このすばShort (ねむ井)
しおりを挟む

この果てしない借金地獄に救済を!

『祝福』1、既読推奨。
 時系列は、1巻終了時から2巻開始時点の間。


 

 魔王軍の幹部、ベルディア。

 アンデッドの大軍を率い、一騎当千の剣技を操るデュラハン。

 そんなベルディアの討伐に最も貢献したとされ、莫大な報酬を受け取った俺達は――

 

 

 

「ふぇっくし!」

 

 ――自分のくしゃみで目が覚める。

 そこは馬小屋の藁の中。

 ベルディアの討伐報酬として莫大な賞金を受け取るとともに、アクアが起こした洪水被害の補償として、討伐報酬を上回る大金を請求された俺達は、相変わらず馬小屋で寝起きしていた。

 日本にいた頃は朝方に眠って夕方に起きるという自堕落な生活をしていた俺だが、最近では朝早く目覚める事も珍しくない。

 寒くて寝ていられないのだ。

 この世界には、暖房もなければ温かいお湯がすぐに出てくる蛇口もなく、銭湯はあってもまだ開いていないし金が掛かる。

 暖を取るには自力で何とかするしかない。

 俺は藁束の端っこで体育座りになり。

 

「……『ティンダー』」

 

 点火の魔法はあるが燃料がないので、ティンダーの小さな火に直に当たる。

 俺がティンダーを何度も何度も使って、かじかんだ指先を温めていると。

 

「……んっ……」

 

 背後から、そんな小さな吐息が聞こえてきて……。

 振り返れば、アクアとめぐみん、ダクネスが、一枚の毛布に三人で包まって身を寄せ合っている。

 暖房もお湯の出る蛇口もなく、銭湯はあってもまだ開いていないのだから、暖を取る一番の手段は人肌の温もりというやつだろう。

 ……俺もあの中に混ざりたい。

 下心も何もなく俺がそんな事を思っていると……。

 

「ふぇっくし!」

「……ちょっとカズマさん、うるさいんですけどー? 何よ、まだ外は暗いじゃない。一人でゴソゴソするのはいいけど、静かにやってくれないかしら? また他の冒険者に怒られても知らないからね。まったく、最近は朝早くからいつもいつも……」

 

 …………。

 俺が少しくらいうるさくしても、他の冒険者に怒られる事はない。

 なぜなら、他の冒険者達はベルディア討伐の報酬を得て、とっくに冬を越すための宿を取っているからだ。

 本当なら俺達だってそうしていたはずなのだ。

 俺は、顎先まで毛布に埋めてぬくぬくと眠ろうとするアクアに。

 

「オラァ! さっさと起きろ、冒険だ! クエストに出るぞ! そんでもって、さっさと借金を返して馬小屋生活とはさよならするんだ!」

 

 大声で喚きながら毛布を引っぺがし。

 

「な、何事だ!? 敵襲か!」

「あああ、何ですか、いきなり何をするんですか! 寒い! 寒いです、毛布を返してください!」

「ちょっとあんた何すんのよ、それは私達の毛布でしょ! 返しなさいよ! 眠れる女神を起こすと天罰が下るって知らないの? あんたの寝るところだけいつも雨漏りする罰を下すわよ!」

 

 口々にそんな事を言ってくる三人に、俺は――

 

「ふぇっくし!」

「「「うわっ、汚っ!」」」

 

 

 *****

 

 

「……なあ、今朝は昨日よりも寒い気がするんだけど、これ以上寒くなるのか? このまま馬小屋で冬を越すなんて事になったら、俺は凍え死ぬんじゃないか?」

「情けないわねえ、さすがはご両親を泣かせに泣かせたヒキニートなだけあって貧弱ね。私だってあんたと同じところで寝てるけど、まだまだ耐えられるわよ! この女神の羽衣はね、モンスターの攻撃や状態異常はもちろん、暑さや寒さからだって守ってくれるんだから!」

「じゃあそれ、寝る時だけでも俺に貸してくれよ。お前らは三人でくっついて寝てるから少しは暖かいかもしれないけどな、俺は一人なんだよ。ここんとこ毎朝自分のくしゃみで目が覚めるんだぞ?」

「嫌に決まってるじゃない。なーに? カズマったら、私の身につけた物をクンクンするつもり? まったく、しょうがないエロニートね!」

「それはない」

「なんでよーっ!」

 

 冒険者ギルドの酒場。

 その隅っこのテーブルにて。

 俺とアクアは一番安い定食を半分こして食べながら、ダラダラと言い合いを続けていた。

 朝一番で、冒険者ギルドが開くとともにここに来て、こうしてクエストの依頼書が掲示板に貼り出されるのを待つのが、最近の日課になっている。

 ギルド内は馬小屋より暖かい。

 俺がベルディア討伐に参加した事を知ってか、そんな俺の今の惨状を見るに見かねてか、たまに職員がギルドが開く前に入れてくれたりもする。

 ……このロクでもない世界で、人の優しさが身に沁みる。

 

「とにかくクエストだ! 楽が出来て安全で、それでいて実入りの良いクエストを受けて金を稼ぐぞ。今のままじゃ借金を返すどころじゃない。それに、冬になるとほとんどのモンスターが冬眠して、危険なモンスターを相手にしたクエストばかりになるんだろ? そんなの、俺達でどうにか出来るとは思えん」

「あっ、何すんのよ! それは私のカエル肉よ! ……まあ、そうね。私もあんまり危ない事や大変な事はしたくないわ。楽ちんにお金が稼げて、お酒が飲めていい気分になれるなら、他の事はすべてカズマさんに任せるから。あ、でも馬小屋は寒いし、早く良いお布団で眠りたいわね!」

 

 俺とのおかずの取り合いに敗れたアクアは、口を尖らせながらそんな事を言う。

 ……女神といったら勇者を導き魔王を倒す手助けをする存在のはずなのに、なぜ俺が女神を導く感じになっているのか。

 俺が筋張ったカエル肉を噛みしめながら考えていると。

 

「お前達は、何をバカな事を言っているんだ? そんなクエストがあれば皆がやっている。それに、モンスターの脅威から力なき市民を守る事が冒険者の務めだ」

「そうですよカズマ。この私がいるのですから、どんなクエストでも恐れる事はありません。どんな強敵が相手でも、我が爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばしてやりますよ」

 

 ダクネスとめぐみんが、口々にそんな事を言ってくる。

 

「だからカズマ、一撃が重そうな強敵と戦うようなクエストを……!」

「ですからカズマ、雑魚モンスターの群れを一掃するようなクエストを……!」

「……ねえカズマ、私はなるべく楽ちんで安全なクエストが良いんだけど」

 

 …………。

 なんでコイツらはこう、まとまりがないのか。

 

 冷静に考えて――

 

 ダクネスは、他の冒険者を一撃で倒したベルディアの攻撃に、長い時間耐え続けるほどの防御力を持っている。

 しかし、いくらダクネスが耐えられるといっても、俺達にはまともな攻撃手段がないし、めぐみんの爆裂魔法では間違いなく巻き込むから使えない。

 

 めぐみんの爆裂魔法は、女神であるアクアが浄化できなかったアンデッドナイトの大軍を、一撃で消し飛ばすほど威力が高い。

 しかし、ウチのパーティーの壁役はダクネスだけだから、モンスターの群れに襲われたらすべてを食い止める事は難しく、ダクネスが止めきれなかったモンスターに襲われれば、俺やめぐみんは一撃で死ぬだろう。

 

 アクアは、ベルディアにやられた冒険者達の治癒をし、魔法で洪水を起こしてベルディアを弱らせた。

 しかし、アクアが洪水を起こしたせいで俺は莫大な借金を負う事になった。

 アイツを活躍させたら、間違いなくそれ以上のしっぺ返しがあって、それはもうひどい事になるだろう。

 

 ……本当に。

 なんでコイツらはこう、噛み合わないのか。

 

 俺達が食事を終える頃にちょうど新たなクエストが貼り出されたので、俺達は掲示板の前に立った。

 

「……よし」

「却下」

 

 勝手に一枚の紙を剥がすアクアの方を見ずに俺が言うと。

 

「ちょっと、こっち見てから言いなさいよ! 今回は悪くない話よ! とっても楽ちんで報酬も高額なんだから!」

「お前なあ、ダクネスも言ってたが、そんな良い話があるわけないだろ」

 

 俺はアクアが差し出してきた紙を見て。

 

『魔法実験の練習台探してます ※要、強靭な体力か強い魔法抵抗力を持つ方』

 

 …………。

 

「カズマさんなら、へーきへーき」

「楽ちんって、お前は何もしないで報酬が貰えるって事か? しばき回すぞ。ていうか、これは俺よりダクネスに向いてるんじゃないか?」

 

 俺がダクネスの方を見ると、俺が持っている紙を覗き込んだめぐみんがドン引きしながら。

 

「……な、仲間を躊躇なく魔法の実験台にするつもりですか? カズマが鬼畜なのは知っていますが、さすがにそれはどうかと思いますよ」

「そういえば、めぐみんは仲間になる時にどんなプレイでも耐えてみせるって豪語してたな」

「待ってください! 待ってくださいよ! 私は爆裂魔法以外はただの一般人です! か弱い女の子ですから、依頼の条件に合致しません!」

 

 と、ダクネスが、半泣きになるめぐみんを俺から庇うように背中に隠し。

 

「それくらいにしてやれ。あまり女の子を泣かすものではない。どうせ泣かせるのなら私を……コホンッ! 残念だが、私はその依頼を請ける事が出来ない」

「……? そうなのか? お前なら喜んで請けそうだけど」

「……ん。どうも私を実験台にしても反応が普通ではないとかで、依頼者の望んだデータが取れないらしくてな。依頼者も真面目な奴で、私を実験台にするくせに何度も謝ってきたり、大丈夫ですかと安全を確認してきたりして、責められてもちっとも楽しくないのだ」

「……お前、性癖で他人に迷惑を掛けるのはやめろよな」

 

 簡単なクエストは報酬が安いし、報酬が高いクエストは危険がともなう。

 当たり前だが、美味しいクエストはなかなかない。

 

「これはどうだ? 簡単そうな割に報酬が高いけど」

 

 俺が一枚の紙を指さして言うと、めぐみんが。

 

「……森に悪影響を与えるエギルの木の伐採ですか。私達では難しいかもしれませんね」

「そうなのか? そのエギルの木ってのをどうにかすれば良いんなら、めぐみんの爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばせば良い事じゃないのか?」

「カズマはエギルの木を知らないのですか? エギルの木は一ヶ所に群生する事はありませんよ。森のあちこちに散らばって生えているので、爆裂魔法を使えば木材になる普通の木も一緒に吹き飛ばしてしまいます。それに鹿肉を狙ってモンスターもやってきますから」

「……鹿肉? なあ、なんでいきなり鹿の話になってんだ?」

「エギルの木には鹿が生るんです」

「……今なんて?」

「エギルの木には鹿が生るんです。その鹿が周りの木の樹皮を食べるので木々が枯れてしまうし、鹿肉を狙うモンスターまで呼び寄せるので、樵の人達が森に入れなくなってしまうのです」

「この世界って本当にロクでもないな……」

 

 いくら攻撃が当たらないダクネスでも、木の伐採なら出来るだろうと思ったのだが。

 モンスターまで呼び寄せるとなると、俺達ではどうにもならない。

 俺が他のクエストを探そうと、掲示板に目をやると……。

 

「……? ダクネス、何やってんだ?」

 

 ダクネスが一枚の紙を剥がし、俺の目から隠すように胸元にしまい込んだ。

 

「い、いや、何でもない。なあカズマ、これなんかどうだ? 冬眠を前にして食欲が増し凶暴になったブラックファングの討伐。安心しろ、どんな強敵だろうと私が攻撃を受け止めて」

「……『スティール』」

「ああっ!?」

 

 俺はダクネスから奪い取った紙を見る。

 

「……コボルトの巣の壊滅? なあ、コボルトってのは俺も聞いた事があるが、雑魚モンスターじゃないか」

「そうですね。弱いのに討伐報酬が高い、美味しいモンスターですよ。繁殖力が高いので見つけたら討伐する事が推奨されているのです。……このクエストも、森の中に棲んでいるコボルトが増えすぎて街道で人間を襲うようになったから出されたみたいですね。依頼報酬もなかなかですし、美味しいクエストじゃないですか」

 

 めぐみんの説明を聞くと、ダクネスがこのクエストを隠そうとした意図がますます分からない。

 俺とめぐみんの視線に、ダクネスは気まずそうに顔を背けて。

 

「だ、だって……、ズルいじゃないか! このところ、めぐみんが喜ぶような雑魚モンスターを相手にするクエストばかりで、私が袋叩きにされたり、強力な一撃を食らう事もなく…………」

 

 …………。

 この変態クルセイダーは、欲求不満が溜まって美味しいクエストを隠そうとしたらしい。

 このドMが喜ぶような状況は、俺達には対処が難しいから、ダクネスの不満が解消される事はないだろう。

 今後もこんな事をされると金が稼げない。

 ……コイツには、一言言っておく必要があるな。

 

「めぐみん、ちょっとコイツに話があるから、お前はクエストを請けてきてくれないか?」

「わ、分かりました……。でもカズマ、あまりきつい事は……ダクネスは喜ぶでしょうけど、やめてあげてくださいね」

 

 俺の様子に、めぐみんが不安そうにしながら受付へと行き。

 しょぼくれながらも、正面から俺を見返してくるダクネスに、俺は真面目な顔で。

 

「なあダクネス、焦らしプレイって知ってるか?」

「!?」

「お前は耐えたり我慢したりする事が好きだな? その好きな状況を楽しめないって事も、我慢する事には違いないんじゃないか? なあダクネス、お前の望むような強敵相手のクエストを請けてやれなくて、俺だって悪いと思ってる。出来ればめぐみんが喜ぶようなクエストばかりじゃなくて、お前が喜ぶクエストだって請けてやりたいさ。でも、分かるだろ? 今は無理なんだ。俺達のパーティーで楽して稼ごうと思ったら、めぐみんの爆裂魔法に頼るのが一番良い。借金を返せたら、いくらでもお前の好きなクエストに付き合ってやるから、今は耐えて、我慢してくれないか? それに、そうやって焦らされた後で望みが叶えられたら、いつもより……」

「い、今は耐えて……我慢……? 仲間のために……! ……んくうっ……!? ……ハア……ハア…………。カ、カズマ、お前という奴は、お前という奴は……!」

「おいやめろ、鼻血出すほど興奮するなよ。……アクア、この変態にヒールを……アクア?」

 

 静かにしていると思ったら、アクアは立ったまま鼻ちょうちんを作っていた。

 

「ぷぇー……」

 

 

 *****

 

 

 アクセルの街から離れたところにある、森の中。

 俺達はその森を、さらに奥へと進んでいた。

 コボルトの巣はこの森のどこかにあるという話だが、正確な場所は分かっておらず。

 

「……ええっと、ここも違うな。じゃあ、次はあっちに……。いや、あっちだな」

 

 俺達は、ギルドで貰った大ざっぱな森の地図を頼りに、コボルトの群れが棲みつきそうな洞穴や木のうろを巡っていた。

 いわゆるスカウト技能を持っている者がいないので、探索はあまり順調ではない。

 敵感知と潜伏スキルで、モンスターを避けながら移動しているせいもある。

 

「こちらの洞穴の方が位置が近いですけど、……崖下を先に目指すのですか? 一応理由を聞いても良いでしょうか」

 

 俺と一緒に地図を覗き込みながら、めぐみんが首を傾げて聞いてくる。

 ダクネスはその間、警戒するように辺りを見回していて、アクアは……。

 

「ねえもう疲れたんですけどー。さっきから同じ場所をウロウロするばっかりで、ちっともモンスターと戦わないじゃない。もう帰りましょう? ちょっと遠出してめぐみんが爆裂魔法を撃って帰るだけだと思ってたのに、こんな森の中を歩き回るなんて聞いてないんですけど」

 

 出発する前にきちんと説明したというのにそんな文句を言うアクアを無視し、俺は手近な木の枝を折りつつめぐみんに。

 

「先に崖下を見ておきたいんだよ。コボルトの巣がそこにあるようだったら、クエスト失敗だとしても帰ろうと思う。崖下にコボルトの巣があったとして、そんなところに爆裂魔法を撃ち込んだら地形が変わるどころの騒ぎじゃないだろ」

「……カズマはそんな事まで考えていたんですか? でも、森の中で爆裂魔法を撃てば木々も吹っ飛んで地形は変わってしまうでしょうし、今さらなのではないですか」

 

 そうかもしれないが……。

 

「なるべく周りに影響を与えたくないんだよ。ほら、ベルディアが攻めてきたのはお前が廃城に爆裂魔法を撃ち込んだせいだし、借金を負ったのはアクアが洪水を起こしたせいだろ?」

 

 俺の言葉に、めぐみんとアクアが耳を塞いで聞こえない振りをする。

 そんな俺達に、こちらを見ないままダクネスが。

 

「カズマ、ならば私がコボルト達の前に姿を現し、囮になるというのはどうだ? そして私に襲いかかってきたコボルト達を、爆裂魔法で私もろとも……!」

 

 …………。

 

「そういうわけだから、とりあえず崖下に行くぞ。コボルトの巣があったら、帰る事も検討しよう。もしかしたら巣の場所を知らせただけで少しは報酬が貰えるかもしれないしな」

「な、なあカズマ、さすがに無視というのは寂しいのだが。そ、それともこれが、放置プレイというやつなのか……?」

「ド変態に構ってる暇はない」

「……んぁ……!?」

「ていうか、今お前は鎧がないんだからな? あんまりバカな事言ってんなよ」

 

 ダクネスは顔を赤くし、息を荒くしながら。

 

「カ、カズマ……。わ、私を責めるのか心配するのか、どちらかにしてくれ……! 一体お前は私をどうするつもりなんだ……!?」

 

 どうもしません。

 

 

 

 しばらく森の中を進んでいくと。

 

「……何か来るな。敵感知に反応がある」

 

 俺がそう言うと同時に、余計な事をしないように真っ先にアクアの手を掴み、潜伏スキルを発動させると、アクアがニヤニヤしながら俺を見返してきて。

 

「何よカズマ、いきなり私の手を握ったりして? 今は討伐クエストの最中だって分かってるんですか? そんなに私が恋しかったの? まったく仕方ないわね、このエロニートは! 本来ならあんたみたいなニートがこの私の手に触れるなんて許されない事なんだけど、寛大な私は特別に許してあげるわ! 存分に感謝して、帰ったらキンキンに冷えたクリムゾンビアーを奢ってよね!」

「バカな事言ってるとお前だけ潜伏スキルの対象から外すぞ。俺にだって選ぶ権利があるんだからな? クエストを達成して帰れたら酒くらい奢ってやるから、今は静かにしてろよ」

「シッ! 二人とも静かに! 来ましたよ、ブラッディモモンガです!」

 

 めぐみんが囁き、ダクネスが俺達を庇うように前に出る。

 現れたのは、三匹の大きなモモンガ。

 潜伏スキルで隠れている俺達に気づく様子はなく、どこか慌てたように低空を滑空してくる。

 ダクネスがモモンガを警戒する中。

 俺はアクアが余計な事をしないか警戒し――

 

「ああっ!? 何よ! 何か降ってきたんですけど!」

「バカ! 静かにしてろって……!」

 

 いきなり騒ぎだしたアクアに俺は小声でそう言うが、ブラッディモモンガはそんな俺達の声に気づかなかったようで、真っ直ぐに飛び去っていく。

 モモンガ達の姿が完全に見えなくなって。

 

「……なあ、あいつらって耳が悪かったりするのか?」

「いえ、そんなはずはありませんが……」

 

 俺が首を傾げながらめぐみんに聞くと、めぐみんも不思議そうに首を傾げる。

 そんな中、アクアが羽衣の袖に鼻を近づけ……。

 

「臭い! なんか変な臭いがするんですけど!」

「ア、アクア、それはブラッディモモンガが獲物のマーキング用に掛ける尿です。その臭いは一週間は取れません」

「「…………」」

 

 おずおずと言うめぐみんの言葉に、俺とダクネスは無言でアクアから距離を取った。

 獲物のマーキング用という事だが、潜伏スキルを使っていた俺達が見つかっていた様子はないから、おそらくは運悪く掛かってしまったのだろう。

 

「ちょっと、なんで二人とも離れていくのよ! ねえ、私達って仲間よね? 仲間って苦しい事や辛い事を分かち合うものじゃないかしら?」

「おいやめろ、こっち来んな! あっ、臭い! 本当に臭いぞお前!」

「わあああああーっ! やめて、臭い臭いって言わないで! ねえ逃げないでよ! 私だって好きでおしっこ引っかけられたわけじゃないんですけど! めぐみん、めぐみんは私と一緒にいてくれるわよね?」

「す、すいません、私もブラッディモモンガにはちょっと嫌な思い出があるので……」

「わあああああーっ! ふあああああーっ! ああああああーっ!」

「あ、おい! ヤバい! ちょっと黙れ!」

 

 俺は討伐クエストの最中だというのに大騒ぎするアクアに飛びかかり、潜伏スキルを発動させる。

 

「カ、カズマさん! カズマさんは私と一緒にいてくれるのね……? ひっぐ、えっぐ……、あ、ありがとうね……!」

「バカ! いいから静かにしろ。おい、二人も来てくれ。また敵感知に反応だ」

 

 俺がそう言うと、二人はアクアの臭いに嫌な顔をしつつ俺の体に触れた。

 反応があるのは、さっきブラッディモモンガが飛んできたのと同じ方向。

 ひょっとすると、あのモモンガ達はこの何かから逃げているところだったから、俺達の声に気づいてもそのまま行ってしまったのかもしれない。

 そんな事を考えながら潜伏スキルを使い、隠れていると……。

 

 ――でかい熊が現れた。

 

 超でかい。

 ヤバい。

 黒い。

 そんな頭の悪い感想しか出てこないくらい、危険な雰囲気を醸し出している。

 熊は茂みをガサガサと掻き分けて俺達に近寄ってきて。

 フンフンと鼻を鳴らしながら、辺りの地面を嗅ぎ回る。

 マズい。

 アクアについた強烈な臭いに気づかれたら――

 俺のそんな考えを読んだかのようなタイミングで、熊は顔を上げ。

 アクアの方を真っ直ぐに見て。

 

 ……嫌そうな顔をして、逃げるように去っていった。

 

 …………。

 熊の姿が完全に見えなくなり、足音も聞こえなくなってから、詰めていた息を吐き出しためぐみんが。

 

「い、一撃熊……! 今のは一撃熊ですよ! 紅魔の里の近くにも棲んでいる、人間の頭くらいなら一撃で持っていくモンスターです! まあ、上級魔法を使える紅魔族にとっては小遣い稼ぎと経験値稼ぎの獲物でしかないんですが」

 

 何それ怖い。

 ……紅魔族怖い。

 ていうか、ちゃんとした紅魔族だったら今のも隠れるまでもなく倒せてたって事か?

 

「……おい、私に言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

「言ったら聞き入れてくれるのか?」

「そんなわけないでしょう」

 

 ですよね。

 俺とめぐみんがそんなやりとりをする中、一撃熊の去っていった方をジッと見ていたダクネスが。

 

「今のが一撃熊……。アイツの前足の一撃を受け止める事が出来たら、さぞ気持ち良い……ではなく、クルセイダー冥利に尽きるのだろうな。…………んっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

「してただろ」

 

 いや、変態に構っている場合ではない。

 あんなのまでいる森に、長居していられない。

 俺は近くの木の枝を折り。

 

「コボルトだけならともかく、秋の森には腹を空かしたモンスターがいくらでもいるんだな。ダクネスの鎧がないってのに、あんなのと戦わせるわけにはいかない。とにかく崖下だけは見るとして、そこにコボルトの巣があったら帰るぞ。なかったら……、なくても帰った方が良いかもな。このクエストは俺達には早すぎたよ。おいアクア、いつまで蹲ってるんだ? ……アクア?」

 

 いつまでも立ち上がらないアクアに目をやると、アクアは地面の上で膝を抱えていて。

 

「……ねえカズマさん、私ってそんなに臭いの? あんな熊畜生に嫌な顔されて逃げられるくらい臭いの?」

「…………そんな事ないぞ? ほら、バカな事言ってないで、さっさと行くぞ」

 

 そう言ってアクアを引っ張り起こす俺を、めぐみんとダクネスが怪訝そうな顔で見ていた。

 ……ピュリフィケーションを使えば臭いを消せそうだが、尿の臭いで一撃熊が寄ってこないようなので、森を出るまでは黙っていよう。

 

 

 

 ――地図にある崖下の近くにやってきた。

 

「……当たりか」

 

 俺は小さく呟き、ため息を吐く。

 木々が邪魔でほとんど見通せないないが、崖下の窪地に見張りらしきコボルトが立っていて、敵感知には大量の反応がある。

 五十匹ほどもいそうなコレが、すべてコボルトなのだろう。

 ……どうしよう?

 あの崖は崩してしまって良いのだろうか。

 自分でクエストを請けに行って、きちんと詳細を聞いてくれば良かった。

 足を止めた俺の様子から状況を察したのだろう、めぐみんが早くも瞳を紅く輝かせ……。

 

「おいバカ、早まるな! 崖崩れなんか起こしたら何がどうなるか分からないんだぞ。また厄介事を起こすつもりか?」

「ですがカズマ、私達は冒険者です。冒険者の本分はモンスターを討伐し、力なき市民を守る事。コボルトの巣を見つけ、倒す手段があるのなら、放置しておいて良い理由などないはずです。ここで私達がコボルトを見逃す事で、あのコボルト達の被害に遭う人が一人でも出てしまえば、私は自分の事を許せなくなってしまいます」

「それっぽい事言いやがって。お前は爆裂魔法を撃ちたいだけだろうが」

「まあそうですが」

 

 めぐみんは事もなげに認める。

 俺だって、コボルトを倒したい。

 だが、そのせいでまた借金が増えては本末転倒だろう。

 俺が決めかねていた、そんな時。

 

 ――風向きが変わった。

 

「……!? なんだ? 急にコボルトが慌てだしたぞ」

 

 それは敵感知スキルを持っている俺にしか分からない変化。

 三人は俺の顔を見て、不思議そうにしている。

 俺は自分でも何が起こっているのか分からず、どう説明したものかと三人を見返して。

 

「……あっ!」

 

 アクアの顔を見て、声を上げた。

 

「な、何よ? どうしたっていうの? 私、今日はまだ何もおかしな事してないわよ? してないわよね? ね?」

 

 冤罪を主張しながら、自信がないのかしつこく繰り返す、アクアの臭い。

 ブラッディモモンガがマーキング用に掛けた尿の臭いが、風向きが変わった事でコボルトの巣の方向に流れていた。

 さっきの一撃熊の反応からして、潜伏スキルは完全に臭いを消せるわけではないのだろう。

 コボルトは非常に弱いモンスターだ。

 そんなコボルトが、ブラッディモモンガの尿の臭いを嗅いだら、パニックになっても無理はない。

 パニックになったコボルト達は、てんでバラバラに巣から逃げようとしていて。

 ……このまま逃がしたら、どこでどんな被害が出るのか分からない。

 

「……仕方ない! やれ、めぐみん!」

 

 俺のその言葉に、ダクネスが俺達を守るように前に出て、大剣を地面に突き刺し。

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 

 破滅の光がめぐみんの杖先から崖下へと放たれ。

 轟音とともに巻き起こる破壊の風が、崖を崩し、周囲の木々を薙ぎ倒す。

 ……すでに巣から逃げだしていたコボルトもいたので、撃ち漏らしが出るかと思ったが。

 そいつらも崖崩れに巻き込まれたようで。

 風が吹きやんだ時には、敵感知にあった反応は一つ残らず消えていた。

 俺はフラつくめぐみんに肩を貸し。

 

「よし、全部倒せたみたいだ。依頼完了だな。……ご苦労さん」

「ふはは。我が爆裂魔法をもってすれば、この程度の事は造作もありませんよ!」

「……おんぶはいるか?」

「あ、お願いします」

 

 俺がめぐみんを背負っていると、大剣を納めたダクネスが物足りなさそうな顔で。

 

「これで終わりか。……な、なあカズマ、せっかくだし一撃熊と」

「却下」

「んん……!? こ、この雑な扱い……!」

「……お前、ひょっとして俺に拒否られたくて妙な事を言ってきてないか?」

「…………」

「おい、こっちを向け。俺の目を見て否定してくれ」

 

 俺とダクネスがそんなやりとりをしていると、退屈そうにあくびをしていたアクアが。

 

「ねえー、めぐみんが爆裂魔法を撃ったんだし、クエストは終わったんでしょ? さっさと帰りましょうよ。今日は森の中を歩いて疲れちゃったし、帰ったら冷たいお酒を……」

「おいやめろ、そういうフラグになるような事を言うなよな。あっ、ほら! お前が余計な事言うから敵感知に反応が……!」

「ちょっとあんた変な言いがかりはやめてよね! 私のせいじゃないわよ! めぐみんの爆裂魔法で呼び寄せられてきたんだと思うんですけど!」

「あっはい。そうですね、私のせいだと思います。……すいません」

 

 アクアのツッコミに、俺の背中でめぐみんが縮こまる中、俺はポツリと。

 

「ちなみに来たのはブラッディモモンガみたいだが」

「…………」

 

 おそらくアクアに付いた臭いを追ってきているだろうモモンガ達に、アクアはオロオロしだし。

 

「えっ、えっ、どうしよう? ねえカズマさん、でもこれってやっぱり私のせいじゃないと思うの。だって私、好きでおしっこ引っかけられたわけじゃないんだし、……そんな目で見ないでほしいんですけど!」

「……潜伏」

「ふあああああーっ!? カズマさん? カズマさーん!」

 

 めぐみんとダクネスとともに俺が潜伏スキルで隠れると、一人取り残されたアクアが泣き喚いてこちらに駆け寄ってきて。

 ……木の根っこに躓いて転んだ。

 俺の背中に乗っているめぐみんが肩をバシバシ叩いてくるし、俺が肩を掴んでいるダクネスも責めるような視線を向けてくる。

 泥だらけになって泣いているアクアを見ると、俺も悪い事をしたとは思う。

 事前に話してたら厄介な事になっていただろうから、反省はしてないが。

 ……帰ったら、キンキンに冷えたクリムゾンビアーを奢ってやろう。

 俺がジェスチャーでダクネスに指示を出すと、ダクネスは少し驚いたように目を見開いて頷き、大剣を引き抜いた。

 少ししてブラッディモモンガが現れ。

 アクアが逃げだし。

 ダクネスが、アクア目掛けて向かってくるブラッディモモンガの前に立ち塞がった。

 潜伏しているダクネスの存在に気づかず突っ込んできたモモンガ達は。

 

「くっ……! ううっ、……ぐ……! ……こ、これが焦らしプレイの効果か……! 感謝するぞカズマ、新境地に達した気分だ……ハア……ハア…………」

「おい、鼻血出てるぞ」

 

 ダクネスに激突したブラッディモモンガ達は、三匹とも目を回して地面に引っくり返った。

 不器用なダクネスでも、動かない相手になら攻撃を当てる事が出来る。

 ほこほこした顔のダクネスが三匹のモモンガにとどめを刺している間、俺は逃げようとしてすっ転び泣いているアクアを立たせてやり。

 

「今回は悪かったよ。でもお前、囮役やれとか言っても聞かないだろ?」

「うっ、うあああああああああ! カズマがー! カズマがああああああ!」

「なあ頼むから泣きやんでくれよ。またモンスターが来たら本気でどうにもならないからな? 分かったよ、帰ったらクリムゾンビアーを奢ってやるから」

「……カエルの唐揚げも食べたい」

 

 コイツ、意外と余裕があるな。

 

「分かった分かった。それも奢ってやるから」

 

 と、大剣を納めたダクネスが。

 

「……そういえば、帰り道は分かるのか? その、私は森に入った経験があまりないし…………、正直に言えば、焦らしプレイと言われて興奮していたので、どちらから来たのかもよく覚えていないのだが」

 

 ダクネスのその言葉に、俺達の中で一番旅慣れているめぐみんに皆の視線が集まる。

 

「えっ、私ですか? ……すいません、爆裂魔法を使えるのが嬉しくて、あまり周りに気を配っていませんでした」

 

 次にアクアに視線が集まるが素通りし、

 

「なんでよ! ちょっと、私にも聞いてよ!」

 

 ……最後に、期待するように俺を見る。

 モンスターに突っこんでいくド変態クルセイダーと、爆裂魔法を撃ちこむ事しか考えていない頭のおかしいアークウィザード、そして何の役に立つのかよくわからないアークプリースト。

 まあ、こんなもんだろう。

 俺は地図を取り出しながら。

 

「そこは大丈夫だ。俺が移動しながら目印に木の枝を折ってきたから、帰り道は分かる」

「…………えっ」

 

 俺が自信ありげに請け合うと、アクアが驚いたような声を……。

 …………。

 

「おい、何をした? 言え」

「だって! だって! 周りに影響を与えるのは駄目とか言ってたのに、カズマさんがやたらと木の枝を折ってるから、これは私がちゃんと治しておかないとって思って……ヒールで……」

「ヒールで?」

「回復しちゃった」

「このバカ、何してくれてんだ! もう夕方になるってのに森から出られなかったらどうするつもりだよ! それどころか、帰り道が分からなかったらこのまま迷って死ぬかもしれないんだぞ! 後は帰るだけのはずだったのに、お前のおかげで俺達の戦いはこれからだよ!」

「わあああああーっ! うわあああああーっ! 私だって、私だって良かれと思ってやったのに!」

 

 

 

 *****

 

 

 

「……今なんて?」

 

 真顔で聞き返す俺に、受付のお姉さんは目を逸らし。

 

「で、ですから、めぐみんさんはベルディア討伐の際にレベルが上がって、爆裂魔法の威力も上がったじゃないですか。その威力がちょっと、頭がおかしい……もとい、こちらの予想を超えていると言いますか。今回、コボルトの巣があったという崖、あの崖やその周辺の小山は、冒険者ギルドとしては崩れても困らない土地でした。それで、コボルトは優先的に倒していただきたいモンスターですし、こちらからもあまり強く注意はしなかったのですが……。きちんと調査しなければ正確な事は言えませんが、サトウさんの話を聞くと崖崩れの規模が想定より大きいようなので、森の小川に土砂が流れこみ、下流の湿地帯にまで影響が出るかもしれません。そうなりますと、湿地帯の希少な植物が採れなくなったり、生態系が崩れたりして……その、また補償金をいただく事になるかも…………可能性! あくまでも可能性の話ですから!」

 

 俺の表情から何を感じ取ったのか、受付のお姉さんが半泣きでフォローしてくれる。

 あくまでも可能性。

 まだ調査の段階。

 しかし、なんだろう? こういう話が出てきた時点で、もう駄目なのが確定している気がするのだが。

 

「ちなみに補償金って、いくらくらいになるんですか?」

 

 俺が気力を振り絞って聞いてみると、お姉さんは営業スマイルを引きつらせて。

 

「ええと、ですね…………」

 

 その金額を口にした――!

 

 …………。

 夜の森を半泣きで抜け。

 命からがら街に戻ってきて。

 ギルドでクエスト完了の報告をし。

 ……今日くらいは仲間達とパーッと飲もうと思っていたのだが。

 呆然と受付を離れる俺に、上機嫌のアクアがやってきて。

 

「ねえカズマさんカズマさん! ほらほら、クリムゾンビアー! カズマさんの分も頼んでおいてあげたわよ! どうしたの? カズマさんはいつも変な顔だけど、もっと変な顔してるわよ? なんかあったの? まあいいじゃないの! 今は忘れちゃいなさいよ! 何もかも忘れて、パーッと飲んで楽しみましょ! ほら、グイっと行って! さあ早くグイッとやんなさいな!」

 

 能天気に浮かれ騒ぐアクアに、俺は……。

 

「よし、パーッと飲んで忘れるか!」

 

 

 

 ――考えるのをやめる事にした。

 




・エギルの木
『祝福1』に名前だけ登場する、森に悪影響を与えるらしい木。詳細不明。
「木に鹿が生る」は独自設定。元ネタはバロメッツです。

・魔法実験の練習台探してます
『祝福1』にて掲示板に貼ってあったクエストのひとつ。
 ダクネスが過去に請けていた事、依頼人の性格は独自設定。

・一撃熊
『祝福1』に名前だけ登場。または『爆焔』シリーズにたびたび登場。
 2巻を読む限り、カズマ達がここで遭遇しているのはおかしい。妄想ですから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この馬小屋に静かな眠りを!

『祝福』1、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻1,2章辺り。


 ――それは俺達が初めてクエストを達成した夜の事。

 

 いつものように馬小屋で眠りに就こうとしていると、隣に横たわっていたアクアがモゾモゾと起き上がり、手を振りながら小声で。

 

「おーい、こっちよこっち!」

「……なんだよ。カエルに飲まれたのがそんなにショックだったのか? そこには誰もいませんよ。女神もストレスで頭がやられるとピンクの象が見えるようになるんだな。でも今日はもう眠いから、静かにしててくれよ。あんまり騒ぐとまた周りの冒険者に怒られるぞ。……あっ、そういえばここってファンタジーな世界じゃないか。ひょっとして妖精さん的な生き物が実在するのか?」

「はあー? あんた何バカな事言ってんの? そんなのいるわけないじゃない。あと、いくら私が寛大だからってあんまりバカにしてると天罰が下るわよ!」

「俺にそんな事言われても。お前がバカなのは俺のせいじゃないだろ?」

「いい度胸じゃない貧弱ニート! 女神の力を思い知れー!」

「あっ、やめろ! 毛布を持っていこうとするな!」

 

 アクアと俺が毛布を引っ張り合っていると……。

 そんな俺達に声が掛けられた。

 

「……あの、二人とも、あまり騒ぐと周りの冒険者の迷惑になりますよ」

 

 眼帯を外し、マントも付けず、魔法使いっぽいローブではなくラフな部屋着に身を包んだそいつは……。

 

「めぐみんじゃないか。どうしたんだ?」

「いえ、その……。実は私はここの宿に部屋を取っていたのですが、食べる物にも困る経済状況なので、追加の宿泊費を支払えず……」

「困ってるみたいだったから、私が馬小屋はどうって誘ってあげたのよ!」

「えっと、冒険者とはいえ小さな女の子が馬小屋生活ってのはどうかと思うんだが。クエストの報酬は渡しただろ? あれで宿代くらいにはなるんじゃないか?」

「溜めこんでいた宿泊費のツケを支払ったら消えました」

 

 …………。

 

「そ、そうか。まあ、まだスペースはあるし俺は構わないぞ。それにアレだ、これからはパーティーを組んでやっていくんだったら、同じ環境で寝起きするっていうのも悪くないよな!」

「そうです、カズマは良い事を言いますね! そうなのですよ。同じパーティーの仲間同士、生活の中でお互いの呼吸を掴む事で、戦闘中の連携もしやすくなるというもので……」

「何言ってんのめぐみん! めぐみんは爆裂魔法しか使えないんだから、連携の事なんて考えなくて良いのよ!」

「「…………」」

 

 微妙に気まずい空気をフォローしようと苦しい言い訳を絞りだす俺達に、アクアが空気の読めない事を言う。

 

「……その、すいませんが、今夜は馬小屋で眠る準備をしてきていないので、二人の毛布を借りても良いですか? 端っこで構いませんので」

「おう、良いぞ。ほれ、こっち来い」

「いえ、カズマの隣はなんとなく身の危険を感じるので、出来ればアクアの隣に」

 

 この野郎。

 

「おい、俺を見損なうなよ? 俺はロリコンじゃないんだから、お前みたいなロリキャラに変な事するわけないだろ」

「誰がロリキャラですか。そんな事を言いながら、さっきおんぶしている私のお尻に偶然を装って触れてきたではないですか」

「そそそ、そんな事してねーし! めぐみんの気のせいだろ? ちょっと自意識過剰なんじゃねーの?」

「そうですか? それにしてはカズマの反応こそ過剰な気がするのですが」

「よしめぐみん、そっちで寝ると良い! おいアクア、ちょっと場所詰めろよ」

 

 俺がそう言って少し毛布の端に寄ると、アクアは胸元を両手で隠すようにして身を引き。

 

「……そんな話を聞いた後だと、私もカズマの隣で寝る事に不安を感じるんですけど」

「ない」

「なんでよーっ!」

 

 めぐみんがアクアの向こうに寝そべり、俺達はアクアを挟んで川の字に。

 と、俺が掛けている毛布の一部がめくれ、隙間から冷たい空気が……。

 

「……おいめぐみん、ちょっと毛布を取りすぎじゃないか? 寒いんだが」

「何を言っているのですか。私はこれからの発育に期待が持たれる省スペースな小さな女の子ですから、それほど毛布を取っていないはずです。カズマこそ限りある毛布を無駄遣いするものではありませんよ」

 

 …………。

 俺は毛布を引っ張りながら。

 

「なあめぐみん、お前は今夜、いきなり馬小屋に来たわけで、ぶっちゃけ招かれざる客ってやつじゃないか? いやもちろん、同じパーティーの仲間なんだし、今さら出ていけなんて言わないさ。でも、お前が毛布を用意していなかったせいでこうなってるんだから、ちょっとは遠慮するのが筋ってもんじゃないか?」

「いえ、パーティーの間に遠慮は無用だと思います。お互いに素直に言いたい事を言い合い、ぶつかり合いながらも少しずつ仲良くなっていく……そうする事で本物の絆というものが生まれるのではないでしょうか? そんな仲間であれば、どうしようもない危機的状況も力を合わせて切り抜けられるに違いありません! ええ、違いありませんとも!」

 

 めぐみんが毛布を引っ張りながらそんな事を……。

 

「お前は爆裂魔法しか使えないんだから、力を合わせるも何もないだろ。いいから毛布を寄越せよ! 俺は貧弱な冒険者なんだからな、ちょっと油断するとすぐ風邪を引くぞ! 俺が風邪を引いて動けなくなったら、お前らだって困るんじゃないのか? アクアはカエルに食われる事しか出来ないし、めぐみんは爆裂魔法を撃って動けなくなったところをカエルに食われる事しか出来ないだろ」

「おい、カエルに食われる事を定められた未来のように言うのはやめてもらおうか! 大体、爆裂魔法はあんな雑魚モンスター一匹を倒すために使うものではないのです。我が爆裂魔法は最強です。どんな強力なモンスターだって一撃ですし、どれだけ大量のモンスターの群れが相手でも一掃してみせますよ! それに風邪を引くというなら、私が風邪を引いた方が困るのではないですか? 調子が悪い時に爆裂魔法の制御にうっかり失敗したら、ボンってなって全滅ですよ!」

 

 話が爆裂魔法に及んだからだろう。

 熱くなっためぐみんの声は次第に大きくなっていて。

 周りで寝ている冒険者達の怒鳴り声が飛んできた。

 

「おい、うるせーぞ! 静かに寝られねーのか!」

 

「「「す、すいません!」」」

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 

「それではカズマ。多分……いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めで罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

 

 キャベツ狩りが終わると、なぜだか仲間が増えていた。

 何の役に立つのかよく分からないアークプリーストに、一日一発しか魔法が使えないアークウィザード。

 そして、攻撃が当たらないくせに自分からモンスターに突っこんでいくクルセイダー。

 傍から見れば、上級職ばかりの、優秀なパーティーなんだろうが……。

 

「…………どうしてこうなった……」

 

 頭を抱えテーブルに突っ伏す俺をよそに、三人は意気投合していて。

 

「爆裂魔法か。話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだったな。凄まじい威力だった。人の身であれほどの威力を出せるスキルは、確かに他にはないだろう。……出来れば一度、この身に受けてみたいものだ」

「やめておいた方が良いでしょうね。爆裂魔法は最強魔法。何者であろうと一撃必殺です。ダクネスの硬さは私も見ていましたが、それでも我が爆裂魔法の前では無事で済まないでしょう」

「大丈夫よ二人とも! 私はアークプリーストのスキルを全部取ってるんだから、もしもダクネスが爆裂魔法でボンってなっても、原型さえ留めていれば私が蘇生魔法を使ってあげるわ!」

「ほう。プリーストはレベルが上がりにくいと聞くが、スキルを全部取っているとは凄いじゃないか。それほどのアークプリーストが、どうしてこの駆け出しの街にいるんだ?」

「よくぞ聞いてくれました! 超優秀な私は、初期のスキルポイントでまず宴会芸スキルを全部取り、それからアークプリーストの全魔法も習得したわ。でもまだレベルが高いわけじゃないし、こう見えて駆け出し冒険者なのよ。超優秀ですけど!」

「そういえば、アクアはステータスもやたらと高いですよね。この街にいるのは私も不思議に思っていました。王都とか、もっと激戦区にいてもおかしくないくらいの実力ですよ。……いえ、同じパーティーの仲間とはいえプライベートを詮索するつもりはありませんので、話したくないのなら答えなくても良いのですが」

「残念だけど、いくら同じパーティーの仲間とはいえこればっかりは話せないわね。でも例えるならそう……私は勇者を導く女神で、ヘッポコ勇者なカズマが魔王を倒せるように鍛えてあげる、そんな使命を背負っているのよ」

「「そうなんだ、凄いね!」」

「あれっ? ねえなんで二人とも笑ってるの? 私、結構凄い告白をしたと思うんですけど」

 

 三人は、今日初めて出会ったとは思えないほど打ち解けた様子で談笑している。

 波長が合うらしい。

 

「そうだわ! せっかくパーティーを組むんだし、乾杯しましょう! すいませーん、キンキンに冷えたクリムゾンビアーを……」

「……ん。めぐみんはまだ、酒はやめておいた方が良いのではないか?」

「何を言っているんですか、私だってお酒くらい飲めますよ! 乾杯でしょう? 良いですよ、是非やりましょう! 私だけ仲間外れにしないでください!」

「カズマさーん、ねえカズマさんったら! あんたはまだお酒って飲んだ事なかったけど、どうする? せっかくの乾杯なんだし、ここは」

「……俺はネロイドで良い」

「何よ、ノリが悪いわね!」

「ほら、カズマもこう言っている事だし、めぐみんもネロイドにしておけ。すまないが、クリムゾンビアーを二つとネロイドを二つ頼む」

「あっ! どうしてそんな意地悪をするのですかダクネス! 私を子供扱いしないでくださいよ、そろそろ結婚できる年齢なんですよ!」

「い、いや、これは意地悪しているわけでは……」

 

 めぐみんに掴みかかられたダクネスが困ったような顔をし、アクアが酒が来るのを待って嬉しそうにする中。

 俺はポツリと。

 

「…………どうしてこうなった……?」

 

 

 

 酒場を出る頃にはすっかり日が暮れていて。

 調子に乗ったアクアの宴会芸で、酒場は盛り上がり騒がしかったから、外の静けさに夢から覚めたような心地になったり。

 俺は酔っぱらってフラついているアクアを支えてやりながら。

 

「あっ、そうだ。おいめぐみん、お前、忘れずに毛布を買っておけよ? 買うのを忘れたら今夜は毛布なしで寝てもらうからな」

「分かっていますよ。まったく、カズマはこんな小さな女の子にも容赦がないですね」

「おい、冒険者で、同じパーティーの仲間だって言っておきながら、年齢や性別で贔屓してもらえると思うなよ? 俺は必要とあらば女の子相手でもドロップキックを食らわせられる男女平等主義者。仲間なんだから報酬は等分だし、もちろん負担も苦労も等分だからな。女だからなんて理由では甘やかさないぞ」

「……むう。なんでしょう? すごく下衆い事を言われている気がするのに、一人前として認められている気がして嬉しいようなこの気持ちは……」

「……ん。私とパーティーを組んだ事で、めぐみんも目覚めたという事は……」

「それはないです」

 

 横から何か言ってきたダクネスが、めぐみんの言葉にしょんぼりし。

 気を取り直したように、俺の方を見て言ってくる。

 

「それにしても、毛布を何に使うんだ? 泊りがけのクエストを請ける予定でもあるのか? いや、昨夜は街にいたはずだし……」

「俺達は馬小屋で寝てるからな。場所は貸してもらえるが、毛布なんかは自前なんだよ」

「馬小屋? う、馬小屋だと……!?」

 

 俺の言葉に、なぜか驚愕したらしいダクネスの反応に俺はビビり。

 

「な、なんだよ。馬小屋で寝泊まりなんて冒険者の基本だろ? そんなに驚くような事か?」

「いや、すまない。そうではないのだ」

「……えっと、馬小屋もそれほど悪いところではありませんよ。確かに多少、臭いはしますが、掃除はしてありますから馬糞が落ちているような事もありませんし、今の時季ならそんなに寒くもないですから」

 

 ダクネスが、『幼気な少女』が馬小屋に寝泊まりする事を気にしていると思ったのか。

 めぐみんがフォローするように、そんな事を言う。

 そんなめぐみんにアクアが。

 

「めぐみんめぐみん、最近は馬車を使う人達が宿に泊まる事が少なくなってきたから、掃除も行き届いているけど、ちょっと前までは馬と一緒に寝る夜も多くて、そういう時は馬糞の臭いであんまり寝られなかったりしたのよ!」

「おいやめろ、今そんな話はどうでもいいだろ。せっかくめぐみんが悪いところじゃないって言ってくれてるんだから、黙って乗っかっておけよ!」

「何よ! カズマだって最初のうちは臭くて寝られないとか、藁束がチクチクして寝られないとか、私の寝言がうるさくて寝られないとか、文句ばっかり言ってたくせに! 言っとくけど、アークプリーストは寝言なんか言わないからね」

 

 確かに文句は言ったが、今その話を持ち出さなくても……。

 と、そんな話をしていると、めぐみんまでもが。

 

「……あの、借りている身であまり文句を言うものでもないと思うのですが、敷き布が傷んでいて寝心地が悪いので、この際だし私が買い替えても良いですか? 毛布と一緒に買ったら割引してもらえると思うのですが」

「いいわね! せっかくめぐみんも同じところで寝る事になったんだし、どうせなら寝心地の良いやつを買いましょう、そうしましょう!」

「おい二人とも、やめろって! さっきからダクネスの表情がどんどん強張っていってるのが見えないのか? よく分からんが、馬小屋で寝るのはダクネス的には駄目らしいぞ。あんまりその話はしない方が良さそうだ」

 

 二人に小声で耳打ちしながらダクネスの方を見ると、ダクネスはプイッと視線を逸らす。

 表情があまり変わらないので何を考えているのかよく分からないのだが、どことなく怒っているような気がする。

 そんなダクネスが、俯きながらブツブツと……。

 

「そ、その、あまり私の入れない話題はしないでもらえると、仲間外れな疎外感がなくて良いのだが……」

 

 何か言っていたが、小さな声だったのでよく分からなかった。

 

 

 *****

 

 

「くしゅ!」

 

 キャベツ狩りの翌日。

 ギルドの酒場にて。

 定食を食べながら、めぐみんがくしゃみをして身震いし。

 

「……まったく! カズマが本当に私から毛布を奪うとは思いませんでしたよ!」

「おい、人聞きの悪い事を言うなよ。お前が朝になったら毛布の端っこからはみ出してたのは、アクアの寝相が悪かったからであって俺のせいじゃない。それに毛布を買ってこいってあれほど言ったのに買ってこなかったのはお前じゃないか」

「ですから、良い毛布が見つからなかったと言ったではないですか。そこそこ高い買い物ですし、長く使う事になるでしょうから、出来れば良いものを買いたいのです。昨日は日が暮れてから探し始めたので、時間が足りなかったんですよ」

「ほーん。なら俺も今日はそれに付き合おうかな。敷き布は俺も使う事になるわけだし、口を出す権利くらいあるはずだ」

「いいですけど、お金を払うのは私ですから、決定権は私にありますからね」

「別に俺は拘らないよ。ていうか、お前、金あんのか? 溜めてた宿代を払ったら一文無しになったって言ってなかったっけ?」

「一文無しとまでは言ってませんよ! ……数日なら馬小屋で暮らしていけるくらいのお金はあります。それに、結構な数のキャベツを狩りましたから、そのうち報酬が貰えるはずなのです」

「……なんでキャベツにそんな価値があるのかが俺には分からんのだが」

 

 と、そんな話をする俺達の横ではアクアが。

 

「ここからここまで、全部持ってきてちょうだい」

 

 似非セレブ丸出しな感じでバカみたいな注文をするアクアに、俺は。

 

「……おい、そんなに大量に注文して大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるでしょ。あんぽんたんなカズマさんには実感が湧かないかもしれないけど、キャベツ狩りって言ったら絶対に当たる宝くじみたいなものなんだから。ギルドから報酬が支払われたら、私達もきっと大金持ちよ。あっ、ねえねえ、キャベツ狩りの報酬は等分じゃなくて、取れ高制にしましょうよ。私は頑張って沢山捕まえたんだから、その分の報酬が貰えないと不公平よ」

 

 キャベツの収穫量は、四人の中だと俺が一番で、アクアが二番。

 だからそんな浮かれた事を言いだしたのだろうが……。

 

「俺は別に構わないが……」

「私も構いませんよ。爆裂魔法でモンスターの群れを吹き飛ばしただけで十分満足です。でも壁役のダクネスはああいう事には不得手ですから、取れ高制というのはそれこそ不公平だと思うのですが」

 

 俺の視線に、めぐみんがそう答えた、そんな時。

 

「……ん。私も構わないぞ」

 

 丁度、俺達のテーブルに歩み寄ってきたダクネスがそう言った。

 今日は、鎧を脱いで脇に抱え、秋にしては少し冷たい風が吹くからか、厚手の服を着こんでいる。

 

「おはようございますダクネス」

「……お、おはよう」

「おはよー。すいませーん、クリムゾンビアーを……」

「おは……おい、流れるように酒を頼むな! この時間から飲む気か!」

 

 俺が、挨拶した直後に酒を頼もうとするアクアを引っ叩いて黙らせる中、ダクネスが苦笑しながら席に着く。

 

「お前達はいつも騒がしいな」

「なんだよ、うるさいのは俺じゃなくてコイツの方だからな。注意するならアクアにしてくれ」

「いや、そうではない。その、……こういう空気は私も嫌いじゃない」

「そ、そうか……」

 

 と、俺とダクネスがなんだかもごもごしていると。

 

「ちぇー、しょうがないわね! ネロイド四つくださーい! 今日は、いずれ大金持ちになるこのアクア様が奢ってあげるわ!」

 

 ……キャベツを狩ったくらいでコイツは何を調子に乗っているのか。

 

 

 

「……ん。待たせてすまない」

 

 鍛冶屋から出てきたダクネスが、そう言って微笑む。

 ――朝食を終えて。

 ダクネスが鎧を新調するために鍛冶屋に行きたいと言い、めぐみんも毛布を探すと言うので、俺達は二人にくっついてきていた。

 

「三人はこれからどうするんだ? 確か、毛布を探すと言っていたが……。その、迷惑でなければ私もついていって良いだろうか?」

 

 ダクネスのそんな言葉に、俺達は顔を見合わせ。

 

「別に良いけど、そっちこそ迷惑じゃないのか? 昨日はあれだけボコボコにされてたんだし、ゆっくり休んだ方が良いんじゃないか」

 

 そう。パーティーを結成した初日だが、ダクネスがダメージを受けていた事や、めぐみんが買い物をしたがっていた事などから、今日は休みと決めていた。

 キャベツ狩りで高額な報酬を貰えるらしく、焦ってクエストを請けなくても良いという事情もあり。

 

「カズマさんカズマさん、私もう歩きたくないんですけど」

 

 アクアがバカみたいに大量の注文をして、腹がはちきれんばかりになっているという事情もあり……。

 …………。

 

「お前はバカなの? バカ界の星なの? そのうち馬小屋に『ここにバカの神様が御座します』って看板が出されて、信者が詣でてくるの?」

「そ、そんなにバカバカ言う事ないじゃない……!」

「おいカズマ、弱っているところに追い討ちを掛けるのはやめてやれ。どうしてもと言うなら、私を強めに罵れば良いだろう」

 

 半泣きで力なく言うアクアの背中を、労わるように撫でているダクネスが、そんな事を言う。

 良いだろうの意味がまるで分からないのですが。

 

「あっ、ダクネス! やめてダクネス! 今背中さすられたら出ちゃう……! ……うっぷ……」

「……あの、アクア。やっぱりカズマが言っていたように、ギルドで休んでいた方が良かったのではないですか?」

「い、いやよ……。皆で使う毛布を買うのに、私だけ仲間外れにしないでよ!」

 

 涙目で駄々を捏ねるアクアに俺は。

 

「ああもう、しょうがねえなあー! 毛布とか売ってる店だろ? ちょっと遠いけど、俺が背負っていってやるから……」

「……カズマったらバカなの? 今お腹を圧迫されたらどうなるかくらい分からないの?」

 

 この野郎。

 と、前屈みになっているアクアを睨む俺の袖を、めぐみんがくいくいと引っ張り。

 

「何を言っているのですかカズマ、店はすぐ近くにありますよ。本当はいろいろな店を回るつもりだったのですが……」

「……何言ってるんだ? 商店街はあっちだろ」

「いえ、私の目的地はあっちです」

 

 俺と逆方向を指さすめぐみんに、俺はアクアと一緒に首を傾げた。

 

 

 

「こっちにも商店街があったんだな」

 

 俺が街並みを見ながらそんな事を言うと、ダクネスが振り返って不思議そうに。

 

「カズマは冒険者なのに、冒険者街を知らないのか? 今までどこで買い物をしていたんだ?」

「いや、あっちの方にも商店街があるだろ? 俺の泊まってる宿が向こうにあるから、買い物はそこでしてたな」

「市民街の方だな。冒険者はあまりあちらには行かないものだが」

 

 ダクネスの言葉に、俺が不思議そうに首を傾げていると、めぐみんが訳知り顔で。

 

「冒険者は基本的に気性が荒いですし、すぐに暴力沙汰を引き起こしますからね。そうなった時、力のない一般市民が巻き込まれないように、多くの街では冒険者の区画とそうでない市民の区画とを分けているのですよ。別に出入りを制限しているわけではないですが、必要がない限りはそれぞれの領分を侵さないものなのです。カズマ達は最近まで市民の区画にいたようですから、冒険者達が悪魔退治に躍起になっていた事も知らないでしょう?」

「悪魔退治? なんだそれ、さすがにそんなのが近くに出たってんなら俺達も気づいただろ」

「何を隠そう、その悪魔を仕留めたのはこの私の爆裂魔法なのです!」

 

 …………。

 俺が無言でダクネスの方を見ると。

 

「……あ、ああ。一時期ギルドでも噂になっていたぞ。そうか、爆裂魔法で悪魔を倒したアークウィザードというのはめぐみんの事だったんだな」

「ちょっと待ってくださいよ、今のやりとりはどういう意味ですか! おい、私の爆裂魔法の威力が信じられないと言うんなら、この場で見せつけてやろうじゃないか」

「おい待て! 分かった、よく分からんが、お前は悪魔を倒したんだな! やるじゃないか爆裂魔法!」

 

 俺が慌てて取りなすと、めぐみんは口を尖らせながらも満更ではない様子で。

 

「そうですよ、爆裂魔法は最強魔法。……まあ、あの悪魔を倒せたのは私一人の力というわけではないのですが……」

 

 何か言っていたが、後半は声が小さくてよく聞こえなかった。

 ……俺は難聴系主人公ではないはずだが、最近こんな事が多い気がする。

 めぐみんとダクネスがなんだか呆れた顔をしているので、俺は隣をフラフラ歩くアクアに。

 

「なあ、悪魔が出たって話だけど、お前知ってたか?」

「……んー? そういえば、土木工事をしてる時に、なんかでっかい黒いのが飛んできたわね。私がちょっと弾いてやったら逃げていったけど」

「誰がゴキブリの話をしろと言った」

 

 どうやらアクアも知らないらしい。

 アクアは俺の言葉に、何か言い返そうとしていたが、唐突に目を見開いて両手で口を押えた。

 ……波が来たらしい。

 先を行くめぐみんとダクネスはすでに店に着いていて、店先で毛布を手に何か話し合っている。

 

「これなんかどうでしょう?」

「……そ、素材は悪くないが、その柄は……」

「こっちもなかなか良いですね!」

「な、なあめぐみん、その毛布に包まって眠るんだろう? 生地は悪くないようだが、もう少し大人しい柄の方が良いんじゃないか?」

「何を言っているんですか? 素材はもちろんですが、私は柄の良さで選んでいるんですよ。……なんですか、私のセンスに何か文句でも?」

「い、いや、そういうわけではないのだが」

「まあ良いではないですか。別にダクネスが使うものではないのですから」

「そ、そう……だな……」

「…………。……もちろん、ダクネスも使うつもりでいるのなら、意見を聞き入れない事もないですけどね! ちなみにダクネスはどんなのが良いんですか?」

「……! そ、そうだな! ……その、こんなのはどうだろうか?」

「…………今の話はなかった事にしましょう」

「!?」

「カズマー、早く来てくださいよ! 私達で選んでしまいますよ!」

 

 俺は店先から呼びかけてくるめぐみんに。

 

「ちょっと待ってくれ。アクアが動かなくなった」

 

 

 *****

 

 

 その夜。

 いつもの馬小屋にて。

 

「……おおっ。前のより格段に寝心地が良いな! 変な柄だけど、暗いからよく見えないし」

「おい、私達の選んだものに文句があるなら聞こうじゃないか」

「いや別に。そういやお前ら、いきなり仲良くなってたけど、なんの話をしてたんだ?」

「それは内緒です。すぐに分かりますよ」

「なんだそりゃ?」

 

 俺の質問にめぐみんは答えようとせず。

 暗い馬小屋ではよく分からないが、楽しそうに笑っているようだが……。

 

「ねえカズマさん、朝に食べすぎたからってお昼と夜を抜いた結果、お腹が空いてきたんですけど」

「我慢しろ」

 

 胃の中身が消化されたらしくバカな事を言いだすアクアに俺が即答していると。

 

「あ、こっちですよ!」

 

 そう言って、めぐみんが手を……。

 ……?

 前にも似たような事があった気がするが。

 俺が首を傾げていると、馬小屋の入り口に立っていた人影が、足早にこちらに近づいてきて。

 

「……す、すまないが、私もここで寝させてもらって良いだろうか?」

「あれっ? ダクネスじゃないか、何やってんだ? お前は自分の宿があるんだろ。金があるんだったら、わざわざ馬小屋なんかで寝なくても良いじゃないか」

「ちょっとカズマ、何言ってんのよ! ダクネスが言いにくそうにしてるのが分からないの? ダクネスにだって、馬小屋に泊まらないといけない事情があるのよ。ほら、ね? 分かるでしょう?」

 

 俺にだけこっそり話しているつもりのアクアの言葉はダクネスにも聞こえているようで、いたたまれなさそうに俯くダクネスに、俺は。

 

「……なるほど。藁束の寝心地を想像して興奮したのか? 残念だが、敷き布があるからそんなにチクチクしないぞ。買い替えたばかりだしな」

「違うわよ、お金がないの! きっと宿泊費を滞納して宿を追いだされたのよ! 私達は仲間なんだから、余計な事を言わないで受け入れてあげましょうよ」

「い、いや、そうではなく……。金はそれなりに持っているし、……だが、そうか、チクチクしないのか」

 

 ダクネスはなんだかモジモジしながら、残念そうにそんな事を……。

 

「どっちも違うっていうんなら、なんでこんなとこに来たんだ?」

「……ん。その、私は冒険者というものにずっと憧れていたんだ。これまでは金に困っていたわけでもないから普通の宿に寝泊まりしていたが、冒険者というのは馬小屋で生活するものだろう? お前達とパーティーを組む事になったのだし、これも良い機会だと思ってな。生活の中でお互いの呼吸を掴む事で、戦闘中の連携もしやすくなるだろう」

 

 ダクネスがそんな、どこかで聞いたような事を言うので、俺はすかさずツッコんだ。

 

「それはめぐみんの入れ知恵か?」

「……!? い、いや…………、そう……です……」

 

 俺の言葉に、ダクネスは恥ずかしそうに目を逸らす。

 ダクネスは馬小屋で寝る事をあまり良く思っていなかったんじゃないのか?

 

「……よく分からんが、いちいち俺が許可を出すような事でもないし、ここで寝たいんなら寝たら良いんじゃないか? ちょっと詰めれば四人くらいは寝られるだろ。そういえば、毛布は持ってきたか? この間はめぐみんが毛布もないくせにやってきて、俺が寒い思いをしたからな。お前が同じ轍を踏むっていうなら、今度こそ俺は譲らないぞ」

「…………、すまないが毛布は持ってきていない」

「いや、今背中になんか隠したのはなんだよ? いいからさっさと出せ! 寒い思いをしたいのか!」

「むしろご褒美だ……!」

 

 ダクネスがどうしようもない事を言いだした、そんな時。

 

「おい、うるせーぞ! またお前らか!」

 

「「「「す、すいません!」」」」

 

 

 

 ――そんな感じで、俺達は馬小屋で寝泊まりするようになった。

 




・市民街と冒険者街
 独自設定。
『爆焔』3巻の件をカズマとアクアが知らない理由として編み出した妄想。

・馬小屋で寝泊まり
『祝福』1巻p189、アクアの発言「皆で馬小屋で寝泊まりしている」から。
 ちなみに『祝福』2巻p11のめぐみんの「二人とも早いですね」という待ち合わせっぽい発言から、この時点で二人は別の場所で寝起きしているので、寒くなったらベルディアの討伐報酬で二人は宿に移った模様。
 別にツッコまれたから急遽書いたわけじゃないんだからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このしんどい病人に安息を!

『祝福』1,2,3、『爆焔』1、既読推奨。
 時系列は、3巻1章と2章の間。


 いくつもの街を蹂躙し、進路上の何もかもを破壊し、それが通った後にはアクシズ教徒以外、草も残らないとまで言われた、最悪の大物賞金首、機動要塞デストロイヤー。

 その迎撃戦で指揮をとり、見事、デストロイヤーの撃破に成功した俺達は――

 

 というか俺は。

 なぜか国家転覆罪の容疑を掛けられて投獄され。

 裁判で死刑を言い渡されたところを、ダクネスのおかげで猶予を与えられて。

 

 ――ようやく屋敷に帰ってきた俺は。

 

「ふぇっくし!」

 

 くしゃみで目が覚める。

 なんだろう、デジャヴが……?

 もう昼過ぎのようだが、ちっとも眠った気がしない。

 頭が重くてフラフラする。

 と、ベッドの上で身を起こしたままぼーっとしていると、コンコンとドアがノックされ。

 

「おいカズマ、裁判が終わったばかりで疲れているのかもしれないが、いつまで寝ているつもりだ? もう昼過ぎだぞ。お前の身の潔白を証明するために、行動を起こすなら早い方が良い。さっさと起きてこい」

「……起きてるよ」

「……? なあ、私の気のせいかもしれないが、様子がおかしくないか? ちょっと部屋に入っても良いか?」

「良いぞー」

 

 なんだか頭が働かず、ダクネスの言葉に頷くと。

 

「カズマ……!? お前、顔が真っ赤だぞ! 大丈夫なのか!」

 

 ドアを開けたダクネスが、慌てたように駆け寄ってきて……。

 

「ふぇっくし!」

「うわっ、汚っ! お、お前という奴は……、いきなり何を……! ああ、しかし熱く火照った雄の体液を顔にぶちまけられるとは、なんという……!!」

「気持ち悪い」

「……んんっ……、くう……! カズマ、もう一度、今のをもう一度、蔑んだ感じで……!」

 

 あかん。

 気持ち悪くてダクネスのバカな発言にツッコむ気力がない。

 

「い、いや、……カズマ、体調が悪いんだな? 熱があるのではないか? さ、触るぞ……?」

 

 遠慮なく変態発言を口にするくせに、ダクネスは遠慮がちに俺の額に手を当ててくる。

 指先がひんやりしていて心地良い。

 

「……ん。すごい熱だな。カズマ、前言撤回だ。お前は今日一日、安静にしていろ」

 

 

 ――どうやら俺は、風邪を引いたらしい。

 

 

 *****

 

 

 長い事、馬小屋で凍えながら朝を迎え。

 冬を越す拠点を手に入れたと思ったら機動要塞デストロイヤーが襲来。

 激戦の末にデストロイヤーを撃破し、これで借金も返せそうだと安心していたところに、今度の冤罪騒ぎだ。

 正直、いっぱいいっぱいだったのだと思う。

 多額の借金を背負った不安とか、冬を越せるのか分からない悩みとか、役に立つのか立たないのかよく分からない仲間達から受ける心労とか。

 十六歳の元ニートには荷が重すぎた。

 牢屋で過ごしたのは数日だが、寒さと心細さで体調を崩したのも無理はない。

 そんな事を考えながらベッドで横になっていると……。

 

「カズマさん、ダクネスから風邪を引いたって聞いたけど大丈夫? 私が来たからには安心しなさいな! このアクア様が風邪なんかすぐに吹っ飛ばしてやるわ!」

 

 部屋に入ってきたアクアに、俺は身を起こし。

 

「ああ、回復魔法か、頼むよ……。風邪なんて長い事引いてなかったけど、結構しんどいな……」

「……? 何言ってんの、病気や風邪に回復魔法は効かないわよ?」

「そうなのか? 毒や麻痺も治せるって言ってたし、風邪も治せるんじゃないのかよ……。ああでも、回復魔法はウイルスまで活性化させるってパターンの設定も時々見るなあ……。まったく、この世界はどこまでもロクでもないな。でもそれなら、お前は何をしに来たんだよ?」

「決まってるでしょ、看病よ! アークプリーストは弱っている人の世話をするのが役割だもの。風邪を引いている間は何でも私に言ってよね!」

 

 珍しくそんな事を言いだすアクアに、俺は穏やかな口調で。

 

「ありがとうアクア。……じゃあ部屋から出てってくれるかな」

「……? ねえカズマさん、何を言ってるの? 部屋から出たら看病できないじゃない。カズマが弱ってるなんて珍しいし、たまには私も役に立つってところを見てほしいんですけど」

「うん、オチが見える。お前がやる気を出したらどうせまた空回りして厄介事を起こすだろ? 今の俺はいちいちツッコんでいられるほど体力がないんだからな。本当に勘弁してください。お前は大人しくしててくれればそれで良いよ」

「なんでよーっ! ねえ厄介者扱いしないでよ! 私だって役に立つわよ!」

「すでに騒がしくて厄介なわけだが」

 

 俺の寝ているベッドをアクアがバンバン叩いてきていた、そんな時。

 めぐみんが部屋の入り口に立って。

 

「アクア、何をしているんですか? カズマは風邪を引いているのですから、あまり騒がしくしないであげてください。今日は一日、安静にさせるようにと、ダクネスにも言われたでしょう? カズマが風邪を引いたのは私達のせいでもあるのですから、今日くらいゆっくりさせてあげましょうよ。ほら、遊んでほしいなら私が構ってあげますから、この部屋からは出てください。弱っているところを狙っていつもの復讐をするつもりなら、さすがに見過ごせませんよ? 紅魔族的な美学にも反します」

「ち、違うの! めぐみん、違うのよ! 私だって、私なりにカズマさんを元気づけようと……! ねえ、聞いてよー!」

 

 泣き喚くアクアがめぐみんに引きずられていって。

 部屋に静けさが戻る。

 風邪を引いて気が弱くなっているせいだろうか。

 ……一人きりになると、少しだけ寂しい。

 

 

 

 しばらくして、お盆を持ったダクネスがやってきた。

 お盆の上には湯気の立つ鍋と、小さな器とスプーン、それに丸ごと一本のネギ。

 ……ネギ?

 ダクネスがベッドの傍に椅子を持ってきて座ると、鍋の中にお粥が入っているのが見える。

 ダクネスは鍋から小さな器にお粥をよそいながら。

 

「食欲はあるか? ……子供の頃、私が風邪を引くと、父がよく手ずから食べさせてくれたものだが。……あ、あー……、……ん……」

「自分で食う」

 

 スプーンでお粥を掬って顔を赤くしていくダクネスを見て、俺はそう言って器とスプーンを奪い取った。

 ダクネスが残念なような安堵したような息を吐き。

 

「……お前には苦労を掛けたな。ベルディアとの戦いでも、デストロイヤーとの戦いでも、いざという時はいつも、お前が何とかしてくれた。私達は、そんなお前に甘えすぎていたのだろう。四千万もの借金を抱え、冬越しの準備に追われ、冬将軍には本当に殺されもした。……すまなかったな。これからはもう少し、私もお前に頼られるようになろう。今は何も考えずに風邪を治してくれ」

「お、おい、なんだよ、いきなり優しくするなよ。今の俺は風邪を引いて心も弱ってるんだぞ? うっかり惚れても知らないからな」

 

 そんなバカな事が言えてしまうのは、それこそ風邪を引いて思考や羞恥が鈍っているからだろう。

 ダクネスは楽しそうにふふっと笑って。

 

「安心しろ。もしもそうなったとしても、私がお前に惚れる事などありえん」

「…………」

「あ、いや、……そうだな。少しくらいは可能性があるぞ? うん、私はお前の良いところもたくさん知っている。例えば、…………例えば……?」

 

 必死な様子で考え込むダクネスに、俺は。

 

「ふぇっくし!」

「あああ! ご飯粒が! お、お前っ、黙っていたのはくしゃみを我慢してたからか! 紛らわしい事をして! ああもうっ、あちこちべちゃべちゃじゃないか、まったく!」

 

 ダクネスが俺に文句を言いながら、ハンカチで顔や服についたお粥を拭い。

 

「……ほら、お前も。鼻からご飯粒が飛んでいたぞ?」

「ゲホッ! ゲホッ! わ、悪い……。でも、くしゃみなんて制御できないんだからしょうがないだろ? あ、もうちょっと下の方をお願いします」

「……ん。こんなものだろう。……お代わりは?」

「貰う」

 

 二杯目のお粥を食べ始めて。

 ダクネスが俺がお粥を食べる様子を黙って見守っている。

 見られていると食べにくいのだが……。

 無言で食べ続ける事に堪えかねた俺は、お盆の上に置いてある丸ごと一本のネギを指さし。

 

「……なあダクネス、さっきから気になってたんだが、そのネギは何に使うんだ?」

「うん? ああ、これか。聞くところによると、これを尻に刺すと風邪が早く治るそうだ」

 

 …………。

 

「……今なんて?」

「なんだカズマ、風邪のせいで耳が悪くなっているのか? しょうがない奴だな。……このネギをお前の尻に刺すと言ったんだ」

 

 ダクネスは労わるような慈愛に満ちた笑みを浮かべて、そんな事を……。

 

「うおお、近寄んなバカ! この変態! ド変態! お、おまっ、お前……! 自分から責めてくるとか、お前はそういうんじゃないだろ! 一人で妄想してハアハア言ってろよ! 人が弱ってるってのに、いきなりなんなの!? 痴女なのか、痴女なんだな!?」

「お、おい、人聞きの悪い事を言うな。私はただ、お前が早く風邪を治せるように、恥ずかしいのを我慢してこれをだな……」

「どうするつもりだよ! 恥ずかしいのを我慢して、それをどうするつもりなんだ! おい近寄るな、それ以上近寄ってきたらスティールで全裸に剥いた上にお前の尻にネギを刺して屋敷から叩き出すからな!」

「お、お前はという奴は……っ! ……んんっ……!? ……風邪で弱っているはずなのに、相変わらず私を責めてくるとはどういうつもりだ!?」

「……興奮してんじゃねーよ」

「し、してない」

「いや、明らかにしてただろ。やめろよな、今日はさすがにツッコみきれないぞ。ネギを尻に刺したければ自分一人でやってくれ」

 

 ドン引きする俺の言葉に、ダクネスは羞恥をかなぐり捨てて激昂し。

 

「おい! これは私の性癖とは関係なく、お前のためを思って持ってきたんだ! 身の潔白を証明するには、早く風邪を治す必要がある。恥ずかしがっている場合じゃないだろう!」

「バカなのか? バカなんだな? いや、変態なんだな? 悪かったよ、俺はお前を甘く見てた。謝るよ。良いかダクネス、大事な事だからよく聞けよ。恥ずかしいとかそういうんじゃない。普通の人にとって、尻に何か刺すっていうのは大変な事なんだ」

「おい待て。普通の人にとってとはどういう事だ? そ、それは私にとっても大変な事だ! まるで私が日常的に……何か刺しているような言い方はやめろ!」

「……大丈夫だダクネス。俺達は一緒に魔王軍の幹部や大物賞金首と戦った仲間じゃないか。お前がちょっとくらい変わってるのは出会った時から分かっていたしな。もし仮に、尻にネギを刺す変わった趣味を持っていても、俺はお前をパーティーから追い出したりしないよ」

「おいやめろ、なぜ急に優しくするんだ? 違うぞ! 私にそんな趣味はない!」

「デストロイヤー迎撃戦でやたらと格好良かったお前が、実は尻にネギを刺していたとしても、俺は変な目で見たりしないよ」

「……!? こんな侮辱を受けたのは初めてだ! 病人だからといって何を言っても許されると思うな! ベッドから降りろ! ぶっ殺してやる!」

「まあ良いじゃないか。これからは好きなだけ尻にネギを刺して……」

 

 と、調子に乗ってダクネスをからかっていた俺は、唐突に言葉を止め。

 そんな俺を不審そうに見ていたダクネスが、やがて俺の視線の先にある部屋の入り口を見て。

 

「あわわわわわわ……」

 

 そこには、ドアの陰から顔だけを覗かせるアクアの姿が。

 アクアは、ダクネスの持つネギとダクネスの尻とに視線を行き来させながら後ずさると……。

 

「めぐみん! めぐみーん! 大変よ、ダクネスったら大変な変態よ! 実はダクネスはドMなだけじゃなくて……!」

「ままま、待てアクア! 違う、これは違うぞ! アクア!? おいアクアー!」

 

 報告に行こうとするアクアを、ダクネスがネギを持ったまま追いかけていった。

 ……よし、満腹になったし寝るか。

 

 

 *****

 

 

 次に目を覚ますと、タオルを持っためぐみんが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「……起こしてしまいましたか?」

 

 ベッドの傍に置かれた椅子に座っためぐみんは、水を張った手桶にタオルを浸し、水を絞って俺の額に乗せてくる。

 額に乗せていたタオルを、濡らしてくれていたらしい。

 

「体調はどうですか? お腹は空いていませんか? 喉が渇いているなら、水もありますよ」

 

 めぐみんのそんな甲斐甲斐しい言葉に、俺は水を貰って飲みながら。

 

「……なんか、お前らに世話されるってのも変な気分だな」

「こんな時くらい、素直に私達を頼ってくれても良いじゃないですか。こう見えても私は、看病には結構慣れているのですよ。風邪の時は気が弱くなりますからね、カズマが邪魔じゃなければ、私はここにいようと思うのですが」

 

 めぐみんはそう言いながら、膝に乗せた本のページをパラパラと捲る。

 

「いや、そこにいてくれ。一人だと寂しいと思ってたところだ」

「……熱のせいでしょうか? 普段なら絶対に口にしないような事を言っていますよ。そんなに素直になられると、私としても少し気恥ずかしいのですが」

「今の俺がなんか変な事を言ったとしても、それは全部熱のせいで無効だと思ってくれ」

 

 確かに今のは恥ずかしい発言だったかもしれない。

 どうも風邪のせいでいろいろと鈍くなっている。

 しばらく、めぐみんが本のページを捲る音だけが聞こえる、静かな時間が続き。

 額のタオルを濡らしてもらったり。

 

「水はいりますか?」

「貰う」

 

 水を貰ったり。

 ……そんな風にして時間は過ぎていき。

 

「……なかなか熱が下がりませんね。ここはやはり、私が紅魔族秘伝の病治療ポーションを調合しましょうか」

 

 額のタオルを濡らしながら、めぐみんがそんな事を言いだした。

 

「病治療ポーション……? そんなのが作れるのか? なんだか初めてめぐみんの魔法使いっぽい賢いところを聞かされた気がする」

「……? 熱があるからってわけの分からない事を言わないでくださいよ。私はいつだってアークウィザードとして冷静沈着を心がけていますよ」

「おい、俺に熱があるからってあんまりわけの分からない事を言うなよ? ……そんな事より、その病治療ポーションってのについて詳しく」

「ちょっと引っかかりますが、まあ良いでしょう。病治療ポーションとはその名の通り、作り手の熟練度にもよりますが大抵の病なら治療できるポーションです。紅魔族随一の天才である私は、学生時代に病治療ポーションの作製にも成功した事があります。材料さえあれば、すぐにでもポーションを用意できますよ」

「そりゃ助かるな。で、材料ってのは?」

「ファイアードレイクの肝にマンドラゴラの根、それにカモネギのネギです」

「……聞いた事のないモンスターなんだが」

 

 名前の響きからして、とても強そうな感じだ。

 この駆け出し冒険者の街の近くにはいないモンスターなのではないか。

 

「そういえば、紅魔の里の近くにいたモンスターばかりですね。さすがにこの街で材料を集めるのは不可能か、集まってもかなり値段が高くつくかもしれません」

「いや、ちょっと待ってくれ。まだ借金がなくなったわけじゃないんだし、余計な出費は避けたい。風邪くらい寝てれば治るから、頼むから大人しくしててくれよ」

「材料費は自分で出しますから、心配しないでください。私とダクネスは、ベルディアの討伐報酬を貰いましたし、私はダクネスのように鎧の修繕をする必要もありませんでしたから、多少なら余裕があります。カズマこそ余計な事を心配しないで、病人なんですからゆっくり休んでいてください。すぐに私が病治療のポーションを用意してあげますから」

「……そ、そうか。そこまで言うなら頼むけど、本当に大丈夫なんだよな?」

「もちろんです。いつもは私達が苦労を掛けているのですから、弱っている時くらい私の事も頼ってくださいよ」

 

 めぐみんはそう言って笑い、部屋を出ていき。

 俺は目を閉じているうちに眠りについて――

 

 

 

 ――爆裂魔法の震動で目を覚ました。

 

 めぐみんが、ベルディアが住み着いた廃城に爆裂魔法を撃ち込む際には一緒に行ったし、その後も何度も爆裂散歩に付き合って、最近では爆裂ソムリエとして採点までし始めた俺だから、爆裂魔法の震動と他の震動を間違える事はない。

 ……あのバカ。

 何が私の事も頼ってください、だ。

 余計な事を心配しないでゆっくり休んでいてください、だ。

 結局爆裂オチじゃないか。

 まったく、アイツらと来たらちょっと気を許したらコレだ。

 おちおち寝てもいられない。

 眠る気にはなれないがベッドから起き上がる気力もなく、悶々と寝返りを打っていると、やがてダクネスに背負われためぐみんがやってきた。

 

「カズマ! 聞いてくださいカズマ! ファイアードレイクもマンドラゴラも、紅魔の里の近くにはいくらでもいて、隣のニートに頼めばタダで採ってきてくれるんですよ! それをあんな……、あんな値段で……! あの店主も、人が下手に出ていれば付け上がって……! 何がデストロイヤー討伐祝いの大特価ですか! ぼったくりもいいところではないですか!」

「め、めぐみん、頼むから落ち着いてくれ。あまり病人を騒がせるものではない。……その、耳元で叫ばれると私も耳が痛いのだが」

 

 背負われながら手足をジタバタさせるめぐみんに、ダクネスは困ったように顔をしかめている。

 俺はそんな二人に顔を上げて。

 

「……聞きたくないけど、何があったのか聞こうか」

 

 聞けばこんな話だ。

 病治療ポーションの材料は、この街でも見つける事が出来たらしい。

 最近、この街で機動要塞デストロイヤーが討伐された事で、大金を得た冒険者の需要を当て込んで、多くの商人が集まってきたためだ。

 しかし、商品の値段に輸送費が加算されるのは当然の事。

 ましてや、ここは街の外を移動するだけでモンスターに襲われたりする危険な異世界だ。

 めぐみんの想定よりも素材の値段は高く。

 それはめぐみんが持っているベルディアの討伐報酬の残りを使っても足りないほどで……。

 

「だからって、キレて街中で爆裂魔法を撃つのはどうかと思う」

 

 俺が呆れた目を向けると、めぐみんは心外だと言わんばかりに慌てて。

 

「ち、違いますよ! いくら私だってそんなバカな事をするわけがないじゃないですか! 私はただ、足りないお金を集めるために、アダマンタイトを壊せたら賞金を貰えるという露店に行ったまでです」

「……街中で爆裂魔法を撃つのは十分バカな事だと思う」

 

 俺のその言葉に、ダクネスもうんうんと頷いている。

 めぐみんは少し不満そうな表情をしていたが、やがて申し訳なさそうに。

 

「それでですね、爆裂魔法を街中で撃ったせいで、辺りにいろいろと被害が出まして。その補償金を支払ったせいで、病治療ポーションの素材が買えなくなってしまいまして。……すいません。カズマのために何かしてあげたいと思っていたのに、結局何も出来ませんでした」

 

 ていうか、ゆっくり寝ていたところを爆裂魔法で叩き起こされたわけだが。

 

「まあ良いって。俺のためにって思ってやってくれたんだから、その気持ちだけで十分だよ。ありがとうな、めぐみん」

「カ、カズマ……! このままでは私の気が済みません! ダクネス、冒険者ギルドに行きましょう! 私は紅魔族随一の天才! 正規の材料が揃わなくても、独自のもっと安価なレシピで病治療ポーションを作ってみせますよ! まずはカエルを討伐に行き、肝を……!」

 

 めぐみんがいきなり手足をジタバタさせて騒ぎ出し、ダクネスが言われるままに部屋から出ていって……。

 いや待ってくれ。

 気持ちだけで十分だから、もう何もしないでくれと続けようとしていたのだが。

 

 

 

 日が暮れる頃になって、めぐみんはボロボロになったダクネスに背負われてやってきた。

 今日はもう爆裂魔法を使っているから、まともに立ち上がる事も出来ないまま、ダクネスに指図して行動していたのだろう。

 ……付き合わされて憔悴しているダクネスが少しだけ気の毒だ。

 

「カズマ、見てください! 病治療ポーションです! 従来のものより安価な材料を使っていますが、作製工程を複雑にする事で効果を高めました! これを飲めば一発です!」

 

 穏やかな微睡みを覚醒させられた俺は、力なく息を吐いて。

 

「……なあめぐみん、爆裂魔法で翻ってるスカートの中を覗こうとしたり、爆裂散歩の帰りにちょっとセクハラしたりした事は謝るよ。謝るから、それを飲むのは許してください」

 

 飲んだら一発でお陀仏になりそうな代物だった。

 

「何を言っているんですか? カズマがちょっとしたセクハラをしてくるのはいつもの事じゃないですか。そんなのをいちいち気にしていたらパーティーなんてやってられませんよ。だからって気安く触られても良いわけではないのですが、それとこれとは話が別です。とにかく、これさえ飲めば風邪なんかすぐに治りますよ。味の保証までは出来ませんが、どうぞ、グイッと行ってください」

 

 めぐみんにドドメ色をした液体の入った瓶を渡されながら、俺は。

 

「……ちなみに材料を聞いても良いか?」

「ファイアードレイクの肝が手に入らなかったので、ジャイアントトードの肝を使いました。あと、マンドラゴラの根が手に入らなかったので、ニンジンを使いました。カモネギのネギも手に入らなかったので、ダクネスがお尻に刺そうかと迷っていたネギを使いました」

「なめんな」

 

 カエルとニンジンとネギでポーションが出来てたまるか。

 迷わずポーションの瓶を捨てようとする俺を、尻に刺そうかと迷っていたわけではないと主張するダクネスに背負われたまま、めぐみんが手を伸ばして止める。

 

「ああっ、待ってくださいカズマ! これを完成させるまでにはダクネスがカエル相手に攻撃を外しまくったり、ニンジンを捕まえられなくて街中を走り回ったり、ネギにつつき回されてハアハアしたりしたんです!」

 

 ダクネスばかり苦労している件について。

 と、そのダクネスまでもが涙目で俺を見てくる。

 ……そんな目で見られたら、俺が悪い事をしているみたいじゃないか。

 俺は暴れるのをやめて、ポーションの瓶の蓋を取っ……。

 

「…………なあ、マジでこれを飲めってか? なんかものすごい臭いがするんだけど」

「あっ、カズマカズマ、蓋を開けてしまったなら早く飲まないとどんどん劣化していきますよ! それに臭いも部屋に染みつきますし、長時間放っておくとボンってなりかねません」

「おい、病治療ポーションなんだよな? これ飲んだらボンってなったりしないよな?」

「当たり前じゃないですか、病治療ポーションですよ。私を信じて、グイッと行ってください」

 

 信じて送りだしためぐみんは街中で爆裂魔法を撃ってきたわけだが。

 クソッ、躊躇してる時間もないのか!

 俺は覚悟を決めて瓶を一気に呷り――

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 昨日は風邪を引いて一日中寝ていたからか、俺は早い時間に目を覚ました。

 いつもは布団の中でグダグダと時間を潰すのだが、爽快な気分で起き上がり、服を着替える。

 風邪はもうすっかり治ったようだ。

 足取り軽く広間に降りていくと……。

 

「お、おお、おはようございますカズマ、今朝はやけに早いですね? 体調はもう大丈夫なんですか?」

「おはよう。風邪は治ったみたいだ、めぐみんの作ってくれたポーションのおかげだな」

 

 俺がそう言うと、めぐみんはなぜか目を逸らす。

 そんな俺達の様子を、ソファーに膝を抱えて座って見ていたアクアが。

 

「……ねえカズマさん、なんだか顔が緑色なんですけど」

「お前はいきなり何を言ってんの? 人間の顔が緑色なんて、そんなバカな事があるわけないだろ、なあめぐみん。……おいどうして目を逸らすんだ?」

 

 めぐみんの顔を覗き込もうとする俺を、必死に視界に入れまいとするめぐみんは。

 

「あああ、当たり前じゃないですか! 人間の顔が緑色だなんて、そんなバカな事あるわけないですよ! ……うわすっごい緑色。思ったより緑色」

「おい最後なんつった?」

 

 と、俺がめぐみんの顔を自分の方に向けさせようと揉み合っていると……。

 台所からやってきたダクネスが。

 

「カズマ、起きたか。……やはりまだ治っていないようだな、今日もクエストは中止にしよう。そんな顔を見られたら、あの検察官に何を言われるか分からん」

「治ってない……? いや、風邪はもう治ったけど」

「気づいていないようだが、お前の顔は緑色になっている」

 

 …………。

 

「おいめぐみん、お前は俺に何を飲ませたんだ?」

「ち、違うのです! ちゃんと病治療ポーションとしての効果はありました! ほら、カズマの風邪は治っているではありませんか。ただちょっと、副作用があったようで……」

「ふざけんな! 風邪は治ったけど副作用でカエルっぽくなるってか! どうすんだよ、これって治るのか? それとも俺はこのまま虫を食うようになるのか?」

「……そ、その、昨日作った病治療ポーションは、私が独自に編み出した調合法によるものでして、……どうなるかはよく分かりません」

 

 気まずそうに目を逸らしながら、めぐみんがそんな事を……。

 

「よしダクネス、めぐみんの尻にネギを刺して良いぞ」

「そんな!? 嘘ですよねカズマ! 謝ります、謝りますのでそれだけは勘弁してください!」

「い、いや待ってほしい。昨日も言ったが私にそんな趣味はないぞ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんとダクネスが泣きそうな顔で口々に言う中。

 アクアが咎めるような口調で。

 

「そうよカズマ、ダクネスは他人のお尻にネギを刺しても楽しくないのよ?」

「そ、そうだ、アクアの言うとおり……!? いや待て、待ってくれ。自分にとか他人にとかそういう事ではないのだ。私にそんな趣味はないと昨日あれほど……!」

 

 ダクネスが顔を真っ赤にしてアクアに詰め寄り。

 何かを決意したように頷いためぐみんが。

 

「……わかりました、わかりましたよカズマ。今度はカエルっぽくなるのを治療するポーションを作ってみせます。紅魔族随一の天才と呼ばれた私の力を見せてあげましょう!」

「俺は金輪際お前の作ったポーションは飲まないからな」

「あれっ!?」

 

 めぐみんが意外そうな声を上げる中、俺はアクアの方を見て。

 

「なあアクア、回復魔法で風邪は治せないって話だけど、これは状態異常みたいなもんだし、何とかなるんじゃないか?」

 

 アクアはダクネスと取っ組み合いながら俺を一瞥し。

 

「はあー? 昨日は私にあんな事言っといて、風邪が治ったからって何を調子の良い事言ってるんですか。私は頑張ると空回りして厄介事を起こすので、今日は大人しくしてようと思います。カズマはそこら辺の虫でも食べてれば良いんじゃないですかー?」

 

 俺が昨日、部屋から追いだした事で拗ねているらしく、アクアがそんな事を言ってくる。

 この野郎。

 

「……そうだな、俺も昨日は言いすぎたよ。せっかくお前が心配してくれたのに悪かった。反省するためにもお前の回復魔法に頼らず、当分は緑色の顔のまま生活しようと思う」

 

 素直に謝る俺に、アクアは不思議そうな顔をし、ダクネスと取っ組み合うのをやめてこちらを見てくる。

 俺はそんなアクアの顔を見返して。

 

「こんな顔をしているところをセナに見られたら、俺は今度こそ魔王軍の手先だと言われて処刑されるかもな。お前が蘇生魔法を使える事も知られてるだろうから、蘇生魔法で治癒できないくらい死体は酷い事になるんじゃないか?」

 

 自分で言っていて気分が悪くなってくるが、俺は続ける。

 

「それに、あの悪徳領主が首を突っこんでくるだろうし、そうなるとなんだかんだ文句をつけられて、機動要塞デストロイヤーの討伐報酬も奪われるかもな。相手は貴族だから、俺達にはどうにもならない。いや、その時には俺は処刑されてていないわけだが」

 

 俺の言葉に想像力を掻き立てられたのか、アクアが青い顔をして。

 

「……ね、ねえカズマ、やっぱり回復してあげても良いわよ? そんな、ちょっと面白い顔をしているから処刑なんて不当だし、見過ごせないわ」

「おい、人の顔を面白い顔とか言うのはやめろ。まあ聞けよ。俺が処刑され、デストロイヤーの討伐報酬も奪われると、お前には何が残る? そう、借金だ! パーティーのリーダーだからって事でなぜだか俺が背負わされていた、ベルディア討伐の時の洪水の補償金、あれは元々お前の借金だからな。俺が死んだらお前に返済義務が生じるだろうよ。攻撃の当たらない変態クルセイダーと、爆裂魔法を一日一発しか撃てない頭のおかしいアークウィザードと、あとお前。……どうやって借金を返していくのか、俺もエリス様と一緒に見守っててやるからな」

「わあああああーっ! 待って! 待って! 見捨てないでよ! 分かったわよ、回復魔法くらい掛けてあげるから!」

 

 風邪を引いている間、穏やかに過ぎていった時間も悪くなかったが、俺にはやっぱり、こういう騒がしさの方が性に合っているのだろうと、そんな風に思う自分に少しだけ笑って――!

 

「お構いなく。もうお前らの面倒を見るのも疲れたし、俺はここらで生まれ変わろうと思う。まあお前がどうしても回復させてくださいって言うなら」

「回復させてください、カズマ様ーっ!」

 




・病治療ポーション
『爆焔』1でめぐみんが作っていたアレ。
 カエル、ニンジン、ネギで作れるというのはもちろん独自設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このロクでもないお兄ちゃんに妹を!

『祝福』6、既読推奨。
 時系列は、6巻終了直後。


「妹が欲しい」

 

 ――王都から帰ってきて数日が経った。

 このところ、アルカンレティアに湯治に行ったはずなのに魔王軍の幹部と戦ったり。

 紅魔の里に行く途中でオークに襲われたり、里では魔王軍の幹部に掘られそうになったり。

 王都では王城に忍びこんで騎士や冒険者達を相手に大立ち回りをしたり。

 やたらと騒動に巻きこまれて苦労ばかりしてきたが、ようやく屋敷でのんびりと過ごす事が出来ている。

 そんな中、最愛の妹であるアイリスと引き離された俺は。

 

「……なあ、妹が欲しいって言ったんだけど」

「今忙しいから後にしてほしいんですけど! あっあっ、……ほら、カズマが急に変な事を言いだすからまた死んだじゃないの!」

「アクア、次は私の番だろう? 今度こそ私がボスを……!」

「いいえダクネス、ダクネスは仲間を守るクルセイダーでしょう? カズマから私達とゲーム機を守ってくださいよ。見てくださいあの男のあの目を。またボスを倒して私達の苦労を台なしにする気ですよ。ほら、アクアは死んだのですから私に代わってください」

「あっ、ズルいぞめぐみん! 私だって……! ……むう、仕方ない。おいカズマ、皆で力を合わせてようやくここまで戻ってきたんだ。もう前回のような真似は」

「『バインド』」

「あっ!?」

 

 俺は王都で覚えたスキルでダクネスを無力化し。

 

「だから聞けよおおおおおお!!」

「あああああ! カズマ、嘘ですよねカズマ! ゲーム機を、ゲーム機を返してください!」

 

 襲いくるめぐみんの手を掻い潜りながら、再びノーミスでボスを倒してやった。

 

 

 

 ダクネスが俺のバインドで縛られて部屋の隅に転がされ、アクアが恨めしそうに俺を見ながらゲームを最初から始める中。

 めぐみんだけが呆れた顔をしながら俺の話を聞いてくれる。

 

「それで、カズマはまた何をトチ狂っているんですか? 妹キャラならアイリス王女がいるではないですか」

「頭のおかしい爆裂狂のくせに人をトチ狂ってるとか言うなよ……あっ、おいやめろ! 魔法使い職なのにどうして俺より力が強いんだよ! お前まだ今日は爆裂魔法を撃ってないだろ! これ以上やろうってんならドレインタッチすんぞ!」

 

 突如凶暴化して襲いかかってきためぐみんを、俺は脅しつけて大人しくさせ。

 

「確かにアイリスは俺の最愛の妹だが、王族だし、多分もう会う機会もないだろ? それで、生き別れの妹がいると思うと、以前よりも妹欲が増してきてな」

「カズマがバカな事を言うのはいつもの事ですが、今日はまたいつにも増してバカな事を言いだしましたね。なんですか、妹欲って?」

「妹欲というのは妹が欲しいという欲求の事だよ」

 

 当たり前の事を聞くめぐみんに俺が懇切丁寧に説明してやると、めぐみんはなぜかため息を吐いて。

 

「意味を聞いたわけではないのですが、まあ良いでしょう。それで以前はロリキャラ扱いした私に妹代わりになってほしいとか虫のいい事を言うんですか」

「…………まあこの際めぐみんでも良いかな」

「めぐみんでも!! でもって言いましたか? おい、バカな話に付き合ってやってる私に随分な言い草じゃないか。紅魔族は売られた喧嘩は買うのが掟なのです。カズマがそのつもりなら、今日は爆裂魔法を使えなくなっても構いませんよ!」

「な、なんだよ! やめろよ! いいのか、ドレインタッチを使うって事は、どこに触ってもセクハラにならないって事だぞ? しかも兄が妹に触れるのはスキンシップだからセクハラじゃないんだぞ? ……よしめぐみん、兄妹喧嘩をしようか!」

「バカなんですか? あなたはバカなんですか? そんなバカな事を言う男を誰が兄と認めるものですか! 良いでしょう、今から爆裂散歩に行こうじゃないか! 今日はあなたを爆裂魔法の標的にしてやりますよ!」

 

 そう言ってめぐみんは身構えながらも、ドレインセクハラを恐れてかじりじりと距離を取ろうとする。

 そんなめぐみんに俺はニヤリと笑って。

 

「おい、分かってんのか? ダクネスは縛られ、アクアはゲームに夢中。爆裂散歩に行きたいのなら俺を頼るしかないんじゃないか? 反抗的な態度は得策じゃないぞ。お前は知能が高い紅魔族で、冷静沈着が売りのアークウィザードなんだろう? どうすれば良いか分かるはずだ」

「こ、この男! 最低です、最低ですよカズマ! 妹を脅す兄がどこにいるんですか!」

「俺だって相手が妹なら脅したりしないさ。……この意味が分かるな?」

「分かりたくありませんが、分かってしまう自分が憎い……! 今ほど自分の高い知能を後悔した事はありませんよ!」

「お前は他に悔やむべき事がいくらでもあると思うが、まあ良い。ホレ、妹よ。俺を兄だと思って呼んでみ? さあ! さあ!」

 

 俺が促すと、めぐみんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら。

 

「…………お、お兄ちゃん」

「うーん、めぐみんはやっぱりロリ枠だな。ただお兄ちゃんと呼ぶだけで妹キャラの座を勝ち取れると思うな。……三十点!」

「三十点!? 冗談じゃありませんよ! こんな辱めを受けた上にそんな低評価を下される謂れはありません! 採点のやり直しを要求します!」

「そんな事言われても。仕方ないだろ、今のは誰がどう見ても三十点くらいだ」

「意味が分かりません! 不当です、不当に決まってますよ!」

 

 と、そんな事を言い合っているとダクネスがやってきて。

 

「まあ待てめぐみん。二人のやりとりは聞いていたが、私は仲間の身代わりになるのが仕事のクルセイダー。そのような辱めは私が引き受けようじゃないか」

「……あのダクネス、気持ちはありがたいのですが、同性とはいえぱんつが見えるのであまり近寄らないでください」

 

 縛られたまま芋虫のように這ってきたダクネスに、めぐみんがスカートの裾を押さえながらそう言った。

 

 

 

 時間が来るまでバインドは解けないのだが、動けないはずのダクネスは腹筋の力だけで起き上がり、優雅に椅子に座って、

 

「それで、お前を兄と呼べば良いのだな? 簡単な事だ」

 

 勝ち誇ったようにそんな事を……。

 

「でもお前、俺より年上じゃないか。全然妹って感じじゃないんだけど」

「何事もやってみなければ分からないだろう? ……、…………」

 

 胸を強調するように縛られたまま、なぜか不敵に笑うダクネスは。

 徐々に顔を赤くしていき。

 

「…………ッ!」

 

 やがて耳まで赤く……。

 

「お、おい、なんだよ! 恥ずかしがってないで早く言えよ。まったく、いつも俺の事をヘタレだのなんだの言ったり、自分から恥ずかしい事を言ったりしてるくせに、変なところで恥ずかしがりやがって! 仲間の身代わりに辱めを受けるって言うんなら、お前も少しくらいめぐみんの思いきりの良さを見習ったらどうだ?」

「くっ……! 言えば良いんだろう、言えば……!」

「もったいぶってないでさっさと言えよ。今日は爆裂散歩の帰りに夕飯の材料を買ってくるつもりだから、早めに出たいんだよ。ていうか、お前の羞恥の基準はどこにあるんだ? いつもモンスターの集団にボコボコにされたいとか強めに罵ってほしいとかどこに出しても恥ずかしい変態発言をしてるくせに、こういう時には恥ずかしがるんだな」

「……ッ! こ、この……、私の覚悟を愚弄しおって、お前という奴は、お前という奴は……! ……んっ……! ……くう……!」

「……お前、今のでちょっと興奮したのか」

「し、してない」

「いや、してただろ」

「してない。い、言う……ぞ……」

 

 ダクネスは顔を真っ赤にし、泣きそうになりながら。

 

「お…………、ぉ兄ちゃん」

「二点」

「二点! 二点だと!? た、確かに私はお前より年上だし、妹キャラというのは無理があるのだろうが、私の覚悟をなんだと思って……! 貴様ぶっ殺してやる! あっ、バインドが解けない! くそっ!」

 

 ダクネスが俺に掴みかかってこようとして、バインドで縛られている事を忘れていたらしく椅子から転げ落ちる。

 絨毯の上をモゾモゾするダクネスに、俺は。 

 

「そうじゃない。そういう事じゃない! お前らはなんにも分かってない! いいかダクネス! やるなら恥ずかしがらないで妹キャラをやりきれ! 兄を呼ぶ時にいちいち恥ずかしがる妹がどこにいるんだ! それに、もしお前に本当に兄がいたとして、お前はそいつの事をお兄ちゃんと呼ぶのか!? アイリスが言ってたぞ、王族は一定の年月が経つと兄妹同士でもよそよそしくなるって! お前だって辛うじてとはいえ貴族の端っこに引っかかってる身なんだ! もういい年なんだしお兄様だろうが! そしてダクネスとして冒険者やってる時には格好つけて兄上とか呼ぶんじゃないのか!」

「い、言われてみれば確かに……! すまない、私が間違っていたようだ……?」

「あの、カズマ。ダクネスがわけ分からない感じに落ち込んでいるのでそのくらいで。というか、その熱意を他の事に向けるつもりはないのですか?」

「ない」

 

 ダクネスを起こしてやりながら言うめぐみんに、俺は即答した。

 そんなやりとりをする俺達の下に、ゲームオーバーが続いてゲームに飽きたらしいアクアがやってきて。

 

「なーに? 皆して楽しそうにして。ねえカズマさん、お兄ちゃんって呼んであげたらまたマイケルさんのお店で高いお酒を買ってくれる?」

「……お前は妹っていうより、やたらと話しかけてくる親戚のおばちゃんみたいな感じだな」

 

 いきなり掴みかかってきたアクアから逃れ、俺はめぐみんとともに屋敷を出た。

 

 

 *****

 

 

「まったく、カズマは妹の事になるといつもよりバカになりますね。そんなにあのアイリスって子の事が気に入ったんですか?」

「それもあるけど、それとは別に俺の妹欲が留まるところを知らないんだよ」

「今あなたは相当バカな事を口走っていますからね?」

 

 屋敷を出た俺達は、そんなバカな事を言い合いながら街を歩く。

 

「可愛い妹が家で待ってると思えば、ちょっと無茶な事をしてでも頑張ろうって気になるだろ? めぐみんにだって、こめっこがいるんだからそういうの分かるんじゃないか? 俺だってそういう妹が欲しいんだよ」

「まあ私だってこめっこは可愛いですし、こめっこのために頑張って食料を確保しようとした事もありますが。それはこめっこが私の妹だからであって、赤の他人を妹扱いしたいわけではないですからね」

「……? 何言ってるんだめぐみん。俺は妹が欲しいんであって、赤の他人を妹扱いしたいわけじゃないぞ」

「……? カズマこそ何を言っているのか私にはさっぱり分からないのですが」

 

 なかなか分かってくれないめぐみんに、なぜ分かってくれないのだろうと俺が首を捻っていると。

 

「……えっと、つまり誰彼構わず妹扱いして、それっぽい反応を見せた人を妹だと思いこもうと、そういう事ですか? ではウィズなんてどうでしょう?」

「ウィズ? なんでいきなりウィズが出てくるんだ? どう見たって俺より年上で、妹って感じじゃないだろ。見た目は二十歳くらいだけど、リッチーになってから何年経ってるか分からないし、妹っていうよりは……きれいな……お姉さん…………。な、なあめぐみん、なんで青い顔をして俺からちょっとずつ離れていこうとするんだ? それと、俺は達人でもないし殺気なんて感じられるはずがないのに、背後から凄い殺気を感じる気がするんだが……?」

「カズマさん」

 

 背後から掛けられたのは、いつもどおりの穏やかな声で。

 俺はその声にビクッと肩を震わせ振り返ると――!

 

 

 

「……妹、ですか?」

「ええまあ、王都でいろいろとありまして。カズマがまたおかしな事を言いだしているのです。もし良ければ、ウィズもカズマの事を兄扱いしてあげてください」

「それは構いませんけど……あの、カズマさん。もう分かりましたから、顔を上げてください」

 

 ウィズの穏やかな声に促されて、土下座していた俺は恐る恐る顔を上げる。

 ……死ぬかと思った。

 魔王軍の幹部や大物賞金首を相手にしている時よりも怖かった。

 そういえば、ウィズも魔王軍の幹部の一人だ。

 

「悪かったよ、ウィズの年齢に触れるつもりは全然なかったんだよ。……あれっ? さっき俺を兄と呼んでも構わないって言ったか?」

「ええ。カズマさんもいつかは私より年上になりますから、お兄ちゃんと呼んでもおかしくはないですよね」

 

 いやその理屈は……。

 …………。

 

「そ、そうだな。何もおかしくはないな!」

「そうですね! ウィズはいつまでも二十歳ですからね! 十年後にはカズマは二十六歳で私は二十四歳ですから、私だってウィズの姉です!」

 

 おかしくない。

 何もおかしくはない!

 コクコクと何度も頷く俺に、ウィズは少し恥ずかしそうに微笑むと。

 

「……お兄ちゃん」

「……! 大人になっても兄妹仲良く普通に呼んでる感じ! ウィズが付き合ってくれてる意外性! これはこれでアリ! 五十点!」

「五十点ですか……」

 

 ちょっと残念そうにウィズが呟く中、めぐみんがいきり立って。

 

「異議あり! おかしいですよカズマ! 年下の私より年上のウィズの方が点数が高いのはおかしいです! 採点のやり直しを要求します!」

「おい、紅魔族は知能が高いってのはガセなのか? ロリキャラと妹キャラは別なんだって何度言ったら分かるんだよ。魂さえあれば年上でも妹にはなれるんだよ。例えば俺の弟とウィズが結婚すれば、ウィズは俺の年上の義理の妹になるんだぞ? つまり年上の妹ってのは別に矛盾しないんだ。俺の言ってる事はどこかおかしいか?」

「カズマの言ってる事はさっきからずっとおかしいですよ! 大体、カズマの弟は今ここにいないのですし、ウィズと結婚なんて例え話はいろいろ無理があるじゃないですか」

「まためぐみんはそんな現実的な事を……。もっと現実を見ろよ?」

「……? 何を言っているのですか。私は現実を見ているから現実的な事を言っているんですよ。カズマこそ現実を見てください」

「今の俺はちょっとバカなんだから、現実なんか見てるわけないだろ」

「この男、開き直りました! 目を覚ましてくださいカズマ! あなたには妹なんていませんよ!」

 

 現実を突きつけてくるめぐみんに、俺はそっぽを向いて耳を塞いだ。

 

 

 

 めぐみんがせっかくウィズに会ったのでローブを新調したいと言いだし、ウィズの店までやってきた。

 俺達が店の前に立つと、ドアが内側から開き。

 

「へいらっしゃい! 未練がましくも妹を求める親不孝な小僧と、なんだかんだ言いながらネタに付き合うネタ種族よ! そして、いればいるだけ店の財産を放出していく垂れ流し店主よ……汝がいない方が儲かるだろうと買い物にかこつけて追いだしたというのに、もう帰ってきてしまったのか?」

「そ、そんな理由で私に買い物を頼んだんですか!? 酷いですよバニルさん! すぐに欲しいって言うから急いで買ってきたのに!」

 

 俺達が来る事を見通していたらしく、ぴったりなタイミングでドアを開けて出てきたバニルに、ウィズが食ってかかり、めぐみんはネタ種族扱いに悔しそうな顔をする。

 俺は今さら親不孝などと言われても構わないのだが、バニルはそんな俺の方を見て。

 

「なかなか面白そうな事をしているではないか、小僧よ。ここは、悪魔的な発想によってご近所さんを笑いの渦に包みこみ、からかい上手のバニルさんと評判の我輩が、貴様の妹役を買って出てやろうではないか。……いらっしゃい、お兄ちゃん!」

「や、やめろ、俺の妹幻想を壊すなよ! クソ、可愛い声なのが腹立つ!」

「フハハハハハハハ! その悪感情、美味である!」

 

 俺とバニルがそんな話をする中、めぐみんが黒のローブを選んで試着室に入っていく。

 俺は特にする事もなく、バニルと話を続けてもロクな事にならないのは目に見えているので、何気なく店内を見回し。

 

「ん? なんだこれ」

 

 ウィズの店にはよく来るが見覚えのないポーションの瓶を見ていると、呼んでもいないのにバニルが寄ってきて。

 

「おっと、さすがはお客様、お目が高い。この世にも珍しいポーションに目をつけるとは!」

「……お前が勧めてくる時点で嫌な予感がするけど、なんのポーションなんだ?」

 

 俺のその質問に答えたのは、バニルではなく目を輝かせたウィズで。

 

「これですか! 聞いてくださいカズマさん! ウチの店で扱っている商品に、一時的に特定の魔法の効果を上昇させるポーションがあるんですが、その効果をスキルにも転用できないかと思いまして、私が自分で調合してみたんです! これはドレインタッチの効果を上昇させるポーションなんですよ!」

 

 リッチーのスキルであるドレインタッチの効果を上昇させるポーション。

 一体誰が買うのだろうか?

 

「そ、そうか。ちなみに欠点はないのか?」

「欠点ですか? ……効果が強すぎて、体力や魔力をうっかり吸いすぎてしまってボンってなったり、他のものまで吸ってしまうかもしれない事でしょうか。でも、気を付ければ大丈夫なはずです。……多分。カズマさんはドレインタッチを習得していますよね。お一ついかがでしょうか? 希少な材料ばかり使っているので、少々お高くなってしまいましたが……」

「い、いらない」

 

 断る俺に、残念そうな顔をするウィズの隣で、バニルがニヤリと笑い。

 

「ロクでもない未来を掴み過去を手放す予定の男よ。この誰も買わないポーションを買うのであれば、漏れなくこの見通す悪魔が助言を与えようではないか」

「な、なんだよ、俺ってまた面倒事に巻きこまれるのか? 分かったよ、買うよ! 買えば良いんだろ!」

「毎度! では、見通す悪魔が宣言しよう。この商品は買わぬ方が良かったぞ」

「なめんな」

 

 

 *****

 

 

 新しいローブを買っためぐみんは、それを抱えて機嫌良さそうに歩いていく。

 

「せっかく買ったのに着ないのか?」

「着ませんよ。これから爆裂魔法を撃ちに行くのですから、せっかく買ったのにいきなり砂塵まみれにするのはもったいないでしょう?」

 

 魔王軍の幹部や大物賞金首を倒して金はあるのに、めぐみんはそんな貧乏くさい事を言う。

 だったら帰りに買えば良かったのに。

 

「カズマはなんだか機嫌が悪そうですが、バニルと何かあったんですか?」

「使い道のない高額商品を押しつけられた上に、マッチポンプっぽい予言をされたんだよ。どうも俺は、ロクでもない未来を掴むらしいぞ」

 

 手元でポーションの瓶を揺らしていると、めぐみんはそれを指さして。

 

「それは何のポーションなんですか?」

「ウィズお手製の、ドレインタッチの効果を向上させるポーションだってさ」

「ウィズお手製の……」

 

 その一言だけで使い道に困る事が容易に想像できる。

 俺がポーションの瓶を睨みつけていた、そんな時。

 

「あっ! め、めぐみん! こ、ここ、こんなところで会うとは、偶然ね……!」

 

 そんな事を言いながら、路地からゆんゆんが飛びだしてきた。

 慌てて走ってきたようなゆんゆんの様子に、めぐみんはため息を吐いて。

 

「何が偶然ですか。どうせ、私達と会えるかもしれないと考えて街をウロウロしていたんでしょう」

「そ、そんなわけないじゃない!」

 

 ゆんゆんは顔を赤くし大声で否定する。

 

「偶然。これは偶然だから。ただの偶然で……」

 

 俺の方を恥ずかしそうにチラチラ見ながら言うゆんゆんの声は、どんどん小さくなっていく。

 図星らしい。

 

「まったく。私と会いたいのなら、そんなバカな事をせずに屋敷に遊びに来れば良いじゃないですか。ゆんゆんが訪ねてきたら、私はちゃんと居留守を使いますから」

「えっ、いいの? ……あれっ? ねえめぐみん、居留守を使うって言った? やっぱり私、屋敷に行ったら迷惑なんじゃ……」

「……会いたいのなら家を訪ねれば良いとは以前から言っているでしょう。確かに以前、アルカンレティアに旅行に行く事を伝え忘れて、私達のいない屋敷を何度も訪ねさせた事は悪いとは思ってますが……」

「わあああああーっ! 行ってない! 行ってないったら! 私がめぐみんの屋敷に行ったのは、めぐみん達が帰ってきた時の一回だけよ!」

「ご近所さんによると、連日私達の屋敷の前で、『たのもーっ!』という少女の声が」

「わあああああ! ああああああ!」

 

 めぐみんがニヤニヤしながらゆんゆんをからかい続ける。

 やめてやれよ……。

 

「そのくらいにしといてやったらどうだ? お前だって、なんだかんだ言ってゆんゆんの事は結構好きだったりするだろ? それにゆんゆんは俺の妹かもしれないしな」

「ちょっ、カズマ、いきなり何を……!? いきなり何を言いだすのですか、この男は!」

「えっと、……私がカズマさんの妹なわけないと思うんですけど……」

 

 俺の言葉に、なぜかめぐみんが叫びだし、ゆんゆんもおずおずと否定を口にしてくる。

 

「いや聞いてくれよ。ゆんゆんはめぐみんと同い年なんだろ? でも、ロリキャラって感じじゃない。十分に可能性はある」

「……? ねえめぐみん、カズマさんが何を言っているのかよく分からないんだけど」

「安心してくださいゆんゆん。私にもさっぱり分かりません。王都でいろいろあって、今日のカズマはいつもより割増しでおかしいのです。すいませんが、付き合ってあげてくれませんか?」

「それはいいけど、私は何をすれば……?」

「簡単だ! 俺の事を兄と思って呼びかけてくれるだけで良い」

「ひあ! は、はいっ……」

 

 ヒソヒソと話し合っているところに俺がアドバイスをすると、ゆんゆんはなぜか悲鳴を上げて。

 恥ずかしそうに辺りをキョロキョロと見回し。

 やがて顔を赤くし、小さな声で。

 

「……お兄ちゃん……?」

「ハレルヤ。妹はここにいた。九十点! 九十点だゆんゆん! さあ、一緒に帰って夕飯を食べようか。これから食材を買うんだけど、何が良い? お兄ちゃんがなんでも食べたいものを買ってあげるぞ」

「えっ? えっ? あの、夕飯に誘ってくれてるんですか? 私を? い、良いんですか!? 本当に私がご一緒してしまっても良いんですか!?」

「何言ってるんだ? 兄と妹が一緒に食事をするのは当たり前の事じゃないか」

「い、妹……? あの、友達ではないんですか? あ、いえ、すいません、なんでもありません……」

 

 俺の少し後ろを歩きながら、ボソボソと何かを言って萎れていく妹。

 可哀相だが、兄と妹は友達にはなれない。

 友達なんかよりもっと深い絆で結ばれているが。

 と、俺がゆんゆんを採点した時からプルプルと震えていためぐみんが。

 

「待ってください! 私よりゆんゆんの点数が高いというのは見過ごせませんよ!」

「えっ、私、めぐみんより点数が高いの? やった! すごく久しぶりにめぐみんに勝った! そして夕飯にお呼ばれ…………うっ……。私……、私、今日という日を忘れない……!!」

「あなたはこんなバカな勝負で私に勝って満足なんですか!? 私のライバルを名乗るなら、勝負の方法にはプライドを持ちなさい!」

「……ねえめぐみん、毎回、自分が勝てるようなバカみたいな勝負ばかり挑んできためぐみんにだけはそんな事言われたくないんだけど」

「……!?」

 

 おっと、珍しくめぐみんがゆんゆんに言い負かされている。

 しかし愛する妹と大切な仲間なら、俺は涙を呑んで妹の味方をする。

 

「ちなみにめぐみんは三十点でした」

「「!?」」

 

 俺の暴露にめぐみんとゆんゆんが揃って驚く。

 めぐみんはイライラと。

 ゆんゆんは嬉しそうに。

 と、めぐみんが何かを考えるかのように少し目を瞑り。

 

「……仕方ありませんね。ゆんゆんとの勝負を持ちだされては、私も本気を出さないわけには行きません」

「何よ、やるって言うの? 三十点のめぐみんが? 三十点のめぐみんが!」

「三十点三十点と連呼しないでください! まあ見ているが良いです。本物の妹というものを見せてあげますよ」

 

 そんな事を言って、めぐみんは俺の袖をチョンとつまみ……。

 

「私が妹では不満ですか、……兄さん」

「……き、九十二点」

「!?」

 

 俺の採点に妹のゆんゆんが驚き、実は妹だっためぐみんが勝ち誇る。

 ゆんゆんは慌てたように、めぐみんと反対側の俺の隣まで駆けてきて俺の腕を掴み。

 

「お、お兄ちゃん、私、あれが食べたい……です」

「八十点」

「下がった!? ど、どうして! ううっ……、このままじゃ負けちゃう……!」

「何を言っているのですか? 私の採点が二回、ゆんゆんの採点が二回ですから、もう勝負は終わりでしょう。今回も私の勝ちですね」

 

 澄ました顔でそんな事を言うめぐみんに、ゆんゆんは悔しそうに唇を噛みしめ、涙目で俺を見上げて……。

 

「……カ、カズマさん……」

「お兄ちゃん」

「!? お、お兄ちゃん……」

 

 俺は健気な妹の訴えに絆され、めぐみんの方を見て。

 

「……もう一回くらいやっても良いんじゃないか? ほら、勝負事って大概三番勝負じゃないか」

「この男! まあでも、今日一日、私はカズマに付き合っていたわけですからね。カズマの望む妹というものについて、理解したくはありませんでしたが大体理解してしまいました。そんな私に勝てるつもりでいるのなら、それは勘違いだという事を教えてあげましょう。私が勝ったら夕飯の食材はゆんゆんが私に奢ってください。ゆんゆんが勝ったら私がゆんゆんに奢らせてあげますから」

「わ、分かったわ。それで……!? ねえ待って? おかしいおかしい! 買っても負けても私が奢らされる!」

「仕方ないですね。では私が負けたら奢ってあげますから、代わりにゆんゆんが先行という事で。これ以上、情報を渡すのは得策ではない気がするので」

「ズルい! ズルい! めぐみんはいっつもズルい! どうして正当な要求を通すのに交換条件が必要なのよ!」

 

 俺を挟んでめぐみんと言い合うゆんゆんは、おそらく手近なものを無意識に掴んでいるだけなのだろう、俺の腕をブンブンと振っている。

 その度に、ゆんゆんの発育の良い部分が無防備に俺の腕に当たって……。

 マジかよ。

 これでめぐみんと同い年?

 …………マジかよ……。

 

「ゆんゆん、九十七点!」

「「!?」」

 

 唐突に採点を告げた俺に、めぐみんとゆんゆんが驚愕し俺を見る。

 紅魔族は知能が高い。

 ゆんゆんが顔を赤くして俺の手を離し距離を取り。

 めぐみんが瞳を紅くして詰め寄ってきて。

 

「何が妹欲ですか! 結局、胸じゃないですか! 性欲じゃないですか! おい、不当な採点をするつもりなら私にも考えがあるぞ」

「ま、待て! 確かに胸が当たったのは評価のポイントだが、重要なのはそこじゃない。自分の魅力に無自覚な事、兄に対して無防備な事、めぐみんの貧乳と比べて同い年なのに育ったなあ……という、お、おいやめろ! まだ評価の途中だぞ! 妨害するなら反則負けだけど良いのか! とにかくその辺の諸々を加味して九十七点なんだ! 言っとくが性欲に流されてるわけじゃないぞ。この点数は譲らないからな!」

「あ、あの、二人とも、街中なのに大きな声で胸の話をするのは……」

 

 街中で騒ぐ俺達に、ゆんゆんがモジモジしながら恥ずかしそうにそんな事を言う。

 

「……分かりましたよ。まあ、きちんと採点しているというのなら文句はありません」

 

 めぐみんは呆れたようにため息を吐いて。

 

「今度から、カズマって呼んでも良いですか?」

 

 いつも通りの口調で、素っ気なく、そんな事を……。

 

「何言ってるんだ? お前、俺の事はいつもカズマって呼んでるじゃ……?」

 

 …………。

 ……!?

 いや待て。

 考えろ佐藤和真。

 例えば俺の両親が離婚し再婚してめぐみんが義理の妹になって仲良くしたりすれ違ったり喧嘩したりしつつも一つ屋根の下で過ごし本当の兄妹以上に兄妹らしくなるのだけれど実はめぐみんはその小さな胸に俺への恋心を秘めていてやがて成長した俺達は親元を離れ冒険者になりそれを機にめぐみんは兄妹ではなくそれ以上の関係へと階段を上ろうと呼び方を変えて……!?

 そうだったのか。

 

「……なあめぐみん、俺達って義理の兄妹だったのか?」

「そうですよ。今さら何を言っているんですか、カズマ」

 

 当たり前のように言うめぐみんは自然体で。

 カズマといういつもの呼び名は特別な響きを持っていて。

 

「めぐみんの勝ち」

「!? な、なんでですか! めぐみんはお兄ちゃんとも兄さんとも言わずにただカズマさんの名前を呼んだだけなのに、どうしてめぐみんの勝ちなんですか! 納得行きません! これまでいろんな勝負でめぐみんにズルい勝ち方されてきたけど、今回が一番納得行かない!」

「おっと負け犬の遠吠えというやつですか? そもそもゆんゆんはなぜ自分が高得点だったのかも分からず、次になぜ点数が下がったのかも分かっていないのでしょう? 評価の基準が分からないまま、まぐれで勝てそうになったからと勝負を挑んだ事があなたの敗因ですよ!」

 

 勝ち誇ってそんな事を言うめぐみんに、ゆんゆんが涙目になって。

 

「うう……。分かったわ、私の負けで良い……」

「そういうわけですから、カズマ。夕飯の買い物はニセ妹のゆんゆんに任せて、私と爆裂散歩に行きますよ」

「えっ? 俺はもうこのまま帰って妹達と夕飯を食べたい気分なんだけど」

 

 屋敷の方へと足を向けた俺がそんな事を言うと……。

 

「散々バカな事に付き合った私を蔑ろにするというなら、街中だろうとカズマを標的に爆裂魔法を撃ちこみますよ!」

 

 瞳を紅く輝かせるめぐみんを、俺とゆんゆんは二人掛かりで取り押さえた。

 

 

 *****

 

 

「まったく! カズマはまったく!」

 

 街の外を歩きながら、めぐみんはずっと文句を言っている。

 

「だから悪かったって。軽い冗談じゃないか」

「いいえ、本気でした! 私があそこで何も言わなければ、そのまま家に帰っていたくらいには本気でしたね!」

「…………」

 

 さすがに長い付き合いなだけあって、俺の考えはバレている。

 

「……なあ、もうこの辺りで良いんじゃないか?」

 

 俺は適当なところでそう声を掛けてみるも。

 

「いいえ! 今日はイライラしているので、威力を限界まで高めてみようと思うのです。もうちょっと遠くまで行きましょう!」

 

 めぐみんはそう言って、ずんずん歩いていく。

 あまり街から離れすぎるのは不安なのだが……。

 そんな俺の不安がフラグになる事もなく。

 めぐみんは立ち止まり詠唱を始め。

 そして――!

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 

 威力を限界まで高めてみようというその言葉に偽りはなく。

 俺はかつてない爆風に踏ん張っていられず吹き飛ばされ。

 

「うおっ!? ……! めぐみん! おい、お前が飛ばされてどうする!」

 

 俺よりも軽く、爆心地の近くにいためぐみんも吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 俺は爆風が収まるのを待ってめぐみんに駆け寄り。

 

「おい、大丈夫か? どこかぶつけてないか? ……今日の爆裂は六十八点だな! 確かに威力は高かったが、破壊力が収束してなくて無駄が多い!」

「だ、大丈夫です……。相変わらず、カズマの評価は正確ですね。今回のは私としても悔いの残る爆裂魔法でした……。すいません」

「まあ気にすんな。ほら、今ドレインタッチで魔力を分けてやるから」

 

 と、そんな時だった。

 めぐみんが俺の少し上を見て、『あ』というように口を開け。

 直後、俺の頭に何かがぶつかって液体が降りかかり、少しだけ口にも入って。

 その時にはすでに俺はドレインタッチを発動させていて――!

 

「こ、これは、ドレインタッチの効果を上昇させるポーション……?」

 

 めぐみんのそんな言葉を最後に。

 俺は意識を失い――

 

 

 

 ――目が覚めると夜になっていた。

 なんだか体が重くてだるい。

 なぜか俺はソファーに寝そべっていて、体を起こそうとするが動けない。

 

「あれ? 俺……」

「あっ、カズマ、目が覚めたの? 無理に動かない方が良いわよ。短い時間だけど、死にそうなくらい衰弱してたんだから。めぐみんなんか青い顔してすごく心配してたんだからね、後でありがとうって言っておきなさいな」

「ア、アクア、余計な事を言わないでください!」

「……なんだそれ? 俺はなんでまたそんな目に遭わなくちゃいけないんだ? っていうか、なんで俺は広間で寝てるんだよ。屋敷に帰ってきて、宴会の後で部屋で寝たはずだろ」

「何言ってるの? カズマはめぐみんにドレインタッチで魔力を与えようとして、ポーションの効果でドレインタッチの効果が上がっていたせいで加減が効かず、大量の体力と魔力をめぐみんに送ってしまって、一気にいろいろ失ったショックで気絶しちゃったのよ? いつもと逆にめぐみんがカズマを背負って帰ってきたんだから」

「……ドレインタッチ?」

 

 というか状況がさっぱり分からない。

 俺は昨日、王都から帰ってきて。

 屋敷に戻り、酒を買ってきてちょっと豪勢な夕食を楽しみ……。

 ……あれえー?

 俺が眠る前の出来事を思い出そうとしていると、ソファーに寝そべる俺を、アクアの隣で心配そうに覗きこんでいためぐみんが。

 

「カズマ、記憶がないのですね? 王都から帰ってきたのは昨日ですが、今はもう翌日の夜ですよ。今日一日、何をしていたか覚えていますか?」

 

 今が夜なのは窓の外を見れば分かるが、今日一日……?

 

「さっぱり思い出せんのだが」

「ウィズが言うには、あのポーションはドレインタッチの効果を上昇させ、体力と魔力を急激に吸ったり、他のものまで吸ってしまうようになるそうです。カズマは私に体力を与えようとしてドレインタッチを使いましたから、吸うのではなく与える量が過剰になり、ついでに今日一日のカズマの記憶が私に流れこんできまして……」

「ポーション? ポーションってなんの話だよ。誰か俺に変なもん飲ませたのか? なあ俺って今日一日何してたんだよ?」

 

 うろたえる俺にめぐみんはクスクス笑って。

 

「ポーションの事はウィズにでも聞いてください。カズマは朝遅く起きてきて、私達がゲームをやっているのを邪魔して、私の爆裂散歩に付き合ってくれましたよ。別に普通の一日でした」

「……そうか。それなら記憶がなくてもまあ良いかな?」

 

 少し気持ち悪いが。

 大事な事ならそのうち思い出すだろう。

 俺がそんな事を考えながらソファーから立ち上がると……。

 

「ねえカズマさんカズマさん、私、今日、カズマさんにマイケルさんのお店でお酒を買ってもらう約束をしたんですけど!」

 

 俺の記憶がないと聞いたアクアが、そんな事を言ってくる。

 

「おい、俺の記憶がないからって適当な事を言うなよ。本気で言ってるなら嘘吐くとチンチン鳴る魔道具の前で言ってみろよ」

「何よ! ゆんゆんには夕飯の材料を奢ってあげたくせに! どうしてもって言うんなら、私もお兄ちゃんって呼んであげるから!」

 

 何言ってんだコイツ。

 

「お前は妹っていうより、やたらと話しかけてくる親戚のおばちゃんみたいな感じだな」

 

 俺がそう言うと、激昂したアクアが掴みかかってきて――!

 そんな俺達を微笑ましそうに眺めながら、めぐみんが一枚の紙を取りだし、何かを書き始める。

 アクアはそちらに興味を持ったようで、俺から離れめぐみんの手元を背後から覗きこんで。

 

「ねえめぐみん、それって何を書いてるの? この間言ってた、ファンレターってやつ?」

「違いますよ、この手紙はこめっこに宛てたものです。カズマの影響で私にも妹欲とやらが出てきたようなので」

「おい、俺の影響ってなんの話だ? 俺がそんなバカみたいな事言うわけないだろ」

「この男! いえ、もう良いです。今日の事はなかった事にしましょう」

「ちょっと待てよ。今日は別に普通の一日だったんじゃないのか? なあ、今日って本当は何があったんだ?」

 

 そんな事を話していると、台所から料理を持ったダクネスがやってきて。

 

「カズマ、ようやく目が覚めたのか。心配していたんだぞ。体調はどうだ? 今夜は念のため、軽めの料理にしてみたのだが」

「別に大丈夫だよ。よく分からないが、そんなに心配してくれなくて良い」

 

 と、ダクネスの後ろから……。

 

「あっ、カ、カズマさん、目が覚めたんですね……」

 

 ダクネスを手伝って料理を運んできたのは――

 

「…………なんでゆんゆんがいるんだ?」

「!?」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが料理をテーブルに置いて逃げようとし、めぐみんが慌てて追いかけていった。

 




・ドレインタッチの効果を上昇させるポーション
 独自設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この新たなる我が家に日用品を!

『祝福』2、読了推奨。
 時系列は、2巻3章直後。


 それは悪霊に憑かれた屋敷の除霊依頼を完遂し、いろいろあったものの最終的には念願だった拠点を手に入れた昼下がりの事。

 俺は、ソファーにしがみつくアクアを引き剥がそうとしながら。

 

「いい加減に諦めて立てっつってんだろ! いつまでそこに座ってるつもりだよ!」

「いやよ! 私は一晩中除霊して疲れてるんだから、のんびり休ませてくれても良いと思うの! 人形に追い回されて大騒ぎしてただけのカズマさんは、もっと私に感謝するべきじゃないかしら! ほら、お疲れ様って労って! 頑張ったアクア様はソファーに寝そべってダラダラしてて良いですよって言って! ねえ言ってよ!」

 

 アクアはソファーにしがみついて抵抗し、そんな事を言ってきて……。

 

「まあ確かに、除霊の件については、マッチポンプだって事以外はお前もよくやったと思うが、それとこれとは別の話だろ? いつまでもここにいるわけにはいかないってのはお前だって分かってるはずだぞ」

「私は諦めないわ! これは私だけのわがままじゃなくて、皆のためにもなる買い物なのよ。一回座ってみたらカズマにだってこのソファーの良さが分かるわよ! ほら、座ってみなさいな、とっても座り心地が良いんだから!」

 

 そこは商店街から少し外れた路地裏。

 そこにある雑貨屋の奥。

 そんな場所にあるソファーで寛ぐアクアに手を引っ張られ、俺はバランスを崩してソファーに尻餅を突いた――

 

 

 

 ――昼食を終えて。

 

「買い物に行きませんか?」

 

 台所で後片付けをしていためぐみんが、広間に戻ってきてそんな事を言いだした。

 食後のお茶を飲んでいたダクネスが顔を上げて。

 

「買い物? 私は一緒に行っても構わないが、何を買うんだ? 私は鎧を修理したし、新しい剣も発注してしまったから、あまり金に余裕はないのだが」

「……お前が金に余裕がないって言うなら、俺には借金がある件について」

「!?」

 

 俺がお茶を飲みながらダクネスに絡んでいると……。

 

「いえ、そういう買い物ではなくて。こうして拠点を手に入れたのですから、日常生活に使う物をいろいろと買い揃えてはどうかと思いまして。食器なんかも今のままでは気が休まらないでしょう」

 

 めぐみんのそんな言葉に、俺は手にしている金属製のマグカップを見下ろす。

 今日の昼食の準備をした調理器具も、食べる時に使った食器も、クエストの時に持っていく用の、言わばアウトドア用品だ。

 日頃からこれを使うのは、確かに冒険を思いだして気が休まらないかもしれない。

 

「まあ、俺も拠点が手に入って少しは余裕が出来たし、それくらいなら買っても良いかな。こっちに来てから、ずっと馬小屋暮らしで自分の物ってあんまり持ってないし、日頃使う物くらい気に入ったのを使っても罰は当たらないはずだ」

「そうか、自分で使う物は自分で選んで良いのだな。そ、そうか……!」

 

 ダクネスが当たり前の事になぜか嬉しそうにする中、テーブルに突っ伏していたアクアが。

 

「私は一晩中除霊してて疲れちゃったからやめておくわ。皆が買い物に行っている間、私はお昼寝してるから。買い物に行くのなら、ついでに夕飯を買ってきてくれない? 私、夜はこってりしたものが食べたいわ。屋敷が手に入ったお祝いに、ちょっと高いものを買ってパーティーをしましょうよ」

 

 あくびをしながらそんな事を……。

 …………。

 いや、良いんだが。

 別に良いんだけども、一晩中除霊する羽目になったのはコイツが手抜きをしたせいで、つまりは自業自得のくせに。

 フラフラと自分の部屋に行こうとするアクアに、俺は。

 

「……そうか。じゃあ夕飯はいつもよりちょっと豪勢にしようか。昨夜酒も飲んじまったみたいだし、ついでに酒も買ってきてやるよ」

「……? なーにカズマ、いきなり素直になっちゃって。でも、良い心がけだわ。この屋敷が手に入ったのも、なんだかんだで私のおかげみたいなものなんだし、もっと感謝してくれても良いんじゃないかしら? あっ、でも言っておくけど、昨夜お酒を飲んじゃったのは私じゃなくて、この屋敷に憑いた貴族の隠し子よ? 本当なのよ?」

「分かった分かった」

 

 俺は騒ぎだすアクアを軽く流して、ダクネスと何を買おうかと相談しているめぐみんに。

 

「なあめぐみん、せっかくだしカーテンとかも買わないか? ベッドとか、大きな家具は元々付いてたのを使えば良いけど、部屋の内装はちょっと物足りない感じじゃないか。他にも風呂で使う物とか掃除用具とか、屋敷で使うやつはちょっと良いのを買っておいても良いだろ?」

「そうですね。まあカズマが良いなら私は構いませんが、あまりお金に余裕はないんじゃないですか?」

「新しい家というのは、いろいろと物入りなのだな……!」

 

 別にドMの琴線に触れる話題ではないはずなのだが、ダクネスのテンションがさっきから高いのはなんなのだろう。

 

「俺の部屋は後回しにするが、この広間とか、共有空間で使うやつは早めに買っておいた方が良いだろ。皆でちょっとずつ金を出し合って、気に入ったのを選ぶってのはどうだ?」

「いいですね! 皆で選んだものなら愛着も湧くでしょうし、私が飛びきり格好良いのを選んであげますよ!」

「おい、爆裂的なのはやめろよ? こういうのは普通で良いんだ、普通で」

「な、なあ、実は私は家具や調度品のセンスには少し自信があるのだが……」

 

 三人で楽しそうに何を買うか話し合っていると、自分の部屋に行こうとしていたアクアが振り返って。

 

「……ね、ねえ、皆がどうしてもって言うんなら私もついていってあげてもいいわよ? ほら、皆で使う物を選ぶんだったら、このアクア様の素晴らしいセンスが必要になるでしょ?」

 

 俺は予想通りの反応をするアクアに。

 

「お前は一晩中屋敷の除霊をして疲れてるんだから、昼寝してて良いんだぞ」

「わあああああーっ! 皆で楽しそうにしてるのに、私だけ除け者にしないでよーっ!」

 

 

 *****

 

 

「冒険者の区画とは離れているから、あまりこちらに来る機会はないのだが、少し落ち着いた感じなのだな。なんというか……うん、平和だ。我々冒険者はこうした市民の平和を守るために戦っているのだな」

 

 ――商店街にやってきた。

 珍しそうにキョロキョロしているダクネスに、アクアがあちこちの店の人に親しげに挨拶をしながら。

 

「なーに? ダクネスったらキョロキョロしちゃって。こっちの方には来た事がないの? 私はこの辺のお店でバイトしてた事があるから、何でも聞いてくれて良いわよ?」

「ダクネスの実家はこの街にあるという話でしたけど、冒険者になる前はどこで買い物をしていたのですか? 子供の頃にお使いに出される機会くらいはあったでしょう?」

 

 めぐみんのそんな言葉に、ダクネスは少し焦ったように。

 

「えっ? い、いや、その、……そうだ! 私は箱入り娘でな! お使いとかそういった事はした事がないんだ。まともに買い物をしたのも、冒険者になってからが初めてだな」

「……子供の頃にお使いに出されるというのは誰にでもある事だと思うのですが、ひょっとしてダクネスは、結構なお嬢様だったりするのでしょうか?」

 

 めぐみんに聞かれたダクネスが、ますます焦ったような表情になる中。

 アクアがいきなり駆けだしながら。

 

「あっ! ねえ皆、あそこでコロッケを買いましょうよ。とっても美味しいコロッケなのよ! 久しぶりね店長、コロッケを四つくださいな! お代はあそこのカズマさんにツケといてね」

「おいアクア、あんまりバカな事言ってるとお前の分のクエスト報酬から借金の分を天引きするぞ。ていうか、昼飯食ったばかりなのにまだ食べるのか?」

「ほう! 良いですね、コロッケ。カロリーが高くて腹持ちがする食べ物は好きですよ」

「……お前、さっきあれだけ唐揚げ食ってたじゃないか」

 

 俺達がアクアを追いかけると、ダクネスがほっと息を吐いていた。

 

 

 

 アクアに案内されて、商店街から少し外れて路地に入り。

 ……自信満々で前を歩いていたアクアが、やがて分かれ道で棒を倒し始めたので、迷ったんだろと追及して泣かせ。

 近所の住人に道を聞いて。

 

「ほら、ここよここ! このお店ならとっても安いし、いろんな物が揃うわ! 商店街の人に教えてもらった穴場なのよ!」

 

 ――ようやく辿り着いたのは、寂れた雰囲気の雑貨屋。

 細々とした商品が道端にまで溢れだした店の前で、途中で道が分からなくなったくせにアクアがドヤ顔で俺達を手招き。

 そんなアクアを、薄暗い店の奥から、人相の悪い店主が睨んでいて……。

 正直、ちょっと入りづらいのだが。

 

「おいアクア、あんまりはしゃぎすぎるなよ。こんな路地裏に店を構えてるんだし、店の人は騒がしいのが好きじゃないなのかもしれないだろ」

「大丈夫よ。この雑貨屋のおじさんは顔が怖いだけで、本当は子供が好きなとっても優しいおじさんなんだから。お店が路地裏にあるのは、買い取りもやってる何でも屋なのに整理整頓が苦手で、いっつもお店の前まで商品が溢れてきてしまって、表通りだと通行の邪魔になるからなのよ」

「そ、そうなのか? なんか、お前が喋れば喋るほど店の人の目つきが鋭くなっていく気がするんだが、それは俺の気のせいなのか?」

「それは私が、本当は子供好きで優しいって事を暴露しちゃったから、恥ずかしがっているんだと思うわ」

「お前、人が隠したがってる事をぺらぺら喋るのはやめろよ」

 

 そんな事を言い合いながら、店の中に入る。

 店内は、入口は狭いが奥行きは広く、いろいろな物が雑然と積み上げられていて。

 俺が陳列されている商品を眺めていると。

 

「カズマ、まずはカーテンを選びましょう。私が一番格好良いのを持ってきてあげますよ!」

「私だって、こういった事には自信がある。ただ硬いだけの女ではないところを見せてやろうではないか」

「皆、私の超凄いセンスを見て、びっくりして腰を抜かさないでよね!」

 

 三人が、三者三様に不安になるような事を言って、店の中をウロウロし始め……。

 ――しばらくして。

 

「カズマカズマ、このカーテンはどうですか! ここの柄が紅魔族の琴線にビンビン触れているのですが!」

「お、お前……、なんでそんなに過激な模様のやつを選んでくるんだよ? 日常で使うものなんだぞ、毎日その模様を見るんだぞ? もっと大人しいやつで良いだろ」

「カズマ、私はこれが良いと思うのだが……」

「さっき家具や調度品のセンスに自信があるとか言ってたが、あれはなんだったの? そんな成金趣味みたいなのを普段から使うやつがどこにいるんだよ」

「ねえカズマさん、これはこれは? さあ私の素晴らしいセンスを存分に拝むと良いわ!」

「カーテンだっつってんだろ! お前はなんで壺なんて持ってくるんだよ! 物ボケやってんじゃないんだぞ? 大体、壺なんて買ってどうするんだよ?」

 

 妙な物ばかり持ってくる三人に俺が駄目出ししていると……、

 

「そう言うカズマはどんなのが良いと思うの? あんたのセンスとやらを見せてもらおうじゃないの!」

 

 壺なんか持ってきたくせに、アクアが口を尖らせてそんな事を言いだし、めぐみんとダクネスもその言葉に頷く。

 俺だってそういうセンスに自信がある方ではないが、こいつらよりはマシだろう。

 俺は後ろ髪を引かれつつソファーから立ち上がり、さっきから良いなと思っていたカーテンを持ってきて……。

 

「地味ね」

「地味ですね」

「地味だな」

 

 三人が口々に言ってくる。

 

「い、良いんだよ、こういうのは地味なやつで!」

 

 

 

 カーテンを始め、購入する共用品を決めて、自分用の小物をそれぞれ選ぼうという事になった。

 マイカップとか、マイフォークとか、そんなのを。

 

「私はこれにします。なんですか? 文句でもあるんですか? こればかりはカズマが何を言っても聞きませんからね!」

 

 カーテンに駄目出しをしまくった事を根に持ってるらしく、禍々しいデザインのカップを手に、めぐみんが俺を睨みつけてくる。

 

「い、言わないよ。自分で使う物くらい好きに選んだら良いだろ」

 

 俺達がそんなやりとりをしている間、ダクネスが離れたところで可愛らしいデザインのカップをジッと見つめていて。

 ……たまにこっちをチラチラ見てくるのは、俺達に気付かれたくないからだろう。

 分かりやすいので、俺は見て見ぬ振りをしていてやったのだが、ダクネスの背後からアクアが近寄っていき。

 

「ねえダクネス、さっきからその可愛いカップをジッと見てるけど、気に入ったの? ダクネスって、意外と可愛いのが好きなのね!」

「んなっ!? ち、違うぞアクア、私が見ていたのは、……こ、これだ! こっちのやつで……!?」

 

 アクアに話しかけられて焦った様子のダクネスは、別のカップを見もせずに持ち上げて。

 

「……そんな気持ち悪いのが好きなの? ダクネスって、意外と変な趣味してるのね?」

「…………そ、そうなんだ。私はこういう変なのが好きな女で……」

 

 ダクネスがうっかり手に取ってしまった気持ち悪い感じのカップを見下ろし、しょんぼりと肩を落とす中。

 棚に並べられたカップをいくつも手に取るアクアに、俺は。

 

「おいアクア、金がないんだから最低限の物にしとけって言ってるだろ。ていうか、そんなにコップを沢山買って何に使うんだよ」

「なによ、これは私にとっての必要最低限なんだから邪魔しないでよ。こっちのは宴会芸に使う用のコップなの。私くらいになると、芸に使う道具にも気を使うものなのよ」

「よし、戻してこい」

「いやよ! 私のお金で買うのに、なんであんたに文句言われないといけないのよ。この世界ではほとんどが一品物なんだから、今日逃しちゃったら二度と手に入らないかもしれないのよ? この子はここの傷のところが気に入ってるし、この子は取っ手がちょっと歪んでるところが気に入ってるの。カズマが反対したって買うからね! 私の事は放っといて! あっちに行って! ほら、あっちに行ってよ!」

「俺は一応、お前のためを思って言ってるんだぞ? 食費が足りなくなったらまたパンの耳だからな? 自業自得だし俺は金を貸さないからな」

「誰が甲斐性なしのけちんぼニートなんかに頼るもんですか! カズマこそ、みみっちい買い物ばかりしてるとお金に嫌われるって知らないの? まったく、これだから貧乏性のヒキニートは!」

「ヒキニートはやめろよな。言っとくが俺は貧乏性じゃなくて、貧乏なんだよ。……おい、ひょっとしてその壺も買うつもりなのか? それはさすがにやめとけよ。壺なんか買う必要ないだろ?」

 

 俺が、大量のカップを抱えながら、さらに壺まで手に取ろうとするアクアにそう言うと。

 

「そういえばカズマは、この世界の事をなんにも知らないあんぽんたんだったわね……いひゃいいひゃい! この世界では、寝室に壺を置いておかないと、寝ている間に忍びこんできたネロイドが、口の中に入ってきて窒息させられるのよ。壺があったらネロイドはそっちに入って、朝になったら勝手に出ていくから、どんなに貧乏な家でも壺を一つは置いておくものなの」

 

 何それ怖い。

 

「そ、そうなのか? じゃあその壺も買っておこう。ていうか、ネロイドってなんなんだよ? 危険な生き物なのか? 俺、酒場でネロイドのシャワシャワとかいうのを飲んだ事があるんだが」

 

 不安そうにアクアに聞く俺に、横からめぐみんが。

 

「カズマは妙な事を知っているのにたまに常識がありませんね。ネロイドに窒息させられるなんて、あるわけないでしょう。ネロイドは路地裏とかにいる、捕まえるとにゃーと鳴くだけの安全な生き物ですよ」

「ちょっと待ってくれ、どれが本当でどれが冗談なんだ? ……なあ、二人して俺をからかってるんだろ? カーテンを悪く言った事は謝るから、頼むから本当の事を教えてくれよ」

 

 

 *****

 

 

 購入した物が多すぎて持ち帰れないので、配達の依頼をして。

 俺が会計をしていると。

 

「カズマ、すいませんがちょっと来てもらえませんか。アクアが大変なんです」

 

 買う物を決めて暇になったらしく、店の中をウロウロしていためぐみんが、そんな厄介な事を言いながら俺の袖を引いてきて。

 

「……なんであいつはこう、面倒事を起こさないと気が済まないんだ? くそ、やっぱり屋敷で昼寝させとくべきだったか。なんだよ、今度は何やらかしたんだ?」

「それが、ソファーが欲しいとか駄々を捏ねてまして。私達ではどうにもならないのです」

 

 俺は店主に待ってもらうよう頼んで、めぐみんに連れられて店の奥へ行き。

 そこに立っているダクネスの目の前には高級そうなソファーがあって、そのソファーにアクアが座っていて。

 

「……ん。カズマも来たか」

「カズマさんカズマさん、私、このソファーを買おうと思うの」

 

 ソファーにゆったりと腰掛けたアクアが、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、無理だろ。いくらするのか知らないけど、そんな高そうなの買うような余裕はないぞ。バカな事言ってないで、買うもん買ったし、さっさと帰るぞ」

「お断りします。このソファーはね、私に買われるためにこのお店にやってきたの。明日になったら他の誰かに買われていってしまうかもしれないんだから、ちょっと無理してでも今日買わないといけないの。ねえ、めぐみんもダクネスも、さっき座ってみて座り心地が良かったでしょう? こんなに良いソファーなんだから、買って損はないはずよ! 二人もそう思ったら……お金を貸してください!」

 

 ソファーに座ったまま頭を下げるアクアに、二人は顔を見合わせ。

 

「まあ確かに、座り心地の良いソファーですし、買えるものなら買いたいですが、私もそんなに余裕があるわけではないですからね。そのソファーを買おうとすると、ベルディアの討伐報酬に手を付けなくてはいけません」

「私もどうにかしてやりたいとは思うが、剣や鎧に金を使ってしまったから、めぐみんより余裕がない。すまないが、私には何もしてやれないな」

「ほら、二人もこう言ってる事だし、お前も諦めろよ。昨日まで馬小屋暮らしだった俺達に、こんな高級品が買えるわけないだろ?」

 

 俺達が口々にそう言うと、アクアはぷいっとそっぽを向いて。

 

「何よ皆して! 私は諦めないわよ。この子は私に買われるためにこのお店で待ってたんだから、私が買ってあげないといけないの!」

「無理なものは無理なんだから、バカな事言ってないでさっさと立てよ。お前だって分かってるだろ? 金がないってのは、どうにもならない事なんだよ」

「いやよ! いやーっ! 何よ、お金お金って、お金の事しか頭にないの? この守銭奴! 貧乏性!」

「うるせーバカ! 金がないんだから仕方ないだろ!」

 

 俺は、ソファーにしがみつくアクアを引き剥がそうとしながら。

 

「いい加減に諦めて立てっつってんだろ! いつまでそこに座ってるつもりだよ!」

「いやよ! 私は一晩中除霊して疲れてるんだから、のんびり休ませてくれても良いと思うの! 人形に追い回されて大騒ぎしてただけのカズマさんは、もっと私に感謝するべきじゃないかしら! ほら、お疲れ様って労って! 頑張ったアクア様はソファーに寝そべってダラダラしてて良いですよって言って! ねえ言ってよ!」

 

 アクアはソファーにしがみついて抵抗し、そんな事を言ってきて……。

 

「まあ確かに、除霊の件については、マッチポンプだって事以外はお前もよくやったと思うが、それとこれとは別の話だろ? いつまでもここにいるわけにはいかないってのはお前だって分かってるはずだぞ」

「私は諦めないわ! これは私だけのわがままじゃなくて、皆のためにもなる買い物なのよ。一回座ってみたらカズマにだってこのソファーの良さが分かるわよ! ほら、座ってみなさいな、とっても座り心地が良いんだから!」

 

 そう言うアクアに引っ張られ、俺はバランスを崩してソファーに尻餅を突いて……。

 

「うおっ、なんだこれ、ふにょっと……」

「そうでしょう、そうでしょう! カズマも欲しくなってきたでしょう! このソファーを広間の暖炉の傍に置いて、暖炉の火に近くで当たったら、きっと、とっても暖かいわ!」

 

 柔らかいソファーにゆったりと身を沈める俺に、アクアが勢いづき、めぐみんが慌てたように。

 

「やめてください! カズマは馬小屋生活で一番ダメージを受けているのですから、そういう説得はすごく効果的ですよ!」

「おい、俺がこんなふにょっと座り心地の良いソファーくらいで絆されると思うなよ? これまでどんだけ金で苦労してきたと思ってるんだ。こんな誘惑くらいでどうにかなるような俺じゃないぞ」

「そういう事はソファーから立ち上がって言ってほしいのですが」

「おいカズマ、顔が緩みきっているぞ。よっぽどそのソファーが気に入ったのか? だが、そのソファーを買うような余裕は本当にないぞ」

 

 ソファーで寛ぎ始めた俺とアクアに、二人が揃ってため息を吐く。

 

「……なあ、本当にどうしようもないのか? 雪精の討伐報酬も貰えたんだし、ちょっと無理すれば……」

 

 すっかりソファーを欲しくなってそんな事を言う俺に、アクアが嬉しそうな顔をし、めぐみんとダクネスが呆れ顔になって。

 

「あれは冬越しの資金だと言ったのはカズマではないですか。屋敷が手に入って宿代は浮きましたが、薪代なんかもありますからね」

「私は冬将軍に剣を駄目にされたから、買い替えなければならないし、お前達は借金分でかなり天引きされたのだろう?」

 

 二人の言葉に、俺はソファーに身を沈めながら。

 

「閃いた! おいアクア、このソファーを買う方法が一つだけあるぞ」

「本当!? さすがカズマさん、頼りになるわ! それで、その方法っていうのは? このソファーを買うためなら、私も頑張ってあげるわよ?」

「お前が飼ってる雪精を討伐して、討伐報酬を」

「……何言ってるのカズマさん、駄目に決まってるじゃない。あの子は夏場に飲み物を冷やしてもらうの。名前まで付けて大事に可愛がってるんだから、討伐なんてさせないわよ。ちょっと人見知りして冷たい感じだけど、根はとっても良い子なんだから」

 

 俺の言葉に、ソファーの座り心地の良さに表情を緩めていたアクアが、急に真顔になりそんな事を……。

 

「わがままじゃなくて皆のためになる買い物だって、お前が自分で言ったんじゃないか、確かに、このソファーを広間に置くのは、雪精で冷蔵庫を作ろうなんてバカな思いつきより、ずっと俺達のためになる。よし、今から急いで屋敷に戻ってお前の雪精を討伐してくるから、どこにしまってるのか教えろよ」

「やめて、やめてーっ! あんなに可愛い子をお金目当てに討伐するなんて、あんたには人の心ってもんがないの? ねえ待ってよ、そんなに言うならこのソファーは諦めるから!」

 

 

 

 泣きやまないアクアを引きずるようにして、カウンターに戻ると……。

 

「お前さんら、あのソファーが欲しいのかね」

 

 店主がいきなりそんな事を言ってきた。

 店内は広いが俺達以外に客はなく静かなので、俺達のやりとりが聞こえていたのだろう。

 

「す、すいません。欲しいには欲しいんですが、金がなくて買えません。今日はこれだけください」

「ねえおじさん、あのソファーは私が買うから、お金が貯まるまで誰にも売らないでおいてくれないかしら? 無事にあのソファーを買えたら、おじさんを名誉アクシズ教徒として……」

「おいやめろ、バカな事を言って他人に迷惑を掛けるなよ。次に高い買い物が出来るようになるのがいつになるのか分からないだろ。少なくとも冬の間はロクな収入がないんだからな」

 

 俺と店主の会話に割りこんできて、バカな事を言うアクアを、叩いて黙らせていると。

 店主が鋭い目つきで俺を睨んできて。

 

「お前さん、アレだろう。この間来た魔王軍の幹部との戦いで、街を水浸しにしたっていう、冒険者の」

「そ、そうです。……俺がサトウカズマです」

 

 しらばっくれようかとも思ったが、配達先の用紙には俺の名前と屋敷の住所が書いてあるので今さらだ。

 人相の悪い店主の眼光は、ベルディアと同じくらいの迫力で。

 俺が何も言えないでいると……。

 

「……お前さん達がいなかったら、街は魔王軍の幹部とやらに滅ぼされていたんだろう? しかも、補償金のせいで莫大な借金を背負ったとも聞いてる。少しくらい融通を利かせてやったって、お釣りが来るってもんだ」

「本当に? 本当に良いの? ありがとうおじさん! ほら、私の言った通りでしょう? 笑顔も怖いけど優しいおじさんなのよ! それじゃあ、あなたを名誉アクシズ教徒に……」

「おいやめろ、お前は余計な事を言うな! ……あの、ありがたい話ですけど、本当に良いんですか?」

 

 めぐみんとダクネスが歓声を上げ、うっとうしく喜ぶアクアを俺が押さえつける中。

 店主は何かの用紙にペンを走らせ。

 

「構わんよ。どうせ、ウチに置いといたっていつ売れるか分からないような代物だからな。ほれ、ここにサインしてくれ」

 

 そう言って店主が差し出してきたのは……。

 

「ツケにしといてやる。返すのはいつでも良いぞ」

 

 ソファー代の借用書を前に、俺はこれを突っ返してはいかんのだろうかとしばし悩んだ。

 いやまあ、高級品をタダで貰えるだなんて、そんな漫画みたいな美味しい話があるわけないのだが。

 一瞬でも期待してしまった自分の甘さが憎い。

 

「……ありがとうございます」

 

 借金が増えました。

 

 

 *****

 

 

「おいアクア、力抜いてんじゃないだろうな。もっとちゃんと持てよ。店の人が運んでくれるって言ってたのに、俺達で運ぶって言い張ったのはお前だろ。……なあ、なんか超重いんだが? なんでこんなに俺にばっかり負担が来るんだよ」

「何よ、私のせいじゃないわよ。ダクネスが力を入れ過ぎてるせいで、ソファーが変な感じに傾いてるの。なんでもかんでも私のせいにしないでくれます? 謝って! とりあえず私が悪い事にしておけばいいやーっていう、その考え方を謝って!」

 

 ――帰り道。

 俺達は、四人でソファーを持って歩いていた。

 店主は後日配達してくれると言っていたのだが、アクアが帰ってすぐソファーに座って寛ぎたいと言い張ったのだ。

 力のステータスが高いアクアとダクネスは危なげないが、俺とめぐみんは時折フラついている。

 それをフォローしようとするダクネスだが、不器用なので上手く行かず。

 

「バランスです、こういうのはバランスが大事なのです。……あ、ほらダクネス、力を入れ過ぎ……あっ、今度は力を抜き過ぎですよ! まったく、あなたはどれだけ不器用なのですか!」

「す、すまない。腕力には自信があるのだが、どうにもこういった事は……!」

 

 ダクネスが力を入れ過ぎたり抜き過ぎたりするので、その度にソファーのバランスが崩れ。

 

「お、おい、だからなんで俺にばっかり負担が来るんだよ。……ああもう、帰ったらこのソファーで思う存分寝てやるからな!」

「何言ってるの? このソファーは私のよ。帰ったら暖炉の前に置いて、私が最初にゆったり寛ぐんだから、カズマは自分の部屋で寝たら良いじゃない」

「ちょっと待ってください、カズマは後で私の爆裂散歩に付き合ってくださいよ。魔力がないのなら仕方ありませんが、ソファーを運んで体力がなくなったから一日一爆裂を休むなど、爆裂魔法使いの沽券に関わりますよ!」

「ふ、二人とも、今はソファーを運ぶ事に集中してくれ! 私ではバランスが、バランスが……!?」

 

 そんなバカなやりとりを繰り返しているうちに、屋敷に辿り着き。

 玄関のドアを開けたアクアが。

 

「ただまー!」

「……いや、ただいまって言っても、ここに俺達がいるんだから、中には誰もいないだろ?」

「何言ってるの? この屋敷には貴族の隠し子の幽霊が憑いてるって言ったじゃない。今のはその子に言ったのよ」

 

 インチキ霊能力者みたいな事を言いながら、アクアは俺達を振り返って。

 

「おかーえり!」

 

 満面の笑みでそんな事を……。

 …………。

 考えてみれば。

 この世界に来てから、その言葉を口にするのは初めての事だ。

 これからはこの屋敷に入るたびに言うのだろうと、感慨深く思いながら、俺は――!

 

 ――ソファーがドアの枠に引っかかった。

 

「おいちょっと待てダクネス。力任せに入れようとすんな! 縦にすれば入るから!」

「待ってくださいダクネス、どうしてそっちを持ち上げようとするんですか! そんな事されたら負担がこっちに……あっあっ、重いです潰れます!」

「ま、待ってくれ。そんなに一度にいろいろ言われても……、こ、こうか?」

 

「「違う、そうじゃない」」

 

「じゃあ私は、先に行って暖炉の周りを片付けておくわね!」

「おい待てアクア、一番力のステータスが高いお前がソファーを運ばなくてどうするんだよ! 待てって! 重い重い! 待ってくださいアクア様ーっ!」

 

 ……まったく。

 どうしてコイツらは少しの間だけでも感慨に浸らせてくれないのか。

 

「ただいま!」

 

 縦にしたソファーを運び入れながら、俺は声を上げて――!

 




・ソファー
 独自設定。
 ちょいちょい出てくる家具だし、なんかエピソードがあっても良かろうと……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この夢見る夜に静穏を!

『祝福』2,8,9、既読推奨。
 時系列は、9巻エピローグ1と2の間。


 ――魔王軍幹部、邪神ウォルバクを倒し、アクセルの街に戻ってきて。

 三人に宣言した通り、この数日というもの外泊を続けていると……。

 そんな俺の下に、最前線の砦で出会った、凄い店を教えてやると言っておいたチート持ちの冒険者達のうち、気の早い連中が訪ねてきて。

 

「今から言う事は、この街の男冒険者達にとっては共通の秘密であり、絶対に漏らしちゃいけない話だ。他の奴らに、特に女達に漏らさないって約束できないのなら、話せない。すまないが、パーティーメンバーに女がいる奴は帰ってくれ」

 

 ――路地裏にある、あまり流行っていない喫茶店にて。

 俺は、訪ねてきたチート持ちの冒険者達に、真剣な顔でそう言った。

 俺の醸し出す重々しい雰囲気に、チート持ち達は顔を見合わせ。

 

「ちょっと待ってくれ、僕のパーティーには女の子もいるが、どうして帰らなくてはいけないんだ? 説明してほしい」

 

 その中の一人が、手を上げてそんな事を……。

 

「あれっ? カモネギじゃないか。なんでお前がいるんだよ」

「僕の名前はミツルギだ! そんな、弱いのに経験値が高い美味しいモンスターの名前で呼ぶのはやめてくれ。それより、僕の質問に答えてくれ。君が教えてくれるっていうのは、一体どんな店なんだ? どうして女性に知らせてはいけないんだ?」

 

 俺の呼び方に律義にツッコんでから、ミツルギが詰問してくる。

 

「どんな店って言われても。喫茶店だよ。まあ、普通の喫茶店じゃないけどな。出来れば俺は、お前みたいな奴には教えたくないんだが」

「僕みたいなって……具体的にはどういう事なんだ? きちんと説明してくれ」

 

 ……参ったな。

 コイツは誰よりもあの店の存在を教えてはいけない奴だと思うのだが。

 一応、コイツもウォルバクとの戦いを譲ってくれた一人なわけだし、今さら約束を反故にするのも気が進まない。

 それにここで追い返しても、いずれあの店の秘密を知ってしまうかもしれない。

 

「じゃあ話すが……何度も言うが、これは他の奴らには漏らすなよ? その店は、サキュバス達がこっそり経営している店なんだ」

 

 以前、ダストとキースが教えてくれたように、俺が説明すると、チート持ち達はいろいろな意味で前のめりになっていき、鼻の穴を膨らませて。

 

「誰が相手でも良い? 設定を自由に変えられる? な、なあ、それって日本のアイドルとかでも大丈夫なのか?」

「実在しない人物……! た、例えばアニメキャラでも良いのか? いや、例えばの話だが」

「年齢は? 相手の年齢はどうなんだ? ほら、条例とか、いろいろ……」

 

 俺は呼吸が荒くなっている彼らに。

 

「大丈夫です。だって夢ですから」

 

 俺の言葉に、チート持ち達は興奮し、辺りの熱気はいつの間にかすごい事になっていて。

 そんな時。

 

「やはり、そんな店は見過ごしておけない。性欲を発散させるためにサキュバスに夢を見せてもらう? 冒険者がモンスターに魂を売り渡してどうするんだ。それに、夢の中でその……、そういう事をして満足するなんて、相手の女性に対しても失礼じゃないか。そういった事は、お互いに愛情を持って合意の上で行われるべきだ。君はさっき、パーティーメンバーに女の子がいる奴は帰れと言っていたが、君のパーティーだって綺麗な女の子達ばかりじゃないか。そんな事をして、彼女達に恥ずかしいと思わないのか?」

 

 一人空気の読めないミツルギが、責めるように俺を見てそんな事を……。

 

「よし、そいつは敵だ。やっちまえ」

「えっ? あ、何をするんだ! み、皆やめっ、冷静に……! ……ッ!?」

 

 俺の言葉に、チート持ち達が一斉にミツルギに群がり、殴る蹴るの暴行を加える。

 あっという間に……。

 

「魔剣、回収しました!」

「ご苦労」

「ちょっと待て! き、君達はそれをどうするつもりだ! 返してくれ、僕には魔王を倒すという使命が……!」

 

 チート持ちの一人から奪った魔剣を受け取っていると、何人ものチート持ちに圧し掛かられ身動きを封じられたミツルギが、歯を食いしばってなんか言ってくる。

 俺は鞘に入った魔剣をポンポンと手のひらに当てながら、そんなミツルギを見下ろして。

 

「まったく、だからお前みたいな奴には話したくなかったんだ。俺達はなかなか発散できないモヤモヤを解消できて、サキュバス達は生きていくために必要な精気を安全に得られる。どっちにとっても良い話なんだぞ。一体何が不満なんだよ?」

「モンスターを討伐するのが冒険者の役割だろう! サキュバスの術中に嵌ってどうするんだ! 僕らが力を合わせれば、サキュバスが何人いようと問題じゃないはずだ。そんな店、僕らの手で……!」

「それ以上続けるようならお前は今度こそ魔剣を失う事になるぞ」

「!?」

 

 俺が魔剣をミツルギの目の前に突き立てると、ミツルギは顔を青くして……。

 そんなミツルギに俺はしゃがんで顔を寄せ。

 

「……もし次に同じような事を言ったり行動に移したら、魔剣は二度とお前の手元に戻らないと思え。ちなみに三回目があったら、お前の身ぐるみを剥いでオークの里に捨てるからな。あの店をどうこうしようってんなら、最低でもそれくらいは覚悟しろよ?」

 

 俺の脅しに、ミツルギだけでなく他のチート持ち達も青い顔をして。

 

「「「うわあ……」」」

 

 ……同じ日本人にドン引きされると俺でも傷つくんですが。

 こんなのはただの口だけの脅しで、さすがに実行に移したりは……。

 …………。

 いや、俺はやるな。

 もしもこのスカしたイケメンがどうしてもサキュバス喫茶を滅ぼそうというなら、俺は阻止するためにありとあらゆる手を尽くすだろう。

 

「なあミツルギ、この街は治安が良い。なんと、国内で一番治安が良いらしいぞ。それというのも、荒くれ者の多い冒険者がほとんど犯罪を起こさず、大人しく暮らしているからだ。……なぜだか分かるか? 賢いお前なら分かるだろう? そう、その店があるからだ。いつでも賢者タイムでいられるなら、争いなんか起こらないんだ。お前はそんな店を潰そうっていうのか? それは本当に正義の行いなのか? ただの自己満足じゃないのか? それで事件や犯罪が増えたとしたら、お前らは被害者に胸を張って、あなたたちは正義のために犠牲になったのですって言えるのか? どうなんだ?」

「ぼ、僕は……、僕は……」

 

 と、それまで穏やかな口調で話していた俺は、そこでいきなり低い声で。

 

「おう、どうするんだ? ちなみにこれは二回目の質問だが」

「…………わ、分かった。その店には何もしないから、グラムを返してくれ」

 

 これ見よがしに魔剣を振って俺が言うと、ミツルギはそう言って項垂れた。

 

 

 *****

 

 

 王都から最前線の砦に向かう道の途中にある、宿泊施設。

 こういった辺境の温泉宿の例に漏れず、ここの浴場も混浴で。

 たまには皆で風呂に入るのも悪くないんじゃないかという俺の言葉は無視され、俺は一人だけ後から入る事になって。

 俺が、他に誰もいない浴場でのんびり湯に浸かっていると。

 引き戸がガラリと開かれ……。

 

「……い、言った通り、背中を流しに来てやった……ぞ……?」

 

 ――おずおずと入ってきたのは、裸にタオルを巻いただけの格好をしたダクネスだった。

 

「お、おう……。本当に来たのか」

 

 タオルが小さすぎて、ダクネスのたわわなエロボディを隠しきれておらず。

 俺がタオルからこぼれそうになっている胸をガン見していると、ダクネスは頬を赤らめてモジモジし、胸元を隠そうとした手を途中で止めて。

 

「……あ、あまり見るな」

 

 小さな声でそんな事を……。

 ダクネスの透き通るような白い肌が見る見る赤くなっていって、恥ずかしいのを必死に堪えているのが分かる。

 

「そんな事言われても。この状況で見るなって言われても無理だぞ。お前だって、そのくらいは覚悟して来たんじゃないのか? 前に背中を流してもらった事もあるんだし、今さら恥ずかしがらなくたって良いじゃないか」

「わ、分かってる。分かってはいるんだが、その……、以前は何が何やら分からないまま流されていただけだったが、覚悟した上でとなると、恥ずかしくなってきて……」

「そ、そうか。まあとりあえず、背中を流してくれよ」

 

 そう言って、俺は湯船から上がり木の椅子に腰掛けダクネスに背を向ける。

 

「カ、カズマ、カズマ……! そ、その……、それは……! それは……!?」

「お、おい、いちいち大げさに反応するなよな。お前がその、アレだから、俺がこうなっちまうのはしょうがないだろ。男なら当たり前の事なんだよ」

「……それは、その……お前にとって私の体が魅力的だという事か?」

「そ、そうだよ! なんだよ、お前が薄着で屋敷の中をウロウロしてる時、俺がチラチラ見てたのに気づいてたんだろ? 今さら確認するまでもないじゃないか! いいから早く背中を流してくれよ!」

 

 やけくそ気味に認める俺の後ろで、ダクネスは。

 

「…………嬉しい」

 

 やはり小さな声で、そんな事を……。

 背後でタオルが落ちる音が聞こえ、俺がドキドキしながら振り返ると、全裸のダクネスがすぐ後ろにいて。

 

「……今日は、タオルは使わない」

 

 そんな事を言いながら、俺の背中に抱きついてきて。

 大きな胸が背中で潰れ、腹筋が割れているくせに圧し掛かってくる体はやたらと柔らかく、耳にかかる吐息が熱っぽく。

 

「せ、背中を流してくれるんじゃないのかよ? 石鹸はどうするんだよ?」

 

 俺の質問にダクネスは答えず。

 俺の脇の下を通って前に出てきたダクネスの手が、俺の胸元を撫で、下腹部へと下りていき、やがて……。

 

「カズマ、今夜こそ私と大人にカナカナカナ」

 

 ……カナカナカナ?

 

「おいダクネス、どうしたんだ? いきなり何を言ってるんだよ?」

「私カナカナ、ずっとカナ、カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ――!」

 

 えっ。

 ……えっ。

 俺は、耳元でカナカナ言ってくるダクネスを振り払おうとするのだが、力のステータスが違いすぎて振り払えず。

 

「うるせーっ!」

 

 

 

 ――目が覚めると宿の部屋にいた。

 最近、外泊する時にはいつも使っている、寝心地の良いベッドを備えた高級宿の、ここ数日連泊している部屋だ。

 

「お、お客さーん……」

 

 開けっぱなしの窓から、ロリサキュバスが申し訳なさそうな顔で覗きこんできていて。

 その窓から、ひぐらしの鳴くカナカナという鳴き声が……。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。ひぐらしの鳴き声っていうのは、もっとこう、郷愁を誘うような感じじゃないのか? なんだよこれ、うるさいだけじゃないか。これだからこの世界は嫌いなんだ」

 

 クソ、良いところで邪魔された。

 この世界の蝉は鳴き声がうるさいと聞かされていたが、想像以上だ。

 これでは、とても寝ていられないだろう。

 

「なあ、これって俺のせいじゃないし、あの蝉を黙らせてもう一度寝たら、今夜は夢を見せてくれたりするか?」

「えっと、そうですね。私達としても精気がないとお腹が空いてしまいますから、そうしていただけるとありがたいですが。……今日はせっかく、精力の強いお客さんがいっぱい予約してくれてますし」

 

 俺の質問に、ロリサキュバスはそう言ってくれる。

 精力の強いお客さんというのは、俺が紹介したチート持ち達の事だろう。

 

「分かった。じゃあすぐ戻ってくるから、この宿で待っててくれ」

 

 俺はロリサキュバスを部屋に置いて、準備を済ませると宿を出た。

 蝉の鳴き声は街中から聞こえていて、街の住人や他の冒険者達も、夜中だというのに飛びだしてきていて。

 中でも、俺と同じ境遇らしい男冒険者達は、目を血走らせて蝉を追い回していた。

 そして俺と同じ高級宿に泊まっていたチート持ち達も……。

 

「おい佐藤和真! 一体どういうつもりだ! 僕はあんな……、あんな不埒な事を……! ア、ア、ア……様に…………、なんて冒涜だ! 君は僕に何をしたんだ!」

「『バインド』」

「ああっ!?」

 

 俺は、いきなり掴みかかってきたミツルギを、宿の備品のロープで拘束してその辺りに転がし、消費した魔力をドレインタッチで奪いながら。

 

「そういや、お前もいたんだったな。まあ、蝉退治には役に立たないだろうし、今日はそこで大人しくしてろよ」

「あああああああ!? な、なんだ、力が奪われる……! これは……!?」

 

 ミツルギはサキュバスサービスに対してずっと文句を言っていてうるさかったので、魔法使い系のチート持ちにスリープを掛けてもらった上で宿の部屋に放り込み、俺が勝手にアンケート用紙に記入し、サキュバスに良い夢を見せてくれるように頼んでおいた。

 コイツも夢の途中で蝉の声に起こされたようだが……。

 代金も払ってやったのに、夢の内容が気に食わないらしい。

 

「何をしたって言われても。俺はただ、好きな相手の夢を見せてやってくれって注文しただけだぞ。どんな夢を見たのか知らんが、俺に文句を言われても困る」

「す……!? やめろ、僕の想いを汚さないでくれ! 僕はあの人に、あんな事をしたいわけじゃない!」

「そんな事言われても知らんよ。何があったとしても、それはお前の願望が見せたものだろ」

「いい加減な事を言うな! 僕にそんな願望はない!」

 

 いきり立つミツルギが両腕に力を込めると、ミツルギを拘束していたロープがぶちぶちと千切れ……。

 マジかよ。

 コイツ、本当に人間か?

 宿の備品のロープだから、いつも使っているワイヤーよりは千切れやすいだろうが。

 特典に魔剣を選んだ事で、力のステータスが上がっているのかもしれない。

 

「とにかく、お前の相手をしてる暇はないぞ。早いとこ街に入ってきた蝉を退治して、俺は夢の世界に戻る。お前も市民を守る冒険者なら、市民の静かな夜を守ってやったらどうだ?」

「ゆ、夢を……? あんな夢を君が見るっていうのか? ふざけるな! 君はどういう神経をしているんだ? 彼女は同じパーティーの仲間じゃないのか! 自分の欲求を解消するために汚すなんて、恥を知れ!」

「ちょっと待て。お前、何言ってんの? 俺の仲間の夢を見たのか?」

 

 なんだろう。

 そういう事を正面から言われると、ちょっとイラッとする。

 俺だって似たような事をやっているのだから、文句は言えないが。

 ……この話はあまり掘り下げない方がお互いに幸せなのではないか。

 夢の中の出来事は、アンケート用紙と自分の胸の中にだけしまっておくのがマナーというものだろう。

 俺が自分の中で折り合いを付け、ミツルギを置いて蝉を狩りに行こうとすると。

 

「待て。君にあんな夢は見させない。やはりあんな店は…………い、いや、とにかく今夜だけでも、彼女の純潔は僕が守ろう」

 

 店をどうこうするような事を言いかけたミツルギは、俺と目が合うと慌てたように口篭もり。

 何かを決意したように魔剣を構えて……。

 

「おいマジか、こんな事でいちいち魔剣を抜くなよ。俺なんて今日は宿に泊まるだけのつもりだったから、丸腰なんだぞ? おまけにそっちは上級職のソードマスター様で、こっちは最弱職の冒険者だ。ちょっとくらい手加減してくれても良いと思うんだが」

「君を相手にする時には、そういう油断こそが命取りだと学ばせてもらった。すまないが、全力で行かせてもらう。君の傍にはアクア様がいるんだから、少しくらい大怪我をしても治してもらえるだろう?」

「……あれ、アクア。お前、こんな時間に何やってんだよ」

 

 俺が唐突にミツルギの背後を見てそう言うと、ミツルギは慌てたように振り返り。

 

「あ、アクア様!? ちがっ、これは違うんです! 僕はあんな邪な事を考えていたわけでは……! ……? おい佐藤、アクア様がどこにいるって……!?」

 

 ミツルギが俺のいた場所に視線を戻した時には、俺は逃走スキルと潜伏スキルを使ってその場を離脱していた。

 

 

 *****

 

 

 カナカナカナカナカナカナカナカナ――!

 

 夜の街に蝉の鳴き声が響き渡る。

 ひぐらしの鳴き声ってやつは、元の世界では郷愁を誘ったり侘しさを感じさせたりする事に定評があったが。

 

「うるせーっ!」

「死ね! 死ね! 死ねーっ!」

「畜生、俺が今夜をどれだけ楽しみにしていたと……!」

 

 この世界のひぐらしはうるさいだけで、誰もが郷愁を誘われたり侘しさを感じさせられたりする様子もなく、怒り狂って追い回している。

 と、蝉を追う人々の中に、黒髪黒目で俺と似たような顔の造作をした奴らが……。

 あいつら、日本から来たチート持ちの連中じゃないか。

 アクアから貰った特典で、蝉相手にも無双していて良いはずなのに、どうして普通の市民達と同じような活躍しかしていないのか。

 

「おいお前ら、何やってんだ? チートはどうした? さっさとあの蝉どもを殲滅してくれよ」

 

 俺がそう声を掛けると、チート持ち達は気まずそうに目を逸らして。

 

「いや、すまん。今日はお前に店を紹介してもらうために来ただけだから、神器は持ってきてないんだ」

「俺も持ってきてない」

「俺も」

「お、俺は魔法系のチートを貰ったんだが、街中で攻撃魔法をぶっ放すわけにも行かなくてな……」

 

 こいつら、役に立たねえ……。

 と、そんな事を話していると、横からバカにしたような笑い声が……。

 

「おいおい、凄腕冒険者っていうからどれだけ強いのかと思えば、まさか蝉一匹まともに退治できねーとはな! そんなんでよく凄腕なんて言ってられるな。凄腕ってのは虫より弱い奴のための称号だったのか? おいキース、普通の冒険者の力ってやつを見せてやれよ」

「狙撃! 狙撃! うひゃひゃひゃ、虫けらのくせに俺の待ちに待った夜を邪魔しやがって! 一匹残らずぶっ殺してやる!」

「ダスト、キース、お前らもいたのか!」

 

 俺がそう言うと、チート持ち達を煽っていたダストが俺を見て。

 

「おう、来たかカズマ! こういう時、お前さんがいると頼もしいな。お前さんの狙撃スキルならあんな虫けら一匹残らず……おいカズマ、弓はどうしたんだ?」

「今日は宿に泊まるだけのつもりだったから、持ってきてない」

「てめー何しに来たんだ! この役立たず!」

「まあ待てよ。俺がなんの考えもなく来たと思うのか? いろいろ便利なスキルを持ってるカズマさんだぞ? 蝉ごときが相手なら、弓矢なんて必要ないってとこを見せてやるよ」

 

 俺は言いながら、宿の備品に鍛冶スキルを使って、即席で作ったパチンコを取り出し。

 

「『クリエイト・アース』『クリエイトウォーター』! ……『フリーズ』!」

 

 手元に創りだした土を湿らせ、それを球形にし凍らせて。

 魔法で創った弾をパチンコに番えると、千里眼スキルで発見した蝉に向け。

 

「狙撃! 狙撃! 狙撃!」

 

 凍らせた土はなかなか硬く。

 モンスター相手では通用しないだろうが、相手が蝉なら十分だ。

 立て続けに蝉を撃ち落としていく俺に、ダストと、それにチート持ち達もおおっ……と感嘆するようなどよめきを発する。

 

「す、すげえ! あんた、俺達みたいな特典を貰ってないんだよな? 本当かよ? どんな命中率してんだよ……!」

「それって、宿の備品だろ? 即席で武器を作っちまったのか? 器用だなあ」

「今の、初級魔法だよな? 俺は、初級魔法なんて取るだけスキルポイントの無駄だって言われたんだが……」

「さすがだなカズマ! やっぱりお前さんは頼りになるぜ!」

 

 チート持ち達と調子の良いダストに褒められ、悪い気はしないが、今はそれどころではない。

 

「狙撃! 狙撃! クソ、これじゃ切りがないぞ! というか、どんどん蝉の鳴き声が大きくなってる気がするんだが、なんで街の中にこんなに集まってきてるんだよ?」

「それが、蝉の中でも特に声のでかい奴が街に入ってきたみたいでな。そいつを追いかけてメスの蝉もやってきて、そのメスを追いかけてまた別のオス達もやってきて、……結果はご覧の有様ってやつだな。時間を掛ければ掛けるほど、蝉の数は増えていくと思うぜ」

 

 俺が愚痴るように聞くと、ダストがそんな事を言ってくる。

 つまり、蝉が集まってくるよりも早く退治し続けなければいけないのか。

 狙撃スキルで蝉を撃ち落とす事は出来るが、一匹ずつしか狙えないし、矢や弾には限りがある。

 

「……爆裂魔法を撃ちこんでやりたい」

 

 俺の言葉に、ダストはギョッとしたように目を剥き。

 

「や、やめろよ、頼むから滅多な事を言わないでくれよ。お前んとこの頭のおかしいのが来たら、本気で街中でぶっ放しかねないだろーが!」

「頭のおかしい頭のおかしいと、この街の冒険者は失礼すぎますよ。それ以上言うなら、いかに私が頭がおかしいかを見せつけてやろうじゃないか」

 

 …………。

 

「うわ、出た!」

「めぐみん、お前も来たのか! でも今日はもう遅いし、爆裂魔法は使っちまったんじゃないのか?」

「まあそうなのですが。砦の戦いで魔王軍の精鋭を蹴散らしたおかげで、レベルだけなら一流の冒険者にも負けてませんからね。どうせ屋敷にいても蝉がうるさくて眠れませんし、爆裂魔法を使えなくても、何かの役に立てるかと思いまして」

「私もいるわよ! この私が来たからにはもう安心よ! この女神の安らかな眠りを妨げる不届きな蝉には、聖なるグーを食らわせてやるわ!」

 

 蝉を追いかける集団に、そんな事を言いながらめぐみんとアクアが加わってきて……。

 

「あれっ? ダクネスはどうしたんだ?」

「ダクネスは蝉が相手だと攻撃が当たらなくてどうにもならないので、臨時の対策本部で指揮を取っています」

「そ、そうか」

 

 ダクネスのエロい夢を見たばかりだし、これが終わったら夢の続きを見るわけだから、今ダクネスと顔を合わせるのはさすがに少し気まずい。

 俺がほっと息を吐くと、めぐみんが冷えきった視線を向けてきて。

 

「カズマ、ひょっとしてダクネスと何かあったんですか?」

「べ、別に何もないよ! そんな事より、今は蝉だろ? 時間を掛ければ掛けるほど集まってくるらしいし、どうにかして一気にやっちまいたい」

 

 俺は集まった連中を見回して。

 

「俺に考えがある」

 

 

 

 ――そこはアクセルの街の外れにある森。

 この辺りには民家も店もないから、夜ともなれば真っ暗で何も見えない。

 俺は千里眼スキルで隣に立つ人物のおぼろげな輪郭を見ながら。

 

「よし、始めるぞ」

「……分かった。いつでもやってくれ」

 

 俺の言葉に、魔法使い系のチート持ちは緊張した様子で頷いた。

 このチート持ちは初級魔法を取っておらず、冒険者カードを宿に置いてきたせいで、すぐには習得できないらしい。

 ……今夜、チート持ち達の良いところを一つも見ていないわけだが。

 まあ、能力があっても残念な奴がいるというのは、俺の仲間達を見ていれば嫌でも思い知る事が出来る。

 俺は対策本部にいたダクネスから借りてきた、マイクのような魔道具を構えて、

 

「カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ――!」

 

 力いっぱい、蝉の鳴き声を叫んだ。

 事前に、アクアに芸達者になる魔法を掛けてもらっているから、この蝉の鳴き声の模倣は蝉達にも通用するはずだ。

 そして、大きな鳴き声に釣られて街にやってきた蝉達は、マイクを通した大音量の鳴き声を無視できないはず。

 やがて森の木々に蝉達が止まり、鳴きだして。

 

 カナカナカナカナカナカナカナカナ――!

 

「う、うるさ……!」

 

 俺達は二人同時に耳を塞ぐが、それでも蝉の鳴き声は聞こえなくならない。

 と、俺達が騒音に耐えていた、そんな時。

 対策本部のある辺りから、空に向けてファイアーボールが打ち上げられ。

 

「よし、合図だあああああ!?」

 

 チート持ちが言うのと同時に、俺はドレインタッチでチート持ちの魔力を奪い。

 その膨大な魔力を込めて、全身全霊の。

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!!」

 

 巨大な水の塊が空中に現れ、森を丸ごと飲みこむような勢いで降り注いできた――!

 

「ぶ……! ……お、おい、大丈夫か?」

 

 ベルディアとの戦いでアクアが呼びだした洪水ほどではないが、森の木に止まる蝉達をまとめて撃ち落とせるくらいには勢いのある水流。

 俺は魔力と体力を限界まで奪われて倒れそうになっているチート持ちを支え。

 

「よし今だ! やっちまえ!」

 

 俺のそんな言葉に、森を囲んでいた市民や男冒険者達が声を上げながら森に入ってきて……。

 地面に落ちて羽をばたつかせるだけの蝉を次々に叩き潰していく。

 ……ちょっと可哀相な気もするが、安眠のためには仕方がない。

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 

「聞こえるか?」

「……聞こえないな」

 

 静けさを取り戻した夜の森で。

 確認するような誰かのやりとりの直後、蝉の鳴き声よりもうるさい歓声が上がった。

 集まった男冒険者達やチート持ち達が、口々に俺を褒めながら頭や肩を強めに叩いてきて。

 そんな乱暴な扱いを心地良いと思ってしまうのは、同じ志を持って夜を戦い抜いた同士達だからだろう。

 元の世界では、ネットの友人は大勢いても、こういった熱い友情とは無縁だったが。

 かつてない連帯感に、俺が胸を熱くしていた、そんな時。

 支援魔法のおかげなんだから私の事も褒めなさいよとダストに絡んでいたアクアが。

 

「ねえー、逃げようとした蝉におしっこ引っかけられたんですけど! 帰ったらお風呂に入らないといけないし、今日はもう目が冴えちゃったから、朝まで飲みましょうよ! カズマさんカズマさん、ここんとこ外泊ばっかりだったし、カズマさんも今夜は帰ってきたら?」

「い、いや、俺にも男同士の付き合いとかあるから……」

「それなら、皆でギルドの酒場に行く? あのなんとかいう邪神を倒して報酬を貰える事だし、私が奢ってあげても良いわよ? パーッと蝉退治頑張りましたパーティーでもしましょうよ!」

「「「!?」」」

 

 アクアの何気ない言葉に、同士達が動揺してざわつく。

 マズい。

 このままアクアに押しきられたら、せっかく蝉退治に成功したのに、夢の続きが見られなくなってしまう!

 この瞬間、俺達の意志は一つになり――

 

「残念だが、俺はパーティーには参加できねーな。でもカズマ、お前さんは今夜はもう帰るって言ってただろ? 良い機会だし、仲間達と飲み明かしたら良いんじゃねーか?」

 

 いきなりダストがそんな事を言ってきて……。

 

「そう言えばそうだったな。佐藤は帰るって言ってた」

「ああ、言ってた言ってた」

「あまり引き留めても悪いから、俺達はもう行くよ。パーティー、楽しんでくれ」

 

 チート持ち達も、口々にそんな事を……。

 …………。

 

「お、お前ら、アクアの相手を俺だけに押しつけて、自分達だけ良い夢見ようってか! ふざけやがって!」

 

 俺以外の意志が一つになって、俺を生贄に捧げようとしていた。

 どうやら、熱い友情や連帯感は勘違いだったらしい。

 ……ここで不自然に食い下がって、さっきから冷たい目で俺を見ているめぐみんに、そこまで行きたがる喫茶店とはなんなのかと問いつめられるのは困る。

 俺は、爽やかな笑顔を浮かべて去っていく男冒険者達やチート持ち達に、心からの思いを込めて――!

 

「畜生、覚えてろよ!」

 




・蝉
 蝉の習性についてはご都合主義的な独自設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この湯けむり慕情に名推理を!

『祝福』4、既読推奨。
 時系列は、4巻5章(場面8と9の間)。


 魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライムのハンス。

 水の都、アルカンレティアの温泉を猛毒で汚染し、街の主要産業を壊滅させアクシズ教団の財源の元を断つという、回りくどい計画の実行犯にして、その正体は屋敷ほどもある巨大なスライム。

 ウィズの協力もあって、そんなハンスをどうにか討伐した俺達は――

 

「いやまったく、なんとお詫びを申し上げたら良いか……。街が危機から救われたのは、アクア様達のご活躍の賜物です。本当にありがとうございます……!」

「いいのよ! いいのよそんな! 私はアクシズ教のアークプリーストとして当たり前の事をしただけなんだから。アクシズ教の戒律にはこうあるわ、悪魔滅すべし、魔王しばくべし。私に感謝してくれるというなら、その感謝はアクシズ教団に捧げてちょうだい。アクシズ教を、アクシズ教をよろしくお願いします!」

 

 温泉にいたずらをしたと責められたり、女神アクアの名を騙ったと呆れられたりしていたアクアが、手のひらを返すような篤い感謝を受けて、調子に乗っていた。

 そんなアクアを遠くから眺めながら、めぐみんが不安そうに。

 

「カズマ、止めなくて良いんですか? アクアが調子に乗っていると、また厄介事を起こしそうな気がするのですが」

「まあ、今回あいつが頑張ってたのは事実だしな。たまにはこんな日があってもいいんじゃないか? ていうか、アクシズ教徒の連中が周りにいるから関わりたくない」

「途中まで良い感じの事を言っていたくせに、最後のが本音じゃないですか!」

「そうだよ、悪いかよ! じゃあめぐみんが止めに行けば良いだろ!」

「嫌ですよ! 私だってアクシズ教徒とはもう関わり合いになりたくありません!」

 

 俺とめぐみんのそんなやりとりを聞いていたダクネスが、真面目な顔で。

 

「おい二人とも、仲間が厄介事を起こすかもしれないというのに、放っておくとはどういうつもりだ? よ、よしっ、ここは私が……!」

「ぺっ」

「……んんっ……!?」

 

 調子に乗るアクアを止めに行こうとしたダクネスが、アクシズ教徒に唾を吐かれ……。

 

「お前が厄介事を起こしてどうすんだよ! そのエリス教のお守りは仕舞っておけって言っただろ!」

「断る」

 

 アルカンレティアに住む、数少ない普通の人達は、謝罪と感謝を告げて平身低頭するばかりだったが、アクシズ教団はさすがと言うべきかそれだけでは終わらず、際限なくアクアを甘やかして盛大な酒盛りを始めていた。

 宴会の神様の信徒だけあって、コイツらは宴が好きらしい。

 酒に酔っている隙を突いて入信書にサインでもさせられたら堪ったものではないので、俺は早々に自分の部屋に戻った。

 

 

 

 ――翌朝。

 昨日はハンスとの戦いで疲れていたせいかぐっすり眠り。

 やけに朝早く、スッキリと目が覚めてしまった俺は、湯治のために来ている事を思い出して朝風呂に入る事にした。

 部屋を出て廊下を歩いていると、めぐみんとダクネスの姿を見かけて。

 

「カズマ、おはようございます。カズマがこんな時間から起きているとは珍しいですね。その格好、カズマもお風呂に入りに行くところですか」

「おはよう。昨日は疲れてて早く寝たから、早く起きただけだよ。お前らも風呂か?」

「……ん。せっかく温泉街に来たのだし、私達が源泉を守ったのだからな。私達もたまたま目が覚めてしまったし、この時間では他にやる事もないから、風呂に入る事にした。ウィズも誘おうかと思ったのだが、アクアの浄化に巻きこまれてグッタリしていたから、起こさないでおいた」

 

 そんな事を話しながら一階に降りていくと。

 食堂では、未だアクシズ教徒達が宴会をやっていて。

 宴の中心でチヤホヤされ、酒を飲んで顔を赤くしたアクアが。

 

「あ、三人とも! 何よもう、いつの間にか部屋に戻っちゃって! そんなに眠たかったの? たっぷり寝たなら、次はたっぷり飲むってのはどうかしら? ほら、クリムゾンビアーが冷えてるわよ! こっち来てー、こっち来てー」

「お、お前……。物凄く酒臭いぞ。あんまり飲みすぎると、また吐くんじゃないか? そこら辺の調度品とか汚して補償金を請求されたら、お前が自分で支払えよな」

「まったく、いくら祝いの席とはいえ、一晩中飲んでいたのか? 悪いが、私は朝っぱらから酒を飲む気にはなれん。めぐみんも、その歳でこんな時間から酒を飲むと悪い癖がつくぞ」

 

 口々に小言を言う俺とダクネスに、アクアは口を尖らせ。

 

「何よ二人してー! 良いわよ良いわよ、私はウチの子達と楽しんでるから! 後で入れてって言ってきたら、入れてあげるんだからね!」

 

 そんな、よく分からない事を言って、騒がしいアクシズ教徒達の中に戻っていった。

 騒がしい食堂を通り抜け、温泉の三つの入り口の前に立った俺達は。

 

「良い機会だし、ここは皆で混浴に入ってみるってのはどうだ? お前ら、女湯にしか入ってないんだし、混浴がどんな感じか知らないだろ?」

「お、お前という奴は……! またもっともらしい事を言いだしたな。よくもまあ、そこまで口が回るものだと感心する」

 

 俺の言葉に、ダクネスが呆れたように言う中。

 

「そう言うカズマも、男湯には入った事がないんじゃないですか? 私達に混浴に入れと言うなら、私はカズマに男湯に入る事を勧めますが」

 

 めぐみんがそんな事を……。

 …………。

 

「なんだよ、分かったよ! じゃあ俺は男湯に行くから、二人は混浴に入れば良いだろ! 確かに俺は男湯の方は見てないから比べられないけど、混浴が広いってのは本当だよ。他に人がいなかったら、めぐみんがちょっとくらい泳いだって良いんじゃないか」

 

 俺は、以前、めぐみんが浴場で言っていた事を引き合いに出して言い、怒った振りをして男湯に入り……。

 脱衣場の入り口で潜伏スキルを使い、外の物音に耳を澄ませていると。

 

「……素直に男湯に行くとは予想外でしたね。どうしましょう?」

「ど、どうすると言われても。広い浴場というのは気になるが、しかし、こ、混浴……、混浴か……」

「仕方ありません。せっかくの好意を無碍にするのも悪いですし、ここは混浴に入ってみましょう。今の時間ならきっと貸し切りですよ。女湯のお風呂も大きかったですから、それより大きいというのがどのくらいなのか気になります」

「ああっ! ほ、本気か? 本気で入るのか? め、めぐみんはどうしてたまに男前なのだ……!」

 

 計画通り……!

 これで俺が後から入っていっても、混浴なのだから何もおかしくはない。

 俺は念のため、そのまま男湯の浴場への引き戸を開け……。

 そこには、すでに風呂に入っている男性客の姿が。

 

「……あ、どうも」

 

 服を着たまま引き戸を開けた俺を不審そうに見る男に、俺は少し気まずく頭を下げた。

 ――しばらくして。

 

「……入らないのか?」

「シッ! 静かに!」

 

 突っ立ったままの俺をますます不審そうに見る男に、俺は黙るよう身振りで伝え。

 そして……。

 

「ほう! これは確かに、すごく広いですね。ここで泳げたら気持ち良さそうです!」

「だから泳ぐのはマナー違反だと……あ、こら! タオルを引っ張るな!」

 

 来た――!

 

「失礼しました」

 

 混浴の方から聞こえてくる声に、俺は男に声を掛けるとすぐに男湯を飛びだし、混浴へと……。

 混浴の脱衣場の籠には、ダクネスとめぐみんの着替えが……。

 ない。

 …………?

 なんで着替えがないのだろう?

 いやでも、二人の声が混浴から聞こえてきたのは確かだ。

 俺は逸る気持ちを抑えきれず、着ている服を手早く脱ぎ、腰にタオルを巻いて。

 引き戸をスパンと開けると、中には――!

 

 ――誰もいなかった。

 

 と、俺が呆然としていた、その時。

 

「まんまと騙されましたね! カズマの考える事などお見通しですよ!」

「……なんというか、ここまで予想通りだと怒るというより情けなくなってくるな。そこまでして女と混浴に入りたいものなのか?」

 

 女湯の方から、そんな声が……。

 …………。

 俺が、男湯で聞き耳を立てている事を読んで、二人は混浴でさも入浴しているような会話をしてから、俺が混浴へ行く前に女湯へ移動していたらしい。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「「ひゃああっ!」」

 

 以前のように魔法で水を浴びせかけると、二人が悲鳴を上げた。

 

「畜生、男の純情を弄びやがって! お前ら覚えてろよ!」

「なんという逆恨み! 何が純情ですか、ただの性欲ではないですか!」

「こ、これが何人もの魔王軍幹部を討ち取った男だとは……。ベルディアやハンスが浮かばれないぞ! お前はもう少し、恥というものを知るべきではないか?」

「アクシズ教徒に唾吐かれて喜んでる変態には言われたくない」

「んくう……!?」

 

 ――騒がしい風呂から上がり。

 昨夜も風呂には入ったから、俺にしては入浴時間が短く、上がったのは二人と同時で。

 

「カズマあああああっ! 貴様という奴は、貴様という奴は! いくらなんでも最低だぞ! 恥を知れ!」

 

 俺が混浴から出ていくと、ダクネスがそんな事を言いながら掴みかかってきて。

 

「な、なんだよ。いきなりどうした? さっきのクリエイト・ウォーターを怒ってんのか? あんなのいつもの事じゃないか、そんなに怒るなよ」

「しらばっくれるつもりか! いいからさっさと私の下着を返せ! 街中でスティールするならまだしも、女湯の脱衣場に忍びこんで盗むなど、完全に犯罪ではないか! お前は、セクハラはしても肝心な時にヘタレで、犯罪まではしないと信じていたのに、見損なったぞ! どうせならスティールで私から直接盗んでいけば良いだろう!」

「はあー? いや、ちょっと待て、本当に待て。お前が何を言っているのかさっぱり分からん。ぱんつが盗まれたのか? 言っとくけど、それは俺じゃないぞ。俺はたった今、風呂から上がったんだから、盗めるわけがないだろ」

 

 俺はそう言ってダクネスを引き剥がそうとするが、俺の力では興奮しているダクネスを引き剥がす事が出来ず。

 そんな俺達の様子を見ていためぐみんが。

 

「ダクネス、落ち着いてください。どうやらカズマが盗んだわけではないみたいですよ」

 

 めぐみんの言葉に、ダクネスが呼吸を荒くしながら俺を離し。

 

「……本当に、お前ではないのだな?」

「おい、いい加減にしろよ? 違うって言ってるだろ。大体、お前の言う通り、女湯の脱衣場なんか入ったら完全に犯罪じゃないか。俺がお前の下着を盗むなら、屋敷にいる時にやってるよ」

「そ、そうか。そうだな。……すまない、取り乱した」

「お風呂から上がったら、ダクネスのぱんつがなくなっていたんですよ。それで、さっきカズマが覚えていろよと言っていたので、カズマが犯人だと思いこんでしまったようで……。いきなり下着がなくなっていたわけですから、気が動転してしまうのは仕方のない事と言いますか、その、疑われたカズマの気持ちも分かりますが、あまり怒らないであげてくれませんか?」

 

 しょんぼりと肩を落とすダクネスに寄り添いながら、めぐみんがそんな事を言ってきて……。

 …………。

 

「ちょっと待て。ということは今、ダクネスってノーパ」

「わあああああああ!」

「おっと、そんな直線的な攻撃が当たるか!」

「最低です! 最低ですよこの男! そういう事は思っていても口に出さないでください! あっ、ダクネス、あんまり激しく動くとスカートの中が見えますよ!」

 

 俺は、泣きながら襲いかかってきたダクネスをひらりといなしながら。

 

「ひょっとして、混浴の方に忘れていったってオチじゃないだろうな?」

「混浴の方では着替えも手に持ったままでしたから、そんなはずないですが……一応見ておきましょうか」

 

 俺達は混浴の脱衣場に入り、籠を一つ一つ見て回る。

 しかし、どの籠にも何も入っておらず。

 

「……本当に盗まれたみたいだな。こういう場合って、どうするんだ? 宿に事情を話して、警察に通報して……」

「待ってくれ、警察はマズい」

 

 俺の言葉に、ダクネスが真剣な顔でそんな事を言ってきて。

 

「警察はマズいって、なんでだよ? 今回は誰にも迷惑を掛けてないし、お前はただの被害者だろ?」

「私は貴族だ。庶民が貴族の下着を盗んだなどという事が知れたら、ただの窃盗よりも罪が重くなるだろう。場合によっては死刑もあり得る。犯人を許すつもりはないが、さすがにそれはやり過ぎだ」

「そんなの、お前が貴族だって事を隠して通報するとか」

「この街ではダスティネス家を名乗って、ハンスの手配をしたり、源泉のある山に入ったりしたから、私が貴族だという事を隠し通すのは難しい。それに、庶民の中に混じって過ごしているのは私のわがままだ。私を貴族と知りながら狙ったならともかく、そうでないのなら、犯人に重罪を課すのは不当だと思う。それは身分を偽っている私が負うべき責だろう」

「だからって、犯人をこのまま野放しにしておく気か? ぱんつ盗られたって俺にあんなに怒ってたくせに、お前、それで良いのかよ?」

「良くはない。良くはないが……」

 

 犯人に不当な重罪を課すよりは、自分が我慢すれば良いと言うつもりらしい。

 俺が何も言えずにダクネスを見つめていると、めぐみんがクイクイと俺の袖を引いてきて。

 

「……カズマ、いつものように、どうにか出来ませんか?」

 

 そんなめぐみんの言葉に、俺は溜め息を吐いて。

 

「しょおがねえなあー!」

 

 

 *****

 

 

 ――未だ騒がしい食堂にて。

 俺は、一晩中飲んでいたくせに、まったく疲れていない様子のアクアに。

 

「なあ、お前らって、一晩中ここで騒いでたんだよな?」

「そーよ? カズマったら、変な顔してどうしたの? やっぱりお酒が飲みたくなったの? まったく、しょうがないわねえ! すいませーん、こっちにクリムゾンビアーを……」

「おいやめろ、注文しようとすんな。今ちょっとシリアスな感じなんだよ!」

 

 俺は、どうしても俺達を宴会に巻きこみたいらしいアクアを黙らせ。

 

「実は、ダクネスのぱんつが盗まれたらしいんだが、ダクネスは貴族のあれこれで、警察に知らせたくないって言うんだよ。だから、俺達でどうにか犯人を見つけだせないかと思ってな。……おい、なんだこの手は?」

 

 事情を説明する俺の手を、なぜかアクアがガッチリ掴んできて。

 

「捕まえたわよ! さあ観念しなさいカズマさん! ダクネスのぱんつをどこにやったの? ダクネスの事だから、本気で謝ったら許してくれるわよ! 私も一緒に謝ってあげるから、ごめんなさいをしなさいな!」

「ふざけんな、俺じゃねーよ! 俺が犯人だったら犯人捜しなんかするわけないだろうが! ていうか、このやりとりはさっきもうやったんだよ!」

「何よ、下着泥棒といえばカズマさんじゃないの! 最初に疑うのは当たり前じゃない! アクセルの街の人に聞いたら、きっと皆がカズマさんが犯人だって言うわよ!」

「それはやめろ、本気で言われそうだからやめろ。とにかく俺は犯人じゃないし、本当の犯人を見つけたいんだよ。そこでお前に、っていうかここにいるアクシズ教徒に聞きたいんだが、今日の朝に風呂の方に行った人って分かるか? 風呂の方に行くにはこの食堂を通らないといけないだろ。つまり、ここの風呂場は密室だったんだよ」

「……何言ってるのカズマ、この食堂は誰でも自由に出入り出来たから、お風呂にだって誰でも行けたわよ?」

「いや、そういう事じゃなくて」

 

 と、頓珍漢な受け答えをするアクアに、俺がどう言ったものかと悩んでいた、そんな時。

 下着を取りに部屋に戻ったダクネスと、ダクネスに付き添っていためぐみんがやってきて。

 

「ダクネスがうっかり部屋に忘れたわけではないようですね。宿の受付でも聞いてみましたが、落とし物として届けられてもいないそうです。どうですかカズマ、何か手掛かりは見つかりそうですか?」

「アクアがバカな事ばかり言うから、まだ何もしてないよ。おいアクア、アクシズ教の連中に、ここを通って風呂の方に行った人について聞いてくれないか」

「……? よく分かんないけど、分かったわ。ねえ皆、聞いてほしいんだけどー!」

 

 俺は、アクシズ教徒達に話を聞きに行ったアクアを見送ると。

 

「風呂に行くには、ここの食堂を通らないといけないよな。食堂ではアクシズ教徒達が一晩中宴会をやってたらしいから、ある意味で風呂は密室だったって事になる。確か、衆人環視の密室ってやつだな」

「……密室?」

 

 俺の言葉に、めぐみんが首を傾げる。

 ……あれ?

 いまいちピンと来ていないめぐみんの様子に、俺は助けを求めるようにダクネスの方を見て。

 

「えっと、推理小説なんかでよくあるだろ。ほら、殺人事件が起きるやつ」

「殺人事件? いきなり物騒な話だな。これは私が下着を盗まれたという、それだけの話ではないのか? まさかまた魔王軍が関わっているのか……?」

「いや、それだけの話だよ。魔王軍は関係ない、今回のはただの盗難事件だ。そうじゃなくて、……そうか、ダクネスはお嬢様だけど脳筋だから推理小説なんか読まないよな。悪かったよ」

「バ、バカにするな! 私だって小説くらい読む! ……だがその推理小説というのは知らないな。めぐみんは知っているか?」

 

 首を傾げながらのダクネスの質問に、めぐみんも首を傾げ。

 

「いえ、私も聞いた事がありませんね。どういうものなのですか?」

 

 と、俺が二人に説明しようとしていた時。

 アクシズ教の連中に話を聞きに行っていたはずのアクアが戻ってきて。

 

「カズマったら本当にあんぽんたんね……いひゃいいひゃい! この世界に、推理小説なんてあるわけないじゃないの。魔法があったり魔道具があったりするのに、推理小説なんて成立すると思う? それに、嘘を吐くとチンチンなる魔道具まであるのよ? 関係者を集めて全員に『あなたが犯人ですか?』って聞いたらどんな事件でも解決するのに、推理する必要なんてあるわけないじゃない」

「言われてみればそうだな」

 

 俺が、推理小説というジャンルについてざっと説明しても、めぐみんもダクネスもよく分からないような顔をしていた。

 密室からはテレポートで脱出できるし、死んだ被害者を蘇生させれば事件の真相を教えてもらえる。

 そんな、ファンタジー世界の住人に、ミステリーを理解しろというのは無理がある。

 それでも頭の良いめぐみんは、俺の言いたい事が分かったようで。

 

「つまり、ダクネスの下着を盗んだ犯人は、お風呂に行く時にアクシズ教徒達に姿を見られているはずだという事ですね」

「そういう事だ。それで、アクア、どうだったんだ?」

「ばっちり聞いてきたわよ! 任せといてねダクネス。私が水色の脳細胞で、ダクネスのぱんつを盗んでいった犯人をすぐに見つけだしてあげるから! ねえカズマさんカズマさん、温泉旅館で事件が起きたんだから、これってFUNAKOSHI案件よね? それとも、KATAHIRAかしら?」

 

 ドヤ顔でわけの分からない事を言いだすアクアに、めぐみんが困ったような表情を浮かべ。

 

「そのFUNAKOSHIやKATAHIRAについては知りませんが、食堂を通った人を連れてきて、嘘を感知する魔道具を使えば解決ですね。意外と簡単に終わりそうで良かったです。ダクネス、ダスティネス家の権力に物を言わせて、警察署から嘘を感知する魔道具を借りてきてくださいよ」

「駄目よめぐみん。こういうのはね、人の知恵と論理だけで謎を解く事に意義があるのよ。……残念ね、ここにFUNAKOSHIやKATAHIRAがいたら、こんな事件は二時間で解決するのに」

「……嘘を感知する魔道具も人類の英知には違いないのでは?」

「そういうのは邪道よ。温泉、旅館、殺人事件と来れば、素人探偵がどこからか出しゃばってくるものなのよ。そしてのんびり温泉に入るサービスカットがあり、なぜか旅館に泊まって美味しいごはんをたらふく食べ、そのうちに誰でも気づきそうな事に最初に気がついて、警察に知らせれば良いのに勝手に犯人を問いつめ、逆襲されてピンチに陥るの」

 

 いや、殺人事件は起きていないのだが。

 アクアの言葉に、めぐみんが助けを求めるように俺を見て。

 

「あ、あの、カズマ? アクアが何を言っているのかさっぱり分からないのですが」

「そして最後には崖の上に行くんだな」

「あれっ!?」

 

 俺とアクアが訳知り顔で頷き合っていると、めぐみんが驚いた声を上げた。

 

 

 *****

 

 

 アクアがアクシズ教徒達に聞いたところ、今朝、風呂の方に行ったのは、俺達を除いて五人四組。

 全員が宿泊客だという。

 サスペンスドラマのような状況が何かの琴線に触れたらしく、俄然乗り気のアクアにくっついて、俺達は彼らの話を聞きに行く事にした。

 

 

 

 おっさんの場合。

 

「誰だあんたら。聞きたい事? なんだよ、まあ退屈してたとこだし、少しくらい相手してやっても良いけどな。……朝風呂? ああ、確かに入ったが、それがどうかしたのか?」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「男湯だよ。六時少し前だったかな」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「入る時に爺さんとすれ違ったかな。あと、そこの兄ちゃんを見たよ」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「変わった事っつったら、そこの兄ちゃんが、服を着たまま引き戸を開けて、そのまましばらく突っ立ってたな。ありゃなんだったんだ? 混浴の方で声が聞こえてすぐに走って出ていったが……。ひょっとして、これって言わない方が良かったか、なあ兄ちゃん」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「盗ってねーよ。ああ、それで犯人捜しをしてるってわけか。残念だが、そりゃ俺じゃねーな」 

 

 

 

 老人の場合。

 

「なんだね、お前さん方は。随分綺麗な娘さんばかりのようだが、ワシに何か用かね? 朝風呂には入ったとも、老人は朝が早いのでな」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「五時頃だったかのう。男湯に入ったよ」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「ワシが上がる時に、男が一人入りに来とったな。他には、風呂場では誰も見ておらん」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「そういえば、いつもより体が温まらなかったような気もするのう。温泉ではなくて、ただのお湯のような……。気のせいかもしれんが」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「無礼な事を言うでない! まったく、これだからアクシズ教徒は!」

 

 

 

 お姉さんの場合。

 

「……は、話ですか? 分かりました。ええと、朝風呂には、入ろうとしたんですが……先に誰か入っていたようなので、そのまま戻ってきました。一人で静かに入りたかったので」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「六時過ぎくらいに、女湯に入ろうと……」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「ええと、廊下で男の人とすれ違いました。それと、浴場にいる女の子の声は聞こえてきましたが、会ってはいません」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「と、特には……」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「……し、知りません!」

 

 

 

 不倫カップルの場合。

 

「べ、別に私達は不倫しているわけではない。君達は何者だね? いきなり失礼じゃないか。話す事など何もない、帰ってくれ! ……いや待て、分かった! 話す、話すから私達の事を他の者達に話すのはやめてくれ。朝風呂? ああ、入ったさ。それが何か?」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「混浴だよ。彼女と二人で入った。時間は……何時頃だったか? そうそう、五時半くらいか。……な、なんだ? そこの少年はどうしてそんなに睨んでくるんだ?」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「いいや、誰も。廊下では誰にもすれ違わなかったし、入浴中も他には誰もいなかったよ。おかげでしっぽりムフフと……おいやめろ、やめっ……、なんなんだこの少年は! 君は冒険者だろう、一般市民に暴力を振るうつもりか! クソ、どうして私の髪の毛を毟ろうとするんだ!」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「今起きてる! おい、君達も仲間ならこの少年を止めてくれ!」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「盗ってない! さっさと帰ってくれないか!」

 

 

 

 ――朝風呂に入ったという人達から話を聞いて。

 女部屋ではウィズが寝こんでいるので、少し狭いが俺の部屋に集まった。

 ……あんな禿げ散らかしたおっさんでも愛人がいるというのに、俺と来たら。

 

「カズマ、バカな事で落ちこんでいないで、さっさとダクネスのぱんつを取り戻しますよ! 推理小説というのによれば、あの中に犯人がいるのですよね?」

「まあ、現実の事件が推理小説みたいに解決する事なんてほとんどないけどな。一応、あの中に犯人がいるってのは間違いないはずだ。俺達の直前に風呂から出ていった人が一番怪しいわけだが、……アクシズ教徒の連中が、誰が何時に通ったかまで把握しててくれればなあ」

 

 宴会で騒いでいたアクシズ教徒達は、通った人物は分かっても、いつ通ったかまでは分からないらしい。

 

「うっ……ぐす……っ、わ、私はただ、話を聞いてただけなのに……。どうしてウチの子達をあんなに悪く言われないといけないの? ねえ聞いて! アクシズ教徒はあんまり他の人達の役には立たないかもしれないけど、皆、自分が面白おかしく生きるために一生懸命なのよ!」

 

 ぱんつを盗んだんですかと不用意に聞いて、頑固そうな老人に、これだからアクシズ教徒はと叱られたアクアは、未だぐずぐずと泣いていた。

 

「それは俺達じゃなくてあの爺さんに言ってこいよ。そして説教されてこい。そんな事より、集めた証言からお前の水色の脳細胞で、誰が犯人なのか推理できないのか?」

 

 俺が聞くと、めぐみんとダクネスが期待を込めた目でアクアを見て。

 二人の視線を受けたアクアは。

 

「あのお爺さんよ! あのお爺さんが怪しいわ! あんなにアクシズ教を悪く言うような人だもの。きっとダクネスのぱんつを盗んで邪な事に使おうとするに違いないわ!」

 

 そんな、どうしようもない事を言いだして……。

 

「というか、他人の下着を盗むとか、アクシズ教徒なら嬉々としてやりそうなんだが。むしろあの爺さんは、お前らのそういうところが嫌いなんじゃないか? 俺はあの爺さんは犯人じゃないと思うな」

「何よ、そういうカズマは誰が怪しいと思っているの? あんたの推理とやらを言ってみなさいな!」

「俺はあの不倫してたおっさんが怪しいと思う。あんな綺麗な女の人と混浴に入ってたんだぞ? あいつは絶対悪い事をしてる」

「はあー? カズマったら何を言いだしてるんですか? 不倫カップルって言ったら、犯人だと思ってたら途中で殺される役どころに決まってるんですけど!」

「……それは確かにそうだが、これは殺人事件じゃないぞ?」

「あの、二人ともちょっと待ってくださいよ。さっき聞いてた話と違うのですが。推理小説ってそういう感じなんですか?」

 

 俺とアクアの意見に不満そうな声を上げるめぐみんに、俺は。

 

「おいめぐみん、水を差すのはやめろよな。めぐみんは推理小説に詳しくないから仕方ないが、俺達は真剣に考えてるんだ。ちなみに、めぐみんは誰が怪しいと思うんだ?」

「えっ、私ですか。……そうですね。下着を盗むには、私とダクネスがお風呂に入っている間に脱衣場に入る必要があります。私達は誰とも出会っていませんから、犯人は私達より後に女湯に入ってきたはずです。逆に言うと、私達より前にお風呂に入った人達は犯人ではないと言えますから、……お爺さんと不倫カップルは犯人ではないと思うのですが。お爺さんは、カズマと同じタイミングで入浴していたという男の人とすれ違いに出ていっているのですから、私達より前に入っていたというのは間違いないでしょう。不倫カップルが私達より後に入っている時間はなかったはずで、混浴には私達もカズマも入りましたが、その時には誰もいませんでしたから、彼らが私達より前に入っていたというのも嘘ではないのでしょう」

「「…………」」

 

 推理小説に詳しくないはずのめぐみんの論理的な否定に、俺とアクアは気まずそうに黙りこみ。

 アクアが気を取り直したように。

 

「ねえねえ、ダクネスは? ダクネスは誰が怪しいと思うの?」

「わ、私か? 私は正直、推理小説というのがどういうものなのかよく分かっていないのだが……、あの女性客は、私達に対して怯えているように見えた。下着を盗んだ事を後ろめたく思っているとしたら、ああいう反応になるかもしれない。しかし、女が女の下着など盗むものだろうか?」

 

 それから、あーでもないこーでもないと好き勝手な推理を言い合ったが、結論は出ず。

 二時間サスペンスに、二時間も掛からずに飽きたらしいアクアが。

 

「もー、ダクネスが嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を借りてきてくれたら良いんじゃないかしら」

 

 ……おい。

 

 

 *****

 

 

 ――チリーン。

 ダクネスが借りてきた、嘘を感知する魔道具が反応したのは。

 

「わ、私は何も、盗んでなんて……!」

 

 お姉さんの、そんな言葉で。

 青い顔をして小さなベルを見つめていたお姉さんは、やがてその場にへなへなと崩れ落ち。

 

「すいません、すいません……! いろいろストレスが溜まっていたというか……、魔が差したんです、出来心だったんです……! 本当にすいませんでした!」

 

 俺達はお姉さんの部屋に入れてもらい、事情を聞く事に。

 なぜかぱんつを盗まれたダクネスが、優しくお姉さんに寄り添って話を聞いてあげている。

 

「すまないが、まずは私の下着を返してもらえないだろうか。その、身に付けるものが他人の手に渡っていると思うと、やはり落ち着かなくてな」

「は、はい! すぐに……!」

 

 そう言って、お姉さんは荷物から見覚えのあるぱんつを取り出してダクネスに渡し。

 

「……確かに。お、おいカズマ、人の下着をじろじろ見るものではないだろう」

「はあー? お前、脱ぎ散らかした服だの下着だの、そこら辺に放りだしてるくせに、今さら何を恥ずかしがってるんだよ?」

「お前という奴は! もっとデリカシーというものを持てと……! いや、今は良い。それで? 女であるあなたが、なぜ私の下着を盗んだりしたんだ? ストレスが溜まっていたと言っていたが、良ければ事情を聞かせてくれないか」

 

 ダクネスが苦笑しながら、優しい口調でお姉さんに聞く。

 お姉さんは目に涙を浮かべダクネスを見て。

 

「……私、その、女の人が好きで。女なのに、恋愛的な意味で女の人が好きで!」

「…………そ、そうか」

 

 おっとダクネスが少し引いている。

 

「それで、少し前に好きな人に思いきって告白したんですけど、女同士とか無理って言われて普通にフラれまして……。今回、この街に来たのは、失恋旅行というか、そんな感じで……それなのに……、それなのにッ! この街はどこに行ってもアクシズ教徒が勧誘してくるし、わけの分からないイタズラをされたり、アクア様は同性愛も許してくださるとか聞いてもいない情報を教えてきたり、……ただ同性が好きだからってだけの理由であの人達と同じに扱われるなんて嫌に決まってるじゃない! 他にも、軽いセクハラをされたり、軽くないセクハラをされたりして、なんかもう頭がおかしくなってきまして! ノイローゼみたいな感じで! アクシズ教徒のイタズラのせいで感覚もおかしくなってきまして! じゃあもう私も下着盗るくらいオッケーかなって! かなって……! す、すいません、そんなわけないですよね、すいません……!」

 

 途中からヒートアップし叫びだしたお姉さんは、急激にしょんぼりして何度も頭を下げ。

 俺達のなんとも言えない視線がアクアに集まる中。

 アクアは一枚の紙をお姉さんに渡し……。

 

「汝、迷える子羊よ。アクシズ教は全てが許される教えです。アンデッドや悪魔っ娘以外であれば、そこに愛があり犯罪でない限り、全てが赦されるのです。それはもちろん、同性愛者も。女性なのに女性が好きな、そんなあなたにぴったりの教えではありませんか? あなたもアクシズ教に入信してみませんか?」

「おいやめろ。お前、今の話を聞いてなかったのか」

 

 俺がアクアの後頭部を引っ叩くのと同時、お姉さんが奇声を上げながら入信書を破り捨てた。

 




・推理小説
 独自設定。
 日本人転生者が持ちこんでいるかもしれないけど、定着はしなさそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この祝祭の日に女神への感謝を!

『祝福』8、『爆焔』2、既読推奨。
 時系列は、8巻3章辺り。


 女神エリス&女神アクア感謝祭、二日目。

 俺はアクアとともに、アクシズ教団のブースで屋台を手伝っていた。

 

「いらさいいらさい! とある国の伝統芸能、飴細工はこちらですよー! 見て楽しい、食べて美味しい飴細工ですよー! 今ならなんと、このオンセンゲイシャ冬将軍が一本たったの百エリス! 百エリスですよどうですか!」

「凄っ! お前、相変わらずそういうのだけは凄いよな。これだけ出来が良いんだし、一本百エリスってのは流石に安すぎないか?」

「いいのよ。私はアクシズ教のアークプリーストであって、芸人ではないから芸でお金は貰えないもの。それに、今回は儲けを出そうなんて考えていないから、材料費と経費だけで十分よ。……ねえ今、そういうのだけはって言った?」

「言ってない」

 

 本当に、コイツはどうしてしまったのだろう。

 今日のアクアは調子に乗らず、ぼったくりや変な詐欺を働く事もなく真っ当に商売をしている。

 アクシズ教徒の連中も、ちょっと間違った感じの日本の屋台を再現していて、アクシズ教団のブースは夏の縁日に近い雰囲気に包まれている。

 包み紙にはさりげなくアクシズ教団入信書を使っているのだが、祭りの賑わいの中ではそれすらもネタとして受け入れられているらしい。

 

「はい、次の方! 飴の形の注文ですか? もちろん注文に応じて飴細工を作る事も出来ますが、ちょっと時間が掛かりますよ? ……ほうほう、エリス教徒なのになぜか巨乳で話題のセリスさんですか。胸は着脱式にしますか? あれっ? 良かれと思って聞いたのに、どうして怒るのよー!」

 

 俺は、客に怒られて口を尖らせながら飴細工を作りだすアクアに。

 

「……いや、ちょっと待て。そういう卑猥な形の飴細工はどうなんだ?」

「何よ、これって日本の伝統芸能なんでしょ? 伝統芸能がちょっと卑猥に見られるなんて、よくある事じゃないの。卑猥に見えるのは、あんたに芸術品を見る目がないからよ」

「別に俺は良いけど、ダクネスに知られたら怒られるぞ。昨日の事もあるし、そのうち見回りに来るんじゃないのか? 調子に乗らずに真面目に商売するって言ってたくせに、バカな事して営業停止にされても知らないからな」

「ええー? 舐めているうちにだんだん鎧が溶けてくるダクネス飴もあるんですけど」

「営業停止が嫌なら隠しとけ」

 

 と、俺がアクアに忠告していた、そんな時。

 アクアが完成したセリスさん飴を渡した客の後ろから、新たな人物がやってきて。

 

「……ん。今、私の事を呼んだか?」

「い、いや、呼んでないぞ」

 

 アクアが慌ててダクネス飴を隠す中。

 現れたダクネスが、立ち並ぶ屋台を胡散臭そうに眺めながら。

 

「確かに、昨日苦情が来たような客の集め方はしていないようだな。見た事のない物を売っているが、あれらはカズマが提案したのか?」

「そうだよ。俺の元いた国では、祭りって言えばこんな風に出店が出てきて、賑やかなのが普通だったんだ。エリス祭りは、教会に行って祈りを捧げるとか、地味過ぎて俺にとっては祭りって感じがしないんだよな」

「そうかいそうかい、そんな風に思ってたんだねカズマ君は」

 

 と、不機嫌そうにそんな事を言いながら、ダクネスの後ろから現れたのは……。

 

「クリスじゃないか。お前、こんなとこにいて良いのか? アクアに捕まったらまた手伝わされるぞ」

「だ、だって、ダクネスが顔色悪いのに見回りに行くっていうから、心配でついてきたんだよ。ねえダクネス、最近はずっと忙しそうにしていたし、少しくらい休んだ方が良いと思うよ。エリス教会は静かだから、落ち着いて休憩出来るんじゃないかな」

 

 ダクネスの袖を遠慮がちにクイクイと引いて、クリスがそんな事を言う。

 ……心配しているというのは本当だろうが、ダクネスまでアクシズ教に引きずりこまれたら嫌だなとか考えているのかもしれない。

 そんなクリスに、ダクネスが苦笑しながら。

 

「クリスが心配してくれるのはありがたいが、これが私の仕事だからな。祭りが終わったら少しは落ち着くだろうから、今が踏ん張り時だ。見回りに行く場所は他にもあるし、まだ休むわけにはいかない」

「そうか。でも、本当に顔色が悪いぞ? あんまり無理するなよ。せっかくだし、ダクネスもなんか食っていったらどうだ? 見回りで暑い中歩き回ってるんなら、かき氷なんかがお勧めだが」

「それなら、昨日人気だったというYAKISOBAはないのか? 実は少し食べてみたかったんだ」

「YAKISOBAはあっちだ。すんませーん! こいつにYAKISOBA一つくださーい! ほら、貰いに行ってこいよ。お前はここんとこ大変そうだし、俺が奢ってやるよ」

「いや、悪いが見回り中だからな。賄賂を受け取るわけにはいかない」

 

 たかがYAKISOBAを奢るくらいで俺が恩着せがましい事を言い、ダクネスが固い事を言ってYAKISOBAの屋台の方に向かうと。

 そのダクネスについていこうとしていたクリスに、アクアが。

 

「ねえクリス、今日も屋台を手伝っていかない? 今日は昨日よりもたくさん屋台を出しているし、お客さんもたくさん来ると思うの!」

「えっ。……い、いえ、すいませんアクアさん、今日はダクネスが心配なので、一緒についていこうと思うんだよ。だから屋台の手伝いはちょっと……」

「そう? クリスがいてくれるといろいろと助かるんだけど、ダクネスは調子が悪そうだし、仕方ないわね。ダクネスはたまに無茶するから、しっかり見ていてあげてね。お礼にこの、カズマに売るのを止められたダクネス飴をあげるわ」

「お前何やってんの? それをクリスにあげてどうすんの?」

 

 俺がすかさずアクアの後頭部を引っ叩く中、何気なくダクネス飴を受け取ったクリスは。

 

「えっ? えっ? 何これ、ねえ何これカズマ君! なんでダクネスが飴になってんのさ! キミ、どういうつもりなの!?」

「待て、それは俺がやったんじゃないぞ。アクアが芸術品とか言って作ってるんだよ。ダクネスにバレると何言われるか分からないから、食うならさっさと食っちまってくれ」

「胸部着脱式エリス飴もあるわよ! なんとパッドが外れるの!」

「お、お前、そんなもんまで作ってたのか……」

「キミ達、何やってんのさー!」

 

 バカな事を言いながらエリス飴を取りだすアクアに、クリスが顔を真っ赤にして怒りだし。

 

「クリスったら、エリス教徒なのに知らないの? 教会の肖像画のエリスはね、胸にパッドを入れてる時の姿なのよ。エリスの本当の姿は、この飴の胸部装甲を外した時と同じくらいなんだから。ほら、今ちょっと取って見せてあげるわ!」

「待って! 待ってよアクアさん! あの、ほら! エリス様のそんな話を広めちゃ駄目だよ! 罰が当たるよ!」

「ほーん? 私の運を悪くするだけじゃ飽き足らず、さらに私に罰を当てようっての? あの子ったら、天界に戻ったら覚えてなさいよ」

 

 剣呑な目つきになるアクアを、クリスが首をぶんぶん振りながら宥めようとして。

 そんなバカなやりとりをしていると、ダクネスがYAKISOBAを食べながら戻ってくる。

 

「んぐっ……。これは美味いな、話題になるだけの事はある。他の物も同じくらい美味いのであれば、アクシズ教団のブースが賑わっているのも頷けるな」

「ねえダクネス、これは売っちゃ駄目なヤツだよね! ね!」

「ん? なんだこれは? ……わ、私か!?」

 

 涙目のクリスが、手にしていたダクネス飴をダクネスに渡し。

 

「わああ、何やってんのよクリス! ダクネスに渡しちゃ駄目じゃないの!」

「おいアクア、これは一体どういう事だ? なぜ私の姿の飴なんか売っている? というか、これは飴なのか? かなり精巧に作られているようだが……」

「き、聞いてダクネス。それはただの飴じゃなくて、芸術品なのよ。もしも卑猥に見えるとしたら、それはダクネスに芸術品を見る目がないからと言えるんじゃないかしら。芸術品の中には、ちょっぴり卑猥に見えるものもあるけど、ダクネスはバツイチだけど貴族の令嬢なんだから、そういうのにだって芸術的な価値があるって分かるでしょう?」

「バ、バツイチはやめてくれ……。しかし、芸術品か。確かに、そういうものもあるが……」

 

 と、うっかりアクアの口車に乗せられそうになるダクネスに、クリスが。

 

「アクアさんは胸部着だ…………女神エリス飴もあるって言ってたよ」

「ちょっとクリスったら、どうして言っちゃうのよ! もう、クリスには内緒話は出来ないわね!」

「アクア、いいから出せ」

 

 アクアは観念したように、エリス飴をダクネスに渡し。

 

「……なあアクア、この胸の部分が着脱式なのは、一体どういうつもりなんだ?」

「なあに、ダクネスったら知らないの? 教会の肖像画のエリスは、胸にパッドを入れた姿で、本当は……」

「営業停止」

「なんでよーっ! ねえ待って、本当なのよ! エリスったら胸にパッド入れてるんだから! 信じてよー!」

「やめてアクアさん! その話を広めようとしないで!」

 

 アクアとクリスが涙目になる中、ダクネスが呆れたように。

 

「……まあ、営業停止は言いすぎにしてもだ。いくら芸術品と言い張ったところで、この飴を売るのは許可できないぞ。肖像権の問題もあるからな。エリス様の飴なら良いかもしれないが……おいクリス、どうしてそんな見捨てられたような目で見てくるんだ? その、エリス様の胸がパッド入りだのなんだの言うのはやめろ。女神感謝祭なのに不敬を働いてどうする。それに、アクアはアクシズ教のアークプリーストなのだから、女神アクアの飴を作れば良いじゃないか」

「アクア飴を作ると、ウチの子達が全部買っていっちゃうから商売にならないのよ」

「そ、そうか。……とにかく、女性の飴を作るのはやめろ。次に作っているところを見かけたら、今度こそ営業停止にするからな」

「男の人の飴なら良いの? ……ジョークグッズとしてカズマ飴も作ってみたんですけど」

「おいちょっと待て、なんで俺のだけジョークグッズなんだ? 芸術品だろ?」

「カズマったら、面白いジョークを言うわね」

 

 こいつぶっ飛ばしてやろうか。

 

「……男性の飴もやめておけ。とりあえず、これは私が買っておく事にしよう。……百エリス? これが百エリスだと?」

 

 ダクネスにカズマ飴を渡したアクアは、俺の方をチラッと見て。

 

「カズマ飴は舐めていると首がポロっと取れて、冬将軍にやられた時のカズマさんになるわよ」

「おい」

「さらに舐めていると下半身が先に溶けて、クーロンズヒュドラにやられた時のカズマちゃんになるわよ」

「おいやめろ」

「体が全部溶けちゃったら、もう私でも蘇生させる事は出来ないわね……」

「おい、ただの飴の話だろ? 悲しそうな目でこっちを見るのはやめろよ」

 

 と、俺とアクアがそんなやりとりをしている中、ダクネスは手にしたカズマ飴を赤い顔で見つめながら、チラチラと俺の方を窺ってきて。

 そんなダクネスに、クリスが。

 

「ね、ねえダクネス、それをどうするの? 舐めるの? ひょっとして、カズマ君を舐めるつもりなの?」

「んなっ!? 何を! これはただの飴であって、カズマではないだろう! そ、そう、これは飴……。ただの飴だから大丈夫……、舐めても大丈夫……!」

「ちょっとダクネス、顔が真っ赤だよ? ねえ、大丈夫? 本当に大丈夫なの?」

「あああ、当たり前だろう! これは飴だから大丈夫だ、大丈夫なんだ!」

「そっちじゃなくて、ダクネスの体調が……!」

「はっはっは、クリスは心配性だな」

 

 ダクネスは朗らかに笑いながら、フラリと倒れて隣の屋台に頭から突っこんだ。

 顔が真っ赤だったのは、どうやら恥ずかしかったせいだけでなく、体調が悪かったかららしい。

 

「ダクネス! ダクネス、大丈夫!?」

「おい、大丈夫か!? アクア! ヒール掛けてくれ!」

「任せといて! 今とっておきのヒールを掛けてあげるわ!」

 

 クリスがダクネスを助け起こし、アクアがヒールを掛ける中。

 ダクネスは突っこんだ屋台の店主に謝りながら、フラフラと立ち上がり。

 

「ああっ! カズマが、カズマが……」

 

 倒れた拍子に砕け散ったカズマ飴を見下ろし泣きそうになっているダクネスに。

 

「おい、誤解を招くような事を言うな。それは俺じゃない。ていうか、そんな場合じゃないだろ。いきなりフラついて倒れたんだぞ? お前、やっぱり体調が悪いんじゃないか」

「す、すまない。私は大丈夫だ。ちょっとフラッとしただけだから、そんなに心配するな」

「何言ってんの、無理しないで休憩しようよ! ダクネス、顔が真っ赤だし、ちょっと熱もあると思うよ!」

「か、顔は……、その……」

 

 心配そうに言うクリスに、ダクネスは気まずそうに視線を迷わせていて。

 俺はそんなダクネスに。

 

「お前、体調が悪かったとはいえ、俺の飴に興奮して倒れるとか、純情なのか変態なのかはっきりしろよ、このムッツリ令嬢」

「ム、ムッツリ令嬢……! き、貴族とか令嬢とかを引き合いに出すのは本当にやめてください……」

「カズマ君、こんな時までダクネスをいじめないでよ! ほらダクネス、肩を貸してあげるから、エリス教会に行こう? あそこなら横になって休めるから」

「い、いや、そこまでしてもらうほどの事では……」

 

 顔を真っ赤にしてフラフラしながら、なおも強がるムッツリ令嬢に、俺はため息を吐いて。

 

「よしクリス、そのバカこっちに引っ張ってきてくれ。こっち側なら横になれるスペースがあるから、しばらく寝かせておこう。多分、熱中症だろ。水飲ませて休ませておいた方が良い」

「わ、分かったよカズマ君。ほら、ダクネス」

 

 クリスに肩を貸してもらい、ダクネスが屋台の内側に入ってきて。

 

「まったく、気を付けろって言って打ち水までしてるのに、運営側のお前が熱中症になってどうするんだよ? ちゃんと熱中症対策してるのに、不手際とか言われて責められたら面倒だし、お前は良くなるまで出歩かせないからな。ほら、そこに横になってろよ。今、フリーズ掛けてやるから」

 

 物置台を並べてその上にダクネスを寝かせ、額に手を当ててフリーズを掛けてやると。

 

「……ああ、冷たくて気持ち良い。すまないな、三人とも。迷惑を掛ける」

 

 気持ち良さそうに目を閉じるダクネスに、俺とクリスは顔を見合わせ。

 

「コイツはもうバインドで縛りつけてその辺に転がしておけば良いんじゃないかと思う」

「カズマ君は素直じゃないなあ。心配なら心配だって言えば良いのに。でも、その案にはちょっと賛成かな。ダクネスは放っておくと、どこまでも無理をするからね」

「お、おい二人とも……? なんだか不穏な会話が聞こえるのだが。その、迷惑を掛けた事は謝るから、バインドは別の日にしてくれないか」

「別の日ってなんだよ。こんな時まで縛られたがってるんじゃねーよ」

「まったくもう、ダクネスってば! こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言って、静かに休んでいれば良いんだよ」

 

 ツッコむ俺の隣で、クリスが女神のように微笑みダクネスを撫でながら、そんな事を言う。

 と、どこかへ行っていたアクアが戻ってきて。

 

「ダクネス、何か飲んだ方が良いっていうから、ラムネを貰ってきてあげたわよ。ネロイドを使って作ったやつだから、本物とはちょっと違うけど、冷たくて美味しいから飲んでみて」

「うう……、賄賂は受け取れない……! 仲間だからこそ厳しくしなくては……」

「もう! こんな時まで何言ってんのさ! お金はあたしが払っておくから、早く飲みなよダクネス!」

 

 クリスが怒ったように言いながら、ダクネスの口にラムネの瓶を突っこみ。

 炭酸ではないがネロイド入りの飲料を急に流しこまれ、ダクネスが少し苦しそうな顔をするが……。

 

「ふあ……! ああ、これも美味いな。これも、カズマが提案したのか? カズマが提案したというものは、どれも美味い……」

「い、いや、俺の国には普通にあるもんだからな。俺はただそれを料理スキルで再現しただけで、別に俺が凄いってわけじゃないぞ」

 

 焼きそばもラムネも日本には普通にあったものだし、再現できたのは料理スキルのおかげで、俺自身が何か凄い事をやったわけではないので、ストレートに褒められると少し気まずい。

 と、俺がもごもごしていたそんな時。

 飴細工の屋台に新たな客がやってきて。

 

「あっ、いらっしゃい! えっと、飴の形の注文ですか? すいません、今ちょっと手が離せないっていうか……え、脱いだら凄いと評判の警察署長、アロエリーナさんの? すいません、人の形をした飴は駄目だって言われてまして……。あ、エリス飴なら作っても良いって話だけど、どうします? 胸部着脱式は怒られたから……、しょうがないから、いつもよりパッドを盛ってあげる事にするわ。はい、お祭り仕様の特盛エリス飴よ」

「アクアさん? 何やってんのアクアさん!」

「心配しないでクリス、ダクネスに言われた事はちゃんと守るから。今日のところは、エリスの胸は着脱式にしないでおいてあげる」

「だからって無駄に盛ったらバレるよねえ!」

 

 俺は、アクアに食ってかかるクリスに。

 

「クリス、悪いんだけどしばらく店番頼んでも良いか? 俺はダクネスにフリーズを掛けてやらないといけないし、アクアはダクネスにヒールを掛けてやらないといけないんだよ」

「こんな状況だし、ダクネスのためだし、店番くらいやるけどさ! 結局こうなったかあ! ねえカズマ君、幸運ってなんだろうね!」 

 

 ……それは俺も知りたいところだ。

 クリスに、飴の形の注文は断ってねと言い、ダクネスの下にやってきたアクアは。

 

「ダクネス、大丈夫? 今、強めにヒールを掛けてあげるからね。まったく、ダクネスったらあの熊みたいな豚みたいなおじさんの時といい、一人で無理をし過ぎじゃないかしら! 大変だったら私達を頼ってくれたって良いのよ?」

「ありがとうアクア、今度から気を付ける。そうだな、あの時に、もう一人で突っ走ったりしないと言ったのにな……」

 

 薄く目を開けたダクネスが、嬉しそうにそんな事を……。

 …………。

 疲れていたダクネスにとどめを刺したのは、アクシズ教がやらかしたせいで届けられた、大量の苦情だと思うのだが。

 ついでに言うなら、ムッツリ令嬢を興奮させたのはアクアが作ったカズマ飴なのだが。

 

「何よカズマ、どうしてそんな、白けた目で見てくるの? 私が真面目にヒールを掛けてるっていうのに、何か文句があるんですかー? あんたも早く、ダクネスにフリーズを掛けてあげなさいよね!」

 

 なんというマッチポンプ。

 調子に乗らないと言っていたはずなのに、どうしてコイツは毎度毎度、何かやらかさないと気が済まないのだろう。

 

 

 *****

 

 

 しばらくして。

 体調を持ち直したダクネスが見回りに戻り、クリスもダクネスについていって。

 アクシズ教団のブースはますます盛況だが、YAKISOBAの屋台にだけ客が集まっていた昨日と違い、今日は全ての屋台に満遍なく客が来ているので、忙しいには違いなくとも、どうにか捌けている。

 そんな中。

 

「サトウさんサトウさん。見てください、カップルですよ! あんなにくっついちゃって羨ましい! ここはサトウさんが脅かしに行って、あまりの迫力にあの少年が泣きだしてしまい、女の子に愛想を尽かされているところで、私が慰めてあげるっていうのはどうかしら? ……? …………あまりの迫力に……?」

「おい、俺を見てちょっと無理っぽいなって顔をするのはやめろよ。自分でも迫力がないのは分かってるけど、それは俺のせいじゃなくてあんたらのゾンビっぽいメイクが適当なせいだからな。なんだよ、額に『腐』って。あんたらは本当に脅かす気があるのか?」

「それは、アクア様が『カズマさんは性根が腐ってるから、分かりやすいように額に腐って書いておいたら良いんじゃないかしら』って仰っていたから……」

「よし、ちょっと待っててくれ。あいつを引っ叩いてくるから」

「待って、待ってください! あの方に無礼を働くというなら、お姉さんがアクシズ教団の名において鼻からところてんスライムを食べさせるわよ!」

「やれるもんならやってみろ! 何がところてんスライムだバカにしやがって!」

 

 俺は、アクシズ教のプリースト、セシリーとともに、人手が足りないというお化け屋敷で脅かし役の手伝いをしていた。

 と、俺がセシリーに怒鳴っていると、ちょうど通りかかったカップルが驚いて。

 

「う、うわあ……? あの、ここってお化け屋敷ですよね?」

「そ、そうだけど。……お化け屋敷なのに全然脅かせなくてすいません」

 

 脅かし役の雑な登場に、逆に驚いていたカップルが、白けた目で俺達を見てきて。

 と、そんな時。

 カップルの女の子の方が、俺を指さし。

 

「ねえ、あなた、見た事があるわ。サトウカズマっていう冒険者でしょ? 初対面の女の子のパンツを脱がしたり、幼気な少女を粘液まみれにしたっていう、セクハラ冒険者の!」

「ちょっと待ってくれ。いや、合ってる。大体合ってるんだけど、その言い方は誤解を招くだろ」

「ひっ! いや、近寄らないで! いやーっ!」

 

 俺が誤解を解くために近寄ろうとすると、少女が悲鳴を上げ、少年を置いて逃げていき……。

 

「流石ですねサトウさん! 女の子が逃げていきましたよ、計画通りです!」

「いや、待ってくれ。ここってお化け屋敷なんだろ? この脅かし方はなんか違うと思うんだが。あと、悲鳴を上げて逃げられるとか、俺でもちょっと傷ついたぞ」

「なんか、すいません……」

 

 と、気まずそうに頭を下げる少年の下に、ゾンビの扮装のままセシリーがにじり寄っていって。

 

「ピンチの時に恋人を置いて逃げだすなんて、なんてひどい女の子でしょうね! でも私が来たからにはもう安心ですよ。あなたはまあ、そこそこイケメンと言えばイケメンですし、恋人に逃げられた傷心を私が癒してあげても良いわよ。貯金はいくらありますか?」

「えっ、あの、……え? ……貯金? いきなりなんなんですか? ここってお化け屋敷なんですよね?」

「もちろんお化け屋敷ですよ。カップルで入ったらいろいろあって、出る時にはちょっと仲良くなれる、そんなお化け屋敷ですよ。あなたの恋人は逃げていってしまいましたが、私と仲良くなって出ていっても問題はないと思います」

「おいやめろ。お前の言動は問題しかない。お客さんに直接触ろうとするのはやめろよな。こういうとこって、脅かしはしてもノータッチが基本だろ? ひょっとして、お化け屋敷で体中を弄られたって苦情が出たのはお前のせいか? これ以上ウチのムッツリ令嬢の仕事を増やすのはやめてくれよ」

 

 俺が、少年に抱きつこうとするセシリーを引き剥がしていると。

 

「あっ、ちょっと、いくらお姉さんが美人だからって、いきなりそういうのはどうかと思うの! お姉さんは安い女じゃないんですからね! あらっ? でもそういえば、サトウさんって、魔王軍の幹部を何人も倒したり、大物賞金首を撃退したって話じゃなかったかしら? という事はリッチマンよね? それにアクア様とも仲が良いし、…………綺麗なお姉ちゃんは好きですか?」

「おいふざけんな。俺にだって選ぶ権利くらいあるんだからな。……あんた、今のうちに逃げろ!」

 

 俺の言葉に、セシリーに絡まれていた少年が逃げていき。

 

「あーっ! 私のロマンスが逃げていく……! なんて事してくれるんですか! こうなったら私を養うかアクシズ教団に入信して責任を取ってもらわないと……」

「お前いい加減にしろよ。温厚な俺でも怒る時は怒るからな」

 

 俺が、バカな事を言いだしたセシリーと揉み合っていると……。

 順路をトコトコ歩いてきた小さな女の子が。

 

「……何をやっているのですか、あなた達は」

「違うの! これは違うのよめぐみんさん! 心配しないで、私はめぐみんさん一筋だから!」

「いやちょっと待て。なんで俺がフラれたみたいになってんの? お前なんかこっちから願い下げだよ」

 

 俺の言葉を無視し、セシリーは半眼でこちらを見るめぐみんに駆け寄っていき。

 

「ちょっ! なんですかお姉さん、いきなり抱きついてくるのはやめてください!」

「仕方ないの、仕方ないのよめぐみんさん、だって私は今、汚らわしいアンデッドなのだから! 理性を失い自らの欲望を満たすためだけに動いてしまうのは仕方がない事なの!」

 

 ……それは普段の行いと何が違うのだろうか。

 額に白い三角の布を巻いただけのなんちゃってアンデッドの扮装をしたセシリーが、そんなバカな事を言いながらめぐみんに抱きつこうとして、締めあげられている。

 

「いたたたたた! めぐみんさん、痛い痛い! めぐみんさんはレベルが高いんだから、そんなに力を込められるとお姉さんクシャってなっちゃう! でもロリっ子なのに力持ちってギャップが最高だと思うの! まったく、めぐみんさんったらなんて可愛いのかしら!」

「なんなんですかこのセクハラお化け屋敷は! 即刻営業停止にするべきです! というか、アクシズ教徒にお化け屋敷なんかやらせたらこうなるのは分かりきってるじゃないですか! 許可を出した人は何を考えてるんですか!」

 

 ダクネスが領主代行なのだから、最終的に許可を出したのはダクネスだと思うが。

 ……ここ最近はかなり疲れていたようだから、冷静な判断力を失い、うっかり許可を出してしまったのではないだろうか。

 

「待ってめぐみんさん! ここはアクシズ教団の中では一番人気の催しなの! 営業停止にしたら、不満を持ったアクシズ教徒達が何をするか分からないわよ!」

「どんな脅しですか! 悪質すぎますよ、あなた達は!」

「……なあ、お化け屋敷よりYAKISOBAの方が人気だし、今日は他にもいろいろと屋台を出してるのに、ここが一番人気ってどういう事だ?」

「アクシズ教団には、人をびっくりさせたり笑わせたりするのが好きな教徒ばかりが集まっているから、お化け屋敷の脅かし役は人気なのよ。誰がやるかで喧嘩して、逆に人手が足りなくなるくらいなんだから」

「一番人気って、客に人気があるんじゃなくてアクシズ教徒に人気があるのかよ。ていうか、俺はそんなバカな理由で脅かし役をやらされてんのか? 人手が足りなくなるくらいなら、もう不満を持つ奴もそんなに出ないだろうし、営業停止で良いんじゃないか?」

 

 

 

 お化け屋敷を閉鎖して、屋台の手伝いに戻り。

 

「カズマは今日もアクアの手伝いですか。手伝いはしないと言っていたのに、なんだかんだ手伝っていますね」

「本当だよ。というか、お前は手伝うって言ってたくせに何もやっていないんじゃないか? クリスの神器探しの手伝いをしているわけでもないし、ここ最近、お前だけ暇を持て余してないか?」

「失礼な! 私は私で、いろいろとやる事があったんです。アクアの手伝いだってちゃんとしてましたよ。ゼル帝の面倒を見たり、食材を安く大量に仕入れたり、お姉さんがところてんスライムを買おうとするのを止めたり、花火大会の計画書にこっそり手を加えたり、ちゃんと働いてました」

「なんだ、俺の見てないところでお前もいろいろやってたんだな。……おい後半なんつった?」

 

 特に予定がないというめぐみんを、屋台の内側に引っ張りこんで手伝わせていると。

 

「……お姉さんはどこでカップルを脅かして憂さ晴らししたら良いのかしら?」

 

 未だになんちゃってゾンビの扮装をしたままのセシリーが、そんなロクでもない事を言いだして……。

 

「前から気になってましたが、あなた、めぐみんさんとはどういう関係なんですか? 屋台の手伝いもしてもらってるし、めぐみんさんの優しさに付けこんでお世話してもらおうって魂胆ですか? 何それ羨ましい。代わってください!」

「やめてください! 私達は別にカップルとかではありませんから、憂さ晴らしの対象にするのはやめてください!」

「……なあ、俺ってお前にお世話されてたのか? 爆裂散歩の帰りにおんぶしてやったりしてるし、どっちかって言うと俺が世話してやってる方だと思うんだが」

 

 俺がめぐみんを見ると、めぐみんは目を逸らし。

 そんなやりとりをする俺達に、セシリーが。

 

「またそんなツンデレオーラ出しちゃって! しかも爆裂散歩の帰りにおんぶとかなんですかそれ羨ましいすごく羨ましい。でも私だってめぐみんさんと深い絆で結ばれているんですからね! めぐみんさんが空腹で困っている時にご飯で釣って教会に連れこんだのは私ですよ!」

「待ってください、待ってくださいよお姉さん! 余計な事を言わないでください!」

「お前……、俺と初めて会った時も、なんでもするから食べ物を恵んでくれとか言ってただろ」

「!?」

 

 俺の言葉にセシリーが驚愕の表情を浮かべる中、めぐみんは焦ったように。

 

「なんでもするとは言ってませんよ! パーティーに入れてほしいって言っただけじゃないですか!」

「なんでもするからパーティーに入れてくれって言っただろ」

「そ、それは……! 言いましたけど……」

「そんな……! なんでも? めぐみんさんがなんでもするからって……!? サトウさん、あなたって人は! 何をしたんですか? こんなに可愛いめぐみんさんに何をしたんですか! 詳しく! 詳しく教えてください!」

「……ちょっと粘液まみれにした上に、どんなプレイでも受け入れるからパーティーに入れてくださいって泣かしたくらいかな」

「なんという上級者! ……どうやらお姉さんは、あなたの事を甘く見ていたようね。流石は街でクズマさんだのゲスマさんだの言われているだけの事はあるわ。でもこの勝負、お姉さんだって負けられないのよ。お姉さんの方が、めぐみんさんと深い絆を結んでいるんだから! そう、なんと私はめぐみんさんとお風呂に入った事があります!」

「なあ、それ言ってるのって誰なんだよ? でもまあ、一緒に風呂に入った事なら俺もあるな」

「!?」

 

 俺の言葉にセシリーがますます驚愕の表情を浮かべ、めぐみんはますます焦ったように。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 一体なんの勝負なんですか! なんだかさっきから、私ばっかり恥ずかしい目に遭っている気がするのですが! カズマもどうして対抗しようとするんですか!」

「俺はただ事実を言っているだけで対抗しているわけじゃない。それとも、俺は何か一つでも間違った事を言ってるか?」

「だ、だからっていちいち他人に話すような事ではないでしょう!」

 

 めぐみんのその言葉に、なぜかセシリーがドヤ顔で。

 

「他人だなんてそんな! めぐみんさんと私は、一緒のベッドで寝た事もある仲じゃないですか!」

「そんな事実はありませんよ! アルカンレティアでの事を言っているなら、あの時はちゃんと部屋から叩きだしたじゃないですか!」

「俺はめぐみんと一緒のベッドで寝た事があるぞ」

「!? なんですって? 詳しく! その時のめぐみんさんの様子を詳しく!」

「やめてください! なんなんですか、二人して! これ以上私を辱めるというなら考えがありますよ!」

「……そんなに興奮すると熱中症で倒れるぞ。ほら、フリーズ掛けてやるよ」

「誰のせいですか! あ、フリーズはもうちょっと強めにお願いします」

「めぐみんさん、ヒールは? お姉ちゃんのヒールは要りませんか?」

「別に怪我をしたわけでもないですし、要りませんよ。……なんでそんな、捨てられた子犬のような目で見てくるんですか? 分かりました、分かりましたよ! お姉さんにヒールをしてほしいです。……あっ、ちょっ! いちいち体中を弄り回す必要はないでしょう!」

 

 セシリーがめぐみんに抱きつこうとし、めぐみんに押しのけられていた、そんな時。

 氷の容器を抱えたアクアが駆け寄ってきて。

 

「カズマさーん! かき氷の氷がまたなくなったんですけどー! 水は私が出してあげるから、急いで氷を作ってほしいんですけどー!」

「もうなくなったのか? 昼より涼しくなってきてるはずなのに、氷がなくなるのが早くなってないか?」

「そうなの! 暑いから冷たいものはよく売れるし、材料は氷とシロップだけだから、いくらでも捌けるわよ! 一番売れてるのはかき氷の屋台かもしれないわね。でも、食べすぎてお腹が痛くなる子供もいるから、ヒールを掛けてあげないといけないの! 早くあっちに戻らないといけないから、早く氷を作って! 早くしてー、早くしてー」

 

 俺が、アクアに急かされながら、フリーズの魔法で氷を作っていると、セシリーが。

 

「アクア様、ヒールだったら私も使えますけど! 私のヒールは要りませんか?」

「それじゃあセシリーにもお願いしようかしら。でも、あんまり食べすぎてるようだったら、ヒールは使わないであげてね。氷の食べすぎは体に悪いもの」

「分かりました! このセシリーにお任せください!」

 

 やる気を漲らせたセシリーが駆けていき。

 

「……なあ、アクシズ教の教義には、我慢は体に毒だから、飲みたい時に飲んで食べたい時に食べろってのがあるんじゃないのか?」

「そうだけど、お腹が痛くなるって分かってるのに、食べさせるのは可哀相だもの」

 

 俺の質問に、アクアがそんなまともな事を言いだして……。

 誰だコイツ。

 俺が、氷の容器を抱えてかき氷の屋台に戻っていくアクアの背中に、訝しげな視線を向けていると。

 セシリーに揉みくちゃにされて乱れた髪を直しながら、めぐみんが。

 

「アクアはどうしてしまったんでしょうか? なんだか、ものすごくまともな事を言っていましたが」

「ゼル帝が生まれて成長したらしいぞ。この前のクエストの時も、調子に乗ると酷い目に遭うとか、アクアらしくない事を言ってたし、知力のステータスは上がってないけど、あいつだって成長くらいはするんだろ。アクシズ教徒は祭り好きらしいし、今回のアクアは、本当に純粋に祭りを楽しみたかっただけみたいだな。……へいらっしゃい!」

 

 俺が、屋台にやってきた客の相手をしていると。

 アクアの様子に首を傾げていためぐみんが、ぼそっと。

 

「……なんだかフラグにしか聞こえないのは私だけでしょうか?」

 

 そんな事を言っていたが、俺には何も聞こえなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このいかがわしい生物にお願いを!

『祝福』6,7、『続・爆焔』、既読推奨。
 時系列は、『続・爆焔』の後。


 俺達が、アクセルの街近くの森の中に建っていた、ドネリー一族の屋敷に忍びこみ、モンスター召喚の証拠品である魔道具を盗みだしてから、数日が経ったある日の事。

 すっかりクリスとの待ち合わせ場所と化している喫茶店にて。

 

「またハズレだったねえ……。無駄足踏ませちゃってごめんよ、助手君」

「いや、今回はめぐみんの敵討ちってのもあったし、良いって事ですよお頭。それに、これでドネリーを追いつめられるって、ダクネスも喜んでましたよ」

「そう言ってくれると助かるよ。いつもすまないねえ」

「それは言わないお約束ってやつですよ」

 

 意外とノリの良いお頭は、笑いながらそんなバカなやりとりをしてから、困ったような表情を浮かべ。

 

「でも、本当にどこに行っちゃったんだろうね、あの神器は……。あたしの盗賊としての勘では、まだこの辺りのどこかにあるはずなんだけど。怪しい貴族の屋敷を宝感知で調べても反応がないし、ここらで大きな反応があるのは、アクアさんの羽衣くらいかなあ」

「あいつが女神だなんて何かの間違いでしょうし、取り上げるって言うなら協力しますよ」

「い、いやいやいや、何言ってんのさ助手君。アクアさんは女神の中でも凄く力を持っているし、あの羽衣はアクアさんが持っているのが一番良いんだよ! それに、あたしはアクアさんと敵対するなんて嫌だからね!」

「まあ確かに、前に羽衣を取り上げようとした時は泣いて嫌がってたし、仮面盗賊団として盗もうとしたら、抵抗されてどんなロクでもない事になるか分かりませんね。酒を飲ませて眠りこけたところを狙うのが良いと思います」

「取り上げないって言ってるじゃんか! ……まったく、キミってば本当に鬼だよね。あと、仮面盗賊団じゃなくて銀髪盗賊団だよ」

 

 俺がその言葉を聞き流していると、クリスは席を立ち。

 

「とにかく、あたしはもうちょっと捜してみるよ。……それで、また貴族の屋敷に忍びこむ事になったら、助手君も手伝ってくれるかな?」

 

 不安そうにそんな事を言ってくるクリスに、俺は力強く頷いて。

 

「分かってますよ。その時に予定がなくて、ターゲットの屋敷の警備があんまり厳重じゃなくて、気が向いたら付き合いますよ」

「結構条件が厳しくないかなあ! ねえ、これはキミにしか頼めない事なんだよ! この世界のために協力してよ!」

「平穏な生活を送りたい俺にそんな事言われても。あ、せっかく下部組織が出来たんだし、めぐみん達に強襲させればいいんじゃないですか?」

「あの子達は誰も盗賊スキルを持ってないから、盗賊団じゃなくて強盗団になっちゃうよ……。それに、アイリス王女に本当に犯罪をやらせたりしたら、あたし達がどうなるか分からないんじゃないかな」

 

 クリスが青い顔をして、そんな事を……。

 …………。

 

「……分かりました。俺が手伝うので、あいつらには絶対に何もさせないでください」

 

 

 

「――戻ったぞー」

「おかーえり!」

 

 屋敷に帰ると、まだ昼過ぎだというのに、アクアが広間で酒を飲んでいた。

 ……真面目な方の女神が苦労しているというのに、こいつと来たら。

 

「ぷはー! この一杯のために生きてるー! ねえカズマ、どうしてもって言うなら、ちょっとだけお酒を分けてあげなくもないわよ? マイケルさんのお店のお酒は美味しいけど、一人で飲んでいても楽しくないし、一緒に飲まない?」

「昼間っから何やってんだよ、お前は」

「何言ってんの? 遅く起きてきたカズマさんにとっては昼間かもしれないけど、世間的にはそろそろ夕方って言っても良い時間帯じゃない。夕方って言ったらもう夜とそんなに変わらないし、お酒を飲んでも良いと思うの。それに、アクシズ教の教義、第七項を知らないの?」

「知るわけない」

「『汝、我慢をする事なかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだから』。……私は女神として、アクシズ教の教えを守っているだけで、誰かに文句を言われなきゃいけないような事はしていないわよ」

 

 このまま酔って眠りこけるようなら、本当に羽衣を取り上げてやろうか。

 

「というか、お前、小遣いがなくなったって言って泣いてなかったか? その酒はどうやって手に入れてきたんだ? またセシリーに貢がれたのか? お前はアクシズ教徒の連中と関わるとすぐ面倒くさい事になるから、あんまり関わらないでくれって言ってるだろ」

「ちょっと、憶測でウチの子達を悪く言うのはやめてちょうだい! そういう風評被害がアクシズ教団の評判を貶めているんだから! このお酒はちゃんと私のお金で買ってきたんだから、カズマに文句を言われる筋合いはないわよ。ダクネスが、私のコレクションの石を買ってくれて、臨時収入があったのよ」

「お、お前、平然と仲間にたかるのはやめろよ。ダクネスの家は貧乏貴族なんだから、無駄遣いさせるなよな」

「無駄遣いじゃないわよ。一緒にお酒を飲んで、お互いの理解を深めるの。日本でも、飲みニケーションっていうのがあったでしょ?」

「飲んでるのはお前一人なのに何言ってんだ? 大体、飲みニケーションはアルハラとか言われてたくらいだし、飲みたくないのに付き合わされる方は堪ったもんじゃないぞ」

「一緒に飲もうってダクネスを誘ったのに、断られたのよ」

「そりゃ昼間っから酒飲もうなんて言われて、頭の固いダクネスがホイホイ釣られるわけないだろ。一緒に飲みたいって言うんなら、せめて夜までは待ってろよな。今のお前の姿を見たら、ゼル帝だって呆れるんじゃないか?」

「ゼル帝をダシにして脅かすのはやめてほしいんですけど! まったく、カズマさんったら、嫌がらせをする事にかけては悪魔にも負けてないわね!」

「おいやめろ。善良な俺と悪魔を比較して、しかも悪魔の方がマシみたいな事を言うのはやめろよな。あんまりふざけた事を言ってると、悪魔にも負けない嫌がらせをその身で受ける事になるぞ。具体的には、ここにゼル帝を連れてくる」

「……そういうところが悪魔よりひどいって言ってるんですけど」

 

 誰かに文句を言われないといけない事はしていないと言っていたくせに、アクアはそう言って口を尖らせた。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 昼過ぎに起きだしていくと、広間には誰もいなかった。

 めぐみんはこのところ、盗賊団の活動で出掛けている事が多いし、アクアはどうせウィズの店で茶でも飲んでいるのだろう。

 ダクネスがどこにいるのかは分からないが、ここにいないという事は、どこかで忙しくしているのかもしれない。

 ダクネスは最近、ドネリーを追いつめてやると言って、大喜びで駆けずり回っていた。

 それも落ち着いたという話だったが、事後処理か何かがあったのだろうか。

 そんな事を考えながら、台所に置いてあった料理を食べて空腹を満たしていると、屋敷のどこかから物音が聞こえてきて……。

 

「……?」

 

 食事を終えてもまだ物音は続いていたので、聞こえる方へと向かってみると。

 一つのドアの前に辿り着き。

 

「おいダクネス、いるのか?」

 

 俺が、ダクネスの部屋のドアをノックし呼びかけると、部屋の中でガタンッと驚いて跳び上がったような音がして、息を潜めるように静かになった。

 

「……ダクネス? いるなら返事しろよ。何やってるんだ?」

 

 何度も呼びかけてみるが、中から返事はなく。

 物音はずっと聞こえていたし、俺の声に反応したようだったから、聞き間違いという事はないはずだが……。

 …………。

 いや、ちょっと待て。

 国内で一番治安が良いというアクセルの街では考えにくい事だが、ひょっとして泥棒が入っているんじゃないのか?

 部屋の中から物音は聞こえないが、敵感知に薄い反応がある。

 と、俺がドアに耳をつけて物音に集中していた、そんな時。

 

「……んっ……!」

 

 もう何度も聞いているから、俺が聞き間違える事はない。

 ダクネスのちょっと興奮した時の声が……。

 

「こ、こら、声を出せない状況だというのに何を……! や、やめろお! 私はそんな事を望んでいるわけでは……! んくう……!? こ、こんな声をカズマに聞かれたら……!」

 

 そんな、押し殺したダクネスの声が聞こえてきて。

 俺は潜伏スキルで気配を消し、ドアに耳をつけて部屋の中に意識を集中する。

 

「……ま、待ってくれ。今は駄目だ。さっき呼びかけてきたし、カズマはまだ廊下にいるはずだ。あの、エロいくせに肝心な時にはヘタレな男が、こんな状況で部屋の様子を窺っていないはずがない。……んっ! だ、駄目だと言っているだろう! 私の言う事を聞け!」

 

 ダクネスが、俺に聞かれないようにか、小声でそんな事を言っている。

 ……部屋の中に、ダクネス以外の誰かがいるらしい。

 …………。

 なんだろう? 別に俺は、ダクネスと付き合っているとかそんなんじゃないのに、なんとなくモヤモヤする。

 自分でも面倒くさいとは思うが。

 というか、あの真面目なダクネスが昼間っからそんな事をするだろうか?

 

「くっ……、こ、この……! やめろ、そんなところに触るな! んあっ! だ、駄目だ、きっとカズマが部屋のすぐ外で聞き耳を立てているに違いないのに……! そんな状況で抵抗空しくとんでもない目に遭わされると思うと……! ……んくうっ……!? い、いい加減にしろ!」

「うおっ!?」

 

 ダクネスがいきなり大声を出すので、俺は驚いて跳び上がってしまい。

 

「カ、カズマ!? いるのか? やはりそこにいるんだな! は、離せ! 私はもう、特定の相手にしかなぶられたりしないと心に決めている!」

 

 ……よく分からないが、ものすごく流されそうになっていたくせに、こいつは今さら何を言っているのだろうか。

 俺は改めて部屋の中に向けて。

 

「えっと、ダクネス? 昼間っから何やってんの? お前はそういうの、もっと恥ずかしがるもんだと思ってたんだが。ついに純情娘の仮面を脱いで、変態痴女として覚醒したのか?」

「き、貴様という奴は! 誰が変態痴女だ! 場合によってはその言葉だけで、侮辱罪を適用してやる事も出来るんだからな!」

「はあー? また実家の権力に頼るんですかお嬢様。お前、ドネリーの一件といい、最近はダスティネス家に頼る事に抵抗がなくなってきてないか? 昔は貴族の権力を行使するのは嫌いとか言ってたくせに、すっかり汚い貴族が板についてきたじゃないか。大体、変態痴女に変態痴女って言って何が悪いんだよ? 部屋の中に誰がいるのか知らないけど、この状況で言い逃れ出来ると思ってんのか?」

「ま、待てカズマ! 部屋の中にいる人間は私だけだ! そこは誤解しないでくれ!」

 

 ダクネスは、焦ったようにそんな事を……。

 

「ほーん? じゃあドアを開けて部屋の中を見せてみろよ」

「!? い、いや、それは……」

「別に嫌なら良いよ。お前だって、自分の事は自分で判断できる年齢だし、付き合っているわけでもないのに俺が文句を言ういわれもないしな」

「ま、待て! 分かった、ドアを開ける。開けるが……、引かないか?」

 

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、今にも泣きだしそうな、弱々しい声で。

 俺は、そんなダクネスを安心させるように。

 

「安心しろ。俺はダクネスがどんなエロい事をしてても引かない自信がある」

 

 俺がそう言うと、内側からドアの鍵が外され。

 ゆっくりとドアが開いて。

 部屋の中にいたのは、上気して顔を真っ赤にし、息を荒くして、日本のOL風の服を汗で肌に張りつかせたダクネスで。

 そのダクネスの背後にいるのは……。

 

「うわ、気持ち悪っ! なんだよそいつは!」

 

 一言で言えば、肉塊。

 大人の背丈ほどもある、円柱状の肉塊のあちこちから、いろいろな太さの触手が何本も生えて、うねうねと蠢いている。

 シルエットだけなら、枝が風に揺れる樹木に見えなくもないが……。

 俺がその気持ち悪い生き物に、若干引いていると、ダクネスが恥ずかしそうに小さな声で。

 

「……ローパーだ」

 

 ローパー。

 名前だけなら、俺だって聞いた事くらいはある。

 ゲームやなんかに出てきた、そこそこ有名な触手生物だ。

 とはいえ、この世界の常識が、俺の知る常識と同じとは言いきれない事を、俺は嫌というほど思い知っている。

 

「それって、触手でエロい事するやつ?」

「……そうだ、触手でエロい事をするやつだ」

 

 この世界のローパーも、触手でエロい事をするらしい。

 なるほど、ダクネスが好きそうだ。

 

「実はこう見えて、植物に近いモンスターでな。地上をゆっくりと歩きながら、触手で辺りを探って、狭く湿り気のある、暖かい場所に種を植えつける。といっても、自然界にそんな都合の良い場所はあまりないから、種を植えつけるのは、生き物の体内にという事が多い。種を植えつけられた生き物は、やがて発芽とともに養分を吸い取られて死に至り、表面を覆われて、新たなローパーの芯になるんだ。増えすぎたローパーを駆除するために向かった冒険者が、返り討ちに遭ってローパーに種を植えつけられ、逃げようとするも触手に捕らわれ、やがて苗床にされる事例も少なくはない。例えば私が種を植えつけられたら、種が発芽するまで触手に捕らわれ、やがて発芽すると養分を吸い取られ、体力を奪われた私は抵抗も出来ず、少しずつ体中をローパーの皮膚に覆われていき、ついには顔まで覆われて呼吸も出来なくなり、新たなローパーの芯に……! ……ハアハア……!」

 

 頬を上気させ、興奮気味に言うダクネスに、俺はドン引きしながら。

 

「そ、そうか。それで、そのローパーが、どうしてこんなところにいるんだ? モンスターなんだろ、危険はないのか? ていうか、街の中を連れてきたらさすがに騒ぎになっただろうし、この屋敷だって広間には誰かしらいる事が多いから、お前の部屋に連れてくるのも簡単じゃなかったと思うんだが。どうやってこの部屋まで連れてきたんだ?」

「そ、それは……。大丈夫だ。とにかく、危険はない。どうしてかは分からないが、こいつは私の言う事をよく聞いてくれるんだ」

 

 なぜか自信ありげに請け合うダクネスに、俺は怪訝そうな目を向ける。

 明らかに危険なモンスターだと思うのだが。

 

「いや、危険はないって言っても、さすがにモンスターを飼って良いとは言えないだろ。お前、一応は領主の娘なんだし、モンスターを退治する冒険者なんだぞ?」

「い、良いじゃないか! めぐみんはちょむすけを飼っているし、アクアにはゼル帝がいる。私だって、何かを飼っても良いはずだ!」

「だからってモンスターは駄目だろ」

「ちょむすけは邪神だし、ゼル帝はドラゴンだ。モンスターくらい、なんだと言うのだ」

「ちょむすけはどう見てもただの猫だし、ゼル帝はどう見てもただのひよこだろ。そいつはどう見てもモンスターじゃないか。危険はないって言われても信用できない。どうしてそいつはお前の言う事を聞くんだ? どれくらい聞くんだよ? そういや、さっき言う事を聞いていなかったみたいだったぞ? 本当に危険はないのか?」

「だ、大丈夫だと言っているだろう! もしも言う事を聞かなくなって、危険だという事が分かったら、私が責任を持って討伐する。私は頑丈だから触手の攻撃は効かないし、私の腕力なら素手で触手を引き千切れる。こいつの出す毒にも耐性があるから、正面から戦っても負ける事はない。だ、だからカズマ、頼む……! この頼みを聞いてくれるなら、お礼に、頬にキスを……」

「いやちょっと待て。お前、バカなの? お前の中では、そいつを飼う事はクーロンズヒュドラ討伐に匹敵するほどの事なの?」

 

 呆れたように言う俺の手を両手で包み、ダクネスは頭を下げて。

 

「た、頼む……! なんでも……、なんでもするから……!」

「おいふざけんな。自分を安売りするのはやめろよな。ていうか、クーロンズヒュドラ討伐よりもローパーなのか? あの時の俺の頑張りを返せよ」

 

 俺がそう言っても、ダクネスは俺の手を握る事も、頭を下げる事もやめず。

 そんなダクネスの後ろでは、ローパーが触手をうねうねと蠢かせていて。

 

「……しょうがねえなあー。分かったよ、飼っても良いよ」

「本当か!」

 

 根負けした俺はそう言ってしまい。

 その言葉に顔を上げたダクネスは、本当に嬉しそうな、心の底からの笑顔を浮かべていて。

 ……早まったか?

 クソ、言っちまったもんは仕方がない。

 

「ただし、俺達以外の目には触れないようにしろよ。街の中でモンスターを飼ってるなんて事が知れたら何を言われるか分からないからな。まあでも、冒険者ギルドには報告しておいた方が良いか。……屋敷の外に出るような事があったら、例外なくその場で討伐しろ。俺達の誰かに危害を加えた場合も討伐しろよ」

「分かった。約束しよう」

「それと、お前が寝てる間にどうにかされたら困るし、どこか別の部屋に閉じこめておいた方が良いな」

「わ、分かった。じゃあ、ジェスター様のために新しい部屋を……」

「ジェスター様ってなんだよ」

 

 ダクネスがローパーを引き連れて、いそいそと空いている部屋へ行こうと……。

 

「なあ、こいつが通ったところ、粘液でぬるぬるしてるんだが?」

「……ん。ローパーは湿った場所を好み、常に全身から粘り気のある体液を分泌しているのだ。それに触れたり、気化した体液を吸ったりすると、毒や麻痺といったステータス異常を食らうから気を付けろ」

「めちゃくちゃ危険なモンスターじゃねーか! ふざけんな!」

「い、いや、それほど危険な毒ではないし、ウチにはアクアがいるからいざという時もなんとかなる。大丈夫だ」

「そりゃお前はなんともないだろうし、めぐみんはレベルが高いから大丈夫だろうけど、俺はステータスが低いし貧弱なんだぞ? 毒や麻痺を食らったら、何かの間違いでうっかり死ぬかもしれないだろ」

「…………カズマが死んでもアクアに蘇らせてもらえば」

 

 この女!

 

「ふざけんなクソ女! お前の性癖のためなら俺が死んでも良いってか! そこまで言われて誰がそんな気持ち悪い生き物を認めるか! 却下だ却下! おいそこをどけ、そんな危険生物、俺がぶっ殺してやる!」

「や、やめてくれ! まだなんにも悪い事してないじゃないか!」

「すでにウチの廊下を危険な粘液でベタベタにしてるんだよ! そもそも、モンスターを飼おうってのが間違ってるんだ!」

「くっ、一度は飼っても良いと言っておきながらすぐに意見を翻すとは! 見損なったぞカズマ! 恥ずかしくないのか!」

「おまっ、どの口がそんな事言えるんだ! 自分の性癖のために仲間の命を危険に晒すようなド変態に、恥ずかしいとか言われたくねえ! 何が仲間の命を守るクルセイダーだ! こっちこそ見損なうわ!」

「……どうあってもジェスター様を討つというのなら、私にも考えがあるぞ」

 

 ダクネスはそう言うと、廊下の真ん中でローパーの前に立ち、まるで俺達を守る時のように両手を広げて……。

 

「『デコイ』ッ!!」

 

 囮になるスキルを発動させ、俺の前に立ち塞がったダクネスを、俺はどうしても無視する事ができず。

 

「まったく、お前ってなんだかんだバカだよな。バインドスキルがある俺にとって、一対一でお前を無力化するのなんて簡単なんだぞ? 部屋に行ってワイヤーを取ってくれば、お前なんか一発だ」

 

 俺が笑ってそう言うと、ダクネスも笑って。

 

「残念だったなカズマ。いつかこうなると思って、事前にバインドに使えそうなロープやワイヤーは隠しておいた。お前は冒険者の道具をロクに手入れもしていないから気づかなかっただろう? バインドを使えないお前に、簡単にやられる私ではないぞ! ドレインタッチを使うには近づかなければならないし、フリーズやクリエイト・ウォーター、狙撃スキルでは私にダメージを与えられない! スティールで着ている物を奪ったところで、今の私を止められると思うな!」

「くそったれー!」

 

 こいつ、だんだんせこい搦め手も使えるようになってきたじゃないか!

 俺は、飛びかかってきたダクネスの攻撃をひらりと避けると、ダクネスの腕に一瞬だけ触ってドレインタッチを……。

 

「ふはは、レベルが上がり体力が上がった私に、そんなものが効くか!」

 

 マズい!

 ダクネスは不器用で攻撃が当たらないが、武器を使わなければ俺を捕まえる事くらいは出来る。

 しかも、廊下は攻撃を避けて逃げ回るには狭すぎる。

 逃げだして誰かに助けを求めようにも、階段はダクネスとローパーを挟んだ向こう側にあって……。

 

「なあダクネス、賭けをしないか?」

「断る!」

「……!? か、賭けだぞ? 勝った方が相手に何でも一つ、言う事を聞かせられるんだぞ?」

「いつもいつも、私がそんなものに乗せられると思うな! いくらお前が鬼畜でも、ジェスター様のように触手があるわけではない! ……だが参考までに聞いておこう。お前が勝ったら、私に何をさせるつもりだ?」

「そりゃあ口に出来ないような凄い事だよ! お前がごめんなさいって泣いて謝って、その後でさらにもう一度謝るような凄い事だ! 言っとくが、今回を逃したら俺は二度とこんな命令を出さないぞ! 俺が肝心な時にヘタレるのは知ってるだろ! 危険なモンスターを飼うかもしれないなんて状況でもなければ、こんな事は言わないだろうな!」

「ぐ、具体的に言ってみろ! 言え、お前は私に何をさせるつもりだ!」

「ふへへ、それはとてもじゃないがこの場では言えないな! さあどうする! お前が見こんだこの俺の、一世一代の凄い事を取るか? それともそんな触手モンスターを取るのか? お前、抵抗空しくとんでもない目に遭うのが良いんだって言ってなかったか? そんな、いつでも倒せるようなモンスターになぶられる振りをして、本当にお前は満足なのか?」

「くっ……! お、お前という奴はどこまでも私好みの……! だ、だが、今回ばかりは私も譲れん。触手モンスターが言う事を聞いてくれるなんて、きっと二度とない事だ。踊れって言ったら踊ってくれたし、タオルを取れって言ったら粘液でぬるぬるになったが取ってくれた! 可愛いところもあるんだ! そんなジェスター様を、見す見す殺させはしない!」

 

 ……なんだろう? よく分からない敗北感があるのだが、まったく悔しくない。

 アクアといいこいつといい、俺と敵対する時ばかり奮起するのはやめてほしいのだが。

 

「……ようやく捕まえたぞ! さあカズマ、ジェスター様を殺さないと約束してくれ!」

 

 狭い廊下では思うように避けられず、ついにダクネスに捕まり、腕を取られて取り押さえられた俺は。

 

「そんな約束、誰がするか! お前、ここからどうすんの? 俺の骨でも折るつもりか? その危険生物を飼うために、仲間を脅すのかよ! それが仲間の命を守るっていう、高潔なクルセイダーのやる事か!」

「そ、それは……! いや、そうだ。賭けだ! 私は勝負に勝ったのだから、お前は何でも一つ、私の言う事を聞いてくれるのだろう? ジェスター様を飼う事を認めてくれ!」

「お前、賭けに乗るなんて一言も言ってなかったじゃないか! 勝ってから賭けを持ちだすなんて卑怯だぞ!」

「なんとでも言え! もうなりふり構っていられるか!」

 

 こんなのが大貴族の令嬢。

 ベルゼルグ王国はいろいろと大丈夫なのだろうか?

 俺は、首を捻ってダクネスの顔を見ながら、ニヤリと笑い。

 

「言ったな? 賭けに乗るんだな? それで良いんだな? 言っとくが、俺はまだ負けを認めてないぞ」

「……? な、何を言っているんだ。この状態からお前に出来る事など……!」

「なあダクネス、俺達って、結構何度も戦ってるよな? 俺はドレインタッチを使ったり、賭けを持ちだしたりして、毎回卑怯な手を使ってお前に勝っているが、今日は事前にバインドを封じたり、賭けも跳ね除けて、お前はようやく俺に勝てそうなわけだが、今どんな気分だ? 散々手玉に取られてきた相手を、正面から倒して、少しはスカッとしたんじゃないか?」

「な、なんだ? 何を言うつもりだ? ジェスター様を殺さないと言うまでは、私はお前の言葉に耳を貸さん! 何を言おうと無駄だぞ!」

 

 無駄だと言いつつ不安そうにするダクネスに、俺はぼそっと。

 

「……そんな、念願が叶った時に、守っていたはずのジェスター様が、触手を伸ばしてきたりしたら、どんな気分だろうな?」

 

 さっきも、声を出せない状況で、ローパーはダクネスの言う事を聞いていなかった。

 つまり、あのローパーはダクネスの心の中のエロい願望を聞いているわけで。

 日頃から、モンスターに負けていろいろされたいと願っているダクネスが、この状況で何を考えているかと言えば。

 

「そ、そんな……! そんな屈辱的な展開を私が望むとでも、おお、思っているのか! ひ、卑劣な敵の罠に掛かり、守っていた者になぶられるなど、そんな……、そんな……!? ああっ、ち、違う! やめろお! 私はそんな事望んでいない! あっ、触手が! 粘液が! …………んくうっ……!!」

 

 俺を押さえつけていたダクネスは、触手に捕らわれ、粘液まみれになりながら。

 

「だ、だが、私もまだ負けを認めたわけではないぞ! さっきも言ったが、私なら、こんな触手くらい引き千切る事が出来る!」

「でも今の状況って、触手プレイも出来るし俺との賭けに負けて言う事を聞かないといけないし、お前の願望を満たしてるんじゃないか?」

「!?」

 

 その言葉に、触手に抵抗しようともがいていたダクネスが、ぴたりと動きを止め。

 ダクネスの心の中の願望に応えているらしいローパーの触手も、その瞬間、うねうねと蠢くのをやめていて……。

 俺は立ち上がり、痛む手や肩をさすりながら、驚愕の表情を浮かべるダクネスに。

 

「それに、緊急事態ならともかく、いつでも逃れられるような状況で、お前はそいつの触手を引き千切れるのか? 責められたり攻撃されたりしても、守るべき者を守る、それが高潔なクルセイダーってもんじゃないのか? むしろこの状況は、高潔なクルセイダーだからこそ、負けても仕方がないとすら言えるんじゃないか? そう、仕方がないんだ。負けても仕方がないんだ」

「ま、負けても仕方がない……!」

 

 まるでダクネスの心のざわめきを表わすように、ローパーの触手がうねうねと蠢いて。

 

「俺だって鬼じゃない。お前の大事なジェスター様を、今すぐに殺すなんて言わないさ。確かにこいつは危険なモンスターには違いないが、お前の言う事を聞くってのは本当らしいしな。今、お前が負けを認めるなら、一日くらいなら触手プレイを味わっていても良いんだぞ?」

「一日くらいなら……!」

 

 まるでダクネスの心のざわめきを表わすように、ローパーの触手が……。

 …………。

 なんか、犬の尻尾みたいな事になってるが。

 

「くっ……! こ、この状況……、ジェスター様を通してカズマに責められていると言えるのでは……? カ、カズマが……、カズマが私に触手責めを……!」

「おいやめろ、人聞きの悪い事言うなよ。お前は俺をなんだと思ってるんだ? もうなんでもいいから負けを認めろよ」

「わ、私は、欲望に屈したりは……!」

「分かってる分かってる。お前は欲望に屈したんじゃなくて、クルセイダーとして当たり前の事をしただけだよな。仕方がないんだよ、これは仕方がない事なんだ」

「…………わ、分かった……。負けを認める……! 賭けはお前の勝ちだ。そ、それで、私に何をさせるつもりだ! 例えどんな辱めを受けようと、私は……!」

 

 喜んでローパーの触手に絡まれながら、期待に満ちた表情でそんな事を言ってくるダクネスに、俺は。

 

「クリスに今回の一件について事細かに説明してこい」

「かっ……、勘弁してください! それだけは許してください! クリスにだけは……! クリスにだけは……!!」

 

 

 *****

 

 

 俺がクリスを呼びに行き、屋敷に戻ってくると。

 ダクネスは部屋に引き篭もっていて……。

 

「ダクネス、来たよー? ……ねえ、なんか泣いてる声が聞こえる気がするんだけど、キミ、ダクネスに何をやったのさ?」

 

 事情を説明するのはダクネスの役目なので、クリスにはダクネスが呼んでいるとしか言っていない。

 俺は、責めるような目を向けてくるクリスに。

 

「細かい事情はダクネスに聞いてくれ。まあ、ドアを開ければ大体分かるだろうけどな。……クリスは盗賊なんだし、解錠スキルで開けちゃって良いぞ」

「駄目だよ! 親しき中にも礼儀ありって言うじゃんか! ダクネス、開けてよ。あたしだよ、クリスだよ」

「ク、クリス……? 本当に呼んできてしまったのか……」

 

 部屋の中から、ダクネスの落ちこんだ声が聞こえてきて、クリスの俺を見る目が厳しくなってくる中、俺は平然と。

 

「言っとくけど、俺は被害者だぞ。ダクネスはしばらく開けてくれないだろうし、事情が知りたければ解錠スキルを使うしかないんじゃないか」

「なんだかカズマ君に踊らされている気がするんだけど……。ダクネス、開けるよ? 駄目なら駄目って言ってね?」

 

 クリスが解錠スキルでドアの鍵を開けると。

 ゆっくりとドアが開いて。

 部屋の中には、ベッドの上で膝を抱えているダクネスと、そのダクネスの頭を、慰めるように触手で撫で回しているローパーが……。

 

「ななな、何!? モンスター!? ダクネスに何やってんのさー!」

 

 激昂しローパーに飛びかかろうとしたクリスの前に、ダクネスが素早く立ち塞がり。

 

「待ってくれクリス、こいつは私達に危害を加えない。モンスターだが、私の言う事を聞いてくれるんだ」

「モンスターが言う事を聞く? それって……」

 

 ダクネスは、ローパーの粘液まみれの頭で、どこか吹っ切れたように。

 

「すまないが、事情を聞いてもらえるだろうか」

 

 

 

 ――ダクネスから事情説明を受けたクリスは、頭を抱えて。

 

「……キミ達、何やってんの?」

「ううっ……。す、すまない……」

 

 呆れたようなクリスの言葉に、ダクネスが気まずそうに目を逸らす。

 

「いや、俺は何もしてないだろ? 俺はただの被害者だぞ」

「ダクネスが説明している間、横から茶々を入れたり質問したりしてたじゃないか」

 

 それは、ダクネスが話したくない部分を曖昧に濁そうとするので、俺が行動に至った動機や事情について、事細かに聞きだしていただけなのだが。

 別に恥ずかしそうに話すダクネスを見て、ちょっと楽しかったわけではない。

 

「でも、どうしてモンスターがダクネスの言う事を聞くんだろう? ねえダクネス、こいつって、どこから捕まえてきたの? ローパーは植物に似た生態のモンスターだし、飼い馴らして人間を襲わないように教えるなんて、無理だと思うんだけど」

「なぜ私の言う事を聞いてくれるのかは、私にもよく分からないが、アクアに売りつけられた石に触れていたら出てきたんだ。おそらく、カレンが持っていたような、モンスターを召喚する魔道具だったんだろう」

 

 …………。

 俺とクリスは顔を見合わせ。

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

「ダクネス! その石って、今どこにある?」

「どこにと言われても。こうして懐に入れているが……」

 

 焦ったように聞くクリスに、ダクネスは困惑したように石を取りだし。

 それを見たクリスは、呆然と。

 

「神器だこれ」

 

 ランダムにモンスターを召喚し、対価も代償もなしに使役する事が出来るチートアイテム。

 かつて悪徳貴族、アルダープが持っていたというその神器は、クリスの手で回収され。

 誰にも見つけられないようにと、クーロンズヒュドラが眠っていた湖の底に沈められていたのだが。

 いつの間にか、何者かの手によって持ち去られていて……。

 …………。

 

「……なあダクネス、アクアに売りつけられたって言ってたけど、アクアはそれ、どこで手に入れたとか言ってなかったか?」

「……冒険者ギルドに頼まれて、クーロンズヒュドラがいた湖やその周辺を浄化している時に見つけたと言っていたな」

 

 ……もうあいつを湖の底に封印したら良いんじゃないかな。

 

「…………ッ!!」

 

 声もなく崩れ落ちたクリスの頭を、慰めるようにローパーが触手で撫でていた。

 




・ローパー
 そこそこ有名な触手生物。このすば世界では存在を確認されていないので、生態は独自設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この素晴らしい人生に祝福を!

 Web版5部、既読推奨。オリキャラ注意。
 時系列は、魔王討伐後。


 俺が街を歩いていると。

 青いマントを羽織り、まだどこか幼さを残した女の子、リーンが声をかけてくる。

 

「カズマ! 聞いたよ、魔王を倒したんだって? すごいじゃない! 私、カズマはいつかすごい事をやるんじゃないかと思ってたよ!」

 

 黒い髪をリボンで束ね、特徴的な紅い瞳をした美少女、ゆんゆんも。

 

「す、すごいですカズマさん! 私、カズマさんって正直ちょっとアレだなって思ってましたけど、見直しました!」

 

 二十歳くらいの人間にしか見えない、茶色い髪の美女、正体はリッチーで魔王軍の幹部だったウィズさえも。

 

「やりましたね、カズマさん! あの魔王さんに勝つなんてすごいです!」

 

 そう言って俺を口々に褒めてくれる。

 もちろん、俺の仲間達も……。

 

「さすがですカズマ! もちろん、私は最初からカズマが勝つと信じていましたが」

「何せ人類を脅かしてきた魔王を倒したのだ。今回に関しては誰も文句のつけようもない。それどころか、国中の人々から賞賛されるだろうな」

 

 いつの間にか俺は屋敷の自分の部屋にいて。

 彼女達は下着姿で。

 

「いいんですよ、カズマ……。だってカズマは魔王を倒したんですから。あの夜の続きをしましょう?」

 

 めぐみんがそう言って俺の肩に手をかけ、顔を近づけてきて――!

 

「華麗に脱皮! フハハハハハハハ! 残念、我輩でした!」

 

 

 

「うわああああああ! ……ハッ! 夢か!」

 

 目が覚めると屋敷の自分の部屋だったが、周りには誰もおらず俺一人だ。

 夢オチ……!

 

「なんだって今さらあんな夢を……」

「カズマさーん、なんか悲鳴が聞こえたんですけどー。頭大丈夫ですか? とうとうボケたんですかー?」

 

 俺の悲鳴を聞きつけたらしいアクアが、部屋のドアを開けひょっこり顔を出してきて。

 

「うるせーボケるか! 普段からボケた事言ってるのはお前のくせに何言ってんだ。なんでもないよ、ちょっとおかしな夢を見ただけだ」

「……? ……ねえカズマ、なんだかちょっと悪魔臭いんですけど。サキュバスのお店に行った時の朝みたいな感じなんですけど!」

 

 アクアがそんな事を言いながら、夫の浮気現場を見た妻のような表情で、部屋に入ってくる。

 ……大体合ってる? のか?

 

「いや、ちょっと待ってくれ。まったく身に覚えがない。サキュバスサービスだって、もうずっと行ってないぞ? この屋敷にはお前の結界が張ってあるんだし、外泊だってしてないんだから、俺が嘘を吐いてないってのは分かるだろ?」

「そうだけど……。臭い! やっぱり臭いわ!」

 

 俺は、超至近距離で鼻をクンクン言わせて喚くアクアに。

 

「やかましい! って事は、アレだろ、バニルの呼びだしだよ。そのうち呼びだすって言ってたし、どうやって呼びだすか胸を躍らせて楽しみにしているが吉って笑ってたから、お前への嫌がらせのために、サキュバスに結界をすり抜けさせたんだろ。さっき声を上げたのも、変な夢を見せたせいだよ」

「……ねえカズマ、いい加減、あの性悪仮面とは縁を切るべきだと思うの」

 

 俺がサキュバスサービスの世話になると、アクアが拗ねると知っての所業だろう。

 まったく、見通す悪魔はロクな事をしない。

 俺は、においを嗅ぐのが楽しくなってきたらしく、未だクンクンやっているアクアを押しのけベッドから降り。

 

「朝飯食ったら、ウィズの店に行くかー」

「悪魔の呼びだしにホイホイ応じるのは、女神の伴侶としてどうかと思うんですけど! 用があるなら、あっちの方が訪ねてくるべきじゃないかしら! 門の前でどうかお願いしますって三日三晩DOGEZAをしたら、この私が直々に頭を踏んづけてあげても良いわ!」

「会ってやるんじゃないのかよ。魔王を倒して、お前の結界が強くなってから、屋敷の中は居心地が悪いんだろ」

 

 その割に結界をすり抜けてサキュバスを送りこむなどという器用な事をやってのける辺り、流石は地獄の公爵という事なのか。

 

「ほーん? じゃあウィズの店にウチと同じくらい強力な結界を張ってあげようかしら」

「……やめてやれよ。お前は最近忘れてるみたいだが、ウィズはリッチーなんだから浄化されるだろ。なあ、マジでお前の方がボケてきてないか? 割と真面目に心配なんだが」

「な、何よ、冗談に決まってるじゃない。カズマが、ウィズがリッチーだって事を忘れてないか、テストしてあげたのよ?」

「はいはい、ありがとう。着替えるから出てけよ」

「何言ってるの? 今さらカズマの裸なんかで動じるわけないじゃない。なんなら、着替えるのを手伝ってあげても良いわよ?」

 

 そんな事を言いながら、アクアが服を脱がそうとしてきて……。

 

「おいやめろ、お前が手伝うとなぜか余計に時間がかかるんだよ! 着替えくらい一人で出来る!」

「何よ、カズマのけちんぼ! もう良いわよ、朝食の準備してくるから!」

 

 ――魔王討伐の後。

 どこのハーレム系ラノベの主人公だよと自分でツッコミたくなるような、泥沼のラブコメ展開を経て。

 俺は最後に、アクアを選んだ。

 

 

 *****

 

 

 広間で朝食を食べる。

 

「あ、アクア」

「はい、お醤油でしょ?」

「おう、ありがとう」

「どういたしまして!」

 

 今、屋敷に住んでいるのは、俺とアクアの二人だけだ。

 広い屋敷だから、二人きりだと広すぎるのだが、たまに訪ねてくる知り合いもいるし、冬を前にしてどうにもならなくなった新人冒険者の救済措置の役割も兼ねているので、引っ越さないでおく事にした。

 最初、不動産屋に無料で貸してもらい、そのおかげで冬を越せたので、俺もこの屋敷を使って誰かの手助けをした方が良いような気がしたのだ。

 荷物が多くなってきて、引っ越すのが面倒くさかったという理由もあるが。

 

「ごちそうさま」

 

 食事を終え、使った食器を水に浸けて浄化魔法を掛け。

 

「よし、行くか。おーいアクア、出かけるぞ」

「えー? 朝食を食べたばかりだから、今は出かける気分じゃないんですけど。ねえー、やっぱりやめときましょうよ。あんな木っ端悪魔、放っておけば良いじゃない。夕方くらいまで、一緒にソファーでゴロゴロしましょう?」

「それも悪くないけど、午後にダクネスが来るって言ってただろ」

「えっ、ダクネス? ……おお! そういえばそんな話もあったわね! ねえ、だったらなおさら、あんなのを相手にしてる暇はないんですけど!」

「そんなに嫌ならお前は留守番してても良いぞ。まあ、一応約束だから、俺は行くけどな。悪魔との約束を破ったら、何をされるか分かったもんじゃない」

「待って、分かったわよ! 一緒に行くから置いてかないで!」

 

 

 

「へいらっしゃい! ひたすら眩しいだけでこれと言って役に立たない発光女神と、人生で最も重要とされる選択を誤り、棺桶に片足突っこんだ女神の飼い主よ。我輩のメッセージは遺漏なく届いたようであるな。本日はよく来た、さあ入るが良い。まあ、そこの狂犬女神は別段呼んでおらんので、帰ってもらってもまったく構わんのだが」

「アロエ仮面ごときがこの私を追い返そうなんて面白い冗談ね。それはひょっとしてギャグで言っているのかしら? すべてを見通す大悪魔とか言ってるけど、実は芸人だったの? ありとあらゆる宴会芸をマスターしたこの私が見てあげるから、芸の一つでもやってみなさいな! ほら、早くやんなさいな!」

「貴様、黙って聞いておれば! いい加減、我輩をアロエ仮面と呼ぶのはやめんか!」

「……お前ら、ほどほどにしとけよ」

 

 相変わらず仲の悪い二人の間を通り、店の中に入ると。

 

「カズマさん、アクア様、いらっしゃいませ! カズマさんはお久しぶりですね。こないだ教えていただいた方法で魔道具の宣伝をしたら、びっくりするくらい売れたんですよ! ありがとうございます!」

「そういえば、最後にここに来たのは随分前だっけな。何を言ったのかは覚えてないが、売れたんなら良かったよ」

「まさかあの魔道具に、あんな使い方があるとは思いませんでしたよ」

 

 俺達を嬉しそうに歓迎するウィズに毒気を抜かれたのか、アクアとバニルは喧嘩をやめ、店の中に入ってくる。

 当たり前の顔をして椅子に座るアクアに、ウィズがお茶を淹れてやる中。

 俺はバニルに。

 

「それで、大体見当はついてるけど、今日はなんで俺を呼んだんだ?」

「うむ。貴様が予想する通りである。発光女神と四六時中一緒にいるせいで、貴様の未来は見通しづらいのだが、やはりこれだけ時期が近づけば見えるようだな。サトウカズマよ、見通す悪魔が宣言しよう――」

「ええええええええ!?」

 

 と、何か言いかけたバニルの言葉を、ウィズの上げた大声が遮り。

 

「なんだ、いきなりどうしたのだ騒がしい。貴様もいい年したリッチーなのだから、いい加減に落ち着きというものを覚えてはどうか。我輩の決め台詞を邪魔しないでもらおうか」

「年齢の事は言わないでください! そんな事より、バニルさんが名前で……! カズマさん、これって凄い事ですよ。バニルさんはひねくれ者なので、私の事もあんまり名前で呼んでくれないんです」

「長き時を生きた我輩と、そこのいつまで経っても精神的に成長せず素直になれない小僧を一緒にしてほしくはないのだが。……我輩にだって、友情を示したいと思う時があるのだ」

 

 真面目な口調でそんな事を言うバニルに、ウィズが微笑み、アクアが怪訝そうな目を向ける中。

 俺は首を傾げて。

 

「ていうか、俺達って友達だったの?」

「カズマさん!? なんて事を言うんですか! せっかくバニルさんが素直になったんですから、意地悪を言わないでくださいよ!」

「ねえカズマ、いくらなんでも、私もそれはないって思うんですけど。悪魔との友情なんて、何言ってるんですかって感じだけど、カズマには人の心ってもんがないの?」

 

 二人が口々に失礼な事を言う中、バニルが。

 

「フハハハハハハ! 我輩の真心を無碍にするとは、さすがの我輩も見通せなかったわ! これだから人間というのは油断ができん!」

 

 心底愉快そうな笑い声に、俺達は顔を見合わせ。

 

「……よく分からないが、まあ楽しそうんなら良いんじゃないか」

「いえ、あのバニルさんが、弱っているところを他人に見せるとも思えませんし、本当はバニルさんなりに傷ついているのかもしれませんよ」

「そこの木っ端悪魔がいくら懐いてきても、ウチのカズマさんが悪魔と友達になるなんて、女神としては認められないわよ。大体、人間の悪感情を吸って辛うじて生きてるような寄生虫に、友情なんて理解できるんですかー?」

「……良いだろう。では、友情の証として、長年誰にも言ってこなかった我輩の秘密を教えるとしよう」

 

 バニルの言葉に、俺達は揃ってごくりと唾を飲みこみ。

 

「マジで? なんだよ、お前の秘密って? その仮面の下を見せてくれるってか?」

「そんなどうでも良い事ではない。もう随分と昔、今度こそ本物だと言って、最後に貴様に売りつけたお色気店主の下着だが。……その後、我輩が同様の手口で下着を売りつけようとしなかった事で、本物だったのだと信じ、欲望の限りを尽くしていたようだが、実はあれも、とある女装癖のある男から買い受けたものであったのだ。いや失敬失敬! おっと時を経て熟成された悪感情、これはこれで美味である!」

「ふざけんな」

 

 ウィズが、なんだそんな事かと胸を撫でおろす中、ヒートアップする俺達は。

 

「ちょっとあんた、そんな事言ってカズマの頭の血管がプチっと行ったらどうしてくれんのよ! ねえカズマ、落ち着きなさいな。そんなにぱんつが欲しいんなら、どうしてもって言うなら私のをあげなくもないわよ?」

「そういう事じゃない。気持ちはありがたいからぱんつは貰っておくが、今お前からぱんつを貰ったって、俺の青春は帰ってこないんだよ。畜生、あの日の俺の感動をどうしてくれるんだよ? やっぱり悪魔なんか信じるんじゃなかった!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! あの下着を買った時、貴様はどうせ偽物だろうと察していたではないか! それでも、万が一にも本物かもしれないという儚い希望に縋ったのであろう? 幻とはいえ一時の幸福を得たのだ、まるで人生の縮図のようではないか!」

 

 バニルがわけの分からない事を言う中、俺はウィズに向き直り。

 

「……なあウィズ、ここからここまで買ってっても良いか? ウィズの仕入れてくる魔道具は、欠陥があるかもしれないけど個性があって面白いよな」

「おい待て貴様、勘違い店主を調子に乗らせる事で、遠回しに我輩に嫌がらせをするのはやめてもらおう」

「そういえばウィズ、バニルが隠し金庫を作ってるって知ってたか?」

「よし分かった。話し合おう。謝るのでやめてくださいお客様」

「……カズマさんが悪魔よりも嫌がらせに長けてる件について」

 

 ――しばらくして。

 俺が、魔道具をいくつか購入し、ウィズの仕入れる魔道具を褒めちぎって自信を取り戻させ、バニルの隠し金庫の場所をウィズに教え。

 

「……我輩はネタばらしに時間を掛ける事で熟成された悪感情を食そうと思っただけなのに、どうしてこうなった?」

「お前が脱皮した抜け殻って、オークにはいくらくらいで売れるんだ?」

「!?」

 

 俺が、バニルが所有する最も大きな隠し金庫の在処を匂わせ、バニルを脅していると、アクアにお茶のお代わりを淹れてやっていたウィズが。

 

「そういえばバニルさん、さっき何を言いかけていたんですか?」

「うむ。それを言うためにこやつらを呼びだしたと言うのに、貴様が騒ぎだすので、肝心な事を言いそびれておったわ」

 

 バニルが俺を正面から見据え、真面目な口調で。

 

「サトウカズマよ、見通す悪魔が宣言しよう。汝は今宵、死を迎えるであろう」

 

 

 *****

 

 

 ウィズの店からの帰り道。

 一応、報告しておいた方が良いだろうという事で、冒険者ギルドにやってきて。

 

「――という事なので、諸々の連絡をお願いしたいんですが」

「そ、そうですか。分かりました。……あの、念のための確認ですが、それって、いつもの冗談ではないんですよね? 諸々の連絡と言いますと、王都や近隣諸国、それに紅魔族やアクシズ教の方々にも連絡する事になりますので、かなり大事になると思うんですが……。サトウさんは、いまいちご自身の立場を理解していないようなので、その辺を注意して対応するようにと言われてるんですよ。後から誤報だなんて事になると、私がクビになるだけじゃ済みませんからね」

 

 俺が、バニルに聞いた話を伝えると、受付のお姉さんは困ったような心配そうな表情で、そんな事を言ってきて……。

 …………。

 まあ、確かにこの街の冒険者ギルドにはいろいろと迷惑を掛けているから、冗談か何かだと思われるのも仕方ないのだろうが。

 俺だって、今では自分がVIPと呼ばれる立場だって事は自覚している。

 魔王を倒した勇者が死ぬとなれば、それは大事に違いない。

 ……俺が死ぬってだけで国中が大騒ぎすると思うと、正直少し嬉しいわけだが、流石にそれは不謹慎だし言わないでおく。

 

「カズマったら、自分が死んで国中が大騒ぎになるからって、ちょっと嬉しそうにしてるのはどうかと思うんですけど」

「おい、人を愉快犯みたいに言うのはやめろよ。俺は魔王を倒した勇者だし、他にもいろいろ活躍したから、死ぬ時になって騒がれるのは当たり前じゃないか。日本でだって、大物芸能人が死んだら盛大に葬式をやってたし、テレビでも放送されてただろ。あれと似たようなもんだろ」

「魔王を倒して世界を救った勇者なのに、芸能人なんかと一緒にするのはどうなんですかー? まったく、発想が庶民レベルのまま成長してないんだから!」

「相変わらずステータスが成長してないお前に言われたくない」

「ちょっと! 私が成長してないのは、成長する必要がないくらい完璧だからであって、非難されるような事じゃないんですけど! 謝って! 女神に欠点があるみたいな事言ってごめんなさいって言って!」

「はいはい、ごめんなさい」

「もっと心を込めて、きちんと謝って! 昼ごはんは調理スキルで霜降り赤ガニを美味しく食べさせてあげるから許してくださいって言って!」

 

 俺が適当に流そうとすると、調子に乗ったアクアがそんなバカな事を言ってきて。

 と、俺がアクアにザリガニ料理を美味しく食わせてやろうかと考えていた、そんな時。

 

「あのっ、す、すいません! 誰か……!」

 

 冒険者ギルドのドアが乱暴に開かれ、杖を持ち、魔法使いっぽいローブに身を包んだ少女が飛びこんできた。

 息も絶え絶えな様子の少女に、ギルド職員が水を持って駆け寄り。

 

「……な、仲間が、私の仲間が、私を庇ってジャイアントトードに食べられて……! わ、私はもう、魔力が尽きて魔法が使えないから、どうにも出来なくて……、あ、あの、誰か助けてくれませんか! お金は支払いますから……!」

 

 少女が涙目で、ギルド内に響く大声で言うが……。

 夏から秋にかけてのこの時季は、冒険者にとって稼ぎ時であり、冬篭りの準備期間でもあって。

 

「今、この街にいる冒険者は、ほとんどが出払っているんです。なんとかしてあげたいとは思いますが……」

 

 人のいない酒場を見ながら、ギルド職員が困ったように言う中。

 アクアがクイクイと俺の袖を引いて。

 

「ねえカズマさん、あの女の子、仲間に庇ってもらったらしいけど、私はカズマさんにそんな事をしてもらった記憶がないわよ? 囮になって追いかけ回されたり、頭から飲まれて粘液まみれになったりした事はあるのに、これっておかしいんじゃないかしら? カズマはもっと、私を大事にするべきなんじゃないかしら?」

「あの時は他に方法がなかったんだから仕方ないだろ。まあ、今さらカエルごときに後れを取る俺達じゃないし、今は囮なんて必要ないよ。ダクネスとの約束まで少し時間があるし、困ってるみたいだから助けてやろう」

「……? カズマったら、何を企んでるの? 面倒くさがりで捻くれてるカズマが素直に人助けなんてするわけないんですけど。ひょっとして、あの女の子が可愛いから助けてあげるの? これって浮気? 浮気なの?」

「お前、俺をなんだと思ってんの? 俺だって面倒くさいし行きたくはないが、他に人がいないんだし、俺達ならカエルくらい楽勝だろ。もう冒険者ギルドに来る事もないだろうし、最後くらい素直に人助けやったって良いじゃないか。別にお前はついてこなくてもいいぞ。ここんとこクエストには出てなかったが、カエルくらい、俺一人で十分だからな」

「ちょっと待ちなさいよ! 一人で行ったら、あんたがカエルに飲まれた時、誰が助けるのよ!」

「……お前、カエルに対して有効な攻撃持ってないじゃないか」

 

 俺とアクアがそんな事を言い合いながら、少女達の下へ行くと。

 

「サトウさん! サトウさんが行ってくださるんですか! ……その、大丈夫なんでしょうか?」

「え? えっと……」

 

 表情を明るくするギルド職員の隣で、少女が、俺とアクアを見比べ困惑した表情になって。

 そんな少女に、アクアが能天気に笑って。

 

「私が来たからにはもう安心よ! すべて私に任せて、大船に乗ったつもりでいなさいな! そう、アクシズ教団の女神はこんなに頼りになるのです。エリスなんて見守ってるだけの女神とは大違い! あなたもアクシズ教徒になってみませんか?」

「困ってる人間を勧誘するのはやめろって言ってるだろ。ていうか、すべてお前に任せたらカエルの被害者が増えるだけだけど良いのか?」

 

 アクシズ教団の入信書を渡そうとするアクアを、後頭部を引っ叩いて止め、俺は縋るように見上げてくる少女に。

 

「まあ、カエルくらいならどうとでもなるから心配するな。詳しい場所が知りたいから、急いでここまで来て疲れてるところ悪いが、案内してもらえるか?」

「は、はい! ありがとうございます……!」

 

 俺が気軽に請け合うと、少女は深々と頭を下げた。

 

 

 

 マントにローブは昔ながらの魔法使いの格好だが、少女はそれに加えて、三角帽子を被り眼帯まで付けている。

 しかも色はすべて黒。

 魔王との戦いにおけるめぐみんの活躍が知られて以来、若い魔法使いの間では紅魔族の服装に似せた格好が流行している。

 最近では、魔法使いはこの格好をやめて、実用的な服装になるのが一人前の証などと言われていたりする。

 真新しい紅魔族ファッションに身を包んだ少女は、まだまだ新米なのだろう。

 

「ああ、あれだな」

 

 街を出てすぐ、俺が案内も聞かずに歩きだすと、少女は驚いた顔で俺を見てきて。

 

「あ、あの、どうして分かるんですか?」

「千里眼スキルだよ。遠くのものでも見える」

 

 俺の言葉に感心するような顔をした少女は、すぐに不思議そうに首を傾げ。

 

「あの、千里眼スキルが使えるって事は、アーチャーの方なんですよね? 弓を持っていないようなんですけど……」

「俺はアーチャーじゃないから、弓と矢がなくても問題ないよ」

「……?」

 

 少女がますます不思議そうな顔をする中、アクアが俺に顔を近づけてきて、ひそひそと。

 

「ちょっとカズマ、実力を隠した助っ人キャラをやりたいのは分かるけど、一人でニヤニヤしてるのはどうかと思うんですけど」

「ち、違うぞ。ここで俺が冒険者だなんて言ったら余計に不安にさせるだけだろ。どうせすぐに分かる事なんだから、わざわざこっちからバラさなくても良いじゃないか」

「じゃあもう魔王を倒した勇者ですって言っちゃえば? 最強の最弱職だって! プークスクス!」

「おいその強いんだか弱いんだか分からない呼び方はやめろよ。勇者だってバレたら、それはそれで面倒くさい事になるだろうし、さくっと助けてさくっと帰りたいんだよ」

「チヤホヤされたいけど面倒くさいのは嫌とか、面倒くさいのはカズマの性格なんですけど」

 

 アクアとそんな事を話しながら、早足でカエルのいる方へ向かっていると、少女が叫び声を上げて。

 

「ああっ、カエルが!」

 

 見れば少女の仲間を飲みこんだカエルが、地面に潜っていこうとしているところだった。

 俺以外にもカエルが見える距離にまで近づいていたが、このままだと、カエルが俺の射程内に入るより、地面に潜ってしまう方が早そうだ。

 それを見たアクアが。

 

「任せてカズマ、私に考えがあるわ! あのカエルを逃がさないようにすれば良いんでしょう?」

「ちょっと待て。お前は何もしないで良いから、大人しく……」

 

 慌てて言った俺の制止も聞かず、アクアは。

 

「『フォルスファイア』!」

 

 アクアの手に青白い炎が灯り、それを見たカエルが地面に潜ろうとするのをやめて、敵意の篭った目でアクアを見て。

 

「このバカ、余計な事はしないで大人しくしてろって言ってるだろうが! お前が何かしたところでロクな結果にならないのは目に見えてるし、活躍したらしたで絶大なマイナスも付いてくるんだって、いい加減に分かれよ!」

「何よ、私だって役に立って褒められたいのよ! ほら、カエルは足止め出来てるんだから良いじゃないの! よくやったねって言ってよ! たまには素直に褒めてよ!」

「お前こそたまにはまともに活躍しろよ! ほら、バカな事言ってないで走れ!」

 

 アクアがバカな事を口走る中。

 駆け抜ける俺達のすぐ傍で、ボコボコと大量のカエル達が地中から這い出してきて。

 カエル達はすべて、アクアに敵意の篭った目を向け……。

 

「わああああああーっ! カズマさん、カズマさーん! カエルがいっぱい出てきたんですけどー! こっち見てるんですけど! 超見てるんですけど!」

「うわっ、お前、こっちに寄ってくるなよ! 狙われてるのはお前だけなんだから、自分でなんとかしろよな! お前が寄ってきたら、俺達まで狙われるだろ! もういっそお前だけ食われちまえよ!」

「嫌よ、私は魔王を倒した女神なのよ! どうして今さらカエルに食べられないといけないのよ!」

「あ、あの、そんな事言っている場合なんですか? これってすごくピンチなのでは……!?」

 

 少女が、俺達に助けを求めた事を後悔したような顔をする中。

 ようやく、少女の仲間を飲みこんだカエルが俺の射程に入って。

 

「よし、ここからなら届くだろ。――『クリエイト・ウォーター』!」

「……!? 初級魔法……?」

「『フリーズ』!」

 

 俺の魔法で、カエルが全身を氷漬けにされて動きを止め。

 

「流石ねカズマ! 毎年、夏になるとフリーズで作った氷をバケツに入れて、部屋を涼しくしてただけの事はあるわ! 初級魔法だけなら本職の魔法使いよりも強力なんじゃないかしら!」

「よし、じゃあお前らのどっちかが、カエルの腹の中に入って食われた奴を助けてこいよ」

「「えっ」」

 

 俺の言葉に、二人がドン引きした顔をして、顔を見合わせ。

 

「そんな事より、こうすれば良いじゃない! 凍っている状態なら効くはずよ。神の鉄槌、食らいなさい! ゴッドブローッ!」

「待っ……」

 

 アクアの輝く拳を叩きこまれ、カエルの凍っていた腹が割れ。

 中から、気を失った少年がでろりと流れ出てきて。

 

「カズマ! 目を覚まして、カズマ……ッ!」

 

 少女が少年に縋りついて、泣きそうになりながら名前を呼びかけ……。

 …………。

 おい、今なんつった?

 

「……そういえば、一時期、魔王を倒して世界を救った勇者って事で、カズマって名前を子供に名付けるのが流行ってたわね。……この子も可哀相にね。ほら、今ヒールを掛けてあげるわ」

「おい、俺の名前を名付ける事の何が可哀相なんだ? お前、俺の親に謝れよ」

 

 少年にヒールを掛けるアクアに俺がそう言うが、アクアはこちらを見ようともせず。

 いや、そんな事より。

 

「ていうか、あのカエルからドレインタッチで魔力を奪いつつ、魔法で少しずつカエルの群れを倒していこうと思っていたわけだが。お前がゴッドブローでカエルを倒しちまったから、もう無理だな。なあどうすんの? カエルの数が多すぎて、カエルを凍らせてもドレインタッチしてる間に他のカエルに食われるぞ。都合よく孤立してたのはこいつだけだったのに、どうして後先考えずに倒すんだよ」

「だって! だって! カズマばっかり活躍して、あの子達にすごいなって思われるのはズルいじゃないの! 私だって褒められたいの! チヤホヤされたいのよ! カズマって名前の子がいるんだから、アクアって名前の子がいたって良いと思うのよ!」

「やっぱりお前、カエルに食われてこいよ」

「いやよ! いやーっ! ねえおかしいわ! 私達って、魔王を倒した勇者と、勇者を導いた女神でしょ? どうして未だにカエルに苦戦しないといけないの? こんなのって絶対におかしいと思うの! そうだわ、テレポートよ! カズマはテレポートを使えるんだから、カエルなんかと戦わなくても良いじゃない!」

「バカ言うな。ここはクエストを終えた冒険者達が街に帰ってくる時の通り道なんだぞ? いくら雑魚モンスターだからって、俺達が呼びだしたカエルの群れを放っておくわけにはいかないだろ。もう俺が爆裂魔法で吹っ飛ばすから、ちょっと吸わせろよ」

 

 そう言って俺が伸ばした手を避けるように、アクアは自分で自分の体を抱くようにして身を引き。

 

「何言ってんの? こんな時間から、こんな開けた場所で、しかも子供達が見てるって言うのに、あんた、私に何するつもりよ? カエルも超見てるんですけど、状況分かってるんですか?」

「お前こそ何言ってるんだ? ドレインタッチに決まってるだろ。俺の魔力だけじゃ爆裂魔法を使えないんだよ」

「ええー? 汚らわしいリッチーのスキルを受けるなんて、嫌なんですけど!」

「そんな事言ってる場合か! じゃあ選ばせてやるよ。カエルに食われて囮役をやるのと、ドレインタッチを受けるのと、どっちが良い? あと、俺にはお前をここに放置してテレポートで逃げるって最終手段があるのを忘れるなよ」

「……ねえカズマ、その冗談はあんまり笑えないわよ? ほら、私達って夫婦なわけじゃない? いくらなんでも、自分の妻をモンスターの群れの中に置き去りにしたりしないわよね?」

「安心しろアクア。ちゃんと屋敷で装備を整えて助けに来てやるから。……冒険者セットはもう長い事使ってないし、どこに仕舞ってあるのかも分からないから、準備するのに時間が掛かるかもしれないけどな」

「あ、あの、カエルが、カエルが……!」

 

 俺とアクアが言い争う中、仲間の少年を抱きしめている少女が、泣きそうな声で言ってきて。

 その言葉にアクアが。

 

「わ、分かったわよ! ドレインタッチしても良いわよ! ねえ分かってる? カズマだから許すんだからね? そこんところ、ありがたく思いなさいよ?」

「元はと言えばお前のせいなんだからな? お前こそ、そこんところ分かってるのか?」

 

 俺が、アクアが伸ばしてきた手を取ると。

 

「細かい事は良いじゃない! ねえカズマ、どうしてかしら! カエルなんかにピンチになってるのに! 私、なんだかとっても楽しいの!」

 

 アクアが浮かれたように笑って、そんな答えが分かりきった事を聞いてきて……。

 そんなアクアに、俺は、

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 答える前に、渾身の爆裂魔法を放った――!

 

 

 *****

 

 

「カエルの討伐数が……すごい! この短時間で二十匹ですか!」

「はい」

「それで、爆裂魔法で平原にクレーターを作ったわけですね」

「はい」

「報償金がこんな感じになります」

「はい」

 

 赤字である。

 いや、今さらこのくらいの赤字はなんでもないくらいの資産が俺にはあるのだが。

 俺が冒険者ギルドの世知辛さを、身をもって新米冒険者に教え。

 ギルドの酒場で昼食を取って。

 

「「ありがとうございました!」」

 

 深々と頭を下げ礼を言う二人と、ギルドの前で分かれる。

 クエストの報酬で何を買おうかと、仲良く話しながら去っていく二人の後ろ姿を見つめ、アクアが懐かしそうに。

 

「……私達にもあんな時期があったかしらね」

「いや、なかっただろ」

「そうね、私達はすぐにめぐみんやダクネスを入れて、四人パーティーになったものね」

「そういう事じゃねーよ」

 

 ……俺がカエルに追い回されるのを笑いながら見てたくせに、コイツは何を言っているのだろう。

 そんなやりとりをしながら屋敷に帰ると、屋敷の前に金髪の少女が立っていて。

 

「あっ……! お、おか……、遅かったな、カズマ、アクア」

「あれっ、もう約束の時間だったか? すまん、いろいろあって帰るのが遅れた。鍵を渡してあるんだから、中で待ってても良かったんだぞ」

「い、いえ……、いや、私が早く来すぎてしまっただけだからな」

「まあとにかく中に入れよ、ダクネス」

 

 俺がそう言ってドアを開けると、金髪の少女はダクネスらしくない儚い微笑を浮かべた。

 

 

 

 ダスティネス・フォード・フロレンティーナ。

 ベルゼルグ王国の盾にして、王家の懐刀、大貴族ダスティネス家のご令嬢である。

 というか、ダクネスのひ孫だ。

 幼い頃から冒険者に憧れ、魔王を倒した勇者サトウカズマの下に通って冒険譚を聞きたがり、俺が実は大した事ない奴だと知ってからも、飽きずに時々訪ねてくる。

 俺がダクネスと出会った時と同じ、十六歳。

 冒険者をやっていて、冒険者としての名前はダクネスを名乗っている。

 

「粗茶ですけど」

「……あ、ありがとうございます、アクア様」

「素が出てるぞ」

「えっ、でもここでは他に誰も見てませんし……」

「バカッ! そういう油断が失敗を生むんだぞ。冒険者をやってる時は、お前はダクネスなんだから、常にダクネスっぽくしてないと駄目だろ」

「わ、分かりました! ……ありがとうアクア。ところでお湯なのだが」

「お前、またか! どんだけ茶葉を無駄にしたら気が済むんだよ! 淹れ直してこい!」

「い、いえっ、大丈夫ですから! 私、お湯大好きですから……!」

 

 アクアに任せるとお茶をうっかりお湯に変えるので、俺が淹れ直して。

 

「……あ、ありがとうカズマ。うん、美味いな」

 

 ダクネスが、チラチラと俺の方を見ながら、恥ずかしそうにそんな普通の事を言う。

 気が弱くて人見知りする性格を克服するために、冒険者をしている時は、クールで無表情なダクネスを演じるという事なので、俺とアクアがダクネスの変態ではないエピソードを聞かせたりして、演技指導をしているのだ。

 

「前から聞きたかったのだが、ひいお祖母様はどのように二人の仲間になったんだ?」

「それはね、めぐみんがカエルに飲まれて粘液まみれになっているところを見て、自分もあんな風に……いた! いきなり何すんのよ!」

「何すんのよじゃねえ! ダクネスはあのダクネスを、非の打ちどころがない高潔なクルセイダーだと思ってるんだぞ? この子に、実はあなたのひいお祖母様は変態でしたって言うつもりか? お前はすぐに調子に乗って余計な事まで言うんだから、昔の話をする時は黙ってろって言っただろ」

「だって、カズマばっかりズルいと思うわ! 私だって、私の武勇伝を格好良く語って、ダクネスちゃんに、アクア様凄いって思われたいのよ!」

「あ、あの、話しにくいのであれば、無理にとは……」

 

 ひそひそと相談する俺とアクアを前にして、思いきり素が出ているダクネスに、俺は。

 

「……めぐみんがカエルに飲まれて粘液まみれになってるのを見て、幼気な少女がそんな事になるのは見過ごせないって言って、前衛のいなかった俺達のパーティーに入ってくれたんだよ」

 

 嘘は言っていない。

 

「――それで、そんな話をするって事は、まだパーティーを組む仲間が見つからないのか?」

「うっ……。そ、そうです……だ」

 

 俺の言葉に、ダクネスが泣きそうな顔で頷いて……。

 …………。

 

「それなら、良い方法があるぞ。お前のひい祖母さんもやってた事だ」

「ねえカズマ、それってアレよね? 分かったわ、私に任せてちょうだい! 飛びっきりの加護を授けてあげるわ! ダクネスちゃん、今からアクシズ教会に行ってお祈りを……いた! なんでいちいち叩くのよ!」

「なんでアクシズ教会なんだよ! お前の加護なんか受けたら、アンデッドの友達が出来るだけだろうが! いいかダクネス、エリス教会に行くんだ。お前のひい祖母さんも毎日毎日エリス教会に行って祈ってたら、クリスって友達が出来たんだよ。お前の家もエリス教徒だし、きっとエリス様は見守ってくれてるはずだ」

「何よ、エリスなんかより私の方がずっと近くで見守ってるんですけど! どうして私というものがありながら、エリスなんかを頼るのよ!」

「そりゃ当たり前だろ? エリス様は本物の女神だし……」

「わあああああああーっ! 私だって女神なのに!」

 

 泣き喚くアクアに、ダクネスが完全に素に戻って。

 

「わ、分かりました! えっと、その……両方! 両方行きますから! お二方の加護をいただければ、きっと私にも冒険仲間が出来るはずですから!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕食の後、ダクネスはダスティネス邸へ帰っていき。

 

「……何やってんのお前」

 

 俺が自分の部屋に戻ると、なぜかアクアが寝間着姿で俺のベッドに入っていて。

 

「何って、添い寝だけど。喜びなさいよ。カズマが自分の部屋で一人寂しく死んでいくのは可哀相だから、女神アクアが一緒に寝てあげるわ。ほら、ツンデレしてないで素直にありがとうって言いなさいな! ほら、ほらっ!」

 

 言いながらアクアが掛け布を持ち上げ、ベッドをパンパン叩いてきて。

 いつまでも突っ立っていても仕方ないので、俺はアクアの隣に横になりながら。

 

「何言ってんの? 布団の上で大往生だよ? しかも、ボケてもないし寝たきりでもない。これ以上ないくらい良い死に方じゃないか」

 

 高レベルの冒険者は、寿命が来ると突然死する。

 高いステータスが肉体の老化を補い、死ぬ直前まで若い頃とほとんど変わらない動きを続けられるからだ。

 俺は、向こうの世界では長寿で知られた日本人だからか、仲間達の中では一番長く生きてきて……。

 でも、バニルによれば、それも今夜で終わりだという。

 目を閉じていると、アクアが俺の皺だらけの手を握ってきて。

 

「ねえカズマ、死ぬのは怖い?」

「……怖いよ。超怖い」

「泣いても良いのよ。ここには私しかいないんだから」

「泣かねーよ! 泣かないけど……」

 

 ……こいつは誰だろう?

 怖がる俺をバカにするでもなく、優しく声を掛けて、手を握ってくれて。

 まるで本物の女神様みたいじゃないか。

 だからだろうか? アクアが、らしくない事をするから……。

 

「なあ、アクア」

「なーに?」

「……あ、ありがとう」

 

 俺は少しだけ泣きそうになりながら。

 

「あのまま向こうの世界にいたら、俺はきっと、ニートのまま大人になって、ロクでもない死に方をしていたと思う。こっちの世界では、お前のせいで借金を背負わされたり、理不尽な苦労をさせられたり、何度も死んだりしたけど、今になって思い返せば、まあ、そんなに悪くなかった。楽しかったよ。……俺を、この世界に転生させてくれて、ありがとう。ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」

 

 最後の一言を口にした瞬間、俺の意識は眠るように薄れていき――

 

 

 

 誰かに呼びかけられたような気がして目を開けると、そこは見慣れた真っ白い神殿の中。

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです。……あなたは天寿を全うされました」

 

 俺の目の前には、女神そのものといった微笑を浮かべたエリスが立っていて。

 

「お久しぶりですね、カズマさん。本当は、私が案内するのは不慮の出来事で亡くなった方の魂だけなのですが、無理を言って代わってもらっちゃいました」

 

 クリスともずっと会っていないし、天界へのテレポートは禁止されてしまったし、ここ数十年というものクエストにも出ておらず死ぬ事もなかったから、こうして会うのは本当に久しぶりだ。

 エリスはイタズラっぽく片目を瞑り、嬉しそうに。

 

「この事は、内緒ですよ?」

「……本当に久しぶりですね、エリス様。こんな事言うのもどうかと思いますが、また会えて嬉しいです」

「私も、またカズマさんとお会い出来て嬉しいです。それも、こうして天寿を全うされたのですから」

「そういえば、俺って死んだんですよね。アクアが今どうしてるか分かりますか?」

「せ、先輩は、その……」

 

 俺の言葉に、エリスは何か言いにくそうに視線をさまよわせ……。

 いや、ちょっと待て。

 

「……俺的には結構感動的な最期だったと思うんですけど、ひょっとしてアイツ、また仏様にイタズラでもしてるんですか? エリス様、一瞬だけ蘇生してもらうってわけには行きませんか? ちょっとあのバカに文句言ってきますよ。なんなら、テレポートで魂だけでも……」

「駄目です駄目です! 待ってください! 違いますよ! 先輩は今、カズマさんのご遺体に縋って泣いてます……!」

「…………そ、そうですか」

 

 アクアは、俺が死んでもしばらくはあの世界に残ると言っていた。

 俺達の子供があちこちに散らばっているから、その様子を見守りながら、アクシズ教団のご神体としての活動に力を入れるらしい。

 ……アクシズ教徒が勢力を増すとか、世界の行く末が心配になってくるが。

 

「俺達の子供やら孫やらって、どうなってるか分かりますか?」

「皆さん元気にやっておられますよ。例えば……」

 

 ぐうたらな俺を反面教師にし、際限なく甘やかすアクアから逃げるように、子供達は成長すると、かなり早い時期に親元を離れていった。

 以来、ほとんど連絡もないが、元気にやっているならそれで良い。

 エリスは俺に子供達の近況を教えてくれると、気を取り直すように、コホンと咳払いをしてみせ。

 

「さて、佐藤和真さん。あなたには、いくつかの選択肢があります。このままあの世界で、赤子として生まれるか。それとも平和な日本で、赤子として生まれるか。天国で争いのない穏やかな暮らしをするか。……さあ、どれにしますか?」

「ちなみに、めぐみんとダクネスはどれを選んだんですか?」

「それはお答え出来ません」

 

 エリスがそう言って、イタズラっぽく微笑んで……。

 ……まあ、聞くまでもないよな。

 めぐみんが、爆裂魔法のない世界に転生したがるとは思えないし。

 ダクネスだって、モンスターに襲われるのが嫌だからと日本に転生したがる性格ではない。

 だが、俺は……。

 

「聞いても良いですか?」

「なんでしょうか」

「この世界に転生したからって、もうチートが貰えるわけじゃないんですよね」

「そうですね、もう魔王は倒されて、世界の魂の偏りもなくなりつつありますし、カズマさんはあの世界の住人として天寿を全うされましたから。……ですが、魔王を倒したご褒美は残っているので、日本で生まれ変わるのであれば、一生を掛けても使いきれないだけのお金と、あなたの理想とする配偶者を得る事が出来るでしょう」

 

 ……今なんて?

 

「どれにしますか?」

 

 エリスが、まるで俺の答えが分かっているみたいな微笑を浮かべながら聞いてくる。

 そんな質問に、俺が今さら迷うわけがない。

 この世界はクソゲーだ。

 クソゲーのくせに、ゲームではないから一度死んだら普通はそこで終わってしまう。

 俺だって、アクアがいなければ天寿を全うする事など出来なかっただろう。

 こんな世界に生まれれば、間違いなく苦労する。

 いや、苦労する事すら出来ずに、死んでしまうかもしれない。

 そう。こんなのは迷うような事では……。

 

「俺の大嫌いな、この世界に戻してください」

 

 俺の返事に、エリスが嬉しそうに、少し寂しそうに笑みを浮かべて。

 

「佐藤和真さんとして、あなたと出会うのは、これが最後になるでしょうから……。せっかくなので、私から餞別を。あなたにちょっとだけ、良い事がありますように」

 

 エリスが、俺に片手をかざし――!

 

「『祝福を!』」

 




・本編終了後80年後くらい
 アクア、ウィズ、バニルは相変わらず。
 受付のお姉さんは、ルナさんではない。
 ダクネスは家の存続のために、誰かと結婚したか、養子を取ったか、カズマから種だけ貰ったかしたものと思われます。

・老齢冒険者は突然死する
 独自設定。

・各キャラルート
『この輝かしい爆裂道に回り道を!』(めぐみん)
『この純情乙女に初めての夜を!』(ダクネス)
『この背伸びしたい王女にストップを!』(アイリス)
『この騒々しいデートに宣言を!』(ゆんゆん)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この可愛い妹に息抜きを!

『祝福』6、読了推奨。
 時系列は、6巻2章の辺り。


 魔王軍の幹部や大物賞金首と渡り合ってきた俺達の活躍は、ついに王族の耳にも入る事となり。

 俺達に興味を持った王女様に、晩餐会に招待されて。

 そこで、俺を気に入った王女様が、俺を城へと連れ帰ってしまい……。

 王女様は……

 いや、アイリスは、俺を兄と慕ってくれて。

 

「おはようございます、お兄様。……あの、こんな時間まで眠っていたんですか?」

 

 その日、俺が目を覚ますと、アイリスはすでにレインの授業を終えていて。

 

「おはよう、アイリス。昨夜はアイリスが部屋に戻った後、何をして遊ぶか考えていて眠れなかったんだよ。ほら、俺ってアイリスの遊び相手役になっただろ? どんな遊びをしたらアイリスが楽しめるか、クレアやレインから教われないような事を教えられるかって考えてたんだ」

 

 本当は、日頃から夜型の生活を送っているせいで眠れなかっただけなのだが。

 ……アイリスが相手だと、どうも良い格好をしたくなる。

 これが、妹を持った兄の気持ちなのだろうか?

 俺に義妹がいたら、ニートなんかにならずに済んだかもしれない。

 アイリスは、俺の言葉に嬉しそうに。

 

「それでは、今日はどんな遊びを教えてくれるんですか?」

 

 特に考えてませんでしたとは言えない俺は、少し口篭もり。

 

「……アイリスは、鬼ごっこをやった事はあるか?」

「鬼ごっこですか? いえ、私には同年代の友人がおりませんし、……それに、王族は代々優秀な血を取り入れていて、とてもステータスが高いのです。体を使った遊びをするには、身体能力に差がありすぎて……」

 

 アイリスが、しょんぼりと肩を落としてそんな事を言う。

 そういえば、この世界の貴族は強いという話を聞いた事がある。

 

「おいおい、俺をそこらのボンボンと一緒にするなよ? 魔王の幹部や大物賞金首を討伐したカズマさんだぞ? 鬼ごっこ、アイリスはやってみたくないか?」

「それはもちろん、やってみたいです! ……でもお兄様、無理はしないでくださいね?」

 

 俺の事を心配しつつ、アイリスがうずうずしているのは明らかで。

 

「大丈夫だって。失敗したところで死ぬわけじゃないしな。初めてやるって言うんなら、最初は俺が鬼をやってやるよ。本当は五人くらいいた方が面白いんだが、そこはしょうがない。ルールは簡単だし、知ってるよな? 鬼にタッチされたら交替。鬼になったら、十まで数えてから追いかける。逃げる範囲は……じゃあ、この城の中」

「分かりました!」

「いーち、……速!」

 

 俺が数え始めるのと同時に、駆けだしたアイリスの背中はあっという間に遠ざかり……。

 マジか。

 王族、マジか。

 

「――にさんしごろくしちはちきゅうじゅう!」

「お、お兄様!? 数えるのが早すぎます!」

「何言ってんだ? 十まで数えただろ、誰も十秒とは言ってないぞ!」

 

 俺は早口で十まで数えると、アイリスを追いかけるために駆けだした。

 

 

 *****

 

 

 必死で追いかけても、アイリスの背中は捕まえられず。

 ……俺の身体能力は、魔法職であるめぐみんよりも低い。

 敵感知スキルがなかったら、とっくにアイリスを見失っていただろう。

 

「ま、待て……!」

「待ちません!」

 

 息も絶え絶えに叫ぶ俺に、アイリスが楽しそうに答えて駆けだす。

 これだけ走る速さに差があって、逃げる側は楽しいものだろうか?

 まあ、アイリスが楽しそうにしているし、問題はないのだろう。

 だからといって、負けっぱなしで終わるつもりはないが。

 

「ふはは、甘いぞアイリス! 城内の見回りスケジュールは把握済みだ。ちょうど、その角から見回りの騎士が歩いてきてるとこだぞ!」

 

 俺の言葉と同時に、アイリスが廊下の角を曲がろうとし。

 

「あっ、す、すいません!」

「おい、気を付け……! ア、アイリス王女!? これは失礼しました!」

 

 俺は走る速度を上げて、廊下の角まで辿り着き。

 騎士とぶつかって足止めを食らっているアイリスに手を触れ……。

 しかし、そこにいたのは兵士だけで。

 

「あ、あれ? いない……!」

「残念でしたねお兄様、私はここです!」

 

 アイリスがそう言って手を振るのは、廊下のずっと先の方で。

 

「速! くそ、騎士に足止めされると思ったのに、もうそんなところまで……! いくらなんでも、足が速すぎるだろ!」

「お、おい、お前……!」

 

 騎士がなんか言ってこようとしていたが、俺はそれに構わず走りだし。

 アイリスも、俺から逃れるために速度を上げて……。

 と、速度を上げたアイリスの前に人影が立ち塞がり。

 

「ぐうっ……!」

「あっ、すいませ……! ク、クレア!? どうしてここに!」

 

 アイリスの体当たりを真正面から受けたクレアは、苦しそうな顔をしてアイリスの肩を掴み。

 ……クレアがどこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか?

 ひょっとして、こいつもダクネスと同じ性癖の持ち主なのか?

 

「どうしてここにではありません! 何をやっているのですかアイリス様、廊下を走るなどはしたない! 淑女たるもの、常に優雅に振る舞わなくてはいけませんよ!」

「ご、ごめんなさいクレア、でも……」

 

 アイリスが、クレアに申し訳なさそうな顔をしながら、迫りくる俺に慌てる中。

 俺はクレアに。

 

「でかしたクレア! そのままアイリスを捕まえておいてくれ!」

「また貴様か! いい加減にしてくださいカズマ殿! あなたの教える遊びは、アイリス様に悪影響を与えます!」

「ま、待ってくださいお兄様! 今捕まえるのはズルいです! タンマ! タンマです!」

 

 クレアに捕まり、手足をじたばたさせるアイリスに、俺は遠慮なくタッチして。

 

「真剣勝負にタンマなどない。ほれ、次はアイリスが鬼な」

「ああっ、クレアのせいで捕まってしまったではありませんか!」

「えっ! も、申し訳ありませ……!? いえ、捕まってしまったではありませんよ! そのようなはしたない遊びは今すぐおやめになってください! 城内を走ってはいけません!」

「わ、分かりました。お兄様、ルールを変えましょう! 鬼ごっこにはいろいろなルールがあると聞きました。色鬼や高鬼や、……走ってはいけない歩き鬼というのもあるのでしょう? それにしましょう。それなら城の中でも遊べます」

「何言ってんの? 俺は下賤で無礼な冒険者だから、城の中で走ってても怒られないし、歩き鬼なんてやらないぞ。アイリスは王女なんだから、はしたない事は出来ないし、歩けば良いだろ? 俺は走るけど」

「お、お兄様!? 初対面の時に私が言った事を、実は結構根に持っていたんですか? あの言葉は撤回しますので、待ってください! そんなのズルいです、不公平ですよ!」

「いいかアイリス、人生ってのは戦いなんだ。いつでも公平な勝負が出来ると思ったら大間違いだぞ。じゃあ俺は逃げるから」

 

 そう言って走りだす俺の背後から。

 

「ま、待ってくださいお兄様! 逃がしませんよ! お兄様ーっ!」

「待つのはあなたですアイリス様! 走らなければ良いというものではありません! そんなはしたない遊びをしているところを、大勢の者に見られる事が問題なのです!」

「は、離してクレア! お兄様が逃げてしまうわ!」

「いいえ、離しません! とにかくその遊びは……ああっ! 全力で振り払われたら……、ア、アイリス様! 本気で怒りますよ!」

 

 廊下の角を曲がると、二人の姿は見えなくなり、さらに進むと声も聞こえなくなり。

 敵感知スキルでアイリスの場所を探るが、まだ動いておらず……。

 そのまま、クレアに連れられてか、俺のいる方とは反対に動きだして。

 

「……よし、勝った」

 

 

 

 ――勝利宣言をするために敵感知の反応を追っていくと。

 二人は空き部屋にいるらしく。

 おそらく、アイリスがクレアから説教をされているのだろうが……。

 俺がドアを開けると。

 

「いいですかアイリス様。あなたはこの国の王女なのですから、全ての国民の模範となるよう、常に己を律し、気高くあらねばならないのです。ほら、激しく走り回ったりするから、後ろ髪がこんなに乱れていますよ」

「あ、あの、クレア? そこはさっきも梳いてくれていたと思うのですが……。それに、髪を梳いてくれるのは嬉しいですが、膝の上に乗る必要はあるのかしら?」

 

 そこにいたのは、椅子に腰掛け、アイリスを膝の上に乗せて、幸せそうな顔でアイリスの髪を櫛で梳くクレアと。

 そんなクレアに髪を梳かれながら、困惑した顔をしているアイリスで。

 

「……何やってんの?」

 

 俺のその言葉に、クレアが跳び上がって驚き。

 

「ななな、何を覗き見ているのだ無礼者! さっさとドアを閉めて部屋から出ていけ、ぶった斬るぞ!」

「お兄様、鬼の前に出てくるとは油断しましたね!」

 

 そう言って、クレアの膝から降りたアイリスが、すごい速さで駆け寄ってきて俺にタッチし。

 

「何言ってんだ? こういうやめる時がはっきりしてない遊びは、チャイムが鳴るか、大人に止められた時点で終了だろ? 最後に鬼だったのはアイリスだから、俺の勝ちだな」

「鬼ごっこにも勝ち負けがあるのですか! でもそれなら、私がクレアに止められた時にはお兄様が鬼だったのですから、私の勝ちだと思います!」

「アイリスは自分が鬼になったって認めたんだから、あの時点ではまだ鬼ごっこは続いてただろ。それを今さらなかった事にするっていうのはどうなんだ?」

「ズルいです! 私はそんなルールを知りませんでした!」

「おっと負け犬の遠吠えか? 勝ちたいならルール確認は基本だぞ」

 

 悔しそうに涙目になるアイリスに、俺がニヤニヤと笑い大人げなく勝ち誇っていると。

 

「おい貴様、黙って聞いていればアイリス様を愚弄しおって! そこに直れ、ぶった斬ってやる!」

 

 激昂したクレアが、腰の剣を抜きそんな事を言ってきて……。

 …………。

 こいつはどんだけ俺をぶった斬りたいんだろうか。

 いや、それよりも。

 

「やめなさいクレア、……お兄様?」

 

 俺は、クレアを制止しようとしたアイリスを止めて。

 不思議そうなアイリスの視線を受けながら、クレアと向かい合い。

 

「そんな事言われても。俺が勝ったのは事実だし、言ってる事だって間違ってないだろ? それに、遊びの勝敗ごときで、斬り捨て御免ってのはどうなんだ? 気に入らない相手は一人残らずぶった斬っていくのがこの国の模範ってやつなのか? それで本当にアイリスの誇りは守られるのか?」

「そ、それは……」

 

 迷うように剣の切っ先をぶれさせるクレアに、俺はさらに声を大にして。

 

「今のアイリスに必要なのは、リベンジの機会だ! 鬼ごっこでの負けは、鬼ごっこで勝たないと取り戻せないんだ! お前はアイリスからその機会を奪うつもりか! アイリスの教育係として、それはどうなんだよ!」

「そ、それは……! しかし……!」

「まあ俺だって、王族が城の中を走り回るのが問題だってのは分かるよ。だからここは、色鬼で決着をつけるってのはどうだ?」

 

 

 *****

 

 

 色鬼。

 鬼が、その場にある色を一つ指定し、逃げる側は鬼が指定した色に触れる。

 その色に触れていれば、鬼は捕まえる事が出来ないが、色に触れる前に鬼に捕まったら、鬼を交替する。

 全員が、鬼が指定した色に触れる事が出来たら、鬼は別の色を指定する。

 

「ルールは分かったか? それと、鬼は色を指定してから三秒間待つ事。……三まで数えるんじゃなくて、三秒間な。逃げる側は、同じ物に複数の人間が触れてはいけない事にしようか。だからって、他人が触れてるものを奪ったり、邪魔したりってのはなしだぞ。ここはそんなに広くないし、鬼が色を指定してから三十秒間逃げきったら、鬼は次の色を指定する事にしよう」

 

 俺はそう言って、周りにいる者達を見回し……。

 

「色……、鬼が色を指定し……。逃げる側は色に触れて……」

「うう……、どうして私まで……」

 

 ブツブツとルールを確認しているクレアの隣で、レインが暗い顔をしてうなだれる中。

 

「お兄様、勝敗は! 勝敗はどうやって決めるんですか!」

 

 アイリスが一人、やる気に満ちた表情で拳を握り締めている。

 

「いや、あれはクレアを巻きこむための方便だからな。まあ、終わりの時間に鬼だった奴が負けって事で良いんじゃないか」

「負けない方法ではなく、勝つ方法を教えてください! 勝ちたいならルール確認は基本だと言ったのはお兄様ではないですか!」

「お、おう……。アイリスも結構面倒くさいところがあるな? じゃあ、鬼になって色を指定した回数の一番少なかった奴が勝ちって事にしよう。制限時間は、夕食の時間になるまでだな」

 

 俺達は、城の裏庭に来ていた。

 ここなら人目につかないし、さらにクレアの指示で、夕食の時間まで誰も寄りつかないようになっている。

 アイリスが少しくらいはしゃいでも問題はないだろう。

 裏庭といってもそこそこ広く、流石は王城だけあって、こんなところまで手入れが行き届いており、色とりどりの花が咲いているので色鬼をするには丁度良い。

 

「よし、最初の鬼をじゃんけんで決めるぞ」

 

 俺がそう言って、じゃんけんをするために手を出すと、クレアとレインが渋々といった感じに手を出す中、アイリスが。

 

「お兄様、最初の鬼は色鬼とは関係なく鬼になるのですから、鬼になった回数に数えるのは不公平だと思います」

「何言ってるんだ? 運も実力のうちって言うじゃないか。勝負事に運が絡むのは当たり前の事だし、鬼ごっこの鬼をじゃんけんで決めるのも普通の事なんだから、じゃんけんだって鬼ごっこのうちだ」

 

 そして俺は、じゃんけんで負けた事がない。

 

「じゃーんけーん!」

 

 クレアが負けた。

 

「い、色を指定し、その色に触れていない者を捕まえる……。よし! では赤だ!」

「色を指定したら、鬼はその場で三秒数えるんだからな」

 

 すぐに駆けだそうとしたクレアを、俺がそう言って止め。

 俺達は三秒の間に、花壇に咲いていた赤い花の花弁に触れて。

 

「ああっ……」

 

 三秒数えて駆けだそうとしたクレアが、すでに指定された色に触れている俺達を見て、ガッカリした声を出す。

 

「クレアはこれで、二回目の鬼ですね」

「どこかに書いておかないと忘れそうだな」

「では、私が記録しておきますね」

 

 レインが、アイリスの勉強に使っている小さな黒板を取りだして、そこに俺達の名前を書き、クレアのところに二本の線を引く。

 レインが書き終わるのを律義に待っていたクレアが。

 

「金色!」

 

 俺はすかさずアイリスの頭を両手で掴んだ。

 

「お、お兄様!?」

「貴様、王族の頭に気安く触れるとは何を考えているんだ! 今すぐ手を離せ無礼者め!」

 

 アイリスが驚き、クレアが激昂し、レインはオロオロしながら金色のものを探していて。

 そんな中、三秒を数え終えたクレアが俺達に向かって歩み寄ってくる。

 

「き、金色……、金色……! お兄様、私の頭から手を離してください!」

「おいアイリス、あまり急に動くなよ。手が離れちまうだろ。他人が色に触れるのを邪魔するのはルール違反だから、アイリスは走るなら俺の足の速さに合せてくれよ」

 

 ルール上、アイリスはすでに俺が触れているアイリスの髪に触れてもカウントされないし、俺を強引に振り払う事も出来ない。

 焦ったように裏庭を見回すアイリスだが、金色なんて自然の中では簡単には見つからない。

 そんなアイリスの下に、クレアが辿り着き……。

 

「き、貴様! 早く手を離さないか!」

「何言ってんの? 遊びに身分を持ちこむとか、お前、それでも誇りあるベルゼルグの貴族なの? 別に俺は手を離して貴族様ごめんなさいって謝っても構わないが、そんな事をしてアイリスが喜ぶのか? ほら、アイリスは金色のものに触ってないぞ? すぐ目の前にいるんだから、アイリスにタッチするってのが鬼として正しい行動なんじゃないのか?」

「くっ、……この男……!」

 

 俺がクレアを挑発し、クレアが歯ぎしりして悔しがる中。

 アイリスが、クレアの髪に素早く手を伸ばし。

 

「ア、アア、アイリス様!? 何を……!」

「触りました! 金色のものです! これでクレアは私を捕まえられません!」

 

 背の低いアイリスがクレアの頭に触ろうとすると、縋りつくような格好になっていて。

 それに、クレアが顔を真っ赤にして……。

 

「ああああ、こんな、こんな事が……!」

「おいクレア、この状況は俺のおかげだって事を忘れるなよ」

「感謝します、深く感謝しますよカズマ殿……!」

「あ、あの、クレア? 早くレインを捕まえに行かなくて良いのですか……?」

 

 アイリスのその言葉に、クレアが幸せそうに緩んでいた表情を引き締め、レインを探し。

 俺とアイリスがその視線を追うと。

 レインはすでに、自分の手に嵌めていた指輪に触れていて。

 

「クレアが三回目の鬼ですね」

 

 アイリスが、クレアの髪から手を離してそう言い、俺もアイリスの髪から手を離すと、クレアが複雑そうな表情で俺を見ながら。

 

「むう……。なかなか捕まえられませんね。カズマ殿、何かコツのようなものはないのですか?」

「鬼ごっこにコツと言われても。それに、俺達は勝負の最中だからな。知っていても教えないよ」

「そうですよクレア。コツは自分で見つけなくてはいけません」

「アイリス様がそう言うのなら……。アイリス様? どうして少しずつ離れていくのですか?」

 

 クレアと話しながら、俺とアイリスは少しずつ距離を取っていて。

 不思議そうに聞いてくるクレアに、アイリスが。

 

「それはもちろん、クレアが色を言った後に、すぐに捕まらないためです。コツかどうかは分かりませんが、近くに人がいる時には、すぐに色を指定してしまった方が良かったと思います」

「……! あ、青!」

 

 アイリスの言葉に、クレアが慌てたように色を言うが、すでに遅く。

 三秒の間に、俺達は青い花に手を触れていた。

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 

「おいおい、不甲斐ねーな大人達! そんなんでアイリスの護衛が務まるのか?」

「お兄様、そんな言い方をしてはいけません。二人は慣れない遊びに付き合ってくれているのですから」

 

 鬼になった回数は、アイリスが一回、俺が五回、レインが八回、クレアが十三回。

 こういった遊びに熱中するのは子供で、大人はどうしても少し手を抜いてしまうものだ。

 レインは、子供の遊びに付き合ってあげている大人そのもので、鬼になっても悔しがる事もなく、淡々と色を指定している。

 クレアは、俺が煽ると激昂して何も考えず色を指定するので、連続して鬼になる事が多い。

 アイリスは、本気で勝つつもりらしく、一番うまく立ち回っていた。

 この場にいる三人とも、魔法職であるレインでさえも、貴族だけあって俺よりも身体能力が高い。

 ……ここでアイリスにリベンジを達成されては、兄としての沽券に関わる。

 

「……なあアイリス、あいつらが本気を出せるように、ルールを追加しないか?」

「いえ、やめておきましょう。後からルールを付け足すのはどうかと思います」

 

 俺の言葉に、アイリスが少し考え、警戒するようにそんな事を……。

 …………。

 こういう時、俺が、勝つために策を弄する事を見破られているらしい。

 ……勘の良い子供は嫌いだよ。

 

「おいクレア、お前らいまいちやる気が出ないみたいだし、鬼になった回数の一番多かった奴が罰ゲームってのはどうだ? それと、今の状況だとクレアの負けが決まってるようなもんだし、最後に鬼だった奴は十ポイント追加しよう」

「お兄様!? 後からルールを付け足すのはズルいですよ! それに、一番負けているクレアがそんなルールを受け入れるはずが……!」

「罰ゲームは、ひらひらの可愛い服を着て思いきり可愛い子ぶるってのを考えてるんだが」

「よし分かった」

「!?」

 

 俺の言葉にクレアが即答し、アイリスが驚愕する。

 

「レインもそれで良いか?」

「えっ、……わ、分かりました……」

 

 すかさずレインに問いかけ了承を得るクレアの様子を見ながら、俺はアイリスに。

 

「四人中三人が賛成してるんだから、ルールを付け足しても問題ないと思うんだが」

 

 現在、鬼のクレアが、明らかにアイリスを狙い撃ちする目で見ている。

 夕食の時間が近いから、最後にアイリスを鬼にすれば俺の勝ちだ。

 これで、俺が逆転する可能性も出てきたと言えよう。

 俺がそんな事を考えていると……。

 

「クレア! レイン! 三人でお兄様を狙いましょう! お兄様がそのつもりなら、私にだって考えがありますよ!」

「「「!?」」」

 

 堂々とズルを宣言するアイリスに、俺達は驚愕の表情を浮かべ。

 その言葉に、レインがコクコクと頷いて……。

 

「わ、分かりました……!」

「おいクレア! お前はそれで良いのか? たかが遊びとはいえ、こんな卑怯な手を使うアイリスを許したら、アイリスが俺みたいになるかもしれないぞ! 王族として、それで良いのか? ここは王族らしい正々堂々とした戦い方をするように、アイリスを教育してやるのが教育係の務めなんじゃないか? アイリスはレインと組むみたいだし、俺とお前が組んだら、二対二で丁度良いと思わないか?」

「……! そ、そうだな……。申し訳ありませんアイリス様。しかし、これはあなたのためなのです」

 

 俺の言葉にあっさりと流されるクレアに、アイリスが悲しそうな顔をして。

 

「クレア……! どうしても、駄目ですか……?」

「うっ……。い、いえ、アイリス様の頼みとあらば……!」

「可愛い服だぞ、可愛いアイリスが可愛い服を着るんだぞ? 想像してみろ、ひらひらの可愛い服を着たアイリスを。いつも可愛いのに、可愛い子ぶるアイリスを……!」

「!? も、申し訳ありませんアイリス様! やはり王族は、正々堂々と戦うべきです! ……黒!」

 

 会話の途中で色を指定し、クレアは迷わずアイリスに向かって駆けだす。

 

「黒!? ク、クレア、この場にない色を指定するのはルール違反ですよ! この裏庭に黒いものなんて……!」

「あるだろ、黒いもの」

 

 焦って辺りを見回すアイリスに、俺は自分の黒髪に触れながらそう言って。

 

「! ほ、他に黒いものは……!」

「タッチです! アイリス様、鬼は二回目ですよ……!」

 

 黒いものを探していたアイリスに、駆け寄ったクレアがタッチする。

 

「茶色!」

「!?」

 

 即座に色を指定するアイリスに、クレアが驚き、茶色いものを探して……。

 ……!

 茶色いものといえば、裏庭の外周にある花壇の土だが、花壇はアイリスを挟んで向こう側にあって。

 俺とクレアが、三秒間に花壇まで行くのは不可能で……。

 

「おいクレア、受け取れ! 『クリエイト・アース』!」

「! 感謝します、カズマ殿!」

「お、お兄様! 魔法はズルいですよ!」

「そんなルールはないだろ。後からルールを付け足すのはズルいぞ?」

「ううっ……! ……い、良いのですよレイン。お兄様を狙うとは言いましたが、私のためにわざと鬼になる必要はありません」

 

 俺とクレアが、俺が魔法で創った土に触れる中。

 アイリスが悔しそうな表情で、花壇の土に触れようかどうしようか迷っていたレインにそう言って。

 

「ふはは、三回目だぞアイリス! そろそろ負けが見えてきたな!」

「灰色です!」

 

 ……?

 灰色のものは、俺達の後ろにある城の壁がそうだが。

 どうしてすぐ近くにある色を指定するのだろうと、俺が不思議がりつつ城の壁に触れると。

 

「申し訳ありませんカズマ殿、この壁にはすでに私が触れています」

「お兄様、一つの物に複数の人間が触れる事は出来ません。そういうルールでしたよね?」

 

 口々にそう言う二人を前にして、俺は。

 

「おいクレア、俺に良い案がある。お前の目的は、アイリスに可愛い服を着てもらう事だろ? ここで俺が鬼になるより、アイリスにもう一回鬼をやらせた方が良いと思わないか? そのためには、まず、クレアが壁から手を離し、俺が壁に触れる。そうすると、アイリスはクレアを追うしかなくなるから、すぐに俺が壁から手を離し、クレアが壁に触れる。この繰り返しで三十秒を稼いだら、次の鬼もアイリスだ!」

「カズマ殿……! あなたの英知には感服します!」

 

 そう言って、クレアは壁から手を離し。

 俺の目の前にまで迫っていたアイリスが、悔しそうに足を止めてクレアの下へ……。

 

「離したぞ! アイリス、今はクレアが色に触れてる判定だ!」

「ううううっ……! ズルいですお兄様! こんなのズルい!」

 

 俺の素晴らしい作戦に、こっちに向かってこようとしたアイリスが涙目で地団太を踏み。

 

「最初に協力者を募ったくせに何言ってんだ! なんでもありを受け入れておいてズルいって言うなんて、それこそズルいぞ!」

「金色!」

「!?」

 

 まだ三十秒は経っていないのに、アイリスが急に声を上げて。

 ……三十秒経ったら次の色を指定しなければいけないというルールだが、その前に他の色を指定してはいけないというルールは作らなかった。

 マズい。

 アイリスの髪は金色だが、三秒以内にアイリスの下まで辿り着くのは不可能だ。

 アイリスがクレアにやったように、鬼が近づいてきたところで髪に触れるのも、アイリスは俺より身体能力が高いので無理。

 クレアは自分の髪に触れているし、レインは指輪に触れている。

 他に何か、金色のものは……!

 

「タッチ! 捕まえました、お兄様が鬼です!」

「黒!」

 

 鬼になった俺は、即座に叫び。

 俺が三秒を数えている間に、アイリスが俺の髪に触れてきて……。

 

「よし三秒! アイリス、捕まえないから髪から手を離してくれないか? これじゃあいつらを追いかけられない」

「駄目です。手を離したらお兄様は私を捕まえるつもりでしょう」

「……アイリス、お兄ちゃんの事が信用できないのか?」

「協力がありなら裏切りもありなのですから、色鬼をやっている間、お兄様を信用する事は出来ません!」

 

 素直だった妹がこんな事を言うようになるなんて……。

 

「……分かったよ! じゃあ背中に乗ってくれ」

「はい!」

 

 おんぶなら、めぐみんにいつもやっているから慣れている。

 俺が、頭に両手を触れながら、なぜか嬉しそうにしているアイリスを背負うと……。

 

「き、貴様! アイリス様になんという事を……!」

「そんな事より、逃げなくて良いのか十三回」

「鬼になった回数で呼ぶな! 貴様こそ、アイリス様を背負ったまま、三十秒の間に私を捕まえられるのか?」

「無理に決まってる」

 

 俺の狙いは、最初からレインの方だ。

 この裏庭に黒いものは俺の髪以外にないから、俺の髪に触れているアイリス以外は三十秒間逃げ続けるしかない。

 レインも俺よりは身体能力が高いが、それほど広くない裏庭で、相手に触れられないように逃げ続けるのは難しく……。

 

「タッチだ! 次の鬼はレインだな!」

「……はあ、はあ。仕方ありませんね。……白!」

 

 俺から逃げ続けたせいで息を切らしたまま、レインは素早く色を指定して。

 ……白?

 白と言えば……。

 アイリスが俺の背中から飛び降り、白スーツことクレアの下へ駆け寄っていき。

 クレアが、鬼になってもらえないのは残念だけど触ってもらえるのは嬉しいという複雑な表情で、アイリスにズボンを掴まれ、自分は上着を触って。

 

「今の時季、ここに白い花は咲いていませんよ、カズマ様」

 

 三秒を数え終えたレインが、そんな事を言いながら俺の方へ駆けてきて……。

 マズい。

 俺の身体能力では、レインから三十秒間逃げきるのは無理だ。

 この裏庭に、白いものはレインが着ている服の上下しかないが、それには二人が触れている。

 他に白いもの……。

 アイリスが今日着ている服には白がないし……。

 …………。

 

「これだあああ! 『スティール』ッ!」

 

 レインに追われながら、俺はクレアに向かって手を突き出し。

 

「よし! やっぱり今日も白だったか! 助かったよクレア」

 

 俺の手には、今日も白だったクレアの下着が……。

 

「えっ……? きゃああああああ! き、貴様、もう勘弁ならん! そこへ直れ、今度こそぶった斬ってやる!」

「お、お兄様、なんでもありとはいえ、流石にそれはどうかと思います」

 

 ぱんつを掲げて勝ち誇る俺に、二人が口々にそんな事を……。

 

「カズマ様……」

 

 おっとレインまで蔑むような目で見てきてますね。

 

「わ、悪かったよ。ちょっと調子に乗り過ぎた。スティールはもう使わないよ」

「当たり前だ! 貴様がアイリス様のお気に入りではなく、ダスティネス卿の関係者でもなければ、すでに三度は斬り捨てている!」

 

 俺が謝りながらぱんつを差しだすと、クレアは俺の手を叩くようにしてぱんつを奪っていった。

 ……でもこいつ、どうやってぱんつを穿くつもりだろう。

 スカートではなくズボンだから、まさかこの場で脱ぐわけにも行かず。

 時間制限のあるゲームの最中だから、途中で退場するわけにも行かず。

 クレアもそれが分かっているのだろう、ぱんつを握り締め、顔を赤くしていて。

 と、そんな時。

 

「黒!」

 

 いきなりレインが声を上げて。

 俺が、続けるのかよと驚いている間に、クレアが俺の頭を掴み。

 

「ふ、ふふふ……。アイリス様の可愛らしい姿を見られないのは残念だが、貴様への意趣返しにはなるだろう……!」

 

 そう言うクレアが遠くを見ているので、その視線の先を追うと。

 一人のメイドが裏庭にやってくるところで……。

 あのメイドは多分、夕食の支度が出来た事を伝えに来たのだろう。

 だが大丈夫だ。

 さっき走ったおかげで、レインとは距離が離れているから、レインに捕まるよりもメイドが夕食を知らせる方が早いはず。

 可愛い服を着て可愛い子ぶるのはレインだ……!

 俺が、そんな事を考えて安心していると。

 

「行きますよ、レイン!」

「は、はい、アイリス様!」

 

 アイリスが、レインの足を掴み、ジャイアントスイングの要領でぐるぐる回って、俺の方に向かってレインを投げ飛ばしてきて――!

 

「お、おいクレア、離せクレア! くそ、三人掛かりは卑怯だぞ!」

「貴様が言うな! こ、こら、色に触れているのを邪魔するのはルール違反だ! 大人しく負けを認めろ!」

「カズマ様あああああ!」

 

 飛んできたレインにぶつかり、俺達三人は揉みくちゃになって芝生の上を転がった。

 

 

 *****

 

 

 ――夕食の後。

 

「きゃるーん! カズマでぇーす!」

 

 せめて他の奴らの見ていないところでという懇願を聞き入れてもらい、俺の自室にて。

 

「……ほう、それで? 本気で可愛い子ぶるのだろう? まだ行けるだろう?」

「カズマ様、こちらに装飾品もご用意しましたので、良ければお使いください」

「お兄様。もうちょっとスカートを持ち上げてみてはいかがでしょうか!」

 

 腕を組みネチネチと俺を辱めてくるクレアと、淡々と可愛い衣装を用意するレインと、目を輝かせてアドバイスしてくるアイリスに囲まれて。

 俺は、夜遅くまで。

 

「では次は、雌豹のポーズとかいうのをやってもらおうか」

「カズマ様、せっかくですので下着も女物にしましょうか? ムダ毛の処理もいたしますよ」

「お兄様、可愛いです! すごく可愛いですよ!」

「勘弁してください! もう許してください!」

 

 畜生!

 もうお婿に行けない!

 

 

 

 …………この場にあいつらがいなくて本当に良かった。

 




・カズマの髪
 書籍版やアニメでは茶色ですが、今回はWeb版に準拠。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この曇り空に快晴を!

『祝福』7、既読推奨。
 時系列は、7巻1章の辺り。


 ――シルビアの賞金を受け取り小金持ちになってからというもの。

 

「この料理を作ったのは誰だあああ!」

「シェフを呼んでちょうだい!」

 

 俺とアクアは、アクセルの街の飲食店に通い、毎日こうして美食巡りをしていた。

 店内の片隅を占領した俺達の下に――

 

「……この店のシェフは俺だが」

「「!?」」

 

 やってきたのは、熊とゴリラを足して二で割らなかったような、強面の大男。

 シェフよりも冒険者をやった方が似合っていそうだ。

 というか、俺達よりも冒険者らしい。

 

「俺の料理に何か不都合でも?」

 

 アクアが、テーブルの傍らに立ったシェフの鋭い眼光に怯え、目を逸らして黙々と料理を食べ始めた。

 

「……い、いや、この料理が美味しかったのでお礼を言いたかっただけなんですよ。最近王都で城暮らしをしてた俺の舌をうならせるとは大したもんです」

 

 俺は、用意していたセリフをなんとか言いきったにもかかわらず、顔色一つ変えないシェフに。

 

「こ、このシチュー! まったりとしてそれでいてしつこくなく、すべての食材が器の中で完璧に調和して…………あ、味の宝石箱やー」

「バカにしてんのか」

「そ、それと、しっかり煮込まれた肉が柔らかくて口に入れた途端にとろけて超美味い」

「……ほう、他には?」

「他!? ……か、隠し味のワインが絶妙で」

「ワインなんか使っていないが」

「そう、使ってない! 使ってないのにこんなに美味しい!」

 

 ――料理を食べ終え、逃げるように店を出た俺達は。

 

「お前、俺を見捨てただろ。自分だけ関係ないみたいな顔して料理を食いやがって」

「何よ、しょうがないじゃない。二人してあのおじさんに叱られるよりも、一人を犠牲にした方が被害は少ないでしょ? 賢い私の作戦ってやつよ。そのおかげで最後には取りなしてあげられたじゃないの」

「ふざけんな、俺が言いがかりつけたみたいな言い方しやがって! 超美味かったのに、もう俺一人じゃあの店行けないじゃないか!」

「はあー? そんなの、カズマさんが美味しいシチューに変な言いがかりつけたのがいけないんじゃないですかー?」

「お前だってノリノリだったくせに何言ってんだ! 畜生、食通ごっこがしたかっただけなのに、どうしてこんな事に!」

 

 俺とアクアは、せっかく美味しい料理を食べて満足したというのに、そんなギスギスした会話をしながら屋敷に帰り着き。

 

「ただまー!」

 

 広間では、めぐみんが不機嫌な顔でテーブルに並んだ料理を片付けているところで。

 

「あ、やっと帰ってきましたか! その様子だと、食事は外で済ませてきたみたいですね。まったく、そういう時は事前に教えてくださいと言っておいたではないですか! せっかく作った料理が余ってしまいましたよ!」

「悪いなめぐみん。それは夜食にするから仕舞っといてくれよ」

「私も私も! お酒を飲む時のおつまみにするわ!」

「当たり前ですよ! 私の目が黒いうちは、料理を残したり捨てたりするなんて、許しませんからね!」

 

 食事にも事欠く幼少期を過ごしためぐみんが、目を紅くしてそんな事を言う。

 

「分かってるって。俺だって、世界に誇るMOTTAINAI精神の日本人だからな。めぐみんが作ってくれた料理を無駄にしたりしないよ」

「それなら良いのですが……」

 

 料理を残された事が不満らしく、めぐみんはまだ少し口を尖らせていた。

 

 

 

 ――翌朝。

 めぐみんの夜食のおかげで満腹になり、穏やかな夜を過ごした俺が、昼の美食巡りに備えて日の出前に眠ろうとしていると。

 

「わああああああーっ! カズマさーん、カズマさーん!」

 

 階下から、大声で俺を呼ぶアクアの声が……。

 …………。

 

「寝よう」

 

 俺がベッドに潜りこみ目を閉じていると、部屋のドアがバンバン叩かれて。

 

「カズマ! 大変よカズマ! このままじゃ、めぐみんの爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばされるかもしれないわ! ねえ起きてるんでしょ? 早く来てー、早く来てー」

「ああもううるせーな! なんだよ、いくらめぐみんだって、流石にこの屋敷に爆裂魔法を撃ちこむ事はないと思うぞ? ……多分。……あれ、お前、頭になんかくっついてるぞ」

 

 俺が部屋のドアを開けると、焦った様子のアクアが俺の腕を掴んできて。

 

「いいから早く! めぐみんにバレる前になんとかしないと!」

「……なんですか、私がどうかしましたか?」

「めぐみん!? どうしてこんなに朝早くから起きているのよ!」

 

 眠そうに目をこすりながらやってきためぐみんに驚くアクアに、同じく起きてきたダクネスが呆れたように。

 

「あれだけ騒げば誰だって起きるだろう。こんな朝早くから何を騒いでいるんだ? お前が宴会好きなのは知っているが、そういうのは夜にやれと言っているだろう。それとも、昨夜からずっと飲んでいるのか?」

「違うわよ! いいから早く、めぐみんを取り押さえてちょうだい!」

 

 アクアのそんな言葉に、めぐみんとダクネスは不思議そうに顔を見合わせ。

 

「アクアがわけの分からない事を言うのはいつもの事ですが、今回はどうしたのですか? 酔っぱらっておかしな夢でも見たのですか? ……あの、ダクネス? どうして私の肩を掴むんですか?」

「い、いや、めぐみんもアクアと同じくらい何をしでかすのか分からないし、取り押さえろと言うのなら、とりあえず取り押さえておいた方が良いのかもしれないと……」

「離してください! いくら我が爆裂魔法が誰も無視できないほどの破壊力であるとはいえ、理由もなく拘束される謂れはありませんよ!」

「そ、それはそうなのだが……。カズマ? カズマはどう思う?」

「寝ようと思う」

 

 取り押さえようとしためぐみんに暴れられ、困った顔で俺を見てくるダクネスに即答すると。

 

「ねえちょっと! 困るんですけど! めぐみんはそのまま寝ちゃっても良いけど、カズマが来てくれないと困るんですけど! ほら、早く来なさいな! この屋敷の危機なのよ、寝ている場合じゃないわ!」

「……屋敷の危機? それは聞き捨てなりませんね」

 

 アクアの言葉に反応したのは、俺ではなくめぐみんで。

 

「さっきから聞いていれば、どうして私を除け者にしようとするんですか? 本当に屋敷の危機だというのなら、私だって何かしたいと思うのですが」

「そうだな、私も協力は惜しまない。一体何が起こっているんだ?」

「協力してくれるって言うんなら、ダクネスはめぐみんを取り押さえておいてちょうだい! 行くわよ、カズマ!」

「俺は寝たいんだが」

 

 俺の文句は聞き入れられず。

 焦った様子のアクアに引っ張られ、台所に辿り着くと。

 

「……なんだこれ」

 

 そこは一面、緑色で。

 何か胞子のようなものが、無数に舞っていて。

 ……アクアの髪にくっついていたのは、その胞子のようなものらしい。

 

「カズマ、油断しないで! こいつらは……!」

 

 アクアがそう言うのを合図にしたかのように。

 ふわふわと舞っていた胞子のようなものが、一ヶ所に集まり、合体していって……。

 

「この世界にいる精霊は決まった実体を持たず、出会った人達の無意識のイメージによって姿を変えるって前に話したわね? 冬には冬将軍、春には春一番、日本から来たチート持ち達のイメージに影響される精霊は少なくないわ。そして、このじめじめした梅雨は、カビの季節。でもカビってのがなんなのか、この世界の人達はよく分かっていないから、日本から来たチート持ち達に、強く影響を受けたみたいね。そいつは、カビって言ったらアレだよなっていう、チート持ち達のイメージによって実体化したカビの精霊! そう、アンパンの天敵……カビランランよ!」

 

 現れたのは、カビの胞子が集まって作られた大きな顔から、細長い手足を生やした存在。

 

「……なあ、この世界って俺をバカにするためにあるのか? ちょっと、魔王と一緒になって世界を滅ぼしても良いんじゃないかと思えてきたんだが」

 

 

 *****

 

 

 カビランランは大きな口を開くと、緑色の胞子を大量に吐きだしてきた。

 

「ぶわっ! ゲホッ! ゲホッ!」

 

 熱くも冷たくもないが、呼吸が出来ない!

 顔を腕で覆って咳きこむ俺に、アクアが。

 

「『ピュリフィケーション』! 何やってんの、気を付けなさいな! カビランランのカビのブレスを食らったら、体中にカビが生えて、あっという間に養分を吸い取られるわよ!」

「いや、ちょっと待ってくれ。あいつ、あんな間抜けな顔してんのに、そんなに危険なの?」

「当たり前じゃない。冬将軍と同じ精霊なのよ。この世界の子供達はね、料理を残すともったいないお化けが出るぞって言われる代わりに、料理を残すとカビランランが出るぞって言われて育つくらいなのよ」

 

 そのアクアの言葉に、ふと。

 

「……なあ、あいつって、料理を残したりすると生まれてくるんだよな」

 

 俺がそう聞くと、アクアは目を逸らし……。

 …………。

 

「おい。昨日、酒のつまみに食うって言ってた、めぐみんが作ってくれた料理。あれってどうなったんだ? 食ったんだよな?」

「い、今その話は関係ないでしょ! 今は目の前のカビランランをどうするかっていう……」

「またお前のせいか! お前ってやつは、どうしていつもいつも余計な事をして面倒事を起こすんだよ! 残した料理を食うっていう簡単な事が、どうして出来ないんだ!」

「だって! だって! 昨夜はお酒を飲もうとしてたら、急にダクネスが、最近ゴーストのイタズラが増えてるって言いだして……! そういえば、定期的に共同墓地を浄化するっていうウィズとの約束を、ここんとこ忘れてたって事を思いだして……。共同墓地で迷える魂を浄化して、帰ってきたらお腹が空いていたし、めぐみんの料理を食べようとしたら、こうなっていたの。これは私のせいじゃないわ! どっちかって言うと、ゴーストのイタズラが増えてるなんて言いだしたダクネスのせいよ!」

「ふざけんな、やっぱりお前のせいなんじゃないか!」

 

 と、そんな事を言っている間にも、カビランランはカビのブレスを撒き散らし、部屋中を緑色にしていて。

 

「おい、ヤバいぞ。このままじゃ台所中がカビだらけになって、食料の備蓄が……!? ヤバいって! なあ、これってすごくヤバいって! そんな事になったらめぐみんが何するか分からないぞ!」

「だから、さっきからそう言ってるじゃない! 屋敷に爆裂魔法を撃ちこまれるのが嫌だったら、さっさとあいつを倒してよね!」

「俺にそんな事言われても! 倒すって、どうやって倒すんだよ? あいつって、冬将軍と同じ精霊なんだろ? 精霊って、実体を持たない魔力の塊なんだろ? 最弱職の俺に精霊と戦えなんて、無理に決まってるじゃないか!」

「それをなんとかするのがカズマさんの役目なんですけど」

 

 …………。

 

「よし、一つ思いついた。アンデッドに好かれるくらい神々しくて生命力に溢れるお前を、カビ達の養分として差し出すってのはどうだ? お前くらい生命力があれば、カビランランも満足してどっか行ってくれるかもしれないな」

「カズマさんったらバカなの? カビに養分なんて与えたら、ますます繁殖するに決まってるじゃない。カビランランの倒し方は、発生した部屋のドアと窓を閉めて、外に逃げられないようにして、養分を失うのを待って餓死させるのよ。カビランランは存在しているだけでも養分を大量に消費するから、放っておけば半日と立たずに餓死するわ!」

「なんだ、それなら簡単じゃないか。台所のドアを閉めておけばいいだけだろ?」

「大事な事だから二回言うけど、カズマさんったらバカなの? 台所にある備蓄食料が、カビランランにカビだらけにされてみなさいな。めぐみんが何をするか分からないじゃない!」

「い、いや、ちょっと待て。いくらめぐみんだって、カビランランを屋敷ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしたりはしないだろ? 確かに、めぐみんは人一倍、食料を無駄に捨てる事を嫌がるけど、屋敷に爆裂魔法を使ったら食料だって無事では済まないぞ」

「カズマさんったら、バカなのね? 怒っためぐみんにそんな理屈が通じると思うの?」

 

 思わない。

 爆裂魔法に関する事以外は常識的だと思っていためぐみんだが、最近はそうでもない事が判明してきている。

 前門のカビランラン、後門のめぐみん。

 ……何これ詰んだ。

 

「クソ、カビランランだけならどうにかなるかもしれないのに、めぐみんのせいで選択肢がない! カビランランが出てきたのだってお前のせいだし、モンスターより仲間の方が厄介ってどうなんだよ?」

「頭のおかしいめぐみんはともかく、女神である私を厄介者扱いするのはやめてほしいんですけど! あんまりバカな事言ってると、この世界に一千万人いるアクシズ教徒が……ふわーっ! ケヘッ、ケホッ……!」

 

 話している途中にカビのブレスを食らい、慌てて自分に浄化魔法を掛けるアクア。

 

「おいアクア、ピュリフィケーションであいつを丸ごと浄化しちまうってわけには行かないのか?」

「無理ね。精霊は魔法防御が凄いし、それに、カビは浄化できるけど、カビランランには浄化が効かないもの」

「……それじゃあ、こんなのはどうだ? 『クリエイト・アース』! 『クリエイト・ウォーター』」

 

 クリエイト・アースで創った土は、畑に使うと良い作物が採れるという。

 つまり、栄養豊富。

 俺が創りだした、養分と水分をたっぷり含んだ泥団子を投げると、カビランランはそちらに興味を惹かれたようで、ふよふよと飛んでいった。

 

「よし、今のうちに台所にある食料を運びだすぞ。食料を運びだしてから閉じこめれば、めぐみんも怒らないだろ。お前は、俺がカビを食らって危なくなったら、浄化魔法を掛けてくれ」

「分かったわ! 支援も掛けてあげるわね」

 

 俺は、カビランランが泥団子に気を取られているうちに、冷蔵庫や戸棚を漁り、食料を運びだしていく。

 と、俺のやっている事に気づいたカビランランが、細長い手で泥団子を掴み、戻ってきて。

 大きく息を吸いこみ、カビのブレスを吐きだして――!

 

「……ゲホッ! ゲホッ! うわ、服にカビが生えた! アクア、浄化魔法! 浄化魔法を頼む!」

「『ピュリフィケーション』! ……駄目ね。この服はもう、奥にまでカビの根っこが張っているわ。いくら浄化しても、またカビが生えてくるわ」

「マジかよ。なんだよあいつ、めちゃくちゃ危険じゃないか!」

「当たり前じゃない。カビランランはね、雑魚キャラって思われがちだけど、意外とアンパンを戦闘不能にしているのよ。愛と勇気だけが友達の正義のヒーローにすら致命傷を負わせるんだから、貧弱なカズマが正面から戦ったら、養分にされるだけでしょうね」

 

 俺は顔がアンパンで出来ているわけではないから、汚れたり濡れたりしただけでは戦闘不能にはならないが……。

 

「よし、もう無理だ。やっぱり台所に閉じこめよう。食糧は無駄になるが、めぐみんには後で土下座でもなんでもして許してもらおう。なんなら、アクアを爆裂魔法の的にしても良いって言おう」

「待ってよ! ねえカズマ、バカな事言ってないで、あの戸棚の中にあるものだけでも運びだしてちょうだい。あの中にはね、私がずっと楽しみにしていた、お酒によく合うっていうおつまみが……」

「ふざけんな、最初からそれが目的か! お前こそバカな事言ってる場合じゃないだろ。そんなもん諦めてとっとと台所から出るぞ!」

「いやよ! いやーっ! 昨夜はアレを食べながらお酒を飲むのを楽しみにしてたのに、共同墓地の浄化に行ってきたのよ? 今晩こそはって思ってたんだから、カビだらけにさせてたまるもんですか! 取ってきて、ほら早く取ってきてー!」 

 

 台所の外に出ようとする俺を、アクアがカビランランの前に押しだそうとする中。

 カビランランが、台所の外に運びだした食料に釣られてか、台所から出ようと飛んできて。

 

「あっ、クソ! またカビのブレスが……! ゲホッ! ゴホッ……!」

「いいわよ、こっちに来なさい! アレをカビだらけにされるくらいなら、台所から出てきなさいな! ケホッ、ケホッ……!」

 

 このクソバカ! 酒のつまみのためにカビランランを外に出そうってか!

 こんな厄介な精霊が台所の外に出たら、面倒な事になるのは確実だ。

 広間にあるソファーや絨毯も、カビだらけにされてしまう。

 しかし、貧弱な冒険者の俺が、精霊相手にまともな抵抗を出来るはずもなく。

 

「『フリーズ』! 『ドレインタッチ』! 駄目だ、全然効かない!」

 

 ふよふよと浮いているだけのカビランランの、まったく勢いのない突進を止められず、俺はアクアと諸共に台所から弾きだされた。

 俺は広間の絨毯の上を転がって、室内の様子を見回すカビランランから距離を取り。

 

「おい、どうすんだ! 部屋の中で餓死させるって以外に、こいつをどうにかする方法があんのかよ!」

「そんなのあるわけないじゃない。冬将軍と同じ精霊なのよ? 魔法防御力は凄いし、攻撃したってカビの塊だからあまり効果はないし、カビのブレスで周りをカビだらけにして、自分に胞子をくっつけてどんどん巨大化していくし……。たった一体のカビランランが、街一つをカビだらけにしたって話もあるくらいなんだから」

「いや、ちょっと待ってくれ。マジか? あんな間抜けな顔の奴を相手に、俺達って今、結構マジでピンチなのか? 街一つ駄目にしたとか、ハンスと同じくらいヤバいって事じゃないか」

 

 そのヤバい奴を、酒のつまみ惜しさに解き放ったアクアは。

 

「まったく、カズマったらあんぽんたんなんだから! そんな事、この世界では子供でも知ってる事よ」

 

 ……とりあえず、酒のつまみは没収しよう。

 俺がそう心に決めた、そんな時。

 階段の上から声が。

 

「おい二人とも、こんな朝っぱらから何を騒いで……。こ、これは……! カビランランか……!」

「……なるほど。それで私に隠そうとしたのですね。それにしても、台所に閉じこめておけば良いだけなのに、どうして広間に出てきてしまっているのですか? カビランランを外に出したら、被害が増大するばかりですよ」

 

 寝間着から着替えためぐみんとダクネスが、早足に階段を下りてきて、そんな事を言う。

 

「そ、それは……」

 

 流石に、台所の食料をカビで台なしにされたら、めぐみんが爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばすかもしれないと思ったとは言えず、口篭もる俺の隣で、アクアが。

 

「だって、台所の食料をカビで台なしにされたら、めぐみんが爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばすかもしれないじゃない」

 

 俺が言わなかった内容をまるっと口にしたアクアに、めぐみんがため息を吐いて。

 

「まったく、二人とも私をなんだと思っているんですか! 確かに私は食べ物を無駄にするのが嫌いですけど、時と場合ってものがある事は分かっていますよ。それに、食べ物を無駄にするのが嫌で屋敷に爆裂魔法を撃ちこむなんて、本末転倒も良いところではないですか! 私にだって、街中で爆裂魔法を使わないくらいの分別はありますよ」

「まあ、それもそうだな。変な事で疑って悪かったよめぐみん。でも、めぐみんは爆裂魔法に関しては常識的な判断が期待できないから、念には念を入れるのも仕方ないだろ?」

「私もごめんね! でもめぐみんは、頭がおかしくて何するか分からないし、私のとっておきのおつまみを吹っ飛ばされたら困るから、仕方なかったのよ」

「おい、謝る気がないならはっきり言ってもらおうか! 爆裂魔法に関する事だと、いかに私に常識的な判断力がなくて、頭がおかしいか、いくらでも教えてやろうじゃないか!」

 

 俺とアクアの余計な一言に目を紅くするめぐみんを、二人して宥めていると、ダクネスが。

 

「お、おい三人とも! そんな事を言っている場合か! カビランランのせいで、絨毯が! ああっ、ソファーが……!」

「『ピュリフィケーション』! 大丈夫よ、ダクネス! すぐに浄化魔法を掛ければ、カビなんて恐れるに足らないわ!」

 

 おいやめろ。

 変なフラグを立てようとするな。

 正義のアンパンと悪のバイキンとの戦いに参加しているカビランランは、フラグには敏感らしく、余計な事を言ったアクアに向けて猛烈なカビのブレスを吐きだして。

 

「あはははははは! そんなもの効かないわ! 『ピュリフィケー……』……ケホッ! ケホッ! ちょっ、待っ! 『ピュリ』……ッ! ……! カズマさーん! カズマさーん! 呼吸が出来な……ケホッ、ケホッ!」

 

 と、涙目になっているアクアの前に、両手を広げたダクネスが立ち塞がり。

 

「待てカビランラン、私の仲間に手を出すな! 『デコイ』……ッ!」

「おお、ありがとうダクネス! 浄化は任せなさいな! 『ピュリフィケーション』! ついでに支援も掛けてあげるわね。流石、ダクネス! カズマさんより頼りになるわ!」

「ケホッ、こ、これがカビのブレス……! ああっ、養分を吸い取られる! これは……、こんな、こんなっ……! ……ドレインタッチより、ずっと凄い!」

 

 …………。

 

「もう爆裂魔法で屋敷もあいつらも吹っ飛ばしちまえば良いじゃないかな」

「バカな事を言っている場合ではないでしょう! カビランランは危険ですよ。街一つを丸ごとカビだらけにしたという話を知らないのですか?」

 

 俺の呟きに、いつの間にか隣に来ていためぐみんがそんな事を言う。

 

「その話ならアクアから聞いたよ。でも、それって実話なのか? そんなに危険な存在なのに、今までカビランランなんて聞いた事もなかったんだが」

「カビランランは、対処を間違えなければそれほど脅威ではありませんからね。部屋に閉じこめれば良いだけですから、子供でも倒せます。それに、外に出てしまったとしても、晴れていればすぐに乾いて死んでしまいますから……。話にある街がカビだらけになったのは、その周辺で雨が一週間も降り続いたせいだそうです」

「……なんだか思ったよりもヤバい相手じゃなさそうだな」

「今は梅雨ですし、今日だって雨が降っていますから、脅威には違いありませんよ。外に出してしまったら、本当にその街と同じ事になって、アクセルの街が滅びかねません。どうせ台所はカビだらけなのでしょう? カビランランは自分の勢力を広げたがりますから、もう台所に閉じこめるのは無理でしょうね。広間に出してしまったものは仕方ありませんし、残念ですが家具は諦めて、ここに閉じこめる事にしましょう」

 

 室内では爆裂魔法が使えないからか、めぐみんはやけに冷静な判断をする。

 ソファーを見ながら、寂しそうに。

 

「……あのソファーは気に入っていたのですが」

 

 …………。

 広間の絨毯は元からあったものだが、他の家具や雑貨は、後から俺達が買い集めたもので、思い入れもある。

 とはいえ、そんな理由でアクセルの街を危険に晒して良いのかというと……。

 

「…………ああもう、しょうがねえな! ダクネス、カビランランを外に出すぞ! アクアは余計な事しないで浄化だけしてろよ!」

「なっ! カズマ、何をバカな事を! こいつを外に出したら、アクセルの街がカビだらけに……! ……ケホッ……、ち、窒息プレイとはやるではないか!」

「お前……、長時間そいつを押さえてもらう事になるかもしれないんだから、バカな事して余計な体力を使うなよ? 『クリエイト・アース』! 『クリエイト・ウォーター』! ……ほら、こっちだ!」

 

 俺は、魔法で創った栄養たっぷりの泥団子を投げて、カビランランを誘き寄せ……。

 

「ぶっ! おいカズマ、割と真面目にカビランランと戦っている私に、泥団子をぶつけるとはどういうつもりだ! 次はもっと強くぶつけてこい!」

「い、いや、すまん。投げるだけだと狙撃スキルが働かなくて……。お前今、次はもっと強くぶつけろとか言ったか?」

「言ってない」

「いや、言っただろ。……よし、ダクネス。デコイを使ってカビランランを外に誘いだしてくれ」

 

 俺が玄関のドアを開けそう言うと、ダクネスが心配そうに。

 

「……本当に大丈夫なんだろうな? 私は貴族として、市民を危険に晒すような真似はしたくないのだが……」

「大丈夫だ。……多分。いつも、最後にはなんとかしてきた俺を信じろ」

 

 俺のその言葉に、ダクネスはフッと笑って。

 

「そうだな。……『デコイ』!」

 

 外に出たダクネスと、ダクネスを追いかけていくカビランラン。

 俺達三人も外に出ると、めぐみんが言った通り、空は曇っていて、勢いはそれほどでもないが雨が降っている。

 

「ダクネスはそのまま、そいつの足止めをしてくれ。アクアはカビが広がらないように浄化魔法を掛け続けろ。俺が二人のフォローをする。……その間に、めぐみんはウィズの店に行ってきてくれ。紅魔の里で、農作業の時に使う、天候制御の魔法があっただろ? ウィズなら多分、使えるはずだ。あれで雲を晴らしちまえば、こいつは乾いて死ぬ」

 

 俺の指示に、ダクネスは。

 

「分かった、私は時間を稼げば良いのだな! さあ来い、カビランラン! どんと来い! あの凄まじいブレスをもう一度だ!」

「おい待て。余計な事を言うなっつってんだろ、このド変態クルセイダーが! ブレスは困るぞ! 範囲が広すぎる!」

 

 そんな俺のツッコミに、アクアが。

 

「大丈夫よカズマ。私が一粒残らず浄化してあげるから、カビなんて怖がらなくていいのよ! すべて私に任せておきなさい!」

「お、お前……、バカなの? 学習能力ってもんがないのか? さっきフラグを立ててピンチになったばかりだろうが」

 

 そして、めぐみんはというと。

 なぜか空に手を突きあげ、目を紅くしていて……。

 

「お、おい、めぐみん? 早くウィズの店に……」

「確かに街中で爆裂魔法を放つわけにはいかないのでしょうが、私は戦力外扱いですか、そうですか……」

 

 めぐみんを取り巻くように紫電が走り、周囲の景色がおぼろげに歪みだして。

 

「要するに、あの雲を吹っ飛ばしてやれば良いんでしょう?」

「い、いや待て。マジで待て。雲って、高いところだと一万メートルくらい上の方に……」

 

 俺の制止も聞かず。

 

「『エクスプロージョン』――ッ!」

 

 めぐみんは、手の中に生み出した小さくも破滅的な光を解き放った――!

 

 

 *****

 

 

 めぐみんの爆裂魔法によって、空を覆っていた雲は晴れた。

 アクセルの街の住民達は、久しぶりに見る青空を喜んだそうだが。

 雲を晴らしためぐみんと、その仲間である俺達はというと。

 

「……街中で爆裂魔法を撃った事情は分かりました。確かに、『コントロール・オブ・ウェザー』を使える魔法使いは希少ですし、ウィズさんが使えるのかも分からなかったのですから、仕方ないと言えるかもしれませんね」

 

 冒険者ギルドではなく、警察署で取り調べを受けていた。

 街中で爆裂魔法を使うのはもちろん違法であり、上空に放ったために物的な被害はなかったとはいえ、多くの市民が叩き起こされたり、轟音と震動に驚いたりと、迷惑を被った。

 しかも、爆裂魔法で直接倒したのではなく、晴れ間を作って間接的に倒した形なので、冒険者カードの討伐数は増えていなかった。

 こういう時は、嘘を感知する魔道具があって良かったと思う。

 

「ですが、市民に迷惑を掛けたのもまた事実です。皆さんは魔王軍の幹部を何人も倒した冒険者なのですから、他の冒険者の模範となるよう、今後はこのような軽率な判断を下さぬように……」

 

 カビランランを討伐するための行動であり、ダクネスの取り成しのおかげもあり。

 俺達は、取り調べをした警察官の説教を受けただけで、お咎めなしという事で解放され。

 屋敷に帰ると、すぐに冒険者ギルドにも呼びだされて……。

 

「苦情が来てます」

 

 ですよね。

 

「爆裂魔法による直接的な被害はなかったそうですが、音に驚いて食器を割ってしまったとか、料理しようとしていた食材に逃げられたとか、眠れそうだったのに目が冴えてしまった不眠症の方もいたり……、他にも……」

「はい」

「というわけで、報償金がこんな感じです」

「はい」

 

 俺は、逃げようとするめぐみんを捕まえて、受付のお姉さんの説教を聞かせた。

 

 

 

 ――長時間の説教にぐったりとしためぐみんを連れて屋敷に帰ると、大事に取っておいた酒のつまみがカビていたと、アクアが泣いていた。

 ざまあ。

 




・カビランラン
 言うまでもなく独自設定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この新生パーティーに乾杯を!

『祝福』2、既読推奨。
 時系列は、2巻1章の直後。


 頼れる仲間達とともに、ゴブリン討伐のクエストを終えた俺は。

 帰り道で襲撃してきた初心者殺しを退け。

 ――戻ってきた冒険者ギルドの酒場にて。

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 俺達はジョッキを高々と掲げ、ガッチリかち合わせた。

 酒を飲み仲間達と笑い合う。

 初心者殺しに襲われて生き延びたからだろうか。

 すでに深夜だというのに、誰もが明るくテンションが高い。

 あまり酒が美味いとは思わない俺だが、こういう雰囲気の中で飲むと、すごく美味い気がするから不思議だ。

 何だかフワフワしてくるのも心地良い。

 俺は気分良く笑いながら、隣に座るテイラーの肩を叩いて。

 

「酒ってあんまり美味いと思った事ないけど、こういう雰囲気の中で飲むと、やっぱり美味いな! なあリーダー!」

「リ、リーダー……? いや、お前が俺達のパーティーに入ってくれるならありがたいし、俺としては歓迎するが……」

 

 そう言いながら、テイラーは気まずそうに隣のテーブルに目をやる。

 俺もテイラーの視線を追って隣のテーブルを見ると、アクアとめぐみん、ダクネスが不安そうにこちらをジッと見ていて……。

 

「カ、カズマがよそのパーティーに移籍……! それは困る! すごく困るのに……なぜだか込み上げてくる快感が……!? これが寝取られ……、……んん……っ!!」

 

 ……一人なんだかほこほこしてる奴もいるが。

 と、爆裂魔法を撃った後だからだろう、ぐったりとテーブルに寄りかかりながらめぐみんが。

 

「あの、カズマ? 冗談ですよね? いくらなんでも冗談でしょう? 思い出してくださいよ、私達は力を合わせ、あのベルディアを討伐したパーティーなんですよ。もちろん街の冒険者達の援助があってこそですけど、私の爆裂魔法とダクネスの硬さ、アクアの回復と洪水の魔法、そして何よりカズマの指揮とスティールがなければ、あの勝利はなかったはずではないですか。確かにアクアもダクネスもカズマに苦労ばかり掛けているかもしれませんが、それだけでもないでしょう? 私達だってカズマの役に立っているはずです。大きな功績を挙げたのだって事実なのですから」

 

 さりげなく苦労を掛けている中から自分を除くめぐみんの言葉に、俺は。

 

「俺は別に大きな功績が欲しいわけじゃないしな。日々を面白おかしく、出来れば働かずに暮らせればそれで良いんだ。はっきり言って、魔王軍の幹部となんか関わりたくないし、戦わずに済むならその方が良い。それにお前こそ思い出してほしいんだが、そもそもベルディアが街に攻めてきたのはどこかの頭のおかしい爆裂娘が毎日毎日爆裂魔法を廃城に撃ちこんだからじゃなかったか? 厄介事を自分から引き寄せておいて、解決した事を功績と言うのはどうかと思う。そういうの、マッチポンプって言うんだぞ?」

 

 俺の言葉にめぐみんが目を逸らし、そんなめぐみんの肩をぽんぽんと叩いたダクネスが。

 

「なあカズマ、確かに私達はお前に苦労を掛けているかもしれない。だが、このところいくつかのクエストをクリアし、パーティーとしても冒険者としても、皆、成長してきていると思うのだ。いずれは私達も、お前がパーティーを組んでいて良かったと思えるようになってみせる。これからはお前にばかり苦労を掛けないようにする。だから、戻ってきてはくれないか?」

「寝取られプレイとか言ってる奴が何言ってんの?」

 

 成長する気配の見えないダクネスが、恥ずかしそうに両手で顔を覆う中。

 飲み干したクリムゾンビアーのジョッキをテーブルに置いたアクアが。

 

「まあ二人とも、ちょっと落ち着きなさいな、私達は皆、上級職のパーティーなのよ? 最弱職のカズマなんかいなくたって、募集を掛ければ仲間になりたがる人はいくらでもいると思うの。私達が本気を出したら、稼げるクエストをバンバンやって、すぐに大金持ちになれるわ。そうしたら、その頃には一人寂しく馬小屋で震えているであろうカズマに、手を差し伸べてあげればいいじゃない」

「何言ってんの? お前が起こした洪水被害の借金をなぜか俺が背負わされてんのは、俺がパーティーのリーダーって事になってるからだろ? 俺はパーティーを移籍するんだから、借金はお前が支払えよ」

「わあああ待って! 待ってよ! 見捨てないで! それにおかしいじゃない! あの時、私が水を呼んだのはカズマがそうしろって言ったからよ! 街に洪水被害が出て借金を背負う事になったのは、カズマのせいでもあるじゃない! 私だけが借金を支払うなんておかしいわ!」

「よし分かった。じゃあこの際だから、借金を半々で分けようじゃないか。これまで報酬は等分って事にしてきたんだし、借金も等分で良いだろ? 俺は二千万をなんとかするから、お前はめぐみんとダクネスに協力してもらって、三人で二千万をなんとかしろよ。お前達は上級職ばかりのパーティーなんだから、稼げるクエストをバンバンやって、すぐに大金持ちになるんだろ? なら借金だってすぐ返せるはずじゃないか」

「ねえ待ってよ! 私もちょっと調子に乗っていた事は認めるわ。爆裂するしか能がなくて、魔法を使うたびに周りに被害を出して、クエスト報酬を毎回天引きされてるめぐみんと、硬くて大抵のモンスター相手なら一歩も引かずに足止め出来るけど、攻撃が当たらないからクエスト完遂にはいまいち役に立ってないダクネスとじゃ、いくらこの私が超凄いと言っても、すぐに大金持ちって言うのは難しいかもしれないわね……痛い痛い! 何よ二人とも! めぐみんが倒したのはベルディアが呼びだした雑魚ばかりだし、ダクネスなんかベルディアに斬られてハアハア言ってただけじゃない! ベルディア討伐で一番活躍した私を、もっと敬ってくれても良いんじゃないかしら!」

 

 めぐみんとダクネスは、アクアの頬を両側から引っ張りながら、顔を見合わせ。

 

「……あまり言いたくはないが、カズマに一番苦労を掛けているのはアクアではないか?」

「そうですよ。借金を背負う事になったのはアクアが大量の水を呼んだからですし、クエストでも張り切ると大概余計な事をしているではないですか」

「何よ二人してーっ! たまには失敗する事もあるかもしれないけど、私だって頑張ってるのに!」

 

 おっと早くもパーティー分裂の危機ですね。

 新しい仲間達とやっていく事にした俺には関係がないが。

 俺は騒がしい三人から距離を取り、酒を手にした。

 

 

 *****

 

 

「そういうわけで、よろしく頼む。名前はカズマ。クラスは冒険者。得意な事は荷物持ちです」

 

 俺の言葉に、テイラーとキース、リーンの三人は顔を見合わせ。

 リーンが慌てたように。

 

「や、やめてよ、カズマに荷物持ちなんかさせられないよ。本当にパーティーを組むっていうんなら、……ええと、前衛がテイラーで、後衛があたしとキースでしょ? カズマは臨機応変に、皆をちょっとずつフォローしてくれると助かるかな。今日のゴブリン退治でも、初級魔法であたしの詠唱が終わるまでの時間稼ぎをしてくれたし、初心者殺しとの戦いでも目潰ししてテイラーを助けてくれたでしょ」

「ああ、あれは助かった。正直、初心者殺しに襲われた時にはもう駄目だと思ったもんだ。まさか、無傷で帰ってこられるとはな」

「俺も、ゴブリンの群れを見た瞬間にもう終わったと思ったね! カズマは一日に二度も俺達の命を救ってくれたってわけだ! うひゃひゃひゃ!」

 

 テイラーがしみじみとした口調で言い。

 キースは早くも酔っぱらっているようで、テンションが高く。

 ……思えば、この世界に来てからというもの、まともに活躍して褒められたのは初めてじゃないだろうか?

 三人からの高評価に、俺がじーんとしていた、そんな時。

 

「おいお前ら、ちょっと待て!」

 

 テーブルをバンと叩いて声を上げたのは、ダストとかいう、アクア達のパーティーの新しいリーダーで。

 

「さっきから聞いてりゃ、好き勝手な事ばかり言いやがって! まるで俺がパーティーから抜ける事は、もう決まってるみたいじゃねーか! 冗談じゃねーぞ、代わるのは今日一日だけだって話だっただろうが! おいお前さん、カズマって言ったな?」

 

 ダストが俺に強い視線を向けて……。

 

「悪かった、この通りだ! 俺が悪かったから、今朝の事は許してください! ごめんなさい! 俺が間違ってました! だから、頼むから俺を元のパーティーに戻してください!」

 

 土下座である。

 これ以上にないほど綺麗な土下座をするダストの肩に手を置いて、俺は。

 

「まあそう言うなよ。思えば俺も、そいつらには世話になったもんさ。ダクネスは何が来たって困らないくらい硬いし、めぐみんの魔法は何者が相手でも一撃で吹っ飛ばしてくれる。どんな傷だって、アクアがいれば治癒してもらえる。……そうだな、言われてみれば俺は苦労知らずだったかもしれない。だからこれからは、普通のパーティーで荷物持ちでもして、苦労ってやつを知っていこうと思う」

「勘弁してくれ! もうお前さんを上級職におんぶに抱っこで楽してるなんて言わないし、苦労知らずとも思わねえ! お前さん、あの三人とずっと一緒にやってきたんだろ? お前さんはすげーよ。柄じゃないが、心から尊敬する。なあ、今朝の事は本当に俺が悪かった。謝らせてくれ。でも、俺達は理解し合えると思わないか? お前さんにも分かるだろ? 俺がどれだけ元のパーティーに戻りたがっているか……」

 

 顔を上げたダストは涙目で。

 俺は、そんなダストの目を真っ直ぐ見返しながら。

 

「今朝の事なら俺はもう気にしてないから謝らなくて良いぞ。誰にでも間違いはあるからな、分かってくれればそれで良いさ。それに、確かに俺達は理解し合えるだろうな。そんなお前だからこそ分かるだろ? 今の俺が何を考えているか」

「ふざけんなてめー人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 何がこれから新しいパーティーで頑張ってくれだバカ野郎! お前らのどこがパーティーだ! 冒険者のパーティーってのはな、仲間と協力したり助け合ったりするもんなんだよ! 爆裂魔法を撃っていきなり倒れるアークウィザードに、止めるのも聞かず敵に突っこんでいくクルセイダー、おまけにあのアークプリーストはなんなんだよ! まとまりがないにもほどがあるだろう! お前らみたいのはな、ただの寄せ集めってんだ!」

 

 せっかくこちらが許すと言っているというのに、ダストはいきり立って俺に掴みかかってくる。

 俺がガクガクと揺さぶられる中。

 俺達のやりとりを面白そうに聞いていたリーンが。

 

「何があったか知らないけど、よっぽど怖い事があったんだね。ダストのあんな必死なところは初めて見たよ。あのダストが仲間について語るなんて、明日は槍が降るんじゃないかな?」

「いつもは、冒険者は仲間同士であっても競争相手だ、油断する方が悪いとか言って、手柄を独り占めしようとして、一人で失敗して痛い目を見てるくせにな!」

「まあ、あれでも仲間を見殺しにしたりはしない奴だからな。口に出さないだけで、意外と真っ当な仲間意識があるのかもしれん」

 

 キースとテイラーも口々に言う。

 と、ダストが俺を放して三人に向き直り。

 

「なあ頼むよリーン! テイラー、キース! お前らからも言ってくれ、俺をお前らのパーティーに戻してくれよ! 俺がいないとお前らだって困るだろ! 今日だって初心者殺しに遭ったって言うじゃないか。その時、俺がいればと思わなかったか?」

「うーん、そうでもないかな? ダストがいたって、初心者殺し相手に勝てるわけじゃないしね。それより、今日はカズマのおかげで命拾いしたから、これからもカズマがパーティーを組んでくれるって言うなら凄く助かるよ!」

「おい待て、待ってくれ。嘘だろ? 俺達、仲間じゃないか! これまでずっと同じパーティーでやってきた仲間だろ? 頼むから見捨てないでくれよ!」

 

 必死の形相のダストに、リーンは笑って。

 

「ダストがここまで追い詰められるのも珍しいし、もうちょっと見守っていたい」

「ちくしょーっ!!」

 

 ダストが本気で泣き喚く中。

 不服そうな顔をしたダクネスが。

 

「なあカズマ、さっきから聞いていると、気のせいか二人して私達を厄介者扱いしているように聞こえるのだが?」

「気のせいじゃなくてそう言ってんだ。お前、今日は鎧も着てないくせに初心者殺しに突っこんでいったらしいな? しかも、逃げようって言われてたのを無視して? それで厄介者扱いされないと本気で思ってんのか」

「そ、それは……。私はクルセイダーだ。仲間の盾になるのが私の役割だ。初心者殺しは後衛を狙うからな、アクアやめぐみんの事を思えば、私が前に出て殿を務めるのは必要な事だった」

 

 真面目な顔でそんな事を言うダクネスに、俺も真面目な顔で。

 

「初めて受ける初心者殺しの攻撃は気持ち良かったか」

「ああ、この辺りのモンスターの中では一二を争う威力だったな。強いというのは聞いていたが、まさかあれほどの……、…………」

「どうしたダクネス、言いたい事を言って良いんだぞ? 初心者殺しの攻撃がなんだって? あれほどの、なんだって? 聞いてやるから続きを言ってみろよ」

「ゆ、許してください……」

 

 ダクネスはそう言って、恥ずかしそうに顔を両手で覆った。

 

 

 *****

 

 

「なあカズマ、俺達が遠出している間に魔王軍の幹部の襲撃があったという話は聞いたが、お前達が魔王軍の幹部を討伐したというのは本当なのか? いや、上級職が三人もいるし、カズマの実力も知った今では疑うわけではないんだが……」

 

 酒の席だというのに真面目な顔をしたテイラーが、そんな事を聞いてくる。

 キースとリーンも、興味津々という顔で俺の方を見ていて……。

 そんな三人に、俺は酒を飲みながら。

 

「そーだよ。ベルディアは俺達が倒した。って言っても、あの時は緊急クエストで街中の冒険者たちが集まってたから、俺達だけの手柄ってわけじゃないけどな。でもまあ、ベルディアが率いてたアンデッドナイトはめぐみんが爆裂魔法で一掃したし、ベルディアの攻撃にまともに耐えられた前衛職はダクネスだけだったし、アクアが洪水を起こしたせいで街の一部が被害を受けたわけだが、あれがなかったらベルディアを弱らせる事が出来ず街が滅ぼされていたかもしれないってのは事実だよ。そう、それに俺もアンデッドナイトを誘導したり、スティールでベルディアの頭を奪ったりと獅子奮迅の活躍を……」

 

 俺の話を聞く三人の目が、いつしか頼れる仲間を見るようなものから、憧れの英雄を見るようなものに変わっていて……。

 俺がさらに調子に乗った事を言おうとした、そんな時。

 いつの間にか俺の隣に来ていためぐみんが、横から口を出してきて。

 

「カズマのスティールは、それはもう凄いですよ。幸運のステータスが高いのでほとんど成功しますし、なぜか女性に使うと毎回下着を奪っていくのです。それに、カズマは隙を見せればセクハラしてきますし、実は私も下着をスティールされた事があります。もしもカズマとパーティーを組むというのなら、そこの魔法使い風の方は気を付けた方が良いかもしれませんね」

 

 そんなめぐみんの言葉に、それまで憧れの英雄を見るようだったリーンの視線が、犯罪者に向けるような冷たいものになっていて。

 リーンの様子に、めぐみんはしてやったりとばかりに俺を見て笑う。

 

「いや、ちょっと待て。間違ってはいないけど、ちょっと待ってくれ」

 

 間違ってはいないという俺の言葉にさらに引くリーンに、俺が説明を……。

 するより先に、ダクネスが。

 

「ああ、その男の容赦のなさは確かに頼りになるな。ベルディアとの戦いで、必死に攻撃に耐える私を後ろから罵ってきたり、水を掛けてきたり……、……んんっ……! 今思い出しても震えが来るほどの鬼畜っぷりだった」

 

 お前が震えているのは違う理由だろうとツッコむ間もなく、さらにアクアが。

 

「そういえば、私も檻に入れられて湖に浸けられた事があったわね」

 

 二人の言葉に、キースとテイラーまでもがギョッとした目で俺を見てきて。

 

「おいやめろ。お前ら、俺を移籍させたくないからって余計な事を言うなよな。確かに間違った事は言ってないが、言い方ってあるだろ?」

 

 俺は、俺が口を開く度に引いていくテイラー達に。

 

「よし、ちょっと待て。お前らも待て。頼むから俺の話も聞いてくれよ。一方の主張だけ聞いて判断するってのはどうかと思う。……まあ確かに、俺のスティールが、なぜか女相手に使うと高確率で下着を奪うってのは本当だ。でもあれは、ランダムで相手の持ち物を盗むってスキルで、下着を盗むのは俺の意思じゃない。ベルディアに使った時はちゃんと頭を盗んだし、ミツルギに使った時は魔剣を盗んだ。ダクネスに水を掛けたのは魔法に巻きこんじまっただけで、ただの水ならダクネスに掛かっても問題ないって分かってたからだぞ。アクアを檻に入れたのは、湖を浄化する間、モンスターに襲われないようにするためだ。卑怯だとか文句を言われるのはしょうがないかもしれないが、非難される謂れはないはずだ」

 

 俺の言葉に、テイラー達が顔を見合わせる中。

 リーンがポツリと。

 

「……ミツルギから、魔剣を盗んだ? それって、あのミツルギ? 魔剣の勇者の?」

「そ、それにも事情があるんだよ! アイツは、勝ったらアクアを譲れとかいう条件で俺に勝負を吹っかけてきたんだ。だから俺は、スティールで魔剣を奪って不意打ちで勝った」

「勝った!? カズマ、不意打ちとはいえあの魔剣の勇者に勝ったの!? ミツルギって言ったら王都でも知られてるくらい、凄く強いって噂だよ? ダストなんか一瞬でやられてたのに……!」

「お、おう……。あんまり褒められたやり方でもないが、勝ったのは事実だぞ」

 

 俺を見るテイラー達の視線が、再び称賛するようなものになり……。

 と、またも横からめぐみんが。

 

「カズマはその後、取り上げた魔剣を店に持っていって売り飛ばしました。ベルディアとの戦いであんなに苦戦したのは、あの魔剣の人がそのせいで参加できなかったからという理由もあるでしょうね。……自分からピンチを引き寄せておいて、それを解決した事を功績と言うのはどうなんでしょうか? そういうの、マッチポンプと言うのではないですか?」

 

 コイツ……!

 

「おいやめろ。あいつが魔剣を失ったのは、あいつが間抜けだったからであって俺のせいじゃない。大体、決闘を吹っかけてきたのだって向こうの方からだし、それだって勝手に勘違いして先走っただけだろ。どっちかって言うと俺は被害者なんだぞ。俺はあの件に関しては、謝るつもりもないし、悪かったとも思っていないからな。それともめぐみんは、あの時、俺が負けてアクアが連れていかれた方が良かったのか? あの時の俺は何か間違っていたと思うのか?」

「そ、それは……」

 

 アクアが連れていかれた方が良かったとは言えず、めぐみんが悔しそうにそっぽを向いて。

 そのまま、めぐみんがぼそっと。

 

「私達のパーティーに戻ってきてくれたら、ダクネスの胸を好きなだけ揉んでも良いですよ」

「「「「えっ」」」」

 

 めぐみんの言葉に、四人分の声が重なり……。

 俺が横を見ると、困惑するダクネスの胸を、期待に鼻を膨らませたダストとキースが凝視していて。

 しかし、ダストはすぐに顔を背け。

 

「いや、一時の感情に身を任せるな。アイツらはヤバい。いくらなんでもヤバすぎる……! クソッ、見た目だけは良いんだが……!」

「な、なあ、それって俺でも良いんじゃないか? クルセイダーにアークウィザード、それにアークプリーストのパーティーなんだろ? 防御寄りの構成だし、アーチャーが一人くらいいても良いんじゃないか?」

「おいやめろキース! 命が惜しかったらアイツらのパーティーに入ろうなんて思うんじゃねえ!」

 

 ダクネスの胸に釣られて血迷うキースを、ダストが必死に止めている。

 この一日で、ずいぶんとあの三人の厄介さを思い知ったようだ。

 ……自業自得なのだが、少しだけ気の毒だ。

 

「な、なあめぐみん、勝手に私の胸を代価に差し出されるのは困るのだが……」

「ですがダクネス、このままだとカズマは本当にパーティーを移籍してしまうかもしれないんですよ。あの男は本気です。このまま話がまとまってしまったら、間違いなく移籍しますよ。ダクネスはそれで良いんですか?」

「い、いや、良くはない。良くはないのだが……、いくらなんでも胸を揉まれるというのは……。せめて事前に一言くらいは相談してくれても……、というか、こういう事は言いだしっぺが……、…………」

 

 と、しどろもどろに恥じらっていたダクネスが、めぐみんの体の一部を見て言葉を止め。

 そんなダクネスに、めぐみんがいきり立って。

 

「おい、私の胸を見て何を思ったのか、詳しく教えてもらおうじゃないか!」

「く、詳しくと言われても……! んあ……!? な、何を……! やめっ、やめてくれ! めぐみんが私の胸を揉んでどうするんだ!」

 

 めぐみんがダクネスの胸を揉みしだく光景に、俺達三人はいろいろな意味で前のめりになって。

 と、めぐみんの苛烈な責めにダクネスがハアハア言いだした、そんな時。

 

「……コホン!」

 

 リーンの咳払いで、俺達は我に返る。

 俺が、周りに気づかれないようにチラチラとめぐみんとダクネスを見ていると、リーンが苦笑しながら。

 

「ねえカズマ。カズマが私達のパーティーに入ってくれるって言うんなら、私達は本当に助かるよ。でも、あんな事までして引き留めてくれる仲間達を、カズマは見捨てられるの?」

 

 そんなリーンの言葉に、俺は。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。なんか仲間の絆を再確認する感動系のイベントが発生しそうになってるっぽいが、俺はそんな場の雰囲気に流されたりはしないぞ」

「「「えっ」」」

 

 テイラーとキース、リーンの三人が意外そうに声を上げるが、俺は構わずに続ける。

 

「よく考えてみれば、俺がこいつらの面倒を見ないといけない理由はないはずだ。どうして俺ばかり苦労しなきゃならないんだ? 俺だって、今日みたいに普通の冒険がしたい。皆だって、俺を役に立つって言ってくれたじゃないか」

「そ、それはそうだけど……!」

 

 俺の言葉に、リーンが困ったようにテイラーとキースを見て。

 リーンの視線を受けた二人も、なんと言って良いのか分からない様子で、首を傾げたり酒を飲んだりしている。

 よし、ここでもう少し押せば……!

 と、俺が口を開いたその時。

 それまでテーブルの端の方でヤケ酒を飲んでいたダストが。

 

「おい待て! お前さん、こいつらを俺に押しつけようとしてるみたいだが、それで本当に良いのか? 見ろよ、今日のこの有様を! 依頼も達成できず、初心者殺しから逃げ帰ってきただけなんだぞ? 俺にこのパーティーのリーダーは務まらねーよ。そんな事は、お前さんが一番分かってるんじゃないか? このままじゃ、俺も含めて全員が路頭に迷う事になる。お前さん、パーティーの仲間を見捨てるつもりか? 今日のパーティー交換だって、乗り気だったのはお前さんだけで、他の三人は嫌がっていたじゃないか」

 

 ダストのその言葉に、テイラーとキース、リーンも何度も頷いている。

 ……クソ、もう少しだったのに余計な事を。

 いや待て。

 コイツの考えている事はよく分かる。

 なぜなら、俺も同じ気持ちだからだ。

 俺は、ダストに顔を近づけ、ひそひそと。

 

「おい、お前の考えは分かってる。そこで、こういうのはどうだ? あいつらは上級職だし、見た目だけは良い。お前みたいに、俺が上級職におんぶに抱っこで楽してるって思っている冒険者はいるはずだ。そういう知り合いに心当たりはないか? ……ここで俺達が争っても、お互いに損するばかりだぞ」

「お前さん……、天才か。なるほどな、そういう事なら協力できるぜ。お前さんを羨ましいって言ってた奴も知ってる。あいつは上級職のいい女とパーティーが組めて幸せ、あの三人は有能なリーダーを得られて幸せ、これで皆幸せになれるってわけだ」

「おいおい、俺とお前も、望みのパーティーメンバーを得られて幸せになれるだろ?」

「フッ……。そうだったな、今日からお前さんも俺達のパーティーメンバーだ。これからよろしくな、カズマ!」

 

 俺は、そう言ってダストと乾杯し、笑い合い……。

 

「悪いなお前ら。俺はこれから、テイラー達と仲良くやっていくよ! よろしくな、ダスト、テイラー、キース、リーン!」

 

 そう言って俺が振り返ると、テイラーとキース、リーンはドン引きした顔をしていて。

 

「「「ダストと同じくらい下衆い人はちょっと」」」

 

 えっ……。

 

「なぜ最弱職のカズマが上級職ばかりのパーティーでリーダーなんてやっているのかが、よく分かったよ」

 

 なぜ今そのセリフを言うのか。

 テイラーが、俺を諭すようにそんな事を言うと、

 

「カズマは俺達みたいな普通のパーティーにはもったいないな」

「そうね、私達はあくまでも普通の駆け出しだものね」

 

 他の二人も口々にそんな事を……。

 テイラー達に断られた俺が、アクアとめぐみん、ダクネスを振り返ると。

 

「ねえ二人とも、明日からは私達三人で頑張らないといけないみたいだし、今日はもう帰って寝ましょうか」

「そうですね。借金も背負わされてしまいましたが、私達は上級職ばかりのパーティーですし、まあなんとかなるでしょう」

「……ん。万が一、冬越しのための準備が間に合わなくても、この街には私の実家があるから、二人とも泊まっていけば良いだろう」

 

 白けた目で俺を見ながら、三人が口々にそんな事を言い。

 

「「「それじゃ、カズマも頑張って」」」

 

 三人が口を揃えて言いきる前に。

 ――俺は全力で三人に土下座をした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この蔑ろな夜に女子会を!

『祝福』9、既読推奨。
 時系列は、9巻1章。めぐみん視点。


 女神エリス&女神アクア感謝祭が終わり、しばらくが経った。

 街がすっかり落ち着きを取り戻した一方で、カズマはここ数日というもの、ソワソワしていて。

 それというのも。

 

『今晩私の部屋に来ませんか? そこで大切な話があります』

 

 そう言った私の言葉が原因なのだろうが。

 ……カズマが私の言葉でソワソワしていると思うと、少し嬉しい。

 ここ数日、カズマは毎晩のように皆に早く寝ようと提案しているのだが、その度に、アクアが私やダクネスまでも巻きこんで夜更かしをしたがるので、私は約束を果たせずにいる。

 そして、今夜もまた。

 

「なあめぐみん、今晩は、ほら、アレだろ? 早めに夕食を作った方が良いんじゃないか?」

「そ、そうですね……。今日の食事当番は私ですから、そろそろ準備を始めようかと思っていたところです」

 

 私達がそんな話をしていると……。

 

「女子会よ! 女子会をしましょう! 私達はアクセルの街でも一流の女子なんだから、たまには女子会をするべきよ!」

「女子会? 女子会とはなんだ?」

 

 アクセルの街でも一流の女子などとわけの分からない事を言いだしたアクアの言葉に、ダクネスが笑いながら首を傾げて聞く。

 

「女子会ってのはね、女の子だけで楽しくお酒を飲んだりお喋りしたりする事よ! 今夜はカズマ抜きで、私達だけで夜通し盛り上がりましょう! めぐみんもダクネスも、カズマには聞かれたくないけど、誰かに話しておきたいような事はないかしら? アクシズ教のアークプリーストであるこのアクア様が、汝らの胸の内を聞き届けてあげるわよ!」

「女子会……。女だけで酒を飲んだり、話をしたり……。なるほど、そういうのもあるのか……!」

 

 貴族の割に庶民的な文化に憧れているところのあるダクネスが、乗り気な様子で頬を上気させ。

 

「女子会ですか。紅魔の里の学校では、男女別で学ぶものなので、里ではほとんど女の子とばかり過ごしていましたが、そういった事をした経験はありませんね。ちょっと面白そうですし、私もやってみたいです」

「えっ」

 

 私の言葉に、焦ったように二人のやりとりを聞いていたカズマが小さく声を上げ。

 それにアクアが。

 

「なーに? カズマったらソワソワしちゃって、女子会に参加したいのかしら? でも駄目よ。なんてったって女子会なんだから、あんたが何を言ったって今夜は仲間に入れてあげないわよ」

「……別にいい」

 

 ……アクアを見るカズマの視線が、『こいつを朝まで縛っておいたら良いんじゃないかな』と言わんばかりの危険な感じになっているが、空気を読まないアクアはそれに気付かず。

 

「それじゃあ、お風呂に入ってパジャマに着替えたら、皆で私の部屋に集合ね! パジャマパーティーよ、パジャマパーティー!」

「パジャマパーティー……。そういうのもあるのか……!」

 

 やけにテンションの高い二人を眺めながら、私はカズマの耳元にひそひそと。

 

「そういう事なので、約束はまた明日にしましょう」

「お、おう……。そうか。そうだな……。べ、別に俺はいつでもいいしな」

 

 

 *****

 

 

 ――その夜。

 いつもなら皆が眠りに入る時刻。

 私はダクネスとともに、アクアの部屋に集まり、床に敷かれたカーペットに車座になって。

 

「特に意味はないけど、とりあえず乾杯しましょう! かんぱーい!」

「か、乾杯……!」

 

 目の前で二人がグラスを打ち合わせる中、自分の分のグラスを覗きながら、私は。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 二人がお酒を飲んでいるのに、どうして私だけネロイドなのですか! 私だっていい加減にお酒を飲んでみたいです。もう結婚だってできる年なのですから、子供扱いしないでくださいよ!」

 

 私がそんな文句を言うと。

 アクアは気にせず酒を飲んでいたが、酒を飲もうとしていた動きを止めたダクネスが、困ったように。

 

「し、しかしだな、年齢はともかくとしても、体の個人差というやつがあるだろう? めぐみんはその、人より発育が……」

「おい、私の目を真っ直ぐ見て、はっきり言ってもらおうじゃないか。私の発育がなんだって? 心配しなくても、爆裂魔法を使いまくっていれば私だってもっと成長しますよ!」

「……? いや待てめぐみん、何を言っているんだ? 爆裂魔法にそんな効果はないはずだぞ?」

 

 不思議そうな顔をするダクネスに、私はやれやれとこれ見よがしに溜め息をついてみせ。

 

「ダクネスは魔法使いではないから分からないのかもしれませんね。大魔法使いになれば巨乳になれるのですよ。魔力の循環が活発な事が、血行を良くし発育を促進させるのです。大魔法使いである私の成長は約束されたようなものなのですから、お酒を飲んでも問題はないはずです」

「そ、そうなのか? ……いや待て、私の言っている発育とは、そういう事ではなくてだな……」

「良いではないですか。どうせ私だって、いつかはお酒を飲む事になるんですよ? それなら、酔って周りに迷惑を掛ける事もない、こういう内輪の席で経験しておいた方が良いと思いませんか? 今日はもう爆裂魔法を撃ちましたから、そんなに酷い事にはならないはずですし、私が初めてお酒を飲むには丁度良い機会だと思います。せっかくの女子会なのですから、私だけ仲間外れにしないでくださいよ」

 

 私が穏やかに説得すると、ダクネスは迷いながら。

 

「そ、そう……なの……か……? なあめぐみん、私を口先で丸めこもうとしていないか? 正直、めぐみんは私よりも頭が良いから、そういう事をされると抵抗できる自信がないのだが……。しかし、アルコールは体に悪い影響もあるし、この件に関しては丸めこまれるわけにも行かない。仲間外れが嫌だと言うなら、今夜は私も酒を飲まないから、それで許してくれないか?」

 

 と、そんなダクネスの言葉に、それまで私達のやりとりを聞きながら酒を飲んでいたアクアが。

 

「えー? せっかくの女子会なのに、私だけがお酒を飲んでいてもつまらないんですけど! めぐみんがいいって言ってるんだから、ちょっとぐらいならお酒を飲ませてあげもいいと思うの!」

「ア、アクア!? お前はまた、そんな無責任な事を……!」

「そうですよ、アクアの言うとおりです。ダクネスが心配してくれるのはありがたいですが、私はもう子供ではないのですから、お酒を飲んだ責任くらいは自分で取れます」

 

 口々に言う私とアクアに、ダクネスは焦ったように。

 

「なあアクア、私はよく知らないのだが、女子会というのはどういうものなんだ? 酒を飲まなければいけないものなのか?」

「別に飲まなければいけないって事はないけど、どうせなら楽しい方が良いでしょう? 皆でお酒を飲んで、楽しくトークするのよ!」

 

 露骨に話を逸らそうとするダクネスの言葉に、アクアがそんな事を言いだして。

 

「楽しくトークと言われても。こういう時、なんの話をすれば良いものなのだ? 私はあまりこういう場に参加する事がなかったので、正直よく分からないのだが。……いや、貴族として社交の場に出る機会は何度かあったが、気の置けない友人同士でこういった事をやるのは初めてで……」

「そうねえ、こういう場合の定番はやっぱり、恋バナってやつかしら!」

「!?」

 

 アクアの言葉に、ダクネスが驚愕の表情を浮かべ、窺うように私の方を見てきて。

 私はダクネスとしばらく顔を見合わせ。

 

「……あの、アクア? 恋バナというのはどういう事ですか? ひょっとして、恋の話というわけではないですよね?」

「……? 何言ってるの? 恋バナといったら恋の話に決まってるじゃない。女子会なんだから、やっぱり恋バナは外せないでしょう? めぐみんも大人の女なら、恋の一つや二つは経験しているんじゃないかしら。ここでの話は、今日この場だけの事にしておいてあげるから、このアクシズ教のアークプリーストであるアクア様に、なんでも話してくれて良いんだからね?」

 

 恋バナ。

 ……恋をした経験があるのかと言われれば、ないわけではないのだがこの場で話す気にはなれない。

 酒を飲んだ事はないので詳しくは知らないが、酔っぱらうとふわふわした気持ちになって、気が大きくなり、変な事をしたり言ったりしてしまう事は、カズマやアクアを見ていても分かる。

 酒を飲んで酔っぱらって、この二人に誰の事が好きだとか、それよりもすごい事を口走ってしまったりしたら……。

 …………。

 

「……私は、今日はネロイドで良いです。二人は私を気にせずお酒を飲んでください」

「い、いや、めぐみんだけに酒を我慢させるというのも悪いし、私も酒は……」

「何を言っているのですかダクネス、アクアにだけお酒を飲ませては楽しめないではないですか。私は気にしませんから、ここはダクネスもお酒を飲んでいいですよ」

「!?」

 

 ダクネスが酒を飲むのを止める理由はないし、酔っぱらったダクネスが何を口走るのかは少し気になる。

 意見を翻しダクネスに酒を飲ませようとする私に、ダクネスが愕然とした表情を浮かべる中、アクアが。

 

「……? どうしていきなりめぐみんの物分かりが良くなったのかは分からないけど、そういう事なら飲みましょう! ほら、ダクネス。いつもはお酒を飲んでも、酔っぱらわないように気を遣ってるダクネスだけど、今日くらいは羽目を外しても良いんじゃないかしら? ダクネスがおかしな事を口走っても、私はバカにしたり引いたりしないし、誰にも言わないわよ」

「そうか? い、いや、しかしだな……」

 

 酒を飲むのを避けようと、ダクネスはグラスを手にして困ったように目を泳がせて。

 本人は隠せているつもりのようだが、領主との結婚式以来、ダクネスがカズマの事を強く意識するようになった事には私も気づいている。

 ここにいる仲間達にこそ話したくないというのは、私もダクネスも同じなわけで。

 と、ダクネスが何か閃いたと言うように表情を明るくし。

 

「そ、そうだ。やっぱりめぐみんも酒を飲んだら良いんじゃないか? どうせいつかは酒を飲む事になるのだし、内輪の席でなら、少しくらい酔っぱらっても私がフォローしてやれる」

 

 ダクネスも酔っぱらった私が何を口走るのかが気になったのか。

 または、自分が酒を飲むのは避けられそうにないから、私まで巻きこもうというつもりなのか。

 ……なんというか、この娘はどんどんカズマの悪い影響を受けている気がするのだが。

 

「いえ、私はネロイドで良いですよ。ダクネスはいつも私がお酒を飲むのを止めようとするくせに、どうして今日は意見を変えたんですか?」

「それは……」

 

 私の質問に、ダクネスは答えようもなく目を泳がせる。

 カズマが相手ならともかく、こういった言い合いで私がダクネスに負けるとは思わない。

 と、私がこっそり安心していた、そんな時。

 

「お酒を飲んだ方が口が滑りやすくなるし、楽しいトークがもっと楽しくなるかもしれないわね! めぐみんこそ、いつもはお酒を飲みたがるくせに、どうして今日はネロイドで良いなんて言いだしたの?」

 

 自分のグラスにお代わりを注ぎながら、アクアがそんな事を……。

 …………。

 口を滑らせたくないから酒を飲みたくないのだが。

 そんな事を言ったら、話すのに不都合な恋バナのネタを持っていると言うようなもので。

 ……ひょっとして、これまでアクアは空気を読めない振りをしているだけだったりするのだろうか?

 私は、不思議そうに私を見るアクアに。

 

「アルコールは成長を阻害するという話もありますし、私はもっと成長する予定ですので、お酒を飲むのはそれからでも良いかと思いまして。……それより、どうしてダクネスはお酒を飲みたがらないのですか? ひょっとして、口を滑らせたくない恋バナのネタでもあるのですか?」

「め、めぐみん!? いきなり何を……! そんなもの、あるわけがないだろう!」

 

 ダクネスが慌てて否定するが、その慌てぶりを見たアクアが、興味津々にダクネスの方へ身を乗りだして。

 

「何か面白い話があるの? 安心してダクネス、今日この場で聞いた事は、絶対に誰にも言わないから! さあ、話してみなさいな! 話しにくいんなら、もっとお酒を飲んでもいいのよ? ほら、グイッと行って! 飲んで飲んで!」

 

 楽しそうに酒を勧めるアクアに、ダクネスは断りきれずグラスに口を付け。

 

「そ、その、アクアはどうなんだ? アクアのそういう話はあまり聞いた事がないし、この機会にぜひ聞きたいのだが」

「そうですね。こういう機会でもなければ聞けないかもしれないし、私も聞かせてもらいたいです」

 

 どうにか矛先を逸らそうとするダクネスの言葉に、私も乗っかると。

 それに、アクアはあっけらかんと。

 

「私? 私はめが……コホンッ! アクシズ教のアークプリーストとして信徒を救う使命があるから、そういうのはないわね」

 

 自分で話を切りだしておきながら、そんな無責任な事を言うアクアは、さらに続けて。

 

「それで、ダクネスはどうなの? ダクネスは貴族なんだし、抱腹絶倒のロマンスの一つくらい知っているんじゃないかしら?」

 

 ……ロマンスは抱腹絶倒するものではないと思うのだが。

 アクアにとって、恋の話とは酒の席で楽しく笑い飛ばす類のものなのだろうか?

 

「い、いや、私にそんな話のネタは……! あ、やめろ。そんなに酒を注がないでくれ」

「ほらほら、もっと飲んで! たくさん飲んだら口が滑りやすくなるでしょう?」

 

 アクアの追及を避けるために、勧められるまま酒を飲みまくるダクネスが、いろいろな意味で顔を赤くしながら、助けを求めるように私の方を見てきて……。

 

 …………。

 

 

 

「――これは私の友達の話なのですが」

「!?」

 

 友達の話というのは、自分の事を濁して話す時の常套句。

 世間知らずでもそのくらいは知っているようで、私の言葉にダクネスが驚愕を顔に浮かべる中、ダクネスを追求するのをやめて私の方を見たアクアが。

 

「ふんふん、めぐみんの友達って言ったらゆんゆんの事かしらね」

 

 アクアが実は空気を読めるのかもしれないというのは、やはり何かの勘違いだったらしい。

 

「……!? い、いえ、ゆんゆんではないのですが、とにかくその友達が、最近気になっている人がいるようでして。でもその相手というのが、なんというか奔放な人で、素直に好意を打ち明けにくいというか……」

 

 曖昧にぼやかした私の言葉に、ダクネスが何か言いたげな表情になる中、アクアが微妙な表情で。

 

「ねえ、それってカズマの事じゃないの?」

「「!?」」

「だって、ゆんゆんの知り合いの男って、カズマくらいしかいないじゃない? あっ、そういえば、ゆんゆんはいつだかカズマの子供が欲しいとか言っていたわね! なんて事! 駄目よめぐみん、すぐにゆんゆんを止めてあげないと! ゆんゆんはね、こないだ私が迷子になっていた時に道を教えてくれたし、ギルドの酒場で飲みすぎて薄情なカズマに置いてかれた時も助けてくれたし、とっても良い子なんだから! カズマなんかにあの子はもったいないわ!」

「……あの、アクア。ゆんゆんの知り合いの男はカズマだけではありませんよ。最近、ダストとかいうチンピラと仲良くしているみたいですから」

「えー? カズマかダストかの二択なの? ゆんゆんったら、ダメ男が好きなのかしら?」

「そ、そうですね、ゆんゆんは昔から、チョロいというか、ダメ男に引っかかりやすそうな気はしていました。いえ、これはゆんゆんの話ではないのですが」

 

 私の言葉を聞き流すように、酒を飲みながらふんふん頷くアクアに、私は誤解を解く事を諦め。

 

「それでですね、私はずっと爆裂魔法の事ばかり考えてきましたから、恋だとかそういった事にはあまり詳しくないのです。良ければ、その、恋をした時に何をすれば良いのかを教えてもらえないでしょうか? 私も相談を受けた時に役に立つアドバイスをして、大人の女であるところを見せつけてやりたいのです。というか、アクアはそういった事に詳しいのですか?」

「えっ? そ、それは……、私くらいになれば、そりゃまあね?」

 

 私の質問に、目を泳がせながら答えるアクア。

 詳しくないらしい。

 ……普段のアクアの様子を見ていれば、私やダクネスよりもそういった事に疎そうなのは分かるので不思議はないが。

 

「でもほら、私の知識は上級者向けだし、めぐみんにはまだ早いと思うから、また今度教えてあげるわ!」

「大丈夫ですよ。紅魔族は知能が高いのです。少しくらい上級者向けだとしても、上手く活用できるでしょう。というか、聞いてみない事には判断できませんし、とりあえず話してくれませんか?」

「……ねえめぐみん、そんな事より爆裂魔法の話をしない?」

 

 ……私には、とりあえず爆裂魔法の話をしておけばいいみたいな扱いは不本意だが。

 話を逸らす事に成功した。

 

 

 *****

 

 

 女子会が初めての私とダクネスは、アクアがまた恋バナなどと言いださないかと警戒しつつも、どんな話題を出せば良いのかが分からず。

 グラスの中身をちびちびと飲むばかりになっていると、アクアが部屋の箪笥から何かを取りだしてきて。

 

「ねえねえ、それなら私が集めた石のコレクションについて聞いてくれる? ほら見て、これは街の河原で拾ったやつで、こっちは紅魔族の里に行く途中で拾ったやつよ! それと、これが最近、クーロンズヒュドラのいた湖で見つけたやつね! どれもとっても綺麗でしょう? お祭りで稼いだお金はアクシズ教の教会を立て直すのに使っちゃって、お金がないから、欲しかったら売ってあげてもいいわよ?」

「「いらない」」

 

 私とダクネスが即答すると、アクアは口を尖らせ。

 

「何よ二人して! これはね、ただ綺麗なだけじゃないのよ。拾った時の思い出が詰まっているんだから。例えば、このピカピカしてる黒い石は、クエストの途中に森の中で見つけたやつよ。この石を磨いていると、あの時、カズマが泣きながらモンスターから逃げ回っていた姿が思いだせるってわけよ」

 

 アクアが、口元をにやけさせながらそんな事を……。

 …………。

 

「あの、アクア? あの時は、アクアがいきなり飛びだしたせいで潜伏スキルが切れて、モンスターに見つかったのではないですか。ひょっとして、あれってその石を拾うためだったんですか? カズマが泣きながら逃げ回っていたのは、アクアを助けるために囮になっていたからだったはずですが」

「あの時のカズマの顔ったら! プークスクス!」

 

 ……その後、アクアは、マジギレしたカズマによって、ダクネスが羨ましがるような折檻を受けて大泣きしていたわけだが、それは覚えていないのだろうか。

 と、私がアクアを白い目で見ていると。

 ダクネスがアクアの石のコレクションを手に取り眺めながら、懐かしそうに。

 

「……そういえば、そんな事もあったな」

「あっ、見て見てダクネス! これは、アルカンレティアに行く途中で走り鷹鳶に追いかけられて、カズマがダクネスをワイヤーで馬車に繋いで引きずった挙句、洞窟の前に放りだした時の、あの洞窟の破片よ! めぐみんが爆裂魔法で吹っ飛ばした時に、飛んできたのを拾っておいたの! ちょっと変てこな形をしていて、面白いでしょう?」

「あ、ああ、あの時の……! あれは素晴らしい体験だった。確かに、これを握りしめていると、あの時の事が思いだされるようだ……! …………んっ……!!」

「いえダクネス、それはあなたの記憶が鮮明なのであって、石は関係ないのではないかと。あの小山の洞窟は、あなたが馬車に引きずられた事とも、投げだされた事ともあまり関係ないではないですか。どちらかと言うと、爆裂魔法で吹っ飛ばした私が、戦果として欲しがるものでしょう? いえ、私は爆裂魔法を撃つ事以外はどうでもいいので、吹っ飛ばしたものに興味はありませんが」

 

 変てこな形の石を握りしめて恍惚とするダクネスに、私が忠告していると、アクアが。

 

「ちょっとめぐみん、商談の途中なんだから邪魔しないでよ! ダクネス、今ならその、素晴らしい気持ちになれる変てこな形の石が、これだけのお値段で……!」

「あの、アクア。仲間に悪質な詐欺を仕掛けるのはやめてほしいのですが」

「何言ってるのよめぐみん。この石は私のコレクションで、これにダクネスが価格をつけてくれたら、それは詐欺じゃなくて物流ってやつよ。この前、カズマが教えてくれたの」

「やめてください! なんでもかんでもカズマのせいにするのはやめてあげてくださいよ! アクアがそんなだから、カズマが街でカスマだのゲスマだの呼ばれているのではないですか? あれはネズミ講をしてはいけない理由の説明であって、別の詐欺に転用するための教えではありませんよ!」

「えー? カズマさんがクズマだのロリマだの呼ばれているのは、本人の日々の行動の結果であって、私のせいにされても困るんですけど! ていうか、ロリマさんって呼ばれてるのはめぐみんのせいじゃないの?」

「おい、もう結婚だって出来る年の私をロリ枠扱いするのはやめてもらおうか」

 

 と、私がアクアを責めていると、横からダクネスが。

 

「待ってくれめぐみん、アクアの言う通りだ。私にとってこの石には、金を払うだけの価値がある」

「ああもう、どうしてあなたはそんなにチョロいのですか! どこからか拾ってきただけの石に価値なんかあるはずないではないですか! そうやって変に甘やかすからアクアが反省しないんですよ!」

 

 なんというツッコミ不在。

 この二人は放っておくと、どこまでもわけの分からない事を話しだす。

 

「……まったく! 二人を見ていると、カズマの苦労が偲ばれますね」

 

 と、そんな私の呟きに、二人が私の方を見てきて。

 

「ねえめぐみん。めぐみんだって、結構カズマに迷惑を掛けてると思うんですけど。自分の事を棚に上げて、私達だけを問題児扱いするのはどうかと思うの」

「そうだぞめぐみん。爆裂魔法による震動や騒音の苦情は、冒険者ギルドを通してカズマに伝えられているんだからな。この間も、狩人組合からの苦情に、結局カズマが対応していたではないか」

 

 二人に口々に言われ、私が思うところあってしばし黙りこんでいると。

 

「まったく! めぐみんこそ、大人の女を自称するなら、もっと爆裂魔法以外にも興味を持った方が良いんじゃないかしら? なんなら、私が可愛い服をコーディネートしてあげても良いわよ?」

「それに、短気なところも直した方が良いのではないか? ちょっと名前をからかわれたくらいで、子供相手に本気を出すのはやめるべきだ。……あの時もカズマが謝りに行っていたな」

 

 私は、調子に乗って好き勝手な事を言う二人に。

 

「でも、一番カズマの役に立っているのは私ですよね」

 

 私の言葉に、二人はぴたりと動きを止め。

 酒を飲み干し、グラスをダンッと叩きつけるように置いたダクネスが。

 

「それは聞き捨てならないな。私だってそれなりにカズマの役に立っている。このパーティーで唯一の盾役として強敵から守ってやっているし、あまり言いたくはないが、王都で貴族達に好き勝手言われているカズマのフォローを、ダスティネス家の名においてしているのも私だ」

「でもダクネスは、大物が相手になると途端に役に立たなくなりますよね? デストロイヤーの時も、ハンスの時も、敵が大きすぎて、いてもいなくても同じような感じだったではないですか。それに、シルビアの時は盾役なのに、相手のスピードについていけず、あっさり躱されていましたね。そういえばあの時は、珍しくカズマの失敗を私が尻ぬぐいしてあげたわけですが」

「……何を言っているんだ? シルビアにとどめを刺したのは、めぐみんではなくこめっこだろう」

「…………」

 

 私とダクネスが睨み合っていると。

 ダクネスのグラスにとくとくと酒を注ぎながら、アクアがドヤ顔で。

 

「二人とも、何を言っているのかしら? 誰が一番カズマの役に立っているかといえば、毎回すぐに死ぬカズマを蘇生してあげてる、この私に決まってるじゃない」

 

 ……確かにアクアの蘇生魔法がなければ、カズマの冒険は何度も終わってしまっているところだろうが。

 

「アクアは役に立っている分、迷惑も掛けているではないですか。アクアのせいで借金を背負う事になったり、犯罪者になったり、カズマに一番苦労を掛けているのはアクアだと思うのですが」

「カズマさんが犯罪者になったのは私のせいじゃないと思うんですけど! それに、いくら迷惑を掛けていたとしても、この麗しい私と一緒にいられるというだけで、あのヒキニートには過ぎたチートだと思わない? 差し引きで言えば、むしろプラスの方が多いんじゃないかしら! カズマはもっと、私に感謝して、崇め奉るべきじゃないかしら!」

 

 ……その自信はどこから来るのだろうか?

 

「誰が一番カズマの役に立っているかはともかくとして、一番カズマに迷惑を掛けているのはアクアだと思うのだが」

 

 ダクネスの言葉に私が頷いていると、手にしたグラスを振り回しながらアクアが。

 

「そんな事ないわ! それに、私は最近、迷惑を掛けていないでしょう?」

「……つい先日、無理やり女神アクア感謝祭などというものを開催しておいて、何を言っているんだ?」

「だって、エリスばかり感謝されるのは不公平だと思うの。死者の魂を導いてるだけのエリスと違って、私はこうしてこの世界に降りてきているんだから、皆もっと感謝してくれても良いじゃない! めぐみんやダクネスだって、私の治癒魔法や支援魔法には助けられているんだから、エリスなんかより私に感謝するべきなんじゃないかしら? いっそ、二人ともアクシズ教に改宗したって良いと思うんですけど!」

 

 開き直った上に勧誘までしてくるアクアに、ダクネスが溜め息を吐いて。

 

「また自分が女神だなどと言っているのか? そんなだからアクシズ教徒は変人扱いされて、信者が増えないのではないか? 悪いが、当家は代々女神エリスを信仰しているので、私の代でアクシズ教に改宗するわけには行かない」

「そうですね。女神かどうかはともかく、アクアに感謝していないわけではありませんが、アクシズ教に改宗するというのは私も断りますよ。あの人達と同類だと思われたくありません」

「何よ二人してーっ! そこまで言うなら、アクシズ教の素晴らしさを二人にも教えてあげるわ! まずはアクシズ教の教義、第1項……」

 

 

 *****

 

 

 空の端が明るくなりはじめる頃。

 

「エリスの胸はパッド入り……」

 

 酔っぱらって眠ってしまったくせに、寝言でそんな事を言うアクアに、ダクネスが呆れたような視線を向けながら毛布を掛けてやる中。

 私はネロイドの入ったグラスを傾け。

 

「女子会というのは初めてでしたが、なかなか面白いものですね。機会があれば、またやりましょう。今度はゆんゆんを誘ってあげても良いかもしれません」

「ああ、私も初めてだったが、なかなか楽しめた。次は私も、クリスを誘うとするか」

 

 私の言葉に、ダクネスは赤い頬を綻ばせ、そんな事を……。

 恋バナを警戒して酒を飲みすぎないようにしていたダクネスだが、一晩中飲んでいたわけで、アクアほどではないが酔いが回っているようだ。

 そんなダクネスは、窓から射しこむ朝日に目を細めながら……、

 

「……これはその、私の友達の話なのだが……」

 

 そんな事を言いだした。

 

「ダクネスの友達といえば、クリスくらいですね」

 

 私が、茶化すようにそう言うと、ダクネスは少し笑って。

 

「いや、クリスではないのだが……まあとにかく、その友達に好きな相手がいるという話でな。しかし相手は身分の違う男だし、年中セクハラをしてきたり、勝負事になると卑怯な真似をしてでも勝ちに来たりと、ロクでもない事ばかりする奴なのだ」

「それは、クリスではないダクネスの友達とやらも、妙な相手を好きになったものですね」

「ああ、まったくだ。しかも、友達の友達も、その相手の事が好きらしくてな。今はまだ、お互い突っこんだ話はしていないそうだが、深く追求すると今の関係が壊れてしまいそうで、怖いと言っていた」

 

 ダクネスが、気弱そうな笑みを浮かべながら、私の目をじっと見つめてきて。

 それに、私は。

 

「私は……」

 

 ――この期に及んで友達の話などと言う、往生際の悪い恋敵に、私が決定的な一言を告げようとした、そんな時。

 酔っぱらって寝入っているアクアが、むにゃむにゃと。

 

「人生には選ぶことが難しい選択がある

 人は心の底から難しい選択に迷ったとき

 どちらを選んでも後に後悔するもの

 どちらを選んでもどうせ後悔する

 ならたった今、楽な方を選びなさい」

 

 …………。

 ……本当に寝ているのだろうか?

 空気を読んで寝たふりをしながら、私達の会話を聞いて、アドバイスを……?

 いや、アクアに限ってそんな事はないはずだが。

 私が、酒瓶を抱えて寝転がるアクアを凝視していると。

 

「……このままがいい」

 

 ダクネスが、そんな事を呟いた。

 

「アクアが何かやらかして泣き、カズマが尻ぬぐいに駆けずり回ったり。めぐみんが爆裂魔法で周りに被害を出して、カズマが謝りに行ったり。私がバカな事を言いだして、カズマに怒られたり……」

 

 グラスを見つめるように俯いていたダクネスが、顔を上げると。

 その目は涙に潤んでいて。

 私は、半泣きのダクネスと、気持ち良さそうに眠りながらポリポリと腹を掻くアクアを見比べ。

 

「……そうですね。このまま、ずっと皆で一緒にいられると良いですね」

 

 心からの笑みを浮かべ、そう言った――!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この異世界転生者に現実を!

『祝福』1,7、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻1章の辺り。


 日本ではどこにでもいる普通の高校生をやっていた俺は。

 トラックに轢かれそうになっていた女子高生を颯爽と助け、身代わりとなって命を落とし。

 女神によってファンタジー世界へと転生し、冒険者ギルドに登録したのだが……。

 ひとまず資金集めのためにギルドの酒場でバイトを始めたがクビになり。

 次に八百屋でバイトを始めたがクビになり。

 ファンタジーというには世知辛すぎるこの世界で、金も稼げず馬小屋暮らし。

 

「……もうやだ。日本に帰りたい」

 

 ――異世界生活三日目の朝。

 馬小屋の隅っこで膝を抱えた俺がそう呟くと、俺をこの世界に転生させた女神であるアクアが、不機嫌そうに口を尖らせ。

 

「私だって天界に帰りたいわよ! 魔王を倒すまでは帰れないんだから、仕方ないじゃないの!」

「そういえば、そんな設定もあったな。でも、魔王を倒すなんて無理だろ。俺、最弱職の冒険者だぞ? それどころか、今の俺達って本当に冒険者なのかと問いたい。誰に問えば良いのかも分からんが、小一時間ほど問いつめたい。なんで異世界にまで来て、毎日毎日バイトしなきゃならないんだ? 剣と魔法のファンタジー世界っていうんなら、モンスターを倒して素材を売ったり、森に入って珍しい薬草を採取したりするもんじゃないのか? 俺だってもっと、冒険者っぽい事をしたいんだが」

「はあー? 何の役にも立たないヒキニートのくせに何言ってるんですかー? あんたが戦って勝てる程度のモンスターなら、そもそも討伐対象になるわけないじゃないの」

「ああ、クソ! 分かってるよそんな事は! だからこうして、装備を整えるために資金を貯めてるんじゃないか。ジャージ一丁でモンスターに立ち向かって死んだりしたら、死ぬに死にきれないからな」

「まあカズマさんってば一回死んでますけどね! それも家族にまで笑われるような情けない死に方で! あっちの方が死ぬに死にきれなかったと思うんですけど! プークスクス!」

「おいやめろ、その口撃は俺に効く」

 

 

 昨夜、パン屋で無料で手に入れたパンの耳の残りを朝食にして。

 アクアとともに街の広場に向かった俺は、仕事の募集が貼りだされている掲示板の前まで来て。

 

「よしアクア、今日こそまともな仕事にありつくぞ。三度目の正直って諺を知ってるだろ? いい加減上手く行っても良い頃のはずだ。というか、そろそろ上手く行かないと空腹で死ぬ。育ち盛りなのに食事がパンの耳だけとかあり得ねえ」

「任せてちょうだい。私もそろそろ、上手く行ってもいいんじゃないかと思いはじめてたところよ! このアクア様の本気を見せてあげようじゃない!」

 

 そんなのがあるんだったら、もっと早く見せてほしかったのだが。

 ……いや、どうもこの自称女神はいまいち役に立たない。

 こいつに期待をするのは、やめておいた方がいい気がする。

 

「……おっ?」

 

 俺が、一枚の貼り紙に手を伸ばすと……。

 俺が貼り紙を剥がす前に、アクアが、バンと掲示板を叩き、剥がせないように貼り紙に手を突いてきて。

 

「ねえカズマ、冗談よね? 冗談にしたって笑えないけど、冗談に決まってるよね? まさかこの水の女神アクア様に、溝さらいの仕事をやらせようってんじゃないわよね? 今ならまだ許してあげるから、冗談でしたって言ってよ! ねえ言いなさいな!」

 

 そう、俺が選んだ仕事は溝さらい。

 誰もが嫌がる仕事なのはこの世界でも変わらないようで、給料がそこそこ良いのにもかかわらず、俺達と同じように掲示板を見ている人達も、貼り紙を見るとすぐに視線を逸らしている。

 俺は、貼り紙を押さえて妨害してくるアクアに。

 

「うるせーバカ! 八百屋のバイトをクビになったのは、お前がバナナを消しちまったからなんだぞ! 仕事の選り好みなんかしていられる立場だと思ってんのか? 一回くらい、まともに仕事して給料を貰っておかないと、冒険に出るどころじゃなく心が死ぬんだよ! 今日ばかりは失敗しなさそうな仕事にしておきたい。さすがに溝さらいなんて単純作業で失敗するとも思えないし、今日一日だけでいいから我慢してくれよ」

「何よ! せっかく私の超凄い芸でお客さんを集めてあげたのに、売る用のバナナを用意しておかなかったカズマが悪いんじゃないの! 大体、溝さらいなんて仕事は、じめじめして湿った薄暗い場所に生息している、なめくじみたいなヒキニートにこそお似合いの仕事じゃない。この気高くも麗しいアクア様には似つかわしくないわ! あんた一人で行ってきなさいよ!」

 

 この野郎。

 

「よし分かった。じゃあ俺一人で行ってくるが、今日の分のお前の食費はないんだから、お前はパンの耳を食ってろよ。俺は自分一人の食い扶持を稼ぐだけで精いっぱいだし、お前の事まで考えてる余裕はない。自分の生活費も稼げないっていうんなら、これからは別行動だ。短い間だけど世話になったな。達者で暮らせよ」

「わあああ待って! 待ちなさいよ! 私をこの世界に連れてきたのはあんたなんだから、あんたが私の面倒を見るのは当たり前じゃないの! それに、私はアクシズ教の女神なのよ? 何もしないでも信徒がお金を貢いでくれたり、チヤホヤしてくれたりするのは当然なの。私があくせく働く事なく大らかな気持ちで昼寝するのは、むしろ世界の平和を表わすためになくてはならない事と言えるんじゃないかしら?」

「お前バカか。この世界が魔王軍に追い詰められててヤバいからって言って俺みたいなのを転生させといて、自分は昼寝してるとかバカにしてんのか。ていうか、お前って一応、俺がここでの生活に困らないように、魔王軍と戦えるようにって事で貰える特典の扱いなんだろ? その特典っていうのは、何の役にも立たないばかりか、生活費を要求して転生者を困窮させるものなのか? お前の目的って、ひょっとして俺達をこの世界で餓死させて、赤ん坊からやり直させる事なんじゃないか? 女神とか言ってるけど、実は人類の敵だったの? それとも世間知らずな若者を騙して、こっちの世界の魂を増やすつもりなの?」

「ち、違うわよ、女神がそんな狡すっからい事するわけないじゃないの……!」

「そもそも、お前って本当に女神なのか?」

 

 俺が疑いの目を向けると、アクアが泣きながら掴みかかってきて。

 

「わああああああーっ! ふわああああああーっ! ちょっとあんた何言ってんのよ! 見なさいよ、この美しく青い髪! この麗しい美貌! この私が女神以外の何に見えるって言うのよ! 撤回して! アクア様ごめんなさいと土下座して、愚かな私が間違ってましたって、一万回謝って! これからは心を入れ替えて養わせてもらいますって言って! そうしたら私も寛大な心で許してあげるわよ!」

 

 と、俺はアクアの言葉に、手四つで取っ組み合っていた動きを止めて。

 

「……あれっ? なあ、お前って本当に女神なんだよな? 職業もアークプリーストって言ってたし、回復魔法が使えるんだろ?」

「何言ってるの? 当たり前じゃない。それも、そんじょそこらのプリーストとは違うわよ。なんたってアークプリーストですし、女神ですし! そんな事より謝って。ねえ、早く謝りなさいな!」

「じゃあ、こういうのはどうだ? お前はバイトをするんじゃなくて、冒険者ギルドに行くんだ。クエストを終えた冒険者達は、疲れていたり怪我をしていたりするだろう。そんな連中に、回復魔法を使ってやるっていうのはどうだ? 冒険者は命懸けの仕事だから金を持ってるだろうし、少しくらい料金を高くしても、疲労や怪我を明日に持ち越さない事を選ぶんじゃないか? 例えば、一回千エリスって料金設定にしても、客が十人来れば一万エリスも稼げるぞ」

 

 ネットゲームでいう、辻ヒールというやつだ。

 ゲームではアイコンを出したり一言お礼を言うだけで良かったが、現実的に考えれば、あれは金を貰ってもいいような行為のはず。

 俺の言葉に、不機嫌な顔をしていたアクアは見る見る機嫌を直し。

 

「いいわね! それよ、それこそアークプリーストの仕事ってもんよ! さすがクソニートね、せこい手を考えさせたら右に出る者はいないわ! 私に任せておきなさいな! この街の駆けだし冒険者達を治療してあげて、がっぽり治療費をふんだくってやるわ!」

 

 人をクソニート扱いするのはやめろとか、そういうところが女神らしくないとか、いろいろと言いたい事はあったが。

 せっかく本人がやる気になっているのだからと、俺は何も言わずにアクアを送りだした。

 

 

 *****

 

 

 ――その日の夜。

 一人で溝さらいの仕事をした俺が、アクアを迎えに冒険者ギルドに行くと。

 ギルドの酒場は、まるで宴の最中のように騒がしく……。

 体格の良い冒険者達に内心でビビりながら、俺が酒場の中を見回すと、宴の中心で騒いでいるのは、どう見てもアクアで。

 俺は、アクアの下へと近寄っていき声を掛ける。

 

「いや、お前何やってるんだ? 酒場で飲み食いする金なんかなかったはずだろ。回復魔法でどれくらい稼いだんだ?」

「んあー? 何って……臭い! あんた臭いわ! 溝の臭いがするわ。せっかくいい気分でお酒を飲んでるんだから、近寄らないでちょうだい」

「し、仕方ないだろ、溝さらいやってたんだから。ていうか、なんだよこれ? 宴会みたいになってるけど、どういう状況なんだ?」

「あっ! そうそう、聞いてよカズマ! とってもいい話よ! 私がギルドの隅っこで、冒険者にヒールを掛けてあげていたら、あなたのヒールは素晴らしいって言ってくる人がいたの! その人に、大怪我してる仲間を回復してくれって言われて、宿までついていってヒールを掛けてあげたら、なんと十万エリスもくれたわ! 十万よ十万! 一日で十万! もうパンの耳を食べなくてもいいし、宿もいい部屋に移れるわ!」

「マジかよ! やったじゃないか。今日だけでそんなに稼げたんだったら、もうバイトなんかしなくてもいいな。というか、ギルドでヒールをしていれば、冒険者として活動しなくても生きていけるんじゃないか? 正直ちょっと疑ってたけど、お前って本当に女神様だったんだなあ……」

「まったく、現金なんだから! 今さらそんな事言ったって遅いわよ!」

 

 口ではそう言いながらも、上機嫌な様子のアクアは、

 

「だって、もうお金は全部使っちゃったから、あんたがお酒を飲む分のお金はないわよ」

 

 そんな、とんでもない事をさらっと……。

 …………。

 

「えっ」

 

 わけが分からず絶句する俺に、アクアは上機嫌なまま。

 

「私達は冒険者なんだし、装備を整えて、明日からクエストを請ければ、十万エリスくらいはすぐに稼げるはずよ。なんてったって、このアクア様がいるんだもの! 一日で十万エリスも稼いだ、このアクア様が!」

「……えっと、つまり、俺の装備はすでに買ってあるって事か? それで、残った金で酒を飲んでるんだな?」

「何言ってるの? あんたの分の装備なんか買ってるわけないじゃない」

「……? お前が稼いだ金だから、お前の分の装備だけを買ったって事か? ちょっと納得行かないけど、まあ確かに、お前の回復魔法のおかげだし、クエストを請けられるなら文句は言わないよ。装備もないままついていったら、俺は確実に死ぬと思うけどな」

「ねえカズマ、さっきから何を言っているの? 装備は買ってないって言っているじゃないの。女神が必死になって武器を振るうとか絵にならないし、私の装備はこの羽衣だけで十分よ。カズマったら、お酒も飲んでないのに酔っぱらっているのかしら? それとも溝さらいの仕事で脳まで腐っちゃったの? なんなら、頭にヒールを掛けてあげましょうか?」

「いや、ちょっと待ってくれ。さっきからお前が何を言ってるのかさっぱり分からんのだが、俺がおかしいのか? 明日からクエストを請けるために、装備を買ったんだよな?」

「買ってないわよ」

「…………じゃあ、金は何に使ったんだ?」

「そんなの決まってるじゃない! コレよ、コレ!」

 

 そう言うアクアは、笑顔で液体の入ったジョッキを掲げていて……。

 

「それって、酒か? お前、その見た目で酒なんか飲んで大丈夫なのか? いや、っていうかなんで酒なんか買ってるんだ? そうじゃないだろ? 冒険者として活動するために、装備を整える資金を稼ごうって話だっただろ? 今日こそどうにかして金を稼ごうって、今朝言ったよな?」

「何よ、人がせっかくいい気分で飲んでるっていうのに、細かい事を言ってくるのはやめてちょうだい! この宴会はね、私が怪我を治してあげた冒険者のパーティーの人達が、泣いて感謝して、十万エリスとは別に奢ってくれたのが発端だったの。重傷完治おめでとうパーティーなのよ! それで、私達が楽しく飲んで騒いでいたら、クエストから戻ってきた冒険者達が、事情も知らないのに一緒になって騒ぎだして……。私もとっても気分が良くなってきたし、たった一回のヒールで大金を稼いで、これでカズマを見返してやれるって思って気分が良かったから、皆に奢ってあげようって……。そんなわけだから、お金は全部使っちゃったわ」

 

 俺は、ドヤ顔でバカな事を言うアクアに。

 

「お前バカか。一日で十万エリスも稼いだってのは確かにすごいが、全部使った? はあー? なんのために金を稼いだんだよ! 毎日毎日馬小屋暮らしでパンの耳を食ってるような生活してるのに、どうして一日で十万エリスも使っちまえるんだ! しかも、気分が良かったから奢った? はあー? お前はどこのお大尽だよ。そういうのは金持ちがやる事だろうが。お前、どうすんの? せっかく稼いだのに、また無一文じゃないか」

「…………」

 

 俺の言葉に、アクアは今さら状況を理解したようで、オロオロと周りを見回し、近くにいた冒険者の一人に話しかけて……。

 

「ね、ねえ、ちょっとあなた。そのお酒、私が奢ってあげたやつなんですけど。なんていうか、その……、奢るっていうの、やっぱりなかった事になりませんか?」

 

 そんな、どうしようもない事を言いだすアクアに、赤ら顔の冒険者は。

 

「あん? なんか勘違いしてねえか、お嬢ちゃん。これは俺が自分の金で買った酒だぜ」

「…………」

 

 その冒険者の言葉に、さらにオロオロしだしたアクアは、周りにいる冒険者に片っ端から声を掛けていくが、色好い返事は貰えないようで……。

 ……誰が奢った相手で、誰がそうでない相手なのかを、把握していなかったらしい。

 やがて、酒場中の冒険者に声を掛けたアクアは、肩を落として戻ってきて。

 

「誰が奢ってあげた相手なのか、分からないんですけど。というか、私がヒールを掛けてあげた人のパーティーも、すぐに王都に向かうって言って、出発しちゃってるんですけど。この人達は、一体何がそんなにおめでたくて騒いでるのかしら?」

 

 一番おめでたいのはコイツの頭だと思う。

 

「……ね、ねえカズマさん。カズマさんは今日、溝さらいの仕事でお給料を貰ったのよね? 食事の代金くらいのお金は手に入ったんでしょ? それって、具体的にはいくらくらいなのかしら?」

 

 俺の顔色を窺うようにそんな事を言ってくるアクアに、俺は。

 

「一万エリス」

 

 作業自体はそれほど大変ではなかったが、臭いがきつく、誰もやりたがらないので賃金が高めらしい。

 給料の額を告げると、俺を溝臭いと言っていたアクアが、鼻を摘まみながら擦り寄ってきて。

 

「ねえカズマ様、あなたって、なんていうか、そこはかとなくアレよね?」

「特に思いつかないなら無理に褒めようとしないでいいぞ。というか、褒めるつもりなら鼻から手を離したらどうだ」

 

 俺の言葉に、鼻から手を離したアクアが、顔を顰めながら。

 

「……ねえカズマ、この臭いを落とすためにも公衆浴場に行きましょう。私が案内してあげたら、私の入浴料も払ってくれる?」

「……しょうがねえなあ。案内の代金って事で、夕飯も奢ってやるよ」

 

 俺がそう言うと、アクアはパッと顔を輝かせ、嬉しそうに食事を注文した。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 馬小屋で目を覚ました俺達は。

 

「昨日の事で分かったが、お前が回復魔法を使って冒険者から金を貰うってのは、悪くない方法だと思う。今日からは、バイトするのはやめて、それで稼ごう」

「分かったわ! 昨日は感謝されて私も気分が良かったし、バイトなんかするより、よっぽど女神らしい労働よね! 今日もまた、十万エリスも稼げちゃったらどうしようかしら! あんたが仕事で失敗しても、少しくらいならお金を貸してあげてもいいわよ?」

 

 俺は、機嫌良さそうに夢見がちな事を言いだしたアクアに。

 

「何言ってんの? 今日は俺も、お前と一緒に冒険者ギルドに行くぞ」

「……? 別にいいけど、何をしに行くの? 酒場のバイトはクビにされちゃったし、装備も揃えてないから冒険者としての活動も出来ないでしょう?」

「俺は酒場の隅っこの方で、お前がバカな事に金を使わないように見張ってるよ」

「ちょっとあんた何言ってんのよ! 嫌よ! それは嫌! 絶対に嫌! どうしてあんたが酒場の隅っこでぼけっとしている間、私がせっせと回復魔法を使ってお金を稼がないといけないのよ? 私も働くんだから、あんたも仕事をしてお金を稼いできなさいな! 私はあんたのお母さんじゃないんだから、ニートなんて認めないわよ!」

「そりゃ俺だって仕事をした方がいいと思うよ。でも、俺が見張ってないと、お前はまた酒を飲んだり奢ったりして金を使い果たすだろ? それに、二人でバイトするより、お前がギルドで冒険者の治療をしてた方が金が稼げると思うぞ」

「嫌ったら嫌! 私一人だけ働くのは嫌よ。あんた一人を楽させるくらいなら、ちょっと給料が悪くても、二人でバイトした方がマシよ!」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアに、俺は。

 

「……でもお前、普通のバイトだとまたクビになるだけで金にならないじゃないか」

「大丈夫よ! ほら、昨日そろそろ上手く行くはずだって言ってたじゃない。昨日は結局、お金にはならなかったし、今日こそ上手く行くと思うの」

「三日連続で収支ゼロのくせに、その自信はどこから来るんだよ?」

 

 こいつはプリーストとしての腕前だけは確かなようだから、冒険者ギルドにいてくれた方がありがたいのだが……。

 一人で置いていくと、また金を使い果たすに違いない。

 

「何よ、あんただって収支ゼロじゃない! 三日も掛かってお金を稼げないって恥ずかしくないんですかー?」

「俺の稼いだ金がなくなったのは、お前がギルドの酒場に作ったツケを清算したせいだけどな」

「…………」

 

 俺の言葉に、アクアは耳を塞いで顔を背ける。

 

「おいこっちを向け。お前こそ、一日で十万以上使うってなんなんだ? どうして俺が、お前の作ったツケを支払わないといけないんだ? このままだと、今日もまたパンの耳を食う事になるんだぞ? ひょっとしてお前、神は神でも疫病神なんじゃないか?」

「やめて! 私は日本担当の超エリート女神なんだから! 疫病神呼ばわりしないでちょうだい!」

 

 ……こんなんだったら、チートなしでも俺一人で異世界に来た方が良かったんじゃないか?

 

 

 

 街の広場にて。

 アクアが自分だけ回復魔法を使って働くのは嫌だと駄々を捏ね、俺もアクアだけをギルドに残して仕事に行くのは不安だったので、仕方なく二人で出来るバイトを探すため、アクアとともに掲示板の前に立つ。

 この世界の常識がない俺にも出来て、バカな自称女神でも余計な事をしないような仕事は……。

 

『平原のクレーター埋めのための土木作業員募集』

 

 と、その貼り紙を剥がそうとする俺の手を、アクアが掴んできて。

 

「ねえちょっと待って? ひょっとして、この私に土木作業をやらせようって言うんじゃないでしょうね? 嫌よ、絶対に嫌! 私を誰だと思っているの? 土や埃にまみれた肉体労働なんて私には似合わないわ」

「お、お前……、何度でも言ってやるが、仕事を選り好み出来る立場だと思ってるのか? 回復魔法でちょっと大金を稼いだからって調子に乗るなよ。結局全部使い果たして収支はゼロだし、むしろ酒場のツケを俺が払ってやったんだから、お前は俺に借金があるって言えるんじゃないか?」

「な、何よ? 借金をなかった事にしてやるからって、私にいかがわしい事をするつもり? これだからヒキニートは! 引き篭もった部屋の中で情欲を悶々と募らせているから、そんな腐った発想が出てくるのよ!」

「いや、お前相手にそういうのはない。俺にだって選ぶ権利くらいあるだろ」

「なんでよーっ!」

 

 アクアが叫び声を上げ掴みかかってくる。

 しばらく取っ組み合っていると、気づけば周りにいた、俺達と同じく仕事を探しに来ていた市民達が遠巻きにしていて……。

 俺はいきり立つアクアをどうにか宥めすかし。

 

「……というか、ちょっと待ってくれ。そんな話じゃないだろ? 仕事を選り好みするのはやめろって言ってんだ。もう女神がどうとか、アークプリーストがどうとか言ってる場合じゃない。俺も、サンマを畑から獲ってこいとか、わけの分からない指示を出されてもキレないようにするよ」

「……? カズマこそ、何をわけの分からない事を言っているの? サンマを畑から獲ってくるっていう指示の、何が分からないのかしら」

「……? いや、いい。今はそれどころじゃないだろ。何の仕事をするのかって話だ。俺はこの、土木作業員の募集ってのがいいと思う。溝さらいの仕事は昨日で終わって、当分は募集がないって話だし、他に俺達がまともに出来そうな仕事なんてないじゃないか」

「ねえカズマ、溝さらいを選択肢に入れるのはやめてほしいんですけど。土木作業も嫌だけど、この私が溝さらいなんてあり得ないって分かってるのかしら?」

「うるせーバカ。お前こそ、選り好み出来る立場じゃないって分かってんのか? もうお前の意見なんか知るか。とにかくこの、土木工事に参加するぞ」

「嫌よ! いやーっ! ねえ待って! これよ! ほら、これなんかどうかしら!」

 

 俺がアクアを引きずって歩きだそうとすると、アクアが掲示板から無造作に何かの貼り紙を剥がし、俺に見せてきて……。

 

『魔改造スライムの運搬。秘密を守れる者を求む。報酬は十万エリス』

 

 …………。

 

「いや、これはないだろ。なんだよ、魔改造スライムって。スライムって言えば雑魚モンスターだろうけど、モンスターには違いないし冒険者の領分じゃないのか? しかも秘密を守れる者ってのが怪しいし、報酬が十万エリスってのも怪しい。これ、絶対ヤバい仕事だろ。俺は犯罪に加担するつもりはないぞ」

「魔改造スライムっていったら、服だけを溶かすやつとか、医療用に使うやつとか、いろいろあるわね。一般人でも取り扱えるくらいだし、扱いを間違えなければ危険はないわ。犯罪だったらこんなに堂々と依頼を貼りだしたりしないはずだし、きっと大丈夫なはずよ! それより、十万エリスよ! これで昨日使っちゃったお金を取り戻せるし、あんたの装備を整えてクエストにも行けるじゃない。あんただって、このままちまちまとバイトでお金を稼ぐより、さっさと大金を手に入れて冒険者として活動したいでしょ? これはチャンスよ。失敗続きの私達に舞いこんできた、起死回生の大きなチャンスに違いないわ! この仕事が私達の、栄光のロードの入り口なのよ!」

 

 アクアが浮かれた口調で言いながら、貼り紙を俺にグイグイ押しつけてきて。

 

「ああもう、分かったよ! そんなに土木作業が嫌なら、こっちのスライムの運搬でいいよ。でも、犯罪だって分かったら、すぐに警察に行くぞ。いくら十万エリスが貰えるっていっても、警察に捕まるなんて割に合わないからな」

「分かってるわよ。私だって犯罪に手を染めるつもりはないわ。アクシズ教は何をするのも自由だけど、犯罪だけはやっちゃいけないんだから!」

 

 それは、わざわざドヤ顔で言うような事でもないと思うのだが。

 

 

 

 俺がアクアとともに貼り紙に書かれていた待ち合わせ場所に向かうと、そこには人の良さそうなお兄さんが立っていて。

 俺達の姿を見ると、お兄さんは手を振り微笑んで。

 

「やあ。君達も、魔改造スライムの運搬の仕事をしに来たのかい?」

「そうです。……あの、いきなりこんな事を聞くのもどうかと思うんですけど、これって犯罪じゃないんですよね?」

 

 俺が思わずそんな質問をすると、お兄さんは。

 

「やっぱりそう思うよね。僕も最初は、こんな美味しい話あるはずないって思ってたけど、本当に十万エリス貰えるし、犯罪でもないらしいんだよ。僕は何度もやってるし、警察にも確認したから間違いないよ」

 

 う、胡散臭ぇ……。

 お兄さんの人当たりの良さに、警察の目を掻い潜る運び屋のような犯罪ではなく、壺を買わされる系の詐欺っぽさを感じる。

 考えすぎだろうか?

 いやしかし、こんな美味い話があるはずが……。

 

「……えっと、具体的にはどういう仕事をするんですか?」

「これから青空市場に行って、魔改造スライムを業者から受け取るんだよ。それを、無事に領主様の屋敷まで届けたら、その場で十万エリスが貰える」

「領主様? これって、貴族の依頼なんですか?」

「さあね。詳しい事はよく分からないけど、お金が貰えるなら僕は気にしないよ。下手に質問をして、次からは別の人に頼むって言われても困るしね。……疑うのはもっともだけど、ここで話していても仕方ないし、とりあえず行こうか」

 

 そう言って歩きだすお兄さんについていきながら、俺はアクアをつついて。

 

「おいアクア、壺とか買わされそうになったら、すぐに逃げるからな? いくらお前がバカでも、高い金を払って変てこな形の壺を買ったりするなよな。ああいう連中は、払えないなら借金しろとまで言ってくるかもしれないから気を付けろよ」

「あんた、私を何だと思ってるのよ? なんの変哲もないただの壺に、霊験あらたかな逸話を添えて高値で売りつけるのは、アクシズ教の主な収入源なんだから。自分のところでやっている事をやられたからって、私がそう簡単に引っかかるわけがないじゃない」

「……いや、ちょっと待ってくれ。お前、ついさっきアクシズ教は犯罪をしないとか言ってなかったか? 詐欺が主な収入源ってどういう事だよ」

「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい! 詐欺じゃないわ! 夢を売っているのよ!」

「その夢に高値を付けるのはどうなんだ? 詐欺じゃないって言うんなら、安くしてやってもいいんじゃないか?」

「何言ってるの? まったく、これだから物の価値ってもんが分かっていないニートは! 安く買ったものでいい夢が見られるわけないじゃない。値段が高ければ高いほど、買った人は、さぞや霊験あらたかなんだろうなって、幸せな気持ちでその壺を眺める事になるのよ」

「言っとくけど、普通はそういうのを詐欺って言うんだぞ?」

「詐欺じゃないって言ってるでしょ! 女神の加護で、ちゃんとご利益もあるんだから」

「ほーん? 幸運のステータスがやたら低いお前の加護が、どんなご利益を運んできてくれるんだよ?」

「家に置いておくと、なぜかアンデッドに好かれやすくなるわ」

「加護じゃなくて呪いじゃねーか」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアにツッコみを入れていると、青空市場に辿り着く。

 お兄さんは、怪しげな商品を売っていてあまり人のいない区画に行くと、そこで明らかに堅気の人間には見えない強面の男から、何かが入った透明の容器を受け取って。

 

「はい、君達もこれを持って。慎重に、あまり揺らさないように頼むよ。荷車も使えないくらい繊細なものだから、僕達みたいのに運搬を頼んでいるって話だ」

 

 容器の中に入っているのが魔改造スライムらしい。

 ……この状況、明らかに麻薬の運び屋か何かのように思えるのだが。

 俺はスライムの入った容器を抱え、歩きだしたお兄さんについていきながら、再びアクアをつついて。

 

「なあなあ、これって本当に犯罪じゃないのか? このままあいつについていって、俺達は本当に大丈夫なのか? 途中で警察に見つかって捕まるくらいならまだいいけど、口封じって事で領主に殺されたりしないよな?」

「ちょっと、揺らしちゃいけないって言われてるんだから、脇腹をつつかないでよ! あっ、ねえ、見て見てカズマ! この子、表面をうねうねさせてるわよ。私に甘えようとしているのかしら? 領主の人に頼んだら、ちょっとだけ分けてもらえると思う?」

「いや無理だろ。運ぶだけで十万エリスも貰えるような高級品なんだぞ。というか、なんかあのお兄さん、人のいない路地裏ばかり選んで通ってないか? なあ、これって絶対犯罪だと思うんだが」

「……汝、犯罪だろ犯罪だろと言って自分のモラルを守りつつ、このままバレずに十万エリス貰えたらラッキーとか考える小心者よ。安心しなさいな。領主が白と言えば、黒いものも白になるんだから、これは犯罪じゃないわ」

「おいそれ駄目なやつだろ」

 

 と、俺がアクアにツッコんだ、そんな時。

 路地裏を歩く俺達に声が掛かった。

 

「おい、お前達、そのスライムはなんだ? スライムに詳しい私の見立てでは、それは普通のスライムではないな? 魔改造スライムか? 衣服だけを溶かす、魔改造スライムだろう?」

 

 背後から掛けられた高潔そうな女の声に、俺とアクアがスライムの入った容器を抱え、顔を見られないように俯く中。

 お兄さんが振り返って、笑顔で声の主と相対する。

 

「違いますよ。これは確かに魔改造スライムですが、人間の肌の汚れや角質だけを食べる、美容用のスライムです。領主様の屋敷に運んでいる途中です」

 

 ……このお兄さんは、実は大物なのかもしれない。

 それとも、本気で犯罪ではないと考えているのだろうか?

 

「領主の屋敷に? それならばなぜ、こんな路地裏をコソコソと歩いているんだ? 後ろ暗いところがないのなら、大通りを堂々と歩けば良いではないか。それは本当に、ただの美容用のスライムなのか?」

 

 領主という言葉に、なぜか詰問する声がますます厳しくなるが、お兄さんはそれにも動揺する事なく。

 

「僕はそう聞いていますよ。一度、警察の人にも呼び止められた事がありますが、その時も問題なかったですし。……路地裏を歩いているのは、ルートを指示されているからで、スライムが日光に弱いので、なるべく日陰を歩くためだそうです」

「……警官が見逃した? こんなにも怪しいというのに、一体どういう事だ? それに、そこの二人がこちらに顔を向けないのはなぜだ? やはり何か隠しているのでは……」

「い、いやいや、そんなわけないじゃないですか。ただ俺達、今日初めてこの仕事をやるので、何も知らないっていうか!」

「そ、そうです。私達は無関係です。ただ言われた仕事をやっているだけなんです!」

 

 怪しむような女の言葉に、俺とアクアは顔を背けたまま口々に無罪を主張する。

 ……というか、コイツ、さっきまでの強気な発言はなんだったのだろうか。

 

「悪いが、本当に美容用スライムだとしても、見掛けたからには見逃すわけにはいかない。三人とも、警察署までついてきてもらおうか」

「分かりました」

 

 厳しい女の口調にも動じる事なくお兄さんは頷いて……。

 

「お、おいアクア、大丈夫なんだよな? 本当に大丈夫なんだよな!?」

「大丈夫よ。ええ、大丈夫に決まってるじゃない! もしも違法に改造されたスライムだとしても、私達は知らなかったんだから大丈夫なはずよ!」

 

 

 

 ――いつの間にか夕方になっていた。

 警察署の取り調べ室で、嘘を感知するという魔道具を使って事情を聞かれ。

 少なくとも俺達三人に犯罪に加担しているという意識がなかった事は立証されたものの、運んでいたスライムが違法に改造されたものだった事も判明していて。

 

「……その、三人とも、違法に改造されたスライムとは知らずに運搬していただけなので、罪に問われる事はありません。そこは安心してください」

 

 俺達を尋問した女性警官が、長く引き留めている事に対し申し訳なさそうにしながら、そんな事を言ってきて。

 ……お兄さんは、本気で犯罪ではないと信じていたらしく、自分が運んでいたものが違法改造されたスライムだと知って、俺の隣で真っ白になっている。

 俺は、隣に座って退屈そうにしているアクアに。

 

「だから言っただろうが! こんな美味しい話、あるわけないって! どうすんだよ! また今日も収入ゼロじゃないか!」

「はあー? なんでもかんでも私のせいにするのはやめてもらえます? あんただって、十万エリスって言われて鼻の穴膨らましてたじゃないの! 最後にやるって決めたのはあんたなんだから、こういうのは連帯責任ってやつじゃないかしら!」

「ふざけんな。そもそもお前が土木作業を嫌がらなければこんな事にはならなかったんだよ! もう済んじまった事は仕方ないが、これからは大金に惑わされず、コツコツとバイトして稼いでいくからな!」

「……ねえ、そんな事よりお腹が空いたんですけど。そろそろパン屋さんに行かないと、パンの耳がなくなっちゃうんじゃないかしら?」

「そ、そうか。いつもはもっと早い時間にバイトをクビになってたからな。あの、すいません。俺達って、いつまでここにいればいいんですか? あのスライムについてもよく知らないし、これ以上話せるような事はないと思うんですが」

 

 と、俺の言葉に、女性警官が困ったような顔をした、そんな時。

 部屋の外から言い争う声が聞こえてきて。

 

「待て、アルダープ! あのスライムは、あなたの屋敷に運ぶものだったという話だぞ。これはどういう事なのか、きちんと説明していけ!」

「なんの事だか分かりませんな。ワシはそんなものを買った覚えはないし、受け取る予定もありませんでした。大方、ケチな犯罪者がワシの名を出して罪を逃れようとしているのではないですかな? ダスティネス様ともあろうお方が、そんな嘘に踊らされ、このワシを疑うとは嘆かわしい」

「あの者達は嘘を吐いていない! 彼らがあのスライムをあなたの屋敷に運ぼうとしていた事は事実だ!」

「では、ワシを陥れるために何者かが仕組んだ事なのでは? とにかく、ワシは忙しいのです。いくらダスティネス様と言えど、こんな下らない事で呼びだすのはやめていただきたいものですな。おい、お前達、そこをどけ。ワシは帰らせてもらう」

「待て、まだ話は終わっていないぞ!」

 

 騒ぎが通りすぎていく間、部屋の外を見ていた女性警官は、外が静かになると俺達に顔を向け直して。

 

「そ、そうですね。あなた達は罪に問われているわけでもないですし、もう帰ってもらっても大丈夫だと思います。一応、上司に確認だけしてきますので……」

 

 ――警察署を出ると、すでに夕日は沈み、辺りは暗くなっていて。

 

「……今日も金が稼げなかった」

「まあいいじゃない。過ぎた事は悔やんでもしょうがないわ! 明日はきっと上手く行くわよ。ほら、早くパン屋さんに行きましょうよ!」

 

 パンの耳は残っていなかった。

 

 

 *****

 

 

 カビ臭い地下室。

 

「ああ……、くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 そこでイライラと、薄汚い一匹の悪魔に当たり散らしていた。

 

「魔改造スライムの運搬は、絶対に見咎められないようにしておけと言っただろう! どうしてそんな簡単な事も出来ないのだ! 役立たず! この役立たずが……!」

「……? 魔改造スライムは誰にも見つからないし、見つかっても怪しまれないはずだよ、アルダープ。見つかってしまったのかい? おかしいよ、それはおかしいよ。ヒュー……、ヒュー……」

 

 足蹴にされているというのに何事もないかのように、わけの分からない言い訳をする悪魔、マクスを、さらに蹴りつけながら。

 

「何が見つからないはずだ! 出来もしない事を言いおって! ついさっき、その件で警察署まで呼びだされてきたところだ! 証拠は何も残していないはずだが、この件に関係した者達の記憶を明日の朝までに、全て都合の良いように捻じ曲げ、辻褄を合わせておけ! 分かったな!」

「ヒュー……、ヒュー……! 分かったよ、アルダープ! ねえアルダープ。そうしたら……。そうしたら、代価を支払ってもらえるかい? ヒュー……、ヒュー……!」

「ああ、支払ってやる。これまでにも、ワシはお前に何度も代価を支払ってきているんだ。お前はバカだから、それを忘れているだけだ。今度もちゃんと支払ってやるとも」

 

 そう言って、まともな記憶力がなく何度も騙されるこの悪魔に、諭すように優しく告げる。

 

「任せておいてよアルダープ、それくらいなら容易い事だよ! 早く君の願いを叶えて、報酬が欲しいよアルダープ! アルダープ! ヒューッ、ヒューッ!」

 

 気味の悪い音を出す悪魔に背を向け、地下室を後にする。

 メイドが働いているところに、衣服だけを溶かす魔改造スライムをけしかけて楽しむつもりだったのに……。

 

 

 *****

 

 

 ――異世界生活一週間目。

 俺とアクアが、街外れにある骨董屋の倉庫で、仕舞われている物を虫干しする仕事をしていると。

 どこからか爆発するような音が轟き、地面が激しく揺れて。

 

「うおっ! なんだ今の!? 爆弾でも爆発したのか? まったく、この世界は本当になんなんだよ。ひょっとしてこの世界では、今みたいなのが日常茶飯事なのか? ……おいアクア?」

 

 と、俺が文句を言いながらアクアの方を見ると、両手を前に差しだすような格好で立ち止まり、足元に視線を落としていて。

 それはちょうど、手に持っていた物を落として呆然としているような……。

 

「おいアクア。嘘だろ? ここにあるものは俺達には弁償出来ないくらい高額だから気を付けろって、店長が言ってたじゃないか。そりゃ、確かに今の爆発には俺も驚いたけど、だからって持っていた物を落とすなんて、そんなベタな失敗はしてないよな?」

「何よ! 急に大きな音がしたんだからしょうがないじゃないの! これは何かを爆発させた誰かが悪いんであって、私のせいじゃないわよ!」

 

 逆ギレするアクアの足元には、きれいに真っ二つに割れた壺が……。

 

「そ、そうだよな。さすがにこんな事態は想定外だろうし、店長も許してくれるはずだ。それに、これだけきれいに真っ二つになっているんなら、簡単に修復出来るんじゃないか?」

「あんたもたまにはいい事言うじゃないの! そうね、このくらい、私にかかればちょちょいのちょいよ! くっつけてあげるから、ご飯粒を持ってきなさいな! ……カズマ? なーに、変な顔しちゃって。私を笑わせようとしてるの? ねえ、そんな変な顔をしなくても、あんたは元から変な顔をしているんだから大丈夫よ? いいから早く、壺をくっつけるためのご飯粒を……」

 

 と、黙りこむ俺の様子にようやく気付いたアクアが、俺の視線を追って背後を振り返り。

 そこにはこの仕事の雇い主である、骨董屋の店長が立っていて……。

 

「クビ」

「なんでよーっ! 待って! 待ってよ! 今回は私のせいじゃないんですけど! いきなりの爆発に驚いただけなのよ!」

「そ、そうですよ。いきなりだったし、あんなの予想出来るわけないじゃないですか」

 

 口々に言い訳をする俺とアクアを見て、店長は溜め息を吐き。

 

「まあ、確かにあの爆発には私も驚いたからな。他に壊れているものもないようだし、壺を弁償しろとは言わんよ。だが、ウチは骨董屋なんだ。壊れたものをご飯粒で直そうとする奴には、商品を任せておけん。……何か言い訳はあるか?」

「……ありません。すいません」

 

 お父さん、お母さん。

 今日も仕事が早めに終わったので、夕飯はパンの耳を食べられそうです。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このカップの下に企みを!

『祝福』2巻、既読推奨。
 時系列は、3巻と4巻の間辺り。


 ――魔王軍の幹部にして地獄の公爵、大悪魔バニルを討伐し、魔王軍の関係者という冤罪を晴らした俺は。

 

「『狙撃』! ……ちっ、外れたか。ダクネス、悪いがあのちり紙をゴミ箱に捨てておいてくれ」

 

 屋敷の広間にて。

 めぐみんがゆんゆんとともに爆裂散歩に行ったので、広間にいるのはソファーで昼寝しているアクアと、ダクネスだけで。

 俺が、放り投げたが狙いを外したちり紙をゴミ箱に捨てるように、ゴミ箱に近い位置にいるダクネスに頼むと……。

 

「バカな事を言うな。自分で出したゴミくらい自分で捨てろ。というか、お前はこのところずっと、このこたつとやらの中に入っているが、それでいいのか? いくら手頃なクエストがないからといって、毎日だらだら過ごしていると体が鈍ってしまうぞ。どうだろう、ここはひとつ、私とともに庭で鍛錬でも……」

「庭に行くならちょうどいい。そのちり紙を捨てておいてくれ」

「お前という奴は! いいからさっさと出てこい! 動けば体が温まって、寒さなど気にならなくなる!」

「おい、その脳筋理論はやめろよ。体が温まるほど動いたら疲れるだろ。あっ、おい、冷気が入るから引っ張るなよ!」

 

 こたつから俺を引っ張り出そうとするダクネスに、俺はこたつにしがみついて抵抗する。

 そう、こたつ。

 冬に入り手頃なクエストがなくなって、冒険者として活動出来なくなると、俺は鍛冶屋の店主から《鍛冶》スキルを習って、新しい商品開発に着手していた。

 このこたつも、その一環として作ったものだ。

 冬の間はこたつの中でぬくぬくと開発作業でもしているつもりだったが、流石は日本の最終兵器だけあって、こたつの生みだす安らかさには抗えず、すでに商品開発は中断している。

 

「無駄な抵抗はやめろ。腕力のステータスは私の方が高いのだから、お前の抵抗などあああああああー!! お、おい、ドレインタッチはやめろ!」

「これ以上続けるというのなら、クリエイトウォーターで頭から水をぶっかけた後でフリーズを使ってやる。この寒い冬にびしょ濡れで冷やされたら、いくらお前だって無事では済まないんじゃないか?」

「くっ……! お、お前という奴は……! だが、クルセイダーはそんな脅しに屈したりしない! むしろ望むところだ! さあ来い! どんと来い!」

 

 俺の言葉に、ダクネスが俺から手を離し、頬を上気させて待ち構えるように両手を広げる。

 俺はダクネスに引っ張られていた手をこたつの中に戻しながら。

 

「いや、期待してんじゃねーよ。もういいよ。お前が変態なのは分かったから、外に出て鍛錬でも露出でもしてくればいいだろ。俺には新しい商品を開発するっていう使命があるんだから、邪魔しないでくれよ」

「誰がこんな時間から露出などするか! というか、商品を開発するなどと言っておきながら、お前はこたつを作ってから何も開発していないように見えるのだが」

「まったく、これだから素人は! いいか、開発っていうのは九十九パーセントの努力と一パーセントの閃きなんだよ。今の俺は、閃きが降りてくるのをじっと待っているところなんだ。こうやって話している間にも、閃きの機会を逃しているかもしれないんだぞ?」

「そ、そうなのか? 私には何もせずだらだらしているだけにしか見えないのだが……」

「傍から見たらそうかもしれないが、俺の優秀な頭脳は目まぐるしく働いて、新たな商品を考えているところなんだよ。お前だってこたつの素晴らしさは分かっただろ? こういう画期的な発明には、それだけ長い時間と巧みな技術と、何より閃きが必要なんだ。分かったらほら、俺の思索を邪魔したお詫びに、新しくお茶を淹れてきてくれ。ついでにそこのちり紙もゴミ箱に入れておけよ!」

「むう……。何か釈然としないのだが」

 

 ダクネスは首を傾げながら、俺が差しだしたカップを受け取り、台所にお茶を淹れに行く。

 その途中で、俺が言ったとおり、チリ紙をゴミ箱に入れた。

 と、ソファーの肘掛けに顎を乗せ、一部始終を眺めていたアクアが。

 

「ねえカズマさん、新しい商品とか閃きがどうとか言ってるけど、それってただのパクリじゃないですか。どこら辺が新しくて、どこら辺に閃きが必要なのか、私には分からないんですけど」

「おいやめろ。俺が何の苦労もなく日本の製品を実用化したみたいに言うのはやめろよな。確かに根本のアイディアを出したのは俺じゃないが、この世界でも使えるようにするのは結構大変だったんだからな。このところ、こたつの開発に掛かりきりだったし、少しくらいのんびりしたっていいはずだ。言っとくが、ダクネスに余計な事を言うなよ?」

「それはカズマの心掛け次第ね。ところで、今日のお昼はカズマが当番じゃない? 私、こってりしたものが食べたいわ」

「……なあアクア、こってりしたものが食べたいんだったら、俺の代わりに昼飯を作ってくれたり」

「しないわね」

 

 ですよね。

 

「カズマったら、どこまで堕落していけば気が済むのかしら? ご飯とトイレとお風呂以外では、当番の仕事をする時くらいしかこたつから出てこないくせに、当番まで他の人にやらせようっていうの? 最近は魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐して、アクセルの街で一番有名な成り上がり者とか言われてるくせに、そんなんで恥ずかしくないんですかー?」

「今さら俺にそんな言葉が効くと思うのか? お盆や正月に集まってくる親戚に白い目を向けられても耐えてきた俺を舐めるなよ」

「ダクネス、大変よ! この男、すでに落ちるところまで落ちていたわ!」

 

 茶を淹れて台所から戻ってきたダクネスに、アクアがそんな失礼な事を言いだして。

 アクアの言葉に苦笑しながら、ダクネスは俺の対面に腰を下ろしこたつに入って。

 

「カズマも大概だが、ずっとソファーでゴロゴロしているアクアもどうかと思うぞ? そうだな、せっかくだから、二人とも私と一緒に庭に出て鍛錬を……」

「「お断りします」」

 

 口を揃えて言う俺達に、ダクネスは溜め息を吐いて。

 ダクネスが何か言おうとするより先に、俺とアクアは顔を見合わせ。

 

「俺には新商品を開発するっていう使命があるからな。こんなにのんびりしていられるのも、手頃なクエストのない冬の間だけだろうし、鍛錬なんかしている暇はない。アクアはゴロゴロしているだけなんだから、ダクネスと一緒に鍛錬してくればいいじゃないか」

「何を言ってるの? ステータスがカンストしている超越者たる私に、鍛錬の必要なんてあるわけないじゃない。最弱職のカズマさんこそ、また冬将軍の時みたいにスパッとやられないように、鍛錬しておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

 俺とアクアが口々にそんな事を言い合っていると、お茶を啜っていたダクネスが呆れたように。

 

「……お前達は、こんな時ばかり息が合うのだな。そこまで嫌がるのならば、仕方がない。嫌々鍛錬をしても身に付かないだろうし、今日は私一人でやる事にしよう」

 

 そう言ったダクネスは、お茶を飲み終えると一人で屋敷を出ていき。

 ――しばらくして。

 

「おいカズマ、そろそろ昼食の支度をした方がいいんじゃないか? 今日の昼の食事当番はお前だろう」

 

 庭での鍛錬を終え、風呂で軽く汗を流し戻ってきたダクネスが、俺の対面に腰を下ろしながらそんな事を言う。

 ……こたつから出たくない。

 こたつに入ってずっとぬくぬくしていたから、なおさら出たくなくなっている。

 どうしたものかと思いながら尻の位置をずらしていると、尻に何か硬いものが当たって……。

 手に取ってみると、それは一枚の硬貨。

 ……ふぅむ。

 

「なあダクネス、賭けをしないか?」

 

 言いながら、俺はダクネスが答える前にテーブルの上に硬貨を置き、空っぽのカップを逆さに被せる。

 俺の顔を見ながら、ダクネスが警戒するように。

 

「……賭けだと?」

「そう。今、このカップの下に置いた硬貨を、カップに触れる事なく動かしたら俺の勝ち。今日の昼食当番はダクネスが代わりにやってくれ。出来なかったら、今度、ダクネスの食事当番を一回代わってやるよ」

「断る。どうせまたロクでもない事を企んでいるのだろう。私がいつまでもお前に容易く騙されていると思ったら大間違いだぞ。食事当番くらい、きちんと自分でやれ」

「……まあ、無理にとは言わないけどな。企んでるっていうのも当たってる。というか、当たり前じゃないか。普通に考えて、カップに触れないで硬貨を動かすなんて無理だろ? もちろん、スティールで硬貨を取るとか、ウィンド・ブレスで手を触れずにカップを吹っ飛ばすとか、そういうのはナシだぞ」

 

 俺がスティールやウィンド・ブレスを使うと思っていたらしく、ダクネスは意外そうな顔をする。

 

「要するにこの賭けの大事なところは、一見無理そうな事を、どうやって俺がやるかってところだ。俺の企みに、先に気付く事が出来ればダクネスの勝ち。気付かれなかったら俺の勝ち。この賭けはそういう事だぞ? まあ、脳筋クルセイダーにこの手の駆け引きは難しいだろうし、俺も無理にとは言わないよ」

「誰が脳筋クルセイダーだ! いいだろう、そこまで言うなら乗ってやろうじゃないか!」

「お、おう……。そうか。じゃあ、やるか」

 

 ……こんなに容易く騙されて、コイツは大丈夫なんだろうか?

 

 

 

 俺とダクネスは、こたつを挟んで向かい合う。

 俺は、テーブルの上にあるカップを逆さまのまま持ち上げ、下に硬貨がある事を示してから、再びテーブルに伏せて。

 

「ルールを確認するぞ。このカップに触れる事なく硬貨を動かしたら俺の勝ち。出来なかったらお前の勝ち。スキルは使用不可。勝った方は負けた方の食事当番を一回代わる。……何か異議はあるか?」

 

 ダクネスは、俺をじっと睨みながら、俺の言葉に考えこみ……。

 

「そのカップを、少し触らせてもらってもいいだろうか」

「別にいいけど、普通のカップだぞ。さっきまでお茶を飲んでたやつだしな。まあ、こういう時にはきちんと確認するのも大事だろうし、タネも仕掛けもないって事を確かめてくれ。こっちの硬貨も触ってみた方がいいんじゃないか?」

「そ、そうだな。貸してくれ」

 

 俺が渡したカップと硬貨を、ダクネスは怪しいところがないかじっくりと眺め……。

 もちろん、どちらも普通のカップと硬貨なので、満足行くまで眺めると俺に返す。

 

「よし、じゃあ始めるぞ」

 

 と、俺が硬貨にカップを被せながら言うと、ダクネスが慌てたように。

 

「ま、待ってくれ。……そ、そうだ! 勝った方は負けた方の食事当番を一回代わるという事だったが、いつの当番かをきちんと決めるべきだろう。お前の事だから、いつの当番かは決めていないし、百年先の食事当番を一回代わるなどと言いだしかねん」

「そんなわけないだろ、お前は俺をなんだと思ってるんだよ。賭けで負けた分の支払いを渋るような、器の小さい男じゃないぞ。ちゃんと次の食事当番を代わってやるよ」

「す、すまない。そうだな、いくらお前でも、そんな子供のような言い訳はしないな」

「お前はこういう騙し合いみたいな事には慣れていないだろうし、気にしてないよ」

 

 ……負けた時にはその言い訳を持ちだそうと思っていたので、あまり強くは言えない。

 

「よし、じゃあ改めて……」

「ま、待ってくれ」

「今度はなんだよ?」

「その……、そうだ。トイレに行ってきてもいいか?」

 

 ソワソワした様子のダクネスに、俺は白い目を向けて。

 

「おいちょっと待て。ひょっとしてお前、俺がどうやって硬貨を動かすか分からなくて、時間稼ぎしてないか?」

「そ、そんなわけないだろう。私はただトイレに行きたいだけで……」

「こんなもん早ければ一分かそこらで終わるんだから、ちょっとくらい我慢しろよ! 貴族のお嬢様のくせに往生際が悪いぞララティーナ!」

「私をララティーナと呼ぶな! 貴族のお嬢様な事は関係ないだろう……! もういい、分かった。お前の企みなど、このダスティネス・フォード・ララティーナがことごとく見破ってやる!」

「まったく、覚悟を決めるのが遅いんだよ! そんなこんな言ってる間に、硬貨はとっくに動かしてるけどな。俺の勝ちだ」

「な、なんだと……!?」

 

 俺の言葉に、驚愕した表情になったダクネスは、慌ててカップを取り上げ……。

 その下には、まだ硬貨が置かれたままになっていて。

 

「なんだ、動いていないではないか! 賭けは私の勝ちだな! さあ、観念してこたつから……」

「はい、俺の勝ち」

 

 勝ち誇るダクネスが何か言っている間に、俺は手を伸ばしテーブルの上から硬貨を取る。

 カップを手にし、わけが分からないという顔をしているダクネスに、俺はニヤニヤしながら。

 

「俺はカップに手を触れる事なく硬貨を動かしただろ? だから、俺の勝ち」

「…………、……いや待て。なんだそれは? そういうのは、その、なんというか……卑怯だろう。今のは無効だ! やり直しを要求する! こんなセコい手で勝って、恥ずかしくないのか!」

 

 バンバンとテーブルを叩いてバカな事を言いだすダクネスに、俺は。

 

「だから最初から、騙し合いだって言っておいたじゃないか。それなのに引っかかったのはそっちだろ? 自分が負けたからって、後から言い訳するのはどうかと思う。今のお前の態度こそ卑怯じゃないか。お前は不正を嫌う大貴族、ダスティネス家のご令嬢なんじゃないのか? 一度は勝負に乗っておいて、負けた後になって文句を言うのが貴族のやり方なのかよ? 格好良いですねララティーナお嬢様!」

「い、いちいち家の事を持ちだすのはやめろ……! あとララティーナと呼ぶのもやめてください。まったく、私を貴族だと知って、変に遜ったり擦り寄ってくるのではなく、そんな風に利用するのはお前くらいのものだ」

「おい、褒めるんならもっと分かりやすく褒めたらどうだよ」

「褒めてない」

 

 と、苦々しい顔をしているくせにダクネスがどこか嬉しそうにしていた、そんな時。

 ソファーでゴロゴロしているアクアが。

 

「ねえー、もうそろそろお昼なんですけど! お腹空いたんですけど! どっちでもいいから、早く用意してちょうだい。今日はこってりしたものが食べたい気分だから、よろしくね」

 

 その言葉にアクアの方を一瞥したダクネスは、俺が手にしている硬貨を見つめ、『くっ』と悔しそうにしながら、台所に向かっていった。

 

 

 *****

 

 

 カップと硬貨のゲームでダクネスに食事当番を押しつけてから、数日後。

 俺は屋敷の広間で、こたつに入ってだらだらしていた。

 広間には、爆裂散歩から帰ってきて、こたつに入り力なく突っ伏しているめぐみんと、相変わらずソファーで昼寝しているアクアがいて。

 と、めぐみんがテーブルに突っ伏したまま、顔だけ横に向け、ソファーにいるアクアを見ると。

 

「アクア。今日は爆裂魔法に魔力を注ぎ過ぎてだるいので、家事をしたくありません。夕食当番を代わってもらえないでしょうか」

「嫌に決まってるでしょう? めぐみんったら、このところ掃除も洗濯も私に押しつけてるくせに、さらに食事当番まで押しつけるつもり? 賢い私は学習したの。もうめぐみんがおかしな賭けを申しこんできても、受け入れたりしないわ」

 

 ソファーの肘掛けに乗せた頬を膨らませ、アクアがそんな事を言う。

 このところ屋敷では、ちょっとしたゲームで家事の当番を取引する事がブームになっている。

 俺に引っかけられた事がよほど悔しかったらしく、ダクネスが似たような引っかけのアイディアをどこからか仕入れてきては、俺やめぐみんに返り討ちに遭っているせいだ。

 その流れに乗っかったアクアも、ダクネスのアイディアをパクっては、俺やめぐみんに返り討ちに遭っている。

 おかげで、俺は家事に煩わされる事なく、好きなだけこたつに入ってだらだら出来るわけだが。

 

「仕方ありませんね。ではカズマ、夕食当番を代わってください」

「嫌に決まってる」

 

 俺が即答すると、めぐみんは体を起こし、懐から硬貨を取りだして。

 

「それでは、賭けをしませんか? このカップの下の硬貨を、カップに手を触れずに動かせたら私の勝ち。カズマには私の代わりに夕食を作ってもらいます。出来なかったらカズマの勝ち。私がいつか、カズマの食事当番を代わりましょう」

 

 そう言って、いつかの俺のように逆さにしたカップで硬貨を隠すめぐみんに、俺は。

 

「何言ってんの? 俺の家事当番は一週間先までアクアとダクネスに押しつけたし、今さらリスクを背負ってまでめぐみんに代わってもらう必要はないぞ。紅魔族は知能が高いって話だし、どうせめぐみんの事だから何か企んでいるんだろ? 何を企んでいるのか知らないが、俺は負けるかもしれない勝負なんかしないからな」

「情けない事を堂々と宣言しないでください! あなたはそれでも冒険者なのですか!」

「冒険者ってのは命懸けの職業なんだから、臆病なくらい慎重な方が長生きするんだよ。こないだアクアにも言われたが、また冬将軍にスパッとやられた時みたいな事を繰り返すのは嫌なんだ。もう借金もなくなったんだし、これからは冒険しないで生きていこうと思う」

「あなたは何を言っているのですか。冒険者が冒険しないでどうするのですか。大体、私に負けたからって命まで取るわけではないのですから、こんな時くらい、少しはリスクを背負う気概を見せてくれてもいいではないですか!」

「このまま商品開発に力を入れて、危険な冒険者稼業からは足を洗いたい俺にそんな事言われても」

「この男!」

 

 突如としていきり立つめぐみんは、目を紅くしながら。

 

「分かりました。では、カズマが食事当番一回分を賭ける代わりに、私は食事当番三回分を賭けましょう。カズマが勝ったら、私はカズマの食事当番を三回肩代わりしてあげますよ!」

「……つまり、そこまで勝つ自信があるって事だろ? ますますやる気がなくなってきたんだが」

「もちろん、やるからには勝機を逃すつもりはありませんが、もともとは一対一の賭けにするつもりでしたよ。カズマがあまりに情けない事を言うからではないですか」

「まあ、一回分負けてもダクネスかアクアに押しつければいいし、勝ったら三回分って言うなら、少しくらいはリスクを背負ってもいいかな」

「まったく、最初からそう言ってくださいよ。では、改めて説明しますよ。この硬貨を、カップに触れずに……」

 

 …………。

 ……計画通り!

 めぐみんの説明を聞き流しながら、俺は顔がニヤけないように注意する。

 このカップと硬貨のゲームを、めぐみんはダクネスから教わったらしく、俺がダクネスに教えた事を知らないのだろう。

 俺は、念のためにカップと硬貨に仕掛けがない事を確かめながら……。

 

「あ、一応言っておくけど、スキルの使用はナシだよな? まあ、今日はもう爆裂魔法を撃ってるんだし、めぐみんは他にスキルが使えないんだから、いちいち言わなくてもいいだろうが」

「ええ、スキルは使いませんとも。純粋にトリックだけですよ」

 

 そう言いながら、めぐみんは硬貨にカップを被せ。

 

「このカップに触れずに硬貨を動かしたら私の勝ち。動かせなかったらカズマの勝ちです」

「おう」

「……私の勝ちですね。すでに硬貨は動かしました」

 

 そんなめぐみんの言葉に、俺はニヤニヤしながら。

 

「そうなのか? じゃあ、カップをどかしてみせてくれよ。……ほら、どうした? すでに勝負がついてるんなら、自分の手でカップを持って動かしたらいいじゃないか。カップの下に硬貨があったら俺の勝ち、なかったらお前の勝ち。そうだろ? どうしてカップを動かさないんだ? ああ、分かった。さっきの勝利宣言は嘘で、俺が確認のためにカップを持ちあげた時に硬貨を動かすつもりなんだな? ……俺がこの手のゲームを勝算もなく受けるわけないだろ。そもそもこのゲームをダクネスに教えたのは俺だよ。残念だったな!」

 

 勝ち誇って笑う俺に、めぐみんは。

 

「知っています」

「……今なんて?」

「このゲームをカズマがダクネスに教えた事は知っている、と言ったんです。カズマの方こそ、私がカズマ相手にこの手のゲームを勝算もなく仕掛けると思ったんですか? 紅魔族は知能が高いのです。アクア、お願いします」

「任せてめぐみん! 約束は守ってくれるのよね?」

「分かってますよ。家事一回分はチャラにしてあげます」

 

 そんな話をしながら、ソファーから降りたアクアがやってきて、カップを横からひょいっと持ち上げ……。

 

「あ、お前ら! 汚ねーぞ!」

「第三者の介入は不可というルールはなかったはずです。私はカップには触れていませんよ。カズマは最近だらけ過ぎていますし、一回くらいは負けておいた方がいいと思います」

 

 めぐみんは勝者の笑みを浮かべ、無防備にテーブルに置かれた硬貨に手を伸ばし……。

 

「……あれっ?」

 

 硬貨がぴくりとも動かない事に、驚愕の表情を浮かべた。

 

「こんな事もあろうかと、さっき仕掛けがないか調べた時に、硬貨に接着剤を塗っておきました」

「ひ、卑怯ですよカズマ! これでは硬貨が動かせないではないですか!」

「硬貨が動かないようにしてはいけないってルールもないだろ?」

「待ってめぐみん! ピュリフィケーションよ! 私が浄化すれば、接着剤もべたつきを失うかもしれないわ!」

「い、いえ、スキルは使用禁止ですし、ここは爆裂魔法でレベルを上げた私の高ステータスに物を言わせて……」

 

 俺は、慌てるアクアからカップを取り上げると、硬貨を動かそうとしているめぐみんの手にカップを押しつけた。

 

「あっ!」

「俺の勝ち」

 

 

 *****

 

 

 めぐみんとの賭けに勝ってから、一週間が経った。

 相変わらず、屋敷では引っかけゲームが流行っていて、俺は今日もめぐみんを相手にカップと硬貨を手にしている。

 最初はダクネスやアクアを引っかけ、当番を押しつけていためぐみんも、一度、俺に引っかけられた事が悔しかったのか、度々俺に引っかけゲームを挑むようになっていた。

 

「よし、始めるぞ」

 

 硬貨にカップを被せ、俺がそう言うと、めぐみんは手のひらを突きだして。

 

「待ってください! 追加ルールです。テーブルをガタガタ言わせてカップを動かしたり、取っ手に箸を入れて直に触れずに持ち上げたり、テーブルの下から磁石を使って硬貨を動かしたりするのも禁止ですよ!」

「分かった」

 

 追加ルールをあっさり受け入れる俺に、めぐみんは悔しそうな顔をする。

 この追加ルールというのはつまり、今日まで俺が、三人を相手に使ってきたカップに触れずに硬貨を動かす方法だ。

 俺がダクネスを引っかけ、似たようなゲームが流行するきっかけになったゲームだからか、なぜかこのカップと硬貨のゲームは繰り返し行われ、より細かいルールが決められたり、相手を騙すための言い回しが考案されたりと、どんどん洗練されてきている。

 最初はちょっとした出来心だったのに、なんだか大事になっているような……。

 めぐみんが目を紅くし、真剣な顔をしながら。

 

「スキルは使用不可ですし、この部屋に第三者はいませんよね。それに、アクアもダクネスもカズマには協力しないはず……。一体どうやって……? ひょっとすると、テーブルに穴が開いていて、下から棒でも通して硬貨を動かすのでしょうか?」

 

 カップを伏せた側の勝利条件は、カップに触れずに硬貨を動かす事だが、その対戦相手の勝利条件は、いつしか相手の企みを暴く事になっていた。

 この場合、めぐみんは、俺がどうやってカップに触れずに硬貨を動かすかを言い当てれば勝利となる。

 考えこむめぐみんの様子に、俺はあくびをしながら。

 

「おいめぐみん、時間を掛けすぎじゃないか? いい加減に始めたいんだが」

「わ、分かりました。では追加ルールとして、テーブルに穴を開けて下から棒などを使い硬貨を動かすというのはやめてください」

「分かった」

 

 ここで俺が、テーブルに穴を開けて下から棒を使って硬貨を動かそうとしていれば、そして他に硬貨を動かす手段がなければ、めぐみんの勝ちとなるわけだが……。

 俺は、懐から小魚を取りだすとそれをテーブルにばら撒き。

 

「ほら、ちょむすけ。餌だぞ」

「なっ……! 待ってくださいよ、その子は私の使い魔なのですから、餌に釣られて私の不利になるような事をするはずが……! ああっ! 駄目ですよちょむすけ! そのカップを倒してはいけません! 餌が欲しいなら私が後であげますから、今は我慢してください!」

 

 俺の言葉に、こたつの中で寝ていたちょむすけが顔を出し、テーブルの上に飛び乗って、ばら撒かれた小魚を食べ始め……。

 嬉しそうにゆっくりと振られているちょむすけの尻尾が、カップを倒して。

 俺はすかさず、その下にあった硬貨を手に取ると。

 

「俺の勝ち」

 

 俺の勝利宣言に、めぐみんがテーブルの上で頭を抱えた、そんな時。

 玄関のドアが開き、ダクネスが入ってきて。

 

「お帰りなさい、ダクネス」

「お帰り。こんな寒いのによく出歩けるな。また庭で鍛錬か?」

 

 めぐみんはテーブルに突っ伏したまま、俺はカップと硬貨を片付けながら、口々に言うと、ダクネスは溜め息を吐いて。

 

「ただいま。……いきなりで悪いが、カズマ。これから冒険者ギルドに行くぞ」

 

 いきなりそんな事を……。

 

「いや、何言ってんの? 嫌に決まってるだろ。トイレの時にこたつから出るのだって嫌なくらいなのに、この寒い中、外に出るなんてごめんだよ。大体、ギルドに行ったって冬の間はロクなクエストがないって話じゃないか」

「……あなたは最近、だらけ過ぎだと思いますよ。少しくらいは外出した方がいいのではないですか? しかし、カズマの言うように、冬の間はギルドに用事なんかないと思うのですが。最近は皆、大人しくしていますから、呼びだしという事もないでしょうし……」

 

 俺とめぐみんの疑問に、ダクネスは少し気まずそうに目を逸らして。

 

「そ、それがだな……。い、いや、事情は行けば分かるだろう。問題は、こたつから出ようとしないその男を、どうやってギルドまで連れていくかという事だ。めぐみん、すまないが手伝ってくれないか」

「分かりました。私もカズマはいい加減、こたつから出るべきだと思っていましたからね。用事が出来たのなら、いい機会ではないですか」

「な、なんだよ。俺はギルドに用なんかないぞ。俺はどこにも行かないし、こたつからも出ないからな! 冬の間はこたつの中で、のんびりと過ごすって決めてるんだ」

「おい、商品開発をするという話はどうなったんだ? 私は、お前が閃きを待つためにじっとしているというから、無理やりこたつから引っ張りだすような事は慎んでいたのだが」

「……? そんな事言ったっけ?」

「お前という奴は、お前という奴は! もういい! お前の事情など知った事か! ギルドに行かないというのなら、こんなもんぶっ壊してやる!」

 

 物騒な事を言いながら歩み寄ってくるダクネスに、俺はこたつを守るようにテーブル部分に両手を広げて覆いかぶさる。

 

「あっ、おい! やめろよ! これは俺が、自分の金で材料を買ってきて、自分で作ったもんなんだぞ! お前に壊していい権利なんてないはずだ!」

「二人とも落ち着いてください。ダクネスも、そんなに興奮しなくても大丈夫ですよ。どうせそろそろ、このこたつは動かなくなりますから」

 

 じりじりと距離を詰めてくるダクネスを、俺はフリーズで迎え撃つべく警戒して。

 そんな俺達に、一人落ち着いて茶を啜るめぐみんがそんな事を……。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。お前、こたつになんかしたのか? 勝手にいじって壊したりしたら、いくら温厚な俺でも怒るぞ」

「人聞きの悪い事を言わないでください。カズマはこのこたつを作る際に、私に紅魔族の魔道具作成の知識について聞いてきたではないですか。その知識と、時々見ていたカズマの作業から、近いうちに壊れるのではないかと予想しているだけですよ」

「マジかよ。これ、動かなくなるの? そういうのは作ってる時に言ってくれよ」

「私にそんな事を言われましても。私が何を作っているのか聞いた時、カズマは出来上がるのを楽しみにしておけとしか言わなかったではないですか。完成図が分からなければ、どこがどう働くのかも予想しきれませんからね。それに、出来上がったらカズマがあっという間にだらだらし始めたので、動かなくなるならその方がいいかと思いまして」

 

 紅魔族は知能が高いのですとめぐみんは嘯く。

 俺がこたつから出なくなるこの状況を予想していたらしい。

 バカなアクアや脳筋なダクネスと違って、めぐみんはたまにこういう事をしてくるのが厄介だ。

 

「カズマはいい加減、こたつから出るべきだと思います。こたつが動かなくなる理由が知りたかったら、ダクネスと一緒にギルドに行ってもらいましょう」

 

 

 *****

 

 

「サトウさん! よく来てくださいました。待っていたんですよ! さあ、入ってください!」

 

 冒険者ギルドのドアを開けると、受付のお姉さんがそう言って俺達を歓迎する。

 ギルドに併設された酒場には、昼間だというのに多くの冒険者の姿があって。

 

「……な、なんだこれ。おいダクネス、お前、なんか知ってるんだろ? どうしてこんな事になってるんだ?」

「それはその、なんというか……」

 

 俺の言葉に、ダクネスはうろたえるように目を泳がせる。

 酒場に集まった冒険者達は、なぜか、明るく騒ぐ者達と、暗く落ちこむ者達とに、くっきりと分かれていた。

 ダクネスは、そんな冒険者達から顔を背け、言いにくそうに。

 

「実はこのところ、冒険者達の間でちょっとした賭けが流行っていてな」

 

 聞けばこういう話らしい。

 手頃なクエストのない冬の間、やる事もなく、暇を持て余していた冒険者達。

 そんな彼らに、仲間内で行われるちょっとした引っかけや、新人への洗礼について聞いて回る、とあるクルセイダーがいた。

 そのクルセイダーが、屋敷で家事当番を巡って引っかけゲームで賭けをしている事を話すと、娯楽に飢えていた冒険者達は食いつき、やがて屋敷の中と同じように、ギルドでもちょっとしたゲームで賭けをする事がブームになり……。

 

「なるほど、箱入りお嬢様のお前が、引っかけゲームのネタをどこから仕入れてきてるのかと思ってたが、ギルドで冒険者に聞いてたんだな。あの明るい方は賭けに勝った奴らで、暗い方は賭けに負けた奴らって事か。でも、なんでそんなんで俺が呼ばれたんだ?」

 

 俺のその質問に、答えたのは受付のお姉さんで。

 

「その、冒険者の方々はまとまったお金を手にする事が少ないので、後先考えないと言いますか、冬越しのための資金を賭け事に費やしてしまった方もいらっしゃいます。このままでは、冬を越す事の出来ない冒険者が出るかもしれないのですが、個人間の賭けで手に入れたお金を、ギルドから返すように勧告するわけにも行かず……」

「いや、ちょっと待ってくれ。それ以上は聞きたくない。これ、絶対に面倒な事を頼まれる流れじゃん! 冒険者ってのは自己責任なんだろ? 賭けで金をスったからって、いちいち手助けしてたらきりがないじゃないか。俺は知らないぞ」

「そ、そこをなんとか! 冒険者は確かに自己責任が基本ですが、こんなお遊びの賭け事なんかで身を持ち崩されても、ギルドとしても困るんです! それに、こう言ってはなんですが、今回の事もサトウさんのパーティーが原因のようなものですし……」

「カ、カズマ、私からも頼む。どうか、力を貸してくれないだろうか」

「いや、お前のせいじゃねーか! お前は変態な事以外ではこれといって迷惑掛けてこないと思ってたのに、何やってんの? お前がおかしなブームを引き起こしたんだし、お前がなんとかすればいいだろ!」

 

 俺が、横から口を挟んでくるダクネスにツッコむと、ダクネスは弱りきった表情で。

 

「す、すまない。私も自分でなんとか出来ればそうしたいのだが、賭けに負けて有り金を巻き上げられてしまい……」

「何やってんの? お前は本当に何をやってるの? 屋敷で負けっぱなしで半年分くらい家事当番の負債があるくせに、ギルドでは勝てると思ったのか?」

「い、いや、例え勝てないとしても、こうなったのは私のせいなのだから、私がなんとかしなければと……!」

 

 まったく、コイツはたまにこういう面倒くさい事を……。

 …………。

 

「ああもう、しょうがねえなあー! それで、俺は何をすればいいんだよ?」

 

 

 

「サトウさんには、大勝ちしている冒険者をゲームで引っかけて、大金を巻き上げてほしいんです」

 

 受付のお姉さんには、そんな事を頼まれた。

 俺が巻き上げた金を、賭けに負けた冒険者達に、冬越しのための資金として分配するらしい。

 賭け事で大金を得ようとすればノーリスクとは行かないだろうが、それで大金を手に入れても俺のものになるわけではない。

 あまり気は進まないが、引き受けてしまったからにはさっさと片づけようと、俺が浮かれる冒険者達の下へ行こうとすると……。

 と、暗い冒険者達がいる方へめぐみんが歩いていき。

 

「……あなたはこんなところで何をやっているのですか。ひょっとして、他の冒険者との賭けに負けて、有り金を奪われたのですか?」

「あ、めぐみん! そんなわけないじゃない。私だって知能が高いって言われている紅魔族だし、それに、昔からめぐみんにおかしな勝負で引っかけられてきたんだから、簡単に騙されたりはしないはずよ。……多分」

 

 めぐみんが話しかけたのは、暗く落ちこんだ顔をしているゆんゆんで。

 そんなゆんゆんは、暗い顔のまま。

 

「ねえめぐみん。めぐみんも引っかけゲームをしに来たの? だったら、私と勝負しない? 引っかけゲームが流行ってるって聞いて、ずっとこの酒場に通ってきてるんだけど、待ってても誰もゲームに誘ってくれなくて……」

 

 …………。

 ……なんかあの娘だけ、落ちこんでいる理由が違うような気がするんだが。

 

「あの、カズマ。すいませんが、私はしばらくこの娘の相手をしています」

「そ、そうか。分かった」

 

 めぐみんにゲームを挑まれ表情を明るくするゆんゆんに、俺がほっこりするやら悲しくなるやら微妙な気持ちになっていると……。

 明暗分かれている冒険者達の、ちょうど中間辺りで。

 

「二回に一回は当たるはずなのに、どうして十回連続で外れるのよ! インチキよ! 何かインチキをしているに決まってるわ!」

「い、いや、アクアさんがそう言うから、もう何度もコインを交換したじゃないですか。それに胴元は何もしなくても儲かるんだし、インチキなんかしてませんよ。それより、アクアさんが参加すると、皆が逆に張るので、賭けが盛り上がらなくなるんですが……」

「私を厄介者扱いするのはやめてちょうだい。私だって、好きで毎回外してるわけじゃないんですけど!」

 

 コインを投げて裏表どちらが出るかという古典的な賭けをしているらしい一角で、半泣きのアクアが騒いでいた。

 ……アイツ、最近ソファーにいないと思ったら、こんなところに来ていたのか。

 

「ふわああああああーっ! また外れた! 今日のご飯代がーっ!」

 

 なんか聞き捨てならない事を言っているが、今はそれよりも優先する事がある。

 明るく騒いでいる冒険者達の下へ辿り着くと、その中心には、賭けで大勝ちしたらしい冒険者と、そのおこぼれにあずかろうとする冒険者達の姿が……。

 

「俺、ダストさんはいつかすごい事をやる人だって思ってました!」

「お前がただのチンピラで終わる奴じゃないって事くらい、俺にはずっと前から分かってたさ!」

「なーに、それほどでもあるけどな! おい姉ちゃん、こっちにキンキンに冷えたクリムゾンビアーを追加だ! 酒も料理もじゃんじゃん持ってきてくれ! 今日は俺の奢りだ! おっ、なんだ、カズマじゃねーか。丁度いいところに来たな。お前さんにはいつも奢ってもらってるが、今日はその恩返しをさせてくれよ!」

 

 ……なんだ、ダストか。

 賭けで勝ち大金を得たらしく、ダストは酔っぱらって顔を赤くし、冒険者達にチヤホヤされて調子に乗っている。

 そんなダストを見ていると、横からダクネスが。

 

「おいカズマ、なぜあのチンピラを羨ましそうに見ているんだ? 引っかけゲームで勝ち続けたくらいでチヤホヤされるんだったら、自分がやれば良かったなどと思っていないだろうな」

「そそそ、そんなわけないだろ! 今からあいつの金を巻き上げるんだなって思って、ちょっと申し訳ない気持ちになってただけだよ!」

 

 と、俺とダクネスが言い合いをしていた、そんな時。

 近くのテーブルから声を掛けられた。

 

「ギルドの人が言ってた助っ人って、カズマの事だったんだね。ダストのバカの事は気にしないでいいから、遠慮なく有り金巻き上げてやってよ。ダストの事だし、無一文になっても冬を越せるでしょ」

 

 ダストとパーティーを組んでいる冒険者、リーンが、野菜スティックをポリポリかじりながら、そんな事を言ってくる。

 

「お、おう……。まあ、こうなった原因の一端はウチのダクネスにもあるわけだし、とりあえずなんとかしてくるよ。ダストが路頭に迷うような事があれば、屋敷に泊めてやるから心配するな」

 

 俺はリーンにそう言いながら、ダストの近くの椅子に腰を下ろす。

 ダストに勧められるまま、料理や酒を口にしながら、俺は当たり障りのない話をする。

 こういうのは、いきなり言いださない方がいいだろう。

 相手に警戒されないように、機会を待って……。

 と、ダストが機嫌良く酒を飲みながら。

 

「それにしても、カズマがギルドに来るなんて久しぶりじゃないか? 冬の間はずっと屋敷に篭っていたっていうのに、なんかあったのか?」

 

 笑顔でそんな事を……。

 …………。

 いや待て。

 コイツはすでに、俺がギルドに呼ばれた理由に気づいている……! その上で、俺を挑発してきている……!

 ざわ……、ざわ……。

 笑顔なのに目をぎらつかせるダストに、俺はなるべく余裕が見えるように笑みを浮かべて。

 

「悪いなダスト、俺は冒険者なんだ。ギルドに頼まれると断れなかったんだ」

「なに、いいって事よ。それに俺も、歯応えのない相手ばかりでガッカリしていたところだしな。カズマなら、相手にとって不足はねえ」

 

 俺はニヤリと笑いながら、カップと硬貨を取りだし……。

 いや、何コレ。

 格好良いライバル同士の会話みたいなのを目指したはずが、取りだすのがカップと硬貨って、全然格好良くない。

 それなのに、周りの奴らは一瞬の息を呑むような静寂の後で、ざわざわと騒ぎだしている。

 

「卑怯者対決! アクセルの街随一の卑怯者対決だ!」

「領主を除けばこの街で最も悪辣だと言われるクズマさんと、どうして大きな顔で街中を歩けるのか分からない犯罪者スレスレのダストとの一騎打ちか……!」

「どちらがよりクズいかが、今日この場で決まっちまうのか……!」

「そんなのダストに決まってるだろ! 冬は寒いから騒動を起こして牢屋に入れてもらおうとか言ってるような奴だぞ!」

「カズマさんよ! 最近は家事当番を私達に押しつけ、一日中こたつに入ってぬくぬくしていて、誰か俺の代わりにトイレに行ってくれればいいのにとかバカな事を言ってるカズマさんの方が、そこのチンピラ冒険者よりクズいに決まってるわ!」

 

 おいやめろ、引っかけゲーム対決なのにどちらがクズいか対決みたいに言うのはやめてください。

 俺とダストは何も載っていないテーブルに向かい合って座る。

 そんな俺達を、酒場にいる冒険者達が輪になって見守っていて……。

 ……なんだろうコレ、すごくやりにくいんですが。

 

「えっと、このカップを硬貨に被せて、カップに触れずに硬貨を動かせたら勝ちなんだが。……知ってるか?」

「ああ、知ってるぞ。もう動かしたって嘘をついて、相手が慌ててカップを持ち上げて確認したところで硬貨を取って、『カップに触れずに硬貨を動かした』って言うやつだろ」

「そうそう。それを踏まえた上で、どうだ? カップに触れずに硬貨を動かせたら俺の勝ち。出来なかったらお前の勝ちだ」

「はーん? 本気でカップに触れずに硬貨を動かすっていうのか? 言っておくが、スキルは禁止だよな? それに、これだけ周りに人がいるんだし、自分は手を触れないけど誰かにカップを取ってもらうってのもナシだぞ?」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 手のひらを突きだして言う俺に、ポンポンと禁止事項を上げていたダストはニヤリと笑い。

 

「おいおい、今言った中に当たりがあったって事か? 誰かにカップを取ってもらおうってか? アクセルの街随一の卑怯者と評判のカズマさんが、随分と捻りのない手を使うじゃねーか!」

「そうじゃない。これは賭け事なんだろ? だから、こういうのはどうだ? お前が禁止事項をひとつ増やすたびに、掛け金を吊り上げていくんだ。最終的に、お前に禁止されなかった方法で、カップに触れずに硬貨を動かせたら俺の勝ち。俺が勝ったら、賭けた分の金を貰う。出来なかったら、お前が賭けた分の金を俺が支払う。それでどうだ?」

「ちょっと待てよ。そりゃ俺に有利すぎやしねーか? 俺がカップに触れずに硬貨を動かす方法を全部禁止したら、俺の勝ちが確定するじゃねーか。こっちに有利なんだから文句はないが、俺に一方的に有利な条件をお前が持ちだすはずないよな。一体何を企んでやがる?」

「そりゃ、企んでるに決まってるだろ? 俺だって、勝ち目のない勝負はしたくない。というか、本当は負けるはずのない勝負以外はしたくないんだけどな? それだけこの方法がバレない自信があるって思ってくれ。まあでも、そこまで言うならこっちも条件を付けようか。禁止事項をひとつ増やすごとに、必要な賭け金も増やしていくってのはどうだ? 最初の禁止が百エリスなら、次は二百エリス、その次は三百エリスって感じで」

「……ちっ! 藪蛇だったか。まあいいぜ。その条件で受けてやる」

「それじゃあ、禁止一回につき、十万エリスってレートでどうだ?」

「じゅ、十万!? これだから金持ちは……! お、おい、本当にいいのか? 俺が勝ったら、何百万エリスか貰う事になるぞ。多けりゃ、一千万……!」

 

 俺が構わないと頷くと、ダストがごくりと唾を飲みこむ。

 

「マ、マジかよ。これは勝負なんだ。いくらお前さんが相手だって容赦しねーぞ?」

 

 ルールが決まり、周りの冒険者から、おおっ……と声が上がる。

 ダストが、カップと硬貨に仕掛けがない事を確かめてから、俺は硬貨をテーブルに置きカップを被せる。

 

「水を掛けてカップを動かすのは禁止、テーブルをガタガタ言わせてカップを動かすのは禁止、取っ手に棒かなんかを入れて直に触れずに持ち上げるのは禁止、テーブルの下から磁石を使って硬貨を動かすのは禁止、それに動物をけしかけてカップを動かすのは禁止……」

 

 ダストは次々と禁止事項を増やしていき……。

 

「お前んとこのプリーストの芸でカップを消すのは禁止、それに……、そ、それに……」

 

 だらだらと汗を流しながら、十個目の禁止事項を口にするダストに、俺は心配そうに。

 

「おいダスト、大丈夫か? 今ので掛け金は五百五十万エリスになったが」

「……!!」

 

 ざわ……、ざわ……。

 ダストは冬だというのに全身から汗を流し、俺が利用できそうなものはないかと酒場を見回している。

 やがて、ダストが目をリーンに向けて……。

 

「! 野菜スティック!! 野菜スティックをけしかけてカップを動かすのは禁止だ!」

「……六百六十万エリスだな」

 

 俺が悔しそうに言いながら、リーンから一本貰っておいた野菜スティックを手放すと、ダストはほっとしたように息を吐いて。

 

「他には思いつかねーが、いくらカズマでも、流石にもうカップに触れずコインを動かす事は出来ないだろ。六百六十万は俺のもんだ!」

「おっ、もう終わりか。もうちょっと掛け金を吊り上げたいところだったが、まあいいだろ。本当にいいんだな?」

「くそ……! 本当に余裕なのか、余裕がある振りをしてるだけなのか分からねえ! これだから金持ちは!」

「ふはは、まあそれほどでもあるけどな! バニルの討伐報酬で大金が手に入ったし、新商品を開発して、これからもっと儲ける予定の俺には、六百六十万くらい失っても痛くない」

 

 ……本当はめちゃくちゃ痛いが。

 本音を言えば、一エリスだってこんな事で失いたくはない。

 ダクネスには文句を言っておこう。

 あと、賭けに負けて金を無駄にしていたようだし、アクアの小遣いは減らそう。

 俺がそんな事を考えていると、ダストがバンとテーブルを叩いて。

 

「よし、この条件で勝負だ! 六百六十万賭けてやるよ!」

「分かった。じゃあ、やるぞ」

 

 ギラギラした目で俺を見るダストに、俺は横を向いて。

 

「おいダクネス、頼んだ」

「ああ、任せてくれ」

「お、おいカズマ! この酒場にいる奴らにカップを取ってもらうってのは禁止したはずだぞ! ララティーナがカップに触れたらお前さんの負けだからな!」

「ラ、ララティーナと言うな……!」

 

 俺の言葉に、ダストが声を上げる中。

 ダクネスは名前を呼ばれた事に文句を言うとテーブルから離れ……。

 そして、冒険者ギルドから出ていった。

 

「まあ、少し待ってくれ。そんなに時間は掛からないと思う」

 

 余裕の表情でそんな事を言う俺に、ダストや冒険者達が不思議そうに首を傾げ。

 ――しばらくして。

 ハッとしたように立ち上がったダストが。

 

「お、おい、あの頭のおかしい娘はどこ行きやがった!?」

 

 さっきまでゆんゆんが座っていた辺りを見るが、そこにはめぐみんもゆんゆんもいない。

 ダストのその言葉を待っていたかのように、遠くの方で轟音が聞こえ、冒険者ギルドに激震が走った。

 激しい揺れにカップが倒れると、俺はすかさず硬貨を手に取って。

 

「はい、俺の勝ち」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このおぞましい悪夢に断絶を!

『祝福』2,5、既読推奨。
 時系列は、5巻の後。


 ――魔王軍の幹部、グロウキメラのシルビアを討伐し。

 里の復興を見届けた俺達は、紅魔の里での最後の夜を過ごしていた。

 めぐみんが、俺の隣で寝転がりながら。

 

「もしカズマが悪い事をしたと思っているのなら……。そうですね、それなら、逆にカズマが私に襲われてみるというのはどうでしょう?」

 

 少し俺の方に身を寄せるようにして、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 昨日セクハラしようとしたのは悪かったけど、もう謝ったんだから、からかうのはやめろよ」

「からかってなんていませんよ。私は本気で言っているんです。それともカズマにとって、私は好きでもない相手なんですか?」

「ちょっと待て。嫁入り前の娘さんが、襲うとか襲われるとか、そういうのはどうかと思う! お前、アレだよ。いくらなんでも捨て身すぎるだろ。昨日の事は悪かったって! 俺も屋敷に帰ったら、しばらくはセクハラを控えるようにするから……」

「カズマは私の事が嫌いですか? 私に襲われるのは嫌ですか?」

 

 俺は、俺をじっと見つめてくるめぐみんの紅い目から視線を逸らす。

 めぐみんの事が好きか嫌いかと言えば、好きに決まっている。

 アクアの事も、ダクネスの事も好きだ。

 でも、これが恋愛感情の好きかというと……。

 いや、そうじゃないだろう佐藤和真。

 いざという時は何も出来ないヘタレだとか言われて、そのままにさせておいていいのか?

 めぐみんは、どうせ俺が何も出来ないと思ってからかっているのかもしれないが、俺が本気で何かしようとしたら、向こうからごめんなさいと言ってくるだろう。

 そうでないのなら。

 めぐみんが本気だっていうのなら……。

 これはもう、行くところまで行ってしまっていいのではないだろうか。

 

「お、お前の事は嫌いじゃないし、襲われるのも嫌じゃないよ。俺は……」

 

 俺がそう言って、逸らしていた視線をめぐみんに向けると……。

 

「それじゃあ、すぐ済むからじっとして、目を瞑りな!」

 

 そこにはニタリと歯を剥きだしにして笑いかけてくる、オークの顔が。

 

「最初は男の子がいいわねえ! オスが六十匹、メスが四十匹! そして海の見える白い家で、毎日あたしとイチャイチャするの!」

 

 

 

「うわああああああああ!」

 

 目が覚めるとホテルの部屋にいた。

 俺以外に誰もいないのは分かっていたが、慌てて周りを見回す。

 と、開けっぱなしにしていた窓からロリサキュバスが部屋の中を覗きこんで。

 

「お客さーん、またですかー? 今日も精気が吸えなかったんですが……」

 

 その言葉に、俺はベッドの上で膝を抱える。

 紅魔の里から戻ってきて、数日。

 俺はオークに襲われ傷ついた心をサキュバスのお姉さんに癒してもらおうと、例の店に行ったのだが……。

 トラウマは俺が思っていたよりも深いようで、いかがわしい夢を見せてもらおうとすると、途中でオークが出てきて、最後まで夢を見る事が出来なくなっていた。

 

「す、すいません……。俺、こんなんですいません……」

「いえ、そんな、謝っていただくような事ではないんですが! 大丈夫です! 大丈夫ですよお客さん! こんなの大した事じゃないですから! 誰にでも起こり得る事ですから!」

 

 膝を抱えてぶつぶつと謝る俺に、ロリサキュバスが労わるように肩を抱いてくる。

 なんだろうこの、かつてなくいたたまれない感じ。

 

「あの、ちょっと待ってくれ。慰めてくれようとしてるのはありがたいが、その服装でくっつかれると、その……」

「あっ、すいません」

 

 心は傷ついているのだが体はなんともなく、このところサキュバスの夢で発散出来ていないせいで、健全な思春期の衝動が溜まっている。

 肌のほとんどを露出した際どい服装でくっつかれるのはマズい。

 何がとは言わないがすごくマズい。

 …………。

 

「なあなあ、相談なんだが、えっちな夢を見せるんじゃなくて、実際にその、そういう事をして精気を吸うっていうのは駄目なのか? 正直、もう限界なんだよ。俺が一緒に住んでる奴らは、見た目だけはすごく良くて、しかも風呂上がりに薄着でウロウロしてる奴とかもいる。これまではサキュバスサービスのおかげで、ぎりぎりのところで冷静さを保てていたんだが、このままだと自分でも何をしでかすか分からん」

「すいませんお客さん。ウチの店はそういうサービスはやってないんです。夢を見せるのではなく実際にやってしまうと、喫茶店ではなく風俗店になってしまうので税金も高くなりますし……。なので、そういうのは上から止められているんです。すいません」

「いや、俺の方こそ変な事聞いて悪かったな。精気を吸わせてやれなかったのは悪かったけど、俺の事は気にしないでくれ。せっかく外泊していて一人なんだし、自分で何とかするよ」

「じ、自分でなんてそんな! もったいない!」

 

 俺の言葉に、ロリサキュバスが声を上げる。

 精気を吸って生きているサキュバスにとっては、夢を見させて吸収するはずの精気を一人で発散されるのはもったいない事らしい。

 

「仕方ないだろ。夢を見せてもらっても、途中でオークが出てくるんだから。……というか、いつもリクエストの紙に書いておいて今さらだけど、女の子相手にこういう話をするのは気が引けるんですが」

「大丈夫ですお客さん。私達も精気を吸って生きていますから、人間の女性よりもそういった事には理解がありますし、それに仕事でやっている事なので気にしませんよ。私達にとって、冒険者の皆さんは美味しいご飯なんです。お客さんだって、野菜に悩み相談されてもいちいち照れたりしないでしょう?」

「ちょっと何を言ってるのか分かんない」

「そんな事より、自分でなんて絶対駄目ですよ! 明日! 明日また頑張りましょう! 今日の分のお代はいただきませんから!」

 

 俺は、グイグイ迫ってくるロリサキュバスに少し引きつつ。

 

「そんな事言われても。トラウマなんてそんなに簡単に治るもんじゃないだろうし、明日になったからってどうにかなるとも限らないだろ? それに、サキュバスのお店の代金をサービスしてもらっても、俺の場合は外泊しないといけないから、宿泊代が掛かるじゃないか」

「お客さんは魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐して大金持ちになったんですから、けち臭い事を言わないでくださいよ。トラウマについては心配しないでください。明日までに、私が何か策を考えておきます!」

「そりゃ助かるが。策って、どんな策だよ?」

「わ、私はサキュバスとしては未熟なので、今すぐには思いつきませんが……。大丈夫です! 先輩に聞けば、きっと対処法はあるはずです!」

「まあ、確かに俺もこのままってのは困るし、そこまで言うんだったら明日またここに泊まる事にするよ。でも、明日も駄目っぽかったら、自分で何とかするからな」

「分かりました! きっと私が何とかしてみせますので、任せてください!」

 

 そう言って、ロリサキュバスは開けっぱなしの窓から飛び去っていった。

 

 

 *****

 

 

「……という事なんだが、お前らもなんか対処法を思いつかないか?」

 

 ――翌日。

 俺は、街を歩いていて出会ったダストとキースと、街の食堂で酒を飲みながら、夢の途中でオークが出てくる事について相談していた。

 ……よく考えるとすごく恥ずかしい事を相談している気がするのだが、夢の中での事だと思うとそれほど気にならない。

 

「なんだカズマ、その若さで不能ってか? 可哀相になあ! うひゃひゃひゃひゃ!」

 

 早くも酔っぱらっているキースが、俺を指さして笑い転げている。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。俺は単にそういう夢を見られないってだけで不能なわけじゃない。というか、そういう意味ではむしろ健康で、それなのに発散出来ないせいで屋敷での生活に困ってるくらいだしな」

「そういや、カズマの周りには綺麗どころが揃ってたな。だったら、夢の中でなんて言わずに、実際にやっちまったらいいんじゃねえか?」

 

 と、キースのそんな不用意な発言に、ダストが。

 

「おい、やめねえかキース。お前さんはまだ分かってないらしいが、こいつはそんなんじゃねえ。あいつらに手なんか出してみろ、アレを切り落とされるよりも酷い事になるに決まってる。爆裂魔法を撃ちこまれるとか、素手で握りつぶされるとかな。それに、あのプリーストは何をしてくるかまったく予想が出来ねえ。最悪、また洪水でも起こされて、今度はこの街が丸ごと沈むなんて事もあるんじゃねえか……?」

「それは否定出来ないが、俺はアクアの事はそういう目で見てないから大丈夫だ」

「おいおい、冗談もほどほどに……、…………」

 

 半笑いでツッコミを入れようとするキースが、俺とダストの真剣な顔を見て言葉を止める。

 徐々に笑いを引っこめていき、やがて真顔になったキースは。

 

「……マジで?」

「あいつらの見た目がいいのは俺も認めるけどな、中身に問題がありすぎる。ダストが言ったような事は序の口だと思った方がいいぞ。嘘だと思うなら、お前が俺の代わりにしばらく屋敷に泊まってみるか?」

「い、いいのか? それって、そういう事だよな? 何か間違いがあってもいいって事だよな?」

「構わんよ」

 

 ……あいつらに彼氏が出来ると思うと、我ながらワガママな事に抵抗があるが、なぜかキースを屋敷に泊まらせるのはそれほど気にならない。

 どうせロクでもない事にしかならないと分かっているからだろうか。

 俺が少しだけキースに同情していると、ダストが。

 

「おいやめろ。悪い事は言わねえからやめとけって。カズマもやめてくれよ。お前さんが傍から見たら羨ましい立場にいるってのは分かるだろ? そんなんじゃあないって事を俺は知ってるが、こいつは知らないんだ。だからって思い知らせようとしなくてもいいじゃねえか」

 

 …………。

 

「……そうだな、俺も不能とか言われてちょっとイラッとしただけなんだ。今の話は忘れてくれ。言っとくけど、これはお前のために言ってるんだからな?」

「おい、それはねえだろ! 分かったよ! 不能って言ったのは謝るよ! だからあいつらの事を詳しく! そこまで言うなら屋敷に泊まりたいとは言わないが、話を聞くくらいならいいじゃねえか!」

「詳しくって言われても。……そうだな、まずダクネスだが、言うまでもなくあいつはエロい。服の上からでも分かるとおり胸はでかいし、鍛えてるからスタイルもいい。それに、俺の事を誘ってるつもりなのか、たまに薄着でウロウロしてる事もあって、風呂上りとか、しっとりした髪の毛とかちょっと赤くなってる顔とか汗で肌に張りついてる服とかが正直たまらん。あの店がなくて、ダクネスの中身を知らなかったら、俺もうっかり襲いかかってたかもしれん。まあ、返り討ちに遭うだろうけどな。それと、めぐみん。……めぐみんは、俺は胸の大きい女の人が好きだし、正直言って棒じゃんって感じなんだが、爆裂散歩のたびにおんぶしてやってると少しずつ胸が成長していってるのが分かって、なんとなく俺が育てたような気がしてくる。色気って意味ではダクネスには全然敵わないんだが、本人もその辺りをまったく意識していないせいで、たまにやたら無防備だな。短いスカートを履いているのに平気でソファーに寝そべっていてぱんつが見えたり、襟の広い服を着ていて前屈みになると貧乳だから奥の方まで見えたり、色気がないせいで逆にドキッとする事もある。俺はロリコンじゃないが」

 

 詳しくと言われたから話していたのに、なぜか二人はドン引きしていて。

 

「お、おい、なんだよ。お前らが聞いてきたから話したのに、どうして引いてるんだよ?」

 

 俺の言葉に、二人はますます俺から顔を背ける。

 二人が意識しているのは俺ではなく、俺の少し後ろらしく……。

 …………。

 

「おお、お前達は、こんな時間から酒を飲んで、なんの話をしているんだ!」

 

 俺が振り返ると、そこには、顔を真っ赤にしたダクネスが立っていて。

 

「ララティーナお嬢様、いつからそこに?」

「私をララティーナと呼ぶな。……お前が『詳しくって言われても』と言ったところからだ」

 

 最初からじゃねーか。

 ていうか、何コレ超恥ずかしい。

 日本では高校に入ってすぐに引き篭もっていたし、経験はないが、エロトークを女子に聞かれたらこんな感じの空気になるのだろう。

 俺は座ったままダクネスに向き直り。

 

「俺だって健全な男なんだからしょうがないじゃないか。そもそもお前が薄着でウロウロしているのが悪い」

「お、お前って奴は! この状況で開き直る気か! それに勘違いするな! 屋敷で私が薄着なのは、別にお前を誘っているわけではない!」

「嘘つくな! 誘ってたんだろエロ担当! お前、俺が領主の館にコロナタイトを送りつけた件で捕まりそうになってた時、薄着でウロウロしていると俺がチラチラ見てくるとか言ってたよな? なんでそれが分かってるのに薄着でウロウロするのをやめないんだよ? ひょっとして、俺にチラチラ見られて興奮してたのか? 羞恥プレイってやつだったのか?」

「ち、ちが……! そんなわけないだろう! 私が屋敷で薄着でいるのは、屋敷の中でくらい過ごしやすい服を着てのんびりしたいからだ。勝手にいやらしい妄想を押しつけるのはやめろ」

「じゃあ風呂上りにも薄着でウロウロしてるのはなんなんだよ? 言っとくけどお前、あれは滅茶苦茶エロいからな。出るとこに出れば金が取れるレベルだぞ」

「や、やめろ! エロい格好とか言うのは本当にやめろ! 風呂上りに薄着なのは暑いからに決まっているだろう!」

「ほーん? それならどうして、わざわざ広間に居座ってるんですかねえ? 広間は共有空間なんだから、過ごしやすいからって薄着でいるのはどうかと思う。俺に見られるのが嫌なんだったら、とっとと部屋に引っこむのが淑女のたしなみってやつじゃないんですか?」

「そ、それはその……。風呂から上がっても、まだ眠るまでには少し時間があるし、部屋に一人でいても退屈なので、皆と一緒にいたいからで……!」

「そうなのか? でも俺の記憶が確かなら、広間に俺しかいない時でも、お前が部屋に入らなかった事があったと思うんだが。何か俺に用があったってわけでもなかったみたいだし、あれはどういう事だったんだろうな?」

「それは……。それはだな……。そ、そんな事までは覚えていない! お前の記憶違いなのではないか!?」

「お前、ついに悪徳政治家みたいな事を言いだしたな。まあでも、俺もそんな事いちいち覚えてないし、記憶違いって言われたら否定はしないよ。じゃあ最後の質問だが、ここに嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を持ってきて、これまでの質問を繰り返してもいいか?」

「…………、ゆ、許してください……」

 

 小さな声でそう言って、ダクネスは真っ赤な顔を両手で覆う。

 どこまでが嘘でどこまでが本当だったのかは分からないが、嘘を吐いていた事を認めたので、とりあえず許してやる事にした。

 というか、オークが夢に出てくる事を相談していたはずなんだが……。

 

 

 *****

 

 

 ――その夜。

 俺が、昨日と同じ宿屋の一室にいると、開けっぱなしの窓からロリサキュバスが入ってきて。

 

「こんばんは、お客さん」

「おう。……それで、俺のトラウマを治す方法は見つかったか?」

 

 俺が早速質問すると、ロリサキュバスはグッと胸の前で両手を握りしめ。

 

「任せてください! ちゃんと先輩達からアドバイスをもらってきました!」

「おお、頼もしいな! 俺もなんとかしようと思って人に聞いたりしたけど、これといっていい方法は思いつかなかったんだよ」

「夢については私達サキュバスの本領ですから、人間よりは詳しく知っていると思います。それでアドバイスですけど、オークが出たら倒してしまいましょう!」

 

 これで問題解決とばかりに笑顔で言うロリサキュバスに、俺は。

 

「いや、無理だろ。ていうか、倒せるんだったら最初に夢に出てきた時点で倒してるよ」

「それはお客さんの思いこみですよ。だって、夢なんですから。私達の見せる夢は、普通の夢よりリアルですし、目が覚めても覚えていられますが、夢である事に違いはありません。夢の中の事は、夢を見ている人の思いどおりに出来るんです。夢の中でなら、誰よりも強い剣士にもなれますし、強力な魔法を操る魔法使いにもなれます。オークくらい、いえ、例え相手が魔王であったとしても、夢の中でなら簡単に倒せるはずです。倒せる相手だって分かれば、トラウマに悩む事もなくなります!」

 

 ……なるほど。

 なんとなく、向こうの世界でやっていた心理療法を連想する。

 

「うまく行くかは分からんが、とりあえずやってみよう。俺はこのまま寝ればいいんだよな?」

「はい! お客さん、頑張ってください!」

 

 

 

 ――俺は平原地帯にいた。

 紅魔の里へ向かう途中にあった、オークの集落があるという平原地帯だ。

 本来ならヤバそうなモンスターがうようよしている危険地帯だが、ここが夢の中だと分かっている俺は、警戒せずに進んでいく。

 ……と。

 平原のど真ん中に、ぽつんと立つ人影が見えた。

 近づいていくと、向こうも俺に気づいてこちらに向かって歩いてくる。

 

「こんにちは! ねえ、男前なお兄さん、あたしといい事しないかい?」

「お断りします」

 

 ……なんだろう、ものすごい既視感が。

 いや、これはあの時と同じ光景だ。

 思えば、この時にドレインタッチで体力を奪ったオークにトドメを刺しておけば、その後、大量のオークに追われ、トラウマを負うという悲劇は避けられたのかもしれない。

 

「あらそう、残念ね。あたしは合意の上の方が良かったんだけど」

 

 この後の展開は分かっている。

 俺は先手必勝とばかりに――

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 ここは俺の夢の中なのだから、俺はなんだって出来るし、どんなスキルだって使える。

 そう、ゆんゆんがオークを撃退するのに使っていた、あの魔法だって。

 俺が魔法で創った泥沼に飲みこまれたオークは。

 力強い泳ぎで泥沼を突っ切り、俺の下へ……。

 

「!!!!????」

 

 あかん。

 ゆんゆんが使った時は大きな泥沼だったのに、俺が使うとすごく小さい。

 リアルな夢だからって、こんなところまでリアルじゃなくていいと思うのだが。

 

「『狙撃』……!」

 

 俺はどこからともなく弓矢を取りだし、矢を射る。

 スキルのおかげでまっすぐオークに向かった矢は、オークに掴まれて折られた。

 

「上級魔法に、狙撃スキル? こんなに激しく愛をぶつけられたのは久しぶりだわ! こっちも本気で応えてあげないと失礼ってもんよね! あたし、絶対にあんたの子を産むわ!」

 

 ちょっと待ってほしい。

 この夢の中では俺が最強なんじゃなかったのか?

 俺の中でオークの恐怖が強すぎて、倒せるイメージが湧かないって事なのか?

 

「く、『クリエイトウォーター』! 『フリーズ』!」

 

 いつものコンボで足場を凍らせると、勢いよく突っこんできたオークは転んで滑っていく。

 その隙に俺は逃げだすが、上級魔法も狙撃スキルも効果がなかったのだから、逃げてもすぐに追いつかれるだろう。

 ちゅんちゅん丸を出したところで、俺のステータスではあのオークとまともに戦える気がしない。

 何か他に方法は……。

 …………。

 いや待て、さっきは弓矢を持っていなかったはずなのに、狙撃スキルを使おうとしたらどこからともなく弓矢が出てきたし、今も自然にちゅんちゅん丸を出すとか考えている。

 

「それなら、これでどうだ! ダクネス! 助けてダクネス様ー!」

「任せろ」

 

 俺が名前を呼ぶと、完全武装のダクネスがどこからともなく現れて、俺とオークの間に立ち大剣を地面に突き立てた。

 夢の中なのだから、望めば好きなものを出す事が出来る。

 それはもちろん、人間でも。

 ものすごいスピードで駆けてくるオークに対し、ダクネスは。

 

「…………オスのオークはいないのか。……はあ」

「おいダクネス! 落ちこんでないでそいつを止めろよ! お願いします!」

 

 オークのイメージに引っ張られてか、俺が襲われた時にダクネスが落ちこんでいた事が、夢の中でも再現されているらしい。

 大剣の柄に寄りかかるようにして落ちこむダクネスの横を、オークが駆け抜ける。

 駄目だコイツ、役に立たない。

 

「め、めぐみん! めぐみーん! 頼む! 爆裂魔法であいつを吹っ飛ばしてくれ! この際、俺を巻きこんでもいいから!」

「爆裂魔法は最強魔法。その分、魔法を使うのに準備時間が結構掛かります。準備が整うまで、あのオークの足止めをお願いします」

 

 少し離れた場所に現れためぐみんが、杖を構えた姿勢でそんな事を言ってくる。

 

「それが出来りゃ苦労してねーんだよ! それ、カエルの時の台詞じゃん! 夢の中なんだからさっさと魔法撃てよ!」

「まったく、カズマは分かっていませんね。仲間と協力して長い詠唱の時間を稼ぎ、極大の魔法で敵を一撃のもとに葬り去る……。そういうのは紅魔族的にポイントが高いのです。カズマがもう少しピンチになったら爆裂魔法を撃ちますので、その間は自力で何とかしてください」

「ふざけんな! お前ら、何しに出てきたんだよ? 実は俺を陥れるのが目的なのか? 昼間ダストとキース相手にいろいろ面白おかしく話したのは悪かったから、こんなところで復讐するのはやめろよ!」

 

 と、俺がめぐみんに文句を言っていると、アクアが。

 

「カズマさーん、カズマさーん! そんな事言ってる場合じゃないんですけど! もうオークがすぐそこまで来てるんですけど! 早く逃げてー、早く逃げてー!」

 

 …………。

 

「いや、ちょっと待て。俺はお前を呼びだした覚えはまったくないんだが? なんでいるの?」

 

 もう駄目だ。

 アクアが出てきたのなら、確実に何かやらかす。

 ここは俺の夢の中で、俺がそう確信しているのだから間違いない。

 

「ちょっとカズマってば何言ってるの? 私だって、あんたを助けるために出てきてあげたのよ? 女神である私がわざわざ夢の中にまで出てきたんだから、感謝してくれてもいいんじゃないかしら? ほら、ありがとうって言いなさいな! そして現実の私にお酒を奢ってね!」

「現実の私にも、もう少し優しくしてくれてもいいと思いますよ」

「わ、分かった! 分かったから、なんでもするから早くあいつを何とかしてくれ!」

 

 俺の言葉に、詠唱を終えためぐみんは。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 爆裂魔法が放たれたのは本当にぎりぎりのタイミングだったらしく、俺は背後からの爆風に吹っ飛ばされ、地面を転がる。

 振り返ると、そこには大きなクレーターが出来ていて。

 クレーターの坂道をものすごいスピードで駆けてくる、ちょっと焦げたオークの姿が……。

 

「あんたと愛し合うためなら、これくらいなんて事はないさ! あたしの心はもっと熱い愛の炎に焦がれているからねえ!」

 

 …………。

 

「なあ、やればやるほど、俺の中でオークへの恐怖が増していく気がするんだが。ていうか、コレもう無理だろ。なんだよ、爆裂魔法に耐えるって。あいつの硬さはダクネス以上なのか? 俺はどんだけオークが怖いんだよ?」

 

 思わず半泣きになる俺に、アクアが。

 

「待っててカズマさん、今助けるわ! 『セイクリッド・クリエイトウォーター』」

「おおっ! 確かにこれなら……! でかしたアクア!」

 

 アクアが呼びだした大量の水がオークを押し流し、クレーターの底の方へと運んでいく。

 しかし、水の勢いはまったく収まらず、ついには俺まで呑みこまれ。

 

「ごぼがぼ! い、いやでも、オークから逃げられるなら……!」

 

 と、俺が溺れそうになっていた、そんな時。

 洪水の激流の中を力強く泳ぎ、オークが俺へと近づいてきて。

 抵抗するどころか自由に動けない俺を太い腕で掴まえ……。

 

「大丈夫かい? 心配しないでも、あんたは絶対死なせないよ! もしも気を失ったら、マウストゥーマウスで人工呼吸をしてあげる! なんなら、気を失わなくてもやってあげるけどね! 遠慮なんかする事ないさ! あたしとあんたの仲じゃないか!」

 

 

 

「…………」

 

 目を覚ました俺は、無言で膝を抱えた。

 

「お、お客さん、どうでしたか? オークには勝てましたか?」

 

 俺が目を覚ました事に気づいたらしいロリサキュバスが、開けっぱなしの窓から入ってくる。

 

「負けた。あんなの勝てるわけがない。なあ、この世界のオークって、ぶっちゃけどれくらい強いんだ? 俺はまともに戦った事がないからよく分からないんだが、魔王軍の幹部よりも強いのか? 爆裂魔法にも耐えたりするのか?」

「そ、そうですか。負けちゃいましたか。えっと、私は魔王軍の事はあまり詳しくありませんが、流石にそんなに強い事はないはずです。お客さんのオークに対するトラウマが強すぎて、そんな事になってるんじゃないでしょうか」

「トラウマって言われても、自分ではよく分からないんだよな。確かにあの時、ものすごく怖かったってのは覚えてるが、今では笑い話に出来るくらいだぞ?」

「詳しい事は分かりませんが、夢の中というのは精神がとても強い影響を与える場所ですからね。普段は気づいていない無意識の恐怖が現れているのかもしれません。でも、安心してください! 私が先輩達から聞いてきた対処法はもう一つあります!」

「そ、そうか。じゃあそっちにしよう。あのオークと戦うくらいなら、魔王と戦った方がマシだと思う」

「お客さんのストライクゾーンを広げて、メスオークも行けるように……」

「却下」

 

 

 *****

 

 

 ――俺は平原地帯にいた。

 

「こんにちは! ねえ、男前なお兄さん、あたしといい事しないかい?」

 

 ……なんかいろいろ端折って出てきたが、俺の答えは決まっている。

 

「お断りします」

「あらそう、残念ね。あたしは合意の上の方が良かったんだけど」

 

 俺は、歯を剥きだしにして笑いかけてくるオークに。

 

「ちょっと待ってくれ。お前らオークは、他種族の優秀な遺伝子を取りこむために子供が欲しいんだろ? だったら、俺みたいな最弱職の冒険者なんかお呼びじゃないはずだ」

「そうは行かないよ。ここはあたし達オークの縄張り。通ったオスは逃がさない。それに……、不思議ね、お兄さん。一見強そうに見えないあんたからは、なぜか強い生存本能を感じるわ。最弱の冒険者だからって関係ない。あんたとの間には、きっと強い子が生まれるでしょうよ。あたしの勘はよく当たるのよ。……さあ、あたしといい事をしましょう?」

 

 そう言ったオークが襲いかかってくる前に、俺は隣を見て。

 

「まあそう言うなよ。強い子っていうなら、多分、俺よりこいつとの間に子供を作った方が強い子になるはずだ。そういうわけだから、あとは任せたぞ、カツラギ」

「誰がカツラギだ! 僕の名前はミツルギだ! ……いや、ちょっと待ってくれ。これはどういう状況なんだ、佐藤」

 

 俺の隣に現れたミツルギは、魔剣を手に平原を見回し、俺とオークを見比べて。

 

「どういう状況って言われても。あのオークは強すぎる。俺のトラウマが強いせいでそうなってるらしいんだが、とにかく夢の中であいつに勝つのはもう無理だと思うんだ。俺の力だけじゃ勝ち目がなくて、ダクネスやめぐみんまで呼びだしてみたけど、爆裂魔法でも無理だったんだからもうどうにもならない。だからお前の魔剣を使って何とかしてもらおうと思ってな」

「そ、そうか……。君に頼られるというのは複雑だが、悪くない気分だ。確かに、僕の魔剣はあらゆるものを斬る事が出来る。相手がどれほどの強者だろうと関係ない。いいだろう、佐藤。僕がこのオークを斬ってみせる!」

「いい男ね! 飛びきりのいい男だわ! あんたみたいな強い男、初めて見るわ! あんたとの間には間違いなく強い子が生まれる! さあ、あたしといい事しましょう!」

「いくら相手が女性であっても、モンスターだというなら容赦はしない。考え直すなら今のうちですよ」

「考え直すなんてとんでもない! あんたには絶対にあたしの子を産んでもらうわ! ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 荒い息を吐きながら襲いかかったオークを、ミツルギは冷静に魔剣で斬り捨て……。

 …………斬り捨てる事が出来ず、オークは魔剣を腕で弾くと、ミツルギを地面に押し倒した。

 

「……!? なっ! 女神様から貰った魔剣で斬れないなんて……!」

「やっぱり駄目か」

「やっぱり!? ちょっと待て佐藤! どういう事だ! 僕にこのオークを倒してほしかったんじゃないのか!」

 

 圧しかかってくるオークを、魔剣を構えて押し返しながら、ミツルギがそんな事を言ってくる。

 

「いや、だから言ったじゃん。倒すのは無理だと思うって言ったじゃん。めぐみんの爆裂魔法にも耐えるような相手なんだぞ? お前のその魔剣が神器だっていっても、どうにもならないだろ。魔剣で倒せるならそれでも良かったんだが、俺は最初から無理だと思ってたよ」

「そ、それならどうして僕を呼びだしたんだ!」

「お前の下の魔剣を使ってオークを何とかしてもらおうと思って」

「最低だ! 君は最低だ佐藤和真!」

「さあ、恥ずかしがらないであたしを受け入れるんだよ! じっとして目を瞑っていれば、すぐに済むからね……!」

「や、やめっ……! 僕には心に決めた女性が……!」

 

 ミツルギの悲鳴と、びりびりと服が破れる音が聞こえてきたが、俺は二人に背を向けて歩きだした。

 夢の中なので、平原地帯をすぐに通りすぎ、ベッドの置いてある薄暗い部屋に入る。

 ベッドの上には……。

 

 …………。

 ……………………。

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 目が覚めると朝だった。

 夢の内容に満足し吐息する俺に、開けっぱなしの窓から入ってきたロリサキュバスが。

 

「……あの、お客さん。トラウマを克服出来たみたいで、それはおめでたいのですが、一体何をやったんですか? 正直、今日の精気はあんまり美味しくなかったです……」

「そうか。勝ったわけじゃないけど、オークが出てきてもどうにか出来る事は分かったから、トラウマは克服したと思う。精気の味も、次からは普通になってると思うから心配するな」

 

 オーク相手に魔剣で奮戦するミツルギの姿がずっと頭の片隅に浮かんでいたから、精気が不味かったのはそのせいだと思う。

 ムラムラする欲望の感情に、不純物が混じっていたのだろう。

 だが、オークをどうにか出来る事は分かったのだから、俺はトラウマに打ち勝ち、次からはいつもどおりにいい夢を見られるはずだ。

 

 ――ミツルギは最後まで戦い続けていたが、どっちの魔剣を使っていたかは伏せておく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この腹ペコ幼女に晩餐を!

『祝福』11、既読推奨。
 時系列は、11巻3章の後。


 紅魔の里が魔王の娘の襲撃を受け、避難してきたこめっこが屋敷に泊まった翌日。

 こめっこの無邪気さを利用したギルド職員に、塩漬けクエストを押しつけられ、ルーシーズゴーストを討伐した俺達は。

 ――夕方。

 屋敷の庭にて。

 

「いつも思いますが、カズマは器用ですよね。それは鍛冶スキルのおかげなのでしょうか? それで、今度は何を作っているのですか?」

 

 鶏小屋の近くで、ゼル帝とちょむすけと遊んでいるこめっこを不安そうにチラチラ見ながら、めぐみんがそんな事を聞いてくる。

 俺は作業の手を止めずに。

 

「出来たら分かるから、それまで楽しみにしといてくれ」

「カズマがそんなもったいぶるような事を言うのは珍しいですね。そんなに面白いものを作っているんですか?」

「何を作っているか教えたら、そんなバカなものを作るのはやめろって言われそうだし」

「……そんな事を言われたら楽しみに待っていられないのですが。今はこめっこもいるのですから、おかしなものを作るのはやめてくださいよ」

「どっちかっていうと、こめっこがいるから作ろうと思ったんだけどな」

 

 俺はそう言いながら、帰り道で見つけたものを組み合わせる。

 竹である。

 ルーシーズゴーストがいた廃教会から帰る途中、なぜか竹林があったので、ちょっと思いついて採ってきたのだ。

 ……なぜあんなところに竹林があったのかは分からないが。

 

「ねえカズマさん、それってアレよね?」

 

 こめっこと遊んでいたアクアが、ゼル帝を抱えてやってくる。

 

「おっ、分かるかアクア。そう、これは……」

「水をちょろちょろ流していて、たまにコーンって鳴る風流なやつね!」

「ちげーよ! 流しそうめんだよ! いい感じの竹を見つけたから、こめっこが喜ぶかと思って作ってるんだよ」

「えー? コーンって鳴るあの風流な音を楽しみにしてたのに、私の期待をどうしてくれるのよ? それに、流しそうめんなんて夏に食べるものなんだから、今さらやっても仕方ないと思うの。いつもいつもバカみたいに騒いでないで、たまには大人っぽい雰囲気でコーンって鳴る風流な音を聞くってのはどうかしら?」

「お前、女神感謝祭の時は誰よりも騒いでたくせに何言ってんだ。大体、これはこめっこのために作ってるんだからな。お前こそ子供みたいな我が侭を言うのはやめろよ」

「こめっこちゃんのためなら仕方ないわね。コーンって鳴る風流なやつは、別の機会に作ってもらう事にするわ」

「いや、お前は何を言ってんの? 作るわけないだろ、そんなもん」

 

 いきなりわけの分からない事を言いだしたアクアにツッコむが、アクアは気にせずこめっことの間合いを測っている。

 ……俺のところに来たのは、ゼル帝を追うこめっこから逃げるためだったらしい。

 アクアはゼル帝を抱えながら。

 

「ね、ねえこめっこちゃん。ゼル帝は私のペットだから、かじらないでほしいんですけど。めぐみんの家が貧乏だっていうのは聞いてるけど、ウチにはたくさん食べるものがあるんだから、ペットを食べなくてもいいのよ」

「わかった」

「そ、そうよね! ……それじゃあ、ちょむすけをかじるのもやめてあげてほしいんですけど」

 

 こめっこに抱かれたちょむすけは、頭に歯形を付けられているというのに逃げようともせず、ぐったりしている。

 アクアに抱かれた時には、嫌がって爪を立てていたと思うのだが……。

 と、ぐったりしたちょむすけを抱きかかえているこめっこが。

 

「お腹が空いた」

「!?」

 

 こめっこは腹が減ったせいで手近なものに噛みついているらしい。

 と、俺の作った流しそうめん装置を興味深そうに眺めていためぐみんが、こめっこの行動に気づき飛んできて。

 

「こめっこ! 何をやっているのですか! ゼル帝とちょむすけはこの家のペットだから食べてはいけないと言ったではないですか!」

「まだ食べてない」

「かじるのも駄目です」

「大変よカズマ。ちょむすけがピンチだわ。早くこめっこちゃんに美味しい流しそうめんを食べさせてあげないと」

「いや、まだ夕飯までは結構時間があるんだが」

「もうこの子には何も与えないでくださいよ。昼食をあれだけ食べて、ギルドでもいろいろ食べ物をもらっていましたし、さっきもおやつを食べたばかりなのですから。こめっこも、食べ物があるからといって無理して食いだめしようとするのはやめてください。せっかくカズマが大掛かりな準備をしてくれているのに、晩ごはんが食べられなくなりますよ」

「食べるから大丈夫」

 

 即答するこめっこからちょむすけを取り上げながら、めぐみんは。

 

「大丈夫ではないですよ。あなたはお腹いっぱいになった経験があまりないですから、食べられなくなる事が想像できないのでしょう」

「……ねえカズマさん。あの子にお腹いっぱい食べさせてあげたいと思うのは間違っているのかしら?」

 

 めぐみんの言葉に、アクアが涙を拭う振りをしながらそんな事を言う。

 

「気持ちは分かるが、夕飯を食えなくなったらそっちの方が可哀相だし、余計な事はするなよ。子育てには甘やかすだけじゃいけない事だってあるんだからな」

「何よ、私だって子供じゃないんだから、そんな事分かってるわよ。でも腹ペコな子供に流しそうめんってどうなの? 楽しく食べられるかもしれないけど、そうめんってあんまり満腹になった感じがしないと思うんですけど」

「それもそうだな。じゃあ付け合わせに天ぷらでも揚げるか。それとも、外で料理する機会なんてあんまりないし、この際だからバーベキューでもやるか?」

 

 俺がアクアにそんな提案をしていると、横からめぐみんが。

 

「カズマがここまで準備をしてくれたんですし、今日は流しそうめんとやらだけで良いですよ。というか、流しそうめんというのはなんですか?」

「なんだめぐみん、流しそうめんを知らないのか?」

「そうですね。我が家ではこんな大掛かりな方法で食事をするような余裕はなかったですから。これにそうめんを流すというのは分かるのですが、どうしてわざわざそんな事をするのですか?」

「どうしてって言われても。別に深い理由なんかないと思うぞ。単に楽しいからだろ。普通に食うより、流れてるところを箸で取って食うっていうのがいいんじゃないか? まあ、俺も実際にやってみた事はないから、よく分からないけどな。俺の元いたところでは、わざわざ家の中で流しそうめんをする奴もいたくらいだし、やってみたら楽しいはずだ」

「家の中でですか? こんなに大掛かりなものをわざわざ家の中に……? そこまでするほど楽しいものなのでしょうか」

 

 めぐみんが、俺が作った流しそうめん装置を見ながら、そう言って首を傾げる。

 ……何か勘違いしているような気がするが、まあいいか。

 俺がめぐみんとそんな話をしていると。

 

「ねえこめっこちゃん、天ぷらとバーベキューだったらどっちがいい?」

「両方」

 

 アクアの質問に即答したこめっこが、何か期待するような顔で俺を見上げてきて……。

 …………。

 

「よし分かった! 流しそうめんと天ぷらとバーベキューだな! 今から材料を……!」

「お兄ちゃんカッコいい!」

「待ってください! カズマもアクアも、こめっこを甘やかさないでくださいよ。そうめんに天ぷらまで付けてくれるだけで十分です」

「いやでも、成長期の子供なのに満足に食べられていないってのは良くないと思うんだ。……ほら、めぐみんも分かるだろ?」

「それは分かりますが……、…………。あの、カズマ? それって身長や体格の話ですよね? どうして目を逸らすんですか? おい、私のどこを見てそう思ったのか詳しく教えてもらおうじゃないか」

 

 目を紅くして肩を揺さぶってくるめぐみんに、俺は和やかに。

 

「この家にいる間くらい、食べたいものを食べたいだけ食べたらいいじゃないか。俺達だって、ついこないだまで、城で食っちゃ寝して好き放題暮らしていたんだしな。……まあ、なんていうか、アイリスといきなり引き離されたわけだし、俺だって妹を甘やかしたいんだよ」

 

 そんな俺の言葉に、めぐみんが急にこめっこの手を引いて。

 俺から距離を取ろうとするめぐみんと俺の間に、アクアが立ち塞がる。

 

「ねえカズマ。いくらなんでもそれはないと思うの。それは流石に犯罪よ。人として許しちゃいけないレベルってあるじゃない? こめっこちゃんがいくつだと思っているの? 純真な腹ペコ幼女を食べ物で釣って妹扱いしようなんて、恥ずかしいと思わないんですかー?」

「お前は何を言ってんの? 別にこめっこに対してそういったアレを感じてるわけじゃないし、そもそも俺はロリコンじゃない。お前だって、こめっこを甘やかしたいと思うだろ? あんな妹がいたらって思うだろ? それは自然な事だし、傍にいたら甘やかすのは当たり前だ。そんな自然な感情を、いちいち犯罪だとか人として許しちゃいけないレベルだとか言ってくるのは、俺じゃなくてお前らの考え方が捻じ曲がってるせいじゃないのか?」

「どっちかっていうと、アイリスに頼まれたくらいであっさり城に残ったカズマさんを知ってるから言ってるんですけど」

「そ、それはもう謝っただろ! 悪かったよ! だからもう許してください!」

 

 俺が下手に出ると、アクアとめぐみんはこめっこを連れて俺から離れていく。

 ……畜生。

 と、俺が一人寂しく作業を続けていると、ダクネスがやってきて。

 

「これは流しそうめんか?」

「なんだ、さっきの話を聞いてたのか? そーだよ。帰りに竹を見つけたし、こめっこもいるし、たまにはこういうのもいいと思ってな」

「さっきの話というのがなんの事かは分からないが、……そうか。流しそうめんか。懐かしいな。私も昔、一度だけやった事がある」

 

 俺が組み上げた流しそうめん装置を見ながら、ダクネスが懐かしそうにそんな事を言う。

 

「やった事あるのか? めぐみんも知らなかったのに、世間知らずなお前が珍しいじゃないか」

「わ、私は世間知らずではない。子供の頃に出た他家主催のパーティーで、催しのひとつとして流しそうめんをやっていたんだ。貴族のパーティーでやるようなものだから、めぐみんが知らないのも無理はない」

「いや、お前は何を言ってんの? 貴族のパーティーで流しそうめんなんかやるわけないだろ。ひょっとして、アレか? こめっこに褒められたくて、知ったかぶりしてんのか? まったく、子供に手紙を書かせた事といい、お前はこのところ、どんどん貴族として駄目な方向に成長してるんじゃないか?」

「ちょっと待て! どうして私が嘘を吐いている事になっているんだ。私は嘘など吐いていない! 子供の頃に出たパーティーで、確かに出し物のひとつとして流しそうめんをやっていたんだ。細かいところまでは覚えていないが、ちょうどこんな感じだった」

 

 そう言って流しそうめん装置に触ろうとするダクネスに、俺は。

 

「あっ、おい、お前は不器用なんだから触るなよ。そうめんを流すだけのもんだから頑丈じゃないし、せっかく作ったものをお前の馬鹿力で壊されたくない」

「お、お前という奴は……! 人が大人しくしていれば付け上がりおって!」

「おいやめろ。やめ……! あああああ、割れる。頭が割れる。やめろっつってんだろ! 何かと言えば腕力に物言わせやがって! 何が貴族のパーティーで流しそうめんやってただよ! 分かりやすい嘘吐きやがって! このなんちゃって令嬢が!」

「上等だ! 外にいるのだしちょうどいい。決闘だ。正当な決闘においてぶっ殺してやる!」

「おいおい、お前って奴はどこまでバカなんだ? お前が俺に勝てると思ってんの? ついこないだバインドで完全に無力化されて、トイレに行けなくなって泣いてたのは誰だよ。また同じ目に遭いたいってのか? お前ひょっとして、あの時泣きながら興奮してたのかよ痴女ネス!」

「よし分かった! ぶっ殺してやる! ワイヤーを持たないお前になど負けるものか! ……だが、そこで暴れると流しそうめん装置が壊れるだろう。こっちに来い」

「おっと、なんで俺がお前に有利なところに行くと思うんだ? 不器用で大ざっぱなお前が暴れたら、確かにこれは壊れるだろうな。きっと、こめっこも泣くぞ。それでもいいって言うなら掛かってこい」

「お前って奴は! お前って奴は!」

 

 と、俺とダクネスがいがみ合っていると……。

 そんな俺達を、いつの間にかこめっこがじっと見上げていて。

 

「これあげるから、仲良くしてね」

 

 そんな事を言いながら、ギルドで貰ったらしい飴を差しだしてくる。

 これで仲直りをしろという事らしいが、こめっこは悲しそうな目で飴をじっと見つめていて……。

 …………。

 

「わ、分かった! 仲良くするから、飴は自分で食べてくれ!」

 

 

 *****

 

 

 ――夜。

 庭に持ちだしたテーブルの上に、大量の天ぷらを盛りつけた大皿を置く。

 半日掛けて作っていた流しそうめん装置はかなり大きなものになり、テーブルの周囲をぐるっと囲んでいる。

 ……あのカーブを上手く作るのには苦労した。

 

「うまそう」

 

 こめっこがめんつゆの入った器を手に、天ぷらを見つめてよだれを垂らす。

 

「この天ぷらは食べ放題だ。好きなだけ食べてくれ」

「お兄ちゃんカッコいい!」

「そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれてもいいんだぞ。あと、そうめんも流していくから、そっちも好きなだけ食べていいからな」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 ……お礼を言う様子が、めぐみんの爆裂魔法に高い採点をした時と似ている。

 姉妹なんだなあ……。

 俺が内心ほっこりしていると、ダクネスが流しそうめん装置を眺めながら。

 

「うん、なかなかいいな。昔、パーティーで流しそうめんをやっていた時は、もっと照明が明るくて眩しいほどだったが、このくらいの薄暗い感じも悪くない。趣がある」

 

 ダクネスが知ったかぶりしてなんか言ってるが、屋敷中の照明を持ちだしても思ったより明るくならなかっただけだ。

 というか、夕飯時にやるのだから庭は真っ暗になるという当たり前の事を忘れていたなんて言えない。

 

「ま、まあ、そうだな。詫び寂びってやつだよ。お前も分かってるじゃないか」

「ああ、薄暗い中、明かりを浴びて輝く竹も美しいな」

「それ、竹じゃなくて笹らしいぞ」

「……そ、そうか」

 

 俺の言葉に、ダクネスが恥ずかしそうにする中。

 流しそうめん装置の始点となる高台で、そうめんの盛られた笊を手にしているアクアが。

 

「ねえ皆、早く位置についてちょうだい。油断してると勝手に流し始めちゃうわよ!」

「もう流し始めていいですよ。私はいつでも大丈夫です」

 

 下流でめんつゆの入った器を手に、箸を構えるめぐみんがそんな事を言う。

 

「そう? じゃあもう流しちゃうわよ。……『クリエイトウォーター』!」

 

 アクアが水とともにそうめんを流して。

 俺の鍛冶スキルのおかげで理想的に傾斜しカーブした笹の中を流れたそうめんは……。

 

 ……かなり上流で、こめっこに取られた。

 

「こめっこ! 食べられないくせにそうめんを取ってはいけませんよ! 下流でそうめんを待っている人の事も考えてください! あなたはまだ口の中に天ぷらが入っているでしょう!」

「こふぉわる」

「口の中のものを飲みこんでから喋ってください」

 

 下流で待っているのにそうめんが流れていかず、文句を言うめぐみんに、上流でそうめんをすべて取っているこめっこが、天ぷらとそうめんで口の中をパンパンにしながら即答する。

 めんつゆの入った器にもそうめんが大量に入っているのに、さらに流れてきたそうめんを箸で取り……。

 と、こめっこを止められずに悔しそうにしながら、めぐみんが。

 

「カズマもこめっこを止めるのを手伝ってください。カズマがこめっこに踏み台を作ってあげたせいで、あんな上流に陣取っているんですよ。無理やり止めようとしたら、流しそうめん装置を倒してしまいそうで、こめっこに近づけないのです」

「いや、なんで俺に言うんだよ。俺は嫌だぞ。変な事したら妹に嫌われるかもしれないだろ」

「私の妹にどんな変な事をするつもりですか! というか、こめっこは私の妹であって、あなたの妹ではないですよ。カズマなら、近付かなくてもスティールであの器を奪えるじゃないですか。それで……、…………。いえ、やっぱりいいです。私がなんとかする事にします」

 

 めぐみんは言葉の途中で目を逸らし、なぜか意見を変える。

 

「おいちょっと待て。なんでいきなり意見を変えたんだ? お前まさか、俺がこめっこからも下着を盗むかもしれないなんて思ってるのか? そんなわけないだろ。いくら俺のスキルがいろいろと偏ってるからって、どう考えてもこめっこは対象外じゃないか」

「カズマはお城で暮らしている時、私とアイリスに、自分の事をどう思っているかとか、好きかどうかとか聞いてきましたよね。アイリスの事を妹のように思っていると言っていたのに、あの質問はなんだったんですか?」

「そ、それはその……。アレだよ。兄としてとか、仲間としてとか、好きって言ってもいろいろあるだろ」

「ほう! 兄として? 仲間として? ではダクネスやアクアにも同じ事を聞いたんですよね? 私やアイリスは好感度が高そうだから、なんらかの行為に及ぶ前に本心を確かめておこうとか、そんな狡すっからい上にヘタレな事を考えたわけではないですよね?」

「おいやめろ。どうしてお前は紅魔族としての知能の高さをまともな方向に使えないんだよ」

 

 と、俺がめぐみんに迫られ困っていた時。

 高台に登ってそうめんを流していたアクアが。

 

「飽きたわ」

「早えーよ。もうちょっと頑張れよ!」

「ねえ、誰か代わってくれてもいいんじゃないかしら? 私も流しそうめんを食べたいんですけど。ここで食べてもただのそうめんだし、流れてくるのを掴みとりたいんですけど!」

「高いところは楽しそうだとかバカみたいな事を言って勝手に登ったのはお前だろ。……まあ、お前にばっかり流す役をやらして悪いとは思ってるよ。でも、結構大掛かりなものを作っちまったせいで、いろいろと材料が足らなくなったんだよ。上からクリエイトウォーターを使って流すのが一番楽なんだから、我が侭言わずに頼むよ」

「それならあんたが代わんなさいよ! カズマだってクリエイトウォーターは使えるでしょう? この私をこんなところで働かせておいて、自分は楽しく流しそうめんを食べてるなんて、どういうつもりなのかしら。ほら、早くこっち来て、そうめんの笊を持ちなさいな!」

「俺もそのつもりだったけど、考えてみれば途中で魔力が尽きるだろ。マナタイトを使おうにも、一度に大量の水が欲しいんじゃなくて、少しずつ流していきたいんだから、上手く行かないだろうし。俺達の中でそうめんを流せるのはお前だけなんだよ。ちゃんとお前の分のそうめんは残しておいてやるから」

「いやよ! 私はただのそうめんが食べたいんじゃなくて、流しそうめんが食べたいの。それに、残っているそうめんなんて、伸びちゃってるじゃない。どうして頑張ってる私が残り物を食べないといけないのよ」

「しょうがねえなあー。じゃあ、しばらくは俺がやっといてやるから、後で魔力を吸わせろよ。クリエイトウォーターが使えなくなったら流しそうめんにならないからな」

 

 俺がそう言いながら高台に登り、笊を受け取ろうとすると、アクアはなぜか笊を引っ込め。

 

「何をバカな事を言ってるの? 絶対に嫌よ! どうして私が流しそうめんなんかのために、穢らわしいアンデッドのスキルを受けないといけないの? アレはもう嫌。私の神聖な魔力をそんなバカな事のためには使わせないわよ」

「そんな事言ったって、俺の魔力が足りないのは事実なんだからしょうがないだろ。じゃあ、どうするんだよ? 俺の魔力がなくなったら、お前が代わりにクリエイトウォーターを使ってくれるのか? どうせまたすぐに飽きて文句を言いだすと思うんだが」

 

 俺の言葉に、アクアはさらに文句を言おうとしたが。

 目をキラキラさせ、そうめんが流れてくるのを待っているこめっこを見て。

 

「まったく、カズマったら! 仕方ないわね、私にいい考えがあるわ」

 

 ……コイツのいい考えとやらには嫌な予感しかしないわけだが。

 

 

 

「フハハハハハハハ! すでに夏も過ぎたというのに流しそうめんなどやっている季節外れな者どもよ。我輩が来てやったぞ! わざわざ呼ばれて来てやった我輩に感謝感激し、ますますそうめんを流すが吉」

「ゴッドブロー!」

 

 唐突に現れていつものようにわけの分からない事を言いだしたバニルに、アクアが殴りかかり体の一部を土に変える。

 

「あっおい、やめろよ。食事中なのに砂が入るだろ。ていうか、お前の言ってたいい考えってのはこいつの事か?」

「そんなわけないじゃない。どうして私が、せっかく楽しくそうめんを食べてるのにこんなの呼ばないといけないのよ? 私が呼んだのはウィズだけなんですけど。木っ端悪魔なんか、お呼びじゃないんですけど!」

「鬱陶しくも眩しくて見通す事が出来ないくせに、思慮が浅すぎて予想出来てしまうチンピラ女よ。貴様が望んだのはうちのポンコツ店主ではなく、貴様やそこの魔力の足りない小僧の代わりに水を出すものであろう。そんな貴様らに我輩からの贈り物である。これを使えば、その頭の悪い悩みも解決するだろうて」

 

 そう言ってバニルが取りだしたのは……。

 

「いやお前、それは駄目だろ」

 

 俺はバニルの手にある小さな魔道具を見て、冷静にツッコむ。

 箱を開けると即座に使える、旅先での野外におけるトイレ事情を解決してくれるというアレだ。

 確かにこれならいくらでも水が出てくるのだろうが、例え水自体はきれいだとしても、トイレから出てきた水で流れるそうめんは食べたくない。

 

「フハハハハハハハ! ……ううむ。思ったより我輩好みのがっかりの悪感情は得られなかったが、女神への嫌がらせにはなったであろうし、まあ良かろう。貧乏暇なし店主は現在、我輩の言いつけで魔道具を作り続けておるわ。明日の朝までにノルマを達成するため、外出などせず不眠不休で作業をする予定である」

「そんなのウィズが可哀相だわ! ウィズはね、いろいろ面白い魔道具を仕入れて見せてくれるし、私がお店に行くとお茶を淹れてくれるし、アンデッドにしておくのがもったいないくらいいい子なんだから! ウィズだってたまには羽を伸ばしたいはずよ! 分かったらほら、さっさとウィズを連れてきなさいな!」

「たわけ。あの厄災店主に自由を与えたら、欠陥品の魔道具を大量に仕入れてくるに決まっておろう。暇を与えず馬車馬のように働かせるのが本人のためである」

 

 食ってかかるアクアに言い返すバニルに、俺はふと思いついた事を……。

 

「……なあ、お前がここにいるって事は、今まさにウィズは自由なんじゃないか?」

「我輩はちと用事を思いだしたのでこれにて帰る」

 

 いきなり余裕を失ったバニルが慌てたように立ち去ろうとするが、流しそうめん装置を前にして不思議そうに首を傾げ。

 

「……む? なんだこれは。いつも屋敷を覆っていた半端なやつが、今日は随分と弱々しいと思ったが、なぜこんなところに結界が……?」

「ウィズを呼ぼうと思って、いつもよりちょっと結界を弱くしてみたのでした! でも、私の秘められた神聖さが溢れだして、そうめんを流してた水が祝福されちゃったのね。あらあら、ひょっとして出られないんですか超強い悪魔さん。結界でもなんでもない、こんな聖なる魔力の残り滓みたいなのに足止め食らってるんですか? そんなんで地獄の公爵とか名乗ってていいんですかー? プークスクス!」

 

 そういえば、テーブルの周囲を囲んでいる流しそうめん装置には、アクアが生みだした水が流れていたわけで。

 いつの間にか、それが結界に……?

 その割になんでバニルは普通に入ってこられたんだとか、言いたい事はいろいろあるが。

 

「なあなあ、これ解いて帰れるようにしてやったら、代わりにウィズを呼んできてくれるか? 水を出してほしいってのは本当なんだよ。早く帰らないと、ウィズがまた余計なものを大量に仕入れてくるんじゃないか?」

「き、貴様、このタイミングで……! ええいっ、足元を見おって!」

「えー? 悪魔と取り引きするなんてどうかと思うんですけど!」

 

 アクアは文句を言っているが、俺がバニルの方を見ると、バニルはマスクの下から覗いている口元を忌々しそうに歪めて。

 

「貴様のような輩がいるから、我々悪魔による、魂と引き替えに願いを叶えるサービスは廃止になったのであろうな」

 

 

 *****

 

 

「行きますよ、こめっこさん」

「うん!」

 

 ウィズが高台の上でクリエイトウォーターを使い、水とともにそうめんを流す。

 それをこめっこが上流で……。

 

「ああっ、こめっこちゃん! それは私が狙ってたそうめんなのよ!」

「こめっこ! 独り占めしないで少しは下流にも流してください! あまり行儀の悪い事をしていると、明日の洗面器プリンはナシですよ!」

「わかった」

 

 プリンの事を持ちだされ即答したこめっこが、そうめんのたっぷり入った器を手にこちらにやってくる。

 テーブルの上にはいまだ山盛りの天ぷらの乗った皿がある。

 皆がそうめんを食べている間に、天ぷらを独り占めするつもりらしい。

 

「……美味いか?」

「おいしい!」

「そうかそうか。好きなだけ食べていいからな」

「うん!」

 

 アイリスとは違ったタイプだが、満面の笑みを浮かべているところを見ると悪い気はしない。

 と、こめっこが天ぷらで口の中をパンパンにする様子を眺めていると、ウィズにまた金を使いこまれたと言ってげっそりしていたバニルがやってきて。

 

「これで今月も赤字である。あの迷惑店主の行動は我輩も見通す事が出来ぬ。一体どうすればあの壊滅的なセンスを軌道修正する事が出来るのか……」

「お前もいろいろ大変だなあ」

 

 俺がバニルの愚痴に適当な相槌を打っていると、こめっこがバニルの顔をじっと見ていて。

 

「ふぁっふぉひい」

「幼女よ。我輩は逃げぬから、よく噛んで飲みこんでから喋るのだ」

「んぐっ……! かっこいい!」

 

 そういえば、バニルの仮面は紅魔族的なセンスでは格好いいらしい。

 

「汝はよく分かっているな。どうだ、触ってみるか? 近所の子供達にも人気のバニル仮面である」

「おお……」

 

 バニルの仮面に触りながら、こめっこが小さく声を漏らす。

 

「……いい仕事してますね」

「うむ。少し気分が良くなったので、貴様には特別に、この子供用バニル仮面を進呈しよう。友人に自慢すれば、人気者になれる事間違いなしである」

「ありがとうございます!」

 

 仮面を受け取ったこめっこが、嬉しそうに仮面を付けたり外したりする。

 そんなこめっこを眺めていたバニルが、不思議そうに首を傾げ。

 

「これは一体いかなる事か。どうにもこの娘が気になってならん。ひょっとしてこの娘は……」

「何をぶつぶつ言ってるんだ? まあ、妹みたいな女の子が気になるってのは仕方ない事だろ。お前がそんな事を言いだすのは珍しいけどな」

「子供達の登下校の送り迎えをし、近所の奥様方にも評判の我輩を、ロリマさんには気を付けなさいと奥様方が子供に教えている貴様と一緒にするでない」

「えっ……。なあ、それって冗談だよな? いつもの悪質な嘘だよな?」

 

 俺の質問を無視して、バニルは。

 

「……ふぅむ。なかなか将来が有望そうな娘であるな。腹ペコ娘よ。将来有望な汝に、このすべてを見通すバニル様が助言を授けようではないか。自身の望みを叶えようと思うならば、他人の弱みに付けこむのが最も効果的である」

「おい、幼女に何を教えてるんだお前は」

「いやなに、人間には必要な処世術というやつだ。……ところで、安かったからと大量に買いこんだそうめんを、夏が過ぎても余らせていた男よ。本日流しきれなかったそうめんは、いかなる方法で処理するつもりか?」

 

 …………。

 ……………………。

 

「あの頭のおかしい爆裂娘にとって、食材を残す事は許しがたい事であるらしいな」

 

 言いたい事を言ってバニルが立ち去った後。

 その場に残った俺を、こめっこがじっと見つめていて……。

 

「フォアグラっていうのが食べてみたいです」

「よし分かった。めぐみんには黙っておいてください」

 

 こめっこ、恐ろしい子……!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このどん底冒険者に光明を!

『祝福』1,2、既読推奨。
 時系列は、2巻2章の前。


 ――ある日の昼下がり。

 冒険者ギルドの酒場にて。

 冬将軍に首ちょんぱされ、まともなクエストを請ける事が出来ない俺は、昼間から酒を飲んでダクネス相手に管を巻いていた。

 

「畜生! 俺達は街を救った英雄なんだぞ? 魔王軍の幹部を倒したんだぞ? それなのに、この仕打ちはなんだよ? 借金背負わせた上にクエストでちょっと失敗したからって毎回毎回報酬から天引きしやがって! ああクソ、こんな事なら真面目に戦うんじゃなかった。アクセルの街なんかベルディアに滅ぼされれば良かったんじゃないか?」

「お、おい、借金が返せなくて焦る気持ちは分かるが、滅多な事を言うものじゃない。そんなに酔うほど飲むなんて、いくらなんでも飲みすぎではないか? ほら、もう酒はやめて水を飲め」

「いや、それほど酔ってないから気にしないでくれ。ただ愚痴らないとやってられないだけだ」

「そ、そうか……。いきなり冷静になられても困るのだが……。というか、酔っていないのに今の発言はどうなんだ?」

 

 ……金が欲しい。

 今でさえ雪精討伐なんていう割に合わないクエストをしなければならないのだから、このまま本格的な冬が来たら、駆け出し冒険者である俺達が出来るクエストは一つもなくなるだろう。

 いくら雪精の討伐報酬が美味しくても、死んでしまっては割に合わない。

 死んでしまっては……。

 ……。

 ……ふぅむ。

 

「なあなあ、冒険者の福利厚生ってどうなってるんだ? 危険な仕事なんだし、保険とかってないのか?」

「保険? 保険とはなんだ?」

 

 なんだと言われても俺も困るが。

 

「ええと、金に余裕がある時に、いろんな人が金を出し合って保管しておくんだ。それを、大怪我をしたり重病になったりした奴が、治療やリハビリのために使う。万が一に備えて、事前に金を払っておくっていうか……。そうすると、ほら、一人一人が支払うのは少ない金でも、十分な保障が受けられるだろ?」

「……ふむ。それはとても良い制度だと思うが、冒険者は基本的に貧乏だからな。金に余裕がある時というのがないし、それに危険が伴う仕事だから、怪我人の数が増えすぎて、すぐに金が足りなくなると思うぞ」

「やっぱりそうか。そういや、戦場に行ったりスカイダイビングしたり、危ない事をする時には保険が適用されないって言われてたしな」

「いきなりどうしてそんな事を言いだしたんだ? 保険というものがあったとしても、事前に金を払っていなければ保障を受けられるわけではないのだろう?」

「いや、俺達にはアクアがいるだろ? 生命保険に入っておいて、死んで金を受け取ってからアクアに蘇生してもらったらどうかと思ってな」

「お、お前という奴は……! それは詐欺みたいなものではないか!」

「みたいなも何も、俺の元いたところじゃ保険金詐欺って言われてたが。まあでも、本当に死んでるんだから詐欺ってわけでもないぞ」

「そういう問題ではない。せっかくの助け合いの制度を悪用するとは、恥を知れ!」

「な、なんだよ。実際にやったわけでもないし、そもそも保険制度もないんだからただの妄想じゃないか。そこまで怒る事もないだろ」

「……お前の現状には同情出来るところもあるが、金がないからと言って、何をしてもいいと思うなよ」

 

 俺はダクネスの小言に耳を塞ぎ。

 

「ああもう、借金はちっとも返せないし、アクアやめぐみんのせいで逆に増える勢いだし、このままじゃ冬越しも出来ずに凍え死ぬんだよ! 見ろ、あいつらを!」

 

 俺の指さす先を見たダクネスが、気まずそうに目を逸らす。

 そこには、暖炉の近くのテーブルを占拠し、他の冒険者に奢ってもらった酒で酔っぱらうアクアと、酒を飲んでいるわけでもないくせに近くの冒険者に絡んでいるめぐみんの姿が……。

 

「さあ次は! この瓶の中からビックリするものが出てきますよー」

「おいちょっと待て、その瓶には何も入ってないぞ。俺がさっき見たんだから間違いない。何も出てくるわけがない!」

「落ち着け。あのアクアさんの芸だぞ。きっと俺達の思いも寄らないビックリするものが……!」

「アクアさん、花鳥風月を! 花鳥風月をもう一度!」

「――いいですかリーン。魔法使いたるもの、最も大事なのは火力です。前衛が敵を止め、中衛がフォローし、魔法使いが圧倒的な威力の魔法でトドメを刺す。これが必勝パターンなのです。そして人類が到達し得る最大威力のスキルと言えば、そう! 爆裂魔法! というわけで、リーンも爆裂魔法を覚えてみてはいかがでしょうか。爆裂魔法以外に取得する価値のあるスキルなどありますか? いいえ、ありませんとも! さあ、私とともに爆裂道を歩もうではないですか!」

「え、えっと、その、あたしに爆裂魔法はちょっと荷が重いかなって……。あたしは紅魔族ほど魔力が高くないから一発も撃てないだろうし……。それに、こないだカズマの活躍を見てから、次は初級魔法を取るのもいいかなって思い始めてて……! ね、ねえダスト、この前の借金をチャラにしてあげるから助けてよ!」

「悪いなリーン。助けてやりてえが、俺はもうそいつらには関わらないと決めてるんだ……」

 

 …………。

 ……リーンが必死な様子でこっちを見ていた気がするが、気のせいだろう。

 

「アクアはともかく、めぐみんなんてちょっと前まで食うものにも困ってるみたいだったのに、今やあんなんだぞ。紅魔族は知能が高いって話はどうなったんだ? お前らはベルディアの討伐報酬を貰ってたし、俺達みたいに冬越し出来ないかもしれないなんて事はないんだろうけどな」

「ま、まあ、あの二人の事は仕方ない。お前が苦労している事は私が分かっている。お前は冬将軍に殺されて蘇生したばかりなのだから、今は余計な事を考えず英気を養うがいい。酒ばかり飲んでいると体に悪いぞ。私が頼んだものだが、これも食べたらどうだ」

 

 ダクネスが優しい口調で、労わるように料理を勧めてくる。

 俺は、そんなダクネスに。

 

「いやお前は何を言ってんの? どうして一人だけ俺の理解者みたいな顔をしていられるの? お前だって問題児の一人だって事を忘れるなよ。まったく、お前と来たら、モンスターの群れを見つけたら俺が止めるのも聞かずに突っこんでいきやがって! 毎回毎回、潜伏スキルで隙を突いてお前を助ける俺の身にもなってほしいもんだ!」

「そ、それは悪いと思っているが……! しかし、私はクルセイダーだ。モンスターからお前達を守るのが私の役目だ。率先してモンスターに突っこんでいくのは、むしろ正しい行動なのではないか?」

「ほーん? お前の言うクルセイダーの正しい行動っていうのは、モンスターに一方的にボコボコにされてハアハア言う事なのか? そりゃ俺だって、お前がモンスターと互角に渡り合って、何匹か倒してるんだったら文句は言わないよ。でもお前、攻撃が当たらなくて一方的にボコボコにされるだけじゃないか。いいか? 俺達が請けてるのは討伐クエストなんだよ。どこの誰が、モンスターにボコボコにされてきてください、倒さなくてもいいですなんてクエストを発注するんだ? お前がモンスターにボコボコにされたところで、誰も得をしない。隙を突いてモンスターを倒すなんて事も出来ない。俺達にはまともな攻撃方法なんかないんだからな。というか、めぐみんが爆裂魔法を撃とうとしても、お前を巻きこむから撃てないんだよ。潜伏スキルでこっそり近づいて爆裂魔法で一掃すればいいだけなのに、お前が勝手に突っこんでいくせいで、何度クエストに失敗してきたと思ってるんだ? なあ、パーティーのためになっていないどころか、むしろ邪魔しているお前の行動のどこが正しいのか、俺にも分かりやすく教えてくれよ、上級職のクルセイダー様?」

「うう……。す、すいません……」

 

 俺がネチネチと責めると、ダクネスは両手で顔を覆い……。

 

「…………んくう……っ!」

「……お前、責められてちょっと興奮したのか」

「し、してない。だがもう少し強めに罵ってくれても構わない」

「構わないじゃねーよふざけんなド変態」

「……! ……!!」

 

 ……もうコイツは放っておこう。

 酒でも飲まなきゃやってられんと、俺がジョッキを呷って、ふと横を見ると。

 俺とダクネスのやりとりを見ていたらしく、クリスがドン引きした様子で立っていた。

 

 

 *****

 

 ダクネスの隣の椅子に腰を下ろしたクリスは。

 

「……ねえダクネス、本当にこんなのにくっついてて大丈夫なの? まあ、悪い人ではないってのはなんとなく分かったけど、初対面でいきなりぱんつ脱がしてくるような男だよ?」

「おいやめろ。俺に聞こえないようにマジなトーンで忠告するのはやめろよ。ていうか、聞こえてるんだよ。お前、ミツルギにも俺の事をぱんつ脱がせ魔とか言ってただろ。俺の悪口をあちこちで言って回るのはやめろよな」

「だって本当の事じゃん」

 

 ……この野郎。

 

「よし分かった。そんなに言うなら俺がぱんつ脱がせ魔だって事をここで証明してやろうじゃないか。『スティー……』」

「や、やめろよぉ……」

 

 俺が片手を突きだすと、クリスは泣きそうな表情を浮かべダクネスの背後に隠れようとする。

 

「カズマ、ここは私に免じてそれくらいにしてやってくれ。クリスも、カズマはこう見えて、意外と頼りになるところもあるんだ」

「それは知ってるけど……。そういえば、あのベルディアを倒したんだってね? すごいじゃない」

 

 クリスがいきなり手のひらを返し褒めてくるが、俺は簡単に機嫌を直すような男では……。

 

「ま、まあ、それほどでもあるけどな。でもあれは、ダクネスがベルディアの攻撃に耐えてくれてたおかげだよ」

「……ん。私はクルセイダーだからな。お前達を守るのが私の役目だ」

 

 クルセイダーとしての活躍を褒められたダクネスが、恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに口元を緩ませる。

 

「そっか。なんだかんだ言って、仲間らしくなってるんだね。ダクネスの事は心配していたから、あたしも嬉しいよ」

 

 そう言って嬉しそうに笑うクリスに、ダクネスは。

 

「ああ、あれは凄まじい戦いだったな。あれほどの攻撃を受けたのは初めてだ。……素晴らしかった。それに、あやつはやり手だったな! 私の鎧を一思いに斬るのではなく、少しずつ削り取っていき……。そ、そうだ。それに、私がベルディアに責められている間、背後からカズマにも言葉で責められ……! その上、クリエイトウォーターで頭から水ぶっかけられて……! …………んくうっ……!」

「ダ、ダクネスが……、あたしのダクネスがこんな……! キミってば、一体ダクネスに何をしたのさーっ!」

 

 いきり立つクリスが、テーブルに身を乗りだし俺の胸倉を掴む。

 

「おおお、落ち着け。俺は何もやってないよ。こいつは元からこんなもんだった。一応言っておくけど、言葉で責めたってのはダクネスがわけの分からない事を言いだしたからちゃんとやれって言っただけだし、クリエイトウォーターを使ったのは敵の足止めのためで、ダクネスには無害だって分かってたからだぞ。それに、あれのおかげでベルディアの弱点が水だって分かったんだから、俺は怒られるどころか褒められてもいいと思う」

「まあ、冬将軍に殺された時も最期まで皆の事を心配してた事は知ってるから、キミが狡すっからくて陰湿なだけの人じゃないってのは分かってるつもりだけどね? そういうのはもう少し控えた方がいいと思うよ」

「……? どうしてクリスが、俺が冬将軍に殺された事を知ってるんだ?」

 

 冬将軍に殺されてから、クリスに会うのはこれが初めてのはずだが。

 俺の質問に、クリスはなぜか焦りだし。

 

「そそそ、それはほら、あたしって盗賊だからさ! 日々の情報収集は欠かさないっていうか、これでもいろんな人から噂を聞いてるんだよ!」

 

 盗賊だからというのはよく分からないが、俺も冒険者から情報収集をしていたし、そういうものなのだろう。

 

「そ、そういえば、ダクネスの事を探してたんだよ。少しの間、街を離れる事になってさ。今日はダクネスにその挨拶をするために来たんだよ」

 

 ……なんだか露骨に話を逸らそうとしている気もするが。

 

「街を離れるとは、どこへ行くんだ? クリスは以前から、たまに姿を消してしばらく帰ってこない事があったな。一体どこで何をやっているんだ? これから冬が始まるというのに、アクセルの街を離れて大丈夫なのか?」

「あたしの事は大丈夫だから、心配しないでよ。ちょっと、昔お世話になった先輩に、理不尽な無理難題を押しつけられちゃってさ。その後始末のために出掛けないといけないんだ。しばらく留守にするけど、ダクネスはもうあたしがいなくても大丈夫だよね?」

「そ、そうだな、今はカズマ達がいるから……」

「いやちょっと待て。なんかそのやりとりは死亡フラグが立ってる気がするんだが、本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ! 変な事言わないでよ。心配しないでも、すぐに帰ってくるってば。キミはあたしの事より、自分の事を心配した方がいいんじゃないかな? いくら冒険者だからって、もう冬将軍と戦うような危ない事をしちゃ駄目だよ」

「俺だって好きであんなおっかない奴と戦ったわけじゃないよ。というか、冬の間は危険なモンスターしか出歩いていないっていうし、出来ればクエストなんか請けずに街でじっとしていたいんだけどな」

「だったら、そうすればいいじゃん。危険なモンスターが活動している冬の間は、宿に篭ってのんびりするのが冒険者じゃないか」

「……金がない」

「え?」

 

 ポツリと呟く俺に、クリスが首を傾げる。

 

「金がないんだよ。ベルディアの討伐に一番貢献したって事で、討伐報酬を貰える事になったが、アクアが洪水を起こしたせいで街に被害が出て、その弁償のために借金背負わされてんだ。そのせいでクエストを達成しても報酬を天引きされるし、どいつもこいつも面倒ばかり起こすからクエストをまともに達成出来ないし、宿に篭るための金がない。未だに馬小屋で寝起きしてるんだぞ。俺だって危険な冬のモンスターなんて相手にしたくないが、クエストを請けて金を稼がないと、このままじゃ春になる前に凍え死ぬ」

「そ、そっか。キミも苦労してるんだね。……先輩は相変わらずだなあ……」

 

 クリスは苦笑しながら、困ったようにぽりぽりと頬の傷痕を掻いて。

 

「そんなにお金が要るのなら、冬の間はクエストじゃなく、ダンジョンに潜ればいいんじゃないかな?」

「ダンジョン? その話、詳しく」

 

 俺はテーブルの対面に座るクリスに向かって身を乗りだす。

 クリスが、俺が身を乗りだした分、身を引きながら。

 

「詳しくって言われても。キミは借金を早く返したくて、お金が欲しいんだよね? それで、手頃なクエストがなくて困ってるって言うんなら、クエストを請けるんじゃなくてダンジョンに潜って財宝を探してみたらどうかなって思ったんだよ。盗賊の罠発見と罠解除のスキルなら、これからあたしが教えてあげても良いよ。とりあえず、それだけあれば初心者向けのダンジョンなら困る事はないんじゃないかな」

 

 そんなクリスの言葉に、俺はふと思いついた事を聞いてみる。

 

「……なあ、盗賊には暗いところで目が見えるようになるスキルってないのか?」

「……? そうだけど、それがどうかしたの?」

「俺はこないだ、アーチャーの《千里眼》ってスキルを教えてもらったから、暗いところでもある程度は見えるようになったんだが。暗いところを見通せるスキルって、アーチャーよりも盗賊が習得しそうなもんじゃないか? 《暗視》とか《夜目》とか、そんなスキルはないのか?」

「そんなのがあったらあたしも取りたいけど、盗賊のスキルに暗いところを見通せるスキルはないよ」

「……この世界、本当にロクでもないな。ゲームだったらクソゲーだぞ絶対」

 

 なんだろう、一昔前のゲームバランスが壊れているRPGを思いだす。

 しかし逆に言えば、暗いところを見通す事が出来て盗賊職のスキルも使えるというのは、冒険者だけの特権なわけだ。

 これまで、最弱職とバカにされたり、ステータスが低いせいで戦闘では活躍できなかったりしたが。

 ついに俺の時代が来るのかもしれない。

 

「よし、クリス。ここの代金は俺が持つから、罠発見と罠解除のスキルを教えてください!」

 

 

 *****

 

 

 スティールを教わった時のように、冒険者ギルドの裏手に行くのかと思っていたが、街中で罠を使うのは危ないからというクリスに連れられて、俺とダクネスは街の外までやってきていた。

 酔いつぶれたアクアのお守りは、今日はもう爆裂魔法を使ってしまっためぐみんに任せてある。

 

「カ、カズマ君、そんなに気にしなくていいよ! あたしは気にしてないからさ!」

「そうだぞ! その、ほら、私達は仲間ではないか。お前のために金を立て替えるのは、仲間として当然の事だ!」

 

 クリスに酒を奢ると言ったのに、金がなくて奢れず、落ちこむ俺を、二人が口々に励ましてくれる。

 

「べべべ、別に気にしてねーし! クリスには今度、ダンジョンで財宝を見つけたらちゃんと奢るよ! それでいいだろ! 早くスキルを教えてくれ!」

「あはは、期待しないで待ってるよ……。それで、罠発見と罠解除のスキルだね。えっと、どうしようかな? 冒険者にスキルを教えるには、実際にやってみせないといけないんだけど、罠発見は自分で罠を仕掛けてみるわけには行かないし……。自分で仕掛けた罠を自分で発見するっていうのもおかしいだろ?」

「それもそうだな。じゃあ、俺が罠を仕掛けて、クリスがそれを見つけるってのはどうだ?」

「キミが? キミ、罠設置なんてスキル持ってるの?」

「スキルは持ってないが、ワイヤーとか貸してもらえれば、簡単な罠なら仕掛けられると思うぞ」

「ふーん? このクリスさんに、スキルも持ってないキミが罠を仕掛けるって? いいだろう、その挑戦、受けて立とうじゃないか!」

 

 俺の提案に、クリスが胸を張ってそんな事を……。

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。この流れは嫌な予感がするんだが、大丈夫か?」

「……うっ。だ、大丈夫だよ。あたしもちょっと嫌な予感はするけど、罠設置に幸運のステータスは関係ないはずだし、それに罠を仕掛けるだけなら変な事にはなりようがないよ」

「というか、俺の事をぱんつ脱がせ魔だなんだと言ってたが、よく考えてみれば勝負を吹っかけてきたのはお前の方じゃないか。確かに下着を盗んだのは俺が悪かったが、勝負の結果に後からグダグダ言うのはどうかと思う」

「わ、分かったよ! もしも今回変な事になっても、お互い恨みっこなしって事にしよう!」

 

 罠を仕掛けるならば見通しの悪い場所の方がいいだろうという事で、俺はクリスにワイヤーやなんかの罠を仕掛ける道具を借り、ダクネスとともに森の中に入る。

 森の浅いところなら危険なモンスターも出ないし、もしもの時はダクネスに守ってもらえる。

 

「もしもの時は頼むぞダクネス。俺はモンスターにボコボコにされているお前を置いて逃げ、クリスを呼んでくるからな」

「私はクルセイダーだし、それは構わないのだが、容赦なく置いていくと言われるとなかなかに来るものが……! ……んっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

 

 身震いする変態は放っておいて、とりあえず足元の草を結んでみる。

 

「…………」

 

 つま先を引っかけて転ぶという簡単な罠だが、これだけではすぐに見つかってしまうだろうし、つまらない。

 俺はクリスから借りたワイヤーやなんかを取りだして……。

 と、作業を始める俺に、ダクネスが。

 

「お、おいカズマ? 罠発見のスキルを見せてもらうだけなのだろう? そこまで本格的に罠を仕掛けなくても……」

「何言ってんだ。勝負なんだから、やるからには勝つつもりでやるに決まってるだろ。俺は本気でクリスを引っかけようとし、クリスはそれを本気で見破ろうとする。それでこそ、スキルのいいところも悪いところも分かるってもんだ。罠なんてそこら辺に仕掛けられてるわけないから、罠発見のスキルを使うのはダンジョンの中でぶっつけ本番って事になる。だから今のうちに、スキルの特性や弱点を知っておきたいと思ってな。よく知らないスキルを使って、ダンジョンの中でピンチになったらどうしようもないだろ?」

「そ、そうか。カズマがそう言うのなら、私からは何も言うまい。モンスターが来ないか見張る事に専念するとしよう」

 

 ――しばらくして。

 俺に呼ばれて森に入ってきたクリスは。

 

「……ね、ねえ、結構しっかり準備してたみたいけど、これって罠発見スキルを見せるだけのはずだよねえ? というか、すでに見えてるだけでもかなりの数の罠があるのはどういう事かな? ダンジョンにだってこんなに大量の罠はないと思うよ」

「そんな事言われても、勝負って言うから勝つつもりでやっただけだぞ。それとも、本職の盗賊のクリスさんは、最弱の冒険者でしかも罠設置スキルを持ってるわけでもない俺の罠にあっさり引っかかるほど間抜けなのか?」

「そこまで言われたら引き下がるわけには行かないなあ! 分かったよ、やってやろうじゃん。いくらキミが狡すっからくて陰湿でも、盗賊を簡単に罠に掛けられると思ったら大間違いだってところを見せてあげるよ! さあ、行ってみようか!」

 

 そう言って、クリスは用心深く俺が仕掛けた罠へと歩み寄っていく。

 クリスが最初に手を付けたのは、草を結んだだけの簡単な罠。

 まずは小手調べとでもいうつもりなのかもしれないが……。

 クリスが警戒しながら、結んだ草をダガーで切り、罠を解除すると。

 草に結びつけ、地面を通しておいたワイヤーが引っ張られ、木の枝に括りつけておいた袋の口が開いて、土や小石がクリスの頭上に降り注いだ。

 

「ふわあーっ!」

 

 土塗れになったクリスが悲鳴を上げる。

 

「そんな見え見えの罠が、ただの罠なわけないだろ。それは囮だよ。普通に引っかかっても転ぶだけだけど、無駄に警戒して草を切ると、連動してる土や小石の罠が発動するんだ。実はちょっと切れ込みを入れてあって、転んでさらに土や小石の罠が発動すれば一番良かったんだが。……罠発見で罠がたくさんあるってのは見えてたみたいだけど、どれとどれが連動しているとかは分からないみたいだな。なるほどなあ」

「ぺっ! ぺっ! なるほどなあじゃないよ! 罠発見のスキルを見せるって話なのに、あたしを引っかける事に全力なのはなんでかなあ!」

「ダンジョンの罠だって、侵入者を引っかけるために全力なんだぞ。そういう罠に対してスキルがどんな風に働くかを知っておくのは、冒険者として当然だ。それに、勝負って言ったのはクリスの方じゃないか。何が起こっても恨みっこなしって言ってたし、今さら文句を言うのはどうかと思う」

「それはそうだけど。……でも、ダンジョンの罠はあたしの裏を掻いて発動したりしないんじゃないかなあ? ねえ、本当にキミ、罠設置のスキルは持ってないんだよね? 罠を解除したら発動する罠なんて、初級ダンジョンの罠よりよっぽど凶悪だよ」

「そんな事より、早くスキルを見せてくれよ。まだまだ罠はあるんだからな」

「わ、分かったよ。……ううっ、こ、これはそのまま解除していい罠かな? いや、裏を掻いて……、その裏を掻いて……? ……ふわあーっ!」

 

 疑り深くなったクリスが悩んでいる間に、範囲内に誰かが入ると時間経過で発動する罠が発動し、クリスが逆さ吊りにされて悲鳴を上げた。

 

「ダクネス! 助けてダクネース!」

「ま、待っていろクリス。今助けに……ッ!」

 

 クリスを助けに行こうとするダクネスが、草を結んだ罠に引っかかって転ぶ。

 ……冒険者カードを見ると、すでに罠発見も罠解除も習得出来るようになっていたが、面白そうなのでもう少し見守っていよう。

 

 

 *****

 

 

「うっ、うっ……。変な事になりようがないって言ったのに……。言ったのに……!」

 

 ――アクセルの街への帰り道。

 土塗れになってボロボロのクリスが、ダクネスに背負われながら泣き言を言っていた。

 

「だから、悪かったって言ってるだろ。それに、あんな事になるなんて、誰にも予想出来るわけないじゃないか。恨みっこなしって言ったのはお前なんだから、いい加減グダグダ言うのはやめろよな」

「それとこれとは話が違うよお……!」

 

 いろいろとひどかった。

 俺が事前に想定していた以上に、クリスは狙い通りに罠に引っかかり……。

 そんなクリスをダクネスが助けようとするのだが、俺が罠を仕掛けるところを見ていたくせに、なぜかダクネスまで罠に引っかかって、クリスが巻きこまれ……。

 最後には、クリスのホットパンツが脱げかけたりもしていた。

 ありがとうございます。

 ……ひょっとすると、俺には罠を仕掛ける才能とかがあるのかもしれない。

 しかし、モンスター相手には使えないし、仕掛けるのにも時間が掛かったから、実戦では役に立たないだろう。

 と、ボロボロのクリスと反対に、ほこほこしているダクネスが。

 

「それにしても……、あの草を結んだだけの罠はいいな。あんな簡単な作りの罠に、ああも簡単に引っかかるとは……。手軽に引っかけられる屈辱感が、またなんとも言えず…………んっ……! なあカズマ、またあの罠を仕掛ける気はないか?」

「ちょっとダクネス、何言ってんの? キミ、ダクネスに変な事を教えるのはやめてよ!」

「俺じゃねーよ! こいつはクリスとパーティーを組んでる時から、ずっとこんなだったよ!」

「そんなわけないじゃんか! ねえダクネス、本当にこの人と一緒のパーティーで大丈夫なの? ダクネスが正面から戦って負けるとは思わないけど、あたしも下着をスティールされたし、ダクネスも変な事されてない? さっきも罠に引っかけられてたし、嫌になったらいつでもパーティーを抜けていいんだからね? そうしたら、またあたしと組もうよ」

「おいちょっと待て。あれは事故だったって何度も言っただろ。それに、さっきの事は恨みっこなしとも言ってたじゃないか。盗賊職のクリスさんは、冒険者の俺の罠に引っかかりまくって泣き言を言うのか? 専門職として、それってどうなんですかねえ?」

「ぐっ……。わ、分かったよ! 今回の事については、もう何も言わないよ!」

 

 ダクネスに背負われたまま、クリスがぐぬぬとばかりに俺を睨みつけてくる。

 

「まあ、盗賊スキルも教えてもらったし、お前には世話になってるからな。金がないから奢ってやる事は出来ないが、アクアに治療してもらえよ」

 

 アクセルの街が見えてきた頃、俺がそう言うと、クリスは急にソワソワしだして。

 

「え、えっと、……そんな、このくらいのちょっとした怪我で、アクアさんほどのアークプリーストに治療してもらうなんて恐れ多いっていうか……。その、あたしは大丈夫だからさ!」

「……? いきなりどうしたんだ? あいつは確かにプリーストとしての腕だけは凄いが、そんなにありがたがるほどのもんでもないぞ。今だってどうせ、誰かに酒を奢ってもらって宴会芸を披露してるか、酔いつぶれて寝てるところだろうしな」

「キミはアクアさんに蘇生してもらったんだから、もっとありがたがってもいいんじゃないかな」

「つい最近、同じような事を俺に言ってきたダストっていう冒険者は、その日のうちに俺に泣いて謝ってきたぞ」

「……キミ、本当に何やってるのさ?」

 

 クリスはダクネスの背中から降りると、調子を確かめるように手首を振りながら。

 

「と、とにかく、怪我も大した事ないし、あたしは大丈夫だから! それに、そう、これから忙しくなるから、もう行かないといけないんだよ!」

「さっきまで、戻って酒を飲もうと言っていたのにどうしたんだ?」

 

 いきなりどこかへ行くと言いだしたクリスに、ダクネスが心配そうに聞く。

 

「そ、それは……。急用! 急用を思いだしてね!」

「今から移動するとなると、すぐに夜になってしまうが、大丈夫なのか? 転送屋を利用したらどうだ?」

「心配しないでよダクネス。あたし一人ならなんとでもなるからさ。そういうわけだから、あたしはもう行くよ! それじゃあね、カズマ君、ダクネス。少しの間、会えなくなるけど、二人にもよろしく言っておいてよ! カズマ君は、ダクネスの事をくれぐれも頼むよ。変な事をしちゃ駄目だからね」

 

 そう言って手を振り、クリスは立ち去っていき……!

 

 

 *****

 

 

「明日はダンジョンに行きます」

「嫌です」

「行きます」

 

 拒否するめぐみんに俺が即答すると、めぐみんが走って逃げようとしたので捕まえた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この輝かしい爆裂道に回り道を!

『祝福』5,9,12、『続・爆焔』、Web版5部、既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


 ――俺が魔王を倒してから、一年が経ったらしい。

 そんな事を今さらのように思うのは、商店街のあちこちに魔王討伐一周年感謝祭だとかいうポスターが貼られているからだ。

 ……なんでもかんでも商売のネタにするのはどうかと思うが。

 

「一年ですか。もうそんなに経つんですね」

 

 俺の隣を歩くめぐみんが、ポスターを見ながらそんな事を言う。

 一年経っても、髪が伸びたこと以外あまり変わらないめぐみんは、今日も爆裂散歩に行くところだ。

 商店街がそこそこの賑わいを見せる中、俺は通りかかった商店街の会長に。

 

「感謝祭って言うんだったら俺にも一言あっていいんじゃないですかねえ? なんていうか、ほら、俺って勇者じゃないですか。魔王を倒した英雄じゃないですか。別に売り上げの一部を寄越せなんて言わないけど、こういう事をするんだったら、事前に俺に話を通しておくのが筋ってもんじゃないんですか? 商人ってのはそういうつながりを大事にするもんじゃないんですか? どうせなら勇者サトウカズマフェアって事にして、もっと俺をチヤホヤしてくれても……」

「あなたは何をしているんですか! 勇者とか英雄とか言われてチヤホヤされたいんだったら、それなりの行動をするべきでしょう!」

 

 商店街の会長にネチネチと絡む俺を、めぐみんが強引に引っ張っていく。

 俺は高ステータスに物を言わせるめぐみんに引きずられながら。

 

「それなりの行動って言われても。だって、魔王を倒したんだぞ? 俺って世界を救ったんだぞ? ホントなら誰も彼もが俺を褒め称えて、甘やかしてくれるべきじゃないのか? 一生遊んで暮らしててもいいくらいじゃないのか? それがなんだよ! 勇者様勇者様ってありがたがってたのは最初のうちだけで、最近じゃ一体どんな狡すっからい手を使って魔王を倒したんですかって聞かれたり、魔王って実は弱かったんじゃないかって言われたりするんだぞ! もっと俺を称えろよ! 敬えよ! 褒めて褒めて、甘やかせよ!」

「言ってる事がアクアと同レベルですよ! そんなに甘やかしてほしいなら、私がいくらでも甘やかしてあげますから、少し落ち着いてください」

「お、おう……。最近のめぐみんは直球に磨きが掛かってるな。真っ昼間からそういう事を言われると流石に恥ずかしいんですが」

「違います! 違いますよ! そういう意味で言ったんじゃありません! あなたこそ真っ昼間から何を恥ずかしい事を考えているんですか!」

 

 俺の言葉に、瞳を紅く輝かせるめぐみんがそんな事を……。

 …………。

 

「なんだよ、違うのかよ! ていうか、またこんなんかよ! どうしてお前はそう男心を弄ぶんだよ! いい加減にしろ!」

「ちょっと待ってくださいよ。今のは私が悪いんですか? なんですか、子作りですか! いいですよ、だったら今夜はあなたの部屋に行きますからね!」

 

 瞳だけでなく顔まで赤くするめぐみんのすぐ傍を、親子連れが通りすぎて。

 ……めぐみんを興味津々で見つめる子供の手を引いて、母親が足早に去っていく。

 

「とりあえず少し落ち着きましょうか」

「そうしましょうか」

 

 俺とめぐみんは逃げるようにその場を離れる。

 

「まったく! カズマはまったく! 魔王を倒して一年経つというのに、そういうところはちっとも変わりませんね! 私だって乙女なのですから、たまにはムードとかそういう事も考えてくれてもいいと思うのですが!」

 

 ――魔王討伐の後。

 出発前夜の約束を果たした俺は、めぐみんルートに入った。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 めぐみんが魔法使い用のローブを新調したいと言うので、ウィズの魔道具店まで行く途中。

 

「こないだもローブを買いに行くって言ってなかったか? まあ、めぐみんは稼いだ金をほとんど使ってないから、少しくらい無駄遣いしてもいいと思うけどな」

「無駄遣いではありませんよ。私はまだ成長期ですからね。少しローブがきつくなってきたので、ウィズに仕立て直してもらおうかと思いまして」

「成長……? そ、そうだな。めぐみんももう十六になるっていうのに、見た目は相変わらずロリっ子だもんな。まだ成長するかもしれないよな」

「おい、本当にそう思っているなら私の目を見て言ってもらおうか。というか、私をロリっ子呼ばわりするという事は、あなたはロリコン呼ばわりされても反論できないのですがいいのですか?」

「見た目がロリっ子なだけで、十六ならセーフだろ。ちなみに見た目だけなら俺のタイプはダクネスみたいな体型だから、成長するならあんな感じになってくれると嬉しい」

「あなたがデリカシーのない人だという事は知っていますが、こ、恋人の前で他の女がタイプだとか言うのはどうかと思いますよ!」

 

 自分で恋人と言うのが恥ずかしいのか、めぐみんが顔を赤くしてそんな事を言う。

 

「恥ずかしいなら言わなけりゃいいのに」

「たまに口にしておかないと、カズマは本気で忘れそうな気がするので。私はあなたの恋人なのですから、そこのところを忘れないでくださいよ」

「お、おう……。いや、忘れるわけないだろ。お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

 

 そんな話をしながら、ウィズの店に辿り着くと。

 

「へいらっしゃい! やる事やってるくせに、これは浮気じゃないなどと言い訳をしながらとある店のサービスを受け続ける小僧と、小僧がちょくちょく外泊する理由に見当を付けつつも、貧乳が原因なら仕方ないのかもしれないと悶々としているネタ種族よ!」

 

 店先で掃除をしていたバニルが、聞き捨てならない挨拶をしてきた。

 

「おいちょっと待て。その話、詳しく……。いや、詳しく聞くと藪蛇になりそうなんだけど、でも詳しく聞いておいた方がいいような……。お前、初っ端から飛ばしすぎだろ。なんでもかんでも見通せるからって、余計な事を言うのはやめろよな」

「してません! してませんよ! 別にそんな事で悩んだりしてませんから!」

「フハハハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である! ネタ種族もそこの浮気性の男と乳繰り合うようになってから、なかなか良い悪感情を発するようになってきたな。ご馳走様です」

「おいやめろ。あとめぐみんはからかうのは好きだけどからかわれるのは苦手なんだから、やめてやれよ」

「カズマこそ私を性悪女のように言うのはやめてください。というか、私としてはバニルの言っている事が気になるのですが。カズマがサービスを受けているという、とある店について詳しく」

「おいやめろ。紅魔族は悪魔の言葉に耳を貸すなって教えられるんじゃないのか?」

 

 言い合う俺達に、バニルが懐から何かを取りだして。

 

「ところで、当店の節穴店主が例によって仕入れてきた欠陥魔道具があるのだが。これを買ってくれたお客様には、我輩サービスしてしまうかもしれん」

「買います」

「毎度あり!」

 

 即答するめぐみんに商品を渡そうとするバニルに、俺は。

 

「いやちょっと待て! 俺が買う! 買うからそのサービスは俺に頼む! 具体的には、めぐみんには黙っておいてください」

「なんと、欠陥魔道具がまさかの人気商品に。しかしこれはひとつしかないので、残念ながら一人にしか売る事は出来ぬ。ここはより高値を付けてくれたお客様に売るとしよう。まずは十万エリスから。さあ! この欠陥魔道具が今なら十万エリス! 十万エリスですよ!」

「お前、やっぱりロクでもないな。二十万」

「カズマ!? 欠陥魔道具と分かっているのに買うのは……。というか、魔道具の効果も分かっていないではないですか。それはどういう魔道具なんですか?」

「うむ。これは以前ネタ種族が欲しがっていた、爆裂魔法の威力を上げるポーションである。ただし、魔力を二倍使う上に、威力が上がった爆裂魔法は射程ギリギリに撃っても術者を巻きこむであろう」

「買います買います! 絶対買います! 自分の爆裂魔法に巻きこまれて死ぬなら望むところですよ!」

「バカ! お前はどうしてそう生き急ぐんだよ。もう魔王は倒したんだから、危ない事はせずに面白おかしく暮らしていけばいいじゃないか」

「魔王を倒しても爆裂道に終わりはありませんからね。……二十一万エリス」

「……!? おいめぐみん、いいのか? そんな無駄なもんに大金を使って、お前の心は痛まないのか? 三十万」

「この男! カズマこそ無駄なものと言いながらお金を使いすぎですよ! それに、カズマはさっき、少しくらい無駄遣いをしてもいいと言ってくれたではないですか! さ、三十万五千エリス……!」

「ダクネスの時とか魔王討伐の時とか、俺が時々金遣いが荒いのは知ってるだろ。俺は金を使った事を後悔してないし、これからも後悔しない。四十万」

「私だって、爆裂魔法のためなら大金を使ったって後悔しませんよ! ええ、しませんとも! よよよ、四十万二千エリス……!」

 

 口では強気な事を言いながら、めぐみんが上乗せする金額がどんどん少なくなっていっていた、そんな時。

 店のドアを開けて顔を出したアクアが。

 

「ねえ二人とも、お店の前で何をそんなに騒いでいるの? 近所の人達の迷惑になるから、とっとと中に入ったら?」

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 カウンターで店番をしていたウィズに歓迎され店に入ると。

 アクアが当たり前のような顔でお茶を飲み寛ぎ始めて。

 

「まったく! 二人とも、もう子供じゃないんだから周りの迷惑ってものを考えたらどうかしら? ウィズに美味しいお茶でも淹れてもらって、少しは落ち着きなさいな。ウィズ、私のお茶もなくなっちゃったから、お代わりをお願いね」

「分かりましたアクア様。ちょっと待ってくださいね」

 

 ウィズが当たり前のようにお茶を淹れ始めると、なぜか店の奥から現れたダクネスが。

 

「ウィズ、これはどこに置けばいいんだ?」

「あ、ダクネスさん。片付けを手伝ってもらってすいません。今お茶を淹れますから、ダクネスさんも休憩してください」

「……ん。それはありがたいな」

 

 めぐみんが、とある店については今度改めて聞きますからねと言ってローブを見に行く中、俺はダクネスに。

 

「おいダクネス。アクアは分かるが、どうしてお前までこの店にいるんだ? お前はクルセイダーなんだし、魔道具を使う事なんてそんなにないだろ」

「そ、それが……、最近は見合いの申し入れが多くなってきてな。私が住んでいる場所も知られてしまったらしく、屋敷にいても実家にいても見合いの申し入れが来るので、いちいち断るのも面倒になって、アクアにくっついてこの店に避難してきたんだ」

「お前ら、客でもないのにこの店に入り浸るのはやめてやれよ……」

 

 俺の言葉にダクネスは気まずそうな顔をする。

 一応はウィズに済まないと思っているらしく、店の片付けを手伝っているようだが……。

 と、ダクネスと違って周りの迷惑ってものをちっとも考えていないアクアに、俺とめぐみんに欠陥魔道具を売りつけ損ねて不機嫌なバニルが。

 

「この店を喫茶店代わりにするだけでは飽き足らず、せっかくの商談の機会をふいにしおって! もう勘弁ならん! 追いだしてくれよう疫病神め!」

「やれるもんならやってみなさい木っ端悪魔! あんたのへなちょこ光線が、魔王を倒して本来の力を取り戻した私には効かないって分かんないんですかー? なんでしたっけアレ、バニル式殺人光線? 殺人とか言ってますけど、あんなんじゃ夏場の鬱陶しい蚊くらいしか殺せないんじゃないですかー? プークスクス!」

 

 二人は険悪な雰囲気を醸し出しながら睨み合い……。

 

「『バニル式殺人光線』!」

「『リフレクト』!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! あれだけ大口を叩いておいて、気合で消し飛ばすではなく、わざわざ魔法を使って反射するとは! その程度で本来の力とは笑わせてくれる!」

「そっちこそ、効きもしない貧弱光線をバカのひとつ覚えみたいに撃つだけで恥ずかしくないの? 地獄の公爵って蚊取り線香か何かなの? もう夏も終わったんだから押し入れに仕舞われちゃいなさいな!」

「おいお前ら、アクアが反射した殺人光線を食らって、ダクネスが焦げてるんだが」

 

 そんな俺の言葉を無視して。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

「おっと私の魔法はあんたみたいな木っ端悪魔には強すぎたかしら! 消し飛ばすどころか反射も出来ずに避けるだなんて! 一寸の害虫にも五分の魂って言うじゃない? あんまり弱っちいから、叩き潰すのがちょっぴり可哀相になってきたわね地獄の公爵さん。まあ悪魔の穢れた魂なんて何の価値もないし、叩き潰すんですけど!」

「フハハハハハハハ! ここで我輩を倒しても、すぐに第二第三の我輩が現れるであろう! なんなら一匹見かけたら三十匹いるというアレのごとく、三十体の我輩が降臨しても構わぬぞ!」

「おいお前ら、バニルが避けた退魔魔法を食らって、ウィズが消えかけてるんだが」

 

 

 

 アクアがダクネスにヒールを掛け、バニルがウィズに水を飲ませて介抱する中。

 騒ぎをものともせずに魔道具を見ていためぐみんが。

 

「ウィズは消えかけていますし、今日のところは帰った方がいいかもしれませんね。ローブはまた今度買いに来る事にしましょう。この後は一緒に爆裂散歩に行きませんか?」

「それはいいけど、お前はもう少し周りを気に掛けてもいいと思うぞ」

 

 と、マイペースなめぐみんに、ウィズの介抱をしていたバニルが。

 

「しばし待つが良い、小僧と出掛ける事に内心ウキウキの娘よ」

「否定はしませんが、いちいち口に出すのはやめてください」

「うむ、なかなかの羞恥の悪感情である。なに、それほど時間は掛からん。ただ少し、気になる事があってな……」

 

 そう言って、じっとめぐみんを見つめるバニル。

 そんなバニルを、アクアが剣呑な目つきでじっと睨んでいるが……。

 と、バニルはいきなり笑いだし。

 

「フハハハハハハハ! やはりな! 爆裂道などというわけの分からぬ道をひた走る人生ネタ娘よ。貴様の腹の中には赤子がおるゆえ、あまり爆裂魔法を使わぬが吉。心身ともに健やかに過ごし、元気な赤子を産むが良い。我輩にとって貴様ら人間は美味しいご飯製造機。貴様の子が生まれた暁には、我輩は喜び庭駆け回るであろう」

 

 アクアに睨まれてやりにくそうにしながらも、バニルがそんな事を……。

 …………。

 

 ……………………何て?

 

「おい、人の人生をネタ扱いするのはやめてもらおうか。というか、今なんと言いましたか? 赤子……?」

 

 めぐみんのその言葉に、アクアのヒールで目を覚ましたダクネスが、ぼんやりした様子のまま。

 

「赤子というのは、赤ん坊の事だな」

 

 アクアがバニルを睨むのをやめ、めぐみんの腹の辺りをじっと見つめて。

 

「あらっ? 本当だわ。めぐみんのお腹の中に、もうひとつの生命を感じるわね! めぐみんったら、おめでたよ!」

 

 と、ダクネスが何かに気づいたように。

 

「……そ、そういえば、最近のめぐみんはやたらと食欲が増していたな。それに、酸っぱいものを食べたがったり、ちょっとした事でイライラしたり……」

 

 えっ……。

 いや、マジで?

 

「おい待てよ。お前らちょっと待ってくれ。何かの間違いじゃないのか? めぐみんがちょっとした事で怒りだして誰彼構わず襲いかかるなんて平常運転じゃないか」

「何よ、女神の見立てを疑うっていうの?」

「地獄の公爵にしてすべてを見通す大悪魔たる我輩の言葉を疑うというのか?」

「お前ら、ついさっきまで喧嘩してたくせに、どうしてこんな時だけ息ぴったりなんだよ!」

 

 口々に言う女神と悪魔に俺が叫び返した、そんな時。

 瞳を真っ赤に輝かせためぐみんが、震える声で。

 

「あ、赤ん坊……? 私のお腹の中に、カズマの子供がいるっていうんですか?」

 

 そんなめぐみんに、俺は……。

 

「……マ、マジで? 本当に俺の子?」

 

 …………。

 

「おい」

「いや待て! 待ってください! 今のはノーカンだ!」

「最低です! 本当に本当に、心の底から最低ですよあなたは! 流石にその発言は人としてどうかと思いますよ!」

「ちちち、違ーっ! 今のはそういう意味じゃなくてだな! その、ほら、アレだ。俺ってまだ二十歳にもなってないし、いきなり子供が出来たとか言われても現実感がないっていうか……! 別にめぐみんが俺以外とどうのこうのとか想像したわけじゃ……!」

「分かりました! 分かりましたからあなたは少し黙っていてください! 今あなたは本当に最低な事を口走っていますよ!」

 

 うろたえる俺はめぐみんに黙らされ。

 

「まったく! カズマはまったく! あなたがおかしな事を口走るせいで、赤ん坊が出来たと言われた衝撃がどこかへ行ってしまいましたよ。本当に、肝心な時に締まらない人ですね……」

 

 めぐみんが怒った表情を浮かべながら、なぜか口元をムニムニさせる。

 

「ううむ。そうした感情は我輩の好みではないのだが」

「うるさいですよ! それで、子供が出来たというのは本当なんですね? もし悪感情を得るための嘘だとか言ったら、この店ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしますよ」

「この店がなくなると、そこで消えかかっている薄幸店主が泣くのでやめてもらいたい。見通す悪魔の名に懸けて、我輩は嘘など吐いておらぬ。貴様の腹の中に、そこの小僧の子がいるというのは事実であるので、しばらくは安静にするが吉。普通の魔法ならば問題はなかろうが、爆裂魔法は一度に激しく魔力が流動するため、赤子に悪影響があるやもしれぬ。この後の爆裂散歩とやらも控えた方が良いであろうな」

 

 爆裂魔法に人生を捧げてきたと言っても過言ではないめぐみんに、爆裂魔法を使うなと言うバニル。

 そんなバニルに、めぐみんは。

 

「分かりました。今日から爆裂魔法は封印する事にしましょう」

「お、お前……。いいのかよ?」

 

 あっさりと頷いためぐみんに、俺が聞くと。

 

「仕方ありませんよ。私はカズマのためなら爆裂魔法を使わなくても我慢できます。ただ、破壊神の生まれ変わりである私が、爆裂魔法を使わない事でボンってなりそうになったら、カズマがいつものようになんとかしてくださいね」

「お、おう……。なんていうか、俺の感動を返してくれ」

 

 結局いつもどおりのめぐみんに俺が呆れていると、アクアが。

 

「ねえめぐみんめぐみん、我慢は体に毒だって言うし、ちょっとくらいならいいんじゃないかしら? 赤ん坊の魂は柔らかいから、変な事になっても私がリザレクションを掛けてあげるわよ?」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアに、めぐみんは微笑んで。

 

「いえ、気持ちはありがたいですが、やめておきます。いくら私でも、誰かの命と引き換えに爆裂魔法を使うつもりはありませんよ。それが私とカズマの子だっていうなら、絶対です」

「よく言ったぞめぐみん。……不思議なものだな。めぐみんは私よりも年下なのに、すでに母親の顔をしているような気がする」

「ねえ二人とも! 私は私は? 女神である私に母性を感じる事ってないかしら?」

「「全然ない」」

「なんでよーっ!」

 

 三人がそんな、微笑ましいようなそうでもないようなやりとりをする中。

 俺は、悪魔のくせに嬉しそうにしているバニルを見て。

 

「なあなあ、悪感情が欲しいんなら今がチャンスなんじゃないか? 残念、ドッキリでした! ってやらないでいいのか?」

「あの爆裂娘の腹の中に貴様の子がいるのは事実だと言っておろうが。汝、いきなり父親だと言われてもさっぱり実感が湧かず、ドッキリだったらいいのにと思う自分に後ろめたさを抱く男よ。悪魔である我輩が言う事でもないが、若い男親など誰もがそのようなものなので、気にせんで良かろう」

「おいやめろ。悪魔のくせに慰めるなよ。何を企んでんだよ」

「今回は特に企みなどない。我輩にとって貴様ら人間は美味しいご飯製造機であるからして、そんな人間が増えるというのなら、便宜を計ってやらんでもない。なんなら育児を手伝ってやっても良いが?」

「い、いらない」

 

 と、アクアとダクネスと話していためぐみんが、俺の方を見て。

 

「以前にも似たような事を言いましたが、今度こそ爆裂魔法は封印します。子供を産んだ後も子育てがありますし、街の外まで出歩くわけにもいきませんから、一年か二年くらいは爆裂魔法を使う事は出来ないでしょう。爆裂道を極めるつもりでしたが、長い回り道になりそうですね」

 

 そんな事を言うめぐみんは、少し寂しそうに、けれど嬉しそうに微笑んでいて……。

 

 

 *****

 

 

 ある日の昼下がり。

 アクアはチヤホヤされてくると言ってアルカンレティアへ行き、ダクネスは見合いの申し入れを蹴散らすために王都へ行っていて、屋敷の広間には俺とめぐみんしかいない。

 俺の隣でソファーに座っているめぐみんが。

 

「……暇ですね」

 

 ――めぐみんの妊娠が発覚して、一週間が経った。

 この一週間というもの、日課であった爆裂散歩をやめためぐみんは、一日中、屋敷の広間でぼんやりして過ごしていた。

 爆裂魔法を封印したのが良かったのか、以前までの凶暴性は薄れ、突然暴れだすような事もなくなって、すっかり穏やかになっている。

 ……ひょっとして、人は爆裂魔法を使うと怒りやすくなるのかもしれない。

 

「暇ならゲームでもやってればいいじゃないか。俺が向こうの世界で引き篭もりをやっていた頃は、一か月くらい家から出なくてもまったく退屈なんか感じなかったぞ」

「その話は自慢げに話すような事なのですか? このところ、爆裂魔法を使っていないせいで、なんだか体がうずうずするのですよ。爆裂魔法が使えないのは我慢するとして、高いステータスに物を言わせて、喧嘩を売ってきたチンピラを返り討ちにしたりしたいのですが、妊娠している時というのは、あまり体を激しく動かしてはいけないらしいですからね。この街に子供を産んだ事のある知り合いなんていませんし、どこまでなら許されるのかが分かりません」

「そ、そうか……。お前、大人しくしてると思ったら中身は全然変わってないじゃないか。とりあえず、チンピラと喧嘩するのが駄目だっていうのは俺でも分かる」

「そんなに簡単に人の性格は変わりませんよ。カズマだって、魔王を倒して一年も経つというのに、ちっとも勇者らしくなっていないではないですか」

「まあ、最強の最弱職だとか呼ばれてるしな」

「私はどうですか? この一年で、少しは変わりましたか?」

 

 俺は、探るようにそんな事を言ってくるめぐみんに。

 

「髪が伸びた」

「……他には?」

 

 …………。

 

「背も少し伸びたな」

「ほうほう、それで?」

 

 胸も……。

 …………?

 

「おい、今どこを見て何を考えたのか詳しく教えてもらおうか」

「いやちょっと待ってくれ。めぐみんだって、一年経っても俺が変わってないって言ってたじゃないか。俺にばかり言わせるのはどうかと思う」

 

 俺の苦し紛れのそんな言葉に、めぐみんはクスクス笑いながら。

 

「私はカズマが勇者らしくないと言っただけですよ。……そうですね。一年前と比べて、カズマも背が伸びましたね。それに、少し大人っぽくなったかもしれません。性格はあまり変わっていませんし、以前とやっている事も変わりませんが、私の方を見る回数が増えましたね」

「そ、そうか。よく見てますねめぐみんさん」

「好きな人の事ですからね。この一年で私がどう変わったのか、カズマが分からなくても私は気にしませんから、気まずく感じなくてもいいですよ。私はカズマの、そんなどうしようもないところも嫌いではないですからね」

 

 ……一年前と比べて手玉に取られてる気がするんですけど。

 

 

 

 爆裂魔法を撃ちたくてうずうずしているめぐみんを宥めながら、ダラダラと過ごしていると。

 

「めぐみーん! めぐみん、いるー!?」

 

 玄関のドアが乱暴にバンバン叩かれ……。

 ……というか、この声は。

 ドアを開き姿を現したのは、いつも人に気を遣ってばかりのゆんゆんで。

 

「おや、ゆんゆんではないですか。そんなに慌ててどうしたのですか?」

 

 めぐみんの言うとおり、ゆんゆんがこんなに慌てている姿というのは珍しい。

 気を遣いすぎて、屋敷を訪ねてくるのもためらっていたくらいなのだが。

 

「どうしたのですかじゃないわよ! ねえめぐみん、どういう事? カズマさんとの間に子供が出来たって本当なの?」

「そういえばゆんゆんには言い忘れていましたが、そうらしいです。まだあまり実感は湧かないですが、アクアとバニルが言っていたので間違いないでしょう。私のお腹の中にはカズマの子供がいます」

 

 そんな事をドヤ顔で言うめぐみん。

 ……なんだコレ。

 俺はこんな時、どういう顔をしていればいいんだろうか?

 と、悩んでいる俺に気づいていないらしいゆんゆんは、めぐみんをガクガク揺らしながら。

 

「どうして私に話してくれないのよ! どうして私はそんな大事な事をあるえから聞かされないといけないの? 私達って、親友じゃなかったの?」

「ああもう! あなたも大概面倒くさいですね! そんな事で本気で泣かないでくださいよ! あなたに伝えていなかったのは、ちょっといろいろ忙しくて忘れていただけですよ!」

「忙しいって、どう見てもソファーで寛いでるだけじゃない! どうしてあるえには伝えたのに、私にだけ伝え忘れるのよお!」

「ち、違いますよ! 傍から見たら寛いでいるだけかもしれませんが、私だっていきなり子供が出来たとか言われて驚いているんですよ! 状況を受け入れるだけでもいっぱいいっぱいなのですから、言い忘れる事もありますよ! というか、あるえに伝えたのは、アジトに行った時にたまたまいたあるえに、母への報告の手紙を渡したからですよ。別にあなただけ仲間外れにしたわけではありません! ゆんゆんに頼もうと思っていたのに、いなかったのですから仕方ないでしょう! おい、身重の体なんだから乱暴にするのはやめてもらおうか! カズマ! 見てないで助けてください!」

「……キャットファイトって、なんかいいよな」

「この男!」

 

 ――しばらくして。

 落ち着いたゆんゆんが絨毯の上に正座していた。

 

「……お騒がせしました」

「本当ですよ! まったく、あなたは相変わらず妙なところで思いきりがいいですね。その思いきりの良さをきちんと活かせば、友達くらい簡単に出来ると思うのですが」

「う、うう……。それを言わないで……」

 

 めぐみんに責められしょんぼりするゆんゆんに、俺は淹れてきたお茶を差し出す。

 

「粗茶ですが」

「あ、ありがとうございます……。カズマさんも、お騒がせしてすいませんでした」

「いや、いいって。こいつらに比べればゆんゆんに掛けられる迷惑なんて可愛いもんだよ」

 

 そう言ってゆんゆんに笑いかける俺を、めぐみんがじっと見つめていて……。

 

「何か文句でもあるのか?」

「……なんでもないです」

 

 俺がめぐみんをじっと見つめると、めぐみんは目を逸らす。

 と、そんな俺達の様子に気を遣ったのか、ゆんゆんが手紙を取りだし。

 

「あ、あの! 今日はあるえから、めぐみんのお母さんの手紙を預かってきたんです」

 

 テレポートを覚えたあるえは、ふにふらやどどんことともに、めぐみん盗賊団のアジトに入り浸っているらしい。

 

「ありがとうございます。知り合いの中で出産経験があるのは母くらいですからね。気を付けなくてはいけない事や、心構えなんかを聞いておこうと思いまして」

 

 そう言いながら手紙の封を開けためぐみんは。

 

「そぉい!」

 

 手紙を見た途端、くしゃくしゃに丸めゴミ箱に向けて放り投げた。

 

「めぐみん!? 何やってるの? お母さんからの大事な手紙でしょ!」

 

 ゴミ箱に入らず床に落ちた手紙を拾いに行ったゆんゆんが、手紙のしわを延ばしながら戻ってきて。

 文面が目に入った途端、気まずそうな顔になった。

 ……そんな顔をされると何が書いてあるのか気になる。

 俺に見せようか隠そうか、ゆんゆんが悩んでいるうちに、俺は手紙を覗きこんで……。

 

 

 カズマさんの総資産額はいくらくらいかしら?

 

 

 …………。

 俺がめぐみんを見ると、めぐみんは視線を逸らして。

 

「その、母がすいません。一応言っておきますけど、私はカズマがお金持ちだから好きになったわけではありませんからね」

「えっと、いきなり子供が出来て不安がってると思って、お前の母ちゃんなりにジョークを飛ばしてみたのかも」

「いえ、あの人は本気です」

「そ、そうか……」

「ゆんゆん、それは捨てておいてください。二枚目からはまともな事が書いてあるようです」

 

 めぐみんは、手紙をざっと読み終わるとゆんゆんをじっと見て。

 

「な、何? 私に何かしてほしい事があるの? めぐみんに子供が出来るだなんて、……それも、こんなに早くに出来るなんて、紅魔の里にいた頃には考えもしなかったけど、めぐみんの子供のためなら、私、なんでもするわ!」

「ありがとうございます、ゆんゆん。そうですね、紅魔の里で恋人がどうのと話していた時には、私も子供を産む事になるなんて考えもしませんでしたよ。それで、母の手紙によると、激しい運動をしたり、強いストレスを受けるような事をするのは避けた方がいいそうなのです。そういう事なので、私にはめぐみん盗賊団の団長としての務めが果たせそうにありません。私が子供を産むまでの間、私の右腕であるゆんゆんが、団長代理として盗賊団を統率してくれますか?」

「わ、私が!? 統率って、そんな……、そんな事言われても……」

 

 頼もしい事を言っていたゆんゆんが、めぐみんの言葉にモジモジしだす。

 ……冒険者のパーティーにも入れずぼっちだったゆんゆんに、いきなりキワモノ揃いの盗賊団を率いるというのはハードルが高すぎるだろう。

 めぐみん盗賊団は、以前と比べ規模が大きくなっている。

 あるえとふにふら、どどんこがテレポートで入り浸るようになった事で、魔王が倒され暇を持て余していた紅魔の里のニート達もとい自警団までも集まってきて。

 さらに、アクアに近づこうとやってきたアクシズ教徒達が、アクシズ教会に入りきれずめぐみん盗賊団のアジトに住み着き。

 その上、魔王が倒されて平和になったために、アイリスが堂々と城を抜け出すようになり、同じく平和になったために仕事が減った騎士達が、警護のために屋敷に滞在していて。

 ……なんていうか、盗賊団というよりちょっとした軍隊みたいな規模になっている。

 

「ねえめぐみん。まさかとは思うんだけど、そんなはずないって信じてるけど、ひょっとして、規模が大きくなりすぎて手に負えなくなったからって、子供が出来たのをいい事に、私に押しつけようとしてないわよね?」

「ままま、まさか! そんなわけないじゃないですか! めぐみん盗賊団なのですから、団長は私に決まっているでしょう! まあ、私がいない間にゆんゆん盗賊団と改名しても構いませんよ」

「するわけないじゃない! めぐみん盗賊団なんだから最後まであんたが面倒見なさいよ!」

「うう……。仮面盗賊団を陰ながら手伝おうとしただけなのに、どうしてこんな事に……」

 

 めぐみんが恨めしそうに俺を見てくるが、俺の知らないところで勝手に始めたくせに、俺のせいにされても困る。

 めぐみんに厄介事を押しつけられたゆんゆんが、やる気を漲らせながらも、気が進まない様子で帰っていき……。

 その帰り際。

 見送りに出ためぐみんに振り返って、ゆんゆんが。

 

「言い忘れてたけど、おめでとう。元気な赤ちゃんを産んでね」

 

 そんなゆんゆんの言葉に、めぐみんが珍しく目を潤ませて頷いていた。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 

「カズマ、少し散歩に行きませんか? 爆裂散歩ではなくて、普通の散歩ですが」

 

 屋敷の広間でダラダラしていると、めぐみんがそんな事を言いだした。

 

「俺は構わないけど、散歩なんかして大丈夫なのか?」

「母からの手紙によると、歩くのは胎教に良いそうですから大丈夫でしょう。というか、まだお腹も大きくなっていないのですから、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。もしも途中で調子が悪くなったら、いつもみたいに負ぶってくださいね」

「まあ、いざとなったらテレポートで帰ってくればいいだろ。……テレポートって、赤ん坊にはどうなんだ? 俺も妊婦が気を付ける事については、元いた世界の常識くらいの知識はあるけど、魔法やスキルの事はさっぱり分からん。今度、エリス様にでも聞いておくよ」

「母の手紙によると、テレポートは大丈夫だそうですよ」

 

 そんな事を話しながら、屋敷を出て歩きだす。

 爆裂魔法を撃ちに行くわけでもないから、本当にただの散歩なのだが、なんとなく街の外まで出て。

 

「……爆裂散歩の時は街から離れてたから、習慣で街から出てきちまったが、良かったのか? あんまり激しい運動はしない方がいいって話だったよな」

「私はカズマより体力のステータスが高いですし、これくらいなら大丈夫ですよ。せっかくですから湖にでも行きましょうか。お弁当を持ってくれば良かったですね」

 

 ――アクセルの街近くの湖。

 その畔の芝生に腰を下ろして、俺とめぐみんはのんびりする。

 ここは、一時期めぐみんお気に入りの爆裂スポットで、ピクニックにもちょうどよかったので、よくアクアやダクネスと一緒に訪れていた。

 

「今日の爆裂、百点満点!」

 

 いきなりそんな事を叫ぶ俺に、めぐみんが不思議そうに。

 

「いきなりなんですか? 爆裂魔法を使えない私をからかっているというなら、私にも考えがありますよ」

「ち、違うよ。お前、爆裂魔法に関する事になると沸点が低すぎるだろ。ほら、爆裂魔法だって、ただ威力が高ければいいってもんじゃないだろ? 爆風を強めた方がいい事もあるし、水しぶきを上げて清涼感を出した方がいい事もある。だから時には、使えるのに使わない事が百点満点でもいいんじゃないかと思ってな。めぐみんは爆裂魔法使いとしては極まってる感もあるし、爆裂魔法を使わなくても百点が出る事もある」

「ついに私もそのレベルに至ってしまいましたか……」

 

 バカな事を言いだした俺に、めぐみんが嬉しそうに口元をニマニマさせる。

 それから、ふと寂しそうな顔になり。

 

「そういえば、以前はよく皆で一緒にピクニックに来てましたね」

 

 このところ、アクアとダクネスは忙しそうにしていて、ほとんど屋敷にいない。

 アクアはアクシズ教徒達にチヤホヤされてくると言っていたし、ダクネスはお見合いをぶち壊すためだと言っていたが、ひょっとすると俺達に気を遣っているのかもしれず……。

 …………。

 ……いや、ダクネスはともかく、アクアに限ってそれはないと思うが。

 

「仕方ないです。寂しいですけど、ダクネス達の気持ちも分かりますし、覚悟はしていました。ずっと皆と一緒にいたいと言っておきながら、関係が変わってしまうような事をしたのは私ですからね。それに、ダクネス達だって寂しいでしょうけど、私にはカズマがいますから。……何事も、変わらない事なんてありません。何百年と微動だにしなかった大岩も、私の爆裂魔法の前では木っ端微塵に砕け散ります」

 

 めぐみんは寂しさを誤魔化すように、強がるようにそんな事を……。

 …………。

 

「お、お前……。途中までちょっといい事言ってたっぽかったのに台無しだよ。なんでもかんでも爆裂魔法に結びつけて考えるのはやめろよな」

「何を言っているんですか。私は爆裂魔法使いなのですから、一日中爆裂魔法の事を考えているのは当たり前ですよ」

 

 ここ最近、コイツちょっと大人びてきたなとか思ったが気のせいだった!

 

 

 *****

 

 

 数日後。

 夕食が終わりめぐみんが風呂に入っている間、俺が広間のソファーでダラダラしていると、珍しく屋敷にいたアクアが。

 

「ねえねえカズマさん、実はめぐみんをびっくりさせるためにサプライズで結婚式を企画してるんだけど、めぐみんの指輪のサイズって分かるかしら?」

 

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。なんでわざわざサプライズにするのかとか、お前らが最近忙しそうにしてたのってそのせいなのかとか、聞きたい事はいろいろあるが、結婚式って、俺とめぐみんの結婚式だよな? それって俺に話してもいい事なのか?」

「……今のは聞かなかった事に」

「なるわけないだろ! 何やってんの? お前らは本当に何をやってんの? めぐみんは最近、俺とそういう感じになったせいで皆との関係が変わったんじゃないかって落ちこんでたんだぞ!」

「カズマさんったら何を言ってるの? バカなの? 私達の関係がそれくらいの事で変わるわけないじゃないの。それに、何を勘違いしてるのか知らないけど、私はあんたの事なんてちっとも気にしてないわよ。魔王を倒してチヤホヤされて、ちょっとモテたからって、クソニートのくせに調子に乗りすぎなんじゃないですかー?」

「お前の事はどうでもいいんだよ。そんな事より、サプライズってのを詳しく」

 

 俺の事なんて気にしていないと言ったくせに、どうでもいいと言われるのは嫌なようで、アクアは不機嫌そうに頬を膨らませながら。

 

「サプライズはサプライズよ! 聞いて聞いて。とっても楽しい計画なんだから! まず、この街のエリス教会で誓いのアレをやって、馬車で街中をパレードするでしょう? それから教会に戻ってくるんだけど、なんとびっくり! そこはアクシズ教会なのでした! めぐみんにはウチの子達もお世話になったっていう話だし、皆もお祝いがしたいって言ってたわ」

「それを言ってるのって、アクシズ教徒とお前だけだろ。他の連中は反対してるんじゃないか?」

「どうして分かったの? でも大丈夫よ。きっと皆を説得してみせるから! 最後には皆も分かってくれると思って、ウチの子達だけで準備も進めてるのよ」

「おいやめろ。お前が張りきるとロクな事にならないって、いい加減に分かってくれてもいいんじゃないか? 他の皆の言う事を聞いて、アクシズ教徒には大人しくさせとけよ」

「嫌よ! 私だってめぐみんに喜んでほしいのよ! 皆の意見は普通すぎるの。めぐみんはちょっと頭のおかしい子なんだから、アクシズ教徒のやる事だって、きっと笑って受け入れてくれるわ!」

「お前、とうとう自分のところの信者が頭おかしいって認めたな」

 

 ……というか、結婚式か。

 そもそも俺って、このままめぐみんと結婚するのか?

 出来婚というのは、以前、めぐみんが言っていたとおりで、あまり気が進まないのだが。

 いや、でも、子供が出来たんだから、そういう事も考えないといけないのか……?

 

「なあ、この世界でも子供が出来たら結婚しないといけないもんなのか? めぐみんの事は嫌いじゃないっていうか、むしろ好きだけど、この歳で結婚とか言われると流石に重いんだが」

「……こんなのが好きだなんて、めぐみんってやっぱり頭がおかしいんじゃないかしら?」

「おいやめろ。俺とめぐみんをまとめてディスるのはやめろよ。分かってるよ! 子供が出来たんだから結婚しないといけないって言うんだろ! それに、めぐみんの事は好きだしいつかはそうなってもいいかなって思う。でも今すぐってのは早すぎないか? 俺、まだ二十歳にもなってないんだぞ? めぐみんだってまだ十六だろ。向こうの世界ではどっちも子供じゃないか。こんなんで結婚なんかして、本当に大丈夫なのか? めぐみんは何事も変わらない事なんてないって言ってたけど、いきなり変わりすぎだろ」

「汝、迷えるロクでなしよ。未来を悲観し何もかも投げだしたくなってきてるあなたに、心が軽くなる教えを授けましょう。アクシズ教にはこんな教えがあります。『どうせダメならやってみなさい。失敗したなら逃げればいい』。今から悩んでてもどうにもならないんだし、いつもどおりにやんなさいな」

「おい、それ駄目なやつだろ。いくら俺が駄目人間でも、子供作って結婚までして逃げたりはしないぞ」

「子供が出来たのに結婚したくないとか言ってる時点で十分に駄目人間だと思うんですけど」

「分かってるよ! まだ決心がつかないから、誰かに背中を押してほしかったんだけど、お前に聞いた俺がバカだった!」

「何よ! 女神の啓示をありがたく受け取りなさいよ!」

「どうせならエリス様の啓示を授かりたい」

「ちょっとあんた何言ってんのよ! エリスなんかより、ずっと一緒にいる私の方が、カズマの役に立ってると思うんですけど! もっと私を敬って! たまには素直にありがとうって言いなさいな!」

「うるせーこの駄女神が! 敬ってほしければもっと女神らしいアドバイスしろよ!」

「わああああーっ! また駄女神って言った! 背教者め、天罰を下してやるーっ!」

 

 掴みかかってきたアクアを迎え撃ち、俺とアクアが取っ組み合っていた、そんな時。

 風呂から上がり広間に顔を出しためぐみんが。

 

「二人は相変わらず仲が良いですね。今度は何を喧嘩しているのですか?」

「ふわああああああーっ! カズマが! カズマがーっ!」

「おいやめろ。余計な事を言うのはやめろよな。ついさっきの俺とのやりとりを思いだせ」

 

 アクアを黙らせようとする俺を、めぐみんが不思議そうに見ていた。

 

 

 

「――どうも。めぐみんサプライズ結婚式のアドバイザーに就任したサトウカズマです」

 

 翌日。

 商店街の役員会議室にて。

 なぜか俺は、めぐみんのサプライズ結婚式を計画する人々の輪に加わって、アドバイザーをやる事になっていた。

 俺は、俺が現れると驚いた様子で絶句しているダクネスに。

 

「なあ、やっぱりおかしくないか? めぐみんの結婚式って事は、俺の結婚式でもあるはずだろ? 俺もサプライズされる側だと思うんだが」

「……ん。私もそう思って黙っていたんだが、どこから聞きつけてきたんだ? アクシズ教徒も、めぐみん盗賊団も、商店街の皆も、いつも爆裂魔法で驚かされているめぐみんを驚かしてやろうと乗り気で、秘密を漏らすような者はいなかったはずだが」

 

 黙っていた事が少し後ろめたいらしく、ダクネスがチラチラと視線を逸らしながらそんな事を言う。

 

「アクアが昨夜、うっかりバラしたんだよ。サプライズ結婚式やるんだけど、めぐみんの指輪のサイズが分からないとか言って。隠し事をしたいんだったら、あいつには教えない方が良かったんじゃないか?」

 

 俺の言葉に、ダクネスは会議室の一角でアクシズ教徒達と騒いでいるアクアを見て。

 

「めぐみんに子供が出来たと聞かされて、結婚式をするべきなのではないかと言ったのは私だが、どうせならサプライズにしてめぐみんを驚かせてやろうと言いだしたのはアクアだったからな。最初から、アクア抜きでやるわけには行かなかったんだ。ま、まあ、まだめぐみんにバレたわけではないのだし……。それに、お前が私達に協力してくれるというのなら、これほど心強い事もない。女神感謝祭の時のような、敏腕アドバイザーぶりを期待しているぞ」

「おい、あの時の事を蒸し返すのはやめろよ。もう十分謝ったし金も返しただろ。なんだかんだ言って、祭りも盛り上がったんだし良かったじゃないか! なあ、そうだろ?」

 

 俺が商店街の会長に聞くと、会長はにこやかに。

 

「そうですな! 祭りの時は、我々も随分と儲けさせてもらいました。どうですかな? 今回もエリス教徒だけでなく、アクシズ教徒を積極的に参加させるというのは……、…………」

 

 と、言いかけた会長が、ダクネスに睨まれて口を閉じる。

 そんな会長の様子に溜め息を吐いたダクネスは、仕方なさそうに俺を見て……。

 

「お前が参加するのだ。平穏に終わる事はないだろうが、せめてめぐみんが喜ぶような結婚式にしてほしい。お前だって、めぐみんがガッカリするところは見たくないだろう?」

「いやちょっと待て。今のはこのおっさんが言ってただけで、俺は最初からめぐみんの事を考えてるぞ。大体、俺は魔王の討伐賞金やら何やらで一生遊んで暮らせるくらいの金はあるんだからな。今さら商売の事なんか考えないよ」

「……ん。それもそうだな。では、せっかく皆がめぐみんのために集まってくれているのだし、その考えとやらを聞かせてくれ」

「任せれ」

 

 

 

「――そこで俺とめぐみんがゴンドラに乗って上から登場するわけだ」

「ちょっと待て! どうして結婚式でそんなわけの分からない演出が必要なんだ? 教会にそんな設備があるはずないだろう。というか、ゴンドラなんてどこから用意してくるつもりだ」

「何言ってんの? 結婚式でゴンドラに乗って登場するのって、よくある演出じゃないか」

「そんなわけないだろう! ……いや、それはひょっとして、その、お前の元いたという世界ではよくある事だったのか? だからと言って、そんな非常識な事は……」

「……でも、めぐみんは喜びそうだろ」

「た、確かに……!」

 

 

 

「――ゴンドラが駄目なら、こういうのはどうだ? ウェディングケーキってあるだろ? 人が中に入れるくらいのデカいケーキを用意して、なんだこのデカいケーキはと参加者がびっくりする中、さらにケーキがパカンと割れてめぐみんと俺が登場するってのはどうだ?」

「カズマったらバカなの? めぐみんが食べ物を粗末にするような事を許すわけがないじゃない。教会ごと爆裂魔法で吹っ飛ばされるのが嫌なら、バカみたいな演出はやめといた方がいいと思うんですけど」

「そうか。……で、お前は何をやってるんだっけ?」

「……参加者が名前を書く名簿をアクシズ教の入信書にするっていう案を出したら、ダクネスに叱られて正座させられてます」

「お前はもう会議が終わるまで大人しくしてればいいんじゃないかな」

 

 

 

「そうだ、スライドショーはいいんじゃないか? これなら、そんなに変な演出でもないし、誰も文句は言わないだろ」

「すいませんが、スライドショーというのは聞いた事がありませんな。どういうものですか?」

「あれっ? ……どういうって言われても。新郎新婦が生まれてから出会うまでとか、二人の馴れ初めなんかを、写真のスライドを使いながら語るんだ。何が面白いのか俺にはよく分からないが、皆やってたし面白いんじゃないか?」

「ほう、写真を……。流石は高名な成金冒険者のサトウさんですね! 借りるだけでも高額な魔導カメラをお持ちとは!」

「そんなもん持ってるわけない」

 

 

 

「――最後に、俺とめぐみんが馬車に乗って、そのまま馬車に括りつけた空き缶をガラガラ言わせながら、新婚旅行に行くわけだ」

「お前が何を言っているのかさっぱり分からん。どうしてそんな近所迷惑になるような事をする必要があるんだ? さっきから、お前の出す案は人目を引くために派手な演出をしているだけで、結婚式の守るべき礼節を無視しているように思えるのだが。というか、馬車はそれほど速度が出ないから、空き缶を括りつけてもガラガラ言わないぞ」

「畜生! なんなんだよ、さっきから! お前ら寄ってたかって俺の出す案に駄目出しばかりしやがって!」

「そ、そう言われても、お前の出す案はどれも非常識だったり実現不可能だ。それに、さっきから聞いていれば、お前の世界の結婚式でやる事ばかりじゃないか。めぐみんはこっちの世界の住人なんだから、お前の言うような結婚式をやったところで喜ばないのではないか?」

「そんな事ないわダクネス! だってめぐみんは結婚相手にカズマを選ぶような子なのよ! ちょっとくらい変な感じの方が喜ぶかもしれないわ!」

「おい、だから俺とめぐみんをまとめてディスるのはやめろっつってんだろ」

 

 ……会議は難航した。

 

 

 *****

 

 

 サプライズ結婚式の計画を立て始めて、数日。

 出掛けようとしているところをめぐみんに捕まった俺は、屋敷の広間で詰問されていた。

 

「カズマは最近よく出掛けていますが、どこに行っているのですか? 一人で屋敷にいると寂しいので、どこかに行くのなら私も連れていってほしいです」

 

 めぐみんは勘が良い。

 隠し事をしているとバレそうな気がするので、最近は生活時間を少しだけずらし、めぐみんが寝ている間に書き置きだけ残して出掛けていたのだが。

 俺は平静を装って。

 

「どこって、書き置きしておいただろ? 最近は商店街の人達に、商品のディスプレイの仕方を教えたり、新人教育を手伝ったりして、小銭を稼いでるんだよ。子供も出来る事だし、危険な冒険者稼業からは足を洗おうと思ってな」

「それくらいなら、私がいても邪魔にはならないでしょうし、一緒に行ってもいいですよね」

「い、いや、今日はそっちの用事じゃなくて、ただの買い物だぞ」

「買い物ですか。だったらどうして私を誘ってくれないんですか? 最近のカズマはおかしいですよ! こそこそと一人で出掛けたり、私の事を避けてるみたいではないですか!」

 

 避けているみたいではなくて、実際に避けていたのだが……。

 

「め、めぐみん? お前、なんか変だぞ。怒りっぽいのはいつもの事だが、怒り方がいつもと違うっていうか……」

「そりゃ変にもなりますよ! 子供が出来た途端、皆して私から離れていって……! あなたが隣にいてくれれば大丈夫だと思っていたのに、あなたまでいなくなったら私はどうすればいいんですか!」

「いや、その、あいつらは別にめぐみんから離れていったわけじゃないから、心配するな。それに、ほら、俺もいるしな」

「いないじゃないですか! 最近はずっと一人で出掛けて……!」

 

 と、目に涙を浮かべ叫んでいためぐみんが、唐突に口元を押さえ、台所に駆けていく。

 俺がめぐみんを追いかけて台所に行くと、めぐみんは流し台に向かって吐いていた。

 

 えっ……。

 

「ちょ!? めぐみん! 大丈夫か? そ、そうか、アレだ、つわりってやつだ! おおお、俺はどうすればいいんだ? 背中さすればいいのか? それとも触らない方がいいのか?」

「落ち着いてください。まったく、こんな時でもあなたって人は……」

 

 口をゆすいで振り返っためぐみんが苦笑いを浮かべていたので、俺はほっとする。

 と、そんな俺の腕を掴みめぐみんが。

 

「カズマはこのところ、アクアやダクネスと何をやっているんですか?」

 

 俺より腕力のステータスが高いめぐみんに捕まれ、逃げる事の出来ない俺は。

 

「お、お前……。いくらなんでもこれはどうかと思う。めちゃくちゃ心配したのに、さっきのは演技だったのかよ?」

「そんなわけないでしょう。イライラしていたのも気持ち悪かったのも本当の事ですよ。カズマの方こそ、身重の私をほったらかして、アクアやダクネスと何をやっているのですか。さっき、二人は私から離れていったわけではないと言っていましたが、それと関係があるのですか? 私に何を隠しているのですか?」

 

 妊娠して情緒不安定なめぐみんは、俺の肩をガクガク揺さぶって問いかける。

 

「おいやめろ。イライラしたり怒ったりっていうのは、胎児の情操教育に悪いらしいぞ」

「あなたが私をイライラさせているんですよ! 隠している事があるのなら話してくださいよ! 私には話してくれない秘密を二人と共有していると思うとイラッとするんですよ!」

「な、なんだよ、嫉妬か? ひょっとして、あの二人に嫉妬してんのか?」

「そうですよ。妊娠すると情緒不安定になるという話ですが、屋敷に一人でいるといろいろ不安な事を考えてしまうんです。あなたは以前、ダクネスの体型が好みだと言っていたではないですか。それに、カズマはちょっと誘われれば誰にでも簡単についていきそうですし、私はそういった事をしてあげられない状態なので、ついムラムラっと来て……とか……。そ、それに、ダクネスもカズマの事が好きですから、勢いで一線を越えた末に爛れた関係になっているんじゃないか……とか……。自分でもどうかと思いますが、いろいろと考えてしまうんですよ」

「おい、俺を見くびるなよ。いくら俺がクズマだのゲスマだの呼ばれてるからって、俺の子がお腹の中にいるめぐみんを放って浮気するほどクズでもゲスじゃない。それに、俺には心強い味方がいるからな。ムラムラっと来る事はないから安心しろ」

「……あの、あなたが心強い味方という、とあるサービスをしてくれる喫茶店とやらにも言いたい事があるのですが」

「!?」

 

 この話の流れで例の店が出てくるという事は、めぐみんはとあるサービスがなんなのか知っているという事だろう。

 しかし、この街の男性冒険者が、あの店の秘密を誰かにバラすはずは……!

 

「ど、どうしたのですか? 急に見た事もないような真面目な顔をして。心配しなくても誰にも言いませんよ。お店の話はこめっこから聞いたのです。なんでも、サキュバスが経営している喫茶店があるそうで」

 

 こめっこ、恐ろしい子……!

 なんというスパイ。

 というか、サキュバスのお姉さん達が情報を漏らしていたとか、もうコレどうしようもないな。

 

「一応言っておきますが、こめっこの話だけでは何も分かりませんでしたよ。以前からあなたがちょくちょく外泊している事や、その時の態度や発言なんかから考えてみただけです。だからこめっこも何をやっているお店かは知らないはずです。というか、あなたは一度、屋敷に現れたサキュバスを逃がしていましたよね。ダクネスの話では、その時のあなたはいつになく積極的だったという事でしたし、その辺から考えてみると分かりやすかったですよ」

「…………」

 

 マジかよ。

 紅魔族は知能が高いと言われているが、その知能の高さを初めて心底恐ろしいと思った。

 戦慄する俺に、めぐみんはにっこり笑って。

 

「この話を続けるのと、アクアとダクネスの話をするのと、どちらがいいですか」

 

 ……やっぱコイツ、悪女だわ。

 

 

 

「――というわけで、すまん。めぐみんにバレた」

 

 その日、商店街の役員会議室に集まった人達を前に、俺はそう言って頭を下げた。

 せっかく俺達のためにサプライズを計画してくれていたのに、俺のせいで台なしにしてしまったのだから、俺だって反省を……。

 と、サプライズを俺にバラしたアクアが、なぜか勝ち誇ったように笑いながら。

 

「信じて送りだしたカズマさんがあっさりネタ晴らしして戻ってきた件について!」

 

 ……この女!

 

「おいふざけんな。そもそもお前が俺にサプライズをバラさなけりゃこんな事にならなかっただろ。自分のやった事を棚に上げて俺を責めるのはどうかと思う。ていうか、俺は尋問されて抵抗空しく喋っちまったわけだが、お前はなんなの? 聞いてもないのに自分からバラしやがって。サプライズの意味が分かってんのか?」

「何よ! 清浄な水の女神である、清く正しいこの私が、嘘や隠し事が苦手なのはしょうがないじゃないの!」

「何が清く正しいだよ。お前が嘘や隠し事が下手なのは、女神だからじゃなくてバカだからだろ」

 

 と、アクアと言い合う俺の前にセシリーが現れ。

 

「待ちなさい! アクア様と親しくしているサトウさんといえど、それ以上我らが女神に無礼を働くというなら、鼻からところてんスライムを食べさせるわよ!」

「やってみろ! やれるもんならやってみろ! ていうか、お前らが甘やかすせいでアクアがどんどん駄目になってるんだよ。最近こいつのバカさに磨きが掛かってるのって、お前らのせいじゃないのか? 我らが女神とか言うんなら、甘やかしすぎないようにしてやれよ」

「何を言っているのかしら? アクア様を慈しみ甘やかす事こそ我々の喜びなのよ。アクア様が望むならいくらでもお世話させていただきますとも。私達がいないとなんにも出来なくなるというなら、すべてをお世話させていただくわ! アクア様、安心して駄目になってくださいね!」

「本当? それなら、王様っぽい椅子に座ってる私を、孔雀の羽で扇いでくれたりする?」

「もちろんです、アクア様!」

 

 ……こいつら駄目だ。

 孔雀の羽ってなんだよ。

 このところアルカンレティアに入り浸っていたアクアは、駄目さ加減が増している気がする。

 と、そんな俺達に、いつまでも会議を始められず困っている様子のダクネスが。

 

「アクア、それくらいで許してやったらどうだ? バレてしまったものは仕方がないだろう。というか、私は元々サプライズにはあまり乗り気ではなかったんだ。むしろバレてしまって清々した。結婚式というのは、女にとって一生に一度の晴れ舞台なのだ。自分の好きなように演出したいというのが女心というものだろう。バレてしまったのなら、めぐみんにも会議に参加してもらって、めぐみんの理想の結婚式を挙げさせてやった方がいいのではないか?」

 

 俺は、理想の結婚式だとか面倒くさい事を言いだしたダクネスに。

 

「めぐみんは、自分のために皆が準備してくれるのなら、どんなのでもいいって言ってたぞ。当日にびっくりしたいから、サプライズがバレたって事はバラさないでくれって言われたくらいだ」

「めぐみんはサプライズに付き合ってくれるつもりなのか? ……それを私達に話してしまって良かったのか?」

「まあ待て。これはいい機会だと思うんだ。普通にやってたんじゃ、俺達ではめぐみんにサプライズを仕掛けるなんて上手くいかないと思わないか? アクアが余計な事をしたり、ダクネスがうっかりしたりして、どうせやる前にバレるに決まってる」

「何よ、今回失敗したのはカズマじゃないの……痛い痛い! ちょっと! 私は本当の事を言っただけで、ほっぺたをつねられるのは納得行かないんですけど!」

「お前はちょっとの時間も黙ってられないのか? いいから聞けよ。今、めぐみんはサプライズ結婚式があるって心の準備をしてるだろ。でも、その心の準備を上回るような結婚式だったら、どうだ? 単にサプライズをするよりもびっくりさせられるんじゃないか?」

 

 俺の提案に、ダクネスは首を傾げ。

 

「どうしてそんなにびっくりさせる事にこだわるんだ? それよりも、めぐみんには思い出に残るような素敵な結婚式を挙げさせてやりたいのだが」

「びっくりした方が思い出に残るだろ。それに、最近めぐみんに手玉に取られてる気がするんだよ。たまにはめぐみんをびっくりさせて、こっちが手玉に取ってやりたい」

「またお前はそんなロクでもない事を……。結婚式だぞ? 一生に一度の思い出なんだぞ?」

「どうしてお前は時々そう面倒くさいんだよ。変態痴女なのか純情乙女なのかはっきりしろって言ってるだろ。それに、一生に一度とは限らないだろ。お前みたいなパターンもあるしな、バツネス」

「バ、バツネスはやめろ……。しかし、サプライズだと分かっているめぐみんをびっくりさせるのは大変ではないか?」

 

 俺は、心配そうに俺の顔を見てくるダクネスに。

 

「俺に考えがある」

 

 ……女神感謝祭の時によく言っていた台詞に、商店街の会長が不安そうな顔をしたが、見なかった事にしておいた。

 

 

 *****

 

 

「……俺って本当に結婚するんだなあ」

 

 結婚式の準備をしている時、ポツリと呟いた俺に、隣にいたダクネスが。

 

「お前は今さら何を言っているんだ? もう結婚式の準備もほとんど終わったし、お前が提案したサプライズの準備も上手く行ったのだろう。新郎なのだからしっかりしろ。結婚式は来週なんだぞ」

 

 俺達の周りでは、今も大勢の人達が、俺とめぐみんの結婚式の準備をしている。

 いろいろあって壊れかけている建物の内装を直したり、恐ろしげな装飾品を見えないところに片付けたり……。

 めぐみんのお腹が目立つようになる前に式を上げるため、皆が急ピッチで作業を進めてくれていた。

 

「来週……。来週か……。なんだろう? 全然実感が湧かないな。中学の卒業式の前とかこんな感じだった気がする」

「実感も何も、子供まで出来たのだから結婚するのは当たり前だろう。というか、普通は結婚してから子供が出来るものなのだからな。お前達はもう少し、慎みというものを持った方がいい」

「はあー? 何度も俺を襲おうとした痴女ネスが慎みとか、お前は何を言ってんの?」

 

 窘めるように言ってきたダクネスが、俺に一瞬で言い負かされて涙目になる中。

 俺は物憂げに溜め息を吐いて。

 

「ていうか、結婚だぞ! 結婚! 人生の墓場とか言われてるアレに、とうとう俺も片足突っこむのか? 俺、まだ二十歳にもなってないんだぞ。まだまだ遊び足りないし、面白おかしく生きていたいんだよ。父親としての責任だとか夫としての責任だとか背負いたくない」

「お、お前という奴は! お前という奴は……っ! 最低だ! 本当に、その台詞はどうしようもないぞ! お前はこの一年、めぐみんに甘やかされて、ますます駄目になっている気がする!」

「そんな事言われても。めぐみんは俺のそんなところも好きだって言ってくれてるんだし何も問題はない。別に結婚しなくたって子供は育てられるし、出来ちゃったからって慌てて結婚する事もないんじゃないか? 俺も子育てを手伝うし、お前やアクアだっているんだから、赤ん坊が生まれても意外となんとかなると思うんだ。大体、子供が出来たから結婚しようっていう方が不誠実だろ。相手の事を本当に大切に思ってるなら、もっときちんと考えるべきなんじゃないか?」

「相手の事を大切に思ってるなら、結婚していないのにそういう事をする事こそ不誠実だろう。それに、お前はめぐみんとそういう関係になる時、責任を取ると言ったのではなかったか?」

 

 なんという正論。

 

「……お前だって結婚してないのに何度も俺を襲おうとしたくせに」

「おい、いつもいつも私が簡単に泣いて謝ると思ったら大間違いだぞ。それとこれとは話が別だろう。私の時は未遂で終わったのだからな。めぐみんとは、その……そういう事をして、子供まで出来ているではないか。いいかカズマ、人生には決断すべき時というものがあるのだ。お前にとっては、きっと今がその時だ。覚悟を決めろ」

 

 ついさっき同じ言葉で涙目になっていたダクネスが、今はきりっとした表情で俺を正面から見つめてくる。

 コイツ、変態のくせにたまに真面目な事を……。

 …………。

 覚悟を決めろってか。

 そりゃそうだ、ここまで来て結婚しませんなんて言ったら、めぐみんに爆裂魔法を撃ちこまれても文句は言えない。

 しかし……。

 クソ! どうしてこんなに気が進まないんだ。

 これがマリッジブルーってやつか?

 めぐみんの事は好きだし大切にしたいと思うが、結婚とか子供とか言われると覚悟が決まらない。

 いや、分かっている。

 そんなどうしようもない事を言っている場合ではない。

 ダクネスの言うとおり、今が決断する時なのだろう。

 俺の表情が変わった事に気づいたのか、ダクネスが微笑んで。

 

「……いい顔になったな。覚悟が決まったようだな」

 

 そんなダクネスに頷きを返し、俺は。

 

「『テレポート』」

「あっ!?」

 

 俺はいつかアクアが言っていた事を思いだし、楽ちんな方を選ぶ事にした。

 

 

 

 ―― 一週間が経った。

 早朝。

 俺は隠れ家で膝を抱え、今日という日が過ぎていくのをひたすら願っていた。

 式場として借りた場所は今日しか使えない事になっているから、今日を切り抜ければ結婚式は挙げられない。

 ほとぼりが冷めた頃に何食わぬ顔で戻って、今までどおりになあなあな日常を取り戻すのだ。

 

「あの、カズマ殿。私が口を挟む事ではないと思うのですが、本当にいいんですか? めぐみん殿のお腹にはあなたの子供がいると聞いています。いくらなんでも、これはどうかと思います。きっとあなたも後悔しますよ」

「ううう、うるさいぞ! いいんだよ! 迷ってる時に出した決断は、どの道どっちを選んだとしても後悔するんだ! だったら俺は、今が楽ちんな方を選ぶ!」

「あ、あなたという人は……! 私はこれでも、あなたの事を結構評価していたのですが……」

「なんとでも言え。せっかく魔王を倒したのに、一年もしたら手のひら返された俺に今さらそんな口撃が通用すると思うなよ。ていうか、記憶を消去するポーションの事を持ちだしたら、あっさり俺を匿うって言ったのはお前だろ。お前だって同罪なんだから、他人事みたいに言うのはやめろよ」

「あなたと一緒にしないでいただきたい! ああもう! 明日になったら必ずめぐみん殿に知らせを送りますからね!」

 

 自分だけ被害者みたいな顔をしているクレアが、頭を抱えてそんな事を言う。

 そう。俺は結婚式場の予定地からテレポートで王都へと飛び、クレアの屋敷に転がりこんでいた。

 俺がテレポート先に登録している中でまともに飛べるのは、他にはアクセルの街だけだ。

 アクセル以外のところは、リアルに『石の中にいる!』となったり、エリス様にすごく怒られたりするので飛べないし、めぐみんのために紅魔の里も登録してあったが、流石に逃げだす先にするわけにはいかない。

 アクセルの街に飛んだら、すぐに知り合いに見つかるだろうと思って王都に飛んだ。

 王城にいたクレアを捕まえ、記憶を消去するポーションの件を持ちだして、ここで俺を助けるのと明日から安全に街を歩けなくなるのとどっちがいいかと聞いたら、クレアは快く俺を匿ってくれた。

 あれから一週間、誰も俺を探しに来る様子はない。

 ……それはそれで寂しいものがあるのだが。

 と、俺がそんなどうしようもない事を考えていると。

 クレアの屋敷の玄関が騒がしくなり……。

 

「カズマーっ! ここにいるのは分かっている! クレア殿にまで迷惑を掛けて、お前は何をやっているんだ! 今ならまだ式には間に合う! 逃げだした事は気にしていないとめぐみんも言っていた! さっさと出てこい!」

 

 屋敷の外からダクネスがそんな事を言うのが聞こえてくる。

 俺はクレアの方を見ると。

 

「……誰にも言うなという約束だったはずだが、約束を破ったのなら明日から安全に街を歩けると思わない事だ」

「ちょ!? ちょっと待ってくださいカズマ殿! 私は約束どおり、誰にも話したりしていません! というか、それは約束ではなくて脅迫でしょう。あなたはそれでも、魔王を倒した勇者なのですか!」

「うるせー! 魔王を倒したくらいで人間そんなに変わるか!」

「ふ、普通はそれなりに変わると思うのですが……」

 

 俺の言葉にクレアが呆れたように言った、そんな時。

 部屋のドアが勢いよく開けられ、ダクネスが現れた。

 

「見つけたぞカズマ! 逃げられると思うなよ。めぐみんは気にしないと言っていたが、私はお前に言いたい事が山ほどある」

「なんだ、ダクネスだけか。お前、一人で来たのか? バカなの? 俺はお前の天敵みたいなスキルを持つ男だぞ。お前一人で俺を捕まえられるわけないだろ」

「他の皆はお前がいそうなところを探している! それに、私一人ではない。クレア殿、なんと言われてこの男を匿っているのかは知らないが、何があろうとあなたの身辺は私が守ると誓おう。協力してもらえないだろうか」

「わ、分かりましたダスティネス卿! カズマ殿、せっかく迎えに来てくださったのですから帰った方がいいと思います!」

「あっ、畜生! 裏切ったな白スーツ! お前にもバインドとスティールのコンボを食らわせてやるから覚悟しろよ!」

「ダダダ、ダスティネス卿! あんな事言ってますが! あんなの相手にどうやって立ち向かえばいいのですか!」

「やってみろ! やれるものならやってみろ! この場で全裸に剥かれるくらいは覚悟の上だ!」

「えっ」

 

 早くも連携に隙が生じている二人が襲いかかってくる!

 俺は、そんな二人を相手に……。

 

「『テレポート』」

 

 まともに戦うはずもなく、テレポートでその場を離脱し……。

 

「待ってましたよカズマ。ではクリス、お願いします」

「なんだかなあ……。まあ、カズマ君らしいと言えばらしいのかな? 君達は相変わらず、騒々しくて楽しそうだね。『スキルバインド』」

 

 ……アクセルの街へと飛んだ俺を待っていたのは、めぐみんとクリスだった。

 

 

 

 テレポートを封じられた俺は、アクセルの街中で、石畳の上に正座させられていた。

 

「……まったく。あなたという人は、本当にどうしようもないですね。そういうところも嫌いではないと言いましたが、今回の事は流石にどうかと思いますよ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 言い訳のしようもない俺は土下座をする。

 マリッジブルーになって逃げるだなんて、一週間前の俺はどうかしていたと思う。

 

「いいですよ。許します。正直言って、カズマの事だからそろそろ逃げるんじゃないかと思っていたところだったんですよ。逃亡先も、紅魔の里は隠れ住むには向いていませんし、テレポート屋で聞いて回っても姿を見ていないという話だったので、アクセルか王都だというのはすぐに分かりましたからね。それに、クレアは隠しているつもりだったようですが、アイリスがいつもと態度が違うと教えてくれたので、隠れている場所も分かりました。今日まで放っておいたのは、日にちを置いてまた逃げられると面倒なので、結婚式直前に捕まえるのが一番だからです。皆が探しに出ていると言えば、あなたは裏をかいてアクセルの街に戻ってくると思っていましたよ」

 

 …………えっ。

 …………………………………………えっ?

 

 それって……。

 

「畜生! まためぐみんに手玉に取られただけかよ! なんなのお前、最近俺の事を見通しすぎてないか? 実はバニルが変身してて、残念! 吾輩でした! とか言うんじゃないだろうな?」

「やめてくださいよ! そんなわけないでしょう。あんな悪魔と一緒にしないでください。私がカズマの事を見通しているのは、あなたの事ばかり考えているからですよ」

「お、おう……。いや、なんていうか……。正直すまんかった」

「許しますよ。カズマが逃げだしたのは、カズマが私との事を真剣に考えているからと言えなくもないですし」

 

 正座していて低い位置にある俺の頭を、優しい手つきで撫でるめぐみん。

 ……なんだろう、今さらだが、すごく申し訳ない気分になってきた。

 

「そんなに悩まなくてもいいんですよ。アクアもダクネスも、当分の間は屋敷に住んでいるそうですし、私達が結婚したからって、何かが変わるわけでもないです。カズマは毎日、面白おかしく暮らしていればいいじゃないですか。それでたまには、爆裂魔法は撃てませんけど、私の散歩に付き合ってくれたり、アクアの気まぐれやダクネスの我が侭に付き合ったりすればいいんです。カズマは何も考えず、私に甘やかされていればいいですよ」

「……いや、甘やかしてくれるのはありがたいが、何も考えないってのはどうなんだ? そのうち俺はめぐみんがいないと何も出来ない駄目人間になっちまうんじゃないか? 流石にそれはどうかと思う」

「あなたも大概面倒くさいですね! 甘やかされたいのかそうでもないのかはっきりしてくださいよ!」

 

 面倒くさい事を言いだした俺に、めぐみんが俺の頭を撫でる手を止めた、そんな時。

 

「……ねえ二人とも、痴話喧嘩もいいけど、あたしの存在を忘れてないかな?」

 

 膝を抱えて座りこみ俺達のやりとりを見ていたクリスが、そんな事を言った。

 

 

 *****

 

 

「それで、これからどうするの? 二人のサプライズ結婚式をやるんだよね?」

 

 結婚式が楽しみなのか、ウキウキと聞いてくるクリスに、俺は。

 

「もうサプライズでもなんでもなくなってるけどな。……そういやクリス、アクアやバニルが嘘を吐いてるとは思わないが、お前にはめぐみんのお腹に子供がいるかどうか分からないか?」

「えっ、あたし? うーん、今の状態だとちょっと分からないかな」

 

 そんな俺達のやりとりに、めぐみんが不思議そうに首を傾げる。

 

「……? まだお腹が目立ってきたわけでもないですし、今の時点でそんな事が分かるのは、女神や悪魔だけだと思いますが。聖職者でもないクリスに、どうして私のお腹に赤ん坊がいるかどうか分かるのですか?」

「い、いや、クリスは勘がいいところがあるからな。一応聞いてみたっていうか、念のためっていうか、特に意味はないぞ」

「そそそ、そうだよ! あたしにそんな事分かるわけないじゃないか! いきなり変な事聞かないでよカズマ君!」

 

 焦りまくるクリスに、めぐみんが怪訝な目を向けている。

 こいつはどうして盗賊職のくせに隠し事が下手なんだろうか?

 

「……二人はまだ私に何か、隠している事がありますね? それは、これから結婚する私にも言えないような事なのですか?」

「そ、それは……!」

 

 少し不安そうな表情で俺に聞いてくるめぐみん。

 このタイミングはいけない。

 こちらには逃げた負い目があるので、うっかりバラしてしまいそうだ。

 というか、ひょっとしてこのためにこの場にクリスを呼んだのだろうか。

 なんという策士。

 

「ち、違うんだよめぐみん! 確かにあたしとカズマ君の間には、めぐみんにも言ってない秘密があるけど、それはめぐみんが心配しているような事じゃないよ! あたしとカズマ君はなんでもないって、前に言ったじゃんか!」

「そ、そうそう! ていうか、俺は別に話しちまってもいいと思うんだけどな」

「だ、駄目だよ! 絶対駄目! ダクネスにだってまだ話してないんだからさ!」

 

 俺とクリスがそんな事を言い合っていると、めぐみんが。

 

「だから、そうやって二人だけで分かり合っているようなところがイラッとするんですよ! 特に最近は子供が出来たので情緒不安定になっていますし、ストレスは子供に良くないという話もありますから、秘密を話してもらってスッキリしておきたいのです!」

「ず、ずるいよめぐみん! 赤ん坊を人質にするなんて! ちょっとカズマ君、君からもなんとか言ってよ!」

「よく考えてみると、俺は別に秘密がバレても困らないんだよな」

「君って奴は! 裏切り者ーっ!」

 

 と、クリスが涙目になっていた、そんな時。

 テレポート屋で送ってもらったらしく、ダクネスがやってきて。

 

「カズマはやはりこっちに来ていたか。めぐみんの言ったとおりだったな。まったく、お前という奴は……」

「ダクネス! 助けてダクネス! めぐみんったらひどいんだよ!」

「ど、どうしたクリス。今はそれどころではないのだが……」

 

 いきなりクリスに抱きつかれ、ダクネスが困惑した顔でめぐみんを見る。

 

「いえ、カズマとクリスの間に私も知らない秘密があるというので、ちょっとそこのところを問いただそうかと」

「……ほう。それは私も気になるな。いつか言っていたクリスの正体とやらの話か?」

「あれっ? ちょっと待ってよダクネス! どうしてそんな目であたしを……!? おかしいおかしい! この展開はおかしいよ! 今回はカズマ君のテレポートを封じるために呼ばれただけじゃないの!? どうしてあたし、こんな目に遭わないといけないのかなあ! あたしの幸運の高さってなんなの!?」

 

 ……しょうがねえなあー。

 

「なあ、結婚式はやるって事でいいんだよな? だったら、そろそろ移動しないと時間がないんじゃないか」

 

 俺の言葉に、三人が責めるような目を向けてくる。

 す、すいません……。

 

「言いたい事はいくらでもあるが、お前の言うとおり今は時間がない。もうサプライズでもなんでもなくなってしまったが、結婚式は予定通りに始めるから、早く式場へ向かうとしよう。アクア達は先に行って準備を進めているはずだから、我々は間に合うように向こうに着けばいい。カズマ、テレポートを頼む」

 

 そんなダクネスの言葉に、俺は。

 

「使えません」

「……? ……あっ。そうか、クリスにスキルバインドを使われたのか。では、アクアに解呪してもらって……」

「さっきダクネスが自分で言ったではないですか。アクアは式場とやらに先に行っているのでしょう? テレポートで行くような距離なら、戻ってくるのも無理ですし、連絡を取るのも難しいのではないですか。というか、その式場というのはどこなのですが? テレポート屋では行けないような場所なのですか?」

「あ、ああ。……せっかく驚かせようとして準備したから場所は言わないが、テレポート屋では登録してないような場所だ。普通の人は行かないし、テレポート先に登録してる物好きなんて俺くらい……、…………」

 

 えっ。

 ……何コレ詰んだ?

 

「「「「…………」」」」

 

 予想外の事態に四人して無言になった、そんな時。

 通りを歩いてくる人物が……。

 

「あれっ? めぐみんじゃない。外を出歩いていて大丈夫なの? アジトに行っても誰もいないし、なんだか今日は街がいつもより静かな気がするんだけど、どうしてか分かる? カズマさん、ダクネスさん、クリスさんも、……皆で集まって、何かやるんですか?」

 

 こちらにやってきたゆんゆんが、不思議そうに聞いてくる。

 ……っていうか。

 

「ゆんゆん、……その、今日は俺とめぐみんの結婚式をやろうって話になってたんだが、……えっと、聞いてないのか?」

「えっ」

 

 俺の言葉にゆんゆんが危ない感じの笑顔になり……。

 

「そそそ、そうなんですか! すいません私そんな事になってるとは全然知らなくて! お忙しいところをいきなり話しかけちゃってすいませんでした! 私の事は気にしないで、幸せな結婚式を挙げてねめぐみん!」

 

 涙目でそんな事を言って走り去ろうとするゆんゆんを、めぐみんが慌てて捕まえた。

 

「待ってください! またアレですよ、ただの連絡の行き違いですから! あなたも参加していいはずですから逃げないでください! というか、どうしてまたゆんゆんだけ知らないなんて事になっているんですか!」

「い、いや、俺は途中から参加したし、ゆんゆんはすでに知ってるもんだと……」

「わ、私もアクアに言われて参加した時には、すでにめぐみん盗賊団も一緒だったから、ゆんゆんは知っているのだと……」

「あ、あたしに言われても困るよ! あたしは資材の調達とかは手伝ったけど、会議には参加してないからね!」

 

 理由は分からないが、どうやらまたゆんゆんだけ除け者にされていたらしい。

 ……不憫な。

 

「ま、まあでも、ゆんゆんがここにいてくれて助かったよ。実は今、俺はテレポートが使えなくて、式場に行けないかもしれないところだったんだ」

「そうなんですか……? でも、その式場って、私がテレポート先に登録しているところなんですか?」

「ああ、ゆんゆんならしてるはずだぞ。その……」

 

 俺がめぐみんに聞こえないように、ゆんゆんに耳打ちすると。

 

「ええっ!? 結婚式? 結婚式をやるんですよね? どうしてそんなところで!? い、いいんですか? というか、大丈夫なんですか?」

「どうしてかと言われれば、めぐみんを驚かせるためだ。それに、話はつけてあるから何も問題はない」

「わ、分かりました。カズマさんがそう言うなら……。皆さん、集まってください」

 

 そう言ったゆんゆんが、テレポートの詠唱を始め……!

 

 

 

 ――そこは小高い丘の上。

 行き先を教えられずテレポートで連れられてきためぐみんは、キョロキョロと辺りを見回し、すぐに一点を見つめて動きを止める。

 

「……あの、カズマ? あれって……。いえ、分かります。分かりますよ。私もここには何度も来ていますからね。でも、結婚式をするのではないのですか? どうしてこんなところに……?」

 

 めぐみんが見つめる先には、誰がどう見てもボスの城と言わんばかりの、漆黒の巨城が広がっていて……。

 そう。魔王の城である。

 

「めぐみんを驚かせようと思って、今日一日だけ結婚式場として借りたんだ。めぐみんは魔王になりたいって言ってただろ? 結婚式を挙げるだけだし、魔王になるってのとは違うが、喜ぶと思ってな。ちなみに玉座の間を使ってもいいって言われてる」

 

 めぐみんの爆裂魔法がトラウマになったらしい魔王の娘は、俺が交渉すると快く城を解放してくれた。

 俺は、魔王の城を見つめたまま動かないめぐみんに。

 

「……ど、どうだ? 俺のサプライズは? 喜んでもらえたか?」

「……です」

「ん?」

 

 ぼそりと呟いためぐみんが、瞳を真っ赤に輝かせ俺の方を見て。

 

「最高です! 最高ですよカズマ! あんな格好いい城で結婚式を挙げられたら、間違いなく一生の思い出になります! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 感極まっためぐみんに抱きつかれる俺に、三人が微笑ましいものを見るような目を向けてくる。

 ……おいやめろ。

 こういうラブコメめいた生温かい扱いは嫌いだが、流石にこの状況でめぐみんを振り払うほどクズではない。

 俺の胸に顔を埋めためぐみんが、満足げな溜め息を吐いて。

 

「……はあ。あの時の事といい、ここは私にとって最高の思い出が二つもある場所という事になりますね。こうなったら、本当にあの城を落として私が次の魔王になりましょうか」

「や、やめてやれよ……」

 

 

 *****

 

 

 ここは世界でも有数の禍々しい場所。

 魔王の城の最奥、玉座の間である。

 魔王軍の騎士達の詰所から玉座へと続く、巨大な扉を開けた俺は、少しの間、その場で立ち止まり、玉座の間を見た。

 …………。

 参列するのは、紅魔族にアクシズ教徒、城の騎士達、この国の王女、それにアクセルの街の冒険者達、さらには人間の結婚式をひと目見たいという物好きなモンスター達。

 紅魔族の列には、ゆんゆんもちゃんといる。

 隙あらばモンスターを討ち取ろうとする紅魔族を、魔王の娘が半泣きで押しとどめ、隙がなくても魔王の娘にセクハラしようとするアクシズ教徒達を、魔王の娘の側近達が必死の形相で追い払っている。

 玉座の前に置いた祭壇で待つアクアが、悪魔系やアンデッド系のモンスターに片っ端から退魔魔法と浄化魔法を撃っている。

 あのバカ、大人しくしてろって言い聞かせておいたのに……。

 アクセルの冒険者達は魔王軍の綺麗なお姉さんに言い寄り困らせているし、城の騎士達は綺麗なお姉さんに言い寄られ困っている。

 ……なんていうか、カオスだな。

 魔王軍側が本気でピンチになったら、あれを俺が止めるんだろうか。

 いや、無理だろ。

 魔王の娘には、紅魔族やアクシズ教徒はこっちでなんとかすると言っておいたが、あんなの俺にどうにか出来るとは思えない。

 というか、関わり合いになりたくない。

 と、俺の隣に立っていためぐみんが。

 

「おい、せっかくの私の晴れ舞台なのにバカ騒ぎするのはやめてもらおうか! あんまり暴れるようなら私にも考えがありますよ! 大丈夫です、この子は強い子ですから、爆裂魔法の一発くらいは耐えてくれるはずです」

 

 ……コイツ。

 純白のウェディングドレスに身を包んだめぐみんは、黙っていればどこに出しても恥ずかしくない美少女なのに。

 さっき顔を合わせた時、綺麗すぎて言葉が出なかった俺はなんだったんだと問いたい。

 めぐみんの言葉に、めぐみんの頭のおかしさを知るその場の全員が静かになる中。

 

「大丈夫よ皆! あれはただのはったりよ! めぐみんは、子供の命を犠牲にしてまで爆裂魔法を撃つ事はないって言ってたわ! さあ、相手が大人しくなった今がチャンスよ!」

 

 子供が出来た時のめぐみんの言葉を聞いていたアクアが、余計な事を言ってアクシズ教徒をけしかける。

 魔王の娘が泣きながら逃げ、アクシズ教徒達が嬉々として追い回し……。

 ……ったく、しょうがねえなあー。

 

「おいお前ら、いい加減にしろ。静かにしてたら、アクアのダシ汁やるから」

「すいませんが、カズマ殿。今が魔王の娘にセクハラ……魔王の末裔を討ち取る絶好の機会なのです。これは、魔王軍への嫌がらせを教義とする我々アクシズ教徒にとっては聖戦。止めないでいただきたい。それに、アクア様の聖水は、このところアクア様がアルカンレティアにいらっしゃるおかげで、皆に行き渡るほどありますからな……」

 

 魔王の娘を追いかけ、息を荒くしているアクシズ教の最高指導者、ゼスタが、遠回しに別の交渉材料を要求してくる。

 これだからアクシズ教徒は……!

 

「ああもう、じゃあこれでどうだ! 『スティール』」

「ああっ! ちょっと何すんのよ変態ニート! 私の靴下返しなさいよ!」

 

 アクアから奪った靴下を手にぶら下げる俺に、アクシズ教徒達が目の色を変える。

 

「ア、アクア様になんという不敬を……!」

「私達の目の前でこんな……! ああっ、お労しやアクア様……! 涙目も可愛いです!」

「ゼスタ様! 彼に天罰を! あの靴下を没収しましょう!」

 

 色めき立つアクシズ教徒を前に、俺はアクアの靴下を手にぶら下げたまま、ふっと笑い。

 

「俺を不敬って言ったな? だったら、これを最後まで持ってた奴がアクアに返しに行けばいい」

 

 そう言って、アクシズ教徒の集団の中にアクアの靴下を投げ入れた――!

 

 

 

 誰がアクアに靴下を返しに行くかで、アクシズ教徒達が仲間割れを始める中、部屋の隅に運びこんでおいたオルガンが、今さら厳かな音楽を奏で始め。

 俺はめぐみんの手を取り、ヴァージンロードを並んで歩きだす。

 ……ヴァージンロードというか、玉座まで続く絨毯の道で、元々結婚式場として使う部屋ではないので、父親がめぐみんを連れてくるという式次第は却下されたわけだが。

 ひょいざぶろーがガチ泣きしていたので、そのうち穴埋めしようと思う。

 やがて、俺達は結婚の誓いをするべく、祭壇の前に辿り着いた。

 祭壇の中央に立つアクアは、身内で争う信者達をオロオロしながら見守っていて……。

 

「おい」

「あっ! ちょっとあんた、どうすんのよアレ! ウチの子達が喧嘩してるんですけど! 私の靴下はいつになったら返ってくるのよ!」

 

 ……心配していたのは信者達ではなくて靴下らしい。

 まあ、どいつもこいつも狂信者なアクシズ教徒達だから、アクアがアルカンレティアに行くと、これくらいは日常茶飯事なのかもしれない。

 

「そんな事はどうでもいい。いいから、さっさとプリーストとしての役目を果たせよ。お前があいつらを連れてきたせいで、また魔王の娘のトラウマが増えたかもしれないんだからな」

「何よ、魔王軍に嫌がらせするのはアクシズ教徒にとっては聖戦なんだから。信心の足りない逃亡ニートに文句を言われる筋合いはないわよ。それに、魔王の娘との交渉では、ウチの子達や紅魔族がバカな事をしようとしたら俺が止めるって言ってたのに、今日まで逃げ回ってたのはカズマさんじゃないの」

「ご、ごめんなさい……」

 

 そこを突かれると謝るしかない。

 

「アクア、私からも頼みます。紅魔族の皆が、好き勝手に暴れるアクシズ教徒達を見てうずうずしているのが、同じ紅魔族として分かるのです。このままだと結婚式どころではなくなるので、早めに誓いの言葉をお願いします」

 

 めぐみんに頼まれたアクアは、嬉しそうに。

 

「まったく、しょうがないわね! 二人は私がいないと駄目なんだから!」

 

 厳かな音楽がピタリとやみ……。

 

「汝ー、めぐみんは。このやる事やって子供まで作ったくせに、結婚式を目前にして逃亡した男と結婚し、神である私の定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、カズマを愛し、カズマを敬い、カズマを慰め、カズマを助け、その命の限り、堅く節操を守る事を約束しますか? ……ねえめぐみん、本当にこんなのでいいの? 確かにめぐみんは頭のおかしいところがあるけど、もっといい男が見つかるかもしれないわよ?」

「いいんです。私はカズマを愛しています」

 

 アクアの言葉に即答しためぐみんが、少し恥ずかしがりながらそんな事を……。

 ……どうしよう。

 なんかちょっと、泣きそうになってきたんだが。

 幸せそうに微笑みながら、めぐみんは。

 

「私は、そんなカズマのいい加減なところも好きなんです。子供が出来て不安がっている私を、慰めるのではなく一緒になって不安がったり。最近私に手玉に取られてばかりなのを気にしていて、アクアやダクネスが離れていくのを寂しがっていた私に、サプライズの事を知らせず、私をびっくりさせようとして計画に加わったり。そのくせ、準備が進むうちに結婚する事が不安になってきて逃げだしたり。でも、どこまでも逃げるのではなく、すぐに戻ってこられる中途半端なところに隠れていたり。小心者で、捻くれていて、逃げようとしても何もかも捨てる事が出来ない、そんなあなたが好きですよ」

 

 あれっ?

 コレっていつもの、なんだかんだ言って褒められてないやつじゃないか。

 泣きそうになってた気がしたけど、そんな事はなかった。

 

「そう、それならしょうがないわね」

「はい。しょうがないんです」

「おいやめろ。お前ら、しょうがないから結婚するみたいな言い方はやめろよな」

 

 なんだか分かり合ったように笑う二人に、俺が文句を言っていると。

 アクアが姿勢を正して。

 

「汝ー、サトウカズマは。めぐみんと結婚し、いろいろ端折って約束しますか?」

「おい」

「何よ、誓いの言葉はさっき言ったのと同じだし、繰り返すのは面倒くさいのよ。それに、カズマさんはこの先めぐみんより良い子に好きになってもらえる可能性はないから、ここで断ったら一人寂しく馬小屋で寝起きする老後が待ってるわよ」

「おいやめろ。微妙にリアルな将来を予想するのはやめろよ。でも俺はもう金を無駄遣いするつもりはないし、このまま適当に生きて老後の貯えにするから、馬小屋に泊まる事は二度とないけどな! 分かったよ! 約束するよ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんがつないでいる手に少し力を込めてくる。

 俺がめぐみんを見ると、アクアが。

 

「……誓いの言葉を口にしたのに、さっぱり信用できないんですけど。この男の場合、悪魔と契約させて、めぐみんを不幸にしたら魂を取り上げるとか言った方が効果的なんじゃないかしら? あらっ? あんな害虫でもたまには役に立つ事があるのね!」

 

 せっかく俺が誓いの言葉を言ったのに、アクアがそんなバカな事を言いだした時。

 参列者の中に紛れこんでいたバニルが。

 

「フハハハハハハハ! 今回これといって役に立っておらぬトイレの女神よ! 好き勝手に暴れ回り結婚式を台なしにしかけている貴様の信者達と違って、我輩は魔王の娘との交渉にて、小僧を手伝い、魔王の城を結婚式場とする事に協力しておる。その後も魔王軍にいた頃の部下を使い、式場の準備もしてやったではないか! その間、貴様や貴様の信者は何をやっていた? おっと、城にいるモンスター達を追いかけ回すのに忙しかったのだな! いや、失敬失敬! ひょっとすると貴様らは、どこぞの害虫よりも役に立たぬのではないか?」

 

 と、二人が睨み合っていた、そんな時。

 

「ま、待てお前達! 今日はめぐみんの結婚式なのだぞ! 一生に一度の晴れ舞台なのだ! 二人とも、今日くらいは大人しく……!」

「そうですよバニルさん! あんなに幸せそうなめぐみんさんは初めて見ましたよ。あの笑顔を曇らせたくはないでしょう? アクア様も、あまりバニルさんを挑発するような事は……!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「『バニル式殺人光線』!」

 

 二人の争いに巻きこまれ、お約束のように焦げるダクネスと、薄くなるウィズ。

 

「悪魔……!」

「アクア様が戦っておられる! 聖戦だ! これは聖戦だ!」

「ゼスタ様! 今は靴下どころじゃないでしょう! 悪魔ですよ! 悪魔が出ました!」

「フフフ……。このアクア様の靴下を装備した私と戦う事になるとは……、仮面の方、あなたは自らの不運を嘆く事になるでしょう……!」

「『エクソシズム』!」

「『エクソシズム』!」

「『シズム』ーっ!」

 

 アクシズ教徒がアクアに加勢し、次々とバニルに退魔魔法を放つ。

 退魔の光を浴びたバニルは。

 

「ぐぬっ……! こ、これは……、多勢に無勢か……! おのれアクシズ教徒、この我輩が……女神の信徒に敗れるとは……!」

 

 倒れたバニルの体が消滅し……。

 少し離れたところから、何事もなかったかのように生えてきた。

 

「もしや討ち取ったとでも思ったか? 残念、何のダメージもありませんでした! フハハハハハハハ! フハハハハハ…………む? なぜかあまりガッカリの悪感情が湧いてこないのだが……」

「『エクソシズム』!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「ええいっ! 効かぬと言っておろうが! これだからアクシズ教の狂信者は……!」

 

 何事もなかったかのように魔法を撃たれ、バニルがうっとうしそうに声を上げる。

 頭のおかしいアクシズ教徒は、バニルであってもやりづらいらしい。

 というか……。

 バニルとアクシズ教徒の戦いに触発され、紅魔族も魔王軍のモンスター達を追いかけ回すのを再開していて。

 冒険者達はナンパをし、騎士達はナンパされ。

 ゆんゆんはダストが巻き起こす騒動に巻きこまれ、クリスは殺気立って悪魔系のモンスターを狙っていて……。

 ……あっという間にカオスな状況に。

 

「まったく、あいつらは少しの間も落ち着いていられないのか」

「まあ、こんな結婚式も私達らしくていいではないですか」

 

 俺とめぐみんは、巻きこまれないように壁際に移動して騒動を眺める。

 と、めぐみんが幸せそうにお腹を撫でながら。

 

「男の子か女の子かも分かりませんが、この子が生まれてきたら、名前は私に付けさせてくださいね」

「それだけは絶対に許さない」

「おい、私のネーミングセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 俺は、子供の名前は何があっても俺が名付けようと誓い――!

 




・爆裂魔法は胎児に悪影響を与える。
 独自設定。

・各キャラルート
『この素晴らしい人生に祝福を!』(アクア)
『この純情乙女に初めての夜を!』(ダクネス)
『この背伸びしたい王女にストップを!』(アイリス)
『この騒々しいデートに宣言を!』(ゆんゆん)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この事件解決に協力を!

『祝福』2,3巻、読了推奨。
 時系列は、3巻の後。


 ――冬。

 弱いモンスターのほとんどが冬眠してしまい、手強いモンスターしか活動しなくなり。

 アクセルの街にいるような駆け出し冒険者達は、クエストを請ける事もなく宿に篭りのんびりする、そんな季節。

 この世界に来てからというもの、魔王軍の幹部を討伐したというのに借金を背負わされ、一時期は冬を越せるのかと危ぶまれたり、大物賞金首を討伐し街を救った英雄だというのに、冤罪を着せられ、牢屋に入れられ裁判にまで掛けられたりした俺は。

 

「……なんだか、こっちに来て初めて心からゆったり出来てる気がする。せっかくファンタジー世界に来たってのに馬小屋暮らしでアルバイトやらされたり、変な仲間ばかり集まってきたり、魔王軍の幹部が襲撃してきたり、借金背負わされたり、家を手に入れたと思ったら大物賞金首が襲撃してきたり、冤罪を掛けられたり。……思い返せば、ロクでもない事しかなかったな」

「過ぎた事はもういいじゃないの。ほら、これでも飲んでのんびりしなさいな」

 

 屋敷の居間にて。

 俺はこたつでぬくぬくしながら、アクアから受け取ったお茶を飲み……。

 

「いやこれお湯じゃねーか。どうしてお前は、お茶を淹れさせると毎回お湯にするんだよ。いい加減にしろ!」

「何よ! 私がお酒とかお茶に触ると水にしちゃうのは、体質なんだから仕方ないじゃない! 水の女神である私が触った聖なる水なんだから、感謝してくれてもいいと思うの!」

「するわけないだろ。俺は聖なるお湯じゃなくて普通のお茶が飲みたいんだよ。バカな事言ってないで淹れ直してこい」

「お断りします。カズマったら、バカなの? 私のお茶を淹れるついでに、カズマの分のお茶も淹れてきてあげたのよ。どうして私が、わざわざカズマのお茶を淹れるために、寒い台所に行かないといけないの? そんなにお茶を飲みたいんだったら、そこから出て自分で淹れてきたらいいじゃない」

「超断る」

 

 こたつから出ろなどとバカな事を言うアクアに、俺は断固とした口調で答える。

 このこたつは、冬に入り手頃なクエストがなくなって、冒険者として活動出来なくなったので、俺が元の世界の知識を使って作ったものだ。

 冬の間は商品開発でもして、安全に金を稼ごうと考えていたのだが、こたつでぬくぬくしていると何も考えられず、作業は中断している。

 

「……ん。このこたつとかいう暖房器具は素晴らしいが、出たくなくなるのが問題だな。カズマ、お前は昼食の時も、テーブルに座らずこたつで食べていたではないか。いくら寒いからといって、いつまでも暖房器具に入ってぬくぬくしているのは健康に良くない。冬が寒いのは当たり前だ。少しくらい我慢して、台所でお茶を淹れてきたらどうだ」

 

 ダクネスが、俺と同じくこたつに入ってぬくぬくしているくせに、そんな事を言う。

 

「はあー? いいかダクネス、筋肉ってのは熱を発するんだ。俺より鍛えてて腹筋が割れてるダクネスには、台所の寒さもなんて事はないかもしれないが、筋肉のない俺にとっては凍え死ぬような寒さなんだよ」

「ななな、なんの話だ! あのくらいの寒さで死ぬわけがないだろう! 私だって寒いが、我慢しているんだ! というか、私の腹筋は割れていない! 割れてないからな! おい、聞いているのか!」

 

 涙目で喚きだしたダクネスをよそに、俺はアクアが入れたお湯を飲む。

 と、こたつのテーブルに頬をくっつけだらだらしていためぐみんが。

 

「まあいいではないですか。カズマが頑張っていたのは事実ですし、私達も結構迷惑を掛けましたからね。少しくらいのんびりしてもいいと思います。それに、冬に冒険者がのんびりするのは普通の事ですよ」

「そ、それはそうだが……。まあ、めぐみんがそう言うなら……。なあめぐみん、爆裂散歩から帰ってきたばかりで、自分がのんびりしたいからそんな事を言っているんじゃないよな?」

「違います」

 

 疑わしそうなダクネスの視線から逃れ、めぐみんが顔を逆方向に向けた、そんな時。

 

「サトウさん! サトウさんはいらっしゃいますか!」

 

 屋敷のドアが、突然激しく叩かれた。

 

 

 *****

 

 

 突然屋敷にやってきたのは、以前、俺の事を犯罪者呼ばわりした検察官、セナだった。

 

「粗茶ですけど」

「どうも。……? ……!?」

 

 アクアに淹れてもらったお茶を手に、セナがアクアを二度見する。

 その様子にピンと来て視線をやると、カップの中は透明で……。

 

「いや、お湯じゃねーか。お前、客に出すお茶までお湯に変えるのはやめろよ。どんな嫌がらせだよ」

「い、いえ! いいんです! 職務を果たしただけとはいえ、自分はサトウさん達に大変ご迷惑をお掛けしましたので。……その、アクシズ教徒の方からの嫌がらせがこの程度で済むのであれば、かなりマシな方ですので」

 

 セナが恐縮した様子でお湯を飲む中、俺はアクアに顔を寄せ。

 

「おい、アクシズ教徒って、店を訪ねていっただけで怯えられるとか、デストロイヤーに踏まれても生き残るとか、おかしな評判しか聞かないんだが、どういう事なの? まあ、お前を信仰するような奴らだし、ロクでもない連中だっていうのは分かるけどな」

「ちょっと! 私のかわいい信者達を不当に貶めるのはやめてちょうだい。ウチの子達は少し誤解されやすいだけで、とってもいい子ばかりなんだからね!」

「ほーん? まあ、俺がお前の信者と関わり合いになる事なんてないだろうし、この世界が大概おかしいのにも慣れたから、いいけどな」

 

 俺達がそんなどうでもいい事を話していると、ダクネスが。

 

「それで、セナはなんの用でここへ来たんだ? 冒険者と違って、王国検察官はこんな真っ昼間から遊び歩いているものではないはずだが。……んんっ! お、おいカズマ、いきなり何を!? こ、こたつの中で私の足をつつくのはやめ……!? そういう事はセナが帰ってからに……!」

 

 いきなり顔を上気させ悶えるダクネスに、セナが怪訝そうな視線を送る中、俺は小声でダクネスに。

 

「おいやめろ。どうやって言いくるめて追い返そうか考えてるのに、本題に入ろうとするのはやめろよ。よく分からんが、バニルを倒してから、どうもセナは俺の事を正義の味方みたいに思ってる節がある。今回もどうせ厄介事を持ってきたんだろう。せっかくこたつを作ってのんびりしてるってのに、また面倒に巻きこまれるのは嫌なんだよ。ああいう期待に満ちた目を向けられると断りにくいし、ここは本題を言いださないうちに追い返したい」

「お、お前という奴は……! 王国検察官が厄介事を持ってくるという事は、それだけ信頼されているのだから誇るべき事だろう。それに、セナは司法のために働いているのだから、セナを助ける事は、か弱い市民を助ける事にもなる。冒険者として、少しは市民のために何かしようとは思わないのか?」

「ちっとも思いません」

「おお、お前という奴は……!」

「ていうか、俺は冒険者として、魔王軍の幹部を倒したり、大物賞金首を食い止めたり、市民のためにやれる事はやってる。これ以上何をしろっていうんだよ?」

「そ、それはセナに聞いてみれば……、……ッ!」

「おいこら、セナに話を聞こうとするのはやめろって言ってるだろ。こたつの中でお前の足がどうなっても構わないのか?」

「くっ……! むしろ望むところだ……!」

 

 俺が、どうしようもない事を言いだしたダクネスを、どうやって黙らせようかと考えていると。

 アクアがソファーに腰を下ろしながら。

 

「検察官の人が来たって事は、ウチのカズマさんがまた何かやらかしたのかしら? まったく、カズマったらしょうがないわね! ねえねえ、私がきつく言っておくから、今日のところは見逃してくれない? 今日の食事当番はカズマさんだから、連れていかれると困るんですけど」

 

 俺は余計な事を言いだしたアクアに。

 

「おいふざけんな。俺は何もやってない。ここんところ、俺が一日中こたつから出てないのは、お前だって知ってるだろ。最後に出掛けたのは、こたつが出来る前に冒険者ギルドの酒場で宴会をやった時くらいだぞ」

「こ、この男、そんなロクでもない事を堂々と……!」

 

 潔白を訴える俺の言葉に、なぜかダクネスが頭を抱える中、セナが少し困ったように。

 

「い、いえ、本日伺ったのは、とある事件の捜査のために、サトウさんに是非とも協力していただきたいと思いまして……」

 

 そんな、面倒くさい事を……。

 …………。

 

「協力って言われても、俺に出来る事なんてないと思うぞ。犯人を捕まえるノウハウもよく知らないし、尋問だってあの嘘吐くとチンチン鳴る魔道具があれば誰がやったって同じだろ」

「いえ、そういった基本的な捜査は我々の方ですでにやっています。ですが、それでも犯人を捕まえる事は出来ておらず……。この事件の解決には、サトウさんのような方の助言が役に立つだろうと思いまして」

 

 と、セナのそんな言葉にアクアが。

 

「カズマさんみたいな人? お昼近くまで起きてこなくて、起きてもゴロゴロしているだけの、お金があるから働こうともしないヒキニートよ? こんなのが世の中の役に立つなんて、ちょっと信じられないんですけど」

「待ってくださいアクア。基本的な捜査はやっているそうですから、必要なのは特殊な視点からの意見なのではないでしょうか。カズマには狡すっからい手を使って強敵に勝ち逃げしてきた実績があります。犯人が同じような事をしているなら、カズマなら相手の手の内を読む事が出来るかもしれませんよ」

「おいお前ら引っ叩くぞ。これまで魔王軍の幹部や大物賞金首と渡り合ってきたカズマさんだぞ。セナが求めてるのは、そんな凄腕冒険者としての助言に決まってるだろ」

 

 捜査に協力なんかしたくないが、こいつらに言われっぱなしも腹立たしい。

 口々にロクでもない事を言うアクアとめぐみんに俺が文句を言っていると、ダクネスが何かに気づいたような表情でセナの方を見て。

 

「そういえば、このところ下着泥棒の被害が多発しているという話だが」

 

 ダクネスのそんな言葉に、その場の全員が俺の方を見た。

 

「おいふざけんな。お前らひょっとして俺を疑ってんのか? 犯罪者を見るような目を向けるのはやめろよ。そんなわけないだろ。ここんところ、一日中こたつの中にいたし、そもそも俺が下着を盗んだのは、ランダムで相手の持ち物を奪うっていうスキルを使ったからで、別に好きで下着を奪ったわけじゃないんだからな。というか、俺に嫌疑を掛けた事に対し深く謝罪をとか言ってたくせに、やってる事が以前と変わってないんだが。どういう事ですかね検察官さん」

「ち、違います! そうではなくて、下着泥棒を捕まえるために協力していただきたいのです」

 

 セナが、俺から目を逸らしながら、そんな事を……。

 

「……ひょっとして、協力してほしいとか言って、俺がボロを出さないか見張ってるつもりだったのか? 俺を疑うんだったら、明確な根拠を持ってこいって言ってるだろ! また疑われるなんて不愉快だ! 帰ってくれ! ほら、出ていって!」

「い、いえ、自分は決して、サトウさんを疑っているわけでは……!」

 

 と、追い返そうとする俺の言葉にセナが慌てだした、そんな時。

 ――チリーン。

 セナが手にしていた鞄の中から、聞き覚えのある音がした。

 

「…………」

「『スティール』」

「……ああっ!」

 

 気まずそうに目を逸らすセナに俺が片手を突きだし唱えると、手の上に嘘を感知する魔道具が現れる。

 俺は魔道具をこたつの上に置き、こたつのテーブルを指でトントンと叩きながら。

 

「なあ検察官さん、これは一体どういう事なんですかねえ? 一度俺を冤罪で死刑にしようとしたあなたが、まさか、また俺に冤罪を被せようとしてたなんて、そんな事はないですよね? ……ここに来たのは何のためなんだ? 本当のところを教えてくれよ」

「……そ、その……、このところアクセルの街では下着泥棒の被害が多発していまして。我々も全力で捜査に当たっているのですが、なかなか犯人を捕まえる事が出来ず……。一度は警官が犯人の姿を見たにもかかわらず取り逃がしてしまった事もあり、犯人は相当な手練れだと予想されています。そこで、高名な冒険者でもあるサトウさんに、犯人逮捕に協力していただこうと思い、本日はこちらに参りました」

 

 俺はテーブルの上のベルを見る。

 ……鳴らない。

 

「なるほど、協力を頼みに来たっていうのは嘘じゃないんだな」

「そ、そうなんです! サトウさんには、是非とも我々に協力していただきたいのです!」

「それで俺があんた達と一緒に行動するうちに、どこかでボロを出さないか見張ろうと思ってたのか?」

「…………」

 

 一瞬表情を明るくしたセナが、俺の言葉に暗い顔をし黙りこむ。

 

「黙ってちゃ分かんないでしょーが! ほら、本当の事を言ってみろよ。わざわざこの魔道具を持ってきてるし、俺が犯人だと思ってたんだろ? まったく、一度早とちりして失敗したくせに、また同じ事を繰り返すつもりかね! この国の司法はどうなっているんですか!」

「すすす、すいません……! しかし、捜査が行き詰まっていて、サトウさんに協力していただきたいというのも本当なんです。魔道具を持ってきたのは、あくまでも確認のためといいますか、疑いを晴らすためで……!」

 

 泣きそうな顔でペコペコと頭を下げるセナを、俺は調子に乗って責める。

 

「確認のためとか疑いを晴らすためとか言われても、疑いを掛けられた俺の心はとても傷ついたわけですが、そこのところはどう思ってるんですか? 捜査のためだから仕方ないんですか? 大体、下着が盗まれたからって俺を疑うってのもおかしいだろ。確かに俺は街ではクズマだのカスマだの呼ばれてるらしいが、検察官のくせに噂に踊らされすぎなんだよ。俺が下着泥棒なんかするわけないじゃないか」

 

 俺の言葉に、セナがチラチラとこたつの上のベルを見る。

 ……鳴らない。

 俺が内心ほっとしていると、セナが深々と頭を下げて。

 

「失礼な真似をしまして、本当に申し訳ありませんでした。し、しかし、その……、下着を盗みそうな人物の中で、警官の追跡を振りきる事が出来るという条件を加えますと、この新米冒険者の街では他に容疑者がおらず……」

「おい、だから人を下着泥棒の予備軍扱いするのはやめろよ」

「す、すいません、すいません……!」

 

 こんなに謝られると、なんだかこっちが悪い事をしているような気になってくる。

 と、そんな微妙な空気の中、めぐみんが。

 

「あの、こんなタイミングで言うのはどうかと思うのですが。実は、私の下着がいくつか紛失しているのです」

「!?」

 

 めぐみんのその言葉に、その場にいる全員が俺の方を……。

 

「おいふざけんな! 俺はやってないって言ってるだろ! だからその犯罪者を見るような目を向けてくるのはやめろよ!」

 

 俺の言葉に全員がベルを見るが、鳴らない。

 当たり前だ。

 俺はめぐみんの下着を盗んでなんかいないし、下着がなくなったという話も今初めて聞いた。

 

「ひょっとして、それもセナが言ってる下着泥棒の仕業なんじゃないか?」

「……そうでしょうか? いくら街で噂になるほどの下着泥棒とはいえ、こんな街外れにまでわざわざ下着を盗みに来るとは思えないのですが」

「いえ、犯人はおそらく盗賊職でしょうから、元々は貴族の持ち物だったこの屋敷を狙っても不思議ではありません」

「だが、なくなっているのはめぐみんの下着だけで、金目の物が盗まれたわけではないのだろう? というか、下着が盗まれるというのもそれなりに大事だと思うのだが、どうして今まで黙っていたんだ?」

「どこかに紛れこんでいるのでなければ、どうせ犯人はカズマだろうと思っていたので。良心の呵責に耐えかねて、泣いて謝ってくるまで泳がせておこうかと」

「おい、だから当たり前のように俺を下着泥棒扱いするのはやめろって言ってるだろ」

 

 俺達が下着泥棒について話し合っていると、真面目な空気に耐えられなくなったのか、ソファーに寝そべって退屈そうに足をパタパタさせながらアクアが。

 

「ねえカズマさん。余計な事を言うと疑われそうだし、カズマさんが私達の下着でお風呂をいっぱいにして、『下着風呂だひゃっほう!』って喜んで入っていた事は内緒にしといてあげるわね!」

 

 いや、こいつは何を言ってんだ?

 アクアの言葉に、いきなりバカな事を言いだしたアクア以外の全員がベルを見るが……。

 

 …………。

 

 ……鳴らない。

 

「いや、なんで鳴らないんだよ! ちょっと待て、そんなのやった事ねーよ! ほ、ほら、ベルは鳴ってないし、俺が嘘吐いてないって分かるだろ?」

 

 冷たい目で俺を見てくるめぐみんとダクネス、セナに、俺は必死で言う。

 なんだこれ。

 どうしてアクアの大嘘に魔道具が反応しないんだ?

 

「……おかしいですね。どちらかが嘘を吐いているはずなのに……。ひょっとして、故障している……?」

 

 セナがベルを見つめながら困惑したように言う。

 

「すいません、サトウさん。署までご同行願えませんか? も、もちろん、疑っているわけではないのですが、確認のためというか、疑いを晴らすために……」

「その言い訳はもう聞いたよ! なんだよ、明らかに俺を疑ってんじゃねーか! 根拠を言えよ、俺が犯人だっていう明確な根拠を!」

「い、いえ、サトウさんを疑っているわけでは……。しかし、この魔道具は本来、部屋に掛かった魔法と連動して使われるものなので、単体だと精度が低くなる事もあります。同じ質問を繰り返すだけですので、どうか……。というか、私の本来の目的は、捜査協力のためにサトウさんをお連れする事です。是非とも、あの大悪魔バニルを打ち破ったお力を貸していただけませんか」

 

 セナはそう言って、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 ……クソ、こんな風に素直に頼まれると、断るのが悪いような気がしてくる。

 

「……しょうがねえなあー。そこまで言うなら警察署には行ってもいいよ。どうせ出掛けるんだから、捜査にも少しなら協力する。でも、犯人が捕まらなかったからって、俺のせいにするなよ。俺は確かに冒険者だけど、警官でもなんでもないんだからな」

「それはもちろんです。このたびは無理を言って申し訳ありません」

「い、いや、分かってるならいいんだよ。それじゃあ……、……いや、お前らは何を知らん顔してるの? 俺が行くんだから、お前らも一緒に来いよ。この寒い中、お前らが暖かいところでぬくぬくしてるのに、俺だけ働かされるなんて冗談じゃないぞ」

 

 忙しなく立ち上がり屋敷を出ていくセナに続いて、俺が渋々とこたつを出る中、ちっとも動こうとしない三人に、そんな事を言うと……。

 

「嫌です。今日は寒いので、ここから出たくありません」

 

 コタツの魔力に捕らわれためぐみんが、そんなロクでもない事を言う。

 

「お、お前、自分の下着が盗まれたかもしれないのに何言ってんだ。当事者みたいなもんなんだから、捜査に協力してやれよ。なんの関係もない俺が駆りだされるのに、お前だけこたつに入ってのんびりしてるなんて俺は認めないからな。おいダクネス、お前からもなんとか言ってやれ。というか、いつもならこういう時、真っ先に飛びだしていきそうなお前が、何をぬくぬくしてるんだ?」

「そ、それが、こたつから出ようとしているのだが……。どうしようカズマ。こたつの中が暖かくて、出られないのだが……!」

「ああもう! いつも人の事をニートだの駄目人間だの言ってるくせに、俺がちょっとやる気を出したらこれかよ!」

「ま、待ってくれ。市民が被害に遭っているのだ。私も一緒に行くに決まっているだろう。今、こたつから出るから……」

 

 コイツら駄目だ。

 俺が、駄目な事になっている二人を放置して、アクアの方を見ると。

 

「……? なーに? 私に協力してほしいの? 嫌に決まってるでしょう。どうしてこんなに寒いのに外に出ないといけないの? バカなの? 私は何があっても、この暖炉前の特等席から動かないわよ。それに、こないだカズマだって、ずっとそこにいていいぞって言ってくれたじゃない」

「あれはコタツを作ったから暖炉前のソファーを使っていいって話だろ。……まあ、お前が手伝ってくれても、どうせロクでもない事にしかならないし、お前はそこで大人しくしててくれ」

「ちょっとあんた待ちなさいよ! 私を役立たずみたいに言うのはやめてちょうだい。この私の冴え渡る脳細胞に掛かれば、下着泥棒なんて簡単に捕まえられるわ」

「……いや、本当についてこないでいいんですが」

 

 俺は、ソファーから立ち上がり涙目で殴りかかってきたアクアと取っ組み合いながら。

 

「アクアでもやる気を出してるのにおまえらと来たら」

 

 俺の言葉に、二人は悔しそうな表情でこたつから出てきた。

 

 

 *****

 

 

「わ、わざわざダスティネス卿にご足労いただけるとは……!」

「いや、今日は冒険者として来たのだから、あまり気を遣わないでくれ」

 

 ダクネスと女性警官がそんな話をしながら、アクア、めぐみんとともに警察署に入っていく。

 三人が会議室のようなところに案内されていく中、なぜか俺だけが別室に通され……。

 

「いやちょっと待て。ここって、前に使った取り調べ室だろ。おいふざけんな。確認のためだの疑いを晴らすためだの言っておいて、完全に犯人扱いじゃねーか! 捜査に協力してほしいとか言ってたくせに、どういうつもりだ!」

「ちちち、違います! 嘘を感知する魔道具は、この部屋の魔法と連動しているので、ここで事情を聞くのがサトウさんの潔白を証明するためにも一番いいはずなんです! どうかご協力を!」

 

 ……セナが本当に申し訳なさそうな顔をしているので、なんだかこっちが悪い事をしている気になってくる。

 や、やりにくい……。

 

「ああもう、分かったよ。こんなのとっとと終わらせよう。質問してくれ」

「では、サトウカズマさん。年齢十六歳。職業は冒険者、クラスも冒険者。出身地と、冒険者になる前は何をしていたかを……」

「そこからかよ! それは前回答えただろ! そういうのはすっ飛ばしてストレートに聞いてくれよ! お前は下着泥棒なのかって! もちろん違うぞ。俺は下着なんて盗んだ事もない!」

 

 ――チリーン。

 ベルが鳴り、セナの顔がいつかのような冷酷そうな無表情になって……。

 

「……サトウさん?」

「いや待て。ちょっと待ってくれ。今のは言い方が悪かった。確かに女の子の下着をスティールした事はあるが、あれはスキルの効果であって俺の意思じゃない。それ以外では下着を盗んだ事なんてない」

 

 セナがベルを見るが、ベルは鳴らない。

 

「それと、屋敷でアクアさんが言っていた事ですが。あなたが仲間の下着を集め風呂に入れて、『下着風呂だひゃっほう!』などと言っていたというのは……」

「事実無根です」

「……間違いないようですね。すいませんが、確認のためにもう一度だけ聞きます。このところアクセルの街で多発している下着泥棒は、あなたの仕業ですか?」

「違います」

 

 ……鳴らない。

 セナはほっとしたようにため息を吐き。

 

「ご協力ありがとうございます。不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」

「いや、分かってもらえればいいんですけどもね? というか、相変わらずお茶も出ないんですかねここの署は! 今回、俺は容疑者ですらないんですけどもね!」

「す、すいません! 今淹れてきますので……!」

 

 セナは慌てて出ていき、お茶を淹れて戻ってくる。

 俺はそれを一口すすり……!

 

「ヌルい! おっとこのパターンは前にもありましたね! じゃあせっかくだし、前回聞けなかった事を聞いてみようかね。俺の事を根掘り葉掘り調べたみたいだが、あんたには後ろ暗いところは何もないんですか?」

「な、何を……! そんなものあるわけがないでしょう。自分は王国検察官として……!」

 

 ――チリーン。

 流石に検察官として黙っていられなかったのか、反論しようとしたセナだが、ベルが鳴ると口を閉じる。

 ……後ろ暗いところ、あったのか。

 俺がじっと見つめていると、セナは言いにくそうに。

 

「その……、以前にもアルカンレティアで、間違いなく犯人だと思っていた相手に嘘を感知する魔道具を使ったところ、嘘を吐いていなかった事が判明し、ロクでもない報復を受けた事がありまして……。こないだのサトウさんの一件もあり、ひょっとして自分はこの仕事に向いていないのかと悩んでいます」

「そ、そうか……。いや、大丈夫だと思うぞ。俺も身に覚えのない罪を被せられそうになったが、なんだかんだで疑いが晴れたのもセナのお陰みたいなもんだしな。……そ、そんな事より、ほら、アレだ。俺を呼んだのは下着泥棒を捕まえるためなんだろ?」

 

 

 

 取り調べ室を出て、会議室のような部屋へ行くと、そこでは……。

 

「ねえ待って! これは違うのよ! その石鹸は美術品であって、卑猥に見えるとしたらあなたに芸術を見る目がないからで……!」

「いえ、そういう事ではなく。美術品だろうがなんだろうが、この石鹸のモデルは自分ですよね? こんなものを勝手に作られては困ります」

「だって! だって! ……ねえ、ダクネスからもなんとか言ってちょうだい! ダクネスって、貴族のお嬢様なんでしょう? ダクネスがごめんなさいしてくれたら、きっと警察の人も許してくれると思うの」

「ダスティネス家はそのような権力の使い方をしない。というか、この、風呂で使っている内にだんだん鎧が溶けていくダクネス石鹸というのは……」

「あの、アクア。ダクネス石鹸があるのに、どうして私の石鹸がないんですか? 使っているうちに木っ端微塵になる爆裂めぐみん石鹸をお願いします」

 

 女性警官に自作の石鹸を取り上げられ泣き喚くアクアと、そんなアクアを窘めようとするダクネス、アクアに石鹸作りを依頼するめぐみん。

 ……いや、コイツら何やってんだ。

 

「おいお前ら、人が事情聴取されてる間に何やってんだ。というか、やっぱりロクでもない事になってるじゃないか。お前、何しに来たの?」

「あっ、カズマ! ねえ、カズマからも言ってやってちょうだい! あれは卑猥なものじゃなくて、芸術品だって! ほら、言ってやって!」

「ええと、保護者の方ですか? その、以前、アクアさんには勝手に露店を開いたという事で注意をしたのですが、その時に売っていた石鹸を見せてほしいと言ったところ、このような事に……。美術品だかなんだか知りませんが、勝手に自分をモデルにしたものを作られたり売られたりされるのは困るんです」

「分かります」

 

 困った表情でそう言う女性警官に、俺は即答する。

 

「……すいませんが、アクアさんには取り調べ室で事情を聞かせていただけませんか? いえ、別に犯人扱いとかそういう事ではなくて、あそこだと嘘を感知する魔道具が作動するので、事情を聞くのにもいろいろと便利だからです」

 

 厳しい目でアクアを見て、女性警官がそんな事を言う中、セナが。

 

「そういえば、先ほどアクアさんが言っていた、サトウさんが仲間の下着を集め風呂に入れて『下着風呂だひゃっほう!』と言っていたという件ですが、嘘を感知する魔道具で調べたところ、サトウさんはそんな事をしていないと証明されました。その件についても話を伺いたいのですが」

「ねえ待って! 本当に待って! 今日ここに来たのは、ついに冒険者から犯罪者にクラスチェンジしたカズマさんを慰めるためじゃないの? どうして私が怒られてるの? おかしいじゃない! こんなの絶対おかしいわよ!」

「アクアさんはアクシズ教徒だそうですね。犯罪でなければ何をやってもいいという教義だそうですが、あなた方のやっている事は軽犯罪に当たると自分は考えています。故意に嘘の証言をして人を犯罪者扱いするのは犯罪なので、気を付けてくださいね。では、こちらへどうぞ」

「やめて! ウチの子達は皆、ちょっと誤解されやすいだけでいい子達ばかりなんだから! そ、それに、確かにちょっと大げさに言ったかもしれないけど、未来の被害者を救うためと思えば仕方ないんじゃないかしら? あっ、私を不当に扱うと、世界に一千万人いるアクシズ教徒が黙ってないわよ!」

「それは裁判の時に言っていた嘘ですね。信者数の誇大申告……」

「わあああああーっ! ふわああああああーっ! カズマさーん、カズマさーん!」

 

 アクアが、女性警官に連れていかれながら、涙目で俺の名前を叫ぶ。

 そんなアクアを、俺はにこやかに手を振り見送った。

 

 

 

「――コホン。改めまして、皆さんには下着泥棒の逮捕に協力していただきたいのです」

 

 アクアが女性警官に連れていかれると、セナがそう切りだした。

 

「協力って言われても。具体的に何をすればいいんだ?」

「はい。皆さんには我々とは違った独自の視点から捜査をしていただければと考えています。……先ほども言ったとおり、犯人は冒険者だと考えられます。ですが、冒険者ギルドからの情報をもとに怪しい人物を探したところ、該当者は見つかっていません。……こちらの捜査資料は部外秘ですので、内容については口外しないでください」

「警官の包囲から逃げだすのは、確かに冒険者でなければ難しいだろうが……」

 

 セナがテーブルに広げた、冒険者ギルドが提出したというデータを見ながら、ダクネスがそう言って首を傾げる。

 そんなダクネスに、同じくテーブルに広げられたこの街の地図を指さしめぐみんが。

 

「この印が被害者の家ですよね? 犯行現場は街中に散らばっていますね。こういう場合、犯人は自分の住んでいる場所の近くから、少しずつ遠くへと犯行の範囲を広げていくという話ですが」

「はい。犯人はその事を知っていて、自分の住んでいる場所を知られないようにしているのかもしれません」

「なるほど、犯行現場はかなり広い範囲に散らばっているな」

「あの、ダクネス。私はあまりこの街の地理に詳しくないのですが。この辺りがどういう地域なのか分かりますか?」

「……ん。その辺りは宿泊施設が多いな。この時季だと、街の外から来た人々が多く泊まっているはずだ。冬の間は冒険者が宿に篭るから、護衛を雇えない行商人や旅芸人なんかが、同じように留まっているんだ」

「それじゃあ、犯人はわざわざそういう人達を狙っているのでしょうか?」

「ええと、被害者のリストは……」

 

 めぐみんとダクネスが意見を言う中、俺はセナが広げた捜査資料をじっくりと見て……。

 なるほど、分からん。

 というか、こっちの世界に来るまでただの学生だった俺に、こんなものを見せられてもどうしようもない。

 めぐみんとダクネスは捜査資料を見ながらああだこうだと言っているが、やはり俺が役に立てる事などないのでは……。

 …………。

 ……いや、ちょっと待て。

 

「なあ、この街の男性冒険者は、下着泥棒なんかやらないと思うんだが。怪しいって言うんなら、女性冒険者か、冒険者じゃない普通の街の住人か、またはこの街に来たばかりの冒険者なんじゃないか?」

「犯人は男性冒険者ではない……? し、しかし、女性が女性の下着を盗むとは思えませんし、一般市民が警官の包囲から逃げられるとも思えません。それに、冬の間にこの街に来た冒険者は、真っ先に調べましたが怪しい人物はいませんでした。というか、この街の男性冒険者が下着を盗まないというのは、何を根拠に言っているのでしょうか?」

 

 俺の言葉に、セナが不思議そうに言う。

 ……サキュバス達のおかげで、わざわざ犯罪に手を出さなくても性欲を解消できるからだとは言えない。

 例の喫茶店は一般市民を対象にしていないから、怪しいのは男性冒険者ではなく、一般市民や女性冒険者、またはこの街に来たばかりの人物だと思うのだが……。

 

「ま、まあ、そこは俺なりの推理ってやつだ。実際、この街では男性冒険者の性犯罪ってものすごく少ないんじゃないか?」

「それは……。そのとおりです。この街は国内でも最も治安が良く、特に男性冒険者による性犯罪の件数が、他の街と比べものにならないほど少ないです。ですが、それだけでは犯人が男性冒険者ではないとまでは言えないのでは……」

「これまで普通のやり方でやってみたけど、犯人を捕まえられなかったんだろ? さっき、俺達には独自の視点から捜査に協力してほしいって言ってたし、ありそうにないと思うんだったら、むしろ条件に合致してると思うんだが。男性冒険者に対する捜査を優先して、女性冒険者や一般市民への捜査は後回しにされてるんじゃないか?」

「た、確かに……! 分かりました。協力を頼んだのはこちらですし、本日はサトウさんの提案に従いたいと思います」

 

 ……いや、素人の俺をそんなに頼りにされても困るのだが。

 

 

 *****

 

 

 ――なかなか事情聴取の終わらないアクアを残して、警察署を後にした俺達は、冒険者ギルドにやってきた。

 

「それにしても、冒険者ギルドですか。一般市民が犯人ではないかと仰っていましたが、なぜ冒険者ギルドに?」

「ギルドっていうか、酒場に用があるんだよ。情報収集といえば酒場だろ?」

「そ、そういうものですか……?」

 

 俺の言葉に、あまりピンと来ていないらしいセナ。

 ……あるぇー?

 間違ったか? しかし、自信満々に冒険者ギルドに来てしまった以上、今さら勘違いでしたとも言いにくい。

 俺がギルドのドアを開け中に入ると……。

 

「やあ、カズマ君じゃないか! 久しぶり! それに皆も……、あれ? アクアさんはいないの? それに、その人は前に君を国家反逆罪で裁判に掛けた検察官さんだね。えっと、皆で何をやってるの? ……どうして私の手を掴むの?」

「女性冒険者……。しかも、盗賊職……。そして俺にぱんつを盗まれた事がある……。犯人はコイツです」

「ちょっと何言ってるのか分かんないかなあ! ねえ君、何言ってんの? あたしが何をしたって言うのさ! ていうか、最後のは絶対に関係ないよねえ!」

 

 言い逃れしようとする女盗賊、クリスの手を、俺は強めに掴んだ。

 

 

 

「まったく! カズマ君じゃないんだし、あたしが下着なんか盗むわけないじゃんか!」

 

 事情を説明すると、クリスは不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「おいやめろ。俺だったら下着を盗んでもおかしくないみたいに言うのはやめろよ。裁判の時、お前のその証言のせいで俺が死刑になりそうだったのを忘れたのか?」

「そ、それは悪かったけど、元はといえば君があたしの下着をスティールしたせいじゃないか」

「あれはお前が吹っかけてきた勝負だろ。俺はそれに乗っただけだし何も悪くない。自分から吹っかけた勝負の結果に、後から文句を言うのはどうかと思う」

「わ、分かったよ。あたしが悪かったよ! そんな事より、今日は下着泥棒の事で来たんだろう? あたしはなにも知らないけど、協力できる事はするよ」

 

 俺の追及を逃れるためか、そんな事を言うクリスに、ダクネスが。

 

「カズマの話で、犯人は女冒険者ではないかという疑いが出てきてな。下着を盗んでいくのだから、おそらくは盗賊職だろう。そこで、クリスには知り合いの女盗賊がいれば紹介してほしいのだ。盗賊同士のネットワークのようなものはないのか?」

「うーん……。盗賊同士のネットワークかあ。残念だけど、あたしはそういうのは知らないかな。知ってる女盗賊も、あの、なんていったっけ? 魔剣の……」

「魔剣の勇者、ミツルギ殿ですか?」

「そうそう。その人と一緒にいた盗賊の女の子くらいしか知らないよ。それに、あの子とは裁判の時にチラッと顔を合わせただけだから、名前だって知らないし。盗賊は成り手があまり多くないし、ひとつのパーティーに一人いれば十分だから、盗賊同士の交流ってそんなに活発じゃないんだよ。冒険者みたいに、教えてもらわないとスキルを覚えられないわけでもないからね。そういうわけだから、残念だけど力にはなれそうにないかな」

 

 クリスが残念そうに、ごめんねと両手を合わせる。

 俺はそんなクリスに。

 

「犯人は警官に包囲されながら逃げたって話なんだが、盗賊職にはそんなスキルがあるのか?」

「そうだね。逃走スキルっていうのがあるから、それじゃないかな。でも、盗賊が逃げる時には、バインドとかワイヤートラップとか、いろいろ便利なスキルがあるんだけど、その犯人っていうのはそういうスキルを使ったの?」

 

 クリスに聞かれたセナが、困惑したように首を傾げ。

 

「えっ、いえ……。私はその場にいたわけではないので、話を聞いただけなのですが。バインドなどを使ったという報告は聞いていません」

「それってちょっとおかしくない? まあ、盗賊職だって事を隠そうとしたのかもしれないし、スキルを使わなくても逃げられる状況だったのかもしれないから、断言は出来ないけど……」

「で、では、サトウさんの言っていたとおり、犯人は盗賊職ではない……?」

 

 クリスの言葉に、セナが驚愕した表情で俺を見る。

 ……俺はただサキュバスが経営している店の事を知っていただけなので、そんなに尊敬の目を向けられると困るのだが。

 聞けそうな事は聞いたので、俺達がクリスのもとを離れようとすると、セナが振り返って。

 

「すいませんクリスさん。最後にひとつだけいいですか? ただの確認ですので。……もちろん、これは任意の質問なので、断っていただいても構いませんが」

 

 セナが、嘘を感知する魔道具をテーブルに置き、クリスに問う。

 

「いいよいいよ。嘘なんか吐かないから、なんでも聞いてよ」

「お前、裁判の時に俺が追いつめられてるのを見て、ぱんつを盗んだ罰が当たってざまあみろと思ってなかったか?」

「……!? お、思ってません」

 

 ――チリーン。

 

「……ほう? どういう事ですかねクリスさん。さっき悪かったって言ってたのはなんだったんだ? おい、本当は全然反省してないんじゃないか?」

「待って! ねえ待ってよ! これって事件と関係ないよね!」

「サトウさん!? 魔道具を私的に利用するのはやめてください! そ、それに、この魔道具はあの取り調べ室の魔法と連動しているので、ここでは真偽の判断を間違う事もありますよ! ……クリスさん、あなたはこのところ街で多発している下着泥棒ですか?」

「ち、違うよ……!」

 

 ネチネチと追及する俺に涙目になったクリスが、セナの質問に答える。

 もちろんベルは鳴らない。

 

「ご協力ありがとうございました」

 

 

 

 涙目のクリスをダクネスが慰める中、俺はめぐみん、セナとともに酒場の奥へと進んでいく。

 

「なあなあ、その嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具で、この場にいる全員に、あなたは下着泥棒ですかって聞いて回ればいいんじゃないか?」

「この場にいる全員にですか? し、しかし……。この魔道具はあの取り調べ室の外で使うと、きちんと作動しないかもしれないので……。絶大な効果を持っているからこそ、安易に頼ってはいけないと教えられています。サトウさんの提案で持ちだしてきましたが、本来はこういった形で使うものではないのです」

「いや、屋敷に持ってきたくせに何言ってんの?」

「……ッ。そ、それに、令状もないので尋問は任意のものになりますし……。これを使っての尋問は、される側としても不愉快なものでしょうから……」

 

 俺のツッコミにちょっと詰まるが、セナがめげずに反論してきた、そんな時。

 めぐみんが俺達から離れ、酒場の隅へと行き。

 

「あなたはさっきから、なんなんですか? チラチラチラチラと見てきてうっとうしい! 話しかけたいのなら、自分から話しかけてくればいいではないですか!」

「ええっ! 話しかけても良かったの? だ、だって、あの検察官の人もいるし、何か用事があって来てるみたいだから、邪魔しちゃ悪いと思って……!」

 

 めぐみんが、酒場の隅の席で、一人寂しくボードゲームをしていたゆんゆんに絡んでいく。

 

「そんな事を言っていたら、誰にも話しかけられませんよ! 邪魔だったら邪魔だと言いますから、とりあえず話しかけてくればいいでしょう!」

「そ、そんなの無理! 面と向かって邪魔なんて言われたら、立ち直れないし……!」

「ああもう! 面倒くさい子ですね! 時々ものすごく大胆になるくせに、どうして人に話しかけるというだけの事が出来ないのですか!」

 

 めぐみんが、手にしていた杖の先でゆんゆんの頬をぐりぐりし、ゆんゆんが涙目になるが……。

 ゆんゆんもちょっと嬉しそうにしているし、あの二人の事は放っておこう。

 俺が、少しだけ微笑ましく思いながら、酒場の中を見回していると。

 

「おっ! カズマじゃねえか。最近見かけなかったが、でかい屋敷に住んでるんだってな? 羨ましいねえ! 屋敷でのんびり冬を越すなんざ、ベテラン冒険者でも憧れるような生活じゃねえか。おまけにお前さんの周りにゃ、見た目だけは綺麗なのが集まってるしな……。お前さんがそんなんじゃないってのは分かってるが、この時季になると俺も人肌恋しくなってな」

 

 俺に声を掛けてきたのは、酒を片手に赤い顔をしているチンピラ冒険者、ダスト。

 そんなダストに、セナが、俺を尋問していた時のような冷たい目を向けて。

 

「小さな犯罪を繰り返し、何度も捕まっている、チンピラ冒険者のダスト……ですか。サトウさん、あまり素行の悪い人物と付き合うのはどうかと思います」

「おうコラ、お前さん、セナっつったか? いきなりご挨拶じゃねえか! 俺とカズマは、お前さんなんかじゃどうにも出来ねえような深い絆で結ばれてんだよ!」

「深い絆……? 裁判の時もそんな事を言っていましたが……」

「ただの知り合いです」

 

 冷たい目で俺を見てくるセナに、俺は事実を告げる。

 

「おいカズマ!? 俺達の仲はそんな浅いもんじゃねえだろ! 俺達、親友じゃなかったのかよ!」

「そんな事より、最近噂になってるっていう下着泥棒について何か知らないか?」

 

 俺の言葉に、ダストは俺と一緒にいるセナをじろじろと見て。

 

「あん? よく分からんが、その下着泥棒を捕まえようとしてるって事か? って事はよ、ここはお前さんの奢りだよな? 犯罪者逮捕に協力するんだ。捜査協力費ってのが出るのは当然じゃねえか?」

「あ、あなたという人は……! サトウさんは報酬の交渉などせずに、快く協力に応じてくれましたよ! あなたも冒険者として、市民のために微力を尽くそうとは思わないんですか?」

「はあー? 俺は冒険者として、日頃からモンスターを倒して市民を助けてるじゃねえか。それなのに金がなくて、冬を越せるかも分からねえんだぞ? そんな俺に、タダ働きしろってか? そりゃ俺に死ねって言ってんのか? 俺はカズマ達みたいに懐に余裕がねえからな。働いたらその分の見返りが欲しいってのは当然の事じゃねえか。タダ働きなんか誰がするかよ」

 

 ダストの正論に、セナが悔しそうな顔をする。

 あれっ……?

 そういえば報酬の交渉なんかしていないが、これってタダ働きなんだろうか?

 バニルの討伐報酬が入ったし、別に金が欲しいわけではないが……。

 

「どう見ても酒を飲んでいるだけのようにしか見えませんが……? 冒険者としてクエストを請けているのならともかく、このところ、冬になったり、魔王軍幹部討伐で懐が暖まったりして、冒険者達が働かなくなっているという報告を聞いています。どうせクエストがなくてダラダラしているだけなら、その時間を市民のために充ててもいいではないですか」

「おいおい、お前さん、さっき俺の事をなんて言ったんだ? 素行の悪いチンピラ冒険者が、そんな事するわけねーだろ。優秀なはずの検察官様は、そんな簡単な事も分からないんですかねえ?」

「こ、この男……! サトウさん、やはりこんな男とは縁を切るべきです!」

 

 ……俺も昼に起きだしてきて、こたつに入ってダラダラしていたんですが。

 バニルを討伐するまでは、国家反逆罪の疑いを掛けたり魔王軍のスパイの疑いを掛けたりして俺に冷たい目を向けていたくせに、セナの中で俺の評価はどうなっているのだろう。

 

「正直に言えば、自分はあなたも容疑者だと考えています。前回の新月の夜、どこで何をしていたか聞かせてもらえますか? これは任意の事情聴取なので断る事も出来ますが、断れば心証が悪くなりますよ」

 

 セナがそう言いながら、嘘を感知する魔道具を取りだしテーブルに置く。

 

「ああ? その夜はここの酒場で宴会やってたな。カズマ達も一緒だったぜ。こいつのところのプリーストのおかげで盛り上がって、べろんべろんに酔っぱらってたな。久しぶりに飲みすぎて、帰りはテイラーに肩を貸してもらったくらいだ」

「……嘘ではないようですね。下着泥棒が警官隊の前に現れ、包囲から逃げていったのは、その夜の事だそうです。まともに歩けないほど酔っぱらっていたという事は、あなたは犯人ではないようですね」

 

 …………ん?

 

 セナが、さらにダストにいくつか質問する中、俺は自分の記憶を思い返し冷や汗を流していた。

 ……セナが言っている下着泥棒というのは、俺の事じゃないか?

 いや、待ってほしい。

 俺は下着なんか盗んでいない。

 ただ、あの夜は酒を飲んで気分が良くなった勢いで、なぜか高いところに登りたくなり、冒険者のステータスに物を言わせて家々の屋根の上を駆け回ったりした。

 なぜか敵感知のスキルに反応があったので、千里眼や潜伏を駆使して逃げ延びたのだが……。

 まさかあの夜の行動が、下着泥棒のせいにされているとは。

 普通は屋根の上になんか登らないし、このところ下着泥棒の犯行が騒がれているというから、あの夜の俺を下着泥棒だと勘違いしたのだろう。

 というか、これってマズいのではないだろうか?

 下着泥棒が捕まらないのは、俺のせいで間違った犯人像が広まって、捜査が変な方向に行っているからなのかもしれない。

 ……俺、また捕まるの?

 国家反逆罪で捕まった時も牢屋の中は寒かったのに、本格的な冬が到来した今、牢屋の中はあの時よりも寒くなっているはずだ。

 

 …………。

 ……………………。

 

「よし、分かった! 俺がこの手で下着泥棒を捕まえてやる!」

「……? どうかしましたかサトウさん。まあ、やる気を出していただけたなら、自分としては助かるのですが……」

「すいませーん、こっちにもクリムゾンビアーひとつください!」

「サトウさん!?」

 

 俺は、声を上げるセナをよそに。

 

「なあダスト、頼みたい事があるんだが」

「ほーん? さっきも言ったが、いくらお前さんの頼みとはいえ、タダで聞いてやるほど俺は安くないからな。……そうだな、まずは酒でも奢ってもらおうか」

「こ、この男……!」

 

 セナが怒りに震える中、俺は運ばれてきた酒を飲み。

 

「んぐっ……! 久々に酒場で飲む酒は美味いな! どうせお前ら、冬越しの金が足らなくなったら困るとか考えて、安い酒しか飲めてないんじゃないか? 今日の俺は気分がいいから、この店で一番高い酒を奢ってやるよ!」

 

 俺の言葉に、ギルドにいた皆が歓声を上げ……。

 

「あ、あの、サトウさん!? それは一体どういう……!」

 

 セナがオロオロする中、俺が奢った酒をきっかけに、宴会が始まった。

 

 

 

 ――しばらくして。

 俺は宴会が盛り上がり、皆が酒を飲んで程よく酔っぱらうのを見計らって、セナに嘘を感知する魔道具を貸してもらい……。

 

「おいお前ら、これを見ろ! 知らない奴もいるかもしれないから説明すると、警察署で使われてる、嘘を吐くとチンチン鳴るっていう魔道具だ! 例えば、……そこのなんちゃって貴族令嬢、ララティーナお嬢様に質問ですが、お嬢様の腹筋が割れているというのは本当ですか?」

「誰がなんちゃって貴族令嬢だ! 私は正式な……というか、ララティーナと呼ぶのはやめろ……!」

「で、腹筋は割れてるのか?」

「……割れてないです」

 

 ――チリーン。

 ベルが鳴り、その場にいた全員の視線が、ダクネスの腹に集まって……。

 涙目のダクネスをクリスが慰める中、俺は魔道具を掲げながら。

 

「と、こんな風に、誰かに恥ずかしい質問をしたり、秘密を暴いたりするのに使えるぞ。魔道具はこのテーブルに置いておくから、好きに使ってくれ。まあ、宴会の余興みたいなもんだ。質問されたら、正直に答えてもいいし、嘘を吐いてもいいが、何も言わずにやり過ごすのだけはやめろよ。そんなの面白くもなんともないからな」

 

 そう言って俺が魔道具をテーブルに置くと、クエストを請ける事もできず暇を持て余していた冒険者達が、我先にと群がってきて……!

 

「な、なあ……。俺達って、付き合ってるんだよな? この前、酒場でたまに相席する冒険者が、君が他の男と一緒にいるところを見たって言ってたんだが……。ひょっとして、浮気してるわけじゃないんだよな?」

「当たり前じゃない! 私が好きなのはあなただけよ!」

 

 ――チリーン。

 

「前々から思ってたんだが、お前、カードゲームで賭けをする時、イカサマしてないか? いくらなんでも勝率が高すぎるって、ずっと思ってたんだ」

「バ、バカな事を言うな! 仲間同士でイカサマなんて、するわけないだろ……?」

 

 ――チリーン。

 

「ねえダスト、あんた、あたしにかなりの借金があるけど、それって返すつもりあるの? ていうか、キースとテイラーからも借金してるみたいだけど、ちゃんと返すんだよね?」

「当たり前だろ! いくら俺がクズでも、仲間からの借金を踏み倒すほどクズじゃねえ!」

 

 ――チリーン。

 

「あのさ、ダクネス。いい機会だし聞きたいんだけど、二人でパーティーを組んでた時、たまにあたしのバインドを食らってたのって、あたしが失敗したんじゃなくて、わざとだよね?」

「そそそ、そんなわけがないだろう! 私はクルセイダーとして、仲間を守るために……! そんな、縛られたくてわざとバインドを受けるなんて、そんなわけがないだろう!」

 

 ――チリーン。

 

「ね、ねえめぐみん。私達って、しんゆ……、と、友達……、…………。私達って、友達だよね!」

「私とゆんゆんは、友達ではありませんね」

 

 …………。

 

「え、宴会の余興……? 事件捜査に使われる貴重な魔道具が、余興……?」

 

 いろいろな人が魔道具を使い、とあるチンピラがボコボコにされたり、とある変態痴女が呆れられたり、とある紅魔族の少女が泣いて逃げだしたり、大騒ぎになる中。

 自分の持ってきた魔道具がおかしな使われ方をしている事に、セナがショックを受けたように呟く。

 

「お、落ち着け。これも作戦なんだって。もう少しだけ様子を見ててくれよ」

 

 ――しばらくして、嘘を感知する魔道具による興奮が少し落ち着いた頃。

 

「なあ、このところ、街で下着泥棒が噂になってるって知ってるか? 逃げ足が速くて、警察も捕まえられないらしいぜ。犯人は冒険者じゃないかって話だ。ひょっとして、お前じゃねえよな?」

「はあ? そんなわけないだろ。というか、この街の男性冒険者が下着泥棒なんてするわけないじゃないか」

 

 ダストの質問に、その男性冒険者は怪訝そうにしながらも答える。

 ダストはその後も、冒険者達に同じ質問をしていくが、誰もが自分は下着泥棒ではないと、嫌な顔もせず素直に答える。

 ……ベルは鳴らない。

 宴会の余興と言われた事と、酒が入った事で、嘘を感知する魔道具を使った質問でも、あまり嫌悪感が湧かなくなっているようだ。

 その様子を見ていたセナが、驚いた様子で。

 

「あ、あんなに簡単に質問を……。サトウさんは、最初からこれを狙って……?」

「お、おう……。いや、そんなに素直に尊敬した目で見られても困るんだが」

 

 日本ではおもちゃの嘘発見器がパーティーグッズとして売られていたから、そこから思いついただけなのだが。

 と、俺がセナの素直な賞賛に気まずい思いをしていると……。

 

「カズマカズマ! カズマの言ったとおりでしたよ! 皆が嘘を感知する魔道具を使って盛り上がっているのに、こそこそと逃げだす人がいました」

 

 俺に言われて出入り口のドアを見張っていためぐみんが、そう報告してくる。

 

「おっ、でかしためぐみん! ええと……、こいつか。こっちをすごく警戒してるな。敵感知に反応がある。じゃあ、俺が一人で捕まえてくるから、めぐみんは他に怪しい奴がいないか見張っててくれ。ひょっとしたら何かの勘違いかもしれないし、あんまり騒ぎを大きくしない方がいいだろ」

「サ、サトウさん、あなたという人は……!」

「えっ……。いや、その」

 

 感動したように俺をじっと見つめてくるセナから、俺は目を逸らす。

 冒険者であれば警察がすでに見つけだしているだろうから、多分、犯人は一般市民だろう。

 一般市民が相手なら、この場にいる冒険者達が追いかければ、簡単に捕まえられてしまう。

 ……警察の包囲から逃げだしたはずの下着泥棒が、簡単に捕まってしまっては変に思われるだろうから、俺だけが追いかける状況を作り、苦労話をでっち上げようとしていたのだ。

 

「しかも、相手は警官の包囲から逃げだすような凄腕の冒険者……! それなのに、危険を承知でたった一人で追いかけるのですね……! 心から謝罪させてください。街の噂に目を曇らされ、自分はあなたを見誤っていました。あなたこそ、真の冒険者です……!」

「あっはい」

 

 目をキラキラさせ、俺を見つめてくるセナ。

 ……自分で狙った状況ではあるのだが、すごくやりにくい。

 俺がそんな事を考えていると、ダストがやってきて。

 

「おいおい、あいつが下着泥棒だったのか? なあ、検察官さんよ。俺達があいつを捕まえたら、褒賞金でも出るのか?」

「そ、それは……。分かりました。特に賞金などが懸かっているわけではありませんが、少しくらいなら自費で出します。犯人を捕まえてくださった方には、一回分の酒代を支払うという事で、いかがでしょうか?」

「おう、お前ら! 下着泥棒を捕まえたら、そこの恋人いなさそうな検察官さんが酒を奢ってくれるってよ!」

「「「うおおおおおっ!」」」

 

 ……えっ。

 さっきまで酒を飲んで酔っぱらい、嘘を感知する魔道具を使って盛り上がっていた冒険者達のほとんどが、下着泥棒を追いかけようと出入り口に詰めかけていた。

 このところクエストを請ける事もできず、暇を持て余していたせいで、こういう機会を待ち望んでいたのかもしれない。

 何それ困る。

 相手は一般市民だろうから、冒険者が追いかけたら簡単に捕まってしまう。

 そうしたら、下着泥棒の逃げ足が実は速くない事がバレてしまい、警官の包囲から逃げたのが俺だとバレるかもしれない。

 それはマズい。

 俺は、冒険者達とともに、下着泥棒を追ってギルドを飛びだし……。

 

「おい、近づきすぎだろ! もっと離れろ! 邪魔なんだよ!」

「な、何よ! 私の事を守ってくれるんじゃないの?」

「お前、俺より先に下着泥棒を捕まえて、セナさんに奢ってもらうつもりだろ! そうは行くか! 卑怯者め!」

「ち、違う! ああ、クソ! こんな時まで、カードゲームの事を引きずるなよ! みみっちい奴だな!」

 

 ……なんかチームワークが乱れている気がするんだが、それはともかく。

 敵感知を駆使し、道をショートカットして先頭集団に追いついた俺は。

 

「お前さんが下着泥棒だな! おい、止まれ! 止まれっつってんのが聞こえねえのか!」

 

 下着泥棒に追いつきそうになっているダストの頭上に。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 俺が手を向け唱えると、道の脇に建っていた家の屋根に積もった雪が、水がぶつかった衝撃で落ちてきて、ダストに降りかかった。

 

「ぶわっ! カズマ! てめー、何しやがる!」

「おっとすまん。下着泥棒の進路を塞ぐつもりだったんだが、思ったよりも走るのが速かったんだ。大丈夫か?」

「ふざけんな! そんな言葉に俺が騙されると思うのか! お前、金持ってるくせに、そんなにあの検察官に奢ってもらいてえのか!」

「一回分の酒代、プラス一回分の喫茶店代」

「よしカズマ! 今の事は気にすんな! 協力してあいつを捕まえようぜ!」

 

 俺はダストと協力し、下着泥棒を追いかける冒険者達を密かに妨害して、白熱の追跡劇を演出した。

 下着泥棒は一般市民らしく、必死で逃げているのだが冒険者からは逃げきれず……。

 下着泥棒を捕まえ、ボロボロになった冒険者達と、冒険者ギルドに戻ると。

 

「その方が下着泥棒ですか? 冒険者のようには見えませんが……。えっ? サトウさんの言っていたとおり、一般市民? し、しかし、これだけの数の冒険者の皆さんが、それほど苦労して捕まえたのですから、さぞや逃げ足が速かったのでしょう。皆さん、ご協力ありがとうございました」

 

 そう言って深々と頭を下げたセナに、逃げ疲れぐったりしている下着泥棒を預けて。

 

「皆、ご苦労さん! この寒い中、街中を走らされて疲れただろ? 酒飲んで体を温めようぜ! 今日は俺の奢りだあああああああ!」

 

 そんな俺の言葉に、ボロボロになった冒険者が歓声を上げる。

 

 ……正直すまんかった。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 俺は昼過ぎに起きだし広間に行くと、いつものようにこたつに入る。

 俺がぬくぬくしていると、ダクネスが俺の前に昼食の残りを置きながら。

 

「まったく、どうせこたつに入ってダラダラしているなら、せめてもっと早くから起きてきたらどうだ?」

「どうせこたつに入ってダラダラするんだから、何時に起きてきても一緒だと思います」

「お、お前という奴は……! こないだ、警察も捕まえられずにいた下着泥棒を捕まえた時には、少しは見直したというのに」

「そんな事より、俺はダラダラしていたいんだよ」

 

 ――俺達が下着泥棒を捕まえた後。

 取り調べ室で嘘を感知する魔道具を使い、セナによる尋問が行われたという。

 それによって、容疑者だった下着泥棒が犯人だった事が確定し、今は裁判に向けて証拠を集めているところらしい。

 下着泥棒の名前や身分についても、わざわざ屋敷に来たセナから丁寧に説明されたが、興味がないので聞き流していた。

 警官の包囲から逃げたのが俺だという事は、バレずに済みそうで安心している。

 計画通り……!

 

「……ん。食器を片付けるついでに、お茶でも淹れてきてやろう。お茶はどうですかアクア様」

「いえダクネス、アクア様のお茶なら私が淹れますよ」

 

 笑いを堪えながらそんな事を言う二人に、ソファーに膝を抱えて座っていたアクアが。

 

「やめて! 女神だなんて思ってないくせに、からかわないでよ! 私が女神なのは本当の事なんだから! かわいそうな子扱いしないでよーっ!」

 

 なぜか嘘を感知する魔道具を使っても反応がなかったアクアは、自分の嘘を本当だと思っているかわいそうな子と認定され、解放された。

 ここ数日、その事でアクアを女神扱いしてからかうのが屋敷で流行っている。

 

「そういえば、セナが言っていたが、犯人は盗んだ下着をすべて保管していたそうだが、めぐみんの下着だけは見つかっていないらしいな。それに、下着泥棒はこの屋敷に盗みに入った事もないと言っているらしい。嘘を感知する魔道具によれば、その証言は嘘ではないらしいが……」

「盗まれたというのは勘違いで、単に紛失しただけなのかもしれませんね。旅行に行ったわけでもないのに、下着を紛失するというのもおかしな話ですが」

 

 めぐみんとダクネスが、そんな事を話し合いながら首を傾げている。

 と、俺がダクネスの作った料理を食べていると、こたつの中の足が何かに当たった。

 このこたつはかなり大きく作ってあるから、普通にしていれば誰かの足がぶつかるという事もないはずなのだが……。

 …………。

 ふと、コタツの中を覗いてみると、そこにはちょむすけが、黒い下着を枕のようにして頭を乗せ眠る姿が。

 

「おい」

 

 そういえば以前、ちょむすけに、めぐみんの下着を持ってきたら美味しい餌をやると教えこもうとした事があった。

 あの時はめぐみんに見つかって失敗したが、この賢い猫は俺の言った事をきちんと理解していたようだ。

 俺が、こたつの中に手を入れ、ちょむすけから下着を取り上げようとしていると……。

 対面に座っているめぐみんが、こたつの布団を持ち上げ、向こう側からこたつの中を覗きこんできて。

 

「あの、カズマ。いくらなんでもそこまで直球のセクハラはどうかと……、……!?」

 

 俺の行動を勘違いし、スカートの裾を押さえためぐみんが、ちょむすけが枕にしている黒い下着を見つけ、言葉を止める。

 

「……そういえば、あなたは以前、ちょむすけに美味しい餌と引き換えに私の下着を取ってくるように教えこんでいましたね」

 

 嫌がるちょむすけから取り戻した下着を懐にしまいながら、めぐみんがジト目でそんな事を……。

 

「い、いやちょっと待て。あの時は結局、ちょむすけは俺の言う事を聞かなかったんだからノーカンだろ。今回だって俺のところに持ってきたわけじゃないんだし、あの時の俺の言葉とはなんの関係もないはずだ。自分の飼い猫がやった事を人のせいにするのはどうかと思う」

「まあそうですが。参考までに聞いておきたいのですが、カズマがこたつの中に手を突っこんでいたのはなんのためでしょうか? 持ち主である私が目の前にいるのですから、私に教えてくれればいいと思います。まさか、私の下着をこっそり手に入れようとしていたわけではありませんよね」

「あ、当たり前だろ。俺はただ、めぐみんに教えるより自分で取った方が早いと思っただけで……」

「そういえばダクネス、今回の件で、たまになら嘘を感知する魔道具を借りられるようになったそうですね」

「あ、ああ……。貴重な魔道具だし、本来なら魔法の掛かった部屋から出すべきものではないのだが、カズマなら、より効果的な使い方を見つけられるかもしれないという話だったな」

「ではダクネス、早速ですが、借りてきてもらってもいいでしょうか? カズマはあの魔道具の前でも同じ事を言えますか?」

 

 ……クソ、貴重な魔道具なら警察署の中でだけ使っていればいいのに!

 俺はそんな事を思いながら、速やかにこたつから出て土下座をした。

 




・石鹸ネタ。
 特典SS『アクアの泡開発』より。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この売れない魔道具店に繁盛を!

『祝福』4,6、『悪魔』、既読推奨。
 時系列は、6巻1章。


 ――それは、俺考案のライターが搬入され、ウィズの店がかつてない賑わいを見せた日の夜。

 屋敷の広間にて。

 

「明日はウィズのお店を手伝ってあげようと思うの」

 

 夕食が終わって皆で寛いでいると、アクアがそんな事を言いだした。

 

「今日の様子からして、明日もきっと忙しくなるでしょう? ウィズにはいつも美味しいお茶をご馳走になっているし、あのお店は私の縄張りみたいなものだから、私も接客を手伝ってあげようと思うのよ」

 

 良い事を思いついたと言わんばかりの顔で明日の予定を語るアクアに、俺は。

 

「おいやめろ。余計な事をするのはやめろよ。ウィズには俺も世話になってるし、お前が手伝いに行こうとしたら全力で止めるからな」

「……? ちょっと何を言ってるのか分からないんですけど。ウィズにはいろいろとお世話になってるから、お店を手伝ってあげたいって言ってるんじゃない」

「お前が余計な事をすると、どうせロクでもない事になるだろ。せっかくライターのお陰で黒字になってるらしいし、しばらくそっとしておいてやれよ」

「ねえカズマ。なんだか私がお店を手伝うと、赤字になるって言ってるみたいに聞こえるんですけど」

「そう言ってるんですけど」

 

 俺が、激昂し飛びかかってきたアクアを迎え撃ち揉み合っていると、食後のお茶を淹れてきたダクネスが。

 

「お茶が入りましたよ、ご主人様」

 

 サイズの小さいメイド服を着たダクネスが、そんな事を言いながら俺の前にお茶を置こうとし、カップを引っ繰り返した。

 

「うあっちいいい!」

「ああっ! すまんカズマ! 手が滑って……ッ! い、いや、申し訳ございませんご主人様。ただいまお拭きいたします! それと、どうかこの不出来なメイドに罰を……! ハァハァ……!」

 

 俺は濡れたズボンの股間部分を拭こうとするダクネスを振り払い。

 

「いや、お前は何をやってんの? 思いきり素で失敗してたじゃねーか! もういいよ! 自分で拭けるから普段着に着替えてこいよ!」

「ええっ! ではお仕置きはどうなるのだ?」

「お仕置きなんかしないって言ってるだろ。お前の場合、こういう機会にお仕置きすると、また同じ失敗をするだろうし」

「しかし、メイドとして仕事を失敗したのだから、お仕置きを受けるのが当然ではないか?」

「よし、じゃあその格好のままダスティネスの屋敷に戻って、親父さんに……」

「すぐ着替えてくる!」

 

 俺が言い終わる前に、ダクネスは逃げるように階段を上っていく。

 と、ダクネスがお茶を引っ繰り返した時に避難していたアクアが寄ってきて。

 

「カズマさんのカズマちゃんが大変だわ! 待ってて。今、ヒールを掛けてあげるわね」

「おいちょっと待て。言い方に悪意を感じるんだが」

 

 アクアにヒールを掛けてもらう俺に、ゴミを見るような目をしためぐみんが。

 

「というか、あなた達は何をやっているのですか。カズマは紅魔の里で……その、いろいろあって、ソワソワしているのではなかったのですか? 私の前でダクネスと乳繰り合うのはどうかと思います」

「な、なんだよ。別に乳繰り合ってなんかいないだろ。ダクネスが、王女様に会う時にKIMONOはやめろとか無礼を働くなとか言うから、こっちも一週間メイド服でご奉仕しろって条件を出しただけだ。というか、ソワソワなんかしてないって言ってるだろ。お前、自分で言ってたくせに、悪魔の言う事に翻弄されるなよ」

「べべべ、別に翻弄されてませんよ!」

「このところ、アルカンレティアに行ったら魔王軍の幹部と戦う事になったり、紅魔の里に行ったら魔王軍の幹部と戦う事になったりしてたし、たまにはこれくらいの役得があってもいいと思う。むしろ、湯治に行こうって誘ったり、ツンデレを発揮して里帰りしたがったりしためぐみんが、俺にご奉仕してくれてもいいと思うんだが」

「アルカンレティアで魔王軍の幹部と戦う事になったのは、私のせいではないと思いますが……。確かに、紅魔の里行きに関しては世話になりましたし、……その、メイド服を着て給仕の真似事をするくらいなら……」

「おっ。いいのか? なんだ、言ってみるもんだな。それじゃあ、ダクネスが着てたメイド服を借りてきて……、…………」

 

 少しずつ声が小さくなっていき、ついには黙りこむ俺に、めぐみんが。

 

「おい、どうして私の胸を見て露骨にガッカリした顔になるのかを教えてもらおうか」

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 

「おはようございます、ご主人様。朝ですよご主人様。いや、朝というか、もう昼前だ! さっさと起きてください、ご主人様! ……おいカズマ! 起きろ! 早く起きてくれ! 大変だ! ウィズの店が大変なんだ!」

 

 深夜まで起きてゲームをやり、朝方眠りに就いたばかりの俺を、メイド服姿のダクネスが起こしに来た。

 

「……なんだよ、昨夜は遅くまでゲームやってて眠いんだよ。それに、メイドさんだったら、もっと優しく起こしてくれよ。お前、メイド服を着てご主人様って言っておけばメイドさんだと思ったら大間違いだからな? メイドさんってのは奉仕の精神が大事なんだ」

「そんな事はどうでもいい! このままではウィズの店が大変な事になる!」

「ウィズの店……? なんだよ、どうしたんだ?」

「さっき、アクアがウィズの店を手伝いに行くと言って出掛けていった」

 

 ……あれだけやめとけって言ったのに、あのバカ!

 

 

 

 めぐみんはどこかに出掛けていて、ダクネスはメイド服姿で出掛けるのを嫌がったので、俺一人でウィズの店に行く。

 店の前には珍しく客が行列を作っていて、その向こうでは……。

 

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今からなんと、このライターが合図と共に消えてなくなりますよ!」

 

 アクアが、すごく嫌な予感のする芸をやっていた。

 俺は駆け寄って止めようとするも、客が邪魔でなかなか前へ進めず。

 

「種も仕掛けもありません! この布をライターに掛けます! そして消えろと念じます! 消えろー、消えろー……。さん、はい!」

「「「「うおおおおおっ!?」」」」

 

 被せていた布を取り払うと、ライターは消えている。

 並んでいる客が盛り上がる中、アクアの隣でニコニコしていたウィズが。

 

「すごいですねアクア様! きっとこれで、ライターを買ってくれるお客さんが増えましたよ! ……あの、アクア様? 消したライターを出してもらえませんか? お客さんを待たせてしまいますよ」

「ウィズったら、何を言ってるの? ライターは消しちゃったんだからもうないわよ? さあ今度は、売るための新しいライターをちょうだい」

「ええっ! それは困りますよ! 仕入れと売り上げの数が合わないと、バニルさんに怒られますよアクア様」

 

 ……アイツには学習能力ってもんがないのだろうか。

 

「まったく、ウィズはどうしてあんなのに大きな顔をさせているのかしら。この店の店主はウィズなんだから、もっと堂々としていたらいいと思うの。それに、私は女神なのよ? あんな木っ端悪魔に怒られたところで、ちっとも怖くないわ。あとカズマさんに怒られるのも別に怖くないんだからね。ちょっとしか。ええ、ほんのちょっとしか怖くないわ」

 

 客の行列を通り抜け、アクア達の下に辿り着いた俺は、ウィズに向かって何か言い張っているアクアの後頭部を引っ叩いた。

 

「このバカ! どうせロクな事にならないんだから、手伝おうとするのはやめろって言っただろ! 俺の言ったとおりになってるじゃないか。売り物のライターを消しちまってどうするんだよ!」

「何よ! 邪魔しないでよ! ウィズは来てくれてありがとうって言ってたし、カズマに文句を言われる筋合いはないんですけど!」

「そ、そうですよカズマさん。アクア様は私のためを思って手伝ってくださっているんですから、あまり怒らないであげてください」

 

 迷惑を掛けられたのに、ウィズがアクアを庇おうとする。

 

「ウィズもコイツを甘やかすなよ。どうせ迷惑しか掛けないんだから、手伝いなんか断ってくれていいんだからな? というか、昨日は客がたくさん来て、ライターが足りないくらいだったはずだろ。客が多いから接客を手伝うっていう話だったのに、どうしてライターを減らして客を増やしてるんだよ? これ以上客が増えたって、売れる物がなかったら意味がないだろ」

「ほーん? カズマったら、狡すっからい手を使って強敵相手にも勝ち逃げして、ここのところ調子に乗ってるみたいだけど、賢い私の超すごい販売戦略には気づかないみたいね? いい? 客が来るのにライターがないって事は、ライターを買うためのお金が余るじゃない。そこで、普段は売れない魔道具を売りつければ、客は喜んで買っていくってわけよ。さあウィズ、今こそ売れない魔道具の売り時よ!」

「……!? すごいです、アクア様! そんな方法があるなんて……!」

 

 バカな事を言いだしたアクアに、ウィズが目を輝かせ、魔道具を取りだすために一旦店の中に入って……。

 …………。

 

「いや、そんなの上手く行くわけないだろ。ライターを買いに来たのにライターがなかったら、そのまま帰るに決まってるじゃないか。ウィズも、売れない商品がいきなり売れるようになるわけないんだから、欠陥魔道具を持ちだしてくるのはやめろよ」

「大丈夫ですよカズマさん。ライターを買いに来てくれたお客さんなら、きっとこの魔道具も気に入ってくれるはずです! いつでもどこでも火を点ける事の出来る魔道具ですから」

 

 店のドアが開いた時、店の中にいたバニルがチラチラとこちらを見てきたが、接客に忙しいようで何も言ってこない。

 

「えっと、そんなものがあるんだったら、そもそも俺がライターを作ってもこんなに客が集まらなかったと思うんだが。どこか欠陥があるんじゃないのか?」

「いえ。これは一部の冒険者の間では旅の必需品とも言われる、とても人気のある魔道具なんですよ。昔、私が冒険者をやっていた時にもとてもお世話になりました」

 

 懐かしそうに語るウィズの言葉に、ライターがないと言われガッカリしていた客達が身を乗りだす。

 

「ちなみにそれって、いくらするんだ?」

「そうですね。本日はライターを買いに来てくださったのに、売り切れという事になってしまったわけですし、少し値下げして九十万エリスで……あれっ? 皆さん、どうして帰ってしまうんですか! 待ってください! わ、分かりました、もう少しだけ値下げを……!」

 

 ウィズが呼び止めようとするも、客達は帰っていく。

 ……少しくらい値下げしても、元の値段がライターとは比べ物にならないくらい高いのだから仕方がない。

 あの魔道具を旅の必需品だと言う一部の冒険者とやらは、この街にはいないようなベテラン冒険者なのだろう。

 と、店のドアが開き、やり遂げた様子のバニルが現れて。

 

「フハハハハハハハ! 今日の分もあっという間に売り切れたわ! これは追加で発注する必要があるかもしれぬ! この店で働きだしてそこそこ経つが、まさか追加発注に悩むほど儲かる日が来るとは……!」

 

 感極まったように言葉を止めるバニル。

 いつも好き勝手に生きているようだが、コイツも苦労してるんだなあ……。

 そんなバニルは店の前の様子を見て。

 

「うむ。ポンコツ店主に災厄女神よ、そちらも上手く商品を捌いたようだな。何かと厄介事を巻き起こさずにはおれぬ貴様らの事、おかしな事をしでかすのではないかと気を揉んでいたが、流石にある物を売るだけで失敗するほどではなかったか」

「…………」

 

 上機嫌にそんな事を言うバニルに、ウィズがさっと目を逸らす。

 

「……、どうやら無事に商品を売ったわけではないようだな。この状況で一体何をやらかしたのかは分からぬが、正直に話すが吉。さもなければ、貴様はバニル式殺人光線を浴びる事になる」

「そ、その……、ライターがなくなっているのは、売れたからではなくて、アクア様が消してしまったからでして……」

 

 言いにくそうなウィズの言葉に、バニルがアクアを見ると。

 アクアは、アクアの芸目当てに居残っている客達に向けて、どこからともなく大量のネロイドを出しながら。

 

「……何よ? 木っ端悪魔のくせして、このアクア様に何か文句でもあるのかしら?」

「ないはずがあるか、この大たわけめ! どうでも我輩の邪魔をするというなら、今日こそ決着を付けねばなるまい! まともに売れる商品を仕入れた、せっかくの機会をふいにしおって!」

「ほーん? せっかくウィズが嬉しそうにしてるし、今日くらいは見逃してやろうと思ったけど、そっちがその気なら仕方ないわね」

 

 睨み合うアクアとバニル。

 二人の間に漂う不穏な空気に、アクアの芸を見ていた客達も離れていき……。

 と、いつものように二人が喧嘩を始めようとした、そんな時。

 

「あの、すいません。少しお聞きしたい事があるのですが……」

 

 バニルの方を見てビクビクしながら、警官がアクアに声を掛けた。

 

「ウィズ魔道具店さんですよね。こちらでは、店の中だけでは客を捌けないかもしれないからと、店頭のスペースも使えるようにと販売許可の申請を出していますね。それについては許可が出ているのですが、あくまでも商品の販売許可が出ているのであって、大道芸はそこには含まれないんですよ。近所の方から、青い髪の女の人が大道芸をしているとの通報を受けてここに来たんですが、通報されたのはあなたという事でいいんですよね? というか、あなたは昨日もここで大道芸をやっていたという話ですが、昨日は許可を取っていないですよね? 似たような違法行為を何度もされるのは困りますよ。お手数ですが、署までご同行願えますか」

「待って! ねえ待ってよ! 今回の芸はあくまでも客を集めるためで、商売の一環っていうか……。ねえ、どうして誰も私を助けようとしないの? 私、お店を手伝うために来てあげたのに! 嫌よ、私は捕まるような事はしてないわよ! 私を誰だと思ってるの? 何を隠そう、水の……。あっ、すいません。同行するので手錠はやめてください。すいません」

 

 警官に連行されていく女神を、悪魔とリッチーが見送っていた。

 

 

 

 えぐえぐ泣いているアクアを警察署で引き取り、屋敷に帰ると。

 引き攣った笑顔で出迎えたダクネスが、ペコペコと頭を下げながら。

 

「お、おお、お帰りなさいませ、ご主人様……!」

 

 …………。

 

「……おい、今度は何を失敗したんだ? 言え」

「ななな、なんの話だ! 私は何も失敗していないし、お前の部屋になんか入ってもいない! あっ、待て! 違うんだ! 本当に違うんだ! その、悪気があったわけでは……!」

 

 俺は縋りついてこようとするダクネスを避け、足早に自分の部屋へ行く。

 そこでは――。

 俺の留守中に、ダクネスが掃除をしようとしてバケツを持ちこんだらしい。

 そのバケツが倒れ、中に入っていた水がこぼれて、ベッドの下にまで広がっていて……。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 

「ま、待ってくれ! 本当に待ってくれ! 謝る! 謝るから許してください! 他の事ならなんでもする……いや、しますから、それだけは……!」

「おうコラ、俺のお宝をあんなにしておいて、無事に済むと思ったら大間違いだからな。今日はお前が本気で嫌がるお仕置きを山ほどしてやるから喜べ。まあ、どうしてもって言うなら、別のお仕置きにしてやってもいいけど」

「そ、そっちで! 別のお仕置きでお願いします!」

「その格好で冒険者ギルドに」

「……!! た、確かに冒険者ギルドよりは……。しかし……!」

「あんまり我が侭を言ってると、その格好で王女様との晩餐会に出させるからな。それで俺達が不敬罪に問われようが知った事か」

「おお、お前という奴は! お前という奴は……! そんな事になったら、本当にダスティネス家が取り潰しに……!」

「おら、分かったら抵抗するな! それとも、目的地を冒険者ギルドにされたいのか!」

 

 ベッドの下のお宝を台なしにされた俺は、メイド服姿で街に出たくないと泣いて嫌がるダクネスを、屋敷から引きずり出そうとしていた。

 そんな俺を、アクアとめぐみんがドン引きした目で見ているが、今の俺は気にならない。

 涙目のダクネスが、そんな二人に。

 

「二人とも、頼むから見てないで助けてくれ……!」

「ダクネスには悪いけど、今のカズマさんは目が血走っていて何をしでかすか分からないし、関わり合いになりたくないんですけど」

「私も今のカズマには出来るだけ近づきたくありません。まあ、カズマの大切にしていたものを駄目にしてしまったらしいですし、仕返しされるのも仕方ないのではないでしょうか? それに、ダクネスはお仕置きされたがっていたではないですか」

「こ、こんなのは私が望んでいたお仕置きではない!」

 

 

 

 ダクネスが人に見られないように路地裏を通ろうとするので、無駄に迷い、ウィズの店に着くのが予定よりも遅くなった。

 俺達がウィズの店に着いた時には、すでに店の前には行列が出来ていて。

 

「よし、行けララティーナ。俺の言ったとおりにやれよ」

「ラ、ララティーナと呼ぶのは……! わ、分かった。お前の言うとおりにする! それは分かったが……。なあ、本当にこれはメイドの仕事なのか? 何かおかしい気がするのだが……」

「いいから、ほれ、早く言えって」

「……い、いらっしゃいませ、ご主人様!」

 

 釈然としないような顔をしつつ、ダクネスがそう言って客に頭を下げる。

 ……コイツがこういう格好をしていると、メイド喫茶っていうよりイメクラみたいに見える。

 俺がダクネスに列の整理を任せて店に入ると。

 

「いらっしゃいませ! あ、カズマさん。今日も手伝いに来てくれたんですか?」

「よく来た! ベッドの下の物を台なしにされマジ切れしたはいいものの、お仕置きと称して一線を越える度胸もなく、いつもの嫌がらせでお茶を濁そうとする小僧よ! 店の外にいるというのに、あの小娘の放つ羞恥の悪感情をビンビン感じるわ! フハハハハハ! 美味である美味である! おっと、ライター三つにバニル人形であるな。ご一緒にバニル仮面もいかがか?」

 

 客にライターを売りながら、ウィズがにこやかに、バニルがニヤリと笑いながら俺を出迎える。

 

「べべべ、別に度胸がないとかじゃねーし! そんなんじゃねーし! ……ウィズ! 接客でも品出しでもなんでもやるぞ!」

「ありがとうございます。それでは、接客をお願いできますか」

「任せれ」

 

 俺が、ウィズ、バニルとともに、次から次へと来る客を捌き続けていると……。

 

「いらっしゃいませ、ごしゅ……、…………。い、いや、違う。人違いだ。私はララティーナなんていう名前では……。ち、違うと言っているだろう! ええい、私をララティーナと呼ぶな!」

 

 いきなり店の外でダクネスが騒ぎだした。

 ダクネスの事を知っている冒険者がやってきたらしい。

 ……まあ、そのうちこうなるだろうと思ってたけども。

 ウィズ魔道具店は、欠陥魔道具ばかり置いているが魔道具店なので、一般市民よりも冒険者の方が多く訪れる。

 ダクネスは冒険者ギルドよりこちらの方がマシだと思っていたようだが、どちらでもあまり変わらない。

 と、バニルが何もかも分かっているという表情で、顎で外を示すので、俺は外に出た。

 店の外では……。

 

「いたたたたた! 痛い痛い! 出ちゃうから、中身が出ちゃうから!」

「ああああああ! 割れる、頭が割れる! クソ! おい、メイドさんがご主人様にこんな事していいのかよ!」

 

 ダクネスをからかっていたらしい冒険者二人が、怒ったダクネスのアイアンクローを食らって悶絶している。

 ダクネスが手を放すと、二人は頭を抱えてうずくまった。

 俺は、肩で息をしながら二人を見下ろすダクネスに。

 

「おいララティーナ。ご主人様になんて事してるんだ」

「!?」

 

 俺の言葉に、ダクネスが驚愕の表情で俺を見返してくる。

 

「いいかララティーナ。店員とメイドってのは、共通点が結構ある。店員は客のために働き、メイドは主人のために働く。店員は客に逆らわないし、メイドは主人に逆らわない。つまり、今のお前にとって、すべての客はご主人様って事だ。メイドがご主人様に襲いかかるわけないよな? 分かったら、何を言われても大人しくしてろよ。分かったかララティーナ」

「そ、それは……。わ、分かった。分かったから、ララティーナと呼ぶのは……」

「今日のお前はメイドのララティーナだ」

「お、おいカズマ、いい加減に……!」

「…………」

「……わわ、分かりましたご主人様」

 

 何か文句を言おうとするも、俺が睨むと気まずそうに視線を逸らしたダクネスは、失礼しましたと言いながら、未だ悶絶している冒険者達を介抱し……。

 ――しばらくして。

 引き続きダクネスに外を任せ、店の中に戻った俺が、客足が落ち着いた頃に外に出てみると。

 

「ララティーナちゃん可愛いですね! おっ、なんだその顔は? おいおい、メイドがご主人様に逆らうのか? この店のメイドは躾がなってねえなあ!」

 

 マジ切れしているダクネスと、そんなダクネスをからかうダストの姿が……。

 …………。

 と、ダクネスが射殺すような目で俺を見て。

 

「……カズマ。お前が大切にしていた物を駄目にしてしまったのは、悪かったと思っている。だが、私にだって我慢の限界というものがある。これ以上耐えろと言うつもりなら、私にも考えがあるぞ」

「い、いや、客も捌けたし、今日はもういいよって言いに来たんですけど」

「……へっ?」

 

 間抜けな声を上げたダストにダクネスが襲いかかっていき、締め上げられたダストの体から、人体から聞こえてはいけない系の音が聞こえてきた。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 

「というわけで、今日の手伝いはめぐみんと行こうと思う」

「何がというわけなのかは分かりませんが、構いませんよ。ウィズには私も世話になっていますからね」

 

 ウィズには俺達全員が世話になっているから、全員で手伝いに行きたいのだが、客がたくさんいるところに全員で行くと邪魔になるかもしれないから、日によってメンバーを替えて手伝う事にする。

 ……という言い訳でアクアを説得したのだ。

 実際には、四人くらいいてもなんとかなるだろうし、邪魔なら店の外に出ていればいい。

 というか、金を貰って商品を渡すだけなのだから、手伝いなんて要らないような気もする。

 店を手伝うというより、アクアに店を手伝わせないための方便だ。

 その辺りの事情をめぐみんに説明すると。

 

「そ、そうですか。その話、アクアが聞いたら泣きますよ。まあ、ライターを消したり店の前で騒ぎを起こしたりと、アクアが迷惑を掛けているのは事実ですからね。いいでしょう。いつもは爆裂魔法を撃って何もかも吹っ飛ばすだけの私ですが、今日くらいはアクアのフォローをしてあげますよ。こう見えて、食堂で働いていた事もあるのです。接客は任せてください」

 

 そう言って、ドヤ顔で胸を張るめぐみん。

 ……なんだろう? すごく不安だ。

 

 

 

「誰がクソガキですか! その喧嘩買おうじゃないか」

「おいやめろ! 店員が客に襲いかかってどうするんだ! というか、接客は任せてくださいって言葉はなんだったんだよ!」

「離してください! 紅魔族は売られた喧嘩は買うのが掟なのです! その購入したライターもろとも爆裂魔法で木っ端微塵にしてやりますよ! ああっ、逃げます逃げます! 言うだけ言って逃げだすとは、なんという卑怯者!」

「今のお前を見たら誰だって逃げるに決まってるだろ!」

 

 俺は、目を真っ赤にして客に襲いかかろうとするめぐみんを、後ろから押さえる。

 めぐみんは、一般常識のないダクネスや、論外なアクアと違って、普通に接客は出来るのだが、ちょっとした事で凶暴化して客に襲いかかろうとする。

 

「……ったく、アクアのフォローをするとか言ってたが、お前も同じくらい問題児だからな。少しくらい我慢できないのか?」

「これでも少しは我慢しようとしているのですが……。というか、カズマより私の方がステータスは高いのですから、本気でやってやろうと思ったらカズマに止められてもボッコボコですよ」

「効果音に魔法使いらしさがちっとも感じられないんですけど。……ああもう! 紅魔族は知能が高いとか、アークウィザードは冷静沈着が売りとかいう話はどこに行ったんだよ? お前だってウィズには世話になってるんだから、ウィズのためにも我慢してくれよ」

「むう……。それを言われると弱いですね。分かりました。我慢しましょう」

「言っとくが、その台詞は今日だけで三回目だからな。俺のいた国には、仏の顔も三度までって言葉がある。どんなに優しい人でも、許してくれるのは三回目までって意味だ。今回は説教だけで許してやるが、次に同じ事をしたら……、…………」

 

 少し考えてウィズを見る俺に、めぐみんが慌てた様子で。

 

「な、なんですか? 次に同じ事をしたら、私は何をされるんですか? 気を付けますからあまり過激な事はやめてほしいのですが。ダクネスは昨日、本気で泣いてましたし、今日は朝から部屋に引き籠もって出てこないんですからね」

「次に同じ事をしたら、ウィズにアルカンレティアに送ってもらうからな」

「!?」

 

 アルカンレティアに送られたら自力で帰ってこられないめぐみんが、驚愕の表情を浮かべた。

 と、接客に戻ろうとする俺に、バニルが。

 

「……ふぅむ。流石は三者三様に頭のおかしい仲間達をまとめ上げる保護者なだけはあるな。あの喧嘩っ早いネタ娘を思いとどまらせるとはやるではないか。特に嫌がらせの方法は、悪魔である我輩から見ても見事なものだ」

「おいやめろ。悪魔目線で褒められてもちっとも嬉しくないんだよ」

 

 そんなこんなで、しばらくは平和に商売をしていたのだが。

 

「おう、邪魔だクソガキ。……おっと、なんだその顔は? この店は、店員が客に暴力を振るうのか? お前、アレだろ。毎日爆裂魔法を撃たずにはいられないとかいう、頭のおかしい紅魔族だろ。お前のせいでこっちは商売上がったりなんだよ!」

 

 客と店員という立場を笠に着て、めぐみんに絡む男が現れ……。

 

「あれは狩人組合の者のようだな。爆裂娘が爆裂魔法を撃つせいで、狙っていた鳥が飛び立ち困っているらしい。相手が冒険者では正面から文句も言えぬが、客と店員という立場から気が大きくなっているようだな」

 

 …………。

 

「いや、それってめぐみんの自業自得じゃねーか。相手の態度も悪いし、ここでキレるのは仕方ないかなって少しだけ思ったが、むしろ謝ってやるべきなんじゃないか?」

 

 そんな事を言う俺の視線の先で、目を真っ赤にしためぐみんは。

 

「……今の私はウィズ魔道具店の店員です。今日のところは見逃してあげますから、買い物が終わったのならとっとと帰ったらどうですか」

 

 ……!

 上級前衛職『狂戦士』の素質が誰よりもありそうな、短気なめぐみんが、喧嘩を売られたのにもかかわらず大人しくしているなんて……!

 俺が密かに感動する中、男はめぐみんの態度が癇に障ったのか、ますますしつこく絡んでいく。

 

「けっ! 何が爆裂魔法使いだ! 爆裂魔法なんてネタ魔法しか使えないくせに、何がアークウィザードだよ!」

 

 めぐみんが何よりも許せないという、爆裂魔法をバカにする言葉を吐く男。

 それでも耐えているめぐみんに、俺がもういいんだと言おうとした時。

 めぐみんの肩をポンと叩いたウィズが。

 

「めぐみんさん、お店のために我慢してくれてるんですね? ありがとうございます。でも、もういいんですよ。魔法使いは自分の使う魔法に誇りを懸けるもの。爆裂魔法使いのめぐみんさんが、爆裂魔法をバカにされて、黙っている事はありません。魔法使いの誇りを存分に見せつけてやってください!」

 

 意外にも好戦的なウィズの言葉に、めぐみんは嬉々として男に襲いかかっていき――

 自分よりも体格の良い男を、素手でボッコボコにした。

 

 ……アイツ、やっぱり狂戦士なんじゃないか?

 魔法使いの誇りとやらはなんだったんだろう。

 

 

 

「帰りましたよー」

「おかーえり! カズマ様! めぐみん様もね!」

 

 屋敷に帰るとメイド服姿のアクアに出迎えられた。

 ダクネスのために用意したメイド服は、わざと少しサイズの小さいものにしていたから、アクアでも着られるらしい。

 

「いや、なんでお前がそれ着てるんだよ。一週間ご奉仕するって約束だったのに、ダクネスはどうしたんだ?」

「ダクネスなら、今日は朝から自分の部屋に引き籠もって出てこないわよ。昨日、メイドの格好で接客したのがよっぽど恥ずかしかったみたいね。まったく、えっちな本を駄目にされたからって、あんなに怒る事はないでしょう? ダクネスは恥ずかしがり屋なんだから、少しくらい手加減してあげてもいいと思うの」

 

 言いながらアクアが、メイド服のスカートをつまんでくるくる回る。

 ……気に入っているらしい。

 と、一日中接客して疲れているらしいめぐみんが、ソファーでひと息つきながら。

 

「ふう。やっぱり、屋敷に帰ってくると落ち着きますね。お茶を淹れようと思いますが、二人もどうですか?」

「あ、めぐみんめぐみん! 待ってちょうだい! 二人は一日中、ウィズの店を手伝って疲れてるだろうし、メイドな私がお茶を淹れてあげるわ!」

 

 そう言って、アクアが入れてきたお茶は。

 

「お湯なんですけど」

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 ライターの物珍しさも受け入れられ、多少は客足が落ち着くだろうから、今日はもう手伝いに来なくていいとバニルには言われている。

 それでも一応、ウィズの店に行くアクアを見張るため、俺もアクアについていく事にした。

 

「……いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 メイド服姿のダクネスに見送られ屋敷を出る。

 ……ダクネスの目が死んでいたが、俺は悪くないと思う。

 

 

 

 俺がアクアとともにウィズの店のドアを開けると。

 

「ああああああああ! ぐああああああああ! ぬあああああああああーっ!!」

 

 そこには、黒焦げになった何かの前で、猛り狂うバニルの姿が……。

 

「ちょっとあんた何やってんのよ! 居候悪魔の分際で、店主であるウィズに逆らうなんて身の程を知りなさいな! ウィズが優しいからって調子に乗りすぎよ。ウィズったら大丈夫? 今、ヒールを掛けてあげるわね」

「あ、ありがとうございますアクア様……。でも、私はリッチーなのでヒールを掛けられると消えちゃうんですけど……」

 

 どうやらあの黒焦げになっているのはウィズらしい。

 弱っているところをアクアに追い打ちをかけられ、薄くなっているが……。

 俺は、余計な事をするアクアの後頭部を引っ叩き、珍しく頭を抱えてるバニルに。

 

「おい、朝っぱらから何やってんだよ。ライターのお陰で今月は黒字だって、昨日は上機嫌だったじゃないか」

「ライターの売り上げなど、そこの黒焦げ店主のお陰で吹っ飛んだわ! 性能が良く安価、さらには物珍しさもあり、個人商店としては破格の売り上げを叩きだしたというのに、この無商才店主がガラクタを仕入れて台なしにしおった! 珍しく黒字になったので、たまには極貧店主のために華やかな晩餐を用意してやろうと、我輩が食材を買いに行った隙を突いてくるとは! この我輩とした事が抜かったわ!」

「お、お前も苦労してるんだなあ……」

「我輩は悪魔であるので、人間の同情など不要である。不要であるのだが……、日頃、頭のおかしい仲間達に囲まれ苦労している貴様に言われると、我輩でも少し絆されるものがあるな」

 

 バニルが、黒焦げで薄くなっているウィズと、そんなウィズを介抱するアクアを見ながら、遠い目でそんな事を……。

 ……なんだろう? 相手は悪魔なのに、ちょっと理解し合えた気になってしまう。

 気のせいなのだろうが……。

 と、アクアのヒールのせいで薄くなっているウィズが。

 

「う、売れるんです。これはきっと売れるんです……。だから怒らないでください、バニルさん」

「ここ数日の売り上げを使いこまれて怒らずにいられるか! 人間だった頃の汝はもっと優秀だったと思うのだが……、一体何が汝をそこまで変えてしまったのか? ひょっとして、あの時の汝はとっくに死んでしまい、リッチーになったと言って現れたのはよく似た別人だったのか?」

「ひどいですよバニルさん。私は私です。あの時、ダンジョンで会ったのと同じ私ですよ」

 

 バニルに嘆かれたウィズが、しょんぼりしながらも主張する。

 そんなウィズに、さらにバニルが文句を言おうとした時。

 店のドアが開き、ドアについた小さなベルが、カランカランと涼しげな音を立てて。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 微妙に煤けた背中のウィズが、笑顔で客を迎え入れ――!

 バニルがため息を吐いて、ウィズが仕入れたらしいガラクタを片付け始めた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この魔王の城に日常を!

『祝福』1,3,4,5,9、『爆焔』2、『悪魔』、既読推奨。
 時系列は、物語開始の10年くらい前から、3巻の辺り。バニル視点。


 ――ある日の事。

 

 ベルゼルグ王国の王都を北上した場所にある、人類に敵対する魔王軍の本拠地、魔王の城。

 その禍々しい城の廊下を、魔王軍幹部のひとりにして、斬りこみ大隊の隊長でもある、デュラハンのベルディアが歩いている。

 ベルディアが手に持つ頭の、視線の先には……。

 つい最近まで、凄腕の冒険者として数多くのモンスターや賞金首を倒してきたが、今では魔王軍のなんちゃって幹部になっている、駆けだしリッチーのウィズ。

 冒険者として、長い間魔王軍と敵対していたからか、リッチーになって魔王の城を襲撃してきたからか、魔王軍の中にウィズを警戒する者は少なくない。

 そんなウィズを、背後から真剣な様子で見つめていたベルディアは。

 

「おおっと手が滑ったー!」

 

 そう言って自分の頭をウィズの足元へと転がし……。

 転がっていった頭は、ウィズのスカートの中を覗くのにちょうどいい位置で止まって。

 

「華麗に脱皮! フハハハハハハハ! お色気リッチーと思ったか? 残念! 我輩でした! うむうむ、生前は人間であったためか、汝の悪感情はモンスターにしては美味である」

 

 ウィズの姿をぐにゃりと歪ませ、本来の姿に戻る我輩に、足元のベルディアが絶句する。

 我輩はそんなベルディアの頭を拾いあげ。

 

「そんなに我輩の股間が見たいのであれば、好きなだけ見るが良い。ほーれほれ、ほーれほれ」

「ちちち、ちがーっ! やめろ! 目が汚れる! ああっ、本当にやめろ!」

「……ううむ。汝のイラっとした悪感情は、それほど美味ではないな。やはり人間の悪感情とは比べものにならぬ」

「そう言うならさっさと頭を……、頭を返せ……!」

 

 我輩がベルディアの頭をくるくる回すと、頭を取り返そうと我輩に向かってくるベルディアの体が、目が回ったせいか廊下を右往左往する。

 首なし中年の間抜けな姿を見るのは、これはこれで愉快だが、あまり美味しい悪感情を味わえないのが不満である。

 と、我輩がベルディアの放つ悪感情の味に内心ガッカリしていた、そんな時。

 横から伸びてきた手が、我輩からベルディアの頭を奪っていき。

 

「バニルさん、あんまり城にいる方達を困らせてばかりいると、また魔王さんが胃を痛めて寝込みますよ」

 

 我輩が目を向けると、そこには、『氷の魔女』と呼ばれ、数多のモンスターや賞金首を討伐していた凄腕冒険者ではなく、リッチー化の禁呪を使ったせいかすっかり牙を失ったぽわぽわリッチーが立っていた。

 

「悪魔である我輩にそんな事を言われても」

「バニルさんが悪感情を食べるのは仕方がない事ですけど、もう少し手加減してあげてもいいんじゃないですか? ほら、ベルディアさん、頭ですよ」

「お、おお……。ありがとうウィズ……。俺はお前やお前の仲間達に呪いを掛けたというのに」

「もう済んだ事ですから、それはいいですよ。冒険者が戦闘で命を落とすのは仕方がない事です。あの頃の私達は敵同士だったんですから、今さら恨み事なんて言いませんよ。というか、どうしてバニルさんに頭を取られるなんて事になってしまったんですか? デュラハンの弱点は頭なんですから、気を付けてくださいね」

 

 ベルディアに頭を差し出しながら、そんな事を言うウィズに、我輩は。

 

「汝に化け、廊下を歩いていた我輩の足元に、そこの首を失ったくせにいつまで経っても煩悩を失わぬ永遠の中年騎士が、スカートの中を覗こうと頭を転がしてきおってな」

「…………」

「ウィズ? ウィズ! 熱い! あああ、熱い熱い! 頭が焼ける! おかしいおかしい! この状況は絶対におかしい! なんで俺はお前のスカートの中を見たわけでもなく、ただガッカリしただけなのにこんな目に遭わねばならんのだ!? あ、いや、悪かった! 俺が悪かったから頭を返してください……!」

 

 無言でベルディアの頭を焼こうとするウィズ。

 そんなウィズから発せられるのは……。

 

「フハハハハハハハ! これこそ我輩が望んだ悪感情! やはり汝の悪感情は格別である! 美味である美味である! フハハハハハハハ!」

「ところでバニルさん。バニルさんは、どうして私に化けて廊下を歩いていたんですか?」

 

 静かだが氷の魔女と呼ばれていた時のような迫力を秘めたウィズの言葉に、我輩は高笑いをピタリとやめる。

 だが、悪魔である我輩に後ろ暗いところなど何ひとつない。

 

「なに、我輩の見通す力により、この場をお色気リッチーと首なし中年が通りかかる事は分かっていたのでな。あとは我輩がほんの少し手を下してやれば、年甲斐もなく発情するエロ中年からガッカリの悪感情を、年甲斐もなく恥ずかしがる駆けだしリッチーからイラっとした悪感情を食らう事ができるというわけだ。我輩の見通す力は本日も絶好調である」

 

 正直に話す我輩を、ウィズがとんでもない魔力を練りあげながら、冷たい目で睨みつけてくる。

 それはまさに、氷の魔女と呼ばれていた時のような……。

 ウィズは、詠唱しながら我輩に手のひらを向けて。

 そんなウィズに、我輩は攻勢呪文に対処すべく――!

 

「『テレポート』!」

 

 ……!

 詠唱はフェイントで、そちらに気を取られた隙にテレポートを使うとは……!

 うっかり抵抗しそびれた我輩が飛ばされた先は、火口であった。

 

 我輩でなかったら即死だった。

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 我輩が魔王の城の廊下を歩いていると、魔法で創られたと思しき店舗が現れた。

 建物の廊下に店があるという異常事態に、流石の我輩もしばし絶句していると。

 

「いらっしゃいませ! ウィズ魔道具店、魔王の城支店へようこそ」

 

 店のドアを開け中から現れたのは、エプロンを身に付けたウィズだった。

 

「こんなところで何をしているのだ破天荒リッチーよ」

「見ての通り、お店を開いているんです。バニルさんとの約束を果たすためには、私の魔法だけでなくて、お金がたくさん必要になるじゃないですか。私は冒険者をやっていましたから、魔道具の見立てには自信がありますし、魔道具店を開いてお金を稼ごうと思いまして」

 

 いつか魔道具店を開くための練習として、ここで店主の真似事をしているらしい。

 

「我輩との約束を果たそうとする心掛けは良いが、練習と言うならもっと普通に店を開くべきではないか? こんなおかしな場所に店を構えても、なんの練習にもならぬと思うのだが」

「普通にですか? すいません、モンスターの常識には疎いもので……」

 

 建物の中に店を創るのは人間の常識から見てもおかしいと思うのだが。

 

「まあいい。しかし、こんなところで店を開いていても、客など来るのか?」

「大丈夫ですよ。お城の中でも皆さんがよく通る場所を選びましたから。それに、お店に入ったお客さんは、皆さん、商品を買っていってくれるんですよ! 店員をやるのは初めての事ですが、物を売るというのは楽しいですね。ひょっとしたら冒険者よりも向いているかもしれません」

「汝がそれで良いのなら我輩から言う事はないが……。客が皆、商品を買っていく? この城に詰める者どもは、魔王軍の中でも精鋭であり、半端な魔道具では満足せぬはずだが。一体どのような品揃えなのだ?」

「バニルさんも見ていきますか? 自分で言うのもどうかと思いますが、なかなかのものですよ。気に入るものがあったら買ってくださいね」

 

 我輩はウィズに招かれ店に入る。

 廊下の片端という立地条件のせいで狭い店内には、様々な魔道具が並べられ……。

 …………。

 

「なるほど。どれもこれも、貴重で効果の高い魔道具ばかりのようだな。これなら魔王軍の精鋭でも欲しがるだろうて。……ところで、これらの品々はどこから仕入れてきたのだ? 我輩の記憶が確かならば、この城の宝物庫に仕舞われていたもののようだが」

「そうなんですか? 不思議な事もありますね。確かにお城の中で拾った物ばかりですけど……。この品々は、誰も近付かないような倉庫の奥で、埃を被っていた物ばかりなんですよ。魔王さんが、必要なら城の中の物は自由に使っていいと言ってくれたので、使っていない物なら売ってしまってもいいと思って持ちだしてきたんですが」

「汝の言うその倉庫とやらは宝物庫の事であろう。それらは埃を被っていたのではなく、大切に仕舞われていた物である」

「ええっ!? 違います違います! だって、魔王さんのお城の宝物庫なら、防犯対策もしっかりしているはずじゃないですか。あんなに簡単に出入りできるところに、宝物を仕舞っておくはずがありませんよ!」

「……その言葉を担当者が聞いたら泣くであろうな」

 

 どうやら、リッチーのあり余る魔力のせいで、宝物庫の防犯装置が誤作動を起こし、その隙を突いて魔道具を持ちだしてきたらしい。

 今さら事情を察したらしいウィズは、オロオロと店内の品々を見ながら。

 

「ど、どうしましょう? これって、売ってしまってはいけないものですよね?」

「当然であろう。何せ魔王の城の奥深くに仕舞いこまれていた魔道具である。ひとつひとつが世界を引っ繰り返す級の力を秘めていてもおかしくはない。というか、世に出せば何が起こるか分からないからと、魔王が封印した魔道具があったはずだが……。…………店内にないところを見ると、どうやら窃盗リッチーの魔の手を逃れたようであるな」

「……倉庫にあった物は根こそぎ持ちだしてきたんですが」

 

 …………。

 

「この店に我輩の求める物はないようなので、ここらでお暇させてもらう事にしよう」

「待ってくださいバニルさん! 見捨てないでください! 一緒に魔王さんに事情を説明してくださいよ! だ、大丈夫です! 誰に何を売ったかは、きちんと帳簿を付けてありますから、その封印されていた魔道具を取り戻す事も出来るはず……!」

 

 と、ウィズが半泣きで我輩に縋りついてきた、そんな時。

 魔王の城のどこかから、何かが爆発するような音と、誰かの悲鳴が聞こえてきて――!

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 我輩がウィズとともに魔王の城の廊下を歩いていると。

 胸元が大きく開いたドレスを着た、一見すると人間にしか見えない長身の美女が向こうから歩いてきた。

 魔王軍幹部のひとり、強化モンスター開発局局長、グロウキメラのシルビア。

 事あるごとに合体したいなどと口走り、魔王を困らせているオカマを前に、我輩は十分な距離を置いて立ち止まる。

 

「あらバニル、久しぶりね。今日もいい男じゃない。それに、そっちの元凄腕魔導士のお嬢ちゃんもね」

「お嬢ちゃん! 私、お嬢ちゃんなんて呼ばれたのは久しぶりです!」

 

 からかうようなシルビアの言葉に、ウィズが無邪気に喜ぶ中……。

 

「何度も言うが、悪魔である我輩に性別はないので、そんな事を言われても困るのだが」

「それは奇遇ね。私にも性別なんていう取るに足らない些細な括りは存在しないわ。私達って、気が合うと思わない?」

「どちらでもある汝と、どちらでもない我輩を同列視するのはやめてもらおうか」

 

 この男だか女だか分からない混ぜ物とは、廊下で擦れ違うだけでも緊張感が漂う。

 それというのも。

 

「『バインド』!」

「華麗に脱皮!」

 

 シルビアが腰に吊るしていたロープを使い放った拘束スキルは、我輩の抜け殻をぐるぐる巻きにする。

 なぜ普通に廊下を歩いていただけの、なんの罪もない我輩がいきなり拘束されなければならないのかは分からないが、シルビアのバインドの射程内で油断していると、拘束されシルビアに吸収されるかもしれないというのは魔王の城では常識だ。

 

「フフッ。あなたの本体を吸収できないのは残念だけれど、この抜け殻だって十分な素材だわ。地獄の公爵、バニルの抜け殻! この土くれに含まれる豊富な魔力を使えば、新しい強化モンスターの研究が……!」

「喜んでもらえたならば、悪魔としては残念であるな。それに満足したならば、問答無用でバインドを使ってくるのはやめてもらいたい」

「あら、それとこれとは別の話よ。アタシは美しいものが好きなの。もっと美しくなりたいし、もっと強くなりたい。そのためなら、なんだって吸収するわよ。……そうねえ、今一番吸収したいのは、美しくて強いあなたかしら。ねえ、ウィズ?」

 

 そう言ってウィズを見つめ舌なめずりをするシルビアに、ウィズは。

 

「う、美しい……! 美しいお嬢ちゃん……!? どうしましょうバニルさん、こんなに褒められたのはすごく久しぶりですよ!」

「そ、そう……。まあ、アタシ達は人間とは寿命が違うから、あなたくらいの年齢でもお嬢ちゃんって呼んでおかしくわないわね。というか、あなたはリッチーなんだし、永遠の二十歳と言っていいんじゃないかしら」

「……! ありがとうございます! 冒険者をやっていた頃は気づきませんでしたが、シルビアさんはとてもいい方ですね!」

「あら、ありがとう。……なんだか予定と違うけど、油断してくれるなら好都合だわ。アタシと合体してちょうだい。……『バインド』!」

 

 シルビアが再び放った拘束スキルを、魔法使い職のウィズは躱しきれず拘束される。

 

「……フフッ。アハハハハハハッ! 悪く思わないでちょうだい。リッチーとはいえ、元は人間! いくら魔王様の命令でも、あなたを幹部に加える事には賛成できないわ。アタシ、人間は信用しない事にしているの。心配しないで。あなたは死ぬわけじゃなくて、アタシとともに生きていくだけ……! あなたの力を取りこむ事ができたら、魔王様もアタシの命令違反を許してくれるでしょう……!」

「ええっ!? それは困りますよシルビアさん!」

 

 高笑いするシルビアに、ウィズが拘束されたまま緊張感のない文句を言う。

 

「汝、節操なく合体したがるナンパ野郎よ。今からでも遅くないので、考え直すが吉」

「……そういえば、ウィズはあなたの友人だと言っていたわね。地獄の公爵であるあなたを敵に回すのは得策ではないけれど、あなたが何かするよりもアタシの方が速いわ。吸収しさえすれば、いくらあなたでもどうする事もできないはず……!」

「そうではなく、その駆けだしリッチーは狂暴なので注意した方が良いであろう」

 

 我輩が言うよりも早く、ウィズは拘束スキルのロープに引っ張られてではなく、自らシルビアとの距離を詰めて……!

 

「……ッ! またドレインタッチかしら? 残念だけど、来ると分かっていれば、吸収するまでの間くらいは耐える事ができる……! それに、アタシには魔法に対する抵抗力が……!」

 

 ウィズを正面から迎え撃とうとしたシルビアに。

 

「『テレポート』」

 

 ドレインタッチのみを警戒していたシルビアは、ウィズのテレポートに抵抗しそびれ、その場から姿を消した。

 

 ――数日後。

 体の半分以上を焦がした状態で戻ってきたシルビアは、ウィズを見ると距離を取るようになり、誰彼構わずバインドで拘束して吸収しようとするのをやめたという。

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 城の入り口にて。

 我輩は、アクセルの街へと旅立とうとするウィズと向かい合っていた。

 

「それでは、バニルさん。いろいろとお世話になりました」

「うむ。リッチーである汝に言う事ではないが、体に気を付けて暮らすが良い。魔王軍の幹部をやるのも飽きてきたところであるし、我輩もそのうちアクセルへ行き、汝の魔道具店で下働きでもするとしよう」

「分かりました。お待ちしていますね。バニルさんの夢のために、二人で頑張りましょう! ……ところでバニルさん。私のテレポートの魔法の事ですけど、どうして火口を登録先から消しちゃったんですか? 元に戻してくださいよ」

「……汝が切り札と言うそのテレポートは危険すぎるので、呪いで封じさせてもらった。これから汝が行くのは駆けだし冒険者の街であり、汝は冒険者でもリッチーでもなく、魔道具店の店主になるのだから、そのような危険な魔法は必要なかろう」

 

 と、我輩達がそんな話をしていると。

 城の中から、大柄な老人が現れ。

 

「やれやれ、どうにか間に合ったようだな。結界の維持を頼んだだけとは言え、魔王軍の幹部の出立なのだ。見送りくらいはさせてもらいたい」

「魔王ではないか。こんなところまでのこのこ出歩いて良いのか?」

「側近には止められたがな。そう心配せずとも、ウィズを見送ったらすぐに引っ込む。それに、凄腕の魔導士がリッチーになって、ライトオブセイバーの魔法で結界を切り開き襲撃してくる事など、二度はあるまい」

「そ、その節はご迷惑をお掛けしました……!」

 

 苦笑しながらの、魔王のそんな言葉に、ウィズがペコペコと頭を下げる。

 

「……それにしても、魔道具店の店主か。それだけの力の持ち主をただの店主にしておくのももったいない話だが……、いや、中立でいてくれるだけありがたいか。それに、魔王の幹部が人里で店を開いているとは思われまいし、結界の維持をしてくれるだけでも助かる。もう会う事もないかもしれないが、達者で暮らせ」

「ありがとうございます。魔王さんも、もう若くないのですから体には気を付けてくださいね」

 

 別れの挨拶を終えると、ウィズは我輩達に頭を下げ。

 

「それでは……! 『テレポート』!」

 

 ウィズの姿が消え、後には我輩と魔王だけが残される。

 城の中に戻ろうとする我輩に、魔王がしみじみと。

 

「それにしても、お前がウィズを紹介してきた時には驚かされたぞ。お前とは古い付き合いになるが、お前が誰かを友人と呼ぶとはな……。それも、人間を友人扱いするとは……」

「我輩をどこぞのぼっち勇者のように言うのはやめてもらいたい。我輩は相手を選んでいるだけであって、友人くらいはいる」

 

 と、我輩達がそんな事を話していると、魔王を探しに来たらしい側近が駆けてきて。

 

「ああっ! 魔王様、こんなところにいましたか! まったく、一人で出歩かないでくださいとあれほど言ったのに!」

「心配せずとも、魔王の無事は我輩が保証してやろう。ほれ、魔王よ。ヘルパーさんが来たぞ」

「ええいっ! どいつもこいつも、ワシを呆け老人扱いするのはやめんか!」

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 魔王の城の会議室にて。

 

「……魔王様が決めた事ならば、俺は従うだけだ」

 

 筋肉質で背の高い、茶髪を短く切り揃えた男、ハンスが、不機嫌な表情でそんな事を言う。

 会議室にいるのは、ハンスの他にはシルビアと我輩、そして猫科を思わせる黄色い瞳が特徴の、スタイルの良い赤毛の美女。

 その美女、ウォルバクはハンスの言葉に、余裕のありそうな微笑を浮かべて。

 

「それは助かるわね。私は事を荒立てたくはないの。仲良くしたいとまでは言わないけれど、敵対はしないでくれるかしら?」

「魔王様だけでなく、占い師も賛成しているんでしょう? 私は構わないわよ。ウィズは中立だし、占い師は城から動けない。まともに動ける魔法使い系の幹部はいなかったから、丁度いいじゃない」

「ありがとう。正直、今は本調子ではないのだけれど、それなりに期待してくれて構わないわ」

 

 目を細め舌なめずりをするシルビアに、ウォルバクはそう言って微笑む。

 幹部同士の顔合わせが終わると、ハンス、シルビアは部屋を出て。

 

「顔合わせは終わりでいいな。じゃあ、俺は行くぜ。仕事が残ってるんでな。……言っとくが、俺は貴様を信じたわけじゃねえ。少しでもおかしな真似をすれば、骨も残さず食い尽くしてやる」

「おかしな真似をするつもりはないけれど、肝に銘じておくわ」

「あら、おかしな真似をしてくれてもいいのよ。あなたを吸収する大義名分ができるもの。……まあ、アタシはあなたでもいいけどね。ねえハンス、アタシと合体する気はない?」

「ハッ! お前が俺を食うだと? バカを言うな。……というか、以前、俺の体の一部を吸収した時は、半年くらい腹を下していただろう」

 

 ……ハンスとシルビアが出ていくと、部屋にはウォルバクと我輩だけが残される。

 ウォルバクは我輩をじっと見つめ……。

 

「この気配。あなたは悪魔ね? それも、最上位クラスの悪魔」

「ふむ、汝からは忌々しい神気を感じるな。随分と神格が低いようだが、女神のひと柱に違いあるまい」

 

 見つめ合う我輩とウォルバクの間に、剣呑な空気が漂い……。

 すぐに、ウォルバクは構えを解いて。

 

「本来、神と悪魔は敵対するものかもしれないけれど、今はお互い、魔王軍の幹部をやっているのだから、味方だと思ってくれないかしら? さっきも言ったけれど、事を荒立てるつもりはないの。改めて、私はウォルバク。怠惰と暴虐を司る女神よ。もっとも、長い間封印されていて、今ではほとんど忘れ去られているけれどね」

「これはこれはご丁寧に。我輩の名はバニル。地獄の公爵にしてすべてを見通す大悪魔。魔王軍幹部でありながら、魔王よりも強いかもしれないと評判のバニルさんとは我輩の事である。我々悪魔の宿敵である女神が、この我輩を恐れ、見逃してくださいと頼んでくるとはなかなか気分が良い。まあ良かろう。魔王軍幹部の誼で目こぼししてやろうではないか」

 

 きちんと挨拶のできる常識的な幹部が、我輩以外に増えた事は喜ばしい。

 

「ありがとう。助かるわ。ここであなたと争っても、私にはなんの得もないもの」

「ただし、分かっておるだろうな? 我々悪魔に物事を頼む際にはそれなりの対価が必要だ。大悪魔である我輩の対価は高く付くぞ?」

「ええ……。そうでしょうね。それで、あなたは私を見逃す対価に何を要求するのかしら?」

 

 我輩は、かすかに緊張した様子で挑むように我輩を見つめてくるウォルバクに。

 

「これから汝は、ベルディアという首なし中年と会う事になるだろう。その時、『ずっとファンでした!』などと言って、この色紙にサインを求めるのだ。可能であれば、腕に抱きつき胸を押しつけるなどすると良い。そして、サインを貰った直後に色紙を破り捨て、『残念! バニルさんのガッカリ郵便でした!』と言ってその場を立ち去るが良い。我輩は近くで見守り、色ボケ中年のガッカリの悪感情を食らうとしよう」

「そ、それが私を見逃す対価? どういう事なの? い、いえ、悪魔が悪感情を食らうのは当然の事なのかしら……?」

「うむ。とあるポンコツリッチーが去ったこの城で、最も我輩好みの悪感情を発するのは、頭を失った事で下半身に栄養を行き渡らせている色欲中年なのだが、あまりにも何度も騙してきた結果、あやつは疑い深くなっていてな。最近では我輩とは無関係な事まで、いちいち我輩の関与を疑うので、上手く騙して美味しい悪感情をいただくのが難しくなっている。その点、新顔で、しかも神気を発している汝は、あの疑り中年を騙すのにうってつけであろう。力を失っているとはいえ、女神が悪魔の使い走りをしているなどとは思うまいて」

「わ、分かったわ。そのベルディアというのを騙せばいいのね? 良心は咎めるけれど、地獄の公爵に頼み事をして、これくらいで済むのなら喜ばなくてはね」

 

 ――その後、我輩がわざと会議の時間を遅らせて伝えておいたベルディアは。

 サインを求めるウォルバクの言葉を怪しみながらも、サインを書いて……。

 

 …………。

 

 しばらくの間、気の毒に思ったらしいウォルバクが、お詫びと言ってベルディアの世話を焼いていたが、それすらも我輩の差し金と疑われたようで、難儀したという。

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 普段は人間の姿をしているが、その正体は大きな屋敷ほどもあるデッドリーポイズンスライムの変異種である、魔王軍幹部のひとり、ハンスは。

 魔王城の廊下にて。

 我輩が点々と置いた豪華料理の数々を、拾っては食い、拾っては食いながら、我輩の望む場所へと誘導されていた。

 進めば進むほどに美味になっていく料理を食べていき、やがて辿り着いた食堂。

 そのテーブルには、料理を覆うボウル型の蓋が置かれていて……。

 ハンスがボウル型の蓋を取ると、そこには――!

『スカ』と書かれた紙が乗せられただけの、空っぽの皿が置かれている。

 

「…………」

 

 ボウル型の蓋を元に戻し、無言で食堂を去っていくハンス。

 ……ふぅむ。

 どんどん美味になっていく料理に、食堂というあからさまな舞台設定、そしてボウル型の蓋によるワクワク感。

 そこから生み出される期待が裏切られた時の、ガッカリの悪感情を食らってやろうと思っていたのだが……。

 食欲が満たされないガッカリから来る悪感情は、やはり我輩の好みからは外れるようだ。

 というか、スライムの感情は人間とはかけ離れていて、人間の悪感情を好んで食らう我輩にはあまり美味しく感じられない。

 

「食べる事しか考えていない軟体生物の感情は、我輩の求める美味なる悪感情には成りえぬようだな。悪感情を食べるのであれば、やはり人間を狙った方が良いらしい。せめて人間に似た精神構造の者を……」

「そう思うんならバカみたいな嫌がらせを仕掛けるのはやめろ」

 

 と、ハンスが去っていった食堂で、姿を隠す魔法を解き独白する我輩に声が掛けられ……。

 我輩が振り返ると、そこには去っていったはずのハンスが立っていた。

 

「スライムとしての姿を利用して床を這いずり背後に回ったか。食べる事しか考えていない割には知恵が回るではないか。本性を現すと巨大化し知能が下がるという、やられ役としか思えない能力を持つ軟体生物よ」

「うるせえ! 貴様は城の者の悪感情を食らわないよう、魔王様に命じられてるはずだ。魔王様の古い知り合いだかなんだか知らないが、命令に背くつもりなら俺が食ってやる」

「我輩が魔王軍の幹部をやっているのは魔王に頼まれたからであり、命令を聞いてやる義理などないのだが……。それにしても、いくら食欲の権化とはいえ、土くれで出来た我輩の体まで食べたがるとは思わなんだ。……華麗に脱皮! このような粗末なものでよければ、いくらでも出してやるので好きなだけ食らうが良い。恵まれぬ食生活を送る腹ペコスライムよ」

「誰がそんなもん欲しがるか!」

 

 魔王に食う物も貰えていないらしいハンスに同情した我輩が、せっかく抜け殻を恵んでやろうというのに、なぜかハンスは激昂し我輩の抜け殻を振り払い……。

 

「いいだろう……。そっちがその気ならぶっ殺してやる!」

「その悪感情、そこそこ美味である。しかし、やはり相手がスライムでは物足りぬなあ」

「クソ、ちょこまかと逃げやがって……! 貴様こそ食べる事しか考えてないじゃねえか!」

「ところで、アルカンレティアの温泉に毒を混ぜるはずが、なぜかところてんスライムを混ぜたようだが、あれには一体どのような意図があったのだ?」

「クソがーっ!」

「おっと、その悪感情はなかなか美味である。ご馳走様です」

 

 我輩がハンスの攻撃を躱しながらからかい続けていると、やがて激昂したハンスが城の中だというのに本性を現して……。

 それからしばらく、廊下にまで溢れ出たデッドリーポイズンスライムのせいで、城の中の空気が悪くなり、城に住む者達が健康被害を訴えたという。

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 城の入り口にて。

 大量のアンデッドを背後に従えたベルディアが、一人の少女と向かい合っていた。

 出発するベルディアを心配そうに見つめる少女に、ベルディアは。

 

「……この戦いから戻ったら、俺と……。……いや、なんでもない。戻ってきたら話したい事がある。……聞いてくれるか?」

 

 その少女は、ベルディアが生前、騎士だった頃から、そして、モンスターとなって長い時を経た今もなお一途にベルディアを想い続ける村娘の霊。

 ベルディアに救われ、ベルディアを慕っていた少女は、ベルディアが不当な理由で処刑された事にショックを受け、その後を追うように流行り病で命を落とし。

 そして、アンデッドとなって長い時をさまよった少女は、数年前に、デュラハンとなったベルディアと運命的な再会を果たした。

 という設定の……。

 

「残念! 我輩でした!」

「えっ」

 

 村娘の姿をぐにゃりと歪ませ、本来の姿に戻る我輩に、ポツリと呟いたベルディアは。

 

「……えっ? ……ど、どういう事だ? あの娘は?」

「む。せっかく長い時間をかけて騙してきたというのに、あまり美味しい悪感情が発生せぬのはどうした事か」

「……?」

 

 状況が理解できないらしく、手にした首を傾けるベルディアに、我輩は。

 

「あの村娘はフィクションであり、実在の人物とはなんら関係がない、我輩の創作である。もちろん、汝が生きていた頃に、汝に救われ、汝を慕っていた村娘なども実在しないし、その村娘がアンデッドになったなどという事もなければ、長い時を経て汝と運命的な再会を果たしたなどというお涙頂戴のとんでも展開もない。そんな都合の良い出来事が本気で起こると思っていたのか?」

 

 ベルディアは、我輩の懇切丁寧な説明を聞いて。

 

「えええええええ!? はあああああああ!? いやいやいや、それはないだろう! いくらなんでも、それはない! お前ふっざけんなよ! それはやっちゃ駄目なヤツだろう!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! これは素晴らしい悪感情! 美味である美味である! やはりモンスターの中では汝の悪感情はなかなか美味しい。いつもご馳走様です」

「畜生、ぶっ殺してぇ……。ていうか、マジで? あの娘と最初に会ったの、何年も前の事だぞ? 正直、最初の頃はまたお前に騙されてるんだろうと疑ってたのに……。そそそ、そんなバカな! 信じない! 俺は信じないぞ! 帰ってきたら、あの娘に交際を申しこむんだ! それで、アンデッドの永遠の寿命を二人で仲良く暮らすんだ!」

「そこまで入れこんでもらえたならば、我輩も清楚な村娘を演じた甲斐があったというもの。何度も同じ方法で騙したせいで、疑い深くなった汝を信じさせるために、露骨に誘惑するのではなく焦らす方向性を狙ってみたのだが。上手く行ったようで何よりである」

「コイツ、殴りたい……!」

「フハハハハハ! その悪感情、美味である! 思わせぶりな事を言って戦場に赴くなどという、よくある死亡フラグを折ってやったのだから、我輩に感謝しても良いと思うのだがどうか?」

「クソ! クソ! ああもう、行きたくない……! 俺は何を励みに今回の任務に当たったらいいんだ? 駆けだし冒険者の街なんて、歯応えのある相手もいないだろうし、強い光の調査なんて俺の仕事じゃないだろう……」

 

 少し前、占い師のヤツが、アクセルの街に強い光が現れたなどと言いだした。

 ベルディアは、その強い光とやらの調査を命じられたらしい。

 我輩は、テンションの下がるベルディアを元気づけようと。

 

「……頑張ってください、ベルディア様!」

「やめろ! あの娘を汚すな! いや、そもそもあの娘の行動も言葉もすべて、お前の演技だったのか……?」

「うむ。当然、汝が他の者には黙っておいてくれと言っていた秘密も知っているし、二人きりになると汝が」

「よし! 行ってくる! 皆の者、出陣だ!」

「おっと、その羞恥の悪感情、美味である!」

 

 我輩から逃げるかのようにベルディアは出発し……。

 後日、その顛末を聞いた魔王から、老人らしく長ったらしい説教を受けた。

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 ウィズが去り、ベルディアも調査のために城を離れている今、城の者達の発する悪感情では我輩を満足させる事は難しく……。

 

「だったら城の連中の悪感情を食らうのはやめてくださいよ……」

「悪魔の我輩にそんな事を言われても。汝は食事をせずに生きていけるのか? 食事をしない者だけが我輩を止めるが良い。もっとも、止められてもやめるつもりはないが」

「バニル様は食事をしなくても生きていけるでしょう」

 

 魔王城の最上階にて。

 物足りない食事を終えた我輩が、何をするでもなく暇を持て余しながら、鬼の小言を聞き流していた、そんな時。

 いつもは城の奥に引っこんでいる魔王が、珍しく姿を現して。

 

「ベルディアからの連絡が途絶えた。どうやら、何者かに倒されたらしい」

「……ほう? あの首なし中年はかなり高レベルのデュラハンだったはずだが……。駆けだし冒険者の街に、あやつを倒せるような冒険者がいるとは思えぬ」

「ワシとしても、まさかベルディアが倒されるとは思ってもみなかった。おそらくは、例の強い光とやらが関係しているのだろう。バニル、お前にはベルディアを倒した者の調査と、引き続き強い光の調査を頼みたい。どうせ暇を持て余しているのなら、ワシの部下をいじめていないで、働いてもらいたいのだ」

「悪魔である我輩に頼み事をする。その意味は当然、分かっているのだろうな?」

「もちろんだ。出来る限りの事をしようではないか。もっとも、城の中でこれだけ好き勝手しているのだから、すでに対価は十分払っただろうと思うがな」

 

 そんな魔王の言葉に、我輩はニヤリと笑い。

 

「フハハッ! この我輩をタダ働きさせるつもりか! 流石は魔王と呼ばれるだけの事はあるな! だがまあ、退屈していたところであるし、汝の思惑に乗ってやろうではないか」

 

 ……アクセルの街にはウィズがいる。

 以前から、我輩が魔王軍の幹部をやめたがっていて、最近は特に、城でやる事がなくて退屈している事を、長い付き合いの魔王は察しているのだろう。

 いつも周りの事ばかり考えている、このお人好しの魔王に、我輩は……。

 

「……ところで、鬼よ。こいつをどう思う? この魔道具は、魔王がまだ若い頃に、絶世の美女サキュバスの格好で近づいた我輩のために作り、贈ったものなのだが……。それをこやつは、世に出せば何が起こるか分からないなどと言って、城の宝物庫に封印しておったのだ」

「は、はあ……?」

 

 魔道具と魔王を見比べ、鬼がリアクションに困る中。

 魔王は年老いた顔を真っ赤にして。

 

「あの騒動で見つからないと思っていたら、貴様が持ちだしていたのか! ええいっ、付き合いが長いからといって、いつまでも若い頃の話を蒸し返すのはやめんか!」

「フハハハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である美味である! 久々に美味しい悪感情をいただいた事だし、調査とやらを頼まれてやろうではないか。おっと魔王よ、もうあの頃ほど若くはないのだから、そんなに怒ると血管が切れてポックリ逝くぞ?」

「クソがーっ!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ!」

 

 年甲斐もなく恥ずかしがり怒る、ひょっとしたら二度と会う事がないかもしれない古い友人を前に、我輩は大笑いして――!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この手作り餃子に真心を!

『祝福』10、既読推奨。
 時系列は、10巻2章。


 アイリスの婚約をぶち壊すため、隣国エルロードへと向かう旅の初日。

 今日の分の移動を終え、俺が野宿の準備を始めようとしていると、ダクネスが国が保有するとかいう最高級の魔道具を使って、屋敷を出した。

 その屋敷の台所にて。

 俺はアイリスとともに、夕飯の支度をしていた。

 

「よし、そこだアイリス! やれ! やっちまえ!」

「お任せくださいお兄様! 『エクステリオン』!」

 

 激闘の末に、アイリスが包丁で必殺技みたいなのを放つと、キャベツが真っ二つになって鍋に落ちる。

 ……俺が知ってる料理と違う。

 

「『エクステリオン』!」

 

 アイリスがさらに必殺技みたいなのを放ち、玉ねぎを真っ二つにするも。

 

「お、お兄様! すいません! 目が……!」

 

 どうやら、玉ねぎが最後の抵抗にと、真っ二つになった断面から汁を飛ばしたらしく、アイリスが涙目になって俺の方を見る。

 

「よし、アイリス。よくやった。お疲れさん。今、クリエイト・ウォーターを掛けてやるからな」

「すいませんお兄様。油断しました……」

 

 アイリスに上を向かせ、魔法の水で目から玉ねぎの汁を洗い流して。

 

「見てろアイリス! 魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ってきた俺の実力を! 野菜相手ならこの手が効くだろ! 『スティール』!」

 

 俺が野菜に手を突きだし唱えると……。

 外皮がつるりと剥けて、真っ白な中身を現した玉ねぎが、俺の目にピュッと汁を噴きかけ窓から逃げていった。

 

「あああああ! 目がーっ!」

「お兄様ーっ!?」

 

 

 

 ――野菜にとどめを刺し、まともな料理を始めて。

 

「よし、餃子のタネと皮はこれでいい。後は、このタネを皮で包んで焼くだけだ。せっかくだし、茹でたり蒸したりするのもいいかもな」

「勉強になります!」

 

 料理をしている間、アイリスは俺の行動にいちいち表情を輝かせ、尊敬の目を向けてくれる。

 俺は作業を進めながらアイリスに。

 

「タネをスプーンでこれくらい取って、こんな感じに皮で包むんだ。この作業なら失敗する事もないだろうし、数が多くて大変だから、アイリスも手伝ってくれるか?」

「はいっ、お任せください!」

 

 そう言ったアイリスが、スプーンを手にして餃子のタネを掬い皮で包むが……。

 

「……あっ、す、すいませんお兄様、皮が破れてしまいました」

「大丈夫だ。これくらいなら水を付けて修復できる。……ほら、これで元通りだろ? そうしたら、ひだを作って……。よし、またひとつ出来た。次はアイリスだけでひとつ作ってみてくれ。破れないように、慎重にな?」

「分かりました……! や、破れないように……。この、ひだを綺麗に作るのが難しいですね。あんなに簡単に作ってしまえるお兄様はすごいです!」

 

 俺が餃子を上手く作れるのは単に料理スキルを取っているからなので、そんな風に素直に尊敬されると少し申し訳ない気分になってくる。

 

「お兄様、このひだはなんのために作るのですか?」

「…………見た目が綺麗だからだな」

「なるほど! 料理とは見た目でも楽しむものですものね! 勉強になります!」

 

 ……料理スキルにそういった知識は付いてこないので、本当はよく知らないわけだが。

 

 

 *****

 

 

 俺がアイリスと楽しく餃子を作っていると、台所のドアが開きアクアが顔を出して。

 

「なんだか二人とも、随分と楽しそうね。そんなに楽しい事をやっているんなら、私も混ぜてほしいんですけど。部屋を決めたらやる事がなくて暇なのよ。それと、食堂に一番近い部屋は私の部屋だからね!」

「それはいいけど、めぐみんとボードゲームで遊ぶって言ってなかったか? 俺達は遊んでるわけじゃないんだから、邪魔するつもりならめぐみんに相手してもらえよ」

「めぐみんはダクネスと爆裂散歩に行ったわよ。今日はアイリスばっかり活躍してて、うっかり爆裂魔法を使いそびれちゃったらしいわ」

 

 めぐみんは旅先でも一日一爆裂をやめないつもりらしい。

 ……というか、護衛対象であるアイリスを放って出掛けるとか、あいつは俺達がアイリスの護衛としてついてきている事を忘れていないか?

 

「まあ、手伝ってくれるって言うんなら、別に断る理由はないよ。タネを皮で包む作業は面倒だって思ってたところだしな。アイリスもそれでいいか?」

「私は構いません。よろしくお願いします、アクア様!」

「アイリスは素直でいい子ね。めぐみんやダクネスとも仲が良いみたいだし、この旅が終わったらウチの子になる?」

「いいんですか!」

 

 バカな事を言うアクアに、アイリスが一瞬嬉しそうな表情になるも、すぐに残念そうに微笑んで。

 

「……いえ、そう言っていただけるのは嬉しいですが、私はこの国の王女ですから」

「そう? でも、気が変わったらいつでもウチに来ていいからね。いろいろ大変な事とか面倒くさい事とかあるかもしれないけど、大概の事ならカズマが何とかしてくれるから大丈夫よ」

「おいふざけんな。俺に国を敵に回せってか。ていうか、そうなったらめぐみんが大喜びで悪の魔法使い役をやって、王城に爆裂魔法を撃ちこみそうだからやめろよ。そんな事になったら、俺達は完全にお尋ね者だぞ」

 

 俺の言葉に、アイリスが真顔で。

 

「お頭様ならやりかねませんね……。やっぱり私は、当分の間はお城にいようと思います」

 

 ……当分の間は?

 いや、というか……。

 

「なあアイリス、気になってたんだが、そのお頭様っていうのはなんなんだ? めぐみんと随分仲が良くなったみたいだが、俺が知らない間に会ってたりするのか?」

「そ、それは……。陰から支える活動なので、お兄様には内緒です」

 

 えっ……。

 あの、俺の言う事ならなんでも素直に信じて、俺が吹きこんだ嘘八百をレインにドヤ顔で語り、訂正されて顔を真っ赤にしていたアイリスが、俺に秘密を持つなんて。

 これが反抗期というヤツだろうか?

 と、俺が内心ショックを受けていると。

 

「お二人とも、凄いです! どんどん餃子が出来ていきます……!」

 

 俺とアクアが餃子を作る様を見ていたアイリスが、そんな事を言う。

 料理スキルのお陰か、無意識に餃子を作り続けていたらしい。

 

「ふふん。まあ、私くらいになると、こんなのは目を瞑っていても楽勝ね。さらに、餃子の皮でこんな事も……」

 

 アイリスの尊敬する視線に気を良くしたアクアが、さらに餃子を作る手を速め……。

 ……いや、コイツは何をやってんだ。

 

「見て見て、餃子の皮で作ったダクネスよ! 鎧は着脱式じゃないけど、ちゃんと食べられるのよ」

「これはララティーナですか? 凄いです! 餃子の皮で作ったとは思えないほど精巧で、このままお城の宝物庫に入れてもおかしくないくらいです。食べてしまうのが勿体ないですね……」

「おい、食べ物で遊ぶのはやめろよ。アイリスは素直なんだから、変な事を教えるなよな」

「何よ! これは遊んでるんじゃなくて、見た目でも楽しめるようにしているのよ! そんな事を言うんだったら、餃子のひだだって食べ物で遊んでるようなものじゃないの!」

「お兄様、私の事を思って言ってくれているのは分かりますが、お城ではこのような事は誰も教えてくれないのです。せっかくの機会ですから、いろいろな事を教えてくださいませんか? 私だって小さな子供ではないのですから、良い事か悪い事かくらいは自分で判断出来ます」

「アイリスだってこう言っているんだから、カズマこそ邪魔しないでちょうだい。そうね、アイリスは初めてだし、まずは簡単なのにしましょうか。エリスのパッドなしバージョンなら、ダクネスと違ってぺったんこだから作りやすいわよ」

「あの、一応我が国の国教はエリス教なので、あまり不敬な事は……」

 

 小さな子供よりも良い事と悪い事の判断の出来ないアクアがバカな事を言いだす中、アイリスが困ったようにそう言った。

 

 

 

「飽きたわね」

 

 ――しばらく餃子のタネを皮に包む作業を続けていると、鼻の頭を小麦粉で白くしたアクアが、いきなりそんな事を言いだした。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 暇だから手伝いたいって言いだしたのはお前だろ。確かに単純作業だし面倒くさいけど、アイリスだって文句も言わずにやってるんだから、お前も頑張れよ」

「い、いえ、私は楽しいです! いつまででもタネを皮に包んでいられます!」

 

 俺の言葉に、アクアはなぜかドヤ顔で。

 

「アイリスは初心者だから、単純作業でも楽しめるでしょうね。でも、私のような上級者には、こんなのは簡単すぎるわ。普通の餃子をたくさん作ってもつまらないし、変わり種の餃子を作りましょう」

「変わり種のぎょーざですか?」

 

 いきなりバカな事を言いだしたアクアに、アイリスが興味を持ったように身を乗りだす。

 

「楽しいとかつまらないとか、そんな理由で料理しているわけでもないだろ。それに、アイリスは今日初めて餃子を食べる事になるんだから、普通ので十分じゃないか」

 

 横から俺が言うと、アイリスが振り返って俺を見上げ。

 

「お兄様、確かに私は普通のぎょーざを食べた事がありませんが、それはこれまで作った分で十分ではないかと思います。お城に戻ったら、いつまたぎょーざを食べられる機会があるかも分かりませんし、この機会にいろいろなぎょーざを食べてみたいです!」

「よし、分かった。変わり種餃子だな? お兄ちゃんがいくらでも作ってやるよ!」

 

 即答する俺にアクアが口を尖らせ。

 

「……ねえちょっと、私とアイリスとで、どうしてそんなに態度が違うのかしら? 言ってる事は同じなのに、納得行かないんですけど!」

「お前は何を言ってるんだ? 可愛い妹と、いつもいつもバカな騒ぎを起こす元なんとかとじゃ、扱いが違って当然だろ。そんな事より、いきなり変わり種って言われても、すぐには思いつかないな。自分で言いだした事なんだから、お前もアイディアを出せよ。とりあえず、エビとチーズとキムチなんかは定番だろうけど。……なあ、この国にもキムチってあるのか?」

「元じゃなくて、今も女神なんですけど! 謝って! この私を厄介者扱いした事を謝って! 変わり種の餃子を作るっていう私の提案でアイリスが喜んでるんだし、もっと感謝してくれてもいいんじゃないかしら!」

「あ、ありがとうございますアクア様! アクア様のおかげで、美味しいぎょーざを食べる事が出来ます!」

 

 駄々をこねるアクアに、アイリスが気を遣ってそんな事を言う。

 

「アイリスはいい子ね。そこの捻くれたクソニートとは大違いだわ。アイリスのために、私が超すごい変わり種餃子を作ってあげるから、楽しみにしていてね」

「おいやめろ。お前が張りきると大抵ロクな事にならないんだから、やる気を出すのはやめろよ。夕飯は俺とアイリスで作る事にするから、飽きたんだったら昼寝でもしてればいいじゃないか」

「私を仲間外れにするのはやめて! そんなに心配しなくても大丈夫よ。賢い私は学習したの。超すごい私が本気を出すと、周りの有象無象はついてこられないんだってね。あんたに合せて手を抜いてあげるから、さっさと準備をしなさいな」

「お前、そういうとこだぞ」

 

 俺が、懲りるという事を知らないアクアにツッコんでいると。

 変わり種の餃子と聞いて、備え付けの魔導冷蔵庫の中を覗いていたアイリスが。

 

「お兄様、これなんかどうですか!」

 

 そう言って取りだしてきたのは、陶製の壺に入った黒い粒々したもので……。

 …………。

 

「……何これ?」

「これはキャビアね。あっちでは世界三大珍味って言われてたアレよ。こっちでも高級品なのに、どうしてそんなものが冷蔵庫に普通に入っているのかしら? ねえアイリス、ひょっとして、トリュフとかフォアグラも入っているの? それって、この旅の間に食べるために入れてあるんだし、私達が食べてもいいんじゃないかしら?」

「おいやめろ。それってめちゃくちゃ高級食材じゃないか。後から代金を請求されたらどうするんだ!」

「何よ。私だっていつも頑張ってるんだから、少しくらいご褒美があったっていいじゃないの! カズマがくれるお小遣いが少ないせいで、美味しいものも食べられないんだから!」

「いやちょっと待て。こないだ、ふぐ食ったばかりじゃないか。それに食材は安くても、俺には料理スキルがあるんだから味は悪くないはずだぞ。毎回お代わりまでして食いまくってるくせに何言ってんだ」

 

 俺達が言い争いを始める中、アイリスは陶製の壺を冷蔵庫に仕舞い、高そうな箱に入った肉を取りだして。

 

「フォアグラというと、これでしょうか? あの、お兄様。この冷蔵庫の中身は、旅の間の食料として用意されたものですから、後から代金を請求されたりといった事はないはずです。もしもそんな事になったら、私のお小遣いを……」

「いや待ってくれ。世間ではクズマとかゲスマとか呼ばれてる俺だが、流石に妹のお小遣いを貰うほどのクズじゃないぞ」

「ねえアイリス、旅の間の食料って事は、これは私が食べちゃってもいいのよね? これをおつまみにすれば、とっても美味しくお酒を飲めると思うの」

「もちろんです、アクア様。私はお酒にはあまり詳しくありませんが、旅の間に不自由しないくらいには入っているはずです」

「ねえカズマ。私、ここのウチの子になるわ。この屋敷はどこにでも持ち運びできるし、マイケルさんのお店の隣に持っていって、高級なおつまみでキュッと一杯やろうと思うの。私という尊い存在と離れ離れになってしまう事にカズマが泣いて頼んだら、まあ思いとどまってあげてもいいけど、私の決意は固いから止めないでね」

「そうか。旅の間の食料なんだから、なくなったら追加されないだろうし、そもそも国が保有する最高級の魔道具って話だから、貸してくれるわけないと思うが、好きにしたらいいんじゃないか」

「まったく! カズマったら、そんなツンデレな言い方で止めなくても、泣いて頼んだら思いとどまってあげるって言ってるのに! 仕方ないわね。そこまで言うんだったら、ここのウチの子になるのは諦めるわ」

「いや、お前は何を言ってんの? 好きにしたらいいって言ってるだろ。ていうか、そこまで言うなら、むしろお前が元の鞘に戻ろうとするんだったら泣いて頼めよと言いたい。まあ、決意は固いらしいし、お前はそんな事しないよな。今回の旅は国家レベルの事なわけだし、帰ったらダクネスが奮発してくれそうだから、軽く宴会でもする事になるだろうけど、お前の分の食材は買わなくていいんだよな?」

「待って! ねえ待って! 泣いて頼んだら思いとどまってあげるって言ってるんですけど! アクア様行かないでくださいって一言がどうして言えないのかしら! 宴会をするんだったら私も参加させてください! お願いしますカズマ様!」

 

 と、俺達のやりとりをニコニコしながら見ていたアイリスが。

 

「お二人はとても仲が良いんですね」

 

 ……そんな風に微笑ましそうに言われると、すごくやりづらいんですが。

 

 

 *****

 

 

「――こっちがチーズのやつで、こっちがエビのやつな。キムチは流石に冷蔵庫に入ってなかったし、また別の機会にやるとして、アイリスは何か入れてみたいものとかあるか?」

「あの、申し訳ありません、お兄様。私はぎょーざというのを食べた事がないので、変わり種と言われても何を入れればいいのかよく分かりません」

 

 俺が食材を混ぜながら聞くと、アイリスが申し訳なさそうにそう言う。

 

「それもそうだな。俺の方こそ、気が利かなくてごめんな。それじゃあ、量だけはたくさんあるし、味見って事で少し焼いてみるか。食べてみたら、アイリスも美味しい変わり種食材を思いつくかもしれないしな」

「いいのですか? まだ夕ご飯の時間ではありませんが……」

「これは味見だから気にするな。それに、いつもの食事の時間以外に食べると、いつもより少し美味しいっていうのは、城で俺と一緒につまみ食いをした時に学んだだろ?」

「あ、味見……! なるほど、そういうのもあるのですね。それじゃあ、料理人になったら、いつでも好きな時につまみ食いが出来ますね! あんなに美味しい食べ方が、毎日でも……!」

 

 アイリスが何か勘違いしている気もするが、楽しそうなので訂正はしないでおく。

 普通の餃子を、いくつか鍋に並べて焼き……。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 特に意味もなく魔法で水を出して、蒸し焼きにする。

 

「よし、出来たぞ。アイリスが作ったやつは俺が食うから、アイリスは俺が作ったやつを食ってくれるか?」

「お、お兄様。私が作ったものは皮が破れていたり形が悪かったりするものばかりなのです。お兄様に失敗したものを食べていただくわけにはまいりませんので、そちらは私が……」

「何言ってるんだアイリス。妹が作ってくれた料理は、どんなものでもお兄ちゃんにとっては世界一美味しいものなんだぞ。まあでも、アイリスだって、自分で作った餃子を食べてみたいよな? 美味しいから、ひとつ食べてみろよ」

 

 そう言って俺が餃子を皿に乗せ差し出すと、アイリスは餃子を上品に口に運び。

 

「……! ……!! ……ッ!!」

 

 ……熱かったらしい。

 アイリスは口を押さえ涙目になるも、礼儀作法が身に付いているからか、口を開いてハフハフ言う事も手足をバタつかせる事もない。

 

「す、すまんアイリス! 出来立ての餃子はすごく熱いんだ。それを我慢して食うのが美味いって奴もいるけど、そういうのは上級者向けだな。『クリエイト・ウォーター』! 『フリーズ』! ほら、冷たい水だぞ。これで口の中を冷やしてくれ」

「アイリス大丈夫? 今、ヒールを掛けてあげるわね」

 

 冷たい水を飲み、アクアにヒールを掛けられて落ち着くと、アイリスは微笑んで。

 

「熱かったですが、餃子というのはとても美味しいですね。皮がパリパリしていて、皮の中にタネの美味しさが閉じこめられていて……」

「そうだろ、美味しいだろ? それ、アイリスが作ったやつだからな。初めてなのにこんなに美味しい料理を作るなんて、流石は俺の妹だ」

「ありがとうございます! お兄様のお陰です!」

「それで、餃子に入れる変わり種食材は、何か思いつきそうか? まあ、俺もアクアも作ってるし、アイリスは初めて料理をするんだから、無理しなくてもいいけどな」

「いえ、せっかくの機会ですから、私も変わり種のぎょーざを作ってみたいと思います!」

 

 そう言って、何を入れようかとアイリスが悩み始める中、アクアが焼いた餃子に手を伸ばし。

 

「私もひとつ貰うわね! ……熱ッ! 熱いわ!」

 

 アイリスが我慢していたというのに、行儀悪く、口を開いてハフハフ言うアクア。

 そんなアクアをじっと見つめるアイリスに、アクアが。

 

「いい、アイリス。餃子っていうのは庶民の食べ物なのよ。お行儀悪く見えるかもしれないけど、これが熱々の餃子を食べる時の正式なマナーなの」

「勉強になります!」

「おいやめろ。素直なアイリスに余計な事を吹きこむのはやめろよ」

 

 

 

「――これはみじん切りにしたタコを入れたから、歯応えがあって美味しいわよ。こっちはトマトを入れたから、ちょっと違った感じで美味しいわ。それと、これは餃子の皮が余ってたから、リンゴとバターを乗っけて、即席のアップルパイを作ってみたわ」

 

 用意した変わり種餃子の説明をしながら、アクアがドヤ顔をする。

 

「ほーん? どうせロクでもない事になると思ってたが、意外とまともじゃないか。食材の大半が無駄になる事も覚悟してたんだけどな」

「まあ、この私に掛かればこんなものね。私が張りきるとロクな事にならないとか、やる気を出すのはやめろとか言っていたカズマさんは、私にごめんなさいするべきじゃないかしら」

「なあ、ひょっとしてお前、五人以上集まったら宴会だと思ってるのか? 宴会芸の事になると無駄に器用なところがあるし、餃子って酒のつまみにもなるし、これも一応、芸のひとつって事なのか?」

「たまには素直に褒めてくれてもいいと思うんですけど! 美味しそうなら美味しそうって言いなさいな! ねえ、言ってよ!」

「お、美味しそうですね! すごいです、アクア様!」

 

 駄々を捏ねるアクアに気を遣い、アイリスがアクアの餃子を褒める。

 

「ううっ……。アイリスはとってもいい子ね。やっぱりウチの子にならない? そこのクソニートとトレード出来ないかしら」

 

 バカな事を言いだすアクアに、アイリスが困った顔をする中。

 俺はアイリスの手元を覗きながら。

 

「それで、アイリスはどんな変わり種餃子を作ったんだ?」

 

 アクアが、美味しい変わり種餃子を作って俺をびっくりさせてやるなどと言いだしたので、アイリスもどんな食材を入れるかは教えてくれなかった。

 おかしな食材を入れても笑い話になるし、アイリスが作ったものならどれほど不味そうでも残さず食べるつもりだが……。

 

「こちらはフォアグラ餃子です」

「…………」

「こ、こちらはキャビア餃子です」

「…………」

「そ、それで、こちらがトリュフ餃子です」

「…………」

 

 高級食材を惜しげもなく使ったらしい庶民の料理に、俺とアクアは無言になる。

 そんな俺達の反応に、アイリスが不安そうな表情で。

 

「……あ、あの、お兄様。私、何か失敗してしまいましたか? お兄様が言われたとおり、小さめに刻んで入れたのですが……」

 

 ……高級食材を小さめに刻んで入れたらしい。

 

「い、いや! そんな事はないぞ! アイリスが作ってくれたんだ、美味しいに決まってるだろ! なあアクア!」

「そ、そうね! アイリスが作ってくれたんだもの! ……ねえカズマ、高級食材はもう残ってないのかしら? アレをつまみにお酒を飲むの、楽しみにしてたんですけど」

「おいやめろ。アイリスがせっかく作ってくれたんだから、ガッカリした顔をするのはやめろよ。高級食材を使ってるんだから、あの餃子も美味しいに決まってるだろ。飲みたいなら、アレをつまみに酒を飲めばいいじゃないか」

 

 俺は気を取り直し、アイリスに笑いかけ。

 

「よし、それじゃあ焼いてみようか!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕飯の時。

 餃子を美味しく食べていためぐみんとダクネスに、変わり種餃子の中身を聞かれ、答えると、めぐみんは泣きそうな顔になり、ダクネスは一瞬真顔になっていたが、それはまた別の話。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この家出娘に折檻を!

『祝福』7,8、『悪魔』既読推奨。
 時系列は、8巻エピローグ1と2の間。


 ――女神エリス、女神アクア感謝祭から数日が経った。

 ミス女神エリスコンテストに、本人である女神エリスが参加したため、祭りが終わったというのに、街の外からやってくる人達がいて、街にはまだ少し祭りの熱気が残っている。

 街の住民が落ち着くまではもう少し時間が掛かるだろうが、これといってやる事のなくなった俺は、以前から温めていた計画を進める事にした。

 

「……ふう。ようやく領主代行の仕事もひと段落ついたな。まだいくつか処理すべき案件は残っているが、あまり急がなくてもいいだろう」

 

 食後の紅茶を飲みながら何かの書類を前にして難しい顔をしていたダクネスが、そう言って手にしていたペンを置く。

 その言葉に、俺とアクアは顔を見合わせ。

 

「領主代行の仕事が落ち着いたって事は、ダクネスは少しくらい遊んでもいいって事だよな? このところ、ずっと忙しそうにしてたし、たまには仕事以外の事をしてもいいんじゃないか?」

「そうね! 私もお祭りの時はいろいろと頑張ったし楽しかったけど、やっぱり何もしないで一日中ダラダラしてるっていうのが最高だと思うわ! ダクネスも頑張ったんだから、領主の仕事は後回しにしてもいいと思うの!」

「お、お前達……。そうだな。あれだけ忙しい思いをしたのだし、少しくらい休んでも罰は当たらないだろう。そういう言い方をするという事は、二人には何か考えがあるのか?」

 

 俺達に労われ嬉しそうにするダクネスに、俺は指を突きつけ。

 

「行けアクア! やっちまえ!」

「!?」

「任せなさいな! さあダクネス、覚悟しなさい! ……ねえカズマさん、これって役割が逆じゃないかしら? 確かに私の方がステータスは高いけど、女の子にこういう事をさせるのってどうかと思うんですけど」

「俺は女だからって理由で肉体労働を避けるような甘えは許さない男女平等主義者。お前、ステータスが高いって自慢してるけど、クエストでは大して活躍してないんだから、たまにはその高いステータスを役立てろよ。心配しなくてもフォローはしてやる」

 

 俺の指示を受けたアクアが、驚愕するダクネスに掴みかかっていき……。

 

「な、なんだ!? おい何をする、やめろアクア! ……くっ、引き剥がせない!? この力、支援魔法を使っているのか! そんなものまで使ってどういうつもりだ!」

「どういうつもりって言われても。ダクネスに私コーディネートの超可愛らしい服を着せて、ギルドと街中引き回しの後に、魔道カメラで撮影会……わあああああーっ! カズマさんカズマさん、ダクネスがピンチの時に覚醒する漫画のヒーローみたいになってるんですけど! 暴れないでダクネス! これはあの熊みたいな豚みたいなおじさんと結婚するとか言って、私達を心配させたダクネスへの罰なんだから! 私だって、ダクネスが憎くてこんな事をやっているんじゃないのよ。ええ、ネズミ講のお金を取り上げられた事なんて、ちっとも恨んでないわ!」

「もちろん俺も、アドバイザー料を取り上げられた事なんて恨んでないからな」

「カズマさーん、見てないで手伝って! ほら早く手伝って! ダクネスが逃げちゃう!」

「ぬああああああああ!!」

「『ドレインタッチ』」

「あっ、カズマ! くそっ、二対一とは卑怯だぞ! めぐみん、めぐみーん! 頼む、見てないで助けてくれ!」

 

 アクアに押さえつけられ、俺に体力を吸われるダクネスが、ソファーに座り膝にゼル帝を乗せているめぐみんに助けを求めるが。

 

「ダクネスには悪いですが、これは皆で決めた事なのです。結婚式の時は、私もダクネスに心配させられましたし、今回はカズマ達の側に付く事にしました。私はダクネスに恨みなんかありませんし、積極的には参加しませんが、ゼル帝の面倒を見るくらいなら協力しようと思います。私に助けを求めても無駄ですよ」

「ぬああああああああ!!」

 

 めぐみんに協力を断られたダクネスは、必死の形相で暴れるも。

 アクアの支援魔法によって、二人掛かりでダクネスを捕まえ。

 ドレインタッチで弱らせてから、椅子に座らせて。

 

「いいかダクネス、俺達だって喜んでダクネスの嫌がる事をしているわけじゃないんだ。でもお前、また同じような事があったら、同じように自己犠牲に走るかもしれないだろ? そうならないように、今のうちに思い知らせておいた方がダクネスのためにもなると思ってな」

「わ、分かった。心配を掛けた事は謝る! 悪かった! すいません! だからそれだけは許してください!」

 

 可愛らしい服を着せられるのが嫌なのか、ギルドと街中引き回しというのが嫌なのか、撮影会が嫌なのか。

 ……まあ、全部嫌なのだろうが。

 恥も外聞もなく頭を下げ謝るダクネスに、俺は。

 

「一応、ダクネスがそう言うかと思って、もう一つの選択肢も用意してあるんだが」

「ほ、本当か! ではそちらにしてくれ。可愛らしい服を着せられるよりはマシなはずだ……!」

「小一時間、バニルに根掘り葉掘り恥ずかしい質問をされる刑」

「…………可愛い服でお願いします」

 

 一瞬輝かせた瞳を急速に曇らせてダクネスは項垂れ。

 ソファーに座りゼル帝を撫でながら、めぐみんが。

 

「一度逃げ道を与えてから再び閉ざすとか、カズマはたまにバニルよりも悪魔らしい事がありますよ」

 

 俺をあんなのと一緒にするのはやめてほしいのだが。

 

 

 

 アクアがダクネスを着替えさせてくると言って、二人で二階へ行き。

 俺とめぐみんが、お茶を飲みながら待っていると……。

 ――しばらくして現れたのは。

 

「どうよこれ! 私コーディネートによる、超可愛い衣装よ! 可愛いでしょ? 可愛いでしょ! これはララティーナちゃんね! もうバツネスなんて呼べないわ!」

 

 上機嫌で調子に乗るアクアと。

 

「……ど、どうだろうかカズマ。あまりこういう格好をする機会はないから、慣れていないのだが……、その…………似合っているか?」

 

 ひらひらしたスカートを両手で掴んで、もじもじするダクネス。

 座っている俺より顔が高い位置にあるのに、俯いているせいで上目遣いになっている。

 こんな時、俺がコイツに掛けてやれる言葉といえば。

 

「あんた誰?」

「んん……!? こ、こんな格好をさせておいて、第一声がそれか! お前という奴は、いつもいつも私の期待を裏切らないな! 私にだって、素直に褒めてほしい時もあるのだが!」

「知らんよそんなもん。……というか、今、素直に褒めてほしいって言ったか? 実はその格好、結構気に入ってるのか?」

「い、言ってないし、気に入ってもいない……!」

 

 しかし実際、見違えるくらい似合っている。

 ダクネスは、ミス女神エリスコンテストの時に着ていたドレスよりも、さらにフリルが多く、スカートの裾がひらひらした、子供が思い描くお姫様みたいな可愛らしい格好をして、三つ編みを肩から垂らしている。

 以前に着せたメイド服も似合っていたから、可愛い服が似合わないとは思っていなかったが。

 と、顔を赤くし、ひらひらしたスカートを両手で握りしめるダクネスに、アクアが。

 

「ねえダクネス、その服は冒険者の服と違って柔らかい素材で出来ているから、あんまり力いっぱい握りしめると皺になっちゃうわよ。それはダクネスのために買ったものだしプレゼントしてあげるけど、せっかく買ったんだから大事にしてね? どうしても握りしめるものが欲しいんなら、私がコレクションしてる石を売ってあげましょうか?」

「い、いらない……。ありがとうアクア。その、着る機会はあまりないと思うが、大事にする」

 

 アクアに礼を言うダクネスに、めぐみんが。

 

「ちなみに、選んだのはアクアですが、お金は三人で出し合いました。いつも盾役として私達を守ってくれているダクネスへの、ささやかなプレゼントですよ」

「そうだぞ、せっかく買ってやったんだから感謝しろよ?」

「お、お前達がそんな顔をしていなければ、私ももっと素直に感謝できるのだが!」

 

 ニヤニヤしながら言う俺とめぐみんに、ダクネスが赤い顔で声を上げた。

 

 

 *****

 

 

 好奇の視線に晒されながら街を歩き、冒険者ギルドの前まで来ると。

 

「な、なあ、二人とも。やはり考え直さないか? 私は十分に反省したし、今後また同じような事があったら、必ず皆に相談する。本当だ。誓う。エリス様に誓おう。だから、それだけは……! 冒険者ギルドだけは……!」

 

 俺は、エリスの名前まで出して嫌がるダクネスに。

 

「今さら何言ってんだ。いい加減に諦めて……!? あっ、こいつ! 抵抗する気か! 待てこら、逃げるな! おい、またドレインタッチを食らわされたいのか? あんまり駄々を捏ねるようだと、もう一つの方の罰も受けさせるがそれでもいいのか!」

「……ッ!? お、お前という奴は、どうしてそうも人の嫌がるところを的確に突いてくるんだ! 出来ればその才能を、もっと私の悦ぶ事に使ってくれ!」

「お前は真っ昼間から街中で何を口走ってんの?」

「そんなに縮こまらなくても大丈夫よダクネス! その恥ずかしい格好、とっても似合ってるわよ!」

 

 褒めているつもりらしいアクアの言葉に、ダクネスがますます縮こまろうとする。

 ……アクアの言うとおりというのが気に入らないが、確かに似合っているのにこいつは何を恥ずかしがっているのだろうか。

 たった今の発言の方がよっぽど恥ずかしいと思うのだが。

 

「くっ……! わ、分かった。ギルドには入る。抵抗もしない。だからバニルだけは……、バニルだけはやめてください……」

「お、おう……。お前が大人しく罰を受けるっていうんなら、俺だってそれ以上にひどい事はしないから安心しろ」

 

 両手で顔を覆って懇願してくるダクネスに答え、俺がギルドに入ると。

 すぐ目の前に、仮面を付けた背の高い男が。

 

「フハハハハハハハ! なかなか面白い事をしているではないか。仲間の見慣れない格好に内心ドキドキしている小僧に、似合っていると言われて満更でもない腹筋女、あとなんか発光物。我輩の手で生みだしたものではないというのに、これほどの羞恥の悪感情! 美味である美味である! これだから人間というやつは侮れぬ! そんな状態でわざわざ我輩の下までやってきてくれるとは、至れり尽くせりとはこの事か! エリス教徒のくせになかなか見所があるではないか! フハハハハハハハ!」

「ぬああああああああ!!」

 

 ただでさえ顔を真っ赤にしているダクネスが、エリス教徒である事まで引き合いに出され、激昂してバニルに襲いかかっていく。

 

「そこよダクネス、右よ! 違う左よ! その薄っぺらい悪魔の本体をへし折ってやりなさいな! 今、私が支援魔法を掛けてあげるわね!」

 

 バニルが相手とあって好戦的な事を言いだしたアクアのポンコツな指示に素直に従い、ダクネスは順当に攻撃をスカらせ。

 

「は、話が違うぞお前達! 冒険者ギルドに行ったら、バニルからの質問は受けなくても良いと言っていたではないか! どうしてギルドにバニルがいるんだ!」

 

 バニルへと立ち向かうダクネスが、真っ赤な顔で振り返り、泣きそうな声でそんな事を……。

 というか、半泣きである。

 恥ずかしそうに顔を赤くしている姿は、正直かなりグッと来る。

 ……顔といいスタイルといい、外見だけなら完全に俺の好みのタイプなんだよなあ。

 そんなダクネスが性癖を露わにするのではなく本気で恥じらっていると、中身まで純情乙女になったみたいで……。

 

「い、いや、俺だってこんなところにバニルがいるなんて思わなかったよ。ていうか、お前、悪魔のくせに冒険者ギルドで何やってるんだよ」

「おっと、不用意な発言は慎んでもらおうか。我輩はアクセルの街の善良なる一市民である。実は、我輩の見通す力をもってして、このクルセイダーのような脳筋冒険者にはこなせない類の依頼を請ける事にしたのだ。我輩の相談所は、本日もギルドの片隅で営業中である」

 

 襲いかかるダクネスを平然と躱しながら、バニルがそんな事を言ってくる。

 見ればギルドの片隅のテーブルに、水晶玉が置かれている。

 ……なぜかゆんゆんが椅子に座り、チラチラとこちらを見ているのが気になるが。

 

「フハハハハハハハ! 相変わらず不器用過ぎて攻撃が当たらず、最近めっきり活躍の機会を失ってきた脳筋クルセイダーよ! 不器用な貴様の攻撃がこの我輩に当たるわけがなかろうて! ……それより、良いのか? 貴様の雑な動きによって、いつもの格好と違うひらひらしたスカートの裾が翻り、露わになった太腿が小僧の目を釘付けにしているようだが?」

「んな……ッ!? カ、カズマ、見るなあ!」

 

 恥じらう乙女のようなダクネスの反応に、俺まで恥ずかしくなってくる。

 

「みみみ、見てねーし! 別に見てねーし! おいダクネス。お前、後ろに目が付いてるわけでもないんだから、本当に俺が見てたかどうかなんて分かるわけないだろ。お前はエリス様の信徒なんだろう? 悪魔の言葉なんかに騙されるなよな。これは俺達を攪乱するためのバニルの作戦だ。仲間である俺と、悪魔であるバニル、お前はどっちを信じるんだ?」

「そ、それを言われると……。いや、分かった。そこまで言うならお前を信じ……信じ……、……信じたいのだが…………。ア、アクア、すまないがカズマの目を塞いでおいてくれないか?」

「分かったわ。カズマの目は私がちゃんと塞いでおくから、ダクネスはその性悪仮面をぶっ飛ばしてやんなさいな!」

「あっ、おいこらアクア、何やってんだ。あのバニルと戦闘中なんだぞ? 相手は何をしてくるか分からないってのに、俺の目を塞いでどうするつもりだよ? お前のポンコツな指示なんか役に立つはずがないし、俺がフォローしてやらないと勝てないだろうが!」

「ねえカズマさん。自分では分かってないかもしれないけど、目がヤバいんですけど。完全に犯罪者の目をしているんですけど。そんな姿をお茶の間に見られたら、モザイクを掛けられても仕方ないわよ? ていうか、警察に見つかったら捕まるんじゃないかしら」

「ふざけんな! 目つきがエロいなんて理由で捕まってたまるか! それに俺はダクネスが戦う姿を見ながらバニルの隙を探しているだけで他意はない。いいからほら、早く手をどけろよ!」

 

 俺が目を塞ぐアクアの手をどかそうとするが、アクアはここぞとばかりに高いステータスを活かして俺の抵抗を撥ねのける。

 クソ、どうしてこいつは俺の邪魔をする時ばかりまともに活躍するんだ。

 

「……ううむ。小僧に見られていた方がこの娘の羞恥の悪感情が高まるので、小僧にはこの娘のあられもない戦いぶりをじっくりと鑑賞していてもらいたいのだが。そこの鬱陶しい発光女はいつでも我輩の邪魔をしてくるな」

「ホントだよ! 今こそこいつをぶっ飛ばしてやりましょうバニル様!」

「ちょっとあんた待ちなさいよ! 悪魔に協力して女神をぶっ飛ばそうなんて何を考えてるの? それでも女神の従者なの?」

「うるせーバカ! 誰が従者だ!」

 

 俺の言葉に文句を言うアクアに、俺が怒鳴り返していると。

 

「どうした恥ずかしい格好をした筋肉娘よ。慣れぬ服装のせいか、足運びに無理があるようだが」

「貴様に心配される事ではない! いいから一発殴らせろ!」

「まあ落ち着くがよい。そもそも今回、我輩が何をしたというのだ? 貴様が我輩好みの悪感情を発している時に、たまたま我輩が居合わせただけではないか。貴様がその羞恥の感情を発するようになったのは小僧のせいなのだから、素直に小僧を殴るが吉。我輩を殴るのは単なる八つ当たりではないか」

「……!」

 

 バニルの正論に、ダクネスが反論できず黙りこみ……。

 

「……くっ……! あっ……!」

「ああっ、ダクネス! ダクネスが……!」

 

 どうやらダクネスが足を縺れさせたらしく、ドタバタと大きな足音が聞こえる。

 

「お、おい! 何が起こってるんだよ! おいアクア、いい加減、手を離せよ!」

 

 と、俺がアクアの手を引き剥がそうとしていると、いきなり何かがぶつかってきて。

 貧弱な俺の腕力では受け止められず、倒れて下敷きにされる。

 

「……ッ!! す、すまんカズマ!」

「い、いやまあ、俺は大丈夫だが……?」

 

 咄嗟にアクアだけ避けたので、俺は目が見えるようになり。

 目の前には顔を真っ赤にしたダクネスが……。

 以前、クーロンズヒュドラとの戦いでも似たような事になったが、今日のダクネスは鎧ではなく生地の薄い服を着ているせいで、肌の感触が生々しく伝わってくるし、ついさっきまでバニルを相手に大立ち回りしていたので、体温が高く少し汗ばんでいる。

 …………。

 これはいわゆる、ラッキースケベというやつだ。

 一つ屋根の下に、見た目だけは美少女な三人と暮らしているのに、ほとんど訪れる事がなかったラッキースケベの機会だ。

 なんというご褒美。

 ダクネスと俺の体が密着しているが、俺は何ひとつ悪い事をしていない。

 少しくらいダクネスの体を撫で回してしまっても、それは俺の人より高い幸運のステータスがようやく仕事をしただけであって、俺の意思ではない。

 俺が幸運のステータスに導かれ、ダクネスに手を這わせると……!

 

「…………硬い」

 

 畜生、どうして触れた場所がよりにもよって腹筋なんだ!

 

「おい、いつまで私の腹をまさぐっているつもりだ」

「あっはい」

「……なぜ私は腹をまさぐられたというのに、そんなガッカリした目を向けられなければならないんだ?」

 

 俺が、白い目を向けてくるダクネスにどう言い訳をしようかと考えていると、バニルが。

 

「うむうむ。小僧のガッカリの悪感情、それなりに美味である」

「い、今のも貴様の策略か! 何がただ居合わせただけだ! やはり一発ぶん殴ってやらなければ気が済まない!」

 

 バニルの言葉に再び激昂したダクネスが、素早く立ち上がりバニルに向かっていこうとして。

 と、俺達が大騒ぎしていると。

 

「いい加減にしてください、皆さん! 他の冒険者の方々の迷惑になるじゃないですか! バニルさんも、それ以上騒ぎを起こすのなら、相談所は今日限りでやめてもらいますからね!」

 

 ダクネスとバニルが暴れだしても巻きこまれない位置で、受付のお姉さんが大声を上げる。

 お姉さんの言葉に、バニルが。

 

「本日も冒険者を相手に苦労している受付嬢よ。善良な我輩に襲いかかってくるこの凶暴な脳筋女はともかく、被害者である我輩まで叱りつけるのはやめてもらいたいのだが」

「むしろ私はバニルさんに注意しているんですよ。アクセルの善良な一市民だっていうから、ギルドの中に相談所を作るのを許可したんです。冒険者を相手に暴れるようなら、出ていってもらいますからね」

「それは困る。この相談所の収入を失えば、ウィズ魔道具店は今月も赤字である。赤貧店主に固形物を食わせてやるためにも、我輩はここであくせく働かねばならぬ。小僧の反応がいつもと違って自意識過剰に陥っている筋肉娘よ。ここは貧乏くじを引く事に定評のある受付嬢に免じて引くが吉。その代わりとして、我輩が一度だけ無料で貴様の相談に乗ってやろうではないか」

「断る! こないだも似たような事を言って、私に恥ずかしい質問をしてきたではないか! 今回はそれはナシでいいというからこんな格好をしているのに、どうして恥ずかしい質問を受けなければいけないんだ!」

「我輩にそんな事を言われても。我輩がこの場にいるのはまったくの偶然である。その辺りの文句は小僧にでも言うがよい」

 

 そんな事を言うバニルに、いつの間にか近くに来ていたゆんゆんが。

 

「でもバニルさん、今日は面白い事がありそうだって言ってましたよね。それに、カズマさん達が入ってくるのが分かってたようなタイミングで、入り口の方に行きましたけど……」

 

 

 *****

 

 

 ゆんゆんの言葉に激怒した受付のお姉さんによって、バニルは追い出され。

 すいませんでしたと頭を下げながら、ゆんゆんがバニルについていって。

 

「おい二人とも。ここに来るまでに街中を歩き回ったし、こうして冒険者ギルドでも辱めを受けたんだ。もう罰ゲームは終わりでいいだろう? もう十分に反省したし、次に同じような事があったら必ずお前達に相談する。…………だから今日はもう帰らせてください」

 

 そんな事を言うダクネスは、冒険者に周りを囲まれ、顔を真っ赤にして小さく縮こまろうとしている。

 

「今日はまた一段と可愛らしい格好ですねお嬢様!」

「そんな格好も似合ってるぞララティーナ!」

 

 冒険者達が口々にダクネスを煽り立てる。

 と、その中の一人が。

 

「今度はカズマと結婚式でも挙げるんですかララティーナお嬢様!」

 

 おいやめろ。

 ダクネスをからかうのは勝手だが、いちいち俺を巻きこむのはやめてほしい。

 

「う、うるさい! 私をララティーナと呼ぶな! 引っ叩かれたいのかお前達は!」

 

 顔を真っ赤にするダクネスに。

 

「そんな事言われても。今はダクネスっていうよりララティーナちゃんって感じだしな」

「ミス女神エリスコンテストの時もその格好で出れば良かったんじゃないか?」

「ララティーナかわいいよララティーナ」

「…………、……ううっ……」

 

 冒険者達に口々にからかわれ、ダクネスが半泣きになって顔を覆う。

 いつもなら殴りかかっているところだが、バニルとの戦いで、今の格好ではあまり激しく動けない事を学んだらしい。

 

「……わ、私はもう帰るぞ! カズマ! アクア!」

「えー? ダクネスったら、もう帰るの? 私はこの人達が、実入りのいいクエストを達成して報酬が入ったっていうから、お祝いパーティーに参加していくわね。宴会には芸がつきものだし、この私に任せなさいな! ほら見て見て、このエリス硬貨が……はい! 消えましたー! まだまだ消えるわよ! いくらでも消えるわよ! どう? 凄い? そうでしょうそうでしょう。もっと褒めてくれてもいいのよ。……えっ、何言ってんの? 消しちゃったんだから硬貨はもうないし、私にもどこに行ったのかは分からないわ」

 

 ……どうしてアイツはちょっと目を離した隙に他人様に迷惑を掛けているのだろうか。

 アクアが早くもダクネスに罰を与える事に飽きているのを見て、縋るように俺を見るダクネスに、俺は。

 

「まあ待てよ。もう少し様子を見よう。今日はお前もいつもと違う感じだし、せっかくラブコメ的なお色気イベントが発生しそうなんだ。いつもお前らの面倒を見てやってるんだから、たまには俺にもご褒美があってもいいと思う」

「おお、お前という奴は! 普段は私達の事をまともに女扱いしていないくせに、こんな時にバカな事を言うのはやめろ。よ、よし分かった。屋敷に帰ったら少しくらい、その……、アレだ。だから今はやめてくれ。なんなら、背中を流すくらいならしてやってもいいから、もう帰らせてくれ。これ以上は本当に無理だ」

「マジかよ。お前、人目のないところで何をやらかすつもりだよ? こないだはめぐみんのいない隙にいきなり頬にキスしてくるし、お前の変態痴女っぷりには流石の俺もビックリだよ。言っとくが、お前はその格好で街を練り歩くより恥ずかしい事を何度かしてるからな?」

「だ、だからそういう事をこんな場所で言うなと……!」

「でもそうじゃないんだ。今俺が求めてるのは、そういうんじゃない。どうせ人目のないところでお前が迫ってきても、途中でヘタレるのは目に見えてる。だったら最初から余計な期待はしないで、ちょっとだけ幸せな感じのイベントの方がいい。具体的にはラブコメによくあるラッキースケベが発生するはずなんだ。今日のお前にはそういう可能性があると思う」

「お前が何を言っているのかさっぱり分からないが、ロクでもない事だという事は分かる。バニル相手にあれだけ恥ずかしい思いをしたのだし、私はもう十分に反省した! 悪いがもう付き合いきれん! 私は帰らせてもらうぞ!」

「いやまあ、そこまで嫌がるなら帰ってもいいんだけどな」

 

 ……コイツはアクアの話をちゃんと聞いていなかったんだろうか?

 屋敷に帰ったら、可愛らしい服のまま、借りてきた魔道カメラを使って撮影会をするわけだが。

 知られたらダスティネス邸の方に逃げそうなので、黙っておこう。

 

「おーい、アクア。ダクネスがもう帰りたいって……」

「なんでよーっ! 凄い凄いって言ってくれたじゃない! 私の芸で楽しんだんだから、お金の話は置いといてよ! 弁償って言われても無理に決まってるでしょう。アクシズ教会を建て直すのにお金を使っちゃって、ほとんど残ってないんだから!」

 

 アクアはそれどころではないらしい。

 調子に乗ってエリス硬貨を消してしまい、弁償しろと言われているようだ。

 と、俺が様子を見ていると、アクアが俺の視線に気付き近寄ってきて。

 

「カズマさんカズマさん、あなたってほら、なんていうか……、…………。お金持ちよね」

「言っとくが、金は貸さないからな」

「なんでよーっ!」

 

 ……どちらかと言うと、ダクネスよりもコイツに罰を食らわせるべきではないかと思うのだが、どうせ反省しないので意味がない。

 

 

 *****

 

 

「お帰りなさい。早かったですね」

 

 俺達が屋敷に帰り広間に入ると、めぐみんがソファーに座り、生温かい目で、ゼル帝がちょむすけをつつき回すところを見守っている。

 俺が、俺のところまで逃げてきたちょむすけを撫でてやっていると、ダクネスが自分の部屋へ行こうとしながら。

 

「もう罰とやらは終わったのだから、着替えさせてもらうぞ!」

「何言ってんだ? まだ罰は残ってるだろ。もう少しその可愛らしい格好のままでいろよ。まだ魔道カメラを使った撮影会があるんだからな」

「ああもうっ! どうして今回はそんなに周到なのだ! 私への嫌がらせのためだけに高価な魔道カメラまで用意したのか!」

 

 俺が借りてきた魔道カメラを持ちだすと、ダクネスは頭を抱える。

 

「親切な貴族の人に事情を話したら、ダストの事を話すのと引き換えに無料で貸してくれたんだ。貴族なんて、市民があくせく働いた金で食っちゃ寝してる嫌な奴ばかりかと思っていたが、中にはいい貴族もいるもんだな」

「私にとってはちっとも良くない。あれだけの恥辱を受けて、この上、記念撮影なんて冗談ではない!」

「お前はいつもいつも、責められたいだの辱められたいだのと、恥ずかしい事を口にしてるじゃないか。念願が叶ったんだからもっと喜べばいいと思うぞ」

「こんなのは私が望む辱めではない!」

 

 ダクネスが顔を赤くし、恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく口にする。

 

「まあ、とにかくこっちに来いよ。そんで、ニコッと笑って、スカートの裾でもつまんでポーズを取ってみろ。なんなら、脱いでもいいぞ?」

「断る! これ以上は付き合ってられん! というか、もう本当に許してください!」

 

 そう言って、逃げようとするダクネスに、俺は用意しておいたロープを取りだして。

 

「おっと、いいのか? それ以上逃げると、王都で習得した俺のバインドが火を噴くぞ。そして、俺の手には魔道カメラがある。お前は可愛らしい服を着て縛られた状態で写真を撮られる事になるわけだが、いいのか?」

「ねえカズマさん、バインドって火を噴くスキルだったかしら?」

「……言ってみただけだ」

 

 俺の脅しに、ダクネスは。

 

「やってみろ! やれるものならやってみろ! 確かに、結婚式の時に心配を掛けたのは悪かったと思うが、今日は散々からかわれて頭に来ているんだ! 私にはまだ、アクアの支援魔法の効果が残っている。お前のバインドを躱す事が出来たら、もう勘弁ならん! ぶっ殺してやる!」

「やろうってか! そっちこそ、やれるもんならやってみろ! だが、そっちがその気ならこっちだって容赦しないからな。バインドで縛られて無防備になったら、スティールを使い放題だって事を忘れるなよ。おまけに今、俺の手には魔道カメラがあるんだぞ? これがどういう事だか……、…………」

 

 と、俺は途中で言葉を止める。

 アクアとめぐみんが、俺を見てドン引きした様子で。

 

「うわー、うわー……。この男、ついに犯罪予告を始めたわ。ねえカズマ、流石にそれはどうかと思うの。越えちゃいけないレベルってあるでしょう?」

「最低です! この男、最低ですよ! 流石、街でクズマとかゲスマとか呼ばれているだけの事はありますね。こういうのを百年の恋も冷める瞬間と言うのでしょうか? 今のは私もちょっとゾッとしましたよ」

 

 ダクネス以外の二人が俺を非難する中、ダクネスがハアハアと息を荒くし身悶えして。

 

「……は、裸の、しかも縛られた状態の写真だと……! んんっ……! ど、どうしよう? それはちょっと悪くないかもしれないと思う私は、どこかおかしいんだろうか……?」

 

 頭のおかしいダクネスの言葉に、俺を含めたダクネス以外のがドン引きする。

 

「いや、お前は何を言ってんの? お前の羞恥の基準がさっぱり分からん。こんなのいつもの冗談で、実際にやるわけないだろ。だから犯罪者に向けるような目で俺を見るのはやめろよ」

「……なんだ、冗談ですか。冗談にしても悪質だと思いますが、まあカズマですしね」

「いいえ、この男は口に出した事はやるわ! だってカズマだもの!」

 

 ほっとしたように言うめぐみんに、アクアが余計な事を言う。

 

「おいやめろ。やらないって言ってるだろ。お前らこそ、悪質な風評被害を撒き散らすのはやめろよ」

「な、なんだ……。やらないのか……?」

「お前もガッカリしてんじゃねーよ! お前ら俺をなんだと思ってんの? 流石にそんな、セクハラじゃ済まないレベルの事をするわけないだろ! ほら、撮影会だよ撮影会! ダクネスもいい加減に諦めて、こっちに来いよ!」

 

 

 

 ―― 一体何枚の写真を撮っただろう。

 何もせず突っ立っているダクネスを様々な角度から撮影したり、笑えと言ってもぎこちない笑顔しか作れないダクネスを叱咤したり、調子に乗ったアクアがダクネスに変てこなポーズを要求したり……。

 

「おっ、いいぞダクネス! その物憂げな表情はすごくいい! まるで本物の令嬢みたいだ!」

「わ、私は本物の令嬢なのだが!?」

 

 変なスイッチが入った俺は、ダクネスをおだてながら写真を撮りまくっていた。

 最初のうちは撮影するたびに、もうやめようなどと言っていたダクネスも、少しずつ態度がほぐれてきて、今では自然体でいるように思う。

 相変わらず笑顔はぎこちないが……。

 

「よし、じゃあ次は基本に立ち返って、可愛い系のポーズを……」

 

 と、俺がダクネスに次のポーズを指示しようとした時。

 どこかソワソワしながら撮影会の様子を見ていためぐみんが。

 

「あ、あの、カズマ。魔道カメラを借りてきたのは、ダクネスの写真を撮るためというのは分かっているのですが、私の写真も、一枚だけでもいいので撮ってもらえませんか?」

「私も私も! 高級な魔道カメラで撮影してもらう機会なんて、あんまりないと思うし、ダクネスばっかりズルいと思うの!」

 

 めぐみんの言葉に、アクアまで便乗する。

 そんなアクアの言葉に、ダクネスが顔を赤くして。

 

「お、おいアクア、私は写真を撮ってもらいたくて撮られているわけではないからな? というか、お前達が罰だと言うから大人しく撮られているのであって……」

「それにしてはノリノリでしたねお嬢様」

「だ、誰が……! というか、お嬢様と呼ぶのはやめろ!」

 

 俺は、フィルムがまだ少し残っているのを確認して。

 

「まあ、ダクネスの写真はもうたくさん撮ったし、お前らが写真を撮ってほしいって言うんなら別にいいぞ」

「本当ですか? ありがとうございます。魔道カメラは紅魔の里でも作っていて、里でならそれなりの値段で借りる事が出来るのですが、ウチは貧乏だったので、記念日なんかでも写真を撮る機会はなかったのです」

 

 よっぽど写真を撮りたかったのか、めぐみんが嬉しそうにそんな事を……。

 …………。

 

「そ、そうか。好きなだけ撮ってやるからな」

「そうね! そんなに撮ってほしいんだったら、めぐみんの写真から撮ってもらえばいいんじゃないかしら。私は写真なんて珍しくもなんともないし、後からでいいわよ」

「なんですか? 別に私は気にしていませんし、急に優しくするのはやめてくださいよ」

 

 ちょっと照れ臭そうにソファーから立ち上がっためぐみんが、俺の方に近寄ってきて。

 

「……というか、カズマが私の目の前で、ダクネスを褒めながら写真を撮っているのが、少し羨ましかったりするんですよ」

「お、おう……」

 

 なんなのコレ。

 そういう感想に困る事をこそっと言うのはやめてほしいんだが。

 

「よ、よし、それじゃあ撮るぞ」

 

 ――それからは、ダクネスの罰だとかそんな事は忘れて、ダクネスも入れて皆の写真を撮る。

 めぐみんが、紅魔族流の格好いいポーズを次々と取って、俺がそれに、動いていると写真が撮れないと文句を言ったり。

 アクアが、超格好いいポーズだとか言って、荒ぶる鷹のポーズを取ったり。

 そんなアクアに爆笑するダクネスの横顔をこっそり撮ったり。

 と、そんな事をしているとフィルムも残り少なくなってきて……。

 

「おっ、次で最後の一枚だな。そういや、ネガがあるわけでもないみたいだが、コレってどうやって現像するんだ? その辺の事は、貴族の人がやっといてくれるらしいけど」

 

 俺が何気なく頭に浮かんだ疑問を口にすると、それまで楽しそうにしていたダクネスが、急に顔を青ざめさせて。

 

「な、なあカズマ。その……、写真は現像するのか? そんな事をしたら、私の写真がいろいろな人に見られる事になるんじゃないか?」

「……? 今さら何を言ってんだ? 写真ってそういうものなんだから、当たり前だろ」

「待ってくれ。今日限りだと思ったから、恥ずかしいのにも耐えたんだぞ。これからずっと、あんな恥ずかしい写真をいろいろな人に見られる辱めに耐えなければいけないのか? それに、こんなに楽しい気分にさせておいて、今さら罰を追加するなんてひどいじゃないか! そういう不意打ちは、もっと私好みの責めをしている時にやってほしい!」

「いや、本当に何を言ってるんだよ。別にコレは罰を追加したわけでもないし、不意打ちでもないだろ。写真を撮ったら現像するのは当たり前じゃないか」

 

 いきなりわけの分からない事を言いだしたダクネスに、アクアとめぐみんも戸惑った顔をして、俺達のやりとりを見守っている。

 ……撮影されるのが恥ずかしくて、写真が残るという事にまで考えが及んでいなかったらしい。

 なんていうか、本当に脳筋だなあ。

 

「そ、それはそうだが……。そうなのだが……。そ、そうだ! アクアの言った罰には、確かに撮影会も含まれていたが、撮った写真をどう使うかまでは決まっていなかったはずだ! 撮影はしたのだから、写真は現像しないでおいてもいいではないか!」

「まあ確かに、今さら罰って感じでもないけどな」

 

 アクアとめぐみんの写真も撮ったのにどうするんだと、俺が問いかけるより先に。

 アクアの掛けた支援魔法がまだ残っているらしく、素早く距離を詰めたダクネスが、俺から魔道カメラを奪っていく。

 

「ふはははは、残念だったな! もう罰とやらは終わりだ! 二人には悪いが、この魔道カメラは私が預からせてもらう!」

「おいふざけんな。せっかく穏便に済ませてやろうと思ってたのに、お前がそういう手段に出るんなら、こっちにも考えがある。いつもの事だが詰めが甘いぞ。……『スティール』!」

 

 俺がすかさず片手を突きだし唱えると、突きだした手の上に白い下着が……。

 …………。

 

「いや、違うんだって。さっきは確かにスティールで全裸にするとか言ってたが、今回は本当に魔道カメラを奪い返そうとしただけで、俺の意思じゃないんだよ。俺のスティールがなぜか女の下着ばかり奪うのは知ってるだろ?」

 

 俺が慌てて言い訳をしていると、成り行きを見守っていたアクアが。

 

「ダクネスだったら、カズマさんがよく分からない言い訳をしてる間に逃げていっちゃったわよ」

 

 言われて屋敷の玄関のドアを見ると、ドアはちょうど閉じられるところで。

 ……アクアの支援魔法の効果で、逃げ足も速くなっているらしい。

 あれは追いつけない。

 

「ったく、なんなんだよあいつは? 見られるのが嫌だって言うなら、現像した写真は焼き捨てちまってもいいって言おうとしてたのに」

 

 というか、あいつは可愛らしい格好を恥ずかしがっていたくせに、ノーパンで街を闊歩するのは恥ずかしくないのだろうか。

 

「まあ、ダクネスは可愛らしい格好を恥ずかしがっていましたし、写真を撮られるのも嫌がっていましたからね。現像するとなると業者の人にも写真を見られる事になるでしょうし、それが恥ずかしかったんじゃないですか? 今回は、結婚式の時に私達を心配させたダクネスへの罰という事でしたし、ちょっと追いつめすぎたのかもしれませんね。私は撮影会が出来ただけでも満足なので、写真は諦めますよ」

「えー? せっかく私の麗しくも格好いい姿を撮ったんだし、出来上がった写真を見たかったんですけど」

「まあいいではありませんか。撮影会も楽しかったですよ」

 

 俺は、文句を言うアクアを宥めるめぐみんに。

 

「……お前、いつもは誰よりも怒りっぽいくせに、たまに物分かりのいいところがあるよな」

「何を言っているんですか? 私はどんな時でも冷静沈着なアークウィザードですよ」

 

 ――その夜。

 ダスティネス邸に逃げこんだらしく、ダクネスは夜になっても帰ってこなかったが、誰も心配する事はなく、夕飯を食べ始めた。

 




 続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この引き籠もり娘に訪問を!

『祝福』7,8、既読推奨。
 時系列は、『この家出娘に折檻を!』の後。


「――という事があって、ダクネスがまた実家に引き籠もった」

「キミって本当に鬼だよね。あの子は強そうに見えて繊細だから、あんまりいじめないであげてねって言ったのに」

 

 ダクネスに結婚式騒動の時の罰を与えた数日後。

 俺は、屋敷を訪ねてきたクリスと、広間で話をしていた。

 

「あれはいじめじゃない。また同じような事があった時に、ダクネスがまた同じような事をしないようにっていう戒めみたいなもんだ。お前だって、あの時にアクセルにいたら、ダクネスが悪徳領主と結婚するのに反対してたはずだぞ」

「そ、それはもちろんそうだけど……」

「それに、今回の事はバニルのせいであって俺は悪くない」

「バニル? バニルっていうと、あのお祭りの時にいた、変てこな仮面を被った人だよね? あの人がどうかしたの?」

 

 ……あれっ?

 悪魔とアンデッドにはアクア以上に厳しいというこの女神に、バニルの事を伝えてしまっていいんだろうか。

 不思議そうに首を傾げるクリスを前に、俺が困っていた、そんな時。

 アクアがクリスの前にお茶のカップを置いて。

 

「粗茶ですけど」

「あ、ありがとうございますアクアさん! いただきます!」

 

 女神の力関係というのはよくわからないが、エリスは先輩であるアクアには頭が上がらないらしく、クリスが恐縮したようにお茶を飲み……。

 …………。

 その微妙な表情にピンと来て、俺がカップを覗くと、中に入っていたのは透明な液体。

 

「またかよ! またお湯じゃねーか! 茶葉が無駄になるし、お茶をお湯に変えるのはやめろって言ってるだろ。淹れ直してこい!」

「何よ! 私が液体に触れると水にしちゃうのは、体質なんだから仕方ないじゃない! それに、私が触れたんだから浄化されて聖水になってるはずだし、私の信者だったら喜んで飲んでくれるところよ!」

「おいやめろ。クリスをお前んとこの頭おかしい信者と一緒くたにするのは本当にやめろよ」

「だだだ、大丈夫だから! あたし、お湯も好きだから! それにほら、アークプリーストであるアクアさんが清めてくれた聖水なんて、高級なお茶よりもすごいじゃない!」

 

 アクアにお茶を淹れ直させようとする俺を、クリスが焦ったように止める。

 そんなクリスの言葉に、アクアがドヤ顔で。

 

「ほら、分かる人には分かるのよ。クリスはエリス教徒なのに見込みがあるわね。いっその事、アクシズ教に改宗しない? エリスはね、可愛い顔して昔は結構ヤンチャしてたし、実は胸もパッドを入れている偽物なのよ。クリスもアクシズ教徒になれば、女神アクアの加護できっと胸が大きくなるんじゃないかしら」

「い、今のところ改宗する予定はないかなあ。……それとアクアさん、あんまりそういう話を広めるのはやめてほしいんだけど」

 

 アクアに勧誘され、クリスが困ったように断る。

 と、ソファーに座り、ちょむすけをじゃらしていためぐみんが。

 

「あの、アクア。アクシズ教徒になったら胸が大きくなるというのは本当ですか?」

「本当よ。アクシズ教徒は食べたい時に食べ、飲みたい時に飲んでいるから栄養が行き届いているし、我慢したりするストレスもないから、胸が大きくなりやすいの。『アクシズ教徒になったら、巨乳になりました』『アクシズ教徒になったら、胸が大きくなりすぎて肩が凝って困ってます』『アクシズ教徒になったら、胸が大きくなりモテまくって玉の輿に乗りました』……そんな喜びの声を、私はいろんな信者から聞いたわ」

「いや、お前それ個人の感想ですって出るヤツだろ。詐欺みたいなもんじゃねーか。こないだネズミ講で捕まったばかりのくせに、まだ凝りてないのかよ」

「ちょっと! 余計な事を言うのはやめて! めぐみんはちょっと押せばアクシズ教徒になってくれそうなんだから、邪魔しないでよ! これはCM上の演出ってヤツで、詐欺じゃないわ!」

「完全に狙ってやってんじゃねーか! ふざけんな!」

 

 俺とアクアのやりとりに、めぐみんがいきり立って。

 

「嘘なんですか? 嘘なんですね? おい、喧嘩を売っているなら買おうじゃないか! 世の中には吐いてはいけない嘘があるという事を教えてあげますよ!」

「待ってめぐみん。ねえ待ってよ! 私は嘘なんか吐いてないわ。ただ、個人の感想だから誰にでも同じ事が起こるとは言えないってだけで……。ていうか、目が赤いんですけど! ヤバいくらい赤いんですけど! めぐみんが怒りっぽいのは知ってるけど、こんな事でそんなに怒るのはどうかと思うの!」

「こんな事? 今、こんな事って言いましたか?」

「すいませんでした! 謝るから許して!」

 

 ちょむすけを放り出しソファーから立ち上がっためぐみんが、アクアに飛びかかる中。

 俺はクリスに。

 

「そういえば、クリスに頼みたい事があるんだが」

「頼みたい事? カズマ君にはいろいろとお世話になってるし、大概の頼み事は聞いてあげるよ」

「ダクネスの屋敷に忍びこむのに協力してもらいたい」

「断る」

 

 俺の言葉に、クリスがキッパリと言った。

 そんなクリスに、俺はテーブルをバンバン叩いて。

 

「ガッカリだよ! 何が大概の頼みは聞いてあげるだ! 期待させておいて即座に断るとか、ガッカリだよ! なあ、クリスも自分で言ってたじゃないか。俺って、結構お前に協力してると思うんだよ。たまにはその借りを返そうとは思わないんですか? それとも、敬虔なエリス教徒ってのは借りたもんを返さないのが普通なのか?」

 

 後半を喧嘩している二人に聞こえないように、ひそひそと囁く俺に合わせ、クリスも囁き声で。

 

「や、やめろよお……。ねえ、エリス様の名前を出すのは本当にやめてよ。そりゃ大概の事なら聞いてあげたいけどさあ。貴族の屋敷に侵入するっていうのは、大概の事には入らないと思う」

「ほう! 大概の事には入らないような事を俺には頼んでおいて、自分はやらないと?」

「うっ……。そういう言い方はズルいよ! 私の場合は、世界のためにやってるんだから仕方ないじゃないか」

「世界のためだろうがなんだろうが、俺が協力したのは事実だ。それに、王城に忍びこんで正体がバレたら、最悪処刑される可能性があったけど、ダクネスの親父さんとは顔見知りだし、ダクネスの屋敷ならバレても怒られるだけで済むはずだ。協力してくれたっていいと思うぞ」

「そ、それはそうかもしれないけど……。大体、どうしてダクネスの屋敷に忍びこみたいなんて言いだしたの? ひょっとして、引き籠もっているダクネスの事が心配なの? ……ね、ねえ、そういえばお祭りの時、ダクネスとチューしたとか言ってたけど、キミ達って結局どういう関係なの? こないだはハーレムがどうとか言ってたけど、何か進展があったの? ひょっとして、恋人同士になったとか……? そ、それで、人目を忍んで会いたいとか、そういう……? そういう事ならこのクリスさんに任せておいてよ! いくらでも協力するよ!」

 

 わけの分からない事を言ってひとりで盛り上がり、顔を赤くするクリスに、俺は。

 

「いや、貴族の人に借りた魔道カメラをダクネスが持っていっちまったから、取り返しに行きたいんだよ。あれって高価なものらしいし、早めに返した方がいいだろ。正面から訪ねていったら、ダクネスが会いたがらないって、衛兵に門前払いされた。だからもう、忍びこむしかないが、俺ひとりだと失敗するかもしれないからな。本職のクリスが協力してくれるんなら、バレた時にダクネスの怒りが半分になるはずだ」

「断る」

 

 俺の言葉に、クリスがキッパリと言った。

 

 

 *****

 

 

「――よし分かった。じゃあ、こうしよう。俺と勝負をして、俺が勝ったらクリスはダクネスの屋敷に侵入するのに協力してくれ。クリスが勝ったら、俺はクリスの言う事を何でもひとつ聞く。勝負方法はクリスが決めていいぞ。ただし、ジャンケン以外な」

 

 このままでは埒が明かないので、俺がそう提案すると、クリスは怪訝そうに。

 

「ジャンケン以外? ジャンケンじゃなくても、運が絡む勝負なんかいくらでもあると思うけど、本当にあたしが勝負方法を決めていいの? 正直に言って、幸運に関する勝負であたしが負けるわけないって思うよ」

「ああ、それでいいぞ。ジャンケンは完全に運だけの勝負だけど、それ以外なら、多少は戦略が入り込む余地もあるだろ」

「……ねえ、それってイカサマするって言ってるの? 言っとくけど、イカサマは駄目だからね」

「もちろん。見破られないイカサマはイカサマじゃないよな」

「キミは何を言ってんの? 駄目に決まってるじゃないか」

「まあ待てよ。イカサマを見破ったらクリスの勝ち。見破らなくても、普通にやったらクリスの勝ちだ。しかも、勝負方法はクリスが決めていいんだぞ? これって、クリスにすごく有利な条件じゃないか」

「だから不安なんだよね。街でクズマとかカスマとか呼ばれてて、卑怯な手段で魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ってきたキミが、自分に不利な勝負を持ちかけてくるとは思えないし……」

「おいやめろ。命を懸けた勝負に卑怯もクソもないだろ。それとも、真っ向から戦って俺が死んだら良かったとでも言うつもりか? それに、お前のせいでパンツ脱がせ魔だとかいう噂が広まって迷惑してるんだが」

「そ、それは悪かったけどさあ……」

 

 なおも渋るクリスに、俺は。

 

「しょうがねえなあー。それじゃあ、イカサマはなしにしてやるよ。その代わり、めぐみんと組んでもいいか? 二対一なら、クリスの幸運にも勝てるかもしれないからな」

「うーん。それくらいならいいかな。それで、勝負方法はどうするの?」

 

 俺がめぐみんを呼ぶと、めぐみんはアクアに襲いかかるのをやめて。

 

「勝負ですか? いいですよ。紅魔族は売られた喧嘩を買うのが掟ですからね。それに、カズマに頼られるというのは珍しいですし、悪い気はしません。全力で叩き潰してあげますよ!」

「め、めぐみん? 別にあたしはカズマ君と喧嘩してるわけじゃないからね?」

「三人で勝負になるものって言ったら、ちょうどこの半生ゲームってのがあるな。ルールは知ってるか? サイコロを振って、止まったマスに書いてある通りに、仕事をしたり結婚したり子供が出来たりっていうアレだ。これなら幸運の絡む勝負だし、クリスにも文句はないんじゃないか? チーム全員の点数を足すってのは、流石に二対一だと勝負にならないだろうから、一番点数の高かった奴がいるチームの勝ちって事でどうだ? つまり、俺とめぐみんのどっちかがクリスよりも点数が高かったら、俺の勝ちってわけだ」

 

 ふんふんと頷きながら俺の説明を聞いていたクリスが、首を傾げ。

 

「ねえ、サイコロを振るって事は、やっぱり完全に幸運が絡む勝負だよね。いくらめぐみんと組んで二対一だからって、対戦相手の妨害が出来るわけでもないし、カズマ君があたしに勝てるとは思えないなあ。一体何を企んでるのさ? やっぱり、イカサマをするつもりなの?」

「イカサマはしないって言ってるだろ。嘘だと思うなら、あの嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を持ってきてもいいぞ。そんな事をしなくても、めぐみんと組めば俺達が勝つに決まってるしな」

「カズマも分かってきたではないですか! そう! 紅魔族随一の魔法使いであるこの私と組めば、どんな勝負だろうと負けるはずがありませんよ!」

「分かったよ。そこまで言われたら、幸運の女神の信徒として引き下がるわけにはいかないよね。それじゃあ、行ってみようか!」

 

 と、なんだかんだ言って、クリスが楽しそうにサイコロを手にした、そんな時。

 怒れるめぐみんから解放されたアクアが。

 

「ねえカズマ。カズマが狡すっからいのは知ってるけど、二対一っていうのはどうかと思うの。めぐみんがカズマと組むっていうんなら、私はクリスと組んであげるのが公平ってものじゃないかしら? 安心してクリス。この私が手を貸してあげるんだから、カズマになんか負けないわ」

「えっ……。えっ……?」

 

 クリスが呆然としたように、アクアを見てポツリと呟く。

 アクアが、俺達三人が半生ゲームをしているのに、自分だけ仲間外れにされて黙っているはずがなく。

 俺とめぐみんがチームを組んだら、アクアはクリスと組むのが自然な形で。

 先輩女神に頭が上がらないらしいエリスに、そんなアクアの提案を拒む事は出来ず。

 そして、不運の申し子みたいなアクアが手を貸したりしたら、いくらクリスの運が良くても、俺に勝てるわけがない。

 汚い事など何もしてない俺は、爽やかな笑顔を浮かべて。

 

「そうだな、流石に二対一ってのは卑怯だし、クリスとアクア、俺とめぐみんの二対二って事にしようか。もちろん、俺はイカサマなんかしないぞ? そんな事をしなくても勝つに決まってるしな。ほらクリス、早くサイコロを振れよ」

 

 

 *****

 

 

 ――その夜。

 ダスティネス邸の前にて。

 

「……本当に大丈夫かなあ? いくらダクネスと仲が良いって言っても、貴族の屋敷に忍びこんだりしたら、普通はタダじゃ済まないんだよ?」

「おい、いい加減に覚悟を決めろよ。俺が勝ったら忍びこむのに協力するって約束だろ」

 

 俺は、半生ゲームでボロ負けしたくせに、ぐちぐち言うクリスにそう言った。

 

「ううっ……。やっぱり納得行かないよ……! あたしはもう、絶対に絶対に、キミを敵に回す事だけはしないからね。どんな強敵より、魔王軍の幹部とかより、キミを敵に回す方がよっぽど嫌だよ」

「一応聞いとくが、それって褒めてるんだよな?」

「そんなわけないじゃないかあ!」

「しーっ! クリス、静かにして! これから忍びこむところなのに、ダクネスにバレちゃう!」

「す、すいませんアクアさん」

 

 アクアのせいで連れてこられたようなものなのに、クリスはアクアに注意され静かになる。

 ちなみにめぐみんは、私を味方にしたかったのではなく、アクアを敵に回してクリスの運気を下げたかっただけなのですねと面倒くさい事を言いだし、不貞寝している。

 

「それじゃあアクア、今回も支援魔法を頼むよ」

「今回も? ねえ、今回もって言った? キミ、しょっちゅうこんな事やってんの? ていうか、アクアさんの支援魔法をこんな事に利用するのはやめろよお……」

 

 クリスが文句を言う中、アクアが俺とクリスに様々な支援魔法を掛けて……。

 

「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」

 

 最後に掛けたのは、俺にとってはお馴染みの、芸達者になる魔法。

 

「……? ねえアクアさん、今のは何の魔法なの? 聞いた事がないけど」

「今のは芸達者になる魔法よ」

「そ、そうかい。それ、今必要かなあ……?」

 

 俺は疑わしそうにしているクリスに。

 

「何言ってんだ。これはとてもいい魔法だぞ。ぶっちゃけ、他の支援魔法全部と同じくらい役に立つからな」

「よく分からないけど、カズマ君がそこまで言うって事は役に立つんだろうね」

「あーあー、クリス、クリス……。あたし、クリス! カズマ君にパンツを盗まれて喜んでた盗賊だよ!」

「何言ってんの? ねえキミってば何を言ってんの? やめてよ! その魔法が役に立つのは分かったから、あたしの声で変な事を言うのはやめて! 喜んでたわけないじゃないかあ!」

「クリス、しーっ!」

「す、すいませんアクアさん!」

 

 

 

 アクアを屋敷に帰し、クリスとともにダスティネス邸の裏口へと回る。

 以前は窓を破って忍びこんだが、本職の盗賊職であるクリスがいるので、解錠スキルを使って裏口から入る事が出来る。

 

「よし、開いたよ。開いたけど……、ねえ助手君。やっぱり考え直さない? ダクネスにバレたら、タダじゃ済まないと思うよ」

「賭けに負けたんだから、いい加減に覚悟を決めてくださいよ、お頭。……いや、コレって銀髪盗賊団としての仕事じゃないんだし、お頭ってのはおかしいだろ。今回は俺がアクアに支援魔法を掛けさせたりして、お膳立てもしてるんだし、今回こそ俺の方が親分なんじゃないか?」

「何言ってんのさ助手君。貴族のお屋敷に忍びこむんだから、あたしがお頭に決まってるじゃないか」

「分かりました。じゃあダクネスに怒られる時はそう言いますね。あと、銀髪盗賊団が侵入するのは悪徳貴族の屋敷ばかりっていう話になってますから、噂が広まったらダスティネス家に不利になるかもしれませんが、構いませんね? じゃあ、行きましょうか」

「待ってよ親分! 分かったから! キミが親分でいいから!」

「よし、行くぞ下っ端」

 

 俺達は潜伏スキルを使い、ひそひそとそんな会話をしながら、ダスティネス邸に入る。

 

「それで、親分。キミは前にもこの屋敷に侵入した事があるみたいだし、ダクネスの部屋がどこにあるのかも分かってるんだよね?」

「そうなんだが、貴族の屋敷ってのは広いし、夜で暗かったから、ぶっちゃけダクネスの部屋の場所は分からん。でも心配するな。前の時にも使った手で、ダクネスの部屋まで使用人に案内してもらえるはずだ」

 

 裏口からゴミを捨てるためか、厨房はすぐ近くにある。

 俺は厨房のドアをノックし、ダクネスの声で。

 

「すまない。ララティーナだが、今夜は少し遅くまで起きていようと思うので、夜食を頼めないだろうか」

「お、お嬢様!? 夜食ですか、かしこまりました。ですが、その……、以前、お嬢様のお仲間のサトウカズマとかいう輩が侵入してきた事の対策として、このような場合には声だけでなく、顔を見て確認するようにと仰っていたはずですが……」

 

 ……!?

 クソ、流石に貴族の屋敷だけあって、一度使った手が二度も通用する事はないらしい。

 クリスが目で『どうするの?』と問いかけてくるが、こうなったら手はひとつしかない。

 

「そうだったな。分かった。今……、ああっ! しまった! こちらへ来てくれ! 早く!」

「お嬢様! どうなさいました! だいじょう……」

「……すいません、『ドレインタッチ』!」

 

 焦ったようなダクネスの声に、慌てて出てきた料理人を、ドレインタッチで眠らせる。 

 と、俺がひと息ついた時。

 

「ああっ! サトウカズマ!」

 

 厨房の中から俺を指さし叫ぶ者が……。

 中にいた料理人は一人ではなかったらしい。

 俺は慌てて厨房に駆けこみ、叫ぼうとしているその料理人に手のひらを向けた。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「がぼっ!?」

 

 口内に水を生成され、叫ぶ事が出来ずに苦しそうに水を吐きだす料理人もドレインタッチで眠らせる。

 厨房には他に誰もいない。

 改めてひと息つく俺に、クリスが心配そうに。

 

「カズマ君、大丈夫? ていうか、こんな事やって大丈夫なの?」

 

 これはマズい。

 ダクネス以外には誰にもバレずに忍びこんで帰るつもりだったのに、盗賊っていうか、強盗みたいな感じになっている。

 いや、大丈夫だ。

 戦闘になったわけではないし、眠らせただけだし、まだ大丈夫なはずだ。

 

「これからどうしましょうか、お頭」

「ちょっと待ってよ! あたしは知らないよ! 使用人に手を出して、ダクネスはものすごく怒ると思うけど、親分はキミだからね!」

 

 

 

 俺の記憶を頼りに、潜伏スキルを使いながら屋敷の中を歩き回る。

 ドレインタッチで眠らせた二人の料理人は、椅子に座らせテーブルに突っ伏した姿勢にして、毛布を掛けておいた。

 

「ねえカズマ君、もう帰らない? 明日の朝にでも、また来ようよ。ダクネスにはあたしからも謝ってあげるからさ」

 

 と、最初から忍びこむのに反対していたクリスが、そんな事を言いだした。

 

「おいふざけんな。お前は賭けに負けて忍びこむのに協力してるんだから、今さらそんな事を言いだすのはどうかと思う。言っとくが、クリスの解錠スキルがなかったら、忍びこむのはもっと面倒だっただろうし、お前だって共犯なんだからな。怒られる時は二人一緒だって事を忘れるなよ」

「そうかな? ダクネスに、賭けに負けた事とかいろいろと話したら、あたしの事は許してくれるんじゃないかなって気がするよ。というか、ここでキミに協力し続けるより、大声を出した方が皆のためになるんじゃないかな」

「そんな事したら、誰かが駆けつけてくるまでスティールを唱え続けてやるからな」

「や、やめろよお……」

 

 俺が手のひらを向けると、クリスが涙目になって身を引く。

 ひそひそ声でそんなバカな会話をしながら、一部屋一部屋、慎重に調べていると……。

 

「そこに誰かいるのか?」

 

 とある部屋のドアを少しだけ開けた途端、パッと部屋の中に明かりが灯り、中から低い声が聞こえた。

 俺はクリスと顔を見合わせ、逃げようか顔を出して謝ろうかと無言で話し合うも、結論が出るより先に。

 

「侵入者か? 今すぐに姿を現せ。現さなければ、魔道具を使って警備の者を呼ぶ事になる」

 

 ……この声は、ダクネスの親父さんだ。

 親父さんとは顔見知りだし、事情を話せば許してくれるかもしれない。

 

「す、すいません。俺です。サトウカズマです。警備の人を呼ぶのはちょっと待ってもらえませんか?」

 

 そう考えた俺が、頭を下げながら部屋に入ると、ベッドの上で上半身を起こし、厳しい表情で鈴のような魔道具を手にした親父さんがいた。

 

「……君か。詳しくは聞いていないが、何か諍いがあったようだね。ここ数日、ララティーナが部屋に籠っているのは知っている。それに、クリス君と言ったか。娘と仲良くしてくれているようで、嬉しく思う。しかし、こんな夜中に忍びこむというのは、友人の家に遊びに来るにしても、いくらなんでも非常識だろう。君達の行いは犯罪者そのものだよ。ましてや、ここは仮にも貴族の屋敷だ。これは、貴族としての権力を行使するしないの話ではない。侵入者を野放しにしたなどという噂が立てば、他の盗人を呼び寄せるかもしれないし、何より法を守る者として他の貴族達に示しがつかない。分かるね? 以前は場合が場合ゆえに見逃したが、今回はあの時とは違う。警備を呼ばせてもらう」

 

 厳しい表情で厳しい事を言う親父さん。

 ……正論だ。

 正論すぎて何も言えない。

 律義に俺と一緒に部屋に入ってきたクリスも、俺の隣で縮こまっている。

 俺は、迷わずベルを鳴らそうとする親父さんに。

 

「ちなみに、ダクネスが部屋に持ちこんだ魔道カメラには、ダクネスが可愛らしい服を着て可愛らしいポーズをした写真が収められているんですが」

「ララティーナの部屋は廊下を右に行って、角を曲がった三つ目のドアだ」

「ありがとうございます」

 

 俺が礼を言って親父さんの部屋を出ようとすると、クリスが慌てたように。

 

「ええっ! い、いいんですか? 侵入者ですよ! 捕まえなくていいんですか!」

「いや、私も耄碌したもので、近頃は幻覚や幻聴に悩まされる事も多くてね。だからこれはただ幻聴に答えているだけの独り言なのだが、アレは可愛らしい格好は似合わないと言って、最近では可愛らしい服を着る事もなければ、可愛らしいポーズをする事もない。しかし、親というものは娘の可愛らしい姿を見たいと思うものだよ」

 

 親父さんは、さっきまでの厳しい表情が嘘だったかのように、でれでれしている。

 

「そういう事だ。ほらクリス、バカな事を言ってないで早く行くぞ」

「バカな事!? ねえ、これってあたしがおかしいの? 納得行かないなあ!」

「おいクリス、静かにしろよ。いくら家主が認めてくれたからって、俺達が貴族の屋敷に忍びこんだ犯罪者だって事を忘れるなよ」

「忘れてないよ! 忘れてないからおかしいって言ってるんじゃんか! キミの方こそ、そんなに堂々と犯罪者だって言うのはおかしくないかな!」

 

 俺は、おかしな事を言って騒ぐクリスを引っ張って、親父さんの部屋を後にした。

 

 

 

「ここがダクネスの部屋だな。中は暗いし、ダクネスは眠ってるみたいだから、魔道カメラだけ盗みだして、とっとと逃げよう。クリス、解錠スキルを頼む」

「ね、ねえ、やっぱり出直さない? 料理人に顔を見られたし、魔道カメラがなくなってたら、カズマ君が盗んだってバレると思うんだけど」

「そもそも魔道カメラを奪っていったのはダクネスだし、俺達は親父さんの許可を得ているんだから何も問題はない」

「だからって乙女の部屋に忍びこむなんて……! ううっ……。ごめんよダクネス……!」

 

 クリスが半泣きになりながら、ダクネスの部屋の鍵を開けて。

 俺がそっとドアを開け、ダクネスの部屋に踏みこむと、そこには……!

 明かりは点いておらず、月明りが射しこむ部屋の中央で。

 アクアが選んだ可愛らしい服を身に付け、姿見の前でくるりとターンをし、ひらひらのスカートを翻して、ニマニマしながら『コレはない。コレはないな』などとぶつぶつ言うダクネスの姿が。

 と、俺に気づいたダクネスが動きを止め。

 

「「…………」」

 

 俺とダクネスは、しばらく無言で顔を見合わせて。

 

「……間違えました」

「……! ……!! ……ッ!!」

 

 俺がドアを閉めると、部屋の中からダクネスが悶絶するような物音がする。

 

「な、何? 間違えたって何? 何があったのカズマ君? ねえ何があったのさ!」

 

 俺の肩をガクガク揺さぶるクリスに、俺が答えるより先に、ダクネスの部屋のドアが開いて。

 ドアの隙間からダクネスが。

 

「お前って奴は! お前って奴は! こんな時間に何をしに来た? 以前は事情を隠して屋敷に籠った私にも非があったが、今回のお前はただの侵入者だ。騒ぎになれば、穏便に済ますと思うな。私だって庇うつもりはない。今度こそ前科が付くと思え」

「何しにって、お前が持っていった魔道カメラを返してもらいに来たんだよ。というか、お前が引き籠もってるのも、それの中にあるフィルムをどうにかしたいからだろ? まあ、罰は撮影会をするってとこまでだし、写真をばら撒く事まではしないが、そのカメラは借りたものだから、貴族の人に早く返しておきたいんだよ」

「ば、ばら撒く……!? ふざけるな! そんな事を言われて、誰が返すものか! 屋敷に侵入してきた事には目を瞑っておいてやるから、今夜は大人しく帰れ! あまりしつこいようだと、人を呼ぶぞ!」

「ほーん? いいんですかお嬢様。そんな格好をしているのに、騒ぎになっていいんですか? 騒ぎになって、駆けつけた使用人や親父さんに、その可愛らしい格好を見られてもいいんですか? よし、それじゃあちょっと大きな声でも出してみようかな」

「……!? ま、待て! 分かった。分かったから騒ぎを大きくするのはやめてくれ」

「おっと立場が入れ替わったな。いいからとっととカメラを返せよ。早くしないと、見回りの人が来て騒ぎになるぞ。騒ぎになったら俺は捕まるが、お前だって困るんじゃないか?」

「クッ……! 分かった、とにかく部屋に入れ!」

 

 そう言って、俺を部屋に引き入れようとするダクネスに、クリスがオロオロしながら。

 

「あ、あの、ダクネス。あたしもいるんだけど、部屋に入ってもいいかな?」

「クリス!? お、お前まで何をやっているんだ! 仕方ない。いいから部屋に……、あっ、いや、待っ……、……ああもうっ! 仕方ない! いいから入ってこい!」

 

 言葉の途中で自分の可愛らしい格好に気付き、ためらうも、ダクネスはクリスに部屋に入るように言う。

 部屋に入り、ダクネスの格好を見たクリスは。

 

「えっと、ダクネスがそんな格好をしているなんて珍しいね。可愛らしくて、よく似合ってるよ」

「そ、そうか……? いや、私は無骨だし、腹筋も割れているし、こういう可愛らしい格好が似合わないから、その……。あまり褒めないでくれ」

 

 クリスの素直な言葉に、ダクネスが赤くなった顔を両手で覆う。

 そんなダクネスに。

 

「そんな事ないよ。似合ってるよ。ダクネスは可愛らしい格好も似合うんだから、いつもそういう格好をしていればいいのに」

「い、いや、私は冒険者で、弱き者の盾になるべきクルセイダーだ。こんな生地のやわっこい服を着ていては、いざという時にすぐに破れてしまうだろう」

「じゃあ、屋敷にいる時だけでも、そういう服を着たらどうかな? カズマ君達以外には見ている人もいないんだし、ダクネスだって、可愛らしい格好は嫌いじゃないんだろう?」

「そ、それは……。いや、しかし、今さら私が可愛らしい格好をしたら、あいつらは……特にカズマは間違いなくからかってくるだろう。だから、私は今のままでいいんだ」

「やっぱりそういう格好が好きなんじゃないか。恥ずかしがらずに可愛らしい格好をしていればいいのに。好きなら好きって素直に言えばいいのに、恥ずかしがって否定するからそんな目に遭うんだぞ。というか、お前は強めに責められたいだのモンスターに嬲られたいだの、そんな格好をするよりよっぽど恥ずかしい事をいつも言ってるからな。お前の羞恥の基準はどうなってんだよ?」

「!?」

 

 と、流石に何かがおかしいと思ったようで、ダクネスが顔を覆った両手を外して声のする方を見る。

 そこには、クリスの口を塞いだ俺がいて。

 

「プハッ! ねえカズマ君、あたしも大体同意見だから黙ってたけど、ダクネスをからかうのはやめてよ! ダクネスは強そうに見えるけど、繊細なところもあるんだから!」

「分かってるよ! 強そうに見えるけど、可愛らしいものが好きなんだよね!」

「あたしの声を真似するのもやめろよお……!」

 

 口を塞いでいた俺の手を振り払い、クリスがダクネスの方をチラチラ見ながら文句を言う。

 さっきまでの会話が、クリスの声真似をした俺とのものだと気付いたダクネスが、再び赤くなった顔を両手で覆った。

 

「…………ゆ、許してください……! もう勘弁してください……!」

 

 

 

 泣きが入ったダクネスを、人を呼んで見たままを話してもいいのかと脅しつけ、隠していた魔道カメラを持ってこさせた。

 俺が、手にした魔道カメラが壊れていないか点検していると。

 

「うっ……。ううっ……」

「キミって本当に鬼だよね。本当に本当に鬼だよね。あたし、キミのところにダクネスを預けておいていいのか、不安になってきたんだけど」

 

 すすり泣くダクネスを、まるで俺から守るかのように抱き寄せ、クリスがそんな事を言う。

 ……この状況は、流石にちょっと罪悪感がある。

 

「わ、分かったよ。悪かったよ。でも、元はと言えばお前が悪いんだぞ。結婚式の時に俺達に心配掛けたのも、魔道カメラを持ち逃げしたのもお前なんだからな。確かに俺もやりすぎたかもしれないが、俺ばかり責められるのはおかしいと思う」

「カズマ君こそ、悪かったって思ったんならきちんと謝ればいいのに。素直になれないところは似た者同士なんじゃない?」

 

 言い訳をする俺に、クリスがクスクスと笑いながら言う。

 

「う、うるさいぞ。悪かったって言ってるだろ! すいませんでした! それより、フィルムをどうするかって話だろ?」

 

 ダクネスは、アクアやめぐみんの写真も入っている、高価なフィルムを駄目にする事も出来ず、現像する時に自分の写真を誰かに見られる事も恥ずかしがり、魔道カメラごと部屋に引き籠もっていたらしい。

 クリスが、ダクネスの頭を撫でながら。

 

「よしよし。あたしはダクネスの味方だからね。ダクネスはどうしたいの?」

「わ、私は……、撮影の時、アクアは楽しそうにポーズを取ったりしていたし、めぐみんも写真を撮る事が出来るなんて思っていなかったと喜んでいたし、……出来れば、二人のためにもきちんと写真を形にしてやりたいが……。正直、ここ数日悩まされ続けていろいろとバカバカしくなってきたし、もう魔道カメラごとぶっ壊してやりたいと思う」

「お、おう……。そうかい。ダクネスはこう言ってるけど、どうする?」

「や、やめろよ。これひとつで、屋敷が建つくらいの値段がするらしいんだからな。せめて壊すならフィルムだけにしてくれよ。でも、これだってかなり高価だって話なんだぞ? もう一生遊んで暮らせるくらいの金はあるが、恥ずかしいから壊すってのは普通にもったいないだろ」

 

 というか、ダクネスの写真を親父さんに渡さないと、不法侵入で訴えられるかもしれない事を、クリスは分かっているのだろうか。

 と、ようやく落ち着いたようで、クリスから離れたダクネスが。

 

「……私だって、写真が出来るのを楽しみにしている、アクアやめぐみんをガッカリさせたくはない。私が恥ずかしいのを我慢すればいいと言うなら、我慢してやりたいとも思う。……だが、そう思うたびに、結婚式の時の罰だとか言って調子に乗っていたアクアや、もっと笑顔が硬いだのこっちに視線を寄越せだのと言って、ニヤニヤしながら写真を撮りまくっていたお前の顔が目に浮かんで、イラっとするんだ。このイライラが晴れたらまともな考えも浮かぶかもしれないし、とりあえず一発殴らせろ」

「お、お前……。そんな可愛らしい服を着てるくせに、中身はやっぱり脳筋女じゃないか! 確かに、カメラを構えたらつい変なスイッチが入って調子に乗ったし、ダスティネスの屋敷にまで乗り込んでからかったのはやりすぎたかもしれないが、そもそも原因はお前の方にあるんだし、俺だけが一方的に殴られる筋合いはないはずだ」

「格好を変えたくらいで、そうそう中身が変わるものか! だから言っているではないか、私にはこういう可愛らしい格好は似合わないと! もう悩むのはやめだ。とにかく一発殴らせろ!」

「断る!」

 

 魔道カメラを放り投げた俺は、飛びかかってきたダクネスを正面から迎え撃ち、手四つに組んで向かい合う。

 アクアの支援魔法のお陰で、ダクネスが相手でも力負けする事はない。

 

「おい、いいのか? あんまり騒ぐと見回りの人が来て、お前のその恥ずかしい格好を見られちまうぞ! なんなら、俺が人を呼んでやろうか? ……ぐっ! こ、この野郎!」

 

 ダクネスを牽制するため、声を上げようと口を開いた瞬間、両手を塞がれたダクネスが俺の顔に頭突きをしてきた。

 

「お嬢様、可愛らしい格好をしているのに、随分と汚い戦い方をするようになりましたね! ……お前をそんな風に育てた覚えはないのだが。私は悲しいよ、ララティーナ」

「……! わ、私の父の声色を使うのはやめろ!」

 

 争う俺達を、魔道カメラを手に見守るクリスが。

 

「ね、ねえ、二人とも。あんまり騒ぐと、本当に人が来ちゃうよ! そんな事になったら二人とも困るんじゃない? 一回落ち着いて話し合った方が……」

「クリスには悪いが、私はこの男を殴れればそれでいい。誰かに見られたところで構うものか!」

「出たな脳筋! 考えるのを放棄しやがって! お前、結婚式の時からちっとも変ってないじゃないか! 反省したっていうのはなんだったんだ? エリス様に誓ったんじゃなかったのか?」

「そ、それは……!」

 

 と、ダクネスが言葉に詰まった時。

 

 ――パシャリ、と。

 

 それは写真を撮影する音。

 俺とダクネスが、動きを止めてクリスの方を見ると、クリスが手にした魔道カメラを不思議そうに見下ろしている。

 

「……あ、あれ? 撮っちゃった……? ごめんダクネス! またダクネスの写真を撮っちゃったかもしれない……!」

 

 撮っちゃったかもしれないも何も、魔道カメラのレンズは、取っ組み合う俺とダクネスの方を向いている。

 ただでさえ、可愛らしい格好をした写真を残すのが嫌だと言っていたダクネスの写真を、これ以上撮られて、これ以上に面倒くさい事になるのは困るのだが……。

 

「お、おい、今のはノーカンだよな? 今のを撮ったのはクリスだし、この際、あいつを殴ってイライラを晴らしたらいいと思う」

「ちょ……!? い、いや、確かに今のはあたしが悪かったけど……!」

 

 俺が、ダクネスの怒りの矛先を逸らそうとしていると。

 ダクネスは、なぜか魔道カメラをじっと見つめていて……。

 

「そ、そういえば、カズマは撮影するばかりだったから、カズマの写真は一枚もないのだな……。し、しかも、私と一緒に写っている写真か……!」

 

 何かぶつぶつ言っているが、何を言っているのかよく聞こえない。

 ……ちょっと嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか?

 

「おい、なんて言ったんだ? 俺は難聴系主人公じゃないから、聞こえなかったからってそのままにはしないぞ。ほら、言いたい事があるならハッキリ言えよ」

「い、いや、……その、さっき頭突きをしたので少しは気が晴れたし、アクアとめぐみんは写真を楽しみにしているだろうから、私は恥ずかしいのを我慢しようと思う。だが、なるべく写真を人に見られたくないから、現像してもらう業者はこちらで選んでもいいか?」

「おっ、そうか。それくらいなら構わないぞ。アクアとめぐみんの写真は、現像が終わったらきちんと本人達に渡してやれよ。あと、お前の写真を一枚、クリスにやってくれ」

「えっ、あたし?」

「クリスに? クリスなら悪用しないだろうし、それは構わないが……」

 

 クリスが驚いた顔をし、ダクネスも不思議そうに首を傾げる。

 俺はクリスに小声で。

 

「俺がくれって言っても、断られるに決まってるだろ。お前はダクネスに写真を貰ったら、それを親父さんに渡すんだ。そうしないと、不法侵入で訴えられるかもしれないんだからな」

「えええ……。なんか騙すようで気が引けるんだけど……」

「別に悪い事じゃないだろ? 恥ずかしがる娘の写真を、欲しがる父親に渡すだけだ」

「う、うーん……。まあ、それくらいなら……」

 

 話がまとまると、俺達はフィルムをダクネスに預け、魔道カメラを手に、ダクネスの部屋の窓から脱出した。

 

「……なんだか、カズマ君と一緒だと、見つかって追いかけ回される事ばかりだから、こうやって静かに逃げられるのは新鮮だね」

「それは言いっこなしですよ、お頭」

「だから、今夜は銀髪盗賊団じゃないから!」

 

 

 *****

 

 

 ――それから少しの間、ダクネスがしばらく自分の部屋に籠り、出てきたらひとりで嬉しそうにニヤニヤしているという事が何度かあったが、聞いても理由は教えてくれなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この逃げだした夜にお泊まりを!

『祝福』5、『爆焔』1,3、既読推奨。
 時系列は、5巻3章の後。めぐみん視点。


「そんな事だろうと思いましたよ! 今日はゆんゆんの家に泊めてもらいます!!」

「ああっ!? 畜生、カマかけやがったな!!」

 

 ――紅魔の里に着いた日の夜。

 カズマと同じ布団で眠る事に貞操の危機を感じ、私はゆんゆんの実家を訪ねていた。

 

「夜分にすいません。ゆんゆんはいますか?」

 

 娘の友人が訪ねてきたと大騒ぎする族長に呼ばれ、私を出迎えに来たゆんゆんは。

 

「めめめ、めぐみんが来たですって!? 今日はめぐみんの家には仲間の皆が泊ってるはずなのに、そんなわけないじゃない! どうせ、期待させておいて、魔王軍から派遣されてきたドッペルゲンガーか何かに決まってる……! めぐみんはきっと今頃、こめっこちゃんやカズマさん達と、楽しくパジャマパーティーとか……! ……、…………こ、この際ドッペルゲンガーでもいいので、一晩だけ泊まっていきませんか?」

 

 パジャマにマントを羽織った格好で、杖と短剣を構え、涙目でバカな事を言うゆんゆんに。

 

「何をバカな事を言っているんですか? 私は本物なので、魔法を撃とうとするのはやめてください。ゆんゆんとは結構長い付き合いだと思うのですが、本物と偽物の区別が付かないのはどうかと思います」

 

 というか、ドッペルゲンガーでもいいので泊まっていきませんかとか言うのもどうかと思うのだが。

 まったくこの子は……。

 

「ほ、本当に本物? 魔王軍の手先じゃなくて?」

「本物ですよ。信用できないと言うのなら、私しか知らないゆんゆんの秘密を話しましょうか。ドッペルゲンガーは記憶まではコピーできませんから、私が本物であるという証拠になるはずです。……そうですね、私がとある悪魔との決戦を控えた前夜の事、ゆんゆんはアンロックで部屋の鍵を開けて不法侵入をし、寝たふりをしている私に恥ずかしい告白をし、卑怯にもスリープの魔法で私を眠らせ……」

「……!? 待って! ねえ待って! 分かったから! 本物のめぐみんだって認めるから! あの夜の事を蒸し返すのはやめて!」

「そして、なんとかいう冒険者のパーティーを引き連れて悪魔に挑み、悪魔にパラライズを掛ける事に成功するも、マジックポーションの効果で、自分にまでパラライズを掛けてしまって動けなくなり……」

「分かったわ! 分かったってば! ねえめぐみん。ひょっとして、怒ってるの? 結構長い付き合いなのに、ドッペルゲンガー扱いした事を怒ってるの?」

「おっと、しかしこれはレックス達も知っている事でしたね。それに、ホーストの前でもうっかり口にしてしまいましたから、私とゆんゆんだけが知っている秘密というわけではありません。ですが私とゆんゆんは結構長い付き合いですから、他にもいろいろと秘密を知っていますよ。紅魔族が他人に見られる事を恥ずかしがる、刺青の位置は……、ゆんゆんの刺青は……」

「謝るから! 謝るからそれ以上は……!」

 

 杖と短剣を放り出したゆんゆんが、泣きながら私の肩を揺さぶってきた。

 

 

 *****

 

 

「――というわけで、今晩泊めてほしいのです」

「カ、カズマさん、最低……」

 

 私が、母に閉じこめられた事やあの男にされた事を話すと、ゆんゆんがドン引きしていた。

 

「ま、まあ、あの男のセクハラは日常茶飯事ですからね。今さらこの程度で大騒ぎしていては、あの男の仲間なんてやっていられませんよ」

「ええっ!? あの怒りっぽかっためぐみんが、セクハラされたのに怒らないなんて……! そ、それも日常的になんて……! ね、ねえめぐみん。ひょっとしてめぐみんとカズマさんって、そういう関係なの? それってセクハラじゃなくて、単にイチャコラしてるだけじゃないの?」

「ななな、何をバカな事を言っているのですか! そんなわけがないでしょう! 私とカズマは、単に冒険者として、同じパーティーを組んでいるだけで、そんないかがわしい関係ではありませんよ!」

「そ、それじゃあ……。ひょっとして、カズマさんのお金が目当てなの? こめっこちゃんにちゃんとしたご飯を食べさせてあげるために、めぐみんがカズマさんにセクハラされてるなんて知ったら、優しいこめっこちゃんは悲しむと思うわ」

「だから、あなたは何をバカな事を言っているんですか? 毎度毎度想像力が豊かすぎますよ。体を売るだとかなんだとか、以前にも似たような事を口走っていましたが、ゆんゆんはどれだけ色ボケなんですか? カズマのお金目当てなのは、母であって私ではありませんよ。それに、私だってモンスターを一掃したり、魔王軍の幹部にとどめを刺したり、冒険者としてちゃんと活躍しているのですから、こめっこにご飯を食べさせるくらいの仕送りは出来ていますよ」

「そ、そうよね。冒険者ギルドの酒場の隅っこにいると、冒険者の人達が、たまにめぐみん達の事を話しているのが聞こえてくるし……。めぐみんのパーティーは、私なんかよりずっと活躍している、アクセルでは知らない人がいないような、凄腕の冒険者だもんね」

 

 ……アクセルの街の駆けだし冒険者達は、ゆんゆんに何度もピンチを救われ、ゆんゆんを慕っているという話だ。

 ひょっとすると私達よりも活躍していると思うのだが、ぼっちなせいで本人は知らないらしい。

 

「そうですよ。カズマは何かとセクハラしてきますし、働きたくないとかバカな事を言ってクエストにも行きたがりませんが、あれで頼りになるところもありますし、面倒見が良かったりもするんですよ」

「爆裂魔法しか使えないめぐみんとパーティーを組んでいるんだし、すごく面倒見が良い人だっていうのは私にも分かるわ。たまたま話が聞こえちゃっただけだから詳しくは知らないけど、カズマさんのパーティーには頭のおかしい子がいるって話だし……。でも、アクアさんやダクネスさんは頭がおかしいって感じじゃないけど、あれって誰の事なのかしら……?」

「そそそ、そんな事より、今晩は泊まってもいいんですよね! 紅魔の里に来るまではずっと野宿をしていたので、疲れているのです! ゆんゆんだって疲れているでしょうから、早めに寝た方がいいと思います!」

 

 私が話を逸らすと、不思議そうに首を傾げていたゆんゆんは頷いて。

 

「客間は掃除してないし、私の部屋で寝てもらうけど、それでもいい?」

「構いませんよ。里に来るまでは野宿をしていましたから、屋根のあるところで眠れるだけでも十分です」

「そ、その、私と一緒の布団で寝る事になるけど……」

「場合によってはカズマと同じ布団で寝ていたわけですし、ゆんゆんなら襲いかかってくる事もないでしょうから、いいですよ。というか、布団が狭くなると思うのですが、ゆんゆんこそいいのですか? 里に来るまで、ゆんゆんは一人旅だったはずですし、私よりも疲れているのではないですか? なんなら、私は床で寝てもいいですよ」

「い、いい、いいから! 私は大丈夫だから! べ、別に、今日の昼にあるえに読ませてもらった物語の中で、親友の女の子同士で一緒の布団で寝ながらお喋りしているシーンがあって、憧れてたわけじゃないから!」

 

 …………。

 今日の昼にあるえに読ませてもらった物語の中で、親友の女の子同士で一緒の布団で寝ながらお喋りしているシーンがあって、憧れてたらしい。

 

「……今日は昼寝をしましたし、あまり眠くはありませんからね。少しくらいなら、お喋りに付き合ってあげてもいいですよ」

 

 まったく、この子は……。

 

 

 

 ゆんゆんの部屋に入ると、ゆんゆんは壁際の棚に向かって。

 

「ねえ聞いて。今日はめぐみんが私のうちに泊まってくれるって……! ……ッ!!」

 

 嬉しそうに何かに話しかけたゆんゆんが、言葉を止め私を振り返る。

 その顔は真っ赤で。

 目はさらに紅く輝いていて……。

 

「……私の事は気にしないで、報告を続けたらどうですか。その、……まりもに」

 

 私が言うと、ゆんゆんはまりもの入った水槽を隠そうとしながら。

 

「ち、違うから! これは違うから!」

「大丈夫です。友人のいないゆんゆんが、毎日まりもに話しかけていて、いい事があった日にはテンション高くまりもに報告していたとしても、私は引きませんよ」

「やめて! 引かれるのもツッコまれるのも嫌だけど、優しくするのもやめてよ!」

「……でも、流石にまりもはどうかと思います。せめて、会話が通じる生き物を友人にしたらどうですか?」

「やめてよ! この子は何も言わずに私の話を聞いてくれるんだから! この子の事をよく知らないのに、悪く言わないでよ!」

 

 どうしよう。

 この子はもう駄目なのかもしれない。

 

「わ、分かりました。まりもの事はもう何も言いませんから。ほら、一緒の布団でお喋りをするのでしょう? 私はまりもよりは話し甲斐があると思いますよ」

「ううっ。バカにして……! って、めぐみん。その格好で布団に入るつもり?」

 

 別にバカにしている気はないのだが、悔しそうな顔をしたゆんゆんが、布団に入ろうとする私の肩を掴んで止める。

 

「……? 格好がどうかしましたか?」

「そ、その……、寝るんだから、パジャマに着替えないと駄目じゃない。パジャマがないんだったら、私のを着る? めぐみんは小さいからサイズが合わないかもしれないけど、私が子供の頃のやつなら……」

「私は寝ようとしていたところを飛びだしてきたので、別にこのままでも構わないのですが」

「そんなの駄目よ! お、お泊まり会って言ったら、パジャマパーティーってやつをするものでしょう? パジャマパーティーって言うくらいなんだから、一緒にパジャマを着ないと」

「そのパジャマパーティーとやらはよく分かりませんが、泊めてもらうわけですし、ゆんゆんが着替えろと言うのなら構いませんよ」

 

 私の言葉に、ゆんゆんがいそいそと箪笥を漁りパジャマを取りだし……。

 

「こ、これなんかどうかしらっ? こっちのも可愛いわよ! あ、ほら、この赤いのはきっとめぐみんに似合うと思うんだけど……!」

「どうしてパジャマを取りだすだけなのにそんなにテンションが高いんですか! そんなもん、どれでもいいですよ! 寝る時に着るものなんですから、パジャマのデザインなんか気にしても仕方がないでしょう。その赤いやつでいいですよ」

 

 なぜかパジャマをいくつも取りだすハイテンションなゆんゆんに、私がツッコむと、ゆんゆんはしょんぼりして。

 

「そ、そうよね。今日はめぐみんが初めてうちに泊まりに来てくれたし、こんな事、もう私が生きている間は二度とないだろうから、目いっぱい楽しみたくて……」

「あなたはいちいち重すぎますよ! 私達は紅魔の里を旅立っているわけですから、この家に私が泊まりに来る事はもうないかもしれませんが、そんなにパジャマパーティーとやらがしたいのなら、ゆんゆんがアクセルの屋敷に泊まりに来ればいいじゃないですか」

「い、いいの? 私が訪ねていっても、追い返したりしない? わ、私が泊まりたいなんて言ったら、夕飯に虫が出てきたりしない?」

「そんなみみっちい嫌がらせをするくらいなら、最初から断るので安心してください」

「ええっ!? ねえ、やっぱり断られるの? それって安心できないんだけど……」

 

 ゆんゆんがぶつぶつ言っている間に、私はゆんゆんから受け取ったパジャマに着替え……。

 …………。

 

「……あの、ゆんゆん。これって、ゆんゆんが何歳くらいの時のパジャマですか?」

「えっと、それは十歳くらいの時の……。あ、ひょっとして、サイズが合わなかった? 大きいのも小さいのもあるから、気を遣わないでなんでも言ってね!」

 

 十歳。

 …………十歳?

 

「なんですか? 喧嘩を売っているんですか? いいでしょう。受けて立ちますよ! 表に出ようじゃないですか!」

「い、痛い痛い! やめて! 胸を掴まないで! どうしてパジャマを貸してあげたのに怒られないといけないのよ!」

 

 

 *****

 

 

 ゆんゆんが寝転がり、布団を持ち上げながら。

 

「ど、どうぞ……」

「おい、ただ同じ布団で寝るだけなのに、おかしな空気を作るのはやめてもらおうか」

「べべべ、別におかしな空気なんか作ってないわよ! めぐみんこそ、おかしな事を言うのはやめてよね!」

 

 ……目を真っ赤にしながら言われても説得力がないわけだが。

 私はゆんゆんの隣に寝転がり。

 

「すいません。流石に少し狭いので、もう少し詰めてもらってもいいですか」

「わ、分かったわ……。……ねえめぐみん、詰めるのはいいけど、枕を取ろうとするのはやめてくれない?」

「私はゆんゆんより省スペースですから、代わりに枕を貸してくれてもいいと思います。そんな事より、お喋りがしたいのではなかったのですか? 眠くなるまでなら付き合ってあげますから、さっさと話したい事を話してください」

 

 ゆんゆんの枕を取り上げた私が促すと、ゆんゆんは焦った様子で。

 

「え、ええと……、ええと……。そ、そんな事、急に言われても……! ……ね、ねえめぐみん、訊いてもいい?」

「なんですか? 今晩は泊めてもらっているわけですし、大抵の事なら答えますよ。友人を作る秘訣とかですか?」

「何それ! その話詳しく! めぐみんは、紅魔の里では私と同じくらいぼっちだったくせに、アクセルではすぐに守衛さんとかと仲良くなってるし、私が知らない間に三人も仲間を作ってるし、どうやったの? 何か秘訣があるの?」

「ちょ……!? 分かりました! 分かりましたから落ち着いてください!」

 

 私が適当に言った言葉に、ゆんゆんがガバッと身を起こし私の肩を掴んでくる。

 というか、暗い部屋の中でゆんゆんの両目が真っ赤に輝いていて怖いのだが……。

 

「だ、だって! だって……!」

「あなたは友人とか仲間とかいう言葉に興奮しすぎですよ! それに、以前の私は爆裂魔法を極める事しか考えていなかったので、友人を作る秘訣なんて知りませんよ。……でも、そうですね。私がどうやってカズマやアクアとパーティーを組む事になったのかなら、話してあげられますよ。聞いても参考になるとは思えませんが」

「それでいいわ! それでいいから聞かせて! なんでもするから!」

「だから落ち着けと言っているでしょう! 年頃の乙女が軽々しくなんでもするとか言うものではありませんよ!」

 

 私は、興奮するゆんゆんを落ち着かせて。

 

「……ええと、カズマ達とパーティーを組むようになった話ですね。そういえば、ゆんゆんには話していませんでしたが、私はパーティーの募集に応募する前から、カズマ達をたまに見ていたんですよ。その頃のカズマ達は、装備を揃えるお金がなく、いろいろなアルバイトをしていまして。失敗ばかりしていたのですが、なんだかその様子が楽しそうで、あの二人とパーティーを組んだら、すごく苦労しそうだけど、楽しそうだな、と……、…………。な、なんですか? どうしてそんな、微笑ましそうな目で私を見るのですか?」

「ううん。なんでもない。仲間の事を語る時のめぐみんが、いつものめぐみんと違って、すごく優しそうだなーなんて思ってないわよ」

「な、なんですか! おかしな事を言わないでください! 私はいつもの私ですよ!」

「爆裂魔法にしか興味のなかった、あのめぐみんが……。そういえば、カズマさんが冤罪を掛けられた時も、私に頼み事までして、冤罪を晴らそうとしてたわね」

「ち、違いますよ! あれは、あの王国検察官が不当な事を言ってきたので、我々の正しさを見せつけてやろうと……! おい、その生温かい目を向けてくるのはいい加減にやめてもらおうか!」

 

 昔の私を知っているゆんゆん相手だとやりづらい……!

 私がこんなに仲間を大事にするようになるなんて、紅魔の里を旅立つ前の私に言っても信じなかっただろう。

 でも、それをゆんゆんに言われると、素直に認めたくないわけで。

 歯噛みする私にゆんゆんはクスクス笑って……。

 

「それで、どうやったら私に友人や仲間が出来ると思う?」

 

 急に真剣な顔になると、そんな事を言ってきた。

 

「だから、友人や仲間を作る秘訣なんて、私も知らないと言っているではないですか」

「そんなはずないわ! めぐみんは実際にパーティーを組んでいるんだから、何か知っているはずよ! お願いだから、何か教えてよ! もうまりもに話しかけるのは嫌なの! だってまりもはいい子だけど、何も答えてくれないし……!」

「わ、分かりました! 分かりましたから落ち着いてください! まりもの事でからかった事は謝りますから! そ、そういえば、ゆんゆんはパーティー募集の貼り紙を出して待っていただけですが、私は自分から積極的に応募してましたからね。私とゆんゆんは、どちらも紅魔族で、どちらもアークウィザードです。違いと言ったら、それくらいではないですか?」

「じ、自分から積極的に……! ……でも、パーティーメンバーの募集をするのって、すでにパーティーを組んでいる人達でしょう? 仲の良い人達の中に、私なんかが入っていって、迷惑だって思われたりしない?」

「あなたは無駄に気を遣いすぎですよ。アクセルの街で魔法使い職を募集しているような駆けだしのパーティーで、ゆんゆんを迷惑に思うようなところはないはずです。今のあなたは上級魔法を使える一端のアークウィザードなのですから、もっと自信を持ってもいいのではないですか」

「そ、そうよね。私は上級魔法を使いこなせるようになったんだから。……ねえめぐみん。私が上級魔法を使いこなせるようになってから、もう結構経つと思うんだけど、どうして未だにパーティーを組めないんだろう……? 本当に、めぐみんの言うとおりにしたら、私でもパーティーを組めるの?」

「ああもう! いつまでもうじうじと鬱陶しいですよ! ゆんゆんがパーティーを組めるかどうかなんて、私が知るわけないでしょう!」

「ひ、ひどい! 人が真剣に相談してるのに!」

「私だって、割と真剣に答えていますよ。とにかく、私は自分から応募してカズマのパーティーに入ったのです。他の方法は知りませんから、これ以上のアドバイスも出来ませんよ。あなたは、レックス達には自分からパーティーを組んでほしいと頼めたのですから、今度もきっと上手く行きますよ」

「う、ううっ……。分かった。アクセルに戻ったら考えてみる」

 

 私は、未だに煮えきらない事を言うゆんゆんに。

 

「頑張ってください。私はそろそろ寝ますよ」

「ええっ! も、もう少しだけお喋りしない?」

「……まあ、構いませんが。明日はカズマ達に里を案内する予定ですので、もう少しだけですよ。それで、なんの話をするんですか?」

「え、ええと……、ええと……。そ、そんな事、急に言われても……!」

「お喋りがしたいと言いだしたのはあなたでしょう。……話す事が思いつかないなら、私達がアクセルで別れてからの話でもしませんか? あれから、ゆっくり話す機会もありませんでしたからね。私は魔王軍の幹部や大物賞金首を何体も討ち取りましたが、ゆんゆんもいろいろと活躍したのではないですか?」

「う、うーん……。私はめぐみんと違って、誰かとパーティーを組んでいたわけじゃないし、活躍って言えるような事は……」

「まったく! あなたは私のライバルを自称しているくせに、何をやっていたのですか! それでも自称ライバルなんですか!」

 

 上から目線で煽る私に、ゆんゆんがおどおどと。

 

「そ、そうね。私がやった事と言ったら、人里近くまで広がっていたオークの里があったから、ひとりで攻め入って滅ぼしたり……」

「えっ」

「たまたま訪ねていった村が吸血鬼に困らされていたから、一騎打ちで勝って追い払ったり……」

「……!?」

「友人が出来ますよって言われたから、聞いた事のない宗教に入信しようとしたら、邪神を崇めていて王都を襲撃しようとしてる団体だったから、ひとりで本部を強襲したり……」

「…………」

 

 私が知らない間に、この子は一体何をやっているのだろうか。

 

「私がやった事と言ったら、それくらいね。めぐみんみたいにすごい活躍ってわけじゃないけど、上級魔法も使えるようになったし、私なりに頑張ったのよ」

「そ、そうですか。まあ、私ほどではありませんが、ゆんゆんも頑張っていたのですね」

 

 私が、カズマ達と協力して魔王の幹部や大物賞金首を倒している間に、ゆんゆんは単独で強敵と渡り合えるだけの実力を身に付けていたらしい。

 爆裂魔法を極めると決めた時から、自分一人ではまともに戦えない事は覚悟していたが……。

 なんだか、ゆんゆんが遠くに行ってしまったような気がする。

 と、私が意外と成長している自称ライバルの顔をじっと見ていると。

 

「……めぐみんは、すごいね。上級魔法しか使えない私じゃ、魔王軍の幹部を城から誘きだしたり、機動要塞デストロイヤーにとどめを刺したり出来ないもの。ずっと、めぐみんのライバルを自称してきたけど、なんだか、どんどんめぐみんが遠くに行っちゃうような気がして……」

 

 不安そうにそんな事を言いだすゆんゆんに、私は思わず『ぷっ』と吹きだす。

 

「な、何よ! 私は真面目に話してるのに、笑うなんてひどい! そりゃ、めぐみんは私の事を、ライバルだって認めてくれてないのかもしれないけど……!」

「違いますよ。私達はひょっとすると、いいライバルなのかもしれないなって思ったんです」

 

 私はそう言って、照れ隠しにゆんゆんから顔を背け、目を閉じると……!

 

 

 *****

 

 

「ねえめぐみん! もう一回! もう一回言って! 私達、いいライバルって言ったわよね? 私をライバルだって認めたわよね!」

 

 ――しばらくして。

 私が寝たふりをしているというのに、肩を揺らすのをやめないゆんゆんに、私は。

 

「いい加減に鬱陶しいですよ! 今のは、なんかいい感じの空気のまま眠りに就くという、紅魔族的にもおいしいシーンだったでしょう! どうしてあなたはそう空気が読めないのですか! そんなんだからまりもしか友人が出来ないのですよ!」

「そそそ、そんな事ないもん! アクセルの街ではネロイドを飼っていた事もあって……。聞いてめぐみん。ネロイドって、毎日話しかけると少しだけ色が変わるのよ!」

「ネロイドの生態なんてどうでもいいですよ!」

 

 まったく、この子は……!

 

「それで、まだお喋りを続けるんですか? あまり夜更かししすぎるのも良くないですし、そろそろ寝た方がいいと思いますよ」

 

 私の言葉に、『ライバル……』とか諦め悪く呟いていたゆんゆんは。

 

「あっ! ま、待って! この先、こんなに楽しい事はもうないかもしれないし、もう少しだけ幸せを噛みしめていたいから……!」

「だから、あなたは重すぎますよ! 分かりました。アクセルの街に戻ったら、アクアとダクネスと一緒に、屋敷でパジャマパーティーでもなんでもすればいいでしょう」

「ほ、本当に? 眠くて面倒くさくなってきたからって、適当な事を言ってない? それに、こんな大事な事を、本人に聞かないで決めちゃっていいの? アクアさんやダクネスさんに鬱陶しがられたりしない?」

「しませんよ。二人をなんだと思ってるんですか。迷惑なら迷惑と、ちゃんと口に出しますよ。というか、アクアは騒いでお酒が飲めれば細かい事は気にしないので、ゆんゆんが泊まりに来たら喜ぶんじゃないですか」

「わ、私が行ったら喜ぶ……? 本当に? それって本当なの!? そんな女神様みたいな人が、本当に存在するの!?」

「アクアは女神を自称しているかわいそうな子なので、その言葉は本人に言ってあげたら喜ぶと思います」

「最強の魔法使いだとか、魔王を倒して次の魔王になるだとか言ってるめぐみんに、かわいそうな子なんて言われたくないと思うんだけど」

 

 …………。

 

「あなたはどうして、気を遣いすぎるくらい周りに気を遣うくせに、たまに毒舌なのですか? 私の機嫌を損ねたら、あなたの幸せな時間は終わりを告げるでしょう。おやすみなさい」

「待って! 謝るから! もう少しだけ、もう少しだけでいいから……!」

 

 眠ろうとする私の肩を、涙目でガクガク揺さぶってくるゆんゆん。

 

「まあ、いいでしょう。それで、なんの話をするんですか? ずっと私が話題を提供してきたのですから、最後くらいゆんゆんが何を話すか決めるといいですよ。何か話したい事があるのではないですか?」

「えっ……! べ、別にこれといって話したい事は……。ま、待ってめぐみん! 寝ようとしないで! い、今考えるから! 話したい事……、私の話したい事は……。め、めぐみんって、好きな男の子とかいる?」

 

 ゆんゆんは焦った様子で、そんな聞き覚えのある事を言ってきた。

 

「……あなたには恋バナ以外に話のネタがないのですか? それとも、今度こそ本当に色気づいたのですか?」

「ち、違うわよ! ちょっと待って、今考えるから! 何か別の話……、何か……!」

 

 ゆんゆんがぶつぶつと何か言いながら話題を探すも、焦っているせいで、紅魔族の高い知能を持ってしても話題が見つからないらしい。

 

 ……恋バナか。

 

 以前に聞かれた時は、あまり深く考えずにタイプの男性の話をしたものだが。

 

『するんでしょう? 恋バナ。ちなみに私は、甲斐性があって借金をするなんてもってのほか。気が多くもなく、浮気もしない。常に上を目指して日々努力を怠らない、そんな、誠実で真面目な人がいいですね』

 

 なんというか、ここまで正反対だと、逆に笑えてくる。

 別に、甲斐性がなくて巨額の借金を作り、同じ布団で寝たからといってセクハラをしようとし、日頃は何もせずダラダラしている、そんな、不誠実で不真面目な男に、心当たりがあるわけではないが……。

 私がそんな事を考えていると、すぐ近くにあるゆんゆんの顔が赤くなっていて。

 それが、私の目が真っ赤に輝いているせいだと知り、私は少し慌てる。

 私が、ゆんゆんに言い訳をしようと口を開くと。

 

「……スー、スー」

 

 よく見ると、さっきまで話題を探して焦っていたゆんゆんは、目を閉じて寝息を立てていた。

 アクセルの街から紅魔の里まで、テレポートでショートカットをする事もなく、ひとりで旅をしてきて、私のように昼寝をしたわけでもないゆんゆんが、私よりも疲れているのは当たり前だ。

 今まで起きていたのは、私が泊まりに来た事でテンションが上がっていたからだろう。

 まったく、この子は。

 私はゆんゆんの肩に布団を掛け直してやると、目を閉じた。

 

 

 *****

 

 

 眠りに落ちる前に、もしもの話を考える。

 もしも、あの時カズマから逃げだしていなかったら、私は……。

 そんな事を考えていた私の目は、きっと紅く輝いていたのだろうが、目を閉じていたし、自分では確認できないから、本当のところは分からない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この悪徳貴族に説教を!

『祝福』2,6,7、既読推奨。
 時系列は、6巻3章。


 王城に留まるため、巷で噂の義賊を捕まえる事になった俺達は、義賊に狙われそうな最有力候補である、アクセルの街の悪徳領主こと、アルダープの別荘に滞在している。

 ダクネスが連日、貴族の付き合いだとかで出掛ける中、アクアは布教活動と言って王都のエリス教徒に嫌がらせをし、めぐみんは爆裂魔法を撃ちに行って王都の住民を震撼させ……。

 そんな二人への苦情がアルダープに届けられているらしく、アルダープが少しずつ痩せていっている。

 そんな中、俺はといえば――

 

「だから違うっつってんだろ! あんたは大きさに拘りすぎだ! 何事も程々でいいんだ! 重要なのは形と感度なんだよ! あとバランスな! 大きければ大きいほどいいって言うんだったら、牛の乳でも絞ってればいいじゃないか! 牧場に行って乳絞り体験でもしてこい!」

「な、何をっ!? 黙って聞いておれば付け上がりおって! 平民の分際でこのワシに意見するというのか! 本物の価値を知らぬ冒険者風情が! 巨乳が最高に決まっておるだろうが!!」

 

 アルダープの別荘に滞在し、数日が経った日の夜。

 俺は、なぜかアルダープと巨乳について言い争っていた。

 義賊を捕まえるために夜中に張りこみをしていたら、通りかかった食堂で、アルダープが酒を飲んでいたのだ。

 すぐに出ていこうとしたのだが、酔っぱらったアルダープが絡んできて……。

 気づけばこうして、巨乳について言い争っている。

 ……どうしてこうなった?

 

「まあ、落ち着け。あんたの言いたい事は分かるつもりだ。巨乳は最高だ。だが待ってくれ。俺も最近になって思うようになったんだが、巨乳が最高であるのと同じくらい、貧乳だって最高なんじゃないか? というか、巨乳は大きいから最高なのか? そうじゃないだろ? 大きければ大きいほどいいなんて考え方は、むしろ巨乳の素晴らしさを損なっていると思わないか?」

「フン。何を愚かな。女の胸というのは、大きければ大きいほどいいに決まっているだろう。あの指が沈みこむ柔らかさは、巨乳でなければ味わえんではないか! 貧乳なんぞ、揉んだところで何も感じぬだろう! 男か女かも分からんような輩を、ワシは女とは認めん!」

「分かってない! あんたはなんにも分かってない! 触った感じだとか見た目だとか、どうしてそんな即物的な事しか言えないんだ! 巨乳には夢が詰まっているから大きいし、貧乳は夢を与えてしまったから慎ましいんだ! あんたは金持ちのくせに、心が貧しい!」

「心がなんだ! ワシには使いきれんほどの金がある! 地位もある! 巨乳だろうが貧乳だろうが、女などいくらでも寄ってくるのだ! ワシは貴様ごときでは想像も出来んような、本物の巨乳を揉んだ事があるのだぞ! それはもう、すんごかったとも!」

「マ、マジで? ちょっとその話、詳しく。いや、あんたの言葉に屈したわけじゃないぞ? でも、それはそれとして、ほら、お互いに正しい情報を知っておいた方が、議論が白熱するし、正しい結論に至れるってものじゃないか?」

「……ほう? 最初からそうやって、素直にワシに傅いておれば良かったものを! だがまあ、ワシも鬼ではない。アルダープ様お願いしますと言うのなら、話してやっても……」

「アルダープ様お願いします!」

 

 俺が即答すると、なぜかアルダープは気まずそうな顔をして。

 

「き、貴様にはプライドというものがないのか?」

「バカ! そんなもん、いくらでも捨ててやるよ! そんな事より、巨乳の話を……」

「バ、バカ……? だからその言葉遣いを改めろと……!」

「すいませんでしたアルダープ様! これからは気を付けるので、とっとと巨乳の話をしろよ」

「フン。分かれば……おい、今なんと言った?」

 

 と、俺達がどうでもいい事で言い合っていた、そんな時。

 食堂のドアが開かれ、眠そうに目をこすりながらめぐみんが顔を出して。

 

「こんな夜遅くに、一体何を騒いでいるんですか? カズマはその悪徳貴族と随分仲が良さそうですね。巨乳がどうとか言っているのが廊下まで聞こえましたが、なんの話をしていたんですか」

「今めぐみんの話はしてない」

「何おうっ!? どうして私の胸を見てやれやれみたいな顔をするんですか! おい、なんの話をしていたのか、詳しく教えてもらおうじゃないか! 返答によっては、明日の爆裂魔法の標的はこの屋敷になりますよ!」

「ままま、待っていただきたい! 慎ましい紅魔族の娘よ! なぜその男の失言でワシの屋敷が被害を受けるのだ!」

「その答えは自分の胸に聞いてみてはどうですか。前回は、こめっこにいいところを持っていかれてしまいましたし、このところ大きな標的に爆裂魔法を撃っていなかったので、丁度いいです」

「バ、バカな……! 貴族の屋敷に爆裂魔法を撃てば、それこそ国家反逆罪に問われるのだぞ! 今度こそ、貴様らまとめて処刑してやる! それでもいいと言うのなら、撃ってみるがいい!」

 

 両目を攻撃色に光らせるめぐみんに対し、バカな事を言うアルダープに、俺は。

 

「おいバカ! 余計な事を言ってめぐみんを刺激するのはやめろよ! そいつはアクセルの街で有名な、三度の飯より爆裂魔法が好きな、頭のおかしい紅魔族だぞ! 国家反逆罪に問われようが何しようが、撃てって言われて黙ってるわけがないだろ! あんたの屋敷が吹っ飛んでもざまあみろとしか思わないが、王都で爆裂魔法を撃ったりしたら、アイリスが困るだろうが!」

「なっ! き、貴様! ワシへの言葉遣いを改めるのではなかったのか! というか、貴様の仲間なのだから貴様が止めろ!」

「ああもう! どうして誰も彼も、こいつらの面倒を俺に見させようとするんだよ! あんたは後で、巨乳の話を聞かせろよ!」

「わ、分かった。約束しよう。だからその頭のおかしい娘を止めてくれ!」

 

 と、いちいち余計な事を言うアルダープにめぐみんが。

 

「おい、私の頭がなんだって? 私の仲間を処刑にするだとか言った事といい、撤回するのなら今のうちですよ。さもなくば、いかに私の頭がおかしいかを思い知る事になる」

「おいやめろ。いくら悩みが吹っきれたからって、犯罪者になってまで爆裂魔法をぶっ放そうとするのはやめろよ。明日また、俺が爆裂散歩に付き合ってやるから、大人しくしてくれよ」

 

 めぐみんを止めようとする俺に、めぐみんは不機嫌そうに眉をしかめて。

 

「どうしてカズマがその悪徳貴族を庇うのですか? というか、あなたは冤罪を吹っかけられて処刑されそうになったのに、何を仲良く話していたのですか?」

「バカ言うな。俺が庇ってるのは、アルダープじゃなくてお前に決まってるだろ。街中で攻撃魔法を使ったら犯罪だし、ましてや貴族の屋敷を吹っ飛ばしたりしたら、本当に国家反逆罪で死刑にされてもおかしくないんだからな。めぐみんが、爆裂魔法が三度の飯より好きな、頭のおかしい奴だってのは知ってるが、だからって爆裂魔法のために死ぬ事はないだろ」

「そ、そうですか。カズマが私のためと言ってくれるのは嬉しいですし、ここは引き下がってあげましょう。ですがカズマ、私は爆裂魔法のために死ねるなら本望ですよ」

 

 俺の言葉に、めぐみんが口元をニマニマさせながら、そんな事を言った時。

 めぐみんの背後にアクアが現れ。

 

「もうー、こんな夜遅くに、一体何を騒いでいるの? めぐみんは黙らせてくるって言って出ていったのに、どうして一緒になって騒いでるのよ? あらっ! なんだか仲良くお酒なんか飲んでいるみたいだし、ひょっとして宴会でもするのかしら? そういう事なら、この私も混ぜなさいな! ねえ、熊みたいな豚みたいなおじさん。地下室に高いお酒を隠してるでしょう? 皆でアレをパーッと飲んじゃいましょうよ!」

 

 めぐみんの脇をすり抜けて食堂に入り、酒をグラスに注いで勝手に飲み始めるアクアに、アルダープが青い顔をして。

 

「そそそ、そんなバカな! あの酒は誰にも見つからないよう、わざわざマクスウェルに命じて隠しているのに……!? こ、これがアクシズ教のアークプリーストという事か……!?」

「さあ、お酒を持ってきて! 早くしてー、早くしてー。最近は布教活動も上手く行っているし、気分がいいから、とっておきの宴会芸を見せてあげてもいいわよ!」

「いや、お前は何を言ってんの? 俺達は別に宴会をしていたわけじゃないし、今から宴会するわけないだろ。俺は例の義賊を捕まえるために張りこんでるんだから、宴会なんかして騒いでたら義賊が侵入してこないじゃないか」

「大丈夫よ。皆で楽しく飲んで騒いでいたら、きっとその義賊の人も混ざりたくなるはずよ!」

「そんなわけないだろ。その義賊って奴は、盗んだ金を孤児院やエリス教の教会にばら撒いてるらしいし、犯罪者だからって、アクシズ教のバカみたいな信者と一緒にするなよ」

「ウチの子達を犯罪者とかバカみたいとか言うのはやめてほしいんですけど!」

 

 と、いつものようにバカな事を言いだしたアクアに、めぐみんが。

 

「待ってくださいアクア。私達は噂の義賊を捕まえるためにこの屋敷に泊まっているわけですし、夜中に宴会をするのはどうかと思います。今回はカズマが引き起こした厄介事ですが、私達は仲間なのですから、協力してあげようじゃありませんか」

 

 意外にもアクアを引き留めるような事を……。

 いつもなら一緒になって騒ぎ、もう子供ではないのだから酒を飲みたいとか、景気づけに爆裂魔法を撃ちましょうかとか言いだすくせに、一体どういう心境の変化だろう?

 

「というか、食堂の近くの部屋で寝起きしてるアクアはともかく、一番天辺の部屋で寝てるはずのめぐみんが、どうして起きてきたんだ? 俺達の話し声がそんなところまで聞こえたのか? ひょっとして、この屋敷って欠陥建築なのか?」

「どこまでも無礼な奴め! このワシが建てさせた屋敷だぞ! 欠陥建築なわけがないだろう!」

 

 俺の言葉にアルダープが額に青筋を立てる中、めぐみんが首を振って。

 

「いえ、階段を上り下りするのが面倒で、このところアクアの部屋で寝起きしているのです。ベッドが大きいので、ひとつのベッドに二人一緒に寝ても十分な広さですよ」

「お、お前……。自分で一番天辺の部屋がいいって言ってたくせに」

 

 俺も人の事は言えないが、いきなり夜中に起きだしてきて宴会をしたがるアクアといい、貴族の屋敷だというのにコイツらは自由すぎるだろう。

 

「まあとにかく、これからは騒がしくないようにするから、お前らはもう寝たらどうだ? 俺は例の義賊を捕まえるために、もう少し起きている事にするよ」

「何言ってんの? せっかく気分が盛り上がってきたところなんだから、邪魔しないでくれます? まあでも、めぐみんがやめておけって言うんだったら、宴会はやめておくわ。私の部屋で静かにお酒を飲む事にするから、ちょっと地下室まで行ってくるわね」

「ちょっ!? 待っ……!!」

 

 アルダープが何か言っていたが、アクアは気にせず酒を取りに向かい。

 

「仕方ありませんね。カズマが起きているのに、私達だけが寝ているというのも少し悪い気がしますし、私もアクアに付き合うとしましょう」

 

 気を利かせたつもりらしいめぐみんも、アクアについていく。

 

「どうせなら、ダクネスも起こして三人で飲もうかしら? そう、女子会ってやつよ!」

「ダクネスはこのところ、貴族の付き合いとかであちこち出掛けたりして、疲れていると思うので、寝かせておいてあげませんか? 今晩は私が付き合ってあげますから、それで満足してください」

「分かったわ! 今晩は二人で、とことん楽しみましょう!」

 

 楽しそうに言い合いながら廊下を歩く二人の話し声が、少しずつ遠ざかっていき……。

 

「お、おい小僧! 巨乳の話が聞きたいと言っていたな? それなら、あの娘達を止めろ! ワシもまだ飲んだ事のない秘蔵の酒を、お前達のような味の分からん平民に飲まれてたまるか!」

「はあー? 巨乳の話は、めぐみんを止めたら聞かせてくれるって約束だっただろ。あんた、貴族のくせに約束を破るのか?」

「フン! 調子に乗るなよ小僧。平民との口約束など、約束と呼べるものか! 貴様はワシの言うとおりにしていればいいのだ! いいから早く、あの娘達を呼び戻してこい! あの青い髪のプリーストに酌をさせてやってもいい!」

 

 なんという怖いもの知らず。

 アクアに酌をさせるとか、ロクでもない事になる予感しかしない。

 俺は、アルダープの言葉に半分くらい感心しながら。

 

「あんた、バカだなあ……。約束を守ってくれないんだったら、今あいつらを止めに行っても、やっぱりなしって言われるかもしれないじゃないか。そんな事を言われて、誰があんたの言う事を聞くんだよ? というか、一度口に出した事なんだから、約束は守れよ。俺に何かさせたいんだったら、まずは巨乳の話だ」

「無教養な平民が! 調子に乗るのも大概にしろ! ダスティネス卿の顔を立て、客人として扱っていたが、貴族への侮辱罪で牢に放りこんでやってもいいんだぞ!」

「おっと、本性を現したな悪徳貴族! やってみろ! やれるもんならやってみろ! こっちにはダクネスだけじゃなく、アイリス王女の後ろ盾もあるって事を忘れてないだろうな! それに、約束を守る気がないんだったら、俺もめぐみんを止める理由はないし、あんたの屋敷は明日にでも更地になってると思え!」

「なんだと! 貴様こそ、やれるものならやるがいい! だが、そんな事をしたら、貴様も仲間達も、まとめて牢にぶち込んでやるから覚悟しておけ!」

「残念、その時にはあんたは爆裂魔法で木っ端微塵になっているのでした! 冒険者として活躍した俺には、巨額の資産がある。ほとぼりが冷めるまで隣国にでも逃げて、のんびり暮らす事にするよ。この国で国家反逆罪に問われても、国外に逃亡すれば関係ないだろ」

「ぐぬう……! どうあってもワシに盾突くつもりか!」

「盾突くって言われても。別にそんな、大それた事を言ってるわけじゃないだろ? あんたが約束を果たしてくれれば、それでいいんだ」

 

 アルダープは顔を真っ赤にし、息を荒げている。

 何がコイツをこんなに駆り立てるのだろうか?

 貴族としてのプライドってやつか?

 ……そんな事より、俺が想像も出来ないようなすんごい巨乳の話を聞きたいのだが。

 

「しょうがねえなあー。じゃあ、巨乳の話を聞かせてくれたら、アクアを止めてやるよ。まあ、あいつが俺の言う事を聞くとは思えないけどな。俺はあんたと違って約束を守るぞ。ほら、早く話を始めないと、あいつが秘蔵の酒とやらを飲んじまうぞ」

「ぐうう……。し、仕方あるまい。その娘は、一晩買うだけで屋敷が建つと言われるような高級娼婦でな……、…………」

「おおっ! そうか、中世ファンタジーだもんな。娼婦くらいいるよな。それでそれで?」

 

 俺達は酒を酌み交わしながら、知らず知らずのうちに顔を近づけて小声で話す。

 

「……頭が良く、どんな話にもつまらない顔を見せず、何より抜群のプロポーション。腰がキュッとして、もちろん胸も大きかった。だから、上流階級の、そういった者達の中には知らぬ者がいないと言われるほどの人気者でな。一年先まで予約が詰まっていたところを、予約していた弱小貴族の男を脅して割りこみ……」

「いや、そういうAVの自己紹介みたいな前フリはいいから。ああいうのは女の子が喋ってるからいいんであって、あんたの苦労話なんか聞いてても楽しくない。もったいぶってないで、肝心のところを話せよ! 早よ! 早よ!」

「ええいっ、慌てるでないわ! 物事には順序というものがあるだろうが!」

「まあ、俺もがっつく気はないが、早く話さないと酒が飲まれちまうんじゃないか?」

「くっ……! 分かった。いいか、その娘の胸はな、こう……マシュマロのようでな……。ただ柔らかいだけでなく弾力があり、娘の体が動くたびに、ぽよよんと……」

「ぽ、ぽよよん……!」

 

 その娘の巨乳を思いだしているのか、アルダープが遠い目になり、両手の指をわきわきさせる。

 そのうち、アルダープの目つきがいやらしくなり、ニヤニヤと笑いだして……。

 …………。

 

「おいやめろ。おっさんがエロい事を考えている時の顔を見せるのはやめろよ。いたたまれないだろ。それより、その人気っていう娼婦の子の名前を教えてくれよ。一度くらい、俺もお世話になってみたいからさ」

 

 俺の言葉に、ニヤニヤしていたアルダープが不機嫌な顔になり。

 

「フン! バカを言うな! ワシの話を聞いていなかったのか? あの娘は一年以上、予約が埋まっていると言っただろう。割りこめたのはワシが貴族だからだ。冒険者である貴様がいくら金を積もうと、あの娘を抱く事など出来るはずがなかろう」

「分かってるよ。別に、本人をどうこうしようっていうんじゃない。というか、あんたはアクセルの領主なのに、例の店の事を知らないんだな。そういや、あんたは冒険者ってわけじゃないもんな」

「例の店? なんの話だ」

「……ふぅむ」

 

 俺の事を冒険者風情とバカにするこの男に、男性冒険者にしか知られていない例の店の話をすれば、さぞ羨ましがるだろうが……。

 アルダープは貴族としてのプライドが高い。

 自分が利用できない、夢のような店に、見下している冒険者が安い料金で通っていると知ったら、領主の権限で営業停止にしたりするのではないか。

 俺は少し考えて。

 

「いやほら、俺って冒険者じゃないか。それで、クエストの時にサキュバスと知り合う機会があってさ。悪魔ってのは、人間の悪感情のエネルギーを食って生きてるんだけど、サキュバスの場合は精気が対象なんだ。でもそいつはあんまり力がないから、討伐されないように、男性冒険者にエッチな夢を見せて精気を取りこんでいてさ」

「……ほ、ほう?」

 

 俺の、完全に嘘ではない作り話に、アルダープが身を乗りだしてくる。

 

「それで、そのサキュバスにリクエストをして、エッチな夢を見せてもらえるわけだが。夢の中だから、どんな相手でも自由! どんなシチュエーションでも自由! しかも相手の目的は精気で、暮らしていけるだけのお金があればいいとか言って、料金も格安なんだ」

「な、なんだと!? 詳しく話せ! どんな相手でも自由というのは、本当に誰でもか? そ、そうか。例の娼婦が可能だというなら、王族も……! た、例えば、貴族の娘はどうなのだ?」

「大丈夫です。だって夢ですから」

「お、おお……! そういえば、以前貴様はララティーナと風呂に入ったと言っていたな。どうせ嘘だろうと思っていたが、あれは夢の中の話という事か」

「うん? いや、俺がダクネスと風呂に入ったってのは、現実で本当にあった事だぞ」

「……!?」

 

 アルダープは一瞬、愕然とした顔をするが、すぐに気を取り直して。

 

「そのサキュバスは、どこに住んでいるんだ? どうすれば会えるのだ?」

「いや、残念ながら、そのサキュバスが商売をしてるのは冒険者相手だけなんだ。体力のあり余っている冒険者なら問題ないが、一般人にサキュバスが夢を見せると、精気を吸い尽くしてしまうかもしれないからな」

「なんだと! ふざけるな! ワシは貴族だぞ!」

「いや、そんな事言われても。貴族でもなんでも、肉体的には普通の人なんだし、サキュバスに精気を吸われたら死ぬんじゃないか? それとも、ダクネスのところみたいに、昔から強い血を取り入れていて、体が丈夫だったりするのか?」

「くっ……! 確かに、王国の盾と謳われるダスティネス家と比べれば、我がアレクセイ家はそれほど強力な血筋というわけではない。だが、貴様のような貧弱な小僧にも耐えられるのならば、ワシに耐えられぬはずがない……! 教えろ、そのサキュバスはどこにいるのだ?」

「すまんね。素晴らしい巨乳の話をしてくれたあんただから話したが、この話はアクセルの街の男性冒険者にしか教えちゃいけないって言われているんだ。貴族であるあんたには、これ以上は話せないよ」

「こ、この……! いくらだ? 金ならいくらでも払う!」

 

 勝ち誇った顔をする俺に、アルダープは額に青筋を立てて詰め寄ってくる。

 

「はあー? 格安の料金で素晴らしい夢を見せてくれるんだぞ? 金なんかと引き換えに出来るわけないだろ。さっきも言ったが、これ以上は話さないからな。あんたが取引の材料に出来るものって、どうせ金とか物とかだろうが、そんなものと引き換えに出来るものじゃないんだ」

「言いおったな! 平民のくせに調子に乗りおって! ワシが金や物しか出せぬだと? ワシがその気になれば、なんだろうと思いのままだ! そうだ、マクスに……!」

 

 と、がなり立てていたアルダープが、何かに気づいたような顔をし、言葉を止める。

 

「フン。貴様のような平民を相手にしているサキュバスなどに、用はないわ!」

 

 そんな、負け惜しみのような事を言って、アルダープは食堂から去っていった。

 ――俺が約束を守って、アクアに酒を飲まないように言いに行くと、アクアはすでに酒を飲み干していた。

 

 

 *****

 

 

「ああ……、くそっ! くそっ! くそおっ!」

 

 寝室の地下にある隠し部屋。

 そこでイライラと、一匹の薄汚い悪魔に当たり散らしていた。

 

「なぜだ! なぜ、ワシの街にいるサキュバス一匹すら見つける事が出来ないのだ! 貴様はそれでも悪魔なのか! 出会えるようにするなどと大口を叩いていたくせに……! お前の辻褄合わせの強制力はそんなものだったのか!」

「ヒュー、ヒュー。そんなはずはないよ、アルダープ。君が馬車から降りて路地裏を歩いていたら、偶然にサキュバスと出会ったはずだよ。ヒュー、ヒュー」

「何がそんなはずはないだ! サキュバスなどいなかったではないか! いたのは忌々しいチンピラだけだ! 冒険者風情が、貴族であるワシを虚仮にしおって……!」

 

 まったく忌々しい。

 貴族だと名乗っても態度を変えず、私を散々バカにしていった、あの金髪の男。

 思いだすと腹が立ってきて、一層強くマクスを蹴りつける。

 

「お前がっ! お前がもう少し使える悪魔だったなら、ワシがあんな男に虚仮にされる事もなかったのだ! この役立たず! 役立たずが……!」

「ヒュー、ヒュー。僕の力が上手く働かなかったという事は、僕の力と同等の何かが働いていたのかな。女神か、同胞か……? なぜだろう、なんだかとても懐かしい気配を感じるよ……」

「何をわけの分からない事を! お前に大した力がない事くらい、呼びだしたワシが一番分かっている! もういいっ! すぐに本物が手に入るのだ。今さら夢などどうでもいい! ダスティネス家は、ワシに莫大な借金がある。今、当主が倒れれば……!」

 

 ララティーナが手に入る。

 この無能な悪魔を使い、ワシが長年掛けて進めてきた計画も、ようやく達成されつつある。

 あとは、あの忌々しいダスティネス卿さえいなくなれば……。

 

「マクス! 命令だ! ダスティネス卿を呪い殺せ! 無能な貴様でも、悪魔を名乗るならば人間一人を呪い殺す事くらいは出来るだろう! ついでに、ワシを虚仮にしたあのチンピラも呪っておけ!」

「ヒューッ、ヒューッ! アルダープ! そうしたら、代価を払ってくれるかい? ヒューッ、ヒューッ!」

「ああ、ワシの願いを叶えてくれるなら、代価などいくらでも払ってやるとも! だから、早くララティーナを連れてこい! アレは、ワシのものなのだ!」

 

 

 *****

 

 

 ――王都から戻ってきて、数日が経った。

 シルビア討伐の褒賞金を得て、連日、アクアとともにレストラン通いをしていると。

 

「……よう、カズマじゃねーか。お前さん、紅魔の里ではまた活躍したってな? まったく、その幸運を俺にも分けてくれよ」

 

 通りを歩いていた俺の前に、フラフラと歩いてきたのは、チンピラ冒険者の……。

 

「ダストじゃないか。……お前、大丈夫か? 顔色が悪いけど、風邪でも引いてるのか? 気を付けろよ。回復魔法では治せないんだから、大怪我よりちょっとした風邪の方が怖いって事もあるだろ?」

 

 いつものように締まりのない笑顔を浮かべているが、ダストの目の下にはどす黒い隈があり、足元もふらついている。

 その様子は病人そのもので。

 

「おう……。風邪なら美味い飯食っときゃ治るだろうと思ってな。金を借りようと思ったんだが、リーンは金借りるために仮病まで使うのかとか言いやがった。……あのアマ、風邪が治ったら覚えてやがれ」

「そ、そうか……。なら、これから飯を食いに行くところだし、俺が奢ってやってもいいぞ? ていうか、それって本当に調子が悪いんだよな? 仮病じゃないよな?」

「おいおい、お前さんまで俺を疑うのか? そんな事を言わずに飯を奢ってくれよ」

 

 どうしよう。

 顔色が悪く病人にしか見えないのに、ダストが本当だと言えば言うほど嘘っぽく聞こえてくる。

 

「おいアクア、お前はどう思う?」

「カズマさんカズマさん! 私、あの特大ビーフステーキってやつを食べたいんですけど! 牛肉よ牛肉! この辺では冬牛夏草に寄生されちゃうから、牛肉は貴重なのよ!」

「俺は別に構わんが。病人と食いに行くって言ってるのに、ステーキってのはどうなんだ?」

 

 と、ステーキ屋の看板に目を輝かせていたアクアが、ダストを見て。

 

「臭い! ちょっと、そこのチンピラが臭いんですけど! 超臭うんですけど!」

「お、おいやめろ。きっと、風邪で動けなくて、風呂もロクに入れてないんだよ。飯食ったら元気になるかもしれないし、少しの間だけ我慢してやれよ。それに、言うほど臭くもないと思うぞ?」

「違うわよ。悪魔よ。間違いないわね、これは悪魔の臭いよ。ねえあんた、どこで悪魔なんかに呪われたの? ダストったらえんがちょね」

 

 フラフラしているダストに、アクアが鼻を摘まんだまま遠慮なくペタペタ触れる。

 

「あ、悪魔? ししし、知らねーよ! 俺は悪魔となんか全然関係ねーぞ! いい夢見せてもらったりしてねーからな!」

 

 ……サキュバス喫茶の事を隠したいのは分かるが、そこまで露骨に反応するのは逆に怪しい。

 

「まあ、この程度の呪い、私にかかればちょちょいっと解けるんですけど!」

 

 しかし、空気を読めないアクアは、ダストの不自然な態度を気にも留めず。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 アクアの放った魔法により、ダストの足元に魔法陣が輝く。

 突然の閃光が収まると、目の下の隈がすっかり消えたダストが、不思議そうな顔で立っていて。

 

「お? おお……? マ、マジか。いきなり体が楽になったぞ」

「感謝して! アクア様、呪いを解いていただいてありがとうございますって、私をたくさん褒め称えて!」

「おお、ただの宴会好きかと思ってたが、やるじゃねーか! おいカズマ、奢ってくれるんだろ? ステーキなんて久々だ! 死ぬほど食ってやるから覚悟しろよ!」

「これはお祝いね! チンピラ復活おめでとうパーティーよ! 私の口の中にお肉がいくらでも消えていくっていう芸を見せてあげるわ! もちろんカズマの奢りよね!」

 

 唐突に意気投合し、テンション高くステーキ屋へ向かう二人を見て。

 

「おいふざけんな! なんで俺がお前の分まで奢らないといけないんだよ! というか、体調が良くなったんだったら、ダストも自分の分は自分で払えよな!」

 

 そう言いながらも、褒賞金が手に入ったのだし、俺は奢るつもりで二人の後を追いかけて――!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この学び舎の子供達に演劇を!

『祝福』5,7,12,13、『爆焔』1、既読推奨。
 時系列は、13巻の後。


 ――ある日の昼下がり。

 

「皆に頼みがあるのだが……」

 

 屋敷の広間で寛ぐ俺達に、ダクネスがそんな事を言いだした。

 ダクネスのその言葉に、俺は立ち上がると。

 

「めぐみん! そろそろ爆裂散歩に行く予定の時間じゃないか?」

「そうね! 今日は私も付き合ってあげるわ! 湖に行って、また魚を獲るっていうのはどうかしら! それで、塩焼きにしたり、なんやかんやあって遅くなるかもしれないから、ダクネスの頼み事っていうのはまた今度にしましょう!」

 

 ソファーに寝そべっていたアクアも、誘ってもいないのに立ち上がる。

 そんな俺達にめぐみんは。

 

「まあ、待ってください。爆裂散歩についてきてくれるのは嬉しいですが、いきなり逃げようとするのはどうかと思いますよ。ダクネスは私達の大切な仲間ですし、なんだかんだ言って、二人もダクネスには世話になっているでしょう? 話くらいは聞いてあげてもいいと思います」

「め、めぐみん……!」

 

 逃げようとする俺達を諭すめぐみんに、ダクネスが感動したような目を向ける。

 

「そうは言っても、こいつの頼み事って嫌な予感しかしないんだが。ほっぺにキスくらいで、俺にクーロンズヒュドラなんていう大物賞金首を倒させようとする奴だぞ」

「そそそ、それは……! めぐみんの前でその話は……!」

「……ほう? ダクネスとはいろいろと話をしていますが、その話は聞いた事がありませんね。私がいつになくシリアスな感じのダクネスを心配していた一方その頃、あなたは発情していたわけですか! とんだ痴女ネスですね!」

「ちちち、違ーっ! あれはその男を焚きつけるために言ったのであって、深い意味は……!」

「でもキスしたじゃん」

「……!?」

 

 涙目になるダクネスに、めぐみんがジト目を向けて。

 

「あなたは深い意味もなくキスをするんですか? こないだ、湖にピクニックに行った時も、私達が見ている前でもカズマにキスをしていましたが、あれにも深い意味はなかったのですか? カズマのファーストキスを奪っておいて、深い意味はなかったのですか? 深い意味もなくキスをするだとか、淑女としてどうかと思いますよ!」

「い、いや、意味がないわけでは……、その……」

 

 ダクネスが助けを求めるようにチラチラと俺を見てくるが、俺は何も言わない。

 めぐみんとは仲間以上恋人未満の関係で、ダクネスには告白されて断ったわけだが、二人にはいつまでも俺を取り合っていてもらいたい。

 

「もういいです! こんな気分では痴女ネスの頼み事とやらもまともに聞いてあげられませんし、私は爆裂散歩に行く事にします! ほら、ニマニマしてないでカズマも行きますよ!」

 

 ムスッとした顔のめぐみんが立ち上がり、出掛けようとするも……。

 

「スカー」

 

 ……ソファーに寝そべり、二人が言い争っている間に眠りこけているアクアの姿に、気勢を削がれたらしく足を止めた。

 

 

 

「演劇?」

 

 アクアを叩き起こしている間に、めぐみんが落ち着きを取り戻し、ダクネスの頼み事とやらを聞く事にして。

 お茶を淹れてきたダクネスが、皆にカップを配ってから、話し始める。

 

「そうだ。ダスティネス家が、冒険者から徴収した税金で、孤児院を経営しているのは知っているだろう? あの孤児院では、家庭教師を雇えない周辺の子供達にも知識を教えている。以前カズマが言っていた、学校というやつだ。アイリス様から聞いたのだが、学校というところは勉強をするだけではなくて、文化祭や体育祭といったイベントも行うものらしい」

 

 それは、俺がアイリスに話した事。

 ダクネスはアイリスと仲が良いらしいから、どこかでその話を聞いたのだろう。

 

「子供達にどんなイベントをやりたいかと聞いたところ、演劇をやりたいと言ってな」

 

 聞けばこういう話らしい。

 学校のイベントとして、保護者や観覧希望者を呼んで、子供達の劇を見せる事を企画している。

 要するに、学芸会だ。

 しかし、学校に通っている生徒の人数が少ないため、演目はひとつだけで、演じる事は出来ても見る事が出来ない。

 孤児院の子供達はもちろん、あの学校に通っている生徒達も、あまり裕福ではない。

 劇を見る機会などほとんどないだろうから、この機会に演じる方だけでなく、劇を見る方も体験させてやりたい。

 

「……それで、俺達に劇をやれと?」

「そういう事だ。もちろん、子供に見せるものなのだから、それほど本格的なものでなくていい」

「そりゃ俺達に本格的な劇なんか出来ないが、なんで俺達なんだ? ダクネスは貴族なんだし、貴族の権力を使って、本物の劇団を呼べばいいじゃないか」

「あの孤児院は、冒険者から徴収した税金で運営しているんだ。金は無駄にできない。それと、冒険者にもイベントに参加してもらう事で、あの孤児院との接点を作っておきたいと思ってな。あそこには亡くなった冒険者の子供も多くいるし、ひょっとすると将来冒険者を目指す子が出てくるかもしれない。冒険者と親しくする事で、学べる事もあるだろう。あるいは、引退した冒険者に教えられる事があれば、教師として就職先を斡旋してやる事も出来る」

 

 ……なんか、ものすごくまともな事を言っているのだが。

 ついさっき、めぐみんにやりこめられて涙目になっていたくせに。

 

「この街の冒険者の未来のために、何より子供達のために、協力してはもらえないだろうか?」

 

 そんな、いつになく真面目なダクネスに俺は。

 

「嫌だよ面倒くさい」

「!?」

「今日は夜までダラダラして、夕飯の後にダスト達と出掛ける予定なんだ。そろそろ寒くなってきたし、劇の練習なんかで動きたくない。俺はダラダラするのに忙しいから、そういう事なら他の冒険者に頼んでくれ」

「お、お前という奴は! 毎日何もせずダラダラしているのだから、子供達のために何かしようとは思わないのか! 他の冒険者達は、冬が近いのに税金を徴収され、クエストをこなすのに忙しくしているんだ」

「それってお前のせいみたいなもんじゃないか」

 

 俺の正論に、ダクネスが悔しそうに黙りこむも……。

 こうなる事は分かっていたとでも言うような苦笑を浮かべ、俺に何枚かの手紙を渡してくる。

 

「これは孤児院の子供達が書いた手紙だ。コロリン病の治療をした私達に感謝してくれたもので、誓って私が書かせたものではない。間違いなく子供達の心が篭った、お前宛ての手紙だ。お前はこの手紙を読んでも、そんな態度でいられるのか?」

「……『カズマさん、病気を治してくれてありがとうございます。カズマさんは、薬の材料を手に入れるために、怖い悪魔と戦ったと聞きました。ぼく達が生きていられるのはカズマさんのおかげです。本当にありがとうございます』」

 

 と、俺が手紙を読んでいると、アクアが横からひょいと手を伸ばしてきて。

 

「ねえ私には? 私にもそういうのはないのかしら? ……『アクアさん、遊んでくれてありがとうございます。病気になって苦しかったけど、アクアさんが遊んでくれて楽しかったです。また遊んでください』」

「いやお前は何をやってんの? 俺達が薬の材料を手に入れるために怖い悪魔と戦ってる間、お前は遊んでたのか?」

「何よ! 苦しんでる子供達を安心させるために、楽しく遊んでただけじゃないの。カズマさんこそ、怖い悪魔とか言ってるけど、それってあのペンペンでしょう? あんなののどこが怖いのかしら?」

「あの、ダクネス。私のはないのですか? 私も三人ほどではないですが、薬の調合を手伝ったりと、役に立ったと思うのですが」

 

 手紙を読む俺達を、ダクネスが微笑ましそうに見ていて……。

 

「……どうだ? この手紙を読んでも、お前はダラダラしたいなどと言えるか? 私が知っているカズマは、そこまでのクズではないはずだぞ」

「しょうがねえなあー。こんなの読んだら、面倒くさいとか言えないじゃないか。それにしても、ゼーレシルト伯には清濁併せ呑む事を覚えただとか言ってたが、子供の真心を利用するなんて、お前も汚い手を使うようになったな。よし、じゃあ劇の話をしようか」

「ちちち、ちがーっ! これはお前をその気にさせるために仕方なく……!」

「目的のためなら手段を選ばないとか、ダクネスったら、段々カズマさんみたいになってきたんですけど」

「深淵を覗きこむ時、深遠もまたこちらを見ているというわけですね……」

「……『ヒール』」

「……? アクア、どうして私の頭を治療しようとするんですか?」

 

 三人が口々に言うと、ダクネスが両手で顔を覆う。

 

「劇って言っても、俺は木の役くらいしかやった事ないし、大した事は出来ないぞ」

「まあ見てなさいな! このアクア様が最高の劇をプロデュースしてあげるわ! 全アクセルが泣いた超歴史的大スペクタクルを見るがいいわ!」

「そ、そうか。アクアが何を言っているのかはよく分からないが、二人ともありがとう。……それで、その……、めぐみんはどうだ? やってくれるか?」

 

 さっきまでの言い合いを引きずっているらしく、遠慮がちに問いかけるダクネスに、めぐみんは仕方なさそうに微笑んで。

 

「私は、悪い魔法使いの役をやりたいです」

 

 

 *****

 

 

 開催日時は決まっていないらしいが、準備は進めておいた方がいいだろうという事で、引き続き演目について話し合う。

 

「子供向けの劇って言うと、やっぱりお伽話みたいなのがいいのか? 桃太郎とか、浦島太郎とか」

「なんですかそれは。そんなお伽話は聞いた事がありませんよ」

 

 俺が言うと、めぐみんが首を傾げる。

 

「ああ、俺が住んでた国のお伽話なんだよ。こっちでお伽話っていうと、どういうのがあるんだ?」

「誰でも知っているお伽話っていうと、やっぱりあの勇者の話でしょうか?」

「勇者の話?」

 

 俺の質問にめぐみんが答える前に、ダクネスが。

 

「すまないが、あれは子供達がやる事になっているんだ。出来れば、題材は他のものにしてくれないか」

「そうですか。まあ、有名なお伽話ですからね。確かに、あれは子供達がやりたがるでしょうから、私達は他のものにした方がいいですね。……カズマの言う、その桃太郎とやらは、どういうお話なんですか?」

「桃太郎か。桃から生まれた桃太郎が、犬と猿とキジを手懐けて、鬼退治をする話だな」

 

 俺が桃太郎のあらすじをざっと説明すると、ダクネスがギョッとして。

 

「も、桃から生まれたのか? なんなんだ、そいつは。モンスターではないのか? それに、鬼族と言えば、魔王軍でも精鋭と言われる強力な種族のはずだろう。鬼族と戦うのに、なぜ動物を仲間にするんだ?」

「そんな事を俺に言われても。お伽話なんて子供の頃に読んだだけだし、詳しい事は知らないよ。そうそう、犬と猿とキジを命懸けで鬼退治に付き合わせるくせに、代わりにきび団子をあげるだけなんだよな。薄給でこき使うなんて、ブラック企業の社長みたいだなって子供心に思ったもんだ」

「そ、それは本当に子供向けのお伽話なのか……?」

「団子のために命を懸けさせるとは、なんという鬼畜。そんなお話を聞かされて育ったから、カズマはそんなに狡すっからいんでしょうか?」

「おいお前ら引っ叩くぞ」

 

 俺が語る桃太郎に、微妙な顔をするめぐみんとダクネス。

 確か、昔話にはいろいろと謂れがあって、桃から生まれるのにも、お供が動物なのにも、きび団子で手懐けるのにも意味があったと思うのだが詳しくは知らない。

 と、ダクネスが首を傾げながら。

 

「ま、まあ、少しくらいおかしな物語の方が、子供達も喜ぶかもしれないが……。それは、本当にお前の国で普通に語られているお伽話なのだな? 今お前がでっち上げたのではないのだな?」

「そんなわけないだろ。俺やチート持ちの連中は、こんな感じの話を聞かされて育ったんだよ。あっ、そうだよ! チート持ちの出身地のお伽話って言ったら、子供達も喜ぶんじゃないか?」

「そうですね。何をやるにしても、早めに練習を始めた方がいいでしょうし、他に候補がないのであれば、桃太郎でいいのではないですか?」

「私は構わないが、その桃太郎とやらには悪い魔法使いは出てくるのか?」

 

 桃太郎に乗り気なめぐみんをチラチラ見ながら、ダクネスがそんな事を訊いてくる。

 悪い魔法使いをやりたいと言っていためぐみんを気にしているらしい。

 

「そんなもん出てくるわけないだろ。桃太郎に出てくる悪役は鬼だけだよ」

 

 俺の言葉に、ダクネスが困った顔でめぐみんを見る。

 そんなダクネスに、めぐみんが苦笑して。

 

「そんなに気を遣ってくれなくてもいいですよ。悪い魔法使い役が出来ないのは残念ですが、カズマのいた国のお伽話というのも気になりますからね。詳しい内容を聞かせてくださいよ。どうして、犬と猿とキジは、団子なんかで命を懸ける気になったんですか?」

「い、いや、その辺の詳しいところは俺にもよく分からんが……。ええと、昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいてだな……」

 

 俺は詳しい桃太郎の話を始めて――!

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 屋敷の広間にて。

 

「あの、本当に私が主役でいいのですか? 他にやりたい人がいるのではないですか?」

 

 桃の絵が描かれた鉢巻を頭に巻いためぐみんが、俺達の顔を窺いながらそんな事を言う。

 相変わらず予定は未定なままなので、急ぐ理由などない俺達は、暇な時間にだけ劇の練習をしている。

 

「別にいいって言ってるだろ。俺は主役なんてやりたくないし、ダクネスを桃太郎にすると、お前は残ってる鬼役って事になるが、それだと弱い者いじめしてるみたいで、どっちが悪役か分からなくなるんだよ」

「なにおうっ! 誰が弱い者ですか! 確かに、私は魔法使い職のアークウィザードですが、爆裂魔法で強敵を倒し続け、このパーティーの中でも一番レベルが高いんです! 私のステータスの前では、一般人など相手になりませんよ! 私の言葉が嘘だと思うなら、今すぐ表に出ようじゃないか!」

「お、落ち着けよ。そういう意味じゃなくてさ。そりゃ、俺だってめぐみんのステータスが高いってのは知ってるが、見た目の問題があるだろ? 小さなめぐみんと大きなダクネスが戦ってると、傍から見てる人はめぐみんを応援したくなるもんなんだよ。小さい奴が大きい奴を倒すとスカッとするが、大きい奴が小さい奴を倒しても、なんかモヤッとするだけじゃないか」

「そ、そうなのか? 私とめぐみんが戦っていたら、皆、めぐみんを応援するのか?」

 

 横で話を聞いていたダクネスが、納得いかなそうな顔をするが、俺もめぐみんも気にしない。

 

「私も紅魔族ですし、カズマの言う事も分かりますが……。なんというか、都の人が鬼に困らされているから、鬼を退治しに行こうとか言いだす桃太郎は、私には合っていないと思うのです。どちらかと言うと、好き放題に都を荒らしまわっているという鬼役の方が向いていると思います」

 

 なんという無法者。

 正義の味方みたいな桃太郎より、めぐみんには鬼の方が似合っていると俺も思うが……。

 

「まあ、他にやる奴がいないんだから諦めてくれ。俺なんておじいさんだし、ダクネスだって鬼役は嫌そうにしてるだろ? どうしてもって言うんなら、他に桃太郎の役をやる奴を見つけてこいよ」

「……そ、その、おじいさんとおばあさんは夫婦なのですよね? 私はアクアと代わっても構わないのですが」

 

 めぐみんが顔を赤くして、ボソボソと小声で言う。

 いつもならそんなめぐみんの様子に、一緒になって照れるところなのだが。

 

「そうは言っても、アクアが一番役に合ってるからな」

「……? そうですか? というか、おばあさん役は桃を拾ってくるだけですよね。そのくらいなら、誰がやっても同じではないですか」

「めぐみんったら何を言っているのかしら? 私ほどおばあさん役に成りきれる人材は他にいないわ。珍しくカズマさんも褒めてくれたし、これはアカデミー賞間違いなしね! 私が一番上手くおばあさんを演じられるのよ!」

 

 おばあさんらしく腰を丸め、ドヤ顔をしているアクア。

 そんなアクアの様子に、これでいいのかと俺を窺うように見るめぐみんに、俺は頷いて。

 

「だってコイツ、ババアじゃん」

「ちょっとあんたふざけんじゃないわよ! 住んでた場所の時間の流れが遅かったって言ったじゃない! わあああああああーっ!」

 

 と、俺の言葉に、アクアが涙目になり襲いかかってくる。

 

「おいやめろ。お前はおばあさん役なんだから、騒がしくするのはやめろよ」

「だったらあんたはおじいさんらしく、ポックリ逝っちゃいなさいな!」

 

 揉める俺達の様子を見守っていたダクネスが、少し楽しそうに苦笑しながら。

 

「そんな事より、早く練習を始めた方が良いのではないか?」

 

 

 

「ええと、……コホン! 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。ある日の事、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出掛けました。おばあさんが……」

 

 と、ナレーター役でもある俺が語りだすと、すぐにアクアが。

 

「ちょっとカズマ、あんたに死馬狩りなんて無理よ! ここはアンデッドの専門家である、この私に任せておきなさい。山には私が行くから、あんたは川で洗濯してきなさいな!」

「いや、これはただのお話で……。まあでも、山にアンデッドが出るって言うんなら、俺よりお前が行った方がリアリティがあるかもな。柴刈りと洗濯なんて、どっちがどっちでも大して変わらないだろうし、それなら俺が川で洗濯する事にするよ」

「……それって、私の下着もカズマが洗ってるって事? ねえカズマ、いくら私達がお話の中では夫婦だからって、洗濯に行くフリをして、私の洗濯物をクンクンするのはどうかと思うの」

 

 …………。

 

「昔々、あるところにおじいさんと薄汚いおばあさんがいました」

「なんでよーっ!? 意地悪しないで、私の服も洗濯してよ!」

「ああもう! そんなどうでもいいところでいちいち話を止めるのはやめろよ! いいから話を進めるぞ! 俺が洗濯してると、川の上流から大きな桃が、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきました!」

 

 俺とアクアがめぐみんを見ると、めぐみんは慌てて。

 

「あ、私ですか。……ええと、私じゃなくて、流れてくるのは桃なのでは?」

「今は桃の代わりになるものもないし、とりあえずめぐみんが流れてきてくれ。本番までには、そういう小道具は俺が作っておくよ」

「というか、私は桃から生まれるのですよね? という事は、その時の私は服を着ていないのではないですか。さすがにそれは恥ずかしいので、アクアに拾ってほしいのですが」

「…………」

「おい、今何を想像したのか、詳しく教えてもらおうじゃないか!」

「い、いや待て。これは違う。ちょっと、昔読んだ桃太郎の絵本とか思いだしてただけで、桃の中から全裸のめぐみんが出てきたらエロいなんて考えてない」

「あんまりバカな事を言っていると、桃から出た瞬間に爆裂魔法を撃ちこみますよ」

「それなら桃を真っ二つにするのはアクアに任せる事にするよ。……びっくりしたおじいさんは、桃を持って家に帰りました。家で待っていたおばあさんが、桃を真っ二つにすると……」

 

 と、小道具代わりに、テーブルに置きっぱなしだったナイフをアクアに手渡そうとすると。

 

「お断りします。カズマさんが爆発四散しても私が蘇生してあげるから、桃を真っ二つにするのは任せるわ」

「おいふざけんな。お前、死体が残らなかったら蘇生できないって言ってただろ。俺はダクネスみたいに耐久力のステータスが高いわけじゃないんだから、爆裂魔法なんか食らったら骨も残らないと思うぞ」

「汝、無礼なクソニートよ。女神をババア呼ばわりした天罰を食らいなさい」

「だってババアじゃん」

「ふわああああああーっ! またババアって言った! あんた絶対天罰食らわせるからね!」

「残念、お前は桃を真っ二つにしてめぐみんの爆裂魔法で吹っ飛ばされるから、天罰なんて食らわせられないのでした! 台本に書いてあるんだから間違いないな。まあ、長生きしたんだし、大往生じゃないか?」

「ババア扱いはやめて! 死馬狩りと洗濯を交換したんだから、桃を真っ二つにする役割だって交換するのが筋だと思うんですけど!」

 

 俺とアクアが言い争っていると、めぐみんが。

 

「おい、二人して私の入った桃を押しつけ合うのはやめてもらおうか! もういいですよ。桃の中から爆裂魔法を使い、華麗に登場しますから、二人は安全なところに避難していてください」

「そんな事したら、中にいるお前が爆発四散するんじゃないか? 自分から出るのは構わないが、普通に出てきたらどうだ?」

「派手で格好いい登場は紅魔族的に外せないところなのです。これはお話なのですから、少しくらい事実と違っていてもいいではないですか。それに、私は爆裂魔法使いですからね。爆裂魔法で散るのは本望ですよ」

「……ねえめぐみん、それって桃太郎じゃなくて爆裂太郎のお話だと思うの」

「いいですね! 爆裂太郎! すごくいいと思います!」

 

 アクアの言葉に、めぐみんが瞳を紅く輝かせる。

 

「いや、駄目だろ。チート持ちの出身地のお伽話だって触れこみで劇をやる予定なんだから、前提を覆すのはやめろよな。桃太郎だって言ってるだろ。なんだよ、爆裂太郎って」

「なんですか? 爆裂魔法をバカにするつもりなら、カズマといえど容赦はしませんよ!」

 

 と、桃太郎が誕生しないうちから揉めだす俺達に、まだ出番ではないため、ひとり寂しそうに椅子に座っているダクネスが。

 

「そ、その……。楽しそうに練習しているのはいいのだが、出来れば私も一緒に……。い、いや! 鬼の出番はまだ先なのだから、仕方ないのは分かっているのだが!」

「ちょっと待ってくれ。いい事を思いついた。俺が流れてきた桃を拾わず放っておけば、桃はどんぶらこっこと流れて鬼ヶ島に流れ着くんじゃないか? 後は、桃を食べようとした鬼達が桃を真っ二つにした瞬間、めぐみんの爆裂魔法によって鬼は全滅。都に平和が訪れましたとさ。めでたしめでたしって事にならないか?」

「お、お前はまたバカな事を……! これは、鬼という強大な敵を、仲間達と力を合わせて打ち破る冒険物語ではなかったのか! 爆発物を送りこんで敵を殲滅するなどと、どちらが悪役か分からない事をするのはやめろ!」

 

 桃太郎の話をしている時に俺が適当に吹きこんだ、努力・友情・勝利という漫画の法則を真に受けているダクネスが、俺の素晴らしい提案に反論してくる。

 そんな俺達にめぐみんが。

 

「あの、私を爆発物扱いするのはさすがにやめてほしいのですが」

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 劇の練習が楽しくなってきた俺達は、今日も練習のために広間に集まっていた。

 少し待っていてほしいと言って出かけためぐみんを待つ間、俺が小道具を作り、アクアがお茶を淹れ、ダクネスが『が、がおー?』と鬼っぽさを追求していると……。

 

「お待たせしました!」

「い、いいの? 私まで来ちゃって、本当にいいの? す、すいません。お邪魔します……」

 

 玄関のドアを開け現れためぐみんの後ろから、ゆんゆんが顔を出す。

 

「なんだ、ゆんゆんを呼びに行ってたのか?」

「いらっしゃい! 今、ゆんゆんの分のお茶も淹れてくるわね!」

「お、おお、お構いなく!」

 

 お茶を淹れに行くアクアに、ゆんゆんがオロオロしている中。

 めぐみんが俺の下へやってきて。

 

「カズマカズマ。言われたとおり、代わりの桃太郎を連れてきましたよ。爆裂太郎も良かったですが、やはり私は桃太郎より、鬼役の方が似合っていますからね。ゆんゆんなら、桃太郎にぴったりです」

「そういえば、桃太郎の役が嫌なら代わりを連れてこいって言ったっけ。まあ、冒険者が劇を手伝ってくれるのはありがたいし、本人がいいって言ってるなら俺は構わないけど。……でも、ゆんゆんが桃太郎にぴったりってのはどういう意味だ?」

「あ、あの、カズマさん。桃太郎ってなんですか?」

 

 俺とめぐみんのやりとりを聞いていたゆんゆんが、おずおずと基本的な事を訊いてくる。

 

「お前、そんな事も教えないでつれてきたのか?」

「皆で劇をやる事になったけど参加しますかと言ったら、喜んでホイホイついてきたんですよ。この子はそのうち、これから合コンやるから一緒に来いよなどと言われて、チンピラ冒険者と夜の町に消えていく事になるでしょう……」

「や、やめて! 私、そんなにチョロくないから!」

 

 めぐみんのリアルな予言に、涙目になるゆんゆん。

 そんなゆんゆんに、なんだかんだ言って面倒見のいいめぐみんが、劇をやる事になった経緯や、桃太郎について説明する。

 

「――というわけで、桃太郎はあなたに任せました」

「ええっ! 私が主役なの!? む、無理! そんなの絶対無理だから! 私なんて、きび団子の役で十分だから!」

 

 と、うろたえるゆんゆんの肩に、めぐみんが手を置いて。

 

「落ち着いてください。そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。桃太郎の役はあなたにぴったりではないですか。人間の仲間が出来なくて動物を仲間だと言い張るところなんか、まりもを友達だと言い張っているぼっちのあなたとよく似ています」

「あんたちょっと待ちなさいよ! い、今は他にも友達くらいいるし……! それに私はぼっちじゃなくて、ソロパーティーだから……!」

 

 

 

「……ええと、旅に出た桃太郎は、やがて犬と出会いました。犬は桃太郎が持っているきび団子を欲しがりました」

「き、きび団子が欲しいの? そ、それなら代わりに、私と鬼退治に……、…………」

「にゃー?」

 

 ゆんゆんの声がどんどん小さくなっていく。

 犬役のちょむすけが首を傾げる中、ゆんゆんが涙目で俺を見て。

 

「あの、カズマさん。どうして私は動物を仲間にしないといけないんですか? 劇の中でくらい、普通の人間を仲間にしちゃ駄目ですか?」

「うっ……。そ、そうだな。まあ、桃太郎の正しいあらすじなんて誰も知らないだろうし、普通の人間を仲間にしてもいいんだが、その……、俺はおじいさんとナレーターだし、アクアはおばあさんと演出だし、めぐみんは鬼をやりたがっていて、他に演じる人がいないんだよ。ダクネスを鬼役から外すと、また弱い者いじめっぽくなっちまうしなあ……」

「まともな仲間が欲しかったら、私みたいに人を呼んでくるんですね。ぼっちではないと言うんなら、友達を連れてきてもいいんですよ!」

 

 鬼役の似合うめぐみんが、そんな事を……。

 ……や、やめてやれよ。

 

「なあカズマ。今日も鬼の出番はないのだろうか?」

 

 ションボリした顔で俺に訊いてくるダクネスに、そんなダクネスの隣に座るめぐみんが。

 

「まあいいではないですか。鬼は毎日、都から盗んできたお金で宴会をしているらしいですよ。私達も鬼役として、桃太郎が来るまで楽しく騒いでいる事にしましょう」

「そ、そうか? 昼間から酒を飲むのはどうかと思うが、今の私は鬼の役だからな……」

 

 めぐみんが向こうに行った途端、鬼役がロクでもない感じになってるんだが。

 と、アクアが俺の服の袖をクイクイと引いて。

 

「カズマさんカズマさん。私もあっちに行きたいんですけど」

「おいやめろ。お前はおばあさん役なんだから、これ以上桃太郎の味方を減らすのはやめろよ」

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 その日、屋敷の広間に集まったのは、俺とアクア、めぐみん、ダクネスと、ゆんゆん。

 そして……。

 

「よう、来てやったぞクソガキ。約束通り、後で奢ってもらうからな! 奢ってくれるならカズマでもいいけどな!」

「そこのぼっち娘に呼ばれて来てやったぞ。まあ、我輩はいずれ悪感情を発するであろう子供達の味方である。道化をやるくらいならば付き合ってやらんでもない」

「突然お邪魔してすいません。あの、アクア様。出来れば結界を弱めていただけませんか? なんだか肌がピリピリするんです」

 

 ゆんゆんの数少ない友達である、ダストとバニル、ウィズ。

 三人を連れてきたゆんゆんは、勝ち誇ったようにめぐみんを見て。

 

「どう、めぐみん? あなたに言われたとおり、猿と犬とキジの役をやってくれると、と……を連れてきたわよ!」

「おいララティーナ、茶を持ってこいや! 一番高級なヤツにしてくれよ! 一応貴族の令嬢なんだし、どうせ高い茶を飲んでるんだろ?」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! 老婆の役とは似合っているではないか。とうとう自分がババアである事を認めたか、老朽化したトイレの女神よ!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「……あなたの連れてきた友達とやらのせいで、いきなり大変な事になっているのですが」

「す、すいません! 私のと、とも……がすいません!」

 

 我が物顔で茶を要求するダストや、いきなりアクアを挑発するバニルの行動に、ゆんゆんがぺこぺこと頭を下げる。

 そんな事より、バニルが避けたアクアの魔法がウィズに当たっているんだが……。

 

「まあ落ち着け。お前ら落ち着け。お前らに仲良くしろって言っても無駄なのは分かってるが、家具とか壊れると困るし、室内で暴れるのはやめろよ」

「あ、あいつが……! あのヘンテコ悪魔が、私の事、ババアって……! うっ、うっ……!」

「お前、ガチ泣きする理由がそんなのでいいのか……? わ、分かったよ。おじいさんとおばあさんは、日本の昔話によくいる登場人物ってだけで、桃太郎を育てて送りだせばいいんだし、普通の村人って事にすればいいだろ」

 

 ここのところ、俺がババア呼ばわりする度に怒っていたアクアが悔し泣きするので、俺が慰めるためにそんな事を言うと。

 

「ちょっと待ってくださいよ! おじいさんとおばあさんだと言うから、カズマとアクアが夫婦という設定でもまあいいかと思っていたんですよ! 普通の村人だって言うんなら、私が妻の役をやるべきだと思います!」

「ま、待ってくれ。これは劇なのだし、そういう事なら私がカズマの、つ、つ、妻の役でもいいのではないか?」

 

 めぐみんとダクネスが、おばあさん、もとい村人の妻の役をやりたがる。

 そんな二人の様子に、ゆんゆんとウィズが驚いた表情で顔を赤らめ、ダストがニヤニヤし、バニルがつまらなそうな顔をする中。

 アクアは。

 

「本当? それじゃあ私は、鬼の役をやるわね。鬼なんだから、桃太郎が来るまで、都から奪ってきたお酒で楽しく宴会をしている事にするわ!」

 

 嬉しそうにそう言うと、アクアは台所から酒を持ってきて、ソファーに寝そべって飲みだした。

 ……チンピラとリッチーと悪魔を味方に付けて、女神を討伐しに行く魔法使いの女の子。

 相変わらず、どっちが女神か分からない。

 

「ダクネスはきっぱり振られたのですから、諦めるべきだと思います! エロい体を使って迫るとか、はしたないとは思わないのですか!」

「そ、それは……! い、いや、これは劇だ! 劇なのだから、別に私がカズマの妻役でも構わないはずだ!」

「カ、カズマさん! 二人を止めなくていいんですか?」

 

 言い争う二人の様子に、ゆんゆんが俺に助けを求めるような目を向けてくる。

 

「ちょっと待ってくれ。俺の事を好きな二人の女の子が、俺の事を取り合うなんて状況、すぐに止めちまったらもったいない」

「……カズマさん…………」

 

 おっと、ゆんゆんがゴミを見るような目で俺を見てますね。

 ついに最低とすら言われなくなった。

 

「よし分かった! 二人とも、こういうのはどうだ? これは現実じゃなくて劇なんだし、この際ハーレム展開でも……、…………」

 

 その時、俺に電流走る――!

 アクアの退魔魔法を食らって薄くなっているウィズが、見た事もないような冷えきった目で俺を見ていた。

 これはマズい。

 少し前にちょっとした勘違いで傷心したウィズは、恋愛とか結婚とかいう単語に敏感になっている。

 これ以上おかしな事を言うと、あのデュークとかいう男みたいな目に遭わされるかもしれない。

 いや、温厚なウィズに限ってそんな事は……。

 …………。

 

「桃を拾って桃太郎を育てて送りだせればいいんだし、おばあさんはいなかった事にしてもいいんじゃないか?」

 

 と、そんなヘタレな事を言う俺にバニルが。

 

「……ふぅむ。傷心店主のイラっとした悪感情は、あまり美味くないな。どちらかを選べと言われどちらも選べぬ優柔不断な小僧よ。ここはひとつ、愛の言葉でも囁いた後にドッキリでしたと言い、あの娘らの羞恥の悪感情を引きだしてみてはどうか?」

「やかましい。お前が余計な事を言ったせいで、こっちにまでとばっちりが来てるんだからな」

 

 

 

「……昔々あるところに、優柔不断でヘタレな冒険者がいました。おい、ちょっと待ってくれ。こんな設定はなかったはずだ。台本を勝手に書き換えるのはやめろよな」

「いいからさっさと川へ洗濯をしに行ってはどうですか?」

「わ、分かったよ。ある日、男が川で洗濯をしていると、川の上流から大きな桃がどんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきました。貧乏でパンの耳ばかり食べている男は、桃を持ち帰って食べる事にしました。ところが、桃を切ってみると、中から女の子が……! いや、なんで女の子なんだよ? ここは赤ん坊のはずだろ?」

「そこは設定を変えておいた。貧乏でパンの耳ばかり食べているような男に、赤ん坊を育てられるはずがないからな」

「そ、それはそうだが……。なあ、さっきから台本に悪意を感じるんだが」

「あの、カズマさん。続けてもらっていいですか?」

「分かったよ! とりあえず続けるぞ!」

 

 桃から出てきたゆんゆんに促され、俺は台本の続きを読む。

 

「その頃、王都では鬼が暴れ、市民を困らせていました。冒険者となり、めきめきと実力をつけてきたゆんゆんは、この鬼を退治するために旅立つ事にします。しかし、狡すっからいだけで、実力もなく優柔不断で、今やヒモ同然となっている男を、危険な旅に連れていくわけにはいきません。お前ら、後で覚えてろよ」

「そんな事ないわ! そんな事ないですカズマさん! 優柔不断でもヘタレでもヒモ同然でも、仲間がいるって素敵な事なんです! ひとりは寂しいんです! 危険な旅かもしれませんが、あなたの事は私が必ず守りますから! だから、だから……!」

 

 と、台本を書き換えためぐみんとダクネスを睨む俺に、ゆんゆんが必死にそんな事を言う。

 

「よし分かった。一緒に鬼退治に行こうか!」

「あなたは何をバカな事を言っているんですか? そんな事、台本には書いていませんよ! ヒモ男の役目はゆんゆんを送りだす事なのですから、後はナレーションに徹してください。ゆんゆんもすぐに仲間はやってきますから、少しくらい我慢してくださいよ」

「そんな! ここでカズマさんを連れていかなかったら、私は一生後悔するわ! 仲間がひとりくらい多くてもいいじゃない! めぐみんに何を言われても、私はカズマさんを連れていくわ!」

「ああもう! こんなところに冒険者設定の弊害が!」

「まあいいじゃないか。ゆんゆんもこう言ってる事だし、俺もゆんゆんと一緒に行ってやりたい。台本なんか、どうでもいいんだ。大事なのは、俺がゆんゆんの味方をしていると、鬼役のお前らを退治できるという事だ」

「この男!」

 

 めぐみんがいきり立つ中、ソファーに座る鬼達は。

 

「ぷはーっ! 昼間から飲むお酒は最高ね! 私、鬼って向いているかもしれないわ!」

「お、おいアクア。これはあくまで劇なのだから、本物の酒を飲まなくてもいいのではないか?」

「でかいおっぱいのくせに、細けえ事気にすんなよ! そんな事より、次の酒持ってこい!」

「胸は関係ないだろう! というか、どうしてダストまで酒を飲んでいるんだ? お前は鬼役ではないはずだ」

「細けえ事気にすんなっつってんだろ? 実は俺は人間どもをスパイするために動物の振りをしていた鬼だとか、そんな感じだよ」

「ねえダクネス。これは劇なんだから、鬼は最後にはやられちゃうのよ! それなら、今のうちに楽しんでおかないと損じゃない! ダクネスも飲んで! ほら、クイっと行っちゃいなさいな!」

「い、いや、しかし……」

 

 ……あっちはあっちで結構楽しそうだ。

 

「フハハハハハハハ! 我輩は犬である! そこを行く友達いなさそうな娘よ。鬼退治をしたいのならば、我輩を連れていくが吉。対価は腰にある団子で良いぞ。団子ごときでこの我輩を味方に出来るとは、汝は実に運が良い!」

「ど、どうも。キジです。私も鬼退治を手伝うので、お団子をくださいませんか?」

「い、いいんですか? 鬼退治は危ない旅らしいですが、本当に私についてきてくれるんですか? どうしようめぐみん! 私に三人も仲間が出来た……! 私、私……、この旅で死んでも悔いはないわ!」

「ゆんゆん? 落ち着いてください。その……、これは劇ですからね?」

 

 いきなり重い事を言いだしたゆんゆんに慌てるめぐみん。

 そんなめぐみんに、俺は。

 

「『バインド』」

「……!? カズマ!? なんですかこれは! いきなりどういうつもりですか! あっ、あっ、待ってください! さっきの事は謝るので、ドレインタッチはやめてください! 今日はまだ爆裂散歩に行ってないんです!」

「カ、カズマさん!?」

 

 俺がめぐみんをバインドで縛って転がし、念のためドレインタッチで魔力を奪うと、さすがに驚いた様子でゆんゆんが声を上げる。

 

「落ち着けゆんゆん。さっきからうろちょろしていたが、こいつは鬼のスパイだ」

「ええっ!」

「そんなわけないでしょう! いえ、鬼の役なのはそうですが、別にスパイとしてゆんゆん達にくっついていたわけではないですよ! 私はただ、劇を円滑に進めるために……」

「ほーん? 台本をめちゃくちゃにしたくせに、劇を円滑に進めるとか何言ってんの? お前らだって台本を無視したんだから、俺が台本を無視したっていいはずだ。ダストもいつの間にか鬼側になってるしな」

「あんなチンピラはいらないので、引き取ってほしいのですが!」

「いらない。というか、今ってちょうど四対四で、人数が同じなんだよ。俺はめぐみんを抑えておくから、皆は今のうちに他の鬼達と戦ってくれよ」

「わ、分かりました!」

「ちょ……!? なんですか? 動けない私に何を……! ゆんゆん! 助けてください! 親友のピンチですよ!」

 

 鬼ヶ島に向かうゆんゆんを見送り、俺はめぐみんに……。

 ……いや、別に何もしないぞ。

 何もしないが、めぐみんが勝手に暴れてスカートがめくれているのは俺のせいじゃないよな?

 相変わらず、黒が好きだなあ……。

 

「王都を襲う鬼達、覚悟してください!」

「あん? なんだよクソガキ。俺達と戦おうってか? 紅魔族のクソガキに、魔道具店の店主とバニルの旦那が相手とあっちゃ、俺が戦うわけには行かねえな! そこのなんちゃって貴族を好きにしていいから、俺の命だけは助けてくれ!」

「んなっ! 貴様、それでも市民を守る冒険者か!」

「何を言ってるんだ? 今の俺は冒険者でもなんでもない、一匹の鬼だぜ? オラ! 分かったらお前が前に出て俺を守れ!」

 

 ダストが最低な事を言いながら、ダクネスの背中を押して前に出す。

 

「くっ……! 不本意だが、こんな下衆でも今は仲間だ。守るべき者を私情で選んだりはしない! 相手にとって不足はない! さあ、かかってこい!」

 

 お、おお……。

 ……なんだろう、普段のクエストや戦闘の時より、ダクネスが格好いい気がする。

 背後を守るように、両手を広げ足を開いてバニルと向かい合うダクネスに、バニルが。

 

「良かろう! 我輩も少し本気でおちょくってやろうではないか。……ふぅむ? 意中の小僧のファーストキスを奪い、仲間へのちょっとした優越感とそれなりの罪悪感を抱く娘よ。隠した日記に妄想を綴って悶々とするくらいなら、仲間に気など遣わず、さっさと実行するが吉。好きなだけ乳繰り合って、産み増えるが良い」

「わああああああああ! よよ、余計な事を言うな!」

「フハハハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である美味である!」

 

 ダストが速やかに土下座し、ダクネスがバニルにおちょくられる中。

 アクアは……。

 

「あ、あの、カズマさん。どうしましょうか?」

 

 困った顔のウィズが、そんな事を訊いてくる。

 ウィズの視線の先では、酒を飲みすぎて酔いつぶれたアクアが、ソファーに寝そべって眠っていた。

 

「まあ、俺達の勝ちって事でいいんじゃないか」

 

 めでたしめでたし。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 その日も劇の練習をする事になった俺達は、冒険者ギルドの酒場に集まっていた。

 それというのも……。

 

「小さな子供達のために……! めぐみんさんとゆんゆんさんとアクア様と一緒に……! それに、それに……、あの可愛らしいお嬢さんまで……? 一生ついていきますアクア様!」

「二人で力を合わせてあの邪悪なヘンテコ仮面を消し飛ばしてやりましょう!」

「仰せのままに!」

 

 幸せそうな笑顔を浮かべた、アクシズ教徒のセシリー。

 

「ママ!」

「シルフィーナ、外でママというのは……。い、いや、もういい。どうせ、皆に知られてしまっているのだからな」

「……! ありがとう、ママ……!」

 

 ダクネスに頭を撫でられて嬉しそうにしている、ダクネスのいとこ、シルフィーナ。

 

「しょ、少女よ。すまないが少し横にずれてくれないか。キミの目の前では浄化しないと言っていたが、あの凶暴な女神がすごい目で見ているのだ」

「ゼーレシルトよ。そこまであのハズレ女神が恐ろしいなら、汝は店番をしていても良かったのだぞ?」

「ししし、しかしバニル様! 万一、店番中にあの女神がやってきたら、私は今度こそ消滅させられてしまいます! この街で最も安全なのは、この少女の傍なのです!」

 

 シルフィーナを盾にしてアクアの視線を避けようとする、ペンギンみたいな着ぐるみの悪魔、ゼーレシルト。

 

「こんな面白そうな事をやってるんなら、もっと早く私達に教えてくれれば良かったのに!」

「そうだぜ! お前だけ奢ってもらうなんて、そんな美味しい話なら俺にも教えてくれよ!」

「酒代などはどうでもいいが、カズマ達の言うように冒険者の将来に関わる事ならば、俺達も手伝わせてもらいたい」

「そうよ! 私達だって、いつまで冒険者を続けられるか分からないんだから。あんた達も、カズマに奢らせようとかバカな事ばかり言ってないで、少しはララティーナちゃんを見習ったら?」

「チッ! こうなるからお前らには教えたくなかったんだよ!」

 

 そして、ダストと、ダストのパーティーメンバーである、リーン、キース、テイラー。

 めぐみんとゆんゆんはまだ来ていないが、すでに十二人もいる。

 屋敷の広間で劇の練習をするには人数が増えすぎたので、冒険者ギルドの受付のお姉さんに事情を説明し、あまり人のいない時間にだけ、酒場の隅のスペースを貸してもらえる事になった。

 

「すいませーん! 店員さん、クリムゾンビアーひとつ!」

「おいお前ふざけんな。いきなり酒頼んでんじゃねえ! すんません。今の注文、なかった事にしてください!」

「何よ! 邪魔しないでよ! 私は鬼の役なんだから、宴会してて当たり前じゃない!」

「お前、こないだは酔いつぶれて寝てただろうが! 劇の練習中に寝てどうすんだ!」

「はあー? カズマったら知らないの? 鬼っていうのはね、酔って寝ている間に退治されちゃうものなのよ。日本のお伽話の中にも、鬼にお酒を飲ませて寝ちゃったところを襲う話があるでしょう?」

「そ、そうなのか?」

 

 コイツ、急にそれっぽい事を……!

 

「いや、ちょっと待て。どっちにしろ、練習中に酔いつぶれて寝てていい理由にはならないだろ。皆頑張ってるんだから、お前も少しくらい頑張れよ。というか、そもそも何をやるのかもよく分からなかったから気にしてなかったが、演出をやるとか言ってなかったか?」

「そういえばそうね! でも、前はおばあさん役で、最初の方しか出番がなかったけど、鬼の役は宴会をしていないといけないし、演出までやるのは無理ね。せっかく人が増えたんだし、私以外の誰かにやってもらいましょう」

「別に鬼の役は宴会してないといけないってわけでもないけどな」

「すいませーん! この、冬期限定の地獄極楽甘辛ネロイドひとつ!」

 

 ……コイツはもう放っておこう。

 俺は、集まってくれた人達に目を向けて。

 

「……ええと、めぐみん達が来るまでに、とりあえず劇の元になるお伽話について説明するぞ」

 

 と、そんな時。

 

「たのもう!」

 

 ギルドのドアが開き、めぐみんとゆんゆんが入ってくる。

 

「なんだよ、タイミングが悪いな。今から桃太郎の話をするところだったんだよ。お前らが来ないうちに、話しておこうと思ったのに」

「す、すいません……」

「あ、いや、今のはゆんゆんに言ったわけじゃ……!」

 

 俺の軽口にゆんゆんが涙目になり、俺が慌てる中。

 めぐみんは。

 

「だったら、タイミングが良かったですね。人が増えるという話だったので、いい加減に台本をきちんと見直すべきだと思って、助っ人を連れてきたんですよ。桃太郎の話をするなら、あの子にも聞かせてあげてください」

 

 めぐみんに促され視線を向けると、そこにいた人物が、ローブをバサッと翻して。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、作家を目指す者!」

 

 紅魔族流の名乗りを上げたのは、めぐみんやゆんゆんの同級生にして作家志望である、あるえ。

 あるえは、おかしな名前や奇抜な名乗りにリアクションを取れない人々を気にせず、マイペースに俺の下にやってくる。

 

「やあ、久しぶりだね、外の人。お伽話は結構読んだつもりだったけど、桃太郎というのは聞いた事がなくてね。他にもいろいろと知っているんだって? 今日は君の知っているお伽話を聞かせてもらいたくて来たんだよ」

「お、おう……。まあ、別にお伽話を話すくらいは構わないが、これから劇の練習をするから、それが終わってからでいいか?」

「構わないよ。でも、劇の台本を書き換えてほしいのなら、先に桃太郎の話をしてくれるかい?」

「うーん。そうだなあ……」

 

 俺は集まってくれた人達に。

 

「なあ、ここにいるのって、全員役者って事でいいのか? 裏方をやりたい奴とかいないのか?」

「俺はあまり派手な事が似合う方ではないから、裏方が必要なら裏方をやろう。しかし、カズマほど器用にいろいろな事が出来るわけでもないぞ?」

 

 そんな事を言うテイラーに、リーンが。

 

「えー? こんな機会なかなかないし、テイラーも一緒に舞台に立とうよ! 私達四人で、冒険者パーティーの役とか!」

 

 桃太郎に冒険者なんて出てこないが……。

 

「わ、私、ママと一緒の役がいいです……!」

「そうか。では、シルフィーナは可愛い小鬼の役だな」

「ダスティネス卿、貴方の娘は体が弱いのだろう? 小鬼には子守りが必要なのではないか?」

「ゼーレシルト伯。その、シルフィーナは娘ではないのだが……」

 

 シルフィーナが控えめに可愛らしい主張をし、ゼーレシルトがアクアの視線にビクビクしながら必死に主張する。

 

「あの、カズマさん。こんなに人がいるんなら、私が桃太郎の役をやらなくてもいいと思うんですけど……。その、他に主役をやりたい人もいるかもしれないし……」

「ゆんゆんは相変わらずおかしな事を言いますね。紅魔族たるもの、主役か悪役をやって目立とうとするべきではないですか?」

「わ、私はそんな……! 別に目立たなくていいから……! 脇役でいいから……!」

「じゃあゆんゆんはきび団子の役でもやっていればいいですよ」

「分かったわ。私、きび団子の役をやる……!」

「冗談に決まっているでしょう! なんですか、きび団子の役って?」

 

 紅魔族としての感性の違いで言い合うめぐみんとゆんゆん。

 

「カズマさんカズマさん。小道具でしたら、ウチの店の魔道具を少し融通できますよ。蓋を開けると爆発するポーションや、空気に触れると爆発するポーションを使えば、きっと子供達も喜んでくれるはずです!」

「たわけ! 子供のお遊戯会に、爆発する系のポーションを使う奴があるか! ここぞとばかりに在庫を放出するでない!」

「ち、違います! 私はただ、子供達を喜ばせたくて……!」

 

 過激な事を言いだすウィズと、子供が関わっているからか常識的な事を言うバニル。

 

「店員さーん! 今度は普通のネロイドをちょうだい! ねえカズマさん。ネロイドが来たらフリーズをしてよね! そろそろ寒くなってきたけど、ギルドの中は暖かいし、人が多くて熱気もすごいから、冷たいネロイドを飲みたい気分なの!」

「お、お前……。皆結構やる気になってるんだから、少しくらい協力したらどうなんだ?」

「何よ! 私は最高の鬼役をやってるわよ! 私の鬼っぽくないところって言ったら、飲んでるのが本物のお酒じゃないところくらいじゃないかしら!」

「アクア様! 厨房からこっそりクリムゾンビアーをいただいてきました!」

「よくやったわセシリー! あなたに鬼ポイントを十点あげるわね!」

「ありがとうございます!」

 

 劇だのなんだのと関係なく、完全に宴会ムードのアクアとセシリー。

 コイツら駄目だ。

 

「……『スティール』」

「あっ! ちょっとあんた何すんのよ。私のお酒返しなさいよ!」

「あーっ! いくらアクア様と仲が良いからって、なんて事を! なんですか、好きな子に振り向いてほしくて意地悪したくなっちゃうっていう、思春期の男の子的なアレですか? アクア様の愛は我々すべてに降り注がれるものなので、そんな風に独占しようとするのはいけないと思います。どうしてもって言うんなら、私の事をセシリーお姉ちゃんと呼んで、アクア様の代わりに崇拝してくれてもいいですよ」

「言ってる意味が分からないし分かりたくもない」

 

 と、そんな話をしていると、受付のお姉さんが俺達に近づいてくる。

 

「あの、サトウさん。少しいいですか?」

「な、なんですか? ひょっとして、騒ぎすぎですか?」

「いえ、今は酒場のお客さんもいませんし、少しくらい騒いでも大丈夫ですよ。ダクネスさん……ダスティネス卿の施策には、冒険者ギルドとしても期待しているので、劇には出来るだけ協力したいと考えているんです。職員ももちろん手を貸しますし、冒険者の皆さんにも事情を説明して、場合によってはクエストといった形で協力を要請する事も出来ます。ですから、裏方については私達にお任せください。さすがに無料というわけには行きませんが、小道具や衣装も揃えられると思います」

「……マ、マジで?」

 

 俺達のパーティーだけでちょっとした劇をやるつもりが、思ったより大事になってきた。

 

「ええと、それじゃあ、ここにいる十四人が役者って事で、登場人物はそれくらいのつもりで台本を書いてもらえるか? アクアの魔法があれば一人二役とかも出来るだろうし、少しくらい増えたり減ったりしてもいいからさ」

 

 お姉さんの話を聞いて、俺があるえにそう言うと。

 あるえは頷きながら紙とペンを取り出して。

 

「登場人物は大体十四人だね。それじゃあ、桃太郎の話を聞かせてもらおうか」

 

 少しだけ瞳を紅くして、そう言った。

 

 

 

「昔々、ある川を、少年の死体が流れていた……」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 ナレーター役を買って出たあるえの言葉を止める。

 劇に協力してくれる人々の顔合わせから、一日が経っている。

 

「なんだいカズマさん。まだ物語は始まったばかりなのだけれど。それに、このお話にはカズマさんから聞いたお伽話を下敷きにして、いろいろと伏線を仕込んでいるんだ。文句を言うなら物語が終わってからでも遅くはないと思うよ」

 

 筆が乗ったからとひと晩で台本を仕上げたあるえは、徹夜明けのせいか少しテンションが高い。

 

「そ、そうか。というか、その少年の死体って俺なんだよな?」

「そうだよ。勇者カズマが悪魔を倒すお話なんだ」

 

 ……桃はどうなったんだろうか。

 

「なあダクネス。確か、子供達がやる劇も、勇者の話じゃなかったか? ネタが被ってる気がするんだが」

「……ん。しかし、台本を書き直してくれとこちらから頼んだのに、出来上がったものに文句を言うのは……」

 

 俺がひそひそとダクネスに耳打ちすると、ダクネスは困った顔で、目をキラキラさせているあるえを見る。

 

「ま、まあ、分かった。とりあえず最後まで聞くよ。話を続けてくれ」

「いいとも。少年の死体が流れ着いたところでは、ちょうど美しい女神が洗濯をしていた。女神が死んでしまった少年のために涙を流すと、その涙が少年の顔に当たり、少年は息を吹き返す」

「その女神っていうのは私の事ね! 鬼の役じゃなくなっちゃうのは残念だけど、女神の役っていうのは私にぴったりだわ!」

「さすがです、アクア様!」

 

 というか、女神が普通に川で洗濯してるんだけど……。

 

「少年を殺したのは、大悪魔バニルミルド。王都を裏から支配している悪魔と戦い、少年は家族もろとも殺されてしまったのだった……。復讐を誓う少年が、やがて大きく成長し、女神とともに王国を救う物語が、今始まる……!」

「変わりもののネタ種族の中でも変わり者の娘よ。我輩達悪魔にとって、人間は美味しいご飯製造機であり、上位悪魔が無暗に人の命を奪うような真似はしないものなのだが」

 

 物語の始まりを邪魔するバニルの言葉に、あるえは首を傾げながら集まった人々を見て。

 

「そうなのかい? それは困ったね。一応、集まった人達に似合った役を作ってきたつもりなのだけれど。魔道具店のお姉さんは、温厚そうだから悪役が似合わないし……」

 

 と、あるえの視線がひとりの人物で止まり。

 

「……カズマ少年を殺したのは、チンピラ冒険者のダスト」

「いきなり話がせせこましくなりましたね」

 

 めぐみんのツッコミに、俺を殺したと言われたダストが。

 

「あん? いいじゃねーか。俺がラスボスって事だろ? アクセルの街を牛耳っているこの俺が、王都を裏から支配してるってのは悪くない設定じゃねーか! オラオラ、ダスト様のお通りだ! 酒だ! 酒持ってこい! おうクソガキ、酌しろや!」

「クソガキって呼ばないで! 劇で大物の役をもらったからって、いきなり態度が大きくなるのはどうかと思いますよ。そういうところがすごく小物っぽいです」

「お、お前……。相変わらず言う事はハッキリ言うじゃねーか」

 

 そんな、仲が良いんだか悪いんだか分からない二人のやりとりを見ていたあるえが、ポツリと。

 

「……チンピラの情婦、ゆんゆん」

「ちょっと待って! この人の情婦なんて冗談じゃないわ! 変な設定を付け足さないで!」

「駄目かい? ゆんゆんは、めぐみんのライバルとして登場する予定だから、ラスボスと因縁を結んでおくのは悪くないと思うんだよ」

「わ、私って、劇の中でもめぐみんのライバルなの?」

「私にとっては、二人がちょっとした事で勝負をしているのは当たり前の事だったからね。皆に似合った役を作ろうとしたら、ゆんゆんはめぐみんのライバルって事になってしまったんだよ」

「そ、そっか。そういう事なら、……でも、ダストさんの情婦……。ね、ねえ、せめて協力者とかにならない?」

「それだと悪女っぽさが足りないのだけれど。ゆんゆんが嫌がるなら仕方ないかな」

 

 あるえの言葉に、ゆんゆんがホッと息を吐く。

 

「続けてもいいかな? ……王国を救うために旅立った少年と女神は、王都までの通り道のとある領地で、行き倒れている魔法使いと出会う。その少女こそ、爆裂魔法を操る魔法使い、めぐみん。……運命の出会いだった」

「おっと、私の出番ですね。我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺魔法は山をも崩し、岩をも砕く……! ……というわけで、優秀な魔法使いはいりませんか? ……そして図々しいお願いなのですが、もう三日も何も食べていないのです。出来れば何か食べさせてはいただけませんか?」

 

 ……なんだろう、すごく既視感があるんだが。

 めぐみんもあるえの方をチラチラ見て、微妙な顔をしている。

 

「……飯を奢るくらいわけないけどさ。その眼帯は……あれっ? そういやお前、最近眼帯なんて付けてないじゃないか」

「え、ええ、まあ。ぶっちゃけ見にくいだけですし、たまにカズマがパッチンしてきて痛いので、いつの間にか付けなくなりましたね」

「おや、それは失敬。なら、この眼帯の下りは削っておく事にするよ」

「いえ、紅魔族的に眼帯は必要です。仕舞ってあるだけで、なくしたわけではありませんし、本番には付けてきますから、ある事にして話を進めていいですよ」

「そうかい? 大切にしてくれているのなら、あげた甲斐があったね。……爆裂魔法使いめぐみんを仲間にした少年と女神は、その領地を治める貴族の悪政について聞く。なんと、その地を治めるゼーレシルト伯の正体は悪魔で、バニルミルドの部下だったのだ」

「……紅魔族の少女よ。私はこれでも、自分の領地ではそこそこ善政を敷いていたつもりなのだが」

「そうなのかい? まあ、そこはお話の都合という事で目を瞑ってほしい。悪魔といえば悪い事をしているものだろう?」

 

 ……あれっ?

 これって、王国の中でもほとんど知ってる人がいないような秘密じゃなかったのか?

 誰かがあるえに喋っちまったのか?

 俺の視線に、バニルがニヤニヤし、ゼーレシルトがぶんぶんと首を振る中、一緒に旅をしているという設定なので、俺の隣に立っているアクアが。

 

「小説家を目指してるって聞いてたけど、さすがね! 私が教えてあげた事を、いろいろと盛り込んでいるわ!」

 

 ……この女。

 

「いや、お前は何をやってんの? ゼーレシルト伯の事は内緒だったらしいし、誰にでも話すのはやめろよ」

「はあー? なんで私が悪魔なんかの都合を考えないといけないの? それに、あんまり私をバカにしないでくれます? 誰にでも話したりしないわよ。めぐみんの友達って言うから教えてあげたんじゃない」

「劇はいろんな人が見に来るわけだが」

「……な、何よ! 私は良かれと思ってやっただけで……! そ、それに、困るのは悪魔だけだし、女神的には正しい事をしたって思うの! 責められる筋合いはないんじゃないかしら!」

「いや、駄目だろ。あいつはこの国の貴族なんだし、悪魔が貴族をやってたなんて知られたら、他の国からバッシングを受けたりするんじゃないか?」

 

 と、俺とアクアが言い合っていると、あるえがニヤリと笑って。

 

「心配しなくてもいいよ。困った時の魔法の言葉があるからね。……そう、この物語はフィクションであり、実在の人物、地名、団体とは関係ないんだ」

「お、おう……。そうか。ファンタジー世界の住人にそういう事を言われるのは変な感じだな。まあ、問題ないなら俺は構わんが」

「じゃあ続けるよ。領民を救うため、悪魔貴族ゼーレシルト伯の屋敷に向かう三人。そこで待っていたのは、同じく領民を救うために立ち上がった勇敢な人物。女騎士ダクネスと、その娘シルフィーナだった」

「ま、待ってくれ! 私とシルフィーナは親子では……!」

「……ママ」

 

 あるえの言葉を慌てて否定するダクネスの服に、シルフィーナが悲しそうにしがみつく。

 

「あ、いや、……そうだな。これは劇なのだから、シルフィーナが私の娘であっても少しもおかしくない。すまない。続けてくれ」

 

 穏やかな顔でシルフィーナを撫でるダクネスにうなずき、あるえが続ける。

 

「ゼーレシルト伯は、ダクネスとの娘であるシルフィーナを人質にしていたが、ダクネスはゼーレシルト伯の隙を突いて娘を助けだし、ゼーレシルト伯に剣を向けていた。夫の悪行を止められなかった自分を責めながら……」

「待ってくれ! それは待ってくれ! どういう事だ? 私がゼーレシルト伯の妻? シルフィーナが、私とゼーレシルト伯との間に出来た娘?」

「うん? 状況が分かりにくかったかな? つまり、ゼーレシルト伯と女騎士ダクネスは結婚していて、二人の間にはシルフィーナという娘がいたんだ。ゼーレシルト伯は、ずっと妻であるダクネスに自分のやっている事を隠してきたんだけど、気づかれてしまい、娘であるシルフィーナを人質に取る事で、ダクネスが何も出来ないようにしていた。けれど正義の女騎士であるダクネスは諦めず、ゼーレシルト伯の隙を突いて娘を助けだした。ちなみに隙が出来たのは、ゼーレシルト伯がカズマの行動に気を取られていたからだね」

「そ、そうか。いや、そうではなくてだな。私がゼーレシルト伯の妻というのはどうかと思うのだが……」

「そうかい? でも、ダクネスさんは貴族だという話だし、そろそろ結婚しておかないとマズい年齢だろう? シルフィーナが娘というのは、少し無理がある設定かもしれないけど、娘がいるからには父親もいるはずだし……」

「そそそ、それはそうなのだが! だが……!」

 

 と、顔を赤くし言葉に詰まるダクネスに気を遣ったのか、ゼーレシルト伯が。

 

「あー、紅魔族の少女よ。我々のような上位悪魔は、性別というものが決まっていないのだ。ゆえに、人間との間に子を設ける事が出来ないのだよ」

「……む。それは知らなかったよ。上位悪魔については、紅魔の里もちゃんとした資料が少ないんだ。良ければ、後で詳しく教えてほしい」

「まあ良かろう。我々がそれほど危険ではない事を、あの女神にも教えてやってほしい」

「ほーん? 危険があってもなくても、ゴキブリを見かけたら叩き潰すに決まってるんですけど!」

 

 アクアの言葉に、ゼーレシルト伯がシルフィーナの陰に隠れようとする。

 ……不憫な。

 と、考えこむように俯いていたあるえが顔を上げて。

 

「じゃあ、こうしよう。ダクネスさんは一度結婚し、シルフィーナを産んだけれど、離婚して、その後でゼーレシルト伯と結婚したんだ」

「ぶはーっ! お前、貴族の権力まで使って戸籍いじったのに、劇の中でもバツイチかよ!」

「カカ、カズマ、笑っちゃ悪いですよ……! ダクネスはバツイチだって事を気にしているのですから……!」

「シルフィーナちゃんの父親は、きっとあの熊みたいな豚みたいなおじさんね!」

「よしお前らそこに並べ。ぶっ殺してやる!」

 

 笑いすぎて力が抜け、抵抗できない俺達を、ダクネスがアイアンクローで持ち上げる。

 

「いたたたた! 割れる割れる! 悪かった! 俺が悪かったから放してくださいバツネス様!」

「痛い痛い! 待って! ねえ待ってバツネス! バツネスは、あの熊みたいな豚みたいなおじさんと結婚したら、どんなひどい目に遭わされるんだろうって喜んでたし、そんなに怒らなくてもいいと思うの!」

「だから、バツネスと呼ぶのはやめろと言っているだろう!」

「というか、めぐみんだって笑ってただろ! 俺達だけじゃなくて、あいつにも思い知らせてやるべきだと思う!」

「こ、この男! 余計な事を言わないでください! 私はカズマを諫めようとしましたし、無実ですよ!」

「めぐみんとは後で一緒に爆裂散歩に行き、動けなくなったところをくすぐってやろう!」

「やめてください! 動けない人間を狙うのは卑怯者のする事ですよ! 今日の爆裂散歩はゆんゆんと行きますから!」

 

 そんな阿鼻叫喚の中、あるえはマイペースに。

 

「ゼーレシルト伯を討ち、領地を悪政から救った少年と女神と魔法使いは、女騎士ダクネスを仲間にして、さらに王都を目指すのだった……」

 

 劇の中ではパーティーが結成されているが、現実のパーティーは仲違いの真っ最中なんですが。

 

「少年と女神と魔法使い、そして女騎士が王都に辿り着いた時、王都では二つの勢力が争っていた。ひとつはチンピラ冒険者ダストが牛耳る裏社会。もうひとつは、エリス教徒のプリースト、セシリーを旗頭にした対悪魔レジスタンス」

「ちょっと待って! お姉さんはエリス教徒じゃなくてアクシズ教徒よ! いくらめぐみんさんみたいに可愛くて、めぐみんさんよりも胸の大きいあるえさんのためでも、エリス教徒の役なんかやるわけにはいかないわ!」

「おい」

 

 めぐみんのツッコミに、セシリーは。

 

「嫉妬? めぐみんさんったら嫉妬かしら? 何それ嬉しい! 大丈夫よめぐみんさん! お姉さんは大きい胸も小さい胸も、どっちも大好きだから! めぐみんさんは胸が小さいからって、気にしなくていいのよ!」

「気にしてませんよ! どうして誰も彼も、私が胸にコンプレックスを抱えているみたいな言い方をするのですか!」

「しかしお姉さん。エリス教は国教だし、アクシズ教徒は何かと問題を起こしているから、こういう場合はエリス教徒を出した方が物語がスムーズに進むんだよ」

「ちょっと待って! ねえ今あるえさんが私の事をお姉さんって呼んでくれたわ! めぐみんさんも恥ずかしがって時々しか呼んでくれないのに! でも出来ればお姉さんじゃなくてお姉ちゃんって呼んでほしい!」

「……ええと。出来ればエリス教徒の役をやってくれないかな。お、お姉ちゃん」

 

 さすがにお姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしかったらしく、あるえが少し頬を赤くしながらセシリーに言うと。

 

「……! 落ち着いた系の美少女がちょっと照れながらお姉ちゃんって! ああもう可愛いギュってしてもいいですか?」

「……え、ええと」

 

 真顔で要求するセシリーに、あるえが助けを求めるように周りを見回す。

 

「あるえがあんなに困っているのは珍しいですね。なんというか、さすがはセシリーさんというか。いえ、まったく尊敬は出来ないのですが……」

 

 めぐみんがそんなコメントをする中、あるえは決心したように。

 

「わ、分かった。小説とは違うけれど、私はこの台本を書いた者として、劇が上手く行くように全力を尽くそう。私に抱き着く事でセシリーさんがエリス教徒の役をやってくれるなら、そうしてくれて構わないよ」

「……? いえ、これは私が可愛いあるえさんをギュッとしたいだけで、邪悪なエリス教徒の役なんてお断りですけど」

「…………」

 

 セシリーに抱き着かれながら、死んだ目になるあるえ。

 そんなあるえに、セシリーの事をよく分かっているめぐみんが。

 

「あの、あるえ。その人と交渉しようとしても無駄ですよ。自分のやりたい事しかしない人ですから。……そうですね。アクシズ教徒とかエリス教徒とかは置いといて、謎の美人プリーストセシリーって事でどうでしょうか?」

「めぐみんさんったら、私の事がよく分かってるわね! これはもう結婚ね! 結婚するしかないと思うの!」

「しません。ではあるえ、そんな感じで話を進めてください」

 

 セシリーの腕を無言で解き、ちょっと疲れた顔をしたあるえが語りだす。

 

「……王都で対立する、チンピラ冒険者ダスト率いる裏社会と、謎の美人プリーストセシリーを中心としたレジスタンス。少年達は裏社会との戦いで苦境に立たされ、レジスタンスのメンバーに助けられる。それは、ダストの冒険者時代のパーティーメンバー、リーン、キース、テイラーの三人だった」

「おっ、やっと俺達の出番だな!」

「ダストがラスボスって聞かされてどうなる事かと思ってたけど、私達が仲間だって事は変わらないんだね」

「劇とはいえ、俺達がカズマ達を助けるってのは想像がつかないな。カズマなら、ピンチになっても意外な機転で助かりそうな気がする」

 

 キースとリーンは出番が来た事を喜び、テイラーが苦笑する。

 

「三人は少年達に、ダストの事を語る。昔の彼はチンピラ冒険者だったが、それほど邪悪な存在ではなかったし、裏社会を牛耳るほどの力もないはずだった。彼が大きな力を得たのは、大悪魔バニルミルドと契約を交わしたからだった」

「あん? 俺と旦那が契約だって?」

「なるほど。我輩の力を背景にし、そこのチンピラが好き勝手やっているというわけだな。我輩が人間ごときに使われると? 地獄の公爵と呼ばれるこの我輩が? なかなか面白い事を言うではないか! フハハハハハハハ!」

 

 バニルがダクネスを見て、何かを思いだしたように笑いだす。

 

「上位悪魔の知識には自信がないのだけれど、私はまた何かおかしな事を言ったかな?」

「本来ならば人間ごときに命じられれば、いかに温厚な我輩といえど、荒ぶっていた過去を思い起こし、この世のものとも思えぬような恐怖を植えつけてやるところなのだが。今回は、見通す力を持っているわけでもないのに、妙に勘の鋭い汝に免じて、そこのチンピラと契約しておいてやろうではないか」

「マジかよ! じゃあ旦那! 契約者の名において言うが、美女に変身して脱皮を……。冗談だよ! 冗談だからお前らその目はやめろよ!」

 

 仲間達に冷たい目を向けられ、ダストが慌てて否定する。

 あるえがマイペースに物語を進める。

 

「悪魔に唆され、人としての道を踏み外した仲間を心配し、リーン、キース、テイラーは戦いの中で先行しすぎてしまう……。次に三人の姿を見た時、彼らはダストと同じように、悪魔に操られていた」

「……うーん。ダストが悪魔に操られて人の道を踏み外したからって、私達はあいつの事をそんなに心配するかな?」

「しねえな。あいつが人の道を踏み外すのなんて、いつもの事だしよ」

「いや、元とはいえ仲間が悪事を働いているのなら、トドメを刺しに行こうとするかもしれん」

「そ、そうなのかい? アクセルの冒険者は皆すごくて、仲間を大事にするってこめっこが言っていたのだけれど……」

 

 あっさりとダストを見捨てると言う三人に、あるえが困った顔をする。

 そういえば、めぐみんが家族に書いた手紙は見栄を張っただけの嘘だと、こめっこには知らせないままだった。

 

「ま、まあ、これは子供達のための劇なのだし、いずれ冒険者になるかもしれないのだから、仲間を大切にするところを見せるのは悪い事ではないだろう」

 

 ダクネスがフォローするようにそんな事を言い、リーン、キース、テイラーは、納得行かなそうな顔をしつつもうなずく。

 

「味方のはずの三人に襲われ、少年は攻撃する事が出来ず、ピンチに陥る」

 

 と、あるえが話し始めると、すぐにアクアが。

 

「ねえ待って! いくら味方だからって、カズマさんが攻撃してきた相手に気を遣う事なんてないし、ピンチに陥らないと思うの! その男はね、攻撃してこない可愛らしい女の子を、モンスターだからって除草剤撒いて討伐したり、私が大切に飼っていた雪精を経験値とお金のためにこっそり倒したりしたの。その男に人の心なんてないのよ」

「おいふざけんな。雪精には何もしてないって言ってるだろ。というか、お前だって安楽王女にいろいろ言われて泣いてたじゃないか。あれは俺が正しかったって分かったんじゃないのかよ?」

 

 アクアに反論する俺に、めぐみんとダクネスが。

 

「でもカズマは普通に反撃すると思います」

「そうだな。この男はそういう奴だ」

「お前ら本当に覚えとけよ。俺だって、味方だと思ってた奴らにいきなり攻撃されたら、反撃できずにピンチになる事もあるはずだ。おいあるえ、こいつらの事は気にせず続けてくれ」

「そ、そうかい? じゃあ続けるよ。少年達がピンチに陥った時、ダクネスが前に出て、敵を引きつけるスキルを使う。そして彼女は……」

「ここは私に任せて、先に行け!」

 

 ダクネスが、あるえの言葉を先取りし嬉しそうに叫ぶ。

 

「そ、そう言って、三人の冒険者に立ち向かっていく。誰よりも硬いけれど、攻撃の当たらないクルセイダーであるダクネスは、操られて攻撃してくる味方を傷つける事なく戦う事が出来た」

「素晴らしい! 素晴らしいぞあるえ! 今の私は輝いている! まさか、攻撃が当たらない事が役に立つ日が来ようとは!」

「ちょっと待ってくださいよ! さっきから、悪魔貴族と戦ったり、囮になって仲間を逃がしたり、ダクネスばかり活躍していませんか? 爆裂魔法使いである私は、空腹で行き倒れていただけではないですか! 私も格好いい見せ場が欲しいです!」

「そう言うと思って、すぐにめぐみんの見せ場だよ。ダクネスにその場を任せて先に進む三人。そこに現れたのは、ダストの情婦にしてめぐみんのライバル、ゆんゆん! めぐみんに勝つために闇のパワーを得たゆんゆんは、なんかエロい格好をしている!」

 

 と、なんかエロい格好をしていると言われたゆんゆんが、顔を赤くして。

 

「ええっ? 私、エロい格好をしているの? ねえあるえ、なんだか私にばかりおかしな設定を付けていない? めぐみんのライバルっていうのはいいし、めぐみんに勝つために闇のパワーを得たっていうのも格好いいと思うけど、ダストさんの情婦っていうのはちょっと……」

「私にそんな事を言われても。闇のパワーを得て敵対する女の子は、エロい格好をしていると昔から決まっているんだよ」

「ほ、本当に? 皆で私の事をからかって、笑いものにしようとしているんじゃなくて?」

「いや、あるえの言っている事は間違いなく本当だ。なんなら、嘘を吐くとチンチンなる魔道具を持ってきてもいい」

「カズマさんまで!?」

 

 力強く肯定する俺に、ゆんゆんが驚いて声を上げる。

 

「そんなバカな事に貴重な魔道具を使うのはやめてください。ほら、ゆんゆん。登場するならさっさと口上を言ってください」

「わ、分かったわ。我が名はゆんゆん! 上級魔法を操る者にして」

「『エクスプロージョン』!」

 

 口上を言っているゆんゆんに、めぐみんが容赦なく爆裂魔法を撃ちこむ。

 ……さすがに本当に撃ちこんだわけではないが。

 

「あんたちょっと待ちなさいよ! 口上の最中に攻撃するなんて卑怯よ! というか、爆裂魔法は長い詠唱時間が必要なんだから、そんなに簡単に使えるわけないじゃない!」

「戦闘中に隙を見せたら、狙い撃ちされるのは当たり前ではないですか。それに、私は爆裂魔法を誰よりも極めていますからね。もう長い詠唱がなくても制御する事が出来るようになりました。私とゆんゆんが本気で魔法勝負をしたら、私は大怪我をするかもしれませんが、ゆんゆんは跡形もなく消し飛ぶと思うがいいです」

 

 めぐみんの言葉に絶句するゆんゆん。

 そういえばあいつ、ウォルバクとの戦いでは無詠唱で爆裂魔法を使っていた。

 ……あれっ?

 爆裂魔法の大きな弱点のひとつがなくなっためぐみんは、ひょっとして結構有能なのでは?

 

「というわけで、爆裂魔法を使った私は動けなくなるので、おんぶしてください」

「いや、ここから先は激しい戦いになるだろうし、動けなくなっためぐみんは置いていった方がいいだろう。カズマ! アクア! 雑魚は私達に任せて、先に進め! お前達がバニルと戦っている間、私は動けないめぐみんをくすぐっておこう」

「ああっ!? 待ってくださいダクネス……! ちょ……! やめ……!」

「大人しくしていろめぐみん。お前は爆裂魔法を使ったばかりで動けないのだからな!」

「そういうダクネスこそ、冒険者の足止めをしているのではなかったのですか!」

 

 反撃できないめぐみんをくすぐるダクネスに、ダストパーティーの三人が。

 

「ねえララティーナちゃん。いくらなんでも、雑魚扱いはどうかと思うよ」

「うひゃひゃひゃ! 俺達が本当に雑魚かどうか、思い知らせてやろうじゃねーか!」

「同じクルセイダーとして、俺も舐められるわけにはいかんな」

「ち、ちが……! 今のは言葉の綾というやつで……! くっ……! 操られている味方に攻撃できず、一方的に袋叩きにされるなんて……! こ、このシチュエーションは……、このシチュエーションは……!」

「マ、ママ……?」

「……!?」

 

 冒険者達に袋叩きにされ、喜ぶダクネスが、シルフィーナの声に我に返る中。

 あるえがマイペースに話を進める。

 

「仲間の援助のおかげで、大悪魔バニルの下に辿り着いた少年と女神。そこで待っていたのは、死んだと思んだはずの、少年の母、ウィズだった」

 

 …………。

 

「……母?」

 

 すごく冷たいウィズの声に、あるえがビクリと身を震わせる。

 

「あるえさん、私はカズマさんの母親くらいの年齢に見えるんでしょうか?」

「い、いや、これは家族を利用された事への怒りで少年が覚醒するというイベントだから、家族といったら母でいいかと思っただけで……!」

 

 あるえの言い訳を、ウィズはにこにこと聞いているが、気のせいか酒場全体が寒くなっているような……。

 

「姉にします」

「そんな……。気を遣っていただいて、ありがとうございます」

「……少年の姉にして、元凄腕冒険者のウィズは、死ぬ寸前に禁呪を使われ、リッチーになっていた」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「なんだい、カズマさん?」

 

 いきなり制止する俺に、あるえが不思議そうな顔をする。

 俺はめぐみんとダクネスに、小声で。

 

「なあ、バニルが悪魔だっていうのは、ギルドも知ってるらしいし、話しちまっても大丈夫だろうけど、ウィズがリッチーだっていうのは知られたらまずいんじゃないのか?」

「当たり前だろう。バニルがギルドに見逃されているのは、ウィズが人類の味方だと思われているからだ。いや、ウィズがリッチーだからといって、私は彼女の事を疑っていないが、普通なら悪魔の監視をリッチーに任せはしないだろう」

「そうですね。ウィズがリッチーだとバレたら、さすがにエリス教徒が黙っていないはずですよ。アクセルの街の住人に、あの二人をどうこう出来るとは思えませんが、ウィズの店は潰されるでしょうし、そうなったらあの二人にアクセルの街がどうこうされかねません」

「だよな? お前ら、ウィズがリッチーだなんて喋ってないよな?」

 

 俺の言葉に二人が頷く。

 という事は……。

 

「何よ! 私だって喋ってないわよ! 三人とも、私の事をなんだと思ってるの? 私だって、話していい事と悪い事の区別くらい付くわよ」

 

 三人でジトっとした目を向けると、疑われたアクアが頬を膨らませる。

 

「おい、正直に言えよ。お前以外に誰がバラすんだよ?」

「私じゃないって言ってるじゃない!」

 

 と、俺達が揉めていた時。

 当の本人のウィズがあるえに。

 

「あの、あるえさん。私がリッチーというのは……?」

「うん? ウィズさんはアンデッドが許せない人だったかい? それなら、設定を変えても構わないよ。ただ、敵対するんだから何かそれっぽい理由を付けたいんだけど、操られるのはあの三人でやったし、闇のパワーに目覚めるのはゆんゆんがやったから、後はアンデッドになるくらいしか思いつかなかったんだよ。ウィズさんは、元凄腕冒険者なんだろう? 冒険者の目線から、それっぽい設定を思いつかないかい?」

「い、いえ、リッチー化というのはいい設定だと思いますよ」

 

 偶然らしい。

 さっきから、微妙に現実の出来事と劇の出来事がニアミスしていたが、全部偶然らしい。

 

「謝って! 清廉潔白なアクア様を疑ってごめんなさいって、謝って!」

 

 俺とめぐみん、ダクネスがアクアに頭を下げる中。

 最終決戦が始まる――!

 

「女神アクアは、少年に補助魔法を……」

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

 

 あるえの言葉を無視し、アクアがいきなり退魔魔法を撃つ。

 

「あははははは! これは劇なんだから、最後には私が勝つって決まっているのよ! さあ、覚悟しなさい! 今日こそ消し飛ばしてやるわ、ヘンテコ仮面!」

「フハハハハハハハ! そんなへなちょこ魔法が我輩に当たるわけあるまい! あまりにも長き時を過ごし耄碌したようだなババア女神よ!」

「わあああああああーっ! またババアって言った!」

 

 女神と悪魔の戦いには手を出せず、俺はあるえに声を掛ける。

 

「……なあ、アクアの魔法を食らったウィズが消えかかってるんだが、俺の覚醒イベントはどうなったんだ?」

「おお……。あれは姿を消す魔法の応用かい? アンデッドが本当に消えかかっているみたいだ。さすがは元凄腕冒険者だね。紅魔の里にも、あんな事が出来る人はいないよ」

 

 リッチーだから本当に消えかかってるだけなんですけど。

 

「考えてみれば、アクアさんは女神の役なんだから、悪魔とアンデッドにとっては天敵みたいなものだったね。カズマさんが覚醒しなくてもラスボスを倒せそうだし、いいんじゃないかな?」

「いや、よくねーよ。アクアもめぐみんも、ダクネスにも見せ場があったのに、俺だけなんにもやってないじゃないか。あいつらの見せ場も格好良かったし、俺にも格好いい見せ場が用意されてるんだろ? 俺の見せ場ってどんな感じなんだ?」

「カズマさんの見せ場は、ウィズさんにスティールを使い、パンツを奪って、これを返してほしければ負けを認めろと……」

「おい」

 

 覚醒ってのはなんだったんだ。

 

「俺とウィズって、姉弟っていう設定なんだろ? 姉のパンツを盗んで脅す弟ってどうなんだ? というか、これって子供達に見せる劇なんだぞ。俺だって、子供達にすごいって思われたいし、チヤホヤされたい。それなのに、そんな事したら子供達からもクズマだのゲスマだの呼ばれる事になるじゃないか」

「何を言っているんだい? パンツを盗んで勝つなんて、すごく面白いじゃないか。普通は思いつかないし、スティールで狙ってパンツを奪う事なんて出来ないからね。それはカズマさんにしか出来ない戦法だよ」

「そ、そうか? まあ、それほどの事もあるけどな」

 

 誰からも褒められないスティールを褒められるのは、気分が良い。

 

「それに、子供というのはパンツだとか、そういう下ネタが好きだから、クズだとかゲスだとか言われる事もないと思うよ」

「言われてみればそうだな。いや、俺は子供の頃から紳士だったから、別に下ネタなんか好きじゃなかったが」

 

 と、俺達がそんな話をしている間に、女神と悪魔の最終決戦は終わったようで。

 

「くっ……! こんなババア女神に敗れるとは、なんたる屈辱……! だが、我輩が敗れたとしても、いずれ第二第三の我輩が現れ……あっ、コラ! セリフの途中で攻撃するのはやめんか! 悪役の遺言は大人しく聞くものであろう! 散り際の様式美が台無しではないか!」

 

 いつものように土くれの体を崩したバニルが、ババア呼ばわりに怒るアクアにゴッドブローを食らっている。

 

「カズマさん。すいませんが、ドレインタッチで体力を分けてもらえませんか?」

「おう、いいぞ。おーい、ダクネス」

「私を体力タンクのように使うのはやめてほしいのだが……」

 

 文句を言いつつもやってきたダクネスから体力を奪い、ウィズに分け与えると、薄くなっていたウィズの姿がクッキリする。

 と、それを見ていたあるえが声を上げる。

 

「あっ。カズマの姉はこのまま昇天する予定だったんだけど……。まあ、このままリッチーとして生きていくっていうなら、それもいいかな?」

「そ、そうだな。……悪魔は残機が減っても消滅するわけじゃないし、誰も死なないで終わったなら、それでいいんじゃないか。皆幸せに暮らしました、めでたしめでたしってやつだ」

 

 大人数でひとつの事をやり遂げた後の達成感に、皆がホッと息を吐く。

 そんな中、淡々と台本を読んでいたあるえが恥ずかしそうに。

 

「……そ、その、どうだったかな? 元の桃太郎とはかなり違う話になったけれど、自分ではなかなかよく書けていると思うんだ」

 

 その言葉に、皆が顔を合わせ。

 

「最高だったな! 特にあの、敵を足止めし仲間を逃がすシーンは、騎士の本懐だ……!」

 

 ダクネスが最初に声を上げる。

 それに続いて、めぐみんが。

 

「そうですね。私がダクネスより活躍していないのは不満ですが、まあ劇の中でくらい見せ場を譲ってもいいですよ。ライバルとの因縁の対決も出来ましたし、私は文句ありません」

「私も私も! 勇者を導く女神なんて、私にぴったりの役よね!」

「俺は大して見せ場もなかったが、まあ話は面白かったと思うぞ」

 

 俺とアクアが二人に賛同すると、皆が好き勝手に喋りだして……。

 

「わ、私も、めぐみんとの対決が、劇の中ででもきちんと出来て良かったわ。めぐみんは、いっつも卑怯な手を使って勝負をはぐらかすから……。ありがとう、あるえ」

 

 そう言って微笑むゆんゆん。

 

「うむ。汝は周りをよく見ているな。それぞれに似合う配役を考えたというが、あの小僧の周りで起こった事が奇妙なほど再現されている。別に知られても構わんのだが、あの悪徳領主とマクスウェルの事に勘付かれたかと思ったわ」

「あるえさん、素敵なお話をありがとうございます! ハッピーエンドにリッチーが混ざっていてもいいですよね!」

 

 おかしなところを褒めている、バニルとウィズ。

 

「雑魚扱いされるのは腹立つが、一騎当千の女騎士ってのは、話としちゃ格好いいよな!」

「……まあ、そうだな。出来れば俺もそういった役がやりたいものだが……」

「なーに? テイラーったら、派手な事は似合わないとか言ってたくせに、主役がやりたいの? 今からでも遅くないから、誰かと役を交換してもらってきたら?」

 

 ダクネスとの戦いに思うところがあるらしい、ダストパーティーの三人。

 

「楽しかったです、ママ!」

「子供向けの劇でやられ役となるのは、悪魔としての義務のようなものだ。紅魔の少女よ、設定に間違いがないように、約束通り上位悪魔について教えようではないか」

 

 ダクネスにしがみついて嬉しそうにしているシルフィーナと、真面目そうな話をしているのにシルフィーナの傍から離れようとしないペンギン。

 

「アクア様が喜んでいるのですから、それ以外の事は些細な事です。めぐみんさんもゆんゆんさんもシルフィーナさんも楽しそうにしていますし、ここは天国に違いありません。どうしよう可愛い。結婚したい。それに、あるえさんも嬉しそうですね」

 

 そんなどうしようもない事を言うセシリーの視線の先では、皆に称賛されたあるえが、喜びを抑えきれないらしく口元をムニムニさせていた。

 

 

 *****

 

 

 ――そして、学芸会当日。

 孤児院には、子供達の保護者だけでなく、冒険者や、ギルドの関係者までもが集まっていた。

 役者は素人ばかりだが、冒険者のほとんどが、一度は土木工事なんかの日雇い仕事を経験しているので、彼らが土台を組み立てた舞台はそれなりに本格的だ。

 背景の書割や小道具にもこだわった。

 あるえがそれぞれに似合った配役にしていたから、衣装はそのままでも困らなかったが。

 ……今さらだが、劇の主役をやるなんて初めてだ。

 緊張する俺の手をアクアが取り、俺の手のひらにクソニートと書いてきたので、ひっぱたいておいた。

 舞台の幕が開き、ナレーター役のあるえが語りだす。

 

「――これは、特別な力など持たない少年が、やがて王国を救う物語。……その昔、王都は悪魔に支配されていた。悪魔の支配に抗おうとした少年、カズマは、悪魔の力に太刀打ちできず、追い詰められ、唯一の家族である姉、ウィズとともに追っ手から逃げていた」

 

 舞台袖から飛びだしてくる俺とウィズ。

 

「ウィ、ウィズ姉さん、早く!」

「ま、待って。少しだけ休ませて。……フフッ、昔は凄腕冒険者と呼ばれていたこの私が、すっかり力を失ってしまったわね」

 

 ウィズが苦笑し、説明セリフを言う。

 これは、冒険者をやっていた頃の口調なのだろうか? いつものウィズと違う口調に、少しドキッとする。

 

「……! 危ない!」

 

 ウィズが俺を突き飛ばした直後、俺達がいた場所に剣が刺さる。

 ……いや、ちょっと待ってくれ。

 あの剣、本物なんだが。

 

「ヒャッハー! ようやく追い詰めたぜカズマ! このダスト様の手を煩わせやがって!」

 

 ゴテゴテした悪人っぽい鎧を身に着けたダストの登場に、子供達がブーイングを起こす。

 お、おお……。

 日本ではこういうのなかったから新鮮だ。

 ダストが舞台に刺さった剣を抜き、俺達に斬りかかろうと……。

 

「『クリスタル・プリズン』!」

 

 ……したところで、ウィズの魔法によって刃が凍りつき、砕け散った。

 子供達が歓声を上げ、ダストが驚愕の表情で刃のなくなった剣を見る。

 

「お、おいウィズ。勝ってどうする。ここは俺達がダストに負けて、ウィズはリッチーになり、俺は川に流されるところだろ」

「そ、そうでした。少し前に戦ったせいで、冒険者だった頃の勘が戻ったんでしょうか? 本物の剣を向けられると、つい……。ど、どうしましょう?」

「どうするって言われても……!」

 

 俺達がこそこそと囁き合っていると、舞台袖で俺達を見守っていたゆんゆんが、めぐみんに蹴飛ばされ、舞台に転がり出てくる。

 

「ちょっ!? めぐ……!」

「お、おう! 俺のピンチに駆けつけてくれたかゆんゆん! あいつらをぶっ殺してくれ!」

 

 剣を失ったダストの代わりに、ダストの協力者であるゆんゆんが手を下す。

 悪くない展開だ。

 めぐみんはいい仕事したし、ダストもナイスフォローだと思うのだが。

 人見知りするゆんゆんが、子供とはいえ大勢の人の目に晒され、慣れない劇でアドリブをするというのは……。

 

「わわわわ、我が名はゆ、ゆゆゆゆゆゆ……!」

 

 顔を真っ赤にしたゆんゆんが、壊れたレコード系のセリフを発する。

 あかん。

 完全にアガってる。

 

「ど、どうしたゆんゆん! 魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」

 

 劇を成立させようとするダストの指示に。

 

「大丈夫です、ゆんゆんさん! リッチーは魔法に強いんです! 少しくらいなら耐えられますから!」

 

 さらに、ウィズが小声で促して――!

 

「ご、ごめんなさい! 『ファイアーボール』!」

「……!!」

 

 涙目のゆんゆんが放ったファイアーボールが、ウィズを直撃し爆発を巻き起こす。

 煙が晴れると、ところどころ焦げたウィズが、舞台の上にパタリと倒れた。

 

「ウィズ、姉さん……! おい、大丈夫か! いやマジで! マジで大丈夫なのかコレ!」

「だ、大丈夫ですカズマさん。私の事は気にしないで……!」

 

 倒れたウィズに縋りつく俺の肩を、ダストが掴み。

 

「す、凄腕冒険者の姉がいなければ、お前なんか何もできねーだろ! 川に捨ててやらあ!」

 

 そう言って、俺を舞台袖まで乱暴に引きずっていく。

 

「ナイスアドリブだダスト! よ、よし。どうにか最初の場面を乗り越えたな!」

「おい、大丈夫なのか? あの魔道具屋の店主、まだ煙が出てるけど生きてんのか? というか、最初の場面からコレって、最後まで行けるのかよ?」

「俺にそんな事言われても。始まっちまったもんは仕方ないだろ」

 

 俺達が健闘を称え合っていると、照明が消えて舞台が暗転する中、ゆんゆんが焦げたウィズを引きずってくる。

 

「す、すいません! すいません! 大丈夫ですかウィズさん!」

「心配しないでください、ゆんゆんさん。素晴らしい魔法でしたよ」

 

 と、ゆんゆんが泣きそうな顔で謝り、そんなゆんゆんをウィズが慰めていると、アクアが。

 

「大丈夫よゆんゆん! 少しくらい怪我をしたって、私が治してあげるわ! 安心してウィズ。今ヒールを掛けてあげるからね」

「おい、弱ってるウィズにトドメを刺すのはやめろよ」

「そうでした! ウィズってばリッチーだったわね」

 

 忘れっぽいアクアを制止し、俺がウィズに体力を分け与えていると、背景が河原に差し替えられ、あるえが次の場面のナレーションを始める。

 

「ある日、女神が川で洗濯をしていると、少年が上流から、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきた」

 

 そのおかしな効果音が、唯一残っている桃太郎の要素で……。

 ……?

 

「おいアクア。お前の出番だろ。川で洗濯してなくていいのか?」

「ふふん。まあ慌てないで。この私の素晴らしい演出を見てなさいな! 『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

「ちょ、おまっ」

 

 アクアが呼びだした大量の水に押し流され、俺はどんぶらこっこと舞台へ流れていった。

 当たり前だが水流はそこで止まらず、大量の水が観客席にまで溢れだして――!

 

 

 *****

 

 

 その場にいたバニルとウィズ、その他の多くの冒険者達のおかげで、街中で洪水被害が起こる事態は免れ、怪我人は出たものの死者は出なかった。

 

「なあ、今どんな気持ちだ? 女神のくせに人様に多大な迷惑を掛けた挙句、悪魔とアンデッドに後始末してもらうってどんな気持ちだ?」

「良かれと思ってやったのに! 良かれと思ってやったのに!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この純情乙女に初めての夜を!

『祝福』2,7,8,12、既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


 そこはアクセルの街にある、エリス教の教会。

 参列するのは街の有力者や、近場からやってきた貴族達。

 ……そればかりか、王族、紅魔族、アクシズ教徒、さらにこの街の冒険者や孤児までもが教会の中にいる。

 以前にも、この同じ場所で、同じような事をやったわけだが、あの時とは比べものにならないほどに騒々しい。

 ざわめいていた教会の中が、やがてシンと静まり返る。

 係りの人の合図でドアを開け、俺が控室を出ると。

 反対側にある新婦用の控室から、親父さんに手を引かれたダクネスが歩いてきて……。

 純白のドレスに身を包み、顔の前をヴェールで覆っていたダクネスが、俺の前に立つと、俯いていた顔を上げまっすぐに俺を見上げる。

 ダクネスは顔を赤くし、瞳を潤ませて、口紅を引いた唇を嬉しそうに綻ばせている。

 クソ、やっぱりコイツ、見た目だけはいい。

 中身は変態痴女のくせに。

 モンスターの群れを見かけたら、止めるのも聞かず突っこんでいくくせに。

 顔がいい上に化粧までしているダクネスは、ひと目見たら目を離せないくらいの美しさで。

 知らず知らずのうちにダクネスに近づこうとしていたらしく、俺は親父さんにゴホンと咳払いをされて我に返る。

 ……なんだろう、すごくデジャヴを感じるのだが。

 教会内のパイプオルガンが厳かな音楽を奏で始める中、俺はダクネスをガン見したまま、ダクネスが歩きだすのに合わせ、くっついていく。

 自分がどこにいるのかも忘れ、ダクネスが立ち止まったので立ち止まると、そこは祭壇の前。

 厳かな音楽がピタリとやみ、俺が前を見ると、そこには呆れた顔のアクアが。

 

「汝ー、ダクネスは。このダクネスがきれいすぎて鼻の穴を膨らませている変態ニートと結婚し、神である私の定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、ニートを愛し、ニートを敬い、ニートを慰め、ニートを助け、その命の続く限り、堅く節操を守る事を約束しますか? ねえダクネス、本当にこんなんでいいの? この変態ニートったら、今のダクネスを見て、あの熊みたいな領主の人とおんなじ反応をしてるんですけど」

「ニートニートうるせーよこのバカ! 言っとくが、ここ最近のお前は俺よりよっぽどニートみたいな生活を送ってるからな」

「はあー? 女神が働かないのは当たり前の事なんですけど。それに、私はこうしてきちんとアークプリーストとしての職務を果たしているんだから、文句を言われる筋合いはないわよ!」

「フフッ。お前達は相変わらずだな」

 

 と、俺とアクアのやりとりに、堪えきれないというようにダクネスが笑いを漏らし。

 すぐに表情を引き締めると。

 

「誓おう。私はカズマを生涯愛し続ける」

 

 お、おう……。

 いや、俺だっていい加減に腹を括ったつもりなのだが、こんなにキッパリ言いきられると照れるというか。

 

「汝ー、サトウカズマは。このダクネスが世間知らずなところに付けこんで結婚し、神である私の定めじゃないものに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、ダクネスを愛し、ダクネスを敬い、ダクネスを慰め、ダクネスを助け、その命の続く限り、堅く節操を守る事を約束しますか? 出来ないでしょう? 意志が弱くて浮気者のカズマさんの事だから、どうせすぐに浮気をしてダクネスを泣かせると思うわ。ねえダクネス、やっぱり考え直した方がいいんじゃないかしら?」

「おいやめろ。世間知らずなところに付けこんだだの、どうせすぐに浮気するだの、偉い人とかもいっぱい来てるのに、俺の風評被害を広めるのはやめろよ」

「いいんだ。私はカズマが好きだ。カズマがどんな風に変わったとしても、ずっとカズマの事が好きだ。この男が浮気をして、家庭をまったく顧みなくなっても、置いていかないでくれと縋りつく私を足蹴にし、家の金を持っていっても、私はこの男の事が好きなのだと思う。結婚までしたのに寝取られとか……、んくう……!」

「興奮してんじゃねーよ! お前ら、俺が浮気するのを決定事項みたいに語るなよな」

 

 祭壇の前で揉めだした新郎新婦と聖職者に、教会内がざわめきだす中。

 アクアがわざとらしく咳払いをして。

 

「……コホン! それじゃあ、誓いのキスを」

 

 その言葉に、俺とダクネスは向かい合う。

 俺が、ダクネスの顔を覆っているヴェールを除けると……。

 間近で見つめ合うダクネスの瞳から涙が溢れ、一筋の涙が頬を伝う。

 

「な、なんだよ! こんなところで泣くのはやめろよ。わ、分かったよ! 浮気なんかしないよ! おいなんだその目は? まだ何もしてないのに疑うのはどうかと思う。……し、しないようにするから泣きやめって!」

「す、すまない。これはその、違うんだ。カズマが私を選んでくれるとは思っていなかったから、いろいろと込みあげてきてな……。それに、やはりめぐみんに悪いような気もするし……。嬉しいような、申し訳ないような、夢の中にいるような……、自分でも自分が何を考えているのか分からないくらい、いろいろな思いが溢れてきて……」

 

 泣いているんだか笑っているんだか分からない表情で、ダクネスが顔を近づけてきて――!

 

「私は幸せだ」

 

 

 

 ――結婚式の後の宴会にて。

 クリムゾンビアーの入ったジョッキを片手に、アクアがニヤニヤ笑いながら。

 

「結婚おめでとう! ダスティネス・フォード・カズマさん!」

「おめでとうございます、ダスティネス・フォード・カズマ」

 

 ダスティネス・フォード・カズマという名前は、紅魔族的にもおかしいらしく、めぐみんまでもがニヤニヤしているが。

 

「名前の事でめぐみんにからかわれる筋合いはない」

「なにおうっ!」

 

 お父さんお母さん。

 普通の子にまっすぐ育てよと言っていた、あなた方の可愛い息子は。

 貴族のお嬢様を嫁にして、貴族の仲間入りを果たしました。

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 コンコンと、聞く者を不快にさせない大きさの、気配りのなされたノックの音。

 その音とともに目を覚ますと。

 

「お嬢様、カズマ様、お目覚めでしょうか。朝食をお持ちいたしました」

 

 ドアの外から聞こえたその声に、俺は昨夜の事を思いだした。

 昨夜は、お前達は新婚夫婦なのだから帰りなさいと親父さんに言われ、宴会を途中で抜けて、ダクネスとともにダスティネス邸にやってきた。

 そして……。

 …………。

 俺と同じく寝不足のダクネスが、身を起こしながら。

 

「お、おはよう。すぐに食堂に行くから……!? へ、部屋に持ってきたのか? いつもはそんな事していないのに……!」

 

 ダクネスが言うと、失礼しますという言葉とともに、メイドが部屋に入ってきて。

 

「旦那様が、今日くらいは気を配ってやれと仰ったんですよ。お嬢様達は新婚なのですから、お二人で仲良く食事でも……!?」 

 

 と、にこやかな表情で朝食を運んできたメイドが、言葉を止め、俺とダクネスが寝ているベッドを驚愕の表情で見つめる。

 そこにあるのは、シーツに染みこんだ生々しい血の跡。

 何か事件があったのではというほどの血の跡に、メイドがすごい目を俺に向けてくる。

 

「こ、これは! これは、その……! そ、その……、そうだ! ふ、夫婦の間の事だから、そっとしておいてくれないか?」

 

 そんなメイドに、ダクネスが顔を真っ赤にして宥めるような事を言うが……。

 

「お嬢様がそう仰られるのであれば……」

 

 そう言いながらも、メイドは俺を睨みつけるのをやめない。

 ダスティネス家の使用人が、親父さんやダクネスの事を大切に思っているのは俺にも分かる。

 

「では、シーツを替えますので、申し訳ありませんが、やはり食堂に……」

 

 だからこそ、本当の事を言うべきだろう。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。あんたは誤解してると思う。この血は確かにダクネスの血だが、俺がダクネスに非道な事をしたわけじゃない。単にコイツが盛大に鼻血を噴いただけだ」

「ちちち、ちがーっ! お、お前という奴は! 恥ずかしい事をあっさりとバラすな!」

「お前ふざけんなよ。お前が恥ずかしいからって隠そうとするから、俺がメイドさんに睨まれてるんだぞ。ただでさえお前ん家の使用人は、俺がお前におかしな性癖を植えつけたって勘違いしてるんだからな。これ以上勘違いされたら、これからこの家に住むのに暮らしにくくなるだろ」

 

 そう。新婚初夜である昨夜の事、俺とダクネスは夫婦らしい事をしようと同じベッドに入り、もぞもぞしていたのだが、いざ事に及ぼうとした時、ダクネスが盛大に鼻血を噴いたのだ。

 ヒールとフリーズで治療をし、続けようとするも、そのたびにダクネスが鼻血を噴いて。

 泣きそうな顔で謝るダクネスを慰めていると、そんな事をする気分でもなくなってしまい、それでますますダクネスが泣きそうになって。

 ……そんな事を繰り返しているうちに、宴会で酒を飲んだせいか眠くなってきて、シーツに血が付いているのも気にせず、ベッドの上で眠ってしまっていた。

 

「俺はちっとも悪くないんだから、そんな目を向けるのはやめろよ」

「そ、そうでしたか。大変失礼いたしました」

 

 メイドの誤解を解いた俺は、赤い顔でシュンと肩を落としているダクネスに。

 

「そ、そんなに気にするなよ。こういう事は、その日の体調なんかで上手く行かなかったりするらしいし、別に急ぐような事でもないだろ?」

「……なあカズマ。お前にもそういった経験はなかったはずだと思うのだが、それにしては余裕があるように見えるのは気のせいだろうか?」

 

 

 

 ――しかし、その夜もダクネスは鼻血を噴いた。

 それどころか、その次の夜も。

 また、その次の夜も。

 

「お前、なんなの? そんなに新しい属性を集めてどうするんだよ? 女騎士でドMの変態なのに純情なところもあって、貴族令嬢でバツイチ子持ちで、さらにエロい事をしようとすると鼻血を噴くって、お前はどこを目指してるんだ? というか、これまで何度も自分から俺を襲ってきたりしてたくせに、どうして今さら鼻血を噴くんだよ?」

「すすす、すまない! その……、これまでは心のどこかで、どうせ途中でお前がヘタレたり、アクアやめぐみんに止められるだろうと思っていたんだ。だが今は、私達は結婚し夫婦になったのだし、ここは屋敷ではなくてウチだし、誰にも邪魔されないのだと思うと、嬉しいような、申し訳ないような、夢の中にいるような……、自分でも自分が何を考えているのか分からないくらい、いろいろな思いが溢れてきて……」

「それで鼻血も溢れてくるってか。お前、結婚式の時のちょっと感動的なセリフを、こんなバカな理由で使うのはやめろよな」

「仕方ないだろう! 本心なんだ! 私だって、好きで鼻血を噴いているわけではない! 溢れてくるんだ! このところずっと悶々としているのは、私だって同じだ!」

「お、おう……。まあ落ち着け。こういう事に詳しい知り合いに心当たりがあるから、その人に相談してみるよ」

「相談!? 待ってくれ。その、こういった事は貴族にとっては醜聞に当たるし、出来れば他の者に知られたくない。というか、その詳しい知り合いというのは誰なんだ? お、女か?」

「女の人だけど、秘密を漏らすような人じゃないし、詳しい事はぼかしておくから心配するな」

「そ、その……。私がそういった事をしてやれないから、その女に浮気したりは……」

「しねーよ! お前は俺をなんだと思ってんの? お前が悩んでるのを放っておいて浮気するほどクズじゃねーぞ」

「そ、そうだな。疑ってすまなかった。お前が誰かに取られてしまうと思うと、胸が苦しくなってきて……。…………んんっ……!」

「想像して興奮したのか」

「し、してない」

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 昼過ぎになって起きだした俺が、ダスティネス家の使用人の白い目に送りだされ、街を歩いていると。

 通りの向こうから歩いてくる、見知った女盗賊の姿が。

 

「よう、クリスじゃないか。おはよう」

 

 と、挨拶をする俺に、駆け寄ってきたクリスがいきなり掴みかかってきて。

 

「見つけたーっ!」

「おわっ!? な、なんだよ。おい落ち着けクリス。いきなりどうしたんだよ」

「どうしたんだって訊きたいのはこっちの方だよ! ねえカズマ君。どういう事なのかな? ここんところ、毎日ダクネスがエリス教の教会に来て、すごく熱心にお祈りしていくんだよ! 夜にベッドの上で鼻血を噴きませんようにって! ねえキミ、ダクネスに何してんの? 結婚したからって、ダクネスに変なプレイを要求するのはやめてよ!」

 

 昼間、ダクネスが何をしているのかは知らなかったが、エリス教の教会に行っていたらしい。

 エリス教の教会で祈ったから、女神エリスに心の声が聞こえてしまい、こうしてクリスが俺のところにやってきた、と。

 

「いや、ちょっと待て。俺は別に、ダクネスに変なプレイなんて要求してないぞ」

「じゃあダクネスがどうしてあんな事をお祈りしてるのか、説明してくれるかな! キミはダクネスと結婚したんだし……、という事は、その……、夜は一緒のベッドで寝てるんだろう? ダクネスが鼻血を噴いている理由も、当然知っているんだよね?」

 

 恥ずかしそうに俺から目を逸らしながら、クリスがそんな事を……。

 …………。

 

「もちろん知っているが、変なプレイっていうのは具体的にどういうのが駄目なんだ? 俺もダクネスの事は気遣っているつもりだが、ひょっとするとマズい事をしてしまってるかもしれないからな。その変なプレイとやらについて、詳しく教えてくれないか?」

「そ、それは……! その……!」

「どうしたんだ? 変なプレイってのがなんなのか教えてくれないと、気を付ける事も出来ないじゃないか。ほら、ちゃんと教えてくれよ。具体的に。詳しく」

「……カズマさん? わ、私へのセクハラは強烈な天罰が下りますよ。ゲームでいくらガチャをやってもレアキャラが出なくなるとか。そして出てもすぐにサービスが終了してしまうとか」

「それはもう俺には関係ない話だが、冗談なので許してください」

 

 相変わらず、アクアの微妙な天罰と違い、エリスの天罰はえげつない。

 日本でヒキコモリをやっていた頃なら即死だった。

 

「それで、どうしてダクネスは毎晩鼻血を噴いているのさ?」

「話してもいいけど、誰にも言うなよ」

 

 当たり前だという顔で頷くクリスに、俺はダクネスが鼻血を噴く理由を説明する。

 

「そそそ、そっか。え、えっちな事をしようとしたら……! へ、へえ……! というか、やっぱりそういう事をやってるんだね? ……えっと、二人って、もうちゅーはしたんですか?」

「結婚式の時にしてたのは、お前も参列してたんだから見てただろ」

「あ、うん。そ、それだけ? あれ一回だけなの?」

「そんなわけないだろ。親父さんが気を遣ってくれたのか、同じ部屋で寝起きしてるんだし、やろうと思えばいくらでも出来るよ」

「……!?」

 

 俺の言葉のどこに反応したのか、顔を真っ赤にするクリス。

 

「それで、ダクネスが鼻血を噴かないで済む方法がないか、誰かに相談しようと思ってるんだよ」

「そ、そっか。キミもダクネスのために、いろいろと考えてくれてるんだね。でも、こういう事が相談できる人なんて、カズマ君の知り合いにいたっけ? あまり人に広めたら駄目って、ダクネスに言われたんだろう?」

「……ま、まあ、そうだけど。そこら辺は上手くやるよ。これでも俺は、アクセルではそこそこ有名人だしな」

「アクセルではっていうか、魔王を倒したキミは世界的にも有名人だと思うけど。そういう事ならあたしも手伝うよ」

「い、いや! わざわざクリスに手伝ってもらわなくても大丈夫だぞ。その、お前だっていろいろと忙しいだろ?」

 

 悪魔を見ると見境なく襲いかかるクリスを、あの喫茶店に連れていくのはさすがにマズい。

 

「うん? キミが魔王を倒してくれたおかげで、最近はそんなに忙しくないよ。モンスターの被害も減ったし、銀髪盗賊団としての活動もそれほど急がなくて良くなったからね。それに、ダクネスの事はあたしも心配だからね」

「お、おう……」

 

 ダクネスを心配するクリスに、ついてくるななんて言えるはずもなく……。

 ……あれっ?

 何これ詰んだ。

 

 

 

「――ていうか、その、えっちな事で鼻血を噴くなんて事、本当にあるんだね。そういうのって、漫画の中とかだけだと思ってたよ」

 

 街を歩きながら、クリスがそんな事を言う。

 

「漫画とか詳しいんですねエリス様」

「エ、エリス様じゃないから! 今のあたしはクリス様だから!」

 

 盗賊のクリスが日本の漫画について詳しいはずがないので、女神としての力を使って日本へ行き、漫画を読んでいるのだろう。

 

「クリス様、今度俺にも漫画を読ませてくださいよ。続きが気になってるやつがあるんですけど」

「わ、分かったよ。前に、キミの国の漫画を集めておくって約束したし、ちゃんと買い集めて、天界に保管してあるから……。でも今は、ダクネスの事だよ!」

「まあそうだな。鼻血って、漫画だと興奮しすぎてとか、恥ずかしすぎて感情が高ぶってとかなんだけど、鎮静効果のあるハーブを試してみたけど駄目だったな。他には、事前に鼻を冷やしてみても駄目だったし、俺の必殺技でダクネスの体力を奪ってみても駄目だったし、ダクネスが聖騎士として明鏡止水の境地に至ればとか言いだしたけど駄目だったぞ。最初から鼻に詰め物をした時は、鼻血の勢いで詰め物が飛びだして、俺が笑ってたらダクネスに殴られて気絶して目が覚めたら朝だった」

「そ、そうかい。……思ったよりいろいろ試してるんだね」

「まあ、思いつく限りの事は試してみたよ。このままだと俺だって生殺しだからな。正直、もう鼻血が出ても気にせず続けてくれって言われた時は、本気でそうしてやろうかと思った」

「そそそ、そっか! ダクネスがそんな事をね! あのダクネスが……!」

 

 目を泳がせ、顔を赤くしたクリスが、ぽりぽりと頬の傷跡を掻く。

 と、そんなクリスが表情を明るくし、道の先を指差した。

 

「ほら、ここだよ! ここならあんまり人が来ないし、誰にも聞かれたくない相談をするにはいいかと思うんだ。懺悔室は、懺悔だけじゃなくて、内緒の相談も受けつけているからさ」

 

 クリスが指差した先にあるのは、小ぢんまりとしたエリス教会。

 

「確かに、懺悔室なら素性を知られる事はないし、今回みたいな場合にはうってつけかもしれないが。教会って、えっちな相談も受けつけてるのか? なんていうか、そういうのは禁じてるイメージがあるんだけど」

「そんな事はないよ? エリス様は幸運の女神だから、安産祈願も受けつけているんだよ。だから、なんていうか、新婚夫婦がそういう相談を持ちかけてくる事もあるみたいだね」

 

 キスの話題くらいでいちいち照れているくせに、安産祈願なんて大丈夫なんだろうか。

 

「まあ、そういう事なら、懺悔室で相談してみるよ」

 

 俺はクリスに見送られ教会に入ると、他に誰もいない事を確認してから、入り口のわきにある小さな部屋に入った。

 部屋の天井から小さな鈴が吊るされていて、『御用の方は引いてください』と書かれている。

 なるほど、顔を合わせないで相談するための仕組みか。

 俺が鈴を鳴らすと、やがて仕切りの向こうに人の気配が……。

 

「ようこそ迷える子羊よ……。さあ、あなたの罪を打ち明けなさい。神はそれを聞き、きっと赦しを与えてくれるでしょう……」

 

 ……?

 なんだろう、声に聞き覚えが……。

 いや、この場では、俺はただの相談する人だし、相手はただの相談される人なのだから、気にしない方がいいだろう。

 

「えっと、懺悔っていうか、相談なんですけど。人に知られたくない相談だから懺悔室に入ったんですけど、そういうのってありなんですかね?」

「もちろんです。迷える子羊を導くのが我々の役目ですから。さあ、悩みを打ち明けなさい」

「……その、ふざけているわけじゃなくて真面目な相談ですからね?」

 

 俺はそう前置きをして、仕切りの向こうの人に事情を打ち明ける。

 

「……なるほど。えっちな事をしようとすると相手の女性が毎回鼻血を噴く……と。何それ羨ましい。お姉さんなんか相手もいないのに。そんな幸せなエリス教徒は爆発すればいいと思います」

 

 ……ん?

 

「そうですね。では、こちらの入信書にサインをしてください。清貧を貴ぶエリス教徒だから、えっちな事を恥ずかしく感じてしまい、鼻血が出るのです。日々を面白おかしく自由に生きるアクシズ教徒になれば、恥じらいなんて忘れてしまうでしょう」

「セシリーじゃねーかふざけんな」

 

 俺は、仕切りの下の隙間から差し出された、アクシズ教の入信書を破り捨てる。

 コイツ、エリス教の教会で何やってんだ!

 

「あら? その声はカズマさんですか? という事は、その女性というのはダクネスさんですね? ダクネスさんはロリっ子じゃないし、お姉さんの趣味じゃないんだけど、そういうところはとっても可愛いから、花丸をあげちゃうわね」

 

 クソ! せっかく懺悔室に入ったのに、いきなり素性がバレた。

 

「おうコラ、もう相談なんて空気でもないが、頼むからこの事は他の奴には黙っておいてくれよ」

 

 俺が立ち上がろうとすると。

 

「……? 懺悔室で聞いた事を、他の人に話すわけないじゃない。それより、まだ悩み事が解決してないのに、出ていっていいのかしら? まあ、お姉さんとしては、アクシズ教に改宗するのが一番いいと思うけれどね?」

「なんかいいアイディアでもあるのか? さっき言ったとおり、思いつく限りの事は試したぞ?」

 

 セシリーが少しはまともな事を言うので、俺は座りなおす。

 そういや以前めぐみんが、あの人はたまにまともな事を言うので困りますとか言っていた。

 

「そうね、ここは逆に考えたらどうかしら? ダクネスさんが鼻血を噴かないようにするのではなく、鼻血を噴いても問題ないようにすれば……。そう、あなたが鼻血に興奮する体質になればいいんじゃないかしら!」

「やっぱ帰る」

「待って! お姉さんの話を聞いてちょうだい! アクシズ教は、悪魔っ娘やアンデッド以外、あらゆる事が許される教え。鼻血に興奮するのだって、少しも変な事じゃないわ! だからあなたもアクシズ教徒に……」

「結局勧誘じゃねーか! 畜生、一瞬でも見直した俺がバカだった!」

 

 俺が懺悔室を飛びだすと、セシリーも反対側のドアから出てきて……。

 

「あっ! あなたはブラックリストに載ってるセシリーさんじゃないですか! 帰ってください! というか、ウチの教会の懺悔室で何を……!」

 

 教会にいたシスターに捕まっていた。

 

「ちょっと、今は迷える子羊を導いているんだから邪魔しないでちょうだい! いくら邪悪なエリス教徒といえど、あなた達だって人々のために良かれと思って行動しているのでしょう? 邪魔をする筋合いはないはずよ!」

「そ、そうなのですか? ですが、ウチの教会に来た方に余計な事をされるのは……」

「エリス教徒のふりをして懺悔室で悩みを聞き、アクシズ教に入信してもらうっていう、完璧な計画なんだから邪魔しないでちょうだい!」

「帰ってください! 二度と来るな!」

 

 追いだされたセシリーとともに教会から出ると、待っていたクリスが呆れた顔で。

 

「なんだか騒いでたけど、キミ、何やったのさ? ていうか、セシリーさんがどうしてウチの教会にいるの?」

「エリス教徒なんかに任せておけないから、迷える子羊を親切で導いてあげようと思ったのに断られたわ! ところでクリスさん、アクシズ教に入信しませんか?」

「え、遠慮しておきます……。あの、あんまりエリス教徒に迷惑を掛けないでほしいんだけど」

 

 いきなり入信を迫るセシリーに即答したクリスが、セシリーを諫めようとするも。

 

「おっといけない! アクア様のお世話をする時間だわ! それじゃあね!」

 

 セシリーが足早に立ち去っていくと、クリスが。

 

「えっと、中で何があったのかは知らないけど、解決策は掴めたの?」

「いや、セシリーにからかわれただけだった。あれだけ騒いだ後だし、顔を覚えられてるだろうから、今は懺悔室にも入らない方がいいだろうな」

 

 ――と、俺とクリスが途方に暮れていた時。

 そんな俺達に声が掛かった。

 

「クリスではないか。……それに、カズマ? 二人とも、教会の前で何をしているんだ?」

 

 声を掛けてきたのは、いつもの騎士の格好をしたダクネス。

 

「俺はほら、誰だか分からないように懺悔室で相談しようと思ってきたんだよ。そう言うダクネスこそ、エリス教の教会に何しに来たんだ?」

「そ、それは……」

 

 ダクネスが顔を赤らめてクリスをチラチラと見る。

 

「あっ。クリスには事情を話したから、隠そうとしなくても大丈夫だぞ」

「は、話したのか!? なぜクリスに! ま、待て! 違う! 違うんだクリス! これは……!」

 

 弁解しようとするダクネスに、クリスも顔を赤らめ、頬の傷跡をぽりぽりと掻きながら。

 

「お、落ち着いてよダクネス。大丈夫! 大丈夫だから! あたしは別に……、えっと……、とにかく大丈夫だよ!」

 

 何を言えばいいのか分からなかったらしく、力押しでダクネスを宥めようとするクリス。

 

「……そ、そうか。大丈夫なのか。……その、恥ずかしい事を知られてしまったな。出来ればあまり他言しないでくれると嬉しい」

「もちろんだよ。あたしがダクネスを困らせるような事、するはずがないじゃないか」

「ありがとうクリス。そうか、カズマが頼りになると言っていた相手は、クリスだったのか」

「えっ? なんだカズマ君。相談する心当たりの人がいたの?」

 

 ダクネスの言葉に、クリスが不思議そうに首を傾げる。

 これはいけない。

 二人にサキュバスの事は話せない。

 

「そんな事より、ダクネスはなんでこんなところにいるんだ?」

「エリス様の教会をこんなところ呼ばわりするのはやめろよお……! ほ、ほら、ダクネスが来たのは……」

「あ、そうか。お祈りしに来たのか」

「……!? わ、私がこのところエリス教の教会で祈っていた事は、誰にも言っていないはずだ! どうしてカズマが知っているんだ!」

 

 クリスに耳打ちされ俺がポツリと呟くと、ダクネスが顔を赤くし声を上げる。

 と、そんなダクネスの言葉にクリスが。

 

「そそそ、それは……! ど、どうしてかなあ! 不思議だね!」

 

 ……コイツは盗賊職のくせに、どうして嘘やハッタリといった駆け引きが出来ないのだろうか。

 

「お前が祈ってるところを、たまたまクリスが見てたんだよ。それで、ダクネスに悩みがあるみたいだけど何をやったんだって問い詰められてさ。コイツもダクネスを心配してたし、他の奴に話したりもしないだろうから、つい教えちまったんだよ」

「そ、そうそう! そうなんだよ!」

 

 俺の言葉に、クリスが何度もうなずく。

 

「そ、そうか……。しかし、貴族の醜聞がどうのという前に、知り合いにこういった事を知られるのはすごく恥ずかしいのだが……」

「あ、あはは。ごめんねダクネス。あたしが無理やり聞きだしたんだから、カズマ君を怒らないであげてよ」

「ああ。私だって、カズマが心配してくれていた事は知っている」

 

 ダクネスが、俺の方を優しい顔で見ながら、そのまま教会に入ろうとして……。

 

「待ってよダクネス! お祈りはやめよう! 鼻血を噴かないようにしてくださいなんて言われても、エリス様だって困っちゃうと思うよ!」

 

 困っているエリス本人に止められる。

 

「そ、それはそうなのだろうが……。しかし、カズマが私のためにいろいろと行動してくれているというのに、私はどうすればいいのか分からなくてな。何も、本気でエリス様にどうにかしてもらおうと思っているわけではない。ただ、何かしていないと私が落ち着かないんだ」

「うーん……。そんなに思いつめなくてもいいと思うけど。そ、そうだ! ねえダクネス。ここんところ、ずっと悩んでいるだろう? ここらで息抜きしてみたら、いい考えが浮かぶかもしれないよ。二人はダスティネス邸で暮らしてるって話だし、一度あのお屋敷に戻って、前みたいにアクアさんやめぐみんと話をしてみたら、気分が落ち着くんじゃないかな」

「息抜きか。そうだな、確かにこのまま悩んでいても埒が明かないし、それもいいのかもしれないが……」

 

 クリスの提案に、ダクネスが口篭もり俺をチラチラ見てくる。

 ……?

 屋敷へ戻るかどうかの話で、俺を気にする必要はないと思うが……。

 

「あっ! そうか。お前、めぐみんを気にしてるんだな。確かに、俺とめぐみんは仲間以上恋人未満の関係だったわけだし、お前はめぐみんから俺を寝取ったみたいな感じだからな。でも心配するな。めぐみんは、ダクネスの事も好きだから二人には幸せになってほしいし、私の事は気にするなって……、…………」

 

 …………。

 ……そういえば、めぐみんはアイリスに嫉妬して焦ったり、ダクネスとエロい展開になろうとすると怒ったりしていた。

 ひょっとして、俺の前では平気な顔をしていても、こっそり泣いていたりするのだろうか?

 それはちょっと嬉しいような……。

 いや違う。

 想像すると、胸が苦しくなってくる。

 い、いや、こういうのは誰が悪いって話でもないはずだ。

 俺も、普通の顔をしてめぐみんに会えばいいはず。

 

「……それなら、ダクネスとクリスは屋敷に行くといい。俺は朝までやってる喫茶店に行く事にするよ」

「バカな事を言うな! まったく、いつもいつもお前は肝心な時にヘタレるな! ああもう、悩んでいたのがバカらしくなってきた! ほら、来い! 今日は屋敷へ行って、いつものように広間でダラダラするぞ!」

 

 逃げようとした俺は、クリスのバインドに捕まり、ダクネスに引きずられていった。

 

 

 *****

 

 

 ほんの数日前まで住んでいた、街外れにある大きな屋敷。

 その屋敷の前に立ち、玄関のドアを開けると。

 

「おかーえり! あらっ、クリスも一緒なの? それじゃあ、三人分のお茶を淹れなくちゃ!」

「おや、お帰りなさい。ダクネスの屋敷でイチャコラしてるかと思ってましたが、意外と早かったですね。どうせカズマが、貴族の堅苦しい生活に飽きたとか言いだしたんでしょう」

 

 広間にいた二人は、拍子抜けするほどいつもどおりに出迎えてくれる。

 

「アクア様! お茶なんて私が淹れますので、アクア様はどうぞソファーでのんびりしていてください!」

「そう? それならお願いしようかしら」

「はい、ただいま!」

 

 あとなんか、セシリーがいる。

 

「カズマさんはなんでまた縛られてるのかしら? ねえ、これって解いちゃっていいの?」

「ああ、はい。それは屋敷に行くのが気まずいからって逃げようとしたカズマ君を縛ってただけだから、解いちゃって大丈夫ですよアクアさん」

 

 アクアの言葉に、クリスがそんな事を……。

 

「「「…………」」」

 

 ……言ったせいで、広間が気まずい雰囲気に包まれる。

 

「『セイクリッド・スペルブレイク』!」

 

 アクアだけが気にせず俺を縛ったバインドを解いてくれていたが。

 

「べべべ、別に気まずくねーし! そんな事言ってねーし!」

「そ、その……だな……。これはその……!」

「ごごご、ごめん! あたしが変な事言ったせいで!」

 

 俺達三人が取り繕おうとして失敗する中。

 めぐみんがため息を吐いて。

 

「まったく! どうせ二人して、私を気遣おうとでもしてたんでしょう? 確かに大好きなカズマが私以外の人と結ばれた事は、今でも悲しいし辛いですが、私はダクネスの事だって大好きなんです。大好きな二人が幸せだからって、嫌な気持ちになるはずがないじゃないですか。それに、カズマは意志が弱いので、隙を突いてちょっと誘惑すればすぐに浮気してくれるでしょうからね。一番じゃないというのは紅魔族的には悔しいですが、私は愛人でも構いませんよ」

「め、めぐみん……! ……あれっ? めぐみん!? 待ってくれ! お前は何を言っている? 今のはいい話ではなかったのか? 途中からすごくおかしな話に!? やはり私は浮気されるのか? カズマを寝取られるのか? ……ッ!」

「おい」

 

 俺が小さく身を震わすダクネスにツッコんでいると、めぐみんが。

 

「そんな事より、今日はどうしたんですか? 隙あらばセクハラしようとするカズマと、変態痴女なダクネスですから、ダクネスの屋敷に篭って、それはもう淫蕩な生活をしていると思っていたのですが。クリスまで一緒という事は、何かあったんじゃないですか? 二人が困っているのなら、私も協力したいです」

 

 と、そんなめぐみんの言葉に、皆の前に紅茶の入ったカップを配っていたセシリーが。

 

「それがねめぐみんさん。えっちな事をしようとするとダクネスさんが鼻血を噴くせいで、二人はまだなんにもしていないらしいわよ。えっちな事がしたいのに出来なくて、二人とも困っているんですって!」

「「ぶふっ!」」

 

 セシリーの暴露に、俺とダクネスが口に含んだ紅茶を噴く。

 

「ケホッ! ケヘッ! おまっ……! いきなりバラしやがって! 懺悔室で聞いた事は誰にも話さないってのはどうなったんだよ!」

「どどど、どういう事だカズマ! なぜセシリーまで知っているんだ! 誰にも言うなと言ったのに、一体何人に話したんだ!」

 

 顔を真っ赤にしたダクネスが俺に掴みかかってくるが、それどころではない。

 セシリーは、なぜ怒鳴られるのか分からないという顔で。

 

「……? 何をそんなに怒っているのかしら? カズマさんとダクネスさん、それにクリスさんは事情を知っているんだから話してもいいでしょう? アクア様は女神だから話してもいいし、めぐみんさんは天使だから話してもいいはずよ。ほら、懺悔室で聞いた事を他の人に話したりはしてないじゃない。お姉さんは何も悪い事をしていないと思うの」

 

 ……この野郎。

 と、俺がセシリーの言葉に頭を抱える中。

 

「ダクネスったら、そんなに鼻血が出るなんて大丈夫? えっちな事ばかり考えていたら体に悪いと思うの。鼻だけじゃなくて、頭にもヒールを掛けてあげましょうか?」

「あの、ダクネス。二人がそんなだと、私としてもさすがに気が引けるので、初夜くらいさっさと済ませてください」

「ふ、二人とも! ダクネスは真剣に悩んでるんだから!」

 

 アクアとめぐみんに口々に言われ、両手で顔を覆うダクネスを、クリスが必死にフォローしていた。

 

 

 

「エロい事をしている途中で鼻血を噴くとか、ダクネスは純情乙女なのか変態痴女なのか、いい加減にハッキリするべきだと思います」

「ダクネスはアレね! むっつりスケベってヤツじゃないかしら! 溜めこんでるエロスが鼻血とともに噴きだしてくるのよ! やっぱり頭にヒールを掛けてあげるわね!」

「す、すいません! 純情乙女ですいません! 変態痴女ですいません! むっつりスケベですいません!」

 

 鼻血を噴く事で、精神的に結構追いこまれていたらしいダクネスが、何を言われてもすいませんとしか言わなくなる中。

 

「ねえカズマ君。ダクネスがひどい目に遭ってるんだけど、止めなくていいの? アクアさんが関わってるとあたしは止めにくいし、カズマ君が止めてよ」

「あいつはひどい目に遭うと喜ぶから放っておいていいぞ」

「ねえー、お姉さんはダクネスさんと違って、ひどい目に遭っても嬉しくないわ。魅力的なお姉さんを束縛したい気持ちは分かるけど、この拘束を解いてくれないかしら?」

 

 ダクネスを心配するクリスと話していると、これ以上余計な事をしないようにバインドで縛ってあるセシリーが、文句を言ってくる。

 口に猿轡を嵌めようとする俺を、アクアが泣いて止めるので許してやったのだが……。

 と、俺がやっぱりセシリーの口を塞ごうかなと考えていると。

 

「……ふう。これほど責められるのは久々だった。なんだか生き返ったような気分だ」

 

 アクアとめぐみんに口々に責められていたダクネスが、ツヤツヤした顔でそんな事を言う。

 

「あたしが知ってるダクネスはこんな娘じゃなかった……!」

 

 そんなダクネスに、クリスが両手で顔を覆う。

 

「いや、お前が知らないだけで、ダクネスは昔からこんなんだった」

「そうですね。これが私達の知ってるダクネスですよ。そんな事より、鼻血を噴かずに済む方法を考えますか。カズマがいろいろ試したのに駄目だったのですから、生半可な方法は効果がないと思った方がいいでしょうね」

「……ん。めぐみんは頭がいいからな。一緒に考えてくれると助かる」

「当然です。なんといっても、私達は魔王を倒したパーティーの仲間なんですよ。そんじょそこらのパーティーとは、絆の強さが違います」

 

 めぐみんとダクネスが仲良く話す光景に、クリスが微笑ましそうな表情を浮かべる中。

 アクアがまっすぐに手を挙げて。

 

「聞いて! 私にいいアイディアがあるわ!」

「却下」

「なんでよーっ! ねえ聞いてよ! すごくいいアイディアなんだから! ダクネスがえっちな事をしようとすると鼻血を噴くのは、慣れてないからだと思うの! だから、練習すればいいんじゃないかしら!」

「はあー? 練習しようにも、鼻血を噴いてどうしようもないから、どうしようかって話をしてるんだろ。いいから、お前はセシリーと遊んでろよ」

「違うの! ダクネスが慣れてないのは、えっちな事もそうだけど、カズマにも慣れてないんじゃないかしら! ほら、二人はえっちな事以外だと、恋人っぽい事を何もしてないでしょう? だから、二人でデートをして、ダクネスがカズマに慣れたらいいと思うの!」

 

 アクアがまた、ドヤ顔でバカな事を言っ……。

 ……おい、今なんつった?

 いや待て。

 落ち着け。

 アクアの提案がまともなはずがない。

 何か大きな落とし穴が……。

 …………。

 

「あ、あれっ? なあ、コレっていいんじゃないか? 本当にいいアイディアなんじゃないか? まだ試してない方法だし……」

「おおお、落ち着いてください! 別に慌てるような事じゃありませんよ! アクアだってたまにはいい事を思いついたりします!」

「な、なあ、あれは本物のアクアなんだな? 実はバニルが化けているわけではないんだな?」

「み、皆! アクアさんに失礼だよ!」

 

 アクアのまともな提案に混乱する俺達に、クリスが声を上げる。

 

「何よ皆してーっ! いいアイディアだと思ったなら、素直に褒めてくれてもいいと思うんですけど!」

「そうよそうよ! アクア様の叡智を疑った愚民ども! あ、めぐみんさんは別よ。謝罪を要求します! あなた達に少しでも良心ってものがあるのなら、この入信書にサインをしなさい!」

 

 アクアの言葉に続き、いつの間にかバインドから抜けだしたセシリーが、部屋の中に大量の入信書をばら撒く。

 アクシズ教の二人が騒ぎ、入信書が降り注ぐ中。

 俺がダクネスを見ると、ダクネスも何かを期待するような目で俺を見ていて。

 ……マ、マジで?

 ダクネスとはずっと同じ屋敷で暮らしてきたわけだし、俺に慣れたとか慣れてないとか言うレベルの関係でもないと思うんだが。

 いや、確かにデートとか、そういう恋人っぽい事はしていないが……。

 それに、一緒に風呂に入ったり、一緒のベッドでエロい事未遂をしたりもしたが、ダクネスがああいうのを全部、心の底ではどうせ何も起こらないだろうと思っていたのなら、ノーカンって事になるんじゃないか?

 ダクネスとデートかあ……。

 

 …………。

 

 あれっ?

 なんだろう、想像してみると、悪くないんじゃないかという気分になってきて……。

 

「……デ、デート、するか?」

「……! お、お願いします……」

 

 そういう事になった。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 俺は朝早くから、アクセルの街の広場でダクネスを待っていた。

 昨日、ダクネスとデートをすると決まった後、クリスがデートと言えば待ち合わせだと主張し、俺はダスティネス邸へ帰ったが、ダクネスは屋敷の方で寝る事になった。

 親父さんに事情を話すと、なぜか使用人全員に話が行き渡っていて、寝ているところをメイドに叩き起こされ、女性を待たせるものではありませんと言われて追いだされた。

 畜生、俺って貴族になったんじゃないのかよ? 偉いはずだろ?

 俺がダスティネス邸の実権を握ったら、メイドのスカート丈を短くしてやろう。

 と、俺が扱いの悪さに不満を募らせ、バカな事を考えていた、その時だった。

 広場の隅に立っていた俺に、声が掛けられる。

 

「……ま、待たせたか?」

「……ッ!?」

 

 そこに立っていたのは、似合わないからと普段は着たがらない、清楚な感じの白いワンピースを身に着け、小さなバスケットを手に提げたダクネス。

 そんなダクネスの姿に絶句する俺に、ダクネスは恥ずかしそうに目を伏せて。

 

「に、似合わないだろうか? そ、その、私に可愛らしい格好が似合わないのは分かっているのだが、せっかくのデートなのだからと、皆に勧められてな……。どうだろう? どこかおかしくないだろうか?」

「いや……、似合ってる……」

「そ、そうか……」

 

 …………。

 ……いや、なんだこの空気。

 俺とダクネスが、見つめ合ったままお互いに照れる中。

 

「ちゅーだよ! そこでちゅーをするんだカズマ君!」

「しーっ! 静かにしてクリス! あんまり騒ぐとバレちゃう!」

「二人とも静かにしてください! 気づかれたらどうするんですか!」

 

 通りの角からこちらを窺う、騒々しい三人組の姿が……。

 あいつら何やってんだ。

 しかし、こちらに気づかれていないつもりらしい三人の姿に、二人して『ぷっ』と吹きだし、おかしな空気が消えていった。

 

「よし、行くか」

「ああ」

 

 俺達が歩きだすと、三人もついてくる。

 

「そういえばカズマ、その格好。……その、お前も似合っているぞ。お前はイケメンという言葉に思うところがあるようだが、そうしていると、……うん。なかなか悪くない」

「あん? これはお前んところのメイドが、朝早くから俺を叩き起こして、無理やり着せてきたんだよ。この世界のファッションなんかよく知らないし、似合ってるのかどうかも分からん」

「そ、そうか。……ところで、これからどこに行くつもりなんだ?」

 

 ダクネスが、ソワソワした様子で聞いてくる。

 

「どこって言われても。あいつらに見られてるのが落ち着かないから歩きだしただけで、特に目的地は決めてない。そう言うお前はどこか行きたい場所とかないのか?」

「わ、私か!? 私もその……。一応考えてはみたのだが……」

 

 俺の言葉に、ダクネスが煮えきらない返事をし目を泳がせる。

 俺もダクネスも、デートなんかした事がなかったので、昨日、俺達がデートをする事が決まった後、デートプランを皆で相談する事になった。

 結局、その場にいた全員がデートをした事がなかったために、これといったアイディアも出ず、お互いに相手を喜ばせるために行き先をひとつずつ決めておくという事になったのだが……。

 コイツが喜ぶ場所って言われてもなあ。

 

「デートって言ったら、映画館とか遊園地なんだろうけど、どっちもこの世界にはないからなあ」

「映画館に、遊園地? どちらも聞いた事のない言葉だが、お前のいた世界にあった場所なのか? 良ければ、どういうところか教えてくれないか?」

「映画館ってのは、映画を見るところだよ。説明しにくいが、本になってる物語なんかを映像にして、大きなスクリーンに映すんだ」

「それは、映写の魔道具を使った活劇とは違うのか?」

「……なんだ、この世界にも映画みたいなもんがあるのか? まあ、映像を映す魔道具はあるんだし、それくらいあっても不思議ではないのかもな」

「この街ではあまり見ないが、王都に行けば毎晩のように上映しているはずだぞ」

「ほーん? 暗いところじゃないと見られないなんて、ますます映画っぽいじゃないか。まあ、まだ明るいし、夜にならないと上映が始まらないってんなら、今から行っても仕方ないか」

「それで、遊園地というのはどういうところなんだ?」

「遊園地は、……こっちも説明しにくいんだが……、…………」

 

 俺がダクネスに、日本にあった娯楽施設の説明をしながら歩いていると。

 

「……ねえ、二人がなんの話をしてるのか、よく聞こえないんですけど!」

「こっちにカズマがいれば、読唇術スキルで何を話しているか分かるんですが……。クリスも盗賊職ですし、尾行に役立つようなスキルはないんですか?」

「うーん。足跡を追跡するスキルとか、逃走用のワイヤートラップとかはあるけど、この状況で二人の会話を盗み聞き出来るスキルはないなあ」

 

 ……後ろの三人組が騒がしい。

 

「そ、そういや、デートの定番って言ったら、喫茶店ってのもあるな。落ち着いて行き先を決めるためにも、とりあえずどこかの店に入るってのはどうだ?」

「わ、分かった。今日はお前の行くところなら、どこへでもついていこう」

「おいやめろ。そういう事言われると、ちょっとエロい気分になるからやめろよ」

「な、なぜだ? 今の私の言葉のどこがエロいんだ? お前こそ、バカな事を言うのはやめろ!」

 

 じゃあラブホに行こうとか言いたくなるだろ。

 日本では言う機会なんかなかったが。

 

「まあいいや。なら、そこら辺の店に適当に入って……」

 

 と、俺がふらふらと近くの店に入ろうとすると。

 

「おいカズマ。そこは喫茶店ではなくて酒場だぞ! どこへでもついていくとは言ったが、昼間から酒を飲むのはどうなんだ?」

「おっと、すまんね。いつもの癖で……」

 

 ダクネスに注意され、その場を離れようとするが、その前に。

 店の中にいた人物が俺に気づき、酒に酔ってふらつく足で店から出てくる。

 

「カズマじゃねーか! いや、お前さんは貴族になったんだし、カズマ様って呼ばないとなんねーか? おうカズマ様。お前さんは玉の輿に乗ったんだし、酒の一杯くらい奢ってくれるよな?」

 

 現れたのは、チンピラ冒険者のダスト。

 朝から飲んだくれているチンピラは、俺の横にいたダクネスに気づくと。

 

「おいおい! 誰かと思えばララティーナじゃねーか! 今日はまた可愛らしい格好して、どうしたんだよ? ははーん? お前らアレだな? デートってやつだ! 俺らが汗水垂らして働いてるってーのに、昼間っからデートとは、さすがお貴族様は違うじゃねーか! 羨ましいねえ!」

 

 汗水垂らして働くどころか、朝から飲んだくれているダストが、俺達に絡んでくる。

 こんなのはいつもの事なので、俺はダクネスが怒ってダストを張り倒すのを見守ろうと思っていたのだが……。

 

「大変よ! ダストとかいうチンピラが二人に絡んできたわ!」

「なんというテンプレ展開。まあ、カズマやダクネスが、今さらあんなチンピラに負けるとは思えませんが。……紅魔族的にはうずうずしてしまうシーンですね。通りすがりの謎の爆裂魔法使いとして、颯爽と登場し爆裂魔法を撃ちこんできてもいいですか?」

「駄目だよめぐみん! 街の中だから!」

 

 あかん。

 ダストは確かにうっとうしいが、爆裂魔法を撃ちこまれて消し飛ばされるほど悪い奴ではないはずだ。

 ここは俺がなんとかしなければ……!

 俺は、店の入り口にあったロープを手に取り。

 

「『バインド』!」

「あっ! カズマ、てめえ! いきなり何を……! ……!」

 

 拘束され倒れたダストに、ドレインタッチを使って意識を奪う。

 気を失ったダストは、酒場に入る人達の邪魔にならないよう、入り口のわきに転がしておく。

 

「よし、行くか」

 

 何も見なかった事にして、俺がダクネスを振り返ると。

 

「カ、カズマ……。私のために友人を気絶させてくれるとは……! そんなに私とのデートを楽しみにしていてくれたのか……?」

 

 なんか勘違いしているようだが、このままにしておこう。

 

「おお! カズマがチンピラを撃退して、いい感じの雰囲気になったわね!」

「さすがはチンピラ。いい仕事をするではないですか。では、私が二人の絆を深める第二の刺客として、二人の前に現れ、爆裂魔法を……」

「撃たなくていいから! めぐみん、ちょっと落ち着こうか! 目が紅くなってるから! 今の、結構本気で言ってるよね!」

「当たり前です。私はいつだって本気ですよ!」

 

 ……あいつらは何をやっているんだろうか。

 というか、あいつらのせいで、あまりデートという感じがしない。

 美女と二人きりでいる事を意識しないで済むので、これはこれで気楽なのだが……。

 

「おいダクネス」

「なんだ? なん……っ! い、いきなり何を……!」

「べ、別におかしな事はしてないだろ! もっとすごい事だってやってるくせに、今さら手を握ったくらいで大げさに騒ぐなよ!」

「そ、そうだな! こういうところを直すためにデートをしているのだな……!」

 

 俺がダクネスの手を取ると、ダクネスが何かを堪えるように、真っ赤な顔をして目を瞑る。

 

「いや違う。お前は勘違いをしてる。ほら、あの三人がずっとついてきていて、デートって雰囲気でもないだろ? これだと俺に慣れる練習にならないだろうし、撒いちまおうと思ってな」

 

 俺は素早く詠唱を完成させると――!

 

「『テレポート』!」

 

 

 

 次に目を開けた時、立っていたのは王都の正門前。

 正門前にいた兵士達が、テレポートでいきなり現れた俺をチラリと見て。

 ……次にダクネスを見た兵士達の目が、驚愕に見開かれる。

 そういえば、今のコイツは黙っていれば清楚なお嬢様にしか見えない。

 そんなダクネスが顔を真っ赤にしてソワソワしていたら、驚くのも……。

 

「いやお前、なんつー顔してんだよ! 顔が赤すぎるだろ! というか、エロいよ! なんか見てるだけで変な気分になるからやめろよ!」

「……どうしようカズマ。別にエロい事をしているわけでもないのに、鼻血が出そうだ」

「お、お前……。純情乙女なのか変態痴女なのかハッキリしろって言ってるだろ。なんだよ、手を繋いでるせいで興奮してんのか? それなら、手を……! おい、手を放せよ! このままだとまた鼻血を噴く事になるぞ!」

「ま、待ってくれ。これもカズマに慣れるために必要な事なのだから、私が我慢すればいい。そ、それにだ! 恋人同士がデートをする時には、手を繋ぐものなのではないか?」

「俺達は恋人っていうかもう結婚してるわけだが、まあそうかもな。そこまで言うなら、俺ももう手を放せとは言わないよ。でも、本当に駄目そうだったら手を放せよ? ヒールで鼻血は止められるが、失った血は戻らないらしいからな。お前は最近、鼻血を噴きすぎてると思う」

 

 そんな事を話しながら正門を通ろうとすると、兵士のひとりがダクネスをチラチラと見ながら。

 

「お、おい。そちらの女性は具合が悪そうだが、大丈夫なのか? 気分が悪いのなら、我々の詰め所で休憩していっても構わないぞ」

「いや、大丈夫だ。駄目そうなら俺がヒールを使うし、いざとなったらテレポートで帰るから」

 

 と、そんな俺の言葉に兵士達はなぜか表情を険しくして。

 

「ちょっと待て。あんた、見たところ冒険者のようだが、クラスはなんだ? ヒールは聖職者のスキルだし、テレポートは魔法使い職のスキルだろう。……テレポートを使ったのはそっちの女性なのか?」

「というか、こんな美女と一緒にいるのが、こんなパッとしない男だなんて怪しいぞ!」

「しかもこちらの美女は調子が悪そうだ! この男が何かしたんじゃないか? おい、そっちのパッとしない男、名を名乗れ!」

 

 こいつらどうしてくれようか。

 ……いや、この人達は自分達の職務を全うしようとしているだけだ。

 名を名乗れば疑いも晴れるだろう。

 

「俺は佐藤和真。今はダスティネス・フォード・カズマになったが、名前くらいは聞いた事あるだろ? そう、魔王を倒した勇者カズマとは、俺の事だ」

 

 ご老公が印籠を出す時のような気分で俺がそう言うと、兵士達は。

 

「そうかそうか。それで、本当の名前はなんていうんだ?」

 

 ……あれっ?

 

「ヒールもテレポートも使えるっていうのは、最強の最弱職と呼ばれる勇者カズマのつもりだったのか。勇者ごっこもいいが、勇者様の名前を騙ると捕まるかもしれないから気を付けろよ?」

「魔王と一対一で戦ったっていう勇者カズマが、あんたみたいな貧弱な男のはずがないだろう」

 

 ぶっ殺!

 と、俺が兵士達に襲いかかろうとした時。

 ダクネスが、繋いでいる手に力を込め俺を引き止める。

 

「その男の言っている事は本当だ。……これがその証明になるだろう。私はダスティネス・フォード・ララティーナ。その男は勇者カズマ。私のお、夫だ」

 

 ダスティネス家の家紋入りのペンダントを兵士達に見せ、ダクネスが少し照れながらも凛とした表情でそんな事を言う。

 やだかっこいい。

 こいつ俺の嫁なんですけど。

 そんなダクネスに、失礼な態度だった兵士達がペコペコと頭を下げる。

 

「ももも、申し訳ありません! ダスティネス卿!」

「えっ? という事は、こちらは勇者カズマ様でしたか! し、失礼しました!」

「いや、分かってくれればいいんですけどね? それじゃあ、通ってもいいですよね?」

 

 どうぞどうぞと言う兵士達に気を良くし、俺は正門を通り過ぎようとして……。

 

「あ、そうだ。すいません。ちょっと聞きたいんですけど……」

 

 

 

 王都に入った俺達がやってきたのは、大通りの一角。

 以前、機動要塞デストロイヤーを討伐した時には、アクセルの街に商人達が集まり、連日、ちょっとした祭りのような騒ぎになっていた。

 魔王が退治された今、ベルゼルグ王国の王都は、いつもあの時のアクセルと同じくらいに賑わっているらしく……。

 そこはとある露店の前。

 結界で密閉した空間をファイヤー系の魔法で温めていき、中に入った者が我慢比べをするという露店だ。

 兵士にこういうのをやっている場所がないか訊いたところ、不思議そうな顔をしながらも快く教えてくれた。

 

「お互いに相手の喜びそうな事を考えて行き先を決めるって話だっただろ? お前が喜びそうなところって言われると、俺にはここしか思いつかなかった」

 

 汗を流す上半身裸の男達を指差しながら俺が言うと、ダクネスは不満そうな顔で。

 

「……わ、私だって、たまには普通に女らしく扱ってほしい事もあるのだが!」

「俺にそんな事言われても。そもそも、普通のデートだってした事ないんだし、あんまり期待されても困る。普通に女らしくとかは知らないが、お前なら喜ぶかと思ったんだよ。ほら、お前って、エルロードでも我慢比べみたいな事やってただろ?」

「あ、あれはただ砂風呂に入っただけで、我慢比べと言うほどでは……。だが、カズマが私の事を考えてくれたという事は分かった。いいだろう、参加しようではないか。もちろん、デートなのだからお前も参加するのだろうな? 堪え性のないお前は普段ならこういった事には参加しようとしないが、今日くらいは嫌でも付き合ってもらうぞ」

「はあー? お前は何を言ってんの? 嫌に決まってるだろ。あ、コラ! 手を放せよ!」

「フフッ。デートだというのに、私をこんなところに連れてきたのが悪い!」

 

 俺が放せと言っているのに、ダクネスは繋いだ手に力を込め、俺を我慢大会の会場に引っ張っていく。

 

「……これまで、何度もお前と戦ってきたが、そのたびに狡すっからい手を使われて負けてばかりいたな。だが、硬いだけが取り柄の私が、耐久力勝負で負けるわけには行かない! 私にだってプライドがある! もちろん、お前は好きなだけ卑怯な手を使って構わない。卑怯でもなんでも、それがお前の全力なのだからな。その上で、私はお前に勝ってみせる!」

「いや、お前は何を言ってんの? 本当に何を言ってるんだよ? 女扱いしてほしいって話はどうなったんだ? どうしてそんなに漢らしいんだよ?」

 

 俺とダクネスが会場に出ると、観客が歓声を上げた。

 

「おーっと! 飛び入り参加者のようです! 清楚な美女と、その従者らしき若者! 獣のような荒くれ者達を相手に、二人はどれだけ健闘できるのかーっ!」

 

 露店のおっちゃんが観客を煽る。

 こんな大会に参加するのは、体力自慢の男達ばかり。

 その中に飛びこんだダクネスの姿に、参加者も観客も目が離せないでいるが、結界内のあまりの暑さに俺はそれどころではない。

 

「あっつ! おいここ死ぬほど暑いんだが! 『フリーズ』! お前、ふざけんなよ。我慢大会なんかやってられっか! クソ、いい加減手を放せよ!」

 

 俺がいくら頼んでも、ダクネスが手を放す気配はなく。

 ……この野郎。

 そっちがその気なら、俺にも考えがある。

 

「よし、いいだろう! なら、俺の全力ってやつを見せてやろうじゃないか! いいのか? ここで俺がスティールを使ったら、武器も鎧もないお前は一発で大惨事だぞ!」

「やってみろ! 私は一向に構わん! お前が、妻である私のあられもない姿を、公衆の面前で晒させてもいいと言うならやってみろ!」

「コイツ、開き直りやがった! 卑怯者! 卑怯者! 妻だとかなんだとか言いだすのはズルいと思う!」

「こ、この男! どの口でそんな事を! 卑怯だのなんだのとお前に言われる筋合いはない! これ以上暑さを我慢したくないなら、とっとと負けを認めろ!」

 

 我慢大会なんて冗談じゃないが、コイツの思惑に乗って素直に負けを認めるのもイラっとする。

 俺は、繋がれたダクネスの手を引っ張り、ダクネスと手四つに組んで向かい合って……。

 

「……! くっ! ドレインタッチか! だが、魔王城帰りの私のステータスは、この国でも上から数えた方が早いほどに高い! どれほど体力を奪われても私は倒れない! それに、魔法の使えない私からは魔力を奪う事も出来ないだろう。さっきテレポートを使ったお前は、もうフリーズを使うための魔力も残っていないのではないか?」

「ふへへ、それはどうかな……? そんな事より、賭けをしないか? 勝った方が負けた方の言う事を聞くってのはどうだ? 俺が勝ったら、お前が想像も出来ないようなすごい事を……!」

「やはり賭けを持ちだしてきたな? いいだろう。では、私が勝ったら、私が負けた場合にお前がやろうとしていたすごい事をしてもらうとしよう」

「……!? い、いいのか? お前はわざと負けてもつまらないからなんていうバカみたいな理由で、剣術スキルや大剣スキルを取ってなかったんじゃないのかよ? それなのに、そんな風にすごい事をされて満足なのか?」

「構わん! 正直、このところ私も悶々とする日々が続いているし、今ならお前に何をされてもヤバいと思う!」

「エロネス! やっぱりお前はエロネスだ!」

 

 暑さに耐える俺達の顔からは、大量の汗が流れだし、顎を伝って……。

 

「……! あっ、おい! ダクネス! 服! 服が透けてるぞ!」

 

 ダクネスが着ている清楚な感じのワンピースは、汗まみれのダクネスの体にぴたりと張りつき、下着が透けている。

 そんなダクネスを、大勢の参加者や観客がガン見していて。

 俺は、恥ずかしそうに胸元を隠すダクネスを庇うように立ち。

 

「お前らふざけんな! このおっぱいは俺のもんだ!」

「……っ! ……は、はい……!」

 

 背後でダクネスが小声で言う。

 いや、はいじゃないだろ。

 

「なあもういいだろ? そんな状態じゃ勝負なんて場合でもないし、この場は引き分けって事にしないか?」

「だ、駄目だ! このまま行けば私は勝てるのだ! 下着を見られたくらい、なんでもない!」

「いや、なんでもないわけないだろ。なんなの? ひょっとしてお前、ドMなだけじゃなくて露出狂なの? どれだけ性癖をこじらせれば気が済むんだよ?」

 

 独占欲なんて柄でもないと思うが、コイツの下着が知らない人達に見られているというのは正直気に食わない。

 

「どうしても続けるって言うなら、上着を貸してやるからこれを着てろよ!」

「断る! そんな事を言って、私を厚着させて勝つつもりだな! この卑怯者が!」

 

 この女!

 

「ああもう畜生! 分かったよ! 負けたよ! 俺の負けって事でいいから、とっととこの場から離れるぞ!」

 

 

 *****

 

 

 ダクネスの手を引っ張って大通りを離れると、あまり人気のない公園を見つけ、芝生の木陰に腰を下ろす。

 

「まったく! 相変わらず、わけの分からないところで意地を張りやがって!」

「ふはは! なんだカズマ? 敗者の言い訳か?」

 

 コイツ……!

 

「よし分かった。お前は俺に勝ったんだし、お前が受けたがっていたお仕置きの内容を教えてやろうじゃないか。それはもう、お前が想像も出来ないようなすごい事だよ。……お前が鼻血を噴いた理由について、詳しくバニルに話してこい」

「……!? こ、断る! 勝負に勝ったのは私だ! あれは、勝負の中での駆け引きのために言ったのであって、賭けの内容については私に決める権利があるはずだ! というか、お前は本当に容赦がないな! バニルに言うのだけは本当に許してください!」

 

 ダクネスが泣きそうな顔をするので、このくらいで許してやろう。

 ……というか、あいつには見通す力があるのだから、どうせそのうちバレると思うのだが。

 

「そ、それで、私が勝ったのだから、ひとつだけなんでも言う事を聞いてもらうぞ。……その、一度でいいから、膝枕というものをしてみたいのだが」

「膝枕? なんだ、そんなのでいいのか? お前の事だから、バインドで縛って鞭で打ってくださいとか、俺がドン引きするような事を言いだすかと思ってたのに」

「……、……それもいいなあ……」

「ガッカリだよ! ちょっとデートっぽくなってきたかと思った俺のときめきを返せよ!」

「い、いや、冗談だ。……では、膝を借りるぞ」

 

 そう言って、ダクネスがごろんと寝転がり、俺の膝に頭を乗せ……。

 

「いやちょっと待て。膝枕って、俺がする方かよ。普通、逆じゃないのかよ? こういうのって、男が女にやってもらうからいいんだろ? お前、こんなんで嬉しいのか?」

「あ、ああ……! これは想像以上だ……! どうしようカズマ。幸せすぎて鼻血が出そうだ!」

「台無しだよ! 本当に本当に台無しだよ! ほら、ちょっと魔力も回復してきたし、フリーズ掛けてやるから我慢しろよ」

「すまない。ああ、冷たくて気持ちいい……」

 

 俺がダクネスの鼻を冷やしてやると、ダクネスが気持ちよさそうに目を細める。

 アクア達に追いかけられたり、我慢比べに参加したり、全然デートっぽくなかったが、こうして木陰でのんびりしていると、急にダクネスと二人きりだという事を意識する。

 日本にいた頃の俺だったら、こんなにきれいな年上の女の人とデートが出来るのなんて、ゲームの中だけだった。

 

「……これで選択肢が出たら、失敗しない自信があるんだけどなあ」

「……? 選択肢とはなんの話だ?」

「こっちの話だ」

 

 俺の膝に頭を乗せたまま、ダクネスが不思議そうに俺を見上げてくる。

 ……このアングルはなかなか新鮮だな。

 

「そ、それで、お互いに相手を喜ばせる行き先を考えておくって話だったろ? 俺は我慢比べに連れてったわけだが、お前の方は何も決めてないのか?」

「……ん。あれをデートの行き先と言われると、私も思うところはあるが、まあいい。喜ばせるためというのとは少し違うが、お前を連れていきたい場所がある。構わないだろうか?」

「まあ、確かにデートで我慢比べってのは俺もどうかと思うし、構わんよ」

 

 俺が言うと、ダクネスは腹筋の力だけで身を起こして。

 

「そういえば、弁当を作ってきたのだった。ここは静かで居心地が良いし、良ければここで食べていかないか?」

 

 わきに置いておいた、小さなバスケットを手に取る。

 蓋を開けると、中にはサンドイッチ。

 

「そうだな。さっき、余計な事に体力を使わされて腹が減ったし、貰おうか」

「ああ。腕に撚りを掛けて作ったものだ。……あ、味はどうだ?」

「普通」

「!?」

 

 

 

 ダクネスに連れられていった先は、転送屋。

 転送屋に飛ばしてもらうと、そこは……。

 

「……? どこだここ?」

 

 そこは、見た事のない場所だった。

 見渡す限り穏やかな田園風景が広がっていて、畑のあちこちに農民っぽい人達の姿が見える。

 と、そんな農民っぽい人達が、ダクネスの姿を見るとわらわらと集まってきて。

 

「ララティーナ様! ララティーナお嬢様ではないですか!」

「なんとまあ、おきれいになって!」

 

 どうやら彼らはダクネスの知り合いらしい。

 親しげに挨拶を交わす様子をぼーっと見ていると。

 

「お嬢様、そちらの方は、もしや……?」

 

 ひとりが俺を見て、ダクネスに問いかける。

 

「ああ。この男は、カズマ。魔王を倒した勇者にして、今は私の夫だ」

 

 そんなダクネスの言葉に、誰もが嬉しそうに顔をくしゃくしゃにし、ダクネスへの祝いの言葉を口にしたり、俺の肩を叩いてお嬢様をよろしくお願いしますと言ってくる。

 

「急に来てすまないな。今日は私用で来ただけだから、私達の事は気にせず、皆、仕事に戻ってくれ」

 

 農民達が賑やかに話しながら農作業に戻っていくと。

 ダクネスが、そんな風景を懐かしそうに見つめながら。

 

「ここは、私の母方の領地なんだ」

 

 穏やかな口調で、そんな事を言う。

 

「私が幼い頃、父が多忙な時などには、よく母とここへ来ていた。……私が育った場所を、お前にも見てもらいたくてな。こんな事を言われても、退屈だろうか?」

 

 そんな事を……。

 

「おい、あんまり俺を見縊るなよ? ここで退屈だから遊園地に行きたいとか言いだすほど、俺はクズじゃない。……その、上手く言えないし、俺は別に日本をお前に見せたいなんて思わないからよく分からないが……、お前の気持ちは嬉しいよ」

「そうか。……私は、お前の育った世界も見てみたいと思う」

「そんなにいいところでもないと思うけどな? まあ、この世界とは全然違うよ。あ、そうだ。今度、エリス様とアクアに頼んで、日本に送ってもらうってのはどうだ? アクアは日本担当だとか言ってたし、エリス様もちょくちょく日本に行ってるみたいだから、なんとかなるかもしれん。それで、日本に行ったらテレポート先に登録しておいて、俺達だけでこっそり遊びに行けばいい」

「調子に乗るな! 個人的な思いつきでエリス様を困らせるんじゃない!」

 

 俺の軽口に、ダクネスが苦笑しながら怒る。

 と、しょうがないなという表情を浮かべていたダクネスの顔が、真面目なものになっていって。

 

「……なあカズマ」

「な、なんだよ?」

 

 ダクネスは俯き、真剣な口調で。

 

「……私で、良かったのか?」

 

 …………。

 

「お前が私を選んでくれた事は嬉しい。私は心から幸せだ。思えば、私はお前からいろいろなものを貰っている。攻撃が当たらず、誰ともパーティーを組めずにいた私を仲間に入れてくれた。私があの悪徳領主と結婚しようとしていた時、全財産をはたいてまで救いだしてくれた。そして何より、頭の固い私に様々な事を教えてくれた。お前がいなかったら、私は今でも、自分が正しいと思う事だけを信じ、大事な事を見落としていたかもしれない。シルフィーナを助けられたのだって、お前のおかげだ。本当に本当に、言葉では尽くせないほど感謝している」

 

 俯いていたダクネスが顔を上げると、その表情は今にも泣きそうで。

 

「……お前が私を選んでくれた事は、嬉しい。私はお前が好きだ。だがお前の事を好きだったのは、私だけではないはずだ。お前は、以前から働きたくないだの、ぬるく生きていきたいだの、人生舐めた事を言っていたな? 私と結婚し貴族となったからには、いつまでもそんな事を言っていられなくなる。この風景を見てくれ。農民達が畑を耕し、作物を育て、収穫し、それを貴族が税として集め、彼らに還元する。貴族はただ、税を得て私腹を肥やしているわけではない。私達貴族には、農民の暮らしを守る義務がある。そのための仕事はいくらでもある。私は死ぬまで彼らのために働き続けるだろうし、その覚悟はある。だが、お前はどうだ? お前は本当に、私を選んで良かったのか? 今日までダスティネスの屋敷で暮らして、使用人から白い目で見られて、あんな環境は、お前が望んでいた暮らしとはまるで違うんじゃないか? あの、アクアとめぐみんがいる屋敷で暮らしていた方が、お前は幸せなんじゃないか?」

 

 俺は、そんなダクネスを。

 へっと鼻で笑い。

 

「お前バカか?」

「……!? バッ!?」

「そりゃ、めぐみんとかアイリスとか、俺の事を好きだって奴はお前以外にもいたよ。でも言っておくが、俺は別に、あいつらと比べてお前を選んだわけじゃないぞ。それに、お前を選んだ事は後悔してないしこれからもしない。まあ、貴族の義務だのなんだの言われても、正直知った事じゃないし、出来るだけ働きたくはないけどな。これまでどおり、お前が本当に困った時に出ていって、美味しいとこだけ貰っていこうと思う。使用人には白い目で見られているが、親戚全員から白い目で見られていた事に比べれば大した事じゃないし、俺は気にしないからお前も気にするな」

「い、いや、それは……出来れば気にしてほしいのだが……。というか……」

 

 俺の反応に、ダクネスは困惑した様子で。

 

「……私で、いいのか?」

「だからいいって言ってるだろ。ていうか、前は私じゃ駄目かとか言ってたくせに、お前を選んだら今度は私でいいのかって、お前はどんだけ面倒くさいんだよ」

「うっ……。す、すまない! 面倒くさい女ですまない……!」

 

 俺の言葉に、ダクネスがポロポロと涙を流す。

 

「な、泣くのはやめろよ! 分かった! 俺が悪かったから泣きやめって! えっと、ほら、アレだ。……お、俺の好きな奴の事を悪く言うのはやめろよってヤツだ」

 

 俺が、日本にいた頃にネットで見かけた言葉を適当に口走ると。

 ダクネスが鼻血を噴いた。

 

「おまっ! 最後の最後でこんなんかよ! ちょっとシリアスな感じだったのに、いい加減にしろよ!」

「すいません……! 面倒くさい上に、鼻血まで噴いてすいません……!」

 

 と、俺達の様子を遠巻きに見ていた農民達が、敬愛するダクネスを泣かせた上に鼻血まで噴かせた俺に……。

 

「おい待て! 待ってくれ! 話をしよう! これは俺がダクネスにひどい事をして泣かせたとか、そういうんじゃないはずだ! だから農具を構えてにじり寄ってくるのはやめろよ!」

 

 

 *****

 

 

 その夜。

 俺とダクネスは、明かりを消した部屋で同じベッドに入り、もぞもぞしていた。

 ダクネスはほとんど透けているネグリジェを身に着け、その下には下着を着けていない。

 ヤバい。

 何がヤバいって、ヤバい。

 そんなダクネスが、俺の体を優しく撫でまわしながら。

 

「……なんというか、不思議な感じだ。これまでよりも満たされている気がするのに、これまでよりも気分は落ち着いている。私は、焦っていたのかもしれないな。そのせいで鼻血を……」

「そんな事はどうでもいいから、早く! 早く続きを!」

「お、お前という奴は! お前という奴は! 少しくらいデリカシーってものをだな……!」

「うるせー! こっちはお前が毎回鼻血を噴くせいで、ここんところずっとお預けだったんだぞ! 限界なんだよ! 今日も鼻血を噴くようだったら、もう俺は朝までやってる喫茶店に行くからな! お前の分も予約しといてやるから心配するな!」

「そ、そうか。お前が何を言っているのかはよく分からないが、すまなかった」

 

 ダクネスが俺の頬を両手で挟み、情熱的に口を吸ってきた。

 口腔内をダクネスの舌が貪るように這いまわり、ダクネスが口を離すと俺達の顔の間に唾液が糸を引く。

 ダクネスが恥ずかしそうに微笑みながら。

 

「……私を選んでくれて、ありがとう」

 

 ――この後めちゃくちゃセックスした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このポンコツ魔法使いに同道を!

『祝福』1、既読推奨。
 時系列は、1巻3章。


 ――なんでも、魔王軍の幹部のひとりが、この街からちょっと登った丘にある、古い城を乗っ取ったらしい。

 その影響で、この近辺の弱いモンスターは隠れてしまい、冒険者の仕事が激減。

 ギルドの掲示板には高難易度のクエストしか残っていない。

 駆けだしの冒険者で、しかもポンコツばかりのパーティーの俺達に、そんなクエストを請けられるはずもなく。

 来月には、王都から幹部討伐のための騎士団が派遣されるらしいので、それまで冒険者は休業という事になった。

 金がないアクアはバイトに明け暮れ、ダクネスは実家で筋トレしてくると言っていた。

 そんな中、俺とめぐみんは。

 

「ねえいいでしょうカズマ。お願いしますよ。カズマだって、やる事がなくて暇だと言っていたではないですか。どうしても駄目ですか? こんなに頼んでも駄目ですか? 美少女の私がこんなに頼んでも駄目ですか?」

「断る」

 

 ――そこは冒険者ギルドの酒場。

 特にやる事もない俺達は、昼間から酒場の一角に陣取ってダラダラしている。

 俺の即答に、めぐみんはあざとい上目遣いをやめると、何かを決意したような顔で。

 

「……私にはカズマしかいないのです。カズマに断られたら、私はどうしていいか分かりません。この気持ちを止める事など誰にも出来ません。ええ、出来ませんとも! お願いですカズマ! 私と付き合ってください!」

「断る」

 

 酒場には俺達の他にも、俺達と同じように昼間から酒を飲んでいる冒険者が結構いる。

 俺とめぐみんのやりとりを見ていた彼らが、即答する俺に、『マジかよ』みたいな目を向けてきて……。

 

「いやちょっと待て。ただ散歩に付き合うって話のはずだろ? なんなのこの空気。お前も紛らわしい言い方をするのはやめろよ」

 

 そう。クエストを請けられない事が分かったコイツは、爆裂魔法を撃つために街の外に出たいなどとバカな事を言いだしたのだ。

 

「そうですよ。ただの散歩へのお誘いですよ。カズマこそ、何をわけの分からない事を言っているんですか? 紛らわしいと言いますが、一体何と紛らわしいのですか?」

 

 ……この野郎。

 

「どっちにしろ断る。俺にロリコン属性はないからな」

「おい、ロリコン属性とはどういう事か、詳しく教えてもらおうじゃないか! 紅魔族は売られた喧嘩は買う種族です。というわけで、一緒に外へ出ましょう」

「行かねーよ! 外って、街の外ってオチだろ!」

 

 めぐみんが俺の服の袖をグイグイ引っ張ってくるのを、俺は振り払う。

 

「ああもう、そんなに行きたいならひとりで行けばいいだろ! どうして俺まで付き合わせようとするんだよ! なんなの? お前、実は本当に俺の事が好きなの?」

「そんなわけないじゃないですか。まだ会って一週間くらいしか経っていないのに、いきなり好きになるはずがないでしょう。それとも、カズマはそんなにモテるつもりなんですか?」

「おいやめろ。やめてください。畜生、せっかく異世界に来たんだし、チートとかハーレムとかは言わないが、少しくらい夢見させてくれたっていいじゃねーか!」

「……? あなたが何を言っているのかさっぱり分かりませんが、カズマの事はパーティーの仲間として普通に好きですよ。なので、一緒に散歩に行ってくれませんか?」

「断る。ひとりで行けって言ってるだろ」

 

 俺の言葉にめぐみんは。

 

「我が爆裂魔法は最強魔法。その絶大な威力ゆえ、使った後は身動きひとつ取れなくなります。爆裂魔法を使った私を、一体誰が街までおぶって連れ帰ってくれるんですか?」

 

 コイツ、開き直りやがった!

 

「そんなもん知るか。あっ、そうだ。この街の冒険者は仕事がなくて暇を持て余してるんだし、お前が金を出すって言うんなら喜んでおんぶしてくれるんじゃないか」

「爆裂魔法を使った後の私は、身動きひとつ取れなくなるんですよ。カズマはそんな無防備な私を、見ず知らずの冒険者に任せてしまっていいんですか? 大事な仲間である、この私を!」

「会って一週間くらいしか経ってないのに大事な仲間とか言われても」

 

 俺がへっと鼻で笑うと、めぐみんはぐぬぬと悔しそうに唇を引き締めて。

 

「……分かりました。ひとりで行きます」

「そうか。なら、今日は大人しく……今なんつった?」

「ひとりで行くと言ったんです。獣のような冒険者に身を任せるくらいなら、ひとりで行った方がマシでしょう。魔王軍の幹部が街の近くに住み着いたお陰で、弱いモンスターは隠れているはずですからね。今、この近辺は安全なはずです。爆裂魔法を撃った後、動けるようになるくらいまで魔力が回復するのを待って、自分の足で帰ってくる事にします」

 

 そう言うとめぐみんは立ち上がり、冒険者ギルドの出入り口へと……。

 …………。

 い、いや、冗談だろ?

 いくら弱いモンスターが隠れていて街の近辺が安全だと言っても、街の外で魔力を使い果たして無防備になるなんて……。

 これはアレだ、本当に街の外に行く気はなくて、心配した俺がついていくと言いだすのを待っているだけに違いない。

 俺の名は佐藤和真。

 こんな見え透いた誘い受けには乗らない男。

 と、そんな俺に声が掛けられた。

 

「なああんた。あの女の子、まっすぐ街の外に歩いていったが大丈夫なのか?」

「!?」

 

 心配そうに俺に問いかけてくる冒険者に礼を言い、俺はギルドを飛びだして――!

 ……街の正門で守衛さんに止められているめぐみんを発見した。

 

「いや、お前は何をやってんの?」

「あ、カズマ! 聞いてくださいよ! 私は大丈夫だと言っているのに、この人が外に出してくれないのです!」

「お、お前……。自分の趣味のために他人に迷惑を掛けるのはやめろよ」

 

 こいつは本当にひとりで街の外に行くつもりだったらしい。

 一日一爆裂などというわけの分からない目的のために命を懸けるめぐみんに、俺がドン引きしていると、守衛さんが。

 

「君はこの子と同じパーティーの人かい? じゃあ、頼むからついていってあげてくれよ。ひとりで街の外に行くと言っているんだが、いくら弱いモンスターが隠れているとはいえ、爆裂魔法を使うんだったら同行者がいないとね」

「は、はあ……」

 

 人の好さそうな守衛さんの頼みを無碍にも出来ない俺に。

 

「本当ですか? さっきはあんなに嫌がっていたのに、どういう心変わりですか? ありがとうございます、カズマ!」

 

 めぐみんが心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、礼を言ってきた。

 

 

 

「――紅き黒炎、万界の王。天地の法を敷衍すれど、我は万象照応の理。崩壊破壊の別名なり! 永劫の鉄槌は我がもとに下れ!」

 

 遠く離れた丘に佇む、朽ち果てた古い城。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 その城に、めぐみんの杖の先から放たれた、破滅の光が飛んでいく。

 轟音が響き渡り、爆風が吹き荒れる。

 かすかに地面までも震えているような……。

 と、爆裂魔法を撃っためぐみんが、その場に倒れ。

 

「燃え尽きろ、紅蓮の中で……! はあ……。最高です……」

 

 ――こうして、俺とめぐみんの新しい日課が始まった。

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 俺がアクア、めぐみんと、ギルドの酒場で朝飯を食べていると。

 食事を終えためぐみんが勢いよく立ち上がり。

 

「さあカズマ、今日もともに爆裂散歩に行くとしましょうか!」

「断る」

 

 俺が即答すると、めぐみんが首を傾げた。

 

「……なぜですか? なんだかんだ言って、昨日はついてきてくれたではないですか。カズマも爆裂魔法の素晴らしさを少しは理解してくれたと思ったのですが」

「そんなわけないだろ。まあ、さすがにひとりで行かせるのはマズいと思うし、めぐみんは放っておくと本当にひとりで街の外に出ちまうだろうから、一緒に行くのはもういいよ。俺も他にやる事があるわけじゃないしな。でも、今日は寒いし雨が降ってるから出掛けたくない」

「そうですか。では仕方ありませんね。今日はひとりで行く事にしましょう」

「いやちょっと待て。雨降ってるし、今日はお前もやめとけって。濡れて風邪でも引いたらどうするんだよ」

 

 あっさりとひとりで出発しようとするめぐみんの肩を、俺は掴んで止める。

 

「放してください! 我が名はめぐみん。紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者! 爆裂魔法を愛し、爆裂魔法にすべてを捧げ、やがては爆裂魔法を極める者! それが私です! 雨くらいなんだと言うのですか! そんなもの、我が爆裂魔法があれば恐れるに足りませんよ!」

「お前が何を言ってるのか分からないし分かりたくもない。アクアもなんとか言ってやれよ」

 

 俺が、朝飯を食べているアクアに言うと。

 

「ふぇ? ひょっほ、わたひはほれろほろひゃ」

「飲みこめ。飲みこんでから喋れ」

「……んぐっ! ちょっと、私はそれどころじゃないんですけど! 早くしないと、バイトに遅刻しそうなのよ! 初日から遅刻するわけには行かないんだから邪魔しないでちょうだい! めぐみんが街の外に爆裂魔法を撃ちに行きたいんだったら、カズマがついていってあげたらいいじゃないの」

「おい、無責任な事を言うのはやめろよ。……というかお前、バイトは昨日から始めたって言ってなかったか?」

「クビになったわ。アレね、あそこのお店の店長は人を見る目がないわ」

 

 ……俺もこの世界に来たばかりの頃は、いろいろなバイトをやってはすぐにクビになっていたので、他人の事をどうこう言える立場ではないが。

 コイツ何やってんだ。

 と、俺が白い目で見ていると、アクアは指についた唐揚げの油を上品に舐めて。

 

「ねえカズマ。今日の冷たい雨に濡れたら、めぐみんが風邪を引いちゃうんじゃないかしら? 風邪を引いたらヒールでは治せないし、馬小屋で暮らしてる私達が風邪なんか引いたら、もっと悪化して大変な事になるかもしれないわよ。カズマはやる事ないし暇なんだから、意地悪しないでついていってあげなさいな」

「ほーん? 風邪ってヒールで治らないのか。おいめぐみん。お前、風邪引いたら一日一爆裂とやらが出来なくなるけどいいのか? 今日だけ我慢すれば、明日からは付き合ってやるから、今日のところはここで一日中ダラダラしないか?」

「お断りします。爆裂道を極めるため、私は妥協するつもりはありません。一日休んだら三日分の遅れになると言います。その遅れはもう、未来永劫取り返せませんからね。私は一日たりとも休むつもりはありませんよ! というわけで、カズマがついてきてくれるのが一番なのですが」

「……しょうがねえなあー。そういや、お前を仲間にする時の条件は、爆裂魔法を放つ事って言ってたしな。その代わり、今日の夕飯は奢れよ?」

 

 渋々言った俺の言葉に、めぐみんがなぜか挙動不審になる。

 

「い、いえ、その……。すいません。マナタイト製の杖を買うのに全財産はたいてしまったので、正直お金があんまり残っていないのです」

「お前……。いや、そうだよな。お前がポンコツ魔法使いなのは、今に始まった事じゃないし、冒険者っぽい貸し借りとか出来ないのはしょうがないよな」

 

 せっかく冒険者になったのだから、モンスターに襲われそうな仲間を助けて、『貸しひとつだ』と言うようなやりとりをやってみたかった。

 いや、こんなんで冒険者っぽい貸し借りとか言うのは大げさだろうが……。

 俺達はそれすら出来ないらしい。

 

「誰がポンコツ魔法使いですか!」

 

 ガッカリした俺がめぐみんの言葉を聞き流す中、アクアが遅刻遅刻と言ってギルドから飛びだそうとし、出入り口で冒険者とぶつかって大騒ぎしていた。

 

 

 

「――積み重なる光陰の石垣。天壌無窮の楼閣。我が刻印をもって必滅の理を知れ! 覚醒の時は来た! 漆黒の天蓋に紅き煌めきを!」

 

 それは、寒い氷雨が降る夕方。

 雨がやむかもしれないから様子を見ようと俺がごね続けた結果、今日の爆裂散歩は夕方にする事になった。

 

「『エくしゅっ! ……プロージョン!』」

「おい」

 

 爆風が轟く中、俺は倒れためぐみんにひと言ツッコむ。

 

「な、なんですか? 何も問題はないと思います。そんな事より、地面が雨に濡れていて気持ち悪いので、早くおんぶしてください」

「……ちょっと着弾点がずれてるんだが。お前、やっぱり寒いんじゃないか。だから今日はやめとこうって言っただろ!」

「それはもちろん、私だって寒いものは寒いですよ。ですが、紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないとボンってなりますからね」

「紅魔族の事はよく知らないが、それが嘘だって事は俺にも分かる」

 

 俺は泥まみれのめぐみんを背負って、来た道を引き返す。

 冒険者用のマントは分厚く、濡れているめぐみんを背負っていても水が染みてこない。

 正直、ジャージとの違いは冒険者っぽさだけだと思っていたのだが、買っておいて良かった。

 

「さあ、さっさと帰りましょう! 服が濡れてしまいましたし、私はお風呂に行きたいです」

 

 人の背中に乗っかっているだけのめぐみんが、なんか言っている。

 

「まあそうだな。俺も酒場の暖炉を貸してもらって、マントを乾かそう。そろそろアクアが帰ってくるだろうし、夕飯までダラダラするぞ」

「いいですよ。爆裂散歩に付き合ってもらいましたから、私もカズマがダラダラするのに付き合うとしましょう」

「それはいいけど、お前、金はあるのか? 杖を買うのに全財産はたいたとか言ってなかったか?」

「すいません。クエストを請けられるようになったら必ず返すので夕飯代を貸してください」

 

 ……コイツ。

 

「言っておくが、俺はお前のパーティーの仲間であって、保護者じゃないからな?」

「そんな事は分かっていますよ。……ところで、さっきからカズマの手がお尻に当たっている気がするんですが」

「気のせいだと思います」

「待ってください! 待ってくださいよ! これは仲間のする事でも保護者のする事でもないと思います!」

 

 俺が即答すると、めぐみんが手足をジタバタさせる。

 

「おい暴れんな。気のせいだって言ってるだろ! 雨で滑りそうになるからちゃんと支えてるだけだ! そんなに言うなら、荷物みたいに肩に担いでいくけどそれでいいのか?」

「そ、それはさすがに……。あの、気のせいなんですよね? わざとやっているんじゃないんですよね?」

「当たり前だろ。俺は動けない女の子にセクハラするほど下衆じゃないぞ」

 

 これはたまたま当たってしまっているだけで、わざとではない。

 あと、尻を触られないように、めぐみんが俺の肩を掴む手に力を入れると、上半身が背中に押しつけられて柔らかい感触が……。

 ……?

 

「おい、今考えている事を詳しく教えてもらおうじゃないか」

「紅魔族の知能の高さは侮れないなって考えてました」

 

 俺の答えに、めぐみんが俺の首を絞めようとする。

 

 ――と、そんな時。

 

 すぐ傍の茂みがガサガサと揺れて、犬の頭が現れた。

 犬にしては背が高いと思ったが、よく見るとそいつは二足歩行していて。

 手には錆びた剣を持っている。

 俺と犬がじっと見つめ合う中、めぐみんがポツリと。

 

「コボルトですね」

 

 めぐみんのその言葉に反応したわけでもないだろうが、コボルトが茂みを掻き分け、襲いかかってきた――!

 

「……! 『スティール』!」

 

 俺がコボルトに手のひらを向け唱えると、コボルトが手にしていた剣が俺の手元に現れる。

 いきなり武器を失いコボルトがうろたえる中、俺はコボルトが出てきた茂みの方へ、剣を放り捨てた。

 

「取ってこーい!」

 

 犬っぽいしこれでなんとかならないかという俺の願いどおり、コボルトは俺が投げた剣を追って茂みに飛びこんだ。

 と、その茂みがガサガサと音を立て、さらに数匹のコボルトが顔を出す。

 

「はああああ? いや待て! ちょっと待て! おかしいだろ! 魔王軍の幹部が来てるせいで、弱いモンスターは隠れてるんじゃないのかよ! コボルトってのは雑魚モンスターだろ!」

 

 俺が全速力で逃げだすと、コボルト達も全力で追ってくる。

 と、俺の背中に乗っかっているだけのめぐみんが。

 

「確かにコボルトは雑魚モンスターですよ。ですが、いくら弱いモンスターが魔王軍の幹部に怯えて隠れているとはいえ、モンスターだって食べないと生きていけませんからね。こっそり食べ物を探しているところなんじゃないですか?」

 

 呑気にそんな解説をしていためぐみんが、急に焦りだして。

 

「あっ、来てます来てます! カズマ、逃げないで戦いましょう! このままだと追いつかれますよ! コボルトくらいならカズマにだって勝てるはずです!」

「無理に決まってるだろ! 装備は全部置いてきてるし、丸腰でモンスターの群れと戦えるか!」

「なんという迂闊! 街の外に出るのに装備を置いてくるとか、冒険者としてどうなんですか!」

「爆裂魔法を撃つために街の外にひとりで出ようとしてた奴に言われたくねーよ!」

 

 俺達が言い争っている間にもコボルトは迫ってきているらしく。

 

「ああっ! カズマカズマ! スカートが! スカートに剣が!」

「……ほう?」

 

 コボルトさん、もうちょっと上の方を掠める感じで……。

 

「この男!」

「おいやめろ。この状況で首を絞めるのはやめろよ! クソ、これでどうだ! 『クリエイト・アース』! 『ウィンドブレス!』」

 

 俺は、墓地でアクアにやったように、手の中に砂粒を生みだし、それをコボルトの目に……。

 俺の手の中から風に舞った砂粒は、コボルトに届く事なく、雨に打たれて地面に落ちた。

 魔法を使う俺を警戒し、コボルトが身構えている間に俺は再び走りだす。

 

「何をやっているんですか! これだから初級魔法は! だからあなたも爆裂魔法を覚えるべきだと……!」

「今そんな事言ってる場合か! ヤバい! アクアがいないからヒールも出来ないし、雑魚が相手なのに本気でヤバい!」

 

 と、声を上げる俺の前に。

 

「呼ばれて飛びでてアクア様! どうよ、ピンチに現れる私! さあ崇めなさい! 褒めたたえなさい! アクア様素敵って言いなさいな!」

 

 今頃はバイトをしているはずのアクアが、なぜか俺達の前に現れた。

 

「……いやお前、何やってんの?」

 

 褒められなかったのが不満らしく、アクアは俺の隣を並走しながら、頬を膨らませる。

 

「何って、散歩ですけど! ひとりで酒場にいても暇だし、二人と一緒に散歩しようと思ったんですけど!」

「バイトはどうした」

「クビになったわ」

 

 ……コイツは朝に出掛けていったばかりだと思うのだが。

 

「遅刻した上に商品を消すとはどういうつもりだって言われたわ。アレよ、あのお店の店長も、芸で消す用のキャベツの他に、売る用のキャベツを用意しておいてくれなかったのよ」

「お前には学習能力ってもんがないのか」

 

 以前、バナナを売っていた時にも、同じ事をしてクビにされただろうに。

 いや違う。

 今はそれどころではない。

 

「そんな事より、アレをなんとかしてくれ」

「プークスクス! カズマさんってば、カエルだけじゃなくコボルトからも逃げるなんて、本当に冒険者なんですかー? 超うけるんですけど!」

 

 この野郎!

 

「アクア、私からもお願いします!」

 

 めぐみんからも頼まれ、アクアは嬉しそうに。

 

「仕方ないわね! 二人とも、そこで私の活躍を見てなさいな! この私にかかれば、コボルトなんて指先ひとつで十分なんだから!」

 

 なんてこった、アクアが頼もしい。

 俺達を追いかけてくるコボルトに、逆に向かっていったアクアは。

 

「大丈夫ですよ。アークプリーストは、回復魔法と支援魔法を使いこなすだけでなく、前衛としても立ち回れる万能職です! ここはアクアに任せておけば……!」

「神の鉄槌、食らいなさい! ゴッドブロー!」

 

 アクアは拳を神秘的に輝かせ、木の根っこにつまずいて転んだ。

 目の前に転がってきたアクアに、コボルト達が怯み、剣を構えてオロオロしている。

 

「わああああああーっ! カズマさーん! カズマさーん!」

「……よし、あいつが囮になっているうちに俺達は逃げよう」

「カズマ!? 駄目ですよ! 早く助けましょう!」

 

 おかしい。

 冒険者のパーティーっていうのは、互いに助け合うはずなのに、俺ばかり苦労させられている気がする。

 

「ああもう! これならどうだ! 『フリーズ』!」

 

 俺はありったけの魔力を注ぎこみ、コボルトの足元の水溜まりを凍らせる。

 氷に足を取られたコボルト達が盛大にすっ転んでいる間に、俺はアクアを引きずってその場から離脱する。

 

「うっ……。カズマ、ありがとう……。ありがとうね……!」

「おいやめろ。泥まみれのくせに縋りついてくるのはやめろよ! というか、めぐみんをおんぶしてるのにお前まで支えきれな……!」

「ああっ! カズマ! しっかりしてくださいカズマ! あなたが倒れたら私まで……!」

 

 アクアのせいで三人揃って泥まみれになった俺達は、街に帰り着くとすぐさま大衆浴場に向かった。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 ギルドの酒場にて。

 俺は空のコップに手のひらを向けると。

 

「大気に潜む無尽の水。光を天に還し、形なす静寂を現せ! 『クリエイト・ウォーター』!」

「プークスクス! カズマさんってば、ちょっと魔法を使えるようになったからって、今さら中二病ですか?」

 

 アクアが俺を指さして笑う横で、めぐみんも俯き肩を震わせている。

 ……あれっ?

 めぐみんが食いつくだろうと思い、恥ずかしいのを我慢して、コップに水を注ぐためだけに大層な詠唱を唱えてみたのに。

 これでは、俺がなんのために恥ずかしい思いをしたのか……。

 と、肩を震わせていためぐみんが、勢いよく顔を上げて。

 

「素晴らしい! 素晴らしいですよカズマ! 今の詠唱は、紅魔族の琴線にビンビン来てます! カズマが自分で考えたのですか? その詠唱で魔法の威力は上がるのですか?」

 

 どうやら、笑っていたのではなく興奮を抑えようとしていたらしい。

 俺は、予想以上に食いついてきためぐみんに少し引きつつ。

 

「い、いや、これは俺が考えたわけじゃないし、魔法の威力も別に上がらないと思う」

「そうなのですか? でも、戦闘中に格好付けるためだけに詠唱するというのも、紅魔族としてはポイントが高いですよ。良ければ、その詠唱をどこで知ったのかを教えてほしいです」

「どこでって言われても。……その、今はもう読む事の出来ない本で読んだんだよ」

 

 本当はゲームの詠唱をパクっただけです。

 

「ほう! 古文書ですか! 古文書に載っていた呪文! ますます素晴らしいです! 私の爆裂魔法にもそういうのがあれば良いのですが、紅魔族でも爆裂魔法を使った事例なんてほとんどないので……」

「そ、それで、どうだ? めぐみんが爆裂魔法以外の魔法を覚えてくれるっていうんなら、俺が格好良い詠唱を教えてやってもいいぞ。戦闘中にいろいろな詠唱を使い分けるなんて、まさに魔法使いって感じで格好良いと思わないか?」

「まあそうですね。多彩な詠唱は魔法使い職の専売特許ってやつでしょう」

「そうだろ? なら、この際、初級魔法でもいいから取ってみないか? 昨日の俺みたいに、初級魔法が使えるだけでも状況によっては役に立つし、めぐみんは俺より魔力が高いんだから、もっといろいろな事に使えるかもしれないだろ? しかも、スキルポイントは一しか使わないんだぞ? 一ポイントくらい、初級魔法に使ったっていいと思わないか?」

 

 昨日、モンスターに追いかけられた事で爆裂散歩に懲りた俺は、めぐみんに爆裂魔法以外の魔法を覚えさせるために、ゲームに出てきた魔法の詠唱でめぐみんの気を引こうとしていた。

 

「思いません」

 

 そんな俺に、めぐみんはキッパリと告げる。

 

「アークウィザードはレベルが上がりにくいんです。スキルポイントは一ポイントも無駄にしたくありません。それに、魔力を全力で注ぐ事しか出来ない私には、カズマのように器用に初級魔法を使う事は出来ませんよ」

「なら、中級魔法スキルを……」

「取りません」

 

 ですよね。

 

 

 

「――深甚なる根源に沈む、満ち満ちた混沌。赫々たる終焉。創造の表裏にして、永久不変の簒奪者。我が呼び声に応え現出せよ! 証をここに!」

 

 それは、穏やかな食後の昼下がり。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 俺は今日もめぐみんに付き合って、廃城の見える丘までやってきていた。

 昨日の事があるので一応装備は持ってきているが、今日は雨が降っていないから初級魔法の目つぶし戦法を使えるし、昨日の雨で出来た水溜まりが残っているからフリーズで足元を凍らせる事も出来る。

 俺は倒れためぐみんを背負って来た道を……。

 

「……なあ、なんかお前、昨日より重くなってないか?」

「おい、乙女に対していきなり失礼じゃないか! 一日でいきなり太るはずがないでしょう。カズマが装備を身に着けているせいで、全体的に重くなっているだけだと思います」

 

 俺はのろのろと歩きながら。

 

「しょうがないな。これ以上持ちきれそうにないから、めぐみんを置いていこう」

「人をアイテム扱いするのはやめてくださいよ」

 

 俺が本気で言っているわけではないと察しているらしく、めぐみんがクスクス笑いながら、俺の言葉を軽く流す。

 

「……天気もいいし、少し休憩していくか」

 

 足が疲れてきた俺がめぐみんをそこら辺に転がし、適当な木の根っこに腰かけると。

 

「冒険者のくせに貧弱すぎるでしょう。というか、昨日の雨でまだ地面がべちゃべちゃしているのですが。……身動きひとつ取れないので、せめて頭だけでももう少しマシな場所に置いてくれませんか? 髪が汚れると洗うのが面倒くさいのです」

 

 面倒くさい事を言うめぐみんの体を引っ張って、上半身を木に寄りかからせてやる。

 俺が座っている木の根っこと、めぐみんが寄りかかっている木は、同じ木なので、自然とめぐみんとの距離が近づいたわけだが、見た目は美少女でも中身が残念な事を知っているので、あまりドキドキはしない。

 ……と、めぐみんの上半身が滑って、俺の肩にもたれかかってきて。

 

「おいやめろ。俺の服の袖に、髪に付いた泥をなすりつけてくるのはやめろよ。そろそろ水が冷たくなってきてるから、洗濯したくないんだよ」

「美少女に寄りかかられているのですから、素直に喜べばいいと思います。あと、出来れば姿勢を直してもらえると嬉しいです」

「そしたら今度は向こう側に倒れるんですね、分かります。もう面倒くさいし、次は放っておくけどいいんだな?」

「……この男、本気で言っていますね。それは困るので、このままでお願いします」

 

 俺の肩にめぐみんの頬が当たっているので、めぐみんが喋るとたまに俺の首筋に吐息が掛かってくすぐったいのだが……。

 

「いつまでも酒場でダラダラしてると受付のお姉さんが白い目で見てくるし、めぐみんが歩けるようになるまでここでのんびりするか」

「私は構いませんが、カズマは本当に貧弱ですね。そんなんで魔王を倒せるんですか?」

「そんなもん無理に決まってるだろ? アクアは本気で魔王を倒すつもりらしいが、カエルやキャベツに苦戦してる俺達が、魔王なんかとまともに戦えるとは思えない。出来れば小金を稼いで商売でも始めたいんだが……」

「それは困りますよ! クエストに出ないと爆裂魔法を使えないではないですか!」

「お前、そればっかりだな。まあ、暇があったらこうやって散歩に付き合うくらいならしてやるから、それで我慢してくれよ」

「爆裂散歩に付き合ってもらえるのはありがたいですが……。私としては、巨大な敵を爆裂魔法で一撃で消し飛ばしたり、モンスターの大群を爆裂魔法で吹っ飛ばしたりしたいのです」

「俺は安全に、出来れば働かないで暮らしたいんだよ。そういう危険な冒険がしたいなら、もっと真っ当なパーティーに入れてもらえばいいだろ」

「……アクセルにいる真っ当なパーティーからは大体断られましたよ」

「お、おう。そうか……」

 

 爆裂魔法しか使えないポンコツ魔法使いじゃなあ……。

 

「まあ、私くらいの大物となると、そんじょそこらの平凡なパーティーでは持て余すのも仕方ありませんが!」

「持て余されすぎて飢え死にしそうになってたくせに何言ってんだ?」

「まあいいではないですか。そのお陰で、カズマは優秀な魔法使いを仲間に出来たのですから」

「お前、どうあっても自分が優秀な魔法使いだって言い張るつもりか? そう言うんなら、せめて初級魔法でもいいから取ってくれよ」

「お断りします」

 

 俺の言葉に、めぐみんが即答する。

 

「前にも言いましたが、私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆裂魔法だけが好きなのです。爆裂魔法しか愛せないのです! 爆裂魔法以外に、覚える価値のあるスキルなんてありませんよ!」

「でも爆裂魔法なんて使い道がないじゃん」

「…………」

 

 めぐみんはしばらく沈黙したかと思うと、クスクスと笑いだして。

 

「……カズマは変な人ですね。お人好しというか、面倒見が良いというか。今までパーティーを組んだ人達は、皆、一日で私を見限りましたけど、なんだかんだ文句を言っても、私を放りだそうとしないではないですか。いつかカズマにも、私の優秀さを見せつけてやりますから、その日を楽しみにしていてくださいね」

 

 穏やかな表情で、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、何をいい話っぽくまとめようとしてんの? そんなんで俺が誤魔化されると思うなよ? おい、こっちを見ろ! 寝たふりしてんじゃねえ!」

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 馬小屋にて。

 珍しく朝早くに目覚めてしまった俺が、寝直す事も出来ずにいると。

 

「……カズマ、さっきから何をゴソゴソしているのですか? うるさくしていると、また隣の人に怒られますよ」

 

 俺と同じく昼寝したからか、早起きしたらしいめぐみんが、小声で話しかけてきた。

 

「べべべ、別にゴソゴソなんてしてねーし! ただ昨日昼寝したせいで早く目覚めちまって、やる事がないだけだよ!」

「カズマもですか。奇遇ですね、私もですよ」

「いや、お前も昨日昼寝してたからだろ」

「こうして朝早く目覚めたのも何かの導きに違いありません。どうでしょう? ここはひとつ、私とデートでもしてみませんか?」

「デ、デートってお前……」

 

 と、俺達が話していると、周りで寝ている冒険者から怒鳴り声が飛んでくる。

 

「おい、朝っぱらからうるせーぞ!」

「「す、すいません!」」

 

 寝ているアクアが怒鳴り声にビクッと反応して。

 

「すいません店長! コロッケはちゃんと売るから、クビにしないでください!」

 

 

 

「――紅と黒の境界。遍く照らす黎明。黄昏を統べる我が前に、神羅万象逃れる術なし! 永劫の夜に沈め!」

 

 それは、爽やかな早朝の散歩のついでに。

 

「『エクスプロージョン』!」

「知ってた」

 

 いきなりデートとか言われてソワソワしてた気もするが、気のせいだった。

 

「……? 何をガッカリしているのか知りませんが、おんぶしてください」

「別にガッカリなんてしてねーよ。言っておくが俺にロリコン属性はないし、お前にデートだのなんだの言われてもちっともドキドキしないからな」

 

 俺はめぐみんを背負い、来た道を戻る。

 このところずっと同じ事を繰り返してきたからか、冒険者の装備を身に着けてめぐみんを背負っても、それほど疲れる事はなくなっている。

 日本にいた頃はヒキコモリをやっていた俺に体力があるとは思えないから、これもステータスの恩恵だろう。

 

「おい、人をロリ扱いするのはやめてもらおうか。というか、そんな事を言いながら、おんぶしている時にセクハラしてくるのはなぜですか?」

「人聞きの悪い事を言うのはやめろよ。それはたまたまだって言ってるだろ。セクハラとか言うんだったら、もうちょっと胸を大きくしたらどうなんだ? そしたらいくらでも爆裂散歩とやらに付き合って……いたたたた! おい、髪を引っ張るなよ! そこら辺に捨てていくぞ!」

 

 俺が本当の事を言うと、めぐみんが俺の髪を引っ張ってくる。

 

「言っておきますが、私は統計的に将来は巨乳になる予定ですからね!」

「はあー? 将来の話なんか知るか。少なくとも今の俺にとって、お前は需要のない貧乳ロリなんだよ。棒みたいな体つきのくせに何言ってんだ」

「棒!? 言うに事欠いて棒扱いですか! この男、言ってはいけない事を言いましたね!」

「あ、こら! 首を絞めるのはやめろよ! クソ、魔法使い職のくせに、どうしてそんなに力が強いんだよ! それ以上やるんなら、本当に捨てていくからな!」

 

 

 *****

 

 

 ――そんなこんなで一週間が経って。

 

 めぐみんの傍で魔法を見続けていた俺は、その日の爆裂魔法の出来が分かるまでになっていた。

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

「おっ、今日のは良い感じだな。爆裂の衝撃波が、ズンと骨身に浸透するかのごとく響き、それでいて肌を撫でるかのように空気の震動が遅れてくる。相変わらず、不思議とあの廃城は無事なようだが、それでも。ナイス爆裂!」

「ナイス爆裂! ふふっ、カズマも爆裂道が分かってきましたね。今日の評価はなかなかに的を射ていて詩人でしたよ。……どうです? カズマも、冗談ではなく、いっそ本当に爆裂魔法を覚える事を考えてみては」

「うーん、爆裂道も面白そうだがなぁ、今のパーティー編制だと魔法使いが二人ってのもな。でも冒険者稼業を引退する際には、余裕があったら最後に爆裂魔法を習得してみるのも面白そうだな」

 

 俺とめぐみんは、そんな事を言い合いながら笑い合う。

 

 ……いや、めぐみんに爆裂魔法以外のスキルを習得させようとしていたのに、俺の方が爆裂魔法を習得してどうすんだと思わなくもないが。

 どうせ、なんの役に立つのか分からないプリーストと、攻撃がさっぱり当たらないクルセイダーがいるポンコツパーティーなのだから、めぐみんだけまともな魔法使いになったところで、大して変わらないだろう。

 

 俺はいつものようにめぐみんを背負うと。

 今日の爆裂魔法の音は何点だった、いや、音量は小さかったが音色が良かったなど、そんな事を語りながら、来た道を戻っていった。

 




・「大気に潜む無尽の水。光を天に還し、形なす静寂を現せ!」
 『ファイナル・ファンタジー・タクティクス』より、ブリザジャの詠唱。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このなんちゃってメイドに美味しい鍋を!

『祝福』5,6、『爆焔』1、既読推奨。
 時系列は、5巻の後。


 紅魔の里から戻ってきて数日後。

 

「今夜は鍋とやらをやってみようと思うのだが……」

 

 俺が屋敷の広間でダラダラしていると、俺との取引でメイド服を着ているダクネスが、そんな事を言いだした。

 

「今日の夕飯当番はお前なんだから、好きな物を作ったらいいじゃないか。もう春なのに鍋ってどうなんだとか、メイドの格好してるくせに鍋かよとか、言いたい事はいろいろあるが、別に反対はしないよ」

「私にメイドの服を着ろと言ったのはお前だろうが! というか、メイドは鍋をやってはいけないのか? 何か作法でもあるのか?」

 

 世間知らずで、鍋料理についてもよく知らないらしいダクネスが、自分の格好を見下ろして不安そうな顔をする。

 

「そりゃ、メイド服で鍋なんて……、…………」

 

 ……あれっ?

 鍋といえば和食のイメージだし、メイドさんが作ると言われると違和感があるが、異世界で和風だとか洋風だとか言っても仕方がない。

 それによく考えてみると、メイドさんが作ってくれた鍋とか、すごく食べたい。

 

「何も問題はないな。いいんじゃないか、鍋」

 

 俺の言葉に、ダクネスがほっとした表情になる。

 

「そ、そうか。……それでだな、私は鍋というものを紅魔の里で初めて食べたんだ。作り方がよく分からないので、教えてくれないか?」

「構わんよ。何の鍋にするんだ? せっかくララティーナお嬢様が作るんだし、ここは豪勢にカニ鍋なんてどうだ?」

「メイドの格好をさせておいて、都合のいい時だけ貴族扱いするのはやめろ。……何の鍋と言われても。鍋というのは、めぐみんの家で食べたような料理の事ではないのか?」

「お前は本当に世間知らずだなあ……。鍋っていうのは、いろんな食材をぶちこんで煮るだけのお手軽料理の事だ。いろいろと種類があるんだよ。あの時は肉を入れたが、魚を入れる事もあるし、亀っぽいのを入れる事もある」

「か、亀? ……亀を食べるのか?」

「俺のいたところでは高級料理だったよ。それで、どうするんだ? まあ、鍋なんてベースをきちんと作れば、よっぽどの事がない限り失敗しないだろうし、好きな物を好きなだけ入れればいいと思うけどな。なんでもかんでも放りこむ闇鍋なんてのもあるくらいだ」

「そう言われても、何を入れればいいのか……。めぐみんの家でやった時のような感じで、肉と野菜を入れればいいのか? ええと、あの時の食材は……」

 

 ダクネスが記憶を辿るように目を瞑り、うんうん唸りだす。

 俺はそんなダクネスに。

 

「白菜を入れておけば、とりあえず鍋っぽくなるぞ。食材よりもダシが重要だな」

「そ、そうなのか? なんだか、聞けば聞くほど全然お手軽料理に思えなくなってくるな。カズマ、すまないが買い物についてきてくれないか? 私だけでは、間違った食材を買ってきてしまう気がする」

「ひとりでお遣いも出来ないとか、お前はどんだけ箱入り娘なの? そのメイドの格好は飾りなのか?」

「だから、私にメイドの格好をさせているのはお前だろうが!」

 

 買い物についてきてくれと言うのは世間知らずのダクネスでも恥ずかしいらしく、ダクネスが顔を赤くして声を上げる。

 買い物か。

 ……ふぅむ?

 

「そういや、めぐみんが何か買っておいてくれって言ってたな。何を買えばいいのかはよく覚えてないが、商店街に行けば思いだすだろ。旅行から帰ってきたばかりだから食糧庫に空きがあるし、一緒に行って多めに食材を買い足す事にするか。いろいろな食材を買ってきて、鍋に入れるのも面白そうだしな」

「すまないなカズマ。助かる」

 

 そう言って微笑むダクネスに、俺は。

 

「よし、行こうか。家事をやるんだから、もちろんメイドの格好のままだよな?」

「それだけは断る」

 

 わがままなダクネスが普段着に着替えるまで、俺はしばらく待つ事になった。

 

 

 *****

 

 

「まずはダシに使う食材を買おう。とりあえず、ダシと白菜があれば鍋っぽくなるはずだ」

 

 肉屋や八百屋など、食料を扱う店が軒を連ねる区画で、俺はきょろきょろしているダクネスにそう提案する。

 

「ダシというと、鶏ガラや豚骨だろう? それくらいは私にも分かる」

「そういうのもあるが、そっちは俺がよく分からないな。鶏ガラだの豚骨だのは、ラーメンのスープとか、中華スープに使うくらいしか分からん」

「……? なら、カズマが知っているダシを取る食材とはなんだ?」

「大体海産物だな。かつお節とか、昆布とかにぼしとか」

「どれも聞いた事のないものばかりだな」

「俺のいたところでは普通に使ってたんだけどな。ひょっとすると、こっちにはないかもしれん」

 

 ダクネスとそんな話をしながら歩いていると、店頭に並べられていたあるものが目に入る。

 黒っぽくて平べったいそれは……。

 

「おっ! これだよ。なんだ、こっちにも昆布はあるんじゃないか」

 

 そう。昆布である。

 

「昆布? それは……?」

 

 見た目は食べ物っぽくない昆布を、ダクネスが眉間にしわを寄せじっと見つめる。

 

「海藻だよ。海の底でゆらゆら揺れてるやつだ。これで鍋の汁のダシを取るんだ」

 

 と、俺がダクネスに説明していると、店主のおっちゃんが苦笑しながら。

 

「おいおいお客さん。いくらそっちのお嬢さんが世間知らずだからって、そんな大嘘を教えちゃいかんよ」

「「!?」」

 

 おっちゃんの言葉に、俺が驚愕しておっちゃんを見て、ダクネスがそんな俺を見る。

 いや、ちょっと待て。

 俺は嘘なんてひとつも……。

 

「昆布でダシを取るってのはその通りだが、海の底でゆらゆら揺れてるだなんて、冗談じゃない。昆布ってのは、空を飛び回って、近くにいる生き物の口に巻きついて窒息させるっていう、危険なやつだよ。毎年、昆布取り職人の中から犠牲者が出るくらいだ。ダシを取る時は、鍋に蓋をして、重しを置くのを忘れないようにな」

「…………」

 

 ダクネスの俺に向ける目が、からかっていたのかと責めるようなものに……。

 ……もうやだこの世界。

 

 

 

 俺とダクネスが、鍋に使う食材を買い集め、そろそろ帰ろうかと話しながら歩いていると。

 ――そこは商店街の端にある雑貨屋。

 その雑貨屋の前に、見覚えのあるくすんだ金髪と、透き通る水色の髪の持ち主が見える。

 店の前だというのに、酒を飲んで騒いでいる二人は。

 

「あははははは! あなた、なかなか話が分かるじゃない! そうなのよ! エリスったら、大人しそうな顔してるけど、昔は結構やんちゃしてたんだから!」

「そうかいそうかい。俺は昔から、そうなんじゃないかって思ってたぜ! エリスの胸は乳パッド入りだし、お前さんは女神アクアだってんだろ? 考えてみりゃ、そんなすごい相手と一度だけでもパーティーを組んだなんて、街中の奴らに自慢できるな!」

「いいわよ! 末代まで語り継ぎなさいな! やっぱり分かる人には分かるのね! ねえ、あなたはカズマと仲がいいみたいだし、あのクソニートにも私の偉大さを教えてあげてよ!」

「そ、それは……。げっ!」

 

 アクアの言葉に、少しだけ気まずそうに目を逸らしたダストが、俺とダクネスに気づく。

 アクアとダストの周りには、空の酒瓶がいくつも転がっている。

 ……ダストが、アクアを調子に乗らせ、酒を奢らせていたらしい。

 

「お、お前達は真っ昼間からこんなところで何をやっているんだ……」

「何よ! 今はこの人と楽しくお酒を飲んでるところなんだから、邪魔しないでよ!」

 

 呆れたようなダクネスの言葉に、アクアが頬を膨らませる。

 

「別に邪魔をするつもりはないが、こんなところで酒を飲んでいたら、店の主人に迷惑が掛かるのではないか?」

「ダクネスったら何を言ってるの? お店のおじさんだったら、とっくに酔いつぶれてお店の奥で寝てるわよ」

「市民に迷惑を掛けるのはやめろ! 彼らには彼らの生活がある。お前達みたいに、毎日遊び歩いているわけではないんだぞ」

 

 説教を始めたダクネスに、アクアが耳を塞いで聞こえない振りをする中。

 ダストがニヤニヤしながら。

 

「ようカズマ。お前んとこの女神に世話になってるぞ」

「お前、あいつをあんまり調子に乗らせるのはやめろよな。屋敷に帰ってきてから面倒くさいんだよ」

「俺は何ひとつ嘘はついてない。酒を奢ってくれるんだったら、俺にとっては誰だって女神様なんだよ。お前さんも俺に祈りを捧げてほしけりゃ、夕飯でも奢ってくれよ。ここんところ、ロクなクエストがなくて金がねーんだ」

「嘘吐け。リーンがこないだ、ゴブリン討伐に行ったのにお前が格好つけて前に出て、滑って転んで役に立たなかったから、討伐報酬を減らしてやったって言ってたぞ」

「あの女! ……いや待て。お前も誤解されやすいタイプだから分かるだろ? こういう場合、一方の言い分だけ聞いて判断するのは不公平ってもんだ。俺はあえて派手な動きでゴブリンの注意を惹きつける事で、仲間がゴブリンを討伐するチャンスを作ってやったんだよ。リーンの奴は後衛だから、そういう集団戦の立ち回りってのが分かってねーんだ」

 

 ……リーンは、ゴブリンにタコ殴りにされたダストが、助けてくれと泣きだしたとも言っていたが。

 

「まあ、今夜は鍋の予定だし、ひとりくらい増えてもどうって事ないと思うけどな」

 

 俺が何気なくそう言うと、ダストはその場に跪いて俺に祈りを捧げだした。

 コイツにはプライドってもんがないのか。

 

 

 *****

 

 

 アクアとダストが酒やつまみを買いこんでくると言うので、先に屋敷に帰ってきた俺達は、早速鍋の準備を始める。

 

「その前に、料理をするんだから、お前はメイド服に着替えてこいよ」

「……!? ま、待ってくれ。これは普通に料理当番なのだから、メイドごっことは違うだろう? せっかく私のために用意してくれたメイド服を汚すわけにはいかないし、普段着のままでもいいのではないか?」

「はあー? 家事をやるんだからメイド服に決まってるだろ。本当なら買い物だってあの格好で行かせるところを譲歩してやったんだ。うだうだ言ってないで、さっさと着替えてこいよ。それとも、お姫様の前で俺のKIMONO姿をお披露目してもいいのか?」

「くっ……! お、お前という奴は……! しかし、無理やり恥ずかしい格好をさせられると思うと、これはこれで悪くはないと思ってしまう私は、もう駄目なのだろうか?」

「お前は出会った時から駄目だったよ」

 

 ダクネスがメイド服に着替えるために自分の部屋へ行っている間、俺は台所に取り残される。

 今日の料理当番はダクネスだが、鍋の作り方を知らないらしいし、少しくらい手伝ってやってもいいだろう。

 俺が鍋に水を入れ、そこに昆布を浸すと……。

 水に濡れて元気になった昆布が鍋から飛びあがり、ものすごい速さで台所を飛び回ったかと思うと、俺の顔に張りついた。

 

「むが……!?」

 

 濡れた昆布に口と鼻を覆われ、呼吸が出来ない。

 力ずくで引き剥がそうにも、昆布はぴったりと張りついていて剥がれない。

 そういえば、昆布を売っていた店のおっちゃんが、毎年昆布取り職人の中から犠牲者が出ると言っていた。

 クソ、いくらなんでも、昆布なんかに殺されるわけには……!

 しかし、この状況で初級魔法は役に立たないし、スティールも自分自身を対象には出来ないようだ。

 何か、何か他に手は……?

 呼吸が出来ないせいで、頭がぼーっとしてくる。

 マズい。

 これは本当にマズい。

 意識が遠ざかっていき、やがて何も考えられなくなって……。

 …………。

 

「カズマ! おいカズマ! 返事をしろ!」

 

 ……気が付くと、俺は台所の床に仰向けになっていた。

 メイド服姿のダクネスが、必死そうな表情で何か言っている。

 昆布に巻きつかれ意識を失った俺を、着替えて戻ってきたダクネスが助けてくれたらしい。

 

「カズマ? 目が覚めたのか? 呼吸は苦しくないか?」

「お、おう……。マジで死ぬかと思った。助かったよ」

 

 立ち上がると少しふらつくが、問題はない。

 

「まったく! 人を世間知らずと言っていたくせに何をやっているんだ。食材の生死の確認は基本中の基本だぞ。食材に反撃されて死にかけるとは、お前は本当に鍋を作った事があるのか?」

「俺のいたところでは、食材に反撃される事なんてなかったんだよ」

 

 ダクネスが握りしめていた昆布を鍋に戻し、きちんと蓋をして重しを置く。

 昆布が飛びだそうと暴れているらしく、蓋に内側からぶつかる音が聞こえていたが、しばらくするとそれも静かになり。

 

「……ん。次はどうすればいい?」

 

 ダクネスが、食材の生死を慎重に確認しながら俺に尋ねる。

 

「そうだな、食材をひと口サイズに切っておくか」

 

 俺はダクネスが生死を確認した食材を切っていく。

 切った食材を大きな皿に並べていると、俺の横で食材を切っていたダクネスが不思議そうな顔をして。

 

「切った食材は、皿ではなくてこっちのボウルにでも入れておいた方がいいのではないか?」

「せっかくだし、お前に本物の鍋ってやつを食わせてやろうと思ってな。食卓に鍋を置いて火に掛けて、そこに食材を入れるのが本物の鍋ってもんだ。食卓に置くなら、ボウルより皿に食材を並べておいた方がいいだろ?」

「な、なるほど。確かに、貴族の夜会なんかでも、そういった趣向の料理はある」

 

 俺の言葉に、ダクネスが納得したようにコクコクとうなずいていた。

 

 

 

「――というわけで、今夜は鍋だ」

 

 テーブルを囲んで、ダクネスがそんな宣言をする。

 テーブルの真ん中には、冒険者用の簡易コンロに乗せられた鍋が置かれ、その周りには切った食材を並べた皿がある。

 

「ぶははははは! おいおい、ララティーナお嬢様。貴族令嬢からメイドに転職したのかよ? おう、酌しろやメイド! 酒だ酒! 酒持ってこい!」

「私も私も! お酒持ってこーい!」

「う、うるさいぞ! 引っ叩かれたいのかお前は! アクアも一緒になって騒ぐのはやめろ!」

 

 すでに酔っ払っているダストが、メイド服を着たダクネスに絡み、アクアが一緒になって騒いでダクネスを怒らせる中。

 めぐみんが目をキラキラさせて。

 

「ほう! 鍋ですか。いいですね、とりあえずなんでもかんでも煮ておけば食べられるようになるので、紅魔の里にいた頃はよく食べていました。まあ、固形物が入っている事はあまりありませんでしたが……」

「そ、そうか。今日は好きなだけ食べてくれ」

 

 コメントに困る事を言うめぐみんに、ダクネスが苦笑しながら食材を鍋に入れようとすると。

 

「あっ、駄目ですよダクネス。それはすぐに火が通ってしまうので、後で入れましょう。最初に入れるのはもっと硬そうなやつにしてくださいよ」

「か、硬そうなやつと言われても。……これか?」

「いえ、そうではなくて……。まどろっこしいので、菜箸を貸してください」

「す、すまない」

 

 ダクネスから菜箸を取り上げためぐみんが、手際よく食材を鍋に入れていく。

 ダクネスが困った顔で俺を見てくるが、めぐみんに任せておいた方がおいしい鍋を食べられそうなので放っておこう。

 と、そんなダクネスにアクアが。

 

「ねえダクネス。今日の食事当番はダクネスなのに、めぐみんが鍋を作ってくれてるし、なんにもしてないダクネスは台所からお酒を取ってきてくれないかしら? 棚の奥に、とっておきのお酒を隠してあるのよ! 今日は気分がいいから、あれを開けちゃいましょう! ほら、早くしてー、早くしてー」

「わ、私だって、買い物に行ったり、食材の下拵えもしたし、何もしていないわけではないのだが……!」

 

 アクアの言葉にダクネスが抗議するも。

 

「あ、ダクネス。台所に行くのなら、ついでに柚子を取ってきてください。香りづけに使うと美味しくなりますよ」

 

 めぐみんにまで言われ、ションボリと肩を落として台所へ行く。

 鍋を作るのは初めてだと張り切っていたのに、気の毒に……。

 俺がダクネスの煤けた背中を見送っていると、酔っ払ったチンピラが。

 

「おうカズマ! メイドなんか放っておいて、お前さんも飲め飲め!」

 

 何が楽しいのかゲラゲラ笑いながら、俺に酒の入ったカップを突きだしてくる。

 

「そうだな。鍋が煮えるまでまだ時間が掛かるだろうし、やる事もないから俺も飲もうかな」

 

 俺はダストからカップを受け取って……!

 

 

 

 ――数分後。

 

「ど、どうしてこうなった……?」

 

 酒を持って台所から戻ってきたダクネスが、俺達を見て呆然とする。

 ダストが持ってきたのがよほど強い酒だったのか、酔っ払いの放つ気に当てられたのか、あっという間に酔っ払った俺は。

 

「おっ、来たなエロメイド! ほら、そんなとこに突っ立ってないで、早くこっちに来て酒を注いでくれよ」

「カ、カズマ? 言っている事が、そこのチンピラとほとんど変わらないのはどうかと思うぞ」

 

 俺を見て嫌そうな顔をするダクネスに、引き合いに出されたチンピラが文句を言う。

 

「あん? おいララティーナ。メイドのくせにご主人様の言う事が聞けねーってか? お仕置きだな。これはお仕置きが必要だ。そこで三遍回ってワンと鳴け!」

「いいぞララティーナ! スカートをひらっとさせるのを忘れるな!」

「お、お前達は私をなんだと思ってるんだ? というか、ララティーナと呼ぶのはやめろ!」

「ダクネスったら! この私を差し置いて芸をするつもりなの? いくらメイドさんの格好をしているからって、やっていい事と悪い事があると思うの」

「アクアまで何を言っているんだ! お前達はメイドというものを誤解している!」

 

 と、俺達がダクネスにバカな要求をしていると、鍋を真剣な表情で見つめていためぐみんが。

 

「出来ましたよー。ほら、早く鍋から出さないと、食べ頃を逃してしまいますよ! お酒なんか後にしてください!」

 

 なんという鍋奉行。

 めぐみんの勢いに俺達がついていけないでいる間に、めぐみんが俺達の取り皿に煮立った食材を入れてくる。

 

「ありがとうめぐみん。……ああ、これは美味いな」

 

 ダクネスが、入れられた食材を素直に食べる中。

 アクアがいきなり立ち上がり、決然とした表情で。

 

「鍋に芸と言えばこれしかないわね! 私だって、宴会芸スキルを極めた者! ダチョウさんの名人芸にだって負けるつもりはないわ! さあカズマ! 心の準備は出来ているから、いつでも来なさいな! ほら、早くしてー、早くしてー」

 

 熱々の食材を顔に押しつけられて熱がるという、ダチョウさんのリアクション芸。

 あの名人芸を見せようと、アクアが俺の方に顔を近づけてくるが……。

 

「お前は何を言ってんの? ああいうのは、嫌がらない相手にやったって仕方ないだろ。それに、この手の芸にもっと向いてる奴がいるじゃないか」

 

 俺とアクアは、アクアの言葉の意味が分からず、きょとんとしているダクネスを見る。

 

「な、なんだ? これ以上、私に何をやらせるつもりだ?」

「そんな事より、さっさと食べてほしいのですが……」

 

 自分が監督した鍋が食べ頃を失うのが許せないらしく、文句を言うめぐみんを、俺は気にも留めず。

 箸でつまんだ大根を、ダクネスに近づけていく。

 

「カ、カズマ? 急にどうしたんだ? こ、これは……! これはいわゆる『あーん』というやつか……!? そ、そういう事はもっと人目のないところで……!」

 

 なぜか頬を赤くするダクネスの鼻に、俺は熱々の大根を押しつけて――!

 

「熱ッ!? 貴様、いきなり何をする!」

 

 いきり立つダクネスに、俺とダストが爆笑する中、アクアが悔しそうに頬を膨らませていた。

 

「……そうね。悔しいけど、コレに関しては私よりもダクネスの方が上手かもしれないわね。いいわダクネス。あなたに【上島さんの生まれ変わり】の称号を授けてあげましょう」

「上島さんはまだ死んでないだろ」

 

 

 

「め、めぐみん。今日の料理当番は私だし、私も食材を入れる役をやりたいのだが」

「駄目ですよ。食材を入れる順番も分からないダクネスに、隣同士にすると味が移ってしまう食材や、先に入れてしまうと鍋全体の味が変わってしまう食材の事が分かるんですか?」

 

 食材を入れる役を代わってほしいと提案したダクネスが、鍋奉行と化しためぐみんに一瞬で黙らされる。

 

「……食材を入れる役を代わってほしいというのは、それほど大それた願いなのだろうか?」

 

 めぐみんに交代を断られたダクネスが、ションボリした様子で俺に聞いてくる。

 そんなダクネスに俺は。

 

「あひゃひゃひゃひゃ、うけるー」

「お、お前という奴は……!」

「まあ、今のめぐみんは止められないし、美味しい鍋が食べられるんだからいいじゃないか。落ち込んでないで、次のが煮えるまでお前も酒でも飲んでろよ」

「い、いや……。遠慮しておこう。この状況で私まで酔っ払うと収拾がつかなくなりそうだ」

 

 ダクネスの視線の先では、ダクネスのリアクション芸に対抗意識を燃やしたアクアが、次々と宴会芸を披露し、それにダストが笑い転げている。

 と、ひと通り芸を披露して気が済んだのか、アクアはめぐみんが見守っている鍋に白滝を投入しようとする。

 

「アクア! 一度に食材をたくさん入れると、鍋の中の温度が下がるのでやめてください! 今は食材を入れたばかりなので、少し待っていてくださいよ!」

「何よ! めぐみんのけちんぼ! 私は今、とっても白滝を食べたい気分なの!」

「白滝ならさっき煮えてたではないですか。どうしてあの時に食べなかったのですか? 誰も食べないからと、ダクネスがひとりで大量の白滝を食べたんですよ」

「さっきは白滝の気分じゃなかったんだから、しょうがないじゃない」

「ああもう! この酔っ払いは! 今煮てるやつが仕上がったら、次は白滝を入れてあげるので待っていてください。ほら、アクアの好きなカエル肉もありますよ」

「えー? カエルなら唐揚げが食べたいんですけど」

「それ以上わがままを言うつもりなら、生のままの白滝を口に詰めこみますよ!」

 

 荒ぶるめぐみんに恐れをなしたのか、アクアがすごすごと退散する。

 

「大変だわカズマ。めぐみんが反抗期よ。このままじゃ、カズマの服と一緒に洗濯するなとか、カズマの入った後のお風呂には入りたくないとか、最近カズマが臭いとか言って、ちょっと面倒くさい事になるに違いないわ」

「言っておくが、俺はめぐみんのお父さんじゃないからな。というか、あいつにはちゃんとしてない親父さんがいるだろ」

「それなら反抗期もしょうがないわね」

「おい、うちの父をちゃんとしてない扱いするのはやめてもらおうか! 確かに父が変てこな魔道具ばかり作っているせいでうちは貧乏ですが、人から言われるとイラっとするんですよ!」

 

 口々に好き勝手な事を言う俺とアクアに、めぐみんが声を上げる。

 と、そんな中。

 めぐみんの注意が俺達に向いた隙に、ダストが鍋の中を勝手に掻きまわしながら。

 

「なあ、頭のおかしいの。お前ら、魔王の幹部や大物賞金首を討伐して、めちゃくちゃ儲けてるんじゃないのかよ? カエル肉や白滝なんかじゃなくて、もっと高級なもんを入れろよ。霜降り赤ガニとか、極楽ふぐとかねーのか?」

「ちょっ!? 自分用の箸を鍋に突っ込むのはマナー違反ですよ! というか、私の事を頭のおかしい爆裂娘と呼ぶのはいいですが、その略し方はやめてください! さもなくば、いかに私の頭がおかしいのかを思い知る事になりますよ!」

「けちけちしねーでカニ食わせろや!」

「ああもう! 誰ですかこのチンピラを連れてきたのは!」

 

 荒ぶるめぐみんをものともせずに、鍋をつつきまわすダスト。

 そんなダストの様子に、アクアが感心したように。

 

「やるわねあのチンピラ。目を紅く輝かせているめぐみんを相手に、一歩も引かないわ! ねえめぐみん、私も白滝よりカニが食べたいんですけど!」

「そんなもんあるわけないでしょう!」

 

 ダストが引かない事で調子に乗ったアクアが、めぐみんに一喝されションボリする。

 

「カニもねーのかよ! ちっ! しけてやがんな!」

「ねえカズマ。この私のために、カニを買ってくる栄誉を与えるわ!」

「おいお前らいい加減にしろ」

 

 酔っ払って勝手な事ばかり言う二人に、俺は毅然と。

 

「俺はふぐを食べたい」

 

 そんな俺達に、目を紅く輝かせためぐみんが。

 

「この酔っ払いども!」

 

 

 *****

 

 

 俺達が鍋と酒を楽しんでいた、そんな時。

 広間の照明がチラチラと瞬くと、明かりが消えて急に真っ暗になった。

 

「おっ? なんだなんだ? 停電か?」

「照明の魔道具が壊れたみたいですね。部品が劣化しているのは分かっていましたし、そろそろだと思ってました。カズマ、替えの魔道具はどこに置いてあるんですか?」

「……? 替えの魔道具なんてもんがあるのか?」

「そろそろ交換しないといけないから、買っておいてほしいと言ったではないですか」

 

 あっ……。

 

「すまん、忘れてた。そういや、めぐみんに何か買っておいてくれって言われてたから、ダクネスの買いだしに付き合ったんだった」

 

 という事は、真っ暗な中で鍋を食わないといけないのか?

 それって……。

 

「……闇鍋」

 

 ボソッと呟いた俺のひと言に、アクアが。

 

「いいわね! こんなタイミングで明かりが消えるなんて、これは闇鍋をする流れに違いないわ! 水の女神としては、このビッグウェーブに乗るしかないと思うんですけど!」

「ぶははははは、いいぞ女神! 俺も手伝ってやろうじゃねーか!」

 

 乗り気のアクアに、ダストがすかさず続く。

 

「あ、あなた達は何をバカな事を言っているんですか? そんな事をしたら、鍋がめちゃくちゃになるじゃないですか!」

 

 めぐみんが制止するも、酔っ払いの勢いは止まらず、鍋にどばどばと何かが投入されていく。

 真っ暗な中、めぐみんの目が紅く輝くのに、ダクネスが慌てて立ち上がり。

 

「ちょっと待て! 今、ランタンを持ってくる! あ痛!」

 

 暗くて何も見えないらしく、家具につまずいて転びながらもダクネスがランタンを取りに行き。

 

「早く! 早くしてくださいダクネス! 私の鍋が大変な事に!」

 

 ――ダクネスがランタンを手にして戻ってくる頃には。

 

「あひゃひゃひゃひゃ、なんだコレ! 面白いな闇鍋!」

「あははははは! なんだか楽しくなってきたんですけど! ねえ、もう他に余ってる食材はないの? もっとたくさん入れたいんですけど!」

「いい加減にしてください! せっかく美味しい鍋だったのに、台無しですよ!」

「そんなに怒るなよロリっ子。そんなだから、お前さんは胸が育たないんだよ」

「ぶっ殺!」

 

 俺とアクアが上機嫌で食材を次々投入する中、怒り心頭のめぐみんが、さらに煽られダストに襲いかかっている。

 

「な、なんだこの臭いは! おいお前達、一体何を入れたんだ!」

 

 そんなところに戻ってきたダクネスが、テーブルにランタンを置くと……。

 ランタンの明かりに照らしだされたのは、いろいろな食材が大量に放りこまれ、透明だったスープが黒っぽく濁った鍋。

 ぐつぐつと煮立つ鍋の表面で泡が弾けると、辺りに異臭が漂う。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 調子に乗っていた酔っ払いさえもドン引きし、静かになる中。

 めぐみんがおたまを鍋に突っこんだ。

 

「入れてしまったものは仕方ありません。美味しくはないでしょうが、せめて楽しく食べようではないですか。闇鍋というのはそういうものなんでしょう? 不味いものを不味いと言い合いながら食べるのも、たまには悪くないかもしれません」

「「「!?」」」

「た、食べるのか? これを食べるのか?」

 

 めぐみんの言葉に、食材を放りこんだ俺とアクア、ダストが驚愕の表情を浮かべ、ダクネスがオロオロとうろたえる。

 

「当たり前ですよ。闇鍋とか言って鍋を台無しにした挙句、美味しくないものが出来たからといって食材を無駄にするようなら、そんな愚か者には我が爆裂魔法でも生温いでしょうね!」

 

 食べ物を無駄にするという事に怒り、目を真っ赤にしているめぐみん。

 紅魔の里ではまともに食べられない生活を送っていたというめぐみんは、食べ物を無駄にする事が許せないらしい。

 自分のしでかした事に今さら気づいたらしいアクアが、青い顔で。

 

「ね、ねえめぐみん。これを食べるっていうのはどうかと思うの。絶対に美味しくないし、こんなの食べたらお腹を壊すんじゃないかしら? ほら、冒険者って体が資本なところがあるでしょう? 凄腕冒険者の私としては、こんなバカな事で体調を崩すわけにはいかないと思うの」

「何かあってもアクアの治癒魔法があるから心配いりませんよ。それに、アクアは羽衣の効果で状態異常に掛からないでしょう?」

「どどど、どうしましょうカズマさん! 私があまりにも有能なせいでピンチだわ!」

「おおお、落ち着けアクア。まだ慌てるような時間じゃないはずだ」

 

 俺とアクアが慌てる中、ダストが落ち着いた口調で。

 

「……ふう、食った食った! ごちそうさん! それじゃ、長居するのも悪いし、俺はここらで帰る事にするわ」

「いやふざけんな! お前だって鍋にいろいろ入れてたくせに、ひとりだけ逃げようとしてんじゃねえ!」

「そうよ! あんたがいなくなると、その分私の食べる量が増えるじゃない!」

「おい放せ! 冗談じゃねーぞ! あんなもん、人間の食うもんじゃねーだろ!」

 

 帰ろうとするダストを、二人掛かりで押さえつけていると。

 

「出来ましたよー」

 

 めぐみんが俺達の席の前に、よく分からないものがたっぷりと盛られた取り皿を置く。

 

「ほら、三人とも。座って食べてくださいよ。せっかくの闇鍋が冷めてしまいますよ」

 

 めぐみんに促されるままに、俺達は椅子に腰を下ろし……。

 

「うっ! おいコレ何入れたんだよ! 超臭いぞ!」

「ごぽって言ったわ! ねえコレ、食材が出しちゃいけない系の音を出してるんですけど!」

「畜生! やっぱりここに来たのがマズかったんだ! こいつらに関わった俺がバカだった!」

 

 と、俺は素晴らしい事を思いついた。

 

「おいアクア。今こそお前の体質が役に立つ時だ! このどす黒いスープに指を突っこんで水にしちまえ。そうすりゃ、どうにか食べられるようになるはずだ」

「おお! さすがねカズマさん! 狡すっからい事を思いつかせたら右に出る者はいないわね! 任せなさいな! この変てこスープを女神の力で浄化してあげるわ!」

 

 アクアがスープに指を突っこむと……。

 …………。

 

「……なんにも変わらないんですけど」

 

 えっ。

 

 …………えっ?

 

「なあ、ちょっと待ってくれ。コレって本当に、何が入ってんの? ハンスの毒でさえ浄化したアクアの浄化が効かないって、そんなもん口にして俺達は大丈夫なのか?」

「なんだなんだ? ひょっとして食ったら死ぬ系のもんでも入ってるのか? そりゃさすがに捨てちまった方がいいんじゃねーか? 俺達は生きるために食うんであって、食って死ぬなんて、逆に食いもんへの冒涜ってやつだと俺は思うぞ」

 

 ダストがめぐみんを説得しようと屁理屈を言うも。

 

「アクアが浄化できないものと言うと、私が知っている限りではカエルの粘液とかではないですか? あれなら口に入れても死ぬわけではないですから、心配いりませんよ」

「いや、待ってくれ。なんでカエルの粘液なんてもんが食卓に並んでるんだよ?」

 

 俺のもっともな疑問に、ダクネスが恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「あれはやはり、食べ物ではなかったのか? す、すまない。その、鍋というのは何を放りこんでも美味しく食べられるという話だったから、とりあえず買ってきたものをテーブルに並べておいたのだが」

「お前のせいか! カエルの粘液なんか食べられるわけないだろ! あれはただ、一緒に買うと他の食材も安くしてくれるって言うから買ってきただけの、廃棄品だよ!」

 

『切り傷が治るガマの粘液!』とかいう話で売りこまれ、それなりの量を買いこんだのにさっぱり売れないと、店主に泣きつかれたのだ。

 

「そ、そうだったのか……?」

「まったく! お前はどこまで世間知らずなんだよ! これは責任を取ってお前が食え!」

 

 俺がダクネスに取り皿を押しつけていると。

 

「何を言っているんですか? これは皆で食べるに決まっているでしょう」

 

 めぐみんが俺の前に新たな皿を置く。

 ……クソ、逃げられない!

 自分の取り皿にもしっかりとよそっためぐみんは。

 

「私の目の前で食材を無駄にする事は許しません。これ以上駄々を捏ねるようであれば、明日は皆で爆裂散歩に行く事になりますよ。その時は、ダクネスも一緒にお願いしますね。私を背負って帰る人がいないと困りますから」

 

 何それ怖い。

 俺達を爆裂魔法の的にすると言うめぐみんに、恐れをなしたアクアが震えながら。

 

「……ヤバいんですけど! 目がマジなんですけど! 私の曇りなき眼で見たところ、完全に本気で言ってるんですけど!」

「お、おう。お前の目は節穴だが、めぐみんがマジなのは俺にも分かる。まあ、めぐみんは食うにも困る子供時代を過ごしてたらしいし、そんなめぐみんの前で、食べ物でバカな事をした俺達が悪かったよ。ここは大人しく食っておこう」

「そう言って誰かが口を付けるのを待ってるのはどうかと思うんですけど!」

 

 俺とアクアが言い争う中、めぐみんが最初に皿に箸をつけて……。

 

「ど、どうだ?」

「危なそうだったらすぐに言ってね! とっておきのヒールを掛けてあげるわ!」 

 

 全員の視線を集め、めぐみんは居心地悪そうにもごもごと口を動かしながら。

 

「その、普通ですね。美味しくはありませんが、言うほど不味くもないです」

 

 そんなめぐみんの言葉に、ダクネスが恐る恐る鍋を口にして。

 

「……た、確かに普通だ」

 

 マ、マジで?

 予想外のリアクションを見せる二人に、この状況を作った俺とアクア、ダストが、それぞれの様子を窺い合いながら同時に鍋を口にする。

 ……味は普通だった。

 めぐみんの言うとおり、美味しくはないが不味くもない、普通の鍋だ。

 

「普通ね。なんていうか、ダクネスの料理みたいね」

「!?」

 

 アクアのコメントに、ダクネスがショックを受けたような表情になる。

 そんなダクネスにダストが。

 

「おいおい、お前さんは貴族だったりメイドだったりするくせに、こんな気持ち悪い料理を作るのか? まあ、食えなくもねーけどな」

「ちちち、ちがー! 私の料理はもっと普通の……!」

 

 ダクネスがなんか騒いでいるが、俺達は黙って鍋を食べる。

 

「……いや、なんだコレ。こんな見るからに口に入れちゃ駄目な系の見た目してるのに、味は普通っておかしいだろ。こういう場合、ダクネスとかが食べてあまりの不味さの倒れるってのがお約束じゃないのか?」

「わ、私がか!? 勝手な事を言うな! 不味くないのならいいではないか!」

「闇鍋って、もっと楽しい感じになると思ってたわ! こんなに盛り上がらないんだったら、美味しい鍋が食べたかったんですけど!」

「わがままを言うな! というか、止めたのに勝手に変な食材を入れたのはお前達だろう!」

 

 ……それはそうだが。

 なんていうか、食えないくらい不味かったらもっと盛り上がったと思うのだが、普通に食えるせいで何も言う事がなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この婚儀の夜に荷作りを!

『祝福』7、既読推奨。
 時系列は、7巻5章の後。


 ――ダクネスと悪徳領主の結婚式をぶち壊した、その夜の事。

 ダクネスが、病み上がりの親父さんを世話するのと、領主がどう動くかを見張るために、ダスティネス邸に残ると言うので、バカな事は考えないようにと皆で念を押してから、俺達だけで屋敷に戻ってきている。

 広間にて。

 俺はアクアとめぐみんに。

 

「……ダクネスが戻ってくる前に、荷物をまとめておこうと思う」

「えー? せっかくダクネスが帰ってくるんだし、むしろダクネスお帰りなさいパーティーの準備をするべきじゃないかしら? カズマったら、ヒキコモリのくせにどうしていきなり旅行なんてしたがるの?」

「アクアは何を言っているのですか? 私達は貴族の結婚式をぶち壊したんですよ。このままだと全員まとめて死刑になるので、ほとぼりが冷めるまで、どこか田舎にでも引っこんでおいた方がいいと思います」

 

 俺の言葉に、アクアがバカな事を言うが、めぐみんのツッコミに青い顔をして何度もうなずく。

 

「いいか? 必要な物だけ手早くだぞ? 特にアクア。お前はどうせ余計な物まで詰めこもうとして荷物を大きくするだろうから、本当に必要な物だけにしておけよ」

「任せなさいな! この私の荷作りテクを見れば、カズマも自分がどれだけ愚かな事を言ったか分かるってもんよ。あまりの神業にお茶の間もびっくりするんだから! 明日の朝が楽しみね!」

 

 ……どうしよう。

 アクアのドヤ顔を見ると不安しかないが、コイツはたまにすごい才能を発揮する事もあるので、普通ならありえないような収納術を見せてくれるのかもしれない。

 

「そ、そうか。本当だな? 信じるからな?」

 

 しかし今はアクアに構っている暇はない。

 俺がアクアから目を逸らし、めぐみんを見ると。

 

「私は鞄ひとつに収まりますので、すぐ終わりますよ」

「そういや、めぐみんは紅魔の里からアクセルまで旅をしてきたって言ってたな。俺達の中では一番旅慣れてるし、持ち物も少ないから、お前の事は心配しないで良さそうだ」

「ええ、任せてください。なんなら、カズマの荷造りも手伝ってあげましょうか?」

 

 ……なんだろう、ただ荷作りをするだけのはずなのに、すごく不安なんだが。

 

 

 *****

 

 

 俺は部屋に戻ると、タンスから衣類を取りだしていく。

 最低限の持ち物といえば、着る物さえあればいいだろう。

 それと、クエストをこなすための冒険者の装備があれば、どんなところに行っても細々と生きていく事は出来るはず。

 鍛冶スキルと料理スキルがあるから、住処の環境を整える事も、食べ物を美味しく料理する事も出来る。

 潜伏や狙撃で獲物を狩る事も出来る。

 いろいろなスキルを取っておいて、本当に良かった。

 そんな事を考えながら荷物をまとめていくと、衣類と冒険者の装備をひとつの鞄に詰めても、まだ少し余裕がある。

 他に持っていく物は……。

 俺の視線はベッドの下に向かう。

 あのコレクションを置いていく事なんて、俺にはとても出来ない。

 と、俺がベッドの下を探ろうとした、そんな時。

 コンコンとドアがノックされ、部屋の外から声が掛けられた。

 

「カズマ。荷作りは終わりましたか? 私に何か手伝う事はありませんか?」

 

 すぐに終わるという先ほどの言葉どおり、めぐみんは荷造りを終えて、手伝う事がないか俺に聞きに来たらしい。

 

「ななな、なんだよ! まだ終わってないけど、手伝ってもらうような事はないぞ! アクアが何かおかしな事をしてるかもしれないし、俺の事より、あいつの様子を見に行ってくれよ!」

「何をそんなに動揺しているんですか? 何かやましい事でも……」

 

 俺が返事をすると、めぐみんがドアを開け部屋を覗きこんできて。

 

「……!? ちょっ! あなたは何をやっているんですか!」

「何って、荷物をまとめてるとこだよ」

「に、荷物って……! おい、乙女の前で堂々とエロ本をしまうのはやめてもらおうか!」

 

 ベッドの下からエロ本を取りだし、選り分けて鞄に入れる俺を見て、めぐみんが声を上げた。

 突然の事で焦ったが、よく考えてみれば、めぐみんにエロ本を鞄に入れているところを見られるくらいはなんでもない。

 

「はあー? 一緒に風呂にまで入った仲なのに、今さら恥ずかしがるような事かよ。というか、手伝うとか言ってたくせに、邪魔をするのはどうかと思う。ほら、文句を言うなら出ていって! アクアのところに行ってきて! これから、ベッドの下とは別のところに隠してる、とっておきをしまうんだよ!」

「必要な物だけ手早くまとめろと私達には言っていたくせに、あなたは何をやっているんですか? そんなものを入れたせいで鞄が重くなって、逃げきれなかったらどうするのですか?」

「これは俺にとって絶対に必要なものだ。なくてはならないものなんだ。エロ本のせいで捕まって殺されるなら、それはもう仕方ない事だと思う」

「全然仕方なくありませんよ! その時は私達も一緒だという事を忘れないでください! 私はエロ本のせいで死ぬなんてごめんですよ!」

 

 めぐみんが部屋の中に飛びこんできて、俺からエロ本を取りあげようとする。

 

「や、やめろお! おい、本なんだから丁寧に扱えよ! 破れたらどうすんだ!」

「なんですかこんなもの! こんな……! こんな……! ……あの、どうしてこんなに巨乳モノばかりなんですか?」

「それは俺が巨乳好きだからだよ」

 

 めぐみんが無言でエロ本を真っ二つに破いた。

 

「あああああああっ!? なんて事を! 何やってんだお前!」

「あっ……。す、すいません。つい、イラっとして。……で、ですが本なのですから、また買えばいいのでは? 弁償するので許してください」

「バカ! 俺達はこれから逃亡者になるんだぞ! エロ本なんか買ってる場合か!」

「あ、あなたがそれを言うのですか? ですが、まあ、そのとおりですね。……では、コレは諦めるという事で」

 

 言いながら、めぐみんは破いたエロ本をポイとゴミ箱に放り捨てる。

 コイツ……!

 

「お前ふざけんなよ! そんな簡単に諦められるか!」

 

 俺の剣幕に怯むも、めぐみんは強気な口調で。

 

「で、ですから謝ったでしょう! それに弁償できれば弁償しますよ。申し訳ないとは思いますが、これ以上私にどうしろと言うのですか! たかがエロ本くらいでそこまで怒らなくてもいいと思います!」

「たかがエロ本? たかがエロ本っつったか! お前にとってはたかがエロ本かもしれないけどな、俺にとっては大事なものなんだよ! 何が大事かなんて人それぞれなんだから、軽々しくたかがとか言うなよな! ……めぐみんにとって大事な物って言うと、あのマナタイト製の杖とかになるのか? 例えば、俺があれをうっかり折っちまって、怒るめぐみんに対してたかが杖じゃないかと言ったとしたらどうだ?」

「爆裂魔法を撃ちこんでやろうかと思います」

「そうだろ? 今の俺もそのくらい怒ってるって事だからな」

「あの、私の杖とエロ本を一緒にするのはさすがに……。い、いえ、カズマの言うとおりですね。すいませんでした。たかがと言ったのは私が間違っていました。ですが、私にはどうする事も……。その、アクアに頼んで、ご飯粒でくっつけてもらいましょうか?」

「バカ! お前はなんにも分かってない! いいか、エロ本を使う時っていうのはな、勢いが大事なんだよ。ページをめくりながら段々興奮していくのに、あっ、このページはめぐみんに破られてアクアに直してもらったところだな、なんて事をふと思っちまったら台無しなんだよ!」

「分かりません! 分かりたくもありませんよ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんが両手で耳を塞ぐ。

 俺はそんなめぐみんに。

 

「よし分かった! さっきお前は、私にどうしろと言うのですかって言ってたな? じゃあ、これから言う事をしてくれたら、エロ本の事は許してやるよ」

「な、なんですか? あまりおかしな事を言うようなら、部屋ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしますよ」

「お前は今日の分の爆裂魔法をもう撃っただろ。そんなに難しい事じゃないよ。お前自身がエロ本になる事だ」

「……? ちょっと何を言っているのか分からないのですが」

「お前自身がエロ本になる事だ」

「いえ、言葉が聞き取れないとかそういう事ではなくて、あなたは何を言っているのですか?」

 

 そう言いながらも、俺の言葉に嫌な予感を感じているらしく、めぐみんは胸元を隠そうとする。

 俺はそんなめぐみんに、懇切丁寧に説明してやる。

 

「めぐみんが破ったエロ本の分だけ、めぐみんが俺をエロい気分にさせてくれるって意味だ。エロ本は見るだけのものだし、ちょっとその貧乳を見せてくれるだけでいいぞ。……ほら、分かったらさっさと脱げよ」

「お断りですよそんなもん! というか、誰が貧乳か!」

「ほーん? さっき、大事な物を壊されたらって話をしたのに、まだそんな事を言うのか? じゃあ、俺のエロ本を駄目にしたお返しに、めぐみんの杖を折りに行くけど構わないか? ああ、もちろん弁償はしてやるよ。ダクネスの借金を返すために全財産はたいちまったから、今すぐってわけには行かないが、そのうち杖も買いなおしてやる。でもめぐみんもすぐにはエロ本を弁償できないんだから、文句はないよな」

「そ、それは……! 待ってください! それは待ってくださいよ! その、私の杖がなくなったら、戦力が大幅にダウンしますよ!」

 

 部屋を出ようとする俺を、めぐみんがドアを背にして止めようとする。

 

「そんなもん俺が知るか。いいからそこをどけ。おい、いいのか? 俺より高い筋力のステータスで足止めする気かもしれないが、爆裂魔法を使っためぐみんは魔力がほとんど尽きてるから、ドレインタッチを使えばすぐに動けなくなるぞ!」

「ま、待ってください! 本当に待ってください! あの杖を折られるのは……! で、でも、こんなシチュエーションで胸を見せるというのも……!」

「さあどうする? さっさと決めないと、ドレインタッチで魔力を奪って、動けなくなっためぐみんにいたずらをするかもしれないぞ? なんてったって、めぐみんにはエロ本の代わりをしてもらわないといけないんだからな。多少のセクハラはしょうがないよな」

「最低です! あなたは最低ですよ! ああもう、どうすれば!」

 

 顔を赤くし頭を抱えるめぐみんに、俺はパンパンと手を叩きながら。

 

「エ、ロ、本! エ、ロ、本!」

「バカなコールをするのはやめてください! 分かりました! 分かりましたよ! その……、杖を折るのは勘弁してください」

 

 ……えっ。

 

「そ、それって貧乳を見せてくれるって事ですか?」

 

 つい敬語になる俺に、めぐみんは瞳を紅く輝かせて。

 

「おい、いい加減に私を貧乳扱いするのはやめてもらおうか。他が目立つからそう見えるだけですよ。……い、今から見せるので確認すればいいと思います」

 

 マ、マジで?

 まさか本当に見せてもらえる事になるとは。

 破られたのはダストから借りた、そんなに好みでもないエロ本だったのだが、ごねてみるもんだなあ……。

 と、めぐみんが袖口から服の中に手を入れて、モゾモゾしていると。

 突然ドアが開いて、部屋の中を覗いたアクアが。

 

「ねえー、二人とも、さっきから何を遊んでいるの? 話し声が私の部屋まで聞こえてきたわよ? 急いで荷物をまとめろって言っていたくせに、二人だけで楽しそうにしてるのはどうかと思うんですけど!」

「お、おい、今いいとこなんだから邪魔するなよ!」

「ア、アクア! その、これはですね……」

 

 唐突なアクアの登場に、俺とめぐみんが慌てる中。

 俺の部屋を見回したアクアは。

 

「カズマさんったら、それ持っていっちゃっていいの? 半分くらいは、ダストとかいうチンピラから借りてるやつなんでしょう?」

 

 俺が鞄に入れようとしていたエロ本を見て、そんな事を……。

 

「いや、なんでお前がそんな事知ってるんだよ?」

「おい」

 

 俺の言葉に、めぐみんがひと言だけツッコミを入れる。

 そんなめぐみんは、紅く輝くジト目で俺を見ながら、足元にシュルリと落ちた黒い何かを拾い上げて……。

 

「めぐみんさん、ノーブラですか?」

「うるさいですよ。誰のせいですか。……それで、あのエロ本はあなたのものではなかったのですか? 返答次第では、あなたは囮としてこの屋敷に置いていく事になりますよ」

 

 俺は下手な言い訳をせず、即座に土下座した。

 

 

 *****

 

 

「まったく! カズマはまったく! あなたがスケベなのは知っていましたが、時と場合を考えてくださいよ! 急いで荷作りをするように言ったのはあなたではないですか!」

「わ、悪かったよ。でも、俺はもう荷物をまとめたし、めぐみんだってまとめ終わってるんだろ? 夜明けまでまだ時間はあるし、のんびりしてもいいんじゃないか? アクアとセレブごっこしてた時に買った、最高級の茶葉がまだ残ってるはずだから、飲み納めになるかもしれないし淹れてきてやるよ」

 

 怒るめぐみんを俺が宥めていると。

 

「ねえ二人とも。やる事がないんだったら、私の荷造りを手伝ってほしいんですけど!」

 

 アクアがそんな事を言ってくる。

 

「はあー? 急いで荷物をまとめろって言ったのに、今までお前は何をやってたんだよ?」

「めぐみんと遊んでたカズマに言われたくないんですけど」

「いや、俺達はもう終わったって言ってるだろ。というか、荷物をまとめるだけなのに、どうしてそんなに時間が掛かってるんだよ? お前、余計な物まで鞄に詰めようとしてないか? 必要な物だけにしとけって言っただろ」

「エロ本を鞄に詰めてたカズマに言われたくないんですけど」

「あれは必要な物だって言ってるだろ! おいやめろ。分かったよ! エロ本の重さの分、他の荷物を減らすから、エロ本を取りだそうとするのはやめろよ! 人の荷物を勝手に漁るのはマナー違反だと思う!」

 

 俺とアクアの会話を聞いていためぐみんが、俺の鞄から勝手にエロ本を取りだそうとするのを、めぐみんを羽交い絞めにして止める。

 なおも暴れるめぐみんを押さえつけながら。

 

「よし分かった! お前の荷造りを手伝ってやるよ! めぐみんも行くよな!」

 

 

 

 俺とめぐみんが、アクアの部屋に行くと……。

 

「かんぱーい!」

 

 アクアが、部屋に入るなり俺とめぐみんに渡してきたジョッキに、自分のジョッキをぶつけてくる。

 

「いつかきっと戻ってくるから、寂しいかもしれないけど、我慢して待っていてね。ほら、今日はいつもの子供向けの甘いお酒じゃなくて、私のとっておきのお酒を飲ませてあげるわ。お別れだからって、悲しんでばかりいては駄目よ。お酒は楽しくパーっと飲まなくちゃ!」

 

 さらに、アクアは自分の隣にも酒の入ったカップを置いて、誰もいない空間に向かってわけの分からない事を言いだした。

 

「いや、お前は何をやってんの? 時間がないって言ってるだろ! 今晩中に荷物をまとめて逃げる準備をしておかないと、明日の朝、いきなり警察に踏みこまれるかもしれないんだぞ。酒なんか飲んでる場合かよ!」

「鬼! あんたは鬼よ! この鬼畜ニート! お別れの時間くらいくれたっていいじゃないの!」

「……お別れ?」

 

 俺は首をかしげるが、すぐに納得して。

 

「よし分かった。アクアは置いていこう」

「なんでよーっ! お別れするのは私じゃないわよ!」

「駄目ですよカズマ! 何を言っているんですか!」

 

 俺の言葉に、アクアが涙目になり、めぐみんもツッコんでくる。

 

「それで、お別れってのはなんの事だよ?」

「この屋敷には、貴族の隠し子だった女の子の幽霊が取り憑いているって、前に言ったでしょう? ほとぼりが冷めるまでどこか遠いところに行くって事は、この子ともしばらくお別れする事になるし、最後に一緒にお酒を飲んでいたのよ」

 

 いつぞやの悪霊騒ぎの時に、アクアが霊視したと言い張っている貴族の少女。

 その少女が、とっておきの酒を飲んでしまうと言ってアクアがたまに騒いでいた。

 どうせ、俺に酒代をせびりたいだけだろうと思っていたのだが……。

 

「言われてみれば、そんな設定もあったな。こっそりお前の酒を飲んじまうんだろ?」

「設定じゃないわよ! 本当にこの屋敷にはその子が住んでるんだってば! 私達が夕飯の時に、その日のクエストの話をしていたのはなんのためだと思ってるのよ!」

「お前らの失敗を認めさせておかずを取り上げるためだろ」

「私の爆裂魔法による華々しい活躍を語り伝えるためです」

 

 真顔で答える俺とめぐみんに、アクアが。

 

「違うわよ! 冒険者に憧れていたこの子を喜ばせるためよ! この子はね、私達の話をいっつも楽しそうに聞いていたのよ。私達が出ていっちゃったら、またひとりぼっちになっちゃうんだし、お別れの時間をくれたっていいじゃない!」

「まあ、別に酒を飲むくらい構わないが、その前にお前は荷物をまとめておけよ」

 

 俺はジョッキに口をつけながら、アクアの部屋を見回す。

 放っておくとなんでもかんでも家に持って帰ってくるアクアの部屋は、持っていく物を選り分けるために物をぶちまけたらしく、いつも以上に散らかっている。

 そんな汚部屋の真ん中に。

 人ひとり余裕で入れそうな、巨大な鞄が置いてある。

 

「……いや、何コレ? お前、コレ持って逃げられるのか? というか、持ち上げられるのか?」

「当たり前でしょう? 私を誰だと思っているの? 貧弱なあんたと違って、筋力も体力も超高いアクア様よ? これくらいなんでもないわ」

 

 そう言って、アクアはリュックサックのように背負うタイプの鞄の紐に両手を通し、立ち上がろうと……。

 

「うっ!」

 

 ……して立ち上がれず、荷物の重さに尻餅を突いた。

 

「……『パワード』! ……ほらカズマ! ちゃんと持ち上げられたでしょう?」

「いや、支援魔法まで使って荷物を持ってどうすんだよ。俺達は逃亡者になるんだから、身軽に動けないといろいろとマズいだろ。何度も言うけど、入れるのは必要な物だけにしろよ」

「何よ! カズマだってエロ本を詰めてるくせに!」

「それはもういいだろ! 俺はちゃんと、自分で持てるだけの分量に留めておいたよ。どうしてもガラクタを持っていきたいんなら、お前ももっと荷物を減らせよ」

「いやーっ! いやよ! この子達は皆、私にとっては大事なものなの! ガラクタ扱いしないでよ! 捨てていくなんて絶対に嫌!」

 

 と、俺とアクアが言い合っていると、めぐみんがポツリと。

 

「というか、アクアは私達に何を手伝ってほしいんですか? アクアの荷造りはまだ終わっていないという事ですよね? これ以上、他に何か入れるつもりなんですか?」

「そーでした! ねえカズマさん。大事な物から順番に入れていったら、服とかの日用品を入れるスペースがなくなっちゃったのよ。どうにかならないかしら?」

「お前バカか! そんなもん、最初に入れとけよ!」

「しょうがないじゃない! 私にとっては服より大事なものがたくさんあるのよ! カズマだってエロ本を入れてるじゃない!」

「エロ本の話はもういいよ! いや、ちょっと待て。服とかを入れてないって事は、この中には何が入ってるんだ? お前、女神が武器を振るう姿は優雅さに欠けるとか言って、クエストの時も装備を持ち歩かないじゃないか? 他に必要な物なんて……」

「あっ! 待ってカズマ! その鞄は開けないでちょうだい!」

 

 止めようとするアクアを無視し、俺が鞄を開けると。

 

「うおっ!」

 

 パンパンに詰まっていた中身が、すごい勢いで飛びだしてきて……。

 飛びだして……。

 飛びだし……、…………。

 

 …………おい。

 

 飛びだすというか、溢れ出てきたガラクタは、どう見ても鞄の容量よりも多いんだが。

 

「あーっ! せっかく苦労して詰めこんだのに、また最初からやらないといけなくなったじゃない! カズマったら邪魔しないでよ!」

 

 俺に文句を言いながら、鞄にガラクタを詰めなおすアクア。

 

「いや待て。おかしいだろ。明らかにおかしい。なんで鞄の容量よりも出てきたガラクタの方が多いんだよ? こんなもん入りきるわけないだろ? どうやって詰めこんだんだ?」

「アクアは相変わらず、どうでもいいところですごい才能を発揮しますね」

 

 感心したように呟くめぐみんに、アクアは得意げに。

 

「ふふん! これがアクア様の神業収納術ってやつよ! めぐみんもやってみる?」

「そうですね。荷物を小さくまとめられるというのは、冒険者にとっては重要な技能ですし、私にも出来るのなら教えてほしいです」

「いや違うだろ。今そんな事はどうでもいいんだよ。それより、お前はガラクタじゃなくてまず服を詰めろよ。その後なら、好きなだけガラクタを詰めても止めないからさ」

 

 そんな俺の言葉にめぐみんが。

 

「カズマはさっき、何が大事かは人それぞれだと言っていたではないですか。アクアにとってここにある物は、カズマにとってのエロ本と同じくらい大事だという事なのでしょう? ガラクタ扱いするのはどうかと思いますよ」

「エロ本なんかと一緒にしないでほしいんですけど! ここにある物は、もっと大事だし価値があるんだから!」

「おい、俺の大事なエロ本をこんなガラクタと一緒にするのはやめろよ」

 

 口々に言う俺とアクアに、めぐみんは頭が痛そうな顔をする。

 

「……なんというか、あなたたちは本当に似た者同士ですね。まあでも、これはカズマの言うとおりだと思いますよ。こんなにたくさん詰めこんでも、重くて持っていけないでしょう?」

「めぐみんまで! 大丈夫よ! ちゃんと持っていくから、意地悪言わないでよ!」

「いえ、意地悪というわけでは……」

 

 駄々を捏ねるアクアに、めぐみんが助けを求めるように俺を見る。

 ……俺を頼られても。

 

「ったく、しょうがねえなあー。アクアみたいに神業収納術ってわけじゃないけど、俺も主婦のための情報番組とか見てたし、整理整頓術ってのには心当たりがある。めぐみん、使ってない箱かなんか持ってきてくれないか?」

「分かりました」

 

 めぐみんが持ってきてくれたものと、俺が適当に集めたものとで、入れ物を三つ用意する。

 俺はその入れ物にそれぞれ、『要る』『要らない』『どちらでもない』と書きこんで。

 

「これが要る物を入れる箱で、こっちが要らない物を入れる箱。真ん中が、どちらでもない物を入れる箱だ。この分け方で分別してくれ」

「わざわざそんな事しなくても、これは全部要る物なんですけど!」

 

 俺が捨てろ捨てろと言いまくったせいで警戒しているらしいアクアが、ガラクタの山を守るように抱えながら、頬を膨らませる。

 

「お前、少しくらい考えろよ! 全部持ってくのは無理だって言ってるだろ!」

「いやよ! 嫌ったら嫌! この子達はひとつも見捨てていかないわ! ずっと一緒にいるんだから!」

「そんな大荷物を持ち歩いたら目立つし、いざって時に素早く動けないだろ。そのガラクタを持っていったせいで追っ手に捕まったらどうするつもりだよ? 貴族の結婚式を邪魔した俺達は、捕まったら死刑になるんだぞ」

「いいわよ、死んでやるわ! この子達のために死ぬんなら本望よ!」

「お前ふざけんなよ! そんなガラクタのために命を危険に晒してたまるかよ!」

「……なんでしょう、カズマの言っている事は間違っていないのですが、釈然としませんね」

 

 さっきからめぐみんがうるさい。

 

「よし分かった。そんなにガラクタと一緒にいたいなら、お前ひとりでここに残ったらいいじゃないか。俺はめぐみんとダクネスと一緒に、どこか遠いところへ行って、ほとぼりが冷めるまで畑でも耕して暮らす事にするよ」

「わああああああーっ! 待って! 待ってよ! 分かったから見捨てないで!」

 

 

 

 アクアが俺を恨めしそうな目でチラチラ見ながら、ガラクタを要る物と要らない物とどちらでもない物に分けていく。

 なんの役に立つのか分からないおもちゃのようなものを、『要る』の箱に入れ。

 何に使うつもりなのか分からない何かの種を、『要る』の箱に入れ。

 どうして拾ってきたのかも分からない小石を、少しだけ悩んでから『要る』の箱に入れ……。

 

「いや、お前は何をやってんの? 分別しろっつってんだろ! 全部要る物扱いしたら意味ないじゃねーか! ていうか、こんな小石拾ってきてんじゃねえ!」

「わーっ! それはカズマさんがつまずいて転んで赤っ恥掻いた記念の小石なのに!」

 

 俺はアクアの手から小石を取り上げ窓から捨てた。

 

「うっ……、うっ……。カズマが……、カズマが私の大事なものを奪って……」

 

 泣きじゃくるアクアに、めぐみんが責めるような目で俺を……。

 …………。

 

「いや、そんな責めるような目を向けてくるのはやめろよ。というか、アクアは誤解を生むような言い方をしてるが、お前は一部始終を見てただろ。俺のやり方に文句があるんだったら、めぐみんがアクアのガラクタを持ってやればいいじゃないか。めぐみんは荷物が少ないし、筋力のステータスも高いんだから、やって出来ない事はないだろ」

「いえ、お断りします。自分の荷物は自分で持つべきだと思います」

 

 俺の言葉に、アクアが縋るような目でめぐみんを見るも、即座にめぐみんに断られてしょげていた。

 

「……うっ、うっ。……終わりました」

 

 アクアがうっとうしく泣きながらガラクタの仕分けを終えて。

 三つの箱には、大量の要る物と、溢れんばかりのどちらでもない物と、少量の要らない物が入れられている。

 俺は要る物の箱をアクアに渡して。

 

「ほれ、お前が鞄に詰めていいのはこれだけだ。あとの要らない物と、どちらでもいい物は置いてけ」

「なんでよ! どちらでもいい物なんだから、持っていってもいいと思うの!」

「うるせーっ! これはお前みたいな片付けの出来ない奴のための整理整頓術なんだよ! 『どちらでもいい』の箱に入れたやつは、どうせ使う機会なんか来ないから捨てちまえ!」

 

 というか、要る物の箱に入っているガラクタにも使い道があるとは思えないのだが。

 アクアが、取り上げた箱を脇に除ける俺に、恨めしそうな目を向けて。

 

「……私にとって、カズマさんはどちらでもいいものなんですけど」

「言っておくが、俺にとってお前は要らないものだからな」

 

 

 *****

 

 

「あとはダクネスの荷物ですね」

 

 アクアの荷物をまとめさせた後。

 アクアが地縛霊の女の子とのお別れ会をしたいと駄々を捏ねるので、ささやかな宴会をしていると、めぐみんが言った。

 

「そうね! ダクネスはいないし、今夜中に荷物をまとめておかないと逃げられないかもしれないんだから、これはしょうがないわね。ええ、ダクネスの部屋をじっくり漁ってしまってもしょうがないわ!」

「そうだな! ダクネスは恥ずかしがって俺達にあまり部屋を見せないが、こういう状況じゃ仕方ないな!」

 

 俺達は口々に言い合いながら、ダクネスの部屋へ行く。

 ダクネスの部屋は、質実剛健といった感じの、お嬢様らしさとは無縁の部屋だが……。

 

「ねえ見て二人とも! ダクネスったら、クローゼットの奥にこんな可愛らしいぬいぐるみを隠しているのよ!」

 

 迷う事なくクローゼットの奥を調べ、ダクネスが隠していた可愛らしいぬいぐるみを引っ張りだしたアクアに、めぐみんが戦慄した様子で。

 

「……あの、どうしてダクネスが隠している事をアクアは知っているのですか? そういえば、さっきもカズマのエロ本がチンピラの持ち物だと知っていましたし、ひょっとして私が隠している事も知っているのですか? いえ、私には仲間に隠している事などありませんが」

「もちろん、めぐみんが格好いい爆裂魔法の詠唱を手帳にメモしてる事も知ってるわよ。この屋敷の中で、私に隠し事が出来るとは思わない事ね!」

 

 ドヤ顔でロクでもない事を言うアクアに、俺とめぐみんは顔を見合わせる。

 

「なあ、ひょっとしてアクアが言ってる地縛霊の女の子って、実在するのか? その子に聞いたから俺達の秘密も筒抜けなんじゃないか?」

「ま、まあ、私は別に、隠し事なんかないので構わないのですが……」

 

 …………。

 ……今度から、人に言えない事をする時には部屋の四隅に塩を盛っておこうか。

 

「ダクネスはこの子に悩み事とか相談してるみたいだから、荷物の中に入れておいてあげたらきっと喜ぶわ!」

 

 ぬいぐるみを抱えたアクアがそんな事を言う。

 俺にはダクネスが顔を赤くして怒るところしか想像できないが……。

 

「まあ、ダクネスは貴族だし、逃亡生活をした経験なんてないだろうから、ぬいぐるみを入れておいてやったら気休めになるかもしれないな」

「カズマは逃亡生活をした経験があるみたいな言い方ですね」

「俺はお盆や正月に親戚が集まってきたら、自分の部屋に逃げこんでいたからな」

「……それは自慢するような事なのですか?」

「そして、ギルドの皆と一緒に大物を狩りに行ったもんだ。そういう時期には強敵が現れる事もあったからな」

 

 俺に呆れたような目を向けていためぐみんが、俺を尊敬するように、おお……と呟く。

 ネットゲームの話ですが。

 と、アクアがダクネスの荷物に、こっそりと何かを入れようとしていて。

 

「おいちょっと待て。それって俺が捨てろって言ったお前のガラクタじゃないか。ダクネスの荷物に入れようとするのはやめろよ」

 

 俺は、そんなアクアの手首を掴んで止める。

 

「やめてよ! ガラクタ扱いしないでってば! これはダクネスの荷物なんだから、カズマが口出しする事じゃないわ! ダクネスはカズマやめぐみんと違ってチョロいから、私の荷物を紛れこませておいても許してくれるはずなの!」

「駄目ですよアクア! 冒険者たるもの、自分の荷物は自分で持つべきです!」

「何よ! めぐみんだって、よくカズマにおんぶしてもらってるじゃない!」

「……!」

 

 めぐみんがアクアを止めようとするも、アクアに反論されてぐぬぬと歯噛みする。

 ……どうしよう。

 どうしてもガラクタを持っていきたいらしく、アクアがいつになく強情だ。

 やっぱり、コイツはこの屋敷に置いていこうか?

 

「確かに、ダクネスならアクアのガラクタも持ってくれるかもしれないが、どっちにしろ、必要なものを入れるのが先だろ。剣や鎧はダクネスが実家に持っていったみたいだから、着替えとか、冒険者セットとか、そういうのを入れろよ」

「仕方ないわね。また私の神業収納術を見せてあげるわ。そしたらこれも入れていい?」

「入れるスペースが余ったらな」

 

 言いながら、俺とアクアが部屋を漁ろうとすると。

 

「ちょっと待ってください。一応乙女の部屋なのですから、カズマは少しくらい遠慮してくださいよ。というか、どうして真っ先にタンスから下着を取りだそうとしているんですか?」

 

 めぐみんがそんな事を言ってくる。

 

「はあー? 何言ってんの? 俺はダクネスのために、一番大事な物から入れていこうと思ってるだけで他意はないぞ。それとも、お前らは替えの下着がなくても大丈夫なのか? ほら、分かったらあっちへ行って! めぐみんは冒険者セットでも探してくれよ!」

「駄目に決まっているでしょう! 私が下着を荷物に入れるので、カズマが冒険者セットを探してきてください!」

 

 俺の服の袖を引っ張っるめぐみんに抵抗していると、机の引き出しを漁っていたアクアが。

 

「カズマカズマ! ねえ見て、ダクネスったら日記を置いていってるわよ!」

「お、お前……。必要な物から入れろって言ったのに何やってんだよ? そっちも面白そうだが、俺は下着を漁るのに忙しい」

「この男!」

 

 怒っためぐみんに、俺がガクガク揺さぶられる中。

 アクアがダクネスの日記を開いて。

 

「……『今日、クーロンズヒュドラの討伐に成功した。このところ、毎日のようにめぐみんとともに挑んでも、まったく倒せる気がしなかったのに、カズマがアクセルの街の冒険者達を集め、戦いの指揮を取ると、あっさりと討伐してしまった。あの男はいつも、最後の最後には困難をなんとかしてしまう』」

 

 俺とめぐみんは争いをやめ、アクアがダクネスの日記を読みあげるのを聞く。

 

「『多くの冒険者の協力を得たため、報酬の十億エリスで借金を返済する事は出来なくなったが、もうそんな事はどうでもいい。私はこの街の連中が好きだ。そして、カズマとアクア、めぐみんの事が大好きだ。皆のためになるのなら、この身をあの領主にくれてやるくらい、なんでもない。ダスティネス家の娘として、政略結婚をする事になるのは覚悟していた事だ。それに、私を見るあの領主の、獣のような目! きっと、何日もぶっ続けて私の体を貪られてしまうだろう。想像しただけでも』……、…………」

「……? なんだよ? 続きを読んでくれよ。想像しただけでも、なんだって? どうせあの変態の事だから、ロクでもない事が書いてあるんだろ? まあ、ダクネスもあの領主との結婚には乗り気じゃなかったみたいだけどな」

 

 読むのをやめたアクアを俺が促すと、アクアは首をかしげて日記のページをぺらぺら捲り。

 

「そこで終わってるわ。ダクネスったら、どうしてこんな中途半端なところで書くのをやめちゃったのかしら?」

 

 そんなアクアの言葉に、めぐみんが怒ったような困ったような顔で。

 

「まったく! ダクネスはまったく!」

「どうしたのめぐみん? めぐみんが意味もなく凶暴化するのはよくある事だけど、ダクネスが日記を書くのを途中でやめたくらいで怒るのはどうかと思うわよ?」

「違いますよ! ダクネスがあまりにもアホなので、ちょっとイラっとしただけです!」

 

 突然怒りだしためぐみんに、俺とアクアは顔を見合わせて……。

 

「これはダクネスの荷物の一番上に置いておきましょうか」

「そうだな。こんなアホな決意を書いた日記を読まれたって知ったら、ダクネスは泣いて恥ずかしがるんじゃないか」

「鬼ですかあなた達は! 駄目ですよ! いくらなんでも、やっていい事と悪い事があると思います! これは見なかった事にしてあげるべきです!」

「ふわあーっ! いきなりどうしたのめぐみん! 頭にヒールを掛けてあげましょうか?」

 

 ダクネスの荷物に日記を入れようとしたアクアが、めぐみんに襲いかかられ悲鳴を上げる。

 めぐみんがアクアから日記を奪おうとして……。

 

 ……ビリッ。

 

「「あっ!」」

 

 ダクネスの日記が、二人の間で真っ二つに裂けた。

 日記を半分ずつ手にしたアクアとめぐみんが、驚愕の表情で自分の手元を見下ろす。

 

「……人によって大事なものってのは違うだろうが、日記ってのは誰にとっても大事なものだと思うんだが」

「アアア、アクアが引っ張るからですよ!」

「なんでよ! めぐみんがいきなり日記を取ろうとしたのがいけないんですけど!」

 

 二人が責任をなすりつけ合う中、俺は冷静に。

 

「よしアクア、ご飯粒を持ってこい」

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 俺にバツネスと呼ばれ泣いて逃げだしたダクネスが、屋敷に戻ってくると、自分の部屋に置いてある大きな荷物を見つけて。

 

「……? そ、そうか。そういえば、三人は私が戻ってくるまで、夜逃げの準備をしていたのだったな。フフ……、私の分まで荷物をまとめてくれていたのか。まったく、あいつらは……」

 

 ダクネスが嬉しそうに言いながら、荷物を開けると。

 

「なんっ……!? なんだこれは! どうしてこんなに大量の荷物が……! というか、見つからないように隠しておいた、可愛らしい服ばかりではないか! ぬいぐるみも……! ああっ! 日記まで! カズマ! おいカズマ! お前達、この日記を読んだのか!?」

 

 ――ダクネスの荷物をそのままにしていた事をすっかり忘れ、広間でお茶を飲んでのんびりしていた俺達は、ダクネスの怒鳴り声に顔を見合わせ。

 

「カズマ、ダクネスが呼んでますよ。カズマはダクネスを買ったそうですし、ダクネスの物はカズマの物。あの日記もカズマの所有物みたいなものではないですか」

「……? ああ、日記! そういえばそんな事もあったわね! ほらカズマ、ダクネスにちゃんとごめんなさいしてきなさいな!」

「いやお前らふざけんな。日記を破ったのは俺じゃなくてお前らだろ」

 

 と、そんな時。

 ダクネスが慌ただしく階段を下りてきて。

 

「お、おお、お前達、この日記を読んだのか?」

 

 日記を手に、真っ赤な顔でそんな事を聞いてくる。

 ダクネスの質問に、めぐみんがしれっと。

 

「読んでませんよ。人の日記を勝手に読むなんて、いくら大好きな仲間だと言ってもマナー違反ですからね。大事な物っぽかったので荷物の中に入れておいただけですよ」

「ほ、本当か……っ! だ、大好きな仲間というのは……!?」

「安心してダクネス! ダクネスがこの街の皆を好きって事は、私がちゃんと広めておいてあげたわ!」

 

 二人に日記を読まれた事を悟ったダクネスが、俺の方を窺うように。

 

「……カ、カズマもこれを読んだのか?」

「どうも、最後の最後にはなんとかしてしまう佐藤和真です」

「ッ!!」

 

 羞恥に耐えるように、素早く俯くダクネスの手に、力が込められ……。

 

「ああっ! 日記が破れた!」

 

 ご飯粒でくっつけただけでは駄目だったらしく、日記が再び真っ二つになった。

 そんなダクネスの様子に、アクアが目を輝かせて。

 

「ダクネスったら、そんなに力いっぱい握りしめるから日記が破れちゃうのよ。ええ、私達がやったんじゃないわ。こっそりご飯粒でくっつけておいたなんて、そんな事は全然ないからね」

 

 隠し事の出来ないアクアに、ダクネスが怪訝そうな顔になる。

 

「そ、そうなのか? どうして日記が破れるなんていう事に……? い、いや、そんな事より、人の日記を勝手に読むのはやめろ」

「それも仕方ないのよ。だって、その日記が大事なものかどうか、中身を読んでみないと分からないじゃない」

「そうだぞ。残していったら、警察の人とかに読まれる事になってただろうし、仲間である俺達に読まれた方がいいだろ?」

「出来れば誰にも読まれたくはないのだが……」

 

 眉をハの字にして恥ずかしがるダクネスは。

 

「……まあいい。良くはないが、読まれてしまったものは仕方がない。それで、その……。アクア、この日記をまたご飯粒でくっつけてくれないか?」

 

 大切そうに日記を抱えて、そんな事を言う。

 

「……? いいけど、ダクネスが力いっぱい握りしめたら、また破れちゃうんじゃないかしら?」

「今度からはもっと丁寧に扱うようにする。日記というのは思い出を綴るものだからな。文字にして残すわけではないが、この日記が破れないように気を付けるたびに、お前達が私を心配してくれた事を思いだすだろう」

 

 日記を抱え、微笑みながらの、ダクネスのそんな言葉に。

 ……俺はめぐみんとのエロ本に関するやりとりを思いだして、ちょっとモヤッとした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この一度きりのチャンスに外出を!

『祝福』6、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、6巻4章。めぐみん視点。


 朝早く、魔王軍によって王都が襲撃され。

 私達の活躍によって、大きな損害もなく魔王軍を撃退する事に成功し、王都が沸き立つ中。

 ――王城の、カズマが暮らしていたという部屋にて。

 

「……めぐみんさん、本当に大丈夫ですよね? アイリスを危険な事に巻きこまないでくださいね? 食べ物をくれるからといって知らない人についていってはいけませんよ? アクセルの街は国内で一番治安が良いという話ですから、同じ感覚で歩いていると、妙な事に巻きこまれるかもしれないんですからね」

 

 私は、心配そうに小言を言ってくる王女アイリス……

 ではなく、神器の効果でアイリスと入れ替わったカズマに。

 

「分かってますよ! 私をなんだと思っているんですか! というか、私が出掛ける時はそんなに心配しないくせに、王女だからといって特別扱いするのはどうかと思いますよ!」

「あの、お兄様。申し訳ありませんが、私の真似が似すぎてて気持ち悪いです」

「王女様もその声でその言葉遣いをやめてください」

「えっ。わ、分かりまし……、分かっ……た……? こんな感じですか、めぐみんさん!」

「……もうそれでいいです」

 

 カズマにキラキラした目で見られると、おかしな気分になってくる。

 不安しかないが、まさか人間の肉体と人格が入れ替わっているとは誰も思わないだろうから大丈夫だろう。

 アイリスが身に付けていたネックレスの神器が、カズマの発した呪文によって発動し、二人の人格が入れ替わり……。

 アイリスが、こんな機会でもないと城から出られないからと、外に出てみたいと言いだした。

 

「では、行ってまいります、お兄様」

 

 いくらカズマの姿をしているとはいえ、世間知らずの王女様をひとりで外出させるわけには行かず、私が付き添う事になったのだが。

 アイリスの姿になっているために、外出できないカズマは。

 

「行ってらっしゃい。気を付けろよ。……入れ替わったのがめぐみんとアイリスだったら、俺が付いていけたのになあ」

「おい、私を邪魔者のように言うのは本気でやめてもらおうか!」

 

 

 

 私を背負ったアイリスが部屋を出て。

 城内を、出入り口に向かって歩いていくと、そこかしこに冒険者の姿が見えた。

 夜の戦勝パーティーのため、それまで時間を潰しているのだろう。

 よく見ると、カズマと同じ黒髪黒目の者が多い。

 彼らは、今回の戦いで特に活躍した者達で……。

 と、その中の一人が、私達を見ると歩み寄ってくる。

 

「佐藤和真じゃないか。死んだと聞いたけど、アクア様に蘇生してもらったんだね。傷は大丈夫なのか? それと、君はアークウィザードのお嬢ちゃんだね。爆裂魔法で魔王軍を吹き飛ばしたと聞いているよ」

 

 ……?

 

「お久しぶりですミツルギ様、今回も素晴らしい活躍だったと……」

「ミ、ミツルギ様……? おい佐藤和真、今度は何を企んでいるんだ?」

 

 私が誰だろうかと首をかしげていると、カズマの姿になっている事を早くも忘れ、ミツルギを労うアイリス。

 私は、そんなアイリスの肩を叩いて黙らせて。

 

「なんですか? 魔剣の人は褒め言葉を素直に受け取れないのですか? カズマが人を素直に褒めるなんて、滅多にない事ですよ。カズマが素直になったからって、代わりにあなたが捻くれなくても良いのではないですか。……王女様、今のあなたはカズマなのですから、魔剣の人との距離感を考えてください」

 

 私がどうにか誤魔化し小声で注意すると、アイリスは困惑したように。

 

「す、すいませんめぐみんさん。でも、お兄様とミツルギ様はどういった関係なんでしょうか? ミツルギ様がすごく怪訝そうな目をしているようなのですが……。そういえば、お兄様はミツルギ様に勝った事があるという話でしたね。お二人は良きライバルといった関係なのですか?」

「あの時は、カズマがスティールで魔剣を奪い、魔剣の人が動揺した隙を突いて倒しました。それに文句を言った取り巻き二人を、スティールで下着を奪うぞと言って脅して追い払ってましたね」

「そ、そうですか……。下着を……」

 

 私の言葉に、アイリスが戸惑う気配が伝わってくるが、事実なのだから仕方がない。

 

「と、とにかく私……お、俺は城の外に用があるので」

「あ、ああ。……その、ありがとう。褒めてくれて」

 

 アイリスとミツルギは、ものすごくぎこちない挨拶を交わして別れ、アイリスはウロウロしている冒険者達の間を通りぬけて……。

 と、周りの冒険者達をキョロキョロと眺めながら、アイリスが小さな声で。

 

「……あの、めぐみんさん。なんだか周りの方々の視線が厳しいような気がするのですが」

「ああ、それはカズマが、大口を叩いていたくせにコボルトに殺されたからでしょう」

「コボルトに? コボルトというと、あの……。犬と人がくっついたみたいな、雑魚モンスターのコボルトですか?」

「そうです。犬と人がくっついたみたいな、雑魚モンスターのコボルトです。調子に乗って逃げるコボルトを追いかけていき、群れのど真ん中に出て袋叩きにされたらしいですよ」

「……め、めぐみんさん? お兄様は、魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐した、凄腕の冒険者なのですよね? クレアが、ララティーナの活躍に便乗している、口だけの小物ではないかと言っていましたが、そんな事はないのですよね?」

 

 不安そうに言うアイリスに、私は少し笑いながら。

 

「もちろん違いますよ。でもまあ、カズマの凄さは、近くにいないと分かりづらいですからね」

「な、なんですかそれは! 私だって、お兄様が嘘を吐いていない事くらいは分かります! 私は人を見る目だけはあるつもりですから!」

「カズマが、魔王軍の幹部や大物賞金首の討伐に貢献したのは事実ですよ。でも今回コボルトに殺されたのも事実です。それに、最弱モンスターのジャイアントードに食べられそうになったり、オークの群れに追いかけ回されて泣いたりしていましたね。あの男は最弱職の冒険者ですから、卑怯な手を使わずに真正面から戦ったら、爆裂魔法を使わない私でも取り押さえる事が出来るでしょう。私は紅魔族のアークウィザードなので知力以外のステータスも満遍なく高いですし、今回のようにモンスターの群れを爆裂魔法で一掃する事が多いので、レベルが上がりやすいのです。あの男は冒険に出たがらないので、レベルが上がりやすい冒険者のくせにレベルが低いままですし、私よりも体力がないくらいですよ」

 

 私の言葉に、アイリスが不思議そうに首を傾げる。

 

「めぐみんさんの話を聞いていると、お兄様が魔王軍の幹部や大物賞金首を相手に活躍するところが想像できないのですけど」

「むしろ逆ですね。あの男はどうでもいい雑魚が相手だと、油断したり調子に乗ったりして、今回みたいにあっさり死んだり、泣いて逃げだしたりします。でも、大物相手に追いつめられてどうしようもなくなった時、最後の最後に、しょうがねえなあと言いながら、なんとかしてくれるのもカズマなのです」

 

 大人げなく自慢するように言った私の言葉に、アイリスがぽつりと。

 

「……めぐみんさんやララティーナが羨ましいです。私も、お兄様と一緒に冒険をしたり、城の外で遊んだりしたいです」

 

 アイリスは、魔王軍の脅威が迫っているせいで気軽に城から出る事も出来ず、同年代の友人も、気の置けない遊び相手もいない生活を送っているらしい。

 ……カズマが、この王女様に入れこんでいる理由が、少しだけ分かる気がする。

 私は、アイリスが喜びそうな行き先を考えて。

 

「それなら、冒険者ギルドに行ってみましょうか?」

 

 

 *****

 

 

 王都の冒険者ギルドは、アクセルの冒険者ギルドよりも大きくて目立つので、すぐに見つける事が出来た。

 魔王軍の襲撃を撃退したばかりだからか、その大きな建物から溢れるほど多くの冒険者が集まり、賑わっている。

 

「ここが冒険者ギルド……! あ、あの、めぐみんさん。人が多すぎて入れないのですが、どうしたらいいですか?」

 

 賑わいすぎて入り口を通れず、アイリスがオロオロしだした、そんな時。

 酒を飲んで騒ぐ冒険者達の中から、大柄で、鼻に引っ掻き傷を持つ男の人が現れて。

 

「よう、久しぶりじゃないか、爆裂魔道師。防衛戦の最後に爆裂魔法が放たれたって聞いたから、ひょっとしてと思っていたが、やっぱりお前さんだったか。防衛線に参加した冒険者の間じゃ、お前さんと仲間達の噂で持ちきりだぞ。いよいよお前さんも、駆けだしの街じゃ物足りなくなって、こっちで華々しく活躍する気になったのか?」

「めぐみんさん、冒険者の方です! すごく荒くれ者っぽいですよ! お知り合いなんですか?」

 

 親し気に話しかけてくる男に、アイリスが興奮する中、私は。

 

「どちら様ですか?」

「おい、そりゃないだろ! レックスだ! あのホーストって悪魔を倒す時、一応は共闘した仲じゃねえか! それに、王都に来る時、パーティーに誘っただろうが!」

「とまあ、この人はレックスです。彼らのパーティーがとある悪魔との戦いに負けそうになっている時、颯爽と現れた私が爆裂魔法で悪魔を吹っ飛ばし、助けてあげた仲ですね」

「おいふざけんな。確かに間違ってはいないが……!」

 

 と、私の言葉にイラっとしたように声を荒げかけたレックスは。

 

「ま、まあいい。今、城の祝勝パーティーに呼ばれなかった連中で、宴会やってるんだ。お前さんも来ないか? あの爆裂魔法を撃ったお前さんが来たら、あいつらも喜ぶだろう」

 

 これはいけない。

 今はカズマの体に入っているとはいえ、未成年の王女様に酒を飲ませたなどと知られたら、すごくマズい事になる気がする。

 

「冒険者の方々と一緒にお祝いですか! 行きます!」

「何を言っているんですか! 駄目に決まっているでしょう! 王……カ、カズマ! 私達はほら、これから行かないといけないところじゃあるじゃないですか! そういうわけなので、レックス。祝勝会はまたの機会でお願いします」

 

 私が即答するアイリスを黙らせ、その場を立ち去らせようとすると。

 レックスが、それまでと少しだけ声のトーンを変えて、私達を呼び止めた。

 

「ちょっと待て。今、カズマっつったか? そいつがお前さんのパーティーの仲間なのか? サトウカズマって言ったら、王都で噂になってるぞ。王女様に取り入って、おかしな事ばかり教えこんでるって話じゃないか。最弱職の冒険者のくせに、魔王軍の幹部や大物賞金首を討ち取ったんだってな?」

 

 荒くれ者の冒険者に話しかけられたアイリスが、嬉しそうにコクコクと頷く。

 ……この子はなんの話をしているのか分かっているのだろうか?

 レックスはいかにも荒くれ者らしい、ドスの利いた声で。

 

「ひょっとして、その武勇伝ってのも、そこの爆裂魔導師に頼りきったもんなんじゃねえのか? もしそうだとしたら、同業者として放っておけねえぞ」

 

 ……どうしよう。

 最弱職のカズマが侮られるのはいつもの事で、イラっとするのだが。

 

「そ、そうですね。トドメを刺しているのは、大体いつも私の爆裂魔法ですね」

 

 カズマ達が私の爆裂魔法に頼りきりだとか。

 正直ちょっと満更でもない。

 

「何せ他のパーティーメンバーと言えば、あまり攻撃力のない冒険者と、まともに攻撃が当たらないクルセイダーと、独りでに窮地に陥るアークプリーストですからね。私の爆裂魔法が頼られるのも仕方ありません」

「めぐみんさん!?」

 

 話が違うとアイリスが声を上げるが、私は聞こえない振りをする。

 

「やっぱりそうか。最弱職があれだけの功績を挙げたなんて、おかしいと思ってたんだ。お前みたいな口だけ冒険者は、冒険者なんてとっとと辞めて、畑でも耕して……!?」

 

 と、苛立ったようにアイリスを罵っていたレックスが、ぎょっとしたように私を見る。

 

「ぶっ殺!」

「ちょっと待て! お前さん、目が真っ赤だぞ! 何を怒ってるんだよ! お、おい、魔力もないはずなのに爆裂魔法の詠唱をするのはやめろよ! お、俺はお前さんのためを思って……! お前さんのパーティーメンバーは、お前さんの爆裂魔法に頼りきりなんだろ?」

 

 自分で言うのはいいが、人に言われるのはイラっとする。

 我ながら理不尽だが……。

 

「ウチのパーティーのリーダーは、最弱職ですが狡すっからい悪知恵が働いて、どうしようもなくなった時にはなんとかしてくれる、そんな人です! それに、この国で一番硬いクルセイダーと、プリーストとしての腕だけは頼りになるアークプリーストですよ!」

「そ、そうか。分かった! 俺が悪かった! 謝るから落ち着けよ!」

 

 目が真っ赤に輝いているらしい私を見て、レックスが焦ったようにそんな事を言う。

 

「……あんた、カズマって言ったな? その爆裂魔導師にそこまで言わせるって事は、あんたも見た目通りってわけじゃないんだろ。俺は以前にも、どっかのお嬢ちゃんを口だけ魔導師扱いして度肝抜かれたからな。余計な事言って悪かったよ」

 

 立ち去ろうとしたレックスは、最後に振り返って。

 

「おい、爆裂魔導師。お前さんも、前よりはレベルが上がったんだろ? もしも、そいつのパーティーを抜ける事があったら、俺のパーティーに……」

「いえ、そんな事にはなりませんよ」

 

 私がレックスの言葉を遮り、キッパリと言うと。

 

「相変わらず、変な奴だなあ。……まあ、よそのパーティーの事情なんざ、わざわざ首突っこむような事でもないしな」

 

 苦笑したレックスは、肩越しに手を振りながら、酒を飲む冒険者達の輪の中へと戻っていった。

 それを見送った私は……。

 

「……あの、王女様。あまり長居すると、他の冒険者に絡まれるかもしれませんし、ここを離れませんか? 王女様はお城でやる祝勝パーティーに出るのですから、冒険者ギルドの宴会は我慢してください」

 

 と、私がなかなか動きだそうとしないアイリスを促すと、アイリスは。

 

「今の方は、めぐみんさんの事をすごく心配していましたね」

「そ、そうですか? ただカズマの功績を疑っていただけではないですか」

「そんな事ありません。私は人を見る目だけは自信があるんです」

 

 なぜかアイリスは自信満々にそんな事を……。

 …………。

 ……まあ、レックスが本当にカズマを侮っているだけだったら、私も最初の時点で喧嘩を買っていたわけだが。

 

「ところでめぐみんさん。皆さんが爆裂魔法に頼りきりという話なのですが……」

「なんですか? 私は何も嘘は言っていませんよ。我が爆裂魔法は最強魔法。大体いつも私が爆裂魔法でトドメを刺すのは本当の事ですし、皆が私を頼りにしているのも本当です。でも出来れば私が言っていた事はカズマには黙っておいてください」

 

 

 *****

 

 

 冒険者ギルドを離れ、広場に辿り着いた。

 王都では魔王軍の襲撃は珍しくないらしく、広場にいる人々は、何事もなかったかのように笑顔を浮かべている。

 そんな広場を通りすぎながら。

 

「――その時、ダクネスは言ったのです。『選べ。私から離れて浄化されるか、共に爆裂魔法を食らうかの、どちらかを』、と。そして大悪魔バニルは、神の敵対者であるからには浄化されるなどまっぴらだと言い……」

「そ、それから!? それからどうなったんですかめぐみんさん!」

「もちろん、私はダクネスの硬さを信じ、爆裂魔法を撃ちました。爆裂魔法は、あらゆる存在にダメージを与える事が出来る、人類最強の攻撃手段。私の放った爆裂魔法の前には、地獄の公爵と言えど無事では済みませんでした。でもそんな爆裂魔法を受けてもダクネスは生き残ったんですよ」

 

 アイリスは、ほう……と感心したようにため息を吐いて。

 

「すごいです! めぐみんさんの爆裂魔法は、地獄の公爵を倒してしまうなんて……! それに、ララティーナは、そんな爆裂魔法にも耐えられるなんて……! 仲間なのに攻撃魔法を撃つなんて、めぐみんさんはララティーナを本当に信頼しているんですね!」

「まあ、今はあの時よりも私のレベルも上がりましたから、今の私の爆裂魔法ならダクネスだって吹っ飛ばしてみせますけどね」

「め、めぐみんさん? ララティーナを吹っ飛ばす必要はないのでは……?」

 

 ダクネスの硬さに対抗心を燃やす私に、アイリスが困惑したようにそんな事を言う。

 

「どうでしょう? 爆裂魔法の素晴らしさが王女様にも伝わりましたか? 今日みたいな使い方も出来ますし、騎士団でも採用してみてはいかがですか? 爆裂魔法はネタ魔法だとか言われていますが、広い場所での集団戦では大活躍ですよ!」

「な、なるほど! 私からお父様に提案してみようかしら……?」

 

 と、私達が騎士団の今後に関わる重要な話をしていた、そんな時。

 

「ちょいとあんた達。その格好、冒険者だろ? 氷菓子はいらないかい? 今朝も魔王軍を撃退してくれた事だし、お安くしとくよ」

 

 声を掛けてきたのは、氷菓子の屋台のおじさん。

 おじさんが勧める氷菓子を見て、アイリスが目を輝かせる。

 

「これはなんですか? 食べ物ですか?」

「お客さん、氷菓子を知らないのかい? そりゃ、もったいない! 王都の名物だよ! 是非食べていってくれ!」

「王都の名物なんですか? ずっと王都に住んでいるのに、全然知りませんでした」

 

 氷菓子くらいアクセルでも普通に売っているので、名物だとか言うのは単なる売り文句というやつだろうが、世間知らずのアイリスには珍しいらしい。

 私は財布からお金を出し、おじさんに差しだしながら。

 

「二人分買いましょう。これで足りますか?」

「毎度!」

「ありがとうございます、めぐみんさん!」

「それより、早く受け取らないと溶けてしまいますよ」

 

 アイリスに二人分の氷菓子を受け取ってもらい、近くのベンチに並んで座り食べ始める。

 

「早く食べないと溶けてしまいますが、慌てて食べると頭がキーンてなるので気を付けてください」

「……ッ!」

 

 溶けてしまうという私の言葉に、慌てて氷菓子を食べたアイリスが、頭が痛くなったらしく『くぅー!』と言うように身悶えする。

 

「これは……! とても冷たくて、甘くて美味しいです! ただの氷のはずなのに、口当たりがふわふわしていますね! 何か特別な魔法を使っているのですか?」

「氷を普通に砕いているだけで、魔法も何も使っていないと思いますよ」

「魔法を使ってないのにこんなに美味しいなんて、魔法みたいですね!」

 

 初めて食べる氷菓子の味に感動しているらしく、アイリスがわけの分からない事を言うが、喜んでいるので放っておこう。

 

 

 

「氷菓子というのは初めて食べましたが、とても美味しかったです。庶民の方々は毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて、羨ましいです。料理人に頼んだら作ってくれるかしら?」

 

 氷菓子を食べ終えたアイリスが幸せそうにそんな事を言う。

 ……こんな庶民的な食べ物を作れと言われても、お城の料理人も困るのではないだろうか。

 

「喜んでくれて何よりですが、まだまだ店はありますからね。私が買い物の際の値切り方を教えてあげますよ!」

「お願いします、めぐみんさん!」

 

 アイリスが私を背負い、広場をウロウロし始める。

 アクセルの街でも、デストロイヤーを討伐した後には街中がお祭りのようになっていたが、本日の王都も魔王軍を撃退した事で賑わっているようだ。

 食べ物の屋台だけでなく、射的や我慢大会といった露店もあり、中には……。

 

「魔王を倒した勇者の聖剣!? めぐみんさん、聖剣だそうですよ! なんて事! 聖剣がこんな値段で……! お兄様に買っていってあげなくては!」

 

 魔王を倒した勇者の聖剣とかいう、やたらとキラキラした装飾の剣を売る露店の前で、アイリスが立ち止まった。

 

「あんなもん、偽物に決まっているでしょう! よくある詐欺の手口ですよ! 本物の聖剣がそこら辺に転がっていてたまりますか!」

「そ、そうなのですか? ウチの宝物庫には、本物の聖剣が結構転がっているのですが……」

「そんなのはあなたの家だけの話ですよ!」

 

 いろいろな店の前でいちいち立ち止まるアイリスを、手頃そうな食べ物の屋台へ誘導する。

 

「あなたには実感しづらい事でしょうが、庶民の生活は日々の食事にも困ったりするので、買い物の際に値切るのは大切な事なのです。これに関しては私は上級者なので、すべて任せておいてください」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 私は屋台の店主に二人分の商品を注文すると。

 

「店主! 二人分買いますので、少し安くなりませんか? このくらいの値段でどうでしょうか」

「どうでしょうかって言われてもねえ……。こっちもぎりぎりの値段でやってるんだ」

「……もう三日も硬い食べ物を口にしていないんです」

「あんたら、さっきそこで氷菓子を食ってたじゃないか」

 

 …………。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を操る者! 今朝の魔王軍の襲撃をいつもより少ない犠牲で撃退したのは、私のパーティーのお陰だとのもっぱらの噂ですよ。王都で商売をする者として、そんな冒険者をないがしろにするのはどうかと思います。あっちの氷菓子の屋台では安くしてくれましたよ!」

「めぐみんてなんだ。喧嘩売ってんのか」

「なにおっ! 売られた喧嘩は買うのが紅魔族の掟。名前をバカにされるのは許せませんね! そっちこそ喧嘩を売っているなら買おうじゃないか!」

「あ、あんた紅魔族か! ああもう、しょうがねえな! 分かったよ! この値段でどうだ!」

「買いましょう」

 

 再び近くのベンチに座って、買ったものを食べながら。

 私はアイリスに。

 

「どうでしたか? 大事なのは、最初に無茶な要求を出しておいて、後からそれを緩める事です。こうする事で、相手をそれくらいならいいかなという気分にさせる事が出来ます。では、次はあっちの屋台で王女様がやってみてください」

「分かりました!」

「待ってください。食べ終わってからにしましょう。こういうのは、なるべくこっちが貧しい感じを出したほうが上手く行くのです。間違っても余裕があるところを見せてはいけません。値切れなかったら飢え死にすると思ってやってください」

「勉強になります!」

 

 食べ終えたアイリスが立ち上がり、やる気に満ちた様子で屋台へと近づいていく。

 アイリスが、屋台の店主へと。

 

「無料で譲ってください!」

「それは交渉ではなくて強盗の要求ですよ!」

 

 やる気に満ちた様子で強盗のような事を言いだしたアイリスに、店主がチラチラと明後日の方向に視線を逸らす。

 その視線の先には、勇者の聖剣を売る露店に注意をしている、警官の姿が……。

 これはいけない。

 

「ま、待ってください。無料とは言いませんので、少し安くしてもらいたいのですが……」

 

 慌てて言った私に、店主がほっとしたように値段を告げる。

 そんな店主にアイリスが。

 

「すいません。今、お金を持っていないので、支払いは王城に請求してください」

 

 店主が警察を呼んだ。

 

 

 *****

 

 

「――この辺りまで来たら大丈夫でしょう」

 

 追っ手を撒いた事を確認してから私が言うと、アイリスは走るのをやめて立ち止まった。

 そこは、あまり人気のない路地裏。

 

「ハア……、ハア……。お、お兄様の体は本当に体力がないのですね。それにしても、逃げなくても良かったのではないですか? 警察の方に余計な仕事をさせるのも申し訳ないですし、事情を説明すれば……」

「駄目ですよ。今のあなたはカズマなのですよ。魔王軍との戦いで大して役に立たなかったくせに、街を遊び歩いて城に代金をツケてたなんて噂になったら困ります。ただでさえ、義賊の捕縛に失敗して貴族に大した事なかったと思われたり、コボルトに殺されて冒険者に冷たい目で見られたりしているのですから、これ以上あの男の評判を落とすのはやめてください。あんまりいろいろ言われると、あの男は拗ねて何をしでかすか分かりませんからね。あなたも、開き直ったあの男が、お付きの人の下着をスティールしたのを見ていたでしょう?」

「クレアはお付きの人ではないのですが……。そうですね。楽しかったので、お兄様の体だという事を忘れていました」

 

 私の言葉に、アイリスがしゅんとする。

 この年頃の子供が、我を忘れるほど遊びに熱中するなんて、よくある事だ。

 本来ならそれほど気にする事ではないはずだが、王女様ともなるとそうもいかないのだろう。

 

「……そろそろお城に戻りましょうか。これ以上遊んでいると、お兄様に迷惑を掛けてしまうかもしれません」

 

 カズマに気を遣って、アイリスがそんな事を言う。

 アイリスが少しくらい迷惑を掛けてもカズマは気にしないだろうが、カズマが拗ねて何かしでかしたらダクネスが泣くだろうから何も言えない。

 と、アイリスがトボトボと歩きだした時。

 路地の向こうから、明らかにチンピラっぽい見た目の三人組が歩いてきた。

 

「王女様、あの見るからにチンピラっぽい三人組を見てください。ああいう連中は、私みたいな美少女を見ると、『良い女連れてるじゃねえか。そいつは俺達が可愛がってやるから置いていけよ』と絡むものです。絡まれたら、『この女は貴様のようなチンピラにはもったいない。鏡を見て出直してこい』と言って、喧嘩を買ってください。ああいうチンピラを退治して街の治安を守るのも冒険者の仕事です」

「わ、分かりました……!」

 

 チンピラを見たアイリスが目を輝かせる。

 チンピラ達は、アイリスが背負っている私を一瞥すると、『良い女連れてるじゃねえか』と……。

 

 …………おい。

 

「ちょっと待ってもらおうか! 何をそのまま立ち去ろうとしているのですか? 私みたいな美少女を見かけたのに声も掛けないとか、あなた達はそれでもチンピラですか!」

 

 私達に絡んでくる事もなく、そのまま立ち去ろうとするチンピラに、私は全力で絡んでいった――!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この似非セレブに贅沢を!

『祝福』4巻、既読推奨。
 時系列は、4巻2章。


 ――月々百万か、一括で三億か……。

 悩ましい。

 実に悩ましい問題を前にして、俺はソファーに座り深く考えこんでいた。

 そんな悩める俺に、ダクネスが眉をひそめて。

 

「おいカズマ。さっきから、何もないのにニヤニヤするのは、見ていて気持ち悪いからやめろ」

「おっと、ニヤニヤしてたか? すまんね、つい喜びを抑えきれなくてさ」

「……!? だ、誰だお前は? 私が知っているカズマは、少しでも侮辱されたら、相手が誰だろうと食ってかかり、それはもう的確に急所を責めるような奴だった!」

「おいやめろ。人を、誰彼構わず突っかかっていく、頭のおかしい爆裂娘みたいに言うのはやめろよ。人間、余裕が出来ると、些細な事は気にならなくなるもんさ。金持ち喧嘩せずってやつだ。お前だって貴族なんだし、毎日あくせく働く庶民を見て、金がない奴らは大変だなプークスクスとか思ってたんだろ?」

「人聞きの悪い事を言うな! お前は貴族をなんだと思っているんだ! 我がダスティネス家は清貧に努め、庶民の暮らしを第一に考えている!」

 

 と、ダクネスが声を上げていると、俺の前に優雅な動作でティーカップが差しだされる。

 

「紅茶が入りましたわよカズマさん」

 

 言いながら、紅茶をくれたアクアが隣に座り……。

 

「……ねえあなた、こういうお店で遊ぶのって初めて?」

 

 そんな事を言いながら、俺の方にしなだれかかってくる。

 いや、こういうお店ってなんだよ。

 どうせ、俺が手にする事になった大金目当てだろう。

 美人のお姉さんにこんな風に迫られたら、例え金目当てと分かっていても、それなりに嬉しいはずだ。

 コイツは見た目だけなら女神様みたいだし、女の子らしく出るとこも出ていて、触れているとやわっこかったりもするのだが、相手がアクアだと思うとなんにも感じない。

 

「チェンジ」

「なんでよーっ!? この私が接待してあげようってのに、チェンジってどういう事よ! アクア様美しいですね、まだお昼だけどお酒を飲んでもいいですよって言ってよ! そして私に三億エリスを貢ぎなさいな!」

「はあー? なんで俺がお前に貢がなきゃいけないんだよ。それに、昼間から酒を飲もうとするのはダクネスが止めるだろうからやめとけよ」

「そ、そうだぞアクア。昼間から酒を飲んでいては人間がダメになる」

 

 俺の言葉に頷いたダクネスが、アクアを止めようとするも、アクアの勢いは止まらず。

 

「何よ! 私達はセレブになるんだし、セレブって言ったらパーティーでしょう? 朝から晩までパーティーをしていてもいいと思うの。今日はカズマさんのニート知識が初めて役に立った記念すべき日なんだから、ニートおめでとうパーティーをするべきじゃないかしら?」

「ニート知識言うな。というか、私達とか言ってるが、あれはクエストの報酬でもなんでもなく、俺の知識で稼いだんだから俺の金だろ。……まあでも、これから俺の知識チート無双が始まるんだし、お祝いにパーティーってのは悪くないかもな」

 

 大金が手に入る事になって大抵の事は許せそうな気分の俺は、バカな事を言うアクアにも広い心を持って接する事が出来る。

 

「カズマったら分かってるじゃない! 最近、品揃えのいい酒屋さんを見つけたんだけど、お小遣いが足りなくてお酒を買えないのよ。私達は違いの分かるセレブになるんだから、最高級のお酒を買わなくっちゃ!」

「お前もたまにはいい事を言うじゃないか。その違いの分かるセレブとやらがなんなのかはよく分からないが、金があるんだから少しくらい高級なものを買ってもいいよな!」

「お、お前達……。いくら大金が手に入るからといって、無駄遣いをするのはやめろ」

 

 調子に乗る俺達を、ダクネスがたしなめようとするも……。

 

「いいわね! ちょうど宴会芸用のカップをいくつか消しちゃったから、新しく買いたいと思っていたのよ!」

「そうだなあ。俺も、気持ち良く惰眠を貪れるように、いい枕でも買うとするかな!」

 

 ダクネスの言葉を無視して、俺とアクアは盛り上がる。

 

「カズマさんカズマさん! 私、雑貨屋で売ってたでっかい石が欲しいんですけど!」

「そんなもん買うわけないだろ」

「なんでよーっ! いいじゃない! 違いの分かるセレブとしては、部屋に大きな石のひとつや二つは飾っておきたいのよ!」

「いや、石なんかわざわざ買うようなもんじゃないだろ。お前はあちこちから小石やらガラクタやらを拾ってきてるんだし、それで我慢しとけよ。……ていうか、お前の言う違いの分かるセレブってのはなんなの? セレブってのは石を集めるもんなのか?」

「何って……、それは、ほら、貴族の家の子のダクネスなら知ってるんじゃないかしら!」

 

 言いだしたアクアも特に思いつかないらしく、ダクネスに話を振る。

 俺とアクアが、貴族の家の子であるダクネスを見ると。

 

「た、確かに私は貴族の娘だが、我がダスティネス家は世のため人のため、清貧を尊ぶ家柄だからな。あまりセレブという感じではないと思うのだが」

 

 俺達の視線を受けたダクネスは、困ったように首を傾げ、そんな事を……。

 

「おい、あんまりバカな事を言って、ダクネスを困らせるのはやめてやれよ。こいつの家は貴族って言っても貧乏貴族なんだからさ……」

「そ、そうね! 貴族だからって、お金持ちってわけじゃないものね!」

 

 俺とアクアが、こそこそとそんな事を言い合っていると、ダクネスがいきなり激高し。

 

「バカな事を言うな! 当家は庶民のために清貧を心掛けているだけで、別に貧乏なわけではない!」

「本当? なら、ダクネスには、違いの分かるセレブってどういうものか分かる?」

「と、当然だ!」

「……いや、安請け合いするのはやめとけよ。そもそも、違いの分かるセレブとか言いだしたのはアクアなんだし、ダスティネス家は清貧を尊ぶとか言ってるんだから、お前が意地を張る事でもないだろ?」

「バカにするな! 貴族の生活を知りたいのだろう? 当家が取引している店を、お前達に紹介してやろうではないか!」

 

 アクアに乗せられ意地になったダクネスが、微妙に目を泳がせながら声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「お前って、たまにアクアと同じくらいバカに見える事があるよな」

 

 三人で商店街を歩きながら。

 俺は両手で顔を覆うダクネスに、呆れた声でそんな事を言う。

 

「ち、違う……! 私は、その……」

「ねえ待って! さも私がバカであるかのように言うのはやめてもらいたいんですけど! 私だって、場所も知らないお店を『紹介してやる』なんて言わないわよ!」

「……ッ!」

 

 おそらく悪気はないのだろうが、アクアにトドメを刺され、言い訳しようとしたダクネスが身を震わせる。

 この街の高級店を紹介してやるなどと言っていたダクネスが、店の場所は知らないと言いだしたのだ。

 

「そ、その……。普段から店に買いに行くのではなく、店員が家まで届けてくれるし、店員とのやりとりはメイドや警備の者がやってくれていて……」

「流石ねダクネス! まるで本物の箱入り娘みたいよ!」

「私は一応、本物の箱入り娘なのだが……」

 

 褒めているのか貶しているのか分からないアクアの言葉に、ダクネスが微妙な顔をする。

 

「まあ、ダクネスが高級店の場所を知らないなら仕方ない。今日のところは、夕飯をちょっと豪華にするくらいにしておくか。今日の夕飯当番はアクアだろ? 金をやるから、なんか美味い物を買ってきてくれよ」

「任せなさいな! この私に掛かれば、いつもの食卓がちょっと豪華に!」

「よし、待て。ちょっと待て。今日は高級食材を買ってきて料理するんじゃなくて、店屋物を買ってくる事にしたらどうだ? ほら、そっちの方がセレブっぽくないか?」

 

 コイツに任せると、卵かけご飯だの肉を焼いただけだのといった手抜き料理や、調味料を水に変えてしまって味のしない料理を出してくる可能性がある。

 せっかくのセレブっぽい食材を無駄にされてはたまらない。

 

「それもそうね! カズマったら、今日はいい事を言うじゃないの! いつもは手抜きしてお店で買ってこようとすると怒るくせに!」

「俺だって面倒なのに食事当番をこなしてるのに、お前だけ楽しようなんて認められるわけないだろ。まあ、俺達は違いの分かるセレブになるんだし、今日くらいは贅沢したっていいはずだ。……それじゃあダクネス。俺はちょっと別行動するから、コイツが金を落とさないように見張っといてくれよ」

「あ、ああ。それは構わないが、お前は何をしに行くんだ?」

「せっかく大金が手に入るんだし、今日は外泊するつもりだ。先にいろいろと予約しておこうと思ってな」

 

 

 

 ――俺が、とある喫茶店と高級ホテルに予約を入れ、屋敷に帰ると。

 二人はすでに帰ってきていて。

 

「おかーえり! ねえ、見て見て! 好きなだけ買い物をしていいって言われたから、美味しい物をたくさん買ってきたわ!」

 

 そう言ってアクアが見せびらかしてきたのは……。

 

「えっと、コロッケだな」

 

 皿の上には大量のコロッケ。

 キャベツの千切りが添えられているらしいが、コロッケが多すぎて隠れている。

 

「……他には?」

「何言ってるの? 買ってきたのはコロッケだけよ。でも安心して! とっても美味しいコロッケなんだから!」

「いや、美味しいコロッケはいいけどもさ。違いが分かるセレブとか言っといて、大金使ってコロッケばかりこんなに買ってきてどうするんだよ。これって、どっちかって言うと貧乏な大家族の食卓じゃないか」

 

 俺のツッコミに、今さらのように何かが違うと気付いたらしく、アクアがオロオロしながら。

 

「た、確かにこれって、あんまりセレブっぽくないかもしれないわね。コロッケはお腹にたまりやすい庶民の味方だし、山盛りにしてるのもB級グルメ的なアレを感じるわ。でもねカズマ、見た目に騙されないで心の目で見てちょうだい。なんていうか、ほら、コロッケも意外と高級な感じがしてこないかしら?」

「だそうだが、本物の箱入り娘なダクネスとしては、これってどうなん?」

 

 俺がダクネスに話を振ると、アクアの隣でいたたまれない顔をしていたダクネスは。

 

「わ、私か? そ、そうだな……。貴族のパーティーでも、ごくまれにビュッフェといって、大皿から料理を自由に取る形式のものもあるぞ。この見た目は、それに似ていない事もない」

「ほーん? 貴族のパーティーってのはコロッケが出るものなのか?」

「い、いや、それは……」

 

 ダクネスが言いにくそうに視線を逸らすので、俺がアクアの顔をじっと見ると。

 

「だって! だって! コロッケが売れ残ると店長が怒るのよ! わたしの後に入ったバイトの子が、可哀想だと思わないの?」

「ちっとも思いません」

「何よ! カズマの人でなし! 社会の事をなんにも知らないクソニートのくせに!」

「おいふざけんな! 俺はこっちに来てから、お前がどこに行っても何かとやらかすせいで、様々なバイトを渡り歩いてきた男だぞ。自慢にもならないが、この街の日雇い仕事の事なら誰よりも詳しい自信がある。大体、コロッケが売れ残って怒られたのは、お前が客を集めるために大道芸をやって見物人が集まって、コロッケを買う客が帰っちまったからだろ。お前こそ商売ってもんを分かってるのかよ?」

 

 畳みかけるように俺が言うと、アクアが『うぐっ』と言葉に詰まる。

 と、ダクネスがそんな俺達の間に割って入り。

 

「ま、まあ、アクアも悪気があってやったわけではないのだから、それくらいにしておいてやれ。どうしてもと言うのなら、わ、私を強めに罵ってくれて構わない……!」

 

 興奮した顔で、そんな事を……。

 …………。

 

「そんな事より、こんなに大量に買ってきても、俺達だけじゃ食べきれないだろ。仕方ないからめぐみんを探しに行こうぜ。どうせゆんゆんのところにでも転がりこんでいるだろうから、ゆんゆんも呼んでコロッケパーティーでもしよう。全然セレブっぽくはないけどな」

 

 俺の言葉に、コロッケがセレブっぽくない事にションボリしていたアクアが、嬉しそうに。

 

「分かったわ! それじゃあ私は、ちょっと高くて今までは手が出せなかったお酒を買ってくるわね!」

 

 短い時間で大泣きしたり機嫌が良くなったりする子供みたいだ。

 コイツの精神年齢は幼稚園児並か。

 俺がアクアに生温い視線を注いでいると、横からダクネスが。

 

「な、なあカズマ。その、めぐみんの事だが……」

 

 心配そうな顔をしているダクネスに、今朝の俺が、めぐみんを、もう許してくださいと泣き叫ぶような目に遭わせてやると猛り狂っていた事を思いだす。

 ダクネスは、俺がめぐみんを捜しだして復讐するつもりではないかと心配しているらしい。

 

「心配すんな。あんな些細な事なんて今さら気にしてないよ。大金が手に入ると思うと、いろんな事が許せるような気分になってさ」

「そうではなく、あの強気なめぐみんでも泣き叫ぶような事を、わ、私に……!」

 

 ……コイツ駄目だ。

 

 

 

 冒険者ギルドにて。

 めぐみんに戻ってこいと言うために、ゆんゆんを捜しに来た俺とダクネスは、ゆんゆんが泊まっている宿の場所を、冒険者達に聞いて回ったのだが。

 

「あのアークウィザードの娘だろ? 俺も何度か助けられたが、泊ってる宿は知らないな」

 

 ゆんゆんが泊っている宿を誰も知らなかった。

 ぼっちなゆんゆんは、宿の場所を誰にも教えていないらしい。

 パーティーを組んでいる仲間もいないし、訪ねてくる友人もいないから、教える相手がいないのだろう。

 

「どうしたもんかな。まあ、コロッケが少し余るくらいなら別に構わんが。明日はコロッケそばにでもするか」

 

 ……なんだろう。

 大金が手に入る事になって、違いの分かるセレブの仲間入りをしたはずなのに、いつもより所帯じみた食生活になっているような。

 

「コロッケそば? なんだそれは?」

 

 庶民の生活に変な憧れを抱いているダクネスが、興味津々の様子で尋ねてくる。

 俺がそれに答えようとした時、ギルドのドアが開いて、クエストを終えたらしい冒険者のパーティーが入ってきた。

 

「おい待てよリーン! 待ってくれ! なあ、俺達は仲間だろ? パーティーだろ? クエストの報酬は山分けってのが公平ってもんじゃねえか!」

「あんたバカなの? 今回のクエストでは、あんたはほとんど役に立たなかったし、むしろ変てこな石像を守ろうとして足を引っ張ってたんだから、罰金払えって言われないだけでもありがたいと思いなさい! それに、俺はこの石像を売って大儲けするから、クエスト報酬なんていらないって言ってたじゃない」

「あの石像は高く売れると思ったのに、二束三文で買い叩かれたんだよ! この上、クエストの報酬が貰えないと、金がなくて夕飯も食えねえ!」

「そんなの知らないわよ。その辺で野垂れ死ねば?」

「畜生! この女、血も涙もねえ! おいテイラー! お前からもなんとか言ってくれよ!」

「……まあ、たまには痛い目に遭って反省した方がお前のためだろう」

「キ、キース!」

「ひゃっはーっ! 酒だ酒だー!」

 

 入ってきたのは、ダスト達のパーティー。

 ダストがまたバカな事をやらかしたらしく、涙目でリーンに縋りついて足蹴にされている。

 そんないつもどおりの二人を放置し、キースとテイラーがクエスト完了の報告をするためにギルドの受付へ行く。

 

「ク、クソ……! お前ら覚えてろよ! でも金がないので夕飯代を貸してください!」

「あんたにお金を貸しても返ってこないから、もう貸さないわよ。貸してほしければ前に貸した分を返してから……ちょ、ちょっと! 足に縋りつかないでよ!」

「お願いしますリーン様ーっ!」

 

 ……あいつにはプライドってもんがないんだろうか。

 俺はリーンにまとわりついて邪険にされているダストの肩を、ポンと叩いて。

 

「なあ、うちにコロッケがたくさんあるんだが、食うか?」

「か……、神様……!」

 

 俺を拝みだすダストに、俺とリーンは白い目を向けていた。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 ダスト達を加えたコロッケパーティーの後、外泊し、高級ホテルでスッキリと目を覚ました俺は、一度屋敷に戻り、アクア、ダクネスとともに出掛けていた。

 ダクネスが、ダスティネス邸のメイドさんに、高級店の場所を聞いてきたから、今日こそは高級店に行くつもりだ。

 

「昨日のコロッケパーティーは、まあ楽しかったが、全然セレブっぽくなかったからな。今日こそ、俺達が違いの分かるセレブだって事を見せてやろうじゃないか」

「そうね! 私も昨日は本気を出せなかったから、今日こそ違いの分かるセレブだって事を分からせてあげるわ」

「……お前達は、一体何と戦っているんだ?」

 

 昨日から引き続きテンションが高い俺とアクアに、ダクネスが怪訝そうな顔をしている。

 

「いい、カズマ? 違いの分かるセレブってのはね、良いものとそうでないものの違いが分からないといけないのよ」

「まあ、違いの分かるセレブって言うくらいなんだから、そりゃそうだろうな。でも、貴族のダクネスはともかく、お前にだってそんなの分からないだろ」

 

 出掛けるたびにガラクタを拾ってくるアクアに、鑑定眼があるとは思えないが。

 俺の言葉に、なぜかアクアは得意げな表情を浮かべて、通りかかった店の陳列棚にある商品を指さし。

 

「カズマったら何を言ってるの? この賢くも麗しい私には、曇りなき鑑定眼が備わっているのよ。例えばコレね。カズマにはコレの価値が分かるかしら?」

 

 それは鳥だか柱だか分からない、手のひらサイズの小ぶりな石像。

 見るからに価値などなさそうだが……。

 

「ははーん? こういうのは、一見価値がないものほど意外と高いって言うんだろ? 違いの分かる俺には、それは高いもんだって分かるぞ」

「そんなわけないじゃない。これはただの安物のガラクタよ」

「喧嘩売ってんのか」

 

 と、目つきの据わった俺にアクアがビビっていた、そんな時。

 店の中から店主のおっちゃんが出てきて、石像に手を触れようとするアクアを止める。

 

「お、お客さん! すいませんが、これはもう買い手がついているんです!」

「そうなの? こんなのを欲しがるなんて、物好きな人もいるのね」

 

 自分もガラクタを集める物好きなくせに、アクアがそんな事を言う。

 

「おいちょっと待て。おっちゃんがめちゃくちゃ焦ってるんだが、これってひょっとしてすごく高いんじゃないのか?」

 

 俺の質問に、おっちゃんが答える前に。

 

「えー? こんなのどう見ても安物に決まってるんですけどー。でも、カズマがそこまで言うなら仕方ないわね。違いの分かるセレブとして、私とカズマとの、格付けってやつをしようじゃないの!」

 

 アクアがどこからともなく取りだしたバッジのようなものを、自分の胸元にぺたりと張りつける。

 そこには『一流女神』と書かれていて。

 

「はい、ダクネスにもコレをあげるわ。ダクネスはコレ、高いと思う? 安いと思う?」

「わ、私か!? そうだな。アクアの言うとおり、私にもあまり価値の高いものではないように見えるが……」

 

 アクアは、戸惑うダクネスの胸元にも『一流貴族』と書かれたバッジを張りつけ、俺の胸元にも……。

 

「いや、これってアレじゃん。年末とかにやってる……。なあ、前々から気になってたんだけど、お前が漫画とかゲームとか、バラエティとかにも詳しいのって、なんなの? ひょっとして、女神ってのは暇なのか?」

「そんなわけないじゃない。勤勉な女神としては、下界の様子を見守るのも大事な仕事のひとつなのよ。転生させる若者と話が合わなかったら困るでしょう?」

 

 アクアが俺の胸元に貼りつけたバッジには、『一流ニート』と書かれていた。

 

「おい」

 

 

 

「さあおじさん! この見るからに安っぽい石像の値段を教えてちょうだい!」

 

 アクアの質問に、おっちゃんは言いにくそうに。

 

「そ、それが、その石像は鉄兜を被った貴族の方が、三十万エリスで買うと仰いまして……」

「「えっ」」

 

 おっちゃんの言葉に、アクアとダクネスが、驚愕に目を見開き石像を見つめる。

 

「三十万! こんなのが三十万エリス? ねえおかしいんですけど! 私の曇りなき鑑定眼にはハッキリと安物だって……」

「お、おい店主! 客を騙してぼったくるつもりなら、私も黙っているわけにはいかないぞ!」

「そんな! とんでもない! 私としましても、チンピラのような冒険者に無理やり押しつけられたようなものなので、本来ならもっと安く売るところなんです。ですが、なんでもその貴族の方は、石像を売った冒険者の事をとても気に入っているらしく、彼が手に入れてきてくれたものを安く買う事など出来ない、と……」

「何よそれ! 無効よ! こんなの無効だわ! 本来の値段で判定するべきよ!」

 

 おっちゃんの説明を聞き、勝負を無効にしようとするアクアに、俺は。

 

「はあー? 骨董品ってのは相場なんてなくて、その場その場で値段が違うのが当たり前って聞いた事があるぞ。高いものを安く買える事もあれば、安いものを高く買っちまう事だってあるだろ。違いの分かるセレブって言うんなら、その辺まで分かってこそなんじゃないのか? それとも、勝負を吹っかけておいて負けたら駄々を捏ねるのが、違いの分かるセレブとやらのやり方なのか? その行動のどの辺りがセレブっぽいんだ? まあ、違いの分かるセレブである俺は、別に勝負の勝ち負けなんかどうでもいいけどな」

「うっ……。わ、分かったわよ! 私の負けでいいわ! でもねカズマさん、大抵の勝負事は三本勝負って相場が決まっているでしょう? これで終わりと思わない事ね!」

 

 そう言ってアクアはどこからともなく新たなバッジを取りだし、元々付けていたものと取り替えた。

 そこには『二流女神』と書かれていた。

 同じくバッジを張り替えられたダクネスが、『に、二流貴族……』と落ちこんでいた。

 

 

 *****

 

 

「さあ、格付けよ! 今度こそ、私が違いの分かるセレブだって事を分からせてあげるわ!」

「わ、私だって、ダスティネス家の者として、良いものと悪いものの区別くらいはつくつもりだ。さっきの結果には納得していない」

 

 買い物から帰って、俺がソファーに座りダラダラしようとしていると、二流女神と二流貴族がなんか言ってきた。

 

「ほーん? 一流ニートであるこの俺に勝負を挑むつもりか? ……いや、一流ニートってなんだよ? なあ、勝負とかもうどうでもいいんじゃないか? 勝っても負けてもニート呼ばわりされるだけだし、いまいちやる気が出ないんだが」

 

 大金を手にする事になったからだろうか?

 いつもなら勝負事となると、どんな手を使ってでも勝とうとするところだが、今日は負けてもいいと思える。

 

「そう言ってまた勝ち逃げするつもりだな! この卑怯者め!」

「うるせー二流貴族!」

 

 二流貴族扱いは本気で嫌なのか、ダクネスが面倒くさい絡み方をしてくる中。

 

「せっかく買ってきたから、この最高級の紅茶を飲み比べしてみましょう。ダクネスの家で使ってる茶葉らしいから、きっととっても美味しいわよ!」

 

 アクアはそんな俺達のやりとりを気にせず、いそいそと紅茶を淹れる準備をしていた。

 

 

 

「ねえ、やっぱりもう一度じゃんけんをしましょう。勝負は公平にやらないと意味がないと思うの」

「だから公平にじゃんけんで決めただろう。アクアは諦めて、カズマに紅茶を淹れてもらえ」

「いやよ! いやーっ! この男の事だから、絶対に何か狡すっからい手を使ってくるに違いないわ!」

「おいお前らふざけんな」

 

 アクアとダクネスが、どちらが俺に紅茶を淹れさせるかで揉めている。

 いつも飲んでいる紅茶と最高級の紅茶を、飲み比べする事になったのだが、この場には紅茶を淹れてくれる、勝負に無関係な第三者がおらず、持ち回りで淹れる事になったのだ。

 アクアがダクネスに紅茶を淹れ、ダクネスは最高級の紅茶をぴたりと当てた。

 ダクネスが俺に紅茶を淹れ、俺も最高級の紅茶を当てた。

 そして俺は、アクアに……。

 

「ねえお願いよ! 二流女神なんて呼ばれた事が信者達に知られたら、信仰心なんてダダ下がりよ!」

「わ、私だって、二流貴族呼ばわりされた事を父に知られたら、何を言われるか……!」

「何もしないって言ってるだろ。そこまで言うなら、ダクネスに淹れてもらえよ」

「それは駄目だ。公平を期すためにこのルールにしたのだからな。私はもちろん不正などしないが、カズマだけでなくアクアも、こうした勝負事ではおかしな事をするだろう? カズマがおかしな事をしないよう、私がしっかり見張っているから心配するな」

「……ダクネスは簡単に騙されるから心配なんですけど」

 

 アクアの提案したルールに不備を見つけたので、いつもの調子でツッコんだのだが……。

 そのせいで不正の可能性に気づいた二人が、やたらと俺を警戒してくる。

 今日の俺はそれほど勝ち負けに拘らないのに、余計な事を言うんじゃなかった。

 

「分かったよ! 俺は何もしないけど、もし俺の不正を見抜いたら、お前を違いの分かるセレブだって認めてやるよ! ほら、高級な紅茶を当てる以外にも、勝つ方法が増えるんだ。お前に有利なルールじゃないか」

「おっと、いいのかしら? これで私が勝つ確率は二倍よ二倍! カズマがどんな汚い手を使おうが、私の曇りなき眼の前では無駄だって事を思い知らせてやるわ!」

 

 アクアがすごくバカな事を言っているが、納得したみたいなので放っておこう。

 

「じゃあ、紅茶を淹れてくるよ。行くぞダクネス」

「望むところだ!」

 

 ……どうしてコイツらは、こんな時ばかりやる気を出すのだろうか。

 俺が台所で紅茶を淹れていると。

 

「……なあカズマ。アクアは二流女神と言われる事を気にしているようだし、今回はいつものように容赦ない手段を使って勝ちに行くのはやめてやってくれないか?」

 

 紅茶を淹れる俺を見張りながら、ダクネスがそんな事を言う。

 

「だから、何もしないって言ってるだろ。別に俺は勝っても負けてもいいし、アクアが最高級の紅茶を当てればいいって思ってるよ。というか、不正してわざとバレるようにしたら、あいつが違いの分かるセレブって事になって、少しは大人しくなるんじゃないか?」

「お前という奴は! 駄目に決まっているだろう! 勝負なのだから真面目にやれ!」

「ああもう、めんどくせーな! ほら、普通に淹れたぞ! これで文句ないだろ?」

「いや、紅茶を淹れる時は、先にカップを温めておいてだな……」

「……やっぱ、お前が淹れた方がいいんじゃないか?」

 

 ダクネスに教わりながら紅茶を淹れ、アクアの下へ持っていく。

 アクアの前に、二つのカップを置くと。

 

「紅茶を淹れてもらうのって、セレブっぽくていいわね!」

 

 さっきまでのやりとりを忘れているのか、アクアが嬉しそうに言う。

 二つのカップの裏には、『高級』と『普通』と書かれている。

『高級』と書かれたカップにはきちんと最高級の紅茶を、『普通』と書かれたカップには普通の紅茶を注いだ事を、ダクネスがしつこいくらい何度も確かめていたし、もちろんなんにも不正はしていない。

 アクアが優雅な仕草で紅茶を飲んで。

 

「お湯なんですけど」

 

 …………。

 

「カズマさんったら、私を陥れるために紅茶を淹れないでお湯を入れるなんて、やっぱり狡すっからい手を使ってきたわね! そんなに私を違いの分かるセレブと認めるのが嫌なのかしら!」

「いやお前ふざけんな。あれだけ俺が不正しないか疑ってたくせに、お前が不正してどうするんだよ? 俺が普通に紅茶を淹れたのはダクネスが見張ってたから、俺が紅茶だって言ってお湯を入れるような、バカな事はしてないって分かってるんだからな」

「そ、そうだぞアクア。カズマは普通に紅茶を淹れていた」

 

 なりふり構わないアクアに、ダクネスが引いている。

 

「……ったく、しょうがねえなあー。そんなに違いの分かるセレブとやらになりたいんなら、そっちのカップが最高級のやつだから、そっちを選べば勝ちって事でいいぞ」

 

 もう面倒くさくなった俺がそう言うと、アクアは……。

 

「そんな誘導に引っかかると思ったの? バカなの? 残念でした! 卑怯なカズマの事なんかお見通しよ! 本当はこっちが最高級の……わああああああーっ! 『普通』って書いてあるーっ!」

 

 無駄に深読みして自爆した。

 

 

 *****

 

 

「……うっ、うっ。このままじゃいけないわ……。このままじゃ、世界中に一千万人いる私の信者達に顔向けできないわ……」

「……まあ、その……、アクアは余計な事をしない方がいいのではないか?」

 

 膝を抱えてめそめそする三流女神を、二流貴族が慰めている。

 俺もダクネスの言う通りだと思う。

 と、アクアがソファーの上に立ち上がり。

 

「私は三本勝負って言ったはずよ! 次こそ私が違いの分かるセレブだってところを見せてあげるわ!」

「三流女神のくせに強気ですねアクアさん」

「やめて! 三流女神って呼ばないで!」

「ていうか、もういい加減面倒くさいんだが。いつもの紅茶も最高級の紅茶も、どっちも美味かったし、それでいいじゃないか。争いは何も生まないと思う」

「お願いよ! 三流女神なんて呼ばれた事を信者達に知られたら、誰もついてきてくれなくなっちゃう!」

 

 まったく乗り気でない俺に、アクアが涙目になって縋りついてくる。

 

「ルール的には一回当てたからって、三流扱いされなくなるわけじゃないだろ」

「……これは最後の勝負なんだから、当たったら一流になれてもいいんじゃないかしら?」

「お、お前……。じゃあもうそれでいいけど、バカな事をするのはやめろよ。流石に最高級って言うだけあって、さっきの紅茶もいつものやつより美味かったからな。いくらお前がバカでも、普通に飲み比べてたら当てられたはずだぞ」

「わ、分かったわよ! 今度こそちゃんと当ててみせるわよ!」

 

 

 

 アクアが酒瓶とコップを持ちだしてきた。

 

「こっちは滅多に手に入らない良いお酒で、こっちは普通の安酒よ! これは最後の勝負だし、当たったら一流に返り咲けるから、ダクネスも頑張ってね!」

 

 ……ん?

 アクアの言葉に引っかかるものを感じ、俺が首を傾げる中。

 

「酒は紅茶ほど得意ではないのだが……」

 

 紅茶の時と同じく、持ち回りで酒をコップに注ぐ事になった。

 ダクネスが後ろを向いている間に、アクアが二つのコップに酒を注ぐ。

 

「こっちを向いてもいいわよ」

 

 振り返ったダクネスが、コップの中の酒を見る。

 どちらも透明で、見た目には同じように見えるそれを……。

 

「……ん。こちらが高級な方だと思う」

 

 飲み比べたダクネスが、迷いなくひとつのコップを指さす。

 

「正解よ! 流石ねダクネス! はい、ダクネスは一流の貴族よ!」

「ああ、ありがとう」

 

 アクアに『一流貴族』のバッジを付けられたダクネスが、嬉しそうに微笑む。

 続いて、俺がダクネスと同じように飲み比べると、やはり全然味が違うと分かる。

 これならアクアも間違えないだろう。

 

「こっちだろ」

「……正解! カズマさんは一流のニートね!」

「ちっとも嬉しくないんだが」

 

 最後に、アクアが……。

 酒の入ったコップを見たアクアが、疑うような目を俺に向けてくる。

 

「いや、何もやってねーよ。さっきもそれで失敗したんだから、お前は余計な事を考えず、飲んで美味しかった方を当てればいいんだよ」

「そうだぞアクア。私も見ていたが、カズマは普通に酒を注いだだけだ」

「本当? それならこの勝負、私が負けるはずないわね! 実はちょっと前、皆には内緒で、このお酒をこっそり買って飲んだ事があるわ!」

 

 ……あっ。

 

 アクアの言葉に、俺はさっき引っかかったのがなんなのかを理解する。

 この高級酒は、以前、アクアが滅多に手に入らない良い酒だと言って、自慢していたのと同じもの。

 そんなに旨いのかと興味が湧いた俺は、ひと口のつもりでこっそり飲んでみたところ、予想外に旨かったので全部飲んでしまい、どうせ味なんか分かんねーだろと代わりに安酒を詰めておいた事があった。

 酒を飲み比べたアクアは、一流に返り咲けるのが嬉しいらしく笑顔で。

 

「こっちね! なんだかあんまり美味しくない気もするけど、こっちが高い方のお酒に違いないわ!」

 

 安酒が入っていたコップを高く掲げた。

 

 

 ****

 

 

「なんでよーっ! ねえ、おかしいんですけど! こんなの絶対おかしいと思うんですけど!」

 

 喚くアクアに、ダクネスが困った顔をしながら。

 

「そうは言っても、誰も何も不正な事はしてない。というか、まさか外すとは思わなかった」

「私を味音痴扱いするのはやめてちょうだい! これって何かの間違いだと思うの!」

 

 アクアは高級酒の瓶に入っていた安酒の味を当てたわけで、間違っていたわけではない。

 ……どうしよう、流石にちょっと気まずい。

 

「な、なあ、こんなの別にどうでもいいじゃないか。なんでも美味しく感じられるんなら、そっちの方がお得だろ?」

「そ、そうだな。私達は冒険者なのだから、クエストの途中でまともなものを食べられない事もあるかもしれない」

「……二人は一流だから言う事も一流ですね」

 

 アクアが恨めしげな目で俺達を見ながら、『女神ではなかった?』と書かれたバッジを胸元に張る。

 嫌がりながらも、ルールは守るらしい。

 ていうか……

 

「ちょっと待て。俺、そっちの方がいいんだけど」

 

 俺が負け続けていたら、『ニートではなかった?』のバッジに代えられていたらしい。

 今日の俺は勝ち負けには拘らないが、流石にニート扱いはやめてほしい。

 俺が催促すると、アクアが投げやりな感じで、格付けに使っていたバッジを放ってくる。

 そこには、『捨てられないゴミ』と……。

 

「おい」

 

 俺の手の中のバッジを見たダクネスが、アクアが放ったバッジを拾い上げ。

 

「……『バカ』!? おい、これは私の事か!」

「いやお前コレ、ただの悪口じゃん! 何が『女神ではなかった?』だふざけやがって! 自分の分だけ穏当な言葉選んでんじゃねーよ!」

「何よ! 私にとって、女神じゃないって言われる事がどれほどの屈辱か分からないの? カズマは冬の間、ずっとこたつに入って産廃ニートになってたし、ダクネスは場所も知らないお店を紹介できるとか言ってたじゃない! ただの事実なのに、文句を言われる筋合いはないんですけど!」

 

 逆ギレするアクアの胸元に、俺とダクネスは手にしたバッジを張りつけた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この美味しい話に用心を!

『祝福』3,7、既読推奨。
 時系列は、9巻1章。または『続・爆焔』4話の後。


 女神エリス、女神アクア感謝祭からしばらくが経ち、街はすっかり元通りになった。

 そんな中、やっとモテ期が来たらしい俺は、めぐみんに夜、部屋に行くと言われるも、何かと邪魔が入って約束が果たされずモヤモヤとしていたのだが……。

 

 ――なぜか俺は、警察署の取り調べ室で尋問を受けている。

 

「サトウさんはよくご存じでしょうが、決まりですので説明しますと、これは嘘を看破する魔道具です。この部屋の中に掛けられている魔法と連動し、発言した者の言葉に嘘が含まれていれば音が鳴ります。その事を頭に置いておいてください。では、尋問を始めます」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 街を歩いていたところを数人の警察官に捕らえられた俺は、何もやっていないと抗議するも聞き入れられず、この取り調べ室へ連れてこられ。

 いつか俺を尋問した時のような、酷薄そうな無表情のセナに、事情聴取をされていた。

 俺が魔王軍の関係者だという疑惑が晴れてからも、俺の事を正義の味方のように見ている節があったりと、微妙に誤解のあったセナだが、いろいろあってその誤解も解け、俺がぐうたらな駄目人間だという事もバレた。

 最近では、俺の仲間達が起こした事件の後始末のために顔を合わせるくらいだったが……。

 セナは、俺の抗議を無視して、人差し指で机をトントンと叩きながら。

 

「サトウカズマ。年齢は十七歳で、職業は冒険者。就いているクラスも冒険者。……冒険者になる前は、ニホンというところで、毎日家に引き篭って、自堕落な生活をしていた、と……。何か訂正する事はありますか?」

「待ってくれ! 本当に待ってくれよ! これってなんの取り調べなんだよ? 最近は警察の世話になるような事はやってないはずだぞ! 不当逮捕だ! おいお前ら分かってんのか? 俺の仲間には、この国でも結構いいとこの貴族のお嬢様がいるんだぞ!」

 

 俺が、久しぶりに見るマジな感じのセナと、調書に書きこむ騎士にビビって、ダクネスの存在をほのめかすと、セナの視線がますます厳しくなって。

 

「貴族の権威を利用した脅迫に、捜査妨害ですか……」

「じょ、冗談だよ! 冗談に決まってんだろ! ていうか、俺ってなんで捕まったんだよ? それくらい教えてくれてもいいじゃないか。なんのための取り調べなのかも分からないのに、質問に答えられるわけないだろ」

 

 再三に渡る抗議に、ようやく少し考える様子を見せたセナは。

 

「……サトウさん。あなたには詐欺の容疑が掛けられています」

 

 厳しい視線を俺から逸らす事なく、キッパリとそう言った。

 

「……? 詐欺っていうと、アクアがやったネズミ講か? 確かにアレをアクアに教えたのは俺だが、別にけしかけたわけじゃないぞ。借金背負ってた時にちょっと愚痴ったのを、あいつが聞いてて、勝手に実行しただけだ。そんな事まで俺のせいにされても困る。それに、あれって金を被害者に返して、なかった事になったんじゃないのか?」

「ネズミ講でアクアさんが稼いだお金は徴収し、被害者にきちんと返しました。今回の事とは関係ありません」

 

 セナの言葉に、俺は首を傾げる。

 

「……そうなると本気で心当たりがないんだが。誰か他の奴と勘違いしてないか?」

 

 セナは、嘘を感知する魔道具を一瞥するも、ベルは鳴らず……。

 

「詳しく言うと、食品偽装の詐欺です。あなたは霜降り赤ガニではないものを、霜降り赤ガニと称して、安価で売り捌いていたそうですね。街の海産物業者や高級レストランを中心として、商人組合から多数の苦情が寄せられています。……カニカマというのでしたか? これを作ったのはサトウさんですよね?」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「ち、違います」

 

 ――チリーン。

 

 

 *****

 

 

 それは、皆で霜降り赤ガニを食べながら、めぐみんが盗賊団を作ったとかいう話を聞き流した、次の日の朝。

 屋敷の広間にて。

 俺がソファーで目を覚ますと、まだ太陽も昇りきらないような時間だった。

 昨日はカニが美味すぎて盛り上がり、アクアがはしゃいで酒を飲みまくっていたから、釣られて俺とダクネスも結構な量の酒を飲んだ。

 酔っぱらって寝てしまったが、もともと夜型の俺はこんな時間に目を覚ましたらしい。

 俺以外は自分の部屋で寝ているらしく、広間には他に誰もいない。

 喉が渇いたので台所に行く。

 コップにフリーズを掛け、冷やした水を飲みながらふと横を見ると、コンロに似た魔道具の上に、カニを茹でた鍋がそのまま置いてある。

 昨日の皿洗い当番だったアクアは、片付けも出来ないくらい酔っぱらっていたので当然だ。

 たまにアクアの当番を代わってやっているダクネスも、昨夜は酔っていたから片付けなかったのだろう。

 鍋の中を覗くと、そこにはちょっと濁ったカニの茹で汁が残っていて……。

 

「……ふぅむ」

 

 昨夜の酒がまだ少し残っているのだろうか。

 またはアクアが言っていた、セシリーが始めたといういかがわしい商売から連想したのだろうか。

 俺はちょっとしたイタズラを思いついて、ひとりでニヤついた。

 

 

 

 ――しばらくして。

 

「おはようございます」

「おう、おはよう。朝飯作っておいたぞ」

「カズマがこんな時間に起きているとは珍しいですね。また徹夜ですか? カズマが徹夜に強い体質だという事は知っていますが、きちんとした生活をしないと体に悪いですよ」

「お前は俺のお母さんなの? ダクネスみたいな事を言うのはダクネスだけで十分だよ。ほれ、朝飯食うだろ?」

「貰います。ありがとうございま……ッ!?」

 

 起きてきためぐみんに、朝飯だと言って料理の皿を渡すと、驚愕の表情で俺と手にした皿を何度も見比べる。

 

「こ、これ……! 霜降り赤ガニですか? 昨夜の分で全部かと思ってましたが、まだ余っていたんですか? と、というか、せっかくの霜降り赤ガニをこんな料理に使っちゃったんですか?」

 

 皿に載っているのは、カニクリームスパゲティ。

 それも、カニのハサミを乗せた、高級レストランで出てくるような見た目のやつだ。

 

「使っちまったな。料理スキルを持っている俺が作ったんだから、美味いはずだ」

「そ、それはそうですよ。カズマの料理の腕は信用していますし、霜降り赤ガニを使っているのに美味しくないはずがないでしょう。ただ、高級食材は素材の味そのままで食べたいと言いますか……。スパゲティに使ってしまうのはもったいないというか……」

「なんだよ。嫌なら別に食わなくてもいいぞ」

「食べます食べます! 絶対食べます!」

 

 スパゲティを取り上げようとすると、めぐみんが必死に抵抗するので手を放してやる。

 

「いただきます」

 

 スパゲティを頬張っためぐみんは、幸せそうに口元を綻ばせた。

 

「流石は霜降り赤ガニですね! すごく美味しいです! 朝からこんなに美味しいものが食べられるなんて、昔の私に言っても絶対に信じませんでしたよ!」

 

 俺は嬉しそうにスパゲティを食べるめぐみんに。

 

「それ、カマボコですけどね」

「……? ええと、何がですか?」

 

 俺の指摘に、スパゲティの皿を覗き、よく分からないと言うように首を傾げるめぐみん。

 

「お前が霜降り赤ガニだと思って幸せそうに食ってるそれは、本当はカニじゃなくて、カニカマって言う、俺のいたところのジャンクフードだよ」

「えっ」

 

 そう。本物の霜降り赤ガニそっくりのそれは、カニカマ。

 余っていた魚をすり身にし、カニの茹で汁を加えて、料理スキルでいろいろやったら、スーパーで売ってるみたいなカニカマが完成した。

 自分でもびっくりした。

 料理スキルって、すごい。

 

「カニの身っぽい食感になるように切れこみ入れたり、大変だったんだぞ? 結構、本物の霜降り赤ガニっぽいだろ? でもそれ、カマボコだからな」

「…………」

 

 めぐみんは無言でもうひと口スパゲティを食べると。

 

「ええと……、それはすごいですね。霜降り赤ガニじゃないのに、こんなに霜降り赤ガニみたいな味がするなんて。これってすごい発明なのでは?」

「えっ?」

 

 動揺する俺に、めぐみんが首を傾げる。

 

「……なんですか? ひょっとして、本当はもっと別のおかしなものを使っていたりするんですか?」

「い、いや、そんな事はないけど。……霜降り赤ガニだと思った? 残念、カマボコでした! って感じに煽ってやろうと思っていたのに、そんなに褒められると困る」

「あなたは最低ですよ。でも、美味しいものを食べられたのですから、それが偽物だと言われたからって、文句を言うわけないじゃないですか」

「ダクネスは散々煽ったら怒って殴りかかってきたんだが」

「朝っぱらから何をやっているんですか? ダクネスは搦め手に弱いのですから、もう少し手加減してあげてもいいと思います」

「俺にそんな事言われても」

 

 

 

 ――それは、めぐみんが起きる少し前。

 起きてきたダクネスに、カニクリームスパゲティを出すと。

 

「……んぐっ。これは、美味いな。せっかくの霜降り赤ガニをスパゲティに使うなど、もったいないとも思ったが……。カニの身をたっぷり使う事で、ソースにまで味が移って、スパゲティにもカニの風味がよく絡んでいる。これは普通に食べるよりも、もっと贅沢な食べ方かもしれないな!」

「それ、カマボコですけどね」

「!?」

 

 朝から高級食材を食べられて嬉しいのか、料理番組のナレーターみたいな事を言いだしたダクネスに、俺は真実を告げた。

 

「そのカニっぽいのはカニカマって言って、霜降り赤ガニの身は入っていないんだが、一体何を食ってたんですかねララティーナお嬢様。ソースにカニの風味があるのは、昨日のカニの殻を使って香りづけしたからで、カニカマとは全然関係ないんですよララティーナお嬢様。スパゲティに風味が絡んでるのも、麺を茹でる時にちょっと茹で汁を混ぜておいただけなんですよララティーナお嬢様。それに、カニカマってのは俺のところにあった安っぽい食品で、全然贅沢ではないんですよララティーナお嬢様」

「こ、こんな時ばかりいちいちお嬢様と呼ぶのはやめろ!」

「いやあ、流石ララティーナお嬢様は美食家でいらっしゃいますね! ぶははははは!」

 

 俺がダクネスを指さして大笑いすると、顔を真っ赤にしたダクネスが目に涙を浮かべて殴りかかってきた――!

 

 

 

「――というわけで、いつもの初級魔法で翻弄しながら、隙を突いてドレインタッチで体力を奪って無力化してやった。今は体が冷えたから温まりたいって言って、風呂に入っているところだ」

「あなたは本当に容赦がないですね。煽ったカズマが悪いのですから、ダクネスにはきちんと謝ったらいいと思います」

「いや、俺は別に悪い事はしてないだろ。そりゃ、ただのカニカマを霜降り赤ガニだって騙したのは少しは悪かったかもしれないが、勝手に食レポして自爆したのはダクネスだぞ」

「まあ、霜降り赤ガニではなくカニカマとやらだと言われても、すぐには信じられないくらい美味しいですからね。ダクネスが間違ったのも無理はないですよ」

「そんなに褒められると照れるな」

「違いますよ! 今のはダクネスのフォローです!」

 

 と、俺達がそんな事を話していると。

 風呂場に続くドアが開いて、風呂上りのダクネスが広間に入ってくる。

 俺達の会話が聞こえていたらしく、ダクネスが不機嫌そうに。

 

「……そうだな。今考えてみても、霜降り赤ガニとほとんど変わらない味だった。騙されたのは悔しいが、あの料理が素晴らしいものだったという私の感想は変わらない」

「お、おう……。そうか」

 

 睨まれながら褒められても素直に喜べないんですが。

 俺がダクネスに睨まれていた、そんな時。

 

「おはよう。あらっ、こんな時間からカズマさんが起きてるわ! これはきっと、槍でも降ってくるんじゃないかしら! 今日は出掛ける予定だったけど、やっぱり一日中ソファーでゴロゴロしている事にするわね」

 

 バカな事を言いながら、アクアが階段を下りてきた。

 

「おいふざけんな。俺だってたまには早起きくらいする。お前がダラダラしたいだけなのに俺のせいみたいに言うのはやめろよな」

「残念でした! 私はダラダラしたいんじゃなくて、ゴロゴロしたいのでした! そんな事より、今日の食事当番はカズマさんのはずよね? 早く朝ごはんを食べたいんですけど!」

「作ってあるから台所から自分で取ってこい」

「えー? 私はソファーでゴロゴロしているから、カズマさんが取ってきてくれない?」

「舐めんな」

「ア、アクア。良ければ私が取ってきてやろうか?」

 

 起きたばかりだというのにソファーでゴロゴロしたがるアクアに、ダクネスが少し上ずった声で言う。

 ……コイツはアクアがカニカマに騙されるかどうかが気になっているらしい。

 

「本当? ダクネスったら気が利くじゃない。なら、お願いするわね」

「あ、ああ、少し待っていろ」

 

 ダクネスが台所へ行き、持ってきたスパゲティを。

 

「その……、霜降り赤ガニの、カニクリームスパゲティだそうだ」

「いただきまーす!」

 

 アクアが優雅な仕草で、フォークで巻き取って口に入れ……。

 

「ねえカズマ。コレって霜降り赤ガニじゃなくて、カニカマじゃない?」

 

 ひと口で見抜いたアクアに、ダクネスが『ひょっとして私は味音痴なのか?』とションボリし、そんなダクネスの肩をめぐみんがポンポンと叩いて慰めていた。

 

 

 *****

 

 

 嘘を看破する魔道具が鳴ると、セナがベルを一瞥して。

 

「嘘を吐いてもためになりませんよ」

「い、いや、嘘ってわけじゃ……。カニカマってのは俺のいたところでは普通にあったものだし、別に俺のアイディアじゃないんだよ」

 

 冷たい目に見据えられ、俺はセナから目を逸らす。

 

「そもそも、カニカマというのはどういうものなんですか? そんなに霜降り赤ガニに似ているのですか?」

「カニカマってのは、カマボコにカニエキスを混ぜて味をカニっぽくして、形をカニの足みたいにして見た目と食感もカニっぽくした感じのやつだな。こっちではカニカマを誰も知らないし、霜降り赤ガニを食べた事のある人もあんまりいないみたいだから、本物の霜降り赤ガニですよって言って食べさせたら騙されるんじゃないか。でも実際は、似てるだけで同じなわけじゃないぞ。カニカマを知ってるアクアはひと口で見抜いてたしな」

「……これは捜査のために訊くのですが、そのカニカマとやらを作る事は出来ますか?」

 

 セナが少し言いにくそうにそんな事を……。

 …………。

 

「ほーん? 王国検察官さんが、捜査にかこつけて容疑者にそういう要求をするのっていいんですかね? それって職権乱用って言うんじゃないですか?」

 

 俺がすかさずツッコむと。

 

「ちちち、違います! これは……! これは捜査に必要な事で……!」

 

 焦りまくりながら否定するセナが、嘘を感知する魔道具をじっと見るが、ベルは鳴らず。

 セナはホッと息を吐くと。

 

「これは捜査に必要な事です」

「いや、ホッと息吐いてんじゃねーか! あんた、自分でも本当に必要な事なのかちょっと疑問だったんだろ! カニカマを食ってみたいって思ったんだろ!」

「ち、違います! 実物を見てみない事には、適正な判断は出来ないと考えただけです。それで、作れるんですか? 作れないんですか?」

「……いやまあ、材料さえあれば作れるけども。魚はすり身にするから安いので十分だし、あとカニの茹で汁があればなんとかなるから、結構簡単に手に入るぞ」

 

 俺の言葉に、セナが期待するような表情を浮かべ、慌てて酷薄そうな無表情に戻る。

 

「なるほど。つまり、カニカマというのは簡単に作れるんですね? それで、あなたはカニカマを霜降り赤ガニだと言って、安価で売り捌いたと……」

「いや、だからそんな事してないって言ってるだろ。カニカマを作ったのは、たまたま台所に材料が揃ってて、霜降り赤ガニだぞって言ってあいつらを騙してみようって思いついたからだよ。商売にしようと思ってたわけじゃないし、誰にも売ったりしてないぞ」

 

 セナはちらりとベルを見るが、鳴らない。

 

「……どうやら、自分が間違っていたようですね。ダストというチンピラ冒険者が、カニカマを売り捌いたのはあなたの指示だと証言したものですから」

「…………」

 

 視線を逸らす俺に、謝ったはずのセナの目が厳しくなる。

 

「確認ですが、サトウさんはダストに詐欺のアドバイスなどはしていないのですよね? カニカマの作り方や、霜降り赤ガニだと言って安価で売れば儲かるといった事や、高級レストランに頼めば捨てるだけのカニの茹で汁を譲ってくれるはずだといった事などを、ダストに教えたのはあなたではない、という事でいいんですよね?」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「……違います」

 

 ――チリーン。

 

「詳しく話を聞かせてもらおうか」

 

 

 *****

 

 

 朝早く目覚めたせいで眠くなった俺は、朝飯の後片付けを終えると、ソファーでゴロゴロしていた。

 ソファーの使用権を巡る戦いで俺に負けたアクアが、カーペットの上に三角座りをして、ゼル帝に指先をつつかれながら愚痴をこぼしている。

 

「……女神の聖域を侵すとか、あの男は痛い目を見るべきだと思うの。ねえ、ゼル帝もそう思うでしょ? いたっ! 元気なのはいいけど、お母さんの指をつっつくのはやめてほしいんですけど!」

 

 ダクネスはテーブルで書類を広げて何か書いている。

 めぐみんは出掛けているのでこの場にはいない。

 昨夜言っていた盗賊団とやらの活動で、近所の子供達と遊んでいるのだろう。

 

 ――そんな、なんでもない昼飯時。

 

「おーい、カズマ。飯くれー。ギャンブルで大負けして金がねーんだよ」

 

 人として駄目な事を言いながら、チンピラ冒険者のダストが訪ねてきた。

 我が物顔で椅子に腰を下ろすダストに、アクアが。

 

「誰かと思えばチンピラ冒険者のダストさんじゃないですか。ねえねえ、私がこないだ貸してあげたお金はいつになったら返ってくるの? 倍にして返してやるって言ってたわよね?」

「悪ぃな。あの金はまだ結果が出てないんだ。だが、結果が出ていないって事は、希望があるって事だろ? そのうち、倍なんてケチ臭い事は言わず、三倍にして返してやるから待っててくれよ」

「分かったわ! でも、早めに返してね? あのお金は、私がお酒を我慢して貸してあげたお金なんだから!」

 

 それ、返ってこないやつだと思う。

 

「おい、昼飯くらい食わせてやるから、俺の仲間から金を巻き上げようとするのはやめろよ」

「い、いや、俺だって親友の仲間を騙すほど落ちぶれちゃいねーんだが……。冒険者ギルドで商談してるとこに、お前んとこのアークプリーストが首突っこんできて、私のお金も増やしてねとか言って金を置いてったんだよ。仕方ないからその金をギャンブルに注ぎこんだら大負けして、返すに返せなくなっちまってな」

「お前最低だな。あと俺達は親友じゃなくて知り合いだから」

 

 と、ダストの最低っぷりに俺がドン引きしていると、書き物の手を止めたダクネスが、なんかソワソワしながら。

 

「な、なあカズマ。そのチンピラに昼食を作ってやるのか? その、ほら、朝食の残りが、まだひとり分くらいならあったんじゃないか?」

「えー? アレは私が食べようと思ってたんですけど! 今日は本物の霜降り赤ガニよりもカニカ……むぐっ!?」

「どうだろうか? アレをダストに食べさせるというのは?」

 

 ダクネスが、カニカマと言いかけたアクアの口を塞ぎ、そんな事を言ってくる。

 ……そんなに誰かがカニカマに騙されるところを見たいのだろうか。

 

「まあ、俺は別に構わんよ。おいダスト、昼食だがスパゲティでもいいか? 霜降り赤ガニを使ったクリームスパゲティが余ってるんだが」

「おう。タダで食わせてくれるんなら、俺は別になんでも……霜降り赤ガニ!? 霜降り赤ガニを食わせてくれんのか! い、言っとくが俺は金なんか払わねーぞ! いいのか? 本当にいいのかよ!」

 

 捻くれ者らしく疑いながらも喜ぶダストを、ダクネスが期待するような顔で見つめ……。

 そんなダクネスが口を塞いでいるせいで、アクアの顔が青くなっていた。

 

 

 

「マジかよ! 本物の霜降り赤ガニじゃねーか! 流石はカズマだな! お前さんの親友をやってて良かったぜ! 随分前に一度だけ食ったきりだが、やっぱうめえ!」

 

 スパゲティの皿を前にして、ダストはうめえうめえと何度も言いながら勢いよく食べる。

 そんなダストに、ダクネスが勝ち誇ったように。

 

「ふはははは! 引っかかったなチンピラめ! それは本物の霜降り赤ガニなどではなく、カズマが作ったカニカマとかいう偽物だ!」

「……?」

 

 いきなり勝ち誇られたダストが、不思議そうに首を傾げる。

 

「おいカズマ。どういうこった? コレって霜降り赤ガニじゃねーのか?」

「そーだよ。それはカニカマって言って、霜降り赤ガニっぽい味と食感と見た目だけど、本当はカマボコだよ」

「…………」

 

 俺が真実を告げると、ダストは黙って皿をじっと見つめる。

 

 ……あれっ?

 

 ダクネスのように知ったかぶりして食レポとかしていなければ、そんなに気にするような事でもないとめぐみんは言っていたが。

 一応ダストも荒くれ者の冒険者だし、騙されたと言って怒りだしたり……。

 いやでも、ダストだしなあ。

 俺がダストのリアクションに少し不安になっていると。

 

「おいおいおい! マジかよ! やるじゃねーかカズマ! 霜降り赤ガニとほとんど変わらない味と食感だったぞ! 食った事ない奴なら絶対分からねーだろ! こりゃすげえ! なあ、コレって霜降り赤ガニを買うよりも安く作れるんだよな? 本当はカマボコだもんな?」

 

 ダストがテーブルを叩いて立ち上がり、嬉しそうに俺の方に身を乗りだしてくる。

 急にハイテンションになったダストに、俺は身を引いて。

 

「お、おう……。そりゃカマボコだからな、材料だけなら結構安上がりだぞ。作るには料理スキルが必要だろうし、ちょっとしたコツも要るけどな」

「よし、カズマ。金を払うから俺に作り方を教えてくれよ」

「教えるのは構わないが……。金を払うって、お前、金がないから俺に昼飯たかりに来たんだろ?」

「コイツを売って儲けたら、その金で払ってやるよ! 今度こそ間違いなく儲かるから心配すんな!」

「いや、カニカマで商売するのはやめといた方がいいぞ」

 

 と、ダストを止めようとする俺を、アクアが押しのけ。

 

「ねえねえ、その間違いなく儲かる話、私にも手伝わせてほしいんですけど!」

「……い、いや、あんたには以前、俺の商売に出資してもらってるんだし、もう手伝いは十分だ。俺が儲けた金を届けるのを、大船に乗ったつもりで待っていてくれや!」

 

 アクアの運の悪さをよく知っているダストが、せっかくの儲け話を駄目にされないために必死にアクアを思い留まらせようとする。

 

「ほーん? ソファーでゴロゴロしている私にお金を届けようなんていい心掛けね。あなたを名誉アクシズ教徒にしてあげてもいいわよ」

「お前それ罰ゲームだろ」

「……、コレは私達の出身地の料理を、カズマが再現したもの。本物とはちょっと違うわ。あなたはこの偽物のカニカマは食べたけど、本物のカニカマを食べた事がないでしょう? 私は本物の霜降り赤ガニも、この偽物のカニカマも、そして日本で本物のカニカマも食べた事があるわ。きっと商売の役に立てると思うの。私が協力したらもっと儲かって、私が貰えるお金も増えるんじゃないかしら!」

 

 金に目が眩んだアクアが、俺のツッコミをスルーしダストを説得しようとする。

 ……いや、偽物のカニカマってなんだよ。

 

「そ、そうか……。そういう事なら、試食係だけでも……。い、いや待て、やっぱりあんたと関わるとマズい気がする……!」

「分かったわ! 私はゴロゴロしながら試食だけしていればいいのね! 任せてちょうだい! 本物のゴロゴロってやつを見せてあげるわ!」

「違う、そうじゃない!」

 

 都合のいい事しか耳に入らないアクアに、ダストが慌てる中。

 

「……霜降り赤ガニだと言って、霜降り赤ガニではないものを食べさせられたのに、どうして誰も怒らないんだ? ひょっとして私は、すごく心の狭い人間なのだろうか……?」

 

 ダクネスがションボリしていたが、誰も気づかなかった。

 

 

 *****

 

 

「――というわけで、俺はカニカマの作り方を教えたし、霜降り赤ガニの茹で汁を高級レストランから分けてもらえるかもしれないとも言ったが、霜降り赤ガニだと言って売ればいいなんて言ってないぞ。というか、商売しようって話は何度も止めようとしたんだからな」

 

 俺の必死の言い訳に、セナは嘘を看破する魔道具を見る。

 ――もちろん鳴らない。

 セナはじっとベルを見ながら、ポツリと。

 

「……ひょっとして、故障でしょうか?」

「おいふざけんな! どういう意味だよ! 俺は嘘なんか吐いてねーぞ! というか、最初から俺じゃなくてダストを連れてくればいいだろ! 俺はカニカマの作り方は教えたが、あいつの商売にはまったく関わってないからな!」

「し、失礼しました! そうではなく……。あのチンピラ冒険者は、すでに捕えて牢屋に入れています。サトウさんをここに連れてきたのは、あの男の証言であなたに対する疑惑が出てきたからで……。その、サトウさんとあの男の証言が食い違っているのですが、魔道具の判定ではどちらも嘘を吐いておらず……」

 

 激昂する俺に、セナが困ったように首を傾げる。

 

「そりゃ嘘を吐かなくても人を騙す事は出来るってやつだろ。ダストの取り調べの時に、質問と答えが微妙に食い違ってる事はなかったか? 調書を取ってあるんだろうから、読み返してみたらどうだ?」

 

 俺がそう言うと、セナは慌てて取り調べ室を出ていき、書類を持って戻ってくる。

 

「流石に、一応は容疑者であるサトウさんに見せるわけにはいきませんが……」

「いや、なんでここで読むんだよ? そういうのは容疑者のいないところで読んでくれよ」

「……あっ! これでしょうか? 『では、すべてはサトウさんの指示だったと?』という自分の質問に対して、ダストが『まあ、俺のやった事なんて大した事じゃねーよ。カニカマの作り方をカズマに聞いて、それを料理スキル持ちに教えてやっただけだからな』と……」

 

 それじゃん。

 

「すすす、すいません! 自分はどうも、こういった駆け引きが苦手でして……」

 

 俺が呆れた表情を浮かべると、セナはペコペコと何度も頭を下げる。

 王国検察官が、こういった駆け引きが苦手ってのはどうなんだろうか……?

 ……いろいろと苦労してるんだろうなあ。

 

「俺の容疑って晴れたんだろ? なら、帰ってもいいか?」

 

 立ち上がりながら言った俺に。

 

「そ、その……。出来ればもう少しだけ残っていただけませんか?」

 

 セナが申し訳なさそうに、そんな事を言ってきた。

 

 

 

 取り調べ室のドアが開くと、やたらと大きな態度でダストが入ってくる。

 

「おう、俺への尋問は終わったんじゃねーのかよ? もう話せる事は全部話したぞ! カニカマでまだまだ儲けられるはずなんだから、さっさと帰らせてくれや!」

「バカを言うな! 詐欺を続けるという男を自由にさせるわけがないだろう! サトウさんからも事情を聞いたが、やはり貴様が首謀者だったようだな? 今度こそ本当の事を話してもらうぞ!」

 

 セナが、厳しい口調でダストに言いながら、椅子に座る。

 ダストもセナに促され、セナの対面の椅子にどかりと腰を下ろした。

 

「本当の事? おいおい、俺は別に嘘なんか吐いちゃいねーぞ? というか、今回は詐欺なんて……」

「嘘を吐かなくても人を騙す事は出来るというわけだな?」

 

 ダストの言葉を遮り、セナがそんな事を言う。

 

「おかしな小細工を出来ないように、『はい』か『いいえ』で答えろ。貴様は霜降り赤ガニではないものを、霜降り赤ガニだと言って売ったか?」

「はあー? ったく、なんだっつーんだよ? その質問にはもう答えたはずだろ」

「いいから答えろ」

「分かった分かった。いいえ」

 

 セナが食い入るように嘘を感知する魔道具を見るも。

 ……鳴らない。

 

「な、なぜ!? どういうことだ!」

 

 驚愕に目を見開くセナに、ダストが。

 

「だから何度も言ってるだろ、今回は詐欺じゃなくて普通の商売だって。カズマに教えてもらったカニカマってのを、料理スキルを持ってる奴に作らせて、屋台で売る事にしたんだよ。その時に、本物に見えるように霜降り赤ガニの殻に詰めて売ったんだ。商品名は、霜降り赤ガニの足。売ってるのはカニの足の殻なんだから、何も嘘は吐いてないだろ?」

 

 …………。

 

「まあ、中には『コレって本物の霜降り赤ガニですか?』って訊いてくる客もいたよ。そいつらにはきちんと『もちろん、本物に決まってるだろ』って答えてやったぜ。足の殻の話だけどな。向こうはカニカマの事を訊いていたのかもしれないが、俺は何も嘘は吐いてない。ただちょっと行き違いがあっただけだ。それに、実際に食ったら文句言う奴はいなかったぜ。誰も不幸になっていないんだし、詐欺師扱いされるのはおかしくねーか?」

 

 ……………………。

 

「というか、食品偽装の詐欺だとか言ってたが、屋台の食い物がちっとばかし怪しい食材使ってるなんて、よくある事じゃねーか。そんな事に文句を言われる筋合いはないはずだろ。何度も言うが、今回は詐欺でもなんでもなく、ただちょっと目新しい商品を売ってただけだぞ?」

 

 ……確かに。

 ダストの言葉に納得した俺は、隠れていた場所から立ち上がった。

 

「話は聞かせてもらった」

「きゃあ! サ、サトウさん!?」

「カ、カズマ!? ……お前さん、机の下なんかで何やってんだ?」

 

 そう。俺が隠れていたのは、ダストとセナが話していた机の下。

 潜伏スキルを使って隠れ、セナがダストに騙されそうになったら合図を出すはずだったのだが……。

 

「お前を尋問していて騙されそうになったら、知らせてくれって頼まれてたんだよ」

「そ、そうですよサトウさん。勝手に出てきてもらっては困ります。は、恥ずかしいのを我慢したのに……」

 

 ダストに気付かれないように、ほぼセナの足にくっつく形で隠れていたわけだがこれはセクハラではない。

 立ち上がる時にセナのスカートが多少めくれたかもしれないがセクハラではない。

 セナの冷たい視線を無視して、俺は。

 

「いや、コレってこいつの言い分が正しいと思うぞ。食品偽装の詐欺だって言ってたのは、客じゃなくて商人組合なんだろ? 同じ商人として、商品が競合するからって文句を言われる筋合いはないと思う。それって、商売敵に対する嫌がらせってやつなんじゃないか?」

「そ、そんな……!」

 

 俺の言葉に、セナが愕然とした顔をする。

 そんなセナを、ダストが指さし爆笑しながら。

 

「ぶははははは! おいおいマジかよ? 天下の国家検察官様ともあろう者が、商人組合に利用されて、零細商人を犯罪者扱いですか? この落とし前はどう付けてくれるんですかねえ? 捕まって尋問されてる間に、どれだけの客を逃しちまったんだろうな?」

「そ、それは……。あ、あなたがしょっちゅう問題を起こしているから……!」

「はあー? いつも問題を起こしているからって、冤罪で捕まる理由にはならねーだろ。お前さん、カズマに国家反逆罪の濡れ衣を着せそうになった時に、噂に踊らされて先入観に囚われてたとかって謝ってなかったか? あの時の謝罪はなんだったんだ?」

「……ッ!」

 

 調子に乗ってセナを責めるダストに、セナが目に涙を浮かべ、ぐぬぬといった感じに唇をかむ。

 

「……も、申し訳ありません。自分が間違っていたようです」

「それで? ごめんなさいじゃなくて、どういう補償をしてくれるんだ? 賠償金でも支払ってくれんのか? ごめんで済んだら警察はいらねーんだよ!」

 

 低姿勢なセナに、ダストの態度がますます大きくなった。

 ……気の毒に。

 

 

 *****

 

 

 ――深く頭を下げるセナに、ダストがネチネチと絡んでいた、そんな時。

 取り調べ室のドアが開かれ、女性警官が部屋の中を覗きこんで。

 

「取り調べ中にすいません。サトウさんの言っていた事を調べ終えたので、報告に来ました」

「おっ、なんだなんだ? お前さん、まだ何か隠し玉があるのかよ? 流石カズマだな! 捕まってもタダじゃ起きねーってか!」

「報告を頼む」

 

 何か勘違いをしているダストがはしゃぐ中、セナに促され女性警官が。

 

「カニカマの商業権はある貴族が持っているそうで、ダストなどという男に許可は出していないとの事です」

「……は?」

 

 ポカンと口を開けたダストに、セナが酷薄そうな無表情で。

 

「まだ話が伝わっていなかったからか、訴えは出されていなかったが、聞いてのとおりカニカマの商業権はお前にはない。確かに食品偽装の詐欺というのは自分の間違いだったしいくらでも謝罪するが、お前が商業権を侵害していたのは事実だ」

「お、おいカズマ。どういうこった!」

「だから俺言ったじゃん。カニカマで商売するのはやめとけって」

 

 そう。カニカマの作り方とそれを使った商業権は、ダクネスの結婚騒動の時、バニルに売った数々の設計図や試作品、そして様々な財産権の中に含まれていた。

 バニルはそれをさらに転売したという話だから、誰がカニカマの商業権を持っているか俺は知らなかったが、少なくとも誰かがその権利を持っているわけで。

 だから俺はダストを止めようとしたのだが、毎回タイミング悪くアクアが絡んできて説明できなかった。

 ……アイツは本当に、ロクな事をしないなあ。

 

「何か申し開きはあるか?」

 

 厳しい口調で問うセナに、ダストは。

 

「すいませんでしたーっ!」

 

 鮮やかに手のひらを返し、芸術的な土下座を見せた。

 

「ごめんで済んだら警察は要らないのだったな。確かに貴様の言うとおりだ。では、尋問を再開しようか」

 

 

 

 ダストをネチネチと追いつめるセナを見て、報告に来た女性警官が。

 

「……相手を一度優位に立たせておいて心を折るなんて、セナさんも図太くなったなあ。これもサトウさんの影響でしょうか?」

「おいやめろ。ダクネスといいお前らといい、なんでもかんでも俺のせいみたいに言うのはやめろよ」

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 アクセルの街で数々の事件を解決に導いた事を評価され、セナが王都に返り咲くらしいと、風の噂で聞いた。

 俺達が事件を起こした時には何かと世話になったので、俺は栄転祝いを贈っておいた。

 

 後日、セナから送られてきたお礼状には、末尾にこう書かれていた。

 

 ――ところでこれは、本物の霜降り赤ガニなのですか? それともカニカマというやつなのですか?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この失せ物探しに追憶を!

『祝福』10,12、既読推奨。
 時系列は、12巻の後。


 ――病気の女の子を救うため、悪魔の住む城に乗りこみ薬の材料を取ってくるという王道的なクエストを果たした俺達は、このところ平穏な日々を送っている。

 その日、俺が広間でダラダラしていると、

 

「さあカズマ! クエストです、クエストを請けましょう! こないだはダクネスが活躍しましたから、今度は私の番だと思います! なんなら泊まりのクエストでもいいですよ!」

 

 屋敷の中だというのにマントを羽織っためぐみんが、杖を振り回して面倒くさい事を言ってきた。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 俺はもう働かなくていいほどの資産があるんだから、クエストなんて請けないぞ。多くの強敵を打ち破り、最後には病気の女の子を救ったんだ。そろそろ俺の冒険者人生にも幕を下ろす時が来たんじゃないか? 後の事は本物の勇者達に任せて、俺は世界の平和を願いながら穏やかに生きていこうと思う」

「あなたこそ何を言っているんですか。その年で冒険者人生に幕を下ろすとか穏やかに生きていくとか、いくらなんでも気が早すぎますよ。バカな事を言っていないで、冒険者ギルドに行きましょう。私にあなたの格好良いところを見せてくださいよ」

「お断りします。今日はダラダラしながらゲームを進めるっていう大事な予定があるんだ。爆裂散歩ならともかく、クエストになんか行く気はないぞ。どうしてもって言うんなら、ダクネスを誘えばいいだろ」

 

 俺の肩をグイグイ引っ張っていためぐみんが、ダクネスの名前を出すと困ったような顔をする。

 

「……それが、今日は朝からダクネスを見かけないんですよ。カズマはダクネスがどこにいるか知りませんか?」

「知るわけないだろ。俺はさっき起きたばかりだぞ」

「それは胸を張って言う事ではないですよ」

 

 俺達がそんな話をしていると、ソファーに座りゼル帝を撫でていたアクアが。

 

「ダクネスなら、朝早くからダスティネスのお屋敷に行くって言って出掛けていったわよ。なんだかソワソワしてたわね」

 

 ……ダクネスがソワソワしていた?

 それって……

 

「またおかしなスライムでも見つけたのか」

「あの、カズマとダクネスは、貴族の屋敷に侵入したんですよね? その事でいろいろと後始末とかあるのではないですか?」

「……そういうもんなの?」

「私も詳しい事は知りませんが。ダスティネス家の権力を使って、いろいろと揉み消したりしているのでは? 貴族の住居に侵入して宝物を盗めば、普通は死刑ですからね」

 

 確かに。

 ……いやでも、あのゼーレシルトとかいう悪魔が、俺達の事を他の貴族に話したりするだろうか?

 と、そんな時。

 玄関のドアが開いて、憔悴した様子のダクネスが入ってきた。

 

「おかーえり!」

「ああ、ただいま……」

「ダクネスったら、大丈夫? なんだかすごく疲れた顔をしているわよ? 今、ヒールを掛けてあげるわね!」

「どうかしたんですか? 何か困っている事があるのなら、私達にも相談してほしいです」

 

 アクアがいそいそとヒールを掛け、めぐみんが心配そうに言うと、ダクネスが言いにくそうに目を逸らして。

 

「困っていると言えば困っているのだが……。個人的な事なのであまり心配しないでくれ」

「水臭い事を言わないでくださいよ。私達は仲間じゃないですか。体力自慢のダクネスがそんなに疲れるなんて、よっぽどの事でしょう? それとも、私達にも話せないような事なんですか?」

 

 重ねて問いかけるめぐみんに、ダクネスは。

 

「そ、それは、その……」

 

 ……なぜかチラチラと俺の方を見てきて。

 ダクネスの視線を追いかけたアクアとめぐみんが、俺に白い目を向けてくる。

 

「カズマったら、ダクネスに何をしたの? こないだシルフィーナちゃんを助けてあげたからって、あんまりひどい事を要求するのはどうかと思うんですけど」

「いやふざけんな! なんにもやってねーよ! お前もチラチラ見てくるのはやめろよ。言いたい事があるならはっきり言えばいいだろ!」

「ちちち、ちがー! べ、別にカズマに何かされたわけでは……!」

「じゃあなんだよ。もったいぶってないでさっさと言えよ! じゃないと、俺がこいつらに責められるだろ」

 

 俺が文句を言うと、なぜかダクネスは顔を赤らめてモジモジしだした。

 めぐみんの目が紅く輝きだしたので、恥ずかしがってないでさっさと言ってほしい。

 

 

 

「……カモネギのぬいぐるみ?」

「そ、そうだ。エルロードの土産にと、カズマがカモネギのぬいぐるみを買ってくれただろう? それがいつの間にかなくなっていて……。大切に保管していたはずなのだが……。ほ、本当だぞ? 部屋から持ちだした事もないし、なくなるはずがなかったんだ!」

 

 そういえば、そんなもんを買ったな。

 別にぬいぐるみがなくなったくらいで、そこまで落ちこむ事もないと思うが。

 

「なるほど。大好きな俺が買ってやったぬいぐるみだから大事にしてたんだな」

「それは……! そ、そう……です……」

 

 俺の言葉に、ダクネスが真っ赤になった顔を両手で隠す。

 ……素直に肯定されるとこっちも照れるのでやめてもらいたい。

 そんなダクネスに、めぐみんが。

 

「でもカズマは私のですからね」

「……!?」

 

 ダクネスが顔から少しだけ手を離し、ポツリと。

 

「……めぐみんが買ってもらったエルロード土産は、確か煎餅だったな」

「なにをっ!?」

 

 ダクネスの思わぬ反撃にめぐみんが言葉を失う中、アクアがゼル帝に指を突かれては引っこめながら。

 

「ねえカズマ。私にもエルロードのお土産が欲しいんですけど」

 

 …………。

 

「いや、お前は何を言ってんの? お前には変てこな石をあげただろ。ゼル帝の親代わりだからって、記憶力まで鶏レベルにならなくてもいいんだぞ?」

「なーに? 急に褒めたってなんにもあげないわよ? 私がゼル帝のお母さんとしてドラゴンっぽくするのは当たり前じゃない。まあ、私は女神なので、ドラゴンよりも偉大なのは仕方ないですけど!」

「褒めてねーよ」

 

 俺とアクアがバカみたいな言い合いをしていると。

 

「仕方ないですね。そんなに大事な物なら、私も探すのを手伝ってあげますよ。その代わり、後で爆裂散歩に付き合ってくださいね」

「す、すまない。だが、本当になくなるはずがないのだが……」

「そんな事を言っても、なくなってしまったものは仕方がないでしょう。最後に見たのはどこですか?」

 

 ついさっきまで、俺を巡って言い争っていためぐみんとダクネスが、仲良くぬいぐるみを捜し始める。

 

「なくしたり汚したりすると困るから、私の部屋に置いてあったんだ。持ちだした事などないはずなのに……」

「部屋というのは、この屋敷のダクネスの部屋ですよね? それなのに、ダスティネス邸まで捜しに行ったんですか?」

「部屋中探したのに見つからなかったんだ。ひょっとしたら、持っていったのを忘れているのかもしれないだろう?」

「……とりあえず、ダクネスの部屋をもう一度捜してみませんか? 部屋から出していないのなら、どこかに見落としがあったのかもしれません。大丈夫ですよ。こういうのは意外と簡単なところで見つかったりするものです」

 

 と、階段を上がっていこうとする二人に、アクアが。

 

「ねえねえ二人とも。そういえば、こないだウィズが捜し物にちょうどいい魔道具を仕入れたって言って喜んでいたわよ」

 

 ……ウィズが喜んでいたとか、嫌な予感しかしない。

 二人もそう思ったのか、アクアの言葉を聞かなかった事にして二階へと上がっていった。

 

 

 *****

 

 

 ダクネスがなくしたというカモネギのぬいぐるみを捜し、屋敷中をひっくり返すも、アクアの部屋でカビの生えたパンが見つかったり、台所からアクアのへそくりが見つかったりした以外は特に収穫がなかった、その翌日。

 ウィズが仕入れたという、捜し物に使える魔道具の話を聞くために、俺達はウィズ魔道具店を訪れていた。

 俺が店のドアを開けようとすると、まるでそれを見通していたかのようなタイミングでドアが内側から開かれ、

 

「へいらっしゃい! 不良品を買い取ってくれるお客様達よ! ささ、店内へどうぞ」

 

 エプロン姿のバニルが出迎えてくる。

 

「おいやめろ。なんでもかんでも見通して、俺達を不良品の引き取り手扱いするのはやめろよ。というか、捜し物ってお前の得意分野じゃないか。金は払うから、こいつのぬいぐるみがどこにあるのか見通してくれよ」

「貴様らは常に発光女の傍にいるせいで、我輩の力を持ってしても見通しづらいのだ。それに、今月は本格的な赤字になりそうなので、不良品の魔道具を処分してしまいたい。返品するにも金が掛かるのでな。しかし、我輩はこの魔道具店の勤勉なバイト。高額商品を買っていただいたお客様には、うっかりサービスしてしまうかもしれん」

 

 見通す悪魔様、厄介だなあ……。

 これまで何かとロクでもない目に遭わされてきたダクネスが、早くも嫌そうな顔をしている。

 バニルに招かれ店の中に入ると、カウンターの向こうからウィズが。

 

「いらっしゃいませ! 先日は、ダクネスさんの娘さんが無事で、本当に良かったですね」

「ああ、先日は世話になった。そのうちシルフィーナを連れて、改めて礼を……!? ま、待ってくれ! シルフィーナは私の娘ではないぞ!」

 

 シルフィーナを娘呼ばわりされ、焦って訂正するダクネス。

 

「そうなんですか? でも、冒険者の方々が、アクア様がそう仰っていたと……」

「おいアクア。話があるからちょっとこちらへ来い」

「待って! ねえ待ってよダクネス! 冒険者ギルドやいろいろなところに噂を広めた事については、こないだきっちり叱られたじゃない! 痛っ! いたたたたた! ねえ足が浮いてるんですけど! 片腕で人ひとり持ち上げるのって、淑女としてどうかと思うんですけど!」

 

 シルフィーナがダクネスの娘だという噂を広めたアクアが、ダクネスにアイアンクローを食らってぶらぶらする中。

 めぐみんがマイペースに店の中を眺めながら。

 

「それで、捜し物に使える魔道具というのはどれですか?」

 

 めぐみんの言葉に、いそいそとお茶を淹れようとしていたウィズが嬉しそうな顔をする。

 

「皆さん、アレを見に来てくれたんですか! ちょっと待ってください。すぐにお茶を淹れてしまいますから!」

「私のお茶は温めでお願いね」

 

 アイアンクローを食らってぶらぶらしているアクアがそんな事を言う。

 ……こいつはこの店を喫茶店か何かだとでも思っているのかもしれない。

 

「お、お前という奴は! 少しくらい反省したらどうなんだ?」

「残念でした! 折檻されてもヒールを使えばへっちゃらなのでした! でも私にお酒を売らないように圧力を掛けるのはやめてね!」

「ああもう、本当にそうしてやろうか……? し、しかし、ダスティネス家は不当な権力の行使は……」

 

 まったく反省する様子のないアクアに、ダクネスが本当に圧力を掛けようかと真剣に悩み始めた。

 

 

 

「お待たせしました。こちらが昔の自分に戻れる魔道具です」

 

 お茶を淹れたウィズが商品棚から持ってきたのは、首に掛ける細い鎖の付いた、懐中時計のような魔道具。

 ネックレスのように首から掛けて使うらしい。

 

「この魔道具を使うと、意識だけ時間を遡って昔の自分に戻れるんです。ど忘れした事を思いだしたり、一度読んだ本を新鮮な気持ちで最初から読んだりといった用途に使えます。捜し物をなくした時に戻れば、どこに置いたかを思いだす事が出来るはずです」

 

 おお。なんだかすごく魔法っぽい。

 

「でも、どうせまた何かデメリットがあるんだろ?」

「……ええと、昔の自分に戻ると、捜し物をなくした記憶もなくなるので、なんのために魔道具を使ったのかが分からなくなりますね」

 

 駄目じゃないか。

 

「待ってください! 確かに欠点はありますが、目的をメモしておいて昔の自分に知らせたり、魔道具の使用者に周りの人が事情を説明すれば、きちんと使えるはずですから!」

「……ええと、試しに一回使わせてもらってもいいか?」

 

 というか、一回だけ使わせてもらって、ダクネスのぬいぐるみを捜すために来たわけだが。

 

「もちろんです! では、ダクネスさんがこの鎖を首に掛けて、魔力を注いでください。魔力の量によって遡る時間が変わるので、気を付けてくださいね。……私も試しに使ってみたんですが、調整が難しい上に、時間を遡るせいか使った時の記憶が曖昧になるので、何度使っても適切な魔力の量というのが分からなくて……」

 

 ……どうしよう。聞けば聞くほど不良品だ。

 ウィズの言葉に、魔道具を身に着けたダクネスも不安そうな表情を浮かべて。

 

「元凄腕魔法使いのウィズでも難しいのか?」

 

 と、めぐみんが店の中だというのにバサッとマントを翻し。

 

「我が名はめぐみん! 爆裂魔法を操るアークウィザードにして、アクセルの街随一の魔法使い! ここは私に任せてもらいましょう!」

 

 元凄腕魔法使いと言われたウィズに対抗してか、魔道具に魔力を注ごうとするめぐみんの手を、ダクネスが掴んで止める。

 

「い、いや、めぐみんは爆裂魔法に全力で魔力を注ぐ事は出来ても、微妙な調整というのは不得手だろう? 出来れば何かと器用なカズマに頼みたいのだが……」

「何を言っているんですか? 魔道具の専門家である紅魔族にして凄腕魔法使いでもある私を差し置いて、冒険者であるカズマに頼むなんてあり得ませんよ! 大丈夫です! 絶対に大丈夫ですから、私に任せてください!」

「し、しかしだな……」

 

 まったく信用できないめぐみんの言葉に、ダクネスが助けを求めるようにチラチラと俺の方を見てくる。

 

「おいめぐみん。お前、今日はまだ爆裂魔法を撃ってないだろ? ここで魔道具に魔力を注ぐと爆裂魔法が使えなくなるんじゃないか?」

「それもそうですね。すいませんダクネス。今の話はなかった事にしてください」

 

 俺の説得にあっさり意見を引っこめるめぐみん。

 

「……爆裂魔法を引き合いに出した途端、あっさり手を引かれるのもどうかと思うのだが」

「せっかく止めてやったんだから、面倒くさい事を言うのはやめろよな」

 

 と、俺とダクネスがめぐみんに気を取られている間に、アクアが魔道具に手を伸ばし。

 

「それなら、私が魔力を注いであげるわね! だから私にお酒を売らないように圧力を掛けるのはやめてちょうだい」

 

 アクアが魔力を注ぐと、懐中時計が輝きだし、針が勢いよく逆回転しだして――!

 

 

 

「……ねえダクネス。これくらいかしら? もういいならいいって言ってくれないと、止め時が分からないんですけど」

「やめろバカ! お前、ウィズの話を聞いてなかったのかよ! 魔力を注ぎすぎても駄目だって言ってただろ!」

 

 首を傾げながら、なおも魔力を注ごうとするアクアを、羽交い絞めにして魔道具から引き剥がす。

 

「何よ! お酒を売ってもらえるかどうかの瀬戸際なんだから邪魔しないでよ! それに、魔力を注ぐと針の動きが速くなって面白いのよ!」

「魔道具を使ったわけでもないお前が目的を忘れるなよ。……おいダクネス。大丈夫か?」

 

 俺がアクアを黙らせダクネスに声を掛けると、ダクネスは怯えたような表情で俺から身を引いた。

 

「な、なんだよ、急に変な顔したりして」

「……ダクネス? どうかしたんですか?」

 

 心配そうなめぐみんの言葉にも、ダクネスはビクッと震えて。

 

「……ど、どちら様ですか? ハーゲンは……? ここはどこですか……?」

 

 キョロキョロと店の中を見回し、ますます怯えた表情で縮こまるダクネス。

 

「ひょっとして、俺達と出会う前まで戻っちまったんじゃないか? 確か、ダクネスは人付き合いが苦手だったって親父さんが言ってたぞ」

「それにしては……。なんというか、怖がってるように見えますよ」

「きっとカズマさんが、誰彼構わずスティールを使って下着を盗むような人でなしだって事を、本能で察したんじゃないかしら」

「それならダクネスはむしろ喜ぶのでは?」

「……なあ、街の連中にその噂を広めてたのってお前なの? 言っとくが、俺もダクネスにペンダントを貰ったから、ダスティネス家の名前を出してお前に酒を売らないように圧力を掛けるくらいの事は出来るからな」

 

 と、俺達がひそひそと相談し合っていると、そんな俺達を不安そうに見つめていたダクネスに、ウィズが歩み寄って。

 

「突然すいません。あなたのお名前と年齢を教えていただけますか?」

 

 子供に話しかけるような穏やかな口調で、そんな事を……。

 …………。

 

「わ、私はダスティネス・フォード・ララティーナ。七歳です……!」

 

 ……えっ。

 

 

 *****

 

 

「どうやら、アクア様の膨大な魔力を魔道具に注いだ結果、ダクネスさんの意識が子供の頃にまで遡ってしまったみたいですね」

 

 ウィズがダクネスをチラチラと見ながら説明する。

 そのダクネスは、椅子に腰掛け足をパタパタさせながら、ジュースを飲んでいるところだ。

 子供の頃のダクネスは屋敷から出た事がほとんどなかったというから、店の中の物がなんでも気になるようで、興味深そうに見回している。

 誰かと目が合うとビクッとしてコップに視線を落とすのは、人見知りする性格だからだろう。

 今のダクネスとは大違いだ。

 見た目はダクネスなので違和感しかないが、ダクネスのいとこのシルフィーナにちょっと似ているかもしれない。

 そんなダクネスは、自分で自分の胸を揉んだりしながら、首を傾げている。

 いきなり大人の体になって困惑しているらしい。

 おいやめろ。

 目の毒だから本当にやめてください。

 中身が七歳児だと思うと、エロい目で見るだけで悪い事をしているような気分になってくる。

 

「な、なあ、これって元に戻るんだよな? 元に戻るのに十年掛かりますとか言わないよな?」

「大丈夫ですよ。魔道具の効果は、どんなに過去へと遡っても半日ほどで切れます。……ただ、今の状態で起こった事は、元に戻っても過去の記憶として残るんです。ダクネスさんの場合は子供に戻ってしまっていますから、あまり強い体験をすると、本来のダクネスさんの性格にまで影響が出るかもしれません」

 

 何それ怖い。

 この魔道具、マジで不良品じゃないか。

 

 ……いや待て。

 

「なあなあ、それならダクネスの変態を今のうちに矯正する事も出来るんじゃないか? 俺達の手で、あの残念な変態痴女を、本物の純情乙女に育て直すんだよ!」

 

 俺の言葉に、アクアが目を輝かせ。

 

「今のダクネスちゃんに恩を売っておけば、優しいアクアお姉さんとして記憶に残って、私に優しくしてくれるようになるって事ね! きっと、少しくらい怒らせても許してくれるんじゃないかしら!」

「ちょっと待ってください! 魔道具を使って人の性格を変えようとするのはどうかと思いますよ! 確かに、何かとモンスターに襲われたがったり、何かとカズマを襲おうとしたりするのはどうかと思いますが、私は今のダクネスが好きです。二人はダクネスの事が好きじゃないんですか?」

 

 都合のいい事を言う俺とアクアを、めぐみんが止める。

 ダクネスの事が好きか嫌いかと言われれば、そりゃあ……。

 

「……まあ、今以上におかしな性格になっても困るからな。余計な事はしないでおくか」

「えー? ダクネスの事は好きだけど、いくらでもお酒を飲んでいいって言ってくれたら、もっと好きになるわよ?」

「酒なら俺が買ってやるから、お前は余計な事をするなよな」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアを俺が止める中、めぐみんがダクネスの前に立ち。

 

「ええと、ララティーナ。初めましてですね。私はめぐみん。見ての通りの紅魔族にして、アクセルの街随一の魔法使いです」

「めぐみん様……」

 

 変わった響きを持つ紅魔族の名前に興味を惹かれたのか、ダクネスが目を丸くする。

 

「お兄ちゃんは佐藤和真。この街で冒険者をやっているんだ。俺の事は気軽にお兄ちゃんと呼んでくれ」

「そして私はアクア。そう、華麗なる水の女神アクアとは私の事よ! でも、私があまりにも麗しいからって、畏まる事はないわ。私の事も、気軽にアクアお姉ちゃんって呼んでくれていいからね」

「そ、そうですか……」

 

 バカな事を言いだしたアクアを、ダクネスが気遣うように微笑む。

 

「おいやめろ。七歳の子供に愛想笑いをさせるのはやめろよ」

「なんでよーっ! 私は本当の事を言っているだけなのに!」

「こいつの事は気にしないでくれ。アクシズ教徒だから仕方ないんだ。それで、あっちにいる綺麗なお姉さんがウィズで、あっちの変てこな仮面を被っているのがバニルだ。ここはウィズの魔道具店だよ」

 

 俺達が自己紹介を終えると、ダクネスが言いにくそうにしながらも、キッパリと。

 

「あの、私はどうしてここにいるんですか? パパや守衛の人に、屋敷から出てはいけないと言われているんです」

 

 そういえば、子供の頃のダクネスは屋敷から出られず退屈していたという話だ。

 七歳のダクネスにとって、見知らぬ場所で見知らぬ相手に囲まれているこの状況は不安なのだろう。

 まあ、確かに誘拐だとかを疑われても仕方がない状況だ。

 

 ……ふぅむ。

 

「めぐみん、少しの間ダクネスの気を引いておいてくれ」

「私ですか!? いきなりそんな事を言われても……」

「そういう事なら私に任せなさいな! ほら、ララティーナちゃん。今からこのポーションが消えますよー」

「たわけ! 店の商品を消そうとするでないわ貧乏神め!」

 

 騒ぐアクア達にダクネスが驚く中、俺はダクネスの背後から手のひらを突きつけた。

 

「『スティール』……!」

 

 バレないようにこっそり囁くと、俺の手の中には目当ての物が収まっている。

 ……下着を奪っていたら危ないところだった。

 

「なあララティーナ。これを見てくれ」

「!」

 

 俺がダクネスに手を差しだすと、ダクネスは俺が手にしている物を食い入るように見つめる。

 それは、ダスティネス家の紋章が付いたペンダント。

 今のダクネスは常に身に着けているものだが、屋敷から出ない七歳児には持たせていなかっただろうから、自分の持ち物を盗まれたとは思わないはず。

 ……俺がエルロードで預かったやつは、あちこちで使いまくっていたらダクネスにマジギレされたので、最近は持ち歩いていない。

 

「俺は君の親父さんからこれを渡されるくらい信頼されているんだ。……信じてくれるか?」

「は、はい! お父様が当家の紋章をお渡しするような方ですから!」

 

 知らない相手に怯える態度だったダクネスが、憧れの相手を見るようなキラキラした目を俺に向けてくる。

 

「流石ねカズマさん。小さな女の子を丸めこむくらいお手の物ね」

「ダクネスの見た目は小さな女の子ではないので、なんだかすごくいかがわしい感じがするのですが……」

 

 外野がなんか言っているが、俺には聞こえない。

 

「今のララティーナは大人の体になってるだろ? それって魔道具の効果なんだよ。ここには専門家がいるから、君が元に戻るまでここで預かる事になったんだ。一日経てば元に戻るはずだから、今日は俺達と一緒に遊んでいようか」

 

 昔は遊び相手がいなかったというダクネスは。

 

「はい……!」

 

 俺の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 *****

 

 

 ダクネスに娘が出来たという噂が広がっているし、冒険者に見つかると面倒くさい事になるので、この店からは出られない。

 ゆんゆんが置いていったというトランプで遊ぶ事になって。

 

「――っていうのが、ポーカーのルールだな。結構複雑だけど、分かったか?」

「はい! よろしくお願いします、お兄ちゃん!」

 

 俺がポーカーのルールを教えると、ダクネスが気合を入れるように両手を握りしめて、そんな事を言う。

 中身は七歳だからと、お兄ちゃんと呼ぶように言ったのは俺だが、年上のダクネスにお兄ちゃんと呼ばれるのは……。

 …………。

 これはこれでアリだな。

 中身は七歳だが見た目は十八歳なので、大きくなっても無邪気に呼んでいる感じがすごくいいと思う。

 俺がお兄ちゃんと呼ばれた余韻に浸っていると。

 

「あの、ララティーナ。貴族のあなたがカズマをお兄ちゃんと呼ぶのはあまり良くないのではないでしょうか」

「……? どうしてですかめぐみん様」

「えっ。ええと、それはですね……」

 

 ダクネスの俺へのお兄ちゃん呼びをやめさせようとしためぐみんが、不思議そうに首を傾げるダクネスに困った表情で口篭もる。

 

「いいかララティーナ。そのお姉ちゃんは俺の事が好きだから、君がお兄ちゃんって呼ぶのに嫉妬しているんだよ」

「そうなんですか!」

 

 そういった話題に興味津々らしいダクネスが、俺の言葉に目をキラキラと輝かせる。

 一方、めぐみんは目を紅く輝かせて。

 

「ちょっ……!? こ、子供相手におかしな事を吹きこむのはやめてもらおうか!」

「ほら、お姉ちゃんの目が赤くなってるだろ? 紅魔族は興奮すると目の色が赤くなるんだ。このお姉ちゃんは照れてるんだよ」

「そうですけど! 何も間違った事は言っていませんけど、いちいち詳しく解説するのはやめてください!」

「それじゃあ、お二人は恋人同士なんですか!」

 

 純粋な瞳でいろいろと聞いてくるダクネスに、いつもは直球なめぐみんが珍しく恥ずかしがっていた。

 

 

 

「ええと、ベットです!」

「私はドロップします」

「……ねえ、私もうチップがないんですけど」

 

 賭け金代わりの飴玉を押しだすダクネスに、めぐみんが勝負を降り、早々に破産したアクアが頬を膨らませる。

 

「レイズ!」

 

 俺が賭け金を吊り上げると、めぐみんが横からダクネスの手札を覗きこみながら。

 

「……ほう。なかなかいい手札ではないですか。これならこちらもレイズしていいのでは?」

「本当ですか!」

「おい、お前ら対戦相手なのにアドバイスするのはやめろよ」

 

 と、飴玉を失ってゲームに参加できなくなったアクアが、俺の傍に寄ってきて……。

 

「ブタよ! カズマさんの手札はブタよ!」

「お前ふざけんな! それは反則だろ!」

「いい事を聞きました。目いっぱい賭け金を吊り上げましょう、ララティーナ!」

「はい、めぐみん様! レイズです……!」

「コール! よし、勝負だ!」

 

 豚のはずなのに勝負を受けた俺に、ダクネスがうろたえつつも手札を見せる。

 

「……!? フ、フルハウスです!」

 

 そんなダクネスに、俺はニヤリと笑い。

 

「こっちはフォーカードだ」

「「!?」」

 

 俺が見せた手札に、めぐみんとダクネスが驚愕の表情を浮かべアクアを見る。

 

「よくやったアクア! チップを分けてやろう」

「……悪く思わないでねララティーナ。勝負の世界は非情なのよ」

「ズルい! ズルい! お兄ちゃんはズルいです!」

「最低ですよあなた達は! 大人げないにも程があるでしょう! 今のは流石にどうかと思いますよ!」

 

 飴玉をやりとりする俺達を、めぐみんとダクネスが口々に非難してくる。

 

「はあー? アクアが俺の手札を見たのに、反則だからこの勝負はなしって言わなかったのはお前らだろ? 反則行為を受け入れたんだから、その結果も受け入れるべきだと思う。自分に都合のいい時だけルールを持ちだすってのはどうなんですかねえ?」

「ううー……っ!」

 

 ダクネスが本気で悔しがって、子供みたいに泣きそうになっているのは新鮮だ。

 子供みたいも何も、今は子供なんだが。

 というか、俺も子供相手にやりすぎている自覚はある。

 見た目がダクネスだからだろうか?

 少しは手加減しようかと考えていると、俺の傍を離れめぐみん達の方へと寄っていったアクアが。

 

「大丈夫よララティーナ! 今度は私も手伝ってあげるわ! 皆であの卑怯者をぶっ飛ばしてやりましょう!」

「本当ですかアクア様!」

「いえ、あの……。アクアはあまりこの手のゲームが得意ではないでしょう? さっきからブタばかりではないですか」

「これまでの私と同じだとは思わないでちょうだい。……『ブレッシング』!」

 

 あっ、こいつ汚ねえ!

 

「ちょっと待て! 流石にスキルはどうかと思う!」

「ほーん? 自分に都合のいい時だけルールを持ちだすのってどうなんですか? カズマったら、自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」

 

 めぐみんとダクネスにもブレッシングを掛けながら、アクアが勝ち誇るように微笑む。

 ……この野郎。

 

「そういう事ならこっちも手加減しないがいいんだな? 運の良さで俺に敵うと思うなよ」

 

 俺はカードを配りながら、俺の対面に並んで座る三人に言う。

 三人が真剣な表情で自分の手札を覗きこむ中、俺が三人の背後を見やると。

 そこには、ポーションの瓶が置いてあって。

 ……勝負事とはいえ相手は子供だし、スキルを使われたり、三対一なんて状況にならなければ、こんなイカサマをしようとは思わなかったのだが。

 千里眼スキルで瓶に映る三人の手札を確認しながら、俺は。

 

「ベット!」

 

 

 

 ――遊び疲れたダクネスが、俺の膝に頭を乗せて眠っている。

 あの後も、ママゴトをしたり、狭い店内で隠れんぼをしたりと全力ではしゃいでいたので、体力自慢のダクネスも疲れてしまったらしい。

 

「なんだかんだで、すごく仲良くなりましたね。カズマに一番懐いているじゃないですか」

 

 ダクネスの寝顔を眺めながら、微笑ましそうにめぐみんがそんな事を言う。

 

「当たり前だろ。俺は未来のダクネスに惚れられた男だぞ」

「ララティーナちゃんったら、こんな年頃からロクでもない男が好きだったのね」

「おいやめろ。いつものダクネスならともかく、このララティーナを変態扱いするのはやめろよ。この子は純粋でいい子な、普通の貴族の令嬢だぞ」

「そうですよ。カズマに一番懐いていたのは、きっとダスティネス家のペンダントを持っているからです」

 

 おっと、そういえばペンダントをスティールしたままだった。

 俺は目を覚ましたダクネスに怒られないうちにペンダントを返そうと、ダクネスの首に紐を掛け……。

 と、くすぐったかったのかダクネスが身をよじり、うっすらと目を開いた。

 寝ぼけた様子のダクネスは、俺を見ると微笑を浮かべ。

 

「お兄ちゃん……」

 

 小さな声で。

 

「また、遊んでくれますか……?」

 

 そんな、分かりきった質問に、俺達は笑って――!

 

 

 *****

 

 

 次に目を覚ました時、ダクネスは元のダクネスに戻っていた。

 

「……ん。なんだか、長い間眠っていた気がするな」

「…………」

 

 額をさすりながらそんな事を言うダクネスに、俺は顎をさすりながらジト目を向ける。

 

「お、おい! もう謝ったではないか! そんな目を向けてくるのは……、…………んっ! で、出来れば二人きりの時にでも……」

 

 ……七歳の時は純粋でいい子だったのに、どうしてこうなったのか。

 

「カズマったら、さっさと機嫌を直しなさいな。ヒールを掛けてあげたから、もう痛くないでしょう?」

 

 俺の顎にヒールを掛けていたアクアが、笑いを堪えながら言ってくる。

 目覚めたダクネスが、俺の膝の上で寝ていた事に驚いて飛び起き、俺の顎に頭突きをしてきたのだ。

 まあ、今のはただの事故だし、別にいいんだが。

 

「大丈夫ですかダクネス。何か変な感じはしませんか?」

 

 魔道具の効果を心配しているのだろう、めぐみんが少し不安そうに訊く。

 

「変な感じと言われても……。特にそういった事はないと思う。というか、魔道具の効果はどうなったんだ? その、なぜ私はカズマに膝枕をされていたんだ?」

「ダクネスは魔道具の効果でララティーナちゃんになってたのよ! とっても可愛かったんだから!」

「……? どういう事だ? 可愛い?」

 

 アクアの言葉に困惑するダクネスに、俺とめぐみんはニヤニヤ笑いながら。

 

「そうだな。ララティーナちゃんだったな」

「そうですね。可愛かったですよ」

 

 俺達の言葉に、ダクネスが何も分かっていないくせに顔を赤くして。

 

「か、可愛いだのなんだのと言うのはやめろ! お前達が何を言っているのかさっぱり分からん! そ、そんな事より、ぬいぐるみの在り処は分かったのか?」

 

 …………あっ。

 

 

 

「そ、そうか……。あの魔道具でも駄目だったか……」

 

 そういえば、そういう話だった。

 七歳のダクネスと遊んでいた俺達はすっかり忘れていたが、ぬいぐるみを捜しだすために魔道具を使ったダクネスは、失敗したと分かってガックリと肩を落とす。

 ……流石にあの魔道具をもう一度使う気にはなれない。

 

「なあ、やっぱりお前が見通してやってくれないか?」

 

 俺がバニルに耳打ちすると、バニルはニヤリと笑って。

 

「なぜ我輩が筋肉女のぬいぐるみ捜しに付き合わねばならん。先ほども言ったが、今月は店が赤字になりそうでな。我輩は何かと忙しい身なのだ」

「分かったよ! この魔道具を買えばいいんだろ!」

 

 全然いらないんですけど。

 というか、持っているだけで厄介事が起こりそうな気がするんですけど。

 

「お買い上げありがとうございます! ……では、ぬいぐるみがなくなったくらいで落ちこむ少女趣味な娘よ。こちらへ来るが良い」

「み、見通すだけなのだな? 恥ずかしい質問には答えないからな」

 

 何度もからかわれているダクネスが、警戒しながらもバニルの前に立つ。

 バニルはダクネスをじっと見つめながら。

 

「……ふぅむ。眠る時にぬいぐるみを抱きしめたり、ぬいぐるみを相手にせ……」

「わあああああーっ! だからこいつに頼るのは嫌だったんだ!」

「こっ、こら仮面を! 仮面を折ろうとするのはやめんか!」

 

 顔を真っ赤にしたダクネスがバニルに掴みかかり、仮面をへし折ろうとする中。

 俺はじっとダクネスを見つめながら……。

 

 ……せ?

 

 セッ…………!?

 

「ああっ! カ、カズマ!? これはドレインタッチか! 邪魔をするな!」

「バニル様、続きを! こいつは俺が押さえておきますから、続きをどうぞ!」

 

 俺がダクネスにドレインタッチを使い押さえこもうとするも、ステータスの高いダクネスは大暴れして。

 

「お前って奴は! お前って奴は! ああもう、この手を離せ! お前が考えているような事ではない! 接吻だ! ただキスの練習を……!? ……ッ!!」

 

 余計な事を口走り、赤くなった顔を膝に埋める。

 

「うむ! その羞恥の悪感情、美味である美味である! 悪感情の礼に、ぬいぐるみの行方を見通してやろうと思ったのだが……。これはどうした事か。ぬいぐるみがなくなる前後は、いつもより発光女の光が眩しく、見通す事が出来んな」

「なんだと! 肝心なところが分からないではないか!」

「まあ待て。落ち着け。つまりぬいぐるみがなくなった原因は、そこのひよこよりも記憶力のない鳥頭女にあるのではないか」

 

 バニルの言葉に、その場の全員の視線がアクアに集まる。

 

「おいアクア? どういう事だ?」

「何言ってんの? ダクネスが大事にしているぬいぐるみを、私がどうこうするわけないじゃない。ダクネスは仲間である私よりも、そこの台所の悪魔よりも汚らわしい変てこ仮面を信じるの?」

「私だってお前を信じたい。信じたいが……」

 

 抗議するアクアに、ダクネスが困ったような表情になる中。

 めぐみんがポツリと。

 

「そういえばアクアの部屋は、カビの生えたパンが出てきたせいで、捜索を途中で切り上げていましたね。屋敷できちんと探していないのは、もうあそこだけではないですか」

 

 そんなめぐみんの言葉に、アクアが少し考え、何かに気づいたようなハッとした表情を浮かべた。

 

「おい」

「ち、違うの!」

 

 

 

 ――カモネギのぬいぐるみはアクアの部屋から発見された。

 

「聞いて! ねえ聞いてダクネス! 悪気はなかったのよ。本当よ? こないだダクネスがいない夜に、たまには気分を変えようと思ってダクネスの部屋でお酒を飲んでいたら、ぬいぐるみを少しだけ汚しちゃって……。これってダクネスが大事にしているぬいぐるみだしバレたら怒られると思って、こっそり綺麗にして返そうと思っていたのを、すっかり忘れていただけなの! だからお酒を売らないように圧力を掛けるのは本当にやめてほしいんですけど!」

 

 折檻を恐れ言い訳を並べ立てていたアクアが、大切そうにぬいぐるみを抱きしめ涙ぐむダクネスを見て、速やかに土下座に移行した。 

 

 

 *****

 

 

 ――ぬいぐるみ探しからしばらく経った、ある日の事。

 俺が屋敷の広間で寛いでると、ダクネスが。

 

「お兄ちゃ……!? …………ッ!? ち、違う! 今のは違うぞ!」

 

 俺に声を掛けようとしたダクネスが、お兄ちゃんと言いそうになって慌てて訂正する。

 

「すまないなダクネス。俺の溢れんばかりのお兄ちゃん力にお前もやられちまったんだろうが、俺にはもうアイリスっていう妹がいるし、最近はこめっこやシルフィーナもいるから、妹は間に合っているんだ」

 

 労わるようにダクネスの肩に置いた俺の手を、ダクネスが勢いよく振り払い。

 

「バカな事を言うな! 今のはただの言い間違いだ! ……その、幼い頃にお前によく似た冒険者に遊んでもらったような記憶があってな。勝負事になると、子供相手だというのに本気になって、卑怯な手を使ってでも勝とうとする奴だった。私は母が亡くなってから甘やかされて育ったから、あんな風に本気で競い合うのは初めてだったんだ。……変だな? 思い返せば思い返すほど、お前によく似ている気がする。まあ、私が屋敷の外に出られたはずはないから、夢か何かを本当にあった事だと思いこんでいるだけなんだろうが……」

 

 懐かしそうな、少しだけ寂しそうな表情で、ダクネスがそんな事を……。

 …………。

 

「お前、とうとう昔会った少女属性にまで手を付けようってか。言っとくが俺は、実は幼い頃に少しだけ顔を合わせていたみたいな、後付けの設定は許さないからな。そういうのは最初の方で伏線を仕込んでおくべきだと思う」

「お前が何を言っているのかは分からないが、私の思い出をバカにするな」

 

 それ、最近出来た思い出ですけどね。

 

 何かを思いだそうと遠い目をしているダクネスが、幸せそうに微笑んでいたので、ネタバラしはしないでおいた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このおかしな夜にいたずらを!

『祝福』11、既読推奨。
 時系列は、11巻3章。


 ――俺が記憶消去のポーションを使われ、城を追いだされた翌日。

 めぐみんの妹、こめっことしばらく同居する事になった俺達は、こめっこが使う小物の買いだしに街へと出かけ、一通りを買い揃えて帰宅した。

 

「よし、じゃあ夕飯の準備をするか!」

 

 台所にて。

 俺が張りきって宣言すると、めぐみんが多めに買いこんだ食材をしまいながら。

 

「今日の夕飯当番はカズマですが、妹が来ていますし、私が代わってもいいですよ」

「お構いなく。俺だって妹を甘やかしたいから、夕飯当番は任せておけ。美味しい物をたくさん食べさせてやるって約束したしな」

「そうですか? でもまあ、こめっこの相手はアクアとダクネスがしてくれていますし、手伝いくらいはしますよ。こめっこの歓迎会のために、いつもよりちょっと豪勢なものを作ってくれるつもりなのでしょう?」

「それなら、野菜にとどめを刺しておいてくれるか? なぜか俺がやると、いつも生き残った奴に反撃されるんだよ」

「料理スキルまで持っているのに、いまだに野菜の処理が苦手なのですか?」

 

 仕方なさそうにクスクス笑いながら、めぐみんが今日使う野菜にとどめを刺していく。

 

「俺のいたところでは野菜にとどめを刺す必要はなかったんだよ」

 

 仕方ないのは俺じゃなくてこの世界だと思う。

 と、手際よく野菜にとどめを刺していためぐみんが手を止め、不思議そうに首を傾げた。

 

「ところで、この大きなカボチャは何に使うんですか?」

 

 めぐみんの視線の先には、でかいカボチャが転がっている。

 先ほど、こめっこが使う小物の買いだしに行った時、帰り道に店先で売っていたでかいカボチャを、こめっこがキラキラした目で見つめていたので買ってきたのだ。

 皮が黄色っぽいので、俺としてはあんまりカボチャという感じがしないが……。

 これを見ていると、日本でもやっていたとあるイベントを連想する。

 

「……そろそろハロウィンの時期だからな」

 

 俺の言葉に、めぐみんが不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 ――夕飯を食べ終えた後。

 

「というわけで、これを着けてくれ」

「嫌です」

 

 俺が差しだした猫耳付きヘアバンドを、めぐみんはぺいっと放りだす。

 

「ああっ! おい、乱暴に扱うなよ! こんな事もあろうかと苦労して作っておいたやつなんだぞ! 猫耳部分の質感と角度が大変だったんだからな!」

「そんなバカな苦労話は聞きたくありませんよ! どうして私がそんなもん着けないといけないんですか? 意味が分かりませんよ」

「だから、ハロウィンの仮装だって言ってるだろ。ハロウィンってのは、俺が元いたところでやってたお祭りみたいなもんで、子供が仮装して、近所の家を回ってお菓子を貰ったり、いたずらしたりするんだよ。トリック・オア・トリート! お菓子をくれないといたずらするぞ、ってな」

 

 でかいカボチャとこめっこを見ていたら、そういえば日本で言うとそろそろハロウィンの時期なんだなと思いついたのだ。

 俺にはまったく縁がなかったが、渋谷だとかの繁華街で仮装パレードをやっていたり、外国では子供達が近所の家々を回ってお菓子を貰ったりするというのを、テレビで見た覚えがある。

 大まかに説明すると、めぐみんは呆れた表情を浮かべ。

 

「バレンタインといい、カズマがいたところでは変てこなイベントばかりやるのですね」

「四年に一回魔王の城に攻撃魔法を撃ちまくる紅魔族に言われたくない」

 

 俺のツッコミにめぐみんが視線を逸らす。

 

「それに、お前以外は皆やる気満々なんだぞ。ほら、こめっこのキラキラした目を見ろよ。お前はあの目を裏切れるのか?」

「トリック・オア・トリート!」

 

 魔法使いの仮装をしたこめっこが、俺が教えた言葉を叫んでいる。

 そんなこめっこが着ているのは、いつもめぐみんが冒険に出る時の服装。

 小柄なめぐみんの服とはいえ、こめっこが着るにはサイズが合わないので、丈を上げたり腰を絞ったりしている。

 

「こめっこ様、お茶が入りましたよー!」

「ありがとうございます」

 

 アクアはメイド服を着て、楽しそうにこめっこの世話をしていた。

 アクアが淹れたお茶……ではなくお湯を、こめっこが気にせず飲んでいる。

 

「おいやめろ。見ていて悲しい気持ちになってくるから、こめっこにお湯を飲ませるのは本当にやめろよ」

「これでいいです」

 

 どうしよう、文句も言わずお湯を飲んでいるこめっこを見ていると、目から塩水が……。

 

「ち、違うわよ! これはちょっとうっかりしただけで……。ま、待っててこめっこちゃん! すぐに新しいお茶を淹れ直してくるわ!」

 

 俺と同じく半泣きのアクアが、慌ててお茶を淹れ直しに台所へ行く。

 と、アクアとこめっこの様子を少し羨ましそうに見ていたダクネスが。

 

「そ、それで、私はなんの格好をすればいいんだ?」

 

 仕方なく付き合ってやるという雰囲気を醸し出そうとしているが、こういったイベントをあまり経験した事のないダクネスはソワソワした様子で……。

 …………。

 

「もう仮装のネタもないし、用意もしてないからダクネスはそのままでいいんじゃないかな」

「!?」

 

 というか、猫耳を着けるだけのめぐみんも、仮装というには微妙なところだ。

 こういった衣装は事前に用意しておくものだろうし、今回はいきなりハロウィンをやろうなどと言いだしたのだから仕方ない。

 

「だったらこの猫耳とかいうのはダクネスが着けたらいいと思います。私はこのままで構いませんよ」

「ええっ。わ、私が望んでいるのはそういった辱めでは……。し、しかし皆が仮装しているのに私だけ普通の格好というのも……、……ううっ」

 

 俺は、モジモジしながら面倒くさい事を言いだしたダクネスに。

 

「そういや、お前はいつだかサキュバスの仮装をしたって話を聞いた事があるな。今から例の喫茶店に行って、その時の衣装を……」

「私はこのままで構わない。その猫耳とやらはめぐみんが着けるといい」

 

 ダクネスにあっさり断られためぐみんが、助けを求めるように視線をさまよわせ、最後に俺を見て。

 

「カズマはどうするんですか? カズマがその猫耳とやらを着ければいいと思います」

「おいやめろ、バカな事を言うのはやめろよ。それを俺が着けるなんてとんでもない。あと、アクアとダクネスはあんまり似合いそうにないし……。そうだなあ、この中ではめぐみんか、もしくはこめっこくらいだと思う」

 

 ちなみに俺は包帯を巻いてミイラ男になる予定だ。

 包帯なら冒険者セットの中に入っている。

 

「……私が着けます。妹に着けさせるくらいなら私が着けます」

 

 俺の何気ない言葉に、めぐみんが決然とした表情を浮かべる。

 ……こめっこなら恥ずかしがらずに猫耳を着けそうな気もするのだが。

 めぐみんが嫌そうに猫耳付きヘアバンドを頭に着け。

 

「ど、どうですか。似合いますか……?」

 

 猫耳をいじりながら、首を傾げてそんな事を……。

 

 …………。

 

「カ、カズマ? あまりその、ジロジロ見るのはやめてほしいのですが」

 

 いつもは恥ずかしげもなく眼帯を付けたり、変てこなポーズをとって名乗りを上げたりしているくせに、猫耳を着けためぐみんが恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 

「ちょっとよく分からないから『にゃあ』って言ってみてくれるか」

「顔が真顔ですよ! なんですか、こんな変てこなカチューシャを着けただけで、どうしてそんなにテンションが変わるんですか?」

「めぐみんにはまだ分からないのかもしれないが、猫耳にはロマンが溢れているんだよ」

「そんなもん分かりたくもないですよ」

 

 俺達が大事な話をする中、こめっこがメモ帳に何事か書きつけながら。

 

「……姉ちゃんのおとこが姉ちゃんをめすねこにしていた」

「こめっこ! 誤解を招くような事を母に報告するのはやめてください!」

 

 メモ帳に書きこむこめっこを、めぐみんが必死に止めていた。

 

 

 

「なあ、これってミイラ男の仮装っていうか、ただの大怪我した人じゃないか?」

 

 全身に包帯を巻いてミイラ男になると言ったら、包帯がもったいないからと止められ、顔にだけ巻く事にしたのだが……。

 顔全体に包帯を巻くと前が見えないし、口まで覆うと喋りにくいので、頭にだけ包帯を巻いている。

 なんだろう、すごくコレジャナイ感じがする。

 そんな俺に、猫耳を着けためぐみんと普段の服装のダクネスが、揃って微妙そうな表情を浮かべ。

 

「わけの分からない物を頭に着けさせられるよりはいいと思います」

「……なあ、その格好でいいのなら、私も同じ格好をするわけには行かないのか?」

 

 口々にそんな事を言う。

 そんな中、こめっこのために淹れ直してきたはずが、なぜか自分でお茶を飲んでいるアクアが。

 

「昼間寝ていて夜になると起きてくるカズマさんは、アンデッドみたいなところがあるし、どちらかと言うとゾンビだと思うの。心配しなくても、とっても似合ってるわよ」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 

 *****

 

 

「よし、それじゃあ街に出て、お菓子を貰ったりいたずらしたりするか!」

 

 俺は屋敷から出ると宣言する。

 

「おー!」

 

 そんな俺の言葉に、元気よく返事をしたのはこめっこだけで。

 

「こ、この格好で外を出歩くのですか? なんだか私だけすごく恥ずかしい格好をしている気がするのですが……」

「ハロウィンというのはカズマの元いたところのイベントなのだろう? 何も知らない市民達に迷惑を掛けるのはやめろ。いきなり菓子かいたずらかと言って迫るのは、強盗と変わらないぞ」

 

 恥ずかしそうに猫耳をいじるめぐみんと、いつもの格好で少しションボリしているダクネスがそんな事を言う。

 

「さすがに誰彼構わず菓子を奪おうとするわけないだろ。それに、この街の連中はキワモノばかりだし、少しくらいおかしなイベントに巻きこんでも大丈夫だと思う」

 

 と、メイドらしくしているつもりなのか、こめっこにまとわりついているアクアが。

 

「それじゃあ、ウィズの店に行きましょうか! カズマさんがハロウィンをやるって言いだしたから、ウィズには話を通してあるわ」

 

 …………。

 

「いや、お前は何をやってんの? お前が張りきってる時って、大概厄介な事になるだろ。余計な事をするのはやめろよ。今度は何をやらかしたんだ?」

「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。ハロウィンを盛りあげるために、ウィズに頼み事をしただけよ。カズマさんは知ってるかしら? ハロウィンっていうのは、元々日本で言うところのお盆みたいなイベントなのよ。この時期になるとご先祖様の幽霊が地上に戻ってくるんだけど、一緒にやってくる悪霊にいたずらされないように仮装をするの」

「……それで?」

「だから、より本格的にハロウィンっぽくするために、ウィズに頼んでゴーストを呼んでおいてもらったわ。ほら、こめっこちゃん。あの辺を飛んでるのもゴーストよ」

 

 アクアが指さす先を白っぽく、ふわふわした何かが飛んでいく。

 あれが、ウィズが呼びだしたというゴーストだろう。

 ゴーストを見たこめっこが嬉しそうに目を輝かせているが……。

 いや、こいつは本当に何をやってんの?

 

「お前、一応元なんたらのくせに、ウィズにゴーストなんか呼ばせていいのかよ?」

「一応でも元でもなくて、今でもれっきとした女神なんですけど! まあ、安心なさいな。賢い私はちゃんと考えているわ。家に帰る前に、ウィズが呼んだゴーストを私が天に送ってあげるの。こめっこちゃんは楽しいハロウィンを過ごせるし、さまようゴーストは天に還る、一石二鳥の作戦なんだから!」

 

 イベントのためにリッチーにゴーストを呼んでもらうとか、こいつはゴーストをなんだと思っているんだろうか。

 俺がアクアに白い目を向けていると……。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

 こめっこが近くを飛んでいたゴーストに大声で叫んでいる。

 

「こめっこ、それはゴーストですからお菓子なんか持っていませんよ」

「…………」

 

 そんなこめっこを、めぐみんが苦笑しながらたしなめる。

 お菓子を貰えないと分かったこめっこは、無言でゴーストを追いかけまわし、ゴーストが逃げ惑うもあっさり捕まって。

 

「……味がしない」

「こめっこ! 白くてふわふわしているからと言って、それは食べ物ではありませんよ!」

 

 躊躇なくゴーストをかじるこめっこに、その場にいた全員が戦慄する。

 

「こ、こめっこ。死者の魂をあまり粗末に扱うものではない。それに、そんなものを食べると腹を壊すぞ」

「ねえカズマさん。私、確かにこめっこちゃんが楽しんでくれるようにってゴーストを呼んでもらったんだけど、こんな楽しみ方は想定外なんですけど」

 

 噛み痕を付けられ、こめっこの腕の中で諦めたようにぐったりするゴーストを、アクアが祓う中。

 

「と、とりあえず、ウィズに話を通してあるって言うなら、ウィズの店にでも行ってみるか」

 

 

 

 怪我人とメイドと猫耳と魔法使い、そしてこの街では有名なララティーナまでいる一行が目立たないはずもなく、俺達は道行く人達に驚かれたり、遠巻きに見守られたりしながら、通りを歩いていた。

 そんな時。

 

「あれ? お客さん……と、アクア様。そ、それに皆さん。……ええと、その格好はどうしたんですか? あっ、お客さん、怪我してるじゃないですか!」

 

 声を掛けてきたのは、夜でもやってる喫茶店のロリサキュバス。

 ……普通の町娘の格好をしていたので、一瞬誰だか分からなかった。

 

「ああ、いや、これはだな」

 

 と、説明しようとした俺の隣でこめっこが。

 

「トリック・オア・トリート!」

「えっ」

 

 いきなりの大声に、ロリサキュバスがオロオロしている。

 

「こめっこ! それは事情を知らない人に言っても伝わりませんよ!」

 

 たしなめるめぐみんを気にせず、こめっこはさらにロリサキュバスに。

 

「お菓子が欲しいしいたずらもしたい」

「どこの無法者ですか! ……ええと、カズマがよく行く喫茶店の店員さんですよね? 妹がすいません。今、カズマが元いたところでやっていたというイベントをやっていまして」

 

 めぐみんがハロウィンについて説明する中、ロリサキュバスはこめっこをガン見していて。

 

「……というわけで、もし良ければお菓子をいただけませんか? いえ、本当に良ければでいいので」

「あげます。なんでもあげます。あっ、でも今はこの飴玉くらいしか手持ちがなくて……」

 

 ロリサキュバスが飴玉を取りだしこめっこに手渡すと。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 こめっこがパアーッと輝くような笑顔を浮かべお礼を言う。

 そんなこめっこをチラチラ見ながら、ロリサキュバスは俺の方へと寄ってきて。

 

「どどど、どうしましょうお客さん! あの子を見ていると、なんだか放っておけなくて、なんでもしてあげたくなってきますよ! 私、サキュバスなのに! 男の人になんでもしてあげたくさせるはずの、サキュバスなのに……!」

「そ、そんな事言われても。まあ、妹を放っておけないのは当たり前の事だし、気にする事でもないんじゃないか?」

「そういうものですかね……?」

 

 俺とロリサキュバスがこそこそと話をする中、めぐみんが食ってかかってくる。

 

「ちょっと待ってくださいよ。こめっこは私の妹であって、あなた達の妹ではないですよ!」

「アイリスと引き離された今の俺は、そんな細かい事は気にしないよ。実の姉だからって妹を独占するのはどうかと思う」

「ちょっと何を言ってるのか分かりません。……その、どうしても年下を甘やかしたいのであれば、たまには私を甘やかしてくれても……」

「おい、いい加減にしろよ。お前は妹キャラじゃなくてロリキャラだって、何回言ったら分かるんだ?」

「そっちこそいい加減にロリキャラ扱いはやめてもらおうか!」

 

 俺達がバカな事を言い合っていると、退屈したらしいこめっこがアクアの手を引いて俺達から離れていき……。

 

「トリック・オア・トリート!」

「え、ええっ? 急にどうしたんだいお嬢ちゃん」

 

 通りすがりの人にお菓子かいたずらかと問いかけていた。

 

「ねえあなた。お菓子を持っていたらこめっこお嬢様にちょうだいな。持っていなかったらいたずらね!」

「なんだ、アクアさんか。またおかしな事を始めたんですか? そういえば、ゴーストがあちこちを飛んでいるんですが……」

 

 隣にいるアクアの姿を見て、いろいろと察したらしく、通りすがりの人が苦笑する中。

 妹の暴挙に、めぐみんが慌てて。

 

「こめっこ! 知らない人にいきなり言っても伝わらないと言っているでしょう! アクアも一緒になってバカな事を言っていないで、こめっこを止めてください!」

「お菓子が欲しいしいたずらもしたい」

「その説明も間違ってますよ!」

「あらっ? あなたお酒を持ってるじゃない。お菓子がないならお酒をちょうだい」

「おいアクア! それはただの恐喝だ!」

 

 バカな事を言いだしたアクアを止めようとダクネスも慌てる中、俺はこれから仕事に向かうというロリサキュバスを見送った。

 

 

 

 ――その後もこめっこが道行く人にお菓子を貰ったり、アクアが道行くゴーストを祓ったりしながら、俺達はウィズの店へとやってきた。

 

「へいらっしゃい! 普段はぐうたらしているくせにたまにおかしなイベントを企画する脳みそお祭り男と、イベントに浮かれてゴーストを呼びだした女神らしさの欠片もない自称女神、猫耳をチラチラ見られて実は満更でもないネタ種族に、周りが仮装しているのにひとりだけ普段着でますます地味な筋肉娘! それに、男を篭絡するはずのサキュバスを篭絡するロリっ子よ!」

 

 夜だというのに店先を掃除していたバニルに挨拶され、

 

「ゴーストはちゃんと祓うし、あんたに文句を言われる筋合いはないんですけど!」

「べべべ、別に満更でもなくありませんよ! こんなもん恥ずかしいだけに決まっているでしょう!」

 

 二人がバニルに文句を言う中、ダクネスが何かを決意したような表情で。

 

「……なあバニル。ここではお前が着けているような仮面を販売していたな? 私にもそれを売ってもらえないか」

「毎度! 量産型バニル仮面は完売御礼につき、今は我輩が丹精込めて作った割高な仮面しかないが、それで良いか?」

「わ、分かった。それで構わない」

 

 ……ひとりだけ普段着な事を気にしていたダクネスが、バニルに足元を見られ割高な仮面を買わされている。

 そして、

 

「トリック・オア・トリート!」

 

 すっかりその言葉が気に入ったらしく、バニル相手にも物怖じせず告げるこめっこ。

 

「フハハハハハ! この地獄の公爵バニル様にいたずらをすると? なかなか面白い事を言うではないか、将来が楽しみなロリっ子よ! だがまあ、今は菓子を持っているので、これでも持っていくと良い」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 ダクネスに割高な仮面を売りつけた事といい、俺達が来る事を見通していたらしいバニルがお菓子の箱を取りだし、こめっこは受け取ったお菓子の箱を高々と掲げて何度も頭を下げる。

 

「うむ。この店のポンコツ店主が一週間は食べていける金を費やした高級菓子である。欠食店主が腹を空かせているので、店の中でこれ見よがしに食っていくが吉」

 

 や、やめてやれよ……。

 しかしゴーストを呼ばせた事もあるので、ウィズに挨拶をしないわけにも行かない。

 店内に入ると、カウンターの向こうからウィズが笑顔で俺達を出迎えた。

 

「いらっしゃいませ! そちらがこめっこさんですか? 魔法使いの格好がとても可愛らしいですね! ……、…………」

 

 こめっこの仮装を褒めるウィズが、こめっこの手の中にある高級菓子を見て一瞬黙るが。

 

「アクア様、私が呼んだゴーストはどうでしたか?」

 

 すぐに気を取り直してアクアに訊く。

 

「ばっちりよ! こめっこちゃんも喜んでいたわ」

「それは良かったです。アクア様の手で送っていただけたら、ゴースト達もきっと喜びます」

 

 どちらが女神か分からない会話が交わされる中。

 こめっこがカウンターに手を掛け、背伸びをしながら。

 

「トリック・オア・トリート!」

「ええっと、ハロウィンというものですね? 一応私も用意しておいたんですよ。こめっこさんに気に入っていただけるかは分かりませんが……」

 

 そう言いながらウィズが取り出したのは……。

 

「……何コレ」

「ティッシュです」

「いや、それは見れば分かるけど。……もう一度訊くけど何コレ」

「砂糖水を吸わせたティッシュです。口に含んでいると、ほんのり甘くて空腹が紛れます」

 

 皿に載せられたティッシュをこめっこに差しだし、どうしようもない事を真顔で説明するウィズ。

 そんなウィズに同情したこめっこが、お菓子の箱をカウンターに乗せる。

 

「どうぞ」

「!? い、いえそんな! ハロウィンというのは子供のためのイベントだと聞いています。私がお菓子を貰うわけには……!」

「……美味しいよ」

 

 ハロウィンでなくても子供のお菓子を貰うというのはどうかと思うが、ウィズはこめっこが差しだしたお菓子の箱を泣きそうな顔で見つめていて。

 こめっこが箱の蓋を開け、中から取りだしたお菓子を、精いっぱい背伸びしてウィズに差しだす。

 

「す、すいません。それではひとつだけ……」

 

 空腹に負けたウィズが、こめっこが差しだしたお菓子を、餌付けされる小鳥のように口で受け取り……。

 

「…………」

 

 直後に我に返ったらしく、真っ赤になった顔を両手で覆いながらカウンターの向こうに沈んでいった。

 その一部始終をニヤニヤしながら見ていたバニルが。

 

「うむ、空腹に負けて大人げなくも子供に菓子を譲ってもらい我に返る……。その羞恥の悪感情、美味である美味である」

 

 ウィズの羞恥の悪感情を味わうために、わざわざ高級菓子を用意してこめっこを待っていたらしい。

 こいつ、ロクでもないな。

 

 ――そんな中、ダクネスは。

 

「どうだろう? 似合っているだろうか? ……な、なんだ? なぜだか分からないが、この仮面を着けていると調子が良いな。今ならめぐみんの爆裂魔法にも耐えられそうだ!」

 

 バニルから買った仮面を着けて絶好調になっていた。

 

「ねえダクネス。いくら仮装って言っても、その仮面はどうかと思うの。それってあの変てこ悪魔とお揃いのやつでしょう? そんなの着けて喜んでるなんて、ダクネスったらえんがちょね」

「……あの。私もそれは、結構ピンチになったあの時を思いだすのでやめてほしいのですが」

 

 いつもならションボリしそうな二人からの全否定に、絶好調のダクネスは高笑いしながら。

 

「ふはは! どうした、その程度か! もっと私を責めてみせろ! カズマならばもっと心を抉るような言葉を投げつけてくるところだ! さあ、どんと来い!」

 

 あっちはあっちで面倒くさい事になる中、カウンターを回りこんだこめっこに頭を撫でて慰められ、蹲ったウィズがますます羞恥の悪感情を発散していた。

 

 

 *****

 

 

 ――サボろうとするアクアを叱りつけて、きっちりゴーストを祓わせ。

 屋敷に戻ってきた俺達は、広間でまったりしていた。

 めぐみんとダクネスに挟まれソファーに座るこめっこが、アクアが淹れたお茶を飲みながら、貰ってきた菓子を嬉しそうに食べている。

 そんな中、玄関のドアがノックされた。

 俺が玄関のドアを開けると、立っていたのは貴族っぽいドレスを着た、金髪の女の子。

 

 ……?

 

 なんだろう? 見覚えはないのだが、なんとなく親しみを感じるような……。

 こんな事を言うと、またロリマさんだなんだと言われるだろうから口には出さないが。

 

「えっと、うちに何か用か?」

 

 俺がそう訊くと、女の子は笑顔を浮かべ。

 

「トリック・オア・トリート!」

 

 この世界では知られていないだろう言葉を口にした。

 ……近所に住んでいる子供だろうか?

 ハロウィンの事は、この屋敷の住人とこめっこ、それにウィズとバニルにしか伝えていないはずだが、別に秘密にしているわけではないので誰かが話したのかもしれない。

 

「おーい、なんか子供が来たんだが。お菓子って残ってないか?」

 

 俺がソファーで寛ぐ三人に訊くと。

 

「あるわけないじゃない。貰ってきたお菓子はこめっこちゃんが食べちゃったわよ」

 

 そんなアクアの言葉に、お菓子を頬張っていたこめっこが動きを止める。

 口の中にお菓子を詰めこんだまま、自分は何か悪い事をしたのかと無言で問いかけてくるこめっこに、俺は。

 

「い、いや! こめっこは何も悪くない! だからそれは安心して食っててくれ! ……というわけで、せっかく来てくれたのにすまん。お菓子はもう残ってないよ」

 

 俺が謝ると、女の子はクスリと微笑み。

 

「それじゃあ、いたずらですね」

 

 その場で背伸びをすると、俺の頬に唇を押しつけて……!

 

「カ、カズマ!? なんですか今のは! その子は誰ですか!」

「ちょ、ちょっと待て! そんな幼気な少女にまで手を出すとは! お前という奴はどこまでも予想外な……!」

 

 俺だって予想外の事に驚いていると、女の子にキスされるところを見ていたらしく、めぐみんとダクネスが詰め寄ってくる。

 そ、そんな事言われても……!

 

「ちちち、ちがー! 今のは違うだろ! この子もいたずらだって……! あ、あれ? あの女の子はどこ行ったんだ?」

 

 いつの間にか女の子の姿が消えていて、詰め寄ってきた二人とともに首を傾げる。

 と、口の中に詰めこんでいたお菓子を飲みこんだこめっこが。

 

「姉ちゃんの男が寝取られた!」

「こめっこ! どこでそんな言葉を覚えてきたんですか! ぶっころりーですか! というか、これは寝取られではありませんよ……!」

「そうだぞ。俺は別に誰のものでもないから、取ったり取られたりする事はない。可愛い女の子にいたずらでキスされたところで、文句を言われる筋合いはないはずだ」

「……幼い女の子にそういう事をしたりされたりするのは倫理的に問題があると思うのだが」

 

 めぐみんが妹の教育方針に悩み、ダクネスが俺にツッコミを入れる中。

 

 ――いつも、楽しいお話をありがとう……

 

「……?」

 

 姿は見えないのに、どこからかあの女の子の声が聞こえたような気がした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この休まらない冒険者に労わりを!

『祝福』1、既読推奨。
 時系列は、1巻と2巻の間。


 ――冒険者ギルドにて。

 クエストを達成し戻ってきた俺は、いつものお姉さんが担当している受付に並び。

 

「サトウカズマさんのパーティーですね。……ええと、はい、確かに依頼は達成されていますね。それで、今回は何をやらかしたんですか?」

「俺達が毎回何かやらかす前提で質問するのはやめてほしいんですが」

「し、失礼しました。それでは、クエスト報酬を……」

「森を吹っ飛ばしました」

「えっ」

 

 ポツリと呟いた俺の言葉に、報酬を用意しようとしていたお姉さんが動きを止める。

 

「モンスターの群れが森に逃げこもうとして、めぐみんが咄嗟に杖の先を変えたところ、照準が狂ったとかで、森に爆裂魔法が直撃しまして」

「……あの、この依頼は森の伐採計画を進めるに当たって、周辺のモンスターを退治してほしいというものだったのですが。木材となる木々がなくなっているとなると、その……」

「そ、それは分かってますけど。でも依頼通りモンスターは倒したんだし、いくらなんでも報酬なしって事はないですよね?」

「まあ、そうですね。それはさすがにないですが……、依頼者の目的である森に被害を及ぼしたとなると、報償金が発生するでしょうね」

「それって、こんな感じですか?」

「いえ、こんな感じですね」

「…………」

「……それと、申しあげにくいのですが、サトウさんのパーティーには借金の支払いもありまして」

「…………」

 

 魔王軍の幹部、ベルディアとの戦いで街に被害を及ぼした俺達は、その報償金をクエスト報酬から天引きする形で支払っている。

 冒険者はその日暮らしの荒くれ者。

 金を渡しても無駄遣いするだけだからと、クエスト報酬から天引きする形で借金を返済するのは理に適っている。

 ベルディア討伐の功績を評価されたためか、返済額も良心的だ。

 しかし俺達の場合、依頼を達成しても大概報償金が発生するわけで……。

 めぐみんの爆裂魔法で一撃とはいえ、命を危険に晒してモンスターの群れを討伐し、手元に残るのは雀の涙。

 ……いっそクエストなんか行かない方が良いのでは?

 俺は少額のクエスト報酬を受け取ると、フラフラと受付を離れギルドの酒場へ行く。

 次から次へと料理を食べているめぐみんの隣の席に腰を下ろして。

 

「もう冒険者なんか辞めたい」

「何を言っているんですか? 今日だって私の活躍でモンスターの群れを華麗に退治したではないですか! この私の活躍で! どうでしょう、ベルディア討伐の際にアンデッドナイトの群れを吹っ飛ばしたからか、最近はますます我が爆裂魔法に磨きが掛かってきたと思いませんか?」

「ちなみに爆裂魔法以外の魔法を覚える気は……」

「ないです」

 

 俺の言葉に、口いっぱいに料理を頬張ったまま即答するめぐみん。

 ですよね。

 だが、めぐみんの爆裂魔法がモンスター以外にもいろいろと被害を出すせいで、毎回毎回、借金返済のために天引きされるクエスト報酬から、さらに報償金までも引かれていく。

 このままでは冬越しの貯金もままならない。

 

「なあめぐみん。お前が爆裂魔法に拘ってるのは知ってるよ。爆裂魔法が好きで、爆裂魔法以外は覚えたくなくて、爆裂魔法以外は使いたくもないんだろ? でもほら、そういうのって、ただの食わず嫌いみたいなものじゃないか? 実際に使ってみたら、意外と悪くないかもしれないだろ? とりあえず、初級魔法を取ってみるってのはどうだ? スキルポイントをたった一ポイント消費するだけで取れるんだから、もし駄目でも損失は大きくないだろ? 初級魔法はいろいろと便利だし、めぐみんは俺より魔力が高いから、クリエイト・ウォーターなんか攻撃魔法として使えるかもしれないぞ」

「嫌です。カズマは勘違いをしています。私は爆裂魔法が好きなのではありません。爆裂魔法を愛しているんです。爆裂魔法しか愛せないんです。爆裂魔法以外に、覚える価値のあるスキルなんてありません。ええ、ありませんとも! カズマはたった一ポイントのスキルポイントと言いますが、アークウィザードはレベルが上がりにくいですから、そのたった一ポイントでも貴重なのですよ。そんな貴重なスキルポイントを、初級魔法なんかのために費やすつもりはありません。それに、ウチのパーティーにはカズマがいるではないですか。カズマはそこらの魔法使いよりも初級魔法を上手く使えるのですから、今さら私が初級魔法を取る必要はありませんよ。カズマの咄嗟の機転に、初級魔法の即効性、汎用性があれば、ほとんどのモンスターには対応できるでしょう? しかも、冒険者のカズマは魔法だけでなく、盗賊のスキルも使えるではないですか。敵感知のおかげで奇襲を受ける事は滅多にありませんし、潜伏を使えばむしろこちらから奇襲する機会もあるくらいです。ダクネスともたまに話すのですが、カズマは本当に頼りになりますよね。思えば、私達が魔王軍の幹部を撃退するなんて快挙を成し遂げたのも、カズマの指揮があってこその事でした。これからも頼りにさせてくださいね」

「お、おう……。まあ、そこまで言われるほどの事もあるけどな?」

「すいません、こっちにクリムゾンビアーをひとつください! いつも私達のために頑張っているカズマのために、私からの奢りです」

「そ、そうか。いや、わざわざ悪いな……」

 

 運ばれてきたクリムゾンビアーに口をつけて。

 ……ふぅむ。最近飲むようになったが、酒の味はよく分からな…………。

 違う、そうじゃない。

 めぐみんに爆裂魔法以外の魔法を覚えさせようって話だ。

 慌ててジョッキを置き隣の席を見ると、めぐみんの姿はすでにない。

 畜生、丸めこまれた!

 紅魔族は知能が高いというのは本当らしいが、普段は爆裂魔法を撃つ事しか考えていないくせに、どうしてこんな時ばかり知能の高さを発揮するのか。

 頼りになると言われて喜んでいた俺がバカみたいじゃないか。

 と、めぐみんに丸めこまれた俺がちびちび酒を飲んでいると、めぐみんがさっきまで座っていた隣の席にダクネスが座り。

 

「めぐみんには逃げられたみたいだな。まあ、めぐみんは爆裂魔法が撃てれば、報酬は要らないと言うほど爆裂魔法が好きなのだ。今さら他の魔法を覚えろと言っても、頷くはずがないだろう」

 

 苦笑しながら、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、何を他人事みたいに言ってんの? お前も人の事言えないだろ? モンスターを倒せてしまったらつまらないとかバカな事言ってないで、大剣スキルでも取ってくれよ」

「断る」

「ていうか、モンスターを倒せてしまったらつまらないって、なんなの? バカにしてんのか? 盾役として仲間を守るのがクルセイダーの使命とか日頃から言ってるけど、お前が倒し損ねたモンスターが後衛に襲いかかったりしたら、お前は責任を取れるのか?」

「ううっ……、そ、その程度の言葉責めでは、私は……! …………んっ……! カ、カズマ、他には? 他に私に言いたい事はないのか?」

「いい加減にしろよド変態」

「…………ッ! ……ハアハア……! お前という奴は、いちいち私のツボを的確に……!」

 

 …………。

 コイツもなあ……。

 

「なあ、真面目な話、モンスターの群れを見つけるたびに突っこんでいくのはやめろよ? めぐみんが爆裂魔法を撃てなくて困るんだよ」

「し、しかし、めぐみんが爆裂魔法を撃ったら、モンスター達は全滅してしまうだろう? それでは、私はいつ殴られればいいんだ?」

「殴られたがってんじゃねーよ。楽してモンスターの群れを討伐できるんだから、それで良いじゃないか。わざわざ痛い目に遭いたがる事はないだろ。潜伏スキルで忍び寄って、爆裂魔法で一撃で終わりなのに、お前が勝手にモンスターの群れに突っこんでいくから、毎回おかしな事になるんだぞ? 盾役として役に立っていないどころか、ここんとこ余計な事しかしてないからな? 爆裂魔法のせいで報償金を払うのがヤバいから、とりあえずめぐみんの説得を優先するが、お前だって厄介なんだって自覚しろよ?」

「…………そ、そうか。そこまで私に不満が溜まっているというのなら、私にお、お仕置きをしても良いのだぞ? 私はどんな熾烈な責めを受けようと、耐えきってみせよう……! ……んくうっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

「いや、してただろ。そこまで言うなら、気は進まないけどお仕置きしてやるよ。だからモンスターに突っこんでいくのだけはやめてください」

「……? 何を言っているんだ? モンスターに突っこんでいくのをやめてしまったら、お前にお仕置きされる理由がなくなるではないか」

 

 …………?

 

「ちょっと何を言っているのか分からんのだが。お仕置きをしてやるって言ってるだろ? だからモンスターに突っこんでいくのはやめろよ」

「お前こそ何を言っているんだ? 私はどんな責めでも受けてみせるが、不当な責めを受けるつもりはないぞ。お仕置きを受けるのは、私がお仕置きをされるだけの失態を犯した時だけだ。私が戦闘中に我を忘れてモンスターに突っこんでいってしまい、お前達に迷惑を掛けた時こそ、存分に私にお仕置きをするといい」

 

 コイツ、面倒くせぇ!

 

「もうやだこのパーティー……」

 

 酒が入ったせいか、俺がうじうじしていると。

 ダクネスとは反対側の隣の席から、誰かが俺の肩を叩く。

 そちらを見ると、テーブルの上に大量の空のジョッキを並べ、口の周りをクリムゾンビアーの泡だらけにしたアクアが。

 

「何を暗い顔してんのよ! 今日はクエストを達成したんだし、少しくらい嫌な事があっても美味しくお酒を飲んで忘れちゃいなさいな! ほら、パーッと飲みましょう! パーッと!」

 

 上機嫌で酒を飲むアクアに、俺は半泣きで掴みかかった。

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 酒を飲んだ俺は、ふわふわとして気分が良くなり、アクアと一緒に騒いでいた。

 

「あははははは! なんだかとっても楽しくなってきたわ! ここは私の超すごい必殺芸を見せてあげるところね! ねえカズマさん。布かなんか持ってない?」

「よし、俺の上着で良ければ貸してやるよ! ほれ、見ててやるからやってみろ! お前の超すごい必殺芸とやらを見せてみろよ! 本当にすごかったら俺がおひねり投げてやるよ!」

「カズマったら何言ってんの? 私の芸がすごくないわけないじゃない。でも私は芸人じゃないから、芸でお金を取るわけには行かないわ。さあ見てなさい! このカズマの上着で隠したテーブル! 今からこのテーブルが消えますよー」

「ぶははははは! なんであの上着の大きさでテーブルが隠れるんだよ! 超おもしれー!」

 

 ちょっと嫌な予感がしたが、酒に酔っている今の俺にはよく分からない。

 

「消えろー、消えろー……。さん、はい!」

 

 アクアが俺の上着を持ちあげると、その下にあったはずのテーブルがなくなっていた。

 

「おお! すげえ! 本当に消えた!」

「お、おお……!? なんだ今のは! どうやったんだアクア!」

「あの、それって……。アクアは以前、バナナで同じ事をしていたような……」

 

 俺達がアクアの芸に驚き、アクアがドヤ顔を浮かべる中、通りかかった店員が。

 

「ちょっと、困りますよお客さん! 芸はすごいですけど、テーブルは元に戻してくれるんでしょうね!」

「何を言ってるの? テーブルは消えちゃったんだから無理に決まってるじゃない」

「だったら弁償してもらいますよ!」

 

 給仕で忙しい店員は、言うだけ言って他の客のところへ行ってしまう。

 首を傾げて店員を見送るアクアに、ついさっき俺にいろいろと言われたダクネスとめぐみんが、慌てた様子で。

 

「ア、アクア? 冗談だろう? テーブルは元に戻せるんだよな?」

「そうですよ。こんなバカな事にお金を使ったら、カズマがなんと言うか……!」

 

 俺の事をチラチラ見ながら、そんな事を言う。

 そんな二人に、俺は酔って赤くなった顔にヘラヘラと笑みを浮かべながら。

 

「二人とも、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。確かに俺達は金がなくて、このままじゃ冬を越せるかも分からないが、安心してくれ。俺に秘策がある」

「さすがカズマさん! 普段はちっとも頼りにならないけど、いざという時はなんとかしてくれる男ね! ええ、私は最初から分かっていたわ。あなたはほら、パッと見た感じはアレだけど、本当は……、…………? まあ、アレね。そこはかとなくアレよね」

「特に褒めるところがないなら無理しなくていいぞ」

 

 俺が、酔っぱらったアクアのふわっとした褒め言葉を聞き流していると。

 

「ほ、本当ですか? さっきはあんなに私に爆裂魔法以外のスキルも習得しろと言ってきたではないですか。最近は爆裂魔法だけ撃っていれば何も言われませんでしたし、ひょっとすると本気でヤバくなってきたのかもと思ったのですが……」

「ああ。さっきの罵倒は、いつになく切れがあった。あれはカズマが追いつめられたせいに違いないと思っていたのだが……。その、もし本当にどうしようもなくなったのなら、私が少しくらいなら援助してもいいぞ。参考までに、その秘策とやらを教えてもらえないか?」

 

 めぐみんとダクネスが口々に言う。

 俺は心配そうな二人を安心させるように笑って。

 

「ああ、もし本当にどうしようもないくらい金がなくなったら、お前らの装備を売ればいいと思ってさ」

「「「!?」」」

 

 俺の言葉に、二人だけでなくアクアまでもが驚愕の表情で俺を見る。

 

「お、お前という男は! 仲間の装備を売るなどと、臆面もなく言ってのけるとは……! ま、まさか、それでも金が足りなくなったら、私に体を売ってこいなどと言わないだろうな? い、言わないだろうな!」

「お前は何を言いだしてんの? なんでちょっと期待してるんだよ。言うわけないだろ、そんな事」

 

 俺のツッコミに、なぜかダクネスが残念そうにする中、アクアとめぐみんが。

 

「何言ってんのカズマ? これがなくなったら私、すごく困るんですけど! 売らないわよ、これだけは何があっても売らないからね!」

「俺が困ってる時、お前が助けてくれた事が一度でもあったか? だから俺も、お前の言う事なんか聞くわけないじゃないか」

「私だって売りませんよ! というか、これは私が私のお金で買ったものなのですから、カズマに売り払う権利などないはずです! 勝手に売ったりしたら、爆裂魔法の標的にしますからね!」

「じゃあめぐみんの杖を売ったら、その金で思い残す事がなくなるくらい豪遊してやるよ。どうせこのままじゃ冬越し出来なくて凍え死ぬだろうしな」

 

 口々に反論してきたアクアとめぐみんが、俺の言葉に黙りこむ。

 日頃好き放題している三人に言いたい事を言った俺は、機嫌良くクリムゾンビアーのジョッキに口を付けた。

 と、三人が顔を見合わせ、ひそひそと。

 

「ねえ、ヤバいんですけど。カズマさんが笑顔で鬼のような事を口走ってるんですけど。あの男、ついに頭がぷっつんしてしまったのかしら? 私はカズマの頭にヒールを掛けてあげた方が良いの?」

「ま、まあ、私達が好き勝手しているせいで、カズマが苦労しているのは事実ですからね。装備を売るというのはあり得ませんが、たまにはきちんと労わってあげるべきかもしれません」

「……ん。最近は、クエスト報酬から借金の分が天引きされるせいで、日々の食費にも困っているほどだったからな。私は少し懐に余裕があるから、ここは奢ってやるとしよう」

「私もベルディア討伐の報酬を貰いましたから、お金を出しますよ」

「本当? ありがとう二人とも! すいませーん、クリムゾンビアーのお代わり持ってきてー」

 

 空のジョッキを掲げて上機嫌で注文するアクアに、二人は呆れたように。

 

「……アクアは酒を控えた方が良いのではないか?」

「そうですよ。酒代だってタダではないのですよ。というか、カズマの頭がぷっつんしたと言うのなら、それはアクアがお酒をたくさん注文したせいではないですか? カズマはいつもそれほど飲んでいないのに、アクアは飲みすぎですよ」

 

 二人から注意されたアクアは、きょとんとした顔で。

 

「このお酒は私がカズマに貰っているお小遣いで買ってるんだから、怒られる筋合いはないわよ。ほら、皆は装備の修理とかいろいろとお金を使ってるけど、私は超すごいアークプリーストだから、装備なんて要らないじゃない? その分のお金でお酒を飲んでいるのでした!」

 

 得意げな様子のアクアに、二人は気まずそうに顔を見合わせ。

 

「それは、その、……間違っているわけではないのだが、なんというか……」

「自分は装備を整えるためにお金を使っていてお酒を飲む事も出来ないのに、自分に迷惑を掛けている相手が、装備を整える必要がないからと言ってお酒を飲んでいたら、それはイラッとするでしょうね」

「うむ。カズマも剣を折ったり失くしたりしているし、鎧を修理に出したり、何かと装備には金を使っている。アクアが装備に金も使わず、好き勝手に酒を飲んでいたら、カズマにしてみれば面白くないだろう」

「何よ二人してー! 私が自分のお金で楽しくお酒を飲んでいる事の、何がいけないっていうの? こうしてお酒を飲むためにクエストを頑張っているんだから、お酒を飲むのだけはやめないわよ!」

「と、とにかく今はカズマを刺激するべきではありません。その羽衣を売られても良いんですか? あの男は本気ですよ。完全に本気の目をしていました。このままでは私の杖も売られてしまうかもしれません。アクアだけの問題ではないんですよ!」

「そうだ、私の鎧も……いや、今は鎧はないので、ひょっとしたら体を売ってこいと言われる可能性も……。…………んんっ……!」

 

 小刻みに体を震わせるダクネスを、二人が白けた目で見つめていて。

 

「……コホン。と、とにかく、アクアは少し大人しくして、酒も控えた方が良いだろう。めぐみんも、爆裂魔法を撃ちまくるのは控えてくれ」

「ねえダクネス、あなたのその変態痴女なところは控えなくて良いのかしら?」

「そうですよ。私達ばかり責められるのは不公平です。ダクネスだって、モンスターに突っこんでいったり、戦っている最中に身悶えするのはやめるべきです」

「ううっ……。わ、分かってはいるのだが……」

 

 めぐみんとダクネスが反省するような事を言っているが、どうせ意味はないだろう。

 アクアがひとりだけ、能天気に酒を飲みながら。

 

「まったく、カズマったら仕方ないわね。要するに、疲れてストレスが溜まっているだけでしょう? だったら簡単よ! パーっとお酒を飲んで、全部忘れちゃえばいいのよ!」

「ア、アクアはいくらなんでも能天気すぎる……!」

「ですが、それしかありませんね。私達でカズマを労わるのです。そして気持ち良くお酒を飲ませ、酔っぱらわせて今日の事は忘れてもらいましょう」

「め、めぐみん!? それは……」

「ダクネスは鎧がないからいいかもしれませんが、私はこの杖を売るつもりなんかありませんからね!」

「私もこの羽衣だけは売らせないわ。ええ、絶対に売らせないわよ。これは私が女神である証みたいなものなんだから」

「「そうなんだ、すごいね」」

「なんでよーっ!? 二人とも、信じてよー!」

 

 半泣きで喚くアクアを無視しめぐみんが。

 

「というわけで、ダクネス。私がお酒を奢るので、ダクネスはカズマに胸を押しつけてください。あの男は爆裂散歩でおんぶしている時も、私の胸がもっとあればとか失礼な事を言ってきましたから、きっとダクネスの胸なら満足するはずです」

「私がか!? い、いきなりそんな事を言われても……。た、確かに鎧を着けずに行動するようになってから、カズマは私の胸をチラチラと見てきているが……」

 

 なぜか自分の胸を取引材料にされたダクネスが、煮えきらない事を言っていた、そんな時。

 アクアが注文したクリムゾンビアーが運ばれてきて。

 

「お待たせしましたー」

「ありがとう! さあめぐみん、これをカズマさんのところに! 私がヒールを掛けるから、ダクネスは胸を押しつけるのよ!」

「分かりました。この際ですから給仕の真似事くらいはいくらでもやりましょう! 任せてください、私は食堂で働いていた事もありますからね!」

「む、む、胸を……!? ま、待ってくれ二人とも。押しつけるって、どうすれば……?」

 

 三人が何かを決意したような表情で、のんびりと酒を飲む俺の下にやってくる。

 ……というか、ひそひそと話していたつもりらしいが、声が大きいせいで途中からほとんど聞こえていたのだが。

 俺は朗らかな微笑みで三人を迎え。

 

「おう、どうかしたのか三人とも。なんだか相談してたみたいだが、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。本当にどうしようもなくなったら、装備を全部売って、また土木工事のバイトをさせてもらおうと思うんだ」

「何を言っているのですかカズマ! 冒険者を辞めるつもりなんですか! 私達は魔王軍の幹部を討伐したパーティーなんですよ! これからもっと活躍するはずです! 目を覚ましてください!」

「めぐみんこそ、夢みたいな事を言ってないで現実を見ろよ。確かに俺達は魔王軍の幹部であるベルディアを討伐したが、その結果どうなった? 借金を背負ったじゃないか! この先も赤字を出しながら活躍するってか? 冒険者だって仕事なんだ。ボランティアでやってるんじゃないんだぞ? 俺達にだって生活がある。儲からない仕事なんか、続けられるわけがないだろ。……まあでも、めぐみんもそんなに悲観する事はないぞ。めぐみんの爆裂魔法は、土木工事ででかい岩を吹っ飛ばす時なんかに役に立つだろうしな」

「バカな事を言わないでください! 我が爆裂魔法は最強魔法。あらゆる脅威を討ち滅ぼし、あらゆる障害を薙ぎ払うんです! 土木工事なんかに使うつもりはありませんよ!」

 

 目に涙を浮かべていきり立つめぐみんを、ダクネスがまあまあと宥め。

 

「お、落ち着け二人とも。カズマ、それは本当にどうしようもなくなったらの話だろう? お前だって、出来れば冒険者を続けたいんだろう?」

「……? 何言ってんの? 冒険者なんて割に合わないし、大金が手に入ったら俺はさっさと引退するぞ。可愛いメイドさんに世話してもらって、死ぬまでダラダラしながら暮らすんだ」

「!? い、いや、待て。お前は魔王を倒すと言っていたのではなかったか? あれはどうなったんだ?」

「……そんな事言ったっけ?」

「言っただろう! 間違いなく言った!」

 

 俺の言葉にダクネスが怒りだし、アクアまでも。

 

「ねえカズマさん、困るんですけど! カズマさんが魔王を倒してくれないと、私、すごく困るんですけど!」

「俺にそんな事言われても。借金でそれどころじゃないし、その借金だって返せる当てがないんだぞ? そもそもお前、俺に魔王なんて倒せると思ってんの? 本気で魔王を倒すつもりなら、あの魔剣の人のパーティーに入った方が良かったんじゃないか? というか、なんで俺はあの時、決闘に勝っちまったんだろう? あいつも上級職のソードマスター様なら、いくら不意を突かれたからって、最弱職の俺なんかに負けるなよな……」

 

 俺が愚痴とため息を吐きだすと。

 

「おお、お前という男は……! あの時は、卑怯な手を使ったとは言え、仲間のために格上の冒険者に勝つなど、正直に言えば少しだけお前を見直したのだぞ!」

「飲ませましょう! さっさとお酒を飲ませて酔い潰してしまいましょう!」

 

 ダクネスが俺の背後に回り羽交い絞めにし、めぐみんが俺の口にクリムゾンビアーのジョッキを近づけてくる。

 

「や、やめろお! お前らこれが頑張ってる仲間に対する仕打ちかよ! 酒を飲んだくらいで都合良く記憶を失うと思うなよ! 覚えてろ! 覚えてろ!」

「その仲間の装備を売ろうとしているくせに何を言ってるんですか! 私は土木工事に爆裂魔法を使うつもりはありませんよ!」

「まあ、その……。明日からはなるべくお前の指示に従うようにするから、今夜はもう休め」

「カズマさんのー、かっこいいとこ見てみたいー」

 

 アクアが間の抜けたセリフとともに手拍子を鳴らす中。

 無理やり開けられた俺の口の中へと、酒が次々と流しこまれ……。

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 馬小屋で目覚めると、頭が痛かった。

 

「うぇ……。気持ち悪い。なんだこれ……? えっと、昨夜は……」

 

 昨日は森の伐採計画を阻んでいるモンスターの群れを討伐するというクエストを請け、めぐみんが爆裂魔法で森を吹っ飛ばすというアクシデントはあったものの、一応クエストを達成して報酬を受け取った……はず…………?

 

「……あれえー?」

 

 なぜか街に戻ってきてからの事を思いだせない。

 と、俺が頭痛の理由と曖昧な記憶に首を傾げていると。

 

「お、おはようございますカズマ。……もう昼前ですよ」

 

 すでに起きていたらしいめぐみんが、馬小屋の入り口に立ってそんな事を言ってくる。

 

「マジかよ? じゃあもう、美味しい依頼は他の奴らに取られちまってるんじゃないか? 早くギルドに行かないと……!」

 

 俺が毛布を畳みマントを羽織ると、めぐみんが不安そうな表情で。

 

「で、では、冒険者を続けるつもりなんですね?」

「……? 当たり前だろ。命懸けの仕事だから俺だって嫌だけど、借金もあるし、冒険者以上に稼げる仕事なんかないだろうからな」

「そ、そうですよね! まあ、この私がいるのです。すぐにまた大物を倒して、借金なんか返してみせますよ!」

 

 馬小屋を出ると、そこには剣の手入れをしているダクネスと、切り株に腰掛け退屈そうに足をパタパタさせているアクアの姿があって。

 

「おう、おはよう。……なんだよ? いつもはこんな時間まで寝てたら休日でも叩き起こすくせに、今日はどうして放っておいたんだ? 早く行かないと美味しい依頼を取られちまうじゃないか」

 

 俺の言葉にアクアが。

 

「はあー? こんな時間までぐーすか寝てたカズマさんが何言ってるんですか。今日は二日酔いで大変だろうから、寝かしておいてあげようって二人が……」

「ア、アクア、余計な事は……!」

 

 何か言おうとしたアクアの口を、ダクネスが慌てて塞ぐ。

 

 ……?

 

「なあ、いまいち覚えてないんだが、昨夜何かあったのか? ひょっとして俺の頭が痛いのはそのせいか?」

「何もありませんでしたよ! 昨夜は至って普通の夜でした! 思いだせないのであれば、それは思いださなくてもいいような事なのだと思います!」

「そ、そうだな。それより、早くギルドへ行こう。クエストを請けなくてはならないし、カズマも何か腹に入れたいだろう?」

「そりゃ腹は減ってるが……」

 

 怪しい。

 なぜかこの二人が俺に気を遣っている。

 昨夜何かあったのは間違いないが、俺には記憶がなく、こいつらは隠しておきたいらしい。

 となると……。

 

「おいアクア。昨夜の事を教えてくれたら……。いや、その前に頭が痛いからヒール掛けてくれないか? なあ、これってなんかの呪いとかじゃないよな?」

「それはただの二日酔いだから心配しなくても大丈夫よ。ほら、ヒールを掛けてあげるからこっちに来なさいな。昨夜はたくさんお酒を飲んで機嫌が良いから、とっておきのヒールを掛けてあげるわ」

 

 追及を後回しにして、俺がアクアの方へと近づくと。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 アクアが俺に回復魔法を……。

 回復魔法を……。

 

 ……………………。

 

「……まったく」

 

 アクアの回復魔法のおかげだろう、酒のせいで薄れていた記憶を取り戻した俺は。

 

「しょうがねえなあー!」

 

 昨夜は酒のせいか自暴自棄になっていたが、二人がこうして俺を気遣っているところを見ると、まあいいかという気分になってくる。

 我ながらお手軽だが……。

 正直、美少女に気遣われて悪い気はしない。

 本当にどうしようもなくなったら装備を売るのも日雇い労働をするのも仕方ないと思うが、もう少しだけ冒険者として頑張ってみようかと、俺はそんな風に決意して――!

 

 

 

 ――冒険者ギルドにて。

 

「サトウカズマさんのパーティーですね。クエストに行く前にお話があります。昨夜、お酒を大量に注文されていますが、手持ちが足りなかったとかでまだ支払いが済んでいませんね? 紛失した酒場の備品についても弁償してもらいます。それと、昨日の討伐クエストですが、依頼者から森の伐採計画をどうしてくれるんだと苦情が来ていまして……」

 

 俺は頼れる仲間達を振り返ると。

 

「今日は土木工事に行きます」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この背伸びしたい王女にストップを!

『祝福』6,10,11、『続・爆焔』、Web版、既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。



 ――その日、王城では魔王討伐を祝うパーティーが開かれていた。

 

 俺は魔王を倒した勇者として王様に謁見する事になっていたのだが、アイリスと仲良くしている事について突っこまれると困るので、謁見をミツルギ押しつけておいた。

 そのせいなのか、パーティーに参列する貴族達には、俺はただの荷物持ちだと思われているらしい。

 ……どうも俺は王都の貴族達と相性が悪い。

 俺以外の魔王討伐メンバーは、ミツルギパーティーの取り巻き二人でさえいろいろな人に取り囲まれ称えられている。

 アクアは入場を許されたアクシズ教団に次から次へと酒を貢がれ、上機嫌で芸を披露している。

 めぐみんが空の容器に料理を詰めながら、貴族に話しかけられ目を紅く輝かせているゆんゆんをチラチラと見ていて……。

 ダクネスは相変わらず、貴族に囲まれてお嬢様をやっていた。

 俺はと言えば、会場の隅にポツンと突っ立っている。

 なんだよ、俺は魔王を倒した勇者なんだぞ? もっとチヤホヤされてもいいんじゃないか?

 会場の隅から列席者の口元を見て、読唇術スキルで俺の悪口を言っている奴を見つけ、どうやって報復してやろうかと考えていると。

 

「――本日の主賓が、こんなところでどうなさったのですか?」

 

 

 

 純白のドレスに身を包んだアイリスが、嬉しそうに微笑みながら俺の横に立った。

 

「お兄様、このたびは魔王討伐おめでとうございます。そして、私との約束を果たしてくださいまして、ありがとうございます……!」

「ああ、お兄ちゃんはアイリスのために頑張ったぞ!」

 

 本当は結構な勢い任せだったが、アイリスは俺の言葉を信じてくれたようで、顔を赤くしてモジモジする。

 

「お兄様が魔王討伐を成された事ももちろん喜ばしいですが、私はそれより、こうして無事な姿を見られた事の方が嬉しいです。それで、その……、お兄様は、あの指輪を今もお持ちですか?」

「指輪? 指輪ってなんだ?」

 

 エルロードに行った時にプレゼントしたやつの事だろうか。

 でもあれは、俺がアイリスにあげたのだから、俺が持っているはずがない。

 他に指輪と言うと……。

 

 …………。

 

「義賊の方々が盗っていった指輪なのですけれど……」

 

 俺が冷や汗をダラダラと流していると、アイリスがそんな事を……。

 

「……!? い、いや、ちょっと何を言っているのか分からないな! そういえば、あのなんとかいう義賊に大切な指輪を盗まれたって話だったな! でも、盗まれた指輪の事なんか、俺が知るわけないだろ!」

「お兄様、嘘を感知する魔道具の前でも同じ事を言えますか?」

 

 うろたえつつも誤魔化そうとする俺に、アイリスがクスクスと笑いかける。

 

「……し、知ってたのか?」

「はい。私は人を見る目だけは自信があるんです」

 

 マジかよ。

 いや、アイリスが他の奴らに話すとも思えないし、これは王族のお墨付きを得たようなものだとも言えるはず。

 クレアにも知られているわけだし、逆に考えればもう怯える必要もないのでは……?

 

「そ、それでお兄様。指輪の事なのですが……」

「あ、ああ。指輪か。あの指輪は……、…………その、指輪はだな……」

 

 口篭もる俺に、アイリスが不思議そうに首を傾げる。

 盗んできた時にダクネスが大騒ぎしていたくらいだから、あの指輪はよほど大事なものなのだろうが……。

 

「……すまん。俺、魔王との戦いで木っ端微塵に砕け散ってさ。指輪も肌身離さず身に着けていたから、その時に一緒に砕けちまったと思う」

「木っ端微塵!? お、お兄様、大丈夫なのですか!?」

 

 驚愕したアイリスが、心配そうに俺の体に触れる。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。いろいろあってちゃんと蘇生してもらったからな、それもエリス様に直々に」

「エリス様にお会いになったのですか? すごいです! お兄様の冒険のお話は、本当にすごい事ばかりです!」

 

 ……まあ、女神エリスにはアイリスも会っているのだが。

 

「指輪がなくなってしまったのは残念ですが、お兄様は約束を果たしてくださいました。ですからもうひとつの方の約束も大丈夫です!」

「おう、大丈夫だ……? えっ?」

 

 あれっ?

 マズい、すごくマズい。

 目を輝かせ最高に嬉しそうな笑顔を浮かべたアイリスが言う約束に、まったく心当たりがない。

 またゲームをしましょうという約束だろうか?

 確かに魔王を倒した今なら王城に入り浸っても怒られないだろうが、それだけでアイリスがこんなに嬉しそうな顔をするだろうか?

 でも他に何も思いつかない。

 俺が密かに焦っていると、微笑んでいたアイリスが不思議そうな表情になり。

 

「……お兄様、ベルゼルグの王族に伝わる決まりはご存じですよね?」

「あ、ああ、王族に伝わる決まりか。そ、それは、ほら、……」

 

 相手がめぐみんやダクネスだったら知らないと即答するのだが、アイリスの前だといい格好をしたくなってしまう。

 視線をさまよわせる俺の様子から、俺が知らない事を察したアイリスは。

 飛びきりの笑顔を浮かべながら。

 

「魔王を倒した勇者には、褒美として王女を妻にする権利が与えられるんですよ」

 

 えっ?

 

 …………えっ?

 

「今なんつった?」

「勇者サトウカズマ様、魔王を倒したあなたには、私を妻にする権利があります。……い、いいえ、そうではなくて……、その…………」

 

 アイリスが笑顔を引っこめ、決然とした表情を浮かべて。

 

「お兄様、私を妻にしてはいただけませんか?」

 

 

 *****

 

 

 ――それからいろいろとあったが、俺はアイリスと婚約する事になった。

 

 しかしアイリスは未成年であり、しかもこの国の王女。

 魔王を倒した勇者とはいえ、どこの馬の骨とも知れない冒険者と婚約させるのは良くないなどと誰かが言いだしたらしく……。

 アイリスが成人するまでの間、俺とアイリスの婚約は公表しない事に決まっている。

 ちなみにそんな事を最初に言いだしたのはアイリスの父親、つまり王様らしい。

 アイリスと結婚したければ勇者カズマとやらはわしを倒してみせろと言ったところ、アイリスにボコボコにされて許可を出す事になったという。

 娘可愛さに将来の婿候補をボコボコにしようとした父親が、可愛い自分の娘にボコボコにされたわけで……。

 ……ちょっとだけ気の毒だ。

 

 そんなアイリスが、このところ何をしているかと言うと。

 

「あっ、お兄様、また子供が生まれました! これで三人目ですよ! そろそろ男の子が生まれてくるかもしれませんから、ジャティスお兄様の子供と王位を争う事になりかねません。お兄様、私達の子には決して国を乱すような真似はしないようにと教えなくては!」

「お、おう……。そうか。でも俺の子供は王位なんか継ぎたがらないんじゃないかな」

「ですが、王族にはいろいろとしがらみがありますから。昔は臣下の甘言に乗せられ、兄弟で王位を争うような事もあったそうですよ。ベルゼルグ王家の者は搦め手に弱いところがあるので……」

 

 魔王が倒され平和になって、以前より自由に出歩けるようになると、アイリスはめぐみん盗賊団のアジトだとかいう屋敷に住んで、毎日のように俺達の屋敷に遊びに来るようになった。

 今は広間で、《ラブラブ半生ゲーム》とかいうイロモノっぽいボードゲームをやっているところだ。

 

「とりあえず子供が生まれたご祝儀として、三千エリス貰おうか」

 

 俺とアイリスはマスの指示に従い、他の参加者に三千エリスを要求する。

 この《ラブラブ半生ゲーム》は、ルーレットを回して出た目だけ馬車に乗った駒を動かし、止まったマスの指示に従いつつゴールを目指すという、すごろくのようなものだ。

 ラブラブと言うだけあって、プレイヤー同士やNPCとの恋愛、結婚に関する指示が多く。

 現実で婚約者となった俺とアイリスは、ゲームの中でも結婚し、同じ馬車に乗って進んでいた。

 

「お金を取られるのは構いませんが、そんなにポコポコ子供を産むのはどうかと思いますよ」

「ま、また子供か……。カズマは幸運のステータスが高いからな。このままだと、本当に王子や王女が増えすぎて、国が乱れる事に……」

 

 めぐみんとダクネスが口々に文句を言いながらも、俺達に金を手渡す中。

 金を守るように胸元に抱き寄せたアクアが。

 

「嫌よ! このお金を渡しちゃったら、私は今夜も馬小屋に泊まらないといけないのよ! 朝ごはんはきっとパンの耳よ! ねえ、これっておかしくないかしら? 私がこんなに苦労しているのに、どうしてご祝儀なんかあげないといけないの? カズマはアイリスと結婚したんだから、どうせお城で面白おかしく暮らしているんでしょう? 意地悪しないでほしいんですけど!」

 

 運が悪い事に定評のあるアクアは、就活パートで職にあぶれ、結婚も出来ずに馬小屋で寝起きしている。

 

「俺にそんな事言われても。ゲームのルールなんだから仕方ないだろ。バカな事言ってないでとっとと金を寄越せよ」

「いやよ! いやーっ! あんたには人の心ってもんがないの? このお金をあんたにあげちゃったら、ゼル帝のごはんも買えなくなるのよ。可愛いドラゴンの子供にひもじい思いをさせて良心が痛まないの? 鬼! あんたは鬼よ!」

「ゼル帝なら自力で地面をつついてミミズを掘り返すから大丈夫だよ」

「ドラゴンの子供がそんなので満腹になるわけないじゃない!」

 

 というか、そいつはもうそれ以上成長しないと思う。

 俺がバカな事を言うアクアから金を巻き上げる中、めぐみんがルーレットを回す。

 

「次は私の番ですね。……ええと、〈片想い相手だった異性が結婚。より仕事に精を出すようになる。臨時収入五万エリス〉」

 

 結婚イベントをスルーし、独り身で仕事の道を驀進するめぐみんが、微妙な顔でマスの文章を読み上げる。

 

「ほう……、…………。まあ、カズマと結婚できず傷心の私が、爆裂道を極めるべく仕事に精を出すというのは分かるのですが。こんなにお金を貰っても、仕送りするくらいしか使い道もありませんし、あまり嬉しくないですね」

「おいやめろ。俺の良心をチクチク攻撃してくるのはやめてください。……まあ、そこは金を稼いで勝敗を競うゲームなんだから仕方ないだろ。金を貰ってもやる気が起きないって言うんなら、金じゃなくて経験値だと思えばいいんじゃないか?」

「……やめておきます。私の大事な経験値をイチャコラしているだけのあなた達に渡していると思うと、爆裂魔法を撃ちこみたくなりそうです」

「お、お前って奴は……! ゲームで本気になりすぎだろ! 目が紅くなってるんだよ!」

「おおお、落ち着けめぐみん。爆裂散歩なら後で私が付き合ってやるから!」

 

 俺とともにめぐみんを宥めたダクネスが、次にルーレットを回すと。

 

「……ん。これは、結婚イベントというやつか?」

 

 結婚相手もルーレットで決めるのだが、ゲームに参加している異性が俺だけなので、結婚相手は俺かNPCの二択。

 めぐみんのように独り身コースへと進む可能性もあるが……。

 このゲームの結婚イベントは絶対だ。

 ダクネスがルーレットを回して俺が出ると、俺はアイリスと別れダクネスと結婚し、アイリスはめぐみんと同じ独り身コースへと移る事になる。

 

「よ、よし。回すぞ」

 

 緊張した表情のダクネスがルーレットを回し……。

 

「結婚相手は、え、NPC……?」

「さすがですねダクネス。カズマとアイリスが結婚したからといって、家を守るためとは言えどこの馬の骨とも知れない相手と結婚するとは」

「ねえねえ、これってあのいつの間にか行方不明になってた、熊みたいな豚みたいなおじさんの事じゃないかしら?」

 

 ダクネスの馬車に結婚相手のNPCを乗せながら、めぐみんとアクアが口々に言う。

 

「ちょっと待て! いくらなんでもあの男と結婚するのだけはあり得ない!」

「お前、俺がいなかったらマジで結婚するつもりだったくせに何言ってんの?」

「そ、それは……!」

 

 俺のツッコミにダクネスがしどろもどろになる中、めぐみんが。

 

「では、以前にお見合いをしたという貴族の人でしょう。あの悪徳貴族がいなくなってから、ダクネスの家の仕事を手伝っていたらしいですし、丁度良いんじゃないでしょうか」

「バルター様ですね。とても評判の良い方ですし、ララティーナとお似合いだと思います。私は人を見る目だけは自信があるんです」

「ちちち、ちがーっ! こ、これはゲームだから……! ゲームの話だから……!」

 

 三人から口々に言われ、顔を赤くしたダクネスが、なぜか俺の方をチラチラ見て言い訳をしていた。

 次の順番であるアクアが、ルーレットに手を掛けたまま固まる。

 

「……ねえカズマ。ルーレットを回す前から嫌な予感がするんですけど! 幸運のステータスだけは高いカズマが、私の代わりに回してくれてもいいのよ?」

「嫌に決まってるだろ。お前はさっさと破産すればいいよ」

「するわけないじゃない。いいわ、そこまで言うなら見せてあげようじゃないの! 主人公って言うのはね、最後の最後に覚醒するものなの。見てなさいよ幸運ニート! この賢くも麗しい女神アクア様が、勝利への最初の一歩を踏み出すところを……!」

「いいからさっさとルーレットを回せよ」

「……〈転ぶ。お金を落とす。十万マイナス〉、…………。ねえ、おかしいんですけど。なんか私のマスだけ雑じゃない?」

 

 駄々を捏ねるアクアから金を没収する。

 

「ふわーっ! もうお金がないんですけど!」

「次はアイリス様の番ですね」

 

 泣き喚くアクアを微笑ましそうに見守っていたアイリスに、ダクネスが言う。

 

「分かりました! ……ええと、〈ラブラブ新婚生活はもうホント最高潮! なんだかんだでベッドが壊れる。夫婦ともに六千エリスマイナス〉……? す、すいませんお兄様。私がルーレットを回したのに、お兄様まで巻きこんでしまいました」

 

 ルーレットを回したアイリスが、申し訳なさそうに言う。

 

「気にするなアイリス。さっきから結婚やら出産やらのご祝儀で、金はたくさんあるからな」

「そんなにたくさんあるんだったら、少しくらい私に分けてくれてもいいと思うんですけど! 返してよ! 私の十万エリスを返して!」

「うるせーよ! ゲームなんだから仕方ないだろ。というかお前、十万エリスも持ってなかったじゃないか。とうとう自分がいくら落としたのかも分からなくなったのか?」

 

 そいえばこいつは、ぶつかった冒険者に金を落としたと言って、落とした以上の金額を要求していた事があったな。

 と、アイリスが不思議そうに。

 

「あの、お兄様。どうして新婚生活が良い感じだとベッドが壊れるんですか?」

 

 無邪気なアイリスの質問に、俺達は目を逸らした。

 

 

 *****

 

 

 ――夕方。

 アイリスを迎えに来たクレアとともに、シルフィーナが訪ねてきた。

 

「ママー!」

「こ、こらっ、ママと呼ぶのはやめなさいと言っているだろう……」

 

 シルフィーナに抱き着かれたダクネスが、まんざらでもなさそうに言いながら、シルフィーナの髪を優しく撫でる。

 魔王の脅威を避けるためにアクセルの街に疎開してきたシルフィーナは、なんだかんだでこの街の空気が肌に合ったらしく、魔王が倒されてからもダスティネスの屋敷で暮らしている。

 孤児院の子供達とも仲良くしているそうで、最近はすっかり健康になった。

 そんなシルフィーナは、明日、ダクネスと街の近くにある湖へとピクニックに行く予定で、今晩はこの屋敷に泊まっていくのだという。

 ダクネスとシルフィーナに皆が微笑ましい目を向ける中、アイリスがおずおずと。

 

「あの、ララティーナ。今晩は私も泊まっていってはいけませんか?」

「それは……。アイリス様が望まれるのでしたら、私達が拒む事はあり得ませんが……」

 

 言いながら、ダクネスがチラっとクレアを見る。

 アイリスも上目遣いでクレアをジッと見て……。

 

「ク、クレア……?」

「いけません。いくら婚約しているとは言え、アイリス様が男性であるカズマ殿と同じ屋根の下でひと晩を過ごすというのは……」

 

 上目遣いのアイリスの懇願を、クレアが厳しい表情を作り断ろうとするも。

 

「どうしても駄目ですか?」

「ダ、ダメですよ。そんな可愛い顔をして上目遣いをしてみせても! 護衛としてアイリス様の心身をお守りするのが私の務め! 例えアイリス様に嫌われたとしても、……し、しても、アイリス様を守り抜いてみせます!」

 

 ちょっと揺らいだが格好良く言いきったクレアに、アイリスはさらに。

 

「……そうですね。私も自分の立場は理解しています。あちらのお屋敷なら、王国の騎士団や紅魔族の方々、アクシズ教のプリーストの皆さんもいて、護衛しやすいでしょう。こちらではクレアにずっと付きっきりで護衛してもらわないといけないし……」

「…………」

「お風呂も一緒、寝る時も一緒、……クレアにそんな迷惑を掛けるわけには行きませんね」

「わ、分かりました、アイリス様。どうしてもと言うのなら、今日くらいは泊まっていっても構いませんよ」

「本当ですか! ありがとうクレア!」

「ただし、この屋敷にいる間は常に私と一緒にいていただきます! もちろんお風呂も寝る時も一緒です!」

 

 えっ、何コレ。

 あっさりとクレアを篭絡したアイリスが、クレアに見えないように笑顔でピースサインを送ってくる。

 出会った頃は素直でわがままも言えないような箱入り娘だったのに、成長したなあ……。

 

「……なあカズマ。この国の王女にまでお前の悪影響が及んでいるのは、さすがにどうかと思うのだが」

「や、やめろよ。なんでもかんでも俺のせいにするのはやめろって言ってるだろ。お城に引き篭ってたからいろいろと我慢するような性格になっちまっただけで、アイリスは元々ああいう性格だったのかもしれないじゃないか」

 

 真顔で耳打ちしてきたダクネスに、俺が言い訳していると。

 

「お兄様、今晩はよろしくお願いします!」

 

 満面の笑みを浮かべたアイリスを前に、ダクネスは何も言わなくなった。

 

 

 *****

 

 

 その夜。

 食事当番だったアクアが、アイリスも泊まっていくなら食事当番の仕事をするべきじゃないかしらなどと言いだして当番を押しつけようとし、嬉しそうに分かりましたと言うアイリスをクレアが慌てて止めて。

 その三人に加え、アイリスを心配したダクネスと、そんなダクネスを手伝いたがったシルフィーナまでが調理に参加し。

 作り手が五人もいたせいで大量に出来た料理を、皆で苦労して食べきった。

 すっかり満腹になった俺が、ベッドに寝転がり、心地良い眠気に誘われつつダラダラと本を読んでいると――

 

「……!?」

 

 なんだ? 今、部屋のすぐ外で敵感知に反応があったような……。

 屋敷の中だし気のせいだろうが……。

 いや、ちょっと待て。

 ホラーとかだと、こういうのを放置しておいて事件が発生するんじゃないか?

 でも何かあったと思って見に行くと死ぬパターンもあるな。

 畜生、眠くて考えがまとまらない。

 

「お兄様、まだ起きていますか?」

 

 と、遠慮がちなノックの音とともに、ドアの外からアイリスが声を掛けてきた。

 

「……。お、おう。起きてるぞー」

「は、入ってもいいですか……?」

 

 少しだけ開いたドアから顔を出したアイリスが、恥ずかしそうに訊いてくる。

 

「構わんよ。こんな時間にどうしたんだ? お兄ちゃんに会いたくなったのか?」

「もう、お兄様! 私達は婚約したのですから、いい加減に妹扱いはやめてください!」

「そんな事言われても。アイリスだってお兄様って呼んでるじゃないか」

「そ、それはそうですけど……!」

 

 俺の言葉に、アイリスが拗ねたように頬を膨らませる。

 

「まったく! お兄様はまったく! この部屋に来るまで緊張していたのに、すっかり気が抜けてしまいました」

 

 文句を言いながらも楽しそうに、アイリスはドアを閉め俺の部屋の中へと入ってくる。

 

「緊張って……、今さら緊張するような事もないだろ?」

 

 首を傾げながら言う俺に、アイリスが恥ずかしそうに微笑みながら。

 

「そ、その……。今日は、夜這いをしに来ました……!」

 

 俺の眠気が吹っ飛んだ。

 

 

 

「アアア、アイリス!? お前今なんつった?」

 

 ベッドの上で飛びあがり手にしていた本を放りだした俺のもとに、アイリスがクスクスと笑いながら近寄ってくる。

 

「夜這いをしに来たと言いました。私達は婚約しているのですから、夜這いくらいしてもおかしくないと思います」

「いや駄目だろ。というか、夜這いだとかそんなのどこで覚えてきたんだよ? アイリスにはまだそういうのは早いと思う!」

「ララティーナがお兄様に夜這いしようとしていたと、めぐみんさんが言っていたので……」

 

 俺の事をアイリスに悪影響を与えただのなんだのと言っていたが、ダクネスの方がアイリスの情操教育に悪い影響を及ぼしているじゃないか。

 

「それに、私はもう子供ではありません! もう少ししたら十四歳になるんですよ。十四歳と言ったら結婚できる年齢なんです。そうしたら、お兄様との婚約を正式に発表してもいいとお父様も言っていました。子供扱いするのはやめてください!」

「そ、それはそうだけど! 待ってくれ! そりゃアイリスがそろそろ十四歳になるってのは知ってるが、今はまだ十三なんだろ? だったら、こういうのはもう少し待った方がいいんじゃないか? 十四歳になってからでも遅くないと思う!」

「嫌です! お兄様は、ちょっと押されれば私の事なんか忘れてコロッと流されてしまうではないですか! 私はお兄様がうっかり流されないような、そんな既成事実が欲しいのです!」

 

 き、既成事実……。

 可愛い妹の口からそんな言葉が出てくるとは。

 これは成長なのか?

 というか、確かにまったく反論できないが、俺ってアイリスの中でもそんな評価なのか。

 

「お兄様とは以前にも夜這いをした事がありましたが、婚約者同士だと思うと少し恥ずかしいですね。それに、あの時は私も何をしているのか分かっていなかったですし……」

 

 アイリスが恥ずかしそうに、そんな事を……。

 

 ……え?

 

 …………えっ?

 

 何それ記憶にない。

 例の記憶を消去するポーションのせいで、俺はそんな大事な記憶を失っているのだろうか?

 落ち着け佐藤和真。

 あの時の記憶はアクアの魔法で取り戻したはずだ。

 それに俺はロリコンではない。

 アイリスの事をそういう目で見た事はない。

 今ではアイリスは俺の婚約者って事になっているし、将来的にはそういった関係にもなるのかもしれないが、今の俺にとってアイリスは妹という感じだ。

 記憶を失っているとしても、おかしな事はしていないはず……!

 

「お、お兄様、一緒のベッドに入ってもいいですか……?」

 

 おれのベッドの傍らに立ったアイリスが、おずおずと言ってくる。

 マズい。

 何がマズいって、すごくマズい。

 以前アイリスにわがままを言ってもいいと言ったくせに、今さら断るとアイリスが悲しむ。

 それに、アイリスに本気でお願いされたら、断れる気がしない。

 

「ままま、待ってくれアイリス! 心の準備が……!」

「えいっ!」

「!?」

 

 可愛らしい掛け声とともに、アイリスが俺のベッドに飛びこんでくる。

 頭から毛布を被ったアイリスが、もぞもぞと動いて俺のすぐ近くから顔を出した。

 

「……! こ、これが夜這いというものなのですね。私ったら、なんてはしたない……! お兄様、眠ってしまうまででいいですから、私とお話してくださいますか……?」

 

 真っ赤になった顔の下半分を布団に埋めながら、アイリスがそんな事を言う。

 ヤバい。

 何がヤバいって、すごくヤバい。

 めぐみんとも何度も一緒に寝た事があるし、アイリスとだって同じような事をしたはずなのに、どうしてこんなにドキドキするんだ?

 おおお、落ち着け佐藤和真。

 俺にとってアイリスは妹みたいな存在だ。

 一緒のベッドで寝ているからと言って、ドキドキするはずがない。

 

「は、話をするくらい構わないけど……。えっ? 話? なんの話をするんだ?」

「冒険の話が聞きたいです! お兄様は魔王を倒したんですよね? その時の話を聞かせてください!」

 

 …………?

 

「ええと、冒険の話くらいいくらでもしてやるけど、アイリスは夜這いをしに来たって言ってなかったか? そんな話でいいのか?」

「はい! お兄様の冒険のお話は全部楽しいです!」

 

 あれっ?

 

 なんか俺が思ってるのと違う。

 いや、この場合はそれで助かったと言うところなのかもしれないが……。

 

 ……ふぅむ?

 

「そういえば、クレアはどうしてるんだ? 俺のところに夜這いに行くなんて言ったら、あいつは絶対止めたはずだろ」

「……? いえ、クレアはお兄様のところへ行くのなら安全だろうと、快く送りだしてくれましたよ。この部屋に来るまで、きちんと私の護衛をしてくれていました」

 

 そういや、アイリスが夜這いに来たとか言いだすから忘れていたが、部屋のすぐ外に敵感知の反応があるな。

 クレアは今も廊下に立って、アイリスの護衛をしているらしい。

 それが外から来る危険を警戒しているのか、俺がおかしな事をしようとしたらぶった斬るためなのかは分からないが……。

 アイリスに夜這いをさせようとするとは、あいつは一体何を考えているのか。

 考えこむ俺に、アイリスが不安そうに。

 

「あの、ひょっとして私は何か夜這いの作法を間違っていたでしょうか?」

「そんなわけないだろ、アイリスは何も間違ってなんかいないさ。それで、魔王を倒した時の話だったな? きっかけはこの街が魔王の幹部に支配されかけた事でな……」

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 夜通しアイリスと話していた俺は、アイリスを起こさないよう静かにベッドから降りる。

 アイリスは、夜這いと言う初めての体験に興奮してか、空が薄っすらと明るくなるまで眠らなかった。

 俺もいい加減に眠いが、もうひとり話をしないといけない奴がいる。

 俺がこっそりと部屋を出ると、すぐ傍の壁に寄りかかり眠るクレアの姿が……。

 アイリスの事が心配で、ひと晩中ここにいたらしい。

 

「おい起きろ、おいって」

 

 寝ているクレアの頬を軽く叩くと、クレアがゆっくりと目を開けて。

 

「ひいっ! カ、カズマ殿!?  ままま、待ってください! 事情を聞いていただきたい!」

「しっ! バカ! ここで大きな声を出すとアイリスが起きるだろ。……ちょっとこっちに来い。べ、別に何もしないから!」

 

 最近のクレアは、初めて出会った頃が嘘のように俺に怯え、避けるようになっている。

 アイリスとの婚約に反対し、俺に決闘を申しこんできたクレアを、バインドで縛って泣くまでスティールを唱え続けたら軽くトラウマになったらしい。

 俺へのトラウマのせいか、俺が促すとクレアは言われるままについてくる。

 まだ朝早く誰もいない台所で二人分のコーヒーを淹れ。

 

「それで、事情とやらを聞かせてもらおうか。もちろん俺だって鬼じゃないが、俺を納得させられなかった時は分かってるな? 純粋なアイリスをけしかけやがって。そういうのはめぐみんかダクネスだけで十分なんだよ」

「分かっています。あんな事は私だって不本意です。まったく! 私がどんな気持ちでアイリス様を送りだしたと……」

 

 言っているうちに昨夜の事を思いだしたのか、クレアがすごい目で俺を睨む。

 

「な、なんだよ。お前がアイリスに、俺のところに行ってもいいって言ったんだろ? それなのにそんな目で見るのはやめろよ」

「……、このところアイリス様は、いろいろな方に恋人同士とはどういう事をするのかと聞いて回っているようで……」

 

 ――クレアが語ったところによると、こういう事だ。

 最近のアイリスは、俺と婚約した事で大人の淑女としていろいろな事を学ぼうとしている。

 そして昨夜、めぐみんからちょっぴり大人な言葉を仕入れてきたアイリスが、夜這いってなんですかとクレアに訊いたという。

 めぐみんからダクネスが俺に夜這いをしようとしたと聞いても、純粋なアイリスには夜這いがなんなのか分からなかったのだろう。

 

「以前のアイリス様であれば、私が本当に話せないとお伝えしたら諦めてくれたのです。それが、カズマ殿と婚約した事で早く大人になりたいとお考えのようで……。アイリス様に本気でお願いされては、私には断りきれませんでした」

「いや、断りきれませんでしたじゃないだろ。そこは護衛として教育係として、アイリスが道を間違えないようにきちんと拒んでおけよ」

「ではあなたには出来るのですか! あのアイリス様に上目遣いで可愛らしくお願いされても断れると!? アイリス様のお願いを断るとはどういうつもりだ! そこへ直れぶった斬ってやる!」

 

 コイツ面倒くせえ!

 

「……スティール」

「!?」

 

 俺がボソッと呟くと、激昂していたクレアが一瞬で静かになる。

 

「アイリスが道を踏み外さないように間違った知識を教えたってのは分かったよ。でも、俺のためってのはどういう事だ? ……パンツは盗んでないから安心しろよ」

 

 というか、呟いただけでスキルも使っていないのにビビりすぎだろう。

 さすがにここまでトラウマになっていると、俺も悪い事をしたような気になってくる。

 泣きそうな顔で下着の有無を確認していたクレアは。

 

「アイリス様はカズマ殿と婚約者らしい事をしたがっておいでです。ですが、まだ幼いアイリス様とそのような事に及ぶのは、カズマ殿としても不本意なはず」

「そりゃまあ。俺はロリコンじゃないし、俺にとってアイリスは妹みたいなものだからな。将来的には分からないが、今すぐどうこうって気にはならないよ」

「その言葉を聞けて安心しました。もしもカズマ殿がアイリス様を今すぐどうこうするようなら、シンフォニア家の全力を注いででも、例え負けると分かっていてもあなたと戦う事になっていたでしょう」

「お、おう……。そんな事はないから安心してくれ」

「ですが、もしもアイリス様が正しい知識を持ち、カズマ殿にお願いしたら、カズマ殿はそんなアイリス様のお願いを断る事ができますか? 昨夜、アイリス様が本当に夜這いに来ていたとしたら、きちんと断れていましたか?」

 

 …………。

 

「あ、当たり前だろ! 俺を見縊るのも大概にしろよ! いくら俺が流されやすい性格だからって、妹に迫られて受け入れるようなロリコンじゃないぞ!」

「……ほう? 昨夜、私は失礼ながらあなたの部屋の前で聞き耳を立てていました。夜這いに来たと言ったアイリス様を、追い返すでもなくベッドにまで入れたのはどういうわけですか? あの時はまだ、私がアイリス様に間違った知識を教えていたとは分かっていなかったはずですよね? 詳しく説明していただきたい」

 

 初めて出会った時のような、いや、それ以上の冷たい表情でクレアが俺を問い詰める。

 

「よ、よし分かった! 俺だってアイリスに悲しい顔をさせるのは嫌だしな! 俺のためにも嘘を吐いてくれてありがとう! ちょっと悪いような気もするけど、アイリスが十四歳になって婚約を正式に発表できるようになるまでの間は、アイリスには間違った知識を教えて満足していてもらおう!」

 

 即答できなかった俺は、クレアから視線を逸らしつつ話を強引に進める。

 そんな俺に疑わしそうな目を向けながらクレアが、

 

「……くれぐれもアイリス様を傷つける事のないようにお願いします。万一の場合は、例え全裸に剥かれようともあなたをぶった斬ります」

 

 固い決意を感じさせる口調で宣言した。

 

 

 *****

 

 

 今日はピクニックに出掛けるというダクネスが、朝からシルフィーナとともに朝食と弁当を作っていた。

 七人でテーブルを囲むと、ただでさえ騒々しい食卓がいつもより賑やかになる。

 シルフィーナが切ったという、歪な形の野菜を口に入れながら、ダクネスがドヤ顔で。

 

「どうだカズマ。今日の料理は久しぶりに腕によりを掛けて作ったものだ。このところ、いろいろと忙しくて料理当番を代わってもらったりもしたが、その間に屋敷でメイドに付き合ってもらい練習していてな。もう私の料理は普通だなどと言うまい」

「ママの料理はとっても美味しいです!」

 

 ダクネスが作った料理を美味しそうに頬張るシルフィーナを見て、俺は頬を緩めながらダクネスに答える。

 

「小さな子が美味しそうに食べてるところを見ていたら、どんな普通な料理でも美味しいに決まってるだろ」

「そ、そうか! やっと私の料理を……ッ!? おい、それは私の料理が普通だと言っているだろう!」

 

 いきり立つダクネスに、アクアが野菜スティックをポリポリとかじりながら。

 

「しーっ! ダクネスったら、食事の時くらいもっとお淑やかにできないのかしら? 今日はアイリスもいるんだから、礼儀作法をきちんと守るべきだと思うの」

 

 ……よく分からないが、またおかしな遊びを始めたのだろう。

 おそらくお姫様ごっこかなんかだと思うが、野菜スティックを上品に口に運ぶ様子は、見た目だけならどこかのお姫様だと言われても信じてしまいそうだ。

 そんなアクアの隣では、本物のお姫様が嬉しそうにツナマヨご飯を頬張っているのだが。

 

「ア、アイリス様、そのようなものを口に入れては……!」

 

 ツナマヨご飯を食べて幸せそうにしているアイリスを、クレアがためらいつつも止めようとしている。

 アイリスが間違っていたら嫌われてでも止めると言った事を実践しているらしいが……。

 

「どうしてですか? こんなに美味しいのに」

「それは……。いえ、なんでもありません。食事の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

 

 不思議そうに訊くアイリスに、何も言えなくなっていた。

 こいつ駄目だ。

 

 と、ダクネスの隣で大人しく食事をしていたシルフィーナが、アイリスに話しかける。

 

「あの、アイリス様」

「シルフィーナ、私の事はお姉ちゃんと呼んでくれていいんですよ」

「は、はい! アイリスお姉ちゃん……!」

 

 アイリスのお姉ちゃんムーブに、シルフィーナが素直に応じる。

 お姉さんができて嬉しそうなシルフィーナを見てダクネスが微笑ましい表情になり、お姉さんぶるアイリスの可愛さにクレアがだらしない表情になる中。

 シルフィーナが瞳を輝かせながら。

 

「今日はアイリスお姉ちゃんも一緒にピクニックに行ってくれますか?」

「すいません、シルフィーナ。今日は行くところがあるんです」

「……そうですか」

 

 アイリスの答えに、シルフィーナがしょんぼりする。

 と、口いっぱいに食べ物を詰めこんでいためぐみんが、口の中のものを飲みこみ。

 

「……んぐ! 珍しいですね。こうしたイベントが大好きなあなたが断るなんて。なんなら、ゆんゆんも誘いましょうか? あの子なら他に用事があっても喜んでついてきますよ」

 

 気を遣っているのかゆんゆんの予定も訊かず巻きこもうとするめぐみんに、アイリスが満面の笑みで答える。

 

「いえ、私は今日はお兄様とデートに行くんです!」

「……!?」

 

 そう。夜這いに来たアイリスとの話し合いで、今日は一日、アイリスとデートする事に決まっている。

 ニコニコしているアイリスに、イラっとした表情を浮かべためぐみんが。

 

「……ほう! 私もまともにデートなんか行った事がないのに、後からしゃしゃり出てきたあなたがこの男とデートをすると?」

「なんですか? 私達は婚約しているのですから、デートくらい行っても良いと思います!」

 

 おっと、ギスギスしてきましたね。

 俺の事を好きすぎて争う二人に、俺がちょっと動揺しつつもニマニマしていると。

 

「ちょ……! カズマ殿、気持ち悪い顔をしていないで、お二人を止めてください!」

 

 慌てた様子のクレアがそんな事を……。

 

「お前今気持ち悪い顔って言ったか?」

「い、言ってません」

「まあ、大丈夫だよ。あの二人は俺の事を好きすぎるだけで、本当は仲が良いからな」

 

 ひとしきりアイリスに文句を言っためぐみんは。

 

「というか、あなたはデートがどういうものか分かっているのですか? 男女が一緒に出掛ければデートだという認識は甘いですよ」

「大丈夫です。最終的に夜の街にしけこめばいいんですよね?」

「駄目に決まっているでしょう! そんな話、誰から聞いたのですか?」

 

 アイリスの爆弾発言に、ダクネスがシルフィーナの耳を塞ぎ、アイリスとシルフィーナ以外の全員が俺に白い目を向ける。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。お前らなんでそんな目で俺を見るんだよ! 俺は何も言ってないだろ! アイリスもおかしな事を言うのはやめてくれ。デートには行くけど、夜の街にはしけこまないよ」

「ええっ!? そ、そんな……! デートで多少失敗しても、最後に夜の街にしけこんでしまえば大丈夫だと……!」

「……そんな事、誰に言われたんだよ?」

「そ、その……。セシリーお姉さんが……」

 

 俺達の反応から、名前を出すと迷惑が掛かると察したらしく、アイリスが言いにくそうにセシリーの名を挙げる。

 

「もうあいつは追いだしたらいいんじゃないかな」

「だ、駄目です駄目です! セシリーお姉さんはめぐみん盗賊団の大切な相談役なんです! アジトにいてくれなくては困ります!」

 

 アイリスが必死に言うので追及するのはやめておくが、どうしてアクシズ教徒は厄介事しか引き起こさないのだろうか。

 俺がアクアにジト目を向けると、アクアは牛乳のスープを豪快に飲み干して、口の周りを白く汚していた。

 ……誰もツッコまないので、お姫様ごっこに飽きたらしい。

 

「あの、お兄様。夜の街にしけこむというのは、具体的にはどんな事をするのですか? そんなにはしたない事なのですか?」

「い、いやほら、そういうのはアイリスにはまだ早いだろ。なんていうか、もっと健全なお付き合いってやつをした方がいいと思う」

 

 と、俺の言葉に、アイリスがムッとした様子で頬を膨らませ。

 

「子供扱いしないでください。大丈夫です! 少しくらいはしたない事でも、私は気にしませんから!」

 

 そうだった。

 今のアイリスに、子供だからまだ早いとか、もっと大人になってからとか言うのは禁句だ。

 それに、このままはぐらかし続けると、クレアに教えてくださいと迫り、クレアが教えてしまうだろう。

 というか、ぶっちゃけ俺も押されたらうっかり教えてしまいそうな気がしている。

 いや、落ち着け佐藤和真。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 昨夜、クレアがアイリスに教えた嘘は今も有効なのだから……。

 

「そ、そうか。そうだな、アイリスはもう少しで十四歳だし、こっちの世界ではもう大人みたいなもんだよな。ほら、俺って異世界から来たから、その辺の常識がまだ上手く飲みこめてなくてさ。……それで、夜の街にしけこむって話だったな。簡単に言っちまうと、昨夜やってた夜這いと一緒だよ」

 

「「「!!!!????」」」

 

 アクアとめぐみん、ダクネスの三人が、なぜか俺にギョッとした目を向けてきて……。

 

 ……あっ。

 

 あいつらはアイリスが夜這いについて勘違いしている事なんか知らないわけで、いきなりそんな事を言われたら驚くのは当たり前だ。

 しかも、アイリスを騙しているなんて話を本人の前でするわけには行かないから、お前らは誤解しているとも言えない。

 

「おいカズマ。どういう事だ? 事と次第によってはお前の首が飛ぶと思え。今度ばかりは私も庇わんからな」

 

 シルフィーナの耳を塞いだまま、冷たい詰問口調のダクネスが。

 

「あなたは私が十三歳の時、ロリキャラ扱いしていたのではなかったのですか? おい、どういう事か詳しく教えてもらおうじゃないか!」

 

 瞳を紅く輝かせテーブルをバンバン叩きながらめぐみんが。

 

「……昨夜はお楽しみでしたね?」

 

 ジト目でこんな時までネタに走るアクアが、口々にそんな事を言ってくる。

 

「ちちち、ちがーっ! おい待ってくれ! 俺はロリコンじゃない! これには事情があるんだよ!」

「それで、昨夜はヤったんですか? ヤってないんですか? その事情とやらを訊かせてくださいよ。こめっこやアイリスに慕われて嬉しそうにしていたのは、やっぱりロリコンだったからなんですか?」

 

 違うのに、本当は違うのに説明できない……!

 

 あかん。

 えっ、何コレ詰んだ。

 

 俺が焦っていると、クレアが慌てたように。

 

「カ、カズマ殿! 皆さんには私から説明しておきますので、少し早いですがアイリス様とお出掛けになってはいかがでしょうか!」

「お、おう……。そうだな。じゃあアイリス、行こうか」

「えっ? あ、あの、出来れば着替えをしたいのですけれど……」

「よし分かった。待ち合わせだ。デートだから待ち合わせをしよう! 俺は広場で待ってるから着替えて来てくれ! それと……」

 

 俺はアイリスに持ってきてほしいものを告げ、クレアにその場を任せて逃げるように屋敷を後にした。

 

 

 

 ――しばらくして。

 広場で合流した俺とアイリスは、街の通りを歩いていた。

 

「あの、お兄様。今日はデートに行くのですよね? どうしてこんなものを持ってくるように言われたのでしょうか?」

 

 ふんわりとしたスカートのドレスに長手袋といった、お嬢様風の格好のアイリスは、その姿には似合わないものを手にしている。

 それは王家に伝わる宝剣だという、なんとかカリバー。

 俺がアイリスに持ってくるよう頼んだものだ。

 

「いいかアイリス。めぐみんも言っていたが、男と女が一緒に出掛けたらデートだと思ったら大間違いだ。そんなんでデートって言うんだったら、俺とめぐみんが爆裂散歩に行くのもデートって事になっちまうだろ。あんなもんただの荷物持ちみたいなもので、デートっぽい雰囲気もなんもないからな」

「お兄様、めぐみんさんを荷物扱いするのはさすがにやめてあげてください」

「というわけで、今日は冒険に行きます」

「……? ええと、今冒険に行くと言いましたか?」

 

 俺の宣言に、アイリスが首を傾げる。

 

「ああ、言った。俺は冒険者で、冒険者にとって出掛けるってのは街の外に出る事だ。街の外に出るなら当然クエストを請けるよな? つまり、冒険者にとってデートって言うと、一緒にクエストを請ける事なんだよ!」

「そ、そうなんですか? 勉強になります!」

 

 あっさり信じられると、これはこれで罪悪感があるが……。

 

「そうそう。だから、夜の街にしけこむとかそういうのは、言ってみれば初心者向けだな。俺は魔王を倒した勇者だし、アイリスはドラゴンスレイヤーなんだから、上級者向けのデートをしてもいいと思う。それにほら、一緒に危ない目に遭うとドキドキして相手の事を好きになるって言うだろ? 吊り橋効果ってやつだ。だから恋人同士で冒険に行くのはそんなにおかしい事じゃないはずだ」

「上級者向け……!」

 

 俺の真っ赤な嘘を信じたアイリスが、ワクワクした様子で呟く。

 子供扱いを嫌がるアイリスにとって、上級者向けというのは心をくすぐる言葉らしい。

 ……この純粋な子を騙していると思うと、クズマだのゲスマだのと呼ばれるのも仕方がない気がしてくる。

 い、いや、これはアイリスのためでもあるはずだ。

 

 ――俺がちょっと気まずくなる中、冒険者ギルドに辿り着く。

 

「たのもー」

 

 俺達が冒険者ギルドに入ると、ギルドに併設されている酒場には大勢の冒険者がいた。

 このところ、魔王軍の襲撃から街を守り抜いた冒険者達は、多額の報酬を手に入れて働かなくなっているらしい。

 そんな冒険者達が、俺を見て一斉にざわめきだす。

 俺は魔王を倒した勇者なわけだし、俺に憧れる新米冒険者達が、俺を見て興奮してしまうのは仕方ない。

 

「ロリコンが来たぞーっ!」

「付き合ってるみたいな感じだった頭のおかしい幼女を振って、別の幼女と婚約した人だ!」

「ロリマさん、ちーっす」

 

 ぶっ殺!

 

「うるせーっ! 俺はロリコンじゃないって言ってるだろ! アイリスを連れてきたからってロリコン呼ばわりはやめろよ!」

 

 俺の言葉に、冒険者達は意外な事を言われたというように。

 

「えっ、俺はカズマさんがついに自分がロリコンだと認めたって聞いたぞ」

「俺も俺も」

 

 口々にそんなバカな事を言う。

 

「そんなわけないだろ。俺はロリコンじゃないし、俺を甘やかしてくれる胸の大きいお姉さんが好きだ。誰がそんなバカな事を言いだしたんだよ?」

「アクアさんが言ってたよ」

 

 冒険者が指さしたのは、ギルドに併設された酒場の奥。

 そこではアクアが、奢ってもらったらしい酒を飲んで酔っ払い、楽しそうに俺の暴露話をしていた。

 ……いや、あいつは何をやってんの?

 俺が出掛ける時には屋敷にいたはずなのに、どうして俺達より早く冒険者ギルドに来ているのか。

 広場でアイリスを待っている間に追い抜かれたのか?

 いや、そんな事より……。

 

「そうなのよ! カズマさんったら、とうとう正体を現したのよ! 純真なアイリスをたぶらかして、ついに昨夜、夜這いを……!」

「ほーん? そうか、ついにカズマもやる事やっちまったわけか。まあ、俺は前々からあいつはそうなんじゃないかと思っていたが……」

「ロリコンね。私の曇りなき眼で見たところ、あの男は幼女に興奮する変態に違いないわ」

「そういや、あいつが付き合ってたのもあの頭のおかしいロリっ子だったしなあ」

 

 アクアの話に熱心に頷いているのは、チンピラ冒険者のダスト。

 その二人を中心にして輪になっていた冒険者達が、俺とアイリスのために道を開ける。

 

「おっと、来たわねロリニート! 言っておきますけど、私は何も嘘は言っていないわ。なんなら、あの嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を持ってきてちょうだい。何度だって言ってあげるわ、この男はロリコンだって!」

「お前ふざけんなよ! 余計な事ばかりしやがって! クレアに事情を聞いたんじゃないのかよ!」

「事情? 事情ってなーに? 事情があったからって、やった事がなかった事になるわけないでしょう。私はただ真実を広めなきゃと思って、ひと足先にギルドに来たのよ」

 

 こいつは本当に余計な事しかしない。

 アイリスに嘘を吐いている今、こいつに本当の事を話すわけには行かない。

 それにめぐみんやダクネスならともかく、アクアが秘密を守れるとは思えない。

 アイリスに実は俺が教えているのは当たり障りのない嘘だとバラされでもしたら、いくらアイリスでも怒るだろうし、それなら本当の夜這いというものを教えてくださいなどと言いだすだろう。

 しかしこのままロリコン扱いされるのは……!

 

「何度だって言うが俺はロリコンじゃない。嘘だと思うなら……」

「……? なーに? 嘘だと思うなら私に何しようって言うの? 言っとくけど、私に賄賂は通じないわよ。でも、お酒の代金なら貰ってあげてもいいわ」

 

 俺がすっとエリス硬貨を差しだすと、アクアは警戒しながらも手を出してくる。

 俺はそんなアクアの手を硬貨ごと握ると。

 

「あああああ!? ちょっとあんた何すんのよ! ドレインタッチしようとしたでしょう!? アンデッドのスキルを私に使うなんて何考えてるんですかー? まあ女神である私が本気で抵抗すれば、そんなの効かないんですけど!」

「……『テレポート』」

 

 ドレインタッチへの抵抗に気を取られていたアクアは、俺がこっそり詠唱していたテレポートによって一瞬で遠方に飛ばされた。

 

「……!? お、おい、あのプリーストをどこに飛ばしたんだ? そりゃお前さんがロリコン呼ばわりされるのを嫌がってるのは知ってるが、まさか危険な場所には飛ばしてないよな?」

 

 次は自分の番だとでも思っているのか、焦りまくるダストに、俺はポツリと。

 

「アルカンレティアだ」

「えっ」

「アクアはアルカンレティアに飛ばした。あいつなら、あそこにいれば死にはしないだろ。心配だって言うならダストも飛ばしてやってもいいぞ」

「じょ、冗談じゃねえ……! 悪かった! 俺が悪かったから許してくれ!」

 

 そう。行き先はアルカンレティア。

 アクアは向こうで信者達にチヤホヤされるだろうから、当分の間は帰ってこないだろう。

 

「い、いつもアクアさんを言い負かして泣かせていたカズマさんが、実力行使に出た……!?」

「マジかよ! どうせまた話を大きくしてるだけだと思ってたのに……!」

 

 俺の行動に、冒険者達が騒ぎだす。

 

『俺は前から怪しいと思ってた』

『俺もだ! やっぱりロリマさんはロリマさんだったんだ!』

『しっ! 滅多な事を言うな、聞かれたらどんな嫌がらせをされるか分からないんだぞ!』

 

 小声で話している奴らも、読唇術スキルと盗聴スキルで何を言っているのかが分かる。

 こ、こいつら……!

 

「……アイリス。悪いけど少しだけ待っていてもらえるか? 俺はこれから、負けるわけには行かない戦いをしないといけなくなっちまった」

「お、お兄様……。分かりました! 私にも何かお手伝いできる事はありませんか?」

「おっ、そうか? じゃあちょっと一筆書いてもらえるか。おーい、誰か警察署まで行って、嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を借りてきてくれよ。俺がロリコンじゃないって事を証明してやるよ!」

 

 

 

 ――嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を使い、俺がロリコンかどうかで金を賭けた後。

 クエストを請けるでもなく酒場でダラダラしているだけで、退屈を持て余していた冒険者達に、退屈しのぎだと言って魔道具を使った賭け事を提案し。

 混乱の状態異常を掛ける魔法まで使って冒険者達を煽りまくり。

 冒険者達から魔王軍撃退の報酬を巻き上げて、ロリコン扱いされた報復を果たした俺は。

 

「サトウさん、いい加減にしてください! ここは冒険者ギルドであって、賭場ではないんですよ?」

 

 受付のお姉さんにガチめな感じで怒られていた。

 

「まあ待ってくださいよお姉さん。このところ、魔王軍撃退の報酬を得た冒険者達が、クエストを請けてくれなくて困るって言ってたじゃないですか。あいつらも金がなくなったからには嫌でも働かないといけなくなるだろうし、お姉さんも助かるんじゃないですか?」

「そ、それは確かにそうなんですが……」

 

 俺の言葉に納得しかけたお姉さんが口篭もり。

 

「サトウさんは、ギルドの事を考えて、こんなバカな事をしてくださったんですか? もしそうなら、お礼を言わなければいけないところだとは思うのですが」

 

 絶対違うだろうという確信を込められたお姉さんの質問に、俺は深く頷いて。

 

「よしアイリス、今から俺と街の外へ出て、そこら辺にいるモンスターを片っ端からぶっ殺してこようぜ。金がなくなって仕事もなくなったあいつらが路頭に迷うところを見ながら、俺達だけ酒場で豪遊するんだ」

「はい、お兄様!」

「サトウさん、本当にいい加減にしてください! イリス様も、サトウさんの言う事をなんでもかんでも聞かないでください!」

 

 ロリコン扱いされた俺のささやかな復讐を、受付のお姉さんが半泣きになって止めてきた。

 

 

 *****

 

 

 ――このところ、アクセルの街では新米冒険者が増えているらしい。

 

 魔王を倒した俺に憧れての事だそうだが、どうしてそういう情報が俺に入ってこないんですかとお姉さんを問い詰めたところ、カズマさんと会うと新米冒険者が幻滅するかもしれないからですと言われた。

 解せぬ。

 とにかく、冒険者が増えた事でゴブリンやコボルトといった美味しいモンスターの数が減ったせいで、そいつらを餌にしていたワイバーンが、この辺りを通る行商人を襲うようになったという。

 

『岩山に巣を作っているワイバーンの討伐』。

 

 それが、俺達が請けたクエストだ。

 いつもならゴブリンやコボルトを狙うところだが、今日はアイリスがいる。

 アイリスに雑魚モンスターとしか戦わない情けない兄だと思われたくないし、最強キャラであるアイリスと一緒なら、この街の近くにいるモンスターくらい楽勝だろう。

 

 

 

 ワイバーンが巣を作っているのは、街から離れた岩山だった。

 潜伏スキルを使い、岩山に隠れながら山道を登った俺達は、ワイバーンの巣が見えたところで足を止める。

 標高の高いこの場所では、乾いた砂が強風で舞い上がる。

 右手で聖剣を持ち、左手で俺の手を握るアイリスが、ワイバーンの巣を見つめながら、

 

「お兄様の潜伏スキルはすごいですね。ここまで全然モンスターに見つかりませんでした」

 

 感心したように、そんな事を言う。

 

「何言ってんだ。アイリスの剣の方がすごかっただろ。ここまで見つけたモンスターは、全部一撃だったじゃないか」

 

 そう。ここに来るまでに俺達が見つけたモンスター達は、潜伏スキルの効果で俺達に気付く事もなく、アイリスの必殺技みたいなやつで一撃だった。

 なんというか、簡単すぎるクソゲーみたいだ。

 もう全部アイリスひとりでいいんじゃないかな。

 い、いや、アイリスも俺の潜伏スキルを褒めてくれているし、今だって俺がいなければ巣の周りを飛ぶワイバーンの群れに気付かれているはずだ。

 ……アイリスなら気付かれたとしてもまとめて返り討ちにできそうだが。

 

「よし、アイリス。あの上を飛んでる奴が巣に戻ったら、やっちまえ!」

「分かりました! ……『セイクリッド・ライトニングブレア』!」

 

 アイリスが叫ぶと同時。

 アイリスの指先から一条の紫電が迸り、ワイバーンの巣の真ん中で光の爆発を巻き起こした――!

 

 

 

 アイリスのスキルの余波で、砂埃が巻き起こり、岩肌がパラパラと崩れる。

 

「お、おお……。さすがは俺の妹だ。ワイバーンの巣が跡形もないな。めぐみんの爆裂魔法より、威力が低いし……」

「……!? め、めぐみんさんの爆裂魔法は一発しか撃てませんが、私はまだ戦えますよ!」

 

 あまりの破壊力にちょっと引いている俺の言葉に、アイリスが食い気味に反論する。

 めぐみんの爆裂魔法より威力が低くて使い勝手が良いと言いたかったのだが……。

 この話題は続けない方が良いような気がする。

 

「……敵感知に反応があるな。生き残りがいるみたいだから、巣の方を見に行こう」

「わ、分かりました」

 

 ワイバーンの巣だった場所には、砕けた岩が転がっていて。

 俺が警戒しながらも、敵感知スキルに反応がある場所を探ると……。

 

「あっ、子供……」

 

 聖剣を構えていたアイリスが、構えを解きポツリと呟く。

 そこにいたのは、まだ幼いワイバーン。

 俺達が親を殺した事を察しているのか、警戒するように唸り声を上げている。

 

 ――そんなワイバーンの子供に、俺はナイフでサクッととどめを刺した。

 

「ああっ! お兄様!?」

 

 えっ。

 

 子供とは言えモンスターだし、別に非難されるような事では……。

 いやまあ、俺だって見た目が可愛いと思わないわけではないが。

 俺は、ドン引きするあまり、つないでいた俺の手まで離してしまったアイリスに。

 

「い、いいかアイリス。俺達はギルドから依頼を請けてここに来てるんだ。相手が可愛いからとか無害かもしれないからと言って、一時の感情に流されて討伐しないのは無責任だろ? 今は子供だけど、成長したらこいつも人間を襲うかもしれないんだぞ」

「……そうですね。お兄様が正しいです。私はこの国の王女として、そして冒険者として、この辺りを通る行商人の方々の事を考えなくてはいけませんでした。すいません、お兄様に嫌な役目を任せてしまって……」

 

 アイリスが泣きそうになりながらも気丈に頷く。

 

 俺が、アイリスに幻滅されず丸めこんだ事に内心ホッとする中。

 初めての冒険デートは、しんみりした感じで終わった。

 

 

 *****

 

 

 すっかり日が暮れた頃、俺達は屋敷に帰ってきた。

 

「戻ったぞー」

「ただいま戻りました」

 

 俺達が声を掛けながら広間に入ると、爆裂魔法を撃ってだるいのか、ソファーに寝そべっていためぐみんが。

 

「お帰りなさい。二人ともずいぶん汚れていますね。今日はデートに行くという話でしたが、どこまで行ってきたんですか?」

 

 苦笑しながら、そんな事を言ってくる。

 

「お帰り。アイリス様も、お帰りなさいませ。夕飯の準備ができていますよ。シルフィーナも作るのを手伝ってくれたので、後で褒めてやってくださいね」

 

 わざわざ出迎えに来たダクネスも……。

 

「……アイリス様、お召し物が汚れていますよ。食事の前に入浴なさった方が良いでしょう。おいカズマ、お前はアイリス様をどこまで連れていったんだ?」

 

 ――確かに、風に巻き上げられたり爆風に飛ばされたりした砂埃を浴びて、俺達の髪や服は汚れている。

 

「どこまでって、街の外の岩山だけど」

「岩山!? なぜそんなところに! あそこは最近、ワイバーンが巣を作ったと聞いている。そんな危険なところにアイリス様を連れていったのか? 今日はデートに行くという話ではなかったのか?」

「おう、アイリスと冒険デートに行ってきたんだ。アイリスがすごかったんだぞ」

「はい! とっても楽しかったです!」

 

 楽しそうなアイリスを見て、文句を言うのを諦めたダクネスは。

 

「……まあいい。話は後で聞かせてもらうぞ。食事の前に、お前もその汚れをなんとかしてくれ。アクアにピュリフィケーションでも掛けてもらうといい。そういえば、アクアがどこに行ったか知らないか?」

「アクアなら今頃アルカンレティアに行ってるよ」

「!?」

 

 と、俺達がそんなやりとりをしていると、アイリスが恥ずかしそうに俯きながら。

 

「あ、あの、お兄様、私と一緒に……お、おお、…………お風呂に! 一緒にお風呂に入りませんか!」

「……!?」

 

 突然のアイリスの言葉に、驚いた俺が何も言えないでいると。

 

「アイリス様! 嫁入り前の王族が何を言っているのですか! いけませんよ!」

「ですが、ララティーナも嫁入り前なのに、以前お兄様と一緒にお風呂に入った事があるのですよね?」

「そ、それは……!」

 

 声を上げたダクネスが、アイリスの反論に一瞬で黙らされる。

 

「いやアイリス、それはさすがにほら、いろいろとマズいだろ? こんな事がお前の父ちゃんにバレたら俺は処刑されると思う。だって俺の可愛い妹がどこの馬の骨とも知れない冒険者と一緒に風呂に入ったりしたら、俺なら処刑するもん」

「大丈夫です! お父様は私が説得します! それに、私達はその……もうそういった事をしているわけですから、一緒にお風呂に入るくらいは今さらだと思います!」

「「…………」」

 

 そうだった!

 アイリスの中では、俺とアイリスはすでにそういった事をした事になっている。

 事情を知っているクレアが取り成してくれているはずだから、そのせいで処刑される事はないはずだが……。

 クレアから事情を聞いたダクネスが、俺の方をチラチラ見てどうにかしろと目で語ってくるが、どうにかしろと言われても俺も困る。

 

「そ、そういえばクレアは? あいつの意見も聞くべきだと思う!」

「そそ、そうだな! しかしクレア殿は、アイリス様の着替えを取りに行くと言って、出掛けているところで……」

 

 あいつ、使えねえ!

 と、俺とダクネスが何も言えなくなりオロオロしていると、それまで黙って成り行きを見守っていためぐみんが。

 

「お風呂くらい一緒に入ったらいいと思いますよ」

 

 ポツリとそんな事を……。

 

「いや、お前は何を言ってんの? この状況でアイリスをそそのかすような事を言うのはやめろよ。お前も事情は聞いてるんだろ? ダクネスは見てのとおり頼りにならないし、たまには紅魔族の知能の高さってやつを見せてくれよ」

 

 バカな事を言いだしためぐみんに、俺はコソッと耳打ちする。

 めぐみんが俺に冷たい目を向けながら。

 

「ロリコンではないカズマにとって、十三歳は子供でありレディー扱いする年齢ではないのでしょう? 歳の差が三つしか違わない私を子供扱いして一緒にお風呂に入ったのですから、五つも離れているアイリスとももちろん一緒に入れるはずです」

「お、お前、あの時の事をまだ根に持ってたのかよ! 分かったよ、謝るよ。だからこんな時に過ぎた事を蒸し返すのはやめろよ」

 

 焦って早口になる俺に、めぐみんが苦笑して。

 

「まあ、あの時の事を思い返すと今でも少しイラっとしますが……。別に恨み言を言いたいわけではありませんよ。言葉通りの意味です。子供と一緒にお風呂に入るだけなのですから、何も気にする事はないのでは?」

 

 い、言われてみれば……?

 確かに、俺としては十三歳の子供と一緒に風呂に入るくらい大した事ではないのだが。

 …………、ない……のだが…………。

 

 ……あれぇー?

 

 なんだろう、アイリスと一緒に風呂に入ると思うと、すごくドキドキしてくる。

 いや、なんだコレ。

 なんで俺は妹と一緒に風呂に入るってだけでこんなに緊張しているんだ?

 俺はロリコンではない。

 以前、めぐみんと一緒に入る時にも言ったが、子供と一緒に風呂に入るからと言って、いちいち大騒ぎする事はない。

 そう、ただ妹と一緒に風呂に入るだけで……

 

 ……いや、ちょっと待ってほしい。

 

 妹だぞ? 妹と一緒に風呂に入るんだぞ?

 緊張しないはずがないじゃないか。

 

「お、お兄様? どうかしましたか? 悩み事が解決したようなスッキリした表情をしていますよ?」

「なんでもないよ。それより、夕飯が冷めるからさっさと風呂に入っちまおうぜ」

「あの、あまり乗り気になられると、それはそれで恥ずかしいのですが……」

 

 

 

「ふう……」

「すす、すいませんお兄様。恥ずかしいのでもう少し離れていただけませんか!」

 

 俺が湯船に肩までつかって手足を伸ばしていると、アイリスがそんな事を言いながら俺から離れていく。

 ……俺を意識するあまり恥ずかしくなったらしいが、アイリスに離れてくださいと言われると地味に傷つく。

 ションボリしている俺に、アイリスが慌てて。

 

「す、すいません! 私の方から一緒に入りたいと言いだしたのに……! で、でも、なんと言いますか、お兄様がこんなに気を緩めるとは思わなくて……」

 

 アイリスとしては、俺もアイリスと同じくらい緊張し、お互いに恥ずかしくて相手の方を見られず、それでもチラチラと見ているうちに視線が合って……というような感じを期待していたらしい。

 デリカシーがない事に定評のある俺に、そんな事を言われても。

 人を見る目には自信があると言っていたアイリスだが、こういった恋愛的な事については経験がないせいか予想がつかないのかもしれない。

 と、恥ずかしそうに両手で目を隠し、その指の間からチラチラと俺を見ていたアイリスが。

 

「お兄様は魔王との戦いで木っ端微塵になったと聞きました。体はもう大丈夫なのですか?」

「ああ、もうなんともないぞ。なんたって、アクアじゃなくてエリス様に治してもらったんだからな」

「フフッ……。そんな事を言うと、アクア様に叱られますよ」

「まあ、あいつもプリーストとしての腕だけは信用できるけどな」

 

 アクアに対する俺の評価を、クスクスと笑って聞いていたアイリスが、俺の言葉に表情を曇らせる。

 

「私も、お兄様に信用してほしいです」

「……? ええと、俺はアイリスが嘘吐いてるなんて思ってないぞ?」

 

 シリアスな感じのアイリスの言葉に、俺は首を傾げる。

 というか、嘘を吐いているのはこちらなので、ちょっと気まずい。

 

「そうではなく……。妹としてではなくて、皆さんのように対等な仲間として扱ってほしいのです。お兄様に妹だと言っていただけるのは嬉しいですが、このままだといつまでもお兄様に甘えて、頼っているばかりになりそうで……。今日のクエストだって、お兄様の潜伏スキルに守られていましたし、それにモンスターの子供にとどめを刺すという嫌な役目をお兄様に任せてしまって……!」

 

 ……ちょっと何を言っているのか分からないですね。

 今日のクエストでは、アイリスに頼りきっていたのは俺の方だと思う。

 

「そんな事気にしなくていいさ。俺達は冒険者だって言ったじゃないか。冒険者パーティーって言うのは、それぞれが得意な事を分担するものなんだぞ。俺はモンスターに攻撃できるほど強くないから、アイリスのフォローとかいろいろやってたんだ。その代わりに、アイリスはモンスターを倒してくれただろ? アイリスは自分が大した事をしていないみたいに言ってるけど、それってアレだぞ? 俺の魔法弱すぎかなとか言いながら超強い魔法を使う、勘違い系の主人公みたいだぞ? そういうのは嫌われるからやめといた方がいいと思う」

「……勘違い系? ええと、お兄様が何を言っているのかは分かりませんが、私を慰めてくれようとしている事は分かります」

 

 落ちこんでいたアイリスが、首を傾げながらも笑みを浮かべる。

 

「そうだなあ、俺がアイリスを対等に扱ってないって言うんなら、それはアイリスが俺の可愛い妹だからだな」

「また妹扱い! あの、ですからそれをやめていただきたいと……」

「そんな事言われても。婚約者になったって言っても、その前にアイリスは俺にとって妹なんだよ。でも、妹だから婚約者じゃないって事もないから安心してくれ」

 

 俺が笑いながらアイリスの頭を撫でると、アイリスは不満そうに口を尖らせながらも微笑んでいて……。

 こういう時、空気を読まずに余計な事を言うアクアは、今頃はアルカンレティアにいる。

 ナデポとニコポが成功した達成感に、俺が少しだけ気を良くした、そんな時。

 

「アイリス様! ご無事ですか! その男に何かおかしな事をされていませんか! アイリス様、返事をしてくださいアイリス様ーッ!!」

 

 帰ってきて事情を聞いたらしいクレアが、脱衣所の外から叫ぶ声が聞こえた。

 

 

 *****

 

 

 夕食の後。

 アイリスが今夜もこの屋敷に泊まると言いだし、最終的にクレアが折れ。

 

 そして今、なぜか皆が俺の部屋に集まっている。

 

「今日は夜通し遊ぶとしましょうか! いろいろとゲームも持ってきたので、飽きる事はありませんよ!」

 

 テンションの高いめぐみんが、持ってきた物を広げながら言う。

 ボードゲームやカードゲームから、紅魔の里から持ちだした携帯ゲーム機まで、この屋敷にある遊び道具を集めていた。

 

「今日は珍しくクエストに出て疲れてるんだよ。寝かせてくれよ」

 

 すでに寝る準備を済ませてベッドに入っていたのに叩き起こされた俺が、あくびを噛み殺しながらそんな事を言うと。

 

「あなたがアイリスに夜這いを掛けられないように集まっているんですよ! アイリスが夜這いをする隙がないくらい遊び倒してやりますから、覚悟してください!」

 

 めぐみんがすごい剣幕で、俺にだけ聞こえる小声で言う。

 ……その気遣いは助かるが、そんな事よりも今夜は眠りたいのだが。

 いくら俺が徹夜に強い体質だと言っても、昨夜もロクに寝られていないのでさすがに眠い。

 そんな俺の内心をスルーし、浮き浮きした様子のめぐみんが。

 

「さあアイリス! ボードゲームで勝負と行きましょう!」

 

 こいつ遊びに来ただけだろ。

 ボードに駒を並べ始めるめぐみんに、アイリスがキッパリと。

 

「すいません、めぐみんさん。今夜はお兄様と子作りをしたいので、二人きりにしていただけませんか?」

「「「!?」」」

 

 部屋の中にいた、アイリスとシルフィーナ以外の全員が驚愕の表情を浮かべる。

 ダクネスがシルフィーナの耳を押さえるが、まだ幼く子作りの意味も分かっていないシルフィーナは、不思議そうに首を傾げている。

 

「アアア、アイリス様! 嫁入り前の王族がなんという事を! いけません! 絶対に許しませんからね!」

「……? クレアは昨夜、私にお兄様のところに夜這いに行くのを許してくれたではないですか。どうして今さら子作りをしてはいけないなんて言うの?」

 

 立ち上がり声を上げるクレアに、アイリスが不思議そうに訊く。

 

「そ、それは……!」

 

 クレアがアイリスの質問に答えられず口篭もる中。

 ダクネスが、シルフィーナに自分で耳を塞ぐように言い、アイリスの前で膝を折って目線を合わせると。

 

「お待ちくださいアイリス様。王族が子を作るという意味を理解した上でおっしゃっているのですか? あなたとカズマの子は、王位を継承する権利を持つのですよ。ジャティス王子が結婚もしていない今、もしも男児が生まれたらいかがなさいます?」

 

 子供に言い聞かせるような穏やかな口調で、そんな事を言う。

 そんなダクネスに、アイリスは泣きそうな表情になって。

 

「だって! だって! めぐみんさんもララティーナもズルいです! めぐみんさんはお兄様の部屋を夜に訪ねたそうですし、ララティーナはキスをしたと聞きました! 私だってお兄様の婚約者なのですから、そういった事をしてくれてもいいはずです!」

 

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、珍しくわがままを言う。

 

「お、落ち着けアイリス。お前は今、結構大変な事を口走っていると思う!」

 

 アイリスを説得しようとする俺に、ダクネスとめぐみんも口々に。

 

「そ、そうですアイリス様。考え直してください。いくらアイリス様とこの男が婚約していると言っても、アイリス様はまだ十三歳ではないですか。そういった事を経験されるには早すぎます! ほら、めぐみんからも何か言ってくれ!」

「そうですよ。私だって十三歳の時にはロリキャラ扱いされていたんですよ。あなただけ特別扱いはどうかと思います」

「めぐみんはやっぱり黙っていてくれ、話がややこしくなる!」

 

 どうしよう。

 俺を取り合って美少女達が争ってくれるシチュエーションは嬉しいのだが、アイリスがすごく凄い事を要求してきている今はそんな事を言っていられない。

 めぐみんは空気を読んで、もっと別の時にごねてほしい。

 思いとどまらせようとする俺達に、アイリスは。

 

「ですが、そうやって何もしないままでいたら、お兄様は知らない女性にふらふらついていってしまうかもしれないではないですか。私はお兄様との間に、お兄様がふらふらしなくなるような既成事実が欲しいのです!」

 

 感情が昂ったせいか目に涙まで浮かべているアイリスの言葉に、めぐみんがへっと笑った。

 

「ふらふらしていたその男を横からかっさらっていった王女様は言う事が違いますね」

 

 そんなめぐみんの皮肉にもアイリスは怯む事なく。

 

「ですから、めぐみんさんのようにならないためにも、私はお兄様をしっかり捕まえておきたいんです」

「……!? 下っ端のくせに言う事だけは一人前ですね! いいでしょう、私が淑女のなんたるかを教えてあげようじゃないか!」

「なんですか! やるんですか! 王族は強いんです! そ、それに、あの時はめぐみんさんが一番大人だったからと団長になりましたが、私も大人の階段を上ったわけですから、今なら私が団長になってもいいはずです! いつまでも下っ端扱いされていると思ったら大間違いですよ! 下剋上です!」

「上等です! 掛かってくるがいいですよ! 勝負はボードゲームでいいですね? 私が勝ったら、今日のところは諦めて自分の部屋へ逃げ帰る事です!」

「私が勝ったら、私をお兄様と二人きりにしてくださいね!」

 

 二人はゲームの盤に駒を並べながら睨み合い――!

 

 

 

「――これで私の勝ちですね!」

 

 白熱した戦いはめぐみんの勝利で終わった。

 見ているだけでも緊張していたらしく、勝負が終わると俺を含めた全員が、ほお……と小さくため息を吐く。

 アイリスが泣きそうな表情になりながら。

 

「……負けてしまいました」

「い、いえ、アイリス様も見事なお手前でした!」

「ありがとうございます、クレア。でも勝負には勝たなくては意味がないのです。めぐみんさんの言った通り、今日は部屋に戻る事にしますね」

 

 クレアの慰めにも寂しそうに答えたアイリスが、おやすみなさいと挨拶をして俺の部屋から出ていく。

 そんなアイリスとともにクレアも出ていき……。

 

「これで今夜はカズマの安全は守られたわけですね。私に感謝して安眠してください」

「お、おう……。俺がアイリスと子作りしないようにしてくれたのか? 助かったよ。でも、アイリスには子作りについても当たり障りのない感じに伝えてあるし、別にそこまで気にしなくても大丈夫だったんだが……」

 

 ボードゲームを片付けながらのめぐみんの言葉に、アイリスの悲しげな後ろ姿を思いだし俺がそんな事を言うと。

 めぐみんが目を紅く輝かせて。

 

「何が大丈夫ですか! 正直言って、私は皆してアイリスに嘘を吐いて誤魔化しているというこの状況が気に食わないんですよ! カズマの判断なので従いますが、子供扱いしているくせにアイリスに一番負担を掛けているのはどうなんですか? 本当の事を話したらあの子はきっと泣きますよ。そもそもあなた達がアイリスにお願いされると断れないとかバカな事を言っていないで、きちんと断ったらいい話じゃないですか」

 

 なんという正論。

 

「そ、そりゃそうだけどさ。俺が優柔不断で流されやすいのはめぐみんも知ってるだろ? 俺はアイリスに押されたら流される自信がある」

「ロリコンじゃないと言っていたくせに、堂々とバカな事を宣言しないでください。まあ、私は別にあなたがロリコンでも構いませんよ。そんなどうでもいい事で悩んでいないで、さっさと乳繰り合えばいいじゃないですか。というか、どうして私がアイリスのためにあなたを説得しないといけないんですか? あなた達の関係については、私はもっとごねてもいいと思いますよ!」

「す、すいません……!」

 

 それを言われると何も言えなくなる。

 ……俺がアイリスと婚約すると言いだした時、めぐみんは十分にごねたと思うが。

 それでも、場外乱闘上等だっためぐみんが最後には身を引いたのは、めぐみんにとってもアイリスが大切な妹分だからだろう。

 いろいろとあったが、今の俺とアイリスの状況をめぐみんも心配しているらしい。

 ダクネスが、眠そうに目をこするシルフィーナを撫でながら。

 

「私の立場としては、今すぐにアイリス様とどうこうというのは止めなければならないと思うのだが……。もしもの時は、一緒に王に謝るくらいの事はしてやろう」

 

 苦笑気味に、そんな事を言う。

 

「や、やめろよ。二人して俺をけしかけるような事を言うのはやめてくれ。俺はロリコンじゃないって言ってるだろ!」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんね。本当にロリコンではないのなら、アイリスに迫られたところで反応しないから無理だと言えばいいではないですか」

 

 めぐみんが俺に白い目を向けながら、そんな事を……。

 …………。

 

「お前はなんにも分かってない! 男の生理現象を分かってない! 言っとくけど、状況によってはちょむすけに踏まれただけでも反応するからな!」

「そそ、それは私には分からない事もあるでしょうが……! あの、例え話でもうちのちょむすけに踏まれるとか言うのはやめてくれませんか?」

 

 めぐみんが顔を赤らめ俺から視線を逸らす。

 ダクネスが、めぐみんと同じく視線をさまよわせながら。

 

「と、とにかく、私もめぐみんも、お前とアイリス様の事を心配しているんだ。クレア殿もそうだし、多分アクアもそうだろう。だからお前は、お前の思うようにすればいい。お前が何かしでかしても、私達ができる限りフォローしてやる」

「どうして私がフォローをしないといけないのかは分かりませんが、まあ私にとってもあの子は大切な妹分ですからね。アイリスの事、ちゃんと考えてあげてくださいよ」

 

 口々にそんな事を言って、めぐみんと、シルフィーナを連れたダクネスが俺の部屋を出ていく。

 ひとり残された俺は、明かりを消してベッドにもぐりこむと……。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 昼近くまで寝てスッキリした俺が広間に下りていくと、寛いでいためぐみんとダクネスが窺うように俺の方を見た。

 シルフィーナがいないのは、孤児院に遊びに行っているからか。

 

「おはようございます」

「おはよう、カズマ。……いい面構えになったな。悩みが吹っ切れたような顔をしているぞ」

 

 ダクネスが嬉しそうにそんな事を言ってくる。

 

 ……?

 

「悩みってなんだ? 俺に悩みなんて……? あっ、アイリスとの事か!」

「「!?」」

 

 俺がポツリと呟くと、二人が驚愕に目を見開く。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 寝たんですか? あの後、特に悩む事もなく寝たんですか? 眠れずに朝まで悶々として決意するとか、そういったイベントではなかったんですか?」

「お、おお、お前という男は……! 昨日はアイリス様のために真面目に悩んでいるようだったのに……」

「いや違う、待ってくれ! 昨夜はクエストに行ったりして疲れていたし、一昨日だってちゃんと眠れてなかったんだから仕方ないだろ! 俺は何も悪くないぞ!」

 

 昨夜はアイリスの事を考えようと思いながらベッドにもぐりこんだのだが、すぐに抗いがたい睡魔が襲ってきて意識を失った。

 

「最低です! あなたは最低ですよ!」

「分かっているのか? 私達ならともかく、アイリス様の事だぞ!」

「うるせーっ! 寝ちまったもんは仕方ないだろ! 俺と同じ状況だったら、誰だって寝てたと思う!」

「この男、開き直りました!」

「お前ってヤツは! お前ってヤツは!」

 

 俺が二人から責められていた、そんな時。

 

「サトウカズマああああああ!」

 

 二階からそんな叫び声が聞こえ、直後に猛烈な勢いで何者かが階段を駆け下りてくる。

 現れたのは、長剣を手にしたクレア。

 

「クレア殿!? どういうおつもりか!」

 

 激昂した様子で剣を抜いたクレアに、ダクネスが俺の前に立ち両手を広げる。

 ダクネスの硬さを知っているクレアが、悔しそうに俺を睨みながら。

 

「どういうつもりか訊きたいのはこちらの方です! 話が違うではないですかカズマ殿! あなたはロリコンではないから、アイリス様とそういった事はしないと言っていたはずです! 私はこれでもあなたを信じていたんですよ! 人としてはともかく、アイリス様を思う気持ちだけは信じられると思っていたのに、どうしてあんな……! あんな……! あ、赤ん坊を作るなど……!」

 

 クレアの言葉に、めぐみんとダクネスが、今度は何をやらかしたんだという白い目を俺に向ける。

 

「いや、ちょっと待ってくれよ。あんたが何を言っているのかさっぱり分からん。昨夜の話なら、俺はあの後すぐに寝たぞ?」

「それならアイリス様のあのお腹をどう説明するつもりですか!」

「アイリスのお腹がなんだって?」

 

 クレアの剣幕に俺達が困惑していた、そんな時。

 アイリスが慌てた様子で階段を下りてきて……。

 

「ま、待ってクレア。私の話を聞いて……!」

 

 そんなアイリスは、少し膨らんだお腹を両手で押さえていて。

 

「……ア、アイリス? お前それどうしたんだ……?」

「こ、これはその……」

 

 アイリスが気まずそうに手を動かすと、お腹の膨らみも動き、やがて服の裾から何かが転がり落ちる。

 それは両手で抱えられるくらいの大きな卵。

 

「何それ」

「ほう。王族は卵生だったんですか?」

「そんなわけないだろう。……アイリス様、その卵はどうなさったんですか?」

 

 ――聞けばこういう話らしい。

 クレアが目覚めてみると、アイリスが挙動不審で、何かを隠すようにお腹を押さえていた。

 それを見咎めたクレアがアイリスのお腹をよく見ると、まるで妊娠しているかのように膨らんでいて。

 しかもアイリスが、赤ちゃんが……などと呟いたために、このところ俺とアイリスの事でいろいろと悩んでいたクレアは、勘違いして俺をぶった斬ろうとした。

 

「お前、バカなの? アイリスが妊娠したとしても、昨日今日でいきなり腹が膨らむわけないじゃん」

「す、すいませんカズマ殿! どうかお許しを!」

 

 勘違いで俺を殺そうとしたクレアが平謝りする中。

 アイリスが持っていた卵を、テーブルの上にハンカチを敷いて、その上に乗せ。

 

「それで、これはなんの卵なんですか?」

 

 興味深そうに卵を見つめながらのめぐみんの質問に、アイリスが俺の方をチラチラ見て言いにくそうにしながらも。

 

「……ワイバーンの卵です」

 

 ワイバーンって言うと、昨日クエストで討伐したアレか。

 俺がワイバーンの子供にとどめを刺し、冒険者としての心得みたいなものを語ったからか、卵を持って帰ってきた事を俺に知られると、叱られると思って隠していたらしい。

 

「ワイバーンって、ドラゴンみたいなもんなんだろ? ドラゴンスレイヤーのペットにはぴったりなんじゃないか」

 

 俺が笑いかけながらアイリスの頭を撫でると、ションボリしていたアイリスが笑顔を浮かべて……。

 と、そんなアイリスが不思議そうに首を傾げ。

 

「あの、お兄様。さっきクレアが、話が違うとか、私とそういった事はしないと言ったとか言っていましたけど……」

 

 

 

「――すいませんでした」

 

 俺達は広間の床に正座し、アイリスに頭を下げていた。

 土下座である。

 俺とクレアだけでなく、知っていたのに黙っていためぐみんとダクネスも一緒に土下座している。

 

「……顔を上げてください」

 

 そんな俺達に、アイリスは厳粛な口調で言う。

 俺が顔を上げると、泣いても怒ってもいない、強張った表情のアイリスが。

 

「そうですか、私のために嘘を……。ララティーナやめぐみんさんも、知っていたのに黙っていたんですね?」

「ア、アイリス様! めぐみんは黙っているのは嫌だと言って、カズマに抗議を……!」

「いえ、ダクネス。私も黙っていた事に変わりはありませんから、庇ってくれなくてもいいですよ」

 

 ダクネスがめぐみんをフォローしようとし、めぐみんが穏やかに首を振る中。

 俺達が顔を上げたのに、ひとり床に額を押しつけているクレアが。

 

「今回の事、責任はすべて私にあります! 申し訳ありませんでした! 主を騙るなど、謝って許される事ではありませんが……。かくなる上は、いかなる処罰も謹んでお受けします!」

 

 自分から言いだしたくせに、アイリスに嘘を吐くのをずっと気にしていたらしいクレアが、半泣きになりながらそんな事を言う。

 俺にはピンと来ないが、貴族の世界で王族を騙すというのは重罪なのかもしれない。

 アイリスがクレアに厳罰を課すとは思えないが……。

 

「え、えっと、ちょっと待ってくれないか? その、アイリスを騙したってのはこいつも悪いかもしれないが、アイリスのためになると思ってやったんだし、あんまり重い罰は許してやってくれよ。それに、俺が協力しなかったら騙す事もできなかったし、どっちかって言うと俺の方が罪が重いんじゃないか?」

「……どんな重い罰でも、クレアの代わりにお兄様が受けると言うのですか?」

 

 何それ怖い。

 今日のアイリスはいつもの妹キャラではなくて、偉い人っぽい近寄りがたい空気を纏っている。

 これが王族のオーラってやつだろうか。

 

「王族を騙す事は、場合によっては反逆罪に問われる事もあります。ましてや、次期国王に関わるかもしれない子供の事ですから……」

「わ、分かったよ! 俺のできる範囲でならこいつの罰も肩代わりするから、できるだけ軽い罰則にしてください!」

 

 俺のその言葉に、アイリスが王族っぽい空気をあっさり掻き消し、恥ずかしそうにモジモジしながら。

 

「では、お兄様は今度こそ私と、こ、ここ……、子作りをしてください! そうしたら今日までの事は全部許します!」

「ア、アイリス様!? それは……!」

 

 クレアが思わず顔を上げるも、今のアイリスを止める事はできず。

 

「い、いや、それはさすがに……」

 

 そういった事をしないために嘘を吐いてきたのに、アイリスに許してもらうためとは言えそういった事をしてしまっては意味がない。

 口篭もる俺に、アイリスは。

 

「じゃあ許してあげません!」

 

 頬を膨らませプイっと顔を逸らす。

 確かに、嘘を吐いてアイリスを傷つけたのは事実だから、本当なら何でもしてやりたいとは思うのだが……。

 どうしたもんかと隣にいるクレアを見ると、クレアはこんな状況だと言うのに、アイリスの可愛らしい仕草に恍惚とした表情をしていた。

 コイツ駄目だ。

 

 ――と、そんな時。

 

「ただまー!」

「イリスちゃんがこっちにいると聞いて!」

 

 バーンと玄関のドアが開かれ現れたのは、空気を読まない事に定評のあるアクシズ教徒達。

 

「……あっ」

 

 …………あっ?

 

 現れたアクアとセシリーを見て、怒っているはずのアイリスがなぜか驚いたように呟いたのを、俺の盗聴スキルは聞き逃さなかった。

 

「ねえカズマ、私に何か言う事があるんじゃないかしら? いきなり人をテレポートで飛ばすって何考えてるんですかー? まあ私は寛大だから、ひと言謝ったらそれで許してあげるわ。ほら、ごめんなさいを言いなさいな! そして私の寛大さにありがとうを言いなさい!」

「アクア様をテレポートで飛ばすなんて! いくらアクア様と仲の良いサトウさんでも、今日と言う今日は許さないわ! 私とアクア様を引き離すなんて悪魔の所業! 鼻からところてんスライムを食べさせてあげるから覚悟しなさい!」

「うるせーっ! 今ちょっと真面目な話をしてるんだからお前らはどっか行ってろよ!」

 

 アイリスに土下座する俺達を見たセシリーが、すぐに何か納得した表情を浮かべ。

 

「ははーん? さすがはサトウさん。なかなか高度なプレイをしているわね。お姉さんも混ぜてちょうだい!」

 

 一体何を納得したのか、そんなバカな事を口走る。

 

「プレイじゃねーよ! お前、アイリスにこれ以上余計な事を教えるのはやめろよ!」

「幼女の足元にひれ伏すだなんて、そんな羨ましい事をあなた達にだけ楽しませるわけには行かないわ! ぜひ私も一緒に……!」

「おいやめろ。お前の存在はアイリスの情操教育に悪いんだよ!」

 

 アイリスに跪こうとするセシリーを、俺が羽交い絞めにして止める中。

 

「アクア。最近、アイリスと何か変わった事をしませんでしたか? 私達に黙っている事はありませんか?」

 

 俺と同じくアイリスの態度を不思議に思ったらしく、めぐみんがアイリスにそんな事を聞いていた。

 めぐみんの質問に、アクアは。

 

「変わった事って言われても。ピンクミュルミュル貝について語り合ったり、ネロイドを倒すのを手伝ってもらったり、それくらいね。後は、ちょむすけが火を吹く猫だって教えてあげたら、空飛ぶ犬がいるって嘘も信じてくれたわ」

 

 人の事は言えないが、こいつは一国の王女に何をやっているのか。

 

「他には、こないだアイリスに子作りってどうやるんですかって訊かれたから教えてあげたわね。そういえば、クレアがいろいろ言ってたみたいだけど、子作りの事は私がとっくに教えておいたから心配しなくても大丈夫よ」

「いや、お前は何をやってんの? 本当に何をやってるんだよ?」

 

 俺達が苦労したのはなんだったんだよ。

 いや、というか……

 

 見ると、アイリスはいたずらがバレた子供のような表情で苦笑していた。

 

 ……まさか。

 

 出会った頃は純粋だったはずの俺の可愛い妹は。

 俺が教えた事をなんでもかんでもスポンジのように吸収し、それらを見事に使いこなしているこの国の王女様は。

 どうやら俺の狡すっからいところまで学んでしまったらしい俺の婚約者は。

 片目を瞑り、唇から少しだけ舌を出して。

 

「てへぺろ!」

 

 

 *****

 

 

 ――その日、王城ではアイリス王女の誕生日パーティーが開かれていた。

 

 十四歳になったアイリスは、パーティーの席で俺との婚約を正式に発表し、列席した貴族達も表向きはにこやかに祝福していた。

 俺はアイリスの隣で、貴族達の俺への陰口を読唇術スキルと盗聴スキルで拾い集め……。

 アイリスに祝いの言葉を告げに来たそいつらに、でもあんたらはさっき俺の事を勇者パーティーの荷物持ちだとかミツルギの功績をスティールしただとか言ってましたよねなどと言ったところ、ダクネスとクレアに摘まみだされた。

 ……どうも俺は王都の貴族達と相性が悪い。

 俺以外の奴らは、相変わらず魔王を討伐した事を褒め称えられ、感謝されている。

 ゆんゆんは貴族に話しかけられるたびに焦りからか目を真っ赤にしていて。

 ミツルギは誰彼構わず爽やかな笑顔を振り撒き、取り巻き二人はそんなミツルギを凝視している。

 なんだろう、すごくデジャヴを……。

 デジャヴを……?

 いや、前にも似たような事があった気がしたが、気のせいだな。

 アクアの正体がいい加減に知れ渡ったらしく、貴族達も遠巻きにしていて、アクアの周りに集まっているのはアクシズ教徒ばかりだ。

 豪華料理をマイペースに食べまくるめぐみんも、俺とアイリスの婚約騒動で王都中に頭がおかしい事が知れ渡り、貴族達にヒソヒソと噂されている。

 ダクネスは、俺とアイリスの婚約に関して、クレアとともに王都の貴族達を説得して回ったそうで、二人して疲れきったサラリーマンのような雰囲気を醸しだしながら酒を酌み交わしている。

 アイリスの友達枠で呼ばれたクリスは、なぜかレインと談笑していて、何かの拍子に銀髪盗賊団の話題が出た途端に挙動不審になった。

 ……魔王討伐から一年も経っていないのに、あいつらもずいぶんと化けの皮が剥がれたもんだなあ。

 俺が会場の隅で、俺の悪口を言っている連中だけでなく、仲間達への悪口にも目と耳を光らされていると。

 

「――お兄様、またこんなところにいたんですか」

 

 

 

 今日のアイリスは大人びたドレスを着ていて、いつもと雰囲気が違う。

 ……背中が開きすぎている気がして兄としては心配なんですが、これはどうなんだろうか。

 すごく似合ってるけど。

 

「お、お兄様! あまりジロジロ見られると恥ずかしいです……!」

 

 恥ずかしそうにはにかむ表情はいつもと変わらなくて、そんなアイリスの様子に少しだけ安心する。

 

「前にも言ったけど、誕生日おめでとう」

 

 王女の誕生パーティーが王城で盛大に行われるのは分かっていたので、内輪の祝いは早めに終わらせている。

 俺の祝いの言葉に、アイリスは満面の笑みで。

 

「はい! これでもう、まだ子供だなんて言わせません!」

「そ、それについては謝っただろ! というか、アイリスだって俺達に騙されたフリをしてたんだから、お互い様だと思う!」

 

 ――あれから。

 俺が子作りを断ったり、クレアが邪魔したりするのを予想し、俺達が断れない状況を作ろうと企んでいたアイリスは。

 計画が失敗してからも、俺の部屋へと夜這いに来たり、子作りをしましょうと言ったりしていたのだが……。

 ただ添い寝するだけの時には何もなかったのに、なぜか本気でそういった空気になると、いつも誰かしらが邪魔をしに来て。

 ……なんだかんだで、今日まで何もなかった。

 やはり俺は何者かに呪われているに違いないと思うのだが、今回ばかりはその呪いに助けられたと思う。

 というか、こんな事ならクレアがアイリスに嘘を吐く必要なんかなかったんじゃないか?

 

「その事はもういいです。私ももう怒っていませんから、お兄様も許してください。それで、その……」

 

 口篭もるアイリスに、ここは兄としてリードすべきと考えた俺は。

 

「おう、子作りか? まあ、この世界では十四歳は結婚してもいい年齢なんだろうが、俺にとってはアイリスはまだ妹みたいなもんだな。できればもうちょっと育ってからの方が……」

「違います! そうではなくて……!」

 

 顔を赤くしたアイリスが、何か言いにくそうにモジモジと指先を擦り合わせ。

 

「お兄様。……いいえ」

 

 ためらいながらも、何かを決意したような表情で。

 

「……カズマ様」

 

 いつものお兄様という呼び方ではなく、ポツリと俺の名を……。

 …………。

 

「アイリスがグレた!」

「ちちち、違います! 今のは……!」

 

 最愛の妹から兄と呼ばれなくなり動揺する俺に、アイリスが慌てたように。

 

「わ、私達は正式に婚約したのですから、もう兄と妹としてではなく……。お、お慕いする相手として名前を呼びたいのです。……駄目ですか?」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くしながら、上目遣いでそんな事を言ってくる。

 

「お、おう……」

 

 そんな風に言われると、こっちまで恥ずかしくなってくる。

 夜這いだの子作りだのと結構恥ずかしい言葉を平然と口にしていたくせに、今さらこんな事でそこまで恥ずかしがらなくてもいいと思うのだが。

 

「ですから、お兄様も私の事を妹扱いしないでくださいね?」

「……ア、アイリス? なんか距離が近くないか?」

 

 悪戯っぽく微笑みながら、アイリスが俺の頬を両手で挟み、背伸びを――!

 




・《ラブラブ半生ゲーム》の元ネタは、著:葵せきな『ゲーマーズ!』3巻。

・各キャラルート
『この素晴らしい人生に祝福を!』(アクア)
『この輝かしい爆裂道に回り道を!』(めぐみん)
『この純情乙女に初めての夜を!』(ダクネス)
『この騒々しいデートに宣言を!』(ゆんゆん)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この売れない人形に愛の手を!

『祝福』2、3、既読推奨。
 時系列は、3巻と4巻の間。



 夕食の後。

 風呂から上がった俺は、パジャマを着ているうちに冷えた指先をこたつの中で温めていた。

 季節はそろそろ春だという話だが、一向に暖かくなる気配はなく、夜ともなると室内でも息が白くなる。

 俺がこたつでぬくぬくしていると。

 

「なあカズマ、話があるんだが」

 

 俺よりも先に風呂に入り、薄手のネグリジェみたいな寝間着にガウンを羽織っているダクネスが話しかけてくる。

 ……こいつは寒くないのだろうかと、俺がダクネスをジッと見ていると。

 

「わ、私にいやらしい目を向けてくるのはやめろ……!」

「はあー? だったらお前こそ、風呂上りに薄着でうろうろするのはやめろよな。自分がエロい格好をしているせいで見られてるのに、こっちが悪いみたいに言うのはどうかと思う」

「べべべ、別にお前に見せようと思ってこんな格好でいるわけでは……! ふ、風呂上りは暑いからであって……!」

「このクソ寒いのに暑いって、お前は何を言ってんの? ああもう、こう寒いとベッドに行くのも億劫になるよな。このままこたつで寝ちまおうかな」

 

 俺がぼやいていると、アクアが暖炉の火に手と足をかざしながら。

 

「こたつで寝ると脱水症状で死にそうになるから、水の女神としてはやめといた方がいいと思うわ」

「言ってみただけだ。……そんな事は分かってるよ。誰がこたつを作ったと思ってるんだ?」

「少なくともカズマさんじゃない事は知ってるわね」

 

 と、俺とアクアがバカなやりとりをしていると、

 

「そ、それで! 話があるのだが!」

 

 放置されていたダクネスが声を上げた。

 

 

 

「――チャリティーバザー?」

「ああ。明日、エリス教会で市民が要らない物を持ち寄ったバザーが開かれる。そこでの収益は、主に恵まれない子供達のために使われる予定だ」

「そうか、頑張ってくれ。俺はここで陰ながら成功を祈っているよ」

 

 ダクネスに応援の言葉を贈った俺は、こたつ布団に潜り直してぬくぬくする。

 

「そうか、ではない! お前も一緒に来るんだ! このところ毎日毎日、朝から晩までこたつとやらに入って何もしない! それでは人間が駄目になるぞ!」

「お断りします。お前から見ればこたつに入って何もしていないように見えるかもしれないけどな、俺の頭の中ではいろいろな新商品のアイディアが渦巻いているんだよ。このこたつの事はお前だって褒めていたじゃないか。こういう発明をたくさん生みだして、それを売って大儲けするんだ。俺は危険な冒険なんかせずにのんびりと暮らしていきたいんだよ」

「私としてはお前に冒険者をやめられるのも困るのだが……。と、とにかく明日は新商品の開発はやめておけ。たまには自分のための労働ではなく、誰かのための労働というのも悪くないだろう?」

「嫌に決まってるだろ。お前は本当に何を言ってんの? 自分のためにも働きたくないのに、どうして顔も知らない他人のために働かないといけないんだよ?」

 

 俺の心からの言葉に、ダクネスがいきり立ち。

 

「お、お前という奴は! 子供達がかわいそうだと思わないのか?」

「ちっとも思わん。アフリカの子供が飢え死にしているから食べ物は残さず食えだのと言われても、そんな遠くの国の話は知らんよ。大体、恵まれない子供達って表現はどうなんだ? それは持てる者の驕りってやつじゃないのか? そういう上から目線はどうなんですかねえ? 親がいなかったら可哀想なのか? 孤児院で運命の出会いがあるかもしれないじゃないか。貧乏だったら恵まれていないのか? 労働の後の一杯を本当に美味しく飲めるのは、金持ちじゃなくて貧乏な労働者なんじゃないか。早死にしたら不幸なのか? 異世界にでも転生して意外と楽しくやってるかもしれないじゃないか」

「こ、この男、それっぽい事を! アフリカとやらは知らないが、そんな屁理屈で誤魔化されると思うな! いいからこたつから出てこい!」

「あっ、やめろ! 布団を引っ張るなよ、暖かい空気が逃げるだろ!」

 

 こたつ布団を引っ張るダクネスの手を止めようとすると、ダクネスがさらに俺の手を掴みこたつから引きずり出そうとする。

 

「寒っ! お前いい加減にしろよ! そっちがそのつもりならこっちにも考えがあるぞ!」

 

 俺は、俺の手を掴むダクネスの手を上から掴み。

 

「あああああ!? ドレインタッチか! いいだろう、私がお前をこたつから出すのが先か、お前が私の体力を奪い尽くすのが先か、試してみようではないか!」

「なんという脳筋! 付き合ってられるか! 『フリーズ』!」

「冷たっ! んくうう……っ! こ、この程度で私を止められると思うな! ハ、ハアハア……! どうした! これで終わりか! もっと他にもあるだろう!」

「興奮してんじゃねーよ!」

 

 と、俺とダクネスが激しい戦いを繰り広げていた、そんな時。

 

「……あなた達はこんな時間に何をやっているんですか? 夜はもっと穏やかに過ごすべきだと思いますよ」

 

 風呂から上がり、広間に戻ってきためぐみんが、呆れたように言ってくる。

 俺とダクネスが二人して動きを止め。

 

「お、お前……。この街で一番騒々しい魔法使いのくせに何言ってんの?」

「めぐみんは昼間からもう少し穏やかに過ごすべきだと思うのだが」

「二人とも何を言っているんですか? 私は知能の高い紅魔族にして、常に冷静沈着なアークウィザードです。騒がしさとは無縁ですよ。……それより、二人はいつまでそうしているんですか?」

 

 ツッコミどころしかないめぐみんの言葉に、固く握手するように互いの両手を握り合っていた俺とダクネスが手を放す。

 ダクネスが恥ずかしそうに自分の手をさすりながら。

 

「明日はエリス教会で恵まれない子供達のためのバザーがあるのだが、この男が行きたくないと駄々を捏ねてな……」

「いや、なんで俺がわがまま言ったみたいになってるんだよ? 俺はエリス教徒でもないし、参加しないといけない理由なんてないだろ」

「一日中こたつに入ってダラダラしているだけなら、少しは世の中のためになる事をしたらどうだ」

「世の中のためになる便利な道具を発明してるだろ」

「こ、この男……!」

 

 ダクネスが俺に言い負かされ悔しそうな顔をする。

 そんなダクネスにめぐみんが。

 

「バザーという事は、ダクネスも何か売る物を持っていくんですか? ダクネスは世間知らずなところがあるので一応言っておきますが、貴族の屋敷の家具なんて持っていっても誰も買ってくれませんよ」

「そ、そうなのか……? うちの倉庫に仕舞ってある要らない家具でも持っていこうと思っていたのだが」

「貴族が高い家具を使うのは力があると主張するためでもありますからね。いくらダスティネス家が清貧を尊ぶと言っても、庶民には手を出せないような高級家具を使っているはずです」

「そ、そうか。そうなると、確かに私には持っていく物がないな……」

「この屋敷にも、バザーで売るような要らない物はありませんよ」

 

 困ったように話し合う二人が、ふと俺が入っているこたつを見て……。

 

「「…………」」」

「おいやめろ。これは俺の作ったものなんだから、お前らにどうこうされる筋合いはないって言ってるだろ。う、売らないぞ! 絶対に売らないからな!」

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 

「なああああああああああああああああああ!?」

 

 誰かに呼ばれたような気がして目を覚ました俺は、ベッドの上に置かれた大量の人形に驚き絶叫を上げた。

 それは、俺達がこの屋敷に住む事になった時、悪霊が憑いて動いていた人形達。

 そいつらが俺の方をジッと見るように配置されていて。

 

「何コレ! いやマジで何コレ! 超怖い!」

 

 人形に囲まれるという異常事態に俺が騒いでいると。

 

「カズマ、どうかしましたか? すごい叫び声が聞こえましたが……」

「ついにこたつまで行くのも面倒くさくなって、ベッドで食事したいなどと言いだしたのではないだろうな」

 

 めぐみんとダクネスが、またバカな事をやったのかと言うような呆れ半分の表情で俺の部屋を覗きこみ、大量の人形を見て絶句した。

 

「……ええと、カズマも人形遊びをするような趣味があったんですか?」

 

 人形に囲まれている俺にちょっと引いているめぐみんが。

 

「わ、私は悪くないと思うぞ。誰にでも可愛いものを手にする権利はあるはずだ」

 

 まるで自分に言い聞かせているようなダクネスが、口々に言う。

 

「ちげーよ! 朝起きたらこの状態だったんだ! これってアレだろ、俺達がこの屋敷に来た時に悪霊が憑いてた人形だろ! おいアクアは何やってんだ! どうせまたあいつが何か余計な事したんだろ!」

「アクアなら暖炉の前から動きたくないと言って、カズマの悲鳴が聞こえてもソファーに座ってましたよ」

 

 あの女!

 

 ――俺が階下に駆け下りていくと、アクアは暖炉の前のソファーに寝そべって足をパタパタさせていて。

 

「もー、カズマったら何を騒いでいるの? まったく、この私のように落ち着いて生活できないのかしら」

「ついこないだ薪がなくなったって泣いてたくせに何言ってんだ? いや、それどころじゃないんだよ! お前あの人形はどういうつもりだ!」

「……? ちょっと何を言っているのか分からないんですけど。人形がどうかしたの?」

「いいから来い!」

 

 俺がアクアの腕を引っ張ろうとすると、アクアがソファーにしがみついて抵抗する。

 

「いやよ! 私はここから動かないわよ! こたつむりに進化したカズマさんには私の気持ちが分かるでしょう? この寒いのに暖炉の前から動けなんて何考えてるんですかー?」

「よし、お前に選ばせてやろう。暖炉の火を消されクリエイトウォーターとフリーズを食らうのと、諦めて俺の部屋に来るのとどっちがいい?」

「めぐみん、ダクネス、大変だわ! この男、ついに本性を現したわ! 暖炉の火を消されたくなければって、私を自分の部屋に連れこんでえっちな要求をするつもりに違いないわ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに! ……あらっ、二人はどこに行ったのかしら?」

「何度も言うが、俺にも相手を選ぶ権利くらいあるからな。二人なら俺の部屋にいるよ。俺の部屋がおかしな事になってるんだよ。いいからお前も見に来てくれよ」

 

 初級魔法を使うぞとアクアを脅して俺の部屋へと連れていくと。

 

「……何コレ? カズマさんったら、その歳にもなってお人形で遊ぶ趣味があったの?」

「そんなわけないだろ。朝起きたらこの状態だったんだよ。なあ、この人形って悪霊が憑いてたやつだろ? お前が何か余計な事をして、また悪霊が取り憑いて勝手に動いたとか、そういう事じゃないのか」

「そんなわけないじゃない。この屋敷には私の結界が張ってあるんだから、アンデッドや悪魔は入ってこられないはずよ。というか、何かあるたびに私を疑うのはやめてちょうだい。私はなんにもしてないわ。謝って! 私を疑った事を謝って! 寒い思いをさせてごめんなさいって言いなさいな!」

「ああもう、悪かったよ! でも、お前でもないとすると、誰がこんな事やったんだ?」

 

 俺が三人を見やると、三人は自分の仕業ではないと首を振る。

 と、アクアが何か納得したようにうなずいて。

 

「これはアレね、この屋敷に憑いている貴族の隠し子の幽霊の仕業ね」

 

 そういえば、そんな設定もあったな。

 

「やっぱりお前のせいって事じゃないか」

 

 いつぞやの悪霊騒ぎの時に、アクアが霊視したと言い張っている貴族の少女。

 その子が、とっておきの酒を飲んでいくと、アクアがたまに文句を言ってきて困っている。

 そんなわけの分からない事を言って、俺に酒代をせびりたいだけに違いないと思っていたのだが……。

 

「なんでよ! 幽霊の子がやったって言ってるじゃない! 何度言ったら分かるの? 本当にこの屋敷にはその子が住んでるんだってば!」

「ほーん? それじゃあ、その子は今どうしてるんだ?」

「人形をたくさん動かして疲れたからか、暖炉の中で寝ていたわ。透けていて熱くないのをいい事に、動く城ごっこで私を笑わせてくるのよ。悪魔の真似っていうのは気に入らないけど、あれは私から見てもなかなかの芸ね」

「そんな陽気な地縛霊がいてたまるか」

 

 やっぱり嘘じゃないか。

 俺とアクアがしょうもないやりとりをしていると、杖の先で人形をつついていためぐみんが。

 

「どうしてこんな事になっているのかはともかく、この人形は要らない物なのでは? そのまま捨てると呪われそうだからと、物置にまとめて放りこんでおいたものですし、バザーで売ったらいいと思います」

 

 さも名案だと言うように、そんな事を言った。

 

 

 *****

 

 

 ――エリス教会前の広場。

 その日、以前は炊きだしをやっていた事もあるそこで、市民が要らない物を持ち寄ってバザーが開かれていた。

 木製の簡易棚があちこちに並べられ、その上に商品らしき物が置かれている。

 そんなフリーマーケットや同人即売会を思わせる光景の中。

 

「寒いよ寒いよ! 早く帰りたいよ! 寒いよ!」

「いや、違うだろ。人形が売れないと帰れないんだから、いつもみたいに安いよ安いよって言ってろよ。もしくはお前の消える芸で全部消しちまおうぜ。そしたらダクネスも諦めて帰っていいって言うだろ」

 

 俺達は寒さに震えながら、用意されたスペースで人形を売っていた。

 

「バカな事を言うな! ここでの売り上げは恵まれない子供達のために使われるんだぞ。つまり、これは子供達のための人形でもある。早く帰りたいからと、アクアの芸で無駄に消してしまっていいわけがあるか!」

 

 ひとりだけやる気を出しているダクネスが、俺の意見を叱り飛ばす。

 スペースが狭いせいでこちらに入れず、簡易棚の向こうに立っているめぐみんが、温かそうなスープを啜りながら。

 

「ですが、誰も買っていってくれませんね。まあ、人形なんてそんなに買うようなものでもないので仕方ありませんが。カズマの言うように、客を集めるためにアクアに芸をしてもらうのもいいのでは?」

「残念だけど、こんなに寒い中で芸をやる気にはなれないわね。私に芸をやらせたいなら、宴会を開いて楽しい気分にさせてちょうだい。……ところでめぐみん、その温かそうなスープはどうしたの?」

「あっちの方でエリス教徒のお姉さんが売っていましたよ」

 

 それを聞いた俺とアクアが同時に立ち上がろうとし、お互いの体が引っ掛かって身動きができなくなる。

 俺達にグイグイ押しのけられたダクネスが。

 

「あ、こら! 二人とも、狭いんだから暴れないでくれ!」

 

 文句を言っているが誰も聞いていない。

 

「おいアクア。金をやるから俺の分もスープ買ってきてくれ。転ぶなよ? これはフリじゃないからな? 絶対転ぶなよ?」

「分かってるわよ。いくら私が愛らしいからって、ドジっ子系の萌えキャラだと思ったら大間違いよ」

「そんな勘違いはしていないが、転ばなければどうでもいい」

 

 棚の下を通って、頭をぶつけながらもスペースの外に出たアクアが、あっちねと言って駆けだした途端に転び、握りしめていたエリス硬貨を落としていた。

 どうしてこいつは何もないところで転ぶんだろうか。

 

「なあ、やっぱ俺が行くからお前は残ってろよ」

「ちょっと何を言っているのか分からないわね」

 

 擦りむいた膝にヒールを掛け、転んだ事をなかった事にしたアクアは、エリス硬貨を拾って速足で歩き去った。

 ……と思ったら近くの店で気になるものが売っていたらしく、目を輝かせて店の人に話しかけている。

 俺がさっさと行けと怒鳴りつけると、慌てたように歩きだす。

 どうしよう、ただのお使いなのに不安しかない。

 と、俺がアクアの背中を見送っていると、めぐみんが。

 

「これだけ人気がなければ、私がいなくても大丈夫ですね」

 

 そう言っためぐみんの視線の先を見ると、ゆんゆんの姿が……。

 人見知りをするゆんゆんは、店の人に声を掛けられないらしく、誰とも目が合わないように商品をチラ見しながら歩いている。

 

「まったくあの子は……。私の手伝いは必要なさそうですし、私はゆんゆんに、あなたが今一番欲しいのは友情でしょうが、それはお金では買えませんよと言ってからかってくる事にします」

「や、やめてやれよ」

 

 

 

 ――スープを買いに行ったアクアが戻ってこない。

 どうせアクアの事だから、途中で面白そうなガラクタを見つけたとか、スープを引っくり返して泣いているとか、バカみたいな理由で道草を食っているのだろうが……。

 ゆんゆんを追いかけていっためぐみんも戻らず、俺がダクネスと二人で店番をしていると。

 

「やっほーダクネス。それに、カズマ君も来てくれたの? こんなに寒い日に出歩いているなんて珍しいじゃないか。わざわざありがとう!」

 

 俺達に屈託なく笑いかけてきたのは、女盗賊のクリス。

 

「そういや、クリスはエリス教徒だったな。お前もバザーの手伝いに来たのか」

「そうだよ。今日のためにいろいろと安くて便利そうな物を集めておいたんだ。売るのは教会の人に任せてるけどね」

 

 クリスが指さす先では、エリス教徒が自分のスペースに商品を並べている。

 あれらの一部はクリスが集めてきたものらしい。

 

「カズマ君達は、……えっと、人形? またずいぶんとたくさんあるね」

 

 人形を眺め意外そうに首を傾げるクリスに、ダクネスが苦笑しながら。

 

「いつだか悪霊騒ぎがあった屋敷に住んでいるという話をしただろう? この人形達は、その時に悪霊が取り憑いていたものだ。すでにアクアの手によって悪霊は祓われ、呪いや何かの悪影響もないという話なので売る事にした。うちには他に売れそうなものがなかったのでな」

「へ、へえ……。あんまり欲しくならない来歴だけど、アクアさんが言うんなら、もう本当にただの人形なんだろうね。私もひとつ貰おうかな」

「そ、そうか。ではひとつ……。ええと、これはひとついくらで売ればいいんだ? その、私は庶民の金銭感覚がまだ身に付いていないので……」

 

 クリスが人形をひとつ手に取ると、ダクネスが弱ったように俺の方を見る。

 

「これってフリマみたいなもんだろ? じゃあ十エリスくらいじゃないか」

 

 こういった場に出る商品は、よほど価値のあるものでもなければ投げ売りするような価格で取り引きされるのが普通だ。

 というか、高めの値段設定にして売れ残ると、この人形を持ち帰る羽目になる。

 こいつらは今日ここで全部売っぱらってしまいたい。

 そう考えた俺の言葉に、クリスが笑って。

 

「これって、子供達のためのチャリティーバザーってやつだからさ。売り上げ金は子供達のために使うんだ。だから、少しくらい高くても皆買っていってくれるよ。そうだなあ……、これなら百エリスくらいでいいんじゃない?」

「マジかよ。十倍にしても売れんのか? それって……」

 

 売り上げ金をこっそり懐に入れちまえば、ぼろ儲けできるのでは?

 まあ、俺は金に困っているわけではないので、そこまではしないが……。

 ――と、そんな時。

 少し離れたところにあるスペースで声が上がった。

 

「貴様のような男が恵まれない子供達のために労働するはずがあるか! どうせロクでもない事を考えているんだろう! とっとと出ていけ!」

「おいおい、王国検察官ともあろう者が、また先入観で一方的に決めつけんのか? カズマにごめんなさいしたのに反省してないんですかねえ? 証拠を出せよ、俺がロクでもない事を考えてるって証拠を! 俺だってたまには慈善の精神ってやつに目覚める事もあるんだよ。分かったらあんたも、恵まれない奴のために何か買っていってくれよ」

 

 とある店の前で足を止めているのは、冤罪で俺を処刑しようとしていた王国検察官のセナ。

 セナが足を止めた店で、ガラクタにしか見えない商品を並べているのは、チンピラ冒険者のダスト。

 

「クッ……! 本当に、貴様が慈善の心に目覚めたと……?」

「おうよ。恵まれない奴ってのは誰かが助けてやらないといけねーだろ? だから俺も採算なんて考えないで売り物を持ってきたんだよ」

 

 セナが並べられたガラクタを見ながら。

 

「……どれもこれもガラクタにしか見えないが?」

「何言ってんだ。これはダンジョンの奥で見つけた、ひょっとしたら魔道具かもしれない壺だぞ。それで、そっちのはもしかしたら魔道具かもしれない硬貨だな。どれでも一個百エリスの大特価だ」

「何が魔道具かもしれないだ! こんなもの詐欺ではないか! 貴様を少しでも見直しかけた自分がバカだった!」

「あっ、こら! 俺の商品を壊すってんなら金を取るぞ! それに人聞きの悪い事を言うのはやめろよな! これは詐欺じゃなくて、夢を売っているんだよ!」

 

 激昂しガラクタを叩き壊そうとするセナをダストが止める。

 と、二人が揉み合っていると、ガラクタが載せてある棚が大きく揺れて……。

 傾いた棚からガラクタが次々と落ち、地面に叩きつけられ砕け散った。

 

「ああっ! 俺がせっかく集めてきた魔道具かもしれない骨董品が! テメェなんて事しやがる! 弁償だ! 弁償しろ!」

「そ、そんな……! 自分はただ……! というか、こんなガラクタに弁償も何もあるか!」

「おいふざけんな。これは俺が売っている、れっきとした商品なんだぞ。あんたがガラクタだと思うのは勝手だが、壊しておいてこれはガラクタだから弁償しないってのはどうなんだ? そりゃどっちかって言うと、あんたがいつも捕まえてる奴の言い分なんじゃねーのか?」

「それは……!」

 

 ダストが売っていたガラクタを壊したセナが、ダストに責められ青い顔をする。

 と、そんなセナが俺に気づき。

 

「あっ! サトウさん! サトウさんはどう思われますか!」

 

 パアッと表情を輝かせて訊いてきた。

 ……なんだろう、あの人は俺を冤罪で処刑しかけたくせに、どうして俺を見てあんなに喜んでいるんだろうか?

 俺が仕方なくセナのもとへ向かうと。

 

「この男、ガラクタを壊したからと私に弁償しろなどと言っているんですよ! どう思いますかサトウさん!」

「ええと、どう思いますかって言われても。商品を壊したんなら弁償したらいいんじゃないか」

「……!?」

 

 俺の正論に、なぜかセナが驚愕した表情を浮かべる中。

 

「ぶはは! おら、カズマもこう言ってんだ! 金払え!」

 

 ダストが勝ち誇ったようにセナに向かい、金を寄越せと言うように手のひらを突きだす。

 

「そ、そんな! サトウさんは、こんな詐欺のようなものを見逃すのですか! 市民のために街を守り、魔王軍幹部や大物賞金首を撃退したサトウさんが!」

 

 なぜかセナが縋るような目を俺に向けてくる。

 いや、何コレ。

 ひょっとしてアレか?

 街で悪い噂ばかり聞き、処刑までしようとした俺が、魔王軍幹部や大物賞金首を撃退し街を守ってきた事を認めた結果……。

 不良が雨の日に子犬を助けるところを目撃したみたいな効果が発生して、セナは俺の事を正義の味方か何かだと勘違いしているのか?

 別にダストに恨みはないし、明らかに詐欺みたいな商売をしていても放っておくつもりだったが、こういう期待に満ちた目を向けられると……。

 

「おいダスト。どうせダンジョンで拾ってきたガラクタなんだし、そのセナが持ってるやつを買っていくってだけで許してやったらどうだ?」

 

 棚に置いてあったガラクタはすべて地面に落ちて割れてしまっているが、セナが持っていたひとつだけは無事だ。

 

「おいおいカズマ。いくらお前さんの言葉だって、そんな理不尽な話は聞けねえな。俺は商品を割られた被害者だぞ? そりゃ確かに、ここで売ってたのはほとんどただのガラクタだろうさ。俺だってそんな事は分かってる! だが、この店の商品を買っていく客だって、そんな事は分かってるはずだろ?」

「この男、開き直って……!」

 

 ダストの言葉に、セナがギリギリと歯ぎしりする中。

 

「いいか? 俺はただガラクタを売っているんじゃねーんだよ。さっきも言ったが夢を売っているんだ。確かにあんたの言うとおり、この中には魔道具なんてひとつもないかもしれない! でもな、俺はこいつを魔道具として売ってるんじゃねえんだよ。そもそもたかが五百エリスで魔道具を買うなんて無理に決まってるだろ? そっちの方がよっぽど詐欺みたいな話じゃねーか。買っていく奴だって、本気で魔道具だなんて信じているわけじゃねえ。それでも買っていくのは、魔道具かもしれないっていう可能性を楽しみたいからだ。例えば棚にでも飾って、飯を食いながらたまにチラッと見て、この格安で買ったガラクタはひょっとしたら魔道具かもしれないなんて妄想する事で楽しむ。言わばこれは、妄想を楽しむための魔道具ってわけだ。あんたからしてみればただのガラクタかもしれないが、俺や客にしてみればお楽しみのための魔道具だったんだよ。それを壊したんだから、弁償するのは当然じゃねーか」

 

 ダストがさらに屁理屈を連ね、セナがさらにギリギリする。

 絶好調で語るダストに、俺はポツリと。

 

「ちなみに儲けた金はどうするんだ?」

「…………そ、そりゃ決まってんだろ。恵まれない奴のために使うんだよ!」

 

 恵まれない子供達のためのチャリティーバザーだという話なのに、ダストがさっきから恵まれない奴のために使うと言っているのは、恵まれない自分のためだと言って儲けた金を懐に入れるつもりだからだろう。

 

「こんなガラクタどうせ売れないだろうし、俺が余計な事を言わないうちに諦めたらどうだ? どうせダンジョンで拾ってきたんだろうから元手もゼロなんだろ?」

「そ、そりゃ金は掛かってねーけどよ。クエストの途中でガラクタを拾っていて、ちゃんと働いてなかったからとか言って、リーンの奴に報酬を減らされたんだぜ? ここで稼がねーと今日の夕飯も食えねーんだよ! 見逃してくれよ!」

 

 俺が小声で言うと、ダストも小声で答える。

 ……今この場で詐欺がバレれば牢屋に入れられて夕飯にありつけるだろうと思うが、この時期の牢屋は寒いだろうから言わない。

 

「しょうがねえなあー。じゃあこういうのはどうだ? 壊れたのはどうせガラクタだろうし、全部弁償しろってのは言い過ぎだと思う。だから、セナはその、今持ってるガラクタだけ買い取るってのはどうだ?」

「ええっ! 私はこんなもの欲しくないのですが……」

 

 手にしたガラクタを見下ろし、セナが困ったように言う。

 そんなセナに、ダストが何か思いついたように。

 

「まあそう言うなよ。あんたが持ってるそりゃ、いいもんなんだぞ。ほら、あんたはなんとかいう団体に所属してただろ? 確か、『婚期が遅れた女の会』っつったか」

「『女性の婚期を守る会』です!」

 

 ……ほほう。

 

 この街の男性冒険者はサキュバスサービスを利用しているために女性に対してがっついておらず、そのせいかこの街の冒険者には独身が多いという。

 独身女性の組織である『女性の婚期を守る会』が、サキュバスが経営している喫茶店を摘発しようとしたという話は、俺もダストから聞かされていた。

 

「そうそう、そんな名前だったな。あんたが持ってるそのガラク……魔道具は、なんと持っているだけで結婚できるって話だ」

「それは本当ですか。嘘だったら容赦しませんよ」

 

 ダストの言葉に、それまで乗り気でなかったのが嘘のようにセナが食い気味で詰め寄る。

 

「お、おう……。まあ、俺が聞いた噂ではそうだったかな? あくまで噂だし、実際に効果があるのかは分からないけどな?」

「構いません。いいでしょう、そういう事ならこれは私が買い取ります」

 

 ……いいのだろうか?

 完全にダストがさっき言っていたバカみたいな屁理屈の詐欺に引っ掛かっているのだが。

 俺は、ダストに金を払いガラクタを購入したセナに。

 

「なあなあ、ちょっと訊いていいか?」

「な、なんですかサトウさん」

 

 俺は少し気まずそうにしているセナに。

 

「さっき言ってた会って、どれくらい会員がいるんだ? 結構大きな会なのか?」

「えっ? そ、そうですね。あまり大っぴらに活動しているわけでもありませんし、そもそも会員も自分から名乗りたがらないですが……、アクセルに住んでいる女性で、結婚適齢期を過ぎても独身でいる人なら、大体は会員ですね。あの、できればこの事については内密に……」

「なるほど。ところで、あのなんとかいう魔剣使いがいたじゃないか。あいつって人気があるんだよな?」

「ミツルギさんですね。人気があると言いますか、頼りになり人柄も良くイケメンなので、冒険者でない私もよく名前を聞きます」

 

 ……イケメンというひと言にイラっとしそうになるが、今はそれも役に立つので堪える。

 

「あいつが元いた日本って国で、この時期にやるお祭りがあるんだが。ひな祭りって言って、人形を飾ると女の子が将来幸せに結婚できるって……」

「詳しく聞かせてください」

 

 セナが食い気味に詰め寄ってくる。

 

「い、いや、俺もそんなに詳しいわけじゃないんだけどな? あっちではこの時期になると、人形を飾って、その人形の前でお菓子を食ったりするって言う祭りがあったんだよ。本当なら、ひな人形って言う専用の人形があって、種類も数も多いんだけど。この世界にはないだろうし、今から準備しても間に合わないだろうから、まあ普通の人形でもいいんじゃないかと」

 

 俺が指さした先は、もちろん俺達が人形を売っている店。

 店番をしているダクネスとクリスのもとへとセナを連れていくと……。

 

「お帰りなさいカズマ。帰ってくるのが遅いから、あなたの分のスープは冷める前に私が食べておいてあげたわよ」

 

 いつの間にか戻ってきていたアクアが、俺の分のスープまで飲み干している。

 ……こいつは何をやってんの?

 いや、今はそれどころではない。

 

「この人形を何日か飾って、祭りが終わったら仕舞えば、幸せな結婚ができるはずだ。何せ、あの魔剣の勇者マツルギの国で行われている祭りだからな。きっと霊験あらたかに違いない」

「し、幸せな結婚……! あのミツルギさんの国で行われている祭り……!」

 

 セナが感動したように打ち震え、人形をジッと見つめる。

 クリスがジトっとした目を向けてくるが、俺は何も嘘は吐いていない。

 よく考えれば、ミツルギの国で行われている祭りだからと言って、本人とはなんの関係もないと気付くはずだが……。

 こういう時に有名人の名前を借りるのは、販売戦略として効果的なはず。

 

「もちろんコレはひな人形じゃないが、祭りの本質は心じゃないか。これを飾って結婚を祈りながら飲み食いすれば、きっと幸せな結婚ができると思う。今ならひとつ、百エリス!」

「買います」

 

 俺のセールストークにセナが即答する。

 

「……ねえダクネス、これって放っておいていいの? やっている事があのダストとかいうチンピラ冒険者と変わらないんだけど」

「ま、待てカズマ! 詐欺で庶民から金を儲けようとするつもりなら、貴族として見過ごせない!」

 

 俺は止めようとするダクネスに。

 

「人聞きの悪い事を言うのはやめろよ。これは詐欺じゃない。俺は何も嘘は吐いていない。ひな祭りの事はアクアも知ってるだろ?」

「ええ、知っているわ。早めに人形を仕舞わないと婚期が遅れるのよね」

「!?」

 

 空気を読まないアクアの言葉に、人形に手を伸ばしていたセナが手を引っこめる。

 

「ど、どういう事ですかサトウさん! ひな祭りというのは、結婚したい女性のための祭りなのでは!? そんな恐ろしい呪いが!」

「違いますけど。……い、いや、大体合ってる! だから人形を捨てようとするのはやめろよ! ええと、俺も詳しくは知らんが、きっとアレだ。結婚したら、女の人は家事をする事になるだろ? ひな祭りの時にだけ人形を出して飾って、それをまた仕舞うっていう一連の面倒くさい作業をするのが、掃除とか整頓とかの家事の練習になっているってわけだ。つまり、ひな祭りが終わってもいつまでも面倒くさがって人形を仕舞わないでいる奴は、花嫁として家事もできないから婚期が遅れるんじゃないか」

「な、なるほど。やはりただ待っているだけでは結婚はできないというわけですね。ひな祭り……、なかなか奥が深いですね」

 

 俺の適当な説明に納得したらしく、セナが真面目な顔でうなずいた。

 

「分かりました。では、この人形をいただいきましょう」

「毎度!」

 

 この路線で売れば人形を売り払えると、俺は笑顔でセナに応え――!

 

 

 *****

 

 

 ――翌年。

 毎年この時期にエリス教会で行われるチャリティーバザーで、なぜか参加者のほとんどが人形を売っていた。

 大量に集められた人形が次々と売られていく。

 

「すいませんこの人形ひとつくださーい!」

「あいよ、おひとつ百エリスですよ」

「あ、あの……。この人形を家に持ち帰って、素早く仕舞うと婚期が早まるって言うのは本当ですか?」

「そうらしいですよ。私も詳しくは知りませんけどね。なんでも魔剣の勇者ミツルギさんの国でやってるひな祭りって言う祭りだとか」

「分かりました! ありがとうございます!」

 

 人形を買ったのは、お人形遊びが好きそうな幼い女の子達……

 ではなく、主に結婚適齢期を過ぎた女性達。

 そんな女性達が、猛ダッシュで帰宅し戸棚の奥に人形を仕舞う姿が、あちこちで見られたという。

 ひな祭りとは、買った人形を素早く仕舞えば仕舞うほど婚期が早まる祭りらしい。

 

「……俺が知ってるひな祭りと違う」

「カズマさんカズマさん! 日本人のイメージから生まれた冬将軍とか、日本人が造ったデストロイヤーとかをバカにしてたのに、うっかり自分もバカみたいなお祭りを異世界に持ちこんじゃって、今どんな気持ち? ねえどんな気持ち? プークスクス! クスクスクス!」

 

 満面の笑みで煽ってくるアクアに、俺は背を向け耳を塞いだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この愚か者の日に真っ赤な嘘を!

 時系列は、4巻の辺り。


 ある日の夜。

 夕飯の後、屋敷の広間でダラダラしていた俺は、ふと思いつきつぶやいた。

 

「そういや、明日はエイプリルフールだな」

 

 ダクネスとボードゲームで遊んでいためぐみんが、盤面から顔を上げて。

 

「何ですかそれは? また何かおかしなことでも思いついたんですか?」

「別に俺が思いついたわけじゃなくて、俺が元いた国であったイベントなんだよ。エイプリルフールって言って、一年でその日だけは嘘をついてもいいってことになっているんだ。こっちではそういう特別な日ってないのか?」

「嘘をついていいなんておかしなイベントはないが、毎年夏にはエリス様に感謝を捧げる祭りが開かれるぞ」

 

 ダクネスがそんな事を言っている間にめぐみんが駒を進め、盤面に視線を戻したダクネスが泣きそうな表情になる。

 俺はそんな二人に。

 

「エイプリルフールってのは、嘘を吐いて普段はしないようなイタズラをしましょうみたいな日だよ。普段なら怒られるような嘘でも、その日だけは許してもらえるんだ。例えば、仕事をクビになったって言っておいて、実は昇進してたってネタ晴らししたり、玄関で死んだふりをしていて、相手が驚いたらエイプリルフールでしたっつって起きあがったり……。騙された方も、なんだエイプリルフールかってなると許してくれるわけだ。昔の話だけど、スパゲッティーは木に生るっていう嘘が新聞に載って、大勢が騙された事もあったらしいぞ」

「何を言っているんだ? スパゲッティーは木に成るものだろう」

 

 俺の説明に、ダクネスがそんな事を……。

 

 えっ。

 

「……と、とにかく、明日はそういう日なんだよ!」

 

 強引にまとめた俺の説明を、胡散臭そうな表情で聞いていためぐみんが。

 

「それで、どうして私達にそんな話をしたんですか? 私達に嘘を吐くつもりなら、明日がそのエイプリルフールとやらだとは言わない方がいいと思うのですが」

「いや、なんにも知らない相手に嘘を吐いておいて、後からエイプリルフールでしたって言ってもアンフェアだし、そんなもん知るかって怒られるだけだろ」

「その話をしたという事は、明日は私達に嘘を吐くつもりという事だな? いいだろう、お前がそういった駆け引きに長けている事は知っているが、いつもいつも簡単に騙されると思うな」

 

 ダクネスが不敵な笑みを浮かべ俺を睨む。

 

「そうじゃねーよ。こういうのは、油断してる相手を騙すもんで、相手が最初から警戒していたら、やる事全部疑われて面倒くさい事になるだろ? お前ら、明日はいちいち俺の言葉の裏を読んでくるんだろうけど、普通の会話まで疑われるのは面倒くさい。今のうちに言っておくと、俺は明日、エイプリルフールだからってお前らを騙したりはしないからな」

 

 二人は疑わしそうな目で俺を見て。

 

「……カズマと嘘を吐いていい日なんて、相性が良すぎて何をされるのかわからないのですが」

「ああ、間違いなくロクでもないろくでもない目に遭わされるだろうな。……んんっ!!」

「だから俺は嘘なんか吐かないって言ってるだろ! 想像して興奮してんじゃねえ! お前らにエイプリルフールの事を教えたのは、アクアを騙してもらおうと思ったからだよ」

 

 アクアは風呂に入っていて、この場にはいない。

 

「あいつはバカのくせに妙に勘が鋭い事があるだろ? 俺が騙そうとしたら怪しむかもしれないが、エイプリルフールを知らないはずのお前らに騙されるとは思わないはずだ」

 

 俺の言葉にめぐみんが納得したようにうなずく。

 

「なるほど。イベントのようなものだと言うなら、アクアに嘘を吐いてみるのも面白いかもしれませんね」

「そ、そうだな。私はあまり気が進まないが、カズマ達が元いたところの風習というのは少し興味がある」

 

 なぜかソワソワしているダクネスが、言い訳のような事を口にする。

 

「しかし、いきなり嘘を吐けと言われても……。正直言って、私はそういった搦め手に向いていない。何事も正面から当たって砕けるのが性に合っている」

「玄関で死んだふりをしていたら、アクアなら蘇生魔法を掛けるでしょうし……」

 

 俺が教えた変てこなイベントに、二人は乗り気な様子で悩み始めた。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 昼過ぎに起きだした俺が階下に降りると、広間はおかしな空気になっていた。

 気まずそうな表情で佇むダクネスの前で、なぜアクアが土下座をしている。

 

「ごめんなさいでした」

 

 ……いや、何これ。

 

「おはようございますカズマ。これはですね、嘘をつこうとしてダクネスがソワソワしているのを、隠し事を追及しようとしていると勘違いし、アクアが最近やった厄介事を勝手に自白して謝っているところです」

 

 俺の元へとやってきためぐみんが、コソッと耳打ちしてくる。

 アクアの自白と言い訳が結構シャレにならない内容を含んでいる事に、ダクネスの表情が引き攣っていき……。

 やがて、ハッと何かに気づいたように両目を見開いた。

 

「……ダクネスはアクアが言っている事がエイプリルフールの嘘だと思ったみたいですね。でも、自分がエイプリルフールについて知っている事を知られると、アクアに嘘を吐く事ができなくなるのでツッコめないようです」

 

 ダクネスはめぐみんの言葉通りに、もどかしそうな、なんとも言えない表情をアクアのつむじに向けている。

 そんなダクネスに、アクアが土下座したまま。

 

「――あと、こないだ皿洗いをしていて、ダクネスが大事にしていたカップをうっかり割っちゃったのも実は私よ。割っちゃった事がバレないようにご飯粒でくっつけて、わざと落ちやすいところに置いてダクネスが落とすように仕向けたのも私。ええ、全部私がやったわ。謝るので許してください」

「そ、そうか。まあ、アクアが厄介事を起こすのは今に始まった事でもないしな。それに、悪意がない事も知っている。いろいろと言いたい事はあるが、今回は怒っていないから頭を上げてくれ」

 

 ……ダクネスはアクアの言葉が嘘だと察し、騙されたふりをすることにしたらしい。

 顔を上げたアクアが小首を傾げながら。

 

「本当? ねえダクネス、さっきから様子がおかしかったけど、私が秘密にしてた事に気づいちゃったからじゃなかったの?」

「!? ななな、何を言っているのか分からないな! 私はいつもどおりだ! どこもおかしいところなどない!」

「でもさっきから、なんだかソワソワしているように見えるんですけど」

「それはアクアの気のせいだろう。ただ、今日はなんとなく優しい気分でな。大抵の事は許してやれそうなんだ。なあめぐみん?」

 

 アクアのツッコミに思いきりうろたえたダクネスが、めぐみんに話を振る。

 

「えっ? え、ええ、まあ……。そうですね。今日はなんと言いますか、私もなんとなく優しい気分ですね」

 

 ダクネスの言葉に、めぐみんが戸惑いつつもうなずいた。

 そんなめぐみんにアクアは。

 

「それじゃあ、他にも隠していた事を言うわね。めぐみんが大事にしている杖が汚れていて、あまりにもマジギレしていたから言いだせなかったんだけど、杖を汚したのが近所の子供達って言ったのは嘘で、あれも実は私だったのよ」

「!? そ、それは……。まあ、もう過ぎたことですからね。杖もきれいになりましたし、今さら蒸し返すようなことではありませんよ」

 

 許されると知り、さらに過去のやらかしを白状するアクアに、めぐみんが微妙な表情を浮かべながらも気にしていないと言う。

 

「それと、冬の間、冒険者達がギルドで暇そうにしていたから、何度か宴会を開いて芸を見せてあげたのよ。カズマさんの名義でギルドの酒場に借金が溜まっているんだけど、それも許してくれるわよね?」

「許すわけないだろ」

 

 ロクでもない事を白状するアクアに、俺は即答した。

 

「ちょっとあんた待ちなさいよ! 今のは完全に許してくれる流れだったじゃないの!」

「そんなもん知るか。俺の名は佐藤和真。空気だとか流れだとかいうわけの分からない同調圧力には屈しない男。酒場の人にはきちんと事情を説明しておいてやるから、自分で作った借金は自分で返せよ」

「わあああああーっ! 許してもらえると思ったから話したのに!」

 

 

 *****

 

 

「待って! ねえ待ってよ! 私の話を聞いてちょうだい。私は悪くないの。あのダストとかいうチンピラ冒険者にそそのかされただけなのよ」

 

 俺に小遣いを減らすと宣言されたアクアが、泣きながら俺に縋りつく中。

 

「そ、それでだな。アクアに話したいことがあるのだが……」

 

 ダクネスが意を決したような表情でアクアに話しかける。

 

「嫌よ! だって、ダクネスがなんだか怖い顔をしているもの。やっぱり何か私に言いたい事があるんでしょう? さっき私が言ってたやらかし以外に、ダクネスが怒るような事があるんでしょう? でももう私には心当たりはないわよ! それはダクネスの勘違いなので許してください!」

「ええっ? わ、私は別に怖い顔など……。この顔は生まれつきで……」

 

 嘘をつくという慣れない行為にテンパっているのか、表情を強張らせているダクネスがアクアの言葉にうろたえる。

 

「だったらダクネスも私を許すようにカズマに言ってやって! 罪のない私にこれ以上無体な事をするのは間違ってるって言ってやってよ!」

「そ、それは……。まあ、その……。なあカズマ、どうだろうか? アクアも反省しているようだし、ここは私に免じて許してやってくれないか?」

 

 ダクネスは、アクアは嘘をついているだけなのだから許したという事にして、早く自分の嘘をついてしまいたいらしい。

 

「はあー? お前は何を言ってんの? こういう状況で俺が簡単に許すわけないだろ。こいつが勝手に宴会をやって借金を作ったのに、どうして俺が金を返さないといけないんだよ?」

 

 俺がじっとダクネスを見つめながら言うと……。

 アクアが嘘をついているとしても、この状況で俺が許すと、アクアが怪しむかもしれないことにダクネスも気付いたらしく。

 

「そ、そうか。確かにあまり甘やかすのも本人のためにならないかもしれないな。うん、やはり自分で作った借金は自分で返すべきだろう」

 

 感心したような、呆れたような目を俺に向けながら、そんな事を言う。

 

「ねえ待って? どうしてそんなにコロコロ意見を変えるの? ダクネスったら、カズマの影響を受けて頭がやわっこくなりすぎていると思うの。昔の頑固で融通の利かない、ちょっと泣き真似をしただけで許してくれた、あの頃のチョロいダクネスに戻って!」

「お、お前は私をそんな風に思っていたのか……! さっきのは取り消しだ! 一度カズマに厳しく折檻されてしまえ!」

「なんでよーっ!」

 

 ――と、そんな時。

 

「実は、ダスティネス家が没落したそうでして」

 

 なかなか話が進まない事に痺れを切らしためぐみんが、爆弾発言をぶっこんだ。

 

 

 

「さっきからダクネスの様子がおかしいのもそのせいです。私はこっそり相談を受けていたのですが、路頭に迷ったダクネスは体を売ってお金を稼ぐと言いだしまして……。ダクネスがバカな事をしないように、アクアも一緒に止めてくれませんか」

「えっ」

 

 めぐみんの言葉に、戸惑ったように声を上げたのは、体を売ろうとしているなどと言われたダクネス。

 何か言おうとするダクネスを遮って、めぐみんはさらに。

 

「カズマは魔王軍の幹部や大物賞金首を撃退し、多額の賞金を得ていますから、この際だしカズマに嬲られるのも悪くはないなどと血迷った事まで言っていまして」

「ええっ」

 

 涙目になったダクネスがめぐみんを止めようか悩んでいるが、これもアクアを騙すためだと思い直し口を噤む。

 そんな二人の渾身の嘘に。

 

「ダクネスはもっと自分を大事にするべきだと思うの。どうしてもって言うんなら、私の貯金箱を割ってもいいわよ?」

 

 アクアがいろいろな意味でどうにもならない事を言う。

 

「い、いや……。二人の気持ちはありがたいが、これは当家の問題だ。貴族の問題に庶民を巻きこむわけには行かない。もちろん、労働の対価として金を得るのは当然の権利だし、私が身を売るとしたらそれなりの金は貰う事になるが……」

 

 少し顔を赤くしたダクネスは、チラチラと俺の方を見ながら。

 

「……し、しかし、そうだな、カズマは大金を持っているし、私が風呂上りにうろうろしていると舐めるような目で見てくるし、何よりねちっこくて他人を責めるのに向いているという私好みな性格をしている。どうせ誰かに身売りしなければならないなら、相手がカズマと言うのは悪くないかもしれん。……しかし、めぐみんがカズマの事を好いているそうなんだ。私としては、仲間の想い人にそういった事をするのはどうかと思ってな」

「えっ」

 

 嘘とは言え家を没落させられた仕返しにか、ダクネスがめぐみんを嘘に巻きこみ、巻きこまれためぐみんが声を上げる。

 

「えー? めぐみんったら、男の趣味が悪すぎると思うの」

「そそそ、そうですかね! カズマにもいろいろといいところはあると私は思いますが!」

 

 エイプリルフールの嘘に気付かれないために、めぐみんが俺のフォローをしてくる。

 ……ほう。

 

「そうだったのか。これまでめぐみんの好意に気付かなくて悪かったな。ちなみに俺のいいところってどういうところか聞いてもいいか?」

「!? そそ、そんな事をいきなり聞かれても! ええと、アレですよ。カズマは毎回文句を言いつつも私の爆裂散歩に付き合ってくれますし、背負ってもらっている時にちょっと頼り甲斐があるなって思ったりしたんですよ」

「ほう、それからそれから?」

「それから!? そ、そうですね。よく見るとイケメン……ではありませんね。強敵と戦う時には頼もしい……事もありませんね。……でもほら、カズマはそこはかとなくアレなので、私はカズマのそんなところが好きですよ」

「おいふざけんな。イケメンじゃないとか頼もしくないとか、全然褒めてないじゃん。そんなところってどんなところだよ! 褒めるならちゃんと褒めろよ!」

 

 俺の追及にめぐみんが視線を逸らす。

 そんなめぐみんに俺は。

 

「俺は優柔不断なハーレム主人公じゃないから、告白されたら聞き間違えたりヘタレたりしないで付き合うぞ。めぐみんもいつでも告白してくれていいからな」

「い、いえ、その……。そ、そう! 恋愛が原因でパーティーが崩壊すると言うのは冒険者にはありがちな事ではないですか! 私としてはこのパーティーが気に入っていますし、魔王を倒すまではカズマとも今の関係のままでいいかなと思っています」

「大丈夫だ。俺達はこれまでにも魔王軍の幹部や大物賞金首を撃退してきたパーティーだぞ? そんじょそこらのパーティーとは絆の強さが違う。パーティー内恋愛くらいで簡単に崩壊するわけないだろ」

「いいんです、気を遣わないでください! 万が一という事もありますし、私は想っているだけで満足ですから……!」

 

 アクアに嘘だと悟られないために苦しい言い訳を重ねるめぐみんに、俺がネチネチと絡んでいると。

 

「と、とにかく! 私はこのままでいいんです! カズマに告白する予定もないです! 今のところ私とカズマは付き合っているわけではありませんし、ダクネスがカズマに身売りしたとしても私が何か言う事はありませんよ」

「ええっ!?」

 

 めぐみんがダクネスを売った。

 顔を赤くし、涙目で俺から必死に目を逸らすダクネスに、俺は爽やかに微笑んで。

 

「構わんよ」

「構うわ! いやっ、その……。そ、そうだ! パーティー内で恋人ができるとパーティーが崩壊するという話と同じくらい、パーティー内で金のやりとりをするとパーティーが崩壊するという話もよく聞く。私としてもこのパーティーは気に入っているし、カズマから金を受け取るのは良くないと思う!」

「ダストのところは何度も金の貸し借りをしていて、しかもダストはまったく返していないのに解散してないぞ」

「アレを参考にするのはどうかと思う」

 

 ダクネスが普通にツッコむ。

 それはその通りなので俺も何も言えない。

 

「まあでも、俺達のパーティーはあいつらよりは強い絆で結ばれていると思うんだ。俺達は魔王軍の幹部や大物賞金首とも渡り合ってきたんだぞ? 恋愛のいざこざとか金のやりとりとか、そんなつまらない事で解散しちまうようなパーティーじゃないはずだ」

 

 俺の言葉に、ダクネスは恥ずかしそうに、けれども少しだけ誇らしそうに。

 

「あ、ああ、もちろんだ……!」

「だからダクネスが俺に体を売っても何も問題はない」

「……!?」

 

 ちょっといい雰囲気を作ったらコロッと騙されたちょろいダクネスが、俺の言葉にしまったというような表情になる。

 そんなダクネスに俺がさらに何か言おうとすると。

 

「え、エイプリルフール!」

 

 羞恥に耐えきれなくなったのか、顔を赤くしたダクネスが大声でネタばらしをした。

 

 

 *****

 

 

「エイプリルフール?」

 

 アクアがきょとんとした顔で言う。

 

「ああ。カズマから聞いたんだが、お前達が元いた国では、今日は嘘を吐いてちょっとしたイタズラをする日なんだろう? それで皆でアクアに嘘を吐こうという事になったんだ」

「まあ、ダクネスがバカな嘘を吐いたせいで、途中からおかしな事になりましたけどね。アクアには騙すお詫びとして、ちょっと高めのお酒を買っておきましたよ」

「あ、あれはめぐみんが、当家が没落したなどと言いだしたからで……!」

 

 めぐみんが差しだした酒を受け取りながら、アクアが不思議そうに首を傾げて。

 

「二人とも何を言ってるの? エイプリルフールは昨日なんですけど」

「「えっ」」

 

 アクアの言葉に二人が声を上げる。

 どういう事だと俺を見る二人に、俺はドヤ顔で。

 

「エイプリルフール!」

 

 そう。本当はエイプリルフールだったのは昨日の事で、今日は嘘をついたら怒られる普通の日だ。

 つまり、昨日言った『明日はエイプリルフールだ』という言葉こそ、俺がエイプリルフールについた嘘で……。

 

「この男!」

「……!? ……? ま、待ってくれ。どういう事だ?」

 

 めぐみんが激昂する中、俺に嵌められた事は察しつつもよく分かっていないダクネスが誰ともなく問いかける。

 

「明日はエイプリルフールと言っていたのが嘘で、本当は昨日がエイプリルフールだったんです! 最初からこの男はアクアではなく私達を騙そうとしていたんですよ!」

「そうだよ。お前らは俺に騙されているとも知らないで、普通の日にアクアを騙そうとしていたってわけだ。昨日はエイプリルフールだったんだし、俺が嘘を吐いても問題はないはずだ。エイプリルフールについてきちんと説明したんだから、そんな事知らなかったとも言えないよな? それに、今日がエイプリルフールだと思いこんでアクアを騙してたお前らは俺を責められないと思う」

「……ッ! ……ッ!!」

 

 俺の正論に、反論できないダクネスが悔しそうに歯軋りする。

 と、そんなダクネスが何かに気付いたように。

 

「ま、待ってくれ。今日はエイプリルフールではないという事は、さっきアクアが言っていた事は全部本当だったのか?」

「そうだよ」

「私の杖を汚したのも、近所の子供達ではなくて本当にアクアだったんですね? まあ、過ぎた事ですし、私の杖は綺麗になっているので構いませんが……」

 

 めぐみんとダクネスはアクアを見て……。

 

「という事は、私が大切にしていたカップを割ったのはアクアだという事に……。お、おい、アクアはどこに行ったんだ?」

 

 いつの間にかアクアが姿を消していることに気づき、ダクネスが俺に訊いてくる。

 

「ダクネスが俺に身売りをしようとした事とか、めぐみんが俺を好きだった事とかを、ギルドの皆に広めなきゃって言って出ていったよ」

 

 俺の言葉に、二人はアクアを追って屋敷を飛び出していった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このひび割れた屋根に修復を!

『祝福』7、既読推奨。
 時系列は、7巻2章。


 ――銀髪盗賊団が指名手配されたと知った俺は、屋敷に引き篭もりアクアの近くで日々を過ごしていた。

 

「うーまれたー。うーまれたー。ドーラーゴンのーひーなーがー」

 

 窓際に置いたソファーに体育座りしながら、降り続く雨を眺めアクアが歌う。

 その手には卵が抱かれ、手のひらから暖かな光を浴びせていた。

 

「ねえカズマ。そんなところで暇そうにしているんだったら、あんたもこの子のために何か歌を歌ってあげてちょうだい」

 

 絨毯にあぐらをかき、ちょむすけの腹をくすぐってじゃらす俺に、アクアがそんな事を言ってくる。

 

「俺は暇じゃないぞ。ちょむすけの相手をするのに忙しい。というか、この子ってその卵の事かよ? さっきから歌ってたけど、それってただの暇つぶしじゃなかったのか?」

「そんなわけないじゃない。お母さんのお腹の中にいる赤ん坊に歌を歌ってあげると、胎教に良いって言うでしょう? もしもこの子が凶暴なカースドラゴンとして生まれてきても、歌を聞かせてあげていれば優しい子に育つはずよ」

 

 凶暴なドラゴンが歌を聞かせたくらいで優しくなるのかとか、そもそもそれは鶏の卵だろうとか、いろいろと言いたい事はあったが、今はアクアにへそを曲げられると困るので何も言えない。

 そんな俺に、調子に乗ったアクアが。

 

「まったく、これだから童貞ニートは! 子育て中のお母さんに暇な時間なんてあるわけないじゃない。そんな事も分からないんですかー?」

 

 ……この野郎。

 

「鶏の卵抱いてるだけのくせに、何が子育てだバカにしやがって! おい、その卵寄越せ。俺がTKGの歌歌いながら美味しく頂いてやるよ!」

「やめて! やめて! これは鶏じゃなくてドラゴンの卵だって言ってるじゃない! あんたがバカな事を言っているのも、この子には全部聞こえてるんだからね! 生まれてきたドラゴンに美味しく頂かれても知らないわよ!」

 

 俺が卵を奪おうと手を伸ばすと、アクアは涙目になって卵を胸元に抱えこむ。

 と、そんな俺達に。

 

「カズマ、ちょっと手伝ってくれませんか? 二階の廊下が雨漏りしているんですよ」

 

 階段を降りてきためぐみんが、大工道具を片手にそんな事を言ってきた。

 

「お天気占い師の予報では、当分雨が続くらしいですからね。早めに直しておかないと、天井裏が湿気ってカビが生えますよ」

「それは大変だな」

「今日も雨が降っていますが、今は少し雨足が弱まっています。屋根を直すなら今のうちに……、…………あの、カズマ? 大変だなと言っているのに、どうして立ち上がろうとしないんですか? 位置的に私だけでは直すのが難しそうなので、一緒に屋根の上に登ってほしいのですが」

 

 …………。

 

「今ちょっと忙しいから後で」

「ちょむすけをじゃらしているだけでしょう! めちゃくちゃ暇そうじゃないですか!」

 

 暇そうにしているくせに頼みを断る俺の袖を、めぐみんがグイグイと引っ張ってくる。

 

「いや、悪いけど本当に忙しいんだよ。ただちょむすけをじゃらしているだけに見えるかもしれないが、 実はものすごく重要な事をやっていてだな……」

「何か重要な事ですか! カズマだって、この屋敷の事は大切に思っているはずでしょう? まだ私達が借金に追われていた頃、冬を越す事ができるかも分からなくて焦っていた時に、幸運にもこんな大きな屋敷に住めるようになった……あの喜びを忘れたわけではないはずです」

「お、お前……。懐かしい思い出を語っているように見せかけて、精神攻撃してくるのはやめろよ」

 

 これだから知能の高い紅魔族は。

 いや、俺だってこの屋敷には愛着があるし、雨漏りしているのなら修理したいと思うのだが。

 

「手伝ってくれるのならアクアでも構わないのですが……」

「残念だけど、私はこの子を抱いていないといけないから手伝えないわ」

 

 めぐみんの言葉にアクアが即答する。

 最初からアクアには期待していなかったのか、すぐに俺の方を見ためぐみんは。

 

「カズマはこういう時に面倒くさがる人ではないはずです。……もしかして、本当に何か手伝えない理由があるのですか?」

「そ、それは……」

 

 俺が屋根の修理を嫌がるのは、アクアの傍を離れたくないからだ。

 冒険者ギルドのお姉さんの話では、銀髪盗賊団を捕まえるためにバニルに見通してもらう事になっているらしい。

 あの悪魔はアクアの傍にいる人間を見通しづらい。

 バニルに見通されないためには、こいつの近くにいるのが一番安全なはず。

 そんな事情をめぐみんに知られるわけには……。

 …………。

 いや、別にめぐみんに知られても困らないな。

 しかしアクアに知られると困るので、この場で説明するわけにはいかない。

 こいつに隠し事なんかできないだろうから、知られたら何かの拍子にポロっと喋ってしまいそうだ。

  口篭もる俺に、アクアがドヤ顔で。

 

「お子様なめぐみんには分からないかもしれないけど、童貞ニートがこの賢くも麗しいアクア様と一緒にいたがるのは仕方のない事なのよ。私くらいになると、ただそこにいるだけで純真な童貞を誘惑してしまうの」

 

 澄ました口調で言いながら、組んでいた足を優雅な仕草で組み替える。

 その拍子に卵を落としそうになって慌てているが……。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 俺にも選ぶ権利があるって何度も言ってるだろ」

 

 俺がすかさずツッコむと、

 

「見てめぐみん。ツンデレよ! この男、金髪ツインテールでもないのにツンデレみたいな事を言いだしたわ!」

 

 アクアが卵を持っていない方の手で俺を指さし、バカな事を言いだした。

 俺がアクアの傍にいたがっているのは事実だが、それでこいつが調子に乗っているのはイラッとする。

 何か、修理を手伝わなくてもいいような言い訳は……。

 

「ええと……。ほら、俺ってヒュドラに殺された時に三割方溶けちまっただろ? これまでにないくらい体が損傷したせいか、生き返ってからも体調が戻ってないんだよ」

 

 唯一俺が銀髪盗賊団だと知っていて、ソワソワしながら俺達のやり取りを聞いていたダクネスが、俺の言葉にハッとした表情を浮かべた。

 

「そうだったんですか? それならそうと言ってくださいよ。では、カズマは今日は安静にしていてくださいね。家事当番も私が代わりにやりますから」

 

 落ちこむダクネスの方をチラッと見ためぐみんが、心配そうにそんな提案をする。

 ……どうしよう、本当の事を言うわけにはいかないとはいえ、普通に心配されると罪悪感がある。

 というか、ダクネスは俺が銀髪盗賊団だと知っているのだから、アクアに知られないために嘘をついていると察してくれてもいいと思う。

 余計な時にだけ勘の良さを発揮するアクアは、俺の態度に不審なものを感じるのか、卵を抱えたまま俺の顔をじっと見つめてくる。

 広間が微妙な空気になる中。

 

「……分かった。不器用な私よりもカズマに任せた方がいいと思い、黙っていたが……。そういう事なら私が手伝おう。雨具を取ってくるから少し待ってくれ」

 

 俺の方をチラッと見たダクネスが、気まずそうにしながら手伝いを名乗り出る。

 そんなダクネスにめぐみんが。

 

「大丈夫ですか? ダクネスもこのところ、毎日のようにクーロンズヒュドラと戦って、疲れているんじゃないですか?」

「心配するな。私は体力と頑丈さにだけは自信がある。確かにヒュドラとの戦いで疲労が溜まってはいるが、修理の手伝いくらいなら問題はない」

「そうですか? では、お願いします。でも無理なら無理と言ってくださいね」

 

 ダクネスは俺に心配するなというような表情を見せ、めぐみんとともに玄関のドアから出ていった。

 

 

 

 ――ものの数分で戻ってきた。

 

「すいません、ダクネスは不器用すぎて手伝いになりません! というか、雨漏りが悪化しました! 早く直さないと廊下まで水浸しになりますよ!」

 

 雨具の裾から水滴を垂らしながら、焦った様子のめぐみんが声を上げる。

 

「知ってるよ。上の方ですごい音がしたから見に行ったら、廊下に思いきり水が垂れてたからな。バケツじゃ足りなくなさそうだったから、ネロイドを捕まえる用のツボを置いといたぞ」

「あ、ありがとうございます。それでですね、やっぱり私ひとりでは直すのが難しそうなので、できれば誰かに手伝ってほしいのですが」

「すいません。不器用ですいません……!」

 

 めぐみんと同じく水滴を垂らしながら、両手で顔を覆ったダクネスが繰り返し謝っていた。

 

 

 *****

 

 

「いいですかアクア。湿気を甘く見てはいけません。ちょっとジメジメしているだけだと思って放っておくと、いつの間にかカビが生えてくるんです。アクアだってカビランランの恐ろしさは知っているでしょう? というか、屋根の穴が大きくなってしまったので、このままだと廊下まで水浸しになりますよ」

「だ、大丈夫よ。私なら水を操って湿気を飛ばすくらいできるから……!」

「本当ですか? 雨が降るたびに湿気を飛ばしてもらう事になりますが、毎回きちんと忘れずにやってもらえるんですか? アクアはウィズの代わりに共同墓地のゴーストを天に導くと言っていたのに、面倒くさがって結界を張っていた事がありますよね? それに、最近も忘れていて、ダクネスに言われて慌ててゴーストを祓いに行っていましたよね?」

「そそそ、それは……!」

 

 卵を温めているからなどというわけのわからない理由で屋根の修理を渋るアクアに、めぐみんがグイグイ迫っている。

 そんな中、ダクネスがこちらの様子を窺いながら。

 

「……カズマ。体調は大丈夫なのか? いや、大丈夫ではないのだろうが……。もしも起き上がるのも辛いなら、ベッドで横になっていたらどうだ? お前が死んだのは私のせいのようなものだし、今日はいくらでも世話をしてやるぞ」

 

 申し訳なさそうな表情で、そんな事を言ってくる。

 意図した事ではないとは言え、騙しているようなものなのでこっちが申し訳なくなってくる。

 本当の事を説明したいが、アクアとめぐみんの前では都合が悪い。

 

「別にお前のせいじゃないって言っただろ。そんなに気にしなくてもいいぞ」

 

 後で説明しようと思い、俺がダクネスの言葉を軽く流していると。

 

「そ、その……。それでお前が少しでも安らぐのなら、またメイド服を着て奉仕してやっても……」

「マジで?」

 

 恥じらいながら口篭もるダクネスに、俺は真顔で問い返した。

 

 

 

「……お茶です」

「うむ。ご苦労」

 

 ダクネスが俺の前に紅茶の入ったカップを置く。

 ――めぐみんの説得に折れたアクアが、卵をダクネスに預け、二人で屋根の修理をするために出ていった後。

 俺はメイド服を着たダクネスに世話をされていた。

 俺の体調を気遣ってか、運んでくる途中で転んで中身をぶちまけることもないし、俺のズボンの股間部分にお茶をこぼす事もない。

 手にしたお盆を胸元に抱え、俺の隣に立って次の指示を待つ姿は、見た目だけなら仕事ができるメイドさんという感じだ。

 ちなみに卵は邪魔になるからと俺が持たされている。

 普段からこれくらいまともならなあ……。

 …………。

 違う、そうじゃない。

 ダクネスがメイドの格好で世話をしてくれるというのでつい乗ってしまったが、体調が悪いと言ったのは銀髪盗賊団の事を知られないためで、本当はアクアに蘇生されたおかげでもうなんともない。

 今ならアクアとめぐみんは広間にいないので、ダクネスにその辺の事情を説明できる。

 

「ほ、他に何か、私にしてほしい事はないか? 今日はなんでも言ってくれ」

 

 …………。

 

「今なんでもするって」

「か、勘違いするな! なんでも言えとは言ったが、なんでもするとは言っていない! そういった事ではなく、もっとこう、普通の……」

「そういった事って何ですかねえ? おいエロネス、何を想像したのか言ってみろよ」

「ううう、うるさい! エロネスと呼ぶのはやめろ! お前がいやらしい目をしているのがいけないんだろう!」

「はあー? そんな格好してるくせに何言ってんの? エロい格好してるんだから、エロい目で見られるのは当たり前だろ。自分から短いスカートを履いておいて、階段を上る時に男の視線が気になるとか言うのはどうかと思う」

「こ、これは少しでもお前のためにと……! 感謝の気持ちを示すためであって……!」

 

 俺の言葉に顔を真っ赤にしたダクネスが、短いスカートの裾を引っ張って太ももを隠そうとする。

 

「そこまで言うならマッサージでもしてもらおうかね。肩揉んでくれよ」

「あ、ああ、分かった」

 

 俺の後ろに立ったダクネスが、俺の肩に両手を乗せ……。

 

「いだだだだだ! やめっ……! おいやめろ、本気で力を入れてどうする! 力加減ってもんを考えろ! 俺の肩を握り潰すつもりか! こっちはステータスの低い最弱職なんだぞ!」

「す、すまない! ……こ、こうか?」

 

 痛がる俺に、ダクネスが首を傾げながら力を入れ直す。

 

「痛い! 痛い! 変わってねーよ! お前、実は俺の嘘に気づいてんのか? まどろっこしい事しやがって!」

「ちちち、ちがー! 父上はこのやり方で喜んでくれて……! おい、ちょっと待て。嘘とはどういう事だ?」

 

 俺の肩に手を掛けたダクネスの声が低くなり、ぴたりと動きを止める。

 

「そりゃ親父さんはお前に肩揉まれて喜んでただけだろ。……どういう事って言われても。ヒュドラにやられたせいでいまだに体調が悪いっていうのは、アクアの傍にいるための嘘だよ。ほら、銀髪盗賊団が指名手配されて、バニルに居所を見通してもらうって話になってただろ? あいつはアクアの近くの人間を見通しづらいらしいからな。でも、俺が銀髪盗賊団だって知らない二人には事情を説明できないから、それっぽい嘘をついたんだよ」

 

 というか、ダクネスがメイド服で奉仕してくれると言いだしたせいで忘れていたが、アクアの傍にいなくて大丈夫なのだろうか?

 屋敷にはアクアが張った悪魔除けの結界があるから大丈夫なはずだが……。

 

「お、おお、お前という奴は! わ、私は本当に、私のせいでお前に負担を掛けたと……! 本気で心配したんだぞ……!」

「そ、そりゃ悪かったけどさ。でも事情を知ってるのはお前だけなんだから、察してくれてもいいと思う」

 

 俺の言葉に、ダクネスは悔しそうな表情を浮かべ。

 

「くっ……! いや待て、だったらどうして私がメイド服に着替える前に説明しなかったんだ? あの時には二人はもう外に出ていたのだから、嘘をつき通す必要はなかったはずだ。そうしていたら、私もこんな恥ずかしい格好をしなくて済んだのに……!」

「だってしょうがないじゃん。エロメイドにご奉仕してもらえるんだったら、多少の嘘くらいついたってしょうがないじゃん」

「お前って奴は、お前って奴は!」

「いだだだだだ! おいやめろ、暴力に訴えるのはやめろよ! そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ! いいのか? 今のお前にクリエイトウォーターで水をぶっかけたら、濡れ透けエロメイドにジョブチェンジする事になるぞ!」

「やってみろ、やれるものならやってみろ!」

 

 と、そんな時。

 屋根を直すために外に出ていたアクアとめぐみんが戻ってきた。

 

「ねえ待って! もう一度チャンスをちょうだい! 工事現場の女神と呼ばれたアクアさんよ? ダクネス並に不器用扱いされるのは納得いかないんですけど!」

「アクアは卵を気にしてソワソワしすぎですよ。屋根の上での作業なんですから、ちゃんと集中しないと危険です」

「だって! だって! ダクネスは不器用だからうっかり卵がクシャッてなるかもしれないし、カズマは目を離したら卵を食べるつもりに違いないわ! あの二人に任せてもちっとも安心できないの! めぐみんは子供を心配するお母さんの気持ちが分からないの?」

「それはまあ、私は母になった事はありませんから……」

 

 アクアと話しながら屋敷に入ってきためぐみんが、俺達の方を見ると言葉を止める。

 

「……あの、どうしてダクネスはメイド服に着替えているんですか? 私達が外で屋根を修理している間、二人は何をやっていたんですか?」

 

 ジト目になるめぐみんに、ダクネスは。

 

「ち、違うんだめぐみん! 聞いてくれ、この男は……! ……ッ!」

 

 慌てて言い訳をしようとし、俺の肘打ちを受けて口を閉じる。

 めぐみんはともかく、アクアの前で事情を説明するわけにはいかないという事は、こいつも分かっているのだろう。

 様子のおかしいダクネスに、めぐみんが首を傾げる中。

 

「あーっ! どうしてカズマが卵を持ってるの? 返して! ほら、うちの子を早く返しなさいな!」

 

 アクアが声を上げ、俺から卵をひったくっていく。

 

「もう! ダクネスったら、どうしてカズマに卵を渡しちゃうの? その男に渡して、卵が食べられちゃったらどうするのよ?」

「す、すまない。その、カズマの世話をするのに邪魔になったから……」

「まったく! ダクネスはまったく! 卵とこの男と、どっちが大事なの?」

「お前バカか。鶏の卵なんかより俺の方が大事に決まってんだろ」

「お、お前は調子に乗るな!」

 

 アクアにツッコむ俺に、ダクネスがいきり立ち。

 そんなダクネスにめぐみんが。

 

「ダクネス。カズマは生き返ったばかりで調子が悪いのですから、乱暴はダメですよ。ダクネスだって、カズマが心配だからメイドの格好をしているのでしょう? いえ、どうしてメイドの格好なのかは分かりませんが」

「いやめぐみん、……! そ、そうだな。今日くらいは安静にさせてやろう。すまなかったなカズマ」

 

 事情を説明できないダクネスが、すごい目で俺を睨みながら話を合わせる。

 ダクネスから目を逸らす俺にめぐみんが。

 

「ですが、困りましたね。早く屋根を直さないと天井裏が水浸しになりかねません。カズマ、すいませんが、フリーズで応急処置だけでもしてもらえませんか?」

「いや、そういう事なら俺がアクアと屋根を修理してくるよ。体調が悪いって言っても、多少無理すればそれくらいはできるし、もしもの時もアクアが傍にいれば大丈夫なはずだ」

「本当ですか? それは助かりますが……。あまり無理しないでくださいよ」

「まあ、無理はしないけどな。めぐみんも言ってたじゃないか。俺だって、この屋敷の事は大切だと思っているんだよ。ほらアクア、行くぞ」

「えー? どうして私まで行かないといけないの? こういう時くらいしか役に立たないんだから、カズマがひとりで直してくればいいと思うんですけど!」

 

 アクアの傍にいるためのちょうどいい言い訳を見つけ、立ち上がった俺に、卵を抱えてソファーに腰を下ろしたアクアが文句を言う。

 めぐみんがそんなアクアをたしなめるように。

 

「そんな事言わずに、カズマと一緒に行ってあげてくださいよ。もしもカズマの体調が悪化したら、なんとかできるのはアクアだけなんですよ」

「騙されちゃダメよめぐみん。さっきから体調が悪いとか言ってるけど、その男は……」

「よしアクア! さっさと屋根を修理してこようか!」

 

 余計な事を言いそうなアクアを引っ張って、 俺は屋敷を飛びだした。

 

 

 *****

 

 

 雨の中、めぐみんが立てかけた梯子を伝い屋根の上へと登る。

 俺はアクアから大工道具を受け取ると、屋根のひび割れを鍛冶スキルで修復し始めた。

 

「トンカチくれ」

「はい」

「やすり」

「はい」

「…………」

「汗」

 

 俺は何も言っていないのに、アクアがハンカチを取りだし俺の額を拭く。

 

「いや、お前は何をやってんの? 手術じゃねーんだぞ! 雨で濡れてるのに汗拭いたってしょうがないだろ!」

「次は何? ほら、早くしてー、早くしてー」

「楽しくなってきてんじゃねーよ!」

 

 と、俺がアクアに邪魔されながらも順調に作業を進めていると。

 

「ねえカズマ。回復魔法のエキスパートである私には、私の完璧なリザレクションで生き返ったのに、体調が悪いなんてあり得ないって分かってるんですけど」

 

 アクアがニヤニヤしながらそんな事を言ってくる。

 こいつは普段察しが悪いくせに、どうしてこういう時だけ勘が良いんだろうか。

 

「調子が悪いふりをして、ダクネスにメイドの格好をさせていたんでしょう? この事をダクネスに黙っていてほしかったら、マイケルさんの店で一番高いお酒を買ってちょうだい」

「お断りします。俺が嘘ついてたって事はダクネスも知ってるよ」

「!? ねえ待って! ちょっと意味が分からないんですけど! ダクネスってば、カズマの体調が悪いわけでもないのにメイドの格好でお世話してたって事? 前はメイド服を着るのを恥ずかしがっていたのに、ダクネスも変わったわね。これはギルドの皆に広めないと……」

 

 なんか誤解されている気がするが、俺は本当の事しか言っていない。

 

「よし、まあこんなもんだろ。これでダメだったら業者の人を呼ぶしかないな。おいアクア、終わったから汗拭いてくれ」

「……? カズマったら何言ってるの? 雨で濡れてるのに汗拭いたってしょうがないじゃない」

 

 この野郎。

 

 

 

 

「お帰りなさいませご主人様! なるほど、メイドというのはこんな事もやるんですね」

 

 作業を終えて屋敷に戻った俺とアクアを、メイド服姿のめぐみんが出迎えた。

 

「どうですかカズマ。ダクネスはあまり乗り気ではないようなので、今日は私がこの格好でお世話してあげますよ」

 

 仲間思いなめぐみんは、体調が悪い俺のために恥ずかしいのを我慢しているらしく顔が赤い。

 メイド服はダクネスにとってはサイズが小さいが、めぐみんが着るとあちこち余っていて、袖や腰を紐で絞っている。

 胸に詰め物をしているのが、胸が小さいことを結構気にしているめぐみんには一番屈辱的なのかもしれない。

 そんなめぐみんの後ろでは、普段着になったダクネスがオロオロしている。

 ……何があったのかは分からないが、めぐみんが俺の嘘を信じてメイド服を着る事になってしまい、止めるに止められないでいるらしい。

 というか、めぐみんになら俺が銀髪盗賊団だと教えても構わなかったのだが。

 

 と、俺の隣に立っていたアクアがぼそっと。

 

「ねえカズマ。ダクネスはカズマが嘘ついてたって知ってるらしいけど、それってめぐみんも知ってるのかしら?」

 

 …………。

 

「高い酒奢るのでめぐみんには黙っててください」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このいつもの女神に反省を!

『祝福』8、12、既読推奨。
 時系列は、3巻の後、8巻の後、13巻2章。


 デストロイヤーとの戦いで掛けられた、魔王軍の関係者ではないかという冤罪を晴らした俺は、手に入れた屋敷でのんびりと日々を過ごしている。

 

 ――そんなある日の昼下がり。

 

 俺が街の広場を通りかかると、すごく聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「さあさあ、お立ち合い! ご用とお急ぎでない方はゆっくり聞いていきなさいな!」

 

 声を上げているのは、ハリセンを握りしめたアクア。

 そんなアクアの前には机が置かれ、その上には透明な液体の入った瓶が並べてある。

 アクアがハリセンでパンパンと机を叩き、声を張り上げて。

 

「遠出山越えモンスターが怖い、聞かない時は物の白黒出方善悪がとんと分からない。右手と左手を打ち鳴らしても、子供が寄ってきて右か左かと聞かれれば、とんとどちらか分からない。さてお立ち合い!」

 

 コイツはいきなり何を言いだしたのか。

 そう思ったのは俺だけではないようで、通行人も足を止め、興味深そうにアクアを見る。

 

「ここに取りいだしたるはアクセル名物ジャイアントトードの油! そう、皆さんご存じカエルの油よ! カエルといってもただのカエルとカエルが違う、冬牛夏草に寄生された山羊ばっかり食べて育った四六のジャイアントトード! 四六、五六はどこで見分ける? 前足の指が四本、後ろ足の指が六本、合わせて四六のジャイアントトード! 冒険者をたくさん雇って捕まえたこちらのカエルを四面鏡張りの箱に入れると、カエルは鏡に映った自分の姿を見て驚いて、タラーリタラーリと油汗を流す! これを漉き取り柳の小枝にて、サンシチ二十一日間、トローリトローリと煮詰めましたるがこのカエルの油!」

 

 ……おい。

 

 コレってアレだろ、ガマの油売り。

 大して効能のないものを口上の勢いで売る、日本の伝統芸能というか、ぶっちゃけ詐欺の一種。

 

「この油の効能は、ひびにあかぎれ、しもやけの妙薬! まだある! 大の男の七転八倒する虫歯の痛みもぴたりと止まる! まだまだ! 出痔いぼ痔はしり痔腫れ物一切! 刃物一切! そればかりか刃物の切れ味を止める! ……さあ、取りいだしたるは夏なお寒き氷の刃! 一枚の紙が二枚、二枚の紙が四枚、四枚の紙が八枚、八枚の紙が十六枚、十六枚の紙が三十と二枚、三十二枚が六十四枚、六十四枚が百と二十八枚! ほらこの通り、フッと散らせば冬将軍のお通りよ!」

 

 そう言って、どこからともなく取りだした刃物で流れるように何度も切った紙を、アクアがフッと吹き散らす。

 どうしてこいつはクエスト中には失敗ばかりするのに、こういう時だけ器用なのだろう?

 ヒラヒラと舞い散る紙吹雪に、かなりの数になっていた観客達がどよめき……。

 

「これなる名刀もひとたびこのカエルの油を付けるとたちまち切れ味が止まる、……ほら! 押しても引いても切れませ……痛っ! …………『ヒール』……。切れません! と言っても鈍らになったわけじゃありませんよ! ほらほら! このようにきれいに拭き取れば元の切れ味に! さーて、お立ち合い! カエルの油の効能が分かったら、どしどし買ってお行きなさいな!」

 

 アクアのパフォーマンスにすっかり魅了されたらしい観客は、目をキラキラさせ、前のめりになっていて。

 

「買います! ひとつください!」

「私も! そんなにいろいろな事に使えるのなら、ひとつと言わず三つください!」

「俺もだ! 俺にもくれ!」

「皆さん、慌てないでください! 貴重なものですが、皆さんの分はちゃんと用意してますから!」

 

 と、そんな時。

 

「すいません、ちょっと良いですか?」

 

 油を売りだそうとするアクアに声を掛けてきた男がいた。

 それは――。

 

「あっ、またあなたですか! ここでの販売許可は取っていますか? あまり人が集まりすぎると交通の妨げになって困りますよ。というか、ヒールを使っていたように見えたんですが、説明と効能に差異があるんじゃないですか? それって、詐欺ですよね?」

 

 ――そう、ポリスである。

 油の瓶を差し出した格好のまま、鏡に映る己の姿を見たというカエルのように、だらだらと汗をかきだしたアクアは。

 

「き、許可は……、そ、その……。……これは私のいたところの伝統芸能であって、詐欺ではありません」

「つまり、説明と効能に差異がある事は認めるんですね? それはベルゼルグでは詐欺に当たりますよ。というか、どこの国でも詐欺だと思うんですが……? それで、今日は許可を取っているんですか? 許可証を見せてください」

「ち、違うの」

 

 目を逸らすアクアに、お巡りさんが目つきを鋭くする。

 

「ねえ待って! 聞いてちょうだい! こないだ怒られたから、今日はちゃんと許可を貰いに行ったのよ。そうしたら、許可を貰うのにもお金が掛かるって言うじゃない? お金が欲しくて商売をするのに、そのためにお金を取るのはどうかと思うの」

「どうかと思うと言われましても……。決まりは守っていただかないと困りますよ。今回は初めてではないので、警察署まで来てもらいます」

「待って! ねえ待って! こういう商売はね、勢いが大事なの。売れる時に売っておかないと、次に同じ事をやっても同じように売れるとは限らないんだから!」

「駄目ですよ! ほら、早く商品をしまってください!」

「わあああああーっ! せっかくうまく行きそうだったのに!」

 

 警官が現れたという事で、珍しそうにアクアの周りに集まっていた客達がクモの子を散らすように立ち去る中。

 机と瓶を片付けようとするお巡りさんに縋りついていたアクアが、ふと動きを止めると。

 

「……ねえあなた、こないだ私が作った石鹸を欲しがってた人よね? 今ならオーダーメイドの石鹸を作ってあげてもいいわよ。もちろん美術品だから卑猥なものではないわ。卑猥なものではないけど、使っているうちにだんだん溶けていくのは石鹸だから仕方ないわよね」

「ダ、ダメですよ! あの後めちゃくちゃ怒られた上に、パン屋の看板娘のミアさんの石鹸も取りあげられたんですから!」

 

 お巡りさんは拒否するも、片付ける手を止めていて。

 そんなお巡りさんの様子に手応えを感じたのか、アクアがますます調子に乗る。

 

「それなら、パン屋の看板娘のミアさん石鹸も作ってあげるわ」

「以前にも言いましたっけね。僕は前々から思っていたんですよ。同じ人間なのに他人の行動を抑制するなんて、たとえ警察だからといって本当にその権利があるのかって。……出来ればパン屋の看板娘のミアさんではなくて、同僚の女性警官の石鹸を……」

 

 周りを見回し人がいなくなった事を確認すると、アクアと商談を始めるお巡りさん。

 

 俺は街の住人として当たり前の義務を果たすべく、懲りない二人を指さしながら、連れてきたその人に――

 

「女性警官さん、あいつらです」

 

 

 *****

 

 

 女神エリス、女神アクア感謝祭は終わったが、エリスが降臨した事でいろいろな街から旅行客が増え、アクセルの街はいつもより賑わっている。

 

 ――そんなある日の昼下がり。

 

 アクア祭りのためにヒュドラ討伐の報酬や貯金箱の中身まで使ったアクアに、少しだけ、ほんの少しだけ同情した俺は、小遣いを稼ぎたいというアクアのために、街の広場で商売する許可を取ってきてやった。

 

「ほらよ、またお巡りさんに見つかったら、コレを見せれば何も言われないよ」

 

 広場の隅に机を置き、商売の準備をしていたアクアに許可証を渡す。

 

「ありがとうカズマさん! 私もお金を貯めて許可を貰いに行った事があるけど、いろいろ難しい事を言われて困ってたのよ。どうしてお役所の手続きっていうのはあんなに小難しくしているのかしら?」

「ただ言われたとおりに枠を埋めればいいだけだろ」

 

 どうしてこいつはこんな簡単な事ができないんだろうか?

 アクアに呆れた目を向ける俺の前で、アクアが箱から出した商品を机に並べていき……。

 …………。

 

「いや、ちょっと待て」

 

 俺は商品を並べるアクアの肩に手を掛けた。

 

「何よ? 今は忙しいから後にしてくれないかしら? 商品を並べ終わったら相手してあげるから」

「誰が相手してほしいっつった。そうじゃなくて、これ野菜じゃん。俺は石鹸を売るって言って許可を貰ってきたんだぞ」

 

 アクアが机の上に並べたのは、様々な種類の野菜の山。

 詳しくは知らないが、この国では野菜を扱うのに特別な資格が必要なのではなかったか。

 いや、野菜を扱うのに特別な資格が必要というのも意味が分からないが。

 

「カズマったら何言ってるの? 今日は最初から野菜を売る予定だったんですけど。アクア祭りで屋台をたくさん出したから、余った野菜を集めたらこんなにたくさんあったのよ。悪くなる前に売っちゃいたいので、邪魔しないでくれます?」

「駄目に決まってんだろ。許可を貰ってきたのは俺なんだから、お前がおかしな事をしたら俺まで怒られるんだよ。前に石鹸を売った時は売れてたみたいだし、今回は販売許可も貰ってきてるんだから、前みたいにお巡りさんに怒られる事もない。おとなしく石鹸を売っていればいいじゃないか」

 

 と、そんな時。

 

「そこまでよ!」

 

 言い争う俺達の間に割って入ってきたのは、アクシズ教徒のプリースト、セシリー。

 

「いくらアクア様が愛らしいからと言って、アクア様への意地悪の数々! アクア様が許しても、このセシリーが許さないわ! お姉さんには分かるわ、サトウさんはツンデレ系の人だから、好きな子に意地悪したくなっちゃうんでしょう? でも、そういうのって嫌われるだけだからやめた方がいいと思うの」

「それはない」

 

 バカな事を言うセシリーに俺がキッパリと即答すると。

 

「大丈夫ですよアクア様。サトウさんはツンデレですから、嫌いって言うのは好きって事です」

 

 俺に即答されたのが悔しいらしく、ぐぬぬと言った感じの表情を浮かべていたアクアを、セシリーがさらにバカな事を言って慰める。

 

「お前ちょっとこっち来い」

「ああっ、何するのあなた、お姉さんがきれいだからっていきなりそういうのはどうかと思うの!」

 

 俺はバカな事を言うセシリーを引っ張り広場の隅へ連れていく。

 

「アクシズ教団はアクアの事をそっと見守っていくつもりだったんじゃないのかよ? これ以上あのバカを甘やかして、調子に乗らせるのはやめてほしいんだが」

「ちょっと何を言っているのかわかりませんね。アクア様はアクア様なのですから、甘やかすのは当たり前じゃないですか。あなたの方こそ、アクア様と仲が良いからと言って調子に乗っていると、あなたの家の飲み水にこっそりところてんスライムを仕込みますよ」

「多分アクアが触ってただの水になるんじゃないかな」

 

 俺達が言い合っていると、アクアが。

 

「安いよ安いよ! 女神感謝祭で使われるはずだった神聖なお野菜が、今ならとっても安いよ!」

「お前も売り始めてんじゃねーよ!」

 

 セシリーに慰められ悔しさはどうでもよくなったらしく、俺達のやりとりを無視して野菜を売り始めたアクアをひっぱたく。

 というか、神聖な野菜ってなんだよ。

 

「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今からこの神聖なお野菜が、先日美少女コンテストなんてやってた女神エリスに早変わりするわよ!」

 

 アクアが手にしたニンジンに包丁を入れ、器用に飾り切りをすると……。

 

「すごっ!?」

 

 そこには精巧なエリスの彫刻があった。

 ……こいつは相変わらず、こういう事には無駄な才能を発揮するな。

 ニンジンで作られた見事な出来栄えの女神エリスに、旅行客が集まってくる。

 

「そ、それはエリス様!? なんて精巧な……! いくらですか? 私に売ってください!」

「いや俺に! 金は倍払うから俺に売ってくれ!」

「おっと、予想以上に集まってきたわね。まあ落ち着いて。すぐに作ってあげるから、ちょっと待ちなさいな。ほら見て見て、このエリスはね、本物と同じように大きな胸が着脱式になっているのよ」

「罰当たりなもんを売るのはやめてくれ! 普通のはないのか!」

 

 女神エリス目当てにやってきたらしい旅行客が、野菜で出来たエリスの彫刻に目の色を変えるも、アクアが付けた余計なギミックに微妙な表情になる。

 

「えー? 普通のって、胸は小さくていいの? 言っておくけど、これは本物のエリスを再現したんであって、私が嫌がらせしてるわけじゃないのよ。あなたは知らないかもしれないけど、あの子は胸にパッドを入れているの」

「なんなんだあんたは! バカな事を言ってるとエリス様の罰が当たるぞ! というか、ひょっとしてあんたらアクシズ教徒じゃないか? よその女神様を使って商売するって何考えてんだ!」

 

 アクアの言葉にひとりの旅行客が怒りだし立ち去ろうとして……。

 

「お待ちなさい! 女神エリスは女神アクアの後輩という話です。私達の糧になるのなら、女神エリスも笑って許してくださるはず! という事で、あなたもアクア様のお小遣いのために野菜を買っていってくれませんか? 今ならこちらのご禁制のところてんスライムを改良した、喉に詰まらない安全なやつをお付けしますよ。改良したもので法整備が追いついていないので、食べても怒られない……」

「なんだこんなもん」

「ああっ!」

 

 立ち去ろうとした旅行客にセシリーが縋りつき説得しようとするも、ところてんスライムを捨てられ。

 そのひとりを皮切りに、集まっていた旅行客達が慌てたように去っていって……。

 

「ねえ待って! 皆が欲しがるから、エリスをたくさん作っちゃったんですけど! 買っていってくれないと困るんですけど!」

 

 いつの間にかエリスの彫刻を大量に作ったアクアが、机をバンバン叩いて声を上げる。

 しかし、悪名高いアクシズ教徒だという事が知れ渡ったたためか、お客が集まってくることはなく。

 

「すいませんアクア様。私が不甲斐ないばかりに……」

「いいえ、セシリーは頑張ってくれたわ。私のために大切なところてんスライムまで売ろうとしてくれてありがとうね」

「アクア様……!」

 

 旅行客を逃がした事でションボリと肩を落としていたセシリーが、アクアの言葉に顔を輝かせる。

 

「こうなったら仕方ないわね。この野菜を普通に切って、YAKISOBAにして売る事にしましょう。YAKISOBAなら少しくらいレシピにない野菜が入っていても、美味しく食べられるはずよ。ねえカズマ、ソースを作ってもらえる?」

 

 どこからともなく包丁を取りだしたアクアが俺の方を見て言ってくる。

 

「……まあ、ソースくらい作ってやってもいいけど。お前、このエリス様を刻んじまうつもりなのか? エリス様なら怒らないだろうが、それってどうなんだ?」

「いい、カズマ。私が作ったこれは美術品みたいに見えるかもしれないけど、美術品である前に野菜なのよ。野菜なんだから、悪くなる前に食べてあげないと可哀そうでしょう?」

 

 俺とアクアがそんな事を話していた時。

 

「ちょっとすいません」

 

 エリスのパッドを切り離そうとしているアクアに話しかけてくる男がいた。

 それは――。

 

「人が集まりすぎて通行の邪魔になっているとの通報があって来たんですが……。あっ、またですかアクアさん! 許可証がないとここで商売は出来ないと言ったじゃないですか! いい加減にしてください、なぜか僕まで怒られるんですからね!」

 

 そう、いつものポリスである。

 包丁を構えたままぴたりと動きを止め、お巡りさんから目を逸らしたアクアは、今日は許可証を持っている事を思いだしたらしく勝ち誇った表情を浮かべ。

 

「今回はちゃんと許可証を貰ってきているのでした!」

「本当ですか? いつもそうしてくれていれば……。拝見しますね」

「人が集まりすぎたのは私の売っているものが魅力的だからで、文句を言われる筋合いはないと思うの。なんたって、許可証があるんだから!」

「あの、これって石鹸の販売許可ですよね? 野菜を売る事は許可されていませんよ」

 

 勝ち誇っていたアクアが、許可証を見たお巡りさんの言葉に目を逸らす。

 

「そ、それは……。これは野菜である前に美術品です。石鹸で作った美術品を売るのも、野菜で作った美術品を売るのも、同じようなものだと思います」

「またそんな事を……。た、確かにこれもすごいですね。ひとつください」

「まいどー。一応言っておくけど、それは石鹸じゃなくて野菜だから、悪くなる前に食べてあげてね?」

「そ、それは罰当たりなような……。でも、放っておくとしわしわになってしまいそうですね。分かりました」

 

 いそいそとエリスの彫刻をしまいこむお巡りさん。

 そんなお巡りさんにアクアが。

 

「ねえねえ、今回もあの女性警官の彫刻を作ったら見逃してくれる?」

「ちょっと何を言ってるのか分からないですね。これは美術品ですから、野菜で作られていようと石鹸で作られていようと同じようなものですよ。……あの、さすがに知り合いの体を刻んで料理するのは気が引けるので、ひと口サイズで作ってもらえませんか?」

「いいわよ。それなら、少しずつポーズを変えて作ってあげるわね」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 いつものようにアクアと商談を始めるお巡りさん。

 

 俺は街の住人として当たり前の義務を果たすべく、懲りない二人を指さしながら、アクアを警戒してか最近この辺りをウロウロしているその人に――

 

「女性警官さん、あいつらです」

 

 

 *****

 

 

 先日、宝島こと玄武が現れた事で、アクセルの街の冒険者達は徴税騒ぎで失った金を取り戻し、ウィズ魔道具店も廃業の危機を免れたらしい。

 ただでさえ大金持ちなのに大金を手にした俺は、酒場でパーッと大金を使って遊んだりしている。

 

 ――そんなある日の昼下がり。

 

 俺が街の広場を通りがかると、聞き飽きた声が聞き飽きた事を言っていた。

 

「さあさあ、お立ち合い! ご用とお急ぎでない方はゆっくり見ていってくださいな!」

 

 広場の隅に机を置いたアクアが、机をハリセンで叩きながら声を上げている。

 机の上には……。

 

「いや、ちょっと待て」

 

 机の上に並んでいるものを見て、俺は客が集まる前にアクアに声を掛けた。

 

「今回紹介するのは美少女粘土フィギュア! ……なーに? 今いいところだから、邪魔しないでほしいんですけど。カズマもいい加減に、こういう商売はタイミングが大事だって事を知ったらいいと思うの」

「それは知ってるけど、商売をやめろっつってんだよ」

 

 そう。アクアが売っていたのは、以前作っていた粘土フィギュア。

 スケスケ令嬢エロティーナと爆裂特攻小めぐみんが、机の上にいくつも並べられている。

 

「なんていうか、その……。俺の見えるところでそういうの売るのはやめてください」

「……? ちょっと何を言っているのか分からないわね。こないだは俺にも売ってくんないとか言ってたくせに、今さら何を言ってるの?」

「それはそうだが……」

 

 俺だって、サキュバスサービスで誰かがあいつらの夢を見ていても気にしない。

 それに、めぐみんとは仲間以上にはなったが恋人未満の関係だし、ダクネスの事はキッパリ振ったのだから、俺が文句を言う筋合いでもないのかもしれない。

 しかし目の前でパンツまで脱げるフィギュアを売られるとさすがに気になる。

 我ながら面倒くさいとは思うが……。

 

「ていうか、どうしてこんなもん売ってるんだよ? また小遣いがなくなったのか? こないだ宝島で大金を手に入れたんじゃないのかよ?」

「ああ、あれね。私が集めたのはクズ石ばかりで、全部で十万エリスにもならないって言われたわ。受付のお姉さんに泣きついたら、仕方ないからってキリ良く十万エリスにしてくれたけど、酒場のツケを払ったら借金が残ったわね」

「そ、そうか……」

 

 そう言えば、こいつは知能以外のステータスが高いのに、幸運だけ異様に低いんだった。

 

「いやでも、こんなもん売ったらダクネスに怒られるぞ。ウィズの店に売ったっていう分もダクネスが買い取ったみたいだし、あの後説教されて泣いてたじゃないか」

「だからダクネスにバレないように、広場でこっそり売ってるんですけど」

 

 クソ、他にこいつの商売を邪魔する口実は……。

 

「あ、そうだ! 販売許可は取ってるのか? 無許可で売ってるところを見つかったら、今度こそ逮捕されると思うんだが」

「しーっ! 手続きがよく分からなかったから、今日も許可は取ってないわ。お巡りさんに見つかったら困るから、早く売っちゃいたいのよ。ほら、分かったらあっちに行って! 商売の邪魔をしないでくれます?」

 

 と、そんな時。

 

「すいません、ちょっと良いですか?」

 

 俺を追い払いフィギュアを売ろうとするアクアに、いつものポリスが声を掛けてきた。

 そのお巡りさんは、机の上のフィギュアをじっと見つめると。

 

「ひとつください」

「お安くしとくわ」

「いや、違うだろ。まず許可証を持ってるか確かめろよ。ていうか、こいつは今日も無許可だよ。再犯だし、反省してないみたいだし、もう捕まっちまえばいいと思う」

 

 財布を取りだそうとするお巡りさんに、俺はすかさずツッコんだ。

 俺の言葉に、お巡りさんはアクアを見て。

 

「またですか? いい加減にしてくださいよアクアさん! 僕まで怒られるんですよ!」

「許可証はないけど、オーダーメイドも受けつけてるわよ」

「オーダーメイド……!? こ、これをですか? あの、スリーサイズなんかはどうやって……」

「私くらいになると、見ただけでその人のスリーサイズを当てられるわ」

 

 ……!?

 

「え、何それ? その話、詳しく……」

 

 違う、そうじゃない。

 

 懲りずにアクアと商談を始めるお巡りさんを前に、俺は街の住人として当たり前の義務を果たすべく、ちょうど広場を通りかかったその人に――

 

「ひいっ! サトウカズマ!」

 

 ……えっ。

 その女性警官は俺を見ると声を上げ、手のひらをこちらに突きだして。

 

「ち、近寄らないでください! わ、わわわ、私は警察官として、あのような辱めに屈するわけには……、わけには……!」

 

 そう言いながらもスカートを押さえ俺から距離を取る。

 

「いや、あの」

 

 この人アレだ。

 徴税騒ぎの時に俺がスティールを掛けた女性警官。

 俺へのトラウマと警察官としての職務が、女性警官の中でせめぎ合っているらしく、警棒を手にしようかどうしようか迷っている。

 特に何もしていない一般市民相手に武器を使うのはどうかと思う。

 

「あの、すいません。こないだの事は謝りますけど、そうじゃなくてあいつらが……」

 

 俺が無抵抗だと示すために軽く両手を上げ、一歩近寄ろうとすると、

 

「やっぱり無理ぃいいい!」

「ちょっ、待っ……!」

 

 女性警官は叫び声を上げ逃げだした。

 ……俺が悪いというのは分かっているのだが、こういう反応をされるとちょっとショックだ。

 肩を落とす俺にアクアが。

 

「めぐみんやダクネスはあんたのセクハラに慣れているけど、普通はパンツ取られたらああいう反応になると思うの」

 

 いや、逃げられるほどの事では……。

 

 …………ある……かなあ……?

 

 そう言えば、俺は体を入れ替える神器の効果でアイリスと入れ替わった時、スカートの心許なさに大騒ぎした。

 あの状態で、さらにパンツまで失うと……?

 

 …………。

 

 ……どうしよう、自分が極悪人のような気がしてきた。

 そんな俺の肩に誰かの手が乗せられ、

 

「今のは公務執行妨害ですよ。署までご同行願えますか」

 

 さっきまでアクアと一緒にバカな商談をしていた警官が、キリっとした表情でそう言った。

 

「あんたはこんな時だけ職業意識を思いだしてんじゃねーよ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この知らない遊びに全力を!

『祝福』6、既読推奨。
 時系列は、6巻2章。


 俺がこの国の王女であるアイリスに気に入られ、アイリスの遊び相手として城に住むようになって数日が経った。

 そんなある日の事。

 俺が王城の廊下を歩いていると、敵感知スキルに一瞬だけ反応があった。

 注意深く周りを見回すと、すぐ近くにドアがあって。

 そのドアの前には、絶対に通さないという意志をひしひしと感じる、厳めしい顔をした騎士が立っている。

 俺と目が合うと、その騎士は少し居心地悪そうにしながらも。

 

「サ、サトウ殿。申し訳ないが、この部屋は立ち入り禁止です」

「ほーん? 俺はアイリス王女の名のもとに、常識的な範囲であればお城のどこでも好きに入っていいと言われているんですが。それなのに、その部屋には入っちゃいけないんですかねえ? その部屋には何があるんですか?」

「そそそ、それは……! も、申し訳ないがそれも話せない! 機密事項だ!」

「城で暮らす俺が不自由しないように、なるべく便宜を図るようにってレインが通達してるんですよね? それでも話せないんですか?」

「い、いえ、これはレイン殿よりも上位の命令でして……!」

 

 ネチネチと質問する俺に、失言した騎士がハッとした表情を浮かべ。

 

「今この城でレインよりも上位って言ったら、アイリスかクレアしかいないだろ。ていうか、おいアイリス。そこにいるのは分かってるぞ! 観念して出てこい! 隠れんぼに権力を使うのはどうかと思う!」

 

 廊下を歩く俺の足音を聞き取り、部屋の中のアイリスが警戒した一瞬に敵感知スキルが反応したのだろう。

 

「いません! いません! アイリス王女はここにはいません!」

 

 無理やりドアを開けようとする俺を、騎士が必死に押しとどめる中。

 

「お兄様こそ、スキルを使うのはズルいです! お兄様がスキルを使うなら、私が権力を使ってもいいと思います!」

 

 ドアの向こうから、アイリスの楽しそうな声が聞こえてくる。

 

「ほら、やっぱりいるじゃねーか! 見つけたぞ!」

「いいえ。ルールを決める時に、きちんと相手の顔を見なければ見つけた事にはならないとお兄様は言っていました。私を見つけたいのなら、ドアを開けて部屋に入ってこないとダメですよ。……さあ、我が忠実なる騎士スケサンよ。お兄様を追っ払ってしまいなさい!」

「ア、アイリス王女? 私はスケサンなどという名前では……。と、とにかく、そういう事ですので。サトウ殿、ここはお引き取りください」

 

 変てこな名前で呼ばれ微妙そうな騎士が、キリっとした表情を浮かべ俺を見据える。

 俺はそんな騎士スケサンに。

 

「ちょっと待て、あんたは騎士としてそれでいいのか? ここんところ、どこの馬の骨とも知れない冒険者の影響を受けて、アイリスがどんどん王女っぽくなくなってるって噂になっているらしいじゃないか。このままアイリスが王女として間違った方向に成長しちまったら困るんじゃないか?」

「あ、あなたがそれを言うのですか!」

「あんただって、遊びに権力を持ちこむのは間違ってると思うだろ? このままアイリスが暴君にでもなっちまったらどうするんだ? 今それを止められるのはあんただけだぞ。ここは忠実な騎士として、命令に背いてでも主のために正しい事を教えるべきなんじゃないか?」

「そ、それは……! しかし……!」

 

 ドアの前から動こうとはしないが、騎士は明らかに動揺していて。

 

「ダ、ダメです! お兄様を通さないで! お兄様は、勝負に勝つためならどんな手段を使ってもいいと言いました! 王女である私が権力を使う事に、文句を言われる筋合いはないはずです!」

「ほら、素直だったアイリスがこんな事を言ってるぞ? 本当にこのままでいいのか?」

「ですから、あなたがそれを……!」

 

 俺の言葉にイラっとした表情を浮かべつつも、迷いを見せる騎士に、俺がさらに何か言おうと口を開き……。

 

 と、そんな時。

 

「あなた達は何をしているのですか?」

 

 俺の背後から聞こえた声に、騎士が表情を強張らせた。

 

 

 

 ――数分後。

 俺とアイリスと騎士の三人は、並んでクレアに説教されていた。

 

「何度言ったら分かるのですか、カズマ殿! アイリス様におかしな事を吹きこむのはやめていただきたい!」

「おかしな事って言われても。隠れんぼくらい、そこらの子供でも普通にやってるだろ」

「そうではない! いや、アイリス様におかしな遊びを教えるのもやめてもらいたいのですが……。そうではなく、あなたのような冒険者と違って、王族には王族の戦い方が……。というか、廊下で遊ぶのは皆の迷惑になります。アイリス様も、仕事中の騎士を遊びに巻きこんではいけませんよ」

 

 アイリスが楽しそうにしているのを止めるのは気が進まないのか、どこか煮えきらないクレアの言葉に。

 

「あ、いえ、自分は休憩中なので……、…………」

 

 アイリスの代わりに言い訳をしようとした騎士が、クレアににらまれ黙る。

 

「そう言われても、アイリスは城から出られないんだから、城の中で遊ぶしかないだろ。こないだ廊下を走るなって怒られたから、今日は走らなくてもいいように隠れんぼにしたんだぞ? 隠れんぼなら、ちょっと物陰に隠れたり、探すのに歩き回ったりするくらいだしな。騎士の人もこう言ってる事だし、誰にも迷惑は掛けていないはずだ」

「そういう事ではありません! これまではどんな時でも高貴な雰囲気を崩さず、わがままを言う事もなかったアイリス様が、あなたが来てからというもの……」

 

 俺に説教するクレアがチラッとアイリスを見ると、アイリスは上目遣いでクレアを見ていて。

 

「…………、……これはこれで大変お可愛らしい……い、いえ、そうではなく! とにかくなんというか、ダメです」

「いやふざけんな。そんな適当な事を言われて、はいそうですかってなるわけないだろ」

 

 俺はアイリスを見てダメな顔になったクレアにツッコむ。

 

「て、適当ではありませんよ! アイリス様は王族として、常に周りから見られているという事を自覚していただかなくてはなりません。庶民であるカズマ殿と遊びまわるなど言語道断です!」

 

 それだけは譲れない事なのか、クレアが強い口調で断言する。

 俺には貴族だの王族だのといった世界の事はよく分からないが、アイリスが何も言わないという事は、クレアの言っている事は正しいのだろう。

 うつむくアイリスの姿に、クレアが口を開きかけるも、何も言わずに口を閉じる。

 こいつが口うるさく言うのも、アイリスのためを思っての事なわけで……。

 

「しょうがねえなあー。なら、人目に付かないところで遊んでいればいいんだろ? この城は広いんだし、誰も入らない庭とかないのか?」

「そ、それはもちろん、ありますが……」

「よし、じゃあそっちに行ってなんかしようぜ。アイリスもこのままじゃ物足りないだろう?」

 

 俺の言葉にアイリスは。

 

「いえ、今日は私の勝ちですから、これで終わりでもいいですよ。クレアに止められた時、お兄様は私を見つけていませんでしたから」

「……!? アイリス様! ですからそういった考え方を改めていただきたいと……!」

 

 笑顔で狡すっからい事を言いだしたアイリスに、クレアが焦った様子で言う。

 俺と出会った頃は素直で大人しかったアイリスは、このところすっかり要領が良くなってきていて。

 このままでは俺の兄としての威厳が危うい。

 

「ほーん? もっと広くて隠れる場所が多いところなら、 隠れんぼの上位版である缶蹴りが出来るんだけどな? 隠れんぼよりももっと面白いのに、やらなくてもいいんだな?  まあ、アイリスがいいって言うんなら俺は構わないけどな」

「か、カンケリ!? なんですかそれは! 隠れんぼは隠れる遊びなのに、何かを蹴るんですか!? 教えてくださいお兄様! それはどういった遊びなのですか?」

「おっ、そうか? なら教えてやるよ。缶蹴りってのはな……」

 

 と、俺が缶蹴りについて説明しようとすると、クレアが。

 

「おお、お待ちくださいアイリス様! 今日はもう、そういった遊びはやめると言ったではないですか! お部屋に戻り、ボードゲームでその男をこてんぱんにしてやればいいでしょう!」

「いいえ、クレア。あなたに止められてしまったから、隠れんぼは途中でやめる事になってしまいました。私はこの国の王女として、お兄様とカンケリで決着を付けねばなりません」

「ですから、そういった搦め手を使うのをやめていただきたいのですが!?」

 

 途中で止められたから決着を付けなければいけないなどと屁理屈をこねるアイリスに、クレアが半泣きで声を上げた。

 

「ああもう! カズマ殿もバカな事を言っていないで、アイリス様を止めてください!」

 

 俺はそんなクレアの言葉を聞きながら。

 

「そうだなあ、缶蹴りなら人数が多い方が楽しいと思う。こないだ色鬼をやった時みたいに、レインも入れてまた四人で遊ぶってのはどうだ?」

「無理に決まっているでしょう。あなたと違って、私もレインもいろいろと忙しい身なのですよ」

「罰ゲームはメイドの格好をして勝者に給仕するってのを考えているんだが」

「なんだと!? アイリス様に侍女の真似事をさせるつもりか……!」

「いや待て、俺が悪かった! 今のは冗談だから、いちいち剣の柄に手を掛けるのはやめろよ! でもほら、もしもアイリスが罰ゲームを受ける事になったら、アイリスがお茶を運んでくれたりするんだぞ? 想像してみてくれ、アイリスが『いつもありがとう、クレア』と言って紅茶を……」

「やりましょう」

 

 俺の言葉にクレアが食い気味に即答した。

 ……アイリスが搦め手を使うようになったのは、搦め手が通用するようなのが周りにいるからだと、こいつは気づいているんだろうか?

 

 

 *****

 

 

 俺達はレインに連れられ、ほとんど人が入らないという庭園に案内された。

 そこは結構な広さがあり、動物の形に剪定された植木や腰くらいの高さの生垣があって、隠れる場所がいくらでもある。

 

「あまり人が立ち入らず、結構な広さがある庭園というとこちらになりますね。……あの、本当に私も参加しないといけないのでしょうか? 今日中に片付けないといけない書類が溜まっているのですが……」

「アイリス様の願いとあれば仕方ないだろう。仕事なら後で私が手伝ってやる」

 

 肩を落とすレインを、クレアが慰めている。

 子供の遊びなのだから、そんなに嫌なら無理して参加しなくてもいいと思うのだが。

 クレアがレインまで巻きこんでいるのは、アイリスのスペックを考えると、俺とクレアだけでは勝てそうにないからだろう。

 

「よし。じゃあ、ルールを説明するぞ。まず隠れる側の誰かが、缶……ええと、コレを蹴っ飛ばす。鬼がコレを取ってきて、……そうだな、この辺にしようか。この円の中に置くまでに、隠れる側は隠れる」

 

 俺は言いながら地面に円を描き、その中に缶を置く。

 この世界には缶がなかったので、クレアがレインを捜しに行っている間に要らない金属を貰い、鍛冶スキルで缶っぽいものを作っておいた。

 

「お兄様のいたところでは、遊ぶためにわざわざこんなものまで作るのですね」

 

 アイリスが感心しているが、缶を使うのは日本ではその辺で拾えたからだと思う。

 

「鬼は隠れんぼみたいに他の人達を探しに行くんだが、見つけてもそれで終わりじゃなくて、缶を踏んで『見つけた』って宣言しないと、見つけた事にはならない。『アイ……』…………、『クレア見つけた!』と、こんな感じだな。見つかったら、その人は鬼に捕まってその場に留まる」

 

 俺がアイリスを指さそうとすると、クレアがすごい目でにらんでくるので、クレアを指さして缶を踏み説明する。

 

「隠れる側は、隠れながら缶を蹴っ飛ばすのが目的だ。缶を円の外に蹴ったら、捕まっていた人達は解放されてまた隠れる事ができる。鬼は缶を円の中に戻して、最初からだ。だから鬼は缶を蹴られないように探さないといけない。缶を蹴られないで全員見つけるのが鬼の目標だ。その時は、最初に見つかった人が鬼になる」

 

 俺の説明が終わると、アイリスが目を輝かせて。

 

「なるほど。隠れんぼでは、隠れる側は隠れるだけでしたが、カンケリでは反撃する手段があるのですね! 鬼もただ見つけるだけではなくて、カンを守らなければいけない……! 一見簡単そうなルールなのに、奥が深いです! お兄様、勝ち負けはどうやって決めるのですか? 今回も罰ゲームがあるんですよね?」

 

 以前、色鬼の敗者がヒラヒラの可愛い服を着て思いきり可愛い子ぶっていた時の事を思いだしたのか、アイリスがクスクスと笑いながら訊く。

 そもそも勝ち負けだのポイントだのは、あの時に思いつきで言っただけで、こういった遊びに勝ち負けも何もないのだが今さらそんな事は言えない。

 勝って兄としての威厳を取り戻すのだ。

 

「……そうだなあ。見つかったら一点って事でいいと思うけど、せっかく缶蹴りなんだし、缶を蹴ったらプラスって事にしようか? じゃあ、見つかったらマイナス一点で、缶を蹴ったらプラス一点って事でどうだ?」

「分かりました! 今回は点数が低い方が罰ゲームですね?」

「では、私が計算しておきますね」

 

 俺の説明に、アイリスがワクワクした表情を浮かべる中、レインが採点係を申しでる。

 

「ちなみに今回の罰ゲームは、メイドさんの服を着て勝者のお世話をする事だ」

 

 続けて言った俺の言葉に、レインがいいんですかと言うようにクレアを見ると、クレアが気まずそうに目を逸らした。

 

 

 

 じゃんけんの結果、最初の鬼はクレアになった。

 

「それじゃあ、じゃんけんに勝った事だし俺が缶を蹴るからな。運も実力のうちって言うし、これも点数に数えといてくれよ」

 

 缶の前に立つ俺の言葉にアイリスが苦笑し、レインが仕方なさそうにうなずく。

 

「よし、蹴るぞ!」

 

 俺が宣言とともに缶を蹴ると、クレアが飛んでいった缶を拾いに行く。

 アイリスとレインが隠れるために生垣の向こうへと駆けていく中、俺はクレアの背後に回り潜伏スキルを発動させた。

 クレアが俺に気づかず、円の中に置いた缶を……。

 

「あっ!」

 

 俺はすかさず横から蹴った。

 

「ふはは、油断したな! おいレイン、缶を蹴ったぞ! カウントしといてくれよ!」

「ふ、ふざけるな! こんなものは無効だ! 缶を蹴ったら隠れるというルールではなかったのか!」

 

 缶を取りにも行かず文句を言うクレアをスルーし、俺は改めて生垣に陰に隠れ頭を低くする。

 生垣の隙間から覗くと、クレアは何度も背後を振り返りながら缶を取りに行き、元の位置に戻している。

 不意打ちで缶を蹴られたのがよっぽど悔しかったらしい。

 缶を守るように立ったクレアが周囲を見回すも、隠れている俺達がそんな事で簡単に見つかるはずもなく……。

 

「そ、その……。アイリス様、見つけました」

 

 缶を踏んだクレアが気まずそうにしつつも声を上げると、生垣の陰からションボリした様子のアイリスが出てきた。

 

「……見つかってしまいました」

 

 クレアの傍まで歩いていったアイリスが、残念そうに缶をジッと見る。

 俺がいきなり缶を蹴った事もあってか、隠れるよりも缶を蹴る事に気を取られ、見つかってしまったらしい。

 

「次は頑張ります!」

「その意気です、アイリス様!」

 

 両手を握りしめて気合を入れるアイリスを、クレアが応援する。

 アイリスが缶を蹴ってポイントが加算されると、アイリスのメイド服姿が遠のくという事をあいつは分かっているんだろうか。

 その場にアイリスを残したクレアが、俺達を捜すために缶の傍を離れ歩きだす。

 俺は潜伏スキルを発動させながらその場を離れる。

 敵感知スキルでクレアの居場所を確認し、クレアがやってくるのとは反対の方向へと生垣に沿って駆けだして……。

 クレアが歩いていく先には、熊の形に選定された植木の陰にレインが隠れている。

 騎士の勘というやつなのか、クレアは誰かが隠れている事に気づいているようで、警戒しながら植木の陰を覗きこむ。

 これはチャンスだ。

 クレアが缶から離れている隙を突き、死角から缶を蹴ってやる。

 待ってろアイリス、今お兄ちゃんが助けてやるからな……!

 生垣から飛びだした俺に、アイリスが目を見開いて。

 

「クレア、お兄様が来ています! すぐに戻ってきて!」

 

 えっ。

 

「レイン、見つけたぞ……ッ!? あ、ありがとうございます、アイリス様! 見つけましたよ、カズマ殿!」

 

 アイリスの言葉に、慌てて戻ってきたクレアが缶を踏んだ。

 

 ……えっ。

 

 なんという裏切り。

 アイリスが黙っていれば、完全に缶を蹴れるタイミングだったのだが。

 見つかるくらいなら缶を蹴ろうと植木の陰から飛びだしたレインと、そんなレインを囮にして缶を蹴ろうとしていた俺は、クレアがアイリスの声にひと足早く戻ってきた事で見つかった。

 

「全員見つけましたね。ええと、次の鬼はアイリス様という事になるんでしょうか?」

「頑張ります!」

 

 アイリスを鬼にするのが不本意なのか、不満そうな表情で言うクレアに、アイリスが笑顔を見せる。

 

「い、いや、ちょっと待ってくれ。隠れる側は協力して缶を蹴るんだぞ? 鬼の味方をしたらダメだろ」

「そうなのですか? ですが、お兄様はさっきも缶を蹴っていましたし、お兄様が缶を蹴ると得点で負けてしまいそうなので……」

 

 俺の言葉に、アイリスが不安そうな表情を浮かべつつもそんな事を言う。

 あれ?

 い、言われてみれば……?

 缶を蹴って得られるポイントを競っているのだから、俺達は敵同士でもあるわけで。

 

「そ、そうだな! アイリスは何も間違ってないぞ。変な事言って悪かったな」

 

 ……俺が知ってる缶蹴りと違う。

 

 

 *****

 

 

「それじゃあ、また俺が蹴るって事でいいよな? 全員が見つかった時に缶を蹴るのは、最後に見つかった奴って事でいいだろ」

 

 缶の前に立ち宣言する俺に、皆が怪訝な目を向ける。

 

「ダ、ダメです! 後からルールを追加するのはズルいですよ、お兄様! お兄様はさっき蹴ったのですから、次は私が……」

「いや、アイリスは鬼なんだから蹴ったらダメだろ」

 

 鬼なのに缶を蹴りたがるアイリスに俺がツッコむと、アイリスがションボリする。

 

「後からルールを付け足していったらゲームにならないってのは、俺だって分かってるけどな。でもこれにはちゃんとした理由があるんだよ。最後まで見つからなかった奴ってのは、最後まで鬼に抵抗し続けたって事だろ? だったら、その分のご褒美があってもいいと思う」

 

 俺の説得にアイリスが納得するようにうなずく中、クレアが横から。

 

「ちょっと待て! 黙って聞いていれば、アイリス様が咎めないからと好き勝手言いおって! 屁理屈を捏ねて自分に有利なルールを付け足しているだけではないか! そのようなものは無効だ!」

「ほーん? 言っとくが、どういう状況でも缶を蹴ったら一点ってのは、最初からのルールだからな。ここで缶を蹴ったら得点になるんだぞ? それを貰うのに相応しいのは、最後まで見つからなかった奴だと思うんだが、俺の言ってる事はどこか間違ってますかねえ? 他にもっと相応しい奴がいるってんなら言ってみろよ」

「そ、それは……」

「……分かりました。では、お兄様が缶を蹴ってください」

 

 クレアが何も言い返せず口篭もると、アイリスが何かを決意したような表情で言った。

 

「よ、よし、蹴るぞ……?」

 

 缶を前に構えながら、俺はチラチラと横を見る。

 ……アイリスがすごい目でこっちを見ているのが気になる。

 狡すっからい屁理屈が通り、俺が缶を蹴る事になったのが気に入らないのだろうか。

 いやでも、得点勝負になっているのはアイリスも望んだ事だし……。

 悩みつつも俺が缶を蹴ると。

 

 ――俺が蹴った缶を、アイリスが空中でキャッチした。

 

「お兄様、クレア、見つけました!」

「!?」

 

 素早く円の中に缶を置いたアイリスが、隠れるために駆けだそうとしていた俺達を指さし、缶を踏みながら宣言する。

 マ、マジで……?

 騎士であるクレアも身体能力が高いが、アイリスはもっとすごかった。

 アイリスが俺達を見つけたと宣言しているうちに、レインだけが逃げていたが、アイリスがすごい速さで追いかけていく。

 

「フフフ、見たか! アイリス様にはあなたの狡すっからい策略など通用しませんよ! これこそ正々堂々とした王族の戦い方というものです!」

 

 俺と一緒に捕まったくせに、クレアがドヤ顔で勝ち誇っている。

 

「すごいのはお前じゃなくてアイリスだろ。なんでお前がドヤ顔してるんだよ? というか、レインまで引っ張りこんでるのはお前の方じゃないか。アイリスに狡すっからい策略が通用しないって言うなら、困るのはそっちだと思うぞ」

「な、何を……! あなただって私を引っ張りこんだではないですか!」

「それはアイリスに勝つためじゃなくて、一緒に遊ぶのを邪魔されないためだよ。あんなに簡単に引っ掛かるとは思わなかったけどな」

「……ッ! ……ッ!!」

 

 俺の言葉に激高したクレアが剣の柄に手を掛けた時、レインを見つけたアイリスが戻ってきて缶を踏んだ。

 

「レイン、見つけました!」

 

 

 

「……ええと、では蹴りますね」

 

 缶の前に立ったレインが、おずおずとそんな事を口にする。

 メイド服姿のアイリスを見たくて張り切っているクレアと違い、子供の遊びに付き合う大人という感じのレインは、アイリスに蹴る役を代わりましょうかと提案して断られていた。

 レインが蹴った缶が転がっていき。

 

「クレア、レイン、協力して缶を蹴りましょう! お兄様に私のすごいところを見てもらうんです!」

 

 アイリスが二人に呼びかけながら、生垣の方へと駆けだす。

 ……アイリスのすごいところはもう十分に見せてもらったと思うんだが。

 さっきのよりももっとすごい事ができるんだろうか?

 何それ怖い。

 缶を拾い元の場所に戻すと、三人の姿はすでに広場にはない。

 まあ、敵感知スキルのおかげで俺にはどこにいるのかが分かるんですけどね。

 

「レイン見っけ」

 

 俺は植木の陰に隠れていたレインを、あっさりと見つける。

 アイリスとクレアは、俺がレインを見つけている間は同じ場所にいたが、今はバラバラに行動している。

 相談して、挟み撃ちにするつもりらしく、真逆の方向に隠れ様子を窺っていた。

 

「なあレイン、俺があっちを捜しに行っている間、向こうから誰か出てこないか見張っていてくれないか」

「えっ? その……、カズマ様はさっき、これは協力して缶を蹴る遊びだと言っていませんでしたか?」

「言ったよ! 言ったけど、得点を競ってるんだから仕方ないだろ。レインだって、アイリスやクレアが缶を蹴ったら困るんじゃないか?」

「いえ、私は別に」

 

 ですよね。

 付き合いで遊びに参加しているレインは、誰が勝っても負けてもどうでもいいのだろう。

 

「それに、私が余計な事をしてお二人のチャンスを奪ってしまったら、ご不興を買うかもしれませんので……。すいません、カズマ様に協力する事はできません」

 

 ただの遊びでの事なのに深々と頭を下げるレイン。

 そんなレインに俺は。

 

「ほーん? そういえば、ダクネスと友人の俺は、あんたよりも格上の立場だって言ってなかったか? あの二人の不興を買うのはダメで、俺の不興を買うのはいいんですかねえ?」

「そそそ、それは……! すいません! 許してください……!」

 

 目に涙を浮かべ何度も頭を下げるレインに、さすがに俺も罪悪感を覚える。

 ……苦労してるんだなあ。

 

「い、いや、悪かったよ。言ってみただけだって。俺もただの遊びに本気になってるクレアがおかしいんだと思うぞ」

 

 レインを宥めた俺は、敵感知スキルが反応しているところを指さし大きな声で。

 

「クレア、見つけたぞ!」

 

 すると、俺の背後の生垣の陰でクレアが立ち上がった。

 

「クッ……!? ちょっと待て! 私はこちらですよ!」

「おっ、そうみたいだな。じゃあ改めて、クレア見っけ」

 

 俺の言葉に騙され姿を現したクレアに、俺は改めて缶を踏んで宣言する。

 

「あ、あなたという人は……! こんな卑怯な手段で勝って嬉しいのですか!」

「嬉しいですが、それが何か?」

「この男……!」

 

 悔しそうにしつつも、クレアがおとなしく生垣を回りこんで歩いてくる。

 

「アイリス、そこにいるのは分かってるぞ!」

 

 俺が残ったもう一方の反応を指さし声を上げるも、もちろんアイリスは出てこない。

 最後にアイリスを残したのは、このところ俺の狡すっからい知識を吸収し要領がよくなってきたアイリス相手だと、クレアにやったような手口は通用しない気がしたからだ。

 だが敵感知スキルがある以上、残っているのがひとりなら俺に負けはない。

 それに……。

 

「なあレイン、点数をカウントしてるのはレインだよな? 今の点数がどうなってるか聞いてもいいか?」

「えっ? ええと……、アイリス様がマイナス一点、クレア様がマイナス二点、カズマ様が二点、私がマイナス二点ですね」

「聞こえたかアイリス! 俺にはお前のいる場所が分かるから缶を蹴る事はできないし、このまま時間稼ぎをしても負けるのはそっちだぞ!」

「ええ……」

「あなたという人は! あなたという人は!」

 

 俺の言葉に、レインがドン引きし、クレアがなんか言っているが、そんな周りの反応は気にならない。

 しばらくして。

 

「アイリス見っけ」

 

 悔しそうな表情で立ち上がったアイリスに、俺は缶を踏んで宣言した。

 

 

 

「それでは、私が蹴りますね!」

 

 缶の前に立ったアイリスが、満面の笑みを浮かべる。

 缶を蹴れる事がよほど嬉しいらしく、直前まで俺に見つかり悔しそうにしていたのが嘘みたいだ。

 そんなアイリスを、クレアとレインも微笑ましそうに見守っていて。

 俺達三人が見守る中、アイリスが缶を蹴り。

 

 ――アイリスが蹴った缶は星になった。

 

「えっ」

 

 ちょっと意味が分からない。

 アイリスが缶を蹴った直後、ギュンっていう感じの音とともに缶がものすごい勢いで飛んでいき、空の彼方でキラッと輝いた。

 漫画かな?

 予想外の事態に俺達が無言になる中、缶を蹴ったアイリスがはしゃいだ様子で走り去り、生垣の陰に隠れる。

 空を見上げていた俺が視線を戻すと、レインがどうしましょうと言いたそうな表情でこちらを見ていて。

 ……いや、俺にそんな事を言われても。

 

「……あのように楽しそうにしているアイリス様を止めるわけには行かない。すまないが、レイン。カンを捜してきてくれ」

「えっ」

 

 真顔でバカな事を言いだしたクレアが、アイリスと同じく生垣の陰に消えた。

 

「マ、マジで? ええと、……じゃあそういう事で」

 

 いたたまれなくなった俺もその場から逃げだした。

 

 

 

 ――あれからどれくらい経っただろう?

 潜伏スキルを使い、姿勢を低くして生垣の陰を移動しながら、缶を置く円がある広場をこっそり覗いているのだが、レインが戻ってくる気配はない。

 どこに飛んでいったのかも分からないものを、今日中に持ってくるのは無理ゲーではないだろうか。

 そんな事を考えていると。

 

「む。……カズマ殿か」

 

 所在なさげな様子のクレアが、すぐ近くに現れた。

 俺と同じように姿勢を低くして移動していたらしく、そのせいかお互いに気づくのが遅れたらしい。

 

「おい、レインがさっぱり戻ってこないんだが、どうするんだよ? これって権力を利用したいじめじゃないのか? 俺だったらこのまま帰ってるところだぞ」

「ど、どうすると言われても……! ではあなたは、あんなに楽しそうにしていたアイリス様に、蹴った力が強すぎるから今のはなかった事にしてくださいなどと言えたのですか! それもこれも、あなたがアイリス様に、勝負事にはどんな手を使っても勝たなくては意味がないなどと教えるからではないですか!」

 

 自分でもどうかと思っているらしく、ツッコむ俺にクレアが強く言い返してくる。

 

「心配しなくてもレインは優秀です。これくらいの事は問題になりませんよ。……多分」

「お前今多分っつったろ」

「言ってません」

 

 クレアが俺から目を逸らす。

 そんな優秀さは王女の教育係には求められていないと思う。

 と、俺達がそんなバカな話をしていると、アイリスが俺やクレアと同じように姿勢を低くしコソコソとやってくる。

 

「お兄様、クレアも、ようやく会えましたね」

 

 この庭園は結構広いし隠れられる場所がたくさんあるので、俺達に会う事もなく、見つける鬼もいない状況で寂しかったのかもしれない。

 俺達のもとへとやってきたアイリスが。

 

「二人でなんの話をしていたんですか? ……隠れながら内緒話をしていると、普通の事を話しているだけなのに、なんだか楽しいですね!」

 

 ヒソヒソと小声で、楽しそうにそんな事を言う。

 ……レインには悪い事をしたと思っていたが、アイリスのこの表情を見ていると、どうでもいい事のように思えてくる。

 というか、鬼のいない缶蹴りでここまで喜ぶって……。

 …………。

 

「お、お兄様? どうかしましたか? どうして泣きそうな顔をして私を見るんですか?」

「なんでもない。今日は目いっぱい楽しもうな」

「はい。……あの、でも、レインが戻ってこないのですが……。こういう時はどうすればいいのですか? 私がカンを強く蹴りすぎてしまったせいでしょうか……?」

 

 俺の言葉に、嬉しそうにうなずいたアイリスが、すぐにションボリしたように表情を曇らせる。

 これはいけない。

 アイリスの背後からクレアがフォローしろという圧を送ってくるが、そんなのとは関係なく、俺もせっかく楽しんでいるアイリスを落ちこませたくはない。

 しかし、缶を捜しに行ったレインが何をしているのが分からないので、なんと言ってフォローすれば……。

 

 ――と、そんな時。

 

『クレア様! カズマ様! アイリス様! ……見つけました!』

 

 庭園全体に響く大声で、そんな宣言が発せられた。

 声のした方を見上げると、そこには缶を手にしたレインが屋上に立っていて。

 

「レイン!」

「レ、レイン!?」

 

 戻ってきたレインにアイリスが嬉しそうな声を、疲労困憊した様子のレインにクレアが困惑したような声を上げる。

 缶を捜すために駆け回ったらしく、レインの髪はボサボサになっていて、着ている服も少し汚れたり、乱れている。

 というか、なんで屋上に上ってるんだよ?

 さっきの大声は、わざわざ魔法で声を拡大して叫んだものらしい。

 確かにあそこからなら、この庭園のどこに隠れていても見つけられるだろうが、缶を円の中に置いて足で踏みつけ、『見つけた』と言わないと意味がない。

 レインが戻ってくるまでに場所を移動してしまえば、見つかった事は無効になる。

 いや、そもそも中庭の外に出る事までは想定していなかったわけだが……

 俺がそんな事を考えていると。

 

 レインの姿が消えた。

 

 …………えっ。

 

 それと同時に、庭園の広場に現れたレインが、円の中に置いた缶を足で踏みつけた。

 

 

 

「一度に全員を見つけるなんて、すごいわレイン!」

「ありがとうございます、アイリス様」

 

 アイリスに褒められ、レインがニコニコと微笑んでいる。

 

「い、今のはテレポートか? ただの遊びにスキルまで使うのはどうなんだ?」

 

 レインが屋上から消え中庭に現れたのは、テレポートの魔法を使ったためらしい。

 物言いを付けるクレアに、レインが微笑んだまま。

 

「クレア様、勝負事というのはどのような手段を使ってでも勝たなければ意味がないのです。ですので私も、遊びと言えど今日は本気でやらせていただきます。騎士であるクレア様は私より身体能力が高いですよね? 魔法使いである私が魔法を使うのもそれと同じ事だと思います」

「お、お前までカズマ殿のような事を言いだしてどうするんだ! アイリス様の教育係として、アイリス様に悪影響を与えるような行動は慎んでくれ」

「おいやめろ。なんでもかんでも俺のせいにするのはやめろよ。どっちかって言うと、缶が庭園の外まで飛んでいったのに、お前がレインを見捨てたから怒らせたんだろ」

「そ、そう言われても。あの時はああするしか……!」

 

 俺の言葉に、微笑んでいたレインが明後日の方向に顔を向け、クレアが俺とレインを交互に見ながら言い訳をする。

 そんな二人のやりとりを見守っていたアイリスが。

 

「あの、やっぱり私が思いきり蹴ったのがいけなかったのかしら? 庭園の外にまで飛ばしてしまったし、レインも見つけてくるのは大変だったでしょう? 次は加減して蹴る事にしますから……」

「そんなわけないだろ。せっかくの遊びなのに本気でやらないでどうすんだ。手加減されて勝ったって、嬉しくもなんともないだろ」

「そ、そうです! アイリス様が我々を気遣う事などありません」

 

 ションボリした様子で手加減しようとするアイリスに、俺とクレアが口々に言う。

 俺達がそんな話をしていると、レインが。

 

「そうですよ、アイリス様。せっかくの機会ですから心置きなく遊んでください。それで、次の鬼はクレア様ですね。最後に見つかったのはアイリス様ですから、またアイリス様が缶を蹴ってくださいますか?」

「えっ」

 

 微笑みながらのレインの言葉に、クレアが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

 ――それから。

 

「見つけたぞレイン!」

「クレア様、カンを踏まないと見つけた事にはなりませんよ。『アンクルスネア』!」

「あっ」

「アイリス様、今です!」

「任せて!」

 

 レインが魔法でクレアを足止めしている間に、アイリスが缶を蹴ったり。

 

 

 

「『テレポート』」

「……!? レイン、さすがにそれはどうなんだ……!」

「すいませんクレア様、ですが勝負なのに手を抜くのは相手にも失礼だと思います」

 

 クレアが缶から離れている間に、テレポートを使い広場に現れたレインが缶を蹴ったり。

 

 

 

「『クリスタル・プリズン』!」

「「!?」」

「アイリス様、クレア様、見つけましたよ」

 

 鬼になったレインが、魔法で作りだした氷で生垣の陰を映し、あっさりと隠れていた二人を見つけたり。

 

 

 

 なんていうか、レイン無双だった。

 

 我慢して遊びに付き合っていたのにあの場面で見捨てられたら、怒るのは当たり前だ。

 ……いろいろ溜まっていたんだろうなあ。

 

「ねえレイン。クレアがなかなか戻ってこないのだけれど。やっぱり私が缶を強く蹴りすぎたのがいけなかったんでしょうか?」

「いえ、アイリス様。缶が場外まで飛んでいっても、缶の速度と角度、今日の風向きなどから、どこに缶が落ちているかはある程度分かるのです。いつもお教えしている算術は、このように役立てる事ができるのですよ。また、この季節の王都の風は先日お教えしたように……」

「すごい! すごい! 王族として必要だからと教わってきた事が、こんな風に役に立つなんて……!」

 

 生垣の陰に座る俺の隣で、レインが小声でアイリスに授業をしている。

 教わってきた事を遊びに役立てられる事が嬉しいのか、アイリスがはしゃいだ様子でレインの言葉に聞き入っている。

 クレアが鬼の時にアイリスが缶を蹴ったのは、これで何度目だろう?

 

「なあレイン。そろそろ許してやったらどうだ? そりゃ、あんな事されたら怒るのも無理はないけどさ、もう暗くなるし、缶を捜そうにも見つからないんじゃないか」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんね。私がカズマ様やクレア様に対して怒るはずがないじゃありませんか。でも、そうですね。そろそろ夕食の時間になりますし、クレア様が戻られたらカンケリは終わりにしましょうか」

 

 

 

 ――ふらつきながら缶を手に戻ってきたクレアに缶蹴りの終了を告げると、その場に両手を突いて動かなくなった。

 

「そ、それで……。得点はどうなっているんだ?」

 

 今にも死にそうな感じのクレアが、そんな事を訊く。

 ……こいつはこんな状態でもアイリスにメイド服を着せる事を諦めていないのか。

 

「と、得点ですか? ええと……。アイリス様が二点、クレア様がマイナス七点、カズマ様が一点、私が……えっ、三点……ですね……」

 

 徐々に声が小さくなっていったレインが、全員の点数を告げると。

 

「……ほう。つまり罰ゲームは、敗者である私がメイド服を着て、勝者であるレインに奉仕するというわけだな?」

 

 平板な口調で言ったクレアの言葉に。

 レインが涙目で首を振りながら、俺の袖を掴んできた。

 

 

 *****

 

 

 夕食の後。

 

「お茶が入りましたよ!」

 

 メイド服を着たクレアが、誰も入らないようにと言いつけた部屋で給仕をしていた。

 

「ありがとうクレア。でも、お兄様とレインにもお茶を淹れてあげてね」

 

 甲斐甲斐しく世話をされ、お茶を淹れられているアイリスが、苦笑しながらクレアにそんな事を言う。

 

「お構いなく」

「お、お構いなく……」

 

 別のテーブルで自分のお茶を自分で淹れながら、俺とレインが口々に言うと、クレアがいい笑顔でアイリスの世話に戻る。

 そんな二人の様子を見ながらレインが。

 

「カズマ様、ありがとうございました。私とした事が、今回は調子に乗ってしまって……」

「いや、あれは怒ってもいいと思う。俺ならひとりで帰ってたところだ」

 

 遊びに付き合わされた挙句、見捨てられた事でマジギレし、本気を出してクレアを負かしたレイン。

 しかし二人の立場を考えると、罰ゲームとはいえメイド服姿のクレアに世話をされるのは、レインにとっては絶対に避けたい事だったらしく。

 俺の提案で、敗者であるクレアは、レインだけでなく勝者である俺達三人の世話をする事になった。

 三人の中には、もちろんアイリスも入っているわけで。

 アイリスにメイド服を着せたがっていたクレアだが、自分がメイド服を着てアイリスの世話をするのも嬉しいらしく、レインにやられた事を恨んでいる様子はなかった。

 

「アイリス様、お茶のお代わりはいかがですか!」

「クレアったら、そんなにたくさんは飲めませんよ」

 

 俺は楽しそうな二人の様子を見ながら……。

 

「でも今回は、アイリスに兄としての威厳を思い知らせる事ができなかったからな。次は全員が勝者だとかぬるい事言わないで、俺の方が上だって事を分からせてやる」

「カ、カズマ様? 兄としての威厳だとか自分の方が上だとか、他の人に聞かれたらマズい事になりますよ? というか、カンケリの得点ではアイリス様が勝っていましたよね?」

「何言ってんの? 今回はクレア以外全員が勝者なんだから、どっちが勝ったとかそんな事はないだろ。それともレインが一位で、アイリスが二位なのか? そんなにメイドクレアのご奉仕を受けたいのか?」

「ひいっ! すいません、すいません! 今回は決着が付いていないと思います! あの、ですが……。できれば私を巻きこむのはやめていただきたいのですが。今日も結局書類が片付いていなくて……」

「いや、俺がレインを巻きこんだわけじゃないぞ。アイリスに罰ゲームを受けさせるには俺達だけじゃ無理だと思って、クレアがお前を巻きこんだんだろ」

「ではその、罰ゲームというのをやめてほしいのですが」

「超断る」

 

 キッパリと言った俺の言葉に、レインが肩を落とした。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このふてぶてしい盗賊団に天誅を!

『祝福』13、既読推奨。
 時系列は、13巻。


 紅魔族の長を決める試練に挑むゆんゆんにくっついて、めぐみんが屋敷を出ていった後。

 新聞を畳んでソファーの上でゴロゴロしていた俺のもとに、畑仕事をしていたはずのアクアがやってきて。

 

「ちょむすけが出ていっちゃったんですけど」

「あっ、おい。泥だらけの格好で絨毯の上を歩くのはやめろよ。今はめぐみんが出掛けてるんだから、掃除当番が早く回ってくるんだぞ」

 

 ちょっと畑にいただけのくせに、どうしてこいつは一日中遊び回っていた子供みたいに泥だらけになっているんだろうか。

 

「そんな事はどうでもいいのよ。屋敷からちょむすけが出ていっちゃったから、捜しに行くのを手伝ってくれない?」

「はあー? ちょむすけなら……、本当だ、いなくなってるな」

 

 俺が新聞を読んでいる間、俺の事をジッと見ていたちょむすけが、いつの間にかいなくなっている。

 と、テーブルの上で何やら書き物をしていたダクネスが。

 

「ちょむすけなら、さっき窓をカリカリしていたから私が外に出してやったぞ」

「ダクネスったらなんて事をするのかしら? ダクネスがたまにあんぽんたんになるのは仕方ないけど、余計な事をしないでほしいんですけど」

「ええっ! 待ってくれ! 私はアクアの中でそんな扱いなのか? というか、ちょむすけが外を出歩くのは珍しい事ではないだろう? 腹が減ったら帰ってくるだろうし、そんなに心配する事でもないんじゃないか」

 

 アクアの言葉にショックを受けながらもダクネスが反論すると。

 

「冷たい! 二人とも冷たいわ! 出掛ける前のめぐみんに、私がちょむすけの世話を頼まれたのよ。いつもならそんなに心配しないけど、今ちょむすけに何かあったら私が叱られるじゃない」

「お前が叱られたくないだけじゃないか」

 

 こいつ最低だな。

 本物の女神様のような慈愛の心を持ち合わせてはいないのだろうか。

 

「何よ! ちょむすけがいなくなったっていうのに心配もしていないカズマに非難される謂れはないわ! この話を聞いた以上、めぐみんに叱られる時は二人も一緒に叱られるんだからね!」

「確信犯かよ汚え!」

 

 ちょむすけに何かあったらめぐみんが……。

 怒る……かなあ……?

 めぐみんがちょむすけをそんなに大事にしていたとは思えないのだが。

 

「ま、まあ、ちょむすけがそんなに心配なら、二人で捜しに行ってきたらどうだ? その間に私が昼食を作っておいてやろう」

 

 ダクネスが、さっきまで何やら書きこんでいた紙をチラチラと見ながら、そんな事を言う。

 

「いや、お前の料理は不味くはないけど美味くもないからいいよ。食事当番は料理スキル持ちの俺が受け持つって言っただろ」

「だからその評価を覆してやると言っているのだ! 私にだって女としてのプライドがある! 毎度そんな事を言われたまま引き下がれるか! これを見ろ! これはダスティネス家に伝わる門外不出のレシピだ! 今日こそお前に美味しいと言わせてみせる! ここは私に任せて、お前達はちょむすけを捜しに行ってこい!」

 

 ダクネスが俺に見せつけるかのように掲げたのは、さっきから何やら書きこんでいる紙。

 そこには料理のレシピらしきものがびっしりと書かれていた。

 

「じゃあ俺がそれを作っておくから、お前らでちょむすけを捜しに行けよ」

「バカを言うな! 門外不出のレシピだと言っているだろう!」

「えー? ダクネスが一緒に来ても役に立たないし、いろいろと痒いところに手が届くカズマに来てほしいんですけど」

「……!?」

 

 アクアに役立たず扱いされダクネスがショックを受ける中。

 アクアは俺が手にしている新聞に興味を持ったのか、俺の方へと近寄ってくると……。

 

「ねえカズマさん。少しでいいから私にも新聞を読ませてくれない?」

「……よし分かった! 俺もちょむすけを捜すのに協力してやるよ! ダクネスは代わりに昼飯の準備を頼む!」

 

 アクアがこれを読んだらドヤ顔されそうなので、今日の新聞は読ませたくない。

 俺が新聞を放りだしソファーから立ち上がると、アクアが残念そうに。

 

「ちょむすけを捜しに行く前に、四コマ漫画を読みたかったんですけど……」

 

 ……早まったが、今さらやっぱやめたとは言えない。

 

 

 *****

 

 

 ちょむすけを捜しに商店街へとやってきた俺達は、昼飯の買いだしラッシュが終わりのんびりしている店主達に声を掛けていく。

 

「すんませーん、ちょむすけを見ませんでしたか? ええと、黒猫なんですけど」

「ちょむすけ……?」

 

 声を掛けたりんご屋の女店主は、紅魔族の名付けのセンスに一瞬困惑するも。

 

「偶然ですね、うちの息子も実はちょむすけという名前なんです。名前が同じというのも何かの縁ですし、そちらでペットとして飼っていただいても……」

「いや、あんたのところの息子はそんな名前じゃないだろ。いくらニートだからって、自分の息子をおかしな名前にするのはやめてやれよ」

 

 俺のツッコミに、女店主はそれまでのやりとりなどなかったかのように肩を竦め。

 

「ごめんなさいね。さっきまでお客さんがたくさん来ていて、周りの事まで見ている余裕なんかなかったわ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

「でも、黒猫について商店街の人達に聞いて回るのはやめた方がいいわ。このところ、皆黒猫に悩まされて気が立っているから」

「……? はあ、そういうわけにも……」

 

 黒猫に悩まされている……?

 よく分からない忠告を受けつつも、その場を立ち去る。

 そういえば、アイリスの護衛で隣国エルロードまで行ったり、こめっこの影響で冒険者ギルドが大騒ぎになったり、子供達の病気を治す薬のために街を離れたりと、このところいろいろあったせいで商店街に来るのは久しぶりだ。

 久々に訪れる商店街は、どことなくピリピリした雰囲気で……。

 

「おいアクア。なんか危なそうな感じなんだけど、何コレ。お前なんか知ってるか?」

 

 俺が振り返ると、アクアは。

 

「すいませーん。コロッケ二つくださいな!」

「へい毎度! ……なんだ、アクアの嬢ちゃんか。いらっしゃい、コロッケ二つだな」

 

 …………。

 

「……いや、お前は何をやってんの?」

 

 そこはアクアが昔バイトしていた店。

 働いていた時は、コロッケが売れ残ると店長が怒ると言って泣いていたが、今ではたまにそこのコロッケを買ってきている。

 店主のおっちゃんからコロッケを受け取ったアクアは、満面の笑みを浮かべ。

 

「カズマったら知らないの? ここのコロッケはとっても美味しいのよ」

「知ってるよ! お前が昔バイトしてた店だろ! コロッケが売れ残ると店長が怒るんだろ! 前に聞いたよ! そうじゃなくて、なんで今コロッケなんか買ってるんだよ?」

「さっきまで畑仕事してたし、ちょむすけを捜して歩いていたらお腹が空いたのよ。なーに? これは私が買ったんだからあげないわよ」

「いらない。そりゃそろそろ昼飯時だし俺だって腹は減ってるけどな、ちょむすけを捜すの手伝えって言っといてコロッケ買ってんじゃねーよ。それにダクネスが昼飯を作って待ってるだろうから、少しくらい我慢したらどうなんだ?」

「いいカズマ。アクシズ教では食べたい時に食べなさいと教えているわ。お昼ごはんももちろん食べるけど、私は今コロッケを食べたい気分なの。私のお金で買うんだから、あんたに文句を言われる筋合いはないはずよ」

 

 俺が止めるのも聞かず、アクアがバカな教義を持ちだしコロッケにかぶりつく。

 そんなアクアにおっちゃんが。

 

「美味そうに食ってくれるのはいいけどな、お代の方を頼むぜ」

 

 おっちゃんの言葉に、アクアがコロッケを食べながら懐を探り……。

 

「……、…………? …………ッ!!」

 

 体中のあちこちを探りながら、次第に顔色が悪くなっていったアクアは。

 

「……お財布を忘れちゃったみたいなんですけど」

 

 どうしようもない事を言いながらもコロッケを食べるのをやめないアクアに、おっちゃんが呆れたようにため息を吐いた。

 

 

 

「はい、カズマ。コロッケをあげるから機嫌を直しなさいな」

「俺の金で買ったんだから俺が食うのは当たり前だろ」

 

 俺がおっちゃんに金を払い事なきを得た後。

 その場でアクアから受け取ったコロッケをかじりながら。

 

「すんません。この辺で黒猫を見かけませんでしたか? ちょむすけっていうんですけど」

 

 俺の言葉に、おっちゃんが急に怖い顔になって。

 

「黒猫? あんたら、あの黒猫の飼い主なのか?」

「違います」

 

 剣呑な声で訊かれアクアが即答した。

 

「いや、違わないだろ。すぐにバレる嘘を吐くのはやめろよ」

「違わなくないわよ! あの子はめぐみんの飼い猫なので私は関係ありません。あの子が何かしたのなら、私じゃなくてめぐみんを叱ってね」

「今はお前がめぐみんに世話を任されてるんだからお前の監督責任でもあるだろ。……ちょむすけが何かしたんですか?」

「何かも何も……」

 

 俺の質問に、おっちゃんが答えようとした時。

 

「盗賊団だ! 黒猫盗賊団が出たぞーっ!」

 

 そんな声が響き渡り、商店街が一気に騒がしくなった。

 この国で一番治安が良いと言われるアクセルの街に、なんと盗賊団が現れたらしい。

 しかし、店主達が騒いでいるものの、盗賊団とやらの姿はどこにも見えない。

 と、店主のひとりが。

 

「あそこだ!」

 

 そう叫んだ指さした先は、屋根の上。

 そこには大量の猫達が集まっていて……。

 そんな猫の集団の中からボスらしき黒猫が前に出ると、こちらを小バカにするように『なーお』と鳴いた。

 その黒猫の後ろにいる猫達は、ほとんどが魚やソーセージなどの食べ物を口に咥えている。

 どうやら、商店街の店から食べ物を盗んで逃げるところらしい。

 という事は、あれが黒猫盗賊団なのだろう。

 

「ねえカズマさん、あの猫って……」

「ああ、ちょむすけだな」

「あのボスっぽい黒猫はあんた達の猫なのか? うちの商品もやられたんだ! どうしてくれるんだよ!」

 

 おっちゃんが怒っているが、俺とアクアは首を振って。

 

「いや、ちょむすけはあのちょっと格好いい感じのボスじゃなくて、後ろの方でいじめられてる奴です」

「そうね、うちのちょむすけはあの強そうなボスじゃなくて、他の猫達が食べ物を咥えている中、何も盗めなかったっぽくてションボリしてる子よ」

 

 そう。ボスの黒猫は、猫というより猫科の猛獣を小さくしたような、しなやかで強そうな体つきをしている。

 猫っていうか、あいつの方が暴虐の邪神の片割れっぽい。

 一方、邪神の片割れのはずなのに猫にしか見えないちょむすけは、黒猫盗賊団では下っ端扱いされているらしく、集団の端っこをウロウロしたり、他の猫に尻尾で追い立てられたりしている。

 俺達の言葉に、おっちゃんは冷静になったようで。

 

「そ、そうか……。そういや、あっちの黒猫が何かを盗んでいくところは見た事がないな」

「当然ね。うちのちょむすけはきちんとご飯をあげているし、人のものを盗むような悪い子じゃないわ」

「お前、さっきちょむすけは自分のとこの猫じゃないとか言ってただろ」

 

 猫の集団が立ち去り落ち着いてから、おっちゃんに話を聞いてみると。

 

「あいつらは最近この商店街を荒らし回っている黒猫盗賊団って奴らだ。まあ、俺達が勝手に呼んでいるだけだが……。食べ物を扱ってる店は大抵被害に遭ってるよ。あのボスの黒猫が、猫のくせに悪知恵が働いてな。ちょっとした隙を突いて集団で商品をかっさらっていくんだ」

「まるでカズマさんみたいね」

「おいやめろ。言っとくが俺は一般人にスティールを使った事なんてないからな」

 

 アクアのバカな発言に俺がツッコんでいると、おっちゃんが真剣な表情で。

 

「なあ、あんたら冒険者なんだろ? 俺は冒険者の事はよく知らないが、こないだも活躍したって話は聞いてるよ。大した報酬は出せないけどあの猫達をなんとかしてくれないか?」

「そりゃまあ、この商店街の人達には世話になってるし、猫を捕まえるくらいはしてもいいけどな。どっちにしろ、ちょむすけは連れて帰らないといけないし」

「私達に任せてちょうだい。その代わり、今度はコロッケおまけしてね!」

 

 俺達は商店街を後にし、猫の集団を追いかけた。

 

「……ねえカズマ、これってアレじゃないかしら? お魚咥えたドラ猫を追っかける愉快なおかみさんじゃないかしら。賢くも麗しい水の女神である私には、ちっとも似合わない役どころだと思うんですけど」

「超似合う」

 

 

 *****

 

 

 猫の集団は屋根を伝い路地裏の方へと進んでいく。

 

「おっ、あの黒猫、悪知恵が働くって言われるだけあるな。けっこう離れてるのに、こっちを警戒しながら逃げてるぞ。敵感知に反応がある」

 

 潜伏スキルを使いながら慎重に猫達を追跡し……。

 辿り着いたのは、路地裏の空き地。

 そこでは、さっきの猫達が寛ぎながら、盗んできたものを食べていた。

 建物の陰から様子を窺うと、ちょむすけは猫の集団の間をウロウロし、食べ物にがっつく猫達をジッと見つめている。

 そんなちょむすけは、食べ物を奪おうとしていると思われたか、猫達に威嚇されたり尻尾で叩かれたりして、そのたびにビクッとして逃げるも、完全には逃げず空き地から出ようとはしない。

 めぐみんはあいつの事を邪神の片割れだと言っていたし、邪神であるお姉さんも認めていたようだったが、この光景を見るとなんの冗談かと言いたくなる。

 と、アクアが物陰から飛びだし。

 

「ちょむすけ! そんな猫なんかに負けちゃダメよ! さあ、怯えてないで立ち向かいなさいな! ほら、そこ! あっ、どうして逃げちゃうのよ!」

 

 ……ちょむすけがいじめられっ子みたいに見えるのが気に入らなかったらしい。

 いきなり現れたアクアに猫達がビクッと警戒するも、ちょむすけにバカな事を言うだけだと分かると食事に戻る。

 アクアに焚きつけられたちょむすけが、他の猫達に立ち向かおうとするも、怯えてしまいすぐに逃げだす。

 

「しょうがないわね! この私が代わりに猫達を蹴散らしてあげるわ、私の活躍をその目にしっかりと焼きつけておきなさい!」

 

 一向に戦おうとしないちょむすけに痺れを切らし、アクアが猫へと向かっていった――!

 

 

 

「ふわあああああーっ! カズマさーん、カズマさーん!」

 

 なんという事でしょう。

 猫相手に転ばされ半泣きになった女神の上には、勝ち誇った顔でのんびりと毛繕いをする猫達の姿が。

 そんなアクアの周りを、ちょむすけがオロオロと歩き回っている。

 

 ……いや、何コレ。

 

 猫に負ける邪神と女神ってどうなんだ。

 

「……帰るか」

 

 何も解決していないが、腹も減ったし一度屋敷に帰りたい。

 すっかりやる気を失った俺に、猫達を振り払い立ちあがったアクアが。

 

「何言ってんの! 今の戦いを見たでしょう? 麗しくも気高い女神であるこの私に、あんな狼藉を働いたのよ? この邪悪な毛玉どもには天罰を食らわすべきよ!」

「お前が勝手に転んだだけじゃないか」

「ああもう! いいわ、私の力を見せてやろうじゃない。猫の弱点と言えばコレでしょう? ……『クリエイト・ウォーター』!」

「ちょ!?」

 

 嫌な予感に俺が止めようとするも。

 アクアが呼びだした水が上空に現れ、空き地全体に降り注ぐ。

 突然の水に驚いた猫達が、大声で鳴きながら蜘蛛の子を散らしたように空き地から逃げだす中、ちょむすけだけが平気な顔でその場に残っていて。

 フルフルと体を震わせ毛に付いた水を払うちょむすけを、アクアが抱きあげドヤ顔で。

 

「どうよ! これは最後まで残ってたこの子の勝ちって事よね? アハハハ! 軟弱な毛玉どもめ、思い知ったか!」

 

 高笑いするアクアの後頭部を俺は引っぱたいた。

 

「バカ! 捕まえろって言われてたのに、追っ払ってどうすんだ!」

 

 

 *****

 

 

 空き地を水浸しにした事で近隣住民に平謝りした俺達が路地裏から出ると、商店街の人達が待ち構えていた。

 

「な、なんすか? こいつはあの猫達と一緒にいたけど、何も盗んでないって話でしたよね? 連れて帰っても文句を言われる筋合いはないはずだ」

 

 俺は集まった大勢の人達にビビりつつも、憂さ晴らしにちょむすけを袋叩きにしようなどと言われないように強気で言う。

 そんな俺の心も知らず、アクアの腕に抱かれたちょむすけは、そこから逃れようともがいていて。

 

「あ、ちょっと! 今は皆ピリピリしてるみたいだから、おとなしくしていなさいな。いた! 女神の柔肌に爪を立てるのはやめてほしいんですけど!」

 

 俺の後ろに隠れているアクアが、ちょむすけに小声で文句を言っている。

 こいつも当たり前のように俺に厄介事を押しつけるのはやめてほしい。

 ……クソ、こんな事になると分かっていたらダクネスを連れてきたのに。

 店主達を代表してか、肉屋のおっちゃんが。

 

「心配すんな。あんたのところの猫を疑ってるわけじゃないさ。そいつは、その……、なんというか、そいつが盗みなんかできるような猫じゃないって事は俺達にも分かってるからな」

 

 少し言いづらそうにそんなフォローするような事を言ってくる。

 飼い主によると邪神の片割れのはずなのに、生まれたてのひよこに追いかけ回されたり、こめっこに尻尾を掴まれぶら下げられたりするちょむすけだ。

 あの野良猫達のように、機敏な動きで商店の品物を掠め取るなんて事はできそうもない。

 

「ねえ待って! この子だって、その気になれば食べ物のひとつや二つくらい簡単に盗めるのよ! 今はまだ本気を出していないだけなんだから!」

「バカ! せっかく疑ってないって言ってくれてるのに、こっちから疑われるような事言ってどうすんだ! それで、ちょむすけを疑っていないなら俺達になんの用ですか?」

「おっと、そうだな。おーい、会長さん!」

 

 肉屋のおっちゃんが声を上げると、集まった人々が横に割れて道を作る。

 現れたのは、女神感謝祭の時に協力した商店街の会長。

 

「すいません。大勢で囲んで驚かせてしまいましたね。この商店街で店を開いている人達にとっては、あの猫達の事は他人事ではないので、皆が話し合いに参加したがりまして……」

「べべべ、別に驚いてねーし! 新聞にも載った佐藤和真さんだよ? 魔王軍の幹部や大物賞金首とも渡り合った凄腕冒険者だよ? 一般人にちょっと囲まれたくらいでビビるわけないだろ! それで、話し合いってどういう事ですか!」

「サトウさん達にあの猫達をどうにかしていただきたいのです。これは我々からの冒険者への正式な依頼です。もちろん報酬も出します」

「依頼って言われても……」

 

 駆けだし冒険者が、装備が整うまで街の中でちょっとした依頼をこなしたりバイトをするといった事はあるが、俺くらいの凄腕になると街の外に出てモンスターを退治した方が儲かる。

 というか、もう資産は十分にあるので報酬が出ると言われても面倒くさい事はしたくない。

 しかし、これはいつも買い物をしている商店街からの依頼。

 断ると今後買い物をしづらくなるだろう。

 

「サトウさんのような凄腕冒険者に、このような依頼をするのは申し訳ないのですが……。実は他の冒険者にも依頼を出したのですが、こういった依頼を請けてくれるのは駆けだしばかりですからね。あの猫達はすばしっこすぎて捕まえる事もできず……。罠を仕掛けても見破られてしまい……」

「いや、あんた俺の事を成金冒険者って言ってただろ。どいつもこいつも、都合の良い時だけ凄腕扱いするのはやめろよな」

「…………、……。お渡しできる報酬は、凄腕冒険者のサトウさんにとっては端金に過ぎないかもしれませんが……」

「おい、聞こえてない振りすんな! ここで断るとこの先商店街で買い物しづらくなりそうだから依頼は請けるが、チヤホヤしとけば俺が言う事聞くと思ったら大間違いだからな!」

「実は例の喫茶店もうちの商店街組合に所属していまして、サトウさんが依頼を受けてくれるのであれば特別なサービスをと……」

 

 …………。

 

「詳しく」

 

 会長の言葉に俺は激しく食いついた。

 商人ってヤツはこれだから……!

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 冒険者ギルドを訪れた俺は。

 

「クエストを頼みたいんですけど」

「は、はあ……? サトウさんがですか? まあ、冒険者がちょっとした素材収集を依頼するといった事もありますが……。どういった依頼でしょうか?」

「商店街に現れる黒猫盗賊団とかいうのをどうにかしてほしいです」

 

 いつもの受付のお姉さんへと、依頼を出していた。

 確かに商店街の会長に依頼されたのは俺だが、彼らは黒猫盗賊団の被害がなくなればいいのであって、解決するのは俺じゃなくてもいいはずだ。

 

「ま、待ってください! このところ商店街が黒猫盗賊団と名付けられた猫の集団に商品を盗まれているという話は聞いています。駆けだし冒険者が依頼を受けても、猫達がすばしっこいせいで思うように捕獲できないでいるんですよね? その依頼をサトウさんが請けたというのも商店街の会長さんから聞いていますけど……」

「その依頼を、より高額な報酬で他の冒険者に頼みたいと思います」

 

 大金持ちである俺は、もう危険を冒してまでクエストに出る必要がない。

 いや、金を貯めこむ事なく他の冒険者へと還元するのも、金持ちになった俺の重要な役目と言えるだろう。

 呆れたような表情を浮かべたお姉さんは。

 

「……いろいろと言いたい事はありますが、無理ですね」

 

 そんな俺の頼みをバッサリと切り捨てた。

 

「なんでですか? 金ならあります」

「報酬の問題ではありません。先日、宝島が現れましたよね? そのせいで冒険者達は懐が潤っていて、クエストを請けてくれなくなっているんです。今クエストに出ているのは、モンスターを倒してレベルを上げたい真面目な駆けだし冒険者ばかりですから、報酬が高額でも野良猫退治のクエストは受けてくれないでしょう」

 

 お姉さんに断られた俺がカウンターを離れ、ギルドに併設された酒場を見回すと。

 そこにいるのは、昼間からクエストにも行かず酒を飲んでいる冒険者達。

 

「まったく! この街の人達が困ってるってのにお前らと来たら!」

 

 俺の言葉に、お前が言うなとでも言いたげな視線が返ってきて、俺は目を逸らした。

 ――そんな中。

 見覚えのある銀髪の盗賊が昼間から酒を飲んでいて……。

 

「ようクリス、ちょっと相談があるんだが」

 

 俺はその見慣れた背中に声を掛けた。

 

 

 

 ――俺から事情を聞いたクリスは、黒猫盗賊団の捕獲を手伝ってくれる事になった。

 

「まあ、正義の盗賊としては、相手が猫だろうと悪事を働く同業者を放っておくわけには行かないからね」

 

 得意げに笑うクリスの隣では、昨日猫に負けたアクアが気炎を吐いていて。

 

「リベンジよ! こないだはカエルリベンジに失敗したし、毛玉ごときに負けたまま引き下がっていては、全国一千万人の信者達に示しが付かないわ! 今日の私はひと味違うって事を思い知らせてやろうじゃない!」

 

 見えない何者かを相手に拳を素振りするアクアを見ると、嫌な予感しかしなかった。

 こいつが張り切っている時はロクな事にならないんだよなあ……。

 

 

 *****

 

 

 その日の夕方。

 

「黒猫盗賊団が出たぞー!」

 

 店主のひとりが上げた声に、商店街の人達が屋根の上を見上げる。

 そこには、商店の品物を口に咥え屋根の上を駆けていく猫達の姿があって……。

 店主達の視線に気づいた黒猫が、バカにしたような目で彼らを一瞥し、そのまま路地裏の方へと去っていく。

 

「……これで良かったんですか、サトウさん?」

 

 猫達が立ち去った後で、商店街の会長が俺に聞いた。

 今日は被害に遭う事を想定し、盗まれた品物の代金は俺が払うという事で話をつけているので、店主達は落ち着いている。

 

「――計画通りだ」

 

 ニヤリと不敵に笑う俺に、会長はちょっと引きながら。

 

「そ、そうですか? ですが、盗まれた商品の値段を合わせると、サトウさんに払えるクエストの報酬を上回ってしまいそうですよ?」

「何言ってるんですか。俺と会長さんの仲じゃないですか。俺はここの商店街が好きだから依頼を請けたんであって、報酬なんてのは二の次ってやつですよ」

「サトウさん……!」

 

 俺と会長がグッと手を握り合う中。

 偵察を頼んでいたクリスが、屋根からシュタッと身軽に降りてきて。

 

「カズマ君が言ったとおりだったよ。あの猫達は路地裏の空き地に集まって、盗んだものを食べてた」

「よし、じゃあ少し待ってから……」

「何言ってんの? 早くしないと逃げられるじゃない! ほら、さっさと行くわよ! 目にもの見せてやるーっ!」

 

 猫への復讐に燃えるアクアが、俺の話も聞かずに路地裏へと駆けだした――!

 

「あのバカ! しょうがない、行くぞクリス!」

 

 商店街で扱っている食べ物のうち、盗みやすい位置に置いてあったものにはマタタビの粉を振ってある。

 マタタビでフニャフニャになった猫を捕まえるだけのお手軽な作戦だったのだが……。

 

「マタタビの効果が出るまで待つって説明したのに、あいつは何をやってんだ!」

「あはは、アクアさんらしいなあ……」

 

 アクアを追って路地裏を駆けながら叫ぶ俺に、クリスが苦笑し頬の傷をポリポリと掻く。

 ステータスだけは高いアクアにはなかなか追いつけず、俺達が追いついた時には、アクアはすでに空き地に飛びこんでいた。

 

「さああんた達、覚悟しなさい! 昨日は油断したけど、今日の私はひと味違うわ! 女神の本気ってやつを見せてあげようじゃないの!」

 

 これはいけない。

 せっかく猫達を油断させマタタビで骨抜きにする作戦なのに、アクアのせいで猫達が……。

 …………。

 

「……逃げないな」

 

 それどころか、アクアを迎え撃つように出てきた黒猫以外は、アクアの事を気にせず寛いだ様子で食事を続けている。

 どうやら昨日の一件で、アクアはあの猫達に格下認定されたらしい。 

 

「あいつ、昨日は天罰を下してやるとか言っといて黒猫に負けてたからな。他の猫達にも大した事ないと思われてるんじゃないか」

「ええっ? アクアさんって、ステータスはすごく高いんだよね? 強いモンスターとも渡り合えるはずなのに、猫相手にどうしてそんな事に……」

 

 俺とクリスが建物の陰に隠れながら、ヒソヒソと下馬評を話していると。

 

「ふわあああああーっ! なんでよーっ! やっぱりあんた達、なんかズルしてるでしょう! 実は悪魔の使いなの? 今ならまだ間に合うからこの女神アクアに懺悔を……! 痛い! 痛い! ねえ待って! それは大事なものだからパンチするのはやめてほしいんですけど!」

 

 今日も勝手に転んで猫にマウントを取られたアクアが、頭の飾りに猫パンチを食らい泣き喚いている。

 

「あっ、ちょっと二人とも! 見てないで助けてちょうだい!」

 

 そんなアクアが俺達に気づき声を上げると、猫達も俺達の存在に気づいて。

 

「バカ! 俺達の存在をバラしてどうすんだ! これだからあいつが張り切るとロクな事がないって言うんだよ!」

「そんな事言ってる場合じゃないよ! 猫達が逃げちゃう! どうすんのカズマ君!」

「問題ない! こんな事もあろうかと、この辺にはトラップを仕掛けまくってある! クリスはワイヤートラップで、そっちの道を塞いでおいてくれ!」

「任せて! 『ワイヤートラップ』!」

 

 散り散りに逃げようとする猫達を追い立て、ひとつの道へと誘導していく。

 

 

 

 ――そこは路地裏の一本道。

 道の両側を建物の壁に挟まれ、猫がジャンプで登れるような塀や出っ張りはない。

 

「あそこだ、クリス!」

「『ワイヤートラップ』!」

 

 そんな道にクリスがワイヤーを張って封鎖する。

 追いこまれた猫達には行き場がなく、張られたワイヤーと俺達とを見比べながらその場でまごついている。

 しかし数匹は張られたワイヤーを跳び越え向こう側へと逃げていき……。

 

「あーっ! カズマったら何やってんのよ! 猫が逃げちゃうじゃない!」

 

 逃げ遅れた猫達をドレインタッチで弱らせていると、後ろから来たアクアが声を上げる。

 

「いやちょっと待て! お前は余計な事すんな!」

「何言ってんの? 早く追いかけないと逃げられちゃう! 『スペルブレイク!』」

 

 俺の制止も聞かずアクアがワイヤートラップを解除する。

 まだドレインタッチで弱らせていない猫達が、トラップが解除された道の向こうへと逃げていく。

 そこには……。

 

「ふわあああああーっ! 何よコレ! べたべたするんですけど!」

 

 ワイヤートラップを張った先には、猫達を捕獲するための鳥もちが敷き詰められていて。

 駆けだしたアクアが、先にワイヤートラップを跳び越えていた猫達とともに鳥もちに足を取られ無様に転ぶ中、逃げ遅れていた猫達はそんなアクアの背中を踏みつけ鳥もちを跳び越えていく。

 畜生、ワイヤーを跳び越えたら鳥もちに引っ掛かるようにしておいたのに!

 

「ああもう! だから余計な事すんなっつったろうが! お前はそこで静かにしとけ!」

 

 鳥もちはあまり集められなかったので、跳び越えられるくらいの量しか敷き詰めていない。

 俺は念のため持ってきた弓矢を取りだし。

 

「俺に任せろ! ……『狙撃』!」

「!? カズマ君!? 相手は猫だよ!」

「ええー? 引くんですけど。普通に引くんですけど! いくら悪しき毛玉とはいえ、猫を矢で射るとか何を考えているのかしら? カズマったら人の心をどこに落っことしてきたの?」

 

 弓を構え矢を放った俺を、二人が口々に非難してくる。

 アクアはともかくクリスまで……!

 

「ち、違う! よく見ろ、矢じりは付けてないから……!」

 

 そう。矢の先端には矢じりの代わりに、丸めた布が付いている。

 その布の中にはマタタビの粉を入れてあり、猫の近くに当てる事でマタタビの粉を撒き散らすのが目的だ。

 俺が放った矢は、逃げていた猫の目の前に突き立ち、驚いて足を止めた猫の目の前でマタタビの粉を散らせた。

 マタタビの効果で足取りが乱れた猫達に追いつき、ドレインタッチで体力を奪う。

 

「それで、……ええと、こいつら捕まえたらどうすんの?」

 

 捕まえた猫達をペット用の檻に放りこみながらの俺の質問に。

 

「どうするって……。商店街の人達には何か言われてないの? 何も言われていないのなら、多分……」

 

 クリスが言い辛そうにしながら頬の傷をポリポリと掻く。

 

 ……えっ。

 

 この状況で言い辛い事というと俺にも予測がつく。

 猫達は保健所みたいな施設に送られ、殺されてしまうのだろう。

 マジかよ。

 いや、よく考えてみれば当たり前だ。

 ここは街の周りにモンスターがうろついているような過酷な世界。

 商店街の人達だって、何事もなく日々を過ごしているように見えてカツカツの生活を強いられていてもおかしくない。

 俺にとって猫と言えばペットだが、商品を奪っていく以上商店街の人達にとっては害獣だ。

 害獣を捕まえたのなら、行きつく先は……。

 …………。

 と、捕まえた猫達の末路を聞かされた俺が動揺し、猫を檻に入れようとする手を止めていた、そんな時。

 

「わああああーっ! ふわあああああーっ! ちょっとあんた何すんのよ! 動けないところを狙うなんてズルいわよ! やめて! やめて!」

 

 アクアの背中にボスの黒猫が乗り、アクアの後頭部に猫パンチを繰りだしていた。

 

「そっちがその気ならやってやろうじゃない! 神の鉄槌食らいなさい! 『クリエイト・ウォーター』!」

「「ちょ!?」」

 

 アクアが呼んだ大量の水が路地裏に溢れ、鳥もちに捕らわれていた猫達を鳥もちもろとも押し流す。

 しかも、ペット用の檻まで倒れ。

 俺が猫を入れようと蓋を開けていたところだったせいで、せっかく捕まえた猫達が逃げていく。

 火事場の馬鹿力というやつだろうか、ドレインタッチで体力を奪っていたはずなのに、突然の水に驚いてそれどころではなくなったらしい。

 というか……。

 

「マジかよ! あの黒猫、アクアを叩けば水を出すって昨日の事で学習して、あいつを利用したぞ!」

 

 あの黒猫は確実にアクアよりも賢いと思う。

 

「わあーっ! そんな事より猫が逃げるよ! どうするのカズマ君!」

 

 逃げる猫達を指さしクリスが声を上げる。

 

「ど、どうするって言われても……!」

 

 捕まえた猫達の末路を考えると捕まえる気にはなれず……。

 俺達は逃げる猫達を見送る事しかできなかった。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 商店街にやってきた俺達は、店主達に白い目を向けられていた。

 昨日、商品を囮にまでした作戦に失敗し、しかもアクアが呼んだ水が商店街にまでやってきたせいだ。

 

「さあカズマ! なんでも言ってちょうだい! 昨日はちょっと失敗したけど、今日こそあの毛玉達に目にもの見せてやるわ!」

「お前帰れ」

 

 なぜか今日も張りきっているアクアに俺は即答する。

 街を出てモンスターと戦うのは嫌がるくせに、街の中で相手が猫だから調子に乗っているのだろうか。

 本当に、こいつが張りきるとロクな事にならない。

 

「ま、まあまあカズマ君。アクアさんにも悪気はないんだよ」

 

 今日も手伝ってくれるというクリスが、苦笑しながらも俺を宥める。

 

「それで、猫を捕まえるのはやめる事にしたんだよね? それなら今日はどうするの?」

「ああ。別に猫を捕まえなくても、この商店街に立ち入らなくすればいいわけだ。俺が元いた場所では野良猫除けにいろいろやってたからな。その辺の知識が役に立つはずだ」

 

 俺だって猫は可愛いと思うし、穏便に終わるならその方がいい。

 

「そうだなあ……。ペットボトルなんてこの世界にはないだろうし、とりえあずガラス瓶に水でも入れて猫の通りそうなとこに並べてみるか」

 

 そして、俺達は猫除けの仕掛けを施し――!

 

 

 

 ――ガシャン、と。

 

「うおっ! なんだいきなり!」

 

 屋根の上に並べたガラス瓶のひとつが、通りかかった猫に押しのけられ、真下を歩いていた通行人の目の前に落ちる。

 

「クソ! またあの猫か! 今度会ったらぶっ殺してやる!」

 

 悠々と屋根の上を歩いていく猫に向け、拳を振りあげる通行人。

 

「ねえカズマ君。瓶があっても猫は全然気にしてないように見えるんだけど。それに、瓶が落ちてきて危ないし、ますます猫達が嫌われてるような……」

「そ、そうだな」

 

 そういえば、ペットボトルはあまり効果がないという話だったかもしれない。

 

「いや、大丈夫だ。他にも手はある……!」

 

 

 

 ――翌日。

 猫が歩きにくいように、屋根の上に砂利を敷き詰めてみる事にした。

 

「うわっ! なんだこりゃ! 上から砂利が……?」

 

 強い風が吹くと屋根の上から砂利が降ってくると、店主や買い物客から苦情が続出した。

 

「カ、カズマ君!? ガラス瓶の時と同じ失敗をしてるよ! せめて接着剤で張りつけておかないと……!」

「いや、やろうとしたら、成功するかどうかもわからないのに、人の家の屋根に接着剤を使って変なもんを張りつけるのはやめろって言われて……」

「カズマさんってアホなの? 屋根の上に砂なんか撒いといたら、風で飛ばされて降ってくるに決まってるじゃない」

 

 その通りだったが、ここんところ迷惑しか掛けていないくせにコロッケを食べながらツッコんでくるアクアに、俺はいきり立ち掴みかかった。

 

 

 

 ――翌日。

 

「猫が嫌がる超音波を発生させるってのはどうだ? 人間には聞こえないから害はないし、音を避けるのは難しい。コレなら行けるはずだ!」

 

 拳を握り力説する俺にクリスが。

 

「な、なるほど。それで、その超音波っていうのはどうやって発生させるの?」

「…………」

 

 

 

 ――数日が経った。

 

「もういいよ! 猫なんか一匹残らず保健所に連れていかれればいい! どうせ今この瞬間にも世界のどこかで猫が死んでるんだ! 十匹や二十匹死んだところでどうって事ないだろ!」

「おおお、落ち着いてカズマ君! イライラするのはわかるけど、一旦落ち着こう!」

「よしアクア。商店街を水に沈めよう。そしたら商店街に猫は入ってこないし、人に猫をなんとかしろと言っといて文句ばかり言う奴らもいなくなる」

「ええー? この商店街がなくなったら、私はどこで食べ歩きをしたらいいの?」

「アクアさんまで! そういう問題じゃないですよ! 二人とも冷静になってよ! あんまりバカな事を言ってると、エリス様の天罰が下るからね!」

 

 猫相手に翻弄され、店主達にまで文句を言われた俺が苛立ち。

 猫へのリベンジに燃えていたはずのアクアは、ここ数日でそんな熱意も失ったらしく、商店街へやってきては食べ歩きを楽しんでいて。

 そんな俺達に挟まれ、クリスが困っていた。

 

「ほーん? あの子が私に天罰下すって? やれるもんならやってみなさいな」

「すいませんアクアさん! 言葉の綾でした!」

 

 売り言葉に買い言葉というやつだろうか、余計な事を言ったクリスがアクアに迫られ、俺に助けを求めるような目を向けてきて……。

 

 …………幸運とは?

 

「しょうがねえなあー。正直やりたくないけど、もう他に思いつかないしな。おいアクア、めぐみんとダクネスを呼んできてくれ」

 

 いつまでもクリスに絡んでいるアクアの肩を掴み、俺はそう言った。

 

 

 *****

 

 

 いつものパーティーにクリスを加えた俺達は、冒険者ギルドでクエストを請け街を出た。

 しばらく歩いていると、先頭を歩くダクネスが振り返って。

 

「それにしても……。いつもならクエストに出ると言っても嫌がるお前が、自分からクエストを請けようなどとはどういうつもりだ? このところアクアとクリスとで何かしていたようだが、今度は何を企んでいるんだ」

「なんだよ。俺だってたまには街の人達のために働こうって気分の時もあるんだよ。そっちこそ、普段は冒険に行きたがるくせに、いざとなったら文句を言ってくるのはやめろよ」

「べ、別に私は文句を言っているわけでは……」

 

 どこか不満そうなダクネスが、俺の言葉にモゴモゴしだす。

 そんなダクネスをフォローするようにめぐみんが。

 

「それで、どうしてゴブリン退治なんですか? 面倒くさがりのカズマが理由もなくクエストに出たがるとは思えません。今日はわざわざクリスまで巻きこんでいるのです。何か理由があるんですよね?」

「理由っていうか……。まあ、ゴブリンはついでだよ。そうとでも言わないとめぐみんがついてこないと思ってな」

 

 そう。俺達が請けたクエストはゴブリン退治だが、俺の目的はゴブリンではない。

 

「カズマは私をなんだと思っているんですか? 引き篭もりのカズマと違って、仲間にクエストに行こうと言われたら私は断りませんよ」

「おっ、そうか。だったらゴブリン退治のクエストなんか請けなくても良かったな。今回の目的はゴブリンじゃなくて初心者殺しだ。ほら、あの見えてる森に初心者殺しの目撃情報があるんだよ」

「初心者殺しですか? 以前リベンジは果たしたと思いますが……」

「別に討伐が目的じゃないよ。今回の目的は、初心者殺しのうんこを採取する事だ」

 

 めぐみんとダクネスの足が止まる。

 

「痛っ! なーに? ダクネスったら、急に止まらないでよ」

「あ、アクアさん。ひとりで先に行ったら危ないですよ」

 

 ダクネスのすぐ後ろを歩いていたアクアが、ダクネスの鎧にぶつかって文句を言い、立ち止まったダクネスを追い抜いて歩いていく。

 そんなアクアをクリスが小走りに追っていって……。

 

「……今なんと?」

 

 振り返ったダクネスがポツリと言う。

 

「あの森に初心者殺しの目撃情報が……」

「そこじゃないですよ! というか、分かってますよね? 誤魔化さないでください! いったいなんのためにそんなものが必要なんですか!」

 

 めぐみんが俺の袖を掴みグイグイ引っ張ってくる。

 

「ここんとこ、俺はクリスにも協力してもらって商店街に出没してる野良猫をなんとかしようとしてるんだけどな? 捕まえたら殺されちゃうらしいし、毎回追っ払うわけにもいかないだろ? ……そこでだ、俺が元いたところの知識で、動物ってのは自分より強い動物の匂いがするところには近づかないってのがある。初心者殺しのうんこを商店街に撒いとけば、猫も寄ってこないと思うんだよ」

 

 もちろん、そんなもんを撒いたら買い物客も寄ってこなくなるから、カウンターの裏なんかにこっそり置いておく形になるだろう。

 それでも猫の嗅覚は人間より鋭いから、初心者殺しのうんこの匂いを察知した猫達は商店街に近づかなくなるはずだ。

 

「……カズマはたまに賢いんだかアホなんだか分からなくなりますね。そんな事にモンスターのうんこを使おうなんて普通は考えつきませんよ」

「というか、我々は初心者殺しの、その……、アレを採取するためだけに来たという事か?」

「そうだよ」

 

 俺がうなずくと、ダクネスがちょっとガッカリした表情を浮かべる。

 

「そ、そうか……。いや、市民のためにやっているというのは分かるのだが……、私はモンスターのアレのために来たのか……」

 

 落ちこんでいるらしいダクネスの肩をめぐみんが叩いていた、そんな時。

 

「わあああああーっ! あああああああーっ! 出たわ! 出たわよカズマ!」

 

 足を止めた俺達を待たず勝手に先へと進んでいたアクアが、悲鳴を上げながら戻ってきた。

 そして転んだ。

 

「アクアさん!? 来てる、来てるよアクアさん! ダクネス! 助けてダクネス!」

 

 アクアを起こそうとしながらのクリスに助けを求められ、ダクネスが二人の前に出る。

 

「さあ、かかって来い! 『デコイ』……!」

 

 大剣を地面に突き立て、スキルを使ったダクネスのさらに先。

 そこには、全身が黒い体毛に覆われ、サーベルタイガーのような二本の牙を生やした、猫科の猛獣に似たモンスター。

 初心者殺しが立っていて。

 俺達の存在に気付いた初心者殺しが、唸り声を上げダクネスと対峙する。

 

「アクアさん、ほら立って!」

「あ、ありがとうねクリス……。親切にしてくれたクリスには、こないだ河原で拾った、変な形をした石をあげるわね」

「えっ……。あ、ありがとうございます……」

 

 まったく嬉しくないお礼を受け取る事になったクリスが、微妙そうな表情を浮かべながらもアクアとともに後退してくる中……。

 

「……? おい、私はここだ! 私を見ろ!」

 

 ダクネスが珍しく焦った声を出す。

 

「おい、なんだよ? どうなってんだ? あいつはどうしてデコイを使っているダクネスじゃなく、ずっとこっちを見てるんだよ!」

「ししし、知りませんよ! ですが、初心者殺しは雑魚モンスターを囮にして駆けだし冒険者を狩るモンスターですからね。盾である前衛ではなく、攻撃力の高い後衛を狙ってもおかしくありません」

 

 初心者殺しは、なぜかダクネスではなく俺達の方をジッと見つめ、ゆっくりと円を描くように歩いて、ダクネスを迂回しようとしている。

 ダクネスが大剣を地面から抜き、位置取りを調整して初心者殺しの動きを抑えながら。

 

「クッ……! 『デコイ』! クソ、なぜ私を無視する! こんな……、こんな事は初めてだ! どうしようカズマ、新感覚だ! 前衛なのに相手にもされないとは……! これが……、これが放置プレイ……! ハア……、ハア……!」

 

 …………。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 言っとくけど俺達はそいつに一撃でも食らったら死ぬからな? ちゃんと止めとけよマジで。お前の性癖のせいで俺が死んだら覚えとけよ?」

「ねえカズマ君。どうしてダクネスはあんなんなっちゃってんの? こないだはチューしたとかなんとか言ってたけど……。キミ、ダクネスに何をしたのさ?」

「だから俺のせいじゃないっつってんだろ。あいつは前からあんなんだったよ」

 

 四人で団子状態になって、ダクネスを盾にするように移動していると。

 

「待って? ねえ待って? ダクネスが変てこなのはいつもの事でしょう? 二人ともそれどころじゃないんですけど! そんな事よりあの初心者殺し、さっきから私をジッと見てるんですけど!」

 

 アクアがそんな事を言いだした。

 

「……言われてみればそうだな。最近お前はコロッケ食ってばかりいたから、太って美味しそうに見えるんじゃないか?」

 

 初心者殺しはデコイを重ねるダクネスを気にしながらも、なぜかアクアをジッと見つめている。

 

「あんたバカなの? 女神がコロッケ食べすぎたくらいで太るわけないでしょう?」

「というか、あの初心者殺しはおかしいですよ。この近くにはゴブリンの群れが棲みついているんですよね? どうしてゴブリンの群れを囮にする事なく、私達の前に姿を現したんでしょうか?」

 

 めぐみんが目を赤く輝かせ、手にした杖の先を初心者殺しに向けながらも、冷静な口調でそんな事を……。

 …………。

 

「どうしためぐみん。いきなり魔法使い職みたいな事を言いだして」

「みたいなではなくて、私は魔法使い職の上級職であるアークウィザードですよ。常に冷静沈着でパーティーを導くのが私の役目です」

「おい、ヤバいぞアクア。あっちの初心者殺しも確かにおかしいが、こっちのめぐみんもおかしい。ドッペルゲンガーが化けてるのかもしれない」

「ドッペルゲンガーって、あのエルロードにいたおじさんみたいなやつでしょう? あのおじさんみたいな気になる感じもしないし、このめぐみんは本物じゃないかしら。でも風邪を引いたのかもしれないから、屋敷に帰ったら聖なる水でお粥を作ってあげるわね」

「いいだろう、二人ともその喧嘩買おうじゃないか!」

 

 俺とアクアが相談していると、めぐみんが激昂し掴みかかってくる。

 

「あっ、こら! 今けっこうピンチなんだぞ! 分かったよ! 魔法使い職のくせにそんなに力が強いのはお前くらいだよ!」

 

 ――そんな時。

 

「ねえ皆、今けっこうピンチだと思うんだけど! 初心者殺しがダクネスを無視してこっちに来たら、あたし達じゃ対処できないんだよ! 遊んでる場合じゃないよ!」

 

 クリスの真っ当なツッコミに、俺達は動きを止めた。

 

「そ、そうだな。このままだとダクネスがおかしな性癖を増やしそうだ。よし、めぐみんはそのまま魔力を溜めて、あの初心者殺しの気を引いてくれ。その間に俺はいつもの目つぶしコンボを食らわせてやるから、隙ができたらクリスがバインドで縛りあげる。拘束できれば後はなんとでもなるはずだ」

「わ、分かった」

 

 気を取り直し指示を出す俺に、クリスがちょっとうろたえたようにうなずく。

 

「ねえカズマさん、私は? あの初心者殺しと目が合ってるんですけど!」

「お前はそのまま見つめ合ってろ! 目を逸らすなよ、野生動物と一度目が合って先に目を逸らすと、ビビったと思われて襲いかかってくるって言うからな」

「分かったわ。早くしてね!」

 

 アクアとめぐみんをその場に残し俺とクリスが移動するも、初心者殺しはアクアの方をジッと見つめていて俺達を気に掛ける様子はない。

 

「よく分からないけどあいつがアクアを気にしてるのは事実らしいな。行くぞクリス、準備はいいか?」

「任せて!」

 

 クリスが楽しげに笑いながらワイヤーを構える中。

 

「『クリエイト・アース』」

 

 俺は手の中に握った魔法の土を……。

 

「『ウィンド・ブレス』!」

 

 初心者殺し目掛けて風に乗せ放った――!

 

「ギャンッ!」

 

 アクアを凝視していたところを、突然砂粒の直撃を受けた初心者殺しは、頭を振って暴れ砂を振り払おうとする。

 そのまま、目が見えないながらも威嚇した。

 

「フシャーッ!」

「『バインド』ーッ!」

 

 と、クリスが拘束スキルを使い初心者殺しを縛りあげる。

 

「グルルルル……!」

 

 初心者殺しは唸り声を上げ身を躱そうとするも、本職の盗賊であるクリスのスキルからは逃れられない。

 

「今だよダクネス! やっちゃえ!」

「おおおおお!」

 

 それは二人で冒険していた頃のコンビネーションなのだろう。

 拘束スキルで縛りあげた相手になら、不器用なダクネスの攻撃でも……!

 ……ダクネスが降り下ろした大剣は、拘束を解こうともがく初心者殺しから数センチ手前の地面を切り裂いた。

 

「……おい」

「ちちち、ちがーっ! この初心者殺しは拘束を解こうとしてもがいていたから……!」

 

 顔を赤くしたダクネスが振り返り言い訳する。

 そんなダクネスに、クリスが切羽詰まった声を上げた。

 

「ダクネス、危ない!」

 

 ワイヤーが傷んでいたのだろうか。

 ダクネスがこちらを振り返った隙に、ワイヤーの一部を引きちぎった初心者殺しが、自由になった前足でダクネスに飛び掛かる――!

 

「くう……! おい、なんだその半端な攻撃は! もっと気合を入れてかかってこい!」

 

 前足だけが自由になった初心者殺しは攻撃するも上手く行かないらしく、不利を悟ったか飛び跳ねるようなおかしな動きで俺達から離れていく。

 

「よしめぐみん。あいつが十分に離れたら爆裂魔法で……!」

「待ってカズマ君! 敵感知スキルに反応がある! 森からゴブリンが出てくるよ!」

 

 俺のめぐみんへの指示を遮り、クリスが森を指さして。

 それと同時に、森から大量のゴブリンが湧きだしてきた。

 

「「「多っ!」」」

 

 普通はゴブリンの群れと言えば十匹ほどのはずだが、このところアクセルの街の冒険者達がクエストをサボっていたせいで数が増えたのかもしれない。

 

「どうしますかカズマ! どっちを狙えばいいですか!」

 

 ゴブリンの群れが俺達の方へ向かってくるのとは逆に、初心者殺しは森の中へと逃げこもうとしている。

 俺達の目的は初心者殺しの討伐ではない。

 それに、この状況で放っておいたら危険なのは……。

 

「ゴブリンだ! ゴブリンを狙え!」

「分かりました! 我が力食らうがいい! ――『エクスプロージョン』!」

 

 杖の先から光が放たれ、破壊の旋風がゴブリンの群れを薙ぎ払った。

 

 

 

 ――ゴブリンの群れを倒した俺達は、潜伏スキルを使いながら森の中に足を踏み入れる。

 

「どうだクリス。あの初心者殺しの行き先は分かるか?」

「うーん……。敵感知スキルには反応がないなあ。初心者殺しは頭がいいから、こっちに敵意を向けるのをやめたのかもしれないね。それに、追跡なら盗賊職じゃなくてアーチャー系の役目だからね」

 

 俺達の目的は初心者殺しを討伐する事ではないが、あの初心者殺しのうんこを手に入れるためには、巣を見つける必要が……。

 

 ……いや、待てよ。

 

「なあアクア。お前ちょっと、その辺をウロウロしてみろよ」

「はあー? どうして私がそんな事しないといけないの? なんだか嫌な予感がするのでお断りします。あの初心者殺しは私を狙ってた気がするし、もう屋敷に帰りたいんですけど」

「構わんよ。これから俺達はお前を先頭にして進むからな、お前はお前が思うように歩けばいいんだ。敵感知スキル持ちが二人もいるし、危なくなったらダクネスが前に出るから心配するな」

「この私に導いてほしいって事? いいわ、頼りないあなた達を女神として屋敷まで導いてあげるわね」

 

 俺がそそのかすと、アクアがドヤ顔で先頭を歩きだす。

 

「お、おいカズマ……! いくらなんでも、それは……」

「アクアの運が悪いのは知っていますが、こんな風に利用するのはどうなんですか?」

「カ、カズマ君、分かってるの? アクアさんの正体は……」

 

 三人が俺を止めるかのような事を言ってくるが、なぜか三人ともアクアから一定の距離を取ろうとする。

 そんな三人に、アクアが不思議そうに。

 

「なーに? どうして皆、私から離れようとするの? 私の威光のせいで近寄りがたいのは仕方ないけれど、ひとりで先頭を歩くのは……、…………。何コレ? なんかぐにゃっとするものを踏んだわ」

 

 俺達はアクアから距離を取った。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

 俺とアクアが商店街へと買い物に行くと、会長を初めとした店主達が口々に礼を言う。

 店主達を悩ます黒猫盗賊団を相手に試行錯誤し、最後には商店街から追い払った事で、俺達は恩人として扱われるようになっている。

 いろいろとおまけしてもらい、買った物を両手に抱えた俺に、会長が笑いながら。

 

「いやあ、受け取った時はどうかと思いましたが、例のアレの効果は絶大でしてな。あの猫どもは商店街にまったく寄りつかなくなりましたよ!」

「フッ……。まあ、これくらい俺に掛かればなんて事ないさ」

 

 チヤホヤされて調子に乗った俺が余裕の笑みを見せていると。

 

「ねえ、私達はこの商店街を救ったんだから、少しくらいおまけしてくれてもいいんじゃないかしら? このお酒もっと安くならない?」

 

 アクアが依頼達成を理由に、酒屋に値下げを要求していた。

 

「困りますよアクアさん。昨日もそう言ったから値下げしたじゃないですか。それに、うちは酒屋だから猫には困ってなかったんだけどなあ……」

「おいやめろ。商店街の人達にこれ以上迷惑を掛けるのはやめろよ。お前、こないだ猫相手に大量の水を呼びだして、この辺まで水浸しにした事を忘れたのか? あの時の店の修繕費とかの諸々は俺が払ったんだからな? お前の小遣いから月々天引きするつもりだから、無駄遣いしない方がいいんじゃないか?」

「あの時は猫達を追い払えたんだからいいじゃない。それに、このお酒は私が飲むんじゃないわ。今日は黒猫撃退おめでとうパーティーをするの。皆で飲むためのお酒だからお金はカズマが払っておいてね?」

「いやふざけんな。というか、宴会なら昨日もやっただろ」

 

 バカな事を言いだしたアクアに俺がツッコむと。

 

「何言ってんの? 昨日はカズマがうんこを加工した完成おめでとうパーティーでしょ? その前はうんこ獲得おめでとうパーティーだから全然違うわよ」

「うんこうんこ連呼するのはやめろ。お前はなんだかんだ理由を付けて酒を飲みたいだけだろうが。まあでも、宴会やるってんならその酒は俺が買ってやるよ。だから酒屋のおっちゃんを困らせるのはやめろよな」

「さすがカズマさん、話が分かるわね!」

 

 と、アクアの代わりに酒の代金を支払おうとする俺に、会長がコソッと。

 

「ところでサトウさん、例の喫茶店の特別サービスですが……」

 

 会長に耳打ちされた俺は、取りだした財布をしまうとアクアに告げた。

 

「――パーティーは三人でやってくれ。俺、今日は帰らないから」

 




 続きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この新しい商売に千客万来を!

『祝福』12,13、既読推奨。
 時系列は、『このふてぶてしい盗賊団に天誅を!』の後。


 ――俺が商店街の人達に猫対策を教えてから一週間が経った。

 

 屋敷の広間にて。

 俺は暖炉近くのソファーに座り寛いでいる。

 あれ以来、黒猫盗賊団は出没していないらしく、商店街に買い物に行くと店主達が笑顔で挨拶をしてくれるようになった。

 しかし、あの猫達は商店街で餌を得られなくなったわけで。

 十数匹の猫達がどこへ行ったかというと……。

 

「なんですか? 私の足に頬擦りしたりして……。ふふふ、そんなに構ってほしいなら仕方ありませんね。ほら、膝の上に乗ってもいいですよ」

「あ、こら。用紙の上に乗られたら書類仕事ができないだろう。まったく、お前は仕方のない奴だな……」

 

 めぐみんとダクネスが、自分達に近寄ってきた猫に嬉しそうな表情で構ってやっている。

 そう、商店街から姿を消した猫達は、なぜか俺達の屋敷に住み着いていた。

 猫の可愛さにやられためぐみんやダクネスが餌をやるので、猫達は盗みを働く事もなくのんびりと暮らしている。

 

「あっ! どうして引っ掻くの? あなた達を拾ってきてあげたのは誰だと思ってるの? そう、このアクア様。私が拾っていなかったら今頃あなたもそこら辺で野垂れ死にしていたかもしれないのよ? ちょっとくらい撫でさせてくれたっていいと思うんですけど!」

 

 空き地での戦いでボスに負けたアクアは猫達にとって序列が低いらしく、撫でようとした手を猫パンチで撃墜されたり、抱きあげてもすぐに逃げられたりしているが、それでも楽しそうに猫の相手をしている。

 本人が言うとおり、猫達をどこからともなく拾ってきたのはアクアなのだが……。

 あいつは以前から変な形の石を拾い集めていたり、小動物をこっそり部屋の中で飼っていたが、世話をしきれなくなって広間にまで溢れているのは珍しい。

 

「いや、お前この猫どうするんだよ? 生き物を飼うってのは簡単な事じゃないんだからな。それに、こんなところを商店街の人達に見られたら、俺達が猫をけしかけてたんじゃないかとか言われるぞ」

「そう言うカズマだって猫を可愛がっているじゃない」

 

 膝の上に乗せた猫を撫でながらの俺の言葉に、アクアが白い目を向けてくる。

 

「し、仕方ないだろ。そりゃ俺だってこいつらの事は可愛いと思うよ。でも、冒険者ってのは安定しない職業だ。こないだもアイリスを護衛するためにエルロードまで行ったり、薬の素材を集めるために他の領地に行ったりしたじゃないか。もしもまたああいう依頼があったら、俺達が出掛けている間誰が猫の世話をするんだよ?」

「その時は、当家の者に頼めば……」

 

 机の上で箱座りした猫を撫でながら、ダクネスがおずおずと言う。

 

「そりゃ頼めばダクネスの家の人達は猫の世話くらいしてくれるだろうけどな、その人達はダスティネスの屋敷で働くために雇われてるんであって、うちの屋敷で猫の世話をするのが仕事じゃないだろ。お嬢様の権力を使って猫の世話させるってどうなんだ?」

「そ、それは……!」

「大丈夫ですよ。この子達の可愛さを知れば、誰だって世話したくなるはずです」

 

 俺の言葉に何も言えなくなったダクネスの代わりに、膝に乗せた猫を撫でながらめぐみんが言う。

 そんなめぐみんにアクアが。

 

「ねえめぐみん、あっちでちょむすけがいじけてるけどいいの?」

「……いいんです。あの子は強い子ですからね。それに、ちょむすけは怠惰と暴虐を司る邪神にして我が使い魔。可愛いだけでいいこの子達とは違いますよ」

 

 猫達に怯え窓枠の上で丸くなっていたちょむすけが、めぐみんの言葉にチラッとこちらを見て、また丸くなる。

 

「お前、そのうちあいつに愛想尽かされるんじゃないか?」

「そそそ、そんな事ありませんよ。私とちょむすけの間には、例え悪魔だろうと断つ事のできない強い絆が……」

 

 ちょむすけの態度にちょっと焦っためぐみんが立とうとするも、膝の上にいる猫のせいで立ちあがれない。

 と、めぐみんがオロオロする中、アクアが。

 

「まったく、カズマったら心配性なんだから。そんなに心配しなくても大丈夫よ。もしもの時はセシリーに猫の世話を任せるし、セシリーが駄目でも他に誰かやってくれるわ。このアクアさんの人望を信じなさいな」

 

 ……なるほど。

 年中暇そうにしているあのシスターなら、俺達が出掛けている間猫の世話を頼んでもいいかもしれない。

 

「あの、そうなったら仕方ないですし反対はしませんが、できればセシリーお姉さんをこの屋敷に残して出掛けるのは避けたいのですが……」

「そ、そうだな。いや、セシリー殿が悪人だというわけではないのだが」

 

 言いにくそうに言葉を濁すめぐみんに、ダクネスも曖昧にうなずく。

 そんな二人に、俺は力強くうなずいて。

 

「アクシズ教徒を残していくと、知らないとこで何されるか分からないもんな」

「なんでよーっ! うちの子達を悪く言うのはやめてほしいんですけど! 大丈夫よ! セシリーにこの屋敷を任せて出掛けても、あの子は悪い事なんてしないわ! 女神であるこの私が保証します!」

「「「…………」」」

 

 女神だと言っても信用されない事を、こいつはいい加減に学ぶべきだと思う。

 というか、こいつが女神だと知っている俺にも今の言葉はまったく信用できなかったが。

 

「セシリーお姉さんをこの屋敷に残していくと、私の部屋を家探ししたり、私のベッドで寝たりしそうで……」

「…………」

 

 めぐみんの言葉にアクアがさっと目を逸らす。

 

「おい」

「違うの」

「何が違うんだよ。ていうか、やるだろ。あの女ならそれくらいやってもおかしくないって俺でも思うぞ」

 

 追及する俺に、目を逸らしていたアクアが。

 

「だってしょうがないじゃない! アクシズ教の教えに『汝、我慢するなかれ』ってあるんだから! 我慢は体に毒なのよ。めぐみんのベッドで寝たかったら、我慢せずに寝るのがアクシズ教徒なのよ!」

「ふざけんなバカ! そんな逆ギレが許されるかよ! おい、いいのか? 猫を飼うってのはこういう事だぞ!」

 

 開き直るアクアを黙らせ、なおも猫を庇おうとする二人に現実を突きつける。

 

「そ、そうなのか……? 生き物を飼うのが難しいとは聞いていたが、これは……」

「ほ、他の人に! 誰か他の人に頼みましょう! 私達の知り合いはセシリーお姉さんだけではありません! 他にも……!?」

 

 猫を飼った事のないダクネスが考えこみ、めぐみんがセシリー以外に頼めそうな相手を挙げようとするも。

 普段はゆんゆんをぼっち扱いしているくせに、意外とぼっち気質なめぐみんには猫の世話を頼めるような相手がいないらしく、しばらく何か言いたげに口をパクパクさせていたが静かになった。

 

「商店街の人達はこいつらを恨んでいるだろうから頼めないし、俺達の知り合いってほとんどが冒険者だろ。あいつらも生活が不安定だから猫の世話を頼むわけには行かない。となると、頼めるのはこいつの知り合いって事になるんだぞ?」

 

 俺がアクアを指さすと、二人は微妙な表情を浮かべた。

 屋敷からあまり出ない俺や、ぼっちなめぐみんとダクネスと違い、こいつは街の人々に受け入れられている。

 猫の世話という日常的な頼み事なら、こいつの知り合いを頼るのが一番なんだろうが……。

 

「な、何よ皆してー! どうしてそんな、不安そうな顔をするの? 安心しなさいな、私には頼み事をできる知り合いがたくさんいるんだから!」

 

 なんだろう、こいつの知り合いというだけで嫌な予感しかしない。

 

「カズマの言い分は分かりました。確かに、冒険者である私達に猫を飼うのは難しいかもしれませんね。でも、それならこの子達をどうするつもりなんですか? まさか……」

 

 めぐみんの言葉に、三人が近くにいた猫を俺から守るかのように抱き寄せる。

 ……アクアだけは手に猫パンチを食らい猫に逃げられていたが。

 

「なんだよ、俺だって猫は可愛いと思ってるっつってんだろ! 保健所に送るとか言わないから安心しろよ。こういう場合は……」

 

 俺は言いかけた言葉を途中で止める。

 こういう場合は、里親を募集して猫を引き取ってもらうのがお約束ってやつだ。

 俺達が屋敷で猫を飼っている事を商店街の人達に知られるのは気まずいが、こうなったからには仕方がない。

 だが……。

 

 …………ふぅむ。

 

「なんですか? こういう場合はどうするんですか? 思わせぶりに溜めていないで、さっさと言ってくださいよ」

「俺に考えがある」

 

 不安そうな目を向けてくる三人に、俺はニヤリと笑った。

 

 

 *****

 

 

 数日後。

 商店街の端の方にある寂れた店舗の前で、俺は道行く人にビラを手渡し声を上げていた。

 この店は元々あまり流行らない喫茶店だったのを、俺が買い取り内装を整えた。

 何をするかと言うと……。

 

「新装開店! 新装開店の喫茶店ですよー! 猫と一緒にお茶が飲めますよー!」

 

 そう、猫カフェである。

 この数日というもの、商店街の会長に喫茶店を開くためにこの店舗を紹介してもらったり、営業許可を貰うために公的施設を何度も訪ねたりと俺は忙しく働いていた。

 ウィズがストーカー被害に遭ったりプロポーズされたりといろいろあった中、それはもう頑張った。

 異世界に来てから一番頑張ったかもしれない。

 その甲斐あって、こうして短い期間で開店にまで漕ぎつける事ができていた。

 

 と、店の宣伝をする俺のもとに近づいてくる人物が。

 

「ちょっと待ってくださいよサトウさん! 喫茶店を開くとは聞いていたが、猫カフェとはどういう事ですか? あの猫達は、以前我々の商店街で盗みを働いていた奴らじゃないか!」

 

 ビラを受け取り声を上げるのは、商店街の会長。

 

「まあ落ち着いてください。とりあえずお茶でも飲んでいってくださいよ」

「猫なんかのいるところでお茶が飲めるか! この店の衛生基準はどうなってるんですか! ちゃんと許可は取っているんでしょうね! 商店街でおかしな商売をされると、私の責任問題になるんですよ!」

「当店にはプリーストの腕だけは信用できる店員がいるんで、ピュリフィケーションを掛けてもらってるんで大丈夫ですよ」

 

 俺が会長を宥めながら店内に誘導すると。

 

「いらっしゃい!」

「い、いい、いらっしゃ……ませ……」

 

 出迎えたのは、メイド服を身に着けたアクアと、町娘っぽい服装のダクネス。

 本当はウェイトレスの衣装はメイド服で統一したかったのだが、ダクネスが最後まで絶対に着ないと駄々を捏ねたので、仕方なく給仕服で許してやった。

 そんな二人の背後には、多数の猫達が店内で寛ぐ光景が広がっていて。

 

「こ、これは……」

 

 会長が足を止め無言になる。

 ここにいる猫達は、俺達の屋敷でしばらく暮らし、風呂に入れてブラッシングし、アクアのピュリフィケーションを受けた結果、黒猫盗賊団をやっていた時の荒んだ雰囲気を失い、ふわふわの毛玉と化している。

 

「今ならビラを持ってきてくれたお客さんには半額サービスもやってますよ! さ、どうぞこちらの席へ」

 

 俺に促され椅子に腰を下ろした会長のもとに、一匹の猫が近づく。

 

「あっ……!」

 

 少し前までは野良生活で荒んだ顔つきだったのが、穏やかな生活と十分な食事で丸っこくなり、人間に向ける視線からも鋭さが失われている。

 そんな野生を失った猫が身軽な動きで会長の膝に飛び乗ると……。

 

 会長の膝の上で丸くなった。

 

「おお、ふおお……?」

 

 感極まったような声を上げた会長が、猫を撫でようと伸ばした手を途中で止め、いいんですかと言うようにこちらを見る。

 

「どうぞどうぞ。乱暴にしなければ自由に撫でてやってください」

 

 笑顔で言う俺に、会長が猫を優しく撫でながら。

 

「……こ、紅茶を一杯ください」

 

 不安そうに様子を窺っていたアクアとダクネスに、俺は親指を立てた。

 

 

 

 ――猫カフェは盛況だった。

 

 会長以外の商店街の人達も、あの猫達を飼うとはどういうつもりだと腹立たしい様子でやってきては、猫達の可愛さにやられ満足して帰っていった。

 以来、商店街の端にあるにもかかわらず、猫カフェはいつも満員御礼の状態だ。

 俺としては毎日店に出るのは面倒くさいので、知り合いの駆けだし冒険者をバイトとして雇って店を任せている。

 

「――やあ、やってるね!」

 

 開店してしばらく経った頃、クリスがひょっこり現れた。

 

「お帰りなさいご主人様! あら、クリスじゃないの。いらっしゃい!」

「あ、どうも。アクアさん。……ええと、どうしてメイド服なんですか?」

「どうしてって、喫茶店と言えばメイドでしょう?」

 

 俺に手を上げ軽く挨拶をしたクリスが、その日はバイトとして店員をやっていたアクアに、ちょっと微妙そうな表情を浮かべた。

 

「いらっしゃい。クリスにはこいつらを捕まえる時も世話になったし、今日は何を頼んでも無料って事にしといてやるよ。開店サービスってやつだ」

「本当? ありがとね、カズマ君」

 

 椅子に腰掛けたクリスが、嬉しそうな微笑を浮かべメニューを眺める。

 そんなクリスの足に、一匹の猫が体をすり寄せ。

 

「……おっと、いきなり来るとビックリするじゃないか。歓迎してくれているのかい?」

 

 クリスが身を屈めて足元の猫を撫でると、猫は気持ち良さそうに喉を鳴らした。

 その様子を見たアクアが不満そうに頬を膨らませ。

 

「クリスは猫に好かれてるのね。この子達ってば、私のお陰でこうしてのんびりしていられるって言うのに、どうしてか私には懐かないのよ」

 

 猫達がアクアに懐かないのは、アクアの事を格下だと思っているからだろう。

 相変わらずアクアが撫でようとすると猫パンチで撃墜され、怒って猫に喧嘩を売っては転ばされて泣いている。

 

「そ、そんな事ないですよ! この子達だって、きっとアクアさんには感謝してますよ!」

「本当? ねえあなた、感謝しているんだったら態度に出してくれてもいいのよ? あいた! なんでよーっ! 少しくらい撫でさせてくれてもいいと思うんですけど!」

 

 アクアが猫を撫でようとすると、猫はアクアの手を撃墜し去っていく。

 

「猫はこの自由なとこがいいんじゃないか。義理堅い猫なんて猫じゃないだろ」

「ア、アハハ……。そうかもね」

「そういえば、クリスも猫っぽいところがあるわね。私にも猫の気持ちが分かったらこの子達も態度を改めるのかしら? ……だったら、こんなのはどう? 『ヴァーサタイル・エンターテイナー』」

 

 芸達者になる魔法を自分自身に掛けたアクアは、テーブルに置かれたナプキンを手に取り折りたたんで精巧な猫耳を作ると、それを頭に装着してその場に四つん這いになった。

 

「にゃー」

 

 猫になりきり、超巧い猫の鳴き真似をするアクア。

 ……いや、何コレ。

 

「アクアさん!? 何やってるんですか! た、立ってください! 皆見てますよ!」

 

 俺だけでなく猫達までドン引きする中、クリスがアクアの傍に膝を突きアクアを立たせようとする。

 

「カズマ君も見てないで止めてよ! アクアさんが……、アクアさんが……!」

「まあ、こいつの奇行はいつもの事だし、商店街の人達は慣れてるから大丈夫だよ」

「そういう事じゃなくてさあ!」

 

 客のほとんどは猫の可愛さにやられた商店街の人達で、彼らは猫の真似をするアクアに生温い目を向けている。

 その後、商店街の人達にお菓子を貰い、『これからは猫としてやっていこうかしら』などと言いだしたアクアを、クリスが半泣きになって止めていた。

 

 

 

 ――ある日の夕方。

 珍しく客がいない時間、俺がホールに出ていると店のドアが開いた。

 

「いらっしゃい!」

「こ、こんにちは……」

 

 大きな声で出迎えた俺にビクッとしたのは、ダクネスのいとこであるシルフィーナ。

 

「なんだ、シルフィーナじゃないか。ダクネスなら厨房にいるから呼んでくるよ」

 

 料理の腕を見せてやると息巻いて厨房に篭り、不器用さを発揮し食器を割ってションボリしていたダクネスを呼んでくると。

 現れたダクネスを見たシルフィーナが顔を輝かせ。

 

「ママ!」

「シルフィーナ、ひとりでここまで歩いてきたのか? 偉かったな」

「えへへ……」

 

 ダクネスが膝を曲げて屈むと、穏やかな表情でシルフィーナの頭を撫でる。

 病弱で倒れた事もあるこの子が出歩いているのを見ると、クズマだのゲスマだの言われている俺でもほっこりする。

 

「今日のシルフィーナはお客様だからな。なんでも好きなものを注文するといい。それと、ここは猫と触れ合って和む店なんだ。待っている間、こいつらの事を可愛がっていてくれ」

「はい!」

 

 ダクネスが注文を聞いて厨房に引っ込むと、椅子に腰掛けたシルフィーナは興味津々な様子で猫だらけの店内を見回した。

 と、そんなシルフィーナのもとに一匹の猫が近寄っていく。

 それは猫カフェにいるというのに、ほとんど客に懐く事のない黒猫。

 黒猫盗賊団だった頃にはボスだった、あの黒猫だ。

 黒猫は、お前なんかには興味ないからなという素知らぬ顔でシルフィーナの傍へ行くと、立ち止まってシルフィーナをジッと見つめる。

 シルフィーナもそんな黒猫を見返していて……。

 やがて、しょうがねえなあという顔になった黒猫が、シルフィーナの膝の上に飛び乗った。

 

「わあ! 膝に乗りましたよ!」

「おっ、珍しいな。そいつはプライドが高くてあんまり客に懐かない奴なんだよ」

 

 目をキラキラさせて報告してくるシルフィーナに、俺も思わず笑顔になった。

 シルフィーナが嬉しそうに黒猫と戯れていると、ダクネスがお茶と軽食を運んでくる。

 

「……お待たせしました。もう猫と仲良くなったようだな?」

「はい! とっても可愛いです!」

 

 他に客もいないので、ダクネスがシルフィーナと同じテーブルに着き、膝の上の猫をジッと見つめるシルフィーナに穏やかな視線を向ける。

 

「撫でてみたらどうだ?」

「……! いいんですか?」

「もちろんだ。ただ、猫が嫌がるような事をすると逃げられてしまうぞ」

 

 ダクネスに言われたシルフィーナが、黒猫をおっかなびっくり撫でる。

 黒猫は、痛くしないならまあ好きにしろよという感じの態度で、尻尾をパタパタ揺らしていた。

 

 

 

「いらっしゃいませー!」

「ど、どうも……」

 

 その日やってきたのは、不安そうな顔をしたゆんゆん。

 たまたま接客をしていためぐみんが。

 

「いらっしゃい。おや、ゆんゆんではないですか。なんですか? 人間の友達ができないからといって、ついに猫で手を打つ事にしたんですか?」

「……そ、そうよ! 悪い!? ここなら可愛い猫が相手してくれるって噂になっているのをこっそり聞いて来たのよ! ダメなの? そういう人は来ちゃいけないのっ?」

 

 開き直り目に涙を浮かべるゆんゆんに、俺がお客様に何やってんだという目でめぐみんを見ると。

 

「い、いえ、ダメではないですよ。すいません、言いすぎました。謝るので泣かないでください。どこでも好きな席に座っていれば、うちの猫達が相手してくれますよ」

 

 めぐみんがちょっと気まずそうに、ゆんゆんを空いたテーブルに案内する。

 椅子に腰掛けたゆんゆんを、周囲の猫達がジッと見上げていて。

 その視線に気づいたゆんゆんが、目を真っ赤に輝かせキョロキョロと猫達の目を見返して……。

 

「あっ!」

 

 猫達に目を逸らされたゆんゆんが声を上げる。

 

「ちょっ!? ……あなた達、お客さんには愛想良くしないと餌をあげませんよ! ほら、あの子も今日はお店の客なのですから、相手をしてあげてください!」

 

 さすがにめぐみんも悪いと思ったか、猫相手にヒソヒソと説教をするも、猫がそんなもん聞き入れるはずもく。

 そんな中、ゆんゆんに近づく小さな影が……。

 ゆんゆんの足元に歩み寄ったちょむすけが、慰めるように『なーお』と鳴いた。

 

「ううっ! ちょむすけ……!」

 

 涙目のゆんゆんがちょむすけを抱きあげ膝に乗せると、ちょむすけは嫌がる様子も見せずその場で丸くなる。

 膝の上のちょむすけを撫でながら、ゆんゆんが穏やかな表情を浮かべる。

 

 ……どうしよう、屋敷でもたまに見る光景なのに胸が痛い。

 

 

 

 ――そんなある日の事。

 その日、アクア達はそれぞれ用事があると言って出掛けていき、店に出ていたのは俺と、バイトとして雇った知り合いの女冒険者数名。

 俺が店の奥にある厨房で使用済みの食器を洗っていると、バイトの女冒険者が声を上げるのが聞こえてきた。

 

「ちょっとあんた達! 注文しないなら帰りなさいよ!」

 

 俺が様子を見に行くと、店内は厳つい男達によって満席になっているが、誰もがメニューを開いてニヤニヤしているだけで注文しようとしない。

 

「おいおい、この店はせっかく来た客を追い返すのか? 俺達は何を頼もうか迷っているだけだって。なあ皆?」

「おう、コーヒーか紅茶か決まらなくてなあ……」

「迷うほどのメニューでもないけどな!」

 

 男達は口々に囃し立て、何がおかしいのか笑いだす。

 そのすべての男が、背中に鳥のマークが入ったシャツを身に着けている。

 そんな男達を指さしながら、バイトの女冒険者が怒りを堪えきれないといった様子で。

 

「あっ、カズマさん。こいつらなんにも注文しないで長時間居座ってて……!」

 

 こいつらアレだ。

 以前アクアにやられてこの街から逃げだしたはずの、八咫烏とかいう自称警備会社の奴らだ。

 いろいろあって全員牢屋に入れられたはずだが……。

 

「あんたらまだいたの?」

「う、うるせえ! 俺達は泣く子も黙る警備会社八咫烏だぞ! わけの分からない奴らに蹴散らされたくらいで尻尾巻いて逃げられるかよ!」

「おい落ち着け。……あんたが店主か? こういった困った客へ対処するためにも警備会社が必要だとは思わないか? 警察に通報したって、連中が駆けつける前に俺達が注文すれば罪には問われねえ。店の目立つところにこのシールを貼っておけば、今後こういう事は起こらなくなるぞ」

 

 俺のツッコミに男のひとりが声を上げるのを、別の男が止める。

 すぐに商談に入ろうとするこっちの男も、ちょっと焦っているように見える。

 俺はそんな男達に。

 

「別に構わんよ。当店は猫と戯れる喫茶店だからな。注文しないのはどうかと思うが、好きなだけいてくれていいぞ」

「は? い、いや、何言ってんだ。店主としてそれはどうなんだ? 俺達がずっと注文もせずに店に居座っていたら、料理も出せないし金も稼げないはずだ。な? 困るだろ? ……強がってるだけなんだよな? そんな強がりを言ったって損をするだけだからな?」

 

 平然と言う俺に男が早口でまくしたてる。

 

「そんな事言われても。まあ、俺は別に稼げなくても問題ないしな。警備会社の人に営業方針にまで口出しされる謂れはないはずだ」

 

 俺が本気で言っている事が分かったのか、男は舌打ちし席を立ち。

 

「……ちっ。言っとくが、こんなのは嫌がらせとしては可愛いもんなんだぜ? 今のうちに俺達と契約しとけば良かったって後悔しないといいな」

 

 脅しのような捨て台詞を吐いて、仲間とともに店を後に……。

 …………。

 

「すごい! 追っ払った!」

「さすがカズマさん!」

 

 バイトの女冒険者達が口々に俺を褒めるが、

 

「いや、ちょっと待て」

 

 俺は立ち去ろうとする男達を呼び止めた。

 

「なんだよ? やっぱり契約する気に……」

「ひとり五万エリスになります」

「はあ!? 何言ってんだてめえ! 俺達は何も注文してねえんだぞ! 金なんか払うわけないだろ! しかも五万エリスだ!? ふざけるのも大概にしろ!」

 

 手のひらを上にして手を突きだし金を要求する俺に、男が激高し怒鳴りつけてくる。

 

「いやほら、ちゃんとここに書いてあるだろ」

 

 そんな男に、俺はメニューの一点を指さす。

 そこには小さな文字で、『※高額な席料をいただく場合があります』と書かれていて。

 

「何が席料だ舐めやがって! ただの喫茶店に席料なんてもんがあってたまるか!」

「だから言ったじゃないか、当店は猫と戯れる喫茶店だって。好きなだけいていいとは言ったが金を取らないとは言っていない。こっちだって商売でやってるんだからな。注文しなくても猫と戯れるだけで席料が発生するのはしょうがないだろ。まあ、普通に注文してくれる客にはこんな事言わないどな」

「猫なんかと戯れるだけで金払えるか! おい、警察呼べ! この店ボッタクリだ!」

 

 男の言葉に店を出ようとしていた男達がざわつきだす。

 

「ほーん? なんで猫と戯れるのに金払えない奴が猫カフェに来たんですかねえ? 確かに警察が来たらうちはボッタクリって事になって指導されるか、最悪営業停止になるかもしれないが、あんたらも詳しい事情を聞かれるんじゃないか? 嘘吐くとチンチン鳴る魔道具の前で、自分達はただの客です、嫌がらせなんてしてませんって言えるのかよ? よその店に大勢で来て嫌がらせしたなんて知られたら、そっちの警備会社も営業停止にされるんじゃないか? 今度こそ牢屋から出られなくなってもいいのか?」

「「「…………」」」

 

 静まり返る男達に向け、俺は手を突きだすと。

 

「まあ、俺だって鬼じゃない。今回は初めてだし、全員で五万エリスにしといてやるよ」

「クソが!」

 

 男は俺の手にエリス紙幣を叩きつけ、仲間を引き連れて今度こそ去っていく。

 

「またのお越しをお待ちしてます」

「二度と来るか!」

 

 五万エリスを手に入れ満面の笑みで客を見送る俺に。

 

「「うわあ……」」

 

 バイトの女冒険者達がドン引きしていた。

 

 

 *****

 

 

 それは、とある客がいない時間の事。

 

「そういやお前ら、バイトばかりしてるけどクエストに行かなくていいのか? ……俺はもう一生働かなくても困らないくらい金があるんだけどな」

 

 バイトの女冒険者にふと訊ねてみると、お前が言うなという目を向けられた。

 

「私らだってできればクエストに行きたいんだけどね。ここんところ街の近くに初心者殺しの目撃情報があるじゃない? 私らくらいのレベルだと初心者殺しに遭遇したら終わりだし、そいつはゴブリンやコボルトの群れを率いていない珍しい初心者殺しらしくて…………。……ねえ、なんで初めて聞いたみたいな顔してるの? カズマさんも冒険者なんだから話くらいは聞いてるよね?」

 

 初耳です。

 

「ベテラン冒険者は宝島の収入で当分は稼ぐ必要がないって言って、昼間っからギルドの酒場でお酒飲んでるし、……誰かかっこいい凄腕冒険者が初心者殺しを討伐してくれたらなー」

「いらっしゃいませー」

 

 タイミング良く客がやってきたので、チラチラ見てくる女冒険者を気にしない事にした。

 

 

 

「クエストに行くぞ」

 

 屋敷に帰ると、鎧を着たダクネスがそんな事を言いだした。

 

「行くわけない」

 

 俺はそんなダクネスをスルーし、ソファーにどかりと腰を下ろす。

 

「このところ、街の近くで初心者殺しが目撃されているという話を知っているか? 宝島のせいで中堅以上の冒険者達はクエストに出ようとしないし、このままでは駆けだし冒険者がクエストに出られず干上がってしまう。聞けばその初心者殺しは、後ろ足にワイヤーの残骸が引っ掛かっているらしい。おそらく以前私達が仕留め損ねた個体だろう。あいつはなぜかアクアをジッと見つめていたし、街の近くに出没するようになったのは私達が原因かもしれない。私達のせいで新人達に迷惑を掛けているのだとすれば、放っておくわけには行かない」

「……お前、あのデュークとかいう男を逆ナンするのが嫌なんだろ」

「ちちち、ちがー! わ、私は困っている駆けだし達のために……!」

 

 俺がポツリとツッコむと、熱く語っていたダクネスが顔を赤くし慌てだす。

 ダクネスはアクアにそそのかされ、デュークがウィズに対してどれだけ本気なのかを試すために、今夜逆ナンする事になっている。

 

「俺は猫カフェの営業で疲れてるんだよ。今日はめぐみんもどっか行っちまったし、どうしてもって言うならクリスと一緒に行ってこいよ。最近あいつは猫カフェに入り浸ってるぞ」

「お、お前……。料理スキルを取ったり逃走スキルを取ったり、挙句に店を開くだとか、冒険者としてどうなんだ?」

「今さらそんな事言われても。もう一生分稼いだんだから俺は働かなくても暮らしていけるんだよ。これからの人生は悠々自適に暮らしていく予定だ。冒険になんか行く気はないよ」

「お前という奴は! ああもう、どうして私はこんなダメ男を……!」

 

 ダクネスが両手で顔を覆い何やら深く悩みだす。

 そんな中。

 

「見えたわ」

 

 絨毯の上に大量のドレスを広げていたアクアがポツリと呟いた。

 

「今夜のダクネスのコーディネートはこれとこれで行きましょう。ダクネスはおっぱいが大きいから、これならあのデュークって男も悩殺されるはずよ」

 

 自分が指導すればあんな男はイチコロだと豪語するアクアは、ダクネスがデュークを逆ナンする時に着るドレスを選んでいた。

 

「万が一駄目だったら、あの男はロリコンに違いないからめぐみんを行かせましょう」

「お、おいアクア。いくらウィズのためとは言え、私はあまりはしたない格好をするつもりはないからな。お父様に知られたらなんと言われるか……」

「そうだぞ。このおっぱいは俺のもんだからな。安売りするのはやめろよな」

「誰がお前のものだ!」

 

 ダクネスが顔を赤くしながらも声を上げる。

 

「めぐみんがいないからって一線越えようとしたくせに何言ってんの?」

「そ、その話はやめろ……!」

「お前らはもっと頑張るべきだと思う。いい雰囲気になるといつもいつも何かしら邪魔が入るけど、そんなの気にしないで行けるところまで行けばいいんだよ」

「いいわけあるか! お前はもっとデリカシーというものを持て! そういった事は二人きりの時に……、いや、そうではなく! アクアもデュークの事は一旦置いておいてくれ。今は初心者殺しの事だ!」

 

 昔のダクネスなら今ので簡単に話を逸らせていたのだが。

 ……こいつも成長したなあ。

 

「だから断ったじゃん。もうその話は終わりだろ」

「勝手に終わらせるな! 私達が仕留め損ねた初心者殺しが他の冒険者に迷惑を掛けているんだ! 少しは責任を感じないのか?」

「ちっとも感じません」

「こ、この男……! よ、よし分かった。私とともに初心者殺しを討伐しに行くと言うなら、以前めぐみんがいなかった夜の続きをしてやろうではないか」

「お構いなく」

「……!?」

「お前、俺がその手の誘惑にいつでも乗っかると思うなよ? 俺にはめぐみがいるんだ。いくらお前が俺の事を好きで好きで仕方ないと言っても、そういった行為はどうかと思う」

 

 つい最近、サキュバスの喫茶店で特別なサービスを受けた俺は、そんな誘惑には屈しない。

 

「ちょっと待て! こないだと言っている事が違うではないか!」

「こないだはこないだ、今は今だ。俺の名は佐藤和真。現在を生きる男にして、誠実さを旨とし誘惑を跳ね除ける男の中の男」

 

 と、そんな俺とダクネスをジッと見つめていたアクアが。

 

「……ねえダクネス。カズマさんとイチャコラするのはいいけれど、今夜はあのデュークってのを試しに行かないといけないんだから、ダクネスは恋人がいない設定にしておいてね?」

「おい、誤解を生むような事を言うのはやめろよ。俺達は別に付き合っているわけじゃない。こいつが一方的に俺の事を好きで好きでしょうがないだけなんだよ」

「最低だ! お前は最低だ! 女の純情をなんだと思っているんだ!」

 

 と、ダクネスが顔を真っ赤にし声を上げた、そんな時。

 

「カズマ君、大変だよ! お店が……! お店がなくなっちゃう!」

 

 玄関のドアが開かれ、慌てた様子のクリスが現れた。

 

 

 *****

 

 

 俺達はクリスに連れられ、事情を聞く暇もなく猫カフェへとやってきた。

 そこには――!

 

「ほら、にゃーにゃー」

「おっと、簡単には捕まえられませんね? シルフィーナさん、次は私に貸してくださいね」

「じ、順番です。……にゃーにゃー」

「フフフ。にゃーにゃ……!?」

 

 俺が作った猫じゃらしみたいなオモチャで黒猫と戯れるシルフィーナと、その隣でダメな感じになっている警察副所長ロリエリーナの姿が。

 ロリエリーナは店に入ってきた俺達に気づくと、何事もなかったかのように椅子に腰掛け、テーブルの上にあったカップを手にした。

 

「……お、遅かったですねサトウさん。お待ちしていましたよ」

 

 そのカップ、空ですけどね。

 

 

 

「すまないなシルフィーナ。私達は少し難しい話をするから、そこで猫と遊んでいてくれ」

「なんだか難しい話みたいだし、私はここで猫達と遊んでいるわね」

 

 人目のあるところで話すのもどうかという事で、空気を読まずにバカな事を言いだしたアクアを残し俺達は店の裏手に出た。

 

「それで、店がなくなっちゃうって話ですがどういう事ですかね?」

「いえ、今すぐなくなるというほどの事では……。というか、こんな素晴らしい店をなくしてしまうなんてとんでもない!」

 

 猫カフェを気に入ったらしいロリエリーナは拳を握り力説する。

 

「実はですね、この店にモンスターの子供がいるという話なのです。引っ掻かれて大怪我をしたという苦情が署まで寄せられていまして」

 

 ……苦情?

 

「俺はけっこう店に出てるけどそんな話は聞いた事ないぞ。猫に引っ掻かれたくらいで大怪我って言われても、何言ってんだって話だ。ひょっとしてそれって八咫烏とかいう警備会社の奴らが言ってるんじゃないか?」

 

 確か以前来た時に、この程度の嫌がらせは可愛いもんだとかなんとか言っていた気がする。

 これもあいつらの嫌がらせなのだろうか。

 

「それが、身分を明かしたくないからと警察署に無記名の投書がありまして。誰からの申し立てかは分からないのです。しかし猫カフェというのは誰も聞いた事のない喫茶店ですから、周りに不安を与えるようであれば一時的にでも営業停止にせざるを得ないと……。ですが私が副所長の権限でどうにか揉み消すので心配しないでください」

「ふ、副所長殿? 私の前であまりそういう事を言うのはやめてほしいのだが」

 

 堂々と職権乱用すると言うロリエリーナに、ダクネスが頬を引き攣らせる。

 この街の人間はこんなのばっかりか。

 

「まあ、俺の本業は冒険者だし、別に店を閉めても構わないんだけどな」

「お、お前という奴は……。さっきまで冒険に出たくないなどと駄々を捏ねていたくせに、冒険者を名乗るとは恥ずかしくないのか?」

 

 俺の言葉に、ダクネスがさっきまでの話題を蒸し返しツッコミを……。

 

 …………んん?

 

「なあ、その投書とやらはただの嫌がらせだろうけど、ひょっとしてマジでモンスターがいるんじゃないか? あのボスの黒猫、猫にしてはやたらと賢かっただろ。それに、あの初心者殺しはアクアを気にしてたけど、あれって黒猫の匂いがアクアにくっついてたからじゃないか? 初心者殺しはアクアの匂いを辿って、子供を捜すために街の近くをうろついてるのかも……」

「「「…………」」」

 

 思いつきを口にする俺に、その場の全員が無言になる。

 

「な、なんだよ。真面目な顔で黙りこむのはやめろよ! 冗談だよ!」

「ええと、あの黒猫だよね? ちょっと待ってて。連れてくるよ」

 

 クリスが店に入り、黒猫を抱えたシルフィーナとともに戻ってくる。

 シルフィーナの腕に抱えられている黒猫は、どこから見てもただの猫にしか……。

 

「いや、ちょっと待て。こいつ、こんなに大きかったか? なあ、実は普通の猫じゃなくて、初心者殺しの子供って事はあり得るのか? モンスターなのに街中にいるなんてあり得ないよな?」

 

 シルフィーナには聞こえないように俺達はコソコソと話し合う。

 

「ええと、私は冒険者ではないのでモンスターの事はちょっと……。ど、どうなのですか?」

「どうなのって言われても。あたしもモンスターの生態に詳しいわけじゃないからなあ。でも初心者殺しは頭が良いから、猫の振りをして街の中にいるのが安全だって考えたのかもしれないよ。成長すると冒険者に恐れられる初心者殺しでも、子供の頃には他のモンスターに襲われる事もあるのかもしれない」

「モンスターのくせにモンスターに襲われないように街の中に逃げこんだってか?」

 

 一見すると大きな猫にしか見えないから、人間を襲ったりしなければ街中にも紛れこめるのだろうが……。

 雑魚モンスターを餌に駆けだし冒険者を狩ったり、モンスターから身を守るために子猫の振りをして人間の街に棲みついたり、頭が良いってレベルではない。

 と、俺達がどうしたもんかと悩んでいるとダクネスが。

 

「初心者殺しの子供だとしたら牙が発達しているはずだ。シルフィーナ、その子をしっかり抱いていてくれ」

 

 ダクネスが黒猫の口を無理やり開かせると、口からは小さな二本の牙が生えていて。

 今は小さなこの二本の牙は、成長するとサーベルタイガーみたいな大きな二本の牙になるのだろう。

 

「……初心者殺しだね」

 

 思わず皆が無言になる中、クリスがポツリと呟く。

 状況が分からないながらも、俺達の間に流れる微妙な空気を察したか、シルフィーは不安そうな表情を浮かべて。

 

「……あ、あの、この子がどうかしたんですか?」

 

 そんなシルフィーナの正面にダクネスが膝を折って屈み、シルフィーナと視線を合わせる。

 

「シルフィーナ。その黒猫は……、いや、その子は猫じゃなくて初心者殺しというモンスターの子供なんだ。街の中に置いておくわけには行かない」

「で、でも……。悪い子じゃないですよ」

 

 シルフィーナが一歩下がり、黒猫を守るように抱きしめた腕に力を込める。

 

「今、その子のお母さんが街の近くに来ている。シルフィーナはその子と仲良くなったみたいだから別れるのは辛いだろうが、その子のお母さんは心配しているはずだ」

「お母さん……」

 

 ポツリと呟いたシルフィーナは、目に涙を浮かべながら。

 

「……分かりました」

 

 そう言って、黒猫をダクネスへと手渡す。

 いつもなら抵抗しそうな黒猫は、俺達のやりとりを理解しているのかおとなしくダクネスの腕に抱かれた。

 

 

 *****

 

 

 目に涙を浮かべ黒猫に『バイバイ』と手を振るシルフィーナと、ついでにロリエリーナに見送られ、街の正門から出てきた俺達は。

 

「――それで、こいつはどうするんだ? 本当に野に帰すのか? 今のうちに討伐しといた方が良いんじゃないか?」

「「!?」」

 

 シルフィーナの姿が見えなくなった途端の俺の言葉に、ダクネスとクリスが驚愕に目を見開いた。

 ちなみにアクアは猫カフェに忘れてきた。

 

「なんて事言うのさカズマ君! クズマとかゲスマとかいうのは言い過ぎだと思ってたけど、皆の気持ちが今分かったよ!」

「そ、そうだぞ。それに私はこの子を母親のところへ帰すとシルフィーナと約束をしたのだ。この子に無体を働くのは見過ごせない!」

 

 黒猫を抱いたダクネスが、まるで子を守る母親のように俺から黒猫を隠そうとする。

 

「でもそいつ、成長したら冒険者を襲うようになるんだぞ?」

「そそ、それは……!」

「そりゃ俺だって、シルフィーナとの約束は守りたいし、今のそいつは可愛いと思うよ。でも成長したら初心者殺しになるんだ。もしも将来そいつに誰かが襲われたら、それこそシルフィーナは悲しむんじゃないか?」

「…………ッ!」

 

 俺の指摘に反論できなくなったダクネスが、腕の中の黒猫をジッと見る。

 黒猫はそんなダクネスを見返して。

 

「なーお」

「わ、私にはできない……!」

「待ってよ! ねえ待って! 初心者殺しは頭が良いから、事情を話したら分かってくれるかもしれないよ! ほら、この子は街の人達にもけっこう可愛がられていたし!」

 

 ダクネスの腕の中でおとなしくしている黒猫は、ちっとも危険そうには見えない。

 でもなあ……。

 ここでこいつを野に放つと、今後初心者殺しの被害が出たと聞くたびに俺のせいじゃないかとビクビクする事になりそうな気がする。

 

「お前、成長しても人間を襲わないって約束できるか? できるなら無事に逃がしてやってもいいぞ?」

「なーお」

「なるほど、分からん」

 

 クソ、初心者殺しのくせに見た目が可愛いから傷つけるには罪悪感が……!

 

「カカカ、カズマ君! カズマ君……!」

「なんだよ、今俺はこいつを説得するのに忙しい……」

 

 慌てた口調で俺を呼ぶクリスに、俺が黒猫から顔を上げると。

 

「初心者殺しが出たよ!」

 

 初心者殺しが猛スピードで近づいてきていた――!

 

 

 

 後ろ足にワイヤーの残骸を括りつけたままの初心者殺しは、俺達の近くまで来ると一定の距離を置いて足を止める。

 俺達の前には、大剣を地面に突き刺したダクネスが立ち塞がっているが……。

 

「み、見てるよ! あいつ超こっち見てる!」

 

 初心者殺しは目の前にいるダクネスではなく、ダクネスに手渡され黒猫を抱いた俺をジッと見つめている。

 

「カズマではなく私を見ろ! 『デコイ』……!」

「グルルルル……ッ!」

 

 囮となるスキルを使ったダクネスを気にしながらも、初心者殺しは俺を見つめ、喉を鳴らして威嚇してくる。

 

「ヤバい! 超怖い! なあ、これってやっぱり子供を返せって言ってんのか? おいどうする? 本当にこいつを渡しちまっていいのかよ?」

「そ、それは……!」

 

 俺の言葉にクリスも結論が出ないのか口篭もる。

 ここでこの黒猫を野に放つよりも、親と一緒に葬り去ってしまうのが冒険者として正しい行為なのでは……。

 

 …………。

 

 いや、無理だろ。

 初心者殺しなら以前討伐した事があるし、なんとなく楽勝だと思ってここまで来たが、考えてみればこいつは俺の目つぶしコンボもクリスのバインドも経験した、歴戦の初心者殺し。

 初心者殺しは頭が良い。

 魔力を溜めて初心者殺しの気を引くめぐみんがいない今、俺の目つぶしコンボもクリスのバインドも避けられるだろう。

 さらに、ダクネスの囮スキルもあまり効果がないとなれば……。

 

「よし分かった。こいつは返すから俺達の事は見逃してくれ。ついでにこれからは冒険者を襲うのもやめてくれると助かる」

 

 俺は腕の中の黒猫を放りだした。

 

「カズマ君!? 最低だよ! キミってやっぱり最低だ!」

「うるせーっ! 俺達じゃあいつを倒せないんだからしょうがないだろ! それに、お前だって逃がしてあげようって言ってたじゃないか! 文句を言われる筋合いはないはずだ!」

「そうだけどさあ!」

 

 ――と、俺とクリスが言い合っていると。

 

「なーお」

 

 母親らしき初心者殺しのもとへと近寄っていった黒猫が鳴き声を上げる。

 すると、初心者殺しは唸るのをやめ、黒猫に近づくとその全身を舐めだした。

 

「お、おお……。こういうの動物番組なんかで見た事あるな。本当に親子って感じだ」

「やっぱりこの子を捜してたのかな? 見つかって良かったねえ」

「……ふう。これでシルフィーナとの約束を果たせたな」

 

 クリスが目に涙を浮かべて微笑み、ダクネスが警戒しながらも頬を緩める中。

 初心者殺しの親子は俺達をチラチラと振り返りながら遠ざかっていき、やがてその姿は見えなくなった。

 

 

 *****

 

 

 ――黒猫を母親のもとへと返した後。

 猫カフェでモンスターを飼っていた事が事実だと知られると、同時に猫に引っ掻かれて怪我をしたという苦情も事実として広まってしまった。

 その二つを合わせ、周辺住民を危険に晒したとの判断から猫カフェは営業停止とされた。

 

 猫カフェを追いだされた猫達がどこへ行ったのかというと……。

 

「よーしよし、魚か? この魚が欲しいのか?」

「こっちは肉だよ! 鶏肉をあげよう! 母ちゃんには内緒でいいとこのをやるから、ちょっと撫でさせてくれないか?」

「喉乾いてないかい? ミルクがあるよ」

 

 猫達は商店街の人達に可愛がられ、通りのあちこちでのんびりと過ごしている。

 猫カフェに通い猫達の可愛さにやられた店主達は、自分達で進んで猫の世話をすると言いだしたのだ。

 冒険者と違い生活が安定している彼らなら、猫の世話を任せても大丈夫だろう。

 日本にも地域猫ってのがいたしな。

 

 ――そんな風景を眺めながら、アクアがポツリと。

 

「ねえカズマ。これって黒猫盗賊団に食べ物を盗まれてた時と同じなんじゃないかしら」

「シーッ! どうしてお前は空気が読めないくせに時々無駄に鋭いんだ? せっかく皆が満足してるのんだから余計な事を言うのはやめろよな」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この愚か者の日に仕返しを!

 時系列は、『この愚か者の日に仕返しを!』の1年後(魔王討伐後)。


 ――まだ少し肌寒い、春のある日。

 いつものように昼過ぎに目を覚ました俺が、階下へと降りていくと。

 

「あっ、カズマ! ようやく起きたわね! まったく、あんたがなかなか起きてこないから待ちくたびれたわ!」

 

 昼間から酒のジョッキを手にしたアクアが文句を言ってきた。

 

「おはよう。……待ってたって、なんでだよ? というか、何これ?」

 

 広間のテーブルの上には、まるで宴会を開くかのような豪勢な料理が並んでいる。

 

「ほら、お前もこれを持て。めぐみん、カズマが起きてきたぞ!」

「お、おう……」

 

 ダクネスに差しだされたジョッキを受け取ると、その中にはなみなみとクリムゾンビアーが注がれていて……。

 

「ねえダクネス、今日は本当に昼間からお酒を飲んでもいいのよね? 今さらエイプリルフールだから嘘でしたなんて言わないわよね?」

「ああ、今日だけ特別だぞ?」

 

 ……なんて?

 

 バカみたいなアクアの言葉に、ダクネスが怒鳴りつけるのではなく穏やかにうなずいた、そんな時。

 台所からめぐみんが現れ。

 

「おやカズマ、おはようございます」

「めぐみんもこれを」

「ありがとうございます。それでは始めましょうか」

 

 ダクネスがめぐみんにもジョッキを手渡すと。

 

「「「乾杯!」」」

 

 三人がそんな掛け声とともに、手にしたジョッキをぶつけ合った。

 

「プハーッ! この一杯のために生きてるー! エイプリルフールって最高ね!」

 

 ひと息にジョッキを呷ったアクアが、口の周りに泡を付けながら満面の笑みを浮かべる。

 

「いや、お前らは何をやってんの? エイプリルフールってこういうのじゃないだろ」

 

 そう、今日はこの世界に来てから二度目のエイプリルフール。

 嘘をついてもいいというあの日だ。

 去年のエイプリルフールにはめぐみんとダクネスを騙したから、今年は仕返しだとかいって俺を騙そうとしてくるに違いない。

 そう思い、今日は警戒を絶やさないつもりでいたのだが……。

 

「何をと言われても。サプライズパーティーみたいなものですよ。カズマへの日頃の感謝を伝えようと思って、ダクネスと一緒に計画したんです。今日はカズマのためにご馳走をたくさん作りましたから、パーッと楽しんでくださいね」

 

 ジョッキを大事そうに両手で持っためぐみんが、そんな事を……。

 

「いや、なんでだよ。なんでわざわざ今日やるんだよ? お前ら、絶対なんか企んでるだろ」

「企むとは人聞きが悪いな。確かにお前に黙って計画していた事は認めるが、そこまで怒るような事ではないだろう」

「おいやめろ。ちょっとしたドッキリにマジギレする空気読めない人に向けるような目はやめろよ。さっきから微妙に核心を避けて答えてるのは分かってるんだよ! 何も企んでいないなら言ってみろよ! ほら、何も企んでませんってハッキリ言ってみろ!」

 

 しつこく追及する俺に、二人は困ったように苦笑して。

 

「落ち着いてください。サプライズパーティーなんですから、何も企んでいないとは言えませんよ。でもカズマが怒るような事はしないつもりなので安心してください」

「そうだぞ。それに、少なくともこの料理は本物だろう? 朝から頑張って作ったんだ」

 

 テーブルに並ぶ料理はどれも美味しそうだが油断はできない。

 美味しい料理の中にひとつだけ不味い料理を混ぜ、俺に食べさせるつもりかもしれない。

 ワサビ入りシュークリームだとか、からし入りタコ焼きだとか、日本でもよくバラエティ番組の罰ゲームに出てきたやつだ。

 

「んぐ……! このシャバシャバしたやつはとっても美味しいわ! これはお酒が進むわね。お代わりを飲んでもいい?」

「仕方ないな。ほら、私が注いでやろう」

 

 空気を読まないアクアが、俺達のやりとりを気にせず料理を褒め、ダクネスがそんなアクアに酒を注いでやる。

 

「カズマも何か食べませんか? 今日のは自信作ばかりですよ」

 

 二人のやりとりを見ていると、めぐみんに料理を勧められ……。

 

「……俺もあれが食べたい」

 

 俺はアクアが食べている料理を指さした。

 誰かが口を付けたものなら、変なものは入っていないはずだ。

 

「どうせお前らは、去年の仕返しとか言って俺を騙そうとしてんだろ? 今日一日、俺はお前らの言う事は信じないからな!」

「まあいいですけど、料理に変なものは入れていませんからね? カズマは素直にパーティーを楽しんだらいいと思います」

 

 警戒する俺に、めぐみんが苦笑しながらそんな分かりきった嘘を……。

 …………。

 

 ……あれっ?

 

 嘘じゃない……だと……?

 

 

 *****

 

 

 エイプリルフールを警戒していた俺は、昨日のうちにセナに無理を言って、嘘を感知する魔道具を借りてきている。

 今、その魔道具は俺が座っている椅子の下に隠してある。

 誰かが嘘をついたら反応するはずなのに、今のところ魔道具は鳴っていない。

 それに、これだけ手間暇掛けて準備したパーティーなのだから、本当に二人が俺への感謝を伝えようとしているだけという可能性も……。

 いや、俺への感謝を伝えたいだけなら、わざわざエイプリルフールを選ばなくてもいいはずだ。

 嘘をつかなくても人を騙す事はできる。

 めぐみんもダクネスも、何も企んでいないと断言はしなかった。

 今日を選んだという事は、このパーティーには裏の目的があるに違いない。

 それが何かは分からないが……。

 

「……!」

 

 その時、俺に電流走る……!

 もしも俺が嘘を感知する魔道具を借りてくる事が、めぐみんに知られていたとしたら?

 俺が寝ている間に、俺の部屋に侵入し魔道具を偽物とすり替えられた可能性がある。

 クソ、最大の武器がいきなり信用できなくなった!

 ……いや、大丈夫だ。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 俺の名は佐藤和真。

 数多の魔王軍幹部と渡り合い、ついには魔王を倒した勇者だ。

 仲間からのちょっとした仕返しくらい、華麗に乗りきってみせる……!

 

「カズマさんカズマさん」

 

 決意を固める俺に、アクアが呑気な口調で話しかけてくる。

 

「なんだよ? 俺は今戦いに臨む決意を固めてるとこだから、そっとしておいてくれよ」

「ちょっと何を言っているのか分からないけど、その美味しそうなやつ、食べないんだったら私が貰ってもいい?」

 

 いつの間にか、俺の目の前には美味しそうな料理が置かれている。

 ……怪しい。

 俺に食べろと言わんばかりに目の前に皿を置くなんて、この料理に何かしら仕掛けがあるとしか思えない。

 

「いいよ」

「本当? ありがとうね!」

「えっ……」

 

 俺がアクアに料理を手渡すと、俺の隣に座っているダクネスが声を上げた。

 

「な、なんだよ。これを俺に食わせたかったのか?」

「ああ、それはお前のために私が作った、ダスティネス家の秘伝の料理だったんだが……。いや、気にしないでくれ。エイプリルフールにこんなパーティーを開いたのだから、こういう展開も予想はしていた」

 

 ……えっ。

 

 そんな事を言われると、まるで俺が悪い事をしているみたいじゃないか。

 いや、きっとあの料理はすごく辛かったり苦かったりするはず……!

 

「……? なーに? どうして私の事をジッと見ているの? これはもう貰ったんだから私のものよ。やっぱりナシって言っても遅いからね」

 

 俺のもとから料理を取っていったアクアは、料理に口を付けると首を傾げ。

 

「すごく美味しそうだったけど、なんだか普通なんですけど」

「……!?」

 

 そんなアクアの言葉に、ダクネスが衝撃を受けていた。

 

 

 

 ――ダクネスの料理は普通だった。

 

 二人は嘘をついていないのだろうか。

 エイプリルフールだなんだと気にしているのは俺だけなのか?

 いや、よく考えろ佐藤和真。

 あの料理は美味しかったのではなく普通だった。

 ダクネスは不味い料理を作ろうとしたのに、失敗して普通の料理を作ってしまったのかもしれない。

 警戒を解くのはまだ早い……!

 

「どうしたんですか、カズマ。食べないのですか? 美味しいですよ」

 

 と、俺が内心で葛藤していると、めぐみんが少し心配そうに声を掛けてくる。

 ……これは本当に心配しているのか? それとも、心配している振りをして俺がうろたえるのを面白がっているのか?

 二人が本当に俺のためにパーティーを開いてくれているのだとしたら、警戒しすぎて台なしにするのは最低だ。

 いまだにクズマとかゲスマとか呼ばれる俺でもどうかと思う。

 

「い、いや、別になんでもないよ。……でも、そうだな。俺はまだ起きたばっかだから、もう少しあっさりしたやつを食べたい気分なんだよ」

 

 二人を嘘つき呼ばわりする事に気が引けてきた俺が、そんな言い訳を口にすると。

 

「……仕方ありませんね、もう一品作ってきてあげますよ。あっさりした料理ですね? ちょっと待っていてください」

 

 俺のわがままに、めぐみんは怒る事もなく立ちあがると、台所へと歩いていった。

 

 ……えっ。

 

 どうしよう、至れり尽くせりすぎる。

 起きたばかりで食欲が湧かないからと待ってもらい、その間に料理を見定めようと思っての言い訳を真に受けられるとは……。

 わがままを素直に受け入れられると罪悪感がある。

 ひょっとして、二人は本気で俺のためにパーティーを開いているだけなのか?

 というか、俺はいつまでこんな事で悩み続ければいいんだよ。

 もういいよ。

 例え騙されていたとしても、これだけ楽しいパーティーを開いてくれたならいいよ。

 悩むのが馬鹿らしくなってきて、何もかも投げだしてしまいそうになる。

 だが待て佐藤和真……!

 これこそがあいつらの狙い通りだとしたら……?

 考えすぎだとは思うが、最近のめぐみんは俺の事を見通している節がある。

 ここで考える事をやめて、油断したところで何かしら引っ掛けられたら悔しい。

 ……いいだろう。

 今日一日だけ、警戒し続ければいいだけだ。

 そもそも悪いのは俺ではなくて、エイプリルフールなのに俺への感謝を伝えたいなんて言いだした二人の方だ。

 

「お前らが何を企んでいるのか知らないが、どうせ俺を騙そうとしてるんだろ? 今日一日はお前らの言う事は信じない。料理も誰かが口を付けたやつしか食べないからな!」

 

 覚悟を決めた俺は、お酌してくれようとしていたダクネスにそう宣言した。

 そんな俺に、ダクネスは手にしていた酒を自ら飲んでみせ。

 

「まったく、お前という奴は……。ほら、飲んでみせたぞ? これで安心だろう?」

 

 何も仕掛けていない事を証明すると、俺が持つジョッキに酒を注いでくれた。

 

 ……どうしよう、やっぱりちょっと心が痛いんですけど。

 

 

 *****

 

 

「あはははは! 美味しいわ! この料理はとっても美味しいわね! お酒が進むわ!」

 

 俺が警戒し飲み食いするのを控えている分、アクアがいつもより早いペースで飲み食いし、あっという間に酔っ払った。

 

「ほらカズマ。せっかくダクネスが昼間からお酒を飲んでもいいって言ってるんだから、あんたも変な顔の練習してないで楽しんだらどう?」

「これは変な顔じゃなくて難しい顔をしているんだよ。お前、よく警戒もせずに飲み食いできるな。辛いものとか仕込まれてたらどうすんだよ?」

「今日の私は気分が良いから、辛いものを食べたら必殺の火吹き芸を見せてあげるわ!」

「お前に訊いた俺がバカだった」

 

 ダメだ、こいつは心からパーティーを楽しんでいる。

 エイプリルフールにパーティーなんて、どう考えても怪しいのに……。

 

 …………。

 

 ……俺の心が汚れているのか?

 アクアのように無邪気に受け入れるのが人として正しいのだろうか?

 

「お、おいアクア。いくらなんでも酒を飲みすぎではないか? 少し控えた方が……」

「なんでよ! ダクネスはお酒を飲んでも止めないって言ってたじゃない! 今さら止めたって遅いわよ! 嘘つき! せっかく楽しい気分なんだから止めないでちょうだい!」

「いや、私はお前の体の事を考えてだな……」

 

 いつもより早いペースで酒を飲むアクアを、さすがにダクネスが止めようとする。

 

「いいダクネス、アクシズ教の教えにはこうあるわ。『汝、我慢することなかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい』……私は体の事を考えて我慢するより、今を楽しく過ごすためにお酒を飲むわ。我慢するのは体に毒だもの。体の事を考えて我慢したら体に悪いのよ? そういうわけだからお代わりをください」

「まったく……。今日だけだぞ? 明日からは節制するように……。おい、耳を塞いで聞こえない振りをするな」

 

 ダクネスの小言に耳を塞いだアクアは、体ごとそっぽを向いて聞こえない振りをする。

 そんなアクアに苦笑すると、ダクネスはアクアのジョッキに酒を注いでやって。

 

「カズマはどうだ? この酒はアクアも飲んでいるから、警戒しなくてもいいだろう?」

「お、おう……。それなら貰おうかな」

 

 ……さっきから酒も食べ物も俺より先にアクアが飲み食いしていて、俺のために開いてくれたパーティーのはずなのにアクアが真っ先に楽しんでいるのはちょっとモヤっとする。

 どの口が言ってんだって話だが。

 酒のビンを持ったダクネスは、俺の隣に腰を下ろすと。

 

「他に何か欲しいものはないか? その、今日はお前の望みをできるだけ叶えてやろうと思っていてだな……。多少は無理を言ってくれて構わない」

 

 少し照れくさそうな表情を浮かべ、おずおずとそんな事を言いだした。

 

 ……ほう?

 

 今日のダクネスは俺を甘やかしてくれるらしい。

 これも俺を油断させ、エイプリルフールの嘘を仕掛けるための罠なのだろう。

 そっちがその気ならこっちにも考えがある。

 

「今日は俺への感謝を伝えたいっつってたな? だったら態度で示してくれよ。お酌してくれるんならメイドの格好でやってくれ」

「ああ、そのくらいなら構わない。少し待っていてくれ」

 

 調子に乗った俺のわがままに、ダクネスは少しだけ悩んでからうなずいた。

 ……マジで?

 

 

 

 ――しばらくして。

 一度自室へと戻ったダクネスが再び現れると、いつか俺が交換条件のために着せた、サイズが小さいメイド服を身に着けていた。

 丈の短い特別仕様を着用したダクネスは、エロ担当の名に恥じない色気を醸しだしている。

 

「あ、あまりジロジロ見ないでくれ……」

 

 ダクネスが恥ずかしそうに言いながらも、俺の隣に腰を下ろし酒のビンを手にした。

 

「ほら、酒を注いでやるからジョッキを出せ」

「違うだろ。メイドなんだから俺の事はご主人様と呼べ」

「……!?」

 

 すかさず言い返す俺に、ダクネスは。

 

「……失礼しました。お酒を注がせてください、ご主人様」

 

 恭しく頭を下げるとそう言った。

 

「う、うむ。苦しゅうない」

 

 ヤバい。

 何がヤバいってヤバい。

 ダクネスに酒を注がせる俺の姿をジッと見ていたアクアが。

 

「……カズマさんが、大人のお店でお姉さんに嫌われるようなダメなおじさんにしか見えない事をやっているんですけど」

「ななな、何言ってんだ! いいんだよ、今日は俺への感謝を伝えるためにパーティーまで開いてくれてるんだから、全力で楽しむのが礼儀ってもんだ」

 

 ポツリと呟いたアクアの言葉に図星を突かれ、強めに否定する。

 そう、これはいわゆる威力偵察ってやつだ。

 こいつらが俺への感謝を伝えたいなんていう嘘のためにどこまでやるつもりなのか確かめているのであって、セクハラではない。

 

「他には何かありませんか、ご主人様」

 

 恥ずかしそうにしながらもメイドになりきったダクネスが、微笑みを浮かべてそんな事を言ってくる。

 ダクネスはいい加減に拒否してくれないと本当にヤバいと思う。

 

「じゃあ胸を触らせてくれ」

「……! ……あ、ああ、構わない」

「ほらやっぱりダメなんじゃねーか! これに懲りたら軽々しく男の望みを今なんて?」

 

 断られるつもりで言った俺の提案に、顔を真っ赤にしたダクネスがこちらに胸を突きだすかのように身を反らし。

 

「……だから、触っても構わないと言ったんだ。そ、その……、好きなだけ揉んでくれ」

「!!!!????」

 

 なんだコレ。

 いつも腕力にものを言わせているあのダクネスが、妙にしおらしくて色っぽいんですけど。

 さ、さすがに冗談だろ? 本当に揉もうとしたら指をポキッてされるんだろ?

 

「お、おおお、お前、いいのかよ? アレだぞ、いくらエイプリルフールだからって、俺の指を折るのはシャレになってないからな? 越えちゃいけないラインってやつを考えろよ?」

 

 そんな俺の言葉に。

 ダクネスは両腕を後ろに回し目を閉じた。

 

「……!?」

「わ、私だって恥ずかしいんだ。触るなら早く触ってくれ……」

「エロネス! やっぱりお前はエロネスだ!」

 

 本当に、越えちゃいけないラインってやつを考えてほしい。

 

「ああ、そうだとも。私はエロい。お前に触られる事をいつも期待しているくらいエロい。だから、早く……」

「い、いいんだな? 本当にいいんだな?」

 

 俺がダクネスの胸に手を伸ばしたその時――!

 

「いいわけないでしょう! 人に料理を作らせておいて、あなた達は何をイチャコラしているんですか!」

 

 台所から戻ってきためぐみんが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「知ってたよ! どうせこんな事だろうと思ってたよ! ああ、まったく期待なんかしてなかったね! お前らどうにかして示し合わせてたんだろ!」

 

 手にしていた料理の皿をテーブルに置くと、めぐみんが呆れたように。

 

「そんな事してませんよ。何があったのかは知りませんが、大体想像はつきます。エイプリルフールだろうがなんだろうが、カズマとダクネスがイチャコラをするのを私が見逃すはずないでしょう」

「ちちち、ちがー! これはそういうのじゃなくて、俺への感謝を伝えるなんていう嘘のためにお前らがどこまでやるのか確かめてやろうと……!」

「まだ疑っているんですか? 私達は本当に日頃の感謝を伝えたいのであって、騙すつもりはないと言っているではないですか。まあ、そういうところもカズマらしいですが」

 

 料理を取り分けながら苦笑するめぐみん。

 クソ、やっぱり手玉に取られている気がする……!

 俺に胸を触らせようとしているところをめぐみんに目撃されたダクネスは、ちょっと顔を赤くしながらも。

 

「……あ、すまないめぐみん。カズマは私達が料理に良からぬものを入れるのではないかと疑っていてな。誰かが口にした料理しか食べないと言うんだ。先に私が食べてもいいか?」

「それでカズマが納得するなら構いませんよ」

 

 いつもなら仲間を疑うのかと怒りだしそうな事を言っているのに、めぐみんはあっさりうなずいた。

 ダクネスが料理を口にするが、やはりおかしな味はしないらしい。

 

「ほら、カズマ。おかしなものは入っていないだろう? 美味しい料理だ。好きなだけ食べてくれ」

 

 ……どうしよう、心が痛い。

 俺は間違っているのか?

 エイプリルフールなんかに惑わされないで、こいつらを信じるべきなのか?

 と、ダクネスとは反対側の隣にめぐみんが腰を下ろし。

 

「ダクネスの胸を触りたかったんですか? そんなに触りたいのなら、私の胸を触ってもいいですよ。ダクネスに比べると物足りないかもしれませんが……」

 

 両目を恥ずかしそうに赤く輝かせながら、そんな事を……。

 …………。

 

「い、いや、ちょっと待て。お前らどうしちまったんだよ? どうして今日はそんなに積極的なんだ? 嘘なんだよな? 触ろうとして手を伸ばしたら、指をポキッてやられるんだよな? 力のステータスではお前にもダクネスにも勝てないからな……」

「どうしてと言われても。……触りたいんですか? 触りたくないんですか?」

「そりゃ、俺は紳士だからな。触りたいか触りたくないかで言えば触りたいけど、がっつくような事はしないよ」

 

 そうだ、俺にはサキュバスのお姉さんという心強い味方がいる。

 彼女達の事を思えば、ちょっとくらいエロい誘惑にも耐えられる。

 これまでせっかくのパーティーを心から楽しめなくても耐えていたのに、今さら隙を見せるわけには……。

 

「いいんですよ。今日だけは何も考えないで、やりたい事をやればいいんです。私もダクネスも怒りませんから」

 

 めぐみんは誘うように微笑みながら、胸を見せつけるかのように前屈みに……!

 

 ――と、そんな時。

 

「ねえー、私もそれ食べたいんですけど! 私のお世話もしてほしいんですけど!」

 

 ダクネスに小言を言われ手酌で飲んでいたアクアが声を上げた。

 

「私を仲間外れにして三人だけでイチャコラするのはどうなんですかー。……べ、別に私はカズマさんの事なんてなんとも思ってないけどね。でも私達は苦楽をともにし、ついには魔王を討伐したパーティーの仲間でしょう? パーティーの要である私を仲間外れにするのはどうかと思うの」

「いや、お前は酒飲んでりゃ満足なんだろ? ひとりで飲み食いしてればいいじゃないか」

「なんでよー! めぐみんとダクネスにチヤホヤされたからって調子に乗るんじゃないわよ浮かれニート!」

 

 あかん。

 アクアがいるとエロい雰囲気になるわけがない。

 ……いや、これは助かったと思うところなのか?

 

「二人とも、カズマさんがなんだか変な顔をしているから心配なんでしょう? まったく! カズマさんはまったく! 仕方ないわね、私のとっておきの必殺芸を見せてあげるから元気を出しなさいな。さあお立ち会い! このいつもの広間に、なんと! 皆大好き初心者殺しが登場しますよ!」

「「「ちょ!?」」」

 

 バカな事を言いだしたアクアを、俺達は同時に立ちあがり制止した。

 

 

 *****

 

 

 ――深夜。

 一日中続いた宴会もようやく落ち着きを見せ、広間はいつも通りに戻っていた。

 酔いつぶれたアクアがソファーによだれを垂らして眠っている。

 宴会はもう終わりといったところだが……。

 

「な、なあ、その……。さっきの話だけど」

「なんの話だ?」

 

 興奮を抑えた俺の言葉に、酒ではなくお茶を淹れていたダクネスが首を傾げる。

 相変わらずメイド服姿のダクネスは、酒で目が潤み、白い肌が赤く色づいていて…………すごく……エロいです……。

 

「だ、だから、……胸を触ってもいいって言ってた件なんですが。あれって……」

 

 邪魔をしてきそうなアクアは寝ているし、めぐみんは台所で宴会の片づけをしている。

 いつもなら間違いなく怒りだすであろう事を言いだした俺に、ダクネスが穏やかな微笑みを浮かべ。

 

「まったく……。仕方のない奴だな」

 

 そう言って俺の方へと身を乗りだし……!

 

「そこまでですよ。時間切れです」

 

 俺の手がダクネスの胸に触れる直前、静かな広間にそんな声が響いた。

 皿洗いを終えて台所から戻ってきためぐみんが。

 

「日付が変わったので、胸に触ってもいいという話はナシです」

「……は?」

「なんというか、お前らしいというか……」

 

 ダクネスが苦笑しながら身を引く。

 

 …………えっ?

 

「はあああああー!? 散々引っ張ってこんなオチかよ! やっぱり嘘だったんじゃねーか! 知ってたよ! 別に俺は期待なんかしてなかったよ!」

「嘘というわけではなかったのだが……。期待してくれなかったのか?」

「べべべ、別に期待してねーし! ただお前らが嘘つくためにどこまでやるのかって思っただけだよ! それで、結局これってどういう事だったんだ? もうエイプリルフールは終わったんだし、そろそろネタバレしてくれてもいいだろ」

 

 俺の言葉に、めぐみんとダクネスは顔を見合わせ。

 

「私達は何も嘘は言っていないぞ。今日は本当に、いつも世話になっているカズマを労おうと思っただけだ」

「ダクネスと一緒に去年の仕返しを考えていたんですが、カズマも警戒しているでしょうし、騙すのは難しいという結論になりまして。……それで、もう普通に過ごす事にしたんですよ。その方がカズマには効果的だろうと。どうでしたか? 今日は普通の宴会でしたが、カズマは素直に楽しめましたか?」

 

 イタズラっぽい微笑みを浮かべながら、口々にそんな事を言ってくる。

 ……つまり、エイプリルフールなのに普通にパーティーをやる事で、俺が勝手に二人を疑って空回りさせるように仕向けたと……?

 

「まあ、私はともかくダクネスは素直ではありませんからね。嘘をついてもいい日だから、カズマにお礼を言ったりチヤホヤしたりできたんですよ」

「そ、それは……。私は日頃から、けっこうカズマへの感謝を示していると思うぞ」

 

 確かに、今日の俺は騙されないようにずっと警戒していて、せっかくのパーティーも素直に楽しむ事ができなかった。

 アクアはどうだか分からないが、この二人が珍しく労ってくれていたのに……!

 なんの問題も起こらなかった、楽しい宴会だったのに!

 

 ……というか…………。

 胸を触ってもいいというのも嘘じゃなかった……と……?

 

「畜生! 分かったよ、今年は俺の負けだよ!」

 

 敗北宣言する俺に、二人がクスクスと笑う。

 

「まあ、今日はエイプリルフールですからね、どこまでが本音でどこまでが嘘だったかは分かりませんよ?」

「そうだな。いくらなんでも、お前に触られるのをいつも期待しているなどというのが本音のはずはないからな」

 

 と、二人が笑いながら言った、そんな時。

 

 ――チリーン。

 

 俺の椅子の下から鈴が鳴るような音がした。

 

「「…………」」

 

 二人が無言のまま俺を見てくる。

 

「ええと……、ほら、今日ってエイプリルフールだろ? お前らが去年の仕返しをしてくるだろうと思って、嘘をつくとチンチン鳴る魔道具を借りてきてたんだけど……」

 

 魔道具を取りだしながらの俺の言葉に、二人が真っ赤になった顔を両手で覆った。

 

 

 *****

 

 

「――しょうがないじゃん! お前らが俺の事を騙そうとしてくると思ってたんだからしょうがないじゃん!」

「我が左腕に頼んで記憶を失うポーションを手に入れてきてもらいましょう」

「こんな事でアイリス様の手を煩わせるわけには……! この際頭に強い衝撃を与えるというのはどうだ?」

「お前らふざけんなよ! 大体、お前らが変なサプライズを考えるからこんな事になったんだろうが! それで逆ギレするってどうなんだ? ……よし分かった。掛かってこいよ! でも俺にはドレインタッチってスキルがある事を忘れるな。勝負するって言うならどこに触っちまってもセクハラじゃないからな? そんなに触ってほしいならめちゃくちゃ揉みしだいてやるよこのエロネスが!」

「この男、ぶっ殺してやる!」

 

 ――俺がいきり立った二人に立ち向かう中。

 

「……プークスクス! 三人ともそんなに慌てなくてもいいのに! 初心者殺しを出すなんて無理に決まってるんですけど! ……エイプリルフールの嘘なのでした! プークスクス。クスクスクス……」

 

 ソファーの上のアクアが、寝言を漏らしながら寝返りを打ったが誰も気づかなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この嵐の夕べにおしゃべりを!

『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻、または『爆焔』3巻。ゆんゆん視点。


 めぐみんとパーティーを組み、クエストへと行くようになって数日が経った。

 悪魔が現れたという事で調査が終わるまで森は出入り禁止になり、危険の少ない平原でモンスターを狩る事にも慣れてきて……。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんは特に必要もないのに、クエストが終わりに近づくと爆裂魔法を使いモンスターを吹っ飛ばしていた。

 

「……ふう。どうですか、この爽快な光景は? 我が最強魔法の前には、どんな強敵であろうと雑魚同然! 一撃で七匹も巻きこんだので、今日の勝負は私の勝ちですね」

 

 魔法を放ちその場に倒れためぐみんが満足そうに言ってくる。

 

「あんたちょっと待ちなさいよ! 毎回毎回どうしておとなしくしていられないの? あれくらいなら私の魔法でも倒せるんだから、爆裂魔法を使う必要なんてないじゃない!」

「や、やめろお! 動けない相手に手を出すのは卑怯者のする事ですよ! ゆんゆん任せにしていては、私はただくっついてきているだけではないですか。私達はパーティーを組んでいるんですよ。仲間というのは助け合うものです」

「め、めぐみん……」

 

 仲間と言われた事が嬉しくて口篭もる私にめぐみんは。

 

「それに、ゆんゆんばかり活躍しているのを見ると、紅魔族の本能が疼くんです。ゆんゆんも紅魔族なら分かるでしょう?」

「そっちが本音じゃないの! そ、それは私も紅魔族だから分かるけど……。ううっ、また受付のお姉さんに怒られる……!」

「そんな事より、動けないのでおんぶしてもらえますか」

「……もうこのままここに置いていこうかな」

 

 半分くらい本気で口にした私の言葉に、めぐみんが慌てて謝った。

 

 

 

 ――冒険者ギルドに戻り報告を終えて。

 ギルドの酒場で夕食を取った私達は、クエストでの汚れを落とすために公衆浴場へと向かっていた。

 その途中、めぐみんがとある路地の前で立ち止まり。

 

「……ほう! これはなかなか趣のある路地ですね」

「ちょっと何を言っているのか分かんない」

「ゆんゆんにはこの路地の素晴らしさが分かりませんか? なんというか、闇属性な感じが紅魔族の琴線に触れてくるのです」

「そ、そんな事……。私は全然……」

 

 言われてみると気になる路地のような気が……、…………?

 

「そうですか? では私はひとりでこちらに行くので、ゆんゆんは先に公衆浴場へ行っていてください」

「ちょっと待って! 爆裂魔法を使って魔力も残っていないくせに、どうしてひとりで危なそうな方へ行こうとするのよ!」

 

 私は暗い路地裏へと入っていくめぐみんの後を追いかけた。

 

「そんなに心配しなくても、この街は国内で最も治安が良いらしいですよ」

 

 魔力を使い切ったせいか、少し気だるげな様子でめぐみんは言う。

 

「だからって、自分から危なそうなところに行かなくてもいいじゃない。おかしな人に絡まれたらどうするのよ?」

「大丈夫ですよ。私達は新米冒険者にしてはレベルが高いですからね、魔法を使わなくてもその辺の市民には負けませんよ。それに、私はしばらくこの街を拠点にするつもりなので、知る人ぞ知る穴場なんかを見つけておきたいです。路地裏を通った方が近道になるかもしれませんよ?」

「……そ、そうなの? めぐみんって、考えなしに行動してるように見えて、けっこういろいろ考えてるんだね」

「当然です。ゆんゆんももう少しいろいろと考えたらどうですか? 私達は冷静沈着が売りのアークウィザードですからね」

 

 感心する私に、めぐみんがドヤ顔を浮かべ……。

 

 ……それからしばらくして。

 

「ねえめぐみん。ここってさっきも通ったんじゃない?」

「…………」

「めぐみん? ねえ、そこはさっきも右に曲がったと思うんだけど……。ねえ、めぐみんってば! ひょっとして私達、迷子になってない? めぐみん! めぐ……。ちょっとあんた無視しないでよ! 迷ったなら迷ったって言いなさいよ!」

 

 私が何度も呼びかけると、めぐみんは足を止め振り返って。

 

「ええ、迷いましたよ。それが何か?」

「何かじゃないわよおおおおお! 近道になるかもって言ってたのはなんだったのよ! 逆に時間が掛かってるじゃない! 暗くなってきたし、雨も降りそうだし……! ちょっと感心した私がバカだったわ! やっぱりあんたはアホの子よ!」

「何おう! 仕方ないじゃないですか、紅魔の里にはこんなに複雑な道はなかったし、こんなに広くもなかったんですよ! というか、私をアホの子呼ばわりするゆんゆんは道が分かっているんですか? どうすればこの路地から出られるかが分かると言うんですか?」

「そ、それは……!」

 

 迷っているのは私も同じなので強くは言えない。

 

「ほら見た事か! 私がアホの子ならゆんゆんもアホの子ですよ!」

 

 ――私達がお互いをアホ呼ばわりしていると。

 私達のすぐ傍を青い髪の女の子が走り抜けていって……。

 

「あっ、あの人に聞いてみましょう。この街の人なら道も分かるはずですよ!」

 

 即座にそう言っためぐみんが女の子を追いかけ走りだす。

 

「ええっ! ちょっとめぐみん……!」

 

 そんな……。

 人に道を聞くなんてそんな……!

 あの人は走っていたから急いでいるのかもしれないし、道を訊いたら迷惑なんじゃ……。

 と、知らない人に声を掛ける事をためらっていたせいか、追いかけていたはずのめぐみんをいつの間にか見失っていて。

 

「あ、あれ……? めぐみん? ねえめぐみんってば……!」

 

 声を上げるも周りには誰もいない。

 走り疲れてトボトボと歩きながら、だんだん怒りが込みあげてくる。

 まったく! めぐみんはまったく! 思いつきで知らない道に入って迷い、しかも私を置いていくなんて……。

 …………。

 ……めぐみんは……すごいなあ。

 旅に出る時も私はめぐみんを追いかけてきただけだし、学校でもライバルと言っていたけれど一度も追いつけなかったし……。

 ……このまま追いつけなかったら……。

 ……朝まで路地から出られなかったらどうしよう。

 

 ――と、私が不安に駆られたそんな時。

 

 鼻先にポツリと水滴が当たった。

 

「ひゃっ! あっ、雨……」

 

 見上げると、空から大粒の雨が降ってくる。

 

「ど、どうしよう……?」

 

 道が分からなくて路地から出られないのに、雨まで降りだしてしまった。

 すぐに雨は本降りになって、私はあっという間にびしょ濡れになる。

 半泣きになりながら駆け足で路地をウロウロしていると、誰も住んでいなさそうな廃屋を見つけて。

 ……少しだけ雨宿りさせてもらえないかな?

 このまま歩き続けても路地から出られないかもしれないし、雨に濡れたせいで風邪を引くかもしれない。

 風邪や病気は治癒魔法では治せないから、冒険者にとっては大敵だ。

 

「すいません……。お借りします……」

 

 軒下に立って、濡れてしまったスカートを絞る。

 見上げた空は黒い雲に覆われているけれど、空の端っこには夕焼けの名残も見えるから通り雨だろう。

 少しだけなら家の持ち主も許してくれるはず……。

 

 と、そんな時。

 

「……なあ」

 

 誰もいないと思っていた廃屋の中から声がした。

 

「わあああ! す、すいません! すいません! 勝手に軒下をお借りしてすいません! 誰もいないと思ったんです! 今すぐに行きますので許してください!」

「いや、ちょっと待て! そうじゃなくて、どうせ雨宿りするんだったら中に入ったらどうだ? そこだと足が濡れるだろ? まあ、俺も雨宿りしてるだけでここの持ち主ってわけじゃないんだけどな」

 

 立ち去ろうとする私に、その人は慌てたように声を掛けてくる。

 どうやら私と同じように雨宿りをしている人らしい。

 空が曇っているせいで薄暗いし、廃屋の中は暗くてよく見えないけれど、声の感じからすると私と同い年か少し上くらいの男の子だろう。

 

「い、いいんですか? ……あの、勝手に入っちゃっていいんでしょうか? 持ち主の人に怒られませんか?」

「持ち主はここにはいないみたいだし大丈夫だと思うぞ。それにもし見つかっても、ちょっと雨宿りするくらいなら許してくれるだろ」

「い、いえ、でも……!」

 

 知らない人と二人きりなんて……。

 ……大丈夫だろうか?

 退屈な奴だと思われないだろうか?

 でもせっかく誘ってくれているのに断ったら軒下にいるのも気まずくなるし……!

 

「…………そ、それなら……。ししし、失礼します……!」

 

 廃屋の中に入るも、何も見えずまごついていると。

 

「そこら辺に藁束が置いてあるから、そこに座ってるといいんじゃないか」

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 近づきすぎると緊張しそうで、男の子から離れた部屋の隅っこに腰を下ろし……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……お互いに無言だ。

 

 どうしよう、中に入ってもいいと言われ入ってきてしまったけれど。

 ……こういう時にはどうするのが正解なんだろう? 紅魔の里で読んだ『魚類とだって友達になれる』という本には書いてなかった。

 だって魚類は喋らないし……。

 意外と社交的なところもあるめぐみんだったら、自分から話しかけて雨が収まる頃には仲良くなっているかもしれない。

 私が話しかけたら変な子だと思われないだろうか?

 でも、このまま黙っているのも……。

 ――と、私が悩んでいると男の子が声を上げた。

 

「……!? ちょ! お、おい! あんた、目が真っ赤だけど大丈夫か! それってなんかの病気とかじゃないのか!」

 

 悩んでいたせいか、自分でも気づかないうちに両目が紅く輝いていたらしい。

 

「ちちち、ちがー! 違います! これは種族の特徴で、別に病気ってわけじゃ……! す、すいません! いきなり光ったら迷惑ですよね! なんでもないです! すぐに落ち着きますから!」

 

 目を閉じたり、手で隠したりするも、目が赤いと指摘され動揺しているせいか、目が輝くのは収まりそうもない。

 

「ど、どうしよう。このままじゃ迷惑が……! あ、あの、やっぱり私、出ていきますね! 少しくらい濡れても大丈夫ですから!」

「い、いや、ちょっとびっくりしただけだから気にしないでくれ。なんでもないならこっちこそ騒いで悪かったよ。別に迷惑じゃないから無理して光らないようにしなくてもいいぞ」

 

 慌てる私に、男の子がなんでもない事のように言う。

 なんていい人なんだろう……!

 

「す、すいません……!」

 

 これまでこの街で会った人達は、私の目が紅く輝くと怯えていた。

 これ以上迷惑を掛けないように両目を塞いでいると。

 

「なあなあ、もし良かったらだけど、雨が収まるまで暇つぶしに話でもしないか? ほら、黙って座っていても気詰まりだし、何もしないってのも退屈だろ? 本当に良かったらでいいんだけど……」

「いいんですか!」

 

 男の子の提案に、私は食い気味に声を上げる。

 

「お、おう……」

「ほ、本当ですか? 本当に、私なんかとお話してくれるんですか? その、私なんかと話していてもつまらないと思うんですけど……。よ、よろしくお願いします……!」

 

 ありがとうございます、ありがとうございます……!

 

 

 *****

 

 

「――そいつがバナナを全部消しちまってさ。いや、その芸は本当にすごかったんだ。客もたくさん集まったし、後はバナナを売れば良かった。でもそいつ、バナナは消しちゃって戻せないから、売る用のバナナを用意しろって言いだしてさ。それで俺まで一緒にクビにされたんだよ」

 

 男の子は自分達の失敗談を面白おかしく話してくれた。

 聞けばその男の子も、私と同じくこの街に来たばかりの駆けだし冒険者だという。

 

「そ、そうなんですか! ……大変ですね!」

 

 私がつまらない相槌しか打てないでいるのに、男の子は気にせず話を続けてくれる。

 

「その前はわけの分からない指示を出されてクビになった事もあったな。まったく、せっかく人が真面目に働こうと思ったのにバカにしやがって!」

「わ、わけの分からない指示ですか……?」

「それがさ、裏の畑からサンマを獲ってこいって言うんだよ」

「え? サンマですか? 裏の畑からサンマを……?」

 

 戸惑う私に、話していて思いだしたのかその子は声を荒げて。

 

「だよな、嫌がらせにしても意味が分からないよな!」

 

 ……えっ。

 畑からサンマを獲ってくるという簡単な指示なのに、わけが分からないってどういう事だろう……?

 

「……そういえば、バナナって川を泳いでるのか? サンマならまだ分かるけど、バナナが川を泳いでるわけないよな? いや、サンマが泳ぐなら海のはずだけどさ」

「???」

 

 混乱する私に、男の子はさらにわけの分からない事を言ってくる。

 バナナが川を泳ぐのは当たり前だし、サンマが海を泳ぐはずもない。

 ……私をからかっているのだろうか?

 紅魔の里の外では通じるジョークみたいなものなのかもしれない。

 里でも私と話をしてくれる人はほとんどいなかったから、皆は知っているジョークを私が知らないだけなのかも……。

 

「そ、その……。そうですね! わけが分からないですね!」

 

 今自分が話している事もわけが分からないけれど、変な子だと思われたくなくて話を合わせると。

 

「そうなんだよ! 分かってくれるか? 君みたいなまともな人と話せて良かったよ。ここんところ、頭のおかしい失敗ばかりする疫病神みたいな奴の相手ばかりしてたからさ」

 

 まともな人!

 それに、私と話せて良かったって……!

 

「そそそ、そんな! こちらこそ、こんなにきちんと話をしてもらえるなんて、里を出てから初めてで……!」

 

 というか、私の相手をまともにしてくれる人なんて、里にもほとんどいなかった。

 良かった!

 無理してでも話を合わせて本当に良かった……!

 

「まあ、そんなわけでいろいろと苦労させられたけど、最近はようやく土木工事の仕事にありつけるようになってさ。今日もでかいクレーターができたからそれを埋めるために残業しろっていわれて、さっきまで街の外で仕事してきたとこだよ」

「……!? そ、そうなんですか。大変ですね!」

 

 ……すいません、そのクレーターを作ったのは多分めぐみんです。

 

「そうなんだよ! 大変だったんだ! そんな風に言ってくれる奴も他にいなかった! 普通の事をしてるだけなのになぜか上手く行かなくてさ。もうずっと馬ご……、…………ボロい宿で寝泊りしてんだ。それにほら、装備も買えなくてせっかくのファンタジー世界なのにジャージ一丁だよ、まったく雰囲気が出ねえ。……って、こんなに暗くちゃ見えないよな」

 

 ふぁんたじーってなんだろう?

 ……じゃーじ?

 話を合わせてしまった以上、訊く事はできない。

 よく分からないけれど、多分じゃーじというのは着ている服の事だろう。

 せめて男の子の服装だけでも見ようとするも、男の子の言うとおり暗くて見えない。

 

「す、すいません! 見えなくてすいません!」

「いや、そんなに謝るほどの事でも……」

 

 相手には見えないのに私が何度も頭を下げていた、そんな時。

 稲光がカッと部屋の中を照らしだした。

 

「あっ! 見えました! 今あなたの着ているものが一瞬だけ見えましたよ! 確かにこの辺りではあまり見ないようなヘンテコな格好ですね!」

 

 男の子の服装が見えた事が嬉しくて、私はついそんな事を……。

 

「……ち、違うんです! 本当に違うんです、すいません!」

「い、いや、おかしな格好っていうのは自分でも分かってるから、そんなに謝らなくてもいいぞ?」

 

 

 *****

 

 

「――それで、私は現れたジャイアント・アースウォームの群れをファイアーボールで倒したんです」

「お、おお……!」

「その後もジャイアントバットやゴブリンが現れたりしたんですけど……」

 

 雨が降り続き、時折雷鳴も聞こえる中。

 私は旅に出てからこの街に来るまでの出来事を話していた。

 

「でもそれが、全部ある悪魔の策略だったんです。魔力を失った私が、魔法を使う事ができずにピンチになった時に、里から一緒に来た私の友じ…………ラ、ライバルの子が悪魔を一撃で倒してくれまして!」

「なるほどなあ、その一緒に来た友人もすごい魔法使いなんだな」

 

 私の話を、男の子は遮る事なくうんうんと聞いてくれる。

 

「そうなんです! めぐ……、その子は本当にすごくて! 里でも一番で、私は一度も勝てなくて……」

 

 そう、めぐみんはすごい。

 この街に来てからも、いつの間にか守衛さんと仲良くなっていたり、冒険者ギルドでもそこそこ顔を知られるようになっていたり……。

 それに比べて、私は何をやっているんだろうか?

 めぐみんが旅に出るなどと言いだしたからくっついてきたけれど、ひとりでは何もできていない気がして少し落ちこむ。

 そんな私に。

 

「なんでもできるって事はないんじゃないか?」

 

 男の子は、見えないけれど多分首を傾げながら、そんな事を言った。

 

「あ、いや、その子の事を悪く言いたいわけじゃなくてな? その子が悪魔を倒せるほどの強力な魔法を使えたのは、あんたが道中で雑魚を蹴散らしたからだろ? 俺は最弱の冒険者だし魔法使いの事なんてよく知らないけど、話を聞いた感じだといいコンビなんだなって思うけどな」

 

 ……えっ。

 

 里を襲撃してきた悪魔の大軍を一掃したのはめぐみんで、馬車を襲ってきたあの女悪魔を一撃で倒したのもめぐみん。

 私がやった事と言えば雑魚モンスターを倒した事くらいで、誰にもできるような事だ。

 だから、そんな……。

 

「そ、そんな……、いいコンビだなんて……! えへ、えへへ……」

 

 予想外の事を言われ私が照れていると。

 

「……!? ……なあ、その目が赤いのって怒ってるわけじゃないんだよな? 本当にあんたの友人を悪く言いたかったわけじゃないからな?」

「…………い、いえ……。違うんです。すいません、怖がらせてしまってすいません……」

 

 違うんです、褒められて嬉しかっただけなんです。

 

「そ、そうか。えっと、あんたが実はすごい冒険者だってのは分かったよ。駆けだし冒険者だったらパーティーを組んでもらいたいところだったけど、今の俺じゃレベルが違いすぎて足手まといにしかならないっぽいな」

「!? い、今私とパーティーを組んでくれるって言いましたか?」

「いや、悪かったって。そんなに強いって思わなかったんだよ。それに、さっきも言ったけどまだ装備も整っていないような状態だから、パーティーを組んだところでクエストに出られるわけでもないしな」

 

 パーティーを組んでくれる!

 私とパーティーを組んでくれる人が……!

 ……どどど、どうしよう。こんな時、どうしたら……!

 でも今はめぐみんとパーティーを組んでいるんだから、私の一存で他の人とパーティーを組むわけには行かないし……!

 

「パ、パーティー……。私とパーティを……!」

 

 私がうろたえていると……。

 男の子が立ちあがり、廃屋の入り口から外を見る。

 

「おっ、そろそろ雨がやみそうだな。もう外に出ても大丈夫そうだぞ。……そうだ、良ければ夕飯を一緒に食わないか?」

 

 と、そんな時。

 稲光がカッと瞬くと、直後に雷鳴が轟いた。

 

「うおっ! 今のはかなりデカかったな。……避雷針とかってどうなってるんだろう。まさか雷のせいで火事になったりしないよな?」

 

 ……?

 雷の音で聞こえなかったけれど、『良ければ』……その先はなんて言ったんだろう?

 いや、今はそんな事より……。

 

「あ、あの……。この街に一緒に来た人がいるんですよね? その人は、その……」

 

 めぐみんは意外と社交的なところがあるし、私とも普通に話してくれるこの男の子となら上手くやっていけるはず。

 でもこの男の子にも、パーティーを組むなら相談しなければいけない相手がいるはずで。

 

「……? ああ、そいつは俺を置いていっちまってさ」

「……!? そ、そうなんですか……。それは……」

 

 ……どうしよう。

 きっとこの人は、同じ村の友人か何かと一緒に冒険者になろうと夢見てここアクセルの街へとやってきて……。

 そして、その友人はモンスターに殺されてしまったのだろう。

 冒険者は危険な職業だ。

 それは分かっていたけれど、実際に不幸な目に遭った人を前にすると何も言えない。

 まるで一緒に食事に行く相手が来られないくらいの気軽な口調で話しているけれど、友人が亡くなったのだから本当は辛いはずだ。

 

「わ、私こういう時なんて言っていいのか分からなくて……! すいません! 本当にすいません……!」

「……? えっと、よく分からないけど、そんなに気を遣わなくていいんからな? ほら、雨も上がりそうだしもう行こうぜ」

 

 男の子と一緒に外に出ると、もうすっかり日は暮れていて辺りは暗い。

 私は前に立って歩きだそうとする男の子の背中に。

 

「あ、ああ、あの、是非私とパーティーを……!」

 

 ――と、そんな時。

 

「ふわああああーっ! ああああああーっ! ないんですけど! どこにもないんですけど! ねえ、おかしいわ。こんなの絶対おかしいと思うの! どこかで落としたんだから来た道を戻ってきたら見つかるはずじゃない! これは悪魔の仕業に違いないわね! この辺りにはなんだかちょっぴり変な気配が漂っているもの!」

 

 ひとりで騒ぎながら、青い髪の女の子が駆けてきて……。

 

「いや、お前は何をやってんの?」

 

 そのまま通り過ぎようとしていた女の子を、男の子が呼び止める。

 その子は立ち止まると、男の子にくっつきそうなほど顔を近づけ……。

 

「……ほーん? あんたこそこんなところで何をやっていたのかしら? ねえ、今ならまだ間に合うから、あんたの罪を懺悔なさいな。あんたのやった事くらい、この曇りなき眼でまるっとお見通しなんだから」

「いや、ふざけんな。俺が何をやったって? お前の給料袋の事なんか知るか」

「ほら! 私は給料袋の事なんてひと言も言ってないのに、どうして私が給料袋をなくした事を知ってるのかしら! それはあんたがこっそり盗ったからなのでした! さあ、この私の完璧な推理に観念してさっさとお金を返しなさいな!」

「はあー? 今までのお前の行動を見てれば誰にだって分かるわそんなもん。そっちこそ証拠があるなら出してみろよ、俺が盗んだ証拠ってやつを!」

 

 ……あれっ?

 なんだかこの女の人は、さっきまで男の子が話していた失敗談の、この街に一緒に来た友人のような気が……。

 私が様子を見ていると、女の子が土下座を始めて。

 

「すいませんでした! 勢いで盗まれた事にしてお金を貰おうとしたけど、本当はどこかに落としました! お金がないので夕飯を奢ってください」

「お、お前……。女神としてのプライドはどこへやったんだ? ……っと、悪い。こいつがさっき話してた失敗ばかりする奴で……」

 

 …………。

 

 ……………………?

 

「あ、あの……、その人って……亡くなったんじゃ……、…………」

「……? いや、生きてるけど……?」

 

 不思議そうに首を傾げた男の子の言葉に。

 

「す、すいませんでしたあああああ!」

 

 おかしな勘違いをしていた事が恥ずかしくなった私は、全力でその場から逃げだした。

 

 

 *****

 

 

 世界を脅かしていた魔王が勇者サトウカズマによって倒されてから、しばらくが経った。

 あれからもいろいろとあったけれど、このところ私は穏やかな生活を送れている。

 

 ――そんなある日。

 

 街中でネロイドに負けて鳴いていたちょむすけを見つけ、めぐみんの屋敷に届けると。

 けっこうな量の衣類を広げたアクアさんが、ダクネスさんに話しかけていた。

 

「ねえダクネス。本当に売りあげの半分は私が貰ってもいいのよね? そういう決まりだって言うから参加するのよ? 大事なところなんだからちゃんと教えてちょうだい」

「それについては何度も言っただろう。規則では売りあげの半分は持ち主のものにしても良い事になっているが、ほとんどの参加者は全額を寄付してくれているんだ。エリス教会の慈善活動の一環だからな」

「それって私が売りあげの半分を貰っていきますねって言いだしたら誰かに叱られる感じなのかしら? でも決まりを破っているわけじゃないんだから、文句を言われる筋合いはないと思うんですけど」

「叱られる事はないだろうが、呆れられはするだろうな」

「なんでよー! どうして決まりを破ったわけでもないのに、叱られたり呆れられたりしないといけないの? おかしいわ! エリスのところはおかしい!」

「お、おい、滅多な事を言うな! いくらお前が女神だからといって、エリス様を悪く言うものではないぞ!」

 

 と、そんな時。

 昼過ぎだというのに寝起きな感じのカズマさんが二階から降りてきて。

 

「おはよう。……何やってんだあいつらは」

 

 二人の様子を見ると呆れたように呟いた。

 

「おはようございます。エリス教会のバザーについて話し合っているみたいですよ」

「お、おはようございます……」

「おう、ゆんゆんもおはよう」

 

 めぐみんと一緒に挨拶をする私に、カズマさんも小さく頭を下げて応えてくれる。

 

「ほーん? とうとう金に困ってあの羽衣を売る事にしたのか?」

 

 食事を用意しながらのカズマさんのそんな軽口に、アクアさんが衣類のひとつを高く掲げ。

 

「売らないわよ! この羽衣は神具なのよ? バザーなんかで売るわけないじゃない。今回の目玉はコレよ。なんと異世界で作られた衣服! その名もジャージよ!」

「えっ」

 

 その服を見た私は思わず声を上げた。

 あれって、一緒に雨宿りをしたあの男の子が着ていた服では……。

 そういえばあの男の子もじゃーじという服だと言っていた。

 私がそのじゃーじという服をジッと見ていると。

 

「お前ふざけんなよ! 人のものを勝手に売ろうとしてんじゃねえ!」

 

 えっ。

 

 …………えっ?

 

「何よ! 最近は着ていないし、カズマもちょっとは背が伸びて着られなくなったんだから売ってもいいじゃない! 箪笥の隅っこで埃を被っているより、新しい持ち主に着られた方がそのジャージだって幸せだと思うわ!」

「それは記念に取っておくつもりだからいいんだよ! 日本に住んでた時の唯一の思い出の品だぞ! お前はやっていい事といけない事の区別もつかないのかよ!」

 

 カズマさんがあのジャージという服の持ち主だという事は……。

 

「カズマったらバカなの? 今さら私にそんな区別がつくと思っているの?」

「こいつ開き直ってんじゃねえ!」

「わあああああーっ! 待って! 待って! 今月はお小遣いがもうないの! いろんなところのツケを払えって言われてピンチなのよ!」

 

 カズマさんにジャージを取りあげられ、アクアさんが泣きながら縋りつく中。

 

「ああ……ああああ…………」

 

 私はそれどころではなく、小さく声を上げる。

 あの夜の記憶は今でも毎晩のように思い返すし、誰とも話ができなくて一日が終わってしまい泣きそうになった時には心の支えにしてきた。

 この街に来てから私の話をまともに聞いてくれたのは、一緒に雨宿りをしたあの男の子だけだった。

 でも、街中の宿を捜してもあの男の子は泊まっていなくて……。

 話をするのが楽しすぎて、名前を聞くのを忘れていた事に気づいた時にはガチ泣きした。

 何度も記憶を思い返していたせいで友人のような気になっていたし、正直に言えばそれ以上にも……。

 

「ゆんゆん? どうかしたんですか、様子がおかしいですよ?」

 

 ちょむすけを抱いているめぐみんが、不思議そうに私の肩をつつく。

 ……サトウカズマさん。

 日本という黒髪黒目で凄まじい武器や能力を持った人達と同じ国出身の、あんまり凄まじくない感じの男の子。

 でも、ついには魔王を倒して勇者と呼ばれるようになってしまった。

 めぐみんが本気で好きだと常々言っている相手で。

 

「分かったわ。じゃあこうしましょう。コインを投げて表だったらこのジャージはバザーで売る。裏だったら売らない。どう、この勝負? 受けるかしら?」

「受けるわけないだろ。なんで自分のもんを取り返すのにそんなバカな勝負を受けないといけないんだよ。どうせ両面が表のコインとか作ったんだろ」

 

 そんなカズマさんと、あの男の子が同一人物なわけで……。

 

『カズマさん、最低……』

 

 これまで意識していなかったからできたいろいろな言動が、

 

『私カズマさんにそういった感情はないから!』

 

 次々と、

 

『私、カズマさんの子供が欲しい!』

 

 ――蘇ってきて。

 

「あああああ……あああああああ……」

 

 そんな私に。

 

「ゆんゆん? 本当に様子がおかしいですよ、大丈夫ですか?」

「お、おいゆんゆん。どうした? 目が真っ赤だぞ」

 

 めぐみんとダクネスさんが、心配そうに声を掛けてくれるけれど。

 

「……? なんだかゆんゆんはこのジャージが気になってるみたいなんですけど」

「コレか? えっと、コレがどうかしたのか?」

 

 カズマさんがジャージを広げてみせた瞬間。

 

「あああああああああああああああーっ!」

 

 驚きすぎてわけが分からなくなった私は、大声を上げ屋敷を飛びだした――!

 




 最後だけ時系列が魔王討伐後です。
 次話の前日譚みたいなの。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この騒々しいデートに宣言を!

 前話『この嵐の夕べにおしゃべりを!』既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


 魔王を討伐し、その後に起こったいろいろな事も片付いたある日の事。

 昼過ぎに起きだした俺が広間に降りていくと、遊びに来ていたゆんゆんが。

 

「お、おはようございます、カズマさん!」

「おう、おはよう」

 

 目を紅く輝かせて挨拶してきた。

 そんなゆんゆんをジト目で見ながらめぐみんが。

 

「見ていてイラっとするので挨拶するくらいで興奮するのはやめてください。なんですか? カズマの顔を見ただけで発情しているんですか?」

「ち、違うわよ! ただ挨拶しただけでもちょっと恥ずかしくなっただけで……」

 

 そういう初々しい反応を見せられると俺も変な気分になってくる。

 

「人の男を横から奪っておいて、今さら純情ぶっても遅いですよ!」

「べべ、別に純情ぶってなんて……!」

「おいやめろ。純情なゆんゆんを追い詰めるのはやめろよ。言いたい事があるなら俺に言えばいいだろ」

「カズマさん……!」

 

 荒ぶるめぐみんから庇おうとする俺に、ゆんゆんが尊敬の眼差しを向けてきて。

 

「いいんですか? 言ってもいいんですか? ゆんゆんよりもカズマに言いたい事は十倍くらいありますけど、本当にいいんですか?」

「……それなら私もお前には言いたい事があるな」

「私も私も! もうちょっとお小遣いを上げてほしいんですけど!」

 

 ゆんゆんから俺へと矛先を変えためぐみんに、成り行きを見守っていたダクネスとアクアまでもが口々に言う。

 

「……朝飯を食べるのでちょっと待ってもらってもいいですか」

「カ、カズマさん……」

 

 アクアはともかく二人掛かりで責められるのは避けたい俺の言葉に、その場の全員が白い目を向けてきた。

 

 

 

 ――魔王討伐後にいろいろとあって、俺は今ゆんゆんと付き合っている。

 そんな俺の恋人ゆんゆんは、朝飯を食べ終えた俺におずおずと果物の詰め合わせを差しだしてきて。

 

「あ、あの……、これお土産です」

「ありがとう。……いや、ゆんゆんは一応俺と付き合ってるわけだし、わざわざお土産なんて持ってこなくても普通に遊びに来ていいんだぞ?」

「本当ですか? ありがとうございます。でも、その……、普通にと言われても、普通に遊びに行くような友達がいなかったのでどうすればいいのかよく分からなくて……。誘われてもいないのに急に押しかけたりして、迷惑に思われませんか?」

 

 何度も遊びに来ているというのに、不安そうにそんな事を言うゆんゆん。

 

「そ、それに……」

 

 口篭もるゆんゆんがチラチラとめぐみんの方を見る。

 

「私達の事なら気にしなくてもいいですよ。あなた達が付き合っている事についていろいろと言いたい事はありますが、さすがにゆんゆんが遊びに来る事にまで文句は言いませんよ」

「めぐみんがそう言うなら、私も特に文句はないな」

 

 テーブルで書き物をしていたダクネスが、めぐみんを気にしながらも微笑を浮かべ。

 

「私もゆんゆんはお土産を持ってきてくれるから毎日でも来てほしいわね」

「いや待て、お前それは土産を要求してるだろ」

 

 平常運行のアクアはともかく。

 

「み、皆さん、ありがとうございます……! 私、こんなに暖かく受け入れてもらえるのは初めてで……!」

 

 重い事を言いだしたゆんゆんが、目尻に涙まで浮かべ頭を下げる。

 と、そんなゆんゆんに。

 

「というか、あなた達は付き合い始めたはずなのに全然そんな感じがしませんね? カズマはこのところ引き篭もっていますし、ほとんど会ってもいないんじゃないですか? 二人は本当に付き合ってるんですか?」

「つ、付き合ってるから! 本当だから……! ……つ、付き合ってますよね?」

 

 めぐみんにツッコまれたゆんゆんが、さっきまでとは別の意味の涙を浮かべて訊いてくる。

 

「あ、当たり前だろ?」

 

 ……正直自分でもちょっと疑っていたとは言えない。

 付き合うようになってもゆんゆんはたまにしか屋敷に遊びに来ないし、出掛けても俺が他の奴らと話していると、ゆんゆんは遠慮してか話しかけてくる事がなく。

 なんというか、あんまり付き合っているという感じはしない。

 姿を見かけたら積極的に話しかけるようにしているが……。

 

「そんなんで付き合ってると言われてもちっとも説得力がありませんよ。というか、今のところゆんゆんよりも私やダクネスの方が恋人らしい事をしていると思います」

「!?」

 

 呆れたようなめぐみんの指摘にゆんゆんが驚愕の表情を浮かべ……。

 チラッと俺を見ると意を決したように声を上げた。

 

「カ、カズマさん……。わ、私と……私と一緒にお風呂に入ってください!」

「よし分かった。今から入るか」

 

 そんな俺達にめぐみんが。

 

「違います! 違いますよ! どうしてあなたは時々思いきりが良いんですか! カズマも乗り気にならないでください! 私が言っているのはデートっぽい事をしたらどうかという事ですよ。……どうして私がこんな事を言わないといけないのか分からないのですが、放っておくとあなた達は一生そのままでしょうからね。二人がきちんと付き合ってくれないと、私としてもカズマを寝取りにくいじゃないですか」

「ちょ!? 何言ってるの? ねえ何言ってるのめぐみん! させないからね! いくらめぐみんが相手でもこれだけは負けるつもりはないから!」

 

 めぐみんの爆弾発言にゆんゆんが目を紅く輝かせ抗議する。

 そんなゆんゆんにめぐみんは。

 

「仕方ないじゃないですか。ゆんゆんと付き合う事になっても、私はカズマの事が好きです。この男は意志が弱いのでちょっと誘えば簡単についてくるでしょうからね。ゆんゆんと付き合っているからといって諦める理由はありません」

「あるでしょ!? 友だ……ライバルの恋人を奪うとか、そういうのはどうかと思う!」

「いえ、紅魔族的には男を巡ってライバルと戦うというのはけっこうありじゃないですかね。それに、この男は相手が私でなくてもそのうち浮気しますよ。しかも自分は悪くないだの抵抗できなかっただけだのと言い訳するような、そんな男です。そもそもゆんゆんは私からカズマを寝取ったようなものなわけですし、相手が私の方が諦めが付くと思いませんか?」

「それは……、そ、それは……でも……!」

 

 めぐみんの追及に半泣きになったゆんゆんが、チラチラと俺の方を見てくる。

 

「おいやめろ。勝手な憶測で俺を扱き下ろすのはやめろよ。ゆんゆんが信じたらどうすんだ」

「信じるも何も事実じゃないですか。私が紅魔族の試練で出掛けている間、ダクネスと何をやっていたか忘れたんですか?」

「……いや、ちょっと待ってくれ。あれはダクネスが無理やりやった事であって、俺はむしろ被害者だからな。責められる謂れはないと思う」

「この男ぬけぬけと!」

 

 言い訳する俺にダクネスが声を上げる中、めぐみんはゆんゆんへと説得を続ける。

 

「ほら見てください。この男はこういう男ですよ」

「カ、カズマさん……」

 

 おっとゆんゆんがゴミを見るような目を向けてきてますね。

 

「だってしょうがないじゃん。俺は最弱職の冒険者なんだぞ? 襲われたら抵抗できないのはしょうがないだろ」

「そういうところですよ。じゃあ例えば……考えたくもありませんけど、私が爆裂魔法を撃った後、何者かに抵抗できず襲われてもあなたは気にしてくれないんですか?」

「お前なんて事言うんだよ! やめろよ、縁起でもない事言うなよ! それはまた別の話じゃん! 女が男に襲われたら犯罪じゃん!」

「いつもは女相手でもドロップキックかませる男女平等主義者だとか言っているのはあなたじゃないですか。男が女に襲われるのも普通に犯罪だと思います」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

 今はゆんゆんと付き合っているのだから、めぐみんがそんな目に遭ってたとしても俺がどうこういうのはおかしい……のか……?。

 ……いや、やっぱりそれはそういう話じゃないだろ。

 俺がちょっと想像しただけでも気分が悪くなっていると。

 

「い、一応言っておくが、私もお前以外の男に嬲られそうになったらきちんと抵抗するからな?」

 

 ダクネスが誇らしげにそんな事を……。

 

「いや、きちんと抵抗するってなんだよ。抵抗するのは当たり前だからな? お前が首を突っこんでくるとまた別の話になりそうだからちょっと黙ってろよ」

「……!?」

 

 俺のツッコミにダクネスがなぜかショックを受ける中、ゆんゆんが首を傾げながら。

 

「……この街の人達はめぐみんの頭のおかしさを知ってるから、めぐみんにいたずらするような奇特な人はカズマさんくらいだと思うんですけど」

 

 …………。

 

「あなたは相変わらず言う時は言いますね! 一応あなたのためにこんな話をしているのにそれはどうかと思いますよ!」

「ごごご、ごめんなさい! つい……!」

「まあいいですよ。とりあえず言いたい事は言ったので、私は爆裂散歩に行ってきますね」

 

 そう言って立ちあがっためぐみんに。

 

「このタイミングでかよ! ……お、俺も一緒に行こうか?」

 

 俺がそんな提案をすると、めぐみんは苦笑しながら。

 

「気持ちはすごく嬉しいですが、……本当にすごく嬉しいですが、あなた達はとっととデートでもなんでも行って、少しは恋人らしくしてください。……まったく! 本当に本当に、どうして私がこんな事を言わなければいけないんでしょうね!」

「そ、それなら私が一緒に……」

 

 俺と同じくめぐみんの例え話で不安になったのか、ダクネスが声を立ちあがりかけるも。

 

「いえ、今日は約束している子がいるので大丈夫ですよ。ダクネスが一緒だと拗ねるかもしれないので、私ひとりで行ってきますね」

 

 めぐみんはひとりで爆裂散歩へと出掛けていった。

 残された俺とゆんゆんを、アクアとダクネスがジッと見ていて……。

 …………。

 

「デ、デート……するか……?」

「……は、はい……!」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが目を紅く輝かせうなずいた。

 

 

 *****

 

 

 追いだされるように屋敷を出てきた俺とゆんゆんは、とりあえず市街地に向かいながら。

 

「いきなりデートって言ってもなあ……」

「す、すいません! やっぱり私とデートなんてしても退屈なだけですよね! 今からでも帰りましょうか!」

「ち、違うから! 全然そんな事思ってないから帰ろうとしないでくれ!」

 

 出掛けてきたばかりなのに悲しい理由で帰ろうとするゆんゆんを、俺は苦笑し呼び止めた。

 

「俺もデートなんて初めてみたいなもんだし、どこに行ったらいいか分からなくてさ。ゆんゆんは行きたいところとかあるか?」

「えっ……」

 

 デートの定番と言えば遊園地や映画館なんかだろうが、このモンスターだらけの厳しい世界にそんな浮かれた施設があるはずもなく。

 急に行きたい場所を聞かれたゆんゆんは戸惑った様子で。

 

「あ、いや、そうだよな。悪かった、急に言われても思いつかないよな。とりあえずどこか適当な店にでも入って考えるか」

 

 そんなゆんゆんに俺がフォローの言葉を掛けると……。

 

「ち、違うんです。その……、いつか友達ができた時に行きたいお店リストがノート五冊分くらいありまして……。……ほ、本当に一緒に行ってくれるんですか?」

 

 …………。

 あんまり悲しい事を言われると泣きそうになるのでやめてほしい。

 

「あ、当たり前だろ。ほら、俺達って……こ、恋人同士なわけだしな。ゆんゆんが行きたいところなら俺も一緒に付き合うよ」

 

 いまだに恋人だのなんだのと口にするのはちょっと恥ずかしい。

 というか、完全に俺が爆発しろと思ってきたリア充みたいな会話なんですけど。

 

「本当ですか! そ、それじゃあずっと行きたかったけどひとりじゃ入りにくいお店があって……! あ、でもあっちのお店もいいなあ……」

 

 候補がたくさんあるせいで迷い始めるゆんゆん。

 

「そんなに急いで決めなくてもいいぞ。やっぱりどこか適当な店にでも……」

 

 ――と、そんな時。

 敵感知スキルに反応が……。

 

「……! お頭様、お兄様がこっちを見ました!」

「敵感知スキルで見つかったみたいですね。だから近づきすぎてはダメだと言ったでしょう」

「だって! だって! お二人があんなに楽しそうに話していて……! お頭様は何を話しているのか気にならないんですか!」

「どうせカズマがデートって言われてもどこに行けばいいか分からないなどと言いだして、ゆんゆんが友達ができたら行きたい店リストの話をしているだけでしょう。興奮しすぎて尾行対象に気づかれるなんて、盗賊団のナンバースリーとしてはどうかと思いますよ。もっと精進するように」

「はい! 頑張ります!」

 

 そちらの方を見ると、ちょっと離れた物陰からこちらを見ている二人組がいて。

 ……いや、頑張りますじゃないが。

 

「お前ら何をやってんの?」

 

 俺が声を掛けると、気づかれている事を察していたらしい二人は物陰から出てくる。

 

「おや、偶然ですね」

「偶然ですね!」

 

 現れたのはめぐみん……だけでなく……

 

「……!? どうしてめぐみんがここにいるのよ! イ、イリスちゃんまで……!」

 

 町娘のような服を身にまとったアイリスまでもが、めぐみんと一緒になって俺達を尾行してきていた。

 

「いや、お前は本当に何をやってるんだよ? 俺達にデートしろってけしかけるような事言っておいて、邪魔しに来るのはどうかと思う。しかもアイリスまで巻きこみやがってどういうつもりだよ?」

「ちょっと何を言っているのか分かりませんね。私達は偶然通りかかっただけで、あなた達のデートを邪魔する気なんかありませんよ」

「爆裂散歩に行ったお前がこんなところをうろうろしてるはずがないだろ。……いやちょっと待て。約束してた相手ってアイリスなの? お前、アイリスを爆裂散歩に誘ってんのかよ? 一国の王女相手に何やってんだ」

「ここにいるのは王女アイリスではなくて、王都のチリメンドンヤの孫娘イリスなので問題はありません。まあそんな事は今はいいじゃないですか。その……、ぶっちゃけ事情を話したらアイリスが来たいって言いだしたんですよ。私は一応止めたんですが、正直気になったんで止めきれず……。なんかすいません」

「お、おう……」

 

 めぐみんが気になったと言うのがちょっと嬉しい俺はダメなのだろうか。

 と、俺とめぐみんが気まずい空気になる中、ゆんゆんがアイリスに。

 

「あ、あの……、イリスちゃん。一緒に遊んでくれるのは嬉しいんだけど、今日だけは……、その……」

 

 口篭もるゆんゆんにアイリスは微笑んで。

 

「分かっています、ゆんゆんさん。今日はお兄様とデートだとお聞きしました。私もお二人の邪魔をするのは心苦しいのですけれど……恋愛というのは戦いだという話です! これは仕方がない事なんです!」

「えっ」

 

 直球な事を言いだしたアイリスに、ゆんゆんが助けを求めるようにこっちを見てくる。

 

「おいどうすんだ。アイリスがすごい事言いだしたんだけど」

「……二人はこれからどこへ向かうんですか? ひょっとすると偶然私達と目的地が同じかもしれませんが、私達の事は気にしなくていいですよ」

「ついてくるってか! バカ言ってないでアイリスを止めてくれよ! お前が余計な事教えるからこんな事になってんだぞ!」

「いいんですか? 大好きな兄の恋路を邪魔したい妹の健気な気持ちを、あなたは無下にできるんですか?」

「こいつ最低な事言いだしやがった! アイリスを盾にするのはダメだろ!」

 

 俺だって妹の願いは叶えてやりたいが、ここでじゃあ四人で行こうかなんて言ったらゆんゆんが泣くと思う。

 

「……い、いえ、私だってここまでするつもりは……。さすがにデートを邪魔するとゆんゆんが泣くでしょうし、ちょっとだけ様子を見て帰るつもりだったのですが……。正直言うと邪魔したい気持ちもあるので、つい……。ど、どうしましょうね、この状況」

「いや、どうしましょうねじゃないだろ。責任もってアイリスを連れ帰ってくれよ」

「そう言われても、私が言ってもあの子は聞かないと思いますよ。それに、私達は偶然同じところに行きたくなるだけですから、カズマに文句を言われる筋合いはないと思います」

「そんな偶然がそうそうあってたまるかよ。気にするに決まってんだろ」

「なんですか? この街はカズマの街なんですか? 私達がどこに行きたくなろうと、カズマに文句を言われる筋合いはないと思います」

 

 こいつ、開き直りやがった!

 

「じゃあもういいよ! 金ならいくらでもあるからな、十億くらい使って一日だけ街ごと貸し切りにしてやるよ! お前ら今日は外出禁止な!」

「ちょ!? どうしてそんなバカなお金の使い方を思いつくんですか! そんな無駄遣いはダメですよ!」

 

 俺のバカな発言に、非常識な爆裂狂のくせに常識的な金銭感覚を持つめぐみんが慌てる。

 ――と、そんな時。

 

「百億エリスです」

 

 俺達の話を聞いていたアイリスがポツリと言った。

 

「私がこの街を貸し切りにするので、今日は皆さん外出禁止です! お二人のデートは中止してください!」

「イ、イリスちゃんダメ! 国民の大事な税金をそんなバカな事に使ったら怒られる! 分かったから、今日はカズマさんの屋敷で過ごすから……!」

「ダメですよ! 私が悪かったですからこんな事で諦めないでください! イリスも一旦落ち着きましょう!」

 

 俺はなぜか宥める側に回っためぐみんに。

 

「おうちデートっていうのもあるけど」

「あなたはちょっと黙っていてください! これ以上あの子を追い詰めてどうするつもりですか!」

 

 

 *****

 

 

 アイリスの説得に失敗した俺達は、めぐみんがアイリスを止めている間に逃走スキルでその場を立ち去り、しばらく人気のない隠れ家的な店で時間をつぶしていた。

 二人は爆裂散歩に行くという話だから、時間を置けば街の外へと出掛けるはずだ。

 

「でも良かったんでしょうか? イリスちゃんを置いてきちゃって……」

 

 ここも友達ができたら行きたい店リストに載っていたらしく、嬉しそうに注文していたゆんゆんが表情を曇らせポツリと言う。

 

「ま、まあ仕方ないだろ。そりゃ俺だってアイリスから逃げるのは気が咎めるけど、今日はゆんゆんとデートなわけだし一緒にってわけにも行かないだろ?」

 

 めぐみんやアイリスが俺とゆんゆんのデートを邪魔したがるのは正直ちょっと嬉しいが、俺の体はひとつしかないのだからこればっかりはしょうがない。

 そんな俺の言葉にゆんゆんは。

 

「え、えへへ……。……デートなんですね……」

 

 口元がニマニマするのを堪えようとするも、両目が紅く輝いていて。

 ……何この可愛い生き物。

 信じられるか? この子俺の彼女なんですけど。

 

「と、とにかく、置いてきた二人のためにも、今日は他の事は気にせずにパーッと遊ぶのがいいと思うんだよ。ゆんゆんは他にも行きたい店がいろいろあるんだろ? 今日はどこでも付き合うぞ」

「ありがとうございます! それなら……」

 

 

 

 ゆんゆんが行きたいと言ったのは、俺達がいつも飲み食いしている酒場よりも、ちょっと高級な感じがするレストラン。

 ランチの時間を過ぎているせいか、あまり客がいないレストランでは……。

 

「へいらっしゃい」

 

 すごく見覚えのある奴がウェイトレスの服を着て現れた。

 

「ア、アクアさん……?」

「いや、お前は何をやってんの? ひょっとして俺達を待ち構えてたのか?」

 

 めぐみんの事もあり疑う俺達にアクアは。

 

「そんなわけないじゃない。女神である私はめぐみん達みたいに暇じゃないので、カズマさんがデートしようが尾行なんかするわけないでしょう」

「だったらどうしてこんなところで働いてるんだよ?」

「それには聞くも涙語るも涙の長い長い物語があるの。そんなに聞きたいなら仕方ないから特別に話してあげてもいいわよ?」

 

 興味もないし今はゆんゆんとデート中だから聞きたくもないが、ここで聞いておかないと後でもっと面倒くさい事になるかもしれない。

 俺がチラッとゆんゆんの方を見ると。

 

「……あの、どうしてアクアさんはめぐみん達が私達を尾行してた事を知ってるんですか?」

 

 …………。

 

「カズマ達が出掛けた後、なんとなく出掛けたい気分になった私は出掛ける事にしたわ」

「おい、ゆんゆんの質問に答えろよ。どうしてめぐみん達の事を知ってるんだよ?」

 

 ゆんゆんの質問をスルーするアクアにすかさずツッコむも、アクアは気にせず話を続ける。

 

「それで見失っちゃったから、何か食べようと思ってここに入ったら、食べ終わってからお財布を忘れた事に気づいたの」

「お前見失ったっつったな? やっぱりお前も俺達を尾行してたんじゃないか。ていうか、大体分かったから続きはもういいぞ」

 

 俺が涙を誘う事もなく長くもなかった話を遮るも、アクアはやはり気にせず。

 

「そしたらお店の人に、食べた分を働いて返したら警察は呼ばないでやるって言われて……。私が皿洗いをやっていたら給仕の人が急に調子が悪くなってね? ヒールを掛けてあげたら良くなったんだけど、大事をとって家に帰してあげたわ。人手が足りなくなったから私がお皿を洗いながら給仕もやってあげてるってわけよ」

「え、えっと……、それはすごいですね、アクアさん」

「まあ、それほどでもあるわね」

 

 アクアを無視してメニューを見る俺の代わりに、ゆんゆんがアクアの相手をしている。

 

「……じゃあ、注文いいか?」

「はい喜んでー」

 

 ちょっといいレストランに入ったはずなのに、居酒屋に来たような気分なんですけど。

 

 

 

「――へいお待ち!」

 

 相変わらず居酒屋っぽいセリフとともにアクアが持ってきた料理は、さすがちょっといいレストランだけあって美味しそうで。

 

「へえ、美味そうだな」

 

 料理を見た俺の言葉に、俺にこの店を紹介したゆんゆんが嬉しそうに目を輝かせ……。

 

「そうなのよ。特にこの料理がとっても美味しいの!」

 

 料理を運んできたアクアが、そう言ってフォークを手にすると料理を口に運んだ。

 

「いや、お前は何をやってんの? ウェイトレスが客の料理食うってこの店はどうなってんだよ?」

「何よ、他にお客さんもいないんだし固い事言わないでよ。働いたらお腹が減ったのよ」

 

 そんな事を言いながら、さらに料理を食べようとするアクアの腕を掴む。

 いつもなら、しょうがねえなあーと寛大に流してもいいところだが、今日の俺はゆんゆんとデート中だ。

 めぐみん達に続けてこいつにまで邪魔されるのは困る。

 

「デート中だっつってんだろ。なんなの? お前も俺達のデートが気になってんの?」

「そんなわけないでしょう? カズマさんったら、ちょっとめぐみんやダクネスにチヤホヤされたからって調子に乗りすぎじゃないかしら? 私はただ、これから忙しくなるだろうから腹ごしらえをしたいだけなんですけど」

「べ、別に調子に乗ってねーよ! ……いやちょっと待て、なんでこれから忙しくなるんだ? もう昼飯時は過ぎてるし当分は暇なはずだろ」

 

 嫌な予感がした俺の質問にアクアはドヤ顔で。

 

「頑張って働いたらお店の人達も良くしてくれるし、私もお客さんを呼ぶためにもっと頑張ろうと思ったの」

 

 ……これはいけない。

 アクアがやる気を出した時はロクな事にならない。

 

「おいやめろ。いつもの消しちゃう芸はやめろよ。毎度毎度お前が何か消すたびに俺が弁償する羽目になるんだからな」

「カズマったら私をなんだと思っているの? 賢い私は学習したの。もう消しちゃう芸には頼らないわ。同じ芸ばかりじゃ飽きられちゃうしね」

 

 俺が消しちゃう芸を止めるのは飽きたからではないのだが。

 

「芸をするのはお客さんを呼ぶためだけど、お客さんを呼べるなら別に芸をしなくてもいいでしょう? だからセシリーに頼んでうちの子達を呼んでもらっているわ」

「お前なんて事してんだよ! この店になんの恨みがあるんだ! アクシズ教徒が大量にやってきたら営業どころじゃなくなるだろうが!」

「ねえ待って? うちの子達を問題児みたいに言うのはやめてほしいんですけど。どうしてどこのお店もアクシズ教徒をそんなに毛嫌いするの? 騒がしいだけで悪い子達じゃないから大目に見てほしいんですけど! ねえゆんゆん、アルカンレティアを何度も助けてくれたゆんゆんなら分かってくれるでしょう? ゆんゆんはセシリーとも仲良しだものね?」

「えっ! その……、そ、そうですね……」

 

 アクアに話を振られたゆんゆんが、目を泳がせながら曖昧にうなずく。

 

「おいやめろ。ゆんゆんの人の好さに付けこもうとするのはやめろよ。ゆんゆんの性格で本当の事を言えるはずないだろ」

「今はゆんゆんに訊いているんだからカズマさんは黙っていてもらえます? 心のきれいなアクシズ教徒の事は、心の汚れたカズマさんには分からないと思うの」

「残念でした。心のきれいなゆんゆんは俺の事が好きなんですー。アクシズ教徒の事なんか知らないし知りたくもないが、心が汚れてるのはそっちの方なんじゃないか? なあゆんゆん」

「えっ」

「はあー? 今さら心がきれいだとか言っても遅すぎるんですけど! カズマの心が汚れきっているのは確定的に明らかなんだから諦めなさいな! ねえゆんゆん」

「ええっ」

 

 俺とアクアの間に挟まれたゆんゆんが、双方から同意を求められオロオロしていた、そんな時。

 店の入り口が騒がしくなったと思うと集団が入ってきて。

 

「アクア様、参りましたよ!」

 

 その先頭にいたセシリーがアクアに向かって手を振る。

 

「へいらっしゃい! よくやってくれたわねセシリー。お礼に約束通り私の靴下を洗う権利をあげましょう。……ねえセシリー、本当にこんなのでいいの? なんならまだ履いてない靴下をあげてもいいわよ?」

「何をおっしゃいますアクア様! アクア様に奉仕できる事が私達の喜びなんですよ。そうですね皆さん」

「「「アクア様! アクア様!」」」

 

 店内に響き渡るアクア様コール。

 アクア以外のウェイトレス達がそれを見てドン引きしている。

 アクシズ教徒達は行儀良く席に着くと……。

 

「十四歳くらいの女の子のほっぺたと同じ柔らかさのお肉をください。……え、よく分からない? しょうがないわね。じゃあ十三歳くらいの女の子の太ももと同じ柔らかさのお肉でもいいですよ」

「支配人を呼んでくれ! ……あなたが支配人ですか? アクア様に清き労働の場を提供した栄誉を称え、あなたを勝手に名誉アクシズ教徒に認定します。これからもアクア様のために励むように。……どうしましたか? 泣くほど嬉しいんですか?」

「あっ、あんたエリス教徒だな! おいどうしてくれるんだ。いきなりエリス教徒が出てきたから驚いてコップを倒してしまったじゃないか。おっと、あんたの誠意はその程度ですか? ほら、もっとちゃんと頭を下げて! 襟の隙間からその薄い胸がよく見えるように!」

 

 …………。

 

「ゆんゆん、この店はもうダメだ」

「ええっ! このまま放っておくんですか!」

「だってしょうがないじゃん。俺にアクシズ教徒の相手をするのは無理だって。それにほら、今はデート中なんだから余計な事に首を突っこんでる場合じゃないだろ?」

「私とデ、デートしてる事を言い訳にするのはどうかと思います!」

 

 デートと口にするのが恥ずかしいのか、顔を赤らめながらも主張するゆんゆん。

 ……アクアだけでも手いっぱいなのに、どうして俺がアクシズ教徒の尻拭いまでしないといけないんだろうか。

 まあでも、このまま逃げるとまたゆんゆんにゴミを見るような目を向けられそうだ。

 デート中だしできれば格好つけたい。

 

「しょうがねえなあー!」

 

 俺は立ちあがりアクアに向けて手のひらを突きだすと。

 

「『スティール』!!」

 

 叫んだ俺の手の中にアクアが履いていた靴下が現れる。

 

「ああっ! アクア様になんて事を! いくらサトウさんといえど許しませんよ! アクア様の靴下なんて羨ましい!」

「ちょっと、いきなり何すんのよエロニート。靴下返しなさいよ! あんたこんな事しておいて自分の心がきれいだとか主張するつもり?」

 

 俺はそんな抗議の声を無視して。

 

「アクシズ教徒早食い大会! 料理を食って店を出るまでのタイムを競う! なお、席を立ったり騒いだりしたらその時点で失格とする! 優勝賞品はアクアの脱ぎたて靴下だ!」

「「「…………ッ!!」」」

 

 大声で告げた俺の言葉に、店員に絡んでいたアクシズ教徒達が慌てて料理を注文した。

 

 

 *****

 

 

 アクシズ教徒を追いだすためとはいえ店内で突発的におかしなイベントを催した俺達は、アクアとアクシズ教徒達とまとめてレストランから出禁を食らった。

 

「ゆんゆんまで巻きこんじまって悪いな。ずっと行きたかった店だったんだろ? なんなら俺が金に物言わせて店ごと買い取って、出禁をなかった事にさせるから……」

「い、いえ! 大丈夫ですから大金をそんなバカな事に使わないでください! カズマさんのおかげで一度だけですけどお店に入れたからいいんです。今日は本当にありがとうございました」

 

 慌てて俺を止めたゆんゆんが、嬉しそうに微笑みながらそんな事を……。

 …………。

 

「何言ってんの? 一応デートなのにあんなんで終わりなわけないだろ。ゆんゆんは他にも行きたい店があるんじゃないのか? 今日はいくらでも付き合うぞ」

「ええっ! いいんですか! 私なんかと一緒にいて、退屈じゃないですか……?」

「いや、大丈夫だから心配すんな。先に言っとくが気を遣ってるわけでもないからな」

「あ、ありがとうございます……! 実は他にも行きたかったところが……」

 

 俺達は通りに出ている屋台を冷かしながら、ゆんゆんが行きたいと言った大通り沿いの小物店へ向かって歩きだし……。

 

 買い食いしながら通りを歩いていると。

 

「さあ、いらさいいらさい! いつもはほとんど人が来ない小さな店舗でしか商品を売らない知る人ぞ知る魔道具店が、今日だけは特別に広場にて開店中! デート中のカップルにぴったりの魔道具を取り扱っているので見ていくが吉!」

 

 ――露店が並ぶ広場にて。

 何もかも見通していそうな仮面の男が、敷物に商品を広げ呼びこみをしていた。

 

「……道を変えようか」

「そ、そうですね! 私、あっちにも行きたいお店があるんですよ!」

 

 すかさず逃げようとした俺達が方向転換すると。

 

「バニルさん、言われていた魔道具を持ってきましたよ……あっ!」

 

 ちょうど後ろから近づいてきていたウィズとぶつかった。

 屋台で買ったジュースがこぼれ、ウィズの胸元に掛かって……。

 

 …………ほう。

 

「カ、カズマさん……」

 

 服が透けたウィズの胸元に視線を吸い寄せられた俺に、ゆんゆんがポツリと呟く。

 

「ち、違う! これは、その…………、……悪かったなウィズ、今ピュリフィケーション掛けてやるから」

「気にしないでくださいカズマさん。ちゃんと前を見ていなかった私も悪いんですから」

 

 言い訳を諦め頭を下げる俺に、ウィズがにこやかに微笑んだ時。

 

「おっと、そこを行く若い二人よ! 汝らに耳寄りな商品を紹介しようではないか! こちらは浮気性な彼の視線を釘付けにする魔道具……」

 

 バニルのそんな言葉に、ゆんゆんが露店の方へと歩きだした。

 あの悪魔!

 

「お前ふざけんなよ! どこまで人を見通してるんだよ! あと俺は別に浮気性なんかじゃないからな。根も葉もない言いがかりを付けるのはやめろよ」

 

 クリエイト・ウォーターとピュリフィケーションでウィズの服の染みを処理した俺は、ゆんゆんに商品を勧めていたバニルに文句を付ける。

 

「汝、爆裂娘からぼっち娘に乗り換えた優柔不断な男よ。我輩の言葉が偽りであるなどと、根も葉もない言いがかりを付けるのはやめてもらおう。さあ、悪い男に引っかかる事に定評のある紅魔のチョロ娘よ、こちらの商品はいかがか?」

「そ、そんな定評はありませんから! というか、バニルさんも悪い男のひとりだと思うんですけど……」

「性別のない悪魔である我輩にそんな事を言われても」

 

 そんな事を言いながらバニルが出してきた商品は。

 

「こちらは装備すると異性の視線を惹きつける首飾りである。値段は少し高いが、これさえあればデートの相手が胸の大きい女性に目を奪われる事もあるまいて」

「買います」

 

 バニルの売り文句にゆんゆんが即答する。

 

「いや、ちょっと待て。それって俺以外の男の視線も惹きつけるって事だぞ? いろんな奴にジロジロ見られる事になるけどいいのか?」

「そ、それは……。でも……」

 

 迷いを見せるゆんゆんはチラッとウィズを見る。

 濡れた胸元を隠しているウィズは、そんなゆんゆんに首を傾げて……。

 

「か、買います……!」

 

 ゆんゆんが財布を取りだそうとする中、ウィズが横からバニルに。

 

「あの、バニルさん。ここで商売をしていたら儲かるって言ってましたけど、ひょっとしてカズマさんとゆんゆんさんに魔道具を売りつけるつもりだったんですか? お二人はデート中みたいですし、邪魔をするのはどうかと思いますよ」

「汝が発注した欠陥魔道具が売れようとしているのだ、邪魔をするでないわお節介店主め!」

「おいちょっと待て、やっぱりそれって欠陥魔道具なんじゃねーか。買う前にどういう効果があるのかちゃんと教えろよ!」

「この魔道具は異性の視線を引き寄せる代わりに、同性の視線を遠ざける効果がある。異性の友人が少ないぼっち娘が使えば、友と呼べる人間はあのチンピラ男ひとりに……」

 

 嫌そうに告げたバニルの言葉に、ゆんゆんが出そうとしていた財布をしまった。

 

「ええい、汝が余計な事を言わなければ売れたものを! では、こちらの商品はいかがか?」

 

 忌々しそうにウィズをにらんだバニルが、気を取り直し新たな商品を取りだす。

 

「……それは?」

「匂いを嗅ぐといい雰囲気になる芳香剤である。作るものさえ作ってしまえば、いかに優柔不断なその男といえど浮気を思いとどまる事請け合い」

 

 ……!? そ、それって……

 

「か、買います!」

 

 …………!!

 

「毎度! ではこちらが材料である」

「……? 材料……?」

 

 芳香剤とともに木片を手渡されたゆんゆんが首を傾げる。

 

「うむ。こちらは特殊な魔力が宿った木材で、これでペアリングを作ると相手のいる場所が分かるという優れものである。本来ならば別料金を取るところであるが、我が親友であるぼっち娘のために我輩からの心付けである。さあ、苦手な者でも工作したいという雰囲気になってしまうこの芳香剤を焚き、この場で指輪を作るが吉!」

「えっと、指輪ですか……?」

 

 思わずといった感じで木片を受け取ったゆんゆんは、

 

「お互いの居場所が分かるペアリングを作れば、そこのハーレム男も浮気を思いとどまるだろうて。……おっと、大人しい顔して意外とむっつりなエロ娘よ。何を作ろうと思っていたのか知らぬが、我輩が提供するのはこの指輪だけである」

「!!!!????」

 

 勘違いしていた事に気づき顔を真っ赤にした。

 

「フハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である! 礼を言うぞ紅魔のエロ娘よ!」

「ちちち、ちがー! 違います! 違いますから!」

 

 顔を赤くし目を紅く輝かせて否定するゆんゆんに俺は。

 

「俺はゆんゆんが意外とむっつりでも一向に構わんよ」

 

 

 *****

 

 

 ――ゆんゆんをからかいまくったバニルがウィズに退治されるのを見届けた俺達は、主に精神的な疲労を癒すために適当な店に入る事にした。

 その店は、昼間はカフェだが夜になると酒も出すらしく。

 俺達が店に入っていくと。

 

「あっ」

 

 そこにはしまったという顔をしたダクネスとクリスの姿が……。

 

「ク、クリスさんまで……」

 

 散々デートを邪魔されてきたゆんゆんが、そんな二人を見てちょっと泣きそうな表情を浮かべる。

 

「待って! 大体何があったのかは知ってるし疑われるのも仕方ないけど、あたし達がここにいるのは本当に偶然だから! 二人の事を邪魔する気はこれっぽっちもないから!」

「……そうなんですか?」

 

 疑り深くなっているゆんゆんにクリスは。

 

「そうなんだよ。あたしも今日、カズマ君の屋敷に遊びに行ってね? そしたら、めぐみんはやっちまった感じで落ちこんでるし、アクアさんはたくさん働いたってやりきった顔をしていて、……事情を聞いたらカズマ君とゆんゆんがデートしてるって言うじゃんか。それで、ダクネスが飲みたい気分だって言うからここに来たんだよ。二人を待ち伏せしてたわけじゃないから安心してね?」

「そ、そうだったんですね! すいませんクリスさん、私ったらとんでもない勘違いを! そうですよね。そんな、誰も彼もがデ、デートの邪魔をしてくるなんて……! 皆が私なんかの事を気にしているなんて、そんな事あるはずないですよね!」

「ゆんゆん? 落ち着いてゆんゆん。邪魔されて困ってるのか喜んでるのか分かんなくなってるから!」

 

 そんなやりとりをする二人の横で、俺は酒を飲んでいるダクネスに。

 

「お前がこんな時間から酒を飲んでるなんて珍しいな」

 

 今は昼と言うには遅く夕方と言うにはまだ早いくらいの時間帯。

 夜は酒を出すこの店では、この時間から酒を売っているらしいが……。

 

「私にだって、こんな時間から酒を飲みたい気分の事もある」

 

 グラスを手にしたダクネスが、少し気まずそうに目を逸らす。

 

「……ほーん? 俺がゆんゆんとデートしてるのが気になったのか?」

「そ、そうだ! 分かっているなら私の事は放っておいてくれ。こんなところにいないでゆんゆんの相手をしてやれ」

「お、おう……」

 

 直球で返され俺が何も言えなくなっていると、クリスがやってきて。

 

「ほらダクネス! あっちで飲もう! あたしも付き合うからさ!」

「ああ、すまないなクリス……」

 

 二人が店の隅へと移動するのを、俺達は気まずく見送った。

 

「き、気を遣ってもらっちゃいましたね……」

 

 ……アクアはともかく、ダクネスまで気にしてくれているのがちょっと嬉しい俺はダメなのだろうか。

 

 

 

 デート中という事もあって、この時間から酒を飲む気にはならなかった俺とゆんゆんはお茶を頼む事にした。

 

「はふぅ……。なんだか落ち着きますね」

 

 注文したお茶を口にしたゆんゆんがホッと息をつく。

 

「せっかくのデートなのに何かと邪魔する奴らがいたからなあ……」

 

 俺が悪いわけではないのだが、大体俺絡みだったのでちょっと申し訳なく思っていると。

 ゆんゆんがクスクスと笑いながら。

 

「カズマさんの周りはいつも賑やかでいいですね」

「そうか? 賑やかっていうか、騒がしいだけだと思うけどな」

「私の周りには誰もいなかったので、あんなにいろんな人に構ってもらえたのは少しだけ嬉しかったです」

 

 笑顔のゆんゆんがそんな事を……。

 …………。

 

「や、やめろよ。聞いてるだけで悲しい気持ちになるからそういう事言うのはやめろよ。あいつらもゆんゆんの事は友人だと思っているはずだ。……というか、ゆんゆんは友人を作ろうと思えば簡単に作れるんじゃないか? これまでは俺が口出しする事でもないと思って何も言わなかったけど、……今はほら、恋人同士なわけだろ? ゆんゆんの交友関係にも少しくらいなら口出ししてもいいかと思ってさ」

 

 いや、恋人だからといって交友関係にまで口を出すってなんだよとは俺も思うが。

 ゆんゆんは放っておくと友人ができない事をずっと悩んでいそうだから、ついつい口を出したくなってしまう。

 

「本当ですか! 詳しく! 詳しく教えてください! この街に来たばかりの時に先生にいろいろと教わったんですけど、あの時の先生よりも友達がたくさんいるカズマさんの方が参考になると思うんです!」

 

 今日一番食いついてきたゆんゆんにちょっと引きながらも俺は。

 

「えっと、ゆんゆんは気づいてないかもしれないけど……」

 

 と、俺が話し始めようとした時。

 

「今日という今日は勘弁ならん! そこへ直れ! ぶっ殺してやる!」

「ぶははははは! いいんですか! そんなはしたない言葉遣いしていいんですかララティーナお嬢様! 不器用なお前の攻撃なんざ当たるわけねえだろうがよおおおおおお!」

 

 店の隅の方で騒ぎが……。

 というか、ダクネスが酔っ払ったダストに絡まれ、虫の居所が悪いのかいつになくマジギレしていた。

 

「ダ、ダクネス、一旦落ち着こうか! そのチンピラはどうなってもいいけど、お店に迷惑を掛けるのはダメだよ!」

 

 クリスが荒ぶるダクネスを宥めようとしているが……。

 

「おっ? 俺がどうなってもいいとか喧嘩売ってんのか? カズマがやったみたいにパンツ剥いで泣かしてやんぞ貧乳盗賊が!」

「――『バインド』!」

 

 ダストに煽られ拘束スキルを使った。

 

「やっちゃえダクネス! これならダクネスの攻撃でも当たるよ!」

 

 ……どうしよう。

 ダクネス達があのテーブルに移動する原因を作ったのは俺達みたいなもんだし、これも俺達のせいなんだろうか?

 俺があの見た事もないくらいキレてるダクネスを止めないといけないのか?

 

「カズマさん……!」

 

 今日の出来事を賑やかで嬉しかったと言っていたゆんゆんが、何かを期待するように目を紅く輝かせ俺を見ていて……。

 

「しょうがねえなあー!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕方。

 騒がしい一日を終えた俺達は、屋敷へと帰っているところだ。

 

「……今日はなんか悪かったな。せっかくのデートなのに、俺のせいでおかしな騒ぎに巻きこんじまったとこもあったし……」

 

 俺は苦笑しながらゆんゆんに謝る。

 めぐみんはともかく、アクアやダクネスの騒ぎに巻きこまれたのは俺のせいみたいなところがある。

 

「いえ、今日は本当に楽しかったです! ずっと夢だったお店巡りもできましたし……。それにカズマさんの近くにいると、なんだか私にも友達が増えたような気がして……」

 

 ゆんゆんがはにかみながらそんな事を……。

 …………。

 

「いや、今日絡んできた奴らは俺だけじゃなくてゆんゆんの友達でもあるだろ」

「そ、そんな! だってアクアさんやダクネスさんにはまだちゃんとお友達になってくださいって言えてないし、友達料金も払っていないのに……!」

「何それ怖い」

 

 この子は時々重い事を言いだすなあ……。

 

「まあ、今日は初めてのデートって事で皆が大騒ぎしてただけかもしれないしな。次はもっとゆっくりできるんじゃないか? ゆんゆんの行きたい店ノートはたくさんあるんだろ? その店を全部回っていけば、一回くらいはまともなデートができるはずだ」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが驚愕の表情を浮かべ。

 

「いいんですか! その、今日は夢みたいに楽しかったですけど……、カズマさんはいつもと同じ感じで大変そうでしたし……。本当に、また私とデートしてくれるんですか?」

 

 真っ赤に輝かせた両目の端に涙まで浮かべたゆんゆんが、上目遣いで俺を見る。

 

「あ、当たり前だろ。ほら、俺達って恋人同士なわけだしな? というか、俺の近くにいたら毎日こんなんだぞ。そのうち嫌になるだろうから覚悟しとけよ」

「は、はい……!」

 

 照れ隠しでちょっとぶっきらぼうに言った俺の言葉に、ゆんゆんが嬉しそうにうなずいた。

 

 ――と、そんな時。

 

「あっ……」

 

 近づいてきた誰かが声を上げた。

 そちらを見ると、買い物袋を提げためぐみんの姿が……。

 

「おや、偶然ですね」

 

 めぐみんはちょっと気まずそうにそんな事を言う。

 

「もおおおおお! めぐみんってば、またなの? カズマさんの事が気になるのはしょうがないけど、何度も邪魔するのは紅魔族的にどうかと思う!」

 

 何度もデートを邪魔されてきたゆんゆんが、意外と溜めこんでいたのか珍しく責めるような事を口にする。

 

「ち、違いますよ! 今度は本当に偶然です! 夕ごはんの材料を買ってきただけですよ! というか、帰り道が同じなのですから鉢合わせするのはしょうがないじゃないですか。私は先に行きますから、二人はゆっくり帰ってくればいいですよ!」

 

 ゆんゆんに責められためぐみんが、逆ギレ気味に言うと速足で歩きだした。

 

「あ……」

 

 そんなめぐみんの背中に、ゆんゆんが手を伸ばそうとして……。

 結局呼び止める事はせずにその手を下ろす。

 

「ど、どうしましょうカズマさん! 私、めぐみんに勘違いでひどい事を! めぐみんに嫌われたら私……もう……、もう……!」

 

 半泣きで縋りついてくるゆんゆんに俺は。

 

「まあ落ち着けって。さっきの事もあるし勘違いは仕方ないだろ。後で謝れば許してくれるはずだ」

 

 めぐみんはあれでゆんゆん大好きだし、喧嘩っ早い割に大物なところがある。

 俺が宥めてもしばらくオロオロしていたゆんゆんは。

 

「……なんだか変な感じです。ちょっと前までの私だったら、めぐみんにあんな事言えなかっただろうなあ……」

 

 めぐみんが去っていった方向を見つめ、しんみりした口調でそんな事を言う。

 

「めぐみんは私にとって、ライバルで……、と、友達で……、ずっと私の前を歩いているような憧れの人で……。私は一度も勝てた事がなくて……」

「……えっと、一応俺の取り合いではゆんゆんの勝ちって事でいいんじゃないか?」

 

 自分でもどうかと思いながらも俺がそう言うと。

 

「違うんです! カズマさんとの事は……。あ、いえ、めぐみんに勝ちたいとは今でも思ってますけど……、カズマさんとの事ではめぐみんに勝ちたいんじゃなくて……」

 

 ゆんゆんは両目を真っ赤に輝かせながら。

 

「私は……。私は、カズマさんの一番になりたいんです……!」

 

 俺の手を握って……。

 

 …………!?

 

 ゆんゆんの指が俺の指に絡みついてくる。

 これはアレだ、いわゆる恋人つなぎってやつだ。

 ゆんゆんの顔を見ると、恥ずかしいのか俯いて俺から目を逸らしていて。

 

「ダ、ダメですか……?」

「……ダメじゃないです」

 

 俺がそう言うと、ゆんゆんが俺の隣に並び体を寄せてきて……。

 

「あ、あの、ゆんゆんさん。その……、当たってるんですけど」

 

 いつもなら黙っているところだが、積極的なゆんゆんに動揺した俺がそんな事を口走ると。

 

「当ててるんです。い、嫌ですか?」

「……嫌じゃないです」

 

 なんだコレ。

 ゆんゆんがすごくグイグイ来るんですけど。

 そういえばめぐみんが以前、ゆんゆんはいざという時の思いきりが良いと言っていた。

 

「いつか……、いつかめぐみんだけじゃなくて、ダクネスさんよりもイリスちゃんよりも、カズマさんに好きになってもらえるように頑張りますから!」

 

 俺の腕にぎゅっと胸を押しつけながら、ゆんゆんが笑顔で宣言して――!

 

 ――と、そんな時。

 敵感知スキルに反応があり俺が背後を振り返ると。

 

「ダメだよイリス! それ以上近づくと敵感知スキルの範囲に入っちゃうよ!」

「で、ですが、お二人が何を話しているのか気になって……! こんな街中であんなにくっついて何を話しているんですか!」

「お、落ち着いてくださいアイリス様。気になるのは分かりますが、デートの邪魔をしてはいけませんよ」

 

 ダクネスとクリス、それにアイリスが物陰からこちらを見ていて。

 ……さっきめぐみんも言っていたように、ここは帰り道だから仕方ないのだろうが。

 

「俺の近くにいたら毎日こんなんだけど大丈夫か?」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが両手で顔を覆いその場にうずくまった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この偽りの正義に真実を!

『祝福』4、既読推奨。
 時系列は、6巻の後。


「――本日もご協力ありがとうございました! サトウさんのお陰で捜査が進展しました!」

 

 屋敷の前にて。

 セナが俺へと深々とお辞儀をした。

 

「お、おう。……いやまあ、俺くらいの凄腕冒険者になると、このくらいはなんでもないんだけどな?」

 

 頭を掻いてそんな事を言う俺に、セナは微笑みんながら。

 

「サトウさんにはいつもお世話になってしまっていますね。……この街の他の冒険者も、サトウさんのような方であれば良かったのですが……」

「ええと、俺ばかりじゃなくてたまには他の奴らにも頼んでみたらどうだ? 不真面目そうに見えても意外と協力してくれるかもしれないぞ?」

「断られました」

「あっはい」

 

 光を失った目でポツリと言うセナに、俺はドン引きする。

 

「……この街で自分の頼みを聞いてくれる冒険者はサトウさんくらいです。いつも本当に助かっています! また何か頼んだ時にはよろしくお願いしますね!」

 

 なんの疑いもない真っ直ぐな瞳を向けられ、俺は愛想笑いを浮かべた。

 

 

 

 玄関でセナと別れた俺は、屋敷の広間に入るとソファーに飛びこみぐったりする。

 バニルを討伐し俺の疑いが晴れてからというもの、セナは俺の事を正義の味方であるかのように思いこみ、何かと面倒くさい話を持ちこんできた。

 そんなセナの頼みを、俺は断り切れずに受けてきたわけで……。

 

「……いい加減にセナをなんとかしようと思う」

 

 俺がソファーに寝そべりながらポツリと呟くと。

 

「なんとかすると言っても相手は国家権力です。カズマがやったとは分からないように、しっかり隠蔽してくださいね」

「お、おい。セナは自分の仕事を真面目にやっているだけだろう。いくら何かと手伝いを頼まれる事が気に食わないからと言って、手荒な真似をするのはどうなんだ?」

「ねえ待って? 国家権力相手におかしな事をしたら、また国家なんとか罪だとか言われて捕まるんじゃないかしら? 捕まるならひとりで捕まってちょうだい。私達まで巻きこまないでね」

 

 三人が口々にそんな事を言ってくる。

 

「いや、お前らは俺をなんだと思ってんの? 人を犯罪者予備軍みたいに言うのはやめろよ。あいつが仕事してるだけってのは俺だって分かってるよ。俺はただ、セナに正義の味方みたいに思われてるのをなんとかしようと思っただけだ」

 

 あの疑いのない真っ直ぐな目で頼まれると、拒否しようと思っているのについ引き受けてしまう。

 セナが俺の事を正義の味方みたいに思っているのは、俺がセナを誤魔化すために『モンスターに怯える街の人々を守る。これは、冒険者の義務ですから』などという心にもない事を口走ったせいだ。

 本当の俺が大した事ない奴だと知れば、もう頼み事をされなくなるはず。

 

「明日はダストと飲む約束がある。あいつの事だからどうせロクでもない事をするに決まってる。あいつと一緒になってバカな事をやっている俺の姿を見れば、セナも俺が大した人間じゃないって気づくはずだ!」

「お、お前……。それでいいのか……?」

 

 ダクネスがなんか言っていたが、俺の耳には届かなかった。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 夕方になると、俺はダストと待ち合わせをしている酒場に向かった。

 セナの事はダクネスに頼み、俺の様子を二人で見ているように言ってある。

 酒場に向かう道中でも、俺から一定の距離を置いて尾行してくる二人を敵感知スキルで察知していた。

 俺が酒場に着いた時には、夕方だというのにすでにダストは酔っ払っていて。

 

「おうカズマ! 待ってたんだよ! 店主のおっさんが金持ってないなら酒を出さねえとか言いやがってよ! 今日はお前さんの奢りだろ? 好きなだけ飲んでいいんだよな? 金はこの凄腕冒険者のカズマさんが払うんだ! 分かったらとっとと酒持ってこいや!」

 

 俺の顔を見て嬉しそうな表情を浮かべたダストが、勝手な事を言って酒を注文する。

 ……俺は奢りだとも好きなだけ飲んでいいとも言っていないのだが。

 

「お、お前……。こんな時間から酔っ払ってるって事は、もっと早くから飲んでたのか? またリーンにどやされても知らないぞ」

「リーン? ぶはははは、あんな胸の薄い女知った事かよ! 俺達には素晴らしい喫茶店のお姉さんがついてるじゃねえか! ぶはははははは!」

 

 やたらとテンションの高いダストに戸惑った俺は、隣で飲んでいたキースに声を掛ける。

 

「……なあ、こいつなんかあったのか?」

「なんかあったというか、何もなかったというか……。リーンに男ができたみたいでな」

「ふーん」

 

 …………。

 

「えっ、それでこんなに酔っ払ってるのか? それって……」

 

 ダストはリーンの事が好きなのだろうか?

 金と女と酒さえ与えておけば満足していそうなこのチンピラに、恋心なんてもんがあったのか。

 

「さあな? よくわかんねーけどよ、飲みたい気分の時は飲むに限るだろ。って事で、俺の分もお前の奢りでいいよな? おーい店員さん、俺にも酒くれ!」

 

 ちゃっかりダストと同じ事を言い酒を注文するキース。

 

「……まあ酒代くらいなら構わんよ。すんませーん、俺にも酒ください!」

 

 

 

 ――俺達が楽しく飲み食いする中。

 俺にバレないようにこっそり酒場に入り隅の席に座った二人組が。

 

「……あ、あの、ダスティネス殿? これは一体……? 自分はまだ捜査の手伝いが残っているのですが……。例の盗賊団の件で……」

 

 ダクネスに連れられやってきたセナが、店内を見回しながらそんな事を言う。

 

「ああ、あの件か……。それはすまなかった。しかしセナには一度あの男の本性を見ておいてもらいたくてな」

「サトウさんの本性ですか? あのダストとかいうチンピラ冒険者と親しくしているのは自分も知っていましたが、他にも何か? そういえば、あっちのキースという冒険者もよく名前が挙がる要注意人物ですね。サトウさんはなぜあんな輩と……?」

 

 俺達の様子を観察しながら首を傾げるセナにダクネスは。

 

「そ、その……。あなたの前では正義の味方のように振舞っているが、あれがあの男の本性なんだ!」

 

 そんな二人の視線の先では、俺が酒を飲みながらダスト達とバカ騒ぎをしていて。

 

「はあ……。ええと、自分には楽しくお酒を飲んでいるようにしか見えないのですが……。確かにこの時間から酔っ払っているのはどうかと思いますが、たまには羽目を外したくなることもあるでしょうし、仕方ないのではありませんか?」

「あれっ? そ、そうだな……」

 

 

 

 ――潔癖そうだったセナの意外と柔軟な発言に、ダクネスが調子を狂わされる中。

 二人の会話に聞き耳を立てていた俺は。

 

「……なあ二人とも、いつものアレをやろうじゃないか」

 

 このままでは埒が明かないと、ダストとキースにそんな提案をする。

 

「あん? いつものってなんだよ?」

「うひゃひゃ、あっひゃっひゃっひゃ!」

 

 いつまでもハイテンションではいられないのか、ダストは目を据わらせ低い声で。

 キースは逆にテンションが振りきれてしまい笑うだけ。

 酒を奢ってやっているんだから、少しくらい話を合わせてくれてもいいと思う。

 ……まあ、酔っ払いなんてこんなもんだ。

 

「ほら、あそこにどう見ても初心者って感じの奴らがいるだろ? きっと初めてクエストを達成して浮かれて宴会でも開いてるんだろう。ここは先輩冒険者として、あいつらにガツンと言ってやろうじゃないか」

「おっ、いいねえ。ちょうどムシャクシャしてたんだ。ああいう浮かれた奴らを見てるとイラっとするよな! カズマも分かってきたじゃねーか!」

 

 最低な事を言うダストがふらつきながら立ちあがる。

 

「うひゃひゃ! 俺も俺も!」

 

 何が楽しいのか笑いながらキースも立ちあがって……。

 

 ……俺、こいつらと同類扱いされるの?

 

 いくらセナの持ってくる面倒事から逃れるためとはいえ、人として越えてはいけないラインを越えようとしている気がする。

 しかし店の隅でセナがこちらを見ているし、今さらやめようと言うわけにも行かない。

 酔った勢いでやっちまった事にして、あの初心者パーティーには後でそれとなくフォローしておこう。

 

「なっ! サ、サトウさんが新米冒険者に絡んで……! し、しかも今、いつものアレと言いましたか? ダスティネス殿、サトウさんはいつもあのような事を……?」

 

 ――新米冒険者に絡みに行く俺達三人に、セナが愕然とした様子で。

 

「ち、違うんだ! いくらあいつがクズマだとかゲスマだとか呼ばれているとはいえ、あんな事は……、…………」

 

 そんなセナにダクネスが慌ててフォローするような事を……。

 …………。

 いや、フォローしてどうすんだよ。

 

「…………そ、そうだな。あの男はいつも大体あんな感じだ」

「う、嘘ですよね? あのサトウさんが……!」

 

 ……日頃セナが頼りにしているサトウさんとはどのサトウさんなのだろうか。

 

「だから言っただろう。あいつはあなたの前で正義の味方っぽい事を言っているだけで、裏ではあのような事を平気でやるクズなのだ!」

「そんな……!」

 

 おい、ちょっと待て。

 誰がそこまで言えっつった。

 

「どうしてダスティネス殿はあの男を止めないのですか!」

「えっ」

「同じパーティーの仲間なのでしょう? 私が国家転覆罪の疑いを掛けた時には、領主に直談判してまで助けようとしたほどの、そんな相手なのでしょう? 間違った事をしようとしていたら止めるのも仲間だと思います!」

「それは、その……。ええと、私とて何度も止めようとしたのだが……。あの男は私の言う事を聞き入れようとしなくてな」

「そんな……! ダスティネス殿ほどの方が言っても聞き入れなかったのですか?」

 

 ……どうしよう。

 チラッと横目で見た感じ、セナがすごい顔で俺をにらんでいるんですけど。

 いや、うろたえるな佐藤和真。

 最初からこうなる事が目的だったはず。

 素晴らしい冒険者だと褒め称えチヤホヤしてくれた相手ににらまれるくらい……けっこうキツいが、これくらい我慢しなくてどうする。

 俺が新米冒険者達のテーブルに近づくと……。

 

「おいおい、だから言ってんだろ? ここで俺達に酒を奢っといた方が長い目で見りゃあ得するんだよ。先輩冒険者の話ってのは聞いておいた方がいいぜ? クエストに出たら知らなかったじゃ済まないようなひどい目に遭う事もあるんだからな」

 

 妙に説得力のある言葉で語りかけるダストに、新米冒険者達は困った表情を浮かべ顔を見合わせている。

 どうしてこいつはこういう時にばかり無駄に口が回るんだろうか。

 一方、キースはというと。

 

「……そうだなあ。俺がこなしてきたクエストではこんな事があったな。いつもどおりの簡単なゴブリン退治だと思ったら、そのゴブリンの群れは五十匹以上もいてなあ……。普通はゴブリンなんて多くても十匹程度だろ? あの時はさすがの俺も死んだと思ったよ。どうやって生き延びたかって? それを聞きたけりゃ酒を奢ってくれや」

 

 そのクエスト、俺も知ってますね。

 ……あの時ゴブリンは五十匹もいなかったはずだが。

 大事なところをぼかしているせいで続きが気になるキースの話に、新米冒険者達はやはり困った表情を浮かべていて。

 俺もあいつらと同じ事をしないといけないんだろうか?

 いや、今さら迷っている場合じゃない。

 俺は後で必ず新米冒険者達にはフォローを入れようと決意し――!

 

「よう、俺はサトウカズマってもんだ。聞いた事ないか? そう、数多の魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ったカズマさんとのは俺の事だ。おっ、顔色が変わったな? 最近は王都でも活躍したし、名前くらいは聞いた事があるだろ? 手に入れた賞金で大金持ちになって、今は街の郊外の屋敷に住んでいてな? ほとんど冒険者としては引退してるようなもんなんだが……。お前らみたいな新人を見てると、つい声を掛けたくなっちまう。どうだ? 俺がどうやって大金を得たか聞きたくないか? いや、酒を奢る必要なんてないさ。なんせ大金持ちのカズマさんだぞ? 自分の酒くらい自分で買える。でもまあ、もしも俺の話を聞いて役に立ちそうなら、お礼として奢ってくれても構わないからな? 金額じゃなくて気持ちの問題ってやつだ」

 

 ――そんな時。

 

「そこまでだ! 罪もない新米冒険者にたかるなど、貴様ら恥を知れ! 恐喝の現行犯で逮捕する!」

 

 ついに我慢しきれなくなったのか、椅子から立ちあがったセナが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「おいちょっと待て! あんなの冒険者の間じゃ軽い冗談みたいなもんじゃないか! それで逮捕だとか頭おかしいんじゃねーか!」

 

 警察署に連行された俺は、取調室で声を上げていた。

 セナの頭が硬いのは知っているが、さすがにあれくらいで逮捕される謂れはないはずだ。

 

「黙れ! 見損なったぞサトウカズマ! 自分は……、自分はあなたの事を素晴らしい冒険者だと、そう思って尊敬していたのに……」

 

 俺を怒鳴りつけるセナが、泣きそうな表情を浮かべ肩を落とす。

 ……どうしよう、ちょっとかわいそうな気も……。

 いや、俺は何も悪い事はしていないはずだ……さっきのカツアゲ以外は。

 

「それで、どうしてこんな事をした? 貴様は十分な資産を持っているはずだ」

 

 セナが報告書らしき紙に向かい、いつかと同じ冷酷な表情でそんな事を……。

 …………。

 

 ……あっ。

 

 嘘を感知する魔道具があるこの部屋では嘘をつく事ができない。

 だからと言って、セナの頼み事に付き合うのが面倒くさくて、大した人間じゃないと思われたかったなんて言うわけにも……。

 そんな事を面と向かって言えるくらいなら、最初から頼まれても断っている。

 クソ、たかがカツアゲの事情聴取に嘘を感知する魔道具まで持ちだしてくるってどうなんだよ? これって貴重な魔道具じゃなかったのか?

 

「……こ、これには事情が……」

 

 目を逸らして言う俺に、セナは嘘を感知する魔道具をジッと見て……。

 

 …………。

 

 魔道具は鳴らない。

 その事に力を得たように、セナはテーブルに身を乗りだし。

 

「何か事情があるんですね? サトウさんほどの人が、あんなバカな事をするはずがないと思っていました! その事情とはなんですか? 自分には話せない事なんですか?」

「ええと、それはだな……」

 

 ……どうしよう。

 本当にどうしようこの状況。

 確かな事を何も言えなくなった俺が考えこんでいると……。

 取調室のドアが開かれ、慌てた様子の警察官が入ってきた。

 

「セナさん! 大変です!」

「なんですか? 今は取り調べ中なので後にしてほしいのですが……」

 

 困惑するセナに、その警察官は何事かを耳打ちする。

 

「えっ! 本当ですか? そんな事が……」

「そうなんです。それで……」

 

 ヒソヒソと何かを囁き合いながら、二人はなぜかチラチラと俺を見てくる。

 ……な、なんだよ? 何があったんだよ?

 俺はカツアゲ以外は何もおかしな事はしていないはずだ。

 やがて警察官が退室すると。

 

「サトウさん、あなたがカツアゲした新米冒険者ですが……、彼らは新米冒険者ではありませんでした」

 

 セナが唐突にそんな事を……。

 

 ……?

 

「我々はこのところ、このアクセルの街を拠点にした盗賊団を追っていました。その盗賊団は狡猾で、恥ずかしながらこの警察署も被害に遭っていまして……。そして奴らが奪ったと思しき品物が、あの新米冒険者達の……いえ、新米冒険者を装っていた者たちの荷物の中から見つかったそうです。どうやら新米冒険者を装う事で街の情報を手に入れ、その情報をもとに盗みに入る場所を決めていたようです」

 

 ……なるほど。

 新人ならいろいろな事を質問しても不自然ではないし、冒険者も口が軽くなる。

 あいつらが嬉しそうに酒を飲んでいたのは、クエストを達成したからではなくて盗みが成功したからだったらしい。

 ダストやキースの話に困ったような表情を浮かべていたのは、冒険者になるつもりはなかったからだろうか。

 

「サトウさんは、彼らの正体に気づいていたのですね」

「えっ」

 

 嬉しそうなセナにそんな事を言われ俺は声を上げる。

 まずい。

 こんな風に期待に満ちた目で見られると……。

 

「……ま、まあ、パッと見た感じでは新米冒険者にしか見えなかったけどな」

「その程度の偽装はサトウさんにとっては簡単に見破れると! さすがです!」

「……俺くらいになると、安楽少女は見た目がかわいいだけで実は有害なモンスターだって事も分かっちまうからな」

「やはり私の目に狂いはなかったようです! サトウさんは素晴らしい冒険者です!」

「まあ、その……。……そうだな、王都でも銀髪盗賊団をアルダープって奴の屋敷から追い払ったし、王城での騒ぎの時も誰にも気づかれないところで活躍したしな」

 

 何ひとつ嘘をついていない俺に、セナはますます瞳を輝かせ。

 

「それで、これから彼らの証言をもとに盗賊団のアジトに突入する予定なのです。サトウさんにも同行してもらえないでしょうか? あの銀髪盗賊団とも渡り合ったというサトウさんに協力していただけると心強いのですが……」

 

 

 *****

 

 

 ――夜。

 街外れの倉庫街に十数人の警察官が集まっていた。

 

「それでは、これより盗賊団のアジトに突入します。奴らは新米冒険者として情報収集していた事から、冒険者のスキルを使う可能性があるので注意してください。ですがこちらにも頼りになる助っ人をお呼びしました。ダスティネス卿と、凄腕冒険者のサトウカズマさんです!」

 

 キラキラした目を俺に向けながらセナが言うが……。

 普段の俺の行いを知っている警察の皆さんは、俺を見て微妙そうな表情を浮かべ、ダクネスにいいんですかと言うような視線をチラチラと送っている。

 街中だからか鎧を着ていないダクネスが、俺をチラッと見てから警官達に向き直り。

 

「その……。今日はよろしく頼む」

「冒険者のサトウカズマです。よろしく」

 

 ……どうしてこうなった?

 セナの手伝いをするのが嫌でダストを巻きみカツアゲ紛いの事までやったのに、その結果もっと面倒な事に巻きこまれている。

 俺の幸運のステータスが高いって話はなんだったんだ?

 

「サトウさん、どうですか? 何か気づいた事はありますか?」

 

 期待に満ちた目を俺に向けるセナが、アドバイスを求めてくる。

 俺がダクネスを見ると、ダクネスもうなずいていて。

 

「……ええと、敵感知スキルに反応があるな。あの倉庫の中にいるのは十人くらいだ。こっちを警戒している感じじゃないし俺達には気づいていないと思う。この人数差だと接戦になりかねないし、奇襲しちまった方がいいんじゃないか」

 

 俺の言葉にセナだけでなく警察官達も、おお……と感心したような声を上げる。

 

「裏口の方が人数が少なそうだな。俺とダクネスがそっちから回って騒ぎを起こすから、残りは表で待ち伏せして、慌てて逃げてきたところを捕まえてくれ。……それでいいか?」

 

 大勢の人間に指示を出す俺に、ちょっと驚いた表情を浮かべていたダクネスは。

 

「あ、ああ。皆、今の作戦に異議はないか?」

「はい! 問題ありません!」

 

 そんなやりとりの後、警察官達にてきぱきと指示を出していく。

 

「では、待ち伏せ部隊はあそこに。……ここは最終防衛ラインとし、セナもここに待機していてくれ」

「わ、分かりました」

 

 そもそも現場担当ではないはずのセナが、緊張した様子でうなずく。

 そんなセナと警察官達と別れ、俺とダクネスは倉庫の裏手へと回って――!

 

「クソ、どうして俺がこんな目に……!」

「お、おい、不満なのは分かるが今は真面目にやってくれ! ここで盗賊団を取り逃がしては市民が不安になる!」

 

 二人きりになった途端に不満を漏らす俺に、ダクネスがそんな事を言ってくる。

 

「分かってるよ。王城にも潜入した凄腕冒険者のカズマさんだぞ? お前の方こそ派手に物音立てたりするなよ?」

「わ、分かっている! お前は私をなんだと思っているんだ!」

 

 そう言ったダクネスが、直後に道端に落ちていた木片を踏んでバキッと音を立てた。

 

「…………ッ!?」

「たまにアクア並にドジで不器用なクルセイダーだと思ってる」

「ちちち、ちがー! 今のはお前に気を取られて……! というか、最近お前達は私の扱いが雑になっている! さすがにアクアほどドジではないはずだ!」

 

 そんなダクネスの声に、裏口のドアが勢いよく開けられ。

 

「おい、そこに誰かいやがるのか!」

 

 倉庫の中から現れた柄の悪そうな顔の男が声を上げた。

 

「何か言い訳はあるかアクネス」

「わ、悪かった! すいませんでした! ア、アクネスはやめてください……!」

「お前ら何もんだ!」

 

 俺は誰何してくる男に応えず。

 

「『バインド』――!」

 

 拘束スキルを使い男をその場に転がすと、ダクネスが男を跨いで倉庫の中へと駆けこむ。

 入ってすぐの部屋で酒を飲んでいたらしい数人の男達は、物音に気づき立ちあがっていて。

 

「な、なんだお前らは? 俺達はただ酒を飲んでいるだけで……」

「貴様らの仲間はすでに捕まえた。新米冒険者の振りをして情報収集していたという手口も分かっている。大人しく投降しろ。投降するなら危害は加えない」

 

 歩くだけで音を立てる鎧も大剣もなく、町娘の格好でそんな事を言うダクネスに、男達が首を傾げる。

 

「女とひょろそうな男の二人で、どうやって俺達に危害を加えるって?」

「……ええと」

 

 せっかく決め台詞を口にしたのに聞き返されたダクネスが情けない表情を浮かべる中。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 男のひとりが不意打ちで放った魔法の火球がダクネスを直撃した。

 

「へっ! 何者かは知らないが、新米とはいえ冒険者のスキルを持っている俺達がお前らなんかに負けるかよ! 行くぞお前ら! こいつらを強行突破……して……?」

 

 と、威勢よく言いかけた男の声が小さくなっていく。

 そんな男の視線の先では、火球が生んだ薄い煙が晴れ……。

 そこには、傷どころか煤のひとつも付いていない、まったく無事なダクネスの姿が。

 

「なっ……!」

 

 驚愕する男に、ダクネスはつまらなそうに息を吐き。

 

「……ん。今さら新米冒険者の魔法などで傷が付くはずもないか。まったく、久々の攻撃魔法に期待したというのに……」

「お前今期待したっつったか」

「言ってない」

 

 俺達がそんなバカなやりとりをしている間にも、男達は逃げようとしていて。

 しかし、ダクネスが出入口に立っているせいで逃げられない。

 

「『バインド』!」

「「「…………!?」」」

 

 俺が隙を突き拘束スキルを使うと、男達は驚愕の表情を浮かべた。

 

「お前らだけが冒険者だと思うなよ? 数多の魔王軍幹部と大物賞金首と渡り合った凄腕冒険者のサトウさんだ! おら、捕まりたい奴から前へ出ろ!」

 

 そんな俺の言葉に。

 

「サトウカズマ……? サトウカズマだと!」

「おい逃げろ! 戦おうとするな! 魔王軍の幹部や大物賞金首の討伐に貢献したっていう凄腕冒険者だ!」

「畜生! どうしてそんな大物がこんなところにいるんだよ!」

「えっ……」

 

 ダクネスの頑丈さを見せつけられた時より慌てだす男達に、俺の方が困惑する。

 

 いや、何コレ……?

 

 ひょっとして、こいつらは冒険者として情報収集しながらもきちんと活動していなかったために、俺の名前と功績を知っていても大した冒険者ではない事までは知らないのだろうか?

 この街の住人や冒険者だったら、相手が俺だと知れば反撃してくるところだ。

 俺の登場に驚き隙だらけの男達を、ダクネスがひとりずつ絞めていき。

 騒ぎに気づいた表側の男達が逃げだすも、そいつらも表で待ち構えていた警察官達に捕まえられ……。

 

 ――逮捕劇があっという間に終わると。

 

「……ふう、今回は私も活躍した気がするな」

「物音立てて足引っ張ってたからトントンじゃないか?」

 

 満足そうに息をつくダクネスを俺がひと言で黙らせていると。

 

「ご協力ありがとうございました! 今回もサトウさんのお陰で事件を解決できました!」

 

 セナがいつものように……いや、いつも以上に目を輝かせ俺にお礼を言ってくる。

 周りではまだ警察官が慌ただしく倉庫を調べているが、現場担当ではないセナにはあまり仕事がないのかもしれない。

 そんな警察官達も、セナと同じように俺に尊敬の目を向けてきていて……。

 

 …………。

 

 ……これだけ尊敬されると正直悪い気はしない。

 俺は数多の魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ってきた凄腕の冒険者。

 これまでのように、せっかく活躍したのに借金を背負わされるだとか、冤罪を掛けられた上に牢屋に入れられるだとか、そっちの方がおかしかったんだ。

 そうだよ! これが正しいチート転生者ってやつだ!

 悪人には恐れられ、周りの人達にはさすがですねカズマさんって言われるんだ!

 

「お、おう。……いやまあ、俺くらいの凄腕冒険者になると、このくらいはなんでもないんだけどな?」

 

 いい気分になった俺が、調子に乗ってそんな事を口にした時。

 

 ――チリーン。

 

 倉庫のどこかから、そんな聞き慣れた音が聞こえた。

 

「「「…………」」」

 

 音がしたところを警察官のひとりが調べると、出てきたのは嘘を感知する魔道具。

 その警察官は言いにくそうに。

 

「……ええと、我が署も盗難の被害に遭っていまして。盗まれたのは預かっていた現金や貴金属類、それに珍しいこの魔道具も……」

 

 …………。

 

「あの、サトウさん。失礼ですがいくつか質問してもいいですか?」

 

 魔道具を手にしたセナが、言葉は丁寧だがいつかのような冷酷な表情でそう言った。

 




・王国検察官セナの転落シリーズ(時系列順)
『この事件解決に協力を!』
『この偽りの正義に真実を!』←今ココ
『この美味しい話に用心を!』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この恥ずかしい思い出話に封印を!

『祝福』11、既読推奨。
 時系列は、11巻1章。


 ――ある日の夜遅く。

 王城に用意された俺の部屋に、俺はクレアと二人きりでいた。

 クレアが恥ずかしそうに、俺の方をチラチラと見ながら。

 

「はあ……はあ……。す、すまない。私はこういった事は初めてで……。その……、今まで誰にも見せた事なんてなかったんだ。……変じゃないだろうか?」

「変なわけないだろ。そ、その……、すごく……可愛いと思う」

 

 俺の言葉にクレアは照れながらも微笑み。

 

「そ、そうか。では次はカズマ殿の番だぞ。ほら、そちらも……出してくれ……」

「お、おう……。って言われても……俺に出せるのは……」

 

 俺が出せるものをポロっと出すと、クレアは顔を真っ赤にし目に涙まで浮かべて。

 

「もうそんなに大きく……! ああ、そんな……、そんな……!」

「目を逸らさずに……ちゃんと見ろよ! これから……大きくなる…………に……入っていくんだぞ!」

「やめてくれえ! そんな事になったら私は死んでしまう!」

「お前も辛いかもしれないけど、でも…………、……大好きなんだよ!」

「……ッ! もう私の事などどうにでもしてくれ……!」

 

 ――と、そんな時。

 部屋のドアが外から開かれ、アイリスが踏みこんできた。

 

「そ、そこまでです! 二人きりで何をやっているんですか!」

 

 

 *****

 

 

 ――アイリスの護衛任務をやり遂げた俺達は、このところ王城で優雅な生活を送っている。

 俺達の功績がようやく正当に評価され、自堕落な生活を送っていても以前のように文句を言われる事も追いだされるような事もない。

 優雅な王城暮らしを送っていたある日の事。

 めぐみんの爆裂散歩にアイリスとともに付き合った俺は、王城に戻るとクレアに呼び止められた。

 

「カズマ殿、少しいいだろうか? そ、その、もし良ければ今夜も……」

「おっ、またか。しょうがねえなあー」

 

 コソッと耳打ちしてきたクレアにうなずくと、クレアは嬉しそうに微笑む。

 

「では、また後で」

 

 どこかウキウキした足取りで去っていくクレアの背中を見ながら、アイリスが少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべて。

 

「あの、クレアはお兄様のタイプの女性なのですよね? さっきはクレアと何を話していたんですか?」

 

 おっと、可愛い妹の嫉妬かな?

 モテる兄は辛いな。

 

「アイリスが心配するような事は何もないから安心してくれ。ただ今夜あいつが俺の部屋に来て、夜通し話をするってだけだ」

「お、お兄様の部屋にクレアが!? 夜通しお話を! お頭様、お兄様がこんな事を……!」

 

 アイリスが俺におんぶされているめぐみんに声を掛けるも。

 

「……寝てるな」

 

 爆裂魔法を使って疲れたのか、めぐみんは俺の背中で眠っていて。

 

「俺はこいつを部屋に置いてくるけど、アイリスはどうする? 俺と一緒に訓練場にでも行って、俺の事を『けっこう負けるクセに教えたがりな変な客人』呼ばわりした兵士達に目にもの見せてやらないか?」

「いえ、私は……。あの、お城の兵士を虐げるような真似は控えてほしいのですが……。と、とにかく私は部屋に戻りますね。夜に備えてお昼寝をしようと思います」

 

 名残惜しそうにしながらも、アイリスは自分の部屋へと戻っていった。

 ……夜に備えて?

 

 

 *****

 

 

 ――その夜。

 王城に用意された俺の部屋に、俺はクレアと二人きりでいた。

 クレアが恥ずかしそうに、俺の方をチラチラと見ながら。

 

「はあ……はあ……。す、すまない。私はこういった事は初めてで……。その……、今まで誰にも見せた事なんてなかったんだ。……変じゃないだろうか?」

「変なわけないだろ。可愛いアイリスを写真に残しておきたいと思うのは自然な感情だ。そ、その……、小さい時のアイリスもすごく可愛いと思う」

 

 そう、それはクレアが作ったというアルバム。

 華美な装飾が施された表紙をめくると、そこには幼いアイリスが少しずつ成長していく過程が数々の写真で記されている。

 写真機は高価なものらしいから、これだけのアルバムとなると……。

 ……いや、掛けた金額がどうのなんていうのは野暮な話か。

 

 俺の言葉にクレアは照れながらも微笑み。

 

「そ、そうか。では次はカズマ殿の番だぞ。ほら、そちらも可愛らしいアイリス様の話を何か出してくれ」

「お、おう……。って言われても、お前ほどアイリスとの付き合いが長いわけじゃないし、俺に出せるのはエルロードに行ってた時の話くらいだぞ?」

「構わない。いや、もっと話してくれ。……そうだな、ドラゴンと戦った時の話など……」

「またかよ! その話なら何度もしただろ! 一撃だったよ!」

「……ッ! さすがはアイリス様! アイリス様は何か大きな事を成し遂げる方だと、私はずっと思っていました……!」

 

 拳を握り、くう……! と何か込みあげてくるものを堪えるように目に涙まで浮かべるクレアに。

 

「そ、そんなにか……。いや、ちょっと待ってくれ。こんなんでそこまで感動するんなら、最初からちゃんと話した方がいいかもしれん。長くなるけどいいか?」

「なんと……! まだ話していない事があったのですか? アイリス様の話ならどれだけ長くなっても構いませんよ!」

「よし分かった。……そうだな、エルロードでは最初、ベルゼルグへの援助を打ちきろうとしていたって話はしたよな? 俺達もいろいろとやったんだけど失敗して……。それで、キレたアイリスが聖剣持って向こうの王城に殴りこみを掛けたんだ。……出てくる衛兵を薙ぎ倒しながら王子のもとまで辿り着くとアイリスはこう言った。『この国において、最も大きな被害を与え、最も強大なモンスターを教えてください。このベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスが、必ずや退治してみせます』ってな」

 

 俺が語るアイリスの武勇伝に、クレアは顔を真っ赤にし目に涙まで浮かべて。

 

「あ、ああ、あの小さく可愛らしかったアイリス様が、もうそんなに大きく成長されて……! ああ、そんな……、そんな……! くっ、成長されたアイリス様を誇らしく思う気持ちもあるが、しかし……アイリス様にはいつまでも小さなお姿のままで、クレア大好きと言っていてほしい……」

「目を逸らさずにアイリスの成長をちゃんと見ろよ! これからもっと大きくなると、きっとアイリスは反抗期に入っていくんだぞ! そしたらクレアの事なんか嫌いとか言うようになるんだ!」

「やめてくれえ! そんな事になったら私は死んでしまう!」

「お前も辛いかもしれないけど、でもそれはお前の事を信頼しているからこそなんだ。何を言っても嫌われないって思っているから、お前の事を嫌いだなんて言えるんだ。心の底ではお前の事が大好きなんだよ。……どうだ? 表面的にはすごくツンツンしてるけど実は内面はデレデレなアイリスって可愛くないか?」

「……ッ! そうだな、それはもう私の事などどうにでもしてくれという気になってくるな」

 

 ――と、そんな時。

 部屋のドアが外から開かれ、アイリスが踏みこんできた。

 

「そ、そこまでです! 二人きりで何をやっているんですか!」

 

 そんなアイリスに気づかず、俺達はピーマンを食べる時のアイリスの話でヒートアップしていて。

 

「分かる! 分かるぞ! エルロードへの旅の間にもピーマンを食べる機会があったんだが、その時もアイリスはすごく嫌そうな顔をして食べていて……。でも俺が見てるって気づくと、全然食べられますよっていう顔をするんだ!」

「ほう……! それはカズマ殿に子供扱いされたくないからと無理をされていたのでしょう! 私やレインの前では、気を許してくださっているのか今でもピーマンはこっそり横に除けていますね! ただ料理人に申し訳ないと思っていらっしゃるようで、その時の困った顔と言ったらたまりませんよ!」

「なんだよそれ! お前ばっかりズルい!」

「何を言いますか! カズマ殿だってアイリス様が頑張ってピーマンを食べた時の食べられますよという顔を見ているではないですか! 私だってちょっとお姉さんぶったアイリス様を見たい! あなたこそズルい!」

「……いや、こんな事で俺達が争うのはバカげているよ。アイリスは頑張ってピーマンを食べている時も可愛いし、食べたくなくて横に除けている時も可愛い。それだけの話だろう?」

「……そうだったな。すまない、熱くなってしまったようだ」

「いいって事さ。お前もそれだけアイリスの事が好きなんだろ? もっと俺が知らないアイリスの話を聞かせてくれよ」

 

 話を続けようとする俺達に。

 

「二人でなんの話をしているのかと思ったら……! なんなんですか! もう! もう!」

 

 恥ずかしそうに顔を赤くしたアイリスが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「まったく! 二人して何をしているんですか!」

 

 俺とクレアの間に割りこむように座ったアイリスが、そんな事を言う。

 

「しょうがないだろ、兄としてアイリスの事はなんでも知っておきたいんだよ」

「すいませんアイリス様。私もこれほど話が合う相手は他にいなかったので……。それに、アイリス様が幽霊の噂を聞いて眠れなくなった話や、勇者のおとぎ話に憧れて城の宝物庫から聖剣を持ちだした話はしていませんのでご安心を」

「何それ詳しく」

「お兄様!? や、やめてください! その話は本当にダメです!」

 

 よほど恥ずかしい話なのか、クレアの袖を掴み止めようとするアイリス。

 そんなアイリスに幸せそうな表情を浮かべたクレアが、

 

「よしクレア、交換条件だ。その話を聞かせてくれるなら、エルロードへの道中でアイリスと餃子を作った話をしてやろう」

 

 やっぱりやめようと言う前に俺は言った。

 

「ダメです! ダメです! 怒りますよ!」

 

 アイリスが可愛らしく怒る中、クレアはさっきまでの幸せな表情をかなぐり捨て。

 

「アイリス様と料理だと? 食べたのか? 貴様アイリス様の手作り餃子を食べたのか!」

「すまんね。アイリスの初めての料理は俺がいただいちまった。……おい待て! 剣を抜こうとするのはやめろよ! 食ったのは俺だけじゃなくて仲間もだぞ! というか、ついさっき俺達が争うのはバカげてるって言ったばかりじゃないか!」

「す、すまない。あまりにも羨ましくて我を忘れたようだ。旅の間とはいえ王族に料理をさせるなど言語道断だと言いたいところだが……。しかし、そうか……。あの小さかったアイリス様が料理を……、…………」

 

 慈しむような目をアイリスへと向けながら、クレアがそっと目頭を押さえる。

 

「ク、クレア……、あまり小さかった頃の事を言われるのは恥ずかしいのだけれど」

 

 そんなクレアに苦笑しながらも、アイリスは少しだけ嬉しそうにはにかんでいて……。

 

「アイリスの作った餃子は美味かったな。アイリスがどんな変わり種餃子を作ったか知りたくないか?」

「変わり種! 初めてだというのに変わり種餃子だと……?」

 

 ちょっといい雰囲気の中に俺がぶっこむと、クレアが即座に食いついてくる。

 

「……あれはアイリス様が今よりも幼かった頃の事だ。城内に幽霊が出るとの噂が広まってな。城の者の中には怯えて仕事にならないなどと言いだす者まで出て、当時はちょっとした騒動になったのだ」

「ほうほう」

「その幽霊の噂が、どこからかアイリス様のお耳に入ってしまってな……。怯えるといけないからと私達は知られぬようにしていたのだが……。しかしアイリス様は、怯えるどころかもしも幽霊がいるのなら自分が退治すると言われたんだ! 城の者が怯えているのだから王族である自分がなんとかしなければと! その頃からアイリス様は王族としての責務をこなそうとされていた……!」

「お、おお……!」

 

 俺の妹かっこいい!

 本人はやめてやめてと言いながら両手で顔を覆っているが。

 

「それで、幽霊は夜に出るものだからと、アイリス様は幽霊を退治したがり興奮して眠れなくなってしまってな。……いや、あの時は世話係を始め私達は大変だった」

 

 大変だったと言いながら、クレアは当時の事を嬉しそうに話す。

 恥ずかしがったアイリスが、そんなクレアの肩を掴んでガクガクと揺さぶって。

 

「や、やめて! 子供の頃の事じゃない! やめなさいクレア! 王女の命令です!」

「もう大丈夫ですよアイリス様。カズマ殿も満足したでしょう。……さあ、私は話したぞ! 次はあなたの番だ、アイリス様が餃子を作ったという話を聞かせてくれ!」

 

 揺さぶられているのにもかかわらずクレアが言うが……。

 

「お、おう……。それはいいけど、お前本当に大丈夫か? なんか顔の残像が生まれてる勢いなんだが。そんなんで本当に俺の声が聞こえているか?」

「ととと、当然だ。アアアイリス様の話であれば魂で聞き届けてみせるとも! アイリス様、もうちょっと手加減していたたただくわけには行きませんか? だ、だんだんと気持ち悪くなってきて……、…………」

 

 残像のせいでたくさんあるように見えるクレアの顔が青くなっている。

 

「いや、ダメだろ。おいアイリス、揺さぶるのはやめてやれ。そいつ弱いくせにちょっと酒飲んでるから、下手に揺さぶると吐く事になるぞ」

 

 俺の忠告に、アイリスは安全なクレアの背後に回ると。

 

「だったらお兄様こそ私の話をするのはやめてください! クレアが何かを吐く事があれば、ベッドが汚れて困るのはお兄様ですよ!」

「アアア、アイリス様! カズマ殿に影響を受けるのはどうかと思……! ……ッ!」

 

 アイリスの頭脳プレイに、クレアが揺さぶられながら注意をしようとし、込みあげるものがあったらしく両手で口を塞ぐ。

 

「おいマジかよ! 我慢しろよクレア! もしも俺のベッドが汚れる事になったら、今晩はお前の部屋で寝るからな!」

「!!!!????」

 

 吐きそうなクレアを脅す俺に、アイリスは驚愕の表情を浮かべ。

 

「ダ、ダメですよお兄様! クレアの部屋に行って何をするつもりですか!」

「何って言われても……」

 

 寝るだけですけど。

 

「まあ、アイリスがクレアをこのまま揺さぶるのをやめてくれるなら、そんな事にはならずに済むんだけどな」

 

 俺の言葉に驚いたアイリスはクレアを揺さぶるのをやめていて。

 アイリスの手から解放されたクレアは、せめてベッドだけは汚すまいという気遣いなのかヨロヨロと部屋の隅へ行くとうずくまり……。

 

「いや、何をやり遂げた顔をしてんだよ? 言っとくけどベッドを汚さなくても、俺は臭い部屋で寝るなんてごめんだからな。お前が吐いたら俺はお前の部屋に行くけど文句は言わせないぞ」

「ダメですダメです! クレア、頑張って……!」

 

 原因を作ったアイリスに励まされ、クレアが両手で口を押えたまま穏やかに目元を緩める。

 ……何もかも諦めた表情にも見えて怖いが……。

 

「ふう……。ありがとうございますアイリス様、お陰で落ち着きました。カズマ殿、いくら私とあなたの仲とは言え、私にも有力貴族の娘としての立場がある。あなたを私の部屋で寝かせるわけには行きませんよ」

 

 無事に口から手を離したクレアが、ひと息つくとそんな事を言ってくる。

 

「わ、私とあなたの仲! 二人はどういう仲なんですか! まさか、クレアまでララティーナのように……」

 

 そんなクレアの言葉にアイリスが声を上げ。

 

「ち、違います! 私とカズマ殿は、ともにアイリス様を敬愛する同志なのです! こうして毎晩のようにアイリス様が幼かった頃の話をしたり、アイリス様がいかに可愛らしいかを熱く語り合ったり……。まあそういった仲ですね。アイリス様が思っているような事はまったくありませんのでご安心ください」

「ク、クレア? 全然安心できないのだけれど……。というか、毎晩こんな事をやっていたんですか? その、さっきのような話を……?」

 

 恐る恐るといった感じに問いかけるアイリスに、俺とクレアは同時にうなずいた。

 

「……ッ! ダ、ダメです! そういうのは禁止です! 王女の命令です!」

「そ、そんな……! アイリス様、お考え直しください!」

 

 よほど恥ずかしいのか、珍しく強権を振るおうとするアイリスに俺は。

 

「お断りします」

「「えっ」」

 

 キッパリと拒否の言葉を告げる俺に二人が声を上げる。

 

「お兄様!? どうしてですか!」

「カ、カズマ殿? その、さすがに王族の命令に逆らうのは……」

「だって俺はアイリスの話をまだまだ聞きたいからな。アイリスは俺の昔の話をいろいろと聞いたのに、俺がアイリスの話を聞くのはダメってのは不公平だと思う。それともベルゼルグ王国のドラゴンスレイヤーは、権力を笠に着て横暴な事を言いだすような、そんな残念な人なんですかねえ?」

「……ッ!」

 

 痛いところを突かれたのかアイリスが言葉に詰まる中。

 

「貴様、アイリス様を残念扱いするとは! そこへ直れ、叩き斬ってやる……!」

 

 アイリスを悪く言われた事に激高し、クレアがふらつきながらも立ちあがる。

 

「いや、なんでお前がキレるんだよ。お前だってもっとアイリスの話をしたいだろ? こんな中途半端なところで止められちまっていいのかよ?」

「そ、それは……。しかし……」

 

 アイリスの話を続けたい気持ちはあるらしく、クレアはアイリスをチラチラと見ながら言葉を濁す。

 と、アイリスがハッと何かを思いついたように表情を明るくし。

 

「お、お兄様! 私はお兄様の話を聞いたのですから、お兄様に私の話をされても文句は言いません。でもそれなら、私だってクレアの話を聞かせてもらってもいいはずです! クレアは

私に小さい頃の話を聞かれてもいいの?」

 

 クレアが恥ずかしがるだろうと思って言ったのだろう、アイリスのそんな言葉に。

 

「もちろんです! アイリス様に私の話を聞いていただけるなんて光栄です!」

 

 クレアが満面の笑みを浮かべそう言った。

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 いつものように早起きした俺は、ベッドの上での優雅な朝食を終えて。

 今日はアイリスが顔を見せに来なかったなと思いながら廊下に出ると……。

 

 頬を膨らませたアイリスが俺の前を速足で素通りしていった。

 

 そんなアイリスの後を、クレアが泣きそうな表情で追いかけながら。

 

「待ってくださいアイリス様! 昨夜の事は謝ります! カズマ殿との会談は週に……す、数日に一度にしますから……!」

 

 クレアの言葉にアイリスが足を止めると。

 

「わ、私……、私、クレアの事なんて嫌いです……!」

 

 そんな事を口走った。

 

「……ッ!?」

 

 突然倒れたクレアを俺は抱きとめる。

 

「クレア!? おい、しっかりしろ! 大丈夫だ! ほら、昨夜言っただろ! アレは反抗期的なアレであって本気じゃないはずだ! お前の事を好きだからこそツンツンしてるんだよ!」

 

 俺の必死の訴えにクレアが薄っすらと目を開けると。

 

「は、はあはあ……。ありがとうございますカズマ殿。お陰様で致命傷で済みました」

「アクアー! こいつにヒール掛けてやってくれ!」

 

 さすがにそこまでの反応をするとは思っていなかったのか、倒れたクレアを見たアイリスがオロオロしていた。

 




・アイリスと餃子を作った話
『この手作り餃子に真心を!』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

このコレジャナイ俺に更生を!

『祝福』12、既読推奨。
 時系列は、12巻の後。


 こいつらとのこんな暮らしが、ずっとずっと、続きますように――

 

 病に倒れた子供達のために薬の材料を取りに行くクエストを終え。

 口に出すと恥ずかしい事を願ってしまうほど平穏な暮らしが続いていたある日の事、冒険者ギルドのお姉さんに泣いて頼まれ街近くの森へとやってきた俺達は。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 いつものように爆裂魔法でモンスターを一網打尽にし、動けなくなっためぐみんを背負うと街へと戻る事に……。

 

 ――その道中。

 

「いや、お前は何をやってんの?」

「なーに? 今ちょっと忙しいから話しかけないでくれます?」

 

 アクアが俺達から離れて木の根元にしゃがみこみ、なんかゴソゴソやっていた。

 

「忙しいじゃないだろ。俺はもうさっさと帰ってゆっくりしたいんだからな、あんまり遅れるようだと置いてくぞ。今日の夕飯はお前の当番なんだから遅れるなよ」

「ほーん? そんな事言っていいのかしら? ほら見なさいな、私は食事当番の仕事をしているのでした!」

「……?」

 

 ドヤ顔のアクアの手元を覗きこむと、そこにはキノコがいっぱいに詰められた籠が……。

 

「おまっ……! ちょっと待て! それどうするつもりだよ! 幸運のステータスが低いお前が集めたキノコなんて毒入りに決まってんだろうが! こんなもん俺が捨ててやる!」

「わあああああーっ! やめて! やめて! せっかく集めてるんだから邪魔しないでよ! 安心なさいな、もしも毒キノコだったとしても私がきちんと解毒魔法を掛けてあげるわ!」

 

 籠を取りあげようとする俺に、アクアは亀のように籠を守ってその場にうずくまる。

 すごく……間抜けです……。

 こいつはこんなんで女神を名乗っていていいんだろうか?

 

「じゃあ安心だってなるわけないだろバカ女! 毒入り料理はふぐの時に懲りたよ! 極楽ふぐは確かにめちゃくちゃ美味かったけど、誰が好き好んで毒の入ったもんなんか食うか!」

「そうよ、毒のあるものは美味しいの。極楽ふぐだって美味しかったでしょう? 普通ならそんなもの誰も食べないし食べられないけど、このアクアさんがいれば毒があっても美味しく食べられるのよ。他の人には食べられない美食ってやつを味わってみたくないかしら?」

 

 アクアのそんな言葉に、うずくまるアクアの隙間からチラッと見えるキノコに目をやる。

 他では食べられないなどと言われると、ちょっと美味しそうに見えてくるが……。

 

「カズマは珍しいものが食べられて幸せ、私は余った食費をお小遣いにできて幸せ、皆幸せなんだからいいじゃないの!」

「お前それが目的かよ! ふざけんな! お前の小遣いのために毒入り料理なんか食うわけないだろうが!」

 

 ――と、俺とアクアが言い争っていると。

 

「カズマ……! カカ、カズマ……!」

「お、おいカズマ。言い争っている場合ではないぞ!」

 

 背中のめぐみんが俺の肩を叩き、ダクネスが声を上げた。

 

「なんだよ? 今こいつを折檻してやるから……」

 

 顔を上げた俺は途中で口篭もる。

 アクアの相手をしていて気づかなかったが、敵感知スキルに何かが反応していた。

 どこか不穏な雰囲気が漂う森の奥から現れたのは……。

 黒い毛に身を包まれた巨大な生き物。

 強靭な前足で人の頭など一撃で刈り取るという、一撃熊だった。

 

「ちょ!?」

「気を付けてください! この時季の一撃熊は冬眠のために食べ物を探しているのでいつもより狂暴ですよ!」

「問題ない! 今さら一撃熊ごときに怯むものか! さあ、掛かってこい! 『デコイ』!」

 

 俺の背中からのめぐみんのアドバイスを受け、ダクネスが一歩前に出ると大剣を構える。

 マズい。

 めぐみんが爆裂魔法を使った今、俺達のパーティーにはまともな攻撃役がいない。

 ダクネスが一撃熊を食い止めてくれている間に撤収しなければ……。

 

「おいアクア、とっととそのキノコ捨てて逃げるぞ!」

「いやよ! この子達は私が美味しく料理してあげるって決めたの! この子達を捨てるって言うなら私はここから動かないわ! 逃げるならキノコも一緒だからね!」

「こんな時にバカな事言ってんじゃねえ!」

「アクア、私からもお願いします。ああっ、ダクネスが……!」

 

 めぐみんの言葉に視線を向けると。

 一撃熊が立ちあがり、ダクネスに前足の一撃を……!

 

「ぐっ……! どうした? こんなものか! もっとあるだろう! ほら、次だ!」

 

 ……一撃熊の一撃を食らったダクネスがすごく活き活きしてますね。

 ダクネスを攻撃した一撃熊の方が、マジかよといった感じの表情でダクネスを見ている。

 と、相変わらずうずくまったままのアクアが。

 

「カズマったらバカなの? こんな時だから言ってるんですけど。さあ、一撃熊に殺されたくなかったらキノコ料理を食べるって言いなさいな!」

 

 コイツ最低な脅しを口にしやがった!

 

「ああもう! どうしてそんなに強情なんだ! 分かったよ! キノコ料理でもなんでも食ってやるからとっとと立てよ!」

「言ったわね! ほら、逃げるわよ! 何ぼーっとしてんの三人とも!」

「お、お前、どの口で……」

 

 ひとり先に立って駆けだし、案の定転んでキノコを辺りに散らばすアクアに呆れた視線を向けながら。

 

「……『クリエイト・アース』」

 

 俺はいつもの目つぶしコンボを――!

 

「『ウィンド・ブレス』!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕飯時。

 俺はテーブルに置かれた料理に頬を引きつらせた。

 そこには、キノコの串焼き、キノコのソテー、キノコのお吸い物、キノコの茶碗蒸しといったキノコ尽くしのフルコースが……。

 

「……な、なあ、これってどうなんだ? 見た目は美味そうだけど毒キノコも混じってるんだよな?」

 

 恐る恐る料理をつつく俺が隣を見ると、めぐみんがキノコの串焼きを口にする。

 

「うまうま」

「なんだカズマ、冒険者たる者がキノコの毒を恐れるのか? ふぐの時もそうだったが、お前はいつも肝心な時にヘタレるな」

 

 ためらいなくフォークでキノコを突き刺しているダクネスも、ニヤニヤしながら俺をからかってくる。

 

「心配しなくても、プリーストの腕に関してだけは一流のアクアがいるんです。毒キノコが混じっていても解毒魔法を使ってくれますよ」

「ねえめぐみん、今プリーストの腕に関してだけはって言った?」

「言ってません」

 

 そんな事を言い合いながらアクアも美味しそうに料理を食べ、酒を飲んでいて……。

 

「いや、お前酒飲んでんじゃねえ!」

 

 俺はアクアから酒を取りあげた。

 

「あっ! ちょっとあんた何すんのよ! 泥棒! 私のお酒返しなさいよ泥ニート!」

「ふぐの時はお前が酔っ払ったせいでエリス教会の世話になったんだろうが! 今日の酒代は俺が払ってやるから、解毒魔法を使うまでは酒飲むの控えろよ!」

「えー? キノコと合いそうなお酒を買ってきたんですけど……」

「それを飲むなら俺達が食い終わったあとにひとりでやってくれ」

 

 俺の言葉にめぐみんとダクネスもコクコクとうなずき、それを見たアクアが口を尖らせながらも諦める。

 よし、これでふぐの時と同じ失敗はしないはず。

 しかし……。

 …………ふぐのような高級食材でもないのに、どうして俺は毒が入っているかもしれないキノコを食わないといけないのか。

 キノコ料理を前にためらう俺を、三人がジッと見つめていて。

 クソ、これは今さら食べないと言いだしたら怖気づいたと言われからかわれるやつだ。

 俺は意を決しキノコの串焼きを手にすると。

 

「……美味っ! 嘘だろ、たかがキノコのくせに超美味い!」

 

 ボキャブラリーが低い俺には美味いとしか言いようがないが、なんならふぐの時よりも驚いている。

 そういえばキャベツの野菜炒めもやたらと美味かったな。

 これだから異世界は。

 串焼きを食べ終えた俺は、次の料理に手を伸ばし……。

 

「…………なあ、これ味がしないんだけど」

「しょうがないじゃない。触れたものが水になっちゃうのは私の聖なる体質のせいなの。分かったらカズマも私を水の女神として……」

「水になっちまった調味料の代金はお前の小遣いから差っ引いておくからな」

「なんでよーっ!」

 

 ――意外にも美味いキノコ料理に、全員の手が進む中。

 

 突然ダクネスが立ちあがり声を上げた。

 

「ぐっ……! き、急に腹が……! アクア、キノコの毒だ! 早く解毒を……、……いや、やっぱりもう少しこのままでも……。こ、これは一撃熊などよりよほど強敵だ……!」

 

 テーブルに手を突いたダクネスが脂汗を浮かべながらモジモジしだす。

 アクアはイソイソとそんなダクネスのもとへと向かうと。

 

「はい! これで大丈夫でしょう?」

「あ、ああ……。ありがとうアクア……。楽になった」

 

 ダクネスがほっと息を吐きながらも残念そうな表情を浮かべた時。

 

「アクア! アクア! こっちもです! 急に眩暈が……!」

 

 座っているのにフラフラしているめぐみんが声を上げ。

 そんなめぐみんのもとへと嬉しそうに向かったアクアが解毒魔法を掛ける。

 

「ふう……。もう平気みたいです。ありがとうございます」

「なんだか皆に頼りにされてるみたいで気分がいいわ! ねえカズマ、あんたもキノコの毒にやられてない?」

 

 マッチポンプな状況を作りあげ嬉しそうなアクアが、俺にそんな事を訊いてきて。

 

「いえ、俺は毒キノコを食べずに済んだみたいですね。これもアクア様の加護のお陰かもしれません」

 

 そんなアクアに俺は笑顔でそう言った。

 

 

 

「――ほうほう、これはセイカクハンテンダケの毒にやられているわね」

「セイカクハンテンダケ? あのセイカクハンテンダケですか! 紅魔の里でも珍しいと言われているキノコですよ!」

「た、食べたのか? あの珍しくて貴重なキノコを食べてしまったのか?」

 

 アクアの言葉にめぐみんとダクネスが驚いているが、セイカクハンテンダケとはなんだろう?

 いや、大体想像はつくが。

 どうせ食べると性格が反転するキノコだとかそんなんだろう。

 

「この国の事をなんにも知らないあんぽんたんなカズマは知らないだろうけど、セイカクハンテンダケっていうのは食べると性格が反転するキノコでね? 爆裂魔法大好きな人が食べると安定志向の普通の魔法使いに、責められると喜ぶ変態が食べると潔癖な性格になるのよ。珍しいから高値で取引されていて……、…………。ちょっとあんたふざけんじゃないわよ! どうしてそんな貴重なキノコを食べちゃったの? 返して! それを売ってお小遣いにするからキノコ返しなさいよ!」

 

 自分で料理したくせにアクアが理不尽な事を言う。

 

「すいませんアクア様。キノコは食べてしまったので返す事ができませんが、これを差しあげるのでお許しください」

 

 俺はアクアに深々と頭を下げると金を手渡す。

 

「……!?」

 

 そんな俺に、アクアが驚愕の表情を浮かべ。

 

「い、いいの? ……本当にいいの? 後でやっぱりナシとか言わない?」

「言うわけないじゃないですか。アクア様には日頃からお世話になっていますからね。このくらいの金は安いものですよ」

「マジですか。……ま、まあね! いつもあなた達の面倒を見てあげているんだから、このくらいのお金を貰ってもいいわよね!」

 

 と、俺達が和やかに語らっていると。

 

「ちょっと待ってくださいよ! それって庶民の一か月分の生活費くらいありますよ! いくらセイカクハンテンダケが高価だと言っても、そこまで高くはないはずです!」

「アクアもその金は受け取るな。今のカズマは普通の状態じゃないんだ。そうでなければカズマがお前の事をアクア様などと呼ぶはずがないだろう」

 

 二人が口々に文句を言ってくる。

 

「何よ二人して! カズマがくれるって言ってるんだからいいじゃない! 夕ごはんのお金を取りあげられちゃったし、これがないと酒屋のツケを払えないのよ!」

「これは俺の金なんだから何に使おうと二人に文句を言われる筋合いはないはずだ。それとアクア様、先ほど取りあげた夕飯の代金はお返しします。何かの足しにでもしてください」

「……!? ありがとうございます……!」

 

 感極まったのか、アクアが泣きながら俺を拝んでくる。

 ……いや、仮にも女神なのにそれはどうなんだ?

 

「おいカズマ! アクアを甘やかすな! それにアクア様などと、お前は一体どうしてしまったんだ!」

「セイカクハンテンダケです! いつものカズマはアクアに対する敬意もなく甘やかす事もないですが、それが反転して今のカズマはアクアに甘くなっているんですよ!」

「そ、そうか。おいアクア、早く解毒魔法を……! その男を元に戻してくれ!」

「お断りします」

 

 慌てたように言う二人に、アクアがキッパリと言った。

 

「……今なんと?」

「断るって言ったんです。このカズマさんは私にお金をくれるしチヤホヤしてくれそうだし、もう少しこのままでもいいと思うの。ねえカズマ、私が頼んだらもっとお金をくれる?」

「もちろんです、アクア様」

 

 当然の事を訊いてくるアクアに俺はうなずく。

 

「待ってください! そんなの本物のカズマじゃありませんよ! カズマはもっとどんよりした目をしていてやる気がなさそうで……。ダクネスの胸元をチラチラ見たり、私のスカートが揺れるのに気を取られたりする、そんな人でした。格好つけようとしたのに上手く行かなくて不貞腐れたり、肝心なところで失敗する、そんな人でした! そんなカズマだから私は好きになったんです! 目を覚ましてください、アクアはそんな偽者にチヤホヤされて満足なんですか?」

「めぐみんこそ目を覚ました方がいいと思うんですけど……」

「えっ」

 

 散々扱き下ろしたくせに俺の事を好きだとか言うめぐみんに、アクアが当然のツッコミを入れる。

 

「ねえダクネス。ダクネスはこっちのカズマの方がいいわよね? いつものカズマの性格が反転しているって事は、きっとあくせく働くし悪い事もしないんじゃないかしら」

「そ、そうなのか……? そういえば、いつもこの男から感じていた舐めるような視線を感じないのだが……」

 

 ダクネスが胸元をさりげなく強調しながらチラッと俺の方を見る。

 

「ああ、俺は生まれ変わったんだ。以前からダクネスに言われていたように、これからは冒険者として真っ当に生きていこうと思う。明日は冒険者ギルドに行って、塩漬けクエストを請けようぜ。俺達ならきっと上手くやれるはずだ」

「……ッ! なんという澄んだ目を……! お、お前は本当にカズマなのか? 私が知っているカズマは、こうして胸元を強調してやれば獣のような目でジッと見てくるような男だったはずだ! ……や、やめろお! そんな澄んだ目で私を見るな! ……クッ! そんな目で見つめられると、なんだか自分がエロい事しか考えていない汚れた人間のような気が……。……ハアハア……。よ、汚れた私を見るなあ……! どど、どうしようめぐみん! 私のタイプとは全然違うはずなのに、カズマが相手だとこれはこれでいいような気になってくる!」

「落ち着いてくださいダクネス。他人様に見せられない顔になっていますよ」

 

 めぐみんがダメな顔をしているダクネスをたしなめる。

 

「……ま、まあ、幸い命に関わる毒ではなさそうだし、放っておけばそのうち元に戻るのではないか?」

「あなたまで何を言っているんですか! セイカクハンテンダケは毒キノコというより天然の魔道具みたいなものなんです。食べてから一週間以内に解毒しないと、毒素が体に定着してカズマの性格は一生このままになりますよ!」

 

 必死に訴えるめぐみんの言葉に、ダメな感じだったダクネスが表情を引き締める。

 

「そ、そうなのか? おいアクア、聞いての通りだ。いくらお前でもカズマが元に戻らなかったら困るだろう。わがままを言わずに解毒魔法を使ってくれ」

 

 口々に言う二人にアクアは。

 

「なんでよー! このところ二人だってカズマとイチャコラしてたじゃない! たまには私だってチヤホヤされてもいいと思うんですけど! ねえいいでしょう? 三日くらいしたら解毒魔法を掛けるから!」

「イ、イチャコラなんて……、その……。そ、それとアクアがチヤホヤしてほしいと言うのは全然別の話だと思います」

「そ、そうだぞ。……しかしまあ、三日くらいなら……」

 

 顔を赤くしたダクネスが、そう言いながらチラッと俺の事を見る。

 

「ダクネス!? 血迷わないでください! なんというか、あのカズマはダメな感じがするんです。いえ、いつものカズマもダメなんですがそういう事ではなく……」

 

 今の俺も前の俺もダメだなどと失礼な事を言うめぐみんに。

 

「ちょっと待て。俺の性格が反転したんだから、今の俺がダメなら前の俺はダメじゃなかったはずだし、前の俺がダメなら今の俺はダメじゃないはずだろ。だって反転するって事は、良いものは悪く、悪いものは良くなるはずだもんな? どっちもダメってのはおかしい。めぐみんの意見は参考にならないと思う」

「ち、違います! いつものカズマがダメだというのはそういう意味ではなくて……!」

 

 俺は何か言おうとするめぐみんをスルーして。

 

「まあとにかく、三日の付き合いだがよろしく頼む」

「よ、よろしく……という事になるのか?」

 

 ……ふぅむ。

 三日か。

 

「アクア様、皿洗いは俺がやりましょうか? こんな雑用はあなたには似合いませんよ」

「本当? カズマったら分かってるじゃない!」

 

 ――アクアの当番を代わる俺の事を、めぐみんがジッと見つめていた。

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 

「おはよう」

「……お、おはようございます。……あの、これはカズマが作ったんですか? 今日の食事当番は私のはずですが」

 

 広間に降りてきためぐみんが、テーブルに並べられた料理を見て戸惑うように言った。

 

「ああ、今朝は早めに目が覚めてな。ちょっとこの辺りをジョギングして、筋トレして……。それでも時間が余ったからついでに食事も作っておいた。ダメだったか?」

「ダメって事はありませんが……。ええと、ありがとうございます、次のカズマの当番は私も手伝いますね。というか、ジョギング? 筋トレ? カズマがですか? こんな時間から起きている事も珍しいのに……」

 

 自分を向上させようとしている俺にツッコむめぐみん。

 まあ、前の俺は自堕落な性格だったから驚くのも無理はない。

 

「めぐみんには今日も爆裂魔法を使ってもらうつもりだし、たっぷり食べてもらわないとな。ほら、パンを多めに用意しておいたから好きなだけ食べてくれ」

「……!? こんなにいいんですか? ありがとうございます……!」

 

 めぐみんが大量のパンを頬張りながら。

 

「こっちのカズマもいいですね……」

 

 ポツリとそんな事を呟いた。

 

 

 

 朝食を終え、当番ではないのに片付けまで手伝った俺は。

 

「朝飯も食ったし冒険者ギルドに行くか」

 

 そんな俺にダクネスが驚愕の表情を浮かべ。

 

「……朝早く起きて筋トレをし、他人の当番を代わりにやり、しかもこんな時間から冒険者ギルドに行くだと……? なんというか、日頃から働けと何度も言ってきたが、実際に働いているお前を見ていると……」

「まあいいじゃないですか。私は爆裂魔法を撃ちこめるのなら構いませんよ。岩や湖を狙うのもいいですが、やはりモンスターを薙ぎ払うのが最高ですからね!」

「……めぐみん、昨夜はいつものカズマの方が良いと言っていなかったか?」

「私は別にカズマの怠惰なところが好きなわけではないですからね。爆裂散歩に付き合ってくれるだけでなく、爆裂魔法を撃つためにクエストに行ってくれるなら、こっちのカズマの方がいいじゃないですか」

 

 クエストに行く気満々で杖を磨くめぐみんに、ダクネスが釈然としない表情を浮かべる中。

 

「えー? クエストには昨日も行ったし、今日はのんびりしたい気分なんですけど」

 

 ソファーに寝そべり足をパタパタさせていたアクアがそんな事を言った。

 

「構いませんよ。アクア様はそこで好きなだけダラダラしていてください」

「えっ」

「めぐみんがいればまともな戦闘にはならないし、ダクネスがいれば誰かが大怪我を負う事もないでしょう。アクア様はここで俺達の帰りを待って、もしも誰かが怪我をしていたら癒してください」

 

 俺の言葉にアクアが焦ったように。

 

「ね、ねえ? 私がいないともしもの時に困るんじゃないかしら? ほら、カズマさんは弱っちいから、ちょっとした事ですぐ死ぬでしょう?」

「前の俺はロクな準備もなくクエストに出ていましたが、今の俺は違います。バインドに使うワイヤーも、ちょっと高級なマナタイトも用意しました。安心して待っていてください」

「えっ……」

「よし、行こうか二人とも」

 

 声を上げるアクアを置いて俺は立ちあがり。

 

「ほ、本気で言っているのか? アクアが嫌がっても、もしもの時のためにと無理やり連れだしていたお前が……」

「アクア様が嫌がっているのに無理やり連れていくはずがないだろ。その分、お前がしっかり俺達を守ってくれよ。頼りにしてるぞ、世界最硬のクルセイダー!」

 

 困惑した表情を浮かべるダクネスの肩を叩くと、ダクネスは嬉しそうに。

 

「あ、ああ……! 任せておけ!」

「めぐみんの事も頼りにしてるからな、破壊力だけなら最強の魔法使いだ」

「もちろんです! 我が爆裂魔法の前ではあらゆる障害が灰燼と成り果てるでしょう……!」

 

 と、俺達が仲間の絆を確かめ合い屋敷を出ようとすると。

 

「ねえ待って! 私にもその、なんかちょっと格好いい感じのやつ言ってくれてもいいじゃない! 私をその気にさせてくれるなら少しくらい冒険についていってもいいのよ? ほら、言ってみて! もっと私をチヤホヤしなさいな!」

 

 ソファーから立ちあがったアクアがそんな事を……。

 

「いえ、アクア様はそこで待っていていただいていいんですよ?」

「なんでよーっ!」

 

 振り返り告げた俺の言葉にアクアが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「頼もう!」

 

 けっこうな広さの冒険者ギルドにめぐみんの声が響く。

 朝の冒険者ギルドにはかなりの数の冒険者が集まり、クエストが貼りだされている掲示板の前はちょっとした騒ぎになっていた。

 そんな冒険者達の視線がチラッとめぐみんに向けられ……。

 

「嘘だろ? カズマさんだ……」

「徴税からも逃げきったはずのカズマさんがこんな朝早くに……?」

「おいどういうこった? せっかく大物賞金首を倒した金を取られたってのに、これ以上おかしな事が起こる前触れか? クエストの最中に槍でも降るってか?」

 

 掲示板を見て騒いでいた冒険者達が、ヒソヒソと失礼な事を言ってくる。

 

「サトウさん! 昨日はクエストを請けていただきありがとうございました! それで、今日はどうしたんですか? 昨日の分の報酬はお渡ししたはずですが……」

 

 受付のお姉さんまでもが不思議そうにそんな事を……。

 

「どうしたも何もクエストを請けに来たんですよ。冒険者なんだからクエストを請けるのは当たり前でしょう?」

「……!? サトウさん……? 本当にサトウさんですか?」

「ええ、凄腕冒険者のサトウカズマとは俺の事です。以前までの俺は間違っていた。これからは毎日でもクエストを請けに来るのでよろしくお願いします」

 

 笑顔で言う俺になぜかお姉さんは怒りだし。

 

「なんですかこれは! ドッキリですか? バニルさん!? 私が忙しいのを知っているくせにあんまりです! やっていい事と悪い事があるんですよ!」

「すいませんお姉さん、私から説明しますので……。カズマはクエストを選んでおいてもらっていいですか?」

「任せれ」

 

 動揺するお姉さんを落ち着かせるめぐみんをその場に残し、俺達は掲示板前へと向かう。

 

「ねえー、明日もクエストに行くって本気? さすがに明日はお休みしたいんですけど……」

「……ええと、アクア様は屋敷で待っていても良かったんですよ?」

 

 文句を言うアクアを俺がなだめようとすると、アクアはなぜかムッとした様子で。

 

「どうして私を置いていこうとするのよ! 仲間外れはやめてほしいんですけど! でも疲れるのは嫌だから簡単なクエストにしましょう。私が寝てるだけでいつの間にか湖が浄化されているような、そんなクエストはないかしら? ワニがいないところがいいわね」

「モンスターがいない場所ならクエストなど出さないだろう。アクアもバカな事を言っていないで、カズマの勤勉さを見習ったらどうだ?」

 

 と、俺達がそんな話をしていると。

 

「アクア様……!? カズマさんがアクアさんの事を様付けで呼んでる!」

「ララティーナがカズマさんの勤勉さを見習えとか言ってるぞ!」

「やっぱり今日は槍が降るんだ! こんな冒険者ギルドにいられるか! 俺は宿に帰るぞ!」

 

 周りにいた冒険者達がざわつきだす。

 

「い、いい加減ララティーナと呼ぶのはやめろ……!」

 

 冒険者達にいきり立つダクネスに俺は。

 

「そんなもんいちいち気にすんなよ。そうやって怒るから向こうも面白がるんだぞ」

「そ、そんな事を言われても……」

「カズマがララティーナをなだめた! あのちょっと悪口言われただけですぐに突っかかっていってけっこう返り討ちに遭ってるカズマが!」

 

 …………。

 

「……ハッ、俺は凄腕冒険者のカズマさんだぞ? 今さらその他大勢にアレコレ言われたくらい気にしないさ」

 

 冒険者の野次を鼻で笑い飛ばした俺に。

 

「その他大勢! おい、あいつ調子に乗ってんぞ!」

「何がその他大勢だバカにしやがって! その他大勢の力見せてやるよ!」

「あんた自身は大して強くないだろうが! やっちまえ! やっちまえ!」

 

 今度は冒険者達がいきり立ち、そんな冒険者達をダクネスが食い止める。

 

「ま、待てお前達! 私達はこれからクエストに行くところなんだ! お前達の相手をしている場合では……!」

「そうだよ、俺達一流の冒険者パーティーはお前らみたいな奴らの相手をしている暇はないんだ」

「カズマも煽るような事を言うな! あぐっ! な、なんだこの力は! お前達は本当に新米冒険者なのか!?」

 

 俺を襲おうとする冒険者達の中に、サキュバスサービス目当てでこの街に残っているベテランが混じっているらしく、ダクネスが押され始め……。

 

「この勝負! 調子に乗ったカズマが勝つか、その他大勢の冒険者達が勝つか! さあ、張った張った!」

 

 その様子を見ていたチンピラ冒険者のダストが、酒場の椅子の上に立ち賭けを始めていて。

 

「ララティーナもいるし、カズマさんに千エリス!」

「その他大勢って言うな! 俺は冒険者達に千エリスだ!」

 

 と、いつの間にか騒ぎの輪から外れていたアクアが。

 

「私はカズマさんが負ける方に千エリス賭けるわ」

 

 …………。

 

「……カズマさんが勝つ方に千エリス!」

「俺もだ! 俺は一万エリス!」

「私もカズマ君に五千エリス!」

「なんでよー! あんたら見てなさいよ!」

 

 アクアの運の悪さを知っている冒険者達が、アクアとは逆に賭け……。

 

 ――と、そんな時。

 

「あなた達は何をやっているんですか! それ以上続けるつもりなら、我が爆裂魔法がこのギルドごと吹き飛ばしますよ!」

 

 受付のお姉さんに事情を話していためぐみんが戻ってきて、両目を紅く輝かせ声を上げる。

 めぐみんとともに戻ってきたお姉さんも。

 

「騒ぎを止めてくれるのはありがたいですが、ギルドを吹き飛ばすのはやめてくださいね。それより、ギルド内で賭け事は禁止ですよ! カズマさんは喧嘩を売るような言動を慎んでください! 皆さんも暴れるならペナルティがありますからね!」

 

 そんなお姉さんの言葉に、騒いでいた冒険者達が沈静化する。

 

「ちっ、ルナさんが言うなら仕方ない……。命拾いしたな!」

「あーあ、賭けで勝ったら今日はクエストに行かなくて済んだのに」

「おいダスト、賭けは無効だろ? 払い戻ししてくれよ」

「あん? 何言ってんだ? 今のはめぐみんの勝ちだろ。誰も予想してなかったから胴元の総取りだな。いやあ儲かった儲かった」

「ふざけんなてめぇ! ぶっ殺してやる!」

「こっちは気が立ってんだ!」

「おっ、やんのか? 気が立ってんのがお前らだけだと思うなよ? 金がねえのはこっちだって同じなんだ! 掛かってこいやその他大勢がよおおおおお!」

 

 マジギレした冒険者達にダストがボコボコにされる中。

 俺はひとつのクエストの紙を掲示板から剥がし。

 

「これにするか」

「……お、おい、あれは放っておいていいのか? 一応お前のせいみたいなものじゃないか」

「気にすんな。あいつらが無駄な時間を過ごしている間に、俺達はクエストを達成してもっと高みを目指すんだ」

 

 ダクネスが大騒ぎする冒険者達をチラチラと見ていたが、俺達は気にせずクエストへと出掛ける事にした。

 

 

 *****

 

 

 俺が選んだのは、ゴブリンの群れを守っている初心者殺しの討伐。

 カエルやゴブリンといった初心者向けのモンスターは今さら相手にする気にもならないが、初心者殺しはそこそこ手強く以前リベンジに成功した、俺達にとっても手頃な獲物だ。

 そのゴブリンの群れと初心者殺しは森の奥にいるという話だが……。

 

 …………。

 

「……すいませんアクア様。動きにくいので離れてもらってもいいですか?」

 

 森に入ってからというもの、アクアが俺の袖を握り離れようとしない。

 

「お断りします。なんだか今日は嫌な予感がするの。どうせまた私がゴブリンの群れに追いかけ回されたり、初心者殺しにかじられたりするんだわ。森の中は隠れるところがたくさんあるし、カズマさんと一緒に潜伏スキルで隠れていたら安心でしょう?」

 

 ……普通に邪魔なんですけど。

 いや、それよりも……、…………。

 

「ま、まあ、さっさと初心者殺しを討伐して帰ればいいだけですからね。敵感知スキルに反応があります。ゴブリンの群れはあっちの方ですね。……まずはダクネスが囮になってゴブリンと戦い、初心者殺しを釣りだす。初心者殺しが出てきたらめぐみんが魔法で吹っ飛ばす。後は残ったゴブリンを俺達で倒すって作戦だ。ゴブリンくらいなら俺達でも苦戦しないだろ」

「任せなさいな! ゴブリンごときにはもったいないけど、私のゴッドブローが火を噴くわよ!」

 

 ゴブリンを相手にすると分かると急にやる気を出したアクアが、シュッシュッと口で言いながらシャドーボクシングを始める。

 ……これはいけない。

 

「いや、アクア様はおとなしくしていてもらえるのが一番いいんですが」

 

 もう先の展開が見えた俺がそう言うと。

 

「なんでよーっ! めぐみんとダクネスみたいに私の事もたまには褒めてくれたっていいじゃない! ゴブリンくらい私が薙ぎ倒してあげるわ! あんたはそこで見てなさいな!」

 

 アクアはそんな俺の言う事など聞かず、木々の向こうに見えたゴブリンの群れに向かって駆けだした――!

 

 そして木の根に足を引っかけ転んだ。

 

 突然現れ目の前で転んだアクアに、ゴブリン達も戸惑うように顔を見合わせ……。

 

「ちょ……!? おいカズマ、早くアクアを助けねば……!」

「まあ待ってくれ。囮になってくれるならこの際アクア様でもいいんじゃないか?」

「!? 何を言っているんだ! お前はアクアを敬っているのではなかったのか! プリーストが前衛の代わりに囮になる事があってたまるか! ゴブリンに殴られるのは私の役目だ!」

 

 いや、こいつは何を言ってんだ。

 アクアは俺達の中で一番ステータスが高いし、神器だとかいう羽衣を身に着けているからゴブリン程度に傷つけられる事はないはず。

 そんな俺の合理的な判断からの制止にもかかわらず、ダクネスはゴブリンの群れへと突っこんでいく。

 

「ああもう! お前ら少しは俺の言う事を聞けよ!」

 

 潜伏スキルを使いながら小声で文句を言う俺を、めぐみんがジッと見つめていて……。

 …………。

 

「……な、なんだよ?」

「いえ、なんでもありませんよ。それより、初心者殺しがどっちから来るか分かりませんか? 現れたらすぐに爆裂魔法を使わないと二人を巻きこんでしまいそうです」

「ええと、……そうだな。あっちでゴブリンとアクア達の様子を見ている奴がいるな。多分あれが初心者殺しだ。いきなりアクアが転んだから戸惑ってるっぽい」

 

 威勢よく飛びだしたくせにゴブリンが思ったよりも怖かったのか、アクアは泣きながら逃げ回っている。

 アクアを追いかけるゴブリン達を、鎧を着て動きの遅いダクネスが追いかけていて。

 

「くっ、この……! お、追いつけない! アクア、こっちだ! 私の方へ来い!」

「そんな事言われたって無理なんですけど! ダクネスがもっと速く走ってちょうだい!」

 

 ……なんなんだろう、あの状況は。

 用心深い初心者殺しは、わけの分からない状況に困惑しているのか姿を現そうとしない。

 

 ――と、そんな時。

 

「ふわああああーっ! ああああああっー! カズマさーん! 助けてカズマさーん!」

 

 せっかく潜伏スキルを使って隠れているというのに、アクアが泣き喚きながら俺の方へと駆けてきて。

 ……クソ、これじゃますます初心者殺しが……!

 待ち伏せしている事に気づかれたら、初心者殺しに逃げられるかもしれない。

 俺がギリギリ歯軋りしていると。

 

「出ました! カズマ、迎え撃ちますよ!」

 

 アクアを追いかけるゴブリンを追いかけるダクネスを、初心者殺しが追いかけてきていて。

 ……本当になんなんだろうか、このわけの分からない状況は。

 

 いや、今はそんな事より……。

 

「よし、やれ! めぐみん!」

 

 ゴブリンを討伐する準備をしながらの俺の指示に、すぐ隣でめぐみんが詠唱を始め。

 

「――『エクスプロージョン』!」

 

 杖先から放たれた光弾が、ダクネスの頬を掠めるとその背後に迫っていた初心者殺しを直撃した――!

 

 

 *****

 

 

 ――夕方。

 

「うう……。今日は前衛っぽい事が何もできなかった……。だが爆裂魔法で成す術なく吹き飛ばされるというのも……。……んっ!」

「……あの、我が爆裂魔法にそういう反応をされるのはなんか嫌なのでやめてください」

「ぺっ、ぺっ! ……まだ口の中がじゃりじゃりするんですけど」

 

 初心者殺し討伐を達成した俺達は、無事に街へと戻ってきていた。

 爆心地の一番近くにいたダクネスは吹き飛ばされて鎧が泥だらけになり、遠くにいたはずのアクアもなぜか同じくらい吹き飛ばされて泥だらけになっている。

 めぐみんはまた一撃熊が出たら困ると言うので、俺がドレインタッチで魔力を分け与え、自分の足で歩いている。

 俺達は疲れきった足取りで冒険者ギルドに辿り着き。

 

「頼もう!」

 

 めぐみんではなく俺が声を上げ中に入ると、ギルド内にいた冒険者達や受付のお姉さんが一斉に俺の方を向いた。

 

「……な、なんだよ? 今日はおかしな事は何もしていないはずだぞ。きちんとクエストを達成してきただけだ」

 

 そんな俺の言葉に集まった視線が逸らされ……。

 ……?

 まあ、注目されるのは悪い事ではないが。

 

「すんません、クエストを達成してきたんで報酬貰えますか」

「は、はい。少々お待ちください……!」

 

 冒険者カードの討伐欄を読み取ったりと、依頼達成の査定を待つ間。

 

「すいませーん! こっちにキンキンに冷えたクリムゾンビアーをちょうだいな! 今日は頑張ってクエストを達成したから、いつもよりお酒が美味しく飲めると思うの!」

「私はカエル定食を貰えますか。爆裂魔法を使ったのでお腹が減りました」

「わ、私は先に汚れを落としたいのだが……。というか、アクアはさっきの賭けで金がなくなったと言っていなかったか?」

 

 ギルドに併設された酒場のテーブルを囲み、三人がそんな会話を……。

 

「そうでした! カズマさんカズマさん、お金が欲しいんですけど」

 

 …………。

 

「構いませんよ。食事代くらい俺が支払いましょう」

「おいアクア! 今のカズマに金をせびるのはやめろ! 今のカズマはいつものカズマとは違うのだから、それは詐欺みたいなものだぞ!」

 

 俺から金を得ようとするアクアをダクネスが止める。

 そんなダクネスに俺は。

 

「まあいいじゃないか。俺が稼いだ金なんだから俺がどうしようが自由だろ。俺がいいって言っている以上、ダクネスに止められる謂れはないはずだ」

「そうは行かない。あの金はいつものカズマが稼いだものだ。今のお前が自由にしていい金ではないはずだ」

「なんでだよ? 前の俺も今の俺も、どっちも俺だって事に変わりはないじゃないか。例えば俺がいきなり記憶喪失になって二度と記憶が戻らないとしたら、これまで俺が稼いできた金は誰か別人のもんになるのか? 記憶を失った上に金まで失うなんて、それは理不尽ってもんじゃないか?」

「そそ、それは……! しかしお前は元に戻るのだから、いつものカズマの財産を自由にするのはどうかと思う」

 

 俺達がそんな話をしていると、珍しくうーんと考えるように頭を捻っていたアクアが、

 

「ねえカズマ、やっぱり解毒魔法を使うからこっちに来なさいな」

 

 そんな事を……。

 

「……!? ど、どうしてですかアクア様。前の俺よりも今の俺の方が、アクア様をチヤホヤするしお金もあげますよ! そ、そうだ! 今回のクエストの報酬はアクア様のために使いますよ! これは俺が頑張って得た金なんだしダクネスも文句はないはずだ」

「だって今のカズマも思ったよりチヤホヤしてくれる感じがしないし、私がバカな事をしてもツッコんでくれないんだもの。いつものカズマの方がいいわ」

 

 そんなアクアの言葉にダクネスが。

 

「まあ、そうだな。いつものカズマよりも頼りになるところもあったが、いずれは元に戻るのだから遅いか早いかだ」

 

 少しだけ名残惜しそうな顔をしながらもうなずいて。

 

「そういう事だから、こっちに来なさいな。ほら、早くしてー。早くしてー」

 

 俺はそんなアクアに。

 

「お断りします」

「「えっ」」

 

 アクアの招きを拒否する俺に二人が声を上げる。

 

「俺は……、俺は前の俺には戻りません! 魔王軍に苦しめられている人達がいるのに、もっと強い冒険者が倒してくれるだろうから任せようだとか、大金を手に入れたから面白おかしく暮らしていくだとか、……あんな向上心のない怠け者には戻りたくない! ぬるい事言ってないで俺達で魔王を倒しに行きましょう!」

「……ねえ気持ち悪いんですけど。あんなのカズマさんじゃないんですけど。なんだかあの魔剣の人と話している気分になってきたわ」

 

 グッと拳を握り力説する俺に、アクアが身を引く。

 

「なんでですか! 魔王を倒さないとアクア様だって困るでしょう!」

 

 と、そんな時。

 

「アクアに取り入ろうとしても無駄ですよ。あなたの考えは大体分かりました」

 

 その言葉に振り返ると、立ちあがり杖を構えためぐみんが、真っ赤に輝く瞳で俺を見つめていた。

 

 

 *****

 

 

 ――いつの間にかギルドにいる全員が俺達に注目している。

 そんな中、めぐみんは静かな口調で。

 

「あなたはずっと『いつもの俺』ではなく『前の俺』と言ったので、元に戻るつもりがないのは分かっていました。……クエストの時にアクアを遠ざけようとしたのは、解毒魔法を警戒していたからですね? だから元に戻そうとしたら抵抗すると思いましたよ」

 

 めぐみんのその言葉を合図にしたかのように。

 ギルド中の冒険者が立ちあがった――!

 

「受付のお姉さんに事情を説明した時、もしもカズマが元に戻るのを嫌がったら全員で協力してくれるように依頼しておきました」

「お、お前だって今の俺の方がいいって言ったじゃないか!」

「あんなもんあなたを油断させるための嘘に決まっているでしょう。いつもの自信がなくて疑り深いカズマなら、あんな嘘には騙されませんでしたよ!」

「……ッ! くそったれー!」

 

 冒険者達が殺到してくる中、ダクネスとアクアも動きだしていて。

 

「大人しくしろ! できれば怪我はさせたくない」

「『バインド』!」

 

 警戒しながら近寄ってくるダクネスをすかさず拘束スキルで無力化し。

 

「残念でした! この私がいるんだから、拘束スキルなんて……! むぐっ……!?」

 

 ダクネスの拘束を解こうとしたアクアへと駆け寄ると口を塞ぎ……。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「がぼぼ!?」

「『フリーズ』!」

「……ッ!」

 

 口の中に水を生成し、それを凍らせて詠唱を封じた。

 

「カ、カズマ!? お前という奴は! お前という奴は! そういう事は私にやれ!」

 

 胸を強調する姿勢で縛られたダクネスが床に転がりながらなんか言ってくるが。

 よし、これで解毒魔法は怖くない……!

 

 と、そんな時。

 

「油断しましたね! ベルディアの呪いと違ってセイカクハンテンダケの解毒は誰にでもできますよ! プリーストの皆さん!」

 

 めぐみんの言葉に応え、俺のもとへと駆け寄ってきた冒険者達の中から、プリーストが前に出て詠唱を始める。

 

「……俺があらゆるスキルを覚えられる冒険者だってのは知ってるな? そう、リッチーのドレインタッチだって使えるカズマさんだ。……悪く思うなよ?」

 

 そんなプリースト達を次々と指さした俺は。

 

「お前ら全員、一週間後に死ねぇ!」

 

 ベルディアとの戦いで魔法使い達が死の宣告を受けたところを見ていたプリースト達は、うろたえ魔法の詠唱をやめてしまう。

 

「……ッ! ハッタリですよ! カズマにデュラハンの死の宣告は使えません!」

 

 そんなめぐみんの声を背中に受けながら、俺は殺到してきた冒険者達の群れに自ら飛びこんだ――!

 

「おい、囲め囲め! ステータスは大した事ないんだ! 袋叩きにしちまえ!」

「さっきのその他大勢扱いにはイラっとさせられたからな! 手加減しねえぞ!」

「……! な、なんだ? クソ、攻撃が当たらねえ!」

 

 逃走スキルを使って冒険者達の集団を抜き去ると……!

 

「さすがだねカズマ君! でも私達だって冒険者なんだからここは通さないよ!」

「そうそう、いつもお酒奢ってもらってるけど、それとこれとは話が別だよ!」

 

 今度は女冒険者の集団が。

 クソ、次から次へと……!

 しかも背後からは抜き去った冒険者の集団が追ってきているから、時間を掛けるわけには行かない。

 俺は女冒険者へと手のひらを突きだし。

 

「『スティール』!」

「ッ! きゃあああああ!」

 

 問答無用のスティールで下着を奪うと、女冒険者がスカートを押さえてその場にしゃがみこむ。

 その下着を使い、

 

「……『バインド』!」

 

 背後から迫っていた男冒険者のひとりを拘束した。

 

「こ、これは……! こんな……! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「このバカ! 早くパンツ返しなさいよ!」

 

 俺に礼を言う男冒険者に、女冒険者が半泣きで声を上げるも。

 

「待ってくれ、これは俺が悪いわけじゃ……! クッ……! 拘束が解けない! 拘束が解けないから仕方ないんだ!」

 

 手を縛る下着の結び目は強固で、すぐに外すには千切るしかないだろう。

 

「ちょっとー! 人の下着ダメにしたら弁償してもらうからね!」

 

 そんな二人を見た女冒険者はたたらを踏み、男冒険者は様子を見る。

 

「さあ、これを見てもまだ襲ってくるつもりなら覚悟しろよ! それと俺には『ウィンド・ブレス』の魔法もある事を忘れるな! パンツ丸出しにされたくなかったら道を開けろ!」

「最低! 最低! あんたやっぱり最低よ!」

「おかしいおかしい! どうして性格が反転したのにこんなんなのよ! いつものカズマ君も最低だけど、こっちも最低なんだけど!」

「ふはは、その他大勢が何を言おうと知った事か!」

 

 怯んだ女冒険者達の中に突っこむと。

 俺は多彩なスキルを駆使し大勢の冒険者を抜き去り――!

 

「ちょっと! 普通に強いんだけど、どうなってんのよ!」

「誰だよ囲めば倒せるなんて言ったの!」

「セイカクハンテンダケです! 今のカズマは周りの人達の事を、自分の名声を高める道具くらいにしか思っていません! いつもより容赦がないので気を付けてください!」

 

 めぐみんがなんか言っているがもう遅い。

 もうギルドの出入口はすぐ近く、残っている冒険者は……。

 

「おうカズマ、俺も冒険者の端くれとして、その他大勢扱いってのは受け入れらんねえ。いくらお前さんだって、前衛職とのタイマンは苦手だろ? 他の奴らみたいに簡単に通り抜けられると思ったら……」

 

 俺は立ち塞がるチンピラ冒険者に。

 

「今回のクエストの報酬全部やるよ」

「フッ……、負けたぜ。俺達は親友だもんな。親友のやろうとしてる事を邪魔するなんて野暮ってもんだ」

 

 俺のひと言でダストは横に避け道を開ける。

 

「こらっ、ダスト! バカな事言わないで! カズマが元に戻らなくてもいいの?」

 

 リーンの怒鳴り声が聞こえるが……。

 

「銀行に行けば金ならいくらでもあるが」

「バカだなカズマ。俺がお前さんの邪魔なんかするわけないだろ?」

 

 ダストにまったく邪魔する様子はなく。

 出入口のドアに辿り着くと、そこには……。

 

「す、すすす、すいません! ここは絶対に通すなってめぐみんが……!」

 

 泣きそうな顔で杖を構えたゆんゆんが立っていて。

 

「ゆんゆん! お願いしますゆんゆん! あなただけが頼りなんです!」

 

 めぐみんが遠くから声を上げる中。

 俺は杖を突きつけてくるゆんゆんに笑顔を向け。

 

「まあ待ってくれよゆんゆん。めぐみんに何を言われたか知らないが、ここは大人しく通してくれないか? 俺達、親友だろ?」

「親友!」

 

 俺の言葉にゆんゆんが声を上げ両目を紅く輝かせる。

 

「今のカズマの言葉に耳を貸さないでください! その男は私達の事をなんとも思っていませんよ! 親友だなんだという言葉も口だけですよ!」

「…………!」

 

 クソ、爆裂魔法が使えないめぐみんは役立たずかと思ったが、けっこう的確に指示を出してきてウザいな……!

 というか、どうしてあいつは俺の事をこんなに察しているんだ!

 

「ち、違う! あれは俺を逃がしたくないめぐみんが嘘をついているだけで……」

「私は……、わ、私は……!」

 

 言い訳をする俺に揺らぎかけたゆんゆんは。

 

「……私は、めぐみんを信じます! めぐみんはこういう時に嘘をつくような子じゃありません!」

 

 キッパリと言いきると俺に杖先を突きつけてきた。

 そんなゆんゆんに。

 

「…………、……そうだとして、何か問題があるか?」

「えっ」

「確かに俺はお前らの事をなんとも思っていないのかもしれない。でも、ここで俺を通してくれるなら、俺は一生ゆんゆんを親友として扱うと誓おう。日頃めぐみんが友達扱いしてくれた事があったか? 心の中では友達だと思っているかもしれないがたまにしか友達扱いしてくれない奴と、とりあえず表面的にだけでも友達扱いする俺とどっちがいい?」

「…………ッ!?」

 

 俺がさらに説得を続けると、突きつけてきていた杖先が揺らぎ。

 

「ほら、友情の証として握手しないか?」

「……! と、友情の証……! 友情の……!」

 

 ゆんゆんが杖から片手を離し俺の方へおずおずと伸ばしてきて……。

 

「ゆんゆん!? 我が親友ゆんゆん! そんな事で揺らがないでください! 分かりました! 以前行きたいと言っていた店がありましたよね! どこへでも付き合おうじゃないですか!」

「どこへでも……!?」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんがハッとするが、その時にはすでに俺の手がゆんゆんの手を掴んでいて。

 

「…………!? ああああああッ! ドレインタッチ! カズマさん! はなっ……、離してください!」

 

 俺のドレインタッチで魔力を根こそぎ奪われたゆんゆんが、力を失いその場に倒れる。

 

「カズマさん、最低……!」

 

 そんなゆんゆんの声を背に、俺は冒険者ギルドを出ると。

 クエストのためにと用意したマナタイトを取りだし、クリエイト・ウォーターとフリーズで出入口の扉を氷漬けにした。

 

 

 *****

 

 

 ――冒険者達を封殺した俺はテレポート屋へと向かう。

 

 解毒魔法を使われたら、あの向上心も何もない自堕落な俺に戻っちまう。

 それだけは絶対に嫌だ。

 アクアを煽て、めぐみんとダクネスを説得して魔王討伐へと向かうつもりだったが……。

 少数精鋭で魔王城を攻略したという話の方が得られる名声は大きかっただろうが仕方ない。

 あいつらが使えない以上、王都に行って地道に戦功を立てるしかないだろう。

 俺の王都へのテレポートは許可が下りていないだろうが、まず別の街へとテレポートで飛ばしてもらい、そこから名前を偽って王都に飛ばしてもらえば……。

 

 と、あと少しでテレポート屋に辿り着こうとしていた時。

 

「『アンクルスネア』……!」

 

 詠唱の声とともに、石畳の隙間から生えてきた植物のツタに足を絡めとられた――!

 

「なっ……! だ、誰だよこんな時に!」

「あ、あの、バニルさん? 本当にこんな事しちゃって良かったんでしょうか? だ、大丈夫ですかカズマさん」

「やっておいて今さら聞いても遅いわ! だが心配無用。この事を知った筋肉娘に爆裂娘は、汝に感謝し魔道具店の売り上げに貢献する事間違いなしだ!」

 

 ツタに絡まり倒れた俺のもとへと現れたのは、リッチーのウィズと大悪魔バニル。

 

 …………!

 

 クソ、なんでこいつらがこんなところに……! 

 

「フハハハハハ! 仲間を裏切り、冒険者どもを降し、ついでに我が友であるぼっち娘をやり過ごし、それでこの街から逃げきれると本気で思っていたのか? 我輩とそこの暴力店主がこの場にいる限り、そんな事はできぬと貴様も分かっているであろう?」

「三億エリス! 三億払うので見逃してくださいバニル様ーっ!」

 

 すかさず交渉に入る俺に、バニルが乗り気な様子で身を乗りだしてきて。

 

「……ほう? 貴様を見逃すだけで三億とな?」

 

 よし、これなら……!

 

「ダメですよバニルさん! カズマさんはセイカクハンテンダケで性格が反転しているんでしょう? そんな騙し討ちのようなやり方でお金を貰うのは犯罪ですよ! というか、暴力店主って私の事ですか?」

 

 バニルをたしなめるウィズに俺は。

 

「ウィズ! お前だって金が欲しいんじゃないのか! 店はずっと赤字なんだろ!」

「……確かにうちのお店はもうずっと赤字ですけど、私はお金が欲しいんじゃないんです。魔道具を売ってお店をやっていきたいんです。それに、今のカズマさんとは取引しませんしバニルさんにもさせません」

 

 ウィズは申し訳なさそうな、それでいて油断ない目で俺を見つめていて。

 この場にウィズがいる以上、バニルに商談を持ちかけても乗ってくれそうにない。

 畜生、せっかく仲間達を騙し冒険者達を撒いてここまで来たのに……!

 

 …………ここまでなのか……!

 

「――フハッ! フハハ! フワーッハッハッハッハッ! そのガッカリの悪感情、大変に美味である! 普段の怠惰な貴様からは味わえぬレアな珍味であるなあ! これだから人間というのは侮れぬ! ご馳走様です!」

 

 上機嫌なバニルが大笑いする中。

 背後から駆けてくる足音と俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきて……。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 なぜか朝から目覚めた俺が階下に降りると、広間にいた三人が一斉に俺の方を見た。

 

「おはよう。……なあ、なんかすごく寝た気がするんだが、なんだこれ? ……あっ、そういや昨日はアクアに変なキノコ食わされたじゃないか。あの中に眠りキノコでも混ざってたんじゃないだろうな」

「そんなもの混ざっていたわけないじゃない。それに、私がきちんと解毒魔法を掛けたから、どんな毒キノコが混ざっていてももう関係ないわよ。ええ、なんにも関係ないわ!」

 

 ……怪しい。

 俺が椅子にどかりと腰を下ろしアクアにジト目を向けていると。

 

「おはようございます。朝ごはんは食べますか?」

「貰おう。……いや、それくらい自分でやるぞ」

「いえ、私がやりますよ。今日は少しだけカズマに優しくしてあげたい気分なんです」

 

 …………。

 

「お前今度は何やらかしたんだ? 俺の機嫌を取ろうとするつもりなら無駄だからな? 少しくらいチヤホヤされたところで手心は加えないぞ」

「ち、違いますよ! その……、たまにはそういう気分の日があってもいいじゃないですか」

 

 俺がめぐみんにもジト目を向けていると。

 

「……そうか、反転してああなるという事は、日頃私達の扱いが雑なのは照れ隠しなのか。ふふ、この男はこれでけっこういいところもあったのだなあ……」

 

 ダクネスが微笑みながらそんなわけの分からない事を……。

 

「なんなんだよ! お前ら今日はなんかおかしいぞ! まだキノコの毒にやられてんのか? 隠してる事があるなら早めに白状しろよ!」

 

 ――その日。

 アクアがなぜかうっとうしく絡んできたり、めぐみんとダクネスが妙に優しかったりして、俺はずっと警戒していたのだが……。

 これといって事件もない平穏な一日だった。

 




・セイカクハンテンダケ。
 元ネタは『痕』。1996年にLeafから発売された18禁PCゲーム。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

続・この魔王の城に日常を!

『祝福』15、既読推奨。
 時系列は、本編開始前。バニル視点です。


 ――ある日の事。

 

 人類に敵対する魔王軍の本拠地、魔王の城。

 その禍々しい城の廊下を、魔王軍幹部のひとりにして、邪神レジーナの信徒でもあるセレスディナが歩いていた。

 神官服のような白いローブを身に着け、見た目だけなら美人プリーストといった感じだが、顔に浮かべているのは能面のような無表情。

 そんなセレナの進む先から、数名のモンスターが歩いてきて。

 舌打ちをしたセレナが壁際に立ちモンスター達に道を譲るも……。

 

「おっと、幹部のセレスディナさんじゃないですか! 幹部のくせにまともに魔法も使えないセレスディナさん!」

「自称レジーナ教徒のセレスディナさん、ちーッス」

 

 モンスター達は、幹部であるにもかかわらず信仰する邪神が封印され、力のほとんどを使えなくなったセレスディナに因縁を付ける。

 

「うるせえよ。行くならとっとと行けばいいだろ」

 

 そんなモンスター達を、セレスディナはつまらなそうにあしらおうとして。

 

「力を失ったっていうのにデカい口叩くじゃねえか? 俺がその気になれば今のお前くらい簡単に……」

「おう、人間が幹部だなんて前々から不満だったんだ。やっちまえ! やっちまえ!」

「大体レジーナなんて邪神、本当にいるのかねえ?」

 

 セレスディナの言葉に反感を持ったモンスター達が、ニヤニヤと笑いながらにじり寄る。

 追い詰められたセレスディナは、清楚な笑みを浮かべると。

 

「……へえ? いいのかお前ら。レジーナ様は復讐と傀儡を司る邪神だ。あたしになんかするつもりなら、レジーナ様の封印が解かれた暁にはきっちり復讐してやるから覚悟しろよ? それとも、魔王に無断で幹部であるあたしを始末するか? いいぜ、やってみろよ? 今のあたしじゃあ大した抵抗もできないってのは事実だ。だが貴重な幹部を無断で始末したお前らを魔王は許すかな? 結界の維持にも影響が出るだろうしな? ほら、試してみたいってんならやってみろよ。……そもそもあたしの担当は謀略と諜報なんだ。戦闘能力がなくたって十分に貢献しているんだぜ?」

 

 表情とは裏腹に乱暴な口調で言いながら、逆にモンスター達に詰め寄っていく。

 セレスディナを追い詰めていたはずのモンスター達が、その言葉に圧倒されたようにじりじりと後退りして……。

 

「ま、待ってくれ! 俺達が悪かった! だから魔王様には言わないでくれ!」

「ちょっとからかっただけなんだ! 許してくれ!」

 

 口々に情けない事を言いながらモンスター達が逃げだした。

 ひとり残されたセレスディナは、壁に背を預けるとキセルと煙草を取りだし。

 

「……ちっ」

 

 煙草を詰めたキセルに火を点けて咥えると、舌打ちとともに紫煙を吐きだす。

 下っ端相手とはいえ、自分の命を天秤に掛けての脅迫は気疲れしたらしく、セレスディナはしばらく俯いていて……。

 そんなセレスディナの耳に。

 

(セレスディナ……、セレスディナ……。私の声が聞こえますか?)

 

 俯いていたセレスディナがハッとした表情を浮かべ顔を上げる。

 

(敬虔なる信徒、セレスディナよ。今、あなたの心に直接語りかけています)

「レジーナ様!? 封印が解かれたんですか!」

(いいえ、我輩です)

「!?」

 

 種明かしをした我輩は、驚愕するセレスディナの前にニョキニョキと体を生やし。

 

「邪神レジーナだと思ったか? 残念! 我輩でした! おっとこれはなかなかの悪感情、美味である美味である」

「て、てめえ……。バニルか! やっていい事と悪い事ってあるだろ! 邪神の名を騙るとか罰が当たるぞ!」

「悪魔である我輩にそんな事を言われても」

 

 我輩の言葉にセレスディナが舌打ちする。

 

 と、そんな時。

 廊下を通りかかったウィズが。

 

「こんにちは、こんなところでどうしたんですかバニルさん。あっ、セレスディナさん! 戻っていたんですか? セレスディナさんは情報収集と言ってなかなかこの城に戻ってこないので、こうして会うのは久しぶりですねえ」

「……あたしは結界の維持だけやってりゃいいあんたらと違って忙しいんでね。というか、ちょっと待て。それはなんだ? 何を抱えていやがる」

 

 忌々しそうに答えたセレスディナが、ウィズが抱えているものを指さし問いかける。

 ウィズは穏やかに微笑みながら。

 

「これですか? これはこのお城に放置されていた魔道具です。実は私、ここを出たら魔道具店を開く予定なんです。その練習をしようと思いまして」

 

 ウィズが抱えているのは両手いっぱいの魔道具の山。

 それも、どれひとつとして価値の低いものはない、一流の魔道具ばかりである。

 

「それ、放置されてたんじゃなくて保管されてた魔道具だろ。宝物庫の中身を勝手に持ち出すのはやめろって、魔王の奴に何度も言われてただろうが」

「違いますよ。こないだ宝物庫の魔道具を売ったら魔王さんに叱られたので、今回は別のところから持ってきたんです。埃っぽい物置みたいなところでしたから、きっと誰も使わないで忘れられていた魔道具に違いありません」

「あんたが宝物庫の警備システムをすり抜けて魔道具を持っていくから、普段は使っていない倉庫に魔道具を移すっつってたぞ」

「…………」

 

 セレスディナの指摘に、ウィズが黙って自分が抱える魔道具を見下ろす。

 

「……うむうむ、そのガッカリの悪感情美味である。それと、魔王の血管が切れてポックリ行くやもしれぬので、知らなかった振りをして売るのはやめておくが吉」

 

 我輩が忠告するとウィズは。

 

「し、しませんよそんな事! これはきちんと魔王さんに返しに行ってきます。……セレスディナさんも一緒に魔王さんのところに行きませんか? 戻ってきたばかりなら報告する事がありますよね」

 

 ウィズと並んで歩きだしながら、セレスディナは少し考え。

 

「まあそうだけど、別に急ぎの報告もないしな。ウィズの用件が済んだ後にしとくよ」

「そんな事言わずに一緒に行きましょうよ。その後でお茶を飲みませんか? 私はリッチーになったばかりでこの城の方々と話が合わないんですよ」

「あたしもさっきからあんたとは話がかみ合っていない気がするけどね」

「ひどいですよセレスディナさん。同じ元人間同士、仲良くしてくれてもいいじゃないですか」

「あたしはあんたと違って今でも人間だ」

「そうだったんですか? でも、私だって心は人間のつもりです」

「いやふざけんな、心は人間ってどういうこった。あたしらは魔王軍だろうが」

 

 話を続けながら並んで歩いていく二人の後ろに、我輩は黙ってついていき……。

 

 ――いい歳して老人にマジギレされ平謝りするウィズから、羞恥の悪感情をいただくのだった。

 

 

 *****

 

 

 ――ある日の事。

 

 セレスディナが魔王城の廊下を歩いていると、その先には壁に背を預けあぐらをかく我輩の姿があった。

 

「これはこれは。本日も機嫌がよろしくないようであるな、信仰する神を失いプリーストだかなんだか分からなくなった何者かよ」

「あたしの機嫌が悪いのはお前の顔を見たからだよ。お前がここにいるって事は、どうせこれからここでロクでもない事でも起こるんだろ?」

 

 我輩の顔を見たセレスディナが舌打ちし、そんな事を言ってくる。

 

「我輩を疫病神か何かのように言うのはやめてもらいたい。我輩がここにいるのは、もちろん美味しい悪感情をいただくためである」

「やっぱりロクでもない事が起こるんじゃないか。あたしはもう行かせてもらうよ。巻きこまれるのはまっぴらだからね」

 

 セレスディナがそう言って立ち去ろうとした時。

 

「――誰かそいつを止めてちょうだい!」

 

 セレスディナがやってきた方向から、小柄なモンスターと、そのモンスターを追いかけてくる女が。

 女の名はシルビア。

 魔王軍幹部のひとりであり、強化モンスター開発局局長にして、自らの体に合成と改造を繰り返してきたグロウキメラだ。

 そんなシルビアが追いかけてきたのは……。

 

「なんだこいつ? コボルトじゃねえか」

 

 そう、雑魚モンスターとして知られるコボルトだった。

 気が弱く警戒心が強いコボルトは、セレスディナからやや離れた位置で足を止める。

 

「そうよ、その子は我が強化モンスター開発局が生みだした強化コボルト! 暴走して逃げだそうとしたけれど……あ、あら? バニルもいたのね」

 

 ニヤニヤと笑いながらセレスディナに説明していたシルビアが、我輩の姿に気づき笑みを引き攣らせる。

 

「我輩の事はお構いなく。見通す悪魔の名において、これから起こる事に一切関与せぬ事を誓おうではないか」

「へえ? どうしてこんなところにいるのか知らないけれど、手を出さないって言うなら構わないわ。ねえセレスディナ、魔王軍幹部のセレスディナ! 悪いんだけど、その強化コボルトを捕まえてくれないかしら?」

 

 戦闘能力が高くない上に、今は邪神の加護すら失っているセレスディナへの明らかな嫌がらせに。

 

「……あ? どうしてあたしがそんな事してやらねえといけないんだ? てめえの不始末はてめえで片付けろよ。それとも強化モンスター開発局ってのは生みだしたモンスターを逃がすためにあるのか?」

 

 すかさずセレスディナが皮肉を返すも、シルビアは笑みを浮かべていて。

 

「あらあら、そんな事言っていていいのかしら? ほら、その子はあなたをターゲットにするつもりみたいよ?」

「ハッ。いくらあたしの戦闘力が低いからって、コボルトごときに……」

「その子にはね、コボルトをベースに、紅魔の森に出る爆殺魔人もぐにんにんの能力を掛け合わせてみたのよ。コボルトニンジャとでも名付けようかしら。……爆発魔法を使うから気を付けてね?」

「…………は?」

 

 ポツリと声を上げるセレスディナを指さし。

 コボルトニンジャが爆発魔法の詠唱を始めた――!

 

 

 

「畜生! ふざけんな畜生! コボルトが爆発魔法ってどういうこった!」

「アハハハハ! 魔王軍の幹部ともあろう者が、まさかコボルトなんて雑魚モンスターにやられないわよねえ?」

「クソッタレー!」

 

 半泣きになりながら廊下を全力で駆けるセレスディナの後ろを、コボルトニンジャを追い立てながらシルビアが続く。

 コボルトニンジャは走りながらでは詠唱できないのか、セレスディナを追いかけるだけで爆発魔法を使おうとしないが……。

 爆発魔法を食らえば、今の弱体化したセレスディナではひとたまりもないだろう。

 

「……ふぅむ。もしもこのままコボルトにやられる事があれば、奴は魔王軍幹部の中で最弱と、後世まで語り継がれる事請け合いであるな」

「てめえ、バニル! 何を一緒に走っていやがる! 悪感情が欲しくてあそこにいたんじゃないのか! ていうか、もしかしなくても悪感情を出すのってあたしか! やっぱりロクでもない事が起こったじゃねーか! 畜生、お前を見た時点で引き返しておくんだった!」

「我輩と出会った時点で汝の背後には強化モンスター開発局の開発され局長がいたので、引き返しても結果は変わらなかったぞ? それと、我輩はこの件には関与せぬので、我輩の事は空気とでも思っておくが吉」

「こんな存在感のある空気があってたまるか!」

 

 我輩を怒鳴りつけたせいか、セレスディナは息を切らして……。

 

「はあ……はあ……。ク、クソ……! そもそもあたしは頭脳派なんだ……」

 

 足を縺れさせたセレスディナが、身を隠すつもりかドアノブに手を掛けた。

 そこには――!

 

「いらっしゃいませ! ウィズ魔道具店にようこそ!」

 

 空き部屋を勝手に使い、魔王城の宝物庫から持ってきた魔道具を勝手に棚に並べ、ウィズが店を開いていた。

 

「セレスディナさん! バニルさんまで! いらっしゃいませ! 今回も素晴らしい魔道具が揃っていますよ!」

「お、お前は何をやってんだ! こないだ魔王の奴に店を開くのはやめてくれって叱られてただろうが!」

「はい! 前回は廊下でお店を開いて魔王さんに怒られてしまったので、今回は空き部屋を使ってみました!」

 

 状況も忘れツッコミを入れるセレスディナに、ウィズが笑顔で言う。

 

「そういう事じゃねーだろ……!」

 

 セレスディナがハッとした表情で背後を振り返ると、そこにはリッチーであるウィズの魔力を警戒し足を止めたコボルトニンジャが。

 シルビアも忌々しそうな表情を浮かべ。

 

「ウィズ……!? そ、そう……。人間と元人間で仲良しこよしってわけ? 構わないわ、コボルトニンジャ! まとめてやっておしまいなさい!」

 

 そんなシルビアの指示を受けたコボルトニンジャが、今度こそ詠唱を完成させた――!

 

「しまっ……!」

 

 状況を分かっていないウィズが首を傾げる中、シルビアが高笑いし、セレスディナが廊下に身を投げだして亀のようにうずくまる。

 

 …………。

 

 ……しかし何も起こらなかった。

 

「しかし魔力が足りない」

 

 ポツリと呟いた我輩の言葉に、高笑いしていたシルビアがピタリと笑いを止める。

 

「……あ、あら? 爆発魔法のスキルは持っているのは確かなのに……。コボルトだから魔力が足りなくて使えないのね」

「ク、クソが……!」

 

 逃げ回っていた相手がただの雑魚だと知ったセレスディナは両手を突いた姿勢で打ちひしがれていて。

 

「フハハハハハ! フワーッハッハッハ! 苦労して生みだしたモンスターが雑魚だったガッカリの悪感情、そして散々逃げ回った相手がただの雑魚だったと知った羞恥の悪感情、大変に美味である! これほどの悪感情を同時に味わえるとは……! ご馳走様です!」

「畜生! バニルの独り勝ちじゃねえか!」

 

 毒づいたセレスディナが、ウィズの店の商品棚からメイスを手に取ると、コボルトニンジャを殴り倒した。

 

 

 *****

 

 

 ――ウィズが魔道具店を開くと言って魔王の城を出ていき、魔王の城のあちこちで唐突に現れていた魔道具店が現れなくなって、しばらくが経った。

 なんだかんだでセレスディナを害意から守っていたウィズがいなくなった事で、セレスディナへの風当たりは以前よりも強くなっていて。

 

 ――そんなある日の事。

 

 城の居心地が悪いからか、このところ情報収集と言って人間の街へと出向く事が多かったセレスディナが、珍しく魔王の城の廊下を歩いていると。

 

「あっ、幹部のセレスディナさん! レジーナ様とやらの電波は受信できましたか?」

「久しぶりですね! このところ情報収集とか言って人間の街に出掛けてたみたいですが、人間を裏切ったみたいにまた魔王軍を裏切るつもりですか?」

 

 いつかのようにモンスター達に絡まれたセレスディナは。

 

「ちっ。またお前らか」

 

 忌々しそうに舌打ちすると、余裕を見せるためかキセルと煙草を取りだし、火を点けて煙をゆっくりと吸いこむ。

 

「城で暇してるお前らと違って、こっちは仕事して疲れてるんだよ。あたしに下らない絡み方してないで、ちったあ鍛錬でもしたらどうだ?」

「なんだと貴様!」

「おうおう、言うじゃねえか。だったら俺達の鍛錬に付き合ってもらおう! まさか断らないよな? 幹部様よお!」

「殺せば問題になるかもしれないが、殺さなけりゃいいんだろ? なに、殺しはしねえ! 殺しはな!」

 

 紫煙を吹きかけ挑発するセレスディナを、モンスター達が取り囲む。

 

「おいおい、あたしの担当は謀略と諜報。お前らみたいな脳筋と違って戦闘能力は高くないんだ。でもまあ、遠慮はするなよ。幹部様と戦闘訓練がしたいんだろ? ちょうどそこに、暇を持て余しているアンデッド中年がいるじゃねーか」

「ベベベ、ベルディア様!?」

「違うのです、これは……!」

 

 セレスディナがキセルで差した先をモンスター達が振り返ると、そこには……!

 

「……な、なんだ。ベルディア様などいないではないか」

「よ、良かったな。あの方に弱い者いじめの場面など見られたら、地獄の鍛錬を課されていたところだ」

 

 誰もいなかった事に安堵し、モンスター達が呟いた時。

 

「……ッ!?」

 

 モンスター達の意識が逸れた隙に離脱しようとしていたセレスディナが、廊下に落ちていた土に足を取られた。

 

「あっ、てめえ! 逃げようとしてたな!」

「ベルディア様の名を出して我らの動揺を誘うとは! 幹部の風上にも置けぬ卑怯者め!」

「逃がすかよ! その根性、俺達が叩き直してやろうではないか!」

 

 モンスターがセレスディナの腕を掴むと……。

 セレスディナが手にしていたキセルから、煙草がその腕に落ちた。

 

「熱っ!」

 

 火の点いた煙草が腕に落ちセレスディナが顔をしかめたのと同時に。

 

「あっぢゃあああああ! な、なんだこれは! 貴様、何をした!」

 

 セレスディナが火傷をする原因を作ったモンスターも、セレスディナと同じように腕に火傷の痕ができた。

 その様子を呆然と見ていたセレスディナが、ポツリと。

 

「……レジーナ様?」

 

 頭上を見上げながら呟く。

 

「今度こそ封印が解かれたのですか、レジーナ様! ……ああ、力が……! 力が戻ってくる……! 感じます、レジーナ様のお力を……! 『パワード』……!」

 

 支援魔法を使ったセレスディナが、自分の腕を掴むモンスターの手を振り払うと。

 

「……それで? 鍛錬っつったか? 根性を叩き直してくれるんだよなあ? それと、分かってるよな? あたしが信仰する邪神レジーナ様は復讐と傀儡を司るんだ。そう、復讐さ。これまで散々、散々、散々! あたしをいたぶってきてくれたんだ。覚悟はできてるんだよな? ええ?」

 

 モンスター達に絡まれ続けてきたのがよほど腹に据えかねていたのか、セレスディナは笑顔を浮かべているが目だけは少しも笑っていない。

 そんなセレスディナに。

 

「まま、待ってください! セレスディナ様! 立派な幹部のセレスディナ様ーっ!」

「すいませんでした! ちょっとからかっていただけなんです!」

「そうなんです、魔族のスキンシップっていうか……。悪気はなかったんです!」

 

 モンスター達は顔を青くして後退りする。

 

「けっ。根性がねえのはどっちだか。まあ、あたしだって事を荒立てたいわけじゃないからな。お前らがきちんと謝ってくれるってんなら見逃してやるよ。とはいえ、これはあたしが信じるレジーナ様の教義には背く行為だ。……だからさ、ひとつ貸しだぜ?」

 

 キセルに煙草を詰め直し、ゆっくりと紫煙を吐きだしながらのセレスディナの言葉に。

 

「は、はい! 感謝します、セレスディナ様!」

「このご恩は忘れません!」

「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうござ……、…………」

 

 大げさなまでに感謝を表していたモンスター達が、ぼーっとした表情を浮かべ……。

 

「……よしよし、傀儡化も成功、と。これはバニルのいたずらなんかじゃなく、本当にレジーナ様の封印が解かれたみたいだな! ようやく肩身の狭い思いをしなくて済む! 見てろよ、あたしを軽んじた奴ら! 全員傀儡化してやるからな!」

 

 歓喜に瞳を潤ませたセレスディナが、胸の前で両手を組んだ。

 

「ああ、感謝します! レジーナ様!」

 

 そんなセレスディナの背後にニョキニョキと体を生やした我輩は。

 

「こんなところでそんな宣言をしても、汝が復讐したい相手には聞こえぬと思うが」

「バ、バニル……! うるせえよ! なんでお前がこんなところにいやがる! ていうか、さっきあたしが転びかけたのはお前のせいか!」

 

 テンションが上がりすぎて口にした独り言を聞かれ、セレスディナは顔を赤くし声を上げた。

 

「……うむ! その羞恥の悪感情、大変に美味である!」

 

 

 *****

 

 

 ――紅魔の里に封じられていた邪神レジーナが解放され。

 力を取り戻したセレスディナが、傀儡を増やすようになって数日が経った。

 

 ある日の事。

 魔王城の中庭にて。

 

「あ、あんた達、正気に戻りなさい!」

「…………」

「…………」

 

 焦ったように声を上げながら逃げてきたシルビアを、人形のように無表情なモンスター達が無言のままに追いかけてきて……。

 さらに、中庭の反対側の出入り口からもゾロゾロとモンスター達が現れる。

 

「……ッ!」

 

 前後を囲まれたシルビアが足を止める中。

 

「おいおい、魔王軍の幹部ともあろう者が逃げ回るしかないのかよ? 情けないと思わないのか?」

 

 モンスター達の列が割れると、セレスディナがニヤニヤ笑いながら現れた。

 

「クッ……! こんな事をしてただで済むと思ってないわよね!」

「はあ? バカ言うなよ。これは正当な復讐だぜ? ま、復讐の連鎖ってのも嫌いじゃないがね。レジーナ様は復讐を司る邪神なんだ。すべての復讐を肯定してくださる。とはいえあたしも鬼じゃない。今ならひと言ごめんなさいを言うだけで許してやってもいいぞ?」

「そうしたら私もあなたの傀儡ってわけ?」

 

 ――そんな時。

 中庭のベンチで寛いでいた我輩が立ちあがると。

 

「まあ待つが良い。男だか女だか分からぬ混ぜ物に、人形しか話し相手がいないぼっち神官よ。復讐など好きにすれば良いが、我輩が寛いでいるところで行うのはいかがなものか? 何をカッカしているのかは知らぬが、怒りっぽい時は小骨を食べると良いと聞く。我輩の仮面には魔竜の骨が使われているが、ひと口ならかじって良いぞ?」

「ふざけんな! またかよ! あんたがいるって事はまたロクでもない事が起こるんじゃねえか! なんでもかんでも見通してんじゃねえぞ! クソが!」

 

 穏やかに話し合おうとする我輩に、突如として怒りだしたセレスディナが叫ぶ。

 

「我輩が寛いでいた中庭に入ってきたのは汝らであろうに。それに、今の我輩は悪感情を求める気分ではないのだ。本日はすでに首なし中年の悪感情をいただいたのでな」

「あんたの言う事なんざ信じられるか!」

 

 と、セレスディナが叫んだ時。

 モンスター達に囲まれていたシルビアが懐から出した物を地面に叩きつけた――!

 

「なっ……!」

「アハハハハハッ! このままあなたの傀儡になんてされてたまるものですか! 私を追いつめた事を後悔するといいわ!」

 

 追いつめられヤケを起こしたようなシルビアの言葉とともに、砕け散った魔道具から真っ黒な煙が溢れ中庭を包みこむ。

 

「なんだこれ! どうなってんだ!」

「クソ、何も見えない! というか、俺は何をやって……?」

 

 突然の出来事に傀儡化が解けたモンスター達がざわつきだし。

 

 ……やがて黒い煙が晴れると。

 中庭の様子は見た目には少しも変わっておらず。

 

「…………、……なんだよ? どうなったってんだ?」

 

 身を守るような姿勢を取っていたセレスディナが不思議そうに首を傾げる。

 

「おい、今のはなんだ? 不発っぽかったけど、どういう効果があるもんなんだよ?」

「さあ? 知らないわ。強化モンスターの開発に使おうと思っていた正体不明の魔道具なのよ。見た目からして割れれば効果があるのは分かっていたけれど、一発限りの代物だから使うのは初めてなの。どういう効果があるのかまでは分からないわね」

「お、お前……。そんなもん切り札みたいに使ったのか」

 

 セレスディナが呆れたようにツッコんだ、そんな時。

 

「うぐ……! く、苦しい……」

 

 モンスター達が苦しそうに胸元を押さえ、膝を突いた。

 

 

 

「――先ほどうっかりキメラが使ったのは、とある呪いを封印していた魔道具である。呪いを受けた者は苦しみながら衰弱し、やがて死に至る。強力な呪いだが、これにはもうひとつ特徴があってな。呪われた者が他者に触れるか、または触れられる事で呪いを移す事ができるのだ。移した者の呪いは解かれ、移された者がさらに他の者に呪いを移す事もできる。その名も『移るんデス』。本来は呪いを帯びた者が敵に触れる事で、相手が誰であろうと確実に勝利できるという、魔道技術大国ノイズで生みだされた暗殺兵器である」

 

 二人の幹部と三十人ほどのモンスター達が、我輩の話を静かに聞く。

 追いかけっこに駆りだされ命の危機に晒された事で、すでにモンスター達の傀儡化は解けている。

 他者に触れる事で呪いを移せると聞いた者達が、幸運にも呪われなかった者をチラチラと見ていて……。

 

「『ブレイクスペル』! ……ダメか、あたしの魔法じゃ解けねえ」

 

 セレスディナが解呪の魔法を使うも、プリーストとしての実力はそれほどでもないせいで効果がない。

 不安そうに顔を見合わせるモンスター達にシルビアが。

 

「案ずる事はないわ。さっき私の部下を宝物庫に行かせたから、すぐに解呪のポーションを持って戻ってくるはず」

 

 その言葉に中庭がホッとした空気に包まれ……。

 

 ――しばらくして。

 

「……シルビア様、言われたポーションを宝物庫から持ってきましたが、その……」

 

 シルビアの指示で解呪ポーションを取りに行っていた鬼族が、中庭に入ってくると言いにくそうに口篭もる。

 鬼族が腕に抱えたポーションの本数は、呪われた者達の半分ほどしかない。

 

「……あ、あら? 宝物庫にはもっと大量の解呪ポーションがあったはずだけど」

「それが、その……。宝物庫は荒らされた形跡がありまして……」

 

 そんな鬼族の言葉に心当たりがあった我輩が宝物庫の様子を見通すと。

 

「魔王の城に賊が入りこむとは世も末であるなあ。……ほうほう? 見える! 見えるぞ! 宝物庫から解呪ポーションを盗みだす盗人リッチーの姿が! 経営の練習と称して解呪ポーションを売りさばいたようであるな」

「あの女! いなくなってまで祟るわね! ……やっぱり私が合体してやるんだったわ」

 

 過去を見通した我輩の言葉に、シルビアが声を荒げる。

 

「ここにあるポーションじゃ呪われた連中は助けられねえって事か? どうすんだよ? まあ、とりあえず二本は幹部であるあたしらが貰うとして」

 

 呪いの影響で青い顔をしているセレスディナが、そう言うとちゃっかりポーションを手に取り。

 

「そ、そうね。幹部は替えが効かないから仕方ないわね」

 

 さっきまで争っていたシルビアもうなずくと手を伸ばして……。

 

「おいちょっと待て! そもそもこんな事になったのはあんたらのせいじゃないか! どうしてあんたらが真っ先に助かろうとしてるんだよ!」

「そうだそうだ! まず俺らに飲ませてくれよ!」

 

 そんな二人にひとりのモンスターが抗議すると、他の者達も口々に二人を責め立てる。

 

「もしもお前らがポーションを飲んで呪いを解いても、俺が触って移してやるよ!」

 

 とうとうそんな事まで言いだしたモンスター達に二人は。

 

 一切気にせず手にしたポーションに口を付けた――!

 

「ああっ! 本当に飲んだ! 貴重なポーションを!」

「こ、こいつら……! 構う事はねえ、やっちまえ! 触るだけなら幹部相手でも……!」

 

 ざわつくモンスター達を前に。

 

「やめといた方がいいぜ? あたしのためじゃなく、お前らのためにな。レジーナ様は傀儡と復讐の邪神。あたしにやった事は、やった奴にも跳ね返る。つまり、あたしに呪いを移しても移した奴はまた呪いに掛かる。呪われた者が増えるだけってわけさ。ポーションがますます足りなくなるなあ? ああ、それと、あたしが命を絶たれると、殺した相手だけでなくその周辺にも呪いが降りかかる。魔王城を滅ぼしたいんでなければやめておけよ」

 

 セレスディナが余裕の表情を浮かべそんな事を……。

 それならばとシルビアを見るモンスター達に。

 

「あら、私は構わないわよ? 私に触れた子は合体してあ・げ・る。それなら必要なポーションの数は変わらないでしょう? ……というか、中庭にいるあなた達と私がひとつになれば、ポーションはひとつだけで十分なんじゃないかしら?」

 

 妖艶な微笑とともに告げられたシルビアの言葉に、中庭は阿鼻叫喚に包まれた。

 

「お、おい、どうすんだよ! 俺達こんな事で死ぬのかよ!」

「嫌だ……。せめて戦いの中で致命傷を負って美女の胸の中で死にたい……!」

「美女じゃなくてもいい……、せめて普通の女の子に看取られたい……」

 

 そんな中。

 

「……俺、テレポートが使えるんだ」

 

 悪魔族のモンスターがポツリと告げた。

 

「お、俺がテレポートで人間の街に行って、そこでセレスディナ様を殺っちまえば……! どうせ死ぬならなるべく多くの人間を犠牲に……!」

「……!? ま、待て。早まるなって! 幹部であるあたしがいなくなったら結界を維持できなくなるんだぞ?」

 

 覚悟を決めた様子の悪魔族に詰め寄られ、セレスディナが慌てたように声を上げる。

 詠唱を始めたその悪魔族を、他の連中が必死に取り押さえ。

 

「待て待て! それはさすがにマズいだろ!」

「ああ、セレスディナ様はともかく結界はマズい!」

「死なせてくれ! 最後くらい魔王軍らしく死にたいんだ! オカマは嫌だ……! オカマになるのだけは……!」

 

 取り押さえられた悪魔族が半泣きで藻掻く中。

 

「……まったく、そんなに嫌がらなくてもいいじゃないのねえ? 失礼しちゃうわ、誰も無理やりにだなんて言っていないでしょうに。……さて、バニル。すべてを見通す大悪魔であるあなたなら、この状況をどうにかする方法も分かるんじゃないかしら? 私としてもこのまま無駄に犠牲を出すのは本意ではないもの」

 

 シルビアが腕を組みその様子を眺めながら、我輩に向けてそんな事を……。

 …………。

 

「もちろん見通しているとも。……我輩の名はバニル。地獄の公爵にしてすべてを見通す大悪魔とは我輩の事! 我輩に見通せぬ事などこの世にありはせぬ! ポーションよりも呪われ者の方が多いこの状況も、我輩に掛かれば簡単に解決してくれる! あっと驚きのその方法とは……!」

「……そ、その方法とは?」

 

 シルビアが期待の篭る口調で訊いてくる。

 暴れていた悪魔族も、その悪魔族を取り押さえていたモンスター達も動きを止め、我輩の言葉を待っていて……。

 

「教えぬ!」

 

 我輩はそんな彼らに宣言した。

 

「フハハハハハ! フハハハハハ! なんと大量のガッカリの悪感情、美味である美味である! ただ中庭で寛いでいただけなのにこんな幸運に恵まれるとは、これも我輩の日ごろの行いが……。おっと、落ち着くが良い呪われ者どもよ。その呪いは生物にしか効かぬゆえ、土くれでできた我輩の体に触れても無意味だぞ?」

 

 悪感情を食し上機嫌の我輩に、呪われたモンスター達が我先にと触れてくる。

 

「無意味……、無意味であると言っておろう! ええい、やめんかうっとうしい! そんな事をせずとも悪感情の礼に教えてやるわ。……ポーションの数は足りぬが、幸いここには受けた行為をそのまま跳ね返す迷惑神官がいるであろう? 迷惑神官が誰かの呪いを受け取り、そこに呪われた者が無理やりポーションを飲ませる事で、迷惑神官はお役立ち神官となり、ひとつのポーションで二人分の呪いを解除できるであろう」

 

 我輩のアドバイスを聞いたモンスター達が、期待に満ちた目をセレスディナに向けると。

 セレスディナは鼻で笑い。

 

「へっ。やなこった。どうしてあたしがお前らの呪いを解くのに協力しないとならないんだ? 大体、こうなったのはお前らがあたしをこれまで散々バカにしてくれたからじゃねえか。レジーナ様は傀儡と復讐の邪神。あたしの力が戻ったからって、今さら仲良しってわけには行かねえよなあ?」

「そんな……!」

「お願いします……! お願いします、セレスディナ様……!」

 

 懇願するモンスター達に、セレスディナはニヤニヤと笑いながら。

 

「……そうだなあ。それなら、さっきまでの続きってのはどうだ? お前らがシルビアをボコボコにして、ごめんなさいを言わせてくれるんだったら、あたしもお前らの解呪に協力してやってもいいぜ?」

 

 そんなセレスディナの言葉に、モンスター達がざわつきながらセレスディナとシルビアを見比べ……。

 …………。

 

「ごめんなさい」

 

 シルビアがポツリと告げた。

 

「……あ?」

「ごめんなさいと言ったのよ。……さ、これでその子達の呪いを解くのに協力してくれるんでしょう? こんなバカな事で魔王様の兵を失うわけには行かないわ」

 

 腕を組んだシルビアが、顔を逸らしながら告げた謝罪の言葉に。

 

「ちっ。わあーったよ、今回の事は手打ちって事にしてやる! これで貸し借りなしだ! おら、呪われてる奴こっちに来い!」

 

 セレスディナは舌打ちすると、近寄ってきたモンスターに手を触れた。

 

「あ、ありがとうございます! ありがとうございます……!」

「おう。これは貸しだぞ? まあ、容量の無駄になるし傀儡化はしないでおいてやるよ」

 

 

 *****

 

 

 ――数時間後。

 

「待ってくれ! 待ってくれ! 呪いを解くのには協力するから! だからその前に、トイレに……もがが」

 

 大量のポーションを飲まされ、内股になって震えるセレスディナの口に、さらに解呪ポーションが無理やり突っこまれる。

 

「おお、お前ら覚えとけよ! あたしは傀儡と復讐の邪神レジーナ様の信徒、ダークプリーストの……、………ッ!!」

 

 …………。

 

 …………………。

 

「……………………………………あっ」

 

「……ううむ、その恥辱と屈辱の悪感情は我輩の好みではないな。ゼーレシルトにでもくれてやるがいい」

 




・魔王の城シリーズ
『この魔王の城に日常を!』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この風雲な屋敷に挑戦を!

『祝福』12、既読推奨。
 時系列は、12巻の後。オリキャラ注意。


 コロリン病に侵された子供達を救うため、特効薬の材料である悪魔の爪を入手するクエストを達成し、しばらくが経った。

 

 ――ある日の事。

 

 アクセルの街の外れにある、隠れ家的な喫茶店にて。

 このところクリスとの密会によく使うようになったその店で、俺とクリスは銀髪盗賊団の活動について相談をしていた。

 

「――それじゃあ、今回もそういう事でよろしくね」

「お断りします」

 

 いい感じに話をまとめようとしたクリスに、俺はキッパリと言いきった。

 

「ええっ! ここは気前よく、お頭の頼みなら仕方ありませんねって言ってくれるのがお約束ってやつだと思うよ助手君!」

「俺がお約束なんて守るわけないだろ。俺は盗賊団なんて面倒な活動にかかわらず、のんびり過ごしたいんだよ」

「ふっふっふ。いいのかな助手君、そんな事を言っちゃって。キミはあたしに借りがあるんじゃないかな?」

 

 あっさり断った俺に、クリスがニヤリと笑いそんな事を……。

 

「……? そんなもんありましたっけ? まあ、エリス様になら返しきれない借りがありますけど」

「違うよ! その事は気にしなくていいから! ほら、こないだダクネスと一緒にあの悪魔の城に忍びこんだじゃんか! あたしが助手君を手伝ったんだから、今度は助手君があたしを手伝ってくれてもいいだろう?」

「いや、何言ってんの? あれは俺じゃなくてダクネスの手伝いだろ? というか、子供達の命が掛かってたっていうのに、それを借りだとか言いだすのは女神としてどうなんですかエリス様」

 

 俺のツッコミにクリスが慌てて。

 

「ちちち、ちがー! 違うじゃん! 今のはちょっとした軽口っていうか……。助手君があたしの事を盗賊のくせに嘘が下手だとか言うから、それっぽい取り引きみたいな事を言ってみたかったんだよ。……でも、そうだね。あの時は緊急事態だったし、こんな風に言うのはやっぱり良くないよね」

 

 クリスが苦笑しごめんねと謝る。

 何度も蘇生してもらっている事を言われたらさすがに俺も断れないところだが、それについては気にしなくていいらしい。

 ……真面目だなあ。

 

「ねえお願いだよ助手君! キミ以外にこんな事頼める人はいないんだよ!」

 

 ストレートに頭を下げるクリスに、俺は一瞬うなずきそうになりながらも。

 

「あっ! そうだよ、俺以外にも頼める奴らができたじゃないか! ほら、銀髪盗賊団の下部組織だとか名乗ってる……」

「ダメに決まってるじゃんかあ!」

 

 俺に最後まで言わせずクリスが声を上げる。

 

「誰よりも隠密に向かないめぐみんが団長やってるし、他の子達も、その……。わ、悪い子達じゃないんだよ? あたし達の活動を応援してくれるっていうのもすごく嬉しいよ。でも、貴族の屋敷に潜入するのには向いてないっていうか……」

 

 自分達の事を応援してくれている相手を悪く言うのは気が引けるのか、クリスが気まずそうに口篭もる。

 

「それに、なんだかんだ言ってもやってる事は犯罪だからね。あの子達を巻きこみたくないんだよ。だからやっぱりキミにしか頼めなくて……。ど、どうしてもダメかな?」

 

 クリスが祈るように両手を胸の前で組み、エリス様のような物憂げな表情で俺を見つめてきて……。

 

 …………。

 

 ……ズルいですよエリス様。

 

 

 *****

 

 

 ――その日の夜。

 

 クリスに連れられ辿り着いたのは、街からかなり離れ、そして街道からも離れた、ほとんど人が立ち寄らないような森の中。

 そんな、人が住むには適さない場所に大きな屋敷が建っていて。

 頑丈そうな鉄柵で囲われたその屋敷の前には。

 

「……いや、何コレ」

 

『来たれ! 勇気ある盗賊』と書かれた立札を前に、俺はポツリと呟いた。

 クリスがポリポリと頬の傷を掻きながら。

 

「えっとね、ここはビート男爵っていう人の屋敷なんだけど……。ビート男爵は資産家で、貴重な魔道具や珍しい宝石なんかをたくさん買い集めているんだ。それで、屋敷に宝物を厳重に保管して、こんな風に盗賊を呼びこんでおいて、自分が仕掛けた罠に引っかかるところを見て楽しんでるんだよ。屋敷の中は罠だらけって話でね? もしも引っかからないでお宝を盗みだせたら、それは盗賊のものって事で、追っ手を掛ける事もしないんだってさ」

「……えっと、つまり俺らは貴族の道楽に付き合わされるって事か? なあ、この国の貴族っておかしな連中しかいないのか? 他に俺が知ってる貴族って、性癖がおかしいのとか着ぐるみ着てるのとか、ロクなのがいないんだが」

「着ぐるみはあたしが倒したからもう貴族じゃないよね」

「あっはい」

 

 クリスが笑顔を浮かべていたが目は笑っていなかった。

 ……その着ぐるみがウィズの店でバイトしている事はクリスには言わないでおこう。

 

 

 

 屋敷を取り囲む鉄柵の門は開いていて、その少し奥にはまた立札が立っていた。

 

『ここからトラップ地帯! 盗賊でない方、注意』

 

「……なんていうか、親切だね。あそこまでは警戒しなくても大丈夫だってよ」

「待ってくださいお頭、盗賊が一番罠に引っかかりやすいのは油断した時ですよ! 警戒しながら進みましょう」

 

 俺は無警戒に歩きだそうとしたクリスの腕を掴んで止める。

 

「そ、そうだね。ごめん助手君。ちょっと待って。今罠感知スキルを……!?」

 

 スキルを発動させたクリスが絶句する。

 俺も罠感知スキルを使っているが、怪しいところはどこにもないのだが……?

 

「本当にあった! すごいよ助手君、お手柄だね! さすがは罠を仕掛けたりするのに向いてる狡すっからい性格なだけはあるよ!」

「お前それ褒めてないだろ。……俺のスキルにはなんの反応もないんですけど」

「そ、そうなの? まああたしは本職の盗賊なわけだし、罠感知のスキルレベルはあたしの方が高いからね。あたしにしか見つけられないって事は、これってけっこう高度な罠なのかな?」

 

 油断させておいて高度な罠を設置するなんて、ビート男爵って奴は性格が悪いと思う。

 いや、そんなのは盗賊が罠に引っかかるところを見て楽しんでいるって時点で分かっていたが。

 

「ま、大丈夫だよ。なんたってあたし達は王城にも潜入して神器を盗みだした銀髪盗賊団だからね! あたしと助手君なら忍びこめない場所なんてないさ!」

「潜入っていうか、思いきり見つかってましたけどね」

「あれは助手君のせいじゃないかあ! ここではあの時みたいな事をしちゃダメだよ? 凄腕の盗賊でも罠に引っかかって捕まってるって話なんだから」

「分かってますって。もう二度とあんな高度なトラップには引っかからないので安心してください。お頭が日本のエロ本を集めるって約束してくれましたからね」

「あれはトラップじゃなくて……!? ねえ待って? あたしそんな事ひと言も言ってない! エロ本なんて集めないからね! あれは漫画の話だから!」

 

 

 

 クリスが言うには、正面玄関への道以外には大量の罠が仕掛けられていて、まともに歩けないような状態らしい。

 俺にはそんなに罠があるようには見えないが、それは罠感知スキルのレベルが低いせいだろう。

 

「えっと、あっちが『順路』だってさ」

 

 正面玄関へ誘導しようとする『←順路』と書かれた立札を指さしクリスが言う。

 

「待ってくださいお頭。盗賊が順路に従ってどうするんですか。こんなもん罠に決まっているでしょう。あんなところから入ったら相手の思うツボですよ」

「わ、分かってるよ。助手君はあたしをなんだと思ってるんだい? ほら、裏口の方に回るよ」

 

 素直に順路の通りに進もうとしたクリスが、焦ったように言う。

 

「そっちは罠だらけだって言ったのはお頭でしょう。鉄柵の外側なら罠もないはずですから、あっちから回って様子を見ましょう」

「わ、分かってるってば。……どうしたの? 今夜の助手君はすごく頼りになる感じなんだけど。また絶好調になってるの? この屋敷は難易度が高いって話だし、また前みたいに暴走するのは困るよ?」

「俺が頼りになるのはいつもの事ですよ」

 

 鉄柵の外側から屋敷の周囲を回り様子を見ると、正面玄関の他にもいくつもの扉があって。

 クリスが扉のひとつをジッと見ながら。

 

「うーん。罠感知には反応がないね。扉自体に罠は仕掛けられていないみたいだけど」

「お頭が見ているのは絵ですよ。壁に扉の絵が書いてあるだけです。というか、正面玄関以外の扉は全部絵みたいですね」

「ええっ! あれ、絵なの? ご、ごめん! 暗いせいでよく見えなくて……!」

 

 俺の言葉にクリスが驚き声を上げる。

 盗賊が貴族の屋敷に潜入するなら夜だろう。

 しかし暗闇を見通すスキルを持たない盗賊は、壁に書かれただけの扉の絵でも見分ける事ができずに騙されかねない。

 壁に扉の絵が書いてあるだけでは罠感知は反応しないらしい。

 あの扉に辿り着くまでにいくつもの罠を突破しなければならないのに、いざ目の前にしたらただの絵だったと気づくわけだ。

 なんという罠。

 この屋敷を造ったなんとか男爵とやらは、何人もの凄腕盗賊を捕まえていると言われるだけあって盗賊の性質に詳しいらしい。

 

「こういう時のために俺がいるんですよ。別の扉を捜しましょう」

 

 

 

 屋敷の周囲を注意深く見て回った俺達は、一周して正面玄関に戻ってきた。

 

「どういう事だよ! あそこしか出入口がないじゃないか!」

「シーッ! 助手君、気持ちは分かるけど声を抑えて! ……でも、どうしよっか? やっぱりどうにかして窓から入る?」

 

 クリスが言うには、窓には魔法による結界が張られているらしく、盗賊職である俺達が窓から侵入するのは難しいらしい。

 こんな時、魔法使いを連れてきていれば……。

 …………。

 いや、爆裂魔法しか使えないめぐみんは結界破りなんかできないし、さすがにゆんゆんを巻きこむわけには行かないだろう。

 というか、屋敷の周囲を回っただけでも、ここの持ち主がかなり用意周到である事は見て取れる。

 いつものように窓からこっそり入ると、構造的に宝物庫に辿り着けないなんて事も……。

 それとも普通に怪しい正面玄関が普通に罠なのか?

 

 …………。

 

「ああもう! もういいよ! 正面突破だ! なんとか男爵って奴を見つけたら俺がぶっ飛ばしてやる!」

「おお、落ち着いて助手君! 自棄にならないで! さっきまでの頼りになる感じはどこに行ったのさ!」

 

 悩むのが面倒くさくなって声を上げる俺の口を、クリスが慌てて塞ごうとする。

 

「だってこんなもん、どうせどっちも罠だぞ。これだけ屋敷の周りを罠だらけにしてるんだから、中はもっと罠だらけに決まってる。だったらわざわざ窓から入るより、もう正面から入っちまった方がいいと思う」

「い、一応考えてたんだね。……うん、あたしも賛成かな。それに、盗賊なのに正面突破っていうのも格好良いじゃないか!」

 

 俺の提案に、クリスがそう言って笑顔を浮かべた。

 

 

 *****

 

 

 屋敷の中に入ると……。

 そこは体育館のような大部屋。

 大部屋のあちこちに巨大な器具が設置され、室内アスレチックのような感じになっている。

 体育館の二階通路のようになっている場所に、仮面を付け豪華な服を身にまとった男が立っていて。

 

「ふははは! 数多の罠を越えよくぞ来た、勇気ある盗賊達よ……!?」

 

 高笑いを上げたその男は、俺達を見ると驚いたようで。

 

「なんと! あなた達は王城にも潜入したという銀髪盗賊団! やった! ついに我が家にもあの有名な盗賊団が来た! 歓迎します! 歓迎しますよ!」

 

 鉄格子を両手で握り興奮気味に声を……。

 

「『狙撃』!」

 

 声を上げる男を狙い俺は矢を放った。

 男が付けている仮面に掠るだけの予定だった矢は、鉄格子に阻まれ男には届かない。

 

「ひいっ! い、いきなり何を……!」

 

 しかし飛んできた矢にビビった男はその場で尻餅を突く。

 

「うるせー! 何が歓迎するだバカにしやがって! こっちは侵入するだけで苦労させられてイライラさせられてんだ!」

「ダ、ダメだよ助手君! あたし達は義賊なんだから、盗みはしても人を傷つけないように……!」

「仮面に掠るだけの予定だったんで大丈夫ですよ。……でも、おかしいな? 鉄格子の隙間を通りそうなもんだけど」

 

 俺の腕前ではなく幸運によって、狙撃スキルが鉄格子の隙間を通してくれるはずだったのだが……。

 

「こ、この鉄格子はただの鉄格子ではありません。スキルや攻撃を阻む結界が張られているのです。わ、私を攻撃しても無駄ですよ!」

 

 立ちあがった男爵が鉄格子から離れた位置で声を上げる。

 二階の通路は観客席としての場所らしく、こちらから通り抜けできないように鉄格子がはめこまれている。

 大部屋の向こうには次の部屋へと通じる扉があるが、そこへ行くにはいくつもの難関を乗り越えなければいけないと、ここから見ても分かる。

 俺達が苦しむ様を見て楽しもうという魂胆なのだろう。

 

「……ええと、あなたがビート男爵かな? いきなりごめんね? あたし達はこの屋敷にあるっていう神器を盗みに来たんだ。それさえ渡してくれるなら何もしないで帰るよ」

 

 クリスが苦笑しながらそんな提案をする。

 

「いかにも、私がビート男爵です。あなた達が捜している神器はあの扉の奥にあります。是非持っていってください!」

「えっ……? い、いいの?」

 

 盗みに来たと自分から言うのもどうかと思うが、持っていっていいと言われたクリスがますます困惑し問い返す。

 

「持っていっていいって言うんなら、ここのトラップを解除してくれよ」

 

 横から俺が言うと。

 

「お断りします」

 

 ビート男爵はキッパリと言った。

 ……まあそうだよな、こんな大掛かりな仕掛けを作っておいて、宝物を持っていかせてください、はいどうぞ、なんて事にはならないだろう。

 

「私は盗賊職に憧れていましたが、さっぱり才能がなく……。あなた達のような盗賊が様々な困難を乗り越え宝物を手に入れる姿を見たいのです。見事宝物庫まで辿り着いたなら、君達が望む神器は持っていってください。ただし、もしも途中で罠に引っかかり失敗するような事があれば、その時は……」

 

 いきなり語りだしたビート男爵は、興奮してきたのか再び鉄格子を握りしめ。

 

「……三日三晩、盗賊としての活躍を私に語ってもらいますよ! あなた達は悪徳貴族の屋敷に忍びこみ、そこで得た財宝を孤児院の子供達のために使っている義賊なんでしょう? いろいろと面白いエピソードがあるはずですよね!」

 

 鉄格子に頬を押しつけそんな事を……。

 …………。

 

「お、おう……。どうしましょうお頭。こんなに歓迎されるなんて予想外なんですけど。なんだかそんなに悪い奴じゃないのかもしれないって気がしてきました」

「あたしもだよ助手君。でも盗賊としてやる事はやるんだから油断しちゃダメだよ」

 

 

 

 ビート男爵の屋敷に挑戦を始めた俺達は――

 

「おい、これのどこが盗賊への試練なんだよ!」

 

 次々と迫りくる二択の問題に答え、マルとバツの描かれた薄い壁を体当たりで突き破っていた。

 

「一流の盗賊は目利きができなくてはいけないし、自然の生き物や植物、毒物や薬物にも精通しているもの。知識の量と咄嗟の判断力を試すために私が苦心して生みだしたマルバツの試練、見事乗り越えてみせてください!」

 

 大声を上げた俺の質問に、ビート男爵が嬉しそうに解説してくる。

 

「何がマルバツの試練だバカにしやがって! こういうのテレビで見た事あるんだよ!」

「てれび……? そ、そうなんですか? こんな事を考え実行するのは私くらいのものと自負していたのですが……。そうか、すでにやっている人がいたのか……」

 

 駆け回りながらの俺の言葉に、ビート男爵が肩を落としションボリする。

 

「お頭、やってやりましたよ! バカみたいな試練を押しつけてくるあいつをへこませてやりました!」

「や、やめてあげなよ! きっと頑張って考えたんだから……」

 

 言葉を交わしながら次々と問題を突破していく俺達に、ビート男爵は首を傾げ。

 

「……はて? そろそろ問題が難しくなってきているはずなんですけど、どうしてそんなに余裕なんですか? というか、問題文を読んでいないような……」

 

 二択なら運任せにした方が当たるので、俺達は最初から問題を読んでいない。

 

「俺達くらいの凄腕になると、問題は一瞬でも見れば読めるし答えも分かるんだよ」

「な、なんと! さすがは銀髪盗賊団! 素晴らしい! あなた達は素晴らしいです!」

 

 こっちの事情など分からないだろうとついた俺の嘘に、ビート男爵はあっさり騙され俺達を褒め称える。

 

「……ねえ助手君。こんなに素直に褒められるとなんだか悪い事してる気分になるから、適当な嘘をつくのはやめてくれない?」

 

 

 

 マルバツの試練を乗り越えた俺達の前に立ち塞がったのは、とても跳び越えられないような幅の溝と、向こう岸に渡された一本のロープ。

 

「盗賊に必要なのは、なんと言っても身のこなし! バランスを取り素早く対岸に渡ってください! 下は泥なので落ちても怪我の心配はありませんよ!」

 

 ビート男爵が興奮気味に説明してくれる。

 

 

「いや、無理だろコレ」

 

 床の端に立って下を覗くと、かなり下方に泥沼が広がっている。

 ……なんていうか、やっぱりテレビで見た事がある光景だ。

 

「見ててよ助手君。あたしがお手本を見せてあげるよ!」

 

 ロープの前に立ったクリスが、笑顔でそんな事を言い……。

 

「よっ、ほっ、と……。あはは、これくらい軽い軽い!」

 

 身軽にロープの上を歩き、あっさりと向こう岸へと辿り着く。

 マジかよ、今のを俺にやれってか? 身体能力が上がりそうなスキルは片手剣スキルくらいしか取っていないし、バランス感覚にも自信はないんだが。

 

「お手本って言われても……。本職でもない俺に今のをやれってか」

「まあまあ、失敗しても命まで取られる事はなさそうだし、とりあえずやってみれば?」

 

 俺に盗賊らしいところを見せられたのが嬉しいらしく、笑顔を浮かべたクリスが言う。

 

「……その時はお頭も連帯責任ですからね? 俺に盗賊として語れる武勇伝なんてありませんからね?」

 

 俺が恐る恐るロープに足を乗せると……。

 モンスターを倒しステータスが上がったおかげか、なんとかバランスを取る事ができて。

 

「お、おお……。これは、どうにか……!? うおっ!?」

 

 二歩、三歩と踏みだしたところで普通にバランスを崩した。

 

「知ってた! だから俺言ったじゃん! これはさすがに無理だって言ったじゃん!」

 

 手と足を使ってロープにぶら下がる俺にクリスが。

 

「あ、諦めないで! そのままこっちに来たら大丈夫だよ!」

「そんな事言われても! 言っとくけど俺は腕力にも自信はないぞ! そっちに行くまでに力尽きて落ちると思う!」

「それは自信満々に言う事じゃないよね! ああもう! どうしたら!」

 

 ロープにぶら下がったまま動けなくなる俺に、クリスが頭を抱える。

 考えろ佐藤和真。

 国に指名手配を掛けられるほどの凄腕盗賊が、こんなバカみたいなアトラクションもどきをクリアできなくてどうする?

 いや、別に俺は本職の盗賊じゃないからいいんだが……。

 物好きな貴族の遊びに付き合わされていると思うとイラっとする。

 ここで落ちたらあいつの思うツボだ。

 何かないか? 何か、俺でもクリアできる方法が……。

 

「……! そうだ、お頭! バインドです! 俺をロープごと縛ってそっちから引っ張ってくれれば、俺は落ちずにそっちまで行けるはず! 魔力をあまり使わないバインドで、俺を少しの間だけ縛ってください!」

「ええっ? でも確かにそれなら……。わ、分かったよ助手君。行くよ! 『バインド』!」

 

 クリスの拘束スキルにより、俺はロープごとミノムシのように縛られる。

 さらにクリスが俺を縛ったワイヤーを引っ張って……。

 

「いだだだだだ! 手がロープにこすれて痛い! もっと優しくしてくださいよ!」

「そ、そんな事言われても! 少ししか魔力を使っていないから、急がないと拘束が解けちゃう!」

「痛い! 痛い! 俺を傷物にした責任取ってもらいますからね!」

「人聞きの悪い事言うなよお!」

 

 

 

 ――その後もどこかで見た事があるような試練の数々を乗り越え。

 最後に俺達の前に現れたのは、きつく傾斜しほとんど壁のようになっている坂道。

 その坂道にはよく滑る液体が流れていて。

 

「さ、最後の試練! ここまで辿り着いた盗賊は久しぶりですよ! しかも、こんなに短時間で来るとは! さすがは銀髪盗賊団です! この登り坂の試練では、これまでに試練を乗り越えるために使ったすべての技能と、そして何より諦めない心を見せてもらいます!」

 

 最早恒例となったビート男爵の解説が……。

 

「おい、これも見た事あるんだが」

「助手君! それどころじゃないんだけど! こんなのどうやって登るの! ふわーっ!」

 

 坂を登ろうとしたクリスが、足を滑らせヌルヌルになって落ちてくる。

 

「落ち着いてくださいお頭。フック付きの矢を使えば足場がヌルヌルでも大丈夫です」

「おお! さすがだね助手君! でも諦めない心を見せてほしいって言ってたけど、そんな事して男爵に怒られない?」

「何言ってるんですか。俺達は騎士でもなんでもない盗賊ですよ? 正々堂々やるよりこういった搦め手を使った方が、むしろ男爵も喜んでくれるはずです。……『狙撃』!」

 

 弓を取りだした俺がフック付きの矢を番えて放つと、矢は登り坂の上へと飛んでいきフックが引っかかる。

 

「よし、行けますよお頭!」

 

 俺がグッとロープを引っ張り手応えを確かめながらそう言うと……。

 

「搦め手大いにけっこう。しかしこの試練では私も妨害に回らせてもらいますよ」

「あっ!」

 

 ビート男爵が鉄格子の隙間からマジックハンドのような道具を伸ばし、引っかかっていたフックを取り外した。

 

「卑怯者! そんな一方的に有利なところから妨害だなんて恥ずかしくないのか!」

「ええっ? 盗賊なんだから搦め手を使ってもいいと言ったのはあなたじゃないですか! 私だけ卑怯者扱いされるのは納得行かない!」

「何言ってんだ。俺達は盗賊だから卑怯でもなんでも構わないが、あんたはこの国の貴族なんだろ? 卑怯な真似をしたら怒られるのは当然じゃないか」

「な、なるほど……? いや、そもそもこの屋敷はそのために造ったんだし、誰かに文句を言われる筋合いはないはずでは?」

 

 俺に卑怯者扱いされたビート男爵は、マジックハンドをカシャカシャ言わせながら困惑したように首を傾げる。

 

「お頭、今です! 『狙撃』!」

 

 その隙に俺は再び矢を放ち、ロープをピンと張るとすかさずクリスが。

 

「任せて助手君!」

「卑怯な! い、いや、その心意気や良し! これでこそ盗賊です! ですがまだ私にも手段はあります!」

 

 そう言ったビート男爵が手にしたのは、竹筒に穴を開け、後ろから棒を押しこむ事で水をビュッと飛びだすタイプの古典的な水鉄砲。

 それを、ロープを伝って登り坂を駆けあがるクリスに向けると、ビュッと飛びだしたのは水ではなく……。

 

「わああーっ! 何これ、服が溶けるんだけど! 助手君! 助けて助手君!」

 

 ……!?

 

 もともと薄着のクリスが服を溶かされ大変な事になっていた。

 ありがとうございます、ありがとうございます……!

 

「ありがとうございま……!? 違う、そうじゃない! なんて事するんだ! いいぞもっとやれ!」

「本音が漏れてるよ助手君!? あたしへのセクハラは強烈な天罰が下るからね!」

「俺じゃなくてあいつに言ってくださいよ!」

 

 声を上げる俺達に。

 

「ふはは! 盗賊として素顔を見せるのは困るでしょう! さあ、その仮面やマスクが溶けないように逃げ回るがいい! これは魔改造グリーンスライムの成分を利用した服だけを溶かす液体、怪我などはしないので安心してください!」

 

 ビート男爵が笑いながらちっとも安心できない事を言ってくる。

 ……その液体、俺も欲しいんですけど。

 

「助手君! あの人からは助手君から感じるみたいな邪な感じがないよ! あれはセクハラじゃなくてただ盗賊の格好いいところを見たいっていう気持ちからの行動だよ!」

「今のお頭は邪悪な気配を感知する事なんてできないはずですよね! 適当な事を言って俺を貶めるのはやめろよ!」

 

 クリスが液体を避ける事に必死になっていると、またもフックを外されクリスが滑り落ちてくる。

 俺は自分のマントを外しクリスに掛けてやりながら。

 

「フックがダメでもまだ手はある。『クリエイト・アース』! 『フリーズ』……!」

 

 魔法で出した土で斜めに堤防を作り、さらに凍らせて頑丈にする。

 坂道を流れる液体が脇へと逸れていき……。

 

「おおっ! これなら……、うん! 登れるよ!」

 

 滑る液体が流れなくなった坂道を、クリスが一歩一歩確かめるように登っていく。

 

「やりますね! ですがそれでは避ける幅がないはず……!」

 

 ビート男爵が水鉄砲をクリスに向けた……!

 

「わああー! 助手君、どうすんの助手君! ひょっとしてこれが助手君の狙いなの!?」

「俺にだってセクハラしていい時と悪い時の区別くらいつきますよ! 気にせずそのまま行ってくださいお頭! ……『フリーズ』!」

 

 飛びだした液体がクリスに当たるより早く、俺の魔法で凍りつく。

 

「なんと、そんな手が……! というか、さっきから使っているそれは初級魔法ですね? そういえば狙撃スキルも……。ひょっとしてあなたは盗賊職ではなく……」

「そーだよ。俺は盗賊じゃなくて最弱職の冒険者だ。でもあらゆる職業のスキルを覚えられるから、あんたも冒険者になれば盗賊のスキルを使えるようになるんじゃないか」

 

 感心したような声を上げるビート男爵に、俺がそんな事を言うと。

 

「冒険者……。冒険者になれば、私にも盗賊のスキルが……?」

 

 最弱職に就くことなど考えた事もなかったのか、ビート男爵が呆然と呟く。

 その隙にクリスは坂道の上まで辿り着いていて。

 

「やったよ助手君! 待ってて、今ロープを下ろすからね!」

「ああっ! しまった! そこが最後の試練なのに!」

 

  俺の言葉に心動かされているうちに最後の試練を突破され、ビート男爵が声を上げる。

 

「さすがですねお頭。隙を見逃さない盗賊の鑑ですね」

「ちょっと待ってよ! どっちかって言うと盗賊っぽい事をしていたのは助手君の方じゃんか! あたしのせいみたいに言うのはやめてよ!」

 

 それ以上ビート男爵に妨害される前に、俺達は扉を開け――!

 

 

 *****

 

 

 最後の試練を越えた先にあった扉を通ると、そこは内装は豪華だが飾り気のない部屋。

 

「……ここが宝物庫なのかな? あんまりそれっぽくないけど……」

 

 クリスが部屋の中を見回しながらそんな事を言う。

 盗賊の活躍を見るための二階通路はこの部屋にはなく、ビート男爵はここまではついてきていない。

 部屋の中央の床は祭壇のように高くなっていて、そこには大きな宝箱がひとつだけ置かれていた。

 

「宝感知には反応があるけど……。罠は……ないみたいだね」

 

 辺りを警戒しながらクリスが宝箱に近づくと。

 

「うーん、さっきのが最後の試練って言ってたし、ここには何もおかしなものはないのかもね。あっ、宝箱に鍵も掛かってないよ」

 

 宝箱の蓋に手を掛け、それをゆっくりと開ける。

 中には手のひら大の宝玉が入っていて。

 

「これだよ! あたしが探してた神器だ! 本当にあった!」

 

 これまでに何度か外れを引いた事もあったというクリスが、宝玉を手にし喜びの声を上げる。

 

「ちょっと待ってくださいよ! それ以外にもいろいろと入ってますけど!」

 

 そう、宝箱の中にはクリスが手にした宝玉だけでなく、これこそお宝といった感じの金銀宝石が詰めこまれている。

 

「ダメだよ助手君。男爵は悪徳貴族ってわけじゃないし、神器以外まで持っていくのはやり過ぎだからね」

「まあ、俺も金に困ってるわけじゃないですしいいですけどね」

「え、えっちな本があってもダメだからね?」

 

 少しだけ顔を赤くしたクリスが、俺が変な気を起こさないうちにというつもりか、宝箱の蓋を素早く閉める。

 

「分かってますよ。それはお頭が持ってきてくれるんでしょう?」

「だからそんな事はひと言も……! あたしは絶対に持ってこないからね! 絶対だよ!」

「そこまでしつこく言って事は、お笑い芸人的な前振りですね? サプライズで俺を喜ばせようなんて、お頭は部下思いだなあ」

「違うよ! 全然違うよ!」

 

 恥ずかしがって声を上げたクリスが、ずんずん進んでいく。

 正面の壁には『お帰りはこちらです』との札がぶら下がった扉がある。

 

「……罠は、……うん、ないね」

 

 クリスが扉を開けると、通路が左右に伸びていて。

 目の前には『←出口 牢獄→』という立札。

 

「畜生、最後までこのパターンかよ!」

「……えっと、左に行ったらダメなのかな?」

「これまで立札の指示通りに来たら上手く行ってたからこそ、最後に裏をかいてくるかもしれません。まあでも、俺達には二択ならなんの問題もないですね」

「そうだね助手君。棒でも倒そうか」

 

 クリスのダガーを使って棒倒しをし、俺達は『出口』の方へと進む事に……。

 

「あ、お頭。念のためにワイヤートラップを仕掛けといてもらっていいですか?」

「……? 助手君がそう言うなら。『ワイヤートラップ』! でもあの人も貴族なんだし、宝を盗ったら追わないって言ってるんだから警戒しすぎじゃない?」

「俺なら絶対にここで仕掛けますよ。油断しましたね、屋敷を出るまでが盗賊ですよ、とか言って」

 

 俺たちはそんな事を話していると、『牢獄』の方向から人の足音がしてきて……。

 

「ふはは、油断しましたね! 屋敷を出るまでが盗賊……!? あ、あれ? これはワイヤートラップ! すごい! 宝物を手にしたのに全然油断していなかった!」

 

 現れたのはビート男爵と、俺達を捕まえようというのだろう完全武装の騎士達。

 クリスが仕掛けたワイヤートラップに気づき、ビート男爵が感動したように声を上げている。

 

「ほんとに来た! さすがだね助手君! 狡すっからい事を考えさせたら右に出る者はいないね!」

「だからそれ褒めてないだろ。バカな事言ってないでとっとと逃げましょう」

「待って! 時間稼ぎしておこう。『ワイヤートラップ』! 『ワイヤートラップ』! 『ワイヤートラップ』! ……よし、これで簡単には追ってこれないよ」

 

 さらにワイヤーを仕掛けビート男爵を足止めした俺達は、出口の方向へと駆けだし――

 

 

 

「あ、あれ? どうしよう助手君! 行き止まりなんだけど! ひょっとしてあそこで右に行かないとダメだった?」

 

 辿り着いた先は行き止まり。

 壁にペタペタと触れながら、クリスが途方に暮れたように俺の方を振り返る。

 

「男爵があっちから来たって事は、あっちは騎士達の詰め所かなんかに通じてたと思いますよ。というか、ひょっとするとまともに出入りできるのはあの正面玄関だけなんじゃないですか? 一度入ったら逃げられない、この屋敷自体が盗賊を捕まえるための罠だったって感じですかね」

「どどど、どうしよう!? このままじゃ捕まっちゃう! それに、あたしはさっきのワイヤートラップで魔力を使い果たしちゃったよ! 後は逃げるだけだと思ったから……!」

 

 ピンチになった上に自分はもう何もできなくなったからか、クリスが半泣きで慌てる。

 

「……焦ってるお頭も可愛いなあ」

「冗談言ってる場合じゃないよ! どうして助手君はそんなに冷静なのさ!」

「こんなこともあろうかと……ってやつですよ」

「……な、何それ?」

 

 俺がニヤリと笑い取りだしたのは。

 

「誰にでも爆裂魔法が使える魔道具です」

 

 そう、劣化マイトである。

 めぐみんに隠れてコツコツ作っていたうちの一本を、念のために持ってきたのだ。

 作るのにけっこう手間が掛かるし、めぐみんに見つかると怒るので貴重品なのだが、ここは使いどころだろう。

 俺は劣化マイトを壁際に設置すると。

 

「危ないから離れていてください。……『ティンダー』!」

「…………ッ!!」

 

 爆音とともに館の壁に小さな穴が開いた。

 

「すごっ!? すごいよ助手君! 今のは?」

「爆発ポーションなんかを混ぜて作ったダイナマイトもどきですよ。いわゆる現代知識無双ってやつです」

「……すごいんだけど、穴がちょっと小さくない?」

 

 ひとしきり俺を褒めたクリスが、穴の前にしゃがみそんな事を言う。

 

「し、仕方ないでしょう。これひとつ作るのにもけっこう金と手間が掛かってるんですよ。威力を上げるにはいろいろと実験しないと……。それに、今日は今の一本しか持ってきていませんし、他に壁を壊せるような道具もありませんからね。その穴から出られなかったらアウトですよ」

「わ、分かったよ。それじゃあ、お頭であるあたしから……」

「いや、ここは下っ端である俺がまず穴を通って安全を確認しましょう」

 

 俺が穴をくぐろうとするクリスの肩を掴んで止めると。

 

「こんなところで揉めてないで、早く行かないと捕まっちゃうよ! ほら、レディファーストってあるじゃない? ここはあたしが……」

「待ってください。そもそもレディファーストってなんなんですかね? どうして女性を先に行かせないといけないんですか? 男だからとか女だからとか、今まさに捕まりそうって時にそんな事は関係ないと思います。大体、俺はお頭に誘われてここに来たんですよ。それなのに捕まりそうになったら自分だけ先に逃げるってどうなんですかねえ?」

「そそそ、それは……! わ、分かったよ! 助手君が先に行ってくれていいよ!」

 

 クリスの同意を得た俺が、持ち物を先に放りだし穴に頭を入れると……。

 …………。

 

「……おいこれ、肩が引っかかって通れないんだが」

 

 劣化マイトで開けた穴が小さすぎて、通り抜けようとすると肩が引っかかった。

 

「こういう時は先に腕を入れるんだよ助手君」

「こうですか? 痛っ! おい、本当に大丈夫なのか? 肩がめちゃくちゃ痛いんだけど!」

「それは助手君の体が硬いからだよ! 日頃からもっと柔軟体操とかしなよ! ほら、早く出ないと追っ手が来ちゃう!」

 

 焦った様子のクリスが俺の尻をグイグイ押してくる。

 

「あっ、おい! どこ触ってんだ! 自分にセクハラされたら天罰下すくせに人にセクハラするのはどうかと思う!」

「人聞きの悪いことを言うのはやめろよお! これはセクハラじゃないから!」

「セクハラする奴は皆そう言うんだよ!」

 

 言い合いながらもグイグイ押された俺は、どうにか穴を通って屋敷の外へと抜けだした。

 

「よし、次はお頭ですよ! 追っ手が来るから早く!」

「それはさっきあたしが……。いや、そんなこと言ってる場合じゃないね」

 

 俺達がそんな事を言い合っている最中にも、廊下の向こうから『ワイヤーが切れたぞ』と叫ぶ騎士達の声が聞こえてくる。

 クリスが素早い動きで穴に頭と腕を入れると、匍匐前進のように這いでてきて……。

 …………。

 

「……お、お頭?」

 

 途中で動きを止めたクリスに俺が声を掛けると。

 

「…………引っかかっちゃった」

 

 表情を強張らせたクリスがポツリと呟いた。

 

「俺でも通り抜けられたのに、お頭って……」

「ちちち、ちがー! 装備が引っかかっただけだから! あたしはキミと違ってちゃんと運動してるし、別に太ってないよ!」

「今そんな事言ってる場合ですか! ほら、俺の手に掴まって!」

 

 クリスの手を取り引っ張ると……。

 

「いたたたた! 痛い痛い! もっと優しく引っ張ってよ!」

 

 クリスが半泣きになりながら脱けだそうとするも、よほどしっかり引っ掛かっているのか上手く行かない。

 しばらくすると、壁の向こう側が騒がしくなって。

 

「こ、これはどうした事か! 壁に穴が……? な、なるほど、こういった時のために何か魔道具を用意していたのですね! 盗賊職にはまだまだ私も知らない可能性が……!」

 

 こんな時でも嬉しそうなビート男爵の声が……。

 

「しかしこれは……。あの銀髪の少年か……?」

「少年扱いはやめろよお……! あたしは歴とした女だよ!」

 

 またも少年と間違われたクリスが声を上げるも、向こうはそれどころではないらしく。

 

「男爵様、このままではせっかく手に入れた神器が……!」

「捕まえましょう! 皆で引っ張れば容易い事です!」

「ふわーっ! ちょっ……! 待っ……! どこ触ってんのさ!」

 

 一体どこを触られているのか、涙目になったクリスがジタバタと暴れる。

 ていうかこの状況……、エロ本で見た事ある!

 

「助手君! 助けて助手君!」

「畜生、俺もそっち側が良かった! どうして俺はお頭を先に行かせなかったんだ! レディファーストってのを考えた奴は女の人の尻が見たかっただけだろ!」

「キミって奴はー! ねえ、バカな事言ってないで助けてよ! このままじゃお嫁に行けなくなる!」

 

 ますます暴れるも、ちっとも抜けだせる気配のないクリスが懇願してくる。

 俺は壁の向こうの男爵に。

 

「おい、ビート男爵! 聞こえるか! 神器はこっちにあるし、俺達はほとんど脱出したようなもんだろ! 宝物を盗んで逃げられたら追いかけないって話はどうなったんだ! 貴族のくせに約束を破るのどうかと思う!」

「た、確かに……! いやしかし、この状況は……」

 

 まだ逃げきっていないじゃないかと言い返されるかと思ったが、ビート男爵は意外と揺れている。

 これはもうちょっと押してみればなんとか……。

 

 ――と、 クリスを引っ張っている騎士達が。

 

「盗賊なんかの言葉に惑わされないでください男爵! あの神器を購入するのにいくら掛かったと思っているんですか!」

「そうですよ! それに、この者はまだ脱出していません! 捕まえても約束を破った事にはなりませんよ!」

 

 そんな騎士達の正論を無視し、俺はビート男爵に。

 

「この屋敷に侵入して捕まった場合、あんたに自分の活躍を語るんだろ? だったら上半身が出たらもう脱出って事でいいはずだ。それともその下半身と会話するつもりなのか?」

「ちょっ……! ねえ待って助手君! 気持ち悪い事を言うのはやめてよ!」

「言っておくが、この壁に穴を開けた道具はまだまだあるんだからな。俺達がこんな小さな穴から脱出しようとしたのは、あんたの屋敷を必要以上に壊すのはやめておこうと思ったからだ。盗賊が好きで盗賊が活躍しているところを見たいっていうあんたの願いに感銘を受けたんだよ。でもここで邪魔をするってんなら容赦はしない。屋敷の壁を丸ごと破壊してでも逃げさせてもらう」

「ええっ! 待ってよ! そんな事されたら生き埋めになっちゃう! ていうか、あのダイナマイトもどきが他にもあるんなら最初から使ってくれれば良かったじゃんか!」

 

 ……交渉してるんだからお頭はちょっと黙っていてほしい。

 

「男爵様、あのような者と交渉してはなりません! この屋敷の壁に穴を開けるほど強力な道具を、一介の盗賊がいくつも所持しているというのも怪しい!」

 

 そんな騎士の言葉に。

 

「ほーん? いいのか? 俺が壁に穴を開けたような強力な道具を使ったら、お前らは男爵様を守れるのか? さっきまでは鉄格子があったから安全だったんだろうが、ここには身を守れるようなものは何もないはずだ」

「ひ、卑怯な……! 銀髪盗賊団は義賊だと聞いているぞ! お前達は無駄な殺しをせず、悪人からしか盗まない盗賊団じゃなかったのか!」

「そっちこそ、自分で決めたルールくらい守れよな! こっちはもう脱出してるんだから追いかけてくるのはやめろよ!」

「ぐっ……!」

 

 俺の言葉に騎士が黙ると、しばらくして。

 

「……分かりました。今夜は私の負けです」

 

 男爵がフッと力を抜いたような、そんな言葉を告げた。

 

「男爵様!」

「いいのです。君達もご苦労だったね。……ですが、私は諦めませんよ! いつの日かまたあなた達が欲するような貴重な宝を手に入れ、今よりももっと困難な試練で出迎えてみてましょう!」

 

 潔く負けを認めたビート男爵は、騎士に止められるも心変わりする事なく。

 

「……い、いいのかな?」

 

 騎士が引っ張るのをやめ焦る必要もなくなったからか、クリスがするりと穴から出てきて……。

 

「あっ……!」

 

 と、クリスが声を上げ出てきたばかりの穴を振り返る。

 

「しまった、ダガーを落としちゃったよ」

 

 失敗したと苦笑しながらクリスが手を伸ばすよりも早く。

 

「ふふふ、残念ですがこのダガーは私がいただきます! 盗賊が去り際に落としていったものは私のものです! あの銀髪盗賊団のダガーが手に入るなんて……! これは家宝にします!」

 

 ダガーを拾ったビート男爵が歓喜の声を上げる。

 

「ええっ! 困るよ! それを作るのはけっこう大変なんだよ!」

 

 クリスが慌てた様子で穴の向こうに叫ぶも、逆にこちらを覗いたビート男爵に身を引く。

 

「おっと、いいのですか? これを取り返そうというのなら、それは新たな侵入案件ですから私にはあなた達を捕まえる事ができますよ」

「……! この短い時間で助手君みたいな事を言うようになったね。貴族にしておくのはもったいないよ」

「お褒めに預かり大変光栄です」

 

 憧れの盗賊に褒められた事が本当に嬉しいらしく、ビート男爵は子供のようにニコニコしている。

 そんな男爵にクリスも好敵手でも見るかのような目を向けていて……。

 

 …………。

 

 そんな中、俺は不用意に顔を見せたビート男爵に手のひらを突きつけ。

 

「『スティール』」

 

「「あっ!」」

 

 

 *****

 

 

 男爵の屋敷からの帰り道。

 

「……まったくもう、キミっていつも容赦がないよね」

 

 ダガーを鞘にしまいながら、クリスが苦笑気味にそんな事を言う。

 

「あれは盗賊相手に隙を見せる男爵が悪いと思います。というか、お頭はそのダガーが男爵に家の家宝になっても良かったんですか? 確か対悪魔用の祈りを込めたダガーなんですよね?」

「まあそうだけど。祈りを込めるのは自分でできるから時間さえあればまた作れるんだよね。男爵がお金を出して買ったものを盗んじゃったわけだし、これで喜んでくれるなら置いていっても良かったかなって」

「男爵は俺達に侵入されたってだけで嬉しそうにしてましたし、趣味に大金掛けてるようなもんでしょうから気にしなくてもいいと思いますけどね。ていうか、貴族のおかしな趣味に付き合わされたんですから、俺達の方こそ報酬を貰っても良かったんじゃないですかね? やっぱり宝箱に入ってた神器以外の金目の物も盗んでくるんだったかなあ」

 

 軽口を叩く俺にクリスは。

 

「ダ、ダメだってば! 銀髪盗賊団は義賊なんだからね? 悪徳貴族でもない相手から必要以上に盗んだらダメだよ」

「分かってますよ。俺が本当に求めているお宝も、いつかはお頭が手に入れてくれるって約束ですからね」

「……? ……!? ……ッ!!」

 

 続けて言った俺の軽口に、クリスの顔色が青くなったり赤くなったりする。

 

「それは違うって言ってるじゃん! えっちな本なんか持ってこないからね? あれは漫画の話だから!」

「分かってますって。芸人的な前振りですよね?」

「だから全然違うってば!」

 

 からかう俺に、顔を真っ赤にして否定するクリス。

 

「ええと……、そ、そうだ! あたしにセクハラしてると強烈な天罰が……!」

「いえ、これはセクハラじゃなくて割とガチめなお願いなんですけど。神器を盗みだしたからって男爵にダガーをあげてもいいなんて言う太っ腹なお頭なら、銀髪盗賊団の活動を手伝っている俺にはきっとすごいご褒美があるんでしょうね?」

「!!!!????」

「ほら、なんだかんだ言って俺って無償で手伝っているわけですから、何かしら貰えてもいいと思うんですよ。蘇生してもらってるのを気にしなくていいってなると、お頭にはけっこう貸しがある事になると思うんですけど。貸し借りがどうのって、ちょっと盗賊っぽくないですか? あっ、そういや、お頭もこないだ盗賊っぽい取り引きをしてみたいって言ってましたよね?」

 

 クリスが以前言っていた言葉を持ちだしグイグイ迫る俺に、クリスは。

 

「よ、用事を思いだしたから今日はもう帰るね! 助手君、今日は本当にありがとうね! いつかまたお礼はちゃんとするから! ほ、本当だから!」

 

 そんな言い訳を口にしながら、逃走スキルまで使い逃げていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この箱入り娘に初めてのおつかいを!

『祝福』2,3、既読推奨。
 時系列は、3巻の後。


 魔王軍幹部にして地獄の大悪魔バニルを討伐し、魔王軍の関係者ではないかという冤罪を晴らした俺は、手に入れた屋敷でようやくのんびりとした時間を過ごしていた。

 

 ――そんなある日の事。

 

 屋敷の広間にて。

 暖炉前の特等席を巡りソファーの上で俺とアクアが取っ組み合っていると。

 

「わ、私も買い物に行きたいのだが……」

 

 ダクネスがおずおずとそんな事を言いだした。

 

「おっ、そうか。今日の買い物当番は俺だったが、ダクネスがそんなに行きたいのなら代わってもいいぞ」

「ねえ困るんですけど! カズマさんが買い物に行ってくれないと、女神の安息の地が奪われそうなんですけど!」

「何が安息の地だよ! お前は俺がめぐみんと爆裂散歩に行ってる間ずっとここにいたんだから、俺に代わってくれてもいいだろ! おら、さっさと退けよ!」

「やめて! やめて! ここは賢くも麗しいアクア様にだけ許された聖なる場所なの! 心の汚れたニートはあっちへ行って!」

「俺よりも心が汚れてるくせに何言ってんだこの駄女神が!」

「わあああああーっ! また駄女神って言った! アクシズ教のご神体として天罰食らわせてやるからね!」

 

 ダクネスそっちのけで取っ組み合いを続ける俺達に、ダクネスは言いにくそうに。

 

「いや、その……。私は自分で買い物に行った事がなくてな。できれば私ひとりではなく誰かについてきてくれないか」

「そういえば、ダクネスは貴族のお嬢様でしたね」

 

 爆裂魔法を使い魔力を失ったせいでだるいのか、めぐみんがテーブルにほっぺたをくっつけたままポツリと言う。

 

「……なーに? ダクネスったら買い物もできないような箱入り娘だったの?」

「さ、さすがに買い物くらいはできる。冒険者になってからも買い物はしていたのだからな。だが庶民が行くような商店街には行った事がないので、その……」

 

 ダクネスがなんかごにょごにょ言っているが、要するについてきてほしいらしい。

 

「しょうがねえなあー。まあ、もともと俺の当番なんだし構わんよ」

 

 俺が渋々ソファーから立ちあがると、ダクネスがホッとしたような表情を浮かべ……。

 

「いってらっしゃい!」

「……『クリエイト・ウォーター』」

 

 いい笑顔で見送るアクアにイラっとした俺は、アクアの上から魔法で水をぶちまけた。

 

「ふわーっ! 何すんのよ鬼畜ニート! せっかく暖炉の近くなのにびしょ濡れで寒いんですけど!」

 

 

 *****

 

 

 屋敷を出た俺達は商店街へとやってきた。

 あの屋敷に住むようになってからは生活用品を買ったり食材を買ったりと世話になっているところだが、そういえばダクネスがひとりで買い物に来る事はなかったかもしれない。

 

「よし、俺は後ろで見ていてやるから、お前ひとりで買い物をしてこいよ」

「……!? 待ってくれ。だから私は買い物をした事がないと……!」

 

 買い物かごを渡しながらの俺の言葉に、ダクネスがオロオロしだす。

 

「……? 買い物した事がないからやってみたいって話だろ? いいから、ほれ、行ってこいって」

「し、しかし私は買い物の作法もよく知らないし……!」

 

 作法て。

 

「さっきは買い物くらいできるって言ってたじゃないか。冒険者になって買い物する時はどうしてたんだよ?」

「あ、あれは……、…………その、買い物はクリスがやってくれていて……」

 

 ……アクアにからかわれ見栄を張ったらしい。

 

「まあいいから行ってこいよ。買い物なんて、商品指してこれくださいって言うだけだ。特別な作法なんてないから心配すんな」

「そ、そうなのか? ……本当だな? 私を騙しているわけではないんだな?」

「ああもう、面倒くせーな! たかが買い物くらいでオロオロしてんじゃねーよ! いいよもう、俺が行ってくるからお前はそこで見てろよ!」

 

 なぜか疑ってくるダクネスに、面倒くさくなった俺が買い物かごを奪い返そうとすると。

 

「たかが買い物! そこまで言われて引き下がれるか。仲間を守るクルセイダーとして、前に出るのは私の役目だ!」

 

 俺の言葉で吹っ切れたらしいダクネスが店の方へと歩きだす。

 ……仲間を守るクルセイダーだとか、そんなに気合を入れるようなものではないと言っているんだが。

 と、ダクネスが店の前で足を止める。

 

「……おい、どうした? そんなとこに立っていたら店の迷惑になるだろ」

 

 動かなくなったダクネスに俺が近づき声を掛けると、ダクネスは答えずにジッと店内を見つめていて。

 その視線の先には、顔が怖い店主。

 ダクネスに見つめられた店主は、そんなダクネスをにらみ返しているが……

 

「おいダクネス、ここの店のおっちゃんは、顔は怖いけど気が弱いんだからにらむのはやめてやれよ」

「に、にらんでなど……! ……そ、そうか、気が弱いのか」

 

 顔が怖い店主と見た目だけならクールな女騎士といった感じのダクネスは、お互いに内心ビビりながら見つめ合っていたらしい。

 

「失礼した、店主。これを貰えるだろうか」

「は、はい。五百エリスになります」

「……ん。ではこれで頼む」

「毎度!」

 

 店主に五百エリスを払い、買った物を買い物籠に入れたダクネスは、礼を言う店主に丁寧に礼を返すと。

 

「どうだカズマ! 私にも買い物くらいできる!」

 

 得意げにそんな事を言ってきた。

 

「だから買い物くらい誰にでもできるって言っただろ。その調子で次の店も頼むよ」

「任せろ!」

 

 ……だからそんなに気合を入れるほどの事ではないのだが。

 

 

 

 初めての買い物が成功し自信をつけたのか、ダクネスが揚々と次の商店に行くと。

 

「店主、これを貰おう!」

「はいよ! そいつはひとつ二百万エリスだよ!」

「えっ」

 

 店主の冗談にダクネスが固まった。

 

「に、二百万だと! ……そ、その……、すまない。そんなに手持ちがないのだが……」

「……は? あ、ああ、そうかい。それじゃあ二百エリスでいいよ」

 

 冗談を真に受けるダクネスに、店主の方が困惑しながらもそう言って……。

 

「バカな事を言うな。二百万エリスの品物が二百エリスになるものか。……この金髪か? 私が貴族だと察して気を遣っているつもりなら不要だぞ。ダスティネス家の名誉に懸けて、市民の生活を守る事こそが私の望みだ」

「は? はあ……。こ、これは失礼を……。貴族のお客様でしたか……」

 

 このところ貴族の令嬢だった事が知られ、冒険者ギルドではララティーナちゃんララティーナちゃんとからかわれているダクネスだが、商人にとっては貴族というのは敬意を払う相手らしい。

 

「二百万エリスと言ったな? 少し待っていてくれ、銀行で金を下ろしてくるから……」

「ちょ!? ま、待ってください! 違うんです! これは本当に二百エリスで……! そ、その……。二百万エリスと言ったのは言葉の綾と言いますか……」

 

 慌てる店主にダクネスは。

 

「なんだと? それは詐欺という事か? 事と次第によってはただでは済まさんぞ!」

「ひいっ! 違います! 違います! 申し訳ありません!」

 

 冗談を言っただけなのに世間知らずのお嬢様に絡まれ平身低頭する店主。

 

「カズマ、この男はタチの悪い詐欺師だぞ。警察を呼んでくれ」

「警察……!?」

 

 俺はバカな事を言いだしたダクネスの後頭部を引っぱたいた。

 

「おいやめろ。冗談を真に受けた挙句、罪のない店主を脅すのはやめろよ。お前は知らないかもしれないが、今のは商人がよく言う小粋なジョークってやつだ。すまんねおっちゃん、こいつは世間知らずだから許してやってくれよ」

「い、いえ、貴族様とは知らず失礼を……!」

 

 ダクネスは納得がいかないという顔で首を傾げていて。

 

「おいカズマ、どういう事だ? どうして二百エリスが二百万エリスになるんだ?」

「どうしてって言われても。ジョークの意味を詳しく聞かれても俺だって知らんよ。お前はもっと頭をやわっこくしたらどうだ?」

「!? わ、私がおかしいのか?」

 

 俺にツッコまれダクネスがオロオロと視線をさまよわせるも、ダクネスと目が合った店主は目を逸らす。

 

「と、とにかく、犯罪行為ではないのだな? 店主、騒がせてすまなかった」

「いえ、そんな……! 貴族様に頭を下げていただく事では……!」

 

 そんな店主に、ダクネスは財布を取りだすと。

 

「では改めて、……二百万エリスだったな?」

 

 ニヤリと笑ったダクネスが、店主に二百エリスを差しだした。

 

 

 

 ――店を出たダクネスはふうと息を吐くと。

 

「よし、これでひとつ買い物を終えたわけだな。この調子で次も……」

 

 ひと仕事終えたような顔で呟くダクネスに俺はツッコんだ。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 買い物くらいひとりでもできるって言ってたのはなんだったの? 俺がいなかったら店主の顔が怖くて最初の店には入れなかったし、次の店では警察沙汰になってたところだからな?」

「そ、それは……。しかしあの店主は詐欺師ではなかったのだから、警察沙汰にはならなかったはずだ」

「詐欺師でもない相手を詐欺師扱いしたんだから訴えられるのはお前の方だぞ」

「……ッ!?」

「この調子で次も……なんだって?」

「……次も手伝ってください」

 

 

 *****

 

 

 そんなこんなで俺達は買い物を続け。

 

 ――魚屋では。

 

「魚? これが魚だと? 私が知っている魚というのは、もっとこう……」

「は、はあ……? お客さんが何を言っているのかは分かりませんが、魚と言えばどれもこんな感じですよ」

「そんなバカな。魚には目も口もついていないし、もっと小さくて……」

「……ひょっとして、この切り身の事を言っているんですか?」

「あ、ああ、そうだ……? 私が知っている魚はまさしくこの……切り身……? て、店主? その……、切り身とはなんだ……?」

 

 ダクネスが、魚とは切り身の状態で泳いでいると思っていた事が発覚したり……。

 

 

 

 ――八百屋では。

 

「ふわーっ! 玉ねぎに目をやられたーっ! クソ、なんで買い物に来て野菜に襲われないといけないんだよ!」

「油断するなカズマ。野菜に対しては常に毅然とした態度を見せなければ襲われるぞ。ふふ、お前は私を世間知らず扱いするが、野菜に対する扱いがまだまだ甘いな」

「俺がいたところでは野菜が襲ってくる事なんてなかったんだよ」

「仕方がないな。買い物をするのにも慣れてきたところだ。お前は店の前で待っていてくれ、ここは私ひとりで行ってこよう」

 

 俺が玉ねぎの汁をクリエイト・ウォーターで洗い流している間、信じて送りだしたダクネスが古い野菜ばかり掴まされていたり……。

 

 

 

 ――酒屋では。

 

「おっ、カズマじゃねーか。なんだ、ララティーナも一緒か? 二人して買い物かよ」

「なんだお前ら、付き合ってんのか? 同棲か? イチャコラしやがってよお!」

「やめろキース。こいつはそんなんじゃねえって言ってるだろうが」

 

 珍しく酒場で安酒を飲むのではなく、ちょっと高めの酒を買っていたのは、チンピラ冒険者のダストと、そのパーティーメンバーのキース。

 そろそろ買い物に慣れてきたダクネスに用事を任せ、俺は店の隅で二人と話しこむ。

 

「おう、お前らとこんなとこで会うなんて珍しいな。酒場で飲んだ方が安上りだって言ってなかったか?」

「ま、まあな。今日はその、酔っ払うと夢を見られなくなるからよ」

 

 店主と話をしているダクネスをチラッと見て、キースがどこかソワソワしてながらそんな事を……。

 

「把握」

 

 ダクネスの耳を気にした俺は言葉少なに答える。

 例の喫茶店で夢を依頼した二人は、酒を飲み過ぎないように、酒場へ行くのではなくここで酒を買って宿で飲むつもりらしい。

 

「なるほどなあ、今日は二人ともお楽しみってわけか。俺もあそこの世話になりたいが、うちにはアクアがいるからな」

「聞いたぜ。お前さんに夢を見せに来たサキュバスが払われかけたんだって?」

「……そうなんだよ、後日ごめんなさいしに行ったよ。しかも屋敷に悪魔祓いの結界まで張られちまったから、夢を見せるのは無理ですって言われた」

 

 どんよりと落ちこむ俺にダストは。

 

「そ、そうか。まあお前さんは借金返して金持ちになったわけだし、どこかの宿を借りて外泊すりゃいいだけだろうが……」

「!!!!????」

 

 そんな手が……!

 

 いや、考えてみれば当たり前だ。

 アクアの結界のせいでサキュバスが来られないなら、結界のない宿に外泊すればいい。

 MOTAINAI精神を持つ日本人として、屋敷を持っているのに同じ街に宿を取るなんて思いつかず、今日まで喫茶店のサービスを受けられずにいたのだが。

 

「ありがとう、早速今夜にでも外泊する事にするよ。教えてくれた礼に酒を一本奢ろう」

「おっ、マジかよ? さすがは成金冒険者のカズマさんだな! ありがとうよ!」

「いいって事よ。……今成金冒険者って言ったか?」

 

 俺とダストが固く握手をしているところに、買い物を終えたダクネスがやってくる。

 

「酒は買えたぞ。ふふ、今度こそカズマの手伝いがなくても買い物ができたな」

「おう、お前に教える事はもう何もない。俺は急に大事な用事ができたから、ここからの買い物は任せても大丈夫か? ひょっとすると、今夜は帰れないかもしれない」

 

 ひとりで買い物ができた事に嬉しそうにしていたダクネスが、真剣な顔をしている俺を見て表情を引き締める。

 

「……相手がそのチンピラだというのはどうかと思うが、友人のために何かするというなら私は止めないし多くを聞くつもりもない。買い物くらいは私に任せて行ってきてくれ」

 

 なんか勘違いしてるっぽい。

 

「ありがとう」

 

 俺はダクネスの勘違いに乗っかり礼を言う。

 そう、俺にはサキュバスの喫茶店に行って見たい夢を注文し、高級ホテルに部屋を取ってひと晩豪遊するという大事な用事があるのだ。

 

 俺達は酒屋の前で別れ……。

 

 

 

「店主! 百万エリス分の塩をくれ!」

 

 ――浮かれていた俺の耳には、背後から聞こえてきたそんな声は届かなかった。

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 いろいろとスッキリした俺が屋敷に帰ると。

 

 屋敷の庭に塩をいっぱいに詰んだ荷車が置かれていた。

 

「……いや、何コレ?」

「あーっ! ようやく帰ってきたわね! 昨日はダクネスが大変だったんだから!」

 

 庭にいたアクアが俺に気づくと、俺を指さし声を上げる。

 そのアクアの声にめぐみんとダクネスも屋敷から出てきて。

 

「おかえりなさい、遅かったですね。昨日はカズマも一緒だったのに、どうしてこんな事になってしまったんですか? というか、ダクネスを放っておいて今までどこへ行っていたんですか?」

「す、すまない。本当にすまない」

 

 責めるような目を向けてくるめぐみんの隣で、ダクネスが小さくなっていて。

 

「ええと、どういうこった? この大量の塩はどうしたんだよ?」

「ダクネスが買ってきたんですよ」

 

 めぐみんの言葉に俺がダクネスを見ると、ダクネスは両手で顔を覆った。

 

 

 

 聞けばこういう話らしい。

 昨日、ダクネスは俺と別れると、その足で塩を買いに行った。

 そこで、買い物ができるようになって気が大きくなっていたダクネスは、聞いたばかりの小粋なジョークを口にしたのだという。

 

「その……、百万エリス分の塩をくれ、と……」

 

 見た目だけならクールな女騎士といった感じのダクネスは、冗談を口にしても冗談に聞こえず……。

 さらに前の店で起こした騒ぎのせいで、商店街の人達にダクネスが貴族だと知られていたらしく、店主はダクネスの注文を真に受けたらしい。

 

「ダクネスったらアホの子なの? 百万エリス分の塩をくれって言ったら、百万エリス分の塩を買う事になるに決まってるじゃない」

「ちちち、ちがー! その、これは……!」

 

 事情を知らないアクアに正論でツッコまれ、ダクネスが顔を赤くし必死に否定する。

 ……まあ、何も違わないわけだが。

 商品を運んでくれると言われたり、ここの住所を聞かれたりしたはずなのだが、こいつはその時におかしいと思わなかったのだろうか?

 

「まあ、注文しちまったもんはしょうがない。でもこれだけの量の塩は俺達だけじゃどうにもならないだろ。返品できないのか?」

「無理でしょうね。ダクネスが貴族だと知って、店の人が大口の取り引きに全力を出したそです。方々から塩を掻き集めたので、返品となると店が潰れると言われました」

 

 俺の質問に、ダクネスではなくめぐみんが答える。

 大量の塩が届いてオロオロしていたダクネスの代わりに、めぐみんがその辺りの話を聞いたらしい。

 百万エリス分の塩となると店にある分だけでは足りず、大金をはたいてこの塩を用意したために、返品されると赤字になるのだろう。

 

 と、ダクネスが覚悟を決めたように。

 

「……仕方ない、この塩は私が責任を持ってどうにかする。私のせいで市民に迷惑を掛けるわけには行かないからな」

 

 貴族としての義務というやつなのか、ダクネスが力強く宣言する。

 そんなダクネスにめぐみんが。

 

「ですが、これだけの量の塩となると一生掛かっても使いきれるか分かりませんよ? 屋敷は広いですから置く場所はありますし、塩なら腐る事もないので保管には困らないでしょうが……」

 

 大量の塩を前に頭を悩ませている二人に、アクアがひょこひょこと歩み寄って。

 

「ねえねえ、こんなのはどう? コップ一杯の水を用意します。そこに塩を入れ、私が指を突っこみます。すると、あら不思議! コップの中の塩水は真水に変わるのでした! これを続けていけばあの塩の山もすぐになくなるんじゃないかしら」

 

 いい事を思いついたと言わんばかりのドヤ顔のアクアに、めぐみんが声を上げる。

 

「ダメですよ! そんなもったいない事は許しませんからね!」

「えー? でもめぐみんもあの塩の荷車は邪魔だから、カズマになんとかしてもらわないとって言ってたじゃない」

「そうですけど、塩だって大切な食材のひとつですからね。無駄にするのはダメですよ。アクアは塩のスープだけで一週間過ごす人の気持ちが分かりますか?」

「……塩は食材じゃなくて調味料だと思うんですけど。でも悲しい気持ちになるからその話はそこまでにしておかない?」

 

 めぐみんが塩スープで過ごす一週間について話し始め、アクアが耳を塞ぐ中。

 

「カズマ、お前なら何か思いつかないか?」

 

 ダクネスが縋るようにそんな事を言う。

 

「まあ、どうにかする方法がないわけじゃないけどな」

「ほ、本当か! 教えてくれ、私にできる事ならなんでもする!」

 

 …………。

 

「今なんでもするって」

「……!? あ、ああ、言ったとも! なんだ? 私にどんな鬼畜な提案をするつもりだ? ……はあはあ……。さあ言ってみろ! 私はどんな責めにも耐えきってみせる!」

 

 ダクネスの言葉に反応する俺に、ダクネスが興奮し。

 

「ふへへへ、お前が泣いて嫌がるような事だよ! 俺の話を聞いたら後悔するかもしれないが、それでも聞く気はあるか?」

「い、いいだろう! 聞いてやる! さあ言ってみろ!」

 

 そんな俺とダクネスに、アクアとめぐみんが冷えきった目を向けていて……。

 

「ねえ引くんですけど! あの男、ダクネスにあんな事言ってるんですけど!」

「というか、ダクネスが失敗したのは初めての買い物なのにカズマがきちんと見張っていなかったからですよね。これってマッチポンプというやつなのでは?」

 

 

 *****

 

 

 ――目的地に着いた俺達は、塩が満載されたクソ重い荷車を固定する。

 

「よしダクネス、手筈通り行ってこい」

「ほ、本当にこれしか手はないのか? 確かになんでもするとは言ったが、これは私が思っていたのと違うのだが……!」

「往生際が悪いぞ! いいからとっとと行け!」

 

 最後の最後で煮え切らない事を言いだしたダクネスを俺が押しだすと。

 

「か、帰ったぞ!」

 

 門の前に立ったダクネスが声を上げた。

 

 そう、そこはダクネスの実家にして王家の懐刀、ダスティネス公爵家。

 大物貴族の屋敷ともなれば、百万エリス分の塩を消費する機会もあるはず。

 こっちの方がお願いを聞き入れてくれるだろうとお嬢様っぽいドレスを着せられたダクネスは、決意に満ちた表情で開かれた門をくぐっていき――!

 

 ……ダクネスが生まれて初めて自分で買った塩で料理を作ると、それを食べた親父さんは目に涙まで浮かべて喜んだという。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この百本のロウソクに怪談を!

『祝福』2、既読推奨。
 時系列は、8巻の後。


 これは私が本当に体験した実話よ。

 

 街の近くに魔王の幹部が住みついて、クエストを請けられなくなった事があったでしょう? あの時、私はなぜか何度もバイトをクビになって、いろいろなバイトをやったんだけどね? その中にこんなバイトがあったの。

 

 ――それは死体を洗うバイトだったわ。

 

 冒険者ギルドの裏に、討伐したモンスターの素材を解体したり、洗ったりするところがあるのよ。そこで私は、解体する技術はないだろうって言われて、モンスターの死体を洗う仕事をやっていたわ。

 まあきれいにするなら私みたいなとこあるし、私の超絶テクを見せたら褒められたわ。

 私には液体に触れると水になっちゃうっていう体質があるじゃない? モンスターの血に触れたら水になっちゃってね? なんでも貴重なモンスターの素材だったらしくてクビになったわ。

 

 ……怖いでしょう?

 

 でもこの話には続きがあるの。

 

 働いた分の給料は貰えたから、そのお金でお酒を買ったんだけど……

 

 

 *****

 

 

「――翌朝には、そのお酒がなくなっていたのでした!」

 

 語り終えたアクアは、満足げな表情を浮かべると、床に置いてあるロウソクを持ちあげフッと火を吹き消した。

 

「いや、吹き消してんじゃねえ! お前それ単に飲んじまっただけだろうが。怖い話をしろっつってんだ」

 

 ――屋敷の広間にて。

 その夜、俺達は怪談大会を開催していた。

 火を点けたロウソクを百本用意して、魔道具の明かりは消し、絨毯の上に輪になって座っている。

 いわゆる百物語ってやつだ。

 皆には数日前から怖い話を考えておけと言っておいたのだが……。

 

「違うわよ! 私は全部飲んでないはずなのに全部なくなってたのよ!」

「それはお前が寝てる間に俺がこっそり飲んだからだよ。そうじゃなくて、怪談を話せよ! 怪談を!」

「違うの、聞いて! きっとあのお酒を飲んだのはこの屋敷に憑いてる……ねえ待って? 今私のお酒飲んだって言った?」

 

 どうしよう、初っ端から全然怖くない。

 暗闇の中でロウソクの火が揺れているという状況を怖がっていたダクネスも、今ではすっかり平気そうな顔をしている。

 怖い話なら任せてと言うアクアに、最初に話させたのは失敗だった。

 

「じゃあ次は俺が話すぞ? 本当の怖い話ってやつを聞かせてやるよ」

「ねえってば、私のお酒飲んだのあの子じゃなくてあんただったのね? 女神の供物を掠め取ると天罰が下るわよ?」

 

 アクアがなんか言ってきていたが、俺は気にせず話しだした。

 

 

 *****

 

 

 これは俺が知り合いの冒険者から聞いた話だ。

 

 ある冬の事、新米冒険者が宿を捜していた。

 そいつは貧乏で、いつもなら馬小屋で寝起きしているんだが、冬になると寒くて馬小屋にはいられず、宿を取る事にしたんだ。パーティーの仲間達は実家がアクセルだったり、副業で金があって自分で宿を借りてたりして、そいつはひとりで宿を捜す事になった。

 で、貧乏だし安い宿をってなると、当然ボロいところになる。

 そいつが見つけたのは、馬小屋みたいに風が入ってこないだけマシみたいな宿だった。階段を上り下りするだけでギシギシ言うようなとこだ。

 

 とにかく、これで凍死することだけはないだろうって、そいつは眠りに就いた。

 

 ところが夜中に目が覚めちまった。

 しかも、おかしな事に身体が動かない。金縛りってやつだ。でもまあ、そいつも冒険者だからそれくらいでは怖がらなかった。麻痺に掛かるとこんな感じかなって思いながら、また眠くなるのを待っていた。

 しばらくして、

 

 ギシ

 

 って音がした。階段を上る足音だ。それと同時に、声が聞こえた。

 

「一段上れた」

 

 その夜はそれで終わりだった。

 

 そんなおかしな事があったけど、そいつはその宿に泊まり続けた。そこは他の宿と比べて安かったからな。

 

 で、次の日の夜も同じように目が覚めた。

 

 ギシ、ギシ

 

 同じように足音がすると、

 

「二段上れた」

 

 って声が聞こえる。

 

 昼間に階段を見てみると、二段目までに黒い足跡が残ってる。

 でもそいつはその宿に泊まり続けた。金がなかったし、やっぱり冒険者だからな。ちょっと変な事があったくらいで逃げるわけには行かないと思ったそうだ。

 

「三段上れた」

「四段上れた」

「五段上れた」

 

 声の主は毎晩一段ずつ上ってくる。階段には黒い足跡が増えていく。

 さすがに気味が悪いって事になって、仲間達が金を出すから宿を移ろうと言いだした。仲間にそこまで言われたら、そいつも断りきれなかった。でもその宿は安かったから、十四日目まではそこに泊まると言い張った。階段は十五段あったから、それまでは何も起こらないと思ったんだ。

 

 実際、何も起こらなかった。

 

 そして十五日目。

 宿を移ろうと考えていた日に、なんと大雪が降って外に出られなくなった。ほとんど吹雪みたいになっていて、準備もなく外出したら遭難しそうな状態だ。

 仕方なく、そいつは十五日目にもその宿に泊まる事になった。

 

 そして……

 

 翌朝、吹雪が去って晴れた朝に仲間達がそいつの部屋を訪ねていくと。

 そこには誰の姿もなく。

 

 ――部屋中に、階段についていたのと同じ黒い足跡があった。

 

 

 *****

 

 

 俺がロウソクを手にし火を吹き消していると、ダクネスが拍子抜けしたような表情で。

 

「……それで終わりか?」

「お、おう。なんだよ、普通に怪談だっただろ?」

 

 俺の言葉に、首を傾げながらめぐみんまでもが。

 

「今のが怖い話なんですか?」

「えっ。幽霊が出てきたし冒険者がいなくなったし、怖い話だろ? それにほら、もしこの屋敷が手に入ってなかったら、俺達の誰かがこうなっていたかもしれないじゃないか」

「そうですか? ゴーストやアンデッドが相手ならアクアがなんとかしてくれるので大丈夫だと思いますが」

「…………」

 

 そうだった!

 畜生、アクアがいるせいで幽霊が出る系の怪談がちっとも怖くない!

 

「……なーに? そんな目で見ても私のお酒を飲んだ事は許さないわよ」

「お前の酒を飲んじまったのはきっとこの屋敷に取り憑いてるとかいう幽霊だよ。そんな事より、次はめぐみんだぞ。俺の話を怖くないって言ったんだから、ちゃんとした怪談を聞かせてくれるんだろうな?」

 

 俺の挑発に、めぐみんは自信に満ちた表情で頷くと。

 

「任せてください。私のとっておきの怖い話を聞かせてあげますよ!」

 

 

 *****

 

 

 あれは春の事だったでしょうか。

 私は仲間達とともにクエストを請け、街の外へと出掛けました。

 

 討伐対象のモンスターの群れを見つけた私達は、有利な場所に陣取りモンスター達を誘き寄せました。ところが、爆裂魔法の詠唱を始めた私に異変が起こりました。

 

 ――魔力が足りなかったのです!

 

 

 *****

 

 

 大声でオチを言っためぐみんが、ロウソクの火を吹き消した。

 

「いやふざけんな! それリザードランナー討伐した時の話じゃねーか! どこが怖い話なんだよ!」

 

 思わずツッコむ俺に、めぐみんは。

 

「魔法を使う者にとって、予期せぬ魔力切れは恐怖ですよ。特に私は一日に一回しか魔法を撃てない爆裂魔法使いですからね。魔力管理に失敗する事なんてありません。撃てると思っていたのに撃てなかったのはあの日が初めてだったんですよ」

「悪かったよ! 俺がドレインタッチで魔力吸ったせいで怖い思いさせたな! それは悪かったけど、怪談ってそういう事じゃないんだよ!」

 

 魔力切れを怖い話と言い張るめぐみんに俺が声を上げると。

 

「なんですか! 怖かった話なんだからいいじゃないですか! というか、カズマの話だって言うほど怖くありませんでしたからね!」

 

 逆ギレしためぐみんが俺の怪談にまでツッコんでくる。

 畜生、これだから異世界は!

 

「もういいよ、分かったよ! お前のも怖い話ってことでいいよ!」

「待ってくださいよ! もういいよってなんですか! そんなに言うなら話し合おうじゃないか!」

「つ、次はダクネス頼む!」

 

 めぐみんをスルーし次の話を促すと、ダクネスはめぐみんをチラチラ見ながらも。

 

「わ、私か? 怖い話というのがどういうものかよく分からないのだが……」

 

 

 *****

 

 

 これは私がダスティネス家の本邸にいた時の話だ。

 

 アクセルの街にもダスティネス家の屋敷はあるが、あちらは別邸でな。自分で言うのもどうかと思うが、その……、本邸は比べ物にならないくらい大きいし、歴史がある。

 

 ダスティネス家の本邸には、古くから開かずの間と呼ばれる部屋があってな。

 開かずの間を開けてしまうと、恐ろしい事が起こる。ダスティネス家ではそう言い伝えられていて。

 その部屋は父でさえも扉が開いたところを見た事がないという話だった。

 

 しかし、誰もそれがどこにあるのか教えてくれず……。幼い頃の私は、どの部屋がその開かずの間なのかが分からず、屋敷にいくつもある部屋の扉をひとりで開けることができなかった。

 

 ……今にして思えば、あれは私がひとりで勝手に部屋を出入りし迷子にならないように、父が私についた嘘だったのかもしれないな。

 

 

 *****

 

 

「――かもしれないなじゃねーよ! 誰が意味が分かるとちょっとイイ話をしろっつった! 怖い話をしろってんだ!」

 

 昔を懐かしむように目を細めるダクネスに、俺は思わずツッコんだ。

 

「す、すまない。当時は廊下を歩くだけでも怖かったくらいなのだが……。思い返してみるとそういう事だったのかな、と……」

 

 照れ笑いを浮かべたダクネスは、少し迷いながらもロウソクの火を吹き消す。

 

「まったく。歴史ある屋敷っていうなら、曰くつきの呪われた宝石の話とかないのかよ?」

「……ん。宝石はなかったと思うが、我が家に代々伝わる呪われた鎧が宝物庫に保管されているぞ」

「それだよ! そういう話を聞きたかったんだよ!」

「えっ? そ、そうなのか? しかしあの鎧は呪われているだけだぞ」

「いや、呪われてるだけってなんだよ? 屋敷に呪われた鎧があるって、十分怖い話じゃないか」

「呪いなど鎧に触れなければなんともないからな。それに、いざとなればアクアに解呪してもらえばいいだろう」

 

 俺の言葉に、ダクネスが首を傾げながらそんな事を……。

 そうだった! この世界、普通に呪いがある!

 ゴースト系の話もダメだし呪い系の話もダメって、これで怖い話をしろって無理があるだろ。

 

「ああもう! もういいよ! せっかくロウソク百本も用意したんだ! なんでもいいから続けようぜ!」

 

 ヤケクソで話を進めようとする俺に。

 

「ねえカズマ、私のお酒を飲んだ事、まだ許してないんですけど! 本当に怖いのは生きてる人間でしたってオチなの?」

「なんでもいいとはなんですか! 私はちゃんと怖い話をしましたよ! カズマこそ大して怖くもない話をしたくせに何を言っているんですか?」

「ま、待ってくれ。もう一度チャンスをくれ! 次はあの呪われた鎧の話を……!」

 

 三人が口々に何か言ってきたが、俺は気にせずアクアを促した。

 

 

 *****

 

 

 ……また私?

 

 ねえ、それより私のお酒を返してほしいんですけど。あんたが飲んだ分を今度買ってきなさいな。約束してくれるなら超すごい怖い話をしてあげてもいいわよ?

 本当? 本当ね? 約束だからね?

 

 ……さてお立ち合い!

 

 ある日の事。

 新米冒険者が何人か集まって街角でおしゃべりをしていると、青白い顔をした冒険者が息を切らせてやってきました。その人は「助けてくれ」とガタガタ震えながら言います。

 危険なモンスターでも出たのかと、皆がその人を取り囲んで聞くと、その人は、

 

「後ろから、まんじゅう売りがやってくる」

 

 とガタガタ。

 皆は意味が分からなくてキョトンとします。

 

「実は俺はまんじゅうがどうしても怖くて……。しばらく匿ってくれ!」

 

 必死に言うので、ひとまず馬小屋に隠してあげましたが、いたずら好きのひとりが。

 

「どうもおかしな奴だ。ひとついたずらをしてやろうじゃないか」

 

 早速まんじゅう屋からまんじゅうを買い、皿に山盛りに積んで馬小屋の中へと入れてしまいました。

 ところがしばらく経っても、物音ひとつしません。

 

「さては怖くて気を失ったかな?」

 

 皆が馬小屋を覗きこむと、その人はまんじゅうをすっかり食べてしまっていました。

 

「あれっ? 脅かしてやろうと思ったのに、どこが怖いんだ」

 

 と訊くとその人は……

 

 

 

「――今度は一杯のお茶が怖いってか! 誰が落語やれっつった! そりゃ怖い話じゃなくて怖いものの話だろうが!」

「あっ! カズマ、見せ場を奪いたくなるのは仕方ありませんが、話のオチをかっさらうのは紅魔族的にもダメですよ」

「まったく、せっかくの面白い話が台なしではないか」

「俺が悪いのかよ! ていうか、面白い話の会じゃないんだよ!」

 

 

 *****

 

 

 ――あ、俺の番か。

 

 ええと、そうだな。

 二人の冒険者が宿の同じ部屋に泊まっていた。夜も更けてきたからそろそろ寝る事にしたんだが、ひとりが喉が渇いたから飲み物を買いに行こうと言いだした。ひとりで買いに行ってくるように促すけど、どうしても一緒に来てくれと言って聞かない。

 仕方がないから、二人一緒に部屋を出る事にした。

 半ば無理やりに連れだされた方が文句を言うと、もうひとりが蒼白な顔で言った。

 

 ――すぐに警察に行こう。ベッドの下に、斧を持った男がいた!

 

 

 

「……なあ、これなら分かるだろ? 普通に怖い話だよな?」

「分かりました! 分かりましたよ! ちゃんと怖かったですからそんなに前のめりになるのはやめてください!」

「ねえカズマさん、さっきから思ってたけどパクリはどうかと思うわ」

「お前も落語やってたくせに何言ってんだ」

 

 

 *****

 

 

 私ですね。

 

 カズマが満足するような話ができるかは分かりませんが……。

 

 この街に来てから聞いた話です。

 ジャイアントトードって、いるじゃないですか。きちんと対策していれば怖い相手ではないですけど、それでも毎年何人かは犠牲になるそうです。

 

 あのカエルは獲物を呑みこむと、腹の中で獲物が大人しくなるまで動かなくなる習性がありますよね。まあ、その辺は私よりよく呑まれているアクアの方が詳しいでしょうけど。

 私達はすぐに助けだされているので問題はないのですが、全身が呑まれてしまうと呼吸ができずに気絶してしまい……。そしてカエルは獲物がおとなしくなると土の中に潜りまして。

 やがて呑まれた人がカエルの腹の中で目を覚まし、

 

「助けてくれ……、出してくれ……」

 

 そんな助けを求めるか細い声が、草原のどこからともなく聞こえてくるそうですよ。

 

 

 

「怖えーよ! お前の話は普通に怖いんだよ!」

「なんですか? 怖いんだったらいいじゃないですか。怖い話をしろと言われて怖い話をしたのですから、文句を言われる筋合いはありませんよ」

 

 

 *****

 

 

 カエルに呑まれ、土の中に…………んっ!

 

 な、なんでもない。次は私だな。

 

 では先ほども言っていた、我が家に代々伝わる呪われた鎧の話をしよう。

 

 これはベルゼルグ王国が生まれて間もない頃の事だ。

 当時、この国は金がなくてな。近隣の国々を回っては、そこで大きな被害を出しているモンスターを討伐して支援を引きだしていた。今でいう冒険者ギルドのような事を、王族が他国へ出向いてやっていたのだ。

 当時のダスティネス公爵、つまり私の先祖に当たる人物だが、彼も王の盾として同行した。あの鎧は、その時に旅先で見つけたものだという。

 パーティーの盾役としての働きを認められ、彼は鎧を下賜された。

 

 ところが……

 

 そう、鎧は呪われていたのだ。

 身に着けると外す事ができず、しかも戦闘になると気が昂り、モンスターの群れに突っこんでいってしまう。もちろん、ダスティネス家は騎士の家系だ。獅子奮迅の活躍を見せたそうだが……、こうなっては連携も何もない。盾役の勤めは全うできなくなった。

 しかも、支援の届かない状況で長く戦い続けたせいで、彼は大怪我を負ってしまった。

 

 ……盾役は、戦いにおいて華々しい活躍をする事がない。

 吟遊詩人に歌われるのは、勇猛な戦士や、強力な魔法を操る魔法使いといった者達だ。

 だが、ダスティネス家の者は王家の盾として、誰にも語られないとしても、国民や共に戦う仲間を守る事こそが使命なのだ、と……。

 決して、モンスターの群れに突っこんでいくような蛮勇に走るな、と……。

 

 あの鎧は、そうした志を忘れないためにと、今でも宝物庫にしまわれているんだ。

 

 

 

「忘れてるじゃん」

「忘れてるわね」

「忘れてますね」

「……ッ!?」

 

 

 *****

 

 

 次は私が話してもいい?

 

 これはこの屋敷で実際に起こったお話。

 

 その昔、ここはとある貴族が使っていたの。その貴族は身体が弱いくせに軽薄なところがあって、遊び半分で屋敷のメイドに手を出したのね。病弱だったからこそ人生を楽しもうとしたのかも。メイドの方も、貴族のお手付きになるといろいろと良い事もあるから拒まなかった。

 そのうち二人の間には子供ができちゃった。

 

 誰にも望まれない女の子。

 

 父親である貴族は早くに病死し、母親もどこかへ行ってしまった。その女の子は屋敷にひとりぼっちで暮らしていた。

 そんなに寂しくはなかったかな。本当だよ? ぬいぐるみや人形のお友達がたくさんいたから。

 それに、冒険者!

 たまに来てくれる冒険者の男の子が話してくれる冒険譚は、父親に似て病弱な女の子の一番の楽しみだった。

 

 でもここは新米冒険者の街。いつかは男の子も、もっと稼ぎのいい街へと移っていく。

 女の子はまたひとりぼっちになった。

 ぬいぐるみや人形はいたけど、話し相手にはなってくれない。

 やがて女の子も、父親と同じ病気に掛かって……。

 

 ひとり寂しく死んでしまいました。

 

 おしまい。

 

 

 

「……? なあ、その話ってどこかで聞いた事があるような……。あれ? 今話してたのってお前じゃないのか?」

「違うわよ」

 

 

 *****

 

 

「――幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」

 

 話し終えたアクアがロウソクの火をフッと吹き消す。

 めでたしめでたしで終わっているし、まったく怪談ではなかったが、俺はもういちいちツッコまない。

 

「今のが最後のロウソクだな。あー、やっと終わった!」

 

 怪談ばかりではネタが持たず、途中からなんでもアリになり。

 それでも始めてしまった義務感みたいなものと、百本もロウソクを用意してしまったのだからと、結局百物語を最後まで完遂した。

 始めたのは夜だったのに、今や窓から朝日が薄く差しこんでいる。

 

「ふふ……、なかなか大変だったが楽しめたな」

 

 ダクネスが薄く微笑みながら、やれやれといった感じに伸びをする。

 

「なんだかとっても疲れたわ。今日はカズマみたいにお昼過ぎまで寝るから起こさないでね? そういえば、カズマは約束守りなさいよ? ちゃんとお酒を買っておいてね?」

 

 あくび混じりにそんな事を言ったアクアが、部屋に戻ろうと階段を上っていく。

 そんな中。

 

「……あの、おかしくないですか?」

 

 めぐみんがポツリと呟いた。

 

「おかしいって、何が?」

「私達は四人で輪になって、順番に百の物語を話したんですよ? アクアから始めたのに、どうしてアクアが最後なんですか?」

 

 …………。

 

「どうしてって……、…………」

 

 …………えっ?

 

 四人で百物語をすると、……ええと、割り切れるからひとり二十五個の話をする事になって、最後はダクネスの話になるはず。

 

「というか、明らかに私達以外の誰かが話していませんでしたか? どうして誰もおかしいと思わなかったんですか?」

「そ、そんな事言われても! いや待て、ゴースト系が悪さしてたんだったらアクアが黙ってるわけないだろ! あいつが何も言わなかったんだからおかしな事はなかったはずだ!」

「アクア! 待てアクア! 聞きたい事がある!」

 

 俺達の話を聞いたダクネスが声を上げるも、よほど眠いのか、アクアは呼びかけにも答える事なく。

 やがて階上で扉の閉まる音がして……。

 

「……何もなかったけど、あいつが起きてくるまでちょっと出掛けていようか」

「そうしましょうか」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。