このすばShort (ねむ井)
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この果てしない借金地獄に救済を!

『祝福』1、既読推奨。
 時系列は、1巻終了時から2巻開始時点の間。


 

 魔王軍の幹部、ベルディア。

 アンデッドの大軍を率い、一騎当千の剣技を操るデュラハン。

 そんなベルディアの討伐に最も貢献したとされ、莫大な報酬を受け取った俺達は――

 

 

 

「ふぇっくし!」

 

 ――自分のくしゃみで目が覚める。

 そこは馬小屋の藁の中。

 ベルディアの討伐報酬として莫大な賞金を受け取るとともに、アクアが起こした洪水被害の補償として、討伐報酬を上回る大金を請求された俺達は、相変わらず馬小屋で寝起きしていた。

 日本にいた頃は朝方に眠って夕方に起きるという自堕落な生活をしていた俺だが、最近では朝早く目覚める事も珍しくない。

 寒くて寝ていられないのだ。

 この世界には、暖房もなければ温かいお湯がすぐに出てくる蛇口もなく、銭湯はあってもまだ開いていないし金が掛かる。

 暖を取るには自力で何とかするしかない。

 俺は藁束の端っこで体育座りになり。

 

「……『ティンダー』」

 

 点火の魔法はあるが燃料がないので、ティンダーの小さな火に直に当たる。

 俺がティンダーを何度も何度も使って、かじかんだ指先を温めていると。

 

「……んっ……」

 

 背後から、そんな小さな吐息が聞こえてきて……。

 振り返れば、アクアとめぐみん、ダクネスが、一枚の毛布に三人で包まって身を寄せ合っている。

 暖房もお湯の出る蛇口もなく、銭湯はあってもまだ開いていないのだから、暖を取る一番の手段は人肌の温もりというやつだろう。

 ……俺もあの中に混ざりたい。

 下心も何もなく俺がそんな事を思っていると……。

 

「ふぇっくし!」

「……ちょっとカズマさん、うるさいんですけどー? 何よ、まだ外は暗いじゃない。一人でゴソゴソするのはいいけど、静かにやってくれないかしら? また他の冒険者に怒られても知らないからね。まったく、最近は朝早くからいつもいつも……」

 

 …………。

 俺が少しくらいうるさくしても、他の冒険者に怒られる事はない。

 なぜなら、他の冒険者達はベルディア討伐の報酬を得て、とっくに冬を越すための宿を取っているからだ。

 本当なら俺達だってそうしていたはずなのだ。

 俺は、顎先まで毛布に埋めてぬくぬくと眠ろうとするアクアに。

 

「オラァ! さっさと起きろ、冒険だ! クエストに出るぞ! そんでもって、さっさと借金を返して馬小屋生活とはさよならするんだ!」

 

 大声で喚きながら毛布を引っぺがし。

 

「な、何事だ!? 敵襲か!」

「あああ、何ですか、いきなり何をするんですか! 寒い! 寒いです、毛布を返してください!」

「ちょっとあんた何すんのよ、それは私達の毛布でしょ! 返しなさいよ! 眠れる女神を起こすと天罰が下るって知らないの? あんたの寝るところだけいつも雨漏りする罰を下すわよ!」

 

 口々にそんな事を言ってくる三人に、俺は――

 

「ふぇっくし!」

「「「うわっ、汚っ!」」」

 

 

 *****

 

 

「……なあ、今朝は昨日よりも寒い気がするんだけど、これ以上寒くなるのか? このまま馬小屋で冬を越すなんて事になったら、俺は凍え死ぬんじゃないか?」

「情けないわねえ、さすがはご両親を泣かせに泣かせたヒキニートなだけあって貧弱ね。私だってあんたと同じところで寝てるけど、まだまだ耐えられるわよ! この女神の羽衣はね、モンスターの攻撃や状態異常はもちろん、暑さや寒さからだって守ってくれるんだから!」

「じゃあそれ、寝る時だけでも俺に貸してくれよ。お前らは三人でくっついて寝てるから少しは暖かいかもしれないけどな、俺は一人なんだよ。ここんとこ毎朝自分のくしゃみで目が覚めるんだぞ?」

「嫌に決まってるじゃない。なーに? カズマったら、私の身につけた物をクンクンするつもり? まったく、しょうがないエロニートね!」

「それはない」

「なんでよーっ!」

 

 冒険者ギルドの酒場。

 その隅っこのテーブルにて。

 俺とアクアは一番安い定食を半分こして食べながら、ダラダラと言い合いを続けていた。

 朝一番で、冒険者ギルドが開くとともにここに来て、こうしてクエストの依頼書が掲示板に貼り出されるのを待つのが、最近の日課になっている。

 ギルド内は馬小屋より暖かい。

 俺がベルディア討伐に参加した事を知ってか、そんな俺の今の惨状を見るに見かねてか、たまに職員がギルドが開く前に入れてくれたりもする。

 ……このロクでもない世界で、人の優しさが身に沁みる。

 

「とにかくクエストだ! 楽が出来て安全で、それでいて実入りの良いクエストを受けて金を稼ぐぞ。今のままじゃ借金を返すどころじゃない。それに、冬になるとほとんどのモンスターが冬眠して、危険なモンスターを相手にしたクエストばかりになるんだろ? そんなの、俺達でどうにか出来るとは思えん」

「あっ、何すんのよ! それは私のカエル肉よ! ……まあ、そうね。私もあんまり危ない事や大変な事はしたくないわ。楽ちんにお金が稼げて、お酒が飲めていい気分になれるなら、他の事はすべてカズマさんに任せるから。あ、でも馬小屋は寒いし、早く良いお布団で眠りたいわね!」

 

 俺とのおかずの取り合いに敗れたアクアは、口を尖らせながらそんな事を言う。

 ……女神といったら勇者を導き魔王を倒す手助けをする存在のはずなのに、なぜ俺が女神を導く感じになっているのか。

 俺が筋張ったカエル肉を噛みしめながら考えていると。

 

「お前達は、何をバカな事を言っているんだ? そんなクエストがあれば皆がやっている。それに、モンスターの脅威から力なき市民を守る事が冒険者の務めだ」

「そうですよカズマ。この私がいるのですから、どんなクエストでも恐れる事はありません。どんな強敵が相手でも、我が爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばしてやりますよ」

 

 ダクネスとめぐみんが、口々にそんな事を言ってくる。

 

「だからカズマ、一撃が重そうな強敵と戦うようなクエストを……!」

「ですからカズマ、雑魚モンスターの群れを一掃するようなクエストを……!」

「……ねえカズマ、私はなるべく楽ちんで安全なクエストが良いんだけど」

 

 …………。

 なんでコイツらはこう、まとまりがないのか。

 

 冷静に考えて――

 

 ダクネスは、他の冒険者を一撃で倒したベルディアの攻撃に、長い時間耐え続けるほどの防御力を持っている。

 しかし、いくらダクネスが耐えられるといっても、俺達にはまともな攻撃手段がないし、めぐみんの爆裂魔法では間違いなく巻き込むから使えない。

 

 めぐみんの爆裂魔法は、女神であるアクアが浄化できなかったアンデッドナイトの大軍を、一撃で消し飛ばすほど威力が高い。

 しかし、ウチのパーティーの壁役はダクネスだけだから、モンスターの群れに襲われたらすべてを食い止める事は難しく、ダクネスが止めきれなかったモンスターに襲われれば、俺やめぐみんは一撃で死ぬだろう。

 

 アクアは、ベルディアにやられた冒険者達の治癒をし、魔法で洪水を起こしてベルディアを弱らせた。

 しかし、アクアが洪水を起こしたせいで俺は莫大な借金を負う事になった。

 アイツを活躍させたら、間違いなくそれ以上のしっぺ返しがあって、それはもうひどい事になるだろう。

 

 ……本当に。

 なんでコイツらはこう、噛み合わないのか。

 

 俺達が食事を終える頃にちょうど新たなクエストが貼り出されたので、俺達は掲示板の前に立った。

 

「……よし」

「却下」

 

 勝手に一枚の紙を剥がすアクアの方を見ずに俺が言うと。

 

「ちょっと、こっち見てから言いなさいよ! 今回は悪くない話よ! とっても楽ちんで報酬も高額なんだから!」

「お前なあ、ダクネスも言ってたが、そんな良い話があるわけないだろ」

 

 俺はアクアが差し出してきた紙を見て。

 

『魔法実験の練習台探してます ※要、強靭な体力か強い魔法抵抗力を持つ方』

 

 …………。

 

「カズマさんなら、へーきへーき」

「楽ちんって、お前は何もしないで報酬が貰えるって事か? しばき回すぞ。ていうか、これは俺よりダクネスに向いてるんじゃないか?」

 

 俺がダクネスの方を見ると、俺が持っている紙を覗き込んだめぐみんがドン引きしながら。

 

「……な、仲間を躊躇なく魔法の実験台にするつもりですか? カズマが鬼畜なのは知っていますが、さすがにそれはどうかと思いますよ」

「そういえば、めぐみんは仲間になる時にどんなプレイでも耐えてみせるって豪語してたな」

「待ってください! 待ってくださいよ! 私は爆裂魔法以外はただの一般人です! か弱い女の子ですから、依頼の条件に合致しません!」

 

 と、ダクネスが、半泣きになるめぐみんを俺から庇うように背中に隠し。

 

「それくらいにしてやれ。あまり女の子を泣かすものではない。どうせ泣かせるのなら私を……コホンッ! 残念だが、私はその依頼を請ける事が出来ない」

「……? そうなのか? お前なら喜んで請けそうだけど」

「……ん。どうも私を実験台にしても反応が普通ではないとかで、依頼者の望んだデータが取れないらしくてな。依頼者も真面目な奴で、私を実験台にするくせに何度も謝ってきたり、大丈夫ですかと安全を確認してきたりして、責められてもちっとも楽しくないのだ」

「……お前、性癖で他人に迷惑を掛けるのはやめろよな」

 

 簡単なクエストは報酬が安いし、報酬が高いクエストは危険がともなう。

 当たり前だが、美味しいクエストはなかなかない。

 

「これはどうだ? 簡単そうな割に報酬が高いけど」

 

 俺が一枚の紙を指さして言うと、めぐみんが。

 

「……森に悪影響を与えるエギルの木の伐採ですか。私達では難しいかもしれませんね」

「そうなのか? そのエギルの木ってのをどうにかすれば良いんなら、めぐみんの爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばせば良い事じゃないのか?」

「カズマはエギルの木を知らないのですか? エギルの木は一ヶ所に群生する事はありませんよ。森のあちこちに散らばって生えているので、爆裂魔法を使えば木材になる普通の木も一緒に吹き飛ばしてしまいます。それに鹿肉を狙ってモンスターもやってきますから」

「……鹿肉? なあ、なんでいきなり鹿の話になってんだ?」

「エギルの木には鹿が生るんです」

「……今なんて?」

「エギルの木には鹿が生るんです。その鹿が周りの木の樹皮を食べるので木々が枯れてしまうし、鹿肉を狙うモンスターまで呼び寄せるので、樵の人達が森に入れなくなってしまうのです」

「この世界って本当にロクでもないな……」

 

 いくら攻撃が当たらないダクネスでも、木の伐採なら出来るだろうと思ったのだが。

 モンスターまで呼び寄せるとなると、俺達ではどうにもならない。

 俺が他のクエストを探そうと、掲示板に目をやると……。

 

「……? ダクネス、何やってんだ?」

 

 ダクネスが一枚の紙を剥がし、俺の目から隠すように胸元にしまい込んだ。

 

「い、いや、何でもない。なあカズマ、これなんかどうだ? 冬眠を前にして食欲が増し凶暴になったブラックファングの討伐。安心しろ、どんな強敵だろうと私が攻撃を受け止めて」

「……『スティール』」

「ああっ!?」

 

 俺はダクネスから奪い取った紙を見る。

 

「……コボルトの巣の壊滅? なあ、コボルトってのは俺も聞いた事があるが、雑魚モンスターじゃないか」

「そうですね。弱いのに討伐報酬が高い、美味しいモンスターですよ。繁殖力が高いので見つけたら討伐する事が推奨されているのです。……このクエストも、森の中に棲んでいるコボルトが増えすぎて街道で人間を襲うようになったから出されたみたいですね。依頼報酬もなかなかですし、美味しいクエストじゃないですか」

 

 めぐみんの説明を聞くと、ダクネスがこのクエストを隠そうとした意図がますます分からない。

 俺とめぐみんの視線に、ダクネスは気まずそうに顔を背けて。

 

「だ、だって……、ズルいじゃないか! このところ、めぐみんが喜ぶような雑魚モンスターを相手にするクエストばかりで、私が袋叩きにされたり、強力な一撃を食らう事もなく…………」

 

 …………。

 この変態クルセイダーは、欲求不満が溜まって美味しいクエストを隠そうとしたらしい。

 このドMが喜ぶような状況は、俺達には対処が難しいから、ダクネスの不満が解消される事はないだろう。

 今後もこんな事をされると金が稼げない。

 ……コイツには、一言言っておく必要があるな。

 

「めぐみん、ちょっとコイツに話があるから、お前はクエストを請けてきてくれないか?」

「わ、分かりました……。でもカズマ、あまりきつい事は……ダクネスは喜ぶでしょうけど、やめてあげてくださいね」

 

 俺の様子に、めぐみんが不安そうにしながら受付へと行き。

 しょぼくれながらも、正面から俺を見返してくるダクネスに、俺は真面目な顔で。

 

「なあダクネス、焦らしプレイって知ってるか?」

「!?」

「お前は耐えたり我慢したりする事が好きだな? その好きな状況を楽しめないって事も、我慢する事には違いないんじゃないか? なあダクネス、お前の望むような強敵相手のクエストを請けてやれなくて、俺だって悪いと思ってる。出来ればめぐみんが喜ぶようなクエストばかりじゃなくて、お前が喜ぶクエストだって請けてやりたいさ。でも、分かるだろ? 今は無理なんだ。俺達のパーティーで楽して稼ごうと思ったら、めぐみんの爆裂魔法に頼るのが一番良い。借金を返せたら、いくらでもお前の好きなクエストに付き合ってやるから、今は耐えて、我慢してくれないか? それに、そうやって焦らされた後で望みが叶えられたら、いつもより……」

「い、今は耐えて……我慢……? 仲間のために……! ……んくうっ……!? ……ハア……ハア…………。カ、カズマ、お前という奴は、お前という奴は……!」

「おいやめろ、鼻血出すほど興奮するなよ。……アクア、この変態にヒールを……アクア?」

 

 静かにしていると思ったら、アクアは立ったまま鼻ちょうちんを作っていた。

 

「ぷぇー……」

 

 

 *****

 

 

 アクセルの街から離れたところにある、森の中。

 俺達はその森を、さらに奥へと進んでいた。

 コボルトの巣はこの森のどこかにあるという話だが、正確な場所は分かっておらず。

 

「……ええっと、ここも違うな。じゃあ、次はあっちに……。いや、あっちだな」

 

 俺達は、ギルドで貰った大ざっぱな森の地図を頼りに、コボルトの群れが棲みつきそうな洞穴や木のうろを巡っていた。

 いわゆるスカウト技能を持っている者がいないので、探索はあまり順調ではない。

 敵感知と潜伏スキルで、モンスターを避けながら移動しているせいもある。

 

「こちらの洞穴の方が位置が近いですけど、……崖下を先に目指すのですか? 一応理由を聞いても良いでしょうか」

 

 俺と一緒に地図を覗き込みながら、めぐみんが首を傾げて聞いてくる。

 ダクネスはその間、警戒するように辺りを見回していて、アクアは……。

 

「ねえもう疲れたんですけどー。さっきから同じ場所をウロウロするばっかりで、ちっともモンスターと戦わないじゃない。もう帰りましょう? ちょっと遠出してめぐみんが爆裂魔法を撃って帰るだけだと思ってたのに、こんな森の中を歩き回るなんて聞いてないんですけど」

 

 出発する前にきちんと説明したというのにそんな文句を言うアクアを無視し、俺は手近な木の枝を折りつつめぐみんに。

 

「先に崖下を見ておきたいんだよ。コボルトの巣がそこにあるようだったら、クエスト失敗だとしても帰ろうと思う。崖下にコボルトの巣があったとして、そんなところに爆裂魔法を撃ち込んだら地形が変わるどころの騒ぎじゃないだろ」

「……カズマはそんな事まで考えていたんですか? でも、森の中で爆裂魔法を撃てば木々も吹っ飛んで地形は変わってしまうでしょうし、今さらなのではないですか」

 

 そうかもしれないが……。

 

「なるべく周りに影響を与えたくないんだよ。ほら、ベルディアが攻めてきたのはお前が廃城に爆裂魔法を撃ち込んだせいだし、借金を負ったのはアクアが洪水を起こしたせいだろ?」

 

 俺の言葉に、めぐみんとアクアが耳を塞いで聞こえない振りをする。

 そんな俺達に、こちらを見ないままダクネスが。

 

「カズマ、ならば私がコボルト達の前に姿を現し、囮になるというのはどうだ? そして私に襲いかかってきたコボルト達を、爆裂魔法で私もろとも……!」

 

 …………。

 

「そういうわけだから、とりあえず崖下に行くぞ。コボルトの巣があったら、帰る事も検討しよう。もしかしたら巣の場所を知らせただけで少しは報酬が貰えるかもしれないしな」

「な、なあカズマ、さすがに無視というのは寂しいのだが。そ、それともこれが、放置プレイというやつなのか……?」

「ド変態に構ってる暇はない」

「……んぁ……!?」

「ていうか、今お前は鎧がないんだからな? あんまりバカな事言ってんなよ」

 

 ダクネスは顔を赤くし、息を荒くしながら。

 

「カ、カズマ……。わ、私を責めるのか心配するのか、どちらかにしてくれ……! 一体お前は私をどうするつもりなんだ……!?」

 

 どうもしません。

 

 

 

 しばらく森の中を進んでいくと。

 

「……何か来るな。敵感知に反応がある」

 

 俺がそう言うと同時に、余計な事をしないように真っ先にアクアの手を掴み、潜伏スキルを発動させると、アクアがニヤニヤしながら俺を見返してきて。

 

「何よカズマ、いきなり私の手を握ったりして? 今は討伐クエストの最中だって分かってるんですか? そんなに私が恋しかったの? まったく仕方ないわね、このエロニートは! 本来ならあんたみたいなニートがこの私の手に触れるなんて許されない事なんだけど、寛大な私は特別に許してあげるわ! 存分に感謝して、帰ったらキンキンに冷えたクリムゾンビアーを奢ってよね!」

「バカな事言ってるとお前だけ潜伏スキルの対象から外すぞ。俺にだって選ぶ権利があるんだからな? クエストを達成して帰れたら酒くらい奢ってやるから、今は静かにしてろよ」

「シッ! 二人とも静かに! 来ましたよ、ブラッディモモンガです!」

 

 めぐみんが囁き、ダクネスが俺達を庇うように前に出る。

 現れたのは、三匹の大きなモモンガ。

 潜伏スキルで隠れている俺達に気づく様子はなく、どこか慌てたように低空を滑空してくる。

 ダクネスがモモンガを警戒する中。

 俺はアクアが余計な事をしないか警戒し――

 

「ああっ!? 何よ! 何か降ってきたんですけど!」

「バカ! 静かにしてろって……!」

 

 いきなり騒ぎだしたアクアに俺は小声でそう言うが、ブラッディモモンガはそんな俺達の声に気づかなかったようで、真っ直ぐに飛び去っていく。

 モモンガ達の姿が完全に見えなくなって。

 

「……なあ、あいつらって耳が悪かったりするのか?」

「いえ、そんなはずはありませんが……」

 

 俺が首を傾げながらめぐみんに聞くと、めぐみんも不思議そうに首を傾げる。

 そんな中、アクアが羽衣の袖に鼻を近づけ……。

 

「臭い! なんか変な臭いがするんですけど!」

「ア、アクア、それはブラッディモモンガが獲物のマーキング用に掛ける尿です。その臭いは一週間は取れません」

「「…………」」

 

 おずおずと言うめぐみんの言葉に、俺とダクネスは無言でアクアから距離を取った。

 獲物のマーキング用という事だが、潜伏スキルを使っていた俺達が見つかっていた様子はないから、おそらくは運悪く掛かってしまったのだろう。

 

「ちょっと、なんで二人とも離れていくのよ! ねえ、私達って仲間よね? 仲間って苦しい事や辛い事を分かち合うものじゃないかしら?」

「おいやめろ、こっち来んな! あっ、臭い! 本当に臭いぞお前!」

「わあああああーっ! やめて、臭い臭いって言わないで! ねえ逃げないでよ! 私だって好きでおしっこ引っかけられたわけじゃないんですけど! めぐみん、めぐみんは私と一緒にいてくれるわよね?」

「す、すいません、私もブラッディモモンガにはちょっと嫌な思い出があるので……」

「わあああああーっ! ふあああああーっ! ああああああーっ!」

「あ、おい! ヤバい! ちょっと黙れ!」

 

 俺は討伐クエストの最中だというのに大騒ぎするアクアに飛びかかり、潜伏スキルを発動させる。

 

「カ、カズマさん! カズマさんは私と一緒にいてくれるのね……? ひっぐ、えっぐ……、あ、ありがとうね……!」

「バカ! いいから静かにしろ。おい、二人も来てくれ。また敵感知に反応だ」

 

 俺がそう言うと、二人はアクアの臭いに嫌な顔をしつつ俺の体に触れた。

 反応があるのは、さっきブラッディモモンガが飛んできたのと同じ方向。

 ひょっとすると、あのモモンガ達はこの何かから逃げているところだったから、俺達の声に気づいてもそのまま行ってしまったのかもしれない。

 そんな事を考えながら潜伏スキルを使い、隠れていると……。

 

 ――でかい熊が現れた。

 

 超でかい。

 ヤバい。

 黒い。

 そんな頭の悪い感想しか出てこないくらい、危険な雰囲気を醸し出している。

 熊は茂みをガサガサと掻き分けて俺達に近寄ってきて。

 フンフンと鼻を鳴らしながら、辺りの地面を嗅ぎ回る。

 マズい。

 アクアについた強烈な臭いに気づかれたら――

 俺のそんな考えを読んだかのようなタイミングで、熊は顔を上げ。

 アクアの方を真っ直ぐに見て。

 

 ……嫌そうな顔をして、逃げるように去っていった。

 

 …………。

 熊の姿が完全に見えなくなり、足音も聞こえなくなってから、詰めていた息を吐き出しためぐみんが。

 

「い、一撃熊……! 今のは一撃熊ですよ! 紅魔の里の近くにも棲んでいる、人間の頭くらいなら一撃で持っていくモンスターです! まあ、上級魔法を使える紅魔族にとっては小遣い稼ぎと経験値稼ぎの獲物でしかないんですが」

 

 何それ怖い。

 ……紅魔族怖い。

 ていうか、ちゃんとした紅魔族だったら今のも隠れるまでもなく倒せてたって事か?

 

「……おい、私に言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

「言ったら聞き入れてくれるのか?」

「そんなわけないでしょう」

 

 ですよね。

 俺とめぐみんがそんなやりとりをする中、一撃熊の去っていった方をジッと見ていたダクネスが。

 

「今のが一撃熊……。アイツの前足の一撃を受け止める事が出来たら、さぞ気持ち良い……ではなく、クルセイダー冥利に尽きるのだろうな。…………んっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

「してただろ」

 

 いや、変態に構っている場合ではない。

 あんなのまでいる森に、長居していられない。

 俺は近くの木の枝を折り。

 

「コボルトだけならともかく、秋の森には腹を空かしたモンスターがいくらでもいるんだな。ダクネスの鎧がないってのに、あんなのと戦わせるわけにはいかない。とにかく崖下だけは見るとして、そこにコボルトの巣があったら帰るぞ。なかったら……、なくても帰った方が良いかもな。このクエストは俺達には早すぎたよ。おいアクア、いつまで蹲ってるんだ? ……アクア?」

 

 いつまでも立ち上がらないアクアに目をやると、アクアは地面の上で膝を抱えていて。

 

「……ねえカズマさん、私ってそんなに臭いの? あんな熊畜生に嫌な顔されて逃げられるくらい臭いの?」

「…………そんな事ないぞ? ほら、バカな事言ってないで、さっさと行くぞ」

 

 そう言ってアクアを引っ張り起こす俺を、めぐみんとダクネスが怪訝そうな顔で見ていた。

 ……ピュリフィケーションを使えば臭いを消せそうだが、尿の臭いで一撃熊が寄ってこないようなので、森を出るまでは黙っていよう。

 

 

 

 ――地図にある崖下の近くにやってきた。

 

「……当たりか」

 

 俺は小さく呟き、ため息を吐く。

 木々が邪魔でほとんど見通せないないが、崖下の窪地に見張りらしきコボルトが立っていて、敵感知には大量の反応がある。

 五十匹ほどもいそうなコレが、すべてコボルトなのだろう。

 ……どうしよう?

 あの崖は崩してしまって良いのだろうか。

 自分でクエストを請けに行って、きちんと詳細を聞いてくれば良かった。

 足を止めた俺の様子から状況を察したのだろう、めぐみんが早くも瞳を紅く輝かせ……。

 

「おいバカ、早まるな! 崖崩れなんか起こしたら何がどうなるか分からないんだぞ。また厄介事を起こすつもりか?」

「ですがカズマ、私達は冒険者です。冒険者の本分はモンスターを討伐し、力なき市民を守る事。コボルトの巣を見つけ、倒す手段があるのなら、放置しておいて良い理由などないはずです。ここで私達がコボルトを見逃す事で、あのコボルト達の被害に遭う人が一人でも出てしまえば、私は自分の事を許せなくなってしまいます」

「それっぽい事言いやがって。お前は爆裂魔法を撃ちたいだけだろうが」

「まあそうですが」

 

 めぐみんは事もなげに認める。

 俺だって、コボルトを倒したい。

 だが、そのせいでまた借金が増えては本末転倒だろう。

 俺が決めかねていた、そんな時。

 

 ――風向きが変わった。

 

「……!? なんだ? 急にコボルトが慌てだしたぞ」

 

 それは敵感知スキルを持っている俺にしか分からない変化。

 三人は俺の顔を見て、不思議そうにしている。

 俺は自分でも何が起こっているのか分からず、どう説明したものかと三人を見返して。

 

「……あっ!」

 

 アクアの顔を見て、声を上げた。

 

「な、何よ? どうしたっていうの? 私、今日はまだ何もおかしな事してないわよ? してないわよね? ね?」

 

 冤罪を主張しながら、自信がないのかしつこく繰り返す、アクアの臭い。

 ブラッディモモンガがマーキング用に掛けた尿の臭いが、風向きが変わった事でコボルトの巣の方向に流れていた。

 さっきの一撃熊の反応からして、潜伏スキルは完全に臭いを消せるわけではないのだろう。

 コボルトは非常に弱いモンスターだ。

 そんなコボルトが、ブラッディモモンガの尿の臭いを嗅いだら、パニックになっても無理はない。

 パニックになったコボルト達は、てんでバラバラに巣から逃げようとしていて。

 ……このまま逃がしたら、どこでどんな被害が出るのか分からない。

 

「……仕方ない! やれ、めぐみん!」

 

 俺のその言葉に、ダクネスが俺達を守るように前に出て、大剣を地面に突き刺し。

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 

 破滅の光がめぐみんの杖先から崖下へと放たれ。

 轟音とともに巻き起こる破壊の風が、崖を崩し、周囲の木々を薙ぎ倒す。

 ……すでに巣から逃げだしていたコボルトもいたので、撃ち漏らしが出るかと思ったが。

 そいつらも崖崩れに巻き込まれたようで。

 風が吹きやんだ時には、敵感知にあった反応は一つ残らず消えていた。

 俺はフラつくめぐみんに肩を貸し。

 

「よし、全部倒せたみたいだ。依頼完了だな。……ご苦労さん」

「ふはは。我が爆裂魔法をもってすれば、この程度の事は造作もありませんよ!」

「……おんぶはいるか?」

「あ、お願いします」

 

 俺がめぐみんを背負っていると、大剣を納めたダクネスが物足りなさそうな顔で。

 

「これで終わりか。……な、なあカズマ、せっかくだし一撃熊と」

「却下」

「んん……!? こ、この雑な扱い……!」

「……お前、ひょっとして俺に拒否られたくて妙な事を言ってきてないか?」

「…………」

「おい、こっちを向け。俺の目を見て否定してくれ」

 

 俺とダクネスがそんなやりとりをしていると、退屈そうにあくびをしていたアクアが。

 

「ねえー、めぐみんが爆裂魔法を撃ったんだし、クエストは終わったんでしょ? さっさと帰りましょうよ。今日は森の中を歩いて疲れちゃったし、帰ったら冷たいお酒を……」

「おいやめろ、そういうフラグになるような事を言うなよな。あっ、ほら! お前が余計な事言うから敵感知に反応が……!」

「ちょっとあんた変な言いがかりはやめてよね! 私のせいじゃないわよ! めぐみんの爆裂魔法で呼び寄せられてきたんだと思うんですけど!」

「あっはい。そうですね、私のせいだと思います。……すいません」

 

 アクアのツッコミに、俺の背中でめぐみんが縮こまる中、俺はポツリと。

 

「ちなみに来たのはブラッディモモンガみたいだが」

「…………」

 

 おそらくアクアに付いた臭いを追ってきているだろうモモンガ達に、アクアはオロオロしだし。

 

「えっ、えっ、どうしよう? ねえカズマさん、でもこれってやっぱり私のせいじゃないと思うの。だって私、好きでおしっこ引っかけられたわけじゃないんだし、……そんな目で見ないでほしいんですけど!」

「……潜伏」

「ふあああああーっ!? カズマさん? カズマさーん!」

 

 めぐみんとダクネスとともに俺が潜伏スキルで隠れると、一人取り残されたアクアが泣き喚いてこちらに駆け寄ってきて。

 ……木の根っこに躓いて転んだ。

 俺の背中に乗っているめぐみんが肩をバシバシ叩いてくるし、俺が肩を掴んでいるダクネスも責めるような視線を向けてくる。

 泥だらけになって泣いているアクアを見ると、俺も悪い事をしたとは思う。

 事前に話してたら厄介な事になっていただろうから、反省はしてないが。

 ……帰ったら、キンキンに冷えたクリムゾンビアーを奢ってやろう。

 俺がジェスチャーでダクネスに指示を出すと、ダクネスは少し驚いたように目を見開いて頷き、大剣を引き抜いた。

 少ししてブラッディモモンガが現れ。

 アクアが逃げだし。

 ダクネスが、アクア目掛けて向かってくるブラッディモモンガの前に立ち塞がった。

 潜伏しているダクネスの存在に気づかず突っ込んできたモモンガ達は。

 

「くっ……! ううっ、……ぐ……! ……こ、これが焦らしプレイの効果か……! 感謝するぞカズマ、新境地に達した気分だ……ハア……ハア…………」

「おい、鼻血出てるぞ」

 

 ダクネスに激突したブラッディモモンガ達は、三匹とも目を回して地面に引っくり返った。

 不器用なダクネスでも、動かない相手になら攻撃を当てる事が出来る。

 ほこほこした顔のダクネスが三匹のモモンガにとどめを刺している間、俺は逃げようとしてすっ転び泣いているアクアを立たせてやり。

 

「今回は悪かったよ。でもお前、囮役やれとか言っても聞かないだろ?」

「うっ、うあああああああああ! カズマがー! カズマがああああああ!」

「なあ頼むから泣きやんでくれよ。またモンスターが来たら本気でどうにもならないからな? 分かったよ、帰ったらクリムゾンビアーを奢ってやるから」

「……カエルの唐揚げも食べたい」

 

 コイツ、意外と余裕があるな。

 

「分かった分かった。それも奢ってやるから」

 

 と、大剣を納めたダクネスが。

 

「……そういえば、帰り道は分かるのか? その、私は森に入った経験があまりないし…………、正直に言えば、焦らしプレイと言われて興奮していたので、どちらから来たのかもよく覚えていないのだが」

 

 ダクネスのその言葉に、俺達の中で一番旅慣れているめぐみんに皆の視線が集まる。

 

「えっ、私ですか? ……すいません、爆裂魔法を使えるのが嬉しくて、あまり周りに気を配っていませんでした」

 

 次にアクアに視線が集まるが素通りし、

 

「なんでよ! ちょっと、私にも聞いてよ!」

 

 ……最後に、期待するように俺を見る。

 モンスターに突っこんでいくド変態クルセイダーと、爆裂魔法を撃ちこむ事しか考えていない頭のおかしいアークウィザード、そして何の役に立つのかよくわからないアークプリースト。

 まあ、こんなもんだろう。

 俺は地図を取り出しながら。

 

「そこは大丈夫だ。俺が移動しながら目印に木の枝を折ってきたから、帰り道は分かる」

「…………えっ」

 

 俺が自信ありげに請け合うと、アクアが驚いたような声を……。

 …………。

 

「おい、何をした? 言え」

「だって! だって! 周りに影響を与えるのは駄目とか言ってたのに、カズマさんがやたらと木の枝を折ってるから、これは私がちゃんと治しておかないとって思って……ヒールで……」

「ヒールで?」

「回復しちゃった」

「このバカ、何してくれてんだ! もう夕方になるってのに森から出られなかったらどうするつもりだよ! それどころか、帰り道が分からなかったらこのまま迷って死ぬかもしれないんだぞ! 後は帰るだけのはずだったのに、お前のおかげで俺達の戦いはこれからだよ!」

「わあああああーっ! うわあああああーっ! 私だって、私だって良かれと思ってやったのに!」

 

 

 

 *****

 

 

 

「……今なんて?」

 

 真顔で聞き返す俺に、受付のお姉さんは目を逸らし。

 

「で、ですから、めぐみんさんはベルディア討伐の際にレベルが上がって、爆裂魔法の威力も上がったじゃないですか。その威力がちょっと、頭がおかしい……もとい、こちらの予想を超えていると言いますか。今回、コボルトの巣があったという崖、あの崖やその周辺の小山は、冒険者ギルドとしては崩れても困らない土地でした。それで、コボルトは優先的に倒していただきたいモンスターですし、こちらからもあまり強く注意はしなかったのですが……。きちんと調査しなければ正確な事は言えませんが、サトウさんの話を聞くと崖崩れの規模が想定より大きいようなので、森の小川に土砂が流れこみ、下流の湿地帯にまで影響が出るかもしれません。そうなりますと、湿地帯の希少な植物が採れなくなったり、生態系が崩れたりして……その、また補償金をいただく事になるかも…………可能性! あくまでも可能性の話ですから!」

 

 俺の表情から何を感じ取ったのか、受付のお姉さんが半泣きでフォローしてくれる。

 あくまでも可能性。

 まだ調査の段階。

 しかし、なんだろう? こういう話が出てきた時点で、もう駄目なのが確定している気がするのだが。

 

「ちなみに補償金って、いくらくらいになるんですか?」

 

 俺が気力を振り絞って聞いてみると、お姉さんは営業スマイルを引きつらせて。

 

「ええと、ですね…………」

 

 その金額を口にした――!

 

 …………。

 夜の森を半泣きで抜け。

 命からがら街に戻ってきて。

 ギルドでクエスト完了の報告をし。

 ……今日くらいは仲間達とパーッと飲もうと思っていたのだが。

 呆然と受付を離れる俺に、上機嫌のアクアがやってきて。

 

「ねえカズマさんカズマさん! ほらほら、クリムゾンビアー! カズマさんの分も頼んでおいてあげたわよ! どうしたの? カズマさんはいつも変な顔だけど、もっと変な顔してるわよ? なんかあったの? まあいいじゃないの! 今は忘れちゃいなさいよ! 何もかも忘れて、パーッと飲んで楽しみましょ! ほら、グイっと行って! さあ早くグイッとやんなさいな!」

 

 能天気に浮かれ騒ぐアクアに、俺は……。

 

「よし、パーッと飲んで忘れるか!」

 

 

 

 ――考えるのをやめる事にした。

 




・エギルの木
『祝福1』に名前だけ登場する、森に悪影響を与えるらしい木。詳細不明。
「木に鹿が生る」は独自設定。元ネタはバロメッツです。

・魔法実験の練習台探してます
『祝福1』にて掲示板に貼ってあったクエストのひとつ。
 ダクネスが過去に請けていた事、依頼人の性格は独自設定。

・一撃熊
『祝福1』に名前だけ登場。または『爆焔』シリーズにたびたび登場。
 2巻を読む限り、カズマ達がここで遭遇しているのはおかしい。妄想ですから。


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この馬小屋に静かな眠りを!

『祝福』1、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻1,2章辺り。


 ――それは俺達が初めてクエストを達成した夜の事。

 

 いつものように馬小屋で眠りに就こうとしていると、隣に横たわっていたアクアがモゾモゾと起き上がり、手を振りながら小声で。

 

「おーい、こっちよこっち!」

「……なんだよ。カエルに飲まれたのがそんなにショックだったのか? そこには誰もいませんよ。女神もストレスで頭がやられるとピンクの象が見えるようになるんだな。でも今日はもう眠いから、静かにしててくれよ。あんまり騒ぐとまた周りの冒険者に怒られるぞ。……あっ、そういえばここってファンタジーな世界じゃないか。ひょっとして妖精さん的な生き物が実在するのか?」

「はあー? あんた何バカな事言ってんの? そんなのいるわけないじゃない。あと、いくら私が寛大だからってあんまりバカにしてると天罰が下るわよ!」

「俺にそんな事言われても。お前がバカなのは俺のせいじゃないだろ?」

「いい度胸じゃない貧弱ニート! 女神の力を思い知れー!」

「あっ、やめろ! 毛布を持っていこうとするな!」

 

 アクアと俺が毛布を引っ張り合っていると……。

 そんな俺達に声が掛けられた。

 

「……あの、二人とも、あまり騒ぐと周りの冒険者の迷惑になりますよ」

 

 眼帯を外し、マントも付けず、魔法使いっぽいローブではなくラフな部屋着に身を包んだそいつは……。

 

「めぐみんじゃないか。どうしたんだ?」

「いえ、その……。実は私はここの宿に部屋を取っていたのですが、食べる物にも困る経済状況なので、追加の宿泊費を支払えず……」

「困ってるみたいだったから、私が馬小屋はどうって誘ってあげたのよ!」

「えっと、冒険者とはいえ小さな女の子が馬小屋生活ってのはどうかと思うんだが。クエストの報酬は渡しただろ? あれで宿代くらいにはなるんじゃないか?」

「溜めこんでいた宿泊費のツケを支払ったら消えました」

 

 …………。

 

「そ、そうか。まあ、まだスペースはあるし俺は構わないぞ。それにアレだ、これからはパーティーを組んでやっていくんだったら、同じ環境で寝起きするっていうのも悪くないよな!」

「そうです、カズマは良い事を言いますね! そうなのですよ。同じパーティーの仲間同士、生活の中でお互いの呼吸を掴む事で、戦闘中の連携もしやすくなるというもので……」

「何言ってんのめぐみん! めぐみんは爆裂魔法しか使えないんだから、連携の事なんて考えなくて良いのよ!」

「「…………」」

 

 微妙に気まずい空気をフォローしようと苦しい言い訳を絞りだす俺達に、アクアが空気の読めない事を言う。

 

「……その、すいませんが、今夜は馬小屋で眠る準備をしてきていないので、二人の毛布を借りても良いですか? 端っこで構いませんので」

「おう、良いぞ。ほれ、こっち来い」

「いえ、カズマの隣はなんとなく身の危険を感じるので、出来ればアクアの隣に」

 

 この野郎。

 

「おい、俺を見損なうなよ? 俺はロリコンじゃないんだから、お前みたいなロリキャラに変な事するわけないだろ」

「誰がロリキャラですか。そんな事を言いながら、さっきおんぶしている私のお尻に偶然を装って触れてきたではないですか」

「そそそ、そんな事してねーし! めぐみんの気のせいだろ? ちょっと自意識過剰なんじゃねーの?」

「そうですか? それにしてはカズマの反応こそ過剰な気がするのですが」

「よしめぐみん、そっちで寝ると良い! おいアクア、ちょっと場所詰めろよ」

 

 俺がそう言って少し毛布の端に寄ると、アクアは胸元を両手で隠すようにして身を引き。

 

「……そんな話を聞いた後だと、私もカズマの隣で寝る事に不安を感じるんですけど」

「ない」

「なんでよーっ!」

 

 めぐみんがアクアの向こうに寝そべり、俺達はアクアを挟んで川の字に。

 と、俺が掛けている毛布の一部がめくれ、隙間から冷たい空気が……。

 

「……おいめぐみん、ちょっと毛布を取りすぎじゃないか? 寒いんだが」

「何を言っているのですか。私はこれからの発育に期待が持たれる省スペースな小さな女の子ですから、それほど毛布を取っていないはずです。カズマこそ限りある毛布を無駄遣いするものではありませんよ」

 

 …………。

 俺は毛布を引っ張りながら。

 

「なあめぐみん、お前は今夜、いきなり馬小屋に来たわけで、ぶっちゃけ招かれざる客ってやつじゃないか? いやもちろん、同じパーティーの仲間なんだし、今さら出ていけなんて言わないさ。でも、お前が毛布を用意していなかったせいでこうなってるんだから、ちょっとは遠慮するのが筋ってもんじゃないか?」

「いえ、パーティーの間に遠慮は無用だと思います。お互いに素直に言いたい事を言い合い、ぶつかり合いながらも少しずつ仲良くなっていく……そうする事で本物の絆というものが生まれるのではないでしょうか? そんな仲間であれば、どうしようもない危機的状況も力を合わせて切り抜けられるに違いありません! ええ、違いありませんとも!」

 

 めぐみんが毛布を引っ張りながらそんな事を……。

 

「お前は爆裂魔法しか使えないんだから、力を合わせるも何もないだろ。いいから毛布を寄越せよ! 俺は貧弱な冒険者なんだからな、ちょっと油断するとすぐ風邪を引くぞ! 俺が風邪を引いて動けなくなったら、お前らだって困るんじゃないのか? アクアはカエルに食われる事しか出来ないし、めぐみんは爆裂魔法を撃って動けなくなったところをカエルに食われる事しか出来ないだろ」

「おい、カエルに食われる事を定められた未来のように言うのはやめてもらおうか! 大体、爆裂魔法はあんな雑魚モンスター一匹を倒すために使うものではないのです。我が爆裂魔法は最強です。どんな強力なモンスターだって一撃ですし、どれだけ大量のモンスターの群れが相手でも一掃してみせますよ! それに風邪を引くというなら、私が風邪を引いた方が困るのではないですか? 調子が悪い時に爆裂魔法の制御にうっかり失敗したら、ボンってなって全滅ですよ!」

 

 話が爆裂魔法に及んだからだろう。

 熱くなっためぐみんの声は次第に大きくなっていて。

 周りで寝ている冒険者達の怒鳴り声が飛んできた。

 

「おい、うるせーぞ! 静かに寝られねーのか!」

 

「「「す、すいません!」」」

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 

「それではカズマ。多分……いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めで罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

 

 キャベツ狩りが終わると、なぜだか仲間が増えていた。

 何の役に立つのかよく分からないアークプリーストに、一日一発しか魔法が使えないアークウィザード。

 そして、攻撃が当たらないくせに自分からモンスターに突っこんでいくクルセイダー。

 傍から見れば、上級職ばかりの、優秀なパーティーなんだろうが……。

 

「…………どうしてこうなった……」

 

 頭を抱えテーブルに突っ伏す俺をよそに、三人は意気投合していて。

 

「爆裂魔法か。話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだったな。凄まじい威力だった。人の身であれほどの威力を出せるスキルは、確かに他にはないだろう。……出来れば一度、この身に受けてみたいものだ」

「やめておいた方が良いでしょうね。爆裂魔法は最強魔法。何者であろうと一撃必殺です。ダクネスの硬さは私も見ていましたが、それでも我が爆裂魔法の前では無事で済まないでしょう」

「大丈夫よ二人とも! 私はアークプリーストのスキルを全部取ってるんだから、もしもダクネスが爆裂魔法でボンってなっても、原型さえ留めていれば私が蘇生魔法を使ってあげるわ!」

「ほう。プリーストはレベルが上がりにくいと聞くが、スキルを全部取っているとは凄いじゃないか。それほどのアークプリーストが、どうしてこの駆け出しの街にいるんだ?」

「よくぞ聞いてくれました! 超優秀な私は、初期のスキルポイントでまず宴会芸スキルを全部取り、それからアークプリーストの全魔法も習得したわ。でもまだレベルが高いわけじゃないし、こう見えて駆け出し冒険者なのよ。超優秀ですけど!」

「そういえば、アクアはステータスもやたらと高いですよね。この街にいるのは私も不思議に思っていました。王都とか、もっと激戦区にいてもおかしくないくらいの実力ですよ。……いえ、同じパーティーの仲間とはいえプライベートを詮索するつもりはありませんので、話したくないのなら答えなくても良いのですが」

「残念だけど、いくら同じパーティーの仲間とはいえこればっかりは話せないわね。でも例えるならそう……私は勇者を導く女神で、ヘッポコ勇者なカズマが魔王を倒せるように鍛えてあげる、そんな使命を背負っているのよ」

「「そうなんだ、凄いね!」」

「あれっ? ねえなんで二人とも笑ってるの? 私、結構凄い告白をしたと思うんですけど」

 

 三人は、今日初めて出会ったとは思えないほど打ち解けた様子で談笑している。

 波長が合うらしい。

 

「そうだわ! せっかくパーティーを組むんだし、乾杯しましょう! すいませーん、キンキンに冷えたクリムゾンビアーを……」

「……ん。めぐみんはまだ、酒はやめておいた方が良いのではないか?」

「何を言っているんですか、私だってお酒くらい飲めますよ! 乾杯でしょう? 良いですよ、是非やりましょう! 私だけ仲間外れにしないでください!」

「カズマさーん、ねえカズマさんったら! あんたはまだお酒って飲んだ事なかったけど、どうする? せっかくの乾杯なんだし、ここは」

「……俺はネロイドで良い」

「何よ、ノリが悪いわね!」

「ほら、カズマもこう言っている事だし、めぐみんもネロイドにしておけ。すまないが、クリムゾンビアーを二つとネロイドを二つ頼む」

「あっ! どうしてそんな意地悪をするのですかダクネス! 私を子供扱いしないでくださいよ、そろそろ結婚できる年齢なんですよ!」

「い、いや、これは意地悪しているわけでは……」

 

 めぐみんに掴みかかられたダクネスが困ったような顔をし、アクアが酒が来るのを待って嬉しそうにする中。

 俺はポツリと。

 

「…………どうしてこうなった……?」

 

 

 

 酒場を出る頃にはすっかり日が暮れていて。

 調子に乗ったアクアの宴会芸で、酒場は盛り上がり騒がしかったから、外の静けさに夢から覚めたような心地になったり。

 俺は酔っぱらってフラついているアクアを支えてやりながら。

 

「あっ、そうだ。おいめぐみん、お前、忘れずに毛布を買っておけよ? 買うのを忘れたら今夜は毛布なしで寝てもらうからな」

「分かっていますよ。まったく、カズマはこんな小さな女の子にも容赦がないですね」

「おい、冒険者で、同じパーティーの仲間だって言っておきながら、年齢や性別で贔屓してもらえると思うなよ? 俺は必要とあらば女の子相手でもドロップキックを食らわせられる男女平等主義者。仲間なんだから報酬は等分だし、もちろん負担も苦労も等分だからな。女だからなんて理由では甘やかさないぞ」

「……むう。なんでしょう? すごく下衆い事を言われている気がするのに、一人前として認められている気がして嬉しいようなこの気持ちは……」

「……ん。私とパーティーを組んだ事で、めぐみんも目覚めたという事は……」

「それはないです」

 

 横から何か言ってきたダクネスが、めぐみんの言葉にしょんぼりし。

 気を取り直したように、俺の方を見て言ってくる。

 

「それにしても、毛布を何に使うんだ? 泊りがけのクエストを請ける予定でもあるのか? いや、昨夜は街にいたはずだし……」

「俺達は馬小屋で寝てるからな。場所は貸してもらえるが、毛布なんかは自前なんだよ」

「馬小屋? う、馬小屋だと……!?」

 

 俺の言葉に、なぜか驚愕したらしいダクネスの反応に俺はビビり。

 

「な、なんだよ。馬小屋で寝泊まりなんて冒険者の基本だろ? そんなに驚くような事か?」

「いや、すまない。そうではないのだ」

「……えっと、馬小屋もそれほど悪いところではありませんよ。確かに多少、臭いはしますが、掃除はしてありますから馬糞が落ちているような事もありませんし、今の時季ならそんなに寒くもないですから」

 

 ダクネスが、『幼気な少女』が馬小屋に寝泊まりする事を気にしていると思ったのか。

 めぐみんがフォローするように、そんな事を言う。

 そんなめぐみんにアクアが。

 

「めぐみんめぐみん、最近は馬車を使う人達が宿に泊まる事が少なくなってきたから、掃除も行き届いているけど、ちょっと前までは馬と一緒に寝る夜も多くて、そういう時は馬糞の臭いであんまり寝られなかったりしたのよ!」

「おいやめろ、今そんな話はどうでもいいだろ。せっかくめぐみんが悪いところじゃないって言ってくれてるんだから、黙って乗っかっておけよ!」

「何よ! カズマだって最初のうちは臭くて寝られないとか、藁束がチクチクして寝られないとか、私の寝言がうるさくて寝られないとか、文句ばっかり言ってたくせに! 言っとくけど、アークプリーストは寝言なんか言わないからね」

 

 確かに文句は言ったが、今その話を持ち出さなくても……。

 と、そんな話をしていると、めぐみんまでもが。

 

「……あの、借りている身であまり文句を言うものでもないと思うのですが、敷き布が傷んでいて寝心地が悪いので、この際だし私が買い替えても良いですか? 毛布と一緒に買ったら割引してもらえると思うのですが」

「いいわね! せっかくめぐみんも同じところで寝る事になったんだし、どうせなら寝心地の良いやつを買いましょう、そうしましょう!」

「おい二人とも、やめろって! さっきからダクネスの表情がどんどん強張っていってるのが見えないのか? よく分からんが、馬小屋で寝るのはダクネス的には駄目らしいぞ。あんまりその話はしない方が良さそうだ」

 

 二人に小声で耳打ちしながらダクネスの方を見ると、ダクネスはプイッと視線を逸らす。

 表情があまり変わらないので何を考えているのかよく分からないのだが、どことなく怒っているような気がする。

 そんなダクネスが、俯きながらブツブツと……。

 

「そ、その、あまり私の入れない話題はしないでもらえると、仲間外れな疎外感がなくて良いのだが……」

 

 何か言っていたが、小さな声だったのでよく分からなかった。

 

 

 *****

 

 

「くしゅ!」

 

 キャベツ狩りの翌日。

 ギルドの酒場にて。

 定食を食べながら、めぐみんがくしゃみをして身震いし。

 

「……まったく! カズマが本当に私から毛布を奪うとは思いませんでしたよ!」

「おい、人聞きの悪い事を言うなよ。お前が朝になったら毛布の端っこからはみ出してたのは、アクアの寝相が悪かったからであって俺のせいじゃない。それに毛布を買ってこいってあれほど言ったのに買ってこなかったのはお前じゃないか」

「ですから、良い毛布が見つからなかったと言ったではないですか。そこそこ高い買い物ですし、長く使う事になるでしょうから、出来れば良いものを買いたいのです。昨日は日が暮れてから探し始めたので、時間が足りなかったんですよ」

「ほーん。なら俺も今日はそれに付き合おうかな。敷き布は俺も使う事になるわけだし、口を出す権利くらいあるはずだ」

「いいですけど、お金を払うのは私ですから、決定権は私にありますからね」

「別に俺は拘らないよ。ていうか、お前、金あんのか? 溜めてた宿代を払ったら一文無しになったって言ってなかったっけ?」

「一文無しとまでは言ってませんよ! ……数日なら馬小屋で暮らしていけるくらいのお金はあります。それに、結構な数のキャベツを狩りましたから、そのうち報酬が貰えるはずなのです」

「……なんでキャベツにそんな価値があるのかが俺には分からんのだが」

 

 と、そんな話をする俺達の横ではアクアが。

 

「ここからここまで、全部持ってきてちょうだい」

 

 似非セレブ丸出しな感じでバカみたいな注文をするアクアに、俺は。

 

「……おい、そんなに大量に注文して大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるでしょ。あんぽんたんなカズマさんには実感が湧かないかもしれないけど、キャベツ狩りって言ったら絶対に当たる宝くじみたいなものなんだから。ギルドから報酬が支払われたら、私達もきっと大金持ちよ。あっ、ねえねえ、キャベツ狩りの報酬は等分じゃなくて、取れ高制にしましょうよ。私は頑張って沢山捕まえたんだから、その分の報酬が貰えないと不公平よ」

 

 キャベツの収穫量は、四人の中だと俺が一番で、アクアが二番。

 だからそんな浮かれた事を言いだしたのだろうが……。

 

「俺は別に構わないが……」

「私も構いませんよ。爆裂魔法でモンスターの群れを吹き飛ばしただけで十分満足です。でも壁役のダクネスはああいう事には不得手ですから、取れ高制というのはそれこそ不公平だと思うのですが」

 

 俺の視線に、めぐみんがそう答えた、そんな時。

 

「……ん。私も構わないぞ」

 

 丁度、俺達のテーブルに歩み寄ってきたダクネスがそう言った。

 今日は、鎧を脱いで脇に抱え、秋にしては少し冷たい風が吹くからか、厚手の服を着こんでいる。

 

「おはようございますダクネス」

「……お、おはよう」

「おはよー。すいませーん、クリムゾンビアーを……」

「おは……おい、流れるように酒を頼むな! この時間から飲む気か!」

 

 俺が、挨拶した直後に酒を頼もうとするアクアを引っ叩いて黙らせる中、ダクネスが苦笑しながら席に着く。

 

「お前達はいつも騒がしいな」

「なんだよ、うるさいのは俺じゃなくてコイツの方だからな。注意するならアクアにしてくれ」

「いや、そうではない。その、……こういう空気は私も嫌いじゃない」

「そ、そうか……」

 

 と、俺とダクネスがなんだかもごもごしていると。

 

「ちぇー、しょうがないわね! ネロイド四つくださーい! 今日は、いずれ大金持ちになるこのアクア様が奢ってあげるわ!」

 

 ……キャベツを狩ったくらいでコイツは何を調子に乗っているのか。

 

 

 

「……ん。待たせてすまない」

 

 鍛冶屋から出てきたダクネスが、そう言って微笑む。

 ――朝食を終えて。

 ダクネスが鎧を新調するために鍛冶屋に行きたいと言い、めぐみんも毛布を探すと言うので、俺達は二人にくっついてきていた。

 

「三人はこれからどうするんだ? 確か、毛布を探すと言っていたが……。その、迷惑でなければ私もついていって良いだろうか?」

 

 ダクネスのそんな言葉に、俺達は顔を見合わせ。

 

「別に良いけど、そっちこそ迷惑じゃないのか? 昨日はあれだけボコボコにされてたんだし、ゆっくり休んだ方が良いんじゃないか」

 

 そう。パーティーを結成した初日だが、ダクネスがダメージを受けていた事や、めぐみんが買い物をしたがっていた事などから、今日は休みと決めていた。

 キャベツ狩りで高額な報酬を貰えるらしく、焦ってクエストを請けなくても良いという事情もあり。

 

「カズマさんカズマさん、私もう歩きたくないんですけど」

 

 アクアがバカみたいに大量の注文をして、腹がはちきれんばかりになっているという事情もあり……。

 …………。

 

「お前はバカなの? バカ界の星なの? そのうち馬小屋に『ここにバカの神様が御座します』って看板が出されて、信者が詣でてくるの?」

「そ、そんなにバカバカ言う事ないじゃない……!」

「おいカズマ、弱っているところに追い討ちを掛けるのはやめてやれ。どうしてもと言うなら、私を強めに罵れば良いだろう」

 

 半泣きで力なく言うアクアの背中を、労わるように撫でているダクネスが、そんな事を言う。

 良いだろうの意味がまるで分からないのですが。

 

「あっ、ダクネス! やめてダクネス! 今背中さすられたら出ちゃう……! ……うっぷ……」

「……あの、アクア。やっぱりカズマが言っていたように、ギルドで休んでいた方が良かったのではないですか?」

「い、いやよ……。皆で使う毛布を買うのに、私だけ仲間外れにしないでよ!」

 

 涙目で駄々を捏ねるアクアに俺は。

 

「ああもう、しょうがねえなあー! 毛布とか売ってる店だろ? ちょっと遠いけど、俺が背負っていってやるから……」

「……カズマったらバカなの? 今お腹を圧迫されたらどうなるかくらい分からないの?」

 

 この野郎。

 と、前屈みになっているアクアを睨む俺の袖を、めぐみんがくいくいと引っ張り。

 

「何を言っているのですかカズマ、店はすぐ近くにありますよ。本当はいろいろな店を回るつもりだったのですが……」

「……何言ってるんだ? 商店街はあっちだろ」

「いえ、私の目的地はあっちです」

 

 俺と逆方向を指さすめぐみんに、俺はアクアと一緒に首を傾げた。

 

 

 

「こっちにも商店街があったんだな」

 

 俺が街並みを見ながらそんな事を言うと、ダクネスが振り返って不思議そうに。

 

「カズマは冒険者なのに、冒険者街を知らないのか? 今までどこで買い物をしていたんだ?」

「いや、あっちの方にも商店街があるだろ? 俺の泊まってる宿が向こうにあるから、買い物はそこでしてたな」

「市民街の方だな。冒険者はあまりあちらには行かないものだが」

 

 ダクネスの言葉に、俺が不思議そうに首を傾げていると、めぐみんが訳知り顔で。

 

「冒険者は基本的に気性が荒いですし、すぐに暴力沙汰を引き起こしますからね。そうなった時、力のない一般市民が巻き込まれないように、多くの街では冒険者の区画とそうでない市民の区画とを分けているのですよ。別に出入りを制限しているわけではないですが、必要がない限りはそれぞれの領分を侵さないものなのです。カズマ達は最近まで市民の区画にいたようですから、冒険者達が悪魔退治に躍起になっていた事も知らないでしょう?」

「悪魔退治? なんだそれ、さすがにそんなのが近くに出たってんなら俺達も気づいただろ」

「何を隠そう、その悪魔を仕留めたのはこの私の爆裂魔法なのです!」

 

 …………。

 俺が無言でダクネスの方を見ると。

 

「……あ、ああ。一時期ギルドでも噂になっていたぞ。そうか、爆裂魔法で悪魔を倒したアークウィザードというのはめぐみんの事だったんだな」

「ちょっと待ってくださいよ、今のやりとりはどういう意味ですか! おい、私の爆裂魔法の威力が信じられないと言うんなら、この場で見せつけてやろうじゃないか」

「おい待て! 分かった、よく分からんが、お前は悪魔を倒したんだな! やるじゃないか爆裂魔法!」

 

 俺が慌てて取りなすと、めぐみんは口を尖らせながらも満更ではない様子で。

 

「そうですよ、爆裂魔法は最強魔法。……まあ、あの悪魔を倒せたのは私一人の力というわけではないのですが……」

 

 何か言っていたが、後半は声が小さくてよく聞こえなかった。

 ……俺は難聴系主人公ではないはずだが、最近こんな事が多い気がする。

 めぐみんとダクネスがなんだか呆れた顔をしているので、俺は隣をフラフラ歩くアクアに。

 

「なあ、悪魔が出たって話だけど、お前知ってたか?」

「……んー? そういえば、土木工事をしてる時に、なんかでっかい黒いのが飛んできたわね。私がちょっと弾いてやったら逃げていったけど」

「誰がゴキブリの話をしろと言った」

 

 どうやらアクアも知らないらしい。

 アクアは俺の言葉に、何か言い返そうとしていたが、唐突に目を見開いて両手で口を押えた。

 ……波が来たらしい。

 先を行くめぐみんとダクネスはすでに店に着いていて、店先で毛布を手に何か話し合っている。

 

「これなんかどうでしょう?」

「……そ、素材は悪くないが、その柄は……」

「こっちもなかなか良いですね!」

「な、なあめぐみん、その毛布に包まって眠るんだろう? 生地は悪くないようだが、もう少し大人しい柄の方が良いんじゃないか?」

「何を言っているんですか? 素材はもちろんですが、私は柄の良さで選んでいるんですよ。……なんですか、私のセンスに何か文句でも?」

「い、いや、そういうわけではないのだが」

「まあ良いではないですか。別にダクネスが使うものではないのですから」

「そ、そう……だな……」

「…………。……もちろん、ダクネスも使うつもりでいるのなら、意見を聞き入れない事もないですけどね! ちなみにダクネスはどんなのが良いんですか?」

「……! そ、そうだな! ……その、こんなのはどうだろうか?」

「…………今の話はなかった事にしましょう」

「!?」

「カズマー、早く来てくださいよ! 私達で選んでしまいますよ!」

 

 俺は店先から呼びかけてくるめぐみんに。

 

「ちょっと待ってくれ。アクアが動かなくなった」

 

 

 *****

 

 

 その夜。

 いつもの馬小屋にて。

 

「……おおっ。前のより格段に寝心地が良いな! 変な柄だけど、暗いからよく見えないし」

「おい、私達の選んだものに文句があるなら聞こうじゃないか」

「いや別に。そういやお前ら、いきなり仲良くなってたけど、なんの話をしてたんだ?」

「それは内緒です。すぐに分かりますよ」

「なんだそりゃ?」

 

 俺の質問にめぐみんは答えようとせず。

 暗い馬小屋ではよく分からないが、楽しそうに笑っているようだが……。

 

「ねえカズマさん、朝に食べすぎたからってお昼と夜を抜いた結果、お腹が空いてきたんですけど」

「我慢しろ」

 

 胃の中身が消化されたらしくバカな事を言いだすアクアに俺が即答していると。

 

「あ、こっちですよ!」

 

 そう言って、めぐみんが手を……。

 ……?

 前にも似たような事があった気がするが。

 俺が首を傾げていると、馬小屋の入り口に立っていた人影が、足早にこちらに近づいてきて。

 

「……す、すまないが、私もここで寝させてもらって良いだろうか?」

「あれっ? ダクネスじゃないか、何やってんだ? お前は自分の宿があるんだろ。金があるんだったら、わざわざ馬小屋なんかで寝なくても良いじゃないか」

「ちょっとカズマ、何言ってんのよ! ダクネスが言いにくそうにしてるのが分からないの? ダクネスにだって、馬小屋に泊まらないといけない事情があるのよ。ほら、ね? 分かるでしょう?」

 

 俺にだけこっそり話しているつもりのアクアの言葉はダクネスにも聞こえているようで、いたたまれなさそうに俯くダクネスに、俺は。

 

「……なるほど。藁束の寝心地を想像して興奮したのか? 残念だが、敷き布があるからそんなにチクチクしないぞ。買い替えたばかりだしな」

「違うわよ、お金がないの! きっと宿泊費を滞納して宿を追いだされたのよ! 私達は仲間なんだから、余計な事を言わないで受け入れてあげましょうよ」

「い、いや、そうではなく……。金はそれなりに持っているし、……だが、そうか、チクチクしないのか」

 

 ダクネスはなんだかモジモジしながら、残念そうにそんな事を……。

 

「どっちも違うっていうんなら、なんでこんなとこに来たんだ?」

「……ん。その、私は冒険者というものにずっと憧れていたんだ。これまでは金に困っていたわけでもないから普通の宿に寝泊まりしていたが、冒険者というのは馬小屋で生活するものだろう? お前達とパーティーを組む事になったのだし、これも良い機会だと思ってな。生活の中でお互いの呼吸を掴む事で、戦闘中の連携もしやすくなるだろう」

 

 ダクネスがそんな、どこかで聞いたような事を言うので、俺はすかさずツッコんだ。

 

「それはめぐみんの入れ知恵か?」

「……!? い、いや…………、そう……です……」

 

 俺の言葉に、ダクネスは恥ずかしそうに目を逸らす。

 ダクネスは馬小屋で寝る事をあまり良く思っていなかったんじゃないのか?

 

「……よく分からんが、いちいち俺が許可を出すような事でもないし、ここで寝たいんなら寝たら良いんじゃないか? ちょっと詰めれば四人くらいは寝られるだろ。そういえば、毛布は持ってきたか? この間はめぐみんが毛布もないくせにやってきて、俺が寒い思いをしたからな。お前が同じ轍を踏むっていうなら、今度こそ俺は譲らないぞ」

「…………、すまないが毛布は持ってきていない」

「いや、今背中になんか隠したのはなんだよ? いいからさっさと出せ! 寒い思いをしたいのか!」

「むしろご褒美だ……!」

 

 ダクネスがどうしようもない事を言いだした、そんな時。

 

「おい、うるせーぞ! またお前らか!」

 

「「「「す、すいません!」」」」

 

 

 

 ――そんな感じで、俺達は馬小屋で寝泊まりするようになった。

 




・市民街と冒険者街
 独自設定。
『爆焔』3巻の件をカズマとアクアが知らない理由として編み出した妄想。

・馬小屋で寝泊まり
『祝福』1巻p189、アクアの発言「皆で馬小屋で寝泊まりしている」から。
 ちなみに『祝福』2巻p11のめぐみんの「二人とも早いですね」という待ち合わせっぽい発言から、この時点で二人は別の場所で寝起きしているので、寒くなったらベルディアの討伐報酬で二人は宿に移った模様。
 別にツッコまれたから急遽書いたわけじゃないんだからね。


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このしんどい病人に安息を!

『祝福』1,2,3、『爆焔』1、既読推奨。
 時系列は、3巻1章と2章の間。


 いくつもの街を蹂躙し、進路上の何もかもを破壊し、それが通った後にはアクシズ教徒以外、草も残らないとまで言われた、最悪の大物賞金首、機動要塞デストロイヤー。

 その迎撃戦で指揮をとり、見事、デストロイヤーの撃破に成功した俺達は――

 

 というか俺は。

 なぜか国家転覆罪の容疑を掛けられて投獄され。

 裁判で死刑を言い渡されたところを、ダクネスのおかげで猶予を与えられて。

 

 ――ようやく屋敷に帰ってきた俺は。

 

「ふぇっくし!」

 

 くしゃみで目が覚める。

 なんだろう、デジャヴが……?

 もう昼過ぎのようだが、ちっとも眠った気がしない。

 頭が重くてフラフラする。

 と、ベッドの上で身を起こしたままぼーっとしていると、コンコンとドアがノックされ。

 

「おいカズマ、裁判が終わったばかりで疲れているのかもしれないが、いつまで寝ているつもりだ? もう昼過ぎだぞ。お前の身の潔白を証明するために、行動を起こすなら早い方が良い。さっさと起きてこい」

「……起きてるよ」

「……? なあ、私の気のせいかもしれないが、様子がおかしくないか? ちょっと部屋に入っても良いか?」

「良いぞー」

 

 なんだか頭が働かず、ダクネスの言葉に頷くと。

 

「カズマ……!? お前、顔が真っ赤だぞ! 大丈夫なのか!」

 

 ドアを開けたダクネスが、慌てたように駆け寄ってきて……。

 

「ふぇっくし!」

「うわっ、汚っ! お、お前という奴は……、いきなり何を……! ああ、しかし熱く火照った雄の体液を顔にぶちまけられるとは、なんという……!!」

「気持ち悪い」

「……んんっ……、くう……! カズマ、もう一度、今のをもう一度、蔑んだ感じで……!」

 

 あかん。

 気持ち悪くてダクネスのバカな発言にツッコむ気力がない。

 

「い、いや、……カズマ、体調が悪いんだな? 熱があるのではないか? さ、触るぞ……?」

 

 遠慮なく変態発言を口にするくせに、ダクネスは遠慮がちに俺の額に手を当ててくる。

 指先がひんやりしていて心地良い。

 

「……ん。すごい熱だな。カズマ、前言撤回だ。お前は今日一日、安静にしていろ」

 

 

 ――どうやら俺は、風邪を引いたらしい。

 

 

 *****

 

 

 長い事、馬小屋で凍えながら朝を迎え。

 冬を越す拠点を手に入れたと思ったら機動要塞デストロイヤーが襲来。

 激戦の末にデストロイヤーを撃破し、これで借金も返せそうだと安心していたところに、今度の冤罪騒ぎだ。

 正直、いっぱいいっぱいだったのだと思う。

 多額の借金を背負った不安とか、冬を越せるのか分からない悩みとか、役に立つのか立たないのかよく分からない仲間達から受ける心労とか。

 十六歳の元ニートには荷が重すぎた。

 牢屋で過ごしたのは数日だが、寒さと心細さで体調を崩したのも無理はない。

 そんな事を考えながらベッドで横になっていると……。

 

「カズマさん、ダクネスから風邪を引いたって聞いたけど大丈夫? 私が来たからには安心しなさいな! このアクア様が風邪なんかすぐに吹っ飛ばしてやるわ!」

 

 部屋に入ってきたアクアに、俺は身を起こし。

 

「ああ、回復魔法か、頼むよ……。風邪なんて長い事引いてなかったけど、結構しんどいな……」

「……? 何言ってんの、病気や風邪に回復魔法は効かないわよ?」

「そうなのか? 毒や麻痺も治せるって言ってたし、風邪も治せるんじゃないのかよ……。ああでも、回復魔法はウイルスまで活性化させるってパターンの設定も時々見るなあ……。まったく、この世界はどこまでもロクでもないな。でもそれなら、お前は何をしに来たんだよ?」

「決まってるでしょ、看病よ! アークプリーストは弱っている人の世話をするのが役割だもの。風邪を引いている間は何でも私に言ってよね!」

 

 珍しくそんな事を言いだすアクアに、俺は穏やかな口調で。

 

「ありがとうアクア。……じゃあ部屋から出てってくれるかな」

「……? ねえカズマさん、何を言ってるの? 部屋から出たら看病できないじゃない。カズマが弱ってるなんて珍しいし、たまには私も役に立つってところを見てほしいんですけど」

「うん、オチが見える。お前がやる気を出したらどうせまた空回りして厄介事を起こすだろ? 今の俺はいちいちツッコんでいられるほど体力がないんだからな。本当に勘弁してください。お前は大人しくしててくれればそれで良いよ」

「なんでよーっ! ねえ厄介者扱いしないでよ! 私だって役に立つわよ!」

「すでに騒がしくて厄介なわけだが」

 

 俺の寝ているベッドをアクアがバンバン叩いてきていた、そんな時。

 めぐみんが部屋の入り口に立って。

 

「アクア、何をしているんですか? カズマは風邪を引いているのですから、あまり騒がしくしないであげてください。今日は一日、安静にさせるようにと、ダクネスにも言われたでしょう? カズマが風邪を引いたのは私達のせいでもあるのですから、今日くらいゆっくりさせてあげましょうよ。ほら、遊んでほしいなら私が構ってあげますから、この部屋からは出てください。弱っているところを狙っていつもの復讐をするつもりなら、さすがに見過ごせませんよ? 紅魔族的な美学にも反します」

「ち、違うの! めぐみん、違うのよ! 私だって、私なりにカズマさんを元気づけようと……! ねえ、聞いてよー!」

 

 泣き喚くアクアがめぐみんに引きずられていって。

 部屋に静けさが戻る。

 風邪を引いて気が弱くなっているせいだろうか。

 ……一人きりになると、少しだけ寂しい。

 

 

 

 しばらくして、お盆を持ったダクネスがやってきた。

 お盆の上には湯気の立つ鍋と、小さな器とスプーン、それに丸ごと一本のネギ。

 ……ネギ?

 ダクネスがベッドの傍に椅子を持ってきて座ると、鍋の中にお粥が入っているのが見える。

 ダクネスは鍋から小さな器にお粥をよそいながら。

 

「食欲はあるか? ……子供の頃、私が風邪を引くと、父がよく手ずから食べさせてくれたものだが。……あ、あー……、……ん……」

「自分で食う」

 

 スプーンでお粥を掬って顔を赤くしていくダクネスを見て、俺はそう言って器とスプーンを奪い取った。

 ダクネスが残念なような安堵したような息を吐き。

 

「……お前には苦労を掛けたな。ベルディアとの戦いでも、デストロイヤーとの戦いでも、いざという時はいつも、お前が何とかしてくれた。私達は、そんなお前に甘えすぎていたのだろう。四千万もの借金を抱え、冬越しの準備に追われ、冬将軍には本当に殺されもした。……すまなかったな。これからはもう少し、私もお前に頼られるようになろう。今は何も考えずに風邪を治してくれ」

「お、おい、なんだよ、いきなり優しくするなよ。今の俺は風邪を引いて心も弱ってるんだぞ? うっかり惚れても知らないからな」

 

 そんなバカな事が言えてしまうのは、それこそ風邪を引いて思考や羞恥が鈍っているからだろう。

 ダクネスは楽しそうにふふっと笑って。

 

「安心しろ。もしもそうなったとしても、私がお前に惚れる事などありえん」

「…………」

「あ、いや、……そうだな。少しくらいは可能性があるぞ? うん、私はお前の良いところもたくさん知っている。例えば、…………例えば……?」

 

 必死な様子で考え込むダクネスに、俺は。

 

「ふぇっくし!」

「あああ! ご飯粒が! お、お前っ、黙っていたのはくしゃみを我慢してたからか! 紛らわしい事をして! ああもうっ、あちこちべちゃべちゃじゃないか、まったく!」

 

 ダクネスが俺に文句を言いながら、ハンカチで顔や服についたお粥を拭い。

 

「……ほら、お前も。鼻からご飯粒が飛んでいたぞ?」

「ゲホッ! ゲホッ! わ、悪い……。でも、くしゃみなんて制御できないんだからしょうがないだろ? あ、もうちょっと下の方をお願いします」

「……ん。こんなものだろう。……お代わりは?」

「貰う」

 

 二杯目のお粥を食べ始めて。

 ダクネスが俺がお粥を食べる様子を黙って見守っている。

 見られていると食べにくいのだが……。

 無言で食べ続ける事に堪えかねた俺は、お盆の上に置いてある丸ごと一本のネギを指さし。

 

「……なあダクネス、さっきから気になってたんだが、そのネギは何に使うんだ?」

「うん? ああ、これか。聞くところによると、これを尻に刺すと風邪が早く治るそうだ」

 

 …………。

 

「……今なんて?」

「なんだカズマ、風邪のせいで耳が悪くなっているのか? しょうがない奴だな。……このネギをお前の尻に刺すと言ったんだ」

 

 ダクネスは労わるような慈愛に満ちた笑みを浮かべて、そんな事を……。

 

「うおお、近寄んなバカ! この変態! ド変態! お、おまっ、お前……! 自分から責めてくるとか、お前はそういうんじゃないだろ! 一人で妄想してハアハア言ってろよ! 人が弱ってるってのに、いきなりなんなの!? 痴女なのか、痴女なんだな!?」

「お、おい、人聞きの悪い事を言うな。私はただ、お前が早く風邪を治せるように、恥ずかしいのを我慢してこれをだな……」

「どうするつもりだよ! 恥ずかしいのを我慢して、それをどうするつもりなんだ! おい近寄るな、それ以上近寄ってきたらスティールで全裸に剥いた上にお前の尻にネギを刺して屋敷から叩き出すからな!」

「お、お前はという奴は……っ! ……んんっ……!? ……風邪で弱っているはずなのに、相変わらず私を責めてくるとはどういうつもりだ!?」

「……興奮してんじゃねーよ」

「し、してない」

「いや、明らかにしてただろ。やめろよな、今日はさすがにツッコみきれないぞ。ネギを尻に刺したければ自分一人でやってくれ」

 

 ドン引きする俺の言葉に、ダクネスは羞恥をかなぐり捨てて激昂し。

 

「おい! これは私の性癖とは関係なく、お前のためを思って持ってきたんだ! 身の潔白を証明するには、早く風邪を治す必要がある。恥ずかしがっている場合じゃないだろう!」

「バカなのか? バカなんだな? いや、変態なんだな? 悪かったよ、俺はお前を甘く見てた。謝るよ。良いかダクネス、大事な事だからよく聞けよ。恥ずかしいとかそういうんじゃない。普通の人にとって、尻に何か刺すっていうのは大変な事なんだ」

「おい待て。普通の人にとってとはどういう事だ? そ、それは私にとっても大変な事だ! まるで私が日常的に……何か刺しているような言い方はやめろ!」

「……大丈夫だダクネス。俺達は一緒に魔王軍の幹部や大物賞金首と戦った仲間じゃないか。お前がちょっとくらい変わってるのは出会った時から分かっていたしな。もし仮に、尻にネギを刺す変わった趣味を持っていても、俺はお前をパーティーから追い出したりしないよ」

「おいやめろ、なぜ急に優しくするんだ? 違うぞ! 私にそんな趣味はない!」

「デストロイヤー迎撃戦でやたらと格好良かったお前が、実は尻にネギを刺していたとしても、俺は変な目で見たりしないよ」

「……!? こんな侮辱を受けたのは初めてだ! 病人だからといって何を言っても許されると思うな! ベッドから降りろ! ぶっ殺してやる!」

「まあ良いじゃないか。これからは好きなだけ尻にネギを刺して……」

 

 と、調子に乗ってダクネスをからかっていた俺は、唐突に言葉を止め。

 そんな俺を不審そうに見ていたダクネスが、やがて俺の視線の先にある部屋の入り口を見て。

 

「あわわわわわわ……」

 

 そこには、ドアの陰から顔だけを覗かせるアクアの姿が。

 アクアは、ダクネスの持つネギとダクネスの尻とに視線を行き来させながら後ずさると……。

 

「めぐみん! めぐみーん! 大変よ、ダクネスったら大変な変態よ! 実はダクネスはドMなだけじゃなくて……!」

「ままま、待てアクア! 違う、これは違うぞ! アクア!? おいアクアー!」

 

 報告に行こうとするアクアを、ダクネスがネギを持ったまま追いかけていった。

 ……よし、満腹になったし寝るか。

 

 

 *****

 

 

 次に目を覚ますと、タオルを持っためぐみんが俺の顔を覗き込んでいた。

 

「……起こしてしまいましたか?」

 

 ベッドの傍に置かれた椅子に座っためぐみんは、水を張った手桶にタオルを浸し、水を絞って俺の額に乗せてくる。

 額に乗せていたタオルを、濡らしてくれていたらしい。

 

「体調はどうですか? お腹は空いていませんか? 喉が渇いているなら、水もありますよ」

 

 めぐみんのそんな甲斐甲斐しい言葉に、俺は水を貰って飲みながら。

 

「……なんか、お前らに世話されるってのも変な気分だな」

「こんな時くらい、素直に私達を頼ってくれても良いじゃないですか。こう見えても私は、看病には結構慣れているのですよ。風邪の時は気が弱くなりますからね、カズマが邪魔じゃなければ、私はここにいようと思うのですが」

 

 めぐみんはそう言いながら、膝に乗せた本のページをパラパラと捲る。

 

「いや、そこにいてくれ。一人だと寂しいと思ってたところだ」

「……熱のせいでしょうか? 普段なら絶対に口にしないような事を言っていますよ。そんなに素直になられると、私としても少し気恥ずかしいのですが」

「今の俺がなんか変な事を言ったとしても、それは全部熱のせいで無効だと思ってくれ」

 

 確かに今のは恥ずかしい発言だったかもしれない。

 どうも風邪のせいでいろいろと鈍くなっている。

 しばらく、めぐみんが本のページを捲る音だけが聞こえる、静かな時間が続き。

 額のタオルを濡らしてもらったり。

 

「水はいりますか?」

「貰う」

 

 水を貰ったり。

 ……そんな風にして時間は過ぎていき。

 

「……なかなか熱が下がりませんね。ここはやはり、私が紅魔族秘伝の病治療ポーションを調合しましょうか」

 

 額のタオルを濡らしながら、めぐみんがそんな事を言いだした。

 

「病治療ポーション……? そんなのが作れるのか? なんだか初めてめぐみんの魔法使いっぽい賢いところを聞かされた気がする」

「……? 熱があるからってわけの分からない事を言わないでくださいよ。私はいつだってアークウィザードとして冷静沈着を心がけていますよ」

「おい、俺に熱があるからってあんまりわけの分からない事を言うなよ? ……そんな事より、その病治療ポーションってのについて詳しく」

「ちょっと引っかかりますが、まあ良いでしょう。病治療ポーションとはその名の通り、作り手の熟練度にもよりますが大抵の病なら治療できるポーションです。紅魔族随一の天才である私は、学生時代に病治療ポーションの作製にも成功した事があります。材料さえあれば、すぐにでもポーションを用意できますよ」

「そりゃ助かるな。で、材料ってのは?」

「ファイアードレイクの肝にマンドラゴラの根、それにカモネギのネギです」

「……聞いた事のないモンスターなんだが」

 

 名前の響きからして、とても強そうな感じだ。

 この駆け出し冒険者の街の近くにはいないモンスターなのではないか。

 

「そういえば、紅魔の里の近くにいたモンスターばかりですね。さすがにこの街で材料を集めるのは不可能か、集まってもかなり値段が高くつくかもしれません」

「いや、ちょっと待ってくれ。まだ借金がなくなったわけじゃないんだし、余計な出費は避けたい。風邪くらい寝てれば治るから、頼むから大人しくしててくれよ」

「材料費は自分で出しますから、心配しないでください。私とダクネスは、ベルディアの討伐報酬を貰いましたし、私はダクネスのように鎧の修繕をする必要もありませんでしたから、多少なら余裕があります。カズマこそ余計な事を心配しないで、病人なんですからゆっくり休んでいてください。すぐに私が病治療のポーションを用意してあげますから」

「……そ、そうか。そこまで言うなら頼むけど、本当に大丈夫なんだよな?」

「もちろんです。いつもは私達が苦労を掛けているのですから、弱っている時くらい私の事も頼ってくださいよ」

 

 めぐみんはそう言って笑い、部屋を出ていき。

 俺は目を閉じているうちに眠りについて――

 

 

 

 ――爆裂魔法の震動で目を覚ました。

 

 めぐみんが、ベルディアが住み着いた廃城に爆裂魔法を撃ち込む際には一緒に行ったし、その後も何度も爆裂散歩に付き合って、最近では爆裂ソムリエとして採点までし始めた俺だから、爆裂魔法の震動と他の震動を間違える事はない。

 ……あのバカ。

 何が私の事も頼ってください、だ。

 余計な事を心配しないでゆっくり休んでいてください、だ。

 結局爆裂オチじゃないか。

 まったく、アイツらと来たらちょっと気を許したらコレだ。

 おちおち寝てもいられない。

 眠る気にはなれないがベッドから起き上がる気力もなく、悶々と寝返りを打っていると、やがてダクネスに背負われためぐみんがやってきた。

 

「カズマ! 聞いてくださいカズマ! ファイアードレイクもマンドラゴラも、紅魔の里の近くにはいくらでもいて、隣のニートに頼めばタダで採ってきてくれるんですよ! それをあんな……、あんな値段で……! あの店主も、人が下手に出ていれば付け上がって……! 何がデストロイヤー討伐祝いの大特価ですか! ぼったくりもいいところではないですか!」

「め、めぐみん、頼むから落ち着いてくれ。あまり病人を騒がせるものではない。……その、耳元で叫ばれると私も耳が痛いのだが」

 

 背負われながら手足をジタバタさせるめぐみんに、ダクネスは困ったように顔をしかめている。

 俺はそんな二人に顔を上げて。

 

「……聞きたくないけど、何があったのか聞こうか」

 

 聞けばこんな話だ。

 病治療ポーションの材料は、この街でも見つける事が出来たらしい。

 最近、この街で機動要塞デストロイヤーが討伐された事で、大金を得た冒険者の需要を当て込んで、多くの商人が集まってきたためだ。

 しかし、商品の値段に輸送費が加算されるのは当然の事。

 ましてや、ここは街の外を移動するだけでモンスターに襲われたりする危険な異世界だ。

 めぐみんの想定よりも素材の値段は高く。

 それはめぐみんが持っているベルディアの討伐報酬の残りを使っても足りないほどで……。

 

「だからって、キレて街中で爆裂魔法を撃つのはどうかと思う」

 

 俺が呆れた目を向けると、めぐみんは心外だと言わんばかりに慌てて。

 

「ち、違いますよ! いくら私だってそんなバカな事をするわけがないじゃないですか! 私はただ、足りないお金を集めるために、アダマンタイトを壊せたら賞金を貰えるという露店に行ったまでです」

「……街中で爆裂魔法を撃つのは十分バカな事だと思う」

 

 俺のその言葉に、ダクネスもうんうんと頷いている。

 めぐみんは少し不満そうな表情をしていたが、やがて申し訳なさそうに。

 

「それでですね、爆裂魔法を街中で撃ったせいで、辺りにいろいろと被害が出まして。その補償金を支払ったせいで、病治療ポーションの素材が買えなくなってしまいまして。……すいません。カズマのために何かしてあげたいと思っていたのに、結局何も出来ませんでした」

 

 ていうか、ゆっくり寝ていたところを爆裂魔法で叩き起こされたわけだが。

 

「まあ良いって。俺のためにって思ってやってくれたんだから、その気持ちだけで十分だよ。ありがとうな、めぐみん」

「カ、カズマ……! このままでは私の気が済みません! ダクネス、冒険者ギルドに行きましょう! 私は紅魔族随一の天才! 正規の材料が揃わなくても、独自のもっと安価なレシピで病治療ポーションを作ってみせますよ! まずはカエルを討伐に行き、肝を……!」

 

 めぐみんがいきなり手足をジタバタさせて騒ぎ出し、ダクネスが言われるままに部屋から出ていって……。

 いや待ってくれ。

 気持ちだけで十分だから、もう何もしないでくれと続けようとしていたのだが。

 

 

 

 日が暮れる頃になって、めぐみんはボロボロになったダクネスに背負われてやってきた。

 今日はもう爆裂魔法を使っているから、まともに立ち上がる事も出来ないまま、ダクネスに指図して行動していたのだろう。

 ……付き合わされて憔悴しているダクネスが少しだけ気の毒だ。

 

「カズマ、見てください! 病治療ポーションです! 従来のものより安価な材料を使っていますが、作製工程を複雑にする事で効果を高めました! これを飲めば一発です!」

 

 穏やかな微睡みを覚醒させられた俺は、力なく息を吐いて。

 

「……なあめぐみん、爆裂魔法で翻ってるスカートの中を覗こうとしたり、爆裂散歩の帰りにちょっとセクハラしたりした事は謝るよ。謝るから、それを飲むのは許してください」

 

 飲んだら一発でお陀仏になりそうな代物だった。

 

「何を言っているんですか? カズマがちょっとしたセクハラをしてくるのはいつもの事じゃないですか。そんなのをいちいち気にしていたらパーティーなんてやってられませんよ。だからって気安く触られても良いわけではないのですが、それとこれとは話が別です。とにかく、これさえ飲めば風邪なんかすぐに治りますよ。味の保証までは出来ませんが、どうぞ、グイッと行ってください」

 

 めぐみんにドドメ色をした液体の入った瓶を渡されながら、俺は。

 

「……ちなみに材料を聞いても良いか?」

「ファイアードレイクの肝が手に入らなかったので、ジャイアントトードの肝を使いました。あと、マンドラゴラの根が手に入らなかったので、ニンジンを使いました。カモネギのネギも手に入らなかったので、ダクネスがお尻に刺そうかと迷っていたネギを使いました」

「なめんな」

 

 カエルとニンジンとネギでポーションが出来てたまるか。

 迷わずポーションの瓶を捨てようとする俺を、尻に刺そうかと迷っていたわけではないと主張するダクネスに背負われたまま、めぐみんが手を伸ばして止める。

 

「ああっ、待ってくださいカズマ! これを完成させるまでにはダクネスがカエル相手に攻撃を外しまくったり、ニンジンを捕まえられなくて街中を走り回ったり、ネギにつつき回されてハアハアしたりしたんです!」

 

 ダクネスばかり苦労している件について。

 と、そのダクネスまでもが涙目で俺を見てくる。

 ……そんな目で見られたら、俺が悪い事をしているみたいじゃないか。

 俺は暴れるのをやめて、ポーションの瓶の蓋を取っ……。

 

「…………なあ、マジでこれを飲めってか? なんかものすごい臭いがするんだけど」

「あっ、カズマカズマ、蓋を開けてしまったなら早く飲まないとどんどん劣化していきますよ! それに臭いも部屋に染みつきますし、長時間放っておくとボンってなりかねません」

「おい、病治療ポーションなんだよな? これ飲んだらボンってなったりしないよな?」

「当たり前じゃないですか、病治療ポーションですよ。私を信じて、グイッと行ってください」

 

 信じて送りだしためぐみんは街中で爆裂魔法を撃ってきたわけだが。

 クソッ、躊躇してる時間もないのか!

 俺は覚悟を決めて瓶を一気に呷り――

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 昨日は風邪を引いて一日中寝ていたからか、俺は早い時間に目を覚ました。

 いつもは布団の中でグダグダと時間を潰すのだが、爽快な気分で起き上がり、服を着替える。

 風邪はもうすっかり治ったようだ。

 足取り軽く広間に降りていくと……。

 

「お、おお、おはようございますカズマ、今朝はやけに早いですね? 体調はもう大丈夫なんですか?」

「おはよう。風邪は治ったみたいだ、めぐみんの作ってくれたポーションのおかげだな」

 

 俺がそう言うと、めぐみんはなぜか目を逸らす。

 そんな俺達の様子を、ソファーに膝を抱えて座って見ていたアクアが。

 

「……ねえカズマさん、なんだか顔が緑色なんですけど」

「お前はいきなり何を言ってんの? 人間の顔が緑色なんて、そんなバカな事があるわけないだろ、なあめぐみん。……おいどうして目を逸らすんだ?」

 

 めぐみんの顔を覗き込もうとする俺を、必死に視界に入れまいとするめぐみんは。

 

「あああ、当たり前じゃないですか! 人間の顔が緑色だなんて、そんなバカな事あるわけないですよ! ……うわすっごい緑色。思ったより緑色」

「おい最後なんつった?」

 

 と、俺がめぐみんの顔を自分の方に向けさせようと揉み合っていると……。

 台所からやってきたダクネスが。

 

「カズマ、起きたか。……やはりまだ治っていないようだな、今日もクエストは中止にしよう。そんな顔を見られたら、あの検察官に何を言われるか分からん」

「治ってない……? いや、風邪はもう治ったけど」

「気づいていないようだが、お前の顔は緑色になっている」

 

 …………。

 

「おいめぐみん、お前は俺に何を飲ませたんだ?」

「ち、違うのです! ちゃんと病治療ポーションとしての効果はありました! ほら、カズマの風邪は治っているではありませんか。ただちょっと、副作用があったようで……」

「ふざけんな! 風邪は治ったけど副作用でカエルっぽくなるってか! どうすんだよ、これって治るのか? それとも俺はこのまま虫を食うようになるのか?」

「……そ、その、昨日作った病治療ポーションは、私が独自に編み出した調合法によるものでして、……どうなるかはよく分かりません」

 

 気まずそうに目を逸らしながら、めぐみんがそんな事を……。

 

「よしダクネス、めぐみんの尻にネギを刺して良いぞ」

「そんな!? 嘘ですよねカズマ! 謝ります、謝りますのでそれだけは勘弁してください!」

「い、いや待ってほしい。昨日も言ったが私にそんな趣味はないぞ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんとダクネスが泣きそうな顔で口々に言う中。

 アクアが咎めるような口調で。

 

「そうよカズマ、ダクネスは他人のお尻にネギを刺しても楽しくないのよ?」

「そ、そうだ、アクアの言うとおり……!? いや待て、待ってくれ。自分にとか他人にとかそういう事ではないのだ。私にそんな趣味はないと昨日あれほど……!」

 

 ダクネスが顔を真っ赤にしてアクアに詰め寄り。

 何かを決意したように頷いためぐみんが。

 

「……わかりました、わかりましたよカズマ。今度はカエルっぽくなるのを治療するポーションを作ってみせます。紅魔族随一の天才と呼ばれた私の力を見せてあげましょう!」

「俺は金輪際お前の作ったポーションは飲まないからな」

「あれっ!?」

 

 めぐみんが意外そうな声を上げる中、俺はアクアの方を見て。

 

「なあアクア、回復魔法で風邪は治せないって話だけど、これは状態異常みたいなもんだし、何とかなるんじゃないか?」

 

 アクアはダクネスと取っ組み合いながら俺を一瞥し。

 

「はあー? 昨日は私にあんな事言っといて、風邪が治ったからって何を調子の良い事言ってるんですか。私は頑張ると空回りして厄介事を起こすので、今日は大人しくしてようと思います。カズマはそこら辺の虫でも食べてれば良いんじゃないですかー?」

 

 俺が昨日、部屋から追いだした事で拗ねているらしく、アクアがそんな事を言ってくる。

 この野郎。

 

「……そうだな、俺も昨日は言いすぎたよ。せっかくお前が心配してくれたのに悪かった。反省するためにもお前の回復魔法に頼らず、当分は緑色の顔のまま生活しようと思う」

 

 素直に謝る俺に、アクアは不思議そうな顔をし、ダクネスと取っ組み合うのをやめてこちらを見てくる。

 俺はそんなアクアの顔を見返して。

 

「こんな顔をしているところをセナに見られたら、俺は今度こそ魔王軍の手先だと言われて処刑されるかもな。お前が蘇生魔法を使える事も知られてるだろうから、蘇生魔法で治癒できないくらい死体は酷い事になるんじゃないか?」

 

 自分で言っていて気分が悪くなってくるが、俺は続ける。

 

「それに、あの悪徳領主が首を突っこんでくるだろうし、そうなるとなんだかんだ文句をつけられて、機動要塞デストロイヤーの討伐報酬も奪われるかもな。相手は貴族だから、俺達にはどうにもならない。いや、その時には俺は処刑されてていないわけだが」

 

 俺の言葉に想像力を掻き立てられたのか、アクアが青い顔をして。

 

「……ね、ねえカズマ、やっぱり回復してあげても良いわよ? そんな、ちょっと面白い顔をしているから処刑なんて不当だし、見過ごせないわ」

「おい、人の顔を面白い顔とか言うのはやめろ。まあ聞けよ。俺が処刑され、デストロイヤーの討伐報酬も奪われると、お前には何が残る? そう、借金だ! パーティーのリーダーだからって事でなぜだか俺が背負わされていた、ベルディア討伐の時の洪水の補償金、あれは元々お前の借金だからな。俺が死んだらお前に返済義務が生じるだろうよ。攻撃の当たらない変態クルセイダーと、爆裂魔法を一日一発しか撃てない頭のおかしいアークウィザードと、あとお前。……どうやって借金を返していくのか、俺もエリス様と一緒に見守っててやるからな」

「わあああああーっ! 待って! 待って! 見捨てないでよ! 分かったわよ、回復魔法くらい掛けてあげるから!」

 

 風邪を引いている間、穏やかに過ぎていった時間も悪くなかったが、俺にはやっぱり、こういう騒がしさの方が性に合っているのだろうと、そんな風に思う自分に少しだけ笑って――!

 

「お構いなく。もうお前らの面倒を見るのも疲れたし、俺はここらで生まれ変わろうと思う。まあお前がどうしても回復させてくださいって言うなら」

「回復させてください、カズマ様ーっ!」

 




・病治療ポーション
『爆焔』1でめぐみんが作っていたアレ。
 カエル、ニンジン、ネギで作れるというのはもちろん独自設定。


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このロクでもないお兄ちゃんに妹を!

『祝福』6、既読推奨。
 時系列は、6巻終了直後。


「妹が欲しい」

 

 ――王都から帰ってきて数日が経った。

 このところ、アルカンレティアに湯治に行ったはずなのに魔王軍の幹部と戦ったり。

 紅魔の里に行く途中でオークに襲われたり、里では魔王軍の幹部に掘られそうになったり。

 王都では王城に忍びこんで騎士や冒険者達を相手に大立ち回りをしたり。

 やたらと騒動に巻きこまれて苦労ばかりしてきたが、ようやく屋敷でのんびりと過ごす事が出来ている。

 そんな中、最愛の妹であるアイリスと引き離された俺は。

 

「……なあ、妹が欲しいって言ったんだけど」

「今忙しいから後にしてほしいんですけど! あっあっ、……ほら、カズマが急に変な事を言いだすからまた死んだじゃないの!」

「アクア、次は私の番だろう? 今度こそ私がボスを……!」

「いいえダクネス、ダクネスは仲間を守るクルセイダーでしょう? カズマから私達とゲーム機を守ってくださいよ。見てくださいあの男のあの目を。またボスを倒して私達の苦労を台なしにする気ですよ。ほら、アクアは死んだのですから私に代わってください」

「あっ、ズルいぞめぐみん! 私だって……! ……むう、仕方ない。おいカズマ、皆で力を合わせてようやくここまで戻ってきたんだ。もう前回のような真似は」

「『バインド』」

「あっ!?」

 

 俺は王都で覚えたスキルでダクネスを無力化し。

 

「だから聞けよおおおおおお!!」

「あああああ! カズマ、嘘ですよねカズマ! ゲーム機を、ゲーム機を返してください!」

 

 襲いくるめぐみんの手を掻い潜りながら、再びノーミスでボスを倒してやった。

 

 

 

 ダクネスが俺のバインドで縛られて部屋の隅に転がされ、アクアが恨めしそうに俺を見ながらゲームを最初から始める中。

 めぐみんだけが呆れた顔をしながら俺の話を聞いてくれる。

 

「それで、カズマはまた何をトチ狂っているんですか? 妹キャラならアイリス王女がいるではないですか」

「頭のおかしい爆裂狂のくせに人をトチ狂ってるとか言うなよ……あっ、おいやめろ! 魔法使い職なのにどうして俺より力が強いんだよ! お前まだ今日は爆裂魔法を撃ってないだろ! これ以上やろうってんならドレインタッチすんぞ!」

 

 突如凶暴化して襲いかかってきためぐみんを、俺は脅しつけて大人しくさせ。

 

「確かにアイリスは俺の最愛の妹だが、王族だし、多分もう会う機会もないだろ? それで、生き別れの妹がいると思うと、以前よりも妹欲が増してきてな」

「カズマがバカな事を言うのはいつもの事ですが、今日はまたいつにも増してバカな事を言いだしましたね。なんですか、妹欲って?」

「妹欲というのは妹が欲しいという欲求の事だよ」

 

 当たり前の事を聞くめぐみんに俺が懇切丁寧に説明してやると、めぐみんはなぜかため息を吐いて。

 

「意味を聞いたわけではないのですが、まあ良いでしょう。それで以前はロリキャラ扱いした私に妹代わりになってほしいとか虫のいい事を言うんですか」

「…………まあこの際めぐみんでも良いかな」

「めぐみんでも!! でもって言いましたか? おい、バカな話に付き合ってやってる私に随分な言い草じゃないか。紅魔族は売られた喧嘩は買うのが掟なのです。カズマがそのつもりなら、今日は爆裂魔法を使えなくなっても構いませんよ!」

「な、なんだよ! やめろよ! いいのか、ドレインタッチを使うって事は、どこに触ってもセクハラにならないって事だぞ? しかも兄が妹に触れるのはスキンシップだからセクハラじゃないんだぞ? ……よしめぐみん、兄妹喧嘩をしようか!」

「バカなんですか? あなたはバカなんですか? そんなバカな事を言う男を誰が兄と認めるものですか! 良いでしょう、今から爆裂散歩に行こうじゃないか! 今日はあなたを爆裂魔法の標的にしてやりますよ!」

 

 そう言ってめぐみんは身構えながらも、ドレインセクハラを恐れてかじりじりと距離を取ろうとする。

 そんなめぐみんに俺はニヤリと笑って。

 

「おい、分かってんのか? ダクネスは縛られ、アクアはゲームに夢中。爆裂散歩に行きたいのなら俺を頼るしかないんじゃないか? 反抗的な態度は得策じゃないぞ。お前は知能が高い紅魔族で、冷静沈着が売りのアークウィザードなんだろう? どうすれば良いか分かるはずだ」

「こ、この男! 最低です、最低ですよカズマ! 妹を脅す兄がどこにいるんですか!」

「俺だって相手が妹なら脅したりしないさ。……この意味が分かるな?」

「分かりたくありませんが、分かってしまう自分が憎い……! 今ほど自分の高い知能を後悔した事はありませんよ!」

「お前は他に悔やむべき事がいくらでもあると思うが、まあ良い。ホレ、妹よ。俺を兄だと思って呼んでみ? さあ! さあ!」

 

 俺が促すと、めぐみんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら。

 

「…………お、お兄ちゃん」

「うーん、めぐみんはやっぱりロリ枠だな。ただお兄ちゃんと呼ぶだけで妹キャラの座を勝ち取れると思うな。……三十点!」

「三十点!? 冗談じゃありませんよ! こんな辱めを受けた上にそんな低評価を下される謂れはありません! 採点のやり直しを要求します!」

「そんな事言われても。仕方ないだろ、今のは誰がどう見ても三十点くらいだ」

「意味が分かりません! 不当です、不当に決まってますよ!」

 

 と、そんな事を言い合っているとダクネスがやってきて。

 

「まあ待てめぐみん。二人のやりとりは聞いていたが、私は仲間の身代わりになるのが仕事のクルセイダー。そのような辱めは私が引き受けようじゃないか」

「……あのダクネス、気持ちはありがたいのですが、同性とはいえぱんつが見えるのであまり近寄らないでください」

 

 縛られたまま芋虫のように這ってきたダクネスに、めぐみんがスカートの裾を押さえながらそう言った。

 

 

 

 時間が来るまでバインドは解けないのだが、動けないはずのダクネスは腹筋の力だけで起き上がり、優雅に椅子に座って、

 

「それで、お前を兄と呼べば良いのだな? 簡単な事だ」

 

 勝ち誇ったようにそんな事を……。

 

「でもお前、俺より年上じゃないか。全然妹って感じじゃないんだけど」

「何事もやってみなければ分からないだろう? ……、…………」

 

 胸を強調するように縛られたまま、なぜか不敵に笑うダクネスは。

 徐々に顔を赤くしていき。

 

「…………ッ!」

 

 やがて耳まで赤く……。

 

「お、おい、なんだよ! 恥ずかしがってないで早く言えよ。まったく、いつも俺の事をヘタレだのなんだの言ったり、自分から恥ずかしい事を言ったりしてるくせに、変なところで恥ずかしがりやがって! 仲間の身代わりに辱めを受けるって言うんなら、お前も少しくらいめぐみんの思いきりの良さを見習ったらどうだ?」

「くっ……! 言えば良いんだろう、言えば……!」

「もったいぶってないでさっさと言えよ。今日は爆裂散歩の帰りに夕飯の材料を買ってくるつもりだから、早めに出たいんだよ。ていうか、お前の羞恥の基準はどこにあるんだ? いつもモンスターの集団にボコボコにされたいとか強めに罵ってほしいとかどこに出しても恥ずかしい変態発言をしてるくせに、こういう時には恥ずかしがるんだな」

「……ッ! こ、この……、私の覚悟を愚弄しおって、お前という奴は、お前という奴は……! ……んっ……! ……くう……!」

「……お前、今のでちょっと興奮したのか」

「し、してない」

「いや、してただろ」

「してない。い、言う……ぞ……」

 

 ダクネスは顔を真っ赤にし、泣きそうになりながら。

 

「お…………、ぉ兄ちゃん」

「二点」

「二点! 二点だと!? た、確かに私はお前より年上だし、妹キャラというのは無理があるのだろうが、私の覚悟をなんだと思って……! 貴様ぶっ殺してやる! あっ、バインドが解けない! くそっ!」

 

 ダクネスが俺に掴みかかってこようとして、バインドで縛られている事を忘れていたらしく椅子から転げ落ちる。

 絨毯の上をモゾモゾするダクネスに、俺は。 

 

「そうじゃない。そういう事じゃない! お前らはなんにも分かってない! いいかダクネス! やるなら恥ずかしがらないで妹キャラをやりきれ! 兄を呼ぶ時にいちいち恥ずかしがる妹がどこにいるんだ! それに、もしお前に本当に兄がいたとして、お前はそいつの事をお兄ちゃんと呼ぶのか!? アイリスが言ってたぞ、王族は一定の年月が経つと兄妹同士でもよそよそしくなるって! お前だって辛うじてとはいえ貴族の端っこに引っかかってる身なんだ! もういい年なんだしお兄様だろうが! そしてダクネスとして冒険者やってる時には格好つけて兄上とか呼ぶんじゃないのか!」

「い、言われてみれば確かに……! すまない、私が間違っていたようだ……?」

「あの、カズマ。ダクネスがわけ分からない感じに落ち込んでいるのでそのくらいで。というか、その熱意を他の事に向けるつもりはないのですか?」

「ない」

 

 ダクネスを起こしてやりながら言うめぐみんに、俺は即答した。

 そんなやりとりをする俺達の下に、ゲームオーバーが続いてゲームに飽きたらしいアクアがやってきて。

 

「なーに? 皆して楽しそうにして。ねえカズマさん、お兄ちゃんって呼んであげたらまたマイケルさんのお店で高いお酒を買ってくれる?」

「……お前は妹っていうより、やたらと話しかけてくる親戚のおばちゃんみたいな感じだな」

 

 いきなり掴みかかってきたアクアから逃れ、俺はめぐみんとともに屋敷を出た。

 

 

 *****

 

 

「まったく、カズマは妹の事になるといつもよりバカになりますね。そんなにあのアイリスって子の事が気に入ったんですか?」

「それもあるけど、それとは別に俺の妹欲が留まるところを知らないんだよ」

「今あなたは相当バカな事を口走っていますからね?」

 

 屋敷を出た俺達は、そんなバカな事を言い合いながら街を歩く。

 

「可愛い妹が家で待ってると思えば、ちょっと無茶な事をしてでも頑張ろうって気になるだろ? めぐみんにだって、こめっこがいるんだからそういうの分かるんじゃないか? 俺だってそういう妹が欲しいんだよ」

「まあ私だってこめっこは可愛いですし、こめっこのために頑張って食料を確保しようとした事もありますが。それはこめっこが私の妹だからであって、赤の他人を妹扱いしたいわけではないですからね」

「……? 何言ってるんだめぐみん。俺は妹が欲しいんであって、赤の他人を妹扱いしたいわけじゃないぞ」

「……? カズマこそ何を言っているのか私にはさっぱり分からないのですが」

 

 なかなか分かってくれないめぐみんに、なぜ分かってくれないのだろうと俺が首を捻っていると。

 

「……えっと、つまり誰彼構わず妹扱いして、それっぽい反応を見せた人を妹だと思いこもうと、そういう事ですか? ではウィズなんてどうでしょう?」

「ウィズ? なんでいきなりウィズが出てくるんだ? どう見たって俺より年上で、妹って感じじゃないだろ。見た目は二十歳くらいだけど、リッチーになってから何年経ってるか分からないし、妹っていうよりは……きれいな……お姉さん…………。な、なあめぐみん、なんで青い顔をして俺からちょっとずつ離れていこうとするんだ? それと、俺は達人でもないし殺気なんて感じられるはずがないのに、背後から凄い殺気を感じる気がするんだが……?」

「カズマさん」

 

 背後から掛けられたのは、いつもどおりの穏やかな声で。

 俺はその声にビクッと肩を震わせ振り返ると――!

 

 

 

「……妹、ですか?」

「ええまあ、王都でいろいろとありまして。カズマがまたおかしな事を言いだしているのです。もし良ければ、ウィズもカズマの事を兄扱いしてあげてください」

「それは構いませんけど……あの、カズマさん。もう分かりましたから、顔を上げてください」

 

 ウィズの穏やかな声に促されて、土下座していた俺は恐る恐る顔を上げる。

 ……死ぬかと思った。

 魔王軍の幹部や大物賞金首を相手にしている時よりも怖かった。

 そういえば、ウィズも魔王軍の幹部の一人だ。

 

「悪かったよ、ウィズの年齢に触れるつもりは全然なかったんだよ。……あれっ? さっき俺を兄と呼んでも構わないって言ったか?」

「ええ。カズマさんもいつかは私より年上になりますから、お兄ちゃんと呼んでもおかしくはないですよね」

 

 いやその理屈は……。

 …………。

 

「そ、そうだな。何もおかしくはないな!」

「そうですね! ウィズはいつまでも二十歳ですからね! 十年後にはカズマは二十六歳で私は二十四歳ですから、私だってウィズの姉です!」

 

 おかしくない。

 何もおかしくはない!

 コクコクと何度も頷く俺に、ウィズは少し恥ずかしそうに微笑むと。

 

「……お兄ちゃん」

「……! 大人になっても兄妹仲良く普通に呼んでる感じ! ウィズが付き合ってくれてる意外性! これはこれでアリ! 五十点!」

「五十点ですか……」

 

 ちょっと残念そうにウィズが呟く中、めぐみんがいきり立って。

 

「異議あり! おかしいですよカズマ! 年下の私より年上のウィズの方が点数が高いのはおかしいです! 採点のやり直しを要求します!」

「おい、紅魔族は知能が高いってのはガセなのか? ロリキャラと妹キャラは別なんだって何度言ったら分かるんだよ。魂さえあれば年上でも妹にはなれるんだよ。例えば俺の弟とウィズが結婚すれば、ウィズは俺の年上の義理の妹になるんだぞ? つまり年上の妹ってのは別に矛盾しないんだ。俺の言ってる事はどこかおかしいか?」

「カズマの言ってる事はさっきからずっとおかしいですよ! 大体、カズマの弟は今ここにいないのですし、ウィズと結婚なんて例え話はいろいろ無理があるじゃないですか」

「まためぐみんはそんな現実的な事を……。もっと現実を見ろよ?」

「……? 何を言っているのですか。私は現実を見ているから現実的な事を言っているんですよ。カズマこそ現実を見てください」

「今の俺はちょっとバカなんだから、現実なんか見てるわけないだろ」

「この男、開き直りました! 目を覚ましてくださいカズマ! あなたには妹なんていませんよ!」

 

 現実を突きつけてくるめぐみんに、俺はそっぽを向いて耳を塞いだ。

 

 

 

 めぐみんがせっかくウィズに会ったのでローブを新調したいと言いだし、ウィズの店までやってきた。

 俺達が店の前に立つと、ドアが内側から開き。

 

「へいらっしゃい! 未練がましくも妹を求める親不孝な小僧と、なんだかんだ言いながらネタに付き合うネタ種族よ! そして、いればいるだけ店の財産を放出していく垂れ流し店主よ……汝がいない方が儲かるだろうと買い物にかこつけて追いだしたというのに、もう帰ってきてしまったのか?」

「そ、そんな理由で私に買い物を頼んだんですか!? 酷いですよバニルさん! すぐに欲しいって言うから急いで買ってきたのに!」

 

 俺達が来る事を見通していたらしく、ぴったりなタイミングでドアを開けて出てきたバニルに、ウィズが食ってかかり、めぐみんはネタ種族扱いに悔しそうな顔をする。

 俺は今さら親不孝などと言われても構わないのだが、バニルはそんな俺の方を見て。

 

「なかなか面白そうな事をしているではないか、小僧よ。ここは、悪魔的な発想によってご近所さんを笑いの渦に包みこみ、からかい上手のバニルさんと評判の我輩が、貴様の妹役を買って出てやろうではないか。……いらっしゃい、お兄ちゃん!」

「や、やめろ、俺の妹幻想を壊すなよ! クソ、可愛い声なのが腹立つ!」

「フハハハハハハハ! その悪感情、美味である!」

 

 俺とバニルがそんな話をする中、めぐみんが黒のローブを選んで試着室に入っていく。

 俺は特にする事もなく、バニルと話を続けてもロクな事にならないのは目に見えているので、何気なく店内を見回し。

 

「ん? なんだこれ」

 

 ウィズの店にはよく来るが見覚えのないポーションの瓶を見ていると、呼んでもいないのにバニルが寄ってきて。

 

「おっと、さすがはお客様、お目が高い。この世にも珍しいポーションに目をつけるとは!」

「……お前が勧めてくる時点で嫌な予感がするけど、なんのポーションなんだ?」

 

 俺のその質問に答えたのは、バニルではなく目を輝かせたウィズで。

 

「これですか! 聞いてくださいカズマさん! ウチの店で扱っている商品に、一時的に特定の魔法の効果を上昇させるポーションがあるんですが、その効果をスキルにも転用できないかと思いまして、私が自分で調合してみたんです! これはドレインタッチの効果を上昇させるポーションなんですよ!」

 

 リッチーのスキルであるドレインタッチの効果を上昇させるポーション。

 一体誰が買うのだろうか?

 

「そ、そうか。ちなみに欠点はないのか?」

「欠点ですか? ……効果が強すぎて、体力や魔力をうっかり吸いすぎてしまってボンってなったり、他のものまで吸ってしまうかもしれない事でしょうか。でも、気を付ければ大丈夫なはずです。……多分。カズマさんはドレインタッチを習得していますよね。お一ついかがでしょうか? 希少な材料ばかり使っているので、少々お高くなってしまいましたが……」

「い、いらない」

 

 断る俺に、残念そうな顔をするウィズの隣で、バニルがニヤリと笑い。

 

「ロクでもない未来を掴み過去を手放す予定の男よ。この誰も買わないポーションを買うのであれば、漏れなくこの見通す悪魔が助言を与えようではないか」

「な、なんだよ、俺ってまた面倒事に巻きこまれるのか? 分かったよ、買うよ! 買えば良いんだろ!」

「毎度! では、見通す悪魔が宣言しよう。この商品は買わぬ方が良かったぞ」

「なめんな」

 

 

 *****

 

 

 新しいローブを買っためぐみんは、それを抱えて機嫌良さそうに歩いていく。

 

「せっかく買ったのに着ないのか?」

「着ませんよ。これから爆裂魔法を撃ちに行くのですから、せっかく買ったのにいきなり砂塵まみれにするのはもったいないでしょう?」

 

 魔王軍の幹部や大物賞金首を倒して金はあるのに、めぐみんはそんな貧乏くさい事を言う。

 だったら帰りに買えば良かったのに。

 

「カズマはなんだか機嫌が悪そうですが、バニルと何かあったんですか?」

「使い道のない高額商品を押しつけられた上に、マッチポンプっぽい予言をされたんだよ。どうも俺は、ロクでもない未来を掴むらしいぞ」

 

 手元でポーションの瓶を揺らしていると、めぐみんはそれを指さして。

 

「それは何のポーションなんですか?」

「ウィズお手製の、ドレインタッチの効果を向上させるポーションだってさ」

「ウィズお手製の……」

 

 その一言だけで使い道に困る事が容易に想像できる。

 俺がポーションの瓶を睨みつけていた、そんな時。

 

「あっ! め、めぐみん! こ、ここ、こんなところで会うとは、偶然ね……!」

 

 そんな事を言いながら、路地からゆんゆんが飛びだしてきた。

 慌てて走ってきたようなゆんゆんの様子に、めぐみんはため息を吐いて。

 

「何が偶然ですか。どうせ、私達と会えるかもしれないと考えて街をウロウロしていたんでしょう」

「そ、そんなわけないじゃない!」

 

 ゆんゆんは顔を赤くし大声で否定する。

 

「偶然。これは偶然だから。ただの偶然で……」

 

 俺の方を恥ずかしそうにチラチラ見ながら言うゆんゆんの声は、どんどん小さくなっていく。

 図星らしい。

 

「まったく。私と会いたいのなら、そんなバカな事をせずに屋敷に遊びに来れば良いじゃないですか。ゆんゆんが訪ねてきたら、私はちゃんと居留守を使いますから」

「えっ、いいの? ……あれっ? ねえめぐみん、居留守を使うって言った? やっぱり私、屋敷に行ったら迷惑なんじゃ……」

「……会いたいのなら家を訪ねれば良いとは以前から言っているでしょう。確かに以前、アルカンレティアに旅行に行く事を伝え忘れて、私達のいない屋敷を何度も訪ねさせた事は悪いとは思ってますが……」

「わあああああーっ! 行ってない! 行ってないったら! 私がめぐみんの屋敷に行ったのは、めぐみん達が帰ってきた時の一回だけよ!」

「ご近所さんによると、連日私達の屋敷の前で、『たのもーっ!』という少女の声が」

「わあああああ! ああああああ!」

 

 めぐみんがニヤニヤしながらゆんゆんをからかい続ける。

 やめてやれよ……。

 

「そのくらいにしといてやったらどうだ? お前だって、なんだかんだ言ってゆんゆんの事は結構好きだったりするだろ? それにゆんゆんは俺の妹かもしれないしな」

「ちょっ、カズマ、いきなり何を……!? いきなり何を言いだすのですか、この男は!」

「えっと、……私がカズマさんの妹なわけないと思うんですけど……」

 

 俺の言葉に、なぜかめぐみんが叫びだし、ゆんゆんもおずおずと否定を口にしてくる。

 

「いや聞いてくれよ。ゆんゆんはめぐみんと同い年なんだろ? でも、ロリキャラって感じじゃない。十分に可能性はある」

「……? ねえめぐみん、カズマさんが何を言っているのかよく分からないんだけど」

「安心してくださいゆんゆん。私にもさっぱり分かりません。王都でいろいろあって、今日のカズマはいつもより割増しでおかしいのです。すいませんが、付き合ってあげてくれませんか?」

「それはいいけど、私は何をすれば……?」

「簡単だ! 俺の事を兄と思って呼びかけてくれるだけで良い」

「ひあ! は、はいっ……」

 

 ヒソヒソと話し合っているところに俺がアドバイスをすると、ゆんゆんはなぜか悲鳴を上げて。

 恥ずかしそうに辺りをキョロキョロと見回し。

 やがて顔を赤くし、小さな声で。

 

「……お兄ちゃん……?」

「ハレルヤ。妹はここにいた。九十点! 九十点だゆんゆん! さあ、一緒に帰って夕飯を食べようか。これから食材を買うんだけど、何が良い? お兄ちゃんがなんでも食べたいものを買ってあげるぞ」

「えっ? えっ? あの、夕飯に誘ってくれてるんですか? 私を? い、良いんですか!? 本当に私がご一緒してしまっても良いんですか!?」

「何言ってるんだ? 兄と妹が一緒に食事をするのは当たり前の事じゃないか」

「い、妹……? あの、友達ではないんですか? あ、いえ、すいません、なんでもありません……」

 

 俺の少し後ろを歩きながら、ボソボソと何かを言って萎れていく妹。

 可哀相だが、兄と妹は友達にはなれない。

 友達なんかよりもっと深い絆で結ばれているが。

 と、俺がゆんゆんを採点した時からプルプルと震えていためぐみんが。

 

「待ってください! 私よりゆんゆんの点数が高いというのは見過ごせませんよ!」

「えっ、私、めぐみんより点数が高いの? やった! すごく久しぶりにめぐみんに勝った! そして夕飯にお呼ばれ…………うっ……。私……、私、今日という日を忘れない……!!」

「あなたはこんなバカな勝負で私に勝って満足なんですか!? 私のライバルを名乗るなら、勝負の方法にはプライドを持ちなさい!」

「……ねえめぐみん、毎回、自分が勝てるようなバカみたいな勝負ばかり挑んできためぐみんにだけはそんな事言われたくないんだけど」

「……!?」

 

 おっと、珍しくめぐみんがゆんゆんに言い負かされている。

 しかし愛する妹と大切な仲間なら、俺は涙を呑んで妹の味方をする。

 

「ちなみにめぐみんは三十点でした」

「「!?」」

 

 俺の暴露にめぐみんとゆんゆんが揃って驚く。

 めぐみんはイライラと。

 ゆんゆんは嬉しそうに。

 と、めぐみんが何かを考えるかのように少し目を瞑り。

 

「……仕方ありませんね。ゆんゆんとの勝負を持ちだされては、私も本気を出さないわけには行きません」

「何よ、やるって言うの? 三十点のめぐみんが? 三十点のめぐみんが!」

「三十点三十点と連呼しないでください! まあ見ているが良いです。本物の妹というものを見せてあげますよ」

 

 そんな事を言って、めぐみんは俺の袖をチョンとつまみ……。

 

「私が妹では不満ですか、……兄さん」

「……き、九十二点」

「!?」

 

 俺の採点に妹のゆんゆんが驚き、実は妹だっためぐみんが勝ち誇る。

 ゆんゆんは慌てたように、めぐみんと反対側の俺の隣まで駆けてきて俺の腕を掴み。

 

「お、お兄ちゃん、私、あれが食べたい……です」

「八十点」

「下がった!? ど、どうして! ううっ……、このままじゃ負けちゃう……!」

「何を言っているのですか? 私の採点が二回、ゆんゆんの採点が二回ですから、もう勝負は終わりでしょう。今回も私の勝ちですね」

 

 澄ました顔でそんな事を言うめぐみんに、ゆんゆんは悔しそうに唇を噛みしめ、涙目で俺を見上げて……。

 

「……カ、カズマさん……」

「お兄ちゃん」

「!? お、お兄ちゃん……」

 

 俺は健気な妹の訴えに絆され、めぐみんの方を見て。

 

「……もう一回くらいやっても良いんじゃないか? ほら、勝負事って大概三番勝負じゃないか」

「この男! まあでも、今日一日、私はカズマに付き合っていたわけですからね。カズマの望む妹というものについて、理解したくはありませんでしたが大体理解してしまいました。そんな私に勝てるつもりでいるのなら、それは勘違いだという事を教えてあげましょう。私が勝ったら夕飯の食材はゆんゆんが私に奢ってください。ゆんゆんが勝ったら私がゆんゆんに奢らせてあげますから」

「わ、分かったわ。それで……!? ねえ待って? おかしいおかしい! 買っても負けても私が奢らされる!」

「仕方ないですね。では私が負けたら奢ってあげますから、代わりにゆんゆんが先行という事で。これ以上、情報を渡すのは得策ではない気がするので」

「ズルい! ズルい! めぐみんはいっつもズルい! どうして正当な要求を通すのに交換条件が必要なのよ!」

 

 俺を挟んでめぐみんと言い合うゆんゆんは、おそらく手近なものを無意識に掴んでいるだけなのだろう、俺の腕をブンブンと振っている。

 その度に、ゆんゆんの発育の良い部分が無防備に俺の腕に当たって……。

 マジかよ。

 これでめぐみんと同い年?

 …………マジかよ……。

 

「ゆんゆん、九十七点!」

「「!?」」

 

 唐突に採点を告げた俺に、めぐみんとゆんゆんが驚愕し俺を見る。

 紅魔族は知能が高い。

 ゆんゆんが顔を赤くして俺の手を離し距離を取り。

 めぐみんが瞳を紅くして詰め寄ってきて。

 

「何が妹欲ですか! 結局、胸じゃないですか! 性欲じゃないですか! おい、不当な採点をするつもりなら私にも考えがあるぞ」

「ま、待て! 確かに胸が当たったのは評価のポイントだが、重要なのはそこじゃない。自分の魅力に無自覚な事、兄に対して無防備な事、めぐみんの貧乳と比べて同い年なのに育ったなあ……という、お、おいやめろ! まだ評価の途中だぞ! 妨害するなら反則負けだけど良いのか! とにかくその辺の諸々を加味して九十七点なんだ! 言っとくが性欲に流されてるわけじゃないぞ。この点数は譲らないからな!」

「あ、あの、二人とも、街中なのに大きな声で胸の話をするのは……」

 

 街中で騒ぐ俺達に、ゆんゆんがモジモジしながら恥ずかしそうにそんな事を言う。

 

「……分かりましたよ。まあ、きちんと採点しているというのなら文句はありません」

 

 めぐみんは呆れたようにため息を吐いて。

 

「今度から、カズマって呼んでも良いですか?」

 

 いつも通りの口調で、素っ気なく、そんな事を……。

 

「何言ってるんだ? お前、俺の事はいつもカズマって呼んでるじゃ……?」

 

 …………。

 ……!?

 いや待て。

 考えろ佐藤和真。

 例えば俺の両親が離婚し再婚してめぐみんが義理の妹になって仲良くしたりすれ違ったり喧嘩したりしつつも一つ屋根の下で過ごし本当の兄妹以上に兄妹らしくなるのだけれど実はめぐみんはその小さな胸に俺への恋心を秘めていてやがて成長した俺達は親元を離れ冒険者になりそれを機にめぐみんは兄妹ではなくそれ以上の関係へと階段を上ろうと呼び方を変えて……!?

 そうだったのか。

 

「……なあめぐみん、俺達って義理の兄妹だったのか?」

「そうですよ。今さら何を言っているんですか、カズマ」

 

 当たり前のように言うめぐみんは自然体で。

 カズマといういつもの呼び名は特別な響きを持っていて。

 

「めぐみんの勝ち」

「!? な、なんでですか! めぐみんはお兄ちゃんとも兄さんとも言わずにただカズマさんの名前を呼んだだけなのに、どうしてめぐみんの勝ちなんですか! 納得行きません! これまでいろんな勝負でめぐみんにズルい勝ち方されてきたけど、今回が一番納得行かない!」

「おっと負け犬の遠吠えというやつですか? そもそもゆんゆんはなぜ自分が高得点だったのかも分からず、次になぜ点数が下がったのかも分かっていないのでしょう? 評価の基準が分からないまま、まぐれで勝てそうになったからと勝負を挑んだ事があなたの敗因ですよ!」

 

 勝ち誇ってそんな事を言うめぐみんに、ゆんゆんが涙目になって。

 

「うう……。分かったわ、私の負けで良い……」

「そういうわけですから、カズマ。夕飯の買い物はニセ妹のゆんゆんに任せて、私と爆裂散歩に行きますよ」

「えっ? 俺はもうこのまま帰って妹達と夕飯を食べたい気分なんだけど」

 

 屋敷の方へと足を向けた俺がそんな事を言うと……。

 

「散々バカな事に付き合った私を蔑ろにするというなら、街中だろうとカズマを標的に爆裂魔法を撃ちこみますよ!」

 

 瞳を紅く輝かせるめぐみんを、俺とゆんゆんは二人掛かりで取り押さえた。

 

 

 *****

 

 

「まったく! カズマはまったく!」

 

 街の外を歩きながら、めぐみんはずっと文句を言っている。

 

「だから悪かったって。軽い冗談じゃないか」

「いいえ、本気でした! 私があそこで何も言わなければ、そのまま家に帰っていたくらいには本気でしたね!」

「…………」

 

 さすがに長い付き合いなだけあって、俺の考えはバレている。

 

「……なあ、もうこの辺りで良いんじゃないか?」

 

 俺は適当なところでそう声を掛けてみるも。

 

「いいえ! 今日はイライラしているので、威力を限界まで高めてみようと思うのです。もうちょっと遠くまで行きましょう!」

 

 めぐみんはそう言って、ずんずん歩いていく。

 あまり街から離れすぎるのは不安なのだが……。

 そんな俺の不安がフラグになる事もなく。

 めぐみんは立ち止まり詠唱を始め。

 そして――!

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 

 威力を限界まで高めてみようというその言葉に偽りはなく。

 俺はかつてない爆風に踏ん張っていられず吹き飛ばされ。

 

「うおっ!? ……! めぐみん! おい、お前が飛ばされてどうする!」

 

 俺よりも軽く、爆心地の近くにいためぐみんも吹き飛ばされて、ゴロゴロと地面を転がっていく。

 俺は爆風が収まるのを待ってめぐみんに駆け寄り。

 

「おい、大丈夫か? どこかぶつけてないか? ……今日の爆裂は六十八点だな! 確かに威力は高かったが、破壊力が収束してなくて無駄が多い!」

「だ、大丈夫です……。相変わらず、カズマの評価は正確ですね。今回のは私としても悔いの残る爆裂魔法でした……。すいません」

「まあ気にすんな。ほら、今ドレインタッチで魔力を分けてやるから」

 

 と、そんな時だった。

 めぐみんが俺の少し上を見て、『あ』というように口を開け。

 直後、俺の頭に何かがぶつかって液体が降りかかり、少しだけ口にも入って。

 その時にはすでに俺はドレインタッチを発動させていて――!

 

「こ、これは、ドレインタッチの効果を上昇させるポーション……?」

 

 めぐみんのそんな言葉を最後に。

 俺は意識を失い――

 

 

 

 ――目が覚めると夜になっていた。

 なんだか体が重くてだるい。

 なぜか俺はソファーに寝そべっていて、体を起こそうとするが動けない。

 

「あれ? 俺……」

「あっ、カズマ、目が覚めたの? 無理に動かない方が良いわよ。短い時間だけど、死にそうなくらい衰弱してたんだから。めぐみんなんか青い顔してすごく心配してたんだからね、後でありがとうって言っておきなさいな」

「ア、アクア、余計な事を言わないでください!」

「……なんだそれ? 俺はなんでまたそんな目に遭わなくちゃいけないんだ? っていうか、なんで俺は広間で寝てるんだよ。屋敷に帰ってきて、宴会の後で部屋で寝たはずだろ」

「何言ってるの? カズマはめぐみんにドレインタッチで魔力を与えようとして、ポーションの効果でドレインタッチの効果が上がっていたせいで加減が効かず、大量の体力と魔力をめぐみんに送ってしまって、一気にいろいろ失ったショックで気絶しちゃったのよ? いつもと逆にめぐみんがカズマを背負って帰ってきたんだから」

「……ドレインタッチ?」

 

 というか状況がさっぱり分からない。

 俺は昨日、王都から帰ってきて。

 屋敷に戻り、酒を買ってきてちょっと豪勢な夕食を楽しみ……。

 ……あれえー?

 俺が眠る前の出来事を思い出そうとしていると、ソファーに寝そべる俺を、アクアの隣で心配そうに覗きこんでいためぐみんが。

 

「カズマ、記憶がないのですね? 王都から帰ってきたのは昨日ですが、今はもう翌日の夜ですよ。今日一日、何をしていたか覚えていますか?」

 

 今が夜なのは窓の外を見れば分かるが、今日一日……?

 

「さっぱり思い出せんのだが」

「ウィズが言うには、あのポーションはドレインタッチの効果を上昇させ、体力と魔力を急激に吸ったり、他のものまで吸ってしまうようになるそうです。カズマは私に体力を与えようとしてドレインタッチを使いましたから、吸うのではなく与える量が過剰になり、ついでに今日一日のカズマの記憶が私に流れこんできまして……」

「ポーション? ポーションってなんの話だよ。誰か俺に変なもん飲ませたのか? なあ俺って今日一日何してたんだよ?」

 

 うろたえる俺にめぐみんはクスクス笑って。

 

「ポーションの事はウィズにでも聞いてください。カズマは朝遅く起きてきて、私達がゲームをやっているのを邪魔して、私の爆裂散歩に付き合ってくれましたよ。別に普通の一日でした」

「……そうか。それなら記憶がなくてもまあ良いかな?」

 

 少し気持ち悪いが。

 大事な事ならそのうち思い出すだろう。

 俺がそんな事を考えながらソファーから立ち上がると……。

 

「ねえカズマさんカズマさん、私、今日、カズマさんにマイケルさんのお店でお酒を買ってもらう約束をしたんですけど!」

 

 俺の記憶がないと聞いたアクアが、そんな事を言ってくる。

 

「おい、俺の記憶がないからって適当な事を言うなよ。本気で言ってるなら嘘吐くとチンチン鳴る魔道具の前で言ってみろよ」

「何よ! ゆんゆんには夕飯の材料を奢ってあげたくせに! どうしてもって言うんなら、私もお兄ちゃんって呼んであげるから!」

 

 何言ってんだコイツ。

 

「お前は妹っていうより、やたらと話しかけてくる親戚のおばちゃんみたいな感じだな」

 

 俺がそう言うと、激昂したアクアが掴みかかってきて――!

 そんな俺達を微笑ましそうに眺めながら、めぐみんが一枚の紙を取りだし、何かを書き始める。

 アクアはそちらに興味を持ったようで、俺から離れめぐみんの手元を背後から覗きこんで。

 

「ねえめぐみん、それって何を書いてるの? この間言ってた、ファンレターってやつ?」

「違いますよ、この手紙はこめっこに宛てたものです。カズマの影響で私にも妹欲とやらが出てきたようなので」

「おい、俺の影響ってなんの話だ? 俺がそんなバカみたいな事言うわけないだろ」

「この男! いえ、もう良いです。今日の事はなかった事にしましょう」

「ちょっと待てよ。今日は別に普通の一日だったんじゃないのか? なあ、今日って本当は何があったんだ?」

 

 そんな事を話していると、台所から料理を持ったダクネスがやってきて。

 

「カズマ、ようやく目が覚めたのか。心配していたんだぞ。体調はどうだ? 今夜は念のため、軽めの料理にしてみたのだが」

「別に大丈夫だよ。よく分からないが、そんなに心配してくれなくて良い」

 

 と、ダクネスの後ろから……。

 

「あっ、カ、カズマさん、目が覚めたんですね……」

 

 ダクネスを手伝って料理を運んできたのは――

 

「…………なんでゆんゆんがいるんだ?」

「!?」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんが料理をテーブルに置いて逃げようとし、めぐみんが慌てて追いかけていった。

 




・ドレインタッチの効果を上昇させるポーション
 独自設定。


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この新たなる我が家に日用品を!

『祝福』2、読了推奨。
 時系列は、2巻3章直後。


 それは悪霊に憑かれた屋敷の除霊依頼を完遂し、いろいろあったものの最終的には念願だった拠点を手に入れた昼下がりの事。

 俺は、ソファーにしがみつくアクアを引き剥がそうとしながら。

 

「いい加減に諦めて立てっつってんだろ! いつまでそこに座ってるつもりだよ!」

「いやよ! 私は一晩中除霊して疲れてるんだから、のんびり休ませてくれても良いと思うの! 人形に追い回されて大騒ぎしてただけのカズマさんは、もっと私に感謝するべきじゃないかしら! ほら、お疲れ様って労って! 頑張ったアクア様はソファーに寝そべってダラダラしてて良いですよって言って! ねえ言ってよ!」

 

 アクアはソファーにしがみついて抵抗し、そんな事を言ってきて……。

 

「まあ確かに、除霊の件については、マッチポンプだって事以外はお前もよくやったと思うが、それとこれとは別の話だろ? いつまでもここにいるわけにはいかないってのはお前だって分かってるはずだぞ」

「私は諦めないわ! これは私だけのわがままじゃなくて、皆のためにもなる買い物なのよ。一回座ってみたらカズマにだってこのソファーの良さが分かるわよ! ほら、座ってみなさいな、とっても座り心地が良いんだから!」

 

 そこは商店街から少し外れた路地裏。

 そこにある雑貨屋の奥。

 そんな場所にあるソファーで寛ぐアクアに手を引っ張られ、俺はバランスを崩してソファーに尻餅を突いた――

 

 

 

 ――昼食を終えて。

 

「買い物に行きませんか?」

 

 台所で後片付けをしていためぐみんが、広間に戻ってきてそんな事を言いだした。

 食後のお茶を飲んでいたダクネスが顔を上げて。

 

「買い物? 私は一緒に行っても構わないが、何を買うんだ? 私は鎧を修理したし、新しい剣も発注してしまったから、あまり金に余裕はないのだが」

「……お前が金に余裕がないって言うなら、俺には借金がある件について」

「!?」

 

 俺がお茶を飲みながらダクネスに絡んでいると……。

 

「いえ、そういう買い物ではなくて。こうして拠点を手に入れたのですから、日常生活に使う物をいろいろと買い揃えてはどうかと思いまして。食器なんかも今のままでは気が休まらないでしょう」

 

 めぐみんのそんな言葉に、俺は手にしている金属製のマグカップを見下ろす。

 今日の昼食の準備をした調理器具も、食べる時に使った食器も、クエストの時に持っていく用の、言わばアウトドア用品だ。

 日頃からこれを使うのは、確かに冒険を思いだして気が休まらないかもしれない。

 

「まあ、俺も拠点が手に入って少しは余裕が出来たし、それくらいなら買っても良いかな。こっちに来てから、ずっと馬小屋暮らしで自分の物ってあんまり持ってないし、日頃使う物くらい気に入ったのを使っても罰は当たらないはずだ」

「そうか、自分で使う物は自分で選んで良いのだな。そ、そうか……!」

 

 ダクネスが当たり前の事になぜか嬉しそうにする中、テーブルに突っ伏していたアクアが。

 

「私は一晩中除霊してて疲れちゃったからやめておくわ。皆が買い物に行っている間、私はお昼寝してるから。買い物に行くのなら、ついでに夕飯を買ってきてくれない? 私、夜はこってりしたものが食べたいわ。屋敷が手に入ったお祝いに、ちょっと高いものを買ってパーティーをしましょうよ」

 

 あくびをしながらそんな事を……。

 …………。

 いや、良いんだが。

 別に良いんだけども、一晩中除霊する羽目になったのはコイツが手抜きをしたせいで、つまりは自業自得のくせに。

 フラフラと自分の部屋に行こうとするアクアに、俺は。

 

「……そうか。じゃあ夕飯はいつもよりちょっと豪勢にしようか。昨夜酒も飲んじまったみたいだし、ついでに酒も買ってきてやるよ」

「……? なーにカズマ、いきなり素直になっちゃって。でも、良い心がけだわ。この屋敷が手に入ったのも、なんだかんだで私のおかげみたいなものなんだし、もっと感謝してくれても良いんじゃないかしら? あっ、でも言っておくけど、昨夜お酒を飲んじゃったのは私じゃなくて、この屋敷に憑いた貴族の隠し子よ? 本当なのよ?」

「分かった分かった」

 

 俺は騒ぎだすアクアを軽く流して、ダクネスと何を買おうかと相談しているめぐみんに。

 

「なあめぐみん、せっかくだしカーテンとかも買わないか? ベッドとか、大きな家具は元々付いてたのを使えば良いけど、部屋の内装はちょっと物足りない感じじゃないか。他にも風呂で使う物とか掃除用具とか、屋敷で使うやつはちょっと良いのを買っておいても良いだろ?」

「そうですね。まあカズマが良いなら私は構いませんが、あまりお金に余裕はないんじゃないですか?」

「新しい家というのは、いろいろと物入りなのだな……!」

 

 別にドMの琴線に触れる話題ではないはずなのだが、ダクネスのテンションがさっきから高いのはなんなのだろう。

 

「俺の部屋は後回しにするが、この広間とか、共有空間で使うやつは早めに買っておいた方が良いだろ。皆でちょっとずつ金を出し合って、気に入ったのを選ぶってのはどうだ?」

「いいですね! 皆で選んだものなら愛着も湧くでしょうし、私が飛びきり格好良いのを選んであげますよ!」

「おい、爆裂的なのはやめろよ? こういうのは普通で良いんだ、普通で」

「な、なあ、実は私は家具や調度品のセンスには少し自信があるのだが……」

 

 三人で楽しそうに何を買うか話し合っていると、自分の部屋に行こうとしていたアクアが振り返って。

 

「……ね、ねえ、皆がどうしてもって言うんなら私もついていってあげてもいいわよ? ほら、皆で使う物を選ぶんだったら、このアクア様の素晴らしいセンスが必要になるでしょ?」

 

 俺は予想通りの反応をするアクアに。

 

「お前は一晩中屋敷の除霊をして疲れてるんだから、昼寝してて良いんだぞ」

「わあああああーっ! 皆で楽しそうにしてるのに、私だけ除け者にしないでよーっ!」

 

 

 *****

 

 

「冒険者の区画とは離れているから、あまりこちらに来る機会はないのだが、少し落ち着いた感じなのだな。なんというか……うん、平和だ。我々冒険者はこうした市民の平和を守るために戦っているのだな」

 

 ――商店街にやってきた。

 珍しそうにキョロキョロしているダクネスに、アクアがあちこちの店の人に親しげに挨拶をしながら。

 

「なーに? ダクネスったらキョロキョロしちゃって。こっちの方には来た事がないの? 私はこの辺のお店でバイトしてた事があるから、何でも聞いてくれて良いわよ?」

「ダクネスの実家はこの街にあるという話でしたけど、冒険者になる前はどこで買い物をしていたのですか? 子供の頃にお使いに出される機会くらいはあったでしょう?」

 

 めぐみんのそんな言葉に、ダクネスは少し焦ったように。

 

「えっ? い、いや、その、……そうだ! 私は箱入り娘でな! お使いとかそういった事はした事がないんだ。まともに買い物をしたのも、冒険者になってからが初めてだな」

「……子供の頃にお使いに出されるというのは誰にでもある事だと思うのですが、ひょっとしてダクネスは、結構なお嬢様だったりするのでしょうか?」

 

 めぐみんに聞かれたダクネスが、ますます焦ったような表情になる中。

 アクアがいきなり駆けだしながら。

 

「あっ! ねえ皆、あそこでコロッケを買いましょうよ。とっても美味しいコロッケなのよ! 久しぶりね店長、コロッケを四つくださいな! お代はあそこのカズマさんにツケといてね」

「おいアクア、あんまりバカな事言ってるとお前の分のクエスト報酬から借金の分を天引きするぞ。ていうか、昼飯食ったばかりなのにまだ食べるのか?」

「ほう! 良いですね、コロッケ。カロリーが高くて腹持ちがする食べ物は好きですよ」

「……お前、さっきあれだけ唐揚げ食ってたじゃないか」

 

 俺達がアクアを追いかけると、ダクネスがほっと息を吐いていた。

 

 

 

 アクアに案内されて、商店街から少し外れて路地に入り。

 ……自信満々で前を歩いていたアクアが、やがて分かれ道で棒を倒し始めたので、迷ったんだろと追及して泣かせ。

 近所の住人に道を聞いて。

 

「ほら、ここよここ! このお店ならとっても安いし、いろんな物が揃うわ! 商店街の人に教えてもらった穴場なのよ!」

 

 ――ようやく辿り着いたのは、寂れた雰囲気の雑貨屋。

 細々とした商品が道端にまで溢れだした店の前で、途中で道が分からなくなったくせにアクアがドヤ顔で俺達を手招き。

 そんなアクアを、薄暗い店の奥から、人相の悪い店主が睨んでいて……。

 正直、ちょっと入りづらいのだが。

 

「おいアクア、あんまりはしゃぎすぎるなよ。こんな路地裏に店を構えてるんだし、店の人は騒がしいのが好きじゃないなのかもしれないだろ」

「大丈夫よ。この雑貨屋のおじさんは顔が怖いだけで、本当は子供が好きなとっても優しいおじさんなんだから。お店が路地裏にあるのは、買い取りもやってる何でも屋なのに整理整頓が苦手で、いっつもお店の前まで商品が溢れてきてしまって、表通りだと通行の邪魔になるからなのよ」

「そ、そうなのか? なんか、お前が喋れば喋るほど店の人の目つきが鋭くなっていく気がするんだが、それは俺の気のせいなのか?」

「それは私が、本当は子供好きで優しいって事を暴露しちゃったから、恥ずかしがっているんだと思うわ」

「お前、人が隠したがってる事をぺらぺら喋るのはやめろよ」

 

 そんな事を言い合いながら、店の中に入る。

 店内は、入口は狭いが奥行きは広く、いろいろな物が雑然と積み上げられていて。

 俺が陳列されている商品を眺めていると。

 

「カズマ、まずはカーテンを選びましょう。私が一番格好良いのを持ってきてあげますよ!」

「私だって、こういった事には自信がある。ただ硬いだけの女ではないところを見せてやろうではないか」

「皆、私の超凄いセンスを見て、びっくりして腰を抜かさないでよね!」

 

 三人が、三者三様に不安になるような事を言って、店の中をウロウロし始め……。

 ――しばらくして。

 

「カズマカズマ、このカーテンはどうですか! ここの柄が紅魔族の琴線にビンビン触れているのですが!」

「お、お前……、なんでそんなに過激な模様のやつを選んでくるんだよ? 日常で使うものなんだぞ、毎日その模様を見るんだぞ? もっと大人しいやつで良いだろ」

「カズマ、私はこれが良いと思うのだが……」

「さっき家具や調度品のセンスに自信があるとか言ってたが、あれはなんだったの? そんな成金趣味みたいなのを普段から使うやつがどこにいるんだよ」

「ねえカズマさん、これはこれは? さあ私の素晴らしいセンスを存分に拝むと良いわ!」

「カーテンだっつってんだろ! お前はなんで壺なんて持ってくるんだよ! 物ボケやってんじゃないんだぞ? 大体、壺なんて買ってどうするんだよ?」

 

 妙な物ばかり持ってくる三人に俺が駄目出ししていると……、

 

「そう言うカズマはどんなのが良いと思うの? あんたのセンスとやらを見せてもらおうじゃないの!」

 

 壺なんか持ってきたくせに、アクアが口を尖らせてそんな事を言いだし、めぐみんとダクネスもその言葉に頷く。

 俺だってそういうセンスに自信がある方ではないが、こいつらよりはマシだろう。

 俺は後ろ髪を引かれつつソファーから立ち上がり、さっきから良いなと思っていたカーテンを持ってきて……。

 

「地味ね」

「地味ですね」

「地味だな」

 

 三人が口々に言ってくる。

 

「い、良いんだよ、こういうのは地味なやつで!」

 

 

 

 カーテンを始め、購入する共用品を決めて、自分用の小物をそれぞれ選ぼうという事になった。

 マイカップとか、マイフォークとか、そんなのを。

 

「私はこれにします。なんですか? 文句でもあるんですか? こればかりはカズマが何を言っても聞きませんからね!」

 

 カーテンに駄目出しをしまくった事を根に持ってるらしく、禍々しいデザインのカップを手に、めぐみんが俺を睨みつけてくる。

 

「い、言わないよ。自分で使う物くらい好きに選んだら良いだろ」

 

 俺達がそんなやりとりをしている間、ダクネスが離れたところで可愛らしいデザインのカップをジッと見つめていて。

 ……たまにこっちをチラチラ見てくるのは、俺達に気付かれたくないからだろう。

 分かりやすいので、俺は見て見ぬ振りをしていてやったのだが、ダクネスの背後からアクアが近寄っていき。

 

「ねえダクネス、さっきからその可愛いカップをジッと見てるけど、気に入ったの? ダクネスって、意外と可愛いのが好きなのね!」

「んなっ!? ち、違うぞアクア、私が見ていたのは、……こ、これだ! こっちのやつで……!?」

 

 アクアに話しかけられて焦った様子のダクネスは、別のカップを見もせずに持ち上げて。

 

「……そんな気持ち悪いのが好きなの? ダクネスって、意外と変な趣味してるのね?」

「…………そ、そうなんだ。私はこういう変なのが好きな女で……」

 

 ダクネスがうっかり手に取ってしまった気持ち悪い感じのカップを見下ろし、しょんぼりと肩を落とす中。

 棚に並べられたカップをいくつも手に取るアクアに、俺は。

 

「おいアクア、金がないんだから最低限の物にしとけって言ってるだろ。ていうか、そんなにコップを沢山買って何に使うんだよ」

「なによ、これは私にとっての必要最低限なんだから邪魔しないでよ。こっちのは宴会芸に使う用のコップなの。私くらいになると、芸に使う道具にも気を使うものなのよ」

「よし、戻してこい」

「いやよ! 私のお金で買うのに、なんであんたに文句言われないといけないのよ。この世界ではほとんどが一品物なんだから、今日逃しちゃったら二度と手に入らないかもしれないのよ? この子はここの傷のところが気に入ってるし、この子は取っ手がちょっと歪んでるところが気に入ってるの。カズマが反対したって買うからね! 私の事は放っといて! あっちに行って! ほら、あっちに行ってよ!」

「俺は一応、お前のためを思って言ってるんだぞ? 食費が足りなくなったらまたパンの耳だからな? 自業自得だし俺は金を貸さないからな」

「誰が甲斐性なしのけちんぼニートなんかに頼るもんですか! カズマこそ、みみっちい買い物ばかりしてるとお金に嫌われるって知らないの? まったく、これだから貧乏性のヒキニートは!」

「ヒキニートはやめろよな。言っとくが俺は貧乏性じゃなくて、貧乏なんだよ。……おい、ひょっとしてその壺も買うつもりなのか? それはさすがにやめとけよ。壺なんか買う必要ないだろ?」

 

 俺が、大量のカップを抱えながら、さらに壺まで手に取ろうとするアクアにそう言うと。

 

「そういえばカズマは、この世界の事をなんにも知らないあんぽんたんだったわね……いひゃいいひゃい! この世界では、寝室に壺を置いておかないと、寝ている間に忍びこんできたネロイドが、口の中に入ってきて窒息させられるのよ。壺があったらネロイドはそっちに入って、朝になったら勝手に出ていくから、どんなに貧乏な家でも壺を一つは置いておくものなの」

 

 何それ怖い。

 

「そ、そうなのか? じゃあその壺も買っておこう。ていうか、ネロイドってなんなんだよ? 危険な生き物なのか? 俺、酒場でネロイドのシャワシャワとかいうのを飲んだ事があるんだが」

 

 不安そうにアクアに聞く俺に、横からめぐみんが。

 

「カズマは妙な事を知っているのにたまに常識がありませんね。ネロイドに窒息させられるなんて、あるわけないでしょう。ネロイドは路地裏とかにいる、捕まえるとにゃーと鳴くだけの安全な生き物ですよ」

「ちょっと待ってくれ、どれが本当でどれが冗談なんだ? ……なあ、二人して俺をからかってるんだろ? カーテンを悪く言った事は謝るから、頼むから本当の事を教えてくれよ」

 

 

 *****

 

 

 購入した物が多すぎて持ち帰れないので、配達の依頼をして。

 俺が会計をしていると。

 

「カズマ、すいませんがちょっと来てもらえませんか。アクアが大変なんです」

 

 買う物を決めて暇になったらしく、店の中をウロウロしていためぐみんが、そんな厄介な事を言いながら俺の袖を引いてきて。

 

「……なんであいつはこう、面倒事を起こさないと気が済まないんだ? くそ、やっぱり屋敷で昼寝させとくべきだったか。なんだよ、今度は何やらかしたんだ?」

「それが、ソファーが欲しいとか駄々を捏ねてまして。私達ではどうにもならないのです」

 

 俺は店主に待ってもらうよう頼んで、めぐみんに連れられて店の奥へ行き。

 そこに立っているダクネスの目の前には高級そうなソファーがあって、そのソファーにアクアが座っていて。

 

「……ん。カズマも来たか」

「カズマさんカズマさん、私、このソファーを買おうと思うの」

 

 ソファーにゆったりと腰掛けたアクアが、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、無理だろ。いくらするのか知らないけど、そんな高そうなの買うような余裕はないぞ。バカな事言ってないで、買うもん買ったし、さっさと帰るぞ」

「お断りします。このソファーはね、私に買われるためにこのお店にやってきたの。明日になったら他の誰かに買われていってしまうかもしれないんだから、ちょっと無理してでも今日買わないといけないの。ねえ、めぐみんもダクネスも、さっき座ってみて座り心地が良かったでしょう? こんなに良いソファーなんだから、買って損はないはずよ! 二人もそう思ったら……お金を貸してください!」

 

 ソファーに座ったまま頭を下げるアクアに、二人は顔を見合わせ。

 

「まあ確かに、座り心地の良いソファーですし、買えるものなら買いたいですが、私もそんなに余裕があるわけではないですからね。そのソファーを買おうとすると、ベルディアの討伐報酬に手を付けなくてはいけません」

「私もどうにかしてやりたいとは思うが、剣や鎧に金を使ってしまったから、めぐみんより余裕がない。すまないが、私には何もしてやれないな」

「ほら、二人もこう言ってる事だし、お前も諦めろよ。昨日まで馬小屋暮らしだった俺達に、こんな高級品が買えるわけないだろ?」

 

 俺達が口々にそう言うと、アクアはぷいっとそっぽを向いて。

 

「何よ皆して! 私は諦めないわよ。この子は私に買われるためにこのお店で待ってたんだから、私が買ってあげないといけないの!」

「無理なものは無理なんだから、バカな事言ってないでさっさと立てよ。お前だって分かってるだろ? 金がないってのは、どうにもならない事なんだよ」

「いやよ! いやーっ! 何よ、お金お金って、お金の事しか頭にないの? この守銭奴! 貧乏性!」

「うるせーバカ! 金がないんだから仕方ないだろ!」

 

 俺は、ソファーにしがみつくアクアを引き剥がそうとしながら。

 

「いい加減に諦めて立てっつってんだろ! いつまでそこに座ってるつもりだよ!」

「いやよ! 私は一晩中除霊して疲れてるんだから、のんびり休ませてくれても良いと思うの! 人形に追い回されて大騒ぎしてただけのカズマさんは、もっと私に感謝するべきじゃないかしら! ほら、お疲れ様って労って! 頑張ったアクア様はソファーに寝そべってダラダラしてて良いですよって言って! ねえ言ってよ!」

 

 アクアはソファーにしがみついて抵抗し、そんな事を言ってきて……。

 

「まあ確かに、除霊の件については、マッチポンプだって事以外はお前もよくやったと思うが、それとこれとは別の話だろ? いつまでもここにいるわけにはいかないってのはお前だって分かってるはずだぞ」

「私は諦めないわ! これは私だけのわがままじゃなくて、皆のためにもなる買い物なのよ。一回座ってみたらカズマにだってこのソファーの良さが分かるわよ! ほら、座ってみなさいな、とっても座り心地が良いんだから!」

 

 そう言うアクアに引っ張られ、俺はバランスを崩してソファーに尻餅を突いて……。

 

「うおっ、なんだこれ、ふにょっと……」

「そうでしょう、そうでしょう! カズマも欲しくなってきたでしょう! このソファーを広間の暖炉の傍に置いて、暖炉の火に近くで当たったら、きっと、とっても暖かいわ!」

 

 柔らかいソファーにゆったりと身を沈める俺に、アクアが勢いづき、めぐみんが慌てたように。

 

「やめてください! カズマは馬小屋生活で一番ダメージを受けているのですから、そういう説得はすごく効果的ですよ!」

「おい、俺がこんなふにょっと座り心地の良いソファーくらいで絆されると思うなよ? これまでどんだけ金で苦労してきたと思ってるんだ。こんな誘惑くらいでどうにかなるような俺じゃないぞ」

「そういう事はソファーから立ち上がって言ってほしいのですが」

「おいカズマ、顔が緩みきっているぞ。よっぽどそのソファーが気に入ったのか? だが、そのソファーを買うような余裕は本当にないぞ」

 

 ソファーで寛ぎ始めた俺とアクアに、二人が揃ってため息を吐く。

 

「……なあ、本当にどうしようもないのか? 雪精の討伐報酬も貰えたんだし、ちょっと無理すれば……」

 

 すっかりソファーを欲しくなってそんな事を言う俺に、アクアが嬉しそうな顔をし、めぐみんとダクネスが呆れ顔になって。

 

「あれは冬越しの資金だと言ったのはカズマではないですか。屋敷が手に入って宿代は浮きましたが、薪代なんかもありますからね」

「私は冬将軍に剣を駄目にされたから、買い替えなければならないし、お前達は借金分でかなり天引きされたのだろう?」

 

 二人の言葉に、俺はソファーに身を沈めながら。

 

「閃いた! おいアクア、このソファーを買う方法が一つだけあるぞ」

「本当!? さすがカズマさん、頼りになるわ! それで、その方法っていうのは? このソファーを買うためなら、私も頑張ってあげるわよ?」

「お前が飼ってる雪精を討伐して、討伐報酬を」

「……何言ってるのカズマさん、駄目に決まってるじゃない。あの子は夏場に飲み物を冷やしてもらうの。名前まで付けて大事に可愛がってるんだから、討伐なんてさせないわよ。ちょっと人見知りして冷たい感じだけど、根はとっても良い子なんだから」

 

 俺の言葉に、ソファーの座り心地の良さに表情を緩めていたアクアが、急に真顔になりそんな事を……。

 

「わがままじゃなくて皆のためになる買い物だって、お前が自分で言ったんじゃないか、確かに、このソファーを広間に置くのは、雪精で冷蔵庫を作ろうなんてバカな思いつきより、ずっと俺達のためになる。よし、今から急いで屋敷に戻ってお前の雪精を討伐してくるから、どこにしまってるのか教えろよ」

「やめて、やめてーっ! あんなに可愛い子をお金目当てに討伐するなんて、あんたには人の心ってもんがないの? ねえ待ってよ、そんなに言うならこのソファーは諦めるから!」

 

 

 

 泣きやまないアクアを引きずるようにして、カウンターに戻ると……。

 

「お前さんら、あのソファーが欲しいのかね」

 

 店主がいきなりそんな事を言ってきた。

 店内は広いが俺達以外に客はなく静かなので、俺達のやりとりが聞こえていたのだろう。

 

「す、すいません。欲しいには欲しいんですが、金がなくて買えません。今日はこれだけください」

「ねえおじさん、あのソファーは私が買うから、お金が貯まるまで誰にも売らないでおいてくれないかしら? 無事にあのソファーを買えたら、おじさんを名誉アクシズ教徒として……」

「おいやめろ、バカな事を言って他人に迷惑を掛けるなよ。次に高い買い物が出来るようになるのがいつになるのか分からないだろ。少なくとも冬の間はロクな収入がないんだからな」

 

 俺と店主の会話に割りこんできて、バカな事を言うアクアを、叩いて黙らせていると。

 店主が鋭い目つきで俺を睨んできて。

 

「お前さん、アレだろう。この間来た魔王軍の幹部との戦いで、街を水浸しにしたっていう、冒険者の」

「そ、そうです。……俺がサトウカズマです」

 

 しらばっくれようかとも思ったが、配達先の用紙には俺の名前と屋敷の住所が書いてあるので今さらだ。

 人相の悪い店主の眼光は、ベルディアと同じくらいの迫力で。

 俺が何も言えないでいると……。

 

「……お前さん達がいなかったら、街は魔王軍の幹部とやらに滅ぼされていたんだろう? しかも、補償金のせいで莫大な借金を背負ったとも聞いてる。少しくらい融通を利かせてやったって、お釣りが来るってもんだ」

「本当に? 本当に良いの? ありがとうおじさん! ほら、私の言った通りでしょう? 笑顔も怖いけど優しいおじさんなのよ! それじゃあ、あなたを名誉アクシズ教徒に……」

「おいやめろ、お前は余計な事を言うな! ……あの、ありがたい話ですけど、本当に良いんですか?」

 

 めぐみんとダクネスが歓声を上げ、うっとうしく喜ぶアクアを俺が押さえつける中。

 店主は何かの用紙にペンを走らせ。

 

「構わんよ。どうせ、ウチに置いといたっていつ売れるか分からないような代物だからな。ほれ、ここにサインしてくれ」

 

 そう言って店主が差し出してきたのは……。

 

「ツケにしといてやる。返すのはいつでも良いぞ」

 

 ソファー代の借用書を前に、俺はこれを突っ返してはいかんのだろうかとしばし悩んだ。

 いやまあ、高級品をタダで貰えるだなんて、そんな漫画みたいな美味しい話があるわけないのだが。

 一瞬でも期待してしまった自分の甘さが憎い。

 

「……ありがとうございます」

 

 借金が増えました。

 

 

 *****

 

 

「おいアクア、力抜いてんじゃないだろうな。もっとちゃんと持てよ。店の人が運んでくれるって言ってたのに、俺達で運ぶって言い張ったのはお前だろ。……なあ、なんか超重いんだが? なんでこんなに俺にばっかり負担が来るんだよ」

「何よ、私のせいじゃないわよ。ダクネスが力を入れ過ぎてるせいで、ソファーが変な感じに傾いてるの。なんでもかんでも私のせいにしないでくれます? 謝って! とりあえず私が悪い事にしておけばいいやーっていう、その考え方を謝って!」

 

 ――帰り道。

 俺達は、四人でソファーを持って歩いていた。

 店主は後日配達してくれると言っていたのだが、アクアが帰ってすぐソファーに座って寛ぎたいと言い張ったのだ。

 力のステータスが高いアクアとダクネスは危なげないが、俺とめぐみんは時折フラついている。

 それをフォローしようとするダクネスだが、不器用なので上手く行かず。

 

「バランスです、こういうのはバランスが大事なのです。……あ、ほらダクネス、力を入れ過ぎ……あっ、今度は力を抜き過ぎですよ! まったく、あなたはどれだけ不器用なのですか!」

「す、すまない。腕力には自信があるのだが、どうにもこういった事は……!」

 

 ダクネスが力を入れ過ぎたり抜き過ぎたりするので、その度にソファーのバランスが崩れ。

 

「お、おい、だからなんで俺にばっかり負担が来るんだよ。……ああもう、帰ったらこのソファーで思う存分寝てやるからな!」

「何言ってるの? このソファーは私のよ。帰ったら暖炉の前に置いて、私が最初にゆったり寛ぐんだから、カズマは自分の部屋で寝たら良いじゃない」

「ちょっと待ってください、カズマは後で私の爆裂散歩に付き合ってくださいよ。魔力がないのなら仕方ありませんが、ソファーを運んで体力がなくなったから一日一爆裂を休むなど、爆裂魔法使いの沽券に関わりますよ!」

「ふ、二人とも、今はソファーを運ぶ事に集中してくれ! 私ではバランスが、バランスが……!?」

 

 そんなバカなやりとりを繰り返しているうちに、屋敷に辿り着き。

 玄関のドアを開けたアクアが。

 

「ただまー!」

「……いや、ただいまって言っても、ここに俺達がいるんだから、中には誰もいないだろ?」

「何言ってるの? この屋敷には貴族の隠し子の幽霊が憑いてるって言ったじゃない。今のはその子に言ったのよ」

 

 インチキ霊能力者みたいな事を言いながら、アクアは俺達を振り返って。

 

「おかーえり!」

 

 満面の笑みでそんな事を……。

 …………。

 考えてみれば。

 この世界に来てから、その言葉を口にするのは初めての事だ。

 これからはこの屋敷に入るたびに言うのだろうと、感慨深く思いながら、俺は――!

 

 ――ソファーがドアの枠に引っかかった。

 

「おいちょっと待てダクネス。力任せに入れようとすんな! 縦にすれば入るから!」

「待ってくださいダクネス、どうしてそっちを持ち上げようとするんですか! そんな事されたら負担がこっちに……あっあっ、重いです潰れます!」

「ま、待ってくれ。そんなに一度にいろいろ言われても……、こ、こうか?」

 

「「違う、そうじゃない」」

 

「じゃあ私は、先に行って暖炉の周りを片付けておくわね!」

「おい待てアクア、一番力のステータスが高いお前がソファーを運ばなくてどうするんだよ! 待てって! 重い重い! 待ってくださいアクア様ーっ!」

 

 ……まったく。

 どうしてコイツらは少しの間だけでも感慨に浸らせてくれないのか。

 

「ただいま!」

 

 縦にしたソファーを運び入れながら、俺は声を上げて――!

 




・ソファー
 独自設定。
 ちょいちょい出てくる家具だし、なんかエピソードがあっても良かろうと……。


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この夢見る夜に静穏を!

『祝福』2,8,9、既読推奨。
 時系列は、9巻エピローグ1と2の間。


 ――魔王軍幹部、邪神ウォルバクを倒し、アクセルの街に戻ってきて。

 三人に宣言した通り、この数日というもの外泊を続けていると……。

 そんな俺の下に、最前線の砦で出会った、凄い店を教えてやると言っておいたチート持ちの冒険者達のうち、気の早い連中が訪ねてきて。

 

「今から言う事は、この街の男冒険者達にとっては共通の秘密であり、絶対に漏らしちゃいけない話だ。他の奴らに、特に女達に漏らさないって約束できないのなら、話せない。すまないが、パーティーメンバーに女がいる奴は帰ってくれ」

 

 ――路地裏にある、あまり流行っていない喫茶店にて。

 俺は、訪ねてきたチート持ちの冒険者達に、真剣な顔でそう言った。

 俺の醸し出す重々しい雰囲気に、チート持ち達は顔を見合わせ。

 

「ちょっと待ってくれ、僕のパーティーには女の子もいるが、どうして帰らなくてはいけないんだ? 説明してほしい」

 

 その中の一人が、手を上げてそんな事を……。

 

「あれっ? カモネギじゃないか。なんでお前がいるんだよ」

「僕の名前はミツルギだ! そんな、弱いのに経験値が高い美味しいモンスターの名前で呼ぶのはやめてくれ。それより、僕の質問に答えてくれ。君が教えてくれるっていうのは、一体どんな店なんだ? どうして女性に知らせてはいけないんだ?」

 

 俺の呼び方に律義にツッコんでから、ミツルギが詰問してくる。

 

「どんな店って言われても。喫茶店だよ。まあ、普通の喫茶店じゃないけどな。出来れば俺は、お前みたいな奴には教えたくないんだが」

「僕みたいなって……具体的にはどういう事なんだ? きちんと説明してくれ」

 

 ……参ったな。

 コイツは誰よりもあの店の存在を教えてはいけない奴だと思うのだが。

 一応、コイツもウォルバクとの戦いを譲ってくれた一人なわけだし、今さら約束を反故にするのも気が進まない。

 それにここで追い返しても、いずれあの店の秘密を知ってしまうかもしれない。

 

「じゃあ話すが……何度も言うが、これは他の奴らには漏らすなよ? その店は、サキュバス達がこっそり経営している店なんだ」

 

 以前、ダストとキースが教えてくれたように、俺が説明すると、チート持ち達はいろいろな意味で前のめりになっていき、鼻の穴を膨らませて。

 

「誰が相手でも良い? 設定を自由に変えられる? な、なあ、それって日本のアイドルとかでも大丈夫なのか?」

「実在しない人物……! た、例えばアニメキャラでも良いのか? いや、例えばの話だが」

「年齢は? 相手の年齢はどうなんだ? ほら、条例とか、いろいろ……」

 

 俺は呼吸が荒くなっている彼らに。

 

「大丈夫です。だって夢ですから」

 

 俺の言葉に、チート持ち達は興奮し、辺りの熱気はいつの間にかすごい事になっていて。

 そんな時。

 

「やはり、そんな店は見過ごしておけない。性欲を発散させるためにサキュバスに夢を見せてもらう? 冒険者がモンスターに魂を売り渡してどうするんだ。それに、夢の中でその……、そういう事をして満足するなんて、相手の女性に対しても失礼じゃないか。そういった事は、お互いに愛情を持って合意の上で行われるべきだ。君はさっき、パーティーメンバーに女の子がいる奴は帰れと言っていたが、君のパーティーだって綺麗な女の子達ばかりじゃないか。そんな事をして、彼女達に恥ずかしいと思わないのか?」

 

 一人空気の読めないミツルギが、責めるように俺を見てそんな事を……。

 

「よし、そいつは敵だ。やっちまえ」

「えっ? あ、何をするんだ! み、皆やめっ、冷静に……! ……ッ!?」

 

 俺の言葉に、チート持ち達が一斉にミツルギに群がり、殴る蹴るの暴行を加える。

 あっという間に……。

 

「魔剣、回収しました!」

「ご苦労」

「ちょっと待て! き、君達はそれをどうするつもりだ! 返してくれ、僕には魔王を倒すという使命が……!」

 

 チート持ちの一人から奪った魔剣を受け取っていると、何人ものチート持ちに圧し掛かられ身動きを封じられたミツルギが、歯を食いしばってなんか言ってくる。

 俺は鞘に入った魔剣をポンポンと手のひらに当てながら、そんなミツルギを見下ろして。

 

「まったく、だからお前みたいな奴には話したくなかったんだ。俺達はなかなか発散できないモヤモヤを解消できて、サキュバス達は生きていくために必要な精気を安全に得られる。どっちにとっても良い話なんだぞ。一体何が不満なんだよ?」

「モンスターを討伐するのが冒険者の役割だろう! サキュバスの術中に嵌ってどうするんだ! 僕らが力を合わせれば、サキュバスが何人いようと問題じゃないはずだ。そんな店、僕らの手で……!」

「それ以上続けるようならお前は今度こそ魔剣を失う事になるぞ」

「!?」

 

 俺が魔剣をミツルギの目の前に突き立てると、ミツルギは顔を青くして……。

 そんなミツルギに俺はしゃがんで顔を寄せ。

 

「……もし次に同じような事を言ったり行動に移したら、魔剣は二度とお前の手元に戻らないと思え。ちなみに三回目があったら、お前の身ぐるみを剥いでオークの里に捨てるからな。あの店をどうこうしようってんなら、最低でもそれくらいは覚悟しろよ?」

 

 俺の脅しに、ミツルギだけでなく他のチート持ち達も青い顔をして。

 

「「「うわあ……」」」

 

 ……同じ日本人にドン引きされると俺でも傷つくんですが。

 こんなのはただの口だけの脅しで、さすがに実行に移したりは……。

 …………。

 いや、俺はやるな。

 もしもこのスカしたイケメンがどうしてもサキュバス喫茶を滅ぼそうというなら、俺は阻止するためにありとあらゆる手を尽くすだろう。

 

「なあミツルギ、この街は治安が良い。なんと、国内で一番治安が良いらしいぞ。それというのも、荒くれ者の多い冒険者がほとんど犯罪を起こさず、大人しく暮らしているからだ。……なぜだか分かるか? 賢いお前なら分かるだろう? そう、その店があるからだ。いつでも賢者タイムでいられるなら、争いなんか起こらないんだ。お前はそんな店を潰そうっていうのか? それは本当に正義の行いなのか? ただの自己満足じゃないのか? それで事件や犯罪が増えたとしたら、お前らは被害者に胸を張って、あなたたちは正義のために犠牲になったのですって言えるのか? どうなんだ?」

「ぼ、僕は……、僕は……」

 

 と、それまで穏やかな口調で話していた俺は、そこでいきなり低い声で。

 

「おう、どうするんだ? ちなみにこれは二回目の質問だが」

「…………わ、分かった。その店には何もしないから、グラムを返してくれ」

 

 これ見よがしに魔剣を振って俺が言うと、ミツルギはそう言って項垂れた。

 

 

 *****

 

 

 王都から最前線の砦に向かう道の途中にある、宿泊施設。

 こういった辺境の温泉宿の例に漏れず、ここの浴場も混浴で。

 たまには皆で風呂に入るのも悪くないんじゃないかという俺の言葉は無視され、俺は一人だけ後から入る事になって。

 俺が、他に誰もいない浴場でのんびり湯に浸かっていると。

 引き戸がガラリと開かれ……。

 

「……い、言った通り、背中を流しに来てやった……ぞ……?」

 

 ――おずおずと入ってきたのは、裸にタオルを巻いただけの格好をしたダクネスだった。

 

「お、おう……。本当に来たのか」

 

 タオルが小さすぎて、ダクネスのたわわなエロボディを隠しきれておらず。

 俺がタオルからこぼれそうになっている胸をガン見していると、ダクネスは頬を赤らめてモジモジし、胸元を隠そうとした手を途中で止めて。

 

「……あ、あまり見るな」

 

 小さな声でそんな事を……。

 ダクネスの透き通るような白い肌が見る見る赤くなっていって、恥ずかしいのを必死に堪えているのが分かる。

 

「そんな事言われても。この状況で見るなって言われても無理だぞ。お前だって、そのくらいは覚悟して来たんじゃないのか? 前に背中を流してもらった事もあるんだし、今さら恥ずかしがらなくたって良いじゃないか」

「わ、分かってる。分かってはいるんだが、その……、以前は何が何やら分からないまま流されていただけだったが、覚悟した上でとなると、恥ずかしくなってきて……」

「そ、そうか。まあとりあえず、背中を流してくれよ」

 

 そう言って、俺は湯船から上がり木の椅子に腰掛けダクネスに背を向ける。

 

「カ、カズマ、カズマ……! そ、その……、それは……! それは……!?」

「お、おい、いちいち大げさに反応するなよな。お前がその、アレだから、俺がこうなっちまうのはしょうがないだろ。男なら当たり前の事なんだよ」

「……それは、その……お前にとって私の体が魅力的だという事か?」

「そ、そうだよ! なんだよ、お前が薄着で屋敷の中をウロウロしてる時、俺がチラチラ見てたのに気づいてたんだろ? 今さら確認するまでもないじゃないか! いいから早く背中を流してくれよ!」

 

 やけくそ気味に認める俺の後ろで、ダクネスは。

 

「…………嬉しい」

 

 やはり小さな声で、そんな事を……。

 背後でタオルが落ちる音が聞こえ、俺がドキドキしながら振り返ると、全裸のダクネスがすぐ後ろにいて。

 

「……今日は、タオルは使わない」

 

 そんな事を言いながら、俺の背中に抱きついてきて。

 大きな胸が背中で潰れ、腹筋が割れているくせに圧し掛かってくる体はやたらと柔らかく、耳にかかる吐息が熱っぽく。

 

「せ、背中を流してくれるんじゃないのかよ? 石鹸はどうするんだよ?」

 

 俺の質問にダクネスは答えず。

 俺の脇の下を通って前に出てきたダクネスの手が、俺の胸元を撫で、下腹部へと下りていき、やがて……。

 

「カズマ、今夜こそ私と大人にカナカナカナ」

 

 ……カナカナカナ?

 

「おいダクネス、どうしたんだ? いきなり何を言ってるんだよ?」

「私カナカナ、ずっとカナ、カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ――!」

 

 えっ。

 ……えっ。

 俺は、耳元でカナカナ言ってくるダクネスを振り払おうとするのだが、力のステータスが違いすぎて振り払えず。

 

「うるせーっ!」

 

 

 

 ――目が覚めると宿の部屋にいた。

 最近、外泊する時にはいつも使っている、寝心地の良いベッドを備えた高級宿の、ここ数日連泊している部屋だ。

 

「お、お客さーん……」

 

 開けっぱなしの窓から、ロリサキュバスが申し訳なさそうな顔で覗きこんできていて。

 その窓から、ひぐらしの鳴くカナカナという鳴き声が……。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。ひぐらしの鳴き声っていうのは、もっとこう、郷愁を誘うような感じじゃないのか? なんだよこれ、うるさいだけじゃないか。これだからこの世界は嫌いなんだ」

 

 クソ、良いところで邪魔された。

 この世界の蝉は鳴き声がうるさいと聞かされていたが、想像以上だ。

 これでは、とても寝ていられないだろう。

 

「なあ、これって俺のせいじゃないし、あの蝉を黙らせてもう一度寝たら、今夜は夢を見せてくれたりするか?」

「えっと、そうですね。私達としても精気がないとお腹が空いてしまいますから、そうしていただけるとありがたいですが。……今日はせっかく、精力の強いお客さんがいっぱい予約してくれてますし」

 

 俺の質問に、ロリサキュバスはそう言ってくれる。

 精力の強いお客さんというのは、俺が紹介したチート持ち達の事だろう。

 

「分かった。じゃあすぐ戻ってくるから、この宿で待っててくれ」

 

 俺はロリサキュバスを部屋に置いて、準備を済ませると宿を出た。

 蝉の鳴き声は街中から聞こえていて、街の住人や他の冒険者達も、夜中だというのに飛びだしてきていて。

 中でも、俺と同じ境遇らしい男冒険者達は、目を血走らせて蝉を追い回していた。

 そして俺と同じ高級宿に泊まっていたチート持ち達も……。

 

「おい佐藤和真! 一体どういうつもりだ! 僕はあんな……、あんな不埒な事を……! ア、ア、ア……様に…………、なんて冒涜だ! 君は僕に何をしたんだ!」

「『バインド』」

「ああっ!?」

 

 俺は、いきなり掴みかかってきたミツルギを、宿の備品のロープで拘束してその辺りに転がし、消費した魔力をドレインタッチで奪いながら。

 

「そういや、お前もいたんだったな。まあ、蝉退治には役に立たないだろうし、今日はそこで大人しくしてろよ」

「あああああああ!? な、なんだ、力が奪われる……! これは……!?」

 

 ミツルギはサキュバスサービスに対してずっと文句を言っていてうるさかったので、魔法使い系のチート持ちにスリープを掛けてもらった上で宿の部屋に放り込み、俺が勝手にアンケート用紙に記入し、サキュバスに良い夢を見せてくれるように頼んでおいた。

 コイツも夢の途中で蝉の声に起こされたようだが……。

 代金も払ってやったのに、夢の内容が気に食わないらしい。

 

「何をしたって言われても。俺はただ、好きな相手の夢を見せてやってくれって注文しただけだぞ。どんな夢を見たのか知らんが、俺に文句を言われても困る」

「す……!? やめろ、僕の想いを汚さないでくれ! 僕はあの人に、あんな事をしたいわけじゃない!」

「そんな事言われても知らんよ。何があったとしても、それはお前の願望が見せたものだろ」

「いい加減な事を言うな! 僕にそんな願望はない!」

 

 いきり立つミツルギが両腕に力を込めると、ミツルギを拘束していたロープがぶちぶちと千切れ……。

 マジかよ。

 コイツ、本当に人間か?

 宿の備品のロープだから、いつも使っているワイヤーよりは千切れやすいだろうが。

 特典に魔剣を選んだ事で、力のステータスが上がっているのかもしれない。

 

「とにかく、お前の相手をしてる暇はないぞ。早いとこ街に入ってきた蝉を退治して、俺は夢の世界に戻る。お前も市民を守る冒険者なら、市民の静かな夜を守ってやったらどうだ?」

「ゆ、夢を……? あんな夢を君が見るっていうのか? ふざけるな! 君はどういう神経をしているんだ? 彼女は同じパーティーの仲間じゃないのか! 自分の欲求を解消するために汚すなんて、恥を知れ!」

「ちょっと待て。お前、何言ってんの? 俺の仲間の夢を見たのか?」

 

 なんだろう。

 そういう事を正面から言われると、ちょっとイラッとする。

 俺だって似たような事をやっているのだから、文句は言えないが。

 ……この話はあまり掘り下げない方がお互いに幸せなのではないか。

 夢の中の出来事は、アンケート用紙と自分の胸の中にだけしまっておくのがマナーというものだろう。

 俺が自分の中で折り合いを付け、ミツルギを置いて蝉を狩りに行こうとすると。

 

「待て。君にあんな夢は見させない。やはりあんな店は…………い、いや、とにかく今夜だけでも、彼女の純潔は僕が守ろう」

 

 店をどうこうするような事を言いかけたミツルギは、俺と目が合うと慌てたように口篭もり。

 何かを決意したように魔剣を構えて……。

 

「おいマジか、こんな事でいちいち魔剣を抜くなよ。俺なんて今日は宿に泊まるだけのつもりだったから、丸腰なんだぞ? おまけにそっちは上級職のソードマスター様で、こっちは最弱職の冒険者だ。ちょっとくらい手加減してくれても良いと思うんだが」

「君を相手にする時には、そういう油断こそが命取りだと学ばせてもらった。すまないが、全力で行かせてもらう。君の傍にはアクア様がいるんだから、少しくらい大怪我をしても治してもらえるだろう?」

「……あれ、アクア。お前、こんな時間に何やってんだよ」

 

 俺が唐突にミツルギの背後を見てそう言うと、ミツルギは慌てたように振り返り。

 

「あ、アクア様!? ちがっ、これは違うんです! 僕はあんな邪な事を考えていたわけでは……! ……? おい佐藤、アクア様がどこにいるって……!?」

 

 ミツルギが俺のいた場所に視線を戻した時には、俺は逃走スキルと潜伏スキルを使ってその場を離脱していた。

 

 

 *****

 

 

 カナカナカナカナカナカナカナカナ――!

 

 夜の街に蝉の鳴き声が響き渡る。

 ひぐらしの鳴き声ってやつは、元の世界では郷愁を誘ったり侘しさを感じさせたりする事に定評があったが。

 

「うるせーっ!」

「死ね! 死ね! 死ねーっ!」

「畜生、俺が今夜をどれだけ楽しみにしていたと……!」

 

 この世界のひぐらしはうるさいだけで、誰もが郷愁を誘われたり侘しさを感じさせられたりする様子もなく、怒り狂って追い回している。

 と、蝉を追う人々の中に、黒髪黒目で俺と似たような顔の造作をした奴らが……。

 あいつら、日本から来たチート持ちの連中じゃないか。

 アクアから貰った特典で、蝉相手にも無双していて良いはずなのに、どうして普通の市民達と同じような活躍しかしていないのか。

 

「おいお前ら、何やってんだ? チートはどうした? さっさとあの蝉どもを殲滅してくれよ」

 

 俺がそう声を掛けると、チート持ち達は気まずそうに目を逸らして。

 

「いや、すまん。今日はお前に店を紹介してもらうために来ただけだから、神器は持ってきてないんだ」

「俺も持ってきてない」

「俺も」

「お、俺は魔法系のチートを貰ったんだが、街中で攻撃魔法をぶっ放すわけにも行かなくてな……」

 

 こいつら、役に立たねえ……。

 と、そんな事を話していると、横からバカにしたような笑い声が……。

 

「おいおい、凄腕冒険者っていうからどれだけ強いのかと思えば、まさか蝉一匹まともに退治できねーとはな! そんなんでよく凄腕なんて言ってられるな。凄腕ってのは虫より弱い奴のための称号だったのか? おいキース、普通の冒険者の力ってやつを見せてやれよ」

「狙撃! 狙撃! うひゃひゃひゃ、虫けらのくせに俺の待ちに待った夜を邪魔しやがって! 一匹残らずぶっ殺してやる!」

「ダスト、キース、お前らもいたのか!」

 

 俺がそう言うと、チート持ち達を煽っていたダストが俺を見て。

 

「おう、来たかカズマ! こういう時、お前さんがいると頼もしいな。お前さんの狙撃スキルならあんな虫けら一匹残らず……おいカズマ、弓はどうしたんだ?」

「今日は宿に泊まるだけのつもりだったから、持ってきてない」

「てめー何しに来たんだ! この役立たず!」

「まあ待てよ。俺がなんの考えもなく来たと思うのか? いろいろ便利なスキルを持ってるカズマさんだぞ? 蝉ごときが相手なら、弓矢なんて必要ないってとこを見せてやるよ」

 

 俺は言いながら、宿の備品に鍛冶スキルを使って、即席で作ったパチンコを取り出し。

 

「『クリエイト・アース』『クリエイトウォーター』! ……『フリーズ』!」

 

 手元に創りだした土を湿らせ、それを球形にし凍らせて。

 魔法で創った弾をパチンコに番えると、千里眼スキルで発見した蝉に向け。

 

「狙撃! 狙撃! 狙撃!」

 

 凍らせた土はなかなか硬く。

 モンスター相手では通用しないだろうが、相手が蝉なら十分だ。

 立て続けに蝉を撃ち落としていく俺に、ダストと、それにチート持ち達もおおっ……と感嘆するようなどよめきを発する。

 

「す、すげえ! あんた、俺達みたいな特典を貰ってないんだよな? 本当かよ? どんな命中率してんだよ……!」

「それって、宿の備品だろ? 即席で武器を作っちまったのか? 器用だなあ」

「今の、初級魔法だよな? 俺は、初級魔法なんて取るだけスキルポイントの無駄だって言われたんだが……」

「さすがだなカズマ! やっぱりお前さんは頼りになるぜ!」

 

 チート持ち達と調子の良いダストに褒められ、悪い気はしないが、今はそれどころではない。

 

「狙撃! 狙撃! クソ、これじゃ切りがないぞ! というか、どんどん蝉の鳴き声が大きくなってる気がするんだが、なんで街の中にこんなに集まってきてるんだよ?」

「それが、蝉の中でも特に声のでかい奴が街に入ってきたみたいでな。そいつを追いかけてメスの蝉もやってきて、そのメスを追いかけてまた別のオス達もやってきて、……結果はご覧の有様ってやつだな。時間を掛ければ掛けるほど、蝉の数は増えていくと思うぜ」

 

 俺が愚痴るように聞くと、ダストがそんな事を言ってくる。

 つまり、蝉が集まってくるよりも早く退治し続けなければいけないのか。

 狙撃スキルで蝉を撃ち落とす事は出来るが、一匹ずつしか狙えないし、矢や弾には限りがある。

 

「……爆裂魔法を撃ちこんでやりたい」

 

 俺の言葉に、ダストはギョッとしたように目を剥き。

 

「や、やめろよ、頼むから滅多な事を言わないでくれよ。お前んとこの頭のおかしいのが来たら、本気で街中でぶっ放しかねないだろーが!」

「頭のおかしい頭のおかしいと、この街の冒険者は失礼すぎますよ。それ以上言うなら、いかに私が頭がおかしいかを見せつけてやろうじゃないか」

 

 …………。

 

「うわ、出た!」

「めぐみん、お前も来たのか! でも今日はもう遅いし、爆裂魔法は使っちまったんじゃないのか?」

「まあそうなのですが。砦の戦いで魔王軍の精鋭を蹴散らしたおかげで、レベルだけなら一流の冒険者にも負けてませんからね。どうせ屋敷にいても蝉がうるさくて眠れませんし、爆裂魔法を使えなくても、何かの役に立てるかと思いまして」

「私もいるわよ! この私が来たからにはもう安心よ! この女神の安らかな眠りを妨げる不届きな蝉には、聖なるグーを食らわせてやるわ!」

 

 蝉を追いかける集団に、そんな事を言いながらめぐみんとアクアが加わってきて……。

 

「あれっ? ダクネスはどうしたんだ?」

「ダクネスは蝉が相手だと攻撃が当たらなくてどうにもならないので、臨時の対策本部で指揮を取っています」

「そ、そうか」

 

 ダクネスのエロい夢を見たばかりだし、これが終わったら夢の続きを見るわけだから、今ダクネスと顔を合わせるのはさすがに少し気まずい。

 俺がほっと息を吐くと、めぐみんが冷えきった視線を向けてきて。

 

「カズマ、ひょっとしてダクネスと何かあったんですか?」

「べ、別に何もないよ! そんな事より、今は蝉だろ? 時間を掛ければ掛けるほど集まってくるらしいし、どうにかして一気にやっちまいたい」

 

 俺は集まった連中を見回して。

 

「俺に考えがある」

 

 

 

 ――そこはアクセルの街の外れにある森。

 この辺りには民家も店もないから、夜ともなれば真っ暗で何も見えない。

 俺は千里眼スキルで隣に立つ人物のおぼろげな輪郭を見ながら。

 

「よし、始めるぞ」

「……分かった。いつでもやってくれ」

 

 俺の言葉に、魔法使い系のチート持ちは緊張した様子で頷いた。

 このチート持ちは初級魔法を取っておらず、冒険者カードを宿に置いてきたせいで、すぐには習得できないらしい。

 ……今夜、チート持ち達の良いところを一つも見ていないわけだが。

 まあ、能力があっても残念な奴がいるというのは、俺の仲間達を見ていれば嫌でも思い知る事が出来る。

 俺は対策本部にいたダクネスから借りてきた、マイクのような魔道具を構えて、

 

「カナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナカナ――!」

 

 力いっぱい、蝉の鳴き声を叫んだ。

 事前に、アクアに芸達者になる魔法を掛けてもらっているから、この蝉の鳴き声の模倣は蝉達にも通用するはずだ。

 そして、大きな鳴き声に釣られて街にやってきた蝉達は、マイクを通した大音量の鳴き声を無視できないはず。

 やがて森の木々に蝉達が止まり、鳴きだして。

 

 カナカナカナカナカナカナカナカナ――!

 

「う、うるさ……!」

 

 俺達は二人同時に耳を塞ぐが、それでも蝉の鳴き声は聞こえなくならない。

 と、俺達が騒音に耐えていた、そんな時。

 対策本部のある辺りから、空に向けてファイアーボールが打ち上げられ。

 

「よし、合図だあああああ!?」

 

 チート持ちが言うのと同時に、俺はドレインタッチでチート持ちの魔力を奪い。

 その膨大な魔力を込めて、全身全霊の。

 

「『クリエイト・ウォーター』ッ!!」

 

 巨大な水の塊が空中に現れ、森を丸ごと飲みこむような勢いで降り注いできた――!

 

「ぶ……! ……お、おい、大丈夫か?」

 

 ベルディアとの戦いでアクアが呼びだした洪水ほどではないが、森の木に止まる蝉達をまとめて撃ち落とせるくらいには勢いのある水流。

 俺は魔力と体力を限界まで奪われて倒れそうになっているチート持ちを支え。

 

「よし今だ! やっちまえ!」

 

 俺のそんな言葉に、森を囲んでいた市民や男冒険者達が声を上げながら森に入ってきて……。

 地面に落ちて羽をばたつかせるだけの蝉を次々に叩き潰していく。

 ……ちょっと可哀相な気もするが、安眠のためには仕方がない。

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 

「聞こえるか?」

「……聞こえないな」

 

 静けさを取り戻した夜の森で。

 確認するような誰かのやりとりの直後、蝉の鳴き声よりもうるさい歓声が上がった。

 集まった男冒険者達やチート持ち達が、口々に俺を褒めながら頭や肩を強めに叩いてきて。

 そんな乱暴な扱いを心地良いと思ってしまうのは、同じ志を持って夜を戦い抜いた同士達だからだろう。

 元の世界では、ネットの友人は大勢いても、こういった熱い友情とは無縁だったが。

 かつてない連帯感に、俺が胸を熱くしていた、そんな時。

 支援魔法のおかげなんだから私の事も褒めなさいよとダストに絡んでいたアクアが。

 

「ねえー、逃げようとした蝉におしっこ引っかけられたんですけど! 帰ったらお風呂に入らないといけないし、今日はもう目が冴えちゃったから、朝まで飲みましょうよ! カズマさんカズマさん、ここんとこ外泊ばっかりだったし、カズマさんも今夜は帰ってきたら?」

「い、いや、俺にも男同士の付き合いとかあるから……」

「それなら、皆でギルドの酒場に行く? あのなんとかいう邪神を倒して報酬を貰える事だし、私が奢ってあげても良いわよ? パーッと蝉退治頑張りましたパーティーでもしましょうよ!」

「「「!?」」」

 

 アクアの何気ない言葉に、同士達が動揺してざわつく。

 マズい。

 このままアクアに押しきられたら、せっかく蝉退治に成功したのに、夢の続きが見られなくなってしまう!

 この瞬間、俺達の意志は一つになり――

 

「残念だが、俺はパーティーには参加できねーな。でもカズマ、お前さんは今夜はもう帰るって言ってただろ? 良い機会だし、仲間達と飲み明かしたら良いんじゃねーか?」

 

 いきなりダストがそんな事を言ってきて……。

 

「そう言えばそうだったな。佐藤は帰るって言ってた」

「ああ、言ってた言ってた」

「あまり引き留めても悪いから、俺達はもう行くよ。パーティー、楽しんでくれ」

 

 チート持ち達も、口々にそんな事を……。

 …………。

 

「お、お前ら、アクアの相手を俺だけに押しつけて、自分達だけ良い夢見ようってか! ふざけやがって!」

 

 俺以外の意志が一つになって、俺を生贄に捧げようとしていた。

 どうやら、熱い友情や連帯感は勘違いだったらしい。

 ……ここで不自然に食い下がって、さっきから冷たい目で俺を見ているめぐみんに、そこまで行きたがる喫茶店とはなんなのかと問いつめられるのは困る。

 俺は、爽やかな笑顔を浮かべて去っていく男冒険者達やチート持ち達に、心からの思いを込めて――!

 

「畜生、覚えてろよ!」

 




・蝉
 蝉の習性についてはご都合主義的な独自設定。


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この湯けむり慕情に名推理を!

『祝福』4、既読推奨。
 時系列は、4巻5章(場面8と9の間)。


 魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライムのハンス。

 水の都、アルカンレティアの温泉を猛毒で汚染し、街の主要産業を壊滅させアクシズ教団の財源の元を断つという、回りくどい計画の実行犯にして、その正体は屋敷ほどもある巨大なスライム。

 ウィズの協力もあって、そんなハンスをどうにか討伐した俺達は――

 

「いやまったく、なんとお詫びを申し上げたら良いか……。街が危機から救われたのは、アクア様達のご活躍の賜物です。本当にありがとうございます……!」

「いいのよ! いいのよそんな! 私はアクシズ教のアークプリーストとして当たり前の事をしただけなんだから。アクシズ教の戒律にはこうあるわ、悪魔滅すべし、魔王しばくべし。私に感謝してくれるというなら、その感謝はアクシズ教団に捧げてちょうだい。アクシズ教を、アクシズ教をよろしくお願いします!」

 

 温泉にいたずらをしたと責められたり、女神アクアの名を騙ったと呆れられたりしていたアクアが、手のひらを返すような篤い感謝を受けて、調子に乗っていた。

 そんなアクアを遠くから眺めながら、めぐみんが不安そうに。

 

「カズマ、止めなくて良いんですか? アクアが調子に乗っていると、また厄介事を起こしそうな気がするのですが」

「まあ、今回あいつが頑張ってたのは事実だしな。たまにはこんな日があってもいいんじゃないか? ていうか、アクシズ教徒の連中が周りにいるから関わりたくない」

「途中まで良い感じの事を言っていたくせに、最後のが本音じゃないですか!」

「そうだよ、悪いかよ! じゃあめぐみんが止めに行けば良いだろ!」

「嫌ですよ! 私だってアクシズ教徒とはもう関わり合いになりたくありません!」

 

 俺とめぐみんのそんなやりとりを聞いていたダクネスが、真面目な顔で。

 

「おい二人とも、仲間が厄介事を起こすかもしれないというのに、放っておくとはどういうつもりだ? よ、よしっ、ここは私が……!」

「ぺっ」

「……んんっ……!?」

 

 調子に乗るアクアを止めに行こうとしたダクネスが、アクシズ教徒に唾を吐かれ……。

 

「お前が厄介事を起こしてどうすんだよ! そのエリス教のお守りは仕舞っておけって言っただろ!」

「断る」

 

 アルカンレティアに住む、数少ない普通の人達は、謝罪と感謝を告げて平身低頭するばかりだったが、アクシズ教団はさすがと言うべきかそれだけでは終わらず、際限なくアクアを甘やかして盛大な酒盛りを始めていた。

 宴会の神様の信徒だけあって、コイツらは宴が好きらしい。

 酒に酔っている隙を突いて入信書にサインでもさせられたら堪ったものではないので、俺は早々に自分の部屋に戻った。

 

 

 

 ――翌朝。

 昨日はハンスとの戦いで疲れていたせいかぐっすり眠り。

 やけに朝早く、スッキリと目が覚めてしまった俺は、湯治のために来ている事を思い出して朝風呂に入る事にした。

 部屋を出て廊下を歩いていると、めぐみんとダクネスの姿を見かけて。

 

「カズマ、おはようございます。カズマがこんな時間から起きているとは珍しいですね。その格好、カズマもお風呂に入りに行くところですか」

「おはよう。昨日は疲れてて早く寝たから、早く起きただけだよ。お前らも風呂か?」

「……ん。せっかく温泉街に来たのだし、私達が源泉を守ったのだからな。私達もたまたま目が覚めてしまったし、この時間では他にやる事もないから、風呂に入る事にした。ウィズも誘おうかと思ったのだが、アクアの浄化に巻きこまれてグッタリしていたから、起こさないでおいた」

 

 そんな事を話しながら一階に降りていくと。

 食堂では、未だアクシズ教徒達が宴会をやっていて。

 宴の中心でチヤホヤされ、酒を飲んで顔を赤くしたアクアが。

 

「あ、三人とも! 何よもう、いつの間にか部屋に戻っちゃって! そんなに眠たかったの? たっぷり寝たなら、次はたっぷり飲むってのはどうかしら? ほら、クリムゾンビアーが冷えてるわよ! こっち来てー、こっち来てー」

「お、お前……。物凄く酒臭いぞ。あんまり飲みすぎると、また吐くんじゃないか? そこら辺の調度品とか汚して補償金を請求されたら、お前が自分で支払えよな」

「まったく、いくら祝いの席とはいえ、一晩中飲んでいたのか? 悪いが、私は朝っぱらから酒を飲む気にはなれん。めぐみんも、その歳でこんな時間から酒を飲むと悪い癖がつくぞ」

 

 口々に小言を言う俺とダクネスに、アクアは口を尖らせ。

 

「何よ二人してー! 良いわよ良いわよ、私はウチの子達と楽しんでるから! 後で入れてって言ってきたら、入れてあげるんだからね!」

 

 そんな、よく分からない事を言って、騒がしいアクシズ教徒達の中に戻っていった。

 騒がしい食堂を通り抜け、温泉の三つの入り口の前に立った俺達は。

 

「良い機会だし、ここは皆で混浴に入ってみるってのはどうだ? お前ら、女湯にしか入ってないんだし、混浴がどんな感じか知らないだろ?」

「お、お前という奴は……! またもっともらしい事を言いだしたな。よくもまあ、そこまで口が回るものだと感心する」

 

 俺の言葉に、ダクネスが呆れたように言う中。

 

「そう言うカズマも、男湯には入った事がないんじゃないですか? 私達に混浴に入れと言うなら、私はカズマに男湯に入る事を勧めますが」

 

 めぐみんがそんな事を……。

 …………。

 

「なんだよ、分かったよ! じゃあ俺は男湯に行くから、二人は混浴に入れば良いだろ! 確かに俺は男湯の方は見てないから比べられないけど、混浴が広いってのは本当だよ。他に人がいなかったら、めぐみんがちょっとくらい泳いだって良いんじゃないか」

 

 俺は、以前、めぐみんが浴場で言っていた事を引き合いに出して言い、怒った振りをして男湯に入り……。

 脱衣場の入り口で潜伏スキルを使い、外の物音に耳を澄ませていると。

 

「……素直に男湯に行くとは予想外でしたね。どうしましょう?」

「ど、どうすると言われても。広い浴場というのは気になるが、しかし、こ、混浴……、混浴か……」

「仕方ありません。せっかくの好意を無碍にするのも悪いですし、ここは混浴に入ってみましょう。今の時間ならきっと貸し切りですよ。女湯のお風呂も大きかったですから、それより大きいというのがどのくらいなのか気になります」

「ああっ! ほ、本気か? 本気で入るのか? め、めぐみんはどうしてたまに男前なのだ……!」

 

 計画通り……!

 これで俺が後から入っていっても、混浴なのだから何もおかしくはない。

 俺は念のため、そのまま男湯の浴場への引き戸を開け……。

 そこには、すでに風呂に入っている男性客の姿が。

 

「……あ、どうも」

 

 服を着たまま引き戸を開けた俺を不審そうに見る男に、俺は少し気まずく頭を下げた。

 ――しばらくして。

 

「……入らないのか?」

「シッ! 静かに!」

 

 突っ立ったままの俺をますます不審そうに見る男に、俺は黙るよう身振りで伝え。

 そして……。

 

「ほう! これは確かに、すごく広いですね。ここで泳げたら気持ち良さそうです!」

「だから泳ぐのはマナー違反だと……あ、こら! タオルを引っ張るな!」

 

 来た――!

 

「失礼しました」

 

 混浴の方から聞こえてくる声に、俺は男に声を掛けるとすぐに男湯を飛びだし、混浴へと……。

 混浴の脱衣場の籠には、ダクネスとめぐみんの着替えが……。

 ない。

 …………?

 なんで着替えがないのだろう?

 いやでも、二人の声が混浴から聞こえてきたのは確かだ。

 俺は逸る気持ちを抑えきれず、着ている服を手早く脱ぎ、腰にタオルを巻いて。

 引き戸をスパンと開けると、中には――!

 

 ――誰もいなかった。

 

 と、俺が呆然としていた、その時。

 

「まんまと騙されましたね! カズマの考える事などお見通しですよ!」

「……なんというか、ここまで予想通りだと怒るというより情けなくなってくるな。そこまでして女と混浴に入りたいものなのか?」

 

 女湯の方から、そんな声が……。

 …………。

 俺が、男湯で聞き耳を立てている事を読んで、二人は混浴でさも入浴しているような会話をしてから、俺が混浴へ行く前に女湯へ移動していたらしい。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「「ひゃああっ!」」

 

 以前のように魔法で水を浴びせかけると、二人が悲鳴を上げた。

 

「畜生、男の純情を弄びやがって! お前ら覚えてろよ!」

「なんという逆恨み! 何が純情ですか、ただの性欲ではないですか!」

「こ、これが何人もの魔王軍幹部を討ち取った男だとは……。ベルディアやハンスが浮かばれないぞ! お前はもう少し、恥というものを知るべきではないか?」

「アクシズ教徒に唾吐かれて喜んでる変態には言われたくない」

「んくう……!?」

 

 ――騒がしい風呂から上がり。

 昨夜も風呂には入ったから、俺にしては入浴時間が短く、上がったのは二人と同時で。

 

「カズマあああああっ! 貴様という奴は、貴様という奴は! いくらなんでも最低だぞ! 恥を知れ!」

 

 俺が混浴から出ていくと、ダクネスがそんな事を言いながら掴みかかってきて。

 

「な、なんだよ。いきなりどうした? さっきのクリエイト・ウォーターを怒ってんのか? あんなのいつもの事じゃないか、そんなに怒るなよ」

「しらばっくれるつもりか! いいからさっさと私の下着を返せ! 街中でスティールするならまだしも、女湯の脱衣場に忍びこんで盗むなど、完全に犯罪ではないか! お前は、セクハラはしても肝心な時にヘタレで、犯罪まではしないと信じていたのに、見損なったぞ! どうせならスティールで私から直接盗んでいけば良いだろう!」

「はあー? いや、ちょっと待て、本当に待て。お前が何を言っているのかさっぱり分からん。ぱんつが盗まれたのか? 言っとくけど、それは俺じゃないぞ。俺はたった今、風呂から上がったんだから、盗めるわけがないだろ」

 

 俺はそう言ってダクネスを引き剥がそうとするが、俺の力では興奮しているダクネスを引き剥がす事が出来ず。

 そんな俺達の様子を見ていためぐみんが。

 

「ダクネス、落ち着いてください。どうやらカズマが盗んだわけではないみたいですよ」

 

 めぐみんの言葉に、ダクネスが呼吸を荒くしながら俺を離し。

 

「……本当に、お前ではないのだな?」

「おい、いい加減にしろよ? 違うって言ってるだろ。大体、お前の言う通り、女湯の脱衣場なんか入ったら完全に犯罪じゃないか。俺がお前の下着を盗むなら、屋敷にいる時にやってるよ」

「そ、そうか。そうだな。……すまない、取り乱した」

「お風呂から上がったら、ダクネスのぱんつがなくなっていたんですよ。それで、さっきカズマが覚えていろよと言っていたので、カズマが犯人だと思いこんでしまったようで……。いきなり下着がなくなっていたわけですから、気が動転してしまうのは仕方のない事と言いますか、その、疑われたカズマの気持ちも分かりますが、あまり怒らないであげてくれませんか?」

 

 しょんぼりと肩を落とすダクネスに寄り添いながら、めぐみんがそんな事を言ってきて……。

 …………。

 

「ちょっと待て。ということは今、ダクネスってノーパ」

「わあああああああ!」

「おっと、そんな直線的な攻撃が当たるか!」

「最低です! 最低ですよこの男! そういう事は思っていても口に出さないでください! あっ、ダクネス、あんまり激しく動くとスカートの中が見えますよ!」

 

 俺は、泣きながら襲いかかってきたダクネスをひらりといなしながら。

 

「ひょっとして、混浴の方に忘れていったってオチじゃないだろうな?」

「混浴の方では着替えも手に持ったままでしたから、そんなはずないですが……一応見ておきましょうか」

 

 俺達は混浴の脱衣場に入り、籠を一つ一つ見て回る。

 しかし、どの籠にも何も入っておらず。

 

「……本当に盗まれたみたいだな。こういう場合って、どうするんだ? 宿に事情を話して、警察に通報して……」

「待ってくれ、警察はマズい」

 

 俺の言葉に、ダクネスが真剣な顔でそんな事を言ってきて。

 

「警察はマズいって、なんでだよ? 今回は誰にも迷惑を掛けてないし、お前はただの被害者だろ?」

「私は貴族だ。庶民が貴族の下着を盗んだなどという事が知れたら、ただの窃盗よりも罪が重くなるだろう。場合によっては死刑もあり得る。犯人を許すつもりはないが、さすがにそれはやり過ぎだ」

「そんなの、お前が貴族だって事を隠して通報するとか」

「この街ではダスティネス家を名乗って、ハンスの手配をしたり、源泉のある山に入ったりしたから、私が貴族だという事を隠し通すのは難しい。それに、庶民の中に混じって過ごしているのは私のわがままだ。私を貴族と知りながら狙ったならともかく、そうでないのなら、犯人に重罪を課すのは不当だと思う。それは身分を偽っている私が負うべき責だろう」

「だからって、犯人をこのまま野放しにしておく気か? ぱんつ盗られたって俺にあんなに怒ってたくせに、お前、それで良いのかよ?」

「良くはない。良くはないが……」

 

 犯人に不当な重罪を課すよりは、自分が我慢すれば良いと言うつもりらしい。

 俺が何も言えずにダクネスを見つめていると、めぐみんがクイクイと俺の袖を引いてきて。

 

「……カズマ、いつものように、どうにか出来ませんか?」

 

 そんなめぐみんの言葉に、俺は溜め息を吐いて。

 

「しょおがねえなあー!」

 

 

 *****

 

 

 ――未だ騒がしい食堂にて。

 俺は、一晩中飲んでいたくせに、まったく疲れていない様子のアクアに。

 

「なあ、お前らって、一晩中ここで騒いでたんだよな?」

「そーよ? カズマったら、変な顔してどうしたの? やっぱりお酒が飲みたくなったの? まったく、しょうがないわねえ! すいませーん、こっちにクリムゾンビアーを……」

「おいやめろ、注文しようとすんな。今ちょっとシリアスな感じなんだよ!」

 

 俺は、どうしても俺達を宴会に巻きこみたいらしいアクアを黙らせ。

 

「実は、ダクネスのぱんつが盗まれたらしいんだが、ダクネスは貴族のあれこれで、警察に知らせたくないって言うんだよ。だから、俺達でどうにか犯人を見つけだせないかと思ってな。……おい、なんだこの手は?」

 

 事情を説明する俺の手を、なぜかアクアがガッチリ掴んできて。

 

「捕まえたわよ! さあ観念しなさいカズマさん! ダクネスのぱんつをどこにやったの? ダクネスの事だから、本気で謝ったら許してくれるわよ! 私も一緒に謝ってあげるから、ごめんなさいをしなさいな!」

「ふざけんな、俺じゃねーよ! 俺が犯人だったら犯人捜しなんかするわけないだろうが! ていうか、このやりとりはさっきもうやったんだよ!」

「何よ、下着泥棒といえばカズマさんじゃないの! 最初に疑うのは当たり前じゃない! アクセルの街の人に聞いたら、きっと皆がカズマさんが犯人だって言うわよ!」

「それはやめろ、本気で言われそうだからやめろ。とにかく俺は犯人じゃないし、本当の犯人を見つけたいんだよ。そこでお前に、っていうかここにいるアクシズ教徒に聞きたいんだが、今日の朝に風呂の方に行った人って分かるか? 風呂の方に行くにはこの食堂を通らないといけないだろ。つまり、ここの風呂場は密室だったんだよ」

「……何言ってるのカズマ、この食堂は誰でも自由に出入り出来たから、お風呂にだって誰でも行けたわよ?」

「いや、そういう事じゃなくて」

 

 と、頓珍漢な受け答えをするアクアに、俺がどう言ったものかと悩んでいた、そんな時。

 下着を取りに部屋に戻ったダクネスと、ダクネスに付き添っていためぐみんがやってきて。

 

「ダクネスがうっかり部屋に忘れたわけではないようですね。宿の受付でも聞いてみましたが、落とし物として届けられてもいないそうです。どうですかカズマ、何か手掛かりは見つかりそうですか?」

「アクアがバカな事ばかり言うから、まだ何もしてないよ。おいアクア、アクシズ教の連中に、ここを通って風呂の方に行った人について聞いてくれないか」

「……? よく分かんないけど、分かったわ。ねえ皆、聞いてほしいんだけどー!」

 

 俺は、アクシズ教徒達に話を聞きに行ったアクアを見送ると。

 

「風呂に行くには、ここの食堂を通らないといけないよな。食堂ではアクシズ教徒達が一晩中宴会をやってたらしいから、ある意味で風呂は密室だったって事になる。確か、衆人環視の密室ってやつだな」

「……密室?」

 

 俺の言葉に、めぐみんが首を傾げる。

 ……あれ?

 いまいちピンと来ていないめぐみんの様子に、俺は助けを求めるようにダクネスの方を見て。

 

「えっと、推理小説なんかでよくあるだろ。ほら、殺人事件が起きるやつ」

「殺人事件? いきなり物騒な話だな。これは私が下着を盗まれたという、それだけの話ではないのか? まさかまた魔王軍が関わっているのか……?」

「いや、それだけの話だよ。魔王軍は関係ない、今回のはただの盗難事件だ。そうじゃなくて、……そうか、ダクネスはお嬢様だけど脳筋だから推理小説なんか読まないよな。悪かったよ」

「バ、バカにするな! 私だって小説くらい読む! ……だがその推理小説というのは知らないな。めぐみんは知っているか?」

 

 首を傾げながらのダクネスの質問に、めぐみんも首を傾げ。

 

「いえ、私も聞いた事がありませんね。どういうものなのですか?」

 

 と、俺が二人に説明しようとしていた時。

 アクシズ教の連中に話を聞きに行っていたはずのアクアが戻ってきて。

 

「カズマったら本当にあんぽんたんね……いひゃいいひゃい! この世界に、推理小説なんてあるわけないじゃないの。魔法があったり魔道具があったりするのに、推理小説なんて成立すると思う? それに、嘘を吐くとチンチンなる魔道具まであるのよ? 関係者を集めて全員に『あなたが犯人ですか?』って聞いたらどんな事件でも解決するのに、推理する必要なんてあるわけないじゃない」

「言われてみればそうだな」

 

 俺が、推理小説というジャンルについてざっと説明しても、めぐみんもダクネスもよく分からないような顔をしていた。

 密室からはテレポートで脱出できるし、死んだ被害者を蘇生させれば事件の真相を教えてもらえる。

 そんな、ファンタジー世界の住人に、ミステリーを理解しろというのは無理がある。

 それでも頭の良いめぐみんは、俺の言いたい事が分かったようで。

 

「つまり、ダクネスの下着を盗んだ犯人は、お風呂に行く時にアクシズ教徒達に姿を見られているはずだという事ですね」

「そういう事だ。それで、アクア、どうだったんだ?」

「ばっちり聞いてきたわよ! 任せといてねダクネス。私が水色の脳細胞で、ダクネスのぱんつを盗んでいった犯人をすぐに見つけだしてあげるから! ねえカズマさんカズマさん、温泉旅館で事件が起きたんだから、これってFUNAKOSHI案件よね? それとも、KATAHIRAかしら?」

 

 ドヤ顔でわけの分からない事を言いだすアクアに、めぐみんが困ったような表情を浮かべ。

 

「そのFUNAKOSHIやKATAHIRAについては知りませんが、食堂を通った人を連れてきて、嘘を感知する魔道具を使えば解決ですね。意外と簡単に終わりそうで良かったです。ダクネス、ダスティネス家の権力に物を言わせて、警察署から嘘を感知する魔道具を借りてきてくださいよ」

「駄目よめぐみん。こういうのはね、人の知恵と論理だけで謎を解く事に意義があるのよ。……残念ね、ここにFUNAKOSHIやKATAHIRAがいたら、こんな事件は二時間で解決するのに」

「……嘘を感知する魔道具も人類の英知には違いないのでは?」

「そういうのは邪道よ。温泉、旅館、殺人事件と来れば、素人探偵がどこからか出しゃばってくるものなのよ。そしてのんびり温泉に入るサービスカットがあり、なぜか旅館に泊まって美味しいごはんをたらふく食べ、そのうちに誰でも気づきそうな事に最初に気がついて、警察に知らせれば良いのに勝手に犯人を問いつめ、逆襲されてピンチに陥るの」

 

 いや、殺人事件は起きていないのだが。

 アクアの言葉に、めぐみんが助けを求めるように俺を見て。

 

「あ、あの、カズマ? アクアが何を言っているのかさっぱり分からないのですが」

「そして最後には崖の上に行くんだな」

「あれっ!?」

 

 俺とアクアが訳知り顔で頷き合っていると、めぐみんが驚いた声を上げた。

 

 

 *****

 

 

 アクアがアクシズ教徒達に聞いたところ、今朝、風呂の方に行ったのは、俺達を除いて五人四組。

 全員が宿泊客だという。

 サスペンスドラマのような状況が何かの琴線に触れたらしく、俄然乗り気のアクアにくっついて、俺達は彼らの話を聞きに行く事にした。

 

 

 

 おっさんの場合。

 

「誰だあんたら。聞きたい事? なんだよ、まあ退屈してたとこだし、少しくらい相手してやっても良いけどな。……朝風呂? ああ、確かに入ったが、それがどうかしたのか?」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「男湯だよ。六時少し前だったかな」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「入る時に爺さんとすれ違ったかな。あと、そこの兄ちゃんを見たよ」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「変わった事っつったら、そこの兄ちゃんが、服を着たまま引き戸を開けて、そのまましばらく突っ立ってたな。ありゃなんだったんだ? 混浴の方で声が聞こえてすぐに走って出ていったが……。ひょっとして、これって言わない方が良かったか、なあ兄ちゃん」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「盗ってねーよ。ああ、それで犯人捜しをしてるってわけか。残念だが、そりゃ俺じゃねーな」 

 

 

 

 老人の場合。

 

「なんだね、お前さん方は。随分綺麗な娘さんばかりのようだが、ワシに何か用かね? 朝風呂には入ったとも、老人は朝が早いのでな」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「五時頃だったかのう。男湯に入ったよ」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「ワシが上がる時に、男が一人入りに来とったな。他には、風呂場では誰も見ておらん」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「そういえば、いつもより体が温まらなかったような気もするのう。温泉ではなくて、ただのお湯のような……。気のせいかもしれんが」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「無礼な事を言うでない! まったく、これだからアクシズ教徒は!」

 

 

 

 お姉さんの場合。

 

「……は、話ですか? 分かりました。ええと、朝風呂には、入ろうとしたんですが……先に誰か入っていたようなので、そのまま戻ってきました。一人で静かに入りたかったので」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「六時過ぎくらいに、女湯に入ろうと……」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「ええと、廊下で男の人とすれ違いました。それと、浴場にいる女の子の声は聞こえてきましたが、会ってはいません」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「と、特には……」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「……し、知りません!」

 

 

 

 不倫カップルの場合。

 

「べ、別に私達は不倫しているわけではない。君達は何者だね? いきなり失礼じゃないか。話す事など何もない、帰ってくれ! ……いや待て、分かった! 話す、話すから私達の事を他の者達に話すのはやめてくれ。朝風呂? ああ、入ったさ。それが何か?」

 

 ――何時に、どこに入ったのかしら?

 

「混浴だよ。彼女と二人で入った。時間は……何時頃だったか? そうそう、五時半くらいか。……な、なんだ? そこの少年はどうしてそんなに睨んでくるんだ?」

 

 ――その時、誰か他の人を見掛けなかった?

 

「いいや、誰も。廊下では誰にもすれ違わなかったし、入浴中も他には誰もいなかったよ。おかげでしっぽりムフフと……おいやめろ、やめっ……、なんなんだこの少年は! 君は冒険者だろう、一般市民に暴力を振るうつもりか! クソ、どうして私の髪の毛を毟ろうとするんだ!」

 

 ――何か変わった事はなかったかしら?

 

「今起きてる! おい、君達も仲間ならこの少年を止めてくれ!」

 

 ――ぱんつ盗った?

 

「盗ってない! さっさと帰ってくれないか!」

 

 

 

 ――朝風呂に入ったという人達から話を聞いて。

 女部屋ではウィズが寝こんでいるので、少し狭いが俺の部屋に集まった。

 ……あんな禿げ散らかしたおっさんでも愛人がいるというのに、俺と来たら。

 

「カズマ、バカな事で落ちこんでいないで、さっさとダクネスのぱんつを取り戻しますよ! 推理小説というのによれば、あの中に犯人がいるのですよね?」

「まあ、現実の事件が推理小説みたいに解決する事なんてほとんどないけどな。一応、あの中に犯人がいるってのは間違いないはずだ。俺達の直前に風呂から出ていった人が一番怪しいわけだが、……アクシズ教徒の連中が、誰が何時に通ったかまで把握しててくれればなあ」

 

 宴会で騒いでいたアクシズ教徒達は、通った人物は分かっても、いつ通ったかまでは分からないらしい。

 

「うっ……ぐす……っ、わ、私はただ、話を聞いてただけなのに……。どうしてウチの子達をあんなに悪く言われないといけないの? ねえ聞いて! アクシズ教徒はあんまり他の人達の役には立たないかもしれないけど、皆、自分が面白おかしく生きるために一生懸命なのよ!」

 

 ぱんつを盗んだんですかと不用意に聞いて、頑固そうな老人に、これだからアクシズ教徒はと叱られたアクアは、未だぐずぐずと泣いていた。

 

「それは俺達じゃなくてあの爺さんに言ってこいよ。そして説教されてこい。そんな事より、集めた証言からお前の水色の脳細胞で、誰が犯人なのか推理できないのか?」

 

 俺が聞くと、めぐみんとダクネスが期待を込めた目でアクアを見て。

 二人の視線を受けたアクアは。

 

「あのお爺さんよ! あのお爺さんが怪しいわ! あんなにアクシズ教を悪く言うような人だもの。きっとダクネスのぱんつを盗んで邪な事に使おうとするに違いないわ!」

 

 そんな、どうしようもない事を言いだして……。

 

「というか、他人の下着を盗むとか、アクシズ教徒なら嬉々としてやりそうなんだが。むしろあの爺さんは、お前らのそういうところが嫌いなんじゃないか? 俺はあの爺さんは犯人じゃないと思うな」

「何よ、そういうカズマは誰が怪しいと思っているの? あんたの推理とやらを言ってみなさいな!」

「俺はあの不倫してたおっさんが怪しいと思う。あんな綺麗な女の人と混浴に入ってたんだぞ? あいつは絶対悪い事をしてる」

「はあー? カズマったら何を言いだしてるんですか? 不倫カップルって言ったら、犯人だと思ってたら途中で殺される役どころに決まってるんですけど!」

「……それは確かにそうだが、これは殺人事件じゃないぞ?」

「あの、二人ともちょっと待ってくださいよ。さっき聞いてた話と違うのですが。推理小説ってそういう感じなんですか?」

 

 俺とアクアの意見に不満そうな声を上げるめぐみんに、俺は。

 

「おいめぐみん、水を差すのはやめろよな。めぐみんは推理小説に詳しくないから仕方ないが、俺達は真剣に考えてるんだ。ちなみに、めぐみんは誰が怪しいと思うんだ?」

「えっ、私ですか。……そうですね。下着を盗むには、私とダクネスがお風呂に入っている間に脱衣場に入る必要があります。私達は誰とも出会っていませんから、犯人は私達より後に女湯に入ってきたはずです。逆に言うと、私達より前にお風呂に入った人達は犯人ではないと言えますから、……お爺さんと不倫カップルは犯人ではないと思うのですが。お爺さんは、カズマと同じタイミングで入浴していたという男の人とすれ違いに出ていっているのですから、私達より前に入っていたというのは間違いないでしょう。不倫カップルが私達より後に入っている時間はなかったはずで、混浴には私達もカズマも入りましたが、その時には誰もいませんでしたから、彼らが私達より前に入っていたというのも嘘ではないのでしょう」

「「…………」」

 

 推理小説に詳しくないはずのめぐみんの論理的な否定に、俺とアクアは気まずそうに黙りこみ。

 アクアが気を取り直したように。

 

「ねえねえ、ダクネスは? ダクネスは誰が怪しいと思うの?」

「わ、私か? 私は正直、推理小説というのがどういうものなのかよく分かっていないのだが……、あの女性客は、私達に対して怯えているように見えた。下着を盗んだ事を後ろめたく思っているとしたら、ああいう反応になるかもしれない。しかし、女が女の下着など盗むものだろうか?」

 

 それから、あーでもないこーでもないと好き勝手な推理を言い合ったが、結論は出ず。

 二時間サスペンスに、二時間も掛からずに飽きたらしいアクアが。

 

「もー、ダクネスが嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を借りてきてくれたら良いんじゃないかしら」

 

 ……おい。

 

 

 *****

 

 

 ――チリーン。

 ダクネスが借りてきた、嘘を感知する魔道具が反応したのは。

 

「わ、私は何も、盗んでなんて……!」

 

 お姉さんの、そんな言葉で。

 青い顔をして小さなベルを見つめていたお姉さんは、やがてその場にへなへなと崩れ落ち。

 

「すいません、すいません……! いろいろストレスが溜まっていたというか……、魔が差したんです、出来心だったんです……! 本当にすいませんでした!」

 

 俺達はお姉さんの部屋に入れてもらい、事情を聞く事に。

 なぜかぱんつを盗まれたダクネスが、優しくお姉さんに寄り添って話を聞いてあげている。

 

「すまないが、まずは私の下着を返してもらえないだろうか。その、身に付けるものが他人の手に渡っていると思うと、やはり落ち着かなくてな」

「は、はい! すぐに……!」

 

 そう言って、お姉さんは荷物から見覚えのあるぱんつを取り出してダクネスに渡し。

 

「……確かに。お、おいカズマ、人の下着をじろじろ見るものではないだろう」

「はあー? お前、脱ぎ散らかした服だの下着だの、そこら辺に放りだしてるくせに、今さら何を恥ずかしがってるんだよ?」

「お前という奴は! もっとデリカシーというものを持てと……! いや、今は良い。それで? 女であるあなたが、なぜ私の下着を盗んだりしたんだ? ストレスが溜まっていたと言っていたが、良ければ事情を聞かせてくれないか」

 

 ダクネスが苦笑しながら、優しい口調でお姉さんに聞く。

 お姉さんは目に涙を浮かべダクネスを見て。

 

「……私、その、女の人が好きで。女なのに、恋愛的な意味で女の人が好きで!」

「…………そ、そうか」

 

 おっとダクネスが少し引いている。

 

「それで、少し前に好きな人に思いきって告白したんですけど、女同士とか無理って言われて普通にフラれまして……。今回、この街に来たのは、失恋旅行というか、そんな感じで……それなのに……、それなのにッ! この街はどこに行ってもアクシズ教徒が勧誘してくるし、わけの分からないイタズラをされたり、アクア様は同性愛も許してくださるとか聞いてもいない情報を教えてきたり、……ただ同性が好きだからってだけの理由であの人達と同じに扱われるなんて嫌に決まってるじゃない! 他にも、軽いセクハラをされたり、軽くないセクハラをされたりして、なんかもう頭がおかしくなってきまして! ノイローゼみたいな感じで! アクシズ教徒のイタズラのせいで感覚もおかしくなってきまして! じゃあもう私も下着盗るくらいオッケーかなって! かなって……! す、すいません、そんなわけないですよね、すいません……!」

 

 途中からヒートアップし叫びだしたお姉さんは、急激にしょんぼりして何度も頭を下げ。

 俺達のなんとも言えない視線がアクアに集まる中。

 アクアは一枚の紙をお姉さんに渡し……。

 

「汝、迷える子羊よ。アクシズ教は全てが許される教えです。アンデッドや悪魔っ娘以外であれば、そこに愛があり犯罪でない限り、全てが赦されるのです。それはもちろん、同性愛者も。女性なのに女性が好きな、そんなあなたにぴったりの教えではありませんか? あなたもアクシズ教に入信してみませんか?」

「おいやめろ。お前、今の話を聞いてなかったのか」

 

 俺がアクアの後頭部を引っ叩くのと同時、お姉さんが奇声を上げながら入信書を破り捨てた。

 




・推理小説
 独自設定。
 日本人転生者が持ちこんでいるかもしれないけど、定着はしなさそう。


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この祝祭の日に女神への感謝を!

『祝福』8、『爆焔』2、既読推奨。
 時系列は、8巻3章辺り。


 女神エリス&女神アクア感謝祭、二日目。

 俺はアクアとともに、アクシズ教団のブースで屋台を手伝っていた。

 

「いらさいいらさい! とある国の伝統芸能、飴細工はこちらですよー! 見て楽しい、食べて美味しい飴細工ですよー! 今ならなんと、このオンセンゲイシャ冬将軍が一本たったの百エリス! 百エリスですよどうですか!」

「凄っ! お前、相変わらずそういうのだけは凄いよな。これだけ出来が良いんだし、一本百エリスってのは流石に安すぎないか?」

「いいのよ。私はアクシズ教のアークプリーストであって、芸人ではないから芸でお金は貰えないもの。それに、今回は儲けを出そうなんて考えていないから、材料費と経費だけで十分よ。……ねえ今、そういうのだけはって言った?」

「言ってない」

 

 本当に、コイツはどうしてしまったのだろう。

 今日のアクアは調子に乗らず、ぼったくりや変な詐欺を働く事もなく真っ当に商売をしている。

 アクシズ教徒の連中も、ちょっと間違った感じの日本の屋台を再現していて、アクシズ教団のブースは夏の縁日に近い雰囲気に包まれている。

 包み紙にはさりげなくアクシズ教団入信書を使っているのだが、祭りの賑わいの中ではそれすらもネタとして受け入れられているらしい。

 

「はい、次の方! 飴の形の注文ですか? もちろん注文に応じて飴細工を作る事も出来ますが、ちょっと時間が掛かりますよ? ……ほうほう、エリス教徒なのになぜか巨乳で話題のセリスさんですか。胸は着脱式にしますか? あれっ? 良かれと思って聞いたのに、どうして怒るのよー!」

 

 俺は、客に怒られて口を尖らせながら飴細工を作りだすアクアに。

 

「……いや、ちょっと待て。そういう卑猥な形の飴細工はどうなんだ?」

「何よ、これって日本の伝統芸能なんでしょ? 伝統芸能がちょっと卑猥に見られるなんて、よくある事じゃないの。卑猥に見えるのは、あんたに芸術品を見る目がないからよ」

「別に俺は良いけど、ダクネスに知られたら怒られるぞ。昨日の事もあるし、そのうち見回りに来るんじゃないのか? 調子に乗らずに真面目に商売するって言ってたくせに、バカな事して営業停止にされても知らないからな」

「ええー? 舐めているうちにだんだん鎧が溶けてくるダクネス飴もあるんですけど」

「営業停止が嫌なら隠しとけ」

 

 と、俺がアクアに忠告していた、そんな時。

 アクアが完成したセリスさん飴を渡した客の後ろから、新たな人物がやってきて。

 

「……ん。今、私の事を呼んだか?」

「い、いや、呼んでないぞ」

 

 アクアが慌ててダクネス飴を隠す中。

 現れたダクネスが、立ち並ぶ屋台を胡散臭そうに眺めながら。

 

「確かに、昨日苦情が来たような客の集め方はしていないようだな。見た事のない物を売っているが、あれらはカズマが提案したのか?」

「そうだよ。俺の元いた国では、祭りって言えばこんな風に出店が出てきて、賑やかなのが普通だったんだ。エリス祭りは、教会に行って祈りを捧げるとか、地味過ぎて俺にとっては祭りって感じがしないんだよな」

「そうかいそうかい、そんな風に思ってたんだねカズマ君は」

 

 と、不機嫌そうにそんな事を言いながら、ダクネスの後ろから現れたのは……。

 

「クリスじゃないか。お前、こんなとこにいて良いのか? アクアに捕まったらまた手伝わされるぞ」

「だ、だって、ダクネスが顔色悪いのに見回りに行くっていうから、心配でついてきたんだよ。ねえダクネス、最近はずっと忙しそうにしていたし、少しくらい休んだ方が良いと思うよ。エリス教会は静かだから、落ち着いて休憩出来るんじゃないかな」

 

 ダクネスの袖を遠慮がちにクイクイと引いて、クリスがそんな事を言う。

 ……心配しているというのは本当だろうが、ダクネスまでアクシズ教に引きずりこまれたら嫌だなとか考えているのかもしれない。

 そんなクリスに、ダクネスが苦笑しながら。

 

「クリスが心配してくれるのはありがたいが、これが私の仕事だからな。祭りが終わったら少しは落ち着くだろうから、今が踏ん張り時だ。見回りに行く場所は他にもあるし、まだ休むわけにはいかない」

「そうか。でも、本当に顔色が悪いぞ? あんまり無理するなよ。せっかくだし、ダクネスもなんか食っていったらどうだ? 見回りで暑い中歩き回ってるんなら、かき氷なんかがお勧めだが」

「それなら、昨日人気だったというYAKISOBAはないのか? 実は少し食べてみたかったんだ」

「YAKISOBAはあっちだ。すんませーん! こいつにYAKISOBA一つくださーい! ほら、貰いに行ってこいよ。お前はここんとこ大変そうだし、俺が奢ってやるよ」

「いや、悪いが見回り中だからな。賄賂を受け取るわけにはいかない」

 

 たかがYAKISOBAを奢るくらいで俺が恩着せがましい事を言い、ダクネスが固い事を言ってYAKISOBAの屋台の方に向かうと。

 そのダクネスについていこうとしていたクリスに、アクアが。

 

「ねえクリス、今日も屋台を手伝っていかない? 今日は昨日よりもたくさん屋台を出しているし、お客さんもたくさん来ると思うの!」

「えっ。……い、いえ、すいませんアクアさん、今日はダクネスが心配なので、一緒についていこうと思うんだよ。だから屋台の手伝いはちょっと……」

「そう? クリスがいてくれるといろいろと助かるんだけど、ダクネスは調子が悪そうだし、仕方ないわね。ダクネスはたまに無茶するから、しっかり見ていてあげてね。お礼にこの、カズマに売るのを止められたダクネス飴をあげるわ」

「お前何やってんの? それをクリスにあげてどうすんの?」

 

 俺がすかさずアクアの後頭部を引っ叩く中、何気なくダクネス飴を受け取ったクリスは。

 

「えっ? えっ? 何これ、ねえ何これカズマ君! なんでダクネスが飴になってんのさ! キミ、どういうつもりなの!?」

「待て、それは俺がやったんじゃないぞ。アクアが芸術品とか言って作ってるんだよ。ダクネスにバレると何言われるか分からないから、食うならさっさと食っちまってくれ」

「胸部着脱式エリス飴もあるわよ! なんとパッドが外れるの!」

「お、お前、そんなもんまで作ってたのか……」

「キミ達、何やってんのさー!」

 

 バカな事を言いながらエリス飴を取りだすアクアに、クリスが顔を真っ赤にして怒りだし。

 

「クリスったら、エリス教徒なのに知らないの? 教会の肖像画のエリスはね、胸にパッドを入れてる時の姿なのよ。エリスの本当の姿は、この飴の胸部装甲を外した時と同じくらいなんだから。ほら、今ちょっと取って見せてあげるわ!」

「待って! 待ってよアクアさん! あの、ほら! エリス様のそんな話を広めちゃ駄目だよ! 罰が当たるよ!」

「ほーん? 私の運を悪くするだけじゃ飽き足らず、さらに私に罰を当てようっての? あの子ったら、天界に戻ったら覚えてなさいよ」

 

 剣呑な目つきになるアクアを、クリスが首をぶんぶん振りながら宥めようとして。

 そんなバカなやりとりをしていると、ダクネスがYAKISOBAを食べながら戻ってくる。

 

「んぐっ……。これは美味いな、話題になるだけの事はある。他の物も同じくらい美味いのであれば、アクシズ教団のブースが賑わっているのも頷けるな」

「ねえダクネス、これは売っちゃ駄目なヤツだよね! ね!」

「ん? なんだこれは? ……わ、私か!?」

 

 涙目のクリスが、手にしていたダクネス飴をダクネスに渡し。

 

「わああ、何やってんのよクリス! ダクネスに渡しちゃ駄目じゃないの!」

「おいアクア、これは一体どういう事だ? なぜ私の姿の飴なんか売っている? というか、これは飴なのか? かなり精巧に作られているようだが……」

「き、聞いてダクネス。それはただの飴じゃなくて、芸術品なのよ。もしも卑猥に見えるとしたら、それはダクネスに芸術品を見る目がないからと言えるんじゃないかしら。芸術品の中には、ちょっぴり卑猥に見えるものもあるけど、ダクネスはバツイチだけど貴族の令嬢なんだから、そういうのにだって芸術的な価値があるって分かるでしょう?」

「バ、バツイチはやめてくれ……。しかし、芸術品か。確かに、そういうものもあるが……」

 

 と、うっかりアクアの口車に乗せられそうになるダクネスに、クリスが。

 

「アクアさんは胸部着だ…………女神エリス飴もあるって言ってたよ」

「ちょっとクリスったら、どうして言っちゃうのよ! もう、クリスには内緒話は出来ないわね!」

「アクア、いいから出せ」

 

 アクアは観念したように、エリス飴をダクネスに渡し。

 

「……なあアクア、この胸の部分が着脱式なのは、一体どういうつもりなんだ?」

「なあに、ダクネスったら知らないの? 教会の肖像画のエリスは、胸にパッドを入れた姿で、本当は……」

「営業停止」

「なんでよーっ! ねえ待って、本当なのよ! エリスったら胸にパッド入れてるんだから! 信じてよー!」

「やめてアクアさん! その話を広めようとしないで!」

 

 アクアとクリスが涙目になる中、ダクネスが呆れたように。

 

「……まあ、営業停止は言いすぎにしてもだ。いくら芸術品と言い張ったところで、この飴を売るのは許可できないぞ。肖像権の問題もあるからな。エリス様の飴なら良いかもしれないが……おいクリス、どうしてそんな見捨てられたような目で見てくるんだ? その、エリス様の胸がパッド入りだのなんだの言うのはやめろ。女神感謝祭なのに不敬を働いてどうする。それに、アクアはアクシズ教のアークプリーストなのだから、女神アクアの飴を作れば良いじゃないか」

「アクア飴を作ると、ウチの子達が全部買っていっちゃうから商売にならないのよ」

「そ、そうか。……とにかく、女性の飴を作るのはやめろ。次に作っているところを見かけたら、今度こそ営業停止にするからな」

「男の人の飴なら良いの? ……ジョークグッズとしてカズマ飴も作ってみたんですけど」

「おいちょっと待て、なんで俺のだけジョークグッズなんだ? 芸術品だろ?」

「カズマったら、面白いジョークを言うわね」

 

 こいつぶっ飛ばしてやろうか。

 

「……男性の飴もやめておけ。とりあえず、これは私が買っておく事にしよう。……百エリス? これが百エリスだと?」

 

 ダクネスにカズマ飴を渡したアクアは、俺の方をチラッと見て。

 

「カズマ飴は舐めていると首がポロっと取れて、冬将軍にやられた時のカズマさんになるわよ」

「おい」

「さらに舐めていると下半身が先に溶けて、クーロンズヒュドラにやられた時のカズマちゃんになるわよ」

「おいやめろ」

「体が全部溶けちゃったら、もう私でも蘇生させる事は出来ないわね……」

「おい、ただの飴の話だろ? 悲しそうな目でこっちを見るのはやめろよ」

 

 と、俺とアクアがそんなやりとりをしている中、ダクネスは手にしたカズマ飴を赤い顔で見つめながら、チラチラと俺の方を窺ってきて。

 そんなダクネスに、クリスが。

 

「ね、ねえダクネス、それをどうするの? 舐めるの? ひょっとして、カズマ君を舐めるつもりなの?」

「んなっ!? 何を! これはただの飴であって、カズマではないだろう! そ、そう、これは飴……。ただの飴だから大丈夫……、舐めても大丈夫……!」

「ちょっとダクネス、顔が真っ赤だよ? ねえ、大丈夫? 本当に大丈夫なの?」

「あああ、当たり前だろう! これは飴だから大丈夫だ、大丈夫なんだ!」

「そっちじゃなくて、ダクネスの体調が……!」

「はっはっは、クリスは心配性だな」

 

 ダクネスは朗らかに笑いながら、フラリと倒れて隣の屋台に頭から突っこんだ。

 顔が真っ赤だったのは、どうやら恥ずかしかったせいだけでなく、体調が悪かったかららしい。

 

「ダクネス! ダクネス、大丈夫!?」

「おい、大丈夫か!? アクア! ヒール掛けてくれ!」

「任せといて! 今とっておきのヒールを掛けてあげるわ!」

 

 クリスがダクネスを助け起こし、アクアがヒールを掛ける中。

 ダクネスは突っこんだ屋台の店主に謝りながら、フラフラと立ち上がり。

 

「ああっ! カズマが、カズマが……」

 

 倒れた拍子に砕け散ったカズマ飴を見下ろし泣きそうになっているダクネスに。

 

「おい、誤解を招くような事を言うな。それは俺じゃない。ていうか、そんな場合じゃないだろ。いきなりフラついて倒れたんだぞ? お前、やっぱり体調が悪いんじゃないか」

「す、すまない。私は大丈夫だ。ちょっとフラッとしただけだから、そんなに心配するな」

「何言ってんの、無理しないで休憩しようよ! ダクネス、顔が真っ赤だし、ちょっと熱もあると思うよ!」

「か、顔は……、その……」

 

 心配そうに言うクリスに、ダクネスは気まずそうに視線を迷わせていて。

 俺はそんなダクネスに。

 

「お前、体調が悪かったとはいえ、俺の飴に興奮して倒れるとか、純情なのか変態なのかはっきりしろよ、このムッツリ令嬢」

「ム、ムッツリ令嬢……! き、貴族とか令嬢とかを引き合いに出すのは本当にやめてください……」

「カズマ君、こんな時までダクネスをいじめないでよ! ほらダクネス、肩を貸してあげるから、エリス教会に行こう? あそこなら横になって休めるから」

「い、いや、そこまでしてもらうほどの事では……」

 

 顔を真っ赤にしてフラフラしながら、なおも強がるムッツリ令嬢に、俺はため息を吐いて。

 

「よしクリス、そのバカこっちに引っ張ってきてくれ。こっち側なら横になれるスペースがあるから、しばらく寝かせておこう。多分、熱中症だろ。水飲ませて休ませておいた方が良い」

「わ、分かったよカズマ君。ほら、ダクネス」

 

 クリスに肩を貸してもらい、ダクネスが屋台の内側に入ってきて。

 

「まったく、気を付けろって言って打ち水までしてるのに、運営側のお前が熱中症になってどうするんだよ? ちゃんと熱中症対策してるのに、不手際とか言われて責められたら面倒だし、お前は良くなるまで出歩かせないからな。ほら、そこに横になってろよ。今、フリーズ掛けてやるから」

 

 物置台を並べてその上にダクネスを寝かせ、額に手を当ててフリーズを掛けてやると。

 

「……ああ、冷たくて気持ち良い。すまないな、三人とも。迷惑を掛ける」

 

 気持ち良さそうに目を閉じるダクネスに、俺とクリスは顔を見合わせ。

 

「コイツはもうバインドで縛りつけてその辺に転がしておけば良いんじゃないかと思う」

「カズマ君は素直じゃないなあ。心配なら心配だって言えば良いのに。でも、その案にはちょっと賛成かな。ダクネスは放っておくと、どこまでも無理をするからね」

「お、おい二人とも……? なんだか不穏な会話が聞こえるのだが。その、迷惑を掛けた事は謝るから、バインドは別の日にしてくれないか」

「別の日ってなんだよ。こんな時まで縛られたがってるんじゃねーよ」

「まったくもう、ダクネスってば! こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言って、静かに休んでいれば良いんだよ」

 

 ツッコむ俺の隣で、クリスが女神のように微笑みダクネスを撫でながら、そんな事を言う。

 と、どこかへ行っていたアクアが戻ってきて。

 

「ダクネス、何か飲んだ方が良いっていうから、ラムネを貰ってきてあげたわよ。ネロイドを使って作ったやつだから、本物とはちょっと違うけど、冷たくて美味しいから飲んでみて」

「うう……、賄賂は受け取れない……! 仲間だからこそ厳しくしなくては……」

「もう! こんな時まで何言ってんのさ! お金はあたしが払っておくから、早く飲みなよダクネス!」

 

 クリスが怒ったように言いながら、ダクネスの口にラムネの瓶を突っこみ。

 炭酸ではないがネロイド入りの飲料を急に流しこまれ、ダクネスが少し苦しそうな顔をするが……。

 

「ふあ……! ああ、これも美味いな。これも、カズマが提案したのか? カズマが提案したというものは、どれも美味い……」

「い、いや、俺の国には普通にあるもんだからな。俺はただそれを料理スキルで再現しただけで、別に俺が凄いってわけじゃないぞ」

 

 焼きそばもラムネも日本には普通にあったものだし、再現できたのは料理スキルのおかげで、俺自身が何か凄い事をやったわけではないので、ストレートに褒められると少し気まずい。

 と、俺がもごもごしていたそんな時。

 飴細工の屋台に新たな客がやってきて。

 

「あっ、いらっしゃい! えっと、飴の形の注文ですか? すいません、今ちょっと手が離せないっていうか……え、脱いだら凄いと評判の警察署長、アロエリーナさんの? すいません、人の形をした飴は駄目だって言われてまして……。あ、エリス飴なら作っても良いって話だけど、どうします? 胸部着脱式は怒られたから……、しょうがないから、いつもよりパッドを盛ってあげる事にするわ。はい、お祭り仕様の特盛エリス飴よ」

「アクアさん? 何やってんのアクアさん!」

「心配しないでクリス、ダクネスに言われた事はちゃんと守るから。今日のところは、エリスの胸は着脱式にしないでおいてあげる」

「だからって無駄に盛ったらバレるよねえ!」

 

 俺は、アクアに食ってかかるクリスに。

 

「クリス、悪いんだけどしばらく店番頼んでも良いか? 俺はダクネスにフリーズを掛けてやらないといけないし、アクアはダクネスにヒールを掛けてやらないといけないんだよ」

「こんな状況だし、ダクネスのためだし、店番くらいやるけどさ! 結局こうなったかあ! ねえカズマ君、幸運ってなんだろうね!」 

 

 ……それは俺も知りたいところだ。

 クリスに、飴の形の注文は断ってねと言い、ダクネスの下にやってきたアクアは。

 

「ダクネス、大丈夫? 今、強めにヒールを掛けてあげるからね。まったく、ダクネスったらあの熊みたいな豚みたいなおじさんの時といい、一人で無理をし過ぎじゃないかしら! 大変だったら私達を頼ってくれたって良いのよ?」

「ありがとうアクア、今度から気を付ける。そうだな、あの時に、もう一人で突っ走ったりしないと言ったのにな……」

 

 薄く目を開けたダクネスが、嬉しそうにそんな事を……。

 …………。

 疲れていたダクネスにとどめを刺したのは、アクシズ教がやらかしたせいで届けられた、大量の苦情だと思うのだが。

 ついでに言うなら、ムッツリ令嬢を興奮させたのはアクアが作ったカズマ飴なのだが。

 

「何よカズマ、どうしてそんな、白けた目で見てくるの? 私が真面目にヒールを掛けてるっていうのに、何か文句があるんですかー? あんたも早く、ダクネスにフリーズを掛けてあげなさいよね!」

 

 なんというマッチポンプ。

 調子に乗らないと言っていたはずなのに、どうしてコイツは毎度毎度、何かやらかさないと気が済まないのだろう。

 

 

 *****

 

 

 しばらくして。

 体調を持ち直したダクネスが見回りに戻り、クリスもダクネスについていって。

 アクシズ教団のブースはますます盛況だが、YAKISOBAの屋台にだけ客が集まっていた昨日と違い、今日は全ての屋台に満遍なく客が来ているので、忙しいには違いなくとも、どうにか捌けている。

 そんな中。

 

「サトウさんサトウさん。見てください、カップルですよ! あんなにくっついちゃって羨ましい! ここはサトウさんが脅かしに行って、あまりの迫力にあの少年が泣きだしてしまい、女の子に愛想を尽かされているところで、私が慰めてあげるっていうのはどうかしら? ……? …………あまりの迫力に……?」

「おい、俺を見てちょっと無理っぽいなって顔をするのはやめろよ。自分でも迫力がないのは分かってるけど、それは俺のせいじゃなくてあんたらのゾンビっぽいメイクが適当なせいだからな。なんだよ、額に『腐』って。あんたらは本当に脅かす気があるのか?」

「それは、アクア様が『カズマさんは性根が腐ってるから、分かりやすいように額に腐って書いておいたら良いんじゃないかしら』って仰っていたから……」

「よし、ちょっと待っててくれ。あいつを引っ叩いてくるから」

「待って、待ってください! あの方に無礼を働くというなら、お姉さんがアクシズ教団の名において鼻からところてんスライムを食べさせるわよ!」

「やれるもんならやってみろ! 何がところてんスライムだバカにしやがって!」

 

 俺は、アクシズ教のプリースト、セシリーとともに、人手が足りないというお化け屋敷で脅かし役の手伝いをしていた。

 と、俺がセシリーに怒鳴っていると、ちょうど通りかかったカップルが驚いて。

 

「う、うわあ……? あの、ここってお化け屋敷ですよね?」

「そ、そうだけど。……お化け屋敷なのに全然脅かせなくてすいません」

 

 脅かし役の雑な登場に、逆に驚いていたカップルが、白けた目で俺達を見てきて。

 と、そんな時。

 カップルの女の子の方が、俺を指さし。

 

「ねえ、あなた、見た事があるわ。サトウカズマっていう冒険者でしょ? 初対面の女の子のパンツを脱がしたり、幼気な少女を粘液まみれにしたっていう、セクハラ冒険者の!」

「ちょっと待ってくれ。いや、合ってる。大体合ってるんだけど、その言い方は誤解を招くだろ」

「ひっ! いや、近寄らないで! いやーっ!」

 

 俺が誤解を解くために近寄ろうとすると、少女が悲鳴を上げ、少年を置いて逃げていき……。

 

「流石ですねサトウさん! 女の子が逃げていきましたよ、計画通りです!」

「いや、待ってくれ。ここってお化け屋敷なんだろ? この脅かし方はなんか違うと思うんだが。あと、悲鳴を上げて逃げられるとか、俺でもちょっと傷ついたぞ」

「なんか、すいません……」

 

 と、気まずそうに頭を下げる少年の下に、ゾンビの扮装のままセシリーがにじり寄っていって。

 

「ピンチの時に恋人を置いて逃げだすなんて、なんてひどい女の子でしょうね! でも私が来たからにはもう安心ですよ。あなたはまあ、そこそこイケメンと言えばイケメンですし、恋人に逃げられた傷心を私が癒してあげても良いわよ。貯金はいくらありますか?」

「えっ、あの、……え? ……貯金? いきなりなんなんですか? ここってお化け屋敷なんですよね?」

「もちろんお化け屋敷ですよ。カップルで入ったらいろいろあって、出る時にはちょっと仲良くなれる、そんなお化け屋敷ですよ。あなたの恋人は逃げていってしまいましたが、私と仲良くなって出ていっても問題はないと思います」

「おいやめろ。お前の言動は問題しかない。お客さんに直接触ろうとするのはやめろよな。こういうとこって、脅かしはしてもノータッチが基本だろ? ひょっとして、お化け屋敷で体中を弄られたって苦情が出たのはお前のせいか? これ以上ウチのムッツリ令嬢の仕事を増やすのはやめてくれよ」

 

 俺が、少年に抱きつこうとするセシリーを引き剥がしていると。

 

「あっ、ちょっと、いくらお姉さんが美人だからって、いきなりそういうのはどうかと思うの! お姉さんは安い女じゃないんですからね! あらっ? でもそういえば、サトウさんって、魔王軍の幹部を何人も倒したり、大物賞金首を撃退したって話じゃなかったかしら? という事はリッチマンよね? それにアクア様とも仲が良いし、…………綺麗なお姉ちゃんは好きですか?」

「おいふざけんな。俺にだって選ぶ権利くらいあるんだからな。……あんた、今のうちに逃げろ!」

 

 俺の言葉に、セシリーに絡まれていた少年が逃げていき。

 

「あーっ! 私のロマンスが逃げていく……! なんて事してくれるんですか! こうなったら私を養うかアクシズ教団に入信して責任を取ってもらわないと……」

「お前いい加減にしろよ。温厚な俺でも怒る時は怒るからな」

 

 俺が、バカな事を言いだしたセシリーと揉み合っていると……。

 順路をトコトコ歩いてきた小さな女の子が。

 

「……何をやっているのですか、あなた達は」

「違うの! これは違うのよめぐみんさん! 心配しないで、私はめぐみんさん一筋だから!」

「いやちょっと待て。なんで俺がフラれたみたいになってんの? お前なんかこっちから願い下げだよ」

 

 俺の言葉を無視し、セシリーは半眼でこちらを見るめぐみんに駆け寄っていき。

 

「ちょっ! なんですかお姉さん、いきなり抱きついてくるのはやめてください!」

「仕方ないの、仕方ないのよめぐみんさん、だって私は今、汚らわしいアンデッドなのだから! 理性を失い自らの欲望を満たすためだけに動いてしまうのは仕方がない事なの!」

 

 ……それは普段の行いと何が違うのだろうか。

 額に白い三角の布を巻いただけのなんちゃってアンデッドの扮装をしたセシリーが、そんなバカな事を言いながらめぐみんに抱きつこうとして、締めあげられている。

 

「いたたたたた! めぐみんさん、痛い痛い! めぐみんさんはレベルが高いんだから、そんなに力を込められるとお姉さんクシャってなっちゃう! でもロリっ子なのに力持ちってギャップが最高だと思うの! まったく、めぐみんさんったらなんて可愛いのかしら!」

「なんなんですかこのセクハラお化け屋敷は! 即刻営業停止にするべきです! というか、アクシズ教徒にお化け屋敷なんかやらせたらこうなるのは分かりきってるじゃないですか! 許可を出した人は何を考えてるんですか!」

 

 ダクネスが領主代行なのだから、最終的に許可を出したのはダクネスだと思うが。

 ……ここ最近はかなり疲れていたようだから、冷静な判断力を失い、うっかり許可を出してしまったのではないだろうか。

 

「待ってめぐみんさん! ここはアクシズ教団の中では一番人気の催しなの! 営業停止にしたら、不満を持ったアクシズ教徒達が何をするか分からないわよ!」

「どんな脅しですか! 悪質すぎますよ、あなた達は!」

「……なあ、お化け屋敷よりYAKISOBAの方が人気だし、今日は他にもいろいろと屋台を出してるのに、ここが一番人気ってどういう事だ?」

「アクシズ教団には、人をびっくりさせたり笑わせたりするのが好きな教徒ばかりが集まっているから、お化け屋敷の脅かし役は人気なのよ。誰がやるかで喧嘩して、逆に人手が足りなくなるくらいなんだから」

「一番人気って、客に人気があるんじゃなくてアクシズ教徒に人気があるのかよ。ていうか、俺はそんなバカな理由で脅かし役をやらされてんのか? 人手が足りなくなるくらいなら、もう不満を持つ奴もそんなに出ないだろうし、営業停止で良いんじゃないか?」

 

 

 

 お化け屋敷を閉鎖して、屋台の手伝いに戻り。

 

「カズマは今日もアクアの手伝いですか。手伝いはしないと言っていたのに、なんだかんだ手伝っていますね」

「本当だよ。というか、お前は手伝うって言ってたくせに何もやっていないんじゃないか? クリスの神器探しの手伝いをしているわけでもないし、ここ最近、お前だけ暇を持て余してないか?」

「失礼な! 私は私で、いろいろとやる事があったんです。アクアの手伝いだってちゃんとしてましたよ。ゼル帝の面倒を見たり、食材を安く大量に仕入れたり、お姉さんがところてんスライムを買おうとするのを止めたり、花火大会の計画書にこっそり手を加えたり、ちゃんと働いてました」

「なんだ、俺の見てないところでお前もいろいろやってたんだな。……おい後半なんつった?」

 

 特に予定がないというめぐみんを、屋台の内側に引っ張りこんで手伝わせていると。

 

「……お姉さんはどこでカップルを脅かして憂さ晴らししたら良いのかしら?」

 

 未だになんちゃってゾンビの扮装をしたままのセシリーが、そんなロクでもない事を言いだして……。

 

「前から気になってましたが、あなた、めぐみんさんとはどういう関係なんですか? 屋台の手伝いもしてもらってるし、めぐみんさんの優しさに付けこんでお世話してもらおうって魂胆ですか? 何それ羨ましい。代わってください!」

「やめてください! 私達は別にカップルとかではありませんから、憂さ晴らしの対象にするのはやめてください!」

「……なあ、俺ってお前にお世話されてたのか? 爆裂散歩の帰りにおんぶしてやったりしてるし、どっちかって言うと俺が世話してやってる方だと思うんだが」

 

 俺がめぐみんを見ると、めぐみんは目を逸らし。

 そんなやりとりをする俺達に、セシリーが。

 

「またそんなツンデレオーラ出しちゃって! しかも爆裂散歩の帰りにおんぶとかなんですかそれ羨ましいすごく羨ましい。でも私だってめぐみんさんと深い絆で結ばれているんですからね! めぐみんさんが空腹で困っている時にご飯で釣って教会に連れこんだのは私ですよ!」

「待ってください、待ってくださいよお姉さん! 余計な事を言わないでください!」

「お前……、俺と初めて会った時も、なんでもするから食べ物を恵んでくれとか言ってただろ」

「!?」

 

 俺の言葉にセシリーが驚愕の表情を浮かべる中、めぐみんは焦ったように。

 

「なんでもするとは言ってませんよ! パーティーに入れてほしいって言っただけじゃないですか!」

「なんでもするからパーティーに入れてくれって言っただろ」

「そ、それは……! 言いましたけど……」

「そんな……! なんでも? めぐみんさんがなんでもするからって……!? サトウさん、あなたって人は! 何をしたんですか? こんなに可愛いめぐみんさんに何をしたんですか! 詳しく! 詳しく教えてください!」

「……ちょっと粘液まみれにした上に、どんなプレイでも受け入れるからパーティーに入れてくださいって泣かしたくらいかな」

「なんという上級者! ……どうやらお姉さんは、あなたの事を甘く見ていたようね。流石は街でクズマさんだのゲスマさんだの言われているだけの事はあるわ。でもこの勝負、お姉さんだって負けられないのよ。お姉さんの方が、めぐみんさんと深い絆を結んでいるんだから! そう、なんと私はめぐみんさんとお風呂に入った事があります!」

「なあ、それ言ってるのって誰なんだよ? でもまあ、一緒に風呂に入った事なら俺もあるな」

「!?」

 

 俺の言葉にセシリーがますます驚愕の表情を浮かべ、めぐみんはますます焦ったように。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 一体なんの勝負なんですか! なんだかさっきから、私ばっかり恥ずかしい目に遭っている気がするのですが! カズマもどうして対抗しようとするんですか!」

「俺はただ事実を言っているだけで対抗しているわけじゃない。それとも、俺は何か一つでも間違った事を言ってるか?」

「だ、だからっていちいち他人に話すような事ではないでしょう!」

 

 めぐみんのその言葉に、なぜかセシリーがドヤ顔で。

 

「他人だなんてそんな! めぐみんさんと私は、一緒のベッドで寝た事もある仲じゃないですか!」

「そんな事実はありませんよ! アルカンレティアでの事を言っているなら、あの時はちゃんと部屋から叩きだしたじゃないですか!」

「俺はめぐみんと一緒のベッドで寝た事があるぞ」

「!? なんですって? 詳しく! その時のめぐみんさんの様子を詳しく!」

「やめてください! なんなんですか、二人して! これ以上私を辱めるというなら考えがありますよ!」

「……そんなに興奮すると熱中症で倒れるぞ。ほら、フリーズ掛けてやるよ」

「誰のせいですか! あ、フリーズはもうちょっと強めにお願いします」

「めぐみんさん、ヒールは? お姉ちゃんのヒールは要りませんか?」

「別に怪我をしたわけでもないですし、要りませんよ。……なんでそんな、捨てられた子犬のような目で見てくるんですか? 分かりました、分かりましたよ! お姉さんにヒールをしてほしいです。……あっ、ちょっ! いちいち体中を弄り回す必要はないでしょう!」

 

 セシリーがめぐみんに抱きつこうとし、めぐみんに押しのけられていた、そんな時。

 氷の容器を抱えたアクアが駆け寄ってきて。

 

「カズマさーん! かき氷の氷がまたなくなったんですけどー! 水は私が出してあげるから、急いで氷を作ってほしいんですけどー!」

「もうなくなったのか? 昼より涼しくなってきてるはずなのに、氷がなくなるのが早くなってないか?」

「そうなの! 暑いから冷たいものはよく売れるし、材料は氷とシロップだけだから、いくらでも捌けるわよ! 一番売れてるのはかき氷の屋台かもしれないわね。でも、食べすぎてお腹が痛くなる子供もいるから、ヒールを掛けてあげないといけないの! 早くあっちに戻らないといけないから、早く氷を作って! 早くしてー、早くしてー」

 

 俺が、アクアに急かされながら、フリーズの魔法で氷を作っていると、セシリーが。

 

「アクア様、ヒールだったら私も使えますけど! 私のヒールは要りませんか?」

「それじゃあセシリーにもお願いしようかしら。でも、あんまり食べすぎてるようだったら、ヒールは使わないであげてね。氷の食べすぎは体に悪いもの」

「分かりました! このセシリーにお任せください!」

 

 やる気を漲らせたセシリーが駆けていき。

 

「……なあ、アクシズ教の教義には、我慢は体に毒だから、飲みたい時に飲んで食べたい時に食べろってのがあるんじゃないのか?」

「そうだけど、お腹が痛くなるって分かってるのに、食べさせるのは可哀相だもの」

 

 俺の質問に、アクアがそんなまともな事を言いだして……。

 誰だコイツ。

 俺が、氷の容器を抱えてかき氷の屋台に戻っていくアクアの背中に、訝しげな視線を向けていると。

 セシリーに揉みくちゃにされて乱れた髪を直しながら、めぐみんが。

 

「アクアはどうしてしまったんでしょうか? なんだか、ものすごくまともな事を言っていましたが」

「ゼル帝が生まれて成長したらしいぞ。この前のクエストの時も、調子に乗ると酷い目に遭うとか、アクアらしくない事を言ってたし、知力のステータスは上がってないけど、あいつだって成長くらいはするんだろ。アクシズ教徒は祭り好きらしいし、今回のアクアは、本当に純粋に祭りを楽しみたかっただけみたいだな。……へいらっしゃい!」

 

 俺が、屋台にやってきた客の相手をしていると。

 アクアの様子に首を傾げていためぐみんが、ぼそっと。

 

「……なんだかフラグにしか聞こえないのは私だけでしょうか?」

 

 そんな事を言っていたが、俺には何も聞こえなかった。

 



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このいかがわしい生物にお願いを!

『祝福』6,7、『続・爆焔』、既読推奨。
 時系列は、『続・爆焔』の後。


 俺達が、アクセルの街近くの森の中に建っていた、ドネリー一族の屋敷に忍びこみ、モンスター召喚の証拠品である魔道具を盗みだしてから、数日が経ったある日の事。

 すっかりクリスとの待ち合わせ場所と化している喫茶店にて。

 

「またハズレだったねえ……。無駄足踏ませちゃってごめんよ、助手君」

「いや、今回はめぐみんの敵討ちってのもあったし、良いって事ですよお頭。それに、これでドネリーを追いつめられるって、ダクネスも喜んでましたよ」

「そう言ってくれると助かるよ。いつもすまないねえ」

「それは言わないお約束ってやつですよ」

 

 意外とノリの良いお頭は、笑いながらそんなバカなやりとりをしてから、困ったような表情を浮かべ。

 

「でも、本当にどこに行っちゃったんだろうね、あの神器は……。あたしの盗賊としての勘では、まだこの辺りのどこかにあるはずなんだけど。怪しい貴族の屋敷を宝感知で調べても反応がないし、ここらで大きな反応があるのは、アクアさんの羽衣くらいかなあ」

「あいつが女神だなんて何かの間違いでしょうし、取り上げるって言うなら協力しますよ」

「い、いやいやいや、何言ってんのさ助手君。アクアさんは女神の中でも凄く力を持っているし、あの羽衣はアクアさんが持っているのが一番良いんだよ! それに、あたしはアクアさんと敵対するなんて嫌だからね!」

「まあ確かに、前に羽衣を取り上げようとした時は泣いて嫌がってたし、仮面盗賊団として盗もうとしたら、抵抗されてどんなロクでもない事になるか分かりませんね。酒を飲ませて眠りこけたところを狙うのが良いと思います」

「取り上げないって言ってるじゃんか! ……まったく、キミってば本当に鬼だよね。あと、仮面盗賊団じゃなくて銀髪盗賊団だよ」

 

 俺がその言葉を聞き流していると、クリスは席を立ち。

 

「とにかく、あたしはもうちょっと捜してみるよ。……それで、また貴族の屋敷に忍びこむ事になったら、助手君も手伝ってくれるかな?」

 

 不安そうにそんな事を言ってくるクリスに、俺は力強く頷いて。

 

「分かってますよ。その時に予定がなくて、ターゲットの屋敷の警備があんまり厳重じゃなくて、気が向いたら付き合いますよ」

「結構条件が厳しくないかなあ! ねえ、これはキミにしか頼めない事なんだよ! この世界のために協力してよ!」

「平穏な生活を送りたい俺にそんな事言われても。あ、せっかく下部組織が出来たんだし、めぐみん達に強襲させればいいんじゃないですか?」

「あの子達は誰も盗賊スキルを持ってないから、盗賊団じゃなくて強盗団になっちゃうよ……。それに、アイリス王女に本当に犯罪をやらせたりしたら、あたし達がどうなるか分からないんじゃないかな」

 

 クリスが青い顔をして、そんな事を……。

 …………。

 

「……分かりました。俺が手伝うので、あいつらには絶対に何もさせないでください」

 

 

 

「――戻ったぞー」

「おかーえり!」

 

 屋敷に帰ると、まだ昼過ぎだというのに、アクアが広間で酒を飲んでいた。

 ……真面目な方の女神が苦労しているというのに、こいつと来たら。

 

「ぷはー! この一杯のために生きてるー! ねえカズマ、どうしてもって言うなら、ちょっとだけお酒を分けてあげなくもないわよ? マイケルさんのお店のお酒は美味しいけど、一人で飲んでいても楽しくないし、一緒に飲まない?」

「昼間っから何やってんだよ、お前は」

「何言ってんの? 遅く起きてきたカズマさんにとっては昼間かもしれないけど、世間的にはそろそろ夕方って言っても良い時間帯じゃない。夕方って言ったらもう夜とそんなに変わらないし、お酒を飲んでも良いと思うの。それに、アクシズ教の教義、第七項を知らないの?」

「知るわけない」

「『汝、我慢をする事なかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだから』。……私は女神として、アクシズ教の教えを守っているだけで、誰かに文句を言われなきゃいけないような事はしていないわよ」

 

 このまま酔って眠りこけるようなら、本当に羽衣を取り上げてやろうか。

 

「というか、お前、小遣いがなくなったって言って泣いてなかったか? その酒はどうやって手に入れてきたんだ? またセシリーに貢がれたのか? お前はアクシズ教徒の連中と関わるとすぐ面倒くさい事になるから、あんまり関わらないでくれって言ってるだろ」

「ちょっと、憶測でウチの子達を悪く言うのはやめてちょうだい! そういう風評被害がアクシズ教団の評判を貶めているんだから! このお酒はちゃんと私のお金で買ってきたんだから、カズマに文句を言われる筋合いはないわよ。ダクネスが、私のコレクションの石を買ってくれて、臨時収入があったのよ」

「お、お前、平然と仲間にたかるのはやめろよ。ダクネスの家は貧乏貴族なんだから、無駄遣いさせるなよな」

「無駄遣いじゃないわよ。一緒にお酒を飲んで、お互いの理解を深めるの。日本でも、飲みニケーションっていうのがあったでしょ?」

「飲んでるのはお前一人なのに何言ってんだ? 大体、飲みニケーションはアルハラとか言われてたくらいだし、飲みたくないのに付き合わされる方は堪ったもんじゃないぞ」

「一緒に飲もうってダクネスを誘ったのに、断られたのよ」

「そりゃ昼間っから酒飲もうなんて言われて、頭の固いダクネスがホイホイ釣られるわけないだろ。一緒に飲みたいって言うんなら、せめて夜までは待ってろよな。今のお前の姿を見たら、ゼル帝だって呆れるんじゃないか?」

「ゼル帝をダシにして脅かすのはやめてほしいんですけど! まったく、カズマさんったら、嫌がらせをする事にかけては悪魔にも負けてないわね!」

「おいやめろ。善良な俺と悪魔を比較して、しかも悪魔の方がマシみたいな事を言うのはやめろよな。あんまりふざけた事を言ってると、悪魔にも負けない嫌がらせをその身で受ける事になるぞ。具体的には、ここにゼル帝を連れてくる」

「……そういうところが悪魔よりひどいって言ってるんですけど」

 

 誰かに文句を言われないといけない事はしていないと言っていたくせに、アクアはそう言って口を尖らせた。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 昼過ぎに起きだしていくと、広間には誰もいなかった。

 めぐみんはこのところ、盗賊団の活動で出掛けている事が多いし、アクアはどうせウィズの店で茶でも飲んでいるのだろう。

 ダクネスがどこにいるのかは分からないが、ここにいないという事は、どこかで忙しくしているのかもしれない。

 ダクネスは最近、ドネリーを追いつめてやると言って、大喜びで駆けずり回っていた。

 それも落ち着いたという話だったが、事後処理か何かがあったのだろうか。

 そんな事を考えながら、台所に置いてあった料理を食べて空腹を満たしていると、屋敷のどこかから物音が聞こえてきて……。

 

「……?」

 

 食事を終えてもまだ物音は続いていたので、聞こえる方へと向かってみると。

 一つのドアの前に辿り着き。

 

「おいダクネス、いるのか?」

 

 俺が、ダクネスの部屋のドアをノックし呼びかけると、部屋の中でガタンッと驚いて跳び上がったような音がして、息を潜めるように静かになった。

 

「……ダクネス? いるなら返事しろよ。何やってるんだ?」

 

 何度も呼びかけてみるが、中から返事はなく。

 物音はずっと聞こえていたし、俺の声に反応したようだったから、聞き間違いという事はないはずだが……。

 …………。

 いや、ちょっと待て。

 国内で一番治安が良いというアクセルの街では考えにくい事だが、ひょっとして泥棒が入っているんじゃないのか?

 部屋の中から物音は聞こえないが、敵感知に薄い反応がある。

 と、俺がドアに耳をつけて物音に集中していた、そんな時。

 

「……んっ……!」

 

 もう何度も聞いているから、俺が聞き間違える事はない。

 ダクネスのちょっと興奮した時の声が……。

 

「こ、こら、声を出せない状況だというのに何を……! や、やめろお! 私はそんな事を望んでいるわけでは……! んくう……!? こ、こんな声をカズマに聞かれたら……!」

 

 そんな、押し殺したダクネスの声が聞こえてきて。

 俺は潜伏スキルで気配を消し、ドアに耳をつけて部屋の中に意識を集中する。

 

「……ま、待ってくれ。今は駄目だ。さっき呼びかけてきたし、カズマはまだ廊下にいるはずだ。あの、エロいくせに肝心な時にはヘタレな男が、こんな状況で部屋の様子を窺っていないはずがない。……んっ! だ、駄目だと言っているだろう! 私の言う事を聞け!」

 

 ダクネスが、俺に聞かれないようにか、小声でそんな事を言っている。

 ……部屋の中に、ダクネス以外の誰かがいるらしい。

 …………。

 なんだろう? 別に俺は、ダクネスと付き合っているとかそんなんじゃないのに、なんとなくモヤモヤする。

 自分でも面倒くさいとは思うが。

 というか、あの真面目なダクネスが昼間っからそんな事をするだろうか?

 

「くっ……、こ、この……! やめろ、そんなところに触るな! んあっ! だ、駄目だ、きっとカズマが部屋のすぐ外で聞き耳を立てているに違いないのに……! そんな状況で抵抗空しくとんでもない目に遭わされると思うと……! ……んくうっ……!? い、いい加減にしろ!」

「うおっ!?」

 

 ダクネスがいきなり大声を出すので、俺は驚いて跳び上がってしまい。

 

「カ、カズマ!? いるのか? やはりそこにいるんだな! は、離せ! 私はもう、特定の相手にしかなぶられたりしないと心に決めている!」

 

 ……よく分からないが、ものすごく流されそうになっていたくせに、こいつは今さら何を言っているのだろうか。

 俺は改めて部屋の中に向けて。

 

「えっと、ダクネス? 昼間っから何やってんの? お前はそういうの、もっと恥ずかしがるもんだと思ってたんだが。ついに純情娘の仮面を脱いで、変態痴女として覚醒したのか?」

「き、貴様という奴は! 誰が変態痴女だ! 場合によってはその言葉だけで、侮辱罪を適用してやる事も出来るんだからな!」

「はあー? また実家の権力に頼るんですかお嬢様。お前、ドネリーの一件といい、最近はダスティネス家に頼る事に抵抗がなくなってきてないか? 昔は貴族の権力を行使するのは嫌いとか言ってたくせに、すっかり汚い貴族が板についてきたじゃないか。大体、変態痴女に変態痴女って言って何が悪いんだよ? 部屋の中に誰がいるのか知らないけど、この状況で言い逃れ出来ると思ってんのか?」

「ま、待てカズマ! 部屋の中にいる人間は私だけだ! そこは誤解しないでくれ!」

 

 ダクネスは、焦ったようにそんな事を……。

 

「ほーん? じゃあドアを開けて部屋の中を見せてみろよ」

「!? い、いや、それは……」

「別に嫌なら良いよ。お前だって、自分の事は自分で判断できる年齢だし、付き合っているわけでもないのに俺が文句を言ういわれもないしな」

「ま、待て! 分かった、ドアを開ける。開けるが……、引かないか?」

 

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、今にも泣きだしそうな、弱々しい声で。

 俺は、そんなダクネスを安心させるように。

 

「安心しろ。俺はダクネスがどんなエロい事をしてても引かない自信がある」

 

 俺がそう言うと、内側からドアの鍵が外され。

 ゆっくりとドアが開いて。

 部屋の中にいたのは、上気して顔を真っ赤にし、息を荒くして、日本のOL風の服を汗で肌に張りつかせたダクネスで。

 そのダクネスの背後にいるのは……。

 

「うわ、気持ち悪っ! なんだよそいつは!」

 

 一言で言えば、肉塊。

 大人の背丈ほどもある、円柱状の肉塊のあちこちから、いろいろな太さの触手が何本も生えて、うねうねと蠢いている。

 シルエットだけなら、枝が風に揺れる樹木に見えなくもないが……。

 俺がその気持ち悪い生き物に、若干引いていると、ダクネスが恥ずかしそうに小さな声で。

 

「……ローパーだ」

 

 ローパー。

 名前だけなら、俺だって聞いた事くらいはある。

 ゲームやなんかに出てきた、そこそこ有名な触手生物だ。

 とはいえ、この世界の常識が、俺の知る常識と同じとは言いきれない事を、俺は嫌というほど思い知っている。

 

「それって、触手でエロい事するやつ?」

「……そうだ、触手でエロい事をするやつだ」

 

 この世界のローパーも、触手でエロい事をするらしい。

 なるほど、ダクネスが好きそうだ。

 

「実はこう見えて、植物に近いモンスターでな。地上をゆっくりと歩きながら、触手で辺りを探って、狭く湿り気のある、暖かい場所に種を植えつける。といっても、自然界にそんな都合の良い場所はあまりないから、種を植えつけるのは、生き物の体内にという事が多い。種を植えつけられた生き物は、やがて発芽とともに養分を吸い取られて死に至り、表面を覆われて、新たなローパーの芯になるんだ。増えすぎたローパーを駆除するために向かった冒険者が、返り討ちに遭ってローパーに種を植えつけられ、逃げようとするも触手に捕らわれ、やがて苗床にされる事例も少なくはない。例えば私が種を植えつけられたら、種が発芽するまで触手に捕らわれ、やがて発芽すると養分を吸い取られ、体力を奪われた私は抵抗も出来ず、少しずつ体中をローパーの皮膚に覆われていき、ついには顔まで覆われて呼吸も出来なくなり、新たなローパーの芯に……! ……ハアハア……!」

 

 頬を上気させ、興奮気味に言うダクネスに、俺はドン引きしながら。

 

「そ、そうか。それで、そのローパーが、どうしてこんなところにいるんだ? モンスターなんだろ、危険はないのか? ていうか、街の中を連れてきたらさすがに騒ぎになっただろうし、この屋敷だって広間には誰かしらいる事が多いから、お前の部屋に連れてくるのも簡単じゃなかったと思うんだが。どうやってこの部屋まで連れてきたんだ?」

「そ、それは……。大丈夫だ。とにかく、危険はない。どうしてかは分からないが、こいつは私の言う事をよく聞いてくれるんだ」

 

 なぜか自信ありげに請け合うダクネスに、俺は怪訝そうな目を向ける。

 明らかに危険なモンスターだと思うのだが。

 

「いや、危険はないって言っても、さすがにモンスターを飼って良いとは言えないだろ。お前、一応は領主の娘なんだし、モンスターを退治する冒険者なんだぞ?」

「い、良いじゃないか! めぐみんはちょむすけを飼っているし、アクアにはゼル帝がいる。私だって、何かを飼っても良いはずだ!」

「だからってモンスターは駄目だろ」

「ちょむすけは邪神だし、ゼル帝はドラゴンだ。モンスターくらい、なんだと言うのだ」

「ちょむすけはどう見てもただの猫だし、ゼル帝はどう見てもただのひよこだろ。そいつはどう見てもモンスターじゃないか。危険はないって言われても信用できない。どうしてそいつはお前の言う事を聞くんだ? どれくらい聞くんだよ? そういや、さっき言う事を聞いていなかったみたいだったぞ? 本当に危険はないのか?」

「だ、大丈夫だと言っているだろう! もしも言う事を聞かなくなって、危険だという事が分かったら、私が責任を持って討伐する。私は頑丈だから触手の攻撃は効かないし、私の腕力なら素手で触手を引き千切れる。こいつの出す毒にも耐性があるから、正面から戦っても負ける事はない。だ、だからカズマ、頼む……! この頼みを聞いてくれるなら、お礼に、頬にキスを……」

「いやちょっと待て。お前、バカなの? お前の中では、そいつを飼う事はクーロンズヒュドラ討伐に匹敵するほどの事なの?」

 

 呆れたように言う俺の手を両手で包み、ダクネスは頭を下げて。

 

「た、頼む……! なんでも……、なんでもするから……!」

「おいふざけんな。自分を安売りするのはやめろよな。ていうか、クーロンズヒュドラ討伐よりもローパーなのか? あの時の俺の頑張りを返せよ」

 

 俺がそう言っても、ダクネスは俺の手を握る事も、頭を下げる事もやめず。

 そんなダクネスの後ろでは、ローパーが触手をうねうねと蠢かせていて。

 

「……しょうがねえなあー。分かったよ、飼っても良いよ」

「本当か!」

 

 根負けした俺はそう言ってしまい。

 その言葉に顔を上げたダクネスは、本当に嬉しそうな、心の底からの笑顔を浮かべていて。

 ……早まったか?

 クソ、言っちまったもんは仕方がない。

 

「ただし、俺達以外の目には触れないようにしろよ。街の中でモンスターを飼ってるなんて事が知れたら何を言われるか分からないからな。まあでも、冒険者ギルドには報告しておいた方が良いか。……屋敷の外に出るような事があったら、例外なくその場で討伐しろ。俺達の誰かに危害を加えた場合も討伐しろよ」

「分かった。約束しよう」

「それと、お前が寝てる間にどうにかされたら困るし、どこか別の部屋に閉じこめておいた方が良いな」

「わ、分かった。じゃあ、ジェスター様のために新しい部屋を……」

「ジェスター様ってなんだよ」

 

 ダクネスがローパーを引き連れて、いそいそと空いている部屋へ行こうと……。

 

「なあ、こいつが通ったところ、粘液でぬるぬるしてるんだが?」

「……ん。ローパーは湿った場所を好み、常に全身から粘り気のある体液を分泌しているのだ。それに触れたり、気化した体液を吸ったりすると、毒や麻痺といったステータス異常を食らうから気を付けろ」

「めちゃくちゃ危険なモンスターじゃねーか! ふざけんな!」

「い、いや、それほど危険な毒ではないし、ウチにはアクアがいるからいざという時もなんとかなる。大丈夫だ」

「そりゃお前はなんともないだろうし、めぐみんはレベルが高いから大丈夫だろうけど、俺はステータスが低いし貧弱なんだぞ? 毒や麻痺を食らったら、何かの間違いでうっかり死ぬかもしれないだろ」

「…………カズマが死んでもアクアに蘇らせてもらえば」

 

 この女!

 

「ふざけんなクソ女! お前の性癖のためなら俺が死んでも良いってか! そこまで言われて誰がそんな気持ち悪い生き物を認めるか! 却下だ却下! おいそこをどけ、そんな危険生物、俺がぶっ殺してやる!」

「や、やめてくれ! まだなんにも悪い事してないじゃないか!」

「すでにウチの廊下を危険な粘液でベタベタにしてるんだよ! そもそも、モンスターを飼おうってのが間違ってるんだ!」

「くっ、一度は飼っても良いと言っておきながらすぐに意見を翻すとは! 見損なったぞカズマ! 恥ずかしくないのか!」

「おまっ、どの口がそんな事言えるんだ! 自分の性癖のために仲間の命を危険に晒すようなド変態に、恥ずかしいとか言われたくねえ! 何が仲間の命を守るクルセイダーだ! こっちこそ見損なうわ!」

「……どうあってもジェスター様を討つというのなら、私にも考えがあるぞ」

 

 ダクネスはそう言うと、廊下の真ん中でローパーの前に立ち、まるで俺達を守る時のように両手を広げて……。

 

「『デコイ』ッ!!」

 

 囮になるスキルを発動させ、俺の前に立ち塞がったダクネスを、俺はどうしても無視する事ができず。

 

「まったく、お前ってなんだかんだバカだよな。バインドスキルがある俺にとって、一対一でお前を無力化するのなんて簡単なんだぞ? 部屋に行ってワイヤーを取ってくれば、お前なんか一発だ」

 

 俺が笑ってそう言うと、ダクネスも笑って。

 

「残念だったなカズマ。いつかこうなると思って、事前にバインドに使えそうなロープやワイヤーは隠しておいた。お前は冒険者の道具をロクに手入れもしていないから気づかなかっただろう? バインドを使えないお前に、簡単にやられる私ではないぞ! ドレインタッチを使うには近づかなければならないし、フリーズやクリエイト・ウォーター、狙撃スキルでは私にダメージを与えられない! スティールで着ている物を奪ったところで、今の私を止められると思うな!」

「くそったれー!」

 

 こいつ、だんだんせこい搦め手も使えるようになってきたじゃないか!

 俺は、飛びかかってきたダクネスの攻撃をひらりと避けると、ダクネスの腕に一瞬だけ触ってドレインタッチを……。

 

「ふはは、レベルが上がり体力が上がった私に、そんなものが効くか!」

 

 マズい!

 ダクネスは不器用で攻撃が当たらないが、武器を使わなければ俺を捕まえる事くらいは出来る。

 しかも、廊下は攻撃を避けて逃げ回るには狭すぎる。

 逃げだして誰かに助けを求めようにも、階段はダクネスとローパーを挟んだ向こう側にあって……。

 

「なあダクネス、賭けをしないか?」

「断る!」

「……!? か、賭けだぞ? 勝った方が相手に何でも一つ、言う事を聞かせられるんだぞ?」

「いつもいつも、私がそんなものに乗せられると思うな! いくらお前が鬼畜でも、ジェスター様のように触手があるわけではない! ……だが参考までに聞いておこう。お前が勝ったら、私に何をさせるつもりだ?」

「そりゃあ口に出来ないような凄い事だよ! お前がごめんなさいって泣いて謝って、その後でさらにもう一度謝るような凄い事だ! 言っとくが、今回を逃したら俺は二度とこんな命令を出さないぞ! 俺が肝心な時にヘタレるのは知ってるだろ! 危険なモンスターを飼うかもしれないなんて状況でもなければ、こんな事は言わないだろうな!」

「ぐ、具体的に言ってみろ! 言え、お前は私に何をさせるつもりだ!」

「ふへへ、それはとてもじゃないがこの場では言えないな! さあどうする! お前が見こんだこの俺の、一世一代の凄い事を取るか? それともそんな触手モンスターを取るのか? お前、抵抗空しくとんでもない目に遭うのが良いんだって言ってなかったか? そんな、いつでも倒せるようなモンスターになぶられる振りをして、本当にお前は満足なのか?」

「くっ……! お、お前という奴はどこまでも私好みの……! だ、だが、今回ばかりは私も譲れん。触手モンスターが言う事を聞いてくれるなんて、きっと二度とない事だ。踊れって言ったら踊ってくれたし、タオルを取れって言ったら粘液でぬるぬるになったが取ってくれた! 可愛いところもあるんだ! そんなジェスター様を、見す見す殺させはしない!」

 

 ……なんだろう? よく分からない敗北感があるのだが、まったく悔しくない。

 アクアといいこいつといい、俺と敵対する時ばかり奮起するのはやめてほしいのだが。

 

「……ようやく捕まえたぞ! さあカズマ、ジェスター様を殺さないと約束してくれ!」

 

 狭い廊下では思うように避けられず、ついにダクネスに捕まり、腕を取られて取り押さえられた俺は。

 

「そんな約束、誰がするか! お前、ここからどうすんの? 俺の骨でも折るつもりか? その危険生物を飼うために、仲間を脅すのかよ! それが仲間の命を守るっていう、高潔なクルセイダーのやる事か!」

「そ、それは……! いや、そうだ。賭けだ! 私は勝負に勝ったのだから、お前は何でも一つ、私の言う事を聞いてくれるのだろう? ジェスター様を飼う事を認めてくれ!」

「お前、賭けに乗るなんて一言も言ってなかったじゃないか! 勝ってから賭けを持ちだすなんて卑怯だぞ!」

「なんとでも言え! もうなりふり構っていられるか!」

 

 こんなのが大貴族の令嬢。

 ベルゼルグ王国はいろいろと大丈夫なのだろうか?

 俺は、首を捻ってダクネスの顔を見ながら、ニヤリと笑い。

 

「言ったな? 賭けに乗るんだな? それで良いんだな? 言っとくが、俺はまだ負けを認めてないぞ」

「……? な、何を言っているんだ。この状態からお前に出来る事など……!」

「なあダクネス、俺達って、結構何度も戦ってるよな? 俺はドレインタッチを使ったり、賭けを持ちだしたりして、毎回卑怯な手を使ってお前に勝っているが、今日は事前にバインドを封じたり、賭けも跳ね除けて、お前はようやく俺に勝てそうなわけだが、今どんな気分だ? 散々手玉に取られてきた相手を、正面から倒して、少しはスカッとしたんじゃないか?」

「な、なんだ? 何を言うつもりだ? ジェスター様を殺さないと言うまでは、私はお前の言葉に耳を貸さん! 何を言おうと無駄だぞ!」

 

 無駄だと言いつつ不安そうにするダクネスに、俺はぼそっと。

 

「……そんな、念願が叶った時に、守っていたはずのジェスター様が、触手を伸ばしてきたりしたら、どんな気分だろうな?」

 

 さっきも、声を出せない状況で、ローパーはダクネスの言う事を聞いていなかった。

 つまり、あのローパーはダクネスの心の中のエロい願望を聞いているわけで。

 日頃から、モンスターに負けていろいろされたいと願っているダクネスが、この状況で何を考えているかと言えば。

 

「そ、そんな……! そんな屈辱的な展開を私が望むとでも、おお、思っているのか! ひ、卑劣な敵の罠に掛かり、守っていた者になぶられるなど、そんな……、そんな……!? ああっ、ち、違う! やめろお! 私はそんな事望んでいない! あっ、触手が! 粘液が! …………んくうっ……!!」

 

 俺を押さえつけていたダクネスは、触手に捕らわれ、粘液まみれになりながら。

 

「だ、だが、私もまだ負けを認めたわけではないぞ! さっきも言ったが、私なら、こんな触手くらい引き千切る事が出来る!」

「でも今の状況って、触手プレイも出来るし俺との賭けに負けて言う事を聞かないといけないし、お前の願望を満たしてるんじゃないか?」

「!?」

 

 その言葉に、触手に抵抗しようともがいていたダクネスが、ぴたりと動きを止め。

 ダクネスの心の中の願望に応えているらしいローパーの触手も、その瞬間、うねうねと蠢くのをやめていて……。

 俺は立ち上がり、痛む手や肩をさすりながら、驚愕の表情を浮かべるダクネスに。

 

「それに、緊急事態ならともかく、いつでも逃れられるような状況で、お前はそいつの触手を引き千切れるのか? 責められたり攻撃されたりしても、守るべき者を守る、それが高潔なクルセイダーってもんじゃないのか? むしろこの状況は、高潔なクルセイダーだからこそ、負けても仕方がないとすら言えるんじゃないか? そう、仕方がないんだ。負けても仕方がないんだ」

「ま、負けても仕方がない……!」

 

 まるでダクネスの心のざわめきを表わすように、ローパーの触手がうねうねと蠢いて。

 

「俺だって鬼じゃない。お前の大事なジェスター様を、今すぐに殺すなんて言わないさ。確かにこいつは危険なモンスターには違いないが、お前の言う事を聞くってのは本当らしいしな。今、お前が負けを認めるなら、一日くらいなら触手プレイを味わっていても良いんだぞ?」

「一日くらいなら……!」

 

 まるでダクネスの心のざわめきを表わすように、ローパーの触手が……。

 …………。

 なんか、犬の尻尾みたいな事になってるが。

 

「くっ……! こ、この状況……、ジェスター様を通してカズマに責められていると言えるのでは……? カ、カズマが……、カズマが私に触手責めを……!」

「おいやめろ、人聞きの悪い事言うなよ。お前は俺をなんだと思ってるんだ? もうなんでもいいから負けを認めろよ」

「わ、私は、欲望に屈したりは……!」

「分かってる分かってる。お前は欲望に屈したんじゃなくて、クルセイダーとして当たり前の事をしただけだよな。仕方がないんだよ、これは仕方がない事なんだ」

「…………わ、分かった……。負けを認める……! 賭けはお前の勝ちだ。そ、それで、私に何をさせるつもりだ! 例えどんな辱めを受けようと、私は……!」

 

 喜んでローパーの触手に絡まれながら、期待に満ちた表情でそんな事を言ってくるダクネスに、俺は。

 

「クリスに今回の一件について事細かに説明してこい」

「かっ……、勘弁してください! それだけは許してください! クリスにだけは……! クリスにだけは……!!」

 

 

 *****

 

 

 俺がクリスを呼びに行き、屋敷に戻ってくると。

 ダクネスは部屋に引き篭もっていて……。

 

「ダクネス、来たよー? ……ねえ、なんか泣いてる声が聞こえる気がするんだけど、キミ、ダクネスに何をやったのさ?」

 

 事情を説明するのはダクネスの役目なので、クリスにはダクネスが呼んでいるとしか言っていない。

 俺は、責めるような目を向けてくるクリスに。

 

「細かい事情はダクネスに聞いてくれ。まあ、ドアを開ければ大体分かるだろうけどな。……クリスは盗賊なんだし、解錠スキルで開けちゃって良いぞ」

「駄目だよ! 親しき中にも礼儀ありって言うじゃんか! ダクネス、開けてよ。あたしだよ、クリスだよ」

「ク、クリス……? 本当に呼んできてしまったのか……」

 

 部屋の中から、ダクネスの落ちこんだ声が聞こえてきて、クリスの俺を見る目が厳しくなってくる中、俺は平然と。

 

「言っとくけど、俺は被害者だぞ。ダクネスはしばらく開けてくれないだろうし、事情が知りたければ解錠スキルを使うしかないんじゃないか」

「なんだかカズマ君に踊らされている気がするんだけど……。ダクネス、開けるよ? 駄目なら駄目って言ってね?」

 

 クリスが解錠スキルでドアの鍵を開けると。

 ゆっくりとドアが開いて。

 部屋の中には、ベッドの上で膝を抱えているダクネスと、そのダクネスの頭を、慰めるように触手で撫で回しているローパーが……。

 

「ななな、何!? モンスター!? ダクネスに何やってんのさー!」

 

 激昂しローパーに飛びかかろうとしたクリスの前に、ダクネスが素早く立ち塞がり。

 

「待ってくれクリス、こいつは私達に危害を加えない。モンスターだが、私の言う事を聞いてくれるんだ」

「モンスターが言う事を聞く? それって……」

 

 ダクネスは、ローパーの粘液まみれの頭で、どこか吹っ切れたように。

 

「すまないが、事情を聞いてもらえるだろうか」

 

 

 

 ――ダクネスから事情説明を受けたクリスは、頭を抱えて。

 

「……キミ達、何やってんの?」

「ううっ……。す、すまない……」

 

 呆れたようなクリスの言葉に、ダクネスが気まずそうに目を逸らす。

 

「いや、俺は何もしてないだろ? 俺はただの被害者だぞ」

「ダクネスが説明している間、横から茶々を入れたり質問したりしてたじゃないか」

 

 それは、ダクネスが話したくない部分を曖昧に濁そうとするので、俺が行動に至った動機や事情について、事細かに聞きだしていただけなのだが。

 別に恥ずかしそうに話すダクネスを見て、ちょっと楽しかったわけではない。

 

「でも、どうしてモンスターがダクネスの言う事を聞くんだろう? ねえダクネス、こいつって、どこから捕まえてきたの? ローパーは植物に似た生態のモンスターだし、飼い馴らして人間を襲わないように教えるなんて、無理だと思うんだけど」

「なぜ私の言う事を聞いてくれるのかは、私にもよく分からないが、アクアに売りつけられた石に触れていたら出てきたんだ。おそらく、カレンが持っていたような、モンスターを召喚する魔道具だったんだろう」

 

 …………。

 俺とクリスは顔を見合わせ。

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

「ダクネス! その石って、今どこにある?」

「どこにと言われても。こうして懐に入れているが……」

 

 焦ったように聞くクリスに、ダクネスは困惑したように石を取りだし。

 それを見たクリスは、呆然と。

 

「神器だこれ」

 

 ランダムにモンスターを召喚し、対価も代償もなしに使役する事が出来るチートアイテム。

 かつて悪徳貴族、アルダープが持っていたというその神器は、クリスの手で回収され。

 誰にも見つけられないようにと、クーロンズヒュドラが眠っていた湖の底に沈められていたのだが。

 いつの間にか、何者かの手によって持ち去られていて……。

 …………。

 

「……なあダクネス、アクアに売りつけられたって言ってたけど、アクアはそれ、どこで手に入れたとか言ってなかったか?」

「……冒険者ギルドに頼まれて、クーロンズヒュドラがいた湖やその周辺を浄化している時に見つけたと言っていたな」

 

 ……もうあいつを湖の底に封印したら良いんじゃないかな。

 

「…………ッ!!」

 

 声もなく崩れ落ちたクリスの頭を、慰めるようにローパーが触手で撫でていた。

 




・ローパー
 そこそこ有名な触手生物。このすば世界では存在を確認されていないので、生態は独自設定。


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この素晴らしい人生に祝福を!

 Web版5部、既読推奨。オリキャラ注意。
 時系列は、魔王討伐後。


 俺が街を歩いていると。

 青いマントを羽織り、まだどこか幼さを残した女の子、リーンが声をかけてくる。

 

「カズマ! 聞いたよ、魔王を倒したんだって? すごいじゃない! 私、カズマはいつかすごい事をやるんじゃないかと思ってたよ!」

 

 黒い髪をリボンで束ね、特徴的な紅い瞳をした美少女、ゆんゆんも。

 

「す、すごいですカズマさん! 私、カズマさんって正直ちょっとアレだなって思ってましたけど、見直しました!」

 

 二十歳くらいの人間にしか見えない、茶色い髪の美女、正体はリッチーで魔王軍の幹部だったウィズさえも。

 

「やりましたね、カズマさん! あの魔王さんに勝つなんてすごいです!」

 

 そう言って俺を口々に褒めてくれる。

 もちろん、俺の仲間達も……。

 

「さすがですカズマ! もちろん、私は最初からカズマが勝つと信じていましたが」

「何せ人類を脅かしてきた魔王を倒したのだ。今回に関しては誰も文句のつけようもない。それどころか、国中の人々から賞賛されるだろうな」

 

 いつの間にか俺は屋敷の自分の部屋にいて。

 彼女達は下着姿で。

 

「いいんですよ、カズマ……。だってカズマは魔王を倒したんですから。あの夜の続きをしましょう?」

 

 めぐみんがそう言って俺の肩に手をかけ、顔を近づけてきて――!

 

「華麗に脱皮! フハハハハハハハ! 残念、我輩でした!」

 

 

 

「うわああああああ! ……ハッ! 夢か!」

 

 目が覚めると屋敷の自分の部屋だったが、周りには誰もおらず俺一人だ。

 夢オチ……!

 

「なんだって今さらあんな夢を……」

「カズマさーん、なんか悲鳴が聞こえたんですけどー。頭大丈夫ですか? とうとうボケたんですかー?」

 

 俺の悲鳴を聞きつけたらしいアクアが、部屋のドアを開けひょっこり顔を出してきて。

 

「うるせーボケるか! 普段からボケた事言ってるのはお前のくせに何言ってんだ。なんでもないよ、ちょっとおかしな夢を見ただけだ」

「……? ……ねえカズマ、なんだかちょっと悪魔臭いんですけど。サキュバスのお店に行った時の朝みたいな感じなんですけど!」

 

 アクアがそんな事を言いながら、夫の浮気現場を見た妻のような表情で、部屋に入ってくる。

 ……大体合ってる? のか?

 

「いや、ちょっと待ってくれ。まったく身に覚えがない。サキュバスサービスだって、もうずっと行ってないぞ? この屋敷にはお前の結界が張ってあるんだし、外泊だってしてないんだから、俺が嘘を吐いてないってのは分かるだろ?」

「そうだけど……。臭い! やっぱり臭いわ!」

 

 俺は、超至近距離で鼻をクンクン言わせて喚くアクアに。

 

「やかましい! って事は、アレだろ、バニルの呼びだしだよ。そのうち呼びだすって言ってたし、どうやって呼びだすか胸を躍らせて楽しみにしているが吉って笑ってたから、お前への嫌がらせのために、サキュバスに結界をすり抜けさせたんだろ。さっき声を上げたのも、変な夢を見せたせいだよ」

「……ねえカズマ、いい加減、あの性悪仮面とは縁を切るべきだと思うの」

 

 俺がサキュバスサービスの世話になると、アクアが拗ねると知っての所業だろう。

 まったく、見通す悪魔はロクな事をしない。

 俺は、においを嗅ぐのが楽しくなってきたらしく、未だクンクンやっているアクアを押しのけベッドから降り。

 

「朝飯食ったら、ウィズの店に行くかー」

「悪魔の呼びだしにホイホイ応じるのは、女神の伴侶としてどうかと思うんですけど! 用があるなら、あっちの方が訪ねてくるべきじゃないかしら! 門の前でどうかお願いしますって三日三晩DOGEZAをしたら、この私が直々に頭を踏んづけてあげても良いわ!」

「会ってやるんじゃないのかよ。魔王を倒して、お前の結界が強くなってから、屋敷の中は居心地が悪いんだろ」

 

 その割に結界をすり抜けてサキュバスを送りこむなどという器用な事をやってのける辺り、流石は地獄の公爵という事なのか。

 

「ほーん? じゃあウィズの店にウチと同じくらい強力な結界を張ってあげようかしら」

「……やめてやれよ。お前は最近忘れてるみたいだが、ウィズはリッチーなんだから浄化されるだろ。なあ、マジでお前の方がボケてきてないか? 割と真面目に心配なんだが」

「な、何よ、冗談に決まってるじゃない。カズマが、ウィズがリッチーだって事を忘れてないか、テストしてあげたのよ?」

「はいはい、ありがとう。着替えるから出てけよ」

「何言ってるの? 今さらカズマの裸なんかで動じるわけないじゃない。なんなら、着替えるのを手伝ってあげても良いわよ?」

 

 そんな事を言いながら、アクアが服を脱がそうとしてきて……。

 

「おいやめろ、お前が手伝うとなぜか余計に時間がかかるんだよ! 着替えくらい一人で出来る!」

「何よ、カズマのけちんぼ! もう良いわよ、朝食の準備してくるから!」

 

 ――魔王討伐の後。

 どこのハーレム系ラノベの主人公だよと自分でツッコミたくなるような、泥沼のラブコメ展開を経て。

 俺は最後に、アクアを選んだ。

 

 

 *****

 

 

 広間で朝食を食べる。

 

「あ、アクア」

「はい、お醤油でしょ?」

「おう、ありがとう」

「どういたしまして!」

 

 今、屋敷に住んでいるのは、俺とアクアの二人だけだ。

 広い屋敷だから、二人きりだと広すぎるのだが、たまに訪ねてくる知り合いもいるし、冬を前にしてどうにもならなくなった新人冒険者の救済措置の役割も兼ねているので、引っ越さないでおく事にした。

 最初、不動産屋に無料で貸してもらい、そのおかげで冬を越せたので、俺もこの屋敷を使って誰かの手助けをした方が良いような気がしたのだ。

 荷物が多くなってきて、引っ越すのが面倒くさかったという理由もあるが。

 

「ごちそうさま」

 

 食事を終え、使った食器を水に浸けて浄化魔法を掛け。

 

「よし、行くか。おーいアクア、出かけるぞ」

「えー? 朝食を食べたばかりだから、今は出かける気分じゃないんですけど。ねえー、やっぱりやめときましょうよ。あんな木っ端悪魔、放っておけば良いじゃない。夕方くらいまで、一緒にソファーでゴロゴロしましょう?」

「それも悪くないけど、午後にダクネスが来るって言ってただろ」

「えっ、ダクネス? ……おお! そういえばそんな話もあったわね! ねえ、だったらなおさら、あんなのを相手にしてる暇はないんですけど!」

「そんなに嫌ならお前は留守番してても良いぞ。まあ、一応約束だから、俺は行くけどな。悪魔との約束を破ったら、何をされるか分かったもんじゃない」

「待って、分かったわよ! 一緒に行くから置いてかないで!」

 

 

 

「へいらっしゃい! ひたすら眩しいだけでこれと言って役に立たない発光女神と、人生で最も重要とされる選択を誤り、棺桶に片足突っこんだ女神の飼い主よ。我輩のメッセージは遺漏なく届いたようであるな。本日はよく来た、さあ入るが良い。まあ、そこの狂犬女神は別段呼んでおらんので、帰ってもらってもまったく構わんのだが」

「アロエ仮面ごときがこの私を追い返そうなんて面白い冗談ね。それはひょっとしてギャグで言っているのかしら? すべてを見通す大悪魔とか言ってるけど、実は芸人だったの? ありとあらゆる宴会芸をマスターしたこの私が見てあげるから、芸の一つでもやってみなさいな! ほら、早くやんなさいな!」

「貴様、黙って聞いておれば! いい加減、我輩をアロエ仮面と呼ぶのはやめんか!」

「……お前ら、ほどほどにしとけよ」

 

 相変わらず仲の悪い二人の間を通り、店の中に入ると。

 

「カズマさん、アクア様、いらっしゃいませ! カズマさんはお久しぶりですね。こないだ教えていただいた方法で魔道具の宣伝をしたら、びっくりするくらい売れたんですよ! ありがとうございます!」

「そういえば、最後にここに来たのは随分前だっけな。何を言ったのかは覚えてないが、売れたんなら良かったよ」

「まさかあの魔道具に、あんな使い方があるとは思いませんでしたよ」

 

 俺達を嬉しそうに歓迎するウィズに毒気を抜かれたのか、アクアとバニルは喧嘩をやめ、店の中に入ってくる。

 当たり前の顔をして椅子に座るアクアに、ウィズがお茶を淹れてやる中。

 俺はバニルに。

 

「それで、大体見当はついてるけど、今日はなんで俺を呼んだんだ?」

「うむ。貴様が予想する通りである。発光女神と四六時中一緒にいるせいで、貴様の未来は見通しづらいのだが、やはりこれだけ時期が近づけば見えるようだな。サトウカズマよ、見通す悪魔が宣言しよう――」

「ええええええええ!?」

 

 と、何か言いかけたバニルの言葉を、ウィズの上げた大声が遮り。

 

「なんだ、いきなりどうしたのだ騒がしい。貴様もいい年したリッチーなのだから、いい加減に落ち着きというものを覚えてはどうか。我輩の決め台詞を邪魔しないでもらおうか」

「年齢の事は言わないでください! そんな事より、バニルさんが名前で……! カズマさん、これって凄い事ですよ。バニルさんはひねくれ者なので、私の事もあんまり名前で呼んでくれないんです」

「長き時を生きた我輩と、そこのいつまで経っても精神的に成長せず素直になれない小僧を一緒にしてほしくはないのだが。……我輩にだって、友情を示したいと思う時があるのだ」

 

 真面目な口調でそんな事を言うバニルに、ウィズが微笑み、アクアが怪訝そうな目を向ける中。

 俺は首を傾げて。

 

「ていうか、俺達って友達だったの?」

「カズマさん!? なんて事を言うんですか! せっかくバニルさんが素直になったんですから、意地悪を言わないでくださいよ!」

「ねえカズマ、いくらなんでも、私もそれはないって思うんですけど。悪魔との友情なんて、何言ってるんですかって感じだけど、カズマには人の心ってもんがないの?」

 

 二人が口々に失礼な事を言う中、バニルが。

 

「フハハハハハハ! 我輩の真心を無碍にするとは、さすがの我輩も見通せなかったわ! これだから人間というのは油断ができん!」

 

 心底愉快そうな笑い声に、俺達は顔を見合わせ。

 

「……よく分からないが、まあ楽しそうんなら良いんじゃないか」

「いえ、あのバニルさんが、弱っているところを他人に見せるとも思えませんし、本当はバニルさんなりに傷ついているのかもしれませんよ」

「そこの木っ端悪魔がいくら懐いてきても、ウチのカズマさんが悪魔と友達になるなんて、女神としては認められないわよ。大体、人間の悪感情を吸って辛うじて生きてるような寄生虫に、友情なんて理解できるんですかー?」

「……良いだろう。では、友情の証として、長年誰にも言ってこなかった我輩の秘密を教えるとしよう」

 

 バニルの言葉に、俺達は揃ってごくりと唾を飲みこみ。

 

「マジで? なんだよ、お前の秘密って? その仮面の下を見せてくれるってか?」

「そんなどうでも良い事ではない。もう随分と昔、今度こそ本物だと言って、最後に貴様に売りつけたお色気店主の下着だが。……その後、我輩が同様の手口で下着を売りつけようとしなかった事で、本物だったのだと信じ、欲望の限りを尽くしていたようだが、実はあれも、とある女装癖のある男から買い受けたものであったのだ。いや失敬失敬! おっと時を経て熟成された悪感情、これはこれで美味である!」

「ふざけんな」

 

 ウィズが、なんだそんな事かと胸を撫でおろす中、ヒートアップする俺達は。

 

「ちょっとあんた、そんな事言ってカズマの頭の血管がプチっと行ったらどうしてくれんのよ! ねえカズマ、落ち着きなさいな。そんなにぱんつが欲しいんなら、どうしてもって言うなら私のをあげなくもないわよ?」

「そういう事じゃない。気持ちはありがたいからぱんつは貰っておくが、今お前からぱんつを貰ったって、俺の青春は帰ってこないんだよ。畜生、あの日の俺の感動をどうしてくれるんだよ? やっぱり悪魔なんか信じるんじゃなかった!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! あの下着を買った時、貴様はどうせ偽物だろうと察していたではないか! それでも、万が一にも本物かもしれないという儚い希望に縋ったのであろう? 幻とはいえ一時の幸福を得たのだ、まるで人生の縮図のようではないか!」

 

 バニルがわけの分からない事を言う中、俺はウィズに向き直り。

 

「……なあウィズ、ここからここまで買ってっても良いか? ウィズの仕入れてくる魔道具は、欠陥があるかもしれないけど個性があって面白いよな」

「おい待て貴様、勘違い店主を調子に乗らせる事で、遠回しに我輩に嫌がらせをするのはやめてもらおう」

「そういえばウィズ、バニルが隠し金庫を作ってるって知ってたか?」

「よし分かった。話し合おう。謝るのでやめてくださいお客様」

「……カズマさんが悪魔よりも嫌がらせに長けてる件について」

 

 ――しばらくして。

 俺が、魔道具をいくつか購入し、ウィズの仕入れる魔道具を褒めちぎって自信を取り戻させ、バニルの隠し金庫の場所をウィズに教え。

 

「……我輩はネタばらしに時間を掛ける事で熟成された悪感情を食そうと思っただけなのに、どうしてこうなった?」

「お前が脱皮した抜け殻って、オークにはいくらくらいで売れるんだ?」

「!?」

 

 俺が、バニルが所有する最も大きな隠し金庫の在処を匂わせ、バニルを脅していると、アクアにお茶のお代わりを淹れてやっていたウィズが。

 

「そういえばバニルさん、さっき何を言いかけていたんですか?」

「うむ。それを言うためにこやつらを呼びだしたと言うのに、貴様が騒ぎだすので、肝心な事を言いそびれておったわ」

 

 バニルが俺を正面から見据え、真面目な口調で。

 

「サトウカズマよ、見通す悪魔が宣言しよう。汝は今宵、死を迎えるであろう」

 

 

 *****

 

 

 ウィズの店からの帰り道。

 一応、報告しておいた方が良いだろうという事で、冒険者ギルドにやってきて。

 

「――という事なので、諸々の連絡をお願いしたいんですが」

「そ、そうですか。分かりました。……あの、念のための確認ですが、それって、いつもの冗談ではないんですよね? 諸々の連絡と言いますと、王都や近隣諸国、それに紅魔族やアクシズ教の方々にも連絡する事になりますので、かなり大事になると思うんですが……。サトウさんは、いまいちご自身の立場を理解していないようなので、その辺を注意して対応するようにと言われてるんですよ。後から誤報だなんて事になると、私がクビになるだけじゃ済みませんからね」

 

 俺が、バニルに聞いた話を伝えると、受付のお姉さんは困ったような心配そうな表情で、そんな事を言ってきて……。

 …………。

 まあ、確かにこの街の冒険者ギルドにはいろいろと迷惑を掛けているから、冗談か何かだと思われるのも仕方ないのだろうが。

 俺だって、今では自分がVIPと呼ばれる立場だって事は自覚している。

 魔王を倒した勇者が死ぬとなれば、それは大事に違いない。

 ……俺が死ぬってだけで国中が大騒ぎすると思うと、正直少し嬉しいわけだが、流石にそれは不謹慎だし言わないでおく。

 

「カズマったら、自分が死んで国中が大騒ぎになるからって、ちょっと嬉しそうにしてるのはどうかと思うんですけど」

「おい、人を愉快犯みたいに言うのはやめろよ。俺は魔王を倒した勇者だし、他にもいろいろ活躍したから、死ぬ時になって騒がれるのは当たり前じゃないか。日本でだって、大物芸能人が死んだら盛大に葬式をやってたし、テレビでも放送されてただろ。あれと似たようなもんだろ」

「魔王を倒して世界を救った勇者なのに、芸能人なんかと一緒にするのはどうなんですかー? まったく、発想が庶民レベルのまま成長してないんだから!」

「相変わらずステータスが成長してないお前に言われたくない」

「ちょっと! 私が成長してないのは、成長する必要がないくらい完璧だからであって、非難されるような事じゃないんですけど! 謝って! 女神に欠点があるみたいな事言ってごめんなさいって言って!」

「はいはい、ごめんなさい」

「もっと心を込めて、きちんと謝って! 昼ごはんは調理スキルで霜降り赤ガニを美味しく食べさせてあげるから許してくださいって言って!」

 

 俺が適当に流そうとすると、調子に乗ったアクアがそんなバカな事を言ってきて。

 と、俺がアクアにザリガニ料理を美味しく食わせてやろうかと考えていた、そんな時。

 

「あのっ、す、すいません! 誰か……!」

 

 冒険者ギルドのドアが乱暴に開かれ、杖を持ち、魔法使いっぽいローブに身を包んだ少女が飛びこんできた。

 息も絶え絶えな様子の少女に、ギルド職員が水を持って駆け寄り。

 

「……な、仲間が、私の仲間が、私を庇ってジャイアントトードに食べられて……! わ、私はもう、魔力が尽きて魔法が使えないから、どうにも出来なくて……、あ、あの、誰か助けてくれませんか! お金は支払いますから……!」

 

 少女が涙目で、ギルド内に響く大声で言うが……。

 夏から秋にかけてのこの時季は、冒険者にとって稼ぎ時であり、冬篭りの準備期間でもあって。

 

「今、この街にいる冒険者は、ほとんどが出払っているんです。なんとかしてあげたいとは思いますが……」

 

 人のいない酒場を見ながら、ギルド職員が困ったように言う中。

 アクアがクイクイと俺の袖を引いて。

 

「ねえカズマさん、あの女の子、仲間に庇ってもらったらしいけど、私はカズマさんにそんな事をしてもらった記憶がないわよ? 囮になって追いかけ回されたり、頭から飲まれて粘液まみれになったりした事はあるのに、これっておかしいんじゃないかしら? カズマはもっと、私を大事にするべきなんじゃないかしら?」

「あの時は他に方法がなかったんだから仕方ないだろ。まあ、今さらカエルごときに後れを取る俺達じゃないし、今は囮なんて必要ないよ。ダクネスとの約束まで少し時間があるし、困ってるみたいだから助けてやろう」

「……? カズマったら、何を企んでるの? 面倒くさがりで捻くれてるカズマが素直に人助けなんてするわけないんですけど。ひょっとして、あの女の子が可愛いから助けてあげるの? これって浮気? 浮気なの?」

「お前、俺をなんだと思ってんの? 俺だって面倒くさいし行きたくはないが、他に人がいないんだし、俺達ならカエルくらい楽勝だろ。もう冒険者ギルドに来る事もないだろうし、最後くらい素直に人助けやったって良いじゃないか。別にお前はついてこなくてもいいぞ。ここんとこクエストには出てなかったが、カエルくらい、俺一人で十分だからな」

「ちょっと待ちなさいよ! 一人で行ったら、あんたがカエルに飲まれた時、誰が助けるのよ!」

「……お前、カエルに対して有効な攻撃持ってないじゃないか」

 

 俺とアクアがそんな事を言い合いながら、少女達の下へ行くと。

 

「サトウさん! サトウさんが行ってくださるんですか! ……その、大丈夫なんでしょうか?」

「え? えっと……」

 

 表情を明るくするギルド職員の隣で、少女が、俺とアクアを見比べ困惑した表情になって。

 そんな少女に、アクアが能天気に笑って。

 

「私が来たからにはもう安心よ! すべて私に任せて、大船に乗ったつもりでいなさいな! そう、アクシズ教団の女神はこんなに頼りになるのです。エリスなんて見守ってるだけの女神とは大違い! あなたもアクシズ教徒になってみませんか?」

「困ってる人間を勧誘するのはやめろって言ってるだろ。ていうか、すべてお前に任せたらカエルの被害者が増えるだけだけど良いのか?」

 

 アクシズ教団の入信書を渡そうとするアクアを、後頭部を引っ叩いて止め、俺は縋るように見上げてくる少女に。

 

「まあ、カエルくらいならどうとでもなるから心配するな。詳しい場所が知りたいから、急いでここまで来て疲れてるところ悪いが、案内してもらえるか?」

「は、はい! ありがとうございます……!」

 

 俺が気軽に請け合うと、少女は深々と頭を下げた。

 

 

 

 マントにローブは昔ながらの魔法使いの格好だが、少女はそれに加えて、三角帽子を被り眼帯まで付けている。

 しかも色はすべて黒。

 魔王との戦いにおけるめぐみんの活躍が知られて以来、若い魔法使いの間では紅魔族の服装に似せた格好が流行している。

 最近では、魔法使いはこの格好をやめて、実用的な服装になるのが一人前の証などと言われていたりする。

 真新しい紅魔族ファッションに身を包んだ少女は、まだまだ新米なのだろう。

 

「ああ、あれだな」

 

 街を出てすぐ、俺が案内も聞かずに歩きだすと、少女は驚いた顔で俺を見てきて。

 

「あ、あの、どうして分かるんですか?」

「千里眼スキルだよ。遠くのものでも見える」

 

 俺の言葉に感心するような顔をした少女は、すぐに不思議そうに首を傾げ。

 

「あの、千里眼スキルが使えるって事は、アーチャーの方なんですよね? 弓を持っていないようなんですけど……」

「俺はアーチャーじゃないから、弓と矢がなくても問題ないよ」

「……?」

 

 少女がますます不思議そうな顔をする中、アクアが俺に顔を近づけてきて、ひそひそと。

 

「ちょっとカズマ、実力を隠した助っ人キャラをやりたいのは分かるけど、一人でニヤニヤしてるのはどうかと思うんですけど」

「ち、違うぞ。ここで俺が冒険者だなんて言ったら余計に不安にさせるだけだろ。どうせすぐに分かる事なんだから、わざわざこっちからバラさなくても良いじゃないか」

「じゃあもう魔王を倒した勇者ですって言っちゃえば? 最強の最弱職だって! プークスクス!」

「おいその強いんだか弱いんだか分からない呼び方はやめろよ。勇者だってバレたら、それはそれで面倒くさい事になるだろうし、さくっと助けてさくっと帰りたいんだよ」

「チヤホヤされたいけど面倒くさいのは嫌とか、面倒くさいのはカズマの性格なんですけど」

 

 アクアとそんな事を話しながら、早足でカエルのいる方へ向かっていると、少女が叫び声を上げて。

 

「ああっ、カエルが!」

 

 見れば少女の仲間を飲みこんだカエルが、地面に潜っていこうとしているところだった。

 俺以外にもカエルが見える距離にまで近づいていたが、このままだと、カエルが俺の射程内に入るより、地面に潜ってしまう方が早そうだ。

 それを見たアクアが。

 

「任せてカズマ、私に考えがあるわ! あのカエルを逃がさないようにすれば良いんでしょう?」

「ちょっと待て。お前は何もしないで良いから、大人しく……」

 

 慌てて言った俺の制止も聞かず、アクアは。

 

「『フォルスファイア』!」

 

 アクアの手に青白い炎が灯り、それを見たカエルが地面に潜ろうとするのをやめて、敵意の篭った目でアクアを見て。

 

「このバカ、余計な事はしないで大人しくしてろって言ってるだろうが! お前が何かしたところでロクな結果にならないのは目に見えてるし、活躍したらしたで絶大なマイナスも付いてくるんだって、いい加減に分かれよ!」

「何よ、私だって役に立って褒められたいのよ! ほら、カエルは足止め出来てるんだから良いじゃないの! よくやったねって言ってよ! たまには素直に褒めてよ!」

「お前こそたまにはまともに活躍しろよ! ほら、バカな事言ってないで走れ!」

 

 アクアがバカな事を口走る中。

 駆け抜ける俺達のすぐ傍で、ボコボコと大量のカエル達が地中から這い出してきて。

 カエル達はすべて、アクアに敵意の篭った目を向け……。

 

「わああああああーっ! カズマさん、カズマさーん! カエルがいっぱい出てきたんですけどー! こっち見てるんですけど! 超見てるんですけど!」

「うわっ、お前、こっちに寄ってくるなよ! 狙われてるのはお前だけなんだから、自分でなんとかしろよな! お前が寄ってきたら、俺達まで狙われるだろ! もういっそお前だけ食われちまえよ!」

「嫌よ、私は魔王を倒した女神なのよ! どうして今さらカエルに食べられないといけないのよ!」

「あ、あの、そんな事言っている場合なんですか? これってすごくピンチなのでは……!?」

 

 少女が、俺達に助けを求めた事を後悔したような顔をする中。

 ようやく、少女の仲間を飲みこんだカエルが俺の射程に入って。

 

「よし、ここからなら届くだろ。――『クリエイト・ウォーター』!」

「……!? 初級魔法……?」

「『フリーズ』!」

 

 俺の魔法で、カエルが全身を氷漬けにされて動きを止め。

 

「流石ねカズマ! 毎年、夏になるとフリーズで作った氷をバケツに入れて、部屋を涼しくしてただけの事はあるわ! 初級魔法だけなら本職の魔法使いよりも強力なんじゃないかしら!」

「よし、じゃあお前らのどっちかが、カエルの腹の中に入って食われた奴を助けてこいよ」

「「えっ」」

 

 俺の言葉に、二人がドン引きした顔をして、顔を見合わせ。

 

「そんな事より、こうすれば良いじゃない! 凍っている状態なら効くはずよ。神の鉄槌、食らいなさい! ゴッドブローッ!」

「待っ……」

 

 アクアの輝く拳を叩きこまれ、カエルの凍っていた腹が割れ。

 中から、気を失った少年がでろりと流れ出てきて。

 

「カズマ! 目を覚まして、カズマ……ッ!」

 

 少女が少年に縋りついて、泣きそうになりながら名前を呼びかけ……。

 …………。

 おい、今なんつった?

 

「……そういえば、一時期、魔王を倒して世界を救った勇者って事で、カズマって名前を子供に名付けるのが流行ってたわね。……この子も可哀相にね。ほら、今ヒールを掛けてあげるわ」

「おい、俺の名前を名付ける事の何が可哀相なんだ? お前、俺の親に謝れよ」

 

 少年にヒールを掛けるアクアに俺がそう言うが、アクアはこちらを見ようともせず。

 いや、そんな事より。

 

「ていうか、あのカエルからドレインタッチで魔力を奪いつつ、魔法で少しずつカエルの群れを倒していこうと思っていたわけだが。お前がゴッドブローでカエルを倒しちまったから、もう無理だな。なあどうすんの? カエルの数が多すぎて、カエルを凍らせてもドレインタッチしてる間に他のカエルに食われるぞ。都合よく孤立してたのはこいつだけだったのに、どうして後先考えずに倒すんだよ」

「だって! だって! カズマばっかり活躍して、あの子達にすごいなって思われるのはズルいじゃないの! 私だって褒められたいの! チヤホヤされたいのよ! カズマって名前の子がいるんだから、アクアって名前の子がいたって良いと思うのよ!」

「やっぱりお前、カエルに食われてこいよ」

「いやよ! いやーっ! ねえおかしいわ! 私達って、魔王を倒した勇者と、勇者を導いた女神でしょ? どうして未だにカエルに苦戦しないといけないの? こんなのって絶対におかしいと思うの! そうだわ、テレポートよ! カズマはテレポートを使えるんだから、カエルなんかと戦わなくても良いじゃない!」

「バカ言うな。ここはクエストを終えた冒険者達が街に帰ってくる時の通り道なんだぞ? いくら雑魚モンスターだからって、俺達が呼びだしたカエルの群れを放っておくわけにはいかないだろ。もう俺が爆裂魔法で吹っ飛ばすから、ちょっと吸わせろよ」

 

 そう言って俺が伸ばした手を避けるように、アクアは自分で自分の体を抱くようにして身を引き。

 

「何言ってんの? こんな時間から、こんな開けた場所で、しかも子供達が見てるって言うのに、あんた、私に何するつもりよ? カエルも超見てるんですけど、状況分かってるんですか?」

「お前こそ何言ってるんだ? ドレインタッチに決まってるだろ。俺の魔力だけじゃ爆裂魔法を使えないんだよ」

「ええー? 汚らわしいリッチーのスキルを受けるなんて、嫌なんですけど!」

「そんな事言ってる場合か! じゃあ選ばせてやるよ。カエルに食われて囮役をやるのと、ドレインタッチを受けるのと、どっちが良い? あと、俺にはお前をここに放置してテレポートで逃げるって最終手段があるのを忘れるなよ」

「……ねえカズマ、その冗談はあんまり笑えないわよ? ほら、私達って夫婦なわけじゃない? いくらなんでも、自分の妻をモンスターの群れの中に置き去りにしたりしないわよね?」

「安心しろアクア。ちゃんと屋敷で装備を整えて助けに来てやるから。……冒険者セットはもう長い事使ってないし、どこに仕舞ってあるのかも分からないから、準備するのに時間が掛かるかもしれないけどな」

「あ、あの、カエルが、カエルが……!」

 

 俺とアクアが言い争う中、仲間の少年を抱きしめている少女が、泣きそうな声で言ってきて。

 その言葉にアクアが。

 

「わ、分かったわよ! ドレインタッチしても良いわよ! ねえ分かってる? カズマだから許すんだからね? そこんところ、ありがたく思いなさいよ?」

「元はと言えばお前のせいなんだからな? お前こそ、そこんところ分かってるのか?」

 

 俺が、アクアが伸ばしてきた手を取ると。

 

「細かい事は良いじゃない! ねえカズマ、どうしてかしら! カエルなんかにピンチになってるのに! 私、なんだかとっても楽しいの!」

 

 アクアが浮かれたように笑って、そんな答えが分かりきった事を聞いてきて……。

 そんなアクアに、俺は、

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 答える前に、渾身の爆裂魔法を放った――!

 

 

 *****

 

 

「カエルの討伐数が……すごい! この短時間で二十匹ですか!」

「はい」

「それで、爆裂魔法で平原にクレーターを作ったわけですね」

「はい」

「報償金がこんな感じになります」

「はい」

 

 赤字である。

 いや、今さらこのくらいの赤字はなんでもないくらいの資産が俺にはあるのだが。

 俺が冒険者ギルドの世知辛さを、身をもって新米冒険者に教え。

 ギルドの酒場で昼食を取って。

 

「「ありがとうございました!」」

 

 深々と頭を下げ礼を言う二人と、ギルドの前で分かれる。

 クエストの報酬で何を買おうかと、仲良く話しながら去っていく二人の後ろ姿を見つめ、アクアが懐かしそうに。

 

「……私達にもあんな時期があったかしらね」

「いや、なかっただろ」

「そうね、私達はすぐにめぐみんやダクネスを入れて、四人パーティーになったものね」

「そういう事じゃねーよ」

 

 ……俺がカエルに追い回されるのを笑いながら見てたくせに、コイツは何を言っているのだろう。

 そんなやりとりをしながら屋敷に帰ると、屋敷の前に金髪の少女が立っていて。

 

「あっ……! お、おか……、遅かったな、カズマ、アクア」

「あれっ、もう約束の時間だったか? すまん、いろいろあって帰るのが遅れた。鍵を渡してあるんだから、中で待ってても良かったんだぞ」

「い、いえ……、いや、私が早く来すぎてしまっただけだからな」

「まあとにかく中に入れよ、ダクネス」

 

 俺がそう言ってドアを開けると、金髪の少女はダクネスらしくない儚い微笑を浮かべた。

 

 

 

 ダスティネス・フォード・フロレンティーナ。

 ベルゼルグ王国の盾にして、王家の懐刀、大貴族ダスティネス家のご令嬢である。

 というか、ダクネスのひ孫だ。

 幼い頃から冒険者に憧れ、魔王を倒した勇者サトウカズマの下に通って冒険譚を聞きたがり、俺が実は大した事ない奴だと知ってからも、飽きずに時々訪ねてくる。

 俺がダクネスと出会った時と同じ、十六歳。

 冒険者をやっていて、冒険者としての名前はダクネスを名乗っている。

 

「粗茶ですけど」

「……あ、ありがとうございます、アクア様」

「素が出てるぞ」

「えっ、でもここでは他に誰も見てませんし……」

「バカッ! そういう油断が失敗を生むんだぞ。冒険者をやってる時は、お前はダクネスなんだから、常にダクネスっぽくしてないと駄目だろ」

「わ、分かりました! ……ありがとうアクア。ところでお湯なのだが」

「お前、またか! どんだけ茶葉を無駄にしたら気が済むんだよ! 淹れ直してこい!」

「い、いえっ、大丈夫ですから! 私、お湯大好きですから……!」

 

 アクアに任せるとお茶をうっかりお湯に変えるので、俺が淹れ直して。

 

「……あ、ありがとうカズマ。うん、美味いな」

 

 ダクネスが、チラチラと俺の方を見ながら、恥ずかしそうにそんな普通の事を言う。

 気が弱くて人見知りする性格を克服するために、冒険者をしている時は、クールで無表情なダクネスを演じるという事なので、俺とアクアがダクネスの変態ではないエピソードを聞かせたりして、演技指導をしているのだ。

 

「前から聞きたかったのだが、ひいお祖母様はどのように二人の仲間になったんだ?」

「それはね、めぐみんがカエルに飲まれて粘液まみれになっているところを見て、自分もあんな風に……いた! いきなり何すんのよ!」

「何すんのよじゃねえ! ダクネスはあのダクネスを、非の打ちどころがない高潔なクルセイダーだと思ってるんだぞ? この子に、実はあなたのひいお祖母様は変態でしたって言うつもりか? お前はすぐに調子に乗って余計な事まで言うんだから、昔の話をする時は黙ってろって言っただろ」

「だって、カズマばっかりズルいと思うわ! 私だって、私の武勇伝を格好良く語って、ダクネスちゃんに、アクア様凄いって思われたいのよ!」

「あ、あの、話しにくいのであれば、無理にとは……」

 

 ひそひそと相談する俺とアクアを前にして、思いきり素が出ているダクネスに、俺は。

 

「……めぐみんがカエルに飲まれて粘液まみれになってるのを見て、幼気な少女がそんな事になるのは見過ごせないって言って、前衛のいなかった俺達のパーティーに入ってくれたんだよ」

 

 嘘は言っていない。

 

「――それで、そんな話をするって事は、まだパーティーを組む仲間が見つからないのか?」

「うっ……。そ、そうです……だ」

 

 俺の言葉に、ダクネスが泣きそうな顔で頷いて……。

 …………。

 

「それなら、良い方法があるぞ。お前のひい祖母さんもやってた事だ」

「ねえカズマ、それってアレよね? 分かったわ、私に任せてちょうだい! 飛びっきりの加護を授けてあげるわ! ダクネスちゃん、今からアクシズ教会に行ってお祈りを……いた! なんでいちいち叩くのよ!」

「なんでアクシズ教会なんだよ! お前の加護なんか受けたら、アンデッドの友達が出来るだけだろうが! いいかダクネス、エリス教会に行くんだ。お前のひい祖母さんも毎日毎日エリス教会に行って祈ってたら、クリスって友達が出来たんだよ。お前の家もエリス教徒だし、きっとエリス様は見守ってくれてるはずだ」

「何よ、エリスなんかより私の方がずっと近くで見守ってるんですけど! どうして私というものがありながら、エリスなんかを頼るのよ!」

「そりゃ当たり前だろ? エリス様は本物の女神だし……」

「わあああああああーっ! 私だって女神なのに!」

 

 泣き喚くアクアに、ダクネスが完全に素に戻って。

 

「わ、分かりました! えっと、その……両方! 両方行きますから! お二方の加護をいただければ、きっと私にも冒険仲間が出来るはずですから!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕食の後、ダクネスはダスティネス邸へ帰っていき。

 

「……何やってんのお前」

 

 俺が自分の部屋に戻ると、なぜかアクアが寝間着姿で俺のベッドに入っていて。

 

「何って、添い寝だけど。喜びなさいよ。カズマが自分の部屋で一人寂しく死んでいくのは可哀相だから、女神アクアが一緒に寝てあげるわ。ほら、ツンデレしてないで素直にありがとうって言いなさいな! ほら、ほらっ!」

 

 言いながらアクアが掛け布を持ち上げ、ベッドをパンパン叩いてきて。

 いつまでも突っ立っていても仕方ないので、俺はアクアの隣に横になりながら。

 

「何言ってんの? 布団の上で大往生だよ? しかも、ボケてもないし寝たきりでもない。これ以上ないくらい良い死に方じゃないか」

 

 高レベルの冒険者は、寿命が来ると突然死する。

 高いステータスが肉体の老化を補い、死ぬ直前まで若い頃とほとんど変わらない動きを続けられるからだ。

 俺は、向こうの世界では長寿で知られた日本人だからか、仲間達の中では一番長く生きてきて……。

 でも、バニルによれば、それも今夜で終わりだという。

 目を閉じていると、アクアが俺の皺だらけの手を握ってきて。

 

「ねえカズマ、死ぬのは怖い?」

「……怖いよ。超怖い」

「泣いても良いのよ。ここには私しかいないんだから」

「泣かねーよ! 泣かないけど……」

 

 ……こいつは誰だろう?

 怖がる俺をバカにするでもなく、優しく声を掛けて、手を握ってくれて。

 まるで本物の女神様みたいじゃないか。

 だからだろうか? アクアが、らしくない事をするから……。

 

「なあ、アクア」

「なーに?」

「……あ、ありがとう」

 

 俺は少しだけ泣きそうになりながら。

 

「あのまま向こうの世界にいたら、俺はきっと、ニートのまま大人になって、ロクでもない死に方をしていたと思う。こっちの世界では、お前のせいで借金を背負わされたり、理不尽な苦労をさせられたり、何度も死んだりしたけど、今になって思い返せば、まあ、そんなに悪くなかった。楽しかったよ。……俺を、この世界に転生させてくれて、ありがとう。ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」

 

 最後の一言を口にした瞬間、俺の意識は眠るように薄れていき――

 

 

 

 誰かに呼びかけられたような気がして目を開けると、そこは見慣れた真っ白い神殿の中。

 

「佐藤和真さん、ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな道を案内する女神、エリス。この世界でのあなたの人生は終わったのです。……あなたは天寿を全うされました」

 

 俺の目の前には、女神そのものといった微笑を浮かべたエリスが立っていて。

 

「お久しぶりですね、カズマさん。本当は、私が案内するのは不慮の出来事で亡くなった方の魂だけなのですが、無理を言って代わってもらっちゃいました」

 

 クリスともずっと会っていないし、天界へのテレポートは禁止されてしまったし、ここ数十年というものクエストにも出ておらず死ぬ事もなかったから、こうして会うのは本当に久しぶりだ。

 エリスはイタズラっぽく片目を瞑り、嬉しそうに。

 

「この事は、内緒ですよ?」

「……本当に久しぶりですね、エリス様。こんな事言うのもどうかと思いますが、また会えて嬉しいです」

「私も、またカズマさんとお会い出来て嬉しいです。それも、こうして天寿を全うされたのですから」

「そういえば、俺って死んだんですよね。アクアが今どうしてるか分かりますか?」

「せ、先輩は、その……」

 

 俺の言葉に、エリスは何か言いにくそうに視線をさまよわせ……。

 いや、ちょっと待て。

 

「……俺的には結構感動的な最期だったと思うんですけど、ひょっとしてアイツ、また仏様にイタズラでもしてるんですか? エリス様、一瞬だけ蘇生してもらうってわけには行きませんか? ちょっとあのバカに文句言ってきますよ。なんなら、テレポートで魂だけでも……」

「駄目です駄目です! 待ってください! 違いますよ! 先輩は今、カズマさんのご遺体に縋って泣いてます……!」

「…………そ、そうですか」

 

 アクアは、俺が死んでもしばらくはあの世界に残ると言っていた。

 俺達の子供があちこちに散らばっているから、その様子を見守りながら、アクシズ教団のご神体としての活動に力を入れるらしい。

 ……アクシズ教徒が勢力を増すとか、世界の行く末が心配になってくるが。

 

「俺達の子供やら孫やらって、どうなってるか分かりますか?」

「皆さん元気にやっておられますよ。例えば……」

 

 ぐうたらな俺を反面教師にし、際限なく甘やかすアクアから逃げるように、子供達は成長すると、かなり早い時期に親元を離れていった。

 以来、ほとんど連絡もないが、元気にやっているならそれで良い。

 エリスは俺に子供達の近況を教えてくれると、気を取り直すように、コホンと咳払いをしてみせ。

 

「さて、佐藤和真さん。あなたには、いくつかの選択肢があります。このままあの世界で、赤子として生まれるか。それとも平和な日本で、赤子として生まれるか。天国で争いのない穏やかな暮らしをするか。……さあ、どれにしますか?」

「ちなみに、めぐみんとダクネスはどれを選んだんですか?」

「それはお答え出来ません」

 

 エリスがそう言って、イタズラっぽく微笑んで……。

 ……まあ、聞くまでもないよな。

 めぐみんが、爆裂魔法のない世界に転生したがるとは思えないし。

 ダクネスだって、モンスターに襲われるのが嫌だからと日本に転生したがる性格ではない。

 だが、俺は……。

 

「聞いても良いですか?」

「なんでしょうか」

「この世界に転生したからって、もうチートが貰えるわけじゃないんですよね」

「そうですね、もう魔王は倒されて、世界の魂の偏りもなくなりつつありますし、カズマさんはあの世界の住人として天寿を全うされましたから。……ですが、魔王を倒したご褒美は残っているので、日本で生まれ変わるのであれば、一生を掛けても使いきれないだけのお金と、あなたの理想とする配偶者を得る事が出来るでしょう」

 

 ……今なんて?

 

「どれにしますか?」

 

 エリスが、まるで俺の答えが分かっているみたいな微笑を浮かべながら聞いてくる。

 そんな質問に、俺が今さら迷うわけがない。

 この世界はクソゲーだ。

 クソゲーのくせに、ゲームではないから一度死んだら普通はそこで終わってしまう。

 俺だって、アクアがいなければ天寿を全うする事など出来なかっただろう。

 こんな世界に生まれれば、間違いなく苦労する。

 いや、苦労する事すら出来ずに、死んでしまうかもしれない。

 そう。こんなのは迷うような事では……。

 

「俺の大嫌いな、この世界に戻してください」

 

 俺の返事に、エリスが嬉しそうに、少し寂しそうに笑みを浮かべて。

 

「佐藤和真さんとして、あなたと出会うのは、これが最後になるでしょうから……。せっかくなので、私から餞別を。あなたにちょっとだけ、良い事がありますように」

 

 エリスが、俺に片手をかざし――!

 

「『祝福を!』」

 




・本編終了後80年後くらい
 アクア、ウィズ、バニルは相変わらず。
 受付のお姉さんは、ルナさんではない。
 ダクネスは家の存続のために、誰かと結婚したか、養子を取ったか、カズマから種だけ貰ったかしたものと思われます。

・老齢冒険者は突然死する
 独自設定。


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この可愛い妹に息抜きを!

『祝福』6、読了推奨。
 時系列は、6巻2章の辺り。


 魔王軍の幹部や大物賞金首と渡り合ってきた俺達の活躍は、ついに王族の耳にも入る事となり。

 俺達に興味を持った王女様に、晩餐会に招待されて。

 そこで、俺を気に入った王女様が、俺を城へと連れ帰ってしまい……。

 王女様は……

 いや、アイリスは、俺を兄と慕ってくれて。

 

「おはようございます、お兄様。……あの、こんな時間まで眠っていたんですか?」

 

 その日、俺が目を覚ますと、アイリスはすでにレインの授業を終えていて。

 

「おはよう、アイリス。昨夜はアイリスが部屋に戻った後、何をして遊ぶか考えていて眠れなかったんだよ。ほら、俺ってアイリスの遊び相手役になっただろ? どんな遊びをしたらアイリスが楽しめるか、クレアやレインから教われないような事を教えられるかって考えてたんだ」

 

 本当は、日頃から夜型の生活を送っているせいで眠れなかっただけなのだが。

 ……アイリスが相手だと、どうも良い格好をしたくなる。

 これが、妹を持った兄の気持ちなのだろうか?

 俺に義妹がいたら、ニートなんかにならずに済んだかもしれない。

 アイリスは、俺の言葉に嬉しそうに。

 

「それでは、今日はどんな遊びを教えてくれるんですか?」

 

 特に考えてませんでしたとは言えない俺は、少し口篭もり。

 

「……アイリスは、鬼ごっこをやった事はあるか?」

「鬼ごっこですか? いえ、私には同年代の友人がおりませんし、……それに、王族は代々優秀な血を取り入れていて、とてもステータスが高いのです。体を使った遊びをするには、身体能力に差がありすぎて……」

 

 アイリスが、しょんぼりと肩を落としてそんな事を言う。

 そういえば、この世界の貴族は強いという話を聞いた事がある。

 

「おいおい、俺をそこらのボンボンと一緒にするなよ? 魔王の幹部や大物賞金首を討伐したカズマさんだぞ? 鬼ごっこ、アイリスはやってみたくないか?」

「それはもちろん、やってみたいです! ……でもお兄様、無理はしないでくださいね?」

 

 俺の事を心配しつつ、アイリスがうずうずしているのは明らかで。

 

「大丈夫だって。失敗したところで死ぬわけじゃないしな。初めてやるって言うんなら、最初は俺が鬼をやってやるよ。本当は五人くらいいた方が面白いんだが、そこはしょうがない。ルールは簡単だし、知ってるよな? 鬼にタッチされたら交替。鬼になったら、十まで数えてから追いかける。逃げる範囲は……じゃあ、この城の中」

「分かりました!」

「いーち、……速!」

 

 俺が数え始めるのと同時に、駆けだしたアイリスの背中はあっという間に遠ざかり……。

 マジか。

 王族、マジか。

 

「――にさんしごろくしちはちきゅうじゅう!」

「お、お兄様!? 数えるのが早すぎます!」

「何言ってんだ? 十まで数えただろ、誰も十秒とは言ってないぞ!」

 

 俺は早口で十まで数えると、アイリスを追いかけるために駆けだした。

 

 

 *****

 

 

 必死で追いかけても、アイリスの背中は捕まえられず。

 ……俺の身体能力は、魔法職であるめぐみんよりも低い。

 敵感知スキルがなかったら、とっくにアイリスを見失っていただろう。

 

「ま、待て……!」

「待ちません!」

 

 息も絶え絶えに叫ぶ俺に、アイリスが楽しそうに答えて駆けだす。

 これだけ走る速さに差があって、逃げる側は楽しいものだろうか?

 まあ、アイリスが楽しそうにしているし、問題はないのだろう。

 だからといって、負けっぱなしで終わるつもりはないが。

 

「ふはは、甘いぞアイリス! 城内の見回りスケジュールは把握済みだ。ちょうど、その角から見回りの騎士が歩いてきてるとこだぞ!」

 

 俺の言葉と同時に、アイリスが廊下の角を曲がろうとし。

 

「あっ、す、すいません!」

「おい、気を付け……! ア、アイリス王女!? これは失礼しました!」

 

 俺は走る速度を上げて、廊下の角まで辿り着き。

 騎士とぶつかって足止めを食らっているアイリスに手を触れ……。

 しかし、そこにいたのは兵士だけで。

 

「あ、あれ? いない……!」

「残念でしたねお兄様、私はここです!」

 

 アイリスがそう言って手を振るのは、廊下のずっと先の方で。

 

「速! くそ、騎士に足止めされると思ったのに、もうそんなところまで……! いくらなんでも、足が速すぎるだろ!」

「お、おい、お前……!」

 

 騎士がなんか言ってこようとしていたが、俺はそれに構わず走りだし。

 アイリスも、俺から逃れるために速度を上げて……。

 と、速度を上げたアイリスの前に人影が立ち塞がり。

 

「ぐうっ……!」

「あっ、すいませ……! ク、クレア!? どうしてここに!」

 

 アイリスの体当たりを真正面から受けたクレアは、苦しそうな顔をしてアイリスの肩を掴み。

 ……クレアがどこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか?

 ひょっとして、こいつもダクネスと同じ性癖の持ち主なのか?

 

「どうしてここにではありません! 何をやっているのですかアイリス様、廊下を走るなどはしたない! 淑女たるもの、常に優雅に振る舞わなくてはいけませんよ!」

「ご、ごめんなさいクレア、でも……」

 

 アイリスが、クレアに申し訳なさそうな顔をしながら、迫りくる俺に慌てる中。

 俺はクレアに。

 

「でかしたクレア! そのままアイリスを捕まえておいてくれ!」

「また貴様か! いい加減にしてくださいカズマ殿! あなたの教える遊びは、アイリス様に悪影響を与えます!」

「ま、待ってくださいお兄様! 今捕まえるのはズルいです! タンマ! タンマです!」

 

 クレアに捕まり、手足をじたばたさせるアイリスに、俺は遠慮なくタッチして。

 

「真剣勝負にタンマなどない。ほれ、次はアイリスが鬼な」

「ああっ、クレアのせいで捕まってしまったではありませんか!」

「えっ! も、申し訳ありませ……!? いえ、捕まってしまったではありませんよ! そのようなはしたない遊びは今すぐおやめになってください! 城内を走ってはいけません!」

「わ、分かりました。お兄様、ルールを変えましょう! 鬼ごっこにはいろいろなルールがあると聞きました。色鬼や高鬼や、……走ってはいけない歩き鬼というのもあるのでしょう? それにしましょう。それなら城の中でも遊べます」

「何言ってんの? 俺は下賤で無礼な冒険者だから、城の中で走ってても怒られないし、歩き鬼なんてやらないぞ。アイリスは王女なんだから、はしたない事は出来ないし、歩けば良いだろ? 俺は走るけど」

「お、お兄様!? 初対面の時に私が言った事を、実は結構根に持っていたんですか? あの言葉は撤回しますので、待ってください! そんなのズルいです、不公平ですよ!」

「いいかアイリス、人生ってのは戦いなんだ。いつでも公平な勝負が出来ると思ったら大間違いだぞ。じゃあ俺は逃げるから」

 

 そう言って走りだす俺の背後から。

 

「ま、待ってくださいお兄様! 逃がしませんよ! お兄様ーっ!」

「待つのはあなたですアイリス様! 走らなければ良いというものではありません! そんなはしたない遊びをしているところを、大勢の者に見られる事が問題なのです!」

「は、離してクレア! お兄様が逃げてしまうわ!」

「いいえ、離しません! とにかくその遊びは……ああっ! 全力で振り払われたら……、ア、アイリス様! 本気で怒りますよ!」

 

 廊下の角を曲がると、二人の姿は見えなくなり、さらに進むと声も聞こえなくなり。

 敵感知スキルでアイリスの場所を探るが、まだ動いておらず……。

 そのまま、クレアに連れられてか、俺のいる方とは反対に動きだして。

 

「……よし、勝った」

 

 

 

 ――勝利宣言をするために敵感知の反応を追っていくと。

 二人は空き部屋にいるらしく。

 おそらく、アイリスがクレアから説教をされているのだろうが……。

 俺がドアを開けると。

 

「いいですかアイリス様。あなたはこの国の王女なのですから、全ての国民の模範となるよう、常に己を律し、気高くあらねばならないのです。ほら、激しく走り回ったりするから、後ろ髪がこんなに乱れていますよ」

「あ、あの、クレア? そこはさっきも梳いてくれていたと思うのですが……。それに、髪を梳いてくれるのは嬉しいですが、膝の上に乗る必要はあるのかしら?」

 

 そこにいたのは、椅子に腰掛け、アイリスを膝の上に乗せて、幸せそうな顔でアイリスの髪を櫛で梳くクレアと。

 そんなクレアに髪を梳かれながら、困惑した顔をしているアイリスで。

 

「……何やってんの?」

 

 俺のその言葉に、クレアが跳び上がって驚き。

 

「ななな、何を覗き見ているのだ無礼者! さっさとドアを閉めて部屋から出ていけ、ぶった斬るぞ!」

「お兄様、鬼の前に出てくるとは油断しましたね!」

 

 そう言って、クレアの膝から降りたアイリスが、すごい速さで駆け寄ってきて俺にタッチし。

 

「何言ってんだ? こういうやめる時がはっきりしてない遊びは、チャイムが鳴るか、大人に止められた時点で終了だろ? 最後に鬼だったのはアイリスだから、俺の勝ちだな」

「鬼ごっこにも勝ち負けがあるのですか! でもそれなら、私がクレアに止められた時にはお兄様が鬼だったのですから、私の勝ちだと思います!」

「アイリスは自分が鬼になったって認めたんだから、あの時点ではまだ鬼ごっこは続いてただろ。それを今さらなかった事にするっていうのはどうなんだ?」

「ズルいです! 私はそんなルールを知りませんでした!」

「おっと負け犬の遠吠えか? 勝ちたいならルール確認は基本だぞ」

 

 悔しそうに涙目になるアイリスに、俺がニヤニヤと笑い大人げなく勝ち誇っていると。

 

「おい貴様、黙って聞いていればアイリス様を愚弄しおって! そこに直れ、ぶった斬ってやる!」

 

 激昂したクレアが、腰の剣を抜きそんな事を言ってきて……。

 …………。

 こいつはどんだけ俺をぶった斬りたいんだろうか。

 いや、それよりも。

 

「やめなさいクレア、……お兄様?」

 

 俺は、クレアを制止しようとしたアイリスを止めて。

 不思議そうなアイリスの視線を受けながら、クレアと向かい合い。

 

「そんな事言われても。俺が勝ったのは事実だし、言ってる事だって間違ってないだろ? それに、遊びの勝敗ごときで、斬り捨て御免ってのはどうなんだ? 気に入らない相手は一人残らずぶった斬っていくのがこの国の模範ってやつなのか? それで本当にアイリスの誇りは守られるのか?」

「そ、それは……」

 

 迷うように剣の切っ先をぶれさせるクレアに、俺はさらに声を大にして。

 

「今のアイリスに必要なのは、リベンジの機会だ! 鬼ごっこでの負けは、鬼ごっこで勝たないと取り戻せないんだ! お前はアイリスからその機会を奪うつもりか! アイリスの教育係として、それはどうなんだよ!」

「そ、それは……! しかし……!」

「まあ俺だって、王族が城の中を走り回るのが問題だってのは分かるよ。だからここは、色鬼で決着をつけるってのはどうだ?」

 

 

 *****

 

 

 色鬼。

 鬼が、その場にある色を一つ指定し、逃げる側は鬼が指定した色に触れる。

 その色に触れていれば、鬼は捕まえる事が出来ないが、色に触れる前に鬼に捕まったら、鬼を交替する。

 全員が、鬼が指定した色に触れる事が出来たら、鬼は別の色を指定する。

 

「ルールは分かったか? それと、鬼は色を指定してから三秒間待つ事。……三まで数えるんじゃなくて、三秒間な。逃げる側は、同じ物に複数の人間が触れてはいけない事にしようか。だからって、他人が触れてるものを奪ったり、邪魔したりってのはなしだぞ。ここはそんなに広くないし、鬼が色を指定してから三十秒間逃げきったら、鬼は次の色を指定する事にしよう」

 

 俺はそう言って、周りにいる者達を見回し……。

 

「色……、鬼が色を指定し……。逃げる側は色に触れて……」

「うう……、どうして私まで……」

 

 ブツブツとルールを確認しているクレアの隣で、レインが暗い顔をしてうなだれる中。

 

「お兄様、勝敗は! 勝敗はどうやって決めるんですか!」

 

 アイリスが一人、やる気に満ちた表情で拳を握り締めている。

 

「いや、あれはクレアを巻きこむための方便だからな。まあ、終わりの時間に鬼だった奴が負けって事で良いんじゃないか」

「負けない方法ではなく、勝つ方法を教えてください! 勝ちたいならルール確認は基本だと言ったのはお兄様ではないですか!」

「お、おう……。アイリスも結構面倒くさいところがあるな? じゃあ、鬼になって色を指定した回数の一番少なかった奴が勝ちって事にしよう。制限時間は、夕食の時間になるまでだな」

 

 俺達は、城の裏庭に来ていた。

 ここなら人目につかないし、さらにクレアの指示で、夕食の時間まで誰も寄りつかないようになっている。

 アイリスが少しくらいはしゃいでも問題はないだろう。

 裏庭といってもそこそこ広く、流石は王城だけあって、こんなところまで手入れが行き届いており、色とりどりの花が咲いているので色鬼をするには丁度良い。

 

「よし、最初の鬼をじゃんけんで決めるぞ」

 

 俺がそう言って、じゃんけんをするために手を出すと、クレアとレインが渋々といった感じに手を出す中、アイリスが。

 

「お兄様、最初の鬼は色鬼とは関係なく鬼になるのですから、鬼になった回数に数えるのは不公平だと思います」

「何言ってるんだ? 運も実力のうちって言うじゃないか。勝負事に運が絡むのは当たり前の事だし、鬼ごっこの鬼をじゃんけんで決めるのも普通の事なんだから、じゃんけんだって鬼ごっこのうちだ」

 

 そして俺は、じゃんけんで負けた事がない。

 

「じゃーんけーん!」

 

 クレアが負けた。

 

「い、色を指定し、その色に触れていない者を捕まえる……。よし! では赤だ!」

「色を指定したら、鬼はその場で三秒数えるんだからな」

 

 すぐに駆けだそうとしたクレアを、俺がそう言って止め。

 俺達は三秒の間に、花壇に咲いていた赤い花の花弁に触れて。

 

「ああっ……」

 

 三秒数えて駆けだそうとしたクレアが、すでに指定された色に触れている俺達を見て、ガッカリした声を出す。

 

「クレアはこれで、二回目の鬼ですね」

「どこかに書いておかないと忘れそうだな」

「では、私が記録しておきますね」

 

 レインが、アイリスの勉強に使っている小さな黒板を取りだして、そこに俺達の名前を書き、クレアのところに二本の線を引く。

 レインが書き終わるのを律義に待っていたクレアが。

 

「金色!」

 

 俺はすかさずアイリスの頭を両手で掴んだ。

 

「お、お兄様!?」

「貴様、王族の頭に気安く触れるとは何を考えているんだ! 今すぐ手を離せ無礼者め!」

 

 アイリスが驚き、クレアが激昂し、レインはオロオロしながら金色のものを探していて。

 そんな中、三秒を数え終えたクレアが俺達に向かって歩み寄ってくる。

 

「き、金色……、金色……! お兄様、私の頭から手を離してください!」

「おいアイリス、あまり急に動くなよ。手が離れちまうだろ。他人が色に触れるのを邪魔するのはルール違反だから、アイリスは走るなら俺の足の速さに合せてくれよ」

 

 ルール上、アイリスはすでに俺が触れているアイリスの髪に触れてもカウントされないし、俺を強引に振り払う事も出来ない。

 焦ったように裏庭を見回すアイリスだが、金色なんて自然の中では簡単には見つからない。

 そんなアイリスの下に、クレアが辿り着き……。

 

「き、貴様! 早く手を離さないか!」

「何言ってんの? 遊びに身分を持ちこむとか、お前、それでも誇りあるベルゼルグの貴族なの? 別に俺は手を離して貴族様ごめんなさいって謝っても構わないが、そんな事をしてアイリスが喜ぶのか? ほら、アイリスは金色のものに触ってないぞ? すぐ目の前にいるんだから、アイリスにタッチするってのが鬼として正しい行動なんじゃないのか?」

「くっ、……この男……!」

 

 俺がクレアを挑発し、クレアが歯ぎしりして悔しがる中。

 アイリスが、クレアの髪に素早く手を伸ばし。

 

「ア、アア、アイリス様!? 何を……!」

「触りました! 金色のものです! これでクレアは私を捕まえられません!」

 

 背の低いアイリスがクレアの頭に触ろうとすると、縋りつくような格好になっていて。

 それに、クレアが顔を真っ赤にして……。

 

「ああああ、こんな、こんな事が……!」

「おいクレア、この状況は俺のおかげだって事を忘れるなよ」

「感謝します、深く感謝しますよカズマ殿……!」

「あ、あの、クレア? 早くレインを捕まえに行かなくて良いのですか……?」

 

 アイリスのその言葉に、クレアが幸せそうに緩んでいた表情を引き締め、レインを探し。

 俺とアイリスがその視線を追うと。

 レインはすでに、自分の手に嵌めていた指輪に触れていて。

 

「クレアが三回目の鬼ですね」

 

 アイリスが、クレアの髪から手を離してそう言い、俺もアイリスの髪から手を離すと、クレアが複雑そうな表情で俺を見ながら。

 

「むう……。なかなか捕まえられませんね。カズマ殿、何かコツのようなものはないのですか?」

「鬼ごっこにコツと言われても。それに、俺達は勝負の最中だからな。知っていても教えないよ」

「そうですよクレア。コツは自分で見つけなくてはいけません」

「アイリス様がそう言うのなら……。アイリス様? どうして少しずつ離れていくのですか?」

 

 クレアと話しながら、俺とアイリスは少しずつ距離を取っていて。

 不思議そうに聞いてくるクレアに、アイリスが。

 

「それはもちろん、クレアが色を言った後に、すぐに捕まらないためです。コツかどうかは分かりませんが、近くに人がいる時には、すぐに色を指定してしまった方が良かったと思います」

「……! あ、青!」

 

 アイリスの言葉に、クレアが慌てたように色を言うが、すでに遅く。

 三秒の間に、俺達は青い花に手を触れていた。

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 

「おいおい、不甲斐ねーな大人達! そんなんでアイリスの護衛が務まるのか?」

「お兄様、そんな言い方をしてはいけません。二人は慣れない遊びに付き合ってくれているのですから」

 

 鬼になった回数は、アイリスが一回、俺が五回、レインが八回、クレアが十三回。

 こういった遊びに熱中するのは子供で、大人はどうしても少し手を抜いてしまうものだ。

 レインは、子供の遊びに付き合ってあげている大人そのもので、鬼になっても悔しがる事もなく、淡々と色を指定している。

 クレアは、俺が煽ると激昂して何も考えず色を指定するので、連続して鬼になる事が多い。

 アイリスは、本気で勝つつもりらしく、一番うまく立ち回っていた。

 この場にいる三人とも、魔法職であるレインでさえも、貴族だけあって俺よりも身体能力が高い。

 ……ここでアイリスにリベンジを達成されては、兄としての沽券に関わる。

 

「……なあアイリス、あいつらが本気を出せるように、ルールを追加しないか?」

「いえ、やめておきましょう。後からルールを付け足すのはどうかと思います」

 

 俺の言葉に、アイリスが少し考え、警戒するようにそんな事を……。

 …………。

 こういう時、俺が、勝つために策を弄する事を見破られているらしい。

 ……勘の良い子供は嫌いだよ。

 

「おいクレア、お前らいまいちやる気が出ないみたいだし、鬼になった回数の一番多かった奴が罰ゲームってのはどうだ? それと、今の状況だとクレアの負けが決まってるようなもんだし、最後に鬼だった奴は十ポイント追加しよう」

「お兄様!? 後からルールを付け足すのはズルいですよ! それに、一番負けているクレアがそんなルールを受け入れるはずが……!」

「罰ゲームは、ひらひらの可愛い服を着て思いきり可愛い子ぶるってのを考えてるんだが」

「よし分かった」

「!?」

 

 俺の言葉にクレアが即答し、アイリスが驚愕する。

 

「レインもそれで良いか?」

「えっ、……わ、分かりました……」

 

 すかさずレインに問いかけ了承を得るクレアの様子を見ながら、俺はアイリスに。

 

「四人中三人が賛成してるんだから、ルールを付け足しても問題ないと思うんだが」

 

 現在、鬼のクレアが、明らかにアイリスを狙い撃ちする目で見ている。

 夕食の時間が近いから、最後にアイリスを鬼にすれば俺の勝ちだ。

 これで、俺が逆転する可能性も出てきたと言えよう。

 俺がそんな事を考えていると……。

 

「クレア! レイン! 三人でお兄様を狙いましょう! お兄様がそのつもりなら、私にだって考えがありますよ!」

「「「!?」」」

 

 堂々とズルを宣言するアイリスに、俺達は驚愕の表情を浮かべ。

 その言葉に、レインがコクコクと頷いて……。

 

「わ、分かりました……!」

「おいクレア! お前はそれで良いのか? たかが遊びとはいえ、こんな卑怯な手を使うアイリスを許したら、アイリスが俺みたいになるかもしれないぞ! 王族として、それで良いのか? ここは王族らしい正々堂々とした戦い方をするように、アイリスを教育してやるのが教育係の務めなんじゃないか? アイリスはレインと組むみたいだし、俺とお前が組んだら、二対二で丁度良いと思わないか?」

「……! そ、そうだな……。申し訳ありませんアイリス様。しかし、これはあなたのためなのです」

 

 俺の言葉にあっさりと流されるクレアに、アイリスが悲しそうな顔をして。

 

「クレア……! どうしても、駄目ですか……?」

「うっ……。い、いえ、アイリス様の頼みとあらば……!」

「可愛い服だぞ、可愛いアイリスが可愛い服を着るんだぞ? 想像してみろ、ひらひらの可愛い服を着たアイリスを。いつも可愛いのに、可愛い子ぶるアイリスを……!」

「!? も、申し訳ありませんアイリス様! やはり王族は、正々堂々と戦うべきです! ……黒!」

 

 会話の途中で色を指定し、クレアは迷わずアイリスに向かって駆けだす。

 

「黒!? ク、クレア、この場にない色を指定するのはルール違反ですよ! この裏庭に黒いものなんて……!」

「あるだろ、黒いもの」

 

 焦って辺りを見回すアイリスに、俺は自分の黒髪に触れながらそう言って。

 

「! ほ、他に黒いものは……!」

「タッチです! アイリス様、鬼は二回目ですよ……!」

 

 黒いものを探していたアイリスに、駆け寄ったクレアがタッチする。

 

「茶色!」

「!?」

 

 即座に色を指定するアイリスに、クレアが驚き、茶色いものを探して……。

 ……!

 茶色いものといえば、裏庭の外周にある花壇の土だが、花壇はアイリスを挟んで向こう側にあって。

 俺とクレアが、三秒間に花壇まで行くのは不可能で……。

 

「おいクレア、受け取れ! 『クリエイト・アース』!」

「! 感謝します、カズマ殿!」

「お、お兄様! 魔法はズルいですよ!」

「そんなルールはないだろ。後からルールを付け足すのはズルいぞ?」

「ううっ……! ……い、良いのですよレイン。お兄様を狙うとは言いましたが、私のためにわざと鬼になる必要はありません」

 

 俺とクレアが、俺が魔法で創った土に触れる中。

 アイリスが悔しそうな表情で、花壇の土に触れようかどうしようか迷っていたレインにそう言って。

 

「ふはは、三回目だぞアイリス! そろそろ負けが見えてきたな!」

「灰色です!」

 

 ……?

 灰色のものは、俺達の後ろにある城の壁がそうだが。

 どうしてすぐ近くにある色を指定するのだろうと、俺が不思議がりつつ城の壁に触れると。

 

「申し訳ありませんカズマ殿、この壁にはすでに私が触れています」

「お兄様、一つの物に複数の人間が触れる事は出来ません。そういうルールでしたよね?」

 

 口々にそう言う二人を前にして、俺は。

 

「おいクレア、俺に良い案がある。お前の目的は、アイリスに可愛い服を着てもらう事だろ? ここで俺が鬼になるより、アイリスにもう一回鬼をやらせた方が良いと思わないか? そのためには、まず、クレアが壁から手を離し、俺が壁に触れる。そうすると、アイリスはクレアを追うしかなくなるから、すぐに俺が壁から手を離し、クレアが壁に触れる。この繰り返しで三十秒を稼いだら、次の鬼もアイリスだ!」

「カズマ殿……! あなたの英知には感服します!」

 

 そう言って、クレアは壁から手を離し。

 俺の目の前にまで迫っていたアイリスが、悔しそうに足を止めてクレアの下へ……。

 

「離したぞ! アイリス、今はクレアが色に触れてる判定だ!」

「ううううっ……! ズルいですお兄様! こんなのズルい!」

 

 俺の素晴らしい作戦に、こっちに向かってこようとしたアイリスが涙目で地団太を踏み。

 

「最初に協力者を募ったくせに何言ってんだ! なんでもありを受け入れておいてズルいって言うなんて、それこそズルいぞ!」

「金色!」

「!?」

 

 まだ三十秒は経っていないのに、アイリスが急に声を上げて。

 ……三十秒経ったら次の色を指定しなければいけないというルールだが、その前に他の色を指定してはいけないというルールは作らなかった。

 マズい。

 アイリスの髪は金色だが、三秒以内にアイリスの下まで辿り着くのは不可能だ。

 アイリスがクレアにやったように、鬼が近づいてきたところで髪に触れるのも、アイリスは俺より身体能力が高いので無理。

 クレアは自分の髪に触れているし、レインは指輪に触れている。

 他に何か、金色のものは……!

 

「タッチ! 捕まえました、お兄様が鬼です!」

「黒!」

 

 鬼になった俺は、即座に叫び。

 俺が三秒を数えている間に、アイリスが俺の髪に触れてきて……。

 

「よし三秒! アイリス、捕まえないから髪から手を離してくれないか? これじゃあいつらを追いかけられない」

「駄目です。手を離したらお兄様は私を捕まえるつもりでしょう」

「……アイリス、お兄ちゃんの事が信用できないのか?」

「協力がありなら裏切りもありなのですから、色鬼をやっている間、お兄様を信用する事は出来ません!」

 

 素直だった妹がこんな事を言うようになるなんて……。

 

「……分かったよ! じゃあ背中に乗ってくれ」

「はい!」

 

 おんぶなら、めぐみんにいつもやっているから慣れている。

 俺が、頭に両手を触れながら、なぜか嬉しそうにしているアイリスを背負うと……。

 

「き、貴様! アイリス様になんという事を……!」

「そんな事より、逃げなくて良いのか十三回」

「鬼になった回数で呼ぶな! 貴様こそ、アイリス様を背負ったまま、三十秒の間に私を捕まえられるのか?」

「無理に決まってる」

 

 俺の狙いは、最初からレインの方だ。

 この裏庭に黒いものは俺の髪以外にないから、俺の髪に触れているアイリス以外は三十秒間逃げ続けるしかない。

 レインも俺よりは身体能力が高いが、それほど広くない裏庭で、相手に触れられないように逃げ続けるのは難しく……。

 

「タッチだ! 次の鬼はレインだな!」

「……はあ、はあ。仕方ありませんね。……白!」

 

 俺から逃げ続けたせいで息を切らしたまま、レインは素早く色を指定して。

 ……白?

 白と言えば……。

 アイリスが俺の背中から飛び降り、白スーツことクレアの下へ駆け寄っていき。

 クレアが、鬼になってもらえないのは残念だけど触ってもらえるのは嬉しいという複雑な表情で、アイリスにズボンを掴まれ、自分は上着を触って。

 

「今の時季、ここに白い花は咲いていませんよ、カズマ様」

 

 三秒を数え終えたレインが、そんな事を言いながら俺の方へ駆けてきて……。

 マズい。

 俺の身体能力では、レインから三十秒間逃げきるのは無理だ。

 この裏庭に、白いものはレインが着ている服の上下しかないが、それには二人が触れている。

 他に白いもの……。

 アイリスが今日着ている服には白がないし……。

 …………。

 

「これだあああ! 『スティール』ッ!」

 

 レインに追われながら、俺はクレアに向かって手を突き出し。

 

「よし! やっぱり今日も白だったか! 助かったよクレア」

 

 俺の手には、今日も白だったクレアの下着が……。

 

「えっ……? きゃああああああ! き、貴様、もう勘弁ならん! そこへ直れ、今度こそぶった斬ってやる!」

「お、お兄様、なんでもありとはいえ、流石にそれはどうかと思います」

 

 ぱんつを掲げて勝ち誇る俺に、二人が口々にそんな事を……。

 

「カズマ様……」

 

 おっとレインまで蔑むような目で見てきてますね。

 

「わ、悪かったよ。ちょっと調子に乗り過ぎた。スティールはもう使わないよ」

「当たり前だ! 貴様がアイリス様のお気に入りではなく、ダスティネス卿の関係者でもなければ、すでに三度は斬り捨てている!」

 

 俺が謝りながらぱんつを差しだすと、クレアは俺の手を叩くようにしてぱんつを奪っていった。

 ……でもこいつ、どうやってぱんつを穿くつもりだろう。

 スカートではなくズボンだから、まさかこの場で脱ぐわけにも行かず。

 時間制限のあるゲームの最中だから、途中で退場するわけにも行かず。

 クレアもそれが分かっているのだろう、ぱんつを握り締め、顔を赤くしていて。

 と、そんな時。

 

「黒!」

 

 いきなりレインが声を上げて。

 俺が、続けるのかよと驚いている間に、クレアが俺の頭を掴み。

 

「ふ、ふふふ……。アイリス様の可愛らしい姿を見られないのは残念だが、貴様への意趣返しにはなるだろう……!」

 

 そう言うクレアが遠くを見ているので、その視線の先を追うと。

 一人のメイドが裏庭にやってくるところで……。

 あのメイドは多分、夕食の支度が出来た事を伝えに来たのだろう。

 だが大丈夫だ。

 さっき走ったおかげで、レインとは距離が離れているから、レインに捕まるよりもメイドが夕食を知らせる方が早いはず。

 可愛い服を着て可愛い子ぶるのはレインだ……!

 俺が、そんな事を考えて安心していると。

 

「行きますよ、レイン!」

「は、はい、アイリス様!」

 

 アイリスが、レインの足を掴み、ジャイアントスイングの要領でぐるぐる回って、俺の方に向かってレインを投げ飛ばしてきて――!

 

「お、おいクレア、離せクレア! くそ、三人掛かりは卑怯だぞ!」

「貴様が言うな! こ、こら、色に触れているのを邪魔するのはルール違反だ! 大人しく負けを認めろ!」

「カズマ様あああああ!」

 

 飛んできたレインにぶつかり、俺達三人は揉みくちゃになって芝生の上を転がった。

 

 

 *****

 

 

 ――夕食の後。

 

「きゃるーん! カズマでぇーす!」

 

 せめて他の奴らの見ていないところでという懇願を聞き入れてもらい、俺の自室にて。

 

「……ほう、それで? 本気で可愛い子ぶるのだろう? まだ行けるだろう?」

「カズマ様、こちらに装飾品もご用意しましたので、良ければお使いください」

「お兄様。もうちょっとスカートを持ち上げてみてはいかがでしょうか!」

 

 腕を組みネチネチと俺を辱めてくるクレアと、淡々と可愛い衣装を用意するレインと、目を輝かせてアドバイスしてくるアイリスに囲まれて。

 俺は、夜遅くまで。

 

「では次は、雌豹のポーズとかいうのをやってもらおうか」

「カズマ様、せっかくですので下着も女物にしましょうか? ムダ毛の処理もいたしますよ」

「お兄様、可愛いです! すごく可愛いですよ!」

「勘弁してください! もう許してください!」

 

 畜生!

 もうお婿に行けない!

 

 

 

 …………この場にあいつらがいなくて本当に良かった。

 




・カズマの髪
 書籍版やアニメでは茶色ですが、今回はWeb版に準拠。


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この曇り空に快晴を!

『祝福』7、既読推奨。
 時系列は、7巻1章の辺り。


 ――シルビアの賞金を受け取り小金持ちになってからというもの。

 

「この料理を作ったのは誰だあああ!」

「シェフを呼んでちょうだい!」

 

 俺とアクアは、アクセルの街の飲食店に通い、毎日こうして美食巡りをしていた。

 店内の片隅を占領した俺達の下に――

 

「……この店のシェフは俺だが」

「「!?」」

 

 やってきたのは、熊とゴリラを足して二で割らなかったような、強面の大男。

 シェフよりも冒険者をやった方が似合っていそうだ。

 というか、俺達よりも冒険者らしい。

 

「俺の料理に何か不都合でも?」

 

 アクアが、テーブルの傍らに立ったシェフの鋭い眼光に怯え、目を逸らして黙々と料理を食べ始めた。

 

「……い、いや、この料理が美味しかったのでお礼を言いたかっただけなんですよ。最近王都で城暮らしをしてた俺の舌をうならせるとは大したもんです」

 

 俺は、用意していたセリフをなんとか言いきったにもかかわらず、顔色一つ変えないシェフに。

 

「こ、このシチュー! まったりとしてそれでいてしつこくなく、すべての食材が器の中で完璧に調和して…………あ、味の宝石箱やー」

「バカにしてんのか」

「そ、それと、しっかり煮込まれた肉が柔らかくて口に入れた途端にとろけて超美味い」

「……ほう、他には?」

「他!? ……か、隠し味のワインが絶妙で」

「ワインなんか使っていないが」

「そう、使ってない! 使ってないのにこんなに美味しい!」

 

 ――料理を食べ終え、逃げるように店を出た俺達は。

 

「お前、俺を見捨てただろ。自分だけ関係ないみたいな顔して料理を食いやがって」

「何よ、しょうがないじゃない。二人してあのおじさんに叱られるよりも、一人を犠牲にした方が被害は少ないでしょ? 賢い私の作戦ってやつよ。そのおかげで最後には取りなしてあげられたじゃないの」

「ふざけんな、俺が言いがかりつけたみたいな言い方しやがって! 超美味かったのに、もう俺一人じゃあの店行けないじゃないか!」

「はあー? そんなの、カズマさんが美味しいシチューに変な言いがかりつけたのがいけないんじゃないですかー?」

「お前だってノリノリだったくせに何言ってんだ! 畜生、食通ごっこがしたかっただけなのに、どうしてこんな事に!」

 

 俺とアクアは、せっかく美味しい料理を食べて満足したというのに、そんなギスギスした会話をしながら屋敷に帰り着き。

 

「ただまー!」

 

 広間では、めぐみんが不機嫌な顔でテーブルに並んだ料理を片付けているところで。

 

「あ、やっと帰ってきましたか! その様子だと、食事は外で済ませてきたみたいですね。まったく、そういう時は事前に教えてくださいと言っておいたではないですか! せっかく作った料理が余ってしまいましたよ!」

「悪いなめぐみん。それは夜食にするから仕舞っといてくれよ」

「私も私も! お酒を飲む時のおつまみにするわ!」

「当たり前ですよ! 私の目が黒いうちは、料理を残したり捨てたりするなんて、許しませんからね!」

 

 食事にも事欠く幼少期を過ごしためぐみんが、目を紅くしてそんな事を言う。

 

「分かってるって。俺だって、世界に誇るMOTTAINAI精神の日本人だからな。めぐみんが作ってくれた料理を無駄にしたりしないよ」

「それなら良いのですが……」

 

 料理を残された事が不満らしく、めぐみんはまだ少し口を尖らせていた。

 

 

 

 ――翌朝。

 めぐみんの夜食のおかげで満腹になり、穏やかな夜を過ごした俺が、昼の美食巡りに備えて日の出前に眠ろうとしていると。

 

「わああああああーっ! カズマさーん、カズマさーん!」

 

 階下から、大声で俺を呼ぶアクアの声が……。

 …………。

 

「寝よう」

 

 俺がベッドに潜りこみ目を閉じていると、部屋のドアがバンバン叩かれて。

 

「カズマ! 大変よカズマ! このままじゃ、めぐみんの爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばされるかもしれないわ! ねえ起きてるんでしょ? 早く来てー、早く来てー」

「ああもううるせーな! なんだよ、いくらめぐみんだって、流石にこの屋敷に爆裂魔法を撃ちこむ事はないと思うぞ? ……多分。……あれ、お前、頭になんかくっついてるぞ」

 

 俺が部屋のドアを開けると、焦った様子のアクアが俺の腕を掴んできて。

 

「いいから早く! めぐみんにバレる前になんとかしないと!」

「……なんですか、私がどうかしましたか?」

「めぐみん!? どうしてこんなに朝早くから起きているのよ!」

 

 眠そうに目をこすりながらやってきためぐみんに驚くアクアに、同じく起きてきたダクネスが呆れたように。

 

「あれだけ騒げば誰だって起きるだろう。こんな朝早くから何を騒いでいるんだ? お前が宴会好きなのは知っているが、そういうのは夜にやれと言っているだろう。それとも、昨夜からずっと飲んでいるのか?」

「違うわよ! いいから早く、めぐみんを取り押さえてちょうだい!」

 

 アクアのそんな言葉に、めぐみんとダクネスは不思議そうに顔を見合わせ。

 

「アクアがわけの分からない事を言うのはいつもの事ですが、今回はどうしたのですか? 酔っぱらっておかしな夢でも見たのですか? ……あの、ダクネス? どうして私の肩を掴むんですか?」

「い、いや、めぐみんもアクアと同じくらい何をしでかすのか分からないし、取り押さえろと言うのなら、とりあえず取り押さえておいた方が良いのかもしれないと……」

「離してください! いくら我が爆裂魔法が誰も無視できないほどの破壊力であるとはいえ、理由もなく拘束される謂れはありませんよ!」

「そ、それはそうなのだが……。カズマ? カズマはどう思う?」

「寝ようと思う」

 

 取り押さえようとしためぐみんに暴れられ、困った顔で俺を見てくるダクネスに即答すると。

 

「ねえちょっと! 困るんですけど! めぐみんはそのまま寝ちゃっても良いけど、カズマが来てくれないと困るんですけど! ほら、早く来なさいな! この屋敷の危機なのよ、寝ている場合じゃないわ!」

「……屋敷の危機? それは聞き捨てなりませんね」

 

 アクアの言葉に反応したのは、俺ではなくめぐみんで。

 

「さっきから聞いていれば、どうして私を除け者にしようとするんですか? 本当に屋敷の危機だというのなら、私だって何かしたいと思うのですが」

「そうだな、私も協力は惜しまない。一体何が起こっているんだ?」

「協力してくれるって言うんなら、ダクネスはめぐみんを取り押さえておいてちょうだい! 行くわよ、カズマ!」

「俺は寝たいんだが」

 

 俺の文句は聞き入れられず。

 焦った様子のアクアに引っ張られ、台所に辿り着くと。

 

「……なんだこれ」

 

 そこは一面、緑色で。

 何か胞子のようなものが、無数に舞っていて。

 ……アクアの髪にくっついていたのは、その胞子のようなものらしい。

 

「カズマ、油断しないで! こいつらは……!」

 

 アクアがそう言うのを合図にしたかのように。

 ふわふわと舞っていた胞子のようなものが、一ヶ所に集まり、合体していって……。

 

「この世界にいる精霊は決まった実体を持たず、出会った人達の無意識のイメージによって姿を変えるって前に話したわね? 冬には冬将軍、春には春一番、日本から来たチート持ち達のイメージに影響される精霊は少なくないわ。そして、このじめじめした梅雨は、カビの季節。でもカビってのがなんなのか、この世界の人達はよく分かっていないから、日本から来たチート持ち達に、強く影響を受けたみたいね。そいつは、カビって言ったらアレだよなっていう、チート持ち達のイメージによって実体化したカビの精霊! そう、アンパンの天敵……カビランランよ!」

 

 現れたのは、カビの胞子が集まって作られた大きな顔から、細長い手足を生やした存在。

 

「……なあ、この世界って俺をバカにするためにあるのか? ちょっと、魔王と一緒になって世界を滅ぼしても良いんじゃないかと思えてきたんだが」

 

 

 *****

 

 

 カビランランは大きな口を開くと、緑色の胞子を大量に吐きだしてきた。

 

「ぶわっ! ゲホッ! ゲホッ!」

 

 熱くも冷たくもないが、呼吸が出来ない!

 顔を腕で覆って咳きこむ俺に、アクアが。

 

「『ピュリフィケーション』! 何やってんの、気を付けなさいな! カビランランのカビのブレスを食らったら、体中にカビが生えて、あっという間に養分を吸い取られるわよ!」

「いや、ちょっと待ってくれ。あいつ、あんな間抜けな顔してんのに、そんなに危険なの?」

「当たり前じゃない。冬将軍と同じ精霊なのよ。この世界の子供達はね、料理を残すともったいないお化けが出るぞって言われる代わりに、料理を残すとカビランランが出るぞって言われて育つくらいなのよ」

 

 そのアクアの言葉に、ふと。

 

「……なあ、あいつって、料理を残したりすると生まれてくるんだよな」

 

 俺がそう聞くと、アクアは目を逸らし……。

 …………。

 

「おい。昨日、酒のつまみに食うって言ってた、めぐみんが作ってくれた料理。あれってどうなったんだ? 食ったんだよな?」

「い、今その話は関係ないでしょ! 今は目の前のカビランランをどうするかっていう……」

「またお前のせいか! お前ってやつは、どうしていつもいつも余計な事をして面倒事を起こすんだよ! 残した料理を食うっていう簡単な事が、どうして出来ないんだ!」

「だって! だって! 昨夜はお酒を飲もうとしてたら、急にダクネスが、最近ゴーストのイタズラが増えてるって言いだして……! そういえば、定期的に共同墓地を浄化するっていうウィズとの約束を、ここんとこ忘れてたって事を思いだして……。共同墓地で迷える魂を浄化して、帰ってきたらお腹が空いていたし、めぐみんの料理を食べようとしたら、こうなっていたの。これは私のせいじゃないわ! どっちかって言うと、ゴーストのイタズラが増えてるなんて言いだしたダクネスのせいよ!」

「ふざけんな、やっぱりお前のせいなんじゃないか!」

 

 と、そんな事を言っている間にも、カビランランはカビのブレスを撒き散らし、部屋中を緑色にしていて。

 

「おい、ヤバいぞ。このままじゃ台所中がカビだらけになって、食料の備蓄が……!? ヤバいって! なあ、これってすごくヤバいって! そんな事になったらめぐみんが何するか分からないぞ!」

「だから、さっきからそう言ってるじゃない! 屋敷に爆裂魔法を撃ちこまれるのが嫌だったら、さっさとあいつを倒してよね!」

「俺にそんな事言われても! 倒すって、どうやって倒すんだよ? あいつって、冬将軍と同じ精霊なんだろ? 精霊って、実体を持たない魔力の塊なんだろ? 最弱職の俺に精霊と戦えなんて、無理に決まってるじゃないか!」

「それをなんとかするのがカズマさんの役目なんですけど」

 

 …………。

 

「よし、一つ思いついた。アンデッドに好かれるくらい神々しくて生命力に溢れるお前を、カビ達の養分として差し出すってのはどうだ? お前くらい生命力があれば、カビランランも満足してどっか行ってくれるかもしれないな」

「カズマさんったらバカなの? カビに養分なんて与えたら、ますます繁殖するに決まってるじゃない。カビランランの倒し方は、発生した部屋のドアと窓を閉めて、外に逃げられないようにして、養分を失うのを待って餓死させるのよ。カビランランは存在しているだけでも養分を大量に消費するから、放っておけば半日と立たずに餓死するわ!」

「なんだ、それなら簡単じゃないか。台所のドアを閉めておけばいいだけだろ?」

「大事な事だから二回言うけど、カズマさんったらバカなの? 台所にある備蓄食料が、カビランランにカビだらけにされてみなさいな。めぐみんが何をするか分からないじゃない!」

「い、いや、ちょっと待て。いくらめぐみんだって、カビランランを屋敷ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしたりはしないだろ? 確かに、めぐみんは人一倍、食料を無駄に捨てる事を嫌がるけど、屋敷に爆裂魔法を使ったら食料だって無事では済まないぞ」

「カズマさんったら、バカなのね? 怒っためぐみんにそんな理屈が通じると思うの?」

 

 思わない。

 爆裂魔法に関する事以外は常識的だと思っていためぐみんだが、最近はそうでもない事が判明してきている。

 前門のカビランラン、後門のめぐみん。

 ……何これ詰んだ。

 

「クソ、カビランランだけならどうにかなるかもしれないのに、めぐみんのせいで選択肢がない! カビランランが出てきたのだってお前のせいだし、モンスターより仲間の方が厄介ってどうなんだよ?」

「頭のおかしいめぐみんはともかく、女神である私を厄介者扱いするのはやめてほしいんですけど! あんまりバカな事言ってると、この世界に一千万人いるアクシズ教徒が……ふわーっ! ケヘッ、ケホッ……!」

 

 話している途中にカビのブレスを食らい、慌てて自分に浄化魔法を掛けるアクア。

 

「おいアクア、ピュリフィケーションであいつを丸ごと浄化しちまうってわけには行かないのか?」

「無理ね。精霊は魔法防御が凄いし、それに、カビは浄化できるけど、カビランランには浄化が効かないもの」

「……それじゃあ、こんなのはどうだ? 『クリエイト・アース』! 『クリエイト・ウォーター』」

 

 クリエイト・アースで創った土は、畑に使うと良い作物が採れるという。

 つまり、栄養豊富。

 俺が創りだした、養分と水分をたっぷり含んだ泥団子を投げると、カビランランはそちらに興味を惹かれたようで、ふよふよと飛んでいった。

 

「よし、今のうちに台所にある食料を運びだすぞ。食料を運びだしてから閉じこめれば、めぐみんも怒らないだろ。お前は、俺がカビを食らって危なくなったら、浄化魔法を掛けてくれ」

「分かったわ! 支援も掛けてあげるわね」

 

 俺は、カビランランが泥団子に気を取られているうちに、冷蔵庫や戸棚を漁り、食料を運びだしていく。

 と、俺のやっている事に気づいたカビランランが、細長い手で泥団子を掴み、戻ってきて。

 大きく息を吸いこみ、カビのブレスを吐きだして――!

 

「……ゲホッ! ゲホッ! うわ、服にカビが生えた! アクア、浄化魔法! 浄化魔法を頼む!」

「『ピュリフィケーション』! ……駄目ね。この服はもう、奥にまでカビの根っこが張っているわ。いくら浄化しても、またカビが生えてくるわ」

「マジかよ。なんだよあいつ、めちゃくちゃ危険じゃないか!」

「当たり前じゃない。カビランランはね、雑魚キャラって思われがちだけど、意外とアンパンを戦闘不能にしているのよ。愛と勇気だけが友達の正義のヒーローにすら致命傷を負わせるんだから、貧弱なカズマが正面から戦ったら、養分にされるだけでしょうね」

 

 俺は顔がアンパンで出来ているわけではないから、汚れたり濡れたりしただけでは戦闘不能にはならないが……。

 

「よし、もう無理だ。やっぱり台所に閉じこめよう。食糧は無駄になるが、めぐみんには後で土下座でもなんでもして許してもらおう。なんなら、アクアを爆裂魔法の的にしても良いって言おう」

「待ってよ! ねえカズマ、バカな事言ってないで、あの戸棚の中にあるものだけでも運びだしてちょうだい。あの中にはね、私がずっと楽しみにしていた、お酒によく合うっていうおつまみが……」

「ふざけんな、最初からそれが目的か! お前こそバカな事言ってる場合じゃないだろ。そんなもん諦めてとっとと台所から出るぞ!」

「いやよ! いやーっ! 昨夜はアレを食べながらお酒を飲むのを楽しみにしてたのに、共同墓地の浄化に行ってきたのよ? 今晩こそはって思ってたんだから、カビだらけにさせてたまるもんですか! 取ってきて、ほら早く取ってきてー!」 

 

 台所の外に出ようとする俺を、アクアがカビランランの前に押しだそうとする中。

 カビランランが、台所の外に運びだした食料に釣られてか、台所から出ようと飛んできて。

 

「あっ、クソ! またカビのブレスが……! ゲホッ! ゴホッ……!」

「いいわよ、こっちに来なさい! アレをカビだらけにされるくらいなら、台所から出てきなさいな! ケホッ、ケホッ……!」

 

 このクソバカ! 酒のつまみのためにカビランランを外に出そうってか!

 こんな厄介な精霊が台所の外に出たら、面倒な事になるのは確実だ。

 広間にあるソファーや絨毯も、カビだらけにされてしまう。

 しかし、貧弱な冒険者の俺が、精霊相手にまともな抵抗を出来るはずもなく。

 

「『フリーズ』! 『ドレインタッチ』! 駄目だ、全然効かない!」

 

 ふよふよと浮いているだけのカビランランの、まったく勢いのない突進を止められず、俺はアクアと諸共に台所から弾きだされた。

 俺は広間の絨毯の上を転がって、室内の様子を見回すカビランランから距離を取り。

 

「おい、どうすんだ! 部屋の中で餓死させるって以外に、こいつをどうにかする方法があんのかよ!」

「そんなのあるわけないじゃない。冬将軍と同じ精霊なのよ? 魔法防御力は凄いし、攻撃したってカビの塊だからあまり効果はないし、カビのブレスで周りをカビだらけにして、自分に胞子をくっつけてどんどん巨大化していくし……。たった一体のカビランランが、街一つをカビだらけにしたって話もあるくらいなんだから」

「いや、ちょっと待ってくれ。マジか? あんな間抜けな顔の奴を相手に、俺達って今、結構マジでピンチなのか? 街一つ駄目にしたとか、ハンスと同じくらいヤバいって事じゃないか」

 

 そのヤバい奴を、酒のつまみ惜しさに解き放ったアクアは。

 

「まったく、カズマったらあんぽんたんなんだから! そんな事、この世界では子供でも知ってる事よ」

 

 ……とりあえず、酒のつまみは没収しよう。

 俺がそう心に決めた、そんな時。

 階段の上から声が。

 

「おい二人とも、こんな朝っぱらから何を騒いで……。こ、これは……! カビランランか……!」

「……なるほど。それで私に隠そうとしたのですね。それにしても、台所に閉じこめておけば良いだけなのに、どうして広間に出てきてしまっているのですか? カビランランを外に出したら、被害が増大するばかりですよ」

 

 寝間着から着替えためぐみんとダクネスが、早足に階段を下りてきて、そんな事を言う。

 

「そ、それは……」

 

 流石に、台所の食料をカビで台なしにされたら、めぐみんが爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばすかもしれないと思ったとは言えず、口篭もる俺の隣で、アクアが。

 

「だって、台所の食料をカビで台なしにされたら、めぐみんが爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばすかもしれないじゃない」

 

 俺が言わなかった内容をまるっと口にしたアクアに、めぐみんがため息を吐いて。

 

「まったく、二人とも私をなんだと思っているんですか! 確かに私は食べ物を無駄にするのが嫌いですけど、時と場合ってものがある事は分かっていますよ。それに、食べ物を無駄にするのが嫌で屋敷に爆裂魔法を撃ちこむなんて、本末転倒も良いところではないですか! 私にだって、街中で爆裂魔法を使わないくらいの分別はありますよ」

「まあ、それもそうだな。変な事で疑って悪かったよめぐみん。でも、めぐみんは爆裂魔法に関しては常識的な判断が期待できないから、念には念を入れるのも仕方ないだろ?」

「私もごめんね! でもめぐみんは、頭がおかしくて何するか分からないし、私のとっておきのおつまみを吹っ飛ばされたら困るから、仕方なかったのよ」

「おい、謝る気がないならはっきり言ってもらおうか! 爆裂魔法に関する事だと、いかに私に常識的な判断力がなくて、頭がおかしいか、いくらでも教えてやろうじゃないか!」

 

 俺とアクアの余計な一言に目を紅くするめぐみんを、二人して宥めていると、ダクネスが。

 

「お、おい三人とも! そんな事を言っている場合か! カビランランのせいで、絨毯が! ああっ、ソファーが……!」

「『ピュリフィケーション』! 大丈夫よ、ダクネス! すぐに浄化魔法を掛ければ、カビなんて恐れるに足らないわ!」

 

 おいやめろ。

 変なフラグを立てようとするな。

 正義のアンパンと悪のバイキンとの戦いに参加しているカビランランは、フラグには敏感らしく、余計な事を言ったアクアに向けて猛烈なカビのブレスを吐きだして。

 

「あはははははは! そんなもの効かないわ! 『ピュリフィケー……』……ケホッ! ケホッ! ちょっ、待っ! 『ピュリ』……ッ! ……! カズマさーん! カズマさーん! 呼吸が出来な……ケホッ、ケホッ!」

 

 と、涙目になっているアクアの前に、両手を広げたダクネスが立ち塞がり。

 

「待てカビランラン、私の仲間に手を出すな! 『デコイ』……ッ!」

「おお、ありがとうダクネス! 浄化は任せなさいな! 『ピュリフィケーション』! ついでに支援も掛けてあげるわね。流石、ダクネス! カズマさんより頼りになるわ!」

「ケホッ、こ、これがカビのブレス……! ああっ、養分を吸い取られる! これは……、こんな、こんなっ……! ……ドレインタッチより、ずっと凄い!」

 

 …………。

 

「もう爆裂魔法で屋敷もあいつらも吹っ飛ばしちまえば良いじゃないかな」

「バカな事を言っている場合ではないでしょう! カビランランは危険ですよ。街一つを丸ごとカビだらけにしたという話を知らないのですか?」

 

 俺の呟きに、いつの間にか隣に来ていためぐみんがそんな事を言う。

 

「その話ならアクアから聞いたよ。でも、それって実話なのか? そんなに危険な存在なのに、今までカビランランなんて聞いた事もなかったんだが」

「カビランランは、対処を間違えなければそれほど脅威ではありませんからね。部屋に閉じこめれば良いだけですから、子供でも倒せます。それに、外に出てしまったとしても、晴れていればすぐに乾いて死んでしまいますから……。話にある街がカビだらけになったのは、その周辺で雨が一週間も降り続いたせいだそうです」

「……なんだか思ったよりもヤバい相手じゃなさそうだな」

「今は梅雨ですし、今日だって雨が降っていますから、脅威には違いありませんよ。外に出してしまったら、本当にその街と同じ事になって、アクセルの街が滅びかねません。どうせ台所はカビだらけなのでしょう? カビランランは自分の勢力を広げたがりますから、もう台所に閉じこめるのは無理でしょうね。広間に出してしまったものは仕方ありませんし、残念ですが家具は諦めて、ここに閉じこめる事にしましょう」

 

 室内では爆裂魔法が使えないからか、めぐみんはやけに冷静な判断をする。

 ソファーを見ながら、寂しそうに。

 

「……あのソファーは気に入っていたのですが」

 

 …………。

 広間の絨毯は元からあったものだが、他の家具や雑貨は、後から俺達が買い集めたもので、思い入れもある。

 とはいえ、そんな理由でアクセルの街を危険に晒して良いのかというと……。

 

「…………ああもう、しょうがねえな! ダクネス、カビランランを外に出すぞ! アクアは余計な事しないで浄化だけしてろよ!」

「なっ! カズマ、何をバカな事を! こいつを外に出したら、アクセルの街がカビだらけに……! ……ケホッ……、ち、窒息プレイとはやるではないか!」

「お前……、長時間そいつを押さえてもらう事になるかもしれないんだから、バカな事して余計な体力を使うなよ? 『クリエイト・アース』! 『クリエイト・ウォーター』! ……ほら、こっちだ!」

 

 俺は、魔法で創った栄養たっぷりの泥団子を投げて、カビランランを誘き寄せ……。

 

「ぶっ! おいカズマ、割と真面目にカビランランと戦っている私に、泥団子をぶつけるとはどういうつもりだ! 次はもっと強くぶつけてこい!」

「い、いや、すまん。投げるだけだと狙撃スキルが働かなくて……。お前今、次はもっと強くぶつけろとか言ったか?」

「言ってない」

「いや、言っただろ。……よし、ダクネス。デコイを使ってカビランランを外に誘いだしてくれ」

 

 俺が玄関のドアを開けそう言うと、ダクネスが心配そうに。

 

「……本当に大丈夫なんだろうな? 私は貴族として、市民を危険に晒すような真似はしたくないのだが……」

「大丈夫だ。……多分。いつも、最後にはなんとかしてきた俺を信じろ」

 

 俺のその言葉に、ダクネスはフッと笑って。

 

「そうだな。……『デコイ』!」

 

 外に出たダクネスと、ダクネスを追いかけていくカビランラン。

 俺達三人も外に出ると、めぐみんが言った通り、空は曇っていて、勢いはそれほどでもないが雨が降っている。

 

「ダクネスはそのまま、そいつの足止めをしてくれ。アクアはカビが広がらないように浄化魔法を掛け続けろ。俺が二人のフォローをする。……その間に、めぐみんはウィズの店に行ってきてくれ。紅魔の里で、農作業の時に使う、天候制御の魔法があっただろ? ウィズなら多分、使えるはずだ。あれで雲を晴らしちまえば、こいつは乾いて死ぬ」

 

 俺の指示に、ダクネスは。

 

「分かった、私は時間を稼げば良いのだな! さあ来い、カビランラン! どんと来い! あの凄まじいブレスをもう一度だ!」

「おい待て。余計な事を言うなっつってんだろ、このド変態クルセイダーが! ブレスは困るぞ! 範囲が広すぎる!」

 

 そんな俺のツッコミに、アクアが。

 

「大丈夫よカズマ。私が一粒残らず浄化してあげるから、カビなんて怖がらなくていいのよ! すべて私に任せておきなさい!」

「お、お前……、バカなの? 学習能力ってもんがないのか? さっきフラグを立ててピンチになったばかりだろうが」

 

 そして、めぐみんはというと。

 なぜか空に手を突きあげ、目を紅くしていて……。

 

「お、おい、めぐみん? 早くウィズの店に……」

「確かに街中で爆裂魔法を放つわけにはいかないのでしょうが、私は戦力外扱いですか、そうですか……」

 

 めぐみんを取り巻くように紫電が走り、周囲の景色がおぼろげに歪みだして。

 

「要するに、あの雲を吹っ飛ばしてやれば良いんでしょう?」

「い、いや待て。マジで待て。雲って、高いところだと一万メートルくらい上の方に……」

 

 俺の制止も聞かず。

 

「『エクスプロージョン』――ッ!」

 

 めぐみんは、手の中に生み出した小さくも破滅的な光を解き放った――!

 

 

 *****

 

 

 めぐみんの爆裂魔法によって、空を覆っていた雲は晴れた。

 アクセルの街の住民達は、久しぶりに見る青空を喜んだそうだが。

 雲を晴らしためぐみんと、その仲間である俺達はというと。

 

「……街中で爆裂魔法を撃った事情は分かりました。確かに、『コントロール・オブ・ウェザー』を使える魔法使いは希少ですし、ウィズさんが使えるのかも分からなかったのですから、仕方ないと言えるかもしれませんね」

 

 冒険者ギルドではなく、警察署で取り調べを受けていた。

 街中で爆裂魔法を使うのはもちろん違法であり、上空に放ったために物的な被害はなかったとはいえ、多くの市民が叩き起こされたり、轟音と震動に驚いたりと、迷惑を被った。

 しかも、爆裂魔法で直接倒したのではなく、晴れ間を作って間接的に倒した形なので、冒険者カードの討伐数は増えていなかった。

 こういう時は、嘘を感知する魔道具があって良かったと思う。

 

「ですが、市民に迷惑を掛けたのもまた事実です。皆さんは魔王軍の幹部を何人も倒した冒険者なのですから、他の冒険者の模範となるよう、今後はこのような軽率な判断を下さぬように……」

 

 カビランランを討伐するための行動であり、ダクネスの取り成しのおかげもあり。

 俺達は、取り調べをした警察官の説教を受けただけで、お咎めなしという事で解放され。

 屋敷に帰ると、すぐに冒険者ギルドにも呼びだされて……。

 

「苦情が来てます」

 

 ですよね。

 

「爆裂魔法による直接的な被害はなかったそうですが、音に驚いて食器を割ってしまったとか、料理しようとしていた食材に逃げられたとか、眠れそうだったのに目が冴えてしまった不眠症の方もいたり……、他にも……」

「はい」

「というわけで、報償金がこんな感じです」

「はい」

 

 俺は、逃げようとするめぐみんを捕まえて、受付のお姉さんの説教を聞かせた。

 

 

 

 ――長時間の説教にぐったりとしためぐみんを連れて屋敷に帰ると、大事に取っておいた酒のつまみがカビていたと、アクアが泣いていた。

 ざまあ。

 




・カビランラン
 言うまでもなく独自設定。


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この新生パーティーに乾杯を!

『祝福』2、既読推奨。
 時系列は、2巻1章の直後。


 頼れる仲間達とともに、ゴブリン討伐のクエストを終えた俺は。

 帰り道で襲撃してきた初心者殺しを退け。

 ――戻ってきた冒険者ギルドの酒場にて。

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 俺達はジョッキを高々と掲げ、ガッチリかち合わせた。

 酒を飲み仲間達と笑い合う。

 初心者殺しに襲われて生き延びたからだろうか。

 すでに深夜だというのに、誰もが明るくテンションが高い。

 あまり酒が美味いとは思わない俺だが、こういう雰囲気の中で飲むと、すごく美味い気がするから不思議だ。

 何だかフワフワしてくるのも心地良い。

 俺は気分良く笑いながら、隣に座るテイラーの肩を叩いて。

 

「酒ってあんまり美味いと思った事ないけど、こういう雰囲気の中で飲むと、やっぱり美味いな! なあリーダー!」

「リ、リーダー……? いや、お前が俺達のパーティーに入ってくれるならありがたいし、俺としては歓迎するが……」

 

 そう言いながら、テイラーは気まずそうに隣のテーブルに目をやる。

 俺もテイラーの視線を追って隣のテーブルを見ると、アクアとめぐみん、ダクネスが不安そうにこちらをジッと見ていて……。

 

「カ、カズマがよそのパーティーに移籍……! それは困る! すごく困るのに……なぜだか込み上げてくる快感が……!? これが寝取られ……、……んん……っ!!」

 

 ……一人なんだかほこほこしてる奴もいるが。

 と、爆裂魔法を撃った後だからだろう、ぐったりとテーブルに寄りかかりながらめぐみんが。

 

「あの、カズマ? 冗談ですよね? いくらなんでも冗談でしょう? 思い出してくださいよ、私達は力を合わせ、あのベルディアを討伐したパーティーなんですよ。もちろん街の冒険者達の援助があってこそですけど、私の爆裂魔法とダクネスの硬さ、アクアの回復と洪水の魔法、そして何よりカズマの指揮とスティールがなければ、あの勝利はなかったはずではないですか。確かにアクアもダクネスもカズマに苦労ばかり掛けているかもしれませんが、それだけでもないでしょう? 私達だってカズマの役に立っているはずです。大きな功績を挙げたのだって事実なのですから」

 

 さりげなく苦労を掛けている中から自分を除くめぐみんの言葉に、俺は。

 

「俺は別に大きな功績が欲しいわけじゃないしな。日々を面白おかしく、出来れば働かずに暮らせればそれで良いんだ。はっきり言って、魔王軍の幹部となんか関わりたくないし、戦わずに済むならその方が良い。それにお前こそ思い出してほしいんだが、そもそもベルディアが街に攻めてきたのはどこかの頭のおかしい爆裂娘が毎日毎日爆裂魔法を廃城に撃ちこんだからじゃなかったか? 厄介事を自分から引き寄せておいて、解決した事を功績と言うのはどうかと思う。そういうの、マッチポンプって言うんだぞ?」

 

 俺の言葉にめぐみんが目を逸らし、そんなめぐみんの肩をぽんぽんと叩いたダクネスが。

 

「なあカズマ、確かに私達はお前に苦労を掛けているかもしれない。だが、このところいくつかのクエストをクリアし、パーティーとしても冒険者としても、皆、成長してきていると思うのだ。いずれは私達も、お前がパーティーを組んでいて良かったと思えるようになってみせる。これからはお前にばかり苦労を掛けないようにする。だから、戻ってきてはくれないか?」

「寝取られプレイとか言ってる奴が何言ってんの?」

 

 成長する気配の見えないダクネスが、恥ずかしそうに両手で顔を覆う中。

 飲み干したクリムゾンビアーのジョッキをテーブルに置いたアクアが。

 

「まあ二人とも、ちょっと落ち着きなさいな、私達は皆、上級職のパーティーなのよ? 最弱職のカズマなんかいなくたって、募集を掛ければ仲間になりたがる人はいくらでもいると思うの。私達が本気を出したら、稼げるクエストをバンバンやって、すぐに大金持ちになれるわ。そうしたら、その頃には一人寂しく馬小屋で震えているであろうカズマに、手を差し伸べてあげればいいじゃない」

「何言ってんの? お前が起こした洪水被害の借金をなぜか俺が背負わされてんのは、俺がパーティーのリーダーって事になってるからだろ? 俺はパーティーを移籍するんだから、借金はお前が支払えよ」

「わあああ待って! 待ってよ! 見捨てないで! それにおかしいじゃない! あの時、私が水を呼んだのはカズマがそうしろって言ったからよ! 街に洪水被害が出て借金を背負う事になったのは、カズマのせいでもあるじゃない! 私だけが借金を支払うなんておかしいわ!」

「よし分かった。じゃあこの際だから、借金を半々で分けようじゃないか。これまで報酬は等分って事にしてきたんだし、借金も等分で良いだろ? 俺は二千万をなんとかするから、お前はめぐみんとダクネスに協力してもらって、三人で二千万をなんとかしろよ。お前達は上級職ばかりのパーティーなんだから、稼げるクエストをバンバンやって、すぐに大金持ちになるんだろ? なら借金だってすぐ返せるはずじゃないか」

「ねえ待ってよ! 私もちょっと調子に乗っていた事は認めるわ。爆裂するしか能がなくて、魔法を使うたびに周りに被害を出して、クエスト報酬を毎回天引きされてるめぐみんと、硬くて大抵のモンスター相手なら一歩も引かずに足止め出来るけど、攻撃が当たらないからクエスト完遂にはいまいち役に立ってないダクネスとじゃ、いくらこの私が超凄いと言っても、すぐに大金持ちって言うのは難しいかもしれないわね……痛い痛い! 何よ二人とも! めぐみんが倒したのはベルディアが呼びだした雑魚ばかりだし、ダクネスなんかベルディアに斬られてハアハア言ってただけじゃない! ベルディア討伐で一番活躍した私を、もっと敬ってくれても良いんじゃないかしら!」

 

 めぐみんとダクネスは、アクアの頬を両側から引っ張りながら、顔を見合わせ。

 

「……あまり言いたくはないが、カズマに一番苦労を掛けているのはアクアではないか?」

「そうですよ。借金を背負う事になったのはアクアが大量の水を呼んだからですし、クエストでも張り切ると大概余計な事をしているではないですか」

「何よ二人してーっ! たまには失敗する事もあるかもしれないけど、私だって頑張ってるのに!」

 

 おっと早くもパーティー分裂の危機ですね。

 新しい仲間達とやっていく事にした俺には関係がないが。

 俺は騒がしい三人から距離を取り、酒を手にした。

 

 

 *****

 

 

「そういうわけで、よろしく頼む。名前はカズマ。クラスは冒険者。得意な事は荷物持ちです」

 

 俺の言葉に、テイラーとキース、リーンの三人は顔を見合わせ。

 リーンが慌てたように。

 

「や、やめてよ、カズマに荷物持ちなんかさせられないよ。本当にパーティーを組むっていうんなら、……ええと、前衛がテイラーで、後衛があたしとキースでしょ? カズマは臨機応変に、皆をちょっとずつフォローしてくれると助かるかな。今日のゴブリン退治でも、初級魔法であたしの詠唱が終わるまでの時間稼ぎをしてくれたし、初心者殺しとの戦いでも目潰ししてテイラーを助けてくれたでしょ」

「ああ、あれは助かった。正直、初心者殺しに襲われた時にはもう駄目だと思ったもんだ。まさか、無傷で帰ってこられるとはな」

「俺も、ゴブリンの群れを見た瞬間にもう終わったと思ったね! カズマは一日に二度も俺達の命を救ってくれたってわけだ! うひゃひゃひゃ!」

 

 テイラーがしみじみとした口調で言い。

 キースは早くも酔っぱらっているようで、テンションが高く。

 ……思えば、この世界に来てからというもの、まともに活躍して褒められたのは初めてじゃないだろうか?

 三人からの高評価に、俺がじーんとしていた、そんな時。

 

「おいお前ら、ちょっと待て!」

 

 テーブルをバンと叩いて声を上げたのは、ダストとかいう、アクア達のパーティーの新しいリーダーで。

 

「さっきから聞いてりゃ、好き勝手な事ばかり言いやがって! まるで俺がパーティーから抜ける事は、もう決まってるみたいじゃねーか! 冗談じゃねーぞ、代わるのは今日一日だけだって話だっただろうが! おいお前さん、カズマって言ったな?」

 

 ダストが俺に強い視線を向けて……。

 

「悪かった、この通りだ! 俺が悪かったから、今朝の事は許してください! ごめんなさい! 俺が間違ってました! だから、頼むから俺を元のパーティーに戻してください!」

 

 土下座である。

 これ以上にないほど綺麗な土下座をするダストの肩に手を置いて、俺は。

 

「まあそう言うなよ。思えば俺も、そいつらには世話になったもんさ。ダクネスは何が来たって困らないくらい硬いし、めぐみんの魔法は何者が相手でも一撃で吹っ飛ばしてくれる。どんな傷だって、アクアがいれば治癒してもらえる。……そうだな、言われてみれば俺は苦労知らずだったかもしれない。だからこれからは、普通のパーティーで荷物持ちでもして、苦労ってやつを知っていこうと思う」

「勘弁してくれ! もうお前さんを上級職におんぶに抱っこで楽してるなんて言わないし、苦労知らずとも思わねえ! お前さん、あの三人とずっと一緒にやってきたんだろ? お前さんはすげーよ。柄じゃないが、心から尊敬する。なあ、今朝の事は本当に俺が悪かった。謝らせてくれ。でも、俺達は理解し合えると思わないか? お前さんにも分かるだろ? 俺がどれだけ元のパーティーに戻りたがっているか……」

 

 顔を上げたダストは涙目で。

 俺は、そんなダストの目を真っ直ぐ見返しながら。

 

「今朝の事なら俺はもう気にしてないから謝らなくて良いぞ。誰にでも間違いはあるからな、分かってくれればそれで良いさ。それに、確かに俺達は理解し合えるだろうな。そんなお前だからこそ分かるだろ? 今の俺が何を考えているか」

「ふざけんなてめー人が下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 何がこれから新しいパーティーで頑張ってくれだバカ野郎! お前らのどこがパーティーだ! 冒険者のパーティーってのはな、仲間と協力したり助け合ったりするもんなんだよ! 爆裂魔法を撃っていきなり倒れるアークウィザードに、止めるのも聞かず敵に突っこんでいくクルセイダー、おまけにあのアークプリーストはなんなんだよ! まとまりがないにもほどがあるだろう! お前らみたいのはな、ただの寄せ集めってんだ!」

 

 せっかくこちらが許すと言っているというのに、ダストはいきり立って俺に掴みかかってくる。

 俺がガクガクと揺さぶられる中。

 俺達のやりとりを面白そうに聞いていたリーンが。

 

「何があったか知らないけど、よっぽど怖い事があったんだね。ダストのあんな必死なところは初めて見たよ。あのダストが仲間について語るなんて、明日は槍が降るんじゃないかな?」

「いつもは、冒険者は仲間同士であっても競争相手だ、油断する方が悪いとか言って、手柄を独り占めしようとして、一人で失敗して痛い目を見てるくせにな!」

「まあ、あれでも仲間を見殺しにしたりはしない奴だからな。口に出さないだけで、意外と真っ当な仲間意識があるのかもしれん」

 

 キースとテイラーも口々に言う。

 と、ダストが俺を放して三人に向き直り。

 

「なあ頼むよリーン! テイラー、キース! お前らからも言ってくれ、俺をお前らのパーティーに戻してくれよ! 俺がいないとお前らだって困るだろ! 今日だって初心者殺しに遭ったって言うじゃないか。その時、俺がいればと思わなかったか?」

「うーん、そうでもないかな? ダストがいたって、初心者殺し相手に勝てるわけじゃないしね。それより、今日はカズマのおかげで命拾いしたから、これからもカズマがパーティーを組んでくれるって言うなら凄く助かるよ!」

「おい待て、待ってくれ。嘘だろ? 俺達、仲間じゃないか! これまでずっと同じパーティーでやってきた仲間だろ? 頼むから見捨てないでくれよ!」

 

 必死の形相のダストに、リーンは笑って。

 

「ダストがここまで追い詰められるのも珍しいし、もうちょっと見守っていたい」

「ちくしょーっ!!」

 

 ダストが本気で泣き喚く中。

 不服そうな顔をしたダクネスが。

 

「なあカズマ、さっきから聞いていると、気のせいか二人して私達を厄介者扱いしているように聞こえるのだが?」

「気のせいじゃなくてそう言ってんだ。お前、今日は鎧も着てないくせに初心者殺しに突っこんでいったらしいな? しかも、逃げようって言われてたのを無視して? それで厄介者扱いされないと本気で思ってんのか」

「そ、それは……。私はクルセイダーだ。仲間の盾になるのが私の役割だ。初心者殺しは後衛を狙うからな、アクアやめぐみんの事を思えば、私が前に出て殿を務めるのは必要な事だった」

 

 真面目な顔でそんな事を言うダクネスに、俺も真面目な顔で。

 

「初めて受ける初心者殺しの攻撃は気持ち良かったか」

「ああ、この辺りのモンスターの中では一二を争う威力だったな。強いというのは聞いていたが、まさかあれほどの……、…………」

「どうしたダクネス、言いたい事を言って良いんだぞ? 初心者殺しの攻撃がなんだって? あれほどの、なんだって? 聞いてやるから続きを言ってみろよ」

「ゆ、許してください……」

 

 ダクネスはそう言って、恥ずかしそうに顔を両手で覆った。

 

 

 *****

 

 

「なあカズマ、俺達が遠出している間に魔王軍の幹部の襲撃があったという話は聞いたが、お前達が魔王軍の幹部を討伐したというのは本当なのか? いや、上級職が三人もいるし、カズマの実力も知った今では疑うわけではないんだが……」

 

 酒の席だというのに真面目な顔をしたテイラーが、そんな事を聞いてくる。

 キースとリーンも、興味津々という顔で俺の方を見ていて……。

 そんな三人に、俺は酒を飲みながら。

 

「そーだよ。ベルディアは俺達が倒した。って言っても、あの時は緊急クエストで街中の冒険者たちが集まってたから、俺達だけの手柄ってわけじゃないけどな。でもまあ、ベルディアが率いてたアンデッドナイトはめぐみんが爆裂魔法で一掃したし、ベルディアの攻撃にまともに耐えられた前衛職はダクネスだけだったし、アクアが洪水を起こしたせいで街の一部が被害を受けたわけだが、あれがなかったらベルディアを弱らせる事が出来ず街が滅ぼされていたかもしれないってのは事実だよ。そう、それに俺もアンデッドナイトを誘導したり、スティールでベルディアの頭を奪ったりと獅子奮迅の活躍を……」

 

 俺の話を聞く三人の目が、いつしか頼れる仲間を見るようなものから、憧れの英雄を見るようなものに変わっていて……。

 俺がさらに調子に乗った事を言おうとした、そんな時。

 いつの間にか俺の隣に来ていためぐみんが、横から口を出してきて。

 

「カズマのスティールは、それはもう凄いですよ。幸運のステータスが高いのでほとんど成功しますし、なぜか女性に使うと毎回下着を奪っていくのです。それに、カズマは隙を見せればセクハラしてきますし、実は私も下着をスティールされた事があります。もしもカズマとパーティーを組むというのなら、そこの魔法使い風の方は気を付けた方が良いかもしれませんね」

 

 そんなめぐみんの言葉に、それまで憧れの英雄を見るようだったリーンの視線が、犯罪者に向けるような冷たいものになっていて。

 リーンの様子に、めぐみんはしてやったりとばかりに俺を見て笑う。

 

「いや、ちょっと待て。間違ってはいないけど、ちょっと待ってくれ」

 

 間違ってはいないという俺の言葉にさらに引くリーンに、俺が説明を……。

 するより先に、ダクネスが。

 

「ああ、その男の容赦のなさは確かに頼りになるな。ベルディアとの戦いで、必死に攻撃に耐える私を後ろから罵ってきたり、水を掛けてきたり……、……んんっ……! 今思い出しても震えが来るほどの鬼畜っぷりだった」

 

 お前が震えているのは違う理由だろうとツッコむ間もなく、さらにアクアが。

 

「そういえば、私も檻に入れられて湖に浸けられた事があったわね」

 

 二人の言葉に、キースとテイラーまでもがギョッとした目で俺を見てきて。

 

「おいやめろ。お前ら、俺を移籍させたくないからって余計な事を言うなよな。確かに間違った事は言ってないが、言い方ってあるだろ?」

 

 俺は、俺が口を開く度に引いていくテイラー達に。

 

「よし、ちょっと待て。お前らも待て。頼むから俺の話も聞いてくれよ。一方の主張だけ聞いて判断するってのはどうかと思う。……まあ確かに、俺のスティールが、なぜか女相手に使うと高確率で下着を奪うってのは本当だ。でもあれは、ランダムで相手の持ち物を盗むってスキルで、下着を盗むのは俺の意思じゃない。ベルディアに使った時はちゃんと頭を盗んだし、ミツルギに使った時は魔剣を盗んだ。ダクネスに水を掛けたのは魔法に巻きこんじまっただけで、ただの水ならダクネスに掛かっても問題ないって分かってたからだぞ。アクアを檻に入れたのは、湖を浄化する間、モンスターに襲われないようにするためだ。卑怯だとか文句を言われるのはしょうがないかもしれないが、非難される謂れはないはずだ」

 

 俺の言葉に、テイラー達が顔を見合わせる中。

 リーンがポツリと。

 

「……ミツルギから、魔剣を盗んだ? それって、あのミツルギ? 魔剣の勇者の?」

「そ、それにも事情があるんだよ! アイツは、勝ったらアクアを譲れとかいう条件で俺に勝負を吹っかけてきたんだ。だから俺は、スティールで魔剣を奪って不意打ちで勝った」

「勝った!? カズマ、不意打ちとはいえあの魔剣の勇者に勝ったの!? ミツルギって言ったら王都でも知られてるくらい、凄く強いって噂だよ? ダストなんか一瞬でやられてたのに……!」

「お、おう……。あんまり褒められたやり方でもないが、勝ったのは事実だぞ」

 

 俺を見るテイラー達の視線が、再び称賛するようなものになり……。

 と、またも横からめぐみんが。

 

「カズマはその後、取り上げた魔剣を店に持っていって売り飛ばしました。ベルディアとの戦いであんなに苦戦したのは、あの魔剣の人がそのせいで参加できなかったからという理由もあるでしょうね。……自分からピンチを引き寄せておいて、それを解決した事を功績と言うのはどうなんでしょうか? そういうの、マッチポンプと言うのではないですか?」

 

 コイツ……!

 

「おいやめろ。あいつが魔剣を失ったのは、あいつが間抜けだったからであって俺のせいじゃない。大体、決闘を吹っかけてきたのだって向こうの方からだし、それだって勝手に勘違いして先走っただけだろ。どっちかって言うと俺は被害者なんだぞ。俺はあの件に関しては、謝るつもりもないし、悪かったとも思っていないからな。それともめぐみんは、あの時、俺が負けてアクアが連れていかれた方が良かったのか? あの時の俺は何か間違っていたと思うのか?」

「そ、それは……」

 

 アクアが連れていかれた方が良かったとは言えず、めぐみんが悔しそうにそっぽを向いて。

 そのまま、めぐみんがぼそっと。

 

「私達のパーティーに戻ってきてくれたら、ダクネスの胸を好きなだけ揉んでも良いですよ」

「「「「えっ」」」」

 

 めぐみんの言葉に、四人分の声が重なり……。

 俺が横を見ると、困惑するダクネスの胸を、期待に鼻を膨らませたダストとキースが凝視していて。

 しかし、ダストはすぐに顔を背け。

 

「いや、一時の感情に身を任せるな。アイツらはヤバい。いくらなんでもヤバすぎる……! クソッ、見た目だけは良いんだが……!」

「な、なあ、それって俺でも良いんじゃないか? クルセイダーにアークウィザード、それにアークプリーストのパーティーなんだろ? 防御寄りの構成だし、アーチャーが一人くらいいても良いんじゃないか?」

「おいやめろキース! 命が惜しかったらアイツらのパーティーに入ろうなんて思うんじゃねえ!」

 

 ダクネスの胸に釣られて血迷うキースを、ダストが必死に止めている。

 この一日で、ずいぶんとあの三人の厄介さを思い知ったようだ。

 ……自業自得なのだが、少しだけ気の毒だ。

 

「な、なあめぐみん、勝手に私の胸を代価に差し出されるのは困るのだが……」

「ですがダクネス、このままだとカズマは本当にパーティーを移籍してしまうかもしれないんですよ。あの男は本気です。このまま話がまとまってしまったら、間違いなく移籍しますよ。ダクネスはそれで良いんですか?」

「い、いや、良くはない。良くはないのだが……、いくらなんでも胸を揉まれるというのは……。せめて事前に一言くらいは相談してくれても……、というか、こういう事は言いだしっぺが……、…………」

 

 と、しどろもどろに恥じらっていたダクネスが、めぐみんの体の一部を見て言葉を止め。

 そんなダクネスに、めぐみんがいきり立って。

 

「おい、私の胸を見て何を思ったのか、詳しく教えてもらおうじゃないか!」

「く、詳しくと言われても……! んあ……!? な、何を……! やめっ、やめてくれ! めぐみんが私の胸を揉んでどうするんだ!」

 

 めぐみんがダクネスの胸を揉みしだく光景に、俺達三人はいろいろな意味で前のめりになって。

 と、めぐみんの苛烈な責めにダクネスがハアハア言いだした、そんな時。

 

「……コホン!」

 

 リーンの咳払いで、俺達は我に返る。

 俺が、周りに気づかれないようにチラチラとめぐみんとダクネスを見ていると、リーンが苦笑しながら。

 

「ねえカズマ。カズマが私達のパーティーに入ってくれるって言うんなら、私達は本当に助かるよ。でも、あんな事までして引き留めてくれる仲間達を、カズマは見捨てられるの?」

 

 そんなリーンの言葉に、俺は。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。なんか仲間の絆を再確認する感動系のイベントが発生しそうになってるっぽいが、俺はそんな場の雰囲気に流されたりはしないぞ」

「「「えっ」」」

 

 テイラーとキース、リーンの三人が意外そうに声を上げるが、俺は構わずに続ける。

 

「よく考えてみれば、俺がこいつらの面倒を見ないといけない理由はないはずだ。どうして俺ばかり苦労しなきゃならないんだ? 俺だって、今日みたいに普通の冒険がしたい。皆だって、俺を役に立つって言ってくれたじゃないか」

「そ、それはそうだけど……!」

 

 俺の言葉に、リーンが困ったようにテイラーとキースを見て。

 リーンの視線を受けた二人も、なんと言って良いのか分からない様子で、首を傾げたり酒を飲んだりしている。

 よし、ここでもう少し押せば……!

 と、俺が口を開いたその時。

 それまでテーブルの端の方でヤケ酒を飲んでいたダストが。

 

「おい待て! お前さん、こいつらを俺に押しつけようとしてるみたいだが、それで本当に良いのか? 見ろよ、今日のこの有様を! 依頼も達成できず、初心者殺しから逃げ帰ってきただけなんだぞ? 俺にこのパーティーのリーダーは務まらねーよ。そんな事は、お前さんが一番分かってるんじゃないか? このままじゃ、俺も含めて全員が路頭に迷う事になる。お前さん、パーティーの仲間を見捨てるつもりか? 今日のパーティー交換だって、乗り気だったのはお前さんだけで、他の三人は嫌がっていたじゃないか」

 

 ダストのその言葉に、テイラーとキース、リーンも何度も頷いている。

 ……クソ、もう少しだったのに余計な事を。

 いや待て。

 コイツの考えている事はよく分かる。

 なぜなら、俺も同じ気持ちだからだ。

 俺は、ダストに顔を近づけ、ひそひそと。

 

「おい、お前の考えは分かってる。そこで、こういうのはどうだ? あいつらは上級職だし、見た目だけは良い。お前みたいに、俺が上級職におんぶに抱っこで楽してるって思っている冒険者はいるはずだ。そういう知り合いに心当たりはないか? ……ここで俺達が争っても、お互いに損するばかりだぞ」

「お前さん……、天才か。なるほどな、そういう事なら協力できるぜ。お前さんを羨ましいって言ってた奴も知ってる。あいつは上級職のいい女とパーティーが組めて幸せ、あの三人は有能なリーダーを得られて幸せ、これで皆幸せになれるってわけだ」

「おいおい、俺とお前も、望みのパーティーメンバーを得られて幸せになれるだろ?」

「フッ……。そうだったな、今日からお前さんも俺達のパーティーメンバーだ。これからよろしくな、カズマ!」

 

 俺は、そう言ってダストと乾杯し、笑い合い……。

 

「悪いなお前ら。俺はこれから、テイラー達と仲良くやっていくよ! よろしくな、ダスト、テイラー、キース、リーン!」

 

 そう言って俺が振り返ると、テイラーとキース、リーンはドン引きした顔をしていて。

 

「「「ダストと同じくらい下衆い人はちょっと」」」

 

 えっ……。

 

「なぜ最弱職のカズマが上級職ばかりのパーティーでリーダーなんてやっているのかが、よく分かったよ」

 

 なぜ今そのセリフを言うのか。

 テイラーが、俺を諭すようにそんな事を言うと、

 

「カズマは俺達みたいな普通のパーティーにはもったいないな」

「そうね、私達はあくまでも普通の駆け出しだものね」

 

 他の二人も口々にそんな事を……。

 テイラー達に断られた俺が、アクアとめぐみん、ダクネスを振り返ると。

 

「ねえ二人とも、明日からは私達三人で頑張らないといけないみたいだし、今日はもう帰って寝ましょうか」

「そうですね。借金も背負わされてしまいましたが、私達は上級職ばかりのパーティーですし、まあなんとかなるでしょう」

「……ん。万が一、冬越しのための準備が間に合わなくても、この街には私の実家があるから、二人とも泊まっていけば良いだろう」

 

 白けた目で俺を見ながら、三人が口々にそんな事を言い。

 

「「「それじゃ、カズマも頑張って」」」

 

 三人が口を揃えて言いきる前に。

 ――俺は全力で三人に土下座をした。

 



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この蔑ろな夜に女子会を!

『祝福』9、既読推奨。
 時系列は、9巻1章。めぐみん視点。


 女神エリス&女神アクア感謝祭が終わり、しばらくが経った。

 街がすっかり落ち着きを取り戻した一方で、カズマはここ数日というもの、ソワソワしていて。

 それというのも。

 

『今晩私の部屋に来ませんか? そこで大切な話があります』

 

 そう言った私の言葉が原因なのだろうが。

 ……カズマが私の言葉でソワソワしていると思うと、少し嬉しい。

 ここ数日、カズマは毎晩のように皆に早く寝ようと提案しているのだが、その度に、アクアが私やダクネスまでも巻きこんで夜更かしをしたがるので、私は約束を果たせずにいる。

 そして、今夜もまた。

 

「なあめぐみん、今晩は、ほら、アレだろ? 早めに夕食を作った方が良いんじゃないか?」

「そ、そうですね……。今日の食事当番は私ですから、そろそろ準備を始めようかと思っていたところです」

 

 私達がそんな話をしていると……。

 

「女子会よ! 女子会をしましょう! 私達はアクセルの街でも一流の女子なんだから、たまには女子会をするべきよ!」

「女子会? 女子会とはなんだ?」

 

 アクセルの街でも一流の女子などとわけの分からない事を言いだしたアクアの言葉に、ダクネスが笑いながら首を傾げて聞く。

 

「女子会ってのはね、女の子だけで楽しくお酒を飲んだりお喋りしたりする事よ! 今夜はカズマ抜きで、私達だけで夜通し盛り上がりましょう! めぐみんもダクネスも、カズマには聞かれたくないけど、誰かに話しておきたいような事はないかしら? アクシズ教のアークプリーストであるこのアクア様が、汝らの胸の内を聞き届けてあげるわよ!」

「女子会……。女だけで酒を飲んだり、話をしたり……。なるほど、そういうのもあるのか……!」

 

 貴族の割に庶民的な文化に憧れているところのあるダクネスが、乗り気な様子で頬を上気させ。

 

「女子会ですか。紅魔の里の学校では、男女別で学ぶものなので、里ではほとんど女の子とばかり過ごしていましたが、そういった事をした経験はありませんね。ちょっと面白そうですし、私もやってみたいです」

「えっ」

 

 私の言葉に、焦ったように二人のやりとりを聞いていたカズマが小さく声を上げ。

 それにアクアが。

 

「なーに? カズマったらソワソワしちゃって、女子会に参加したいのかしら? でも駄目よ。なんてったって女子会なんだから、あんたが何を言ったって今夜は仲間に入れてあげないわよ」

「……別にいい」

 

 ……アクアを見るカズマの視線が、『こいつを朝まで縛っておいたら良いんじゃないかな』と言わんばかりの危険な感じになっているが、空気を読まないアクアはそれに気付かず。

 

「それじゃあ、お風呂に入ってパジャマに着替えたら、皆で私の部屋に集合ね! パジャマパーティーよ、パジャマパーティー!」

「パジャマパーティー……。そういうのもあるのか……!」

 

 やけにテンションの高い二人を眺めながら、私はカズマの耳元にひそひそと。

 

「そういう事なので、約束はまた明日にしましょう」

「お、おう……。そうか。そうだな……。べ、別に俺はいつでもいいしな」

 

 

 *****

 

 

 ――その夜。

 いつもなら皆が眠りに入る時刻。

 私はダクネスとともに、アクアの部屋に集まり、床に敷かれたカーペットに車座になって。

 

「特に意味はないけど、とりあえず乾杯しましょう! かんぱーい!」

「か、乾杯……!」

 

 目の前で二人がグラスを打ち合わせる中、自分の分のグラスを覗きながら、私は。

 

「ちょっと待ってくださいよ! 二人がお酒を飲んでいるのに、どうして私だけネロイドなのですか! 私だっていい加減にお酒を飲んでみたいです。もう結婚だってできる年なのですから、子供扱いしないでくださいよ!」

 

 私がそんな文句を言うと。

 アクアは気にせず酒を飲んでいたが、酒を飲もうとしていた動きを止めたダクネスが、困ったように。

 

「し、しかしだな、年齢はともかくとしても、体の個人差というやつがあるだろう? めぐみんはその、人より発育が……」

「おい、私の目を真っ直ぐ見て、はっきり言ってもらおうじゃないか。私の発育がなんだって? 心配しなくても、爆裂魔法を使いまくっていれば私だってもっと成長しますよ!」

「……? いや待てめぐみん、何を言っているんだ? 爆裂魔法にそんな効果はないはずだぞ?」

 

 不思議そうな顔をするダクネスに、私はやれやれとこれ見よがしに溜め息をついてみせ。

 

「ダクネスは魔法使いではないから分からないのかもしれませんね。大魔法使いになれば巨乳になれるのですよ。魔力の循環が活発な事が、血行を良くし発育を促進させるのです。大魔法使いである私の成長は約束されたようなものなのですから、お酒を飲んでも問題はないはずです」

「そ、そうなのか? ……いや待て、私の言っている発育とは、そういう事ではなくてだな……」

「良いではないですか。どうせ私だって、いつかはお酒を飲む事になるんですよ? それなら、酔って周りに迷惑を掛ける事もない、こういう内輪の席で経験しておいた方が良いと思いませんか? 今日はもう爆裂魔法を撃ちましたから、そんなに酷い事にはならないはずですし、私が初めてお酒を飲むには丁度良い機会だと思います。せっかくの女子会なのですから、私だけ仲間外れにしないでくださいよ」

 

 私が穏やかに説得すると、ダクネスは迷いながら。

 

「そ、そう……なの……か……? なあめぐみん、私を口先で丸めこもうとしていないか? 正直、めぐみんは私よりも頭が良いから、そういう事をされると抵抗できる自信がないのだが……。しかし、アルコールは体に悪い影響もあるし、この件に関しては丸めこまれるわけにも行かない。仲間外れが嫌だと言うなら、今夜は私も酒を飲まないから、それで許してくれないか?」

 

 と、そんなダクネスの言葉に、それまで私達のやりとりを聞きながら酒を飲んでいたアクアが。

 

「えー? せっかくの女子会なのに、私だけがお酒を飲んでいてもつまらないんですけど! めぐみんがいいって言ってるんだから、ちょっとぐらいならお酒を飲ませてあげもいいと思うの!」

「ア、アクア!? お前はまた、そんな無責任な事を……!」

「そうですよ、アクアの言うとおりです。ダクネスが心配してくれるのはありがたいですが、私はもう子供ではないのですから、お酒を飲んだ責任くらいは自分で取れます」

 

 口々に言う私とアクアに、ダクネスは焦ったように。

 

「なあアクア、私はよく知らないのだが、女子会というのはどういうものなんだ? 酒を飲まなければいけないものなのか?」

「別に飲まなければいけないって事はないけど、どうせなら楽しい方が良いでしょう? 皆でお酒を飲んで、楽しくトークするのよ!」

 

 露骨に話を逸らそうとするダクネスの言葉に、アクアがそんな事を言いだして。

 

「楽しくトークと言われても。こういう時、なんの話をすれば良いものなのだ? 私はあまりこういう場に参加する事がなかったので、正直よく分からないのだが。……いや、貴族として社交の場に出る機会は何度かあったが、気の置けない友人同士でこういった事をやるのは初めてで……」

「そうねえ、こういう場合の定番はやっぱり、恋バナってやつかしら!」

「!?」

 

 アクアの言葉に、ダクネスが驚愕の表情を浮かべ、窺うように私の方を見てきて。

 私はダクネスとしばらく顔を見合わせ。

 

「……あの、アクア? 恋バナというのはどういう事ですか? ひょっとして、恋の話というわけではないですよね?」

「……? 何言ってるの? 恋バナといったら恋の話に決まってるじゃない。女子会なんだから、やっぱり恋バナは外せないでしょう? めぐみんも大人の女なら、恋の一つや二つは経験しているんじゃないかしら。ここでの話は、今日この場だけの事にしておいてあげるから、このアクシズ教のアークプリーストであるアクア様に、なんでも話してくれて良いんだからね?」

 

 恋バナ。

 ……恋をした経験があるのかと言われれば、ないわけではないのだがこの場で話す気にはなれない。

 酒を飲んだ事はないので詳しくは知らないが、酔っぱらうとふわふわした気持ちになって、気が大きくなり、変な事をしたり言ったりしてしまう事は、カズマやアクアを見ていても分かる。

 酒を飲んで酔っぱらって、この二人に誰の事が好きだとか、それよりもすごい事を口走ってしまったりしたら……。

 …………。

 

「……私は、今日はネロイドで良いです。二人は私を気にせずお酒を飲んでください」

「い、いや、めぐみんだけに酒を我慢させるというのも悪いし、私も酒は……」

「何を言っているのですかダクネス、アクアにだけお酒を飲ませては楽しめないではないですか。私は気にしませんから、ここはダクネスもお酒を飲んでいいですよ」

「!?」

 

 ダクネスが酒を飲むのを止める理由はないし、酔っぱらったダクネスが何を口走るのかは少し気になる。

 意見を翻しダクネスに酒を飲ませようとする私に、ダクネスが愕然とした表情を浮かべる中、アクアが。

 

「……? どうしていきなりめぐみんの物分かりが良くなったのかは分からないけど、そういう事なら飲みましょう! ほら、ダクネス。いつもはお酒を飲んでも、酔っぱらわないように気を遣ってるダクネスだけど、今日くらいは羽目を外しても良いんじゃないかしら? ダクネスがおかしな事を口走っても、私はバカにしたり引いたりしないし、誰にも言わないわよ」

「そうか? い、いや、しかしだな……」

 

 酒を飲むのを避けようと、ダクネスはグラスを手にして困ったように目を泳がせて。

 本人は隠せているつもりのようだが、領主との結婚式以来、ダクネスがカズマの事を強く意識するようになった事には私も気づいている。

 ここにいる仲間達にこそ話したくないというのは、私もダクネスも同じなわけで。

 と、ダクネスが何か閃いたと言うように表情を明るくし。

 

「そ、そうだ。やっぱりめぐみんも酒を飲んだら良いんじゃないか? どうせいつかは酒を飲む事になるのだし、内輪の席でなら、少しくらい酔っぱらっても私がフォローしてやれる」

 

 ダクネスも酔っぱらった私が何を口走るのかが気になったのか。

 または、自分が酒を飲むのは避けられそうにないから、私まで巻きこもうというつもりなのか。

 ……なんというか、この娘はどんどんカズマの悪い影響を受けている気がするのだが。

 

「いえ、私はネロイドで良いですよ。ダクネスはいつも私がお酒を飲むのを止めようとするくせに、どうして今日は意見を変えたんですか?」

「それは……」

 

 私の質問に、ダクネスは答えようもなく目を泳がせる。

 カズマが相手ならともかく、こういった言い合いで私がダクネスに負けるとは思わない。

 と、私がこっそり安心していた、そんな時。

 

「お酒を飲んだ方が口が滑りやすくなるし、楽しいトークがもっと楽しくなるかもしれないわね! めぐみんこそ、いつもはお酒を飲みたがるくせに、どうして今日はネロイドで良いなんて言いだしたの?」

 

 自分のグラスにお代わりを注ぎながら、アクアがそんな事を……。

 …………。

 口を滑らせたくないから酒を飲みたくないのだが。

 そんな事を言ったら、話すのに不都合な恋バナのネタを持っていると言うようなもので。

 ……ひょっとして、これまでアクアは空気を読めない振りをしているだけだったりするのだろうか?

 私は、不思議そうに私を見るアクアに。

 

「アルコールは成長を阻害するという話もありますし、私はもっと成長する予定ですので、お酒を飲むのはそれからでも良いかと思いまして。……それより、どうしてダクネスはお酒を飲みたがらないのですか? ひょっとして、口を滑らせたくない恋バナのネタでもあるのですか?」

「め、めぐみん!? いきなり何を……! そんなもの、あるわけがないだろう!」

 

 ダクネスが慌てて否定するが、その慌てぶりを見たアクアが、興味津々にダクネスの方へ身を乗りだして。

 

「何か面白い話があるの? 安心してダクネス、今日この場で聞いた事は、絶対に誰にも言わないから! さあ、話してみなさいな! 話しにくいんなら、もっとお酒を飲んでもいいのよ? ほら、グイッと行って! 飲んで飲んで!」

 

 楽しそうに酒を勧めるアクアに、ダクネスは断りきれずグラスに口を付け。

 

「そ、その、アクアはどうなんだ? アクアのそういう話はあまり聞いた事がないし、この機会にぜひ聞きたいのだが」

「そうですね。こういう機会でもなければ聞けないかもしれないし、私も聞かせてもらいたいです」

 

 どうにか矛先を逸らそうとするダクネスの言葉に、私も乗っかると。

 それに、アクアはあっけらかんと。

 

「私? 私はめが……コホンッ! アクシズ教のアークプリーストとして信徒を救う使命があるから、そういうのはないわね」

 

 自分で話を切りだしておきながら、そんな無責任な事を言うアクアは、さらに続けて。

 

「それで、ダクネスはどうなの? ダクネスは貴族なんだし、抱腹絶倒のロマンスの一つくらい知っているんじゃないかしら?」

 

 ……ロマンスは抱腹絶倒するものではないと思うのだが。

 アクアにとって、恋の話とは酒の席で楽しく笑い飛ばす類のものなのだろうか?

 

「い、いや、私にそんな話のネタは……! あ、やめろ。そんなに酒を注がないでくれ」

「ほらほら、もっと飲んで! たくさん飲んだら口が滑りやすくなるでしょう?」

 

 アクアの追及を避けるために、勧められるまま酒を飲みまくるダクネスが、いろいろな意味で顔を赤くしながら、助けを求めるように私の方を見てきて……。

 

 …………。

 

 

 

「――これは私の友達の話なのですが」

「!?」

 

 友達の話というのは、自分の事を濁して話す時の常套句。

 世間知らずでもそのくらいは知っているようで、私の言葉にダクネスが驚愕を顔に浮かべる中、ダクネスを追求するのをやめて私の方を見たアクアが。

 

「ふんふん、めぐみんの友達って言ったらゆんゆんの事かしらね」

 

 アクアが実は空気を読めるのかもしれないというのは、やはり何かの勘違いだったらしい。

 

「……!? い、いえ、ゆんゆんではないのですが、とにかくその友達が、最近気になっている人がいるようでして。でもその相手というのが、なんというか奔放な人で、素直に好意を打ち明けにくいというか……」

 

 曖昧にぼやかした私の言葉に、ダクネスが何か言いたげな表情になる中、アクアが微妙な表情で。

 

「ねえ、それってカズマの事じゃないの?」

「「!?」」

「だって、ゆんゆんの知り合いの男って、カズマくらいしかいないじゃない? あっ、そういえば、ゆんゆんはいつだかカズマの子供が欲しいとか言っていたわね! なんて事! 駄目よめぐみん、すぐにゆんゆんを止めてあげないと! ゆんゆんはね、こないだ私が迷子になっていた時に道を教えてくれたし、ギルドの酒場で飲みすぎて薄情なカズマに置いてかれた時も助けてくれたし、とっても良い子なんだから! カズマなんかにあの子はもったいないわ!」

「……あの、アクア。ゆんゆんの知り合いの男はカズマだけではありませんよ。最近、ダストとかいうチンピラと仲良くしているみたいですから」

「えー? カズマかダストかの二択なの? ゆんゆんったら、ダメ男が好きなのかしら?」

「そ、そうですね、ゆんゆんは昔から、チョロいというか、ダメ男に引っかかりやすそうな気はしていました。いえ、これはゆんゆんの話ではないのですが」

 

 私の言葉を聞き流すように、酒を飲みながらふんふん頷くアクアに、私は誤解を解く事を諦め。

 

「それでですね、私はずっと爆裂魔法の事ばかり考えてきましたから、恋だとかそういった事にはあまり詳しくないのです。良ければ、その、恋をした時に何をすれば良いのかを教えてもらえないでしょうか? 私も相談を受けた時に役に立つアドバイスをして、大人の女であるところを見せつけてやりたいのです。というか、アクアはそういった事に詳しいのですか?」

「えっ? そ、それは……、私くらいになれば、そりゃまあね?」

 

 私の質問に、目を泳がせながら答えるアクア。

 詳しくないらしい。

 ……普段のアクアの様子を見ていれば、私やダクネスよりもそういった事に疎そうなのは分かるので不思議はないが。

 

「でもほら、私の知識は上級者向けだし、めぐみんにはまだ早いと思うから、また今度教えてあげるわ!」

「大丈夫ですよ。紅魔族は知能が高いのです。少しくらい上級者向けだとしても、上手く活用できるでしょう。というか、聞いてみない事には判断できませんし、とりあえず話してくれませんか?」

「……ねえめぐみん、そんな事より爆裂魔法の話をしない?」

 

 ……私には、とりあえず爆裂魔法の話をしておけばいいみたいな扱いは不本意だが。

 話を逸らす事に成功した。

 

 

 *****

 

 

 女子会が初めての私とダクネスは、アクアがまた恋バナなどと言いださないかと警戒しつつも、どんな話題を出せば良いのかが分からず。

 グラスの中身をちびちびと飲むばかりになっていると、アクアが部屋の箪笥から何かを取りだしてきて。

 

「ねえねえ、それなら私が集めた石のコレクションについて聞いてくれる? ほら見て、これは街の河原で拾ったやつで、こっちは紅魔族の里に行く途中で拾ったやつよ! それと、これが最近、クーロンズヒュドラのいた湖で見つけたやつね! どれもとっても綺麗でしょう? お祭りで稼いだお金はアクシズ教の教会を立て直すのに使っちゃって、お金がないから、欲しかったら売ってあげてもいいわよ?」

「「いらない」」

 

 私とダクネスが即答すると、アクアは口を尖らせ。

 

「何よ二人して! これはね、ただ綺麗なだけじゃないのよ。拾った時の思い出が詰まっているんだから。例えば、このピカピカしてる黒い石は、クエストの途中に森の中で見つけたやつよ。この石を磨いていると、あの時、カズマが泣きながらモンスターから逃げ回っていた姿が思いだせるってわけよ」

 

 アクアが、口元をにやけさせながらそんな事を……。

 …………。

 

「あの、アクア? あの時は、アクアがいきなり飛びだしたせいで潜伏スキルが切れて、モンスターに見つかったのではないですか。ひょっとして、あれってその石を拾うためだったんですか? カズマが泣きながら逃げ回っていたのは、アクアを助けるために囮になっていたからだったはずですが」

「あの時のカズマの顔ったら! プークスクス!」

 

 ……その後、アクアは、マジギレしたカズマによって、ダクネスが羨ましがるような折檻を受けて大泣きしていたわけだが、それは覚えていないのだろうか。

 と、私がアクアを白い目で見ていると。

 ダクネスがアクアの石のコレクションを手に取り眺めながら、懐かしそうに。

 

「……そういえば、そんな事もあったな」

「あっ、見て見てダクネス! これは、アルカンレティアに行く途中で走り鷹鳶に追いかけられて、カズマがダクネスをワイヤーで馬車に繋いで引きずった挙句、洞窟の前に放りだした時の、あの洞窟の破片よ! めぐみんが爆裂魔法で吹っ飛ばした時に、飛んできたのを拾っておいたの! ちょっと変てこな形をしていて、面白いでしょう?」

「あ、ああ、あの時の……! あれは素晴らしい体験だった。確かに、これを握りしめていると、あの時の事が思いだされるようだ……! …………んっ……!!」

「いえダクネス、それはあなたの記憶が鮮明なのであって、石は関係ないのではないかと。あの小山の洞窟は、あなたが馬車に引きずられた事とも、投げだされた事ともあまり関係ないではないですか。どちらかと言うと、爆裂魔法で吹っ飛ばした私が、戦果として欲しがるものでしょう? いえ、私は爆裂魔法を撃つ事以外はどうでもいいので、吹っ飛ばしたものに興味はありませんが」

 

 変てこな形の石を握りしめて恍惚とするダクネスに、私が忠告していると、アクアが。

 

「ちょっとめぐみん、商談の途中なんだから邪魔しないでよ! ダクネス、今ならその、素晴らしい気持ちになれる変てこな形の石が、これだけのお値段で……!」

「あの、アクア。仲間に悪質な詐欺を仕掛けるのはやめてほしいのですが」

「何言ってるのよめぐみん。この石は私のコレクションで、これにダクネスが価格をつけてくれたら、それは詐欺じゃなくて物流ってやつよ。この前、カズマが教えてくれたの」

「やめてください! なんでもかんでもカズマのせいにするのはやめてあげてくださいよ! アクアがそんなだから、カズマが街でカスマだのゲスマだの呼ばれているのではないですか? あれはネズミ講をしてはいけない理由の説明であって、別の詐欺に転用するための教えではありませんよ!」

「えー? カズマさんがクズマだのロリマだの呼ばれているのは、本人の日々の行動の結果であって、私のせいにされても困るんですけど! ていうか、ロリマさんって呼ばれてるのはめぐみんのせいじゃないの?」

「おい、もう結婚だって出来る年の私をロリ枠扱いするのはやめてもらおうか」

 

 と、私がアクアを責めていると、横からダクネスが。

 

「待ってくれめぐみん、アクアの言う通りだ。私にとってこの石には、金を払うだけの価値がある」

「ああもう、どうしてあなたはそんなにチョロいのですか! どこからか拾ってきただけの石に価値なんかあるはずないではないですか! そうやって変に甘やかすからアクアが反省しないんですよ!」

 

 なんというツッコミ不在。

 この二人は放っておくと、どこまでもわけの分からない事を話しだす。

 

「……まったく! 二人を見ていると、カズマの苦労が偲ばれますね」

 

 と、そんな私の呟きに、二人が私の方を見てきて。

 

「ねえめぐみん。めぐみんだって、結構カズマに迷惑を掛けてると思うんですけど。自分の事を棚に上げて、私達だけを問題児扱いするのはどうかと思うの」

「そうだぞめぐみん。爆裂魔法による震動や騒音の苦情は、冒険者ギルドを通してカズマに伝えられているんだからな。この間も、狩人組合からの苦情に、結局カズマが対応していたではないか」

 

 二人に口々に言われ、私が思うところあってしばし黙りこんでいると。

 

「まったく! めぐみんこそ、大人の女を自称するなら、もっと爆裂魔法以外にも興味を持った方が良いんじゃないかしら? なんなら、私が可愛い服をコーディネートしてあげても良いわよ?」

「それに、短気なところも直した方が良いのではないか? ちょっと名前をからかわれたくらいで、子供相手に本気を出すのはやめるべきだ。……あの時もカズマが謝りに行っていたな」

 

 私は、調子に乗って好き勝手な事を言う二人に。

 

「でも、一番カズマの役に立っているのは私ですよね」

 

 私の言葉に、二人はぴたりと動きを止め。

 酒を飲み干し、グラスをダンッと叩きつけるように置いたダクネスが。

 

「それは聞き捨てならないな。私だってそれなりにカズマの役に立っている。このパーティーで唯一の盾役として強敵から守ってやっているし、あまり言いたくはないが、王都で貴族達に好き勝手言われているカズマのフォローを、ダスティネス家の名においてしているのも私だ」

「でもダクネスは、大物が相手になると途端に役に立たなくなりますよね? デストロイヤーの時も、ハンスの時も、敵が大きすぎて、いてもいなくても同じような感じだったではないですか。それに、シルビアの時は盾役なのに、相手のスピードについていけず、あっさり躱されていましたね。そういえばあの時は、珍しくカズマの失敗を私が尻ぬぐいしてあげたわけですが」

「……何を言っているんだ? シルビアにとどめを刺したのは、めぐみんではなくこめっこだろう」

「…………」

 

 私とダクネスが睨み合っていると。

 ダクネスのグラスにとくとくと酒を注ぎながら、アクアがドヤ顔で。

 

「二人とも、何を言っているのかしら? 誰が一番カズマの役に立っているかといえば、毎回すぐに死ぬカズマを蘇生してあげてる、この私に決まってるじゃない」

 

 ……確かにアクアの蘇生魔法がなければ、カズマの冒険は何度も終わってしまっているところだろうが。

 

「アクアは役に立っている分、迷惑も掛けているではないですか。アクアのせいで借金を背負う事になったり、犯罪者になったり、カズマに一番苦労を掛けているのはアクアだと思うのですが」

「カズマさんが犯罪者になったのは私のせいじゃないと思うんですけど! それに、いくら迷惑を掛けていたとしても、この麗しい私と一緒にいられるというだけで、あのヒキニートには過ぎたチートだと思わない? 差し引きで言えば、むしろプラスの方が多いんじゃないかしら! カズマはもっと、私に感謝して、崇め奉るべきじゃないかしら!」

 

 ……その自信はどこから来るのだろうか?

 

「誰が一番カズマの役に立っているかはともかくとして、一番カズマに迷惑を掛けているのはアクアだと思うのだが」

 

 ダクネスの言葉に私が頷いていると、手にしたグラスを振り回しながらアクアが。

 

「そんな事ないわ! それに、私は最近、迷惑を掛けていないでしょう?」

「……つい先日、無理やり女神アクア感謝祭などというものを開催しておいて、何を言っているんだ?」

「だって、エリスばかり感謝されるのは不公平だと思うの。死者の魂を導いてるだけのエリスと違って、私はこうしてこの世界に降りてきているんだから、皆もっと感謝してくれても良いじゃない! めぐみんやダクネスだって、私の治癒魔法や支援魔法には助けられているんだから、エリスなんかより私に感謝するべきなんじゃないかしら? いっそ、二人ともアクシズ教に改宗したって良いと思うんですけど!」

 

 開き直った上に勧誘までしてくるアクアに、ダクネスが溜め息を吐いて。

 

「また自分が女神だなどと言っているのか? そんなだからアクシズ教徒は変人扱いされて、信者が増えないのではないか? 悪いが、当家は代々女神エリスを信仰しているので、私の代でアクシズ教に改宗するわけには行かない」

「そうですね。女神かどうかはともかく、アクアに感謝していないわけではありませんが、アクシズ教に改宗するというのは私も断りますよ。あの人達と同類だと思われたくありません」

「何よ二人してーっ! そこまで言うなら、アクシズ教の素晴らしさを二人にも教えてあげるわ! まずはアクシズ教の教義、第1項……」

 

 

 *****

 

 

 空の端が明るくなりはじめる頃。

 

「エリスの胸はパッド入り……」

 

 酔っぱらって眠ってしまったくせに、寝言でそんな事を言うアクアに、ダクネスが呆れたような視線を向けながら毛布を掛けてやる中。

 私はネロイドの入ったグラスを傾け。

 

「女子会というのは初めてでしたが、なかなか面白いものですね。機会があれば、またやりましょう。今度はゆんゆんを誘ってあげても良いかもしれません」

「ああ、私も初めてだったが、なかなか楽しめた。次は私も、クリスを誘うとするか」

 

 私の言葉に、ダクネスは赤い頬を綻ばせ、そんな事を……。

 恋バナを警戒して酒を飲みすぎないようにしていたダクネスだが、一晩中飲んでいたわけで、アクアほどではないが酔いが回っているようだ。

 そんなダクネスは、窓から射しこむ朝日に目を細めながら……、

 

「……これはその、私の友達の話なのだが……」

 

 そんな事を言いだした。

 

「ダクネスの友達といえば、クリスくらいですね」

 

 私が、茶化すようにそう言うと、ダクネスは少し笑って。

 

「いや、クリスではないのだが……まあとにかく、その友達に好きな相手がいるという話でな。しかし相手は身分の違う男だし、年中セクハラをしてきたり、勝負事になると卑怯な真似をしてでも勝ちに来たりと、ロクでもない事ばかりする奴なのだ」

「それは、クリスではないダクネスの友達とやらも、妙な相手を好きになったものですね」

「ああ、まったくだ。しかも、友達の友達も、その相手の事が好きらしくてな。今はまだ、お互い突っこんだ話はしていないそうだが、深く追求すると今の関係が壊れてしまいそうで、怖いと言っていた」

 

 ダクネスが、気弱そうな笑みを浮かべながら、私の目をじっと見つめてきて。

 それに、私は。

 

「私は……」

 

 ――この期に及んで友達の話などと言う、往生際の悪い恋敵に、私が決定的な一言を告げようとした、そんな時。

 酔っぱらって寝入っているアクアが、むにゃむにゃと。

 

「人生には選ぶことが難しい選択がある

 人は心の底から難しい選択に迷ったとき

 どちらを選んでも後に後悔するもの

 どちらを選んでもどうせ後悔する

 ならたった今、楽な方を選びなさい」

 

 …………。

 ……本当に寝ているのだろうか?

 空気を読んで寝たふりをしながら、私達の会話を聞いて、アドバイスを……?

 いや、アクアに限ってそんな事はないはずだが。

 私が、酒瓶を抱えて寝転がるアクアを凝視していると。

 

「……このままがいい」

 

 ダクネスが、そんな事を呟いた。

 

「アクアが何かやらかして泣き、カズマが尻ぬぐいに駆けずり回ったり。めぐみんが爆裂魔法で周りに被害を出して、カズマが謝りに行ったり。私がバカな事を言いだして、カズマに怒られたり……」

 

 グラスを見つめるように俯いていたダクネスが、顔を上げると。

 その目は涙に潤んでいて。

 私は、半泣きのダクネスと、気持ち良さそうに眠りながらポリポリと腹を掻くアクアを見比べ。

 

「……そうですね。このまま、ずっと皆で一緒にいられると良いですね」

 

 心からの笑みを浮かべ、そう言った――!

 



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この異世界転生者に現実を!

『祝福』1,7、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻1章の辺り。


 日本ではどこにでもいる普通の高校生をやっていた俺は。

 トラックに轢かれそうになっていた女子高生を颯爽と助け、身代わりとなって命を落とし。

 女神によってファンタジー世界へと転生し、冒険者ギルドに登録したのだが……。

 ひとまず資金集めのためにギルドの酒場でバイトを始めたがクビになり。

 次に八百屋でバイトを始めたがクビになり。

 ファンタジーというには世知辛すぎるこの世界で、金も稼げず馬小屋暮らし。

 

「……もうやだ。日本に帰りたい」

 

 ――異世界生活三日目の朝。

 馬小屋の隅っこで膝を抱えた俺がそう呟くと、俺をこの世界に転生させた女神であるアクアが、不機嫌そうに口を尖らせ。

 

「私だって天界に帰りたいわよ! 魔王を倒すまでは帰れないんだから、仕方ないじゃないの!」

「そういえば、そんな設定もあったな。でも、魔王を倒すなんて無理だろ。俺、最弱職の冒険者だぞ? それどころか、今の俺達って本当に冒険者なのかと問いたい。誰に問えば良いのかも分からんが、小一時間ほど問いつめたい。なんで異世界にまで来て、毎日毎日バイトしなきゃならないんだ? 剣と魔法のファンタジー世界っていうんなら、モンスターを倒して素材を売ったり、森に入って珍しい薬草を採取したりするもんじゃないのか? 俺だってもっと、冒険者っぽい事をしたいんだが」

「はあー? 何の役にも立たないヒキニートのくせに何言ってるんですかー? あんたが戦って勝てる程度のモンスターなら、そもそも討伐対象になるわけないじゃないの」

「ああ、クソ! 分かってるよそんな事は! だからこうして、装備を整えるために資金を貯めてるんじゃないか。ジャージ一丁でモンスターに立ち向かって死んだりしたら、死ぬに死にきれないからな」

「まあカズマさんってば一回死んでますけどね! それも家族にまで笑われるような情けない死に方で! あっちの方が死ぬに死にきれなかったと思うんですけど! プークスクス!」

「おいやめろ、その口撃は俺に効く」

 

 

 昨夜、パン屋で無料で手に入れたパンの耳の残りを朝食にして。

 アクアとともに街の広場に向かった俺は、仕事の募集が貼りだされている掲示板の前まで来て。

 

「よしアクア、今日こそまともな仕事にありつくぞ。三度目の正直って諺を知ってるだろ? いい加減上手く行っても良い頃のはずだ。というか、そろそろ上手く行かないと空腹で死ぬ。育ち盛りなのに食事がパンの耳だけとかあり得ねえ」

「任せてちょうだい。私もそろそろ、上手く行ってもいいんじゃないかと思いはじめてたところよ! このアクア様の本気を見せてあげようじゃない!」

 

 そんなのがあるんだったら、もっと早く見せてほしかったのだが。

 ……いや、どうもこの自称女神はいまいち役に立たない。

 こいつに期待をするのは、やめておいた方がいい気がする。

 

「……おっ?」

 

 俺が、一枚の貼り紙に手を伸ばすと……。

 俺が貼り紙を剥がす前に、アクアが、バンと掲示板を叩き、剥がせないように貼り紙に手を突いてきて。

 

「ねえカズマ、冗談よね? 冗談にしたって笑えないけど、冗談に決まってるよね? まさかこの水の女神アクア様に、溝さらいの仕事をやらせようってんじゃないわよね? 今ならまだ許してあげるから、冗談でしたって言ってよ! ねえ言いなさいな!」

 

 そう、俺が選んだ仕事は溝さらい。

 誰もが嫌がる仕事なのはこの世界でも変わらないようで、給料がそこそこ良いのにもかかわらず、俺達と同じように掲示板を見ている人達も、貼り紙を見るとすぐに視線を逸らしている。

 俺は、貼り紙を押さえて妨害してくるアクアに。

 

「うるせーバカ! 八百屋のバイトをクビになったのは、お前がバナナを消しちまったからなんだぞ! 仕事の選り好みなんかしていられる立場だと思ってんのか? 一回くらい、まともに仕事して給料を貰っておかないと、冒険に出るどころじゃなく心が死ぬんだよ! 今日ばかりは失敗しなさそうな仕事にしておきたい。さすがに溝さらいなんて単純作業で失敗するとも思えないし、今日一日だけでいいから我慢してくれよ」

「何よ! せっかく私の超凄い芸でお客さんを集めてあげたのに、売る用のバナナを用意しておかなかったカズマが悪いんじゃないの! 大体、溝さらいなんて仕事は、じめじめして湿った薄暗い場所に生息している、なめくじみたいなヒキニートにこそお似合いの仕事じゃない。この気高くも麗しいアクア様には似つかわしくないわ! あんた一人で行ってきなさいよ!」

 

 この野郎。

 

「よし分かった。じゃあ俺一人で行ってくるが、今日の分のお前の食費はないんだから、お前はパンの耳を食ってろよ。俺は自分一人の食い扶持を稼ぐだけで精いっぱいだし、お前の事まで考えてる余裕はない。自分の生活費も稼げないっていうんなら、これからは別行動だ。短い間だけど世話になったな。達者で暮らせよ」

「わあああ待って! 待ちなさいよ! 私をこの世界に連れてきたのはあんたなんだから、あんたが私の面倒を見るのは当たり前じゃないの! それに、私はアクシズ教の女神なのよ? 何もしないでも信徒がお金を貢いでくれたり、チヤホヤしてくれたりするのは当然なの。私があくせく働く事なく大らかな気持ちで昼寝するのは、むしろ世界の平和を表わすためになくてはならない事と言えるんじゃないかしら?」

「お前バカか。この世界が魔王軍に追い詰められててヤバいからって言って俺みたいなのを転生させといて、自分は昼寝してるとかバカにしてんのか。ていうか、お前って一応、俺がここでの生活に困らないように、魔王軍と戦えるようにって事で貰える特典の扱いなんだろ? その特典っていうのは、何の役にも立たないばかりか、生活費を要求して転生者を困窮させるものなのか? お前の目的って、ひょっとして俺達をこの世界で餓死させて、赤ん坊からやり直させる事なんじゃないか? 女神とか言ってるけど、実は人類の敵だったの? それとも世間知らずな若者を騙して、こっちの世界の魂を増やすつもりなの?」

「ち、違うわよ、女神がそんな狡すっからい事するわけないじゃないの……!」

「そもそも、お前って本当に女神なのか?」

 

 俺が疑いの目を向けると、アクアが泣きながら掴みかかってきて。

 

「わああああああーっ! ふわああああああーっ! ちょっとあんた何言ってんのよ! 見なさいよ、この美しく青い髪! この麗しい美貌! この私が女神以外の何に見えるって言うのよ! 撤回して! アクア様ごめんなさいと土下座して、愚かな私が間違ってましたって、一万回謝って! これからは心を入れ替えて養わせてもらいますって言って! そうしたら私も寛大な心で許してあげるわよ!」

 

 と、俺はアクアの言葉に、手四つで取っ組み合っていた動きを止めて。

 

「……あれっ? なあ、お前って本当に女神なんだよな? 職業もアークプリーストって言ってたし、回復魔法が使えるんだろ?」

「何言ってるの? 当たり前じゃない。それも、そんじょそこらのプリーストとは違うわよ。なんたってアークプリーストですし、女神ですし! そんな事より謝って。ねえ、早く謝りなさいな!」

「じゃあ、こういうのはどうだ? お前はバイトをするんじゃなくて、冒険者ギルドに行くんだ。クエストを終えた冒険者達は、疲れていたり怪我をしていたりするだろう。そんな連中に、回復魔法を使ってやるっていうのはどうだ? 冒険者は命懸けの仕事だから金を持ってるだろうし、少しくらい料金を高くしても、疲労や怪我を明日に持ち越さない事を選ぶんじゃないか? 例えば、一回千エリスって料金設定にしても、客が十人来れば一万エリスも稼げるぞ」

 

 ネットゲームでいう、辻ヒールというやつだ。

 ゲームではアイコンを出したり一言お礼を言うだけで良かったが、現実的に考えれば、あれは金を貰ってもいいような行為のはず。

 俺の言葉に、不機嫌な顔をしていたアクアは見る見る機嫌を直し。

 

「いいわね! それよ、それこそアークプリーストの仕事ってもんよ! さすがクソニートね、せこい手を考えさせたら右に出る者はいないわ! 私に任せておきなさいな! この街の駆けだし冒険者達を治療してあげて、がっぽり治療費をふんだくってやるわ!」

 

 人をクソニート扱いするのはやめろとか、そういうところが女神らしくないとか、いろいろと言いたい事はあったが。

 せっかく本人がやる気になっているのだからと、俺は何も言わずにアクアを送りだした。

 

 

 *****

 

 

 ――その日の夜。

 一人で溝さらいの仕事をした俺が、アクアを迎えに冒険者ギルドに行くと。

 ギルドの酒場は、まるで宴の最中のように騒がしく……。

 体格の良い冒険者達に内心でビビりながら、俺が酒場の中を見回すと、宴の中心で騒いでいるのは、どう見てもアクアで。

 俺は、アクアの下へと近寄っていき声を掛ける。

 

「いや、お前何やってるんだ? 酒場で飲み食いする金なんかなかったはずだろ。回復魔法でどれくらい稼いだんだ?」

「んあー? 何って……臭い! あんた臭いわ! 溝の臭いがするわ。せっかくいい気分でお酒を飲んでるんだから、近寄らないでちょうだい」

「し、仕方ないだろ、溝さらいやってたんだから。ていうか、なんだよこれ? 宴会みたいになってるけど、どういう状況なんだ?」

「あっ! そうそう、聞いてよカズマ! とってもいい話よ! 私がギルドの隅っこで、冒険者にヒールを掛けてあげていたら、あなたのヒールは素晴らしいって言ってくる人がいたの! その人に、大怪我してる仲間を回復してくれって言われて、宿までついていってヒールを掛けてあげたら、なんと十万エリスもくれたわ! 十万よ十万! 一日で十万! もうパンの耳を食べなくてもいいし、宿もいい部屋に移れるわ!」

「マジかよ! やったじゃないか。今日だけでそんなに稼げたんだったら、もうバイトなんかしなくてもいいな。というか、ギルドでヒールをしていれば、冒険者として活動しなくても生きていけるんじゃないか? 正直ちょっと疑ってたけど、お前って本当に女神様だったんだなあ……」

「まったく、現金なんだから! 今さらそんな事言ったって遅いわよ!」

 

 口ではそう言いながらも、上機嫌な様子のアクアは、

 

「だって、もうお金は全部使っちゃったから、あんたがお酒を飲む分のお金はないわよ」

 

 そんな、とんでもない事をさらっと……。

 …………。

 

「えっ」

 

 わけが分からず絶句する俺に、アクアは上機嫌なまま。

 

「私達は冒険者なんだし、装備を整えて、明日からクエストを請ければ、十万エリスくらいはすぐに稼げるはずよ。なんてったって、このアクア様がいるんだもの! 一日で十万エリスも稼いだ、このアクア様が!」

「……えっと、つまり、俺の装備はすでに買ってあるって事か? それで、残った金で酒を飲んでるんだな?」

「何言ってるの? あんたの分の装備なんか買ってるわけないじゃない」

「……? お前が稼いだ金だから、お前の分の装備だけを買ったって事か? ちょっと納得行かないけど、まあ確かに、お前の回復魔法のおかげだし、クエストを請けられるなら文句は言わないよ。装備もないままついていったら、俺は確実に死ぬと思うけどな」

「ねえカズマ、さっきから何を言っているの? 装備は買ってないって言っているじゃないの。女神が必死になって武器を振るうとか絵にならないし、私の装備はこの羽衣だけで十分よ。カズマったら、お酒も飲んでないのに酔っぱらっているのかしら? それとも溝さらいの仕事で脳まで腐っちゃったの? なんなら、頭にヒールを掛けてあげましょうか?」

「いや、ちょっと待ってくれ。さっきからお前が何を言ってるのかさっぱり分からんのだが、俺がおかしいのか? 明日からクエストを請けるために、装備を買ったんだよな?」

「買ってないわよ」

「…………じゃあ、金は何に使ったんだ?」

「そんなの決まってるじゃない! コレよ、コレ!」

 

 そう言うアクアは、笑顔で液体の入ったジョッキを掲げていて……。

 

「それって、酒か? お前、その見た目で酒なんか飲んで大丈夫なのか? いや、っていうかなんで酒なんか買ってるんだ? そうじゃないだろ? 冒険者として活動するために、装備を整える資金を稼ごうって話だっただろ? 今日こそどうにかして金を稼ごうって、今朝言ったよな?」

「何よ、人がせっかくいい気分で飲んでるっていうのに、細かい事を言ってくるのはやめてちょうだい! この宴会はね、私が怪我を治してあげた冒険者のパーティーの人達が、泣いて感謝して、十万エリスとは別に奢ってくれたのが発端だったの。重傷完治おめでとうパーティーなのよ! それで、私達が楽しく飲んで騒いでいたら、クエストから戻ってきた冒険者達が、事情も知らないのに一緒になって騒ぎだして……。私もとっても気分が良くなってきたし、たった一回のヒールで大金を稼いで、これでカズマを見返してやれるって思って気分が良かったから、皆に奢ってあげようって……。そんなわけだから、お金は全部使っちゃったわ」

 

 俺は、ドヤ顔でバカな事を言うアクアに。

 

「お前バカか。一日で十万エリスも稼いだってのは確かにすごいが、全部使った? はあー? なんのために金を稼いだんだよ! 毎日毎日馬小屋暮らしでパンの耳を食ってるような生活してるのに、どうして一日で十万エリスも使っちまえるんだ! しかも、気分が良かったから奢った? はあー? お前はどこのお大尽だよ。そういうのは金持ちがやる事だろうが。お前、どうすんの? せっかく稼いだのに、また無一文じゃないか」

「…………」

 

 俺の言葉に、アクアは今さら状況を理解したようで、オロオロと周りを見回し、近くにいた冒険者の一人に話しかけて……。

 

「ね、ねえ、ちょっとあなた。そのお酒、私が奢ってあげたやつなんですけど。なんていうか、その……、奢るっていうの、やっぱりなかった事になりませんか?」

 

 そんな、どうしようもない事を言いだすアクアに、赤ら顔の冒険者は。

 

「あん? なんか勘違いしてねえか、お嬢ちゃん。これは俺が自分の金で買った酒だぜ」

「…………」

 

 その冒険者の言葉に、さらにオロオロしだしたアクアは、周りにいる冒険者に片っ端から声を掛けていくが、色好い返事は貰えないようで……。

 ……誰が奢った相手で、誰がそうでない相手なのかを、把握していなかったらしい。

 やがて、酒場中の冒険者に声を掛けたアクアは、肩を落として戻ってきて。

 

「誰が奢ってあげた相手なのか、分からないんですけど。というか、私がヒールを掛けてあげた人のパーティーも、すぐに王都に向かうって言って、出発しちゃってるんですけど。この人達は、一体何がそんなにおめでたくて騒いでるのかしら?」

 

 一番おめでたいのはコイツの頭だと思う。

 

「……ね、ねえカズマさん。カズマさんは今日、溝さらいの仕事でお給料を貰ったのよね? 食事の代金くらいのお金は手に入ったんでしょ? それって、具体的にはいくらくらいなのかしら?」

 

 俺の顔色を窺うようにそんな事を言ってくるアクアに、俺は。

 

「一万エリス」

 

 作業自体はそれほど大変ではなかったが、臭いがきつく、誰もやりたがらないので賃金が高めらしい。

 給料の額を告げると、俺を溝臭いと言っていたアクアが、鼻を摘まみながら擦り寄ってきて。

 

「ねえカズマ様、あなたって、なんていうか、そこはかとなくアレよね?」

「特に思いつかないなら無理に褒めようとしないでいいぞ。というか、褒めるつもりなら鼻から手を離したらどうだ」

 

 俺の言葉に、鼻から手を離したアクアが、顔を顰めながら。

 

「……ねえカズマ、この臭いを落とすためにも公衆浴場に行きましょう。私が案内してあげたら、私の入浴料も払ってくれる?」

「……しょうがねえなあ。案内の代金って事で、夕飯も奢ってやるよ」

 

 俺がそう言うと、アクアはパッと顔を輝かせ、嬉しそうに食事を注文した。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 馬小屋で目を覚ました俺達は。

 

「昨日の事で分かったが、お前が回復魔法を使って冒険者から金を貰うってのは、悪くない方法だと思う。今日からは、バイトするのはやめて、それで稼ごう」

「分かったわ! 昨日は感謝されて私も気分が良かったし、バイトなんかするより、よっぽど女神らしい労働よね! 今日もまた、十万エリスも稼げちゃったらどうしようかしら! あんたが仕事で失敗しても、少しくらいならお金を貸してあげてもいいわよ?」

 

 俺は、機嫌良さそうに夢見がちな事を言いだしたアクアに。

 

「何言ってんの? 今日は俺も、お前と一緒に冒険者ギルドに行くぞ」

「……? 別にいいけど、何をしに行くの? 酒場のバイトはクビにされちゃったし、装備も揃えてないから冒険者としての活動も出来ないでしょう?」

「俺は酒場の隅っこの方で、お前がバカな事に金を使わないように見張ってるよ」

「ちょっとあんた何言ってんのよ! 嫌よ! それは嫌! 絶対に嫌! どうしてあんたが酒場の隅っこでぼけっとしている間、私がせっせと回復魔法を使ってお金を稼がないといけないのよ? 私も働くんだから、あんたも仕事をしてお金を稼いできなさいな! 私はあんたのお母さんじゃないんだから、ニートなんて認めないわよ!」

「そりゃ俺だって仕事をした方がいいと思うよ。でも、俺が見張ってないと、お前はまた酒を飲んだり奢ったりして金を使い果たすだろ? それに、二人でバイトするより、お前がギルドで冒険者の治療をしてた方が金が稼げると思うぞ」

「嫌ったら嫌! 私一人だけ働くのは嫌よ。あんた一人を楽させるくらいなら、ちょっと給料が悪くても、二人でバイトした方がマシよ!」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアに、俺は。

 

「……でもお前、普通のバイトだとまたクビになるだけで金にならないじゃないか」

「大丈夫よ! ほら、昨日そろそろ上手く行くはずだって言ってたじゃない。昨日は結局、お金にはならなかったし、今日こそ上手く行くと思うの」

「三日連続で収支ゼロのくせに、その自信はどこから来るんだよ?」

 

 こいつはプリーストとしての腕前だけは確かなようだから、冒険者ギルドにいてくれた方がありがたいのだが……。

 一人で置いていくと、また金を使い果たすに違いない。

 

「何よ、あんただって収支ゼロじゃない! 三日も掛かってお金を稼げないって恥ずかしくないんですかー?」

「俺の稼いだ金がなくなったのは、お前がギルドの酒場に作ったツケを清算したせいだけどな」

「…………」

 

 俺の言葉に、アクアは耳を塞いで顔を背ける。

 

「おいこっちを向け。お前こそ、一日で十万以上使うってなんなんだ? どうして俺が、お前の作ったツケを支払わないといけないんだ? このままだと、今日もまたパンの耳を食う事になるんだぞ? ひょっとしてお前、神は神でも疫病神なんじゃないか?」

「やめて! 私は日本担当の超エリート女神なんだから! 疫病神呼ばわりしないでちょうだい!」

 

 ……こんなんだったら、チートなしでも俺一人で異世界に来た方が良かったんじゃないか?

 

 

 

 街の広場にて。

 アクアが自分だけ回復魔法を使って働くのは嫌だと駄々を捏ね、俺もアクアだけをギルドに残して仕事に行くのは不安だったので、仕方なく二人で出来るバイトを探すため、アクアとともに掲示板の前に立つ。

 この世界の常識がない俺にも出来て、バカな自称女神でも余計な事をしないような仕事は……。

 

『平原のクレーター埋めのための土木作業員募集』

 

 と、その貼り紙を剥がそうとする俺の手を、アクアが掴んできて。

 

「ねえちょっと待って? ひょっとして、この私に土木作業をやらせようって言うんじゃないでしょうね? 嫌よ、絶対に嫌! 私を誰だと思っているの? 土や埃にまみれた肉体労働なんて私には似合わないわ」

「お、お前……、何度でも言ってやるが、仕事を選り好み出来る立場だと思ってるのか? 回復魔法でちょっと大金を稼いだからって調子に乗るなよ。結局全部使い果たして収支はゼロだし、むしろ酒場のツケを俺が払ってやったんだから、お前は俺に借金があるって言えるんじゃないか?」

「な、何よ? 借金をなかった事にしてやるからって、私にいかがわしい事をするつもり? これだからヒキニートは! 引き篭もった部屋の中で情欲を悶々と募らせているから、そんな腐った発想が出てくるのよ!」

「いや、お前相手にそういうのはない。俺にだって選ぶ権利くらいあるだろ」

「なんでよーっ!」

 

 アクアが叫び声を上げ掴みかかってくる。

 しばらく取っ組み合っていると、気づけば周りにいた、俺達と同じく仕事を探しに来ていた市民達が遠巻きにしていて……。

 俺はいきり立つアクアをどうにか宥めすかし。

 

「……というか、ちょっと待ってくれ。そんな話じゃないだろ? 仕事を選り好みするのはやめろって言ってんだ。もう女神がどうとか、アークプリーストがどうとか言ってる場合じゃない。俺も、サンマを畑から獲ってこいとか、わけの分からない指示を出されてもキレないようにするよ」

「……? カズマこそ、何をわけの分からない事を言っているの? サンマを畑から獲ってくるっていう指示の、何が分からないのかしら」

「……? いや、いい。今はそれどころじゃないだろ。何の仕事をするのかって話だ。俺はこの、土木作業員の募集ってのがいいと思う。溝さらいの仕事は昨日で終わって、当分は募集がないって話だし、他に俺達がまともに出来そうな仕事なんてないじゃないか」

「ねえカズマ、溝さらいを選択肢に入れるのはやめてほしいんですけど。土木作業も嫌だけど、この私が溝さらいなんてあり得ないって分かってるのかしら?」

「うるせーバカ。お前こそ、選り好み出来る立場じゃないって分かってんのか? もうお前の意見なんか知るか。とにかくこの、土木工事に参加するぞ」

「嫌よ! いやーっ! ねえ待って! これよ! ほら、これなんかどうかしら!」

 

 俺がアクアを引きずって歩きだそうとすると、アクアが掲示板から無造作に何かの貼り紙を剥がし、俺に見せてきて……。

 

『魔改造スライムの運搬。秘密を守れる者を求む。報酬は十万エリス』

 

 …………。

 

「いや、これはないだろ。なんだよ、魔改造スライムって。スライムって言えば雑魚モンスターだろうけど、モンスターには違いないし冒険者の領分じゃないのか? しかも秘密を守れる者ってのが怪しいし、報酬が十万エリスってのも怪しい。これ、絶対ヤバい仕事だろ。俺は犯罪に加担するつもりはないぞ」

「魔改造スライムっていったら、服だけを溶かすやつとか、医療用に使うやつとか、いろいろあるわね。一般人でも取り扱えるくらいだし、扱いを間違えなければ危険はないわ。犯罪だったらこんなに堂々と依頼を貼りだしたりしないはずだし、きっと大丈夫なはずよ! それより、十万エリスよ! これで昨日使っちゃったお金を取り戻せるし、あんたの装備を整えてクエストにも行けるじゃない。あんただって、このままちまちまとバイトでお金を稼ぐより、さっさと大金を手に入れて冒険者として活動したいでしょ? これはチャンスよ。失敗続きの私達に舞いこんできた、起死回生の大きなチャンスに違いないわ! この仕事が私達の、栄光のロードの入り口なのよ!」

 

 アクアが浮かれた口調で言いながら、貼り紙を俺にグイグイ押しつけてきて。

 

「ああもう、分かったよ! そんなに土木作業が嫌なら、こっちのスライムの運搬でいいよ。でも、犯罪だって分かったら、すぐに警察に行くぞ。いくら十万エリスが貰えるっていっても、警察に捕まるなんて割に合わないからな」

「分かってるわよ。私だって犯罪に手を染めるつもりはないわ。アクシズ教は何をするのも自由だけど、犯罪だけはやっちゃいけないんだから!」

 

 それは、わざわざドヤ顔で言うような事でもないと思うのだが。

 

 

 

 俺がアクアとともに貼り紙に書かれていた待ち合わせ場所に向かうと、そこには人の良さそうなお兄さんが立っていて。

 俺達の姿を見ると、お兄さんは手を振り微笑んで。

 

「やあ。君達も、魔改造スライムの運搬の仕事をしに来たのかい?」

「そうです。……あの、いきなりこんな事を聞くのもどうかと思うんですけど、これって犯罪じゃないんですよね?」

 

 俺が思わずそんな質問をすると、お兄さんは。

 

「やっぱりそう思うよね。僕も最初は、こんな美味しい話あるはずないって思ってたけど、本当に十万エリス貰えるし、犯罪でもないらしいんだよ。僕は何度もやってるし、警察にも確認したから間違いないよ」

 

 う、胡散臭ぇ……。

 お兄さんの人当たりの良さに、警察の目を掻い潜る運び屋のような犯罪ではなく、壺を買わされる系の詐欺っぽさを感じる。

 考えすぎだろうか?

 いやしかし、こんな美味い話があるはずが……。

 

「……えっと、具体的にはどういう仕事をするんですか?」

「これから青空市場に行って、魔改造スライムを業者から受け取るんだよ。それを、無事に領主様の屋敷まで届けたら、その場で十万エリスが貰える」

「領主様? これって、貴族の依頼なんですか?」

「さあね。詳しい事はよく分からないけど、お金が貰えるなら僕は気にしないよ。下手に質問をして、次からは別の人に頼むって言われても困るしね。……疑うのはもっともだけど、ここで話していても仕方ないし、とりあえず行こうか」

 

 そう言って歩きだすお兄さんについていきながら、俺はアクアをつついて。

 

「おいアクア、壺とか買わされそうになったら、すぐに逃げるからな? いくらお前がバカでも、高い金を払って変てこな形の壺を買ったりするなよな。ああいう連中は、払えないなら借金しろとまで言ってくるかもしれないから気を付けろよ」

「あんた、私を何だと思ってるのよ? なんの変哲もないただの壺に、霊験あらたかな逸話を添えて高値で売りつけるのは、アクシズ教の主な収入源なんだから。自分のところでやっている事をやられたからって、私がそう簡単に引っかかるわけがないじゃない」

「……いや、ちょっと待ってくれ。お前、ついさっきアクシズ教は犯罪をしないとか言ってなかったか? 詐欺が主な収入源ってどういう事だよ」

「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい! 詐欺じゃないわ! 夢を売っているのよ!」

「その夢に高値を付けるのはどうなんだ? 詐欺じゃないって言うんなら、安くしてやってもいいんじゃないか?」

「何言ってるの? まったく、これだから物の価値ってもんが分かっていないニートは! 安く買ったものでいい夢が見られるわけないじゃない。値段が高ければ高いほど、買った人は、さぞや霊験あらたかなんだろうなって、幸せな気持ちでその壺を眺める事になるのよ」

「言っとくけど、普通はそういうのを詐欺って言うんだぞ?」

「詐欺じゃないって言ってるでしょ! 女神の加護で、ちゃんとご利益もあるんだから」

「ほーん? 幸運のステータスがやたら低いお前の加護が、どんなご利益を運んできてくれるんだよ?」

「家に置いておくと、なぜかアンデッドに好かれやすくなるわ」

「加護じゃなくて呪いじゃねーか」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアにツッコみを入れていると、青空市場に辿り着く。

 お兄さんは、怪しげな商品を売っていてあまり人のいない区画に行くと、そこで明らかに堅気の人間には見えない強面の男から、何かが入った透明の容器を受け取って。

 

「はい、君達もこれを持って。慎重に、あまり揺らさないように頼むよ。荷車も使えないくらい繊細なものだから、僕達みたいのに運搬を頼んでいるって話だ」

 

 容器の中に入っているのが魔改造スライムらしい。

 ……この状況、明らかに麻薬の運び屋か何かのように思えるのだが。

 俺はスライムの入った容器を抱え、歩きだしたお兄さんについていきながら、再びアクアをつついて。

 

「なあなあ、これって本当に犯罪じゃないのか? このままあいつについていって、俺達は本当に大丈夫なのか? 途中で警察に見つかって捕まるくらいならまだいいけど、口封じって事で領主に殺されたりしないよな?」

「ちょっと、揺らしちゃいけないって言われてるんだから、脇腹をつつかないでよ! あっ、ねえ、見て見てカズマ! この子、表面をうねうねさせてるわよ。私に甘えようとしているのかしら? 領主の人に頼んだら、ちょっとだけ分けてもらえると思う?」

「いや無理だろ。運ぶだけで十万エリスも貰えるような高級品なんだぞ。というか、なんかあのお兄さん、人のいない路地裏ばかり選んで通ってないか? なあ、これって絶対犯罪だと思うんだが」

「……汝、犯罪だろ犯罪だろと言って自分のモラルを守りつつ、このままバレずに十万エリス貰えたらラッキーとか考える小心者よ。安心しなさいな。領主が白と言えば、黒いものも白になるんだから、これは犯罪じゃないわ」

「おいそれ駄目なやつだろ」

 

 と、俺がアクアにツッコんだ、そんな時。

 路地裏を歩く俺達に声が掛かった。

 

「おい、お前達、そのスライムはなんだ? スライムに詳しい私の見立てでは、それは普通のスライムではないな? 魔改造スライムか? 衣服だけを溶かす、魔改造スライムだろう?」

 

 背後から掛けられた高潔そうな女の声に、俺とアクアがスライムの入った容器を抱え、顔を見られないように俯く中。

 お兄さんが振り返って、笑顔で声の主と相対する。

 

「違いますよ。これは確かに魔改造スライムですが、人間の肌の汚れや角質だけを食べる、美容用のスライムです。領主様の屋敷に運んでいる途中です」

 

 ……このお兄さんは、実は大物なのかもしれない。

 それとも、本気で犯罪ではないと考えているのだろうか?

 

「領主の屋敷に? それならばなぜ、こんな路地裏をコソコソと歩いているんだ? 後ろ暗いところがないのなら、大通りを堂々と歩けば良いではないか。それは本当に、ただの美容用のスライムなのか?」

 

 領主という言葉に、なぜか詰問する声がますます厳しくなるが、お兄さんはそれにも動揺する事なく。

 

「僕はそう聞いていますよ。一度、警察の人にも呼び止められた事がありますが、その時も問題なかったですし。……路地裏を歩いているのは、ルートを指示されているからで、スライムが日光に弱いので、なるべく日陰を歩くためだそうです」

「……警官が見逃した? こんなにも怪しいというのに、一体どういう事だ? それに、そこの二人がこちらに顔を向けないのはなぜだ? やはり何か隠しているのでは……」

「い、いやいや、そんなわけないじゃないですか。ただ俺達、今日初めてこの仕事をやるので、何も知らないっていうか!」

「そ、そうです。私達は無関係です。ただ言われた仕事をやっているだけなんです!」

 

 怪しむような女の言葉に、俺とアクアは顔を背けたまま口々に無罪を主張する。

 ……というか、コイツ、さっきまでの強気な発言はなんだったのだろうか。

 

「悪いが、本当に美容用スライムだとしても、見掛けたからには見逃すわけにはいかない。三人とも、警察署までついてきてもらおうか」

「分かりました」

 

 厳しい女の口調にも動じる事なくお兄さんは頷いて……。

 

「お、おいアクア、大丈夫なんだよな? 本当に大丈夫なんだよな!?」

「大丈夫よ。ええ、大丈夫に決まってるじゃない! もしも違法に改造されたスライムだとしても、私達は知らなかったんだから大丈夫なはずよ!」

 

 

 

 ――いつの間にか夕方になっていた。

 警察署の取り調べ室で、嘘を感知するという魔道具を使って事情を聞かれ。

 少なくとも俺達三人に犯罪に加担しているという意識がなかった事は立証されたものの、運んでいたスライムが違法に改造されたものだった事も判明していて。

 

「……その、三人とも、違法に改造されたスライムとは知らずに運搬していただけなので、罪に問われる事はありません。そこは安心してください」

 

 俺達を尋問した女性警官が、長く引き留めている事に対し申し訳なさそうにしながら、そんな事を言ってきて。

 ……お兄さんは、本気で犯罪ではないと信じていたらしく、自分が運んでいたものが違法改造されたスライムだと知って、俺の隣で真っ白になっている。

 俺は、隣に座って退屈そうにしているアクアに。

 

「だから言っただろうが! こんな美味しい話、あるわけないって! どうすんだよ! また今日も収入ゼロじゃないか!」

「はあー? なんでもかんでも私のせいにするのはやめてもらえます? あんただって、十万エリスって言われて鼻の穴膨らましてたじゃないの! 最後にやるって決めたのはあんたなんだから、こういうのは連帯責任ってやつじゃないかしら!」

「ふざけんな。そもそもお前が土木作業を嫌がらなければこんな事にはならなかったんだよ! もう済んじまった事は仕方ないが、これからは大金に惑わされず、コツコツとバイトして稼いでいくからな!」

「……ねえ、そんな事よりお腹が空いたんですけど。そろそろパン屋さんに行かないと、パンの耳がなくなっちゃうんじゃないかしら?」

「そ、そうか。いつもはもっと早い時間にバイトをクビになってたからな。あの、すいません。俺達って、いつまでここにいればいいんですか? あのスライムについてもよく知らないし、これ以上話せるような事はないと思うんですが」

 

 と、俺の言葉に、女性警官が困ったような顔をした、そんな時。

 部屋の外から言い争う声が聞こえてきて。

 

「待て、アルダープ! あのスライムは、あなたの屋敷に運ぶものだったという話だぞ。これはどういう事なのか、きちんと説明していけ!」

「なんの事だか分かりませんな。ワシはそんなものを買った覚えはないし、受け取る予定もありませんでした。大方、ケチな犯罪者がワシの名を出して罪を逃れようとしているのではないですかな? ダスティネス様ともあろうお方が、そんな嘘に踊らされ、このワシを疑うとは嘆かわしい」

「あの者達は嘘を吐いていない! 彼らがあのスライムをあなたの屋敷に運ぼうとしていた事は事実だ!」

「では、ワシを陥れるために何者かが仕組んだ事なのでは? とにかく、ワシは忙しいのです。いくらダスティネス様と言えど、こんな下らない事で呼びだすのはやめていただきたいものですな。おい、お前達、そこをどけ。ワシは帰らせてもらう」

「待て、まだ話は終わっていないぞ!」

 

 騒ぎが通りすぎていく間、部屋の外を見ていた女性警官は、外が静かになると俺達に顔を向け直して。

 

「そ、そうですね。あなた達は罪に問われているわけでもないですし、もう帰ってもらっても大丈夫だと思います。一応、上司に確認だけしてきますので……」

 

 ――警察署を出ると、すでに夕日は沈み、辺りは暗くなっていて。

 

「……今日も金が稼げなかった」

「まあいいじゃない。過ぎた事は悔やんでもしょうがないわ! 明日はきっと上手く行くわよ。ほら、早くパン屋さんに行きましょうよ!」

 

 パンの耳は残っていなかった。

 

 

 *****

 

 

 カビ臭い地下室。

 

「ああ……、くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 そこでイライラと、薄汚い一匹の悪魔に当たり散らしていた。

 

「魔改造スライムの運搬は、絶対に見咎められないようにしておけと言っただろう! どうしてそんな簡単な事も出来ないのだ! 役立たず! この役立たずが……!」

「……? 魔改造スライムは誰にも見つからないし、見つかっても怪しまれないはずだよ、アルダープ。見つかってしまったのかい? おかしいよ、それはおかしいよ。ヒュー……、ヒュー……」

 

 足蹴にされているというのに何事もないかのように、わけの分からない言い訳をする悪魔、マクスを、さらに蹴りつけながら。

 

「何が見つからないはずだ! 出来もしない事を言いおって! ついさっき、その件で警察署まで呼びだされてきたところだ! 証拠は何も残していないはずだが、この件に関係した者達の記憶を明日の朝までに、全て都合の良いように捻じ曲げ、辻褄を合わせておけ! 分かったな!」

「ヒュー……、ヒュー……! 分かったよ、アルダープ! ねえアルダープ。そうしたら……。そうしたら、代価を支払ってもらえるかい? ヒュー……、ヒュー……!」

「ああ、支払ってやる。これまでにも、ワシはお前に何度も代価を支払ってきているんだ。お前はバカだから、それを忘れているだけだ。今度もちゃんと支払ってやるとも」

 

 そう言って、まともな記憶力がなく何度も騙されるこの悪魔に、諭すように優しく告げる。

 

「任せておいてよアルダープ、それくらいなら容易い事だよ! 早く君の願いを叶えて、報酬が欲しいよアルダープ! アルダープ! ヒューッ、ヒューッ!」

 

 気味の悪い音を出す悪魔に背を向け、地下室を後にする。

 メイドが働いているところに、衣服だけを溶かす魔改造スライムをけしかけて楽しむつもりだったのに……。

 

 

 *****

 

 

 ――異世界生活一週間目。

 俺とアクアが、街外れにある骨董屋の倉庫で、仕舞われている物を虫干しする仕事をしていると。

 どこからか爆発するような音が轟き、地面が激しく揺れて。

 

「うおっ! なんだ今の!? 爆弾でも爆発したのか? まったく、この世界は本当になんなんだよ。ひょっとしてこの世界では、今みたいなのが日常茶飯事なのか? ……おいアクア?」

 

 と、俺が文句を言いながらアクアの方を見ると、両手を前に差しだすような格好で立ち止まり、足元に視線を落としていて。

 それはちょうど、手に持っていた物を落として呆然としているような……。

 

「おいアクア。嘘だろ? ここにあるものは俺達には弁償出来ないくらい高額だから気を付けろって、店長が言ってたじゃないか。そりゃ、確かに今の爆発には俺も驚いたけど、だからって持っていた物を落とすなんて、そんなベタな失敗はしてないよな?」

「何よ! 急に大きな音がしたんだからしょうがないじゃないの! これは何かを爆発させた誰かが悪いんであって、私のせいじゃないわよ!」

 

 逆ギレするアクアの足元には、きれいに真っ二つに割れた壺が……。

 

「そ、そうだよな。さすがにこんな事態は想定外だろうし、店長も許してくれるはずだ。それに、これだけきれいに真っ二つになっているんなら、簡単に修復出来るんじゃないか?」

「あんたもたまにはいい事言うじゃないの! そうね、このくらい、私にかかればちょちょいのちょいよ! くっつけてあげるから、ご飯粒を持ってきなさいな! ……カズマ? なーに、変な顔しちゃって。私を笑わせようとしてるの? ねえ、そんな変な顔をしなくても、あんたは元から変な顔をしているんだから大丈夫よ? いいから早く、壺をくっつけるためのご飯粒を……」

 

 と、黙りこむ俺の様子にようやく気付いたアクアが、俺の視線を追って背後を振り返り。

 そこにはこの仕事の雇い主である、骨董屋の店長が立っていて……。

 

「クビ」

「なんでよーっ! 待って! 待ってよ! 今回は私のせいじゃないんですけど! いきなりの爆発に驚いただけなのよ!」

「そ、そうですよ。いきなりだったし、あんなの予想出来るわけないじゃないですか」

 

 口々に言い訳をする俺とアクアを見て、店長は溜め息を吐き。

 

「まあ、確かにあの爆発には私も驚いたからな。他に壊れているものもないようだし、壺を弁償しろとは言わんよ。だが、ウチは骨董屋なんだ。壊れたものをご飯粒で直そうとする奴には、商品を任せておけん。……何か言い訳はあるか?」

「……ありません。すいません」

 

 お父さん、お母さん。

 今日も仕事が早めに終わったので、夕飯はパンの耳を食べられそうです。

 



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このカップの下に企みを!

『祝福』2巻、既読推奨。
 時系列は、3巻と4巻の間辺り。


 ――魔王軍の幹部にして地獄の公爵、大悪魔バニルを討伐し、魔王軍の関係者という冤罪を晴らした俺は。

 

「『狙撃』! ……ちっ、外れたか。ダクネス、悪いがあのちり紙をゴミ箱に捨てておいてくれ」

 

 屋敷の広間にて。

 めぐみんがゆんゆんとともに爆裂散歩に行ったので、広間にいるのはソファーで昼寝しているアクアと、ダクネスだけで。

 俺が、放り投げたが狙いを外したちり紙をゴミ箱に捨てるように、ゴミ箱に近い位置にいるダクネスに頼むと……。

 

「バカな事を言うな。自分で出したゴミくらい自分で捨てろ。というか、お前はこのところずっと、このこたつとやらの中に入っているが、それでいいのか? いくら手頃なクエストがないからといって、毎日だらだら過ごしていると体が鈍ってしまうぞ。どうだろう、ここはひとつ、私とともに庭で鍛錬でも……」

「庭に行くならちょうどいい。そのちり紙を捨てておいてくれ」

「お前という奴は! いいからさっさと出てこい! 動けば体が温まって、寒さなど気にならなくなる!」

「おい、その脳筋理論はやめろよ。体が温まるほど動いたら疲れるだろ。あっ、おい、冷気が入るから引っ張るなよ!」

 

 こたつから俺を引っ張り出そうとするダクネスに、俺はこたつにしがみついて抵抗する。

 そう、こたつ。

 冬に入り手頃なクエストがなくなって、冒険者として活動出来なくなると、俺は鍛冶屋の店主から《鍛冶》スキルを習って、新しい商品開発に着手していた。

 このこたつも、その一環として作ったものだ。

 冬の間はこたつの中でぬくぬくと開発作業でもしているつもりだったが、流石は日本の最終兵器だけあって、こたつの生みだす安らかさには抗えず、すでに商品開発は中断している。

 

「無駄な抵抗はやめろ。腕力のステータスは私の方が高いのだから、お前の抵抗などあああああああー!! お、おい、ドレインタッチはやめろ!」

「これ以上続けるというのなら、クリエイトウォーターで頭から水をぶっかけた後でフリーズを使ってやる。この寒い冬にびしょ濡れで冷やされたら、いくらお前だって無事では済まないんじゃないか?」

「くっ……! お、お前という奴は……! だが、クルセイダーはそんな脅しに屈したりしない! むしろ望むところだ! さあ来い! どんと来い!」

 

 俺の言葉に、ダクネスが俺から手を離し、頬を上気させて待ち構えるように両手を広げる。

 俺はダクネスに引っ張られていた手をこたつの中に戻しながら。

 

「いや、期待してんじゃねーよ。もういいよ。お前が変態なのは分かったから、外に出て鍛錬でも露出でもしてくればいいだろ。俺には新しい商品を開発するっていう使命があるんだから、邪魔しないでくれよ」

「誰がこんな時間から露出などするか! というか、商品を開発するなどと言っておきながら、お前はこたつを作ってから何も開発していないように見えるのだが」

「まったく、これだから素人は! いいか、開発っていうのは九十九パーセントの努力と一パーセントの閃きなんだよ。今の俺は、閃きが降りてくるのをじっと待っているところなんだ。こうやって話している間にも、閃きの機会を逃しているかもしれないんだぞ?」

「そ、そうなのか? 私には何もせずだらだらしているだけにしか見えないのだが……」

「傍から見たらそうかもしれないが、俺の優秀な頭脳は目まぐるしく働いて、新たな商品を考えているところなんだよ。お前だってこたつの素晴らしさは分かっただろ? こういう画期的な発明には、それだけ長い時間と巧みな技術と、何より閃きが必要なんだ。分かったらほら、俺の思索を邪魔したお詫びに、新しくお茶を淹れてきてくれ。ついでにそこのちり紙もゴミ箱に入れておけよ!」

「むう……。何か釈然としないのだが」

 

 ダクネスは首を傾げながら、俺が差しだしたカップを受け取り、台所にお茶を淹れに行く。

 その途中で、俺が言ったとおり、チリ紙をゴミ箱に入れた。

 と、ソファーの肘掛けに顎を乗せ、一部始終を眺めていたアクアが。

 

「ねえカズマさん、新しい商品とか閃きがどうとか言ってるけど、それってただのパクリじゃないですか。どこら辺が新しくて、どこら辺に閃きが必要なのか、私には分からないんですけど」

「おいやめろ。俺が何の苦労もなく日本の製品を実用化したみたいに言うのはやめろよな。確かに根本のアイディアを出したのは俺じゃないが、この世界でも使えるようにするのは結構大変だったんだからな。このところ、こたつの開発に掛かりきりだったし、少しくらいのんびりしたっていいはずだ。言っとくが、ダクネスに余計な事を言うなよ?」

「それはカズマの心掛け次第ね。ところで、今日のお昼はカズマが当番じゃない? 私、こってりしたものが食べたいわ」

「……なあアクア、こってりしたものが食べたいんだったら、俺の代わりに昼飯を作ってくれたり」

「しないわね」

 

 ですよね。

 

「カズマったら、どこまで堕落していけば気が済むのかしら? ご飯とトイレとお風呂以外では、当番の仕事をする時くらいしかこたつから出てこないくせに、当番まで他の人にやらせようっていうの? 最近は魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐して、アクセルの街で一番有名な成り上がり者とか言われてるくせに、そんなんで恥ずかしくないんですかー?」

「今さら俺にそんな言葉が効くと思うのか? お盆や正月に集まってくる親戚に白い目を向けられても耐えてきた俺を舐めるなよ」

「ダクネス、大変よ! この男、すでに落ちるところまで落ちていたわ!」

 

 茶を淹れて台所から戻ってきたダクネスに、アクアがそんな失礼な事を言いだして。

 アクアの言葉に苦笑しながら、ダクネスは俺の対面に腰を下ろしこたつに入って。

 

「カズマも大概だが、ずっとソファーでゴロゴロしているアクアもどうかと思うぞ? そうだな、せっかくだから、二人とも私と一緒に庭に出て鍛錬を……」

「「お断りします」」

 

 口を揃えて言う俺達に、ダクネスは溜め息を吐いて。

 ダクネスが何か言おうとするより先に、俺とアクアは顔を見合わせ。

 

「俺には新商品を開発するっていう使命があるからな。こんなにのんびりしていられるのも、手頃なクエストのない冬の間だけだろうし、鍛錬なんかしている暇はない。アクアはゴロゴロしているだけなんだから、ダクネスと一緒に鍛錬してくればいいじゃないか」

「何を言ってるの? ステータスがカンストしている超越者たる私に、鍛錬の必要なんてあるわけないじゃない。最弱職のカズマさんこそ、また冬将軍の時みたいにスパッとやられないように、鍛錬しておいた方がいいんじゃないかしら?」

 

 俺とアクアが口々にそんな事を言い合っていると、お茶を啜っていたダクネスが呆れたように。

 

「……お前達は、こんな時ばかり息が合うのだな。そこまで嫌がるのならば、仕方がない。嫌々鍛錬をしても身に付かないだろうし、今日は私一人でやる事にしよう」

 

 そう言ったダクネスは、お茶を飲み終えると一人で屋敷を出ていき。

 ――しばらくして。

 

「おいカズマ、そろそろ昼食の支度をした方がいいんじゃないか? 今日の昼の食事当番はお前だろう」

 

 庭での鍛錬を終え、風呂で軽く汗を流し戻ってきたダクネスが、俺の対面に腰を下ろしながらそんな事を言う。

 ……こたつから出たくない。

 こたつに入ってずっとぬくぬくしていたから、なおさら出たくなくなっている。

 どうしたものかと思いながら尻の位置をずらしていると、尻に何か硬いものが当たって……。

 手に取ってみると、それは一枚の硬貨。

 ……ふぅむ。

 

「なあダクネス、賭けをしないか?」

 

 言いながら、俺はダクネスが答える前にテーブルの上に硬貨を置き、空っぽのカップを逆さに被せる。

 俺の顔を見ながら、ダクネスが警戒するように。

 

「……賭けだと?」

「そう。今、このカップの下に置いた硬貨を、カップに触れる事なく動かしたら俺の勝ち。今日の昼食当番はダクネスが代わりにやってくれ。出来なかったら、今度、ダクネスの食事当番を一回代わってやるよ」

「断る。どうせまたロクでもない事を企んでいるのだろう。私がいつまでもお前に容易く騙されていると思ったら大間違いだぞ。食事当番くらい、きちんと自分でやれ」

「……まあ、無理にとは言わないけどな。企んでるっていうのも当たってる。というか、当たり前じゃないか。普通に考えて、カップに触れないで硬貨を動かすなんて無理だろ? もちろん、スティールで硬貨を取るとか、ウィンド・ブレスで手を触れずにカップを吹っ飛ばすとか、そういうのはナシだぞ」

 

 俺がスティールやウィンド・ブレスを使うと思っていたらしく、ダクネスは意外そうな顔をする。

 

「要するにこの賭けの大事なところは、一見無理そうな事を、どうやって俺がやるかってところだ。俺の企みに、先に気付く事が出来ればダクネスの勝ち。気付かれなかったら俺の勝ち。この賭けはそういう事だぞ? まあ、脳筋クルセイダーにこの手の駆け引きは難しいだろうし、俺も無理にとは言わないよ」

「誰が脳筋クルセイダーだ! いいだろう、そこまで言うなら乗ってやろうじゃないか!」

「お、おう……。そうか。じゃあ、やるか」

 

 ……こんなに容易く騙されて、コイツは大丈夫なんだろうか?

 

 

 

 俺とダクネスは、こたつを挟んで向かい合う。

 俺は、テーブルの上にあるカップを逆さまのまま持ち上げ、下に硬貨がある事を示してから、再びテーブルに伏せて。

 

「ルールを確認するぞ。このカップに触れる事なく硬貨を動かしたら俺の勝ち。出来なかったらお前の勝ち。スキルは使用不可。勝った方は負けた方の食事当番を一回代わる。……何か異議はあるか?」

 

 ダクネスは、俺をじっと睨みながら、俺の言葉に考えこみ……。

 

「そのカップを、少し触らせてもらってもいいだろうか」

「別にいいけど、普通のカップだぞ。さっきまでお茶を飲んでたやつだしな。まあ、こういう時にはきちんと確認するのも大事だろうし、タネも仕掛けもないって事を確かめてくれ。こっちの硬貨も触ってみた方がいいんじゃないか?」

「そ、そうだな。貸してくれ」

 

 俺が渡したカップと硬貨を、ダクネスは怪しいところがないかじっくりと眺め……。

 もちろん、どちらも普通のカップと硬貨なので、満足行くまで眺めると俺に返す。

 

「よし、じゃあ始めるぞ」

 

 と、俺が硬貨にカップを被せながら言うと、ダクネスが慌てたように。

 

「ま、待ってくれ。……そ、そうだ! 勝った方は負けた方の食事当番を一回代わるという事だったが、いつの当番かをきちんと決めるべきだろう。お前の事だから、いつの当番かは決めていないし、百年先の食事当番を一回代わるなどと言いだしかねん」

「そんなわけないだろ、お前は俺をなんだと思ってるんだよ。賭けで負けた分の支払いを渋るような、器の小さい男じゃないぞ。ちゃんと次の食事当番を代わってやるよ」

「す、すまない。そうだな、いくらお前でも、そんな子供のような言い訳はしないな」

「お前はこういう騙し合いみたいな事には慣れていないだろうし、気にしてないよ」

 

 ……負けた時にはその言い訳を持ちだそうと思っていたので、あまり強くは言えない。

 

「よし、じゃあ改めて……」

「ま、待ってくれ」

「今度はなんだよ?」

「その……、そうだ。トイレに行ってきてもいいか?」

 

 ソワソワした様子のダクネスに、俺は白い目を向けて。

 

「おいちょっと待て。ひょっとしてお前、俺がどうやって硬貨を動かすか分からなくて、時間稼ぎしてないか?」

「そ、そんなわけないだろう。私はただトイレに行きたいだけで……」

「こんなもん早ければ一分かそこらで終わるんだから、ちょっとくらい我慢しろよ! 貴族のお嬢様のくせに往生際が悪いぞララティーナ!」

「私をララティーナと呼ぶな! 貴族のお嬢様な事は関係ないだろう……! もういい、分かった。お前の企みなど、このダスティネス・フォード・ララティーナがことごとく見破ってやる!」

「まったく、覚悟を決めるのが遅いんだよ! そんなこんな言ってる間に、硬貨はとっくに動かしてるけどな。俺の勝ちだ」

「な、なんだと……!?」

 

 俺の言葉に、驚愕した表情になったダクネスは、慌ててカップを取り上げ……。

 その下には、まだ硬貨が置かれたままになっていて。

 

「なんだ、動いていないではないか! 賭けは私の勝ちだな! さあ、観念してこたつから……」

「はい、俺の勝ち」

 

 勝ち誇るダクネスが何か言っている間に、俺は手を伸ばしテーブルの上から硬貨を取る。

 カップを手にし、わけが分からないという顔をしているダクネスに、俺はニヤニヤしながら。

 

「俺はカップに手を触れる事なく硬貨を動かしただろ? だから、俺の勝ち」

「…………、……いや待て。なんだそれは? そういうのは、その、なんというか……卑怯だろう。今のは無効だ! やり直しを要求する! こんなセコい手で勝って、恥ずかしくないのか!」

 

 バンバンとテーブルを叩いてバカな事を言いだすダクネスに、俺は。

 

「だから最初から、騙し合いだって言っておいたじゃないか。それなのに引っかかったのはそっちだろ? 自分が負けたからって、後から言い訳するのはどうかと思う。今のお前の態度こそ卑怯じゃないか。お前は不正を嫌う大貴族、ダスティネス家のご令嬢なんじゃないのか? 一度は勝負に乗っておいて、負けた後になって文句を言うのが貴族のやり方なのかよ? 格好良いですねララティーナお嬢様!」

「い、いちいち家の事を持ちだすのはやめろ……! あとララティーナと呼ぶのもやめてください。まったく、私を貴族だと知って、変に遜ったり擦り寄ってくるのではなく、そんな風に利用するのはお前くらいのものだ」

「おい、褒めるんならもっと分かりやすく褒めたらどうだよ」

「褒めてない」

 

 と、苦々しい顔をしているくせにダクネスがどこか嬉しそうにしていた、そんな時。

 ソファーでゴロゴロしているアクアが。

 

「ねえー、もうそろそろお昼なんですけど! お腹空いたんですけど! どっちでもいいから、早く用意してちょうだい。今日はこってりしたものが食べたい気分だから、よろしくね」

 

 その言葉にアクアの方を一瞥したダクネスは、俺が手にしている硬貨を見つめ、『くっ』と悔しそうにしながら、台所に向かっていった。

 

 

 *****

 

 

 カップと硬貨のゲームでダクネスに食事当番を押しつけてから、数日後。

 俺は屋敷の広間で、こたつに入ってだらだらしていた。

 広間には、爆裂散歩から帰ってきて、こたつに入り力なく突っ伏しているめぐみんと、相変わらずソファーで昼寝しているアクアがいて。

 と、めぐみんがテーブルに突っ伏したまま、顔だけ横に向け、ソファーにいるアクアを見ると。

 

「アクア。今日は爆裂魔法に魔力を注ぎ過ぎてだるいので、家事をしたくありません。夕食当番を代わってもらえないでしょうか」

「嫌に決まってるでしょう? めぐみんったら、このところ掃除も洗濯も私に押しつけてるくせに、さらに食事当番まで押しつけるつもり? 賢い私は学習したの。もうめぐみんがおかしな賭けを申しこんできても、受け入れたりしないわ」

 

 ソファーの肘掛けに乗せた頬を膨らませ、アクアがそんな事を言う。

 このところ屋敷では、ちょっとしたゲームで家事の当番を取引する事がブームになっている。

 俺に引っかけられた事がよほど悔しかったらしく、ダクネスが似たような引っかけのアイディアをどこからか仕入れてきては、俺やめぐみんに返り討ちに遭っているせいだ。

 その流れに乗っかったアクアも、ダクネスのアイディアをパクっては、俺やめぐみんに返り討ちに遭っている。

 おかげで、俺は家事に煩わされる事なく、好きなだけこたつに入ってだらだら出来るわけだが。

 

「仕方ありませんね。ではカズマ、夕食当番を代わってください」

「嫌に決まってる」

 

 俺が即答すると、めぐみんは体を起こし、懐から硬貨を取りだして。

 

「それでは、賭けをしませんか? このカップの下の硬貨を、カップに手を触れずに動かせたら私の勝ち。カズマには私の代わりに夕食を作ってもらいます。出来なかったらカズマの勝ち。私がいつか、カズマの食事当番を代わりましょう」

 

 そう言って、いつかの俺のように逆さにしたカップで硬貨を隠すめぐみんに、俺は。

 

「何言ってんの? 俺の家事当番は一週間先までアクアとダクネスに押しつけたし、今さらリスクを背負ってまでめぐみんに代わってもらう必要はないぞ。紅魔族は知能が高いって話だし、どうせめぐみんの事だから何か企んでいるんだろ? 何を企んでいるのか知らないが、俺は負けるかもしれない勝負なんかしないからな」

「情けない事を堂々と宣言しないでください! あなたはそれでも冒険者なのですか!」

「冒険者ってのは命懸けの職業なんだから、臆病なくらい慎重な方が長生きするんだよ。こないだアクアにも言われたが、また冬将軍にスパッとやられた時みたいな事を繰り返すのは嫌なんだ。もう借金もなくなったんだし、これからは冒険しないで生きていこうと思う」

「あなたは何を言っているのですか。冒険者が冒険しないでどうするのですか。大体、私に負けたからって命まで取るわけではないのですから、こんな時くらい、少しはリスクを背負う気概を見せてくれてもいいではないですか!」

「このまま商品開発に力を入れて、危険な冒険者稼業からは足を洗いたい俺にそんな事言われても」

「この男!」

 

 突如としていきり立つめぐみんは、目を紅くしながら。

 

「分かりました。では、カズマが食事当番一回分を賭ける代わりに、私は食事当番三回分を賭けましょう。カズマが勝ったら、私はカズマの食事当番を三回肩代わりしてあげますよ!」

「……つまり、そこまで勝つ自信があるって事だろ? ますますやる気がなくなってきたんだが」

「もちろん、やるからには勝機を逃すつもりはありませんが、もともとは一対一の賭けにするつもりでしたよ。カズマがあまりに情けない事を言うからではないですか」

「まあ、一回分負けてもダクネスかアクアに押しつければいいし、勝ったら三回分って言うなら、少しくらいはリスクを背負ってもいいかな」

「まったく、最初からそう言ってくださいよ。では、改めて説明しますよ。この硬貨を、カップに触れずに……」

 

 …………。

 ……計画通り!

 めぐみんの説明を聞き流しながら、俺は顔がニヤけないように注意する。

 このカップと硬貨のゲームを、めぐみんはダクネスから教わったらしく、俺がダクネスに教えた事を知らないのだろう。

 俺は、念のためにカップと硬貨に仕掛けがない事を確かめながら……。

 

「あ、一応言っておくけど、スキルの使用はナシだよな? まあ、今日はもう爆裂魔法を撃ってるんだし、めぐみんは他にスキルが使えないんだから、いちいち言わなくてもいいだろうが」

「ええ、スキルは使いませんとも。純粋にトリックだけですよ」

 

 そう言いながら、めぐみんは硬貨にカップを被せ。

 

「このカップに触れずに硬貨を動かしたら私の勝ち。動かせなかったらカズマの勝ちです」

「おう」

「……私の勝ちですね。すでに硬貨は動かしました」

 

 そんなめぐみんの言葉に、俺はニヤニヤしながら。

 

「そうなのか? じゃあ、カップをどかしてみせてくれよ。……ほら、どうした? すでに勝負がついてるんなら、自分の手でカップを持って動かしたらいいじゃないか。コップの下に硬貨があったら俺の勝ち、なかったらお前の勝ち。そうだろ? どうしてカップを動かさないんだ? ああ、分かった。さっきの勝利宣言は嘘で、俺が確認のためにカップを持ちあげた時に硬貨を動かすつもりなんだな? ……俺がこの手のゲームを勝算もなく受けるわけないだろ。そもそもこのゲームをダクネスに教えたのは俺だよ。残念だったな!」

 

 勝ち誇って笑う俺に、めぐみんは。

 

「知っています」

「……今なんて?」

「このゲームをカズマがダクネスに教えた事は知っている、と言ったんです。カズマの方こそ、私がカズマ相手にこの手のゲームを勝算もなく仕掛けると思ったんですか? 紅魔族は知能が高いのです。アクア、お願いします」

「任せてめぐみん! 約束は守ってくれるのよね?」

「分かってますよ。家事一回分はチャラにしてあげます」

 

 そんな話をしながら、ソファーから降りたアクアがやってきて、カップを横からひょいっと持ち上げ……。

 

「あ、お前ら! 汚ねーぞ!」

「第三者の介入は不可というルールはなかったはずです。私はカップには触れていませんよ。カズマは最近だらけ過ぎていますし、一回くらいは負けておいた方がいいと思います」

 

 めぐみんは勝者の笑みを浮かべ、無防備にテーブルに置かれた硬貨に手を伸ばし……。

 

「……あれっ?」

 

 硬貨がぴくりとも動かない事に、驚愕の表情を浮かべた。

 

「こんな事もあろうかと、さっき仕掛けがないか調べた時に、硬貨に接着剤を塗っておきました」

「ひ、卑怯ですよカズマ! これでは硬貨が動かせないではないですか!」

「硬貨が動かないようにしてはいけないってルールもないだろ?」

「待ってめぐみん! ピュリフィケーションよ! 私が浄化すれば、接着剤もべたつきを失うかもしれないわ!」

「い、いえ、スキルは使用禁止ですし、ここは爆裂魔法でレベルを上げた私の高ステータスに物を言わせて……」

 

 俺は、慌てるアクアからカップを取り上げると、硬貨を動かそうとしているめぐみんの手にカップを押しつけた。

 

「あっ!」

「俺の勝ち」

 

 

 *****

 

 

 めぐみんとの賭けに勝ってから、一週間が経った。

 相変わらず、屋敷では引っかけゲームが流行っていて、俺は今日もめぐみんを相手にカップと硬貨を手にしている。

 最初はダクネスやアクアを引っかけ、当番を押しつけていためぐみんも、一度、俺に引っかけられた事が悔しかったのか、度々俺に引っかけゲームを挑むようになっていた。

 

「よし、始めるぞ」

 

 硬貨にカップを被せ、俺がそう言うと、めぐみんは手のひらを突きだして。

 

「待ってください! 追加ルールです。テーブルをガタガタ言わせてカップを動かしたり、取っ手に箸を入れて直に触れずに持ち上げたり、テーブルの下から磁石を使って硬貨を動かしたりするのも禁止ですよ!」

「分かった」

 

 追加ルールをあっさり受け入れる俺に、めぐみんは悔しそうな顔をする。

 この追加ルールというのはつまり、今日まで俺が、三人を相手に使ってきたカップに触れずに硬貨を動かす方法だ。

 俺がダクネスを引っかけ、似たようなゲームが流行するきっかけになったゲームだからか、なぜかこのカップと硬貨のゲームは繰り返し行われ、より細かいルールが決められたり、相手を騙すための言い回しが考案されたりと、どんどん洗練されてきている。

 最初はちょっとした出来心だったのに、なんだか大事になっているような……。

 めぐみんが目を紅くし、真剣な顔をしながら。

 

「スキルは使用不可ですし、この部屋に第三者はいませんよね。それに、アクアもダクネスもカズマには協力しないはず……。一体どうやって……? ひょっとすると、テーブルに穴が開いていて、下から棒でも通して硬貨を動かすのでしょうか?」

 

 カップを伏せた側の勝利条件は、カップに触れずに硬貨を動かす事だが、その対戦相手の勝利条件は、いつしか相手の企みを暴く事になっていた。

 この場合、めぐみんは、俺がどうやってカップに触れずに硬貨を動かすかを言い当てれば勝利となる。

 考えこむめぐみんの様子に、俺はあくびをしながら。

 

「おいめぐみん、時間を掛けすぎじゃないか? いい加減に始めたいんだが」

「わ、分かりました。では追加ルールとして、テーブルに穴を開けて下から棒などを使い硬貨を動かすというのはやめてください」

「分かった」

 

 ここで俺が、テーブルに穴を開けて下から棒を使って硬貨を動かそうとしていれば、そして他に硬貨を動かす手段がなければ、めぐみんの勝ちとなるわけだが……。

 俺は、懐から小魚を取りだすとそれをテーブルにばら撒き。

 

「ほら、ちょむすけ。餌だぞ」

「なっ……! 待ってくださいよ、その子は私の使い魔なのですから、餌に釣られて私の不利になるような事をするはずが……! ああっ! 駄目ですよちょむすけ! そのカップを倒してはいけません! 餌が欲しいなら私が後であげますから、今は我慢してください!」

 

 俺の言葉に、こたつの中で寝ていたちょむすけが顔を出し、テーブルの上に飛び乗って、ばら撒かれた小魚を食べ始め……。

 嬉しそうにゆっくりと振られているちょむすけの尻尾が、カップを倒して。

 俺はすかさず、その下にあった硬貨を手に取ると。

 

「俺の勝ち」

 

 俺の勝利宣言に、めぐみんがテーブルの上で頭を抱えた、そんな時。

 玄関のドアが開き、ダクネスが入ってきて。

 

「お帰りなさい、ダクネス」

「お帰り。こんな寒いのによく出歩けるな。また庭で鍛錬か?」

 

 めぐみんはテーブルに突っ伏したまま、俺はカップと硬貨を片付けながら、口々に言うと、ダクネスは溜め息を吐いて。

 

「ただいま。……いきなりで悪いが、カズマ。これから冒険者ギルドに行くぞ」

 

 いきなりそんな事を……。

 

「いや、何言ってんの? 嫌に決まってるだろ。トイレの時にこたつから出るのだって嫌なくらいなのに、この寒い中、外に出るなんてごめんだよ。大体、ギルドに行ったって冬の間はロクなクエストがないって話じゃないか」

「……あなたは最近、だらけ過ぎだと思いますよ。少しくらいは外出した方がいいのではないですか? しかし、カズマの言うように、冬の間はギルドに用事なんかないと思うのですが。最近は皆、大人しくしていますから、呼びだしという事もないでしょうし……」

 

 俺とめぐみんの疑問に、ダクネスは少し気まずそうに目を逸らして。

 

「そ、それがだな……。い、いや、事情は行けば分かるだろう。問題は、こたつから出ようとしないその男を、どうやってギルドまで連れていくかという事だ。めぐみん、すまないが手伝ってくれないか」

「分かりました。私もカズマはいい加減、こたつから出るべきだと思っていましたからね。用事が出来たのなら、いい機会ではないですか」

「な、なんだよ。俺はギルドに用なんかないぞ。俺はどこにも行かないし、こたつからも出ないからな! 冬の間はこたつの中で、のんびりと過ごすって決めてるんだ」

「おい、商品開発をするという話はどうなったんだ? 私は、お前が閃きを待つためにじっとしているというから、無理やりこたつから引っ張りだすような事は慎んでいたのだが」

「……? そんな事言ったっけ?」

「お前という奴は、お前という奴は! もういい! お前の事情など知った事か! ギルドに行かないというのなら、こんなもんぶっ壊してやる!」

 

 物騒な事を言いながら歩み寄ってくるダクネスに、俺はこたつを守るようにテーブル部分に両手を広げて覆いかぶさる。

 

「あっ、おい! やめろよ! これは俺が、自分の金で材料を買ってきて、自分で作ったもんなんだぞ! お前に壊していい権利なんてないはずだ!」

「二人とも落ち着いてください。ダクネスも、そんなに興奮しなくても大丈夫ですよ。どうせそろそろ、このこたつは動かなくなりますから」

 

 じりじりと距離を詰めてくるダクネスを、俺はフリーズで迎え撃つべく警戒して。

 そんな俺達に、一人落ち着いて茶を啜るめぐみんがそんな事を……。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。お前、こたつになんかしたのか? 勝手にいじって壊したりしたら、いくら温厚な俺でも怒るぞ」

「人聞きの悪い事を言わないでください。カズマはこのこたつを作る際に、私に紅魔族の魔道具作成の知識について聞いてきたではないですか。その知識と、時々見ていたカズマの作業から、近いうちに壊れるのではないかと予想しているだけですよ」

「マジかよ。これ、動かなくなるの? そういうのは作ってる時に言ってくれよ」

「私にそんな事を言われましても。私が何を作っているのか聞いた時、カズマは出来上がるのを楽しみにしておけとしか言わなかったではないですか。完成図が分からなければ、どこがどう働くのかも予想しきれませんからね。それに、出来上がったらカズマがあっという間にだらだらし始めたので、動かなくなるならその方がいいかと思いまして」

 

 紅魔族は知能が高いのですとめぐみんは嘯く。

 俺がこたつから出なくなるこの状況を予想していたらしい。

 バカなアクアや脳筋なダクネスと違って、めぐみんはたまにこういう事をしてくるのが厄介だ。

 

「カズマはいい加減、こたつから出るべきだと思います。こたつが動かなくなる理由が知りたかったら、ダクネスと一緒にギルドに行ってもらいましょう」

 

 

 *****

 

 

「サトウさん! よく来てくださいました。待っていたんですよ! さあ、入ってください!」

 

 冒険者ギルドのドアを開けると、受付のお姉さんがそう言って俺達を歓迎する。

 ギルドに併設された酒場には、昼間だというのに多くの冒険者の姿があって。

 

「……な、なんだこれ。おいダクネス、お前、なんか知ってるんだろ? どうしてこんな事になってるんだ?」

「それはその、なんというか……」

 

 俺の言葉に、ダクネスはうろたえるように目を泳がせる。

 酒場に集まった冒険者達は、なぜか、明るく騒ぐ者達と、暗く落ちこむ者達とに、くっきりと分かれていた。

 ダクネスは、そんな冒険者達から顔を背け、言いにくそうに。

 

「実はこのところ、冒険者達の間でちょっとした賭けが流行っていてな」

 

 聞けばこういう話らしい。

 手頃なクエストのない冬の間、やる事もなく、暇を持て余していた冒険者達。

 そんな彼らに、仲間内で行われるちょっとした引っかけや、新人への洗礼について聞いて回る、とあるクルセイダーがいた。

 そのクルセイダーが、屋敷で家事当番を巡って引っかけゲームで賭けをしている事を話すと、娯楽に飢えていた冒険者達は食いつき、やがて屋敷の中と同じように、ギルドでもちょっとしたゲームで賭けをする事がブームになり……。

 

「なるほど、箱入りお嬢様のお前が、引っかけゲームのネタをどこから仕入れてきてるのかと思ってたが、ギルドで冒険者に聞いてたんだな。あの明るい方は賭けに勝った奴らで、暗い方は賭けに負けた奴らって事か。でも、なんでそんなんで俺が呼ばれたんだ?」

 

 俺のその質問に、答えたのは受付のお姉さんで。

 

「その、冒険者の方々はまとまったお金を手にする事が少ないので、後先考えないと言いますか、冬越しのための資金を賭け事に費やしてしまった方もいらっしゃいます。このままでは、冬を越す事の出来ない冒険者が出るかもしれないのですが、個人間の賭けで手に入れたお金を、ギルドから返すように勧告するわけにも行かず……」

「いや、ちょっと待ってくれ。それ以上は聞きたくない。これ、絶対に面倒な事を頼まれる流れじゃん! 冒険者ってのは自己責任なんだろ? 賭けで金をスったからって、いちいち手助けしてたらきりがないじゃないか。俺は知らないぞ」

「そ、そこをなんとか! 冒険者は確かに自己責任が基本ですが、こんなお遊びの賭け事なんかで身を持ち崩されても、ギルドとしても困るんです! それに、こう言ってはなんですが、今回の事もサトウさんのパーティーが原因のようなものですし……」

「カ、カズマ、私からも頼む。どうか、力を貸してくれないだろうか」

「いや、お前のせいじゃねーか! お前は変態な事以外ではこれといって迷惑掛けてこないと思ってたのに、何やってんの? お前がおかしなブームを引き起こしたんだし、お前がなんとかすればいいだろ!」

 

 俺が、横から口を挟んでくるダクネスにツッコむと、ダクネスは弱りきった表情で。

 

「す、すまない。私も自分でなんとか出来ればそうしたいのだが、賭けに負けて有り金を巻き上げられてしまい……」

「何やってんの? お前は本当に何をやってるの? 屋敷で負けっぱなしで半年分くらい家事当番の負債があるくせに、ギルドでは勝てると思ったのか?」

「い、いや、例え勝てないとしても、こうなったのは私のせいなのだから、私がなんとかしなければと……!」

 

 まったく、コイツはたまにこういう面倒くさい事を……。

 …………。

 

「ああもう、しょうがねえなあー! それで、俺は何をすればいいんだよ?」

 

 

 

「サトウさんには、大勝ちしている冒険者をゲームで引っかけて、大金を巻き上げてほしいんです」

 

 受付のお姉さんには、そんな事を頼まれた。

 俺が巻き上げた金を、賭けに負けた冒険者達に、冬越しのための資金として分配するらしい。

 賭け事で大金を得ようとすればノーリスクとは行かないだろうが、それで大金を手に入れても俺のものになるわけではない。

 あまり気は進まないが、引き受けてしまったからにはさっさと片づけようと、俺が浮かれる冒険者達の下へ行こうとすると……。

 と、暗い冒険者達がいる方へめぐみんが歩いていき。

 

「……あなたはこんなところで何をやっているのですか。ひょっとして、他の冒険者との賭けに負けて、有り金を奪われたのですか?」

「あ、めぐみん! そんなわけないじゃない。私だって知能が高いって言われている紅魔族だし、それに、昔からめぐみんにおかしな勝負で引っかけられてきたんだから、簡単に騙されたりはしないはずよ。……多分」

 

 めぐみんが話しかけたのは、暗く落ちこんだ顔をしているゆんゆんで。

 そんなゆんゆんは、暗い顔のまま。

 

「ねえめぐみん。めぐみんも引っかけゲームをしに来たの? だったら、私と勝負しない? 引っかけゲームが流行ってるって聞いて、ずっとこの酒場に通ってきてるんだけど、待ってても誰もゲームに誘ってくれなくて……」

 

 …………。

 ……なんかあの娘だけ、落ちこんでいる理由が違うような気がするんだが。

 

「あの、カズマ。すいませんが、私はしばらくこの娘の相手をしています」

「そ、そうか。分かった」

 

 めぐみんにゲームを挑まれ表情を明るくするゆんゆんに、俺がほっこりするやら悲しくなるやら微妙な気持ちになっていると……。

 明暗分かれている冒険者達の、ちょうど中間辺りで。

 

「二回に一回は当たるはずなのに、どうして十回連続で外れるのよ! インチキよ! 何かインチキをしているに決まってるわ!」

「い、いや、アクアさんがそう言うから、もう何度もコインを交換したじゃないですか。それに胴元は何もしなくても儲かるんだし、インチキなんかしてませんよ。それより、アクアさんが参加すると、皆が逆に張るので、賭けが盛り上がらなくなるんですが……」

「私を厄介者扱いするのはやめてちょうだい。私だって、好きで毎回外してるわけじゃないんですけど!」

 

 コインを投げて裏表どちらが出るかという古典的な賭けをしているらしい一角で、半泣きのアクアが騒いでいた。

 ……アイツ、最近ソファーにいないと思ったら、こんなところに来ていたのか。

 

「ふわああああああーっ! また外れた! 今日のご飯代がーっ!」

 

 なんか聞き捨てならない事を言っているが、今はそれよりも優先する事がある。

 明るく騒いでいる冒険者達の下へ辿り着くと、その中心には、賭けで大勝ちしたらしい冒険者と、そのおこぼれにあずかろうとする冒険者達の姿が……。

 

「俺、ダストさんはいつかすごい事をやる人だって思ってました!」

「お前がただのチンピラで終わる奴じゃないって事くらい、俺にはずっと前から分かってたさ!」

「なーに、それほどでもあるけどな! おい姉ちゃん、こっちにキンキンに冷えたクリムゾンビアーを追加だ! 酒も料理もじゃんじゃん持ってきてくれ! 今日は俺の奢りだ! おっ、なんだ、カズマじゃねーか。丁度いいところに来たな。お前さんにはいつも奢ってもらってるが、今日はその恩返しをさせてくれよ!」

 

 ……なんだ、ダストか。

 賭けで勝ち大金を得たらしく、ダストは酔っぱらって顔を赤くし、冒険者達にチヤホヤされて調子に乗っている。

 そんなダストを見ていると、横からダクネスが。

 

「おいカズマ、なぜあのチンピラを羨ましそうに見ているんだ? 引っかけゲームで勝ち続けたくらいでチヤホヤされるんだったら、自分がやれば良かったなどと思っていないだろうな」

「そそそ、そんなわけないだろ! 今からあいつの金を巻き上げるんだなって思って、ちょっと申し訳ない気持ちになってただけだよ!」

 

 と、俺とダクネスが言い合いをしていた、そんな時。

 近くのテーブルから声を掛けられた。

 

「ギルドの人が言ってた助っ人って、カズマの事だったんだね。ダストのバカの事は気にしないでいいから、遠慮なく有り金巻き上げてやってよ。ダストの事だし、無一文になっても冬を越せるでしょ」

 

 ダストとパーティーを組んでいる冒険者、リーンが、野菜スティックをポリポリかじりながら、そんな事を言ってくる。

 

「お、おう……。まあ、こうなった原因の一端はウチのダクネスにもあるわけだし、とりあえずなんとかしてくるよ。ダストが路頭に迷うような事があれば、屋敷に泊めてやるから心配するな」

 

 俺はリーンにそう言いながら、ダストの近くの椅子に腰を下ろす。

 ダストに勧められるまま、料理や酒を口にしながら、俺は当たり障りのない話をする。

 こういうのは、いきなり言いださない方がいいだろう。

 相手に警戒されないように、機会を待って……。

 と、ダストが機嫌良く酒を飲みながら。

 

「それにしても、カズマがギルドに来るなんて久しぶりじゃないか? 冬の間はずっと屋敷に篭っていたっていうのに、なんかあったのか?」

 

 笑顔でそんな事を……。

 …………。

 いや待て。

 コイツはすでに、俺がギルドに呼ばれた理由に気づいている……! その上で、俺を挑発してきている……!

 ざわ……、ざわ……。

 笑顔なのに目をぎらつかせるダストに、俺はなるべく余裕が見えるように笑みを浮かべて。

 

「悪いなダスト、俺は冒険者なんだ。ギルドに頼まれると断れなかったんだ」

「なに、いいって事よ。それに俺も、歯応えのない相手ばかりでガッカリしていたところだしな。カズマなら、相手にとって不足はねえ」

 

 俺はニヤリと笑いながら、カップと硬貨を取りだし……。

 いや、何コレ。

 格好良いライバル同士の会話みたいなのを目指したはずが、取りだすのがカップと硬貨って、全然格好良くない。

 それなのに、周りの奴らは一瞬の息を呑むような静寂の後で、ざわざわと騒ぎだしている。

 

「卑怯者対決! アクセルの街随一の卑怯者対決だ!」

「領主を除けばこの街で最も悪辣だと言われるクズマさんと、どうして大きな顔で街中を歩けるのか分からない犯罪者スレスレのダストとの一騎打ちか……!」

「どちらがよりクズいかが、今日この場で決まっちまうのか……!」

「そんなのダストに決まってるだろ! 冬は寒いから騒動を起こして牢屋に入れてもらおうとか言ってるような奴だぞ!」

「カズマさんよ! 最近は家事当番を私達に押しつけ、一日中こたつに入ってぬくぬくしていて、誰か俺の代わりにトイレに行ってくれればいいのにとかバカな事を言ってるカズマさんの方が、そこのチンピラ冒険者よりクズいに決まってるわ!」

 

 おいやめろ、引っかけゲーム対決なのにどちらがクズいか対決みたいに言うのはやめてください。

 俺とダストは何も載っていないテーブルに向かい合って座る。

 そんな俺達を、酒場にいる冒険者達が輪になって見守っていて……。

 ……なんだろうコレ、すごくやりにくいんですが。

 

「えっと、このカップを硬貨に被せて、カップに触れずに硬貨を動かせたら勝ちなんだが。……知ってるか?」

「ああ、知ってるぞ。もう動かしたって嘘をついて、相手が慌ててカップを持ち上げて確認したところで硬貨を取って、『カップに触れずに硬貨を動かした』って言うやつだろ」

「そうそう。それを踏まえた上で、どうだ? カップに触れずに硬貨を動かせたら俺の勝ち。出来なかったらお前の勝ちだ」

「はーん? 本気でカップに触れずに硬貨を動かすっていうのか? 言っておくが、スキルは禁止だよな? それに、これだけ周りに人がいるんだし、自分は手を触れないけど誰かにカップを取ってもらうってのもナシだぞ?」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 手のひらを突きだして言う俺に、ポンポンと禁止事項を上げていたダストはニヤリと笑い。

 

「おいおい、今言った中に当たりがあったって事か? 誰かにカップを取ってもらおうってか? アクセルの街随一の卑怯者と評判のカズマさんが、随分と捻りのない手を使うじゃねーか!」

「そうじゃない。これは賭け事なんだろ? だから、こういうのはどうだ? お前が禁止事項をひとつ増やすたびに、掛け金を吊り上げていくんだ。最終的に、お前に禁止されなかった方法で、カップに触れずに硬貨を動かせたら俺の勝ち。俺が勝ったら、賭けた分の金を貰う。出来なかったら、お前が賭けた分の金を俺が支払う。それでどうだ?」

「ちょっと待てよ。そりゃ俺に有利すぎやしねーか? 俺がカップに触れずに硬貨を動かす方法を全部禁止したら、俺の勝ちが確定するじゃねーか。こっちに有利なんだから文句はないが、俺に一方的に有利な条件をお前が持ちだすはずないよな。一体何を企んでやがる?」

「そりゃ、企んでるに決まってるだろ? 俺だって、勝ち目のない勝負はしたくない。というか、本当は負けるはずのない勝負以外はしたくないんだけどな? それだけこの方法がバレない自信があるって思ってくれ。まあでも、そこまで言うならこっちも条件を付けようか。禁止事項をひとつ増やすごとに、必要な賭け金も増やしていくってのはどうだ? 最初の禁止が百エリスなら、次は二百エリス、その次は三百エリスって感じで」

「……ちっ! 藪蛇だったか。まあいいぜ。その条件で受けてやる」

「それじゃあ、禁止一回につき、十万エリスってレートでどうだ?」

「じゅ、十万!? これだから金持ちは……! お、おい、本当にいいのか? 俺が勝ったら、何百万エリスか貰う事になるぞ。多けりゃ、一千万……!」

 

 俺が構わないと頷くと、ダストがごくりと唾を飲みこむ。

 

「マ、マジかよ。これは勝負なんだ。いくらお前さんが相手だって容赦しねーぞ?」

 

 ルールが決まり、周りの冒険者から、おおっ……と声が上がる。

 ダストが、カップと硬貨に仕掛けがない事を確かめてから、俺は硬貨をテーブルに置きカップを被せる。

 

「水を掛けてカップを動かすのは禁止、テーブルをガタガタ言わせてカップを動かすのは禁止、取っ手に棒かなんかを入れて直に触れずに持ち上げるのは禁止、テーブルの下から磁石を使って硬貨を動かすのは禁止、それに動物をけしかけてカップを動かすのは禁止……」

 

 ダストは次々と禁止事項を増やしていき……。

 

「お前んとこのプリーストの芸でカップを消すのは禁止、それに……、そ、それに……」

 

 だらだらと汗を流しながら、十個目の禁止事項を口にするダストに、俺は心配そうに。

 

「おいダスト、大丈夫か? 今ので掛け金は五百五十万エリスになったが」

「……!!」

 

 ざわ……、ざわ……。

 ダストは冬だというのに全身から汗を流し、俺が利用できそうなものはないかと酒場を見回している。

 やがて、ダストが目をリーンに向けて……。

 

「! 野菜スティック!! 野菜スティックをけしかけてカップを動かすのは禁止だ!」

「……六百六十万エリスだな」

 

 俺が悔しそうに言いながら、リーンから一本貰っておいた野菜スティックを手放すと、ダストはほっとしたように息を吐いて。

 

「他には思いつかねーが、いくらカズマでも、流石にもうカップに触れずコインを動かす事は出来ないだろ。六百六十万は俺のもんだ!」

「おっ、もう終わりか。もうちょっと掛け金を吊り上げたいところだったが、まあいいだろ。本当にいいんだな?」

「くそ……! 本当に余裕なのか、余裕がある振りをしてるだけなのか分からねえ! これだから金持ちは!」

「ふはは、まあそれほどでもあるけどな! バニルの討伐報酬で大金が手に入ったし、新商品を開発して、これからもっと儲ける予定の俺には、六百六十万くらい失っても痛くない」

 

 ……本当はめちゃくちゃ痛いが。

 本音を言えば、一エリスだってこんな事で失いたくはない。

 ダクネスには文句を言っておこう。

 あと、賭けに負けて金を無駄にしていたようだし、アクアの小遣いは減らそう。

 俺がそんな事を考えていると、ダストがバンとテーブルを叩いて。

 

「よし、この条件で勝負だ! 六百六十万賭けてやるよ!」

「分かった。じゃあ、やるぞ」

 

 ギラギラした目で俺を見るダストに、俺は横を向いて。

 

「おいダクネス、頼んだ」

「ああ、任せてくれ」

「お、おいカズマ! この酒場にいる奴らにカップを取ってもらうってのは禁止したはずだぞ! ララティーナがカップに触れたらお前さんの負けだからな!」

「ラ、ララティーナと言うな……!」

 

 俺の言葉に、ダストが声を上げる中。

 ダクネスは名前を呼ばれた事に文句を言うとテーブルから離れ……。

 そして、冒険者ギルドから出ていった。

 

「まあ、少し待ってくれ。そんなに時間は掛からないと思う」

 

 余裕の表情でそんな事を言う俺に、ダストや冒険者達が不思議そうに首を傾げ。

 ――しばらくして。

 ハッとしたように立ち上がったダストが。

 

「お、おい、あの頭のおかしい娘はどこ行きやがった!?」

 

 さっきまでゆんゆんが座っていた辺りを見るが、そこにはめぐみんもゆんゆんもいない。

 ダストのその言葉を待っていたかのように、遠くの方で轟音が聞こえ、冒険者ギルドに激震が走った。

 激しい揺れにカップが倒れると、俺はすかさず硬貨を手に取って。

 

「はい、俺の勝ち」

 

 



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このおぞましい悪夢に断絶を!

『祝福』2,5、既読推奨。
 時系列は、5巻の後。


 ――魔王軍の幹部、グロウキメラのシルビアを討伐し。

 里の復興を見届けた俺達は、紅魔の里での最後の夜を過ごしていた。

 めぐみんが、俺の隣で寝転がりながら。

 

「もしカズマが悪い事をしたと思っているのなら……。そうですね、それなら、逆にカズマが私に襲われてみるというのはどうでしょう?」

 

 少し俺の方に身を寄せるようにして、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 昨日セクハラしようとしたのは悪かったけど、もう謝ったんだから、からかうのはやめろよ」

「からかってなんていませんよ。私は本気で言っているんです。それともカズマにとって、私は好きでもない相手なんですか?」

「ちょっと待て。嫁入り前の娘さんが、襲うとか襲われるとか、そういうのはどうかと思う! お前、アレだよ。いくらなんでも捨て身すぎるだろ。昨日の事は悪かったって! 俺も屋敷に帰ったら、しばらくはセクハラを控えるようにするから……」

「カズマは私の事が嫌いですか? 私に襲われるのは嫌ですか?」

 

 俺は、俺をじっと見つめてくるめぐみんの紅い目から視線を逸らす。

 めぐみんの事が好きか嫌いかと言えば、好きに決まっている。

 アクアの事も、ダクネスの事も好きだ。

 でも、これが恋愛感情の好きかというと……。

 いや、そうじゃないだろう佐藤和真。

 いざという時は何も出来ないヘタレだとか言われて、そのままにさせておいていいのか?

 めぐみんは、どうせ俺が何も出来ないと思ってからかっているのかもしれないが、俺が本気で何かしようとしたら、向こうからごめんなさいと言ってくるだろう。

 そうでないのなら。

 めぐみんが本気だっていうのなら……。

 これはもう、行くところまで行ってしまっていいのではないだろうか。

 

「お、お前の事は嫌いじゃないし、襲われるのも嫌じゃないよ。俺は……」

 

 俺がそう言って、逸らしていた視線をめぐみんに向けると……。

 

「それじゃあ、すぐ済むからじっとして、目を瞑りな!」

 

 そこにはニタリと歯を剥きだしにして笑いかけてくる、オークの顔が。

 

「最初は男の子がいいわねえ! オスが六十匹、メスが四十匹! そして海の見える白い家で、毎日あたしとイチャイチャするの!」

 

 

 

「うわああああああああ!」

 

 目が覚めるとホテルの部屋にいた。

 俺以外に誰もいないのは分かっていたが、慌てて周りを見回す。

 と、開けっぱなしにしていた窓からロリサキュバスが部屋の中を覗きこんで。

 

「お客さーん、またですかー? 今日も精気が吸えなかったんですが……」

 

 その言葉に、俺はベッドの上で膝を抱える。

 紅魔の里から戻ってきて、数日。

 俺はオークに襲われ傷ついた心をサキュバスのお姉さんに癒してもらおうと、例の店に行ったのだが……。

 トラウマは俺が思っていたよりも深いようで、いかがわしい夢を見せてもらおうとすると、途中でオークが出てきて、最後まで夢を見る事が出来なくなっていた。

 

「す、すいません……。俺、こんなんですいません……」

「いえ、そんな、謝っていただくような事ではないんですが! 大丈夫です! 大丈夫ですよお客さん! こんなの大した事じゃないですから! 誰にでも起こり得る事ですから!」

 

 膝を抱えてぶつぶつと謝る俺に、ロリサキュバスが労わるように肩を抱いてくる。

 なんだろうこの、かつてなくいたたまれない感じ。

 

「あの、ちょっと待ってくれ。慰めてくれようとしてるのはありがたいが、その服装でくっつかれると、その……」

「あっ、すいません」

 

 心は傷ついているのだが体はなんともなく、このところサキュバスの夢で発散出来ていないせいで、健全な思春期の衝動が溜まっている。

 肌のほとんどを露出した際どい服装でくっつかれるのはマズい。

 何がとは言わないがすごくマズい。

 …………。

 

「なあなあ、相談なんだが、えっちな夢を見せるんじゃなくて、実際にその、そういう事をして精気を吸うっていうのは駄目なのか? 正直、もう限界なんだよ。俺が一緒に住んでる奴らは、見た目だけはすごく良くて、しかも風呂上がりに薄着でウロウロしてる奴とかもいる。これまではサキュバスサービスのおかげで、ぎりぎりのところで冷静さを保てていたんだが、このままだと自分でも何をしでかすか分からん」

「すいませんお客さん。ウチの店はそういうサービスはやってないんです。夢を見せるのではなく実際にやってしまうと、喫茶店ではなく風俗店になってしまうので税金も高くなりますし……。なので、そういうのは上から止められているんです。すいません」

「いや、俺の方こそ変な事聞いて悪かったな。精気を吸わせてやれなかったのは悪かったけど、俺の事は気にしないでくれ。せっかく外泊していて一人なんだし、自分で何とかするよ」

「じ、自分でなんてそんな! もったいない!」

 

 俺の言葉に、ロリサキュバスが声を上げる。

 精気を吸って生きているサキュバスにとっては、夢を見させて吸収するはずの精気を一人で発散されるのはもったいない事らしい。

 

「仕方ないだろ。夢を見せてもらっても、途中でオークが出てくるんだから。……というか、いつもリクエストの紙に書いておいて今さらだけど、女の子相手にこういう話をするのは気が引けるんですが」

「大丈夫ですお客さん。私達も精気を吸って生きていますから、人間の女性よりもそういった事には理解がありますし、それに仕事でやっている事なので気にしませんよ。私達にとって、冒険者の皆さんは美味しいご飯なんです。お客さんだって、野菜に悩み相談されてもいちいち照れたりしないでしょう?」

「ちょっと何を言ってるのか分かんない」

「そんな事より、自分でなんて絶対駄目ですよ! 明日! 明日また頑張りましょう! 今日の分のお代はいただきませんから!」

 

 俺は、グイグイ迫ってくるロリサキュバスに少し引きつつ。

 

「そんな事言われても。トラウマなんてそんなに簡単に治るもんじゃないだろうし、明日になったからってどうにかなるとも限らないだろ? それに、サキュバスのお店の代金をサービスしてもらっても、俺の場合は外泊しないといけないから、宿泊代が掛かるじゃないか」

「お客さんは魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐して大金持ちになったんですから、けち臭い事を言わないでくださいよ。トラウマについては心配しないでください。明日までに、私が何か策を考えておきます!」

「そりゃ助かるが。策って、どんな策だよ?」

「わ、私はサキュバスとしては未熟なので、今すぐには思いつきませんが……。大丈夫です! 先輩に聞けば、きっと対処法はあるはずです!」

「まあ、確かに俺もこのままってのは困るし、そこまで言うんだったら明日またここに泊まる事にするよ。でも、明日も駄目っぽかったら、自分で何とかするからな」

「分かりました! きっと私が何とかしてみせますので、任せてください!」

 

 そう言って、ロリサキュバスは開けっぱなしの窓から飛び去っていった。

 

 

 *****

 

 

「……という事なんだが、お前らもなんか対処法を思いつかないか?」

 

 ――翌日。

 俺は、街を歩いていて出会ったダストとキースと、街の食堂で酒を飲みながら、夢の途中でオークが出てくる事について相談していた。

 ……よく考えるとすごく恥ずかしい事を相談している気がするのだが、夢の中での事だと思うとそれほど気にならない。

 

「なんだカズマ、その若さで不能ってか? 可哀相になあ! うひゃひゃひゃひゃ!」

 

 早くも酔っぱらっているキースが、俺を指さして笑い転げている。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。俺は単にそういう夢を見られないってだけで不能なわけじゃない。というか、そういう意味ではむしろ健康で、それなのに発散出来ないせいで屋敷での生活に困ってるくらいだしな」

「そういや、カズマの周りには綺麗どころが揃ってたな。だったら、夢の中でなんて言わずに、実際にやっちまったらいいんじゃねえか?」

 

 と、キースのそんな不用意な発言に、ダストが。

 

「おい、やめねえかキース。お前さんはまだ分かってないらしいが、こいつはそんなんじゃねえ。あいつらに手なんか出してみろ、アレを切り落とされるよりも酷い事になるに決まってる。爆裂魔法を撃ちこまれるとか、素手で握りつぶされるとかな。それに、あのプリーストは何をしてくるかまったく予想が出来ねえ。最悪、また洪水でも起こされて、今度はこの街が丸ごと沈むなんて事もあるんじゃねえか……?」

「それは否定出来ないが、俺はアクアの事はそういう目で見てないから大丈夫だ」

「おいおい、冗談もほどほどに……、…………」

 

 半笑いでツッコミを入れようとするキースが、俺とダストの真剣な顔を見て言葉を止める。

 徐々に笑いを引っこめていき、やがて真顔になったキースは。

 

「……マジで?」

「あいつらの見た目がいいのは俺も認めるけどな、中身に問題がありすぎる。ダストが言ったような事は序の口だと思った方がいいぞ。嘘だと思うなら、お前が俺の代わりにしばらく屋敷に泊まってみるか?」

「い、いいのか? それって、そういう事だよな? 何か間違いがあってもいいって事だよな?」

「構わんよ」

 

 ……あいつらに彼氏が出来ると思うと、我ながらワガママな事に抵抗があるが、なぜかキースを屋敷に泊まらせるのはそれほど気にならない。

 どうせロクでもない事にしかならないと分かっているからだろうか。

 俺が少しだけキースに同情していると、ダストが。

 

「おいやめろ。悪い事は言わねえからやめとけって。カズマもやめてくれよ。お前さんが傍から見たら羨ましい立場にいるってのは分かるだろ? そんなんじゃあないって事を俺は知ってるが、こいつは知らないんだ。だからって思い知らせようとしなくてもいいじゃねえか」

 

 …………。

 

「……そうだな、俺も不能とか言われてちょっとイラッとしただけなんだ。今の話は忘れてくれ。言っとくけど、これはお前のために言ってるんだからな?」

「おい、それはねえだろ! 分かったよ! 不能って言ったのは謝るよ! だからあいつらの事を詳しく! そこまで言うなら屋敷に泊まりたいとは言わないが、話を聞くくらいならいいじゃねえか!」

「詳しくって言われても。……そうだな、まずダクネスだが、言うまでもなくあいつはエロい。服の上からでも分かるとおり胸はでかいし、鍛えてるからスタイルもいい。それに、俺の事を誘ってるつもりなのか、たまに薄着でウロウロしてる事もあって、風呂上りとか、しっとりした髪の毛とかちょっと赤くなってる顔とか汗で肌に張りついてる服とかが正直たまらん。あの店がなくて、ダクネスの中身を知らなかったら、俺もうっかり襲いかかってたかもしれん。まあ、返り討ちに遭うだろうけどな。それと、めぐみん。……めぐみんは、俺は胸の大きい女の人が好きだし、正直言って棒じゃんって感じなんだが、爆裂散歩のたびにおんぶしてやってると少しずつ胸が成長していってるのが分かって、なんとなく俺が育てたような気がしてくる。色気って意味ではダクネスには全然敵わないんだが、本人もその辺りをまったく意識していないせいで、たまにやたら無防備だな。短いスカートを履いているのに平気でソファーに寝そべっていてぱんつが見えたり、襟の広い服を着ていて前屈みになると貧乳だから奥の方まで見えたり、色気がないせいで逆にドキッとする事もある。俺はロリコンじゃないが」

 

 詳しくと言われたから話していたのに、なぜか二人はドン引きしていて。

 

「お、おい、なんだよ。お前らが聞いてきたから話したのに、どうして引いてるんだよ?」

 

 俺の言葉に、二人はますます俺から顔を背ける。

 二人が意識しているのは俺ではなく、俺の少し後ろらしく……。

 …………。

 

「おお、お前達は、こんな時間から酒を飲んで、なんの話をしているんだ!」

 

 俺が振り返ると、そこには、顔を真っ赤にしたダクネスが立っていて。

 

「ララティーナお嬢様、いつからそこに?」

「私をララティーナと呼ぶな。……お前が『詳しくって言われても』と言ったところからだ」

 

 最初からじゃねーか。

 ていうか、何コレ超恥ずかしい。

 日本では高校に入ってすぐに引き篭もっていたし、経験はないが、エロトークを女子に聞かれたらこんな感じの空気になるのだろう。

 俺は座ったままダクネスに向き直り。

 

「俺だって健全な男なんだからしょうがないじゃないか。そもそもお前が薄着でウロウロしているのが悪い」

「お、お前って奴は! この状況で開き直る気か! それに勘違いするな! 屋敷で私が薄着なのは、別にお前を誘っているわけではない!」

「嘘つくな! 誘ってたんだろエロ担当! お前、俺が領主の館にコロナタイトを送りつけた件で捕まりそうになってた時、薄着でウロウロしていると俺がチラチラ見てくるとか言ってたよな? なんでそれが分かってるのに薄着でウロウロするのをやめないんだよ? ひょっとして、俺にチラチラ見られて興奮してたのか? 羞恥プレイってやつだったのか?」

「ち、ちが……! そんなわけないだろう! 私が屋敷で薄着でいるのは、屋敷の中でくらい過ごしやすい服を着てのんびりしたいからだ。勝手にいやらしい妄想を押しつけるのはやめろ」

「じゃあ風呂上りにも薄着でウロウロしてるのはなんなんだよ? 言っとくけどお前、あれは滅茶苦茶エロいからな。出るとこに出れば金が取れるレベルだぞ」

「や、やめろ! エロい格好とか言うのは本当にやめろ! 風呂上りに薄着なのは暑いからに決まっているだろう!」

「ほーん? それならどうして、わざわざ広間に居座ってるんですかねえ? 広間は共有空間なんだから、過ごしやすいからって薄着でいるのはどうかと思う。俺に見られるのが嫌なんだったら、とっとと部屋に引っこむのが淑女のたしなみってやつじゃないんですか?」

「そ、それはその……。風呂から上がっても、まだ眠るまでには少し時間があるし、部屋に一人でいても退屈なので、皆と一緒にいたいからで……!」

「そうなのか? でも俺の記憶が確かなら、広間に俺しかいない時でも、お前が部屋に入らなかった事があったと思うんだが。何か俺に用があったってわけでもなかったみたいだし、あれはどういう事だったんだろうな?」

「それは……。それはだな……。そ、そんな事までは覚えていない! お前の記憶違いなのではないか!?」

「お前、ついに悪徳政治家みたいな事を言いだしたな。まあでも、俺もそんな事いちいち覚えてないし、記憶違いって言われたら否定はしないよ。じゃあ最後の質問だが、ここに嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を持ってきて、これまでの質問を繰り返してもいいか?」

「…………、ゆ、許してください……」

 

 小さな声でそう言って、ダクネスは真っ赤な顔を両手で覆う。

 どこまでが嘘でどこまでが本当だったのかは分からないが、嘘を吐いていた事を認めたので、とりあえず許してやる事にした。

 というか、オークが夢に出てくる事を相談していたはずなんだが……。

 

 

 *****

 

 

 ――その夜。

 俺が、昨日と同じ宿屋の一室にいると、開けっぱなしの窓からロリサキュバスが入ってきて。

 

「こんばんは、お客さん」

「おう。……それで、俺のトラウマを治す方法は見つかったか?」

 

 俺が早速質問すると、ロリサキュバスはグッと胸の前で両手を握りしめ。

 

「任せてください! ちゃんと先輩達からアドバイスをもらってきました!」

「おお、頼もしいな! 俺もなんとかしようと思って人に聞いたりしたけど、これといっていい方法は思いつかなかったんだよ」

「夢については私達サキュバスの本領ですから、人間よりは詳しく知っていると思います。それでアドバイスですけど、オークが出たら倒してしまいましょう!」

 

 これで問題解決とばかりに笑顔で言うロリサキュバスに、俺は。

 

「いや、無理だろ。ていうか、倒せるんだったら最初に夢に出てきた時点で倒してるよ」

「それはお客さんの思いこみですよ。だって、夢なんですから。私達の見せる夢は、普通の夢よりリアルですし、目が覚めても覚えていられますが、夢である事に違いはありません。夢の中の事は、夢を見ている人の思いどおりに出来るんです。夢の中でなら、誰よりも強い剣士にもなれますし、強力な魔法を操る魔法使いにもなれます。オークくらい、いえ、例え相手が魔王であったとしても、夢の中でなら簡単に倒せるはずです。倒せる相手だって分かれば、トラウマに悩む事もなくなります!」

 

 ……なるほど。

 なんとなく、向こうの世界でやっていた心理療法を連想する。

 

「うまく行くかは分からんが、とりあえずやってみよう。俺はこのまま寝ればいいんだよな?」

「はい! お客さん、頑張ってください!」

 

 

 

 ――俺は平原地帯にいた。

 紅魔の里へ向かう途中にあった、オークの集落があるという平原地帯だ。

 本来ならヤバそうなモンスターがうようよしている危険地帯だが、ここが夢の中だと分かっている俺は、警戒せずに進んでいく。

 ……と。

 平原のど真ん中に、ぽつんと立つ人影が見えた。

 近づいていくと、向こうも俺に気づいてこちらに向かって歩いてくる。

 

「こんにちは! ねえ、男前なお兄さん、あたしといい事しないかい?」

「お断りします」

 

 ……なんだろう、ものすごい既視感が。

 いや、これはあの時と同じ光景だ。

 思えば、この時にドレインタッチで体力を奪ったオークにトドメを刺しておけば、その後、大量のオークに追われ、トラウマを負うという悲劇は避けられたのかもしれない。

 

「あらそう、残念ね。あたしは合意の上の方が良かったんだけど」

 

 この後の展開は分かっている。

 俺は先手必勝とばかりに――

 

「『ボトムレス・スワンプ』!」

 

 ここは俺の夢の中なのだから、俺はなんだって出来るし、どんなスキルだって使える。

 そう、ゆんゆんがオークを撃退するのに使っていた、あの魔法だって。

 俺が魔法で創った泥沼に飲みこまれたオークは。

 力強い泳ぎで泥沼を突っ切り、俺の下へ……。

 

「!!!!????」

 

 あかん。

 ゆんゆんが使った時は大きな泥沼だったのに、俺が使うとすごく小さい。

 リアルな夢だからって、こんなところまでリアルじゃなくていいと思うのだが。

 

「『狙撃』……!」

 

 俺はどこからともなく弓矢を取りだし、矢を射る。

 スキルのおかげでまっすぐオークに向かった矢は、オークに掴まれて折られた。

 

「上級魔法に、狙撃スキル? こんなに激しく愛をぶつけられたのは久しぶりだわ! こっちも本気で応えてあげないと失礼ってもんよね! あたし、絶対にあんたの子を産むわ!」

 

 ちょっと待ってほしい。

 この夢の中では俺が最強なんじゃなかったのか?

 俺の中でオークの恐怖が強すぎて、倒せるイメージが湧かないって事なのか?

 

「く、『クリエイトウォーター』! 『フリーズ』!」

 

 いつものコンボで足場を凍らせると、勢いよく突っこんできたオークは転んで滑っていく。

 その隙に俺は逃げだすが、上級魔法も狙撃スキルも効果がなかったのだから、逃げてもすぐに追いつかれるだろう。

 ちゅんちゅん丸を出したところで、俺のステータスではあのオークとまともに戦える気がしない。

 何か他に方法は……。

 …………。

 いや待て、さっきは弓矢を持っていなかったはずなのに、狙撃スキルを使おうとしたらどこからともなく弓矢が出てきたし、今も自然にちゅんちゅん丸を出すとか考えている。

 

「それなら、これでどうだ! ダクネス! 助けてダクネス様ー!」

「任せろ」

 

 俺が名前を呼ぶと、完全武装のダクネスがどこからともなく現れて、俺とオークの間に立ち大剣を地面に突き立てた。

 夢の中なのだから、望めば好きなものを出す事が出来る。

 それはもちろん、人間でも。

 ものすごいスピードで駆けてくるオークに対し、ダクネスは。

 

「…………オスのオークはいないのか。……はあ」

「おいダクネス! 落ちこんでないでそいつを止めろよ! お願いします!」

 

 オークのイメージに引っ張られてか、俺が襲われた時にダクネスが落ちこんでいた事が、夢の中でも再現されているらしい。

 大剣の柄に寄りかかるようにして落ちこむダクネスの横を、オークが駆け抜ける。

 駄目だコイツ、役に立たない。

 

「め、めぐみん! めぐみーん! 頼む! 爆裂魔法であいつを吹っ飛ばしてくれ! この際、俺を巻きこんでもいいから!」

「爆裂魔法は最強魔法。その分、魔法を使うのに準備時間が結構掛かります。準備が整うまで、あのオークの足止めをお願いします」

 

 少し離れた場所に現れためぐみんが、杖を構えた姿勢でそんな事を言ってくる。

 

「それが出来りゃ苦労してねーんだよ! それ、カエルの時の台詞じゃん! 夢の中なんだからさっさと魔法撃てよ!」

「まったく、カズマは分かっていませんね。仲間と協力して長い詠唱の時間を稼ぎ、極大の魔法で敵を一撃のもとに葬り去る……。そういうのは紅魔族的にポイントが高いのです。カズマがもう少しピンチになったら爆裂魔法を撃ちますので、その間は自力で何とかしてください」

「ふざけんな! お前ら、何しに出てきたんだよ? 実は俺を陥れるのが目的なのか? 昼間ダストとキース相手にいろいろ面白おかしく話したのは悪かったから、こんなところで復讐するのはやめろよ!」

 

 と、俺がめぐみんに文句を言っていると、アクアが。

 

「カズマさーん、カズマさーん! そんな事言ってる場合じゃないんですけど! もうオークがすぐそこまで来てるんですけど! 早く逃げてー、早く逃げてー!」

 

 …………。

 

「いや、ちょっと待て。俺はお前を呼びだした覚えはまったくないんだが? なんでいるの?」

 

 もう駄目だ。

 アクアが出てきたのなら、確実に何かやらかす。

 ここは俺の夢の中で、俺がそう確信しているのだから間違いない。

 

「ちょっとカズマってば何言ってるの? 私だって、あんたを助けるために出てきてあげたのよ? 女神である私がわざわざ夢の中にまで出てきたんだから、感謝してくれてもいいんじゃないかしら? ほら、ありがとうって言いなさいな! そして現実の私にお酒を奢ってね!」

「現実の私にも、もう少し優しくしてくれてもいいと思いますよ」

「わ、分かった! 分かったから、なんでもするから早くあいつを何とかしてくれ!」

 

 俺の言葉に、詠唱を終えためぐみんは。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 爆裂魔法が放たれたのは本当にぎりぎりのタイミングだったらしく、俺は背後からの爆風に吹っ飛ばされ、地面を転がる。

 振り返ると、そこには大きなクレーターが出来ていて。

 クレーターの坂道をものすごいスピードで駆けてくる、ちょっと焦げたオークの姿が……。

 

「あんたと愛し合うためなら、これくらいなんて事はないさ! あたしの心はもっと熱い愛の炎に焦がれているからねえ!」

 

 …………。

 

「なあ、やればやるほど、俺の中でオークへの恐怖が増していく気がするんだが。ていうか、コレもう無理だろ。なんだよ、爆裂魔法に耐えるって。あいつの硬さはダクネス以上なのか? 俺はどんだけオークが怖いんだよ?」

 

 思わず半泣きになる俺に、アクアが。

 

「待っててカズマさん、今助けるわ! 『セイクリッド・クリエイトウォーター』」

「おおっ! 確かにこれなら……! でかしたアクア!」

 

 アクアが呼びだした大量の水がオークを押し流し、クレーターの底の方へと運んでいく。

 しかし、水の勢いはまったく収まらず、ついには俺まで呑みこまれ。

 

「ごぼがぼ! い、いやでも、オークから逃げられるなら……!」

 

 と、俺が溺れそうになっていた、そんな時。

 洪水の激流の中を力強く泳ぎ、オークが俺へと近づいてきて。

 抵抗するどころか自由に動けない俺を太い腕で掴まえ……。

 

「大丈夫かい? 心配しないでも、あんたは絶対死なせないよ! もしも気を失ったら、マウストゥーマウスで人工呼吸をしてあげる! なんなら、気を失わなくてもやってあげるけどね! 遠慮なんかする事ないさ! あたしとあんたの仲じゃないか!」

 

 

 

「…………」

 

 目を覚ました俺は、無言で膝を抱えた。

 

「お、お客さん、どうでしたか? オークには勝てましたか?」

 

 俺が目を覚ました事に気づいたらしいロリサキュバスが、開けっぱなしの窓から入ってくる。

 

「負けた。あんなの勝てるわけがない。なあ、この世界のオークって、ぶっちゃけどれくらい強いんだ? 俺はまともに戦った事がないからよく分からないんだが、魔王軍の幹部よりも強いのか? 爆裂魔法にも耐えたりするのか?」

「そ、そうですか。負けちゃいましたか。えっと、私は魔王軍の事はあまり詳しくありませんが、流石にそんなに強い事はないはずです。お客さんのオークに対するトラウマが強すぎて、そんな事になってるんじゃないでしょうか」

「トラウマって言われても、自分ではよく分からないんだよな。確かにあの時、ものすごく怖かったってのは覚えてるが、今では笑い話に出来るくらいだぞ?」

「詳しい事は分かりませんが、夢の中というのは精神がとても強い影響を与える場所ですからね。普段は気づいていない無意識の恐怖が現れているのかもしれません。でも、安心してください! 私が先輩達から聞いてきた対処法はもう一つあります!」

「そ、そうか。じゃあそっちにしよう。あのオークと戦うくらいなら、魔王と戦った方がマシだと思う」

「お客さんのストライクゾーンを広げて、メスオークも行けるように……」

「却下」

 

 

 *****

 

 

 ――俺は平原地帯にいた。

 

「こんにちは! ねえ、男前なお兄さん、あたしといい事しないかい?」

 

 ……なんかいろいろ端折って出てきたが、俺の答えは決まっている。

 

「お断りします」

「あらそう、残念ね。あたしは合意の上の方が良かったんだけど」

 

 俺は、歯を剥きだしにして笑いかけてくるオークに。

 

「ちょっと待ってくれ。お前らオークは、他種族の優秀な遺伝子を取りこむために子供が欲しいんだろ? だったら、俺みたいな最弱職の冒険者なんかお呼びじゃないはずだ」

「そうは行かないよ。ここはあたし達オークの縄張り。通ったオスは逃がさない。それに……、不思議ね、お兄さん。一見強そうに見えないあんたからは、なぜか強い生存本能を感じるわ。最弱の冒険者だからって関係ない。あんたとの間には、きっと強い子が生まれるでしょうよ。あたしの勘はよく当たるのよ。……さあ、あたしといい事をしましょう?」

 

 そう言ったオークが襲いかかってくる前に、俺は隣を見て。

 

「まあそう言うなよ。強い子っていうなら、多分、俺よりこいつとの間に子供を作った方が強い子になるはずだ。そういうわけだから、あとは任せたぞ、カツラギ」

「誰がカツラギだ! 僕の名前はミツルギだ! ……いや、ちょっと待ってくれ。これはどういう状況なんだ、佐藤」

 

 俺の隣に現れたミツルギは、魔剣を手に平原を見回し、俺とオークを見比べて。

 

「どういう状況って言われても。あのオークは強すぎる。俺のトラウマが強いせいでそうなってるらしいんだが、とにかく夢の中であいつに勝つのはもう無理だと思うんだ。俺の力だけじゃ勝ち目がなくて、ダクネスやめぐみんまで呼びだしてみたけど、爆裂魔法でも無理だったんだからもうどうにもならない。だからお前の魔剣を使って何とかしてもらおうと思ってな」

「そ、そうか……。君に頼られるというのは複雑だが、悪くない気分だ。確かに、僕の魔剣はあらゆるものを斬る事が出来る。相手がどれほどの強者だろうと関係ない。いいだろう、佐藤。僕がこのオークを斬ってみせる!」

「いい男ね! 飛びきりのいい男だわ! あんたみたいな強い男、初めて見るわ! あんたとの間には間違いなく強い子が生まれる! さあ、あたしといい事しましょう!」

「いくら相手が女性であっても、モンスターだというなら容赦はしない。考え直すなら今のうちですよ」

「考え直すなんてとんでもない! あんたには絶対にあたしの子を産んでもらうわ! ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!」

 

 荒い息を吐きながら襲いかかったオークを、ミツルギは冷静に魔剣で斬り捨て……。

 …………斬り捨てる事が出来ず、オークは魔剣を腕で弾くと、ミツルギを地面に押し倒した。

 

「……!? なっ! 女神様から貰った魔剣で斬れないなんて……!」

「やっぱり駄目か」

「やっぱり!? ちょっと待て佐藤! どういう事だ! 僕にこのオークを倒してほしかったんじゃないのか!」

 

 圧しかかってくるオークを、魔剣を構えて押し返しながら、ミツルギがそんな事を言ってくる。

 

「いや、だから言ったじゃん。倒すのは無理だと思うって言ったじゃん。めぐみんの爆裂魔法にも耐えるような相手なんだぞ? お前のその魔剣が神器だっていっても、どうにもならないだろ。魔剣で倒せるならそれでも良かったんだが、俺は最初から無理だと思ってたよ」

「そ、それならどうして僕を呼びだしたんだ!」

「お前の下の魔剣を使ってオークを何とかしてもらおうと思って」

「最低だ! 君は最低だ佐藤和真!」

「さあ、恥ずかしがらないであたしを受け入れるんだよ! じっとして目を瞑っていれば、すぐに済むからね……!」

「や、やめっ……! 僕には心に決めた女性が……!」

 

 ミツルギの悲鳴と、びりびりと服が破れる音が聞こえてきたが、俺は二人に背を向けて歩きだした。

 夢の中なので、平原地帯をすぐに通りすぎ、ベッドの置いてある薄暗い部屋に入る。

 ベッドの上には……。

 

 …………。

 ……………………。

 

 

 

「…………ふぅ」

 

 目が覚めると朝だった。

 夢の内容に満足し吐息する俺に、開けっぱなしの窓から入ってきたロリサキュバスが。

 

「……あの、お客さん。トラウマを克服出来たみたいで、それはおめでたいのですが、一体何をやったんですか? 正直、今日の精気はあんまり美味しくなかったです……」

「そうか。勝ったわけじゃないけど、オークが出てきてもどうにか出来る事は分かったから、トラウマは克服したと思う。精気の味も、次からは普通になってると思うから心配するな」

 

 オーク相手に魔剣で奮戦するミツルギの姿がずっと頭の片隅に浮かんでいたから、精気が不味かったのはそのせいだと思う。

 ムラムラする欲望の感情に、不純物が混じっていたのだろう。

 だが、オークをどうにか出来る事は分かったのだから、俺はトラウマに打ち勝ち、次からはいつもどおりにいい夢を見られるはずだ。

 

 ――ミツルギは最後まで戦い続けていたが、どっちの魔剣を使っていたかは伏せておく。

 



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この腹ペコ幼女に晩餐を!

『祝福』11、既読推奨。
 時系列は、11巻3章の後。


 紅魔の里が魔王の娘の襲撃を受け、避難してきたこめっこが屋敷に泊まった翌日。

 こめっこの無邪気さを利用したギルド職員に、塩漬けクエストを押しつけられ、ルーシーズゴーストを討伐した俺達は。

 ――夕方。

 屋敷の庭にて。

 

「いつも思いますが、カズマは器用ですよね。それは鍛冶スキルのおかげなのでしょうか? それで、今度は何を作っているのですか?」

 

 鶏小屋の近くで、ゼル帝とちょむすけと遊んでいるこめっこを不安そうにチラチラ見ながら、めぐみんがそんな事を聞いてくる。

 俺は作業の手を止めずに。

 

「出来たら分かるから、それまで楽しみにしといてくれ」

「カズマがそんなもったいぶるような事を言うのは珍しいですね。そんなに面白いものを作っているんですか?」

「何を作っているか教えたら、そんなバカなものを作るのはやめろって言われそうだし」

「……そんな事を言われたら楽しみに待っていられないのですが。今はこめっこもいるのですから、おかしなものを作るのはやめてくださいよ」

「どっちかっていうと、こめっこがいるから作ろうと思ったんだけどな」

 

 俺はそう言いながら、帰り道で見つけたものを組み合わせる。

 竹である。

 ルーシーズゴーストがいた廃教会から帰る途中、なぜか竹林があったので、ちょっと思いついて採ってきたのだ。

 ……なぜあんなところに竹林があったのかは分からないが。

 

「ねえカズマさん、それってアレよね?」

 

 こめっこと遊んでいたアクアが、ゼル帝を抱えてやってくる。

 

「おっ、分かるかアクア。そう、これは……」

「水をちょろちょろ流していて、たまにコーンって鳴る風流なやつね!」

「ちげーよ! 流しそうめんだよ! いい感じの竹を見つけたから、こめっこが喜ぶかと思って作ってるんだよ」

「えー? コーンって鳴るあの風流な音を楽しみにしてたのに、私の期待をどうしてくれるのよ? それに、流しそうめんなんて夏に食べるものなんだから、今さらやっても仕方ないと思うの。いつもいつもバカみたいに騒いでないで、たまには大人っぽい雰囲気でコーンって鳴る風流な音を聞くってのはどうかしら?」

「お前、女神感謝祭の時は誰よりも騒いでたくせに何言ってんだ。大体、これはこめっこのために作ってるんだからな。お前こそ子供みたいな我が侭を言うのはやめろよ」

「こめっこちゃんのためなら仕方ないわね。コーンって鳴る風流なやつは、別の機会に作ってもらう事にするわ」

「いや、お前は何を言ってんの? 作るわけないだろ、そんなもん」

 

 いきなりわけの分からない事を言いだしたアクアにツッコむが、アクアは気にせずこめっことの間合いを測っている。

 ……俺のところに来たのは、ゼル帝を追うこめっこから逃げるためだったらしい。

 アクアはゼル帝を抱えながら。

 

「ね、ねえこめっこちゃん。ゼル帝は私のペットだから、かじらないでほしいんですけど。めぐみんの家が貧乏だっていうのは聞いてるけど、ウチにはたくさん食べるものがあるんだから、ペットを食べなくてもいいのよ」

「わかった」

「そ、そうよね! ……それじゃあ、ちょむすけをかじるのもやめてあげてほしいんですけど」

 

 こめっこに抱かれたちょむすけは、頭に歯形を付けられているというのに逃げようともせず、ぐったりしている。

 アクアに抱かれた時には、嫌がって爪を立てていたと思うのだが……。

 と、ぐったりしたちょむすけを抱きかかえているこめっこが。

 

「お腹が空いた」

「!?」

 

 こめっこは腹が減ったせいで手近なものに噛みついているらしい。

 と、俺の作った流しそうめん装置を興味深そうに眺めていためぐみんが、こめっこの行動に気づき飛んできて。

 

「こめっこ! 何をやっているのですか! ゼル帝とちょむすけはこの家のペットだから食べてはいけないと言ったではないですか!」

「まだ食べてない」

「かじるのも駄目です」

「大変よカズマ。ちょむすけがピンチだわ。早くこめっこちゃんに美味しい流しそうめんを食べさせてあげないと」

「いや、まだ夕飯までは結構時間があるんだが」

「もうこの子には何も与えないでくださいよ。昼食をあれだけ食べて、ギルドでもいろいろ食べ物をもらっていましたし、さっきもおやつを食べたばかりなのですから。こめっこも、食べ物があるからといって無理して食いだめしようとするのはやめてください。せっかくカズマが大掛かりな準備をしてくれているのに、晩ごはんが食べられなくなりますよ」

「食べるから大丈夫」

 

 即答するこめっこからちょむすけを取り上げながら、めぐみんは。

 

「大丈夫ではないですよ。あなたはお腹いっぱいになった経験があまりないですから、食べられなくなる事が想像できないのでしょう」

「……ねえカズマさん。あの子にお腹いっぱい食べさせてあげたいと思うのは間違っているのかしら?」

 

 めぐみんの言葉に、アクアが涙を拭う振りをしながらそんな事を言う。

 

「気持ちは分かるが、夕飯を食えなくなったらそっちの方が可哀相だし、余計な事はするなよ。子育てには甘やかすだけじゃいけない事だってあるんだからな」

「何よ、私だって子供じゃないんだから、そんな事分かってるわよ。でも腹ペコな子供に流しそうめんってどうなの? 楽しく食べられるかもしれないけど、そうめんってあんまり満腹になった感じがしないと思うんですけど」

「それもそうだな。じゃあ付け合わせに天ぷらでも揚げるか。それとも、外で料理する機会なんてあんまりないし、この際だからバーベキューでもやるか?」

 

 俺がアクアにそんな提案をしていると、横からめぐみんが。

 

「カズマがここまで準備をしてくれたんですし、今日は流しそうめんとやらだけで良いですよ。というか、流しそうめんというのはなんですか?」

「なんだめぐみん、流しそうめんを知らないのか?」

「そうですね。我が家ではこんな大掛かりな方法で食事をするような余裕はなかったですから。これにそうめんを流すというのは分かるのですが、どうしてわざわざそんな事をするのですか?」

「どうしてって言われても。別に深い理由なんかないと思うぞ。単に楽しいからだろ。普通に食うより、流れてるところを箸で取って食うっていうのがいいんじゃないか? まあ、俺も実際にやってみた事はないから、よく分からないけどな。俺の元いたところでは、わざわざ家の中で流しそうめんをする奴もいたくらいだし、やってみたら楽しいはずだ」

「家の中でですか? こんなに大掛かりなものをわざわざ家の中に……? そこまでするほど楽しいものなのでしょうか」

 

 めぐみんが、俺が作った流しそうめん装置を見ながら、そう言って首を傾げる。

 ……何か勘違いしているような気がするが、まあいいか。

 俺がめぐみんとそんな話をしていると。

 

「ねえこめっこちゃん、天ぷらとバーベキューだったらどっちがいい?」

「両方」

 

 アクアの質問に即答したこめっこが、何か期待するような顔で俺を見上げてきて……。

 …………。

 

「よし分かった! 流しそうめんと天ぷらとバーベキューだな! 今から材料を……!」

「お兄ちゃんカッコいい!」

「待ってください! カズマもアクアも、こめっこを甘やかさないでくださいよ。そうめんに天ぷらまで付けてくれるだけで十分です」

「いやでも、成長期の子供なのに満足に食べられていないってのは良くないと思うんだ。……ほら、めぐみんも分かるだろ?」

「それは分かりますが……、…………。あの、カズマ? それって身長や体格の話ですよね? どうして目を逸らすんですか? おい、私のどこを見てそう思ったのか詳しく教えてもらおうじゃないか」

 

 目を紅くして肩を揺さぶってくるめぐみんに、俺は和やかに。

 

「この家にいる間くらい、食べたいものを食べたいだけ食べたらいいじゃないか。俺達だって、ついこないだまで、城で食っちゃ寝して好き放題暮らしていたんだしな。……まあ、なんていうか、アイリスといきなり引き離されたわけだし、俺だって妹を甘やかしたいんだよ」

 

 そんな俺の言葉に、めぐみんが急にこめっこの手を引いて。

 俺から距離を取ろうとするめぐみんと俺の間に、アクアが立ち塞がる。

 

「ねえカズマ。いくらなんでもそれはないと思うの。それは流石に犯罪よ。人として許しちゃいけないレベルってあるじゃない? こめっこちゃんがいくつだと思っているの? 純真な腹ペコ幼女を食べ物で釣って妹扱いしようなんて、恥ずかしいと思わないんですかー?」

「お前は何を言ってんの? 別にこめっこに対してそういったアレを感じてるわけじゃないし、そもそも俺はロリコンじゃない。お前だって、こめっこを甘やかしたいと思うだろ? あんな妹がいたらって思うだろ? それは自然な事だし、傍にいたら甘やかすのは当たり前だ。そんな自然な感情を、いちいち犯罪だとか人として許しちゃいけないレベルだとか言ってくるのは、俺じゃなくてお前らの考え方が捻じ曲がってるせいじゃないのか?」

「どっちかっていうと、アイリスに頼まれたくらいであっさり城に残ったカズマさんを知ってるから言ってるんですけど」

「そ、それはもう謝っただろ! 悪かったよ! だからもう許してください!」

 

 俺が下手に出ると、アクアとめぐみんはこめっこを連れて俺から離れていく。

 ……畜生。

 と、俺が一人寂しく作業を続けていると、ダクネスがやってきて。

 

「これは流しそうめんか?」

「なんだ、さっきの話を聞いてたのか? そーだよ。帰りに竹を見つけたし、こめっこもいるし、たまにはこういうのもいいと思ってな」

「さっきの話というのがなんの事かは分からないが、……そうか。流しそうめんか。懐かしいな。私も昔、一度だけやった事がある」

 

 俺が組み上げた流しそうめん装置を見ながら、ダクネスが懐かしそうにそんな事を言う。

 

「やった事あるのか? めぐみんも知らなかったのに、世間知らずなお前が珍しいじゃないか」

「わ、私は世間知らずではない。子供の頃に出た他家主催のパーティーで、催しのひとつとして流しそうめんをやっていたんだ。貴族のパーティーでやるようなものだから、めぐみんが知らないのも無理はない」

「いや、お前は何を言ってんの? 貴族のパーティーで流しそうめんなんかやるわけないだろ。ひょっとして、アレか? こめっこに褒められたくて、知ったかぶりしてんのか? まったく、子供に手紙を書かせた事といい、お前はこのところ、どんどん貴族として駄目な方向に成長してるんじゃないか?」

「ちょっと待て! どうして私が嘘を吐いている事になっているんだ。私は嘘など吐いていない! 子供の頃に出たパーティーで、確かに出し物のひとつとして流しそうめんをやっていたんだ。細かいところまでは覚えていないが、ちょうどこんな感じだった」

 

 そう言って流しそうめん装置に触ろうとするダクネスに、俺は。

 

「あっ、おい、お前は不器用なんだから触るなよ。そうめんを流すだけのもんだから頑丈じゃないし、せっかく作ったものをお前の馬鹿力で壊されたくない」

「お、お前という奴は……! 人が大人しくしていれば付け上がりおって!」

「おいやめろ。やめ……! あああああ、割れる。頭が割れる。やめろっつってんだろ! 何かと言えば腕力に物言わせやがって! 何が貴族のパーティーで流しそうめんやってただよ! 分かりやすい嘘吐きやがって! このなんちゃって令嬢が!」

「上等だ! 外にいるのだしちょうどいい。決闘だ。正当な決闘においてぶっ殺してやる!」

「おいおい、お前って奴はどこまでバカなんだ? お前が俺に勝てると思ってんの? ついこないだバインドで完全に無力化されて、トイレに行けなくなって泣いてたのは誰だよ。また同じ目に遭いたいってのか? お前ひょっとして、あの時泣きながら興奮してたのかよ痴女ネス!」

「よし分かった! ぶっ殺してやる! ワイヤーを持たないお前になど負けるものか! ……だが、そこで暴れると流しそうめん装置が壊れるだろう。こっちに来い」

「おっと、なんで俺がお前に有利なところに行くと思うんだ? 不器用で大ざっぱなお前が暴れたら、確かにこれは壊れるだろうな。きっと、こめっこも泣くぞ。それでもいいって言うなら掛かってこい」

「お前って奴は! お前って奴は!」

 

 と、俺とダクネスがいがみ合っていると……。

 そんな俺達を、いつの間にかこめっこがじっと見上げていて。

 

「これあげるから、仲良くしてね」

 

 そんな事を言いながら、ギルドで貰ったらしい飴を差しだしてくる。

 これで仲直りをしろという事らしいが、こめっこは悲しそうな目で飴をじっと見つめていて……。

 …………。

 

「わ、分かった! 仲良くするから、飴は自分で食べてくれ!」

 

 

 *****

 

 

 ――夜。

 庭に持ちだしたテーブルの上に、大量の天ぷらを盛りつけた大皿を置く。

 半日掛けて作っていた流しそうめん装置はかなり大きなものになり、テーブルの周囲をぐるっと囲んでいる。

 ……あのカーブを上手く作るのには苦労した。

 

「うまそう」

 

 こめっこがめんつゆの入った器を手に、天ぷらを見つめてよだれを垂らす。

 

「この天ぷらは食べ放題だ。好きなだけ食べてくれ」

「お兄ちゃんカッコいい!」

「そうだろうそうだろう。もっと褒めてくれてもいいんだぞ。あと、そうめんも流していくから、そっちも好きなだけ食べていいからな」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 ……お礼を言う様子が、めぐみんの爆裂魔法に高い採点をした時と似ている。

 姉妹なんだなあ……。

 俺が内心ほっこりしていると、ダクネスが流しそうめん装置を眺めながら。

 

「うん、なかなかいいな。昔、パーティーで流しそうめんをやっていた時は、もっと照明が明るくて眩しいほどだったが、このくらいの薄暗い感じも悪くない。趣がある」

 

 ダクネスが知ったかぶりしてなんか言ってるが、屋敷中の照明を持ちだしても思ったより明るくならなかっただけだ。

 というか、夕飯時にやるのだから庭は真っ暗になるという当たり前の事を忘れていたなんて言えない。

 

「ま、まあ、そうだな。詫び寂びってやつだよ。お前も分かってるじゃないか」

「ああ、薄暗い中、明かりを浴びて輝く竹も美しいな」

「それ、竹じゃなくて笹らしいぞ」

「……そ、そうか」

 

 俺の言葉に、ダクネスが恥ずかしそうにする中。

 流しそうめん装置の始点となる高台で、そうめんの盛られた笊を手にしているアクアが。

 

「ねえ皆、早く位置についてちょうだい。油断してると勝手に流し始めちゃうわよ!」

「もう流し始めていいですよ。私はいつでも大丈夫です」

 

 下流でめんつゆの入った器を手に、箸を構えるめぐみんがそんな事を言う。

 

「そう? じゃあもう流しちゃうわよ。……『クリエイトウォーター』!」

 

 アクアが水とともにそうめんを流して。

 俺の鍛冶スキルのおかげで理想的に傾斜しカーブした笹の中を流れたそうめんは……。

 

 ……かなり上流で、こめっこに取られた。

 

「こめっこ! 食べられないくせにそうめんを取ってはいけませんよ! 下流でそうめんを待っている人の事も考えてください! あなたはまだ口の中に天ぷらが入っているでしょう!」

「こふぉわる」

「口の中のものを飲みこんでから喋ってください」

 

 下流で待っているのにそうめんが流れていかず、文句を言うめぐみんに、上流でそうめんをすべて取っているこめっこが、天ぷらとそうめんで口の中をパンパンにしながら即答する。

 めんつゆの入った器にもそうめんが大量に入っているのに、さらに流れてきたそうめんを箸で取り……。

 と、こめっこを止められずに悔しそうにしながら、めぐみんが。

 

「カズマもこめっこを止めるのを手伝ってください。カズマがこめっこに踏み台を作ってあげたせいで、あんな上流に陣取っているんですよ。無理やり止めようとしたら、流しそうめん装置を倒してしまいそうで、こめっこに近づけないのです」

「いや、なんで俺に言うんだよ。俺は嫌だぞ。変な事したら妹に嫌われるかもしれないだろ」

「私の妹にどんな変な事をするつもりですか! というか、こめっこは私の妹であって、あなたの妹ではないですよ。カズマなら、近付かなくてもスティールであの器を奪えるじゃないですか。それで……、…………。いえ、やっぱりいいです。私がなんとかする事にします」

 

 めぐみんは言葉の途中で目を逸らし、なぜか意見を変える。

 

「おいちょっと待て。なんでいきなり意見を変えたんだ? お前まさか、俺がこめっこからも下着を盗むかもしれないなんて思ってるのか? そんなわけないだろ。いくら俺のスキルがいろいろと偏ってるからって、どう考えてもこめっこは対象外じゃないか」

「カズマはお城で暮らしている時、私とアイリスに、自分の事をどう思っているかとか、好きかどうかとか聞いてきましたよね。アイリスの事を妹のように思っていると言っていたのに、あの質問はなんだったんですか?」

「そ、それはその……。アレだよ。兄としてとか、仲間としてとか、好きって言ってもいろいろあるだろ」

「ほう! 兄として? 仲間として? ではダクネスやアクアにも同じ事を聞いたんですよね? 私やアイリスは好感度が高そうだから、なんらかの行為に及ぶ前に本心を確かめておこうとか、そんな狡すっからい上にヘタレな事を考えたわけではないですよね?」

「おいやめろ。どうしてお前は紅魔族としての知能の高さをまともな方向に使えないんだよ」

 

 と、俺がめぐみんに迫られ困っていた時。

 高台に登ってそうめんを流していたアクアが。

 

「飽きたわ」

「早えーよ。もうちょっと頑張れよ!」

「ねえ、誰か代わってくれてもいいんじゃないかしら? 私も流しそうめんを食べたいんですけど。ここで食べてもただのそうめんだし、流れてくるのを掴みとりたいんですけど!」

「高いところは楽しそうだとかバカみたいな事を言って勝手に登ったのはお前だろ。……まあ、お前にばっかり流す役をやらして悪いとは思ってるよ。でも、結構大掛かりなものを作っちまったせいで、いろいろと材料が足らなくなったんだよ。上からクリエイトウォーターを使って流すのが一番楽なんだから、我が侭言わずに頼むよ」

「それならあんたが代わんなさいよ! カズマだってクリエイトウォーターは使えるでしょう? この私をこんなところで働かせておいて、自分は楽しく流しそうめんを食べてるなんて、どういうつもりなのかしら。ほら、早くこっち来て、そうめんの笊を持ちなさいな!」

「俺もそのつもりだったけど、考えてみれば途中で魔力が尽きるだろ。マナタイトを使おうにも、一度に大量の水が欲しいんじゃなくて、少しずつ流していきたいんだから、上手く行かないだろうし。俺達の中でそうめんを流せるのはお前だけなんだよ。ちゃんとお前の分のそうめんは残しておいてやるから」

「いやよ! 私はただのそうめんが食べたいんじゃなくて、流しそうめんが食べたいの。それに、残っているそうめんなんて、伸びちゃってるじゃない。どうして頑張ってる私が残り物を食べないといけないのよ」

「しょうがねえなあー。じゃあ、しばらくは俺がやっといてやるから、後で魔力を吸わせろよ。クリエイトウォーターが使えなくなったら流しそうめんにならないからな」

 

 俺がそう言いながら高台に登り、笊を受け取ろうとすると、アクアはなぜか笊を引っ込め。

 

「何をバカな事を言ってるの? 絶対に嫌よ! どうして私が流しそうめんなんかのために、穢らわしいアンデッドのスキルを受けないといけないの? アレはもう嫌。私の神聖な魔力をそんなバカな事のためには使わせないわよ」

「そんな事言ったって、俺の魔力が足りないのは事実なんだからしょうがないだろ。じゃあ、どうするんだよ? 俺の魔力がなくなったら、お前が代わりにクリエイトウォーターを使ってくれるのか? どうせまたすぐに飽きて文句を言いだすと思うんだが」

 

 俺の言葉に、アクアはさらに文句を言おうとしたが。

 目をキラキラさせ、そうめんが流れてくるのを待っているこめっこを見て。

 

「まったく、カズマったら! 仕方ないわね、私にいい考えがあるわ」

 

 ……コイツのいい考えとやらには嫌な予感しかしないわけだが。

 

 

 

「フハハハハハハハ! すでに夏も過ぎたというのに流しそうめんなどやっている季節外れな者どもよ。我輩が来てやったぞ! わざわざ呼ばれて来てやった我輩に感謝感激し、ますますそうめんを流すが吉」

「ゴッドブロー!」

 

 唐突に現れていつものようにわけの分からない事を言いだしたバニルに、アクアが殴りかかり体の一部を土に変える。

 

「あっおい、やめろよ。食事中なのに砂が入るだろ。ていうか、お前の言ってたいい考えってのはこいつの事か?」

「そんなわけないじゃない。どうして私が、せっかく楽しくそうめんを食べてるのにこんなの呼ばないといけないのよ? 私が呼んだのはウィズだけなんですけど。木っ端悪魔なんか、お呼びじゃないんですけど!」

「鬱陶しくも眩しくて見通す事が出来ないくせに、思慮が浅すぎて予想出来てしまうチンピラ女よ。貴様が望んだのはうちのポンコツ店主ではなく、貴様やそこの魔力の足りない小僧の代わりに水を出すものであろう。そんな貴様らに我輩からの贈り物である。これを使えば、その頭の悪い悩みも解決するだろうて」

 

 そう言ってバニルが取りだしたのは……。

 

「いやお前、それは駄目だろ」

 

 俺はバニルの手にある小さな魔道具を見て、冷静にツッコむ。

 箱を開けると即座に使える、旅先での野外におけるトイレ事情を解決してくれるというアレだ。

 確かにこれならいくらでも水が出てくるのだろうが、例え水自体はきれいだとしても、トイレから出てきた水で流れるそうめんは食べたくない。

 

「フハハハハハハハ! ……ううむ。思ったより我輩好みのがっかりの悪感情は得られなかったが、女神への嫌がらせにはなったであろうし、まあ良かろう。貧乏暇なし店主は現在、我輩の言いつけで魔道具を作り続けておるわ。明日の朝までにノルマを達成するため、外出などせず不眠不休で作業をする予定である」

「そんなのウィズが可哀相だわ! ウィズはね、いろいろ面白い魔道具を仕入れて見せてくれるし、私がお店に行くとお茶を淹れてくれるし、アンデッドにしておくのがもったいないくらいいい子なんだから! ウィズだってたまには羽を伸ばしたいはずよ! 分かったらほら、さっさとウィズを連れてきなさいな!」

「たわけ。あの厄災店主に自由を与えたら、欠陥品の魔道具を大量に仕入れてくるに決まっておろう。暇を与えず馬車馬のように働かせるのが本人のためである」

 

 食ってかかるアクアに言い返すバニルに、俺はふと思いついた事を……。

 

「……なあ、お前がここにいるって事は、今まさにウィズは自由なんじゃないか?」

「我輩はちと用事を思いだしたのでこれにて帰る」

 

 いきなり余裕を失ったバニルが慌てたように立ち去ろうとするが、流しそうめん装置を前にして不思議そうに首を傾げ。

 

「……む? なんだこれは。いつも屋敷を覆っていた半端なやつが、今日は随分と弱々しいと思ったが、なぜこんなところに結界が……?」

「ウィズを呼ぼうと思って、いつもよりちょっと結界を弱くしてみたのでした! でも、私の秘められた神聖さが溢れだして、そうめんを流してた水が祝福されちゃったのね。あらあら、ひょっとして出られないんですか超強い悪魔さん。結界でもなんでもない、こんな聖なる魔力の残り滓みたいなのに足止め食らってるんですか? そんなんで地獄の公爵とか名乗ってていいんですかー? プークスクス!」

 

 そういえば、テーブルの周囲を囲んでいる流しそうめん装置には、アクアが生みだした水が流れていたわけで。

 いつの間にか、それが結界に……?

 その割になんでバニルは普通に入ってこられたんだとか、言いたい事はいろいろあるが。

 

「なあなあ、これ解いて帰れるようにしてやったら、代わりにウィズを呼んできてくれるか? 水を出してほしいってのは本当なんだよ。早く帰らないと、ウィズがまた余計なものを大量に仕入れてくるんじゃないか?」

「き、貴様、このタイミングで……! ええいっ、足元を見おって!」

「えー? 悪魔と取り引きするなんてどうかと思うんですけど!」

 

 アクアは文句を言っているが、俺がバニルの方を見ると、バニルはマスクの下から覗いている口元を忌々しそうに歪めて。

 

「貴様のような輩がいるから、我々悪魔による、魂と引き替えに願いを叶えるサービスは廃止になったのであろうな」

 

 

 *****

 

 

「行きますよ、こめっこさん」

「うん!」

 

 ウィズが高台の上でクリエイトウォーターを使い、水とともにそうめんを流す。

 それをこめっこが上流で……。

 

「ああっ、こめっこちゃん! それは私が狙ってたそうめんなのよ!」

「こめっこ! 独り占めしないで少しは下流にも流してください! あまり行儀の悪い事をしていると、明日の洗面器プリンはナシですよ!」

「わかった」

 

 プリンの事を持ちだされ即答したこめっこが、そうめんのたっぷり入った器を手にこちらにやってくる。

 テーブルの上にはいまだ山盛りの天ぷらの乗った皿がある。

 皆がそうめんを食べている間に、天ぷらを独り占めするつもりらしい。

 

「……美味いか?」

「おいしい!」

「そうかそうか。好きなだけ食べていいからな」

「うん!」

 

 アイリスとは違ったタイプだが、満面の笑みを浮かべているところを見ると悪い気はしない。

 と、こめっこが天ぷらで口の中をパンパンにする様子を眺めていると、ウィズにまた金を使いこまれたと言ってげっそりしていたバニルがやってきて。

 

「これで今月も赤字である。あの迷惑店主の行動は我輩も見通す事が出来ぬ。一体どうすればあの壊滅的なセンスを軌道修正する事が出来るのか……」

「お前もいろいろ大変だなあ」

 

 俺がバニルの愚痴に適当な相槌を打っていると、こめっこがバニルの顔をじっと見ていて。

 

「ふぁっふぉひい」

「幼女よ。我輩は逃げぬから、よく噛んで飲みこんでから喋るのだ」

「んぐっ……! かっこいい!」

 

 そういえば、バニルの仮面は紅魔族的なセンスでは格好いいらしい。

 

「汝はよく分かっているな。どうだ、触ってみるか? 近所の子供達にも人気のバニル仮面である」

「おお……」

 

 バニルの仮面に触りながら、こめっこが小さく声を漏らす。

 

「……いい仕事してますね」

「うむ。少し気分が良くなったので、貴様には特別に、この子供用バニル仮面を進呈しよう。友人に自慢すれば、人気者になれる事間違いなしである」

「ありがとうございます!」

 

 仮面を受け取ったこめっこが、嬉しそうに仮面を付けたり外したりする。

 そんなこめっこを眺めていたバニルが、不思議そうに首を傾げ。

 

「これは一体いかなる事か。どうにもこの娘が気になってならん。ひょっとしてこの娘は……」

「何をぶつぶつ言ってるんだ? まあ、妹みたいな女の子が気になるってのは仕方ない事だろ。お前がそんな事を言いだすのは珍しいけどな」

「子供達の登下校の送り迎えをし、近所の奥様方にも評判の我輩を、ロリマさんには気を付けなさいと奥様方が子供に教えている貴様と一緒にするでない」

「えっ……。なあ、それって冗談だよな? いつもの悪質な嘘だよな?」

 

 俺の質問を無視して、バニルは。

 

「……ふぅむ。なかなか将来が有望そうな娘であるな。腹ペコ娘よ。将来有望な汝に、このすべてを見通すバニル様が助言を授けようではないか。自身の望みを叶えようと思うならば、他人の弱みに付けこむのが最も効果的である」

「おい、幼女に何を教えてるんだお前は」

「いやなに、人間には必要な処世術というやつだ。……ところで、安かったからと大量に買いこんだそうめんを、夏が過ぎても余らせていた男よ。本日流しきれなかったそうめんは、いかなる方法で処理するつもりか?」

 

 …………。

 ……………………。

 

「あの頭のおかしい爆裂娘にとって、食材を残す事は許しがたい事であるらしいな」

 

 言いたい事を言ってバニルが立ち去った後。

 その場に残った俺を、こめっこがじっと見つめていて……。

 

「フォアグラっていうのが食べてみたいです」

「よし分かった。めぐみんには黙っておいてください」

 

 こめっこ、恐ろしい子……!

 



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このどん底冒険者に光明を!

『祝福』1,2、既読推奨。
 時系列は、2巻2章の前。


 ――ある日の昼下がり。

 冒険者ギルドの酒場にて。

 冬将軍に首ちょんぱされ、まともなクエストを請ける事が出来ない俺は、昼間から酒を飲んでダクネス相手に管を巻いていた。

 

「畜生! 俺達は街を救った英雄なんだぞ? 魔王軍の幹部を倒したんだぞ? それなのに、この仕打ちはなんだよ? 借金背負わせた上にクエストでちょっと失敗したからって毎回毎回報酬から天引きしやがって! ああクソ、こんな事なら真面目に戦うんじゃなかった。アクセルの街なんかベルディアに滅ぼされれば良かったんじゃないか?」

「お、おい、借金が返せなくて焦る気持ちは分かるが、滅多な事を言うものじゃない。そんなに酔うほど飲むなんて、いくらなんでも飲みすぎではないか? ほら、もう酒はやめて水を飲め」

「いや、それほど酔ってないから気にしないでくれ。ただ愚痴らないとやってられないだけだ」

「そ、そうか……。いきなり冷静になられても困るのだが……。というか、酔っていないのに今の発言はどうなんだ?」

 

 ……金が欲しい。

 今でさえ雪精討伐なんていう割に合わないクエストをしなければならないのだから、このまま本格的な冬が来たら、駆け出し冒険者である俺達が出来るクエストは一つもなくなるだろう。

 いくら雪精の討伐報酬が美味しくても、死んでしまっては割に合わない。

 死んでしまっては……。

 ……。

 ……ふぅむ。

 

「なあなあ、冒険者の福利厚生ってどうなってるんだ? 危険な仕事なんだし、保険とかってないのか?」

「保険? 保険とはなんだ?」

 

 なんだと言われても俺も困るが。

 

「ええと、金に余裕がある時に、いろんな人が金を出し合って保管しておくんだ。それを、大怪我をしたり重病になったりした奴が、治療やリハビリのために使う。万が一に備えて、事前に金を払っておくっていうか……。そうすると、ほら、一人一人が支払うのは少ない金でも、十分な保障が受けられるだろ?」

「……ふむ。それはとても良い制度だと思うが、冒険者は基本的に貧乏だからな。金に余裕がある時というのがないし、それに危険が伴う仕事だから、怪我人の数が増えすぎて、すぐに金が足りなくなると思うぞ」

「やっぱりそうか。そういや、戦場に行ったりスカイダイビングしたり、危ない事をする時には保険が適用されないって言われてたしな」

「いきなりどうしてそんな事を言いだしたんだ? 保険というものがあったとしても、事前に金を払っていなければ保障を受けられるわけではないのだろう?」

「いや、俺達にはアクアがいるだろ? 生命保険に入っておいて、死んで金を受け取ってからアクアに蘇生してもらったらどうかと思ってな」

「お、お前という奴は……! それは詐欺みたいなものではないか!」

「みたいなも何も、俺の元いたところじゃ保険金詐欺って言われてたが。まあでも、本当に死んでるんだから詐欺ってわけでもないぞ」

「そういう問題ではない。せっかくの助け合いの制度を悪用するとは、恥を知れ!」

「な、なんだよ。実際にやったわけでもないし、そもそも保険制度もないんだからただの妄想じゃないか。そこまで怒る事もないだろ」

「……お前の現状には同情出来るところもあるが、金がないからと言って、何をしてもいいと思うなよ」

 

 俺はダクネスの小言に耳を塞ぎ。

 

「ああもう、借金はちっとも返せないし、アクアやめぐみんのせいで逆に増える勢いだし、このままじゃ冬越しも出来ずに凍え死ぬんだよ! 見ろ、あいつらを!」

 

 俺の指さす先を見たダクネスが、気まずそうに目を逸らす。

 そこには、暖炉の近くのテーブルを占拠し、他の冒険者に奢ってもらった酒で酔っぱらうアクアと、酒を飲んでいるわけでもないくせに近くの冒険者に絡んでいるめぐみんの姿が……。

 

「さあ次は! この瓶の中からビックリするものが出てきますよー」

「おいちょっと待て、その瓶には何も入ってないぞ。俺がさっき見たんだから間違いない。何も出てくるわけがない!」

「落ち着け。あのアクアさんの芸だぞ。きっと俺達の思いも寄らないビックリするものが……!」

「アクアさん、花鳥風月を! 花鳥風月をもう一度!」

「――いいですかリーン。魔法使いたるもの、最も大事なのは火力です。前衛が敵を止め、中衛がフォローし、魔法使いが圧倒的な威力の魔法でトドメを刺す。これが必勝パターンなのです。そして人類が到達し得る最大威力のスキルと言えば、そう! 爆裂魔法! というわけで、リーンも爆裂魔法を覚えてみてはいかがでしょうか。爆裂魔法以外に取得する価値のあるスキルなどありますか? いいえ、ありませんとも! さあ、私とともに爆裂道を歩もうではないですか!」

「え、えっと、その、あたしに爆裂魔法はちょっと荷が重いかなって……。あたしは紅魔族ほど魔力が高くないから一発も撃てないだろうし……。それに、こないだカズマの活躍を見てから、次は初級魔法を取るのもいいかなって思い始めてて……! ね、ねえダスト、この前の借金をチャラにしてあげるから助けてよ!」

「悪いなリーン。助けてやりてえが、俺はもうそいつらには関わらないと決めてるんだ……」

 

 …………。

 ……リーンが必死な様子でこっちを見ていた気がするが、気のせいだろう。

 

「アクアはともかく、めぐみんなんてちょっと前まで食うものにも困ってるみたいだったのに、今やあんなんだぞ。紅魔族は知能が高いって話はどうなったんだ? お前らはベルディアの討伐報酬を貰ってたし、俺達みたいに冬越し出来ないかもしれないなんて事はないんだろうけどな」

「ま、まあ、あの二人の事は仕方ない。お前が苦労している事は私が分かっている。お前は冬将軍に殺されて蘇生したばかりなのだから、今は余計な事を考えず英気を養うがいい。酒ばかり飲んでいると体に悪いぞ。私が頼んだものだが、これも食べたらどうだ」

 

 ダクネスが優しい口調で、労わるように料理を勧めてくる。

 俺は、そんなダクネスに。

 

「いやお前は何を言ってんの? どうして一人だけ俺の理解者みたいな顔をしていられるの? お前だって問題児の一人だって事を忘れるなよ。まったく、お前と来たら、モンスターの群れを見つけたら俺が止めるのも聞かずに突っこんでいきやがって! 毎回毎回、潜伏スキルで隙を突いてお前を助ける俺の身にもなってほしいもんだ!」

「そ、それは悪いと思っているが……! しかし、私はクルセイダーだ。モンスターからお前達を守るのが私の役目だ。率先してモンスターに突っこんでいくのは、むしろ正しい行動なのではないか?」

「ほーん? お前の言うクルセイダーの正しい行動っていうのは、モンスターに一方的にボコボコにされてハアハア言う事なのか? そりゃ俺だって、お前がモンスターと互角に渡り合って、何匹か倒してるんだったら文句は言わないよ。でもお前、攻撃が当たらなくて一方的にボコボコにされるだけじゃないか。いいか? 俺達が請けてるのは討伐クエストなんだよ。どこの誰が、モンスターにボコボコにされてきてください、倒さなくてもいいですなんてクエストを発注するんだ? お前がモンスターにボコボコにされたところで、誰も得をしない。隙を突いてモンスターを倒すなんて事も出来ない。俺達にはまともな攻撃方法なんかないんだからな。というか、めぐみんが爆裂魔法を撃とうとしても、お前を巻きこむから撃てないんだよ。潜伏スキルでこっそり近づいて爆裂魔法で一掃すればいいだけなのに、お前が勝手に突っこんでいくせいで、何度クエストに失敗してきたと思ってるんだ? なあ、パーティーのためになっていないどころか、むしろ邪魔しているお前の行動のどこが正しいのか、俺にも分かりやすく教えてくれよ、上級職のクルセイダー様?」

「うう……。す、すいません……」

 

 俺がネチネチと責めると、ダクネスは両手で顔を覆い……。

 

「…………んくう……っ!」

「……お前、責められてちょっと興奮したのか」

「し、してない。だがもう少し強めに罵ってくれても構わない」

「構わないじゃねーよふざけんなド変態」

「……! ……!!」

 

 ……もうコイツは放っておこう。

 酒でも飲まなきゃやってられんと、俺がジョッキを呷って、ふと横を見ると。

 俺とダクネスのやりとりを見ていたらしく、クリスがドン引きした様子で立っていた。

 

 

 *****

 

 ダクネスの隣の椅子に腰を下ろしたクリスは。

 

「……ねえダクネス、本当にこんなのにくっついてて大丈夫なの? まあ、悪い人ではないってのはなんとなく分かったけど、初対面でいきなりぱんつ脱がしてくるような男だよ?」

「おいやめろ。俺に聞こえないようにマジなトーンで忠告するのはやめろよ。ていうか、聞こえてるんだよ。お前、ミツルギにも俺の事をぱんつ脱がせ魔とか言ってただろ。俺の悪口をあちこちで言って回るのはやめろよな」

「だって本当の事じゃん」

 

 ……この野郎。

 

「よし分かった。そんなに言うなら俺がぱんつ脱がせ魔だって事をここで証明してやろうじゃないか。『スティー……』」

「や、やめろよぉ……」

 

 俺が片手を突きだすと、クリスは泣きそうな表情を浮かべダクネスの背後に隠れようとする。

 

「カズマ、ここは私に免じてそれくらいにしてやってくれ。クリスも、カズマはこう見えて、意外と頼りになるところもあるんだ」

「それは知ってるけど……。そういえば、あのベルディアを倒したんだってね? すごいじゃない」

 

 クリスがいきなり手のひらを返し褒めてくるが、俺は簡単に機嫌を直すような男では……。

 

「ま、まあ、それほどでもあるけどな。でもあれは、ダクネスがベルディアの攻撃に耐えてくれてたおかげだよ」

「……ん。私はクルセイダーだからな。お前達を守るのが私の役目だ」

 

 クルセイダーとしての活躍を褒められたダクネスが、恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに口元を緩ませる。

 

「そっか。なんだかんだ言って、仲間らしくなってるんだね。ダクネスの事は心配していたから、あたしも嬉しいよ」

 

 そう言って嬉しそうに笑うクリスに、ダクネスは。

 

「ああ、あれは凄まじい戦いだったな。あれほどの攻撃を受けたのは初めてだ。……素晴らしかった。それに、あやつはやり手だったな! 私の鎧を一思いに斬るのではなく、少しずつ削り取っていき……。そ、そうだ。それに、私がベルディアに責められている間、背後からカズマにも言葉で責められ……! その上、クリエイトウォーターで頭から水ぶっかけられて……! …………んくうっ……!」

「ダ、ダクネスが……、あたしのダクネスがこんな……! キミってば、一体ダクネスに何をしたのさーっ!」

 

 いきり立つクリスが、テーブルに身を乗りだし俺の胸倉を掴む。

 

「おおお、落ち着け。俺は何もやってないよ。こいつは元からこんなもんだった。一応言っておくけど、言葉で責めたってのはダクネスがわけの分からない事を言いだしたからちゃんとやれって言っただけだし、クリエイトウォーターを使ったのは敵の足止めのためで、ダクネスには無害だって分かってたからだぞ。それに、あれのおかげでベルディアの弱点が水だって分かったんだから、俺は怒られるどころか褒められてもいいと思う」

「まあ、冬将軍に殺された時も最期まで皆の事を心配してた事は知ってるから、キミが狡すっからくて陰湿なだけの人じゃないってのは分かってるつもりだけどね? そういうのはもう少し控えた方がいいと思うよ」

「……? どうしてクリスが、俺が冬将軍に殺された事を知ってるんだ?」

 

 冬将軍に殺されてから、クリスに会うのはこれが初めてのはずだが。

 俺の質問に、クリスはなぜか焦りだし。

 

「そそそ、それはほら、あたしって盗賊だからさ! 日々の情報収集は欠かさないっていうか、これでもいろんな人から噂を聞いてるんだよ!」

 

 盗賊だからというのはよく分からないが、俺も冒険者から情報収集をしていたし、そういうものなのだろう。

 

「そ、そういえば、ダクネスの事を探してたんだよ。少しの間、街を離れる事になってさ。今日はダクネスにその挨拶をするために来たんだよ」

 

 ……なんだか露骨に話を逸らそうとしている気もするが。

 

「街を離れるとは、どこへ行くんだ? クリスは以前から、たまに姿を消してしばらく帰ってこない事があったな。一体どこで何をやっているんだ? これから冬が始まるというのに、アクセルの街を離れて大丈夫なのか?」

「あたしの事は大丈夫だから、心配しないでよ。ちょっと、昔お世話になった先輩に、理不尽な無理難題を押しつけられちゃってさ。その後始末のために出掛けないといけないんだ。しばらく留守にするけど、ダクネスはもうあたしがいなくても大丈夫だよね?」

「そ、そうだな、今はカズマ達がいるから……」

「いやちょっと待て。なんかそのやりとりは死亡フラグが立ってる気がするんだが、本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫だよ! 変な事言わないでよ。心配しないでも、すぐに帰ってくるってば。キミはあたしの事より、自分の事を心配した方がいいんじゃないかな? いくら冒険者だからって、もう冬将軍と戦うような危ない事をしちゃ駄目だよ」

「俺だって好きであんなおっかない奴と戦ったわけじゃないよ。というか、冬の間は危険なモンスターしか出歩いていないっていうし、出来ればクエストなんか請けずに街でじっとしていたいんだけどな」

「だったら、そうすればいいじゃん。危険なモンスターが活動している冬の間は、宿に篭ってのんびりするのが冒険者じゃないか」

「……金がない」

「え?」

 

 ポツリと呟く俺に、クリスが首を傾げる。

 

「金がないんだよ。ベルディアの討伐に一番貢献したって事で、討伐報酬を貰える事になったが、アクアが洪水を起こしたせいで街に被害が出て、その弁償のために借金背負わされてんだ。そのせいでクエストを達成しても報酬を天引きされるし、どいつもこいつも面倒ばかり起こすからクエストをまともに達成出来ないし、宿に篭るための金がない。未だに馬小屋で寝起きしてるんだぞ。俺だって危険な冬のモンスターなんて相手にしたくないが、クエストを請けて金を稼がないと、このままじゃ春になる前に凍え死ぬ」

「そ、そっか。キミも苦労してるんだね。……先輩は相変わらずだなあ……」

 

 クリスは苦笑しながら、困ったようにぽりぽりと頬の傷痕を掻いて。

 

「そんなにお金が要るのなら、冬の間はクエストじゃなく、ダンジョンに潜ればいいんじゃないかな?」

「ダンジョン? その話、詳しく」

 

 俺はテーブルの対面に座るクリスに向かって身を乗りだす。

 クリスが、俺が身を乗りだした分、身を引きながら。

 

「詳しくって言われても。キミは借金を早く返したくて、お金が欲しいんだよね? それで、手頃なクエストがなくて困ってるって言うんなら、クエストを請けるんじゃなくてダンジョンに潜って財宝を探してみたらどうかなって思ったんだよ。盗賊の罠発見と罠解除のスキルなら、これからあたしが教えてあげても良いよ。とりあえず、それだけあれば初心者向けのダンジョンなら困る事はないんじゃないかな」

 

 そんなクリスの言葉に、俺はふと思いついた事を聞いてみる。

 

「……なあ、盗賊には暗いところで目が見えるようになるスキルってないのか?」

「……? そうだけど、それがどうかしたの?」

「俺はこないだ、アーチャーの《千里眼》ってスキルを教えてもらったから、暗いところでもある程度は見えるようになったんだが。暗いところを見通せるスキルって、アーチャーよりも盗賊が習得しそうなもんじゃないか? 《暗視》とか《夜目》とか、そんなスキルはないのか?」

「そんなのがあったらあたしも取りたいけど、盗賊のスキルに暗いところを見通せるスキルはないよ」

「……この世界、本当にロクでもないな。ゲームだったらクソゲーだぞ絶対」

 

 なんだろう、一昔前のゲームバランスが壊れているRPGを思いだす。

 しかし逆に言えば、暗いところを見通す事が出来て盗賊職のスキルも使えるというのは、冒険者だけの特権なわけだ。

 これまで、最弱職とバカにされたり、ステータスが低いせいで戦闘では活躍できなかったりしたが。

 ついに俺の時代が来るのかもしれない。

 

「よし、クリス。ここの代金は俺が持つから、罠発見と罠解除のスキルを教えてください!」

 

 

 *****

 

 

 スティールを教わった時のように、冒険者ギルドの裏手に行くのかと思っていたが、街中で罠を使うのは危ないからというクリスに連れられて、俺とダクネスは街の外までやってきていた。

 酔いつぶれたアクアのお守りは、今日はもう爆裂魔法を使ってしまっためぐみんに任せてある。

 

「カ、カズマ君、そんなに気にしなくていいよ! あたしは気にしてないからさ!」

「そうだぞ! その、ほら、私達は仲間ではないか。お前のために金を立て替えるのは、仲間として当然の事だ!」

 

 クリスに酒を奢ると言ったのに、金がなくて奢れず、落ちこむ俺を、二人が口々に励ましてくれる。

 

「べべべ、別に気にしてねーし! クリスには今度、ダンジョンで財宝を見つけたらちゃんと奢るよ! それでいいだろ! 早くスキルを教えてくれ!」

「あはは、期待しないで待ってるよ……。それで、罠発見と罠解除のスキルだね。えっと、どうしようかな? 冒険者にスキルを教えるには、実際にやってみせないといけないんだけど、罠発見は自分で罠を仕掛けてみるわけには行かないし……。自分で仕掛けた罠を自分で発見するっていうのもおかしいだろ?」

「それもそうだな。じゃあ、俺が罠を仕掛けて、クリスがそれを見つけるってのはどうだ?」

「キミが? キミ、罠設置なんてスキル持ってるの?」

「スキルは持ってないが、ワイヤーとか貸してもらえれば、簡単な罠なら仕掛けられると思うぞ」

「ふーん? このクリスさんに、スキルも持ってないキミが罠を仕掛けるって? いいだろう、その挑戦、受けて立とうじゃないか!」

 

 俺の提案に、クリスが胸を張ってそんな事を……。

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。この流れは嫌な予感がするんだが、大丈夫か?」

「……うっ。だ、大丈夫だよ。あたしもちょっと嫌な予感はするけど、罠設置に幸運のステータスは関係ないはずだし、それに罠を仕掛けるだけなら変な事にはなりようがないよ」

「というか、俺の事をぱんつ脱がせ魔だなんだと言ってたが、よく考えてみれば勝負を吹っかけてきたのはお前の方じゃないか。確かに下着を盗んだのは俺が悪かったが、勝負の結果に後からグダグダ言うのはどうかと思う」

「わ、分かったよ! もしも今回変な事になっても、お互い恨みっこなしって事にしよう!」

 

 罠を仕掛けるならば見通しの悪い場所の方がいいだろうという事で、俺はクリスにワイヤーやなんかの罠を仕掛ける道具を借り、ダクネスとともに森の中に入る。

 森の浅いところなら危険なモンスターも出ないし、もしもの時はダクネスに守ってもらえる。

 

「もしもの時は頼むぞダクネス。俺はモンスターにボコボコにされているお前を置いて逃げ、クリスを呼んでくるからな」

「私はクルセイダーだし、それは構わないのだが、容赦なく置いていくと言われるとなかなかに来るものが……! ……んっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

 

 身震いする変態は放っておいて、とりあえず足元の草を結んでみる。

 

「…………」

 

 つま先を引っかけて転ぶという簡単な罠だが、これだけではすぐに見つかってしまうだろうし、つまらない。

 俺はクリスから借りたワイヤーやなんかを取りだして……。

 と、作業を始める俺に、ダクネスが。

 

「お、おいカズマ? 罠発見のスキルを見せてもらうだけなのだろう? そこまで本格的に罠を仕掛けなくても……」

「何言ってんだ。勝負なんだから、やるからには勝つつもりでやるに決まってるだろ。俺は本気でクリスを引っかけようとし、クリスはそれを本気で見破ろうとする。それでこそ、スキルのいいところも悪いところも分かるってもんだ。罠なんてそこら辺に仕掛けられてるわけないから、罠発見のスキルを使うのはダンジョンの中でぶっつけ本番って事になる。だから今のうちに、スキルの特性や弱点を知っておきたいと思ってな。よく知らないスキルを使って、ダンジョンの中でピンチになったらどうしようもないだろ?」

「そ、そうか。カズマがそう言うのなら、私からは何も言うまい。モンスターが来ないか見張る事に専念するとしよう」

 

 ――しばらくして。

 俺に呼ばれて森に入ってきたクリスは。

 

「……ね、ねえ、結構しっかり準備してたみたいけど、これって罠発見スキルを見せるだけのはずだよねえ? というか、すでに見えてるだけでもかなりの数の罠があるのはどういう事かな? ダンジョンにだってこんなに大量の罠はないと思うよ」

「そんな事言われても、勝負って言うから勝つつもりでやっただけだぞ。それとも、本職の盗賊のクリスさんは、最弱の冒険者でしかも罠設置スキルを持ってるわけでもない俺の罠にあっさり引っかかるほど間抜けなのか?」

「そこまで言われたら引き下がるわけには行かないなあ! 分かったよ、やってやろうじゃん。いくらキミが狡すっからくて陰湿でも、盗賊を簡単に罠に掛けられると思ったら大間違いだってところを見せてあげるよ! さあ、行ってみようか!」

 

 そう言って、クリスは用心深く俺が仕掛けた罠へと歩み寄っていく。

 クリスが最初に手を付けたのは、草を結んだだけの簡単な罠。

 まずは小手調べとでもいうつもりなのかもしれないが……。

 クリスが警戒しながら、結んだ草をダガーで切り、罠を解除すると。

 草に結びつけ、地面を通しておいたワイヤーが引っ張られ、木の枝に括りつけておいた袋の口が開いて、土や小石がクリスの頭上に降り注いだ。

 

「ふわあーっ!」

 

 土塗れになったクリスが悲鳴を上げる。

 

「そんな見え見えの罠が、ただの罠なわけないだろ。それは囮だよ。普通に引っかかっても転ぶだけだけど、無駄に警戒して草を切ると、連動してる土や小石の罠が発動するんだ。実はちょっと切れ込みを入れてあって、転んでさらに土や小石の罠が発動すれば一番良かったんだが。……罠発見で罠がたくさんあるってのは見えてたみたいだけど、どれとどれが連動しているとかは分からないみたいだな。なるほどなあ」

「ぺっ! ぺっ! なるほどなあじゃないよ! 罠発見のスキルを見せるって話なのに、あたしを引っかける事に全力なのはなんでかなあ!」

「ダンジョンの罠だって、侵入者を引っかけるために全力なんだぞ。そういう罠に対してスキルがどんな風に働くかを知っておくのは、冒険者として当然だ。それに、勝負って言ったのはクリスの方じゃないか。何が起こっても恨みっこなしって言ってたし、今さら文句を言うのはどうかと思う」

「それはそうだけど。……でも、ダンジョンの罠はあたしの裏を掻いて発動したりしないんじゃないかなあ? ねえ、本当にキミ、罠設置のスキルは持ってないんだよね? 罠を解除したら発動する罠なんて、初級ダンジョンの罠よりよっぽど凶悪だよ」

「そんな事より、早くスキルを見せてくれよ。まだまだ罠はあるんだからな」

「わ、分かったよ。……ううっ、こ、これはそのまま解除していい罠かな? いや、裏を掻いて……、その裏を掻いて……? ……ふわあーっ!」

 

 疑り深くなったクリスが悩んでいる間に、範囲内に誰かが入ると時間経過で発動する罠が発動し、クリスが逆さ吊りにされて悲鳴を上げた。

 

「ダクネス! 助けてダクネース!」

「ま、待っていろクリス。今助けに……ッ!」

 

 クリスを助けに行こうとするダクネスが、草を結んだ罠に引っかかって転ぶ。

 ……冒険者カードを見ると、すでに罠発見も罠解除も習得出来るようになっていたが、面白そうなのでもう少し見守っていよう。

 

 

 *****

 

 

「うっ、うっ……。変な事になりようがないって言ったのに……。言ったのに……!」

 

 ――アクセルの街への帰り道。

 土塗れになってボロボロのクリスが、ダクネスに背負われながら泣き言を言っていた。

 

「だから、悪かったって言ってるだろ。それに、あんな事になるなんて、誰にも予想出来るわけないじゃないか。恨みっこなしって言ったのはお前なんだから、いい加減グダグダ言うのはやめろよな」

「それとこれとは話が違うよお……!」

 

 いろいろとひどかった。

 俺が事前に想定していた以上に、クリスは狙い通りに罠に引っかかり……。

 そんなクリスをダクネスが助けようとするのだが、俺が罠を仕掛けるところを見ていたくせに、なぜかダクネスまで罠に引っかかって、クリスが巻きこまれ……。

 最後には、クリスのホットパンツが脱げかけたりもしていた。

 ありがとうございます。

 ……ひょっとすると、俺には罠を仕掛ける才能とかがあるのかもしれない。

 しかし、モンスター相手には使えないし、仕掛けるのにも時間が掛かったから、実戦では役に立たないだろう。

 と、ボロボロのクリスと反対に、ほこほこしているダクネスが。

 

「それにしても……、あの草を結んだだけの罠はいいな。あんな簡単な作りの罠に、ああも簡単に引っかかるとは……。手軽に引っかけられる屈辱感が、またなんとも言えず…………んっ……! なあカズマ、またあの罠を仕掛ける気はないか?」

「ちょっとダクネス、何言ってんの? キミ、ダクネスに変な事を教えるのはやめてよ!」

「俺じゃねーよ! こいつはクリスとパーティーを組んでる時から、ずっとこんなだったよ!」

「そんなわけないじゃんか! ねえダクネス、本当にこの人と一緒のパーティーで大丈夫なの? ダクネスが正面から戦って負けるとは思わないけど、あたしも下着をスティールされたし、ダクネスも変な事されてない? さっきも罠に引っかけられてたし、嫌になったらいつでもパーティーを抜けていいんだからね? そうしたら、またあたしと組もうよ」

「おいちょっと待て。あれは事故だったって何度も言っただろ。それに、さっきの事は恨みっこなしとも言ってたじゃないか。盗賊職のクリスさんは、冒険者の俺の罠に引っかかりまくって泣き言を言うのか? 専門職として、それってどうなんですかねえ?」

「ぐっ……。わ、分かったよ! 今回の事については、もう何も言わないよ!」

 

 ダクネスに背負われたまま、クリスがぐぬぬとばかりに俺を睨みつけてくる。

 

「まあ、盗賊スキルも教えてもらったし、お前には世話になってるからな。金がないから奢ってやる事は出来ないが、アクアに治療してもらえよ」

 

 アクセルの街が見えてきた頃、俺がそう言うと、クリスは急にソワソワしだして。

 

「え、えっと、……そんな、このくらいのちょっとした怪我で、アクアさんほどのアークプリーストに治療してもらうなんて恐れ多いっていうか……。その、あたしは大丈夫だからさ!」

「……? いきなりどうしたんだ? あいつは確かにプリーストとしての腕だけは凄いが、そんなにありがたがるほどのもんでもないぞ。今だってどうせ、誰かに酒を奢ってもらって宴会芸を披露してるか、酔いつぶれて寝てるところだろうしな」

「キミはアクアさんに蘇生してもらったんだから、もっとありがたがってもいいんじゃないかな」

「つい最近、同じような事を俺に言ってきたダストっていう冒険者は、その日のうちに俺に泣いて謝ってきたぞ」

「……キミ、本当に何やってるのさ?」

 

 クリスはダクネスの背中から降りると、調子を確かめるように手首を振りながら。

 

「と、とにかく、怪我も大した事ないし、あたしは大丈夫だから! それに、そう、これから忙しくなるから、もう行かないといけないんだよ!」

「さっきまで、戻って酒を飲もうと言っていたのにどうしたんだ?」

 

 いきなりどこかへ行くと言いだしたクリスに、ダクネスが心配そうに聞く。

 

「そ、それは……。急用! 急用を思いだしてね!」

「今から移動するとなると、すぐに夜になってしまうが、大丈夫なのか? 転送屋を利用したらどうだ?」

「心配しないでよダクネス。あたし一人ならなんとでもなるからさ。そういうわけだから、あたしはもう行くよ! それじゃあね、カズマ君、ダクネス。少しの間、会えなくなるけど、二人にもよろしく言っておいてよ! カズマ君は、ダクネスの事をくれぐれも頼むよ。変な事をしちゃ駄目だからね」

 

 そう言って手を振り、クリスは立ち去っていき……!

 

 

 *****

 

 

「明日はダンジョンに行きます」

「嫌です」

「行きます」

 

 拒否するめぐみんに俺が即答すると、めぐみんが走って逃げようとしたので捕まえた。

 



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この輝かしい爆裂道に回り道を!

『祝福』5,9,12、『続・爆焔』、Web版5部、既読推奨。
 時系列は、魔王討伐後。


 ――俺が魔王を倒してから、一年が経ったらしい。

 そんな事を今さらのように思うのは、商店街のあちこちに魔王討伐一周年感謝祭だとかいうポスターが貼られているからだ。

 ……なんでもかんでも商売のネタにするのはどうかと思うが。

 

「一年ですか。もうそんなに経つんですね」

 

 俺の隣を歩くめぐみんが、ポスターを見ながらそんな事を言う。

 一年経っても、髪が伸びたこと以外あまり変わらないめぐみんは、今日も爆裂散歩に行くところだ。

 商店街がそこそこの賑わいを見せる中、俺は通りかかった商店街の会長に。

 

「感謝祭って言うんだったら俺にも一言あっていいんじゃないですかねえ? なんていうか、ほら、俺って勇者じゃないですか。魔王を倒した英雄じゃないですか。別に売り上げの一部を寄越せなんて言わないけど、こういう事をするんだったら、事前に俺に話を通しておくのが筋ってもんじゃないんですか? 商人ってのはそういうつながりを大事にするもんじゃないんですか? どうせなら勇者サトウカズマフェアって事にして、もっと俺をチヤホヤしてくれても……」

「あなたは何をしているんですか! 勇者とか英雄とか言われてチヤホヤされたいんだったら、それなりの行動をするべきでしょう!」

 

 商店街の会長にネチネチと絡む俺を、めぐみんが強引に引っ張っていく。

 俺は高ステータスに物を言わせるめぐみんに引きずられながら。

 

「それなりの行動って言われても。だって、魔王を倒したんだぞ? 俺って世界を救ったんだぞ? ホントなら誰も彼もが俺を褒め称えて、甘やかしてくれるべきじゃないのか? 一生遊んで暮らしててもいいくらいじゃないのか? それがなんだよ! 勇者様勇者様ってありがたがってたのは最初のうちだけで、最近じゃ一体どんな狡すっからい手を使って魔王を倒したんですかって聞かれたり、魔王って実は弱かったんじゃないかって言われたりするんだぞ! もっと俺を称えろよ! 敬えよ! 褒めて褒めて、甘やかせよ!」

「言ってる事がアクアと同レベルですよ! そんなに甘やかしてほしいなら、私がいくらでも甘やかしてあげますから、少し落ち着いてください」

「お、おう……。最近のめぐみんは直球に磨きが掛かってるな。真っ昼間からそういう事を言われると流石に恥ずかしいんですが」

「違います! 違いますよ! そういう意味で言ったんじゃありません! あなたこそ真っ昼間から何を恥ずかしい事を考えているんですか!」

 

 俺の言葉に、瞳を紅く輝かせるめぐみんがそんな事を……。

 …………。

 

「なんだよ、違うのかよ! ていうか、またこんなんかよ! どうしてお前はそう男心を弄ぶんだよ! いい加減にしろ!」

「ちょっと待ってくださいよ。今のは私が悪いんですか? なんですか、子作りですか! いいですよ、だったら今夜はあなたの部屋に行きますからね!」

 

 瞳だけでなく顔まで赤くするめぐみんのすぐ傍を、親子連れが通りすぎて。

 ……めぐみんを興味津々で見つめる子供の手を引いて、母親が足早に去っていく。

 

「とりあえず少し落ち着きましょうか」

「そうしましょうか」

 

 俺とめぐみんは逃げるようにその場を離れる。

 

「まったく! カズマはまったく! 魔王を倒して一年経つというのに、そういうところはちっとも変わりませんね! 私だって乙女なのですから、たまにはムードとかそういう事も考えてくれてもいいと思うのですが!」

 

 ――魔王討伐の後。

 出発前夜の約束を果たした俺は、めぐみんルートに入った。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 めぐみんが魔法使い用のローブを新調したいと言うので、ウィズの魔道具店まで行く途中。

 

「こないだもローブを買いに行くって言ってなかったか? まあ、めぐみんは稼いだ金をほとんど使ってないから、少しくらい無駄遣いしてもいいと思うけどな」

「無駄遣いではありませんよ。私はまだ成長期ですからね。少しローブがきつくなってきたので、ウィズに仕立て直してもらおうかと思いまして」

「成長……? そ、そうだな。めぐみんももう十六になるっていうのに、見た目は相変わらずロリっ子だもんな。まだ成長するかもしれないよな」

「おい、本当にそう思っているなら私の目を見て言ってもらおうか。というか、私をロリっ子呼ばわりするという事は、あなたはロリコン呼ばわりされても反論できないのですがいいのですか?」

「見た目がロリっ子なだけで、十六ならセーフだろ。ちなみに見た目だけなら俺のタイプはダクネスみたいな体型だから、成長するならあんな感じになってくれると嬉しい」

「あなたがデリカシーのない人だという事は知っていますが、こ、恋人の前で他の女がタイプだとか言うのはどうかと思いますよ!」

 

 自分で恋人と言うのが恥ずかしいのか、めぐみんが顔を赤くしてそんな事を言う。

 

「恥ずかしいなら言わなけりゃいいのに」

「たまに口にしておかないと、カズマは本気で忘れそうな気がするので。私はあなたの恋人なのですから、そこのところを忘れないでくださいよ」

「お、おう……。いや、忘れるわけないだろ。お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

 

 そんな話をしながら、ウィズの店に辿り着くと。

 

「へいらっしゃい! やる事やってるくせに、これは浮気じゃないなどと言い訳をしながらとある店のサービスを受け続ける小僧と、小僧がちょくちょく外泊する理由に見当を付けつつも、貧乳が原因なら仕方ないのかもしれないと悶々としているネタ種族よ!」

 

 店先で掃除をしていたバニルが、聞き捨てならない挨拶をしてきた。

 

「おいちょっと待て。その話、詳しく……。いや、詳しく聞くと藪蛇になりそうなんだけど、でも詳しく聞いておいた方がいいような……。お前、初っ端から飛ばしすぎだろ。なんでもかんでも見通せるからって、余計な事を言うのはやめろよな」

「してません! してませんよ! 別にそんな事で悩んだりしてませんから!」

「フハハハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である! ネタ種族もそこの浮気性の男と乳繰り合うようになってから、なかなか良い悪感情を発するようになってきたな。ご馳走様です」

「おいやめろ。あとめぐみんはからかうのは好きだけどからかわれるのは苦手なんだから、やめてやれよ」

「カズマこそ私を性悪女のように言うのはやめてください。というか、私としてはバニルの言っている事が気になるのですが。カズマがサービスを受けているという、とある店について詳しく」

「おいやめろ。紅魔族は悪魔の言葉に耳を貸すなって教えられるんじゃないのか?」

 

 言い合う俺達に、バニルが懐から何かを取りだして。

 

「ところで、当店の節穴店主が例によって仕入れてきた欠陥魔道具があるのだが。これを買ってくれたお客様には、我輩サービスしてしまうかもしれん」

「買います」

「毎度あり!」

 

 即答するめぐみんに商品を渡そうとするバニルに、俺は。

 

「いやちょっと待て! 俺が買う! 買うからそのサービスは俺に頼む! 具体的には、めぐみんには黙っておいてください」

「なんと、欠陥魔道具がまさかの人気商品に。しかしこれはひとつしかないので、残念ながら一人にしか売る事は出来ぬ。ここはより高値を付けてくれたお客様に売るとしよう。まずは十万エリスから。さあ! この欠陥魔道具が今なら十万エリス! 十万エリスですよ!」

「お前、やっぱりロクでもないな。二十万」

「カズマ!? 欠陥魔道具と分かっているのに買うのは……。というか、魔道具の効果も分かっていないではないですか。それはどういう魔道具なんですか?」

「うむ。これは以前ネタ種族が欲しがっていた、爆裂魔法の威力を上げるポーションである。ただし、魔力を二倍使う上に、威力が上がった爆裂魔法は射程ギリギリに撃っても術者を巻きこむであろう」

「買います買います! 絶対買います! 自分の爆裂魔法に巻きこまれて死ぬなら望むところですよ!」

「バカ! お前はどうしてそう生き急ぐんだよ。もう魔王は倒したんだから、危ない事はせずに面白おかしく暮らしていけばいいじゃないか」

「魔王を倒しても爆裂道に終わりはありませんからね。……二十一万エリス」

「……!? おいめぐみん、いいのか? そんな無駄なもんに大金を使って、お前の心は痛まないのか? 三十万」

「この男! カズマこそ無駄なものと言いながらお金を使いすぎですよ! それに、カズマはさっき、少しくらい無駄遣いをしてもいいと言ってくれたではないですか! さ、三十万五千エリス……!」

「ダクネスの時とか魔王討伐の時とか、俺が時々金遣いが荒いのは知ってるだろ。俺は金を使った事を後悔してないし、これからも後悔しない。四十万」

「私だって、爆裂魔法のためなら大金を使ったって後悔しませんよ! ええ、しませんとも! よよよ、四十万二千エリス……!」

 

 口では強気な事を言いながら、めぐみんが上乗せする金額がどんどん少なくなっていっていた、そんな時。

 店のドアを開けて顔を出したアクアが。

 

「ねえ二人とも、お店の前で何をそんなに騒いでいるの? 近所の人達の迷惑になるから、とっとと中に入ったら?」

 

 

 

「いらっしゃいませ!」

 

 カウンターで店番をしていたウィズに歓迎され店に入ると。

 アクアが当たり前のような顔でお茶を飲み寛ぎ始めて。

 

「まったく! 二人とも、もう子供じゃないんだから周りの迷惑ってものを考えたらどうかしら? ウィズに美味しいお茶でも淹れてもらって、少しは落ち着きなさいな。ウィズ、私のお茶もなくなっちゃったから、お代わりをお願いね」

「分かりましたアクア様。ちょっと待ってくださいね」

 

 ウィズが当たり前のようにお茶を淹れ始めると、なぜか店の奥から現れたダクネスが。

 

「ウィズ、これはどこに置けばいいんだ?」

「あ、ダクネスさん。片付けを手伝ってもらってすいません。今お茶を淹れますから、ダクネスさんも休憩してください」

「……ん。それはありがたいな」

 

 めぐみんが、とある店については今度改めて聞きますからねと言ってローブを見に行く中、俺はダクネスに。

 

「おいダクネス。アクアは分かるが、どうしてお前までこの店にいるんだ? お前はクルセイダーなんだし、魔道具を使う事なんてそんなにないだろ」

「そ、それが……、最近は見合いの申し入れが多くなってきてな。私が住んでいる場所も知られてしまったらしく、屋敷にいても実家にいても見合いの申し入れが来るので、いちいち断るのも面倒になって、アクアにくっついてこの店に避難してきたんだ」

「お前ら、客でもないのにこの店に入り浸るのはやめてやれよ……」

 

 俺の言葉にダクネスは気まずそうな顔をする。

 一応はウィズに済まないと思っているらしく、店の片付けを手伝っているようだが……。

 と、ダクネスと違って周りの迷惑ってものをちっとも考えていないアクアに、俺とめぐみんに欠陥魔道具を売りつけ損ねて不機嫌なバニルが。

 

「この店を喫茶店代わりにするだけでは飽き足らず、せっかくの商談の機会をふいにしおって! もう勘弁ならん! 追いだしてくれよう疫病神め!」

「やれるもんならやってみなさい木っ端悪魔! あんたのへなちょこ光線が、魔王を倒して本来の力を取り戻した私には効かないって分かんないんですかー? なんでしたっけアレ、バニル式殺人光線? 殺人とか言ってますけど、あんなんじゃ夏場の鬱陶しい蚊くらいしか殺せないんじゃないですかー? プークスクス!」

 

 二人は険悪な雰囲気を醸し出しながら睨み合い……。

 

「『バニル式殺人光線』!」

「『リフレクト』!」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! あれだけ大口を叩いておいて、気合で消し飛ばすではなく、わざわざ魔法を使って反射するとは! その程度で本来の力とは笑わせてくれる!」

「そっちこそ、効きもしない貧弱光線をバカのひとつ覚えみたいに撃つだけで恥ずかしくないの? 地獄の公爵って蚊取り線香か何かなの? もう夏も終わったんだから押し入れに仕舞われちゃいなさいな!」

「おいお前ら、アクアが反射した殺人光線を食らって、ダクネスが焦げてるんだが」

 

 そんな俺の言葉を無視して。

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

「おっと私の魔法はあんたみたいな木っ端悪魔には強すぎたかしら! 消し飛ばすどころか反射も出来ずに避けるだなんて! 一寸の害虫にも五分の魂って言うじゃない? あんまり弱っちいから、叩き潰すのがちょっぴり可哀相になってきたわね地獄の公爵さん。まあ悪魔の穢れた魂なんて何の価値もないし、叩き潰すんですけど!」

「フハハハハハハハ! ここで我輩を倒しても、すぐに第二第三の我輩が現れるであろう! なんなら一匹見かけたら三十匹いるというアレのごとく、三十体の我輩が降臨しても構わぬぞ!」

「おいお前ら、バニルが避けた退魔魔法を食らって、ウィズが消えかけてるんだが」

 

 

 

 アクアがダクネスにヒールを掛け、バニルがウィズに水を飲ませて介抱する中。

 騒ぎをものともせずに魔道具を見ていためぐみんが。

 

「ウィズは消えかけていますし、今日のところは帰った方がいいかもしれませんね。ローブはまた今度買いに来る事にしましょう。この後は一緒に爆裂散歩に行きませんか?」

「それはいいけど、お前はもう少し周りを気に掛けてもいいと思うぞ」

 

 と、マイペースなめぐみんに、ウィズの介抱をしていたバニルが。

 

「しばし待つが良い、小僧と出掛ける事に内心ウキウキの娘よ」

「否定はしませんが、いちいち口に出すのはやめてください」

「うむ、なかなかの羞恥の悪感情である。なに、それほど時間は掛からん。ただ少し、気になる事があってな……」

 

 そう言って、じっとめぐみんを見つめるバニル。

 そんなバニルを、アクアが剣呑な目つきでじっと睨んでいるが……。

 と、バニルはいきなり笑いだし。

 

「フハハハハハハハ! やはりな! 爆裂道などというわけの分からぬ道をひた走る人生ネタ娘よ。貴様の腹の中には赤子がおるゆえ、あまり爆裂魔法を使わぬが吉。心身ともに健やかに過ごし、元気な赤子を産むが良い。我輩にとって貴様ら人間は美味しいご飯製造機。貴様の子が生まれた暁には、我輩は喜び庭駆け回るであろう」

 

 アクアに睨まれてやりにくそうにしながらも、バニルがそんな事を……。

 …………。

 

 ……………………何て?

 

「おい、人の人生をネタ扱いするのはやめてもらおうか。というか、今なんと言いましたか? 赤子……?」

 

 めぐみんのその言葉に、アクアのヒールで目を覚ましたダクネスが、ぼんやりした様子のまま。

 

「赤子というのは、赤ん坊の事だな」

 

 アクアがバニルを睨むのをやめ、めぐみんの腹の辺りをじっと見つめて。

 

「あらっ? 本当だわ。めぐみんのお腹の中に、もうひとつの生命を感じるわね! めぐみんったら、おめでたよ!」

 

 と、ダクネスが何かに気づいたように。

 

「……そ、そういえば、最近のめぐみんはやたらと食欲が増していたな。それに、酸っぱいものを食べたがったり、ちょっとした事でイライラしたり……」

 

 えっ……。

 いや、マジで?

 

「おい待てよ。お前らちょっと待ってくれ。何かの間違いじゃないのか? めぐみんがちょっとした事で怒りだして誰彼構わず襲いかかるなんて平常運転じゃないか」

「何よ、女神の見立てを疑うっていうの?」

「地獄の公爵にしてすべてを見通す大悪魔たる我輩の言葉を疑うというのか?」

「お前ら、ついさっきまで喧嘩してたくせに、どうしてこんな時だけ息ぴったりなんだよ!」

 

 口々に言う女神と悪魔に俺が叫び返した、そんな時。

 瞳を真っ赤に輝かせためぐみんが、震える声で。

 

「あ、赤ん坊……? 私のお腹の中に、カズマの子供がいるっていうんですか?」

 

 そんなめぐみんに、俺は……。

 

「……マ、マジで? 本当に俺の子?」

 

 …………。

 

「おい」

「いや待て! 待ってください! 今のはノーカンだ!」

「最低です! 本当に本当に、心の底から最低ですよあなたは! 流石にその発言は人としてどうかと思いますよ!」

「ちちち、違ーっ! 今のはそういう意味じゃなくてだな! その、ほら、アレだ。俺ってまだ二十歳にもなってないし、いきなり子供が出来たとか言われても現実感がないっていうか……! 別にめぐみんが俺以外とどうのこうのとか想像したわけじゃ……!」

「分かりました! 分かりましたからあなたは少し黙っていてください! 今あなたは本当に最低な事を口走っていますよ!」

 

 うろたえる俺はめぐみんに黙らされ。

 

「まったく! カズマはまったく! あなたがおかしな事を口走るせいで、赤ん坊が出来たと言われた衝撃がどこかへ行ってしまいましたよ。本当に、肝心な時に締まらない人ですね……」

 

 めぐみんが怒った表情を浮かべながら、なぜか口元をムニムニさせる。

 

「ううむ。そうした感情は我輩の好みではないのだが」

「うるさいですよ! それで、子供が出来たというのは本当なんですね? もし悪感情を得るための嘘だとか言ったら、この店ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしますよ」

「この店がなくなると、そこで消えかかっている薄幸店主が泣くのでやめてもらいたい。見通す悪魔の名に懸けて、我輩は嘘など吐いておらぬ。貴様の腹の中に、そこの小僧の子がいるというのは事実であるので、しばらくは安静にするが吉。普通の魔法ならば問題はなかろうが、爆裂魔法は一度に激しく魔力が流動するため、赤子に悪影響があるやもしれぬ。この後の爆裂散歩とやらも控えた方が良いであろうな」

 

 爆裂魔法に人生を捧げてきたと言っても過言ではないめぐみんに、爆裂魔法を使うなと言うバニル。

 そんなバニルに、めぐみんは。

 

「分かりました。今日から爆裂魔法は封印する事にしましょう」

「お、お前……。いいのかよ?」

 

 あっさりと頷いためぐみんに、俺が聞くと。

 

「仕方ありませんよ。私はカズマのためなら爆裂魔法を使わなくても我慢できます。ただ、破壊神の生まれ変わりである私が、爆裂魔法を使わない事でボンってなりそうになったら、カズマがいつものようになんとかしてくださいね」

「お、おう……。なんていうか、俺の感動を返してくれ」

 

 結局いつもどおりのめぐみんに俺が呆れていると、アクアが。

 

「ねえめぐみんめぐみん、我慢は体に毒だって言うし、ちょっとくらいならいいんじゃないかしら? 赤ん坊の魂は柔らかいから、変な事になっても私がリザレクションを掛けてあげるわよ?」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアに、めぐみんは微笑んで。

 

「いえ、気持ちはありがたいですが、やめておきます。いくら私でも、誰かの命と引き換えに爆裂魔法を使うつもりはありませんよ。それが私とカズマの子だっていうなら、絶対です」

「よく言ったぞめぐみん。……不思議なものだな。めぐみんは私よりも年下なのに、すでに母親の顔をしているような気がする」

「ねえ二人とも! 私は私は? 女神である私に母性を感じる事ってないかしら?」

「「全然ない」」

「なんでよーっ!」

 

 三人がそんな、微笑ましいようなそうでもないようなやりとりをする中。

 俺は、悪魔のくせに嬉しそうにしているバニルを見て。

 

「なあなあ、悪感情が欲しいんなら今がチャンスなんじゃないか? 残念、ドッキリでした! ってやらないでいいのか?」

「あの爆裂娘の腹の中に貴様の子がいるのは事実だと言っておろうが。汝、いきなり父親だと言われてもさっぱり実感が湧かず、ドッキリだったらいいのにと思う自分に後ろめたさを抱く男よ。悪魔である我輩が言う事でもないが、若い男親など誰もがそのようなものなので、気にせんで良かろう」

「おいやめろ。悪魔のくせに慰めるなよ。何を企んでんだよ」

「今回は特に企みなどない。我輩にとって貴様ら人間は美味しいご飯製造機であるからして、そんな人間が増えるというのなら、便宜を計ってやらんでもない。なんなら育児を手伝ってやっても良いが?」

「い、いらない」

 

 と、アクアとダクネスと話していためぐみんが、俺の方を見て。

 

「以前にも似たような事を言いましたが、今度こそ爆裂魔法は封印します。子供を産んだ後も子育てがありますし、街の外まで出歩くわけにもいきませんから、一年か二年くらいは爆裂魔法を使う事は出来ないでしょう。爆裂道を極めるつもりでしたが、長い回り道になりそうですね」

 

 そんな事を言うめぐみんは、少し寂しそうに、けれど嬉しそうに微笑んでいて……。

 

 

 *****

 

 

 ある日の昼下がり。

 アクアはチヤホヤされてくると言ってアルカンレティアへ行き、ダクネスは見合いの申し入れを蹴散らすために王都へ行っていて、屋敷の広間には俺とめぐみんしかいない。

 俺の隣でソファーに座っているめぐみんが。

 

「……暇ですね」

 

 ――めぐみんの妊娠が発覚して、一週間が経った。

 この一週間というもの、日課であった爆裂散歩をやめためぐみんは、一日中、屋敷の広間でぼんやりして過ごしていた。

 爆裂魔法を封印したのが良かったのか、以前までの凶暴性は薄れ、突然暴れだすような事もなくなって、すっかり穏やかになっている。

 ……ひょっとして、人は爆裂魔法を使うと怒りやすくなるのかもしれない。

 

「暇ならゲームでもやってればいいじゃないか。俺が向こうの世界で引き篭もりをやっていた頃は、一か月くらい家から出なくてもまったく退屈なんか感じなかったぞ」

「その話は自慢げに話すような事なのですか? このところ、爆裂魔法を使っていないせいで、なんだか体がうずうずするのですよ。爆裂魔法が使えないのは我慢するとして、高いステータスに物を言わせて、喧嘩を売ってきたチンピラを返り討ちにしたりしたいのですが、妊娠している時というのは、あまり体を激しく動かしてはいけないらしいですからね。この街に子供を産んだ事のある知り合いなんていませんし、どこまでなら許されるのかが分かりません」

「そ、そうか……。お前、大人しくしてると思ったら中身は全然変わってないじゃないか。とりあえず、チンピラと喧嘩するのが駄目だっていうのは俺でも分かる」

「そんなに簡単に人の性格は変わりませんよ。カズマだって、魔王を倒して一年も経つというのに、ちっとも勇者らしくなっていないではないですか」

「まあ、最強の最弱職だとか呼ばれてるしな」

「私はどうですか? この一年で、少しは変わりましたか?」

 

 俺は、探るようにそんな事を言ってくるめぐみんに。

 

「髪が伸びた」

「……他には?」

 

 …………。

 

「背も少し伸びたな」

「ほうほう、それで?」

 

 胸も……。

 …………?

 

「おい、今どこを見て何を考えたのか詳しく教えてもらおうか」

「いやちょっと待ってくれ。めぐみんだって、一年経っても俺が変わってないって言ってたじゃないか。俺にばかり言わせるのはどうかと思う」

 

 俺の苦し紛れのそんな言葉に、めぐみんはクスクス笑いながら。

 

「私はカズマが勇者らしくないと言っただけですよ。……そうですね。一年前と比べて、カズマも背が伸びましたね。それに、少し大人っぽくなったかもしれません。性格はあまり変わっていませんし、以前とやっている事も変わりませんが、私の方を見る回数が増えましたね」

「そ、そうか。よく見てますねめぐみんさん」

「好きな人の事ですからね。この一年で私がどう変わったのか、カズマが分からなくても私は気にしませんから、気まずく感じなくてもいいですよ。私はカズマの、そんなどうしようもないところも嫌いではないですからね」

 

 ……一年前と比べて手玉に取られてる気がするんですけど。

 

 

 

 爆裂魔法を撃ちたくてうずうずしているめぐみんを宥めながら、ダラダラと過ごしていると。

 

「めぐみーん! めぐみん、いるー!?」

 

 玄関のドアが乱暴にバンバン叩かれ……。

 ……というか、この声は。

 ドアを開き姿を現したのは、いつも人に気を遣ってばかりのゆんゆんで。

 

「おや、ゆんゆんではないですか。そんなに慌ててどうしたのですか?」

 

 めぐみんの言うとおり、ゆんゆんがこんなに慌てている姿というのは珍しい。

 気を遣いすぎて、屋敷を訪ねてくるのもためらっていたくらいなのだが。

 

「どうしたのですかじゃないわよ! ねえめぐみん、どういう事? カズマさんとの間に子供が出来たって本当なの?」

「そういえばゆんゆんには言い忘れていましたが、そうらしいです。まだあまり実感は湧かないですが、アクアとバニルが言っていたので間違いないでしょう。私のお腹の中にはカズマの子供がいます」

 

 そんな事をドヤ顔で言うめぐみん。

 ……なんだコレ。

 俺はこんな時、どういう顔をしていればいいんだろうか?

 と、悩んでいる俺に気づいていないらしいゆんゆんは、めぐみんをガクガク揺らしながら。

 

「どうして私に話してくれないのよ! どうして私はそんな大事な事をあるえから聞かされないといけないの? 私達って、親友じゃなかったの?」

「ああもう! あなたも大概面倒くさいですね! そんな事で本気で泣かないでくださいよ! あなたに伝えていなかったのは、ちょっといろいろ忙しくて忘れていただけですよ!」

「忙しいって、どう見てもソファーで寛いでるだけじゃない! どうしてあるえには伝えたのに、私にだけ伝え忘れるのよお!」

「ち、違いますよ! 傍から見たら寛いでいるだけかもしれませんが、私だっていきなり子供が出来たとか言われて驚いているんですよ! 状況を受け入れるだけでもいっぱいいっぱいなのですから、言い忘れる事もありますよ! というか、あるえに伝えたのは、アジトに行った時にたまたまいたあるえに、母への報告の手紙を渡したからですよ。別にあなただけ仲間外れにしたわけではありません! ゆんゆんに頼もうと思っていたのに、いなかったのですから仕方ないでしょう! おい、身重の体なんだから乱暴にするのはやめてもらおうか! カズマ! 見てないで助けてください!」

「……キャットファイトって、なんかいいよな」

「この男!」

 

 ――しばらくして。

 落ち着いたゆんゆんが絨毯の上に正座していた。

 

「……お騒がせしました」

「本当ですよ! まったく、あなたは相変わらず妙なところで思いきりがいいですね。その思いきりの良さをきちんと活かせば、友達くらい簡単に出来ると思うのですが」

「う、うう……。それを言わないで……」

 

 めぐみんに責められしょんぼりするゆんゆんに、俺は淹れてきたお茶を差し出す。

 

「粗茶ですが」

「あ、ありがとうございます……。カズマさんも、お騒がせしてすいませんでした」

「いや、いいって。こいつらに比べればゆんゆんに掛けられる迷惑なんて可愛いもんだよ」

 

 そう言ってゆんゆんに笑いかける俺を、めぐみんがじっと見つめていて……。

 

「何か文句でもあるのか?」

「……なんでもないです」

 

 俺がめぐみんをじっと見つめると、めぐみんは目を逸らす。

 と、そんな俺達の様子に気を遣ったのか、ゆんゆんが手紙を取りだし。

 

「あ、あの! 今日はあるえから、めぐみんのお母さんの手紙を預かってきたんです」

 

 テレポートを覚えたあるえは、ふにふらやどどんことともに、めぐみん盗賊団のアジトに入り浸っているらしい。

 

「ありがとうございます。知り合いの中で出産経験があるのは母くらいですからね。気を付けなくてはいけない事や、心構えなんかを聞いておこうと思いまして」

 

 そう言いながら手紙の封を開けためぐみんは。

 

「そぉい!」

 

 手紙を見た途端、くしゃくしゃに丸めゴミ箱に向けて放り投げた。

 

「めぐみん!? 何やってるの? お母さんからの大事な手紙でしょ!」

 

 ゴミ箱に入らず床に落ちた手紙を拾いに行ったゆんゆんが、手紙のしわを延ばしながら戻ってきて。

 文面が目に入った途端、気まずそうな顔になった。

 ……そんな顔をされると何が書いてあるのか気になる。

 俺に見せようか隠そうか、ゆんゆんが悩んでいるうちに、俺は手紙を覗きこんで……。

 

 

 カズマさんの総資産額はいくらくらいかしら?

 

 

 …………。

 俺がめぐみんを見ると、めぐみんは視線を逸らして。

 

「その、母がすいません。一応言っておきますけど、私はカズマがお金持ちだから好きになったわけではありませんからね」

「えっと、いきなり子供が出来て不安がってると思って、お前の母ちゃんなりにジョークを飛ばしてみたのかも」

「いえ、あの人は本気です」

「そ、そうか……」

「ゆんゆん、それは捨てておいてください。二枚目からはまともな事が書いてあるようです」

 

 めぐみんは、手紙をざっと読み終わるとゆんゆんをじっと見て。

 

「な、何? 私に何かしてほしい事があるの? めぐみんに子供が出来るだなんて、……それも、こんなに早くに出来るなんて、紅魔の里にいた頃には考えもしなかったけど、めぐみんの子供のためなら、私、なんでもするわ!」

「ありがとうございます、ゆんゆん。そうですね、紅魔の里で恋人がどうのと話していた時には、私も子供を産む事になるなんて考えもしませんでしたよ。それで、母の手紙によると、激しい運動をしたり、強いストレスを受けるような事をするのは避けた方がいいそうなのです。そういう事なので、私にはめぐみん盗賊団の団長としての務めが果たせそうにありません。私が子供を産むまでの間、私の右腕であるゆんゆんが、団長代理として盗賊団を統率してくれますか?」

「わ、私が!? 統率って、そんな……、そんな事言われても……」

 

 頼もしい事を言っていたゆんゆんが、めぐみんの言葉にモジモジしだす。

 ……冒険者のパーティーにも入れずぼっちだったゆんゆんに、いきなりキワモノ揃いの盗賊団を率いるというのはハードルが高すぎるだろう。

 めぐみん盗賊団は、以前と比べ規模が大きくなっている。

 あるえとふにふら、どどんこがテレポートで入り浸るようになった事で、魔王が倒され暇を持て余していた紅魔の里のニート達もとい自警団までも集まってきて。

 さらに、アクアに近づこうとやってきたアクシズ教徒達が、アクシズ教会に入りきれずめぐみん盗賊団のアジトに住み着き。

 その上、魔王が倒されて平和になったために、アイリスが堂々と城を抜け出すようになり、同じく平和になったために仕事が減った騎士達が、警護のために屋敷に滞在していて。

 ……なんていうか、盗賊団というよりちょっとした軍隊みたいな規模になっている。

 

「ねえめぐみん。まさかとは思うんだけど、そんなはずないって信じてるけど、ひょっとして、規模が大きくなりすぎて手に負えなくなったからって、子供が出来たのをいい事に、私に押しつけようとしてないわよね?」

「ままま、まさか! そんなわけないじゃないですか! めぐみん盗賊団なのですから、団長は私に決まっているでしょう! まあ、私がいない間にゆんゆん盗賊団と改名しても構いませんよ」

「するわけないじゃない! めぐみん盗賊団なんだから最後まであんたが面倒見なさいよ!」

「うう……。仮面盗賊団を陰ながら手伝おうとしただけなのに、どうしてこんな事に……」

 

 めぐみんが恨めしそうに俺を見てくるが、俺の知らないところで勝手に始めたくせに、俺のせいにされても困る。

 めぐみんに厄介事を押しつけられたゆんゆんが、やる気を漲らせながらも、気が進まない様子で帰っていき……。

 その帰り際。

 見送りに出ためぐみんに振り返って、ゆんゆんが。

 

「言い忘れてたけど、おめでとう。元気な赤ちゃんを産んでね」

 

 そんなゆんゆんの言葉に、めぐみんが珍しく目を潤ませて頷いていた。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 

「カズマ、少し散歩に行きませんか? 爆裂散歩ではなくて、普通の散歩ですが」

 

 屋敷の広間でダラダラしていると、めぐみんがそんな事を言いだした。

 

「俺は構わないけど、散歩なんかして大丈夫なのか?」

「母からの手紙によると、歩くのは胎教に良いそうですから大丈夫でしょう。というか、まだお腹も大きくなっていないのですから、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。もしも途中で調子が悪くなったら、いつもみたいに負ぶってくださいね」

「まあ、いざとなったらテレポートで帰ってくればいいだろ。……テレポートって、赤ん坊にはどうなんだ? 俺も妊婦が気を付ける事については、元いた世界の常識くらいの知識はあるけど、魔法やスキルの事はさっぱり分からん。今度、エリス様にでも聞いておくよ」

「母の手紙によると、テレポートは大丈夫だそうですよ」

 

 そんな事を話しながら、屋敷を出て歩きだす。

 爆裂魔法を撃ちに行くわけでもないから、本当にただの散歩なのだが、なんとなく街の外まで出て。

 

「……爆裂散歩の時は街から離れてたから、習慣で街から出てきちまったが、良かったのか? あんまり激しい運動はしない方がいいって話だったよな」

「私はカズマより体力のステータスが高いですし、これくらいなら大丈夫ですよ。せっかくですから湖にでも行きましょうか。お弁当を持ってくれば良かったですね」

 

 ――アクセルの街近くの湖。

 その畔の芝生に腰を下ろして、俺とめぐみんはのんびりする。

 ここは、一時期めぐみんお気に入りの爆裂スポットで、ピクニックにもちょうどよかったので、よくアクアやダクネスと一緒に訪れていた。

 

「今日の爆裂、百点満点!」

 

 いきなりそんな事を叫ぶ俺に、めぐみんが不思議そうに。

 

「いきなりなんですか? 爆裂魔法を使えない私をからかっているというなら、私にも考えがありますよ」

「ち、違うよ。お前、爆裂魔法に関する事になると沸点が低すぎるだろ。ほら、爆裂魔法だって、ただ威力が高ければいいってもんじゃないだろ? 爆風を強めた方がいい事もあるし、水しぶきを上げて清涼感を出した方がいい事もある。だから時には、使えるのに使わない事が百点満点でもいいんじゃないかと思ってな。めぐみんは爆裂魔法使いとしては極まってる感もあるし、爆裂魔法を使わなくても百点が出る事もある」

「ついに私もそのレベルに至ってしまいましたか……」

 

 バカな事を言いだした俺に、めぐみんが嬉しそうに口元をニマニマさせる。

 それから、ふと寂しそうな顔になり。

 

「そういえば、以前はよく皆で一緒にピクニックに来てましたね」

 

 このところ、アクアとダクネスは忙しそうにしていて、ほとんど屋敷にいない。

 アクアはアクシズ教徒達にチヤホヤされてくると言っていたし、ダクネスはお見合いをぶち壊すためだと言っていたが、ひょっとすると俺達に気を遣っているのかもしれず……。

 …………。

 ……いや、ダクネスはともかく、アクアに限ってそれはないと思うが。

 

「仕方ないです。寂しいですけど、ダクネス達の気持ちも分かりますし、覚悟はしていました。ずっと皆と一緒にいたいと言っておきながら、関係が変わってしまうような事をしたのは私ですからね。それに、ダクネス達だって寂しいでしょうけど、私にはカズマがいますから。……何事も、変わらない事なんてありません。何百年と微動だにしなかった大岩も、私の爆裂魔法の前では木っ端微塵に砕け散ります」

 

 めぐみんは寂しさを誤魔化すように、強がるようにそんな事を……。

 …………。

 

「お、お前……。途中までちょっといい事言ってたっぽかったのに台無しだよ。なんでもかんでも爆裂魔法に結びつけて考えるのはやめろよな」

「何を言っているんですか。私は爆裂魔法使いなのですから、一日中爆裂魔法の事を考えているのは当たり前ですよ」

 

 ここ最近、コイツちょっと大人びてきたなとか思ったが気のせいだった!

 

 

 *****

 

 

 数日後。

 夕食が終わりめぐみんが風呂に入っている間、俺が広間のソファーでダラダラしていると、珍しく屋敷にいたアクアが。

 

「ねえねえカズマさん、実はめぐみんをびっくりさせるためにサプライズで結婚式を企画してるんだけど、めぐみんの指輪のサイズって分かるかしら?」

 

 …………。

 

「いや、ちょっと待ってくれ。なんでわざわざサプライズにするのかとか、お前らが最近忙しそうにしてたのってそのせいなのかとか、聞きたい事はいろいろあるが、結婚式って、俺とめぐみんの結婚式だよな? それって俺に話してもいい事なのか?」

「……今のは聞かなかった事に」

「なるわけないだろ! 何やってんの? お前らは本当に何をやってんの? めぐみんは最近、俺とそういう感じになったせいで皆との関係が変わったんじゃないかって落ちこんでたんだぞ!」

「カズマさんったら何を言ってるの? バカなの? 私達の関係がそれくらいの事で変わるわけないじゃないの。それに、何を勘違いしてるのか知らないけど、私はあんたの事なんてちっとも気にしてないわよ。魔王を倒してチヤホヤされて、ちょっとモテたからって、クソニートのくせに調子に乗りすぎなんじゃないですかー?」

「お前の事はどうでもいいんだよ。そんな事より、サプライズってのを詳しく」

 

 俺の事なんて気にしていないと言ったくせに、どうでもいいと言われるのは嫌なようで、アクアは不機嫌そうに頬を膨らませながら。

 

「サプライズはサプライズよ! 聞いて聞いて。とっても楽しい計画なんだから! まず、この街のエリス教会で誓いのアレをやって、馬車で街中をパレードするでしょう? それから教会に戻ってくるんだけど、なんとびっくり! そこはアクシズ教会なのでした! めぐみんにはウチの子達もお世話になったっていう話だし、皆もお祝いがしたいって言ってたわ」

「それを言ってるのって、アクシズ教徒とお前だけだろ。他の連中は反対してるんじゃないか?」

「どうして分かったの? でも大丈夫よ。きっと皆を説得してみせるから! 最後には皆も分かってくれると思って、ウチの子達だけで準備も進めてるのよ」

「おいやめろ。お前が張りきるとロクな事にならないって、いい加減に分かってくれてもいいんじゃないか? 他の皆の言う事を聞いて、アクシズ教徒には大人しくさせとけよ」

「嫌よ! 私だってめぐみんに喜んでほしいのよ! 皆の意見は普通すぎるの。めぐみんはちょっと頭のおかしい子なんだから、アクシズ教徒のやる事だって、きっと笑って受け入れてくれるわ!」

「お前、とうとう自分のところの信者が頭おかしいって認めたな」

 

 ……というか、結婚式か。

 そもそも俺って、このままめぐみんと結婚するのか?

 出来婚というのは、以前、めぐみんが言っていたとおりで、あまり気が進まないのだが。

 いや、でも、子供が出来たんだから、そういう事も考えないといけないのか……?

 

「なあ、この世界でも子供が出来たら結婚しないといけないもんなのか? めぐみんの事は嫌いじゃないっていうか、むしろ好きだけど、この歳で結婚とか言われると流石に重いんだが」

「……こんなのが好きだなんて、めぐみんってやっぱり頭がおかしいんじゃないかしら?」

「おいやめろ。俺とめぐみんをまとめてディスるのはやめろよ。分かってるよ! 子供が出来たんだから結婚しないといけないって言うんだろ! それに、めぐみんの事は好きだしいつかはそうなってもいいかなって思う。でも今すぐってのは早すぎないか? 俺、まだ二十歳にもなってないんだぞ? めぐみんだってまだ十六だろ。向こうの世界ではどっちも子供じゃないか。こんなんで結婚なんかして、本当に大丈夫なのか? めぐみんは何事も変わらない事なんてないって言ってたけど、いきなり変わりすぎだろ」

「汝、迷えるロクでなしよ。未来を悲観し何もかも投げだしたくなってきてるあなたに、心が軽くなる教えを授けましょう。アクシズ教にはこんな教えがあります。『どうせダメならやってみなさい。失敗したなら逃げればいい』。今から悩んでてもどうにもならないんだし、いつもどおりにやんなさいな」

「おい、それ駄目なやつだろ。いくら俺が駄目人間でも、子供作って結婚までして逃げたりはしないぞ」

「子供が出来たのに結婚したくないとか言ってる時点で十分に駄目人間だと思うんですけど」

「分かってるよ! まだ決心がつかないから、誰かに背中を押してほしかったんだけど、お前に聞いた俺がバカだった!」

「何よ! 女神の啓示をありがたく受け取りなさいよ!」

「どうせならエリス様の啓示を授かりたい」

「ちょっとあんた何言ってんのよ! エリスなんかより、ずっと一緒にいる私の方が、カズマの役に立ってると思うんですけど! もっと私を敬って! たまには素直にありがとうって言いなさいな!」

「うるせーこの駄女神が! 敬ってほしければもっと女神らしいアドバイスしろよ!」

「わああああーっ! また駄女神って言った! 背教者め、天罰を下してやるーっ!」

 

 掴みかかってきたアクアを迎え撃ち、俺とアクアが取っ組み合っていた、そんな時。

 風呂から上がり広間に顔を出しためぐみんが。

 

「二人は相変わらず仲が良いですね。今度は何を喧嘩しているのですか?」

「ふわああああああーっ! カズマが! カズマがーっ!」

「おいやめろ。余計な事を言うのはやめろよな。ついさっきの俺とのやりとりを思いだせ」

 

 アクアを黙らせようとする俺を、めぐみんが不思議そうに見ていた。

 

 

 

「――どうも。めぐみんサプライズ結婚式のアドバイザーに就任したサトウカズマです」

 

 翌日。

 商店街の役員会議室にて。

 なぜか俺は、めぐみんのサプライズ結婚式を計画する人々の輪に加わって、アドバイザーをやる事になっていた。

 俺は、俺が現れると驚いた様子で絶句しているダクネスに。

 

「なあ、やっぱりおかしくないか? めぐみんの結婚式って事は、俺の結婚式でもあるはずだろ? 俺もサプライズされる側だと思うんだが」

「……ん。私もそう思って黙っていたんだが、どこから聞きつけてきたんだ? アクシズ教徒も、めぐみん盗賊団も、商店街の皆も、いつも爆裂魔法で驚かされているめぐみんを驚かしてやろうと乗り気で、秘密を漏らすような者はいなかったはずだが」

 

 黙っていた事が少し後ろめたいらしく、ダクネスがチラチラと視線を逸らしながらそんな事を言う。

 

「アクアが昨夜、うっかりバラしたんだよ。サプライズ結婚式やるんだけど、めぐみんの指輪のサイズが分からないとか言って。隠し事をしたいんだったら、あいつには教えない方が良かったんじゃないか?」

 

 俺の言葉に、ダクネスは会議室の一角でアクシズ教徒達と騒いでいるアクアを見て。

 

「めぐみんに子供が出来たと聞かされて、結婚式をするべきなのではないかと言ったのは私だが、どうせならサプライズにしてめぐみんを驚かせてやろうと言いだしたのはアクアだったからな。最初から、アクア抜きでやるわけには行かなかったんだ。ま、まあ、まだめぐみんにバレたわけではないのだし……。それに、お前が私達に協力してくれるというのなら、これほど心強い事もない。女神感謝祭の時のような、敏腕アドバイザーぶりを期待しているぞ」

「おい、あの時の事を蒸し返すのはやめろよ。もう十分謝ったし金も返しただろ。なんだかんだ言って、祭りも盛り上がったんだし良かったじゃないか! なあ、そうだろ?」

 

 俺が商店街の会長に聞くと、会長はにこやかに。

 

「そうですな! 祭りの時は、我々も随分と儲けさせてもらいました。どうですかな? 今回もエリス教徒だけでなく、アクシズ教徒を積極的に参加させるというのは……、…………」

 

 と、言いかけた会長が、ダクネスに睨まれて口を閉じる。

 そんな会長の様子に溜め息を吐いたダクネスは、仕方なさそうに俺を見て……。

 

「お前が参加するのだ。平穏に終わる事はないだろうが、せめてめぐみんが喜ぶような結婚式にしてほしい。お前だって、めぐみんがガッカリするところは見たくないだろう?」

「いやちょっと待て。今のはこのおっさんが言ってただけで、俺は最初からめぐみんの事を考えてるぞ。大体、俺は魔王の討伐賞金やら何やらで一生遊んで暮らせるくらいの金はあるんだからな。今さら商売の事なんか考えないよ」

「……ん。それもそうだな。では、せっかく皆がめぐみんのために集まってくれているのだし、その考えとやらを聞かせてくれ」

「任せれ」

 

 

 

「――そこで俺とめぐみんがゴンドラに乗って上から登場するわけだ」

「ちょっと待て! どうして結婚式でそんなわけの分からない演出が必要なんだ? 教会にそんな設備があるはずないだろう。というか、ゴンドラなんてどこから用意してくるつもりだ」

「何言ってんの? 結婚式でゴンドラに乗って登場するのって、よくある演出じゃないか」

「そんなわけないだろう! ……いや、それはひょっとして、その、お前の元いたという世界ではよくある事だったのか? だからと言って、そんな非常識な事は……」

「……でも、めぐみんは喜びそうだろ」

「た、確かに……!」

 

 

 

「――ゴンドラが駄目なら、こういうのはどうだ? ウェディングケーキってあるだろ? 人が中に入れるくらいのデカいケーキを用意して、なんだこのデカいケーキはと参加者がびっくりする中、さらにケーキがパカンと割れてめぐみんと俺が登場するってのはどうだ?」

「カズマったらバカなの? めぐみんが食べ物を粗末にするような事を許すわけがないじゃない。教会ごと爆裂魔法で吹っ飛ばされるのが嫌なら、バカみたいな演出はやめといた方がいいと思うんですけど」

「そうか。……で、お前は何をやってるんだっけ?」

「……参加者が名前を書く名簿をアクシズ教の入信書にするっていう案を出したら、ダクネスに叱られて正座させられてます」

「お前はもう会議が終わるまで大人しくしてればいいんじゃないかな」

 

 

 

「そうだ、スライドショーはいいんじゃないか? これなら、そんなに変な演出でもないし、誰も文句は言わないだろ」

「すいませんが、スライドショーというのは聞いた事がありませんな。どういうものですか?」

「あれっ? ……どういうって言われても。新郎新婦が生まれてから出会うまでとか、二人の馴れ初めなんかを、写真のスライドを使いながら語るんだ。何が面白いのか俺にはよく分からないが、皆やってたし面白いんじゃないか?」

「ほう、写真を……。流石は高名な成金冒険者のサトウさんですね! 借りるだけでも高額な魔導カメラをお持ちとは!」

「そんなもん持ってるわけない」

 

 

 

「――最後に、俺とめぐみんが馬車に乗って、そのまま馬車に括りつけた空き缶をガラガラ言わせながら、新婚旅行に行くわけだ」

「お前が何を言っているのかさっぱり分からん。どうしてそんな近所迷惑になるような事をする必要があるんだ? さっきから、お前の出す案は人目を引くために派手な演出をしているだけで、結婚式の守るべき礼節を無視しているように思えるのだが。というか、馬車はそれほど速度が出ないから、空き缶を括りつけてもガラガラ言わないぞ」

「畜生! なんなんだよ、さっきから! お前ら寄ってたかって俺の出す案に駄目出しばかりしやがって!」

「そ、そう言われても、お前の出す案はどれも非常識だったり実現不可能だ。それに、さっきから聞いていれば、お前の世界の結婚式でやる事ばかりじゃないか。めぐみんはこっちの世界の住人なんだから、お前の言うような結婚式をやったところで喜ばないのではないか?」

「そんな事ないわダクネス! だってめぐみんは結婚相手にカズマを選ぶような子なのよ! ちょっとくらい変な感じの方が喜ぶかもしれないわ!」

「おい、だから俺とめぐみんをまとめてディスるのはやめろっつってんだろ」

 

 ……会議は難航した。

 

 

 *****

 

 

 サプライズ結婚式の計画を立て始めて、数日。

 出掛けようとしているところをめぐみんに捕まった俺は、屋敷の広間で詰問されていた。

 

「カズマは最近よく出掛けていますが、どこに行っているのですか? 一人で屋敷にいると寂しいので、どこかに行くのなら私も連れていってほしいです」

 

 めぐみんは勘が良い。

 隠し事をしているとバレそうな気がするので、最近は生活時間を少しだけずらし、めぐみんが寝ている間に書き置きだけ残して出掛けていたのだが。

 俺は平静を装って。

 

「どこって、書き置きしておいただろ? 最近は商店街の人達に、商品のディスプレイの仕方を教えたり、新人教育を手伝ったりして、小銭を稼いでるんだよ。子供も出来る事だし、危険な冒険者稼業からは足を洗おうと思ってな」

「それくらいなら、私がいても邪魔にはならないでしょうし、一緒に行ってもいいですよね」

「い、いや、今日はそっちの用事じゃなくて、ただの買い物だぞ」

「買い物ですか。だったらどうして私を誘ってくれないんですか? 最近のカズマはおかしいですよ! こそこそと一人で出掛けたり、私の事を避けてるみたいではないですか!」

 

 避けているみたいではなくて、実際に避けていたのだが……。

 

「め、めぐみん? お前、なんか変だぞ。怒りっぽいのはいつもの事だが、怒り方がいつもと違うっていうか……」

「そりゃ変にもなりますよ! 子供が出来た途端、皆して私から離れていって……! あなたが隣にいてくれれば大丈夫だと思っていたのに、あなたまでいなくなったら私はどうすればいいんですか!」

「いや、その、あいつらは別にめぐみんから離れていったわけじゃないから、心配するな。それに、ほら、俺もいるしな」

「いないじゃないですか! 最近はずっと一人で出掛けて……!」

 

 と、目に涙を浮かべ叫んでいためぐみんが、唐突に口元を押さえ、台所に駆けていく。

 俺がめぐみんを追いかけて台所に行くと、めぐみんは流し台に向かって吐いていた。

 

 えっ……。

 

「ちょ!? めぐみん! 大丈夫か? そ、そうか、アレだ、つわりってやつだ! おおお、俺はどうすればいいんだ? 背中さすればいいのか? それとも触らない方がいいのか?」

「落ち着いてください。まったく、こんな時でもあなたって人は……」

 

 口をゆすいで振り返っためぐみんが苦笑いを浮かべていたので、俺はほっとする。

 と、そんな俺の腕を掴みめぐみんが。

 

「カズマはこのところ、アクアやダクネスと何をやっているんですか?」

 

 俺より腕力のステータスが高いめぐみんに捕まれ、逃げる事の出来ない俺は。

 

「お、お前……。いくらなんでもこれはどうかと思う。めちゃくちゃ心配したのに、さっきのは演技だったのかよ?」

「そんなわけないでしょう。イライラしていたのも気持ち悪かったのも本当の事ですよ。カズマの方こそ、身重の私をほったらかして、アクアやダクネスと何をやっているのですか。さっき、二人は私から離れていったわけではないと言っていましたが、それと関係があるのですか? 私に何を隠しているのですか?」

 

 妊娠して情緒不安定なめぐみんは、俺の肩をガクガク揺さぶって問いかける。

 

「おいやめろ。イライラしたり怒ったりっていうのは、胎児の情操教育に悪いらしいぞ」

「あなたが私をイライラさせているんですよ! 隠している事があるのなら話してくださいよ! 私には話してくれない秘密を二人と共有していると思うとイラッとするんですよ!」

「な、なんだよ、嫉妬か? ひょっとして、あの二人に嫉妬してんのか?」

「そうですよ。妊娠すると情緒不安定になるという話ですが、屋敷に一人でいるといろいろ不安な事を考えてしまうんです。あなたは以前、ダクネスの体型が好みだと言っていたではないですか。それに、カズマはちょっと誘われれば誰にでも簡単についていきそうですし、私はそういった事をしてあげられない状態なので、ついムラムラっと来て……とか……。そ、それに、ダクネスもカズマの事が好きですから、勢いで一線を越えた末に爛れた関係になっているんじゃないか……とか……。自分でもどうかと思いますが、いろいろと考えてしまうんですよ」

「おい、俺を見くびるなよ。いくら俺がクズマだのゲスマだの呼ばれてるからって、俺の子がお腹の中にいるめぐみんを放って浮気するほどクズでもゲスじゃない。それに、俺には心強い味方がいるからな。ムラムラっと来る事はないから安心しろ」

「……あの、あなたが心強い味方という、とあるサービスをしてくれる喫茶店とやらにも言いたい事があるのですが」

「!?」

 

 この話の流れで例の店が出てくるという事は、めぐみんはとあるサービスがなんなのか知っているという事だろう。

 しかし、この街の男性冒険者が、あの店の秘密を誰かにバラすはずは……!

 

「ど、どうしたのですか? 急に見た事もないような真面目な顔をして。心配しなくても誰にも言いませんよ。お店の話はこめっこから聞いたのです。なんでも、サキュバスが経営している喫茶店があるそうで」

 

 こめっこ、恐ろしい子……!

 なんというスパイ。

 というか、サキュバスのお姉さん達が情報を漏らしていたとか、もうコレどうしようもないな。

 

「一応言っておきますが、こめっこの話だけでは何も分かりませんでしたよ。以前からあなたがちょくちょく外泊している事や、その時の態度や発言なんかから考えてみただけです。だからこめっこも何をやっているお店かは知らないはずです。というか、あなたは一度、屋敷に現れたサキュバスを逃がしていましたよね。ダクネスの話では、その時のあなたはいつになく積極的だったという事でしたし、その辺から考えてみると分かりやすかったですよ」

「…………」

 

 マジかよ。

 紅魔族は知能が高いと言われているが、その知能の高さを初めて心底恐ろしいと思った。

 戦慄する俺に、めぐみんはにっこり笑って。

 

「この話を続けるのと、アクアとダクネスの話をするのと、どちらがいいですか」

 

 ……やっぱコイツ、悪女だわ。

 

 

 

「――というわけで、すまん。めぐみんにバレた」

 

 その日、商店街の役員会議室に集まった人達を前に、俺はそう言って頭を下げた。

 せっかく俺達のためにサプライズを計画してくれていたのに、俺のせいで台なしにしてしまったのだから、俺だって反省を……。

 と、サプライズを俺にバラしたアクアが、なぜか勝ち誇ったように笑いながら。

 

「信じて送りだしたカズマさんがあっさりネタ晴らしして戻ってきた件について!」

 

 ……この女!

 

「おいふざけんな。そもそもお前が俺にサプライズをバラさなけりゃこんな事にならなかっただろ。自分のやった事を棚に上げて俺を責めるのはどうかと思う。ていうか、俺は尋問されて抵抗空しく喋っちまったわけだが、お前はなんなの? 聞いてもないのに自分からバラしやがって。サプライズの意味が分かってんのか?」

「何よ! 清浄な水の女神である、清く正しいこの私が、嘘や隠し事が苦手なのはしょうがないじゃないの!」

「何が清く正しいだよ。お前が嘘や隠し事が下手なのは、女神だからじゃなくてバカだからだろ」

 

 と、アクアと言い合う俺の前にセシリーが現れ。

 

「待ちなさい! アクア様と親しくしているサトウさんといえど、それ以上我らが女神に無礼を働くというなら、鼻からところてんスライムを食べさせるわよ!」

「やってみろ! やれるもんならやってみろ! ていうか、お前らが甘やかすせいでアクアがどんどん駄目になってるんだよ。最近こいつのバカさに磨きが掛かってるのって、お前らのせいじゃないのか? 我らが女神とか言うんなら、甘やかしすぎないようにしてやれよ」

「何を言っているのかしら? アクア様を慈しみ甘やかす事こそ我々の喜びなのよ。アクア様が望むならいくらでもお世話させていただきますとも。私達がいないとなんにも出来なくなるというなら、すべてをお世話させていただくわ! アクア様、安心して駄目になってくださいね!」

「本当? それなら、王様っぽい椅子に座ってる私を、孔雀の羽で扇いでくれたりする?」

「もちろんです、アクア様!」

 

 ……こいつら駄目だ。

 孔雀の羽ってなんだよ。

 このところアルカンレティアに入り浸っていたアクアは、駄目さ加減が増している気がする。

 と、そんな俺達に、いつまでも会議を始められず困っている様子のダクネスが。

 

「アクア、それくらいで許してやったらどうだ? バレてしまったものは仕方がないだろう。というか、私は元々サプライズにはあまり乗り気ではなかったんだ。むしろバレてしまって清々した。結婚式というのは、女にとって一生に一度の晴れ舞台なのだ。自分の好きなように演出したいというのが女心というものだろう。バレてしまったのなら、めぐみんにも会議に参加してもらって、めぐみんの理想の結婚式を挙げさせてやった方がいいのではないか?」

 

 俺は、理想の結婚式だとか面倒くさい事を言いだしたダクネスに。

 

「めぐみんは、自分のために皆が準備してくれるのなら、どんなのでもいいって言ってたぞ。当日にびっくりしたいから、サプライズがバレたって事はバラさないでくれって言われたくらいだ」

「めぐみんはサプライズに付き合ってくれるつもりなのか? ……それを私達に話してしまって良かったのか?」

「まあ待て。これはいい機会だと思うんだ。普通にやってたんじゃ、俺達ではめぐみんにサプライズを仕掛けるなんて上手くいかないと思わないか? アクアが余計な事をしたり、ダクネスがうっかりしたりして、どうせやる前にバレるに決まってる」

「何よ、今回失敗したのはカズマじゃないの……痛い痛い! ちょっと! 私は本当の事を言っただけで、ほっぺたをつねられるのは納得行かないんですけど!」

「お前はちょっとの時間も黙ってられないのか? いいから聞けよ。今、めぐみんはサプライズ結婚式があるって心の準備をしてるだろ。でも、その心の準備を上回るような結婚式だったら、どうだ? 単にサプライズをするよりもびっくりさせられるんじゃないか?」

 

 俺の提案に、ダクネスは首を傾げ。

 

「どうしてそんなにびっくりさせる事にこだわるんだ? それよりも、めぐみんには思い出に残るような素敵な結婚式を挙げさせてやりたいのだが」

「びっくりした方が思い出に残るだろ。それに、最近めぐみんに手玉に取られてる気がするんだよ。たまにはめぐみんをびっくりさせて、こっちが手玉に取ってやりたい」

「またお前はそんなロクでもない事を……。結婚式だぞ? 一生に一度の思い出なんだぞ?」

「どうしてお前は時々そう面倒くさいんだよ。変態痴女なのか純情乙女なのかはっきりしろって言ってるだろ。それに、一生に一度とは限らないだろ。お前みたいなパターンもあるしな、バツネス」

「バ、バツネスはやめろ……。しかし、サプライズだと分かっているめぐみんをびっくりさせるのは大変ではないか?」

 

 俺は、心配そうに俺の顔を見てくるダクネスに。

 

「俺に考えがある」

 

 ……女神感謝祭の時によく言っていた台詞に、商店街の会長が不安そうな顔をしたが、見なかった事にしておいた。

 

 

 *****

 

 

「……俺って本当に結婚するんだなあ」

 

 結婚式の準備をしている時、ポツリと呟いた俺に、隣にいたダクネスが。

 

「お前は今さら何を言っているんだ? もう結婚式の準備もほとんど終わったし、お前が提案したサプライズの準備も上手く行ったのだろう。新郎なのだからしっかりしろ。結婚式は来週なんだぞ」

 

 俺達の周りでは、今も大勢の人達が、俺とめぐみんの結婚式の準備をしている。

 いろいろあって壊れかけている建物の内装を直したり、恐ろしげな装飾品を見えないところに片付けたり……。

 めぐみんのお腹が目立つようになる前に式を上げるため、皆が急ピッチで作業を進めてくれていた。

 

「来週……。来週か……。なんだろう? 全然実感が湧かないな。中学の卒業式の前とかこんな感じだった気がする」

「実感も何も、子供まで出来たのだから結婚するのは当たり前だろう。というか、普通は結婚してから子供が出来るものなのだからな。お前達はもう少し、慎みというものを持った方がいい」

「はあー? 何度も俺を襲おうとした痴女ネスが慎みとか、お前は何を言ってんの?」

 

 窘めるように言ってきたダクネスが、俺に一瞬で言い負かされて涙目になる中。

 俺は物憂げに溜め息を吐いて。

 

「ていうか、結婚だぞ! 結婚! 人生の墓場とか言われてるアレに、とうとう俺も片足突っこむのか? 俺、まだ二十歳にもなってないんだぞ。まだまだ遊び足りないし、面白おかしく生きていたいんだよ。父親としての責任だとか夫としての責任だとか背負いたくない」

「お、お前という奴は! お前という奴は……っ! 最低だ! 本当に、その台詞はどうしようもないぞ! お前はこの一年、めぐみんに甘やかされて、ますます駄目になっている気がする!」

「そんな事言われても。めぐみんは俺のそんなところも好きだって言ってくれてるんだし何も問題はない。別に結婚しなくたって子供は育てられるし、出来ちゃったからって慌てて結婚する事もないんじゃないか? 俺も子育てを手伝うし、お前やアクアだっているんだから、赤ん坊が生まれても意外となんとかなると思うんだ。大体、子供が出来たから結婚しようっていう方が不誠実だろ。相手の事を本当に大切に思ってるなら、もっときちんと考えるべきなんじゃないか?」

「相手の事を大切に思ってるなら、結婚していないのにそういう事をする事こそ不誠実だろう。それに、お前はめぐみんとそういう関係になる時、責任を取ると言ったのではなかったか?」

 

 なんという正論。

 

「……お前だって結婚してないのに何度も俺を襲おうとしたくせに」

「おい、いつもいつも私が簡単に泣いて謝ると思ったら大間違いだぞ。それとこれとは話が別だろう。私の時は未遂で終わったのだからな。めぐみんとは、その……そういう事をして、子供まで出来ているではないか。いいかカズマ、人生には決断すべき時というものがあるのだ。お前にとっては、きっと今がその時だ。覚悟を決めろ」

 

 ついさっき同じ言葉で涙目になっていたダクネスが、今はきりっとした表情で俺を正面から見つめてくる。

 コイツ、変態のくせにたまに真面目な事を……。

 …………。

 覚悟を決めろってか。

 そりゃそうだ、ここまで来て結婚しませんなんて言ったら、めぐみんに爆裂魔法を撃ちこまれても文句は言えない。

 しかし……。

 クソ! どうしてこんなに気が進まないんだ。

 これがマリッジブルーってやつか?

 めぐみんの事は好きだし大切にしたいと思うが、結婚とか子供とか言われると覚悟が決まらない。

 いや、分かっている。

 そんなどうしようもない事を言っている場合ではない。

 ダクネスの言うとおり、今が決断する時なのだろう。

 俺の表情が変わった事に気づいたのか、ダクネスが微笑んで。

 

「……いい顔になったな。覚悟が決まったようだな」

 

 そんなダクネスに頷きを返し、俺は。

 

「『テレポート』」

「あっ!?」

 

 俺はいつかアクアが言っていた事を思いだし、楽ちんな方を選ぶ事にした。

 

 

 

 ―― 一週間が経った。

 早朝。

 俺は隠れ家で膝を抱え、今日という日が過ぎていくのをひたすら願っていた。

 式場として借りた場所は今日しか使えない事になっているから、今日を切り抜ければ結婚式は挙げられない。

 ほとぼりが冷めた頃に何食わぬ顔で戻って、今までどおりになあなあな日常を取り戻すのだ。

 

「あの、カズマ殿。私が口を挟む事ではないと思うのですが、本当にいいんですか? めぐみん殿のお腹にはあなたの子供がいると聞いています。いくらなんでも、これはどうかと思います。きっとあなたも後悔しますよ」

「ううう、うるさいぞ! いいんだよ! 迷ってる時に出した決断は、どの道どっちを選んだとしても後悔するんだ! だったら俺は、今が楽ちんな方を選ぶ!」

「あ、あなたという人は……! 私はこれでも、あなたの事を結構評価していたのですが……」

「なんとでも言え。せっかく魔王を倒したのに、一年もしたら手のひら返された俺に今さらそんな口撃が通用すると思うなよ。ていうか、記憶を消去するポーションの事を持ちだしたら、あっさり俺を匿うって言ったのはお前だろ。お前だって同罪なんだから、他人事みたいに言うのはやめろよ」

「あなたと一緒にしないでいただきたい! ああもう! 明日になったら必ずめぐみん殿に知らせを送りますからね!」

 

 自分だけ被害者みたいな顔をしているクレアが、頭を抱えてそんな事を言う。

 そう。俺は結婚式場の予定地からテレポートで王都へと飛び、クレアの屋敷に転がりこんでいた。

 俺がテレポート先に登録している中でまともに飛べるのは、他にはアクセルの街だけだ。

 アクセル以外のところは、リアルに『石の中にいる!』となったり、エリス様にすごく怒られたりするので飛べないし、めぐみんのために紅魔の里も登録してあったが、流石に逃げだす先にするわけにはいかない。

 アクセルの街に飛んだら、すぐに知り合いに見つかるだろうと思って王都に飛んだ。

 王城にいたクレアを捕まえ、記憶を消去するポーションの件を持ちだして、ここで俺を助けるのと明日から安全に街を歩けなくなるのとどっちがいいかと聞いたら、クレアは快く俺を匿ってくれた。

 あれから一週間、誰も俺を探しに来る様子はない。

 ……それはそれで寂しいものがあるのだが。

 と、俺がそんなどうしようもない事を考えていると。

 クレアの屋敷の玄関が騒がしくなり……。

 

「カズマーっ! ここにいるのは分かっている! クレア殿にまで迷惑を掛けて、お前は何をやっているんだ! 今ならまだ式には間に合う! 逃げだした事は気にしていないとめぐみんも言っていた! さっさと出てこい!」

 

 屋敷の外からダクネスがそんな事を言うのが聞こえてくる。

 俺はクレアの方を見ると。

 

「……誰にも言うなという約束だったはずだが、約束を破ったのなら明日から安全に街を歩けると思わない事だ」

「ちょ!? ちょっと待ってくださいカズマ殿! 私は約束どおり、誰にも話したりしていません! というか、それは約束ではなくて脅迫でしょう。あなたはそれでも、魔王を倒した勇者なのですか!」

「うるせー! 魔王を倒したくらいで人間そんなに変わるか!」

「ふ、普通はそれなりに変わると思うのですが……」

 

 俺の言葉にクレアが呆れたように言った、そんな時。

 部屋のドアが勢いよく開けられ、ダクネスが現れた。

 

「見つけたぞカズマ! 逃げられると思うなよ。めぐみんは気にしないと言っていたが、私はお前に言いたい事が山ほどある」

「なんだ、ダクネスだけか。お前、一人で来たのか? バカなの? 俺はお前の天敵みたいなスキルを持つ男だぞ。お前一人で俺を捕まえられるわけないだろ」

「他の皆はお前がいそうなところを探している! それに、私一人ではない。クレア殿、なんと言われてこの男を匿っているのかは知らないが、何があろうとあなたの身辺は私が守ると誓おう。協力してもらえないだろうか」

「わ、分かりましたダスティネス卿! カズマ殿、せっかく迎えに来てくださったのですから帰った方がいいと思います!」

「あっ、畜生! 裏切ったな白スーツ! お前にもバインドとスティールのコンボを食らわせてやるから覚悟しろよ!」

「ダダダ、ダスティネス卿! あんな事言ってますが! あんなの相手にどうやって立ち向かえばいいのですか!」

「やってみろ! やれるものならやってみろ! この場で全裸に剥かれるくらいは覚悟の上だ!」

「えっ」

 

 早くも連携に隙が生じている二人が襲いかかってくる!

 俺は、そんな二人を相手に……。

 

「『テレポート』」

 

 まともに戦うはずもなく、テレポートでその場を離脱し……。

 

「待ってましたよカズマ。ではクリス、お願いします」

「なんだかなあ……。まあ、カズマ君らしいと言えばらしいのかな? 君達は相変わらず、騒々しくて楽しそうだね。『スキルバインド』」

 

 ……アクセルの街へと飛んだ俺を待っていたのは、めぐみんとクリスだった。

 

 

 

 テレポートを封じられた俺は、アクセルの街中で、石畳の上に正座させられていた。

 

「……まったく。あなたという人は、本当にどうしようもないですね。そういうところも嫌いではないと言いましたが、今回の事は流石にどうかと思いますよ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 言い訳のしようもない俺は土下座をする。

 マリッジブルーになって逃げるだなんて、一週間前の俺はどうかしていたと思う。

 

「いいですよ。許します。正直言って、カズマの事だからそろそろ逃げるんじゃないかと思っていたところだったんですよ。逃亡先も、紅魔の里は隠れ住むには向いていませんし、テレポート屋で聞いて回っても姿を見ていないという話だったので、アクセルか王都だというのはすぐに分かりましたからね。それに、クレアは隠しているつもりだったようですが、アイリスがいつもと態度が違うと教えてくれたので、隠れている場所も分かりました。今日まで放っておいたのは、日にちを置いてまた逃げられると面倒なので、結婚式直前に捕まえるのが一番だからです。皆が探しに出ていると言えば、あなたは裏をかいてアクセルの街に戻ってくると思っていましたよ」

 

 …………えっ。

 …………………………………………えっ?

 

 それって……。

 

「畜生! まためぐみんに手玉に取られただけかよ! なんなのお前、最近俺の事を見通しすぎてないか? 実はバニルが変身してて、残念! 吾輩でした! とか言うんじゃないだろうな?」

「やめてくださいよ! そんなわけないでしょう。あんな悪魔と一緒にしないでください。私がカズマの事を見通しているのは、あなたの事ばかり考えているからですよ」

「お、おう……。いや、なんていうか……。正直すまんかった」

「許しますよ。カズマが逃げだしたのは、カズマが私との事を真剣に考えているからと言えなくもないですし」

 

 正座していて低い位置にある俺の頭を、優しい手つきで撫でるめぐみん。

 ……なんだろう、今さらだが、すごく申し訳ない気分になってきた。

 

「そんなに悩まなくてもいいんですよ。アクアもダクネスも、当分の間は屋敷に住んでいるそうですし、私達が結婚したからって、何かが変わるわけでもないです。カズマは毎日、面白おかしく暮らしていればいいじゃないですか。それでたまには、爆裂魔法は撃てませんけど、私の散歩に付き合ってくれたり、アクアの気まぐれやダクネスの我が侭に付き合ったりすればいいんです。カズマは何も考えず、私に甘やかされていればいいですよ」

「……いや、甘やかしてくれるのはありがたいが、何も考えないってのはどうなんだ? そのうち俺はめぐみんがいないと何も出来ない駄目人間になっちまうんじゃないか? 流石にそれはどうかと思う」

「あなたも大概面倒くさいですね! 甘やかされたいのかそうでもないのかはっきりしてくださいよ!」

 

 面倒くさい事を言いだした俺に、めぐみんが俺の頭を撫でる手を止めた、そんな時。

 

「……ねえ二人とも、痴話喧嘩もいいけど、あたしの存在を忘れてないかな?」

 

 膝を抱えて座りこみ俺達のやりとりを見ていたクリスが、そんな事を言った。

 

 

 *****

 

 

「それで、これからどうするの? 二人のサプライズ結婚式をやるんだよね?」

 

 結婚式が楽しみなのか、ウキウキと聞いてくるクリスに、俺は。

 

「もうサプライズでもなんでもなくなってるけどな。……そういやクリス、アクアやバニルが嘘を吐いてるとは思わないが、お前にはめぐみんのお腹に子供がいるかどうか分からないか?」

「えっ、あたし? うーん、今の状態だとちょっと分からないかな」

 

 そんな俺達のやりとりに、めぐみんが不思議そうに首を傾げる。

 

「……? まだお腹が目立ってきたわけでもないですし、今の時点でそんな事が分かるのは、女神や悪魔だけだと思いますが。聖職者でもないクリスに、どうして私のお腹に赤ん坊がいるかどうか分かるのですか?」

「い、いや、クリスは勘がいいところがあるからな。一応聞いてみたっていうか、念のためっていうか、特に意味はないぞ」

「そそそ、そうだよ! あたしにそんな事分かるわけないじゃないか! いきなり変な事聞かないでよカズマ君!」

 

 焦りまくるクリスに、めぐみんが怪訝な目を向けている。

 こいつはどうして盗賊職のくせに隠し事が下手なんだろうか?

 

「……二人はまだ私に何か、隠している事がありますね? それは、これから結婚する私にも言えないような事なのですか?」

「そ、それは……!」

 

 少し不安そうな表情で俺に聞いてくるめぐみん。

 このタイミングはいけない。

 こちらには逃げた負い目があるので、うっかりバラしてしまいそうだ。

 というか、ひょっとしてこのためにこの場にクリスを呼んだのだろうか。

 なんという策士。

 

「ち、違うんだよめぐみん! 確かにあたしとカズマ君の間には、めぐみんにも言ってない秘密があるけど、それはめぐみんが心配しているような事じゃないよ! あたしとカズマ君はなんでもないって、前に言ったじゃんか!」

「そ、そうそう! ていうか、俺は別に話しちまってもいいと思うんだけどな」

「だ、駄目だよ! 絶対駄目! ダクネスにだってまだ話してないんだからさ!」

 

 俺とクリスがそんな事を言い合っていると、めぐみんが。

 

「だから、そうやって二人だけで分かり合っているようなところがイラッとするんですよ! 特に最近は子供が出来たので情緒不安定になっていますし、ストレスは子供に良くないという話もありますから、秘密を話してもらってスッキリしておきたいのです!」

「ず、ずるいよめぐみん! 赤ん坊を人質にするなんて! ちょっとカズマ君、君からもなんとか言ってよ!」

「よく考えてみると、俺は別に秘密がバレても困らないんだよな」

「君って奴は! 裏切り者ーっ!」

 

 と、クリスが涙目になっていた、そんな時。

 テレポート屋で送ってもらったらしく、ダクネスがやってきて。

 

「カズマはやはりこっちに来ていたか。めぐみんの言ったとおりだったな。まったく、お前という奴は……」

「ダクネス! 助けてダクネス! めぐみんったらひどいんだよ!」

「ど、どうしたクリス。今はそれどころではないのだが……」

 

 いきなりクリスに抱きつかれ、ダクネスが困惑した顔でめぐみんを見る。

 

「いえ、カズマとクリスの間に私も知らない秘密があるというので、ちょっとそこのところを問いただそうかと」

「……ほう。それは私も気になるな。いつか言っていたクリスの正体とやらの話か?」

「あれっ? ちょっと待ってよダクネス! どうしてそんな目であたしを……!? おかしいおかしい! この展開はおかしいよ! 今回はカズマ君のテレポートを封じるために呼ばれただけじゃないの!? どうしてあたし、こんな目に遭わないといけないのかなあ! あたしの幸運の高さってなんなの!?」

 

 ……しょうがねえなあー。

 

「なあ、結婚式はやるって事でいいんだよな? だったら、そろそろ移動しないと時間がないんじゃないか」

 

 俺の言葉に、三人が責めるような目を向けてくる。

 す、すいません……。

 

「言いたい事はいくらでもあるが、お前の言うとおり今は時間がない。もうサプライズでもなんでもなくなってしまったが、結婚式は予定通りに始めるから、早く式場へ向かうとしよう。アクア達は先に行って準備を進めているはずだから、我々は間に合うように向こうに着けばいい。カズマ、テレポートを頼む」

 

 そんなダクネスの言葉に、俺は。

 

「使えません」

「……? ……あっ。そうか、クリスにスキルバインドを使われたのか。では、アクアに解呪してもらって……」

「さっきダクネスが自分で言ったではないですか。アクアは式場とやらに先に行っているのでしょう? テレポートで行くような距離なら、戻ってくるのも無理ですし、連絡を取るのも難しいのではないですか。というか、その式場というのはどこなのですが? テレポート屋では行けないような場所なのですか?」

「あ、ああ。……せっかく驚かせようとして準備したから場所は言わないが、テレポート屋では登録してないような場所だ。普通の人は行かないし、テレポート先に登録してる物好きなんて俺くらい……、…………」

 

 えっ。

 ……何コレ詰んだ?

 

「「「「…………」」」」

 

 予想外の事態に四人して無言になった、そんな時。

 通りを歩いてくる人物が……。

 

「あれっ? めぐみんじゃない。外を出歩いていて大丈夫なの? アジトに行っても誰もいないし、なんだか今日は街がいつもより静かな気がするんだけど、どうしてか分かる? カズマさん、ダクネスさん、クリスさんも、……皆で集まって、何かやるんですか?」

 

 こちらにやってきたゆんゆんが、不思議そうに聞いてくる。

 ……っていうか。

 

「ゆんゆん、……その、今日は俺とめぐみんの結婚式をやろうって話になってたんだが、……えっと、聞いてないのか?」

「えっ」

 

 俺の言葉にゆんゆんが危ない感じの笑顔になり……。

 

「そそそ、そうなんですか! すいません私そんな事になってるとは全然知らなくて! お忙しいところをいきなり話しかけちゃってすいませんでした! 私の事は気にしないで、幸せな結婚式を挙げてねめぐみん!」

 

 涙目でそんな事を言って走り去ろうとするゆんゆんを、めぐみんが慌てて捕まえた。

 

「待ってください! またアレですよ、ただの連絡の行き違いですから! あなたも参加していいはずですから逃げないでください! というか、どうしてまたゆんゆんだけ知らないなんて事になっているんですか!」

「い、いや、俺は途中から参加したし、ゆんゆんはすでに知ってるもんだと……」

「わ、私もアクアに言われて参加した時には、すでにめぐみん盗賊団も一緒だったから、ゆんゆんは知っているのだと……」

「あ、あたしに言われても困るよ! あたしは資材の調達とかは手伝ったけど、会議には参加してないからね!」

 

 理由は分からないが、どうやらまたゆんゆんだけ除け者にされていたらしい。

 ……不憫な。

 

「ま、まあでも、ゆんゆんがここにいてくれて助かったよ。実は今、俺はテレポートが使えなくて、式場に行けないかもしれないところだったんだ」

「そうなんですか……? でも、その式場って、私がテレポート先に登録しているところなんですか?」

「ああ、ゆんゆんならしてるはずだぞ。その……」

 

 俺がめぐみんに聞こえないように、ゆんゆんに耳打ちすると。

 

「ええっ!? 結婚式? 結婚式をやるんですよね? どうしてそんなところで!? い、いいんですか? というか、大丈夫なんですか?」

「どうしてかと言われれば、めぐみんを驚かせるためだ。それに、話はつけてあるから何も問題はない」

「わ、分かりました。カズマさんがそう言うなら……。皆さん、集まってください」

 

 そう言ったゆんゆんが、テレポートの詠唱を始め……!

 

 

 

 ――そこは小高い丘の上。

 行き先を教えられずテレポートで連れられてきためぐみんは、キョロキョロと辺りを見回し、すぐに一点を見つめて動きを止める。

 

「……あの、カズマ? あれって……。いえ、分かります。分かりますよ。私もここには何度も来ていますからね。でも、結婚式をするのではないのですか? どうしてこんなところに……?」

 

 めぐみんが見つめる先には、誰がどう見てもボスの城と言わんばかりの、漆黒の巨城が広がっていて……。

 そう。魔王の城である。

 

「めぐみんを驚かせようと思って、今日一日だけ結婚式場として借りたんだ。めぐみんは魔王になりたいって言ってただろ? 結婚式を挙げるだけだし、魔王になるってのとは違うが、喜ぶと思ってな。ちなみに玉座の間を使ってもいいって言われてる」

 

 めぐみんの爆裂魔法がトラウマになったらしい魔王の娘は、俺が交渉すると快く城を解放してくれた。

 俺は、魔王の城を見つめたまま動かないめぐみんに。

 

「……ど、どうだ? 俺のサプライズは? 喜んでもらえたか?」

「……です」

「ん?」

 

 ぼそりと呟いためぐみんが、瞳を真っ赤に輝かせ俺の方を見て。

 

「最高です! 最高ですよカズマ! あんな格好いい城で結婚式を挙げられたら、間違いなく一生の思い出になります! ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 感極まっためぐみんに抱きつかれる俺に、三人が微笑ましいものを見るような目を向けてくる。

 ……おいやめろ。

 こういうラブコメめいた生温かい扱いは嫌いだが、流石にこの状況でめぐみんを振り払うほどクズではない。

 俺の胸に顔を埋めためぐみんが、満足げな溜め息を吐いて。

 

「……はあ。あの時の事といい、ここは私にとって最高の思い出が二つもある場所という事になりますね。こうなったら、本当にあの城を落として私が次の魔王になりましょうか」

「や、やめてやれよ……」

 

 

 *****

 

 

 ここは世界でも有数の禍々しい場所。

 魔王の城の最奥、玉座の間である。

 魔王軍の騎士達の詰所から玉座へと続く、巨大な扉を開けた俺は、少しの間、その場で立ち止まり、玉座の間を見た。

 …………。

 参列するのは、紅魔族にアクシズ教徒、城の騎士達、この国の王女、それにアクセルの街の冒険者達、さらには人間の結婚式をひと目見たいという物好きなモンスター達。

 紅魔族の列には、ゆんゆんもちゃんといる。

 隙あらばモンスターを討ち取ろうとする紅魔族を、魔王の娘が半泣きで押しとどめ、隙がなくても魔王の娘にセクハラしようとするアクシズ教徒達を、魔王の娘の側近達が必死の形相で追い払っている。

 玉座の前に置いた祭壇で待つアクアが、悪魔系やアンデッド系のモンスターに片っ端から退魔魔法と浄化魔法を撃っている。

 あのバカ、大人しくしてろって言い聞かせておいたのに……。

 アクセルの冒険者達は魔王軍の綺麗なお姉さんに言い寄り困らせているし、城の騎士達は綺麗なお姉さんに言い寄られ困っている。

 ……なんていうか、カオスだな。

 魔王軍側が本気でピンチになったら、あれを俺が止めるんだろうか。

 いや、無理だろ。

 魔王の娘には、紅魔族やアクシズ教徒はこっちでなんとかすると言っておいたが、あんなの俺にどうにか出来るとは思えない。

 というか、関わり合いになりたくない。

 と、俺の隣に立っていためぐみんが。

 

「おい、せっかくの私の晴れ舞台なのにバカ騒ぎするのはやめてもらおうか! あんまり暴れるようなら私にも考えがありますよ! 大丈夫です、この子は強い子ですから、爆裂魔法の一発くらいは耐えてくれるはずです」

 

 ……コイツ。

 純白のウェディングドレスに身を包んだめぐみんは、黙っていればどこに出しても恥ずかしくない美少女なのに。

 さっき顔を合わせた時、綺麗すぎて言葉が出なかった俺はなんだったんだと問いたい。

 めぐみんの言葉に、めぐみんの頭のおかしさを知るその場の全員が静かになる中。

 

「大丈夫よ皆! あれはただのはったりよ! めぐみんは、子供の命を犠牲にしてまで爆裂魔法を撃つ事はないって言ってたわ! さあ、相手が大人しくなった今がチャンスよ!」

 

 子供が出来た時のめぐみんの言葉を聞いていたアクアが、余計な事を言ってアクシズ教徒をけしかける。

 魔王の娘が泣きながら逃げ、アクシズ教徒達が嬉々として追い回し……。

 ……ったく、しょうがねえなあー。

 

「おいお前ら、いい加減にしろ。静かにしてたら、アクアのダシ汁やるから」

「すいませんが、カズマ殿。今が魔王の娘にセクハラ……魔王の末裔を討ち取る絶好の機会なのです。これは、魔王軍への嫌がらせを教義とする我々アクシズ教徒にとっては聖戦。止めないでいただきたい。それに、アクア様の聖水は、このところアクア様がアルカンレティアにいらっしゃるおかげで、皆に行き渡るほどありますからな……」

 

 魔王の娘を追いかけ、息を荒くしているアクシズ教の最高指導者、ゼスタが、遠回しに別の交渉材料を要求してくる。

 これだからアクシズ教徒は……!

 

「ああもう、じゃあこれでどうだ! 『スティール』」

「ああっ! ちょっと何すんのよ変態ニート! 私の靴下返しなさいよ!」

 

 アクアから奪った靴下を手にぶら下げる俺に、アクシズ教徒達が目の色を変える。

 

「ア、アクア様になんという不敬を……!」

「私達の目の前でこんな……! ああっ、お労しやアクア様……! 涙目も可愛いです!」

「ゼスタ様! 彼に天罰を! あの靴下を没収しましょう!」

 

 色めき立つアクシズ教徒を前に、俺はアクアの靴下を手にぶら下げたまま、ふっと笑い。

 

「俺を不敬って言ったな? だったら、これを最後まで持ってた奴がアクアに返しに行けばいい」

 

 そう言って、アクシズ教徒の集団の中にアクアの靴下を投げ入れた――!

 

 

 

 誰がアクアに靴下を返しに行くかで、アクシズ教徒達が仲間割れを始める中、部屋の隅に運びこんでおいたオルガンが、今さら厳かな音楽を奏で始め。

 俺はめぐみんの手を取り、ヴァージンロードを並んで歩きだす。

 ……ヴァージンロードというか、玉座まで続く絨毯の道で、元々結婚式場として使う部屋ではないので、父親がめぐみんを連れてくるという式次第は却下されたわけだが。

 ひょいざぶろーがガチ泣きしていたので、そのうち穴埋めしようと思う。

 やがて、俺達は結婚の誓いをするべく、祭壇の前に辿り着いた。

 祭壇の中央に立つアクアは、身内で争う信者達をオロオロしながら見守っていて……。

 

「おい」

「あっ! ちょっとあんた、どうすんのよアレ! ウチの子達が喧嘩してるんですけど! 私の靴下はいつになったら返ってくるのよ!」

 

 ……心配していたのは信者達ではなくて靴下らしい。

 まあ、どいつもこいつも狂信者なアクシズ教徒達だから、アクアがアルカンレティアに行くと、これくらいは日常茶飯事なのかもしれない。

 

「そんな事はどうでもいい。いいから、さっさとプリーストとしての役目を果たせよ。お前があいつらを連れてきたせいで、また魔王の娘のトラウマが増えたかもしれないんだからな」

「何よ、魔王軍に嫌がらせするのはアクシズ教徒にとっては聖戦なんだから。信心の足りない逃亡ニートに文句を言われる筋合いはないわよ。それに、魔王の娘との交渉では、ウチの子達や紅魔族がバカな事をしようとしたら俺が止めるって言ってたのに、今日まで逃げ回ってたのはカズマさんじゃないの」

「ご、ごめんなさい……」

 

 そこを突かれると謝るしかない。

 

「アクア、私からも頼みます。紅魔族の皆が、好き勝手に暴れるアクシズ教徒達を見てうずうずしているのが、同じ紅魔族として分かるのです。このままだと結婚式どころではなくなるので、早めに誓いの言葉をお願いします」

 

 めぐみんに頼まれたアクアは、嬉しそうに。

 

「まったく、しょうがないわね! 二人は私がいないと駄目なんだから!」

 

 厳かな音楽がピタリとやみ……。

 

「汝ー、めぐみんは。このやる事やって子供まで作ったくせに、結婚式を目前にして逃亡した男と結婚し、神である私の定めに従って、夫婦になろうとしています。あなたは、その健やかな時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しき時も、カズマを愛し、カズマを敬い、カズマを慰め、カズマを助け、その命の限り、堅く節操を守る事を約束しますか? ……ねえめぐみん、本当にこんなのでいいの? 確かにめぐみんは頭のおかしいところがあるけど、もっといい男が見つかるかもしれないわよ?」

「いいんです。私はカズマを愛しています」

 

 アクアの言葉に即答しためぐみんが、少し恥ずかしがりながらそんな事を……。

 ……どうしよう。

 なんかちょっと、泣きそうになってきたんだが。

 幸せそうに微笑みながら、めぐみんは。

 

「私は、そんなカズマのいい加減なところも好きなんです。子供が出来て不安がっている私を、慰めるのではなく一緒になって不安がったり。最近私に手玉に取られてばかりなのを気にしていて、アクアやダクネスが離れていくのを寂しがっていた私に、サプライズの事を知らせず、私をびっくりさせようとして計画に加わったり。そのくせ、準備が進むうちに結婚する事が不安になってきて逃げだしたり。でも、どこまでも逃げるのではなく、すぐに戻ってこられる中途半端なところに隠れていたり。小心者で、捻くれていて、逃げようとしても何もかも捨てる事が出来ない、そんなあなたが好きですよ」

 

 あれっ?

 コレっていつもの、なんだかんだ言って褒められてないやつじゃないか。

 泣きそうになってた気がしたけど、そんな事はなかった。

 

「そう、それならしょうがないわね」

「はい。しょうがないんです」

「おいやめろ。お前ら、しょうがないから結婚するみたいな言い方はやめろよな」

 

 なんだか分かり合ったように笑う二人に、俺が文句を言っていると。

 アクアが姿勢を正して。

 

「汝ー、サトウカズマは。めぐみんと結婚し、いろいろ端折って約束しますか?」

「おい」

「何よ、誓いの言葉はさっき言ったのと同じだし、繰り返すのは面倒くさいのよ。それに、カズマさんはこの先めぐみんより良い子に好きになってもらえる可能性はないから、ここで断ったら一人寂しく馬小屋で寝起きする老後が待ってるわよ」

「おいやめろ。微妙にリアルな将来を予想するのはやめろよ。でも俺はもう金を無駄遣いするつもりはないし、このまま適当に生きて老後の貯えにするから、馬小屋に泊まる事は二度とないけどな! 分かったよ! 約束するよ!」

 

 俺の言葉に、めぐみんがつないでいる手に少し力を込めてくる。

 俺がめぐみんを見ると、アクアが。

 

「……誓いの言葉を口にしたのに、さっぱり信用できないんですけど。この男の場合、悪魔と契約させて、めぐみんを不幸にしたら魂を取り上げるとか言った方が効果的なんじゃないかしら? あらっ? あんな害虫でもたまには役に立つ事があるのね!」

 

 せっかく俺が誓いの言葉を言ったのに、アクアがそんなバカな事を言いだした時。

 参列者の中に紛れこんでいたバニルが。

 

「フハハハハハハハ! 今回これといって役に立っておらぬトイレの女神よ! 好き勝手に暴れ回り結婚式を台なしにしかけている貴様の信者達と違って、我輩は魔王の娘との交渉にて、小僧を手伝い、魔王の城を結婚式場とする事に協力しておる。その後も魔王軍にいた頃の部下を使い、式場の準備もしてやったではないか! その間、貴様や貴様の信者は何をやっていた? おっと、城にいるモンスター達を追いかけ回すのに忙しかったのだな! いや、失敬失敬! ひょっとすると貴様らは、どこぞの害虫よりも役に立たぬのではないか?」

 

 と、二人が睨み合っていた、そんな時。

 

「ま、待てお前達! 今日はめぐみんの結婚式なのだぞ! 一生に一度の晴れ舞台なのだ! 二人とも、今日くらいは大人しく……!」

「そうですよバニルさん! あんなに幸せそうなめぐみんさんは初めて見ましたよ。あの笑顔を曇らせたくはないでしょう? アクア様も、あまりバニルさんを挑発するような事は……!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「『バニル式殺人光線』!」

 

 二人の争いに巻きこまれ、お約束のように焦げるダクネスと、薄くなるウィズ。

 

「悪魔……!」

「アクア様が戦っておられる! 聖戦だ! これは聖戦だ!」

「ゼスタ様! 今は靴下どころじゃないでしょう! 悪魔ですよ! 悪魔が出ました!」

「フフフ……。このアクア様の靴下を装備した私と戦う事になるとは……、仮面の方、あなたは自らの不運を嘆く事になるでしょう……!」

「『エクソシズム』!」

「『エクソシズム』!」

「『シズム』ーっ!」

 

 アクシズ教徒がアクアに加勢し、次々とバニルに退魔魔法を放つ。

 退魔の光を浴びたバニルは。

 

「ぐぬっ……! こ、これは……、多勢に無勢か……! おのれアクシズ教徒、この我輩が……女神の信徒に敗れるとは……!」

 

 倒れたバニルの体が消滅し……。

 少し離れたところから、何事もなかったかのように生えてきた。

 

「もしや討ち取ったとでも思ったか? 残念、何のダメージもありませんでした! フハハハハハハハ! フハハハハハ…………む? なぜかあまりガッカリの悪感情が湧いてこないのだが……」

「『エクソシズム』!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「ええいっ! 効かぬと言っておろうが! これだからアクシズ教の狂信者は……!」

 

 何事もなかったかのように魔法を撃たれ、バニルがうっとうしそうに声を上げる。

 頭のおかしいアクシズ教徒は、バニルであってもやりづらいらしい。

 というか……。

 バニルとアクシズ教徒の戦いに触発され、紅魔族も魔王軍のモンスター達を追いかけ回すのを再開していて。

 冒険者達はナンパをし、騎士達はナンパされ。

 ゆんゆんはダストが巻き起こす騒動に巻きこまれ、クリスは殺気立って悪魔系のモンスターを狙っていて……。

 ……あっという間にカオスな状況に。

 

「まったく、あいつらは少しの間も落ち着いていられないのか」

「まあ、こんな結婚式も私達らしくていいではないですか」

 

 俺とめぐみんは、巻きこまれないように壁際に移動して騒動を眺める。

 と、めぐみんが幸せそうにお腹を撫でながら。

 

「男の子か女の子かも分かりませんが、この子が生まれてきたら、名前は私に付けさせてくださいね」

「それだけは絶対に許さない」

「おい、私のネーミングセンスに文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 俺は、子供の名前は何があっても俺が名付けようと誓い――!

 




・爆裂魔法は胎児に悪影響を与える。
 独自設定。


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『祝福』2,3巻、読了推奨。
 時系列は、3巻の後。


 ――冬。

 弱いモンスターのほとんどが冬眠してしまい、手強いモンスターしか活動しなくなり。

 アクセルの街にいるような駆け出し冒険者達は、クエストを請ける事もなく宿に篭りのんびりする、そんな季節。

 この世界に来てからというもの、魔王軍の幹部を討伐したというのに借金を背負わされ、一時期は冬を越せるのかと危ぶまれたり、大物賞金首を討伐し街を救った英雄だというのに、冤罪を着せられ、牢屋に入れられ裁判にまで掛けられたりした俺は。

 

「……なんだか、こっちに来て初めて心からゆったり出来てる気がする。せっかくファンタジー世界に来たってのに馬小屋暮らしでアルバイトやらされたり、変な仲間ばかり集まってきたり、魔王軍の幹部が襲撃してきたり、借金背負わされたり、家を手に入れたと思ったら大物賞金首が襲撃してきたり、冤罪を掛けられたり。……思い返せば、ロクでもない事しかなかったな」

「過ぎた事はもういいじゃないの。ほら、これでも飲んでのんびりしなさいな」

 

 屋敷の居間にて。

 俺はこたつでぬくぬくしながら、アクアから受け取ったお茶を飲み……。

 

「いやこれお湯じゃねーか。どうしてお前は、お茶を淹れさせると毎回お湯にするんだよ。いい加減にしろ!」

「何よ! 私がお酒とかお茶に触ると水にしちゃうのは、体質なんだから仕方ないじゃない! 水の女神である私が触った聖なる水なんだから、感謝してくれてもいいと思うの!」

「するわけないだろ。俺は聖なるお湯じゃなくて普通のお茶が飲みたいんだよ。バカな事言ってないで淹れ直してこい」

「お断りします。カズマったら、バカなの? 私のお茶を淹れるついでに、カズマの分のお茶も淹れてきてあげたのよ。どうして私が、わざわざカズマのお茶を淹れるために、寒い台所に行かないといけないの? そんなにお茶を飲みたいんだったら、そこから出て自分で淹れてきたらいいじゃない」

「超断る」

 

 こたつから出ろなどとバカな事を言うアクアに、俺は断固とした口調で答える。

 このこたつは、冬に入り手頃なクエストがなくなって、冒険者として活動出来なくなったので、俺が元の世界の知識を使って作ったものだ。

 冬の間は商品開発でもして、安全に金を稼ごうと考えていたのだが、こたつでぬくぬくしていると何も考えられず、作業は中断している。

 

「……ん。このこたつとかいう暖房器具は素晴らしいが、出たくなくなるのが問題だな。カズマ、お前は昼食の時も、テーブルに座らずこたつで食べていたではないか。いくら寒いからといって、いつまでも暖房器具に入ってぬくぬくしているのは健康に良くない。冬が寒いのは当たり前だ。少しくらい我慢して、台所でお茶を淹れてきたらどうだ」

 

 ダクネスが、俺と同じくこたつに入ってぬくぬくしているくせに、そんな事を言う。

 

「はあー? いいかダクネス、筋肉ってのは熱を発するんだ。俺より鍛えてて腹筋が割れてるダクネスには、台所の寒さもなんて事はないかもしれないが、筋肉のない俺にとっては凍え死ぬような寒さなんだよ」

「ななな、なんの話だ! あのくらいの寒さで死ぬわけがないだろう! 私だって寒いが、我慢しているんだ! というか、私の腹筋は割れていない! 割れてないからな! おい、聞いているのか!」

 

 涙目で喚きだしたダクネスをよそに、俺はアクアが入れたお湯を飲む。

 と、こたつのテーブルに頬をくっつけだらだらしていためぐみんが。

 

「まあいいではないですか。カズマが頑張っていたのは事実ですし、私達も結構迷惑を掛けましたからね。少しくらいのんびりしてもいいと思います。それに、冬に冒険者がのんびりするのは普通の事ですよ」

「そ、それはそうだが……。まあ、めぐみんがそう言うなら……。