は高いかもしれませんね」

「……その二人も一緒に居れば、守ってやったんだがな。 なにせ魔法と薬師の技能は貴重だ。 悪魔などに渡すには―――くそっ! やばい事になった」

「どうしたんですか?」

 

プーカはそれには答えず、無言でエンリを手招きする。

エンリは彼女の横に座り、鎧戸から前の通りの様子を覗いた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「《マジックアロー/魔法の矢》 ……よし、隙は作れました。 このまま逃げ……られませんか」

「ああ、通りの反対からも悪魔共が来やがった。 ……どうする? ぺテル」

「まともにやり合っても勝ち目はない。 一か八かどちらかの悪魔達を強行突破するしかないが………、やるなら、あっちの方角一択だな」

「分かったのである。 確かに、あの悪魔は……戦ってはならない気がするである」

 

建物の近くの通りには、四人の人間が居た。

それぞれ杖や剣などの武器を構えているが、警備兵のように決まった服装はしておらず冒険者であることが伺える。

 

彼らは銀級冒険者チーム、漆黒の剣。 突如として都市へと侵攻してきた悪魔達を撃退するべく戦闘をするも、直ぐに敵の予想外の強さと物量に正面戦闘は困難と悟ってしまった。

 

それでも市民が避難する時間を稼ぐ為に、出来るだけ多くの悪魔を引き連れ逃げ回っていたが、それもついに限界が来た。

 

彼らを挟み込むようにして、前方と後方から、合わせて十体程のモンスターが近づいていたのだ。

 

市場に居た犬の悪魔と同じ種族、上位地獄の猟犬(グレーター・ヘル・ハウンド)、黒い粘液を纏った、皮膚の無い人間のような悪魔、朱眼の悪魔(ゲイザー・デビル)、ぶくぶくと醜く膨れ上がった人間に似た青白い体と、カエルに似た頭部を持つ悪魔、貪食の尖兵(デーモンソルジャー・グラットニー)などレベルとしては十レベルから十五レベル程のナザリック基準では雑魚の中の雑魚のモンスターがその多くを占める。

だがそれと対峙する彼ら、レベルにすると十レベル前後の力しか持たない銀級冒険者である、漆黒の剣にとっては格上の相手。 しかも数でも敵が上回っている絶望的な戦況だった。

 

しかも……、その悪魔達の中に一体だけ異質な存在感を放つ巨大な悪魔もいる。

 

三メートル程もある、爬虫類のような鱗に覆われた人型であり、背中からは蝙蝠のような翼が突き出ている。 山羊の骸骨のような頭部は、その虚ろな眼下から世界の全てを呪うかのように猛る、蒼白い炎が燃えており、その太い両腕に握られた巨大な金槌は、例え金属製の鎧でも、まるで粘土のようにひしゃげさせてしまうことを予感させた。

 

この悪魔の名は鱗の悪魔(スケイル・デーモン)。 自動ポップするモンスターの中では、トップクラスの強さを持つ、レベルにして二十九にもなる悪魔だ。

 

四人は生き残るために正面から戦わず包囲網を一点突破する作戦に出ると決めたが、もし鱗の悪魔と闘えば、簡単に全滅してしまうだろう。

 

……しかし、鱗の悪魔は自分に背を向けて戦い、逃げようとする者を見逃す程甘い相手ではない。

 

どのような作戦を取ろうと、自分達の実力を遥かに上回る敵と出会ってしまった時点で四人の運命はほぼ決まっていたのだ。

 

漆黒の剣のメンバー達もそれを理解しており、目前に迫る濃密な死の気配を感じ取りながらも、誰もが黙って武器を構えている。

最期まで抗おうと構えるのは、冒険者として鍛えられた精神の賜物だろうか。

それともモンスターに一方的に蹂躙されるままでいる事を許さない人間としての矜持か。

 

絶望的な撤退戦を戦おうとする四人の頭上から、まるで歌うような声が響いた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「あの人たち……どうなるんでしょうか?」

「………逃げる事さえ出来るかどうか。 私は別に戦士では無いが……、あの鱗に覆われた奴はどう見ても、尋常な相手ではない。 勝ち目はまずないな」

 

エンリもここに来るまでに怪物にやられたであろう死体を見てきたし、アンデッド事件の時はンフィーレアにアンデッドの放つ矢が突き刺さる所にも立ち会った。

 

しかし、目の前で今にも殺されそうな人間がいる、と言うのはエンリにとって初めてとなる経験だ。

彼らは所詮赤の他人。

その光景にエンリの心は、自分でも意外なほどに助けたい、という気持ちで乱れていた。

 

これがもし……、アインズさん達だったならば、迷うことなく彼らを救うのだろう。

何の縁も所縁もない自分とネムを……しかも、自分に至っては故郷の村とアンデッド襲撃の時とで二回も救ってくれたのだから。

 

(でも……私はあの人達とは違う。 ……私には何の力もない。 自分とネムの事さえ守れずに、人に泣きつくような私が、アインズさんと同じことなんて……出来るわけない)

 

一瞬、プーカに頼んでみるか、とも思ったが、その考えは心の中にしまい込む。

ただでさえ、彼女には自分達を守るという重荷を背負わせてしまったのだ。

 

更に、あの冒険者達を守ったところで彼女には何も特は無いだろう。

 

ただ可哀想だから助けてやってほしいという頼み事が出来るほどエンリは傲慢では無かった。

 

エンリが苦悩する中、依然として窓から下の様子を窺っていたプーカが小さな声で呟く。

 

「あの鱗の怪物、翼を持っている……、さっき飛びながら移動しているのも見た……。 このまま隠れていても、果たして生き残れるのか雲行きが怪しくなってきたし、この通りは高い建物が多くて短時間ならば空から目撃される危険は小さい。  ……よし!」

 

プーカは徐に立ち上がると、エンリが止める間もなく、鎧戸をゆっくりと開けていった。

 

「プ、プーカさん?」

「お前達はここに居ろ。 ………敵の様子からすると、隠れているだけでは生き残れない気がしてきたんだ。 数も増えているしな。 ……計画変更、まずは乗り物の調達だな」

 

プーカが右腕を高く掲げると、裾の長いローブが落ちて、その中に隠れていたブレスレットが姿を現す。

そして彼女は屋外まで響くような声で、朗々と唱え始めた。

 

『精神と傀儡の精霊よ。

汝に命ず、我が身に纏え、我が身に宿れ……、我が身を大いなる魔神と化せ、ゼパル!』

 

 

ブレスレットに刻まれた八芒星が光り輝き、虹色の泡のような球体がプーカの周囲に現れる。

そして彼女の体は、眩い黄金の光に包まれた。

 

 



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第四十五話 悪魔

様々な種類の悪魔達が次々と、空からエ・ランテルに侵入し市民を襲っている。

 

老若男女問わず、市民たちは悲鳴や怒号を上げながら、悪魔に追い立てられるように市内を逃げ回っていた。

 

そんな中、押し寄せる人波を搔い潜り、全速力で走り抜ける一団……ラナー達と、彼女らに先行する蒼の薔薇の一行が居た。

 

「また来る! 前から八体」

地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)五体と……小悪魔(インプ)が三体」

 

蒼の薔薇の斥候役であるティアとティナが、周囲の混乱にも関わらず、誰よりも早く敵を補足すると、その報告に応じてラキュースがメンバーに指令を出した。

 

「その程度なら走る速度は緩めないで。 ティア、ティナは索敵を継続。 イビルアイは市民を巻き込まないように魔法で先制攻撃、取りこぼしは私とガガーランが始末する!」

「「了解」」

「わかった」

「おう!」

 

数秒も経たない内に、口から炎を垂れ流す地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)と毒の滴る尻尾を持つ、身長三十センチ程の小悪魔(インプ)が一行の前に立ちふさがった。

 

(体が小さく、動きが素早い小悪魔(インプ)は接近戦の方が倒しやすい……、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)を重点的に狙うとするか)

 

イビルアイが素早く狙いを定め、魔法を詠唱した。

 

「《クリスタルランス/水晶騎士槍》」

 

イビルアイの周囲に、数十本の水晶の槍が生成される。

 

その槍は朝日を反射させ、流星のような光筋を描きながら悪魔へと飛翔して、簡単に肉を貫いた。

 

(よし! 地獄の猟犬は全滅、小悪魔も一体撃破。 ……後は小悪魔、二体か)

 

イビルアイが放った魔法の効果を素早く把握したラキュースが、直ぐにガガーランに指示を出す。

 

「ガガーランは右、私が左をやる」

「ああ」

 

そして、二人は走り抜けながら、危なげなく小悪魔二体を撃破した。

叩き潰され、あるいは切り裂かれて地面に崩れ落ちた悪魔達の骸は光の粒子となって搔き消える。

 

それを確認した後、行き先を阻む脅威を排除したラナー達はバレアレ薬品店へと急いだ。

 

一行は、先程からも同様の遭遇戦を二度切り抜けて来ているが、蒼の薔薇の活躍により殆ど時間を取られずにここまで来ている。

 

それには、遭遇する悪魔がそこまで強力なものでは無かったという運もあるが、何よりも蒼の薔薇の実力が大きい。

 

ラナーは蒼の薔薇の後ろを走りながらも、予想を超える蒼の薔薇の実力に驚愕の感情を覚えていた。

 

(蒼の薔薇のメンバー達は、単純な実力でいうならクレマンティーヌや私、場合によってはクライムにも劣る実力しか持っていないと思っていたけど………、本当に連携の取れたチームというのは、ここまでの力を発揮するのね。 ……ラキュースと言う頭脳の元、全体が一つの生物のように動いている。 クレマンティーヌとクライムではここまでスムーズに進めたかどうか……。 しかし、何と言ってもイビルアイというマジックキャスターは別格ね)

 

ラナーが独自に集めた情報によると、蒼の薔薇で最も強力な戦闘力を持つ存在は、かの十三英雄の一人、リグリットと入れ替わりに蒼の薔薇に加入したイビルアイが最有力という事だった。

 

第五位階魔法を使える魔力系マジックキャスターであり、必要とあらば徒手での接近戦も高いレベルでこなせる強者。

だが、戦いの世界に身を置く者ならば、それがどれほど異常な事か直ぐに理解できる。

 

通常、イビルアイのような魔力系マジックキャスターは魔法の研究に重点を注いでいる為か、肉体的には脆弱というのが、この世界での常識。 

 

もしかしたら、前衛が崩れ、敵に接近されたときの対策に、多少の格闘術を学ぶ魔力系マジックキャスターはいるかもしれない。

だが話に聞くイビルアイの実力は、そのように少しかじった程度の物とは思えず、かと言って戦士が使う武技や、モンクが身に着ける技能を使用しているという情報も無かった。

 

(しかし彼女の闘いを見る限り、私が得た情報は真実。 ……だとすれば残る可能性は……、種族としての身体能力、か。 トロールなどの亜人は特別な修行を積まなくても、並みの戦士を遥かに凌駕する白兵戦能力を持つ。 もしそのような存在が魔法の修行をすれば、丁度イビルアイのような強さを身に着けるのではないかしら)

 

ラナーは、自分が様々な断片的な情報を集めて組み立てた仮説が真実である可能性が高いと感じていた。

 

幼い少女に見えるイビルアイが少なくとも二百年前から生きているであろうリグリットと面識があったこと。

決して人前で仮面を取ろうとせず、頑なに顔を隠そうとしていること。

新王国に滞在した時、ラナーは蒼の薔薇のメンバーを食事に誘ったが、急に体調を崩したという理由で、イビルアイのみが欠席したこと。

 

それらをつなぎ合わせれば、自ずと答えは限られてくる。

 

(私の予想が正しければ……。イビルアイ、ぜひ手駒に加えたい存在ね)

 

ラナーがそう思索を巡らしていると、上空から低い悲鳴が聞こえてきた。

 

一行が上を見上げると、翼を持つ瘦せこけた人型の悪魔が、一人の男性を抱えてエ・ランテルの外へと飛び去ろうとしている。

 

「くっ……また! あの悪魔達、若い男を攫っているようだけど……何がしたいの⁉」

 

ラキュースが苦々しげに、上空を飛ぶ悪魔を睨みつける。

彼女が怒りのあまり、剣の柄を手が白くなるほど強く握りしめていることに気が付いたイビルアイが、ラキュースの手に自分の右手を重ねた。

 

「ラキュース……、気持ちは理解できるが情に流され、冷静さを失うな。 我々はあくまでも偶然この事態に巻き込まれただけ。 別に市民を救う義理は無いし、それを気に病む必要もない。 ただ彼らが弱かっただけだ。 ……今は仕事を早く済ませることに集中しろ。 どうやら相当厄介そうな悪魔も敵には含まれている。 そいつらと出くわすとかなり危険だぞ」

「………………」

 

自身の言葉に応えず、目を上空の悪魔に釘付けにしたまま沈黙を続けるラキュースにイビルアイは更に続ける。

 

 

「……もう私達、いや、お前には後が無い。 こうして王国を裏切り新王国を利する依頼を受けてしまったんだ。 ここで依頼を放棄して新王国に見捨てられれば、行き場を無くしたお前の家族は、反逆者の一族として処刑されてしまう。 お前はそれで――」

 

だが、イビルアイの言葉は途中で途切れた。

ラキュースがそれ以上の発言を手で制し、再び顔を前へと向けたのだ。

 

「ごめんなさい、心配させて……。 私達に選択肢が残されていない事は分かってる。 ……この任務は絶対に成功させるわ。 ただ……、今まで守るべき存在だった王国の国民を、私は家族と引き換えに見捨てる選択をしたんだって改めて感じて……、ちょっと面食らっただけ。 ……進みましょう」

「了解。 あそこに見える角を曲がれば、バレアレ薬品店はすぐ」

 

ラナー達は、急ぎ足でティナが指示した角を曲がり……その先にあった光景に思わず立ち尽くした。

 

その通りの惨状はこれまで見てきたものとは明らかに異質だった。

地面に転がってる数十の死体は、人間の仕業ではあり得ない、冒涜的な破壊が加えられており、この地獄を作り出したものの異常な残虐性を表している。

 

何かが無秩序に暴れた結果こうなったのではなく、全ての死体は初めから邪悪な意図を持って殺された、という印象を与える光景だった。

 

「これでは……リィジー・バレアレが無事でいる可能性は低いかも知れせんが……とにかく急ぎましょう」

「ラ、ラナー様……、今更かも知れませんが危険すぎます。 私が一人でバレアレ薬品店に向かい状況を確認してきますので、ラナー様はここにいた方が……」

「心配は分かるけど……、時間がありません。それに、いくら惨い現場だからと言って危険とは限らないわ。 これだけの殺戮を繰り広げた後なら、暫くは悪魔達も寄り付かないかもしれないでしょう。 襲う人間がいないんだし……。 ……行きましょう、バレアレ薬品店に」

 

血しぶきが地面に沁み、赤黒く染まった道路をラナーは内心で焦りを感じながらバレアレ薬品店に急ぐ。

 

……店の目の前でこのような徹底的な殺戮が行われた状況で、リィジー・バレアレとンフィーレア・バレアレだけが生き残っていると考えるのは楽天的に過ぎるだろう。

もしンフィーレアが店に居たならば、確実に攫われている、と見るべきだ。

 

だが、ラナーは同時にある違和感を感じてもいた。

それは、もし悪魔達がンフィーレアを攫い、目的を済ませたならば、なぜ今もエ・ランテルを襲撃し続けているのか、という事だ。

 

彼のぷれいやーが部下の悪魔達への褒美としてエ・ランテルで暴れることを許した、という可能性もあるにはあるが、それでは、どうして悪魔達が若い男のみを攫いどこかへ連れ去っているのか、の説明にはならない。

 

もしかしたら、何らかの不測の事態が発生して、敵の計画にも狂いが生じた可能性もある。

 

その僅かな可能性に賭けたラナーがバレアレ薬品店の前に到着した時、一行の前には最悪の事態を表す光景が横たわっていた。

 

「やっぱりかよ……」

 

やるせなさそうに呟いたガガーランが見つめる先には、通りに面する壁を破壊され、無残な姿を晒す店。

そして、壁に開いた大穴から覗くのは血だまりの中に横たわる一人の老女だった。

 

「ラナー達はここにいて、まず私達が入るから」

ラキュース達が先行し、壁の穴をくぐって慎重に店内に足を踏み入れた。

 

ティアとティナが素早く室内を見渡し、やがて生物の気配はないと判断して、床の老女へと視線を移す。

 

「死因は、首筋をナイフで掻き切ったことによる失血死」

「だけど……、多分自殺だと思う。 手に持っているナイフに血が付いてる」

 

悪魔に殺されたのではなく、自殺というこの状況にはそぐわない死因にラキュースが眉をひそめた。

 

「それは確かなの? 例えば誰かに殺された後、自殺に見せかけるために工作を……、ってそれは無いか。 エ・ランテルが悪魔に襲われているって時に、そんな面倒な工作をする意味なんてないでしょうし………」

「そうだな……。 まあ考えられる可能性としては、悪魔が店内に侵入した時、殺されるくらいならば……と自害したという所だろう。 これからどうすればいいんだ? ラナー殿」

 

イビルアイが、丁度蒼の薔薇の後から店内に入ってきた、ラナーに尋ねた。

 

「そうですね……。 ラキュース、見た所死体の損壊は少ないようですし、蘇生魔法を使ってくれませんか? リィジー・バレアレは第三位階を使えるマジックキャスターと聞いていたから、あなたの魔法で蘇生は可能でしょう。それに……、店内にリィジー・バレアレの息子であるンフィーレアの姿が見えないのも気になりますし」

「蘇生魔法………、確かにそれなら復活させることも出来るかもしれないけど、この場ではちょっと……」

 

ラキュースが言いにくそうに、言葉を濁した。

 

(報酬の問題……ではないか。 まさか新王国の将軍である私の財力を疑っている訳でもないだろうし。 だとすれば………ああ、そうだったわね)

 

「触媒を持っていないの?」

「え⁉ た、確かにそうだけど……良く知っていたわね。 そう、蘇生魔法を使用するには、大量の貴金属や宝石を触媒として使用しなくてはならないし、儀式の必要もある。 だからこそ蘇生魔法を他人に使う場合は飛びぬけて高い報酬を取るの。 ……今直ぐに、このリィジーさんを蘇生させるのは難しいわ。 安全な場所で、二時間程の時間があれば可能だけど」

「そう、ですか………」

 

二時間。 

一分一秒を争うこの状況でそんな悠長なことをしている暇はない、とラナーは判断した。

 

(本当はラキュースの魔法が使えれば安上がりだったんだけど……これを使うしかないか。はぁ………、この杖を一本手に入れるのにスレイン法国に払った額は、大分値切ったとはいえ、 ラキュースが取る報酬の軽く三十倍はするのに……)

 

蘇生魔法の使い手がいなかった当時の新王国の事情を考えると、半年前、非常用にこの杖を買ったことは仕方が無い出費だった。

とは言え、当時のラナーの個人資産を大幅に目減りさせて手に入れたこの杖を、見ず知らずの他人に使う日が来るとは……、ラナー自身、今この時まで思いもしていなかった。

 

「仕方が無いわね……、私がやるわ」

「えっ⁉」

 

思いがけないラナーの言葉に驚愕したラキュースが彼女の方を向くと、ラナーは腰に掛けていた革製のポーチから一本の短杖を取り出した。

 

三十センチ程のその杖は、恐らく何かの牙を削り出したと思われる白い光沢を放つ物体から削り出されており、先端部分には美しい黄金の装飾が施されている。

 

そのアイテムの名は、蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)

第八位階の蘇生魔法を封じ込めた存在であるこの杖の使用回数は五回。

ラナーはこの内の一回を使う決意をした。

 

「それはまさか……ワンド?」

「ええ……、値は張るけど仕方がないわね」

 

そして、ラナーがリィジーの遺体に向かってワンドを振る。

 

すると次の瞬間、ワンドから柔らかな白い光が漏れてリィジーの体を包み込んだかと思うと、血の気を失い青白く固まっていたリィジーの頬に赤い血の色が戻って来た。

 

「こ、こんな事がっ……、蘇生魔法を封じ込めたワンドなど聞いたことが無い! ど、どうやってそんな……伝説に謳われてもおかしくないような道具を手に入れたんだ⁉」

「……秘密です、少なくとも今は。 それよりリィジー殿が目を覚ますようですよ」

 

ラナーの言葉通り、数度咳の音が聞こえた後、リィジーの口が息をしようとして喘ぎを漏らした。

 

「ぜぇ……ひゅっ、ごほっ………、ん? ここ、は―――あ、悪魔ぁ!」

 

まだおぼろげな意識の中で、リィジーは死の直前の記憶を思い出し取り乱す。

ラナーは軽くリィジーの背中をさすりながら、優し気な声でゆっくりと語り掛けた。

 

「安心してください。 もう悪魔はここには居ませんよ」

「ひ、ひぃっ……、えっ。 ど、どうなっとるんじゃ?」

 

やがて意識がはっきりとし、周りの状況を認識したことでリィジーはやっと落ち着きを取り戻す。

 

「あ、あんた達は? それに、悪魔達は一体?」

「私達は、新王国の者です。 実は王国が黒粉の生産量向上の為に、あなたを徴用しようとしているという情報がありまして。 あなたの貴重な頭脳をそんな事に使わせるわけにはいかない、と新王国にお迎えに参りました。 ……しかし、どうやら大変なことに巻き込まれてしまったようですね。何があったのか、お話して頂けますか?」

「黒粉⁉ い、いや、確かに合法化の動きがある事は聞いていたが……、ってそれどころじゃない! じ、実は……」

 

そこからリィジーはラナー達に、都市の外をモンスターが包囲しているという情報を聞いた後、孫のンフィーレアが、つい先日バレアレ薬品店で働きだした姉妹を、市場へと探しに家を出た事。 その数分後に店が悪魔に襲撃され、なぜかその悪魔はンフィーレアの居所を執拗に聞き出そうとして来たため、魔法により口を割らせられる前に孫を守ろうと自害したことなどを、所々詰まりながらも話した。

 

「リィジー殿を拷問してンフィーレアさんの居所を聞き出そうとした二体の悪魔。 そいつらが首魁らしいわね」

「ええ……そうですね。 他の悪魔に指示を出していたらしいですし……間違いないでしょう」

「でも……不可解ね。どうしてそんな奴らが、只の薬師である、リィジーさんの息子を狙うの?」

「さあ……」

 

リィジーから聞いた話により、ラナーは今回の襲撃の全体像が朧気ながら見えてきた。

 

恐らく、その悪魔達はンフィーレアを攫う為バレアレ薬品店を襲撃したが、丁度その時、ンフィーレアは留守にしていた。 そして、リィジーからンフィーレアの居場所を聞き出すことにも失敗した悪魔は、力業でンフィーレアを探す策にでる。

 

それこそが、このエ・ランテル襲撃であり、若い男性を手あたり次第に攫っているのはンフィーレアを確保する為と見て間違いないだろう。

 

(だけど……この仮説が正しければ、幾ら何でもやり方が雑すぎる。 もし相手がぷれいやーなら、他に幾らでもやりようはあるだろうに……。 もしかして敵は余程焦っている? 少しでもンフィーレアの確保に動くのが遅れれば、確実に横槍が入ると分かっているからこそ、このような乱暴な手段を取った……)

 

このラナーの推測は、実は現在ナザリックの置かれている状況を見事に言い当てていた。

 

デミウルゴスは、傭兵モンスターの召喚者としてンフィーレアを絶対に確保したい……と考えていたが、そもそもデミウルゴスがンフィーレアに注目したのはモモンガが彼と多く接触しているという情報があったからだ。

 

だとすれば、モモンガ自身もンフィーレアが持つデミウルゴスにとっての有用性は理解しているはず。

モモンガがナザリックの外に逃げ出した今、もし体勢を立て直すことを許せば、即座にンフィーレアを確保する為に動くのは間違いない……。

モモンガが転移魔法を使えば、僅か数分でンフィーレアを攫うことが出来るのだから。

 

デミウルゴスにとってナザリックから逃げたモモンガを倒すことは、後に大きな脅威となり得る存在を滅ぼすという、最重要事項ではあるが、ンフィーレア確保の重要性もそれに劣るものではない、と認識していた。

 

もし現在ナザリックにある財産を使い大量の傭兵モンスターを召喚できれば、ナザリックにとり大きな戦力増強になる上、簒奪の薔薇の弱点もカバーできるのだ。

 

その簒奪の薔薇の弱点……それは、このワールドアイテムは実は全てのギルドマスター権限を乗っ取れる訳ではないと言う事だ。

このアイテムの効果は、あくまでも既存のNPCやギルドに組み込まれている傭兵モンスター、拠点内のトラップやエリアエフェクトの支配権を握るというもの。

簒奪の薔薇の効果で、新しいNPCを作成することや既存のNPCの削除、死亡したNPCを復活させる、と言った権限まで奪うことは出来ない。

 

その為、現在ナザリックに存在するシモベの内、レベル30以下の自動ポップモンスター以外は、補充の効かない戦力なのだ。

 

デミウルゴスはこの欠点を補うべく、モモンガの追跡と同時にンフィーレアの早急な確保を部下の魔将二体に命じたが、その際にこれは決して失敗の許されない任務だ、と念を押したことが仇となった。

 

二体の魔将はデミウルゴスからの罰を恐れ、しかもナザリックのシモベの傾向として人間をあまりにも軽く見ていた為に、慎重さに欠ける行動に出てしまい……その結果事態は混迷を極めることとなる。

 

だが、状況は依然としてナザリック側の圧倒的な優位には違いなかった。

 

(不味いわね……。 膨大な数の悪魔がンフィーレアを探している以上、いずれは彼は敵側に確保されてしまう。 いや、もしかしたらもう既に……、いや、捜索は今も続いている以上、ンフィーレアはまだ確保されていない可能性が高い。 これから同じようにンフィーレアを探しても……、駄目ね。 そもそも兵力が違い過ぎる。 ……ただ、ぷれいやーがこれだけ必死になって彼を探しているってことは、彼の利用価値は私の想像を絶するのかも知れない。 絶対に彼をぷれいやーの手に渡すことは避けなければ)

 

しかし、どうするのが良いのだろうか。

ラナーは、周りの雑音を意識から遮断して思考を巡らせる。

 

探しても間に合わない。 手がかりも朧気。 そして兵力では悪魔の方が圧倒的に上手。

 

八方塞がりにも見えるこの状況を打開する術を考えていたラナーはふと、手に持っていた蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)に目が止まった。

 

ラナーはこのアイテムをスレイン法国から受け取るときに、聞いた説明を思い出した。

蘇生対象の肉体の一部……例えば髪の毛一本でもあれば、効果を発揮できる蘇生魔法が封じ込められていると。

 

(そうか……、探せないのなら、探さなければいいだけのこと。 この家の中にはンフィーレアの毛髪が残っているはず。 それを確保できており、尚且つンフィーレアが死んでいれば、私の元で彼を蘇らせることが出来る)

 

この条件の内、ンフィーレアの毛髪を見つけることは、もう満たしているも同然だ。 彼の部屋を探せば、髪の毛など簡単に手に入れられる。

 

(問題は……死んでいる、という事か。 悪魔が若い男を生け捕りにしているという事は既に殺されているという線は薄い。 もし捕まっていてもンフィーレアはまだ生きている可能性が高いし、そうなったらお手上げだけど……。 まだ都市内で逃げ延びている、この可能性に賭けるしかないわね)

 

ンフィーレアを確保する唯一の道。

それは……、都市内で逃げ延びている彼を自分の手で殺し、すぐに蘇生魔法を掛ける。

 

最早、この方法しか悪魔達を出し抜く術は残っていないとラナーは判断した。

 

(これは確実にスレイン法国に露見する……が、ぷれいやーの脅威が迫る今、私を切ることは絶対に出来ない。

多少揉めるのは……仕方ないわね。スレイン法国も人類を守るために多大な犠牲を払ってきた国だし、最終的には理解されるでしょう。 懸念事項は王国や帝国にまで、私の仕業だと見抜かれて、みすみす大義名分を与える事。 それを防ぐためには、私の姿を目撃した者をエ・ランテルから逃すことは防ぐ必要がある。 中途半端な攻撃でンフィーレアを仕留めそこなうことも避けなくはならない………、あの魔法を使うのが最良か。 どうせ今にも滅びそうな街だし……)

 

エ・ランテルの運命を決める最終結論を出した後、ラナーは店内にいる者達に告げた。

 

「リィジー殿と、イビルアイさんを除く蒼の薔薇の方々、そしてクライムとクレマンティーヌは新王国に帰ってください。 私は……リィジーさんの仰っていたンフィーレアさんと、彼と一緒にいるかも知れない姉妹を探してみます。 悪魔がンフィーレアさんを狙っていた、というのは興味がありますし。 イビルアイさんには私を手伝って頂きたいのですが」

「「⁉」」

その提案に驚いたのは、リィジーや蒼の薔薇のみではなく、クレマンティーヌとクライムもだった。

 

「ラ、ラナー様。 イビルアイ殿が付いているとはいえ、たった二人で探すなど無茶です! せめて私か……クレマンティーヌ殿を着けてください!」

「ありがとう。 でもそれは駄目よクライム。 きつい言い方をするけど……、貴方とクレマンティーヌではイビルアイさんの代わりにはならない。 同化を使えば別だけど、こんな都市の中で使う訳にも行かないし……」

「ちょっ、クライムはともかく私は―――」

 

例え同化なしの状態でも、自分がイビルアイより劣るというラナーの言葉に、プライドを傷つけられたクレマンティーヌは咄嗟に反論しようとしたが、それに答えるようにラナーが彼女の目をじっと見据えた。

 

その視線が伝える言外のメッセ―ジに気が付いたクレマンティーヌは、直ぐに口をつぐむ。

ラナーの鋭い視線は言葉よりも雄弁に、今は命令通りにしろ、と物語っていた。

 

「無理よ、ラナー。 幾らなんでも、悪魔が蠢くこの都市の中で一人の少年を探すなんて……そんなの成功する訳無いわ! しかも悪魔がその人を狙っているかも知れないんだし……。イビルアイにもそんな危険な事を手伝わせるわけには……」

「大丈夫よ……私こう見えてとても強いのよ? あなたも噂くらいは聞いているでしょう、ラキュース。 それに……イビルアイさんも、私に聞きたいことがあるんじゃないかしら? 引き受けてくれれば、教えて差し上げますよ……色々と、ね」

 

見方によっては挑発とも取れるラナーの発言に、イビルアイは仮面の中からラナーを睨みながら答える。

 

「ああ……、私はそれで異論はない。ラキュース、ここは私に任せてくれないか? ……頼む」

「イビルアイ、あなたがそう言うなら……、私もその判断を尊重するわ。 ただラナー、一つ約束して……無理だけはしないって」

「ええ、約束しましょう。 リィジー殿も安心してください。 貴方が守りたい人は……必ず救います」

「お、お願いします」

 

そしてラナーはイビルアイ以外の人間を新王国に設置した魔法陣へと転送する為、右手の中指にはめられた指輪に宿るジンの能力を発動させた。

 

『英知と冷徹の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力(マゴイ)を糧として、我が意思に大いなる力を与えよ。 出でよ、ダンタリオン』

 

ラナーが指先をラキュース達の頭上に向けると、七つの光点が宙に浮かぶ。

 

七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)

 

ラナーが軽く指先を振ると七つの光点が線で結ばれた魔法陣が生成され、降下しながら彼女らを呑み込んでいく。

 

数秒後、バレアレ薬品店には微笑を浮かべるラナー、そして、彼女を鋭く見据えるイビルアイの二人のみが残され、対峙するように向かい合っていた。

 

 



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第四十六話 極大魔法

ラキュース達が転移した後に、残されたラナーとイビルアイ。

 

最初に口火を切ったのはラナーだった。

 

「さて……、何から話しましょうか、と言いたいところですけど、ゆっくりしている時間は無いですね。イビルアイさん。残ってくれたお礼に、あなたの質問に一つだけ正直に答えましょう。そして、その後…‥、私からも一つ質問をさせて頂きます」

 

「……いいだろう」

 

二人の間に僅かに沈黙の時が流れる。

 

しかし、イビルアイは直ぐに質問すべきことを決定し、口を開いた。 

 

「その杖はどこから手に入れた? リ・エスティーゼ王国から離反する際に、国庫から相当な財貨を持ち出したようだが、その一部という訳ではあるまい。蘇生魔法……少なくとも第五位階以上の魔法が込められた短杖など、間違いなく国宝扱いになろうが、そんな至宝が王国に存在し、持ち出されたという噂は聞いていないからな。 そして、杖をリィジー殿に使うときも少し惜しがる素振りを見せただけで、あまり躊躇せずに使用した。

優秀とは言え、一介の薬師である彼女に、な。 

それは、もしも短杖を消費しても再入手の当てがあるから……そうだろう?」

 

言い訳の芽を埋めながら、少しづつ核心に近づいていくようなイビルアイの言葉を聞いたラナーは……、思わず笑ってしまった。

 

「ふふふ。イビルアイさん、質問には正直に答えると言ったでしょう。そんな探りを入れるようなことをしなくても直球で聞いてくれればいいんですよ。恐らくあなたの推測通り……、入手源はぷれいやーです」

 

あっけらかんと質問に答えたラナーが話した、ぷれいやー、という言葉にイビルアイは仮面の下で表情を険しくした。

 

二百年前、様々な種族の英雄と共に世界を旅したイビルアイは、ぷれいやーの持つ危険性を十分に理解している。

 

個人の意思で、世界を救い、あるいは滅ぼすという逸脱者。

ラナーは、そのぷれいやーと繋がりがある、とたった今明言したのだ。

 

「どういうことだ? ……まさか新王国にはぷれいやーが居るのか? 急に王国から独立したのも、それが要因……」

 

続けてラナーを問い詰めようとするイビルアイの目の前に、ラナーは掌を突きつけた。

 

「もう質問一つは終わりました。 次は私が質問する番ですよ。 ただおまけとして一つ付け足して置きますが、そのぷれいやーは人類の味方です。 ……恐らく今まで現れたぷれいやーの誰よりも、ね。 まあ、イビルアイさんについてはどう思うか分かりませんが……」

 

「どういう、ことだ?」

 

ラナーは顔に貼り付けた笑みを深くして、イビルアイに自分の質問を突きつけた。

 

「あなた……人間では無いでしょう?」

 

「………」

 

イビルアイから返って来たのは沈黙。

 

この質問が来ること自体は、イビルアイは薄々予感していた。

 

常に顔を隠し、子供のような体を持つ冒険者……、こんな存在はラナーで無くとも怪しいと思うだろう。

そして、もしかしたら、人間では無いのではないか、と思うこともあるかも知れない。

 

だが相手はぷれいやーと繋がりのある存在。

イビルアイは、正直に答えるべきか、それとも誤魔化すべきか、と悩んだ。

 

それを見たラナーは、口を開く。

 

「私が正直に答えたのですから、イビルアイさんも、そうして頂かないと……。 ふふ、私もイビルアイさんの真似でもしてみましょうか。 まず、あなたは十三英雄のリグリット殿と面識があったらしいですし、第五位階のマジックキャスターでもある。 つまり見た目以上に年上の可能性が高いですよね。 体自体は人間との違いは見当たりませんから、亜人種ではない。 人間と似た姿をしており、しかも長命な他種族として、エルフが思いつきますけど……仮面で覆われていないイビルアイさんの耳は人間のもの。何らかの魔法で人間に変身している……というのもなさそうです。 だってそんな魔法が使えるなら仮面をつける必要はありませんし」

 

そして、ラナーは遂に核心を突く言葉を告げる。

 

「外見上は人間と同じ体を持つが、顔だけは人ならざる特徴を持つ……、私の知識で思いつく種族は一つだけです。……ヴァンパイア。 それがあなたの正体では?」

 

「まさか、僅かな手がかりからそこまでたどり着くとはな……推測の通りだ」

 

ラナーの宣告に、イビルアイは誤魔化すことを諦め、仮面を外す。

 

現れた顔には、ヴァンパイアの証である、縦に割れた真紅の瞳孔が輝いていた。

 

「それで……、どうする? 私の正体は蒼の薔薇のメンバーと限られた者達しか知らないが……、もしこのことが世間に知られれば、流石に冒険者として活動することは出来なくなるな。 もっとも、そんなことをしても、あなたには何の得もあるまいが」

 

「ええ、その通りです。私はただ知りたかっただけ……、詳しいお話は今はお聞きしませんよ。 そしてイビルアイさんに力を貸して欲しいと言ったのは、方便などではない真実です。 ンフィーレアという青年を助ける為に、ね」

 

イビルアイの顔に初めて驚愕の色が浮かぶ。

ラナーが、この悪魔で溢れかえる、エ・ランテルから一人の青年を助け出すと本気で言っているとは思っていなかったからだ。

 

ラナーの言葉は、自分と二人きりになるための方便。 イビルアイは、今までそう考えていた。

 

「本気か? まだ、薬師としても半人前のひよっこ一人を助けて何の得がある? それに、このエ・ランテルはもう終わった街だ。 将軍の転移魔法をもってしても、大した人数は救えまい。 ………酷な話だが、この街は運が悪かったと思って諦めるべきだな」

 

イビルアイの言葉にラナーは俯き、押し黙る。

 

もしかして、ショックを受けているのか? あまり感情に流されるタイプではないと思っていたが……と思いながらイビルアイが声を掛けようとしたとき、ラナーは急に顔を上げる。

 

そこにあったのは悲しみなどではなく、満面の笑みだった。

 

「素晴らしいです! その合理的な判断と、取捨選択の思い切りの良さ………、私が求めていた人材です。……でもあなたは一つ勘違いをしている。私も、もうエ・ランテルを救うのは無理だと思います。……しかし、ンフィーレアという青年のタレントには、底知れない価値が秘められているかも知れない。だから彼だけは何とか確保したいのです。 ………その為にはアンデッドのマジックキャスターの協力が必要でした。あなたを含めて二人。 体勢は整いましたね」

 

「二人? それはどういうことだ?」

 

ラナーは、ダンタリオンの指輪を再び胸の前に掲げた。

 

「見たほうが早いと思います……《七星転送方陣(ダンテ・アルタイス)》」

 

宙に再び魔法陣が展開される。

 

そして数秒後……、魔法陣の中から黒く萎びた手が突き出してきた。

 

イビルアイは、そこから漂う気配を感じ取る。

 

「なっ……、こ、これはアンデッド!?」

 

やがて、黒い手の持ち主がその全貌を魔法陣から現した。

 

漆黒のローブに身を包み、手には大きな宝石があしらわれた指輪や腕輪をつけている。

 

そして、その顔は骨に乾燥した皮だけが張り付いた生者ならざるもの。

空洞となっている眼窩には、二つの赤い光が怪しく揺らめいていた。

 

「ま、まさか………エルダーリッチ!」

 

御伽話にも語られる、高度な知能を持つアンデッド、エルダーリッチ。

生まれた時から、常人には到底手の届かない領域、第四位階魔法を使う恐るべきマジックキャスターであり、その知能故に、時にはアンデッドとしての本能を抑え、人間と取引をすることもある異質なアンデッドだ。

 

「ふん……、場違いな小娘がいるから一体何者だと思ったがヴァンパイアか。 将軍よ、こんなところに呼び出して……、一体どんな状況だ?」

 

「まあ、詳しく話せば長くなるけど……時間がないから要件を手短に。 今事情があって、このエ・ランテルは悪魔に襲われてるの。 で、都市の中にンフィーレアという重要な人物がいるみたいなんだけど、出来れば回収したいのです。 それで……、一度都市の人間を皆殺しにして、ンフィーレアだけを手元で蘇生させようと思って」

 

ラナーの口から飛び出した話にイビルアイは理解が追いつかない。

都市の人間を皆殺し? 手元で蘇生? この女は何を話しているのだろうか。

 

だが、そうしている間にも、二人は話を進める。

 

「ほう……、随分大掛かりなことをやるのだな。 ……しかし悪魔か。 どれほどの強さの者かは分からぬが、貴様の力をもってしても倒せない程のものなのか?」

 

「幸い、今この近くにはいないみたいだけど……少なくとも数千体の悪魔がいるらしいわ。 例え強力な相手でも少数なら、倒せるけど……、こんなに大勢だと都市を巻き込まずにどうにかするのは無理ね。 それに今回の件には、前に話したぷれいやーが絡んでいるかも知れない。 そうなれば、魔神の力でも敵わないでしょうし……」

 

そこまで話して、やっと何とか状況を飲み込んだイビルアイが口を挟んできていた。

 

「ちょ、ちょっと待て。 そのエルダーリッチのことも気になるが、それは置いておいて……この街の人間を皆殺しにするとはどういう意味だ?」

 

「どうって……そのままの意味ですよ? この街は私の魔法で滅ぼします。 さっき、あなたも言っていたじゃ無いですか。 この街は終わった街だって。 どうせ助からないなら……悪魔に惨殺されるより、ひと思いに滅ぼされた方が、この街の市民にとってもいいでしょう」

 

「いや、確かにそう言ったが……、だからと言って………」

 

確かにイビルアイは、この街を見捨てる決断を既にしていた。

しかし……、見殺しにするのと、自分で殺すことは、結果は同じでも大きな差がある。

 

見殺しは、ただ目の前の脅威から逃げるだけでいいが、人を殺すには、殺人により自分に降りかかる罪悪感や葛藤と向き合う覚悟が必要なのだから。

 

その一線は常人には、まともな精神状態では越えられない。

 

イビルアイも二百年以上の時を生きてきて、時には自分が生き残る為に、人を殺めたことはあるが、何の罪もない数千人の人間を……少なくとも、自分の意思で殺したことはなかった。

 

だが、ラナーはその一線を目の前であっさりと踏み越えた。

 

特に葛藤も逡巡も無く。 ただ必要だから、とでも言うように。

 

化け物、と心の中でイビルアイは呟いた。

 

彼女は、今初めて目の前の麗人の正体を理解したのだ。

 

「まさか、今更引き下がりはしませんよね。 ……大事な秘密を共有した仲ですもの、ね」

 

ラナーは、イビルアイの背中を押すように呟く。

それだけでイビルアイは、彼女が何を言いたいのかを察した。

 

確かに、もしイビルアイが吸血鬼だと市民に知られれば、蒼の薔薇は必ず非難の的になる。

 

ラナーとの取引により手に入れた新王国での生活も全てが水泡に帰してしまうかも知れない。

 

ならば……、最早イビルアイに選択肢は残されていなかった。

 

「いいだろう……今回だけはお前の話に乗ってやる。 だが、その情報だけで私を縛れるとは思わないことだ」

 

「何の情報のことを言っているのかは分かりませんが……、まあ、私も程度というものは心得ています。 無茶なことは言いませんよ」

 

ラナーはイビルアイの承諾に心の中でほくそ笑む。

 

これまでのイビルアイを見てきたラナーの推測では、イビルアイはラキュース達とは違い、かなり厳しい判断を出来る。 

例え自分の判断で人を大勢殺すという選択に躊躇したとしても、少しの圧力と、仲間の為という言い訳を与えてやれば、そのまま流されてくれる……そのラナーの判断は当たっていた。

 

「だが、どうするつもりだ? この都市がどれだけ広いと思っている。 城壁の直径は、少なくとも二キロメートル以上はあるし……、どんな魔法を使おうと、都市内の人間を皆殺しにするなどということは………」

 

それこそ神話に語られるような大魔法を行使しなければ不可能だろう。

もしかして、このラナー将軍は、ぷれいやーからその魔法さえも提供されているというのか。

 

しかし、そのイビルアイの予想は裏切られた。

 

「出来ます。 魔神使いが契約した魔神毎に一つだけ使える最強の魔法……極大魔法なら。 デイバーノック、今回はダンタリオンを使うわ。 あれは発動後、三分間は私もこの都市から出られなくなるから、その間に予想される悪魔からの攻撃に耐える必要がある。 デイバーノックとイビルアイさんはその間、炎の魔法で私を回復して」

 

「ダンタリオン……、だからアンデッドである私を呼んだのか」

 

「炎の魔法で? ……どういうことだ?」

 

デイバーノックは納得したように頷き、イビルアイは攻撃魔法である炎の魔法を使い回復する、という言葉に違和感を覚える。

 

「……説明している時間がありません。 とにかくデイバーノックに合わせてください。 さあ、まずはンフィーレアさんの体の一部……髪の毛を探しましょう」

 

そして、ラナー達は素早く薬品店の中に散らばり、ンフィーレアのものらしい部屋を見つける。

 

そこはベッドと、薬品の調合方が記されているらしい多数のノートが入った本棚がある殺風景な部屋だった。

ノートの表紙に記されたンフィーレアの名前を確認した後、床やベッドを探し、数本の髪の毛を採取する。

 

「では髪の毛は三人で分けて持っていましょう。 ……私だけが持っていると戦闘中に無くしてしまうかも知れませんから」

 

「ああ……、しかし将軍。 私もそうだが……、そこのヴァンパイアの小娘も、例え、どれほど力を持っていようと、真っ当な方法では数千体の悪魔とは戦えまい。 直接、悪魔と戦うことはしないから、そのつもりでいろ」

 

「分かっているわ。 ……初めから、それは期待していない。 あなた達には魔力の補給を手伝ってもらえば、それでいいの」

 

髪の毛を、三人がそれぞれ所持したのを確認したラナーは、静かに詠唱を始めた。

 

『英知と冷徹の精霊よ……汝に命ず。

我が身に纏え、我が身に宿れ……我を大いなる魔神と化せ、ダンタリオン!!』

 

ラナーの体を眩い光が包み、瞬時に四散する。

 

その中から現れたラナーは、直前とは見違える程の変化を遂げていた。

 

短めに切り揃えられていた筈の黄金の髪は、腰辺りまで、長くしなやかに伸びており、その髪をかき分け、両耳のあたりからねじ曲がった角が上を向いて生えている。

 

体はところどころに鈴のあしらわれた黄金の鎧で包まれており、鎧の上から巻かれた大きな腰布は、夜の闇を凝縮したような漆黒。 その中に星の如き光点が無数に輝いていた。

 

「これが……魔神使い」

 

噂には聞いていたが、実際に見るのはイビルアイにとってこれが初めてだった。

 

その身から溢れ出す力と、あまりの美しさに暫し呆然とする。

 

「さて……極大魔法の発動まで、敵に邪魔されなければ良いのだけれど……」

 

ラナーは、右手をバレアレ薬品店の天井……、その先にある空に向けるように高く掲げた。

 

『星見の賢女紡ぐ、星霜の揺り篭に眠れ………《千星天葬包陣(ダンテ・イステル・セルティバーハ)》』

 

ラナー達のいる上空。

地上の惨劇など知らぬかのようにエ・ランテルを照らす太陽の下に、巨大な八芒星が描かれた。

 

 

 

 

 

 

 



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第四十七話 空の外

「なんだ……あれは?」

 

無数の悪魔による蹂躙が繰り広げられるエ・ランテルの上空に、突如として浮かんだ巨大な八芒星。

都市中央部の一際高い建物の上から、それを見上げた強欲の魔将は思わず呟いた。

 

「ナザリックから連れてきた悪魔達にあのようなスキルは無いはず……。 だとすれば、現地の存在が何らかの魔法かスキルを発動したのか? ……いや、しかしあのようなものは知識に無いが」

 

強欲の魔将は戸惑いながらも、横にいる嫉妬の魔将に視線を向ける。

 

それは、昨日エ・ランテルを偵察したという彼女が何か情報を持っていないかと期待しての行動だったが、嫉妬の魔将もまた、何が起こっているのか分からずに、空を見上げるだけだった。

 

「いえ、私もあんなものは知らないわ。 だけど……、念の為防御系のスキルを展開しておきましょう」

 

光で描かれた八芒星に不穏なものを感じ取った嫉妬の魔将がスキルを発動すると、二人の周囲に、澱んだ黒い靄が表面を漂う半透明の膜が展開される。

 

このスキルは、発動中は、使用者が移動不可能になる代わりに、スキルや魔法による遠距離攻撃のダメージを軽減するというもの。

 

全く未知の現象を目の前にした二人が選んだのは、ひとまず防御行動に移るという選択。

あの中から強大な召喚獣が出てくるのか、それとも何らかの儀式魔術なのか。 情報が何もない状態で、こちらから行動を起こさずに、様子を伺おうとした二人は、至って妥当な行動をしたと言えるだろう。

 

 

ただ………もしも、この八芒星が超位魔法の発動時に展開される魔法陣と同じような働きをすると二人が知っていたならば、他の手も打てたかもしれない。

 

 

誰にも邪魔されること無く、発動の準備を終えたラナーは、遂に極大魔法を発動させた。

 

「あれは……、光の球体?」

 

八芒星の中心部が輝いたかと思うと、突如として直径一メートル程の光球が出現する。

そして次の瞬間、光の球は勢い良く弾け飛び、空中に無数の小さな光点を撒き散らした。

 

何かが起ころうとしている。

二人はそう感じつつも、結界の中で黙ってその様子を見守ることしかできない。

 

四方八方に散らばった無数の光点は、エ・ランテルの街を覆い尽くすかのように、城壁の外周部と都市の上空で停止し………、数回不規則に点滅した後、隣合う光点同士で光の線を伸ばし合い、次々に連結していく。

 

その現象は高速で進行して、瞬く間にエ・ランテル全域は、星屑のような光点が連結した、網目状の結界に覆い尽くされてしまった。

 

「一体、あれは……何が起ころうとしているの?」

 

脆弱な人間相手の任務ということで、多少の油断があった嫉妬の魔将は、今や警戒と戸惑い、そして確かな恐怖を感じていた。

 

真昼の空を埋め尽くす星達が、一斉にその輝きを増したかと思うと、エ・ランテルに突然、強烈な風が吹き荒れる。

 

その風は、初めは石づくりの建物を軋ませる程の強さだったが、徐々に弱くなっていき、やがては完全に途絶えてしまった。

何の比喩でも誇張でもなく完全に。

 

エ・ランテルを照らす太陽が不気味なまでに明るく大地を照らす。

 

あの突風の前までは、大地を駆け抜け、人々の頬を撫でていたはずの筈の風の音が……聞こえない。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

(音が聞こえない……?)

 

イビルアイが、今このエ・ランテルで起こっている現象を理解できずに混乱する。

 

あの網目状の結界が展開された後に吹いた突風が収まった時、一切の音が聞こえなくなってしまったのだ。

 

隣にいるデイバーノックやラナーに質問をしようと声を出そうとするも、開かれた口からは何の音も出てこない。

 

まさか、結界内にいる存在の聴覚を麻痺させる魔法なのだろうか。

 

しかし、そのような魔法を今使ったところで大きな意味があるとは思えない。

 

その時、イビルアイの元に《メッセージ/伝言》の魔法が掛かって来た。

 

『混乱しているようだな、ヴァンパイア』

 

頭の中に響くその声に、イビルアイは横をみる。

 

《メッセージ/伝言》を発動したのは、デイバーノックのようだった。

 

『どうなっているんだ。 なぜ、音が聞こえなくなっている?』

 

『音、か。 それはあやつの魔法の一側面に過ぎない。 ……今起こっている現象を何と説明したものか、これを短時間で理解させるのは難しいと判断したから、将軍も事前に殆ど説明をしなかったのだろうが……。 分かりやすく言うと、普段空中には風や音を伝える何かが有るらしいのだが、まあ風の元としておくか。 この街を覆う結界内には、今それが存在していないのだ』

 

『風や音を伝える何か……?』

 

確かにデイバーノックの説明を受けても、イビルアイには何のことか理解することは出来ない。

 

そもそもイビルアイの認識では、風や音とは何もない空間を伝わるものであったはずだ。

 

『あの網目の一つ一つが、この空の外と繋がっていて……、そこには音も風も無い。

全ての生ある者は、その風の元に満たされた空間で呼吸しなければ生きてはいけないらしく、今このエ・ランテルにいる生ある者は、呼吸が出来ずに窒息することになる。

影響を受けないのは命なきアンデッドや、ダンタリオンの力で保護されている将軍のみだ』

 

その言葉にイビルアイが、ラナーを見ると,先程の姿を解除しいつもの彼女に戻っていた。

額や頬からは夥しい汗が滴っており、胸が忙しなく上下しているところを見れば、かなり息が上がっていることが伺える。

 

吹き出た汗が、水滴となりラナーの頬を伝う。

 

そして床に滴り落ちた汗は、少しの間だけ床を黒く濡らし、瞬く間に蒸発していった。

イビルアイは知らないことだが、真空空間の中では水の沸点が零度へと達し、体外に出た水は瞬く間に蒸発してしまった。

 

ラナーの体の周囲は極大魔法発動時のダンタリオンの魔法補助により、通常時の状態を保っているが、生身の人間が真空空間に放り出されれば、減圧症、窒息、汗の急激な気化による凍傷で一、二分で死亡してしまう。

 

水中や溶岩地帯、密林など様々なフィールドが存在したユグドラシルですらも、宇宙空間は設定されていなかった。

 

ありとあらゆる生命を拒絶する、静寂の世界。

その宇宙とエ・ランテルは今、同じ状態にあった。

 

『この魔法は発動時、魔神使いが結界内に入っている必要があるが……、発動した後、三分間は解除することが出来ないし、使用者が外に出ることも叶わない。 まあ普通であれば、この空間内で生きていられる者など存在しないが……、将軍は今回の相手が普通ではないと判断したらしいな。 これからの三分間を生き延びる為に、私やお前を同伴させたのだろう』

 

デイバーノックの説明の最中、極大魔法直後の反動からようやく息を整えたラナーは、今度はポーチから飾り気のない短剣を取り出す。

 

極大魔法を発動した後は、それ以上の戦闘が不可能になるほどに魔力と体力を消耗する。

それは他者と比べ、かなり魔力の多いラナーでさえ例外ではなく、もう一度極大魔法を使うことは勿論、普通に戦闘を行うことも困難な程に消耗していた。

 

しかし、ある方法で魔力を回復すれば、三分程度なら持ちこたえられる。

その確信があったからこそ、ラナーはこの危ない橋を渡る決意をしたのだ。

 

革製の鞘を取り外したその剣の刀身には、金属器であることを示す八芒星が刻まれていた。

 

ラナーはそれを胸元で構えると、声の響かない、口と喉の動きだけの詠唱を開始する。

 

『苛烈と妖艶の精霊よ……汝に命ず。

我が身に纏え、我が身に宿れ……我を大いなる魔神と化せ、ケルベロス!!』

 

自身が持つもう一つの金属器を発動したラナーは、先程とは全く異なる姿へと変化を遂げていた。

 

上半身は小さな金属製の胸当てで僅かに胸の先端付近を覆い、羽飾りの着いた金色の腕輪をつけているのみ。

腰から下も、身軽さを重視した腰鎧と短い布を巻いているだけで、大胆に太腿を露出させていた。

 

何よりも目を引くのは、ラナーが背負っている互いに背中合わせになった二体の像。

 

ラナー自身を模したらしい、その黄金の像は、それぞれ異なった表情を浮かべている。

 

悲痛に顔を歪めた像は両手に赤い宝石の着いた三鈷を装備しており、激しい憤怒の表情をした像は、金属製の弓を持っている。

 

本体のラナーは、赤い宝石で作られた穂先の両隣に黄金の斧身がついた斧槍を装備していた。

 

その姿を一言で表すならば、『黄金』の名が相応しいだろう。

ケルベロスの魔装はまさに、ラナーの二つ名を体現するかのような姿へと彼女を変身させていた。

 

ラナーがデイバーノックへ向け、手を招くように動かすと、デイバーノックはそれを見て頷いた。

 

『将軍はケルベロスの魔装状態において、炎を自身の魔力に変換することが出来る。 この結界内では、なぜか自然の炎は燃えることが出来なくなるが、魔法による炎はその限りではない。 私とお前の役目は、敵に発見される前に、出来るだけ多くの火の魔法を将軍へと放つことだ。

……しかし、この作戦はもしもの時に打ち合わせておいたが、本当に使う事になるとはな。

しかも相手は悪魔数千体を使役するという圧倒的な存在。 余程報酬を受け取っても割に合わん。 とは言え、逆らうと……』

 

《メッセージ/伝言》の最後の方はイビルアイへの言葉というより独り言のようだった。

デイバーノックはラナーから少し距離を取った後、手を向けて魔法を詠唱する。

 

とは言っても、風の元とやらが存在しない為、音は響かないのだが……、それでも魔法は発動できるようだ。

 

「《ファイヤーボール/火球》」

 

デイバーノックの手から、赤々と燃え盛る炎の球がラナーへと迫るが、彼女に命中する直前、解けたように炎は形を崩した。

 

炎はそのままラナーの持つ斧槍の、赤い穂先へと吸い込まれて、金属器へ魔力として蓄えられていく。

 

その様子を見て、自分のすべきことを把握したイビルアイはデイバーノックに習って魔法を発動した。

 

「《ファイヤーボール/火球》」

 

二人分の火球が、次々にラナーへと放たれ、店内を赤々と照らす中、イビルアイの心は恐ろしい程に寒々しく、冷え切っていた。

 

ラナーの魔法により、今、数千人の無辜の民の命が絶たれた。

そして、自分もそれに加担しているのだ。

 

どの道、死にゆく運命だった者達だ。

こうするより他に方法が無かった。

悪魔に弄ばれ無惨に殺されるより、急に息ができなくなって死んでしまう方が、ずっとましな死に方ではないのか。

 

イビルアイは魔法を詠唱しながらも、心の中で自分自身に向けて言い訳を繰り返す。

しかし、自分の心は、その言い訳を肯定してくれる優しい言葉を掛けてくれはしない。

 

アンデッドでありながらも、人類の為に、人類の中で生きることを望んだヴァンパイア。

その心は、深く暗い煩悶へと突き落とされていた。

 

アンデッドの精神沈静化が、全ての苦しみや悲しみを忘れさせてくれるものだったなら、どんなに良かっただろうか。

しかし、それは現実には、我を失う程の強い感情を抑制してくれるだけ。

 

イビルアイの心を覆う、暗雲を晴らしてくれそうには無い。

 

いっその事、激情のままに取り乱すことが出来たなら、少しは気が紛れるかも知れないのに、とイビルアイは命ある人間を羨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、人間も悪魔も多くの者達が死に絶える中、敵意に目を光らせる者達がいた。

 

例え呼吸ができなくても、骨を凍てつかせるほどの冷気に晒されても、決して止めることの出来ない強大な存在。

 

二人の悪魔が、静まり返った都市の一角から伝わる魔力の波動を捉えた。



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第四十八話 ケルベロスの咆哮

(来る……)

 

迫り来る強大な気配を最初に察知したのはラナーだった。

 

金属器使いは、魔装による身体能力の向上に伴い、動体視力や知覚能力も底上げされる。

その鋭敏な感覚が、明らかに敵対の意思を持つ存在の接近を見抜いたのだった。

 

ラナーはイビルアイ達に向かい、手で離れるように合図をした。

 

そして数瞬後。 ラナーは勢い良く宙へと舞い上がり、天井を突き破ると同時に、目に入った襲撃者らしき影へ向けて攻撃を放った。

 

獄炎轟衝刃(ケルベル・ハディッサ)

 

斧槍の、赤い宝石で出来た槍先が光輝いたかと思うと、そこから吹き出した炎が数十の刃を形成して、高速で影へと殺到していった。

 

硬い岩盤をも焦がし抉る、高密度の炎。 

どんなに強靭な肉体の持ち主であろうとも、まともに受ければ大きなダメージを受ける筈のその攻撃に影が取った行動は回避でも防御でも無かった。

 

「なっ!」

 

影はあろう事か、真っ向から炎へ向かい突入し、無数の刃の弾幕を強引に突破する。

そして、影が炎から抜け出した瞬間にラナーは襲撃者の姿を正確に認識した。

 

鴉の頭に、人間の女性のような胴体。 

そして手に持つのは、反しのある棘が無数に生えた鎖の鞭。

 

悪魔。 ラナーはその存在を見た瞬間に、そう直感した。

 

自身の攻撃を予想外の方法で破られ、僅かにラナーが動揺した隙を見逃さず、その襲撃者は右腕に持った鎖の鞭を振るう。

 

空気が無い為に少しの唸りも上げず、鞭の先が虚空を切り裂くような速度でラナーの首へと迫る。

 

遠心力により、手元で振るう速度の何倍にも加速された鞭の先端を、ラナーは辛うじて顔を仰け反らせて回避するが、鞭の棘が左の頬を切り、僅かな血が宙を舞った。

 

切り裂かれた痛みを感じたラナーは、相手から本能的に距離を取ろうと後方へと飛行する。

だが、それも敵の想定通りの行動だったようだ。

 

彼女の進行方向にある建物の影から、一体の悪魔、強欲の魔将が現れスキルを発動する。

 

<大罪の雷>

 

強欲の魔将の手から生じた黒い雷は、一筋の槍となって放たれラナーを貫かんと迫る。

 

だが、本来ならば決め手となったであろうその一撃は、ラナーへと到達することはなかった。

 

ラナーが背負う二体の像の内、弓を持った像の口が大きく開かれる。

するとラナーへ向けて一直線に向かっていた雷槍は、吸い込まれるように進路を変えて、像の口へと飲み込まれてしまう。

 

驚愕する強欲の魔将の追撃が無い内に、急いで二体の悪魔から距離を取ったラナーは心中で、胸をなでおろした。

 

(危なかった……、あそこで雷以外の攻撃をされたら勝負は決まってたわね。 ジンの力を過信して、知らず知らずの内に軽率な行動に出てしまったという訳か)

 

それに、先程鴉頭の悪魔が炎を無傷で突破したという事実。

 

ラナーは、新王国で読んだレエブン公の部下が記したという、モンスターについての書物の内容を思い出す。

 

あの書物は、主に自然に存在するモンスターが中心に纏められていて、召喚でもしなければお目にかかる機会の無い悪魔についての記述は殆ど無かった。

 

しかし、モンスターによっては特定の属性を無効化するものもいると言う。

 

だとすれば、あの悪魔には炎が効かない、と見るべきか。 いや、それが悪魔全体の傾向とするならば、もう一体の悪魔も……。

 

ラナーとしては、悪魔は神都を襲撃したというぷれいやーが召喚し、極大魔法を使った後は、その影響を受けないであろうアンデッドのぷれいやーとの勝負になる……、と判断していた為に悪魔そのものについての情報は重要視していなかったのだが、こうなるのであれば、イビルアイに質問をしておけば良かったと悔やまれる。

 

だが、他の金属器使いであれば、ジンはそれぞれ固有の属性を持つ、という性質上、自分のジンの攻撃が効かないというのはかなりの窮地と言えるだろう。

 

だが、ラナーは魔装の切り替えを行わず、二体の悪魔へ向けて武器を構え直した。

 

不意打ちが失敗したと判断した二体の悪魔は、今度はお互いに近づきながら、ラナーとの間合いを計るように、彼女の周囲を円を描いて飛び始める。

 

ラナーも同じく、悪魔たちと一定の距離を取りながら、共に円を描いた。

 

飛行しながら睨み合う双方の間には、当然、言葉など交わされない。

 

しかし両者共に、先程の一合の攻防で得た情報を吟味し、高速で戦略を構築していた。

 

(一対二という数的不利。 そして、高水準の身体能力……、私の実力では接近戦は不利ね。 遠距離攻撃で相手を牽制しながら、一定の距離をとって戦う。 これしかない)

 

とラナーは考えた。

 

その他、相手が炎に対して耐性を持つという厄介な要素もあるが、ラナーの契約するジン、ケルベロスにとっては致命的な状況という訳ではない。

 

 

ケルベロスは三つ首を持つジン。 

それぞれの首が異なる属性を操るという特性を持つ為、ラナーが操る属性は炎、雷、水の三属性だ。

 

遠距離攻撃中心で攻めるとなれば、当然消耗は激しい。

しかし交戦前にイビルアイ達の魔法で、何とか魔力を二割程までは回復できたことを考えると……、極大魔法が切れるまでの後、二分程度は持つ。

 

 

 

 

ラナーがそのように結論する一方で、魔将達も同様に思考を巡らせていた。

 

確かにこの人間の身体能力と、魔法……あるいはスキルの威力は、ありえない水準に到達している。

嫉妬の魔将の攻撃を、動き出しが遅れたにも関わらず紙一重で躱した速度。 炎に対しての完全耐性を持っていなければただでは済まなかったであろう、炎の刃。 そして、強欲の魔将の雷を無効化した奇妙な像。

 

 

あるいは階層守護者に、迫る力を持っているかも知れない……。

かつてナザリックへと侵攻した、恐るべき力を持つ人間たちの連合を知識としては知っていたが、二人にとって自分達の命を脅かしうるような人間と向かい合ったことはこれが初めてだった。

 

かと言って、敵のその強さにはどこか脆さもある、と嫉妬の魔将が判断する。

 

自分の攻撃を正面から突破された程度で心を乱すという、恐らく戦闘経験の少なさから来る精神の隙。

鞭を躱した時の身のこなしから分かるように、自分の身体能力を完全に制御出来てもいない。 

それに戦士としての技術も、能力の割には大したことがない。

 

レベル百の存在に匹敵する能力を持つ割には、あまりに覚束無い戦闘技術……。

 

マジックキャスターの魔法の中には、使用中、自分の身体能力をレベル百の戦士並にまで引き上げるものがあるという知識があるが、それに類するものを使用したのかもしれない。

 

そう判断した嫉妬の魔将は倒せない相手ではない、と思いながらも、真正面から戦うのは拙いと感じてもいた。

 

基本となる能力では、相手の方が上と判断せざるを得ない上に、もう守るものなどエ・ランテルには無いというのに、未だに逃げないということは、自分たちと戦う上で何らかの……恐らく、大きな勝算があるということ。

 

近距離を保ちつつ、様々なスキルでかく乱しながら戦う。

 

二人の魔将は、ほぼ同じ結論に至り、ジェスチャーで軽く意志を示し合わせた後は、再びラナーの方へと向き直った。

 

 

両者の間で緊張の糸が一気に張り詰め……、そして魔将側から最初の一手を打ち出した。

 

〈絶望の呪眼〉

 

強欲の魔将が恐慌のバッドステータスを齎すスキルを発動するが、スレイン法国から精神耐性を付与するアイテムを提供されているラナーは、それを無効化する。

 

しかし、スキル発動時のエフェクトに目を取られていたほんの一瞬の間で、ラナーの懐まで飛び込んだ嫉妬の魔将が鞭を振るった。

 

距離的には先程よりも接近した、嫉妬の魔将の必中圏内。

 

しかしながら、既にこの展開を予測していたラナーは、今回は防御策を講じた。

 

〈要塞〉

 

ラナーの持つ斧槍の斧の部分が光り輝き、鞭による攻撃を受け止める。

 

当然、この程度の武技ではレベル八十後半の嫉妬の魔将の攻撃を無力化することは出来ないが、衝撃の余剰分は、ラナー自身の力で問題なく受け止めた。

 

剣などの近距離武器とは異なり、鞭の場合は攻撃に大きな予備動作を必要とする。 攻撃の失敗を悟り距離を取る嫉妬の魔将に、ラナーは追撃を放つ。

 

 

獄雷獣咬破(ケルベル・ゼイル・バルケッサ)

 

ラナーが背負う、弓を持った像の口から青い閃光が迸る。

溢れ出た雷は巨大な魔犬の顎の形を成し、嫉妬の魔将に襲いかかった。

 

先程の炎とは違い、嫉妬の魔将も雷までは無効化出来ない。

 

嫉妬の魔将は体中を強力な雷に蝕まれ激痛に耐えるが、それを強欲の魔将が助けることはない。

 

なぜなら、彼はラナーの視界が自分自身の攻撃で塞がれる隙を狙い、切り札となるスキルを発動させていたのだ。

 

迸る雷が収まり、ラナーがそれ……強欲の魔将の手に握られた三叉の投槍を認識した時には、既に攻撃が放たれる直前だった。

 

〈暗黒投擲槍〉

 

その一撃はシャルティアのスキルと同じ、必中属性を持つ攻撃。

 

一日に二回しか使えないスキルではあったが、その威力はレベル百の存在に対しても、十分に有効打を与えうる。

 

 

ラナーは旋回し投槍を躱そうと試みるが、槍が飛翔中に向きを変えたことで、驚愕に目を見開いた。

 

(《魔法の矢/マジックアロー》と同じ、誘導する攻撃……。 間に障害物を挟むしか回避方法はないけれど、もう時間が……無い!)

 

躱せないのであれば、被害を最小限に抑えるしかない。

ラナーは迫り来る槍に向け、体の左側……、三鈷を持つ像を向けた。

 

投槍と黄金の像が激しい金属音を立ててぶつかり合う。

像の胸から上が派手に音を立てて、無残に砕け散るが、それは投槍も同様。

 

像を身代わりに、何とかダメージを軽減したラナーだが、あまりの衝撃に空中で大きく体勢を崩した。

 

今追撃を受ければまずい……、と強欲の魔将の次の動きを注視するラナーだが、次の瞬間、背後から吹き付ける濃密な殺気を感じ、顔だけをそちらに向ける。

 

直後、ラナーは顔を強ばらせた。

 

黒く焼けただれた皮膚、翼膜がぼろぼろに崩れ落ちた翼、しかし未だに爛々とした敵意に満ちた目を持つ悪魔がそこにはいた。

 

ケルベロスの雷は並のマジックキャスターが使う魔法など問題にすらならない。

巨木すら一瞬で消し飛ばす破壊の権化だったはずだ。

 

勿論、この悪魔達ならば一撃二撃は耐えるかも知れない、と予測はしていた。

だが、これほどの傷を負いながらも、すぐに再び食らいついてくるとは………。

 

驚愕、後悔、苦渋、恐怖。

それらが綯交ぜになった感情に心を揺さぶられるラナーの目に、嫉妬の魔将の右腕が大きく膨れ上がる様が映った。

 

〈嫉妬の片鱗:羨望の腕〉

 

そのスキルは、原罪を司る悪魔の中でも、高位の者のみが扱える嫉妬の魔将の切り札だった。

 

効果はごく単純。直前に受けたダメージが大きいほどに、その威力を増す。

 

ラナーの放った雷は確かに強力だったが、バッドステータスの付与や、回復阻害などの副次効果は無い単純な攻撃。

 

本来ならば、一旦距離をとって魔法や道具で体力を回復させてから、再び挑みかかるのがセオリーだったろう。

だが嫉妬の魔将は、もう一度強力な攻撃をまともに受ければ、死をも覚悟しなければならない中で、捨て身の反撃を選んだ。

 

それは、このスキルを活かす為でもあるが……、自分が見下していた人間に深手を負わせられた怒りが彼女を駆り立てたからにほかならない。

 

ラナーは、嫉妬の魔将の豪腕を受け、流星のような速度で地面へと落とされていった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

大穴を穿たれた天井から射す光をラナーは見上げていた。

 

地上に落とされたラナーは、どこかの建物の屋根を貫き、石畳の床へと激突したのだ。

 

攻撃を受け止めた瞬間に、骨のひしゃげる音を聞いた。

左腕の感覚が無い。

 

ラナーは、軋む首を無理やり動かして下に目をやり、腕の様子を確かめて……嘆息した。

 

そこには、かつて左腕だったもの……、赤い血の中から、所々白い骨が突き出ている肉塊があるだけだった。

 

(やられたか。 でも、他に致命的な外傷は無い。 ……ついてた方ね)

 

幸いダンタリオンが宿る指輪は右手に嵌めてあった為に無事だ。 しかしながら粉砕された左腕には精神耐性付与の指輪が装備してあり、そちらは衝撃で外れたのか、それとも砕けたのか、どこかへ消えてしまったようだ。

 

あれが無いまま、あの強大な悪魔達と戦っても、あっという間に精神異常に絡め取られてしまうだろう。

 

戦闘開始前の予想とは大きく外れた苦戦を経験し、ラナーは自分に足りなかった物が何かを考える。

 

魔力不足以前の問題。それは恐らく、自分に近い実力者との戦闘経験だろう。

ジンの力はあまりにも圧倒的……、それ故に普通の敵では策を巡らし、技術を競う必要すらない。

 

遠距離から魔法で吹き飛ばせば全ての片が着く環境に置かれている内に、自分の中に慢心が生まれていたのだ。

ラナー自身も他の金属器使いとの戦いを想定して、新王国の兵を相手に戦士としての訓練を積んできた。

槍術を磨き、武技を習得し、数々のモンスターを近接戦闘で葬り、金属器の力だけに頼らない強さを目指してはいた。

 

ただ……、それはやはり、安全な訓練、確実に倒せる相手のみを狙った練習の域を出ない。

本当に実力が均衡した相手と戦う場合には、ありえない精神状態での戦いしかラナーは経験していなかった。

 

(認識が甘かったってことか……。 所詮、ただの人間や雑魚のみを相手にしていたのでは、死線を越えた強さは身につかない。 ……だからこそ、こんな無様を晒している)

 

鍛え直す必要がある。

 

そう結論づけたラナーだが、これは今考えることではないと痛みと衝撃のあまり、暫し脱線していた思考を現実に引き戻した。

 

とにかく今最優先すべきは生き残ることだ、後のことは安全な場所で考えればいい。

 

ラナーは意識を集中し自分の残存魔力を探った。

 

(ダンタリオンの転送魔法に使う最低限の魔力を除けば、小技が一つに大技が……辛うじて一つ、それでほぼ限度か)

 

時間的には、極大魔法の効果が切れるまで、あと三十秒程。

 

しかし、相手も大人しく転移などさせてくれる相手ではない。

イビルアイとデイバーノックも拾わなければならないし、倒せはしないまでも大きな隙を作らなければ、逃走さえ困難だ。

 

(さて、どうしようかしら。 多分、直ぐに悪魔達が突っ込んで来ないのは、あの鴉頭の悪魔の回復をしているから。 ……高位の薬や魔法が使えれば、それほど時間は掛からない)

 

そういえばここはどこだろう。

 

ラナーはそう思い、ふと周囲を見渡してみる。

 

何列にも並べられた長椅子に、台座に置かれた水神の聖印……、どうやら教会のようだ。

 

神官や信者は避難してしまったらしく、人の気配は無い。

 

(ん……、そういえば、エ・ランテルの教会って確か……)

 

ラナーは、転送魔法陣設置係のクレマンティーヌ、アンデッドの製造、誘導係のデイバーノックと協力して行った、アンデッドによる襲撃実験の時を思い出す。

 

あの作戦の前に見た、エ・ランテルの資料の中には……。

 

記憶から、とある図面を引っ張り出したラナーは、その頭脳を回転させ作戦を組み立てた。

 

命を危険に晒すことにはなるが、これが一番勝算が高い。

 

そう確信したラナーは、残された右腕でケルベロスの斧槍を持ち上げ、天井の穴へと向けた。

 

 

 

 

 



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第四十九話 決着

叩き落とされたラナーが、突入した建物から濛々と石材の粉塵が上がっている。

 

強欲の魔将は手応えを感じながら、しかし油断はせずに、その様子を見下ろしていた。

 

突如として都市を包み込んだ巨大な網目状の結界。 

一瞬にして凄まじい突風が発生したかと思うと、その直後には呼吸が出来なくなっていた。

 

恐らくあの結界の正体は、どのような仕組みによるものか内部の空気を抜いてしまうもの。

人間諸共に自分たちを皆殺しにしようとする、純然たる殺意の顕現だろう。

 

そして突如現れた、見たことのない装備をした人間………、ナザリック内でも階層守護者など規格外の実力者を除けば、トップクラスの力をもつ自分達二人をこうまで圧倒して見せるとは何者なのだろうか。

 

この世界の人間は脆く、愚かで罪深い下等生物の筈。 ……もしかしたら、かつてナザリックへと侵攻した大罪人達と同じような存在かも知れない。 

 

この都市で当初、自分達が任された作戦はンフィーレア・バレアレの確保だったが、それは予想に反して速やかに成し遂げることは出来なかった。

 

強襲ではなく、ゆっくりと都市に潜入してンフィーレアの所在を確認してからことに当たれば、こうまで手こずることは無かったかもしれない。

しかし、ナザリックのかつての主、モモンガが直ぐにでもンフィーレア確保に当たるだろうと、デミウルゴス様から告げられており、悠長な作戦をとる心の余裕が自分達には無かった。

 

そして、その結果がこれだ。

ンフィーレアは未だ見つかっておらず、正体不明の人間、いや、人間らしき存在の介入により、都市は全滅。

 

既に都市外へと運びだした者達の中にンフィーレアが含まれていなければ、街に転がった死体の中から捜索することになる。 ……いや、既に死んでいるならバレアレ薬品店からンフィーレアの毛髪を探して蘇生させればいいことか。

 

「……しまった」

 

そこまで考えて、強欲の魔将はある可能性に思い至ってしまった。

 

あの女が初めに居た場所はンフィーレアの住む家だった。

 

もしかしたら、あの女もンフィーレアの確保を目的としていたのかも知れない。

だが自分達に先を越されていたことを悟り、一か八かで都市内の人間を皆殺しにし、蘇生魔法を利用してンフィーレアを確保することにした。

 

だからこその、あの魔法。 

あれは自分達、悪魔を殺すためでは無く、ンフィーレアを対象にしたものだったのではないだろうか?

 

このまま女を逃がしてはまずい。

何としてでも彼女を確保して、ンフィーレアを勝手に蘇生されないようにしなければならないと強欲の魔将は認識した。

 

それに、あの強大な力を持つ女を確保出来れば、このエ・ランテルでの失点も多少は取り戻せるかも知れない。

 

強欲の魔将は、既にポーションを使い体力を回復させた嫉妬の魔将へと合図を送り、女を確保するという意思を伝える。

 

だがその時、建物の屋根に空いた穴から、直径一メートル程の雷球が飛び出してきた。

 

煌々と白い光を周囲に放つ高密度の雷。

それはまともに喰らえば、例え魔将といえども大きなダメージを受けることは先程の戦いで確認済みだった。

 

しかし……。

 

(ふん、このような距離から誘導もしない攻撃を放ったところで当たるか!)

 

高速で飛び回る相手に、遠距離攻撃を当てるのは至難の技。

ましてや、相手を直接目視もしていない状態では尚更だ。

 

二体は余裕を持って上空へと放たれた雷球を躱すと、建物の側面へと回り込み、木窓を壊して内部へと突入した。

 

(人間共の宗教施設のようだな)

 

そこは、並べられた椅子の列と信仰対象と思われる石製の紋章が置かれている広間だった。

 

……そして彼女もまたそこにいた。

 

女は紋章が置かれている台の前で、右に持った斧槍を魔将達の方へと構えていた。

 

体には所々に擦り傷が出来、左腕に至っては原型を止めない程に損傷し、ただの肉塊と化している。

 

だが、その傷は彼女の戦意を完全に奪うには至っていないようだった。

 

両者の間に、最後の決戦を前にした緊張が走る。

 

……だが、女は極限の緊張状態を打ち破る思わぬ行動に出た。

 

(なに! 武器を捨てただと!?)

 

女は手に持っていた斧槍を地面に投げ捨てると、何やら右手だけでジェスチャーを始める。

そして、その顔には、もう戦意の欠片も残っていないというような怯えが張り付いていた。

 

あまりのことに、魔将達は直ぐに反応することが出来ない。

 

先程まで、たった一人で我らに挑んできたこいつが、今更命乞いでもしようというのだろうか?

 

その凄まじい違和感に互いに攻撃を仕掛けるでも無いまま、十数秒の時間が流れた、いや、流れてしまった。

 

魔将が困惑する前で、女は急に動きを止めた。

 

……そして次の瞬間、教会を激しい閃光と共に衝撃が蹂躙した。

 

(! まず……)

 

急速に壁が、屋根が崩れ落ち石材が雪崩のように一人と二体へ降りかかる。

 

石煙に視界を閉ざされる強欲の魔将が最後に見たものは、女が浮かべる不敵な笑みだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

地上では豪風が吹き荒れている。

 

結界が解除されたことで、外部と内部に凄まじい気圧差が生まれ、大量に流れ込む空気が爆発的な突風を生み出しているのだ。

だが、現在地下を移動しているラナーは、その風をまともに受けることは無い。

 

下水道特有の悪臭に顔をしかめながらも、ラナーは生き延びたことに安堵の息を吐き出していた。

 

そう、自分の命をかけた最後の賭け。 その勝敗の天秤は辛うじて自分の方へと傾いたのだ。

 

 

ラナーは自分が逃げるために取った作戦に思いを馳せる。

 

まず、教会へと突き落とされたラナーが思い出したのは、この建物の地下を走る下水道のことだ。

クレマンティーヌ、デイバーノックの二人とエ・ランテルでのアンデッド実験の計画を練る際、この下水道を利用してエ・ランテル内部にアンデッドを送り込もうという計画が浮上したことがある。

 

その計画は結局、細長い下水道内では、デイバーノックのアンデッド達の誘導が機能しなくなる恐れがあること。墓地からの自然発生を装った方が、後々問題になりにくいことを理由に却下されたが、ラナーはその時にエ・ランテル内の下水道分布図を見ており、それを今日までかなり正確に覚えていた。

 

その情報と、ラナーが落とされた建物が都市内ではかなり大きな教会という建物であった事の二つを踏まえてラナーは瞬時に作戦を組み立てたのだ。

 

まず、初めに放った雷の球は直接相手に命中させ攻撃を行う為のものではない。

 

あの技の本来の効果は、上空高くへと打ち出して、地上へと雷の雨を降らせるというもの。

 

ラナーは一つ目の賭けは、その攻撃の効果を相手に見抜かれないことだった。

 

ラナーの構想としては、結界が崩れるタイミングと同時に、ケルベロスの雷を教会へと落とし、雷と突風で教会を倒壊させる。

そして、その時までに教会内に相手をおびき寄せておき、相手を瓦礫の中に埋めてしまい、自分だけは床を打ち抜き下水道から逃げるというものだった。

 

幸い、相手は雷の正体には気がつかずに、思い通りに教会内へと踏み込んできた。

 

だがそこで問題がひとつ生じる。 相手の突入が思っていたよりも早過ぎたのだ。

 

まだ、結界が解除されるまでに二十秒近くあり、その時間さえあれば悪魔達の攻撃が自分の命へと届きうることは明白。

 

しかし、結界が解かれるまで地下へと潜るわけにはいかない。

ダンタリオンの極大魔法の制限として、術者が結界の最下部、即ち地面の高さよりも下へと下がってしまうと魔力の逆流により、術者の命が危険にさらされるのだ。

 

その時間を稼ぐためにラナーが選んだ方法は、臨戦態勢からいきなり投降し相手の猜疑と困惑を誘うという手段。

 

多少不格好ではあったが何とか作戦は功を奏し、時間を稼ぐことに成功したラナーは、逃げることに成功した。

 

(イビルアイとデイバーノックを回収して逃げないと……、ンフィーレアも無事殺せているといいのだけど)

 

ラナーは記憶を元に、下水道の中を駆け抜けていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

魔将達は、瓦礫を押しのけ地上へと這い上がった頃には、教会が崩れてから既に一分以上が経過していた。

 

石の雪崩に包み込まれようと、魔将達の頑強な肉体を傷つけるには到底及ばないものの、自らの上に降り積もった瓦礫を押しのけるのには多少時間を必要としてしまった。

 

そして、一緒に埋もれたはずの女の行方を探している内に、地面に空いた大きな穴を見つけるまでに更に一分。

 

魔将達はラナーの策により、二分間の時間を稼がれてしまった。

 

「短時間ではそう遠くへは……今すぐに追えば追いつけないかしら?」

 

「……無駄だろうな。 どうやら匂いからして下水道を通っていったようだ。 当然内部で無数に分岐しているだろうし、逃走の痕跡を見つけるには優秀なレンジャーが必要だろうが、我々にはその力は無い。 人海戦術をとろうにも、連れてきた悪魔は全滅してしまったようだ」

 

二人の間に重い沈黙が走る。

 

この後に確実に待ち受けているであろうデミウルゴスからの罰を恐れていたのだ。

 

「後は、バレアレ薬品店でンフィーレアの体の一部を探し蘇生を試みて……それが失敗すれば既に運び出した男達の中にンフィーレアがいることを祈るしかないか。 確認はお前がやってくれ」

 

「ええ……」

 

吹き荒れた爆風により、倒壊した建物は多数に上っていた。

道路に散らばった石片を踏み砕き、二人はそれぞれの役目を果たす為に別れていった

 

 



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第五十話 悪魔の腕の中に

―――エ・ランテル内部にて。

 

エンリは瞬きもせずに目の前の光景を見つめていた。

 

プーカがブレスレットを掲げ、詩文を朗読するように何かを唱えたかと思うと、彼女の体が虹色の泡に包まれる。

そして泡が唐突に弾け、周囲に光の粒となり四散した時には既に先程までのプーカの姿はそこに無かった。

 

鹿のように枝分かれした角を頭から、額からは真っ直ぐな角が一対二本ずつ伸びており、その特徴は亜人を思わせる。 背丈はネムと同じ程度にまで縮んでおり、最も特徴的なのは、その腹部。

 

細い四肢と対比するように、まるで風船のように大きく膨らんでいた。

 

しかし、顔や髪の色にはプーカの特徴も色濃く残っており、それを頼りにエンリは恐る恐る切り出す。

 

「え……、プ、プーカさん、ですよね?」

 

その問い掛けに、目の前の魔人のような姿をした女性は頷く。

 

「魔装を見るのは初めてだな? ふふ、怯えることはない。 この姿はジンとの契約者の証……、あの程度の悪魔など敵ではないわ」

 

プーカは窓から顔を突き出し、冒険者達を襲っている悪魔の方を向いた。

先程の詠唱の際に、プーカの声が聞こえてしまったのか十体程いる悪魔の内、約半数がこちらへと駆け出している。

 

「ひっ!」

 

悪魔達の俊敏な動きに思わず怯えた声を出してしまったエンリだが、プーカはそれに構わず大きく息を吸い込んだ。 一秒、二秒……と非常に深い呼吸により腹部が更に大きく膨れ上がる。

 

そして悪魔達がエンリ達のいる建物の玄関まで後、十メートル程に迫った頃、プーカは溜め込んだ空気を喉を震わせると共に一気に吐き出した。

 

だが、エンリにその声が聞こえることはなかった。

叫びに共鳴しているのか、プーカの体も小刻みに振動していて傍目に見ているエンリにも彼女が叫んでいることは察することが出来る。 だがなぜか、声だけが聞こえない。

 

……しかし、プーカの真正面に捉えられていた悪魔達にとっては違ったようだ。

 

音の無い叫びに感応するように、悪魔達の体が一瞬硬直し、やがて糸が切れるように硬い地面へとぶつかる様に倒れ込んでいく。 それは建物の正面にいる悪魔だけではなく、離れたところで戦っていた冒険者と悪魔達も同様だった。 

 

エンリが何が起こったのか把握出来ない内に、通りの中で動く者は誰もいなくなってしまった。

 

呆気にとられるエンリ達の様子を見たプーカが事態を簡単に説明し始める。

この後、エ・ランテルから脱出するに当たってはエンリ達に自分の能力をある程度は理解させておくことが必要だと判断したためだった。

 

「ザガンは音を媒介にして、相手の精神に語りかける能力を持つジン。 魔力で増幅した声で、"眠れ"と命ずれば、アンデッドのような精神を持たない存在を除けば、この通りだ」

 

「は……、はあ」

 

声で相手を強制的に眠らせる……、先程薬草店の店主を操って見せたプーカならば、魔法でそのようなことも可能なのかもしれない。 

エンリはプーカの能力を見ることは二回目であり、何とかプーカの説明を飲み下すことが出来た。

 

尤も、ジンや契約者という言葉は何を指しているのかエンリの知識では理解出来ず、今の技もこの世界でよく使われる……所謂ユグドラシル産の魔法だと誤解してはいたものの、それはこの場では特に問題にはならない。

 

今重要なのは目の前の人物が何を出来るかを知ることであって、具体的な理屈を聞くことではないのだから。

むしろ、余計な先入観から不要に混乱せずに済んだことは、エンリの無知が功を奏したとも言えるだろう。

 

「あれ? でも私には大声なんて聞こえませんでしたが―――」

 

「……まあ、それくらいなら話してもいいか。 それはゼパルの能力と同時に技法(スキル)も使用していたからだ。 吟遊詩人(バード)の技能で収束音(アンスプレッド・ボイス)という、声の拡散を制御する技を併用した」

 

「あんすぷれっどぼいす、ですか」

 

収束音(アンスプレッド・ボイス)、ユグドラシルでは内緒話と呼ばれることもあった吟遊詩人の初歩的なスキルだ。

 

その効果は単純で、本来口元から放射状に拡散していく音声に指向性を持たせ、特定の範囲にのみ声を届けることが可能。 そして制約として他のスキル、魔法との併用は禁止というものがあった。

 

もしこのスキルを他のスキルと組み合せることが出来れば、狙った相手にのみ呪歌の効果を発動させたりと、かなり有用なスキルになっただろうが、この厳しい制約により一転して不人気スキルの代名詞と呼ばれるようになってしまった非業のスキル。

 

音で反応するアクティブモンスターを刺激しないように仲間に声を伝えるなど、一応使い道は残されていたものの《メッセージ/伝言》の魔法の方が距離制限も無く、使い勝手がいいということで正真正銘の無駄スキルの一つであった。

 

しかしジンの金属器の魔法は、ユグドラシルのスキル、魔法とは異なるものであるからか、金属器を使用したまま、収束音(アンスプレッド・ボイス)を発動することは可能となっていた。

 

偶然によりこの法則に気がついたプーカは、技が大味で関係のない者にも影響を及ぼしてしまうゼパルの魔法をスキルにより制御していたのだ。

 

そして、このスキルはもう一つの恩恵もプーカに齎す。 

収束音(アンスプレッド・ボイス)は音が拡散しない為に、最大五百メートル離れた場所まで少しも減衰していない声を届けることが可能。

即ちゼパルとこのスキルの併用は、射程距離五百メートルの音の狙撃を実現していたのだ。

 

音を絞る範囲は、最大で半径三メートル、最小で半径五十センチの円柱状。

最大半径で放たれた声は、一直線の道路を完全に埋め尽くし、その中に立つものを眠りの世界へと誘った。

 

「そして、この魔法で眠らせた者はこのとおり」

 

プーカの合図と共に、三メートル程もある鱗の生えた人型の悪魔、鱗の悪魔(スケイル・デーモン)がむくりと起き上がり、手に持つ巨大な金槌を振り上げる。

 

一瞬身構えたエンリだったが、その金槌は通りに転がっていた他の悪魔に振り下ろされ、邪悪に歪んだ肉体を肉片に変えていった。

 

「声が届く範囲内ならば、新たな命令を加えることで操ることも出来る。 あの悪魔は羽を持っているし……、あれに抱えられて街の外へ運び出される人間に紛れれば、脱出出来るだろう」

 

その言葉にエンリはただ頷くだけだった。

プーカが悪魔達を眠らせた時は、プーカへの頼もしさの方が強かったものの、この巨体の悪魔を使役する様子を見ると恐怖の感情も湧いてくる。

 

何とか助けてもらう約束を取り付けたは良かったものの、見返りに何を要求されるのだろうか、と。

 

エンリは幼い頃に村に来た吟遊詩人に聞いた話を思い出す。

 

深い森の中に住む邪悪な魔女が、若い乙女の生き血と引き換えに魔導の知識を授けるという伝説。

エンリは脳裏にちらついたその物語を努めて振り払おうとするが、上手くいかない。

 

このすごい力を持つ魔法使いが、特別な才能など何もない自分達を何故助けたのか……。

エンリは自分のスカートを掴んでいたネムの手を握り締め、そのことを尋ねる決心をした。

 

「あ、あの、プーカさん。 今更なんですが、どうして私達を助けてくれたんですか? 自分で言うのもなんですけど、特に凄い知識を持っている訳ではありませんし、特別な技術もありません。 一体私達にどんなお返しが出来るのか気になって―――」

 

横たわる悪魔を次々と叩き潰していく、鱗の悪魔(スケイル・デーモン)を見ながらエンリの言葉を聞いたプーカは意外そうな顔で振り向いた。

 

「知識なら十分に持っているじゃないか? 作物の植え方に、収穫時期、調理法。 肥料の作り方、使い方。 畑の耕し方に運用法……農業に携わる者なのに、それらを知らないのか?」

 

「そ、そのくらいなら昔から農民だったので知っていますけど……。 でも、そんな知識、大したお金にはならないのでしょう? 私じゃなくても農民だったら皆知っているでしょうし」

 

エンリの言葉をプーカは手を振って否定した。

 

「―――多くの者が知っている知識は価値が無い訳がないじゃないか。 そういう知恵こそが本当に重要なものなのだ。 其方には私の国で農業の指導をして貰いたい。 書物から得られる知識だけではない、土との付き合い方を体験的に学習している者の指導が必要なのだ。 ……悪魔のせいで書物さえも得られなかったしな。 ……それに、其方の亜人に対する嫌悪感が強く無いということも大きな要因か」

 

「国っ! む、無理ですよそんなの。 ……というかどこの国ですか? この王国の周りの国家なんて帝国にスレイン法国、後、えーとアーグランド評議国くらいしか知りませんが……、もしかして亜人ってことは―――」

 

なおも話続けようとするエンリをプーカは途中で遮る。

 

「まあ、行ってから教えよう。 少ない時間では説明しにくい場所でな……。 起き上がって私達の存在を知らせられないように、転がっている悪魔も始末したし、そろそろ行くか。 この悪魔の巨体ならば、三人位は問題なく抱えられるだろう」

 

「うっ……、そ、そうですね」

 

直前までは、予想外の話に取り乱してしまったエンリだったが、もしプーカに見込み違いだと思われ、この都市においていかれれば命が無いことを思い出し、一旦黙っておくことにした。

 

エンリにとって、現在最も優先すべきことはネムと共にこの都市を脱出すること。

後のことは脱出してから考えればいい、と思考を棚上げする。

 

だがエンリには脱出する前にもう一つ気になることがあった。

 

「あの……この人達はどうするんですか?」

 

指差す先には、地面で眠っている四人の冒険者の姿があった。

 

革の鎧を身にまとい剣を持った青年。 蜘蛛を思わせる細くしなやかな手足をした痩躯の男。

豊かな髭を蓄えた体格のいい男に、まだエンリと同年代と思われる中性的な短髪の少年。

 

エンリとしては、はっきりと言える程図々しくはないが、暗にこの人たちも助けられないかと伝えたつもりだったのだが、プーカは違う受け取り方をしたようだ。

 

「いや、流石にそれはやり過ぎではないか? 安全を考えれば念のためこの者達も始末するという選択は有りかも知れないが……特に恨みは無い、無抵抗の相手を殺すのも気が引ける。 

……まあ、其方がやると言うなら別に止めは―――」

 

「違います! 違いますから!」

 

いつの間にか残虐非道な提案をする女という立ち位置になっていたエンリは、必死にプーカの誤解を否定した。

 

「その、ですね。 彼らも何かの役に立つかも知れませんし、ついでに連れていってはどうかと……。 戦闘訓練とか魔法の修行とか色々と手伝ってくれそうですよ」

 

「その二つは間に合っている。 冒険者ということは人間を襲う亜人と戦っている訳だし、人を襲わない亜人にも敵対的な考えを抱くかも知れん。 下手に連れて行ってもな……」

 

プーカが、あまり乗り気ではないことを察したエンリだが、何とか彼女の興味を引こうと必死で頭を回転させる。

彼らを助けるような義理は特に無いかもしれない。 しかし、エンリは目の前で命の危機に晒されている人を見捨てることはしたくなかった。

 

その時、エンリはふと、先程プーカが農業に関して高い関心を持っていたことを思い出した。

 

「ぼ、冒険者って農家の次男坊、三男坊出身者が多いんです! 彼らも―――、うん、羽振りが良さそうには見えませんし農家出身だと思います。 私一人だけでは指導の手が行き届かないかも知れませんし、彼らも手伝わせればより効率が、その、増すかと」

 

プーカは、戦闘訓練や魔法の話題の時とは異なり興味を示したように、目を見開いた。

 

「うむ? そうか……。 まあ、そういうことならば、連れて行くか。 暫くは起きないだろうから、眠ったままで運んでしまおう。 また一から説明するのも面倒だしな」

 

何とかプーカを納得させられたことに、エンリはほっと胸を撫で下ろす。

そして心の中で行き掛かり上、彼らを貧乏人呼ばわりした上、今後の方針を勝手に決めたことに謝罪しておいた。 でも命が掛かっていたので、非常事態だったと納得してもらうしかないだろう。

 

(これで、運ぶのは合計七人。 もう一体、悪魔を調達する必要があるな)

 

プーカは空中に狙いを定め、空を飛ぶ悪魔を声で狙撃し意識を刈り取る。

そして直後、悪魔にザガンの魔法を仕込み、操作してこちらへと向かわせた。

 

実はプーカはエンリにザガンの真の能力を告げていない。

 

それはまだエンリと出会って一時間程度しか経過しておらず、信頼関係が存在しなかったからであるが、例え付き合いが長くてもプーカがこのジンの能力を打ち明けた相手は非常に限られていた。

 

ザガンの真価、それは声で精神に語りかけることではなく、意識を失った相手の中に音を媒介として自分のルフ、言い方を変えれば魂の一部を仕込めることにある。

 

ルフの一部を仕込まれた相手はそれを自覚することは出来ないが、相手の聴覚、視覚情報は術者であるプーカが距離に関係なく共有することが出来る。

更には、一時的にではあるが、ルフを仕込まれた相手を遠隔操作することさえ可能という、暗殺、諜報において比類無き力を持つ能力なのだ。

 

プーカが能力を秘匿するのは、この利点を損なわない為の対策であり、逆に言えば彼女から能力を明かすのは絶対に裏切らず、しかも簡単に聞き出されることも無いと確信出来る味方しかいない。

 

翼を持つ悪魔二体を操作した彼女は、自分とエンリ、ネム、そして漆黒の剣の面々を抱えさせ、エ・ランテルから飛び立っていく。

 

ンフィーレア捜索に集中する悪魔達が、それに気が付くことは無かった。

 

 

 




第四十四話、決壊。第三十六話、反転について書き換えを行いました。
修正内容など、詳しくは活動報告の方に記載しています。


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第五十一話 伝説

エンリ達のエ・ランテル脱出とほぼ時を同じくして。

 

ンフィーレア・バレアレは、未だに街の中を駆け回っていた。

 

空を見上げると点々と黒い点が動いている。

それらは飛行能力を持つ無数の悪魔達であり、時折地上近くを滑空しつつ、都市の至る所へ仲間の悪魔を投下すると、入れ替わりに人間を攫っていく。

 

恐怖する人々が発する悲鳴と、異常な熱気が支配する中をンフィーレアは立ち止まらずに、あちらこちらを見回しながら走り続けた。

 

数日前に、故郷のカルネ村が盗賊に襲撃され滅びた為に、エ・ランテルへと仕事を求めてやってきたエンリとネム。

 

特にエンリはンフィーレアにとって幼馴染の友人であると同時に、片思いの相手でもある。

 

その二人が若くして両親、そして故郷を失う悲劇に襲われたと聞いた時、絶対に二人を守らなければと誓った。

一昨日、アンデッドによる襲撃ではエンリを守るどころか逆に守られてしまったが、だからこそ今度は自分がエンリを助けられる程強くなってみせると……。

 

だが、その今度がこれほど間を置かずに、しかも遥かな脅威となって現れるとは予想もしていなかった。

 

「っ!」

 

二十メートル程先の曲がり角の先から聞こえる唸り声を感知し、ンフィーレアは慌てて路地へと逃げ込んだ。

冒険者でも戦士でもないンフィーレアにとって悪魔の強さなど察することは出来ないが、見かけた悪魔は火を吹く犬、ぶよぶよと太った灰色の巨人など見るからに恐ろしいものばかり。

 

戦闘経験など碌に無いンフィーレアにとっては、見るもの全てが自分の命を容易く奪う強者に思えた。

 

唯一幸運と言えることは、襲撃から既にある程度時間が経っている為、ンフィーレアが今いる外周部には人が少ないという点だろう。 悪魔達は、現在避難してきた人間が密集しているであろう内周部に集中しており、ンフィーレアがエンリ達を探している外周部においては比較的まばらだ。

 

しかしながら、今も尚、断末魔のような悲鳴が様々な方向から聞こえているのだが……。

 

「ぜえっ、はぁ」

 

いつの間にか、胸が苦しくなっている事に気がついたンフィーレアは狭い路地裏の建物の隙間に潜り込み、一旦息を整える。

極限状態の中で、必死でどこにいるかも分からない二人を探してきたのだ。

体力が既に限界を迎えていても、不思議ではなかった。

 

ンフィーレアは迷う。

先程、市場を探したときには見当たらなかった。 

そもそもいくら襲撃前に市場にいたとしても、いつまでも同じ場所にいる筈がない。 

当然エンリ達も避難しているだろう。

 

いや、もしかして、既に悪魔に……。

 

「……」

 

そこまで考えてンフィーレアは無理矢理、その思考を振り払う。

 

今のンフィーレアはエンリ達が生きているという希望だけで、この絶望的な状況を闘っていた。

もし、それが途切れれば力尽きて二度と起き上がれなくなってしまう気がしたのだ。

 

きっと二人は既に城壁内に避難しているに違いない。

だとすれば、現在街の人達が多く集まっているであろう内周部へと行ってみよう、とンフィーレアが壁から背を離し歩き始めた時

 

「どこへ行くんだい?」

 

と、背後から声が聞こえてきた。

その声色は、今の状況にそぐわない涼やかとも言える落ち着きと、頭の奥を揺らすような甘さを含んでいる。

 

ンフィーレアが咄嗟に声が聞こえてきた方を向く。

今の声は背後から降るように聞こえてきた、とすると……。

 

斜め上を見たンフィーレアの視線の先、路地脇の建物、その屋根の上にそれは居た。

緩くウェーブの掛かった絹糸のような黄金の髪に、体のしなやかさを引き立てる、しなやかなスーツ。

 

驚く程に整った中性的な顔には、男性のンフィーレアから見ても息を呑むような、淫靡とも言える微笑を湛えていた。

 

ただ、その額から生えた二本の角と、青い肌色が彼の正体を如実に物語っている。

 

「あ、悪魔……」

 

ンフィーレアは体中に鳥肌が立つ感覚に襲われ、数歩後ずさりした。

 

その様子を悪魔は、変わらぬ微笑を浮かべて見つめている。

 

その悪魔の名はインキュバス。 特に精神系魔法に長けた悪魔の一種であり、レベルにして23と、自動POPモンスターの中ではそれなりの戦闘能力を持つナザリックのシモベ。

 

ンフィーレアにとっては、まともに戦ってもまず勝目がない強敵だった。

 

「いい表情だね。 ……ふふふ、人間が怯える顔ってなんでこう、そそられるのかなぁ。 僕たち悪魔の本能がそうなっているのか、それともシモベとして与えられた性質なのかな」

 

「……っ!」

 

インキュバスの口調から、完全に自分が侮られていることをンフィーレアは理解するが、だからと言って憤ることも出来ない。 ンフィーレアの意識はどのように戦うか、ではなく、どのように隙をついて逃げるかに向いていた。

 

それと同時に、思いがけず言葉を話す悪魔と出会い、つい口をついて疑問が噴出する。

 

「ど、どうしてエ・ランテルを襲う? こんなに多くの人を一方的に……どうして!?」

 

インキュバスはンフィーレアの問いかけを聞き少し思案するが、やがて答えてやることに決めた。

勿論、親切心などではなく、インキュバスは既にンフィーレアを逃がすつもりは無い為情報流出の心配は無く、もう少しンフィーレアの絶望を楽しみたくなったという理由からだったが。

 

インキュバスを始め全ての自動POPモンスターはナザリックのシモベとして、仕事を忠実に行うことを本能レベルで刷り込まれている。

だが、アンデッドのように生理的欲求の無い存在ならばともかく、高い知能を持つ欲望の権化たるインキュバスが、仕事のついでに己の嗜虐心を満たそうとすることは当然有り得ることだった。

 

この世界ではスケルトンのような本能のみで動く低位のアンデッド等を除く自動POPモンスターにも、意思というものが存在している。

当然それはナザリックのシモベという彼らの存在意義を逸脱しない範囲に制限されており、そういう意味では自由意思とは言えないかもしれないが、兎に角ナザリック内のNPCが取る行動は良くも悪くも機械的なものでは無くなっていた。

 

「何故って言われてもねぇ……命令だからかな? 本当はンフィーレア・バレアレっていう人間の男を捕まえることが目的らしいんだけど、見失ってしまったみたいでね……。 それで都市内の若い男を手当たり次第に確保しているのさ。 まあ君がンフィーレアじゃなくても、それを判断するのは偉大な御方達。 僕としては……」

 

そこまで言って悪魔はンフィーレアの奇妙な表情に気が付く。

怒りと共に、先程までは無かった驚愕と奇妙な苦悩が入り混じった顔……。

 

「も、もしかして……」

 

「《マジックアロー/魔法の矢》!!」

 

ンフィーレアの手から、二本のエネルギーの矢が悪魔に向けて放たれる。

 

今、ンフィーレアの心中は混乱の極みにあると言っても良かった。

何故、自分の名が出てくるのか。 どうして自分が狙われるのか。 一体誰が、こんなに大勢の悪魔に街を襲わせたのか……、そして、このエ・ランテルの惨状は自分のせいだとでも言うのか。

 

様々な感情が奔流のように体内を駆け巡り、気がついた時には激情に任せて攻撃魔法を目の前の悪魔に放っていた。

 

だが、初歩的だが自分にとって最も頼りになる攻撃魔法である魔法の矢に、目の前の悪魔は軽く手を上げて首と顔を庇っただけだった。

 

矢が二本とも胸へと突き刺さり、スーツが軽く破れる。

……しかし、矢が当たったことを示す痕跡はそれだけ。 骨が折れる音が聞こえたり、血が吹き出ることは無い。

 

衝撃に軽く体を揺らした後、手を顔の前から下ろした悪魔は、先程とは異なる肉食獣のように凄惨な笑みを浮かべていた。

 

「その反応……、君、もしかしてンフィーレアなのかい? ……ひゃはははは、僕はついてる!

まさか、大本命に巡り会えるなんて。 さぁて、もう遊びはなしだ。 ―――行くぞ」

 

「うっ……」

 

悪魔が放つ禍々しい殺気にを受け、激情から再び恐怖に支配されたンフィーレアは悪魔に背を向けて逃げた。

そして狭い路地から飛び出し、視界が開けたと思った直後、右足が空を切って地面へと転がってしまった。

 

先程ここは通ったが、こんなところに段差があっただろうか。

 

一瞬疑問に思うが、直ぐにそれどころでは無いことを思い出し、ンフィーレアは大急ぎで体を起こそうとする。

 

だが……、なぜか右足から地面を蹴る感覚が伝わって来ない。 体は地面に縫い付けられたままだ。

 

後ろを見たンフィーレアの目に最初に飛び込んできたのは、鮮烈な赤色だった。

赤色の服など来てきた覚えは無い、と一瞬それが何なのかンフィーレアは分からなかったが,やがて気が付く。

 

これは自分の体から吹き出ているのだと。

そう認識した瞬間、今度は体の芯に響くような鋭い痛みが襲いかかってきた。

 

「あ、足が……ああぁぁぁ!」

 

近くの別の悪魔も呼び寄せてしまうかもしれない、などという配慮は最早ンフィーレアの頭にはない。

ただ痛みと恐怖のままに喉から悲鳴が迸る。

 

ンフィーレアの右膝から下の部位は完全に切り取られており、すぐ近くに靴を履いている足が無造作に転がっている。

動けなくなったンフィーレアが自分を追っているであろう悪魔のいる方向を見たとき、彼は何が起きたのかを全て悟った。

 

インキュバスが持つ赤い血が滴り落ちる偃月刀が、それを雄弁に語っていた。

 

 

「生け捕りという他に、特に指定は無かったからね。 ……どうする? まだ逃げてみるかい?」

 

既にンフィーレアには逃げる能力が存在しない事を承知の上で、インキュバスは彼を嘲笑う。

しかし、ンフィーレアはそれに言い返すことさえ出来ず地面をのたうち回るだけだ。

 

インキュバスは笑みを深くしながら、右手をンフィーレアへと伸ばした。

 

だが、その腕がンフィーレアを掴むことは無かった。

何故ならインキュバスが、ンフィーレアに手が届く直前に身を翻したから。

そして瞬き程の時間の後、インキュバスの腕があった場所を長い何かが風を切って通り抜けた。

 

動物的な勘でそれを回避したインキュバスの背筋を冷たいものが通り抜ける。

もしも避けきれておらず、まともにそれが体に当たっていれば、確実に重大なダメージを喰らっていたことを感じたからだ。 理屈ではない、悪魔として、捕食者としての本能によって。

 

「その人はそれがしの恩人でござる故―――、助太刀させて頂く。 さあ、命の奪い合いをするでござる」

 

インキュバスが睨みつける、二十メートル程離れた道路の先。

白銀の毛皮を持つ伝説の魔獣が、鱗に覆われた尾をしならせていた。

 



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第五十二話 魔獣の背の上で

「がぁっ……、はぁ!」

 

インキュバスの右手が、偃月刀ごとハムスケの尾に切り飛ばされた。

戦いが始まり間もない内に彼我の実力差を知ったインキュバスは、一旦逃走してンフィーレア発見の報を魔将達に伝えるべく動いていたが、それは未だに成功していない。

 

本来ハムスケは森の中に住んでいた魔獣であり、立体的に入り組んだ地形での戦闘は得意分野に入る。

 

二十メートル近くの射程を持つ尾で一方的に攻撃を加えつつ、その巨体を使い、巧みに逃げ道を塞いでくるハムスケは檻の中に入った獣を追い詰めるように、確実にインキュバスにダメージを与えていた。

 

(くそっ、身体能力を頼りに逃げるのは無理か。 ならば……)

 

「《パラライズ・ミスト/麻痺霧》」

 

「む?」

 

インキュバスの突き出した左手から、大量の黄色い霧が吹き出し、周囲を覆った。

 

第三位階魔法、《パラライズ・ミスト/麻痺霧》。

この呪文により発生する霧は毒性を持っており、吸入したものはダメージこそ負わないが、四肢の麻痺により行動が阻害される。 

多人数を同時に無力化することも可能な魔法ではあるが、霧を吸入しなければ抵抗は容易な為、知識さえあればそれ程の脅威とはならない。

 

ハムスケも知識こそなかったが、敵の魔法により現れた霧に警戒し、咄嗟に息を止める。

 

最も、まともに吸い込んでいてもハムスケに対し効果があったかは疑問だが。

 

この魔法は霧の毒性自体はそれ程強くは無い為、レベルにおいて自分より優っている相手には効果は薄く、この世界においては大勢の格下を相手にするときは強力な魔法という評価だった。

 

 

だが、インキュバスの狙いはハムスケを麻痺させることではない。

 

「消えた……、でござるか?」

 

魔法で突如現れた霧が、一瞬で晴れたとき、既にそこにはインキュバスの姿は無く、先程までの戦いの痕跡として地面に黒々としたインキュバスの血痕が残るのみであった。

 

「これは……」

 

ハムスケは幾つかの可能性を考える。

 

これまでの二百年近くの生の中で得た経験と今の状況を照らし合わせ、最適な行動を導き出す。

ハムスケが森の賢王と呼ばれ、過酷な生存競争の場であるトブの大森林で長い時を生き延びてきたのは、血に飢えた魔獣には無い、優れた知能がある故だったのだから。

 

(転移魔法というものがあると聞いた事があるでござるが……、その線はないでござるな。 話に聞けば、伝説に語られるような魔法使いしか扱えない高位魔法だった筈でござるし、某の相手はそれ程強くはない。 とすれば地面に潜行して逃げた……、いや、そんなことが出来るならもっと早くに使っている筈でござる。 あの青肌の男は早々逃げ腰でござった。 とすると、恐らく……)

 

「逃げられたようでござるな。 仲間を呼ばれると厄介だし、ンフィーレア殿を回収して早くこの場から逃れるでござるか……ん? ンフィーレア殿?」

 

ハムスケは倒れているンフィーレアに近づくが、彼の四肢が細かく痙攣していることに気がついた。

 

(あの青肌の男の放った魔法を吸い込んだでござるか。 切られた右足からの出血も酷く、意識も失っているようでござる。 これは直ぐに治療しなければ助からないでござるが……)

 

ハムスケが扱う魔法は全て魔力系の魔法。

回復は基本的にはドルイドや神官の領域であり、ハムスケに回復魔法を扱うことは出来なかった。

 

(遠からず死ぬのなら、別に運ぶ必要は無いでござるな。 せめて、意識が無い内に楽に殺して進ぜるでござる)

 

もし、これが人間や亜人の友同士ならば、たとえ助からないと分かってはいても、まだ生きている相手を見捨てられずに共倒れする危険もあっただろう。

 

しかし、ハムスケとしてはンフィーレアには命を救われた義理がある為に、都市から逃げ出そうとする途中で見かけた彼の窮地を見過ごさずに助太刀をした。 だが、それは言うなれば義理を重んじるハムスケの主義からくる行動であって、昨日出会ったばかりのンフィーレアと個人的に深い友情がある訳ではない。

 

森の中での生存競争で培われた理性は、ンフィーレアにこれ以上してやれることは無いと判断していた。

 

(一瞬で殺すなら、心臓、首、頭のいずれかでござるが……、心臓か頭を潰すと、体が大きく損傷してしまうでござる。 恩人に、あまり無残な死に様をさせるのも気が引けるでござるし……、首の血管を斬るでござるか)

 

準備の為に、ハムスケはンフィーレアの首に掛かっていた邪魔な髪の毛をかきあげ、首を露出させるが、その時に独特の刺激臭がハムスケの鼻をついた。

 

「これは……薬草? そうか! もしかして……」

 

ハムスケは、手でンフィーレアが着ている服を探る。

 

アインズ達の印象が強くつい忘れていたが、ンフィーレアは薬師だと言っていた。

だとすれば、応急手当が可能な薬品を所持している可能性もあるのではないかと、思い至ったのだ。

 

「……あったでござる!」

 

それはンフィーレアが付けていた前掛けのポケットの中。

青色のどろりとした液体が詰まった瓶が、数本詰め込まれていた。

 

本来、ンフィーレアが貴重なポーションを街中で持ち歩くことはないが、今回に限ってはエンリとネムが怪我をしていた時の為に、薬草と魔法で作った数本のポーションを持ち出していた。

 

ポーションの種類など分からないハムスケだったが、瓶の中身はすべて同じ身体的な傷を治癒する薬品。

適当に一本を選び、爪の先を器用に使いポーションの蓋を開けると、半分程をンフィーレアの傷口へと振りかけ、残りを口の中へと押し込んだ

 

すると、回復魔法程に急速ではないものの、徐々に血が止まりだし、青ざめて居た顔にも仄かに血の気が戻り始める。

 

それを確認したハムスケは残りのポーションを頬袋に入れると、尻尾を使いンフィーレアを背中に乗せ、曲がり角へと消えていった。

 

 

人気の無く、物音一つしない裏道での出来事。 

………だが、ハムスケとンフィーレアが去る様子をを見ていたものが一人だけそこに居た。

 

「ふぅ、ふぅっ」

 

極度の緊張が途切れたことで、息を切らして地面へと膝を着く存在。 それは霧を発生させた後に姿を消したインキュバスだった。

 

彼は、今まで息を殺し物音を立てないようにしながら、ずっとハムスケ達の近くに潜伏していた。

 

何故ならばインキュバスの使う《インヴィジビリティ/透明化》の呪文は、姿を消すことは出来ても、それは視覚情報だけの話。

 

当然、歩いた際に立てた音は聞こえてしまうし、臭いも消すことは出来ない。

仮にあのまま、道を走って逃げようとしても直ぐに位置を補足されてしまうと判断したインキュバスは、あえてその場に留まることにより、ハムスケが去ることをを待つ選択をしたのだ。

 

そして、その作戦は功を奏したらしく、インキュバスは生き残った安堵に震える。

獣は鼻が非常に聞く場合が多い為に、例え動かなくても臭いで、インキュバスの位置が露見する可能性もある。

 

その場合は一か八かで、強引に逃げるしかないと思っていたのだが……。

 

(さて、魔将様にご報告をしなければ。 ンフィーレアは僕の手では確保出来なかったが、その動きを封じ、位置も特定した。 あのデカブツに運ばれているなら、否応もなしに目立つだろうし、捕獲は容……い……?)

 

だが、インキュバスの思考は途中で中断されることになる。

胸を突如として衝撃が襲い、肺の空気を強引に押し出したからだ。

 

「なっ……んで?」

 

視線を下ろすと、左胸に何かに貫かれたような大きな穴が空いている。

 

何かを投擲され、それが胸を貫いたのか、と思うが直ぐにそれが間違いであったと理解した。

 

不可視の霧が晴れるように、うっすらと胸を貫いたものの正体が姿を現す。

それは、先程まで闘っていた大魔獣、ハムスケの尾だった。

 

インキュバスが再び視線を前に戻すと、十五メートル程離れた場所に先程立ち去った筈のハムスケがンフィーレアを背に乗せたまま、確かに存在していた。

 

「お前、は……、去ったはず……」

 

自分の命が失われつつあることを自覚しつつも、問いかけるインキュバスにハムスケが口を開く。

 

「透明化がバレていないと思っていたでござるか? 音はしなくても、血の臭いを嗅げばお主が立ち去ってなどおらず、近くに留まっていることは明白でござった」

 

その言葉にインキュバスは目を見開く。

透明化が最初からバレていた? だとすれば、どうして奴は直ぐに攻撃をしなかったのだろうか。

 

インキュバスの疑問を察したハムスケは更に語る。

 

「とは言え、臭いだけでは正確な位置は測れぬでござる。 もし攻撃を外して、透明化したまま強引に逃げられれば、仕留めきれずに仲間と合流される可能性もある。 その為に、一旦気がつかぬ振りをして離れた後、自分達に透明化を使い再び戻ったのでござるよ。 安心したお主が物音を立てる瞬間を狙う為に。 ………自分が隠れることに気を回しすぎて、相手の行動を予想し損ねたのがお主の敗因でござるな」

 

「そっ……か。 そういえば、最初に、君ほど大きな魔獣に不意打ちされるまで気がつかなかったのは……君が……透明化の魔法を使えたから、か」

 

インキュバスの視界が徐々に暗くなっていく。 まるで深い水底に沈みながら、海面から差し込む太陽の光を見上げるように。

 

負けた。 力においても、そして知恵においても。

 

相手はただの力が強い獣では無かった………。

 

「頭いい……ね。 き、み……」

 

インキュバスは、その言葉を最後に意識を完全に手放した。

役目を終えたその体が、光の粒子となって天へと登っていく。

 

その様子を見ていたハムスケはこれからの行動について、考えた。

 

(さて、アインズ殿達も何故かいないし……。 これから、どこへ行くとするでござるか。 

ンフィーレア殿も、一先ず命は取り留めたものの、全快には程遠いようでござるが、助けてしまった以上途中で放っておく訳にもいかないでござる。 ……気は進まないけれど、もう一度森へ戻って体勢を立て直すでござるか。 一日森を空けただけならダークエルフ達も煩いことは言わないでござろうし、ンフィーレア殿なら自分で薬草を採取して薬を作ることも可能でござろう。 ………森に人間を勝手に入れることについては、何かと文句を言われるかも知れないでござるが)

 

ハムスケ……、森の賢王と呼ばれ恐れられる大魔獣はンフィーレアを背に乗せ、再び透明化を使った後に、城門へと歩き出した。

 

 

 

 



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屍の街
第五十三話 指針


ナザリックの最奥部、玉座の間の前室である大広間。

 

レメゲトンの悪魔を象った六十七体の悪魔像が、まるで王を守る衛兵のように立ち並び、天井には四色のクリスタルが緩やかに回転しながら複雑な光を部屋全体に投げかけている。

 

それらは、ただの装飾品では無く、ナザリックの最終防衛システムを構成する存在。

百レベルのパーティーを、二つは壊滅させ得る兵器群だった。

 

大広間の奥にある巨大な扉を抜けると、そこには更に圧倒的な光景が存在していた。

 

壁には、ギルドメンバー四十一人を象徴する大きな旗が垂らされ、天井には七色のクリスタルで作られたシャンデリアが、眩い光で部屋を包み込む。

 

部屋の最奥には十数段の巨大な階段があり、その上には現在、三体の影があった。

 

デミウルゴスは現在、部屋の最奥に配置されているワールドアイテム、諸王の玉座に座り、強欲の魔将と嫉妬の魔将の二体を前にしていた。

 

魔将の二人は、恐怖に体を縮こまらせながら言い訳がましいことを交えつつ、エ・ランテル襲撃の顛末を説明してくる。

デミウルゴスは玉座の上で、それを聞くと同時にこれまでの、そしてこれからの事にも思考を巡らせていた。

 

 

玉座に座っている、と言ってもデミウルゴスに自分の権威を強調する目的がある訳ではないが。

デミウルゴスは、モモンガの追跡を諦め指輪を使いナザリックに帰還した後、第八階層、桜花聖域を守っていた筈のオーレオールから、第八階層に配置されていた存在が暴走し始めた旨を聞き、急遽それらを再支配する為に、諸王の玉座へと向かったのだ。

 

幸いデミウルゴスがナザリックに戻るまでの時間が短かったことが幸いし、それらは一体も失われずに無事デミウルゴスが再支配することが出来た。

ただ、その過程でオーレオールの部下であるモンスターの内、七十五レベル以上のモンスターが六体損失したらしいが………オーレオールから聞いた話によると、最悪それら五体の内四体は失われていてもおかしくは無かったらしい。

 

デミウルゴスはオーレオールに聞くまで八階層に配置されていた存在の正体は知らなかったが、諸王の玉座を使用した際に伝わってきた情報によると、それら五体が元ナザリックのレイドボスという存在は本当らしい。

 

高レベルのシモベを六体失ったことは確かに痛いが、レイドボス五体を支配できたのならばお釣りがくる、とデミウルゴスはオーレオールに対しては賞賛の意を先程伝えたところだ。

 

しかしデミウルゴスにとってレイドボス達にまつわる話は、喜ぶべき事柄ばかりでは無かった。

ワールドアイテムは一般的なマジックアイテムとは違い鑑定魔法により情報を得ることは出来ない。

消費型ならば、触れた瞬間に。 そうでなければ使用時に、所有者に対して情報が伝わって来るのだ。

 

(使用時に伝わってきた、諸王の玉座の効果。 正直言ってかなり使いづらいですね……。 モモンガさ――、いや、モモンガがあれらを第八階層に互いに離して封印していた理由が理解できました。 ―――まあ、それでも使いどころは当然ある。 頼もしい戦力が得られたことには変わりはありませんが)

 

そして、もう一つの懸念事項。

 

(オーレオールが自己申告してきた、自身が簒奪の薔薇の影響から逃れたという件。 ……徹底的にリスクを排除するならば、始末するべきですが、それは貴重な戦力の損失となる。 オーレオールにしか出来ない、ナザリック内のゲート管理も不可能になる……、流石に失う物が大きすぎますね)

 

一先ず、第八階層の件を身を危険に晒して解決に導いたことは、ナザリックに、そしてデミウルゴスに対しての忠誠を示した。

ならば、当面は警戒しつつも様子見……ということにするか、とデミウルゴスは結論した。

 

そして意識の重点は目の前の二体に移される。

 

「その突如現れ我々を妨害した女に対し、かなりの手傷を与えることには成功しましたが……、最終的には逃げられてしまいました。 逃走経路は恐らく下水道を利用したものと思われます。 そ、その後ンフィーレア・バレアレの蘇生魔法を利用した探索。 既に攫った男達の検分を行いましたが……」

 

「結局、発見出来なかったと?」

 

淡々とした口調で、デミウルゴスが強欲の魔将の言わんとしている事を先取りする。

その声に、体をより一層強ばらせながらも強欲の魔将は答えた。

 

「は、はい。 ……この失態、どのような罰でもお受けする所存です」

「私も……同様です」

 

失敗者に与えられる、容赦が無いであろう処遇に怯えながらも二人は、はっきりと答える。

ここまで来れば、せめて潔く罰を受け入れるべき、という諦念が声に含まれていた。

 

しかし、デミウルゴスの返答に特に怒りは込められていなかった。

 

「………ンフィーレア・バレアレを取り逃がしたことは確かに失態だったね。 モモンガやアルベドの妨害があれば、成功確率は高くはないと踏んではいたが二人が現れていない状況で失敗、普通ならばありえないミスだろう。 ただ……、その乱入者、金髪の女の情報を持ち帰ったことは手柄と言えるがね。 超位魔法とは異なる巨大な魔法陣、それに伴う我々の視点から見ても巨大かつ強大な魔法。 この世界特有の物かもしれず、それと短時間ではあるが交戦して得られた情報の価値は高い」

 

さらに、デミウルゴスは続ける。

 

「それに、その女、あまりにタイミングが良すぎることも気になるね。 取り敢えず、君達のエ・ランテル襲撃の経験から、この世界の人間の強さは話にならない程弱いことは理解出来た。 無論、あくまで平均の話であろうし、例外も当然あるだろうが……。 その上で、それ程の実力者が今日エ・ランテルに居て、同じくンフィーレアを狙っていた。 これは恐らく偶然では無いだろうね。 もしかしたら、いや、高確率でモモンガが何らかの計略を巡らせた結果だろう」

 

風向きが変わってきたことを悟り、魔将は頭を下げたままデミウルゴスの声に集中し、真意を探ろうとする。

もしかしたら、まだ死なずに済むかも知れない、と。

 

「ギルドを奪い、臣下は僅かにアルベドのみ……という状況まで追い詰めても、やはり相手は智謀において、私の遥か先をゆく神算鬼謀の大マジックキャスター。 この状況で、君達二人が持つ、今日の記憶と力を手放す訳には行かないね。 ……今回の失態に関しては罰は保留としておこう。 不問では無く、保留。 この意味は言う必要は無いだろうね?」

 

「は、はい!」

「二度とこのような失態は繰り返しません」

 

二人の魔将は、緊張した声で答える。

 

不問では無く保留。

二人はこの言葉が示すことは、次は無い、という事だと理解した。

 

 

「では早速働いて貰うとしようか。 ……まずは、他のシモベ、特に階層守護者達の動向の把握だね。 無論簒奪の薔薇の効果により、私をギルドマスターと認識している以上、謀反までは無いだろうが……何らかの私に不利益となる行為をする可能性はある。 あれを使用した当初は、精神的に興奮していたのかナザリックのシモベは時間さえ経てば無条件に私に従う、と考えていたが……よく考えれば、ギルドマスターの命令ならば、どんな物でも全く迷わずに遂行できるとは思えないからね」

 

例えば、とデミウルゴスは考える。

 

以前に、自分がモモンガにウルベルト様を殺せ、と命令されたとすればどうだろうか。

無論、ナザリックのシモベとしてギルドマスターに逆らう事など許されない。 だが自身の創造主であり……、この世の何よりも美しく、叡智という概念の具現化、深淵なる魔導の申し子と今も変わらぬ崇拝を捧げるウルベルト様を殺せと命じられれば?

 

当然、勝ち目など微塵も無いだろうが、それでも戦うことは躊躇われるだろう。

最終的には、創造主とでさえも対峙することを決意出来る、とかつてナザリックのシモベであった者として、心のどこかでは感じる。

 

しかし、同時に命令に反しない範囲で精一杯ウルベルト様の手助けをするだろう、とも思える。

例えば、秘密裏に情報を流すなど……。

 

(アルベドやパンドラズアクターなどは、例え洗脳が上手くいっても、従順なシモベにはならなかったかも知れませんね。 モモンガさ……いや、モモンガに対して個人的な感情が強すぎる者は危うい。 しかし……、モモンガを個人的に慕う、というよりはナザリックのギルドマスターとして崇拝していた者ならば、ある程度は安心して使えるかも知れない? ……とは言え、生物の心などは簡単には見透かせぬもの。 安易な判断は危険、か)

 

暫くの間は傭兵NPC等、明確にナザリックその物に仕えているシモベを使うべき、とデミウルゴスは決定する。

至高の存在への個人的な思い入れが強すぎる拠点NPCが、今後どのような行動を取るのかは不確定要素が大きすぎる。

 

「次は、拠点内に存在する財産の保護だ。 モモンガは、ナザリックの殆どの場所に転移出来るリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを相当数所持していると考えられる。 宝物殿の宝や、至高の存在の個室に存在するアイテム等、何の対策も無ければ拠点外から盗み放題だろうからね。 ……私が知る指輪で直接移動不可能なエリアは玉座の間と桜花聖域。 ……玉座の間は位置的にも守り易いし、防衛システムも磐石。 暫定的に拠点内の貴重なアイテムをここへ移動させなさい。 流石に全ての財産をいつまでも一箇所に纏めておく訳にはいかないから、やがて別の防衛策を考えるべきだろうがね」

 

内部の懸念の内、優先事項が高い物はこんなところだろうか。

次にデミウルゴスは、外部の問題について考える。

 

「それと……、エ・ランテル内の目撃者は全て始末したと言っていたが、それは確かなのかね?」

 

「外部へと通じる門は全て封鎖していましたし、この世界の人間のレベルを見ると転移魔法を使用できる者など、そうそう居るとは思えません。 恐らくは……」

 

そう語る嫉妬の魔将に、デミウルゴスは眉を顰めた。

 

「まさか門を封鎖していただけなのかね? しかも転移魔法を使用できるレベルの人間などいない可能性が高い、など……。 君たちは、そんな水準よりも遥かに強い人間……いや、人間らしき存在と戦ったのだろう? 転移魔法に関しても例外がないと考えるのは楽観的過ぎる。 それに透明化状態で、空を飛んで脱出されたら? ………エ・ランテルには人が通れる大きさの下水道があったと、女の逃走経路について説明していたね。 他の人間もそこから脱出している可能性は? 下水道というからには街の外部にも繋がっているだろう」

 

「そ、それは……」

 

「はっきり言って私が君達の話を聞いて受けた印象は、都市から脱出した人間が複数いる可能性が極めて高い、だね」

 

デミウルゴスに次々と行動の粗を指摘され、魔将達の心が後悔で埋まる。

都市を脱出するのに、卓越した実力など要らない。 

ただ、機転と知識さえあれば脱出の可能性は十分にあったことを自覚させられた。

 

「まあ、過ぎたことは仕方ないにしても対策は必要か。 本来、目撃者を消す指示は、外部の勢力とこれ以上敵対関係になることを防ぐため。 ……私がシモベとしての縛りから自由になった時は、精神的に興奮していたし、モモンガ率いるナザリックと他国を敵対関係にすることで、否応無しにナザリックと世界を敵対させようとしたが……、スレイン法国は思っていたよりも厄介な相手らしいし、エ・ランテルの女のように未知の強者もいる。 ナザリックを掌握し、一先ずの安定を得た今となっては、敵は一つずつ確実に潰していきたい」

 

そして、最初の敵となる存在はスレイン法国だろう。

モモンガがどうして、スレイン法国に向かったのかは謎だが……、自分は何の勝算もない行動をするような愚か者を相手にしている訳ではない。 モモンガが、自分には想像出来ない交渉の切り札を持っていた場合、既にモモンガとスレイン法国は何らかの協力関係にあると思っていいだろう。

 

(すると今すべきは、他の周辺国家を同時に敵に回さないようにすることか。 あわよくば、利用まで出来るといいが……。 そして、回避すべきは今後、ナザリックを共通敵としてスレイン法国と他国に緊密な同盟を組まれることだ)

 

ただ、対外工作を行うためには、まだ国家間の関係などの情報が不足している。

 

当然、情報収集は行うが時間はかなりかかるだろう。

今から、少しでもスレイン法国の動きを牽制するには……。

 

「今ナザリックが対外的に抱える一番の火種は、エ・ランテルか。 あれをナザリックの仕業として宣伝されると、かなり拙い。 ンフィーレアを確保出来ていれば、それに見合うだけの価値はあったが、今となっては只、厄介なだけだ。 ……………ふむ、スレイン法国はモモンガを現在匿っている可能性が高い。 ならそれを利用させて貰うとしよう」

 

「それは、どういう事ですか?」

 

強欲の魔将の質問に、デミウルゴスは不敵な笑みを浮かべながら答える。

 

「確か、自動生成されるアンデッドの中に、死体をアンデッド化させる者がいたね。 不浄なる闇(ヴォイド)と言ったか。 第三位階魔法の《クリエイト・アンデッド/不死者創造》が使えた筈だった。 あれを集めてエ・ランテル内の死体を全てアンデッドにさせなさい。 目撃者達を蘇生されることを防止すると同時に、あの都市を……、劇の舞台としよう。 スレイン法国にとっては、これからのモモンガの扱いは難問の筈。 まさか、昨日都市を襲った相手が自分が属する勢力で居場所を失ったので仲間になります、などとは言えないだろう。 かと言っていつまでも秘密にしていては行動が制限される。 多分、幾らかほとぼりが冷めた後に、適当な理由をつけて勢力へと公式に受け入れるだろうが……、その前にモモンガの印象が悪くなり過ぎたら? 敵にとっては厄介な展開だろう」

 

他の国での大規模な破壊工作は現時点では拙い。

情報不足の中、派手な行動を取ることは、これ以上は避けるべきだ。

 

(情報面で向こうの方が優勢。 ………しかし戦力では、都市の襲撃時の投入戦力からして、こちらが優勢の筈。

勿論あれが全てでは無いだろうがね。 序盤で多少の先行を許すことは仕方ない。 当面の行動は、相手の動きを牽制しつつ情報収集をすることに留めた方が懸命だ。 今はもう焦る時ではないのだから)

 

デミウルゴスが一通りの指示を終えると、二人の魔将が室外へと出て行く。

 

荘厳な玉座の間に一人残されたデミウルゴスは、壁に掛けられた至高の四十一人の旗を見上げた。

 

 

「モモンガ………、いや、モモンガ様。 やはり、努めて呼び捨てにしてみても、激情に身を任せてみても貴方様のことを憎む気にはなれませんね。 だが……、私は自由を得たときに誓ったのです! 私は貴方様より……、ウルベルト様の意思を成し遂げることを選ぶと。 私は暴虐と破滅の具現者、全てを滅ぼす悪魔、デミウルゴス。 そう望まれて生まれた私は、その望みを成し遂げる。 モモンガ様、貴方様の世界征服という望みも私が成し遂げてご覧に入れます。 世界の全てが破滅の旗印の元に、とこしえの静寂を以て統べられることでしょう!」

 

デミウルゴスが視線を、旗から再び正面へと戻す。

その瞳には狂的な信念による、爛々とした光が満ちていた。

 

「ですから………、どうか安らかにお消えください。 モモンガ様」

 

 

 

 



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第五十四話 法国の足跡

―――スレイン法国、光神殿内最奥聖域、アーラ・リィ・レイン。

 

聖域というと大仰に聞こえるが、つまるところ、アーラ・アラフがこの世界に来て、一度老衰で死ぬまでの間に使っていた私室である。

そこは彼女の信奉者によって、神官長による定期的な清掃以外は一切の物に触れることなく保たれてきた。

 

現在その部屋の前に、アーラ・アラフとクリスト。 そしてモモンガとアルベドが居た。

 

「急について何も言わずに来て欲しいとは……。 一体どういう理由があるの? モモンガ様の御手を煩わせるからには、少しは説明を―――」

 

「いい、アルベド。 我々は、この神殿や都市のことは何も知らないからな。 説明できないこともあるのだろう」

 

アルベドは不信感を一切隠そうともせず、モモンガを守るように立ちながら、アーラ・アラフ達を睨みつけている。

それに対して、アーラ・アラフはともかく、クリストは真っ向から睨み返しており、まさに空気は一触即発というに相応しかった。

 

これは今に限ったことではなくアルベド自身、モモンガが選択した事とは言え、人間達の勢力に身を寄せることは当初から懐疑的ではあった。

無論、今の所、最終的にはモモンガの意思に従う姿勢を見せているが、既にアルベドはギルドシステムの支配からは逃れている、ということはモモンガにとって重大な懸念事項だ。

 

もしアルベドがモモンガに対して不信感を抱いてしまえば、思わぬ行動に出るかもしれず、かと言ってスレイン法国内でも危うい状況にある今、アルベドを優先するあまり彼らを刺激するのもまずい。

 

モモンガは既に無いはずの胃が、きりりと痛むような錯覚に襲われた。

 

(はあ、厄介な板挟み状態だな……。 だけどアルベドの心配も尤もかもしれない。 今の所、このアーラ・アラフというプレイヤーと自分や協力関係にはあるけど、お互いに信頼関係はないし………)

 

結局両者は互いの目的が共通していることから即興で手を結んだだけだ。

 

モモンガは、仲間達と作ったナザリックがこれ以上仲間が望まないであろう方向へ行くことを阻止したい。

アーラ・アラフはスレイン法国を守りたい。

 

(しかし……、だとすればこの国はプレイヤーが作った、若しくは関わった国という可能性が高いが、歴史はどのくらいなんだ? 自分達と同時に転移してきたってのはありえないとして……。 そもそも、この都市はギルド拠点なのか? この神殿は精巧な装飾と、良質の建材が使われていて、かなりユグドラシルっぽいけど街の建物は……、ユグドラシルの拠点の建物としては質素過ぎる気がしたが。 しかも拠点NPCも見かけないな)

 

モモンガの疑問は尽きない。

 

その時、アーラ・アラフが移動開始から、初めて口を開いた。

 

「ちょっとモモンガ殿と二人で話したいことがあるの。 悪いけれどクリストと……アルベド殿は部屋の外で待っていて欲しい」

 

「なっ……。 モモンガ様、そのようなことは保安上、危険過ぎます! 何を企んでいるか―――」

 

「貴様、先程から聞いておれば……。 我らが神への侮辱も大概にすることだな! ……とは言え、部分的には貴様と同意見ではある。 アーラ・アラフ様、あのアンデッドと二人きりになることは危険すぎます。 貴方様に何かあれば、スレイン法国は………」

 

動揺するクリストを諌めるように、アーラ・アラフは鋭く言う。

 

「これは命令です。 ……今後の法国の未来を左右する程大事なことを話し合う。 あなたがどんなに止めようとしても今回ばかりは聞くつもりは無いわ」

 

「私も異存は無い」

 

モモンガも、アルベドを制してアーラ・アラフの提案に乗る決意をする。

それは、この法国内で部外者である自分が、下手に相手の最高権力者らしいプレイヤーの誘いを断るのは拙い、と思ってのことだったが、それ以前に、あまりに不確かなこの世界について情報が得られるかも知れない、という好奇心が大きい。

 

未だ納得は言っていないらしい、アルベドとクリストだが、自らの主の意見にこれ以上の異論を挟むことは控えた。

二人を扉の前に立たせ、アーラ・アラフとモモンガは私室へと入っていった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

部屋の広さは、幅十メートル、奥行十五メートル程か。 壁、床とも仄かに香りが漂う木材で覆われており、天井には小さな光球が幾つか浮かび、部屋全体を照らしている。

 

置かれているものは、椅子、机、箪笥、本棚など実用品が殆どだ。

幾つかユグドラシル由来のマジックアイテムの存在も見受けられる。

 

アーラ・アラフは車椅子を押し、部屋に一つ取り付けられた大きな見晴らし窓の前まで行くと、一つ手を叩く。 

すると、そばに置かれていた肘掛椅子がふわりと浮き上がり、モモンガの方へと滑ってきた。

 

「かなり長い話になるでしょうから、どうぞお座りください」

 

「え……、は、はい。 これはどうもご丁寧に」

 

今まで、スレイン法国としての上位者としての威厳を保ち、時にはモモンガに強い言葉を投げつけてきたアーラ・アラフの突然の口調の変化に、モモンガもつい鈴木悟としての言葉遣いで応じてしまう。

 

モモンガが恐る恐る椅子に腰を下ろすと、再び椅子は宙を滑り、窓の前へと移動していった。

 

「この部屋は完全防音ですし、この窓は現在、外部からの視界は遮るようになっています。 つまり、ここでは演技無しで……、あくまでプレイヤー同士として話せるということ。 伴の二人を外したのもその為です。 あなたとは一度、法国の神とか、ギルドの主とか……、そう言った立場を超えて話したかった。 二人のプレイヤーとして」

 

「………そうですね。 考えて見ればあなたも……、一緒でしたか」

 

モモンガは、ユグドラシル終了の日に突如としてこの世界へと放り込まれ、その後はNPC達が期待するような主であろうと心がけてきた。 そしてそれはアルベドがいる以上、今も同じだが……、もしかしたらアーラ・アラフも同じなのではないかと気付かされた。

 

これほど、法国の民から崇拝されている存在ならば、普段から、そのイメージに沿う行動をしなければならないだろう。

 

「話す前に一つ断って置きますが、私個人としてはあなたに恨みはありません。 勿論、神都が襲われた時は頭に来ましたし、あなたの態度に怒りはしましたが、後で聞いてそれは不幸な行き違い……、というよりあの悪魔に仕込まれたものだと分かったので。それに、あなた達二人による死者は出ていませんし。 ……ただ、やはり国民は自国民を大勢殺した悪魔を恨んでいますし、それはあなたの存在を知る上層部からの、あなたへの不信感にも繋がっている。 その状況で私があなたに対して普通に接すると、法国を動揺させる可能性があったので、表面上はきついことも言わせて頂きました」

 

「そうでしたか……、いえ、私もあの時はとんでもない間違いを犯してしまう所でした。 それに感謝こそすれ、特に責める資格がある事柄はありませんよ」

 

「では、その件についてはお互い和解ということに致しましょう。 ……無論、あなたとアルベドさんが私とクリストと戦ったという件についてで、その悪魔のNPCに関しては別の問題ですが……、その悪魔の件も暴走ということで理解していますから、あなた達に責任を問うことはありません」

 

「……はい」

 

重要な懸念事項だった、昨日の問題があっさりと終りを告げたことにモモンガは拍子抜けする。

無論、アーラ・アラフの語調からして、法国の民の感情を含めた問題は別の事柄なのだろうが……。

 

アーラ・アラフが一つ咳払いをした。

 

「他ならぬあなたに言っても釈迦に説法でしょうけれど、ナザリック地下大墳墓の戦力は強大。 勿論、私も聞きかじりから部分的に知るだけですが、千五百人の侵攻者を返り討ちに出来る位ですからね。 ……少なくともスレイン法国はひとたまりもないでしょう。 上層部の面々には、混乱を避けるために強気な態度を見せていますが、冷静に判断すれば、勝ち目など無いに決まっています。 ……ですが、だからこそ私達とあなた達は強固な同盟を組む必要があると思いました。 ただでさえ絶望的なこの状況で内部の問題まで抱えてしまえば、どうしようもありませんから。 私達が助かる唯一の可能性は互いに信頼関係を築き協力する以外にはない。 私はあなたにスレイン法国の全てを話します。 だからあなたも私の話の後でアインズ・ウール・ゴウンの全てを教えてください」

 

スレイン法国の全てを話す。

そういった後、アーラ・アラフは長くなりますが、と前置きをし滔々と話し始めた。

 

そのスレイン法国の起源まで遡る物語にモモンガは黙って耳を傾ける。

 

「私は六百年前、ギルド拠点、神聖都市レインフォールと共に、五人のギルドメンバーとこの世界に転移して来ました。 ギルド名は睡蓮(すいれん)。 私のプレイヤー名は、ふらフラワーという名前でしたね。 今のアーラ・アラフは、ユグドラシル時代の名前をそのまま使うのは恥ずかしいので、転移後暫く後に改名した名前です」

 

ふらフラワー。 特に聞き覚えのある名前では無かったが、そもそもユグドラシルの全プレイヤーの中でモモンガが把握している者などほんのひと握りに過ぎない。 

 

記憶にあった方が凄い偶然か、とモモンガは思った。

 

「神聖都市レインフォールは、元々の拠点レベルが1150。 攻略時のボーナス150、それに課金で伸ばした分を含めて1800レベルの拠点でした。 ……転移して暫くは、突然の事態に混乱しながらも、かつての世界ではありえないような美しい自然と、贅沢な暮らし、それと突如意思を持ち自分たちに絶対的な忠誠を誓ってくれるNPC達に囲まれて私は楽しかった。 それまでの人生で一番……、初めて自分が素晴らしい人間になれた気がした。 ただ、ある日。 周辺への情報収集に出ていた仲間の一人が、連れてきた存在がありました。 それは……、人間の集団でした」

 

「人間……、もしかして、この世界に元々住んでいた者達ですか?」

 

「ええ、粗悪な繊維で編まれたボロ切れを身にまとって、まさに骨と皮だけに痩せていました。 アンデッドであるスルシャーナを含めた仲間達は、その人間達に同情して、拠点の中に迎え入れ、食べ物を与えましたけど……、私は拠点内に部外者を入れることに反対しました。 人間の欲なんて底が知れない。 彼らに食事を与えれば、次は服、次は酒、次は金、と際限なく増長するに決まっている。 そもそもこの世界のことを、まだまだ把握できていないのに不用意に部外者を受け入れるのは危険すぎると……。 ただそれは建前で、本音を言うと、この完成された楽園に邪魔者が入ることが受け入れ難かっただけです。 当時の私は、そのボロ切れを纏った人間達を、図々しく汚らわしい落伍者、としか思っていませんでした。 視界に入れるのも嫌なくらい。 ……もしかしたら、私のカルマ値が若干悪に偏っていたせいもあったかも知れませんが」

 

意外だ、とモモンガは思う。

現在のスレイン法国を守ろうとするアーラ・アラフの姿と、話で聞く当時の姿はとても結びつかなかった。

 

「ただ、まあ、六人の中で治癒魔法に最も長けていたのは私でしたし、他の五人からの心象をあまり悪化させるのもどうかと思い、時折彼らに関わることもありました。 その時は彼らは心からの感謝と敬意を私に向けてくるものですから……、その内、心境に変化が生まれましてね。 人間は例え悪人であれ自分を慕う者を、憎むことは難しいということでしょうか。 たまに彼らの相談に乗ったり、乏しい知恵でアドバイスしたり……少しずつ関わるようになっていきました。 仲間からは、やっとあのひねくれ者が素直になったか、とからかわれもしましたが」

 

アーラ・アラフの表情が緩む。 その時の思い出は彼女にとっても忘れ難い楽しいものだったのだろう。

 

「そしてやがて、受け入れた人間達の請願もあり、私達は周辺国家にいる人間達の保護を行うようになります。……そこで見た光景は悲惨なものでした。 男は労働者として劣悪な環境下で使い捨てられた後は、潰され食料に。 女は牧場で、若い内は狭い仕切りの中で子供を産むことのみを強要され、ある程度の年齢になれば男と同様潰される。 種付けは、男性労働者の唯一の娯楽だったようです。 そんな光景を見た私の心には、凄まじい怒りが湧き上がった。 他の種族と比べ力で劣るというだけで、私達と同じように考え、苦しむ者達がこんな目にあっていい筈がない、と。 ……その時にはこの世界の人間も、根本的には私と何も変わらない存在だと理解していましたから。 そうして他種族から奪い取るように保護した人間は十万人を超え、彼らはレインフォールの中に住まわせました」

 

「どうして、プレイヤーが現地で国を作ったのかと思いましたが……、そういう経緯があったんですか」

 

「ええ、その後、保護した人間達に六人のプレイヤーの知識を繋ぎ合わせて、この世界で生きるための知恵を教え、法を敷き、森を切り開いて農業を行わせました。 ……ただ、その時の人間は今のように魔法やユグドラシルのスキルなど使えませんでしたし、他の種族も同様。 あと、アンデッドなども存在していませんでしたね」

 

「それは……、どういうことですか?」

 

モモンガとしても、アンデッドの発生、人間が使う魔法など、ユグドラシルと同じようなシステムがこの世界にあることには疑問を感じていたが、もしかしたらその理由を知っているというのだろうか?

 

「説明はもう少し後に。時系列を辿った方が分かりやすいでしょうから。 ……私達が転移してから約三十五年後には、レインフォールの人口は爆発的に増加し、三十万人を超えていました。 これまで慢性的な飢餓状態にあった人間に十分な食料を与えてきたのですから、まあ、当然の成り行きでしょう。 それで徐々に、スレイン法国は土地不足に悩まされることになっていったのです。 特に農業用地の不足が深刻でしたね。 だんだんと、レインフォール周囲の森を切り開いたりするだけでは対応が出来なくなっていました。 一応不足分の食料はダグザの大釜で何とかしていましたが、コスト面の問題から、いつまでもそれを使うわけにも行きませんし……。 そして私は将来には更に深刻になるであろう土地不足と、かねてからの懸念を解消する為に、仲間達にある提案をしました。それは、周辺の人に害を成す他種族国家の殲滅、及び土地の奪取。 既に仲間の内、種族が人間であった五人には明らかな老化の兆候が出ていましたし、もし五人が居なくなればスルシャーナ一人で人間を守ることになる。 それはスルシャーナの手に余るのではないかと心配でしたから。 ……ただ、そこで私は思いもよらぬ反論にあいました」

 

軽快な口調で話し続けていたアーラ・アラフの声の調子が重くなる。

ここからは彼女にとって、あまり楽しい話題では無くなるのだろう、とモモンガは察した。

 

「他の五人は、例え過去がどうであれ分かり合える未来も有るはずだ。 自分達のエゴで他の種族を滅ぼすなんて許されない。 お前は個人的な怒りに囚われているだけではないか、等と私に対して非難の矛先を向けてきました。 その時は、そもそも人間を助けることを決めたのはあなた達なのに、どうして今になって尻込みするのかと怒りましたが………、多分これにはカルマ値が関わっていたと思います。 他の五人のカルマ値は善に傾いていましたが、私は逆に悪に傾いていた。 経験からすると、善は利他的、悪は利己的になる傾向があるようです。 他の五人は、他の種族のことをも慮り侵攻は躊躇ったが、私は人間さえ良ければ、他種族はどうでも良いと考えていました。 そして、依然として解決策の出ない不毛な議論に嫌気がさした私は、当時ギルドマスターであったことを利用して、拠点内のNPCを独断で動かし、周辺地域を侵略しました」

 

「それは、選択としては理解できますが……、仲間が止めようとはしなかったのですか?」

 

「私は説得などに応じる姿勢は見せませんでしたから。 仲間達が、私を止めるには最早私を殺すしかないという状況でしたが、幸い彼らにそこまでの意思は無かったようで……、短期間の内に現在の帝国、王国、聖王国、都市連合がある地域を奪取。 我々は小さな都市国家から、それなりの国土を持つ国家へと躍進しました。 ……ただ、それが大陸に居た竜達の目を引くことになってしまったのですが。 私としては更なる領土拡大を目論んでいたのですが、大陸各地から竜が集まり圧力をかけてきました。 ユグドラシルには無い強大な魔法を扱う竜達は強かった。 ギルドの拠点NPCと私個人では対抗できないと悟らされました。 仲間達はこれを好機と見たのか、竜たちに迎合して私を止めようとし、私も計画を停止せざるを得なかった。 我々は竜にこれ以上の他国家への侵攻を行わない旨を約束し、竜達もプレイヤーの力を恐れ全面戦争は避けたようとした為に停戦が成立。 それから私達人間のプレイヤーが老衰で死ぬまでは、国内は安定していました。 侵攻の件で私と仲間の間には軋轢が生じていましたが、大きな衝突までには至りませんでした。 ただ、プレイヤーと同時に人間種のNPC達も老化に伴い亡くなってしまいました。 老衰により無くなったものは、蘇生不可能がこの世界のルールなので失われた戦力は戻りません。 なら、どうして私が、今ここにいるのかという疑問はお有りでしょうが、それは、もうすぐお話しします」

 

 

モモンガの脳裏にアウラとマーレが浮かぶ。

彼らは老化を無効化する職業レベルも所得していないが、同じく老化するのだろうか。

無論、エルフなので人間よりは長命な筈だが……。

 

そこまで考えて、モモンガは既に自分は追い出されたナザリックの未来を考えていることに可笑しさを感じる。

だが、やはり仲間が望まない方向にナザリックが行ってしまおうとしている今も、モモンガにとってアウラとマーレはぶくぶく茶釜が楽しそうに作っていた、仲のいい兄弟だ。

 

自分はナザリックを止めたい。 

だが、やはりナザリックに対する思いを捨てることは出来ないのだろう、と心のどこかで気がつかされた。

 

「私達の拠点NPCの構成は、設立当初のメンバーだった、スルシャーナを除く五名が二体ずつの……所謂ガチビルドの戦闘要員を作成。 その後、共同で二体の百レベルNPCを作成したので、百レベルは計十三体。 ただ……、総合的な能力を追求しようとすると、どうしてもビルドが偏りますよね」

 

モモンガは少し考え込むが、直ぐに納得した。

 

「強いキャラを作るなら、人間種のNPCにして、職業レベルのみで構成することが基本。 尖った性能を持つキャラを作ったりとか、ある程度性能を犠牲にしてロマンを追求したりとかでもない限り、異形種は避けるでしょうね」

 

逆に言えば、全NPCの殆どが異形種で構成されるアインズ・ウール・ゴウンはロマンを追求……、言い方を変えればネタビルドを好む者達の集まりだった訳だ、とモモンガはつい笑いそうになってしまう。

 

「そう、それで戦闘要員としてのNPC達も殆どが老衰で亡くなってしまい、ギルドは大幅な戦力ダウンを余儀なくされます。 当時、私達が居なくなった後のギルドを背負うスルシャーナに残されていたのは、異形種で作られた数少ない百レベルNPC、あと、ギルドの雰囲気を出すために作ったレベル三十~五十あたりの合計レベル600のNPC達の多く。 彼らは戦闘要員が人間種ばかりだった反動で、異形種が多かったので。 後はスケルトン・メイジのマジックキャスターだったスルシャーナがユグドラシル時代、経験値消費スキルで作成した三体の悪魔、そして傭兵NPC達となりました。 

……そして周りに親しい人間である私達が居なくなったスルシャーナは一人で国を運営していくことになります。 ……記録によるとスルシャーナに対する反発がこの頃から少しずつ増え始めたようです。 ……それを聞いたときは、やはりか、と思いました」

 

アーラ・アラフはモモンガの様子を伺った後、言葉を続けた。

 

「スルシャーナはカルマ値は善に傾いていたので、無闇に人間を害そうとはしませんでしたが、やはりアンデッドになり人間とは感覚がずれてしまっていました。 人間の生理的な感情に共感出来ない、と言いますか。 感情を無視して、合理のみで物事を判断してしまうことが多かったですね。 ある人の葬式が行われているのを見て、"人はいずれ死ぬ。 あんな大げさな儀式で大勢の人の時間を無駄にする必要があるのか"、などと言い出したり……。 私達、仲間のプレイヤーが生きていた頃は、それを諌めることで、スルシャーナも知らず知らずの内に人と感覚がずれていたことを自覚していたようでしたが、私達の死後は、主のすることを肯定しかしない拠点NPCと過ごすことが多くなり、徐々に人間との感性のずれが無自覚になっていったということでしょうね。 あくまでも推論ではありますが。 そして国内に徐々に不満が溜まり出したとき、新たにこの世界に転移してきた者達が八欲王と呼ばれる八人のプレイヤーでした。」

 

その後、アーラ・アラフはここからの話は推論と記録のみとなるが、と断った。

孤独に一人残されたアンデッドと、新たに現れた八人のプレイヤー。

話の舞台は次の時代へと移り変わってゆく。

 

 

 



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第五十五話 八欲王

八欲王と呼ばれるプレイヤー達。

アーラ・アラフの言葉によると、彼らは五百年前に、この世界に現れたという。

 

「この世界に来ていたのが私達の……と今は言っていいのか分かりませんが、ナザリック地下大墳墓だけでは無かったと知った時点で、薄々予想してはいましたが、やはり他にもプレイヤーは来ていましたか」

 

「はい……、法国上層部の間では百年毎にプレイヤーが転移してくる、という憶測もあるようですが、それは確実ではありません。 現在プレイヤーだと断言できるのは、私達とその八欲王。 後、二百年程前に存在した、口だけの賢者と呼ばれるミノタウロスの戦士くらいです。 彼は当時、ミノタウロスの国で食用の家畜として扱われていた人間を、労働奴隷の地位まで引き上げたと伝えられており、この世界に冷蔵庫や扇風機と言ったリアルの概念を持ち込んでいることからプレイヤーであることは確実でしょう。 ……とは言えミノタウロスに与していた時点で、恐らく人間の残滓は残しながらも、精神は変質していたのでしょうが」

 

彼女の声には、微かに刺々しい響きが含まれていた。

 

「種族に精神が引っ張られる……か。 私も心当たりがありますし―――、考えたくは無い事ですが今もそうなのかも知れません。 あなた達と戦ったあの時、何故か急に精神が人間の頃に近づいた気がした。 ……いや、この世界に来てから少しづつ意識しなくなっていた変化を、鮮明に意識したというべきかも知れません。 あれも、あなた達に関係があるのですか?」

 

アーラ・アラフはその質問には即答せず、口元に手を当てて、少し考えた。

 

「恐らくは。 推測になりますが、これも後でお話しましょう。 ええと、プレイヤーと断言できる存在についてまで話しましたね。 その他にも、プレイヤーらしき者はいましたが、現時点で確定的と言える者はそのくらいです。 とは言え、人間が住む領域はこの大陸の一地域に過ぎませんし、スレイン法国の情報網だけでは、大陸全ての情報を収集など出来ないことは確か。 百年毎のプレイヤーの転移という説も、あながち的外れとは言えないかと」

 

少し話がそれましたが、とアーラ・アラフは八欲王の話題へと戻る。

 

「さて、その八欲王は転移して間もなく、私達とは違う道を歩み始めました。 ……何よりも財を、名声を、権力を求めた奴らは、大陸統一という覇道へと乗り出します。 力で各地の勢力を隷属させ、急速に支配領域を拡大していった奴らは、スルシャーナが指導者となっていた私達の国にも、侵略の牙を向けました。 ……プレイヤーの数からして八人と一人、しかもレインフォールは百年の時を経て戦力も弱体化していましたし、スルシャーナが彼らに太刀打ち出来る筈は有りませんでした。 そこでスルシャーナが選んだ道は籠城だったようです。 彼はレインフォール以外の支配領域を放棄して、出来るだけ大勢の人間をつれてギルド拠点に篭りました。 それは妥当な判断だった思います。当時のギルド拠点は転移や情報系魔法を妨害する結界も健在でした。 傭兵NPCもかなりの数がいましたし、戦力を集中させた上で自分のテリトリーに篭られれば、八欲王も大きな犠牲を払わなければ神都は攻略出来なかったでしょうから」

 

ただ……、と彼女は続ける。

 

「当然、この都市だけでは全ての国民を収容することは出来ませんでした。 それは土地の問題もあったでしょうし、或いは各地の民を全て保護するには時間が足りなかった為。 人間の中には当時不満が高まっていたスルシャーナより、八欲王に希望を抱いた者が居たからかも知れません。 詳しい事情は分かりませんが、人間達は、スルシャーナの元に集いレインフォールに篭城した者達と、各地に残り八欲王に支配された者達とに二分されました。私達六人のプレイヤーは、六大神と呼ばれ信仰の対象になっているのですが、現在、周辺国家では私とスルシャーナを除いた四人のみが信仰されています。 法国の記録によると八欲王は、各種族、国家独自の信仰はある程度そのまま引き継ぐことを認めていたようですが、支配下の人間達の、私とスルシャーナに対する信仰は禁止されました。 理由は恐らく、私の信奉者は、特に亜人に対し敵意を抱いているものが多く、全種族を支配下に収めようとしていた八欲王にとっては余計な火種を招くと判断されたからでしょう。 スルシャーナに関しては、理由を考えるまでもありません。 自分達の敵を信仰することなど当然禁止するでしょうから」

 

「しかし、私はこの世界についてまだ知識が浅いですが、現在も各種族間での争いは消えていないことは分かります。 ……つまり八欲王の世界統一は失敗したということでしょうか?」

 

「はい、であり、いいえでもあります。 その後八欲王は目的と手段こそ分かりませんが、この世界の仕組みをユグドラシルに酷似したものに改変してしましました。 この世界の存在にもユグドラシルのスキル、魔法を行使出来るようにしたこと。レベルアップの仕組みを導入したこと、アンデッドを発生するようにしたことなど……。 但し、この世界には、武技と呼ばれる技術の存在、第0位階というユグドラシルには無い位階の存在、既存の魔法を改造して新しい魔法を作成出来ることなど、独自の仕組みもあるようですが。 ……そして年月が経ち、スルシャーナの籠城も二十年近くに及びました。 食料はダグザの大釜を使って何とかしていたのでしょうが、流石に数十万人の食料を確保するとなると出費もかなりの物になったと思います。 しかも、その頃になると八欲王は力ある竜の領域やレインフォールを除く大陸の大部分を支配下に置いており、スルシャーナも限界を感じたのでしょう。 彼はある時、八欲王から持ちかけてきた対話に応じることを決意します。 内容までは伝わっておりませんが、和平か若しくは有利な条件での降伏でしょうか。 彼は百レベルの拠点NPC達と自分が召喚した悪魔の内一体のみを連れ、残りの戦力は拠点防衛の為に残して交渉の場へ向かいますが……、それは卑劣な罠でした。 スルシャーナは八欲王に囲まれて、レベルダウンと蘇生を繰り返しながら戦い……、そしてついにはレベルダウンの限界を迎え消滅してしまいました」

 

アーラ・アラフの手が、握り締められて白く染まる。

それまでは淡々と語っていた彼女だったが、スルシャーナの最後を語るときは多少声が揺れていた。

 

(……仲間がそんな嬲り殺しのような目に遭えば、怒りは当然か)

 

と、モモンガは感じた。

 

「力ある竜達は……、ああ、そういえば竜の説明がまだでしたね。 私が生きていた頃の竜達は現在では始原の魔法と呼ばれている魔法を操っていましたが、全ての竜が使えるという訳ではありませんでした。 始原の魔法を使う者は、特殊な血脈を引き継ぐドラゴン達のみで、彼らはあらゆる自然の中に満ちる魔力を自在に引き出して使用することが出来るらしく、その威力は超位魔法に相当するものもありました。 ……当時のドラゴンからの受け売りですが。 私達は、その一部のドラゴンを力ある竜と呼んでいたのです。彼らは、対話に応じる姿勢を見せたスルシャーナが、無惨にも殺されたという情報を得てこう考えたのでしょう。 もはや、八欲王との対決は不可避。 ならば、我々の力を合わせ、八欲王に決戦を挑もう、と。 ……しかし、決戦に参加した数十体の力ある竜達は幾度か八欲王を殺すことには成功したようですが、レベルを削り切ることは出来ずに敗北。 当時、八欲王の覇業を阻む、最後の障壁であった力ある竜も滅び、八欲王を妨げる者は何も無くなりました。 ですが……ふふっ、奴らその後でどうしたと思いますか?」

 

アーラ・アラフの質問を受けモモンガは、自分ならばどうするかと考えてみる。

 

二十年近くの歳月を掛けて、やっと仲間と共に、大陸統一を目前にした。

ならば……。

 

「唯一残った敵対勢力、レインフォールを攻略する、ですか。 その、トップであるスルシャーナさんが居なくなったならば、時間をかければ少ない損害で攻略することも可能でしょうし……」

 

そのスルシャーナの仲間だったアーラ・アラフの前ということで、モモンガは少し遠慮がちに言う。

モモンガの答えに、アーラ・アラフは口の端をゆがめて笑った。

 

「それが当然の、理性的な思考だと思います。 レインフォールは最早風前の灯火、攻めることは愚か、守ることすら、ままならない程に戦力が低下していますから。 しかし、その状況を受けて、度を越した強欲さを持った八欲王はこう考えたようです。 レインフォールなどいつでも潰せる、最早我々に敵はない。 ならば……、これまでに得たものを独占する為に、他のプレイヤーを排除しよう。 ……そして奴らは互いに殺し合いを始めました」

 

「それは……、何と……」

 

モモンガは呆れるを通り越して、理解すら出来なかった。

突如として異世界に投げ出された八人のプレイヤー。

自分について本当に理解してくれる、唯一無二の存在である仲間達と、そのようなくだらない理由で殺し合うとは……。

 

もしかしたら、彼らも種族やカルマ値の影響を受けたのかもしれない、とモモンガはふと思う。

しかし、モモンガ自身もこちらの世界に来てから、少なからず変わってしまったとは思っているが、だからと言って仲間と殺し合いなど考えたくも無い。

モモンガにとっては、やはり理解出来ない、という感想しかなかった。

 

「八欲王は、そのまま最後の一人になるまで殺し合いました。 そして残った一人は、何故か世界の支配者として君臨しようとはせずギルド拠点と思われる浮遊都市と呼ばれる場所に篭もり、外部との接触を断ちました。 ……八欲王の中でも、仲間に襲われ仕方なく闘っていた者だったのか、仲間を全員失った時に自分の愚かさに気がつき絶望したのかは分かりませんが、結果として八欲王は世界征服をほぼ成し遂げた直後に壊滅、力で押さえつけていただけの各種族が、その後も協力を続けるはずなどなく、世界は再び元の混沌へと戻ります。 ……その中で、八欲王に支配されていた人間と、スルシャーナの元に集まっていた人間達が再び一つとなることはありませんでした。 二十年間の歳月と、スルシャーナに見捨てられた者と守られていた者という立場の差は、両者の間に大きな溝を生み、プレイヤーが不在となった当時のレインフォールでは離れてしまった人の心を再び引き付けることは難しかった。 そうして八欲王の支配下にあった人間達は、国家の樹立、滅亡、統合を繰り返して現在の王国、帝国、聖王国などの四大神信仰が根強い国家へと至り、レインフォールに籠城していた人間達は、現在までの約五百年間、法国を維持して来ました」

 

話が一段落つき、アーラ・アラフは大きく息を吐いた。

 

「……さて、ここで八欲王の件は決着しましたが、現在に至るまでもう一度だけ外せない出来事があります。 それはスルシャーナが八欲王との話し合いに赴く際、拠点の防衛レベルを最大に引き上げたことに起因しています。

これは憶測では無く、ある方法で実際に確かめたので間違いありません。

彼も自分の不在時のレインフォールのことが心配になったのでしょうが、自分が死ぬことは想定していなかったようです。 ……もしものことがあっても逃げるだけならば、何とかなると考えていたのかも知れません。 本来レインフォールは、トラップや迎撃設備を解除し、エリアエフェクトを切った状態ならば拠点の収益と、自動POPするNPCや、傭兵NPCの維持費などの支出が釣り合うようになっていたのですが、スルシャーナの用心深さが災いして、拠点の維持費は一気に増加し、一定期間毎に拠点内に存在するユグドラシル金貨の中から自動で維持費が引かれていくことになりました。 ……とは言え、プレイヤーが誰も居ない以上、拠点の防衛システムを停止させることが出来る者はいません。 残された拠点NPC達は近い将来に迫るギルド休眠という未来を悟り始めました」

 

ギルド休眠。 それはユグドラシルにおいて、ギルドの維持費をプレイヤーが払えなくなった状態のことである。

ギルド武器の破壊とは異なり、ギルドが崩壊してしまうことはないが、拠点NPCのギルドの支配下からの離脱、収益の停止、ギルドを包む結界の消滅など、限りなくギルド崩壊と近い状態になり、再度ギルドを始動させるには、かなりのコストが必要となる。

 

「その時点で十七体存在した拠点NPC達は、ギルド休眠時の自身の暴走を避ける為に、スルシャーナの復活を信じて自らを地下深くへと封印しました。 復活のその時まで眠ったままでいられるように……。 その後、ギルドは休眠して、召喚時の代金とは別にかかる傭兵NPCの維持費も払えなくなり、傭兵NPCも消失。 スレイン法国に残ったのはスルシャーナからそれぞれ都市の守護と、宝物殿の警備を命じられた二体の悪魔のみとなります。 ……しかし、その封印は今から二百年前、法国内部のある過激な思想を持つ教派により破られました。 その教派はスレイン法国の上層部からは異端として認定されて、行動を制限されていたのですが、だからこそ、より先鋭化してしまったらしく………、『眠りし神々が目覚めし時、彼の神々は世界の理を正し、全ての悪しき者に裁きを与える』、という極端な思想へと到達してしまったようでして……。 当然、封印を解いた者達は暴走したNPCに即座に殺され、都市内に解き放たれたNPC達は法国民を殺し始めます。 スルシャーナに都市の警備を命じられたレベル60程度の悪魔と、法国の神官達総出による儀式魔法などでどうにか暴走したNPC達の内三体は仕留めたのですが、残りの十四体のNPCは大陸中へと放たれ、数時間に及ぶ戦闘の余波で神都の中で耐久力の低い建物……、実を言うと六色神殿と中央大神殿以外は殆どそうなのですが……、それらが軒並み倒壊、更には都市を守る悪魔までもが戦闘の中で死んでしまうという最悪の展開になりました」

 

「……それで、その暴走したNPC達はどうなったんですか? この世界の基準では例え三十レベル程度のモンスターでも伝説級と聞きましたし、倒すことはかなり難しそうですが」

 

「解き放たれたNPC達は魔神と呼ばれ、世界中で幾つもの国を滅ぼしました。 彼らが私達の配下だと知っている者達からは、最初以降、沈黙を保ちづつけたスレイン法国を批判する声も上がったようですが、当時スレイン法国は国民の心の支えだったスルシャーナの下僕も居なくなり、軍も戦闘の余波で壊滅状態でしたからね。 しかも他の国では魔神と呼ばれていても、彼らの信仰する神でもあった訳ですし、とても戦える状態ではなかったようです。 幸い、NPC達は大陸を滅ぼす前に、十三英雄と呼ばれる多種多様な種族の英雄達により討伐されました。 彼らの中にはプレイヤーが紛れ込んでいた可能性が高いのですが、当時はスレイン法国の諜報網もかなり打撃を受けていて正確な情報は残っていませんでした。 ……そして現在、再び世界に激動の時代が訪れています。 ギルド拠点、ナザリック地下大墳墓の転移は大きな要素ではありますが……、この時代の始まりとしては別の存在の出現が挙げられるでしょう。 

それはこう呼ばれています。 迷宮(ダンジョン)と」

 

幾度かのプレイヤーの出現毎に、新たな時代が大陸に訪れた。

そして今再び世界は、荒れ狂う大海へと投げ出される。

 

迷宮(ダンジョン)の時代。 

失われた神が蘇り、蹂躙されるのみだった弱者が神に到達しうる牙を手にする時代。

 

かつてない程に、複雑かつ力に満ち溢れた時代に世界は足を踏み入れている。

 

 



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