なにもみえない (百花 蓮)
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一章 〝夢〟の始まり
ぷろろーぐ


 私の語るべくもない、取るに足らない人生は、失血死という非常にありふれた経験により幕を下ろした。

 別に連続殺人鬼の通り魔に刺されたとか、テロリストの爆破事件に巻き込まれたとか、そんな全国ニュースで世間を騒がせるようなことが起こったわけでもない。ただの自殺だ。

 

 いじめがあったとか、借金の苦労の末とか、特別に辛かったわけでもない。ただなんとなく、自分の未来に希望を描けず、絶望に苛まれ、突然に死にたくなった。もっと早くこうしていればと今も思う。

 

 孤児で、周りに上手く馴染めずに、誰とも絆を紡げなかった。そんな私の唯一の友、軽い気持ちでピーちゃんと名付けた小鳥は昨日死んでしまった。友、と呼びながらも、可愛がっていながらも、世話もろくにできていなかった。だからこそ死んだんだ。

 

 私なんかが動物を飼う。どだい無理な話だった。悔やんでも悔やみきれない。

 

 そうして私はこの世とも、後腐れなく死んだ。しっかりと、自殺に見せかけた他殺に見せかけた自殺をしておいたから、警察は大変だろう。私の哀れで、ささやかで、迷惑で、儚く、なんの意味もない世界への抵抗だ。

 

 今はまあ、それはいいとしよう。いいとしよう。

 どうしてか私の身に、不思議なことが起こったようだ。身、という表現では語弊があるか。では、言い直そう。私の魂に、不思議なことが起こったようだ。

 いわゆる、輪廻転生というやつだろう。

 

 それにしても、神様というやつがいるのならば、頭がおかしい。現在、二歳児である私には、前世の記憶が明確に残っていた。この鬱屈とした記憶を抱えながら、私はこの二年を過ごしてきた。

 

 幸いに、この世界では私の両親は健在。母親は、家で家事を、父親は、戦争に。

 

 どうやらこの世界、忍者がいるらしい。私の両親は、その中でも優秀な、うちは一族というエリート一族らしい。自動的に、私もその一族の一員ということになる。とてもまずい。

 

 私の世界には漫画があった。人気漫画だ。この世界のお話だ。

 私も一通り暇つぶしに読んだことはある。だいたいのネタも知っている。だからこそまずい。うちは一族はまずい。

 

 この一族は、その存在を危険視され、一族郎党皆殺しにされる。だいたいこんな感じだ。

 でも、よく考えたらそんなにまずくはなかった。別に、死んだら死んだで私は構わない。

 

 まあ、少なくとも、両親が生きている限りは、私は今回死ぬつもりはない。どうしようもない孤独を感じることは、前世よりもおそらくは少ないのだろう。

 

 

 

 父の死の知らせが届いたのは、私の三歳の誕生日のことだった。




 この主人公に恋愛要素は皆無です。ご了承ください。


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あんそくのち

 憂鬱な気分を私は抱えている。

 そんな私の頭の上に、小鳥が乗っかっている。名前はピーちゃん。未練がましく、私は前世で殺してしまった鳥と同じ名前を付けたのだ。

 

 小鳥というのは賢い。私という人間を理解し、愛しくもじゃれついてくるのだ。

 一年の絆だ。ピーちゃんは、三歳になった私の誕生日プレゼントとして贈られた。無論、その高揚は、のちに送られてきた紙切れ一枚で台無しになったのだが。上げて落とされる。今回の人生ではいまのところ最悪な日だ。

 

 現在四歳、ひなたぼっこをしている。森の中、少し開けた原っぱに、私は横たわっている。自然の一部になることを目指してる系女子だ。

 やることがない。

 

 どうでもいいけど、影分身の術が使いたい。あと二年で学校らしい。行きたくない。ずっとここに横たわっていたい。代わりに分身に行かせても、経験は自分のものになるんだって。便利だよね。思う存分授業をサボれるんだから。

 

 だけどね私。チャクラってものがわからないんだ。身体エネルギーとか、精神エネルギーとか、なんにも感じ取れないんだもん。だからこうしてぼーっとして一日を過ごすだけ。暇だ。

 

 それにしても、私の母親は情けない。父が死んだ報告があってからは、もうほとんど育児放棄に近い状態になっている。ご飯は一応、適当なやつを作ってくれるから死にはしないが、滅多に構ってくれない。それじゃ、私はまともな子に育たないじゃないか、全く。

 

 目尻から流れる涙を、ピーちゃんはその羽毛をこすりつけて拭ってくれる。気がきく子だ。ありがたいけど、ちょっと目に入って痛いかな。

 こうして、ピーちゃんがいてくれるから、私はまだ孤独を感じずに生きていることができるんだ。

 

 なぜだろうか、急に、ピーちゃんが鳴いた。騒ぐように。いつもはそんなことないのに、今日に限ってなぜだろう。

 なにかを警戒しているような、そんな声。一体なんなのだろう。

 

 その正体に視線を向ける。男の子がいた。

 私と同年代くらい。不思議な子だった。

 黒髪黒眼。私と同じうちは一族。悲しい血筋を背負った子。その目は、どこか達観したような、それでも諦めてはいない。大人びているようで、まだこどものような、そんな目だった。

 

「だれ?」

 

 私は尋ねた。こんな辺鄙なところに顔を出すのは、野生動物か余程の変わり者しかいない。

 もちろん私は後者の部類だ。ピーちゃんは、……どっちでもないや。

 

「すまない……邪魔した……」

 

「別に……」

 

 来る者は拒まず、去る者は追わず、それが私の精神だ。

 それにこの子は、なにか深く考えたいことがあるんじゃないかと思う。一人でじっくりと。だからこんなところに来た。

 

 全く、この子の親はなにしてるんだか。

 

 そう考えるのも一瞬で、意識はもう別の場所に行く。ただ、無心、本当に植物にでもなったかのように私は動かない。なにもせず、時間の経過を待つだけの毎日だ。

 

 ひなたぼっこ、と銘打ちつつも、気がついたら空はどんよりとした雲に覆われていた。あたりは陽の光が当たらずに、嫌に薄暗くなる。

 これじゃ、もうどうしようもない。

 

 もう十分に時間を潰したし、そろそろ帰ろうかと起き上がった。髪の毛や背中についた葉っぱを払い落とす。

 そしたら、じっと、こちらを見ている男の子と目があった。

 

「まだいたんだ……。帰らないの?」

 

「え、いや……」

 

 私みたいな歳の子が、一人でいるなんて珍しいことだろう。もしかしたら、私みたいに放任主義なのかもしれないけど。まあ、どちらにしろ、暗くならないうちに帰ったほうが得策には違いない。

 

 だが、彼の目はじっと訴えていた。お前は帰らないのかと……。

 このままの流れでは、一緒に帰ることになってしまうのだろう。なんか嫌だ。もう一回私は草の上に勢いよく寝転がる。

 

「ここは私の場所だから」

 

 言外にここを離れろと男の子に告げる。伝わっただろうか、伝わったよな。あからさまに動揺しているし。

 警戒しているのかわからないけど、こちらに身体を向けたまま、すごすごと後ずさりをして森の中に消えていった。

 私の作戦勝ちだね。

 

「じゃ、ピーちゃん。私たちも帰ろ?」

 

 鳴き声をあげて、ピーちゃんは賛成をしてくれる。

 さっきの子とは会わないように、遠回りになるけれど別のルートを通って帰ることにした。

 

 

 ***

 

 

「きょ〜もはれ〜、てんきははれ〜、あめがふら〜ずにだいちがかわく〜、みどりがかれる〜。はれ〜、はれ〜、きょ〜もはれ〜」

 

 なに言ってんだこいつ? という鳴き声を漏らしながら私を見つめるピーちゃん。

 なにって決まってるだろ、晴れの日の歌の三番だ。著作権? 問題ない。作詞、作曲、どちらも私だ。

 

 いろいろと、結構ひどい曲だけど、周りにはだれもいない。日頃のストレスを吐き出すように大音量で歌っている。どうせ誰も聞いてない……て、え?

 

 森の陰に、じっとこちらを見つめる姿があった。

 私の直感が告げる。昨日の男の子だと。

 なぜか固まって、一向にこっちへ近づいてくる様子もない。当たり前だろう。こんな変なやつがいるところに行きたいと思うやつはいない。

 気まずい表情。その目とあった。

 

 ……見られた……だと……。

 

「うああああ゛あぁあ゛ああぁああぁ」

 

 衝動は遅れてやってくる。とても恥ずかしい。私が正真正銘の子どもならまだしも、一回人生を終えている。精神年齢はそれなりに高い。こんな醜態を見られて、羞恥心を抑え切ることはできなかった。

 

「だ、だいじょうぶか?」

 

 そんな私の異常な様子を見てだろう。男の子は心配をしながら駆け寄って来てくれた。

 優しい子とも思えるが、その間に私の頭は少し冷静になる。いや、いくら恥ずかしくても、叫ぶとかありえないじゃん。というか恥の上塗りでしかない。自然と目に涙が溜まる。

 

「の……、呪ってやる……ぅ」

 

「えっ!?」

 

 私の行き場のない、決して自分に向かない怒りは、この親切な男の子へと向けられた。

 私の怪奇な行動の数々を受けて、男の子は混乱の極限へと追いやられているはずだ。私も自分がなに言ってるのかよくわかってない。

 瞬間、頭に鋭い痛みが走った。耐えきれず、頭を抑えて、原っぱをごろごろと転がる。

 

「痛い、痛い、痛いっ。ピーちゃん、そんな強くつつかなくても……ぉ」

 

 空を飛んで転がるの被害から逃れていたピーちゃん。痛みが薄れて腹ばいの姿勢で収まった私の頭の上に、蔑むように乗っかった。

 なにもこんなボロボロな私にトドメを刺しに来ようとしなくていいじゃないか。

 

 そこまで思ってようやく、目の前にいる男の子のことを思い出した。もとはといえば、私が変な歌を大声で歌っていたことが悪いんだ。それなのに、私といったら、勝手に奇行を繰り返し、さらには道理に叶わないことまで言った。おかしいのは私だ。

 もうなんか、この子、取り返しのつかないくらい真面目な顔で憂慮してくれているみたいだし。

 

「……ひどいこと言って、ごめんなさい……」

 

 さすがにピーちゃんにつつかれて、反省はした。

 いま、一番悔いていることは、絶対に私はこの子に『変な子』っていうレッテルを貼られたことだ。できることなら数時間前からやり直したい。

 

「くっ……ふ」

 

 だめだ。失笑を買ってしまった。もういい。笑いたければ笑えばいいさ。代わりに私は、膨れっ面で睨みつけてあげるけど。

 

「ふふ……すまない……でも、……ははは―( )―」

 

 必死でこらえようとしてくれているが、どうやら駄目らしい。もう、ここまでくればこの子自身の力では止められない。

 私はしょぼくれるしかない。

 ピーちゃんは自業自得だとでも言いたげな声で鳴く。

 

「みんなして、……私をなんだと」

 

 不平不服からつい声を漏らす。まあ、こんな状況を作ってしまったのは、他でもない、私自身のせいなんだけど。

 だって、今までこうやってても、誰もここには来なかったんだもん。こんな恥ずかしい思いはしなかったんだもん。

 

「……すまない」

 

 笑いからようやく解き放たれた男の子は、今度こそ真剣に、気持ちのこもっているであろう謝罪をする。

 たぶんこの子は悪くない。これで許さないのは人としてどうかと思う。

 

「……ねえ、なんでこんなところにいるの?」

 

 でも、心情的に許しの言葉をかける気にはなれない。だから、無理やりに話題をかえる。

 予想外だろう私の台詞に、やや男の子は動揺する。それでも、ねぇ、と押しを強く、強引に答えさせようとする。

 

「……修行を……していた……」

 

 その声はどこか気まずそうだった。それが私にはどうしても不思議だった。

 その違和感はさて置いても、おかしなことは他にだってある。この子、どこからどう見ても、私とたぶん同じくらいの歳なんだ。

 

「一人……?」

 

 今度は声を出さず、ただ首を縦に振った。無口な子だ。

 それにしても、この歳で一人で修行。感心して、若干引いてしまう。親は一体どういう教育方針なんだ。

 

「……ねえ、なんで修行してるの?」

 

 親にそう言われたから。誰かに認められたいから。英雄と呼ばれたいから。子どもによくあるそんな理由。私はそうだと勝手に予想していた。想像力に乏しい私はそれくらいしか考えられない。

 だが、だから、それら全て否定して、彼は言った。

 

「まだ……未熟だからだ……」

 

 それは私に衝撃を与える。

 未熟。その言葉は、求めるものがはっきりとしているから出てくるもの。まだ足りないと、そんな自分を理解しているからこそに出てくるもの。

 

「……ねえ、なんで強くなりたいの?」

 

 興味があった。彼が何を目指しているのか、いったいなにを成したいのか。

 私と同じ歳ながらに、どんな大望を抱いているのか。

 

「…………」

 

 彼はなにも語らない。それほどに、言いたくのないものであろうか。その表情には、どこか迷いが浮かんでいる。迷いといっても、なにを目的にしているのかわからないといった類いのものではない。おそらくは、ここで語るべきかを迷っている。

 

 それを振り切ったのか、意を決したように、彼は言った―( )

 

「誰よりも優秀な忍になって、この世から一切の争いをなくす」

 

 ――そう、言い切った。

 

 その言葉に、その夢に、私は強く心を揺さぶられた。

 それほどまでに、この世界は残酷なのか。こんな子どもが、そう望まずにはいられないほどにまで、刻薄な世界なのであろうか。

 

 知りたかった。好奇心を抑えられなかった。

 だから訊く。彼をここまで追いやった、その元凶がなんなのか。

 

「……ねえ、なんでそう思――イテッ……」

 

 つつかれた。ピーちゃんにだ。

 さっきと同じ場所だった。いちど膨れ上がったそこは、軽く触られただけでも相当に痛い。

 

 改めて思い返せば、いまの質問がいけないことくらいわかる。彼の根幹に土足で踏み込んでいこうとするような、そんな不躾な質問だった。

 よくやったぞとピーちゃんを撫でる。

 

「ねえ、私にできること、なにかないかな……?」

 

 呆然としてこちらを見つめていた彼に、私はそう持ちかける。

 

「笑わないのか……?」

 

 確かにこんな子どもが抱くには、大仰で高尚、分不相応極まりない。しょせんは子どもの夢でしかないと一笑に付されてもおかしくはない。まあ、私もその子どもの一員だけど。

 ただ、そう切って捨てるには、なにかもったいない。どうしてか、そう思えた。

 

 だから私は、首を縦に振る。

 

「あなたのその夢、終わりまで、見届けたいと思ったから」

 

 だけど、なぜだろう。どんな結果に終わるかは、私にはわかっているような気がした。

 

「私は()()()ミズナ……」

 

「うちは……。お前もなのか?」

 

 切っても切れない。いっしょう縛られてしまうだろう(しがらみ)。その中で共に生きる、そうなるべき同胞を彼は見つけた。

 

「オレは()()()()()()だ……」

 

 間違いない。彼にはいつも、乱がつきまとうことになるだろう。彼はいま、これから身に起こる全てを知らない。必死になって、振り解けどまとわりつく運命をしらない。

 

 だけど私は、黙り込んで、目を瞑ることにする。

 なにが彼に降りかかろうとも、私は知らない。ただ、いま、目の前に彼がいること、それだけが事実だ。



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じつりょくさ

 うちはイタチとの出会いから一週間。

 長く人々を苦しめた戦争、第三次忍界大戦は終息を迎えた。甘すぎる融和政策、有利だった木の葉隠れは賠償金を一切求めないという、歴史上例の見ない素晴らしい停戦条約を結んだ上で、岩隠れと和解した。

 

 無論、木ノ葉隠れの人々には不満が募る。この戦争で多くの人命が失われた。それなのに、有利だったのに、なぜ? と。

 私の母も、例に漏れず不満を吐き出す。あの人の犠牲の意味はなんだったのかと。

 私の待遇は前よりも酷いものになった。

 

 それに対して木ノ葉上層部は、トップを挿げ替えることにより、形の上では終わったことにし対応した。

 三代目火影、猿飛ヒルゼンの退任。そして、大戦で多くの功績を残した英雄、波風ミナトの四代目火影就任。これで一応、燻った火を揉み消すことには成功したようだった。

 

 けれど、私の待遇は変わらなかった。

 

 

 今はそれは置いておこう。

 私は変わらず日課として、森に日向ぼっこをしに来ていた。家にいるより、こうやって外でぼうっとしている方が、何もかもを忘れられる。自然の大いなる流れに飲み込まれて、ちっぽけな私自身を大きなものだと錯覚させることができた。

 

 そしてそう、あれからイタチは毎日やって来るようになった。いつも帰り際に、だいたいは日が沈むか沈まないかの頃、コソコソとなぜか隠れるようにやってくる。

 不思議に思いながらも、いつも、なにしてるのと声をかければ、いやと答えて消えていく。本当に、なにがしたいかわからない。せっかく手伝うって言ったのに、なにも頼んでくれやしない。

 

 ただ、時々それよりも早く訪ねてくるときがある。

 ――今日みたいに。

 

「なにしてるの?」

 

「……いや……」

 

 そうやって、イタチは少し気まずそうな顔をした。木々の合間から姿を現わす。陽の光に、イタチの顔はさらされた。

 

 これがあるから、元気に歌をうたうとか、変なことを安易にはできなくなってしまっている。少し悲しいかな。

 ピーちゃんはイタチに慣れたようで、近づいてきても大して反応を示さなくなった。

 

「クナイ……持ってる?」

 

「あ、あぁ……」

 

 何本もイタチはこの森にクナイを持ち込んでいる。

 いつの間にか、的がいっぱい設置してあるところがこの森にはできていたから、多分そこでイタチは手裏剣術の修行しているのだろう。

 

「くひひ、これなぁんだ?」

 

 私は隠し持っていた八枚の木製の円盤をイタチに見せた。その円盤には二重の黒い円が描かれていて、中心は赤い円―( )―というよりも点で塗られている。

 

 やや下品に笑った私にイタチは動揺を隠せない。ピーちゃんの呆れを隠さない鳴き声が聞こえる。

 昨日、イタチが帰ったのを確認した後、頑張って剥がして、ここに持ってきたんだ。

 

「投げるから、投げて?」

 

「……?」

 

「投げるから、当てて?」

 

「……わかった」

 

 主語が捻れた。そのせいで意味のわかりづらい、ただの単語の羅列になってしまっていた。

 訂正した文章を正しく理解したイタチは、クナイを構える。別に断る理由もないし、やってもいい、という感じなのだろう。

 

「じゃあ、いくよ! りゃあっ」

 

 そんな掛け声で、的を放り投げる。

 すると、一秒も立たないうちにビュッと風を切る音を立ててクナイが飛んできた。

 私の手もと、すぐ近く。投げた的へと見事に命中する。

 だが勢いはそこで止まらない。後ろにある木に一直線に、的を巻き込んでいる―( )―そのはずなのに到達した。

 

 ぎこちなく振り向く。クナイは的のど真ん中を貫いて、木に突き刺さっていた。

 怖い。クナイの威力怖い。凶器の恐ろしさをそばで感じて、四歳児の私は涙が出できちゃう。

 

「ねぇ……怒ってる?」

 

「……いや」

 

 気まずい空気が流れる。

 思えばそうだ。刃物って危険物だ。クナイとか、絶対買うときに『小さい子の手の届くところに置かないでください』みたいなことが注意書きであるでしょ。

 四歳児って、小さい子じゃないのかな。

 

「投げないなら、返してくれ」

 

 そう言って、クナイをしまったイタチ。もう今の私の状態では無理だと判断したのだろう。的の返却を催促した。

 

 だからって、素直に従う私ではない。ここで引き下がってしまえば、大事な何かを失ってしまう気がしたから。

 

「隙あり!! りゃ――ひぃ!?」

 

 的から手を離した瞬間、クナイが捉え、私から私の意図しない形で引き離す。またそれは勢いよく、後ろにある木に突き刺さった。

 的が二つ、地面から数度の狂いもなく垂直に並んだ。

 

「ねぇ……狙った?」

 

「……偶然だ」

 

 おそらくイタチは二度と再現できる自信はないから、そう答えているだけであろう。でなければ、こんな満足げな表情はしないはずだ。

 ピーちゃんは、ビビってるのか、身の危険を感じたのか、私を置いて、イタチから離れるように数十メートル離れた木の陰に隠れてしまっている。

 

 残る的は六枚。

 手から離れた瞬間にクナイに掻っ攫われるんじゃ、悲しすぎる。これじゃ投げてるって言えない。どうにかして遠くまで投げたい。クナイ、怖い。

 

 だから私は一計を案じる。

 全力で的を振り被る。勢いよく、遠くまで。そう念じて的を――投げない。投げる振りをして、掴んだ的を引っ込める。フェイントだ。

 

 私がまたなにも考えずに、愚直にも的を投げると思ったイタチは、引っかかって、クナイを投げて――来なかった。

 こちらをじっと窺って、様子見をしている。

 

 何度か同じようにフェイントをかけてみるが、引っかからない。ならばと私は今度こそ本当に投げる。

 

「せいや――ひゃあ!?」

 

 手もとが射抜かれ風を感じる。恐怖を感じる。また同じように、後ろに木に向かって飛んで行った。

 団子のように、三つの的が綺麗に並ぶ。

 

「なんで……なんでわかったの!?」

 

「お前は投げるとき、声をあげる」

 

「え……?」

 

 確かにそうだ。フェイントのとき、私はなんの掛け声も出さなかった。そんな些細な違いも見逃さずに疑うなんて、大した奴だ。

 

 今度こそ、どうすればちゃんと遠くに行くのか考える。要するに、そうだ、投げる予備動作がなければ予測もできない。ただ、ノーモーション、なんて真似もできるわけがない。

 なら、どんな手を使うか。

 

 単純だ。その動作を隠せばいい。

 後ろを向き、下から上へ。おそらくこれが、隠したまま全力で投げられる向き。身体を使って的を隠して、悟られないよう的を投げる。

 

「いっけぇえええー!!」

 

 回転がかかり、勢いよく的は駆け上がっていく。手から離れたその一瞬、流石のイタチもクナイを投げることはできない。

 あとは太陽が味方する。逆光。まだ陽は高く、空を見上げなければそれは気にはならない。しかし、運よく太陽はこちら側にあった。

 

 イタチは目を細める。この的を見切れるかどうか。私とイタチとの真剣勝負だ。

 回転をする的は空気を切り裂き、直線的には落ちてこない。それがより、イタチの照準を難しくする。

 

 クナイが飛んだ。

 重力に従う的の軌道を完全に理解し、予測し、命中すると確信を持てたからこそだろう。クナイは重力をものともせず、真っ直ぐと。イタチの狙いをつけた場所を目がける。

 

 当たった。

 頭上数メートルの空中で、クナイは見事目標物を捉えてみせた。そこまでは良かった。

 

「あっ……」

 

 けれど的はクナイごと、あらぬ方向へと飛んで行く。森の中に消えてしまう。

 取りに行くのが面倒になってしまった。

 

 一応だが、私にはどこに落ちたかわかっている。紛失したわけではない。それでも、このまま探す素振りも見せずに、的当てを続けようとすれば、なんて思われるかはわからない。

 

「次は、投げないのか?」

 

 そんな私の思慮を無視して、イタチは次を要求した。

 探さなくてもいいのだろうか。そういった思いも、その言葉で頭の片隅に追いやられた。

 

 私は負け嫌いだ。こんな風に言われてしまえば、簡単に引き下がることはできない。

 次は絶対に、なんとしてでも外させる。それしか頭には残らない。

 

「投げるよ。――これならどう?」

 

 同じように、私は投げる。

 これなら投げてすぐを狙い撃たれない。さっき証明して見せた。だから今度もこの方法でいく。

 的は真上に突き進む。

 

 だけど、まるっきり同じわけではない。

 的を投げたときの力は重力に負け、落下が始まる。

 

 逆光によって、今はまだイタチには見えない。だが、強い光の中を抜け、ようやく的はその姿を現した。

 

「な……!?」

 

「……にひひ」

 

 イタチは驚きの声をあげる。私のイタズラは成功したようだった。

 落ちてきた的、それは一枚ではないんだから。私はいっきに三枚投げた。

 

 それでもイタチは気づかなかった。その的たちは、落ちるまでぴったりと重なっていたのだから。

 三枚の的のそれぞれが、自由な軌道を描きながら地面に向かう。

 

 イタチの反応は素早い。

 誤認していた的の数を修正して、構えていたクナイに加え、さらに二本。その全てを片手、右手で投擲する。

 投げられた三本のクナイは吸い込まれるようにして、それぞれがそれぞれ、一つずつ的の中心を破った。

 

 だが、そこで引き下がる私ではない。

 

「たあ!!」

 

 気合いと共に最後の的を、イタチの頭を目掛けて横向きで投げつけた。上の三つに集中していたイタチは、当然のごとく即座に反応することはできない。

 憂慮することなく最後の一つは私の手から離れる。

 

「くっ……!?」

 

 余りにも予想外な私の行動に、あのイタチでもやや苦しげな表情をする。だからって、私の攻撃をイタチが受けるわけはない。華麗な身のこなしで、イタチはそれをたやすく躱すはずだろう。

 まあ、ただ躱すだけならば、私の勝ちだが。

 

 行動は、迅速だった。

 さらに一本、イタチはクナイを取り出した。左手で、三枚の的への投擲に使っていない手を使い。

 右足を一本後ろに引く。上半身を反らし、的の直撃を避ける。しかし、それだけでない。左手のクナイで下から―( )―的を突き上げ、中心を穿つ。

 

 下からの攻撃を受け、ポーンと的は上昇する。そして、こっちに向かってきた。

 渾身の波状攻撃を対応され、意気消沈していた私はとっさに動くことができない。カンっとそこそこの質量を持ったものが私の頭にぶつかった。

 

「うぅ……うぅ……」

 

 ショックだ。二重の意味でショックだ。そんな私をピーちゃんが冷たい目で遠くから見つめてくる。

 

「すまない……」

 

 的をぶつかけてしまったのはわざとではない。それはわかる。クナイの部分が当たったら、笑い事じゃなく危なかったから、イタチは絶対にそんなことはしない。ただ運が悪かっただけだ。

 

「う……ううん、大丈夫……」

 

「いや、本当に……すまない」

 

 というか、私がイタチを狙って投げるなんて卑怯な真似をしなきゃよかっただけなんだから、そんなに深刻な表情で謝罪はしないでほしい。

 

「じゃあ、全部中心にクナイを当てたイタチには、景品として的、八個を進呈したいと思います」

 

「もともとオレのだ……」

 

 不服とばかりに突っ込まれてしまった。

 私はめげない。めげないで、的の回収に走ろうとする。

 そしたら私を呼び止めるように、イタチは声をかけた。

 

「そういえば、的の場所、わかるのか?」

 

「ん? わかるよ? あっちと、あっちと……それから、あそこかな」

 

 森の中に消えてしまった的の方向を指差す。

 真上に投げて、捉えられたものは、だいたいわかりにくいところに飛んで行ってしまった。けれど幸い、木に引っかかったものはない。

 

「わかった。なら、ここら辺のものは集めておく」

 

 なるほど。役割分担か。

 割り振られたように、私は森の奥にある的を取りに行った。ピーちゃんはここでようやく戻ってきて、偉そうに私の頭の上に座る。

 

 つつがなく的を四つ集め終わった。ちょうど半分。二人だから、これでノルマは達成だ。

 だが、戻ってきて、涼しげに私を待つイタチを見て思った。

 

「私の方が多く動いてる……」

 

 ピーちゃんは、なに言ってんだこいつ、みたいな声で鳴いた。




 イタチ氏のスペックが段々おかしくなってくる予感。


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そうしつ

 五歳。

 何度も死を覚悟することはあったが、この歳までなんとか生き延びることができた。

 この調子だと、たぶん私は二年後にはいないだろう。

 私のことはどうでもいいか。

 

 私の日常はわずかずつ移ろいゆくが、どうやらイタチの日常は劇的な変化を迎えたらしい。

 

 うちはサスケが誕生した。

 

 イタチは自身のことは余り語らない。だが、木ノ葉警務部隊の隊長、それに関する情報だから、自然に私にも流れてくる。

 

 だからって、イタチは修行をさぼるわけでもない。むしろ、前よりもハードなものを積み重ねているようだ。

 

 しばしば、年齢に見合わないようなすごいパワーをイタチは発揮する。チャクラコントロール、ということだが、私にはチャクラが理解できない。

 

 精神エネルギーとか、身体エネルギーとか、ほんとに謎だよ。

 

 ということで、今日もイタチの訓練場から的を奪い取ってきた。ピーちゃんはもう避難している。

 もう珍しくもなんともない。これは、週に一、二回の恒例行事と化している。

 ただ、今まで一度もイタチは的の中心を外したことがないのだから、意味わかんない。忍者ってそういうものなのだろうか。

 

 私も一応は進歩した。真上に投げる戦法は変わらないが、そこから回転や角度の違いにより、ある程度自由に変化をつけさせることができるようになった。

 もう、狙った場所に落とすだけなら簡単にできる。どうしたら複雑な軌道になるかが悩みどころだ。

 

 そんなことを考えていると、もうイタチがやって来たよう。タイミングを見計らいながら、私は的を空に投げる。

 

 今回は四つ。まだ姿を現さないイタチに向けて、勢いよく襲いかかった。ちょうど出てくるそのときを狙った洗礼だ。

 

 そんな私の攻撃も、もう何度も繰り返したことなのだから、クナイを構えてイタチは出てきて、読み切ったように四つの的を撃破した。

 

 また、ダメだったよ……。

 

 それはそうと、少し気になることがあった。

 

「ねぇ、イタチ?」

 

「なんだ?」

 

「後ろの人、誰?」

 

「…………」

 

 イタチは無言だ。そして振り返ろうともしない。

 それにしても、こんなことがあるなんて。イタチが誰か連れてくるとは。

 

 ガサガサと雑に音を立てて謎の人物が姿を現した。

 

「……シスイでも、ダメだったか」

 

 なにか意味のよくわからないことをイタチは呟いている。

 それを無視して、その謎の人物に向き直った。じっと見つめる。あ、目を逸らされた。

 

「イタチ、この子、いくつだ?」

 

「本人にきけばいいだろ?」

 

「相変わらずだな、イタチは……」

 

 仲の良いのか悪いのか、よくわからないような会話が聞こえた。らしいと言えばらしい。

 たぶんこれは、仲の良いという方に入るんだと、私は勝手に思うことにした。

 

「私はミズナ。五歳だよ」

 

「イタチと同じか。オレは……」

 

「知ってるよ。シスイでしょ? さっきイタチが言ってたもん」

 

 そう私が言うと、シスイは驚いたようにイタチの顔を覗いた。イタチはどこか苦々しげな表情を浮かべる。

 

「それでシスイ、やっぱりあなたも()()()なの?」

 

 きく必要はなかったが、別にきいてもなんの損はない。

 

「ああ、オレも()()()だ。イタチと同じな」

 

「シスイ、ミズナも()()()だ」

 

 補足をするようにイタチは付け足す。シスイは目を見開いて、そうかと息を漏らした。

 その複雑な表情は、私には推し量れない。

 

「あっ、そうだ。それでね……あれ? なんでまだ来ないんだろ」

 

「あの小鳥か」

 

 ピーちゃんを紹介しようと思った。でも、出てきてくれないようだ。きっと、シスイを警戒してまだ隠れてるのだろう。仕方がないやつだなあ。

 そのうち出てくるだろうし、無視しよう。

 

「いいや。じゃあ、続き。投げるよ?」

 

 あと四枚あるんだ。これ全部に当てないかぎり、イタチに的は返さない。

 そんな恒例行事に、今日は待ったをかける人物がいた。もちろんシスイだ。

 

「オレも参加して構わないか?」

 

 そういえば、この人って、現役で(しのび)やってる人のようなきがする。

 もしそうなら、独壇場でイタチの出る幕がなくなってしまうのではないだろうか。

 

「構わない」

 

 そう簡潔に述べたのはイタチだ。私の心配を無視して、クナイを手に持つ。

 それにシスイは笑顔を浮かべて応えた。

 

「手加減はしないぞ?」

 

「あぁ……」

 

 私を置いて話はどんどん進んでいく。投げるのは私なのに。

 でも、この二人の関係に、なんかいいなと微笑んだ。私にはピーちゃんくらいしか友達がいなかったからね。

 

「なら、投げるよ?」

 

 公平を期すために合図をする。ピリピリとした空気を感じる。

 本気だ。二人とも、真剣勝負をしようとしている。私もつられて緊張してきてしまう。

 

 じゃあ、全力を出そうか。絶対に二人とも的に当てさせない。そのために誠心誠意の小細工を加えて、的を投げ上げる。

 

「四つか……」

 

 シスイは不敵にそうこぼす。

 ぴったり重なってると思ったんだけど、見切られてしまっていた。

 

 こうして情報を漏らすなんて、ずいぶんと余裕そうだ。まあ、イタチもわかってると確信を持っていたからなんだろうけど。

 

 バラバラに落ちてくる的。

 軌道の見極め。やはりシスイの方が早い。クナイが四つ飛んだ。

 

 一拍遅れて、イタチがクナイを投げた。しかし、シスイのものを追い越すほどの速度はない。

 

 シスイのクナイは正確さを持ち、私の投げた的を仕留めようとする。一つ、二つ、三つと、堅実に。

 ――だがしかし、最後の一つは違う。

 

 空気抵抗、重力、いわば物理法則に反したような動きを見せた。スーッとクナイを避けるように、的は静かに横にぶれる。

 どういう原理か知らないが、なんか頑張ったらそうなった。

 

 若干テンションの上がった私だが、それもすぐに冷え切ってしまう。

 遅れて来たイタチのクナイが、迷いなく的の中心を射抜いたからだ。

 

 シスイが三枚、イタチが一枚。それがこの勝負の結果だ。勝負というなら、もちろんシスイに軍配が上がる。

 

 イタチは不満足げにシスイを見た。

 そんなイタチに、シスイはカラカラと笑いかける。

 

「すごいな、イタチは。四つ全部に当てるなんて」

 

 クナイが二つ刺さった的が、地面に三つ落ちていた。

 予想外の賞賛だったのだろう、イタチは当惑するばかりだった。

 

 私はというと、蚊帳の外。そこで少し悲しんでる。

 なんで、当てられるんだ。私がやったら一つも当たらない自信あるのに。

 

 気を紛らわせるため、的の回収を始める。今日も返さなきゃだ。そしたら二人は戻っていくんだろう。

 そういえば、今夜は満月だったっけか。

 

 

 ***

 

 

 土を被せて棒を立てる。

 なるべく倒れずに、長く残るものがいい。木の棒とかは絶対にダメだ。

 

 そこらへんで拾ってきた金属の棒。そこに家から持ち出した刃物で傷をつけていく。

 『ピーちゃん』と縦書きで刻み込んだ。

 

 もっと私がちゃんとしていれば、こんなことにはならなかったのに。

 この作業を終えるまでは、特に実感が湧かなかった。でも今になって、どうしようもない虚無感が襲いかかってきた。

 

 涙が。油断すればすぐに溢れ出してしまいそうだった。だけど私には泣くことなんてできない。こんな無力で愚かな私には泣く資格なんてない。

 ぜんぶ私のせいだから。

 

 それでも、上を向く気分にはなれない。地面を見つめて必死に堪えることしかできない。

 

 後悔に苛まれていると、なにか眼の奥に異変を感じる。涙ではない。得体の知れない不思議な何かが眼へと流れ込もうとしている。

 

 どうにかして、堰き止めなければならないと思う。身に余る、恐ろしいもののような気がした。

 どうでもいい、身を任せてしまいたいと思う。不甲斐ないこんな自分が、この異変で消えて無くなってほしかった。

 

 だれかいることに気がつく。だれか見ていることに気がつく。

 とっさに手の、家から持ち出した刃物を投げてしまった。

 

 だからといって、憂慮したことは起こらない。しっかりと身を守る金属音が聞こえてくる。それに私は安心する。

 

「イタチ……いたんだ。イタチは、大丈夫だった?」

 

「九尾事件のことか……」

 

 別に悲しむでもない。ただ少しだけ悔しがるようにつぶやく。

 なんとなくわかる。あれだけ大きな騒ぎだったのに、イタチの方はなんともなかったのだろう。まあ、イタチだから、当然といえば当然かな。

 

 私の方は、見ての通りだ。大事なものを守れない惨めさを実感することになってしまった。

 うつむいていた顔を上げる。すると、イタチの表情は驚きに包まれた。

 

「……その眼は」

 

「え?」

 

 そういえば、視界がなんかいつもと違う。どうしてかは、だいたいなら想像できる。

 うちは一族。その呪われた力を私は開花させてしまったようだ。私は強くなったようだ。

 

 けれどこんなもの、こんな思いをするのなら、一生使えないままが良かった。

 ピーちゃんが私に力をくれた? ふざけるな。私は力なんていらなかった。

 

「あれ? 頭が……あ、力が……」

 

 ひどい頭痛、目眩、そして全身が虚脱を訴える。とつぜん起こった体の不調に、なにもできず混乱する。

 

「チャクラ切れだ。写輪眼を止めれば直る」

 

 イタチは至って冷静だった。

 なるほど、確かになにかが眼に向かって勢いよく流れていくのが感じ取れる。これがチャクラできっと合っているのだろう。

 

 もっと深く、同じものを探ってみると、全身を血のように駆け巡っていた。

 イタチに注目してみる。すると、イタチにも同じように流れていることがわかる。分かったからって、どうにかできるわけじゃないけど。

 

 今の問題は、この止め方だ。チャクラコントロールとか知らない。制御不能で意識が徐々に遠のいていく。

 

 こんなことなら、もっと真面目にチャクラをどうにか操る練習をしておけばよかった。これって絶対、感情が昂ぶる度に写輪眼が勝手に発動する。その度にこうなってたら世話ないよ。

 

 ふらついて倒れる私。イタチは心配をしたのか駆け寄ってきてくれた。

 そこでふと思い出す。白髪のコピー忍者が解除できない写輪眼をどうやって扱っていたか。

 

 ……目、閉じればいいじゃん。

 

 早速、私はまぶたを下ろす。するとチャクラが眼へと流れなくなった。

 これで万事解決。そう思って、また目を開けたら、途切れた奔流がまた、容赦なく繋がってしまう。

 しかたがないから、もう一度、目を閉じた。

 

「イタチ。目、開けれない」

 

「あ、あぁ……」

 

 訊かれたイタチも、どうすればいいのかわからずに困ってしまっている。

 もう、いっそのことチャクラ切れで写輪眼が使えなくなれば解決するんじゃないないかと思い始めた。

 なら、行動は早めにだ。

 

 ――開眼!!

 

 やけくそで写輪眼を全力で使おうとする。

 おお、すごい。世界が止まって見えるよ。事故に遭う直前のあのスローモーションみたいな感じだ。

 え、私、死にかけてるんじゃない? 吐きそう。辛い。

 

 首を動かす。こっちを見ていたイタチと、視線が絡み合った。絡み合った。

 大丈夫、だったろうか。今、確実に幻術の発動条件が整ってしまった。発動したかはよくわからない。けれど、倦怠感は異常な程に一瞬で増した。

 

 いや、あのイタチなら大丈夫だろう。きっとなに食わぬ顔で幻術返しとかするんじゃないかな。

 イタチの様子を確認をしたかったが、そんなことをしている余裕は私になかった。

 

 抗いがたい眠りへと落ちていく。イタチを置いて、私は気絶をしてしまうのだ。チャクラ、真面目に使えるようになろうと、反省しながら。



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すくい

 知らない天井。知らない壁。

 私は知らない部屋にいた。幸いに病院ではない。気絶しているうちに誰かに連れ去られたのかもしれない。

 

 まあ、そんなこと、考える必要はなかった。だって、拘束もされていずに、布団へ寝かされているだけだもの。

 犯人なんて丸分かりだ。

 

 目をパチパチさせて、チャクラの流れを確認する。良好だ。異様な量が一箇所に集中してたりしない。

 もう、発動させないように、細心の注意を払わなければならない。もう、悲しまないように、感情を押し殺さなければならない。

 

 なにをしてたか私は知らない。どうして開眼したのか私は知らない。思い出さない。これでいい。

 

 とにかく、お礼を言って帰ろう。

 でも、どうしよう。太陽が沈んでしまっている。親になんて言われるかわかったもんじゃないんだけど。

 

「ん?」

 

 だれかがこっちに向かってくる気配がする。大人の人だ。襖がスッと開けられた。

 

「あ、起きたの? 具合は大丈夫?」

 

 女性だった。

 そうして、起きている私に気がついて、声をかけてくれる。その親切な態度に恐縮してしまう。

 

「だ、大丈夫です」

 

 ややおどおどする私の髪をかき分け、おでこに彼女の手が当てられる。

 

「熱もないみたいだし、うん、問題ないわね。待ってて、今から、お夕飯を持ってくるから」

 

「あっ……」

 

 言いたいことを全て言ったのか、去って行ってしまった。なかなかに快活な人だ。

 

 取り残された私は、逃げるわけにもいかず、ただ呆然としていることしかできない。

 もう月は真円ではないのであるが、差し込む光は周りが見えるほどには明るい。ぼうっとしていて、時間だけが過ぎていく。

 

「お待たせ」

 

 また戸が開いて、今度はお盆を持って、女の人が入ってきた。いい匂いがする。

 お盆は私の寝ている布団の横に置かれた。

 

「あの……」

 

「さあ、召し上がって?」

 

「いや……」

 

 素直に私は手を付けることができなかった。

 ずっと立ち昇る湯気を視界に収めるだけで、動くことができない。そんな私を不思議な顔で、女性は見つめる。

 

「遠慮しないで。早く食べないと、冷めちゃうわよ?」

 

 笑顔で優しく声をかける彼女。良い人であることはありありと伝わってくる。

 

 だけど、そうじゃない。私を止めるものはもっと違うなにかだ。私の中でなにか線引きがされていて、越えたからって別にどうということもない、くだらない線引きで―( )

 

 私は手が出せない。

 

「無理です」

 

 だから、そう言ってしまった。

 

 そんな私の突き放すような台詞に、女性はとても悲しそうな顔をする。

 悪いことをした。別に子どもなんだから、これくらいなら許してほしい。

 

「でも、ちゃんと食べないと――」

 

「すみません。帰らせてください。お礼は後でちゃんとします」

 

 彼女の言葉で、反射的に身体がビクつき、無理矢理に話をそらしてしまった。

 私の冷たい態度に彼女は困惑してしまう。

 

 とにかく私は帰りたかった。怒られたくなかった。

 もう手遅れなこと自体はわかっている。それでも、無駄なあがきをしないわけにはいかなかった。

 

「いい? こんな時間に、子どもを外に出すわけにはいかないわ」

 

 本当に出て行ってしまいそうな様子の私に、見兼ねたのかは知らないが、肩を掴んで真剣に、こちらの目を見て。

 耐えられずに、私は俯いてしまう。これなら怒鳴られる方がいくぶんかはマシだった。

 

 力強く、私は振り払うことができない。

 

「……はい」

 

 そう言って、渋々に了承をする。涙が出てきそうだった。

 力を抜いた私に、彼女は少し困ったような、安心したような表情を見せる。

 

「じゃあ、食べてもらえる?」

 

 どういう理由でそう繋がったのかはわからない。

 だけど、私に断る気力は生まれない。従うという選択肢しか頭には思い浮かばなかった。私の心は折れていた。

 

 うなずいて、素直に私は箸を取る。そしてさまよわせた。

 味噌汁、白いご飯、魚の味噌煮、御浸しに漬物。とりあえず、魚の味噌煮に手を付けることにした。

 

「…………」

 

 無言のまま、女性はまじまじと、私の手を、私の箸の動きを見つめている。

 どうしようもなく、私は緊張を強いられている。

 意を決して、口の中に放り込んだ。

 

「……おいしい……」

 

 つい口に出た一言だった。

 こんなにおいしいものを食べたのは、とても久しぶりだと感じてしまった。だから、私は食べるのが嫌だったんだ。

 

「ふふ、大したものではないけど、そう言ってもらえるなら嬉しいわ」

 

 女性はとても喜んでいた。当たり前だ。だって、自分の料理が褒められたのだから。

 それに対して、私は涙をこらえるのに必死だった。もともと、精神的にボロボロだったはずなのに、こんな仕打ちは惨すぎる。

 

 食べ終わった。

 私のお腹は満たされた。けれど、心にはぽっかりと穴が開いたような気分になった。

 

「じゃあ、片付けるけど……」

 

 じーっ、と私から目を離さない。たぶん、心配なんだ。私が目を離した隙にどこかに行ってしまわないか。

 

「なら、私に片付けさせてください」

 

 食器の片付け、皿洗いくらいならば自分でやってる。自分のものは、自分の力で。それが(うち)の方針なんだ。

 

「え……、ええ……いいわ」

 

 戸惑いが隠しきれていない。それでも彼女には断る必要がなく、都合が良かったのだろう。私の提案を受け入れてくれた。

 

 私はお盆を持って、立ち上がる。そして、女性の先導してくれるのを待つ。

 

「なら、こっちよ?」

 

 そう言って、襖を開けて、私を案内してくれる。お盆から食器を落とさないように、慎重に、注意しながら私は付いていった。

 

「あっ、そういえば……」

 

 その間に、一つ気になることを思い出してしまった。

 

「どうしたの?」

 

 振り返って、問いかけてくる。

 おそらく、目の前にいるのがイタチの母である、うちはミコトさん。であれば、面倒を見なくてはならない子がいるはず。

 

「サスケくんは、どうしたんですか?」

 

 まだ一歳にも満たない小さな子。それを放置しているとはあまり考えられない。

 

「ああ、サスケ? それなら、今はイタチが面倒見てるの」

 

「へ、へぇ……」

 

 確かにそれなら大丈夫だ。そう思わせる力がイタチにはあった。

 私と同い年のはずなのに、安心感が段違いだ。なんでも任せられそうだし。

 

「本当は私が面倒見なきゃなんだけど、あの子、聞かなかったわ。母さんはミズナの看病をしててくれって。あの頑固なところは、誰に似たのかしら?」

 

 呆れたように、でも少し嬉しそうに話す彼女。

 きっと、幸せな家族なんだと想像がつく。そしたらなんだか、心の穴から気持ちの悪い感情が湧き出してきた気がした。

 

 そんなことないと私は首を横に振る。

 

「着いたわ」

 

「あっ……」

 

 台所。連れられて来て、そこで問題にぶつかる。

 

 高い。

 私の身長では、流し場までは手が届かない。

 いや、当たり前だ。私の家だってそうだもん。だから、私は近くにある椅子を足場にして、いつも洗っている。

 

 でも、この家。椅子が見つけられなかった。何かを踏み台にしなければ届かないのに、その候補が見つけられない。

 とうぜん私は絶望で立ち竦んだ。

 

「え、どうしたの?」

 

「洗えない……」

 

 もはやどうしたらいいのかわからない。そんな私の奇行に、ミコトさんは慣れて来てしまったのかもしれない。

 冷静な対応をする。

 

「ほら、これならどう?」

 

 浮遊感に包まれた。

 お盆から食器を落とさないように、頑張ってバランスを保つ。余裕だ。この程度で落としていたら、いくつ命があっても足りない。

 

 気が付けば私は、流し場に手が届くところまで、ミコトさんに持ち上げられていたのだ。

 なるほど、これならしっかり洗える。

 

 スポンジや洗剤を巧みに操り、私は自分の食べた食器を全て処理してみせた。完璧だ。

 

 そう誇らしげに片付け終わると、ミコトさんはゆっくりと丁寧に降ろしてくれる。

 一人では完遂(かんすい)できなかったことだけが、私の心残りだ。

 

「偉いわね」

 

 そう言って、ミコトさんは私の頭に手を伸ばした。

 

「ダメ……っ!!」

 

 反射的に私は叫んでしまった。

 ミコトさんの手は止まる。そして、少し悲しげな表情になった。

 

「ごめんね」

 

 彼女は謝る。拒んだ理由、それを真の意味で理解していたわけではないと思う。

 

「う……ううん」

 

 それに対して、私は首を横に振った。

 彼女が悪いわけではない。それをどうにかして示したかった。けれど言葉が出なかった。

 

 ひたすらに私は困る。

 だからだろう。つい隙を突かれてしまった。

 

「本当にごめんなさいね。あなたの辛さを、私は理解しきれていなかった……だから……」

 

 温もりに包み込まれた。

 こんなのはおかしいと身体が叫ぶ。今すぐに振り払いたいくらいの衝動に駆られる。

 だけど動かない。私の手足は言うことをきかない。

 

 

 押さえつけられて―( )―違う。

 

 

 疲労がたまって―( )―違う。

 

 

 痙攣をして―( )―違う。

 

 

 緊張で―( )―違う。

 

 

 ――安心しきって、力が入らないんだ。

 

 

 もう堪えることはできなかった。力の限りの声を出した。どうなったっていい。何が起ころうと構わない。

 今まで心に積もったものを全て吐き出すように私は慟哭する。

 

 私がなんなのか、わからない。守ってきたくだらないものたち、それは確かに今、揺らぎ、崩れている。なにもわからない。わからない。

 そんな中でも、優しく背中を撫でてくれる彼女だけは感じとれた。安堵できた。

 

 ひとしきり叫んだ私は、力が抜けていくのを感じる。

 また、写輪眼がオンになってるよ。こりゃダメだね。

 

 けれど今度は、あらかじめ受け止められているのだから、倒れるなんてことにはならない。

 

 心地の良い優しさが、私の耳を包み込んだ。

 

「……我慢をする必要はないわ」

 

 私はもうしゃっくりが止まらない。涙でなにも見ることができない。

 こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。少なくとも、二歳の誕生日より前のことは確かだ。それが今、爆発してしまったのかもしれない。

 

「ごめんなさい……」

 

 私は謝った。誰にかはわからない。なんのためにかもわからない。でも、謝った。

 

「ごめんない……。ごめんなさい――」

 

 うわごとのように何度もなんども。

 

「大丈夫……、あなたは悪くないわ。悪くない」

 

 彼女はそう言い聞かせて、私を落ち着かせてくれる。甘えさせてもらうことしか私にはできない。

 身体が震えていることが自分でもわかる。どうにかして、力を振り絞って、心を落ち着かせようと努力をする。

 深呼吸だ。深呼吸。

 

「すー、はー……。すー、はー……」

 

 なんとか乱れる心を鎮めさせることに成功した。いつの間にか写輪眼も解除されている。

 

「落ち着いた?」

 

 私は首を縦に振る。

 声を出す力も残っていなかった。今更になって恥ずかしいという感情が込み上げてきたが、後の祭りだ。どうすることもできない。

 

 どうにでもなれと私は思った。

 

「じゃあ、お腹もいっぱいになったことだし、一緒にお風呂、入ろうか」

 

「無理です……」

 

 ダメだ、どうにでもなっちゃダメだ。これだけは絶対に拒まなければならない。そうしなきゃ。

 

 けっきょく私の抵抗も虚しく、この家で一週間だけ、お世話になることになった。




もう、こいつ、駄目だ……。末期だ……。


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つかのま

 私がどうして家に帰されなかったかは、言うまでもないだろう。()()()の中では、ひとり親の私の母を気遣って、引っ越しをするまでの間、フガクさんが私を預かってくれているということになった。

 

 どうやら聞いた話によると、フガクさんと私の父が親しい仲だったらしい。だからそれほど、おかしなことでもないのだと、周りは納得してくれている。正直なところ私は驚いていた。

 

 それでそうだ。引っ越しの話をしよう。

 この度、里の方々に散っていた、うちは一族は一箇所へと。一つの集落としてまとめられて、そこに納められるらしい。

 

 九尾事件の復興事業。区画整備によって、うちは一族は里の隅に追いやられる。

 南賀ノ神社のある、うちは一族に(ゆかり)ある地。自然の豊かな場所だ。それに私は不満なんてない。

 けれども、この迫害にも近い所業に憤りを覚える者が現れないわけがない。

 

 どこかから噂が流れてくる。九尾事件は()()()の差し金だと。

 だれかが言った。端に新しく()()()の区画ができたのは、その証明だと。

 

 木ノ葉の里は見事に民衆を煽り、私たち、うちは一族を悪者に仕立て上げた。

 これでは対立もやむなしだ。里はどうにかして、うちは一族を排斥しようとしているのだと、そう思われて当然だ。

 

 ただ、そんなことはどうだっていい。問題なのはそこじゃない。

 私がいちばん気にする点。それは、これから育つ世代が、迫害に喘ぎながら里に恨みを抱えて、報復や待遇改善に一生を費やさなければならなくなるのか。それに尽きる。

 

 例えば今、私の伸びっぱなしの髪の毛を、興味深々にいじっている赤ん坊。この子がそんな人生を送ってしまうなんて、私は耐えられない。

 

「あ、痛い。ちょっと、痛い……」

 

 グイグイと引っ張られると、さすがに辛い。私は涙目になるが、それに対してこの子はキャハキャハと笑う。

 サディストの資質をこんなに幼い時点で感じられてしまうとは。末恐ろしいやつめ。

 

「なに、してる……?」

 

 そう問いかけて来たのはイタチだ。痛いと言いながらも赤ん坊の行動を止めようとしない私に、疑問を持ってのことだろう。

 

 おそらくだが、私の一番の理解者はイタチだ。なにせ一年近く、あの森で的の奪い合いをしたのだから。それでも互いに知らない部分はかなり多い。当たり前だけど。

 

 まあ、この家に来て今日で四日目。もう、かなり慣れてきた。

 

 イタチは、相変わらず修行漬け。年中無休、夢に向かってひた走ってる最中だ。私も付いていって、ちょっかいかけてる。

 新しく覚えたチャクラコントロールで、的をギュルンギュルン空を駆け巡らせることができるようになった。それでもイタチはクリーンヒットさせてくる。無念。

 

 この一家の長――フガクさんとは、毎日、一言二言の会話を交わす程度。普通なら冷たいと感じてしまうくらいでしか言葉がない。けれど、家族への対応を見ればわかる。こういう人なんだと。

 

 ミコトさんとは、良好な仲が築けていると思う。家事の手伝いをしたりして、なるべく私の存在が負担にならないよう、気をつけているつもりだ。

 そうそう、一つ喜ばしいこととして、台所に私用の足場が設置された。これで晴れて一人でも皿洗いができるようになった。

 ミコトさんは微笑ましく見守ってくれている。

 

 これがこの家の住民と、私との関係である。

 

「あのね、イタチ。動くものを捕らえようとするのは、狩猟本能の現れなの」

 

 胡乱げな目でこちらを見つめる。いったいこいつはなにが言いたい。そんな声が、視線を通じて伝わってきた。

 

 構わずに私は髪の毛を揺らす。すると赤ん坊は、眼球を機敏に動かし、その動きを完璧に追う。そして、手で鷲掴みにして引っ張ってきた。

 

「自分の見知らぬ場所に押し込められても、大人しくなるしかできない」

 

 私のその言葉の真意を、イタチはまだ計りかねていた。この支離滅裂な文脈で、さすがにわかるわけはないのか。もしかしたら、わかりはするが、確信を持てないだけかもしれない。

 

 あ、やっぱり強く引っ張られると、けっこう痛い。遊んであげてもいいけれど、髪の毛をその度に犠牲にするのはやっぱり、いやかも。

 

「猫じゃらしが欲しいなあ、って思っただけ」

 

「サスケは猫じゃ―( )―いや、オレたちは猫じゃない……人間だ……」

 

 イタチの台詞(せりふ)には力がなかった。どうやら私の言わんとすることを見事に察してくれたようだ。

 

「ふふ、にゃおん」

 

 ご褒美に、手をグーにして、手首を曲げる仕草をしながら、猫の真似をしてあげる。

 そしたらイタチは神妙な顔をしてつぶやいた。

 

「だが、いち早く、オレたち()()()はあの惨状から住む家を与えられた。それで良かったとは思えないのか?」

 

「にゃーあ」

 

 そう、答えを残して、私はこの部屋を去ろうとする。ミコトさんの手伝いをしなきゃな時間になったからだ。

 

 もうちょっと、サスケくんと遊んでいたかったが、やっかいになっている身だ。最低限のことはしておかなければならない。

 

 私が動くと、ブチブチと髪の毛の引きちぎられる音がする。仕方がないと割り切ってしまおう。そうすれば、もう気にならない。

 

 猫じゃらし、どうしようかな。本当に買ってしまおうかな。でもそうだ、お金を持ってないんだ。お小遣いもない。私にとってはとても難しい問題だ。

 

 

 ***

 

 

 どんなことにも終わりは来る。どんなに楽しいことにだって終わりは来る。

 私の体験していた非日常は終わり、また、あの日常が戻ってくる。残念だが、それも世の定め、運命というやつだ。

 

「ここが噂の、うちは一族の区画?」

 

 ミコトさんの提案で、私の引っ越し先の確認のためにやってきていた。

 

「ええ、そう。ここに新しい家があるのよ」

 

 そう言うのはミコトさん。サスケくんを抱っこしながら、私をここに連れてきてくれた。

 ただ、イタチはいない。日課の修業に出かけている。

 フガクさんはもちろん仕事だ。木ノ葉警務部隊でいろいろと忙しいらしい。隊長は大変だね。

 

 今日でお世話になるのは最後。だからこうして、下調べにやって来たというわけなのだが、躊躇ってしまった。

 

「……? 入らないの?」

 

 訝しげにミコトさんは私の表情を覗いてくる。

 私が立っているのは門の手前。ここから先には入りたくない。なんだか嫌な感じがした。

 

「あ……、え……」

 

「どうしたの? 具合悪いの?」

 

 ここで私が仮病を訴えれば、即座にこの事前調査は中止され、帰ることになるだろう。私の気分次第で、簡単にやめることができる。

 

 けれど、これ以上に迷惑をかけることができなかった。いいや、違う。もっと根本的なものはそうじゃない。私はこれ以上に面倒なやつだと思われたくなかったんだ。嫌われたくなかったんだ。

 

「そ、そんなことはないです」

 

 一歩踏み出した。そこでわかった。嫌な感じの正体が。急いで私は駆け抜ける。

 

「えっ!?」

 

 急ぎ過ぎたせいで、ミコトさんたちを置いてきてしまった。でも、ようやく、安全地帯に辿り着くことができた。

 

 一息そこでついていると、ミコトさんが―( )―サスケくんを抱えているからだろう―( )―そこまで速くはないペースで、やや小走りに私に追いついた。

 

「はぁ、はぁ、そんなに急いで……どうしたのよ?」

 

 若干ながらに息を切らして、ミコトさんは尋ねてくる。

 まずい、やってしまった。なにか言い訳をしなければ。

 

「え……ええと」

 

 うまく言葉が見つからない。どうにかして、今回のことは誤魔化しておきたかった。でも、私の力では上手く言いくるめられない。

 

「ほら、話してごらん?」

 

 そうだと一つ思いついた。

 口に私は両手を当てる。絶対に喋らない構えをとった。それを見て、ミコトさんは困ったような表情をする。私は思えば困らせてばかりだった。

 

「どうしても、言いたくないの?」

 

 その質問に全力で相槌をうつ。

 私のその姿勢に、ミコトさんは呆れたような笑顔を見せる。

 嫌われたくない私だが、これだけは絶対に譲れなかった。

 

「はあ……わかった。きかないであげるわ」

 

 ため息を一つ。私の態度にミコトさんは根負けをする。

 とてもありがたい。私にとってはもう聖母のような存在にみえてしまう。

 

 これでようやく、口から両手を外せる。とりあえず、お礼を言っておこう。

 

「ありがとうごさいま……ひゃ」

 

 ミコトさんによって、私のほっぺたが引き伸ばされた。痛くない。痛くないように優しくしてくれているのだろう。

 

「そ・の・か・わ・り、他人行儀なのはなしね。イタチに話すみたいでいいのよ?」

 

 実にいい笑顔だった。心なしか、抱えられたサスケくんも喜んでいるように思えた。

 背に腹は変えられない。渋々とその要求を飲むことにする。

 

「わかりました。ミコトさん」

 

「わかってないじゃない……」

 

「そんなすぐには変えられないからぁ……」

 

 そう文句を言った私にミコトさんはクスクスと笑う。そしたらなんだか面白くなって、私も笑ってしまった。するとサスケもご機嫌に笑う。

 

 なんだかいいなぁ、と思ってしまった。その瞬間に、私の気分はどん底にまで沈んでいく。

 今は悪い夢だ。覚めてほしくはない。ああ、心はどんどん弱っていく。

 

「じゃあ、行こっか?」

 

 そう言って、進もうとするミコトさん。最短ルートで私の新しい家にまで進もうとする。

 つい、堪えられずに、私は彼女の裾を引いた。

 

「こっちから、行こ?」

 

 私は脇道の方を指差し提案した。

 ミコトさんは訝しげに私を見るが、すぐに納得したように頷くと、笑顔を浮かべる。

 

「わかったわ」

 

 こんなにすんなり受け入れてもらえるとは、思ってもみなかった。だって、遠回りになる。最悪は道に迷うことにだってなるのかもしれないのに。

 

 もちろん、事前に私は地図を覚えておいた。迷うことなく、私の思う道筋で、二人を先導することが可能だ。

 だから私は、分かれ道に着くたびに声を出して快適な方へと進んでいた。

 

 もうずいぶんと回り道をしたはずなのに、ミコトさんは文句一つ言わなかった。

 もしかしたら、勘付かれているのかもしれない。でも、言及する様子もないし。うーん。

 

「ふふ、時間かかっちゃったわね」

 

 そう言いながらも、ミコトさんは私の頭をなでてくれる。振り払うなんて失態はもうしない。ただ、なんでなでてくれるかはわからなかった。

 

 そこから、私は家を見て回り、同じ道を辿って帰ろうとしたのだが、あまりの遅さに心配したのかイタチが迎えに来るなんて一幕もあった。

 

 そうして、次の日、早朝。私はここに戻ってきたのだ。




 書き溜めが尽きた。無念。


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がっこう

 六歳。

 ついに私もアカデミーに入学する年齢になってしまった。

 

 あの、フガクさんの家にお世話になった一週間以降、心配をした親により、私は外に出ることが難しくなった。

 結果として、このアカデミーへの登校こそが、約一年振りの外出、ということになる。

 

 昔はあれだけ嫌だなぁ、と感じていたアカデミー入学が、こんなにも嬉しいものに変わるとは、人生、なにがあるかわかったもんじゃない。

 久しぶりに、森の中で昼寝でもしておこうかな、とおもってる。授業でもさぼって。

 

 まあ、それで、肝心のクラス分けなんだけど、どうしてかはわからない、イタチと同じクラスになった。

 同じクラスに、うちは一族が二人も。誰がどうやって決めたんだろう。どういう思惑なんだろう。妙に勘ぐってしまう。

 

 そういうわけで、今日が初めてのクラスでの顔合わせ。みんながみんな、上手くやっていけるかとか、友達ができるかとか、緊張、不安、期待を顔に浮かべている。例外もいるけどね。

 

 私だってその中にいる。一番はじめの授業をさぼるほど、私は勇気を持っていない。

 

「では自己紹介もかねて、みなさんの夢を聞かせてください」

 

 それなりに人生経験を積んだであろう年齢の男の先生は言った。

 急に夢を聞かせろと言われても、生徒たちは困るばかりだ。まだよく知らない同士だろうに、相談している子達もいる。

 

 それにしても、夢か。考えたこともなかった。

 もちろん、現状に満足しているわけでない。けれど、やりたいことがないんだ。

 

 将来について考えたことがなかった。命っていうのは風前の灯火で、だからやりたいことを私は常にやっている。

 

「じゃあ、名簿番号の順にお願いしよう」

 

 出たな、あいうえお順。私は、うちはミズナだから、うん、最初の方だ。なんとかして、この短い時間で取り繕わなければならない。

 ほんと、ひどい先生だ。

 

 立派な忍になりたい、とか、適当に言えばいいか……いや、イタチがいる。そうだ、イタチがいた。

 たぶん、イタチはここで言ったことを忘れてくれない。だから、そういうしのぎ方は、後で痛い目を見る気がしてならなかった。

 

「はいよくできました」

 

 私の夢について熟考していると、もう何人目かの生徒が言い終え、拍手に包まれた。

 お父さんのような立派な忍になりたい、ね。なんの参考にもならないよ。

 

「じゃあ次は、うちはイタチくん」

 

 というかもう、イタチの番じゃん。次、私じゃん。

 もう泣きたくなってきた。サボればよかった。もういい、今はイタチの自己紹介に集中しよう。

 

「うちはイタチです。オレの夢は……」

 

 イタチの夢は知っている。

 初めて会ったときに語ったそれ。きっと、今も変わっていないんだろうなぁ、なんて漠然と思う。

 

 容易には届かない遥か遠い夢。だからこその夢。

 叶わないかもしれない。でも、それを目指すことは決して間違えじゃない。幼い私にあれだけの衝撃を与えたのだから、諦めたら、私が許さないかもね。

 

「オレの夢は……」

 

「大丈夫だ、言ってごらん」

 

 先生の余計な後押しがある。

 そして、イタチと私の目が合った。

 

「この世のすべての争いを消し去ってしまえるほど、誰よりも優秀な忍になりたい」

 

 嘲笑うかのような、そうな声がどこかから漏れ出した。

 不快に思う。そんな侮蔑を消し飛ばしてしまえるほどの、大きな音で私は拍手をする。

 少し目立ったかもしれない。それでもみんなは釣られて、イタチは義務的な拍手の渦の中心にいた。

 

「よくできました」

 

 先生はイタチの頭をなでていた。

 大言壮語、みんなそう思って本気にしていないのかもしれない。

 

 でも、みんなは知らない。どれだけイタチがそのために努力を重ねているのか、どれだけの時間を費やしているのか。きっと、無駄になりはしないはずなのだから。

 

 私だけでも、賞賛の拍手を贈ろう。あのときから、志を変えない彼に。

 

「じゃあ、次は、うちはミズナちゃん」

 

 そう言われて、私は固まる。そういえば、そうだった。私の番だった。

 視線が一斉に私に集まる。ちょっと吐きそうになった。

 

「私の夢は……」

 

「名前、言うの忘れてるよ」

 

 先生に注意されてしまった。

 つい、夢の方に意識が行ってしまい、肝心な自己紹介を忘れてしまった。そのせいで、笑いに包まれる。

 

 もう先に先生が言ってしまっているのだから、別にいいじゃないかと思わなくもない。

 恨み言は胸に秘めて、顔を赤くしながらも、必死に自己紹介を続ける。

 

「私は、うちはミズナです」

 

 教室中を見渡す。静まり返って、もう私の台詞を聞く態勢に入っている。だというのに、私はなにも思いつけない。

 

「夢は、そう……」

 

 口ごもる私に、早く言えという雰囲気が教室全体を包んだ。そういえば、私には夢がない、けれど、その代わりに、ずっと、ずっと昔から、願ってきた望みがあった。

 

「私は、家族で穏やかに暮らしたい」

 

 時間が止まったような気分になった。子どもたちはおのおのの反応を見せる。一様に首を傾げないあたり、この世界の残酷さを思い知らされた。

 

「ミズナちゃんは、親が……」

 

 教師としての義務感からだろうか、デリケートな質問をしてくる。気配りのなさにやや憤りを感じる。

 

「母親が一人ですけど?」

 

「……辛いことを聞いてごめんね」

 

 私の態度で失態に気がつき、教師は謝罪をしてくれる。

 でも、そう、いま確実に私には『可哀想な子』というレッテルが貼られた。なにもわかってないくせに。

 

「じゃあ次――」

 

 そうやって、どんどんと自己紹介は進んでいった。

 

 

 ***

 

 

「おぉ……」

 

 誰しもが歓声を上げる。その原因たるは、もちろんのこと、あの、うちはイタチだ。

 現在はクナイを使った授業をしている。

 

 校庭のあらゆるところに据えられた人型の的の数々。高い、高ーい木の上だったり、開けっ放しの三階の窓の中だったり、とにかく面倒なところに的は設置されていた。

 

 総数は二十。そのすべてにどれだけ早くクナイを当てられるかという授業だ。

 

 いまのところ、平均五分。生徒たちは休まずに、的を見つけては投げ、見つけては投げ、だいたいそのくらいかけて達成している。

 

 それをそう、うちはイタチはたったの三十秒で終わらせてみせた。しかも人型の的の心臓にあたる胸の部分を正確に射抜いて。

 

 順番は、例のごとく名簿順。後からの方がどこに的があるか把握しやすいような気がしてならない。

 イタチは投げる前から場所がわかっていたようだし、この授業はフェアじゃない。秋道くんが可哀想だ。

 

 そうはいっても、実力がなければ、実際に動いてみるまで的が正確にどこにあるかわからない。とにかく、イタチが凄いことには変わりなかった。

 当の本人は不満足げな表情をしているけれども。

 

「よ、よくできました。さぁ、次の人」

 

 イタチの偉業に、若干ながら、先生の声はうわずっていた。

 私の番だ。

 

 目を閉じて、集中する。的の位置を把握する。

 うん、だいたい理解できた。

 始まりの合図が鳴り、計測が始まる。

 

 右手で二本、左手で二本。合わせて四本。クナイ空に投げ上げる。

 的を投げたときと同じだ。回転を加え、本来ならここからでは届かない場所に届くようにする。

 

 家から出られなくても、隙を見て未練がましくこの練習は続けていたりする。いつか絶対に勝ちたい。

 四本、さらに四本。累計十二本のクナイを空に飛ばした。

 

 後は一つずつ、ここから狙える的を潰していけばいい。イタチみたいに、一度に何本もクナイを投げられないから、丁寧に一つずつだ。

 

 最初に空に投げたクナイが、ここからは狙えない的に当たる。ちゃんと刺さってくれてなにより。

 

 七個目、八個目。ここから狙える的は、ぜんぶ撃ち抜き終わった。後はもう待つだけだ。

 

 どんどんと残りの的が潰れていく。残すところあと三つ。だが、そこで私は問題に気がつく。

 

 全力で走る。でも、滅多に走ったことのない私は、そんなに早くは辿り着けない。イタチに比べたらとっても遅い。

 

 私の目指すところ、そこにある的は物陰に隠れ、こちらからは見えない。そこをめがけて投げたクナイは空中で旋回し、間違えなく当たるであろう軌道を描いた。

 

 しかし、そう上手くはいかない。

 的には刃の部分ではなく柄が当たり、カツンと甲高い音を立てて、私のクナイは弾かれる。

 

 ようやく到着をした私は、落ちてきたクナイを受け止める。真上の的を睨みつける。

 この至近距離、さすがに外すことはない。思いっきり、容赦なく投げつけた。

 

 クナイは的に深く突き刺さる。

 他の的はなんの問題もなく仕留め終えられている。なんとか私の番は終わった。

 

「……三十五秒」

 

 遠くから教師の声が聞こえる。意外と早かった。だけど私のやり方だと、短縮できても二秒か三秒。イタチの記録にはどうやっても届かない。

 

 この差を、悲しくも思う反面、どこか嬉しくも思った。

 

 ああ、無理して走ったせいで疲れが出てきてしまった。できれば動きたくなかったんだけどね。

 

 身体を休めるためにしゃがみこむ。もう一歩も動けない。人生で走る総距離の半分くらいはここで使い果たしたかもしれない。

 

 でも、次の人の邪魔になるから、私は退されてしまった。

 

 

 ***

 

 

「うちはイタチくん」

 

 そう呼ばれて、イタチにテストが返される。

 

「はい、今回もよくできました」

 

 百点なのだろう。イタチはテストをいまのところ、百点以外とったことがない。きっとこれからもそうだろう。

 

「うちはミズナちゃん」

 

 ついで、私の名前が呼ばれた。教壇に駆け寄る私に先生は笑顔を向ける。

 あの自己紹介のことがあってか、なぜか先生はやけに私に優しい。

 

「ミズナちゃんも、よく頑張ってる」

 

 そう言って、先生が見せるテスト。百点だった。

 嬉しい、という感情よりも、私の場合は安堵の方が先に出てしまう。

 

 若干の誤字に、赤で訂正を入れられながらのお情けの百点。聞けば、テストで試されている部分ではないからマルにしているらしい。

 先生の気分次第でどちらにもできるそうだが。

 

 このおかげで、私は命をつなぐことができているのだから、少しは感謝しておかなくてはならない。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言って受け取ると、先生は満足そうな表情を見せた。

 

「今回のテスト、満点はイタチくんと君だけだ」

 

 なんでわざわざそんなことを言うのかがわからない。

 私はお情けなのに、なんでいつもイタチとさも同列のように言われるのかがわからない。

 

 クラスの中では、やっぱり、うちは、って優秀なんだね、とか、そんな風な会話が聞こえてくる。

 

 寂しい思いをして、席に着く。他の生徒たちも、自分の点数を見て、一喜一憂を繰り広げていた。

 

「このテストは、必ず親()さんに見せるように」

 

 その先生の話を聞き流して、適当に折って鞄の中にテストをしまう。

 

 今日だけは、安心して家に帰れる。

 テストはちょろい。最悪、カンニングという手も使えるし、それ以前に簡単だ。誤字はなくならないけど。

 

 とにかく、私は百点を取り続けなければいけなかった。




 すみません。自分が楽をするために、イタチと同じクラスにしました。
 次回で楽しい学校生活が終わるので、それまでです。すみません。


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ぶんしんのじゅつ

 お気に入りが百を越えるとか、評価に色がつくとか、嬉しなことばかりです。
 みなさん、ありがとうございました。


 私が教師に贔屓されている、という話だが、おそらくその一因はイタチにあった。

 

 この忍者学校(アカデミー)で優秀な成績を修めておけば、喜んでくれる。だから、私は頑張っていた。

 そして、それなりの努力で結果を出していた私だが、教師たちは決まってこういう目で見てくる。

 

 ――うちはイタチに負けるな。

 

 同じ()()()なのに、教師たちはなぜだかイタチを毛嫌いしていた。その結果として皺寄せが私にくる。

 優秀すぎる力は歪みを生む。もしかしたら大人たちは揃って嫉妬をしているのかもしれない。イタチはすごいもんね。

 

 それでそう。私は今、もう毎日のように行われている補習を受けていた。別にテストで悪い点を取った覚えはない。なのに呼び出されて、私は最初、心底、不思議に思っていた。

 

 話を聞けば、成績優秀者にさらに難しい課題を与え、正確な実力を図るためらしい。いつも隣にはイタチがいた。

 けれど、私とイタチの実力が同等なわけはなく、私より早く帰っていく。酷いやつだと、このときばかりはイタチの背中を恨むように見つめている。

 

「印は未、巳、寅の順――これ、なんだかわかるかい?」

 

「分身の術ですか?」

 

「さすが、知ってるんだね。あと一ヶ月でこの術を習得してもらいたいんだ」

 

 そう言った教師に私は首を傾げる。そこそこ難易度の高い術で、ここ忍者学校(アカデミー)に通う生徒が覚えるには最高難易度。

 少なくとも、一年目の私が教わる理由はよくわからない。

 

 そして、このタイミングだ。イタチはさっさと課題を終わらせて帰り、ぽつんと私一人が残っている今、この話は切り出されたのだ。

 

「じゃあ、さっそくやってみようか」

 

「え、別にいいですけど……」

 

 教師はなぜか目を輝かせて、私に術を使ってみるように促す。けれど、いまいち乗り気にはなれない。

 ペンを動かし続けなければ、私は帰れないからだ。

 

「ああ、課題がまだ終わってないのか……。まあ、いいや。今日は免除ってことにしておこう」

 

「……わかりました」

 

 教師がそんなことでいいのか、と、私は思う。

 仕方がないから、明日の朝に提出しようと私は心に決めた。ペンとノートをしまって、立ち上がる。

 

「印の形は、改めて見せる必要もないか……」

 

「あれだけ練習させられましたからね……」

 

 子から亥までの十二の印を一秒以内に結ぶという課題があった。補習の教師はそのときのことを思い出してか、苦笑いを浮かべる。なにせ、三十七回目の挑戦にてようやくクリアできたからね。

 寅の印のところで、何回も間違って未の印を結んじゃったんだ。頭ではわかってるけど、身体は反射的に動いてるもんだから、直すのも一苦労だった。

 

 イタチは間違えることなく、一回で終わらせて帰っちゃったけどね。

 

 未、巳、寅、っと。

 ――『分身の術』!

 

 ポムっと音を立てて、もう一人の私が現れ出た。実体はないから、触ることもできない。おそるおそる、手を近づけてみても、すり抜けるだけだった。

 

「……印は?」

 

「未、巳、寅ですよね?」

 

 実際にできたわけで、今さら聞かれるまでもないことのはず。なぜこの教師は呆然として尋ねてくるのだろうか。

 

「いや、そうだった。それにしても、一回で成功するなんて……」

 

「一回じゃありませんよ? 実は何回か練習してたんです」

 

 分身を身代わりに、どうにか私は忍者学校(アカデミー)をさぼりたかった。だが、こんな残像ではすぐにバレてしまう。

 

 腕を掴もうとしてみたり、ほおを引っ張ろうとしてみたり、けれど、どうやっても実体はそこになかった。

 現れたときと同じように、またポムっと音を立てて消えてしまう。

 

「た、大したやつだ……」

 

 そんな誰にだって言われてるような褒め言葉を使われたって、私は嬉しくともなんともない。

 

 まあ、それはいいだろう。驚いている今がチャンスだ。兼ねてからの私の野望を叶えるべく、今度は私から切り出す。

 

「あの、一つお願いしていいですか……?」

 

「なんだい?」

 

「影分身の術を教えてください……!」

 

 深々と頭を下げる。私みたいな歳の女の子から、こんな風にお願いされたら、きっと断る人はいないだろう。たぶん。

 少し顔を上げて、ちらちらと教師の顔色を窺う。

 

「どうして覚えたいんだい?」

 

「…………」

 

 理由を尋ねられて、言葉に詰まる。曲がりなりにもこの人は教師だ。私の不純な動機に、取り合ってくれるだろうか。

 

「実は、遊ぶ時間がないんです」

 

 いや、構わない。これでいこう。今こそ、私に貼られている『可哀想な子』というレッテルを最大限に利用するべきときだ。

 

「…………」

 

 教師が、訝しんで私を見つめる。

 今がきっと責めどきだ。ここで畳かける。

 

「こうやっている間にも、みんなは楽しそうに遊んでいる……」

 

 そうやって、窓の方を見やった。校庭では、かけっこや、正義の味方ごっこやらをして年相応に遊んでいる子どもたちがいる。

 

「だけど、私は学業を疎かにはできません」

 

 私には期待がかけられていた。自慢の娘でなければならなかった。今さら優等生をやめるわけにはいかない。

 

 教師からの評判も良く。だれしもが認める人格者になることが今は最低限の目標になっていた。

 

 だから、影の努力なんてかっこいいこともやってない。ダイレクトに、よく頑張ってるねって、言われるように、忍者学校(アカデミー)に残って勉強や手裏剣術の修行をしていた。

 

 無論、分身系は後ろめたいから、こっそりやってたけど。

 

「影分身なら、勉強しながら遊ぶことができるじゃないですか……?」

 

 影分身がやった経験は、漏れなく本体の私に還元される。さぼってるようで、さぼってない。それが影分身の術だ。

 

 それがわかってかか、教師は顎に手を当て、考えていた。

 

「君の実力なら、十分に使えるかもしれない」

 

 相応の努力が必要なのは承知の上だ。けれど、補って余りあるリターンがこの術にはある。

 

「あの……」

 

「わかった。明日、使える先生にお願いしてみるよ」

 

 あ、この人、使えなかったんだ。

 

「期待に添えなくて、すまない」

 

 落胆が目に見えてしまったのか、謝られてしまった。

 でも、影分身の術はチャクラ消費が激しい。だから覚えたって、その人のチャクラの総量によっては、実戦ではとても使いにくい技となる。

 

 使えない術を覚えたって、意味がないし効率が悪いから、別にこの人が謝る必要など決してないのだ。

 

「こちらこそ、すみませんでした!!」

 

 無理なお願いをしたのは私だ。全力で謝る理由は言うまでもない。

 

 新しく、紹介された先生に教わって、私は影分身の術を一週間で習得してみせた。

 

 

 ***

 

 

「あっ、イズミちゃん。おっはよー!」

 

「え、ミズナちゃん? どうしてそんなところから……」

 

 うちはの区画を囲う塀。その上から思いっきりジャンプして着地する。

 そんな私に、イズミちゃんは困惑必至だ。

 

「正門から出て行くのは、やっぱり気に入らないじゃない?」

 

「え? どうして? なにか嫌な人でもいるの?」

 

 私の奇っ怪な言動にも、突っ込まずに心配をしてくれる。やっぱりいい子だ。この子は天使だ。

 

「いない、いない。ただ、少しばかりあの門、造形が気に入らないのよ。設計した人は、たぶんいい趣味してないわ……」

 

「別にそんなこと、ないと思うけど……」

 

「特にあの家紋のついた、右上の幕あたりね……っと、イタチ!!」

 

 たわいのない雑談をしていた私たちの横を、天才イタチがなんの反応もなく通り過ぎようとしていた。

 けれど、それを許さない。イタチだけは、どうしてもこの話に引きずり込んでおきたかった。

 

「なんだ?」

 

「ねぇ、イタチ、あなたも気に入らないと思わない?」

 

「なんの話だ?」

 

 不機嫌にイタチはそうとぼける。なぜだかイタチは、私への対応が悪い。昔はこう、もっと……。もっと……?

 とにかく、なぜだか対応が悪い気がした。

 

 そんなイタチの腕を強引に掴む。そうしてようやく、この場に止めることに成功する。

 

「く……っ」

 

「ねぇ、イタチもそう思わない?」

 

 あのイタチが、情報収集を怠っていたとは思えない。聞いておいて、会話に参加しないなど、とんだ不届きものだ。

 

「確かに一族を強調しすぎ……」

 

「――こっちから見て、右上。ちゃんとよく見てね」

 

 そう小声で、耳もとで囁く。そうしてイタチの右腕から手を離して、解放した。

 

「……ミズナちゃん?」

 

 首をかしげたイズミちゃんが、そう私の名前を呼んだ。かわいい。手もとにカメラがないことが悔やまれるくらいにはかわいい。

 

「なんでもない。なんでもない。もう、この問題については、私は何にもできないから」

 

「ミズナちゃんがなにか言っても、門、変わらないもんね……」

 

 我がごとのように悲しみを浮かべて、そう呟くイズミちゃん。いい子だ。この子、本当にいい子だ。

 

 イズミちゃんとの出会いはそう、私が補習を受けて帰ろうとしたとき。そのときに一緒に帰ろうと声をかけてくれたのだ。

 

 うちはの集落は一つしかない。ゆえに、私は快諾して一緒に帰ることになった。まあ、私は門で別れるけど。

 

 それからというもの、まいにち補習で遅くなる私を、イズミちゃんは待っていてくれる。

 それも、私と帰るためだけに。

 

 別に私が面白い話ができるわけでもない。こんなにもつまらない私と、黙って一緒にいてくれるのだった。

 言うなれば、私の()()()()()友達。とっても大切な存在だ。

 

 この子を泣かせたら、たとえイタチでも許さないんだから。

 

「せっかく、三人揃ったことだし、一緒に行こう……って、イタチ!!」

 

 早歩きで、とっとと私たちから離れていった。やはりこの冷たいあしらいは心に響く。私、なにか悪いことしたっけ?

 ダメだ。記憶にない。

 

「イ、イズミちゃん」

 

 そうやって私は心から信頼の置く親友に助けを求める。

 イズミちゃんも、とっても困った様子で、イタチと私を見比べていた。

 

「きっと、イタチくん。焦ってるんだよ」

 

「……イタチ、いっつも焦ってるじゃん……」

 

 出会ったときからそうだ。残りの人生を有効に使うべく、妥協なんて一切せずに生き急いでいた。

 だから私には、ずっと焦りっぱなしのように見えるのだ。

 

「なら、今回は特別に焦ってるのよ」

 

 イズミちゃんはなにか悟りきったように、私にそう教えてくれた。ちょっと、よくわからない。きっと私なんかには、とうてい及びもつかない深い意味が隠されているのだろう。

 

「あ、忍者学校(アカデミー)、遅れちゃう!」

 

 そう走り出すイズミちゃん。

 私は疑問を抱えながらも、ついていくだけ、いっさい解消されなかった。

 

「あっ、ちょっと、待ってよ!!」

 

 そういえば、明日は私の誕生日。ふふ、いいこと思いついた。これを口実に、イタチでも呼び出して、真意を問い詰めてやろう。

 

 

 ***

 

 

 うちはイタチは生粋の負けず嫌いだった。

 

 うちはイタチという、その在り方が負けを決して認めない。夢のためには、決して負けてなどはいられなかった。

 

 ゆえに、衝撃を受けた一つの出会いがある。

 

 戦争を体験し、自身の在り方を理解して間もなく。もうすでに日課となった修行。彼女を見つけたのはその帰り際だった。

 

 草むらで眠る少女と小鳥。こんなところで、そして自分と同じ年齢ほどの子どもが親も連れずにいるなどと、考えがたいことだった。

 

 気配を消して近づいたつもりだ。けれど、野生の感か、小鳥は警戒をするように、声を鳴らした。

 それに、反応してか、少女はこちらを向く。なんの迷いもなく、ただ一点、こちらを見つめたのだった。

 

 隠れていたつもりだった。気配を消せていると思った。しかしそれを嘲笑うかのように、彼女は話しかけてくる。

 

 

 ――それが、うちはミズナとの出会いだった。

 

 

 まぐれではないか、そういう思いから、次の日もまた足を運ぶ。けれど、今度は小鳥が反応をするより前に、見つけられてしまった。彼女の力を本物と認めざるを得なかった。

 

 それから、夢を語り、彼女は手助けをすると言う。

 その日から、彼女の元へ、気配を消して挑んでみるが、ことごとく見つかってしまった。

 決まった時間に挑むから駄目なのかとも考えてみた、訪れる時間を早めてみたが、意味のないことだった。

 

 見つけられないようにと言い含めた、シスイでさえも看破されたときは、イタチは言いようのない敗北感に囚われてしまった。

 

 そして、あの、彼女が写輪眼をみせたあの時も―( )―不謹慎だとわかっていたが―( )―それでも悔しさが勝っていた。

 

 今回もそうだ。

 

 この四ヶ月でイタチは様々な課題をこなしていた。並みの忍者学校(アカデミー)ならば無理難題と諦めるような課題でさえ、さして苦労もなく、イタチは平然とやってのけたのだ。

 

 だが、それは彼女も同じだった。

 細かく見れば自分よりは時間がかかってはいた。それでも、教師が設定をした時間内にはしっかりと全てこなしていたのだ。

 

 だから今回の試験内容。つまるところ、忍者学校(アカデミー)の卒業試験。才能ある生徒は、今のところ、年齢に関係なく、特別に上層部の判断により試験を受けることができた。

 

 その内容をイタチに教えた教師は、自慢げに笑みを浮かべ一言。

 

〝うちはミズナはもう教える前に、使えていたみたいだけどな〟

 

 顔には出さない。だが、その台詞に、内心イタチは複雑な感情を抱えることになった。

 

 分身の術を教わる。イタチにはその適任だと思える忍がいた。うちはシスイだ。

 他の()()()の者と比べて、ずば抜けた才を誇る彼。そんな彼は進んでイタチに術を教えてくれた。

 

 その折に、彼女のことを語ったのなら。

 

〝イタチには、いいライバルがいるみたいだな。大切にするんだぞ? それにしても、あの子か……。うちはの未来も安泰だな〟

 

 そう言って、グリグリと頭を揺さぶってくるだけだった。

 

 そんな煩わしい気持ちを抱え、帰路についている。そして、悩みを増やす種である、下駄箱に入れられた手紙を眺める。

 

〝明日、誕生日だから、(うち)、来て〟

 

 と、書いてあった。

 

 それを読んで、さすがのイタチは頭を抱える。

 意図がわからない。というか、いつ訪れればいいのか、この手紙では判断がつかなかった。

 

 大方、この文脈を見れば、あした訪れるだろう。

 けれど、贈り主はあの彼女だ。筆跡から、この手を抜いたような汚い字は彼女のものだとわかった。

 きっと、彼女のことだ。きょう下駄箱に入っていたのだから、きょう訪れろ、ということかもしれない。

 

 この手紙では、肝心の訪れるべき日時が記されていない。

 らしいと言えばらしいが。

 

 彼女は、大切なことは言わない。察しろとばかりに話しかけてくる。

 彼女と接していると、どうしても試されているような気分になるのだ。

 

 それでも今、彼女は忍者学校(アカデミー)で補習を受けているはずだった。

 いや、知っている。彼女が影分身の術を覚えたことくらい。補習を受けているのが分身で、本体は家で待ち構えているのかもしれない。

 

 もう既に、うちはの集落、その門の前に来てしまった。

 

〝――こっちから見て、右上。ちゃんとよく見てね〟

 

 彼女の言葉を思い出した。いつもよりも真剣な声色。なにかが、あるのかもしれない。

 

 上を気にしながら、歩く。指し示された部分を、目を凝らして見つめながら―( )

 

 ――なっ!?

 

 驚くべきことだった。彼女がどうして、いつものように、おかしな道、いや、道でもないようなところを通って集落を出るのか納得がいった。

 

 いますぐにでもシスイと相談したいという衝動に駆られる。

 

 いや、それよりも、最初からわかっていたなら、なぜ大人たちになにも言わなかったのか。

 うちはの実情を鑑みれば、それは賢明な判断だとわかる。だが、知っていてこれを黙っていたなら、彼女がなぜ今日になって打ち明けたのか。

 

 問い詰めたい気分になった。

 

 ちょうど口実もある。彼女の家に向けて、足早に歩を進める。

 一度、気付いてしまえば、周囲を余計に気にしてしまう。そんな自分を抑えつける。

 

 今のうちは一族は、人数から言えば少ない。イタチの記憶力をもってすれば、誰がどの家に住んでいるかなど、把握することは容易かった。

 

 玄関の前に立ち、一つ呼吸をする。

 

 イタチほどの年齢になれば、誰かの家を訪ねる機会もそう少なくはないだろう。共に語らうため、友の家に押しかけるなど。

 もっとも、イタチには遊ぶ暇などなく、日々修行に明け暮れているが。

 

 異臭が鼻をついた。

 

 この臭いには、二度、覚えがある。

 あの悲惨な戦争。そして九尾事件。

 思わず鼻を覆いたくなるような、血の臭い。玄関を通り越して、その死臭は漂ってくる。

 

「誰か!! いるのか!?」

 

 ただならぬ様子だった。必死で戸を叩くが応答はない。

 

 後ろを通り過ぎる大人たちは、何事かとこちらに注意を払うが、誰も近づいては来なかった。誰も異変には気づいていなかった。

 

 取っ手に手をかける。予想をした抵抗はなく、すんなりと音を立てて戸は動く。

 

「開いてる……」

 

 そうわかって、躊躇なく上がり込んだ。靴を脱いでいる暇などない。一心不乱に臭いの元へと駆け出した。

 

 障子を開け、凄惨な光景が目に入ってきた。

 人が死んでいる。大人の女性だった。

 うつむきに倒れ、その背中には忍刀が突き刺さっている。背中を幾度となく刺されていた跡があった。

 

 怨恨か。一つ一つの傷は浅い。

 しかし、そこで疑問が浮かんだ。自分以外が、どうして駆け付けていないのか。悲鳴を聞いても、だれ一人として気にとめる者などいなかったのか。

 

 ――いや、そもそも悲鳴を上げていない……?

 

 思考を遮るように、今度こそ甲高い叫び声が聞こえた。

 死体から、血の足跡が続いている。まだ、乾いてはいない。まだ、新しい。

 

 急いで声を追う。

 

 鍛え上げられた脚力は並みではない。これくらいの大きさの家ならば、数秒も立たぬうちに、目的地にたどり着くことができた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 切れた息を整える。

 中からは物音がする。そこに誰かいることは明白だった。

 

 けれど、決心がつかない。あんな残虐な行為を成した者がこの中にいると思うと、身体は思うように動いてはくれなかった。

 

「い、嫌ぁ……いやぁ……」

 

 少女のか細い声が聞こえる。

 いくら優秀とはいえ、しょせんは忍者学校(アカデミー)生。せいぜい、実力も下忍レベル。なによりも、実戦経験(ばかず)が足りない。

 

 それはイタチも同じだ。

 

「だれか……」

 

 だからと言って、ここで怖気付くわけにはいかない。

 少女が助けを求めている。踏み出すには、十分すぎる理由だった。

 

 クナイはいつも通り、背に隠してある。手の届く場所にある。いつでも投げられる。

 今、使える術をいつでも使えるように、脳内でシミュレーションをしておく。

 

 意を決して、戸を開いた。

 

「ミズナァアア!!」

 

 壁に追い詰められた彼女がいた。そして、謎の人物が―( )―仮面をしている―( )―彼女のまぶたに手をかけている。

 

「うぅ……あ……うぅ……」

 

 もう遅かった。

 彼女の眼球は引き摺り出され、おもむろな動作で液体の入った小ビンに入れられる。

 コントロールのされないそれは、闇雲に三つ巴を写していた。

 

「あ……あ……イタ、チ……来ないで……」

 

 片目から、血の涙を流しながらも、彼女はこちらの心配をする。

 だからと言って、引き下がれる理由にはならない。

 

 とっさにクナイを三つ投げる。しかし、それに意味はなく、仮面の人物は忍刀で全て弾き返した。

 

 なにかの生物を模したであろう仮面。暗部のそれに近いような気がするが、なにか違う気もした。

 そして、こちらを見つめるその眼……

 

「……写輪眼……?」

 

 のようだった。

 しかし、普通の写輪眼とは明らかに違う。赤と黒から写輪眼は成るが、黒の割合が圧倒的に多かった。

 

 黒で縁取られた赤い半月。それが、風車のように三つ繋がった模様。そして、中心は黒く円が描かれ、赤い点となっている。

 

「しま……っ」

 

 写輪眼を、まともに見てはいけない。

 視線を合わせてしまえば、チャクラを流され、幻術にかけられてしまうから。

 磔にされたような感覚。身体が言うことをきかない。

 

 こちらに興味を失ったように、仮面の人物は、また少女の、もう一つの眼を奪おうとする。

 まぶたに手がかけられる。目の前で、なす術もなく彼女は傷つけられていく。

 

「う……く……あぁ……」

 

 痛みに喘ぐか細い悲鳴。

 

 何も出来なかった。無力だった。日々、鍛錬を怠っていない。それがなんの意味もなかったかのように―( )―数歩進めば手の届く場所にいる、そんな少女さえ守れなかった。

 

 両目を奪われた少女は、血の涙を流し、気絶するように倒れる。

 

 足りない。力が足りない。

 今まで培ってきたものだけでは、この圧倒的な存在に、及ぶはずがなかった。

 このままでは、二人とも殺されてしまう。

 

 眼の奥で、なにかが脈打った。

 熱が、身体中で駆け巡り、首の付け根あたりに収束する。

 

 何もすることのできない無力感。今までしてきたことに意味がなかったと思えるような絶望感。大切なものが失われてしまうような恐怖感。このままなにも成せないのではないかという悲愴感。

 

 その全てが収束し、眼の中へとなだれ込む。

 熱い。眼を閉じる。開けてはいることはできなかった。

 これほどの熱さは今まで感じたことがない。

 

 だが、いつまでも眼を閉じているわけにはいかなかった。ゆっくりと眼を開ける。

 

 景色が紅い。しかし変化はそれだけではない。

 自由になった。身体を縛り付けていた幻術がなくなったのだ。

 

 完全に仮面の人物は油断している。こちらに一瞥もくれず、少女に向けて、忍刀を振りかざしている。

 

 ――それだけはさせない。

 

 床を蹴り、落ちたクナイを拾い、その首もとへと切っ先を運ぶ。その動脈を断つ直前で、仰け反り、その一撃は躱された。だが、少女の命を繋ぐことには成功する。

 

 さらにもう一つ、足もとにある落ちたクナイを蹴り上げる。運良くではない。そうなるように、移動していたから。

 

 普通ならば予想のできない一撃に、対応が見るからに遅れている。その隙に付け込まない道理はない。

 まっすぐ、イタチは向かっていく。自身の持てる最速で、命を刈り取る一撃を繰り出す。

 

 ……が。遅い。

 

 蹴り飛ばしたクナイが弾かれた後。次のイタチの攻撃、その軌道に、既に忍刀は構えられていた。

 この奇襲も届かなかった。

 

 しかし、仮面の人物は驚いたことだろう。その攻撃の、あまりの質量のなさに。

 

 音を立ててイタチは消えた。なぜならば、実態のない分身だからだ。

 

 ――『分身の術』。

 

 蹴り上げられたクナイに気を取られている間に、イタチは印を結び、術を発動した。

 

 いくら写輪眼といえども、いくら分身に見分けがつこうとも、数分の一秒ならば問題ない。反射的に身体が動き、攻撃を防ごうとしてしまう。

 

「終わりだ……!」

 

 気配に気がつき振り向こうとするが、遅い。

 今度こそ、子どもならざる腕力で、首筋にクナイを突き立てようとする。

 

 ――しかし、手応えがなかった。

 

 仕留めよう、そう思って振ったクナイは空を切った。そこにはなにもいなかった。

 

 仮面の人物の姿は、忽然と消えてしまっている。警戒をして周囲を見回すが、誰もいない。ただ、クナイが二本散り、少女が倒れているだけであった。

 幻術か、もしくは時空間忍術の類か。

 

 気味の悪い静けさに包まれる。

 

 目眩(めまい)

 チャクラを使いすぎてしまった。

 まだどこかに隠れて、こちらを狙っているかもしれない。気を抜くことは出来なかった。

 

「大丈夫か!? 木ノ葉警務部隊だ!!」

 

 その声に、安堵を覚える。脱力し、床に倒れる。

 

 なんとか危機から逃れることに成功した。命を守ることができた。

 駆け寄ってくる大人たち。イタチはチャクラの浪費と、極度の疲労から、その場で倒れこむ。



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びょういん

 私は目を覚ました。どうやらここは病院らしい。隣のベッドでは、イタチが寝ているのがわかる。

 日の当たり方から、今は午前。どうやら少なくとも、一日は経っているようだった。

 

「ねえ、イタチ」

 

 試しに話しかけてみる。

 カーテンで仕切られているが、声は届くはずだ。

 

「……なんだ」

 

「どうして……私は死んでないの?」

 

 単純な疑問だった。

 こうして生きているのが、とてもよくわからないことだった。

 

「…………」

 

「ねぇ、答えてよ!!」

 

 私は、母を自分の手で殺した。母こそが、私の生きる意味だったから、それで私が死んでいないなど、おかしな話だ。

 

 昨日のことは、正直よく覚えていない。けれど、あの絶望だけは、忘れられずに、頭の奥に張り付いていた。

 

「オレが……守ったからだ……」

 

 誇らしげな、迷いを含んだ声が流れてくる。

 そうだった。守られたんだ。きっと、あれから、イタチはどうにか逆転をして、私をあの仮面のやつの魔の手から救い出したんだ。

 

「まるで、ヒーローね」

 

「そんな、格好いいものじゃない」

 

 皮肉を込めての私の台詞を、イタチは即座に否定した。

 別に助けてと言ったわけでもない。なのに、強引に助け出した。そんな意味を、私は込めていたのに。

 

「これから私はどうなるの?」

 

 孤児院にでも行って、実験動物みたいに扱われるのか。いや、そうだった。眼を失った私は、そんな選択肢さえなかった。

 

 まぶたに手を当てる。眼球のようなものが入っている感触はある。義眼でも入れられたか。それでも変だ。どう頑張っても、まぶたが開くことはなかった。

 

 手を使って、無理やりこじ開けようとしてみる。

 けれど、痛いだけだった。瞬間接着剤で貼り付けられたか、それ以上にくっついていて、剥がれなかった。

 

 それにしても、絶望的だ。

 両親は他界。そして、両眼も失われている。

 もはや、()()()としての将来もない。

 これは、退院したら、自殺するしかないかな。

 

(うち)に来ればいい……」

 

「えっ……?」

 

 私の思考は固まるしかなかった。

 どうして、イタチがそんなことを言っているのか。その場の気まぐれか、イタチの口から発せられていい言葉とは思えなかった。

 

「なんで私が、イタチの家に……?」

 

「いや、なのか?」

 

 いいや、そうじゃない。

 あの夢みたいな記憶は、今まで忘れたことがない。だからこそ、こんな嘘みたいな話を、容易には信じることができなかった。

 

「ううん。ダメだよ。迷惑でしょう?」

 

 真に受けるわけにはいかない。そんな都合のいい話が、あるわけがない。

 期待するだけ、きっと損だ。どこで落とし穴が待ち受けているか、想像しただけでも恐ろしい。

 

「いや、ではないんだな?」

 

 私の心の機敏を見透かしたように、そうイタチは言った。

 思いっきり布団を頭からかぶる。

 

「酷いや、イタチは……」

 

 頰が熱を持っていた。

 言葉とは裏腹に、拒絶感はなく、心地よさで満たされている。

 そんな私を知ってか知らずか、イタチは続ける。

 

「ああ、母さんは乗り気だぞ? これなら、断れないんじゃないか?」

 

「うぐぐ……」

 

 確かに、ミコトさんが前に出てきたら、私はかたなしだ。凝り固まった私の心を、あの人は溶かしてくれた実績がある。

 

 どう抵抗しようと、本心が引き出されて、首を縦に振らされてしまう気がした。

 

「わかったなら、今日からミズナ、おまえはオレの妹だ」

 

「でも、たった二ヶ月だけの違いじゃん。今更、兄も妹もないんじゃない? 嫌よ。イタチのこと、お兄ちゃんって、呼ぶのとか」

 

「いや……」

 

 悲しそうな声が聞こえてきた。

 もしかしたら、本当に呼ばせたかったのかもしれない。

 

 それはそうと、生まれた年はお互いに近い。そうすると少し問題が出てくることに気がつく。

 

「サスケくんにはどう説明する?」

 

 誕生日と、年齢さえ知られてしまえば、私が養子だということなどバレバレだ。隠すなんて手は通用しない。

 

「時期を見計らって言うしかないな……」

 

 真剣な声色だった。

 でも、サスケもきっと聡い子に育つ気がした。なら、そんなに長く後ろめたさを感じている必要はないのだろう。

 

「そうね……」

 

 あの子の未来に想いを馳せる。どんな子に育つのだろうか。楽しみだ。

 

「ねぇ、イタチ」

 

「なんだ?」

 

 いや、違った。

 この呼び方ではいけないんだった。

 

「ねぇ……お兄ちゃん」

 

「……やめてくれ」

 

 切実に、そう言われると、心に痛みを感じる。

 もうやめよう。お互いにいいことがない。

 

「今日って、私の誕生日でしょ?」

 

「そういえば、そうだったな……」

 

 だからそうだ。今日くらい、都合のいいことが起こったって、べつに構わないじゃないか。

 きっと、誰かが頑張った私にご褒美をくれたんだ。

 

 

 ――でも、もう少し、わがままを聞いてほしいな。

 

 

「祝って?」

 

 

 一拍の間、そしてイタチは惜しみなく……

 

 

「あぁ……おめでとう」

 

 

 今日で私は七歳になる。

 五たす、二は、七で七歳。まだまだ子どもだ。まだまだ未来はある。希望を失うには、きっと早すぎる。

 

 イタチのその言葉を聞けて、私はとても幸せだった。まだ生きていて良かったと思った。

 言い表せないこの気持ちに、私は涙を流した。

 

 

 ***

 

 

「どう? 具合は」

 

「もう、明日には、退院できるって言われました」

 

「また、口調、戻ってるんだけど……」

 

「あ、ごめんなさい」

 

 今はミコトさんがお見舞いに来てくれている。

 イタチのやつはもう退院して帰った。単純にチャクラ切れだったから、そんな大事(おおごと)でもなかったらしい。念のためって、わけだね。

 

「もう荷物とか、運んでおいたわよ?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 仕事が早い。ミコトさんの、もう、断れないようにしようっていう魂胆が見える。

 どうして、こうも私の扱い方を理解しているのだろうか。

 

「こんなことを訊くのは、酷だと思うのだけれど……」

 

 ミコトさんは真剣な表情で、私の顔を見据える。いったい何を言われるのか、私には見とおすことができなかった。

 

「……お母さんのこと、どう思っていた?」

 

 どうしてそんなことを訊いてくるのか、私にはよくわかった。どうやってこの場を凌ごうか、私は思索をはじめる。

 

「もう……言っていいのよ」

 

 私の手に手を重ねて、彼女はそう後押しする。逡巡。そして私は、正直に虚飾なく本心を語ることにする。

 

「私は母が大好きでした」

 

 だからこうして、今も私は失意の中にいる。立ち直るにはきっと時間がかかるだろう。

 

「ちゃんとできたら、褒めてくれる。私のために、どんな面倒なことでもしてくれた、労力を惜しまずにいてくれた。母が大好きでした」

 

 思い出すだけでも嫌になる。もうそんな母はいない。いない。

 ないものねだり。それはもうやめなければならなかった。

 

 憐憫、同情、慈悲、博愛。一言では表せない感情を秘めた瞳で、彼女は見つめる。

 

 私の答えに何を思っただろう。

 

「……そう……。辛かったのね」

 

 もしかしたら、彼女は知っていたのかもしれない。私の母が、今までどんなことをしてきたのか。

 それでも変わらない。私の母への評価は、ずっと一定で、揺らぐことはないんだ。

 

 ミコトさんは、私を抱きしめてくれる。

 

 落ち着く。安心する。昔を思い出す。

 何をされようと、私の母への思いが変わることはない。だけれど、私はこの人からの愛情を受け取ることに決めた。

 

「あの、一ついいですか?」

 

 こちらが訊かれてばかりじゃ、フェアじゃない。

 私だって、気になったことの一つや二つ、質問をしておきたいのだ。

 

「なに?」

 

 躊躇。しかし意を決して―( )―これだけはどうしてもきいておきたかった。

 

「どうして、私を引き取ろうだなんて思ったんですか?」

 

 大方、予想されつくされていたのだろう。至極当たり前の質問だった。彼女は穏やかな笑みを浮かべる。

 

「ただ気が向いたからってだけで、べつに理由はないのよ?」

 

 信じられないことを言われた。

 そんな人生を変えるかもしれない決断を、どうやら彼女はそんなふうに気分だけで下したらしい。

 

 そこにどんな葛藤があったかは知らない。そこにどんな苦悩があったかは知らない。そこにどんな障害があったかは知らない。

 

「信じられないでしょ? 私も信じられない。でも、放って置けなかったから」

 

 だが、そんな全てを乗り越えて、彼女は進んだ。

 敬服する。思慕する。憧憬する。尊崇する。讃美する。

 持てる全ての言葉をもって、彼女の在り方に感心を持つ。

 

 彼女は無自覚に、善心的に私の人生をもてあそんだ。私はそれに感謝しなくてはならない。報いらなければならない。

 

「なら、私はただ、運が良かっただけなんだ……」

 

 悪戯に私はそうつぶやく。けれど、ミコトさんは、慈しむようにそっと私のほおを撫でる。そして、力強く、確信でもあるかのように―( )

 

「そうじゃない。私は、ミズナちゃんじゃなければ、引き取ろうなんて思わなかった。ミズナちゃんじゃなければ、あの人は多分、首を縦には振らなかったわ」

 

 なぜそんなことが言えるのか、私にはわからなかった。私がなにかした覚えはなかった。どこまでも無価値で、どこまでも無意味な行いを繰り返していた私には、褒められる点など一つもなかった。

 

 ただ、そうだ。外から私を見たときに、一つ枠にはめられた見方がある。

 

「もう私は、忍になったりできないと思うし、目も見えないから、もうできることなんて、ほとんどないでしょ……。それなのに」

 

 将来有望とか、そういった、期待を込められた目で私は見られていた。

 もちろん私は私のために、小狡い話だと思う、そういう風に見られるような、そんな浅ましい努力を続けてきたつもりだ。

 

 私の根は、真面目とは天と地ほどにかけ離れている。

 

「初めて会ったとき、私はあなたのことを、なんて思ったか……わかる?」

 

「えっ?」

 

「可哀想って思ったの」

 

 それは侮蔑にも近い感情だ。私は私の思う限りに生きてきた。そんな私を可哀想、の一言で切り捨てるのは、あまりにも分からず屋で、あまりにも不躾な行為で、あまりにも私を軽んじている。否定している。

 

「――でも、今は違う」

 

 ああ、そんな相手に、私が心を開くわけがない。こうして、余計なことまでぐちぐち言って、甘えているわけがないのだ。

 そう、甘えている。私は今、思いっきし甘えている。

 

 ミコトさんは私の抱き寄せ、頭を撫でてくれた。

 

「偉いわ。あなたはよく頑張ってる。私はあなたを尊敬してるわ」

 

 褒めてもらった! うれしい!



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仮定

 うちは一族の集落の一画で起こった、残忍極まりない殺人事件。

 被害者たる女性を殺したのは、その女性の実の子どもだった。

 

 状況から、そうとしか考えられない。

 女性の背に残った刺し傷は、全て浅く、甚振るように殺されていたが、その実、力の弱い子どもであるから、確実に殺すためにそうする必要があったのだと判断された。

 

 だが、犯人はその子どもではない。うちはミズナではない。そう、木ノ葉警務部隊隊長―( )―うちはフガクは結論付けた。

 

 今回の事件、うちはミズナも被害者だ。幻術にはめられ、操られ、母親を殺し、その眼を犯人に奪われた。それが、警務部隊が残された証拠から導き出した結論だった。

 

 そんな人とも思えぬ極悪非道を行った真犯人は、わずかな目撃証言だけで手がかりはいっさい掴めず、依然として逃亡中だ。

 

 それでも少なからず、その結論に異を唱える者はいた。

 犯人の目的がわからない。殺害だけが目的ならば、幻術にかけるだけで済む。眼を奪うことが目的ならば、幻術をかけたときに奪えばいい。

 その両方が目的だった。ならばなぜ、殺された女性の眼は手付かずなのか。彼女だって、うちは一族だ。

 

 ただ、極一部――うちは一族でも、稀有な体験のしたことのある極一部の人間だけが、この疑問に淀みなく答えられる。その理由を知っている。

 

 

 うちはシスイも、その極一部の人間だった。

 

 

「イタチ。それでお前はこの事件、どう見る?」

 

「わからない……」

 

 事件のあらましを聞き、自身の弟分にそう尋ねる。だが、返答は少し予想外のものだった。

 

「どうしたんだ? らしくないな。いや、そう答えるのが普通なんだが……」

 

 この子どもながらに聡明なイタチが、珍しく弱気だった。

 だが、なにも考察していないわけではないのは確実。その証拠に、言いずらそうだが、イタチは自身の見解を述べる。

 

「オレの推測では……犯人は、ミズナだ。……だが―( )―」

 

「――信じたくない……か」

 

 この事件のつじつまの合わなさ。それを彼なりに埋めたのだろう。

 どういう筋道を通って、イタチがそこにたどり着いたか。彼なりの考えがあるのだろう。

 

 けれど、苦悩から抜け出せず下を向くイタチに、ニッとシスイは笑顔を見せる。

 

「大丈夫だ、イタチ。ミズナは犯人じゃない。このオレが保証するさ」

 

 そんなシスイの明るい言葉に、イタチは戸惑いながらも顔を上げる。

 

 この事件への考察を述べるために、まず一つ、説明しておかなければならないことがあった。

 

「イタチ、確かあの仮面の写輪眼の模様は、普通じゃなかったんだよな?」

 

「あぁ、そうだ。だから父さんに訊いてみたが、これ以上、この件には深入りするなと言われただけだった……」

 

 やはり、あの眼についての詳細は、たとえ息子といえど説明はしたくはないのだろう。

 そんな計らいを顧みないのは、少々、心苦しいが、言わないことには前に進めはしなかった。

 

「――万華鏡写輪眼」

 

「まんげきょう……?」

 

 突然の用語に、イタチは疑問符を浮かべる。

 知らなくてもおかしくはない。その開眼条件から、秘匿されるべき内容だからだ。

 

「ああ、写輪眼の一段階上。開眼条件は……もっとも親しい者を殺すことだ……」

 

「――っ!?」

 

 賢いイタチだ。ここまで言えば、シスイがどうこの事件を見ているか、自ずと理解できるはず。

 

「まさか……それ欲しさに……」

 

 仮面の人物の目的はそれだ。目的の一つはおそらくそれだとシスイは判断していた。

 

「いや、それだけじゃない。それだけなら、あの……なんだったっけ……ああ、イズミって子でも別に良かったんだ」

 

「なぜ、イズミが……?」

 

「あの子も写輪眼を開眼しているからだ」

 

「…………」

 

 知らなかったのか。知らなかったのだろう。

 九尾事件で父親が死に、そのときに開眼した。奇しくも、ミズナと同じ、片親の家庭だった。

 

「でも、そうじゃない。犯人は、明確な意思を持って、うちはミズナを狙ったんだ」

 

「なぜ、そんな必要が……まさか!?」

 

 ここまで言えば、自身と同じ結論へと、イタチなら辿り着くだろう。

 

「そう……うちはミズナが優秀だった。そういうわけだ」

 

「…………」

 

 イタチは黙り込んだ。歯を食いしばって、握る手を震わせて、悔しさを滲ませている。

 なぜならば、もし本当にそうであれば、この事件の一因は、イタチにもあるということになってしまうから。

 

()()()から()()()優秀な人材が出てしまう。木ノ葉上層部はそんな状況に危機感を募らせたわけだ」

 

 里の隅に追いやられた、うちは一族は、日々、不満を高まらせていたわけだ。

 そんな一族が、力をつける。それだけは避けたかったに違いない。

 

「だが、あの仮面は写輪眼を持っていた……」

 

「戦争中、殉職した()()()の忍。その意思を汲んで、一族の外に流出した写輪眼がある。イタチ……しっかりと両目とも、写輪眼か確認したか?」

 

「……いや」

 

 いま思えばそうだった。写輪眼、という情報は記憶にあるが、両目あるかは曖昧だった。

 シスイの推論が、現実味を帯びてくる。

 

 優秀な忍になるはずだった、少女の未来が潰された。それだけでも、憂うべき事態なのに。

 

「まあ、これも可能性の一つでしかないけどな。証拠があるわけでもない」

 

 気を落とすイタチの肩を叩き、シスイは慰めようとする。

 ただの推論でしかないのは間違いない。証拠もない。けれど、嫌になるほど筋は通っていた。

 それはなんの慰めにもならなかった。

 

 一段落つき、イタチはあることを思い出した。あんな事件があって、すっかり忘れていたことだった。

 

「そうだ、シスイ」

 

「なんだ……?」

 

「あの、うちはの門のことなんだが……」

 

 

 ***

 

 

 私の母の葬式は、とてもこぢんまりとした中で行われた。

 

 私に特筆すべき親戚はいない。祖父母は、母方、父方ともに他界している。このご時世、特に珍しいことではない。

 父も母も一人っ子で、叔父も叔母もいなかった。

 

 あとは、血の繋がりの薄くなる、一度も顔を合わせたことのなかった親戚ばかり。

 私はいわゆる天涯孤独の身であった。

 

 ミコトさんに言わせてみれば、説得が楽で助かった、ということらしい。冗談交じりにとんでもないことを言うのだから驚きだ。

 

 だからと言って、葬儀の参列者が少ないわけではなかった。

 うちはの結束は固い。ご近所の人から見知らぬ人まで、話を聞きつけやってきたくらいだ。

 思いの外の人数に、よく知らないおばちゃんが孤軍奮闘していた。

 

 そうやって、葬儀を終えて、晴れて私はフガクさんの家に引き取られた。

 いま私は、家事手伝いとかいう、ニートにも近い状態になっている。

 

 忍者学校(アカデミー)はどうなったのか。

 紆余曲折あって、私は今は行ってない。特別措置、とか言われて、もう行かなくていいことになったのだ。ここら辺は、理屈がよくわからないけど。

 

 そういうわけで、最近はミコトさんの手伝いをしながら、サスケくんと遊ぶ毎日だ。

 

 それはそうと、イタチの忍者学校(アカデミー)合格が内定した。

 イタチはたった一年で忍者学校(アカデミー)から去って、下忍になるらしい。さすがイタチだ。

 

 これでまた、イタチは夢に一歩、近づいていく。順調なペースだ。このままキャリアを積んで、さっさと火影にでもなってほしい。私は応援している。

 

 だからということではないが、イタチのお祝いをしたかった。

 実を言うと、私は心配なんだ。このままストイックな生活を続けていたら、いつかどうにかなってしまうんじゃないかと。

 

 そんなわけで、息抜きは必要だから、ミコトさんに協力を要請して、お祝いをすることになった。

 家族みんなでお祝いだ。家族みんなで……ふふ。

 

 私たちは準備を終えて、あとは修行しに出かけたイタチを待つだけになった。

 フガクさんより遅いなんてと、私は便利な箱を持って玄関の前で仁王立ちをしている。

 

 この私を待たせるなんて、後でたくさん文句言ってあげるんだからね。

 

「ん? あれは……まさか、うちはシスイ……!!」

 

 こっち目がけて歩いてくるのがわかった。

 よくよく、感じ取ってみると、その背中にはイタチがおぶられていることがわかる。

 

 イタチに限って、駄々をこねて甘えてるって、こともないだろうし、なにがあったんだろ。

 

 しっかりとした足取りで、シスイは駆け寄ってくる。

 私の前でピタッと止まった。

 

「すまない……。イタチのこと――」

 

「ねえ、イタチ、どうしたの」

 

「心配いらない、少し足をくじいただけだ」

 

 なるほど、だからおぶられていたわけか。

 便利な箱からテープを取り出して、イタチの足にぐるぐると巻きつけてやる。

 

「完璧。でも数日は、安静にしてなきゃだめだよ?」

 

「ああ、すまない……」

 

 しかたのないやつだよ。まさか、こんなときに限って、怪我をして帰ってくるなんてね。

 まあ、いいや。これで、都合のいい休ませる口実ができたのだから。

 

「肩貸してあげるから、掴まって?」

 

「……わかった」

 

 イタチへと手を伸ばす。

 背負われていたイタチは、怪我人とは思えない身のこなしで、スムーズに、シスイの背から私の肩へと移っていく。

 シスイ氏には、お礼代わりにニコリと無言で笑いかけてあげた。

 

 だが、私たちが中に入る前に、玄関の戸がガラガラと開いてしまう。

 

「ミズナちゃん、大丈夫? 寒くない? え、イタチ、どうしたの?」

 

「オレの不手際で……修行中に足を挫いてしまったんです」

 

 私たちが答えるよりも早い。さすが、現役で忍やってる人は違うというわけか。

 それでもミコトさんは、まだ少し訝しげに問う。

 

「あなたは?」

 

「うちはシスイです」

 

「あなたが……? 話なら、聞いているわ。うちは切っての天才だって」

 

 そういえば、この忍、それなりに名を轟かせているのだった。警務部隊に所属しないで、任務がんばってるんだっけか。

 

 ミコトさんなら、シスイのことくらい知ってて当然だろう。

 

「まだ……若輩者ですけど」

 

 恐縮をするように、シスイはそう答える。

 

 それに満足してか、ミコトさんは太陽のように暖かいオーラを出し、提案をする。

 

「どう? 寄っていかない? 人数が多い方が楽しいだろうし……ね」

 

「いえ、お誘いは嬉しいんですけど、親を心配させるわけにはいかないので……」

 

「……それもそうね」

 

 大人の対応だった。

 それにしても、どうかしてる。ミコトさんからの誘いをこうもあっさりと断るだなんて。もう少し、熟考する時間をかけてもいいだろうに。

 

「それじゃあ、イタチ。また、明日な!」

 

 その台詞は私を苛立たせるのに十分だった。たぶん、反射的で咄嗟に出た言葉なんだろうけど、許せなかった。

 答えそうになったイタチの口を塞ぐ。

 

「……なにするんだ?」

 

 私の行動に、イタチは疑問を挟んだ。

 シスイはもう、見えないところに行ってしまっている。早い。

 なにもわかってない、イタチの耳もとで囁く。

 

「一週間、外出禁止だから」

 

「なっ……!?」

 

 捻挫を甘く見てはいけない。それでも、一週間は多すぎるかもしれないけど、いつもが厳しすぎるイタチには、たぶんちょうどいいくらいだ。

 

 三人で中に入る。

 食卓では、難しい顔をしたフガクさんが、サスケくんの面倒を見ながら鎮座していた。

 

「母さん、これは……?」

 

 イタチの目には、きっと、私が全力で飾り付けをした、部屋が映っていただろう。渾身の出来だから。ミコトさんも褒めてくれたから。

 

 そうして、みんなで席に着くんだ。

 

「イタチ、忍者学校(アカデミー)合格内定、おめでとう!!」

 

「すごいわよ、イタチ」

 

「……さすが、オレの子だ」

 

 みんながみんなで、限りない賞賛をイタチへと贈る。

 当の本人は、とても驚いているのか、言葉の出ない様子であった。

 

 ゆっくりと、噛み砕いたのか、ようやく、一言だけ声を出した。

 

「ありがとう……」

 

 なんかいいなって、私は初めて幸せを実感したかもしれない。




 感想が来た。嬉しい。言ってみるもんですね。


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休日

「はい、あーん」

 

「いや、さすがにその必要は……」

 

「あーん」

 

 たかが捻挫だ。そのはずだった。しかしイタチは、なぜかこうして甲斐甲斐しく世話をされている。

 

 イタチの朝は早い。けれど、彼女はそれよりも早く起きて、ずっと監視をされていた。

 

 そして、朝食である今、こうして彼女はイタチの寝室にまで影分身で食べ物を運び、わざわざ食べさせようとしてくる。

 

「あーん」

 

 いくらなんでも、とは思いもした。それでも、彼女になにを言ってもやめはしない、ということは容易に想像がついた。

 

 自分の身が案じられているだけに、不思議と悪い気はしない。

 こういうことに関してだけは確実に、彼女は強情になる。もうこうなってしまった今では、諦めるほか道はない。

 

「あ、あぁ」

 

 迷いなく、彼女は食べ物を口に運ぶ。その動作は、見えていないとは思えないほどなめらかなものだった。

 

 彼女は目を奪われて、五感の一つ、視覚が完全に使えない状態だ。人は周囲の把握のほとんどを視覚に頼っている。

 だというのに、彼女はそれを苦にする様子を全く見せたことがなかった。

 

 もともと、感知能力が高いことは知っていた。いくどとなく、彼女に気付かれないように気配を消したが、それはことごとく失敗に終わっている。

 

 ここまでであるのなら、相手が悪かったことを、認めざるを得ない。彼女がその気である今、気配を隠して逃亡することは不可能に近かった。

 

「どう? 美味しい?」

 

「あ、あぁ」

 

 料理が少しいつもと違う。もしかしたら、彼女が自分のために作ってくれたのかもしれない。

 

 ここに食事を運んで来た影分身は、起きる前に作られたもので、運んでくる前に台所で料理をしていた可能性は十分にあった。

 

 味付けは、母さんのものに近い。おそらく使われている調味料の種類や、手順などは母さんに教わったから、違いはないのだろう。

 

 ただ、一つ一つの作業をするごとにわずかずつでも明確な差異が出てくる。その人のこだわりなどもあらわれるのだろう。

 よって、いつもとは違う人物が、この料理を作ったことがイタチにはわかった。

 

「ミズナ。ありがとうな」

 

「え……え。う、うん」

 

 簡潔に礼を述べる。それ以上は無粋だと思った。

 彼女は、最初は戸惑いを浮かべたが、素直に飲み込んで、屈託のない笑みを見せる。

 

 心になにか暖かいものが灯った気がした。

 食事を口に持ってくる動作は丁寧で、いつもより、時間がかかってしまうことは必然だった。

 

 彼女に苦にする様子はない。それどころか、どこか楽しんでいるようにさえ見える。彼女は笑顔を絶やさなかった。

 

 ふと、あの日のことを思い出した。

 彼女の眼が、未来が奪われたあの日のことを。

 

 これが、この日々が、かろうじてイタチの守れたものだった。だがそれでも、自分がもっと強ければ、彼女の全てを守れただろう。

 

 見える見えないの問題ではない。うちは一族にとって、『眼』とは、それ以上の価値を持った一つの武器だ。誇りだ。

 

 悔しさが胸を渦巻く。……が、いつまでもこの感情にとらわれていてはいけない。

 シスイの予想では、彼女の眼がまだ保存されている可能性だってあった。取り返せる可能性だってあった。

 

「はい、これで最後」

 

 器にはもう、なにも残っていなかった。

 どこに待機していたのか、すぐに影分身がやってきて、回収をして去っていく。本体は、どうあっても離れないつもりなのだろう。

 

「なあ、ミズナ」

 

「なに……?」

 

 腕を掴み、そして、組んで、彼女は身を寄せてきた。自分の隣に、心地良さそうにすっかり収まってしまう。

 

忍者学校(アカデミー)は……?」

 

「大丈夫。ちゃんと休みの連絡いれたから」

 

「……そうか」

 

 手が早い。この分だとあらゆる面で、後に支障がないように、手が尽くされているのかもしれない。

 本気で自分をここから出させまいとしているのだ。

 

 確か、彼女は一週間外出禁止だと言っていた。その長い期間で、一切の修行ができないのはとても痛い。

 どうにかして、攻略する術を見つけ出さなければならなかった。

 

 互いになにも行動はない。ただ、ゆったりとした時間が流れるだけ。不思議と退屈には思えなかった。

 心が平穏を感じる。

 

 よほど隣が安らぐのか、彼女はウトウトし始める。ついには、力尽きてスヤスヤと寝息を立てる。

 自然と手が伸び、寄りかかる彼女の頭をなでると、むずがゆそうに、けれども幸せそうに顔を緩ませた。

 

 無理をして、早く起きたことは知っている。きっとまだ、眠たかったのだろう。そんな姿は微笑ましく思える。

 

 こうして寝てしまえば、きっとイタチは、いつでも抜け出すことができるだろう。それでも、そうだ。実行するのは今じゃない。

 

 まだ足のケガも癒えていない。それでも無理をするかもしれない自分のことを考えて、彼女はこうして隣にいてくれるのだろう。

 彼女の気遣いを無駄にすることは、好ましいことではない。

 

 そして何よりも、こんなにも温かな時間を失うことは、思いの外、惜しく感じる。

 

 今はまだ、その時ではない。

 自身にそう言い聞かせると、イタチもまた、安らぎの中、眠りに落ちた。

 

 

 ***

 

 

()ぇ!!」

 

「痛い……っ」

 

 髪の毛が引っ張られて、私は跳ね起きる。

 犯人は考えなくともわかる。サスケだ。

 

「姉ぇ、姉ぇ」

 

 どこか機嫌が悪そうに、私に攻撃を加えている。痛くはないけど心が痛い。怒らせてしまっているようだ。

 

「ごめんね、サスケ」

 

 しかたがないから抱きしめてあげる。大方、いつも構ってあげてる私が今日は寝ていたのだから、それが気に入らないのだろう。悪いことをした。

 

「なにする? 折り紙でもする?」

 

 なんだろう。黙ったまま返答がない。

 なにか考えているのだろうか。すると途端に走り出した。私から離れていく。

 

「かくれんぼ!!」

 

 そう言い残して部屋の外へと去って行った。

 サスケェ……。ひどいやつだ。

 

 サスケは私の目が見えないことを、あまりよくわかってはいない。まあ、いいや、とにかくタッチしたら見つけたってことでいいかな。

 

 肝心なサスケはというと、ミコトさんとなにか交渉をしているようだった。自分の居場所をバラされないためにだろうか。可愛いやつめ。

 

 サスケは、小さいその身体で、キッチンの収納へと入っていった。ただ、身体がすっぽりと収まっても、完全に戸を閉めないのが、私の庇護欲をくすぐってくる。

 やっぱり暗いのは怖いのかな。

 

 そういえば、なにか忘れているような気がする。幻術にでもかかったような嫌な気分だ。

 

「もーいーかーい?」

 

 ルールに則り、ちゃんと隠れられたか、大きな声で尋ねてあげる。

 

「もーいーよ!!」

 

 元気のいい声が返って来た。これでようやく私はこの場から動けて、探しに行けるというわけだ。

 ふふ、どう料理してやろうか?

 

 このまま、直行してあげることもできるが、それでは可愛いサスケの自尊心を傷つけることになってしまう。

 どうすればいいか。

 

 あれ、だれかがこっちにくる。

 

「どうした? ミズナ」

 

「ん? イタチ。イタチ……あ、イタチ」

 

「どうしたんだ?」

 

 すっかり忘れていた。私にはイタチを監禁するという大切な任務がある。サスケの可愛さに気を取られて、私の使命を見失ってしまいそうだった。

 

「どこ行ってたの」

 

「トイレだが……」

 

「私から、離れないで」

 

「いや、だが……」

 

 イタチは私のお願いに、どうも渋っている。だがよく考えてみれば、イタチになにかを強いるのもよくない。

 ならば、私から行動をするのが妥当か。

 

「これからは付いて行くから」

 

「あ、あぁ」

 

 寝てしまってもいいように、影分身との二人体制……いや、サスケと遊ぶ分も加えれば、三人体制が合理的か。

 チャクラ、足りるか心配だけど。まあ、術を使うわけでもないし大丈夫かな。

 

「それで、なにをしていたんだ?」

 

「かくれんぼ。わかって言ってるんでしょ?」

 

「あぁ」

 

 あんなに大きな声で、もーいーかーい、とか訊いているんだから、わからないはずがない。

 

 イタチに気を取られていた私が、サスケを放っておいたのだから、そう尋ねたのだろう。しかも私を傷つけないために、こう、婉曲的に。

 ()ぃには頭が上がらないよ、ほんと。

 

 イタチの腕を持って、私の肩へと回させる。イタチの足にかかる負担を少しでも軽くするためだ。

 

「まだ、治ってないから」

 

「必要ないんだが……」

 

「ダメだから」

 

 そういうわけで、私たちは厨房に向かった。

 私の気配を察したサスケは、若干まだ開けていた戸を完全に閉めた。なるほど、なかなかに賢くなったというわけだ。

 

「ミコトさ……母さん。サスケ知らない?」

 

 私は白々しく、ミコトさんにそう尋ねた。

 母さんって、呼んでほしいな、と言い含められているので、慣れないながらも私は努力して、そう呼びかけている。

 

 料理をしていたミコトさんは、手を止めて、サスケとの約束を遂行する。

 

「サスケ……? 見なかったわよ。あっちの方にでもいるんじゃない?」

 

 このやり取りを、イタチはどういう目で見ているだろうか。イタチのことだし、ここでどんなやり取りがあったのか、簡単に推測することができたかもしれない。

 

 ついで私は、サスケが隠れている場所の戸を、覗き込む姿勢をとった。本当に覗けるわけじゃないけど、これでいい。

 

 さて、サスケとの忍耐力勝負だ。

 真っ暗の中で不安にさいなまれるサスケは、きっとまたここの戸を開けて、周りの状況を確認するはずだ。

 

 普通に見つけるのも面白みにかけるし、これが一番の見つけ方かな。

 私だって、こうやっていつまでも居られるわけじゃない。我慢に限界が来たら、素直に降参を申し出ようとも思っている。

 

 少なくとも(ちゅう)飯になったら、私の負けかな。

 

 じっと動かない私に、イタチは付き合ってくれるようだった。助かるね。

 

 それにしても、サスケは物音一つ立てていない。

 そんなに本気でこのかくれんぼをやっているのだろうか。

 

 シスイみたいに忍者になりたいなら、今の内にそのくらいは忍んでおかなきゃ駄目なのかもしれない。

 将来を考えたとき、その選択肢が広いことはとてもいいことだ。私にはいつでも道がなかったけど、この子は違うだろうし。

 

 まあ、正直な話、私としてはサスケには戦いの道を歩んでほしくはない。忍にはなってほしくはない

 

 イタチ? イタチは好きなだけ忍やってればいい。忍やらないイタチとか、それはきっと、うちはイタチじゃない別のなにかだ。

 

 だからじゃないけど、ケガしたり、精神にダメージを負ったりしたら、私が看病してあげるんだ。そしてまた戦場に送り出してやる。

 

「ねぇ。ご飯できたけど、どうする?」

 

 どうやら潮時だったようだ。私の負けか。サスケの成長を誇らしく思うよ。

 

「わかりました。ミコトさん……じゃなかった、母さん。……サスケ。降参だから出ておいで!!」

 

 見当違いな場所に向かって、そう大声を上げてみる。これを聞いたサスケは、出てきてくれるはず。

 

 …………。

 

 音が聞こえない。微動だにしていない。なにかがおかしいぞ、これは。

 

「サスケ……?」

 

 今度は直接的に問いかけてみる。やはり反応はなかった。

 

「開けるか?」

 

 イタチの動揺の色が伝わって来る。心配はいらないんだけどね。

 

「まあ、やむなし……ね。サスケ、みーつけっと」

 

 そう言って戸を開けれども、返ってくる反応はない。その代わりに、ぐっすりと寝てしまったサスケの姿がそこにあった。

 

 躊躇いも少ししたが、肩を揺すって起こしてあげる。ちゃんとご飯は食べないとだし。

 

「んん、ふぁ〜」

 

 まぶたをこすってお目覚めのご様子だ。こんなところで寝るなんて、ビックリだよ。

 

「サスケ、ご飯食べようか。ね」

 

 ぼけーっとした顔でコクリとサスケは頷いた。とても愛らしい仕草だ。かくれんぼはうやむやになってしまった。

 

 少し賑やかな昼食が始まる。今日も平和を実感する。

 

 

 この日から一週間、イタチに一秒の隙もなく、ずっとくっついていたことは言うまでもない。



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卒業

日刊ランキングのヤバさを思い知った。


 卒業式。

 忍者学校(アカデミー)の合格試験をクリアした者がこの式に参加していた。

 

 首席であるイタチが、卒業生代表を見事務め上げたのだが、私もなぜか送られる側にいたのは、はなはだ奇々怪々な出来事だった。

 

 大事な用事があるからと、イタチに連れられて、行かなくなった忍者学校(アカデミー)にやってきたら、この扱い。

 ちゃんとした卒業を諦めていたから、驚き半分、嬉しさ半分。涙が出てきたりもした。

 

 忍者学校(アカデミー)、四ヶ月しかいなかったけど、悪いところじゃなかったと思う。

 

 今は桜散る校庭の中、イタチと一緒に歩いているところだ。

 

「それで、イタチは、やっぱり下忍になるの?」

 

「あぁ。そういえば、ミズナはどうするんだ?」

 

 卒業後の進路を私は決めていなかった。

 だが、このまま家事手伝いのままで、収入をいっさい得ないなんて、それでいいわけがない。どうにかして考えなくてはならなかった。

 

「イタチ、なにかいい職業、ない?」

 

「〝ない?〟って、下忍にはならないのか?」

 

 反問したイタチの言葉は、私には理解しがたかった。私がその選択肢を取らない理由は、イタチだってわかっているだろうに。

 思わず私は膨れっ面で非難する。

 

「私には『眼』がないんだよ!! 忍になんかなれるわけないじゃん」

 

「そうか? お前の感知能力なら、別に視覚がなくとも十分にやっていけると思うんだが。それに、普通の忍に『写輪眼』はない」

 

 確かにそうだ。私は日常生活に支障がないくらいには、周りのことが分かる。

 『眼』がないだけでは、忍にならない理由としては欠けている。

 

 けれど私は、うちは一族。それで忍なんぞやった日には、周りから奇異の目で見られてしまう。憐憫の目で見られてしまう。

 それが、私にはとって、いちばん嫌なことだった。

 

「…………」

 

「オレが忍として任務をこなせば、その分の報酬もある」

 

「……えっ」

 

「焦る必要はない……」

 

 返す言葉もなく、黙り込んでいた私に、イタチは嬉しいことを言ってくれた。

 

 はじめは少し戸惑いを感じたが、理解した今は頰が紅潮して熱を持っているのがわかる。頰が思わず緩んでしまう。

 

「……じゃあ、イタチから、養ってもらっちゃおうかな?」

 

 距離を縮めて腕を組む。それでもイタチは表情を変えなかった。

 

「歩きにくい……」

 

「えへへ」

 

 否定もしないし、振り払いもしないイタチ。そんな態度を取られていると、私はずっと甘え続けてしまいそうだ。

 

 でも、違う。

 大切なものは自分で守れるように。自分でなんとかできるように。忍とか関係なく、強くならなくちゃ。

 もう、()()()()()はしたくない。

 

 あれ、()()()()()って、なんだっけ。

 大切なことだった気がするんだけど、よく思い出せない。思い出しちゃいけないって、頭が痛くなってくる。

 

 ――家族を見つけた。

 

 フガクさんはいつも通りの怪訝な雰囲気を持って、そこにいる。

 

 ミコトさんは穏やかに、私には近くに寄るだけで心温まるオーラを感じることができた。

 

 サスケくんは、まだおぼつかない、けれど転ぶ心配もない足取りで、忙しなく歩き回っている。ただ、足を自由に動かせるだけでも楽しいのだろう。

 

()ぃ!」

 

 サスケめ。一緒に歩いて来たはずなのに、私のことは呼ばないとは。

 くっ、イタチが羨ましいではないか。

 

 いつもあんなに遊んであげているはずなのに……いや、もしかしたら、いつも遊んであげているから兄さんが恋しくなるのかもしれない。

 

 焦らす、というのは大切だ。いつもベッタリとしているのでは、それが普通になり、飽きられてしまう。それが家族だから、私はそれで構わないんだけど。

 

 とにかくサスケは、焦らされた結果、兄さんが恋しくてしかたがないという状態になっているのかもしれない。

 

 トテトテと必死に、サスケが駆け寄ってくるのがわかる。可愛い。

 ミコトさんは、そんなサスケに手を引かれて、後に続いてこちらに歩む。

 

「危ないぞ、サスケ」

 

 優しくイタチは、そうやって注意を促す。

 私たちは家族を受け入れようとした、その時だった。

 

 

 ――闇が私たちの前に立ちはだかった。

 

 

 男だった。

 年老いている。老いは感じるが、活力に乱れはなく、これから十年くらいなら、たやすく生き延びてしまうだろうと思えるほどだった。

 

 近くにいるだけで気圧される。

 強い。私たちより遥か高みにいる人間だということがわかる。

 

 ただ、この人物は、関わってはいけない部類の人間であろう。辺り構わず不吉を振りまいているのではないかと思えるくらいの異様さを持っていた。

 一言で表せば、その男は闇だった。

 

 その男の意識の中に私はない。あるのはおそらくイタチだけだ。

 

「お前が、うちはイタチか?」

 

 緊張が包み込み、私は身震いをしそうになる。そんな私の肩をイタチはそっと抱いてくれる。

 それだけで、とても心強かった。

 

「なるほど……」

 

 男の背後では、構わずに私たちのところへ向かおうとするサスケを、ミコトさんが止めてくれていた。

 どうにかして、私たちだけでやり過ごさなければならなかった。

 

「お前は凶相の持ち主だ」

 

「凶相?」

 

「乱を呼ぶ相だ。その(しわ)

 

 イタチには、皺がある。目頭から頰にかけて。それを指しているのだろう。

 

「お前の人生には、常に乱がつきまとう」

 

 言われるまでもないことだった。だからなんだ。イタチの夢。その大きすぎる夢を叶えるためには、どんな乱だって、覚悟しておかなくてはならない。多かろうが、大きかろうが。

 

 私はこの男を睨み付けたい気分になった。

 

忍者学校(アカデミー)創設以来の天才に、一つ問いたい」

 

 なぜだろうか、この答え次第で、イタチはどこか遠くに行ってしまう。そう感じた。

 

「難破船に同胞である十人が乗っている。その中で一人が性質(たち)の悪い伝染病に(かか)ってしまった。このまま生かしていると他の九人も病に罹って死んでしまうことになる。お前がこの船のリーダーならば、どういう判断を下す?」

 

 私が口を挟むその前に、イタチはすぐ答えを出した。

 

「病に罹った者はどのみち死んしまう宿命にある。リーダーならば残った九人の命を救うことを最優先に考えるべきです。オレは一人を殺して九人を救う道を選ぶ」

 

 私もほとんど意見は同じだ。けれど、これほどまでに早く、結論は出せない。

 

「明瞭な答えだ」

 

 その評価には若干の歓喜が入り混じっていたのを、私は聞き逃さなかった。

 イタチの身が心配になる。

 

「……うちはミズナだな」

 

 私の名前が呼ばれてしまった。予想外で、身体がビクリと震え上がった。

 

 無視をすることもできない。声を振り絞って答える。

 

「なに……?」

 

「お前には闇がなさ過ぎる。……その闇はどこに置いてきた?」

 

 意味がわからなかった。まるで私のことを知っているように話すこの男が、とても気持ち悪く思えた。

 グチャグヂャと嫌なところまでかき乱された気分になる。

 

「また会える日を楽しみにしている」

 

 どちらに言ったかはわからない。あるいは、どちらにも言ったのかもしれない。去り際に、いやな台詞が残された。

 撫でるような声に、心の闇が引きずり出されたようだった。

 

「二人とも……」

 

 サスケと共に、ミコトさんは心配そうに近づいてくる。

 

「なにを言われた?」

 

 フガクさんだ。あの男は、やはりフガクさんでも注意せざるを得ない要人なのであろう。

 

「大したことじゃない」

 

「うん、そうだよ。別に気にすることじゃないから。気にすることじゃ……」

 

 イタチの答えに追随するようにして、私もフガクさんに念を押す。

 

「そうか……?」

 

 疑われている。思いの外、私が動揺をまだ抑えきれていなかったせいであろう。

 それを無視して、いや、そらすようにだ。イタチはフガクさんへと尋ねる。

 

「あの人は……?」

 

「志村ダンゾウ……。三代目の側近の一人だ」

 

 その答えには、なにかどことない(かげ)りが感じ取れてしまった。

 

〝……その闇はどこに置いてきた?〟

 

 その言葉は、私の心をジワジワと蝕んでいる。

 

 まだ遠くへとは行っていない。そのダンゾウの足取りは、心なしかゆっくりなものだった。

 

 

 ***

 

 

 卒業のささやかなお祝いを終えて、風呂に入った後、寝室にやってきたイタチだが、すぐに違和感に気がついた。

 すでに布団は敷いてあり、だれかが丸まったままその中に隠れていることがわかる。

 

「ミズナ、なにしてるんだ?」

 

 ぷはっ、と息を吸う音を立てて彼女は布団の中から顔を出す。

 

「なにって、夜這いかな」

 

 今日は晴れて、月は満月に近い。

 月光に照らされた、魅力的な笑顔でもって、そんなことをのたまう彼女に、少し頭痛を覚える。

 捻挫をしたあの一週間では、家族だからと風呂でさえ付いてきていた。

 

 ただそれでも、年を重ねれば、大人になれば、こんな無防備なところもきっと治ってくれるはず。

 だが、なに一つとして態度を変えずに成長する彼女の姿が、イタチには容易に想像できた。

 

「あ、そうそう。今日はサスケもいるんだよ? もう寝ちゃったけど」

 

 そう言って、布団をめくると、穏やかに眠っているサスケの姿が露わになる。

 二人して、どうしてここにやってきたのか、とうぜん疑問だ。

 

「ふふ、サスケったら、〝兄ぃを驚かせるんだっ!〟って、意気込んでたんだけどね……」

 

 優しい手つきで、彼女はサスケの頭を撫でる。

 彼女とサスケとのやりとりが、頭の中に思い浮かぶようだった。

 

「ミズナ……。なにかお前は用があったはずだ」

 

 彼女がなにを考えているかは、イタチの頭をもってしても、予想することはできなかった。けれど、なにか考えていることくらいならばわかる。

 

 言い出したのは彼女。サスケはそれに便乗しただけだろう。

 

「今日のあの、船の話」

 

「あれか……」

 

 イタチにとって、それは良い記憶ではなかった。家族との時間で忘れかけてはいたものの、ふと思い出して引っかかる、こんな日には余計としか言いようのないものだった。

 

 彼女の隣へ。イタチも布団の中に入る。

 

「ねぇ、リーダーだったら、その患者は残すって、みんなに言うべきじゃないかな……ぁ?」

 

 ――その方が、正しいし。

 

 どこか妖艶に、彼女はそう口にする。

 なにが正しいのか。彼女の言うやり方では、多くは救えない。リスクを伴って、帰ってくるリターンは無に等しい。

 

 それの正しさとは――そう、道徳的に正しいのだ。

 

 彼女がまだ純粋だから。きっとそうに違いない。そう納得しかけたけれど……

 

「それでねぇ。仲間の一人に、患者を殺させるのぉ……そしたら、独断だったって、その仲間を排斥すればいいかな」

 

 ……絶句した。

 

 そうそうに、そんな卑劣な手を考え出せはしない。合理性という観点からすれば、確かに一理あった。けれどもそれが簡単に許される行為とはとても思えない。

 

「それで、どうする? バレたら一巻の終わりだぞ」

 

「だからぁ、責任感の強い人がいいかなって。それにぃ、どうせ一人放り出す時点で不和は生じるんだから、早いか遅いかの違いでしょ? だったらぁ、遅い方がいいじゃない」

 

 悪びれもせずそう語る彼女に、怖気のようなものが背筋を伝わった。

 いつもと何かが違う。強烈な違和感が今になって襲い掛かってきた。

 

「お前……少し変じゃないか……」

 

「……そう?」

 

 キョトンとして首を傾げる。その表情や動作は、間違いなくいつものものと変わりなかった。

 

 ただの勘違い。抱いた忌まわしい感情を、単純にそう片付けることは簡易であった。ただそれで終わらせていいとも思えなかった。

 

 彼女が肩を撫でる。そっと片手が背中にまわる。もう片方の手を伸ばし、彼女は窓を指し示す。

 

「それでねイタチ。綺麗に輝く月や星たちも、あの大きな光の前ではないに等しいでしょ?」

 

「なにが言いたい?」

 

 まるで熱に浮かされたように、彼女の頰は上気していた。なにかに酔ったように、うわごとのように彼女は言葉を繋いでいく。

 

「私、イタチに助けられたからぁ、イタチに命を救われたからぁ、私の命はもう全部、イタチのものなの。私の全てはもう全部、イタチのものなの」

 

「なにを言っている?」

 

 そんなことを望んで助けたわけではなかった。そんなことを思っているなど、露ほどにも考え付きはしなかった。

 

 この異変はなぜ起こったのか。心当たりは一つあった。

 

「だからね、イタチ。私は、光を照らす闇として、あなたと共に在り続けるわぁ」

 

 闇。そう闇だ。

 あのダンゾウの一言から、彼女はここまでおかしくなってしまった。その考えが妥当なはずだ。

 

 抱きつかれていた。彼女の顔には異常なほどの幸福感が滲み出ている。これでいいはずがない。

 

 完全に拒むこともできずに、完全に受け入れることもできずに、この日はもう眠るしかなかった。



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外出

「イタチ、イタチ! ねぇ、今日、ちょっと付き合ってよ」

 

 あの夜から数日が経った。彼女はあれから、あのおかしな様子を見せてはいない。

 それどころか、あのときの会話について尋ねても、斜めに首を傾けるばかりだった。

 

 いったい何だったのか。夢だったのかと思いもした。けれども、現実感を伴いながら、あの記憶は頭の隅に媚びりついて離れない。

 

 とぼけているだけかもしれない。彼女なら、あり得る話だ。

 早くどうにかしなければならない。そうでなくては、取り返しのつかない事態になってしまう。そんな嫌な予感がした。

 

「どうした、ミズナ?」

 

「ふふふ、ふふ、ちょっとね!」

 

 いつも通りの彼女の無邪気さに、心が落ち着く。修行をしに玄関で靴を履いていると、彼女から話しかけてきた。

 

 彼女が誘うなんて珍しい。うちは一族は狭い。彼女が外に出るたびに、彼女の噂を聞いた住民は同情をむける。

 

 感覚の鋭い彼女は、不快感を、というよりも悲しみで傷ついていることが、一緒にいて、手に取るようにわかってしまう。

 

 そのせいかはわからないが、母さんは〝やることがなくなって、困っちゃうわ〟と、嬉しそうにぼやいていた。

 

「シスイと約束しているんだが……」

 

 やんわりと断りを入れる。彼女がどのくらいの意思を持ってそう誘っているのか見定める意図もあった。不用意に傷つけることは避けたかった。

 

「じゃ、キャンセルして。いっつも会ってるんでしょう? だったら私を優先してもいいじゃん」

 

 ワガママを言うように、腕を掴んで擦り寄ってくる。ね、と念を押しながら、上目遣いで見つめてくる。

 

「わかった」

 

「やったー!! ありがとう、イタチ!」

 

 彼女は喜びではち切れんばかりの笑顔を見せた。

 出会ったときから、こういう無邪気で率直なところは何一つ変わっていない。

 

 イタチはため息をついた。

 

「それで、どこに行くつもりだ?」

 

「まぁ、それは後で。とりあえず、シスイのやつに挨拶しに行かなきゃでしょ?」

 

「それもそうだな」

 

 彼女はすでに準備ができていたようで、隣に座って靴を履く。こんなにも用意がいいのなら、先に言ってくれたのなら良かった。

 

「じゃ、行こー! あ、いってきます!!」

 

 そう言って彼女は家を飛び出して行ってしまった。そんな姿には少しあきれてしまう。

 

「早く、はやく!」

 

 家の外から彼女は呼ぶ。期待からか、とても声が弾んでいた。

 

 呆気に取られていたため、手が止まってしまっていたが、すぐに立ち上がり、彼女を追う。

 彼女は立ち止まって、待っていてくれていた。

 

「二人で出かけるのって、いつぶりかな?」

 

「初めてじゃないか?」

 

 偶然はちあわせたり、修行をしていて後から彼女が押し入ってくることは、いくどとなくあった。

 けれどこうして、道中を共にすることは初めてのはずだ。

 

 彼女は寄り添って、はにかみながらも、いつものように腕を組んでくる。

 

 この動作には意味があった。目が見えない。周りのことがわからないと、そう思われている彼女が、不自然に思われないためのアピールだった。

 

 特異に思われないために。不和を生まないために。彼女がそう望んでいるからこその行動。

 だからイタチは、甘んじてエスコートに徹している。

 

「そっか、初めてか……。けっこう付き合い長いけど、意外だね」

 

「あぁ」

 

 最初に会ったのは四歳のとき。それから七歳である今まで彼女とは付き合ってきた。

 

 三年。短くも思えるが、今のイタチにとっては、人生の半分にも近い。共に過ごした時間で言えば、サスケともいい勝負だ。

 

 それでも今の今まで、二人で出かけたことがなかったのは、考えてみれば少しおかしな話とも思えた。

 

「道、わかるんだな?」

 

 歩いていると、逆に彼女に引っ張られて、進路が何度か変えさせられた。

 相変わらず、目的地に真っ直ぐは進まない。何かを避けるようにして、彼女は道を選んでいる。

 

「うん、イタチのこと、追いかけてたことがあったから……」

 

 シスイとの修行の場所は、他人には秘密にしてあるはずだった。向かう際も、細心の注意を払っていたことには違いない。

 

 けれどそれも、彼女には通用していなかった。己の未熟さを痛感する。それと共に、彼女の感知能力の高さに感服した。

 

「どうして追いかけたんだ?」

 

「いや、お弁当、届けようと思って……。でも、コソコソしてるし、迷惑かなって。……だからいつもサスケと分け合ってるんだ」

 

「……そうか」

 

 意地悪に訊けば、彼女は困ったように答えてくれる。

 善意によった、悲しいエピソードだった。少しでも疑った自分を責めたくなる。

 

「だったら、もう遠慮しなくていい」

 

「えっ?」

 

「隠す必要もなくなったわけだ」

 

 もうどうせバレている。

 

「やった! じゃあ、今度、ちゃんと届けにいくね!!」

 

 彼女が作る弁当には、一切の妥協がなかった。しかし、彼女が起きてから、イタチが出て行くまでの間に作り終えた試しがない。

 

 待とうと思ったこともあったが、ただの練習だから気にしないでと、気を遣われて外に送り出されてしまっていた。

 そして、いつも、おにぎりを持って出かけている。別に不満はなかった。

 

「あぁ、期待してもいいんだな?」

 

「もちろん!!」

 

 それでも、どんな凝った弁当が作られているのか、楽しみではないわけではなかった。

 

 

 ***

 

 

 崖の上。下には川が流れている。

 ここがシスイとの約束の場所だ。

 

「なあ、イタチ。なんで、その子を連れてきたんだ?」

 

「私はミズナだよ! 自己紹介したでしょう!」

 

「ああ、それはすまなかった」

 

 シスイとイタチ、それ以外はこの場所を知らない。

 それ故に、シスイにイタチは怪訝な目で見つめられる。

 

「それで、イタチ、どういうことだ?」

 

()けられていた」

 

「それにしては、ずいぶん仲が良さそうだが」

 

 疑いは晴れない。当たり前だ。

 イタチは、彼女に腕を掴ませている。見た目ではイタチが連れてきたように思えるのだ。

 

 しかし、彼女の実力についてはシスイも知るところ。ため息をつき、簡潔に述べる。

 

「ずっと前からだ」

 

「ずっと……前? どのくらいだ……」

 

「えっと……、四ヶ月くらい?」

 

 彼女はそう口を挟んだ。シスイは眉間にシワを寄せる。

 彼女が料理に興味を持ち始め、弁当を作り始めたのはそれよりも前。おそらく適当に答えているのだろう。

 

「本当か? 気配を感じたことはないぞ」

 

「ふふ、私は気配を隠すのが得意なんだぁっ」

 

 嘘だ。見つからないくらい遠くから、こちらを感知していただけだろう。

 しかし、彼女のことをよく知らないシスイは、その偽りを見抜けない。

 

「はあ、参ったなぁ。これが噂の、うちはミズナか」

 

「噂の?」

 

「ああ、あの無口なイタチがよく喋ってた」

 

 彼女のことは、確かになにかと話題にのぼっていた。主にあの事件のことではあるのだが。

 それを嘘がないように、面白おかしくシスイは切り貼りをする。

 

「イタチ、いつも、かなりお前のことを気にしてるんだ。修行の合間の雑談にもお前のことばかり言う」

 

 サスケのことも、同じくらい話していた自信はあった。

 

「私の……?」

 

 疑問を口にしながらも、彼女はどことなく嬉しそうにしていた。これでは否定することもできない。

 

「ああ、うちはミズナにどのくらいの忍としての才能があるかとか、写輪眼があったらどうだったとか、そんな話を……」

 

「シスイッ!!」

 

 思わず大声を出して咎めてしまった。

 彼女が『眼』のことでどれだけ傷ついているかはわかっているつもりだ。それだけに、彼女の前でのこの話題は、不謹慎きわまりかった。

 

「イタチ……。別にいいよ?」

 

 弱々しい声でその本人がなだめてくれる。震えは腕を通して伝わってくる。

 

 落ち着くために、息を整えようとするが、シスイは構わず続ける。

 

「そうそう、この間はまだ取り返せるかって、話題だったな……」

 

 その瞬間、時間が止まったような気がした。

 

 ――それだけは知られたくなかった。

 

 それを聞いた彼女に、なんと言われるかはわかっている。

 彼女は両手で肩を掴んで、顔を正面に向かい合わせて、きっと言う―( )

 

「大丈夫、私は大丈夫だから」

 

 ――と。

 

 あのときから、ずっとイタチの負い目だった。彼女が『眼』のことで、悲しそうな顔をするたびに、あのときの光景が思い浮かぶ。

 

 彼女だって、そのせいで外へと思うように出歩けていないはずなのに。

 彼女のその言葉には、どこか妙な腹立たしさを覚えてならない。

 

 なんと言われようと、イタチの考えは揺るがなかった。

 

 そっと、手を伸ばして、肩を抱く。そうすれば、彼女は胸に飛び込んで来てくれる。

 

「それで、わざわざどうしてここに来たんだ?」

 

 気まずそうに尋ねるシスイに、イタチが答えるよりも早く、彼女はイタズラっ子のような笑みを浮かべる。

 

「イタチを持って行くから。ちょっと挨拶に……ね?」

 

 そう言って、シスイに意地の悪い笑みを浮かべる。

 シスイはやれやれと肩を竦めた。

 

「デートってやつか……。羨ましい奴だな」

 

 白々しい。向こう数週間はこの話でからかわれてしまうような、そんな嫌な予感がした。

 

 そんなイタチの思いとは裏腹に、彼女はやけに上機嫌だ。待ちきれないと言ったように、イタチの腕を引っ張ってくる。

 

「用も済んだし、行こ?」

 

 楽しそうな彼女を見れば、これから降り注ぐ災いなど、どうでもいいことのように思えてくる。

 ただその元凶である兄貴分は、無駄に力強く、イタチの肩を叩いた。

 

「せいぜい上手くやるんだぞ?」

 

 その言葉の意味を全て推しはかり、イタチはしっかりと頷いた。

 

 

 ***

 

 

 森の中。イタチと初めて会った森だ。

 ここにはずいぶんと長い間、来ていない気がする。最後に来たときのことは、もうよく覚えはしていない。

 

 昔は家が近かったけど、今はそんなことないし。イタチの修行の場所も、もう違う。

 それでもやっぱり、来るのならばここだった。

 

「それじゃあ、イタチ! 行っくよー!」

 

 いつかのときと同じように、私は的を持っていた。

 

 これからイタチは下忍になる。だから、それまでにイタチの実力を確かめておきたかった。私はどのくらい離されているのだろうか。

 

「あぁ、来い!!」

 

 片手に二個ずついっきに四つの的を投げる。空を舞い、普通ならばありえない軌道を描く。

 

 イタチ曰く、これはチャクラの力らしい。私がこんなにも自由に的を動かせること。無意識にチャクラを練り上げ、的に馴染ませることで実現した。

 

 回転をする的は私の思うがままに動き、イタチを翻弄する。

 

「まだまだ行くよ……!」

 

 さらに四個、的から手を離した。

 合計八つ。要するに、いつもの数だ。

 

 それぞれがそれぞれ、不規則なまま空をかけ、予測することは不可能に近い。

 それがわかるのは、投げた本人である私くらいだ。

 

 打ち上げられた的は八つ、同時に高度を落としていく。一つでも、当てられずに地面に落ちたら私の勝ち。

 ここでイタチは、指に挟んで、両手で計八本のクナイを構える。

 

 わかってるよ。これではダメだ。

 私が的にどんな動きをさせようと、イタチはその全てを見切り、見事に当ててくれる。

 

 ならば私は、次の手を打つ。

 新技を披露してあげるよ。そのために誘ったんだ。

 

「手裏剣影分身の術!!」

 

「なに!?」

 

 手裏剣じゃないけど、的は分身し、数を増やす。

 この術、原理としては、なにもおかしなことはない。発想としては、実にありふれたものに当たる部類であろう。

 

 『影分身の術』。これは私が、あの短い忍者学校(アカデミー)時代に、頑張って習得した技である。

 少し忙しいときに重宝する。今だって、サスケの面倒は分身が見ているはずだ。

 

 それで、まあ、『影分身の術』を使っていたら、普通は気がつくことだと思うが、服とか、身に付けているものも増える。分身が消えたらなくなるけど、とにかく増える。

 まあ、大きなものだったりしたら、さすがにチャクラが消費され過ぎて辛いけど。

 

 それで、実体はあるから、使うのには大した不便はしない。包丁を身に付けたまま影分身とかして、本体の切れ味が落ちないようにできるし。欠点といえば、耐久力が低いくらいかな。

 

 『影分身の術』を考案した二代目様は、きっと素晴らしい忍だったんだろう。とっても日々の生活を豊かにしてくれている。

 

 ともかく、普通ならば思うはずだ。別に自分自身を増やさないでもいいから、物だけ増やせないかなって。

 自分自身を増やしたら、チャクラの減りとかシャレにならないし、効率が悪いもんね。

 

 というわけで、練習してみたらできた。まあ、『影分身の術』ができるんだし、別になにもおかしな事ではないはずだ。

 

 あとから、『手裏剣影分身の術』っていうのがあるのを知って、ビックリしたけど。

 

「ふふっ」

 

 私はなにもせずにただ家にいたわけではないのだ。日々、どうすれば家事が効率良く上手くいくのか考えている。どうすればみんなに褒められるかを考えているのだ。

 

 今日だって、イタチにこれを見せびらかしたいがために、ここまで来た。そのために、誘ったんだ。

 

 この的当てには暗黙の了解がある。一つの的に対して、一本のクナイ。何本も投げて当たったって、何の意味もないから。

 

 だからイタチは、的一つにつき一本。それで本体を撃ち抜かなければならない。

 

「くっ、止むを得ない……」

 

 イタチはいったん目を閉じる。諦めたのか、そう思ったがそれは違う。イタチに限って、そんなことはない。

 

 風のざわめきを感じる。チャクラの流れが何か変わった。次に開いたその目は―( )―それはきっと特別なものだ。

 

「……写輪眼……」

 

 いつ、開眼したのだろう。私にはわからないことだった。

 写輪眼の開眼条件。それも私にはわからない。

 

 写輪眼。それは私にとって、ふわふわとした記憶の中にしかなく、気がついたらなくなっていた、よくわからないものだった。

 

 私には、私の一族が、何を誇りにしているのか、よくわからなかった。

 それでもいいやと私は思った。家族がいれば、それでいい。

 

 そうしてイタチはクナイを投げる。

 チャクラの流れが見切れる。すなわち、影分身かどうかがわかるということ。

 写輪眼に対しては、こんな小細工、無意味だということだった。

 

 投げられた八本のクナイ。揺れる分身の的の合間を縫って、本体へと簡単に突き刺さる。

 どれが本物かわかっていても、これは簡単なことじゃない。やっぱり、私ならできないと思う。

 

 そんなイタチの実力に、私はもう悔しさを覚えない。

 なんだか、我がごとのように嬉しくなってきてしまう。

 

「いつの間にこんな術を?」

 

「昨日、完璧にできるようになったんだ!」

 

「そうか……」

 

 なにかイタチは深く考えているようだった。

 私には、改善点とかそういうものなく、文句なしのパフォーマンスだと思えたんだけど。

 

「ねぇ、イタチ。これから、どうする? せっかくだから、甘い物でも食べに行こう!」

 

「ああ、それがいい」

 

 イタチは甘い物が好きだ。私も甘い物は好きな方だ。そういうわけで、こうなるのは当然の流れだった。

 

「それにしても、ここは変わらないな……」

 

 そう言って、イタチは膝をついて、なにかを見つめる。そこには棒のようなものが地面に突き刺してあった。

 心がざわめき立つ。

 

「ねぇ、早く行こ。イタチ」

 

「あ、あぁ」

 

 そうやって、無理やりに、逃げるように、この場所から立ち去った。

 

 

 ***

 

 

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 私はさまよう。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 

「ふぁ〜、眠い」

 

「お前から呼んでおいて、それはないのではないか?」

 

「だって眠いし」

 

 真夜中。

 みんなみんな眠っている時間だもん。

 

「して、何の用だ……?」

 

「ん……。ちょっと、お仕事ほしいかなぁ、って思って」

 

 ゴシゴシと、私は目をこすって言う。

 

「何が目的だ?」

 

「自己犠牲……かな」

 

 そう言って私はウインクをした。

 

 考える。男はよく考える。

 そんなにすぐに、私を信用できないかぁ。

 

「ふん、ではお前に任務を与える」

 

「え……っ?」

 

「……なにか不満か?」

 

「あっさり過ぎるから……」

 

 つい戸惑った。

 不思議だ。不思議だ。どういう風の吹き回しだろう。

 

「ふん、では任務を与える。二度と言わんぞ?」

 

「はぁい」

 

 どんなお仕事かな。私にちゃんとできるかな。

 

「うちはイタチの監視だ」

 

「いつまで?」

 

「お前かイタチ、そのどちらかの命が尽きるまでだ」

 

 食えない。とっても食えないやつだった。

 

「わかったわ」

 

 まあいいや。今は従っておいてやろう。別段、不利益はないし。

 

 ああ、眠い。目が閉じそうだ。



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観察

「イタチ! お弁当、持ってきたよ!!」

 

 私、大満足な出来のお弁当を崩さないように、慎重に運んできた。

 なのに、なぜか、私の周りの空気は硬直している。

 

「猫、逃げちゃったとよ……」

 

 三つ編みの子はそう言った。イタチと、その他三名の(ひん)(しゅく)を私は買うことになる。

 

 どうやら、Dランク任務の最中だったらしい。

 空気を読まずに、イタチに弁当を届けにきた私のせいで、捕まえる直前にまで追い詰めていた猫を取り逃がしたんだとか。

 

「ミズナ……。さっきの猫だ。まだ追えるか?」

 

「うん、大丈夫。ちゃんと捕捉したから」

 

 イタチはそれを聞いて安堵する。

 私の協力がなかろうと、また追い詰めることくらい簡単に成してしまうだろうに。

 

「……イタチ! 誰だよこいつ!!」

 

「ミズナだ。オレの妹だ」

 

 妹。ふふ、妹。いい響きだ。

 

「ミズナ……? ミズナ……」

 

 イタチの班員であろう男の子は、何かに引っかかったかのように、私の名前を繰り返して言葉を止めた。

 

 そんな彼に取って代わって、今度は三つ編みの女の子が私に食いついてくる。

 

「イタチくんと同じく忍者学校(アカデミー)を一年で卒業した天才とよ? うちはの双璧とも言われとったんやけん」

 

 なにそれ。知らなかった。

 というか、双璧って……。イタチに失礼じゃないか。

 

「別に……。私は……イタチに勝てることなんて一つもなかったし……」

 

「…………」

 

 なにかイタチに疑わしげな視線で見つめられている気がする。いや、絶対にそうだ。

 

「どうしたの? イタチ?」

 

「いや、そんなことを思っていたのかと、考えていただけだ」

 

「そう」

 

 とにかく、猫だ。今は猫だ。

 私のせいで取り逃がしてしまったわけだし、私が始末をつけなければいけない。

 

「ちょっと待てよ! だったらなんでこんな時間にこんなところにいるんだよ! こいつだって任務があるだろう?」

 

「え……。ご、ごめんなさい……。ごめんなさい……。ひっ……ごめんなさい……」

 

 あまりの剣幕に、私は怯えて謝ることしかできなかった。

 怖い……。なにか嫌な記憶が蘇りそうで身体が硬直する。呼吸が乱れて、肩が震えて、苦しくてうずくまる。

 

「ミズナ……! 大丈夫か?」

 

 温もりを感じる。

 すぐに駆け寄って来てくれたのだ。一人じゃない。家族がいる。そう思えるだけで、だいぶ楽になる。

 

「テンマ!! アンタ、女の子に対するマナーがなっとらんじゃなかと?」

 

「なんだよ……。オレのせいかよ!」

 

「わ、私が悪いから……。私が……」

 

「アンタは黙っとりぃけん!!」

 

「……は、はい……」

 

 原因は私だというのに、話から爪弾きにされてしまった。ちょっとだけしょぼくれる。

 

 こんなときに、頼りにするべき大人はというと、ただあたふたと事の成り行きを何もできずに見ているだけだった。

 

「イタチ……。この班だいじょうぶ?」

 

「……なんとかやっていけている」

 

 だったら良かった。

 イタチがそう言うのなら、きっと問題はないのだろう。私はイタチを信頼している。

 

 いまだに口喧嘩を止めない二人の仲裁を諦めたのか、この班の担当上忍らしき人が、こっちへと寄って来た。

 

「二人は……双子なのかい?」

 

 私とイタチの間には、緊張が走った。

 よりにもよって、そこを突かれるとは思わなかった。

 

 けれど、隠す必要もないし、真実のままに私は答える。

 

「いいえ。義理の兄妹で……私が厄介にならせてもらっているんです」

 

 感謝の念は消えることはない。そのおかげで、私は生きていられるのだから。

 

「そうか……それは悪いことを訊いたね……」

 

 申し訳なさそうな声色を出して、私にそう謝ってくる。

 彼がこのことを知っていたのか、知らなかったのか、私にはわからないことだった。

 

「おい、イタチ! 義理ってどういうことなんだよ!」

 

 喧嘩しつつも私たちの話を聞いていたのか、テンマと呼ばれた少年は、イタチに突っかかってくる。

 

「血のつながりがない、ということだ」

 

「そんなことは分かってる!! つまりは、他人ってことだろ?」

 

「他人じゃないよ! 家族だよ!」

 

 頑張って私はそう主張する。

 これだけは絶対に譲れないことだった。調子を狂わしたように、テンマと呼ばれた少年は頭を掻いた。

 

「ともかく、おない年の女の子と同じ家で……! お前はなにも思わないのかよ!!」

 

 いったい何を言っているのだろう。

 私とイタチは顔を合わせて、一緒に首をかしげる。

 

「なんとも思わないわけはないが……」

 

「私はイタチのこと、好きだよ?」

 

 もちろん、ミコトさんや、サスケのことだって好きだ。そしてフガクさんについては、筆舌に尽くしがたい思いがある。あの人、不器用なんだよ。

 

「ミズナ……」

 

 なにか呆れが混じったニュアンスだった。

 初めて言ったわけじゃないし、また言ってるのか程度なのだろう。

 それでも私の心に揺らぎはない。

 

「おい、イタチ!!」

 

 なぜか熱量を上げたテンマ少年は、さらに勢いよくイタチに噛み付いていく。

 

 怖い……。

 

 私はこっそり、イタチの後ろに隠れる。

 

「アンタ、いい加減にせんか!! 任務が終わらんとよ!」

 

 もはや怒りは沸点を超えているだろう女の子に、ビッシリとテンマ少年は言い切られる。

 優先順位は分かっているのか、不承不承と引き下がった。

 

「ミズナ、場所は……」

 

 さすがイタチと言うべきか、切り替えがなかなかに早い。いや、そもそもイタチは最初から任務を終えたくて仕方なかったのかもしれない。真面目だし。

 

「えっと……あの角を曲がって……いいや、付いてきて!」

 

 説明をしようとするが、上手く言い表すことができなかった。だから諦め、イタチの手を引っ張って連れて行くことにする。

 

 駆け足で先に行くから、三人が遅れて付いてくる。

 あの二人は大声で文句を言うが気にしない。

 

 その後、ちゃんと猫を捕まえて任務完了。さらにイタチにお弁当を食べてもらうことができた。

 

 

 ***

 

 

 南賀ノ神社、本殿。

 そこで、うちは一族の集会が行われている。

 

 日に日に高まる、うちは一族の不満。それを適度に吐き出させるため。ただそれよりも、一族の結束をより固めるため、という側面が強かった。

 

 参加資格は、うちは一族であり下忍以上。ただ、それに達している者は、ほぼ強制に近い形で呼び出されている。

 

 そんな場所での出来事に、少し少女は興味があった。

 

 悪い少女はどうしようもなくイタズラがしたくなる。

 愉快犯的に、ただ他人に迷惑をかけたいだけに、ささやかな復讐のために、少女は神社の中に入った。

 

「わあ、誰もいない……」

 

 当たり前だ。

 今は夜更け。誰もが皆、寝静まっている。

 そして、新月。夜を照らすのは瞬く星々の、弱々しい明かりのみだった。

 

 闇の中、本来ならば手探りで進んでいくべきはずのところを、少女は快活に、鼻歌を交えてリズムに乗って、歩いていく。

 

「あれ?」

 

 振り返る。

 なにかに気が付いたのか、少女は足を止め、背後のある一点を見つめていた。

 

「グルグルグル……。グルグルグル……」

 

 気のせいだと判断したのか、取り留めもなくそう口ずさんで改めて奥を目指す。

 

「貴様……何者だ?」

 

 今度こそ、本当になにかが呼び止めていた。

 しかし彼女は無視を決め込む。どんどん先へと進んでいく。

 

「……気のせいだったか」

 

 そう納得する声を背に、少女は目的の場所へと辿り着いた。

 

 イタズラ道具を取り出すが、その手の動きに迷いがあった。どこがいいか、真剣に悩む必要がある。

 

「えっと、なるべくみんなを見られて、見られないところ……だっけ?」

 

 そんな場所を少女は探さなければいけなかった。

 闇の中を探る。

 容易には見つかりそうにもなかった。

 

「もういいや」

 

 なおざりにそう呟き、少女は条件の一つを切り捨てる。

 チャクラを操り壁を登り、誰からも見られてもいいとばかりに堂々と、天井と壁の境の(へん)、その中央に設置する。

 

「りゃあっ」

 

 そんな気の抜けた声と共に着地した。

 満足げにそのイタズラ道具を少女は見つめる。後は帰るだけだった。

 

 

 ***

 

 

「ふん、要らぬ世話を……」

 

 眠い。眠い。どうして、長々起きてなきゃいけないのか。不満が募る。どんどん募る。

 

「眠い……」

 

「またそれか? ならば、ワシがこうして応じる必要もないのだぞ」

 

 脅された。私の自由が脅かされた。

 昨日の夜からずっと起きてるから、眠くなきゃおかしいんだよ。異常なんだよ。

 

 でも、言われたことは文句の言いようがない正論。従うしかない。屈するしかない。

 

「でも、いいでしょう? だからこうして見れるもの」

 

 モニターにはしっかりと生中継が映っていた。

 それに目を奪われて、うっとりとしてしまう。徹夜した甲斐が感じられる瞬間だった。

 

「それでどうした。ワシの与えた任務は放棄か?」

 

「別にいいじゃない。ここにこうして映っているわけだし」

 

 そう言って、モニターに映る画面を指し示す。

 それでも、露骨に眉を顰められてしまった。

 

「これで監視のつもりか……?」

 

「別にいいじゃない。最近……羽虫がうるさいし」

 

「…………」

 

 沈黙が流れた。この話題については、もう言及するつもりはないのだろう。

 明言を避けたのか、なんと言おうと意味がないと悟ったのか。しかしどちらにせよ、私には関係はなかった。やることは変わらない。

 

 モニターをポシェットに閉まって、私は去って行こうとする。

 

「……待て、お前の要求はなんだ?」

 

「あれ、余計って、言ってたような……」

 

「ふん、条件次第だ。必ずしも要るわけではない。だが、乗る価値はある」

 

 食えない。とっても食えない。

 あくまでも私が不利。私が譲歩を重ねる立場であるという前提が通された。

 くっ、足下見られる。なら、最初っからでかいのドーンって投下してやる。

 

「私を火影にして」

 

「……冗談はよせ」

 

「じゃあ貸し一つ」

 

「借りは作らぬ」

 

 やっぱり無理か。素直にここから妥協点を探っていこう。求めていこう。

 

「殺虫剤を頂戴」

 

「それはお前の問題ではないだろう?」

 

「だったら、そうねぇ……。約束をしてほしいわぁ」

 

「なんのだ?」

 

 もう一度だけ取り出して、モニターの画面を見る。下忍にしては若すぎる彼、目があった気がした。

 

 〝夢〟のためなら、私はなんだってするつもりだ。

 

「写輪眼が手に入ったら、私にいくつかわけてくれないかな?」

 

 モニターを置いて、今度こそ私はいなくなる。呼び止められることなく去れた。

 交渉は成立かな。




 方言が難しいです。


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不調

 今は昼だ。真昼間だ。だというのに、私は布団をかぶって寝ているのだ。

 

「……お水いる?」

 

「うん、ありがと」

 

 可愛いサスケはオロオロしながら、そんな私の顔を覗き込んでいる。そんなサスケからコップを受け取った。

 いい子に育ってくれていて、少し泣けてくる。

 

 水を一気に喉の奥まで流し込んだ。なかなかに生き返る思いだ。こういう時って、やっぱり水分は大事だよね。

 

「だいじょーぶ?」

 

「大丈夫だよ、サスケ。ちょっと、身体がだるくて、おもくて、つかれて、動かないだけだから。休めばすぐに治るだろうし、心配いらないよ」

 

 そう言って、頭を撫でてあげる。

 それだけで私の心は癒されていく。まだ起き上がれそうにはないが、だいぶん回復したようには思えてしまえた。

 

「じゃあ、明日はまた遊べる?」

 

「うん、あそべる遊べる。もう、お姉ちゃん、元気になれるから」

 

「じゃあ、約束」

 

「わかった。約束する」

 

「やった。へへ」

 

 空のコップを手にとって、リズム良く、嬉しそうにサスケは部屋から出て行った。

 こんな約束をしてしまったからには、本当に明日には良くなっていないといけない。

 

 今の私なら不治の大病だろうが跳ね除けられる、そんな気分だった。

 病は気からって言うし、こういうのも、きっと大事な心持ちだろう。

 

 どうしてこんなことになったかはわからない。

 数時間前――あれは、ミコトさんの手伝いで、洗濯物を干しに行ったそのときだった。

 

 いつものように鼻唄を歌いながら作業をしていた私だ。別に何も異常はなかった、そのはずだった。それまでは体調も良好だった。

 

 だというのに、急にフニャフニャって、力が抜けたんだ。ワケのわからないまま、私は地面に倒れこんで動けなくなった。

 

 第一発見者はサスケだ。

 私を見つけて、〝どうしたの?〟って、まず尋ねてきた。

 頑張って、声にならない声で返事をした私。タダならぬ様子を察したサスケは、迷わずにミコトさんに応援を要請してくれた。的確な対処だった。

 

 そうして、家の中にまで運ばれたのだけれど、肝心の原因が分からなかった。

 いや、下された一応の診断はある。軽いチャクラ切れらしい。

 

 確かに考えてみれば、手裏剣影分身の術とか、そういう生活に便利な術は使っている。だからって、そんな辛くなるほどにまでチャクラを酷使した覚えはなかった。

 

 

 別に、火遁を使って洗濯物を早く乾かそうとしたワケじゃないし。してたワケじゃない。

 

 

 とにかく、原因不明の体調不良で、私はこうして寝たきりになっていた。

 こんなに辛いのはいつ振りだろう。

 

 そういえば、イタチが私をお持ち帰りしたとき。あのときは、気絶しちゃったっけ。チャクラ切れって、大変なんだよね。

 

 いま思えば、あのときイタチが病院に私を連れて行ったりしたのなら、いま私はいないかもしれない。

 そう考えたら、イタチのその行動には感謝をしなければならなかった。お持ち帰りされてよかった。

 

 そうやって、人生を少し振り返っていると、戸がまた開く。またサスケかな、と思ったが、今度は違うようだった。

 

「具合どう?」

 

「だいぶ良好です」

 

 やっぱり、どうしてか敬語になってしまう。

 ミコトさんは私のお母さんだ。それは間違いない。でも反射的にこうなる。意識しないと、イタチと話すようにできないのは、私の中の不思議の一つだ。

 

「ねぇ、無理してない?」

 

「ううん。イタチと比べたら、私なんか全然がんばってないよ」

 

 実際にそうだ。イタチは日々、Dランク任務に勤しみ、終わったらシスイと修行をする。

 それに比べて、私は働きもせず家事をこなすだけの毎日だった。せめて、その家事だけでも一人前に行えたらいいのに。

 

「いいえ、そんなことない――!」

 

 ピシャリと、ミコトさんは私の思考を遮った。

 よく透る真剣な声で、自身を卑下していた私はさらに萎縮してしまう。

 

「――あなたは……ミズナ、あなたはよく頑張ってる」

 

 名前が呼ばれた。それだけで私の心は惹きつけられる。染み渡ってくる。

 こんなことを言われてしまえば、素直に受け取ることはできず、反論したくなるのが私だ。

 

「……でも」

 

「いいえ。わかる? あなたが来て、部屋の隅々までとっても綺麗になったのよ」

 

 目立たないところまで、とことん掃除をしないと私の気は済まなかった。

 別に潔癖症というわけではない。

 もとから綺麗だったから。そこまでしないと意味がないと思ったから。

 

 もちろん、影分身のおかげで作業効率だっていいし、他に支障が出るほど時間をかけてはいない。妥協だってしている。

 

「そんなこと、ないから……」

 

「ふふ。それだけじゃないわ。ご飯を作る時間だって半分以下になったし、サスケの面倒だってちゃんとみてくれてる。たまに、私がいなくてもいいんじゃないかって、思う時もあるもの」

 

 冗談めかしてそう言われる。気を遣ってしまわれていると、少し気持ちが暗くなる。

 

 料理をしたってミコトさんと同じ味にはならないし、サスケはそもそも良い子だ。

 大して私は頑張っていない。自分自身をそう思っていた。

 

 ミコトさんだったら、きっともっと上手くやるんだと、そう思う時が何度もあった。

 

「それは……」

 

「それが悪い事とは言わない。私も見習わなきゃって、感じるし……でも、そんなに焦る必要はないでしょう?」

 

 ――見透かされていた。

 

 この家に来て、眼のない私が、こんな家に来て。私の想像した以上に幸せだった。

 

 代償のない幸せは脆い。私には働いていないという負い目があった。

 眼のない限り忍は無理だし、他の仕事についても大きく制限される。そんな私のやってもいいこと、それが家事だった。

 

 なにもしていなければ、幸福に押し潰される。こんな私が幸せであっていいのだろうかと、見放されてしまわないだろうかと、そんな不安に駆られていく。

 

 だから、私にできる限りの全てを、こうやってやり遂げようとしてきた。心の奥底にある最大の懸念を振り払おうと、焦っていた。

 

 私の髪の毛を梳かす手があった。慈しむように優しく、壊れ物を扱うように丁寧に、私の頭は撫でられていた。

 

「全く、あなたもイタチも……こういうところがそっくりなんだから……。本当に兄妹ね」

 

 首を傾げる。

 こういうところ、それが何を指しているのか分からなかった。私とイタチに似ているところなんてあるのだろうか。

 

 ただ、困ったように漏らされた、最後の台詞。それを聞いただけで、私は満たされていった。もう叶わない〝夢〟。それに手が届いているようで嬉しかった。このために私は生きているんだと思えた。

 

「もう、休みなさい。たまにはお母さんに甘えてもいいのよ?」

 

 その言葉には抗えない力があった。

 温もりを感じる。寄り添ってくれている。私は心の底から穏やかに眠ることができる。

 

 

 ***

 

 

 帰路。

 うちはイタチにとっては少し気まずいものだった。

 

 つい先ほどまで行われていた一族の集会。そこでのイタチの発言は、一族の人間の神経を逆なでするものが大半を占める。

 見過ごされるわけはなく、何度かイタチは促されて謝罪を行っていた。

 その後ではどうしてもこうなる。

 

 隣を歩く父はどう思っているだろう?

 きっと、良くは思っていないはず。それでもイタチには、一族の代表として、父がどう自分を見ているのかが完全には理解できない。

 

「最近、任務はどうだ?」

 

「問題はない」

 

「そうか」

 

 言葉なく歩く中、唐突に振られた会話。元来、無口である二人の間では、大抵こうなる。

 必要以上に語らない。最低限のやりとりのみで会話が成る。

 

「簡単な任務ばかりと聞くが?」

 

「ええ、下忍ですから、当然でしょう」

 

「そうだな」

 

 どうしようもなく、距離が開いてしまう。父親ではあるものの、イタチにとっては気を抜ける相手ではなかった。

 

「中忍試験は残念だったな」

 

「……また次があります」

 

「ああ、次こそはか」

 

 落ちたというわけではない。そもそもの、それ以前の問題だった。

 うちはイタチは中忍試験に参加することができないでいる。

 

 中忍試験に臨むには、担当上忍の許可が必要不可欠だった。

 通常は三人一組(スリーマンセル)での参加である。最初は気心の知れた班員と挑むのが普通だ。

 

 つまるところ、イタチの担当上忍である水無月ユウキという男は、この第二班のイタチ以外――出雲テンマと稲荷シンコが未熟であると、頑なに参加を拒んだ。そのため、今回の中忍試験は見送ることとなってしまった。

 

「大名の警護任務はいつだったか……?」

 

「三日後です」

 

「……上手くやるんだぞ」

 

「いえ、まだ決まったわけではありません」

 

 年に一度、成績の最も良い下忍の班が受けられる名誉な任務だ。正式に受ける班が決まるのは二日後の前日。

 もちろん、守護忍十二士や、暗部のものたちも同時に護衛につく。形式上、といったところだった。

 

 イタチの成績は目覚しい。いくどとなく班を救い、下忍とは思えないほどの力を発揮してきていた。

 日々鍛錬を(おこた)らずに、全ての能力が高水準に位置している。そんなイタチに引っ張られ、第二班はどの班よりも優秀な成績を修めていた。

 

「謙遜することはない。さすがオレの子だ」

 

 いつものように、そうやって褒められる。

 そんな素っ気ない会話をしている内に、家へと辿り着いた。

 もともと、この里の端に追いやられた口実の一つだ。家と南賀ノ神社とは、それほど遠くない距離になる。

 

「ただいま」

 

 そうやって、帰りを知らせて家に入る。後ろから、遅れて父も。

 そうすれば、いつものように、家の奥から母が顔を出した。

 

「お帰りなさい」

 

 母の服の裾を摘んで、一緒にサスケが出迎える。

 その光景に違和感を覚えた。

 

「サスケ、姉さんは……どうした?」

 

 いつもなら、〝おかえりー〟と軽い口調で、サスケと一緒に現れるはずだった。彼女がここに来て、一度たりとも欠かしたことのない習慣である。

 

 あの不幸な少女に、なにかが起こったのかもしれない。そう思えば、気が気でなかった。

 

「兄ぃ、来て」

 

 そう、サスケがイタチの袖を引っ張った。おそらくは、彼女のもとへと連れて行ってくれるのだろう。

 なされるがままに着いて行く。

 

 そうして入った彼女の部屋。布団に入ってグッタリしている彼女がいた。

 

「お帰り、イタチ……」

 

 いつもと違い元気がない。起き上がることもせずにそのまま、迎えの挨拶をする。

 こんな様子の彼女を見ることは初めてで、少し新鮮だった。

 

「ただいま、ミズナ……。どうした……風邪か?」

 

「よくわからないけど、チャクラ使い過ぎたときと同じ感じなんだよね。前よりもなんか少し酷いけど」

 

「チャクラ……? なんの術を使ったんだ」

 

 例の手裏剣影分身のように、彼女が知らぬ間に術を覚えている。忍としてのセンスは抜群だった。

 けれど、彼女は忍になる気はない。あんな事件さえなければ、と普通ならば悔やまれる。しかしイタチにとって、それが好都合なことだった。

 

 忍の数だけ戦は生まれる。優秀な忍が減れば、それだけ争いが世界からなくなる。

 そしてなにより、彼女にはもう辛い思いをしてほしくはなかった。

 

「火遁を少々……」

 

「火遁……?」

 

「……でも、そんなに使ったつもりはなかったんだけどなぁ」

 

 なにがあって、火遁を使おうとしたのかはわからない。ただ火遁は、うちは一族が長けた忍術の一つで、彼女が使えることについては何もおかしくない。

 

 しかし気味の悪さを感じる。忍になることを拒んでいる彼女が、こうして忍術の腕を磨いているのだ。

 どうしても、あの、卒業の日の夜のことが頭を過ぎった。

 

 深く追及したかった。けれど、今はサスケがいる。

 忍術に興味があるのか、火遁という言葉に反応して、姉に教えてとせがんでいた。

 

 こんなまま訊けば、きっと前のようにとぼけられてしまうのがオチだろう。

 少なくとも、サスケがいる今、出す話題ではないことは確かだ。

 

「えー、火遁なら、兄さんの方が得意でしょ?」

 

 そう、彼女に話を振られた。サスケは期待で目を輝かせて、こちらを向く。

 

「じゃあ、兄ぃ、教えてよ!」

 

 そんなサスケに手招きをする。

 パッと表情を明るくした。トテトテと、こちらへ駆け寄って来てくれる。

 

「いて……っ」

 

 指を二本、額の位置に用意していた。

 一心不乱にこちらへ走ったサスケの目には入らない。自身の進んだ力によって、勢いよく跳ね返った。

 

「うぅ……」

 

「許せ、サスケ……また今度だ。もうすぐご飯だろう?」

 

「イタチ……酷い」

 

 無邪気なサスケを見ていたら、ついやってみたくなった。そんな泣きそうな弟をかばってだろう、彼女には非難されてしまう。けれども後悔はない。

 

「ミズナ、お前はどうする?」

 

「どうするって……ああ、ご飯ね。もうちょっと寝てたいかな」

 

 言葉が少なくとも意を汲み、求めた返答をくれる。彼女との会話はイタチにとって楽なものだった。

 それだけに、彼女がどんなことについて言いたくないのか、わからないフリをするのか、手に取るようにわかってしまう。

 

「わかった。母さんには?」

 

「それなら、もう伝えてあるから」

 

「そうか」

 

 訊くまでもなかったようだ。

 恨めしそうにこちらを見つめるサスケを連れて、食卓まで向かう。用意をする母の手伝いをし、夕食になった。

 

 彼女の様子も心配をするほどのものではない。ひとまずは安心して、イタチは次の任務に備えるのだった。



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相違

 出雲テンマが死んだ。

 その事実は、イタチの背中に重くのしかかっていた。

 

 大名の警護任務。とつじょ現われた仮面の男により、上忍や守護忍十二士、加えて暗部までもが幻術に嵌められる。

 

 大名のそばにいて、幻術を返すことに成功したのは、イタチとテンマ、その二人だけだった。

 

 そしてテンマは、実力差を鑑みず無闇に突貫。結果、あっさりと、目の前で、男の腕に貫かれて死んだのであった。

 

 木ノ葉の忍として、威信にかけても、大名に仇なす者を見逃すわけにはいかない。

 例えどんなに力の差があろうとも、例え自身が死んでしまおうとも。

 

 イタチもまた、震える身体を抑えつけ、仮面の男に向かって行った。

 

 幻術かなにかはわからない。拳が男をすり抜ける。次の瞬間には、男の腕が、掌が、眼前で止まっていた。

 

 〝はたけカカシ〟と、そう呟いて、男は眼を中心に渦巻く空間の中に消えていった。

 その後に、幻術を解いた暗部の者たちが現れ、諸々の処理をして、大名は火の国に帰ることになった。

 

 あの状況で、テンマを助けられるのは自分だけだった。けれどできなかった。 

 たった数時間前の出来事だ。それなのに、もう遠い日の出来事ように感じられてしまう。

 

 こうしてイタチが無力さを感じるのは二度目のことだった。

 昔となんら変わっていない。なにも救うことなどできていない。まるで進歩をしていない。

 

 イタチは今、布団の中でうずくまり、変わらない己へ絶望を感じていた。

 もっと自身が強ければ。思えることはそれだけだ。

 

「イタチ! ご飯、食べないの?」

 

 勢いよく戸が開かれた。必要以上の力で戸は跳ね返り、大きく空気を振動させる。

 

「……いらない」

 

 まだ日が暮れて、それほど時間は経っていない。サスケでさえ起きているほどだ。それなのに、こうして布団の中にいる自分を心配するのは当然だろう。

 

「聞いたよ。あいつ、死んだんだってね……」

 

 彼女も何度か顔を合わせたことがある。決して仲が良いとはいえなかった。けれど彼女の表情も少し切なげなものに見える。

 

「……あぁ」

 

 長く会話をするつもりにはなれなかった。こうして短く返答をする。できるのはそれだけだった。

 

「イタチは、どう思ってるの?」

 

 無神経に、そう尋ねてくる。テンマの死についてを。

 なにを思っているか。そんなこと、決まっていた。

 

「オレは……なにもできなかった」

 

 後悔、そして虚無感が胸の中を占めていた。イタチは震える。恐ろしいのではない。弱い自身に怒りを感じて震えている。

 

 優しい温もりが、柔らかく身体を包んで来た。

 

「そうじゃないよ。イタチは、尊い犠牲になんの価値を感じているか……訊いてるんだよ」

 

「犠牲? 価値?」

 

 理解できなかった。彼女の言葉ではない。彼女がなにを考えているのか。

 もう長い間いっしょにいる。それなのに、また、この感覚だ。

 

 彼女は顔を近づけ、妖艶に笑う。

 

「だって、あいつが死んでくれなきゃ、イタチが代わりに死んでたかもしれないし……」

 

 彼女の言う通りかもしれない。あと数秒、それだけの時間があれば、うちはイタチは殺されていた。

 テンマの稼いだ数秒で、イタチは死なずにすんだのだ。

 

 だが……。

 

「お前、見ていたのか?」

 

「見てはいないわ。見ては……」

 

 見透かしたように語る彼女におかしさを感じる。けれども、目の見えない彼女にそう尋ねるのは殊更おかしな話であった。

 けれども、意を汲んで、言外に彼女は肯定をした。

 

「家にいなかったのか?」

 

「いえ、居たわ。本体が」

 

「……影分身か」

 

 彼女は『影分身の術』を得意としていた。応用である『手裏剣影分身の術』も覚えている。もしかしたら、適性が高いのかもしれない。

 

「ごめんなさい……。私にはなにもできなかった」

 

「いや……、いい」

 

 彼女がいたからといって、どうこうできるような相手ではなかった。なにもしない方が賢明な判断だろう。

 

 それにしても、今日の任務は特別に大事なものだった。それゆえに、付いてくるなど、普通なら思いもしない。

 そもそも、暗部が周りに怪しい者がいないのか、警戒しているはずではなかっただろうか。

 

「…………」

 

 訝しみの目線を送ると、彼女は耳もとに口を近づけ、甘い声で囁く。

 

「言ったでしょう? 私は気配を隠すのが得意なんだぁ」

 

 いつかと同じ台詞だった。

 このことが正しいのか、それはわからない。ただ、暗部の精鋭に気付かれずに、一部始終を知ることができる。並大抵のことではない。彼女にはそれが行えたのだろう。

 

「ふふ、だから……私は感謝してる。イタチを助けてくれたんだから、彼は英雄よ」

 

 恍惚として、彼女はそう自論を語る。彼女は彼の死に意義を見出している。自責の念に苛まれているイタチにはできないことだった。

 惑わすように彼女は続ける。

 

「そしてイタチ、あなたは死んではいけないの」

 

「どういう意味だ?」

 

 計りかねる。どうしてそう繋がるのかがわからなかった。

 

 テンマの死に絶望すれど、自殺を選ぶイタチではない。彼女にはそう見えているのか。いや、諌めるような調子ではない。意見を他人に押し付けるような調子だった。

 

「あなたは国の長よ。一軍を率いて敵地に攻め込み、囲まれた。全滅は必至。ただし、あなたが囮になれば誰一人、死ぬことはなくみんなが助かる。けど、あなたが助かるには、みんなを犠牲にする必要があるわぁ」

 

 支離滅裂だ。

 もはや会話になっていない。ただ、そんな脈絡のない問いかけにも、イタチの頭は回ってしまう。

 

「ねぇ――どうする?」

 

「一軍を犠牲にし、長が助かるべきだ」

 

「そうよ。そうするべきね……っ」

 

 望んだ解答と一致したのか、彼女は上機嫌に満面の笑顔を浮かべる。彼女の手には力が入り、より強く密着する。

 

「あなたは犠牲の上に立たなければいけない。あなたが犠牲になれば、あなたの足もとにあるものは、踏みしめてきたものは、全てムダになってしまうわ。だから、あなたは、その全ての人が英雄になるような、そんな生き方をしなくてはいけないの」

 

 横暴な理論だった。誰もがそうあれるわけがない。だが、その声には力があった。強さがあった。否定することはできなかった。

 

 身体に、頭に染み渡るような声で、確信を持ったように彼女は言う。

 

 

「――あなたには、できるから」

 

 

 誰よりも自信に満ち溢れていた。その言葉には思わず心が震えてしまう。

 

 このままではいけない。このまま呑まれてはならない。どうにかまともに回らない頭を動かし反論をする。

 

「だが、テンマは……進んで死んではない」

 

「同じことよ。彼の死であなたは助かった。その事実に意思は関係ないわ。あなたの成したことが大きければ大きいほど、彼がより報われることに変わりはない」

 

 手首を掴まれ、それを彼女は自身の頰へと持っていく。

 成されるがままに頰を撫でると、心地良さそうに声を漏らす。そして、そのまま、首筋で手は止められた。

 

 脈動が伝わってくる。身近にある命を実感することができる。

 

「私は信じてる。あなたは、あなたなら、〝夢〟を実現させることができるって」

 

 争いを止めるためには力がいる。だから、全ての争いを流し去れるほどの強い忍になりたい。それがイタチの〝夢〟だった。あまりにも大き過ぎる〝夢〟だった。

 

 忘れてはいない。諦めてもいない。歩みを止めていない。ただひたすら走り続けている。

 

「そのためなら、私は――」

 

 疲れからか、急激な眠気が襲ってきた。その後の言葉は、イタチには届かない。

 

 

 ***

 

 

 私はイタチにお弁当を届けに行くことをやめた。

 早起きしてお弁当を作りきることができるようになったということだ。

 だけど、一番の理由は、お弁当を届ける口実でイタチのところに遊びに行ってたんだけど、もうそういうのはよくないと思ったから。

 

 ……どうしてそう思ったんだっけ。

 

 それとイタチの班は壊滅した。あの男の子が殉職。女の子は忍稼業から手を引いた。先生は、川で変死体として発見された。外傷もなかったらしいから、自殺だろうと言われていた。

 とにかく新たに構成された班で、イタチは頑張っている。

 

 ともかく、いろいろ変化はあった。

 ただ私に重要な、一番の変化はサスケだ。

 

「姉さん! 手裏剣術、教えてよ!」

 

 そう、私のことをいつのまにか姉さんと呼ぶようになったのだ。もちろん、イタチのことは兄さんと呼ぶ。

 

 あの舌足らずの可愛い呼び方でも、まだ良かったのに。少し寂しさを感じる。

 でも、サスケが成長したってことでもある。ここはお姉ちゃんとして、その成長を喜ぼう。えっへん。

 

「えっ、でも、クナイとか、危ないよ? 私はサスケがケガしたら嫌だなぁ」

 

「大丈夫だって。もうすぐ四歳だよ?」

 

「四歳って、そういう年頃かなぁ……」

 

 確かにイタチも四歳でクナイを持っていた。子どもの持っていいものじゃないと思う。

 

 私が難色を示そうとも、サスケは決して諦めない。洗い物をする私をジッと見つめていた。

 

 余談だが、私は身長が今それなりに伸びている。成長期ってやつかもしれない。おかげで、踏み台がなくても流し場に手が届くようになった。

 

「ねぇ、サスケ。そんなに焦る必要はないんじゃない? 私だって、初めてクナイ持ったのなんか、忍者学校(アカデミー)に入ってからだし」

 

「でも、それじゃあ、兄さんには……」

 

 どうやらサスケはイタチを意識してしまっているようだ。後を追いかける必要もないと思うんだけど。そういうわけにはいかないのかな。

 

 洗い物に区切りをつける。ちなみに、ミコトさんは買い物に行っていた。さすがに目の見えない私に買い物は任せられないらしい。

 

 本当のところは、私を外に出したくないんからだろう。ミコトさんは、周りの目で傷つかないようにしてくれているわけだ。

 

 とにかくサスケをどうにかしなければならない。しかたがないから、洗い物に一区切りつけて、相手をする。

 

「さすがに刃物は持たせられないけど……いいよ、じゃあ、私、秘伝の手裏剣術を見せてあげよう」

 

「秘伝……?」

 

 疑問の声。そして、ふざけ半分の大げさな物言いだったが、興味津々といったような、爛々と輝く期待のオーラが感じ取れた。

 悪くない。お姉ちゃん、頑張っちゃうから。

 

 そうしてサスケを引き連れて、家の中をガサゴソと探索する。忍者学校(アカデミー)時代に使っていた古い忍具を持ち出して、完全武装する。

 とっても久しぶりだった。

 

 外に出る。家の庭には、そんなに広くないけど、的の設置してあるところがあるんだ。

 クナイを一つ取り出して、サスケに見せる。

 

「サスケ、わかるかな? 物には重心があるの」

 

「重心?」

 

「そう、重さの中心。こういう風に、重心が上に来るように置くと……ほら」

 

 私の人差し指の上に、クナイが一本、安定した状態で乗る。

 

「……落ちない?」

 

 地面と水平にクナイが静止する。

 だが、もちろん、そこで終わりではない。サスケに見つめられたそのクナイは、私の指で支えたところを垂直に軸に、回転をしだす。

 

「え……っ?」

 

「ふふ、チャクラをクルクルって放出すればいいの。コツを掴めば、サスケだって簡単にできるようになるよ」

 

「うん」

 

 さすがにこの不思議な光景には、サスケも魅入っている。だって、何もないのに勝手に動き出したように見えるんだから、インパクトは大きいよね。地味だけど。

 

 それじゃあ、次いこう。

 

「振りかぶって、投げます」

 

 ピッと弾いてクナイを飛ばす。サスケの脇を通って、曲線を描き、的に向かう。それをサスケは目で必死に追いかけている。

 

 いよいよ的に到達。中心を捉え見事に当たったかのように見えたが―( )

 

「刺さらない?」

 

 ――掠めるだけ。

 クナイは勢いのまま、明後日の方向に向かっていく。

 

「ふふん」

 

 まあ、ワザとだけど。

 

 私のお道具箱から、いろいろな武器を取り出していく。クナイに、手裏剣術、あと森で拾ったカミソリとか。指の上でクルッと回してどんどん投げる。

 

 一つの武器が的に一筋ずつ線を入れる。そうしていれば、最初に投げたクナイが私のもとに戻ってきた。

 

「あ……っ」

 

 危ないと思ったからだろう。サスケは声を漏らした。

 でも大丈夫だ。飛んでくるクナイの回転、その中心に指を添わせて、また乗せる。

 

 手を使わない木登り、壁にチャクラで貼り付ける原理。それを使って、指の先で飛んでくるクナイを拾う。そうやってまた的に投げた。

 

 ジャグリングをするように、いくつもの武器を使って、執拗に的を切り刻む。

 手裏剣影分身の術も使い、武器を増やしながら、二周もすればもう飽きてくる。

 

 本体になる武器を選別し、お道具箱に放り込んでいく。分身を消すのには、ただ術を解くだけじゃ芸はないから、手裏剣術同士を衝突させて消滅させる。

 

「とお……っ」

 

 仕上げとして、最後の一個を放り投げた。

 的に向かって弧を描き、命中。ただ、ボロボロになった的はその衝撃に耐え切れず、バラバラになった。

 

 最後に投げたこの手裏剣、もちろんこれは分身で、後で片付けに行く必要もない。的に当たったその反動で消えてくれた。

 

「まあ、こんなところかな」

 

 これが私にできる精一杯だ。パフォーマンスとしては十分だと思う。実用性があるかは知らないけど。

 

「え……っ」

 

 サスケはなにか呆然としていた。

 正直なところ、真面目にクナイを投げたことはないから、手裏剣術の参考にはならないだろう。

 

「それじゃあ、この……爪切りでいいや。指先に乗せて回してみて」

 

 でも、このクルクルさせる練習は、チャクラコントロールを磨くことになる。ムダではない。

 

 私の手から爪切りを受け取り、指に乗せる。

 重心を掴むことは簡単だ。サスケの指先で爪切りは静止する。

 

「……あ」

 

 だがすぐに、滑り落ちてしまう。チャクラの力が均等に働かず、余計に動いて重心からズレるからだ。

 

「うーん。もうちょっと、力抜いたほうがいいかなぁ」

 

 頷いて、もう一度、挑戦をする。

 必死に指先に爪切りを乗せたままにしようとするサスケは、とても微笑ましかった。

 

 やっぱり忍になっちゃうのかな。私はどうすればいいんだろ。



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夢路

 今日は朝からミコトさんとフガクさんがいない。

 仕事で、どこかに泊まりに行った。

 

 考えてみれば、フガクさんは一族の代表という役割を果たしている。そしてミコトさんはその妻だ。

 その二人が同時にお呼ばれをするということは、なにか大切な社交界があるのかもしれない。

 

 というわけで、私がこの二日間、家の維持を担当することになったのだ。

 

 重要な任務だ。食料はなんとかある。とにかく、私が、サスケとイタチの二人に不便ない生活を送らせなければならないと意気込んでいた。

 そのはずだった。

 

「ねぇ、イタチ。なんで今日、休みなの?」

 

「当然だ。今日は父さんも母さんもいないからな」

 

「……そんなに私のことが信じられない?」

 

「……いや、お前ばかりに迷惑をかけられないと思ったからだ」

 

 ちょっと、泣きそうだった。

 そんな私に、サスケは〝これ、あげる〟と、うちは煎餅(せんべい)を渡して慰めてくれた。優しい子に育ってくれて、私は誇りに思うよ。

 

 そんなわけで、今日は私、イタチ、サスケの三人だけという、なかなか実現したことのない組み合わせになった。

 

 とにかくそうして、私は早々に昼飯の準備に取り掛かっているのだが、障子を越えて二人の声が耳に入る。

 

「ねぇ、兄さん。兄さんはどんな任務をしているの?」

 

「猫を捕まえたりだな……。後は、経歴を騙り忍になろうとした一般人を懲らしめたりしている」

 

「へぇ、でも、もっとスゴイ任務はないの?」

 

 今、まだ、イタチは下忍だ。ランクの低い任務しか受けられていない。中忍試験を受ければ、間違いなく中忍になれるのに、もったいないことをしていると思う。

 

「…………」

 

 沈黙。

 

「……ん?」

 

 サスケは疑問の声をあげる。

 

「……今はないな」

 

 そうイタチは言い切った。

 なにが頭をよぎったのか、私は知らない。けれど、追及をしていい類いのものではないことだけはわかった。

 

 イタチはそうして、席を立つ。逃げるように、私のもとへやってきた。

 もちろん、サスケはそんな兄さんの後を一生懸命になって追いかけている。

 

「ミズナ、なにか手伝うことはないか?」

 

「ん? まだまだ昼まで時間あるし、別にいいんだけど……。手が足りなきゃ影分身を使うし……」

 

 別に見栄でもなんでもない。私の冷たい対応に、イタチは〝そうか〟と一つ頷き、隣に立つ。隣に立った。

 

 ……え?

 

「わかった……。オレもなにか作ろう」

 

 調合していたスパイスを取り落としそうになった。そんなにイタチが料理をしたいだなんて思わなかった。

 

 気合いを入れて、イタチはエプロンを装備する。私の知らない形、買ったばかりと想像できる新しいさ、どこから持って来たのだろうか。

 私の使っていないスペースで、見事な包丁さばきで、綺麗に野菜を切り始める。

 

「そんな……なんで……」

 

 私はか細い声をあげることしかできない。だって動きが速いんだもん。それでいて、正確に工程をこなしていく。

 イタチが料理をしている姿なんて見たことがなかった。もしかして、初めてでこれなのだろうか。

 こいつ……天才か……。

 

 そんなイタチに唖然として、動きが止まってしまっていた。だが、服の裾が引かれて、私はようやく再起動をする。犯人はサスケだ。

 

「姉さん……オレもやりたい」

 

 きっと、料理をしたいのだろう。なんて姉思いの良い弟だ。……兄さんがやってるから、サスケもやりたくなったのかもしれないけどさ。

 

「それじゃあ、ちょっと待っててね」

 

 そう言って、サスケの頭を撫でる。撫でた。撫でてしまった。不覚だった。今は料理中だ。もう一度、手を洗い直す。

 

 そんなことをしているうちにも、イタチはなにかすごい料理の下ごしらえをしている。いったい、何品作るつもりなんだ。

 

 材料を取り出し、目分量で測る。ボールに取り分け、手でこねる。そうやって、準備をして、サスケのところにボールとトレーを持っていく。

 

「それじゃあ、サスケ。ハンバーグ、作ろうか」

 

「ハンバーグ?」

 

「そうそう。こうやるの」

 

 材料をこねて丸める。適当に楕円形にしたらトレーに放り込む。

 簡単な作業だ。これならまだ幼いサスケにだってできる。

 

 そうして見せたら、さっそくサスケは材料に手を出そうとする。

 なにか忘れているような―( )

 

「あ、手、洗ってないでしょ……?」

 

「あ……っ」

 

 危ないところだった。サスケはすぐに手を引っ込める。

 

 こういうことは、小さいうちからちゃんとしておかないといけない。流し場で、私のむかし使っていた台を使って、サスケに手を洗わせる。

 

 イタチは相変わらず頑張っていた。

 ……というか、蟹。あんなのウチにはなかった気がする。どこから持ってきたのだろう。

 

 そんな疑問はともかくとして、いま大切なのはサスケだ。いったん知らないフリをしよう。

 

 材料で形を作らせる。ごく簡単な作業だろう。けれどサスケは一生懸命、材料と格闘している。

 

「姉さん。これでいい?」

 

 そう尋ねるサスケの声は真剣そのものだった。

 私の最初にいい加減に作ったものと、おなじ形、おなじ大きさ、おなじ重さ。そこまでしなくてよかったのに、と思わなくもないけれど、その努力をきっと否定してはいけない。

 

「偉いよ、サスケ。よく頑張ったね」

 

 褒めて育てる方針なんだ。

 サスケは頰を赤くして、けれど誇らしげだった。嬉しいのだろう。当然だ。私だって褒められたら嬉しいもん。

 

「姉さん。あとも、こんなふうに?」

 

「うん、そうだね。なくなったら、また呼んで」

 

「わかったよ。姉さん」

 

 そうやってサスケは作業に集中する。その姿は職人さながらだった。

 これで、ようやく私も私の作業に移れる。そう思って厨房に。イタチは今、フライパンでチャーハンを作っていた。

 

 ――チ( )ャーハン?

 

「ちょっと待った。イタチ、ストップ」

 

 料理をする音がやんだ。イタチはこちらへ、少し不満げに声をかける。

 

「どうした、ミズナ?」

 

「それって、チャーハンだよね」

 

「……ああ」

 

 当然だろう、そういったニュアンスの入った返答だった。私はガックリとうなだれる。自身の至らなさを恨むばかりだ。

 

「もういいや、これでもくらえぇえ!!」

 

「なに……っ」

 

 調合をしたスパイスを容器ごと、イタチのチャーハンめがけて投擲する。私の悲しみを理解したのか、イタチは見事にその投げたすり鉢をキャッチ、中身は全てチャーハンに降りかかった。

 

「その……すまない」

 

「いや、別に構わないんだよ。構わないんだ。私は構わない。イタチがなにを作ろうと。それに私が楽になるだけだからね。ええ」

 

「怒っているか?」

 

 作ろうとしたものが被った。ただそれだけだ。それだけだけど、この気持ちは抑えられない。

 

「……まあ、少しは……ね」

 

「それなら、すまない」

 

 二度目の謝罪。見栄を張らずに感情を言葉に出したからか、私の溜飲も下がった。たったこれだけのことで、苛立ちを抱え続けるなんて馬鹿らしいだろうし、これでよかったはずだ。

 

「謝るくらいなら、美味しいご飯を作りさない」

 

「ああ……もちろん」

 

 少し気分のいいやりとりだった。

 きっとイタチは、私の期待を寄せただけ、いや、それ以上の成果を出してくれる。楽しみにしておこう。

 

 やることのなくなってしまった私は、サスケの方をフラフラと目指す。どんな調子でやっているのだろうか。私のことを呼ばないということは、作業は終わっていないことは確かなはずだ。

 

 楽しそうに材料をこねているサスケを見つけた。ある個数までは一様に、私の見本に正確に合わせているが、途中からはサスケの創造性が反映され始めていた。

 

 ええと、これは――勾玉の形が三つ。なるほど、写輪眼かな。

 それで、今作っているのが……円に一本の棒を突き刺したようななにか。

 

 うーん、なんだ、これは……。

 

「あぁ、うちはの家紋ね」

 

「……あっ、姉さん!?」

 

 私の声に身をビクつかせる。どうやら熱中していて私が近づいていることに気がつかなかったらしい。そして今まで作り上げてきたものたちを身体の影に隠そうとする。

 

 飽きてきて、遊んでいたのは明白で。けれどそんなサスケを責めるつもりなんてなかった。子どもなんて、だいたいそんなものであろう。

 

()()()は、好き?」

 

「えっ……?」

 

 つい問いかけてしまった。

 私はこの一族のことをあまり好ましく思っていない。眼を失った私が好ましく思われないのと同じように。

 

 それでも、サスケは、サスケの目には、この一族がどのように見えているのか知りたくなった。

 

「サスケは、()()()をどう思ってる?」

 

 その質問を受けて、サスケは困惑する。まだ早すぎた質問だったのかもしれない。

 私は諦めようとするのだが、サスケは絞り出すような声で言った。

 

「父さんが……よく言うんだ。……うちはの家紋に恥じぬようにって……」

 

 うちはの家紋……それはサスケにとって重荷になっているのかもしれない。産まれたときから、宿命のように背負わされて。サスケはそのせいで苦しんでいるのかもしれない。

 

 だったら私が……。

 そう思っていた。けれど、サスケの話はそこで終わってはなかった。

 

 顔をあげ、強い意志を感じる目で私を見据える。見えなくとも、私にも感じられる強い力だった。決意だった。

 

 

「だから、姉さん。オレは、兄さんみたいな立派な忍になりたいんだ」

 

 

 そういうことかぁ。

 イタチだって、うちはの家紋を背負っている。きっと、サスケの目には、兄の姿が家紋に恥じずに頑張っていると写っているんだ。

 

 サスケにとっては、うちは、というのは、父や兄のことなんだ。

 

「じゃあ、形を崩さないように料理しなくちゃね」

 

「あっ……」

 

 難しいけど、私、頑張っちゃうから。

 

 

 ***

 

 

「少し張り切りすぎたな……」

 

 結論から言うと、イタチの作った豪勢な料理たちは、余った。〝昼から修行をつけてもらうんだ〟って、サスケは言って、動けなくなると悪いから、あんまり食べなかったし。私にもイタチにも、全部食べる力はなかった。

 

「まあ、いいじゃない。残り物だって、一工夫加えれば、また違う料理になるんだよ?」

 

「それならいいんだが……」

 

「大丈夫。私を信じて」

 

 ふふ、こういうときこそ、私の腕の見せどころだ。張り切っちゃうぞ。

 

「あ、そうだ。ハンバーグ、どうだった?」

 

「ああ、美味かった……」

 

「そうでしょ? サスケと一緒に作ったんだから」

 

 なんとか私は崩さずに焼くことに成功した。思いの外たいへんで、ちょっと疲れちゃったかな。

 あり合わせで作ったハンバーグだったけど、けっこう美味しくできたと思う。

 

「ねぇ、兄さん! まだぁ?」

 

 待ちくたびれたサスケの声が聞こえた。イタチは私と一緒に後片付けをしていたから、サスケ一人が暇になってしまっていた。

 実際のところ、ここは一人でもなんとかなる。

 

「イタチ、行ってあげたら?」

 

「だが……」

 

「ねぇ、イタチ。どんなにあなたが優秀でも、あなたは一人、一人しかいない。だったら、必要とする人がいるところ、そこに行くのが一番なんじゃない?」

 

 まあ、影分身を使えばその限りじゃないけどね。そう付け足せば、イタチはくすりと笑った。

 

「確かにそうだな……。だったらオレはサスケに修行をつけるとしよう。お前はどうする?」

 

「私はそうだね。――分身の術っと」

 

 音を立てて、もう一人の私が現れた。雑務をするのが分身で、遊びに行くのは本体だ。いつもはだいたい逆なんだけどね。家のことは私自身でやりたいから。

 

「私、任せた」

 

「私、任された」

 

 互いに手を挙げ、一人芝居を演じる。どっちも私だから以心伝心だし、普通ならこんなことをする必要もない。でも、まあ、気分だ。

 私の分身は私に代わり、すぐに片付けに着手する。

 

「私も行こうかな。せっかくのこんな日だし。久しぶりに、的、持って行こうか?」

 

「いや、今日はサスケの修行だ」

 

「的って、大抵は動くじゃん」

 

「……サスケなら問題ないか」

 

 ということで私は的を投げる係として、くっついて行くことに決まった。第三者が聞いたら、いまいち掴み辛いような会話の流れだが、通じてるから別にいい。

 

 二人で協力して準備をして、もうすでにスタンバイをしていたサスケのところへ向かう。

 修行といっても、外に行くわけじゃない。庭で少し遊ぶだけだ。そう、遊ぶだけ、遊ぶだけ。

 

 私とイタチがいつもやってた的あてゲームの概要を説明した。

 

「兄さん、兄さん。じゃあ、手本見せてよ!」

 

「ああ、わかった」

 

 私は傍から、いつものように的を飛ばす。今日はサスケの前だし、特別に手加減をしてあげる。今回の的は紐が付いてる特別製だ。変なところに落ちないようにね。

 投げた的は放物線を描きながら、素直に横方向へと動く。(わたし)的には難易度(いち)だ。ちなみ十段階ある。

 

 イタチはそれに目がけてクナイを投げる。クリーンヒットだ。ちゃんと的のど真ん中をくり抜いている。まあ、兄さんだから当然か。

 

 紐を引っ張って、落ちる前に回収する。なんとか手もとまでたぐり寄せることができた。クナイを抜いて、次に備える。

 

「すごいや兄さんは。よし、オレも……!」

 

 クナイを構えて、的が投げられるタイミングを待つサスケ。投げ方はフガクさんに教わっている。私が反対をする権利はない。もういつ来てもいいように、目を凝らしている。この様子なら、きっと合図もいらないだろう。

 ピッ、と私は的を飛ばした。

 

 単純な軌道を描く的、その動きを予測することはたやすい。思いっきりサスケはクナイを投げる。一直線に的に向かって、だと思った。それくらいに、サスケの狙いは正確だった。

 

 

 だが――強い風が吹いた。

 

 

 流される。私の的は流された。予想外の出来事で、的は速度を上げた。

 不運にも、クナイの動きは変わらない。このままでは、的に当たらず素通りする。

 

 反射的に、私は紐を引っ張った。このままクナイがどこかに飛んでいくのはまずい。そう判断しての行動だった。

 

 クナイが的に突き刺さる。真ん中ではないく端の方。なんとかギリギリ間に合ったのだ。

 だが、刺さったクナイはそれだけではない。もう一本、中心を射抜いたクナイがあった。イタチのクナイだ。

 

 どうしてそんなことをしたのか、予想は簡単にできる。危惧したのは、きっと私と同じことだ。だからこそ、クナイを放った。

 

 イタチのクナイはサスケのクナイを弾くことで、外に飛んでいくことを防ごうとしたのだ。少なくとも、私がなにもしなければ、そうなったはずだった。

 

「酷いや、兄さんも、姉さんも……」

 

 その結果がこれだ。

 サスケのプライドを傷つけてしまった。

 弁明すればいいのだろうか。どうすればいいかわからない。紐の付いた、クナイの二本刺さった的が、虚しく地面に落ちていった。

 

 私が余計なことをしたばっかりに、こんなことになってしまった。私はオロオロとなにもできずにいる。

 

「サスケ……今のは……」

 

「もういいよ、兄さん。……励まさなくても」

 

 ツンとサスケは拗ねてしまっている。私だけが嫌われるのはまだいい。けど、イタチまでもが突っぱねられてしまっている。私のせいだ。

 

 ミコトさん、フガクさん。いや、誰でもいい。この際、シスイのやつだって構わない。誰か助けて……。

 辛かった。ものすごく辛かった。サスケにこんな対応を取られるなんて、初めてだった。今までにないくらい、私は動揺しているはずだ。

 

「ミズナ……? 大丈夫か!?」

 

 イタチが駆け寄ってくる。

 苦しい。うまく息ができないみたいだ。必死に呼吸をしようとするが、苦しさは止まない。

 

「深呼吸、しっかりと息をするんだ」

 

 抱きしめられる。普段なら安心できる温もりでも、今はそうはいかなかった。

 

 どんどん意識が薄れていく。けれどここで気を失うわけにはいかなかった。食器のために、影分身を解くわけにはいかなかった。

 

「姉さん……。大丈夫?」

 

 サスケに声をかけられた。サスケに心配されたのだ。

 それだけで、ちょっとだけ良くなった。苦しいには苦しいけど、もう意識がなくなるほどではない。

 

 頑張って、笑顔を作って、私を救ったサスケの声に、必死になって答えようとする。

 

「ありが……とう……」

 

「無理をするな……」

 

 そんな私はイタチに咎められてしまった。でも、無理をしてでも、サスケにお礼を言っておきたかった。

 

 時間が経って、症状がだんだん良くなって行く。イタチの介抱もあってか、嘘のように楽になった。

 

 原因は詳しくわからない。心因的な理由で起こったくらいのことなら、わかった。

 でも、わからない。私がなにを恐れているのか。私はなにを危惧してこんなことになるのか。

 

 落ち着いた私を見て、イタチは私の身体から手を離した。それでもサスケは心配そうにこちらを見ている。そんな視線を私は感じる。

 

 そんなサスケの方を向いて、できる限り、明るくつとめて私は言った。

 

「サスケ、もう心配いらないよ。じゃあ、続きやろっか」

 

「うん!」

 

 私の調子を理解して、サスケは大きく頷いた。

 

 

 不幸中の幸いか、小さな喧嘩は忘れ去られてしまった。

 

 

 ***

 

 

 私には光さえもわからない。広大な空に瞬く星々も、夜の世界を仄かに照らすおおらかな月の光でさえ、私は感じることができない。

 

 夕飯の後にイタチは提案をした。今日は外で寝ようと。そういうわけで、縁側に布団を敷いて、サスケを中心に川の字になっているのだ。

 

 もうサスケは寝てしまっている。意外と寝つきが良い。私はといえば、環境の変化にあまり上手く対応できていなかった。だから、こんなふうに感慨に浸っている。

 

「森の中、なら……そうでもなかったのになぁ……」

 

 想像もつかないほどの大きな、世界を満たす自然の流れが身体の中を突き抜けていく。その感覚が心地よかった。そんな思い出がある。

 

 ただ、今ここだって自然だ。それはいつだって私の中を流れている。だけど、心地よさとはなにか違う。

 

「眠れないのか……?」

 

 イタチがそう声をかけてきた。

 もう寝てるものだと思っていたから、少しビックリしてしまう。

 

「ちょっとね。……ねぇ、イタチ。今、空はどんなふう?」

 

 少し気になった。私にはもうわからないことだけど、未練がないわけではない。少し間を置き、イタチは答える。

 

「満天の星が見える」

 

 それが嘘か本当なのか、私には確かめる術はなかった。でもそんなことはどうでもいい。私にはもうどうしようもないのだから。

 次にまた私は問う。

 

「綺麗?」

 

「……あぁ……」

 

 逡巡が感じられた。見ることのできない私に、そう答えるのは(はばか)られる。だが、訊くというならそれも承知の上のはずである。だからイタチは、正直にそう答えたのだ。

 

「たくさんの星があって、こんな広い世界で、でも私たちがいるのはここだけ」

 

 当たり前だ。私だって、イタチだってここにしかいない。この木ノ葉、もっと言えば、()()()という狭い世界で繋がって、生きている。それが私たちだ。

 

「そうだな……」

 

 それが悪いことかは知らない。それでも、最近、周囲から負の感情を煮詰めたような、気分を害する空気が蔓延していると思えた。

 

「どんなに小さくとも、歩みは止めない」

 

 そういえば、一つ気になることがあった。たしかもう、そんな季節だったはず。

 

「ねぇ、イタチ。そろそろ時期だけど、今回はどう?」

 

「あぁ……。今年はなんとか受けられそうだ」

 

 中忍試験。前回はまだ周りの二人が未熟だからと受けられなかった。

 でも、班員が壊滅し、再編された今回はいいらしい。理解ある先生でよかった。

 

「今より、忙しくなるわね」

 

「いや、まだ、受かるとは決まってない」

 

 謙遜をするが、みすみす木ノ葉がイタチを落とすなんてありえないだろう。だったら、だれが中忍になれるという話になる。

 

 それにしても、イタチがついに中忍か。なにか少し寂しい気がした。わからないけど、こんな平和な日々がもう続かないんじゃないかって、嫌な予感もした。

 

「そう、じゃあ。こんなのも最後かな」

 

「いや、まだ……」

 

 自身の実力を、イタチはわかっている。まだ、なにが起こるかわからない。けど、それは万が一だ。考慮してはキリがない。

 それは、イタチも理解しているのだろう。

 

「まだ……きっと、次があるさ」

 

 それでもイタチはそう言った。また、三人で。こんな一日がもう一度、来ることを信じて。

 

 イタチが今日、休みをとったその理由が、なんとなくわかった気がした。

 

 

 ***

 

 キセルから紫煙が上がる。いつものように、呆れたように、古くからの〝友〟は渋い顔をする。いくつか小言を述べた後、ようやく本題に入った。

 

「ようやく中忍試験にイタチの名が上がったようだな……」

 

 書類を覗き見、そう声を漏らす。

 あまり感情を態度には出さない。いまもハタから見れば平生と同じ。だが、長い付き合いともなれば、だいたいの機嫌は察せらるる。おそらく今はいい方だ。

 

「お前がうちはの者に、そこまで肩入れするとはな……」

 

「ふん、うちはだろうとなんだろうと、使える駒は全て使う。木ノ葉のためだ」

 

「相変わらずじゃな……」

 

 鼻を鳴らして、いつもの通りにそう語る。その根底にあるものは同じだった。

 そのやり方に幾度となく眉をひそめてこそきたが、否定はできず、汚れ役を一身に背負わせ、ここまで来てしまっている。

 

「イタチと組んだこのメンバー……ヒルゼン、お前はどう思う?」

 

「率直に言えばいい。イタチの足を引っ張ると、そう言いたいのであろう。……しかしもう決まったものだ。そうやすやすと変更はできぬ」

 

 書類はすでに提出された。担当上忍の許可により、選抜された下忍たち。各々、チームワークを第一に、適切な仲間とスリーマンセルを組んでいるはずだ。彼らのことを考えれば、今更の変更などはありえなかった。

 

「なに、イタチは一人でも構わん。いや、むしろそちらの方が好都合だ。これなら今からでも……」

 

「ダンゾウ!!」

 

 行き過ぎた発言を咎める。ときおり、その木ノ葉を守るという強い意志が暴走をすることがある。それが若い忍に向けられるともなるのなら、黙っていることなどできない。

 

「安心をしろ、ヒルゼン。もう手は打ってある」

 

「なに……」

 

「イタチと組んだその二人は、根の者だ」

 

 なるほど、そういうカラクリか。書類を見直す。その中の一人には、イタチの班員――油目一族の少年がいた。

 まさかここまで手が回されていたとは。その気に入りように感心を越え薄ら寒さを感じてしまう。

 

「二人は棄権するが、イタチの参加は取り消すなと、そう言いに来たというわけか?」

 

「……そういうことだ」

 

「ならば先にそう言えばいい」

 

「いや、お前が勘違いをするのでな……」

 

 会話を振り返る。確かに最初はイタチの組んだメンバーについて尋ねただけであった。そこから、勘違いをさらに増すような説明の仕方をされ、さらに熱くなった。なにか一人芝居をしたようで、どっと疲れが出てきてしまう。

 

 気分を変えるため、キセルのタバコを詰め替える。

 

「それでお前は、イタチが単独で中忍試験を突破できるほどであると買っている、というわけか……」

 

「ああ、そうだ。なにせ忍者学校(アカデミー)を一年で卒業した天才なのだからな。そのくらいは、やってもらわねば困る」

 

 話によれば、卒業式にまでおもむいたという。それほどまでにこの男が執着するとは珍しい。

 イタチという男は将来は木ノ葉を背負って立つことになる。確かに、そう期待せざるを得ないほどの人物であった。

 

 中忍試験、というのは戦争の縮図である。

 次代を担う忍たちが死力を尽くして戦うのだ。世代はそのまま移り変わり、彼らの中忍試験の結果がその次の時代の争いの結果になろうともおかしくはない。

 

「そうだ……ヒルゼン」

 

 思考を遮る声がした。思い出したかのように、呼びかけられた。

 

 この男に限り、雑談などはありえない。どんな些細な会話でも、必ず意味を含んでいる。それだけに、いつも身構えてしまう。

 

「今度はなんだ?」

 

「うちはにはもう一人、注意せねばならぬ者がおる」

 

 そこまでで言葉を止める。予測しろ、ということだ。

 一族の代表であるフガクのことか。いや、違う。この男のことだ。それならば、こうして改まって言うはずもない。

 

 ならば、だれだ。次、思い浮かんだ人物がいる。その者の名を口に出す。

 

「シスイか……?」

 

 最近になり頭角を現した、うちはの忍だ。瞬身のシスイと名を轟かせている。

 

「ふん……」

 

 興味なさげに鼻を鳴らされた。どうやら正解ではなかったらしい。もう話す気はないとばかりに、そのまま去って行こうとさえする。

 

「待て、ダンゾウ。言いかけたのだから聞かせろ」

 

 呼び止められて、立ち止まる。何度も衝突を繰り返しては来たものの、それほど悪い仲ではない。こうして頼み込めば、無視はしないと、そういった確信があった。

 

 振り返らずに、その重い口が開かれた。

 

「うちは居住区。なんのために監視をしている?」

 

 責めるような口調だった。だが、心当たりがまるでない。

 念のため、そう押し切られてあの居住区には隠しカメラが設置してある。火影直轄部隊――暗部により監視をしているが、異常があったと報告はない。

 

「なにか……あったのか?」

 

 報告がない、そうであっても、なにもない、その状態でこの男がここまで言及するはずはなかった。

 

「あの量のカメラに、今までたった一度しか映っておらぬ人物がおる。これは偶然か?」

 

「なっ……」

 

 モニターに映る範囲で起こったできごと。それなら確かに報告はする。だが、この男の言うそれは、長期的に、しかも的を絞って調べなければわからない事実だった。

 

 勘が良ければ、違和感は覚えるはず。それを突き詰めて、この男はそう確信するまでに至った。

 

 もし、うちはフガクのような、注意するべき人物ならば、この男よりも暗部の方が先に気がつくはずである。自身の選び抜いた暗部たちは、それほどまでに愚鈍ではない。そうでないなら、きっとノーマークな人物のはず。

 

 気が付け、と言うのは酷な話か。

 

 それでも、それが正しいとするのなら。

 

「一体だれが……」

 

「――うちはミズナだ」

 

 その少女の名には聞き覚えがあった。彼女もまた、イタチと共にたった一年で卒業の資格を得たと。しかし、起きた凄惨な事件により、その忍生命は絶たれたと。

 

 確か、今は、うちはフガクの家に引き取られた―( )

 

「バレている、ということか?」

 

「やもしれぬ。だが、大して騒ぎ立てぬということは、案外、物分かりがいいのかもしれぬぞ?」

 

 嬉々として語られるが、それを聞いて狼狽する。もしバレているとしたのなら、それが不用意に里全体に拡散されたともなれば、木ノ葉隠れの里に不穏の火種がくすぶることなど簡単に予想できた。

 

「やはり、うちはの待遇を見直さなければならぬのか……」

 

 首根っこを掴まれたような気分だった。二代目から引き継いだこの体制、これを変えることに踏ん切りが付かずにいる。三十年以上、問題がなかったのだから。

 

「ヒルゼンよ。いい機会だ。真意を確かめるために、一度、呼び出してみるのはどうだ? 待遇については、それ以降でも遅くはないだろう」

 

 らしからぬ提案だった。この男ならば、裏で始末する、そういった横柄で乱暴な手段に出ると思っていた。思いの外、慎重にこの案件にあたっているらしい。

 

 それほどまでにこの男は、うちは、という一族を警戒しているのだ。

 

「だが、そうすれば、うちはフガクはどう動くか……」

 

 戦争中は(きょう)(がん)のフガクと名を馳せた男だ。油断ならなかった。

 

「今はワシら〝根〟が見張っておる。繋がりがあるのかどうか―( )―動きがあればすぐにわかる。……なんにせよ。最後まで白を切り通すことだ。わかっておるよな?」

 

「……あぁ」

 

 去っていく。その後ろ姿を見つめる。紫煙がくゆる。その男の輪郭をぼやかしていた。




 更新すると平均評価が下がり、お気に入りが減る。自業自得ですよね、これ。


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曇天

 大変なことになった。

 今、私の目の前には、三代目火影がいる。その右後ろには、闇を背負った男がいて、左後ろにはご意見番の二人がいる。

 

 私がなにをやったというんだ。

 日差しが気持ちいい日だなぁって思って、今日も楽しく家事をしていたら、庭の方で異変を感じた。もしや不審者か、と思うがミコトさんは買い物でいない。サスケは修行に出かけていた。

 

 恐怖を感じながらも確認をしに行ってみれば、人がいた。〝付いて来い、火影様の命令だ〟って言われた。

 

 変な人だったらどうしようかと思って、影分身を使ったら、その瞬間に本体の私は抱えられて持ち去られてしまったのだ。なにもできずにボケっとする影分身を家に置いて。

 

 きっとその後、影分身の私は慌てふためいて、結果、消えてないから大丈夫だと、能天気に家事を再開しているはずだ。私のことだからよくわかる。今は帰ってきたサスケあたりと楽しくお茶してるかもしれない。

 

 なにか無性に悔しくなってきた。こんなことになってるとも知らないで……。

 

「頭を上げよ」

 

「はい」

 

 火影様からそう声がかかる。なんで忍でもなんでもない私なんかを呼び出したのか不思議でならない。あんな荒っぽい方法まで使って。

 

「まずは詫びをしよう。このような形で招集をかけることになってしまってすまなかった」

 

「…………」

 

 謝られても、どう答えたらいいかわからなかった。

 適当に、私などには畏れ多いお言葉です、とでも言って許せばいい、それはわかる。でもとっさに言葉が出てくることはなかった。どうしてもためらってしまう自分がいた。

 

 火影様は咳払いをし体裁を整えて、真剣な雰囲気のまま問いかける。

 

「なぜ、ここに呼ばれたのかわかるか?」

 

「いいえ、存じません」

 

 私に向けられる視線がとても辛い。なんというか、厳粛でとってもピリピリしてる。今にも逃げたい気分だった。けれど、この実力者たちの中でそれはできない。

 

 どうするのが最善だろうか。どうするればつつがなくこの状況を脱することができるだろうか。

 私の頭はクルクル回る。

 

「そうか、では、うちはミズナ。お主がうちは居住区の中で、いつも普通では考え付かないようなルートを通り行動をしていると聞いたが、その理由を聞かせてもらっても構わぬか?」

 

「気分です」

 

 相談役の二人がざわついた。でも、なにもおかしなことは言っていないはず。

 ただのそんなことで私はここに連れてこられたのか。そうしたいからそうしているだけのに。なぜこうして、問い質されなければいけない。

 

 火影様はため息をついた。まるで私の態度が気に入らないようにだ。そして彼らの側近たちと言葉のない意思疎通を図った。

 

 卑怯だと思う。私なんかは孤立無援でなんとかしなきゃいけないのに。いいご身分だよ。イラ立ちだけが募っていく。

 

 今度は火影様じゃない。声の響きの冷たい男が私へと問いかけた。

 

「なにが、お前の望みだ?」

 

 

 ――望み?

 

 

 どういう意味で言っているのだろう。

 私の奇っ怪な行動の意図について、再度、訊き直しているのか。それとも、私の願いを条件によって叶えるから、その代わりに正直に話せと促しているのか。

 むずかしい。

 

 でも、いいや。どうせ、あちらの期待するような回答を私はできないのだから。

 

「私はただ家族と平和でいたいだけよ。それより多くは望まない。それより多くの望みはない」

 

 あ、口が滑った。

 まずい。不敬罪でどうにかされてしまうかもしれない。迷惑をかけてしまうかもしれない。

 

 そんな心配とは裏腹に、なにごともなかったかのように、火影様はまた私へと今度は違う質問をした。

 

「お主の感知能力の高さは耳にしておる。それを木ノ葉のために役立てるつもりはないか?」

 

 要約すれば、忍にならないか、ということだろう。いや、もしかするともっと違う意味が含まれているのかもしれない。

 

「お言葉ですが、三代目。両眼を失った私に価値などないのです」

 

 つねづね私はこう言われ続けてきた。残念だと、可哀想だと、憐れみと同情の目線を向けられてきた。

 だから私もそういうものだと思っている。

 

「ふん、所詮(しょせん)それは、うちはの価値観というやつだろう? そんなものに囚われていれば見えるものも見えなくなる。今のお前のようにな……」

 

 私の台詞は、側近の男に切って捨てられた。正論だとは思いもするが、簡単に納得はいかない。人間の頭はそれほど柔軟ではないのだから。

 

「ワシもおおむねダンゾウと同意見である。おそらくであるが、それほどの感知能力であるなら、目の見えぬことなど大したハンデにはならぬと思うのじゃが……?」

 

 私がどのくらいわかっていて、どのくらいわかっていないか知っているような物言いだった。

 確かに不自由はしていないけど、それは日常生活において。戦闘となればそれは別だ。もっとも、まともな戦闘を私が経験したことはないけど。

 

 いや、幾度となく死戦をくぐり抜けて来た火影様が言うのだから間違いないのかもしれない。私には全く及びもつかないことだけれども。

 

「知りません」

 

「お主の実力は忍者学校(アカデミー)ですでに飛び抜けておった。今のお主も、イタチと同じく下手な下忍では敵わぬほどなのではないか?」

 

 辛い。

 まるで値踏みをしているかのような口調。そうやって責め立てられる。私が現役の忍者よりも強いなんて、買いかぶりすぎもいいところだろう。

 

 きっと、イタチがすごすぎるせいで色眼鏡がかかり、私もそんなふうに映ってしまっているだけ。知識さえあれば、努力さえすれば、私と同じくらいのことなど誰だってできるはずだ。

 

「無理です。そんなことはありません」

 

 だから私が特別であるはずがない。

 それでも、火影様は納得のいかないようだった。

 

「では……」

 

「ヒルゼン、ダンゾウ。お前たちの思い違いということではないのか?」

 

 なおも追及を続けようと火影様はするのだが、それに待ったをかける声があった。相談役の一人である。

 それに反論をするのは、火影様ではないもう一人の方。

 

「今になって、なにを言い出す?」

 

「こんな()(わっぱ)にそれほどの実力があるとは思えないのだ」

 

「ダンゾウ、すまない。ワシもそう思うぞ」

 

 もう一人の相談役もそれに賛同した。火影様はなにも口出しをしようとはしない。二対一、側近の男は不利な状況へと追いつめられてしまった。

 

「ヒルゼン!! お前も納得してこの場を用意したのだろう? ならば、なにか言ったらどうだ」

 

「……これ以上は、意味がないのではないか? ダンゾウ」

 

「…………」

 

 火影様のその言葉に、その男は反論ができないのか、黙り込んでしまった。

 少しして、沈黙を受け、火影様は私へと本来持つその穏やかな声でお達しをする。

 

「こんな真似をして本当にすまなかった。送りの者を用意してあるのだが……」

 

「結構です。私一人で帰れますので」

 

 〝やはり、うちはの娘は……〟なんて呟く声が聞こえる。気にしないで、火影様に一礼をして、ふらふらとその場を後にする。

 背を向けて前に進む。手探りでドアを開けて、また直進する。

 

 そんな私を見つめる視線を感じた。おかしい。あの陰険な側近の男だ。そして、なんだろう。うっすらと、気味悪く、笑っているような気がした。

 そちらに気を取られていると、突然、物理的な衝撃が走った。

 

「……痛い……」

 

「本当に……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です」

 

 私としたことが、壁にぶつかってしまったのだ。悲しくて涙が出てきそうになる。

 改めて、そのまま壁伝いに廊下を歩いていく。ため息が後ろから聞こえてきた。

 

 嫌な予感がする。思えば、あの闇を抱える男は簡単に言い負かされて、諦めるという選択肢をとっていた。でもあの笑みは……。

 

 そもそもだ、私を呼び出すという発案をしたのは火影様とあの男。相談役の口ぶりから考えればそうなる。そして、あの温厚すぎる火影様が、こんな無理やりに私を召喚するかと言えば、それは違うはずだ。

 

 ともすれば、あの男が主導で私は呼び出された。なのに、ああもすんなりと引き下がってしまったのだ。意図が読めない。一体なにが目的だったのだろう。

 考えれば考えるほどにわけが分からなくなっていく。

 

 それにしても、ジメジメしてきた。もしかしたら雨が降るかもしれない。晴れてたんだけどなぁ。残念だなぁ。

 とりあえず、帰って分身から仕事を引き継ごう。

 

 

 ***

 

 

 目が見えないからだろう、壁にぶつかり、そこから壁伝いに、うちはミズナは去っていく。

 

「やはり、送りの者を一人つけるべきか……」

 

「その必要はないだろう? なにせ自分から断ったのだから」

 

 相談役――水戸門ホムラは冷淡にそう告げた。根深く木ノ葉に続いている()()()への風当たりの強さを、しみじみと感じてしまう。

 

 人としではない。それ以前に里長として行動をしなくてはならない。私情で行動することは避けなければならなかった。あらゆる意味で、自身の行動に歯がゆさばかりを感じてしまう。

 

 相談役のもう一人――うたたねコハルが口を開く。

 

「ダンゾウ、やはりあの()()()の娘が気付いているとは思えなんだ」

 

「偶然、映らないルートを通っていたという可能性も考えられる。そして、これはワシの独自の調査の結果なのだが、あの娘はここ数年まともに外を出歩いていなかったというではないか」

 

 改めて、招集をかけたあの少女から話を参考にして、思い思いな所感をそれぞれ述べていく。それは一つの方向に固まりつつあった。

 

「しかし、バレてるやもしれぬ。やもしれぬではダメなのだ。そんなもので里の未来が潰されてみろ? 後悔してもしきれんぞ」

 

 だが、それに異議を唱える者もいた。他でもない、この会議の立案者で、この里の闇を一身に背負っている、背負わせてしまっている男だった。

 いつものように、この男らしい言い回しで相談役の心を揺さぶっていく。

 

「しかし、ダンゾウ。あの口ぶりでは、どうしてここに呼ばれているか理解できていないように思えた」

 

 明確な証拠は出なかったのだ。だからこそ、あの釈放のしかたになった。

 ただそれにも、この男はくだらないと鼻を鳴らだけだった。

 

「ふん……。そんなもの、どうにだってなる。相手には得体の知れぬ瞳術―( )―写輪眼があるのだ。もしも記憶を操作されたとなれば、ボロなど出さんだろうな……」

 

 その理屈には一理ある。あの瞳術は、そしてそれを操る忍は、敵にすれば厄介極まりないものたちばかりだった。

 先の忍界大戦で、うちは一族はおおいに里に貢献をしてくれた。味方にすれば心強いが、今は里が一丸となる戦時ではない。

 

 敵がなければ団結も弱まる。余裕ができ、仲間だったはずのものたちの中で対立が生まれ始める。もともと浅いヒビが入っていたともすれば、より大きな亀裂となる。それは避けられなかった。

 

 重く、苦々しい空気が部屋の中を満たしていく。

 

 もう、決意は固まった。ようやく、火影として口を開く用意ができたのだ。

 咳払いで、体裁を整える。

 

「……うちはについては……現状維持でいく……」

 

「ワシの話を聞いた上で言っているのであろうな? ヒルゼン」

 

「ああ、そうじゃ……ダンゾウ。お前の気持ちもわからんではないが、可能性を考えていけばキリがないはずであろう。それに―( )―おそらく、今のうちはミズナはカメラの存在をわかっておらぬであろうしな……」

 

 あそこまで動じずに知らぬ存ぜぬで通していた。忍者学校(アカデミー)にかよったとは言え、彼女は一般人だ。普通ならどこか動揺してもいいだろうに。

 

 さらに、最後に壁にぶつかるという醜態を見せた少女だ。言われていた感知能力の高ささえ疑問視できる。

 

 今回は否定する証拠しか得られなかった。この判断が周りを納得させるために妥当なものだ。

 もちろん、それで納得のできない者も―( )

 

「他でもない。火影であるお前の判断ともなれば、従うしかあるまいな」

 

「すまぬの……ダンゾウ」

 

「だが、監視は続けさせてもらうぞ? 構わぬな」

 

「……あぁ」

 

 今回は、無用に不安を煽っただけに見えるその男。しかし、その存在がいて助かる部分もいくつかあった。

 

 全員が全員、同じものを妄信する。現状に思い上がり、何も考えない。それではダメなのだ。

 もしものときがないとは限らない。そのときのために、疑いの目線に立ってこの里を見る者が必要になってくる。その役割を、闇を抱えるこの男に任せ切ってしまっていた。

 

 ただ、その疑いが杞憂であること、それが木ノ葉にとって、最良であることに違いなかった。

 

「早まるでないぞ? ダンゾウ」

 

「わかっている」

 

「では、この件については、以上にする。異存はないな?」

 

 〝友〟に忠告を残して、今回は解散をする。一抹の不安はあるが、〝友〟を信頼し、普段の公務へと戻ることにする。

 

 全員が帰り、一人残った。窓から見える空。晴れていたはずであったが、いつのまにか雲に覆われている。

 そうしてだ、一つだけ、貼り付いた違和感に気がつく。

 

「ヤケにあっさり引き下がるのだな……ダンゾウ」

 

 いつもなら、いくらか長引いているはずであった。それこそ、一雨降るくらいには。




 難しい局面に入ってきたので、ペースが落ちます。すみません。


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本戦

「……ふぁ〜」

 

 あくびが出る。最近とても眠い。別に夜更かししてるつもりもないし、なにか特別に変わったこともない。なにかおかしかった。

 それでも家事に支障が出ているわけでもないし、たぶん気にすることでもないと思う。

 

 今日もいつも通りの日々が始まる。なにも変化がなく、平凡とした日々が続く。続いてほしい。

 この一族には、どうにもピリピリとした空気が漂っていた。いつか、あっけなくこんな日常が終わりを告げてしまうのではないかという嫌な予感がまとわりつく。

 

 だからって、そんなことを考えてもどうにもならない。私は家事をこなすだけだ。

 

 この間の呼び出された件。まだ、大人たちには話していない。正直なところ、この件に関してはどう振る舞えばいいのか測りかねていた。

 

 里への反感。一族への疑念。どちらにも染まることはできずに、どちらからも距離を置き、孤立しかけていた。里は、()()()である私を拒み、一族は、眼を失った私に価値を見出さない。拒まれ、疎まれ、私には居場所がない。

 

 だからこそ、家族という繋がりは大切にしたいと思う。唯一の拠り所なのだから。とりあえずこの話は、イタチにだけでもしておこうかな。

 

 そうそう、家事のことなんだけど、大抵のことは私一人でもこなせるようになった。今はミコトさんから大部分を引き継いでいる。信頼を得たということだ。私の今の生きがいでもあるのだから、これ以上に嬉しいことはなかった。

 

「…………」

 

 今は掃除をしているわけだけど、さっきから強い視線を感じる。柱に隠れて、ジッとこちらを見つめている。もちろん、正体はわかっている。

 いつもなら、修行に出かけていないはずなのに、今日はどうしたのだろうか。

 

「サ〜ス〜ケ、言いたいことがあるんじゃない?」

 

 気付かれていないと思っていたのか、名前を呼ばれてビクリと肩を震わせる。

 どうやら観念したようで、私の前へとどこか元気がないような雰囲気をもってやってくる。

 

「今日、兄さんは中忍試験でしょ?」

 

「ふふ、そうだね」

 

 今日は本戦。仲間の不調により、一人で挑むことになったのだが、あのイタチだ。予選は難なく通過できた。

 このぶんなら、問題なく中忍になることができるだろう。

 

「それで、母さんにお願いしたんだ……」

 

 サスケも忍者を目指している。いや、兄さんの後を追いかけているのか。

 当然のようにその背中をしっかりと見つめていたいと思うはずだ。

 

「ダメだって言われたの?」

 

「うん……」

 

 中忍試験っていうのは、忍と忍が命がけで戦う場だ。血だって流れるし、最悪の場合、本当に運が悪ければだけど、死者だって出る。そんなところに、普通は子どもを行かせられない。

 

 実のところフガクさんは、この一族の代表は、サスケに中忍試験を見せることに対して乗り気だった。もう四歳だと、むしろ進んでサスケに中忍試験を見せたがっていた。本当にこの人はなにを考えているかわからない。

 

 ただ、それに待ったをかける人物がいた。

 他でもない、うちはイタチだ。滅多にない、強硬な姿勢で、ミコトさんに釘を刺した。もし、サスケが行きたいと言ったら、全力で止めてほしいと。

 

 フガクさんは、見せてもいいと言ったけれども、四歳になったサスケに見せるべきだと言ったけれども、見せろとは言っていなかった。命令はしていなかった。そんな中で、普段はおとなしいイタチの、あのしつこい頼み事を受ければ、絶対に見せようとはしないはずだ。

 

 ただ、一つ、迂闊だった点がある。イタチの唯一の失態だ。ミコトさんにはしっかりと出発前に何度も何度も同じ忠告を繰り返したのに対して、私にはなにも言わなかったのだ。

 

 理由はわかる。

 イタチは、もれなく私もわかっているものだと。そばで見ていた私は、彼の心に背かないと、そう思い込んでいるはず。言わなくてもわかるって、そう驕っている。

 

 その自分勝手な信頼に報いるべきか、それともサスケのために信用を地に落とそうか、悩ましい。

 

「行きたい?」

 

 だからサスケに問いかける。その意味を理解したのか、聡いサスケは逡巡を見せる。

 

 このまま私がサスケを連れて行ったなら、私はミコトさんの意に逆らったことになる。そしたら私に責任が生まれる。それをサスケはわかっていたのだ。

 

 だからこそ、サスケは言い出せずにいた。言ってしまえば、私が連れて行ってくれるとわかっていたから。

 

「う、……う」

 

「ふふ、私は構わないんだよ?」

 

 そう言って、私はサスケの頰を撫でる。サスケは優しい子だ。こんな私に気を使ってくれるのだから。

 

「うん……行きたい。兄さんを応援したいんだ!」

 

「じゃあ、決まりだね」

 

 ミコトさんに見つからないように、気付かれないように行動しなくてはいけない。

 すこしでもあやしいところを見せてしまえば、きっとバレてしまうだろう。私たちの秘密の作戦が始まったのだ。

 

 

 ***

 

 

 中忍試験本戦の会場には、あっさりとついた。

 備えあれば憂いなし。数日前から影分身で工作を行っていたのだ。入るくらいなら簡単だった。

 

 ただ、問題は私たちが子どもだということだ。観客席にいる人のうち、見たところ、私たち以外で子どもといっても十二くらい。今年で五歳のサスケや、九歳の私くらいの子はいない。おかげで、少しばかし目立ってしまう。

 

 補導されるかとも思った。

 奇異の目線が突き刺さるのを嫌というほど感じ、少しばかり人混みを歩くだけでも狼狽をしてしまった。

 ただ今は、サスケが気づいて〝大丈夫?〟ときいてくれたおかげで、救われた気持ちだ。

 

 しかし、その心配は杞憂に終わった。背中の家紋のパワーのおかげだ。うちは一族は、最近ピリピリとしている。コソコソと話しはすれど、だれも触りたくないのだろう。結局、なにも言われることなく、私たちは席につけてしまった。

 

「兄さん……まだかな……」

 

「もうすぐだよ、サスケ」

 

 事前の下調べにより、イタチがどの時間に試合をするかはわかっている。完璧にぴったり、というわけにはいかなかったが、あと数分で試合が始まる。

 ちょうど、前の試合が終わってから、私たちはここにたどり着いたのだ。

 

 サスケを膝に乗せて、私たちが使っているのはひと席分だ。背のまだ低いサスケのことを思ってでもある。席が一つしか空いていなかったわけではない。

 会場は普通に混み合っている。しかし、私たちの両隣だけ、不自然にスペースが開けられていた。

 これが()()()の力だと感心する。そして寂しさを感じてしまう。

 

「隣いいか?」

 

 不意に声がかけられる。

 男の人の声だった。なんということか、うちは一族の威光に怖気づかない人がいたのだ。

 

「はい、いいですよ?」

 

「ああ、すまない」

 

 そうしてその人は隣に座る。強そうな人だった。確実に忍であろう。ただ、額当てを見つけ出すことはできなかった。今は休みで付けていないのだろう。

 

 会場で、動きがあった。ようやくイタチが登場する。その様子を、サスケは目を輝かせて、身を乗り出さんばかりにその兄の姿を焼き付けようとしている。

 私はサスケが飛び出したりしないように、お腹に手を回して抱きつくくらいのことしかできない。

 

「同じ、うちは一族のように思えるが、親戚か?」

 

 とうとつに、私たちに対して隣に座った男の人は尋ねてきた。当然の疑問だろう。同じ一族でわざわざ見に来ているのだから、そう思って当たり前だ。

 

「兄さんだから!」

 

 自慢げにサスケはそう答える。その気持ちはよくわかる。私だって、イタチのことは誇らしく思っている。絶対に失われてはいけないくらいの逸材なんだ。

 

「兄弟……か……」

 

 その言葉に妙な感慨が含まれていた。

 私は首をかしげる。この見知らぬ人を、どう扱えばいいか測りかねている。

 

 そうだ、質問をされたのだから、私からも一つきこう。こんなふうに私たち(うちは)に関わってくる。だったら言ってもおかしくないことを言っていないのだ。

 

「あの、私たちに、子ども二人でこんなところに、とか言わないんですか?」

 

「ああ、言えた義理ではないのでな……」

 

 なんとなく、この人がどんな人かわかってしまった。フガクさんと同じく、きっと不器用な人なのだろう。それほど私は嫌いじゃない。

 

 身分の高い人ほど、立場があり、子どもに思うように接することができなくなる。

 きっとこの人は忙しかったりして、子どもに対しておざなりになって、そんな今をダメだとは思っている。けれど、変えられない。

 苦悩が伝わってきた。

 

 ただ、私の関するところではない。これ以上ひっかきまわすのも藪蛇だ。試験会場に意識を集中させることにする。

 

「一つ、いいか?」

 

 また男の人は私に尋ねてきた。やけに質問の多い人だ。まあ、でも、こうやって会話するのは悪くない。家族以外とこうして気楽に喋るのは、とても久しぶりだった。

 

「なんですか?」

 

「ああ、目を閉じてるのは、どうしてだ?」

 

 デリケートな部分に触れてくる。これは答えてもいいものなのだろうか。まあ、この男の人を信頼して、ある程度は本当のことを言ってあげよう。

 

「実は、私、目玉が両方ともないんですよ」

 

 悲しみを感じさせないよう、できる限りの笑顔で答えた。だが、男の人はどこか面食らったようだった。驚くのは当たり前か。

 

「うちは……一族……なのにか……、いや、苦労してるんだな……」

 

 私の頭に手が伸ばされた。

 もうそれに怯える私はいない。けれど、どうしてそんなことをしてくれるのかわからずに、私は首をかしげた。

 

 ふと、会場から視線が送られていることに気がつく。間違いない。イタチの視線がこちらで固定されていた。物言いたげにじっとこちらを見ているのだ。

 

 しかたがないから、私は意思疎通を図ろうとする。まず手始めに口パクで〝来たよ〟と伝える。

 イタチはあからさまに、呆れたようにため息をついた。きっと伝わったのだろう。

 

 私の真似をしてか、イタチも口を動かしなにかを伝えようとしていた。しかし残念。私は読唇術など全く習得していないのだ。忍者学校(アカデミー)で習った気もしたけど、もうかなり前で覚えてない。だから、その行為は無駄に終わる。

 

 ただ、長い付き合いで、言わんとしていることはわかった。きっと、〝どうするつもりだ〟みたいなことを言っているのだろう。

 血みどろの戦いを、イタチはサスケに見せたくないんだ。

 

 遅いか早いか、単純にそんな問題だと思う。けれど、それはとても重要なことだ。私もそれはわかっている。

 だから伝える。もう一度、口を開いて伝える。

 

 〝信じてる〟と一言だけ。

 

 イタチは諦めて、もうなにも言ってこなかった。後で絶対、怒られるかな。

 

「ねえ、姉さん、いま、兄さんなんて言ってたの?」

 

「ん? どんなヤツだろうと、大したことないって言ってたんだよ」

 

 私の最後の台詞で、言い返さなかったってことは、つまりこういうことだろう。この大雑把な要約をサスケに伝える。

 

「そうだよね。兄さんは強いもんね!」

 

 サスケは納得してくれたようだ。

 そして、隣で見ていた人の興味が、また私にそそがれてしまった。

 

「……わかるのか?」

 

 この私たちやり取りを、認識していたのだろう。目が見えない。そう言った私がそんなことをしているのだから、不思議に思われてもしかたがない。

 やっぱり、この男の人は強い人なのだろう。

 

「だいたい、日常生活に不便ない程度には……」

 

「はは、不便ない程度か……」

 

 乾いた笑いだった。どこか納得してくれていない。そんな感じだ。

 そうしてまた詰問が始まる。

 

忍者学校(アカデミー)は?」

 

「もう卒業しました」

 

「その歳でか……となると今は……」

 

「家事をやってます」

 

「な……っ」

 

 絶句された。

 妙な空気が流れる。私はなにかおかしなことを言っただろうか。眼のない()()()は、一族の誇りを失った私は忍なんてとうてい無理だし。

 

「火影はなにをやっているんだ……。まったく、まだその歳なら間に合う。オレから打診しておいてやろう」

 

「へっ……?」

 

「同盟国の損失は、オレたちの損失でもあるからな」

 

「どうめいこく?」

 

「ああ、オレは砂の忍だ」

 

 なにか話が思わぬ方向に転がっているような気がする。どうして砂の人が木ノ葉の民衆に混じっているのか、いろいろとわけのわからないことは多い。

 

 深く考えるのは止めよう。きっと、この人がなにをしたって、簡単に動く木ノ葉上層部ではない。もしそうであるなら、うちは一族は隔離などされていないはず。

 

 きっと、きっと、これからも何事もなく、私の日常は続いていく。

 

 中忍試験、イタチの試合が始まった。最初こそ相手の奇抜な戦闘スタイルで、イタチが押されているように見えたが、実力の差は明白だった。

 イタチは写輪眼で攻め、ついに戦闘不能に追い込んだのだ。

 

 その試合をもって、イタチは本戦のトーナメントから外された。これ以上は戦う意味がないと判断されたから。文句なしの中忍への昇格だった。

 

 

 ***

 

 

「おめでとう、イタチ!」

 

 サスケの手を引いて、私はそうイタチに語りかける。

 中忍試験は終わった。あの砂の男の人は〝見事な試合だった〟と言って去っていった。そして私たちはイタチを迎えに来て、三人で帰ろうとしている。

 

「どうして来た……」

 

「応援したいからだよ、ね」

 

「う、うん」

 

 明らかにイタチは怒っている。ただ、サスケを味方につけている私に、イタチは強気に出れないでいた。

 

 やはりイタチはサスケに甘い。おそらくはそれが唯一の弱点だろう。私にはそこそこに厳しいのに。

 

「もういい、帰るぞ。母さんにはオレから説明しておく」

 

「あれ、いいの?」

 

 意外だった。もっときつく怒られるものだと思っていたから。

 

「もう、すぎたことだ。いつから計画を練っていた?」

 

「ん……あの星の夜から……漠然と、かな」

 

 当初は私だけが見に行くつもりだったけど、途中でサスケも見に行きたいだろうな、って計画を変更したりもした。計画っていうほど、大したものでもないんだけど。

 

「……そうか。らしいな」

 

 そうイタチが呟いた。らしい、とはどういうことだろう。

 

 それにしても、疲れたサスケがうとうとしてきてしまっている。気づいたイタチはサスケをすぐにおぶった。

 

「それで、らしいって……?」

 

「お前のその気遣いだ。オレの試合の直前に、試験の会場へとたどり着き、その後すぐに、オレを迎えに行こうと言ってそこを離れた。そうだろう?」

 

「そうだけど……」

 

「誰も損をしないようにする、そんな気遣いがお前らしい。オレへの無茶も含めてな……」

 

 不満を言っているのだろう。愚痴をこぼしているのだろう。だが、それだけだ。改善を求めたりはされない。

 

 私だって、できないことは頼まない。できるって信じてるからそういう計画にしたのだ。今回はなんとかうまくいってよかった。

 

「そうだ、イタチに言わなきゃいけないことがあったんだ」

 

「なんだ?」

 

 それほど重要なことじゃないけど、とりあえずは言っておかないとダメだと思った。サスケは今、ぐっすり寝ちゃってる。この機を逃すと、いつ話せばいいかわからなくなりそうだった。

 

 そう、この間、暗部の人に連れて行かれたときのことだ。

 

「火影さまに会ったんだよね」

 

「そうか」

 

「それで、私の通ってる道のことを聞かれたんだよね」

 

「……なっ、もうか。どう答えた?」

 

「知らないって、私の行動に文句つけられる筋合いはないって」

 

 たしかだいたいそんなことを言ったはずだ。いま思えば、少し、ほんの少しだけ、失礼だったかもしれない。

 

「なら、まだ大丈夫か……」

 

「大丈夫、ね」

 

 どうすれば、この里が平和になるか。イタチはそれを考えている。それがイタチだ。そして私はそれを応援する。ひっそりと影から。

 

 それでいいんだ。それがいいんだ。

 賑やかな本戦会場から、里の隅、静かな私たちの集落へ。

 玄関では、ミコトさんとフガクさんが二人で並んで私たちを待っていた。

 

 いつまでも、家族でいたいとそう思った。




 すみません、時間がかかりました。少年漫画の二次創作なのに全然戦闘を書いていないことに気がついた今日この頃。中忍試験の試合も文字数と時間と労力の無駄と全力で端折ったり。ただ、やるときはやりますからね、ええ。

 ここから大きく動かします。そのせいで、書いてる自分の首を自分で締めてるみたいな気分がしてます。
 まだ主人公、詰んでませんから!!


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決意

 イタチは中忍になり、前よりも忙しく任務に出かけるようになった。

 危ない任務も増えたようだが、イタチは怪我もなくしっかり家に帰って来てくれる。嬉しいことだ。

 

 これからも平穏な日々が続いていくと私は思っている。

 それなのにだ。

 この状況はいったいなんだろうか。

 

 私とイタチはフガクさんの前で正座をさせられている。

 

「お前たちのこれからについてだ」

 

 改まって、フガクさんはそう語る。

 ただ、なぜ私がここにいるのか理解できなかった。

 いや、したくなかっただけだ。

 

 なんとなくこうなるんじゃないかとは思っていた。こうして、家事手伝いをしているだけではダメだということ。いつか、働きに出なければならないということなんて。

 

 ついにこのときが来てしまったというわけだ。

 

「まずはイタチ。会合で言った通り、お前には暗部に入ってもらう。そのように上にも話を通してある。近いうちに火影様からも話しがあるだろう」

 

「わかりました。父上」

 

 暗部。火影直轄部隊のあの暗部だ。

 いいこと聞いちゃった。これもイタチの実力が認められたおかげだろう。それに、もう話だって進んでるみたいだ。喜ばしいことだった。

 思わず頰が緩んでしまう。

 

「そして、ミズナ……」

 

「は、はい!!」

 

「お前、なにをした?」

 

「えっ?」

 

 その問いかけに私は硬直してしまう。イタチもじっと私の顔を見つめていた。

 なにか私は責められているようだった。

 

「火影様から話があった。砂との合同演習にお前を同行させろとお達しだ」

 

「はい――っ?」

 

「なんでも風影がそう強く要望したそうだ。うちはイタチの妹……とな……」

 

「あっ……」

 

 心当たりならあった。そして、確信する。間違いなくあの砂の男の人だ。うちはイタチの妹、と呼ばれているのは、私があのときに自己紹介をしなかったから。

 イタチを兄だとサスケがそう言ったから予想がつけられたのだろう。そのときに私は否定しなかったから、同じく兄妹と見られたはずだ。

 

 ただ、少し都合が悪い。それ以外にも目が見えないとか、忍者学校(アカデミー)を早く卒業してるとか、うちは一族とか、私にたどり着く情報はいくらでもある。そっちのほうが、もっと確実な情報だった。

 わざわざ、うちはイタチの名前をだす必要はないというのに。

 

 おかげでイタチの顔色が悪い。あの観客席での状況を知らないイタチは、自分が活躍したせいで私に迷惑がかかっているのではないかと、余計な心配をしてしまっている。

 

「それで、どうする?」

 

「はっ?」

 

「断るかどうかはお前が決めろ。これは()()()の問題ではない」

 

 〝お前の問題だ〟と、フガクさんは私の目の前に選択肢が提示した。

 突然のことで、意外なことで、私は戸惑いを覚える。

 

 いつものように、イタチのときと同じように、私にもこうしろああしろと強制をするのではないかと思った。けれど、違う。そこに私は、悪いことではないはずなのに、それなのに、言いようのない苛立ちを感じてしまった。

 

「わかりました。フガクさん。少しお時間をいただけますか?」

 

 今、この場の勢いで決めることはしたくなかった。十分にメリットとデメリットを考えて、この話をどう持っていくか決めたかった。

 

「わかった。不要かもしれぬが、資料を渡しておこう。よく考えるんだぞ?」

 

 そう言われて、紙の束が私の手もとにやってきた。当然のことだが、渡されても読めない。

 

 言いたいことを全て言ったのか、〝これからも、背中の家紋に恥じぬように―( )―〟と残してフガクさんは去っていった。最近は、一族の若い人たちが相談に来る頻度が増して、警務部隊が休みでも忙しいみたいだ。

 

 もうちょっと、みんなゆっくりしててもいいと思うのに。

 

「ミズナ……。オレのせいかも――」

 

「イタチ、これ読んで」

 

 書類を無理やりに突きつける。私は文字が読めないのだから、これくらいしてもらっても構わないだろう。

 こういう口実なら、イタチが断ることはないし。

 

「あ……ああ、わかった」

 

 少しなにかを含むように言い淀んだが、それでも了承を得られた。

 そんなイタチの頬に触れて、感謝のために笑顔を見せる。――私は大丈夫だ。

 

「なら……読むぞ?」

 

「うん」

 

 そうしてどんどんと読み上げられていく。

 砂と木ノ葉との合同演習。どういった経緯で行われることになったか、どこでどのように行われるかなど。さらに、どんな軍事的意義があるのかさえ、イタチは読み上げてくれた。

 

 行われると決まったのは前回の中忍試験で。影同士のささやかな話し合いからそうなったとか。

 

 基本は下忍三人に上忍を加えたフォーマンセルがいくつかという編成になる。特別な編成だったりはしない。

 情報を守る側と奪う側の二つのグループにわかれて競う。小隊ごとに割り振られて、グループ内では木ノ葉と砂の忍の数が均等になるらしい。

 

 殺しはなし。相手国に極力、無礼のないように振る舞えと注意がされていた。他にも、木ノ葉の情報が漏洩することのないように、だとか。

 

「それで……どうする?」

 

 一通り読み終わって、イタチは心配をするようにそう訊いてくる。

 やっぱり、忍を今までやってない私が、実戦ではないとはいえ、こんな任務に行くのはおかしい。

 

「イタチは……どうしてほしい?」

 

 ただ、そんなことはどうでもよかった。私は、私の意志では私の行く末を決められない。とつぜん降って湧いたかのような話に、確固たる決意がなく、漠然と、目印のない道を進むようで決められずにいた。

 

「風影がお前のことを要求したともなれば、状況にもよるが、火影の立場が悪くなる可能性もある」

 

 いつも通り、回りくどい。述べられたのはただの考察、ただの前置きだ。言いたいこととは、きっと、おそらく、他にある。

 

「だが、お前が無理に行く必要もない。それでどうこうなる木ノ葉ではないからな」

 

 私に優しい言葉をかけてくれる。だけど、それじゃあ、質問の答えにはなっていない。

 これじゃ満足できないから。

 

「えっと、つまり……?」

 

 どうしても、問い質さずにはいられない。

 そうしたら、額に触れる感覚があって―( )

 

「許せ、ミズナ……。お前はこのままでいい……」

 

 どこか後ろめたさを感じさせる声でそう。

 その台詞は、私の予想したもの全てと違っていた。

 

 困惑する。混乱する。昏迷する。

 長い付き合いで、理解できないことなどほとんどないと思っていたが、こればかりは私の考えられる範疇を越えて遥か外にあった。

 

 続けてなにかイタチが私に喋りかけているが、それすらも頭に入ってこない。そんな私に気づかずに、一方的にイタチは私に喋り続ける。

 

 どのくらい時間がたっただろうか、イタチは話し終え、〝すまない〟と一言残して部屋から去っていく。

 私から離れるように。遠くに行ってしまうかのように。

 小さくなる足音がたまらなく悔しい。

 

 考える。私は考える。

 これから一体どうするべきか。どうするのが最善か。

 もうなにもかも放り出して楽をしたい気持ちを押さえつけて、戸惑う心をできる限り修正して、より良い答えを導き出そうとつとめる。

 

 まずだ。まずそのためには、なんでこんなにも私の心が不安定に揺れ動いているのか理解する必要がある。

 

 単純に、イタチが予想外の台詞を言ったという理由ならどうだ。

 

「――違う」

 

 それでは、あまり納得がいかない。

 この想いは、ある種の切なさに似ている。呼吸もままならないほどに苦しいし、涙が出そうなほどに悲しいし、心臓が締め付けられているかのように辛い。辛い。

 

 確かにそれも理由の一つであるはずだが、本質はもっと別のところにあるはずだ。もっと、もっと自分を理解しなければならない。

 

 そうだ、思い出した。私はさっき、恐怖を感じたはずだった。

 では、なにが怖い。

 

 なにかこのままでは、イタチが暗闇の奥へと消えていってしまうような気がした。

 それが怖い。

 

「――違う」

 

 今さらそんなことに怯える私ではない。イタチの〝夢〟は知っている。それを笑って送り出せるくらいでいるつもりだ。それくらいに信じているつもりだ。

 現にそうしてきた。そうしているつもりだ。

 

 だというのに―( )―この寒気立つ肌は、この滲む汗は、この手の震えは、一体なんなんだろう。

 

「違う、違う……、違う……」

 

 いくら否定しようと、私の中で答えは出ない。

 なにが正しいのかがどんどんと分からなくなってくる。

 

「違う……、違う……違う――?」

 

 ふと、胸の奥に綺麗に落ちるものがあった。

 そうだ。違うんだ。

 

 今までの私がなにをやってきたか思い返す。なにかをやってきているつもりで、結局はなにもやっていない。ただただ()()()()にすごして、ずいぶんと自分勝手に生きてきただけなはずだ。

 

 してきたのは自己満足で自己欺瞞。

 いま、まさにこの一族が危うい状況にあるというのに、()()()()()()を理由にして、私は知らぬ存ぜぬで通そうとしていた。

 

 そして、誰もがそれを望んでいる。私がなにもしないことを、家族(みんな)は望んでいる。

 

 ああ、嫌だ。それだけは絶対に嫌だ。

 

 これじゃあ、そう――送り出したんじゃない。()()()()()()()みたいだ。

 

「……姉さん、泣いてるの?」

 

 サスケが、いた。どこにいるかはわからないけど、サスケがいた。

 こんなにも不甲斐ない姉は、こんなにも見っともない姿を弟に見せてしまっているのだ。自分で自分が恥ずかしい。

 

「大丈夫、なんでもない」

 

 まぶたを拭う手が濡れる。自分の弱さを拭い去る。

 それでも、サスケは納得がいっていないようだった。

 

「どこか痛いの? だったら、薬箱を持ってくるけど」

 

 私のことを心配して、懸命になんとかしようとしてくれている。

 そんなサスケの頭をなでる。こんなにも優しい子だから、私の心の底で言いようのない悔しさが込み上げてくる。

 

 このままじゃいけない。

 私にできることは一つだ。

 

 私の一番得意なこと。手裏剣術でもないし、チャクラコントロールでもない、ましてや感知なんかでもない。

 そんなことよりも、ずっと、私が行い続けて来たこと。

 

「ううん。痛いところはないかな、サスケ。もう心配はいらないよ?」

 

 ――私は笑う。笑顔を見せる。サスケの見ていた光景が、見間違いだと思えるくらいに、私は必死に笑った。

 

 思えば私は小さいときからこうしてきた。()()()だ。昔から、もう思い出せないくらい昔から、ずっと、ずっと、ずっとだ。こうして私は今まで愛想を振りまいてきたんだ。

 

 あのあられもない状態からの私の変わりように、サスケは動揺している。

 そんなサスケが落ち着くように、私は肩を抱いた。いや、ただ私が落ち着きたかっただけかもしれない。

 誰のためかは、もうどうでもよかった。

 

 そうしたまま時間がすぎる。

 情動から、私の時間感覚は狂いに狂い、いっさい頼りにできないほどにうらぶれている。

 長くて短い時間が過ぎた。そう表現することしかできなかった。

 

「ね、姉さん。聞いたよ? 任務があるんだって……」

 

 抱きしめられたまま、サスケはそう言う。

 誰が教えたのだろう。

 

 イタチ……という可能性は低い。あのイタチだ。サスケに、私のまだ決めていない状況で口外するわけがない。

 

 フガクさんも教えるような性格だとは思えない。今も一族の人たちの悩み事を聞いたりして、忙しいはずだ。伝える暇もないだろう。

 

 だとすれば、犯人はミコトさんか。

 かもしれない、と伝えて、サスケがそれを噛み砕いた結果、さっきのように尋ねてきたというわけだ。

 

 別に機密事項というわけでもない。話していけないわけでもないし、私に文句を言う筋合いもない。

 どうにでもなればいい。

 

「あのね、サスケ……まだ、決めてないんだ。行くか、どうか」

 

 そう、決まっていない。

 イタチからはこのままでいいと言われた。けれど、私はそれに納得がいかなかった。

 私と家族(みんな)との食い違いだ。

 

 しばらくの沈黙が流れる。私には表情を読み取ろうとする気力もない。ただ暗闇のなかで、抱きしめた温もりを感じるだけだ。

 だから、それがどういう沈黙なのかわからなかった。

 

「私……ダメなんだよ……。ほら、私って、忍、やってきてないでしょ? 私の眼はこんなのだから……ダメなんだ……」

 

 私は、怖かった。

 もうなにもかもが怖い。光のない世界で、ずっと、未来(ひかり)の見えないまま、ずっと、ずっと、さまよい続けていたんだ、きっと。ずっと、ずっと、昔から。

 

 だから、怖い。今の居場所が泡沫のように、一夜の夢のように消えてしまうのが怖い。

 もう、見えていないと嘘をついても、誤魔化しきれなくなっている。それが怖い。

 

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。

 

 子どもの私は、子どもみたいに震えて、子どもみたいに守られたくて、なにもできずにいるんだ。なにもしないでいるんだ。

 私は本当にダメな子だ。

 

「姉さんは、きっと、すごい忍になれると思うんだ」

 

 それなのにだ、サスケは信じてくれていた。

 いったい私のなににそんな可能性を感じたのか、はなはだ疑問だ。けれど私に、それを訊く勇気はない。そのままサスケは、私を肯定していく。

 

「姉さんはすごいよ。みんなそう言わないけど、オレはそう思ってる」

 

 どこからその信頼が生まれたのかわからなかった。

 今日一番の当惑を感じた。

 

「ちょっと、待ってて?」

 

 そうしているうちにも、サスケが私の腕の中から離れていった。

 もの悲しさを覚えたが、それよりもサスケがなにをしようとしているのか、という思いの方が数倍強い。

 

 ガサゴソと、なにかを物色をするような音が聞こえて、それから私の元へと戻ってきた。

 

「ほら、見て、姉さん……っ!!」

 

 私の前で、なにかをしている。けれど、静かだ。

 果たして、一体なんなのだろう。

 その気持ちは、私の気力を少しだけ取り戻させた。

 

 少しだけ、気を張り巡らせる。

 そうすると、サスケの他に、近く感じるものがあった。

 

 それはなにか――爪切りだ。

 

 そう、静かに。サスケの人差し指に乗せられて、くるくると回転している。

 チャクラだけで。安定して、乱れを微塵も感じさせずに回転していた。

 

「最初は全然できなかったんだ……。でも、このまま投げても上手く飛ばないし……やっぱり、姉さんはすごいや」

 

 掛け値なしの賞賛のように思えた。

 嬉しさが溢れてくる。

 

 ただ、それは、褒められたからだけではない。むしろ私は、サスケの成長に感激してしまっていたのだ。

 

 たまらずに、手を伸ばす。左手で、サスケの右の頬を撫でる。

 

「偉いよ、サスケ。よく頑張ったね」

 

 褒めて育てる方針なんだ。

 

 だれだって、褒められるのは嬉しい。私だって嬉しいとしか思えなくなるくらいには嬉しい。

 だから私はこの嬉しさを、今すぐにでも、褒めてくれた褒められるべき本人と共有しておきたかった。偉大なサスケを全力で讃えておきたかった。

 

 慣れていないのか、サスケは少し恥ずかしそうだ。ささやかにふためいている。

 そして感情の高ぶりが、チャクラの乱れに繋がる。

 

「……あっ」

 

 指先から、爪切りが滑り落ちた。いつかはやめなければならないことで、しかたがないことなのかもしれない。

 それでも、落ちた爪切りを残念そうサスケは惜しんでいる。悪いことをしてしまった。

 

「ごめん」

 

「……うん」

 

 そんな平和的なやりとりを済ませて、改めて、私はサスケに言いたいことがあったのだ。言いたいことができたのだ。

 

 独り善がりで、自分勝手に、私はサスケへと告げる。

 

「ありがとう、サスケ。もうお姉ちゃんは大丈夫だから」

 

「……うん」

 

 私は姉だ。サスケの姉だ。

 血の繋がりはないけれど、一族(みんな)じゃない。サスケがそう望むなら、私はカッコつけたい。

 

 

 私の心は決まった。




 長らくお待たせして、申し訳ありません。
 いろいろ迷いましたが、結果、こうなりました。

 お気に入り、評価、誤字報告、本当にありがとうございます。これだけ開けると申し訳ないです。はい。


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仇敵

注意、主人公が不快感を及ぼす行動をします。


 あれからいろいろ大変だった。

 

 私は自分の意思を表明して、任務に行くことになった。

 フガクさんは少し驚いていたようだったし、イタチはどこか渋るような相槌で私の決意を聞き届けていた。

 

 ただ、サスケだけは私に期待を向けてくれる。それだけでも、私が頑張る必要があるんだ。頑張る価値はあるんだ。だから何もせずに留まり続けている理由はない。

 

 知識やら、身体能力やら、忍術やらの簡単な、形だけのテストを受けて、私は忍に混ぜてもらった。

 動かない標的への的当てとか、ただの『分身の術』とか、首を傾げるような内容だったし。たぶん、落とす気はなかったのだろう。

 

「本当に行くんだな、ミズナ」

 

「うん、行く。でも、驚いたよ。まさか逆になるなんてね」

 

 靴を履き、身支度を整えるのが私で、家から送り出すのがイタチ。

 惜しいことに、本当に惜しいことに、これからイタチは一週間、私のいない一週間、お休みだ。

 働き過ぎのイタチにと、フガクさんが気を使って無理やり休みを取らせたのだ。

 

 狙いすましたような日程。これは上層部を恨むしかない。

 

「姉さん!」

 

 そう言って、急いで駆け寄ってくるサスケだ。

 今は朝早い時間。いつもならサスケは寝ているのに、私のために起きてきてくれたのだ。私のために。

 ふふ、嬉しい。

 

「サスケ。兄さんに、いっぱい修行つけてもらうんだよ?」

 

「うん!!」

 

 お別れに、私のいなくなる時間のぶんだけサスケの頭を撫でておく。

 

 私がいない間、心配だけど、完全無欠のあのイタチがなんとかしてくれるはずだ。

 憂いはない。悔いはない。安心して、私は一歩踏み出せる。

 

 そんな出立だというのに、困ったように、イタチがこちらを見つめていることがわかる。

 相も変わらず、しょうがない人だ。自分を責めている姿を簡単に想像できる。

 

 私は顔を上げ、真っ正面にイタチをとらえる。

 

「大丈夫。あなたのせいじゃないから。あなたは悪くない。あなたはなにも間違ってなんかはない。……あなたはあなたの信じる道を行って―( )―お願い。〝夢〟を追って……。諦めることは、()()許さないから……」

 

 もう、あなただけの〝夢〟じゃない。

 

 

 その言葉に込めた意味が、伝わったのかはわからない。

 ただ、これだけは言える。

 

 ()()()()()()()()()()()()である限り、この日はきっとやってきたのだ。

 ()()()()()()()()()()()()である限り、避けられない出来事だったのだ。

 

 だから歩みを止めてはならない。

 私を言い訳にしてはならない。

 私にも覚悟ができている。ただ待っているだけはやめだ。置いていかれるのはやめだ。

 

 なにを犠牲にしようと、必ず―( )―。

 

 この想いが伝わったのかはわからない。

 けれど、イタチは笑って……。

 

「必ず帰って来い、ミズナ」

 

 そして、私は躊躇する。

 これに頷くことは、なにか違う気がしたのだ。

 

 もちろんのこと、今回の任務はただの演習。戦争に行くわけではない。よほど運が悪くでもない限り、無事に帰って来れるはずだ。

 

 しかし、そうだ。もっと言うべきことがある。

 私は思いついた。ただ首を振るより、それよりずっといい言葉を―( )

 

「大丈夫。私はいつでも、あなたたちのそば( )にいるから……それを忘れないで―( )―?」

 

 だから私はそう答えた。

 

 

 ***

 

 

 私のいつも乗り越える、うちはの集落を囲う塀の前に、男が一人立っていた。

 

「久しぶりだな」

 

「……うちは、シスイぃ……ッ!!」

 

「いや、そう怖い顔、するなって……」

 

 意気揚々と、うちはの集落から出発しようとしたのにこれだ。

 なんで私がこんなやつの相手をしなくちゃならない。顰蹙を買って当然だろう。

 

「ああ、わかるさ。オレ、嫌われてるだろう?」

 

「別に……」

 

「気を遣わなくてもいい。あれだろ? 大切なお兄ちゃんが取られたみたいで――」

 

「滅べ」

 

 拾った石ころを投げた。

 だが、さすがは、うちはシスイと言ったところか、簡単に少し体を傾けるだけで避けてしまう。

 当たらない。

 

「すまない、すまない。今日は話があってきたんだ」

 

 今までのからかい調子とは違う。真剣な声色だった。

 石を投げる。当たらない。

 きっとこいつの言うことだ。里のため、うちはのためと、ロクでもない内容に決まっている。

 

「聞いてあげない……」

 

 だから、突っぱねる。

 私にとって、それはどうでもいいことなのだ。

 石を投げる。当たらない。うちはシスイの頭の上を通り過ぎて行った。

 

 私にとって大事なのは、ただ一つ。家族のこと、その中でも特に重要なのが、兄弟との関係だ。

 

 まず第一目的、イタチの〝夢〟に力を貸すこと。無理にでも叶えさせる。そのためなら私はなんだってする。

 そしてもう一つ。サスケのカッコいいお姉ちゃんでいることだ。だから、もう置いて行かれたままは嫌だし、逃げない。そう、逃げない。うん、できるだけ。

 

 そんな思いを知ってか知らずか、シスイは石を避けたまま、膝を折る。手を地面に突く。

 話って、なんだ。一体なにをしようというのだ、この男は。

 

()()()を代表して、お前に謝罪をさせてもらう」

 

 そのまま深々と頭を下げた。

 日常生活を送る上で、それは滅多に取ることのないであろう姿勢だ。

 おそらくその姿勢は、こう呼ぶのだろう―( )―土下座と。

 

「なんのつもり?」

 

 齢九にして、中忍か上忍かは知らないが、強い忍に土下座をされているのだ。忍は簡単に頭を下げるものでもないし。

 これで動揺しない人はいないだろう。

 

「独り善がりかもしれないが、こうしないと、俺の気がすまないんだ。お前が苦しんでることは知ってる。昔のお前はもっと喋るやつだったし、もっと明るいやつだった。辛い想いをしてるってこともわかるさ。……その原因が()()()にあるってことも」

 

 馬鹿だ。こいつは馬鹿だ。私のことを誤解している、それを抜きにしようとも、確かに、こいつは馬鹿なのだろう。

 私はそう思った。

 

 私が望んだわけでもないのに、こんなことをしているのだ。それも、考える必要のないことに責任を感じて。

 そんなもの、そんな些細な関係なんか、ないものと切り捨てて、知らぬ存ぜぬで通せばいい。

 

 

 ああ、気分が悪い。

 

 

「だけど、()()()を見捨てないでくれ。()()()であることに誇りを持てとは言わない。けど、()()()であるということを、決して捨てないでくれ」

 

 今、わかった。私はこいつのことが嫌いだ。

 表現するなら、そうだ。だれに照らされるでもなく輝いて、どんなに明るい場所だろうと、たとえ太陽に照らされていようと、その輝きは目に見える。

 

 その在り方に、陰りはあろうと闇はない。

 それが、うちはシスイなのだろう。

 

 それは掛け値なしに立派なことだ。けれど、だからこそ、私はこいつのことが嫌いだ。絶対に早死にするし。

 

 反射的に、私はこいつの頭を踏みつけていた。

 大丈夫、靴は脱いでる。

 

 絶対にこの頭を上げさせてなるものか。

 本当に、自分はワガママで不甲斐ない。それが、うちはシスイという人物を通して痛いほどに浮き彫りになる。

 

 だから、今の私の顔を見せるつもりはない。

 なんでこんなに、私は涙もろくなったのだろうか。

 

「頼む……。里のためにも、()()()のためにも、お前の力が必要だ……! 力を、貸してくれ」

 

 思わず、ため息が溢れる。

 

 計画的犯行だ。

 なぜだか知らないが、こいつは私にどうやっても接触したかったんだ。

 そして、頼まれるのは十中八九、後ろめたい内容。

 

 まず、私の家族がいるから、家に押しかけるのはダメだ。

 そして、この場所を選んだのは、この私が()()()()()()()()()()()()()()()を選んだのは、()()()()()()()()()ため。

 だからチャンスは今日限り。結構早くに家を出たはずだけど、それより前にここに陣取っていた。

 全く、なにしてるんだか。

 

「イタチは、このこと、知ってる?」

 

「いや……」

 

 足を下ろして靴を履く。

 気まずそうなその返事には、呆れてしまう。

 私のことをなにも知らないのか、いや、もしかしたらこの男は、そうすることが卑怯な行為だと思っているのかもしれない。

 

 そうだとしたら、見上げ果てたやつだ。

 

 少しだけ、ほんの少しだけ、うちはシスイという人物のことを見直してしまった。むろん、私からすれば悪い方に。

 嫌いなものは嫌いだし。

 

「じゃあ、協力してあげる――」

 

 私は決めた。

 ちゃんと前に進むって、決めた。置いては行かれない。むしろ、置いていくくらいでちょうどいい。

 

 うちはシスイは顔をあげる。もう少し時間がかかると思っていたのかもしれない。私のことを歓喜の混じった疑心の目でマジマジと見つめていた。

 大丈夫、私はちゃんと笑えている。

 

 そして、私は手を差し出す。

 

「私はイタチのために、なにをすればいい?」

 

「お前……」

 

「勘違いしないで、あなたのためじゃないから……」

 

「ああ、()()()のためだ」

 

 なんだろう、この、噛み合ってない感じは。

 

 

 ***

 

 

 砂隠れの里。

 現在の一国一里制において、五つある大国のうちの一つ、風の国における軍事力としての役割を担っている。

 

 しかし、国のほとんどが砂漠。資源に乏しく、五大国の中で経済力も最低。そしてそれに相関し、人口も他の大国ほど多くはない。

 

 そんな国だが、そんな国だからこそか、国のトップの大名たちは、あの悲惨な戦争―( )―第三次忍界対戦の後から軍縮に力を入れている。

 軍事力を維持するには、どうしてもお金がかかる。武器を買わなければならないし、人材の育成だってタダじゃない。

 こうした高額な費用を削減できれば、国はもっと楽になるという算段だ。

 

 砂隠れの里と木ノ葉隠れの里の同盟にも、やはりこの問題が絡んでいるのかもしれない。

 木ノ葉に頼れば、そのぶん、砂がいらなくなる。そのぶん、軍事費が削減できる。

 

 現状、自国で軍事力を賄うよりも、他国にある里に任務を委託した方がずっと安上がりで済む。

 背景には、その方が砂が弱体化して好都合だとか、軍事力を失った風の国を食いものにしようだとか、そんな考えもあったりするかもしれないけど、それは知らない。

 ただ、そっちの方が安いという事実がある、とだけ言っておこう。

 

 まあ、ともかく。つまりどういうことかというと、砂隠れの里は今、危機的な状況下にある。ジリジリと資金が削られ、あらゆる面で縮小を余儀なくされている。

 まだ大丈夫、と言っていられはするものの、五年後、はたまた十年後にはどうなっているかわからない。今、なんとか対策を打ち出さなければ、近い将来、痛い目を見ることは必至だ。

 

 もっとも、こう考えてはみたものの、こんなふうなお国柄的事情は、私の与り知るところではない。勝手にやっていればいい。

 

「というわけで、オレたちの役割は以上。なにか質問はないか?」

 

 私の現在の上司である上忍―( )―小日向ムカイはそう尋ねる。

 小日向というのは、()()()と同じく血継限界、三大瞳術の一つ―( )―『(びゃく)(がん)』を持つ一族である日向一族、その遠縁であることをあらわす。

 

 下忍三人、上忍一人のフォーマンセル。しかし、彼は下忍の指導役である担当上忍というわけではない。

 私の所属する班は、要するに寄せ集め。各人の都合によりはぐれ者となった下忍のまとめ役に、彼が抜擢されたというわけだ。

 

「潜入と、ターゲットである重要書類の保管状況の確認。あわよくば奪取。重要な役割、ですね」

 

 一緒の班の下忍さん。

 いかにもインテリと言わんばかりのオーラを感じる。そんな少年だった。

 

 ちなみに、もう一人は無口な油目一族の人だ。

 

 その少年の確認に、小日向の上忍さんは肩をすくめる。

 

「まあな。だが、きっちりと向こうさんの陽動が動いてくれる。まだ初日だ。こっちはこっちで気楽にやろうぜ? 気楽にな」

 

 その言葉にはどうしても軽い印象を受けてしまう。そして、漂ってくる染み付いたような煙草の匂いと酒臭さに、その印象は増すばかりだ。

 潜入だっていうのに、大丈夫か心配になる。

 

 期限は一週間。

 風の国の打ち捨てられた鉱山を改修して作られた演習用の砦が舞台だ。

 機密情報がそこにあるという設定で、私たちはその書類を回収しなければならない。

 

 この演習、下忍たちに質の良い経験を積ませることがメインらしい。いかにも火影さまらしい考えだ。

 ただ、里のメンツだってある。上忍がなにもしないわけはない。

 

「それで、潜入経路はわかったか? うちはの嬢ちゃん」

 

「まだ……、あっ、来た。……ダメね。やられたみたい。半分くらいしか構造はわからなかったかな……。また送る?」

 

 感知タイプで影分身が得意な私は、こういう偵察にもってこいだった。というわけで、内部構造を把握するために数体、変化をかけた影分身を送り込んでいたところだ。

 

「チャクラは?」

 

「今日はお休みにしてほしいな?」

 

「よし、半分もわかりゃ上出来だ。このまま行くぞ」

 

 私としては、全部、影分身に任せたかったけど、そうはいかないみたいだ。

 行く、といっても、まだ合図があるまで岩陰に隠れながら待機しなきゃならない。暇だ。

 

「少し、いいですか?」

 

 インテリ君が小日向の上忍さんにそう問いかける。

 

「なんだ?」

 

「しっかりと、メンバーの能力を確認しておきたいところなんですが」

 

 なんか、こっち見てる。

 

 なるほど、そういうことか。

 

 砂隠れの里で現地集合、即興で組まれた小隊で、作戦に参加。そんな突飛なスケジュールで、ついさっき、特技を聞かれて、今に至るというわけだ。一週間あるんだから大丈夫だろう、とね。

 現地集合になったのは、だいたいシスイのやつのせい。そのせいでどれだけ私が絶望したか……。

 

 そういうわけで、互いの実力なんて知らない。自己申告だけだ。だから、私が忍として使えるのか使えないのか疑われているというわけ。

 この中で一番年下だし、か弱い可愛い女の子だし、目が見えないし、当然と言えば当然だろう。

 

「二時の方向」

 

 私はそう呟く。

 その台詞に、みんなは揃ってバッと右斜め前に注目した。

 さすがは忍だ。統率が取れていて実にいい。

 

「五、四、三、二、一」

 

 カウントダウンの終わりとともに狼煙が上がる。

 戦いの始まりに、どさくさに紛れて放たれた火遁の煙だ。陽動の合図でもある。

 これで私たちがようやく本格的に動くことができる。

 

「はは、こりゃ、合図、いらねぇな……」

 

 そう一人ごちる小日向の上忍さん。

 私の有用性をアピールできたみたいで良かった。




 最近、調子が悪いのでヤケにひと描写が短くなります。

 更新が遅いのは、ちょっと、血継限界三つくらいぶち込んだチートなオリキャラを考えてたせいです。ただ、主人公以外で出てくるオリキャラはなかなか好みに合わないので、多分、登場しません。はい。

 あと、お気に入りが千を超えたので、アンケートを取りたいと思います。カップリングについてです。
 詳しくは活動報告にて。投稿後に活動報告を書くので、少し時間がかかりますが、ご了承を。

 追記、書き終わりました。
 syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=162630&uid=127986


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実践

「それにしても、ここ、気味が悪いし。早く出たいかな」

 

 私の案内で入り組んだ道を進んでいく。

 現在、隠密行動中。

 その最中にはあるまじき私の行動。漏らした声に、小日向ムカイ隊長が反応する。

 

「ああ、薄暗いしな……。やっぱり、うちはの嬢ちゃんは、こういうとこ、怖いのか?」

 

 だが、注意ではなく便乗してきた。

 案の定というか、対応が軽い。浅はかなのか、私の力をそれほど信用しているのか。なんにせよ、これで人柄というものがわかる。

 

 付き合うのもやぶさかではない。けれども、からかうように、そう切り返された話に私は答えあぐねた。

 

「薄暗い……? ああ、そういえば、そうか……」

 

 弱い光が、点々と坑道の壁に掛けられていることがわかる。

 確かに薄暗い。私の力では、こういうことが考えなくちゃわからない。少し悲しくなるかな。

 

「……なんか、悪いな」

 

「別に……。いつものこと」

 

 私の努力が足りないのだ。

 私は普通でないのだから、周りに溶け込む努力をしなければならない。それができないのであるから、悪いのは私だ。

 

 反省をしながらも、この軽薄な隊長へと言葉を返す。

 

「……ほら、ここ、鉱山だったから……風影の……。だから、生きた心地がしないってわけかな。見張られてるみたいにも思えるし」

 

「感知タイプってヤツは、そういうのに敏感ってわけか……」

 

「うーん……。まあ、単に思い過ごしって、可能性もあるけど……、怖いものは怖いし……」

 

 なによりも、面倒。

 私はこういうのは嫌いだ。

 

 情報の重要性はいちおう認識している。認識しているからこそ、どうしても必要最低限の力だけしか発揮したくなくなるのだ。

 特にそう、敵になりうる相手の前では。

 

「ま、頼りにしてるぜ? うちはの嬢ちゃん」

 

 軽い口調でそうのたまう彼には少し呆れを感じる。

 喋っているのは私たち二人だけ。隊長は、他のメンバーの無言の圧力をものともしていない。

 

「あっ……」

 

 足を止める。

 索敵役である私の異常に、今までの和やかな雰囲気を吹き飛ばし、殺気立って各々が身構える。

 

「どうした?」

 

「んっと、小隊が一つ、右手の通路から接近。その先に一番の人口密集地帯。その奥、左手に小隊三つが固まって停留」

 

「なるべく敵は避ける。それと、その人口密集地帯はとりあえずパスな。あとは小隊が固まってるっていうところを確認したい。他に似たような場所は?」

 

「今のところは……」

 

「じゃあ、そこの確認が第一優先。遠回りでも見つからないように頼むぜ?」

 

「了解」

 

 通路を左に曲がる。

 幸いなことに幾つかの道が枝分かれして、その上で繋がってくれているのだ。

 通路が複雑で、もし、なにもわからないままなら、迷うこと間違いなしだろう。事前に影分身を放っておいてよかった。

 

「一つ」

 

 そう言いだしたのはインテリくんだ。閉ざしていた口を開いた。

 当然のように、皆の注目を彼は集めた。

 

「なんだ?」

 

「ここで二手に分かれるというのは……」

 

 いったい、彼はなにを言っているのだろう。

 私が、私が案内をしているからこそ、進めているわけであり、私抜きだと道に迷う。

 もし、迷わないとしても、同じ探索に大幅に時間を食ってしまうことは明白だろうに。

 

 片目を閉じ、小日向隊長はチラリとこちらに視線を送る。

 

「……ありっちゃ、ありだな。それだったら、二人一組(ツーマンセル)三人一組(スリーマンセル)ができるが?」

 

二人一組(ツーマンセル)の方を希望します」

 

「普通なら、俺がそっちに行くべきだと思うんだがな……?」

 

 えっと、三人と、二人……。

 ここにいるのは四人だ。

 なにかおかしい。嫌な予感がする。

 

「ムカイ隊長がそちらにいた方が、もしものときにリスクが半々にわかれると思ったまでです」

 

「ま、それでいいか」

 

「…………」

 

 油目一族の子は、無言。

 相変わらず無口だ。

 沈黙を肯定と受け取り、議論が終了をしかける。だが、もちろんのこと私は納得できていない。

 

「わ、私は?」

 

()()()ニ人一組(ツーマンセル)の方な……」

 

「チャクラ……」

 

「有り余ってる。大丈夫だろ……」

 

 断言されてしまった。

 チャクラ切れで寝込んだときだってあるのに。そんなに多い方じゃないのに。

 無理を言ってくれる。

 

「『影分身の術』……っと」

 

 術を発動すれば、音を立てて、問題なくもう一人の私が登場する。

 

「そんなに頑丈にできてないから、ちゃんと守ってあげてね?」

 

「ああ、わかってる」

 

 残り少ないチャクラを絞り出して作った分身だ。弱くたってしかたない。

 まあ、この上忍の隊長さんなら大丈夫だろう。たぶん。

 

「それじゃあ、またな」

 

 軽く手を振り、彼ら分身を含む三人は去っていく。

 

 取り残された私たち二人。まあ、戦闘をすることがメインなわけじゃないし、これでもやっていけるだろう。

 

 危ない危ない、取得するべき情報の位置確認はあちらに任せて、本体たる私は未開拓エリアに行き、マップを拡げることにする。

 こう考えてみると、二手に分かれても別によかったんじゃないかと思えてくる。

 

「それで、私に用でもあったの?」

 

 丸メガネのインテリくんにそう尋ねる。

 正直なところ、彼がなにを考えているのかよくわからない。けれど、何かを考えていることならわかる。

 彼が明確に意思表示をし、二手に分かれたこの状況も、きっと意図があるには違いない。

 

「少し、お話をしてみたいと思ってね……」

 

 なんの話だろう。

 こんな暗がりで女の子と二人きり。二人だけになって、なんて怪しいことこの上ない。

 よく、小日向の隊長さんはこれを許してくれたものだ。

 

 なんにせよ、仲良く雑談をできるとは思えない。

 どうにかしてこの男を見極めなきゃならない。

 

「なに?」

 

「これは、ずいぶんと冷たい」

 

 要件をさっさと言えばいいのに。

 回りくどいのは嫌いではないが、ただ先延ばしにするような、こんな受け答えは嫌いだ。

 

「用件は、なに?」

 

 ただ率直に尋ねる私に、やれやれと彼は肩をすくめる。

 今の私になにを思ったか。そんなことはどうでもいい。早く話を進めてほしい。

 

「少し、君の来歴に興味があっただけだよ」

 

「藪から棒ね。次は蛇が出てきてもおかしくないわ」

 

「蛇、か……」

 

 そうやって、蛇という言葉を反駁した。

 しかし、それだけで、私の意図を全く理解してはくれない。いや、理解していて無視しているだけだろうか。

 

「眼を持たない()()()だ。それに本来、まだ忍者学校(アカデミー)にいてもいいような歳でもある。あの木ノ葉でだ。普通なら、こんなところにいていいとは思えない」

 

 いちいち気にさわる言い方だ。

 当然のように苛立ちはする。このままでは癪だが、ここでこの挑発に乗るのはいかんせん、よろしくない。

 

「そうね。けれど、私はここにいる。……それなりの理由。見つけられたかしら?」

 

 先導して、前を進んでいた私は、振り返って、微笑む。

 藪をつついた命知らずは、気を抜いたように息を吐くと、中指でメガネのブリッジを押し上げる。

 

「ええ、まあ。ただ、それでも、まだ少し足りない……」

 

「ふーん……」

 

 なにが目的で、このインテリくんがここにいるかはわからない。

 案外、こういうふうに私としゃべっていることも、大した意味がないのかもしれないし。

 

 まあ、その足りない意味を尋ねるために、こうした場所を用意したのだ。

 ダメでもともと。多分そんな感じ。

 そういう捨て身は少し面白くない。

 

「ねぇ、写輪眼に興味はある?」

 

 だから少しだけ、少しだけ揺すってみる。

 

「いえ……」

 

 なるほど。無難な受け答えだ。

 動揺せずにスマートに答えてくれる。

 

「大切な人を失ったことは……?」

 

「……いえ……」

 

 手慰みにメガネのツルを弄りながらも彼はそう言う。

 別にこの質問には意味はない。ただ、私が語りたいだけ。

 

「すごく、悲しくなるでしょう? そうすると、ずっと熱くなって、わからなくなるの」

 

 取り留めのないことはわかっている。

 言葉では語り尽くせないことだ。こうなるのも仕方がない。

 

「……それでも君は……失った……」

 

「そうね……」

 

 なにかが欠けている。

 あの日から、ずっと、そんな気がしている。そんな気がしているように思える。

 限りなく不確かで、私には掴めないもので、それでいいのだと、そうあるべきなのだとさえ思っている。

 

「調べさせてもらったよ? やっぱり、あの事件には不可解なことが多い……」

 

 決着の付いたそれだ。

 あの人が死んだ。もう時間が経ち、霧がかかったように曖昧な記憶の中にしかない。

 

 ただ、うちはイタチが、偉大な〝夢〟を持つ彼が、まるでヒーローのように私を助けてくれたことだけが鮮烈に思い出せる。

 あの出来事は私の原点、と言ってもいいかもしれない。人生の始まりとも、だから私はここにいる。

 

「気にしても、なんの得もないんじゃない?」

 

 ポーチから、チャクラで指に吸い付けて、手裏剣を取り出す。こっそりと、音を立てないようにだ。

 

「こういうのは、はっきりさせておきたいタチなもので」

 

「A型なのね……」

 

「AB型です……」

 

「…………」

 

 三枚、取り出せた。

 クルクルとその手裏剣を指先で回し、飛ばす。

 私の後ろから、突然飛んで来たように、思えるように。

 

「……なっ!?」

 

 三枚の手裏剣はそれぞれ、別の方向に飛び、壁を削る。

存分に暴れ回り、周囲の明かりを砕いて回る。

 なかなかのコントロール。あたり一面は真っ暗になる。

 

 クナイが飛んできたのがわかる。

 反応できる。柄の部分に指を添え、チャクラで軌道を乱し、そのまま敵へと投げ返す。

 ある程度、攻撃が予測できれば、このくらいはなんとかできる。

 

 ただ、どういうわけか弾かれる音がしない。

 状況を確認するに、手で受け止めたようだった。

 物音がすれば、位置がバレてしまう。そう踏んでの行動だろう。さすがは忍か。私の思考をよく読んでる。

 

 さて、どうしたものか。

 膠着する。

 誰も一歩も動いてくれない。

 当たり前だ。この状況に陥入れば、先に物音を立てたものが不利。飛び道具で先手を取られてしまうのだ。

 

 しかし、このままでは、時間切れで私が負ける。

 よし、じゃあ、決めた。

 

「私は一歩も動いてないよ!!」

 

 そう叫んだ。

 同時に、両手を使い二枚ずつ、計四枚の手裏剣を飛ばす。

 

 残念ながら、私にはこの暗闇でも丸わかりだ。

 

「チッ、やはり感知タイプか……」

 

 ワンテンポ遅れて、私にいくつかのクナイが飛んでくるが造作もない。

 音を頼りにしたそれは、よく定まった狙いとも言えない。一つ借りて、また投げ返す。

 

 私たちの声と動作の音で位置関係を理解したインテリくんも参加する。飛び道具の物量で、なんとかいけるんじゃないかと期待したが、そううまくはいかない。

 私とインテリくんとで、頑張って投げているが、位置を固定させるほどしか効果はなく、すべて弾き落とされてしまっている。これでは、相手の疲労が溜まるより、こちらの武器が尽きる方が先だ。

 

「相手は一人。だから退く。わかった?」

 

「――一人なら!!」

 

 インテリくんが突貫した。

 驚く。ちょっと意味がわからない。確かに、素早く倒せるのなら、それに越したことはないが、無謀だ。

 

 相手はおそらく上忍。基本の四人一組(フォーマンセル)を崩しているところを見るに、他の下忍たちはおそらくこの事態の報告をしに本部にでも行っているのだろう。

 

 影分身の術を解く。

 逃げたい。見捨てて逃げたい。

 

「くっ……」

 

 インテリくんは挑みかかり、暗闇をはみ出した明かりに照らされる一帯に敵を押し出す。

 逃げた方がいいのに。

 

 仕方がなく、手裏剣を投げて援護をする。縦横無尽に空間を飛び回る私の手裏剣は、八方向から相手を蜂の巣にする。私ならば諦めて死を待つしかない密度であるが、たやすく弾き、躱す敵だ。

 まあ、なかなかの強さ。

 

 そんな手裏剣の嵐を、インテリくんは網の目を潜るように抜けて、クナイを手にして飛びかかる。

 音だけで場所を理解しているのだろう。

 

 流石の敵も、手裏剣に加わったインテリくんの攻撃にはたじろいで、後退。

 闇から、光の中へと追いやられる。

 

「砂の忍、ですか」

 

「お前たちは、下忍だろ? なかなかやるな」

 

 私を抜きにして、刃物の壮絶な打ち合いとともに、そんな会話が繰り広げられている。

 

 それにしたって、ジリ貧だ。

 躱された忍具は手元に戻ってくるからいいものの、弾かれたものはそうもいかない。

 手元から離れたとしても、ある程度の操作は利くが、落ちたものの回収なんてできやしないのだ。

 

 どうしよう。

 味方が近くにいるせいで、シスイとの会話途中に、暇だったから思いついた新技を試すこともできない。

 

 巻き込んじゃっていいかな?

 だめか。

 歩けなくなったら、彼を担いで逃げ切るのは私の体力じゃ無理だし。

 

 私の援護込みで拮抗している戦局。

 どうにかしなければならない。

 サスケのことを思えば、ここで終わるわけにはいかない。

 

 私ができるのは、手裏剣術、火遁、影分身。

 体術は体が鈍ってて無理。おそらくこの上忍には通用しない。

 幻術は基礎クラス。効いてもすぐに解かれてしまうだろう。

 

 インテリメガネに苛立ちを感じる。

 撤退するべきはずだったのに、なにしてくれてるんだ。

 纏めて焼きたい。

 

「『火遁――」

 

 大声で叫ぶ。

 これから放つ技を丁寧に言ってあげてるんだ。警戒しないわけがない。

 

「――豪火球の術』!」

 

 暗闇を吹き飛ばすほど明る炎が現れる。

 イタチや、シスイのヤツと比べれば、たいしたことない大きさだが、まあ、上出来だろう。

 

 インテリくんは私の意を汲んでもう離れている。

 炎は一直線に敵の上忍に向かう。当たったかは知らない。私にはやることがある。

 

 分身を二体置く。

 煙に紛れてインテリくんの手を掴んで引っ張る。

 

「なにを……」

 

「撤退。今のうちに……」

 

 起爆札付きのクナイを天井に突き刺す。

 分身は変化の術を使い、インテリくんを装って敵へと突撃。何秒もつかが問題だ。

 

 幸運なのは、私の援護に気を取られたのか、動きが若干、鈍っていることだ。

 やはりチャンスは今しかない。

 

「……まだ僕は……っ」

 

「応援が来る。早く……」

 

「く……っ」

 

 ことの重大さをわかってくれたようだ。初めからこう説明しておけばよかった。

 十分に距離をとったあと、起爆札を発動。天井を破壊。追跡ルートを一つ潰す。

 時間稼ぎになってほしい。

 

「さっきの豪火球は……」

 

 なんだろう。逃げる途中に聴いてくることでもない。

 

「初めてだったから……。でも、避けやすかったんじゃない?」

 

「…………」

 

 あんな大規模な火遁なんて、日常生活で使う機会は滅多にないからね。

 まだまだ、足りないことばかりだ。

 

 こうして、なんとか入り口で他のメンバーと合流できた。一日目は終わる。

 情報をまとめる作業をしなければいけない。

 少し、面倒かな。




 投稿、遅れてすみません。主人公の強さに四苦八苦していました。強すぎる気がしますが、気にしないでください。

 そしてそう、アンケート。みんなの望みは同じでした……。だいたい決まりですね。あれは。
 まだ受け付けていますので、じゃんじゃん、票を入れちゃってください。


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策略

 遅れてすみません。


「うちはの嬢ちゃん。ちょっといいか?」

 

 今は基地の中だ。

 そこに着いて一日目の夜。小日向の隊長さんに呼び出される。

 

「なに?」

 

 タバコ臭いし酒臭い。

 酔ってるんじゃないか、これは。

 よく真面目な演習だというのに、そんなに気楽でいられる。

 

「ああ、今日のことで少し確認しておきたいことがある」

 

 腐っても隊長だからか。

 さすがに役割は果たすのだろう。そうでなければ、上忍になれるわけもないか。

 

「いいけど……。私、だけ?」

 

 必要はないが、周囲を見回す素振りをする。

 秘密の特訓、ということで、(なま)った身体を動かしていた。

 

 これでも忍者学校(アカデミー)ではそれなりの方だったんだ。もともと体術もできないわけではない。

 そしてそう、意外にも、身体能力はあまり衰えていないようにも思えた。

 家事の成果かな。

 

「ああ、嬢ちゃんだけだな……」

 

「…………」

 

 一歩、下がり、少しだけ距離を取る。

 相手は上忍。私は下忍もどきだ。

 たぶん逃げ切れはしないけど、抵抗は全力でさせてもらう。

 

「いや、なんで退く……っ!?」

 

「こ、怖いこと、しない……?」

 

「そんなことしねェよッ!!」

 

 顔を赤くして……。

 酔っ払いは信用ならないんだ。知ってる。そう教わった。

 

「あー、あれだ。なにか聞かれちゃまずいこと、あるんじゃないかと思ってな……」

 

 その考えを修正すべく、隊長は補足を加える。

 聞かれちゃまずいって、ことは少し思い浮かばない。強いて言えば、シスイのやつに頼まれたことだ。

 

 ()()()のため。延いては里のためになることらしいが、本当にシスイの予測通りになるとは私には思えない。

 もし、それが的中してしまったなら……。

 あの時のシスイの声色は真剣そのものだった。

 

「ないわ」

 

 そう答えておく。

 隊長さんが、そこまで不躾に尋ねてくるとは思えなかった。そもそも、うちは情勢にでも詳しくなければ、そんな話にはならないはずだし。

 

「ない、なら、いいんだぜ? ほら、オレんとこも、それなりには複雑だからな……。ああ」

 

 ――小日向……か。

 

 日向一族とは縁があると聞いた。

 宗家や分家のシステムで人を縛り付け、血継限界を徹底的に管理している一族だ。

 その血継限界である(びゃく)(がん)開眼条件は写輪眼よりも比較的緩く、個の実力が際立つ()()()に対しては、数で勝り、力が並んでいる現状だ。

 

 得意技は柔拳。

 正確に写輪眼でも見ることのできない点穴を突き、チャクラの流れ止めるのがお得意の戦法だ。

 あと、視野が広い。その()()()にはない索敵能力は、脅威と言えよう。

 

 だが、身内贔屓ではなく、世間一般の認識としては()()()の方が警戒すべきとみなされている。

 ゆえに、その厳格な管理体制も相まってか、日向一族は里とは折り合いよくやって行ってる。

 

 だからこそか、今までうまくやってきたからか、その仕組みの崩壊を恐れている輩がいるということだ。

 

「そう。残念ね」

 

「ああ、この血筋(しゅくめい)だけはどこに行っても付いて回る……。難儀なもんだ……」

 

 憔悴したようにしてそう溢す。

 懐からボトルを取り出す。蓋を開け、一気に呷った。

 漂ってくる芳香に、それがアルコールの類いだということがわかる。

 

「身体に悪い……」

 

「オレたちは忍だぜ? もとより、長くは生きれない。……と、嬢ちゃんには、自覚がないか……?」

 

 ボトルをしまい、次いでタバコとライターを取り出す。

 タバコを咥え、ライターの口を風から守るように手で覆うと、火打石をこする。

 

「少なくとも、今は……」

 

「まあ、いいんじゃねェか? 今の時代、少しはまともだからな……」

 

 せせら笑うような台詞だ。

 なんどか、乾いた石をこする音がした。

 しかし、火はつかない。オイルがないのか、石がダメになったのか。理由はいろいろ考えられる。

 

 軽く舌打ちをし、ライターをしまう。

 おもむろにタバコを指で挟み、口から離した。

 

「なあ、嬢ちゃん。確か、うちはって火遁が得意――( )

 

「燃やす」

 

 印を結ぶ動作を見せると、彼は〝冗談だ〟と肩をすくめ、タバコをしまった。

 解消されない苛立ちからか、彼は一つため息をつく。

 

「それで、本題だが……」

 

「なに?」

 

「なんで見つかった?」

 

 今日のあの潜入でのことだ。

 私ほどの感知能力があってなぜ、危機を避けられなかったのか、そう彼は尋ねている。

 

「面倒なのがいたから」

 

 ただ、それだけだ。

 それだけの理由だ。

 

「そうか……。相手にも感知タイプがいたってことか……?」

 

「…………」

 

 ただ単に下手をして見つかっただけだ。

 だが、それを言いたくはない。

 気まずく顔を背けておく。

 

「それで、なんで戦おうとした? 敵がきてることくらい、わかってたんだろ?」

 

「別に……。そうするしかなかったから」

 

 私に他の選択肢はなかった。

 それだけの話だ。

 話に夢中だったわけでは決してない。むしろ終わるタイミングを探していたくらいだ。

 

「はぁ……。まあ、いいが……仲間を危険にさらすような真似は絶対にするなよ? 二度ともとには戻れない。オレからの忠告だ」

 

 私の返答を待たずに、また、酒を(あお)る。

 そのまま、空になったのだろう。置かれたボトルは、ただ軽そうな高い音だけを立てる。ただ虚しく響いていく。

 

「大事に飲まなきゃ……。お酒も、食べ物も……戦争には重要だから……」

 

 皮肉を込めて。

 これは平和な訓練だ。この戦争かぶれをからかってやる。

 

「ん? ああ、そうだな……いや、そうか……」

 

 何か、意味ありげに頷いている。

 勝手になにを納得しているのだろう。

 

「じゃあ、またな?」

 

 そのまま手を上げて、私には目もくれずにどこかに行ってしまった。

 余計なことを言っちゃったかな……。

 

 まあ、それはともかく。

 

「これ、片付けなきゃかな?」

 

 彼の置いて行ったものだ。

 使い道も特に思いつかない。唯一思いつくものといえば、手紙を入れて川に流すくらいだ。

 

 やっぱり、不法投棄を見逃す勇気は私にはない。

 勘違いされないことを祈ろう。飲んだのは私ではない。

 

 

 ***

 

 

 酔っ払いに絡まれてから三日が経った。

 初日以来、特に私たちにはお呼びかがかからず、待機状態が続いている。

 なんでも警戒体制が強く、決め手にかいているかららしい。相手側では砂の由良と言う名前の若い上忍が、辣腕をふるい陣頭指揮を執っているそうだ。

 

 初日に手に入れた情報で、敵から得たアドバンテージも効果が少なくなりつつある。

 

 この訓練の攻略法は思いつくだけでも二つ。

 

 一つは単純に全面攻勢による制圧。ただ、人数的にこれはほぼ不可能。同数では、籠城されたときの勝ち目が全くない。

 

 もう一つは、少数精鋭における侵入。そして、目当ての情報の奪取だろう。

 だか、まあ、無論のこと、敵が何を狙うかわかっていれば、守ることはたやすい。

 

 正直なところ、どちらも難易度は非常に高い。

 

 だからだろう。

 だれが言ったのか、第一の標的がその情報の書かれた巻物ではなく、食糧へと変わった。

 私たちが持ち帰った地図情報から割り出したらしい。

 

 結果は大成功。

 警戒を巻物に集中させていたせいだろう。敵の食糧は焦げ付いてしまった。

 いやらしい戦法をしているものだね。全く。

 

 まあ、そういうわけで、互いにジリ貧。

 もともと、籠城をしている方が有利ということを鑑みて。ようやく五分五分に持って行けたというところだろう。

 

 ここまでくれば、敵の次の動きは大方、予想がつく。

 だから、私はここでのんびりしていればいい。

 

 そういうわけで、基地からは少し離れた岩場の上で寝転んでいる。

 

「なにをしているんだい?」

 

 そしたら、どこかからやって来た同じ班のインテリ君が話しかけてきた。

 

「釣り」

 

 眉を潜めながら、起き上がる。

 この人、嫌い。

 

「なにか釣れるのかい?」

 

「ガラクタが釣れた……」

 

「…………」

 

「…………」

 

 訝しげに見つめられるが、私は憮然とした態度を保ちつつ顔を背ける。

 とても気まずい。

 まあ、でも、話だけでも聞いてあげよう。

 

「なんで、ここに?」

 

「ああ、君に君がここにいると言われたんだ」

 

「…………」

 

 少し意味がわからないかな。

 真面目な顔でおかしなことを言わないでほしい。

 

 一瞬だけ、そう思ったが、よく考えたらその意味がわかる。

 

「何の用?」

 

「ああ、手合わせを願いにね。あのエリートの、うちは一族の腕前を見せてもらおうと思って……」

 

 厄介なのに目をつけられてしまった。

 まあ、こういうことだ。現在秘密の特訓中の分身の私のせいだ。が なにを考えてのことかは、分身を解除しなくてもわかる。私だから。

 

「わかった」

 

 立ち上がって、服にまとわりついた砂を払う。

 少し、予定を変更しなければならなくなったが、まあ、問題ないだろう。

 

「話が早くて助か……」

 

「忍術はなし、武器もなし、幻術はだめ、降参したら負け」

 

 拳をふる。

 適当にルールを言って、殴りにかかる。

 とりあえず、みぞおち狙いだ。

 

「やれやれ……」

 

 インテリメガネ君は済ました顔のままだった。

 

 まず、私の拳を手で受け止める。

 次に足払いをかけられる。

 流れるように、バランスを崩した私の腕を捻り上げてくれる。

 

「はうっ」

 

 うつ伏せに倒れ、手足をジタバタさせる。

 だめだ。この状態だと勝機はない。

 

「このルールで勝てるとでも……!」

 

「痛いっ! 痛いっ! やめて……っ! 折れちゃうぅ!!」

 

「……なっ!?」

 

 驚愕に染まるインテリくんだ。

 少し厳しい姿勢だけども、見えるように、下まぶたに指をあて、舌を出す。

 べぇー、だ。

 

「て、ひゃえ……っ。あ……? ちょっとっ!?」

 

 気づけば、身体が宙に浮いていた。

 放り投げられたんだ。多分。

 私の空間認識能力がそう言っている。

 

 あまりに予想外の事態に受身が間に合わない。

 さすがに、この仕打ちはないんじゃないかな。

 

 砂の上をころころところがる。

 ざらざらとした砂が、服や下着の中にも入ってくる感覚がある。

 最悪だ。

 

「……痛っつぅ……」

 

 あちこちが擦り剥けてしまったのは間違いない。ヒリヒリと痛む。

 起き上がろうとするが、頭がくらくらして、手足が言うことをきかない。

 

「どうやら、やる気がないみたいだね」

 

 立ち上がれない私へと、インテリくんは近づいてくる。

 なんとか手を打とうとするが、遅い。

 

 

 容赦なく、腹部に蹴りが入れられる。

 

 

「うぐ……っ」

 

 軽く数メートルは転がされる。

 さすがにここまでくると、反撃はできない。

 私は()()()()()印を組もうとする。

 

「おっと、それはダメだ……」

 

「きゃっ……」

 

 彼は即座に私の手を踏みにじる。

 鋭敏な観察力と、的確な判断力だ。

 

「酷い! 鬼! 外道! 根暗メガネ!」

 

 彼は、中指でクイっとメガネのブリッジを押し上げていた。

 

「……そこまで言うかい……?」

 

「……うぐ……っ」

 

 口汚く罵ってみたのが、いけなかった。

 

「……おっと、そうだね。……なんで君みたいなのが、忍を名乗っているんだい? 目が見えない……。しかも、ガキで、女だ。忍者学校(アカデミー)を卒業できたから? うちは一族たからか? それだけだ。たった、それだけで……任務の経験もない! それなのに、一人前に忍気取りだ……ッ! そういうのが一番ムカつくんだよ!!」

 

「あ……、がぁ……っ」

 

 そこからは何度も、何度も蹴り続けられる。

 徹底的に痛めつけるように。

 逆らう気力がなくなるくらい……何度も、何度も。

 

「も、もう……止めてぇ……! お……お願い……」

 

 ここまできたら、恥も外聞もなく助けを求めなければならない。

 わきまえてるのかどうなのか、ちょうど私の意識が途切れないくらいの攻撃ばかりだ。

 

「ゆ……許して……? わ、私が……いけなかった……から……」

 

「…………」

 

「う……っ、へぐぅ……っ」

 

 無言で蹴りは続けられる。

 どうやら、これではいけないようだ。

 もう一度、私のことを蹴ろうとする――( )

 

「ま、()()()()……。これ以上、()()()……っ」

 

 ――その足は、ピタリと止まった。

 

 メガネブリッジに手を当てたまま、動きをとめる。

 その仕草は、なにかを考えているようだった。

 

 そして――。

 

「今日のところは、ここまでにしておこうじゃないか。明日を楽しみにしてるんだよ?」

 

 それだけ言うと、興味を失ったかのように、私に背を向けた。

 もちろんのこと、私にはその背中に手裏剣を投げつける余力はない。

 

「お、お願い……。明日は……っ。まだ傷が治らない……」

 

 振り返った視線があった。

 混じっていたのは困惑。

 だが、それも一瞬。また、前を向き、すぐにそこから去ってしまう。

 

 ああ、もはや私はなにもできない。

 思った以上に酷い仕打ちだ。

 砂漠の夜は冷えると言う。少し、まずいかもしれない。

 

 

 ***

 

 

 あれから数日が経った。

 私は今、医務室にいる。

 心優しい木ノ葉の少年に連れられて、ここまでやって来たわけだが、現在、ここから出られない、いわゆる軟禁状態にあった。

 

 ちなみに、怪我はまだ治りきっていない。

 

 外がどういう情勢にあるか、全く知らされていない私であったが、今はどこか騒がしい様子だった。

 

「うちはの嬢ちゃん。久しぶりだな? 大丈夫か?」

 

 ひっそりとやってきて、ベッドのわきの椅子に座った男だ。軽薄そうな笑みを浮かべて、戦争かぶれが私に話しかけてくる。

 

「まあ、ちゃんと傷の治療はしてもらえたから」

 

「ん……。そうか、なら、良かった」

 

 言葉とは裏腹に、その表情は全く思いやりや労りの欠片も感じられないものだ。

 そんな無粋な男に辟易としてしまう。

 

「はぁ……。それで、今、どうなってる?」

 

「今……?」

 

「とぼけないで……。さっきまで、騒がしかった」

 

「ああ、そうだな――」

 

 そこまで言うと笑みを消し、どこか剣呑とした雰囲気を纏わせる。

 悪ふざけはもう一切なし。言葉でなくとも、肌で感じるものがある。

 

「――結果から言えば、大勝だ。うちはの嬢ちゃん、よくやってくれた……」

 

「別に……。私はここにいただけ」

 

「あ、ああ……」

 

 勝った……。

 そのはずなのに、反応がどこか著しくない。

 そんな違和感につい、眉を潜めてしまう。

 

「浮かないわね」

 

「いや……。あ、いや、そうだな……確かにそうだ」

 

 気まずげにボソボソと喋り、最後に自分で納得する。

 そういうのは、やっぱり、気にくわない。

 

「説明して、最初から……」

 

 追及をすれば、どこか改まったように向き直り、顎に手を当て話し始めた。

 

「まあ、食糧を焼いた話は知ってるよな?」

 

「ええ……」

 

 悪辣な作戦だったのはわかる。

 まさか相手もそんな本気の嫌がらせをされるとは思ってもみなかったのだろう。

 

「そこからだ。まあ、相手も焦ったんだろう。こっちに攻め込んできたんだ」

 

「食糧を奪いに?」

 

「いや……総力を挙げてな……。決着をつけにだ」

 

 攻める側と攻められる側が入れ替わってる。

 まさか、籠城するべき側から攻めてこないだろうという隙をついた、賭けにも近い作戦か。

 

 情報を最後まで奪われなければ、籠城側は勝ちになる。

 敵を全員無力化して、捕縛して、時間まで待ってもなにも問題はない。干上がる前に決着が付けたければ、そうするしかなかったわけだろう。

 

 だが――

 

「よほどの自信があったのね」

 

「はは……。内通者でも居たんじゃないか?」

 

「ええっ……、そんな……っ! まさか」

 

「ああ……」

 

 信じられないと反応を見せた私を、戦争かぶれは呆れた顔で見つめていた。

 いや、だって、普通、訓練で裏切り者とか……よっぽど仲間に恨みをもってないと、ね。

 

「それで……負けちゃったの? ねえ、負けちゃったの?」

 

 やや食い気味になってしまったか、身を乗り出してその結果をゆする。

 

「勝ったって、言ったろ? 罠にかかって敵はほぼ壊滅。残りもほとんどは投降済みだ」

 

「そう……」

 

 わかっていたことではある。

 だが、そう言われると、いまいち判然としないものがある。

 勝って()()()()

 ()()()()()()()()()()

 

「まあ、そういうわけだが、これを見ろ」

 

 私の前になにかが放り出される。

 巻物……だ。

 

「これが……?」

 

「今回のターゲットだ」

 

 つまり、この中の情報を手に入れたら勝ちだ。この中の情報を。この中の情報……あっ。

 

「あけられない?」

 

「まあ、そうだな……」

 

 浮かない顔の理由がわかった。

 トラップかなにかがかかっているのだろう。手の中にあるというのに、肝心の中身はお預け。誰だってあんな顔にはなる。

 

「無理だから……」

 

「いや、ここはお前の感知能力で……」

 

「文字は無理だから……」

 

「こう、紙のヨレとかを感知して……」

 

「無理なものは無理」

 

 ここで頷く道理はない。

 ヤケにしつこく頼み込んでくるが、そんな無茶ぶりを全力で突っぱねていく。

 

「いや、だからだな……」

 

「もう! 自分でなんとかできるでしょっ!」

 

 あまりのしつこさに限界が来た。

 つい、叫んでしまった。

 

「な……っ」

 

「あ……、これは……」

 

「俺は血が薄いからな……。まあ、隔世遺伝か、稀に……稀にだ。宿す者が出てくる」

 

 遺伝子学には明るくはないし、その理屈はわからない。

 ただ、脈々と血が受け継がれていっている。それだけだろう。

 簡単に、それは逃してはくれない。

 

「まあ、この話はこれで終いだ」

 

 互いに都合が悪くなったのは違いない。

 これ以上の詮索は身を滅ぼすことになる。

 そこらへんは、上忍としてわきまえているのだろう。

 

「それとだ。言い忘れていたが――( )

 

 立ちあがりざまに、思い出したように戦争かぶれは私に声をかける。

 

「うちはの嬢ちゃん、助けに来たぜ?」

 

「そう。遅かったわね」

 

「任務完了だ。敵地は大変だっただろう……」

 

「別に、至れり尽くせりだったわ」




 筆が進まなかったので、あっさり終わらせました。
 本当に遅くなってすみませんでした。


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陰謀

 任務が終わった。

 任務が終わって非常に嬉しいことがある。

 

「まだ、まだ一日……! ふふ、ふふふ」

 

 ちょうど、イタチの休日の期間と被っていたこの演習だが、期日の一週間よりも早く終わったのだ。

 本当にラッキーだったかな。

 

「ちょっと、いいか?」

 

 腕を掴まれる。

 楽しい気分でお土産を選んでいたのに、なんでこうなるのだろう。

 

「あ、あなたは……」

 

「いや、見かけたから……その……」

 

 言い淀む彼は、私を医務室に連れて行ってくれた、優しい優しい木ノ葉の忍だ。

 私より五歳くらい上。聞いたところによると、階級は下忍。顔に一文字の傷があるというくらいで、大した特徴もなく、いたって優秀そうにも見えない。

 

「ああ、そうね。あのときは……ありがとう……」

 

 もう何度か伝えたが、もう一度言っておく。感謝の気持ちは忘れない。嘘偽りではなかったことを主張しておく。

 

「皮肉か……?」

 

 私の気持ちを曲解する彼は悪くない。

 誰だって、あんな仕打ちを受ければ、こう、悪感情を私に抱いてしまうだろう。

 

 良心を利用し、踏み躙るような行為である。

 非難は真っ当としか言えない。

 

 その上でだ。どう立ち回るべきかを瞬間的に判断する。

 どうすれば、私の、ひいては私たちの利益になるのか。

 

「ごめんなさい……。私もあんなことをしたくはなかったの……」

 

 ここで煽るのはまずい。

 私が()()()であることは周知の事実だ。私の行うことは全て、()()()という一族の印象に直結する。

 だからこそ、下手なことを言ってはいけない。

 

 けれども、まあ、嘘ではない。あそこまで徹底的に痛めつけられるとは思ってもみなかった。

 やっぱり、あのインテリメガネは嫌いだ。

 

「……だったら、やらなきゃよかっただろ……!」

 

 詰め寄るように、怒鳴るようにして彼はそう言った。

 あまりの剣幕に、周りの人たちが一斉にこちらを向くほどだった。

 

 彼はしまったというように、あたりを見回すと、狼狽えるようにして、私から一歩引く。

 

「私がやるのが一番効率的だったから……。……ごめんなさい」

 

 弱者の方が、敵の懐には潜り込みやすい。

 か弱い少女がいたぶられているところを見て、まず、なにも思わない人はいないだろう。

 それを利用した。ただそれだけに尽きる。

 

「……でもっ、でもな――っ!」

 

 そんなことまでする必要はなかったと言いたいのだろうか。

 表情からも、いままでの文脈からも、それは伝わる。

 だから私は求められる最良の答えを出す。

 

「……優しい、んだ……」

 

 いや、違う。甘いのだ。

 勝たなくては意味がない。任務ではなく、自分の意志を優先して、失敗する。

 それが一番ダメなことだろう。

 

 もし、目の前の彼のためを思うのなら、里のためを思うなら、私はそんな彼の意見を嘲笑って、そんな彼の甘さを否定するべきだった。

 しかし、それは私のやるべきことじゃない。

 

 それに、彼は、私を憐れんでるから。かわいそうって思ってるから。

 きっと、何を言っても意味はない。

 

「ありがとう……」

 

 だから、そう言って微笑んでおく。

 感謝されれば嬉しい。至極当然のことで、私だってそれは同じだ。

 それがわかった上でそう言う。どれほど矛盾しているかは理解しているつもりだ。

 

「…………」

 

 そして、彼は、二の句も告げずに黙り込んだ。

 

 人というのは、否定されればされるほど熱くなるものだ。

 別に、私は彼と言い争いをしたいわけではない。そして、いまここに譲れないものがあるわけでもない。

 だから彼のあり方を認めた。

 

 その結果、彼は冷や水を浴びせられたように我に返ったのかもしれない。激情を込めた言葉が透き抜けて行って、途方にくれてしまっているのかもしれない。なんにせよ、今まさに己の行動を顧みているところであるように思えた。

 

 だからこそ、彼は私になにも言えない。

 

「私なら……大丈夫だから……」

 

 正直なところ、平和な訓練であることに加えて、私があの()()()()()()の娘ということになっているという理由から、別に敵方から酷いことをされる展開になるとは思っていなかった。

 木ノ葉と砂との混成チームというのは、親睦を深めるという理由の他に、そういう相互監視の理由もあったのだろう。

 

 私がスパイをやるなんて、こんな手は二度と使う気はない。次やれば、きっと命はないのだから。

 

「さよなら」

 

 決してもう会いたいと思えるような人ではなかった。

 

 

 ***

 

 

 あれから店を替え、吟味し、ようやくイタチとサスケへのお土産を買い、店を出たところだ。

 

「よお、うちはの嬢ちゃん」

 

 つい、私は振り返ってしまった。しまった。後悔した。

 酔っ払いの相手はしたくない。だというのにだ。

 

「はぁ……。……買い物? ……お土産?」

 

 当たり障りのないようにいこう。

 正直なところ、この人といるのは疲れる。

 

「ああ、息子がいるんでな……」

 

「へぇ……そうなんだ……意外」

 

 時折みられる刹那的な生き方に、言動。酒やらタバコやら以外は興味のない人なのだと、つい思ってしまっていた。

 どうやら、認識を改めなければならない。

 

「ずいぶんと失礼だな……? 俺だって、子どもくらい……」

 

「家族は、大事?」

 

 そんな私の問いに対して、どうしてか上忍さんは身構えるように足を引く。

 そんなに答えづらい質問だろうか。

 

 つい、首を傾げてしまう。

 

「……ううん? 見張りは……動いてないみたいだけど……」

 

 さすがに他里の忍が集団で里をうろつくのはいただけないのだろう。妥協策としての見張りだ。

 この里で木ノ葉の忍が揉めてしまい、戦争に逆戻り、なんて、冗談では済まされない。そう風影様から強く言われた我らが火影が、断らなかった、とは風の噂だ。そう砂の忍が話していたのがわかってしまった。

 

「いや、なんでもない」

 

「……え? でも」

 

 ここまで思わせぶりな態度をされると、気になってしまうのが人のサガだ。

 それでもやっぱり、周囲を探ってみても、敵は一人として見つからない。

 

「ああ、それで……なんの話だったか……」

 

「えっと……家族は大事か、よ?」

 

「ああ、そうだったな……」

 

 いまいち釈然としない。

 なんだったのだろうか、さっきの反応は。

 

「……当たり前だろ……。子を思わない親はない。もし、そのためにできることを怠ったなら、そいつは親失格だ――( )

 

 なるほど、ご立派なことを言ってくれる。

 そのせいか、ついつい口角が上がってしまった。

 

 手持ち無沙汰になったのか、この上忍は流れるように懐からタバコを取り出す。

 大人っていうのは、大抵、言ってることとやってることが矛盾しているものだろう。

 

「火遁――」

 

「なにしてっ……!?」

 

 チャクラを練り上げたその時だった。

 手を捻られる。

 

「あ……えっと……」

 

 一瞬にして、砂の忍に囲まれてしまった。

 

 面をつけた暗部だ。こうして並ばれると威圧感が存分に発揮され、つい萎縮してしまいそうになる。

 

「……ああ、その……なんだ……。――ま、頑張れ」

 

 困ったように額に手を当て、他人事のように言葉を投げる奴がいた。最低な奴だと私は思った。

 

「少し、話を聞かせていただいてもよろしいか?」

 

「はい……」

 

 従うほか、なかった。

 

 私はあの戦争かぶれを恨みながらも、砂の怖い人たちに、連行された。

 激しい交渉の末、砂の偉い人の判断の結果、なんとか、無事に木ノ葉へと強制送還される運びになった、とだけ言っておこう。

 

 

 ***

 

 

「たっだいま〜っ!」

 

 帰って来た。

 ついに帰って来た。

 いろいろトラブルもあったが、なんとか帰ってくることができた。

 テンションが高くなっても仕方がない。

 

「ミズナっ!?」

 

 真っ先に玄関に飛び出して来たのはイタチだった。

 声を聞いてからすぐ、その類い稀なる運動神経とチャクラコントロールをフルに活用したような早さで、少しだけ驚いてしまう。

 まあ、おおかた足音を聞きつけたというところだろう。

 

 イタチが長期任務でいない、ということは稀にあった。

 それなのに、どうしてなのだろう。いざ、自分が行ってきたとなると、会うのがとても久しぶり――ざっと七……八ヶ月ぶりくらいのような気がしてしまう。

 長い六日間だった。

 

「イタチっ!」

 

 靴を脱ぎ捨て飛びつく。

 抜群の安定感で、イタチは私のことをキャッチしてくれる。

 

「早かったんだな……」

 

「うん。まあ、私、頑張ったから!」

 

「……そうか」

 

「うん。そうだよ……えへへ」

 

 こうしていると、やっと帰って来たんだという実感が持てる。

 間違いなく、私はいま幸せである。

 

「兄さん! 待って!!」

 

 サスケの声が聞こえる。飛び出して来るのがわかる。

 どうやらイタチに置いて行かれたようだった。

 そんなサスケに手を引かれて、ミコトさんもやってくる。

 イタチは私を、そっと優しく床に降ろしてくれていた。

 

「あ……っ、おかえり! 姉さん!」

 

「ただいま、サスケ。修行、兄さんにつけてもらえた?」

 

「うん。……でも、兄さんには敵わないや」

 

 その声には、少しだけかげりがあった。

 自分とイタチを比較して、その能力の差に途方のなさを感じてしまっているのだ。

 

「ふふ、焦らなくても大丈夫よ。なにも進歩してない――( )上手になってないわけじゃないでしょう? もし、兄さんに置いていかれて見失ったっていうのなら、私がそこまで背中を押していってあげる。確実に一歩一歩ね。私からは逃げられないわよ?」

 

 にっこりと微笑む。

 そうするとサスケは、よくわからないというように、キョトンと首をかしげたのだった。

 

「まあ、つまり――」

 

 しゃがみこんで、顔の高さをサスケと合わせる。

 そっとその頰に触れて、首筋までをつっと撫でる。

 

「――偉いよ、サスケ。頑張ったね」

 

 褒めて育てる方針なのだ。

 

「うん……!」

 

 少しだけ、サスケは元気を取り戻してくれる。

 まだまだ私も頑張らなくちゃだね。

 

 そういえば、危うく忘れるところだった。

 

「あっ、そうだ。えっと……これはイタチにだっけか……」

 

「なにっ……?」

 

 お土産を渡す。

 イタチは怪訝な顔でそれを見つめていた。

 金箔でメッキされたクナイである。

 

「これはサスケに……」

 

「えっ……?」

 

 サスケは神妙な顔でそれを受け取る。

 金箔でメッキされたサボテンの縫いぐるみである。

 

「ミコトさ……母さんには……これ……」

 

「まあ……」

 

 ミコトさんは晴れやかな笑みを浮かべる。

 金箔で花模様の技巧がこらされたきらびやかな箸である。

 どうやら、私の選択は間違っていなかったようだ。

 

「ふふ、ありがとうね」

 

「あ、ああ……」

 

「う、うん……」

 

 ミコトさんがお礼を言って、それに従うように二人は私に、取りようによってはお礼とも取れる返事を返した。

 私は大満足である。

 

 サスケは、まだ神妙な顔で、そのサボテンの縫いぐるみの目玉と見つめ合っていた。

 

 

 ***

 

 

「報告、『然り』」

 

 人気のない森の中、誰にも見つからないよう、二人の男女はひっそりと会っていた。

 

「ああ、で、それだけ……なのか?」

 

 無論のこと、男女といっても決っして、全くもって、微塵たりとも情などなく親しい関係などでもない。

 

「あなた、もしくはイタチかサスケ以外の誰かが捕らえられ、あるいは殺されたりしても、私はいっさい関知しない。成功を祈る。なお、この私は五秒後に自動的に消滅……」

 

「おいちょっと待て!!」

 

 せっかく消えようとしたのに、引き止める声があった。

 無視しようとも思いもしたが、後でまた付きまとわれるのがオチだ。付き合ってあげるしかない。

 

「なに?」

 

「あれだ。その返事の経緯とか、そういうのはないのか?」

 

「ない。これだけ」

 

 文脈もへったくれもないこの報告では、情報が漏れるにも漏れようがない。

 明確な一打を欠いてしまうわけだ。

 

「まあ、仕方がないか。確証は得られなかったが、大体は読み通り……。少し……まずいか……?」

 

「私に聞かれても困る……」

 

「ああ。あとでイタチに相談しておくか……」

 

「そう……」

 

 これに関しては、私はなにも言えなかった。

 これは私が決めることではないのだから。私はあくまでも部外者。そういうスタンスでいる。

 

「じゃあ、私はこれで……」

 

「いや、まだ少し待て」

 

 またも私を引き止める。

 いい加減、ここまでくると苛立ちを感じてしまう。

 

「なに……?」

 

「すまなかった。危険なことに巻き込んで……」

 

 深々と頭が下げられる。

 相変わらず謝ってばかりで呆れてしまう。頭を下げずにはいられない性分なのであろうか。

 

「別に……」

 

 言うべきことはなにもない。

 あの短い報告のためだけに、この男はここまでしているのである。この謝罪のためだけに、私を引き止めたのである。

 なんというか、滑稽でもある。

 

「……謝られても、嬉しくないから」

 

 その謝罪は受け取らない。

 ここまでされると、なんだか私で、私を酷いやつなんじゃないかと思い始めてしまう。納得いかない。

 

「じゃあ……」

 

 どうすればと言い淀む彼に、私は尊大に胸を張って言い放つ。

 

「感謝なさい。存分に――( )

 

「ああ……。すまない。ありがとうな……」

 

 どうやら、どうにもならないみたいだ。

 

 

 ***

 

 

「失礼します……」

 

「ああ、入れ……」

 

 最大限の礼節を尽くして、後手で障子の戸を閉めないようにして、畳の(へり)を踏まないように心がけ、御前に座る。

 チャクラが張り詰め、空気がピリピリとして、少し怖い。

 

「それで……どうだった……?」

 

()()()の名を汚さぬよう、任務に努め、存分に活躍したとお褒めいただきました……」

 

 その表情はいまいち感情が掴みづらい。

 変わらずに難しい人だ。

 

「そうか……」

 

「その(のち)に、言伝を預かって参りました」

 

「…………」

 

 わずかに表情が動いた気がした。

 シスイといい、そんなにこれが大事なのだろうか。

 

「『然り』と……」

 

「…………」

 

 それがなにを表すのか、私にはわからない。

 けれど、これからうねりが生まれる。誰も予測できずに、誰もが巻き込まれてしまう。そんな大きな……。

 

 なんとなく、そんな気がした。

 

「ああ……それと、お土産です」

 

「そうか……」

 

 金箔のまぶされた煎餅(せんべい)である。




 あっ、シスイのお土産、忘れてました。ま、いっか。


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分岐点、見過ごし、幸せだった日々

 書いているときはノリノリでした。


 大切な時間があるとしたら、おそらく今であろう。

 二人で、もう人通りの少なくなった道を歩いていた。

 

 父と母の計らいによって、二人だけで出かけていた。

 サスケは仲間はずれだと、少しだけ拗ねてしまったが、母になだめられ、しぶしぶと一人で修行をしているところだろう。

 

 二人で甘いものを食べて、お茶を飲んだりしてすごした。今はその帰りである。

 

「なぁ、ミズナ……」

 

「なに?」

 

 足を止める。どうしても聞いておきたいことがあった。

 

「どうして行くって、決めたんだ?」

 

 もちろん、あの演習のことだ。

 彼女には、自らの命を危険に曝す必要などありはしない。けして戦う必要などない。

 それなのにだ。帰ってきたときには、いくつか身体に傷を作っていた。承知はしていたことであるが、無理にでも止めていたらと悔やまない気持ちがないわけでもない。

 

 もう過ぎてしまったことではある。説得には遅すぎる。それでも、どうしても聞いておかなければならないことであった。

 

「ほら、私って、なんの役にも立たないでしょ?」

 

 あの時だ。あの時からだ。

 たまに彼女は、自分を卑下することがあった。

 他人の視線に敏感な彼女が、集落の中を歩くたびに心労を募らせていることはわかっていた。

 

 他人の評価は、自らの評価へと影響を与える。

 『眼』を失った彼女が、そうなってしまうのはある種の自然の成り行きともとれる。

 

 それでも、自分を卑下する彼女に言っておかなければならない。

 

「そんなことはない……」

 

 家事に、サスケの世話に、親の手を借りる必要のないほどにやってのける彼女だった。

 自分の居場所がなくならないように、どこか切羽詰まったように、なにかに追われるように。

 見ていられないと、ときおり母――( )うちはミコトは眉をひそめていた。それは扱いに困っているようにも思えた。

 

「ううん。私のやってることは、誰でもできるよ……。でも、それでも、力になりたいんだ」

 

 それを彼女は心の底から信じている。平生からもそれは理解できる。

 けれど、彼女は間違いなく、幼少の頃の自分と競い合っていた。紛れもなく優秀だった。

 心の奥底では、彼女を認める気持ちが、恐れる気持ちが今でも。

 

 ――オレは、誰にも……。

 

「…………」

 

 これ以上、なにも言うことはできなかった。

 心の中の様々なものがない交ぜになった感情を吐き出すことができなかった。

 整理がついていないからか、彼女をおもんばかるゆえであろうか。その心の内には無理に向き合うことはできずに、そっと目を背ける。

 

「ほら、イタチ……()()()には〝夢〟があったでしょう?」

 

 日が差す。光だ。夕暮れの赤い、眩しい光だ。

 目がくらみ、強い日差しの影になり、彼女の表情は見えなかった。

 

 確かに、自身の目標を何度か〝夢〟という言葉で語ったことがある。だが、彼女は()()とつけた。一瞬、なんのことかはよくわからなかった。けれど、すぐに理解する。

 

 あの日だ。

 忍者学校(アカデミー)入学のあの日。

 彼女の語った〝夢〟は確か――( )

 

「私の〝夢〟はもう十分に叶ったから……」

 

 

〝家族と穏やかに暮らしたい〟

 

 

 おおよそ、夢と言うべきでない。これを夢と呼ぶ、そんな世の中であってはいけない、現実に叶えられてしかるべきものだった。

 

 その時に、己はなにを思ったか。

 確か……彼女には負けられない。彼女だけには負けてなるものかと、そう思った。確か、そうだ。

 なぜだったかは忘れてしまった。

 

「私はもう死んでも構わない……」

 

 今の幸せを端的に比喩したのか、本心からそう望んでいるのかはわからなかった。

 いつか消えてしまうのではないか、そんな嫌な不安に駆られるような言葉だった。

 

「そんなこと、言うな……」

 

「だって……、本当にそう思ってるんだもん。思ってることに蓋したって、想いが消えてなくなるわけじゃないでしょう?」

 

 〝中で腐って、どんどん悪くなっちゃうかも〟と、クスクスと冗談交じりに語る彼女の、表情はやはりわからない。

 

「みんなには感謝してるんだ。だから、イタチ……〝夢〟は変わってない?」

 

 なぜだろうか。

 この答えで大きく未来が変わってしまうように思えた。全てが決まってしまうように思えた。

 

 躊躇する。

 その〝夢〟を叶えるためには、犠牲にするものが多すぎるのかもしれない。

 もしかしたら、自らのあり方が、彼女に自分自身を傷つかせるあり方を選ばせてしまったのかもしれない。

 

 そう思うと、なにも言えない。

 

「……うぅ?」

 

 彼女は首を傾げる。

 当然の如く来ると思った返答が、なかなかに来ないと訝しがるように。

 

 本当に、このままでいいのか。

 自問自答が頭の中をかけ巡っていく。

 

 暗部に入れば、火影の目にとまる活躍ができれば、一族と里との橋渡しになれれば。

 争いは起こらない。里も、一族も、平和なまま暮らしていける。

 

 もちろん彼女の言う家族も、サスケも……穏やかに……。

 

 ――……穏やかに?

 

「ミズナ……」

 

「……はい……っ」

 

 虚をつかれたように、咄嗟に彼女は返事をする。

 このままでは決していけない。

 なににおいても、わずかながらに覚えてしまったこの違和感を、無視するわけにはいかなかった。

 

「……幸せか……?」

 

 結果、抽象的な質問になる。

 ただ、すり替えられていたことは確かだ。

 死んでも構わない、〝夢〟は叶った、たとえどんな言い回しであろうと、それには実がこもっていないように感じられた。

 

 否、いま考えれば、彼女自身が自らにそう言い聞かせているように感じられた。

 満足しているようで、どこか虚ろげだった。熱がこもっているようでいて、まだまだ客観的だった。

 

 彼女は一度として、自らの幸福を口にしてなどはいなかった。

 

「……たぶん」

 

 いままでとは違う。まるで自信の欠けた答えだった。所在なさげで、消え入りそうで、それなのに、だからこそ、心を揺さぶってくる。どうしても悔しく思う自分がいた。

 

 すっ、と静かな動作で、彼女は自然に距離を詰める。

 気が緩んでいるわけではない。気を許しているからであり、あっというまに触れ合えるほどの距離まで近づいていた。

 

 体重を預けてくる。背中に手を回してくる。

 

 間があった。気が遠くなりそうなほどの、そしてたった一瞬の間が、確かにあった。

 

「……幸せ」

 

 

 気がつけば、手を伸ばしていた。

 

 

 反応がない。

 

 

 ときおり、本来ならば目の見えない彼女は、気が動転しているのか、気を取られてしまっているのか、チャクラの制御がうまくできなくなるのであろう――( )その類稀なる感知能力を発揮できないことがある。

 そうして、周りの変化への反応がおろそかになる。

 

 

 髪に触れる。

 

 

 昔はもっと無造作に伸ばされていて、傷んでいたような気がする。

 上質な絹のようで、透き通り、繊細で乱れのない光沢を帯びている髪。今は綺麗すぎるくらいに整えられている。

 それは彼女の性格によるもので、彼女の努力によるものでもある。

 

 スッと、なんの引っかかりもなく、手応えもなく、まるで風を裂くように、()ける。

 

 彼女の表情はわからない。

 

「ミズナ……」

 

「はい」

 

 心が痛んだ。

 

「オレはお前を――」

 

 

 ***

 

 

 離れない。

 頭から離れない。

 

 私は、いま、幸せなのだろうか?

 わからなかった。

 

 満足のいくことばかりではない。

 けれど今まで生きてきた短い人生の中で苦しいこと、辛いことはなかったと思う。

 それなのに、それなのに――( )

 

 幸せだと、実感したときも確かにあったと思う。それでも、心に穴のようなものが開いて、埋まらない。いや、満ち足りたと思っても底抜けのように、次の瞬間には悲壮感や虚無感に支配されて、ぽっかりと、その姿を消してはくれない。

 

 私がなにを求めているのか、それがわからない。

 

 それでも、彼の力になりたい。その気持ちは間違いなどなく、間違ってなく、私の中に存在していた。

 もうどうしてかは忘れてしまった。けれどまるで私の存在理由であるかのように、行動の根底にはそれがある。

 

 代償行為、とでも言うのだろうか。

 ただ、そんな言葉で片付けていいようなものでもないような気がする。

 

 

〝――巻き込みたくない〟

 

 

 そんな私に対しての、それがイタチの返答だ。

 つまり、私のことはいらないということだ。

 私が弱いから。『眼』を失ってしまったから。私が、私がいけないんだ。

 

「ねえ、イタチ。組み手しない?」

 

「……大丈夫なのか?」

 

 おそらくは私が演習で負ったケガのことだ。

 第一声に心配の言葉をかけてくるのは、イタチらしいと言えばらしい。

 

「まあ、ね。でも、ちょっと、新術、思いついたから試してみたいんだ……」

 

 痛いといえば、確かに痛いが、動くには問題ない。

 今こそ、私の真の実力をイタチに見せるときなのだ。

 

「…………」

 

 少しだけイタチは黙り込んだ。

 何かを考えているようにも思える。

 

「……わかった」

 

 そして覚悟するように、気を引き締めるようにして、イタチはそう言う。

 少しだけ不可解だったが、気にしてもいられない。

 

 了承を得られたことで、私は新術の準備に入る。

 

「『影分身の術』っと……」

 

 作った分身は三体。

 私のチャクラは残り四分の一。

 まあ、大規模な術を使う気はないからこの程度で十分。

 

「…………」

 

 無言でイタチは身構える。

 

 新術を発動させる前に倒してしまおう、という心づもりはないのだろう。

 その優しさに少しだけ顔が綻ぶ。

 

 そして私は左手を上げる。

 

「散っ!」

 

 合図とともに、影分身は散る。

 周りの草陰や物陰に隠れてくれる。

 私自身は、その影分身を()()()()()()()()()()

 

 多層的に、()()()()()()感覚がある。

 

「さぁ、来なさい!! 術も、武器も、なんでも使っていいわ! ただし、()()()()()()()()()()()()!!」

 

 やや大仰すぎたかもしれない。けれど、私は本気だ。

 この術には自信がある。

 

 肝心な私の相手は、決して怖気付いてはくれない。

 観察をするように、目ざとくこちらから視線をそらさずにいる。

 

 

 一歩。

 

 勢いよく踏み込む。

 間合いを詰めるためであり、攻撃を与えるためでもある。

 単純に、体術で勝負する。

 

 一瞬の戸惑い。それをイタチから感じ取る。

 私が近距離で戦うことに違和感を覚えたのだろう。

 用心深さを増し、イタチは印を結ぶ。

 

 ――『影分身の術』。

 

 慣れ親しんだその印を間違えるはずがない。

 

 ステップ、から、右の拳を軽く振る。

 見切られ、容易に躱されるが、これは牽制。右足を軸に身体を捻り裏拳を繰り出す。

 

「……くっ」

 

 当たった。

 

 だが、次の瞬間には(カラス)が舞う。その目的は目眩まし。普通の人の場合、こうして視界を覆われると、大抵、パニックに陥る。

 

 一本……。

 

 軽く上体を反らしてクナイを躱す。

 おそらくは身体に染み付いた癖だろう。本来ならば死角となるべき場所から襲ってきた。

 

「全部、わかってるんだよ?」

 

 そっと、飛んできたクナイに指をそわせ、チャクラでキャッチ。

 回転を加え、飛ばす。

 

 どこにいるかは把握済み。

 飛び去る(カラス)の合間を縫って、イタチへと襲いかかる。

 タイミングを合わせ、走り、(カラス)の群れの中を抜ける。

 足音を立てずに、視界に入らない位置から。

 

 弾かれる金属音。

 クナイにはあっさりと対応される。

 

 その隙に、イタチの真後ろに立つ。

 気付かれてないかな。気付かれてないよね。うん、気付かれてないはず。

 そのまま勢いよく回し蹴りを――( )だが、こちらも見ずにイタチは腕でそれを防いだ。

 

「バレバレ?」

 

「勘だ……」

 

「……そう」

 

 右手をついて、左手を振り上げ、勢いのままに回転。身体を捻り、もう一方の足で二段目の蹴りを見舞う。

 

 今度は軽く姿勢を低くすることで躱される。

 簡単に当たってはくれない。

 

 二段の蹴りで両足とも空中にある。

 身のこなしに問題はなく着地。だが、必然的にイタチに背を向けた状態になる。

 

 振り向くのはイタチの方が断然に早い。

 優しく私の首筋に、イタチはクナイを当てようとする。

 

 3、2、1……。

 

「終わ――」

 

 0。

 

 私とイタチの合間を、回転するクナイが抜ける。

 さっき私が投げ返して、イタチが弾いたクナイだ。

 別にチャクラで操作していたわけじゃない。こうなるように投げた。ただそれだけ。

 

 怯む。あのイタチの動きに淀みが生じる。

 人間、予想外の出来事にはどうしても弱い。

 

 サッと私は身を屈める。

 その隙は逃さない。

 おそらく、一生に一度、あるかないかの隙であろう。絶対にものにしなければならなかった。

 

 無理やりにイタチの右腕を掴み、抱え、引っ張ってバランスを崩す。

 一歩下がり、身体を密着。フラついたイタチの体重を背中に乗せ、そのまま思いっきり、投げる。

 背負い投げってヤツだ。

 

 勝った。

 そう思った。

 

 しかし、宙に浮いた、さかさまになった姿勢のままにイタチはクナイを投擲した。

 

 そのクナイは、苦し紛れで自暴自棄に投げられた――( )ワケではない。

 

 ――『写輪眼』が、一瞬だが発動された。

 

 当たる。

 まだ空中を漂っていた、隙を作ったきっかけでもあるあの回転するクナイに当たる。

 

 そして、方向を変える。

 

 その先には何があるのか。なにが狙われるのかなんて決まっている。無論のこと私だ。

 死角に隠れていたはずの、()()()()()がその先にはいる。

 

 ――間に合わない。

 

 まるでビリヤードの玉のように、弾かれ方向を変えて標的に向かうクナイは、影分身の私に直撃する。

 音を立てて、消えてしまう。

 

 まるで刃物に刺されたかのように、()()()()腹部が痛んだ。

 

「しまっ……」

 

 つい、痛みでイタチの腕を掴んでいる力が緩む。

 

 空中で身を捩り、いとも簡単に私の拘束からイタチは抜け出す。計、一回転半捻りで、見事に着地してくれる。

 

 すぐさまにフォローに入ろうとするが、遅い。

 

 流れる動作で足払いをかけられ、倒される。

 そのまま地面に倒れこむ前に、掬い上げるように、イタチは私を抱きかかえた。

 

「大丈夫か……?」

 

 心配の色を浮かべたまま、イタチは私の顔を覗き込んでくる。

 

「あはは、負けちゃったね……」

 

 あくまでも明るく振る舞う。私にはなにも問題がない。そうイタチに感じ取ってもらうために。

 残った影分身は不要であるから、術を解いて消えてもらう。

 

「影分身と感覚を共有する術……か」

 

「正確には思考……かな」

 

 影分身を解除したときに送られてくる情報。それをいっきにではなく、徐々に受け取る術である。

 受信には私の感知能力を使用。私からの送信も可能で、思考を完全にリンクさせられる。

 

 一人が肉体、チャクラの操作。一人が感知で状況の把握。一人が相手の動きの予想、戦術の組み立て。一人が情報の統合。

 といった具合に役割を分担する。

 そうすれば、その全ての思考で私一人を動かせば、パフォーマンスを何倍にも向上させることが可能だ。

 ただの人よりも、何倍も早く考えることができるのだから。

 

「その術は危険すぎる……」

 

「…………」

 

 無論、欠点はある。

 

「チャクラの消費が多すぎだ。それに、感じる痛みさえもが帰ってくる。影分身が無防備になる分、リスクが高すぎる……」

 

 数体の影分身を利用するため、チャクラの消費量が多くなるのは致し方ない。

 ただ、それ以上に、思考を本体に集中させるせいで、影分身が一歩も動くことができないこと。そして思考を繋げているせいで、感じた全てが本体に還元されること。この二つが組み合わさり、大きな問題となる。

 

 こうして、初見で全ての弱点を看破されてしまった。

 

「二度と使うな……」

 

 一回目で禁止される。

 私のことを思ってのことだろう。それでも、それでも、納得がいかない。

 

「……まだ、名前もつけてないのにぃ……」

 

 負けてしまった手前、こうしてイタチの腕の中で、むくれることしかできない。

 

 

 ***

 

 

 ミズナとの、あの一戦のせいかはわからない。考えれば、もっと、もっとずっと前からだったかもしれない。

 うちはミズナに対しての言いようのない感情で占められていた。

 

 例えば、後ろをとられた時。

 彼女は気配を隠すのがうまい。異様なほどにうまい。だからこそ、完全な勘。彼女の性格、能力、今までの戦闘経験の全てに鑑みて、防御の姿勢をとった。それだけだった。

 

 例えば、最後に彼女に投げられた時。

 とっさに使った写輪眼が、手裏剣を捉え、彼女の分身の隠れた場所を覚えていて捉えたからこそ。感覚の共有はなんとなくわかっていたが、それでも確実ではなかった。あのまま負けることだってあり得た。

 

 今回は勝てたからいい。だが、次はどうだ。果たして、その次は。勝ち続けることは可能だろうか。

 

 ――わからない。

 

 十回に一回。五回に一回。三回に一回。二回に一回。そう勝率を伸ばしていく彼女の姿がどうしても脳裏をよぎって仕方ない。

 

 あの術はとっさに禁止にしてしまったが、実際のところ、リスクに見合った効果が得られる。彼女の影分身の持つ能力のリソースをいくぶんか隠密に割いているのか、見つけることは易くなかった。写輪眼があったからこそ見つけられた。

 最初から影分身を隠されていたら、彼女には――( )

 

 気がつけば常に、彼女との次を、次の戦いを想定していた。

 四六時中、頭にへばりついたようにこの考えは消えることは決してない。シスイとの修行での戦術の組み方を想定しているときとは、何かが違った。追い立てられているような、急き立てられているような気がした。

 

「暗殺か……」

 

 二人しか知らない崖の上。いや、確かミズナには知られていた。

 シスイと落ち合い、これからのことを話す。

 

 ()()()が暗部に入るには功績を立てる必要があり、そのためにダンゾウに与えられた任務が暗殺だった。

 

「小日向ムカイといえばなかなかの忍じゃないか……」

 

 里で有数の忍となったシスイがそう言うほどであった。

 小日向ムカイは、才能に恵まれ、人望も厚く、火影から信頼もされている。ただ一点、霧と内通していることを除けば優秀な忍だった。

 

 暗部であることは隠し、普通の上忍として、妻と子供もいる。それでも、どれだけ同情の余地があろうと、裏切りとは許されない行為であろう。

 

「仲間を一人、()()()()同行させていいと言われた……」

 

「それでオレをか……?」

 

 首を横にふる。

 そう聞いたとき、最初に思い浮かべたのは確かにシスイだった。

 けれど、すぐにその思いを消し去ってしまう考えがよぎった。

 

「いや、いたんだ……」

 

 任務の内容を告げられる際、ダンゾウに直接会っている。そのときだ。見つけた。見つけてしまった。

 ダンゾウの護衛に、完全に隠し切らない気配を揺らめかせた仮面がいた。

 

「あれは確かに、ミズナを襲った犯人だった……」

 

「……!?」

 

 そのときの、ダンゾウの見定めるかのような視線の心地悪さは忘れない。

 

「上手くいけば、ミズナの『眼』の行方も……」

 

「焦りすぎだぞ、イタチ」

 

 どういうつもりでいるかをシスイは察したようだった。

 わかってはいたが、諌められる。

 

「気持ちはわかる。けどな、周りが見えなくなるのはよくない」

 

「だが……」

 

 これを逃せば機はもはや巡ってこないかもしれない。

 賭けになるが、うまくやれる自信ならある。

 ダンゾウの思惑に踊らされる覚悟もある。

 

「わかった。そこまで言うならだ。……だけど、無茶はするな。問い詰めるのもなしで、実力を確認するだけにしておくんだ」

 

「わかってる……」

 

 暗部入りがかかっているのだ。下手なことはできない。

 

「お前が暗部になるということは、オレにとっても〝夢〟なんだ」

 

「〝夢〟?」

 

 数日前の会話が思い出されて、あまりいい気分ではなかった。

 

「一族と里とが本当の意味で同胞になる。そのためには中枢に一族の忍が必要だろう? 一族の希望をありのままに伝える忍だ。里のことも、一族のことも思うお前なら、きっと上手くやって――( )

 

「父とその同胞たちは、一族の殻に閉じこもって、外の世界が見えなくなっている……」

 

 シスイのセリフに、つい反射的にそう返してしまう。

 

「一族を重視するばかりに、血に執着するばかりに、ミズナは……」

 

「イタチ……」

 

 感慨がこもったように名を呼ばれる。

 どこか切なさが混じったような、そんな声だった。

 だがシスイは、真正面からこちらの顔を見つめ、表情を明るくして言う。

 

「ああ、けど、お前たちは違う。お前たちなら――( )

 

 複数形。その中に含まれるのは、己と、文脈から、ミズナだろうか。

 だが、その意味はわからなかった。

 

「そして、イタチ……。お前なら、火影にだってなれる」

 

 シスイは微笑んでいた。

 

「一族初の火影として、里と一族の禍根を、因縁を根底から断ち切り、拭い去ってくれる……」

 

 火影となれば……。

 いや、里と一族。それだけにとどまらない。

 火影になれば、有力者と会合を開くこともできる。争いを抑えることができる。なくすことができる。

 忍という職をこの世界からなくせれば、大名たちは戦う術を失い、全ての争いを消し去ってしまえる。

 

 火影……。

 それが明確な目標だった。

 

「オレはいつまでもお前の親友だ……」

 

「シスイ……」

 

 喜ばしいことのはずだった。

 〝夢〟を叶えるために、友の協力が得られる。希望がある。

 そのはずなのに、胸の奥では不安がひしめき合い、異様な気持ち悪さを感じる。

 

 九尾事件の後のこと。

 うちはミズナの家への襲撃。

 万華鏡写輪眼。

 ダンゾウ、根の忍。

 不満の高まるうちはの会合。

 中忍試験に、突然のミズナの演習。

 なにか、大切なものを見過ごしているような気がした。間違ってしまったような気がした。

 

「やるぞ、イタチ!」




 ということで、今回から新章です。切り方は突然で適当ですが新章です。
 気がつけば、最後に感想を返信してからだいたい一年が経ちました。
 というわけで、試験的に非ログインユーザーの感想も受け付けることにしました。
 非ログインであまりにも酷い感想の場合は、こちらで消してしまうのであしからず。


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成長、ひとり、優先順位

 かくれんぼだった。

 イタチと私、そしてサスケで()()ノ神社の近くの森に遊びに来ている。

 そこで提案された遊びがかくれんぼだった。

 

 ちなみに私は審判である。

 よくわからないが、サスケがそう言っていた。なるほど、よく考えているとも思った。

 

 対サスケの私のかくれんぼ戦歴は全戦全勝。

 隠れても私が一瞬で見つけられるのをサスケはたぶんわかっている。

 立場を逆にして私が隠れる番になれば、なかなか見つけられないサスケを後ろから脅かしたりするものだから、イタチには大人気ないと見つめられる始末だ。

 だから審判なのだろう。

 

 そういえばあの組み手から、やや、イタチとはわだかまりを感じないでもないが、普段通りだ。

 いや、違う。なにかイタチが私に対して少しよそよそしいような態度な気がする。

 

 少しだけ、この距離感には覚えがある。

 確か、忍者学校(アカデミー)の頃のことだ。私が影分身を覚えたあたりからあの事件まで、こんな感じだった。

 思いにふけて、少しだけ懐かしいような気分になる。楽しい時期の思い出のような気がする。どこか少しだけ違うような気もする。

 

 それはそうとして、今はサスケのターンだ。

 イタチが隠れて、サスケが探す。イタチも、私ほどではないが、隠れるのは得意だった。あのイタチだもん。

 

 イタチが本気で隠れてしまえば、見つけるのは、普通の今のサスケと同い年の子には難しいだろう。

 けれども、サスケは日々頑張ってるんだ。見つけられたっておかしくはない。きっとできる。

 

「どこに行ったんだ、兄さんは……」

 

 そう言って探しているが、全くの真逆の方向だった。

 少しだけ私はオロオロする。

 

 教えてあげたい気持ちもあるが、たぶん、きっと、それは違う。

 公正、公平を重んじる、審判という立場を任されたのだ。どちらかに肩入れするなどもってのほかだろう。

 そのために、サスケは私に審判という立場を任せたのだ。

 

 ややあって、サスケは私の表情を確認してくる。

 少しだけ私はオロオロする。

 

 そうすると、サスケはまた別のところを探し始めた。

 心の中で応援する。

 簡単には諦めない心が備わっている。さすがサスケだ。

 

 一通り草むらをかき分け、草の根を分けるように探し、イタチの姿がないことがわかると、またサスケは私の表情をじっと見つめた。

 

「ね、姉さん……」

 

 心なしか、涙目で、涙声な気がした。

 私は最大級にオロオロした。

 

 ――ねぇ、イタチ。私はどうしたらいい?

 

 その瞬間、チャクラの乱れを感じる。

 私の心の声に応じるがごとく、イタチは自らのチャクラを少し漏らしていた。

 

 ハッとサスケはその方向に向き直った。

 気が付いたのだろう。

 

 確かな足取りでその方向に歩いていく。

 一歩一歩、私の助けを借りずに、軽やかに。

 

 落ち葉を踏んでいるはずなのに足音はしない。

 忍としての技術を身につけていることには間違いなく。嬉しくもあり、寂しくもあることだった。

 

 正直に言えば、サスケに危険なことをしてほしくないという想いが強い。それでも、サスケが選ぶなら、私は決して反対できない。

 

「見つけた!」

 

 一人で物事に対処しようとするその姿は、壮観でもあった。

 

「残念だったな……」

 

 無論、それは罠であったが……。

 特有の音を立てて、サスケの見つけたイタチは煙と共に消える。

 

 必ずしも与えられたヒントが正しいとは限らない。

 イタチらしい厳しさだった。

 ちなみに、本物のイタチはサスケの真上、木の上にいる。

 

「あぁ! 卑怯だぞ、兄さんは!」

 

 不平を漏らして、不条理にサスケは空を仰いだ。

 

「あっ……」

 

 そしてサスケは、木の上にいるイタチを見つけた。

 

 くすりとイタチは笑った。

 素っ頓狂な顔をした、サスケのことを見てだろう。

 つられて私も少しだけ笑顔になる。

 

「ふふ、サスケの勝ちだね」

 

 これぞ、審判の仕事である。

 まだ、唖然としていたサスケを後ろからギュッと抱きしめる。

 それでも、なにか納得がいかないような表情のサスケだ。

 そっと頬を撫でる。

 

「偉いよ、サスケ。よく頑張ったね」

 

 褒めて伸ばす方針である。

 偶然でも勝ちは勝ち。このかくれんぼに於いて、トラップには引っかかったものの、そこから助けを借りずにイタチを見つけたことは間違いない。

 称賛に値するのは間違いない。

 

 スタッとイタチは木の上から降りてきた。

 

「見つかったか」

 

 そう声をかけられ、サスケはすぐさま素に戻った。

 

「か、影分身なんて卑怯じゃないか!」

 

 そう口を尖らせて拗ねたように、イタチに不満を投げかける。

 

「ふふ、じゃあ、影分身かどうか、見分けられなくちゃね」

 

 卑怯だろうがなんだろうが、使える相手は躊躇なく使ってくる。

 それが忍の世界である。

 だからこそ、そうなっておかなくてはならない。そして、きっとそれもサスケならできるだろう。

 

「えぇ……」

 

 少しだけ、サスケは困惑したようだった。

 

「よくチャクラに気づいたな」

 

「もうすぐ忍者学校(アカデミー)に入るんだ。そのくらいできて当たり前さ」

 

 確かに、私もイタチも忍者学校(アカデミー)に入るくらいにはそのくらいできていたような気がする。

 でも、こんな私でも優秀ということになっていた。標準はもう少し低かったような覚えがある。

 

「そうか、当たり前か」

 

「うん!」

 

 イタチは大して指摘をしなかった。

 当たり前というのが私の中で少しだけよくわかなくなった。

 

「そろそろ帰るぞ」

 

 そういえば、時間も時間だ。

 ここは少しだけ遠い。早く帰らないと、夕ご飯に間に合わなくなる。

 たまにはと言われて、今日はミコトさんに任せてきていた。私に気遣って、頭の上がらない思いである。

 

「えぇ……。もう一回隠れてよ」

 

「許せサスケ」

 

 そう言って、イタチはサスケの額を小突いた。

 

「いてっ」

 

 それは、よく見る光景である。なにかサスケがせがむごとに、イタチが急な任務で約束を反故にするごとに見られる光景である。

 見ていてサスケが少し、ほんの少し可哀想だった。羨ましくもあった。

 どうしようもなく。二人の触れ合いを眺めていた。

 

「帰るぞ、サスケ」

 

 夕暮れの中、帰路に就く。兄妹一緒、姉弟一緒、兄弟一緒。

 家までの道のりは、遠ければ遠いほどよかった。

 

 

 ***

 

 

 会合があった。

 また、あった。

 一族の会合があるたびに、イタチとフガクさんとの距離が遠くなっているような気がする。

 

 一応、額当てを持つ私だが、所属が現在宙ぶらりん。ときどき砂にお使いに行く程度で、それ以外の任務はやっていない。

 私が忍としての活動を行っていることは周囲には認知されていないようだった。

 

 十歳、それが私の今の年齢である。普通の子供が下忍になる年齢よりは低いし、そう認知されないことは当然なのかもしれない。

 そして、フガクさんには会合には出るなと言われた。

 

 排他的な、良くない空気が漂っているのを感じる。

 昔からそれは変わらないが、最近は特にそんな気がした。

 

「ねぇ、イタチ。クーデターでもやろうとするの?」

 

 食事を終え、片付けを終え、やや憔悴気味だったイタチの部屋に押しかける。

 

 最近になって、兄妹といえど他人の部屋に押しかけるのはマナーが悪いと知ったのだが、別に仲が悪いわけでもないのだからいいだろう。

 ちなみにそれは、ミコトさんが教えてくれた。なぜ今になってなのか、少しだけ疑問だった。

 

「聞いていたのか……」

 

「ううん……。なんとなく、そう思ったから」

 

「くっ……」

 

 らしくもないミスだった。

 カマをかけた質問ともとれたはずだが、それにイタチは乗ってしまった。いつもなら、〝どうだろうな〟とはぐらかすはずなのに。

 

「冗談。聞いたんだ」

 

 ――風の噂に。〝クーデターを行う〟と、今日フガクさんが言ったことを。

 そう言っておいたが、イタチは顰めっ面のままだった。

 

「お前は一族のこと、どう思ってる?」

 

 うちは一族。誇り高き一族。古くから里に因縁を、確執を持った一族。

 

「ううん……考えたこともなかったかな。私は家族が一番大事だから――( )

 

 ――それ以外は知らない。

 

 里も、()()()も、窮屈な思いをするという点では同じだ。私は家族の中でしか居場所がない。結局はそうなのだ。

 

「父上……と、オレ……が、もし、対立したらどうする」

 

 仮定の話だ。

 家族の中での優先順位。それをイタチは問いかける。

 これを曖昧にしておいたままではいけない。許されない。

 

 迷いなく、私は答えた。

 

「その中でも、イタチは特別。それは昔から変わらないから」

 

「そうか……」

 

 フッと、イタチの表情が緩んだ。

 なにを思ったのかはわからない。ただ私には、安心をして気が緩んだように思えた。

 

 なんとなく、イタチの手をとる。

 

「どんなことがあろうと、たとえ貴方がなにをしようと、私は貴方の味方です。それだけは変わらないから」

 

 だからもっと頼ってほしい。

 それなのに、拒絶される。イタチは私の知らないことを、知らないところで抱え込もうとする。

 今だって、そうなのだろう。

 

 遠い。すごく遠い。

 こんなにも近くにいるのに、なにをしようとしているのかが私にはわからない。隠されて、私には見えない。

 そのせいで、いや、そのおかげで、そのイタチの配慮のおかげで、私はすごく不安だった。

 

 ――ひとりだった。私も。イタチも。

 

「ミズナ……。すまない」

 

 謝罪だった。

 そんな私にかけられた言葉は謝罪だった。

 なぜかその謝罪に、心の距離をまざまざと見せつけられたような気がした。

 

 昔はこんなことなかったと思う。もっと近かったと思う。

 辛い。どうしてかはわからないけど、辛い。こんなにも辛かったことは今までなかったと、心が訴えている。

 

「ねえ、今日はずっと一緒にいてもいい?」

 

 だから、近くに居たかった。痛くても、居たかった。

 なにも癒えることがないことくらいわかっている。それでも一人にすることなんてできない。一人になることなんてできない。

 

「かまわない」

 

 そうやって許可が得られる。

 優しいイタチは私の独り善がりに付き合ってくれる。

 

「ねえ、明日はやっぱり早いかな?」

 

「ああ、修行の約束が……いや」

 

 口ごもった。

 おそらく私とシスイの奴とを天秤にかけているのだろう。

 だから私は微笑んだ。

 

「ふふ、遊ぼ? 二人で」

 

 ときどき忘れてしまうが、私もイタチもまだ子供だった。そう、まだ子供だ。

 年相応に、やんちゃで、むじゃきに、遊んだって構わない。罰は当たらないはずだろう。

 

 

 ***

 

 

 結局、私たちは夜通し遊んでしまった。

 イタチの部屋に泊まり込んだ。

 

 なにをして遊んだかといえば、カードゲームだったり、サイコロと紙を使った領土の奪い合いゲームだったりだ。

 

 シャッフルでカードの位置を操作できるようになったり、自由な出目を出せるようになったあたりから、お互い、つまらなくなった。

 たぶん最初に、勝てない私がイタチの手札を最弱カードにするべく頑張ったのが原因だろう。もっと、バレないようにやるべきだった。

 

 ちなみに私は印刷された文字が見えないから、カードゲームの最後にはそれを指摘された。初期位置を覚えて、それを追っていることをだ。シャッフルで操っていることをだ。言い逃れはできなかった。

 

 どんなゲームも、まずイタチが勝って、次に私が少し卑怯な必勝法を使ってから、最後には引き分けになる。勝敗は五分五分、と言いたいところだが、数回分、私の負けが多かったりした。

 

 そんな楽しい時間を過ごしたわけだが、その後が問題だった。

 

 今、目の前にフガクさんとミコトさんが、並んで二人で座っている。そして、私たちはその前に座らされていた。

 

「イタチは今、大事な時期にある。それはわかっているはずだ」

 

 フガクさんだ。非難の声色だった。

 咎められているのは私だけではない。わかってはいたが、少しだけ苦しい。

 

「はい……」

 

「……ごめんなさい」

 

 返事をするイタチと、無条件に謝罪をする私だった。

 できれば、家族みんなでうまくやっていきたい私だ。不和を生むようなことは避けたい。

 

「二人だけで寝るのはよくないと思うのよ……」

 

 続いて、これはミコトさんだった。

 私とイタチはキョトンとした。フガクさんは微動だにしてはいないが、微動だにしなさすぎるために少し動揺しているように思えた。

 

 二人で布団もかけずに無雑作に寝ているところを見つかってのこの展開だった。

 

「ミズナ……。あなたの身体のことを心配しているのよ……?」

 

 深刻な表情だった。

 ちなみに、普段の私の体調管理は万全である。

 徹夜はよくなかったことはわかる。だが、なぜ私だけ心配されているのか不思議であった。

 

「イタチも、しっかりしているといっても、男の子でしょう? 女の子が無防備な姿を見せたら、なにをされるかわからないわよ?」

 

「へ……?」

 

 悪戯っぽいミコトさんのそのセリフに、私は少し心がざわめく。なんだか変な気分になる。

 

 私はイタチの方を向いた。

 イタチもこちらを向いている。

 なんだか、今までにないくらい、気まずい空気が流れる。

 

「わ、私は! イタチになら、なにをされても大丈夫だよ!」

 

 だから、そう必死に言い繕った。

 

「…………」

 

「…………」

 

 空気が凍った。

 

「……少し、二人だけで話をしましょう」

 

 今までになく、ミコトさんが怖く感じられる。どうやら私は台詞の選択を間違えたらしい。

 

 顔を向け、他の二人に助けを求める。

 

「そうだな……オレたちは出て行こう。行くぞ、イタチ」

 

「わかりました……」

 

「えっ……?」

 

 孤立無援だった。

 部屋に二人、ミコトさんと私だけで残される。

 

「さあ、話をしましょうか……」

 

 

 ***

 

 

「お前は、あいつのことをどう思っているんだ?」

 

 二人の残った部屋を離れ、父――うちはフガクはそう尋ねる。

 父とミズナとの接点を、感じたことは今までになかった。そうして尋ねられ、それにより生じた僅かばかりの苛立ちを抑え、答える。

 

「感謝しています」

 

 それは確かだった。

 無条件に好いてくれる彼女の存在はありがたかった。心の機敏を鋭く察して、気を遣う彼女の存在はかけがえがなかった。

 昨夜もそうだった。

 

 それ故に、怖くもある。

 彼女の人生を自らが握ってしまっているような、自らの行動のしわ寄せが彼女に押し付けられてしまっているような、そんな怖さだった。

 

「感謝……か……」

 

 父は、感じ入るように言葉を飲み込む。

 どこか予想した答えと違うものが帰ってきて、それがどこか納得のできるものであったかのような、そんな反応だった。

 

「ああ、あんなふうに自らのことを想ってくれる他人というのは滅多にいない。もし、手を離したら、後悔することになる」

 

 実感がこもっていた。

 忍の世界には常に死がつきまとう。

 大切な者との別離は珍しいことではない。

 

「わかっています」

 

 忍の命は儚い。明日、任務で殺されてしまうかもしれない。

 同じ班員だった、仮面の男に殺された、テンマのことが頭をよぎった。

 

「流石、オレの子だ」

 

 父の賞賛の言葉は、いつもこれだった。

 

「家事に、サスケの世話も――( )母さんから聞いている。あの歳でだ。正直、オレは申し分ないと思っている」

 

 なぜか父はそんなことを言っていた。

 いつも感情を表に出さない父であったが、心なしか喜びがその表情に浮かんでいるように思える。

 

「父上……」

 

「ああ、だからこそだ……。だからこそ、お前たちの世代や、お前たちの子どもの世代。その為だ」

 

 ――やめろ……。

 

 父は語る。

 別に酒を飲んでいたわけではない。だが、どこか、その姿は酔っているようにも見えた。

 

「今、()()()は立ち上がらなければならないのだ。()()()の怒りを里に知らしめなければならない。知らしめることこそ、我らが大義――( )成功か失敗かは問題ではないのだ」

 

 ――やめてくれ……。

 

 クーデター。

 一族の若者たちの熱に酔い、道を失っている。

 

 父の語るその形には未来があるとは思えなかった。

 血が流れ、よりいっそう、一族が疎まれ、そしてその結果、()()()という一族が里から消えてなくなってしまうような未来が容易に想像できてしまう。

 

「その為のお前の暗部入りだ。わかってはいると思うが、しっかりこなせ」

 

「…………」

 

 一対一。

 周りに気遣う必要もない。だからこそ、返事はできなかった。

 

 反対はできない。

 ここで反感を表に出しても、不信を買うだけで、利点はない。最悪、暗部入りが、父の一存でなくなる可能性もあった。

 火影に己の実力を見せつけ、そして功績を積み上げることができなくなるかもしれなかった。

 

 ――無力だった。

 

 何度この無力さを痛感したかはわからない。

 争いを無くすと心に決めておきながら、まるでなにもできていない。身近な人間さえ守れない。

 

「どうした? イタチ……」

 

 心の機微を悟られる。

 ――未熟。

 鍛錬の必要がある。

 後にこの失態が尾を引かぬよう、繕い方を即座に思考し――( )

 

「ねぇ、ねぇ。私たち、ずっと家族だよねぇ」

 

 背中に重みを感じる。肩の後ろから、腕が回される。

 ミズナだった。気配はなかった。

 

 唐突に現れた彼女に、驚き、そして背筋が冷える。

 うちはフガクは呆然と彼女を見つめていた。

 

 彼女のこの神出鬼没さに対しては、わずかながらの慣れのおかげか、父より反応が早い。

 

「話はもうよかったのか?」

 

「うん。終わったよ。……それで、イタチ。イタチは子ども……欲しい?」

 

 問いかけに息が詰まる。

 ここでしていた話の文脈からは乖離なく、父が興味を示していることがわかった。

 

「考えるのは、一族が落ち着いてからだ……。お前は……?」

 

「……ごめん。ちょっと想像つかないんだ」

 

 意外だった。

 彼女のその性質から、家族を第一に重んじる在り方から、無条件に肯定するものだと思ってしまっていた。

 

「どうしてだ?」

 

「ふふ、私一人だと自信ないからかなぁ……。イタチは、手伝ってくれる?」

 

「…………」

 

 易々と答えられるような問いかけではなかった。その言葉の意味することが、痛く心に突き刺さってくる。

 なぜ、苦しいのかはわからない。だが、まるで自分が卑怯者であるかのような気になり、罪悪感が募っていく。

 

 父が見ている。

 そんな中、明確な答えを出してしまうことは控えられる。

 そして、母が、渋い顔をしながら、ミズナに遅れてやって来ていた。話していたことは全て、聞こえていただろう。

 

 だから、答えは決まっていた。

 

「……お前なら、大丈夫だ」

 

「そうかなぁ?」

 

 身にならない答えに対して、彼女はなんの屈託もなく笑う。

 少なくとも、そうであるように見えた。

 

 間違えていない。

 ――なにも間違えてはいないはずだ。




 最近、更新ボタンを押したくないです。一週間、二週間で八割書いて、そこからダラダラ書き直すワケでもなく一週間に百字ずつ追加してるとか、そんな感じです。本当にすみません。

 はっ!? そうだ、これもダンゾウって奴が悪いんだ! 全てはダンゾウの所為……!


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裏切り者、限界、残り火

 日向は木ノ葉にて最強。


 ダンゾウに付き従っていた〝仮面〟。

 ミズナを襲った犯人と疑えるその人物とともに、小日向ムカイの暗殺の任務に就いた。

 

 その〝仮面〟を指名したときのダンゾウの表情は読めなかった。だが、真相を掴もうとしている姿を、笑っているように思えてならなかった。

 

「こいつのために生きていると言っても過言ではねぇな」

 

 タバコの煙が空に消える。

 もう片方には銀色の瓶が――( )アルコールの匂いが鼻をついた。

 

 周囲には十人ほどの霧の忍が倒れていた。

 全て己が倒したものだ。

 

「おとなしく投降しろ……」

 

「おっと、それはできねぇ。裏切り者の末路はお前もわかっているだろ? ……うちはイタチ」

 

「…………」

 

 いくら火影が寛大だからといっても、限度がある。

 

「それとも、結局は日の当たる場所でしか生きていない。ということか?」

 

「…………」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべて、小日向ムカイは笑っていた。

 忍の世界で裏切りは重罪だ。

 自首くらいでは許されるはずもない。死罪は免れない。

 

「今をときめく()()()の天才が刺客とは、光栄の至りだな」

 

 タバコの火が消され、ボトルの蓋が閉められる。

 ムカイのチャクラの量が、急激に増えたような気がした。

 

「今まで話してたのが親父の影分身だと知って、息子は今頃怒ってるだろうな」

 

 隙のない鋭い目つきに、今まで潜り抜けてきた任務の数が自ずと知れる。

 

「こりゃ、早く帰って言い訳しなきゃだ……」

 

 重心が落とされる。

 日向一族に伝わる柔拳の構えだった。

 

「なぜ、お前ほどの忍びがスパイに……?」

 

 いつでも応戦できるよう、クナイに手をかける。

 事前に相手の情報は収集している。

 

 小日向ムカイは手練れだ。だが、接近戦に持ち込まれさえしなければ、十分に勝ち目があった。

 

「おっさんになると色々あるんだ。そしてその色々ってのは、歳をとってみなきゃわからねぇもんだ。だから今、お前に話したところで半分も理解できやしねぇよ」

 

「病気の息子はどうなる?」

 

「そういう色々のために、オレはここで死ぬわけにはいかねぇんだ。たとえ、お前を殺してもな」

 

 左眼の周囲に無数の線が走る。

 

「白眼!!」

 

 本人曰く先祖返り。

 本来ならば開眼などできないほどに日向一族の血は薄いはずだった。だが、小日向ムカイは、その左眼だけ、白眼を使える。

 

 その柔拳の間合いに入れば、命の保障などはない。

 取るべきは遠距離からの先制。素早く印を結ぶ。

 

 ――『火遁・豪火球の術』。

 

 炎は敵を覆い尽くすほどに広がる。

 日々の鍛錬により、容易には躱しきれないほどの大きさにまで、術の範囲は広がっていた。

 

 だが――裂ける。

 

 中心から縦に線が引かれ、まるで敵を避けるように、炎の進路は変わっていた。

 

「敵のチャクラを絶つ柔拳を操るということは、その流れを熟知するということ。術はチャクラの塊。流れを読めれば、割ることはそう難しくねぇ」

 

 特別な術はない。

 その体術のみで、豪火球は打ち破られた。

 

「悪いが手加減はできねぇ」

 

 歯噛みをする。

 体術において、相手は圧倒的に上手、いや、次元が違う。鍛錬を欠いたつもりはないものの、今までのそれでは辿り着けない領域に相手はいる。

 

 距離を詰められるのは一瞬。

 相手の狙いはおそらく点穴。点穴をうたれれば、チャクラの流れが断たれてしまう。この男ほどの手練れが、それを外すとは思えない。

 

 初撃、身を捩って躱す。

 だが、次の一手がすぐさま襲いかかる。胸、肩、脇腹。次々と繰り出される攻撃に対応が迫られる。反撃の余裕がない。

 

 この間合いのままでは、勝ち目がない。

 時間とともに詰みへと近づいていく、嫌な感覚に支配される。

 なんとか隙を見つけ反撃をする――( )否、勝機はそこにない。

 

 『写輪眼』は発動している。

 だからこそ、その幻術を警戒し、相手はこちらと目を合わせない。視線が合いかけるたびに、その卓越した反射神経と運動能力により、素早く視線をそらしていく。

 

 狙うべきは、その意識的な動作の瞬間。

 相手の視線を読み、動きを調節し、もう一度、仕掛ける。そして、躱される。

 

 わずかに攻めの手が緩む。

 その隙とも取れない隙を突き、後ろに大きく跳躍した。

 

 木ノ葉にある盆地。その岩場で戦っている。

 草の生えない地面に着地をし、なおも間合いを詰めようとする小日向ムカイにクナイを投げる。

 

 ――八本。

 

 チャクラコントロールによって強化された膂力により、一度に襲うクナイはどれも脅威には違いない。

 

 だが、小日向ムカイは、たった一つの動きでそれらの全てを逸らしてみせる。

 一本のクナイが弾かれただけだった。だが、そのクナイから波及するように、クナイがクナイを弾き、弾き、弾き、弾き――( )遂にはどのクナイも対象を捉えることはなかった。

 

 全て織り込み済み。

 

 そして、小日向ムカイが視線を動かした先に自分が――( )

 

 当たり前のように敵は視線を逸らしていく。こちらから、やや大袈裟気味に。

 

 ――そして、小日向ムカイが視線を逸らした先にはあの〝仮面〟がいた。

 

 ダンゾウの部下であり、今回の協力者でもあるあの〝仮面〟だ。

 当然のように、当然であるはずはないが、その〝仮面〟は『写輪眼』を持っている。

 

「……う、く……っ!!」

 

 咄嗟に、小日向ムカイは跳躍した。

 凄まじい脚力で、その視線間のチャクラの流れを振り払うように後ろに飛ぶ。

 

「……あぶねぇ。この気配の消し方……いや、別人か……」

 

 そうひとりごちる声には今までの余裕がない。

 かろうじてだが、小日向ムカイはその『写輪眼』の与える縛りから逃れていた。

 

 岩場であるここには、隠れられる場所などいくらでもある。

 自らが陽動となり、遠距離から〝仮面〟が小日向ムカイを幻術に嵌める。一度、幻術に嵌めさえすれば、動きに綻びが生まれる。あとはどうとでもなる。そういう手はずだった。

 

 絶好の機会だったはずだ。だが、それは既に棒に振られた。アドバンテージが失われた。

 あとは純粋な実力のみでこの男を倒さなければならない。

 

「さすがに一人はないと思ったが、こう上手く隠れられてるとはな……」

 

 苦虫を噛み潰したようにムカイはそう言った。

 追い詰められているのは、おそらくこちらだけではない。

 精神的な優位を完全にとられているわけではないことを確認する。

 

「…………」

 

 もはや、ばれた以上、隠れている意味はないと判断したのか、〝仮面〟が前に出る。

 

「『写輪眼』ってことは()()()だろうが……。知らないな……」

 

「…………」

 

 尚も軽口を叩く小日向ムカイのセリフを無視して、〝仮面〟は手裏剣を手にする。

 空にばら撒くようにして、数十の手裏剣が宙を舞う。小日向ムカイに襲いかかる。

 

「さすがに、それは当たらないぜ?」

 

 木の葉のように不規則に襲う手裏剣にも、小日向ムカイは余裕な態度だ。近距離を得意とするがゆえに、遠距離の攻撃を相手が選ぶからだろう。どう対処するかは心得ている。

 踊るように、軽やかに、手裏剣と手裏剣の合間を縫って、柔拳の領域に相手を捉えようとする。ようとしていた。

 

 その寸前で、小日向ムカイは動きを止める。

 ああ、明らかに、手裏剣に仕込まれているチャクラの量がおかしい。おそらくそれを、『白眼』で認識したから。

 

「――『風遁・風幻刃』」(かげやいば  )

 

「ぐっ!?」

 

 仕込まれた刃が飛び出すように、手裏剣たちのリーチが伸びる。

 切断に特化したチャクラ性質変化、風。それは刃物のリーチを伸ばすにうってつけのものだった。

 

 時限式。避けられたと一度認識した手裏剣が、再度襲う。慢心をつき、隙をつく。

 タチの悪い、効率的な術だった。

 

 心臓、肝臓、腎臓、頸動脈まで、人体の急所へ正確無比に刃が迫る。

 やはり、小日向ムカイは優秀な忍であった。不意であるはずの攻撃も、その被害を最小限にとどめさせる。

 傷はできれど、致命傷には至らない。高い身体能力で、その風の刃を凌ぎ切った。

 

「なかなか、やってくれるじゃねぇか……」

 

 

 その瞬間、小日向ムカイの右側後方、刃が閃く。

 

 

 時間差二段、死角を狙ったその斬撃に、小日向ムカイは一瞥もくれず刃を手で受け止めて応える。

 

「弱点を克服するために行うのが〝修練〟というものだ。まず、この片目だけ発現した『白眼』の死角を克服するのがオレの〝修練〟の第一歩だった。あまり、おっさん舐めんじゃないぞ?」

 

 そのまま握力の差で刃を奪い取り、放る。血液が滴る。

 振り向きざまに掌底を放とうとするが、射程範囲から〝仮面〟はすでに離脱していた。

 

 切った手札の全てに対処している――( )小日向ムカイのその実力に戦慄する。

 

 体術は言わずもがな。忍術は叩き割られた。手裏剣術さえその実力に無駄とさえ思える。幻術は発動まで漕ぎ着けずに。不意打ちでさえ、こうも利かない。

 

 ――手詰まり。

 

 その言葉が脳裏をよぎる。

 

 死線の数々を掻い潜ってきた彼の実力は、おそらく一族の長を務める者たちにも引けを取らない。

 上忍でも上澄み。そこには日々の鍛錬や、経験といったものだけでは語れない何かがある。

 

 だからこそ、諦めるわけにはいかない。

 その程度に屈しているのなら、此の先はない。

 

 打開するための策を捻る。

 いま、持ち得る手札で、最大効率の方法を考える。いま持てるチャクラで、術で、忍具で。目的は、小日向ムカイを打破するだけだ。それだけだ。

 

 そして、駆け出した。

 

 チャクラによる肉体強化、それによる常人ならざる瞬発力。だが、小日向ムカイの対応能力を超えるものでは決してない。

 

 約瞬き一回分。

 その速度でのクナイの斬撃。無論のこと、小日向ムカイほどの実力者であれば、それがまともに当たるはずがない。

 

「どうした? 死にたいのか?」

 

 近距離の圧倒的有利を信じて疑わない。

 だからこそ、標的がこちらに移される。確実に倒せる方から倒しておく、それが戦闘における常識であるから。

 

「八卦一掌」

 

 直撃。

 だが、同時に(カラス)が舞う。

 小日向ムカイが、あの〝仮面〟に気を取られているあの間に入れ替わった。

 

「影分身……!?」

 

 チャクラを均等に分けるそれは、『白眼』をもってしても見分けられない。

 (カラス)に隠れたその陰から、クナイの一撃を叩き込む。

 

「ぐっ……」

 

 右手前からの攻撃に、小日向ムカイは狼狽えていた。

 頸動脈を精緻に狙った攻撃に、完全に隙を突かれ、回避行動が遅れていた。

 

 血が飛び散る。

 忍は返り血を受けない。そう反射的に、一歩足を引く。

 小日向ムカイは、首元を手で押さえ、タタラを踏んで数歩下がった。

 

「ああ、やられたな……。なるほど、右眼は閉じておけっていうことか……。死角はカバーしてあるつもりだったが……はたけカカシに見習えばよかったな……。ああ……参考になった。次からはそうしよう」

 

 そう小日向ムカイは次を語る。

 

 

 ――浅かった。

 

 

 一撃で倒し得るには至らない。

 〝仮面〟の攻撃でわかったように、小日向ムカイの死角をとろうと、決して有効打になりはしない。

 

 だからこそ、透過能力を持つ左眼の『白眼』の視界の範囲外、そして、普通の眼であるその右眼の視野内にあたる右前方数度の範囲。そこに(カラス)で死角を作り、狙った。

 

 間違いなく、当たりだった。

 反応は遅れて、攻撃は届いた。

 

 だが、本来ならば死に至るその一撃を、驚異的な直感か、少し深い程度の傷に抑え、目の前にまだ、小日向ムカイは立っている。

 

 全身に、切り傷。掌では血が滲む。首筋からは、今できたばかりの傷からは、赤い液体がまだ止まらずに滴り落ちる。

 

 満身創痍。なのかもしれない。

 対してこちらは傷もなく、血も流れず、疲労感だけ。いや、冷静に、己の身体を顧みれば、体力的な疲労はさほどではないことがわかる。

 

 

 だというのに――( )

 

 

 ――勝ちが見えない。

 

 

 これ以上の策はなかった。

 まともに挑めど勝てないのは明白だ。

 傷つけど、その気迫に陰りは見えない。体術勝負に持ち込まれたら負けてしまうと簡単に予想がつく。

 

 追い詰めたのは事実だ。今までの策は悪くなかった。だが、地力が足りなかった。己の力では及ばない。

 まだまだ、未熟だった。

 

 〝仮面〟が、小日向ムカイに挑みかかった。

 この傷だらけの状態なら、倒せると踏んだのかもしれない。

 小手先なし、クナイを手に斬りかかる。

 

 まずい。間に合うかはわからない。だが、止まってはいられなかった。

 

 とられた回避行動は緩慢だった。

 あれだけのダメージを受けたのだから当然だと、そう切り捨てられるほどの違い。

 その違いで、〝仮面〟のクナイは小日向ムカイの脳天を割る。

 

 

 ――丸太に変わった。

 

 

 いつの間にか影分身が仕込まれていた。

 背後から〝仮面〟に掌底が迫る。すんでのところでたどり着いたが、完全なフォローには間に合わない。

 不恰好に、掌底を受けてしまう。

 

「八卦一掌」

 

 日向の柔拳、というのは内部に響く。点穴を突き、流れを断ち、相手のチャクラを使いものにならなくする。

 受ければ、戦力外は必至だろう。

 

「二掌、四掌」

 

 肩に、腕に、胸に、脇腹に、次々と身に当てられる。

 内臓が傷つき、血がせり上がり、だが、吐き出す暇もない。

 

「八掌――とっ……!」

 

 手裏剣が小日向ムカイに襲いかかった。

 死角である右後方から。

 だが、易々と手裏剣を躱す。ネタは割れ、風の刃にあたるという下手も打たない。

 

「……っ!?」

 

 それどころか、攻撃をやめ、その手裏剣の主のもとへ軽やかに跳ぶ。

 ああ、確かに、柔拳を打ち込まれたこの身体では反撃などかなわない。優先順位からして妥当か。

 

「ずいぶんと舐めてくれたな?」

 

 逃げきれない。

 そのまま小日向ムカイに距離を詰められ、柔拳の範囲に入る。もはや、勝ち目などない。

 

 数度の回避。数度の抵抗。

 だが、どれも虚しく、いなされ、数えるほどもなく、首を掴まれる。

 

 それは攻撃と言うには生温かった。

 ギリギリと首を絞められたまま、その小日向ムカイの片腕の腕力だけで宙吊りにされる。

 バタバタともがくも意味がなく、徐々に動きが緩慢に、その力が抜けていく、命が失われていくのがわかった。

 

 

 

 何分たっただろう。

 ガックリと項垂れる〝仮面〟を片手に、まるで物のように、人だったそれを放り投げる。

 そして、小日向ムカイはこちらへと振り向く。

 

「チャクラもまともに練れねぇはずだ。どうだ? おとなしく降参するっていうのは?」

 

「断る。降参したところで、生かしてはくれないのだろう?」

 

「違いねぇ」

 

 かろうじて、立ち上がれはしたが、これ以上の戦闘は、自分には不可能だとわかる。

 

「どうやら、『写輪眼』もまともに使えねぇようだな……」

 

 そう言いながら、こちらの眼を決して見ないのは不測の事態を警戒してか。

 不意を打たれないか、そう警戒しながらも、ゆっくりと、小日向ムカイはこちらへと視線を向ける。

 

 たとえ、ここで『写輪眼』を使おうとも、見え見えの幻術には、小日向ムカイは引っかかってはくれないことには違いない。

 

「……だが、よくその状態で立ち上がれるな……」

 

 歩けもしない、動けもしない。

 指先の一つでも動かしてしまえば、痛みが全身に響き、再び倒れてしまいそうなほど。

 

 それでも、この両足で、ここに立っていなければならなかった。

 

 

 数歩の距離。手を伸ばせば届く距離。

 死が近づいてくるのだと、そう錯覚を起こすほど。

 

 その存在は強大だった。

 

 

「――終わりだ」

 

 

 トドメに放たれた柔拳。

 

 

 その直前にしゃがみ込む。脱力し、倒れこむように。

 その動作に、柔拳を躱すほどの速度はない。

 

 

 だが、眼前で、その柔拳は止まっていた。

 

 

「なぜ……? お前が――」

 

 

 

 その目は、己の背後に釘付けにされている。

 

 

 それは一瞬のうちに起こった。

 動作に淀みの生まれた小日向ムカイは、強襲される。抵抗する暇さえ与えず、襲撃者は、小日向ムカイの左眼へと指を滑らせ、血飛沫と共にその『白眼』を抜き取った。

 

 液体の入った瓶にそれを落として、しまいこむ。

 

 一切の滞りも、迷いもない。

 

 ああ、間違いなく、あの探していた犯人はこいつだ。あったはずの遺体はすでに消えている。死んだはずの〝仮面〟がそこにはいた。

 

 

「がっ……はっ……!?」

 

 

 小日向ムカイが倒れる。

 あれほどの強さを誇っていた忍だったが、その幕切れはあっけなくとさえ思えてしまう。

 

 自死、だった。

 自らのクナイで腹を切り裂き、その傷により倒れていた。

 原因は、幻術かなにかだろう。はたまた、情報を流していた里から、なにかを仕込まれていたのかもしれない。

 

「し、死体を偽造か……。オレの『白眼』でも気付けないとは……一体、なんの術だったんだ……?」

 

「…………」

 

 〝仮面〟は答えない。

 それが忍術か、別のなにかなのか。それは決して、己にも知らされてはいなかった。

 

「うちはの秘術ってやつか……」

 

 そう小日向ムカイはどこか納得したように、それでもまだ不満のようにこぼした。

 〝仮面〟はそれにも、無視を徹底していた。

 

「こ、こんなことになっちまったが……。う、裏切りはオレ一人の了見だ……。嫁や息子は関係ねぇ……」

 

 誰にとも呟くでもなく、小日向ムカイは言う。

 

「虫の良い話だがなぁ……」

 

 その手がなにかを探しているように思えた。

 それを察し、〝仮面〟は小日向ムカイの懐から、乱暴に一本のタバコを取り出し、咥えさせる。

 

「火を……」

 

 ライターの火は使わない。

 それは弱い火遁だった。

 だが、タバコの火には少し強すぎる。一気に半分燃えてしまう勢いの火で……。

 

「ハハッ、容赦ねぇ……な……」

 

 それが最後の言葉だった。

 

 優秀だった忍は、裏切り者と、里に仇なす者となってしまった一人の忍は、そうして死んでいった。

 最期には何を思っていたのか、その表情に、曇りは見えない。

 そのあり方は、己の心に一つの影を落とし。

 

 嫌になるくらい、空は晴れていた。




???「こやつは日向ではない。小日向だ」

???「白眼をもう片方残している。その意味がわかるかな?」


 そういえば、この間、ほのぼのタグを追加したんです。ええ、ほのぼのですよ。ほのぼの。
 良いですよねぇ。

 みなさん、たくさんの評価とお気に入りをありがとうございました。こう、目に見える形であると、まだもうちょっと頑張れる気がしてきます。


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踏み絵、弟、急転

 短い時間で連続投稿をすればストレスが二分の一で済むことに気がつきました。


 『砂』への任務だった。

 

 『霧』と『砂』とが軍事同盟を結ぼうとしているという情報を手に入れたため、その場所に忍び込み、調査を行うという任務だった。

 

「ビックリしたよ? イタチと一緒に任務だなんて……」

 

「ああ……」

 

 メンバーには彼女がいた。

 小日向ムカイが抜けた穴を埋めるために配属されたイタチだったが、直前まで、誰と共に任務を行うかは聞かされていなかった。

 

「ええ、でも、身体、大丈夫なの? 昨日まで……」

 

 小日向ムカイと戦って、一時は動けないほどボロボロだった。

 つきっきりで看病をした彼女には、迷惑をかけてしまったか。

 

「問題ない」

 

 そう言うと彼女は眉間にシワを寄せた。

 流石にいい顔はしないか。

 

 だが、次の瞬間には思いもよらない行動に出る。

 

「とおっ!!」

 

 クナイを持って突っ込んで来る。

 

 素早く身をかわし、彼女の刃物を持つ手首を掴み、捻る。

 クナイを取り落として、その次にはもう、彼女は残った方の手を上げた。

 

「どうだ?」

 

「降参、こーさん。まあ、一応大丈夫かな?」

 

「なら、よかった」

 

 相も変わらず無茶ばかりを自分にさせる彼女へと、苦笑を浮かべる。

 その信頼は快いが、それを向けられるたびに、心の中で不安が芽吹いていた。いつも通り、見て見ぬフリをし、堪えておく。

 

「あ、他の人も、もうすぐ来るみたいだよ!」

 

 彼女の感知能力で捉えたのだろう。

 普通ならば、気配も感じない距離のはずだ。彼女の能力は任務の上で、やはり心強いものに違いない。

 

 全員が集まり、簡単な挨拶を済ませて任務に移った。

 

 任務の際、自らは小隊のメンバーと喋ることはあまりなかった。

 あったとしても必要最低限。雑談などは全くと言っていいほどなかった。

 

 だが、彼女は違った。

 

 和やかに他のメンバーと会話をする彼女がいた。

 ときおり、冗談を交えつつ、おどけて自らの失敗談を語ったり、など。そうすると、話し相手は先輩として助言をくれたり、苦笑をしつつ自らも苦手だった、苦手であると語ったりする。

 

 一体感が生まれる、というのは悪いことではない。

 一度瓦解したら、立て直すために時間を要する、という点を除けば、物事が円滑に進んでいくために必要なことだった。

 

 彼女の持つ会話術は、己にはないものである。

 それが彼女の強みであるということは、忍者学校(アカデミー)の頃から知っている。

 

 それがどうしても眩しくて、そうやって歩みを進める彼女のことを遠ざけてしまった。あの事件の前の話だ。

 まだまだ未熟だった。それだけの話だろう。

 

「ねぇ、イタチ!!」

 

「どうした?」

 

 そんな仲間の輪を離れて、彼女は声をかけてきた。

 その周りに気を遣う様子から、なるべく人には聞かれたくない話だとはわかった。

 

「うーん。もしさ、どこかの一族がクーデターを起こすとしてさ……。この『霧』と『砂』との軍事同盟、どんなアクションを起こすと思う?」

 

 万が一、聞かれても誤魔化せるようボヤかしてはいる。だがだ、彼女の言い分を理解するには十分なものだった。

 

「まさか……」

 

 この軍事同盟は、『岩』や『雲』といった仮想敵国に対する身の振り方を決めるというもの。

 忍界で軋轢を生むには十分で、締結後、第四次忍界大戦に直行することもありうる。何としても止めなければならないものであった。

 

 いや、平時には忍の需要はなくなるものだ。特に『砂』は、これから隠れ里への資本が縮小していくという話もある。

 火種が、欲しいのかもしれない。

 

「ただの邪推で、ただの杞憂かもしれない。でも、私が何回も『砂』に行っているわけで……」

 

「…………」

 

 彼女は、父――うちはフガクに用意された任務だけを受けていた。

 そして、それは極秘裏に、一族にさえ知らされてはいない。

 『砂』に赴くことが主なもので、己にさえも、そこで何をしているかはわからない。

 

 だから、わかった。

 この任務に彼女が参加させられている理由がだ。

 

「この任務、絶対に成功させる……」

 

「イタチ……」

 

 彼女がもし、なにかしら里に不都合なことを起こせば黒に決まる。一種の踏み絵のようなもので、里が一族を見極めるためのものだろう。

 

 一族は里によく思われてはいないゆえに、なんの意図のないミスでさえ、無理やりにこじつけられる可能性さえ考えられた。決して油断などできない。

 

「でも……別にいいんだよ――」

 

 ――私のことは。

 

 なぜ、そんなことを言うのかがわからなかった。いや、そう言って気負わないようにさせてくれようとしているのはわかる。

 

 だが、その自己犠牲的な発言が、どこから来るのかわからなかった。彼女のことがわからなかった。

 

「私はあなたの味方だから」

 

 その言葉には苦しめられる。事実、今、彼女の生殺与奪の権を握るのは自身である。

 己の行動が、彼女の未来に影響する。場合によっては……。

 

 そして、それを彼女が望んで受け入れることがわかる。わかってしまう。それがどこか悔しかった。

 

「絶対に成功させるぞ?」

 

 なんにせよ、それが第一だった。

 

「ん、わかった……。イタチがそう言うなら」

 

 まるで自分というものがないように、いや、まるで己の言が元々自分の意思であったかのように、彼女は実直に従うのだろう。

 その空々しい笑顔に、本心が見えない。触れることができない。

 

 思えば、彼女はいつも笑っていた。

 彼女の涙を直接見たのは、九尾事件のあとのあの時だけだった。

 

「……この任務のことは、やっぱり誰にも話さない方がいいよね」

 

「ああ……いや、シスイだけには話しておく」

 

「そう……」

 

 彼女がいれば、自身がいれば、この任務に失敗はない。

 確信めいたものがある。

 

「頼りにしてるわ」

 

「お前のこともな」

 

 彼女の能力は高い。

 だからこそ、翻弄された。そして今も、されている。

 いつになれば終わるかもわからない戦いだった。終わらせるには全てを変えるしかないのかもしれない。自分自身も……。

 

 この密談を気にして見に来た仲間がいたが、深く踏み込まれることはなく、ただ彼女との関係性を揶揄させるだけに留まった。

 

 その後、無理やり会話の輪に引きずり込まれ、終始、彼女と共に茶化されるだけに時間を費やされたことは遺憾だった。

 

 だが、それ以外の物事は順調に進んでいく。

 

「わかるか? 会話の内容は……」

 

「ええ、互いの立場の擦り合わせ……ね。大事な話はまだみたい……」

 

 彼女の偵察能力は、凄まじいの一言だった。

 影分身が使えることが第一に、その感知能力でトラップさえも看破する。そして、そのトラップを回避する技能もある。

 

 だが、彼女からの情報だけでは信憑性に欠けると里に判断される可能性があった。

 だからこそ、他のメンバーは別行動で偵察をしている。そこは彼女が説得した。

 

 どうしたかといえば、話を色恋の方向に転がしただけだ。そうして気を遣われる形でここに残されることになった。

 いや、そうなる前準備として、子どもは任務の邪魔だという考えに至る誘導を、失敗談を交えた往路の雑談で彼女は仕込んでいた。

 

 気を遣う、という理由なら人は動きやすい。その前段階に刷り込まれたマイナスの情報より与えられた不安を取り除く、ていの良い理由になる。

 

 彼女は人を動かすことが得意、なのかもしれない。

 

「……と、ええ、六時の方向にトラップ……、ああ、なんとか回避したみたいね……」

 

「…………」

 

 彼女はあの、影分身と感覚を共有する術を、今、使っている。

 だが、前回とは違い、隣にいる彼女が本体で、影分身に情報を送っている。

 影分身は別れた他の仲間と行動を共にし、先導役をつとめていた。

 

「そんな顔しないで……? ふふ、イタチが守ってくれれば安心安全でしょ?」

 

「…………」

 

 確かに指摘したデメリットはクリアできていた。

 

 動けなくとも、それを守る仲間がいればいい。単純明快な解決策を彼女は無邪気に押し付けてきた。

 

「私は命を、イタチに預けてる……」

 

「大げさだ……」

 

 離れた安全な場所で、要である感知能力を持った彼女の護衛。

 与えられた役割の中では簡単なものに部類される。

 なにも役割がないのでは問題があるためだろう、彼女が提案すれば、すんなりと仲間に受け入れられ、その役割に就くことになった。

 

 やはり、下地を作ったおかげか、彼女の感知能力を完全には信用しない仲間たちは、『霧』と『砂』との密談を、自分たちで確かめに行った。

 

 彼女はそのサポートに徹するだけ。彼女ならば、完璧にそれをこなすだろう。

 

 そして、何事もなかった。

 密談は肝心な部分を決めるところまでは進まずに解散。

 

 仲間の誰も罠にかかることもなく、任務は終わった。

 

「なんだか拍子抜けだね?」

 

「……まだ国境は越えてない」

 

「ええ、でも、追い手もいないし、大丈夫だと思うよ?」

 

「そうか……」

 

 もし彼女が()()()でなければ、忍としての活躍は間違いなかったはずだろう。間違いなく彼女は、その〝眼〟があらずとも、優秀な忍であった。

 そして彼女の実力が、任務を通して認められていくのではないかと思うと、歯痒くてならない。

 

 だが自らには、止めることはかなわなかった。

 

「ミズナ……」

 

 呼びかける。彼女は先頭を行っていた。

 

「どうしたの?」

 

 顔だけをこちらに向ける。前を向いていようとも、いなくとも、彼女には感知能力がある。

 構わずに、彼女は前に進んでいた。

 

「まだ、任務はやるのか?」

 

「え……? 任務、もう終わるけど……」

 

 食い違う。

 もう一度、今度こそ伝わるよう言い直すため口を開こうとする。が、その前に、こちらの表情を読んでか、彼女は言葉を汲み取り直した。

 

「……あ、えっと、まだ、中途半端だから……。でも、私でも――そう、今日の任務でもちゃんと――イタチの役に立てるみたいだから……」

 

 ――まだ、続ける。

 

 役に立ってほしいと思ったことなど一度もなかった。

 そばに居てくれるだけで十分だった。

 だが、彼女は止まらなかった。

 

「……わかった」

 

 他ならぬ、彼女の意思なら、尊重するべきなのだろう。言葉を押し付け、気持ちを押し付け、彼女の行く道を強いることなどあってはいけない。

 

 ただ、一つ。

 彼女は彼女自身のために、生きていってほしい。

 

「イタチ。だから、私のことをいつでも頼っていいんだよ? 私はあなたの味方だから……」

 

 だから、そのあり方を認めるわけにはいかなかった。

 

「オレは大丈夫だ」

 

 だから、そっけなく、そう返した。

 

 

 ***

 

 

 イタチは暗部に入った。

 イタチの暗部入りの話は瞬く間に、うちは一族じゅうに広がった。

 

 本来なら、だれが暗部に所属するかは極秘中の極秘である。家族であろうと伝えることなどあってはならない。

 それが、なぜ()()()じゅうにひろまっているかといえば、これにはフガクさんの深謀遠慮が関わってくる。

 

 ()()()に燻る不満を、イタチの暗部入り――すなわち()()()の者が里の中枢に入り込んだことを宣揚することにより、少しでも落ち着かせようという、実に単純明快な理由によるものだった。

 

 効果のほどはよくわからない。

 

 変わらない日々が続くものだと思っていたが、イタチはこれまで以上に休みが取れなくなった。

 それが私にとっての大問題なのは言うまでもなかった。

 

 そんなイタチの貴重な休日を使って、私たちはサスケの修行に付き合っていた。

 

 私が適当な曲芸にしか使えないような時間差手裏剣術を披露して、イタチに苦笑されたり、イタチがクナイにクナイを当てて軌道を曲げ、死角の的に当てるような手裏剣術を見せてくれたりと、そんな一日だった。

 

 そこから、サスケに教えるにあたり、基本が大事だと力説すれば、渋面をされてしまった。なにがいけなかったのだろう。

 

 〝やっぱり男の子だから、実用性より、派手さが大事なのかな〟とイタチに問えば、〝お前が言うのか〟と言うような目で見つめられた。少しだけ、ショックだった。

 

 帰り道。

 私がこっそり、影分身の印を結んでいるその時だった。

 

「どうした?」

 

 ふと、イタチが足を止めた。

 サスケがジッと見ている建物があったからだろう。

 

 ちなみに、イタチはサスケを負ぶっている。はしゃぎ過ぎたサスケが転んでケガをしてしまったからだ。

 私がちゃんとしていれば、きっと防げた。悔やんでも悔やみきれない。

 

「ここでしょ? 父さんが働いてる所」

 

「木ノ葉警務部隊の本部だ」

 

「警務部隊……ね」

 

 そういえば、昔、イタチの家にお世話になり始めた頃、いろいろと尋問されたことがあった。無論、あの事件のことだ。

 

 正直、もうよく覚えていないけれども、いい思い出でないことはわかる。気分が少し悪くなる。

 

「……ミズナ」

 

「ええ、大丈夫よ……」

 

 敏いイタチが私のことを気にかけてくれる。それだけで気分は少し楽になった。もう、イタチには感謝しかない。

 

「ふふ、ありがとう」

 

「ああ……」

 

 そんな私たちのやり取りを余所に、思い出したようにサスケは言った。

 

「ねぇ、前から気になってたんだけど、なんで警務部隊のマークにうちは一族の家紋が入っているの?」

 

「なんだ……気づいてたのか」

 

「あ……私も気になってた……!」

 

「…………」

 

「冗談。いや、ほんとに……。ごめん」

 

 最近、私が何かを言うと、イタチがこういう風に黙り込むことが多かった。

 そして、無言の圧力に屈して、私が謝ることになる。

 

 少しだけ好きなやり取りで、私は性懲りもなく繰り返していた。

 

 まあ、本当に冗談だと、証明するため、ここは私が説明してあげようか。

 

「えーっとね……里ができたとき辺りの、うちは一族――( )まあ要するに、私たちのご先祖様が警務部隊を作ったってわけでしょう? だから、警務部隊のシンボルには、うちはの家紋が使われている」

 

「ああ、そうだな。だからこそ、この家紋は、昔からこの里の治安を預かり守ってきた、誇り高き一族の(あかし)でもあるんだよ」

 

 補足的に、イタチは家紋の意義を語る。

 それは、私が考えてみたこともなかったものだった。

 

 そしたら、どうしてか、サスケは難しい表情をして固まっていた。いったい何を考えているのだろう。

 

「うちは、といえば警務部隊。昔と比べたら、一族の人数も少ないけど、一族の大半がこの警務部隊に伝統的に所属してる。まあ、最近は平和だから、仕事が少ないみたいだけどね」

 

 それと里の暗部の影響も大きい。

 より里の機密の関わってくるような内容の事件は暗部の管轄になるそうだ。

 

 だが、その警務部隊の管轄になるか、暗部の管轄になるのかのボーダーラインも曖昧。そして、決定権は里にある。

 最近ではその扱える事件の範囲が縮小され、名ばかりの警務部隊へ、有名無実の名誉職へと変わってきている。

 

「だが、治安維持に貢献しているのも事実だ。忍の起こす犯罪を取り締まれるのは、さらに優秀な忍だけだからな」

 

 血継限界を持つ一族。それというだけで他の忍とは一線を画した力を持ててしまう。個人としても、一族としても。それは、(のろ)いにも近いものだと、私は思う。

 

 サスケは十分に、イタチと私の言葉を噛み砕いているようだった。

 

「ねぇ、姉さんも、兄さんも、ここに入るの?」

 

 少しだけ、イタチが表情を歪ませたのがわかった。

 入らない。

 暗部に所属したわけだから、警務部隊には入るわけがない。

 

 一族を取り巻く状況が、それを許すはずがなかった。

 だからここは、私が先に答えるべきだろう。

 

「私は入らないよ? お掃除とか、お洗濯とか、お料理とかも、私がやってるでしょう? それと他にも、ちょっと今、お願いされてやってることがあってね」

 

「じゃあ、それが終わったら?」

 

「それはイタチ――兄さん次第かなぁ?」

 

 イタチの役に立ちたい、というのは、今も昔も変わらない。これからも、きっと、だ。

 だから、そう言う他は私にできない。

 

「じゃあ、兄さんは?」

 

 そうやって、イタチに話を振られてしまった。

 察するに、イタチが入ったら、私も入るとでも思ったのだろう。サスケの中で、イタチと私の関係が、どう映っているのか、少しだけ気になった。

 

「オレはもう、違う部署に所属してる」

 

「……じゃあ、もう警務部隊には入れないの?」

 

 少しだけイタチは考えたようだった。

 別に暗部をやめれば、入れないこともないのだろう。それが許されるかどうかは知らないけど。

 

「いや……さぁ、どうかなぁ……」

 

 だから、そんな曖昧な反応になってしまったのだろう。イタチにとって、返答の難しい話をしているには違いなかった。

 

「……そうしなよ!」

 

 無邪気にも、サスケはそう言う。そこには体裁も、立場も、(しがらみ)もない。ただ純粋に希望を持ったサスケがいた。

 

「大きくなったら、オレも警務部隊に入るから、さ!!」

 

 未来のことを語るサスケに、私まで嬉しくなる。

 警務部隊は、そんなに好きではないけれど、サスケがそう言うのなら、少しだけ見方を変えることもできるような気さえしてくる。

 

「明日の入学式には、父さんも来てくれる。オレの夢への第一歩だ!!」

 

 ――〝夢〟。

 

「サスケェ……」

 

 私は歓喜した。サスケも遂に『夢』を語る日がやってきたのだ。

 これで忍者学校(アカデミー)の自己紹介で口ごもる心配もない。

 イタチの冷たい目線が刺さっている気がするが、気にしない。

 

 『夢』だ。『夢』なのだ。そして私は『家族』なのだ。これは叶える手伝いをしなければならない!!

 

「サスケ、わかった。私もできる限りの協力はする。絶対叶えてみせましょう!」

 

 兄さんは……、まあ、兄さんだから、なんとかするでしょう。兄さんだし……。

 

「う、うん」

 

 なぜかサスケは曖昧な返事をした。イタチは肩をすくめるばかりだ。

 なにかおかしなことでも言ったのだろうか、わからない。

 

「とっ……」

 

 影分身が遂に解けた。

 これはきっと、奴が来る。

 

「すまない、いいか?」

 

「うちはシスイ……っ!!」

 

 キシャーっと、私は威嚇する。

 私はこいつが嫌いだ。とてもとても、嫌いだ。

 

「イタチに話がある」

 

「どうした?」

 

「詳しくは後だ。悪いな……お前たちの兄さんを、少し借りていくぞ」

 

「ぐぬぬ……っ」

 

 なにか差し迫ったようなのはわかる。だが、つい、イタチの服の袖を握ってしまう私だった。

 

 シスイはすでにどこかへと駆けて行ってしまった。

 

「サスケを頼む。先に帰ってるんだ」

 

「あっ……」

 

 サッと、流れるように私の手が払われてしまう。そうして、おぶっていたサスケを私に渡すと、イタチは行ってしまう。

 

「姉さん……?」

 

 気遣うようにサスケはそう言った。

 

「もう、なんなのよ……ぉ」

 

 泣きたかった。

 というか、ちょっぴり泣いていた。

 

 

 ***

 

 

 うちはシスイが死体で発見されたのは、その翌朝のことだった。

 

 



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悲哀、温もり、革命

 三代目の計らいにより、急遽、暗部の仕事に休みが入った。

 

 なぜ、シスイがこんなことになってしまったのか。

 昨日の話を思い返した。

 

 もはや、一族の企むクーデターは、歯止めの利かない状態にまで陥っていた。

 九尾事件を発端とした、一族に対しての数々の冷遇。居住区画は里の隅に、警務部隊の役割も縮小されていく。誇りを傷つけられ、一族の不満は募るばかりだった。

 

 けれど、それがクーデターを行っていい理由にはならない。

 多くの血が流れることは避けられない。そして、木ノ葉の乱れは、大国である火の国の乱れは、より多くの戦いを呼ぶ。戦争を呼ぶ。

 

 戦争は、何としても阻止しなければならなかった。

 

 『万華鏡写輪眼』の瞳術――『(こと)(あまつ)(かみ)』。

 対象者に幻術に掛かっていると気付かれることなく、対象者を操ることができる、この幻術を、父――( )うちはフガクにかけることにより、クーデターを阻止しようと、シスイは提案した。

 ことは一刻を争うと。

 

 決行の日取りをまだ決めてはいなかった。

 だが、シスイは猶予がないと言っていた。

 なにがそこまでシスイを急かせたのかはわからない。たしかに一族に燻る不穏は日に日に膨張を続けていたが、まだ時間はあるように思われた。

 

 幻術で操る非人道的な行為は飽くまで最終手段。それ以外の方法を試してからでも遅くない時期だったはずだ。

 

 ――なにより。

 

「そのためにオレがいたはずだ……」

 

 木ノ葉隠れの里に、延いては忍界全体に巻き起こる争いをなくす。そのための第一歩である暗部入りだった。

 だが、成長するにつれて、大人になるにつれて、一族という枠組みに組み込まれ、里という枠組みに組み込まれ、『夢』から遠ざかっているような気さえしてしまっていた。

 

 結局のところ暗部入りも、一族にとっては里の内情を伝える人間が欲しかっただけだった。里にとっては一族の動向を漏らす人間が欲しかっただけだった。

 里と一族のパイプ役、とは言われたが、その実、スパイのような立場だった。

 

「イタチ……」

 

 通夜が終わり、もう皆が帰ったなか、打ち拉がれるように棺桶の前に立ち尽くしていた。

 そんななか、声をかけるのは、やはり彼女だった。

 

 いつまでも、気を遣うように隣にいてくれた。だが、唐突に彼女が言い出す。

 

「イタチ……ねぇ、私に『解』って、やってみて……?」

 

「…………」

 

 『写輪眼』で確認をする。

 突拍子のないことを時々に言い出す彼女だが、何かしらの意味があることが大半だった。たとえば、場を和ませるため、自ら道化になることもあった。

 

「幻術には、掛かっていないようだが……」

 

「えぇ……。でも、やっぱり。いいから……」

 

 推して憚らない。

 それにどんな意味があるのかはわからなかった。だが、彼女を信頼し、肩に手を置き、チャクラを流す。

 

「『解』!!」

 

「あっ……」

 

 そして、彼女はよろめいた。

 咄嗟に倒れそうな彼女の体の支えになる。

 

「大丈夫か……?」

 

「うん……ちょっと……」

 

 こめかみに手を当てる彼女が大丈夫なようには見えなかった。

 

「何か、変わったのか?」

 

「ううん、違くて……。ふふ、イタチってば、チャクラの流し方、ちょっと雑だったよ?」

 

「すまない」

 

「いいのよ……。イタチが辛いのは、わかるから」

 

 言われた通り、目の前のことで他に気が回らなかったのかもしれない。動揺を引き摺り続けていることに対し、深く自省する。

 このままで決して居れるはずがない。

 

 三代目に無理やり休まされた理由がわかった気がする。

 グッと彼女に、身体を引き寄せられるのがわかった。

 

「どうした?」

 

「ねぇ、イタチ……。不特定多数に効果がある幻術って、心当たりない?」

 

「……あるにはあるが……」

 

 例えば、『涅槃精舎の術』がそれに該当する。広範囲における人間を幻術にかけ眠らせる。そんな効果を持った術だったと記憶している。

 

「……それが――」

 

「――『解』」

 

 チャクラが流される異様な感覚が体を襲う。

 脳が揺さぶられ、視界が揺れる。

 そんな衝撃はあれど、景色はなにも変わらなかった。

 

「ミズナ……」

 

「……ん」

 

 彼女が指差すその先を見る。

 そこには、なにも変わらない棺桶が鎮座している。

 

「これは……」

 

「ねっ……」

 

 ただし、中身はなかった。

 うちはシスイの遺体が忽然と姿を消しているのだった。

 

「シスイのヤツ、自分の死を偽装して、どこかで悠々と過ごしているのね。……イタチのコトも考えないで……許せない……」

 

 そう、彼女は棺桶を壊れない程度に幾度か蹴りつけていた。

 確かに、この死の偽装は、前向きにならそう捉えることができる。

 だが、最悪のケースが頭をよぎった。

 

「……いや、殺されて、死体を利用されているという線も有り得る」

 

 シスイの『眼』は特別だった。死の真相を隠蔽するため、その隠蔽工作のために、こんな回りくどい手が使われている。

 その可能性も、決して排除してはならなかった。

 

「なに……それ……」

 

 争った形跡のない見るからに自殺の遺体に、遺書もあった。

 騙されたままであれば、これは誰しもが自殺と判断しただろう状態だったのだ。

 

 もし、損壊でもあれば、それは他殺で、一族の怒りに油を注ぐのも易かった。

 一族の者以外が殺したと結論付けられ、より一族は排他的になる。クーデターへと、より近づく。

 

 この死体の偽装を隠蔽工作であると、一族が結論付ける。それがなによりもまずかった。

 

「ミズナ……このことは、誰にも言うな……」

 

「それって……」

 

「ああ、父上にも、母さんにも……サスケにもだ……」

 

 こう言えば、彼女は己の意思に従ってくれることは知っていた。

 

「……わかった。イタチがそう言うんなら、そうする」

 

 彼女の承諾を得てから、一つだけ疑問が頭をよぎった。

 決して見逃してはならない、見過ごすべくもない、だが、見咎めるには勇気が必要だった。

 

「ミズナ」

 

「なに?」

 

「なぜ、お前だけ幻術にかからない?」

 

 彼女に類稀なる幻術に対する耐性がある。彼女だけが幻術の発動する条件を満たしていない。あるいは――( )

 

「――私が術者だから、って考えたでしょう?」

 

 見透かされている。

 最初に彼女はシスイが死を偽装して潜伏していると考えた。シスイと彼女が結託をして今回のことを考えたのなら、彼女が術者という可能性もあった。

 

 だが、この大規模な幻術は見たことがない。

 術者の力量という点では、シスイや、父上――( )うちはフガクに。幻術のレベルでいえば、シスイの言う『別天神(ことあまつかみ)』に匹敵する。

 

 ああ、もちろん、なぜ彼女はああも回りくどい方法で、己に幻術の中に居ると教えたのか、まるで辻褄が合わなかった。

 

「そんな顔しないで? 信用されない私が悪いんだから……」

 

 彼女を疑ってしまったことを恥ずべきことだと感じていた。

 それを機敏に感じ取った彼女にそう言わせてしまったことを後悔した。

 

 感情を振り切って、彼女を抱きとめることに徹する。彼女を慰めるに終始する。

 温もりが伝わる。彼女を慰めるという名目で行ったが、その実、彼女が自らのものであるかのような倒錯を覚えるこの行為に癒されていた。

 

「ミズナ……」

 

 それ以上は、謝罪か自省の言葉になる。口のうまい方ではない自覚はあった。こういうとき、なんと言えばいいか咄嗟には思い浮かんではこなかった。

 

「大丈夫、わかってるから」

 

 的確に彼女の言葉は緊張する心を解いた。けれど、本当に理解されているのかはわからない。彼女の心はわからない。

 だからこそ、彼女にもっと近づきたい気持ちが芽生える。

 

 なにも言えないまま、なにもできないまま、なにを言えばわからないまま、なにをすればいいかわからないまま、時間が過ぎて行った。

 

 

 ***

 

 

「一族の中でも写輪眼を持つ者だけが読める石碑だな……。それも途中までだ」

 

 父――うちはフガクに約束を取り付けられ、南賀ノ神社の集会場に残されていた。

 

「『万華鏡写輪眼』を持つお前なら、もっと先が読めるだろう」

 

「自殺……だったはずだ」

 

 動揺はしなかった。

 シスイの件について、幻術を見破ったのか、そして勘違いをしているのか、それともカマをかけたのか、それはわからない。

 だが、なにかに勘付いているのだろう。

 

 真偽を答える理由はなかった。

 

「内容を教えろと言うのか?」

 

 『万華鏡写輪眼』を持つ者――( )少なくとも、シスイ以外に持っていると、話に聞いたことはない。

 ――そして、あの〝仮面〟。

 

 代々受け継がれている()()()について書かれた石碑だ。興味を惹かれないと言えば嘘になる。

 『写輪眼』とは、チャクラとはなんなのか、果たして、()()()は――( )

 

「それには及ばん」

 

 身を竦ませるほどに鋭い目付きでこちらを見つめる、その眼は、確かに『写輪眼』だった。

 けれど、赤に黒、その色で描かれた紋様は、基本の巴などではない。

 

「『万華鏡』……? 父さんも……」

 

 シスイ以外にも使える者が居たことに、驚きを隠せなかった。それ以上に、なぜ、その『万華鏡』を隠しているのか。

 おそらく、一族をまとめる求心力としてこれ以上のものはないだろう。

 クーデターを企む上でも……きっと。

 

「第三次忍界大戦の時だ。俺の友が……いや……」

 

 言い淀み、一拍の間をあけて、父は言った。

 

「……うちはミズナの、あの子の父親が命を捨ててオレを助けてくれた。家族を任せたと最期に言い残してな。血の涙とともに『万華鏡』が生じた」

 

「な……っ」

 

 理解できた。あれほどまでスムーズに、うちはミズナを家に迎え入れることができたのか。それは母の意見、父の賛同があったからこそで、おそらく、今言われた出来事がなければ、それは成し得なかっただろう。

 

「ああ、だから、あの事件が起こった時、オレは、もうあいつに顔向けができないと悟らざるをえなかった。……あいつの妻は死に、あの子も無事ではすまなかった」

 

 ……オレはなにをやっていたんだ。

 

 どこにでも言うでなく、そう呟く姿は物悲しくも見え、どこかいつもより小さくも感じられた。

 

「あの子は()()()()()だ……。早くに父を亡くし、母も、そして、自身の『眼』さえも……里と一族の軋轢に揉まれて……。変えなくては、と強く思った」

 

「だからとはいえ、それを力で覆すのは……」

 

 あの事件がクーデターに大きく心を傾けたきっかけだったと語られようと、得心がいかない。

 

 あの事件は里の暗部の仕業というのが、シスイの推論で、父も同じくそう推察しているのだと理解できる。矛盾はない。

 その状況を変えようとするのは当然のことだろう。

 あとはやり方の問題だ。

 

「ああ、なにもそれだけが理由ではない――( )

 

 朗々と、うちはフガクは自らを顧みることなく、そう語り続ける。

 

「……そうだ。あの子を幸せにするのは()()()()()()()()()()()()が親密に過ごす姿を見て、確信し、未来を見た。その未来がオレの〝夢〟になった。それを叶えてこそ――( )

 

 それ以上の言葉はなかった。

 胸中の想いは言葉にできるほど、簡単なものではなかったのかもしれない。ああ、これを超える推理はきっと無粋だろう。憶測は憶測でしかないのだから。

 

「それならば、クーデターを起こさずとも……」

 

「お前たちの子どもはどうだ? きっと、優秀になる……」

 

 あの事件は確実に、うちはフガクの精神を蝕んでいた。あるいはトラウマのように。

 

 行き違う想いに痛みが生じた。

 

「里の上層部はオレたちを恐れている。だから迫害するのだ。この『写輪眼』を恐れてな」

 

「確かに、()()()が『写輪眼』で九尾を操るのではないかと……」

 

 尾獣、すなわちチャクラの塊。

 六道仙人の時代から存在し続け、人の世に数々の不幸を齎してきた生ける天災。

 その再びの里への襲来を恐れることは自然の成り行きだった。

 

「それは、うちはマダラの伝説だ。以来、誰もそんなことはやっていない。できるかどうかさえわからん。……だが、上層部は過去の亡霊に怯え、オレたちを隔離している。恐れると言うなら、君臨するまでだ」

 

「力づくで火影になるのか?」

 

「やむをえないのだ。止められはしない。皆もそれを望んでいる」

 

 一族の総意のようにそう言い切られる。

 いや、それが一族の総意なのだろう。シスイがいない今、反対する同志は一族に存在しなかった。

 

 ――もはや、止めるすべがない。

 

 言葉での説得は不可能。シスイはいない。行動に訴えるほか、クーデターの阻止を実現できる方法を思いつけはしなかった。

 

「この石碑にはまだ続きがある。『万華鏡写輪眼』をもってしても読めない――( )オレたちにはまだ先がある」

 

 『万華鏡』の次……。『写輪眼』の、そして『万華鏡写輪眼』の開眼条件を鑑みるに、それは恐ろしいものに感じられた。

 

「だが、途中までとてわかるはずだ。この石碑には()()()の救いの道が記されている。()()()の今の状況が間違いであると……」

 

「多くの血が流れる……。それでも押し通すと言うのか……」

 

 間違っているのはクーデターというそのやり方だ。

 木ノ葉の内乱を機に、必ず他国は攻め入ってくる。戦争になる。それならば、いっそ――( )

 

「血は流さない。その為にオレは『万華鏡写輪眼』を開眼したことを隠している。――これを見ろ、イタチ」

 

 幻術――沸き立つ一族の者たち、縛られた尾獣の人柱力、輝く赤い双眸、無差別に暴れる九尾、塵芥のように散って行く命。

 

 最悪のイメージが頭に叩き込まれてくる。

 

「くっ……」

 

「『万華鏡写輪眼』さえあれば、九尾を操れる。一族の者には里に恨みを持つ者もいる。追い詰められればここまでやる。そうならない為にも、イタチ……お前の力が必要だ……」

 

「オレに……なにを……?」

 

「今は与えられる任務に集中しろ。……時が来たら、お前が隙を突いて上層部を拘束するんだ。多少の争いは起こるだろう。だが、お前の協力さえあれば……暗部のお前だからこそできる――( )無血革命だ」

 

「無血……革命……?」

 

 自らを要にしたその計画は、薄氷の上を渡る以上に危うすぎるものだった。




 タイトルに革命と書くか、レボリューションと書くか悩みました。すごく悩みました。そのせいで投稿が遅れました。


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理不尽、反抗、充足する想い

 シスイ消失のあの一件を機に、不謹慎だが、私にとっては嬉しいことがあった。

 

 あれからイタチが、()()私と一緒に居てくれるようになった。シスイの奴に会う必要がなくなったから、その分を私に割いてくれるというわけだ。

 

 サスケの修業の手伝いの時間も増えた。まあ、その時は、私も基本一緒に居るから、私とイタチが共に過ごす時間は、結果としてシスイと会っていた時間まるまる増えているのだ。

 

 そして、あれから、イタチの様子が少し変わってしまった。

 もともとよそよそしかったが、イタチはフガクさんを明確に避けるようになったのだ。

 

 具体的には、一族の会合をすっぽかし――( )いや、任務が理由で出なかったりする。

 

 まあ、そんな中、イタチは任務、フガクさんは警務部隊、ミコトさんは買い物で、サスケは忍者学校(アカデミー)。誰もいない時だった。

 

 珍しく家で一人の時間だ。

 サスケは、まあ、ヤンチャな子だから修行に出かけて家にいないときもちょくちょくあったし、買い物はミコトさんの担当だから、今までも一人のときがなかったわけではない。

 

 でも、サスケが忍者学校(アカデミー)に行くようになって、明らかに頻度が上がった。

 私だって、修行の手伝いとして、サスケと一緒に遊びに出かけたりしてたわけだし。

 

 なんだか、成長というのは、寂しいものがある。そんなこんなで私一人、シミジミとしていたところだった。

 

 なにやら、玄関が騒がしかった。

 

「……誰かいないか!」

 

「はーい」

 

 現在、影分身を使って、私三人体制で掃除、洗濯、昼食作りを行っていた。

 目下の悩みは料理のレパートリーだった。なんだか、作っているとデジャヴを感じるのだ。あれ、前も同じのだったかな、って。

 ここはいっそ、装いも新たに、麺類にチャレンジしてみるべきか……。

 

 とりあえず、掃除をしていた影分身に、接客を任せることにした。玄関に出てもらう。

 

「うちはミズナか……」

 

 三人組だった。そのうちの一人が確かめるように呟いた。

 三人とも、一族で間違いはない。

 

「……警務部隊」

 

 悪いことをした覚えはない。

 だが、こういうときって、なぜだか緊張してしまう。

 

 落ち着け、私。大丈夫。頑張れる。

 

「うちはイタチについて、少し話があって来た」

 

「イタチに……?」

 

 中でも年老いたような男がそう切り出す。

 眉間にシワが寄せられて、細い目がこちらに向けられる。

 

「ああ……実は……」

 

「イタチは何か悪いことをするような人じゃありません!!」

 

 ピシャリと、戸を閉める。

 そうだ、台所の私にお塩を持って来させよう。それがいい。

 

 だが、力強く、戸がもう一度、こじ開けられる。

 

「話を聞いてもらおう……?」

 

「ひぃ……っ」

 

 今度は後ろにいた、目つきの悪い長髪の男だった。

 凄みを利かせて、私に詰め寄ってくる。『写輪眼』だった。怖かった。

 

「そこまでにしておけ……」

 

「ああ……」

 

 すくみ上がった私に追撃はなく、そっと胸をなで下ろす。

 危うく身を守るための行動を起こしそうで、そうなれば、きっと収拾はつかなくなっただろう。

 

「もう一度言うが、うちはイタチについての話があって来た」

 

「…………」

 

 顔を合わせない。

 だんまりを決め込む。

 

 どうして好きこのんで、こんな不埒な奴らの話なんかを聞かなくちゃいけないんだ。

 本当に腹が立つ。

 

「聞いているのか……っ!?」

 

「ひっ……」

 

 そう怒鳴られれば、怯えるが、それ以外の行動はとらない。

 力で抑えつければ、なんだろうと上手くいくなんて大間違いだ。

 

 ――一度、痛い目に遭わせた方が……。

 

 そんな声が聞こえてくる。

 私は逃げる態勢に……というか、そういえば、本体はサスケに、忘れられたお弁当を届けに行ってるんだった。ああ、安心、安心。

 もう、サスケったら、そそっかしいんだから……。

 

「ちっ……。まあ、いい」

 

 頑なな私の態度に、何か諦めたようだった。

 諦めたなら、もう帰ればいいものを、まだ、家の前から動きはしない。

 

「…………」

 

「いいか? 最近、あいつの行動が目に余る。うちは唯一の暗部とは、いいご身分じゃないか……。あいつのせいで、一族の輪だって乱された……」

 

 他の二人も頷いているようだったが、いまいち何を言いたいのか要領を得ていないような気がした。

 あるのは、苛立ち、怒り、そして妬み。ただ徒らに負の感情を感情をばらまいているようにしか思えない。

 

「そう、そこでだ。イタチに何か怪しい動きがあったら、まずオレたちに伝えるんだ。わかったな?」

 

 要するに、イタチを見張れということだった。

 まるで、それが義務であるかのように、断られないと信じて疑われないまま告げられる。

 

 正直なところ、不愉快だった。

 

「…………」

 

「だいたい、お前は……。『眼』を失って……お情けでフガク様のもとに居させてもらっているんだ。それなのに、一族のために何も行動を起こさないとは――( )

 

「えっと……父上は、なんと?」

 

 不快だった。

 さすがに黙ったままではいられなかった。

 彼らが警務部隊のどんな立場か知らないが、こんなことが許されるとは、とうてい思えない。

 

「フガク様は無関係だ。だが、きっと、そう思われているに違いない」

 

 今度は短髪の男が答えた。

 どんなに誤魔化そうと、話が通っていないのは事実だろうに。私にはその豪胆さがわからなかった。

 

「では、わかりました――」

 

「そうか、わかってくれたか……」

 

「え……いや……」

 

 父上に相談を、と言おうとした瞬間には、なぜだか私が了承したように見なされていた。息継ぎの間に、セリフを割って入れられた。

 

「なら、頼んだぞ……?」

 

「え……え……」

 

 あまりの話の伝わらなさに動揺して、訂正する機会が失われる。

 用が済んだとばかりに、そそくさと立ち去っていく三人組だった。そんな適当なのでいいのだろうか。

 私は首を傾げた。

 

 なにかよくわからない契約書を書かされ、呪印か何かを掛けられて、命令を他言無用で必ず実行しなければならなくなるのかと思いもしたが、そんなことはなかった。

 要相談だ。まずはミコトさんに言いつけよう。

 

 それはともかくだ。

 洗濯を終えた私が玄関まで迎えに来ていた。手招きをしている。

 

 そっと、衝撃を与えないよう、懐にダイブしていく。

 

「怖かったよ。私」

 

「怖かったね。私」

 

 そうやって、私は私のことを慰めてくれる。さすが私だ。

 

 

 ***

 

 

「先日の件は本当にすまなかった……」

 

 謝っているのはフガクさんだ。

 脅されて、心を傷つけられて、辛かったと言いつけたら、こうなった。

 

「あいつらも、あいつらなりに一族のためを思っての行動だった。どうか許してやってほしい」

 

 そんな言葉が聞きたいワケでは決してない。

 だから、私はムスッと顔を背けている。

 

「貴方の怒りはもっともだけど、ここはお父さんに免じて、ね。キツく言っておいたのでしょう?」

 

「……ああ。今は大事な時期だ。……勝手な行動は謹んでもらわなければ」

 

 だからと言って、この状況が私の納得いくものだとは言えない。

 

「ダメよ。絶対に、ダメっ! あの人たちには、ちゃんとイタチに謝ってもらうんだから……!」

 

 そうではないと、私の腹の虫が治まらない。

 イタチを疑うなんて……。それも客観的な証拠をもとにではなく、感情的に。

 もう、思い出しただけでも、ハラワタが煮えくり返りそうだ。

 

「ふふ……本当に、イタチのことばかりなのね」

 

 そうしたら、私をなだめることに注力していたミコトさんが、クスリと笑った。

 

「だって、だって……」

 

 もどかしい気持ちでいっぱいだった。

 大人たちは、自らの都合と今回の件を鑑み、終わらせたことにしたいのはわかる。

 

 だけど、こんな、()()()()な感じで終わるのは嫌だ。禍根を残して、なにも解決しやしないのに。

 

「ミズナ……お前に相談がある」

 

「まだ話は……!」

 

 そう食いかかったら、フガクさんは少々面食らったようで、たじろいだ。まるで、私がここまで(こだわ)るとは思ってもみなかったようだった。

 

 ……いや、ここは一歩引いた方がいいかもしれない。

 

「わかったわ。……じゃあ、その相談を聞いたら、ちゃんとあの人たちに謝るように言ってくれる?」

 

「わかった」

 

 条件を突きつけたが、すんなりと受け入れられる。

 肩透かしだ。渋られると思った。

 

 興奮をして、少しだけ荒れていた私は、気を取り直すため居住まいを正す。

 

「一族の窮状はわかるな……?」

 

「ええ、なんとなくは……わかります」

 

 昔から、そうだったが、最近は特にひどい。外の人間からは恐れられ、そして九尾事件に関する根も葉もない噂から、恨まれていた。

 里の隅に追いやられて、警務部隊が持つ役割は年々縮小され、一族の持つ力も低下。

 

 その怒りからか、一族の者の、外の人間に対する目は、恐ろしいものになった。排他的な一族になった。

 

「だから、それを打開するためには、里の中枢とも繋がりがある暗部のイタチの力が必要だ」

 

「そう……なんですか?」

 

 その話の脈絡から、私になにが要求されているのかを掴むことができなかった。

 その遠回しな言い方から、なにもわからなかった。

 つい、首を傾げてしまう。

 

 そんな私を見て、フガクさんはため息をつき、そして、なにか観念をしたように言った。

 

「お前にイタチが協力するよう説得してほしい」

 

 私はなにも言わずに立ち上がった。

 できれば、家族で仲良くと、私は思っていた。

 できれば、フガクさんや、ミコトさんの期待にも応えたいし、ケンカなんかしたくない。

 

 それでも、やっぱり、私なりの意地があった。

 

「失礼させてもらいます」

 

「ちょっと……ミズナ! まだ話を……」

 

 ミコトさんが引き止めようとしている。どうやら、ミコトさんはフガクさんの味方のようだ。

 その事実に、少しだけ、傷ついた気がする。

 

 出て行く前に、私は足を止め、振り返る。

 

「……私が言っても、イタチは意見を変えないと思いますけど?」

 

 イタチの信念は知っている。イタチの〝夢〟は知っている。

 

 ちっぽけな私の力では、イタチのそれを変えることはできないだろう。変えるべきとも思わないけれども。

 

「いや、あいつの中でのお前の存在は大きい。それは、お前を見ててもよくわかる。その理由もな」

 

 ――だから……イタチのことは、お前に頼みたい。

 

 卑怯だな、と、私は思った。

 

「私はいつだって、イタチの味方だから……」

 

 そう頼まれたから、こう答えた。

 決裂は避けられなかった。

 

 そのはずなのに、ミコトさんは困ったように笑いながら、フガクさんはどこか満足そうな表情で、互いに顔を見合わせていた。

 その意味は私には理解できそうもない。

 

 私は足早に廊下に出……。

 

「あ……っ」

 

 畳のヘリが……。

 

 

 ***

 

 

「イタチっ! イタチ!」

 

 こうなることは予想外だった。

 彼女は人に好かれることが得意だった。そして、なにより、家族を大事にしていたはずだ。

 

「ミズナ……お前……」

 

「てへ……。やっちゃった……」

 

 そう、彼女は(おど)けてみせているが、大丈夫でないことなど明白だった。

 

 彼女がこういうケガをするのは、決まって気分が落ち込んでいる時だった。

 精神が不安定になり、感知に要していた集中力が切れてしまうことが原因だろう。

 

「全部聞こえていたぞ……?」

 

 耳をすませば、この家の音を全て拾うことなどわけない。

 

「あはは、できればケンカはイヤだけど……やっぱり私は、イタチが一番だから……」

 

 そっと、彼女の額に手を置く。強かに打ちつけられたのか、赤く腫れた場所だった。

 

「すまない……ミズナ」

 

 口ではなんとでも言える。

 実際に行動に移すのは難しい。

 そして、彼女は、父と母ではなく、うちはイタチを選んだ。

 

 正直なところ、明確な選択や対立を、彼女は避けると思っていた。

 家族に憧れていた彼女は、そういった手段を取らずに、誰からも気に入られたまま、誰からも愛される彼女のまま、イタチが一番だよ、と囁いていくものだとばかり思っていた。

 

 額に置いた手に彼女は優しく両手を乗せる。

 

「二人で反抗期だね……!」

 

 あっけらかんと、彼女は今の状況をその言葉で表現し、ニッコリと笑う。

 

「二人で……か……」

 

 口もとが、自然と緩んでいるのがわかった。

 彼女をこんな状態に引きずり込んだのは自分に違いなかった。考えが甘かったのだ。だというのに、それが自らにとって嬉しくもあることだと、どうしても理解させられる。

 

 彼女が居てくれて良かったと思う自分がいる。

 

「だがお前まで、父さんや母さんと、折り合いを悪くする必要はなかったんだぞ?」

 

 それでも、こう言っておかなければならなかった。あれ以外の選択肢もあったはずだろう。

 あの説得の申し出をいったん受け入れ、(おこな)ったフリをするなど、方法はいくらでもあった。

 

「もう……イタチったら……。わかってないんだから……」

 

 そう言って彼女はイジけたように顔をふせる。

 そんな姿に、どことなく愛おしさが感じられる。

 

 そっと、背中に手を回して、目一杯に抱き寄せる。

 

「大丈夫だ……分かってる。オレのためだろう?」

 

 こういう時の、彼女の機嫌の取り方は知っていた。

 そうすれば、彼女は受け入れ、応えるように、こちらの背中に手を回してくる。

 

「そう……っ! もう……イタチ……っ、大好きよ……」

 

「ああ……」

 

 溢れんばかりの愛情を表現しながら、彼女は顔を胸に(うず)める。

 

 後戻りはできなかった。

 彼女との距離が、今までよりも近く感じられた。

 彼女を抱き締めて得られる充足感が、今までよりも遥かに強い。

 

 本当に誰よりも想われていると理解できたからだろう。本当誰よりもに愛されていると知れたからだろう。

 それ以上に癒される理由はなかった。

 分け隔てなく与えられるそれよりも、価値があることは明白だった。

 

 

 だが、それに甘え切ることはできない。

 

 

 優しく彼女の身体を離す。

 いつまでも彼女を胸の中に(とど)めていたい気持ちもあった。けれど、今はそれができない。

 

「イタチ……?」

 

 とうとつな終わりに、彼女は疑問を感じたのだろう。

 そんな彼女の額に指を置く。

 

「すまない……ミズナ。また今度だ」

 

 そうして彼女に微笑みかける。

 

 駆け寄るサスケ相手に、なんとなく額を突いたことが始まりだった。

 もはや癖に近くなり、都合の悪いことを誤魔化すとき、つい、こうしてしまう。

 

 少なくとも今は、彼女を最優先に考えることはできない。

 決着をつけるべき事柄があった。

 彼女について、真剣に考えるのはそれからになるだろう。

 

「イタチ……。痛い……」

 

 力を強く入れたわけではない。

 彼女がケガをしたのは額だった。

 痛がるのも当然だった。

 

「ああ……すまない」

 

「むぅ……」

 

 彼女は、そう不満げな表情をする。

 嫌われても仕方がないと、そう思った。だが、同時に、嫌われるはずがないとも思ってしまう自分がいた。

 

「次、謝っても……許さないんだから」

 

「ああ、わかった」

 

 どうやら、もう、彼女に不実を働いてはいけないようだ。




 ちょっと調べてみたら、この小説の会話文率が20%でした……。
 もうちょっと、地の文減らしたほうがいい気がしてきますね、これは。

 お気に入りが1つ変動するごとに、そして評価の一つ一つに一喜一憂しています。ちょっと、体力がもたない。


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最強幻術、宣言、終息

 たくさんの評価とお気に入り、そして感想、ありがとうございました。


「来たか。イタチ……」

 

 一族の集落は木ノ葉のカメラで暗部に監視されている。

 場所はいつもの崖の上だった。

 

「シスイ……」

 

「久しぶりだな、イタチ」

 

 カメラに映るシスイを見つけたことがここに来た理由だった。

 

 見間違いか、あるいは幻術か、その類いを怪しんだが、どうやらそうではないようだ。

 だか、本物という保証もない。

 

「そう身構えるな……」

 

 スッと、眼の色が変わる。

 赤に三つ巴。間違いなく『写輪眼』だった。

 

 『写輪眼』の切り替えができる。うちは一族である証左に違いなかった。

 まず、シスイで間違いないことがわかる。

 

「どうして、あそこまでして姿を消していた……?」

 

 それがわからなかった。

 『(こと)(あまつ)(かみ)』を使うために、うちはフガクを襲撃するにしても、そこまでする理由はない。

 

「ダンゾウに、〝根〟に命を狙われていた。欺くにはこれしかなかったんだ」

 

「ダンゾウに……?」

 

 自らの上司でもある、里の闇。

 そのダンゾウがシスイを狙うとすれば理由は限られる。

 

「ああ、『別天神』を使うと、上層部に進言したとき、ダンゾウもその場にいた。そして、この『眼』を欲しがったんだろう」

 

 『別天神』とは、バレずに相手を操れる幻術だ。もし政治に使うのだとして、その利用価値は計り知れない。

 

 ある意味で、当然の結果だったと言えるだろう。

 

「だが、あの死体の幻術はなんだ。あれも、『万華鏡写輪眼』の瞳術なのか?」

 

「いや、あいにくオレは両眼ともに『別天神』だ。あれは別の幻術さ」

 

 『万華鏡写輪眼』を開眼した際、片目ずつ、固有の瞳術を開眼すると聞いた。シスイの言う通りであれば、あれは『万華鏡写輪眼』の瞳術ではないということになる。

 いまひとつ、腑に落ちない説明ではあった。

 

 それに加えて、疑問はまだある。

 

「なら、シスイ……。なぜ、今、姿を現した」

 

 己にも今まで伝えず、身を潜めていたほどだ。

 姿を現したことには、何か理由があるに違いなかった。

 

「ああ……。そうだ、成功した……」

 

「なに……?」

 

「無事、うちはフガクを『別天神』に嵌められたんだ……!」

 

「…………」

 

 驚きで目を見開く。

 あの、強硬にクーデターを起こそうとしている父が変わっていたというのだ。にわかには信じがたい。

 

「ああ、すぐにとも簡単にとも言わないが、これで一族も抑えられるはずだ。少なくとも、もうクーデターなんかは起こさなくて済むはずだぞ、イタチ」

 

 喜ばしいはずだが、なぜか背中には悪寒が伝った。嫌な予感がした。

 だが、この不安は飲み込むほかなかった。

 

「これから、どうする?」

 

 なんにせよ、これからの展望を話し合わなければならない。

 これからが、重要だった。

 

「明日、次の一族の会合が開かれるだろう?」

 

「そこでクーデター派を一気に急転させるのか?」

 

「そうだ。その会合にはオレも参加する。オレたちで一族をまとめるんだ!」

 

 そう語るシスイは、久々に会った友は、頼もしく感じられる。

 久しく感じられなかった光を、希望を抱くことができる。

 

 それでも、気になってしまうことがあった。

 

「なあ、シスイ」

 

「どうしたイタチ……?」

 

「この件にミズナはどのくらい関わっている?」

 

 あの不特定多数にかける幻術を見破ったのは彼女だった。だからこそ、確かめておきたかった。

 

「ああ……あの子には一族と〝砂〟や〝霧〟との接近ぐあいを横流ししてもらっていたんだ」

 

「なに……?」

 

 始まりは、彼女の才能を、〝砂〟の上層部の人間が目に()めたことだったはずだ。

 

「ああ、一族が発起したときのために、あの子を使って、他里への根回しをしていたらしい。〝木ノ葉〟の監視をかい潜って、上手く立ち回ってたって言ってたぞ?」

 

 ――なんでも、〝木ノ葉〟の監視の前で可愛くドジをして、〝砂〟の警備に捕まってみせたりしてたらしい。その際にこっそり文書を渡したりしてな。

 

 後半はほとんど頭に入ってはこなかった。

 あからさまに危険な仕事だ。それを父は、うちはミズナにやらせていたと言う。

 

 彼女の才能は認める。彼女ならば、その程度のことをこなしても当たり前なのかもしれない。

 

 

 だが――

 

 

「シスイ……! なぜ、それを黙っていた!」

 

「まあ、落ち着け、イタチ。あの子が、イタチには黙っていろと言っていたんだ。大方、心配をかけたくなかったんだろうな……。だが……それも、もう終わる」

 

「く……っ」

 

 やり場のない感情に襲われる。

 カヤの外にされていたという疎外感か、あるいは、頼られたのが自らではなかったという失望からか。

 この苛立ちをどこにぶつければいいのか分からなかった。

 

「くく……っ、ふははっ!!」

 

 思い悩んでいた己を見て、突然にシスイは笑い出した。

 

「なんだ……シスイ!!」

 

「いや……イタチも……。く……っ、羨ましい限りだな……」

 

「なんの話だ……。なんなんだ?」

 

 なぜ笑い出したのか。なにを羨んでいるのか。

 シスイの言動は理解に苦しむものばかりだった。

 

「ああ……だが――」

 

 そう、息を整えシスイは言った。

 まるでそれは、心を決したようだった。

 

 二人の間を風が凪いだ。夜の到来を告げるかのような、一日の終わりを告げるかのような冷たい風だった。

 そうだ。これで、この一族の混迷の全てが終わる。

 

「――掴むぞ……。未来を……!」

 

「ああ……!」

 

 

 ***

 

 

 シスイと綿密な話し合いの末、この南賀ノ神社の一族秘密の集会場に決着を付けに来ていた。

 この一日で、成功か、失敗か、大勢は決まると言っても過言ではなかった。

 

 父――うちはフガクが(かみ)()に立ち、それを他の一族の者たちが対面で聞くという形だ。

 

 主にクーデターの計画が、今までの会合の内容だった。

 どうすれば犠牲なく里に一族が君臨できるのか。そういった方法ばかりが議論をされていたのだった。

 

 そして、父が喋り出した。

 

「九尾事件を発端とする我が一族への排斥。度重なる里の暗部と我らが警務部隊との衝突。そうして、我らは怒りを溜めてきたのだ!」

 

 いつもと変わらない前口上だった。

 幾人かの一族の若い者が、〝そうだ、そうだ〟と声を荒げる。

 

 父が本当に変心しているのかの確認は取れなかった。

 取るべきなのはわかっていた。だが、父はなぜか、頑なにクーデターのことを、昨夜、語ろうとはしなかったのだ。

 

 『万華鏡写輪眼』――『別天神』の恐ろしいところは、かけられた幻術の内容を、自分の意思だと錯覚してしまうところであろう。

 

 だからこそ、それが掛けられた幻術であると知らずに、果たしてクーデターこのまま進めるべきか、止めるべきかを父なりに悩んでいたのかもしれない。

 

「だからこそ、我ら――( )うちは一族は、こうして立ち上がろうとしている……!」

 

 父の言葉に、一族の熱気が高まっていく。

 ある者は、里への憎悪をばら撒いて、また、ある者は、自らの一族を讃え始める。

 

 いつもとまるで変わらなかった。

 

 友を信頼していないわけではない。

 だが、本当に父が『別天神』に嵌められているのか、もしかしたらなにかの手違いで、失敗しているのではないかと不安に思う心が生まれる。

 

「――だが、少し待ってほしい!」

 

 結果、その心配は杞憂だった。

 

 一族が困惑でどよめいているとわかる。今になって何を言い出すのかと、喧々囂々としながら、皆、次の言葉を待つ。

 

「最早、力に頼る他ない。我々はそう信じていた」

 

 父と歳の近い忍が頷いた。

 あらゆる方策は既に試した。それでもこの結果であるのだと。だからこそ、他に道などないのだと。

 

「しかし、もう一度、立ち止まってみるべきではないのか? 確かに今までは里の中枢に一族の者が入ることなどなかった。だが、今はどうだ?」

 

 ――状況は変わった。

 

 皆の者が、一斉にこちらに注目をする。

 それが自らのことであることは、一族の者たちにとっては、周知の事実だった。

 

 あらゆる感情を含んだ視線を一身に受ける結果になる。

 

「だから……どうか、もう一度、考え直してくれ……! クーデターは、中止する!!」

 

 一族に衝撃が走った。

 中には憤慨する者もいた。

 皆にとっては里こそが、怒りのはけ口だったのかもしれない。

 だが、それを奪われて、非難は父に向けられていた。

 

 侃々諤々としておさまらない。

 この状況は、既に予想済みだった。

 だからこそ――

 

「――お願いだ! みんな! どうか、落ち着いて考えてくれ!!」

 

 ――うちはシスイがいる。

 

 声がした方を向いた(しのび)たちは、皆、一様に驚愕を顔に浮かべていた。

 

 予想外の、うちは(いち)の手練の登場により、場は一瞬で粛然とした。

 なぜ、彼がここに居るのか、誰しもが分からなかった。

 

 ――死んだはずじゃ……。偽物……か?

 

 誰かがそう呟いた。

 

 そうしてシスイは笑って答える。同時にその『眼』を『写輪眼』へと変えていた。

 

「この三つ巴を見れば、オレが本物だって事ぐらいわかるだろう? ――それとも」

 

 次の瞬間、シスイが消える。それは刹那。

 中には『写輪眼』を用いて、シスイが本物かどうか見極めようとしていた者たちもいた。『写輪眼』を使えば動体視力も上昇する。だが、そのはずであるが、皆が皆、うちはシスイの姿を見失っていた。

 

 それこそが通り名の由縁(ゆえん)だった。瞬身のシスイここにあり、とでも言うべきであろうか。

 

「どうだ? これでわかったか?」

 

 そう語るシスイは自慢げだった。

 現れたのは、(かみ)()、ちょうど父の右手斜め前にシスイは立った。

 

 皆の視線をシスイ一人が集めている。

 それが、うちはシスイではないと、疑う者は最早いない。

 間違いなく、彼が()()()(いち)の手練だった。

 

「ああ、疑問はあると思う。なぜ、死を偽装したかについてだが、あれはオレの受けた任務において、どうしても必要なものだったんだ。この場を借りて、騒がせてしまった一族のみんなに謝罪したい!」

 

 ――すまなかった。

 

 そう謝れば、それに噛み付く者はいない。

 シスイが現れてからの動揺から立ち直れていない者が大半だった。

 それを見越した上での謝罪らしい。

 

 相手が平静でない状態で謝罪をすれば、相手はそれどころではなく文句を言う暇がない。だが、謝罪をしたという事実が残る。よくある手だった。

 

 そして、今は、うちはシスイの生存という衝撃が一族を一色に染め上げていた。

 

「そしてだ! オレもクーデターの中止には賛成だ。オレたちには、まだ〝道〟がある! オレは里の上忍として、これまで数多くの任務を受けてきた。だからこそ、里と一族は歩み寄れると信じられる! 信じてほしいんだ!!」

 

 その言葉を受け、一族の者たちがようやく立ち直る。

 そして、紛糾した。

 

 これまで通り、力に訴えかけようという者もいれば、シスイの言葉に心を動かされた者がいた。

 着実に、一族の者たちの心を動かしつつあった。

 

 そうしてシスイの演説を止めない。

 

「すぐにとは変わらないかもしれない。ああ、だが、待ってほしい。必ずオレは……いや、オレ()()は里と一族を繋いでみせる!! そうだろ? イタチ!」

 

 そうしてバトンが繋がれた。

 一世一代の大勝負だった。

 自らだけでは、こんなこと、考えもつかなかっただろう。実行もしなかっただろう。

 

 今から行おうとしていることは、それほどに荒唐無稽なことだった。

 どれほどの効果があるのか、どれほどの一族に対する抑止力になるのかはまだ未知数。

 けれど、行うだけの価値はある。

 

「オレは今、火影直轄の組織、暗部に居る」

 

 ゆっくりと歩き前に出る。

 立ち塞がる者はいない。道は自然と開けられた。

 

 本来なら、暗部に所属していることは他言無用だった。

 だが、()()()には、うちはイタチが暗部に所属していることが、公然の秘密として広がっていた。

 

 そして、ここは秘密の集会所だ。

 こうして口外しようと、なんら不都合は生じなかった。

 

 一挙手一投足に注目するよう、視線がこちらに集まってくる。

 

「ああ……知っての通り、暗部には里の中枢に繋がりがある。だからこそ、その暗部での活躍は、上層部の目にも()まりやすい」

 

 その前置きに、一族の者たちは考えあぐねているようだった。

 

 父の左手斜め前、そして、シスイの隣に立つ。

 緊張はしていない。

 与えられた役割はこなす。それだけのことだった。

 

「だからこそ、失態は許されない。一族の代表を自負して、日々任務に励んでいる。そして、功績を積み重ねている」

 

 〝何を当たり前のことを〟と声がした。

 一族に生まれたからには。

 事件に巻き込まれ、一族の誇りを奪われた少女がいた。彼らの言う当たり前が、彼女を傷つけていることを、きっと知らないのだろう。

 

「だから、約束しよう――」

 

 ここで言うも言わないも、己にとっては同じことだった。

 なにも変わらない。だからこそ、思いつきもしなかった。

 

 そして、言った。

 

 

 ***

 

 

「して、『別天神』を使った後、どうやって、()()()のクーデターを抑えたのだ?」

 

 隣席から、うたたねコハル、水戸門ホムラ、志村ダンゾウ、そして自らも加えて四人。

 木ノ葉隠れの里の上層部のメンバーを前に控えて居るのは若い()()()の二人。

 火影として、彼らの報告を受けている最中になる。

 

「はい……」

 

 答えたのは、うちはイタチの方だった。

 弱冠十一にして、暗部に所属する鬼才の持ち主であり、分隊長に、という話さえ出ている。

 彼がどんな形にしろ、未来の〝木ノ葉〟を背負っていくことは疑いようもなかった。

 

「オレが火影になると約束しました」

 

 凍りつき、動揺を隠せない人物が二人居た。うたたねコハルと水戸門ホムラだった。

 ()()()を嫌う二人だからこその反応だった。

 

 うちはイタチは誰もが一目置く鬼才だった。

 忍者学校(アカデミー)の飛び級から、中忍、暗部へと、とんとん拍子に駆け上がった。

 

 だからこそ、その手が使えた。

 

 次は火影だ。

 もし、鬼才うちはイタチがそう言ったのならば、絵空事では済まされない。現実味が、そこにはあったのだろう。

 

「ほう、それで()()()はおさまったんじゃな?」

 

 大方の予想はつけられるが、やはり本人たちの口で聞くべきだろう。感心を持ちながらも、そう問いかける。

 

「いえ、それでおさまらない者たちも居ました。けれどイタチが、彼らと模擬戦を行い、皆の前で勝利することで終息しました」

 

 これに答えたのは、うちはシスイだった。

 その機転には感嘆する。皆の前で急進派を打ち負かすことにより、うちはイタチの力を示すと共に、急進派の向心力を削ぐことが可能なのだ。

 そして、その急進派の者たちを打ち倒すだけの実力を、既に、うちはイタチが持っていることにも。

 

「それもこれも、全てイタチのおかげです」

 

「よせ、シスイ――お前の功績も大きい」

 

 きっかけは、『別天神』という幻術だった。

 

 ダンゾウが、その『別天神』という幻術を狙い『眼』を奪おうとしたという話は耳に入れてある。既に手を打ち、釘も刺した。

 もう迂闊には手を出してこれないことには違いないだろう。

 

「だが、火影とは、そう簡単になれるものではないぞ?」

 

 決まってこういうことを言うのはダンゾウだった。

 だが、うちはイタチはその言葉を臆することなく受け止めていた。

 

「なれるかなれないかじゃありません。なるんです」

 

 その瞳には、強い意志が灯されている。

 

「うむ、その覚悟、しかと受け取った」

 

 未来は存外と明るく照らされているのだと、理解させられた。




 勝った。第三部完!


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未来図、不満、打てない終止符

 評価投票者数100、お気に入り1,500突破。みなさん、本当にありがとうございます。


 私の仕事が終わった。

 もう、〝砂〟に行く必要もない。

 晴れやかな気分が私を舞い上がらせた。

 

「なぜ、お前がここにいる?」

 

「ダメ?」

 

 舞い上がったから、やってしまった。

 イタチの寝室で、布団に潜って待ち伏せていたのだ。後々バレて、ミコトさんに怒られるのは覚悟である。

 

「いや、構わない」

 

 そう言ってイタチは私の隣に。

 小言の一つを言われるかと思ったが、そんなこともなく、ホッとする。

 

「イタチ……お疲れ様……」

 

「ああ……」

 

 ことの次第はシスイの奴から聞いた。

 ()()()の方針をクーデターから転換させることが叶ったのだ。

 これでイタチに余裕が生まれればいい。

 

「そうだ……ミズナ。お前にも礼を言っておかなければならなかった」

 

「お礼? なんの?」

 

 改まったようだったが、心当たりはまるでない。不思議で首を傾げてしまう。

 

「オレが火影を目指すことを皆に示すことで治める。アレを考えたのはお前だろ?」

 

「……バレた?」

 

 そうした方がいいと、いつか、シスイの奴に相談された時に答えたことがある。

 私には、それくらいしか方法は思い付かなかった。

 

「ああ、お前らしい発想だった」

 

「……む」

 

 少しだけ、私はムクれた。

 なんだか、心の中まで見透かされてしまったようで、気に入らなかったのだ。

 

 イタチが私の手を握ってくるのがわかった。

 

「そうだ、聞いたぞ?」

 

「なにを?」

 

「お前が〝砂〟で何をしてたかだ」

 

 ドキリとした。

 あぁ、シスイの奴が話してしまったのだ。口止めしてたのに……。

 口が軽い。私の中での忍としてのシスイの株が急下落した。

 

「上手くやってたもん……」

 

 そうやって私は意地を張り、そっぽを向いた。

 そうするとイタチは、そのまま後ろから手を回して、私のことを抱き締める。

 

「もう、お前が危険なことをする必要はない」

 

 そんな言葉をかけられて、私の心は安らいでしまう。

 それでも私は首を振った。

 

「なんだろうと、私はするわ。私は私の一生を、あなたに捧げているんだもの」

 

 私を抱き締める力が強くなる。

 

「だったら、なおさらだ。もう、お前がいなくなることは考えられない……」

 

 幼少の頃から一緒にいた。

 私の中にはいつも、うちはイタチが息づいていた。私の考えの中心には、イタチがいた。

 イタチがいないなんてことは、私には考えられなかった。

 

「イタチの……ワガママ……」

 

 そう非難しながら、抱き締めるイタチの腕に手を重ねた。まだまだ、こうしていてほしかったから。

 

「かもしれないな……。お前には本当に感謝している」

 

「もう……イタチったら……。……言い過ぎ」

 

 私が貢献できていることなんて、ほんの少しだ。

 それでも何か手助けができればよかった。

 

 子どもをあやすようにイタチは、私の頭に手を置いた。

 

「本当だ。お前がそばに居るだけで、じゅうぶんに助かっている」

 

 そんなわけがないと思った。

 私はイタチの〝夢〟を叶える手伝いをしたかった。だけど、だから、そばに居るだけでは、手助けにすらならないと思った。

 

「そういうのは、女の子を口説く時に言うことだよ……?」

 

 つい、そんなふうに意地悪に返してしまう。

 イタチはフッと笑った。

 

「お前も女の子だろう?」

 

 迂遠な言い方だった。

 数秒の間があいた。

 その言葉の解釈をいくつか頭の中に浮かべて噛み砕き、私は全身が火照ってくるのを感じてしまう。

 

 ジタバタと、私はイタチの抱擁から抜け出そうとした。恥ずかしかった。すごくすごく恥ずかしかった。

 

 けれど、イタチの腕に込められた力がそれを許さない。私を離して逃さない。

 私は観念して言った。

 

「むぅ……イタチも男の子なんだね……」

 

 抵抗をやめた私の頭を、満足そうに撫でるイタチが恨めしかった。

 なんだかイタチが、私を我が物にしてくれたようで、ほんのちょっと気に入らなかった。

 

 どうにかしてイタチをやり込められないか。私にとってはそれがとても重要なことだった。

 

「ねぇ、イタチ。 未来の話をしない?」

 

「未来……か」

 

 なぜか感慨深そうだった。

 私はなんとなく得意になる。

 

「そう、未来。私は、家族と一緒に居られたらなぁ、て思う。サスケの成長を見守って、イタチとずっと一緒」

 

「父さんと、母さんは?」

 

「今はケンカ中」

 

 フフッと耳に心地よい笑い声が聞こえる。

 だって、こればっかりは仕方がない。でも、いつか仲直りをしなきゃいけないかな。

 

「オレはそうだな……。まず、火影になる」

 

「それは確定だね」

 

 一族の会談で、そう言ってしまったのだから。まあ、イタチなら、それくらい軽くこなしてくれるはずだろう。

 何も心配はいらない。

 

「そして、戦争をなくす。世界から争いをなくしていく」

 

 いつの日から変わらないその目標に、私はホッとしていた。

 そして変わらず悔しかった。

 

「私だって手伝えるもん……」

 

「ああ、そうだな……。これからもお前には助けられる」

 

「もう……」

 

 噛み合ってないような気がした。きっと、ワザとだろう。

 どうしてもこういう時は、もどかしい思いに駆られてしまう。

 けど、なにも良い言葉は思いつかない。

 

「だからオレも……できる限りお前に寄り添いたい」

 

「イタチ……?」

 

 不思議な気分になった。

 イタチから、そんな言葉が聞けるとは思わなかった。

 茶化せばいいのだろうか。

 

「お前の好意に、向き合いたい」

 

 だが、そんな雰囲気ではなかった。

 ぎこちなく紡がれたセリフの意味は、私には全く理解できないものだった。

 

 でも――

 

「――ありがとう」

 

 なぜだか涙が溢れ出てきた。

 悲しくないのに、止まらなかった。

 

 永遠と信じたものが変わってしまう時のように憂うく、努力が実を結んだ時のように切ない。

 

「どうした?」

 

「なんでもない」

 

 なんでもないワケがなかった。

 

「泣いているのか?」

 

「泣いてない」

 

 もちろん私は泣いていた。

 

 

 白状しよう。私は意地を張っていた。そして、今も――( )

 

 

 力になるには、隣にいるには、強くなくちゃいけない。

 だから、私はいつも背伸びをしていた。そうやって、自分の価値を示そうとしていた。

 

 

 それはずっと、昔から変わらなかった。

 

 

 全ては私の独りよがりだった。

 

「ああ。わかってる――」

 

 ――甘えていてくれ。

 

 そんなイタチの言葉は、私の心の隙間に入ってきた。

 気遣いなんてなくなって、我慢なんかできなくなってしまう。

 

「イタチ……私ね――」

 

 袖で涙を拭う。

 全て勢いのままに言った。

 

「――イタチと私の〝家族〟がほしいの」

 

 その願いは、私が求めはいけないものだった。その願いは、私自身が認めてはならないものだった。

 

「……今は……無理だ」

 

 イタチを大いに混乱させてしまうのも当然と言える。

 

「ごめん、忘れて……?」

 

 言ったそばから後悔した。言わなければ良かった。

 こんな私じゃダメなのだから。

 

「…………」

 

 イタチは答えなかった。ずるかった。

 私のことを抱きしめるだけだった。

 時間だけが過ぎていった。

 

 

 ***

 

 

 私とイタチは布団の上に正座させられていた。

 ミコトさんに見つかったのだ。

 

「はぁ……全く……あなた達は……。これじゃ、旅行にも行けないわ……」

 

 そうやってミコトさんは頭を抱えている。

 だけど、まだ反抗期だから今日の私は素直じゃなかった。

 

 すぐさまイタチに寄りかかった。

 

「別にいいじゃん。私たち、なにもないんだし……」

 

 寄りかかる私を、イタチは迎合していた。

 私は気分が良くなった。

 

「何か有ってからじゃ遅いの!」

 

「イタチを信用してないの? 私はしてるよ?」

 

 そうやって、イタチに腕を絡ませる私だ。

 それを見てミコトさんは額を押さえた。もしかしたら、熱でもあるのかもしれない。

 

 このまま私を説得するのは難しいとみたのか、ミコトさんは対象を私ではなくイタチに変えた。

 

「ねぇ、イタチ。あなた、本当に耐えられる?」

 

 イタチはポーカーフェイスだった。

 

 私は軽くイタチの腕を揺すった。

 イタチはポーカーフェイスだった。

 

「勿論だ」

 

 感情の汲み取れない顔で、イタチはそう言ってみせた。

 イタチは私の味方だった。

 

 ミコトさんは呆れたようにうなだれた。

 

「ねぇ、()()()()。別にいいでしょ?」

 

 そう私はおねだりをする。

 ミコトさんは、別に私が特別なことを言ったわけでもないのに、グッとやり込められたような表情になった。

 

「……別に私も父さんも、あなた達のことを反対してるわけではないわ」

 

 ――むしろ、嬉しい限りなんだけど……。

 

 言葉とは裏腹に、その表情は暗いものだった。

 その理由は、今の状況にあるくらい、私にも理解できる。

 

「でも、そんなに焦る必要はないと思うわ。あなた達、まだ十一でしょ?」

 

 十一。普通なら忍者学校(アカデミー)に通っている年齢だろう。まだ私たちは子どもだった。……子どもだった。

 

「……私、焦ってないもん」

 

 理不尽だとは思わない。

 私は私なりに幸せで、誰かに文句を言われる筋合いもない。

 

 そう、ただ私は反抗期のこのケンカを楽しんでいただけだった。

 

「大丈夫よ。大人になったら、ちゃんと認めてあげるから」

 

 ミコトさんはそう言ってウインクをした。

 

 大人になったら――( )それ自体には、私自身あまり納得できなかった。

 イタチは難しい表情をしていた。

 

「はぁ……これじゃ旅行は無理かしら……」

 

 ため息からミコトさんはそんな言葉を漏らした。

 意外だった。

 

「旅行……いくの?」

 

 一族がピリピリしてたから、そういうことは無意識的に避けられていた。

 みんな余裕がなかったんだ。

 

「ええ、父さんが久しぶりに二人でって、誘ってくれたんだけど……この調子じゃ……」

 

「じゃあ、代わりに私たちが……」

 

「それはもっとダメよ」

 

 知ってた。

 

 それにしても、ゆとりがあるというのは良かった。少し前まではみんな精神的に切迫していて、この家は息苦しかった。

 

「行ったらいいんじゃないか?」

 

 そう言ったのはイタチだった。

 

「もう……あなたまで……」

 

 ミコトさんは軽く()(まい)を起こしたようだった。

 それにイタチは首を振った。

 

「今度、長期任務の予定がある。それに合わせれば問題ないだろう?」

 

「え、ええ、そうね」

 

 それを聞いて、ミコトさんの体調不良は少し落ち着いたようだった。

 

 あまりにも当然と言うべき話だったが、私たちのことを気にするがあまり、気が回らなかったのだろう。悲しいことだった。

 

「それじゃあ、先に朝食の準備をしてるわね」

 

 少しだけ機嫌よく、ミコトさんは台所へと向かって行った。

 私たちは二人だけで残される。

 

「なあ、ミズナ……」

 

「なに?」

 

 イタチは寄りかかる私の背中に手を回した。

 

「言葉に棘があった。機嫌が悪いんじゃないか?」

 

「別に? ただの反抗期だから」

 

 こればかりは、その日の体調とか、そういう問題ではないのだ。

 私が機嫌を悪くする出来事なんてなかった。なにもなかった。

 

「それならいいんだ……」

 

 イタチの態度は煮えきらなかった。私を受け入れはするものの、どこかそれに気まずさが感じられてしまう。

 

「そうだ……。ねぇ、イタチ……」

 

「どうした?」

 

 思いついてしまった。

 ああ、私は悪い子だった。

 

「長期任務って言ったじゃん。少し、ほんの少しで良いのよ……。早く終わらせて帰ってこれない?」

 

「……善処しよう」

 

 ただ言ってみただけだ。

 いや、わかってる。イタチは私の信頼に応えようとしてしまうから。

 

 本当に私は悪い子だった。

 自分で自分の気持ちがよく分からなくなった。本当に自分がひどい人間なのではないかと疑わしくなってきてしまっていた。

 

 それでも、待っているのは明るい未来だ。

 

 

 ***

 

 

 南賀ノ神社境内。

 

「クソッ、あのガキが……!」

 

「そのガキに負けたのは誰だ?」

 

 闇の中、二人の男が密会していた。

 

 一人は、うちはヤシロ。白髪で、警務部隊の中では比較的長齢であり、クーデター急進派だった男である。

 

「愚かだな。束でかかり、ガキ一人に敵わない。もはや、同じ()()()とは思えん……」

 

「……黙れッ!」

 

 『写輪眼』で睨みつけるが、もう一人の仮面の男は動じない。

 渦を巻いた模様の仮面の穴からは、『写輪眼』が覗いている。

 

「少し言葉の使い方を考えた方がいいな……」

 

「うぐッ……」

 

 うちはヤシロは苦しむが、二人の位置に変化はない。『写輪眼』の幻術だった。

 

「ぐっ……がは……。はぁ……はぁ……。それにしても……なぜ、フガク様が急に意見を……」

 

 つい先日までクーデターの準備を進めさえしていたのだ。意見を翻すには、あまりにも性急すぎた。

 

「それなら心当たりがある。うちはシスイの『別天神』だ。ダンゾウのヤツが上手くやると思ったが、そうもいかなかったようだな……」

 

「ちょっと待て……。その『別天神』とはなんだ? なぜダンゾウがでてくる? 話について行けん」

 

 目の前の男の想像以上の愚鈍さに、仮面の男は呆れ始めた。

 

「要するに、うちはフガクは、うちはシスイの強力な幻術で操られたということだ」

 

「なに……!? ならば、すぐに……皆に知らせなければ」

 

 すぐさま行動を起こそうとするヤシロの肩に、仮面の男は手を置いた。

 

「いま行こうと、負け犬の遠吠えにしかならんぞ?」

 

 『別天神』、という幻術は強力すぎる。その存在を知らなければ、その効果は幻術という常識の範囲外にあり、現実味を帯びなどしない。

 

 いまや発言権のないこの男が言おうと、それは哀れな妄想としか捉えられないことなど容易に想像がつく。

 

「クソガキが……ッ!」

 

「ふん、やられたな……。己の実力をわきまえずに、挑発に乗り負けた。そのガキの方が幾つか(うわ)()だったようだ……」

 

 もはや、手の施しようがなかった。

 付く相手を間違えたかと思案するが、そればかりはどうにもならない。

 

「……どうすればいい?」

 

「少しは自分で考えろ……と言いたいところだが、まあ、いい。少しばかり予定とは違うが、オレが出よう」

 

「……なに?」

 

 裏方に徹するこの男を、そうとも言わしめる現状だった。

 だが、この男の強さは知っていた。そればかりに、これからの展開への期待で自ずと口角が上がってしまう。

 

「いくら強力と雖も幻術だ。解いてしまえば、それで終わる」

 

「だったらオレでも……」

 

「ふん、『別天神』を解くと共に、『別天神』には及ばないがこちらから軽い暗示をかける。お前にできるか?」

 

 うちはフガクの実力は本物だった。

 それが容易ではないことなど、誰の目からも明らかだった。

 

「なら……オレは……」

 

「せいぜい無様を重ねないようにすればいい」

 

 もはやこの男に用などなかった。この一族のクーデターに関する計画のいくつかを立て直す必要があった。

 

 仮面の穴を中心にして、渦が仮面の男を飲み込んでいく。

 現れるときも、消えるときも唐突だった。

 

「うちは……マダラ……」

 

 それが男の名前だった。

 木ノ葉隠れの創設者の一人にして、里に反旗を翻した、伝説に語り継がれる()()()の男の名前だった。

 

 闇は里を蝕んでいた。



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期待、崩壊への一歩、後悔

 夢を見たんです。サスケが両目とも『神威』のオビトに、手も足も出ない夢を……。


「姉さん。今日、兄さんが早く帰ってくるってホント?」

 

「ええ、本当よ?」

 

 フガクさんとミコトさんは旅行に出かけているところだった。予定では明日の昼頃に帰ってくる。

 

 だがイタチは明日までの期限の任務を、今日終わらせて帰ってくる。こっそりと、それが可能な任務であると私に教えてくれたのだ。

 だから、私は機嫌がよかった。

 

 料理も腕によりをかけたものになる。

 

「オレの修行、見てくれるかな?」

 

「うーん、夕食前にギリギリって言ってたから、それは難しいんじゃないかな」

 

「そっか……」

 

 目に見えてサスケは落胆していた。

 私の要望に応えるのでも手一杯そうだったが、私のワガママだけ通してしまったことに罪悪感を覚える。サスケのことも考えておけばよかった。

 

「ねぇ、サスケ。いま、なんの修行してる? 『豪火球』? 『影分身』? 手裏剣術とか?」

 

 なんとなく、私やイタチが〝忍者学校(アカデミー)〟時代に特別な修行としてやっていたことや覚えた術を挙げた。

 最近サスケは一人で修行していることが多くて、なんの修行を見てほしいのかいまいち把握できてなかったからだ。

 

 『影分身』や『豪火球』くらいなら、私でも教えられるし。サスケなら、きっとできるはずだ。

 そしたら、サスケの表情が暗くなるのがわかった。

 

「姉さんも、兄さんも、〝忍者学校(アカデミー)〟を一年で卒業したんだったよね……」

 

 そして、なんの脈絡もなくサスケはそう言った。

 よくわからないけど、それは正しくもあり、間違ってもいた。私とイタチを一緒くたにする。そんな間違いは正さなければならない。

 

「そうだけど……。あのね、サスケ。私は、お情けで卒業だったよ? 目が見えなくて、授業も難しいって判断されたから……」

 

「兄さんより先に姉さんの卒業の内定が決まってたって、〝忍者学校(アカデミー)〟の先生は言ってた……」

 

「え……?」

 

 そんな話は聞いたことがなかった。

 私があのイタチに先んじれるなんて、きっと何かの間違いだろう。

 

「もし、あんな事件なかったら、いまごろは兄さんよりも活躍してただろうって……」

 

「まさか……。その先生も、冗談がお得意ねっ」

 

 そういえば、〝忍者学校(アカデミー)〟ではイタチ憎しで比較的私が贔屓されていたことを思い出した。

 同じ()()()だったけど……。

 

 うーん……そんなことを言う先生もいるかもしれない。

 

「ねぇ、姉さんはもう忍をやらないの? 今でも姉さんはすごいし……」

 

「ふふ、兄さんがね……私は家に居た方が嬉しいって言うのよ。だからこれからは、そういう形でイタチに尽くすわ」

 

 なぜかサスケは微妙な表情をしていた。

 

 まあ、サスケの言っていることは分からなくもない。イタチが活躍すれば、サスケが活躍すれば、私だって嬉しい。家族というのはそういうものだ。

 だから、私が活躍したら、サスケだって嬉しいのだろう。

 

「ねぇ、じゃあ、姉さん。オレと兄さんが火事で取り残されたとして、姉さんはどっちを助ける?」

 

 その質問の意味はよくわからなかった。

 大して考えないまま、答えまでの間はない。

 

「それなら、サスケを助けるよ?」

 

「なら……」

 

「イタチなら、自分で助かりそうだし……」

 

 ――水のないところでも、それなりの水遁を使えるんじゃないかな。

 

「…………」

 

 私が遮ってしまう前に、サスケはなにかを言おうとしていた。

 それなのに、私の考えを聞いて、サスケは呆然として言葉を失ってしまっていた。

 私は首を傾げてしまった。

 

「サスケ……?」

 

「……なんでもない」

 

 その明るくない表情で、私は回答を間違ってしまったのだとわかった。

 どうにかして、サスケの感じているであろう心の淀みを取り除かなければならないと思った。でも、私にはそれができないんじゃないかとも直感した。

 

「ねぇ、サスケ……。もしかして、焦ってる?」

 

「…………」

 

 なぜなら、私もそう言われたからだ。

 

「わかるよ。その気持ちは……。私も、兄さんに置いていかれないように必死だったから……」

 

 今でも不安なのは違いない。

 それでも私は、もう一族も抑えられたのだから、イタチを信じることに決めた。

 

「姉さんは……っ、姉さんは……!」

 

 今にもサスケは泣き出しそうだった。

 とっさに私はサスケの小さな身体を両手いっぱいに抱きしめる。

 

「姉さんは……兄さんに負けないくらい、凄いんだ……」

 

「サスケ……」

 

 それに答えることはできない。

 私はこの人生の中で、イタチに負け続けていた。負けて、負けて、負けて……イタチと争う気なんてない。

 それよりも、私はイタチのモノだから、どうしてでもイタチの役に立ちたかった。

 

「姉さん……」

 

「ごめん……サスケ……」

 

 こればかりはどうしようもなく、私はサスケに謝っていた。

 

 サスケに気を取られていたその時だ。

 戸を叩く音が聞こえた。

 

「兄さんかな……」

 

 イタチにしては、少し早い気がした。

 

 

 ***

 

 

 家の戸に手をかける。

 

 思えば、一族を抑えた後のあの夜を過ぎて、彼女の機嫌はあからさまに悪かった。

 シスイに相談しようと、〝素直になれよ〟と助言にならない助言しかもらえずに、こうして両親の旅行中、こっそりと早く帰ってくることしか、有効な手立ては考えられなかった。

 

 この彼女の提案を、飲むと彼女に伝えてからは、彼女の機嫌の悪さはすっかりとなりを潜めていた。

 だからこそ、裏切るわけにはいかなかった。裏切ったら、きっと、あとはないだろうことくらい悟れる。

 

 そうして今、玄関の戸に手をかけている。

 

 気配を探ることが上手い彼女であるから、いつもにも増した笑みで、玄関まで走って容赦なく抱きついてくるだろうと予想ができた。

 少し身構える必要があった。

 

「ふぅ……」

 

 息を整え、戸を開いた。

 

「…………」

 

 目の前に広がっていたのは、予想に反した光景だった。

 彼女は力なく、床の上で普段はしない割座のまま呆然としていた。

 

「あ、イタチ……。おかえり……」

 

「……ああ、ただいま」

 

 こちらに気づいて、彼女は辛そうに笑顔を作った。

 

「兄さん……」

 

 サスケもまた、どうしたらいいかわからないのか、壁にもたれかかり、憔悴したようだった。

 助けを求めるような表情だった。

 

「どうした?」

 

「あのね、イタチ――」

 

 苦しそうな彼女の声だった。

 それだけで、ただならぬことが起きたのだと理解できる。嫌な予感がした。

 

 

 ――フガクさんと、ミコトさんが……死んじゃったんだって……。

 

 

 まるで夢の中にいるかのように、その言葉は実感がわかない。

 

 全てがうまくいっている。そのはずだった。

 

「本当なのか……?」

 

「わかんない……。そう聞いただけだから……」

 

 彼女も認めたくないのは同じだった。

 

 それでも、両親の死を聞いてそれでも、冷静な自分がいることがわかった。

 

 まず湧いてきたのはしてやられたという感情だった。

 父――うちはフガクは〝兇眼〟のフガクと恐れられるほどの(つわもの)であり、『万華鏡写輪眼』の持ち主でもあった。

 並大抵のことでやられはしない。そう思い、安心しきっていたのだ。暗部の監視も……。

 

 そして全てを考え直さなくてはならないという焦りが込み上げる。

 一族は父が抑えていた部分もある。ようやくクーデターを抑え込めたというのに、振り出しというのは何よりも避けたかった。

 手を打つ必要があった。

 

「に、兄さん……」

 

 訝しげに、こちらを見つめるサスケがいた。

 その眼は、何か得体の知れないものを見つめるような眼だった。

 

 これ以上こうしているのは避けなければならないだろう。

 

「ミズナ、立てるか?」

 

「う、うん」

 

 力の抜けたように座り込む彼女に手を貸す。

 何時間もこうしているようだった。床には一度濡れて、乾いたような跡ができていることからそれがわかる。

 

 涙も枯れてしまっただろう。

 

「夕飯は?」

 

「……あ……まだ……」

 

「わかった、オレも手伝おう」

 

「……うん」

 

 普段の彼女なら、手伝うことなどできないほどに料理をこなすことができる。

 けれど、今は、夢遊病者のような足取りでついてくることしかできない。そんな彼女に全てを任せることなどできない。

 

「兄さん、オレは……」

 

「すまない、サスケ。お前は待っていてくれ」

 

 協力してくれる気持ちだけでも嬉しかった。

 

「でも……」

 

 いつものように、そんなサスケの額を小突く。

 それ以上に、何か言いたそうだったけれども、言葉は飲み込まれた。不服そうだが、わかってくれたようだった。

 

 手を引いて、彼女を台所へと連れていく。

 

「ミズナ……大丈夫そうか……?」

 

「うん……」

 

「本当にか……?」

 

「うん……」

 

 恍惚とした状態から、刃物や火の類いをまだ扱わせてはならないことがわかる。

 彼女は人よりも集中力が必要な感知能力頼りだから、今が一番危なかった。防げる悲劇を起こすわけにはいかなかった。

 

「わかった、オレがやる。指示は頼んだ」

 

「え……。うん……」

 

 料理は彼女の言う通りにやるだけだった。

 脅迫でもされているかのように家事に手を抜かない彼女であるから、彼女の計画にないことを行うというのが忍びない。そのためのできる限りの配慮だった。

 

 無理にでも調理に参加してこようとする彼女を諌めつつ、料理を完成させる。

 味見をさせて、彼女の満足する出来栄えになった。

 

「むう……。イタチの方が……味も手際もいいじゃない……」

 

「お前の方が、オレたちの好みをわかってる。それに、一つ一つの手際はオレの方が良くとも、並列した作業はお前の方が上手いさ」

 

「……うぅ」

 

 彼女には自身では敵わない部分が幾つかあった。

 感知能力しかり、協調性しかり、それ以外にも探せばいくらでもある。

 家族それぞれの味の好みに関して言えば、彼女は他人の表情の機微に聡く、食べた瞬間の反応から、その味付けが是か非か見極められるところからきていた。とても真似できるものではない。

 

「サスケ……お待たせ……」

 

 そうして料理を運んでいく。

 やはりサスケは複雑そうな表情で、彼女とこちらに視線を交互に送っていた。

 

 黙々と食べるだけであり、食事中に会話はなかった。

 サスケは何か言いたそうに時折こちらを見るものの、声に出すことはなかった。

 何を言いたいのか知る余裕もなかった。

 

 

 ***

 

 

 通夜が終わり、葬式が終わった。

 棺桶の中が(から)であるということもなかった。父の遺体には眼がなかったことから、それが〝血継限界〟を狙う者の仕業であると里は判断した。

 

 父と母の葬式は、それなりの規模で行われた。一族総出で死を悼まれた。

 いや、父の死を純粋に悼んでいる者は少なく、一族のこれからへの嘆きの方が多く聞こえた。

 

 ただ、棺の前で、彼女の声が、うちはミズナが両親に向けて謝る声が悲痛に響いていたことだけが強く印象に残った。

 

「あはは……イタチ……」

 

 あの父と母が死んだと報告があってから数日間、彼女に料理を任せることができない日々が続いた。

 料理どころか風呂さえも、彼女だけにしておくことは堪えられなかった。彼女さえもいなくなってしまうのではないかと心配だった。

 

「どうした、ミズナ?」

 

「私、私、ね。こんなことになるなんて、思ってもみなかったの……」

 

「……ああ」

 

「私……」

 

 布団の上で、彼女に寄り添う。

 思えば、自身が精神的に衰弱していた時、彼女はいつもそうやってくれていた。

 

「私、ね。謝れなかった……。ケンカしたままだった……。駄々をこねて、そのままだった……」

 

「それは、オレだって同じさ」

 

 彼女と同じ思いを共有し、共感し、こうして寄り添えるのは、おそらく自らだけだった。

 それが十分な救いになることは、彼女から教えられている。

 

「でもね、イタチ……私、悲しくないのよ?」

 

 そう言って、彼女はこちらに笑顔を向ける。

 わかりやすい嘘だった。

 

「ほんとう。そんな、悲しい顔はしないで? 私ね、ずっと、ミコトさんや、フガクさんのことを、本当の両親だと、思えてなかったの」

 

「…………」

 

 突然のカミングアウトに違いなかったが、言葉なく受け入れることが最善だと思えた。

 どんな慰めも、彼女の求めるものではないと感じたからだった。

 

「……ええ、そうよ。私の両親は()()()()だけ! 代わりなんて無理だったの!」

 

 強くなる語調に、彼女の感情が高ぶっていることがわかった。

 聞いていて、切なかった。

 

「……だ、だから……私は……。私は……」

 

 口にするべき言葉を見失ったかのように、彼女は錯迷する。

 その情緒の不安定さは、見ているだけでも辛かった。

 

「大丈夫だ。聞かせてくれ」

 

 そっと、安心させるよう、背中を撫でる。

 全てを聞く義務があった。聞かなければ後悔すると、そんな気がした。

 

「か、悲しくない……。本当に悲しくない……、そ、それだけ……」

 

 躊躇っているような、恐れているような、そんな彼女をどうすればいいか、わずかな間、思案した。

 

「だったら、喜べばいい……。これからは、一緒に寝ても、文句は言われないだろう?」

 

「……イタチの意地悪。喜べるはず、ないじゃん」

 

「だったら、そういうことだ。無理をするな……」

 

 抱きしめる。胸に(いだ)かれ、彼女は額を擦り付ける。表情は、もう見えなかった。

 

「ごめんなさい……。許して……。ねぇ、私を許して……」

 

 誰にでもなく、彼女は許しを乞う。

 彼女の持つ罪の意識の全てを推し量ることなどできない。

 

 

 ――それでも。

 

 

「たとえお前にどう思われようと、いつまでもオレたちはお前の家族だ。お前は本当に愛しい子だ」

 

 

 許されないはずがなかった。

 

 

「う……うぐ……」

 

「泣いてくれ……。きっと、そっちの方が報われてくれるはずだ」

 

「う、うん……」

 

 父の想い、母の想いの全ては決してわからないが、二人が彼女のことを大切に思っていたのは確かだった。間違いなく愛していた。

 

 彼女は可哀想な少女とよく呼ばれていた。

 

 ()()()という一族に生まれて、里に疎まれ――( )『眼』を、一族の誇りを奪われて、一族に憐れまれ――( )

 

 彼女の拠り所は家族しかないのだと、実感したことは幾たびかあった。

 

 その家族である両親は死んでしまった。

 

 だからこそ、彼女の拠り所は、自分と、サスケしかいなかった。

 

 彼女を幸せにできるのも、また――( )

 

 彼女は、うちはイタチのために、できること全てをしてくれようとしていた。

 それに果たして応えられていたかと言えば、否だった。彼女のためには、何もできていなかった。

 

 今も、彼女の人生は彼女のためにあるべきだと思う。それに相反して、彼女にそばに居てほしいと思う自分がいた。根拠なく、彼女の人生が自らの人生と重なっていることに前提を置く自分がいた。

 

「うぅ……ごめんなさい。……こんな手のかかる子で、ごめんなさい」

 

 彼女は泣いていた。

 両親の死は、自身にも深い悲しみを刻んでいた。

 だが、何時間も、何時間もかけて流された彼女の涙に、それも洗い流されていってしまうような気分になった。

 

 まるで悲しみが彼女に奪い取られてしまったかのようだった。感情を分かち合うということが、彼女とならできるのだと、まるで彼女が自身の一部であるかのように感じられてしまった。

 

 一頻り泣いた後だった。

 

「ねぇ、イタチ……。私、新しい家に住みたい」

 

「この家を、出て行くのか?」

 

「思い出して、悲しくなるから……。私だけでも、出て行きたい」

 

「お前を一人にはさせないさ」

 

 これから、考えることが多かった。




???「オレは(ふく)しゅー(しゃ)だ」


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成り行き、修行、混迷

「それで、あの子は落ち着いたってわけか……」

 

「ああ、なんとか、マシにはなった……そっちはどうだ?」

 

 ミズナが精神的に安定するまで、一族を治める役はシスイが買って出てくれていた。

 一族よりも、彼女のことを優先するべきだとシスイに諭されたのだった。

 

「そうだ。つぎの警務部隊隊長には、オレがなることにした」

 

「お前が……か」

 

 うちは(いち)の手練れとして、人望はおそらく申し分もないだろう。

 若い、という点を除けば、シスイ以外の適任はいない。

 そして、新たに隊長の座についた後釜が、クーデターを再び企むことをこれ以上に阻止できる方法もなかった。

 

「ああ、イタチ……お前に隊長を任せるという話もなかったわけでもないが、そしたら、火影の座が遠のくだろう? だから、代わりにオレがって、話になったわけだ」

 

「そうか……」

 

「オレたちは、みんなお前に期待してるってわけさ」

 

 うちはイタチが火影にさえなれば、一族の扱いが今とは違うものになる。これが、うちはイタチという忍に皆が希望を見出すよう誘導した結果だった。

 

「それはいい……。オレが気になるのは、オレたちの父と母を殺した下手人のことだ」

 

 復讐を企んでいるわけではない。ただ、誰が殺したのか。単に〝血継限界〟を狙ったのか、それ以外の思惑があったのか、はっきりさせておく必要があった。

 

「いや……。こればっかりは、オレもさっぱりだ。この案件には、〝警務部隊〟じゃなくて、〝暗部〟があたってるからな。おかげでこっちは不満が昂ぶってきてる」

 

 一族としても、うちはフガクの死の真相は、そしてその『写輪眼』の行方もはっきりさせておく必要があるのだろう。

 面目を潰されて、黙っているほど大人しい一族などではない。

 

「シスイ。憶測でいい。お前の考えを聞かせてくれ」

 

「そうだな……オレは、クーデター推進派がやったんじゃないかと思っている」

 

 警務部隊で、うちはフガクの部下だった者たちの誰か、それが犯人だと言うのだ。

 

「里や〝根〟ではなく、か」

 

 クーデターを抑え込んだといえども、一族の立場は厳しいものだった。一族の力を削ぎ、混乱に陥れるため。可能性としては十分に考えられる。

 

「ああ、木ノ葉上層部の判断であれば、これは()()()としか言えないだろうな。失敗した時のリスクが大きすぎる。相手はあの、うちはフガクだぞ?」

 

 里が自ら一族の代表を手にかけたとなれば、同じ〝血継限界〟を持つ日向一族を筆頭に、うちは以外の一族が反発を覚えるだろう。次は自らの番かもしれない、と。

 そうすれば、この木ノ葉という里が立ち行かなくなることは自明だった。

 

 うちはフガクが生き残り、里の不義理がバレてしまえばダメージは計り知れない。あの場には、今は第一線から退いているとはいえ、もとは上忍である、うちはミコトもいた。

 果たして、それほどのリスクを伴う行動に出れるかどうか。

 

「部下である()()()の者が不意打ちを仕掛けた、という方が可能性としては高い……か」

 

「そういうことだ、イタチ」

 

 だが、そうであれ、喉の奥に引っかかるような違和感がある。

 果たして、不意を打たれた程度で、シスイ以外の一族の忍に父が遅れをとるのか。

 

「だが、そうだとして、事件の当日に不在だった警務部隊の者はいるのか?」

 

「いや、名簿ではうちはフガク以外にはいなかった……」

 

 警務部隊全体がグルである可能性は考えがたい。分身などの術を使えば、アリバイ工作は可能ではあるが、それで誤魔化せるような小隊程度の人数では、うちはフガクを殺せるとは思えなかった。

 

「本当に一族の者が下手人なのか?」

 

「わからない……。だが、このタイミングだ。全くの外部とも思いがたい。だから、イタチ。そっちでも、暗部のツテで少し探りを入れてみてくれないか?」

 

 この事件は、奇妙な違和感に支配されている。

 一族をクーデターから方向を変えたことで、ひとまずの安寧を得たが、それがこうも簡単に崩されようとしているのだ。

 この違和感を解消しない限り、本当の平和が訪れてはくれないという予感があった。

 

「わかった。こちらからも探りを入れてみよう」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 どれだけの情報を掴めるかはまだわからないが、暗闇を歩いていくような不安に包まれてならなかった。

 

 

 ***

 

 

「兄さん! 姉さん!」

 

 パシャンと戸が強かに柱に打ち付けられる音がした。

 

 ミコトさんとフガクさんが死んでから、私とイタチは一緒に寝ることがほとんどになった。

 その理由は、イタチが情けない私を励ますためだ。

 

 不肖ながら、私はまだ完全に立ち直れてはいないとイタチに判断されていた。恥ずかしい話だけど、たまに上の空になることがあった。

 そんな私に、二人の方が落ち着けるだろうとイタチは添い寝をしてくれていた。

 

 やめ時が掴めなくなった、というのも勿論ある。要するに、私がイタチに甘えすぎているのだ。

 

 家を住み替えるという話も着々と進んでいた。

 

「どうしたの? サスケ」

 

 朝早くだった。私の活動時間帯ではなく、まだ少し眠い。

 今日はイタチの休日だった。サスケが舞い上がるのも無理はない。

 

 あの事件以来、私は家事を、イタチは仕事を、という形で家を回していたが、なにも支障はなかった。

 もともとミコトさんから私は家事のほとんどを任されていたし、イタチは暗部の任務をこなした十分な報酬で私たちを養ってくれる。

 今、私たちは十二歳だった。普通にアカデミーを卒業する年齢とちょうど同じだった。

 

 十二歳になるのを機に、イタチは暗部の分隊長に出世した。なんでも、分隊長就任は規定で十三歳以上となっているところを、イタチのために十二歳まで引き下げたのだとか。

 私たちの平穏は、まだ保たれていた。

 

「今日は修行つけてくれるって、約束でしょ……!」

 

「気が早いな、サスケは……」

 

 いつの間にか、起きていたイタチがそう答えた。

 朝日もまだ十分に昇っていない時間で、どれだけそれをサスケが楽しみにしていたかよくわかった。

 

「はぁ……仕方ないなぁ……」

 

 そして、私は『影分身』を生み出す。家事担当の私である。

 眠い目をこすりながら、台所へと向かって行った。

 

「じゃあ、行こ! 兄さん、姉さん!」

 

 そう元気にサスケは玄関まで走って行った。

 私たちは二人で顔を見合わせてしまう。サスケだけ、支度を終えているわけで、私たちはまだ着替えてはいない。

 

「もう、サスケったら、せっかちなんだから……。ねぇ、イタチ……今日はどんな服がいいと思う?」

 

 実を言うと、私は服のコーディネートを前は全てミコトさんに任せていた。

 私だって、オシャレはしたいが、どんな色合いになっているかがわからない。だから、他人に任せるしかなかった。

 

 まあ、ミコトさんも、イタチも同じで、大人しめの服を私に着せるのを好んでいた。

 雰囲気で、それくらいなら察せた。

 

「今日は……これだな」

 

 準備が早く、もう用意してある。案の定というか、なんというか、いつもと同じような組み合わせだった。

 どういう考えで、私にそんな服を着せるのかがわからなかった。

 

 イタチならば、私をもっと可愛くコーディネートできるはずだと、そう私の直感はささやいていた。

 

「はぁ……。じゃあ、さっさと着替えちゃいましょう」

 

 その場で私は服を脱いだ。

 イタチは私の着替えを恥ずかしがることもなく、マジマジと見つめていた。別に家族だし、私としてもなんてことなかった。

 

 まあ、最近まで、イタチと一緒にお風呂に入っていたのだ。

 正直なところ、ここ数年で成長した私の身体を見せるのは、家族でも少し恥ずかしかった。

 

 それでもだ。イタチはお私が風呂で滑って転んで死なないか心配していたのだ。

 心配のしすぎとも私は思ったが、実際に、滑って転びそうになったところをイタチに助けられた。イタチは命の恩人だった。

 

 それに比べれば、着替えを見られるくらいはどうってことなかった。

 

 今までにないくらい、私はイタチに頼っていた。甘え切っていた。

 親切を当然として、私はなにも返せていないのではないかと思った。

 

 私たちは身支度を終えて、サスケを追った。掃除、片付け用に分身を一体残して任せておいた。

 

「遅いぞ! 姉さんも、兄さんも!」

 

「サスケが早すぎるだけでしょう?」

 

 なんだかサスケが張り切りすぎな気がした。こういうとき、怪我をしてしまうのではないかと心配になる。

 よし、しっかりと私が注意しておこう。絶対に、怪我なんてさせないんだから。

 

 私たちが向かったのは、一族の演習場だった。

 さすがにこの時間には、人影も見当たらない。ほとんど貸し切りのような状態だった。

 

 うちはの演習場は、木ノ葉のはずれ、森の開けたところにあった湖のある広場ということになっている。

 

「それで、それで。兄さん! 火遁を教えてくれるって、約束だったでしょ……?」

 

「ああ、そうだ。だが、そんなに急ぐ必要はないだろ?」

 

「だって、ちゃんとした術を教えてくれるなんて……滅多にないことだから……」

 

 今までにサスケに忍術を教えることはなかった。

 私は、まあ、チャクラコントロールの仕方をメインにレクチャーしていたし、イタチは忍としての隠密の技術とか、手裏剣の投げ方だとか、印を組む練習だとか、基礎的なことしかやってない。

 

 だからやっぱり、派手さがないから不満なのか……。不満なのか……。

 なら、ここは私が言わなければいけない。

 

「あのね、サスケ。今までやってきたことだって、ちゃんとしたことよ? それが全部土台になるの。基礎を怠って歪な状態で先走ったら、ロクな目に遭わないわ。新しい術だって覚えられないし、作れない。そうでしょ? イタチ」

 

 私は正しいことを言っているはずだった。

 だが、なぜかイタチは何か言いたげに私を見つめていた。そしてイタチはちゃんと注目しろと催促するように視線を私からサスケに送る。

 

 サスケは目をうるうるさせていた。今にも泣きそうだった。

 

「……あぁ、姉さんの言う通りだ。だが、お前が基礎を怠っていないことくらいはわかるさ。だから、こうして術を教えるんだ」

 

「兄さん……」

 

 気がつけば、仲間はずれだった。

 私の方がちょっと泣きそうだった。というか、ほんのり泣いていた。

 

 それはともかくとして、イタチは演習場の湖に付けられた桟橋の上に立った。

 

「サスケ……よく見てるんだぞ?」

 

 組まれた印は――( )巳――( )未――( )申――( )亥――( )午――( )寅。

 サスケにもわかるように、ゆっくりと。

 

 息を吸う。それと同時に、肺にチャクラが溜められていく。

 

 ――『火遁・豪火球の術』。

 

「わぁ……」

 

 目の前に広がる光景は壮観だった。

 吐き出された炎は球状に広がり、湖の全てを覆い尽くしていく。

 近くで見ているサスケからすれば、オレンジ色の炎の壁が視界いっぱいに立ち塞がったようにしか見えないんじゃないかと思う。

 天に昇るように消えていく炎を、サスケは目を輝かせんばかりに眺めていた。

 

「兄さん!」

 

 どうやらイタチの術を前にして、サスケはテンションが上がっているようだった。

 

「これが、()()()基本の火遁忍術。『火遁・豪火球の術』だ。どうだ? サスケ。やってみるんだ」

 

「え……」

 

 手本は見せたと言わんばかりのイタチだった。

 サスケは困惑していた。

 

「頑張って! サスケ!」

 

 私も野外から声援を送る。

 今、サスケに必要なのは、踏み出す勇気に違いなかったから。

 

 覚束ないながらも、サスケは印を結んだ。ゆっくりと一つ一つ丁寧に印は組まれていく。

 

 そして、息を大きく吸う。

 

 ――『火遁・豪火球の術』。

 

 不発だった。

 

「に、兄さん……」

 

 おずおずと顔色を窺うように、イタチに声をかけた。

 イタチは微笑んで言った。

 

「コツは口腔に一度チャクラをとどめることだ」

 

 もう一回、サスケは湖に向き直る。

 今度こそはと意を決したように、先ほどとは比べるまでもない(なめ)らかな動作で印を結んだ。

 

 ――『火遁・豪火球の術』!

 

 ポシュッと音を立てて、放たれたのは人間の頭くらいのイタチの『豪火球』と比べたら小さな火の球だった。

 

 足りない自分の実力に愕然としてか、サスケはガックリと肩を落とした。

 

「サスケ……。まあ、最初ならこんなものさ」

 

「慰めならいらない! 兄さんのことは知ってるぅ……ッ」

 

 チラッと、イタチがこちらの顔を見たのがわかる。

 サスケの様子が少し変だ。なにか、追い詰められているようだった。

 

 後ろの方で仲間はずれにされていた私だが、急いで駆け寄っていく。

 

「オレはオレで、お前はお前だ。今できなくとも、次はできるように修行していけばいい」

 

「もういいよ。オレは兄さんや姉さんみたいに忍者学校(アカデミー)を――( )

 

 私はサスケのことを、イタチに抱きつくときと同じ要領で、思いっきり押し倒した。

 危うく、水に飛び込むことになりそうだったが、ギリギリセーフだ。

 

 急なことに、サスケは目を白黒させているようだった。

 

「サスケ。重要なのは、昔どうだったかじゃない」

 

「でも……」

 

「確かに、兄さんは『豪火球』を一回で完璧にやってみせたし、私だって、初めてでそれなりに(かたち)にはしてみせたわ」

 

 イタチが初めてで『豪火球』を習得したという話なら、聞いた。まあ、イタチだし。

 

「なら……」

 

「ふふん。でも、それだけよ。まだ、ちゃんとしたコツを掴んでないだけで、サスケもまだまだできると思うんだけどね? もう()めちゃう? 諦める?」

 

「…………」

 

 難しい表情をサスケはした。心の中で葛藤をしているといった様子だ。

 

「最初つまずくなんて、だれにだってあることよ。もしかしたら、いくらやっても、できないかもしれない――( )そうやって()める人も中にはいるわ。でもね、サスケ。あなたは頑張りなさい。頑張って、頑張って、頑張り続けなさい」

 

 ――あなたが頑張れるってこと、私たちは知ってるんだから。

 

「……姉さん」

 

 その目には迷いがあった。戸惑いがあった。

 どうすればいいか決め兼ねているような、そんな目だった。

 

「頼っていいのよ? 家族だもの。いくらだって手助けするわ。そうでしょ、兄さん?」

 

「……ああ、もちろんな」

 

 支えられて私があるように、サスケのことを私たちが支えるんだ。

 そう願っても、バチは当たらないはずだろう。

 

「兄さん、姉さん――」

 

 交互にサスケは私たちの顔を見比べた。

 

「――オレ、頑張るよ」

 

 私はイタチの方を向く。そして、イタチと頷き合った。

 

「それじゃあ、今日中に習得しちゃいましょ?」

 

 まだまだ時間はたくさんあった。

 サスケはイタチほど、すぐになんでもこなせるわけではないけれど、ちゃんとできる子だ。やってできないことはない!

 

 私はサスケを押し倒したままだったから、上から退いてサスケを解放する。

 

「わかった。だったら、もう一回……っ」

 

「あ、ちょっと、待って……」

 

 ちょうど、私の『影分身』がこちらへと到着したところだった。

 

「ご飯にしましょう? サンドイッチ、作ったの」

 

 お弁当の箱を分身から受け取って、帰らせる。昼食の用意をさせるためだ。

 今日は三食お弁当になるかもしれない。サスケをみっちり鍛えあげるためにはやむを得ないか。

 

 ピクニック気分で三人で朝食を食べて、弁当の空いた箱は、また新しく作った影分身に運ばせる。

 

 そうして、二人でサスケに『豪火球』のコツを教えた後、頑張ってるサスケを前にし、イタチと私は並んで座った。

 

「ねえ、イタチ……」

 

「どうした?」

 

 どうしてもイタチに話しておきたいことがあったのだ。

 

「あなた、サスケに甘くない?」

 

 気のせいかもしれないが、イタチの言動はサスケを甘やかすものが多い気がした。少しだけ気になったのだ。

 

「お前が厳しい分、そうなる……」

 

 帰ってきたのは、心外な返答だった。私は面食らって、わずかばかり黙り込んでしまう。

 

「私って、そんなに厳しい?」

 

 子育てにおいて、両親ともに子どもに厳しくしてしまうと、子どもに逃げ場がなくなって、ストレスを抱え込ませてしまうという理屈はわかる。

 でも、でも、どっちがやりたいかと言われたら、甘やかす役の方がいいに決まってる。

 

「ああ、オレにもな……」

 

 ――でも、それが助かってるんだ。

 

 そうやってイタチは私の髪を撫でる。

 なんだか、納得がいかない。モヤモヤとするこの気持ちはどうしようもない。

 

「……じゃあ、イタチは私にも甘いわ」

 

 だから、恨み言まじりにイタチにそう言った。そうしたら、イタチは苦笑をする。

 

「かもしれないな」

 

 そう言ってイタチは私の肩を抱いた。私を近くに抱き寄せるんだ。

 

 そうすれば、許されるとでも思ってるのだろう。そんな安直なイタチの行動に反発心が生まれるが、同時に私の心が穏やかに安らいでいくことがわかった。

 

「もう……っ」

 

 そうして私は仕方なくイタチに体重を預けて、彼の服をギュッと握る。抱えていた不満も全部なくなってしまっていた。

 

 ふと、気になる。サスケの磨く『豪火球の術』の大きさは、だいたい子どもの背丈くらいの直径にまで成長していた。

 

 完全にサスケが『火遁・豪火球の術』を習得したのは、日が暮れるその直前のことだった。

 

 

 ***

 

 

 うちは一族の代表の死は、里に波紋を広げていた。

 火影執務室。

 押し入って来たのは、志村ダンゾウ、うたたねコハル、水戸門ホムラ、同期の三名である。嫌な予感がした。

 

「ヒルゼン……。木ノ葉警務部隊の来年度の予算を二分の一するべきだと、ワシは思うのだが……」

 

 開口一番にそう言いだしたのはダンゾウだった。

 共に来た、ということは、御意見番の二人も同意見だということに違いない。

 

 正式な予算会議までは時間があった。今それを言い出すのは、なにか思惑があってのことだろうと考えられた。

 

「ダンゾウよ。若き()()()の努力を無駄にするつもりか……」

 

 それは、ようやく収まりつつあった()()()に火種を投下するに等しい行為だった。

 

「だが、状況は変わったぞ? うちはフガクは死んだ。これ以上、相手はどう出るかわからぬならば、まず弱体化させておくべきではないのか?」

 

 『別天神』に嵌められた、うちはフガクが死んだゆえに、行動を起こすべきだとダンゾウは言う。

 

「しかし……」

 

「戦争も終わり、今は平和な時代……。警務部隊の予算が減らされようと、なんらおかしくないと思わぬか? ヒルゼン。そうだな……減らした分は、九尾事件からの復興のための予算に回せばよい。まだ爪痕も残っておるからな……」

 

 御意見番の二人もそのダンゾウの意見に頷く。

 

 だが、どんな建前を取り繕おうが、うちは一族の負の感情を煽ることは明白だった。

 

 次に口を開いたのはコハルだった。

 

「そもそもじゃ、ヒルゼン。もともと()()()には十分に潤沢な予算が割り当てられておる。それが()()()を増長させ、外部との繋がりを絶った起因なのではないか?」

 

「じゃが、それは二代目様の政策を引き継いでの……」

 

「もう時代も変わった。政策も変えるべきとは思わぬか?」

 

 言い返すこともできない。

 二代目火影の政策を引き継いだままだったゆえに、うちはの不満が高まった。そう考えることもできたからだった。

 

「考えてくれるか? ヒルゼン……」

 

「三割じゃ……。それよりも減らしてはならぬ……。だが、まだ考えさせてほしい」

 

 代表を失い、混乱する()()()()()を追い詰めるということには賛成できない。

 だが、ダンゾウや御意見番たちの意見を無視することもできない。

 ゆえの妥協だった。

 

「どうか火影として懸命な判断を……」

 

 ダンゾウは大仰に念を押した。

 他の御意見番二人もそれに頷き、身を翻した。

 

「では、我々はこれでな……」

 

 そして、帰っていく。

 ただ一人、ダンゾウだけがそこに残った。

 

「して、ダンゾウ……なんの用じゃ……? うちはイタチのことか?」

 

 ダンゾウとの間で、主に話題に上るのはそれだった。

 

「いや、それもあるが、うちはフガクを殺した下手人のことだ」

 

「〝根〟がなにか、掴んだのか?」

 

 他里のしわざか、それとも一族の内輪揉めか、暗部を使えど情報が全く掴めないままだった。

 ただの偶然か、何者かが里を混乱に陥れようとしているようにも思える。

 

「いや……そうではない。だが、ヒルゼン。感じぬか? 九尾事件の時のような胸騒ぎを……」

 

 うずまきクシナの妊娠の際に緩んだ封印の隙を突いて、九尾が外に出、里を襲った。

 あれは時代の節目の天災――( )

 

「正直、イタチを火影にするのはワシも吝かではない。あやつはワシよりも()()だからな……」

 

 ダンゾウの口から出るとは思えない言葉に、ある種の皮肉が混じっていると想像できた。

 

「それが妥当だとワシも思っておる」

 

 うちはイタチの実力も、器も本物だろう。

 何事もなければ、次の世代を託すことができる。願わくば、四代目のように急逝する、ということにはならないでもらいたいが。

 

「だが、あやつには功績が足りぬ……」

 

「だからこそ、暗部で……」

 

「策がある。安心するのだ、ヒルゼン。その為の予算の削減だからな……」

 

「なに……?」

 

 言いたいことを全て言い切ったのか、ダンゾウは疑問の声にも答えず帰って行く。

 心なしかその姿は、なにかの影に怯え、焦っているようにも見えた。

 

 ダンゾウを、友を信頼するべきかどうか。闇を行く男の考えを、まだ読み解けずにいた。




 ついにこの小説の合計文字数が二十万字を超えてしまいました。
 こんなに長い話を読んでくださり感謝です。


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変わりゆく日、変わらない想い、告白

 すごく悩みましたが、これでいくことに決めました。


 約六年間すごした家と、おさらばする時がやって来た。

 私の人生の半分にも相当する年月をこの家で暮らしてきたのだから、なかなかに感慨深いものがある。

 

 思い出の詰まった家だった。

 ときおり、フガクさんやミコトさんがいるんじゃないかと、幻影を追いかけ、ぼうっとしてケガをしてしまう。そんな家だった。

 

 新居は一族の集落のはずれ、里のはずれに小さな家を建ててもらった。

 お金はミコトさんやフガクさんの遺産があったし、それでなんとかなっている。

 生活費はイタチが稼いで、貯金もできてるし、問題はなかった。

 

「ねぇ、イタチ。本当に良かったの? 私のワガママをきいて」

 

「言ったはずだろ、ミズナ。お前を一人にはしない。それに、今のサスケにもお前は必要さ」

 

 仕事をしながら私一人だけで借家暮らし、と最初に思ったのだが、イタチは許してはくれなかった。

 イタチが言えば、無理やりこの家に住み続けもしたが、それもイタチはしなかった。

 

 結果的に、家を買うという話になってしまったのだ。私のためだけに。

 

 これまでの恩も鑑みて、私は一生をかけてイタチに尽くしても足りない。

 イタチのためだったら、私はなんだってできるだろう。イタチになら、なにをされても私は拒まない。

 

 私は、ミコトさんの代わりを、サスケの母親役をイタチに期待されていた。

 

「それじゃ、写真撮って、行きましょ?」

 

「ああ」

 

 そして、自分の部屋で一人考え事をしていたサスケを呼んで、三人で玄関に集まる。

 

 イタチと私、二人で並んで、その前の真ん中にサスケを立たせる。

 二人でサスケの肩に手を置き、笑顔で写真を撮ってもらった。

 慣れてないのか、サスケだけ少しムスッとしているのが愛おしかった。

 

 新しい家だが、今の家とは大きく違うところがある。

 なんと、音をあまり響かないようにしてもらったのだ。

 

 今の家では、隣の部屋の会話が筒抜けだとか、怒った声が家中に響き渡るとか、よくあることだった。

 気分のいいものでもなかったから、なるべくそういうことが起こらない造りにしてもらったわけだ。

 あと、心ばかりに鍵も部屋にかけられるようにした。私の力でも簡単に壊せるけど。

 

 

 一族に関する密談を、成長したサスケに聞かれるのはまずかったから。

 

 

 新居には歩いて向かう。

 同じ一族の集落にあるわけだから、それほど時間はかからない。

 

 ただ、問題は忍者学校(アカデミー)から遠くなるという点だが、サスケは修行だと思えば大丈夫だと言ってくれた。

 サスケの優しさに甘えてしまい、少しだけ心が傷んだ。

 

「そうだ、サスケ。『豪火球の術』はあれからもちゃんとできる?」

 

 一日経ったらコツを忘れてしまうとか、よくある話だ。

 なんとなく思い出して、そう尋ねた。

 

「うん、姉さん。問題ないよ」

 

「そう!」

 

 そして、私はサスケの前に回り込んだ。

 突然のことに、サスケは戸惑ったように足を止める。イタチは少し先で待っていてくれていた。

 

 サスケの視線と合うように、私は屈みこんで、サスケの頬に手を当てる。

 前はしゃがまないといけないくらいだったのに、もうサスケがずいぶん大きくなっていたことを実感する。

 

「――偉いよ、サスケ。よく頑張ったね」 

 

 褒めて育てる方針だから。

 

 サスケは照れ臭そうに笑い、イタチは微笑ましげにこちらを見つめていた。

 

 サスケはすごい。なんと言ったって、一年間の忍者学校(アカデミー)の成績が、全部一位だったから。

 

「姉さん。兄さん。そういえば、気になってたことがあるんだけど……」

 

「どうした、サスケ?」

 

 思い出したようにサスケは話題を切り出す。

 そうだった。最近なにか、サスケは悩んでいるようだった。

 

 私が万全でなかったことや、引っ越しのことでいっぱいで、今になってしか思い付けず、全てのことに手が回っていないと気付く。

 自分の至らなさに恥ずかしくなる。

 

「姉さんって、やっぱり、兄さんと結婚するから姉さんなんだよね?」

 

「へ?」

 

 あまりにも予想外のことで、頭が真っ白になった。言葉を返せなかった。

 

「サスケ、それはまだ先の話だ」

 

 イタチは見た限りでは冷静なようだった。

 

 少し落ち着いて整理してみよう。サスケがどうしてそう思ったかだ。

 

 私と、イタチやサスケ、ミコトさんやフガクさんの血が繋がっていないことをサスケは知っている。

 だからこそ、私がサスケの姉であることは不自然なのだが、私がイタチと結婚すれば、確かに姉になれる。なるほど。

 

 いや、普通に私はフガクさんとミコトさんに養子に貰われただけだ。

 今になっても、感謝してもしきれないことだと思う。それなのに……私は。

 

「ねぇ、サスケ。どうしてそう思ったの?」

 

「だって、姉さんが一番信頼してるのが兄さんだし、兄さんが一番大切にしてるのが姉さんでしょ? オレにだって、それくらいわかるよ」

 

 はにかんで、サスケはそう言った。

 それでも、その言葉には物悲しい何かを感じてしまう。

 

「サスケ……もしかして、()いてる?」

 

 最近、私とイタチは近くに居た。近くに居すぎていたのかもしれない。

 その親密さにより、サスケに、爪弾きにされたような気分を味合わせてしまったのかもしれない。

 

 だとすれば、私は……ミコトさんの代わりとしては……。

 

「ううん。兄さんと姉さんは、()()()()()()()、仲良くしてればいいから……。うん、兄さんと姉さんが幸せならさ……」

 

 違和感のようなものをサスケから感じてしまう。私はとっさにイタチの方を向いた。

 それはイタチも同じようで、私の方に目線を向けている。

 

 サスケの成長のために、親代わりとして要相談だとイタチと一定の認識を共有できた。

 

 私が母親役で、イタチが父親役。あながち、サスケが言ったことも……。

 

 だんだんと、私は身勝手になってきているような気がした。そのせいでフガクさんやミコトさんとケンカ別れしたのに、痛い目に遭ったのに、また。

 

 もうイヤだった。自分のことが、もう嫌いになってきてしまった。なんの役にも立たないクセに……。

 

 

 ***

 

 

「イタチ、すまない。呼び出して……」

 

「ああ、構わない……」

 

 自身は暗部の分隊長としての仕事で、シスイは警務部隊の隊長としての仕事で、互いに忙しく、会う時間がめっきりと減ってしまっていた。

 

 昔のように更なる高みを目指して、二人で修行をする時間も、手合わせをする時間もほとんどなかった。

 

「最近、調子はどうだ? イタチ」

 

「暗部での仕事のことか? それなら、やるべきことはやっている」

 

 割り振られた仕事は完璧にこなしていた。

 もとより平和な時代。派手な争いごとはなく、暗闇での戦いが主だったものだ。

 あげられる功績は、闇に隠れ、一般の上忍たちには、風の噂とこなした任務の数でだけ評価される。地道な作業にもなってくる。

 

 火影になるには、上忍の信任投票でも勝たなければならない。

 ()()()というだけで不利になる。反対意見をも飲み込ませる、そんな圧倒的な実力と功績が必要だった。

 

「ふ、イタチらしいな……。それはそうと、あの子とはどうなんだ?」

 

「ミズナのことか?」

 

 会うたびに、シスイは彼女の話題を振ってきていた。なぜ、それほどにまで気になるのかはわからない。

 

「それしかないだろ?」

 

「……ああ、引っ越してから、我を失う時間もだいぶん減った。家のことも、サスケのこともよくやってくれてる。感謝してもしきれないほどだ」

 

 家で彼女が待ってくれているというだけで心が安らぐ。いつまでも自らの味方で、彼女は掛け替えのない存在だった。

 

「でもまさか、あの子のために家まで買うとはな……。そのために三代目様に許可を取るなんて」

 

 ――よくやるよ。

 

 軽るくぎこちない笑みでシスイはそう言う。

 その声色から、呆れられていることはわかった。

 

「必要なことだったんだ……」

 

「必要なことか……。あの子のためなら、なんだってやるんだな」

 

「そういうわけではないさ」

 

 彼女のためだけというわけではなかった。

 一人で家を出て行きたいという彼女を引き止めるためだった。

 彼女を苦しめることも、手放すことも、自分にはできなかった。

 

「素直じゃないな……。それで、あの子を引き止めて、イタチ、お前はどうするつもりなんだ?」

 

 そう問われても、返しようがなかった。

 これ以上、彼女のために自らがなにをすればいいかはわからない。できることも、そばにいることくらいしかない。

 

「シスイ。なんのつもりだ。なにが言いたい?」

 

「いや、俺が言いたいのは、素直になれってことだ。ただそれだけだ」

 

「また、それか……」

 

 そうやって、はぐらかされることが幾たびかあった。

 彼女の前では()()()()()に、自分の気持ちには素直なつもりではあった。

 

「ああ、そうだ。お前があの子のことをどう思っているかだ。それは、あの子には伝えたのか?」

 

 クーデターを抑えたあの日から、彼女の気持ちに向き合うことを決め、時間がそれなりには経ちもしたが、それでも全ては返せていない。

 思いの全てを伝えるには、まだ足りなかった。

 

「それは……」

 

「たぶん、あの子はそれを待ってると思うんだけどな……。自分のために家まで用意されて、お前のために家事や育児もさせられて――( )

 

 ――それでそのままって、生殺しもいいところだろ?

 

 いまひとつ、シスイが語る話は要領を得なかった。

 

「シスイ、オレにどうしろと言うんだ?」

 

 考えるように顎に手を添え、一拍だけ置き、シスイは言った。

 

「そうだな、付き合えばいいんじゃないか?」

 

「オレが、ミズナとか……?」

 

「他に誰がいる?」

 

 付き合う、というのは、恋仲になるということだろう。

 名案とばかりにシスイは言ったが、おそらくそれは不可能だろうとわかる。

 

「あいつはオレの家族だ。それはできない……」

 

「妙に律儀だな。だがイタチ……お前は、あいつのことを妹と思ったことはあるか?」

 

 確かに便宜上、彼女は妹ということになる。けれど、今までそのように接したことは記憶の限りではない。

 そして、これからも。

 

 だが、なにより、彼女が家族に強いこだわりを持っていることは明白だった。

 

「ない……が、あいつがオレの家族だということは、永遠に、変わりはしない」

 

 彼女にはそう言ってしまったから、彼女とは家族であり続ける必要がある。

 彼女を傷つけたくはなかった。

 

「これは筋金入りだな……」

 

 困ったようにシスイはこぼす。

 彼女との付き合いが浅い分、シスイが彼女のこだわりを理解できていないのは当然のことだったろう。

 

 けれど、シスイの言いたいことはわかった。おかげで、自らの気持ちを整理する助けになった。

 

「だが、そういえば、添い寝のとき、あいつに子どもをせがまれたことがあったな……」

 

「……なっ!? それで、イタチ……応えたのか……?」

 

「いや……今は無理だと言った……。当たり前だ」

 

「なんだ……」

 

 ――応えてやれば良かったのに……。

 

 なにを期待していたのかはわからないが、残念そうにシスイはそううなだれた。

 

 彼女に、そう求められたときは戸惑いはした。しかし、いずれはと思う自分がいたのも事実だ。

 

「それに、少し前。サスケが、ミズナはオレと結婚するから姉さんなんだと言っていたさ……」

 

「子どもは、向けられる愛情には聡いからな……」

 

 そう言われ、心に乱れが生じてしまった。そして、完全に訂正することができなかった。

 それがなぜかは、今になってようやくわかる。

 

 胸に手を当て、自分の気持ちに向き合った。

 

「そうか。そうだな。オレはミズナと、一緒になりたいのか」

 

「イタチ……」

 

 送っている今の生活は、彼女との関係は、夫婦に近いものだった。そんな擬似的な夫婦生活は、自身に限りない安らぎを与えてくれた。

 夫婦というのも、確かに家族の在り方の一つであろう。

 

 彼女を妻に……彼女と家庭を作れるのならば、どんなにいいものだろうか。

 想像もつかなかった。

 

「シスイ、すまないな……」

 

「いいんだ、このくらいは。お前たちを見てるとどうにも、もどかしくてな」

 

 傍目からみれば、分かりきったことだったのだろう。

 それでも、気付かせてくれたシスイに感謝する。この気持ちは、間違いがなく、大切なものであった。

 

「それで、シスイ。お前は大丈夫なのか? 警務部隊の予算が削減されるという話だったが……」

 

 今回の待ち合わせも、これについて話し合うためのものだろう。シスイは一度息を吐き切る。

 

「どうにも、これがのっぴきならない状態みたいだ。もう一度クーデターをと息を荒くする者たちも出てきた」

 

 ――火影様はなにをやっているんだ……。

 

 そう口にするシスイにどこか、里に不満を持つ()()()の者たちと通ずるものが感じられる。

 

 決まってしまった予算の削減は、一族と里との信頼関係にヒビを入れる行為であることに違いない。

 せっかく一度は抑えられたクーデターの気運も、再度、昂らせてしまう。

 なにより、シスイの尽力を水泡に帰す行為であることに違いなかった。

 

 それがわからない火影ではないはずだろうに。

 

「オレからも掛け合おうか?」

 

「いや、いくら火影様でも、一度決まった予算を覆せはしないさ。それにもしそうしたら、今度は九尾事件の被災者から、()()()に恨みが行くことになる。今以上にな……」

 

 九尾事件は()()()が主犯だという噂が流れている以上、里と()()()との軋轢が深まることになってしまう。

 手の施しようがなかった。

 

「だが、少なくとも来年は……」

 

「いや、火影様の事前の相談で、一応は、うちは一族から提案したといった体裁を取らせてもらってるんだ。少なくとも、完全に爪痕が消えるまでは無理だな」

 

 ――だから、ちょっと、オレの立場もまずくてな……。

 

 一族の一部の者から不満を買うのも当然だろう。

 ただ、うちは一族の面目を保つ理由こそあれど、強制的な予算の削減だったことは、容易に想像がつく。

 

 里に、一族に挟まれたシスイの苦悩は推し量れない。

 もう九尾事件から七年は経つ。それでもまだ、一族がこうして里に蔑ろにされている。そしてそれに怒りを持つ者がいる。

 

「オレはなにをすればいい……?」

 

「今まで通り、功績を積めばいい。それと、あとは、あの子と幸せになれば……」

 

 そのシスイの言い方に、少しばかりの平生との違いを感じてしまう。

 

「なぁ、シスイ。ここにオレを呼んだのは、ミズナとのことをオレに言うためだったのか?」

 

「ん? ああ、そうだが」

 

 なんとなしにシスイはそう言う。

 一族の動向について話し合うためのものだと思っていたばかりに、食い違いを感じてしまっていたわけだった。

 

 だが、あの新居への移動の際のサスケと同じようなものをシスイからは感じられた。

 このままでは取り返しがつかなくなってしまう気がしてならなかった。

 

「シスイ……お前……」

 

「ああ、イタチ。もし、クーデターを一族が起こすとして、成功する道はあると思うか?」

 

「どうした……」

 

 様子が変だった。

 クーデターは終わった話だ。議論するまでもないことだった。

 

「いや、すまない……。だが、イタチに一度聞いてみたかったんだ」

 

 ただの興味、なのだろうか。

 奇妙な感覚が全身を駆け巡るのがわかった。

 

「まず、成功しない。オレやシスイを戦力に数えて、隙を突いて急襲したとしても、上層部を拘束することは難しいだろう」

 

 暗部に、上忍たち。それに老いたとはいえ、三代目火影は歴代最強と呼ばれている。果たして、不意打ちの急襲が効くかどうか。

 

「だが、オレには『万華鏡写輪眼』があるぞ? 九尾を戦力に数えたらどうなる……」

 

「まさか……」

 

「抑止力に使えないわけじゃない。もしもの話だ……」

 

 本当に九尾をコントロールできるのかはわからない。

 だが、過去に九尾を操った、うちはマダラの存在が、それを抑止力として働かせる。

 

「だが、そうしたとしても、誕生した政権は長く保つものではない。それに必ず他里が付け入ってくる」

 

「問題は……成功するかしないかだ……」

 

 疲れ切ったようにシスイはそう言った。

 一族と里の間に立ち、誰よりもシスイは磨耗しているように見えた。

 

「大丈夫か……シスイ……?」

 

「いや……イタチ。ああ、少し休んだ方がいいかもしれないな……。オレから呼んで悪いが、帰って、休ませてもらう」

 

「ああ、それがいい。送っていこうか?」

 

「大丈夫だ」

 

 そうして、シスイは背を向けた。

 どうしても、見送る背中に、嫌なもの感じてしまう自分がいる。

 

「ああ、そうだった……イタチ!」

 

「どうした?」

 

「あの子とは、上手くやれよ? ……ああ、お前たちなら上手くやれるさ」

 

 そう振り返ったシスイの姿は、いつもと違いないように見えた。

 

 

 ***

 

 

 私たちは関係が変わらないまま歳を重ね、互いに十三歳になった。

 

 私はデート中だった。

 なんてことはない。休日のイタチと甘味処を巡ったり、可愛いお洋服を買ってもらったりして。楽しい日常の一ページだった。

 

 サスケの修行を見ようとしたが、サスケが一人で修行をすると言ってはばからなかったから、こうなった。

 サスケはどうやら私たちに気を遣っているようだった。まったく。

 

 それももう終わり、帰り道。

 夕暮れの寂しい日差しの中、私たちは一人の少年を見つけてしまった。

 

 公園の前、私はつい、足を止めてしまう。

 そんな私につられて、イタチは公園に一人残った少年を見る。

 

「うずまきナルトか……」

 

 皆から化け狐と呼ばれ、虐げられる。察するにチャクラの化け物、尾獣――( )九尾を四代目火影によってお腹に封印された、少年だ。もちろん真偽は不明である。

 

 四代目火影とよく似た金髪に、青い眼。もしかしたら、と思いもするが、ただの邪推だろう。

 四代目火影は波風ミナト。少年の名はうずまきナルト。姓は明らかに違う。

 

 私は歩いて近くに寄った。

 

「こんなところで、なにしてるの?」

 

 暗い雰囲気で、ナルトはブランコに座っていた。

 隣にあるブランコに、私は立ち乗りをする。

 

「なんだってばよ? 姉ちゃん……」

 

「もう、随分と暗くなるけど、一人? こんなところでぼうっとしてて……帰らないの?」

 

 イタチは追いかけて、私のそばに寄った。

 私の突然の行動に、どうにも理解しかねるようだが、咎められはしなかった。

 

「ん? 姉ちゃん、どこかで見たことあるような……」

 

 ナルトはサスケと忍者学校(アカデミー)の同期だった。

 何度か、私が保護者として行ってみたこともある。私と同じ歳の子も居て面白かった。

 

 そういえば、イズミちゃんは一年早く卒業したから会う機会はなかったな。

 私が卒業してから全然会ってなかったから、今度会って旧交を温めるのもいいかもしれない。

 

「わかるかな?」

 

 ジッとナルトは私の顔を見つめていた。

 

「……もしかして、サスケの姉ちゃんか?」

 

「そう、あたり!」

 

 なかなかに記憶力は悪くないみたいだった。

 本当に、当てられるとは思っていなかったから、ビックリする。

 

「それで、隣の兄ちゃんは……彼氏……? デート中?」

 

「ふふ、サスケの兄さんだよ。ね、イタチ」

 

「ああ、そうだ」

 

 〝なんだ〟とナルトはつまらなそうに呟いた。

 色恋に、興味があるのだろうか。まあ、デート中というのは間違いじゃない。

 

「じゃあさ、じゃあさ、サスケは今どこいるんだ?」

 

 兄弟みなで出かけていると推測したのだろう。

 まあ、二人っきりでデート中だからいないんだけど。

 

「サスケなら、たぶん今、うちは一族の演習場の近くで修行してるけど?」

 

「修行……してるのか? アイツ……」

 

 なんだかナルトは寂しそうに俯いていた。

 その気持ちは私にはよくわからない。

 

「そうだけど……。サスケったら、ずっと一番でいなくちゃって、気ぃ張っちゃってね……。兄さんが優秀だったから、その背中を追いかけて、毎日毎日修行ばっかりしてるんだよ?」

 

「お前も優秀だったじゃないか……」

 

 なぜか私はイタチに批難をされてしまった。私はなにも悪くないはずだ。

 

「そうだったんだな……アイツ……」

 

 私の話を聞いて、ナルトはハッとしたようにそう言葉を漏らした。

 ブランコを握る手には力がこもっているようだった。

 

「そうだ! 見に行く? まだやってると思うけど……」

 

 なんとなく、提案してしまった。

 単純に私が、サスケの頑張っている姿を誰かに見せてあげたいお姉ちゃんだっただけだ。

 

「…………」

 

 ナルトはなにか迷っているようだった。

 

 私はため息を吐く。そして、『影分身』の印を結んだ。

 私の『影分身』は、ナルトの前に屈み込む。

 

「ほら、乗って?」

 

「いいのかってばよ?」

 

「早くしないと間に合わないよ?」

 

 おそるおそる、と言った様子で、ナルトは私の『影分身』に負ぶわれていた。

 

「それじゃ、いってらっしゃい!」

 

「うお……」

 

 全力疾走を始めた私に、ナルトは情けない声を上げた。

 そうして、走り去っていく私を、本体のこの私が両手を振って見送っている。

 

「よかったのか?」

 

 そうして、イタチは尋ねるが、私はよくわからずに首を傾げる。

 もうわからないくらい遠くなったから、振っていた手を降ろした。

 

「なにが?」

 

「いや、なんでもない」

 

 イタチはなぜか、フッと笑った。

 いったいなにがどうしたのか、わからないことばかりだった。

 

「ミズナ……お前に大切な話がある」

 

 改まった様子でそう言うイタチだった。

 今さらなんの話かとも思ったが、プロポーズみたいに真剣な表情だった。

 

 だから、私は臆して待った。

 

「前置きはなしだ」

 

 イタチはそう言う。

 真剣に見つめられて、なんだかその目に熱がこもっているようで、私の心はざわめいていた。

 

 果たしてなにを言われるのか、なぜだか緊張して、心拍数が上がっていることがわかった。

 

「オレはお前と、本当の……」

 

 つい、私は振り返った。

 恥ずかしかったからじゃない。後ろから、確かに見られていた。

 

「どうした……ミズナ?」

 

「いま、シスイの奴が……」

 

()けられていたのか?」

 

「違うと思う。たぶん、偶然って感じ……」

 

 もし最初からなら、気配でわかった。

 撒いてやることだってできただろう。でも、今回はそうじゃなかった。

 

「ミズナ。用ができた……。先に帰ってくれ……」

 

 そして、イタチは買った服を私に預けて、足早にどこかに行った。

 急を要する、といった感じだった。

 

「もう、イタチったら……」

 

 デート中だったというのに、一人だけ取り残されるという酷いありさまだった。




 次回、5000字くらい書き溜めがあります。この小説の一話あたりの平均文字数が6000字くらいですから、勢い余って10000字くらいにならない限り、早く投稿できると思います。


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譲れないもの、決裂、リザルト

 つい、調子に乗って描写を追加したせいで12000字になりました。キリの良い切るところがなくてですね、つい。すみません。


 あの、化け狐と虐げられる少年と、ミズナを見る人々の目はまるで同じだった。

 なぜ彼女があの少年に話しかけたのか、理解に難くはないことだった。

 

 同じ痛みを持つ者に手を差し伸べられる。それも、彼女の美徳でもある。

 

 時間がなかった。

 ミズナと別れた後、一度家に寄り、任務服に着替え、忍具を用意し、目的の場所に向かった。

 

 嫌な予感がした。

 問題はシスイの不可解な行動だった。

 

 元々、()けられていたのなら、シスイがオレたちの関係の変化を気にして野次馬に来たとも考えられた。

 そういうキライがあることは、長年の付き合いからもよくわかっていた。

 大方、サスケあたりから情報を得たのだろうと。

 

 だが、偶然ならば話は違ってくる。

 なんのためにあの場所にいたのか。

 人影の消える黄昏時。そして、そこには確かではないが、九尾の人柱力と疑われる少年がいた。

 

 シスイがなにを狙っているのか、確かめる必要があった。

 

 本来ならば、問題発生により、目的を中止にすることがセオリーだろう。

 だが、ミズナの向かった場所はサスケの修行場。一族の集落すぐ近くである。

 もし、想定が正しければ、これ以上の好機もない。

 

 ミズナの行動を理解できている分、先回りはできる。なにかがあった後だとしても、すべてが終わった後であるということはないはずだった。

 

 屋根の上を駆ける。

 とにかく時間が惜しかった。

 ただの杞憂ならばいいが、そうでなければ取り返しのつかないことになってしまう。

 

 

 後ろから、数本のクナイが飛んだ。

 

 

 とっさに身を翻して躱す。

 目的はおそらく牽制。そして、動きを止めることであろう。

 

 そのクナイを放った犯人を見定める。

 

「お前に構ってる暇はないんだ……」

 

「…………」

 

 無言。

 犯人は、あのダンゾウのもとに居た〝仮面〟だった。

 その『写輪眼』がこちらを見つめている。

 

 焦りが増す。

 この〝仮面〟を相手にしながら、目的地に向かうことは可能か否か。

 果たして、ここで倒すべきか。

 

 膠着状態だった。

 互いに相手を警戒するばかりで、手を出せない。

 それが相手の思うツボだと分かりきったことだった。

 

 影分身を囮に逃げるか。相手も『写輪眼』を持っている。加えて、チャクラを均等に分け与える『影分身』ではチャクラ量が不安になる。なるべく万全な状態で進まなければならないのであるから。

 

 そんな中、〝仮面〟はおもむろに何かを取り出す。

 円筒状の液体の入ったケース――( )見覚えがある。

 

「それは――!?」

 

「…………」

 

 ――これを賭けて戦わない?

 

 地面に三つ並べられる。

 一つは『(びゃく)(がん)』。そして、後の二つには『写輪眼』が――( )うちはミズナの『写輪眼』だと一目でわかった。

 

 その『眼』に宿るチャクラ性質は、慣れ親しんだ愛する彼女の物で間違いがなかった。

 間違えるはずがなかった。

 

 あの事件は一時も忘れることなく、今も脳裏に焼きついている。彼女を守れなかった忌まわしい記憶だった。

 

「お前がその『眼』を賭けるなら、オレは〝時間〟を賭けるというわけか」

 

「…………」

 

 動揺をするな。選ぶべきモノを間違えるな。

 そう自分に言い聞かせようと、すぐにでも目の前のモノに手を出そうとする自分がいた。

 

 シスイの件は杞憂かもしれない。だが、確かに彼女の『眼』はそこにある。

 

 彼女と伴に居たいという想いはシスイに自覚させられた。時が来れば、彼女と本当の夫婦になりたかった。そして、つい先ほどは家庭を築く約束を取り付けようとした。

 

 もしも自身が婚約を口にすれば、彼女は微笑ましいくらいに()()()()()、二つ返事で了承する。

 そんな想像が目に浮かぶほどだった。

 

 そうして二人で幸せな人生を送れる。

 彼女と二人ならば、人生に現れるようなごく一般的な障害は、こともなく乗り越えられるだろう。

 結婚――( )産――( )児――( )子どもの巣立ち――( )孫ができ、血が脈々と受け継がれていく――( )家族に看取られ大往生を二人で迎える。

 

 その先にはそんな幸せな人生が待っているのだろう。

 

 ああ、だが、優先するべきモノを間違えることなどできなかった。

 

 彼女の想いに応えようとする自分が居た。けれど、その前に忍である自分が居た。

 

 行動の理由はそれだけで十分足りた。

 ――それしかなかった。

 

 そして、仮面の狙いがなんとなくだが理解できた。

 

「すまないが、賭けには乗れない」

 

 クナイを投擲する。

 

 『写輪眼』はチャクラを見る目だ。瞳力の強さにもよるが『写輪眼』相手に煙幕は無駄だった。

 

 煙に巻く、ということができないならば、どうするべきか。

 方法としては単純。

 投げたクナイが光を発する。括り付けた光玉が効力を発揮しただけだ。

 その洞察力に長けた『眼』を眩ませればいい。

 

 背を向けてまた、走り出す。

 ガラスが砕ける音が聞こえてくる。罪悪感が、心の中で巣を作った。

 

 後ろ髪を引かれる想いで、ただ後ろを見ないように前に進んだ。

 確定させたくはなかった。もう一度、取り返せる機会が来る可能性を捨てずにはいられなかった。

 

 今の自分には、彼女を選ぶ資格などないと嫌でも自覚させられる。

 彼女に会えば、罪悪感で胸が痛んでしまうだろう。

 

 それでも、シスイに対する嫌な予感は増すばかりだった。走るしかない。追っ手はなかった。

 

 

 ***

 

 

 失敗した。失敗した。失敗した……。

 

 そればかりが頭を巡る。

 

 うちはフガク襲撃。幻術『(こと)(あまつ)(かみ)』による洗脳。

 それにより()()()にくすぶる火種を一時的には揉み消すことには成功した。

 

 それが根本的解決にならないことならわかっていた。

 九尾の一件を機に、悪くなった()()()の立場。警務部隊の役割も、年々、狭められ、暗部へと置き換えられるようになってきていた。

 

 まるで、もう()()()が必要とされていないようだった。当然のごとく、不満は溜まる一方だった。

 一族の代表たる、うちはフガクでも、抑えきれなくなるのは時間の問題だった。

 

 だからこそ、うちはイタチが暗部にいる。

 どれだけ、不満の爆発を後へ後へと先延ばしにすることができるか。そういう戦いだった。

 

 イタチが火影になるまで、とはいかないが、イタチが暗部という火影直轄部隊で功績をあげれば、()()()の待遇も少しは良くなる。

 話し合いで、これからの()()()の未来を掴むことができる。そう思っていた。

 

「そこをどけ、イタチ……。()()()のためだ」

 

「どくわけにはいかない。木ノ葉のためだ……」

 

 何者かによる、うちはフガク、うちはミコト夫婦の暗殺。そして、警務部隊の予算の縮小。それらにより、()()()はすでに手のつけようのないまでに、不満を昂らせた。

 

 この暗殺が()()()に関わる者によるものだという確証はない。だが、この暗殺の意図は読める。

 

 クーデターを行う瀬戸際になり、意見を翻した、うちはフガクを邪魔に思う者たち。例えば、()()()の急進派の者たちによる思惑。そして、木ノ葉内での混乱を呼び起こし、再び世の中を戦火に包もうとしている者たちによる思惑か。

 

 なんにせよ、もう手は尽くした。

 後戻りなどできない。

 あとは自身で火をつけるだけ。

 

 もし、滞りなく成功すれば……。

 そう願わずにはいられなかった。

 

「お前もわかるだろ! 一族を存続するためには、これしか道がないことくらい」

 

「だが、それで里がどうなる……? わかるはずだ……」

 

 その糾弾はもっともだった。

 木ノ葉の上層部を幽閉した後、()()()の新たなリーダーを火影に任命させるクーデター。

 そして、抑止力に使う九尾。

 

 無血革命を謳っているが、結局は理想にすぎない。

 任命させた後に、上層部を解放すれば、彼らを旗印に掲げた新たな政権が誕生してしまうのは明白であった。

 

 だからこそ、彼らが死ぬまで幽閉を続ける他はなく、また、彼らを解放するべく立ち上がる勢力が現れることは不可避だろう。

 木ノ葉を不当な支配から解放するために……。

 

「だから、そのために……〝()()……! 〝()()、協力を取り付けてある。彼らが()()()()()()〟の正当性を認めるはずだ!」

 

 他の政権からの支持があれば、ある程度の反対勢力の抑制になるはずだ。

 

「それでいいはずがない……。〝岩〟に、〝雲〟はどうする? 敵にまわらないとも限らない」

 

 第三次忍界大戦の終息以降、忍界全体で軍縮が進められている。忍が必要とされなくなってきているのだ。

 その最中に、木ノ葉が分裂するというこの事件。

 解放勢力と、彼らの利害は一致する。

 

 

 確実に、忍界全体に、戦乱が波及する。

 

 

 まず、他勢力の介入による木ノ葉での代理戦争。

 この時点で、木ノ葉の未来は明るくない。どちらが勝とうと、見返りが求められる。

 木ノ葉が食い物にされることは目に見えている。

 

 もし、膠着状態に陥りでもしたとするなら、直接の軍事介入がないとも限らない。火事場泥棒的に、他の国で小競り合いが起こらないとも限らない。

 そうすれば、第四次忍界大戦が勃発する。

 多くの忍、そして戦いに巻き込まれた一般人さえ犠牲になる。

 

「くっ……、だが、これ以外に道はない……。上手くやれば……上手くやればいいんだ……」

 

 これらはあくまで最悪のシナリオだ。

 〝砂〟と〝霧〟との支援のもと、反対勢力に早急に対応すれば、上層部さえ逃がさなければ、クーデターは成功する。

 

「成功してだ……。〝砂〟や〝霧〟は内政に干渉してくる」

 

 薄氷の上を渡る思いでたどり着いても、その先にあるのは、ただ冷たい思惑の絡んだ世界だ。

 

 まっすぐで厳しい瞳に、全てを見透かされているような思いになる。一切の取り繕いも許されない。

 眼を閉じ、その言葉を、その思いを十分に噛みしめる。

 

「ああ、わかっているさ……。だが、耐えればいい。十年だ……。そうすれば――( )

 

「な……っ」

 

 まぶたを開く。

 『写輪眼』……、その上をいく瞳術である『万華鏡写輪眼』。そして――( )最強幻術『(こと)(あまつ)(かみ)』。

 

「もう一度、使える」

 

「……っ!」

 

 悟られることなく他人の思惑を誘導できる。間違いのなく最強の幻術であろう。欠点といえば、対象が一人であること、次に使うためには長いスパンが必要なこと。ただそれは、効果と比べて些細なことだ。

 これがあれば、これさえあれば内政干渉だろうとなんだろうと……。全ては人だ、全ての事は人が行う。きっと、上手くいく。

 

「だから、それまでの時間稼ぎをイタチには手伝ってもらいたいんだ」

 

 それを聞き、イタチはうつむく。

 どこか悔しさを滲ませるように、肩を震わせ、絞り出すように――( )

 

「そんなものに頼って成功すると思うのか……」

 

 突きつけられる言葉は残酷だった。

 わかってはいる。この『眼』は、この『術』は、人の信念を容易く捻じ曲げる。道理に(もと)る卑劣な忍術だ。

 

 けれど――( )

 

「わかってるさ。だが、正しく使えばなんの問題もない!! それに次は……次は、絶対に失敗しな――( )

 

「――その『術』は(ひずみ)を生む」

 

 遮られる。

 か細い声で、しかしそれには意志と、痛みが通っていた。

 

「無理に抑え込んだとしても、たわみ、ゆがみ、ねじれ、最後にはバラバラに崩れ去る。どう力を込めたとしても、力を込めるほどにだ……」

 

 どうにかできると思っていた。

 驕っていた。

 だからこそ、この結末なのだと。だからこそ、失敗したのだと。

 その目は強く主張していた。

 

 ああ、わかっている。一度うまく行ったように見えたのだって、イタチや、それにあの子のおかげだった。

 決して幻術だけの力ではなかった。

 

「その『術』は、失敗を生む」

 

 断言される。

 今までやってきたことが無意味だったと、なるべくしてなった失敗だったと、たどり着く場所は変わらず、ただいたずらに道筋を変えただけだと――( )否定される。

 

「違う……!」

 

「……まだ、まだ時間は作れる。違う方法を――( )

 

「違う……っ!」

 

「シスイっ!!」

 

「――違う……ぅうっ!!」

 

 ――瞬身。

 

 通り名にもあるその術、持てる技術の最高速。

 並大抵の忍では目で追うことすらかなわない。最適化された動き、そして予兆さえ感じさせない静かで淀みのない剣さばき。

 

 手練の忍の命さえ奪う必殺の一撃。

 

「くぅっ……」

 

 火花が散る。

 首筋の手前、忍刀を防ぐクナイがある。

 その類稀なる経験とセンス、そして勘から、必殺の一撃は防がれた。

 今までにない経験。わずかながらに動揺する。

 

「もう、他に方法なんてない……!」

 

 忍刀が弾かれると共に距離が広がる。

 死角からのクナイ。

 風を切る音を頼りに叩き落とす。

 チャクラの高まりを感じる。

 

 咄嗟に忍刀を空に投げ、手を自由にする。

 素早くこちらも印を結ぶ。

 

「「『火遁・豪火球の術』!!」」

 

 放った術は同じだった。

 火遁を得意とする()()()の基本忍術。ゆえに、それを見れば実力がわかる。どれだけ己を研鑽したかの程が知れる。

 

 年齢からも、実績からも、自らが一日の長がある。

 だからこそ、負けるはずが――

 

 

 ――押されている。

 

 

 同じ火遁が押し合えば、押し返される相手の炎を飲み込んで、その威力は倍になる。

 悪くても、拮抗。そう思っていた。

 けれど、現実はそうではない。引くか否か、選択肢はもはやない。

 

「くそっ……!」

 

 炎に飲まれる寸前の離脱。判断の速さでわずかばかりに服が焦げた程度で済む。

 向こうには、火遁を使い息を切らしたイタチが見える。

 

 

 ――もう一度、瞬身。

 

 

 落ちてくる忍刀を手にする。

 喉元に切っ先を突き立てる。今度こそ、勝った。

 そう思った。

 

 

 ――カラスが舞う。

 

 

 目の前にいたはずのイタチは姿を(カラス)に変える。

 

 

 見誤った……。

 

 

 うちはイタチの実力を見誤った。

 

 

 このイタチの戦い方を知らないわけでは決してなかった。よく知っていた。

 だが、あの全力での火遁の押し合い。その後に、影分身を囮に使う余力があるとは思わなかった。だからこそ、頭の隅に追いやったこの状況だった。

 

 嘆く暇もない。

 

 飛んで来たクナイ。牽制なのは間違いがない。

 鴉が視界を遮るために、必然的に音に頼ることになる。

 それは鴉の羽ばたく音に混じっていた。幾度か響いていた金属音が、クナイ同士でぶつかりあって軌道を変えたと教えてくれる。

 

 あくまでも冷静に。前方からのクナイに気を取られすぎず、来るべき攻撃に備える。

 上体を屈め、クナイを躱す。同時に死角に忍刀を備える。冷たい音とともに手にジンと痛みが走った。

 

「戻れ、シスイ! まだ間に合う……」

 

「もう手遅れだ! だからオレがここにいる……っ! お前だってわかっているだろ!?」

 

 もはや、語るべき言葉ない。

 押し通るだけだった。

 

「く……っ!」

 

 急襲に失敗すれば、即刻離脱。

 さすがは、うちはイタチか、退き際はわきまえている。いや、ただ迷っているだけなのかもしれない。

 

「まさかな……」

 

 離れるイタチに手裏剣を放つ。

 追撃するその手裏剣に、イタチは地面に手をつき、軽く身体を浮かせることでかわしてみせる。

 

 お返しとばかりに、クナイが三本投擲されるが(つたな)い。

 人を殺す程度のエネルギーのこめられたそれなりの速度であるが、その全てが右側に集中している。左側ががら空きだった。まるで――( )

 

「くそっ……」

 

 地面を蹴る。

 無理だった。全てを躱しきるにはすでに手遅れだった。

 

 大きく右側に身体をすべらせる。左の脇腹をクナイがかすめる。

 そして、雨のようにクナイが降った。起爆札付き。あのまま左に避けていれば、間違いなく串刺し、あるいは爆風の餌食か。

 

 あの時だ。

 鴉に視界を覆われていたあの時。クナイの軌道を変えたクナイは、空へと、そしてこうして時間差で降ってきたのだ。憎らしい。

 イタチの離脱が早かったのは、自らの仕掛けに巻き込まれないため。

 

 爆音が響く。

 こちらにはクナイが降らないか――。

 

 ああ、今度は地面が抜けた。

 ここまでが想定内だったのだろう。わかっていた。だが、わかるのが遅かった。

 相手が一枚上手だった。

 

「上に注意向けたら、次は足元か……」

 

 こちらにも仕掛けがあるのはわかっていた。まだ、降るクナイがあるのではないかと思ったことが敗因だった。

 

 生半可なトラップならば、食い破る。自信はあったが、相手が悪い。

 

 襲い来る手裏剣を忍刀で弾く。

 無理な体勢で、徐々に追い詰められていく。

 

 どうにか逆転をしなくてはないない。だが、忍術が使えない。使わせてもらえない。

 印を結ぶ余裕さえない。攻撃の手を緩めないイタチに、もはや、なす術がなかった。

 

 大きくイタチが踏み込んでくる。

 もはや、猶予などなかった。

 

 印などを必要としない、目さえ合わせれば発動する『万華鏡車輪眼』。その幻術にかけてしまえば……。

 

 機会は一瞬だった。

 

 目を合わせれば発動する。

 

 簡単なことだった。

 

 接近するイタチ。その動きに合わせる。幾度となく、こうやって、敵を幻術に嵌めてきた。それをたどるだけだった。

 ああ、簡単なことだった。

 

 

 ――だが、つい目を逸らした。

 

 

 血が飛び散る。

 

 

 それが自らのものだと理解するのに、そう時間は要さなかった。

 そのイタチの判断は正しい。幻術にかけられそうになったから、咄嗟に下したのだろう。

 

 その場に崩れ落ちる。

 

 負けたのだ。

 うちはイタチに負けたのだった。

 

「なぜだ……シスイ!」

 

 忍は返り血を受けない。それに習い、一切の汚れなく、イタチはこちらを見下ろしていた。

 その言わんとしていることはわかる。

 

 最後のあの瞬間のことだろう。

 なぜ、『万華鏡写輪眼』の幻術を使わなかったかだ。

 そんなことは決まっている。

 

「こわ……かったんだ……」

 

 そう、怖かった。

 うちはイタチの存在が、いや、うちはイタチに()()()()()が怖かった。

 

 瞳術を使う際、視線を交錯させる必要があった。

 だから、目に入った。

 あの、うちはイタチの赤い眼が、『写輪眼』が怖かった。

 

「そんな……はず……ないって……」

 

 解ってはいた。

 『万華鏡写輪眼』と『写輪眼』では、瞳力の差は歴然たるものだろう。

 だが、だ。相手はうちはイタチだ。

 

 あの『豪火球』の勝負でも、経験の差を物の見事に打ち破った()()()()()()だ。

 

「でも……げんじゅつでも……負けたら……、オレの……立場……ないだろ……?」

 

「…………」

 

 やるせなく見つめているのがわかる。

 強くなった。最初に会ったときよりずっと。心の底からそう思った。

 

 振り返れば、この戦い、最初の『火遁・豪火球』での押し合いで全てが決まったのだとわかる。

 あのとき押し勝てていれば……いや。

 

 勝ったのはイタチだ。なにを考えようが、その事実は変わらない。

 

「オレの『眼』をお前に預ける」

 

「…………」

 

 イタチの表情が曇るのがわかる。

 自己満足かもしれない。わかっている。だが、誰かの手に渡るよりは、イタチに渡しておきたかった。

 

()()()のために……お前なら、正しく……いや」

 

 ふと、ある少女のことが脳裏に浮かんだ。

 たしか、ワガママに付き合わせてしまったこともあった、イタチのことを想う少女だ。

 

「正しく使ってくれとは言わない……」

 

 そもそも、この『(こと)(あまつ)(かみ)』は正しい術でないかもしれない。正しさがなにかはもうわからなかった。

 

「だが……お前たちの……幸せのために……、未来のために……使って……ほしい」

 

 身体が冷たくなっていく。

 意識が遠くはなれていく。

 

 あとは、自らを超えた弟分が、その選んだ荊の道の中を乗り越え、幸多き人生を送っていくこと願うのみだった。

 

「オレの……ワガママだけどな……。こんなことになったけど……オレはお前の……親友でいたいんだ……」

 

「シスイ……」

 

 オレなんかのために、そうイタチは悲しんでいた。それが最期に目に入った。

 

「ありがと……な」

 

 それは、すっと、暗闇のなかに身を落とすようだった。

 

 

 ***

 

 

 うちはシスイは間違いなく親友だった。

 だが、前提とした立場が違った。

 うちはシスイは里と一族という二者択一を迫られて、一族を取った。

 それに対して、うちはイタチは里を取った。それだけだった。

 

 親友の亡骸の前で立ち尽くしている。

 悲しみと共に、飲まれてしまうのではないかというほどの荒れ狂うチャクラが『眼』に向けて流れてきた。

 我を失い、目につくもの全てに危害を与えたくなるほどだった。

 

 〝血の涙と共に――( )〟という父のセリフが理解できた。

 

 結果として、間に合わなかった。

 サスケと共に家に帰ろうとするミズナの『影分身』を見つけだけだった。

 曰く、ナルトは突然現れたシスイが送って行ったらしい。

 

 そしてナルトを幽閉し、シスイは単独でクーデターを起こそうとした。

 単独と言っても、上層部を拘束するまで。それが成功したとき、一族が決起し、渡りをつけた他里から支援を受ける。

 それはシスイとの会話から、推測できる。

 

 先鋒として、木ノ葉の火影邸へ向かうシスイを待ち伏せし、討ち取った。ただそれだけの話だった。

 

 綿密な計画もなく、クーデターとしては()()()もいいところだった。本当は成功させる気などなかったのかもしれない。

 九尾の威光を借りようが、シスイ一人で上層部を拘束するなど……いや……本当に一人――( )

 

 

 上体を反らして躱す。

 その攻撃は的確に『眼』を狙っていた。開眼したばかりの『万華鏡写輪眼』をえぐり出そうとする攻撃だった。

 

 すぐさま距離を取る。

 仕掛けてきた相手を視認。やはり、あの〝仮面〟だった。

 

 シスイとの戦闘で疲弊しきっている今を狙い、こちらを殺そうとでも言うのだろうか。

 だが、簡単に負けるつもりはなかった。隠し持ったクナイに手をかけ――( )気が付いたのはその時だった。

 

 あるべきはずのものがない。

 あったはずの、うちはシスイの遺体が消えていた。

 

 シスイを殺したのは夢ではない。

 眼に映る光景を、動きの一つ一つまでより詳細に理解できることから、自らの『写輪眼』は瞳力を増し変わっているに違いなかった。

 なによりも、シスイの最期の言葉は鮮明に覚えていた。

 

 であれば、してやられた。

 目を離した隙にシスイの死体を回収されてしまったのだ。その『万華鏡写輪眼』ごと。

 

 おそらく、なんらかの術か仕掛けがあったのだと想像がつく。

 それが、あのこちらの『眼』を狙った攻撃を避けている隙に発動されたのだろう。あの攻撃は完全に囮だった。

 

 シスイに託された『万華鏡写輪眼』だった。そのはずであったが、こうしてたやすく奪われてしまったことに歯噛みするしかない。

 

 一定の規則で地面を叩く乾いた音が聞こえた。

 杖をつきながらもやってくるその男は、里の闇を身に背負う男だった。

 

「うちはイタチよ。逆賊――( )うちはシスイ暗殺任務、御苦労だったぞ? 安心しろ……九尾の人柱力はこちらで保護させてもらった」

 

 その瞬間、全てが理解できた。

 無論のこと、そんな任務は受けてはいない。

 

 本来、人柱力なら暗部に手厚く保護されているはずだった。だが、この男の策略により、うちはシスイが手を出せるほど警戒が薄くなっていたのであろう。

 

 シスイを始末することにより、その『眼』も自らのモノにできる。

 一度は阻止された目的も果たせ、なによりこれで……。

 

「オレの処分はどうなりますか? 曲がりなりにも、里の仲間を殺したわけですし」

 

「なに、うちはシスイは〝霧〟と〝砂〟に通じておった。証拠もある。お前は里の裏切り者を殺したのだ。それに、うちはシスイはかなりの手練れであったからな。褒められはすれど、責められるいわれはあるまい」

 

 そう、ダンゾウは言う。

 シスイを殺したのは、完全に独断だった。里に指示を仰ぐべきところを、時間を惜しんで後回しにした。

 できればシスイは捕らえるべきだったろう。しかし、ダンゾウはそれを責めない。

 

「そして、ワシはこの功績を以ってお前を上忍に推薦したいと思うのだが……?」

 

「上忍……ですか」

 

 火影というのは通例、上忍からしか選ばれない。暗部に所属し、分隊長という立場を得ているにせよ、いつかは通らなければならない道だった。

 

「ヒルゼンも喜んで承諾するであろう」

 

 それは長年の付き合いからの憶測か、根回しも済んでいるということか。判断はつかないが、ダンゾウは確信をしているようだった。

 

 この男の掌の上で踊らされているという状況は悔しく、憎らしくもあった。

 

「一つ、質問しても構いませんか?」

 

「なんだ?」

 

 鋭い眼光がこちらを睨みつける。

 言葉の一つ一つを慎重に選ばなければならなかった。

 

「シスイの扱いについて、これからどうなりますか?」

 

 仮にも、うちはシスイは警務部隊の隊長だった。

 シスイの意思は一族の総意と受け取られかねない。一族の立場がこれ以上、悪化することがあってはならなかった。

 一族の存続が、シスイの意思だったから。

 

「本来なら強硬な手段をとるべきなのだがな……ヒルゼンに止められておる。一応は、名誉の殉職……ということになるか……」

 

「遺体は……どうなりますか?」

 

「行方不明、ということになるな……」

 

 それで、一族の者たちが納得するとは思えなかった。

 ダンゾウの目的が、半分は透けて見える。

 

「ふ、イタチよ。そう身構えるでない……。今回の件もそうだったが、もう一度()()()が愚かな真似をしたときについては、お前に一任しようと思っているのだ」

 

「それは……」

 

「お前が()()()をどうしようと、お前の勝手というわけだ。すでにそのときは、お前の言う里の仲間ではないからな……。期待しているぞ?」

 

 その言葉とは反対に、薄ら寒さを感じてしまう。

 ダンゾウがなにを狙っているのか、その思惑を完全に読み解くことが容易だった。

 

 

 ***

 

 

 家に帰り、布団に入れど、どうしても今日のことが頭に浮かんだ。

 

 うちはシスイを殺した。殺さざるを得なかった。

 

 あの〝仮面〟との遭遇に、シスイとの戦い、そしてダンゾウの思惑。

 

 度重なる理不尽に疲弊し、前に進む気力もわかない。友の嘆き、そしてなにも変えることのできなかった自身の無力さに、打ちひしがれる他はなかった。

 

 とるべき手は尽くした。

 ここまでくると、もはや、こうなるものと最初から決められたもののような気さえしてくる。

 

「イタチ? 大丈夫?」

 

 呆然とし、布団の上に仰向けに横たわっていれば、彼女が隣に座り込む。

 

 彼女に弱った姿は見せたくない。

 そういった生産性もない意地で、彼女から顔を背けてしまう。ただ、彼女の前ではそれが無意味だとよくわかっていた。

 

「大丈夫じゃ、ないみたいね……」

 

 そっと、寄り添ってくる彼女の温もりが心地よかった。

 

 一度は彼女と伴に生涯を送りたいとも思った。だが、その想いと、彼女の『眼』を半ば捨てるように逃げ、中途半端なこの状態で彼女の優しさに甘んじることは許されるべきことではなかった。

 

 彼女を拒絶しようとするが、身体が思うように動かなかった。疲れからか、無意識に彼女を求めてしまう自分がいるのか、あるいはそのどちらともか。

 

「ねぇ、イタチ……。どんなときも、あなたの隣には私がいるから……」

 

 隙を突いたように、彼女はスッと目の前に顔を出す。上から覆い被さり、こちらの顔を覗き込むような姿勢を彼女はとっていた。

 

 彼女から漂う甘い匂いが鼻腔をついた。今までもあったこの距離だが、今までとは違う感慨に支配されている。

 

 今日起きたことを洗いざらい彼女に話してしまいたい衝動に駆られる。

 きっと、彼女のことだから、笑って許してくれるのだろう。そして、許されたかった。

 

「ミズナ……」

 

 これ以上の言葉は出ない。

 許されてはいけない。自分で決着を付けるべきことだと整理をつけてしまったからだ。

 

「あのね、イタチ。もし、私のことでイタチが自罰的になってるなら、それは御門違いなの。大丈夫だよ? どんなに辛いことでも、私がちゃんと責めてあげるから……」

 

 まるで心を読んだように彼女は言った。

 たった一言、名前を呼んだだけで彼女に察せられる。情けない思いになった。

 

「お前はなんでもわかるんだな……」

 

「ちゃんと言ってくれないと、わかるものもわからないんだけど……」

 

 バツが悪く、つい、視線を彷徨わせてしまう。

 そんな状況を払拭するためか、彼女は言った。

 

「ねぇ、イタチ。この服、いいでしょ?」

 

 上半身を彼女は起こして自慢する。

 自然と目線は彼女の身体のラインに沿い、動く。

 

 彼女の寝衣は、ゆったりとしたワンピース型の生地が柔らかい白地――( )彼女が可愛いと称したレースやフリルなどの装飾がついたそれは、今日の彼女との買い物で彼女にねだられたものだった。

 

 月の光に照らされて、彼女の姿は優美に映えた。

 言いようのない魅力をそこに感じてしまう。

 

「ああ、綺麗だ」

 

「ふふ、そうでしょ?」

 

 照れたように笑う彼女に感情が刺激される。

 気がつけば、情動につき動かされていた。

 

 彼女の手を掴み、引く。

 不意を衝かれた彼女は倒れ、代わりにこちらの上半身が起きる、先ほどまでとは逆転した体勢になる。

 ヒラリと、彼女の寝衣の裾が風をはらんで膨らんだ。

 

「イタチ……?」

 

 そうキョトンと首を傾げる動作がどうしようもなく愛らしい。彼女から感じる香りが思考を奪っていくことがわかる。

 

 何かが変わってしまったのであるなら、それはシスイを殺してしまったときであろう。抗えない感情に心を埋め尽くされていた。

 

 どうしようもなく、彼女の温もりが欲しかった。ただ、抱きしめられるだけではもう足りなかった。

 その想いで彼女の服に手をかけた。

 

「……ダメだよ? イタチ……」

 

 そこまで来て、これからなにをされようとしているのか理解したのか抵抗を受ける。

 そっと、彼女に手を掴まれる。

 

 反応は一瞬だった。

 手をひねり、逆にこちらから彼女の手首を掴む。そのまま彼女の手を彼女の頭の上に抑えつけた。

 

 それでも彼女は抵抗を続ける。彼女の実力はわかる。本気で抵抗されてしまえば、一筋縄ではいかなかった。

 そして、気が付いたのは、それなりに攻防を重ね、半分ほどはだけた彼女の寝衣から下着姿が覗きはじめたその時だった。

 

 扇情的なその姿は、なおも感情を高ぶらせた。

 

「ミズナ……イヤなのか?」

 

 こちらが手を止めれば、彼女もまた手を止める。

 その問いかけに、彼女が顔を紅潮させているのがわかった。

 彼女が本心から嫌がるはずがないのだと、今までの経験から憶測立てることができた。

 

「でも……ダメなの……」

 

「イヤなのか?」

 

 彼女は首を横にふる。

 感情を自覚させてしまえば早かった。その緩慢な抵抗から、彼女も望んでいるのだと理解できた。

 

 完全に寝衣をはだけさせたわけではないが、彼女の下着に手をかける。これも、彼女に頼まれ買ったものに違いない。色では良し悪しがわからないからか、彼女は適度に装飾の付いたものを気に入っていた。

 

 今までも、こんなあられもない姿は何度か見たことがある。

 だが、彼女は今までと違い、恥ずかしいのか泣きそうに唇を固く結んでいた。

 そっと、頭をなでて慰める。

 

「ミズナ……」

 

「……うぅ」

 

 肌と肌の触れ合う感覚が心地よかった。

 そっと、彼女を抱きしめると感じられる温もりに、柔らかさ。彼女の全てを自らのモノにしたかった。

 

 そして彼女は()()を拒まなかった。




 やってやりました!




 余談。
 イタチが主人公の眼を回収した場合。

 シスイが、うちはマダラ(仮)の協力を得てクーデターを成功させる。ただし、ダンゾウは逃す。
 イタチはサスケと主人公を連れて亡命。

 結果として、岩+雲+ダンゾウ+三代目や千手と親しい皆様+イタチvsうちは+日向+木ノ葉の一部旧家+木ノ葉の烏合の衆+砂+霧、という対立構図で第四次忍界大戦!
 八尾の尾獣玉+白眼で遠距離狙撃!
 うちは側も真似して九尾の尾獣玉!
 うちはが、九尾を操っているところを見せたせいで、九尾事件を思い出し、うちは側の木ノ葉の仲間が戦意喪失!

 結果、戦争がグダグダになって講和、会合の結果イタチが火影になる。
 というところまで思い付いてやめました。


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絆、罅、私は貴方と

 五ヶ月、更新をサボりました。すみません。今回は、十話連続更新です。

 キツい描写があります。注意です。


 私は布団の中でぼーっとしていた。大きな虚脱感で、動く気力が湧かなかった。まだヒリヒリとちょっと痛い。

 隣にもうイタチはいない。今も漂う残り香が、私の心を慰めてくれる。

 

 少し強引だったと思う。

 抵抗する私から、衣服を剥ぎ取って、コトに及んだ。熱烈なイタチの態度に、始まる辺りは私も熱に浮かされていたけど。浮ついた気分で、動けなくなっていたけど。

 

 抱きしめられて、求められて、最初は癒えない傷を付けられているかのようだった。取り返しのつかないことをしているという背徳感に私は支配された。

 悶える身体を押さえつけられ、私の感覚に、記憶に痛みが鮮烈に刻み込まれ、私は彼のモノであるのだと、否が応でも理解させられた。

 

 頭がスッとなるのがわかった。それは私の意思と動作を鈍らせるような感覚で、罪悪感に紛れ、歓喜や興奮にも似た達成感が私を捕らえているのだとわかる。

 肌へと与えられる刺激に対する感動の比率が、いつにも増して、痛覚を置き去りにして、私を痺れさせるように襲いかかってくる。私は声まじりの息を吐いた。

 

 時間が経つにつれ、求める激しさが増すにつれ、私もおかしくなっていった。

 心臓の鼓動は激しさを増し、巡る血液は熱を帯び、全身へ、込み上げてくる想いを、苦しさを運んだ。

 リズムに合わせて収縮を繰り返すお腹の筋肉は、身体から空気を追い出して、意識を朦朧とさせる。吐き出す息を嬌声に変える。

 

 本当に熱くて、頭が変になる。信じられないほどの発汗で、互いにぐしゃぐしゃになる。何も考えることができない。

 感じるままに従って、彼の求めに応じることが私の全てで、ただ本能のささやくままに温もりを分け合い縋っていた。

 

 本当は短い時間だったかもしれない。それでも長く、私には、こんな時がずっと続くんだと思えるくらいに長く。

 そしてそんな時間は唐突に終わった。

 

 不自然な痛みと熱さが私の中で、苦しくも心臓が異様なほどの強度と間隔で脈を打っていて、強くなった抱きしめる力に、今までの、胸に秘めてきた想いと、私たちの繋がりの深さを実感する。

 呼ばれる名前、私を包む安心感、私も応えて名前を呼んだ。喘ぐように絞り出した声と共に、私の身体は電流が通ったようにほんの一瞬だけ痙攣する。

 

 わずかに遅れて、お腹から太ももへ妙な脱力感が伝った。

 溜まっていたものが流れ出てしまっていた。

 私は涙を流していた。

 とてもとても恥ずかしかった。

 

 それなのに、お構いなしだ。私はもう、筋肉をこわばらせることもできないほどに体も心も疲弊している。ぐぐっと力が込められる。もっともっとと、私たちの絆は熱を上げて深められていく。

 弛んだ隙を突くように、ぴったりとくっついて、内臓全てに気持ち悪さが響き渡り、けれど続いていくうちに、それも優しさですぐに塗り替えられた。

 

 そのときはフワフワとした意識の明滅があって、クラクラとした怠さに包まれていて、なにもできず受け取る感覚に身体を震わせるだけ。声を漏らすだけ。雲の上にいるようで、正しさの判断がつかなかった。違う、もう少しで終わるのだと分かっていたけど、されたこと、されることが、ぜんぶ正しかった。

 

 頭が正常に戻ろうとする次の瞬間にはもう、身体が跳ねる。与えられる刺激の全てに、余計な思考をそぎ落とされる。なんども繰り返され、私は既にもとには戻れないのだと悟る他なかった。

 身体が疼いてたまらなかった。進んで私はくすぐったくなっていたところを擦り付けて、涙ながらに肌と肌でお願いして、撫でてもらう。それがよくなると起こる身体がうねる感覚は、重ねるたびに長くなった。

 彼だけを感じて、愛した。

 

 ギュッとされ、全身を伝わって、フワフワとした感覚がまた。それも終わらないのに、丁寧に可愛がられて、身体が勝手に波を打つ感覚がそこに繋がる。もうダメになってしまいそうで、離れようとするが、許されない。抱き直すときの強い刺激で、痺れるような瞬間的な脱力感が私を襲い、受け続けた他の感覚と重なっていく。

 

 全身から、脊髄を貫いて脳にまで。限界を超えた情報量が届いていた。死んでしまうと思ったけれど、耐えられない。頭がオーバーフローを起こしてしまう。

 思考と意思が欠落した。

 意識と感覚だけが残り、まるで廃人のように私はなった。

 

 愛しき人に、そんな私はしがみついていた。愛は確かなものになろうとしていた。無意識的な反射によって、私は手伝いをする以外になかった。 もう、互いに逃げられなかった。

 

 失われた時間感覚の中、与えられた濃密な愛だけが私の中で流れて、浸され、私の全身に染み込んでいくような幻惑的な感慨に支配される。冴えと酔いで揺れ動く頭には、感じるものを肯定する能力しか残されていない。

 

 そして、私たちは幸せになった。

 もう、今の私は彼の()()を受け入れている。

 

 昨日のことを、そして、イタチのことを思っただけで、下腹のあたりがキュンとする。

 私の身体がすでに次を求めていることがわかる。

 人の、世代を繋ぐ本能の凄まじさを思い知らされてしまった。

 

 二度と忘れられないほどだ。まだ私の中にはイタチの温もりが残っている気さえした。すでに昨晩のことなのに、私は幸せに満ち足りている。

 気持ち良かったかはわからない。私のこの初めては、痛かったし、苦しかったし、熱かったし、恥ずかしかったし、怠かったし、(くすぐ)ったかったし、死ぬかと思った。

 それでも、そんな幸せという感慨を(いだ)けるほどに、いまの私はおかしかった。

 

 心も体も全てイタチのモノになってしまったのだということなのだろう。イタチになら、何をされても幸せなのかもしれない。なんだかそれは嬉しかった。

 早く、子ども、できないかな、とも思った。

 

 だが、裏腹には不安がある。いま、隣にイタチが居ないことだ。隣に居れば、私の幸せは、きっと、ずっと、完璧なものだったはず。

 もし、これが一夜限りで、私に与えた幸福を、次にもう、違う女に与えるのであれば、それは気が狂いそうなほどに許しがたい行為だった。

 

 けれど、許すか許さないかじゃない。

 私はイタチに頼られたり、便利に使われたりすることが存在理由だ。

 だから、なんでも良いのだと、自分に言い聞かせる。でも、やっぱり、次も私じゃなきゃ嫌だった。

 

 そうだ。放置されて寂しかったけど、昨日の公園ではきっと、こういう関係になるための告白を。一緒に子どもを作ろうって……。

 

「姉さん?」

 

 不意に声がした。

 

「サ、サスケ……ッ!?」

 

 まずかった。

 散乱した衣服に下着、そして何も着てないまま布団にくるまる私。

 匂いだって残ってる。

 サスケが眉を顰めているのがわかった。

 

「姉さん。兄さんが姉さんのこと具合が悪いって言ってたから見に来たんだけど……」

 

 グッタリとしていた私を見かねて、イタチがそういうことにしておいてくれたのだろう。

 その気になれば動けるが、どうしても今はこの場所で昨日のことを噛み締めていたかった。

 

「サスケ……ごめん。ちょっと気だるいの。朝食は?」

 

「兄さんがやってくれた。目玉焼きだった……」

 

 なぜかサスケは文句言いたげなふうだった。

 イタチなら完璧にやってくれるはずなのに……おかしい。

 

 それはともかくだ。

 サスケに、これ以上、昨日のイタチとの出来事を推察させるような物を見せたくはなかった。

 

「ねぇ、サスケ……」

 

「そういえば、ずいぶん散らかってるけど。なにかあったの?」

 

「ひっ……。私は大丈夫だから……忍者学校(アカデミー)、時間は?」

 

「おっと、いけない。じゃあ、行ってくるよ、姉さん」

 

 そうして足早にサスケは玄関の方に向かって行った。荷物もそっちに置いておいたのだろう。

 危なかった。

 

 ここ、イタチの部屋だし、私が何も着ないままでいることがバレたら、本当にまずかった。

 何をしていたか具体的にはわからないかもしれないけど、私とイタチがイチャイチャしていたことは容易に連想させるからだ。教育上、絶対に良くない。

 

 ため息をつく。

 処理をすること、きっちりキレイにするべきことがいろいろあった。

 まあ、夢中になって、気が回らず汚しちゃったわけだし、これも私の仕事だと割り切るしかない。

 

 とりあえず、あと一時間くらいはこのままグッタリしていたかった。

 

 

 ***

 

 

 ミズナを襲ってしまったことを深く後悔していた。

 シスイを殺めた傷心に、どうしようもなく彼女が欲しくなってしまって、自制心も利かなかった。

 

 拒絶する彼女に、彼女の想いを利用してまで目的を達してしまった自身の狡さに嫌気が差す。

 

 今日の朝、隣で寝ている彼女を見て、情欲が刺激され、愚かにも、もう一度と彼女をまた傷つけ自分のモノにしようとしてしまった。

 心も体も修復する時間が必要なのだろう。彼女は脱力して動けないようだった。それなのにだ。

 

 それでも、もはや頼れるのは彼女一人だった。一族について彼女に話し、わずかな助言を得て、なるべく早く彼女の隣から離れた。

 これ以上は、自分が自分でなくなってしまいそうな気がしたからだ。

 

 彼女の乱れた姿が今でも頭に焼き付いていた。彼女から離れてからは彼女が恋しくてたまらず、どれだけ彼女と結ばれることが自身の心を満たしてくれるか理解せざるを得なくなった。

 

 そして、シスイの死から半日ほど経ち、一族の者たちが怪しい動きを見せた。

 

 暗部の分隊長であるがゆえに、ある程度の自由が利く。

 ダンゾウにより、一族の件は一任されているがゆえに、単独で一族秘密の集会場へと歩を進めた。

 

 集会場には轟々と里を罵る声が飛び交っていた。

 おそらくこの者たちがシスイに上層部の拘束を任せた後に、クーデターで決起しようとしていたのだろう。

 下忍以上の一族の者たちほとんどが揃っている。

 

 彼らの前へと進み出る。

 

「いったい誰の提案でこんなところに集まっている……?」

 

 場が静まる。

 

 先導し、前で彼らに語りかけるのは、うちはヤシロという男だった。

 こちらを見ると、その顔に怒りの形相を浮かべる。

 

「うちはイタチ!! 貴様、どの面を下げてここに来た?」

 

「お前が首謀者か?」

 

「うちはシスイが死んだ! 任務中の名誉の殉職、ということになっているがその実は違う。里に殺されたのだ! 暗部のお前になら、わかるだろう?」

 

 話にならないことは織り込み済みだった。他人の意見を受け入れることが頭にない。だから力に頼るほかなくなる。

 

「愚かとしか言いようがないな……」

 

「ん……? イタチ、なにを言っている」

 

 一族を焚きつけることしか頭にないこの男が酷く憎かった。

 自らの目的しか頭になく、短絡的で、未来を見通す力もない。

 

「なぜ、シスイは名誉の殉職ということになっているか分からないのか?」

 

「里がシスイを殺した事実を隠蔽しようとしているからだろ!?」

 

 本当に分からないのか、真相の一部を隠し、都合のいい部分だけで上手く誇り高き一族の者たちを煽ろうとしているのかは分からない。

 だが、もはやどちらでも構わなかった。

 

「ああ、もし、クーデターを企んでいたと公表されれば()()()全体が里の民に対し禍根を残すことになる。それは火影様も避けたかったということだ。だから実際には、うちはシスイは犯罪者として極秘裏に処理された」

 

 ――そして、シスイを殺したのはこのオレだ。

 

 一族の者たちがどよめくのがわかった。

 騒然として、誰もが言葉を飲み込んでいた。

 

「イタチ……なにを言ってる? シスイは一族のために率先して動く男だった。……どんな任務だろうとな」

 

 それはクーデターさえも、だろうか。結果として、シスイとは決裂してしまった。

 

「それがどうした? この功績で、オレは上忍になることが決まった」

 

「お前はシスイを兄のように慕っていたはずだろう? それにシスイは、うちは(いち)の手練だった」

 

 親友だった男を殺めたのは間違いなく自身だった。

 

「……この『写輪眼』を見てもそれが言えるのか?」

 

 うちはヤシロの顔は驚愕に染まる。

 

「『万華鏡写輪眼』……だと……?」

 

 父――うちはフガクは『万華鏡写輪眼』の所有を秘匿していた。

 加えてシスイも、九尾の人柱力の誘拐はおそらく独断で、『万華鏡写輪眼』を持っていると一族の者たちには言っていなかった。うずまきナルトに見張りは付けられていなかったらしい。

 

 大多数が、この『眼』の意味を理解できてはいないが、一部の者は青ざめている。

 

「シスイの起こそうとしたクーデターの件はオレに一任されている。望むなら、この『万華鏡写輪眼』の瞳力で、お前を里の反逆者として殺してやっても構わないが……? うちはシスイの協力者としてな」

 

「貴様ぁ! ()()()を……裏切る気かァ……ッ!!」

 

 怒号が響いた。

 里や一族と一面的にしか物事を捉えられない。己の器を制約し、責任を全て相手に押し付けることしかしない。

 なぜ、シスイがこんな者たちのために、あんなにも追い詰められ、死ななければならなかったのかとも思った。

 

 嘆けどそこに意味はない。

 それは幾たびも実感していた。

 

「勘違いをするな……。火影になる、その為の障害をオレは打ち払っただけだ」

 

「シスイが障害だっただと? だから殺したのだと? ふん……クーデターが成功していれば、貴様が火影になれていたかもしれないのにな……」

 

 まずもって、クーデターの成功率の低さを無視している。そして起こしたその後のことをこの男は見通せていない。

 

「一族がクーデターを起こしたとし、いったい一族以外の誰が納得する? 〝火影になった者〟が皆から認められるんじゃない、〝皆から認められた者〟が火影になるんだ。お前たちは自らの境遇を嘆くのみで、皆から認められる努力はしたのか?」

 

 根本的なところが間違っていた。

 なにかを変えるには、自らが変わるしかない。

 一族に固執し、里を恨み、ただ徒らに憎しみという病を一族に伝染させた。

 

 これでは、悲劇が起こるのみだった。

 

「イタチ……よくわかった。貴様には、一族の誇りはないのだな? 貴様は里の犬に成り下がり、そうやって火影になろうと言うのか」

 

 ここには妥協も合意もなかった。

 だからこそ、話にならない。これ以上、無駄な問答を続ける気にはなれない。

 

「これは警告だ。……十二時間、焼かれ続けろ」

 

 扱い方は自ずとわかった。

 

 ――幻術『月読』。

 発動は一瞬。眼を合わせるのみ。

 対象を自らの精神世界に引きずり込む。そこでは、空間、質量、時間さえも自らの思うがままだった。

 

 これが自らの開眼した『万華鏡写輪眼』の瞳術なのだと実感する。

 

「がはッ……。ゲボッ……。火が……」

 

 そして倒れ、意識を失う、そんな、うちはヤシロの姿がある。

 ただ目を合わせただけ、それなのに、ありえないと一族の者たちは皆、一様に驚愕した。うちはヤシロはそれなりの忍だ。

 並の幻術にも、忍術にも、これほどの術はなかった。

 

「お前たちに選択肢をやろう……」

 

 一族の者たちに目を向ける。

 皆、視線から逃れようと、自らの身の安全を図ろうと、目を泳がせている。

 

 不意に、一人と目が合った。確か、忍者学校(アカデミー)時代にミズナと親しかった少女だった。今となっては、どうでもいいことだった。

 

「オレに従うか……。ここで死ぬかだ……」

 

 恐怖による支配。

 シスイに託された一族の、唯一の存続の方法だった。ただの延命にしかならないことはわかっている。

 

 我が身の可愛さからか、その日、すぐに反抗する者はいなかった。

 

 

 ***

 

 

 家の玄関の前で、数十分、立ち尽くしている。

 ミズナに、どんな顔をして会えばいいかがわからなかった。

 

 帰らない、ということもできたが、彼女は自分が帰るまで、いつも寝ずに待ってくれている。

 急いで家を出、泊まってくるとも伝えていないため、彼女のことを考えると、家に帰らないということにはできなかった。

 

 不意に、玄関の戸が開いた。

 

 無論のこと、彼女の感知能力により、入り口付近で往生していれば見つかってしまう。

 

「イタチ……入らないの?」

 

「ああ、いま、入ろうと思ったところだ」

 

 出迎えは笑顔だった。傷ついていると感じられないほど綺麗な表情に、不安が高まる。

 彼女は取り繕うことが得意だった。

 彼女の本心が見えないことが、なによりも恐ろしかった。

 

「ふふ、じゃあ、きてきて?」

 

 そう言い彼女は手を引いてくる。触れた手と手に、嫌われていないかもしれないという希望を持つ自分がいた。

 理由はわからないが、彼女は上機嫌なように見えた。

 

 ダイニングに連れられて行けば、彼女の『影分身』が食事を用意していた。

 澄まし汁に、鯛の刺身、菜の葉のおひたし、赤飯……。

 

 いつもとは様相が違った。

 

「ミズナ……。どうしたんだ? いったい……」

 

「お祝いよ……? ねぇ、私は今日を二人の記念日にしたいの……」

 

 ねだるように彼女は言った。

 理解するまでに時間がかかる。確か、あのときはすでに零時はまわっていた。

 

「なんのお祝いだ……」

 

「そりゃ、二人の()()()()の……。もしかして、イタチは違ったりする……?」

 

「いや……。そんなことはない」

 

 異性に対するあれほどにも堪え難い類いの情念が湧いたのは、あのときが初めてだった。本当に()()()()だった。

 少しばかり前までは、自分が体験するとは夢にも見ず、どこか遠い未来のことのように感じていた。

 彼女を想う度にフラッシュバックが起こってしまう。これから、あれほどの欲に付き合っていかなければならないと思うと気が重くてしかたがない。

 

「ふふ……イタチはモテてたでしょ? 純情なんだね」

 

「お前は……。ずっと家にいたからな……」

 

 忍者学校(アカデミー)では、彼女は誰かに常に囲まれていた。

 間違いなく人気者で、彼女は誰からも好かれていた。

 

 家事が彼女を縛ってしまい、出会いの機会を奪っている。

 彼女の人生の大切な時間がそこに費やされていることは事実だった。彼女は()()()である時間を全てなくしたに等しい。シスイが言いたかったことは、そういうことだったのだろう。

 

「ああ、それと、今度、お墓参りに行かなくちゃだね……。()()()()()()()()に、ちゃんと報告しないと……私たちのこと……。ちゃんと大人になったって……」

 

「…………」

 

 手を出したことは許されるべきことではない。

 少なくとも、母はまだ願ってはいなかった。自身に発露する生理的な欲求を甘く見ていたことが敗因だろう。

 

「そ、だから、イタチ……早く食べちゃいましょ? ね」

 

「……お前も、一緒に食べるのか?」

 

 彼女は隣の席に座った。

 最近は、夕食までに帰れないことが多い。そういうとき、彼女にはサスケを優先してもらっていた。

 

「ええ、そう。私たち二人のお祝いだからねっ。サスケにはちょっと悪かったけど……」

 

「サスケはどうした?」

 

「毎日頑張ってるんだよ? もう修行で疲れて寝ちゃったの……」

 

 ――だから、問題ないよ?

 

「そうか……。頑張ってるんだな……あいつも」

 

 最後の言葉は意図的に無視をする。

 彼女が気を遣ってくれていることはわかった。

 もしかしたら、また、昨夜のようになってしまうと彼女は踏んでいるのかもしれない。ああ、もちろん、彼女を傷つけたくはない。

 

「あ……そうだった」

 

 不意に、彼女は自分の箸を持ち、おひたしに手をつける。そして、自分の口に入れ、咀嚼する。

 

 そして、一つ頷くと、もう一度、箸でおひたしをつまんだ。

 

「ねえ、イタチ……これはどう? よくできたと思うんだけど……」

 

 そっと、彼女は、こちらの口もとに箸を運んでくる。昔から二人きりのときは、遠慮がなかった。

 

 こちらの箸で受け取るわけにもいかない。だから、口を開けて受け入れるしかない。

 彼女が口をつけた箸だった。

 

「ああ、いい味だ」

 

 味よりも先に、脳が別のことに反応した。そのせいで正確な料理の味はわからなかったが、この感想はきっと間違いでない。

 

「私ね。ふふ、このお野菜、好きなんだ……。だからね、好きなときに、好きなだけ食べていいんだよ?」

 

 ――せっかちだね。もうイタチは〝いただきます〟の前に食べちゃったけど……。

 

「ミズナ……」

 

 彼女は楽しそうに笑って、また彼女自身の口にその菜の葉を放り込んでいた。

 決して笑えるようなことではなかった。

 

「別に構わないんだよ? 熱烈で……良いと思う」

 

 彼女は頬を上気させていた。彼女の目的がなにかはわからなかった。

 

 とにかく、食事の前の挨拶をして、食事に手をつける。

 隣にいる彼女のせいか、味わってる余裕はなく、とにかく早く終わらせたかった。

 

 そんな中、彼女は思い出したように言う。

 

「そうだ、イタチ……。昨日、公園で言おうとしてたことって、なにぃ? 私……気になるんだけど、ねぇねぇ」

 

 そう尋ねてくる彼女はどこか白々しかった。

 彼女に言うべきことはなにか、勘案する。

 

「あれは、もういいんだ……」

 

 自分には、もうそんな資格があるとは思えなかった。彼女のことを選び切れず、それなのに傷付けてしまったという後悔に襲われる。

 

「イタチの……バカ! もういいわ……。はあ……なんなのよ……もう!」

 

 彼女の怒りはもっともだった。

 だが、あのときとは状況がもう違った。あのときの希望は叶えられるべきではなく、自らは罵られるべきだった。

 

「ミズナ……。美味しかった。いつもありがとうな」

 

 ちょうどそのとき食べ終わった。

 食事の後の挨拶をして、立ち去ろうとする。

 

 だが、離れる前に手を彼女に掴まれた。

 

「ねぇ、イタチ……お風呂一緒に入らない?」

 

「……駄目だ」

 

 冷静なまま何もなく、風呂から上がれるとは思えない。

 

 ミズナとはあれきりにしたかった。

 この家に、そして、うちはイタチに縛られない人生を送らせたい。

 自分よりも、彼女のことを第一に考えて行動できる相手と一緒になった方が幸せだろう。彼女なら簡単に見つけられるはずだ。

 

「あのね、イタチ。私ね、昨日のことを思い出すとフワッとして、まわりがよくわからなくなっちゃうんだ……」

 

「…………」

 

「だから……前みたいに滑って転んで、今度は死んじゃうかもよ?」

 

 ――イタチはどうする?

 

 彼女が与える選択肢は苛烈だった。

 風呂に入らなければいいと、思いもした。だが、そうすれば、いま以上の無理難題を彼女は考えてしまうのだろうことは予想がつく。

 

「わかった。お前の安全のためだ。しかたがない」

 

 強い自制心を持てば良いだけの話だった。

 

 

 ***

 

 

 南賀ノ神社、境内。

 

 地面から、棘のついたアロエの葉のような何かが生える。食虫植物のように葉のような何かを開いて、中には右半身が黒、左半身が白の男が地面と同化したまま、上半身だけを月の光のもとにさらす。

 

「あれれ、マダラ……。ずいぶんとかかっちゃってるみたいだけど?」

 

 動いているのは白い半身の口だけだ。

 

 相対するのはグルグルと渦を巻いた仮面をした男であった。渦の中心には穴が開き、その写輪眼を覗かせている。

 

「予定外のことが多くてな……。クーデターは()めだ」

 

「意外ダナ、時間ト労力ヲカケタハズダガ」

 

 黒い方の口が動く。

 そのセリフに、仮面の男は鼻を鳴らした。

 

「ふん、もっと面白いものが見られそうだということだ。後は時を待つだけ、と言ったところか……」

 

()()()()()()ノコトカ?」

 

 うちは一族きっての天才の名が上がる。

 感慨を持って、仮面の男は強く頷いた。

 

「そうだ。あいつはオレと似ているからな……」

 

「あれれ? 木ノ葉にいた時、マダラはあんまり優秀じゃなかったって、話じゃなかった?」

 

 叩かれる軽口に瞑目し、仮面の男は首を振った。

 

「能力の話をしているのではない。在り方の話だ。それにアイツは特別だろう?」

 

「確カニ()()()モ木ノ葉ニイル時ハ、火影ヲ目指シテイタナ」

 

「昔の話だ……」

 

 木ノ葉には伝承として、うちはマダラと初代火影――( )千手柱間が火影の座を賭け争ったと言い伝えられていた。

 

「それで、マダラ……イタチをどうするってわけ?」

 

「もう少しだ。少し背を押せば、こちら側に引き入れられる。クーデターより、そちらの方が価値があるとは思わないか?」

 

「フガクガ死ニ、シスイガ死ニ、うちは一族ニハ戦力ニナル忍モホトンドイナイカ……」

 

「そうだ。雑魚ばかりの一族の味方をしても、何も面白くはないからな……」

 

 ――クーデターが成功するとは思えん。

 

 今が引き際であると判断をつけたようだった。

 計画を崩されたはずだが、仮面の男はどこか愉快そうな調子であった。

 

「それじゃあ、行くけど……。あんまり時間をかけ過ぎないようにね」

 

「……成功ヲ祈ル」

 

「ああ……」

 

 白と黒の男は同化するように地面へと消えて行った。

 一人、仮面の男が残される。

 

「……リン」

 

 空へと虚しく声が溶けていく。

 男の姿は、その名前の人物の、面影を追っているようにも見えた。

 

「次は……うちはミズナか……」

 

 

 ***

 

 

「おはよう、イタチ」

 

 私の隣にはイタチがいた。

 素晴らしいことだった。

 

 浴場で私たちの二回目が、部屋に連れ込まれ三回目が、イタチは私に好き放題をしてくれた。

 二回目にはそれがどうしようもない依存性のある行為であるのだと理解できた。三回目にはもう()められないくらい二人の触れ合いが私たちに快感を与えてくれるのだと気付けた。

 

 今までイタチにされてきたこと()()が、気持ち良いのだとわかった。

 だって、この快楽を知ってしまったんだ。もう私にはイタチが必要不可欠だった。でなければ、生きていけない。狂ってしまう。

 

 そして、イタチにとってもそれは同じだと確信できた。

 

「ああ……ミズナ」

 

 強くイタチは私のことを抱きしめた。

 気持ちよくてたまらない。頭の中が真っ白になる。

 

 大人っていうのはズルい。子供を作るついでに、こんなに気持ち良いのを味わえるんだから。

 

 世界にまるで二人しかいないような錯覚に陥る。イタチは私のことだけを見てくれている。感じてくれている。

 

 一生懸命になって誘惑すると、イタチは望むようにしてくれてしまう。どうしようもなく、それが楽しい。

 

 心理的な高揚感に、精神的な充足感、肉体的な超越感が、とめどなくあふれてタガを外す。

 

「幸せ……もう……っ。はぁ……」

 

 四回目は今日の朝だった。



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友情、経過、忍として

 なんてことなく時は巡り、また、年度の始まりが来た。

 サスケは忍者学校(アカデミー)の主席を二年連続で守り抜いた。

 とてもすごいことだった。

 

 フガクさんとミコトさんがいなくなってからだけど、サスケは私たちになるたけ頼らないようにしているように思える。私やイタチに修行をねだることも少なくなった。

 私たちの手から離れていくようで、頼もしさもあるが、やっぱり寂しかった。

 

 そんな日々を過ごしていたが、今日は珍しくも来客があった。

 

「さっ、入って……?」

 

「……うん」

 

 忍者学校(アカデミー)で同学年であるイズミちゃんだ。ばったり会ったから、捕まえてきた。

 私が無理やり引っ張ってきたせいで、まだ動揺が抜けきらないのか、挙動不審ぎみに私たちの家の中を見回していた。

 

 客間まで案内をする。

 今まで大して使われなかった部屋だ。毎日綺麗にしてきた私の努力も報われるというものだろう。

 

 とりあえず、用済みだから今まで買い物に出かけていた私には消えてもらう。台所の私にはお茶でも用意してもらおう。

 相手をするのは家に居た本体の私である。

 

「『影分身』……」

 

「そっ、家事に便利だよ。掃除に炊事に洗濯に。手っ取り早く終わらせられるからねっ」

 

「う、うん……」

 

 なんだか感触が悪かった。

 長いこと、家の仕事ばかりをやっていたから、世間ズレしてるかもしれない。

 

 そういえば、イズミちゃんと会ったら、言いたいことがあったのだ。

 

「それにしても聞いたよ? 忍者学校(アカデミー)を一年早く卒業したって。すごいよ……! おめでとう!」

 

「えっ……それは追いつきたい人がいたからで……。それに、ミズナちゃんは、忍者学校(アカデミー)をさっさと一年で卒業して行ったじゃん」

 

 なんだか、そう言われると抜け駆けをして行ったみたいで申し訳ない気分が湧く。

 そんなんじゃないんだけど。

 

「あれはお情けだって……。文字が読めないし、授業に支障があるから……」

 

「知ってるけど……退学じゃなくて卒業だよ? 実際、イタチくんと、同じくらいの実力があったわけだし……」

 

「結局……イタチには一回も勝てなかったんだけどね」

 

 今も私はイタチに屈服している。それでも私は幸せだからいいんだもん。

 

「そういえば、イタチくん……最近……。大丈夫……?」

 

「え? なにが?」

 

 別にイタチの様子といっても、変わったところは思いつかない。

 私に目一杯、甘えさせてくれるし、帰って来ても元気だ。私も元気だ。

 あと、帰りが遅いことは、いつものことだし。

 

「すごく、追い詰められてるみたいな気がするんだけど……」

 

 切っ掛けは、シスイのヤツが本当に死んでしまったあの件だろう。イタチは私になにも言っていなかったけど。

 

「大丈夫、大丈夫。イタチなら、なんとかする。だって、あのイタチだよ? ……それに、私もいるから」

 

 シスイのヤツを殺したのはイタチだった。それは、私の耳にも入ってくる。認めたくはないが、うちはシスイはイタチと親しかった。

 大方、親しい友を殺めたそのストレスを解消するため、私を襲ったということだろう。

 おかげで私は良い思いができた、というわけだ。

 

 だから、私がいる限り、イタチがストレスで潰れることはないと思う。

 便利に使われて嬉しかった。

 

「ミズナちゃん……」

 

 なにかイズミちゃんは言いたげだった。

 言葉を飲み込んだのは確かだった。

 

「どうしたの?」

 

「やっぱり、ミズナちゃんはすごいんだね……」

 

 なんの脈絡からかはわからなかった。

 諦めるようにして私を褒め称えたイズミちゃんに、どうしてか(ゆが)んだなにかを感じずにはいられない。

 

「イズミ……ちゃん?」

 

「ううん。なんでもない」

 

「……そうなんだ」

 

 そんなふうに言われてしまうと、これ以上の言及のしようがない。

 けれど、その疑問はすぐに解消されるように思えた。

 

 ちょうど、『影分身』の私がお茶を運んで来る。

 

「粗茶ですが……」

 

「あ、ありがと……。……ミズナちゃんは、飲まないの?」

 

「私はいいかな。喉、乾いてないし……」

 

 イズミちゃんはじっと私のことを見つめてきた。

 なにかを訝しむような目付きだった。

 私は話を変えたくなった。

 

「そうだ……イズミちゃん。任務はどんな調子?」

 

「ん……うん。下忍の任務なんだけど、雑用みたいな仕事ばっかりなんだよ」

 

「……へぇ」

 

 Eランク任務がどんなものか、話には聞いたことがあった。

 お金に余裕があったら、頼んでみるのも良いかもしれない。サスケが下忍になったら……。

 ふふ、なんだか変な気分になる。

 

「こんなので、中忍になれるのかなぁ……」

 

「大丈夫だよ……! イズミちゃんなら」

 

「そう……? 私も早く、中忍になりたいんだ。イタチくんはもう上忍だし」

 

「…………」

 

 なにかがおかしい気がした。イズミちゃんは私の反応をチラチラとうかがっている。

 どういう意図があるのだろうかと、変に私は勘繰ってしまった。

 

「ねえ、ミズナちゃん。お手洗い、借りられる?」

 

「あ、それなら、あっちだよ」

 

「ありがとう」

 

 そして、イズミちゃんは席を外れる。

 お茶がもう空っぽだった。トイレに行きたくなるのも仕方がないだろう。

 

 気を取り直すなら今のうちだ。

 もしかしたら、互いに昔のままではないのかもしれないけど、私は友達を大切にしたかった。

 

 心を落ち着かせて、私は待った。暴れだしそうな醜い感情を抑えながら、彼女のことを待った。すごく待った。

 

「来ない……ッ!」

 

 時間のかかる方だったのか、それにしても遅かった。

 まさか、迷っているのかと思い、感知範囲を広げてみる。

 

「居た……。って、そこ……」

 

 全くトイレとは関係がない部屋にいた。

 私は急ぎながら、足音を立てないようにその部屋に向かう。

 それほど広い家でもないから、すぐに着いた。

 

 よほど熱中しているのか、彼女は私には気づかない様子だった。

 忍び足で、私はイズミちゃんの肩に、そっと後ろから手をかける。

 

「ねぇ、なにしてるの?」

 

「ひゃ……っ」

 

 あまりに驚いたのか、イズミちゃんは近くにあったゴミ箱を蹴り倒してしまう。中に入っていたものが床に散乱する。

 ここはイタチの部屋だった。

 

「ねぇ、イズミちゃん……」

 

「ミズナちゃん。イタチくんのこと、好きでしょ? ねぇ、どんなところが好き?」

 

 混乱をしながらも、私は会話する気力を保っていた。

 私たちの()()部屋に無断で立ち入られたという事実が、私に〝許せない〟という感情を込み上げさせる。

 

 なんとか飲み込み、質問に答える。

 

「すごいのよ? イタチは……。最初に会ったときから、私には手にも届きそうもない目標を掲げてて、そのために、ずっと頑張って……。だから、私は……その支えになりたかった……。それだけだった……」

 

 今の私は、どうだろうか。

 よくわからない感情に支配されてしまっている。私のささやかな幸せを守るために、イタチを巻き込んでしまっているようでならなかった。

 イタチを巻き込んではならないとはわかっている。

 

「あのね、ミズナちゃん……私、イタチくんのことが好きなんだ……」

 

 どうしたらいいかわからなかった。その発言は、私の心をどうしようもなく逆撫でした。

 いや、相手は私の旧友だ。話せばきっと、わかるはず。

 

「そうなんだ。じゃあ、イズミちゃんはイタチのどんなところが好き?」

 

 念のためか、私の『影分身』は手を止めて情報を送ってくれていた。私本体ではなく、『影分身』がそれが必要と判断したようだ。

 これで、私はいつでも戦える。

 

「ええと、強くて、カッコよくて、優秀で……! それに、たまに不器用なところもいじらしくて、それにそれに、優しいところかな――」

 

 倒れたゴミ箱を立て、散らばったゴミを中に戻しながら、頬を赤くし、思い出に浸るように緩んでしまった表情で、イズミちゃんはそう答えた。

 

 ――だからね、私。ミズナちゃんのことも大好きなんだ!

 

 

 私には青天の霹靂だった。

 

 

「どういうこと……」

 

「ミズナちゃんは……私の憧れだったから……。今も……そう……。ミズナちゃんには、敵わないな……」

 

 その言葉には嘘がないように見えた。

 笑顔で言い切った彼女に、なんだか毒気が抜かれてしまう思いだった。

 

「そんなこと、ないと思うけど……」

 

 それが、紛れもなく私の本音だった。

 イタチが、慰めてくれる相手を変えてしまえば、私にはどうしようもなかった。どうしてもそれが怖い。

 イタチの〝夢〟に対して、ちっぽけな私の悩みだ。浅ましく、愚かな私だ。

 

「だって、二人は愛し合ってるんだよね……。毎晩」

 

「毎晩じゃあないもん……!」

 

 〝初めて〟から三ヶ月のあいだは、互いに気持ちを抑えられず、一日に何回も、ということもあった。

 恥ずかしい話、イタチのこと以外を考えられず何も手につかない時期があった。頭の中がピンク一色だった。

 

 だけど、それも昔の話だ。

 二人で話し合って、今は週に一回と決めている。実際は週に五回くらいだけど……。

 

「絶対お似合いだよ! ミズナちゃんに、イタチくん。でも……私と同い年なのに……もう……っ」

 

 今のイズミちゃんは、ラブロマンスの物語に熱をあげる少女さながらだ。

 そのせいか、私は冷静さを取り戻してきた。

 

「ねぇ、イズミちゃん。興味あるの……そういうの?」

 

「……ある……かな」

 

 顔を真っ赤にして、イズミちゃんはそう言った。

 純粋な彼女を、微笑ましく思う私がいた。

 

「ふふ……すごいんだよ? ほんとに……」

 

 自分でも顔が赤くなるのがわかった。

 たぶん、回数で言えば百回は超えてる。それでも飽くことなく、どうしても次を求めてしまう。

 

「ほんとに……?」

 

「子ども作るのって、すごく幸せなの。気持ち良いし……。もう止められないくらいに……」

 

 それはそうと、なかなか当たらなかった。まだ若いのに。

 もしかしたら、私が子供を作りにくい体質なのかもしれない。最近はそうでないことを半ば祈っている状態だった。

 

「そうだ、ミズナちゃん。子ども、産まれたら紹介してほしいな……」

 

 そして、イズミちゃんは私の手を握った。

 

「え、うん……」

 

「きっと、可愛いんだろうなぁ……。どっちに似るかな……?」

 

 どうせ私から産まれるんだから、イタチに似てほしいという思いがある。だって、そっちの方が、私たちの絆を感じられる気がするんだもん。()()()で子どもを作ったという実感が芽生えそうで、想像しただけでも嬉しかった。

 

「ううん……どうかな?」

 

 私に似ていても、イタチは愛してくれるのか。正直なところ不安だった。イタチの愛がなければ、足りないばかりの私は子どもを育てられる自信がない。

 心ばかりに、イタチに育児書を読み聞かせしてもらってるけど、それだけでは自信が付かないのが現状だ。

 

 

「どっちにも似た男の子がいいなぁ……」

 

 

 耳に入ったつぶやきだった。

 

 

「……あげないよ?」

 

 イズミちゃんを信じていないわけではない。でも、ちょっと、危険を感じた。我がごとのようにイズミちゃんは言っていた。

 まだ出来てもいない子どもだけど。

 

 ちなみに私はこの日をもって、イズミちゃんの、私たちの家への出入りを禁止にした。

 当然だ。私は怒っている。

 

 

 ***

 

 

 ミズナのことを手放せないまま、半年という月日が過ぎていた。

 もう、彼女との絆を深める喜びは知ってしまっている。明日には、子どもができる――( )取り返しがつかなくなる可能性もわかっている。

 

 それでいいと思う自分も居た。愛しく、掛け替えのない彼女を、正真正銘に自分のものとして受け入れたいと望んでいた。他の誰のモノにもしたくはなかった。

 だが、彼女を優先しなかった負い目として、告白ができずにいた。終わった後には、〝また〟と、いつも罪悪感に(さいな)まれていた。妊娠をしたせいで、彼女が死んでしまう可能性も、今の年齢では高い。進退が窮まっていた。

 

「うちはイタチよ。どうやら、うちは一族の件。限界のようだな……」

 

 暗部の分隊長として、一族の管理は任されていた。幾たびもダンゾウに、こうして呼ばれている。

 

「…………」

 

 恐怖による支配というのは脆い。

 『万華鏡写輪眼』の威光を傘に着、一族を恐怖で縛り付けたが、限界が見え始めてきていた。

 

「これに関しては、ヒルゼンも同意見であるが……イタチよ? 何か案はないか?」

 

「あと少しは()ちます。その間に、一族の者たちと里が話し合いの機会を持てばいい」

 

 ダンゾウはフッと笑った。

 

「……だが、一族の誰と話し合うと言うのだ? 代表と呼べる者もいないというのに……」

 

 元から、こちらの意見を取り入れる気などなかった様子がうかがえる。

 

 一族には、もはや()()()()がなかった。会合は完全に管理しているため、集団の力はない。個人個人が勝手に里を批判するだけという状況だった。

 

 だが、確実に不満は高まっている。

 これでは、クーデターではなく、暴動が起きる可能性があった。

 

「なら、オレが一族に里との話し合いの成果を持ち帰ればいい……」

 

 一族は割れていた。

 長い者に巻かれる精神で、うちはイタチを支持する者たちが数名。義憤に駆られ、断固として里を許さない者たちが大多数。

 どちらにせよ、反感は買っている。

 後者は手遅れとも考えることもできる。

 

 けれど、諦めてはならない。

 

「では、イタチ……。お前は何を望む?」

 

「暗部と警務部隊との連携強化が最優先事項です」

 

 一族の誇りを(けが)した問題の一つに、警務部隊の役割の縮小というものがあった。

 里の中枢に関われない代わりの大きな権限ではあったが、それも今となっては割に合わない。

 

「それは、暗部の権限を強化するということで良いのだな?」

 

 連携強化というのは、片方がもう片方の領域を侵犯する行為であるとも考えられた。

 

「いえ、飽くまでも、警務部隊と暗部とで事案の受け渡しをスムーズに行うための方策です」

 

 一族が担う警務部隊の解散、里の者たちを主にして再編させるという考えもあった。有名無実と化したのならば手放せばいい。

 ただ、一族の者たちが、古びた権威にこだわり続けていることなど明白で、受け入れられるとは、とうてい思えなかった。

 

「ふん、まあ、いい。なら、暗部から数名を警務部隊に送ろう。ヒルゼンにはワシから話しておく」

 

 それには、一族の監視という役割が入っていることもわかる。この方策を(てい)のいい理由として使うのだろう。

 そして、ダンゾウを介して三代目に伝えられるという点にも胡散臭さが漏れ出ていた。

 

「わかりました……」

 

「して、イタチ……。最悪な場合を想定して、相談があるのだが……?」

 

「最悪……ですか」

 

 ダンゾウは表情を変えなかった。

 どんな場面に陥ろうと、別個に対応できるプランを考えておくというものは、別段とおかしな話ではなかった。

 

「事が始まってからでは、全てが遅い。うちは一族はおそらく全滅となる……。だが、その前なら、うちはサスケだけなら救えない事もない……」

 

 言いたいことはわかった。

 うちはサスケ以外は救えない――( )つまり、うちはイタチが汚名を着て、うちはサスケ以外の一族を全滅させることが得策ということだろう。

 

「そんなことには、させませんよ……」

 

 ダンゾウの策略で、うちはシスイを死に追いやられた。それまではうまくいっているはずだった。そのはずであったが、ダンゾウにより、無為にされてしまったのだ。

 

 これ以上、どうすれば、うちは一族の存続が、うちはシスイの悲願が叶えられるのかわからなかった。

 

「ふん、安心しろ……。うちはミズナの扱いに関しても、こちらで考えてある……」

 

 安心はできない。

 この忍の闇を体現したような男に、ミズナが扱われることなど我慢がならない。

 彼女の進退は、彼女が決めるべきだと思った。願わくは、己の望むカタチで……。

 

「話はそれだけですか?」

 

 これ以上の問答は無用だった。

 ダンゾウの思惑通りに進ませる気はない。悲劇はもう二度と起こさない。

 

「忍というのは感情を圧し殺すものだ。そうは思わないか? うちはイタチよ……」

 

 いまさら、という話だった。だから、こうして何もかもを彼女に捧げることができずに、窮している。

 

「それが……」

 

「今のお前は、迷っているようにも見える……」

 

 見透かされているようだった。

 心地の良い愛に浸かり、決意が鈍っているのかもしれない。

 思い通りに進めることなど、ありはしない。

 

「オレはいつだって、木ノ葉の忍だ」

 

 在り方はいまさら変えられはしない。

 だが、彼女を手放すこともできない。

 二者択一でどっちつかず。彼女をストレスのはけ口として利用しているだけの今を正すことができずにいる。

 

 それでも、どうしようもなく彼女に依存して、彼女に救われるだけの毎日を許すことなどできはしない。

 溜まるストレスの解消の方法は、〝また〟……。悪循環にハマっているのは間違いがない。

 

「期待しているぞ……イタチ……」

 

 彼女のことは、先延ばしになる。

 その前に、一族の件に決着を付けなくてはならない。

 

 どんな結末を迎えようとも、ミズナとサスケの二人を愛していることに変わりはないだろう。



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二人で、思い出、終わり

「ねえ、イタチ。また今日が来たね……」

 

 私たちは順調に年を重ねていた。

 そして、私たちの愛は変わらずに続いている。

 

「一年……か」

 

 察しの良いイタチは、私の口ぶりから、言いたいことを先取りしてくれる。

 そうだ。あの二人の()()()()から、一年が経ったのだ。

 

「うーん。結局、御墓参りにはいかなかったけど……。まあ、またハメを外してお祝いしましょ? 早く帰って来てね……」

 

 最近、私はイタチの部屋でしか寝てなかった。なかなかに乱れた生活だと思う。

 だけど、もう、なにが悪いのか、私は完全に麻痺していた。イタチをギュッとすることで、私の中で全てが正当化された。幸せなのはいいことだ。

 

「お前は……オレ以外を考えたことはあるか?」

 

 不意に来た質問に戸惑った。

 よく意味がわからなかった。

 

「アナタ以外って、なぁに?」

 

 こうして、温もりを分け合っているときは、決まって私の思考は鈍化している。頭にあるのはイタチのことだけだった。

 

「いや……」

 

 なにか、その態度が引っかかる。

 ちょっと私は頭を捻った。

 

「イタチ……浮気してる? 捨てられるの……私」

 

 イタチが私以外と……。考えるだけでも恐ろしかった。捨てられたくなかった。

 

「そんなことはない。こんな気持ちになれるのも、お前とだけなんだ……」

 

 なぜかイタチは苦しそうな表情だった。

 癒してあげたい。私はイタチの頭をナデナデした。

 

「イタチ……私は嬉しいよ?」

 

「ミズナ……お前はオレでもいいのか……?」

 

「アナタじゃなきゃイヤよ……」

 

 ペタペタとイタチの身体を触る。

 イタチの身体はそんなに筋肉質じゃない。必要最低限、といったところだ。チャクラコントロールで筋力の増幅はできるし、あんまり質量を増やすのはよくないからだろう。

 

「オレも――」

 

 言いかけて、イタチはやめた。

 代わりに私を抱き寄せて、私の髪を()いている。

 言いたいことも、言いたくない理由もだいたいわかった。

 

「ねぇ、イタチ……。一つ、私にやってほしいことを決めて?」

 

「お前にか……?」

 

「そう、私は、イタチにやってほしいことを決めるから……。今日はそういう日にしたいの……」

 

 そうやって、私はこの幸せだった一年を振り返りたい。

 本当に夢みたいな日々で、これがこれからも続いていく。そう思うと、私は言葉にならないほど嬉しかった。

 

「もう決めてあるのか?」

 

「ナイショ……」

 

 ふふ、と私は笑った。

 心の底から楽しい日だった。どんな反応をイタチがするのか、楽しみでならなかった。

 

 そういえば、今日は満月らしい。

 

 

 ***

 

 

「ねぇ、兄さん……」

 

 玄関。ちょうど、今日の任務に出るところだった。

 

「どうした、サスケ?」

 

「聞いたよ? 姉さんから。今日、早く帰って来るって……。だから、久しぶりに修行を見てほしいって、思ったんだ……」

 

 早期の帰宅がミズナによって、決定事項のように扱われていることから苦笑いがこぼれた。

 

 思えば、父と母がいなくなり、サスケはおとなしくなっていた。兄と姉の関係を気遣っているのか、こうして修行をねだることも久しぶりになる。

 

「サスケ……。最近、オレたちに遠慮してるんじゃないか?」

 

「だって、兄さんと姉さん……イチャイチャしてるし……」

 

「……そうか?」

 

 夜を除いて、ミズナとのスキンシップの多さは変わっていないはずだった。サスケの前で、二人の進歩した関係を連想させるような触れ合いは極力避けていたはずだった。

 

「いやさ、笑い合ったり、抱き合ったり、昔からオレの前でもお構いなしでしょ……?」

 

「……そうか」

 

 変わっていないことが問題だった。

 思えば、サスケが遠慮しだしたときは、ミズナとの関係を持つ前だった。

 

「まあ、それはいいけど……。修行は見てくれるの?」

 

 ミズナから早く帰って来ると聞いたということは、彼女もサスケのことが気になり、こうなるようサスケを導いたのだろう。

 

「ああ、もちろんだ。それと、姉さんも、連れて行って構わないか?」

 

「兄さんは……本当に姉さんが好きなんだね……」

 

 呆れたようにサスケにはそう言われるが、動機が違う。

 己の独力では決して敵わない部分が彼女にはある。自身に欠けたものを彼女に補ってもらうという意味で、彼女の同行を求めたわけだった。

 そちらの方が、サスケの修行も効率よくみられる。

 

「サスケ、オレたちとの修行はいいが、最近、忍者学校(アカデミー)はどうなんだ?」

 

「別に……。退屈だよ……? オレはいつも一番だし……」

 

「退屈か……。オレが忍者学校(アカデミー)の頃は、よく姉さんと競いあっていたものだ。お前にそういう相手はいないのか……?」

 

 そんな言葉に、サスケは首を捻った。

 

「言っただろ、一番だって。いいよ、そういう惚気話は……。兄さんは良いよね、姉さんがいて」

 

 少し羨ましげにサスケは見つめてくる。

 そんな姿に微笑ましさを感じながら、ふと、あの公園で出会ってしまった少年を思い出した。

 もし、あのとき出会わなければ、今は……。いや、考えていても仕方がない。

 

「ナルトは、どうだ?」

 

 サスケは気の抜けたような表情をした。

 

「兄さん。ナルトは女の子じゃ、ないよ?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 ライバルがいるか、という意味できいたのだが、サスケは違った意味で受け取ってしまったらしい。

 こうしておかしな食い違いが生じてしまった。

 

「でも、聞いてよ兄さん。あいつ、ことあるごとに突っかかって来くるんだ……大した実力もないのに」

 

 公園では、あの少年を確かミズナが焚きつけていた。

 サスケの修行をする姿を見せたことで、あの少年にも変化が起きたかもしれない。

 

「サスケ。案外、早く、追いつかれるかもしれないな……」

 

「えー……。でも、あの、ナルトだよ?」

 

 ライバルができるというのはサスケにとってもプラスに働く。ミズナは、あの少年に手を差し伸べると共に、この効果を狙っていたのかもしれない。

 

「そうやって、うかうかしてると、もう、すぐに追い抜かれるぞ……?」

 

 サスケへと微笑みかける。

 

「わかった。オレ、頑張るよ」

 

「ああ、そうするんだ」

 

 それが、サスケが退屈だと言った忍者学校(アカデミー)生活の励みになってくれたらいい。

 

 靴を履き、立ち上がった。ちょうど話の区切りがよかった。

 

「そうだ、兄さん……」

 

 なにかを思い出したのか、サスケは言った。

 

「今度はどうした……?」

 

「姉さん、兄さんがちゃんと愛してくれてないんじゃないかって、不安がってたよ……? そんなはずないのに」

 

 悪いのは自身であるとわかる。

 未だに、一年という月日が流れたというのに、伝えられていない想いがあった。伝えなければならない想いがあった。

 

「サスケ。姉さんに、オレが愛している女はお前だけだと伝えておいてくれ。これから先もずっと、とな」

 

「えぇ……。そういうことは自分で言いなよ……」

 

 少し、サスケはスネたようだった。

 

「それもそうだな……」

 

「うん、そうしなよ」

 

 彼女との関係の全てを清算するにはちょうどいい機会だった。

 後悔し、抜け出せず、ここまで来てしまっていた。一定の結論と、踏ん切りはつけるべきだろう。

 

 彼女はいつも笑っていた。だから、彼女の優しさに甘えられる。

 何度となくミズナと通じ合った。得られる充実感は代えられるものではない。積み重ねてきた信頼感の問題か、どんなに悶々としたものを抱えていようが、彼女以外では昂らない。

 

 いい加減に潮時だった。

 彼女を最優先にしなくとも、彼女を幸せにする覚悟を決めればいい。独りよがりだが、なにも自分は失いたくなかった。

 

 根底にある(こころざし)にはわずかに及ばないまでも、同等と呼べるほど、ミズナの存在は大きかった。

 

「それじゃあ、サスケ」

 

「うん、兄さん。気をつけてね」

 

「ああ」

 

 ――いってきます。

 そう言って、家を出た。

 

 心がいつもより軽く感じられた。

 

 

 ***

 

 

「サスケ……ごめん。ちょっと、イタチに用があるの……」

 

 サスケと修行の約束をしていたはずだった。

 帰って来たら一番に飛び出して来たサスケを制して、彼女は言った。

 

「え……どうしたの? 姉さん」

 

「ごめん。本当に大切な話なの……今日は修行、できそうにないかもしれない……。ごめん、私の一存で……」

 

「……仕方ないな……姉さんは。兄さんは、それでいいの?」

 

 少し呆れたように、サスケはこちらとミズナを交互にみやった。

 

 手招きをして、サスケを呼び寄せる。いつものように、サスケはこちらに駆け寄ってくる。

 

 向かってくる額に対して指を置いた。

 

「すまない、サスケ。また、今度だ」

 

 イテッ、とサスケは小突かれた額を抑える。いつもやるよね、それ、とサスケはどこか満足そうに不平をもらして離れていった。

 

「イタチ……」

 

「どうしたんだ、ミズナ……?」

 

 彼女のタダならない様子に、一族で何かが起きたのかもしれないと憂慮した。

 里を離れる任務を受けていたため、一族の監視は今日は十分ではなかった。

 

 彼女は近づき、いつものように抱きしめるかたちで密着する。そして、耳もとで囁く。

 

「『写輪眼』で、私のこと、見て?」

 

 躊躇はしなかった。

 すぐさまにそれを実行に移す。

 

「『影分身』……」

 

「そう、本体は南賀ノ神社、その一族の集会場にいる」

 

「どういうことだ……」

 

 彼女がそこに行くということは、ほとんどなかった。行く意味がないのだから。

 記念日と、彼女は言った。だから、なにかサプライズとして驚かせるものでも用意している。それならば、なにも問題はないのだろう。

 

「ごめんね、イタチ」

 

 彼女は謝っていた。

 謝ってなどほしくはなかった。

 

「……ミズナ」

 

「ねぇ、イタチ……。今まで話せなかったこと、いっぱい話そう? まだ、時間はあるから」

 

「…………」

 

 ある推測が頭をよぎった。

 否定をしようとするが、できはしない。どうしても、付いて回る。

 

「じゃあイタチ、どこから話す?」

 

 

 ***

 

 

 足取りは重い。

 

 南賀ノ神社、一族秘密の集会場。

 その中には、一族の中忍、ないしは上忍が、一族の中でも一握りの忍が集まっていた。

 

「待っていたぞ、うちはイタチ……お前が――( )

 

 その中の一人がなにかを言っている。それに意味がないことくらいはわかる。

 大切なものはもっと、別にあった。

 

 気分が重い。

 まるで断頭台の下に歩いて向かわされているかのようだった。

 

 『写輪眼』の幻術は、目を合わせなければ発動しない。『写輪眼』にかまけ、通常の幻術を修練する者がいなかったからこそ、幻術にはかけられず、無造作に手足を縄で縛られていた。警戒の仕方が雑で、口は自由に動かせるようだった。

 

 甘かった。ささいな一族の動向も見逃してはいないと驕っていた。事前にダンゾウの提案を受け入れておけば、少なくとも、こうはならなかった。

 

 まっすぐに、彼女だけを見つめる。

 そこには、うちは一族の忍たちに囚われた、うちはミズナがいた。

 

 どう『写輪眼』で確認しようが、彼女は『影分身』ではなかった。

 まだ、現実を受け入れきれていない自分がいることがわかる。

 

 もし、彼女だけなら、一族の上忍たちからも、逃げられたに違いなかった。

 だが、彼女には守るものがあった。

 サスケの安全を保障してもらうために、自らの身を差し出したという。それは(とうと)い行為だった。

 

 こちらを向くと、彼女は顔に安堵を浮かべる。やつれているようにも見えたが、彼女は優しく微笑んでいた。

 

 ここに来る前、彼女の『影分身』と、抱き合いながら語ったことを思い出される。

 

 話をした。彼女との思い出だった。

 

 

 ――初めて会ったとき、私はアナタのことをスゴイって思ったんだよ?

 

 ――オレはお前のことを尊敬した。

 

 ――お前が初めて『写輪眼』を見せたとき、ああ、不謹慎だが、あのときお前に嫉妬を覚えたんだ。

 

 ――そうなの? 私はあなたにお持ち帰りされて、楽しかったかな。

 

 ――忍者学校(アカデミー)のとき、アナタは変わらずに、みんなの前でも強くて頭も良くてカッコ良かったよ?

 

 ――いつも皆に囲まれている。お前はオレの憧れだった。

 

 ――お前の家でのあの事件で、お前の存在の大きさを知ったんだ。失いたくはなかった。

 

 ――アナタの家族になれたことが、私の最高の幸運だったわ。

 

 ――家族みんなでの生活は嬉しかったし、アナタが中忍になったときは、我がごとのように喜べたの。

 

 ――お前たちを観客席で見つけ、驚いたさ。だが、励みにもなった。

 

 ――お前が最初に演習に出かけたとき、休日だったが、休めたものではなかった。

 

 ――私はアナタの役に立ちたかった。それだけだったの。

 

 ――アナタって、本当に強いのよね。私の自信たっぷりの新術も効かなかったし。

 

 ――強くなるお前に、身が引き締まる思いだった。

 

 ――お前の最優先でいられて、本当に救われたさ。

 

 ――当たり前じゃない。いつだって、私はアナタのモノよ?

 

 ――だから、私は嬉しかったの。身も心も、アナタのモノになれたから。

 

 ――オレはお前に惨いことをしたと思っている。後悔もした。手放そうとも考えた。だが、お前はオレの唯一無二の掛け替えのない存在だった。

 

 ――愛してる。

 

 ――……っ!? 私も……。

 

 

 思い出が零れ落ちていくとわかった。

 

 

 ――さよなら。

 

 

 彼女の口が、そう動いた。

 

 

 ――行かないでくれ。

 

 

 願いはそれだけだった。

 

 

 ――お前は、そんなことをしなくてもいい……。

 

 ――いいえ、アナタの足手纏いにはならないわ。

 

 

 これが、彼女の選んだ結末だった。

 

「――こちらには人質がいる! その、『万華鏡写輪眼』があれば、クーデターは成功する……! 我らが誇り高き一族は再び栄光を取り戻すことが……」

 

 力なく、彼女は床に伏してしまう。世界から、色が消えていくようだった。

 彼女を愛した日々は、こんなにも呆気なく終わりを迎えてしまう。

 

 チャクラの流れが完全に止まっていた。うちはミズナは死んだ。愛した彼女は死んでしまった。

 

「聞いているのか……!」

 

「…………」

 

 答える気力も湧きはしない。

 興味があるのは一族という肩書きと、自らのことのみなのか、ミズナの状態の変化に気づいてはいない。

 同調する他の者たちもやはり、変わらない。

 

 チャクラが瞳へと流れていく。

 シスイを殺したときか、それ以上に禍々しく荒れ狂うチャクラのような、だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 『万華鏡写輪眼』が、意図せずに発動したことがわかった。チャクラが右眼に収斂していくことがわかった。

 使い方は、本能的に理解できた。

 

「うちはイタチ……っ!! この女がどうなっても……なっ?」

 

 ここでようやく事態のおかしさに気がついたようだった。もはや救いようがない。

 確かめようと、その男は倒れたミズナに駆け寄った。

 

「ミズナに、その手で触れるな……」

 

 黒い炎が広がる。

 

 ――『天照』。

 右眼に宿った『万華鏡写輪眼』の瞳術だった。

 焦点を合わせた場所から発火する、消えない黒い炎だ。

 禍々しい黒炎(こくえん)に焼かれ、うちはミズナに近寄った男はあえなく倒れてもんどり打つ。

 

「うが……ぐあ……」

 

「人質を取っておきながら、どこが誇り高き一族だ? お前たちは、あいつの、ミズナの覚悟を甘く見た。それが敗因だ」

 

 サスケを理由に人質になった彼女だ。

 うちはイタチを信頼して、その命を手放したのだろう。

 

「ひっ……」

 

 恐怖が伝播する。

 怯えて外に飛び出そうとする者もいた。

 誰一人として逃すつもりはなかった。

 

 なぜ、もっと早くこうしなかったのか。彼女との甘い生活に未練を残していたからだった。

 

 そして、世界は黒炎に包まれる。

 

 

 ***

 

 

 轟々と黒い炎が燃え盛る中、彼女のことを胸に抱いた。

 いつも感じていた温もりが嘘のように、今は冷たい。

 

「ミズナ、ああ、よく眠っているな」

 

 もう目を覚まさないことはわかっている。

 今でも、信じられず、受け入れ難い。

 

 復讐は淡々としていた。

 相手を殺そうとしている間は、なにも考えることなく済んだ。だが、終え、いざ、彼女の亡骸と向き合い、途方もない虚しさが込み上げてきた。

 

 復讐が虚しいのではない。復讐を終えたとき先延ばしにしていた虚しさが襲って来るのだろう。

 目の前に突きつけられて、それでも現実には向き合いきれない。

 恋しくてたまらず、抱き締め続けていた。いつまでも、いつまでも抱き締めていたかった。

 

 死人を生き返らせる方法は――( )

 

 伝承があり、術がある。そんな取り留めのない考えに頭が支配されていることがわかった。

 そのためには、遺体は綺麗に安置しておくことが決まって有利だった。

 

「……うちはイタチ」

 

 自らと彼女しかいないはずのこの空間で、第三者の声がした。

 聞きなれない。いや、一度聞いたことがあった。

 

「お前は……」

 

 黒い炎が燃え盛る中、()()()()()ように間を通り、現れたのは渦を巻いた仮面をした男だった。

 

 見覚えはある。

 最初に組まれた班が解散した原因でもある事件のときだろう。その犯人で、班員だった出雲テンマを殺した張本人で間違いがない。

 

「オレと組む気はないか……?」

 

 そう言い出され、困惑する。

 彼女の顔を一度見つめた。服毒死だったのか、外傷は見当たらない。待っていればまた、目覚めてくれそうなほど、だが、この冷たさがそれを否定する。

 

「そんなつもりはない……」

 

「うちはイタチ……お前にだけは、オレたちの本当の目的を話そうか。オレたちが目指しているのは真の平和だ。〝夢の世界〟だ」

 

「真の平和……。〝夢の世界〟……だと?」

 

 その夢という単語が、果たしてなにを示しているのか。届かない目的のことか、あるいは――( )

 

「ああ、そうさ。お前の『万華鏡写輪眼』の片方は、確か『月読』だったよな?」

 

「さあ、どうだったかな」

 

 情報は渡っていた。

 トボけてはみたものの、確信している相手には、ほとんど意味がないことだろう。

 

 『月読』というのは、相手を自らの精神世界に引きずり込む幻術だった。

 

「ふん、まあいい。全人類を、その幻術の世界にハメる。皆を、心地の良い〝夢の世界〟に浸らせるのさ。術の名は『無限月読』……。それが、オレたちの目指す平和だ」

 

「全人類を『月読』に……? ……そんなことが……」

 

「もっとも、一尾から九尾のチャクラを回収する必要があるがな……」

 

 膨大な尾獣のチャクラを使えば或いは……。

 だが、この忍界は初代火影の時代に各里に分配された尾獣バランスのもとに成り立っている節があった。

 

 その目的に向かうためには、多すぎる犠牲を払う必要がある。

 

「だが、うまく行ったとしてだ。それが、本当に真の平和と言えるとは……」

 

「六道仙人もそう示している。〝夢の世界〟へ――( )そこの石碑に書いてあることだ。まあ、お前の瞳力では、まだ読めないだろうがな」

 

「……六道仙人が……か?」

 

 にわかには信じがたい。

 果たして、忍の祖と呼ばれる存在が本当にそれを望んだのだろうか。どこかでねじ曲げられた可能性も。

 

 『写輪眼』が強化されていく度に、この石碑の先が読める。

 原理としては、『写輪眼』の洞察力で法則性を見抜いているというだけだ。

 

 先にその特別な『眼』を持つ者がいたらどうか。

 あるいは、もし仮に、特別な『眼』を持たずとも法則性を理解できる者がいればどうか。石碑は書き換えることができる。

 

「そうさ、『無限月読』こそが、唯一の救いの道だ。お前のことはオレにはよくわかる。世界に平和を求め、そして、その女が、うちはミズナこそがこの世界の唯一の光明だった。『無限月読』さえ成れば、また、うちはミズナの居る世界で過ごすことさえできる」

 

 仮面の男は手を差し出した。

 もう一度、彼女の居る世界に。こんな悲劇が起こらない世界に。どうしようもなく魅惑的な提案だった。

 

「お前は、うちはマダラなのか……?」

 

 それは過去の人物だった。伝承により語り継がれる最強の()()()の男、そして、里を抜けた記録のある唯一の()()()だった。

 

「ふっ……。そうだ。オレこそが、うちはマダラだ」

 

「なら、その石碑を読んだのは誰だ?」

 

 六道仙人は、伝説の瞳術――( )『輪廻眼』をもっていたという。

 その六道仙人が石碑を記したのならば、『写輪眼』の行き着くところはおそらく――( )

 

「……オレ、と言っても、納得はしないようだな」

 

「その『眼』を『輪廻眼』に変えられるのなら話は別だがな」

 

 無論、そうでない可能性も考えられた。

 だが、否定はされなかった。つまり、そういうことなのだろう。

 

「少し話しすぎたな。それにしても、厄介な男だ……。いいだろう。オレも素顔を晒そう」

 

 男は自らの仮面に手をかける。

 黒い炎が、その顔を照らす。

 

「お前は……」

 

「オレは何者でもない。何者でもいたくないのさ……。ああ、石碑の内容は、()()()()()()()()から聞いたことだ」

 

 うちは一族の者で、里外での戦死者。時は第三次忍界大戦にまで遡る。その男の境遇は、一族の中でも話題に挙がることがあった。

 

「本物は……まだ、生きているのか……?」

 

「いいや、とっくにくたばったさ。オレが後を引き継ぐ形になった」

 

 見極める必要があった。

 この男が信用に足るかどうか……。

 

「なぜ、お前はその、うちはマダラの計画を引き継いだ?」

 

「お前はオレに似ている……。そう言っただろう?」

 

 そして、男の視線は、もう息をしていない少女へと向けられる。

 男は平和を目指しているとも言った。そう、だからこそ、この男を理解ができた。

 

 

 ――オレと一緒に来い。うちはイタチ。

 

 

 そっと、彼女を床に降ろした。

 今にも目を覚ましそうな彼女を、手放すことは痛みが伴った。けれど、しばしの別れだった。

 頬を撫でる。

 冷たい感触だけが記憶に刻まれていく。

 

 別れはもう済ませた。

 自らを誰でもないと、そう言った男の方へと、歩を進める。

 彼女のいない世界は考えられないものだった。

 

「なぜ……ミズナは死ななければならなかった……」

 

 どこから間違えてしまったのか。

 わからないが、もう、進むほかない。

 

「この世界は地獄さ。だから、一度壊し、変える以外に道はない。そんな世界だからこそ、お前の愛した、うちはミズナは――( )

 

 手を取る。

 なんらかの時空間忍術が発動したことがわかった。

 視界が歪んでいく。どこかに連れ去られるようだった。

 

 もう、後戻りはできないことが――( )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――死んだかな?」

 

 

 赤い血が飛んだ。狙われたのは男の『赤い眼』だった。



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訂正、誤謬、掛け違い

 飛び散った鮮血に、時空間忍術が中止される。

 なにが起こったのか理解するまで数秒。

 

 眼を抑える男に、『写輪眼』をビンに収める〝仮面〟がいた。

 完全な不意打ちだった。

 

 苦しむ男に忍刀を振り、首を切断。あえなく男は地面に倒れる。

 確実に、死んでいた。

 落ちた頭から、〝仮面〟は残った『写輪眼』を引き抜いていた。

 

「お前は……なぜ……」

 

「なぜって、イタチ。だいたい察しはついてるんでしょ?」

 

 そうして、彼女は仮面を外した。

 

「ミズナ……なぜ……お前は死んだはずじゃ」

 

 あったはずの彼女の死体を確認する。

 だが、どこにも見当たらなかった。

 

「『影分身』よ? よくできてたでしょ? 『空蝉の術』ってところね」

 

 彼女はいつもと同じような調子だった。

 ただ、目を開いていることだけは除いて……。

 基本の巴とは違う。ああ、あの彼女を襲った〝仮面〟の『万華鏡写輪眼』と同じだった。

 

「その『万華鏡写輪眼』はどうした?」

 

「どうしたって、私のよ? ずっと、隠し持ってたの」

 

「…………」

 

 あの〝仮面〟はなんだったのか。いったいなにがどうなっていたのか、整理する必要があった。

 

「イタチ……ねぇ。ここで焼かれてる他の、うちは一族は、サスケ以外、みんな殺しておいたんだけど、問題なかった?」

 

 うちは一族の精鋭はここに集まっていた。

 それ以外となると、実力としては大したことはない。彼女ならば、それも可能なのかもしれない。

 

「なぜ、お前がやった……?」

 

「だって、どうせやるんでしょ? そういう命令だったし……」

 

「誰の命令だ……」

 

「ダンゾウよ?」

 

 あっけらかんと答える彼女だ。ダンゾウならば、その命令を出したとしてもおかしくない。そして、ダンゾウとどんな関係なのか、すぐにでも彼女に問い詰めたかった。

 だが、それよりも、彼女にするべきことがあった。

 

 彼女のもとへ歩み寄る。フラフラとした足取りになっていた。精神はボロボロだった。

 

「ミズナ……」

 

「……イタチ?」

 

 怪訝にこちらを見つめるミズナがいた。

 彼女に『写輪眼』を使う必要はないだろう、『眼』を普通の状態へと戻す。自分の口もとがほころんでいくことがわかる。〝夢の世界〟の必要などなかった。

 

 立ちすくんでいた彼女に抱きつく。

 

「ミズナ……生きてて、良かった」

 

「へ……? イタチ……。はぅ」

 

 そのまま床に彼女のことを押し倒す。抵抗はなかった。

 頬を赤らめる彼女が可愛らしい。彼女の死を偽りでも体験したからか、彼女に自分の子孫を残してほしいという気持ちが高まっているように思えた。

 

「ミズナ……お前はオレの……」

 

「イタチ……落ち着いて……。こんなところで……やっ。もうっ……仕方ないんだから……ぁ」

 

 彼女は迎合してくれる。間違いなく、お互いに愛し合っているのだとわかった。

 

 これから、どうするべきか。木ノ葉のお尋ね者になるのは間違いがない。うちは虐殺が里のため、というのは公表できない事実である。一族を粛清する里であってはならない。一族が寄り集まってできたこの木ノ葉の里だ。不満がくすぶり、内部から崩れていくことは目に見えている。

 

 うちは虐殺の汚名を着て木ノ葉から出て行くことは確定事項だ。里に残せば、彼女は確実に人質になる。

 彼女が人質になることを嫌うのならば、連れて行く他なかった。

 

 里を抜ける。それでも、彼女と一緒ならば、幸せになれる。誰に見つかるでもなく、多くを望まず、愛を育み、ひっそりと家庭を築き上げる。そんな未来が可能だった。

 これはそのための第一歩だった。

 

「ミズナ……。オレと一緒に来てほしい……」

 

「……強引」

 

 手を取る。

 

「お前と離れたくはないんだ。強引にもなるさ」

 

「イタチぃ。あ……う。ひど……い。ひゃっ……あ、あ、大好き」

 

 息も絶え絶えに漏らされる甘い声に心が揺さぶられ、漂う甘い匂いが脳に響く。理性の必要はなく、彼女の柔らかさと温もりにはもう触れている。なされるがままに身を震わせ、自身に犯されようとしている彼女こそ、一番に綺麗だった。他は何もいらないとさえ思えてしまう。

 

「ミズナ。オレは、もう、お前なしでは無理だ。一緒に居よう」

 

「私もイタチと……ぉ――( )

 

 言葉は続かない。

 

「なっ……」

 

 消えた。

 目の前にいたはずのミズナが、まるで陽炎(かげろう)のように姿を消した。

 

「ハァ……ハァ……。酷いじゃない。イタチ……。おかげで『影分身』が一つ無駄になったわ……」

 

 後ろからの声。

 振り向き、彼女を見つける。

 

 膝をつき、地面に手をつき、ガクガクと動くこともままならないようだった。

 顔を赤くしたまま、潤んだ瞳でこちらを見つめている。

 

 さっきまでの彼女が『影分身』なら、感覚がフィードバックしての結果だろう。

 

「ミズナ……」

 

「ダメ! 答えはノー! アナタと一緒には行かない!!」

 

 ようやく気の抜けるような感覚から立ち直ったのか、彼女はスッと、立ち上がる。

 

 その態度には不満が湧いた。

 

「お前の『影分身』は受け入れようとしていたが……」

 

「し、しらないったら、しらない! アナタと一緒には行きません! ベーッ……だ!」

 

 苛立つ。この苛立ちは、期待した展開から外れたことで生まれたものだった。

 彼女は自身と共にあらねばならないと思う自分がいた。彼女もそれを望んでいるはずだった。

 

「お前に断る理由があるのか?」

 

 それを聞き、彼女は頬を膨らませる。

 

「ふん。そんなことを言っていられるのも今のうちよ? これから全部話すわ。アナタに隠してきたこと全部……!」

 

「隠してきたこと……か」

 

 なんとなく、察しはついていた。彼女のことを理解するにおいて、足りないものばかりだった。それはわかる。

 それを今まで補おうとはしてこなかった。自身の弱さに目を向けるようだったから……なのかもしれない。

 

「ええ……そう。私がどれだけロクでもない人間か。生きる価値なんてないのか……。アナタはどう思うのかしら……」

 

 自嘲と憂いがこもっていた。そんな彼女を見ていたくなどない。だが、目を逸らさず、彼女を見つめる。それは、それが己に課された義務のような気がしたゆえ。

 

「ああ、覚悟はできている」

 

 果たして彼女は何を抱えているのか、隠しているのか。たとえ望まないものが突きつけられようとも、それは自らが向き合わなければならない。

 今まで、見ないようにしていた、考えないようにしていた、そんな現実であろうとも。

 

 そして、彼女は語り出した。

 

 

 ***

 

 

 まず、最初に言わなければならないことがあるわ。あれが全ての始まりだったと言ってもいい。

 

 私の母親のこと、覚えているかしら? ああ、ミコトさんのことではないわ。私の産みの親、と言った方がわかりやすいかしら。

 

 ええ、そうよ。あの、私の家で起こった事件で殺されていたあの母親。

 

 まあ、この際だから言っておくけれど、母親を殺したのは私。

 え? あのとき私は他人から幻術にかけられてたって?

 ふふ、違うのよ。他の誰かに操られていたわけでもない。なんの言い訳もない。あのとき私は()()()()()()幻術をかけたわ。

 

 

 ――私が怪しまれないために。

 

 

 なぜ? なぜ殺したかって、私は私の親が疎ましかった。

 アナタの場合もそうだったでしょ? 味方は私だけだった。

 疎ましかった。その原因は……血の繋がった親だから、かしら。だから殺した。それだけ。

 

 それと、それと、どうやって、自分に自分で幻術をかけたのか、アナタならわかるでしょ?

 そう。『影分身』。そのために覚えたと言っても過言ではないわ。私は母親から逃げるために、『影分身』を覚えたの。

 

 私の真意を知らない忍者学校(アカデミー)の教師のおかげで、準備は整った。私は子どもだし、幻術をかけられたのなら容疑がかかる心配もない。

 こうして、私は、なんの障害もなく母親を殺してみせた!! もう、ほんとに、あっけなく……。

 

 まあ、でも、その結果として、『特別な眼』が手に入って、ちょっと焦ったわ。

 事実がバレれば、だれかが狙って私を襲うかもしれない。そこで一計を案じた私は、一つ演技、というか、悪ふざけをすることにしたわ。

 

 右目は、対象の時間と質量と空間を、自在に操る幻術。

 左目は、有を無に、無を有に、世界を錯覚させる幻術。

 

 『月読』と『夜刀』。それが私の固有瞳術だった。

 

 新しい力よ? 使ってみたいとは思わない?

 だから、私は私自身にかけてみたわ。

 

 うん。その結果があの〝仮面〟ね。

 私自身は全てを忘れて純真無垢に。そして、汚れた部分は全て『分身』に押し付けたってわけ。

 目が見えなかったのは、幻術でそう思い込まされていただけね。

 

 ええ。それが、幻術『夜刀』の力よ?

 世界を騙す。そういう幻術なの。

 ああ、そう。偽物の死体もこの幻術のおかげ。

 

 そして、まあ、百パーセント真っ白な私は、アナタの家に引き取られて行ったってわけね。

 

 ああ、いちおう言っておくけど。私はアナタのことが憎くて、憎くて、憎くて、たまらなかった。

 理由は、私よりも優秀だったからよ? わかる? 私はプライドが高かったの。

 

 それはそうとして、物事はうまく進まない。

 私のこの計略は、バレていた。誰にって、そりゃ、ダンゾウに。

 

 そういうわけで、ときたまダンゾウの言う通りに動いたことがあったってわけ。私の起こした事件の真相をバラさないという約束でね。

 人使いが荒いんだから、ねぇ。

 

 どう? 幻滅した?

 これが真相よ。

 私は、ずっと、アナタのことを騙してたってわけ。

 

 さあ、戦いましょう?

 

 私は、サスケ以外の、うちは一族を殺せって、命令を受けているわけ。

 だから、私はアナタを殺すわ? 

 

 覚悟は――

 

 

 ***

 

 

「――いいかしら?」

 

 彼女は言った。その声は、いつも増して凄みがある。そんな彼女を見ようと、そんな彼女の独白を聞こうと、心には響かない。

 

 彼女の行動の理由は支離滅裂。目的さえ不明瞭。

 真実がそこにあるとは到底思えない。

 

「いいはずがないさ。なんと言われようが、オレはお前を愛してる」

 

 彼女のためなら、もうこの世界も捨てられると実感した。

 なによりも、里よりも、彼女のことが重かった。彼女の死を体感したせいで、なにかが狂っている。それがひどく心地よかった。

 

「なんのつもり? 私がアナタを愛しているっていうのも、好きっていうのも、ずっと味方でいるっていうのもぜんぶウソ。ウソ、ウソ、ウソ。ウソなんだから……」

 

 それを言う彼女は、とても苦しそうだった。

 真に受けることなど出来ない。

 

「ミズナ……」

 

「ああ、でも、セックスは気持ちよかったわ。……すごく。でも、それだけ」

 

 ただ快楽に溺れていただけだと彼女は言った。

 

 数え切れないほど繰り返したそれも、彼女の無頓着な接触から始まるものが多かった。それを合図に、抑えきれない情動に身を任せていた。

 

 何度となく行われ、それでも彼女はそんな無頓着な触れ合いをやめなかった。どうなるかわからない彼女ではないのだから、同意の上ということは、わかっていたが、それでも認められない。

 全てを自制心のない自身のせいにして、彼女の意思を無視していた。向き合うと決めたはずだが、逃げていた。そんな時期もあった。

 

「いや、オレはお前の愛に助けられた。それは事実だ」

 

 彼女は常に支えようとしてくれていた。

 それゆえ、彼女にこれほどまでに夢中になれている。

 かつては世界の平和を望んでいたが、彼女が居てこその平和なのだと気付かされた。

 

「だーかーらっ……偽物なの! 全部……。ぜんぶ……っ!」

 

 地団駄を踏み、彼女は言う。

 彼女がなにを言おうとも、彼女との日々は崩れ落ちてはいかなかった。

 

 里を抜けるなら、無用な争いは避けた方がいい。そして、これ以上、時間をかけるというのも悪手だろう。

 

「ミズナ……。とにかく、お前のことは連れて行く。話はそれからでも構わないか?」

 

「ちょっと! 言ったじゃない! アナタのことを殺すって……。それとも、私のことは後回しってわけ。ねぇ、イタチ?」

 

「…………」

 

「ねぇ?」

 

「わかった。今、話そう」

 

 彼女と暮らす以上、無用な不和は避けたい。

 やはり、彼女のことを後回しにすることが、後々に大きな禍根を残していく一番の悪手だった。

 

「はぁ……とにかく……。アナタとはカラダだけの関係なの。そして、私はアナタを殺せる……!」

 

「オレは、そうは思わない」

 

「私なんか、足下にも及ばないって言いたいわけね? なら、やってみせようじゃない!!」

 

 彼女は手裏剣を取り出す。

 身構える他ない。

 

「ミズナ……なぜ、オレを殺そうとする?」

 

 ここで、うちはイタチを殺し、彼女が得られるものは果たしてなんなのか。

 もし、彼女がより良く生きるためならば、うちはイタチを利用すればいい。彼女の行動にはチグハグさしか感じられない。

 

「そんなの、私がアナタのことを……アナタのことを……とにかく、殺すの!!」

 

 なんらかの術でダンゾウに操られている可能性がある。

 呪印か、あるいは幻術か。それならば、正気に戻す必要がある。

 

「ミズナ……!」

 

「うるさいっ! 邪魔、しないで……っ!!」

 

 気持ちのままにか、手裏剣を彼女は投げつける。

 だが、その全てはあさっての方向へと飛んでいく。

 

 なにかを狙っていることはわかる。

 ゆえに、なにかをされる前に仕留めることが定石だろう。

 

 駆け、ミズナのもとへ向かう。彼女には、負けるわけにはいかなかった。

 

 距離を詰める。

 彼女が得意なのは、中距離。そして、時間差攻撃を好む傾向にあり、仕込みの時間を与えるほどに――( )時間をかけるほどに厄介になっていく。

 

 使える忍術は、『影分身』に『火遁』、そして『風遁』もだろう。近距離に秀でてはいないが、一通りこなせるタイプだった。

 

「悪いが、容赦はできない」

 

「上等よっ!」

 

 とはいえ、彼女に深い傷を与えることはできない。手加減というわけでもない。彼女が傷つけば、そこに自身の動揺が生まれる。それを彼女に突かれる可能性があった。

 こればかりは、意志の力でどうにかなる問題ではない。

 

 彼女は忍刀を振るう。風遁のチャクラを纏い、切れ味が増幅させられていることがわかる。

 

 彼女のことだ。風遁チャクラで刃渡りを伸ばすことは可能。後ろに下がれば避けきれない。

 

 袈裟懸けの太刀筋。右に重心をかけ、上体をズラして躱す。

 足払い。跳び、逃れる。

 空中に浮いた身体を狙った突き。彼女の肩に手を置き、無理やりに身体を反転させることで避けきる。

 着地ざまに首狙いの横薙ぎ。伏せ、すり抜け、懐に潜り込む。

 

「やっ……」

 

 首もとを掴み、体重をかける。

 体勢を崩すまいと、そちらの方に意識を割いた隙を狙い、空いた手で彼女の右の手首を掴み、忍刀を取り落とさせる。

 

 一つ突き崩してしまえば脆い。

 なに一つとして彼女にリカバーさせないまま、胸部を地面に押さえつけ、腹部にまたがり、完全にマウントを取る。

 

「安心しろ……。すぐに戻してやる」

 

「……私、どこかおかしいの?」

 

 そのあり方は歪だった。まるで信頼しているかのように、彼女は抵抗をしなかった。

 問題は、どうやって彼女を直すか。

 

 強力な幻術をかければ、全てがうまくいく。だが、果たして瞳術勝負で彼女に勝てるか。

 

 幻術『夜刀』――( )彼女の使う正体不明なこの幻術は、自らの『万華鏡写輪眼』の瞳力をもってしても見破れない。今、押さえつけている彼女が本物かすらもわからない状態だった。

 

 だが、もう片方の眼は『月読』だと彼女は言った。自らの持つ最高の幻術も『月読』。同じ瞳術で勝負して勝てるか否か。

 

 熟考の末、彼女の右眼を手で覆う。

 彼女の『月読』を発動させないためだった。

 

 『眼』を合わせる。

 

 ――『月読』を発動させた。

 

 

「ハズレね……」

 

 

 そんな声がした。

 

 

 視界が黒に覆い尽くされる。

 なにも、見えない。

 次に消えたのは音だった。空気の流れる音も、呼吸音や、心臓の鼓動の音さえ聞こえない。

 

 感じていたはずの圧力が消える。温度さえ分からなくなる。痛みなど以ての外で、触覚が奪われていくのだとわかった。

 もはや、こうなると、脳の出した命令通りに身体が動いているのかという疑いが生まれてしまう。

 

 彼女から香る匂いもない。新しく味を感じることもない。

 身体がバランスを保てなくなることがわかった。

 

 肉体から、感覚が乖離していくような幻覚に襲われる。

 もう、何秒経ったさえ分からない。

 自らの持つ時間という概念が、指標をなくして崩れ去っていくことがわかる。

 なにもわからない。

 

 自分という存在が削ぎ落とされていくことがわかる。

 有を無に、その幻術の真価がおそらくこれなのだろう。自我の崩壊が始まっていた。

 

 まるで溺れているかのように。光の反射する水面から遠ざかっていくかのように。

 

 自分というものが信じられなくなる。

 自らを自らたらしめるものは何か。幼き頃から掲げる〝夢〟か。忍という在り方か。

 

 だが、自らの行く末はどうだろうか。里を抜け、果たせるものはあるのだろうか。

 取りこぼして、なにも掴めず、それは自らの在り方に反するのではないだろうか。

 

 自分のことが信じられない。自分とは何かがわからない。

 ここで全てを手放しても、なにも変わらないのではないかと思えてくる。

 未来に希望があるかすらもわからない。

 

 もう、意味がなかった。

 進んで来たのは、人を殺し、人を裏切る、そんな道だった。いつからか、そんなことばかりを任されていた。

 どうしようとも、自らは光の中を歩けない。

 これからの生で、一体なにが成せるというのか。

 

 

 ――おい……イタチ……!

 

 

 だれかに呼ばれた気がした。

 確か、もう、死んでいるはずの……。

 あの後に、言われた言葉を思い出した。うちはイタチは死んだ者以上の人を救える英雄になるべきだと。

 

 

 ――イタチ。

 

 

 包み込むような優しい声だった。記憶の底から蘇るのは自らの母の声だった。そんな母は父の味方で、その代わり自分には味方として――( )

 そんな優しかった母のことも含めて全てを忘れてしまえば、きっと楽なのだろうと思えた。それでは自分でいられないとも。

 

 

 ――イタチ……。

 

 

 もうその名前が誰のものが認識できないほどに自分が定まらない。それでも、その声が父のものであることがわかった。

 仲違いをしたままだった。考え方は違ったかもしれないが、いまさらながら、同じものを目指していたのだろうと思う。だが、結末はもう変わらない。

 

 

 ――イタチ!

 

 

 自身のことを案じてくれた友がいた。

 最後こそ違えたが、一番の友は、親友はシスイだった。

 だが、彼に託されたことは……もう、なにも……。闇の中、手探りに進んだが、結局は……。

 

 

 違う――まだ、残っているものがあった。

 

 

「イタチ……っ!!」

 

 

 手を伸ばしていいか戸惑う。

 何としても、失くしてはいけないものがあった。

 

 木ノ葉を抜けることになろうと、たとえこの世界から疎まれようと――( )彼女だけは。まだ完全に零れ落ちてはいないのだから。

 

 もう失わない。それは、願いだった。

 

 だれかに背を押されている気がした。

 

 一度、白紙に戻されて、苦しみの中から自らの在り方が再構築されていく。盲目に愛に狂ったわけでなく、冷静に、手に掴むべきものを考えた結果だった。

 

 

 深く息を吐き、吸う。

 結末を変える方法が残っていた。気づかないフリをしていただけで、方法はあった。

 

 感覚が戻ってくることがわかる。

 もう、後にも戻れない。

 

 まるで浮上するように、現実へと回帰する。

 

「イタチ……っ! ごめんなさい……っ。私なの……っ、私が悪かったわ……。だから、死なないで……」

 

 乱れた涙声で、彼女は懇願していた。

 彼女の膝の上に、頭を乗せられているのだと気がつく。

 視覚も触覚も聴覚も嗅覚も戻っていた。彼女の匂いは変わらなかった。

 

「ミズナ……」

 

「イタチ……ごめんなさい。私……どうかしていたわ……。アナタのいない世界なんて考えられないのに……アナタを殺そうとして……」

 

 涙を流しながら、彼女は言った。

 

 『月読』で見せた幻術で、彼女に自らを殺させた。それだけだった。

 うちはイタチを殺したと誤認させ、彼女を命令から解放するための策だった。

 

 うまくいって良かったとまず安堵する。

 そうして心を取り戻した彼女が、あの感覚を失う幻術を解いてくれたからこそ、こうして戻ってこれた。

 

 ここまでが考えた通りだった。

 

「泣くな……。オレはここに居る」

 

 手を伸ばして、彼女の涙を拭う。これから全てにカタをつけなければならなかった。

 

「イタチ……。私、アナタに一生ついていくから……っ。ずっと、一緒にいよう?」

 

 そんなことを彼女は言った。

 

「いや、そうもいかなくなった……」

 

「そう、残念ね。どこまでアナタは見えているのかしら……?」

 

 声は違う場所からだった。

 すっ、と朝霧のように労ってくれた彼女は姿を消してしまう。

 わかっていたことだった。

 

 起きると同時に飛び上がり、投げつけられた忍刀を躱す。

 滞空、手裏剣に囲まれていることがわかる。

 何手先まで読めているのか、彼女が最初に仕掛けた手裏剣だった。思わず笑みがこぼれてしまう。

 

 秘められたチャクラ量から考えて、風遁の仕込み刃が展開される。

 それを加味して、余裕を持って攻撃を避ける。一度見てしまえば、大したことのない術では――( )

 

 咄嗟に右眼にチャクラを込める。

 

 火を纏った手裏剣が一つ混じっていた。

 風の刃が噛み合って、手裏剣は円形に何重かの列を成し、そして、隙間なく。囲まれてしまっている。

 

 風遁チャクラは火を運ぶ。

 

 ――『火遁・(つむじ)()()』。

 

 炎は一瞬にして広がり、今にも我が身を覆い尽くさんとす。

 間に合うか間に合わないかは、紙一重。

 

 ――『天照』。

 

 黒が赤を塗り替える。

 風遁チャクラを導火線に使うのならば、それを先に焼き尽くせばいい。

 黒い炎は赤い炎さえ飲み込み、焼き尽くしていく。

 

「ウソ……。今の手順で完璧に仕留められたはずなのに……」

 

 驚愕に顔を染める彼女の姿が見える。

 動揺しているとわかる。

 狙うなら今だった。

 

 生半可な術では通じない。

 もう一度、右眼にチャクラを込める。

 

 視点発火で、その発動から攻撃までの速度は他の術に追随を許さない――( )それが『天照』という術だった。

 故に、発動前の予備動作から、彼女は回避行動に移る。

 

 跳んで、右に避けた。

 

 同時に『天照』を中断する。消耗するチャクラ量から、容易に使える技ではなかった。

 代わりに、印を結ぶ。

 

 こちらを確認し、彼女は慌て、空中で『風遁』を使い急ブレーキをかける。

 着地。

 

「きゃん……」

 

 そして、最初の『天照』で脆くなった床板を踏み抜く。ここまでが予定通り。

 ここで有効な一手があった。

 

 ――『水遁・水飴拿原』。

 

 あの悪辣な『風遁』からの『火遁』を防いだ『天照』にて焼き切った床の穴へと、水飴を注ぎ込む。

 床下が水飴で満たされていく。

 

「きゃっ、なにこれ……っ!? イヤっ……ドロドロ……ベトベト?」

 

 ここまでくれば、詰みも同然だった。

 そんな粘性の高い液体の充満した床下から彼女が這い上がってくる。水飴に濡れたその姿は、いつにも増してその色気を振り撒いていると思えた。

 

「ミズナ……降参しろ……」

 

「イヤよ……。私に、こんなことして……っ!」

 

 立ち上がり、彼女はこちらを睨みつける。

 返答は、予想していた通りだった。

 

「そうか……」

 

 クナイを一本、放った。

 当然のように、彼女は躱し――( )

 

「あっ……」

 

 ――尻もちを突いた。

 

「水飴だ。この『天照』の熱で、すぐに乾いて固まる。……ミズナ……もう、いい加減にしろ……っ」

 

 彼女がもがく度に、水飴は彼女と床とを接着する。

 そして、彼女は抵抗をやめ、大の字に床に寝転ぶ。

 

「イタチ、楽しい?」

 

 唐突な、そんな問いかけだった。

 

「何を言い出す?」

 

「ふふ、だって、ねぇ。不自然だとは思わなかった? 女に興味なんてなかったアナタが、急に私を抱きたくなるだなんて……」

 

「いったい、なんだ……?」

 

 近づいて、彼女を見下ろす。

 もう抵抗をせずに、自嘲げに笑う彼女は戦意を失っているかのようにも思えた。

 

「だから、『別天神』よ? シスイから、私が奪ったのよ。そしてイタチが、私のことを抱くように仕向けた」

 

 彼女は言った。自らが、うちはイタチの意思を歪めたのだと。

 たしかに、シスイの遺体を回収したのは彼女だった。ありえない話ではなかった。

 

「お前が……っ!?」

 

 それは、死者への冒涜で、許されるべきことではなかった。

 シスイの最期の願いは、彼女により、踏み躙られたのだ。

 

 そして、『別天神』の結果があの夜だと、信じていたものが崩れ去っていくようで、どうしようもない虚しさと憤りに駆られてしまう。

 

「ねぇ、イタチ? どうする?」

 

「…………」

 

 

 ――クナイを振り下ろす。

 

 

 わかっていた。彼女を今、ここで殺すしかないと。

 それが、自らが、里に残れる道だった。

 この、一族虐殺の犯人は、うちはミズナで、そうやって決着をつけることができる。

 

 長い戦いだった。一族の誇りという、見えない敵との長い長い戦いだった。

 天才、うちはミズナは、うちはマダラと同じ『万華鏡写輪眼』を隠し持ち、機を計らって一族を皆殺しにしようとした。達成をする寸前に、うちはイタチに阻まれ、討たれる。

 シナリオはこうだろう。それで、この戦いに終止符を打てる。

 

 本当に、終わりだった。

 

 

「やめて、イタチ……。お腹に子どもがいるの……」

 

 

 ――躊躇ってしまう。

 

 反撃は一瞬だった。

 すぐさまに体勢は入れ替えられる。

 彼女相手に僅かな油断さえ命取りだと、忘れたわけではなかった。

 

 絡みつかれるように、すっかりと拘束される。

 

「……体の自由は奪っていたはずだ」

 

 完全な優位が崩されている。

 彼女ならば、それも当然なのだと分かっているが、疑問は疑問だった。

 

「情欲に駆られると、人は単純になるものね……。首、腰、そして胸、かしら……」

 

「それが、どうした?」

 

「『夜刀』よ? 無を有に見せかける。この私にくっついてる水飴は幻術。本物は、なんとか、チャクラで弾くことに成功したわ」

 

 ――水面に立つ要領ね。

 

 チャクラコントロールに長ける彼女ならば、それくらい、できて当然なのかもしれない。

 

 こう、組み付かれては、打つ手がない。

 

「オレを、殺すのか?」

 

「いいえ、冗談。呪縛はイタチが解いたじゃない? 私の自殺の名演技への意趣返しだったかは知らないけど……」

 

「…………」

 

 彼女のいない世界は耐えられなかった。

 それは彼女も同じだと、わかっていての一手だった。

 

 彼女は純粋な少女のように笑ってみせる。

 

「まず、『月読』で私への愛に浸らせて、『夜刀』で直ぐに私への愛以外を削ぎ落とすの。こんな里、出て行って、そして、ずっとずっと一緒にいる。私たちの子どもと一緒にね……っ。これで私たちは、ようやく愛に溺れて愛に死ぬことができる……! 素晴らしいでしょう?」

 

「ああ……そうだな」

 

 それはとても魅惑的だった。

 彼女のことは幾たびも愛し、そしてそれがどれだけ素晴らしいかを知っている。

 なんの(しがらみ)にも囚われずに、彼女だけを愛し続けられたのならば。その人生は想像もつかないほどに()()()()なのだろう。

 

 できることなら、そんな人生を歩みたかった。

 

「終わりよ――?」

 

 彼女は右眼で、こちらは左眼。鏡合わせにタイミングを完璧に合わせる。

 

 ――『月読』。

 

 彼女の『影分身』の欠点――( )感覚を共有することにより、痛みが本体に届いてしまうことだった。そして、おそらく幻術さえも、本体に還元される。

 

 呪縛を『月読』で完全に解けたことからの仮説だが、試す価値は十分にある。

 

 チャクラの消耗は、こちらの方が多かった。

 幻術勝負に勝てると踏んで、彼女もこの勝負を挑んだのだろう。

 

 だが、彼女にだけは、負けるわけにはいかなかった……。



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プロローグ、安息の地、実力差

 ここから三話、回想に入ります。


 夢を見ているような気分になる。

 あの戦いで、自身が『月読』を使ったことは間違いがない。そして、ミズナが使った幻術も、また、『月読』。

 

 そして、ここは、『月読』の世界。

 空間、質量、時間さえも術者により操作された幻の世界。

 

 つまり、この世界に囚われてしまったということは、あの幻術の打ち合いで、負けてしまったということに他ならない。

 

 敗北を噛みしめる。だが、ながながとそんなことをしている暇もない。一刻も早く、この世界から抜け出さなければならない。

 

 精神を体内へと集中させる。己を巡る流れに意識を集中させる。

 幻術、というのはすなわちチャクラの乱れ。これを正常に戻せれば術は解ける。

 だが……。

 

 ――やはり、ダメか……。

 

 わかってはいた。この幻術は万華鏡写輪眼の瞳術――( )『月読』。おいそれと解けるような術ではない。

 

 ならばと今度は瞳にチャクラを集中させる。万華鏡写輪眼には万華鏡写輪眼。瞳術は瞳術で弾き返す。

 これで今度こそ、この術から逃れることができ――( )

 

 ――違う。

 

 なにかがおかしい。

 普通、『月読』ならば、対象はその世界の一人として、術者に(もてあそ)ばれる。

 しかし、今は違う。

 

 まるで、自身が術者であるかのように。ちょうど、()()()の集落に取り付けられた、監視カメラを眺めるように、自身は宙に浮いたような存在になっていた。

 

 ただ、『月読』が成功したのか、と聞かれれば、それは違う。好きなように、目の前に映る世界を操れるわけではない。

 

 

 見せられているのは、干渉のできない世界だ。

 

 

 二人がいる。

 血にまみれた集落で、戦っていた二人だ。

 自身の存在意義をかけて、勝ちたいと願った少女がいた。

 間違いはないと自分を信じ、負けないと言い聞かせる少年がいた。

 そこから、視点は離れていく。上へ、上へと登っていく。

 

 月の明るい夜だった。確か今日はそうだった、はずだ。まだ、夜は長い。長いようで短い一秒一秒が嫌になるくらい繰り返される気の違えそうな夜。それがまだ気が遠くなるほどに残っていた、はずだ。

 しかし、すぐに日が昇る。

 景色は赤く染まり、数秒も経たずに明るく照らされる。そうしたらまた、すぐに暗くなる。

 わずかに欠けた月が空に顔を出し、満天の星がそれを称える。

 それでも、また、感慨に浸る暇もなく、瞬く間に闇は理不尽な光源に晒され晴らされてしまう。

 何度もなんども早回しで、渓谷を伝う激流のように時間が流れる。

 

 そして、気がつく。

 逆だ。太陽の動きが逆だ。月の満ち欠けが、星々の流れが逆だ。時間の流れが逆向きだ。

 

 向かうのは過去。

 なにが見せられようとしているのかはわからない。けれど、わかる。今から見せられるのは彼女と向き合う上で、おそらくは、なくてはならないもののはずだ。今まで足りないままでいて、こうして齟齬が起こった原因で、闘っている理由でもある。

 

 時間はどんどん加速していく。こうして手遅れになるまでなにもしてこなかった自らを戒めるように速く、より速く。

 光が乱れる。青、赤、黒。色が混じり、時間が混じり、昼とも、朝とも、夜ともつかない時間が、この幻の中で流れていく。

 どう形容すればいいかもわからない、混沌とした空は、それでも流れているとわかる。

 

 始まりと同じように、逆流はまた減速する。正常に戻ろうとしている。

 その証拠に、空へ引いた視点が戻っていく。大地へ、()()()へと迫っていく。

 

 ()()()は、あの集落ではなかった。

 火影の顔岩は三つ。時期としては、あの戦争の時代にまで遡る。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう……」

 

 そこにはいた。

 凄惨なこの時代に、希望を持った〝家族〟がいた。

 生まれたばかりの輝く命が、それを幸せそうに抱く、二人が。

 

「ミズナ――それがお前の名前だ。気に入ってくれたかな?」

 

 赤子は泣いた。その意味が理解できているのかはわからない。それでも二人はくすりと笑いあった。

 

 これが、この幻術の、彼女の人生の『プロローグ』にあたる出来事なのだろう。

 

 

 ***

 

 

 少女は健やかに育っていた。ヤケに物覚えがよく、物分かりがいい。

 それを除けば、いたって普通の子だった。

 

 この頃になれば、戦争は激化していく。忍である彼女の父親も、当たり前のように戦場に送られていた。

 

「それじゃあ、お勉強、しよっか」

 

「……うん!」

 

 母親に促され、少女は机に向かっている。

 教えられるのは、読み書きや算術。ただ、彼女は、教えられる度にすぐ、それらを自らのものにしていた。

 

 驚異的な学習スピードで、二ヶ月あれば、本来なら一年かけるはずの本を一冊終わらせてしまう。

 彼女ならばきっと、それで当然なのだろう。

 

「偉いよ、ミズナ。よく頑張ったね」

 

 決まって母親は、勉強が終わるとほおに触れて、目線の高さを合わせてからそう言った。

 母親は笑う。いつも彼女が見せているものと同じだ。いつも見ているものと同じだ。心のそこからの、それでいて疲れているような笑顔を浮かべて、彼女はいつも笑っている。

 

 どこか痛々しかった。空々しかった。

 

 彼女は鳥を見ていることが多い。その愛らしさに惹かれるのか、自由さに憧れるのか。ハトやカラスではなく、スズメやムクドリのような、小型の鳥を好んでいるように思える。

 

「鳥は好き?」

 

「……うん」

 

 控えめに彼女は答える。

 彼女にしては珍しい。笑顔ではなく、遠慮がちに、母親の質問へと答えている。

 

「そっかぁ……」

 

 その些細に変化には気がつかずに、母親は嬉しげに、いいことを思いついたとばかりに納得の声を漏らす。

 不思議そうに少女は見つめる。

 ほころぶように微笑みを浮かべる母親に、少女は首をかしげた。

 

 それから数日が過ぎていく。

 なにごともない、代わり映えのしない日々が続く。二人の幸せそうな生活が続いていった。

 

 笑い合うことの多い二人だった。彼女が泣くことは決してなかった。

 あえて形容するなら、手のかからない子、だろう。彼女の在り方は、すでにこのときから決まっていたのかもしれない。

 

 

 そして、その日がやって来る。

 

 

 眠たげに眼をこすりながら、彼女は起きる。

 いつものように、母親の手を借りずに、日課であるように、机に向かう。

 

 いつもと変わらず、彼女は勉強に明け暮れていた。

 この歳の子どもにしては不自然で、もはや異様とも言えるような物分かりの良さで、彼女は貪欲に、そして狡猾に勉学に励んでいた。

 

 いつも彼女は母親の顔を窺っている。

 気を回し、自らの為すべきことを判断しているようだった。

 機嫌を損ねることを大いに恐れているようにさえ、それは見える。

 

 この歳の他の子どもと比べても異様。自らのこの頃と比べても……いや、これはきっと、比べることには意味がない。

 なんとなく、そんな気がした。

 

「ふふ、じゃーん……! これ、なーんだ?」

 

「へ?」

 

 気がつけば、彼女の後ろには母親がいた。

 手には鳥籠をもち、その鳥籠の中では小鳥がさえずっている。

 

「ピー……ちゃん?」

 

 彼女は母親の前ではなかなか見せない驚きの表情をして、おずおずとそう言った。

 

「ふふ、ピーちゃんって言うんだ。お誕生日おめでとう、ミズナ」

 

「うん、ありがとう。お母さん」

 

 その小鳥を彼女は受け取り、楽しげに眺めている。その姿は愛らしく、母親も満足げだった。

 

 そんなときだった。玄関を叩く音が聞こえる。

 

「はーい。今、行きまーす」

 

 母親がいなくなってなおも、彼女は小鳥を眺めていた。どこか悲しそうに、切なそうに、小鳥を眺め続けていた。

 

 時間が経つ。けれど、母親は戻っては来なかった。

 不思議に思ったのだろう。彼女は小鳥の籠を置いて、母親のもとへと歩いて行った。

 

「お母さん?」

 

 そこには一人で泣いている母親の姿があった。

 自らの格好も気にせずに泣いている母親を、彼女は後ろから抱きしめて言った。

 

「どうしたの? お母さん?」

 

 母親は、言った。

 

「……あのね。ミズナ……お父さん、死んじゃったって……」

 

「死んだ……?」

 

「……もう、帰って来ないって……」

 

「…………」

 

 彼女は、泣きじゃくる母親を、同じく泣いて、必死になって慰めていた。

 

 

 それからだった。

 彼女の母親は、家事を最低限もしなくなった。

 

 まだ幼いはずの彼女は、無気力になった母親の世話を始めた。

 いつも笑顔で明るく、幼いにもかかわらず、死んだように生きる母親の面倒を見ていた。

 

「ミズナ……」

 

「お母さん……痛いよ……」

 

 時に、彼女の母親は、自分の娘を無遠慮に抱きしめていた。そのせいで痛々しい痣ができているとも知らずに。

 

 勉学を忍者学校(アカデミー)卒業まで一通り済ませたからか、彼女は日中に、外に出かけることが多くなった。負い目からか、母親は何も言わなかった。

 

 忘れもしない、木々に囲まれた日溜まりの中に彼女はいつも。安息の地に逃げ込むように、彼女を煩わせる一切を忘れるため、彼女はいつも小鳥と一緒にそこで穏やかに過ごしていた。

 

 そして、ようやく、出会ったのだった。

 

 

 ***

 

 

 二人でのやり取りのほとんどは、覚えていないものであったが、こうして見直せば、自らが彼女に対して冷たいのではないかと思う瞬間が何度もあった。

 その時々の最善を尽くした結果であるが、今更に、もう少し優しくしていればと省みないこともなかった。

 

 第三次忍界大戦が終結したのもこの時期だった。

 しかし、彼女には何の影響も及ぼさなかった。里中が戦争の終結で沸く中、彼女の母親が悲しみに明け暮れ、彼女はそれを慰めていた。

 

「あの人は……何のために死んだのよ……」

 

「…………」

 

「なんで、火影様は、あんなヤツらのことを許すの?」

 

「…………」

 

「ねぇ!」

 

「…………」

 

 彼女は答えるすべを持たなかった。

 三代目火影の融和政策、それにより、有利だったはずの木ノ葉は戦争の見返りを放棄したのだった。

 その後すぐに、三代目火影――( )猿飛ヒルゼンは逃げるように辞任をした。民衆の不満を抑えるためだった。

 

 母親の彼女への仕打ちは苛烈を極めた。母と子の在り方の歪み、それは彼女を苦しめて当然であり、彼女はその苦しみの中で生きていくしかなかった。

 

 この頃になれば、彼女と自らは競い合うようになった。

 彼女と過ごしながらも、彼女の抱える憂鬱に気づけない自らには、もどかしさを感じる他にはなかった。

 

 あえて強くは踏み込まないようにもしている。そんな、過去の自分は酷く愚かにも思えてくる。

 この、過去の彼女を、どうにかして救い出したい衝動に駆られる。それでも、過ぎたことだった。

 

 そんな淡白な日々の中、彼女の作ったルールに則り、二人は手裏剣術の研鑽を積んだ。それぞれに磨かれる技術は違い、子どもの遊びにも見えるそれだが、確実に今に繋がる修行だった。

 

 彼女は彼女自身のことを救い出してなどくれない()()()()()()という存在に、抱える陰鬱さなどおくびにも出さず、楽しげに付き合っていた。付き合ってくれていた。

 

「あのねぇ、お母さん。私ね、イタチと会ってるんだ」

 

「……っ!? ……フガク様のところの……?」

 

「そう……っ!」

 

「……アナタは、どこにも行かないで……?」

 

「……うん」

 

 彼女にとって、母親の存在は、(おも)()であったのかもしれない。

 そんなことを言う母親に、彼女は切なげに笑ってみせる。答えには一拍のためらいがあった。きっと、母親と、うちはイタチという存在の間に揺れ動いたからなのだろう。

 その証拠に、うちはミズナは、うちはイタチと変わらずに二人で会い続けた。

 

 

 そして、今、結んでいる関係は――( )

 

 

 だが、この頃といえば、彼女との埋めがたい感知面での実力差に、また自らが彼女に対して隠密行動は可能かどうか思い悩んでいた時期でもあった。

 自身には今のような愛情のほとんどは見た限りでは感じられない。

 

 それでも、自らの中で、彼女は特別な存在であったことには違いなかった。

 彼女の居ない世界は、この時からあり得ないと思えるほどに、そんな位置付けに彼女は居た。

 

 同年代の彼女の実力を認めていた、認めざるを得なかったからこそ、彼女は自らの中でそんな位置付けを占めていたのだろう。

 今になって考えてみれば、毎日、彼女のことばかりを考えていた。彼女を恋しく思っていた。

 

 この二人で紡いできた歴史から、今のどうしようもない関係は、なるべくしてなったのだと、理解せざるを得なかった。

 

 時は巡る。

 シスイと出会い、サスケが生まれ、自身には大きな変化が及ぼされたが、彼女の生活は変わらなかった。

 

 今になって思う。

 彼女にとって、自身との交わりが唯一の楽しみだったのだと。彼女はいつか、うちはイタチに助けられたと言ったのだ。

 今の今まで気がつかなかった、大きな勘違いが生じている可能性が現れる。

 

 彼女との摩擦は何故できたのか、まだ彼女の人生を追っていく必要があった。



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喪失、救い、束の間

 なんでも卒なくこなす彼女であったが、一つだけ、意外なことがあった。

 彼女は幼少期、チャクラを練ることができなかった。

 

 チャクラというのは、精神エネルギーと身体エネルギーを繋ぐことにより得られる力のことだった。

 だが、なにかの――( )おそらく外的な――( )要因が邪魔をし、精神と身体のエネルギーがうまく練れないのだろう。方法は間違っていない。考えられる理由はこれしかない。

 

 それが彼女の唯一の欠点であり、重大な欠陥でもあった。

 

 うちは一族というのは()のエリート一族であり、その地位もその戦闘能力の高さから来ていた。

 だからだろう。ある日から、彼女は母親から、チャクラが練れないことをなじられることが多くなった。

 

 チャクラが練れないのであれば、忍術はおろか、幻術や体術もまともに使えないのであるから。

 

 だが、彼女の感知能力が高い由縁は、そのチャクラを練る邪魔をしている外的な要因を理解できることからくるものだと予想ができる。

 彼女の母親は足もとを見るばかりだった。

 

 母親の、彼女に対する扱いは、言葉に窮するものになっていった。それでも、彼女は笑っていた。

 

 そして、あの日の夜が来た。

 その日は満月だった。今と同じ、憎らしいほどの月の明かりに、里は照らされていた。

 

 ――九尾襲来。

 

 多くの里の者が、そして忍が命を落とし、住処を追われ、今も禍根を残していったこの事件だ。

 この事件さえなければきっと、一族は――( )いや、これはただの切っ掛けに過ぎず、最早どうしようもなかったのかもしれない。あるべくしてあった結末なのかもしれない。そう思う方が楽だった。

 

 例外なく、彼女の家も被害を受けた。

 大人一人と子供一人、鳥一羽が避難していく。

 

 降り注ぐ()(れき)に、だが、こともなく、彼女たちは避難所にたどり着いた。

 

 人々が死んでいく陰惨な光景の中をすり抜けて、彼女たちは進んだ。

 人の死、というのは、たとえ赤の他人のものであろうと、精神に強いダメージを与える。

 その中を歩いたのだから、精神に変調をきたそうと、誰も文句は言えないだろう。

 

 

 彼女の母親は、ストレスでまともではなくなった。

 

 

 心を守るためだったのかもしれない。彼女の母親は、責任の所在の一切を娘に求めた。道理に合わないことまでも、娘のせいにしてしまったのだ。

 

 彼女は笑って受け入れた。

 

 そして、彼女の母親は、そのストレスの原因をとり去ろうと行動を起こした。

 

 彼女は笑って受け入れた。

 

 まるでそれが、自身の存在意義だったかのように、抵抗なく、満足げに、恐れもせず、苦しみも浮かべず、彼女は笑って――( )

 

 だが、邪魔が入った。

 彼女の飼っていた小鳥だった。

 

 自らのあるじが死に瀕している姿を見て、飛び出してくる。こともなげに、彼女の母親は払いのけるが、次の瞬間には表情が変わった。

 

 彼女の飼っていたあの小鳥は、死んでしまったのだ。

 自らの生死に無頓着な彼女は、それを見て、泣きじゃくった。

 

「ねぇ、ピーちゃん……。ピーちゃん……?」

 

「違う……っ、違うの……」

 

「ピーちゃん……。ピーちゃん……。……なんで……お母さんが……」

 

「いやっ、私が……私は……」

 

 娘を手にかける。自らの行おうとしていたことの罪深さに気がついたのか、逃げるように母親はその場を立ち去る。

 

 残された彼女は、小鳥の亡骸を両手に掬い、ひとしきり、そこで涙を流した。

 そして、力のない足取りで歩いていく。目指したのは、あの、よく彼女たちがまどろんでいた日だまりだった。

 

 思い出が詰まっていたのは、そこだったからかもしれない。彼女は小鳥を埋葬した。涙を流して。

 

 

 そうして彼女は、『写輪眼』を開眼した。

 

 

 立ち尽くす彼女の後ろから、まだ、何も知らない、うちはイタチが現れるのだった。

 

 ここに来て、ようやく彼女が『写輪眼』を開眼した原因を理解する。深い喪失こそが『写輪眼』を開眼する条件だと、経験則からそれはわかる。

 九尾事件で、彼女が自らのペットである小鳥を喪ったこと、それが理由で開眼をしたのだと今まで思い込んでしまっていた。

 

 時期と、状況からの推測。

 だが、真実は残酷だった。

 

 彼女を苦しめたのは、彼女の母親だった。

 彼女は母親に、裏切られた。まだ、穏やかだった日々のなごり、その象徴である小鳥の命が、他の誰でもない母親に奪われたことが、彼女を絶望に追いやった。

 彼女の願いを打ち砕くような、そんな皮肉な筋書きだった。

 

 それだけではない。『写輪眼』を開眼したことにより、彼女に変化が生まれる。生まれてしまう。

 彼女は自身の中に流れるチャクラを認識した。必要なのは切っ掛けだった。全くチャクラを練ることのできない彼女が、悲しみに浸り、『写輪眼』の開眼の際に溢れる特殊なチャクラから、自らに適したチャクラの練り方を、悟った。

 

 彼女ならば、それで当然なのだろう。運命の皮肉とでも言うのだろうか。

 このときに、彼女の行く先が決定付けられてしまったのかもしれない。

 

 

 もしも、もし、父親が戦死していなければ――( )

 

 

 もし、母親が失意の底に沈まなければ――( )

 

 

 もし、九尾事件が起こらなければ――( )

 

 

 もし、自身が彼女の窮状に気付けていれば――( )

 

 

 もし、彼女が()()()に生まれていなければ――( )

 

 

 ――きっと、彼女は普通の少女として、家庭を築き、平穏に生きることができたのだろう。

 

 仮定を積み重ねても意味などはない。いまできるのは、見過ごしてきた過程を辿るだけだ。

 全ては巡り合わせで、結果として、彼女は、天才的な忍としての才覚を発揮することになった。

 それだけの話だろう。

 

 そんな彼女に手を差し伸べたのは……確か、ようやくだった。

 もう全てが手遅れだったのかもしれない。うちはイタチは、自身の家に、『写輪眼』によるチャクラの使いすぎにより、倒れた彼女を運んだのだった。

 

 

 ***

 

 

 気を失った間に連れてこられた、うちはイタチの家で、彼女は目を覚ました。彼女はおそらく、このとき、うちはミコトに対して恐れを抱いていた。

 もう大丈夫だと、鬼気迫るように自分の家に帰ろうとする姿は痛々しいものだった。

 

 彼女が一番おそれていたことはなにか、それはたいてい予想がつく。

 後に親子になる二人の触れ合いに、今まで忘れられていた安らぎが思い出せる。

 

 ただ、今の彼女には、『写輪眼』を開眼したばかりだった彼女には、とうてい享受できるものではなかったのだろう。

 実の母親に、あれほどの仕打ちを受けたのだ。愛の喪失を体感したのだ。

 

 彼女は、愛の拠り所として、家族という在り方に執着していた。

 それがいつからかはわからない。

 だが、彼女の中で、このとき愛が揺らいだのは確かだろう。

 

 うちはイタチの母親に抱きしめられて、彼女は涙を流していた。

 今までの鬱屈を晴らすかのように泣き叫んだ。

 

 どれだけ彼女が我慢を強いられていたかを、思い知った。大人びた彼女であろうと、彼女が特別であろうと、繰り返されてきた仕打ちは、耐えられるものではないのだった。

 

 そして、彼女は風呂へと連れられて行った。

 

「ミコトさん……駄目ですっ。脱がさないでっ!」

 

「いいでしょ……? 女の子どうしなんだから……」

 

「いや……っ」

 

 そうやって、全てが明るみに出た。

 うちはミコトは、自身の母は、疑惑を持っていたからこそ、こうして無理にでも服を脱がせたのだろう。

 

 自身でつけたものとはとても思えない、酷い痣だらけの肌を彼女は晒すことになった。

 さすがの母も、これには眉を潜めていた。

 

「ねぇ、これ、どうしたの?」

 

「転んで……」

 

「ウソじゃない?」

 

「ウソじゃありません!」

 

「そう。じゃあ、ミズナちゃんのお母さんに、直接きいてみるけど……」

 

「……や、やめてくださいっ!」

 

 彼女の取り乱しようは、見るに堪えないものだった。

 その想像できる惨たらしい境遇に、母は、悲痛の表情を浮かべる。

 

「大丈夫よ。私は、アナタを信じているから……」

 

「だったら……っ!!」

 

「本当のことを言っても疑わない。ちゃんと頼ってほしいの……」

 

「…………」

 

 彼女は頑なに話さなかった。

 せめぎ合いに苦しんでいるようにも思えた。救いの手を、とるかどうか。

 

「信じて……」

 

「……あの人には……私がいないと……」

 

 ポツリポツリと彼女は語った。

 自身の厳しい立場について触れず、母親がどんなに苦しい状況に陥っているのか、切々と訴えるだけだった。

 

 そうであろうと、彼女の抱える痛みを推し量ることくらいなら、造作もない。

 彼女だけが抱えるには大きすぎる。(いたわ)るように、彼女のことを母は抱きしめていた。

 

「よく、頑張ったのね……」

 

「……うんっ……!」

 

 信頼関係は、このときに築かれていたのだろう。

 この日は、これで話は終わった。

 

 本格的に彼女の処遇を決めたのが、次の日だった。

 結果的に、彼女にはこの家に一週間だけ居てもらうことと、次に問題が起きた場合には――( )と、彼女の母親に注意を促すことが決められたのだった。

 

 部屋は、一緒だった。

 一人よりも、二人の方が落ち着けると考えたのかもしれない。いや、目を離さないようにと言い含められていたから、見張りの役割もあったのだろう。

 

 それは、彼女が共に居た、初めての夜だった。

 

 

「ねぇ、イタチ……」

 

「どうした?」

 

「私……大切な人を裏切ってしまったの……」

 

 この件については、自身に知らされることはなかった。それが彼女の望みだった。

 

 おかしいとは思っていたが、このとき、彼女の置かれている境遇にはさして興味を持っていなかったからこそ、詮索はしなかった。

 だが、彼女が精神的に不安定で、支えを必要としていることはわかっていた。

 

「そうか……」

 

「ねぇ、アナタのせいよ……? アナタが、こんなところに私を連れてくるから……」

 

「オレが憎いか?」

 

 忍という在り方は、人から憎まれて当然だった。だからこそ、彼女の憎しみを背負うことで、彼女が楽になればと思った。

 

 

「……ありがとう」

 

 

 彼女には強さがあった。そして、自身の状況を客観的に顧みる力もあった。

 だからこその、この言葉だったのだろう。

 

「だから、ねぇ、ギュッとして?」

 

 同時に、脆さと、弱さを兼ね備えている。

 

「……わかった」

 

 自身に縋る強い彼女を抱きしめて、深い感慨を味わったことは確かに覚えていた。

 自身に劣らない力を秘めた彼女を、こうして慰められることに充足感を覚えたのかもしれない。

 

 彼女の強さに、どうしようもなく憧れていた。

 彼女の弱さが、どうしようもなく愛しかった。

 それは、おそらく、今も変わらない。不安定なそんな彼女だからこそ、こんなにも心を奪われてしまっている。

 

 とにかく、今の彼女は誰にでも縋りたかったのかもしれない。誰でも良かったのかもしれない。

 それでも、それが、うちはイタチだった。それが、自身にとっての幸運だったことには違いなかった。

 

 

 ***

 

 

「じゃあね、イタチっ! また!」

 

「ああ……」

 

 一週間、というのはすぐに過ぎるものだった。束の間の時間だった。

 彼女は、また、あの生活に戻っていく。それがたまらなく悔しかった。

 

 このときの自分にはないが、今の自分には、彼女は自分のためだけにあってほしいという想いがあった。

 過去であるからといい、感情というものは簡単に割り切れるものではない。彼女には、あの母親のもとよりも、自身のもとにいてほしかった。なにより、彼女のためにも。

 

 ああ、だが、このときの自身は何もせずに、ただ見送るだけだった。

 また、あの森に行けば会えると思っていたかもしれない。

 

 結論から言えば、このときから忍者学校(アカデミー)入学までの一年間、彼女と会うことはなかった。

 

 いつも居るはずの場所から、彼女はいなくなった。

 

 彼女との距離は、あの一週間を経て、近くなり過ぎていた。毎日のように会っていた彼女がいなくなり、心から何かが抜け落ちたような喪失感に襲われる日もあった。

 

 無論、彼女が消えてしまったわけではなかった。

 実際に、どこかに存在していただろう。

 それが、どこかがわからなかった。彼女の存在に恋い焦がれていた。

 

「あの……」

 

「あら……あなたは……?」

 

「うちはイタチです。ミズナは……?」

 

「ごめんなさい。今、出かけてるから……」

 

 家に訪ねて行ったこともあった。

 もとより、彼女は家を空けていることが多かった。毎日のように、あの森に居たのだから、家に居なくとも当然だと納得していた。納得してしまっていた。

 

「ねぇ、お母さん。いま、イタチが……」

 

「あなたには関係ないの。大丈夫だよ?」

 

 家に帰ったあの日から、彼女は家にほとんど軟禁状態で居続けさせられていた。

 問題の発覚から、彼女の母親がとった対抗措置だった。

 

 彼女が殺されかけることはなかったものの、彼女の強いられる負担の量はさして変わらなかった。

 まざまざと見せつけられ、彼女にこんな仕打ちをする、彼女の母親へと、恨みに近い感情が募っていってしまう。

 

 そして、彼女は家の中でも、手裏剣術の修行をしていた。

 彼女はまだ、外との繋がりを諦めてはいないのだと、わかった。

 

「あのね、お母さん。私、ちゃんとチャクラ練れるようになったよ? ほら」

 

 彼女はチャクラで指の先に手裏剣を吸着させてみせた。

 

「……そう。よかったじゃない」

 

「だから、私、忍になる。忍者学校(アカデミー)に行くから。いいでしょ?」

 

「…………」

 

「ねぇ、そのために私は今までやってきたんでしょう?」

 

「……ええ」

 

 そうして、彼女は母親から許可を得た。

 忍者学校(アカデミー)に行くとなれば、自ずと外に出ることになる。

 軟禁生活から解放されるには、それしか方法がなかったとも言えるだろう。

 

 親が忍だったから、忍の一族だったから、そんな理由などではなく、彼女は自ら、行く末を選んだ。

 

 一歩一歩、忍への道を進んでいた。

 

 

 そして、その先には、うちはイタチが……。

 

 

 彼女を、そんな道に引きずり込んだのも、間違いなく――( )



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学校、分身の術、病院

 そして、忍者学校(アカデミー)入学まで、時は流れる。

 

 今になって省みれば、彼女に一年という長い間、会えなかった悔しさがあったのかもしれない。それに加えて、会えなかった彼女の実力は、一年前より上がっていて、自らを焦らせた。彼女は優しく、品行方正で、皆に頼られ、常に誰かに囲まれていて、それにもどかしさを感じていたに違いない。

 

 彼女との会話の数は少なかった。

 シスイに言わせてみれば、これが素直でないということなのだろう。今になって、こうして自身の行動を間接的にまざまざと見せつけられ、その意味がようやく理解できる。

 

 ただ、ここでは自分のことは置いておくべきだろう。彼女の努力は涙ぐましいものだった。

 〝夢〟は、家族との穏やかな暮らし。だが、彼女は忍者学校(アカデミー)に行った。まるで目的のための手段を間違えているようにも思えるが、そうではない。

 

 彼女の狙いは、忍者学校(アカデミー)で優秀な成績を取り、母親に褒めてもらうことだった。そうすれば、昔のような穏やかな日々に戻れると、一縷の望みにかけて、ただ、それだけのために、彼女は彼女の全力を注いでいた。

 

 結果としては、失敗だった。

 彼女の母親は、彼女の欠点ばかりを見て、彼女自身を見ようともしない。点数に関わらない彼女のミスを、彼女の母親はあげつらい、嘲笑した。

 

 こうなればもう、どう頑張ろうと彼女は報われることなどない。粗を探し、ストレスをぶつける。そんな行いを甘受している母親には、なにをしようと届かなかった。

 そして、彼女が優秀でいようとすればするほど、彼女の母親は頑なに彼女のことを認めようとはしなかった。

 

 彼女の母親は、優しく自分を慕ってくれる人間よりも、自分と比べ立場の弱い人間が欲しかっただけなのかもしれない。

 

 彼女は悩みを抱えたまま、誰にもそれを話そうとはしなかった。

 皆が皆、彼女の能力を見て、彼女自身を見ていなかった。評価も高く、誰からも頼りにされる彼女であったが、それ故に、彼女の寄りかかれる相手はいない。本来、そうなるべきは母親だが、それこそが彼女を苦しめる存在であった。

 

 思えば、彼女は強がりだった。今まで、彼女が負けを認めるとき、決まっていつも不満げな表情をして、ときたまに恨み言をこぼし、渋々と、だった。

 そこに彼女を肯定する言葉を投げれば、彼女はまだ不信げで、抱きしめたら、ようやく認めて甘えてくる。

 そんなやり取りに喜びを感じていた。

 

 だが、それは今見ているものからすれば、未来のことだ。だからこそ、うちはミズナは追いすがった。うちはイタチのことを、彼女は目で追っていた。それが彼女にとっての希望だったのかもしれない。

 

 それでも、負けることが嫌いな彼女は、弱味を見せることが苦手な彼女は、うちはイタチに悩みを打ち明けることすらなかった。

 当然のごとく、彼女に対して気まずさを感じていた、うちはイタチは、その悩みを知る由もなかった。その悩みの影さえ無視して、〝夢〟を追っていた。知ろうともしていなかった。

 

 それが、学校での出来事だった。

 

 

 ***

 

 

 彼女の努力は涙ぐましいものだった。人の同情を惹くように計算されたものだった。

 彼女の行動には、いつも裏がある。一目見ただけでは見透かせない意図がある。それが、彼女の小狡く、好ましい一面だった。

 

 誰の目に付かないところで研鑽を積んだ自らとは対照的に、彼女は人の目のつくところで、人の目につくように修行の成果を見せつけていた。

 

 もちろんそれは、教師の目を惹くためであり、母親に対して自身の能力を誇示して気を惹くためのものだった。

 彼女の努力は涙ぐましいものだった。

 だが、その涙ぐましい努力は、望まぬものの目を惹いた。

 

 学校が閉まるまでの修行を終えて、家に帰るが、彼女はできるだけ家に居たくないようだった。

 数時間、彼女は森の中でうたた寝をする。

 

「だれ?」

 

 彼女の感知能力は随一だった。

 

「気配は消していたと思ったのだけれど……」

 

「全くに消えていれば気がつくわ」

 

「道理ね。ただ、私だって、伊達にこの忍世界を生き抜いてきたわけではないわ。そこら辺も考慮できていたはずなのだけれど……」

 

「自然っていうのは大らかで暖かいものなの。冷たすぎる」

 

「手厳しいのね……」

 

 蛇。

 そう形容することがこれ以上もなく相応しい男だった。伝説の三忍で、火影候補であったこともある。

 

 人道に悖る実験を行なっていたことが露呈し、自らの師である三代目火影に追い詰められ、里を抜けた男。

 

 

 ――大蛇丸。

 

 

 まだ、この時期は、確か木ノ葉にいたはずだった。そして、所属は――( )

 

「なにしに、来たの?」

 

「単刀直入に言うと、貴女は〝根〟の観察対象になったわ」

 

「ふーん」

 

 そうして、彼女は軽く聞き流した。

 

「興味がない、と言ったようね」

 

「〝根〟って、なに? 私わからない」

 

 そう言って、彼女はかの怪しさに満ち溢れた男から、ワザとらしく顔を背ける。

 

「貴女のことは、よく調べさせてもらったわ。優秀だって話じゃない」

 

「だからなに?」

 

 何手先を読めていようが、今の彼女には敵う相手ではない。それが、忍界に名を轟かせ、数多の敵を屠ってきた伝説の三忍――( )大蛇丸という男だった。

 力では敵わないからこそ、選ぶ言葉も慎重になる。

 

「釣れないわね。もし、困りごとがあれば、なんでも相談に乗るということよ」

 

「ないわ」

 

 即答し、立ち上がり、男に背を向け歩き出した。これほどまでに胡散臭い男を前にして、話すこともないと判断したのだろう。

 

「貴女、母親は好きかしら……?」

 

 足を止める。

 

「そんなこと、関係ないでしょ?」

 

 その質問の持つ意味に囚われ、完全に無視ができなかったのだろう。

 

「得難いものを得るために、貴女だったらどうするかしら?」

 

「なんの話?」

 

「生まれつき、恵まれた家系に、家庭、才能のある者がいる。そして、その逆も」

 

 格差がある。だからこそ、下の者には嫉妬が生まれ、上の者には傲慢さが生まれる。それが、どうしようもない理不尽で、世界の歪みだった。

 

「だから?」

 

「フフッ、生まれつき、ないのだったら継ぎ足せばいい。貴女はそう思わない?」

 

「いえ、そんなもの偽物よ。偽物を本物だと思うには、自分を騙すしかないでしょ? だから、どうやっても無理がでるの。そんな偽物……私はいらない!」

 

 語気を強めて彼女は言い切る。

 

 その言葉に、今までの彼女との暮らしについてを想った。彼女はいつか、〝夢〟が叶ったとも言った。だがやはり、彼女にとっては偽物の家族だったのかもしれない。

 本物だと自らに言い聞かせても、納得できない自分がいる。そして、それが表出したのが、偽物の両親が死んだ夜のことだったのだろう。

 偽物の兄に慰められ、そして彼女は、本物の家族がほしいと願ったのかもしれない。

 

 けれど、そう願うことは、本物だと信じたかった偽物の家族を、偽物だと認める行為に他ならず、躊躇せざるを得なかったのだろう。

 

「人は変わるものよ? 変わってしまえば、昔の自分を幼かったと嘲笑し、今の自分が正しいのだと迎合せざるを得なくなる。人はそれを成長と呼ぶの」

 

 その男の蛇のような瞳には、陰りと、一抹の悲しさが感じられた。

 

「だったら私は一生子どもでいいわ……」

 

「頭のかたさ……アレも生まれつきかしら?」

 

 なにか感傷に浸るような台詞だった。その男の視線の先に居るのは、彼女ではなく、おそらく男が親しみを持つ別のだれかか。

 

「私の想いは変わらない……」

 

「あら、なにか確信でもあるのかしら? 信じられるものが、生まれつきのソレだけの貴女に」

 

 彼女の動きが止まった。なにかを考えているようだった。全てにおいて地力の高い彼女は、もれなく知恵も回る。

 

「あるわ」

 

 ふと、溢れたような言葉だった。なにかを彼女が思いついたようにも見えた。

 

「そう……」

 

「だから、私はそんなふうにはならない」

 

 拒絶の言葉を残して、彼女は帰路についた。

 男は彼女を追わなかった。

 

 彼女が影分身の術を忍者学校(アカデミー)の先生に教授してもらおうと強請(ねだ)ったのが、その次の日の出来事だった。

 

 

 ***

 

 

 彼女が、影分身の術を覚えた理由。それは、授業をサボるためでも、うちはイタチに対して優位に立つためでもなかった。

 ただ彼女は彼女自身に願いを刻んだ。

 

「〝きっと、良い子でいれますように〟」

 

 『写輪眼』は心を写す瞳と言う。だからこそ、彼女は自分自身に『影分身』で、『写輪眼』の幻術を使い、願いを刻み込んだ。

 

「〝ちゃんと、言うことをきけますように〟」

 

 母親の言う通りに、完璧にこなせればとそう思ってだろう。

 彼女の頑張りは認められるべきものだった。そんな彼女に、母親はそう願わせた。

 

「〝お母さんを、嫌いになりませんように〟」

 

 それだけだった。

 それだけのことだった。

 

 そして、彼女の誕生日が来た。

 誕生日は、彼女にとって大切な日には違いなかった。幸福な日々からの転換点。彼女の最後の幸せだった日。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

「ミズナ……」

 

「お母さん……?」

 

「今日は早く帰って来なさい」

 

「え? ……うんっ!」

 

 それだけで彼女は有頂天になった。

 母親の方から関わりを持つ、ということはほとんどなかった。だからこそだ。だからこそ、彼女は期待し、上の空で授業を受ける。

 

 うちはイタチに向けて、手紙を残したのもその時だった。

 彼女は多角的に物事を考えるタイプだ。可能性を並列的に検討するタイプだ。

 

 これは、ただの予想だが、彼女は母親に期待などしていなかったのだろう。そして、裏切られたときに、泣きつく相手が欲しかった。彼女は弱い人間だった。

 

 彼女の中で、うちはイタチは、自分の弱さを晒け出せる唯一の相手だった。それだけの話だろう。

 

 彼女は玄関に立つ。

 期待通りに進むか否か、彼女は尻込みをしていた。現実と向き合うことが怖かったのだろう。

 それでも、彼女は前に進んだ。

 

「ミズナ……少し早いけど、お誕生日、おめでとう」

 

 そして、彼女は涙ぐんだ。

 彼女の母親は笑顔だった。久しぶりに、彼女に見せる笑顔だった。空々しい笑顔だった。

 

「あ、ありがとう。お母さん」

 

「そして、今までごめんなさい。私、あなたに酷いことをしていたわ。でも、それも終わり」

 

「お母さん……っ!」

 

 語彙をなくして、彼女は立ち尽くしていた。

 もうすぐで、望んだものが得られるのかもしれないのだ。どれだけ、彼女がこの結果を望んでいたのだろう。〝家族との平穏な日々〟、それを得るために彼女は持てる手段を全て尽くしていた。誰よりも、切実に頑張っていた。これで、彼女の努力も――( )

 

 

「ええ、だから、私を殺しなさい。ミズナ」

 

 

 ――報われなかった。

 

 

「い、いやよ……。そんなの絶対……」

 

「私、気がついたのよ。生きていても、あなたに酷いことを言って、酷いことをするだけ。だから、あの人のもとに早く行くべきなの。それが、私の幸せ」

 

「や、やだ……。私、しないもん」

 

「今日はあの人の命日でしょう? ああ、あの人が、そこに。私は行かなくちゃいけない。呼んでいるのよ」

 

 恍惚とした表情だった。おそらくは幻覚を見ている。

 

「い、いない! ぜったい、みえない! よんでない……っ!」

 

「聞き分けのない子ねっ! あなたにしてきたこと、こうしなきゃ、どうやってチャラにするの? それが、あなたへの私の精一杯の誕生日プレゼントよ? 私の言うことをききなさい!」

 

 差し出されるのは忍刀。形見の品だろうそれの、刃を自らに、柄を自らの子に向ける。

 

 罪悪感に狂い、贖罪を強いる姿に気後れし、彼女は一歩、足を――( )

 

 

「い、いや……!! なん……で、あっ――( )

 

 

 ――ちゃんと、言うことを聞けますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザクリと肉を搔き切る音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギギッと骨を撫でる音が立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャと臓物の混ざる音がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピチャピチャと血の跳ねる音が続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、ちゃんと言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。ちゃんと、言うことをきけますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝ちゃんと、言うことをきけますように〟と彼女が心に刻んだそれは、呪いだった。

 

 まず、写輪眼で幻術にかけ、動きを封じる。

 〝ちゃんと、言うことをきけますように〟と呟きながら、涙を流しながら、彼女は母親に忍刀を突き刺した。突き刺し続けた。

 

 一つ一つの傷は浅かった。

 それは、彼女が母親を殺すまいと呪いに抵抗した結果だった。怨恨などでは決してなかった。

 それでも、ちゃんと言うことをきくために、何度も何度も彼女は忍刀を突き刺していた。

 

 これが、真相だった。

 愛する母親を自らの手で殺し、彼女の『眼』は変化をきたした。血の涙を流し、彼女は『万華鏡写輪眼』を開眼した。

 

「わ、私じゃないから……。私じゃない……」

 

 耐えられなかったのだろう。ああ、そうなのだ。

 

「誰か……。誰か……」

 

 〝仮面〟は虚像。彼女の『万華鏡写輪眼』によって、彼女自身の心を写して、闇を移したスケープゴート。

 有を無に、無を有に。『月読』が自分の精神世界に引きずり込む術であるなら、『夜刀』は自分の精神世界を外に引きずり出す。

 

 そして、彼女は自分の幻術に追い詰められる。

 彼女が求めたのは罰だろうか。それともただの終わりだろうか。

 

 『写輪眼』は、もはや必要なかったのだろう。

 『眼』をもがれて、心に闇を持たない彼女は、純粋な彼女はただ助けを求めた。

 

 彼女が助けを求められるのは、うちはイタチただ一人だった。

 

 

 ***

 

 

 一番大きな存在であった母親を失い、彼女は途方も無い喪失感に打ちひしがれただろう。

 ようやくだった。ようやく彼女は母親から解放されたのだった。

 

 同時に彼女は〝夢〟を、生きる目的を見失ってしまった。

 そんな彼女に、うちはイタチは迫っていた。病院での一幕だ。まるで、今と変わらない自身の説得の仕方に、少し微笑ましく思えてくる。

 

 そうして、彼女は新しい家族を手に入れた。

 ああ、そうなのだ。彼女は、〝うちはイタチが救ってくれた〟と言っていた。

 あの〝仮面〟からという意味で捉えていたが、実際のところは違った。うちはイタチは、彼女の人生の救いだった。

 

 きっと、彼女は思っているのだろう。彼女の人生の追体験を行っている今、彼女と心が繋がっている。だからこそ、わかる。

 幼少の頃から、彼女は――( )なんでもない、うちはイタチとの触れ合いでさえ、彼女にとっては救いだった。

 そして、彼女にとっての憧れであり、ゆいいつ寄りかかれる自分より少し背の高い相手だった。

 

 ようやく、彼女の日々が、人生が始まる。

 近いようで遠い触れ合いに、相手が歩みを進めるたびに感じる無力感。追いすがると心に決める。迷いなく、うちはイタチだけを選んだ。収まるクーデターに、未来への期待。義理の父母の死。罪悪感。慰め。新しい生活。愛する者からの求めに答える。彼女はそれで、ちゃんと幸せだった。

 

 〝仮面〟の活動は彼女の『影分身』を依り代としていた。

 主に〝根〟の手伝いをしていたが、その行動は彼女らしいものだった。

 こうなれば、いくつかあった納得のいかないことも辻褄があう。()()は彼女で戦っていた。それだけの話だった。

 

 流れてしまった時の中で、なぜこうして屈折してしまったのか、ようやく理解できる。

 

 彼女の想いを取り違えていた。大切に思っていたが、それだけだった。

 都合の良い彼女だけを見て、彼女のことを理解しようとはしていなかった。

 

 うちはイタチが思っていた以上に、彼女は――( )

 

 

 



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エンド『約束』

 幻だということはわかる。ただの願望で、想像であることくらいはわかっている。

 澄み切った空気に、ただただ遠く、どこまでも広いだけの空間。

 

 そこは、満天の星空で彩られていた。

 なにもない世界。なにもない草原に、私とイタチは二人だけ。

 

「いつか、また、星空のもとでって〝約束〟、しなかったっけ?」

 

「ああ……あのとき、オレはお前に、あの星空を見せてやりたかったんだ」

 

「そう……」

 

 星座も、星の名前も……現実と同じ配置かどうかさえ、まるでわからないけれど、ただ星々は私たちを天高くから見つめている。

 

「ねぇ、イタチ。アナタが私のこと、あんな風に見てたなんて知らなかった」

 

 過去の追憶。イタチの記憶を遡った。初めから、そして今まで。どれだけのものをイタチが抱えてきたのか、私はようやく知れたのだった。

 

「ミズナ、お前のこともだ」

 

 そして、それは、イタチも同じだったのだろう。私の人生の全てが見られてしまった。

 『写輪眼』とは心を写す瞳であり、〝チャクラ〟とは人と人とを繋ぐ力だ。こんなことも、あっておかしくないのかもしれない。

 

「とりあえず、浮気はしてなかったみたいね」

 

「当たり前だ……」

 

 そんなこと、今言うのかと、イタチは渋面を浮かべる。私はそれを見て。ふふっと笑った。

 

「そんな顔しないで。私にとっては、とても重要なことなの」

 

 心音を聞くようにして、私はイタチの胸に寄りかかった。そっと抱きとめてくれる優しさは、どんなに嬉しいことか。

 

「ミズナ……。お前の……」

 

「むず痒いものね。隠してきたもの、全部見られちゃったんだから……」

 

 私はついつい遮ってしまう。イタチが何を言い出したいかは、今の私には理解できてしまうのだから。

 今が永遠に続けば良いと私は思った。それでもイタチは時を進める。関係を進める。

 

「お前の過去も、オレのものにしたい」

 

 その意味は、私にはわかる。

 目を瞑っていた。盲目のフリをしていた私だが、今まで私について回っていた想いがあった。

 

「ダメ……。変わらない。私は変わりたくない」

 

「もう、いいんだ。オレがいる」

 

 私を抱きしめる腕に籠る力は、私を誰にも渡さないという意思表示のように感じられる。

 

「私は……〝家族〟と、穏やかな日々を暮らしたいだけだったの……っ」

 

「その〝夢〟が、お前を苦しめるなら、オレは――( )

 

「アナタは私の想いを踏みにじろうってわけ!?」

 

「お前が、お前自身の想いを踏みにじっているんだ。ミズナ」

 

 私には、イタチの言っていることがわからなかった。わかりたくなかった。

 それでも、愛する人にこうして抱きしめられているんだ。まともでいることなんてできない。

 

「オレの『眼』を見てくれ」

 

 そうすれば、楽になることがわかった。なんとかして、イタチが私のことを楽にしてくれるのだと。

 

「……できないよ。……そんなの」

 

 でも、でも、だって、私にはプライドがある。今まで積み重ねてきた人生があるのだ。だから、身を委ねることなんてできない。そんなことをしたら、私は私を許せない。

 

「なら、こうだ」

 

 少し、私のことを突き放すと、くいっと私の顎を持ち上げる。むろんのこと、私は頑張って目を閉じた。

 

「絶対に開けないもん!」

 

「強情だな……」

 

 そんな声と共に、唇に触れる感触があった。しっとりとしていて、柔らかくて、暖かくて、私の全てを奪っていきそうな、そんな感触だった。

 

 ――否。そうじゃない。

 

 指を添えて、気の緩んだ私のまぶたをイタチは開ける。バッチリと目が合った。

 

 唇に触れる感触は、私の全てを奪っていく、そんな感触だった。

 

 私の心が、想いが変わっていくのがわかった。

 子どものころ、私がイタチをどう思っていたか。どうしても〝家族〟を優先していたあの時、私がイタチに抱いていた想いを、フタをしていた想いを。

 

「ねぇ、イタチ……。私、イタチのこと、ずっと、ずっと、大好きだった。アナタにあのとき会えて、心から救われたの。ずっと輝きを失った世界に、光が射したみたいに……。どん底だった私にとっては、アナタの存在が希望だった。アナタが……ずっと、私の中で一番だった……。大好きだった……」

 

 過去は変えられないと、誰もが言う。ただ、過去に感じた物事の受け取り方は、考え方一つで変えられる、改竄できる、修正できる。

 

 故に、私は家族以外の一番を認めてしまった。私の過去は……これで正真正銘イタチのものになった。

 

 アイデンティティの崩壊を感じる。自分の足元が崩れ落ちてしまったような不安感が私を襲った。

 

「オレもお前のことは昔から……。昔から、オレのものにしたかった」

 

「ふふ……なにそれ……。いいわ……。そう……私は、私は、昔から、ずっと、アナタのものだった。そうなの……。そうだったんだわ……! 気づかなかった……だけなの!」

 

 まるで酩酊しているような、それでいて高揚しているような、そんな不思議な感覚が私を襲った。

 なにもかもを吹っ切って、イタチに私の全部が吸い込まれて包まれるような、そんな優しい感覚だった。

 

「ミズナ、愛してる……」

 

「私も……いいえ、これじゃ、言い尽くせない……」

 

 もう、ダメだった。今の私は完全にイタチのことを土台にして、前提にして成り立っている。もし、離れ離れになったなら、きっと私が成り立たなくなるだろう。

 そこまでのことを、イタチは私にしてくれたのだ。

 

「ねぇ、イタチ……私……私ね、ずっと、ずっと」

 

「知っているさ。……昔からお前は、オレのために……」

 

「……そ、そう……アナタのために……。アナタのためよ……。それが私の生きがいだった……っ」

 

 

 そっと、イタチは私の頰に触れた。そして、微笑んで言った。

 

 

「偉いな……ミズナ。よく、頑張った」

 

 

「うん……わたし……がんばったよ……」

 

 

 ずっと、こうして欲しかったんだと、私は理解した。嬉しかった。心が解れていくのがわかった。

 

「ミズナ……オレは、ずっと」

 

「わかってるよ、イタチ……。私のこと、好き?」

 

「ああ……」

 

「大事?」

 

「そうだな」

 

「子ども、ほしい?」

 

「当たり前だ」

 

「いなくなったら、泣いてくれる?」

 

「お前をなくしたりなんかしないさ……」

 

 私は泣き出してしまった。

 体のどこもがじんわりと暖かくて、もう、私の人生がここで完結してもいいくらい、幸せで、幸せで、私は泣くことくらいしかできない。

 

「だから……ミズナ……」

 

「それ以上は……ダメ……」

 

 振り絞った。

 その一言を言わせてしまえば、全てが終わってしまう。それは絶対にダメだった。

 

 それでも、イタチは言い淀まない。

 

「これからの話をしよう……。オレたちの未来の……」

 

 このままでは、私の願う通りになってしまうとわかった。でも、それは、私の思惑とは違う、許されないことだった。

 

「ええ、わかったわ。なら……」

 

 世界が崩れていく。

 ここの役目は、きっと、過去の回想、そして解消。役割を終えた世界はバラバラと崩れ落ちる。

 足元が、崩れ落ちる。私は崩壊に巻き込まれる。

 

 私の過去がイタチのものになったのなら――( )

 

「ミズナ!」

 

 手を伸ばされる。

 

 伸ばされた手を掴んだ私は、こちら側へとイタチを引っ張る。

 私は、覚悟を決めた。

 

 

 ***

 

 

 戻ってきた。

 幻術世界の崩壊から、覚めた目。夢が覚めたような気分で、余韻がまだ残っているが、そうも言ってはいられない現実がある。

 

 幻術をかける前は、絡みついて、こちらの動きを封じていたはずの彼女だが、いない。

 『影分身』だったのか。繋がった幻術の中での感情の起伏により、維持できなくなって消えてしまったという線が妥当か。

 

 彼女の姿を探し、見つける。

 

「ねえ、イタチ。本当にアナタを殺すわ……。本当よ……?」

 

 手裏剣を二枚、三枚と宙空に放ちながら、彼女はそう言った。

 今日、何度も彼女が言ったその言葉には、説得力がまるでなかった。

 

「いいや、お前の狙いがやっと読めた。お前はオレにお前のことを殺させるつもりだったんだろう?」

 

 彼女は拗ねたように頰を膨らませる。あたり、と言ったところだろうか。

 

「なんでそう思うのよ……!」

 

「お前の、その『夜刀』にかけられた後、〝お前を殺さなければならない〟という意思が残ったからだ。たしかに強力な幻術だが、人を操るという点においては『別天神』ほどではないようだな……顧みれば、自分の意思でないことくらいはわかるさ」

 

 彼女はたじろいだ。

 厄介な瞳術ではあったが、それでも万能ではない。そのために、自我の削ぎ落としこそがフェイクで、取り戻す際に異物を混ぜ込んだのだろう。

 彼女の妙手だ。気が付くのにここまで時間がかかってしまった。

 

「で、でも、そうよ……。私が『別天神』でイタチに幻術をかけたっていうのは……? シスイの奴の意思を裏切って、アナタの想いを捻じ曲げたのよ! 私、酷いことしたでしょ? 許されないでしょ? だから、アナタは……」

 

「いや、あいつはオレたちの関係を望んでいた節があった。きっと、本望のはずだ……。それに、オレも、お前のことは昔からだ。そんなもの、キッカケに過ぎない」

 

「なによ、それ……。シスイの奴……ぅ」

 

 恨めしそうに、彼女はシスイの名前を零す。彼女とシスイの仲が良くないことは、というか彼女が一方的にシスイのことを敵対視していたことは知っている。

 それはただの可愛い嫉妬だろう。今ならば、見当がつく。それだけに、シスイのことを不憫に思った。

 

「だから、そうだ。お前の目的は、ここで犯罪者として討たれて、オレを里に残すことだ。いや、それだけじゃないな……」

 

「な、なによ……」

 

「オレの弱味を消す。それが、お前の一番の目的だな……?」

 

 なんとなく、察しはついた。

 彼女の考えそうなことだ。

 

 彼女の当初の予定では、おそらく『月読』で詰みだったのだろう。『月読』の勝負で競り勝ち、オレがミズナを殺して終わる。だが、そうはならずに、心が通じ合った。

 

 心の奥底で、誰かが祈った結果かもしれない。

 

 だから、今、こうなっている。

 

「はぁ……。これ以上は、ムダね……。そうよ、私はアナタに近すぎたの。だから、弱味になってしまった。アナタは忍で、アナタの〝夢〟には、私はいない方がいい。だから、私はこうしているってわけ」

 

 投げやり気味に、彼女は認める。だが、その言には反論せずにいられなかった。

 

「そんなことはない。お前は、お前自身を過小評価しているだけだ。たとえ、里に残り、火影になろうと、お前がこの世界にいなければ意味がないことくらいわかれ」

 

「いいえ! 過小評価なんてしてない。アナタが私を殺せれば、誰だってアナタは慈悲を持たずに切り捨てることができる。その試金石になれることくらい、私にだってわかるわ……っ!」

 

「いいや、わかってない……」

 

「わかってるわ……!!」

 

「わかってない……」

 

「わかってる……っ!」

 

 もはや、無意味な押し問答だった。

 こうなってしまえば、いったん頭を冷やすまで、話し合いには決してならない。ただ、そんな時間はなく、であれば、取れる手が一つということは容易に想像がつく。

 

「いいわ……。じゃあ、アナタに私を殺させればいい」

 

「なにをするつもりだ……?」

 

「ま、こうゆー、こ、とっ!」

 

 おもむろに、吐いた息から風遁の刃を纏わせた手裏剣を飛ばす。

 一枚の手裏剣は、さしたる速度もなく、こちらへと襲いかかる。

 

 躱すことに苦はなかった。

 続けざまに、二枚、三枚と『月読』から復帰した際、彼女が事前に宙に放った手裏剣が襲う。

 一枚一枚が迫るごとに、方向、角度、間隔が巧妙になり、躱しづらさが増していく。

 

 死角に入った手裏剣への対応。同時に正面から襲う手裏剣への対応。回避先を通過している手裏剣への対応。

 いくら回避をしようが、手裏剣は軌道を変えて、こちらへと戻ってくる。

 

「ミズナ……いい加減にしろ」

 

「ふふんだ。なら、やめさせてみて!」

 

 クナイを使い、手裏剣を弾いた。

 

「……くっ!」

 

 結果は変わらない。風遁の刃に守られた手裏剣は、弾かれようが安定した回転を保ち、またこちらへと舞い戻る。

 

「うーん……。『風遁・飛裏(トリ)(かご)の術』と言ったところね」

 

 十、二十と手裏剣が覆い尽くす。

 対応に追われて、思い通りに動けない。そして、一歩、一歩、意思とは関係なく、避ける際の動作により、動かされていた。そして、その先に待つ結末は理解できる。

 

「ミズナ……。止めろ」

 

「いやよ。そのまま、アナタは私を刺し殺しに来るのっ」

 

 このままでは、彼女の思い通りになってしまうことがわかる。なぜ、ここまで回りくどい手を取るのか。それは後回しに、とにかく今はこの手裏剣をどうやって退けるか考えなくてはならない。

 

 火遁――いや、二度の『月読』、そして『天照』の多用。チャクラは心もとなく、これ以上に術を使用してしまえば、木ノ葉からの逃亡がままならなくなってしまう。ダンゾウは必ずや追っ手を放つだろう。

 チャクラの消費を最小限にする方法をとる他ない。

 

 簡単な話だった。

 攻略法は見え透いていた。

 

 手裏剣の纏う風の刃が、手裏剣の安定した回転を守っている。だからこそ、何度躱そうとも、弾こうとも、回転は乱されず、また、こちらに襲い来る。

 どんな術にも、弱点となる穴はある。この手裏剣の風遁が纏われていない部分――( )すなわち、中心をクナイで穿つ。それだけでいい。

 

 指の股にクナイを挟む。

 右に四、左に四。計八つのクナイで、手裏剣の連携の間隙を突き、態勢の整う一瞬を狙い、放つ。

 

 クナイは寸分も狂うことなく、手裏剣の中心を撃ち抜き、縫い付け、ぴったり八つ、動きを止める。

 

「あぁ、懐かしいわ……」

 

 なおも、囲い込む手裏剣の攻撃は止まらなかった。彼女は変わらず追加を続けているのだから。

 彼女の追加する速度を超えて、こちらは手裏剣を止め続けなくてはならない。

 

 クナイを投げ、そして時には直接振り抜き、手裏剣を一つ一つ、機能停止に追いやっていく。

 一歩一歩、手足の動き、そして僅かな重心の移動さえ、間違えてしまえば、それは、死に繋がった――( )

 

「…………」

 

「死のうなんて思っちゃダメよ? アナタが死んだら私も死ぬわ……」

 

 ――彼女の死だ。

 彼女は彼女自身を人質にできる。それをされてしまえば、自身の命を蔑ろにすることなど不可能だった。

 

 絶え間ない手裏剣の攻撃に、気を緩めることもできない。手裏剣をこうして迎撃することも、彼女の計算内か。このままでは、悪い方向に進むと直感できた。

 

「ミズナ……。もういいはずだ……お前が居れば、オレは……」

 

「ダメよ! 全然ダメ! 私を殺して、アナタは完璧になるの!」

 

 言葉は届かない。

 手裏剣の数は減っている。彼女の放つ速度より、こちらの処理する速度の方が上だという証左だろう。

 

 心に余裕が生まれるが、油断は禁物だった。隙を作れば、彼女に付け込まれる。

 

 だからこそ、言葉は途切れさせない。彼女とは理解し合った。ならば和解ができるのだと、根拠のない自信があった。

 

「お前は家族を望んでいたはずだ。それが、もう叶うんだ……」

 

「アナタこそよ! アナタこそ、ここを乗り切れば、必ず火影になれる。そうしたら、世界から争いをなくすことだって……」

 

「それは、お前が望むべきことでは――( )いや……」

 

「…………」

 

 彼女は〝家族〟を、そして自身は〝平和〟を望んでいた。

 〝夢〟が、願いが入れ替わっている。

 相手と自分の境界がわからなくなり、その上で相手のことを大切に想った結果には違いない。

 

「……とにかくだ。オレは、お前にいてもらわなくては困る」

 

 彼女を殺して、そうやって前に進むことには、意味がなかった。まともでいられる保証がなかった。

 

 空中に舞う手裏剣も、数を減らした。

 そして彼女は次の手を打つ。

 

「イタチのウソつき!!」

 

 ――『手裏剣影分身の術』!

 

 そうやって、無理に数を増やしたが、『影分身』たる手裏剣は、普通の手裏剣よりも脆い。中心を正確に射抜く必要はなく、中心付近に衝撃を与えるだけで済む。

 

 クナイ一つにつき、手裏剣の『影分身』を五つ削る。弾いて、弾いて、弾いて、弾いて、弾いて、本物の手裏剣を貫く。

 (まと)ひとつに、クナイひとつ。確か、そういうルールだった。

 

「ミズナ……ッ!!」

 

「私のことなんて、なんとも思ってないくせに……っ」

 

 そう糾弾される理由がわからなかった。

 彼女への愛しさは、伝わっているはずだった。

 

「そんなことはない……」

 

「いいえ、そうよ。なら、なんで、私に頼ってくれないのよ! 私だって……力になりたかったのよ!」

 

「それは……」

 

 巻き込みたくなかった、というのが第一にあった。そして、頼れる部分は頼っていたはずだった。

 だが、それで納得してくれるのならば、彼女とはこうして争っていない。

 

「私の過去はアナタのものになったわ。だから、次は、私の未来を、私の命をもって、アナタに捧げる」

 

「やめろ、ミズナ……。お前は間違ってる……」

 

 『天照』の炎を背景に、彼女はこちらに背を向ける。

 そして、彼女は手裏剣を投げた。いつかと同じく、高く上がった手裏剣は、何枚かが重なって、ぶれて、わかれ、こちらへと襲う。

 

「いやよ……。これが、私にできる、唯一の、精一杯の恩返しだから……。お願いだから、奪わないで……。こんなことでもしないと……私はアナタのために……」

 

 今更になって、後悔に囚われる。

 ああ、そうだ。彼女は頑張っていたのだ。

 

 彼女にとって、大切なことは、その頑張りが認められることではなく、報われることだった。

 彼女の、〝うちはイタチの力になりたい〟という願いを無下にしてきた結果がこれだった。

 

 思えば、彼女は自身の存在に価値を見出せていなかったのかもしれない。彼女は、自分の命のことを軽く考えているのだろう。だから、こんなこともできてしまう。

 

 彼女に助けを求めなかった理由は、果たして、巻き込みたくないというものだけだったろうか。それだけではなく、彼女には頼りたくないという意地があったのではないだろうか。

 

 幼少の頃より、実力を競い合って、彼女の自身に勝る部分はいくつも見てきた。

 だからこそ、彼女には負けたくなかった。自身の存在意義が揺らいでしまうようで、耐えられなかった。そんなくだらない意地のために、彼女を自身の思い通りに燻らせて、腐らせていた。それがなにより心地よかった。

 

 やはり心のどこかで、彼女を自身の言いなりにしたいのだという考えがあったに違いない。縋ってくる彼女はとても可愛らしく、カラダを委ねてくれたときは、彼女を思うがままにできているという実感で酷く心が満たされていた。

 

「やめてくれ……。頼むから、もっと、自分を大切にするんだ……」

 

「ダメ! どうしようもないの! 私では何も成せないから……っ」

 

 ときおり、彼女が自身の自己評価を低く見積もっている時があった。彼女の生い立ちから、その原因がどこにあるかくらいはわかる。

 

 そして、自身の存在も、その一因であったことくらい。それが、この事態を生んだのなら、責任を、取らなければならない。

 

「ミズナ。お前は、オレの先を行っていたさ。お前はもっと、自信を持っていいんだ」

 

「なによ、今更……! 全然頼ってくれなかったクセに……っ!」

 

 後悔はしている。自身の抱えるものを全て、彼女に打ち明ければ、何かが変わっていたかもしれない。

 見栄を張ることなく全てを、そして彼女は受け止めくれただろう。

 

「お前を、ちゃんと頼るべきだったとは、今でも思う。だからこれからは、二人で話し合っていきたい……」

 

「嘘よ! アナタは根本的なところで他人を信頼できてないの! だから、私以外の女じゃ、裏切られるかもって、冷めた目で見てずっと萎えてるわけ。……男っていうのは面倒ね」

 

「いま、それは関係ない。お前のことは特別だと、それはわかるだろう……?」

 

「じゃあ、じゃあ、なんで私……夜、いつも下なの?」

 

「……はしゃいで、お前がすぐにバテるからだ」

 

「バ、バテてないもん! ジンッてなって、クラッときたとき、私のこと、イタチが、ゴロンってさせるだけだもん!」

 

 彼女の扱いに関して言えば、独善的な部分があったことも否めない。独占欲と征服欲が先行して、彼女のことを好き勝手にしていたには違いない。

 

「お前のことを蔑ろにしてしまっていたというなら、謝る。これからは、お前の意思も――( )

 

「ち、違うわよ……。私は……そういうの……好きだけど……。今は、アナタが他人を信用なんかできないって、話」

 

「…………」

 

 顔を赤くし、半泣きになりながらも彼女は言った。ならば、夜の情事を例に出すべきではなかっただろうに。

 だが、彼女の言い分は一理あった。今まで、自分は自らすすんで人に頼り、任せるということなどありはしなかった。そして、人は、その根本は、そう簡単に変われるものでもない。

 

「それでもだ。これからは、お前のことを一番に考えて、力を合わせて、()()で――( )

 

「いいえ。アナタの一番は、この世界の〝平和〟よ? それが叶いそうになくなったから、消去法的に私のことを選んだってわけ。これからも、アナタの頭の中には、アナタが選べなかった〝夢〟が、未練として残り続ける。……そんなの……私は、イヤよ……!」

 

 いつだって、彼女は逃避先だった。ストレスを大きく感じたとき、彼女に慰めをもらい、心の平穏を保ってきた。

 そのときだけ、彼女が常に味方であると、彼女に甘え切っていた。大切にしていると、そう自分に言い聞かせながら、いざという時は都合良く使っていた。

 

 もし、どちらかに振り切っていれば、こうして彼女を追い詰めることもなかったのかもしれない。

 

 クナイを投げる。金属音と共に手裏剣が動きを止める。

 宙を飛ぶ手裏剣は、もう残ってはいなかった。

 

「ミズナ……。もう、終わりだ」

 

「ま、まだよ……!」

 

 指の先に乗せて回転させた手裏剣を彼女は投げようとする。彼女のその動きは、よく知っている。

 狙いをつけ、タイミングを合わせ、クナイを放つ。

 

「終わりだ……」

 

「っ……!?」

 

 手裏剣が手を離れたその瞬間に、クナイがその回転の中心を穿つ。

 それは、もう彼女には何もできないことを示すに他ならない。

 今の瞳力なら、逆光も障害ではない。

 

「もう、終わりなんだ。ミズナ……」

 

 

「……何度もよ」

 

 

 俯いて、震えた声で彼女は言った。

 

「何度も……何度も、何度も、何度も、何度もっ!!」

 

 苛立ちに任せてか、彼女は地団駄を踏む。繰り返し、繰り返し、今まで溜め込んできた全てをぶつけるように。

 

「アナタは私のことをコケにしてきた!! いい加減……私を勝たせて……っ!! 私を切り捨てなさい!!」

 

 その叫びは、懇願にも似ていた。

 彼女と勝負をし、負けたことは一度もなかった。

 

「それは、無理だ。オレの唯一が、お前だからだ」

 

 勝負はほとんど決したはずだった。だが、彼女ならば、この状況からでも逆転できる。そんな信頼がある。

 

「どこまでも、どこまでも……アナタは……っ!」

 

「だが――」

 

 言い切る前に、全てを聞かずに、彼女は消えた。

 

 ――『夜刀』。

 

 〝有を無に、無を有に見せかける幻術〟だったか。

 いつの間にか周りを飛んでいる手裏剣が、目に映る。当然、それに意味がないことくらいわかる。

 

 目を閉じる。

 幻術に嵌っていることは明白だった。だからこそ、頼るのは五感ではない。

 

 記憶だ。

 彼女のことは誰よりも知っている自負がある。彼女の意図や行動を、間違えるわけがなかった。

 なにもみえなくとも、彼女の打つ手はハッキリとわかる。

 

 まず、一手目は、小手調べ。単純な軌道で、正面から。

 

 二手目は、多方向からの同時攻撃。右、左に真後ろ。一手目から僅かな間で。

 

 三手目は、もう一度、正面。二枚重なり、不意を突くように分かれ、三次元的な攻撃をしかけてくる。

 

 四手目は、不規則な軌道で。上下に左右、そして緩急。四次元的な変化によって、絶対に撃ち抜かれないという執念が、そこに込められている。だが、厄介なのはそこではない。

 

 最後の一手。四手目に気を取られている隙をついて、最速で投げられた(まと)が襲いかかる。

 

 (まと)の数は合計で八つ。彼女なら、そうすると、確信があった。

 (まと)一つに、クナイ一つ。クナイ八つで八つの(まと)を処理し切れなければ、こちらの負けか。

 

 一手目、二手目、三手目を処理する。

 できるだけ早く四手目に対応するが、ギリギリ。

 

 直接的にこちらを狙う五手目の的を、一歩退き、上半身を逸らして躱す。

 そうだった。いつも、投げるのではなく、直接クナイを突き刺すことで、最後の(まと)を迎撃していた――( )

 

「――な……っ!?」

 

 踏み込んだ床が抜けた。

 何度も『天照』を放ったわけだ。この闘いで、脆くなった床があるのは、当然だろう。そして、彼女が、今までの攻撃で、ここまで誘導したことも。

 

 焦りが生まれる。

 だが、クナイを突き上げ、(まと)に当てれば、こちらの勝ちだ。

 幸いにして、体勢が崩れただけであり、リカバーが利かないほどではない。

 

 ――いや、彼女ならば……。

 

 クナイを上に放り投げる。こんなものはもう、必要ない。

 

 手を伸ばして、掴むだけでいい。

 

「やん……っ!」

 

 崩れかけた体勢から、巻き込み、できた穴に落ちないように倒れ、勢いよく二人で転がる。

 受け身を取り、慣性を調節し、もれなく彼女を下に組み伏す。

 

「オレが手裏剣をクナイで迎撃するに乗じて、間に飛び込み、殺されるつもりだったなら、オレがそれを警戒しないわけがないだろ?」

 

 それを聞き、彼女は微笑む。どさくさに紛れ、彼女は手足を絡みつかせ、こちらの自由を奪っている。

 

「く……っ。ふふ……時間がないわよ? わかってるのでしょうけど、こうなることくらい、私は読んでた。この位置に私を留めておけば、私は死ぬわ。まあ、できれば、アナタの手で殺されたかったけど、死因はアナタの力不足って、ことで……」

 

「それは、どうだ?」

 

 クナイが落ちる。

 それは、最後に彼女を掴むため、手を自由にするために、放り投げたクナイだった。

 

 こちらに向かう手裏剣があった。それは最後の(まと)で、放たれなかった八つ目の(まと)。苦肉の策として、彼女が用意したそれだ。

 

 重力に従うクナイは、丁度、その手裏剣の中央を突く。だが、手裏剣はあっさりとクナイを弾く。重力だけでは、その手裏剣の回転に、若干の不安定さをもたらすことしかできない。

 

 そして、手裏剣の軌道は変わった。

 

「なに、何のつもり……」

 

「死ぬときは一緒だ。ミズナ……」

 

 密着する。その手裏剣の軌道の上に、その手裏剣が二人の命を奪うように。

 これが、最善なのだとわかった。

 

「ふ、ふざけないでよ!! 私なんかと一緒に、死なないでよ! アナタは、諦めるっていうの!? これからの全部! アナタの救えるはずの命を!!」

 

「オレの未来を、お前にだ。オレも、お前も、一人にはならない。お前が死ぬなら、それ以上に救える命はない」

 

「じゃ、じゃあサスケはどうするのよ? あの子はまだ一人で生きて行けるほど強くない。私たちが死んだら、いつ上層部に殺されるか……」

 

「もし、ここでお前を見捨てたりしたら、あいつはオレに失望するだろうな。一緒に死んだ方が、まだ格好がつく」

 

「な、なに言ってるのよ? は、早く躱しなさい……!! ……ぐ、うぅ」

 

「動くな……」

 

 もとより、こちらが上だ。彼女を組み敷いて、逃がさない術ならよく知っている。

 彼女に手段は残されていない。

 

「やめて……っ! イタチっ! 私は……私は……こんなつもりじゃなかった!!」

 

「オレと一緒に死ぬのは不満か?」

 

「そういうわけじゃないけど……。違う……違うけど……。違うの……っ!!」

 

 その慌てぶりに、彼女が追い詰められていることがわかった。

 風遁をかろうじて纏った手裏剣は、もう、すぐだった。彼女と一緒ならば、最後の一瞬まで幸福でいられる。死ぬそのときまで幸せならば、死も悪くはなかった。

 

「オレはそれで、満足だ」

 

「うぅ……」

 

 泣いて彼女は、全てを諦めるように抱きついてきた。

 抵抗も、もうここまでくると意味がない。なら、最後の生で、どれだけ幸福を得るかに思考が移ったのだろう。

 

 そうして、彼女は目を閉じた。

 

 愛しい彼女を目一杯に撫でる。彼女と歩んで来た人生は、苦難に満ちて、希望もなく、それでも幸福なものだった。

 そして、そんな人生も、彼女と共に、閉じる。

 

「――だが、それは今じゃない」

 

 クナイが落ちる。

 一度、手裏剣に弾かれたクナイだが、もう一度、弾かれたときに奪った風遁のエネルギーで高く上がり、重力を味方にして、一度目で不安定な動きになった手裏剣の中央を、再度、穿つ。

 

 今度こそ、完全に手裏剣はバランスを崩し、風遁の刃が奪われ、地に落ちる。

 彼女の首筋近くに、勢いを失った手裏剣が地面に刺さった。

 

「ミズナ、オレの勝ちだ」

 

 惚けた顔で、彼女はこちらを見つめている。

 しばらくしてから、手裏剣と、こちらの顔を、交互に見て、状況を把握して、拗ねたように、顔を背けた。

 

「なによそれ……。ずるい……すごく、ずるい……。同じクナイで、二回も同じ(まと)に当てるなんて、反則じゃない? 断固、抗議するわ」

 

「勝ちくらいなら、譲ってもいい。だが、お前だけは譲れないんだ」

 

 力を込め直す。マウントから抜け出そうと、彼女は身体をよじるが、それは、まだ、許せない。彼女に全てを伝えきれていないのだから。

 

「なんで、あんな、芝居掛かったことをしたのよ? 一緒に死ぬだなんて」

 

「別に本気だ。失敗したら、潔く死ぬつもりだったさ。それに今……生きていて良かったと、思ってはないか?」

 

「当たり前よ……。あんなことされれば……誰だってそう思うわ……っ!」

 

 彼女は、自分の命の価値を低く見積もるキライがあるのだとわかっていた。だからこそ、どうにかして、彼女に彼女自身の命の価値を実感させてやりたかった。

 人間、差し迫らない限り、実感などしない。

 

「お前が死んだら、オレも死ぬ。もう、覚悟はできてる……それでもお前は、死にたいか?」

 

「ずるいわ……!」

 

「先に言ったのは……お前だ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 なんとか彼女をやり込めることができたようだ。

 最初から、こうできればよかった。こうできる覚悟が、自分にあればよかったのだ。

 

「とにかくだ。もう、お前に死ぬなんて言わせないさ」

 

 まっすぐと、見つめて。

 彼女は相変わらず綺麗だった。もう自分の相手は、ここにいるミズナしかいないと確信を持って言える。

 

 それほどまでに、心奪われて、愛した彼女だった。

 

「わかったわよ……そういうことね……」

 

 ようやく、彼女は力を抜く。

 もう、抵抗はしないという意思表示だろう。わかってくれて、助かった。

 

「これからの話なんだが……」

 

「ふふ、その前に……イタチ、約束、覚えてる?」

 

「約束……?」

 

「そうよ? 今日の朝のやつ。イタチの願いは、私に生きて欲しいってことで、いい?」

 

 確か、互いに互いの願いを叶えるという約束だった。

 彼女にやって欲しいことと言われても、特に思い付かなかった。それほどまでに、彼女はよくやってくれてるからこそ、なのだが。

 

「ああ、構わない」

 

「じゃあね、私はね――」

 

 一息入れ、もったいぶる。

 どんな願いを彼女は言うのか、僅かながらに戦々恐々としながらも待つ。

 彼女の願いだ。どんな無理難題でも、彼女を害する必要が生まれない限り、できるだけ叶えたいと思うことが、当然だ。

 

 

「――キス、して欲しいな……」

 

 

 恥ずかしがりながら、遠慮がちに、彼女は言った。

 

「それで、そんなことで、いいのか?」

 

 もっと、私を犠牲にしてだとか、火影になりなさいだとか、そういう無茶を願われるのだと思っていた。肩透かしを食らったような、それでも、ささやかな幸せを望む彼女らしいような、そんな願いだった。

 

「いいの……。だって、だって、ずっと前から、決めてたんだよ? 今さら、変えられないもん」

 

「ふっ……。そうか」

 

 彼女の願いに応えるべく、唇を近づける。

 

「あ、ダメ……! ちゃんと唇にして?」

 

「あ……あぁ」

 

 咄嗟に気の無い返事をしてしまったせいか、彼女は胡乱げな目で見つめてくる。

 それに、思わずたじろいでしまえば、それを見て、彼女はおかしそうに笑った。

 

「ふふ、だって……いっつも、首とか、そういうところにしか、してくれないじゃん。さっきは、幻術の中だったし……。私たち、ちゃんとキスしたこと、ないでしょう?」

 

「確かにな……」

 

 現実で、彼女の唇を奪ったことはなかった。

 そうしなかったのは、彼女を選び切れていないという、心理的な抵抗感があったからだろう。彼女と関係を持ってしまっている以上、今さらのような気がしないでもないが、それは重要なことだった。

 

「だから、お願い……」

 

 今ならば、それが叶えられる。覚悟の証か、もう躊躇はいらなかった。

 

「いいか?」

 

「うん……」

 

 彼女は目を閉じて、そう。

 そして、唇を重ねた。

 

 柔らかさを感じるとともに、全身が震えた。ずっと欲しかったものを手に入れたときのような歓喜に体が震えて、脳は高揚に満たされる。

 腕の中にいる彼女が、間違いなく自分のものであるのだと、強い実感が込み上げてくる。

 

 唇を離す。

 頰を紅潮させて、彼女は名残惜しげにこちらを見つめていた。そんな表情の彼女は、よく知っている。

 

「ミズナ……これで、満足か?」

 

「……ううん。……イタチ……もっと。……もっと、愛して」

 

「……あぁ」

 

 もう一度、唇を。今度は深く。忘れられないよう、焼き付けるように。

 

「ん……。……あ、あ」

 

 もちろん、それだけで終われるはずがない。彼女には、求められる以上に、()()()を与えた。



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エクストラ『作戦』

 乱れた髪に、乱れた服を整える。人の焦げる匂いにまじって、独特な甘い香りが漂うが、私にとっては心地の良いものだった。

 

「イタチ……っ」

 

 思いっきり腕に抱きつく。こういう何気ない触れ合いも、私の幸せの一部だった。

 隣にイタチがいること、それだけで私は幸せになれた。

 

 さっき私はイタチと初めてのキスをした。

 もう、頭の中が真っ白になって、他が何もわからない。心が満たされていくことだけがわかった。

 

 すぐに終わってしまったけれど、とても名残惜しく、私はイタチにおねだりをしてしまった。そんな要求にも、イタチはすぐに応えてくれたから、愛されているという実感のまま、私は私を彼に委ねた。

 場所が場所だけれど、ムードに流されて、ついついどうでも良くなってしまう。一応、誰もいないと確認したから、場所なんて瑣末な問題だろう。

 

 キスは初めてだったけど、その先は知っている。それでも、なぜか、今回は緊張をした。

 私が緊張している姿に、微笑んで、愛していると彼は言葉を紡いだ。そんな言葉に、私の頭はいけないくらいに澄み渡った。

 

 もう痛みも感じないほどに、慣れてしまったと思っていたけれど、澄み渡った頭は感動を何倍にも膨れ上がらせる。だから、ジンと全身に心地よさが広がってからの、頭がふわっとするような感情の動きも、いつもより早くやってきてしまう。

 

 それから、それから、私の反応は、嫌というほどよく見られていて、感じられていて、普段とは様子が違うと、すぐに見破られてしまう。

 またキスをされて、そのしばらくあと、愛の言葉がまた。フワッとした、霧がかった酩酊感に包まれていたけれど、頭を揺り動かすように、スッとする高揚感が襲ってくる。

 

 意識が明瞭になり、現実に引き戻されたようで、感覚が生々しく身体に刻まれていく。

 どうすれば私の身体がどう反応するかは、知り尽くされていた。そこから引き起こされる脱力感を伴った痙攣は、いつもより深く、強烈だった。そして、少し焦らされただけなのに、負債を解消するような身体の震えが引き起こされる。

 

 それは普段よりも早いペースで、もうどうにかなってしまいそうだった。そう訴えても、火に油を注ぐだけで、愛の言葉はやまないし、愛をとめてもくれない。

 

 ジンっとなって、ビクっときて、ガクっと震えて、畳み掛けられる刺激は繋がり、私を襲う。もう、なにもわからなくなって、意識が夢への狭間まで追いやられるが、言葉をかけられ、スッとするような精神の昂りでまた現実に戻される。

 

 はっきりとした意識の中で、彼は私を好き勝手にいじめてくれる。それが好きなようだった。

 ここまでくると、身体のどこを触られても、それが全身にフィードバックされ、脳に幸福を与える。そうしたら、危ういバランスで保たれた私の意識は、すぐに陶酔状態に陥ってしまいそうになるが、彼の言葉でまた興奮状態にまで揺り戻される。

 

 その言葉は慣れないようでぎこちないが、それでも、愛は伝わってくる。どうしても、私の単純な頭は、それだけで喜んでしまう。

 

 私の心は好き勝手に弄ばれて、いたぶられて、ただ多幸感だけが募っていく。

 こんなにも幸せなのに、気分の上下を短時間に繰り返して、精神は摩耗していってしまう。

 

 心の危機を感じて、泣きながら、もう無理と、叫んでも、やめてくれない。それどころか熱を増して、私を虐げるばかりだった。

 

 私の助けは応じられずに、精神は擦り切れかける。

 冴えでも、酔いでもなく、超越感が浸透し、心も体も境界なく溶け合うような、幸せな幻覚が私を満たした。流れ込む幸福が、私の体内を駆け巡っていた。そして、()()()された。

 

 今、私は余韻のままにグッタリとして、綺麗にされて、ようやく正常に戻りかけたところだった。

 

「イタチ……。私、次はもう、無理よ?」

 

 そう主張するが、イタチに甘えながらなのだ。イタチは、やや困惑したようだった。

 

「なにか、まずかったか……?」

 

「ええ、だって、すごすぎるんだもん……。良すぎて、もう少しで戻ってこれなくなるところだったわ……」

 

「……大袈裟だ」

 

 いつもの通り、終わった後のイタチの態度はそっけないものだった。

 本音を言えば、終わった今こそ、私はイタチのものだと実感が持てるのだから、イチャイチャしたい。イチャイチャし過ぎて、二回戦になったりとか……ふふ。

 

「ああ……。もう……もう……私の、バカ」

 

 さっき、辛い思いをしたばっかりなのに、なんでそんなことが思えるのか。

 完全に、精神があの多幸感に侵されている。

 

「それは、そうと、これからどうするかだ……」

 

 完全に余韻を吹っ切るセリフだった。ジト目で見つめるが、イタチは意に介さない。

 ちなみに私の『眼』だが、『写輪眼』を切るコツがよくわからないので、チャクラの節約のために通常状態では、目を閉じておかなきゃならない。

 

 ずっと、無くしたと思ってた『眼』があった時は、すごく、ビックリした。今日はビックリすることが多い一日だった。

 結果的に、イタチと絆を深めることになって、こんなことを言えば不謹慎だが、私にとっては差し引きでプラスだった。

 

「えっと、誰にも見つからないところに行くとか? 〝みょーぼくざん〟とか、〝りゅーちどー〟とか……」

 

「たしかに、隠れ住むには打って付けだが、〝妙木山〟の蝦蟇は三忍の自来也とも親交が深い。〝龍地洞〟は噂通りなら逆に危険だ。そもそも、見つけることも易くないだろう」

 

 いい考えだと、思ったんだけど……。

 まあ、そう上手い話もないか。

 

「他の里に匿って貰うっていうのは?」

 

「オレたちの血は貴重だ。国際問題になるだろうな」

 

「雷とかは? あそこは、結構、そういうの覚悟して、〝血継限界〟とか、集めてたと思うけど」

 

「子どもを、無理に作らせられる可能性がある。オレは男だ」

 

 男なら、血筋を増やすために、お(めかけ)さんとか、そういうものが用意されるかもしれない、というわけだ。

 

「却下ね」

 

 当然だ。イタチには私だけいればいい。

 

「そういうことだ」

 

 となると、あとは、あまり良い案が浮かばない。

 誰にも見つからないところに行くか、何か身を守れる集団に所属できれば良いんだろうけど……。

 

「あとは――」

 

 私が言いかけた、その時だった。

 

「すまない、ミズナ……。少し、時間をもらえないか?」

 

 イタチに待ったをかけられた。とっさに私は感知範囲を広げて、索敵をかける。敵は引っかからない。当分は大丈夫そうだ。

 

「えっと……。アイディアが浮かばないなら……まだ……」

 

「そうじゃない。オレたちが、二人で一緒に暮らすまで、少し時間が欲しい 」

 

 感知が真っ白になった。私は動揺を覚える。

 イタチの勝ちで、決着はついた。それがあるから、イタチがそう言い出すと私は思わなかったのだ。

 

「イタチ……?」

 

「お前と闘って、お前のことや、オレ自身の在り方は随分と考えさせられた。やっぱり、〝平和〟は諦めきれない」

 

「…………」

 

「その上で、お前のことが一番なのは変わらない。そして、お前のことを、一番に頼りたい。……だからこそ、少なくとも、目処が立つまででいい……待っていてくれないか?」

 

 別に、私はイタチに一番って、想われたいわけじゃないけど、その言葉は単純に嬉しかった。

 だから、ちょっと意地悪する。

 

「イタチ……それ、結局、私のこと、後回しにしてるじゃん。そういうの、二の次って言うんじゃない?」

 

 そして、イタチはフッと笑った。

 

「かもしれないな……。それでもオレは、()()()()()()、〝平和〟を作りたいんだ。そして、()()()()()()()に、〝平穏〟な日々を届けたい」

 

 私はため息をつく。私の最愛の人が、こんな人なのは十分に知っている。

 全体のために、自身の名誉や功績も投げ出してしまえるような、お方だ。

 そんなところも、私は好きだ。尊敬している。

 

「はぁ……なら、待ってあげますぅ。アナタが憂うことも、想うこともないくらい、世の中を〝平和〟にしなさい。そうしたら――何( )年でも、何十年でも、何百年でも、何千年でも、その〝平穏〟まで……私は待ってあげられるわ」

 

 ――だから、必ず……私のこと、ちゃんと一番にしてねっ?

 

 私は微笑んで言った。

 

「もちろんだ」

 

 ――そんなには、待たせない。

 

 彼も微笑んで言った。

 

 その約束を叶えるためには、私は生きていかなければならない。イタチも軽々しく自己犠牲なんかはできないだろう。

 その約束は楔となって、二人を繋ぐ。

 

 本当に、イタチと私は、心から通じ合える仲なんだな、って心の底から思えた。

 男の子っていうのは、どうしてこうもワガママなんだろう。

 

「あっ……」

 

 心が動揺から復活し、感知能力が戻って、唐突に私は引っかかりに気がついた。

 イタチと愛し合った時に、一旦、置いたポーチの中から小瓶を取り出す。

 今日、獲れたばかりの、おめめが二つ入ってるはず。

 

「どうした、ミズナ……」

 

「〝根〟の暗部、襲ってこなかったね」

 

 私たちは、一緒になって、すごい隙を晒していたのに、こなかった。ま、まあ、最初の方は、恥ずかしいから誰か来ないか、ちゃんと注意してたわけだし……。

 不安要素を消したいダンゾウが、送り込まないわけはないのだけれど。

 

「……そうだな」

 

 たしかに瓶は二つあった。おめめも二つ入っていた。

 

「イタチ……逃しちゃった」

 

 だが、そのうちの一つは、『写輪眼』のあるべき黒と赤の模様がどこかに消えて無くなっていた。光が失われている証拠だった。

 

「『イザナギ』か……」

 

 千手と()()()の力を揃えた者のみに扱える、己にかける、()()()に伝わる究極幻術。

 使えば、使用時間中、好き勝手に自分の都合の悪い事象を消し、現実を書き換えることができる。代償は、使用時間中にその瞳力が急速に失われ、最後には失明してしまうことだ。

 

 傷だったりの使った後の都合の悪い現実は、失明と共に全て消してしまえる。目玉を失った欠損も、なかったことにできるのだろうが、多分、失明した『眼』を私の手元に残したのは、質量の変化で『イザナギ』を使ったことに気付かれないためにだろう。

 

 一応、もう一つの『眼』は、ちゃんとあるから、あのグルグルのお面の人は、両目が見えないまま木ノ葉から逃亡したことになる。難儀なことだ。

 

「〝根〟の暗部って、けっこう情けないのね」

 

 きっと、私たちが襲われなかったのは、〝根〟の人達がグルグルの人にやられたからなのだろう。

 

「それはともかくだ。一つ、気になることができた」

 

「なに?」

 

「うちはマダラの、『輪廻眼』の在り処だ」

 

 えっと、『輪廻眼』なら、〝暁〟のリーダーで、うずまき一族の、長門って、人が持ってたような……。

 ん? だれ? この人……。自分に幻術をかけたり、よくわからない呪印みたいのをかけられたせいで、記憶が混乱して、よくわからない。まあ、後でいいや。

 

「とにかく、『輪廻眼』ね」

 

「過ぎた力は争いを生む。それが木ノ葉の里の不始末なら、片付ける必要がある」

 

 完膚なきにまで叩きのめされた私だ。イタチの行動に、とやかく言う権利はない。でも、そうやって、みんなのことを考えて振る舞う姿を見ると、どうしても、ウットリしてしまう。

 

「……ふふ」

 

「どうした、ミズナ……?」

 

「ううん。やっぱり、イタチはカッコいいなって、思って……」

 

「そうか……」

 

 互いに照れて、変な雰囲気になった。お腹の下の方がきゅんってなって、モジモジとする。

 もう一回、もう一回くらいなら、好き勝手にされても耐えられるかもしれない。この、すごくモヤモヤした気分を解消する方法は一つしかない。

 

「ねぇ、イタチ……」

 

「ダメだ」

 

「…………」

 

 すごく淡白に断られた。頑張って、誘おうとしたのに……。

 でも、優しいイタチだから、もうちょっと粘れば応えてくれることくらいわかる。今は、状況が状況だから、控えるべきだということもわかる。

 

「もっと状況が落ち着いてから、だ」

 

「……うん」

 

 私の落ち込みっぷりを見て、そうイタチは言ってくれる。なんにせよ、片付けるための張り合いが出来た。

 

「話を戻すぞ?」

 

「うん。『輪廻眼』ね、『輪廻眼』。ちゃんと、覚えてるわよ」

 

「あぁ……。だが、闇雲に探すわけにはいかない」

 

 イタチの言いたいことは、わかった。

 

「あ……っ、渡りに船よ?」

 

「どうした? なにがだ?」

 

「サスケが、グルグルお面のあの男に追いかけられてる」

 

 

 ***

 

 

「なんだよ……。なんなんだよ、これ……」

 

 辺り一面に(おびただ)しい量の血液が広がっている。

 道行く人は倒れ、誰一人として生きてはいない。家の中にも気配はなく、他人に助けを求めることも望めない。

 

 予兆はあった。本来なら修行に付き合ってくれるはずだった兄を、姉が止めたところからだった。

 

 最初は、夫婦のように仲のいい二人のことだから、もうすぐ夫婦になるだろう二人のことだから、水入らずでやりたいことでも出来たのかとも思った。

 姉は戻ってきたが、影分身で、二人でどこかに出かけていったと説明された。

 

 少し、修行をしに外に行こうとしたら、もうすぐ夕飯だからと止められてしまった。夕飯の時間にしては、いつもより早く、なにかおかしいとも思ったが、今日は早く食べるんだと言われて、引き下がる他なかった。

 

 しかたなく、勉強をしていた時だった。

 〝サスケ、逃げて〟と姉さんの声がした。

 声のした方を見に行くと、玄関の近くで、不審な仮面を被った男が影分身の姉さんと戦っていた。

 

 本物の戦いに、本物の敵に、本物の殺意に、身体が固まって動けなくなった。

 自らではどうしても敵わない相手に、身がすくんでしまった。

 

 姉さんの必死な声に、なんとか我を取り戻して、カバンからクナイを一つ取り出して、ようやく窓から外に飛び出す。

 助けを求めようと、一族の集落を走ったが、周りは血だらけで、生きてる人間を誰一人として見つけることはできない。

 

「み、みんなは……? どうして……」

 

「それは、オレが説明してやろう」

 

 目の前には、仮面の男がいた。

 姉さんの影分身が、足止めをしているはずだった。いや、影分身だから、本体よりは弱いから、きっとやられてしまったのだろう。

 

「なんなんだ……お前は……。お前が……お前が、やったのか……!?」

 

「だから、それを説明してやろうと言っているだろう……。落ち着け、オレは少し、お前と話がしたいだけだ」

 

 男のセリフは信用できるものではなかった。だが、男がその気ならば、自分は一瞬で殺されてしまうこともわかった。

 クナイを構える。

 

「くっ……」

 

「なにも、その歳で生き急ぐこともないが……ああ、確か、イタチもそうだったか……」

 

「兄さんを……知って……。……っ!? ――兄さん……兄さんと、姉さんは……っ!?」

 

「落ち着けと言っているだろうに……質問の多いガキだ……。安心しろ、アイツらは生きている。ちょうどオレは、アイツらから、命からがら逃げてきたところさ」

 

 ホッと僅かに力が抜ける。

 そして、希望も生まれる。兄さんと姉さんが戻って来るまで持ちこたえればいい。

 クナイを構え直す。

 

「…………」

 

「やるつもりなら、相手をしてやってもいいが……今は目が見えない。手元が狂ってしまうかもしれないからな……止めておいた方が賢明だ」

 

 相手に戦闘の意思がない限り、手を出す理由はなかった。今できる最大限は、時間稼ぎ。

 

「なんで、こんなことをしたんだ……っ!」

 

「なぜ、お前を追いかけているかと言えば、それはオレが生き残る為だ」

 

「そうじゃない!! なんで、みんなを……っ!」

 

 無残にも、惨殺されている遺体の数々。一部を見ただけだが、うちは一族のほとんどが殺されてしまったかのように思えた。

 

「勘違いをしているようだが、これをやったのは、うちはミズナだ」

 

「……っ!? 嘘だっ!! 姉さんはこんなことしない……っ!!」

 

「なぜ、そう言い切れる? お前は、うちはミズナの何を知っている? 物事の表層をなぞるだけで、お前は本質を見抜こうとはしていないのだ……」

 

「嘘だ……っ!?」

 

 あの優しい姉は、こんなことをするはずがない。兄とはとても仲睦まじくて、少し厳しいが、自分にも死んだ母の代わりとして目一杯の愛を注いでくれる。

 そんな姉が、こんな事をするはずがなかった。

 

「聞きたいことは、それだけか?」

 

 わけがわからなかった。

 こんなやつの話は、まともに聞く必要もない。必要なのは、時間だけだ。

 

「なんで、兄さんを知ってる!? お前は、何者なんだ!?」

 

 見るからに風体の怪しい男だ。見ただけで、まともな人間でないことはわかる。

 

「お前の兄は、優秀と有名な男だからな……知っていて当然だ。それと、オレが何者かだが……フッ、それは、(じき)にわかる」

 

「…………」

 

 ほとんど返答になっていない。やはり、この男の声に耳を傾けるべきではないとわかった。

 

「おっと、時間切れだな……」

 

 首筋にクナイが当てられる。いつのまにか、男は後ろに回っていた。

 

「サスケェ……!!」

 

「サスケから離れなさい!!」

 

 そして、目の前には、兄と姉が居た。

 

 

 ***

 

 

「ようやく、お出ましか……」

 

 充分に作戦を練った後、私とイタチはサスケ救出に向かった。

 もちろん、作戦会議は、イタチの『月読』を使って時間短縮したから、ちょっとイタチのチャクラが心許ない。

 

 まあ、この男のおかげで、〝根〟の暗部を振り切る分のチャクラが浮いたから、差し引きゼロってところだろう。

 

「兄さん! 姉さん!」

 

「サスケ、安心しなさい。今、助けるわ……!」

 

 手順も考えてきた。

 相手は『眼』を失った状態だが、それでも、聴覚や触覚を頼りにか、ここまでやってみせた。

 正直、私は余裕だと思っていたが、イタチの忠告により、細心の警戒を払うべきだと気を引き締めて来たのだ。

 

「それにしても、遅かったな……。逢瀬でも、楽しんでいたか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 私もイタチも、黙り込んで、少し顔を相手から逸らした。実際、さっきまで、すごく、楽しんでた。

 微妙な間が空いたせいで、微妙な空気が漂った。〝まさか、本当に……〟という敵の心の声が聞こえてきそうな気がした。

 

 こんな、人質を取るなんて真似は、私の感知能力を評価してのことだろう。私の感知能力は、それなりに知れ渡っていた節があった。

 両目が奪われ見えない状態で私たちと鬼ごっこしても、勝率が低いと判断しての賭けに違いない。

 

 実際は、まあ、私とイタチで夢中になって、時間をかけて、絆を深めあっていたから、この男が全力で走ってたら、私の感知能力の外に行けたと思う。戦闘が終わってからのがなくって、すぐに、全力で感知したなら、逃げ切れなかっただろうけど。

 

 そんな、微妙な空気を切り裂いたのは、サスケの声だった。

 

「ね、姉さん……。嘘だよね……っ!? ね、姉さんが、みんなを殺したって……」

 

 なにか、サスケは吹き込まれてしまっているようだった。

 大方、予想通りだった。味方への不信感は、燻って、後に禍根を残す。

 

 

 私は悪びれずに指をさした。

 

 

「そいつが元凶よ。犯人なの。嘘じゃないでしょ、イタチ」

 

「あ、あぁ」

 

 この惨状の元凶なのは間違いない。こんな大立ち回りをするくらいだから、なにかの事件の犯人だろう。嘘は言ってない。

 サスケは、安堵したようだった。

 

「ふん、まあ、いい。要求はただ一つだ。お前たちが奪ったオレの『眼』を渡せ」

 

 予定通り、と言ったところだろうか。

 この男の時空間忍術は、『万華鏡写輪眼』によるものだった。木ノ葉から安全に脱出するためには、これを使うほかない。

 

「ええ、これね」

 

 瓶を持って、その手をヒラヒラとさせる。

 ちゃんと、使える方の『写輪眼』が入っている。

 

「渡せ。人質の解放は、そのあとだ」

 

 無論、男は目が見えないから、すぐに『写輪眼』が本物かどうかの確認ができない。使ってみるしかない。

 そんなにすぐ、移植できるとも思わないが、千手の力でどうにかできるのかもしれない。

 先に解放するのは、偽物を掴まされるリスクがある以上、頷かないだろう。

 

「ねぇ、その前に、私が代わりに人質になるのって、ナシ?」

 

「姉さん!?」

 

 サスケは抗議するように声を上げる。私のことを、きっと心配してくれてるのだろう。嬉しい。

 

「ナシだ。オレを出し抜くつもりなのは分かっている。むざむざそのリスクを増やす理由はないからな……」

 

「そう、残念ね」

 

 まあ、この反応は予想していた。

 どっちにしろ、出し抜くから、サスケにはなるべく負担をかけたくないんだけど、そう簡単にはいかないか。

 イタチは黙って事の推移を見守っていた。

 

「じゃあ、ここに置くわよ?」

 

 目玉の入った小瓶を置いて、私は離れる。

 十歩ほど、距離をとったあたりだった。

 

「そこでいい。一歩でも動いたら、こいつは殺させてもらう」

 

 クナイを揺らし、いつでもサスケを殺せることを強調し、私たちの動きに制限をかける。

 この距離では、サスケ救出はまず間に合わない。

 

 男は、目玉の入った小瓶を手に取る。

 

 

 ――かかった……ッ!

 

 

 全力で走り、近付き、クナイを持つ男の右腕を風遁を纏ったクナイではねる。次に、サスケの腕を掴み、こちら側に引き寄せる。

 

 同時にイタチが、男を後ろに倒し、左肩へと忍刀を突き刺し、地面に縫い付ける。胸部を足蹴にして、完全にマウントを取った。

 

「あ……っ」

 

 起爆札がサスケの服に貼り付けられていた。

 なんて、卑劣な……っ。

 

 もう一度、風遁の刃を作り、服を切り裂いて、起爆札を剥がす。それからチャクラコントロールして、札を風で吹き飛ばした。

 

 爆発。

 サスケを抱きしめ、背で爆風を受ける。強い風と、ちょっとした衝撃を受けるだけで、大した痛みもなかった。

 

「大丈夫か……っ!?」

 

 イタチの声が聞こえてくる。いつもはない必死さを感じて、少し私は微笑んだ。

 

「こっちは大丈夫よ? ねっ、サスケ」

 

「…………」

 

「サスケ……?」

 

 反応がない。サスケは動かなかった。

 若干の焦りを感じつつ、脈拍と呼吸を確認する。

 ドクンドクンと流れる血に、すぅはぁと息をしているとわかったから、問題はない。

 

「ミズナ……!?」

 

「大丈夫! ちょっと、気絶してるだけだった」

 

「そうか……」

 

 なにはともあれ、ひとまず安心を得る。

 これで、全部、終わったのだ。

 あとは、これからの身の振り方を考えるだけでいい。

 

「うぐっ……。お前たちは……いつ……」

 

「『夜刀』よ? 幻術で誤認させたの。すごく便利でしょ、私の『眼』は」

 

「く……」

 

 イタチに押さえつけられた男は、ただ呻くのみ。もはや、ここまで追い詰められたのだから、言葉も出ないのだろう。

 そいつを冷たく見下ろして、イタチは言った。

 

「一つ尋ねたいことがあった」

 

「…………」

 

 静寂が包む。

 これから行われるのは、勝者による敗者への尋問。正に決着だった。

 万が一に備えて、こっそり、私は『夜刀』でサスケを隠す。

 

「オレたちの両親を殺したのは誰だ?」

 

「知ってどうする? オレに復讐する気か?」

 

「答えろ」

 

 肩に突き刺した刀を更にねじ込む。どうやら、イタチは少し怒っているようだった。

 表情には出ていないが、その怒りはチャクラの揺らぎとして伝わってくる。その怒気に触れて、私は興奮を感じる。すごい。

 

 このままいても、状況は変わらないと察したのか、男は渋々と口を割った。

 

「ああ、オレだ」

 

 まあ、だいたい想像のついたことだ。ダンゾウは、なんか違うっぽかったし。

 意外性のないその言葉に、さっき昂ぶった気持ちも冷めてしまう。

 

「ねぇ、イタチ。やっぱり、こいつ、殺そうよ。全部、こいつのせいにしてさ、こいつを犯人に仕立て上げて、私たちは木ノ葉の里で暮らすの。それで良いんじゃない?」

 

「ダメだ。こいつには、まだやってもらわなくちゃならないことがある」

 

 そう言って、空いた左手に持っていた小瓶を私に投げ渡す。

 どさくさに紛れて奪ったのだろう。それは、男が要求したものだった。

 さっと私は『夜刀』を解除する。この幻術は、油断をするとチャクラを一気に持って行かれるから考えものだ。

 

「オレに、なにをさせるつもりだ?」

 

「取引だ……」

 

 淡々とイタチは言った。

 まあ、二人で相談して決めたことだから、私はもう、なにも言うことはない。

 

「この状況で、それを言うか?」

 

 無論、相手は降伏状態だった。

 生き残るには、多少、不利な条件も飲むしかない。

 

「じゃあ、『呪印』ね、『呪印』」

 

 私は、タダでダンゾウの『呪印』を受けたわけじゃない。なんと、ちゃんと『写輪眼』でコピーしておいたのだ。

 ちょっと、思い出せば、いける。たぶん。

 

 私が綺麗にした集落で、最後に立っていたのは私たち二人だけだった。ここに、未練はもうない。

 いや、私たちの家がどうなるのか、ちょっと、気になった。




 勝ちました。


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エピローグ『序章』

 連続更新をしました。37ページ目に戻ればちょうど良いです。


 目を覚ます。

 真っ白い部屋、病院だった。周りを見渡すと、隣で椅子に座って、どこか虚空を見つめる兄の姿が目に入る。

 

「兄さん……?」

 

 頭が、痛い。

 

「起きたか、サスケ……」

 

 どこか憔悴したように、兄は言った。

 

 重要なことを忘れているような気がする。なぜ、病院のベッドの上にいるのか――( )血に濡れた集落――( )仮面の男――( )悪夢のようだった、あの光景が頭をよぎった。

 

 そうだった。全て、思い出せした。とっさに、上半身をベッドから起こす。

 

「そうだ! 兄さん! あいつは、あの男は!!」

 

「逃した……」

 

「逃した……?」

 

 あの場には、確か、兄と姉のどちらともがいたはずだった。なのに、逃した。なぜ、人質に取られていたはずの自分が、こうして、ここにいるのに。

 

「ね、姉さんは……」

 

「連れて行かれた……」

 

 頭を打たれたような衝撃を受ける。

 まるで、目の前が真っ白になるようだった。どうして、そうなったのか、まるでわからなかった。

 

「あそこには、兄さんも居たはずでしょ……? なら、なんで、姉さんが……」

 

「オレの、力不足だ」

 

「だったら、どうして、兄さんはこんなところにいるのさ……! なんで……っ、姉さんを探しに行ってないんだ!!」

 

「ミズナの足取りは、オレとは別の暗部が追っている。オレは待機を命じられた」

 

 力なく、兄はそう答えた。

 うなだれて、表情は見えない。だが、その声には悔しさが滲んでいるとわかった。

 

 どれだけ、兄と姉が信頼し合って、愛し合っていたかは知っている。だからこそ、姉を失った辛さが、兄にとってどれだけ大きいものか、自分には推し量ることなどできないとわかった。

 そして、いま、なにもできていないという無力感も。

 

「……いいんだ。兄さん……オレの、せいなんでしょ?」

 

 そもそもだ、兄の実力は知っていた。おそらく、すでにかつての父よりも強く、うちは一族には追随する者がいないほどの実力者だった。うちは一族が、木ノ葉の中でエリート一族であるとされている以上、里の中で、兄に敵う者は片手で数えるほどしかいないだろう。

 

 それに加えて、姉の実力もかなりのものだったはずだ。忍者学校(アカデミー)の頃から兄に勝るとも劣らない才能を見せ、日常生活で見せる術一つや、会話の節々に、姉がどれほどの実力を持っているか、途方もなく感じることが度々あった。

 

 そんな二人が揃っていたのに、不覚を取った。理由は一つしか考えられない。

 

「いや、違うんだ。サスケ」

 

「いいんだ、兄さん。オレのせいなんでしょ? オレが人質に取られたから……オレが、弱いから……姉さんは……ッ!」

 

「サスケェ……ッ! そんなことは……」

 

 兄や姉は一年で卒業したというのに、まだ、忍者学校(アカデミー)で足踏みしている自分が憎らしかった。

 時代が違うと言われるけれども、その結果が、これだ。いざというときに、何もできない。

 無力感だけが募っていく。

 

 変わらなければならなかった。

 あの、父と母が殺された日に、そう思ったはずなのに、また、失った。

 

 父と母の復讐は自分が背負って、兄と姉は幸せに生きるべきだったのに。

 ずっと、〝いつかは〟と思い修行を続けてきた。だが、そう、いつかと思って修行をするのでは全てが遅すぎた。

 

 涙ではない。『眼』に熱いものが込み上げてくる。

 

「兄さん……オレ、やるよ」

 

 兄は、ただ、じっと、見入るようにこちらの『眼』を見つめていた。

 

 

 ***

 

 

 火影執務室。

 今回の件の事後報告として、うちはイタチを召喚した。

 

 どういう経緯で、うちは一族の殲滅が起こったのか、改めて、十分に説明を聞いた。

 ダンゾウが、うちは一族の殲滅を首謀し、さらに、そのきっかけになった、一族のクーデターの企みを、裏で糸引く黒幕がいたこと。

 それは、この忍界に、更なる混乱が波及していく予兆に違いなかった。

 

「今回の経緯はわかった」

 

「どんな処分でも、受けるつもりです」

 

 すでに、一族殲滅を首謀したダンゾウは謹慎処分になっている。

 今回の件は、うちはミズナの乱心による凶行だと、片付けられることが決まっており、ダンゾウの打った手により、この流れは変えようがなかった。

 

 若い忍に、これほどまでの負担を強いることを、深く、悔いた。

 あの、捉えどころのない少女は、どこまでも、うちはイタチのことを信じているように感ぜられた。

 

「ならば、うちはイタチよ。おぬしを、今回、うちは一族の壊滅により、瓦解した、警務部隊の隊長に任命する」

 

「……オレが、ですか……?」

 

 うちはイタチは困惑したようだった。日の当たらない場所で任務に徹して来た、その少年の志は知っている。

 

「うちは一族に警務部隊を任せるというのが、二代目様の時代からの慣行となっておる。それは、わかるじゃろう?」

 

「……はい」

 

 冷たい眼光がこちらを貫く。

 

 二代目様の体制から、うちは一族に対しての扱いを、上手く引き継ぐことができなかったからこその、この結果だった。

 他の一族、特に千手の血を引く者たちとの折衝から、蔑ろになってしまっていたのだ。

 

「まずは、警務部隊の立て直しが第一。うちは一族が治安を預かり守ることにより、忍の犯罪の抑止力となっていた部分もあるのじゃからな」

 

「……暗部では、もはや用済み、ということですか?」

 

 ダンゾウを後ろ盾として、暗部への入隊。うちは一族との二重スパイとしての重荷を背負わせることになってしまった。

 一族がなくなってしまった以上、暗部でいる必要はない。だからこそ、そうも捉えられる。

 

「いや、暗部での権限は維持したまま、ということになる」

 

「それは……」

 

「裏と表との折衷を、やってもらうということじゃよ」

 

 闇の中で起こった事情も考慮しつつ、警察権を行使する役割を任せる。里の中枢から隔離されない形で、うちはイタチには働いてもらいたかった。

 

「そう……ですか……」

 

 目の前の少年が、強く歯を食いしばっていることがわかった。きっと、なぜ、もっと早くそうしなかったのだと言いたいのだろう。

 

 だが、うちは一族ではなく、うちはイタチの積み重ねて来た信頼があるからこそだった。

 クーデターを未然に防いだが、その功績が白日の下に晒されることはない。里の英雄とも呼べる少年に与えられるべき褒章で、機会だった。

 

 もう、いい加減に歳だった。自身の衰えは実感している。

 だからこそ、そこで順調に功績を積み上げてくれれば、政治力を示してくれれば、彼を火影に推薦することもできる。

 

「期待しているぞ、イタチ」

 

「ご期待に添えるよう、尽力させていただきます……」

 

 事務的な返答。

 失望されていることが、ありありと伝わって来た。

 

 若い忍が業を背負い、自らを犠牲にし、努力していたというのに、何もしてやることができなかった。

 二代目様の、うちは一族に対する姿勢を引き摺りすぎるばかりに、多くの血が流れてしまったのだ。

 

 里長として、大きな失態だろう。

 そして、真相が表沙汰にならないのだから、責任を取り、清算することさえ許されない。たとえ恨まれようと、受け止める義務があった。

 

 うちはイタチは、背を向け、去っていく。そこには憎しみのような感情の揺れを見出せない。忍と言うに相応しい背だった。

 

 警察権を、うちはイタチに委ねるという案は、失脚する寸前のダンゾウによるものだ。それには、おおむね賛成であり、うちは一族に警察権を持たせるという二代目様の時代からの慣行もあったため、相談役にも反対意見は出なかった。

 

 警務部隊も再編に伴い、あらゆる一族から優秀な者を取り入れるつもりでいる。それらの者の信用が得られれば、火影就任の際の上忍の信任投票にも繋がる。

 

 全ては、より良い未来のために。

 自らも、非情にならなければならないときは何度となくあった。とにかく今は、堪えるべきときなのだと、自らに言い聞かせた。

 

 

 ***

 

 

 四年。

 うちは虐殺。もう片時も忘れたことのない、あの残虐な事件から、四年経った。

 

 姉は攫われ、仮面の男の存在は隠蔽。全ての罪は、好都合とばかりに、居なくなった姉に着せられ、もともと、うちは一族なんていなかったかのように、木ノ葉の里はまわっている。

 

 何故、姉が罪を被ったのか、兄に対して問い詰めれば、〝逃げられた以上、仮面の男は実在が証明できない。居なくなったあいつを犯人にした方が、木ノ葉の民に示しがつく〟と返ってくるばかりだった。

 

 淡々と語る兄だったが、あれだけ姉を好いていたのだ、どれほどの悔しさを押し殺しているか、想像することさえできなかった。

 自らの無力さを、里の歪さを、酷く痛感した日のコトだった。

 

 忍者学校(アカデミー)屋上。

 

 遅刻して来た担当上忍――( )はたけカカシに連れられて、自己紹介をさせられていた。

 

 忍者学校(アカデミー)を卒業し、下忍になった暁には、任務をこなす為、下忍三人、上忍一人からなる班の一人として組み入れられる。

 任務のおぼつかない下忍のひよっこ三人に、教官として上忍一人がつく、と言ったところだ。

 

 最初に名前以外のわからない、はたけカカシの自己紹介。

 ついで、同じ第七班に組み分けされた、ドベのうずまきナルトが、自己紹介の将来の夢で、火影を超えると息巻いて見せた。

 

 一度は忍者学校(アカデミー)の卒業試験を不合格になったナルトだが、どんな手を使ったのか、班分けの際には、合格者にのみ与えられた木ノ葉の忍の証である〝額当て〟を付けて現れ、同じ第七班に編成された。

 

 兄は、このナルトのことを、どうしてか評価しているようだった。兄にそう言わせる以上、ナルトはなにかを隠し持っているに違いないだろう。

 忍者学校(アカデミー)で注意を払っていた人物の一人にあたる。

 

 それが終わると、ピンク色の髪をした、くノ一が自己紹介を始める。忍者学校(アカデミー)では、あまり接点がなく、そのくノ一に対する印象も特にない。

 

 春野サクラという名前を言った後は、意味ありげにこちらに視線を寄せたり、キャーと叫び誤魔化したり、カカシと同じく名前しかわからない自己紹介が行われる。

 

 ついに、自分の番だった。

 

「名は、うちはサスケ」

 

 うちは――里の創設から、治安維持に関わって来た一族であり、あの日、()()を残し虐殺された悲劇の一族。世間はそう言う。

 

「嫌いなモノならたくさんあるが、好きなモノは別にない」

 

 自らの持てる時間は全て修行に打ち込んできた。好きなモノ、と言われども、今更だった。そんなモノにかまけている暇などない。ずっと昔に置いて来たのだ。

 

「――それから、〝夢〟なんて言葉で終わらす気はないが、野望ならある」

 

 かつて、自分には〝夢〟があった。兄や姉とともに、木ノ葉警務部隊で、うちは一族の忍として働くことだ。

 

 たしかに兄は、警務部隊の隊長という地位を得たが、姉はもう、どこにいるかわからない。

 〝夢〟というモノの儚さを知った。だからこそ、今度こそ、今度こそは終わるわけにはいかなかった。

 

「ある男を超え、そして、ある女を必ず――( )

 

 ――救うことだ。

 

 最後は飲み込み、心の中で留めておく。

 真実が漏れれば、自らに加え、それを聞いた者の命さえ危ういと、兄に言い含められているからだった。




 とりあえず、ここでひと段落です。ここまで書けたのは、皆さんの応援があったからに他なりません。本当にありがとうございました。

 これから、お気に入りと評価の変動に打ちのめされる予定なので、当分、投稿しないと思います。


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二章
リスタート


 再開です。二万字弱あります。時間がある時にゆっくり読んでください。


「オレは、あいつらとは違うぜ……」

 

「そういうのは、鈴とってからにしろ……。サスケ君」

 

「…………」

 

 なんとしても、この男――( )はたけカカシから、その腰に紐で括り付けられた二つの鈴のどちらかを奪わなければならなかった。

 

 サバイバル演習――あの自己紹介の後、教官である()()()()()()に任務として言い渡されたそれは、自分たち下忍の三人が、上忍である()()()()()()から、制限時間内にその腰の二つの鈴の内どちらかを奪い取れ、というものだった。

 

 そしてこの演習、鈴を取れなかった者は失格、アカデミーに逆戻りだ。下忍三人に対して、鈴は二つ。つまり、必ず一人は落ちる。

 そもそも忍者学校(アカデミー)を卒業したての下忍が上忍から鈴を取ることが難しい。脱落率六十六パーセント以上の超難関試験(テスト)とカカシは語っていたが、それも無理はないだろう。

 

 ――だが、こんなところで立ち止まっている暇はない。

 

「里一番のエリート――うちは一族の力。それじゃあ、見せてもらうとするか……」

 

 愚直にも真っ正面から勝負を挑んだナルトは体術と見え見えの罠にあっさりとやられ、サクラも、カカシ曰く、幻術にやられてしまったそうだ。

 

「うちはを舐めるなよ……?」

 

 だが、その二人とは違う自負がある。自身には、これまで積み重ねてきた鍛錬と、背負う一族の誇りが、そして自分のせいで失われてしまったものを取り戻す覚悟がある。

 

 狙いは、腰に紐で括り付けられた鈴。

 

 相手は上忍。片手で本を読みながら、ナルトを征してみせたことからも、自身よりも地力は上だと予想できる。

 だからといって、何一つ通用しないというわけでもないだろう。やれることをやるまでだ。

 

 静寂の中、一陣の風が吹く。同時に手裏剣を取り出し、投げる。風を受けるが確かな軌道でターゲットへ向かっていく。

 

 カカシは横に大きく飛び退いて躱した。

 ついで、クナイをなげる。

 

「バカ正直に攻撃しても――( )

 

 目標は、カカシではない。投げたクナイで草むらに隠れた縄を切断し、事前に設置したトラップを発動させる。

 

 点ではなく面。手で投げるとは段違いの物量のクナイだ。事前に用意していたからこそできる。

 

 その攻撃も察知して、身を翻してカカシは躱す。

 僅かながらの隙が見えた。

 

 距離を詰め、跳び、カカシの左側頭部を狙い、左足での回し蹴り。この速度なら、回避では間に合わない。だが、当然のようにガードに阻まれ、届かず、足を掴まれる。

 そのままに身を捩り、さらに右手で殴りかかる。カカシの右手はこちらの左足を掴んだまま。カカシは左手で、正面から襲う拳を押さえる。

 

 敵は、右手で左からの蹴りを、左手で正面からの拳を掴んだ。必然的に、腕は交差された状態だった。

 体を捻る。ちょうど逆さま。体重はカカシに掴まれた左足、右手にかける。そうすれば、掴まれたままの左足、右手の間へと、真上から、右足の蹴りを繰り出せる。

 交差した腕を上に持ち上げることにより、カカシはその蹴りへと対応した。

 

 狙い通りだ。

 カカシが腕を持ち上げたことにより、掴まれた左足、右手に依存していた自身の位置も上に。つまり、空いた左手が、鈴に届く。

 

 ――触れた……ッ。

 

 鈴が鳴る。同時にカカシは掴んでいたこちらの足、手を放し、後ろへと距離を取る。ターゲットは掴み損ねる。

 

「危ない危ない。〝イチャイチャパラダイス〟を読む隙もないな……」

 

 鈴には僅かに触れただけだ。さすがは上忍か、完全に鈴を取られる前に離脱してみせられた。

 この後に及んで、戦闘中にも本を読む隙を探っているようだった。気に食わない。

 

「まだだ……ッ!」

 

 眼にチャクラを込める。次の手札を使うまでだ。

 

「まさか……! 『写輪眼』!?」

 

 こちらの『眼』を見て、はたけカカシは動揺を見せる。

 地面を蹴り、走り出す。狙いは鈴。ただそれだけ。

 

 開眼したのは、姉を救うと誓ったあのとき、病院でだった。兄に言われ、気が付き、そこから日々の鍛錬により制御する術を身につけた。

 

 『写輪眼』は、幻、体、忍術、全てを見透かす。血脈により引き継がれた〝血継限界〟、強力な術ゆえに、注意はそちらに向いてしまう。だからこそ、気がつかない。

 

「……フッ」

 

 手裏剣が、鈴を繋ぐ紐を切る。それは、背後の死角から襲った。

 一度放った手裏剣が、曲線を描きターゲットを何度も襲う。姉に習った手裏剣術は、まだ完璧ではないけれど、カーブさせ、今なら二度まで同じ敵を襲わせることができる。

 

「……コイツ!?」

 

 三歩の間合い。

 カカシの逡巡を、『写輪眼』は見逃さない。こちらを迎撃するか、重力で加速する鈴を掴んで離脱するかの二択を、強いられているのだろう。

 

 飛び込む。鈴に手を伸ばす。今度こそ、取れる。

 

 カカシが選んだのは、後者、鈴の回収だった。

 だが、鈴はこちらの手の中に収まる。こちらの方が早い。そう確信した一瞬後に、尋常ならざるスピードで紐が摘まれ、手の中に収まるはずの鈴が掻っ攫われる。

 

 脇腹に衝撃を感じる。蹴られた。

 その威力のままに吹き飛ばされ、地面を転がる。木にぶつかり、反射的に受け身をとり、蹴られた勢いは止まる。木にもたれかかった状態だった。立ち上がろうとするが、腹部からは尋常ではない痛みがひろがり、阻んでくる。

 

 ――あいつ……マジで蹴りやがった……ッ。

 

 なんとか、痛みを堪え立ち上がるが、当分はまともに動けそうではなかった。

 

「いやぁ……惜しかったねぇ……。確かにお前は、アイツらとは違うよ。それは認めてやる」

 

 ――だが、それまでだ……。

 

 チリンチリンと音を鳴らして、取り損なった鈴を見せつけながら、そうカカシは通告した。

 

「……フン」

 

 鈴から鳴る音は、軽快だった。そんなカカシに、こちらも、紐を摘んで、鈴を鳴らして応えてみせる。

 

「……なッ!?」

 

 カカシは鈴を括り付けていた自身の腰もとを確認する。ようやくそこに、鈴がないことを理解したようだった。

 

「これで、オレは合格だな……」

 

 帰ったら、兄に良い報告ができる。もし、姉がいれば、いつもより豪華な夕食を作って、誰よりもはしゃいでいただろうが、そんな姉はいなかった。それだけが、心残りだった。

 ともかく、また一歩だ。経験は自信になる。兄や姉の背中に、着実に近付けている実感が持てる。

 

「バカな……。いつの間に……!?」

 

「二つだ。あの手裏剣で、オレは二つとも鈴を落とした」

 

「……そんな、まさかッ!?」

 

「うちはを舐めるなと言っただろう? 幻術だ。『写輪眼』の幻術で、鈴が一つだけしか落ちてないと錯覚させただけだ」

 

 そうだ。あのときの『写輪眼』は、手裏剣から気をそらさせるためだけのものではなかった。

 『写輪眼』は、その洞察力に加え、視線の交錯だけで幻術に嵌めることができる。その点も警戒しなければならない。それは上忍ならば知っているはずの知識だった。

 

 だが、この、はたけカカシは、『写輪眼』が手裏剣を当てるための陽動だと切り捨てた上で行動したゆえ、引っかかった。

 もとより自身に幻術の才はあまりなく、単純で簡単な効果時間の短い幻術しか使うことができない。それでも、使い方次第だと教えてくれたのは兄だった。

 

「……大した奴だ」

 

「『写輪眼』を持つゆえに、『写輪眼』の基本対策を怠った。――アンタの負けだ……」

 

 はたけカカシの情報は、昨日、兄から聞いた。そして、その左眼に、『写輪眼』を移植していることも。

 今回の鈴取りでも、その『写輪眼』を使われたのなら手も足も出なかっただろう。

 

「なんだかな……。お前を見てると、お前の兄を思い出すよ」

 

「兄さんを知っているのか……?」

 

「知っているもなにも、お前の兄の実力は里中に知れ渡ってる。それに、暗部で一緒に任務をやったこともあった……確か、今のお前より、あいつが小さかった頃だったかな……?」

 

「く……っ」

 

 自身の今の年齢は十三。うちはイタチは、十三で上忍になった。

 少なくとも、はたけカカシの本気とやり合えるくらいの実力は持っていたはずだろう。

 少しは追いつけたと思っていたが、まだ遥かに遠い背中だった。

 

「なに、そう焦ることはないさ。あぁ……これからじっくり、強くなっていこうね……サ・ス・ケ君」

 

 どうすれば、兄に追いつけるのか。どうすれば、姉を救い出せるのか。

 とにかく、力が必要だった。忍としての実力を高めるには、基礎力を高めるだけでなく、実戦の経験を積む必要もある。

 

 一分一秒、時間が惜しかった。

 

「それはそうとだ。カカシ、これは返す」

 

 カカシから奪った鈴を、投げ渡す。もうこれは必要なかった。

 

「あらら……。いいのか……サスケ? 忍者学校(アカデミー)に逆戻りって、ことになるけど」

 

「いや、アンタは鈴を一つでもいいから奪えと言った。オレはもう奪ったからな……。鈴にこれ以上、用はない」

 

 制限時間終了まで持っていろ、とは言われていない。

 

 大して驚くでもなく、カカシは鈴を受け取ると、じっとこちらを見つめる。見定めるようなそんな眼だった。思わず息を飲んでしまう。

 

「…………」

 

「…………」

 

 しばらくの間、静寂と気まずい雰囲気が場を支配していた。

 

「ま、嫌いじゃないよ、そういうの……。それで、これからどうするわけ……?」

 

「あぁ……。アイツらの手伝いをしようかとも思ったんだがな……」

 

 これで、カカシの持つ鈴は二つ。もう自身は取ったわけだから、仲間割れの必要はない。協力しようとなんの問題もなかった。

 

「あれ? お前は、そういうタイプじゃないと思ったんだが……」

 

「か、勘違いをするな……! お前との戦闘は、いい修行になる! それだけだ……」

 

「ま、いいや。……それじゃ、今度は簡単に取れると思うなよ?」

 

「まて……! 話を最後まで聞け!!」

 

「じゃあな……」

 

 瞬身の術。常人には目で追いきれないスピードで、はたけカカシは消えてしまった。話をまだ終わらせるつもりはなかった。

 

 気力だけで立っていたが、限界が来た。

 まだ、カカシの野郎に蹴られた腹部が痛む。今のこの状態で、あの二人に加勢しても、足手まといにしかならない。そう伝えようとしたが、その前に、カカシは行ってしまった。

 

「……クソッ!」

 

 地面に大の字に寝転び、悪態をつく。いつか、この借りは返さなければならなかった。

 

 

 ***

 

 

「サスケ……くん?」

 

「サクラか……」

 

 ピンク色の髪に、目立つ赤い服を着た女だ。

 痛みと向き合いながら、地面に寝転んでいたら、見つけられた。

 一向に、痛みがひく様子はない。適切な手当てをしなければマズイかもしれないと思い始めた頃だった。

 

「だ、大丈夫……?」

 

「いや……。それより……鈴は取れたか?」

 

 その質問に、サクラは静かに首を振った。

 

「ううん……あんなの、できっこないよ。ねぇ、サスケくん。今回は諦めて、また次回ってことで……」

 

 サクラはなぜか諦めるように勧めてくる。周りを見て行動を決めるタイプなのかもしれない。

 その態度が癪に障った。

 

「オレは取った……」

 

「……え?」

 

「もう、オレは鈴を取った」

 

「…………」

 

 できないと思っていたのか、サクラは二の句も継げずに黙り込む。そしてその表情には焦りが表れ始める。

 

「安心しろ、鈴ならカカシに返したさ」

 

「え、それって……」

 

「これは、鈴を()()演習だ。二個しかないのは、仲間割れを狙った罠だ」

 

「……そうだったんだ!」

 

 気の抜けたようにサクラは座り込む。

 制限時間は着々と迫っているというのに、その気楽さには眉を顰めるものがあった。

 

「とにかく……下忍になりたいなら、ナルトと協力して鈴を取ることだ……。くっ……」

 

 喋るたびに痛みが広がる。汗が滲んでくる。耐えられない痛みでもないが、辛いことには違いない。

 

「えー……ナルトと協力って、あんなヤツと? それより……鈴を取ったサスケくんが協力してくれれば心強いなぁ……なんて……」

 

「無理だ」

 

「えっ……」

 

「二度、同じ手は通用しない。それに、オレが相手をすれば次はアイツも本気を出す。そうしたら、勝ち目はない」

 

 鈴を取れたのは、相手がこちらの実力を見誤っていたからだ。一度、鈴を取ったからには、うちはサスケの実力に対しての評価も上がっているだろう。こっちはケガもしている。

 無理に身体を動かしてどうにかなるような相手ではない。真っ先に潰されて、人質にされる可能性もあった。

 

 ――あぁ……。

 

 脳裏に嫌な光景が浮かんだ。あれから、()()()に苛まれ続けている。

 人質にだけは、なるわけにはいかない。

 

「で、でもさ……ナルトのやつ……嫌いよ。サスケくんに突っかかるばっかりでさ……ほら、両親がいないから、まともな育ちしてないのよ……いっつもワガママで。……あーあ、いいわね()()は、親に怒られる心配もないし」

 

「…………」

 

 思い出すのは、両親が死んだ日だった。安らぎを与えてくれる姉が泣き崩れて、幼かった自分は何もできず、尊敬する兄の帰りを待つだけだった時間の、先行きの見えないあの溺れそうな苦しさは、今でも思い出せる。

 

 そこからは、兄と姉が両親の代わりだった。本当の父と母のようで、二人の姿は憧れだった。

 そして今度は、自身の失態で、姉がいなくなった。力が必要だった。

 

「サスケくん?」

 

「なら、お前()()でやるんだ……」

 

「……えっと、急にどうしたの?」

 

 恐怖があった。奪われるのは、いつも、唐突だった。

 明日には、親しい者の全てが居なくなってしまうのではないか、と怯え、眠れない日もあった。

 一刻も早く、強くならなければならなかった。大切なものの全て守り、取り返せるくらい強く。

 

「サクラ。もう、お前の話は聞きたくない」

 

 人の醜い部分を見せつけられているようで、耐えがたかった。

 

「え? サスケくん……」

 

「お前、うざいよ」

 

 両親がいた。姉がいた。そして兄がいる。自分を守ってくれる存在のありがたみが理解できないほど、もう幼くはなかった。

 そんな繋がりを否定する彼女を、好きにはなれない。

 

 会話を打ち切ったが、サクラはオロオロと動かない。話すこともないというのに、期待するように、こちらにチラチラと視線を送ってくる。

 

 苛立ちが溜まる。

 完全に視界の外になるように、サクラから顔を背ける。

 数分した後、サクラが去って行く音が聞こえた。

 

「なんなんだ……あいつ」

 

 この状況でナルトと協力しない意味がわからなかった。自分の実力を試してみたい気持ちはわからないでもないが、それで一度ダメだったんだ。誰かが脱落する必要もない以上、協力するのが普通だろう。

 

 それを頑なに拒むということは、よほどに人嫌いで、仲間が増えることを嫌う性格なのかもしれない。

 

 もし、ナルトとサクラが二人で挑むのなら、協力してやらないこともなかった。蹴られた借りを返す必要もある。

 見つからないように、遠距離から手裏剣で援護するくらいのことならできなくもないだろう。

 

 サクラの行動は読めないが、もう一度、一人で挑むという無謀をするとも思えない。気はすすまないが、援護をしてやるしかないか。あくまでも、カカシへの報復のためだ。

 

 

 ***

 

 

 演習は結局、全員合格で終わった。

 あの後、カカシに捕まったナルトを救出し、最終的に三人でカカシに相対(あいたい)した。あれはチームワークを試す試験で、三人で挑む、それが合格条件だったゆえの結果だった。

 

()ぃ! にぃ! 起きれるのですか?」

 

「問題ない」

 

 演習が終わり、その後すぐに病院に行き、医療忍術による処置の後、自宅での数日の安静を言い渡され、次の朝だ。医療費はカカシが払った。

 

「むぅ、イズナが看病してあげるのです!」

 

「……大丈夫、なのか?」

 

「もう五才です。父上に言われて、ご飯を持ってきたのですよ?」

 

「そうか……。偉いな、イズナは……」

 

「えへへ……」

 

 この子は、あの惨劇の夜を生き延びた、自分たち兄弟以外の唯一の()()()だった。

 ()()()である以上、自分たちが一番近い親戚である。この家に引き取り、兄が父親となって今まで育ててきた。可愛い可愛い妹分だ。

 

 この口調は、〝()()()()()()()()として、ふさわしいしゃべり方をするのです!〟と言って憚らなかった結果、こうなった。なんでも〝です〟とつければ敬語になると思っているのだろう。そんなイズナが愛おしかった。

 

「それじゃあ、そこに置いてくれないか?」

 

「じーっ」

 

 お盆に載せて運んできた朝食から、彼女は手を離さない。ずっと、こちらを見つめている。

 

「どうした?」

 

「朝ごはん……食べないと、ダメなのですよ!」

 

「ああ、わかってるさ」

 

 昨日のことを言っているのだろう。カカシが、吐くから朝飯を抜いて来いと言い、それに従い朝食を抜こうとしたらイズナに見咎められてしまったのだ。

 イズナの前では意地でも規則正しい生活をしなければならない。結局は根負けをして、朝食は食べて行った。

 

 あの演出で鈴を取れたのも、朝食を抜かずにベストなパフォーマンスを発揮できたからに違いない。全てイズナのおかげだ。やはり、天才だ。

 

「あっ! イズナが食べさせてあげるのです!」

 

 いいことを思いついたとばかりに、目を輝かせてイズナはそう言う。

 ここまで言われてしまえば、仕方がない。イズナに食べさせてもらおう。

 

「わかった」

 

「じゃあ、あーん、なのです」

 

「あぁ……」

 

 完璧な箸の持ち方、扱い方で、ご飯をつまみ、口まで持って来てくれる。まさかここまでとは……さすがイズナだ。

 

 そのとき、チャイムが鳴った。来客を告げるチャイムだった。

 

「イズナが出るのです!」

 

「待て……」

 

 腕を掴み、止める。

 うちは一族とは血継限界を持つ一族。不用意にイズナを行かせるわけにはいかなかった。

 

「むぅ……」

 

「兄さんは?」

 

「父上は、お仕事なのです」

 

 もう出て行ってしまったのだろう。なら、自分が出るしかなかった。

 

「イズナ……ここにいるんだぞ?」

 

「うぅ……」

 

「すぐに戻ってくる。そんな顔、するな」

 

「はい、です」

 

 来客の心当たりはない。なにかのセールスか、イズナとの楽しい時間の邪魔をされ、少しばかり苛立ってしまう。

 

 なにはともあれ、イズナを寂しくさせないためにも早く済ませる必要がある。急いで玄関に向かった。

 

 昨日と比べると痛みはだいぶ軽くなり、玄関までの距離では苦もない。

 

「やぁ、サスケ。元気か?」

 

「カカシ……ィ」

 

 来客は、はたけカカシだった。

 その後ろには、ナルトとサクラの二人がいる。

 

「サスケェ……!? カカシ先生、任務って……確かサスケってば、ケガして……」

 

「そりゃ、ナルト。Dランク任務だよ。今日はここで子守をする」

 

「ええ……。子守……ぃ? サスケの……!?」

 

「…………」

 

 相変わらず、ナルトは騒がしかった。そして話を明後日の方向に持っていく才能があった。普通、弟が妹がいることを考えるだろう。

 

「えっと……サスケくん……」

 

 昨日のあの会話から、サクラとの距離は取りあぐねていた。サクラがなにを考えているか、よくわからない面が多々ある。

 

「お前ら……帰れ……」

 

 ドアを閉める。

 だが、カカシには敵わない。締め切る前に、足で防がれ、無理矢理にこじ開けられる。

 

「そうは行かないんだよ。こっちは、任務だからねぇ……」

 

「く……っ」

 

 大方、兄が任務としてイズナの子守を頼んだのだろう。

 ()()()一族は血継限界を持つゆえに、その存続を三代目火影は資金を出して支援している。イズナの子守の任務はタダで頼めるらしく、しばしば兄は利用していた。

 大抵は、兄の部下である警務部隊所属の忍が受けるのだが、今日は違うようだった。なにも、自分がいるときに、頼まなくてもいいのに。

 

「それじゃ、お邪魔するよ?」

 

「あのさ、あのさ! オレらってば、サスケの子守ぃ、すんの?」

 

「お前は黙ってろ!」

 

 ナルトのせいで、余計に話が拗れてしまう。

 カカシたちに私生活を覗かれたくはなかった。どうにか帰ってほしい。

 

「にぃ……。その人たち……だれ?」

 

「イズナ……!?」

 

 あまりに待たせすぎたのか、愛する姪が出てきてしまった。彼女のことを見せる前にカカシたちを帰したかっただけに、悔しさが胸に溢れる。

 

「やぁ、君が、イズナちゃんか……」

 

「不審者……です」

 

 怪しい男には絶対に近付くなと教えてある。黒いマスクで顔を隠した怪しさ満点の男を目にして、イズナは頼れる兄分の背中に隠れた。

 

「キャー、かわいい! え、もしかして……妹?」

 

「姪だ……」

 

 グイとイズナに迫るサクラの前に、近付かせまいと立ち塞がる。

 

 ナルトは、こちらとイズナを交互に見比べ、目を細めていた。

 

「うーん。サスケに似てる……? うーん、けど、サスケのよりは……可愛げ、ある……?」

 

「イズナは、女の子だからかわいいのです!」

 

 そうしてイズナがナルトに反応していた。この二人の会話を続けさせたら、大変なことになりそうな予感がする。

 

 それはそうと、三人の班員から、イズナを守ってやらなくちゃならない。

 

「カカシ……とにかく……その本をしまえ……。殺す……」

 

「あぁ、そうだな……」

 

 いつのまにか、懐から取り出した本を読んでいたのだ。

 十八歳未満は読めない、教育上、よくないものだった。万が一にも、イズナに触れさせるようなことがあってはならない。

 

「イチャイチャ……? 父上の部屋にもあったのです……」

 

「兄さん!?」

 

「おっと、同好の士がいたようだね……」

 

 兄のことだ。きっと、止むに止まれぬ事情があったのだろう。後で問いただす必要があった。

 

「とにかく、お前ら……イズナには近付くな」

 

 ――イズナはオレが守ってやらないとならない。

 

 これ以上、失ってたまるものか。そのための日々の鍛錬だった。

 

「まあ、まあ、そうピリピリしないで……。別に取って食おうってわけじゃないし……」

 

「なら……お前たちは、この任務の重要性をわかってるのか?」

 

「えぇ……。任務って……子守だろ? その子の。オレってば、もっと、パッと、活躍できるような任務がしたいってばよ!!」

 

 どうやらナルトはこの任務の重要度がわかっていないようだった。このウスラトンカチに、どれだけイズナが重要な存在か、教える必要があった。

 

「フン……わかってないな……。イズナには、()()()の血が流れている。うちは一族は、〝血継限界〟を持つ忍の一族だろう?」

 

「〝けっけーげんかい〟?」

 

 ナルトは首を傾げた。これくらいなら、忍者学校(アカデミー)で習った知識でもわかる。忘れたか、聞いていなかったのだろう。

 そんな反応に、サクラは呆れながらも口を挟む。

 

「ナルトのバカ……。そんなことも知らないの? 親から子に受け継がれる血統だけで、使えるかどうか決まる特別な忍術のことよ!」

 

「えー。じゃあさ、じゃあさ、もしオレの親が、それ、使える血ぃ、持ってなかったら……その術、オレってば、絶対に使えないってことぉ?」

 

「……そうだけど」

 

「ううん……なんかそれ、()()()()()ってばよ」

 

「……っ!? でも、それは……! 仕方がないことよ……」

 

 だれもが仕方がないと思いつつ、持たざる者は持つ者を羨み、その()()()()()という感情を心の奥に潜ませている。ナルトの指摘は存外に鋭かった。

 

「オレたち一族の〝血継限界〟は強力だ。他国に流出させるわけにはいかないからな……。それに兄さんは……ああ、イズナの父親は、この里の治安を預かる警務部隊のトップだ。イズナには、人質としても価値がある」

 

「イズナの父上は偉いのです!」

 

 それはイズナの小さな誇りなのだろう。そっと、イズナの頭を撫でる。

 

 兄は、本当にイズナのことを大切に思っている。イズナのことを、兄が絶対に見捨てられないことくらいわかる。だから、イズナになにかあるなんてことは、ないようにしないといけない。

 

「だから、本来なら、Bか、Aランクの任務が妥当だろう? カカシ」

 

「ま、たしかに一理あるが、ここは安全な里の中だ。それに、これは元暗部の()()()()で来たDランク任務だよ。わかるだろう?」

 

 Aランクや、Bランクの任務は報酬が高い。いちいち、イズナにそれだけの予算を割いてはられないのだろう。だが、誰にでも託せられる任務でもない。だから指名という手を火影は取っているのだろう。そう考えれば、いつもは、兄の部下の警務部隊の人間に指名されていたということで納得もいく。

 

「フン……じゃあ、なんで、コイツらが付いてきたんだ」

 

「そりゃ、一応、オレの部隊だしな……。ほら、遊び相手も必要だろう?」

 

「イズナは、にぃの看病で忙しいのですよ? 遊ぶ暇はないのです。勝手に遊んでるです」

 

 少しでも背伸びがしたいのだろう。カカシのセリフはイズナの気を悪くするものだった。

 

「あら、そりゃ悪かった」

 

「わかればいいのです!」

 

 気持ちのこもらない軽いカカシの謝罪を受けて、イズナはすぐに気を良くする。自分は偉いと、わかってもらえて嬉しいのだろう。

 

「なんかサスケに似て、感じ悪いってばよ……」

 

「ナルトのバカ! 黙りなさい」

 

「痛い!?」

 

 そうやって、ナルトのズレた発言を、サクラは殴って黙らせる。

 

「そんなことないわよ、サスケくん。とっても可愛い子だから」

 

 なぜかイズナではなく、こっちに向かって取り繕った。

 それを見たイズナは、少し怯え、兄分の陰に隠れる。

 

「ぼ、暴力はダメなのです。か、可哀想なのです」

 

 武力を行使するのは飽くまでも最終手段。もしそこまで行き着いたとしても、ルールを守り、正しく。それが兄の教えだった。

 強い者こそ、理不尽に暴力を振るうことなどあってはならない。そう言い聞かせられて、うちはイズナは育ってきた。

 

「……ナルトが悪いのよ……。サスケくんの家族に向かって、生意気な口をきくから……」

 

「イ、イズナは、イズナなのです!」

 

 イズナは、小さい体で自分を主張している。

 サクラは、イズナのことを見ていない。不敬を働かれたのはイズナなのに、イズナの意思は無視されていた。ずっと、こちらの、うちはサスケのことばかりを気にしているようだった。

 

 ナルトと話すときとは違い、距離が置かれ、まるで接待をされているかのような違和感が見え隠れする。

 

 

 ――恐れられている。

 

 

 そう表現するのがどんぴしゃな態度だった。

 

 警務に携わり、里一番のエリート一族である宿命だろう。ならば、どうするべきかは決まっていた。一度、決まったイメージを覆すには、一朝一夕では難しい。

 だから今は、微笑んで、イズナの頭を撫でることが最善だった。

 

「ああ……イズナはイズナだ。ちゃんとわかってるさ」

 

「にぃ……。大好き!」

 

 目に涙を浮かべて抱きついてくる。わかってくれる味方がいる、というのはいつでも心強いものだった。

 

 自分の姪や兄の娘としてではなく、イズナはイズナで、一人の人間として尊重する必要がある。

 それだけの話だ。

 

「なんか、サスケってば、いつものイメージと違うってばよ」

 

「むぅ……にぃは、いつものにぃです!」

 

 今度はナルトの発言が気に入らなかったのか、すかさずにイズナは噛み付く。

 その間も、イズナは、抱きついて離してくれなかった。

 

「にひひ……。サスケってば……家だといつもこうなのか?」

 

「うるさい、黙れ」

 

 見られたくはなかった。

 ナルトの性格ならば、これをネタにからかってくることは目に見えていた。だが、大切な家族と、それ以外の他人とで、対応が変わるのは当たり前だろう。

 

「このちびっ子の前じゃ、サスケちゃんも形無しねぇ……にひひ」

 

 こいつ……なぜ、そういう考え方しかできないのか。これだから嫌だったんだ。

 

「ま、いいけど……オレはその辺で見張ってるから、お前ら真面目にやっとけよ?」

 

 呆れたようにそう言うと、カカシは外に去って行った。

 それでもイズナを庇いながら、ナルトとサクラの二人を外に追いやることは難しいだろう。イズナの前で強硬手段を用いることなんてできない。腹をくくるしかないか。

 

 イズナはまだ純粋だ。ナルトやサクラに、非常識なことを教えられてはたまらない。

 特にナルトだ。アカデミーの教師相手に、女の裸に『変化の術』で化ける『おいろけの術』とかいうふざけた術を行った前科がある。要注意だ。

 サクラは……不用意な発言でイズナを傷つける可能性がある。こちらも注意を払わなくてはならなかった。

 

「あ……にぃ、ご飯冷めちゃう」

 

 そういえば、それなりに話し込んでしまった。

 これ以上は、ご飯を運んできてくれたイズナに悪い。

 

「そうだな……。ナルト、サクラ……お前たちは、客間で待ってろ。いいか? 大人しくしてるんだ」

 

「あ……サスケくん、ご飯中だったの?」

 

「イズナが食べさせてあげるところだったのです!」

 

「…………」

 

 自慢げなイズナだった。あれだけ頼まれてしまえば、誰だって断れないだろう。

 

「ぷぷ……サスケちゃん……」

 

「…………」

 

 不安げな表情でイズナが見つめてくる。

 なににおいても、まずイズナが最優先だ。忍たる者、優先順位を違えてはならない。

 気に障るナルトの発言も、イズナが居れば耐えられる。

 

「客間まで、案内する。付いて来い……」

 

 一瞬だが、底抜けに明るいナルトの表情に、暗い影が落ちたような気がした。

 

 

 ***

 

 

「これで、最後です」

 

 イズナから食べさせてもらったことにより、食事にはいつもより時間がかかった。

 そんな時間をナルトとサクラの二人が待ってくれるはずがないだろうことは予想できる。

 

「何か用か?」

 

 気配の消し方は二人揃って、まるで完璧ではない。イズナも勘付いていたくらいだ。

 

「いひひ……。ちょっち、サスケの様子を覗きに……」

 

「ご、ごめんなさい……。私は、お手洗いを借りたくて……」

 

 ナルトは正直に白状し、サクラはわかりやすい嘘をついた。

 大方、二人ともイズナに食べさせられている姿を、滑稽だと笑いに来たのだろう。

 

 主導はナルトで、サクラはナルトに便乗してか。

 ナルトは、何事も、バカ正直に真っ直ぐ突き進むタイプ。サクラは、自分からは行動を起こさず、他者にかこつけ、常に保身のための言い訳を用意しておくタイプの人間だ。

 

 第七班の最初の顔合わせの際、遅刻をしたカカシ相手に黒板消しのブービートラップを仕掛けたときもそうだった。

 ナルトが仕掛けて、サクラは口頭でのみナルトを咎めたが、サクラの場合、本当に乗り気じゃないのなら、殴ってナルトを止めただろう。

 

 ナルトが居る、ということは、心の中で、サクラもナルトに意見を同じくしているということだ。

 

「フン……トイレなら……」

 

「イズナが案内するのです!」

 

 いつになくイズナははしゃいでいた。

 うちは一族として、より優秀な忍の一族として、増長せず、他者への慈悲を忘れぬよう、一族の誇りとともに、強き者としての義務を、イズナは()()()()()()に教えられている。

 だからこそ、率先をし、イズナは親切な行いをするのだ。さすがイズナだ、器が違う。

 

 トタトタと走って部屋から出て、サクラよりも先にトイレに向かって行ってしまう。

 

「えっ、ちょっと、待って……」

 

「こっち、なのです!」

 

 そんなイズナに追い縋り、サクラもまた、この部屋から離れる。

 その様子を見届けて、自分も立ち上がった。

 

「サスケ……? どこ行くってばよ」

 

「…………」

 

 イズナが無事に案内を完遂できるか、見守る必要があった。こっそりと、部屋の外に顔を出す。

 トイレはすぐそこだった。トイレの戸の前で待つイズナに、サクラが追いつくところだった。

 

「サスケってば……」

 

「静かにしろ」

 

 見守る者の義務として、気付かれてはいけなかった。それは、安心して任せられないことの表れで、イズナのプライドを傷つけることに繋がってしまう。

 

 トイレに案内したところで、本来なら役割は終わりなのだが、トイレに入ったサクラを甲斐甲斐しく待つイズナがいた。

 大方、部屋の場所を忘れているかもしれないと念を入れているのだろう。

 

 数分した後、トイレから出て来たサクラを、また部屋まで案内する。今度は先に走ってはいかない。気を遣って、歩調をサクラに合わせている。

 そんなゆったりとした時間だった。はたと思い付いたようにサクラは、イズナに問いかけた。

 

「そういえばイズナちゃんのお母さんって……」

 

「任務なのです。なかなか帰って来ないのですよ」

 

「じゃあ、サスケくんのお母さん……だから、イズナちゃんのおばあちゃんは、この家に、いないの……?」

 

 こんな平日に、子ども二人だけで家にいることが、気になっていたのかもしれない。

 

「……? イズナのおばあちゃんもおじいちゃんも、とっくの昔に死んでるです」

 

「…………」

 

 イズナが生まれたときには、もういなかった。だから、イズナからしてみれば、とっくの昔と、そういう認識なのだろう。

 

「あ、そうですっ!」

 

 ふと、イズナが足を止める。何かを思い付いたようだった。サクラの裾を引っ張って、近くにあった部屋に入って行った。

 数年間、使われていない部屋だった。ずっとそのままで、兄が定期的に掃除をするくらいだった。

 

 中の様子を見るため、抜き足で移動する。

 

「あの写真、とって欲しいのです……」

 

 中では、イズナがサクラにそう催促していた。イズナの身長では、まだ届かない棚の上に飾ってある写真だった。

 あれは、確か……。

 

「えっと……これ?」

 

「はい、なのです」

 

 サクラの取った写真を、イズナは嬉しそうに受け取ると、頰を緩ませ愛おしげにそれを眺める。

 

「それは……?」

 

「みんなの写真なのです……! これが、にぃで……これが、父上で……これが、母上なのですよ?」

 

 確かこの家に引っ越す前に撮った写真だった。兄に、姉に、そして自分が写っている。

 一人ひとりを、イズナは嬉しそうにサクラに紹介していた。そのために、この部屋に来たのだろう。

 

「……あれ? アレってば、確か、サスケのねェちゃんなんじゃ……。兄妹って、結婚できないんじゃ……なかったっけ?」

 

 付いてきたナルトだった。空気を読んでか、声を潜ませて向こうには聞こえないようにそう尋ねてくる。写真を確認するためか、見づらそうに目を細めていた。

 

「姉さんと血は繋がってない。結婚相手の家に養子に入るのなんて、良くある話だ」

 

 家事も姉に任せっきりで、姉さんはそういう風に育てられたのだと今になれば良くわかる。

 

「言われてみれば……面影が……なくも……ない?」

 

「……っ!? ナルト……イズナは、兄さんと姉さんの……本当の子どもじゃない……」

 

「ん? ……でもさ……でもさ……サスケにソックリだし……それに、サスケのねェちゃんに似てるってことは、ほんとに、サスケの兄ちゃんと姉ちゃんの、子どもなんじゃないか……?」

 

 言われてみれば、確かにどことなく雰囲気、所作や表情に、姉を彷彿とさせるところがあるかもしれない。

 だがだ、もし、そうであるのであって、問題があった。

 

「年齢が合わない。姉さんが里を出て行ったのは四年前――( )イズナは今、五歳だ。それに姉さんが妊娠をしている素ぶりはなかった……」

 

 妊娠をしていれば、そのお腹の大きさから、普通わかる。だからこそ、それは有り得ない話だった。

 

「……えぇ。でも……なんか、納得いかないってばよ……」

 

「……同じ一族だ。顔くらい似る。この話はこれで終わりだ」

 

 そう言いながらも、そうであって良い可能性を、頭の中で探してしまう。いや……そうであって欲しい。イズナが、兄さんと姉さんの幸せの象徴ならば、それ以上のことはなかった。

 

 イズナの方に目を向ければ、サクラに自分の父と母を、存分に自慢していた。母のことなんて、人伝にしか聞いたことはないというのに、それでも精一杯に、自分の知る母をサクラに伝えていたのだ。そのときのイズナは、憧れを語るように、とても楽しそうだった。

 

「そうそう、それでですね……にぃは……」

 

「イズナ……」

 

「にぃ……!」

 

「サスケくん!?」

 

 遂に自分の番が来たから、ついつい遮ってしまった。

 こういう身内びいきな自分の評価を聞くというのは、どうにもむず痒い。

 

「あんまり遅いから、気になってな……」

 

 トテトテと走り寄って、イズナは腰に抱きついてくる。

 

「えへへ……にぃは、修行ばっかりで、あんまり相手してくれないのです!」

 

 照れるように笑いながら、イズナはサクラにそう言った。

 なんとなく、手をイズナの頭に乗せた。幼き日、兄は自分の相手をして、こんな気持ちだったのかもしれない。

 

「イズナ……すまない――( )

 

「――強くて、かっこいい、そんなにぃは大好きです!」

 

 そうして、イズナは強く抱きしめてくる。

 今のままでもいいのだと、擁護されているのだとわかった。だがどうしても、切なさが胸に滲む。

 

「サ、サスケくん……ごめんなさい……」

 

「…………」

 

 突然、謝り出したサクラに、イズナとナルトはポカンとした。相変わらず、良くわからない奴だった。

 

「私……サスケくんの両親のこと……よく知らなくて……あんなこと言っちゃった……。ごめんなさい……あんなこと言っちゃったら、嫌われて、当然――( )

 

「なんの話だ?」

 

「…………」

 

 サクラに謝られるようなことをされた覚えはなかった。

 代わりに、呆けているナルトの方に目を向ける。

 

「ナルトは残れ……。イズナ……行くぞ……」

 

「はいなのです」

 

「え……オレ……?」

 

 さっさと部屋から出て行った。それなりの防音の利く部屋だ。閉じてしまえば、サクラの泣く声も聞こえない。

 

 もう、自分が居る意味はなかった。

 

 そんな部屋の外で、イズナともう一度向き合う。しっかりと向き合う必要があった。唐突で意図がわからないのか、イズナは目をしばたいている。

 

「イズナ……母さんがいなくて……寂しくはないか?」

 

 姉さんが居ればと思う時は何度もあった。もっと、イズナに温もりを分け与える相手が欲しい。

 

「イズナは大丈夫なのですよ……?」

 

 強がるように、安心させるようにイズナはそう言う。兄に似て、姉に似て、イズナは本当に賢い子だった。

 

「必ず、にぃが、イズナの母さんを連れてくる……。約束だ」

 

「……本当……なのですか……?」

 

 ためらうように、イズナはそう。そんなイズナを、目一杯に抱きしめて、撫でる。

 

「本当だ……」

 

 ケジメ……あるいは過去の清算か……。なんとしても、奪ってしまった幸せを取り返す――( )それだけは、果たさなければならなかった。

 

 

 ***

 

 

「サスケはどうです?」

 

「ま、それなりってところかな……」

 

 家の玄関の前だった。サスケの担当上忍となった、はたけカカシは、〝イチャイチャパラダイス〟と表紙に書かれた十八歳未満は閲覧禁止の本を読みながら、そう答える。

 

「そうですか……」

 

「ああ、確かに忍としての実力はなかなかって、とこ。ま、仲間に頼らないで、一人でなんでもこなしちゃうってところは、お前譲りかな……」

 

「…………」

 

 自身に、人に頼らない悪癖があると、痛いほど思い知らされた過去がある。だからこそ、少しはマシにはなったと言える。

 サスケにも、そういう相手が居ればいいが。

 

「それに、うちはミズナのこともある。アイツはどうやら、復讐するつもりだよ……」

 

「復讐……ですか……」

 

 風がない中、ページをめくる音がよく響く。

 どうやら、サスケは上手くやっているようだった。一族は全て、うちはミズナが殺したことになっているからこそ、サスケの振る舞いはそう誤解を生む。上出来だろう。

 

「そういえば、この本、お前も持ってるんだってね……」

 

 まるで関係ない話だった。

 もしかしたら、暗くなった場を和ませる、そんな気遣いなのかもしれない。

 あの一族虐殺に関する話は、うちはイタチにとっても、気分が良いものではないと判断されたのだろう。

 

「いえ、アレはオレのじゃなくて……オレの……女……のものです……」

 

 通常の状態では、文字が読めないからと言い、彼女は本の読み聞かせをねだってくる時がある。

 今でも彼女は『写輪眼』がコントロールできずにいて、目を開けば『万華鏡写輪眼』だ。『万華鏡写輪眼』で消耗した瞳力は回復しない。本を読むたびに瞳力を消耗して、失明に近づいていては、割に合わない。

 

 彼女が読み聞かせをねだる本は、だいたいが育児書か、男女の色恋に関するものだった。

 

「なるほど……んじゃ、この本に書いてあるようなことを……?」

 

「…………」

 

 目をそらす。

 動揺し、わずかにボロが出てしまった。彼女のことは隠さなければならない事項だ。

 

「それにしても、()()うちはイタチにも、春が来たってことか……いや、これはめでたいね……」

 

 そう、茶化されている分には、問題がなかった。だが、早めにこの話は切り上げたい。

 

「イズナはどうでしたか……?」

 

 サスケが怪我で休んでいるからこそ、頼んだ任務だった。サスケが班員との付き合いを深めるため、そしてイズナにとっても、いつもの警務部隊の部下たちよりも歳の近い彼らとの交流は、良い刺激になると思ってだった。

 

「イズナちゃんか……。見たところ……あの歳で、手裏剣術やチャクラコントロールなら、ナルト以上だ。流石は、うちは一族ってところか……?」

 

「……修行を見てくださったんですか」

 

「ああ……いや……ナルトの奴が修行をつけてやるって息巻いてな……。サスケは、やめておけって言ったんだけど、結果、ナルトの奴、逆に教えられてたさ……」

 

「そうですか……」

 

 なんとなく、情景が目に浮かぶようだった。

 イズナの実力は目を見張るものがある。親バカかもしれないが、イズナを見ていたら、幼き日の自分たちよりも優秀なのではないかと思えてしまう。

 

「だからこそ、サスケの奴には気をつけなくちゃいけないかな……」

 

「…………」

 

「ま、なんだ……。お前にコンプレックスを感じてるみたいだったし、そこからさらに、あの子が追いかけてくるっていうんだ……。面倒なことにならないと良いんだがな……」

 

 もっともな指摘だったが、その心配は杞憂に終わると確信が持てた。

 

「大丈夫ですよ。なんてったって、サスケはオレたちの弟ですから……」

 

 つい、口をついて出たセリフだった。

 サスケはきっと、すぐに兄や姉の背を追い越していく。無条件に、無意識に、そうサスケのことは信頼しているのかもしれない。

 

 身内びいきで、少し恥ずかしいセリフだと思われたのか、それを聞いて、はたけカカシは気恥ずかしげに頭を掻いた。

 

「なんていうか……アレだな……。お前がそんな風に笑う奴だったとはね……」

 

 この人と会うときは、いつも暗部の任務だった。こういう家族の話も、したことはなかったか。それに昔は、心の余裕がまるでなかった。彼女の前でも、ちゃんと笑えていたかどうか。

 

 そんな感傷的な空気を切り裂くように、玄関の戸が豪快に開かれる音がする。

 

「父上ー!」

 

「イズナ!?」

 

 迷いなくこちらに抱きついてくる。どうしても、そんな姿が彼女と被って見えてしまう。

 

「えへへ……なのです。お帰りなのです」

 

「ああ……ただいま……」

 

「兄さん……!? ……お帰り……今日は早かったんだね」

 

 イズナを追いかけてか、玄関からサスケも顔を出した。

 

「まあな……。それよりサスケ……ケガの調子はどうだ」

 

「兄さん……心配しすぎだよ……。もうなんてことないさ」

 

 休むときは休めばいい。サスケは少し、強がるキライがある。それが悪いこととは思わないが、無理をしてほしくはなかった。

 

「なんか……いつものサスケと違って、調子狂うってばよ……」

 

「ナルト……! アンタ、そういう言い方、ないんじゃない?」

 

 続いて、うずまきナルトと、サスケと同じ班員だろうピンクの髪の少女が玄関から外に出てくる。

 

 それを見て、彼らの上司である、はたけカカシはニンマリと笑う。

 

「じゃ……ま、任務完了ってことて……。お前ら、解散!」

 

 そう言い残して、『瞬身の術』で姿を消す。部下を置いて、一人帰ったのだろう。

 

「じゃあ、私たちも……」

 

「夕飯、食べていかないか……?」

 

 帰ろうとする二人を、そうやって、呼び止めてしまった。

 少し、名残惜しそうにサスケとイズナを見るナルトが目に入ってのことだった。彼女だったら、きっと、こう言っただろう。

 

「いえ、お母さんが、ちゃんと帰ってご飯食べないとうるさいので……」

 

「じゃあ、オレってば、遠慮なく厄介になっちゃおっかな……?」

 

 予想通りに、ナルトは顔を明るくして食いついてくる。一人や二人増えたくらいなら、どうにでもなる。

 

「ナルトのバカ……社交辞令に決まってるでしょ……?」

 

「いや、そんなことは……」

 

「ほらナルト……挨拶」

 

「おじゃましましたってばよ……」

 

 そんなつもりはなかったのだが、ピンクの髪の少女に諌められて、ナルトは行ってしまった。引き止めようとも思ったが、上手い言葉が見つからない。彼女がいればと切に思った。

 ナルトのその後ろ姿はなんとなく、物悲しい。

 

「…………」

 

 イズナもなにか、感じているようだった。

 唾を飲んで、たまらずと言った様子で走りだす。

 

 その背中に、追いつくことはしないけれども、道の真ん中に立ち、彼女は叫んだ。

 

「いつでも、修行を見てあげるのです!! いつでも、待ってるのです!!」

 

 そんな、イズナの挑発的な物言いに、ナルトは立ち止まり、振り向く。

 

「次は負けねェってばよ!」

 

 二人の関係は、きっと微笑ましいものなのだろう。

 

「さよならなのです!」

 

 手を挙げて、その言葉に応えるナルトの後ろ姿に、寂しさはなかった。






 前回の投稿の後、沢山のお気に入りに、感想、評価、本当にありがとうございました。個人的には、過去最高の平均評価値に届いて、とてもとても感激でした。重ねてになりますが、本当にありがとうございました。

 やり切った感が強くて、もう完結にしてしまおうかと思ったんですけど、まだ続けていきたいと思います。


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