二番目の使い魔 (蜜柑ブタ)
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B分岐
もしもワルドを選んだら


もしも、アルビオンへの道中でのワルドからの誘いに乗ったらのという分岐。

すみません。いきなりバットエンドです。

ゼロの剣があったことについても含めメチャメチャ考えました


 

「いよいよ。聖地に着く。」

「うん…。」

 

 ゲニマニアの彼方。

 聖地と呼ばれる場所へ、ワルドとトゥは、アルビオン軍と共に辿り着いた。

 

 

 

 

 時は、少し過去に戻り。

 あの日。

 アルビオンへの道中、ラ・ローシェルの港町でワルドにレコン・キスタに来ないかと誘われたトゥは、その誘いに乗った。

 ルイズと共にいても楽しくない。剣の腕が鈍る。理由を付けるなら、色々とあったが、トゥは、ワルドの誘いに乗った。

 アルビオンでワルドがウェールズを殺し、トゥが内部からニューカッスル城内部を蹂躙したことで王党派は、貴族派に痛手を与えることなく、あっという間に崩壊した。

 王党派の中心にいたアルビオンの国王の首を取ってきた功績とワルドの紹介もあり、トゥは、先陣を切って戦える立場をもらえた。

 

「…トゥ…、どうして? どうしてなの?」

 

 ワルドに囚われ、牢にいられられているルイズは、牢に来たトゥに悲しい顔で聞く。

「なんでかなぁ?」

 トゥは、宙を仰ぎ見る。

 その様子は、トゥが召喚された時のような空虚な感じを思わせる。

 何もない、どこまでも暗い暗い…、そんな底なしの闇を思わせるなにか。

 右目の花が薄暗い牢屋のある通路の中で怪しく光って見えた。

「分かんないや。」

「トゥ! 待って、トゥ! お願い、ここから出して!」

 行こうとするトゥをルイズが呼び止めた。

「どうして?」

「あなた、私の使い魔でしょ! 使い魔なら…。」

「使い魔だからって言うこと聞くとは限らないよ?」

 トゥは、そう言って去っていった。後ろでルイズの声が聞こえてきたがトゥは振り向かなかった。

 トゥの目には、暗い闇が宿っていた。

 

 

「ところで、なぜ君は、僕の誘いに乗ってくれたんだい?」

「急に何ですか?」

 戦場で、ワルドが何気に聞いてきた。

「いや、純粋に興味があっただけさ。」

「…会いたいから。」

「誰に?」

「……あそこに行けば、会える気がしたの。」

「あそことは、聖地のことかい?」

「うん。」

「そうか…。会えるといいね。」

「うん!」

 トゥは、剣を持って、クルクルと踊った。

 

 

「…狂ってるよ。」

 フーケが吐き捨てるように言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トリスティン城下町を舞台にした戦場で、トゥは踊っていた。

 いや、踊るように剣を振るい、敵を斬っていた。

 メイジ達が放つ魔法は、彼女のウタの前には歯が立たず、メイジ達は、次々に切り捨てられていく。

 かつて活気のあった城下町は、血生臭い匂いで満ちていた。

「これ以上は行かせない!」

「ねえ、降参して?」

 トリスティン軍を前に、トゥが、剣を後ろにやって微笑む。

「するわけがないだろう! 馬鹿か貴様は!」

「待て! あれは、ウタウタイだ! アルビオン共和国軍の突撃隊長だ!」

 ウタウタイ。

 それは、すでにハルゲニア全土に知れ渡っていた。

 ウタを行使して、魔法とは違う力を発揮する者。

 貴族派は、彼女のことをこう呼んだ。聖地への道を切り開く、希望の女神だと。

 トリスティン軍、魔法衛士達が、グリフォンやヒポグリフを駆り、トゥを取り囲んだ。

 素早く魔法を唱え、放つ。更に弓矢がトゥを襲った。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 その魔法も、弓矢も、絶叫のようなトゥのウタに阻まれ、防がれた。

 ウタ声に耳を刺されるような気がした彼らの首が、グリフォンとヒポグリフの首と共に落ちた。

 自身を取り囲んでいた大軍の中から高く跳躍して飛び出したトゥは、後方にいた平民の部隊を次々に斬った。

 

 その時、『爆炎』が、トゥを襲った。

 

 酸素があっという間に辺り一帯から無くなり、平民の兵士を巻き込んでトゥは、倒れた。

 

「……よくやりましたな。」

「ああ…、また使うことになろうとは…。」

 コルベールが嘆き、額を押さえた。

 すると、トゥがむくりと起き上がった。

「なっ!」

 コルベールも、トリスティン軍も驚愕した。

 コルベールの爆炎は、範囲内のすべての生物の酸素を奪い、窒息死させてしまうほどの殺傷力を持つ残虐で凶悪な技だ。

 酸素を必要とする生物ならばこの技を喰らって死なぬはずがない。

 なのにトゥは、起き上がった。

 ゆらりっとトゥの首が動いた。

 ちょっと焦げた薄紅色の花の右目と、光のない左目が、コルベール達を捉える。

「これがウタウタイか! 化け物め!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥの体が絶叫のようなウタで青く輝いた。

 その姿に恐れをなしたトリスティン軍に、トゥが襲い掛かる。

 腕が、足が、胴体が、首が、転がり、地面を、そしてトゥ自身の体を赤く染める。

「うふふふふふ、あははははは。」

 トゥは、笑う。

 やがて体の輝きが消えた。

「もうやめなさい!」

「なんでぇ?」

「自分が何をやっているのか分かっているのか!?」

 コルベールの叫びに、トゥは首を傾げた。

 青い髪も、青い衣装も真っ赤に染めたトゥがコルベールに近づく。

 コルベールは同じだけ後退った。

「あそこへ、行くためだよ。」

「なにを…。」

「あそこへ行かなきゃいけないの。だから…。」

 トゥは剣を振り上げた。

「死んで?」

 次の瞬間、蛇のような凄まじい炎がトゥの体を焼いた。

「熱い!」

「私は、君を倒す! 生徒達には指一本触れさせぬ!」

「あ、う……ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」

 体が黒焦げになる頃になると、巨大化した右目の花から、鮮血と共にトゥが生えて来た。

「なっ…!?」

 コルベールは、その異変を見て杖を落としてしまった。

「まだ…死ねない。会うまでは…、死ねない。」

 新たなトゥは、剣を握り、コルベールに近づいた。

 コルベールは、尻餅をつき、無様に後退った。

「絶対に、会いに行く。」

 トゥは、コルベールに剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがてアルビオン軍は、魔法学院を包囲した。

 従軍しなかった教師や生徒達が降伏し、広場に集められた。

「トゥさん!?」

「あれ? シエスタ?」

「知り合いかい?」

「うん。」

「トゥさんが…どうして、アルビオン軍に…?」

「私、今アルビオン軍にいるんだよ?」

「えっ?」

「連れていけ。」

 軍の隊長の指示で、平民達がどこかへ連れていかれた。シエスタは見えなくなるまでトゥの方をチラチラ見ていた。

 連れてこられたオスマンは、トゥを見て、深く息を吐いた。

「これが君の選択かね?」

「なんのこと?」

「いや、こっち話じゃよ…。」

「?」

 トゥは、首を傾げた。

 やがてオスマンも連れていかれた。

 教師や生徒達は、アルビオン軍の貴族派に従軍するか否かを問われ、従わなかった者は殺された。

 それを見て恐れをなした子供達や教師は、次々に従軍すると言った。

 トゥは、その様子を見ることなく、歌いながらクルクルと踊っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それが少し過去の出来事である。

 

 聖地と呼ばれるその大地を進んでいくと、やがて門のようなものを発見した。

「これが聖地?」

「これ…。」

「トゥ君?」

 トゥが巨大な門に近づいた。

「あれに似ている…。」

「何に似ているんだい?」

「メルクリウスの扉。そこで私、ワン姉さん達とすごい力を手に入れたの。」

「ほう…。それはそれは。」

 クロムウェルが前に出てきて言った。

「つまりこの扉の向こうには、強大な力をもたらす何かが封印されているのだね?」

「うん。」

「例えば、君の力とか?」

「うん。」

「…それはぜひとも欲しい。皆の者! 扉を破れ!」

 クロムウェルの号令のもと、兵達が一斉に扉に殺到し、メイジ達は魔法を使って扉を壊そうとした。

 一番目の扉は、腐食しており、すぐに壊れた。二つ目は、メイジ達が総攻撃を与えてやっと壊した。

 三番目の扉は…。

「ううむ…、なんと強固な扉だ。」

「私がやる。」

「うむ、そうか。頼むぞ。」

 トゥが剣を握り、ウタを歌いだした。

 すると、扉の隙間が共鳴するように輝きだした。

「これは! 彼女に共鳴しているのか!?」

「おおお! やはりこの扉に向こうには、彼女と同じ力眠っているのか! これが聖地の真実か!」

「ウタウタイ! 我らが希望の女神!」

 クロムウェルを始めとしたアルビオン軍が歓声を上げだした。

 やがてピシピシと、扉に亀裂が入りだした。

 そして。

 

「!? あ、あああああああああああああああああああああああ!」

 

「トゥ君!?」

「扉が!」

 ついに扉が砕け散った。

 そこから溢れ出たのは、ドロドロとした赤黒いなにか。

 それがトゥの足に触れた途端。トゥは、弾かれたように上を向き。

 

「ラファエル。」

 

 酷く棒読みな声で、クモのような巨大な魔獣を召喚し、毒をまき散らす魔獣により、アルビオン軍は大混乱に陥った。

「エグリゴリ。」

 巨大な二体の魔獣が出現した。

「ファヌエル。」

 巨大な甲殻類のような魔獣が出現した。

「アルマロス。」

 空に要塞のような物が出現した。

「アルミサエル。」

 大きな頭を持つ巨大な人形が無数に出現した。

「ガブリエル。」

 かなり大きなドラゴンのような魔獣が出現した。

「アブディエル。」

 三体の巨大なゴーレムが出現した。

「ゾフィエル。」

 ガブリエルとは違うドラゴンのような魔獣が出現した。

「ガルガリエル。」

 ゾンビのような、けれど頭部が光ったアンデッドのような兵士達が出現した。

「イズラエール。」

 空から途方もなく巨大な尾を持つ巨大なドラゴンが降臨した。

 

 様々な強力無比の魔獣の出現。それにより、大軍であったアルビオン軍は、なすすべもなく蹂躙された。

 応戦しようと試みる者もいたが、ウタの力で強化された魔獣に通用するはずもなく、ただの土のゴーレムは砕かれ、術者も殺された。空中戦艦隊も空に現れた途方もなく巨大なドラゴンと、要塞と、ドラゴンのような魔獣に撃ち落されていった。

 

 背後の惨劇になど気にも留めず、扉の向こうを、トゥは見つめていた。

 

 やがて、扉の向こうから誰かが歩いてきた。

 

「あ…ああ……。」

 

 その人物を見て、トゥは、酷く懐かしい気持ちになり、涙があふれた。

 そして、持ってきていた、ゼロの剣を献上するように差し出した。

 その人物は、剣を受け取った。

 トゥは、恍惚とした表情でその人物を見つめていた。

「セント…。」

 

 次の瞬間。

 ドスッと、トゥの胸がゼロの剣で貫かれた。

 

「間違えんなよ。馬鹿。」

「あ、…あああ……。」

 女性の声がそう罵り、トゥの体からずるりっとゼロの剣が抜かれた。

 トゥは、その場に倒れた。

 血が地面に広がっていく。

 ウタウタイであるため不死身のごとき生命力を持つはずの彼女の傷は、なぜか塞がらなかった。

 

「……ぜ…、ゼロ…ねえ、さん……。」

 

 トゥが、伸ばしたその手は、ゼロには届かなかった。

 意識が遠ざかる中、ゼロが魔獣達が暴れている方へ歩いていくのを見た。

 意識が闇の落ちる時、ゼロの狂った笑い声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 報告。

 

 封印されていた花の力により、ウタウタイ・トゥが暴走。

 かつて他の姉妹が使役していたすべての魔獣を召喚するほどの力を発揮した。

 これは、ウタウタイ・トゥの花の力の増大化と、ハルケギニアに6千年前に封印されていた花、ウタウタイ・ゼロの強大化した花の力によるものと思われる。

 これは、かつてウタウタイ・トゥとウタウタイ・ゼロがいた世界で起こったメルクリウスの扉の事件を彷彿とさせる。

 ただ結末の違いは、使徒によって暴走の鎮静化がならなかったことだ。

 この分岐においてのウタウタイ・トゥに刻まれたガンダールヴの抑止力は微塵であり、花を抑えきれず、花の衝動に動かされたトゥの選択により、ハルケギニアがウタウタイ・ゼロと召喚された魔獣達に破滅に導かれると考えられ、また、ウタウタイ・トゥの死亡により、花に完全に支配されたウタウタイ・ゼロの問題の解決の糸口は見つかりそうもない。

 よって、本分岐の封鎖を提案する。

 そして、なぜこの時、ウタウタイ・トゥがウタウタイ・ゼロに、竜の牙でできた剣を献上したのか。

 恐らくは、彼女の中にある自分自身を殺してほしいと願う気持ちがそうさせたのだろうと推測される。

 だがその行動の真意については、ウタウタイ・トゥ自身の死亡により解明することは望めない。

 




ワルドの誘いに乗ったら、トゥの力により貴族派は、聖地に到達します。
だけどそこに待っていたのは…という展開です。

ゼロがなぜ聖地に封印されていたのか。そのことはまた別の分岐、または本編で語っていきます。
ここでのゼロは完全に花に支配されており、狂っております。

メルクリウスの扉はネタは、ウタヒメファイブを参考にしました。
ここでのトゥは、花の支配がやや強めで、花に誘導されて聖地を目指しました。その結果、ゼロの封印を解き暴走、そして殺されました。
ゼロをセントと間違えたのは、彼女の記憶の混濁によるものです。ですが内に自分を殺してほしいという気持ちが残っており、結果としてゼロに剣を献上して殺し貰うことで達成。だけどトゥが死んだ結果、残されたのは暴走する狂ったゼロと召喚された魔獣達。恐らくハルケギニアは、滅びます…。


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C分岐
トゥが、ルイズのもとを去ったら


またも短い。

バットエンドのようなノーマルエンド?みたいな感じです。

トゥがホムンクスル戦後、記憶喪失になり、ルイズのもとを去った後、ルイズがもしも、トゥとの約束を果たしたというIFです。


 オスマンから、ルイズのもとにいなくてもいいと言われたトゥは色々と考えて…、ルイズのもとから去った。

 オスマンが言っていたように、剣を武器に傭兵になった。

 最初は女の侮られたが、その腕っぷしと、殺戮ぶりに瞬く間に名は知れ渡り、トゥを雇いたがる人間は増えていった。

 やがて、トリスティンとアルビオンの戦争が始まった。

 大量の傭兵が雇われ、その中にトゥもいた。

 

「トゥ…君…?」

 

「だぁれ?」

「僕だ。ギーシュ・ド・グラモンだよ。」

「あっ、学院にいた子だ。」

「ああ…。今僕はトリスティン軍、学生士官として従軍したんだ。まさかここで君に会えるとは思わなかったよ。」

「ふーん。」

「……ルイズは、来ていないよ。噂だと実家に連れ戻されたらしいが。」

「ふーん。」

「興味…ないのかい?」

「だって…、私もう関係ないでしょ?」

「それは…そうかもしれないが…。一応は君の主人だった人だよ?」

「覚えてないもん。」

「そうか…。君にとって彼女はもう…、過去の人ですらないんだね。」

 トゥが記憶喪失になったことを思いだし、ギーシュは切なそうに言った。

 

 

 やがて始まる戦争。

 陸軍に入っていたトゥだが、ウタの力を存分に使いアルビオンの大軍を圧倒した。

 陸軍をあらかた斬り捨てたトゥは、空を埋め尽くす艦隊に目を向けた。

 自分の中で肥大化したこの“チカラ”なら、今ならできる。そう確信して唱える。

 

「防御(とじ)ろ、アルマロス。」

 

 っと。

 それは、かつて妹の使徒が召喚できた天使と呼ばれるもの。

 空中に突如として要塞のようなものが出現し、敵も味方も混乱した。

 アルマロスが放つ砲撃と、花の魔力による四角い輪っかによって飛行する力を狂わされ、ミキサーのように動く刃のある吸い込み口に竜騎士達が吸い込まれ、敵の艦隊はひとたまりもなく退却を余儀なくされた。

 特に飛行する力を狂わす力により、多くの艦隊が成すすべもなく墜落した。

 

 トゥがアルマロスを召喚するところを多くの者達が見ていた。

 右目に花を生やした傭兵の女が、空を飛ぶ要塞を召喚した。

 その噂はあっという間にトリスティン軍内に知れ渡り、トゥは、戦闘後、アンリエッタに呼び出された。

 傭兵が城に呼ばれるのは稀なことであったが、その驚異的な力の真実を確かめるために呼ばれたのだ。

「…あなたは。」

「?」

 トゥを見てアンリエッタは、驚いた。

 彼女は確かルイズの使い魔だったはずだ。

 ルイズは、家で従軍の許しが得られずヴァリエール公爵により家に軟禁されているらしい。なのになぜ使い魔の彼女だけがここにいるのか?

「ルイズ、ルイズは?」

「どうしたんですか?」

「あなた…、ルイズと一緒ではありませんの?」

「もう使い魔じゃないよ。」

 トゥは、もう使い魔を止めたのだと言った。

 まさかルイズが死んだのかとアンリエッタが心配したが、確認したところ、ルイズは生きていることが分かった。

 単純にトゥがルイズから離れただけなのだと分かり、ルイズは使い魔に見放されたのかと顔を曇らせた。

 そしてトゥは、アンリエッタ達に、天使・アルマロスのことを話した。

 とはいえ、元々は妹・フォウの天使であるため簡単にしか話せないが。

 アンリエッタの臣下達は、これはルイズの虚無よりも使えるのではないかと話し始めた。

 そんな中、アンリエッタだけは、良い顔をしなかった。

 胸騒ぎがするのだ。

 良くない胸騒ぎが。

 このまま、彼女…、トゥの力に頼ってよいのかと。

 トゥをあらためて見る。

 彼女はボーッとしており、右目の花が怪しげに光って見えた。

 あの花を見ていると背筋がゾクリとする。

 綺麗なのに。綺麗なのに…。あの花はいずれ…世界を…。

「殿下、殿下!」

「っ!」

「どうされたのですか?」

「い、いいえ。なんでもありません。」

 一瞬であるが、まるで夢でも見ていた心地だ。

 その時、ふと、謁見の間の隅っこに、眼鏡の美女が立っていたのを見た気がした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥが召喚したアルマロスを前にして、空からの攻撃手段を奪われたアルビオン軍は、陸戦を主にし、さらにアルマロスの砲撃が届かないよう遠くから攻撃を行うようにした。だがトゥの世界の技術力の違いか、はたまたトゥ自身の力の増大化によるものか、アルマロスの砲撃は遠くからでも届いた。それこそメイジ達の合体魔法の射程距離よりも長くである。

 陸を進むアルビオン軍の前には、トゥが待ち受けており。

「エグリゴリ。」

 アルマロスと同時に、二体の巨人、エグリゴリを召喚し、陸軍を蹴散らしていく。

「アハハハハハハ!」

 トゥは笑う。

 剣を振るい、血を浴びながら。

 その姿は狂気に満ちていたが、美しかった。敵も味方も見惚れてしまうほどに。

 トゥは、ウタう。敵を殺すために。

 

「トゥ…ちゃん?」

 

 キュルケがトゥが戦う姿を見て、顔を青くした。

「アハ…ヒヒ、ウフフフフ…、?」

 トゥの周りは、原型のない死体だらけで、血に海となっていた。

 その中心で、トゥが、敵の首を持って、笑っていた。

「キュル、ケ、ちゃん…。」

「トゥちゃん…、記憶が…。」

「どうしよう、どうしよう。もうダメだ…。私…私…。」

 トゥは、持っていた敵の首を捨て、空を仰ぎ見た。

「キュルケちゃん。」

「!」

「私を…殺して…。」

 トゥは、持ってきていたゼロの剣をキュルケの傍に投げた。

「トゥちゃん…。」

「お願い…、殺して…。」

「それは…。」

 できないと言う前に、目の前でトゥが倒れた。

 全身を真っ赤に染めて、スースーと寝息を立てている。

 キュルケは、ゼロの剣を拾いあげた。

 そしてゼロの剣を振り上げようとして……、やめた。

 やがて、トリスティン軍がトゥを回収し、此度の戦いはトゥのおかげで勝利した。

 キュルケは、ゼロの剣を持ったまま、決心して、ルイズの実家へ向かった。

 塔に軟禁されていたルイズに直接会い、ゼロの剣を差し出して。

「あんたがケリを付けなさい。」

「でも…。」

「トゥちゃんは、あんたの使い魔よ。」

「……できない。」

「トゥちゃんを助けられるのはあんただけよ。」

 キュルケはきっぱりと言った。

 残されたルイズは、ゼロの剣を前にして考えた。

 トゥは、自分のもとにいた時、自分に殺してくれと懇願し続けた。この剣を手に入れてから、ずっと。

 自分がやらなければならないのか?

 どうして自分なのだ?

 どうしてトゥは…、死にたがっているのか…。

 あの白い怪物を殺してから記憶を失ったトゥ。

 あの白い怪物との因果関係は分からない。だが何か関係しているのは間違いない。

 自分はどうすればいい?

 姉から聞いたが、トリスティン軍がアルビオンに優勢状態にあるらしい。キュルケの言葉から察するに、それはトゥのおかげらしい。

 なんだ自分がいなくてもトゥさえいれば勝てるのだと自分の価値のなさに自分で落胆すると同時に、大きな不安が湧きあがった。

 トゥをこのまま戦わせ続けて大丈夫なのかと。

 トゥがもたらす勝利の先にあるのは……、果たして平穏があるのかと。

 アルビオンで見た、あの再生を思い出す。

 あのようなおぞましい力を発揮する花の力が、平和をもたらすとは思えない。

 あの花は…、あの花は…。いずれ世界を…。

 ルイズは、ふと、物陰に落ちている棒っきれを見つけた。

 重い鎖を引きずり、腕を伸ばし、なんとか棒っきれを掴んだ。

 そして……。

 

 しばらくして、塔が爆発した。

 

 爆発の混乱の中、ゼロの剣を持って駆け出したルイズは、馬を捕まえ、走った。

 門も爆発させて粉砕し、堀を飛び越えて走った。

 足には、鎖の輪っかがついたまま、気にせず馬を走らせる。

 急げ急げと自分に言い聞かせる。

 しかし馬が疲れてしまい、これ以上走れなくなった。

 その時、ばさりっと音が聞こえ、上を見上げると、タバサがキュルケと共にシルフィードに乗ってきていた。

「決心がついたのね。」

「連れて行って! トゥのところへ!」

 キュルケの手を取り、シルフィードの上に乗ると、シルフィードは、トリスティン城へ向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、芝生の上にチョコンっと座り込んでいた。

 中空を見上げて、ボーっとしていた。

 周りには、死体、死体、死体、死体の山が築かれていた。

 ここはアルビオン。

 アルビオンの本国に単身潜入し、敵を蹴散らしたのである。たった一人で。

 周りには、もう誰もいない。

 皇帝も、5万の兵士も。

「静かだなぁ……。」

 トゥは、ぼんやりと呟いた。

 トゥの後ろ。

 アルビオンとトリスティンの境目では、アルマロスが陣取っている。

 トリスティン軍に牙をむいて…。

 もうトゥの意思ではどうにもできないのだ。チカラがあまりにも増大し過ぎてしまった。

 ああ、どうして自分は、止めることができなかったのかと自問自答してももう時間は還らない。

 その時、彼女の上を一匹の竜が飛び過ぎた。

「ああ……あああ…。」

 トゥの顔に喜びの色が浮かぶ。

「トゥ!」

「ルイズ…。」

「あんた、記憶が…。」

 シルフィードから飛び降りて来たルイズの姿を見て、トゥが笑った。

 ルイズの手には、抜き身のゼロの剣がある。

 それを見て、トゥの顔がますます喜びに歪んだ。

「トゥ…。」

「ルイズ…。」

 膝をついているトゥの前にルイズが立った。

 そしてトゥは、祈るように手を握った。

「ルイズ…私を…。」

「っ……、分かってる。」

 

「殺して。」

 

 大量の涙を流し、血が出るほど唇を噛んだルイズが、ゼロの剣を振り上げて…、振り下ろした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ルイズ、ルイズ。見て、今年もお花が綺麗に咲いているわよ。」

 カトレアが押す車椅子にルイズは、座っていた。

 その目は虚ろで、何も映していない。

「あれから何年たったかしら…。あなた使い魔さんの命日よ? 覚えてる?」

 しかしルイズは、何も聞こえていないのか、何も反応を返さない。

「ルイズ…、あなたは、救ったのよ。彼女のことを…。」

 カトレアは、キュルケ達から話を聞いていた。

 なぜルイズがトゥを殺すに至ったのか。

 

 ルイズは、トゥを殺して、自分自身の心を殺してしまった。

 

 それほどトゥのことを想っていたのだ。

 父親達は、ルイズをこんな状態にしたトゥのことを快く思っていないが、カトレアだけは、あの時、もう殺すしかなかったのだということを理解していた。

 ルイズは、、ただ交わした約束を守っただけだ。

 ただ、殺してもらうことでしか死ねないトゥを、殺すことでしか救えなかった自分自身を罰するために、自分の心を殺しただけだ。

 ただの口約束だったその約束は、いつのまにか、そこまで大きくなり、ついに約束は成就された。

 その後の結末は、良くないものだったが、トゥの暴走した力が世界に牙をむく前に止めることはできた。

 世間では、トゥのことを魔女と呼ぶ一方、アンリエッタは、あくまでもアルビオンとの戦争での勝利に貢献した第一人者だったと語り続けていた。

 

 中庭に咲く木の花びらが、ハラハラと舞い落ち、ルイズの右目からポロリっと一筋の涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 報告。

 

 トゥの死亡により、トゥの花の消滅を確認。

 だが、悪魔の門の問題が残されている。

 またこの世界に再び花が現れる予兆と思われる現象が確認され、予断を許せない状況と思われる。

 ルイズ、及び、アンリエッタを観測対象とすることを追加し、引き続きこの分岐の観測を継続する。

 




トゥが去った後、ルイズは、従軍しようとして実家に許しを求めますが反対され家に閉じ込められます。トゥがいないのでそのまま塔に監禁。

トゥがフォウ(デカード)の天使・アルマロスを召喚できるのは、B分岐の時みたいに花の力の増大化によるものです。

トゥは、戦いの中で花の支配に負けないよう頑張りましたが、限界寸前でルイズに殺してもらいました。
トゥを殺したショックでルイズは、自分自身の心を殺してしまいました。

最後にアコールがルイズとアンリエッタに花が寄生したのではないか、あるいは寄生する可能性があると判断して観測対象にしました。

B分岐で捏造した悪魔の門の問題は、ここでは解決しません。


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D分岐
最後まで一緒


D分岐エンド。

トゥとルイズが融合した花を、ミハイルが焼き払います。


 トゥが、海からフネの上に這い上がったときに、見たのは。

 ミハイルのブレスで焼けて溶けていく黒い花だった。

「よかった……。」

「トゥ…、やったわね。」

「うん。あとは……。」

「トゥ。」

「ルイズ?」

 

「…終わったよ。」

 

 そこへ、ミハイルが飛んできた。

 すると、ルイズがよりいっそうトゥに抱きついた。

「ルイズ、離れて。」

「イヤ。」

「離れてよ。じゃないと巻き込むよ?」

「それでいい。」

「えっ、ちょ…。」

「君…、離れないと、一緒に焼いちゃうよ?」

「それでいいわ。」

「ルイズ!」

「あんたと離ればなれになるのは、もうたくさん! 最後まで一緒がイイって言ったでしょ! 例え世界が滅んじゃっても!」

「ルイズ……。」

 トゥがルイズの方を向くと、ルイズは、トゥの胸に顔を埋めてきた。

 ポロリッとトゥの目から涙がこぼれた。

 ルイズは、本気だ。

 本気で、自分と離ればなれになるくらいなら、一緒に死のうとしている。

 ルイズを死なせたくはない。だが突き放すことができない。

「私は……、私は……。」

「どうするの?」

「……。」

 トゥは、泣きながら、ルイズを抱きしめた。

 キラキラと、光の粒子がトゥの体から発せられ始めていた。

 もうすぐ花が咲ききる。

「ミハイル…。」

「……。」

「………咲ききったら…焼いて。」

「……分かった。」

 ミハイルは、承諾してくれた。

 

 やがて、白く、淡い光がトゥとルイズを包み込み、フネの甲板から、空へと舞い上がった。

 同時に、世界が色を無くす。

 光の球体となった花は、白い花弁を開いた。

 

 

「あれが…、トゥ君の花?」

「いいえ。」

「女王陛下?」

「あれは、トゥ殿とルイズの花ですわ。」

 

 

 

 花の中心から生えてきたのは、対照的な美しい二人の女性が混ざり合った白い彫像のような姿だった。

 

 美しい。

 

 世界が滅びる間際だというのに、それを見た人々は、誰もがそう思い、目を奪われた。

 

 やがて、歌声が響き渡り出す。

 

 二人の女性の声。

 

 それは、悲しくも聞こえるし、愛に満ちているようにも聞こえる不思議な歌声。

 

 花の力によって浮かび上がる天使文字と魔方陣が渦巻く。

 

 それは、世界を優しく、けれども終わらせるためのウタ。

 

 ミハイルが、渦巻く天使文字をひとつずつ破っていく。

 

 混ざり合った二人の女性がウタいながら、踊る。

 

 ああ、まるでそれは、ひとつになれたことを喜んでいるかのように。

 

 

「あのバカップル、こんな時でもイチャついて…。」

「まったくだな。」

「もう二度と離ればなれにはならない。だからこそ喜んでいるんだろ。」

 世界が終わろうとしているのに、そんなことをつい暢気に語り合ってしまう。

 それだけ、今目の前で起こっていることが、現実離れしているからだ。

 あまりにも美しくて、悲しくて……。

「トゥさん…、ルイズ…。羨ましいなぁ。」

「私もですわ。ミス・ウェストウッド。」

「おいおいおい、そこ。羨ましがるところがずれてるぞ。」

 ティファニアとシエスタの会話に、ギーシュらがツッコミを入れた。

「ふぉふぉふぉ…、我らがあれほどに恐れておった悪魔が、このように美しいと、逆に拍子抜けするのう。」

「何を言われているのです?」

「…我らは、このウタを忘れてはならん。これからも後世に伝えてゆこう。」

「はい。」

 テュリュークとビダーシャルはそう会話した。

「でも、確かにちょっと羨ましいわね。ねえ、ジャン。」

「そうかね?」

「ええ。ねえ、ジャン? 私達も世界が終わっても一緒よ。」

「待ちなさい。私の方が先に死ぬよ?」

「そしたら後を追うわよ。」

「勘弁してくれないかね。」

 横でそんな二人の会話を聞いてたタバサは、やれやれと言った様子で肩をすくめた。

「お姉様も羨ましいのね?」

「…違う。」

「いつか、お姉様にももっと好きな人が現れるときが来るのね。」

「……来る…かな?」

「きっとくるのね。」

 俯くタバサの背中を、シルフィードが叩いた。

「アリィー。あの花が滅んだら、結婚しましょうね。」

「きゅ、急に何を言い出すんだ!」

「いいじゃない。それともイヤなの?」

「そんなわけ…。」

 ニコニコ笑うルクシャナに、アリィーはタジタジだった。

「ジュリオ…。終わったら、話があります。」

「ええ、なんですか?」

「コレが終わったらですよ。あの謎の女性との関係についてです。」

 黒髪に眼鏡の女性・アコールは、すでにここにはいなかった。

「別に? ただ昔、世界の行く末を見てくれって頼まれただけですよ。何もやましいことはありません。」

「ほんとう?」

「ああ、本当さ、ジョゼット。」

「……愛してるわ、ジュリオ。」

「…僕もさ。」

 ジョゼトとジュリオは、口づけを交わした。

 

 

 やがて、花弁のひとつが崩れ落ちた。

 すべての天使文字の壁を破ったミハイルが放つ炎が、ついに花に到達したのだ。

 花弁が、腕が、顔が、砕かれ、崩れていく。

 花の天敵である竜の炎は、花を等しく焼き払おうとしていた。

 

 

『ルイズ…、ずっと言えなかったことがあったね。』

『なによ、急に?』

『……大好きだよ。』

『…馬鹿。遅いじゃないの。』

 

 

 そして、花の中心を、ミハイルの炎が貫いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 報告。

 この分岐にて、花の駆逐を確認。

 ウタウタイ・トゥは、ウタウタイ・ゼロを倒し、自らの花の駆逐を白き竜・ミハイルに依頼。

 承諾したミハイルは、ウタウタイ・トゥと、ルイズという少女が融合した花を焼き払い、これを駆逐した。

 ミハイルは、再び時空の穴に舞い戻り、違う分岐の花の駆逐するべく旅立っていきました。

 これからも、彼(?)は、花を駆逐するために戦い続けるでしょう。

 しかし、この世界に虚無がある限り、ウタウタイは、再び呼び出される可能性はあり。

 今後も、引き続き観測を続けるべきだと提案する。

 




この分岐では、魔法は無くなりません。
その代わり、虚無も消えないので、再び別のウタウタイが呼び出される可能性が高いです。


これで、このネタは終わりです。
たくさんのお気に入り、そして感想くださり、ありがとうございました。


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A分岐
プロローグ


心神喪失状態から召喚。


 その青い髪、青い瞳の女性は、地面にへたり込み、ただ宙を見上げていた。

 上の空。

 まさにその通りな状態だった。

 傍らには、彼女には似つかわしくない大きな剣が地面に刺さっている。

 美しい体に、まるで下着のような露出の高い服。周りにいた男子達は思わず息を飲んでしまうほど美しかった。

 

「ちょっと…、大丈夫?」

 

 ルイズは、その女性に話しかけた。

 だが女性は反応しない。まるでルイズの声が聞こえていないようであった。

「…ミス・ヴァリエール。契約を。」

「えっ…、しかし…。」

「次の授業があります。契約を。」

 コルベールに急かされ、ルイズは、仕方なく青い髪の女性と契約を結ぶべく、彼女の頭の上に杖をかざした。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え。我の使い魔となせ。」

 そしてルイズはかがみ、青い髪の女性に口づけた。

 口付けられても女性は反応しなかった。

 まるで人形みたいだと思ったが、呼吸はしている。

 やがて女性が、急に糸が切れたように横に倒れた。

「ミスタ・コルベール!」

「ああ、これはいけない。すぐに保健室へ運びましょう。」

 念のためコルベールは、女性の脈や呼吸を確認した。

 脈はあり、呼吸はある。

 そして女性は、スースーっと眠っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 保健室に、様子を見に来たルイズは、ベットで寝ていた青い髪の女性を見た。

 まだ寝ている。

 ベットの傍らには、彼女のものと思われる大きな剣が立てかけられている。

 念のため体を調べたところ、左手にルーンが刻まれており、使い魔の契約は成立したことが判明した。

 ルイズの使い魔となった女性は、まだ眠っている。

「……いい加減起きて欲しいわね。」

 寝ている女性に、ルイズは、不満げに言った。

「おーきーろ。」

 っと、額にデコピンをした。

 すると、パチッと女性が目を開けた。

「!!」

 ルイズは、突然のことに驚いたが、女性は、ガバリッと起き上がり、ルイズをジッと見た。

「えっと……、起きた?」

 なんと声を掛けたらいいか分からなかったのでとりあえずそう言った。

 女性は目をぱちくりさせ、ルイズを見ながら、ゆっくりと首を傾げた。

「……あなた、誰?」

 女性が言った。

 綺麗な声だった。

「私は、ルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。今日からあなたのご主人様よ。」

「ごしゅじんさま?」

「そう、あなたは…不本意だけど使い魔になったの。分かる? 使い魔よ、つ・か・い・ま。」

「つかいま?」

「左手を見て。」

 女性は、言われるまま左手を見た。青い布で覆われていて見えない。

「それ外して。」

 言われるまま外すと、左手の甲に文字のようなものが刻まれていた。

「それが使い魔のルーンよ。あなたが私の使い魔になった証。分かった?」

「分かった。」

 女性は素直に頷いた。

「あなたの名前は?」

「なまえ……、なまえ?」

 女性は首を傾げた。

「自分の名前、分からないの?」

「分からない…、私の、名前…。」

 ふと女性はベットの傍に立てかけられている剣を見た。

 顔を寄せ、そこに刻まれている字を見た。

「………トゥ……。」

「えっ?」

「トゥ……、なまえ?」

 顔を上げた女性は、また首を傾げた。

「それがあなたの名前なの? っていうか、その剣あなたのなの? はっきりしてよね。」

「トゥ…名前…、私の、剣…。」

 トゥという女性は、愛おしそうに剣を握り、軽々と持ち上げた。本人もルイズも気づいていないが左手のルーンが光った。

「ルイズ、ご主人様。私、使い魔。」

「うん…、そうよ。」

「…うふ…、ウフフフ。アハハハ。」

 トゥは、嬉しそうに笑い出した。

「よろしくね、ルイズ!」

「きゃっ!」

 急にトゥに抱き付かれ、ルイズは、そのまま床に押し倒された。

 頭を打ち、怒ってトゥを引き離そうしたが、物凄い力で抱きしめられ苦しくて呻いた。

「うぅぅ! 苦しい…。」

 骨がきしんでいる。内臓が潰れそうだ。

「あ、ごめん。」

「死ぬかと思ったわ! いきなり抱き付かないで! 頭打ったじゃないの!」

 ルイズは、トゥに説教した。

 しょんぼりするトゥ。

 あらかた叫んだルイズは、一息つき。

「はあ…、次から気をつけてね。」

「うん!」

「えっと…まあ、よろしく…。」

 元気よく返事をするトゥに、ルイズは若干たじろいた。

 

 ルイズは、謎の女性トゥを使い魔とし、新学期を迎えることとなった。

 




ガンダールヴの印を刻まれたことで記憶を失い、精神が戻りました。


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第一話  トゥ、授業に出る

トゥとの一日の始まり。


 目を覚ましたトゥを連れてルイズは、自室に戻った。

「このお部屋、ルイズのお部屋?」

「そうよ。っていうかルイズって呼ばないで、ご主人様よ。」

「えー。ご主人様ってかた苦しいじゃん。」

 トゥは、そう言って唇を尖らせた。

 トゥの見かけはルイズと同い年ぐらいだろうか、それにしては…。

 つい視線が胸に行ってしまう。

「とにかく名前呼び禁止! ご主人様からの命令よ!」

「イヤ!」

「ご主人様って言いなさい!」

「イヤ!」

 押し問答が続いた。

 根負けしたのはルイズだった。

「もう勝手にしなさい!」

「やったー!」

 勝ったとトゥが両手を上げて飛び跳ねた。

 その様は、年齢不相応の子供のようである。

 ルイズは、イライラしながら服を脱ぎ捨て、下着をトゥに投げつけた。

「それ洗っといて。」

「お洗濯?」

「そうよ。」

「わかったー。」

 あら、素直ねっとルイズが思ってトゥの方を見た瞬間、トゥがルイズのパンツを破いた。

「あっ。」

「ちょっとーーー!」

「えへ、力加減、間違えちゃった。」

 てへっと舌を出すトゥ。

「せ、洗濯はいいわ! もういいから着替えるの手伝って。」

「なにしたらいいの?」

「そこのクローゼットからネグリジェ出して。」

「これー?」

「破かないでよ?」

「もうしないよぉ。」

 ぷうっと頬を膨らませたトゥが、ネグリジェを出して……破いてしまった。

「あっ。」

「あーーーー、破くなって言ったのにぃ!」

「ごめんなさい。てへっ。」

「てへっ、じゃないわよぉ!!」

「これ破けやしよォ。」

「あんたが怪力なだけじゃないのよーーー!」

 そう、トゥは怪力だった。

 一見細身に見える身体からは想像もできない凄まじい力の持ち主だった。

 ルイズは、ぎゃいぎゃい騒いで、疲れて、ふて寝するように寝た。

「ねえ、ルイズー。私はどこで寝ればいいの?」

「床。」

「えー。酷い。」

「使い魔なんだから贅沢はダメ。」

「ベット大きいんだからつめれば二人で寝れるよ?」

「そこに藁束があるでしょ、そこで寝なさい。」

「やだ!」

「ちょっと! こら、潜り込んで来ないでよ!」

「ほら、もっと寄ってよ。」

「もう!」

 完全に力負けしたルイズは仕方なくトゥと寝ることになった。

「えへへ、お布団、ふかふか~。」

「今日だけよ?」

「えー、やだ。」

「…あんたの寝相が悪かったら、どんなに嫌でも蹴っ飛ばすからね?」

「大丈夫だよォ。」

「もう…知らない。」

 眠気に負けたルイズは、そのまま眠った。

「おやすみ。ルイズ。」

 トゥから香る匂いだろうか、甘い香りが鼻をくすぐり、ルイズはあっという間に夢の中に入った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日。

 目を覚ましたルイズは、トゥの寝顔を最初に見た。

 あどけない、愛らしささえ感じさせる安らかな寝顔だった。

「……夢じゃなかった。」

「うぅん…。」

「起きなさい。」

「……う~…、もう朝?」

 トゥは、目をこすりながら起き上がった。

 ルイズは、ベットから降り。

「着替えさせて。」

「え~…。」

「命令よ。」

「…分かった。」

 不満げにしながら起きたトゥは、クローゼットから服を出した。

「破かないでよ?」

「しないよ。」

 さすがに力加減は覚えたのか、破かずルイズに服を着せていった。

「じゃあ、行くわよ。」

「どこに?」

「食事に行くのよ。」

「私も?」

「使い魔なんだから主人と一緒に行くの。」

「うん。分かった。」

 ルイズは、トゥと一緒に部屋を出た。

「あら、おはよう。」

「おはよう、キュルケ。」

「だれ?」

「あら? 目を覚ましたのね?」

 キュルケという赤毛と褐色の肌の少女がトゥをジロジトと見た。

「私の勝ちね。」

「?」

 勝ち誇ったように笑ったキュルケにトゥは首を傾げた。

「それにしてもサモン・サーヴァントで人間呼んじゃうなんて、さすがゼロのルイズね。」

「ほっといてよ!」

「私は、誰かさんと違って一発成功よ。」

 するとキュルケの後ろから、大きな赤いトカゲが現れた。

「わあ、大きなトカゲ!」

「サラマンダーよ。見るのは初めて?」

「うん! おいでおいで。」

 しゃがんだトゥが、手招きすると、サラマンダーは、トゥに近づき、トゥは嬉しそうにサラマンダーを撫でまわした。

「あらあら、フレイムったら、その人のこと気に入ったの?」

 フレイムは、トゥに撫でられながらキュルキュルと鳴いた。

「あなたお名前は?」

「トゥだよ。」

「トゥ…、変わった名前ね。」

 数字の2を意味する言葉に、キュルケは笑った。

「じゃあ、お先に。」

「ああ~。」

 去っていったキュルケの後を追って、フレイムが去って行ってしまったので、トゥは残念そうにした。

「くやしー! なんなのあの女! サラマンダーを召喚したからって!」

「行っちゃった…。」

「なんであいつがサラマンダーで、私はあんたなのよ!」

「そんなの知らないよォ。」

 トゥは、不満をぶつけてくるルイズに、そう言った。

「よくないわよ! メイジの実力を測るには、使い魔を見ろっていうのよ!」

「メイジって、なに?」

「あんたメイジを知らないの!?」

「知らない。」

 驚愕するルイズを他所に、トゥはきっぱりと言った。

「そういえば、あんた名前も忘れてたわね…。ひょっとして記憶喪失?」

「だって、分かんないものは分かんないんだもん。」

 トゥは頬を膨らませた。

「…まあ、それなら仕方ないわね。」

 ルイズは、少しだけトゥを哀れに思った。

「ルイズ、お腹すいたー。」

「前言撤回。あんたワガママ!」

「えー。」

 トゥはわけがわからないと声を上げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルヴィーズの食堂に入った途端。

 まあ、予想はしていたが、トゥに視線が集まること集まること。

 主に身体に。

 下半身はともかく、上半身は肌着に近い格好なので肌が多くさらされており、胸の谷間もしっかりと出ている。

 これで見るなと言う方が難しい格好だ。

「椅子、引いて。」

「えっ?」

「椅子を引いて、ご主人様を座らせるのよ。」

「…分かった。」

 不満そうにしながら椅子を引いた。

 途端、バキッと音が鳴った。

「ちょっと!」

「あっ。やっちゃった。てへっ。」

 壊れた椅子の背を持ったまま、トゥは舌を出した。

「新しい椅子、取ってきなさい! 今度は壊さないでよ。」

「分かってるってば。」

 椅子を取りに行って、軽々と椅子を持ち上げて戻ってきたトゥ。

 ルイズはやっと椅子に座り、テーブルに用意された食事にありつこうとした。

「ルイズー。私のは?」

「そこにあるでしょ。」

 そう言って床に置かれた、質素な食事を指さした。

「これー? ヤダ。」

「本当は使い魔は外なのよ。使い魔がテーブルにつくなんて本当はしちゃいけないの。」

「えー。」

「そんな顔してもダメよ。」

「むぅ…。」

 ルイズは、プイッとそっぷを向き、トゥは不服そうに頬を膨らまし、仕方なく床に座って質素な食事を食べ始めた。

 周りからの視線が痛い。

 ルイズは、さっさと食べてさっさとこの場から去りたい気持ちでいっぱいになった。

「ルイズ、足りないよォ。」

「ダーメ。あげないわよ。」

「こんなに食べきれないでしょ? 食べてあげる!」

「あ、こら!」

「えへへ、食べちゃったもんね。」

 トゥは、ルイズの食事を奪ってご満悦だった。

 トゥの素早い動きについていけず、ルイズは彼女に翻弄されっぱなしだった。

 周りからクスクスと笑う声が聞こえ、ルイズは、赤面した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 食事が終わると、次は授業だ。

 教室に入ると、一斉に生徒達の視線がルイズとトゥに集まり、クスクスと笑ったりヒソヒソと何か囁きだした。

「ここが教室?」

「そうよ。」

「わあ、色んな動物がいる!」

「あ、こら!」

 ルイズが止めるよりも早く、教室の後ろにいる使い魔達に向かって行ったトゥ。

 ルイズは、もう嫌だと頭を抱え机についた。

 やがて講師のシュヴルーズが入ってきて授業が始まった。

「皆さん。春の使い魔召喚の儀式は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔達を見るのがとても楽しみなのですよ。」

「キャー、くすぐったい!」

 教室の後ろで使い魔達と戯れていたトゥが声を上げた。彼女は他の使い魔に舐められすり寄られ、嬉しそうにくすぐたがっていた。

「おやおや、変わった使い魔を召喚した方がいらっしゃいますね。」

「ゼロのルイズ、召喚できないからって平民なんか連れてくんなよ!」

「きちんと召喚したわよ! 見たでしょ!? 契約だって成功したわよ!」

「嘘つくなよ!」

 教室中が笑い声に包まれた。

「静かになさい!」

 シュヴルーズが叱った。

 そして授業が始まった。

 その間もずっとトゥは、使い魔達と戯れていた。

 キャッキャッと嬉しそうに笑い、大きな使い魔とは抱き付いて、抱き付かれてゴロゴロと床を転がる。

 ルイズは、そんなトゥを恨めしそうにちらちらと見ながら授業を受けていた。

「ミス・ヴァリエール。ここに来て錬金をしてください。」

 するとルイズに指名がかかった。

 教室中の生徒が騒然とした。

「ミセス・シュヴルーズ、危険です!」

 キュルケが青い顔をしていた。

 何やら様子がおかしい教室内に、さすがにおかしいと感じたトゥは、顔を上げて様子を見た。

 ルイズが錬金の呪文唱えた。

 

 途端。大爆発が起こった。

 

 使い魔達は大爆発に騒然として、窓から逃げたり、教室中を暴れ回ったりした。

 生徒達もパニックで、そんな中、トゥはポカーンっと突っ立っていた。

 

「ちょっと、失敗しちゃったかも。」

 煤けて、服も破け、酷い有様のルイズがそう言った。

「ちょっとどころじゃないだろ、ゼロのルイズ!」

「成功率ゼロ! これだからゼロのルイズは!」

 そう生徒達がブーイングを上げた。

 

「なるほど。だからゼロのルイズなんだ~。」

 っと、トゥは、呑気に言っていた。

 

 

 教室の片づけを命じられたルイズは、魔法を使わずにと言われたが魔法がほとんど失敗してしまう彼女にはあまり意味はなかった。

 だが使い魔を使うなとは言われていないので、トゥに手伝わせた。

「ゼロ、ゼロゼロ。ゼロのルイズ~。」

「歌うな!」

「えー。」

「あんたまで馬鹿にして…。そうよ! その通りよ! 魔法の成功率ゼロ! だからゼロのルイズなんよ! なんか文句ある!?」

「文句はないよ。あと馬鹿にしてないもん。」

「じゃあなんで歌ってるのよ!」

「ゼロって悪いこと?」

「悪いわよ! 貴族なのにまともに魔法が使えないなんて…。」

「でもルイズはルイズでしょ? あんなすっごい爆発ができるのにダメなの?」

「ダメよ! どんな魔法を使っても爆発しちゃうのよ! そんなのすごくもなんともない、ただの失敗よ!」

「えー。」

 トゥは分からないと首を傾げた。

「もうあんたご飯抜き!」

「えー!? なんで!」

「私を馬鹿にしたからよ!」

「バカにしてないもん!」

 二人は、ギャーギャー言い合った。

 おかげで片づけは遅れ、終わった時には、夕日が落ちていた。

 その後夕食になったが、宣言通り夕食抜きにされたトゥだったが、ルイズからご飯を奪い、食事にありついていた。

 身体能力ではまったく歯が立たず、ルイズは、二重に悔しい想いをした。

 ルイズが食べる分だけ残したトゥは、ルイズを残して外へ出ていった。

 外にいる使い魔達と戯れるために。

 

 トゥとの初めての一日は、こうして終わったのだった。

 




一日の始まりは、こんな感じです。


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第二話  トゥ、戦う

vsギーシュ戦。

結果は見えてます。

どうギーシュ戦に持っていくかかなり悩みました。


「お腹すいたー。」

「ご飯抜き!」

「ヤダ!」

 翌日もこんな感じであった。

 食堂に入れれば食事を奪われると学習したルイズは、トゥを食堂に入れないようにした。

 ブーブー文句を言うトゥを残して、ルイズは食堂に入った。

 残されたトゥはその場に座りこんだ。

「お腹すいた…。」

「あの…。」

「うん?」

 声を掛けられ、トゥが顔を上げると、そこにメイドの少女がいた。

「だれ?」

「私はシエスタといいます。あの、お腹がすかれたんですか?」

「うん。」

「よかったらこちらへ。」

 シエスタに案内され、トゥは、食堂の厨房に入った。

 コック達は忙しく働いていたが、トゥの姿を見るとざわつきだした。

 そりゃ美しい女性が、それも肌を見せた女性が入ってきたら驚くし、目を奪われてしまうだろう。その多くがだらしなく鼻の下を伸ばしていた。

「待っててください。」

 トゥをその辺にあった椅子に座られたシエスタは、厨房の奥へ行った。

 それからシチューが入った皿を持ってきた。

「どうぞ。賄のシチューです。」

「わあ、美味しそう!」

 皿を受け取ったトゥは、顔を輝かせ、早速食べ始めた。

「美味しい!」

「よかったですね。」

「私、トゥ。ありがとう、シエスタ。」

「トゥさんって…、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったって噂の…。」

「うん。使い魔だよ。ねえ、おかわり貰っていい?」

「いいですよ。たくさん食べてくださいね。」

 シエスタは、にこにこしながら空になったお皿を持っていった。

「ねえ、お礼にお手伝いとかするよ?」

 食事を終えたトゥが言った。

「じゃあ、デザートを運ぶお手伝いをしてください。」

「うん!」

 トゥは元気よく頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ケーキが乗った大きなトレーを運んでいたトゥは、床に落ちていた紫の小瓶を見つけた。

「なにこれ?」

 しゃがんで拾ったトゥであるが。

 バキッ

「あっ。」

「あーーーーーーーーーー!!」

「ギーシュ、どうした!?」

「よくもモンモランシーからもらった香水をぉぉぉ!!」

「えっ?」

 絶叫する金髪の少年に、トゥはきょとんとした。

「ギーシュ様! やはりミス・モンモランシーと付き合っていたのですね!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ケティ…。」

 言い訳しようとしたギーシュであったが、ケティという少女から平手打ちされて去れてしまった。

「ギーシュ様…、やはりあの一年に手を出していたのですね?」

「も、モンモランシー…、ち、違うんだ…。」

「嘘つき!」

 しまいにはモンモランシーという少女にワインをぶっかけられて去られた。

「大丈夫?」

 残されたギーシュにトゥが話しかけた。

 ふるふると震えていたギーシュが、突然薔薇の杖をトゥに向けた。

「君の所為だぞ!」

「なんで? 私、なにかした?」

「モンモランシーの香水を壊した上に…。そもそも君が、君が…香水の瓶を拾わなければ…。」

「私のせいなの?」

「君の所為だ!」

「でも二股かけてたのはおまえだろ?」

 ギーシュの友人がツッコミを入れた。

 そうだそうだと周りも言った。

「ふ…、給仕の君、例え見つけても知らんぷりするべき時があるのだよ。今がその時だったのだ。分かるかね?」

「分かんない。」

「そうか…。ならば仕方ない。物わかりの悪い給仕にはお仕置きが必要だね。」

「えっ?」

「おいおい、ギーシュ、そりゃないぜ。」

「相手は女だぜ?」

「女だろうがなんだろうが、仕置きは必要さ。」

「えっ、えっ?」

 混乱するトゥに、ギーシュは言った。

「貴族の食事処を血で汚すわけにはいかない。ヴェリストリの広場まで来たまえ。」

「ふぇ? 何するの?」

「決闘さ。」

「なんで? なんで戦わなきゃいけないの?」

「君はさっきまでの話を聞いてなかったのかね? とにかく広場に来たまえ。」

「戦わなきゃいけないの?」

「だから…。」

「分かった。でもちょっと待っててね。」

 頷いたトゥは、ささっと食堂から出ていった。

「しまった、逃げられた!」

「お待たせ。」

 すぐトゥは戻ってきた。

 その手には、召喚された時に傍らにあった大きな剣が握られていた。

 トゥの見かけに似つかわしくないその剣の大きさに、周りがざわついた。

 ギーシュもたらりと汗をかいた。あんな剣で切られたらひとたまりもない。

「ほ…、ほう? 剣術を嗜んでいるのかね?」

「分かんない。」

 ギーシュを始め、周りがずっこけた。

「だって、覚えてないんだもーん。」

 トゥは呑気に言った。

「ま、まあいい…。とにかく広場に来たまえ。」

「分かった。」

 ギーシュは、トゥを連れてヴェリストリの広場へ行った。

「あれ? 今のって…。トゥ!?」

 トゥがギーシュと共に食堂から出るのを見たルイズは慌てて後を追った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「諸君、決闘だ!」

「決闘、決闘!」

 周りの野次馬に宣言するギーシュと、剣を持ってピョンピョン跳ねるトゥ。

「でも決闘って何するの?」

「言葉のままさ。僕はメイジだ。魔法を使わせてもらうよ。」

「いいよー。」

 ギーシュは、こう言っては何だが、女性には誠実であろうと心がけている男だ。

 ゆえにモンモランシーからもらった香水を壊されて激昂したとはいえ、今更ながらトゥを傷つけるのは気が引けた。

 トゥは美しい。野次馬の中には、ギーシュに対するブーイングがあった。

 美しいだけじゃなく、美しい身体をいかんなく見せつける恰好もあり、思わず見とれてしまいそうになってしまう。

 できることなら傷を残さず倒してあげたい。あの白い肌と柔らかそうな胸には特に…。

 ギーシュは、もう後には引けないという状況ということもあり、せめて鳩尾に一撃を入れて倒そうと決めてギーシュは薔薇の杖を振るい、ワルキューレを錬金した。

「わー、すごいすごい!」

「そ…それほどでも。っ、ええい、惑わせてくるね。」

「じゃあ、私もいっくよー。」

 トゥが剣を構えた。

 その構えからギーシュは感じた。

 この女。戦い慣れていると。

 軽やかなステップを踏んだトゥが、片手で、軽やかに大きな剣を振るった。

 その速度。一撃の重たさ。

 一撃でワルキューレは、真っ二つに切断された。

「あれぇ? もう終わり?」

「ま、まだだ!」

 一瞬呆然としたギーシュは、もちなおし、すぐに七体のワルキューレを錬金した。

 ワルキューレ達は武器を持っていた。

 トゥが戦い慣れた戦士であると見るや、もう手加減はできないと判断したのだ。

「わあ、すごいすごい! 魔法ってすごいんだね。」

「無駄口叩いている場合じゃないぞ!」

 そう言ってワルキューレ達をトゥに向かわせた。

 しかし、トゥは、軽々と剣を振るい、そして軽いステップを踏みながら踊るようにワルキューレ達を切って捨てていった。

 あっという間であった。

 全部のワルキューレを倒したトゥは、ギーシュを見た。

 にっこりと愛らしい笑みを浮かべて、剣を構えて走ってきた。

「ひっ! ま、待て、降参だ!」

「そーれ!」

 杖を手放すギーシュに向かって、トゥが剣を振り上げ、ギーシュの頭に向かって振り下ろそうとした。

「待って、トゥ!」

「ルイズ。」

 トゥが手を止めた。あと、数ミリ。あと数ミリでギーシュの頭に剣の刃が刺さるところだった。

「邪魔しないでよ。」

「ギーシュはもう降参してたわ。あなたの勝ちよ!」

「えー。」

 トゥは不服そうだった。

「お願い、殺さないで。」

「…分かった。」

 トゥは、剣を下ろした。

 周りにいた野次馬は、トゥの戦闘能力の高さに言葉を失っていた。

 鍛えられた兵士でも片手じゃ到底持ち上げられそうにない大ぶりの剣を、片手で軽々と持ち、青銅でできたワルキューレを一撃で切断するほどの剣技。人間技とは思えなかった。

 誰も気づいていないが、布で覆われたトゥの左手のルーンが、彼女が剣を手にしてからずっと光っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「トゥさん!」

「どうしたの、シエスタ?」

「お、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。」

「よかった…。変な因縁を付けられているのに助けられなくてすみません…。怖くって…。」

「あいつ全然弱かったよ。」

「強いんですね、トゥさんって。」

「んー。よく覚えてないんだけど、剣持ってたら勝手に身体が動いたの。不思議。」

「もしかしてトゥさんって…、傭兵だったとか…。」

「違うと思う。覚えてないけど。」

 シエスタの言葉をすぐに否定した。

「そうですよね…。その…お洋服が…。」

 シエスタは、恥ずかしそうにトゥの恰好を見た。

「トゥ! こっち来なさい。」

「分かった。じゃあね、シエスタ。」

「はい。」

 シエスタに手を振りながら、トゥはルイズのところへ走って行った。

 シエスタは、トゥの後姿をキラキラした目で見つめていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ねえ、トゥ…、あなた何者なの?」

「分かんない。私は、私だよ。」

「そうじゃなくて…、なんであんな戦い慣れてるみたいな…。」

 そう言われても、分からないものは分からないっとトゥは首を振った。

「剣を持つとね。体がふわーっと軽くなって、戦えるようなるの。なんでか体が勝手に動いたの。不思議だね。」

「ええ…。ほんと不思議ね。」

 不思議そうに言うトゥを、ルイズは不審げに見つめていた。

 トゥの表情を見る限り、嘘はついていないようだ。

 だがあまりにも慣れているあの動きは不自然だ。

 トゥは、もしや、ルイズと出会う前はどこかで戦っていたのだろうか。

 こんな露出の高い格好で。

「ありえない…。」

「えっ?」

「あんたがどこかで戦ってたなんて信じられない。まさかどこかの上等な家のお嬢様だったりして…、なーんて…。」

「違うと思うよ。」

 すぐにトゥは否定した。

「だって、私は…、私は………っ…。」

「トゥ?」

「わ、たし…は……。」

「トゥ? ちょっと、トゥ!?」

 トゥは突然ふらりと倒れてしまった。

 倒れたトゥは、スースーっと眠った。

 

 その後、トゥは、三日三晩も目を覚まさなかった。

 

 

 

 




トゥに、ガンダールヴ…、鬼に金棒ですね。


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第三話  トゥの一日

穏やかからの、狂乱。


 

 

 三日三晩も眠っていたトゥを心配していたのは、ルイズだけじゃなく、平民で構成されたシエスタを始めとしたメイド達や食堂の厨房のコック達だった。

 彼らにしてみれば、一見平民であるトゥが貴族を倒したことは驚くべきことであり、彼らが尊敬するに足りる要素となった。

 そのトゥが倒れた。これは、由々しき事態であった。

 トゥを心配し、シエスタは、毎日のようにルイズのもとを訪ねたりした。

 本気で心配するシエスタを邪険にできず、ルイズは、眠っているトゥの寝顔を見せたりした。

 そして目を覚ましたトゥ。シエスタは、泣きながらトゥに抱き付いた。

「よかったぁ。よかったですぅ。」

「シエスタ?」

「もう目を覚まさないかと思いました…。本当によかった…。」

「私は大丈夫だよ。」

 そう言ってトゥはシエスタを優しく抱きしめた。

 その様子をルイズは、複雑な顔で見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、その後、最初の一日とあまり変わらない日々を送った。

 ルイズの着替えを手伝って、ルイズについていって、食事になれば、また床の上で、不服を申し、ルイズが却下し、トゥは食事が足りないので厨房に行く。そこで賄を貰う。

「我らの剣が来たぞ!」

 厨房に行けば、コック長のマルトーが歓迎してくれる。

「われらのつるぎ?」

「おおよ。」

「なんで?」

「おう、聞いたか? 達人ってのは、誇ったりなんざしないものだ! 見習えよ!」

「えー?」

「トゥさん、剣の達人なんですよね?」

「分かんない。覚えてないもん。」

 シエスタの言葉に、トゥは首を振った。

「おう、どうしたんでぃ? まさかあんた記憶が…。」

「あのね。私、名前も覚えてなかったの。剣に名前が書いてあったから…、たぶん私の名前かな~って思ったの。剣もね、持ってると、ふわ~って身体が軽くなって、自然と身体が動いたの。変だよね?」

 マルトーは、真剣な顔をしてトゥに近づき、その肩にポンッと手を置いた。

「いつでも来てくれ。美味い飯食わしてやるから。」

「うん! ありがとう、コックさん!」

 トゥは嬉しそうに笑った。その笑顔に、厨房中の人間達が和んだ。

「マルトーだ。」

「マルトーさん、ありがとう!」

 トゥは、マルトーに抱き付いた。

 結果、ダイレクトにトゥの胸が押し付けられるわけで…。

 マルトーは、赤面の末、鼻血を吹いて倒れた。

「きゃー! マルトーさん、しっかり!」

「あれ? あれれ?」

 慌てるシエスタとは対照的に、トゥは首をかしげているだけだった。他のコック達は、倒れたマルトーを羨ましそうに見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 食事が終われば、今度は授業。

 授業中は、後ろで他の使い魔達と戯れる。

 フカフカの毛並みを持つ幻獣に顔を埋めていると、だんだんと眠くなってきたのか、トゥは、スピスピと眠ってしまった。

 生徒でもない、使い魔である彼女を誰も咎めはしない。そんな決まりなどないのだから。

 そんな中、一人、イライラしている生徒がいた。

 ルイズだ。

「ムニャムニャ…。」

「…トゥ?」

「……やん……、もう、ダメぇ…。」

 なんかエロい寝言が聞こえてくる。

 男子達がいち早く気が付き聞き耳を立てた。

「あ……ぁ、あん……。そ、こ…、うぅん…。あ…ああ…ぁ…。や…あ…、あぁあん…。」

 男子達は、目を血走らせ、ハアハアっと呼吸が荒くなりだした。

「…こ、…こらー! 起きなさい、トゥ!」

「うぅん……。」

「起きなさい!」

「………セント……。」

「っ…、起きなさいってば!」

「ふえ!」

 ルイズの怒鳴り声でトゥは飛び起きた。

 トゥは、キョロキョロと周りを見回し、赤面してぶるぶると震えているルイズを見た。

「ルイズ?」

「あんたって奴は…。」

「どうしたの?」

 全然夢のことを覚えていないらしいトゥに、ルイズは、行き場のない怒りに震えていた。

 そしてにしても。

 セントと、寝言で言ったトゥの目に、僅かに涙が浮かんでいたような気がしたのは気のせいだろうか?

 まあとにかく。

「授業中に居眠り禁止!」

「えー?」

「いいじゃねーかよ、ゼロのルイズ。」

「そーだそーだ!」

 男子達がブーイングをあげた。それを女子生徒達は冷ややかな目で見ていた。

 フカフカの幻獣をぬいぐるみのように抱っこして床に座っているトゥは、とても可愛い。その周りに使い魔達が集まっているのも、彼女の魅力を引き立てている。

 それを見ているとなぜかムカムカした。

「他の人の使い魔と遊ぶのも禁止!」

「イヤ!」

「禁止!」

「イヤ!」

 そんな押し問答が続き、ルイズが教師に叱られた。

 授業中、やっぱりトゥは、使い魔達と遊んでいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 お昼ごはん。

 ルイズからご飯抜きと言われたトゥだが、すぐに厨房に行ってご飯を貰った。

「シルフィードちゃーん!」

 大きな風竜であるシルフィードと戯れるのも、楽しみだった。

「ローストビーフの切れ端もらったの。一緒に食べよう!」

 シルフィードは、喜んでローストビーフの切れ端を食べた。

 

 その様子を、水色の髪の少女が見ていた。

 

「…最近太ったの、原因コレ?」

「あれ、だれ?」

「…タバサ。シルフィードは、私の使い魔。あなた誰?」

「私は、トゥ。ルイズの使い魔だよ。」

「ルイズの?」

 タバサは、上から下までトゥを見た。

 トゥは、タバサの頭の上に手を持ていった。そして自分の背と比べた。

「? なに?」

「ちいさいねぇ。可愛い。」

「……。」

 タバサは小さい。ちなみにトゥは、170センチある。

「あ、ごめんね。気にしてた?」

「別に…。」

「ねえ、シルフィードちゃんにこれからもご飯あげてもいい?」

「太る。」

「そっか…。」

 シルフィードは、残念そうにうなだれた。

「ダイエット。」

 シルフィードは、顔を上げてイヤイヤっと首を振った。

「ごめんね、シルフィードちゃん。」

 トゥは、謝った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 お昼休みが終われば、また授業。

 お腹がいっぱいになったトゥは、またスピスピと居眠りをした。

 眠りが深いのか、寝言すらも言わない。それを男子達は残念がった。

 ルイズは、そのことにホッとし、授業に没頭した。

 眠っているトゥの傍に、一匹のネズミが近づいた。ネズミは、ジッとトゥを見ていた。

 授業が終わり、ルイズがトゥを起こすまでネズミは、近くにいた。

 

 

 その夜。

「変な寝言言ってた罰。外で寝なさい。」

「イヤ!」

「あんだけグースカ授業中に寝てたくせに!」

「それとこれとは別。」

「ダメよ、ダメだったらダメ!」

「イヤだったら、イヤ!」

 ベットでの攻防となったが、身体能力じゃ全く歯が立たずルイズは負けた。

 仕方なくトゥと一緒にベットで寝る。

「私はルイズと一緒に寝るの、好きだよ?」

「あのね…、あなたは使い魔なのよ? 使い魔に贅沢覚えさせたくないの。……ところで、トゥ。」

「なぁに?」

「……セント、ってなに?」

「!!」

 途端、トゥの表情が一変した。

 ガバッと起き上がり、目を見開き、唇を震わせる。

「あ……あぁ…。」

「トゥ? ちょっと…、どうしたの?」

「せ、んと……、セント、セントセントセントセントセントセント…、あああ、…っ、ああ…、ぁあああああああ!」

 トゥの右目が光りだし、衝撃波がトゥの体から発せられ部屋に置いてあった物が吹き飛んだ。ルイズも壁に背中を叩きつけられた。

「っ…、トゥ! 落ち着いて、トゥ!」

「セントォォォォ、あああああああああああああああああああ! あ………。」

 しばらく叫んでいたトゥだが、急に糸が切れたようにベットの上に倒れた。

「…トゥ?」

 ルイズは、恐る恐るトゥを見た。

 トゥは、スースーと静かに寝ていた。

「なに? なんなの、さっきの一体…、トゥ…あなた…。」

「ルイズー、一体何事なの?」

 すると部屋のドアを叩く音が聞こえ、キュルケの声が聞こえた。あとドタバタと足音が聞こえてくる。トゥが起こした衝撃波は、寮中に轟いていたらしい。

「な、なんでもないわ。」

「なんでもないわけないでしょ?」

 キュルケが魔法を使って鍵を開け、部屋に入ってきた。

 そしてメチャクチャになった部屋を見回し、寝ているトゥを見た。

「何があったの?」

「分かんない…。」

「分かんないじゃないわよ。その子が関係してるんでしょ?」

「それは…。」

 ルイズは、口ごもった。

 セントという言葉を聞いた途端に豹変したトゥが、謎の力を発揮して部屋をメチャクチャにした。

 トゥにとって、セントという言葉は何かしらのトラウマなのだろうか?

「ねえ、ルイズ…。その子…トゥは、本当に普通の人間なの?」

「えっ…。」

「細い癖にあんな大きな剣を片手で振り回すし、ギーシュをあっさり倒すほどの戦闘能力といい…まともじゃないわ。」

「それは…。」

「まあ……、あんたの使い魔のことなんだから、あんたが片づけなさいよ。」

 キュルケは、そう言い残して去っていった。外にいる人間達には、キュルケが説明したのか、足音が去っていく音がした。

 ルイズは、トゥを再度見た。

 トゥは、眠っている。さっきまでの豹変が嘘のように安らかに眠っている。

「呑気に寝ちゃって…、部屋の片づけどうするのよ…こんなにメチャクチャにして…、明日片づけさせてやるんだから。」

 そう言ってルイズは、トゥの隣で寝た。

 

 

 翌日。

「トゥ、まずは部屋を片付けるのよ。絶対に壊さないでね。」

「えー。」

「あんたがやったんだからね。」

「私が?」

「覚えてないの?」

「なにが?」

「……まあ覚えてないなら別にいいわ。あんたにとって、セントってのがどんな意味を持つのか分からんないけど。」

「……。」

「あっ…。」

 ルイズは、軽々と口にしてしまって慌てて口を手で抑えた。

 だがトゥは、首をかしげていた。

「トゥ?」

「ねえ、ルイズ。」

「なによ?」

 

「………セントって……、なに?」

 

 そう言ったトゥの右目と、左手のルーンが光ったような気がした。

 

 

 




セントのことは、トゥの心に残っていましたが、色んな補正により無理やりに忘れられています。
しかし完全には消えません。


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第四話  トゥと、デルフリンガー

デルフリンガーとに出会い。

あと土くれのフーケ。


 

 

 セントって、なに?っと言った日から、トゥは時折上の空になるようなった。

 物思いにふけているとか、寝ぼけているとかそういう感じではない。

 まるで召喚された時のような…、何もない、空虚な感じを思わせた。

 そんな彼女を心配して、学院の平民達がこぞって声を掛けたり、食事時になればサービスだとデザートをあげたりしていた。

 しかし中々治らず、今日も他の人の使い魔を抱っこして、上の空だった。使い魔が近寄れば、反射的なのか手が動き撫でたりしているし、膝の上に乗れば抱っこする。

「ねえ、トゥ。」

「……あ、ルイズ。」

 ハッとしたトゥがルイズを見て言った。

「なぁに?」

「…息抜きさせてあげる。」

「いきぬき?」

「あんたがボーッとしてばっかりだから、次の虚無の日に城下町にでも行きましょう。」

「…分かった。」

 トゥは、頷いた。そしてまた下を向いてボーッとしだした。

 ルイズは、そんなトゥを見て溜息を吐いた。

 もしかして自分の所為なのだろうかと思う反面、なんか調子を狂わされる気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、虚無の日を迎えた。

 馬に乗って約3時間もかかる距離を馬で通い、駅に馬を残してルイズは、トゥを連れて城下町を歩いた。

 道行く人たちが、特に男性がトゥを見る。

 トゥの恰好がアレなので、ルイズは、ローブを貸し、隠させていたが、トゥの美貌に人々の目が集まった。

「ねえねえ、ルイズ。あれは何?」

「酒場よ。」

「あれは?」

「衛士の詰め所よ。」

「ねえねえ、あれ…。」

「あああ、もう! 鬱陶しいわね!」

 ルイズが突然キレた。

 ルイズは、立派な使い魔を召喚して、誰もが目を向けるような立派なメイジになりたいと願っていた。

 だが現実はどうだ? 確かにある意味で立派であるが、向けられる目はすべて使い魔であるトゥに向けられている。それも邪な目がほとんどだ。

「えー? なんで怒るの?」

「……そういえば、あんた武器持ってきてないのね?」

「うん。置いてきた。」

「…買ってあげようか?」

「なにを?」

「剣…。」

「えっ? なんで?」

「あんな大きな剣を持って歩きまわれないでしょ? もうちょっと小さい剣があればいいんじゃない?」

「うーん。そうだね。」

「そうと決まれば行くわよ。」

「あっ、待ってよー。」

 先を行くルイズを、トゥは追いかけた。

 

 

 二人は路地裏に入り、武器屋に向かった。

「本当にここにあるの?」

「ええ…、えーと…、あっ、あったわ。」

 武器屋をようやく見つけ店に入った。

 薄暗い店内に入ると、店主が「らっしゃい」っと歓迎した。

「貴族の奥方様。こんなところに何用で?」

「剣を見せてくれる?」

「おったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」

 そうわざとらしく店主は驚いていた。

 トゥは、店に入るなりすぐに武器を物色しだしていた。

「ねえ、ルイズ、これがいい!」

 そう言ってデカイ斧…、実用品というより部屋の飾りに使うような大きさのを軽々と持ち上げてルイズに言った。

「うお! そいつを持ち上げるのかい! あんたどんな力してんだ!?」

「ダメよ。それじゃああの剣を同じでしょ。もっと小さいのにしなさい。」

 ルイズは、すぐに却下した。

 トゥは、頬を膨らませ、斧を戻した。

『おでれーた。姉ちゃん、とんでもねー怪力だな。』

「? だれ、だれ?」

 トゥは、声の主を探してキョロキョロと店内を見渡した。

『ここだ、ここ。ここだぜ。』

 声の主は、乱雑に置かれた剣の束の中から聞こえた。

「やい、デル公。黙ってろ!」

『美人が来て鼻伸ばしてる奴が言ってんじゃねーよ。』

「あ、これだ。」

 トゥが剣の束の中から、一本の剣を取り出した。

 その剣は、錆びていて、お世辞にも見た目はよくない。

「ねえ、剣ちゃん、あなたが喋ってたの?」

『ちゃん付けすんじゃねーよ! 俺にはデルフリンガーって名前があんだよ! …お、おめー……、おでれーた、使い手かよ。おでれーた。こんなねーちゃんが…。』

 剣は一人で喋って一人で納得しているようだった。

「でるふりんがー…、じゃあデルフって呼ぶね。びっくりした、デルフってお喋りできるんだね。」

『なあ、姉ちゃん、俺を買えよ。』

「えっ?」

『おまえさん使い手みたいだからよぉ…、あと……、いや言わない方がいいな。』

「?」

「トゥ、どうするの?」

「うーん…、じゃあこれにする。」

「いくら?」

「百で結構でさ。」

「あら、安いわね。」

「厄介払いみたいなもんでさ。」

 そうしてお金を払い、鞘を貰って、トゥは、デルフリンガーを手に入れた。

「やったぁ。嬉しい!」

「そんな剣で本当によかったの?」

「えー、だって面白いじゃん。お喋りする剣だよ?」

「まあ、あんたがいいなら、別にいいけど…。」

「えへへ。」

 トゥは、鞘に収まっているデルフリンガーを抱えてはしゃいでいた。

 ここに来るまでに、トゥは、上の空にはならなかった。

 やはり刺激を与えてよかったとルイズは思った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 デルフリンガーを手に入れてからのトゥは、上の空になることはなくなった。

 デルフリンガーは、お喋りなトゥに付き合い授業中でもお喋りをしていた。それがうるさいとルイズが叱り、授業中はお喋りしないよう、デルフリンガーを鞘に納めておくことになった。

 トゥは、当初それをつまらなそうにしていたが、他の使い魔達が心配してか、すり寄ってきて、遊ぶことで解消した。

「トゥさん、その剣、どうしたんですか?」

「えへへ、ルイズに買ってもらったの。お喋りするんだよ。」

「そうなんですか。珍しいですね。」

『見世物じゃねーぜ。』

「わ、本当に喋った!」

 シエスタは、デルフリンガーの声に驚いた。

 クスクス笑っていたトゥだが、ふと誰かの視線を感じた。

「?」

 周りを見回しても誰もいなかった。

 

 

 その夜、トゥは眠れなかった。

『おう。どーした?』

「なんだか誰かに見られているきがするの。」

『なんだって?』

「あっ!」

 ふと窓を見た時、誰かが窓にいた。

 トゥが見るのと同時に、その人物は、窓からいなくなった。

「待って!」

『おい、待てよ!』

「なに?」

『念のため武器持っていけ。』

「うん!」

 トゥは、自分の大剣と、デルフリンガーを持って、窓から飛び降りた。

「……トゥ?」

 窓から入る風で目を覚ましたルイズは、目をこすりながら起き上がった。

 

 

 トゥは、宙を浮いて逃げる人物を追って走っていた。

 やがてその人物は、本塔の壁に張り付くように立った。

 すると。

「わっ!」

 巨大なゴーレムが出現した。

「ご、ゴーレム?」

『おう、こりゃやべーぜ。』

「大丈夫!」

 トゥは、大きく息を吸った。

 

 

「トゥ? トゥ、どこに行ったの?」

 ルイズは、トゥを探して寮から出てきた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 トゥの声であろうか、絶叫にも近い声が聞こえて来た。

 その声が聞こえた方に行くと、青く輝いたトゥが巨大なゴーレムを相手に戦っていた。

 ゴーレムは、粉々に砕け、やがてトゥが、本塔に顔を向けた。

「アアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥの目の前に魔法陣のようなものが出現し、衝撃波のような光が本塔に向けて飛ばされた。

 本塔に張り付いていた人物は、それをギリギリで避ける。

 すると本塔の壁が衝撃波の光によって破壊された。

 本塔に張り付いていた人物は、するりっと空いた穴に入り込んだ。

 その間に、トゥは、元の姿に戻り、ふらりとして、片膝をついた。

「うう…。」

『ムチャしやがって!』

 デルフリンガーがトゥを叱った。

「トゥ!」

「…ルイズ?」

「何やってるのよ!」

「さっき人が…、ゴーレムが…、あれ?」

 トゥが見た時には、ゴーレムはただの土に戻っており、トゥを誘った人物の姿もなかった。

 騒ぎに気付いた教師達が集まり、ルイズ達は囲まれた。

 

 トゥが破壊した本塔の壁の中。宝物庫の壁に『ゼロの剣。確かに領収いたしました。土くれのフーケ』っと、書かれていた。

 

 

 




デルフは、トゥの中にある花のことになんとなく気付いています。

セントのことを忘れさせようとする補正により、狂気に堕ちた時のようなるトゥですが、息抜きのかいもあってなんとかなりました。


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第五話  トゥとゼロの剣

vs土くれのフーケ。

そしてルイズとの約束。


2017/05/10
コルベールが戦闘のエキスパートなのに、トゥを見捨てるようなことをしているので一部書き換えました。


 

 

 巷と騒がせる盗賊が魔法学院に侵入し、宝物庫から宝を奪った。

 教師達は大騒ぎであった。

 当直がさぼっていたとか、責任のなすりつけ合いばかりする彼らを、オスマンが一喝した。

 現場にいたルイズとトゥは、学院長室に呼ばれ、事情聴取となった。

「つまり…、宝物庫の壁を破壊したのは、君かね?」

「うん。」

 トゥは頷いた。

「貴様の責任じゃないか!」

 教師一人が叫んだ。

「なぜ、そんなことを?」

「……えっと…、窓に誰かがいて…、追いかけたらゴーレムが現れて、戦ったら…。」

「壁を壊しちゃったと? しかし、どうやって?」

「こうやって。」

 息を吸ったトゥが、ウタを使い始めた。

 絶叫のような大きな声じゃなく、最初は小さくだんだんと大きくしていく声と共に、彼女の体が光りだす。

「もうよしなさい!」

「ふぇ?」

 オスマンに止められ、トゥはウタを止めた。それとともに体の光も消えた。

 魔法ではない異質な力に、誰もが呆然とした。

「君はその力を行使して、その不審者と戦ったのだね?」

「うん。」

「……寮の方で何やら騒ぎがあったことは聞いていたが、君のその力の所為だったのか。恐らくフーケは、君のその力に目をつけて利用したのだろう。…つまり早い段階でフーケは学院に侵入していたことになる。」

「しかしオールド・オスマン、この女が勝手な事さえしなければ!」

「当直の件といい、ここで議論していても奪われたもんは戻ってこん。今は、フーケに奪われた宝を奪還することを優先するのじゃ。」

「それはつまり…。」

「この件は学院全体の責任じゃ。降りかかった火の粉は自分で払うのが道理じゃ。」

「オールド・オスマン!」

 そこへ秘書であるロングビルが入室して来た。

「おお、ミス・ロングビル。して、どうじゃった?」

「はい。フーケと思われる人物が潜んでいる場所を突き止めました。」

「うむ。では、これより捜索隊を編成する。我と思う者は杖を上げよ。」

 しかし誰も上げなかった。

「おらんのか? フーケを捕え、名を上げようという者はおらんのか?」

「志願します!」

 ルイズが杖を上げた。

「ミス・ヴァリエール! 君は生徒じゃないか!」

「誰も上げないじゃないですか。それに宝物庫の壁を破壊したのは私の使い魔です。使い魔の責任は主である私の責任です。」

「ルイズ…。」

「もちろんあなたも行くのよ? 責任は取らなきゃ。」

「うん!」

 ルイズの言葉に、トゥは力強く頷いた。

「ならば、私も行きます!」

 コルベールが杖を上げた。

「生徒を危険な目に合わせられません。」

「そうか。では、頼むぞ。」

 ロングビルの案内でフーケのもとへ行くことになったが、オスマンはコルベールを呼び止め、耳打ちした。

「あのトゥという娘を監視してくれ。」

「…はい。」

 そしてフーケからゼロの剣を取り返す任務が始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 しばらく馬車で移動し、途中から馬車を降りて徒歩でフーケの隠れ家に近づいた。

「誰かが偵察に行かなければ…。」

「私が行くよ。」

 トゥが挙手した。

「私、速いもん。」

「では、頼もう。」

「気を付けて行くのよ。」

「うん。」

 トゥが茂みから出て、そろそろと隠れ家と思われる小屋に近づいた。

 そして中に入り、しばらくして出てきてルイズ達を呼んだ。

「誰もいないよー。」

「ワナはないようだね。」

 コルベールが杖を振るって魔法の確認をした。

「これがゼロの剣?」

 小屋にある乱雑に置かれた荷物に立てかけられた一本の剣。

「この剣…。」

「トゥ?」

 剣をジッと見て、何かもの思いにふけるトゥ。

 っと、その時。地響きがあった。

 外に出ると、巨大なゴーレムがそびえ立っていた。

「フーケか!」

 コルベールが杖を振るい、火炎を放った。

 ゴーレムの表面を焼くが、ゴーレムは変わらずそこに立っていた。

「くっ、一旦退却を!」

「私がやる!」

 トゥが前に出て、大剣を構えた。

 振り下ろされたゴーレムの拳を一薙ぎで打ち砕くが、すぐにゴーレムは再生した。足を切っても同じだった。

「なら…。」

 トゥは、ウタを使った。

 青い光を纏った彼女の凄まじいスピードと攻撃力によりゴーレムが打ち砕かれていく。

「す、すごい…。なんという力だ…。」

 コルベールは、トゥの凄まじい力に驚愕した。

 しかし砕いても砕いてもゴーレムは再生した。

 やがてトゥの体から光が消え、トゥはその場にへたり込んだ。

「うう…。」

「トゥ!」

「いかん!」

 トゥに向かってゴーレムの足が振り下ろされようとした。

 ルイズは、とっさの判断で杖を振るい、爆発を起こした。ゴーレムの足が砕け、トゥの上に土が降り注いだ。

 コルベールは、急いでフーケ自身を探した。ゴーレムの操り手さえなんとかすればゴーレムは無力化できる。

 トゥのことで意識を持っていかれていたコルベールは、その基本中の基本のことを忘れていた。

「トゥ、しっかりしなさい!」

 ルイズがトゥに駆け寄った。

「ルイズ…、私…。」

「立つのよ!」

 ルイズがトゥを立たせようと腕を引っ張った。

 再生したゴーレムは、すぐにまた足を上げ、ルイズとトゥを踏み潰そうとした。

 コルベールが炎を放ち、ゴーレムを焼くが、ゴーレムは止まらない。

「ルイズ!」

「きゃあ!」

 トゥは、ルイズを突き飛ばした。

 トゥの上にゴーレムの足が踏み込まれ、トゥの姿が消えた。

「い、いやあああああ!」

 ルイズの悲鳴が木霊した。

 

 

 

『私を死なせたくなければ、戦ってください!』

 

 

 

「……セント…。」

 

 次の瞬間、ゴーレムの足が粉々に砕け散った。

 青い光を纏ったトゥが飛び出し、絶叫に近いウタ声を発した。

 凄まじい衝撃波が発生し、巨大なゴーレムは、すべて粉々に砕け散った。

「………トゥ?」

 ルイズがトゥの名前を呼んだ。

 するとトゥの体から光が消え、トゥはルイズを見た。

「よかった…。無事だね?」

「……バカ!」

 ルイズは涙目になり、トゥに駆け寄った。

「……よかった。」

 コルベールも、トゥの無事を喜んだ。

「ミスタ・コルベール、ゼロの剣は?」

「ああ、ここにあるよ。しかし、これは本当にただの剣のようだね。マジックアイテムではなさそうだ。」

「違うよ。」

「はっ?」

「その剣は……。」

 トゥが言いかけた、その時、コルベールの体が吹き飛んだ。

 ゼロの剣が地面に転がり、ロングビルが剣を踏みつけた。

「ミス・ロングビル!?」

「チッ……、本当にただの剣だったのかい。とんだ無駄足だったよ。」

「まさか、あなたが…。」

「そうだよ。私がフーケさ。」

 ロングビル、あらためフーケが狂的に笑った。

「宝物庫の一番のお宝だって聞いたから盗んでみれば、ただの剣だったとはねぇ…。本当にただの無駄足だったよ。この私がお宝の価値を違えるとはねぇ。」

 吹き飛ばされたコルベールは、地面に蹲り、呻いていた。

「悪いけど、死んでもらうよ。そっちの青い女も相当力を使って疲れてるだろうしね。」

「……。」

 トゥは、まっすぐフーケを見据えていた。

「? なんだい?」

「私…、疲れてないよ?」

 次の瞬間、トゥが動いた。

 フーケが杖を構えた瞬間、杖が真っ二つになり、トゥに首を掴まれ地面に背中から叩きつけられた。

「ぐっ! なんだとぉ!?」

「不思議。最初は疲れたけど、もう疲れてない。」

 トゥの手がギリギリとフーケの首を絞めた。

 フーケは、暴れ、トゥの手を離そうともがいた。

「トゥ、ダメ!」

「大丈夫。殺さない。」

 やがて力尽きたフーケは、酸欠により気を失った。

 フーケの上からトゥはどき、倒れているコルベールに近づいた。

 そして助け起こした。

「大丈夫ですか?」

「ああ…、なんとか…。それよりもフーケを縛らなければ。」

 そう言ってロープを出し、ルイズが受け取ってフーケを縛った。

「……。」

 傷ついたコルベールを見て、トゥは、ウタを使おうとした。

 

『私が…、ウタの力なんてもってなければ!』

 

「っ…!!」

 突然脳裏をよぎった自身の叫び声に、トゥは咄嗟に自分の口を手でふさいだ。

「? どうしたのかね?」

「…なんでもない、です。」

 トゥは、首を振った。

 

 こうしてフーケ討伐と、ゼロの剣の奪還の任務は終わった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 任務から帰還したルイズ達は、オスマンから労いの言葉をもらい、そして、シュバリエの称号をもらうよう手配したと言われた。しかし貴族ではないトゥには何もなかった。

「あの、オスマンさん。」

「何かね?」

「あの剣をもらっていいですか?」

「ちょっと、トゥ。それは厚かましくない?」

「いいじゃろう。フーケを見事討ったのはお主なんじゃろう? ならば君にアレを進呈しよう。」

「ありがとうございます。」

 トゥは、オスマンに頭を下げた。

 

 ルイズとトゥが学院長室から出ていった後、傷を癒したコルベールが報告した。

「やはり、彼女は…、まともな人間じゃなかったのかね?」

「はい…。あんな力…、あれは魔法ではありません。かといって先住魔法でもありません。あれは……、もっと恐ろしい…。」

 コルベールは、冷や汗をかいていた。

「……あの娘のことは、極秘で調査しよう。あの力のこともじゃ。」

「はい…。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 部屋に戻ったルイズとトゥ。

 トゥは、しゃがみ込んで、壁に立てかけたゼロの剣をずっと見つめていた。

「どうしたのよ? その剣をずーっと見て。」

「ねえ、ルイズ。」

「なによ?」

「お願い、聞いてくれる?」

「なに?」

「………もしもの時は、この剣で、私を……、殺して。」

「はあ!?」

 とんでもない言葉に、ルイズは驚いた。

「な、なんでよ! なんでそんなことしなきゃならないわけ!?」

「もしもだよ。もしもの時は、だよ?」

「そんなことできるわけ…。」

「お願い…、嘘でもいいから約束して?」

 トゥは、ルイズを見た。

 その瞳は、とても澄んでおり、冗談ではないことを物語っていた。

 ルイズは、口ごもり、やがて、意を決して。

「…分かったわ。」

「…ありがとう。」

 トゥは、微笑んだ。

 その微笑みは、とても綺麗で、今にも消えてしまいそうな…、そんな儚さがあった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 フーケ討伐が終わったことで、予定していたフリッグの舞踏会が予定通り開催されることになった。

「ぶとうかい?」

「パーティーよ。みんなが踊って、食べて飲んで、楽しむの。」

「ふーん。」

 トゥは、興味なさげに声を漏らした。

 ルイズは、トゥを見た。

 着飾ればさぞかし…。

「?」

「トゥ、来て。」

「えっ? なぁに?」

「いいから。」

 トゥは言われるまま、ルイズについていった。

 そこは衣裳部屋だった。

 色んなドレスが保管されており、ルイズはそこを管理している人に説明し、トゥを呼んだ。

「ここにあるドレスを着てもらうわよ。」

「えー。」

「いいじゃない。折角なんだし、着飾らせてあげるわよ。」

「…分かった。」

 気が乗らないトゥであったが、渋々ドレスを着ることになった。

 トゥのドレスと化粧については、人に任せ、ルイズもルイズで、着飾り、化粧をした。

「トゥ、まだ終わらない?」

「もう少しかかります。」

 トゥの衣装着替えを担当した人間が、そう頭を下げた。

 仕方なくルイズは、先にパーティー会場へ向かった。

 ルイズの登場に、異性達がどよめいた。

 普段のルイズは可愛らしく、それでいて美しい見た目をしており、ドレスと化粧は彼女の魅力をより引き立てていた。

 次から次に、ぜひ自分とダンスをと誘いの言葉をかけられるが、断り、ルイズは、トゥを待った。

 やがて、おおーっという歓声が聞こえた。

 見ると、トゥが、自身の髪の毛と瞳と同じ色の青いドレス纏って登場した。

 ほとんど化粧はしておらず、僅かな化粧がそれだけで彼女の美貌を引き立てていた。

 あまりのその美しさに、生徒達も教師達も言葉を失い、彼女に魅入っていた。

「ルイズ。」

 トゥがルイズを見つけ、近寄ってきた。

「トゥ…。」

「ルイズ。綺麗だねぇ。すっごく似合ってる。」

 しかしトゥと並ぶとルイズは、霞んでしまう。それほどにトゥは美しかった。

 知らず知らずのうちに拳を握るルイズに気付かず、トゥは、ルイズの手を取った。

「踊ろう。ルイズ。」

「……うん。」

 そう言って、二人は踊りだした。

 トゥは、どこかで踊りを習っていたのかイヤに慣れている様子だった。

 男性側のようにルイズをリードし、ルイズは、踊った。

 そんな二人のダンスを、周りの生徒達や教師達が魅入っていた。

「あんたダンスも踊れるの?」

「んー、なんとなく。」

「なんとなくで踊れるって…。」

「…私、誰かと踊ってたのかな? もちろん、私が女役で。」

「そんなの私が知るわけないでしょ。」

「そうだよね…。うん…。そうだよね…。」

 トゥは、切なそうに笑った。

 一通り踊った後、お腹をすかせたトゥは、ルイズから離れて食事にありついた。

「これ美味しい!」

「マルトーさんの新作なんですよ。」

 給仕をしているシエスタと会話をしながらトゥは、料理に舌鼓を打っていた。

 そんなトゥを、ルイズは見ていた。

 ルイズは、考えていた。

 なぜトゥは、ゼロの剣で自分を殺してほしいと願ったのか。

 あの剣は何なのか。そしてトゥ自身の正体も…。

「分からないことだらけね…。」

 ルイズは、そう呟いて、ワインを口にした。

 ルイズが見ているトゥは、楽しそうに、本当に楽しそうに、笑っていた。その笑顔はとても可愛くて、綺麗だった。

 

 




トゥは、なんとなくですが、自身の存在について察しています。

コルベールを治療しようとウタを使おうとしましたが、脳裏をよぎった過去のことで止めました。ここでコルベールにウタを使うかどうか最後まで悩みました。
使えばどうなるか…、大変なことになるのは目に見えています。



2017/05/10
感想欄にご意見くださった方、ありがとうございました。

2017/05/17
 ゼロの剣があることについて後付ながら物語に反映しようと考えたのでご都合主義ではないことにしました。


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第六話  トゥ、王女様に出会う

原作のように、トゥに犬の格好をさせたら、危ないことになりました。

若干のガールズラブ要素かな?


 

 ルイズは、夢の中で妙に体が重く感じた。

 何かに押さえつけられているような、圧迫感に身をよじるが、少ししか動けない。

 そしてなんか、ムニュとか、モニュとか、そういう感じの柔らかさを感じた。それでいてとても温かいのだ。

「うぅ~~~ん…。」

 ルイズは、重たい瞼を開けた。

 瞼を開けてまず視界に飛び込んできたのは、トゥの唇だった。

「!?」

「……ムニャ…。」

 ルイズは、トゥに抱かれていた。

 がっちりと、抱き枕みたいに。足まで絡められている。

「トゥ…! ちょっ…!」

「う~…。」

 トゥは、ルイズの頭に頬を摺り寄せた。

 抱きしめられ直され、ルイズの顔が、トゥの胸に押し付けられた。

 柔らかく、それでいて甘い香りが鼻をくすぐった。

 ああ、この香りは、トゥ自身の体臭だったのだと実感した。

 綺麗で、柔らかくて、それでいて甘い匂いを発するなんて、どれだけスペック高いのか。ルイズにないものだらけのトゥに、ルイズは、嫉妬した。

「……セント…。」

 まただ。

 またセントと寝言で言っている。

 トゥにとって、セントという言葉が何を意味するのか分からない。トゥは覚えてないようだし、下手に聞けば、また上の空になるだろう。だから聞くことができなかった。

「…チビちゃん…。」

 ルイズは、それを聞いてちょっとカチンときた。誰がチビだと。確かに小さいが。

「お腹減った…? もうすぐ…ご飯出来るよ…。いっぱい食べて…ね。」

 寝言だった。

 どんな夢を見てるのだろうか?

 ただ寝言を聞いている限りでは、とても幸せそうだ。

「セント…、セン、ト……。ご飯…美味しい?」

 どうもセントというのは、人名のようだ。

 もしかしたら恋人だったのでは?っという考えが過った。

 トゥほど美しい女性なら、さぞや男性が寄って来るだろう。恋人がいたのかもしれない。

 もしそうなら、なぜセントのことを忘れているのかが謎だ。

 召喚した時に、上の空だったのが関係しているのだろうか?

「……ルイズ…。」

「!」

「…しよう?」

「トゥ?」

 顔を動かして上を見ると、トゥがトロンとした目でルイズを見ていた。

 正気じゃない。それはなんとなく分かった。寝ぼけているのか。

 トゥの手が、ゴソゴソとルイズの体をまさぐりだした。

「えっ、あっ…、ちょっ…ちょっとぉ!」

「ルイズってかわいいなぁ…。」

「やん…、ちょ、あ……!」

「あぁ…、ルイズ。」

「起きなさい! 馬鹿!」

 ルイズは、渾身の力でトゥを蹴っ飛ばした。

 ベットから落ちたトゥは、呻き。

「うう…、あれ? なぁに?」

「…こ、こここここ、この……。」

 ルイズは、耳まで真っ赤にして、涙目だった。

「バカ!!」

「えー?」

 トゥは、わけがわからないと言う顔で首を傾げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 生徒達は、ざわついていた。

 ルイズが、トゥに犬の首輪をつけて、鎖をつけて歩いていた。

 しかもトゥは、四つん這いで、ルイズのお手製のボロ布でできた犬の耳と、箒でできた尻尾がトゥの体に付けられていた。

「うぅ~、ルイズ~、ごめんってば~。」

「犬は、ワン! でしょ。」

「…わん…。」

 トゥは、しょんぼりとして、言われるままに鳴いた。

 美少女が美女を犬のように扱っている。

 その光景に、思春期真っ只中の男子生徒達は、鼻血を噴きそうにのをこらえるのに必死になった。……鼻血を出している者もいた。

「えっ? なにこれ、新手のプレイ?」

「お仕置きよ。」

 失笑するキュルケに、ルイズは、キリッと言った。

 しかしキリッとしているルイズと、犬のコスプレ状態で床に四つん這いでしょんぼりとしているトゥの組み合わせは、ある意味で犯罪級だった。というか、トゥの服装もあって、胸が腕で強調されるわけで……。鼻血を出す者が増えていく。

「これ、ヤバいわよ、あんた。」

「なにがよ?」

「無自覚ねぇ…。これ以上被害が拡大する前に、やめときなさいよ。」

「ダメよ。盛ったメス犬にはしつけが必要なの。あと被害ってなによ?」

「周りを見なさい、周りを。」

 言われてルイズは、周りを見た。

 鼻を押さえて、チラチラこちらを見ている男子生徒達。鼻血を噴いて倒れて介抱されている男子生徒もいた。そんな男子生徒達を、女子生徒達は冷ややかな目で見て、ヒソヒソとしていた。

 ここにきてやっと状況を理解したルイズは、慌ててトゥを立たせた。

「しつけは、ここまで!」

「えっ? 本当?」

「ワン! でしょ。」

「…わん……。」

 まだルイズの許しはもらえず、人間の言葉を喋ることを許してもらえなかった。

 

 

 授業。

 後ろの方でトゥの、クスンクスンと泣く声が聞こえていた。

 教室にいる生徒達も、さすがに気の毒になって、チラチラとルイズを見ていた。

 ルイズは、その視線と泣き声を聞いていて、さすがにやりすぎたかと、後悔していた。

 ルイズが許せないのは、トゥに襲われたからじゃない。

 襲われて、まさぐられてちょっとでも気持ちいいと思ってしまったことだった。もし蹴飛ばせなかったらそのまま流されていたかもしれない。

 思い出してルイズは、顔が赤くなるのを感じた。

 やっぱり今日一日は、しつけをしよう、そう決めた。

 やがて今日の授業の講師である、ギトーが入ってきた。

 ギトーは教室の後ろから聞こえる、トゥの泣き声を聞いて眉間を寄せたが、構わず授業を始めた。

 ギトーの授業は、彼の風の系統自慢ばかりだった。

 見た目も相まってギトーの授業は人気がない。生徒達は、少しうんざり気味だった。

 すると教室の扉が開かれ、コルベールが入ってきた。

 だが恰好がおかしい。特に頭部が…。

 そしてコルベールは、すべての授業が中止となったことを伝えた。

 それを聞いて生徒達は歓声を上げた。いかにギトーの授業に人気がないかが分かる。

 アンリエッタ王女が来るため、正装して準備を整えるため、生徒達は解散となり、ルイズもトゥを連れて部屋へ戻るが、戻る時も四つん這いにさせて犬の真似をさせていた。

「わんわん。」

「あら、なぁに? お昼ごはんはまだよ。」

「わん…。」

 実は朝ごはん抜きで、朝すぐに犬の格好をさせられ、首輪をつけられたため厨房にすら行けていないトゥだった。

 部屋に戻る途中、そりゃもうたくさんの人の目があるわけで…。

 男達は、ルイズと犬のコスプレ状態のトゥの組み合わせに鼻を押さえた。

 

 トゥを密かに追いかけて、ジッと見ていたネズミがいたが、その目を通してきわどい角度でトゥを見ていたオスマンも鼻を押さえていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがてアリエッタがユニコーンが引く馬車に乗ってやってきた。

 マザリーニが先の降り、続いてアンリエッタ王女が現れると大歓声が上がった。

「あれが王女様? 私の方が美人ね。」

「…わん…。」

「トゥちゃんの方が可愛いわね。」

「えっ?」

 キュルケの言葉に、トゥは、キョトンとした。

 トゥは、地面に四つん這いになっているため、アンリエッタが見えなかった。

 隣にいるルイズを見上げると、ルイズは、なぜか頬を染めていた。

「?」

 どうしたんだろうと、トゥは、首を傾げた。

 やがて部屋に戻ったルイズとトゥだったが、ルイズは、ぼんやりしていた。

 トゥの上の空とは違う。もの思いにふけ、ぼんやりと何かを思い浮かべて呆けていた。

「ルイズ、どうしたの?」

 しかしルイズは、何も答えない。

「…えーい!」

 トゥが悪戯を思いついて、ルイズの背後から彼女の胸を触った。

 ぺったんこの胸は、掴みどころがない。

 しかしそれでもルイズは反応しなかった。

「ルイズ…、大丈夫?」

 トゥは本気で心配になった。

 その時、部屋のドアをノックする音がした。

 最初に長く二回、次に短く三回。その音を聞いたルイズは、ハッと我に返ってドアへ向かい開けた。

 そこには頭巾で頭を隠した人物が立っていた。

 その人物は部屋に入ると、ドアを閉め、杖を振るった。

 そして確認し終えたという風に、頷き、そして頭巾を外した。

「お久しぶりですね、ルイズ・フランソワーズ。」

「姫殿下!」

「えっ? えっ?」

 驚くルイズ、反対にわけがわからず混乱するトゥ。

 部屋に来たその人物は、アンリエッタ王女その人だったのだ。

 

 

 




トゥ、アンリエッタと遭遇。

トゥに犬の格好をさせて、犬の真似させるのは…、ちょっとやばかったかな?


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第七話  トゥ、ワルドと遭遇

微妙なガールズラブ要素。

キス表現あり。


「ああ、ルイズ! 懐かしいルイズ!」

「姫殿下、こんな下賤な場所にお越しになるなんて…。」

「ねえ、ルイズ。この人、だれ?」

「あんた見てなかったの!? この方は、トリスティンの姫殿下、アンリエッタ様よ!」

「ずっと四つん這いだったから見えなかったの。」

「……ああ……、そうね…。」

 自分でやらせておいて忘れていたなんて最悪だ。

「ルイズ、この方は?」

「あ、あの…、私の使い魔です。」

「トゥだよ。よろしく。」

「こら、トゥ!」

「まあ、トゥさん。下着姿で寒くありませんか?」

「えっ?」

「申し訳ありません! お目汚しになりますのであまり見ないで…。」

 ルイズは、トゥを隠すようにトゥの前に行った。

「それはそうと、ルイズ…。私、結婚することになったの。」

「おめでとうございます。あの…、顔色が優れませんがいかがされたのですか?」

「……言えないわ。ああ、とても言えることではないわ。」

「おっしゃってください、姫様! 昔はなんでもお話する仲だったではないですか! そのお友達に話せないことなのですか!」

「ねーねー。ルイズ、私いない方がいい?」

「いいえ、メイジにとって使い魔は一心同体。席を外す理由にはなりませんわ。」

 そこからアンリエッタは、語りだした。もの悲し気に。

 トゥは、途中まで聞いていたが、だんだん飽きてきて、デルフリンガーを弄りだした。

 やがて他所を向いていたトゥの肩をルイズが掴んだ。

「ちょっとぉ、トゥ! 聞いてるの!?」

「えっ、なにが?」

「聞いてなかったわね! いい、明日! 明日の朝、アルビオンへ行くわよ!」

「あるびおん?」

 なんだかトゥが知らない間に、そんなことになったらしい。

 トゥは、よく分からないまま、ルイズと共にアルビオンへ行くことになったのだった。

「頼もしい使い魔さん。」

「ん?」

 するとアンリエッタが左手を差し出してきた。手の甲を上にして。

「いけません、姫殿下!」

「いいのですよ、ルイズ。この方はわたくしのために働いてくださるのですから、忠誠には報いるところがなければなりません。」

「なに? どういう意味?」

「あのね…、もう本当に何も知らないんだから…。お手を許すってことは、つまりキスしていいってことよ。」

「キス?」

「そうよ。」

「分かった。」

 そう言ってトゥがアンリエッタに近づいた。

「えっ?」

「んー。」

 チュッと、トゥは、キスをした。アンリエッタの口に。

 それを見て一瞬固まったルイズは、すぐにトゥを掴んでアンリエッタから引き剥がした。

「な、ななななななな、何やってののよ!」

「なにって、…キス。」

「ききききき、キスってのは…、砕けた言い方であって……、おおおおお、お手を許すってことは、手の甲にキスするってことなのよ! なんで口にするのよぉぉぉぉ!」

「そうなの?」

「バカ! 姫殿下、申し訳ありません!」

「……貴重な体験でした。」

 唇に指を添え、頬をほんのり赤らめているアンリエッタだった。

 その時、部屋のドアが乱暴に開いた。

「貴様ぁぁぁぁ! 姫様に何をするか!」

 ギーシュだった。

 なんか鼻血出してる。鼻をぶつけたから出たものじゃない。

 それでいて決めポーズをとるが、鼻血で全部台無しだ。

「薔薇のように目麗しい姫様の後をつけて、盗賊のように鍵穴から様子をうかがってみていれば…、そそ、そこの、君の使い魔の美女が、ががが…。」

「なぁに?」

 トゥが可愛く首をかしげると、ギーシュはいっそう鼻血を出して、ついに倒れた。

「…今の話、聞かれたかもしれないわね。」

「どうするの、ルイズ?」

「ぜひ、僕を仲間に加えたまえ。」

「わっ、復活はや。」

「姫殿下のお役に立ちたいのです。」

「あなたは?」

「グラモン元帥の息子です。」

「あの元帥の?」

「そうです。姫殿下。」

「あなたもわたくしの力になってくれるのですね?」

「はい!」

 なんだかんだで、ギーシュが仲間に加わった。

 

 このあと、アンリエッタからウェールズ皇太子宛の手紙をもらい、そしてお守りとして水のルビーの指輪を受け取り、一行は翌日の朝、アルビオンへ出発することとなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

「ふぁ~。」

 トゥは、眠そうにあくびをした。

「早いよォ…。」

「一刻でも早く任務を遂行するの。文句言わない。」

「ところですまないが、僕の使い魔を連れていってもいいかい?」

「あんたの使い魔?」

「そうさ。」

 そういうとギーシュは、地面を足で叩いた。

 するとモコモコと、地面が盛り上がり、大きなモグラが顔を出した。

「ああ、ヴェルダンデ! 僕の可愛いヴェルダンデ!」

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったの?」

「わあ、大きなモグラさんだぁ。」

「ギーシュ、だめよ。そのモグラ、地面を進むんでしょ? 今からアルビオンへ行くんだから連れて行けないわよ。」

「ああ…、そんな…お別れなんて辛いよ、辛すぎるよ!」

 ギーシュは、両ひざをついて項垂れた。

「ねえ、ルイズ。アルビオンってどんなところなの?」

「見れば驚くわよ。」

 ルイズはそう言って笑った。

 すると、ヴェルダンデが、鼻をヒクヒクさせてルイズにすり寄った。

「…なによ…。キャッ!」

 ヴァルダンデがルイズに襲い掛かった。というかのしかかった。

「ちょ…このモグラどこ触って…!」

「ルイズー。」

「見てないで助けなさいよ!」

「分かった。」

 そう言ってトゥは、大剣を持って、振り上げた。

「待ちなさい! 私ごと切ろうしてない!?」

「うわああああ! やめてくれ!」

「えー?」

 トゥは、困った。

 その時、強い突風が吹き、ヴェルダンデとトゥが飛ばされた。

「ヴェルダンデ!」

「トゥ!」

 

「無事か、ルイズ!」

 そこへ男性の声。

 見ると、羽帽子に髭の生えた凛々しい男がいた。

「ワルド様!」

「よくもヴァルダンデを!」

 激昂したギーシュが造花の杖を抜くが、すぐにワルドの魔法によって杖が弾き飛ばされた。

「僕は敵じゃない。姫殿下の命を受け、君達に同行することとなった、トリスティン魔法衛士隊、グリフォン隊隊長ワルド子爵だ。」

「ま、魔法衛士だって!?」

「なぁにそれ?」

「すべての貴族の憧れの的さ! そんな相手じゃ敵うわけがない…。」

「ふーん。」

 ギーシュからそう聞いたが、トゥは、興味なさそうに声を漏らした。

「すまない、婚約者が襲われてる上に殺されそうになっているのを見過ごせなくてね。」

「こんやくしゃ?」

「……えっと…、その…、ワルド子爵は、私の親が決めた結婚相手なの…。」

「わあ、じゃあルイズの恋人!?」

「こ、ここここ、恋人って言うか…、親同士が決めた仲だから…。」

「そんなに動揺しないでくれ、僕のルイズ。」

 ワルドがルイズを抱き上げた。

「ルイズ、相変わらず羽のように軽いね。」

「そんなことは…。」

「すごーい、すごい、カッコいい人だね!」

「そんなことはないさ。」

 ワルドが照れ臭そうに言った。

 さすがのワルドも、トゥのような美女にキラキラした目でカッコいいと言われたらさすがに照れてしまう。

 ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中から、グリフォンが現れ、ワルドの傍に降りた。

 ワルドは、ルイズを抱えたままグリフォンに跨った。

「さあ、諸君。出発だ。」

 

 アルビオンへの旅が始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ワルドとルイズを乗せたグリフォンが先頭を走り、後ろを馬に乗ったギーシュとトゥが追いかける。

 グリフォンはとにかく速い。見失わないよう追いかけるのが精いっぱいだった。

「お尻が痛いよ~。」

「うう…、魔法衛士はバケモノか…。」

 馬に乗り慣れていないトゥは、腰を摩り、ギーシュも疲れて馬にもたれかかっていた。

「ルイズ~。待ってよ~!」

 トゥは、前を走るグリフォンに乗ったルイズに訴えた。

 

「ワルド、ペースが速くない?」

「今日中にはラ・ローシェルの港町に着きたいんだが。」

「ギーシュもトゥもへばってるわ。」

「へばったら置いていけばいい。」

「そういうわけにはいかないわ!」

「ギーシュといったね、彼は君の恋人かい?」

「違うわ! そうじゃなくって、仲間なのよ…。それに使い魔を置いていくなんてメイジのすることじゃないわ。」

「優しいね。」

 

 そんな会話など、後ろを走るトゥ達には聞こえていない。

 二人は、ついていくだけで精いっぱいだった。

 何度か馬を乗り換え、ギーシュはぐったりと馬の首にもたれかかり、トゥは、訴えるように前を走るグリフォンを見ていた。

 

 

 こうしてラ・ローシェルの港町に入口まで、ずっと走りっぱなしだった。

 

 

 




女同士のキスってガールズラブ要素ですかね?


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第八話  トゥ、ワルドと戦う

ワルドとの一回戦目。

あとトゥがワルドから…という展開です。


 

 

 ラ・ローシェルの港町の入り口に差し掛かったが、どこにも船がなかった。

「あれぇ? 港町だよね? 船は?」

「君はアルビオンを知らないのかね?」

「知らないの。」

 ギーシュの問いかけにトゥは、首を振った。

 その時、横の崖から、火のついた松明が投げ落とされて来た。

 火に慣れていない馬は、驚き、ギーシュとトゥを放り出した。

「敵!」

 照らされた道に向けて矢が降り注いできたので、トゥは大剣を盾として使い、ギーシュを矢から守った。

「すまない!」

「いいから逃げて!」

 お礼を言うギーシュと、逃げろと訴えるトゥ。

 次から次に降って来る矢を、トゥは、剣を振るって防いだ。

 別方向から飛んできた矢を、小さな竜巻が防いだ。

「大丈夫か!」

「私達は大丈夫!」

 ワルドがグリフォンに乗ったまま駆けつけて来た。

「アルビオンの貴族の手の者かしら!?」

「いや、貴族なら弓矢は使わないさ。」

 グリフォンに乗っているルイズの言葉に、ワルドがそう答えた。

 その時、バサバサという羽音が聞こえて、崖の上の敵が騒ぎ出した。

「あれは、シルフィードちゃん!」

 トゥ達に向けられていた矢が上を飛ぶ、風竜・シルフィードに向けられた。

 風の衝撃が起き、崖から敵が次々に落ちてきてしこたま身体を地面に打ち付けて呻いた。

「トゥちゃーん!」

「あれ?」

 その聞き覚えのある声にトゥは、首を傾げた。

 風竜が降りてきて、タバサと、キュルケが降りて来た。

「キュルケ! どうしてここに!」

「朝起きたらあんた達が出かけようとしてたから、タバサを叩き起こして追いかけて来たのよ。何か面白そうなことしてんでしょ?」

「お呼びじゃないのよ! それにこれはお忍びなの。」

「お忍び? それならそうと言いなさいよ。とにかく感謝してよね、あなた達を襲っていた連中を捕まえたんだから。」

 ルイズ達を襲っていた連中は、地面に落下したことで怪我をして動けず、こちらを睨み、罵声を浴びせてきていた。

 そんな彼らにギーシュが近づき尋問を始めた。

 トゥは、トゥで、シルフィードを撫でていた。

 キュルケは、ワルドに近寄ろうとした。

「助けてくれたことは感謝するが、それ以上近づかないでくれたまえ。」

「あらん。なんで?」

「婚約者がいる手前、誤解されると困るからね。」

「えー! あんたの婚約者だったの!」

 キュルケは、つまらなさそうに言った。

 ルイズは、頬を染めていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一行は、キュルケとタバサを加えて、港町へ入った。

 街一番の宿をとり、一階の酒場でくつろいだ。

「うん。美味しい。」

「トゥちゃんって、美味しそうに食べるわね。」

「えへへ、本当に美味しいんだもん。」

「じゃあ、これ、飲む?」

「なにこれ?」

「いいからいいから。」

 そう言ってキュルケは、一杯の飲み物をトゥに飲ませた。

 そこへ、桟橋から戻ってきたワルドとルイズが来た。

「アルビオンへの出航は、明後日になるそうだ。」

「急ぎの任務なのに…。」

「ルイズー。」

「きゃっ!」

 トゥがルイズに飛びついた。

 押し倒されたルイズは、床に頭を打った。

「ルイズ、ルイズ、えへへへ。」

「う……。トゥ…あんた…、酒くさ!」

 顔色は変わってないが、口から強烈なアルコール臭がした。

 視界の端で、キュルケがバンバンと机を叩きながら笑いをこらえているのが見えた。

「キュルケーー! あんたトゥに何飲ませたのよ!」

「この店一番の度数を誇る逸品を一杯よ。」

「ルイズ…、ルイズ、しよう?」

「きゃっ! くすぐったいじゃないの! ぼ、ボタンも外さないでよ…!」

「頭を冷やしたまえ。」

 そう言ってワルドは、冷水をトゥの頭にかけた。

「冷たい!」

「目が覚めたかい?」

「ふえ?」

 酔いがさめたトゥが目をぱちくりさせた。下を見ると、服が乱れた涙目のルイズがいる。トゥは、状況が理解できなかった。

 見かねたワルドがトゥをどかし、ルイズを助け起こした。

「大丈夫かい?」

「うう…、トゥの馬鹿…!」

 ルイズは、恥も忘れてワルドにしがみついた。

「ごめんなさい…。」

「帰ったらまたしつけよ!」

「えー。」

「ま、またアレをやるのかい!?」

「なに期待してんのよ…あんた…。」

 その言葉を聞いてすぐさま反応したギーシュに、キュルケが呆れ顔でツッコんだ。

 ところで、部屋割りであるが、トゥは、ギーシュと同部屋になった。あまりのことに大混乱するギーシュとは反対に特に文句もないトゥ。

「ワルド…、トゥをギーシュと一緒にするのはちょっと…。」

「ルイズ、君と大事な話があるんだ。トゥ君には悪いが我慢してもらおう。」

「いや、そうじゃなくて…。ギーシュ! 絶対に手を出すんじゃないわよ!」

「ぼ、ぼぼぼぼぼ、僕は女性には誠実であろうとする男だ! そ、そそ、そんなことはしない!」

「動揺しまくってるじゃないの。今夜眠れないわね?」

「えっ? 眠れないの? 子守歌歌ってあげようか?」

「こ、こここ、子ども扱いしないでくれたまえ!」

 動揺しまくりのギーシュに、笑いが起こった。

 

 結局、ギーシュは、ギンギンに眼が冴えて眠れなかったため、トゥにウタってもらって眠った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 ドアをノックする音がしたので、目が覚めたトゥは、目をこすりながら起き上がり、ドアを開けた。

「やあ、おはよう。」

 ワルドがドアを開けると立っていた。

「…おはよう。でもまだ眠い…。」

「寝ていたところ悪いが、ちょっといいかい?」

「なぁに?」

「君は、ガンダールヴなんだろう?」

「がんだーるヴ?」

「おや、知らないのかい? 君の左手にあるルーンのことさ。」

「これが?」

 トゥは、左手の布を取ってルーンを見た。

「フーケを捕えたのは君だと聞いている。それで興味を持って調べてみたら、伝説のガンダールヴに行き着いたんだ。そこでだ。僕はそんな君の腕に興味がある。ひとつ手合わせをしてもらいたいんだ。」

「てあわせ?」

「君と戦いたい。」

「えー?」

 トゥは、眠さも相まって興味なさげに声を漏らした。

「やだぁ…。」

「そう言わず…。」

「眠い…。」

「試合が終わったら、すぐに寝てくれていいから。この通りだ。」

「むう…。分かった…。」

 トゥは、そう言って頬を膨らませた。

 トゥの了承を得られて、ワルドはホッとした。

 

 

 ワルドに連れられて、昔の錬兵場へ来ると、ルイズがいた。

「あれ、ルイズ?」

「ワルド、来てくれって言うから来たけど、トゥを連れて来るなんて、どういうこと?」

「君に、介添え人になってもらいたい。」

「はあ? つまり…トゥと戦うってこと!? ダメよ!」

「おや、心配をしているのかい?」

「そ、それもあるけど、トゥは…。」

「大丈夫、残る傷はつけたりしないよ。」

「早くしようよ。」

 トゥが焦れていた。

「も、もう知らないんだから!」

「じゃあ、介添え人も来たことだし、始めよう。」

 ワルドが杖を抜いた。

 トゥも大剣を構えた。

「君から来るといい。」

「じゃあ、行くよ。」

 トゥが走った。

 その速度にワルドは、一瞬目を見開き、下から振り上げられた大剣を杖で防ごうとしたが、その一撃の重たさに杖がワルドの手から弾き飛ばされた。

「な…っ。」

「えい!」

「待って、トゥ!」

 杖を失ったワルドとワルドを切ろうと剣を振り下ろそうとしたトゥの間にルイズが割って入った。トゥは、寸前で剣を止めた。

「ワルドは杖を失ったわ。あなたの勝ちよ!」

「えー。もう終わり…? むう…、つまんない!」

「うっ…、耳の痛いことだ。」

 ブーブー文句を言うトゥの言葉に、ワルドは苦笑いを浮かべた。

「ふわぁ…。もう眠いから、部屋帰って寝る。」

「ああ、すまないな。ゆっくりと眠ってくれ。」

 そう言ってトゥは、宿に戻った。

 残されたワルドとルイズ。ルイズは、ワルドを見上げた。

「分かったでしょ? トゥは、強いのよ! なんであんなに強いのか分からないけど。」

「ああ…、驚いたのよ。あれは、日常的に殺戮をしていた者の腕だった。ガンダールヴのルーンの力だけじゃない。彼女自身が恐ろしく腕の立つ剣士だった。彼女の外見に騙されて完全に油断していたよ。」

「それだけじゃないわ。」

「なんだい? 他に何かあるのかい?」

「私にもよく分からないわ。だけど、トゥには、メイジと違う力がある。ものすごい力よ。フーケのゴーレムもあっという間に倒すほどすごい力。」

「そんな力があるのかい…。」

「だから、ワルド。何を思ったのか分からけど、トゥと戦うのはやめて。」

「ああ…。もうしないよ。」

 そう言ってワルドは微笑んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、宿に戻ってベットでぐっすり眠った。

 ギーシュが起きても寝ていた。

 日が高くてなってやっと起きたトゥは、朝ごはん兼昼ご飯を食べ、港町を散策した。

「やあ。」

「ワルド…さん?」

「少し話をしないかい?」

「なぁに?」

「ここではなんだ、そこの路地裏に入ろう。」

 二人は路地裏に入った。

「話って何?」

「…君は、まだ隠していることがあるようだね。」

「ルイズから聞いたの?」

 ワルドが聞こうとしていることをなんとなく察して、トゥが言った。

「その力はいったい…。」

「分からない。覚えてないもの。」

「君は記憶が…。」

「名前も覚えてなかった。剣に名前があったからたぶん私の名前かもって思ったの。剣を持つとね、体がふわーって軽くなって、戦えるの。不思議だね。全然覚えてないのに。」

「君と戦ってみて分かった。君は日常的に戦っていたんだ。魔法衛士を束ねる隊長である僕が保証するよ。君はとてつもなく戦いに慣れた戦士だ。」

「そうなの?」

「それでなんだが…、君は、レコン・キスタを知っているかい?」

「レコン…、キスタ…?」

「貴族で構成された、アルビオンの反乱軍さ。エルフ共が守っている聖地を奪還することを掲げている組織だ。そこに境界はない。」

「エルフ? せいち? なにそれ?」

「…分からなくていい。そこでだ、君、レコン・キスタに来ないかい?」

「えっ?」

「君はメイジじゃないが、レコン・キスタは、今強い戦力を必要としている。ルイズのもとでは、存分に戦えないだろう? 腕が鈍って仕方ないんじゃないのかい?」

「うーん…、ちょっとつまらないけど…。」

「どうだろうか? ぜひ、レコン・キスタに来てはくれないかい? 僕からの紹介なら、彼らも君を受け入れるだろう。」

「ワルドさんは…、レコン・キスタなの?」

「そうさ。だけどこのことは、そしてここでの話は誰にも話しちゃいけない。約束してくれ。でないと……。」

 ワルドが杖の切っ先をトゥの首に突きつけた。

「僕と、そして5万の反乱軍が君の敵に回ることになる。そうなればルイズ達の命はない。」

「……。」

「返事は、アルビオンで聞かせてくれ。いい返事を期待している。」

 ワルドはそう言ってマントを翻し、去っていった。

 残されたトゥは、デルフリンガーを抜いた。

『なあ、相棒…。聞いてたぜ?』

「どうしたらいい?」

『俺に聞くな。俺は剣だ。使われてこその武器なんだ。使い手の意思に逆らえねぇ。おめぇが決めることだ。』

「……うん。」

 トゥは、デルフリンガーを鞘に納め、街の散策を再開した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 二つの月が、重なって一つになっていた。

「あれ?」

 トゥは、一つだけの月を見て首を傾げた。

 よく覚えていないが、実は二つの月には違和感を感じていた。

 だが一つとなった月を見たらしっくりきた。

「私…この世界の…。」

「トゥ。」

 そこへルイズが来た。

「なぁに?」

「……ねえ、トゥ。私、ワルドに結婚を申し込まれたわ。」

「わあ、おめでとう!」

「……あなたならそう言うと思った。」

 しかしルイズの顔色は優れない。

「どうしたの?」

「いいえ…、なんでもない。」

「そう?」

「結婚してもあなたは私の使い魔。忘れないでよ?」

「うん。ねえ、ルイズ、あのね…。」

「なによ?」

「あっ、ごめん。なんでもない。」

 ワルドから他言しないよう言われていたのを思い出したトゥは、そう言い直した。

 ルイズは、トゥが何隠しているのを見て取った。

「トゥ…、何か隠してない?」

「な、なにも隠してないよ。」

「嘘おっしゃい! 絶対何か隠してるでしょ! 言いなさい!」

「イヤ!」

「言いなさい!」

「イヤ! …あっ!」

「なに? …えっ?」

 次の瞬間、トゥがルイズを抱えてその場から部屋の中に飛んだ。すると二人がいたベランダが砕けた。

 巨大なゴーレムの拳によって。

「な、なに? ゴーレム!?」

「ルイズ、あれ!」

 トゥが指さした。

 その先には巨大な土のゴーレムの肩に乗ったフーケがいた。

「フーケ!? 投獄されたはずじゃ…。」

「またやっつけてやるんだから!」

「待って、トゥ! ワルド達にこのことを伝えないと!」

「分かった。」

 トゥとルイズは、部屋の中を駆け抜け、一階へ駆けおりた。

 下に降りると、一階の酒場も修羅場だった。

 ワルド達は、傭兵の一団を相手に戦っていた。

「ルイズ! トゥちゃん!」

 キュルケが叫んだ。

「私がやる!」

「ダメよ、トゥ!」

「なんで!?」

「だってあなたの力は…。」

「ルイズ、彼らが囮になってくれる! 裏口へ!」

 ワルドが叫んだ。

「分かったわ…。でも…。」

「私達は、大丈夫。行きなさい!」

 キュルケが叫んだ。

「行こう、ルイズ!」

 トゥがルイズの腕を取って走った。

 ワルドも続き、背後で爆発音や怒声が響いた。

「あっ!」

「ルイズ!」

 トゥに引っ張られていたルイズがこけた。

「ルイズ、大丈夫!?」

「あんた足速いのよ!」

「じゃあ…。」

「きゃっ!」

 トゥがルイズを抱きかかえた。

「しっかり掴まって!」

 トゥは、ルイズを抱きかかえたまま走った。

 ルイズは、走る振動に、咄嗟にトゥの首に手を回して抱き付いた。

 

 ワルドと共に、トゥとルイズは、桟橋へ向かって走った。

 

 




ワルドから勧誘されるトゥ。

トゥってなんとなく、酔っても顔色変わらなさそうというイメージ。


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第九話  トゥ、アルビオンへ行く

アルビオンへ出航。

トゥが怪我します。あと少々狂乱。

ウェールズ登場。


 

 桟橋に向けて走っているが、山道だった。

「桟橋って…、これって山道だよね?」

 長い長い階段を登っていくと、やがて丘の上に出た。

「わあ…。」

 そこには、とてつもなく大きな木があった。

 その枝に何かがぶらさがっている。かなり大きい。

「さあ、急ごう。」

「これが桟橋? 船は?」

「ねえ、いい加減降ろして。もう大丈夫だから…。」

「あ…、うん。」

 トゥは言われるままルイズを降ろした。

 木の根元にいくと、そこに大きな穴があり、木の中が階段になっていた。

 そこを駆け上がっていると、後ろから追いすがる足音がした。

「ルイズ!」

 トゥが叫び、ルイズの後ろに回ると大剣をその人物に振るった。

 その白い仮面の男は、魔法で強化された杖でトゥの剣を受け止めた。

 トゥがそのことに驚いていると、男が詠唱を終え、魔法を唱えた。

「ライトニング・クラウド。」

 凄まじい稲妻がトゥを襲った。

「きゃああああ!」

 稲妻がトゥの体を通電し、トゥは悲鳴を上げた。

 トゥの体から煙が出る。焼け焦げたことによる悪臭が出た。

「うう…、この!」

 一瞬だけふらついたものの、すぐに剣を構えて振るった。

 後ろからワルドも魔法を唱えて援護し、白い仮面の男は、闇へ姿をくらました。

「トゥ!」

「痛い…。」

「大丈夫!? やだ、全身やけどして…。」

「だいじょうぶ…、私…これじゃ…、死ねないの…。」

「えっ?」

「風の系統の最強の魔法を受けて命があるとは、驚いたよ。」

「…行こう。ルイズ。」

「でも…。」

「私は、だいじょうぶ。」

 トゥはそう言って微笑んだ。しかしその顔には、脂汗が滲んでいた。

「行こう。」

「でも…。」

「彼女が大丈夫だって言っているんだ。行こう。」

「分かった…。」

 ルイズは、トゥを心配しながら走り出した。

 トゥも後を追った。

 階段を登っていくと、枝の一本に出た。

 そこに一隻の船があった。

 空を飛ぶためだろうか、羽のようなものがある。

 ワルドが船の甲板に降り、寝ていた船員達を叩き起こした。

 そして交渉し、高い代金を払って、船は出航した。

「トゥ、大丈夫?」

「…だいじょうぶ。」

 トゥは、甲板の端に座り込んでいた。

 せっかくの美しい青い髪が無残にも焦げ、あちこちがチリチリになっており、白い肌も火傷であちこちミミズ腫れができていた。

 トゥは、右目を擦った。

「…うん。…まだ、大丈夫。」

「トゥ?」

「ねえ、ルイズ。約束覚えてる?」

「はあ、何よ急に?」

「覚えてる?」

「約束って……、あれ? 冗談じゃないわよ! なんでその話が今出てくるわけ?」

「覚えててくれてるんだね。ならいい。」

 トゥは笑った。儚そうなその笑みに、ルイズは眉を寄せた。

「ねえ、どうしてなの?」

「なに?」

「どうしてあんな約束をしてなんて言ったの? 死にたいなら勝手に死ねばいいじゃない。」

「ダメなの…。それじゃあ…。」

「はあ?」

「誰かに殺してもらわなきゃ…。もしくはドラゴンに…。」

「ドラゴン?」

「そういえば、この世界のドラゴンは、私を食べてくれるかな?」

「な、なに言ってんのよ!?」

「シルフィードちゃんは、どうなんだろう?」

「トゥ! いい加減にして!」

「お願い! 約束は守って!」

 トゥは、そう言ってゼロの剣をルイズに差し出した。

「あんた…これ持ってきてたの?」

「お願い! 約束通り、もしもの時は…、私を…これで、殺して!」

 トゥからの狂的な願いに、ルイズはたじろき、後退りかけた。

「物騒な話はそこまでにしたまえ。」

 ワルドが、トゥから守るようにルイズの肩を抱いた。

 トゥの表情が消え、トゥは力を無くしたようにゼロの剣を持った手を下ろした。

 そしてそのまま、こてんっと横に倒れ、眠りだした。

「いったいどうしたんだい? あんな話をするなんて…。」

「分からない…。」

 ルイズは首を振った。

 トゥがなぜそこまで死を求めるのか。他人から与えられる死に拘るのか。

 ルイズには分からなかった。分かりたいとも思わなかった。

 トゥの怪我を見て、ルイズは、ハッと我に返って、船員達に、火傷に効く薬はないかと聞いた。

 そしてもらってきた軟膏を、寝ているトゥの体に塗った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝、アサヒの眩しさで目を覚ましたトゥは、目をこすりながら起き上がった。

「アルビオンが見えて来たぞーーー!」

 っという船員の声で、隣で寝ていたルイズも目を覚ました。

「ねえ、ルイズ。」

 昨日のことなど嘘だったかのように穏やかにトゥが言った。

「アルビオン、どこ?」

「上よ。」

「上?」

 トゥは、空を見上げた。

 そして目を見開いた。

 その圧倒的な景観に。

「すごい…。」

「ね? すごいでしょ。」

 空の浮く大陸を見上げて口を開けているトゥに、ルイズは、クスッと笑って言った。

 そしてふとトゥの体を見た。

 昨日まであった火傷の跡が無くなっていた。

「あら? トゥ…、あなた…傷…。」

「あ、もう治ったよ。」

「…えっ?」

 昨日の今日で治る傷ではなかった。軟膏を塗るために触ったのだから分かる。あんな火傷、下手したら残る。なのにトゥの肌は元通り白くて綺麗だった。チリチリになっていた髪の毛も元通りだった。

「傷の治りが速いのね…。」

「うん。」

 トゥはこともなげに頷いた。

「ねえ、トゥ…昨日のことだけど…。」

「なんのこと?」

「えっ…、あんた…。」

 まさか昨日のことを忘れているのだろうか。

 なんとなく怖くて聞けなかった。

 トゥは、そんなルイズに気付かず、アルビオンを珍しそうに眺めていた。

 その時、船員達が騒がしくなった。

 聞いていると、どうやら船が近づいてきているらしい。

 旗がないことから、空賊だと判断され、船内が緊迫した。

 やがてワルドが現れたが、アルビオンまでの力を貸すために魔法を使ったため精神力を使い切ってしまったらしい。

 武力ではまったく相手にならないことから、空賊に従って船を停泊させるしかなかった。

「私がやろうか?」

「やめたまえ。君の剣よりも早く、こちらをハチの巣にするのは早いだろう。抑えてくれ。」

「…分かった。」

 ワルドの言葉にトゥは従った。

 やがて停泊した船に、空賊の船が横付けして来た。

 船の乗っていたワルドのグリフォンがぎゃんぎゃん鳴くと、雲のようなものがグリフォンにかかり、グリフォンは眠ってしまった。

「眠りの雲か…。メイジがいることは間違いないね。」

 ワルドが判断した。

 そして空賊達が船に乗り込んできた。

 その中にいる派手な格好の空賊が、ジロジロとルイズ達を見た。

「貴族の客まで乗せてんのか。おお…、こりゃ別嬪だ。」

 そう言って、トゥの上から下まで見た。

 ルイズは、トゥのやや後ろで、不安そうに状況をうかがっていた。

「ルイズ。大丈夫だよ。」

「トゥ…。」

 トゥは、そう言ってルイズの手を握った。

 

 そしてルイズ達は、空賊の船の船倉に移動させられた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 武器も杖もとられ、船倉に閉じ込められた。

 しかし怪力のトゥにしてみれば、鍵のかかった扉を蹴破るなど容易いことなのだが、ルイズの安全を考えろとワルドに嗜められ、トゥは大人しくしていた。

 ちょこんっと座り、暇を持て余したトゥは、そわそわしていた。

「大人しくしなさい。」

「だって、暇なんだもん。」

「呑気ね…。」

 緊張感ゼロのトゥに、ルイズは呆れた。

「それにしてもあの傷がもう治ったのかい?」

「うん。」

 ワルドの言葉にトゥは頷いた。

 しかし大人しくしてろと言われても、暇なものは暇なので、やがてトゥは、歌を歌いだした。

 綺麗な歌声に、ルイズは止めることなく、ワルドも聞き入っていた。

「歌を歌うなんざ呑気なこったなぁ。」

 そこへ空賊が来た。

 彼は食事を持って来たらしい。

「その前に質問だ。お前らは何をしにアルビオンに来た?」

「旅行よ。」

「もっとマシな嘘をつきな。今時のアルビオンに何を見学に来たってんだ?」

「あなたに教える必要なんてないわ。」

「へっ、強気だねぇ。」

 そう言って食事を置いていった。

 スープの皿は一つしかなく、三人で一つの皿からスープを飲んだ。

「暇だね。」

「歌ってなさい。」

「うん。」

 トゥは、また歌いだした。

 しばらくしたあと、また空賊が来た。別の人だった。

「おまえら貴族派かい?」

「王党派よ。」

 ルイズは、きっぱり言った。

「私達は、王室からの代表として来てるんだから、つまりは大使ね。だから、大使としての扱いをあなた達に要求するわ。」

「ね、ねえ、ルイズ。それまずいんじゃないの?」

 さすがに不味いと感じたトゥが言った。

「正直なのは美徳だが、お前達、ただじゃすまないぜ?」

「あんた達に嘘ついて頭を下げるくらいなら、死んだほうがマシだわ。」

「私も?」

「あんたは私の使い魔んだから、覚悟を決めなさい。」

「頭に報告してくる。」

 そう言って空賊は去っていった。

「ねえ、ルイズ本当によかったの?」

「なにがよ?」

「あんまり強気に出ても…。」

「あんた誇りもないの? 信念もないの? 私は諦めないわ。地面に叩きつけられるその瞬間まで、一本のロープが伸ばされるのを信じるわ。」

 ルイズの毅然とした態度に、トゥは、ポカンッとした。

「…ルイズは、すごいね。」

「なによ急に?」

「ううん…。私も、もっと強かったら……。」

 そう俯いて呟くトゥ。

 何か思うところがあるのだろうか。だが怖くて聞けなかった。

 少しして、同じ空賊が来て、頭が呼んでいると言って来た。

 そのまま船倉か出され、狭い通路を通り、階段を登り、三人が連れていかれた場所は立派な部屋だった。

 空賊達が左右に並び、その奥に、あの時現れた派手な格好の空賊が座っていた。

 大きな水晶のついた杖を弄っており、彼がメイジであることを知らしめていた。

「おい、おまえら、頭の前だ、挨拶しろ。」

 しかしルイズは、キッと睨むだけで挨拶はしなかった。

「空賊のお頭さん、初めまして。」

「ちょっと、トゥ!」

 途端、空賊達が笑った。

 ルイズは、カーッと赤くなって、トゥの後頭部を殴った。

「た、大使としての扱いを要求するわ!」

 ルイズは、場の空気を換えようと叫んだ。

「王党派といったな? 何しに来たんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ。」

「あんたらに言うことじゃないわ。」

 ルイズは、毅然とした態度で言った。

「貴族派につく気はないか?」

「死んでもイヤ。」

「ルイズ…。あ…。」

 トゥは、気付いた。ルイズが強気な態度を取っているが、体が震えていたことに。

「もう一度聞く。貴族派につく気はないかね?」

「つかないもん。」

 トゥが言った。

「おめぇはなんだ?」

「使い魔よ。」

「つかいま?」

「そうだよ。」

 すると空賊の頭は、大声で笑った。

「トリスティンの貴族は、気ばかり強くてどうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずよりは何百倍もマシだがね。」

 いまだ大笑いしながらそういうお頭に、ルイズ達は顔を見合わせた。

「いやいや、失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな。」

 すると、さっきまでニヤニヤしていた周りにいた空賊達がニヤニヤをやめ、直立した。

 空賊のお頭が、カツラを取り、眼帯を外し、無精ひげを剥がすと、凛々しい金髪の青年になった。

「私は、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。」

 ルイズ達は、空いた口が塞がらなかった。

 目の前に突然、空賊だと思っていた人物が、探していたウェールズその人だなんて。

 ウェールズは、にっこりと魅力的に笑い。

「大使殿、御用の向きをうかがおう。」

 しかしルイズは、すぐに対応できなかった。

 それからウェールズは、なぜ自分達が、空賊の真似をしていたのか語った。

 早い話が、敵の補給を絶つためのゲリラ活動だった。

 ルイズ達が王党派と聞いても中々信じれなかったことについて、謝罪された。

「あ、アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かっております…。」

 やっと動けたルイズがそう言った。

「そちらの君は?」

「トリスティン魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが、姫殿下より大使の退任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール嬢と、使い魔の少女でございます。」

 ワルドがルイズ達を紹介した。

 ウェールズは、ワルドのような立派なメイジがあと十人ばかりいれば、こんな状況にはならなかったと語った。

「して、密書とは?」

 ルイズは、恭しくポケットから手紙を取り出した。

 ルイズは、躊躇うように聞いた。本当にウェールズなのかと。

 そこでウェールズは、証拠として、自らが持つ風のルビーを、ルイズが持っている水のルビーと共鳴させて見せた。

 水のルビーがトリスティン王家に代々伝わるものなら、風のルビーは、アルビオン王家に代々伝わるものらしい。

 ルイズは、失礼しましたと頭を下げた。

 そして、手紙をウェールズに渡した。

 そして内容を見て。

「姫は結婚するのか。あの、愛らしいアンリエッタが、私の可愛い…。従妹が…。」

 ワルドは、無言で頭を下げ、それを肯定した。

 ウェールズは、アンリエッタからもらった手紙の返却をすると返答し、しかしここにはないから、手紙があるニューカッスル城へ向かうと言った。

 まさに空賊のように、船を操り、アルビオンの空を警戒するレキシントン号に見つからぬよう進み、ニューカッスル城に通じる秘密の港に辿り着いた。

 そして、ウェールズ達を待っていた、ウェールズの臣下達に歓迎され、ルイズ達はニューカッスル城へ向かった。

 その時、彼らが『王家の名誉と誇りを示しつつ、敗北できる』と言っていたのを聞いた。

 




ウタウタイなら、ライトニング・クラウド受けても死なないと思って…。
彼女達は、たぶん竜の因子か、花が開花して食いつぶされない限り死なないのではと思って。
それでいて傷の治りが速いと思ったので。


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第十話  トゥと、亡国

トゥとアルビオンの最後の一夜。


 

 

 ニューカッスル城の、ウェールズの寝室は、皇子の部屋とは思えないほど質素だった。

 ウェールズは、机の引き出しをあけ、そこから宝石の散りばめられた小箱を取り出し、鍵を開けた。

 箱の内側には、アンリエッタの肖像画が描かれていた。

 その小箱を、ルイズ達が見ているのに気づいたウェールズは、はにかみ。

「宝箱でね。」

 と、言った。

 小箱の中には、一通の手紙が入っており、ボロボロだった。

 その手紙を取りだしたウェールズは、封筒から中身を取り出し、手紙に愛おしそうに口付けると、内容を読み返した。

 そして、再び封筒に納めると、それをルイズに差し出した。

「この通り、手紙は確かに返却したぞ。」

「ありがとうございます。」

 ルイズは、深々と頭を下げて手紙を受け取った。

 そしてウェールズは、明日の朝、非戦闘員をイーグル号(空賊に扮装していた船)に乗せて、出航するからそれに乗ってトリスティンに帰るよう言った。

 ルイズは聞いた。勝ち目はないのかと。

 ウェールズは首を振り、敵が5万。こちらは、三百だと語った。万に一つも勝ち目はないのだと語った。

 さらにルイズは、聞いた、手紙の内容について。

 この手紙の内容は、もしかして恋文ではないのかと。

 ウェールズは、それを肯定する言葉を語った。

「殿下! 亡命なさいませ!」

 ルイズは、叫んだ。

 しかしウェールズは、首を横に振った。

 そんなことは手紙に書かれていないと。

「殿下!」

「私は王族だ。嘘はつかぬ。」

 ウェールズは、悲痛な面持ちのルイズの肩に手を置いた。

「君は正直な子だ。ラ・ヴァリエール嬢。正直で真っ直ぐで、良い目をしている。忠告しよう、そのような正直では大使は務まらない。しっかりしたまえ。」

 ウェールズは、そう言った。

 

 そしてルイズ達は、亡国の最後の客人として、最後のパーティーへの参加を言われた。

 その後、ルイズとトゥが部屋から出た後、ワルドがウェールズに耳打ちした。

「それはめでたい。喜んでそのお役目を引き受けよう。」

 そう言ってウェールズは笑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 明日で終わりだというのに、パーティーはとても華やかだった。

 皆が語らい、踊り、食べ、飲み、そこに暗い話題はなかった。

 最後に、『アルビオン万歳』っという言葉が飛び交う以外には…。

 最後の客人であるルイズ達を取り囲み、みなが競ってワインを勧めたり、美味しい料理を勧めたりした。そしてやはり、最後には『アルビオン万歳』と叫ぶのだ。

 場の空気に耐えられなくなったのか、ルイズが会場から駆け出して行ってしまった。

「……あの…。」

「なんだい?」

 ウェールズに、トゥが話しかけた。

「一曲…、ウタってもいいですか?」

「おや、そういえば、君は随分と歌が上手いと聞いていたよ。ぜひ一曲頼もうか。」

「皆さんが…、立派に戦えますように…。」

 お立ち台に立った、トゥに、騒がしかった会場が鎮まり、歌を待った。

 そしてトゥは、ウタい出した。

 美しい旋律に、誰もが心奪われ、聞き入っていた。

 けれど哀しい歌詞だというのに、メイジや兵士達の体に力がみなぎる感じがした。

「おお、これは…。」

「これはなんという歌なんだ? 力が漲ってくるようだ。」

「いや、漲って来る…。力が…これは奇跡か!」

 戦える者達は、自分達の体に漲って来る力に驚き、トゥを神聖な物を見る目で見た。

 ウタい終えたトゥを、皆が拍手した。

 トゥは、深くお辞儀をした。

「素晴らしい歌だったよ。」

 お立ち台から降りたトゥを、拍手しながらウェールズが迎えた。

「それにしてもこれは一体…、力が体の底から漲ってくるようだ…。君は一体…。」

「私は…。ウタウタイなの。」

「うたうたい?」

「ウタを…ウタうの。」

「そうか…。ともかく、ありがとう。素敵な歌を。」

 ウェールズは、トゥの手を取り、固く握った。

 

 『ウタの力をお借りして、兵士達を強化したからかもしれません。』

 

「っ!」

「どうしたんだい?」

「あっ……、私…、私……。」

 トゥは、顔を青くし、周りを見た。

 歌い、語らい、踊り、食べている兵士やメイジ達を見た。

「ごめんなさい……!」

「なぜ謝る必要があるんだい?」

「私…私…、あっ……。」

 トゥの表情が一瞬無になった。

「どうした? しっかりしなさい。」

「あ……、なんでもない。」

 トゥは、先ほどのことが嘘だったかのように、明るい表情をした。

 ウェールズは、その様子を怪訝に思った。

 しかし確認するよりも早く、トゥが聞いた。

「皇子様は…、このまま戦って死ぬんですか?」

「あ、ああ、私は真っ先に先陣を切って散るつもりさ。」

「怖くないんですか? 愛している人がいるのに…。」

「怖くないわけがない。その気持ちは、誰しもが同じだ。そして、愛しているからこそ、知らぬふりをせねばならない時もある。君にも愛する人がいるのではないのかい?」

「私は…。」

「失礼なことを聞いてしまったね。気にしないでくれ。」

「レコン・キスタは、なんで、皇子様達を?」

「彼らは、ハルゲニアの統治を目的としている。聖地を奪還するという理想を掲げているが、その過程で流れる民草の血を考えはしていない。いずれ荒廃するであろう、国土のことを考えていない。我々はこの命を持って、彼らに示さなければならない。ハルゲニアの王家が決して弱敵ではないことを、勇気と名誉を。それで彼らが統一と、聖地を求めるのを止めるとは思えないが。それでも勇気を示さなければならないのだ。」

 ウェールズは、そう語った。そして。

「アンリエッタ姫に伝えてくれ。ウェールズは、勇敢に戦い、勇敢に死んでいったと。それで十分だ。」

「分かりました。」

「ありがとう。美しい歌姫。」

 ウェールズは、そう言って笑った。

 

 

 ウェールズと会話した後、トゥは、会場から出て、ルイズを探した。

「ルイズ。」

「トゥ…。」

 ルイズは、廊下にいた。

「泣いてるの?」

「別に…、それより、会場で歌ってたわね。……綺麗な歌だったわ。」

「うん。」

「哀しい歌詞だったのに。不思議と勇気が湧いてきた。ねえ、あれもあなたの力なの?」

「……。」

「トゥ?」

「なんでもない…。」

 トゥは、棒読みでそう言った。

「トゥ、こっちきて。」

「?」

 言われるまま、トゥが近づくと、ふらりとルイズが、トゥに抱き付いてきた。

「ルイズ?」

「……この国嫌い。」

「……。」

「早くトリスティンに帰りたい…。誰も彼も…、残される人たちのことなんて考えてないんだわ。あの皇子様もよ。」

 ルイズは、トゥにごしごしと顔を押し付けた。

「帰ろうね。ルイズ。」

「トゥ?」

「皇子様から言われたの。お姫様にね、ウェールズは、勇敢に戦って死んだって伝えてって言われたの。ルイズも手紙を届けなきゃいけないでしょ? 絶対生きて帰らなきゃ。」

「…うん。」

「私がいるよ。ルイズ。ルイズは一人じゃない。」

「うん…!」

 ルイズを、トゥは抱きしめた。

 

 

 ルイズを客室に送った後、別室の客室に行こうとしたトゥは、その途中でワルドに会った。

「トゥ君。返事を聞かせてもらえるかな?」

「…私、ルイズの傍にいる。」

「それはつまり…断るということかい?」

「うん。」

「そうか…。残念だ。」

「私のこと、殺すの?」

「いや、そんなことはしないさ。ただふられてしまったね。それが残念だ。」

「あなたこれからどうするの?」

「明日、ルイズと結婚式をするよ。」

「えっ?」

「ぜひ君も参加してくれるかい?」

「……私、外にいていい?」

「好きにするといい。」

「でもどうやって帰るの? イーグル号は明日出ちゃうよ?」

「グリフォンに乗って帰る。滑空なら何とかなるからね。」

「そう…。」

「ルイズと結婚すれば、必然的に君もついていくる。それでも断るのかい?」

「…どっちでもよかったんじゃん。」

「そんなことはないさ。君だけでも来てくれたらとてつもない戦力になっていただろうからね。」

「ルイズは、知らないよね? ワルドさんが…。」

「シッ。そのことは、君と僕だけの間の話だ。ここでしてはいけない。」

 そう言ってワルドは、トゥの唇に人差し指を当てた。

 トゥは反射的にワルドの手をはたいた。

「おっと、すまない。嫌だったかね?」

「私に触らないで。」

 トゥは、後退った。

 ワルドは、やれやれと腕をすくめた。

「じゃあ、明日。」

 そう言ってワルドは、去っていった。

 残されたトゥは、窓から夜空を見上げた。

 一つになった月が浮かんでいる。

「…セント……。」

 トゥは、窓に触れながらその名を口にした。

 

 




トゥがウタを使いました。

あとでえらいことになります…。(大したことないかもしれないけど)


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第十一話  トゥ、開花

トゥの花が咲きます。

果たしてゼロ以外のウタウタイに花が咲くかは分かりませんが…、そういう設定でお願いします。


2017/05/15
 後半、一部書き換え。


 礼拝堂の外で、空を眺め、高台から足をプラプラさせていたトゥに、デルフリンガーが話しかけた。

『なんで見ないんだよ? なんかトラウマでもあんのか?』

「全然違う。そんなんじゃない。ただ…、ちょっとね…。」

 トゥは、太ももに肘を乗せて手の上に顎を乗せた。

「私にも…運命の人がいたのかな?」

『俺が知るわけないだろ?』

「そうだよね…。ごめん。」

 トゥは、右目を擦った。

『どうした、ゴミでも入ったか?』

「違う…。」

『はっ?』

「目が…。ああ…。」

 ゴシゴシと乱暴にこすりだした。

「……あれ?」

『今度はどうした?』

「何か見える…。これ…礼拝堂の中? ルイズ?」

 ルイズの視点と思われる映像が左目に浮かんでいる。

 トゥは、その映像をジッと見た。

 

 

 ルイズが、なんだから結婚を嫌がっている。

 ワルドがそんなルイズの肩を掴んで、嘘だろうという風に言っている。

 拒否するルイズを、残念だというワルド。

 そして、ワルドが…。

 ウェールズを……。

 

「ルイズ!」

 トゥは、大剣を握り、デルフリンガーを取って礼拝堂のドアを蹴破った。

 今まさに、ウェールズが鮮血を散らして倒れた瞬間だった。

 ルイズの悲鳴が木霊した。

「ワルド! どうして!」

「僕の任務なんだよ。」

 ワルドは、トゥの問いかけにこともなげに答えた。

「トゥ!」

「残念だよ、ルイズ。」

「キャア!」

 ワルドの魔法でルイズは跳ね飛ばされ、床に転がった。

「ルイズ!」

「ライトニング・クラウド。」

 ワルドが瞬時に唱えたライトニング・クラウドを、トゥは、バックステップで避けた。

「何度も喰らわないよ!」

「おや? もしかしてばれてたかい?」

「声が同じだったもん!」

「ふふ、そうか。だがこれならどうかね?」

 ワルドが呪文を詠唱した。

「ユビキタス・デル・ウィンデ…。」

 するとワルドが、本体を含めて六人に増えた。

「!」

「どうだこれが風が最強である所以だ! 風は偏在する!」

 トゥを取り囲んだワルドが詠唱したり、杖を剣のように扱ってトゥを攻撃した。

 トゥの剣が振るい杖を受け流し、大剣で風の衝撃を防いだ。

「なら!」

 トゥが、ウタを使った。青く輝いたトゥの剣がズバズバと偏在達を攻撃した。

「それがおまえの隠された力か!」

 偏在が三人減った。

「動くな!」

「!?」

 ハッとしたトゥが見ると、ワルドの本体が倒れていたルイズの首を掴んで杖の切っ先を突きつけていた。

「ルイズ!」

「動くな。ジッとしていてもらおうか。」

「う…。」

 トゥの体から光が消えた。

「剣を捨てろ。」

『従うな、相棒!』

「……ごめんね。デルフ。」

 そう言ってトゥは、剣を捨てて、デルフもゼロの剣も捨てた。

 2体のワルドの偏在が左右から詠唱を始めた。

 ライトニング・クラウドが放たれ、トゥの体を焼いた。

「きゃああああああああああああああああ!!」

 二発のライトニング・クラウドを受け、トゥは、その場に両膝と両手をついた。

「と、トゥ!」

「さあ、ルイズ、彼女のために僕と来るかね?」

「なに!? 何を言っているの!?」

「君がイエスと言うまで彼女を痛めつける。彼女は、凄まじい生命力だが、いつまで耐えられるかどうか見ものだね。」

「やめて!」

 しかしワルドは、偏在を操り、再びライトニング・クラウドを放った。

 稲妻が通電するたびにトゥが悲痛な悲鳴を上げ、体が焼けて煙が出て、焼けた悪臭が立ち昇った。

「やめて…、やめて!」

「なら、僕と来るかい?」

「っ…私…い…。」

「ルイズ、だめ!」

「まだそんな元気があるのかい? 驚いたよ、普通なら一発で死ぬところなのに。…化け物だな。」

 体を引きずって叫んだトゥに、更にライトニング・クラウドが浴びせられた。

 断末魔のような悲鳴が上がり、全身を黒焦げにしたトゥが倒れ込んだ。

 しかしそれでもピクピクと痙攣する彼女に、ワルドは、息をのみ、ルイズは、顔から出る液体をすべて出して泣いていた。

「いや……、いやあああああああああああああああああああ!」

 ルイズは、頭を抱えて叫んだ。

「ぅ、うう……ぐっ……。」

「は、ハハハ。まだ生きているとはね…。本当にバケモノか?」

 さすがのワルドも最強の呪文の連発で疲れたのか息が上がっていた。偏在が消えた。

 その時、ひと際大きく、トゥの体が跳ねた。

「う、あぁぁ…。」

 ゆっくりとトゥの上体が、ゆっくりと起き上がりだす。

「なんだ?」

 なにか様子がおかしいことにワルドは気付いた。

「トゥ?」

 そして。

 

「あ、う…、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 大きく後ろにのけ反ったトゥの右目から巨大な薄紅色の花が発生した。

 

 その現象にワルドとルイズが驚愕している間に、花の中心から鮮血が溢れ、そこから人間の手が生えた。

 最初に生えて来た手を始めに、頭、肩、胸、胴体と、どんどん生えてくる。

 それは、トゥだった。

 先にあった黒焦げのトゥは、グズグズに崩れ、花に押し潰されるように消えた。

 血塗れの、裸のトゥが花から生えて来たのだ。

「あ、ああ、ああああ…。」

「なんだ、これは…なんだ!?」

 ルイズは、ガタガタと震え、ワルドは、ルイズを離して、杖の切っ先をトゥに向けたまま後退った。

 ずるりっと花から出て来たトゥの右目には、薄紅色の花が咲いていた。

「…ああ…、私…私……、いやぁ…!」

 トゥが、顔を手で覆いながら膝をついた。

 そして膝の傍にあったデルフリンガーを握った。

『相棒…おまえ…!』

「デルフ、私…私!」

 トゥの目からボロボロと涙が零れ落ちた。顔を汚す鮮血と混じった涙が床を汚す。

「ルイズ…。」

「いや、…いやぁ!」

 ルイズは、首を振り、尻餅をついて後退った。

「約束……。」

 トゥは、ワルドを見た。

 ワルドの体がビクリッと跳ねた。

「おまえは…、一体…!? こんな、こんな…!」

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 トゥがデルフリンガーを構え、ワルドに踊りかかった。

 大量の汗をかいたワルドが杖を構えたが、凄まじい動きを見せたトゥについていけず、ワルドの左腕が斬り落とされた。

「ぐあああああああああああああああ! なんだ、おまえはなんなんだぁぁぁぁぁ!?」

「私は…、私は…、ウタウタイ…。」

「うた…うたい?」

「ああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 トゥは、狂ったように絶叫しながらデルフリンガーを振り上げた。

 その時、地響きが轟き、トゥがふらついた。天井に崩れて穴が空いた。

 ワルドは、その隙に、呪文を唱えて浮き上がり、天井の穴から逃げて行った。

 残されたトゥは、膝をついたまま、クスンクスンと泣き、ルイズは、そんなトゥを見て呆然としていた。

「ルイズぅ…、約束、守ってェぇ…。」

「トゥ…。」

 トゥがルイズを見た。

 右目から生えた花で右目はもうない。

「トゥ…。だからなの?」

「約束…。」

「だから殺してくれって言ったの? だからなの? こんなことになるから、私に殺して…、殺してくれって…。」

 トゥがゆらりと立ち上がり、床にある花と元々の自分自身の残骸に近づいた。

 その中から、ゼロの剣を持ち上げ、ルイズの傍に投げた。

「約束…。」

「トゥ…、私…できない…。こんなにあなたのことが怖いのに…できない。」

 ルイズは、泣きながら首を振った。

「やくそ、く…。」

 トゥが、ゆらりと幽鬼のように立ち上がり、ルイズに近づく。ルイズは、泣きながら首を振った。

「できないの…ごめんね。」

「約束…、あっ…。」

 トゥがふらりと倒れた。

 地響きがずっと轟いている。

「トゥ…。」

 その時、床がモコモコと盛り上がった。

 そして大きなモグラが顔を出した。

「…あ……?」

「あら、ルイズ!」

 モグラが出た後、キュルケが顔を出した。

「キュルケ!」

「うわ! と、トゥ…さん…、血塗れじゃないか!」

「ギーシュ!」

「ちょっとぉ、あの子爵は?」

「しかも…裸!? ぐふっ。」

 ギーシュは、鼻血を噴いた。

 ルイズは、手短に状況を伝えた。

 その時、ウゥ~ンとトゥが起き上がった。

「あれ? ルイズ?」

『相棒…。』

「あれ? 私…なんで裸なの?」

「あなた、また…。」

「どうして血塗れなの?」

「そこの花を見て…。」

「えっ…。っ!?」

 ルイズに示されるままトゥが見たのは、巨大な花の残骸。

 トゥは、恐る恐る自分の右目に触れた。

 そこに生えた花に指が触れ、悲鳴を上げかけた。

「私…、私…、ルイズ…私…。」

「トゥ、落ち着いて…。」

『なあ、このままだとやべぇぜ。この地響き…、反乱軍が攻めて来たんだぜ。このままじゃ全員お陀仏だ。』

「なにそれ!?」

「と、とにかく逃げよう! この穴からアルビオンを脱出できる!」

「分かったわ。トゥ、早く!」

「………うん。」

 トゥは、立ち上がり、自分自身の残骸から服と、大剣を取り出した。

 ルイズは、ハッとして、ウェールズの体を探り、指にある風のルビーを見つけると、それを外した。

 そしてトゥと共に穴に飛び込んだ。

 ほぼ同時に、礼拝堂が倒壊した。

 

 

 




記憶が混乱しているトゥです。忘れたり思い出したりの繰り返しでグチャグチャ。

トゥに花が咲きました。
あの再生シーンは、実際見たらすっげー怖いと思う。


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第十二話  トゥ、優しくされる

サブタイトルほど優しくは、されていないかな…。

後半に、アコールらしき人物が登場します。

しかし、彼女の口調がよく分からない…。


 

 

 ニューカッスル城は、見るも無残な有様だった。

 そこにいた兵士達もメイジも全員が文字通りの全滅だった。

 彼らはわずか三百の数で、5万の兵に挑み、凄まじい痛手を与えた。

 それはまさに、歴史に残る、伝説というべき戦いだった。

 

 …そこからボコリッと、兵士の手が生えてくるまでは。

 

 それにより、さらに大きな犠牲が発生したのは別の話である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズ達を乗せたタバサのシルフィードは、トリスティン城の中庭に降りた。

 途端に、周りを兵士達に囲まれた。

「何やつ!?」

「杖を捨てろ!」

「わたしは、ラ・ヴァリエール公爵の三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しい者ではありません。姫殿下に取次ぎを願いたいわ。」

 兵士達の隊長である人物が、ルイズを見た。

 確かにヴァリエール家のルイズの母親にそっくりだと納得し、用件を聞いてきた。

「密命なので言えません。」

「それでは、取次ぎはできない。」

「えー、なんでぇ?」

 場の空気に似つかわしくない間の抜けた声に、隊長がそちらを見ると、肌を露出した青い美女が隊長を見ていた。

 その美女の美しさに思わず息をのみそうになるが、隊長としての威厳で耐えた。そして、彼女の右目から生えた奇妙な薄紅色の花にも違和感覚えた。

 ちなみにトゥは、アルビオンから脱出した後、ラ・ローシェルの道中にある小川で血を洗い流し、服を着替えたのだった。

「トゥ、黙ってて。」

「えー?」

「ルイズ!」

 その時、兵士達をかき分けて、アンリエッタが現れた。

「姫殿下!」

「無事帰ってきたのね…。ルイズ。ルイズ・フランソワーズ…。」

 ルイズとアンリエッタがヒシッと抱き合った。

「件の手紙は、この通り…。」

「ああ、やはりあなたはわたくしの一番のお友達ですわ。」

「勿体なお言葉です。」

 しかしウェールズの姿がないことに、アンリエッタは、顔を曇らせた。

「ウェールズ様は…、父王に殉じられたのですね。」

「はい……。」

 真実は違うのだが、ルイズは頷いた。いずれにせよ亡命を断ったウェールズだ。ワルドに殺されなくてもあの戦場で死んでいただろう。

「して、ワルド子爵は?」

「あの人…裏切り者だったんだよ。お姫様。」

「えっ?」

 トゥの言葉にアンリエッタは、目を見開いた。そして、自分達を見ている兵士達に気付き。

「彼らは…私の客人です。」

 そう言って、ルイズ達を城の中に招いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 キュルケ達を別室へ。ルイズとトゥは、アンリエッタの部屋に招かれた。

「道中…、何があったのですか?」

 それから、ルイズは、道中、そして帰るまでの間にあったことを説明した。

 キュルケ達と合流したこと。

 アルビオンへ出航したが、空賊に襲われたこと。

 その空賊がウェールズだったこと。

 ウェールズに亡命を勧めたが断られたこと。

 ワルドと挙式を行ったが、その最中にルイズが結婚を断り、すると豹変したワルドによりウェールズを殺害したこと。

「あの子爵が裏切り者だっただなんて…。」

 アンリエッタは、悲嘆にくれた。ルイズが持ち帰ったウェールズへの手紙を見つめてハラハラと涙を零した。

「わたくしが、ウェールズ様の御命を奪ったも同然ですわ。裏切り者を使者として送ってしまったのですもの…。」

「違うよ。皇子様はどっちみち、残るって言ってた。真っ先に死ぬんだって言ってたもん。」

「そうですか…。」

 トゥの言葉にアンリエッタは、頷いた。

「私より、名誉の方が大事だったのかしら…。」

 手紙に亡命を勧めていたのだと、アンリエッタは告白した。

「違うよ。お姫様。」

 トゥは言った。

 ウェールズは、王家が弱敵じゃないことを示したかったこと、アンリエッタを愛するからこそ残ったことを語った。

「あと…、皇子様は、勇敢に戦って、死んだって伝えてくれって言ったんです。」

「…勇敢に戦い、死んでいく。殿方の特権ですわね…。残された女はどうしたらよいのでしょう?」

「姫様…、私がもっと強く亡命を勧めていれば…。」

「いいのです。わたくしは、亡命を勧めて欲しいなんて言っていないもの。あなたは役目を無事に果たしました。そのおかげで、同盟は盤石なものとなり、アルビオンも簡単には攻めてこないでしょう。危機は去ったのです。」

「あの…これを…。」

 ルイズは、ポケットから風のルビーを出した。

「これは風のルビー! どうしてこれを!」

「それは……。」

 ウェールズの遺体から取ったなんて言えなかった。

 アンリエッタは、何かを察し、何も言わず風のルビーを受け取った。

 そして自分の薬指にはめ、呪文を唱えると、ブカブカだった風のルビーは、アンリエッタの指にぴったりのサイズになった。

「ありがとう。ルイズ…。そして使い魔さん…。私は、勇敢に生きていこうと思います。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 帰り。シルフィードに乗って、学院に戻る途中、キュルケは、ずっとなんの任務だったのかとルイズとトゥに聞いていた。

 ルイズとトゥは、ずっと黙っていた。

「ねえ、トゥちゃん。その目の花、どうしたの?」

「これは…。」

 トゥは右目の花に指で触れた。

「危ないもの…。」

「なにそれ? 花でしょ?」

「人間の体から生えている花なんて聞いたことがないよ。」

 ギーシュが言った。

 シルフィードが、ちらちらとトゥを見ていた。

 それに気付いたトゥがシルフィードの頭の方に近づこうとした。

「ちょ、ちょっと、動かないでよ、落ちるわよ。」

「シルフィードちゃん。食べたいの?」

「はっ?」

「食べていいよ。」

「何言ってんのよ!?」

 ルイズがトゥを止めた。

 その拍子に、ルイズがギーシュにぶつかり、ギーシュがバランスを崩して落ちた。

 悲鳴を上げながら落ちて行ったギーシュだが、途中でレビテーションを唱えて事なきを得た。

「ギーシュくーん!」

「ほら、あんたのせいで落ちたでしょ。」

「私の所為なの?」

「あんたのせいよ! 変なこと言うから…。」

「だって…。」

 ルイズに掴みかかられながら、トゥは、シルフィードの顔を見た。

 シルフィードは、涎を垂らし、顔を向けて来た。

 それを見たタバサがペシンッと叩いた。

 するとシルフィードが暴れだした。

「きゃあ!」

「ルイズ!」

 落ちそうになったルイズを引っ張り、自分と入れ替わるようにトゥが落ちて行った。

「トゥ!」

「大変!」

「……。」

 タバサが面倒くさそうに、レビテーションを唱え、地面に激突する前にトゥは、浮き上がり、ゆっくりと地面に降ろされた。

 

 

「やあ、大丈夫かい?」

「だいじょうぶ。ギーシュ君は?」

「僕は大丈夫さ。それよりも君の玉のような肌に傷がつく方が心配さ。」

「?」

 ギーシュからの口説き文句にトゥは首を傾げた。

 シルフィードは降りてはこなかった。

 仕方ないので、歩いて学院に帰った。

「ところで…。」

「なぁに?」

「姫殿下は、僕のことで…何か言ってなかったかい?」

「言ってなかったよ。」

 トゥは、正直に言った。

「そ…、そうか…。」

 ギーシュは落ち込んだ。

 

 二人が仲良く歩いているのを上空から見ていたルイズは、頬を膨らませていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルビオンから無事に帰ってから、ルイズとの生活が変わった。

 何が変わったかというと、妙にルイズがトゥに対して優しくなったのだ。

 まず服を着替えさせるのを手伝わせない。何も言わず自分で着替える。着替えるのと手伝おうとすると断られる。

 その2。洗濯物を頼まなくなった。何度か破ったが、それでも慣れさせるためにやらされていたが、それをされなくなった。洗いに行こうとすると、止められた。

 その3。食事が美味しくなった。質素なスープとパンだけだったのに、サラダもついて、簡単な料理だがお肉、またはお魚もついた。そしてテーブルに向かい合って座ることを許された。今まで床だったのに。

「ルイズ、どうしたの?」

「別に…。」

 さすがに戸惑ったトゥが聞くが、ルイズは、適当にはぐらかすだけで答えない。

 トゥは、困ってしまった。

 何か不味いことをしてしまったのだろうか? でも思い当る節がない。

 それともアレか?

 二回も襲ったから警戒しているのだろうか?

 それとも、アルビオンで見せてしまった、花のリ・プログラム機能で再生した場面のせいだろうか…。それでトゥに恐れをなしてしまったのか。

 トゥは、ポロポロと涙を零した。

「トゥ!?」

「ごめんなさぁい!」

 両手の甲で目頭をごしごし擦りながらわんわん泣いた。

「トゥ? トゥ! どうしたの? 痛いの? 目の花がどうかしたの?」

「私、人間じゃないのぉ…。だからルイズに怖い思いさせちゃってごめんなさい…。」

「ち、違うの! 違うのよ、トゥ! 違うの!」

「じゃあ、なんで…?」

「確かに…あなたが怖くないって言ったら嘘になるけど…、でもね、それだけじゃないの。」

「やっぱり…。」

「だから違うってば! 聞きなさい!」

「ルイズに嫌われちゃったー。」

 トゥは、ずっと泣き、ルイズは、オロオロとした。

 トゥは結局泣くだけ泣き、泣き疲れて寝てしまった。

 部屋のベットで寝ているトゥに布団をかけてやりながら、ルイズは、トゥの目に生えた花を見た。

 薄紅色の花の中心には、鋼でできているような花芯があり、普通の花ではないことが伺えた。

 この花から、トゥは再生し、古いトゥが崩れて、新しいトゥに移行したのだ。

 今思い出しても、悪夢のような光景であった。

 しかし同時に、美しいと…、頭のどこかで思った自分がいた。

「私もおかしくなったのかしら…?」

 トゥがおかしいことは分かっていたつもりだ。だが自分まで影響されてしまったのだろうかと自問自答する。

 しかし考えていても答えが得られるはずもなく、思考を放棄したルイズは、授業に出るために部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥの目に、花が咲いた。

 そのことは、すぐに学園中に広まった。

 人体から生える植物など聞いたことがない。腐敗した遺体に植物が生えてしまうというのなら分かるが、生きている彼女の目を突き破るように咲いているあの薄紅色の花は、一見美しいが、不気味である。

 よくない植物に寄生されているのではないかと不安がる声が上がる中、ルイズは、花の正体を知らないため何も答えられなかった。

 

「オールド・オスマン。」

「言わんとしていることは分かっておる。トゥという娘の花のことじゃなろう?」

 コルベールが何か言う前に、オスマンが言った。

「密かにディテクトマジックを行ったんじゃろう? して、どうじゃった?」

「分かりませんでした。」

 首を振るコルベールに、オスマンはそうかと溜息を吐いた。

「ただ…。」

「ただ?」

「戻ってきてからの彼女の力が異様なほど上がっているような気がするのです。」

「そうか…。」

「アカデミーに連絡をして…、駆除をすべきではありませんか?」

「いや、それはできん。」

「なぜです!」

 声を上げるコルベールに、オスマンは首を振った。

「そんなことをすれば、更なる悲劇を招きかねん。」

「なぜそのようなことを…。」

「お主は知らんでよいことじゃ。いいな、絶対にあの娘に余計なことするでないぞ?」

「……分かりました。」

 コルベールは、納得できないが仕方なく承知した。

 その後、コルベールが退室した後。

 

「あれは、絶対に納得してないでしょうね。」

 

「じゃあ、どう言えばよかったんじゃ、観測者殿。」

 すると室内の物陰から、大きなトランクを持った眼鏡にこげ茶色の髪の美女が現れた。

 ちょっと独特な歩き方でオスマンの前のソファーに座った彼女は、オスマンと向き合った。

「しかし…いつまで隠しておけるかのう?」

「信じる信じないはその人の自由ですから。」

「あんなちっぽけな花が世界を滅ぼすか……。」

 いまだに信じられないとオスマンは首を振った。

「ちっぽけなんかじゃありませんよ。」

「わしは、まだこの目であの娘に咲いた花の脅威を見ておらん。じゃから、お主の言うこともまだ信じておらん。」

「この時代には、ウタウタイがいませんでしたからね。仕方のないことです。」

「この時代には…ということは、あのトゥという娘のような者が別の時代にはおったということか?」

「そうです。」

「……そんなことは文献で見たことがない。」

「記すことを拒んだのです。完全に忘れるために。」

「じゃが、時代は繰り返そうとしている。」

「そうです。」

「わしは、何をすればよい…?」

「なにも。」

「もしアカデミーに知れれば、あのトゥというウタウタイは、研究材料とされ、花を解剖されることになるじゃろうな。」

「そんなことになれば、花は自発的に動き出します。それが更なる分岐に繋がるのです。」

「…お主の話を聞いておると、花というのは、あちこちの世界に存在しているようじゃな?」

「時に分岐を封鎖することさえあります。」

「この世界の行く末は、彼女…トゥにかかっておるといっても過言ではないということか?」

「いいえ、彼女だけではありません。」

「…ミス・ヴァリエールか。」

「はい。」

「ガンダールヴのルーンと花がせめぎ合っておるのか…。」

「彼女の記憶の混乱と性格の変化は、間違いなくそれが原因でしょう。けれど、それがかえって彼女が狂気に落ちない要因にもなっています。逆に、そのおかげで彼女が花の危険性に対して薄くもなっています。」

「花が偽の記憶を構成すると言ったな。どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか、それを見極めるにはどうしたらよい?」

「それは彼女次第です。」

「なんじゃそりゃ。偽の記憶に踊らされて、こちらが滅んでもよいというのか?」

「それを選ぶのは、観測者の権限の越えたところなので。」

「滅びもまた分岐か…。」

「そうなれば、観測を中止し、即座に分岐を封鎖します。」

「なぜわしを巻き込んだ?」

「今の彼女に言っても、私が言ったことを覚えている可能性が薄いので、記憶力のある方を選びました。」

「わしゃ年寄りじゃぞ?」

「ですが、とてもしっかりしておられます。下の方も。」

「こりゃ。いい娘がそんなことを言うでない! …まあ、ともかく、単に記憶力で選ぶのなら、コルベールでもよかったじゃろ?」

「彼はあまりにも過去の罪悪感に苛まされています。もし花とウタウタイのことを知ったら、何が何でも滅ぼそうとして動くでしょう。花の根絶は彼ではできません。彼の炎は、更なる花の増殖を招きます。」

「…単なる傍観者である必要があったんじゃな?」

「その通りです。」

「…わしは、臆病者じゃよ。ただの色ボケ老人じゃよ。」

「はい。」

「……ふふ…、ふはははは…。長生きしたことをこれほど後悔したことはない。」

「では、よろしくお願いします。」

 そう言って観測者と呼ばれた女は、立ち上がり、どこかへ去っていった。

 

 

 

 




観測者がどこまで干渉していいのか、そのさじ加減がよく分からず…。
少なくとも、D分岐でゼロ達と会話していたから、これくらいはしていいじゃないかと思ってこうしました。
アコールは、トゥの記憶の混濁から彼女と接触して警告するより、オスマンを巻き込んで間接的な観測者に仕立て上げることでトゥの分岐を観測しようとしています。

次回、コルベールがちょっとやらかす予定。


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第十三話  トゥ、宝探しをする

コルベール先生、ごめんなさい…。


 あの日から、トゥとルイズは、ぎくしゃくしていた。

 ルイズが口を開こうものなら、トゥは、びーびー泣き、謝罪を繰り返す。

 ルイズに嫌われたと思い込んでいるトゥに、ルイズはほとほと困っていた。

 周りは、ルイズがトゥを虐めていると勘違いし、ヒソヒソしている、これも困った。

「もう…、どうしたらいいのよぉ…。」

 トゥが厨房に行っている間に、食堂の外に行ってしゃがみ込んだルイズが長い溜息を吐いた。

「あ、ここにいましたか。ミス・ヴァリエール。」

「なんでしょうか。ミスタ・コルベール。」

「オールド・オスマンがお呼びです。学院長室へ。」

「はい。分かりました。」

「あっ、一人で来てくださいね。」

「?」

 なぜか念を押された。

 ルイズと入れ替わりに食堂に入ったコルベールは、トゥを探した。

 やがてトゥが厨房から戻ってきたのを見つけると。

「やあ、使い魔の君。」

「なんですか?」

「ちょっといいかね?」

「?」

「こっちへ。」

 そう言ってコルベールは、トゥを外へ案内した。

 食堂に裏側に来た二人は。

「なんですか?」

「…単刀直入に言う。その花を千切ってはくれないかい?」

「えっ…。」

「その花は危険だ。君が一番分かっているのだろう?」

「それ…は…。でも…。」

「いいから千切りなさい。そして私が跡形もなく焼いてあげる。」

「…だ…ダメ…。それじゃあ、ダメ…。」

 トゥは、フルフルと首を振り、後退った。

「みんなのためだ、怖がっていてはいけない! それは分かっているはずだ!」

「ダメなの…、そんなことしたら、ゼロ姉さんみたいに……。」

「なら、私が千切ろう。」

「い…、いやああああああああああああああああ!」

 そう言って近づこうとしたコルベールに、トゥは、耐え切れず、右目を守るように両手を置いてしゃがみ込んで悲鳴を上げた。

 大きな悲鳴を聞いて、生徒や厨房のコックやメイド達が駆けつけ、コルベールは、焦った。

「コルベール先生、なにを!」

「トゥさん!」

 泣き声を上げるトゥを心配してシエスタが駆け寄った。

「ち、違うんだ…これは…。」

 コルベールが両手を上げて言い訳をしている隙に、トゥは、走って逃げていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アンリエッタの婚姻時の詔を言う巫女の役目を仰せつかり、始祖の祈祷書という国宝を渡されたルイズが食堂の方に戻ると、何か騒がしかった。

「おいおい、聞いたか?」

「ああ、ミスタ・コルベールがゼロのルイズの使い魔に手ぇ出そうとしたらしいって…。」

「ちょっと、どういうこと!」

「うわ、ゼロのルイズだ。」

「おまえんとこの使い魔が大変だぜ?」

「トゥが!? どこ、どこにいるの?」

「さあ?」

 同級生に聞いても分からなかった。

 ルイズは、トゥを探して食堂に入ったが、トゥはいなかった。

「トゥさんなら、さっき走ってどこかへ行かれました。」

「そう、ありがとう。でもどこに…。」

「たぶん、寮の方かと…。」

「分かったわ!」

 シエスタからの情報で、ルイズは、寮の自室へ走った。

 

 自室に来たルイズは、ドア越しからでも聞こえるトゥの泣き声を聞いた。

「トゥ!」

「ひぃ!」

 ルイズの声に、部屋の隅で体操座りしていたトゥが短く悲鳴を上げた。

「トゥ…、コルベール先生に何をされたの?」

「……。」

「黙ってたら分からないわ。」

「……花…。」

「はな?」

「花を……千切って言われた…、千切らないなら、自分が千切るって…。」

「それで?」

「千切ったら…、ゼロ姉さんみたいに…。」

 トゥは、ボロボロと泣きだした。

「ゼロねえさん? あなたにお姉さんがいるの?」

「千切っちゃいけないの…! 千切ったら……。」

「どうなるの?」

「うぅ…、う……、あ…。」

「トゥ!」

 ふらりと横に倒れるトゥを、ルイズが支えた。

 これは、まさかっと思っていると、案の定…。

「あれぇ? 私なにしてたの?」

「あんた、また…。」

「どうしたの、ルイズ?」

「ねえ、トゥ…。私達は、しばらく、離れた方がいいかもしれないわ。」

「どうして!」

「あなたにとって私は、害悪にしかなってない。」

「そんなこと…。」

「今はちょっと忘れてるだけですぐ思い出すわ。」

「どうして? やっぱり私のこと嫌いになの?」

「そうじゃない…って嘘になるけど…、でもね、トゥ…、このままじゃダメ。」

「……。」

 トゥは、無表情でポロポロと涙を零した。

 ルイズは、そんなトゥを見ていられず、目を背けた。

「分かった…。」

 トゥは、そう言うと立ち上がり、部屋から出て行った。

 残されたルイズは、その場にへたり込み。

「ごめんなさい…。」

 自分以外いない部屋の中で謝罪した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その日から、ルイズがトゥと行動を共にすることは無くなり、ヴェストリの広場の隅っこに、テントができた。

「なんだいこれは?」

 ギーシュがテントに近づくと、中から、クスンクスンと泣く、女の声が聞こえた。

 ギョッとして中を見ると、トゥが体操座りで体を丸めて泣いていた。

 彼女の傍には、サラマンダーがいた。キュルケのフレイムだった。

「ど、どうしたのかね?」

「ルイズに嫌われた…。」

「ああ、それは大変だ…。それでこんなところに?」

「私、どこにも行くところがない。」

「そうか…。君には故郷がないのかい? そういえば何も覚えていないと言っていたね…。」

「うん…。」

「なんとかしてやりたいが…、生憎と僕も余裕がないんだ。すまないね。」

「だいじょうぶ…。私は、だいじょうぶ…。」

「いや、大丈夫そうには見えないんだが…。」

 ギーシュは、本気で心配だった。

 オロオロしていると、シエスタが食事を乗せたお盆を持ってきた。

「トゥさん、お食事ですよ。」

「…ありがとう。」

「マルトーさんが腕によりをかけて作った料理ですよ。元気出してください。」

「ありがとう…。」

 トゥは、シエスタから食事を受け取った。

「しかし…このままここで暮らすわけにはいかないだろう?」

「でも、どこに行けばいいかわからないの…。」

「うーむ…。」

 

「じゃあ、ゲルマニアに来ない?」

 

 そこへキュルケが現れた。

「フレイムを通して見て聞いてみれば…、まあ可哀想に…。ルイズってば酷いわね。」

「違うもん。ルイズはね…、しばらく離れた方がいいって言ったんだもん。自分は私にとって害悪にしかならないって言ってたから。」

「それでも酷いわよ。ねえ、どう? ゲルマニアなら、お金さえあれば、貴族にだってなれるのよ? どう?」

「でも…。」

「このままルイズの下にいても、あなたが幸せになれるとは思えないわ。コルベール先生にも何かされかけたんでしょ? そもそも学院いてもいい気分はしないでしょ?」

「……それは…。」

 花が咲いてからずっとヒソヒソされ、ルイズの肩身も狭い様子であった。

 自分さえいなければ…、そんな考えが過った。

「私は、お金持っていないよ?」

「だったら稼ぎなさい。これ見て。」

 そう言ってキュルケは、古い紙の束を出した。

 それは地図だった。

「なにこれ?」

「宝の地図よ! そんでそのお宝を売ってお金を作る、そうすればあなた、なんでも好きにできるわよ!」

「…ねえ、どうしてそんなふうに私にしてくれるの?」

「うーん…、別にこれといった理由はないんだけど、なんかほっとけないのよね。」

 そう言ってキュルケは、トゥの頭を撫でた。

「やめたまえ。この手の宝の地図はまがい物に決まっている。そうやって適当な地図を売りつける商人がいて、それで破産した貴族だっているんだ。」

「あら、でもこの中には当たりがあるかもしれないわよ?」

「どうせまがい物に決まっている。」

 キュルケとギーシュが言い合っている間に、トゥは、宝の地図を見た。

 そして。

「私決めた。」

「えっ?」

「私、宝物探しに行く!」

「そうこなくっちゃ!」

「ダメだよ。そんあ軽率な…。」

「でもこのままじゃダメ。このままじゃルイズに迷惑かけちゃう。だから私、がんばる!」

 そう決意するトゥ。

 ギーシュは、やれやれと腕をすくめた。

 キュルケは、よく言ったと、トゥを抱きしめた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そうと決まればと、早速出発したトゥ達。

 しかし一筋縄ではいかなかった。

 まず、モンスターがいる。

 これは、トゥが剣を振るって倒し、宝の地図にそって宝を探した。

 それが数日続いた。

「これがお宝かい?」

 ギーシュが言った。

「この真鍮でできた安物のネックレスや耳飾りが、『ブリーシンガメル』なのかい?」

 しかしキュルケは答えない。つまらなそうに爪を弄っている。

 同じく動向をさせられたタバサは、本を読んでおり、トゥは、またモンスターが来るかもしれないので外で待っていた。

「なあ、これで七件目だぞ! 地図あてに危険を犯して行ってみれば、見つかるのは金貨どころか、せいぜい銅貨か、安物ばかりだ! 地図の注釈に書かれた宝なんて微塵もないじゃないか! インチキな地図ばかりじゃないか!」

「うるさいわね。本物が、中には、あるかもしれないってことよ。」

「しかしいくらなんでも酷過ぎる! 廃墟や洞窟は化け物や猛獣の住処になっているし、苦労してそいつらをやっつけても、得られる報酬がこれじゃあ、割に合わない!」

「そのほとんどは、トゥちゃんが一人で倒したけどね。」

「う…。」

 女性陣だけで行かせるのは自分の主義に反するとして、力を貸すということでついてきたギーシュだったが、実際にはほとんど活躍してなかった。トゥがほとんど一人でモンスターや猛獣を倒してしまうからだ。

 険悪なムードになる一同の中に、明るい声が響いた。

「皆さーん。お食事の支度ができました。」

 シエスタがそう言った。

 シエスタは、コトコト煮えた鍋から器に中身を盛り、全員に配っていった。

「うん、美味い! これはなんの肉だい?」

「オーク鬼の肉です。」

「ブッ!」

 ギーシュが吹いた。

「う、嘘です! ウサギです!」

 シエスタの存在が、険悪なムードを和らげる。

 トゥは、クスクスを笑う。

 その様子を見て、キュルケもギーシュもちょっと良かったと思った。宝探しに来るまで本当に暗い雰囲気だったからだ。

「シエスタって、料理上手なんだね?」

「そ、それほどでもありません。」

「私がオーク鬼の肉を料理するなら…。」

「だ、だから、違いますってば! これはウサギの肉です!」

「んーん。オーク鬼のお肉だって料理次第では…。」

「やめて。絶対やめてね。」

「でも食べられるものがなかったら仕方ないよ?」

「それだけ追い詰められたら致し方ないけど…、普段はしないで。」

「なんだか君の言い方だと、君、モンスターを料理に使ってたのかい?」

「うん。なんとなく思い出した。」

「…そ…、そうかい。」

「チビちゃん達が美味しい美味しいって言ってくれるんだよ。」

「うわ…。」

「チビちゃん達って…、あなた子供いたの?」

「違うよ。孤児院をね……私と、セント……が………。」

「トゥちゃん?」

 言いかけて急に固まったトゥに全員が驚いた。

 トゥは、しばらく動かず、キュルケが慌てて目の前に手をちらつかせたり、体を揺すった。

「トゥちゃん!」

「…あれ? 私……。」

「よかった…。急に固まらないでよ…。びっくりしたじゃない。」

「これ、美味しいね。シエスタは、料理上手だね。」

「トゥさん…?」

 先ほどの話がまた出て来た。

「トゥちゃん…? あなた…。」

「なぁに?」

「さっき、孤児院がどうのって話してたわよね? 続きは?」

「こじいん? なにそれ?」

 トゥは、普通に言った。

 場がシーンっとなった。

「? どうしたの?」

「トゥ…ちゃん…あなた…、いいえ、なんでもないわ。」

 キュルケがそう言って話題を変えようとした。

「おかわり。」

「あ、はい…。」

 トゥが、シエスタに空になった皿を渡して、ハッと我に返ったシエスタが料理を盛った。

 嬉しそうに美味しそうにご飯を食べ続けるトゥを、全員が何とも言えない表情で見ていた。

 食事が終わった後、キュルケが地図を広げた。

「もう諦めて学院に帰ろう。」

「あと一件! あと一件だけよ。」

 そう言ってキュルケが目の色を変えて、一枚の地図を叩きつけた。

「竜の羽衣! これよ。」

「えっ、竜の羽衣ですか?」

「そうよ。」

「それ…、私の村にあります。」

「えっ?」

「ラ・ローシェルの向こう側にある、私の村、タルブに、竜の羽衣と呼ばれる物が納められています。」

 思わぬ形で、次の行き先が決まった。

 

 




ごめんなさい。コルベール先生にこんな役やらせて…。でも彼以外に思いつかなかったんです。
たぶん花の危険性にいち早く気づきそうという考えがあったので。

なぜかキュルケがトゥの世話を焼きますが…深い理由はないかな。


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第十四話  トゥと竜の羽衣

竜の羽衣は、ゼロ戦じゃなく、鉄でできた戦闘機です。別の完結作みたいに。




 タルブの村まで、シルフィードに乗っていくのだが、その途中、シエスタに竜の羽衣のについて聞いた。

 だがシエスタの説明はあまり上手ではなかった。

 彼女の話をまとめると。

 

 竜の羽衣は、シエスタのひいおじいちゃんが乗ってきた物。

 だがもう飛べないと言っており、彼の話を誰も信じなかったこと。

 その後タルブ村に住み着いたひいおじいちゃんは、一生懸命働いて、竜の羽衣に固定化の魔法をかけてもらい、寺院に奉じたこと。

 

「実物を見るまではわね~。」

 キュルケが言った。

 

 やがてタルブ村につき、シエスタに案内されて問題の竜の羽衣がある、寺院に赴いた。

 そこにあったのは…。

「これ……。」

「なんなんだい? これは、鋼の塊じゃないか!」

「せんとうき…。」

「えっ?」

「旧世界の…遺物…。」

 トゥが、フラフラと竜の羽衣なるものに近づき、手で触れた。

 途端、彼女の左の手のルーンが光った。

「知ってるんですか?」

「ワン姉さんなら分かるかもしれないけど…、私はよく分からない…。でもこれ…、飛べるよ?」

「ほんとうですか?」

「でもまだ飛べない。この子は、燃料がないから。」

「ねんりょう?」

「油。でもただの油じゃダメ。」

「なんでそんなことが分かるのよ?」

「よく分からない。触ってると分かるの。不思議だね。」

「ええ、不思議。あなたは、不思議。」

 キュルケはそう言った。

 シエスタが、もしよければ竜の羽衣をあげると言い出した。

 キュルケとギーシュは、驚いたが、トゥは、本当!っと嬉しそうにした。

 シエスタによると、今ではお年寄りがたまに拝むだけで、村では邪魔になっていたらしい。それでいてシエスタの家の持ち物みたいなものなので父親に言えばなんとかなるとのこと。

「でもどうやっても持って帰るのよ。」

「私が持ち上げて持って帰る。」

「まあ…あなたならできそうね。でも何日もかかるわよ。」

「それでも持って帰る!」

 そう言って譲らないトゥに折れたギーシュが、父親のコネで借りた竜騎士隊とドラゴンを使って学院に運ぶことになった。

 手配がすむまで、タルブの村に滞在することになった。

 シエスタの家に案内され、トゥの姿にシエスタの父母がびっくりしていたが、シエスタが学院でお世話になっている人だと説明すると、納得し、いつまでも滞在していくれと言った。

「トゥさん、よかったらこの村の草原を見ていきませんか?」

「そうげん?」

「はい、今の季節、とても綺麗なんですよ。」

「わあ、じゃあ見る!」

 はしゃぐトゥを見てシエスタは、微笑み、彼女を案内した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その頃。

「まったく余計なことをしてくれたな。」

「申し訳ありません!」

 学院長室にて、コルベールが土下座していた。

「まったく、下手をするとどうなっていたか…そうでなくとも、君日頃の品行があったからこそ痴漢の嫌疑はかけられなかったのだぞ?」

「は…はい。」

「しかしなぜ彼女を襲おうとした?」

「いえ、私は襲うおうなどとは…!」

「なんて冗談じゃよ。なぜ花を始末しようとした?」

「は、はあ…。もうやめてください。」

「もう一度聞く、なぜ花を始末しようとした?」

 オスマンの言葉に、コルベールは、すぐには答えなかった。

「どうしたのかね?」

「恐ろしかったのです…。」

「なんじゃと?」

「あの娘が…。あの力が…。」

 コルベールは、汗をダラダラとかいた。

 コルベールは、フーケ討伐の際に同行し、トゥの力の一部を垣間見ている。それを見て恐れをなしたのだ。

「やはり、あの娘の力と花が関連していることに気付いていたか。」

「はい…。」

「確かにその通りじゃ。彼女の力は、花の力じゃ。」

「ならば…。」

「じゃが。だからこそ危険なんじゃ。」

「何がそこまで…。」

「あの花こそが真に危険なんじゃ。危険だからこそ、迂闊に手が出せん。手を出せば、自分自身だけじゃなく、周りをも巻き込むことになるじゃろう。それでもやるというのか?」

「そうなる前に私の炎で焼き払って見せます!」

「バカ者! 焼くだけであの花を処分できるならとっくの昔にやっておるわ!」

 オスマンがテーブルを叩いた。

 オスマンの剣幕に、コルベールは、たじろいた。

「申し訳…ありません。軽率な行動でした。」

「うむ。分かったならよろしい。」

 オスマンは、ソファーにどかりと座り直し、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「わあ! 綺麗!」

「でしょう。」

 シエスタに案内された草原は、どこまでも続くように広くて、所々に花が咲いている。

「本当に綺麗。」

「よかった。この村、本当に辺鄙な普通の村で何もないんですが、私にとってこれだけは自慢なんです。」

「お花摘んでいい?」

「いいですよ。でもお花を摘んでもどこに飾るんですか?」

「あ…、そっか。ごめん。」

「じゃあ、押し花にしませんか?」

「するする!」

「じゃあ、押し花にする花を選びましょう。」

 二人で、キャッキャッと嬉しそうに草原の花を摘んだ。

 そしてシエスタの家に持って帰って、押し花づくりを始めた。

「……。」

「どうしたんですか?」

「これ…ルイズにあげたら喜んでくれるかな?」

 押し花にした花を摘まみながらトゥは、目を細めた。

「どうでしょうか…。貴族の方の好みは分かりませんので…。」

「うん。でも…、あげる。喜んでくれないかもしれないけどあげる。」

「そうですか。じゃあ、一番きれいなのを選びましょう。」

「うん!」

 トゥは、元気に頷いた。

 

 

 翌朝。

 ギーシュが手配してくれた竜騎士隊とドラゴンが来て、太いロープでできた網に、戦闘機を乗せた。

 なんでこんなものをと、キュルケ達は怪訝な顔をしたが、トゥがどうしてもと言った。

 鋼でできた戦闘機を運ぶのにドラゴンが難儀し、レビテーションを唱えて浮かせて、なんとか運んだ。

 結果、とんでもなく運賃がかかってしまい、トゥは困ってしまった。

 しかし、学院に戻って見ると、その代金を払ってくれる人物が現れた。

 なんとコルベールが払ってくれたのだ。

 

 トゥは、コルベールの姿を見ると怯えてキュルケの後ろに隠れたが、コルベールは、それどころじゃなく、広場に置かれた鋼の塊・戦闘機に夢中だった。

「これはなんだね! よければ説明してくれないかい?」

「あ、あの…戦闘機…です。」

「せんとうき?」

「空を飛んで、敵を撃墜するの。」

「ほう、空を飛ぶ! しかしこの翼は羽ばたくようにはできていない。それでいて全体が鋼でできている! これが飛ぶのかね!」

「燃料がないから、飛べないの…。」

「ほう燃料か。つまり油かね?」

「そうです。でも普通の油じゃダメ。」

「ふむ…。」

 コルベールがもう自分を襲ったりしないと判断したトゥは、戦闘機に近づき、燃料タンクの蓋を開けた。

「これ。」

「ふむ…。ムッ。この匂いは…、嗅いだことがない油の匂いだ。」

「この油が必要なの。でもその前に…。」

 トゥは、竜騎士隊を見た。

「お金…、どうしよう…。」

「う…うーむ、そうか。なら私が立て替えよう。…君に酷いことをしてしまったせめてものお詫びだ。」

「…ありがとう。」

 トゥは、コルベールに頭を下げた。

 こうして、運賃代をコルベール立て替えてくれた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ルイズ。」

「トゥ! あんたどこ行ってたのよ!」

 帰って早々、ルイズに怒鳴られた。

「ごめんなさい…。」

「まあ、いいわ。」

「うん。あのね…。ルイズ…これ…。」

「なにこれ? 押し花?」

「一番きれいだったのをルイズにあげようと思って…。私が作ったの。」

「……もらってあげるわ。」

「よかった。」

 トゥは、嬉しそうに笑った。

 そしてトゥは、部屋を出て行こうとした。

「ちょっと、トゥ。どこに行くの?」

「広場。」

「広場って…何をしに?」

「持って帰ってきたものを置いてあるの。」

 そう言って部屋を出て行ってしまった。

「あ、こら、待ちなさい!」

 ルイズは、押し花を机の上に置くと、トゥを追って行った。

 

 

 アウストリの広場に置かれた戦闘機によじ登り、席に座ったトゥは、操縦桿を触ったり、他の計器を触ったりした。

「…壊れてない。うん。分かる。」

 左手のルーンが輝き、トゥに知識を与えて来る。

「トゥ? これがあなたが持って帰ってきた物? なにこれ?」

「戦闘機だよ。」

「せんとう、き?」

「これで空を飛んで、敵を倒すの。」

「これが、空を? 嘘でしょ。」

「嘘じゃないもん!」

「じゃあ飛んでみなさいよ。」

「できないの。まだ燃料がないから。」

「ねんりょう?」

「コルベール先生が作ってくれてるよ。」

 操縦席から顔を出して、トゥが嬉しそうに笑った。

 ルイズは、あんなことがあったのに、よく頼めるなっと思った。

「ねえ、トゥ。一週間も何してたの?」

「宝探し。」

「ご主人様に無断で行くなんてどういうこと?」

「だって…、ルイズが離れてた方がいいって言うから…。」

「だからって黙って行かないで。」

「……ゲルマニアに来ないかって誘われたの。」

「誰に?」

「キュルケちゃんに。」

「キュルケが? なんでよ?」

「ゲルマニアに行けば、お金さえあれば貴族もなれるって。」

「あんな野蛮な国になんて行かせないわよ!」

「でも…。」

「あんた承諾したんじゃないわよね!?」

「……。」

「黙ってるってことは、承諾したのね!? そんなに私といるのがイヤ!?」

「それは、ルイズの方だよ!」

「なんでよ!」

「私に花が咲いてから…、私に変に優しくするし…、それに周りからヒソヒソされて…辛かったでしょ?」

「それは…。」

 ルイズは、口ごもった。

「私がいなくなれば、ルイズが楽になるって思ったの。」

 トゥは、操縦席で足を抱えた。

「……トゥ…、降りてきて。」

「イヤ。」

「いいから。」

「……叩くんでしょ?」

「いいから降りてらっしゃい。」

 何度も降りてこいと言うと、やがてトゥが操縦席から降りて来た。

「トゥ…、確かにあの時、怖かった。でもね…、あなたのこと、それでも嫌いじゃないの。それは本当のことよ。」

「私も…怖かった。」

 トゥは俯いた。

「花が咲くのが…。もう咲いちゃったけど…、私の中でどんどん育っていくコレが怖かった。」

「トゥ…。その花は、なに? なんなの?」

「怖いもの…。危険なもの…。私を苗床に育つモノ…。」

 トゥは、哀しそうに言った。

「それはあなたの体に寄生しているの?」

「たぶん私が生まれた時からずっと…。よく覚えてないんだけど…。ゼロ姉さんから別れたもの。」

「そのゼロ姉さんって?」

「あの人は……。あれ? 思い出せない。」

 トゥは、頭を抱えてウーンウーンと唸った。

「無理しなくていいわよ。思い出せないものは仕方ないわ。」

「でも…。」

「いいから。ね?」

「…うん。」

 トゥは、頷いた。

「じゃあ、今日から洗濯物してもらうから。破っちゃダメよ?」

「えー。」

「なによ。やる気あるんでしょ? そんなにしたいなら、やらせてあげるのよ。」

「えー。」

「なによ! 優しくされるのがイヤなんでしょ!」

「だって急だったんだもん。」

「とにかく今日から、掃除洗濯、着替えも手伝ってもらうから。」

「えー。」

 

 

 そんな二人の様子を、キュルケ達が見ていた。

「仲直りしたようだね。」

「そうね。」

「雨降って地固まる。」

 

 

 




竜の羽衣は、ゼロ戦より進んだ、鋼の戦闘機です。
ドラッグオンドラグーン3の旧世界の遺物ならトゥは、見たことがあるんじゃないかと思ったので。

なんだかんだでルイズとは、和解(?)。
いつも通りになります。


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第十五話  トゥ、空へ飛ぶ

タルブ戦。

ウタを使ってミサイルの代わりの攻撃をするのは、捏造です。


 

 翌朝。

 コルベールがルイズの部屋を訪ねた。

「トゥ君、できたよ!」

「う~ん。眠いよォ…。」

「あのせんとうきというものの燃料ができたんだよ!」

「本当?」

 コルベールは、ワイン瓶に入った燃料を見せて来た。

「…でもこれじゃあ足りない。」

「どれくらい必要なんだね。」

「えーと、樽、五個分?」

「そんなにかね!」

「がんばって。」

「う…、うむ。」

 コルベールは、トボトボと自分の研究室へ帰って行った。

「なによぉ? 朝から騒がしいわね…。」

「コルベール先生が、燃料ができたって。」

「もう?」

「でも足りないからもっと作ってって言ったよ。」

「そう…。あんまり無理な注文しちゃダメよ?」

「でもコルベール先生しか頼める人いないよ?」

 確かにあの戦闘機というものに興味を持つのは、コルベールぐらいだ。

 一部の生徒や教師が見物したがすぐに興味を無くした。

 コルベールは、ある意味で変わり者なのだ。

「あ、そうだ。トゥ、ちょっと付き合って。」

「えっ? なになに?」

「姫様の婚姻時の詔を考えなきゃいけないの、ちょっと実践みたいにしたいから。」

「分かった。」

「じゃあ着替えさせて。」

「分かった。」

 トゥに着替えを手伝ってもらい、部屋の中でトゥは、チョコンと座り、その前に始祖の祈祷書を持ったルイズが立った。

「えーと…、この麗しき日に、始祖の調べの光臨を願いつつ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ヴラン・ド・ラ・ヴァリエール。畏れ多くも祝福の詔を詠みあげ奉る……。」

 そこまで言って、ルイズは、黙ってしまった。

「ルイズ。終わり?」

「このあとね、火に対する感謝、水に対する感謝とか…、順に四大系統に対する感謝を私的な言葉で詠みあげなきゃいけないの。」

「ふーん。」

「全然興味なさそうね…。」

「よく分からないんだもん。」

 トゥは、そう言って頬を膨らませた。

「もういい。」

 ルイズは不貞腐れてベットに横になった。

「ルイズー、朝ごはんは?」

「勝手に行きなさい。」

「…分かった。」

 トゥは、そういうと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 厨房にはシエスタはいなかった。

 シエスタは、宝探しで帰省した時についでにそのまま休暇ということになったので、現在はタルブにいる。

「シエスタちゃんがいないと寂しいな…。」

「そうか。おまえさんもそう思うか。」

「うん。」

「姫殿下の婚姻式が終われば帰って来る。それまでの辛抱だ。」

「うん。ねえ、マルトーさん。」

「なんだ?」

「厨房を、ちょっと借りていいですか?」

「おいおい、どうした?」

「料理がしたいんです。」

「おお、おまえさん料理できんのか? ならいいぜ、そこのを貸してやる。」

「ありがとう!」

「ちゃんと手ぇ洗えよ?」

「うん!」

 そう言って、手を洗ったトゥは、料理を始めた。

 

 

 やがてルイズが朝ごはんを食べに食堂に来ると、待ってましたとトゥがルイズの席に来た。

「なに?」

「これ作ったの!」

「トゥが?」

 トゥの手には、美味しそうな見たこともないお菓子が盛られていた。

「デザートにどうぞ。」

「見たことないわね。」

「私がもといた世界のお菓子だよ。」

「あんた料理できたのね。」

「うん!」

「もう、急にどうしたの?」

「いい詔ができますようにって。」

「…私のため?」

「うん!」

 元気よく頷くトゥのその笑顔に、ルイズは頬が赤らむのを感じた。

「どうしたの? 嫌だった?」

「なんでもない。そこに置いといて、後で食べるから。」

「分かった。」

 そう言ってテーブルにお菓子の乗った皿を置いた。

 トゥが、スキップするように食堂を出ていくと、ルイズは、お菓子の一つを摘まんで食べた。

「…美味しい。」

 素直に出た言葉だった。

 

 

 食堂の外へ出た、トゥは、クルクルと踊るように回った。

「また作ってあげよう。」

 ルイズのために料理を作るのはとても楽しかった。

 とても心が晴れやかだった。

 料理が楽しいことを思いだし、トゥはとても楽しい気持ちだった。

 しかし、その時。

 まるで雪崩のように頭の中に雪崩れ込んでくる映像があった。

 

 燃えていく、家々。

 燃えていく、森。

 燃えていく、草原。

 燃えていく、人間。

 燃えていく…、シエスタ。

 

「…えっ? なに?」

 トゥは、周りをキョロキョロと見回した。だが脳裏に先ほどの映像が残っている。

 まるでそれは、これから起こる不吉な出来事そのものようであった。

「違う…、そんなことない…。そんなこと起るわけない…。」

 トゥは、否定しようとするが、かえってそれが不安を強めてしまった。

 そんなことない、そんなことないと、否定するトゥを、一匹のネズミが見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ついに、婚姻の日を迎え、魔法学院の門のところでトリスティン城への馬車を待っていた。

 だが朝もやの中、来たのは、息を切らした一人の使者だった。

 使者は、ルイズ達にオスマン氏の居場所を聞くと、学院の方へ走って行った。

 二人は顔を見合わせ、こっそりと使者の後を追った。

 

 

 学院長室の前で、聞き耳を立て、そこから聞こえる声を聞いた。

 そこで交わされる話にトゥは、目をも開いた。

 アルビオンが攻めてきて、タルブが燃えている。

 あの映像が思い起こされる。

 家が燃え、森が燃え、草原が燃え、人が燃え、シエスタが……。

 トゥは、居ても立っても居られないず、走り出した。驚いたルイズは、すぐにトゥの後を追った。

 トゥは、コルベールの研究室の扉を…、ノックしようとして破壊した。

「ふが! な、何事だね!」

 寝ていたコルベールは、飛び起きた。

「コルベール先生! 燃料は!?」

「な、なんだい、急に?」

「燃料は!」

「あ、ああ、できてるよ。」

「ありがとう!」

 そう言ってトゥは、樽を担ぎ上げて走り出した。

 広場とコルベールの研究室を行き来してすべての燃料を運ぶと、トゥは、戦闘機に燃料を注いだ。

「トゥ! どうする気なの!?」

「タルブに行く!」

「まさかこれで? そんなオモチャで何ができるのよ!」

「オモチャじゃない! これは、人殺しの武器! 私達の世界でたくさんの人を殺す武器なの!」

「いくらあんたの世界の武器でも、アルビオンの大軍相手にひとりで何ができるのよ!」

「分かってる! でもそれでも行くの!」

「なんでそこまで!」

「シエスタは最初にご飯をくれたの。押し花を作るの手伝ってくれたの! シエスタを燃やしたくないの!」

 やがて燃料を注ぎ終えたトゥは、操縦席に座った。

 エンジンをかけると、エンジンが起動した。

 凄まじいエンジン音と共に、計器が動き出す。

「トゥ! 私も行く!」

「ダメ。ルイズは、残ってて。」

「使い魔だけを行かせるなんてできないわ!」

「…分かった。」

 トゥは、手を伸ばし、ルイズを後ろの席に乗せた。

「風防を閉めるよ!」

 そう言って操縦席の風防を閉じた。

 するとコルベールが駆けつけて来た。

 トゥは、困った。

 広場は確かに広いが、距離がちと足りない。

 なんとか揚力を得ないと…っと思っていると、コルベールを見て気付いた。

 そうだ、彼に風を起こしてもらおう。

 トゥは、風防の中から、コルベールに身振り手振りで風を起こしてくれと伝えた。

 コルベールに伝わり、コルベールが呪文唱えて風を起こした。

 そしてトゥは、戦闘機を走らせた。

 すごいエンジン音のため、建物の窓から生徒達や教師達が顔を出し広場を見た。

 広場のギリギリ。本当にギリギリで、建物に衝突せず、戦闘機はふわりっと浮いた。

 長らく空を飛べなかった鋼の翼は、ついに空へと舞ったのだ。

「と、飛んだ!」

「掴まってて!」

 トゥは操縦桿を操作し、全速力でタルブ村へと飛んだ。

 トゥは、戦闘機を操縦しながら、左手の甲を撫でた。

 左手から大きな力を感じる。そしてトゥに知識を与えて来る。そのおかげで、触ったことすらない戦闘機の操縦ができる。

 馬を何回も乗り換えても一日はかかる距離をあっという間に通り過ぎ、黒煙の上がるタルブ村の上空に来た。

 タルブ村は炎上し、あの綺麗な野原も焼け、そこにアルビオン軍の兵士達がいた。

 そのタルブの空には、空を飛ぶ空中艦隊と、ドラゴンに乗った竜騎士団が陣取っていた。

「許さない!」

 タルブ村の惨状を見たトゥは、激情のまま、戦闘機を竜騎士団の中心へと突撃させた。

 ドラゴンなど及ばない、スピードは、空気の壁、衝撃波を纏い、空中戦を得意とするドラゴンを薙ぎ払い、ドラゴンの強靭な肉と骨を砕き、更に当たらなくても、近くにいただけで後に残る音の破壊力に竜騎士達は耳を破られ気絶して地上へ落下していった。

 耳は破れなかったが、あまりの音に耳をやられ仲間同士の連携が取れないところに、旋回した、トゥが操る戦闘機が更に突撃してくる。

 集まっていたら危険だということは理解したが、散開するよりも早く突撃してきてまた薙ぎ払われる。

 さらには、機関銃が雨あられのように飛んできて穴を開けられ撃ち落されていった。

 戦闘機がやがて艦隊に迫った。

 慌てた艦隊の乗員達が対応しようとするが、それよりも早く、ミサイルの置き土産をして戦闘機は船から離れ、船は爆発した。

「弾が…。なら……。」

 トゥは、ミサイルの残数がないことを悟ると、大きく息を吸ってウタった。

 ミサイルの発射口に、天使文字が浮かび上がり、トゥが発射スイッチを押すと、そこから青い光が発射され、船に着弾して爆発炎上した。

 それを何度か行い、何隻もの船を墜落させた。

「っ…。」

 しかし敵の艦隊は、まだまだいる。

 トゥの鼻から血が垂れた。

「トゥ? トゥ、もう限界なんでしょ?」

 トゥの異変に気付いたルイズが後ろから言った。

「まだ、いける…!」

「もう無理よ! あの敵の数を見なさい! あなたがいくら強くても、多勢に無勢、いつか力は底を尽きるわ!」

「でもやらないと!」

「っ、馬鹿!」

 ルイズが叫んだ時、ガクンッと戦闘機が揺れた、ルイズは、席に叩きつけられるように座り、持ってきていた始祖の祈禱書が開いた。

「ワルド!」

 トゥは、外にいる風竜に乗ってワルドを見つけた。

 すれ違いにワルドが風の魔法を放つたび、戦闘機が揺れた。

「くっ!」

 トゥは、クラクラする頭を押さえながら戦闘機のバランスを整えようとした。

 トゥが四苦八苦している間、後ろにいるルイズは。

「…読める。」

 開かれた始祖の祈禱書を見て呟いた。

 右手の水のルビーが光り、何も書かれていなかった白紙の始祖の祈禱書に文字が浮かんでくる。

「何よこれ……、ブリミルったらヌケてるんじゃないの? 水のルビーか、風のルビーがないと読めないなんて、それじゃあ分かんないじゃないの。」

 だがもしかしたらと、ルイズは思う。

 今浮かび上がっている文字に沿い、この呪文を完成させれば、この状況を打破できるのではないかと。

「トゥ、私が何とかするわ! あなたはそれまで耐えて!」

「ルイズ?」

「絶対に落ちるんじゃないわよ!」

「…う、うん。」

 ルイズの剣幕に、トゥは反射的に頷いた。

 しかしトゥも限界が近かった。

 ウタを使いすぎた。頭がクラクラとし、右目が酷くうずいた。鼻から垂れる血の量も増える。

 ルイズが詠唱を始めた。

 その間にもワルドからの魔法がきて、機体が揺れた。

「ま、負けない!」

 トゥは、操縦桿を握り直し、戦闘機を操作した。

 バランスを必死に整えたことで、ルイズは、円滑に詠唱を続けられた。

 やがて戦闘機が、レキシントン号の上へ来た。バランスを整えるので必死で方向など気にしていなかったのだ。

 凄まじい砲撃が飛んでくる。それをトゥは、すべて避けていくが、そのたびに、トゥの鼻から血が垂れ、トゥの足元を汚した。

 トゥは、もう限界だと、操縦桿を握る手に力が入らなくなってくるのを感じた。

 その時、ルイズの呪文が完成した。

 

 太陽のような火球がレキシントン号の上に出現し、それがすべての艦隊を包み込むように広がる大爆発となる。

 虚無の魔法、エクスプロージョンが完成したのだ。

 

 空を陣取っていた艦隊の群れがすべて燃えていく。

 何が起こったのか分からず空中を飛んでいたワルドを見つけたトゥは、力を振り絞り、機関銃を発射して、ワルドの風竜と、ワルドの背中を撃ち抜いた。ワルドは、風竜と共に墜落していった。

 トゥは、ふーふーっと呼吸を乱しながら、操縦桿を両手で握り、草原に向けて戦闘機を飛ばし、ゆっくりと降下させて、車輪を出し、草原に不時着した。

「はあ…はあ……。」

 前の計器にもたれれかかるようにトゥは、呼吸を乱していた。

「トゥ…、大丈夫?」

「…なんとか…。」

 ルイズの声にも元気がない。

 トゥは、風防を開けた。

 焦げ臭い匂いがするが、良い風が吹き抜けた。

「動けない…。」

「私も…。」

「トゥさん!」

 その時、シエスタの声が聞こえて来た。

 森に避難していたシエスタが、駆けつけたのだ。

「ああ…よかった……。シエスタ…無事で…。」

 トゥはそこで意識を失った。

 

 

 

 




トゥが見た予知は、花が見せたのか、それともガンダールヴが見せたのか、果たしてどちらなのか?

ルイズのために作ったお菓子には、モンスターは使っていません。念のため。


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第十六話  トゥ、告白される

シエスタが、ノーマルじゃないです。
完全なるアブノーマルじゃないけど、恋って同性相手でも関係ないって思うのは私だけでしょうか?

あと、犬の格好、再び。
あと、ルイズにちょっと手を出します。大したことじゃないですが…。


 夢を見た。

 

 薄紅色の花の夢。

 綺麗なのに恐ろしい夢。

 この花は、いずれ世界を……。

 

「ーーーーっ!」

「トゥさん! 目が覚めたんですね?」

「…シエスタ。」

 目を覚まして最初に見たのは、シエスタの泣き笑いの顔だった。

「うなされてたからすごく心配だったんですよ…。でもよかった…。目を覚まさないから…。」

「ルイズは?」

「ミス・ヴァリエールなら、あちらに。」

 トゥから少し離れた位置にある、木の傍らでルイズは、座って寝ていた。

「疲れてらっしゃったのですね。トゥさんを看病していて途中で寝てしまわれて…。」

「あ…。そういえば、敵は…。」

「トリスティン軍が勝ちました。あの…、ものすごい爆発があって、それでアルビオン軍の艦隊が全滅したおかげで。」

「ルイズがやったんだ…。」

「ミス・ヴァリエールが?」

「ルイズ、がんばったんだよ…。」

「そうなんですか…。」

 トゥは、起き上がった。

 そして、寝ているルイズの傍に来て。

「ルイズ、ルイズ。」

「…ん? トゥ?」

「おはよう。」

「……バカ。」

「えー?」

「あれから全然、目を覚まさないし…、なんなのよ。」

 ルイズは、なぜか不貞腐れていた。プイッとそっぷを向き、頬を膨らませる。

「ごめん…。」

「もういいわ。」

 そう言ってルイズは、トゥの方を見た。

「鼻血も止まったみたいだし。元気そうね。」

「うん。」

 トゥの鼻には、布が詰められていた。それを外すると、血は垂れなかった。

 

 その後、トゥとルイズは、シエスタの村の人々に崇められ、三日三晩ほど宴会に付き合わされた。

 

 こっそり抜け出したトゥは、お酒で火照る身体を風にさらして覚まそうとしていた。

「トゥさん。」

「シエスタ?」

 そこへシエスタがやってきた。

「ちょっと酔っちゃった。」

「そうですか。無理なら無理って言ってくださいね。そうじゃないとずっと勧められますよ。」

「そうだね。」

「あの…トゥさん…。」

「なぁに?」

 トゥがシエスタの方を見ると、シエスタは、俯き、頬を赤らめていた。

「その…女性の方との………、その…えっと…。」

「なになに?」

「あの!」

「ふぇ!?」

「好きです! トゥさん!」

「えっ? 私も好きだよ。」

「えっと…、そ、そそそそ、そういう…お友達としてじゃなくって…その…。」

 シエスタは、顔を真っ赤っかにして、手をオロオロとさせた。

 トゥは、首を傾げた。

「好きって…、恋人として?」

「そ、そうです…。」

「……。」

 

 『カノジョに無理をさせたくないですからね。』

 

「っ…。」

「トゥさん? もしかして…、い、いやでした? そうですよね…、同性同士で…そんな…。」

「違う…。」

「えっ?」

「ごめんね…。シエスタ…。私…、恋人になれないの。」

「そうですか…。」

「ごめんね。」

「いいんです。ダメもとでしたから。」

「これからもお友達でいてくれる?」

「もちろんです!」

「よかった。大好きだよ。シエスタ。」

 そう言ってトゥは、シエスタの両手を握った。

「そんなこと言われたら…、勘違いしちゃいますよ?」

 シエスタは、そう言って、苦笑した。その目には、少し涙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして学院に帰ってみると、学院は平和なものだった。

 学び舎であるため政治的なこととは無縁であるためである。

 キュルケからの話によると、朝食の際にオスマンからトリスティン軍の勝利についての話がちょっとあっただけで、それ以外は普通だったらしい。

 タルブ村であんな激しい戦闘があったというのに、ここに来たらそれが嘘みたいだ。それぐらい差がある。

「トゥさん、トゥさん。」

「なぁに?」

「これ、どうぞ。」

「なにこれ、ストール?」

「トゥさんがつけているのボロボロですよね、だから新しい物をって…思って…。出来る限り同じ色の糸を選びました。」

「もしかして手作り?」

「はい…。」

 シエスタは、頬を赤らめて頷いた。

 トゥは、そんなシエスタからの好意を無下にできず、受け取り、それを首に巻いた。

「うん。ありがとう。肌触りも良い。」

「よかった。」

 シエスタは、嬉しそうに微笑んだ。

 そんなシエスタの様子に、トゥは、複雑な気持ちになった。

 自分はシエスタの恋人にはなれない。

 思い出せないが自分には、たぶん、恋人らしき人がいた。

 思い出せないのがもどかしい。心が寂しい。

 この心の寂しさを埋めるために、いっそのこと…なんて気持ちもあるが、それではシエスタを傷つけてしまうと思いとどまった。

「あの、トゥさん…。」

「なぁに?」

「トゥさんには、恋人がおられたんですか?」

「……いたと思う。思い出せないけど。」

「やっぱり、そうですか…。」

 シエスタは、しゅんとした。

「トゥさんみたいに素敵な人を放っておくわけないですよね…。」

「シエスタにも素敵な恋人ができるよ。」

「私は…、ただの田舎娘ですから…。」

 そう言ってシエスタは、委縮した。

「シエスタ…。まだ私の恋人になりたい?」

「えっ…、それは…。」

「いいんだよ。シエスタの気持ちわかってて私もハッキリできなくて。ごめんね、シエスタ。」

「いいんです…。私が未練たらたらなせいですから…。」

 シエスタの目からポロポロと涙が零れた。

 トゥは、そんなシエスタに近づき、いい子いい子と頭を撫でた。

 

 

 その様子を、離れた位置から木の影から見ている人物が一人。

「なによ……。断った割に、イチャついちゃって…。」

 ルイズは、ぶつぶつと文句を言っていた。

 実は、あの時のシエスタの告白シーンをちょうど見てしまったのだ。

 トゥがそれを断ったことに、ルイズは、ホッとしていた。なぜホッとしたのか。それが分からず、こんな感じでトゥの後をつけて様子をうかがうなんてことをしているのである。

「なんでイライラしてるのよ、私…。」

 分からない。よく分からない。

 トゥがシエスタと仲良くしているのを見ると、イライラする。ムカムカする。

「まさか…、やきもち? イヤイヤイヤ! 違う違う! そんなわけない! そんなわけなーい!」

 ルイズは、しゃがみ込み頭を抱えて首を振った。

 しかしその顔は赤面している。

 

「ルイズー、どうしたの?」

 

「はっ?」

 見るとトゥがいつの間にか近くにいて、中腰になってこちらを見ていた。

「なんで…いるのよ?」

「だってさっきからルイズの声が聞こえてたから。」

「!?」

 あれだけ一人で騒げばトゥだって気付く。

 トゥは首をかしげている。ルイズは、プスプスと煙が出そうなほど赤面した。

「お……。」

「お?」

「お仕置きするわよ!!」

「なんで?」

 なんかよく分からないが、お仕置きが決定した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『理不尽だよな~。理由も言わずによォ…。』

「くぅ~ん…。」

 トゥの腰にあるデルフリンガーが言うと、トゥは悲しそうに声を漏らした。

 また犬の恰好をさせられて、現在教室の後ろでチョコンと座っていた。

『なぁ、相棒、そこまでして犬の真似なんかしなくたっていいんだぜ?』

「だって、しないと怒られるんだもん…。」

 そしてチラリッとルイズの方を見ると、ルイズは、馬用の鞭を片手で弄びながらこちらを見ていた。

 ギョッとしたトゥは、ビシッと背筋を伸ばした。

 ルイズは、それを見ると、前を向いた。

 ルイズの目がそれると、トゥは、しゅんっと俯いた。

 

 

 お昼。

「キャンキャン!」

「まだよ。」

「…わん…。」

 床でしょんぼりと座り込んでいるため、頭を垂れさせたため耳と尻尾を垂れる。

 その様は、まさに叱られてしょんぼりする犬で、それが美女とあっては、食堂にいる男子と男性教師の多くが鼻を押さえていた。

「トゥさん、トゥさん、ご飯食べて元気出してください。」

 そこへシエスタが食事を乗せたお盆を持ってきた。

「わん!」

「こら、勝手に食べちゃダメよ。」

「わん…。」

「待てよ。待て。」

「くぅ~ん…。」

「………………よし。」

「わーい!」

 トゥは、すぐに食事にありついた。

 

 

 夜。

「本当は床だけど、ベットで寝かせてあげる。」

「わん。」

「ただし! 何もしないでよ? したら明日ご飯抜き!」

「わん…。」

 とりあえずベットで一緒に寝るのは許してもらえた。

 そこでトゥは、ちょっと悪戯心が芽生えた。

「わんわん。」

「もう、くっつかないでよ。」

「くぅ~ん、くぅ~ん。」

「こ~ら、くすぐったいでしょ。」

 本物の犬さながらにすりついてくるトゥを、ルイズは笑って迎えた。

 トゥも悪乗りしだして、しまいには、ペロペロと顔を舐めだした。

「あーもう、甘えん坊さんねぇ。」

 なんだか楽しくなってきたルイズは、トゥの頭をワシャワシャと犬みたいに撫でまわした。

 トゥの少しふわっとした髪の毛がとても触り心地がよくて、いつまでも撫でていたくなる。

 肌だってモチモチのふわふわだし、なんて素敵なんだろう…っとルイズがうっとりしていると、トゥの手がゴソゴソとルイズの体をまさぐった。

 嫌な予感がした。

「ルイズ…。」

 トゥの目がトロンっとしている。

 デジャヴ。

 ルイズは、慌ててトゥから距離を取ろうとしたが、そのまま抱き込まれた。

「ちょ…、トゥ! ダメ!」

「ルイズの肌…、甘い…。」

「舐めないでったら!」

「他のところも美味しそう…。」

 ネグリジェの中に、トゥの手が入り込んだ。

「いや…、ダメ…!」

 わき腹を撫でられ、ルイズは、ビクリッと反応した。

「ルイズの、肌、すべすべ…。」

「トゥ! しゃ、シャレになってないから! ダメ、ダメよ!」

 だが抱きしめる腕が強すぎて逃げられない。

 トゥの手が、ネグリジェから出て、ルイズの太ももを撫でた。

「ダメ! ダメだってば!」

 その手が太ももの内側を撫で始めたところで、ルイズは、涙を浮かべた。

「これ以上やったら、あんたのこと嫌いになる!」

「っ…あ……。」

 トゥは、正気に戻った。

 ルイズは、涙目で、顔を真っ赤にして、プルプルと震えていた。

「…ごめん。」

「あんた、明日も犬になってもらうからね!!」

「…分かった。」

 

 お仕置きは、明日も続くようであった。

 

 

 




私は、シエスタをどうしたいのか分からなくなっております。申し訳ない。
最初は友情で収める予定だったんですが、恋愛に発展させました。

犬の格好で、犬みたいにルイズにじゃれついて、途中でちょっと正気を失ってルイズにちょっと手を出しました。


次回は、惚れ薬騒動。


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第十七話  トゥと惚れ薬騒動

ちょっと無理やりな展開です。

シエスタに、カイネの服やら、フリアエの服とかを着せ替えます。
書いてて、表現が難しいですね…。

惚れ薬を飲むのは、ルイズです。

ちょっと、性的な表現があります…。胸を揉むという程度のものですが…。注意。


 

 なんで、こんなことになっただろう?

 っと、トゥは思った。

「トゥ、いいわね、これからは、私だけを見て。いいわね!」

「えっ? ルイズのこと見てるよ?」

「そうじゃなくって、もう! 分かってよォ!」

 ポカポカとルイズに叩かれ、トゥは困った。

 ルイズの後ろの方には、あちゃーっという感じで額を押さえている巻き毛の金髪の少女。そしてポカンとしているギーシュがいた。

 

 

 時は、少し遡る。

 

「シエスタ、シエスタ。」

「トゥさん、どうしたんですか?」

「これ着てみて。」

「なんですかこれ?」

「この間のストールのお返し。思い出して作ってみたの。」

「そんな、お返しなんていいですよ…。」

「いいからいいから、着てみて。」

「は、はい。」

 頬をほんのり染めたシエスタが脱衣所へ行って、トゥから渡された服を着替えに行った。

「あの…、すみません。これどうやって着たらいいんでしょう?」

「じゃあ着替え手伝うね。」

 そう言ってトゥは、シエスタと脱衣所に入った。

 そして。

「わあ、サイズぴったりでよかった!」

「あ、ああ、あの…これ、下着じゃなんですか?」

 シエスタは、胸を両腕で隠すようにしながら恥かしそうに赤面した。

 透けそうなほど薄いネグリジェのような上は、下着が見えそうで見えないギリギリの長さで、シエスタの発育のいい胸の谷間はさらされ、右足にはなぜか包帯。ハイヒール。

「えーと…、かいねの服だったっけ?」

「なんでこんな格好なんですかー!」

「うーん、でも素朴な感じのシエスタには、ちょっと刺激的すぎたかな。着替えようか。」

「もう、真面目にしてくださいよぉ。」

「じゃあ、次はね。」

「まだあるんですか?」

「これは、そんなに恥ずかしくないはずだよ。」

 そう言って着替えさせた格好は。

 白い質素な感じのドレスに、腰に鋼の装飾がある、どこか神聖さを感じさせる格好だった。

「ああ、これは、そんなに…。」

「でも、これもなんか違うなー。じゃあ、次ー。」

「ええー、まだあるんですか!?」

「これ、私の姉さんが着てた服。」

「あれ? これ胸が開いてませんか!? お腹も出ませんか!?」

「そうだよ?」

「ちょっと、恥ずかしいです!」

「着てくれない?」

「う……。」

 トゥの顔に、シエスタは迷った。

 

「何してんのよ…。」

 

 そこへ、ルイズが声を低くして言った。

「あっ、ルイズー。どうしたの?」

「何をしてるのよ、あんたは!」

「えっ、何って…着せ替え?」

「さっきから見ていれば、変な服ばっかりメイドに着せて何してんのよ!」

「この間、シエスタからストール貰ったからそのお返しにって思って、服作ったの。色々できたから試着。」

「だからってなんで変な服ばっかりなのよ!? あんたの趣味!?」

「違うよー。誰かが着てた服と、姉さんが着てた服だよ。」

「誰かって、だれよ?」

「誰かだよ。」

「わけわかんないこと言ってんじゃないわよ! そ、そそ、そんなに着せ替えしたいなら、私ですればいいじゃない!」

 ルイズが叫んだ。

「えっ?」

「だから! 私が着てあげるって言ってんの!」

 ルイズは、顔を赤くさせて叫ぶ。

「えっ…、でも…。」

「いいから着せなさい!」

「…分かった。」

 なぜかそうなって、ルイズに着せてみたのだが…。

「……。」

「スカスカだね。」

 さっきシエスタに着せようとしたゼロの服は、スレンダーなルイズでは、スカスカになってしまう。主に胸が…。あと腰と尻のサイズも足りない。

「トゥ…、笑ったでしょ?」

「笑ってないよ?」

「じゃあ、その口元のにやけはなに?」

「えっ?」

 トゥは、言われて自分の頬に手を置いた。

「笑ったでしょ!」

「笑ってないよ!」

「笑った!」

 ルイズは、素早く脱衣所に入り、手早く服を着替えると、トゥに杖を向けて来た。

「な、なに?」

「お、お仕置きよ!」

「えー?」

「お仕置きだったら、お仕置き!」

「なんで!」

 トゥもさすがに耐えかねて声を上げた。

「ルイズ、変だよ! 急に犬の格好させたり、笑ってないのに急に怒ったりして…分かんないよぉ!」

「逆らうんじゃないわよ!」

「イヤ!」

「いいからそこに直りなさい!」

「イヤ!」

「逃げるんじゃないわよ!」

 こうしてトゥとルイズの追いかけっこになった。

 身体能力でルイズがトゥに敵うはずがなく、トゥはすぐに巻いた。

「ルイズ…。どうしたんだろう?」

 そう呟きながら、トボトボと歩いてたら、寮の一室からルイズが誰かに突き飛ばされるように部屋から出てきて、トゥを見た。

 そしたら急に、ルイズは、泣きだし。

 それに驚いて止まったトゥに近づくなりポカポカと叩いて、ベソベソと泣いて。

「どうして私だけを見てくれないの!」

 っと、叫ぶのである。

 それから部屋から、ギーシュと巻き毛の少女が出てきてこの状況を見て、上記の反応をしたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 隣にぴたりとルイズを引っ付けた状態のトゥは事情を聞いた。

 何が部屋の中で起こったのか。そしてルイズの異変について。

「…惚れ薬よ…。」

「ほれぐすり?」

「読んで字のごとくさ。見た相手を好きになる薬だ。」

 巻き毛の少女モンモランシーが白状し、ギーシュが説明した。

「モンモランシーが僕に飲ませようとしたんだけど、誤ってルイズが飲んでしまったんだ。」

「えー。」

「ルイズは君を探して走っていたらしいけど、喉が渇いてその…惚れ薬が仕込まれたワインを、飲んでしまったんだ…。何があったんだい?」

「よく分からないの…。」

 トゥは、ギーシュ達に説明した。

「それは、ルイズがおかしいな。」

「だよね。」

「ごめんね、トゥ…酷いことばっかしちゃって…。」

 隣にいるルイズが謝ってきた。

「だって、シエスタシエスタって…、あのメイドのことばっかりなんだもん…。私というものがありながら…。」

「おや!? トゥ君、君という人は、まさかルイズと!?」

「違うよ。」

 ギョッとして赤面したギーシュの言葉を、トゥはすぐに否定した。

「ギーシュ…。」

「ち、違うよ、モンモランシー! 僕には君だけさ!」

 ギーシュとモンモランシーの痴話げんかを脇に、トゥは、自分の腕にしがみついて離れないルイズを見た。

 ルイズは、うっとりとした目でトゥを見上げている。

 これは完全に恋をしている眼だ。それは分かった。

 けれど…。

「嘘なんだよね…。」

「嘘じゃないもん。」

「違うよ…。それは薬の所為なんだよ?」

「違うもん。」

 ルイズは、スリスリとトゥにすり寄りながら言った。

「トゥの肌って、モチモチしてて、柔らかくて気持ちいい…。」

「そう?」

「ずっと触っていたい…。」

「いいよ。触ってていいよ。」

「本当! 嬉しい!」

 トゥの許しを得るなり、パアッと顔を輝かせたルイズは、トゥの肌に触りまくった。

 特に胸の感触が気に入ったのか、両手でトゥの胸をもみだした。

「る、ルイズぅ…。」

「胸、柔らかい…。」

「あ、ァん…。」

 なんだか怪しい空気になりつつある状況に、ギーシュとモンモランシーも赤面して、二人を凝視した。

「あん、ダメ…、ルイズ…。」

「手に吸いつくような柔らかさだね。羨ましいなぁ…。」

「ルイズだって…、スベスベで気持ちいいよ?」

「ううん…、私、こんな胸ないもん…。」

「ルイズは、細くってスラーってしてて綺麗だよ?」

「もう、そんなこと言って…、これ以上好きになっちゃったらどうするの?」

「ふ、ふ、ふふふ、二人とも…、お、おおおお、落ち着きたまえ!」

 ギーシュがプスプスと赤面しながら二人を止めようと動いた。

「そ、そうよ! ルイズの好きは惚れ薬のせいよ! だから本気じゃないのよ! だからピンクの空気を醸し出すのやめなさい!」

 モンモランシーも赤面して止めにかかった。

 さすがにこのままじゃヤベエっと初心な二人でも理解し必死に止めた。

「そうだ、モンモランシー! 解除薬を! あれさえあれば元に戻るんだから!」

「そ、それは…。」

 急にモンモランシーが縮こまった。

 モンモランシーが言うには、惚れ薬を作るために秘薬を使い切ってしまい、解除薬が作れないらしい。

 その秘薬は値段が高く、とてもじゃないが払えないとのこと。

「これは困ったな…。」

「何がないの?」

 ギーシュにより我に返ったトゥが、ルイズを押し止めながら言った。

「水の精霊の涙という秘薬よ。」

「それってどこにあるの?」

「ガリアの国境付近のラグドリアン湖に…、って君、まさか…。」

「私が取りに行くよ。」

「いや、水の精霊はとても気難しいんだ、いくら君でも…。」

「そうよ、それに惚れ薬の効果は無限じゃないわ。」

「どれくらいかかかるの?」

「…一か月…長くて…一年かも…。」

「長くない?」

「…ええ……、一年以上はかかる可能性もあるわ…。」

「長くない?」

「けど、どうしようもないのよ。」

「モンモランシー。これは、僕らが招いたことだ。僕らが責任をもって解決しよう。」

「何を言っているのギーシュ!」

「惚れ薬は、禁制の品だ。もしバレたら君は牢屋の中だぞ? バレる前に解決すべきじゃないのかい?」

「…っ……、分かったわよ!」

 モンモランシーは、やけくそ気味に言った。

 

 

 こうしてラグドリアン湖へ、向かうことになった。

 

 

 




シエスタに、色々と着せ替えしてみたのは、面白いかな?っと思ったからです。原作でもセーラー服着てたし。でもカイネの服は無しだったかな…。

やきもちで空回りするルイズと、ルイズの気持ちが分からないトゥ。
ルイズの体型じゃあ、ゼロの服は合わないかな…。スタイル良くないと着こなせそうにない。

胸を揉むって、R15ですかね?


次回は、水の精霊と一戦かも。



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第十八話  トゥと水の精霊

なぜか、スピリットがいます。
水の精霊に取りつきます。
その水の精霊と戦います。




 

 ラグドリアン湖。

 トリスティンの、隣国にあたるガリアの国境にあり、そこのいる水の精霊に向かって交わした誓約は、決して破られることはないという言い伝えのある湖であると。ラグドリアン湖に向かう途中でギーシュから説明を聞いた。

「じゃあ、恋人同士が愛の誓いをしたりするの?」

「ああ、もちろんさ。」

「恋人…か…。」

「トゥは、私の恋人よ。」

「違うよ。ルイズ。私はあなたの恋人じゃない。」

 トゥは、同じ馬に乗っているルイズの言葉を否定した。

 ルイズは、片時もトゥから離れたがらず、同じ馬に乗っている。

「恋人よ!」

 ルイズは叫んだ。

「恋人じゃないよ。」

 それでもトゥは否定した。

「まあまあ、二人ともそこまでにして、今は秘薬を手に入れることに集中しようじゃないか。」

 ギーシュが二人を止めた。

「…変ね。」

「どうしたんだい、モンモランシー?」

「水位が…。あれ、村じゃない?」

 モンモランシーが指さす先には、水に沈んだ建物があった。

「もし…、そこの御方。貴族の方ですか?」

 そこへ、痩せこけた老人がやってきた。

「ええ。そうよ。」

「もしや水の精霊と交渉をしにこられたのですか?」

「いいえ。別件で来たのですわ。」

「そうですか…。」

 老人は酷く残念そうに俯いた。

 モンモランシーは、ラグドリアン湖の水位が上がっていることについて老人に尋ねた。

 するとここ数年の間に、急に水位が上がりだし、今では老人が住んでいた村もすっかり水没してしまったのだという。

 村の領主は役に立たず、また王宮の方もアルビオンのことで忙しくまったく問題解決の糸口が見つからない状態らしい。

 文句と愚痴を言うだけ言った老人は、去っていった。

「なんだか嫌な予感がするわ…。」

「……あれは…。」

「どうしたんだい?」

「………スピリット!」

 トゥは、馬から飛び降り、剣を構えた。

 湖の中央に黄色い浮遊する何かがいた。

 それが、スーッと湖面に吸い込まれるように消えた。

 すると、湖面がウネウネと動き出した。

「大変!」

「なんだ、何が起こって…。」

「逃げて!」

 トゥが前に出て剣をかざし、ウタった。

 魔法陣と天使文字が浮かぶ上がり、次の瞬間飛んできた水の弾丸を防いだ。

「これは水の精霊が!? まさか私達を敵だと思って…。」

「違う! さっき取りつかれたの!」

「とりつかれただって!?」

「スピリットっていう、魔物だよ!」

 すると湖面が大きく揺らぎ、大きな波が発生した。

 トゥは、更にウタい、魔法陣を大きくしてそれを防いだ。

 周りが水浸しになるが、トゥ達がいる位置だけは、水から守られた。

「スピリットをなんとかしないと…。」

「どうする気だい!?」

「私がやる!」

 トゥは、ウタを使い、天使文字を足に纏うと、水面を走った。

 水の弾丸が飛んでくるが、それを素早い動きで避け、湖面の中央に来た。

 水がうごめき、トゥを模した水の精霊が現れた。水の精霊は、黄色い煙のような物を纏っていた。

 トゥが剣を構えると、水のトゥも水の剣を構えた。

 トゥが剣を振るうと、水のトゥも剣を振るい、剣がぶつかった。

 剣がぶつかった衝撃で水しぶきがあがる。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥがウタを使い、体を青く輝かせた。

 そしてとてつもないスピードで斬撃を放ち、水のトゥを切り刻んだ。

 だが水である水の精霊は、すぐに元通りになり、水のトゥは、頭部を揺らして、水を放った。放たれた水は、トゥの頭部に当たり、トゥの頭を包み込んだ。

「ゴボ…っ!」

 呼吸を絶たれたため、ウタえず、トゥの体から光が消え、足に纏っていた天使文字も消えた。

 トゥの体が水に沈むと、畳み掛けるように水がトゥの周りに集まり、トゥを水の底へ沈めた。

「トゥ君!」

「ま、まずいわ…!」

「トゥ!」

 トゥを水に沈めた水の精霊は、矛先をギーシュ達に向けた。水が再び波打ち、大きな波となる。

「に、逃げよう!」

 急いで退却しようとしたギーシュとモンモランシーだったが。

「トゥを返して!」

 ルイズは、馬から飛び降り、杖を構え、エクスプロージョンを唱えた。

 爆発が起こり、波が弾け飛び、湖面に穴が空いた。

 そこからトゥが頭を出し。

「エグリゴリ!」

 叫ぶと同時に、空中に二つの魔法陣が出現して、鎧を纏った青い巨人が二体現れて湖に落ちた。

 そして、巨人の一体がトゥを助け出すと、トゥを陸地へ移動させた。

「ゲホゲホ…。」

「トゥ、大丈夫!?」

「なんとか…。エグリゴリ…、水の精霊を…。」

 エグリゴリという二体の巨人に命令した。

 エグリゴリは、水の中に両腕をツッコむと、何かを重たそうに持ち上げた。

 それは大きな水の塊だった。

 だがただの水じゃない。黄色い煙を纏っている。

 水の塊は、水の弾丸をエグリゴリに浴びせるが、エグリゴリは微動だにしない。

『相棒! 俺を使いな!』

「デルフ?」

『水の精霊にとりついている野郎を引っぺがしてやる! 俺を投げろ!』

「分かった!」

 トゥは、デルフリンガーを抜いて、水の塊に投げた。

 水の塊に突き刺さったデルフリンガー。すると、奇声のような声が上がり、水の精霊が纏っていた黄色い煙が宙に上がり、黄色い髑髏のような魔物・スピリットに変化した。

「アアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、大剣を構え、再び青い光を纏うと、エグリゴリの背中目がけて飛び、エグリゴリを足場にして登ると、スピリットに向かって剣を振り下ろした。

 一刀両断されたスピリットは、塵となって消えた。

「やった!」

 トゥは、エグリゴリの肩に乗り、ガッチポーズを取った。

 

『ウタウタイ…。』

 

 すると美しい声が聞こえた。

 エグリゴリの手から滑り落ちるように水の精霊は、湖に落ちて行った。

 トゥは、もう大丈夫だろうと、エグリゴリを消した。

 そして足に天使文字を纏い、湖面に立った。

 すると、トゥの前に、水のトゥが再び現れた。だがもう黄色の煙は纏っていない。

『まずは、感謝するぞ。魔物より我を解放したことを。』

「水の精霊さん。頼みたいことがあります。」

『我にできることであれば…。』

「涙をください。」

『よかろう。』

 すると水のトゥがブルブルと震え、ピチピチと水が散った。

 湖の近くにいたモンモランシーが慌ててそれを瓶に入れた。

「それと、水の精霊さん。」

『なんだ、ウタウタイよ。』

「そこの村から水を引いてください。」

 トゥはあの老人の話を聞いて、何とかしようと思い話を持ち掛けた。

『それはできぬ。』

「どうして?」

『理由を知りたくば、我の頼みを聞け。』

「分かった。何をすればいいの?」

『我に仇なす敵を倒せ。』

「敵?」

『夜に来る。そして我に攻撃してくる。』

「敵を倒せば村を沈めた理由を教えてくれるの?」

『そうだ。』

「嘘つかないでよ?」

『我は嘘などつかぬ。』

「分かった…。」

『頼むぞ。ウタウタイ。』

 そう言って、水のトゥは水に戻り、直後、水に沈んでいたデルフリンガーを水の精霊がトゥに投げて返してきた。

 トゥは、湖面を歩いて、ギーシュ達のところに戻った。

「目的は果たしたが…、何か頼まれたようだね?」

「水の精霊さんを攻撃している敵を倒してって頼まれた。」

「戦うのかい?」

「私だけ残って戦う。」

「ダメ! 私も行く!」

「ルイズは、ダメ。」

「なんでよ!」

「危ないから。」

「大丈夫よ!」

「……もう…。」

「モンモランシー、君だけは学院に戻っていてくれ。そして解除薬を作って待っててくれ。」

「どういうこと? まさかギーシュ、あなた…。」

「女性だけを残して退散するなんて、男としてやってはいけないことだ。」

「…私も残るわ。」

「危険だ。」

「あの女と一緒にいる方が危険よ! あんな見たことも聞いたこともない巨人みたいなモノを召喚するし、わけわからない!」

「……。」

「あ…、気を悪くしないでくれ。」

 モンモランシーの言葉に固まったトゥに気付いたギーシュが謝った。

「…ううん。間違ってない。」

 トゥは、無表情なまま首を振った。

「トゥは、危なくない!」

「…どうだか。」

 トゥを庇うようにして前に出たルイズに、モンモランシーは、ハンッと笑って言った。

 

 こうしてギスギスした空気のまま、夜を待った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ガリア側から敵は来るらしく、ガリア側の湖の畔の茂みに隠れて敵を待った。

「トゥ君。聞きたいことがあるんだ。」

「なぁに?」

「その目の花は一体?」

「これは……、とっても危ない物だよ。」

「やっぱり。」

 トゥの言葉を聞いたモンモランシーが、それ見たことかと言わんばかりに言った。

「人間の体に寄生している花なんて聞いたことない。やっぱり危険な物だったのね。」

 そう言って露骨にトゥから距離を取る。

「本当に危険なものなら、とっくの昔に僕らにも寄生しているはずだ。」

 モンモランシーに、ギーシュが言った。

「ディテクト・マジックでも分からない。だがその花は君の力そのものなんじゃないのかい?」

「そうだよ…。」

 トゥは、ソッと自分の右目の花に触れた。

「これは、私の力。ウタウタイの力。」

「そのウタウタイとは?」

「ウタの力を行使する者のこと。って、ワン姉さんが言ってた。」

「君の姉妹にも同じ花が?」

「……ゼロ姉さんだけ…、っ…。」

「…来た!」

 敵の襲来に気付いた二人は、声を潜めた。

 黒いローブで身を包んだ二人の人物が、湖に近づいていく。

 恐らくは、あれが敵だろう。

 トゥは、剣の柄を握り、タイミングを待った。

 その時、二人のうち一人が杖を抜き、トゥ達が隠れている茂みに風の衝撃を放ってきた。

「しまった、気付かれたか!」

 ギーシュが驚き叫ぶのと同時に、トゥが飛び出し、二人の敵に斬りかかった。

 しかし、風の魔法の衝撃が壁となり、もう一人が炎を放って風と炎が合わさった壁が完成し、トゥを阻んだ。

「くっ!」

 火で軽く炙られたトゥは、バックステップをすると、そこへ火球が飛んできた、トゥが横へ避けると、更に風の衝撃が来てトゥは弾き飛ばされた。

 正確に、そして素晴らしいぐらいの息の合った動きで、二人の敵はトゥを翻弄した。

「あぅう!」

 地面に転がったトゥに向けて、火球が飛んできた。

 トゥは、剣を振るい、剣の圧力だけで火球を消し飛ばし、素早く立ち上がった。

 トゥに向かって飛んできた風の衝撃を、ギーシュのワルキューレが壁となって止めた。だがワルキューレが砕け散った。

「っ、アアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、ウタを使い発光した。

 すると。

「トゥちゃん!?」

 その声を聞いて、トゥは、止まった。

「…キュルケ…ちゃん?」

「トゥちゃん、どうしてここに?」

 黒いローブを外し、キュルケがトゥ達を指さした。

「キュルケちゃんこそ…、なんで水の精霊さんを?」

「それはこっちの台詞よ。どうして水の精霊をトゥちゃんが守って……。」

「落ち着く。」

 手短に喋ったその人物がローブを外した。

 タバサだった。

 とりあえず、お互いの訳を話し合った。

 キュルケとタバサが水の精霊を攻撃していたのは、ガリア側の領土を浸食する水の原因であるから退治しろという命令が下ったからだった。

「水の精霊さんが、敵を倒したら水を増やす理由を教えてくれるって約束したの。」

「あら、そうなの? なら理由をまず聞きましょう。それからでも遅くはないわよ、ねえ、タバサ。」

 キュルケが意見を求めると、タバサは、こくりと頷いた。

 ひとまず、水の精霊に報告するべく、翌朝、皆が見守る中、トゥが水辺に近づいた。

 すると、水がうねりだし、水の精霊が再びトゥを模して現れた。

「敵はもう襲ってこないよ。だから教えて。どうして水位を上げてるの?」

『我が守りし秘宝を、単なる者共もが盗んだのだ。』

「たんなるものって?」

『この場合、お前たちの言葉で言う処の人間だ。』

「誰が盗んだの?」

『分からぬ。我が眠りについている間に盗んでいったのだ。確か盗んでいった者共がこう言っていた。クロムウェルと。』

「クロムウェル…、アルビオンの新皇帝の名前か? まさか同一人物じゃあるまいね?」

「まさか…。」

 トゥ達は顔を見合わせた。

「その秘宝って?」

『アンドバリの指輪という。』

「アンドバリの指輪…、ちょっと聞いたことがあるわね。確か…、偽りの命を死者に与えると言われる。」

『その通りだ、単なる者よ。』

 水の精霊の説明によると、アンドバリの指輪というのは、確かに一見すると死者をも蘇らせるほどの力を持つ秘宝であるが、実際には死体を操る代物であるらしい。

「気持ち悪いマジックアイテムね…。」

 キュルケが吐き捨てるように言った。ギーシュ達もウンウンと頷いて同意した。

「じゃあその秘宝を取り返せば、水を止めてくれるの?」

『ウタウタイよ。我の願いを聞いてくれるか?』

「うん!」

『おまえの命尽きる時まででよい。頼むぞ。』

「……分かった。」

 トゥは、少し間をおいて承諾した。

 そして、水の精霊が水に戻ろうとした時、タバサが前に出た。

「待って。」

 トゥ以外の全員が驚いた。他人に興味を持たないタバサが誰かを呼び止めるなど初めてだからだ。

「水の精霊。あなたに一つ聞きたい。」

『なんだ?』

「あなたは、私達の間で誓約の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい。」

 そして水の精霊は、説明した。

 水の精霊は、根本が他の生命体と異なるため、なぜ自分がそんな呼ばれ方をしているのか分からないらしいが、ただ理由を付けるのだとしたら、精霊とは自然そのものであり、ゆえに形を持たず、だが自然と共にずっと存在するからだという。

 変わらないから、それに対して祈りたくなるのだろうと、水の精霊は言った。

 するとタバサが、目をつむって両手を合わせ、祈り始めた。

「ねえ、ギーシュ。」

「なんだい?」

「あんたも誓約しなさいよ。」

「なにを?」

 するとモンモランシーは、ギーシュを殴った。

 そして、なぜ惚れ薬を作ったのかについてガーガー怒りながら言った。

 ギーシュは頬を押さえながら、誓約を口にした。

 これから先、ずっと、モンモンランシーを愛すると誓うと言った。

 だが、モンモランシーに再び叩かれ、自分“だけ”を愛することを誓えと怒鳴られていた。

 すると、トゥの手を、ルイズが握ってきた。

「ねえ、トゥ…。」

「ダメだよ。」

 トゥがルイズが言わんとしていることを察し、否定した。

「まだ何も言ってないよ?」

「ダメだからね。」

「誓って欲しいの。ダメなの?」

「ダメだよ。今のルイズじゃ……誓えない。」

 トゥは、哀しそうに言った。

 

 

 

 




スピリット。ドラッグオンドラグーン3に登場する敵キャラで、その辺の敵にとりついてパワーアップさせる厄介な敵。

なぜかいるが、この他にドラッグオンドラグーン3の敵キャラを出す予定です。
原作で地球の物が流れ着いてくるんだから、モンスターも流れて来るんじゃないかと勝手に妄想しました。


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第十九話  トゥとウタの作用

ルイズとのキス表現と、キュルケに胸を揉まれます。

ウタの作用で出来上がった、トゥが精神を崩壊するきっかけとなった敵が最後に登場します。


 

「できたわよ!」

 なんかやつれたモンモランシーが叫んだ。

 その手には、薬…、惚れ薬の解除薬が入ったるつぼがあった。

 急いで帰ってきて、休み間もなく薬を作って徹夜して…、まあ疲労でやつれているわけだ。

「これ、このまま飲むの?」

「そうよ…。」

「ルイズ。飲んで。」

「イヤ。それすごい臭いもの…。」

 確かにかなり薬臭い。

「お願い。飲んで。」

「じゃあ、キスしてくれる?」

 それを聞いて、同じ部屋にいたギーシュとモンモランシーが赤面して吹き出した。

「えー?」

 トゥは、困ってしまった。

「キスしてくれなきゃ、イヤ。」

「えー。」

「ねえ、キスして?」

「えー。」

「えーっじゃなくって、キスして。今すぐ。」

 ねだって来るルイズ。

 トゥは、ちらりと、ギーシュとモンモランシーを見た。

 ギーシュは、赤面して目をギンギンにしてこちらを見ており、モンモランシーは、顔を手で覆っている。

 やるのか。やらないといけないのかと、トゥは心の中で自問自答した。

 ルイズを見れば、可憐な唇をんっと寄せて、目をつむり、トゥからのキスを待っていた。

「……もう、しょうがないなぁ。」

 トゥは、フウッと息をつきつつ、ルイズの肩を寄せて、その唇に自身の唇を重ねた。

 数秒置いて、唇を離す。

「ルイズ。薬飲んで。」

「……飲んだら、もっとキスしてくれる?」

 頬を染め、目を潤ませて上目遣いで聞いて来る。

 トゥは、う~んっと悩む仕草をし。

「これ飲んでも私のこと好きなら、考えてあげる。」

 っと、ちょっと意地悪く言った。

 ルイズは、ムウっとしつつ、渋々といった様子でるつぼを受け取った。

 そして、るつぼに口を寄せて、まず一口、その味に眉を寄せたが、トゥの視線に気づくと一気に飲んで堪えることにしたらしく、一気飲みした。

 ゴクンッと薬を飲んだルイズは、薬のまずさに苦しそうな顔をしていたが、やがて…。

「ルイズ?」

「ああああああああああああああああああああああああ!!」

 突如ルイズは、頭を抱えてしゃがみ込んで絶叫した。

 トゥが、どうしたことだと、モンモランシーを見ると、モンモランシーは腕をすくめた。

「惚れ薬を飲んでた間のことを覚えているのよ。」

「…あー…。」

 トゥは、納得した。

 ルイズは、床を転がり、悶絶していた。惚れ薬でおかしくなっていた間に自分がやったことに身悶えて。

 特に、ついさっきのキスの感触と、昨日やったトゥの胸を揉んだ感触が手に残っていて…。

 視線を上げてみれば、トゥの胸が下から見えて…。

 ルイズは、行き場のない羞恥心に悶えた。

「……しばらくそっとしといてあげよう。」

 ギーシュが提案した。

 トゥは、ギーシュ達と部屋を出た。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

「別にあなたに落ち度はないんでしょ?」

「う~ん。でも…。」

 ルイズの部屋から閉め出されたトゥは、現在隣のキュルケの部屋にいた。

 二人で並んでベットに腰かけている。

 キュルケがルイズの部屋の扉の前で座り込んでいるトゥを見つけて、部屋に招いたのである。

「だったら気にしなくっていいのよ。」

「…うん。」

「それにしても…、ルイズがそこまで病みつきになる胸って、どうなの?」

「えっ?」

 キュルケがジリッと近づいて妖艶な雰囲気を醸し出しながら言った。

「ちょっと、触っていい?」

「えっ…、え? ふぇ!」

 キュルケの両手が、トゥの胸を鷲掴みにした。

「あら…、本当に柔らかい…、それに肌触りも最高。」

「キュルケちゃん…。」

「なるほど、確かにこれは病みつきになるわね。」

「あ…。ん…。」

「ああ…、これはいけないわね。」

 

「トゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!」

 

 その時、ルイズがキュルケの部屋を蹴破って入ってきた。

「る、ルイズ!」

「なにしてのよ、あんたはぁああああああああああああああああああああああ!!」

「なにって、私がトゥちゃんの胸揉んでるのよ。」

「あぁん、ダメェ。」

「変な声出さないでよ!」

 煙が出そうなほど赤面したルイズが、トゥを掴んでキュルケから引き剥がした。

「いいじゃない。あんなだって揉んだんでしょ?」

「そ、それは…。」

 ルイズは、口ごもった。

「ねえ、トゥちゃん。私とルイズ、どっちが良かった?」

「えっ…。」

 言われてトゥは、戸惑った。

「揉むの、どっちが上手かった?」

「何聞いてんのよ、この色ボケ!」

「あら、いいじゃない。」

「良くないわよ! トゥ、行くわよ!」

 ルイズは、怒鳴って、トゥの手を掴んで引っ張っていった。

 残されたキュルケは、ルイズの焦りっぷりに笑った。

 

 

「ルイズ、ルイズ、痛いよ。」

「もう、あの色ボケのところに行かないで!」

 自室にトゥを引っ張り込み、ルイズは、そう怒鳴った。

「だって…、ルイズが部屋から追い出すから…。」

「…そ、それでもよ。」

 しゅんっとするトゥの様に、ルイズは若干罪悪感を感じながらそれでも言った。

「もう、ルイズのこと分かんない。」

 トゥは、両手を握りしめ泣きそうな声で言った。

「急にお仕置きって言ったり、私の事だけ見てとかって、もう分かんない。」

「それは…、惚れ薬でおかしくなってたからよ!」

「違うもん。お仕置きは薬を飲む前からだもん。」

「それは……。」

「ルイズは、私のこと嫌いなんでしょ?」

「ちが…。」

「だってお仕置きって言って、意地悪するんだ…。」

「い、意地悪のつもりじゃ…。だって……、だって、あなたあのメイドのことばっかりで…。」

「シエスタはお友達だよ? お友達と仲良くしちゃダメなの?」

「そんなことないわ。」

「じゃあどうして?」

「……ごめんなさい。私にも…よく分からないの。」

 今度はルイズがしゅんっとしてそう言った。

「分からないの?」

「完全に私が悪いのは分かってるんだけど…、どうしても止められなかった。」

「…もう…、意地悪しない?」

「しないわ。」

「本当?」

「本当よ。でも悪いことしたらお仕置きよ。」

「うん。」

 

 その時。

 

 トゥの脳裏に、凄まじい勢いで、映像が過った。

 ネバネバとした粘液を纏った灰色の巨体。

 それがトリスティン城を襲っている映像。

 

「あっ…。」

「トゥ? どうしたの?」

「……危ない…。」

「えっ?」

「お城が危ない!」

 トゥは、弾かれたように部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ウタで強化した脚力で学院を走り抜け、トリスティン城へ走るトゥ。

 ルイズは、トゥを追うべく、タバサに頼んでシルフィードを駆った。

「なんであんたまでついてくるのよ!」

「なんか面白いことしようってんでしょ?」

「そんなんじゃ…、ないわ。」

 ニヤニヤするキュルケに、ルイズは首を振った。トゥの様子はただ事じゃなかったからだ。

 夜の闇の中でも、トゥの足が発光する文字を纏っているためシルフィードは上空からでも見つけられ、それを追いかけた。

「あれは…。」

「なにあれ?」

 やがてトリスティン城が見えると、そこには……。

 

 トリスティン城に齧り付くように張り付いている巨大な灰色の物体がいた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、ウタを使い、全身を発光させると、灰色の物体に斬りかかった。

 斬られるとそこから鮮血が溢れ出た。

 

『ギャアアアアアアア!』

 

 いくつもの声が重なったような叫び声を、その物体があげた。

「嘘だ…。」

 トゥが呟いた。

 灰色の物体が、城から剥がれて、四本足を地面に這いつくばらせて、顔のない顔でトゥを見おろした。

「嘘だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ噓だ!!」

 トゥが首を振りながら叫ぶ。

 

『ウタヒメ…。』

『ウタヒメ。』

『ワレラにチカラをクレタ。』

『アルビオン、バンザイ。』

『バンザイ。』

『バンザイ。バンザイ。』

 

 いくつもの人間の声が、その巨体から発せられる。

 

「ヤダああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 トゥの絶望の絶叫が木霊した。

 

 灰色の巨体のバケモノ。

 ホムンクルスがその巨体から、白い光の衝撃を放った。

 

 

 




ここでのホムンクルスは、アルビオンの王党派達です。
ウェールズも含まれているかはこの時点では不明。

果たして、この絶望を乗り越えられるのか?


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第二十話  トゥの喪失

vsホムンクルス。

勝負は案外早く終わります。

トゥが精神崩壊します。そして…。



 

 ホムンクルスが放った衝撃波により、トゥは弾き飛ばされ、城の外壁が崩れた。

「やだよぉ! こんなの!」

 トゥは、泣きながら体制を整え、ホムンクルスに斬りかかった。

 トゥが斬るたびに、鮮血が飛び散り、地面を、トゥを汚した。

 ホムンクルスは、地面を這い、トリスティン城の中庭内を這いまわった。

「こんなつもりじゃなかった!!」

 

『ウタヒメ。』

『ワレラにチカラ。』

『アルビオンバンザイ。』

『アルビオンバンザイ。』

『バンザイ、バンザイ、バンザイ、バンザイ。』

 

「ごめんなさい! ごめんなざい!!」

 トゥが泣きながらホムンクルスを追いかけながら斬り続けた。

 

 

「なんなのよ、あれ…。」

「まさか……、人間…じゃないわよね?」

 トゥが戦っている相手が人間の言葉を発していることに驚愕しつつ、その言葉の内容に、ルイズは凍り付いた。

 アルビオン万歳。

 それは、ウェールズ率いる王党派の兵達が口々に言っていた言葉だ。

「まさか、そんなこと…、ちが…そんなことない…。」

「ルイズ?」

 嫌な予感を感じたルイズがその予感を振り払うように呟きながら首を振った。

「! 消えた!」

 するとホムンクルスが姿を消した。

 というか、透明になった。

 トゥは、ホムンクルスを見失い、キョロキョロと周りを見回した。

 すると、白い衝撃波が飛んできて、トゥは、剣でそれを防いだ。

 

『アルビオン、バンザイ。』

『バンザイ。』

『ウェールズ様、バンザイ。』

『アルビオン、バンザイ、バンザイバンザイ。』

 

「私の所為だ…。あの人達を…こんな姿に……。」

 トゥは、顔から出る液体全部を出して泣きながら戦い続けた。

「私が…ウタの力なんてもってなければ…。こんな、こんな…。」

「トゥ、後ろよ!」

 トゥの後ろから迫ったホムンクルスに向けて、ルイズがエクスプロージョンを使った。

 爆発が起こり、焼かれたホムンクルスが悲鳴を上げた。

 その悲鳴にルイズは恐怖し硬直した。

 悲鳴があまりにも人間のそれだったからだ。

「なによコイツ…、本当に人間なの? 嘘でしょ?」

 キュルケが嫌悪感を顔に出しながら言った。

 

『トゥ…くん…。』

 

「!! あ、…ああ…!」

 ホムンクルスの顔のない顔が変形しだした。

 その顔は……。

「皇子様…!」

 ウェールズだった。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!!」

 

『こ…ろして…く、レ…。』

 

「う、うう、あああああああああああああああああああああ!!」

 トゥが悲鳴を上げた。

 

 

「うそ……ウェールズ皇子…なの?」

「違う。化け物。」

 キュルケが怯えた声で言い、タバサがそう否定した。

「トゥ! 戦うのよ! もうそれは皇子じゃない!」

 泣き叫んでいるトゥに、ルイズが叫んだ。

「うふ…、うふふふ、あははははは!」

 トゥがついに感情が決壊したのか、狂った笑い声を上げだした。

「トゥ! しっかりして!」

「あは、アハハハハハハ、アハハハハハハハ!」

 トゥの剣がやがて、ホムンクルスの首を切断した。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 複数の声が断末魔の声を上げ、ホムンクルスは鮮血を流して倒れた。

「アハハハ…、アハ…、ヒヒヒ……。」

「トゥ…。」

 シルフィードから降りたルイズが両ひざをついてホムンクルスを見つめて笑っているトゥに近づいた。

 トゥが、バッとルイズを見ため、ルイズは、ビクリッとした。

「ルイズ~~~~、たすけてぇえぇぇえええ…。」

 ゾンビのようにゆらりと立ち上がったトゥが剣を落として、ルイズに近づいた。

 ルイズは、僅かに怯えながら少し後退った。

 やがてトゥがルイズにもたれるように抱き付いた。

「トゥ…。」

 ルイズは、トゥの体を抱きしめ返した。

 ホムンクルの顔に浮かんでいたウェールズの顔は溶けて消えていた。

 

 やがて騒ぎが終息したことで、城内にいたトリスティン兵達が駆けつけて来た。

 ホムンクルスによる襲撃で、多数の兵達が倒れ、外にいなかったのである。

 

 ルイズ達は、事情聴取のため、アンリエッタ達と謁見したが、ホムンクルスを倒した肝心のトゥが正気を失っていてまるで話にならない。

 ホムンクルスについて、何か知っているらしいトゥであるが、会話が成立しなければ意味がない。

 ただ…、ホムンクルスがしきりに、アルビオン万歳と言っていたことだけは確かだった。

「まさか、あの怪物が、アルビオンの?」

「そう…、思いたくないですが…、恐らくは…。」

「なぜ…。」

 謎は深まるばかりだ。

 謎を解く鍵は、トゥが握っている。だがトゥは、正気じゃない。

 謁見の間に連れてこられても、ずっとクスクスとどこを見ているのか分からない顔で笑っているのだ。

 そして時折、ごめんなさいっと泣くのである。

 事情聴取が終わり、学院に戻る時も、トゥは、ルイズにされるがままであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ホムンクルス襲撃事件から、数日。

「トゥ、ご飯よ。」

「……殺して…。」

 部屋の隅で背中を向けて座り込んでいるトゥにルイズが食事の入ったバスケットを持って来たが、トゥは、それだけ呟いた。

「トゥ……、あなたのせいじゃないわ。」

「……殺して…。」

「あの怪物の死体を今アカデミーで調べてるわ。調べればきっと分かる。」

「殺して……。」

「ねえトゥ…、もしかしてだけど……、あなたの力の所為なの?」

「…ころ…して…。」

「だから、あなたは殺してほしいって言うのね? あんなことが起こるから…。アルビオンであったあれがあるから、自分で死ねないのね?」

「ころ……し…て…。」

「でもね…トゥ…。私…、あなたを殺せない……。殺すなんてできない…。」

 ルイズは、涙を浮かべ、首を振った。

 ルイズは、バスケットを落とした。

 ゆっくりとトゥに近づき、その背中に抱き付いた。

「ごめんね…。トゥ…。」

「…私を……、殺して……。」

 トゥは、振り払いもせず、ただ機械的に同じことを繰り返し呟いた。

 

 

 ルイズが部屋から出ると、キュルケがいた。

 

「トゥちゃんは?」

 キュルケが聞くと、ルイズは、首を横に振った。

「ねえルイズ…。あの子、ずっとあなたに殺してくれって頼んでるわね…。どうしてなの?」

「それは…。」

 口約束だが、ルイズは、トゥと約束したのだ。

 もしもの時は、ゼロの剣で殺してくれと。

「それにしても、あの時の怪物…どうして、アルビオンバンザイなんて言ってたのかしら…。」

「それは…。」

「それにウェールズ皇子の顔が出てきたのも……、ねえ、ルイズ、あなた達、アルビオンで何をしたの?」

「……私には、分からない…。」

「もしかしたら、貴族派の仕業って可能性もあるけど…、人間をあんな姿に変える方法なんて知らないわ。」

「私だって知らないわよ。」

「ええ…そう…、トゥちゃんにしか分からないわ。でも肝心のトゥちゃんがあんな状態だし…。あーもう、ダメね。こんなところで話し合ってても意味ないわ。じゃあね。トゥちゃんを元気づけるもの、明日持っていくから。」

 キュルケはそう言って去っていった。

 残されたルイズは、俯き、それから自分の部屋の扉を見つめた。

「あの、ミス・ヴァリエール…。」

「あなた…。」

 そこへシエスタがやってきた。

 手には、素朴だが綺麗な花束があった。

「トゥ…さんは?」

「トゥは、部屋にいるわ。」

「そうですか…。あの…これ…、トゥさんに…。」

「部屋に入って良いわよ。それでその花…、花瓶にでも飾ってくれる?」

「は、はい!」

 ルイズは、トゥのいる自室にシエスタを招いた。

 トゥの様子に、シエスタは、酷く心配して声をかけたが、トゥは、黙ったまま動かなかった。

 シエスタは、花瓶に花を飾り、トゥにまた来ると告げて去っていった。

「トゥ…、みんな心配してるわ…。」

 ルイズがトゥに話しかけた。

 しかしトゥは何も答えない。

「トゥ……。」

 もう何を言ってもダメなのかとルイズが思った、その時。

 トゥが、すくっと立ち上がった。

「トゥ?」

「……。」

 トゥが振り向いた。

 その顔は……。

「トゥ…?」

 そして…。

 

「あなた…、だれ?」

 

 トゥは、記憶を失っていた。

 トゥの左手のルーンが不気味に光っていた。

 

 

 

 




トゥが、再び精神崩壊し、ガンダールヴの補正で記憶を失いました。
トゥのウタが原因だということはトゥ以外には分かっていないので、ルイズ達にはそれほどダメージはありませんでした。

次回は、トゥの記憶喪失と、記憶の一部復活です。



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第二十一話  トゥの選択

トゥが記憶喪失。

記憶喪失から復活するまでの過程。

途中アコールらしき人物が出ます。


 

 トゥが全部の記憶を失った。

 医者に一応見てもらったが、診断結果としては、大きなショックによる記憶喪失だということらしい。

「トゥ、本当に覚えてないの!?」

「? なんのこと?」

 トゥはキョトンとしていた。

 もちろんルイズのことも覚えておらず、名前を思い出したというより、ルイズが言ったからその名前が自分の名前かということで収まったようなものだ。

「トゥちゃん…、あなた…。」

「あなたは、だれ?」

「私は、キュルケよ。」

「キュルケ…ちゃん?」

「そうよ。」

 前のようにちゃん付けで呼ばれ、キュルケは微笑んだ。

 記憶を失ってもトゥはトゥなのだと確認ができて。

「トゥ君、記憶を失ってしまったそうだね…。」

「あなた、だれ?」

「僕は、ギーシュ・ド・グラモンだ。ギーシュでいい。」

「ギーシュ…くん。」

 トゥは、それから次々に色んな人の名前を聞き、口に出してみたりした。

 それで何か思い出そうとしていたが、思い出せないようであった。

 しかし歩くことなどの動作は覚えており、剣の使い方も覚えていた。

『相棒。気を落とすなよ。』

「あなたは?」

『俺は、デルフリンガーってんだ。デルフって呼ばれてたぜ。』

「デルフ…。」

『まあ、おいおい思い出すさ。焦るこたぁない。』

「ありがとう。」

 

 それからトゥは、広場に置いてある戦闘機のところに行った。

 

『相棒はこれに乗って空を飛んだんだぜ?』

「空を…。」

『それでよぉ、アルビオンの竜騎士団を全滅させたんだぜ。いやー、すごかったぜ。』

「そうなの?」

 

「トゥさん!」

 

「? あなたは?」

「っ! 本当に忘れちゃったんですか?」

「あなたは、だれ?」

「私は…シエスタです。覚えてませんか?」

「シエスタ…。うーん、思い出せないや。」

「そうですか…。」

 シエスタは、ショックのあまり、走り去ってしまった。

「?」

『相棒…、ゆっくりでいい。ゆっくり思い出せばいい。』

 デルフリンガーがそう言って励ました。

「トゥ君、そこにいたのかい?」

 そこへコルベールがやってきた。

「なんですか?」

「オスマン氏が呼んでいる。来てくれるかい?」

「はい。」

 トゥは、コルベールに連れられ、学院長室に来た。

「そこに座りなさい。」

 オスマンに促され、オスマンと対面する形でソファーに座った。

 オスマンは、コルベールを退室させ、二人きりになった。

「さて…、君はすべてを忘れてしまったそうじゃな?」

「…はい…。どうして忘れちゃったのかな?」

「医者によると、精神的な打撃が大きかったと聞いておる。…辛いことがあったのじゃな。」

「覚えてない。」

「お主は、花のことを覚えておるか?」

「花?」

「お主の右目に生えておる花じゃ。」

「これ……。っ…!」

 言われて自分の手で右目の花に触れた時、トゥは、ビクッとして手を離し、顔色が悪くなった。

「どうやら、その花が危険な物であることは、本能で分かっておるようじゃな。」

「わ、私……。」

「落ち着くんじゃ。深呼吸を。」

 オスマンに促され、トゥは何度も深呼吸をした。

「落ち着いたかね?」

「…はい…。」

「花が危険なことを覚えておるなら、十分じゃ。それでじゃが…、お主はこれからどうする?」

「どうする、って?」

「お主はミス・ヴァリエールの使い魔としてこの学院に在籍している。じゃが、無理にここにいる必要はないんじゃ。」

「でも…。」

「お主は、ヴァリエール……、ルイズのことをどう思う?」

「どうって……。どう?」

「うむ…、そうかこれまでの間に築いた関係も失ってしまったのか…。なら、余計にここにおっても仕方ないじゃろう。」

「でも、私、ルイズの使い魔なのに?」

「お主は、ルイズと共におってもよいと思っておるのか?」

「分からない…。でも……。」

 トゥは、モジモジと手を動かした。

「何か…約束をしたような気がするの…。」

「やくそく…かね。」

「はい。」

「その約束は大切な物かね?」

「分からない…。」

「よく考えるんじゃ。じゃが無理をして思い出そうとするではないぞ。そんなことをしたら、またお主は心を壊すことになるじゃろう。女の身一つで放り出されるのは心もとないじゃろうが、お主ほどの力があれば、傭兵としても生計を立てることができるはずじゃ。」

「ようへい?」

「戦場から戦場へ…、金で雇われ、戦う職業じゃよ。」

「ふーん。」

「興味は…、微妙そうじゃな。まあ、頭の隅にでも置いておくとよい。」

「はい。」

 オスマンとの会話はそれで終わった。

 

 トゥが退室した後。

 部屋の物陰から、眼鏡の美女が現れた。

 

「あの様子では、思い出すのも時間の問題でしょうね。」

「…お主が直接会話すればよいじゃろう。」

「トゥさんは、あの通り忘れっぽいですから私が言ってもすぐ忘れてしまうでしょう。」

「じゃからといって、わしにその役目を押し付けんでも…。」

「あなたは適任者ですので。」

「酷いのう…。」

 オスマンは、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、ルイズの部屋に戻ってきた。

 ルイズは、椅子に座っていた。

「ルイズ。」

「……オールド・オスマンと何を話してたの?」

「ここにいなくてもいいんだよって、話をしたよ。」

「そう…。じゃあどこへなりと行きなさいよ。」

「えっ?」

「勝手にすればいいわ。なにも無理に私の使い魔である必要なんてないのよ。」

「どうして?」

「どうしてって…、全部忘れちゃったんじゃないの!」

 ルイズが叫んだ。

「名前も、私のことも、全部全部忘れて……、どこでも好きに行けばいいのよ! その方があんたにとって幸せよ!」

「でも…。」

「全部忘れちゃったあんたなんて……、あんたなんて…。」

「私は……、行かないよ?」

「っ!」

 ルイズは、トゥを見た。

 トゥは首をかしげてルイズを見ていた。

「だって、使い魔だもん。」

「だから! 使い魔でいる必要なんてないのよ!」

「だって、ルイズが言ったでしょ? 使い魔は、主人の目となり、主人を守るためにあるんだって…。」

「……だからって…。」

「それにね。約束があるでしょ?」

「えっ?」

「覚えてないけど…、何か約束したよね? 私。」

「そ、それは…。」

 ルイズは、青ざめた。

 その約束とは、ゼロの剣でトゥを殺すことだ。

「あっ…そっか…。」

 トゥは、ポンッと手を叩いた。

「私を…殺してって、約束したんだよね?」

「トゥ…。」

「ごめんね…。そんな酷い約束させちゃって…。」

「あんた記憶が…。」

「まだ全部思い出せない。でも…、ちょっとだけ…思い出した。」

「………バカ。」

 ルイズは、トゥに抱き付いた。

「ごめんね。ルイズ。」

「バカ、バカバカ!」

「私は、ルイズの傍にいるよ。」

「……うん。」

 トゥは、ルイズの頭撫でながら言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「で、結局、全部じゃないけど、思い出せたのね?」

「うん。キュルケちゃん、心配かけてごめんね。」

「いいのよ。トゥちゃんが元気になったんなら。」

「僕のことも思い出してもらえたのかい?」

「うーん…。」

 悩むトゥを見てギーシュは、ガーンとなった。

「うそうそ、ごめんね。思い出したよ、ギーシュ君。」

「びっくりさせないでくれたまえ!」

「よかった、トゥさん…。本当によかった…。」

「ごめんね、シエスタ。心配かけたね。」

「いいんです! 思い出してくれて…。嬉しくって…。」

 

 そんなこんなで、トゥの記憶喪失の事件は納まった。

 

 トゥに、あの怪物…、ホムンクルスのことを聞くのは戸惑われた。

 ホムンクルスと戦ってから、精神状態がおかしくなったのだから。

 もし掘り返せば、今度こそトゥは……。

 だから聞くことができなかった。

 

 

 一方、アカデミーに運ばれたホムンクルスの死体を研究員達が調べた結果…。

 そこから複数の人間達の細胞が採集された。少なくとも、100人ぐらいの…。

 報告を受けたトリスティン城では、ホムンクルスの製造について、アルビオン共和国の仕業ではないかという結論を出し、警戒を強めた。

 

 

 

 




ハルケギニアにホムンクルスのような生物がいないので、調査は難航。

オスマンがトゥにルイズから離れてもいいと勧めたことは、別の分岐に繋がります。

ホムンクルスがアルビオン万歳と言っていたので、アルビオンとの関係は間違いないと思われてますが、ウタが原因だとは分かっていないので共和国が嫌疑をかけられました。


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第二十二話  トゥとルイズ、働く

魅惑の妖精亭編です。



 

 トゥは、現在ルイズの前で正座させられていた。場所は広場である。

「一週間休みを貰いたいって、どういうことかしら?」

「えっ…、だから…、シエスタの村に来ないかって誘われたから…。」

「ダメよ。」

 却下されてトゥは、しょんぼりした。

 トリスティンは、夏の季節を迎え、学院は夏休みを迎えた。

 2カ月にも及ぶ長い休みだ。

 生徒達や教師達が帰省する中、トゥがルイズに頼んだのである。シエスタの村に行くから休みをくれないかと。

 それをルイズは、却下した。

 理由を上げるのだとしたら、シエスタがいまだにトゥに恋しており、諦めていないということだろうか。何をするか分かったもんじゃない。

「トゥ、あんたはなに?」

「えっ?」

「あんたは、私のなに?」

「使い魔…。」

「そうね。そうよ。だから離れるなんてしちゃダメ。私にもしものことがあったらどうする気?」

「それは…。」

「トゥさんにもお休みは必要だと思います!」

 そこへシエスタが来て叫んだ。

 ルイズは、シエスタを睨んだ。だがトゥに恋するシエスタは、負けじと睨む。そこに貴族と平民という階級はない。女の意地と意地のぶつかり合いだ。

「トゥさんは、精神的なショックで記憶を失ったりして、休暇が必要だと思うんです! タルブならのんびりと、穏やかに過ごせて精神が休まると思ったので誘いました!」

 そう言われるとルイズは、言葉に詰まった。

 トゥは、まだ全部の記憶を取り戻せていない。だが思い出さない方がいいのだろうか…。だが精神的なダメージはまだ癒えていないだろう。あれからまだそんなに日にちは経っていない。

「トゥは、私の使い魔よ。使い魔の処遇が決めるわ。」

「…それだけなんですか?」

「なに?」

「以前、トゥさんが私にお洋服を作ってくれた時から思ってたんですが、最近ミス・ヴァリエールのトゥさんを見る目が変だな~っと思いまして。」

「な、なによ!」

「だって、あんなに、私に着せようとした服を着るって言って譲らなかったんですもの…。」

 あのスカスカの服か…。っとルイズは思いだし赤面した。

 あの痴態をシエスタに見られていたのだということに今更気付いた。

「あんなに必死になってたら、誰だっておかしいって思いますよ。」

 ルイズは、グッと言葉に詰まった。

 確かにあの時の自分はどうかしていた。

 トゥがシエスタシエスタと自分を差し置いてシエスタばかり構うので、イライラしていたのは事実。

 だがしかし、だからと言ってあんなこと(ゼロの服を着ると言って譲らなかったこと)を強行したのは自分の失態だ。

 自分のやったことを受け入れられないルイズは、そうよ全部トゥが悪いのよと、ルイズは思うことにした。

「と、とにかくダメよ。トゥにはやってもらわなきゃならないことがあるから。」

「それってトゥさんの体調を考えずにすることですか?」

「とにかく! トゥは私と一緒にいるの! いいわね!」

「う…、うん。」

「ダメですよ! トゥさん!」

「ごめんね。シエスタ。」

「…無理しちゃ、ダメですよ?」

 シエスタは、本当に本当に心配している顔で言った。

 その様子を見て、ルイズは、罪悪感を感じ胸が痛んだ。

 だが今は優先すべき任務がある。

 ルイズは、トゥを連れて部屋に戻った。

「ねえ、ルイズ。何をするの?」

「姫様からのご依頼よ。」

 そう言って説明を始めた。

 アルビオン共和国は、主力の艦隊を失い、正攻法での侵略はしてこないので、今度は内部からトリスティンの民の不安を煽ったりして内部から攻撃を仕掛けてくる可能性があることを説明した。

「つまり?」

「私達は、情報収集をするのよ。平民に紛れてね。」

「ルイズ……、できるの?」

 トゥは、首をかしげて言った。

「なによ?」

「だってルイズは、貴族でしょ? 貴族は平民になれないよ?」

「だから…変装するのよ!」

「普通の服を着るんだね? 分かった。」

「姫様から依頼料としてお金はもらっているわ。それでまずは服を買いに行くわよ。」

「学院はお休みだから、帰れないよ?」

「そ…それは、宿を取るとかするのよ。」

「すぐお金なくなっちゃうよ?」

 トゥは、ルイズが安い宿で満足するとは思えなかったのでそう言った。

「うるさいわね! とにかく、行くわよ!」

「えー。」

 トゥは、不安いっぱいで城下町に行くことになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥの不安は的中した。

「こんなの着れるわけないでしょ!」

「でも、普通の人が着る服だよ? 貴族の格好してたら平民に化けれないよ?」

「うっ…。」

 トゥに正論を言われてルイズは言葉を詰まらせた。

 貴族のマントと紋章の付いた服を着ていては、こちらが貴族であることを示しているようなものだ。

「トゥこそ、その格好なんとかしなさいよね!」

「うん。分かってる。おばさーん。お洋服ください。」

 ルイズと違い、変なプライドとかそういうものがないトゥは、難なく普通の服を着こなす。右目の花は仕方ないが。

 そんなトゥに、ギリッと歯ぎしりをしたルイズは、勢いで平民の服を着た。

「なにこれ、着心地最悪!」

「えー。」

 トゥ的には別に気なるほどじゃないのだが、贅沢な環境で育っているルイズには我慢ならないらしい。

「普通の人はみんな着てるんだよ?」

「分かってるわよ!」

「分かってないよ。だって文句ばかり言ってるもん。」

 トゥに言われっぱなしでルイズは、唇をかんだ。

「ねえ、これからどうするの?」

「まずは、宿を探すわよ。」

「安いところじゃないといけないよ。」

「ダメよ! 安いところじゃ眠れないわ!」

「ルイズ、文句ばっかり。平民の人にはお家がない人もいるんだよ?」

 トゥは、そう言って、路地の脇で、座り込んで施しを待っている人を指さした。

「一緒にしないでよ!」

「例えばって話。ルイズ、全然お姫様の任務する気ないでしょ?」

「やる気はあるわよ!」

「じゃあ我慢することを覚えようよ。」

「うぐぐぐ…。」

 ルイズは、怒りでブルブルと震えた。だが言い返せない。文句を言っているのは事実。そしてトゥの言うことは正論。

「でも2ヵ月もどこかに泊まるってなると…、食費も含めて結構かかるよね? なんとかお金を増やせないかな?」

 トゥは、震えているルイズを他所に、うーんっと考え込んだ。

 トゥは、キョロキョロと周り見まわし、張り紙を見つけた。

 トゥは、張り紙に手を触れて字を見た。

「……ねえ、ルイズ。お姫様の任務って、街の人達から情報を集めるんだよね?」

「…そうよ。」

「酒場って、情報がいっぱいだよね?」

「はあ、なによ急に…って、まさかあんた!」

「酒場で働こうよ。」

 トゥは、いい案だとルイズを見て笑った。

「イヤよ! なんでそんなことしなきゃなんないのよ!」

「ルイズ、文句ばっかり言ってたら何もできないよ?」

「も、もっと他にお金を増やす方法が……、あっ。」

「?」

 ルイズの視線がある場所にいったので、トゥもつられてみると、そこは博打店だった。

「…ルイズ?」

「そうよ。野蛮だけど、手っ取り早いわ…。そうよ、そうよ…。」

 何かに取りつかれたかのように、ルイズがブツブツと言いながら博打店にフラフラと歩いて行った。

「待って! ダメだよ、ルイズ!」

 さすがにまずいと、トゥがルイズの腕をつかんだ。

「放しなさい。」

「ダメ!」

「命令よ。放しなさい。」

「ダメだったら、ダメ!」

 ルイズとの攻防が続いたが、結局他に案が思いつかないトゥが折れてしまい、ルイズを博打店に行かせることになった。

 

 その結果……。

 

「どうするの、ルイズ。」

「今考えてるわ!」

 全財産をスッてしまったのである。

 路地裏で足を抱えて座り込むルイズに、トゥは溜息を吐いた。

「…お腹すいた。」

「私もよ。」

 トゥも座り込み、二人は途方に暮れた。

 

「もし、そこのお二人。」

 

 すると奇妙な格好の男が現れた。

「だれ?」

「そちらの青い髪の、右目に花をつけたお嬢さん。あなたが噂の美女かしら?」

 しかしなんだか女言葉である。

「うわさ?」

「ちょっとそこの服屋で服を買って行った右目に花のついた美女がいて、貴族にいじめられてるって聞いたから、もしかしって…思ったの。」

「誰がイジメてるですって!」

 ルイズが叫んだ。

「誰もあんたのことを言ってるんじゃないわよ。」

「私を誰だと思ってるの、私はこうしゃ…。」

「だめ、ルイズ。」

 トゥがルイズの口を手でふさいだ。

「こんなところで座り込んじゃって…、もしかして行く当てがないの?」

「はい…。」

 トゥは、そう嘘を吐いた。

「じゃあ、うちの店にいらっしゃい! ぜひとも来てほしいわ、あなたみたいな美女、大歓迎よ。」

「……はあ。」

 トゥは、首を傾げた。

「ただし、一階の酒場で働いてもらうわよ。そしたら食事と寝る場所をあげる。どう?」

「ほんとう? ねえ、ルイズ、良い話だよ!」

「……ぷは! 何がいい話よ! こんな怪しい奴…。」

「あんたは別にいいわ。私は、そちらの青い髪の子に来てほしいんだし。」

「ダメよ! トゥは行かせない! 行くなら私も行く!」

「トレビアン。じゃあ、いらっしゃい。こっちよ。」

 二人は奇妙な男に連れられて、男が経営する宿に向かった。

「申し遅れたは、私はスカロンって言うの。」

「トゥだよ。こっちは、ルイズ。」

 トゥは自己紹介をし、ルイズを紹介した。ルイズは、ずっと下を向いて黙っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 スカロンの宿の名前は、魅惑の妖精亭。

 そこで他の店員達紹介する前に、着替えさせられた。

 色気ある、けれど魅惑の妖精のような格好。

 ルイズも同じく着替えさせられたが、トゥと並ぶと……。

「あらまあ……、霞んじゃうわね。」

 トゥと並ぶとルイズの美少女な容姿も霞んでしまう。

 きわどく短いキャミソール、体のライン丸わかりの上着、大きく開いた背中。

 特に胸の差が……、ルイズと大きく違っていて…。

「ルイズちゃんも可愛いわよ。」

 全然嬉しくないっと、ルイズは思い、拳を握った。

「なんなら…ルイズちゃん、裏方に行く?」

「…そうするわ。」

 トゥと並ぶとなんだか惨めな気持ちになるため、ルイズはそう言い着替えに行った。

「ルイズも可愛かったのに…。」

 トゥだけが残念そうにした。

 そして、店員達への紹介となり、ルイズは、エプロンを着てトゥと並んだ。

 頭を下げるよ言われ、ルイズは、グッとなったが、アンリエッタからの任務を遂行しなければという気持ちがなんとか勝ち、頭を下げた。

「よろしくおねがいしまーす。」

「トレビアン。元気があっていいわぁ。」

 元気よく頭を下げたトゥを、スカロンが賞賛した。

 

 女の子達が、きわどい格好で給仕をするのが売りのこの魅惑の妖精亭に新しく入った給仕がいると聞いて、客達は、トゥの登場を待った。

 そして満を持して現れたトゥを見て、客達は目を見開いて、持っていた酒瓶を落としたり、口にしていたつまみを落とした。

 その美しさに、きわどい格好から見える染み一つない、美しい白い肌。右目の花が奇妙ではあるが、トゥの美貌を引き立て、青い短めの髪の毛が揺れ、シンプルな花飾りが青い髪を引き立てる。

「お待たせしましたー。」

「あ…、はい。」

 緊張して思わず背筋を正してしまう。

 客達は、トゥに見惚れて、口の運ぼうとした酒をドボドボと零すような痴態を晒していた。

「お注ぎしますね。」

「あ、あ、ああああ、ありがとうございます…。」

 ガラの悪い客ですら思わず敬語になってしまう。

「おかわりは、いかがですか?」

「く、ください…!」

 一人の客が勇気を出して言うと、それに呼応して他の客達も俺も俺もと叫びだした。

 

 

 一方ルイズは…。

 

「ちょっと、また割ったの?」

「す…すみません。」

 皿と格闘していた。

 皿洗いなどしたことがないルイズが急に皿洗いをしろといわれてできるわけがない。

「もうここはいいわ。あっちで野菜の皮むきして。」

「はい…。」

 ルイズは、屈辱に耐えながら洗い場からどいた。

 しかし、野菜の皮むきだってしたことがない。そもそも彼女が知っている野菜は、すでに調理した野菜なので、野菜の原型など知るわけがない。タマネギの山を前にオロオロとしていると、一人の少女が近づいてきて、タマネギを剝きだした。

「こうやって剥くんだよ。」

「あ…。」

「分かった?」

「はい…。」

 ルイズが返事をすると少女は去っていった。

 残されたルイズは、必死にタマネギを剥いた。だが剥きすぎて全部の身を無くしてしまい怒られた。

 やり方をやっと覚えたが、今度は目に染みてきて、涙を流した。

「うう…なんで私がこんなことを…。」

 タマネギの成分で流れる涙を拭い、垂れて来る鼻水をすすりながら必死にタマネギと格闘した。

 そうして店の営業が終わるまでの間にルイズが剥けたタマネギは、山と積まれたタマネギの20分の1だった。

 

「お疲れ様ー! いやー、トゥちゃん、トレビアンだったわよ! おかわりコールが止まらなかったじゃないの!」

 

 店が終わった後、スカロンが腰をくねらせながらトゥに近づいてきて賞賛した。

「えへへ。」

 トゥは照れ臭そうに笑った。

 トゥの隣でルイズは、ずっと自分の手を匂って顔をしかめていた。

「おかげで、最近落ちてた売り上げが一気に上がったわ! これが毎日続けばね~。じゃあ、はい、コレ。」

「なんですかこれ?」

「請求書よ。ルイズちゃん…、何枚お皿割ったの?」

 スカロンが笑みを消して言った。ルイズは、エプロンを握って耐えた。

「トゥちゃんには、ハイ。」

「えっ?」

「今日のお給料よ。」

「わあ、ありがとうございます!」

「本当に元気ねぇ…。」

 あれだけ働いたのにまったく疲れた様子もないトゥにスカロンは半ば呆れ顔で言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥとルイズに与えられた部屋は、屋根裏部屋だった。

 何年も誰も使っていなかったのか、そもそも人が住むための場所じゃないのか、埃っぽく、荷物が乱雑に置かれていた。

 ベットが一つあり、それにルイズが座るとベットの足が折れた。

「なによこれ!」

「ベットだよ。」

「なにあれ!」

「コウモリだよ。」

「こんななところで貴族を寝かせる気!?」

「ルイズ、我慢我慢。」

 トゥは、毛布の埃を払うと、それにくるまった。

「ルイズ。明日は、お昼に仕込みで、お掃除があるんでしょ? 早く寝ようよ。」

「うう~。」

 ルイズは、唸った。

 トゥはさっさと眠ってしまった。

「順応早すぎでしょ…。」

 ルイズは、順応性が高いトゥに呆れながら、トゥの隣に潜り込んだ。

 埃臭い中で、トゥの匂いが鼻をくすぐる。

 それに安心している自分がおり、ルイズは、心の中でイヤイヤ違うと首を振りながらやがて眠りに落ちた。

 

 

 翌日から、また仕事が始まる。

 店の掃除も、トゥは慣れた様子でこなしていくが。

「あっ。」

 っと言う間に、箒を折ったり、その辺の物を壊してしまうのである。

「トゥちゃんってば、ずいぶん力が強いのね?」

「私、怪力なんです。」

「へえ? どれくらい?」

「えーと…。」

 そしてトゥは、ワインがつまった一番大きい樽を見つけて、それを軽々と片手で持ち上げて見せた。

 それを見たスカロンや他の店員達が目を見開いた。店員達がざわついた。

「ちょっと、トゥ!」

 異変に気付いたルイズが店の裏から来た。

「あら…、それだけ力が強かったら、護身に関しては安心ね。でも絶対にお客様には向けちゃダメよ?」

「はい。」

「トゥ、絶対にダメよ。」

「うん。」

 トゥは、頷いた。

 そして夜になれば、トゥは、給仕として働く。ルイズは、裏方としてまた野菜の皮むき。今度はジャガイモと格闘していた。

 包丁の使い方など知るわけがなく、教えてもらっても皮ごと身を剥いてしまうのでほとんど残らない。それで怒られながら、ルイズは、こっそりと店の表の方を見る。

 トゥは相変わらず綺麗で、客達は初日ほど緊張してないものの、トゥを眺める客の多いこと多いこと。

 さらに客がトゥの噂を聞いて他の知人を連れて来るので、店の外にも客が溢れていた。

 トゥは、自分目当ての客の邪な視線など気にせず、せっせと給仕をしている。

 そして、偶然、本当にたまたまなのだが、うっかり他の給仕の女性とぶつかってしまい、運んでいた食事のソースを被ることになってしまった。主に胸に…。

「あー、もったいない。」

 そう言って、胸についたソースを指ですくい、口に運ぶ仕草、そしてソースが、たまたま白っぽかったこともあり、胸の谷間に白っぽいソースが伝って行く様に、店の客達が鼻血を噴いて倒れる事件が発生。

 店の中が一時鉄の匂いがする有様になった。

 店の外に担がれていく撃墜した客達が去り際に、グッジョブと親指を立てながらチップを置いていった。

 

「トゥちゃん、ちょっと刺激が強すぎたわね…。」

「?」

「あら、分かってない? 無自覚だからこそのあの破壊力なのかしら?」

 スカロンは困ったような仕草をした。

 

 

 閉店後、白っぽいソース事件でたくさんのチップを手に入れたトゥ。

 そしてスカロンは、チップレースの開催を宣言した。

 これは、この店で定期的に行われていることらしく、今週のチップレースで優勝した者は…、スカロンが持つ魅惑のビスチェという魔法の家宝、それを着る権限を一回貰えるのだと言う。

 この魅惑のビスチェ。着た人間の体格に合わせてサイズが変わることと、魅了の魔法がかかっているそうだ。

 男のスカロンがそれを身に着けていても、まあまあいけると感じる程度になるのだから、普通の女の子が着たならば絶世の美女に見えるぐらいになるのだろうと、ルイズは分析した。

 ならば…、トゥが着たらどうなる?

 今現在の姿で、ソースがかかっただけで客の男に鼻血を出させるトゥだ、もしあのマジックアイテムを身に着けたら……。

 ルイズは、この瞬間、決意した。

「あの!」

「どうしたの?」

「私も給仕をするわ!」

「あら? いいの?」

「やると言ったらやるわ!」

 ルイズの様子に、スカロンは、チラッとトゥを見てから、なるほどっと頷いた。

 他の店員に魅惑のビスチェを着せて、トゥだけ着せないわけにはいかないのだから。

 それに魅惑のビスチェを着てもいい権限を褒賞としたのは、他ならぬスカロンなのだ。

「がんばりなさい。」

「言われなくても!」

 トゥに、魅惑のビスチェを着せないために、ルイズは、裏方から給仕に転向した。

 

 




別の意味でチップレースを頑張ろうとするルイズです。
全然気付いてないトゥ。

次回はチップレース編。


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第二十三話  トゥとチップレース

チップレース編。

トゥに魅惑のビスチェをトゥに着せないために頑張ろうとするルイズがいます。

強引な展開すみません。


 

 始まったチップレース。

 誰がより多くの客から多くのチップを貰えるかの勝負である。

 勝った者は、魅惑のビスチェを着る権限がある戦いであるが、その中で燃えているのはルイズ。

 それもこれも、トゥに魅惑のビスチェを着せないために…。

 

 しかし、裏方の仕事はおろか、給仕のイロハを知るわけがないルイズが、急に給仕をできるわけがなく。

 

「なにすんだ、このガキ!」

「わー、ルイズ、ダメだよ!」

「トゥちゃん慰めてくれよ、このガキがワイン瓶で殴ってきたんだ!」

「大変。痛いの痛いのとんでいけー。」

「ああ、もう痛くない。ありがとう、トゥちゃん。」

 そして客はトゥにチップを渡す。

 ルイズの失敗をトゥが自然とカバーするため、自然とトゥがチップを稼ぐことになるという悪循環が発生していた。おまけに客は客でルイズから食らったダメージをエサにトゥに甘えるということができるのでいい思いをする。

「このままだとトゥがトップね。」

 スカロンの娘であるジェシカが腕組しながら言った。

 見た目良し、接客良し、力持ち。

 これだけ揃っているおかげでわずかな期間でお客達の心を鷲掴みにした。

 ルイズは、唇を噛み拳を握った。

 分かっていたつもりだ。女として、完全にトゥに負けていることを。

 男はどうしてトゥのような…胸……を喜ぶのか。そりゃ触ったら極上であるが、店の客は触っていない。わざと触ろうとする客を、トゥがヒョイッと避けてしまうのだ。身体能力じゃやはり常人じゃ敵わない。かといってガラの悪いカタギじゃない人間でも無理そうだ。

 ガラの悪い客がそのことに文句を言おうとトゥを見ると、トゥはニッコニコ可愛らしく笑っていて、文句を言おうとした口を閉ざしてしまう。

 そんなトゥの噂を聞いて更に客が増えてる。

 スカロンは表面上は喜んだが、トゥを目当てに客が増えているのであって、トゥがやめた場合の余波を心配して料理や酒の見直しを検討しだした。

 様々な事情を抱える店員達を抱える店の店主は分かっていたのだ。ルイズが貴族で、トゥはそれに従っている人間だということを。だからいずれいなくなることを。

「どうしたものかしらね~。」

「どうしたんですか、スカロンさん。」

「あら、トゥちゃん。掃除は終わったの?」

「終わりました。あの、何かお悩みですか?」

「いいのよ。こっちのことだから。」

「それ…お料理の絵ですね?」

「分かる? そっ、お店で出すお料理の改良を考えてるの。」

「………給仕をしてて思ったんですけど。これ、こうしたらどうです?」

「あら? あなたお料理できるの?」

「得意です!」

「そうなの? ……そうね。ねえ、トゥちゃん。お店の余りもので何か作ってみてくれる?」

「はい!」

 トゥは、スキップするように歩きながら厨房に入った。

 そしてトゥが作った料理を口にしたスカロンは…。

「トゥちゃん!」

「は、はい!」

「お料理のレシピを考案してくれる!?」

「い、いいですよ?」

「じゃあお願い!」

 

 その日、トゥは、裏方に回った。

 

 そのことに客達はブーイングをあげた。

 特にトゥ目当てで来た客は。

 そこでスカロンは、新作の料理を文句を言う客達に提供した。

 文句を言いながらサービスだというので食べたところ…。

 目を見開き、ガツガツとがっつく客達。

「これね、トゥちゃんが考案した料理よ? そして、今日のお料理はトゥちゃんの手料理だからね!」

 スカロンがそう告げると、客達は、どよめき、おかわりを要求しだした。

 ああ…、姿がなくともトゥの人気はすごい。

 ルイズは、もう呆れた。

 そしてトゥに渡してくれと、チップを渡し橋渡しをされた。他の店員もだ。

 その日の魅惑の妖精亭は、料理の材料が切れるという事態が起こって営業終了となった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 店の営業前。

 店の営業時間の都合で朝なのだが、店に合わせるので寝る時間。

 ルイズは、食事を食べなかった。

「ルイズ、食べないと体がもたないよ?」

「いらない。」

「一口でも食べないと…。」

「いらない。」

「…なんで拗ねてるの?」

「拗ねてない!」

「うそ、拗ねてる。」

「違うもん!」

 ルイズは、ベットに伏せてしまった。

 トゥは、溜息をついた。

「ルイズ。明日でチップレース終わるよ?」

「うるさい。」

「ねえ、お姫様の任務…全然してないよね?」

「うるさい。」

「しなくていいの? 大事な任務でしょ?」

「うるさい!」

 ルイズは、枕をトゥに投げた。

 トゥは、枕を受け止めた。

「なんで私がこんなくらだらない仕事しなくちゃいけないのよ。私はもっと大きな仕事がしたいの。」

「ねえルイズ…。どの仕事も大事なんだよ。それでご飯食べてるんだよ? ルイズがくだらないって言った仕事で一生懸命働いている人達の悪口言わないで。そんなルイズ……、私…、イヤ。」

 トゥの冷たい目と並べられる言葉に、ルイズは、俯いた。

「お姫様…、きっとルイズにがっかりするよ?」

 そう言われた途端、ルイズの目から涙が零れた。

 ボロボロと泣くルイズを、トゥは黙って見ていた。

 

 そして、翌日の開店。

 ルイズに変化が起こった。

 

 まず、お客にお世辞が言えるようになった。

 しかし簡単なお世辞にお客がなびくはずがない。しかしルイズの立ち振る舞いから上流階級の生まれだと察され、それがこんな店で働いていることに同情を買った。

 ルイズは、そのことで地団太を踏みそうになるが、根性で堪えた。

 更には、お店の客から情報を聞き出すために、アンリエッタや戦争などの話題をさりげなく出してみたりした。

 すると、まあ、アンリエッタへの不満や、これからのトリスティンを支える者としての不安、そして増税や、いっそのことアルビオンに支配された方が生活が良くなるのではという意見があり、総合すると、タルブで奇跡的に勝利したアンリエッタの人気に陰りが出ているということらしい。

 そうしてルイズは順調に、情報とチップを集めていった。

 だがトゥのチップの量には敵わない。

 今日だって裏方なのにトゥに渡してくれというチップが多いこと多いこと。

 

 やがて、貴族が現れた。下級貴族らしいお供を連れている。

 チュレンヌという貴族らしく、ジェシカが言うには、この地区の徴税官で、自分の地区の店に来ては、横暴を働き、自分の意に沿わないと、多額の税を払わせて店を潰してしまうそうだ。

 チュレンヌの登場で、店の客達は去ってしまった。

「酷い…。」

「ええ。酷い奴よ。だから仕方なく言うことを聞いてるのよ…。」

 悔しそうに顔を歪めるジェシカに、トゥは、チュレンヌを見た。

 小太りで、髪が薄く、そして威張っている。まるで貴族の悪い例そのままな感じだ。

 

「ところで新しい給仕が入ったと聞いているが?」

 

 するとチュレンヌが、トゥの噂を聞いて来たことを言った。

「彼女は裏方ですわよ? 給仕は現在しておりません。」

「構わん。連れてこんか。」

 スカロンにそう命じたチェレンヌ。

 スカロンは、トゥがいる厨房に入り、トゥにすぐに給仕服を着るよう言った。

 トゥは、気が乗らないが、このままだとスカロンやジェシカ達が困ると思って給仕服を着た。

 ついでに、布でくるんだ大きなものを握って表に出る。

 そして満を持て出て来たトゥを見て、お供の下級貴族はあんぐる口をあけ。

 チュレンヌは、ガタンと机から立ち上がり。

「おおお! これはなんと美しい! こんな店にはもったいないな! おまえ、我が屋敷で働け!」

「イヤです。」

 トゥはきっぱりと断った。

 チュレンヌが顔を歪めた。だが笑顔を貼り付けて。

「おやおや、そんなことを言うとは、君は私が何者なのか知らんようだね?」

「徴税官ですよね? さっき聞きました。」

「ならば私が貴族であることは分かるね?」

「でも、嫌です。」

 さらにきっぱりと断った。

 するとチュレンヌが杖を抜き、トゥに向けた。

 しかしトゥは、まったく動じない。

「そのような生意気な口を利くのは利巧とは言えないね! 痛い目にあわせてあげよう。」

 しかし次の瞬間、杖が真ん中から切れた。

 チュレンヌがポカンとしていると、布を取り去った剣を振るったトゥが剣を振った状態でいた。

「私、こっちが本業なの。」

 剣を肩に乗せながらトゥは、にっこりと笑った。

「き、貴様!」

 チェレンヌは、ガタガタと震えだした。

 そんなチュレンヌの横から、ルイズがチュレンヌを蹴っ飛ばした。

「何をする!」

 他の貴族達が杖を抜き、魔法を唱えるよりも早く、トゥの剣が舞い、杖を斬り、更にルイズが隠し持っていていた杖を抜いてエクスプロージョンを唱えた。

 それによって完全に怯んだ彼らにルイズがポケットから何かを出した。

「これが見えないかしら?」

 ルイズがその何かをチュレンヌに見せた。

 それをジッと見たチュレンヌは、顔を蒼白とさせた。

「陛下の…許可証?」

「ええ、そうよ。私は、女王陛下の女官で、有所正しき家柄を誇る三女。あなたみたいな木端役人に名乗る名じゃないわ。」

「し、失礼しました!」

 チェレンヌは、土下座した。他のお供の貴族達も震えあがり次々に頭を下げだした。

「今日見たことは忘れなさい。そしてトゥは私のもの。今後一切手を出さないと誓いなさい。」

「はい! 誓います!」

「なら、さっさとこの店から去りなさい。」

「はい!」

 チュレンヌ達は、足をもつれさせながら時々転びながら無様に逃げ去っていった。

 チュレンヌ達が去った後、店の中に割れんばかりの拍手が鳴った。

「ルイズ、カッコよかったよ!」

「べ、別に…。」

 駆け寄ってきたトゥの笑顔にルイズは、目をそらして顔を赤らめた。

「でも、貴族だってバレちゃったね…。」

「う…。それは…。」

「いいのよ。ルイズちゃんが貴族だってとっくに気付いてたし。」

 そうスカロンが言った。

 スカロン達も何年も接客業をしているわけじゃない。仕草や立ち振る舞いで人を見抜く目を持つ。

 スカロンと出会った時からすでにバレていたのだ。

「でもトゥちゃんが、傭兵? だったのはびっくりね。そんな大きな剣を片手で振るなんて。」

「私、ルイズの使い魔だよ。」

「まあ、色々と事情があるのね。まあここにいる子達は、このことをバラすことはないわよ。みんなそれぞれ事情があるからね。では、お客さんも帰っちゃったことだし、チップレースの勝者の発表をいきますか!」

 スカロンがそう言った。

「ま、誰が見ても間違いないわよね。」

 やはりトゥかとルイズが諦めていると、スカロンがルイズを指さした。

「ルイズちゃんおめでとう!」

「えっ? なんで?」

「そこにあるでしょ?」

 スカロンがさらに指さした先には、チュレンヌ達の財布。その中を見ると金貨が入っていた。

「えっ…、これチップ?」

「そうよ! 優勝おめでとう!」

「よかったね、ルイズ!」

 ルイズの手を取り上に掲げたスカロンと、拍手するトゥ。他の店員達も拍手した。

 なやかんやあったが、トゥに魅惑のビスチェを着せないという目標は達成できたらしい。

 ルイズは、それを理解すると力が抜けてへたり込んだ。

 

 




トゥは、無自覚な男殺しだと思う。

なんとかトゥに魅惑のビスチェを着せずにすんだルイズ。
そのことを知らないトゥでした。






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第二十四話  トゥの休日

トリスタニアの休日編だけど、あんまり活躍場面有りません。

アンリエッタとの会話でちょっと狂乱します。


 

 

 トゥとルイズは、街中を歩いていた。

 ルイズの格好は、最近流行っている胸が開いたワンピース。それに黒いベレー帽。

 最初こそ平民の服に文句を言っていたルイズだが、さすがは女の子、すぐに着こなす。

 トゥは、質素な格好をしていた。スカートではなく、ズボンで少しボーイッシュな感じである。

「もっといいのなかったの?」

「あんまり目立つと困るって言ったのルイズだよ?」

「う…、それは…そうだけど…。」

「ルイズのワンピース似合ってるよ。」

「お世辞はいいわ。」

「お世辞じゃないよ。」

 トゥは純粋にそう思って言ってくれている。それは分かるのだが理解してしまうと恥ずかしい。

 二人がこうして出かけているのは、今日は魅惑の妖精亭が休みだからである。

「それで、ルイズ、どこに行くの?」

「お芝居を見に行くわよ。」

「おしばい?」

「そうよ。トゥは、見たことない?」

「覚えてないよぉ。」

「そっか…、そうよね。」

 トゥが記憶喪失だったことを忘れていた。

 記憶喪失の割にしっかりと、明るいからすっかり忘れていた。

 そういえばそうだ。トゥは、記憶喪失というだけでもかなり不憫な境遇にあるのだ。

 すっかり忘れてしまっていたなぁ…っとルイズは、少し可哀想な目でトゥを見た。

 トゥは、よく分からず首を傾げた。

 

 やがて二人は、そのお芝居を見られる劇場に来た。

 

 席に座り、トゥはキョロキョロと物珍しそうに周りを見回している。

「ちょっと、恥ずかしいからじっとしなさい。」

「だってぇ。」

 トゥは子供みたいにだだこねる。

 年頃は近いはずなのだが、これでは体の大きい子供を相手にしているようだ。

 記憶のないトゥにとっては、すべてが興味惹かれるものなのだろう。今更ながらそんなことをルイズは思った。

 やがて幕が上がり、開演となった。

「ルイズ、このお芝居ってなに?」

「トリスタニアの休日よ。」

「とりすたにあのきゅうじつ…。」

 美しい音楽と共に劇が始まった。

 ルイズはちらりとトゥの横顔を見た。

 トゥは、目をキラキラとさせて、劇を真剣に見ている。

 どんどん進んでいく劇の物語を、二人は時に笑い、時にハッとしたり、ボロボロ泣いたりした。

 それはもうなんでそんなにタイミングが合うんだと言いたいぐらい絶妙に合った動きで、二人は同じ反応をしていた。

 しかしこの劇…、あまり評判は良くないのか、彼女たちの周りでは、あくびをしたりしてつまらなさそうに見ている客がほとんどだった。

 実際、芝居も下手だし、歌も下手。

 だけど、劇を見たことがない二人には十分だった。

 けれど…、劇は長く、やがて二人は飽きてきて、揃ってあくびをした。

 やがてコテンッと首を横に垂れさせて、二人は、頭をお互いの方に向けて寝てしまった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 魅惑の妖精亭で働くトゥであるが、裏口から客に言い寄られることが多々あった。

 給仕と厨房と、交互に働くようにしているのだが、表でトゥに言い寄る客はほとんどいない。

 言い寄ろうものなら、他のトゥのファンに叩かれるからだ。

 そこで裏で働いている時を見計らって、トゥが裏口から出てくるのを待ち伏せして、トゥに接触を試みようとしてくるのである。

 目的はもちろん邪な目的があってのことだ。話しかけてきたりするのはまだいい。

 だが腕を掴んできたり、無理やりキスをしようとしてきたり、抱き付こうとしてきたり、集団で押し倒そうとしてきたりするなど、過激なことに及ぼうとする者達がいた。

 だがトゥが普通じゃないことを知らないがためにそのようなことに及んでいるのだが、そんな不埒な輩は全員、トゥに倒されている。

 まず力じゃ敵わない。最近持ち歩くようなったデルフリンガーで服を微塵切りにされる。ルイズやスカロンから客に酷いことをしてはいけないと言われているので、辛うじて殺してはいない。

 ジェシカに不埒な客を倒したところを見られたが、適当に邪魔にならないところに捨てておけと言われた。

 っというわけで、倒した不埒な客は、路地裏の脇に運ばれるようなった。

 ファンは増えるが、そんな不埒な輩が増えていることを、ジェシカがこっそりとトゥのファンに噂を流し、事に及ぼうとする前にファン達がガードして止めるようなったためトゥへの被害はほとんどなくなった。

 

 

 ある日、トゥが休憩をしていいと言われ、裏口から出てきた時、トゥは、ローブを纏い頭を隠した女性と出会った。

「あの…、魅惑の妖精亭はどこでしょうか?」

「えっ? ここですよ?」

 しかしトゥは、はて?っと思った。

 どこかで聞いたことがある声。

「あなたは…。」

「あれ? ……おひめ…。」

 すると姫。アンリエッタがシッとトゥの口塞いで、トゥの後ろに隠れた。

 するとガシャガシャと、表通りの方を兵士達が走って通り過ぎていくのが見えた。

「……どうしたんですか?」

「すいません。隠れられる場所はありますか?」

「…えっと…、じゃあお部屋にきますか?」

 トゥは、アンリエッタを、屋根裏部屋に案内した。

 

 屋根裏部屋に来たアンリエッタは、ベットに腰かけて一息ついた。

「どうしたんですか?」

「お城を少し抜けてきました。大事な用事がありましたので…。」

「大事な用事?」

「そのことは内密なので…。」

「はい…。」

「あの…、平民の服を貸してはもらえますか?」

「えっ? じゃあ私の服を貸します。」

「ありがとう。」

 そうお礼を言ったアンリエッタは、トゥから渡されたトゥの服に着替えた。

「ちょっと…、大きいですわ。」

「でも、似合ってますよ?」

 トゥの身長が高いため、小柄なアンリエッタでは、袖や肩が少し余ってしまうのだ。

 まあ…あれだ…、彼シャツみたいな……?

「まあ、いいわ。」

 アンリエッタは、そう言った。

 では、行きましょうっと、アンリエッタが立ち上がった。

「でも、今のままじゃすぐにお姫様だってバレちゃいますよ?」

「そうですか?」

「えーと、髪型を変えて…、お化粧をちょっとして…。」

 トゥは、アンリエッタの髪を結び、軽い化粧を施した。

「どうですか?」

「はい、鏡。」

「まあ…、これで街娘に見えますわね。」

 それでも立ち姿や滲み出る上品さや気品は隠しきれないが、印象はだいぶ変わった。

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

 そして二人は、こっそりと魅惑の妖精亭を出て、裏通りに出た。

 アンリエッタがいなくなったことで表通りは厳戒態勢になっていた。

「わあ…大変…。」

「すみません。手を、握ってもらえますか。」

「えっ?」

「下手に顔を隠しては余計怪しまれます。仲の良いお友達同士ということでお願いします。」

「…分かった。」

 二人は手を握り、表通りに出た。

「えへへへ。」

「キャッ。くすぐったいです。」

「アン。あっち行ってみようよ!」

 アンリエッタをアンと呼んだトゥに手を引っ張られ、トゥとアンリエッタは、兵士達の横を通り過ぎて行った。

 遠巻きにしかアンリエッタを見たことがない兵士達は、アンリエッタが通り過ぎても気づかず、無邪気な友達に引っ張られる大人しい少女として見ているようで特に気にしていなかった。

「あの…今……、わたくしのことを…。」

「アンでしょ? 名前言ったらバレちゃうでしょ?」

「そうですね。」

 アンリエッタは微笑んだ。

 

 夜も遅くなり、二人は宿をとることにした。

 魅惑の妖精亭の屋根裏部屋が天国に思えるほど、環境がよろしくない宿の安部屋で、キノコまで生えている。

「わあ…、ボロボロ…。」

「素敵な部屋じゃない。」

「そうですか?」

「ええ…、少なくとも、寝首をかこうとする毒蛇はいないでしょう…。」

「変な虫はいそうだよ?」

「そうですね。」

 アンリエッタは、ふふっと微笑んだ。

 それから二人は、ルイズのことを喋ったり、アンリエッタ宛にルイズが逐一フクロウで報告していることを聞いたりした。

「ルイズ、がんばってますよ。」

「そのようですね。」

 それからアンリエッタは、ルイズからの報告で聞いた街の噂や女王である自分へ向けられる生の声を聞いてことが時に辛いことなのだと語り、顔を悲しそうに歪めた。

「……えっと…、トゥさん…でしたよね?」

「はい。」

「あの夜……、白い怪物を倒したのはあなたなのですね?」

「……白い怪物?」

 トゥは首を傾げた。

「いえ…なんでもありません。本当に記憶喪失なのですね…。」

 アンリエッタは、トゥが精神的ショックで記憶を失っているという報告を思い出し首を振った。

「…私…、何をしたんですか?」

「いいえ、本当になんでもないんです。」

「教えてください。」

「………ウェールズ皇子を覚えていますか?」

「…おうじ、さま……。」

 トゥの脳裏に、金髪の凛々しい青年の姿が思い浮かんだ。

「あの白い怪物が……、ウェールズ様の声で、わたくしを呼んだのです……。あのおぞましい姿から、なぜウェールズ様の声が…。トゥさん。あなたは、何か知って………、トゥさん?」

「あ……ああ…、あああああああああ!」

「トゥさん!?」

「いや、いや、ごめんなさい、ごめんなざい!」

 トゥは、泣き叫び、頭を抱えて床をのたうち回る。

「そんなつもりじゃなかった…、みんなを勇気づけなかっただけなのに…。私、私……、また…ウタの力で…。」

「ウタの力とは?」

「私が、ウタの力なんてもってなければ……。私がいたせいで…。皇子様達が……。ああ……。」

「トゥさん? トゥさん!」

 泣き叫んでいたトゥが急に力を失い、気を失ったため、アンリエッタは、驚いてトゥの体を揺さぶった。

 すると部屋のドアが叩かれ、宿の主が大丈夫かと声をかけて来た。

 アンリエッタは、咄嗟に大丈夫だと返事をした。

 宿の主が二つ返事でドアの前から去っていくのが聞こえた後、トゥがゆっくりと起き上がった。

「? ……私…、何してたの?」

「トゥ…さん?」

「…あなた…だれ?」

「!」

「……あっ、お姫様。」

「トゥさん…あなたは…。」

「どうしたんですか?」

「いえ……、なんでもありません。」

 アンリエッタは、これ以上トゥにあの白い怪物のことを聞くことができなかった。

「ごめんなさい…。トゥさん。」

「? どうして謝るんですか?」

「本当に、ごめんなさい。」

 アンリエッタは、ただ謝ることしかできなかった。

 

 

 その後、アンリエッタは、トゥにエスコートを頼みつつ、城下町に潜んでいるアルビオンの間者を捕えるという任務を果たしたのだが、それは別の話である。

 




トリスタニアの休日編は難しかったです。

ウェールズの声でホムンクルスがアンリエッタを呼んだことについて、聞いた途端、少し思い出して狂乱したトゥ。
でもまた忘れちゃった…。
彼女が現実を乗り越えるのはいつになるやら…、やるのは筆者である私なのだが…、難しいです。

次回は、ルイズの実家編です。


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第二十五話  トゥ、ルイズの実家に行く

ルイズの実家編。

ルイズのお姉さん達と遭遇。

最後の方、ガールズラブ要素あり。これR-15かな?


 

 夏休みはやがて終わりを迎え、魅惑の妖精亭でアルバイトをしていたルイズとトゥも学院に戻った。

 ルイズは、ともかく、トゥがやめるにあたり、非情に惜しまれたが、事情が事情なので仕方がない。

 トゥが残して行ったレシピや、お酒のメニューも一新され、トゥが辞めた後の店のこともなんとかなるだろう。…っと思いたい。

 

 そして問題はここからだ。

 

 アルビオンとの戦争が本格化するにあたり、生徒達も従軍することになったのだ。

 ルイズも従軍したいと志願したいと思い、その許可をもらうために実家に一度帰省することになった。

 帰省することになったのは、まずルイズが手紙で従軍することを実家に伝えた、そしたら実家は大騒ぎ、そしてそんなことは許さんなという返事がかえってきた、それを無視したら、ヴァリエール家の長女・エレオノールがやってきた。

 それだけでもルイズは、不機嫌なのに、更に不機嫌になる事態が起こった。

 

「それでね、魅惑の妖精亭ってお店で働いたの。」

「それは大変でしたね…。お金でしたら私がなんとかしたのに…。」

「シエスタからお金借りられないよ。」

「そんな! トゥさんが困っているのを見過ごせません!」

 

 貴婦人は、身の回りの世話をする侍女を連れて歩くものだと言われ、仕方なくその場にいたシエスタを指名したのが……。

 トゥとシエスタを乗せた馬車の後ろを走る、ルイズとエレオノールを乗せた馬車。ルイズの視点から見て、いちゃ付いているように見える二人の様子に、ルイズは気が気じゃなかった。

 そんなルイズを、エレオノールがほっぺたを抓った。いわく、自分が話しているのによそ見をするなと。

 普段のルイズからは想像もできない弱気なルイズがそこにいた。

 前を走る馬車に乗っているトゥは全然気付いていない。

 ルイズは、涙目になった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズの家の敷地に着くのは、夜遅くなる。

「遠いよぉ。」

 二日ほど馬車に乗って、まだかかるのかとトゥは、頬を膨らませた。

 敷地に着くなる領地の村人達が来たりして、ちょっともみくちゃになったりしたが、村人の一人がエレオノールに婚約話のことを離した途端、エレオノールの機嫌がすこぶる悪くなった。おかげで場の空気も緊迫し、シエスタが怯えてトゥにくっついてきた。

 そこに空気を読めないルイズが、エレオノールに、婚約おめでとうなどと言ってしまったものだから、エレオノールの怒りはルイズに向き、ほっぺたを抓り、婚約の解消の話をして、それからお説教が始まった。

 だがお説教は長くは続かなかった。

 もう一人のルイズの姉であるカトレアが現れたからだ。

 エレオノールは、性格をそのままに、ルイズの気の強さをさらに強くした感じのきつめで。

 カトレアは、外見はルイズにそっくりで、ルイズをもっと大人にしたらこんな感じという感じで、穏やかな雰囲気をしている。

 二人ともルイズに似ているが、カトレアの方が似ているだろう。ただ胸が……。

「ルイズにもお姉ちゃんがいるんだね。」

「あんたにもいるの? そういえば、いるって言ってたような…。」

「ゼロ姉ちゃんと、ワン姉ちゃんがいるよ。あと妹が3人いるよ。」

「まあ、ご姉妹がたくさんいらっしゃるのね?」

「うん!」

 穏やかに笑うカトレアに、トゥは元気よく笑顔を作って頷いた。

「まあ、まあ、まあ、まあ。」

「?」

「お花が素敵ですね。」

「……。」

 右目の花のことを言われ、トゥは、固まった。

「ちい姉様! あまり花の事には触れないでください!」

「あら? やっぱり何かあるのね、ちびルイズ?」

「そ、それは…。」

 言えない。アカデミーの優秀な研究者でもあるエレオノールに、あの花のことを言うことができない。

 言ってしまったらトゥは間違いなくアカデミーに囚われ、研究材料にされてしまうだろう。

 いや、それによって、もっと惨いことが……。

「眼帯でも義眼でもない。生きた花が生えてるなんて普通じゃなくってよ。白状なさい。」

「私は、普通じゃないんです。」

「トゥ!」

 棒読み言葉でトゥが言ったため、ルイズが慌てた。

「どう普通じゃないのかしら?」

「……私は、人間じゃない。」

「………そう。」

 トゥを上から下までジロジロと見ていたエレオノールは、そう言った。

 ルイズは、気が気じゃなく、冷や冷やしていた。

「まあ、いいわ。」

 そう言ってトゥから視線を外した。

 ルイズがホッとしていると、エレオノールは、ルイズを見て言った。

「主人が白状すればいいのよ。」

「……言えません。」

 ルイズは、ギュッとスカートの裾を握って俯き精いっぱいな状態でそう言った。

「エレオノール、そこまでにしてあげて。」

「……仕方ないわね。いいこと、変な真似をするじゃなくってよ?」

「…はい。」

 トゥは、そう機械的に返事を返した。

 

 そして一同はカトレアが乗ってきた大きなワゴン型の馬車に乗って屋敷に向かった。

 従者を同じ馬車に乗せるなんてっと、エレオノールが文句を言ったが、カトレアが大勢方が楽しいと笑って言ったため、渋々承諾したのだった。

 馬車の中には、色んな動物がいた。

 カトレアは、動物好きなのだとルイズが説明した。

 トゥは、動物と…虎と戯れたり、蛇を首に巻いてみたりしていると、シエスタが怖がって気絶してしまった。

「シエスタ、大丈夫?」

 トゥがシエスタを介抱した。

 

 そうしてルイズの実家に着くのに夜までかかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズの実家は、まさにお城のような家だった。

 トゥは、キラキラと目を輝かせてルイズの実家を見上げていた。

 大きなゴーレムが跳ね橋を下ろしたりするのも、わくわくした様子で見ている。

 その様はまるで本当に子どものようで、カトレアは可愛いと言っていたし、エレオノールは呆れていたし、ルイズは…。

「トゥ、落ち着きなさい。」

「だってぇ…。」

「できる限りジッとしてなさい。」

「えー。」

 このままでは、屋敷に入った途端に興味の赴くまま走り回りそうなので釘をさしておく。

 やがて屋敷の中に入ると、案の定、トゥは、落ち着きなくキョロキョロと周りを見回し、ルイズに落ち着けと怒られても懲りななかった。

 シエスタは、召使たちの部屋に案内され、トゥは、ルイズの使い魔なので晩餐会に同伴することになった。

 トゥは、椅子に座ったルイズの後ろに控えて立っているだけである。

 30メートルもある長いテーブルを使っているのは4人だけなのに使用人は20人ぐらいは控えている。その圧倒的さに、トゥは、ふわぁっと思わず声を漏らしていた。

「母様、ただいま戻りました。」

 エレオノールが挨拶すると、ルイズの母親が頷いた。

 ルイズは、緊張でカチンコチンになっている。

 確かに緊張するのも頷ける。迫力が凄いのだ。ルイズの母親は。

 そこからエレオノールがルイズが従軍するなどと馬鹿げたことを言っていると言った。

 女の子が行くものではない、男が行くものだと。

 だがルイズは反論し、エレオノールがアカデミーの研究員になれたのを例えに出して今は時代が違うと。そして自分は陛下に信頼されていると言った。

 するとエレオノールが、どうして信頼されているのと疑問符を飛ばした。

 ルイズは、唇をかんだ。自分が虚無の系統だということは、一部を抜いて秘密である。だから家族にも秘密であって、言うことができなかった。

 さらにエレオノールが言おうとした時、ルイズの母親が食事中だということで止めた。

 明日、父親が帰って来るから話はそれからだということになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥが案内された部屋は、納戸のようなスペースで、箒や雑巾があった。

 トゥは、別にそれに不服があるわけじゃない。だが、なんとなくルイズ達との差というものを実感した。

 ベットに座っていると、扉が叩かれた。

「開いてるよ。」

「あの…。」

「あっ、シエスタ。」

「眠れなくって…。」

「そうなの? 入って入って。」

 トゥは、シエスタを招き入れた。

 シエスタは、トゥの隣に座った。

「ラ・ヴァリエールのご実家は、トリスティンでも5本に指に入るほどの名家なんですって…。」

「すごいよね~。トリスティン城より大きいかも。」

「はあ…、爵位も、財産も、美貌も…何でも揃ってて…、私が欲しくても手に入らないものをたくさんお持ちなんですもの…。」

「シエスタ? 酔ってる?」

「酔ってませんよぉ。」

 いや、酔っている。さっきから喋っているシエスタの口からワインの匂いがする。

「トゥさんも……。」

「私?」

「だってトゥさん…、ミス・ヴァリエールの使い魔で…。」

「私は使い魔だけど、ルイズのものじゃないよ?」

 しかしシエスタは、ヒックヒックとしゃくりあげるように泣いていた。

 トゥは、困り、とりあえず、シエスタの背中を摩った。

「トゥさんはぁ…、優しくって…、素敵で…、なのになんでミス・ヴァリエールのぉぉぉ…。」

「シエスタ、シエスタ。落ち着いて。」

「落ち着いてますよォ。」

 するとシエスタは、シャツの隙間から酒瓶を出した。

「どこに入れてたの?」

「厨房のテーブルから失敬しました。」

「それ…ドロ…。」

 トゥが言いかけた時、コルクを抜いたシエスタがグビリッと酒瓶から直接飲んだ。

 その飲みっぷりは中々に見事である。

「飲めよォ、トゥ。」

「ふえぇ…。」

 どうもシエスタは、酒癖が悪いらしい。意外な一面だ。

 断ったら暴れだしそうな狂暴な目をしており、トゥは仕方なく差し出された酒瓶から酒を飲んだ。

 

 

 ルイズは、毛布をかぶって、廊下をペタペタと歩いていた。

 使用人達に、トゥがいる部屋を訪ね、納戸に向かった。

「べ…別に、トゥの匂いがしないから落ち着かいないとかそんなんじゃないんだから…。」

 っと、誰に言うでもなく、ブツブツと自分に言い聞かせるように呟きながらトゥがいる部屋に行くと。

「あ、ダメだよぉ、シエスタ…。」

「ウフフフ。トゥさんのお胸、すっごい柔らかいです…。」

「そう言うならシエスタの胸だってすっごいよ。片手で持てないもん。」

「そうでしょう? ミス・ヴァリエールには、これだけは勝ってますよね?」

「ルイズ、すべすべだもん。」

「トゥさんは、やっぱりぺったんこより、大きい方がいいですよねぇ?」

「う~~ん。」

「悩むんですかぁ?」

 

 なんかいかがわしい会話が聞こえてくる。そして怪しく艶っぽい息遣いも…。

 

 ルイズは、カッとなって納戸の扉を蹴破った。

「あっ、ルイズー。」

「なんやってんのよ、あんた!」

「ルイズ、ルイズ~。」

「キャッ!」

「ああん、トゥさんってば!」

 トゥは、ルイズに抱き付きそのままベットに押し倒した。

「なにす…。」

「ルイズ~。」

「こら! グリグリしないでよ! ちょ、酒臭…! あんた何飲んだのよ!?」

「強いお酒~。」

「あんたまた…。いや! ちょっと、どこ触って…、やっ!」

「ルイズ、すべすべ、気持ちいい…。」

「なによ! 胸が……、ないからって…あんた…!」

 ルイズは、今トゥに襲われていることよりそのことで涙目になった。

「ルイズは、ルイズだよ? 胸がないとかあるとかそんなの関係ないよ?」

「っ…。」

 トゥがにっこりと愛らしく笑った。その笑顔に、ルイズは思わず赤面した。

 するとトゥの手がルイズの太ももを撫で上げた。

「や…、トゥ…、トゥ…本当に…マズイから…、やめて…。」

 状況をやっと理解したルイズが涙目で懇願した。

「んー。」

 するとトゥが、ルイズの口を己の口で塞いだ。

「むーー!」

 ルイズはあらんばかりに暴れたが、トゥの身体能力にはまったく敵わない。

 シエスタに助けを求めようと視線を向けると、シエスタは、床でスピスピと寝ていた。

「ぷは…! …トゥ…、お願い…、ダメ…。」

「ルイズ…。」

 トゥの顔が、ルイズの首筋に埋もれた。

 ルイズは、固く目をつむり、覚悟を決めた。

 だが…。

「?」

 ふと気が付くと、トゥは、ルイズに覆いかぶさったまま寝ていた。

 ルイズは、トゥを横にどかしてトゥの下から逃れると、部屋から走って逃げって行った。

 ルイズがいなくなった後、トゥはまったくそのことに気付くことなく、ムニャムニャと眠っていた。

 




エレオノールに目を付けられました。

最後の方、また酔ってルイズを襲いました。シエスタもダウンしたし、もしトゥが寝なかったらそのままいってたと思います。

次回は、お父さん登場だけど短めです。


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第二十六話  トゥ、出撃する

ルイズの実家編その2。

逃亡。
そして出撃。

ルイズがなんか血迷ってます。ガールズラブ要素。


 

 翌日。

 バタバタと、トゥとシエスタが寝ている納戸にルイズの実家の使用人達が駆け込んで、箒や雑巾などの掃除用具を取りに来たことで、トゥとシエスタは目を覚ました。

 使用人達の言葉から、ルイズの父親が帰ってきたことが分かった。

 この後、トゥは、ルイズと合流したが、ルイズは、トゥをひと睨みし、そしてそっぷを向いて口を利かなかった。

 昨晩のことを覚えていないトゥは、首を傾げた。

 朝食の席で、またトゥは、ルイズの席の後ろで控えていた。

 五十ぐらいの初老の男性を見て、ああ、この人がルイズのお父さんなのだと思った。

 そこからの展開は、ざっくりまとめると、ルイズのお父さんは、戦争自体が反対、もちろんルイズが従軍することも反対、ゆえに戦争が終わるまで屋敷に閉じ込めて置けと執事に命令、ついでにルイズに婿を取れと命令、ルイズその場から駆け出す、トゥがルイズを追いかける。

 ルイズを追いかけて中庭に来ると、中庭の池の小舟に乗って、池の中心に行ってしまった。

 周りからルイズを探す使用人達の声が聞こえる。トゥは、茂みに身を隠し、ルイズがここにいることを知られないようにした。

 小舟に乗っているルイズのすすり泣く声が聞こえる。

 トゥは、周りの声が遠ざかると同時にウタを使って池の湖面を歩き、ルイズの傍に来た。

「ルイズ…。」

「トゥ…。」

「ルイズは、ただ、お姫様の役に立ちたいだけなんだよね?」

「……。」

「頑張りたいんだよね?」

「……。」

「……どうしても戦いたいの?」

「……。」

「じゃあ、逃げようか?」

「はあ?」

 ここにきてルイズは、素っ頓狂な声を上げてトゥを見た。

「認めてもらうには、やっぱり実力を示さなくっちゃ。戦って、それで頑張った姿を見せればいいんだよ。」

「でもそんなことしたら…。」

「ルイズは、家族が大切なんだね。」

「……。」

「でもこのままじゃ、ルイズは、ルイズになれなよ。きっと。」

「あんただけ行けばいいのよ…。」

「えっ?」

「この戦争で陛下が期待されてるのはなにも私だけじゃない。あなたのあの、セントウキってのと、あんたの力が必要なのよ。私が従軍すれば必然的にあんたもついてくる。だから私は陛下に期待されてるの。」

「そんな…。」

「たぶん、あんただけでも十分。私、分かるもの。あんたの力…、想像を絶するわ…。あんたは、その気になれば5万のアルビオン兵相手でも戦えちゃう。それだけ強い。だからトゥ、あなたは…。っ。」

 するとトゥがルイズを抱きしめた。

「ちょっと、トゥ!」

「イヤ。」

「なにがよ!」

「私、ひとりじゃ、イヤ。」

「っ!」

「ルイズも一緒。だって私…、使い魔でしょ?」

「トゥ…。」

 トゥが、ルイズの方から顔を上げて、ルイズの顔を見てにっこりと笑った。

「……バカ。」

 ルイズは、トゥを抱きしめ返した。

 ムニュっとトゥの胸が当たった。

 なんとなく、その胸に顔を押し当て、谷間に顔を埋めた。

 トゥは、少し驚いたが、それでルイズが落ち着くならと好きにさせた。

 グリグリと顔をこすりつけると、極上の柔らかさと弾力が跳ね返ってきて、だんだん癖になってきた。

「あ、あ…、ルイズ、ルイズ。」

「ジッとしてなさい。」

「あ…、ルイズ…、ちょっと…。」

「いいから。」

「そうじゃなくってぇ。」

「はっ?」

 ルイズがガバリッと顔を上げると、周りには、顔をこわばらせたエレオノールと、使用人達で取り囲まれていた。

「あ……。えっと…、これは…、その…。」

 ルイズは、顔を赤くした。

「妙な魔力を感じて来てみれば…、どういうことかしら?」

 トゥは、自分の足元に光る天使文字を見てハッとした。

「なるほど、ただの人間じゃないことは確かね。いい研究材料が見つかったわ。」

「エレオノール姉様!」

「えー、ルイズを捕まえて、塔に監禁しなさい。少なくとも一年は出さん。鎖は頑丈なものを用意しろ。エレオノール、そこの得体のしれん女はおまえの好きにしなさい。」

「お父様!」

「あの青髪の女を捕えなさい!」

 エレオノールの命令で使用人達が襲い掛かってきた。

 トゥは、ルイズを抱きかかえ、高く跳躍し、使用人達の群れから抜け出した。

 エレオノールも、ルイズの父親も素早く杖を抜き魔法を放とうとしたが、それよりも早く、トゥが片手でデルフリンガーを抜き、杖を斬った。そしてそのまま二人の横を駆け抜けていった。

 そのまま門へと走っていると、跳ね橋が徐々に上がりだした。

 トゥがウタを使おうとした時、跳ね橋を支える鎖が腐食し、切れた。

 よく分からないがチャンスだと走っていると、すると、馬車が門の横から飛び出してきた。

 ただ引っ張っているのは、馬じゃなく、竜だった。

「早く乗ってください!」

 シエスタが震えながらそう叫んだ。

「シエスタ!」

「は、ははははは、早く…。」

 シエスタは、竜に怯えていた。

 トゥは、ルイズを馬車の中に突っ込むと。シエスタに代わって竜の手綱を握った。

 全速力で走りだした竜の馬車。

 シエスタは、トゥの横で振り落されないようにトゥの腕にしがみついた。

 それを馬車の中から見ていたルイズは、ギリッと歯を食いしばった。

 エクスプロージョンを唱えようとして、ギリギリで止めた。

 一々使用人に虚無を使うなんてしなくても、トゥは、自分のものだ。誰が何と言おうと。例えそれが姉でも渡すものかと、ルイズは、そう決意した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 学院に逃げ帰って一か月。

 戦闘機を戦場に持っていくため、トリスティン城から使者が来たり、それを積むための船が作られたり、土のメイジ達ががんばって燃料を大量に作ったりと色々とした。

 戦闘機には、コルベールが作った新しい兵器も積まれ、あとは、戦闘機を新鋭の艦に着艦するだけである。

 今朝がた、トリスティンの艦隊がアルビオンに向けて出港した。戦闘機を着艦しなけれならないのは、すでに出発した新鋭の船があるからだ。

「行くのかね?」

「はい。」

 戦闘機に乗る前にコルベールがトゥに話しかけてきた。

「本当は止めるべきなのだ…。君を戦場に送るわけにはいかない。君の花は危険だ。」

「……。」

「だがこの戦争に勝たなければ、もっとたくさんの犠牲が出るだろう。それを防ぐには君の力が必要だ。矛盾していると思うかい?」

「……私が頑張れば、この学校の生徒さん達も無事に帰ってこれます。」

「……ありがとう。すまない。」

「いいえ。」

 トゥは、にっこりと笑った。

「トゥ。準備ができたわ。」

「遅いよ。ルイズ。」

「色々と準備することがあるのよ!」

 ルイズは、ブツブツと言いながら、梯子を使って戦闘機のコックピットに登り、後ろの席に座った。

「じゃあ…、行ってきます!」

「…ああ。」

 トゥが元気よく、そして笑顔で言うと、コルベールは短く返事を返した。

 トゥは、操縦席に座り、戦闘機を飛ばした。

 コルベールは、空へ舞い上がり、彼方へ飛んでいった戦闘機をずっと眺めていた。

 




トゥの胸を堪能したルイズ。
エレオノールに狙われたトゥ。


なんか、コルベールとの親密度が上がってるような気がする…。


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第二十七話  トゥと、竜騎士

この世界の竜について色々と捏造しないといけないなと思う今日この頃。
少なくともDOD3の世界の竜とは別種族だけど、近い種族ということにしましょうか。
なので花に対して反応しますし、食欲を刺激されます。

トゥが若干狂気。



 

 トゥは、戦闘機を飛ばし続け、やがて空中艦隊と合流した。

 戦闘機を着艦する予定の艦、ヴュセンタール号を見つけたが、戦闘機を着艦させるには甲板の距離が短かった。

 そのうえ、戦闘機のスピードが彼らが思っていたよりも速過ぎた。

 スピードを落とし過ぎると墜落するため、難儀した。

 そこでトゥは仕方なくウタを使い、急ブレーキをかけつつ、魔力のクッションを作り、戦闘機を着陸させるために用意されていたロープの網と、風の系統の魔法でなんとか着艦した。

「ふう…。」

「トゥ、大丈夫なの?」

「もうちょっと大きな船だったらよかったんだけど…。」

「それは贅沢よ。」

 折角の戦闘機を乗せるために作った艦が、まさか戦闘機に合ってなかったなどと、いまさら言われても遅い。

「これだとウタを使ってスピードを上げないと飛べないかも。」

「これから戦うのに、無駄な体力を使うってこと?」

「うん。」

 どうやら思っていた以上に現状は厳しいらしい。

 

 

 戦闘機から降りたトゥとルイズを、甲板士官が出迎えた。

 そして二人を船内に案内する。

 士官は、最初に名乗ったっきり何も喋らなかった。こちらの質問にも答えてくれなかった。

 まず二人が過ごすための部屋に案内された、酷く狭い部屋だったが個室である。そこに荷物を置いて、さらに別の場所へ案内された。

 ジグザグに進んでいき、やがて案内されたのは、会議室のような部屋。

 そこにとても階級が高そうな人達が並んで座っていた。

 それから、階級が高そうな人達…、将校達がそれぞれ名乗った。

 そしてルイズ達の紹介となったが、彼らは胡散臭そうにルイズとトゥを見た。

 そりゃそうだ、あのタルブでの奇跡の戦いを勝利に導いたのが、女子供とあっては、胡散臭くもなるだろう。

 この艦が極秘であり、竜騎士達と戦闘機を乗せるため、大砲も積んでいない総司令部であることなどを説明された。

 そして軍議が始まったが、軍議は難航した。

 まず、タルブで殲滅した十数隻を抜いて、アルビオンには、まだ40隻ほど艦隊が残っており、寄せ集めの軍隊であるこちらに指揮系統の混乱が起これば、練度の高い相手に負ける可能性が高いこと。

 次に、6万の兵を下ろせる場所。これは、アルビオンの二か所のどちらかとなる。しかしまっすぐ船を進めれば当然だがすぐに見つかり、敵の攻撃を受けることになる。そのため奇襲が必要とのこと。

 そこでルイズの虚無でまた艦隊を吹き飛ばしてくれないかと頼まれたが、ルイズは首を振った。

 いわく、あんな爆発を起こすには、相当な時間を要して精神力を溜めなければ撃てないのだと。

「そんな不確かな“兵器”は切り札とはいわん。」

 ルイズを兵器として扱う彼らに、トゥが持っている剣を握りしめたが、ルイズがトゥのもう片手を握って止めた。

 そして軍議に結果としては、ルイズに奇襲をかけるための魔法を選定をし、陽動を行ってもらういうことで落ち着いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 会議室を出た後。ルイズは、べーっと会議室に舌を出した。

「なんだかイヤな感じ…。」

「そうね。それにあの人達、私のこと、駒としてしか見てないわ。」

「そうだね。でも…、そうじゃないと、戦えないんだと思う。…?」

 ふと視線を感じたトゥがそちらを見ると、貴族と思われる少年達がこちらを見ていた。

 リーダー格と思われる者が顎をしゃくり、来いと言葉を言わずに示した。

「トゥ? ちょっとどこに行くのよ?」

「? 来いって言うから…。」

「やめなさいよ。ロクなことにならないわよ。」

「えー。でも、行く。」

「あー、もう!」

 さっさと行くトゥを、ルイズが追いかけた。

 彼らについていくと、甲板にロープで括りつけられた戦闘機のところに来た。

 トゥがナニナニ?っと聞くと、少年の一人が、恥ずかしそうに聞いた。

 これは生き物なのかと。そう言って戦闘機を指さした。

「違うよ。」

 トゥは素直に答えた。

 すると少年達は、がっかりしたり、ガッツポーズを取ったりと色々な反応をして金貨を出したり受け取ったりしていた。

 どうやら賭けをしていたらしい。

 それから彼らに戦闘機のことを説明した。しかし彼らには魔法以外の力で飛ぶことのできる物のことを理解できないようであった。

 戦闘機の説明が終わった後、彼らの中で太っちょの少年が自分達は竜騎士だと説明した。

 それから彼らが乗る竜のもとへ案内された。

 タバサのシルフィードよりも二回り大きい竜がそこにいた。

 竜騎士になるのは大変なんだと彼は言った。いわく、竜はとても気難しく、使い魔として契約した以外では、自分に乗るにふさわしいかどうかを見定めるらしく、そのために様々な面を見られ、油断ならないのだという。

 トゥが、ジーッと竜を見ていると、寝ていた竜がパチリッと目を開けて、トゥを見た。

 途端、グワッと大口を開けてトゥを喰おうとした。

 竜騎士の少年はびっくりして大慌てで手綱を握り、竜を落ち着かせようとした。

 その騒ぎに気付いた他の竜騎士の少年達も、急に騒ぎ出した他の竜を落ち着かせるべく動いた。

「ちょっと! どんな躾してんのよ!」

「ああ…、よかった。」

「何が良かったよ! あんた食べられそうになったのよ!?」

「この世界の竜は、私を食べてくれるんだ…。」

「…トゥ…?」

 トゥの横顔を見て、ルイズは戦慄した。

 彼女は、喜んでいたのだ。涙が出そうなほど。

 ルイズは、思わず怖くなってトゥから一歩離れた。

 トゥの右目の花を見て、まさか…っと思った。

 そういえば、タバサのシルフィードに、トゥが食べるかと聞いてシルフィードが涎を垂らしていた。

 トゥのあの花は、竜にとって極上の食べ物なのだろうか?

 恥じもなく涎を垂らして、見た途端に食べようとするほどに…。

 やがてなんとか騒ぎは収まった。

 しかし隙あらばトゥが竜に近寄ろうとするため、ルイズは、トゥを掴んで部屋に引きずって行った。

「ルイズぅ…。」

「あんたに今死なれたら、誰がセントウキを操縦するのよ!」

「っ…。」

 そう言われたトゥは、引っ張られながら悲しそうに眉を寄せた。

 

 

 与えられた部屋に入ったルイズは、トゥを無理やりベットに寝かせ、寝入ったのを確認すると、始祖の祈祷書をめくって、陽動に使える呪文を探した。

 意識を集中し、慎重にめくっていくと、やがて一つの呪文が浮かび上がり、ルイズは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして始まる戦争。

 ルイズが虚無の呪文を会議で発表し、その呪文を取り入れた作戦が組まれた。

 こちらがアルビオンの、ダータルネスの港に向かうように見せかけるため、ルイズを運ぶために戦闘機による出撃となった。

 しかし距離が足りないため戦闘機が飛べそうにない。

 なんとか揚力を得ないといけないので、トゥとメイジ達ががんばるが、コルベールと違いうまく伝わらず困った。

 仕方なくトゥは、ウタを使い体力の消耗を覚悟で揚力を得ることにした。

 竜騎士達が先導しようとしたが、戦闘機のスピードが速く竜騎士達がついていけない。

 仕方なく置いていき、トゥは操縦桿を操作してダータルネスを目指した。

 瞬く間に眼前に敵の竜騎士達が群がってきた。

 そしてふと気づいた。

「武器…ない。」

 ミサイルは、タルブで撃ち尽くした。

 機関銃が残っているが、残弾数からいって心もとない。

 あとは、ミサイル発射口から撃つウタを使った大魔法だけだ。しかしこれは凄まじく体力を消耗する。連発はできない。

「あ、そうだ。コルベール先生が新しく武器を付けてくれたんだっけ!」

 それを思い出し、トゥは、手紙を取ろうとしたが、操縦桿から手を離せられないので困った。

「ルイズー、ごめん。コルベール先生の手紙取ってー。」

「なによ。」

「読んでー。手が離せないの。」

「分かったわよ。」

 ルイズがゴソゴソと動いて、手紙を取って広げた。

「えーと…、炎蛇の秘密?」

「新しい武器のこと書いてあるはずだから、読んでー。」

「えー、まずは心を落ち着けて、エンジンの開度を司る棒の隣に取り付けられたレバーを引きたまえ…。」

「これ?」

 トゥがそのレバーを引いた。

 すると前の計器の下に隠されていた蓋から、ヘビの人形が顔を足て、言葉を発した。

『トゥガンバレ! トゥガンバレ! ミスヴァリエールガンバレ!』

「なにこれ?」

「先生…。」

 ルイズもさすがに頭を抱えた。

 トゥは気にせずルイズに続きを求めた。

「えーと…、追いかけられた時は愉快なヘビ君の舌を引っ張ってみたまえ、おっと、注意! 周りに味方がいる場合はなるべく近づいてもらいなさい。」

「どういうこと?」

「分かるわけないでしょ!」

「うーん…。でもこのままだとまずいから…。やってみよう!」

 トゥは、追って来る敵の騎士を見て、決心した。だが肝心の味方は置いて行ってしまった。

 仕方なくこの状態から秘密兵器を発射することにした。

 トゥは、ヘビ君人形の舌を引っ張った。

 しかし何も起こらない。

「あれ?」

「先生…。」

 またおかしな仕掛けをしたのか。それも不発かっとルイズが呆れていると、それは突然起こった。

 何本もの火薬で進む巨大な火矢が後方のアルビオン竜騎士に向かって飛んでいき激突した。

 追手の竜騎士達は半減し、戦意を失ったのか撤退していった。

「やった!」

「すごいすごい! 先生凄い!」

 その威力にルイズも感心し、コルベールを賞賛した。

 しかしふと前を見ると、そこには、先ほどの竜騎士達以上の数の竜騎士達が待ち構えていた。

「まずい…。」

 トゥは、大きく息を吸った。

 そしてウタった。

 ミサイルの発射口から放たれる大魔法。

 それにより、竜騎士達は消滅していく。

「うっ…。」

「トゥ!」

「一旦引き返すよ…。」

「逃げる気!?」

「違う、このまま反転して戻るの。このままじゃ敵の中心に入っちゃうから…。」

 そう言って操縦桿を操作してUターンした。

 その時、戦闘機と入れ替わりに、味方の竜騎士達が戦闘機の横を通り過ぎた。

「あれは…。」

 あの少年達だ。

 戦闘機がUターンしたことで、一見すると撤退したように見えたのか、敵の竜騎士達が、味方の竜騎士達にターゲットを定め、群がった。

「ああ!」

 圧倒的な敵の数に臆さず突き進む味方の竜騎士達の姿に、トゥは悲鳴を上げた。

「トゥ! 行くのよ!」

「ああ…あああ…。」

「彼らが敵の注意をひきつけている、今しかないわ!」

「あ…う…。」

「私達の任務は、ダータルネスの港に虚無の呪文をぶち込むことよ! 彼らの勇気を…死を無駄にする気なの!?」

「っ!」

 そう言われ、トゥは、カッと目を開き、操縦桿を握りしめ、敵に後ろを見せていた戦闘機をターンさせてダータルネスを目指した。

 味方の竜騎士達はすでに敵の中に飲まれてしまった。

 トゥは、唇を噛みしめ、敵の横を通り過ぎた。

 やがて見えたダータルネスの港。

 ルイズは、詠唱を始めた。

 

 初歩中の初歩。

 幻影を作る魔法。

 イリュージョン。

 

 雲が消え、そこに巨大な戦列艦隊が描かれ、見るものを圧倒した。

 

 ダータルネスの空に幻影を浮かべた後、たった一機になってしまった戦闘機とトリスティンの艦隊が合流する合流点へ向かった。

 

 

 黙っているトゥ。

 ルイズは、何も言わない彼女を心配した時、コルベールの武器の説明書に手紙が添えられていることに気付いた。

 それを口に出して読んだ。

 そこには、コルベールの想いが綴られており、そして彼が過去に大きな罪を犯したことについての懺悔が書かれており、死にたいする彼の想い、そして戦闘機などの科学があるトゥの世界への憧れが綴られていた。

 手紙を読み終えた時、トゥの微かにすすり泣く声が聞こえた。

「なに泣いてるのよ…。」

「分かんない…。でもねルイズ…。私のいた世界は……、世界は…、たぶん、ここよりもずっと…残酷…。」

 トゥは、そう語った。

 

 




この展開はかなり難しかったです。

ハルケギニアの竜種は、DOD3の竜種と近いけど別種ということにします。
けど近いので花に反応するし、食欲を刺激されます。けどミハイルに比べるとその欲求自体は低め。なのですぐに落ち着きます。
もしも食べたら……、ミハイルのように、なるかも?

ハルケギニアとDOD3の世界。どっちが残酷でしょうかね…。


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第二十八話  トゥ、ジュリオと出会う

ジュリオ登場。

最初にちょっと狂気。


 

 トゥがまた、ボーっとするようになった。

 ルイズは、素肌にマントというとってもきわどい格好でトゥの傍に寄り添っていた。いつもは、寝るときにネグリジェなのだが、それを忘れたため代わりにマントを身に着けているのである。

 トゥは、先の戦で死んでいったあの竜騎士の少年達のことを想っているのだろうか。

 そう思うとルイズの胸が痛んだ。

「ねえ、トゥ…。今は戦よ…。一人一人の死を悼んでいたらキリがないわ…。」

 しかしトゥは何も答えない。

 

 ルイズとトゥの活躍により、アルビオンの港町ロサイアを占領することに成功した。

 そのために出た犠牲はあったものの、成果を考えれば小さかったと言える。

 やはり目の前で犠牲を目の当たりにした者にとって、感じるものは違うのだろう。

 

 トゥは戦い慣れているが、戦争に対する免疫はないのだろうか?っとルイズが考えていると、トゥがボーっとしていた理由は全く違っていたことが分かった。

 

「……食べて…、もらえなかった…。」

「えっ? ……あんた…。」

 ルイズは、瞬時に理解した。

 トゥが悲しんでいるのは、竜騎士達の少年のことではなく、彼女を食べようとした竜達が自分を食べてくれなかったことなのだということを。

 あの時の竜は、竜騎士と共に散ってしまった。もういない。

「やっぱり、シルフィードちゃんかな…。」

「トゥ…、ダメよ。ダメだったら、ダメよ!」

 ルイズは、トゥを掴んで揺すった。

「そんなこと許さないわよ!」

「じゃあ、殺して。」

 ルイズの手を取り、いつの間にか持っていたゼロの剣をトゥはルイズに渡した。

 ヒッと短く悲鳴を上げたルイズは、ゼロの剣を捨てた。

「ああ、捨てちゃダメ。」

「イヤよ! あんたを殺すのも、竜に食べられるのも全部イヤ!」

「……約束…。」

「そんなのただの口約束よ! 守るとでも思ってるの!?」

「じゃあいい…。」

「えっ?」

 トゥは、ルイズから離れると、ゼロの剣を拾い上げ、天幕から出て行こうとした。

「待って、トゥ! どこへ行く気なの!?」

「ルイズ、殺してくれないなら。別の人に頼むの。」

「だ、ダメよ…。そんなこと…、そんなこと…。」

 ルイズは震えながら言った。

 トゥが出て行こうとするのを、止めようと動いた。自分でもこんなに速く動けるのかと驚くほど速く。

 出て行こうとしたトゥの腕を掴んで引っ張った。するとトゥはバランスを崩し、床に倒れた。その上にルイズが馬乗りになった。

「ダメ。行かせない。」

「じゃあ、殺して?」

「まだ殺せない…。まだ戦争は…終わってないのよ!」

「………そう。」

 ルイズの叫びに、トゥは、機械的に短くそう返事を返した。

 そんなトゥにカッとなったルイズは、その手をトゥの首にかけた。

「いい加減にしなさいよ?」

「ルイズ、だめ。それじゃあ、私は死なないよ?」

「あら、そうなの? じゃあ試してみましょうかしら?」

 機械的に喋るトゥに、ルイズはやけになって凶悪な笑みを浮かべ、手に力を込めようとした。

 その時。

 天幕が突風で吹き飛び、二人はハッと我に返った。

「なになになに?」

 トゥが体を起こそうとした時、一匹の風竜が複数名の人間を乗せて天幕の傍に着地した。

 敵かっと、二人が身構えようとした時、どこかで聞いた覚えがある声が聞こえた。

「おや、君達。」

「あれ? あなた達は…。」

 なんと、死んだと思っていたあの竜騎士の少年達だった。

 それを理解してしまうと、ポッカーンっとしてしまった。

 あの状況でどうやって生きて帰ってこれたんだと言おうとすると、少年の一人が赤面しながら邪魔してごめんっと言った。

 ルイズは、ハッ?っと思ったが、自分が置かれている状況を見て、赤面し慌ててマントを掴みながらトゥの上からどいた。

 それから少年達は、竜騎士大隊本部に生きて帰ってきたことを報告しに行き、そこにいた隊長達を驚かせた。

 彼らは、一匹の風竜を除いてすべての竜を失ったため、竜が補充されるまでルイズの護衛の任務を言い渡された。

 それからは、生還を祝い、酒を交わした。

 酒に酔った少年の一人が、ルイズとトゥの関係を聞いた。

 なのだが、もしかしイケない関係!?っと、勝手に想像を膨らませて勝手に赤面して言い合い始めたものだからルイズがキレてデルフリンガーを振り回す事態が発生したりした。

 竜騎士の少年達の生還から三日後、彼らに呼び出しがかかった。

 三日間の間に、彼らが身分の低い貴族で、爵位さえなく、手柄を立てるしか方法がないのだと聞いていたのだが、呼び出し受けてもしかして手柄を立てるチャンスなのではと意気込みだした。

 だが呼び出しは、ただの報告書のまとめであって、少年達は誰が見ても分かるほどがっかりしていた。

 ところが、少年の一人がもじもじと、夢か現か幻か分からないことを語った。

 地面で動けなくっている時に見たのだと言う。金髪の綺麗な女性で、あれはきっと古代の妖精だと言った。

 まあ当然と言えば当然だが、誰も信じなかった。

 すると、透き通るような声が。僕の金髪とどっちが美しかったのかな?っと言った。

 男か女か一瞬判断に迷う声の正体は、女と見紛うほどの美少年だった。

 名をジュリオというらしい。

 彼の登場に竜騎士の少年達は、露骨に嫌そうな顔をした。

 なぜそんなに嫌そうな顔をするんだろうと思ったが、どうもこのジュリオという少年、かなり、キザだ。ギーシュもキザだが、それ以上だ。

 まずトゥを見て。

「君が噂の使い魔のトゥークンかい?」

「トゥだよ。」

「それは失礼した! 大変失礼した! いや、なんと美しい! 噂で聞いていたが、想像以上だ!」

 そう言ってジュリオは、トゥの手を取り、手の甲に口づけた。

 トゥがポカンッとしていると。

「ああ、申し訳ない。僕はロマリアより新たなる美を発見しに参戦した。君のように美しい方に出会うために、僕は存在している!」

「はあ…。」

「神官が女性に触れていいのか? これだからロマリア人ってやつは…。」

 竜騎士の少年の一人が、苦い顔をして言った。

「参戦するために、一時的に還俗の許可を教皇よりいただいていてね。トゥさん、失礼した。今だ僧籍に身を置く身ゆえ、女性に触れることが許されぬ身…。しかし……、神はこの地をあまねく照らす偉大なる存在だが、たまには目を瞑る慈悲深さも持ち合わせている。再びお目にかかれる、その時を楽しみにしているよ。」

 ジュリオはそこまで言い、トゥから離れると、真顔になって、先ほどの報告の内容について少年達に聞いた。

 ルイズは、ずっとぷく~っと頬を膨らませてジュリオを睨んでいた。

「どうしたのルイズ?」

「なんでもないわ!」

 機嫌の悪いルイズの様子に、トゥは首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 自分達に与えられている天幕に戻っても、ルイズは、ずっとむくれていた。

 司令部に呼ばれて戻ってきても、むくれていた。

 トゥは、困ってしまった。

 竜騎士の少年達は、そんなトゥを心配した。

「私…、何か悪いことしちゃったのかな?」

「いや…、別に何もしてないんだろう? 僕らとずっといたけど、そんなことはなかったよ。なあ?」

 少年の一人が他の少年達に聞くと、他の少年達も頷いた。

 あえて、原因をあげるとなると……。いつからルイズは機嫌が悪くなった?

 思い浮かぶのは、ジュリオのことだ。

 ジュリオが、キザに、トゥに言い寄っていた辺りからおかしくなったのだ。

 しかし原因がそれだとすると、なぜルイズは、そんなに機嫌を悪くしたのか分からない。

 もしや、自分を差し置いて、使い魔であるトゥに彼が夢中になったのが気に入らなかったのか?

 少年達は、頭を悩ませた。

 やがて、天幕から出て来たルイズが、トゥの横を通り過ぎてどこかへ向かいだした。

「ルイズ?」

 トゥが呼び止めようとするがルイズは止まらない。

 トゥはルイズを追いかけた。

 やがてルイズは、風竜と共にいるジュリオのところへ来た。

「ミスタ・チェザーレ。」

「これはこれは、ミス・ヴァリエール! ミス・トゥも!」

「あら? 私の使い魔ばかりに目が行っていたばかりだと思っていたのに。私のことも視界に入れていたのね?」

「ああ、失礼した! まことに失礼した! 僕はなんということをしてしまったのだ!」

「まあ、それはいいわ。それよりも、あなたと風竜に用事があってきたの。」

「僕と風竜に?」

「今から私を乗せて、飛んでほしいの。」

「あなたのような美しい方のお役に立てる好機が巡ってくるとは!」

「トゥに夢中だった人の言葉は信じられないわ。」

「本当に失礼した…。」

「もういいわ。」

「お許しいただけるなんて、なんと寛大なお方だ…。それで、どちらへ飛べばよろしいのですか?」

「ねえ、ルイズ。飛ぶなら戦闘機もあるよ?」

「戦闘機は音がうるさいでしょ。敵に見つかるじゃない。」

「あ、そうか…。」

「あんたはお留守番。」

「えー? 大丈夫なの?」

「大丈夫よ。あんた、私のことなめてない?」

「えー?」

「なめてるでしょ! 私があんたの守りなしじゃ何もできないなんて思ってるでしょ!」

「思ってないよ。」

「あんたがいなくたっていいの。だからお留守番してなさい!」

 ルイズは、そう言うと、風竜に乗って待機しているジュリオのところに行き、その後ろに座った。

「天幕の中、ピカピカにしておきなさい。」

 ルイズを乗せたジュリオの風竜は、空へ飛んでいった。

 残されたトゥは、彼らを見送ったあと、デルフリンガーを抜いた。

『機嫌が悪いみたいだな、娘っ子は。』

「うん。どうしたんだろう?」

『難しい年ごろなんだろ。』

「ふーん。」

 ルイズは、そう声を漏らすと、天幕を綺麗にすべく、踵を返した。

 

 




ジュリオ、難しい…。

これ、いつか書き直したい。

ルイズは、ちょっと嫉妬しました。


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第二十九話  トゥと思わぬ再会

最後の方で、スカロン達と再会。


 

 トゥとルイズは、走っていた。

 トゥの手には大剣とデルフリンガー。

 彼女らの後ろには、様々な変装をした竜騎士の少年達がおり、彼らも走っていた。

 そんな彼らの後ろを、5メートルはあろうかというトロル鬼が10匹、それからオグル鬼が追いかけてきていた。

「やっぱり、私が足止めすれば…。」

「バカ言うんじゃないわよ! そんなことしてる間に、5万の敵が押し寄せてきたらどーするのよ!」

『単純に相棒のことが心配ならそー言えばいいだろ?』

「違うわよ! トゥ一人ならなんとかるなでしょうけどね!」

「うん。たぶん大丈夫だと思うよ。」

「あんた以外が足手まといだって言うの!?」

「えー?」

 

 時間は少し遡る。なぜこんな状況になってしまったのかである。

 まず、任務言い渡された。それはいい。

 その任務の内容とは、敵の陣中に入り込み、そこでルイズのイリュージョンで味方の軍勢の幻を作って混乱させるというものだった。

「いい? 何を見てもキョロキョロしたり、騒いだりしないでよ?」

「うん。」

 ルイズは、そう前もってトゥに注意した。

 しかし、それでもやはり怪しまれた。

 警邏のメイジに、神聖アルビオン共和国第二軍を指揮する将軍は誰だという質問を受けてしまい、誰も答えられなかったのだ。

 それでメイジ達とトロル鬼達に襲われたわけで、現在逃走中なわけである。

 その時、前方からオーク鬼が現れた。

 オーク鬼が武器を振り落そうとしたが、トゥが剣を振るいその両腕を斬り落とした。

 悲鳴を上げるオーク鬼。

 しかし前に気を配っていると、後ろががら空きになった。トゥが跳躍して、少年達に武器を振り下ろそうとしたトロル鬼を一刀両断した。

 しかし前を後ろをと交互に気にしている内に、追い詰められた。

 トゥの戦闘能力は高いが、こちらには竜のない竜騎士の少年達と、ルイズがいる。トゥ一人では守り切れそうになかった。

 竜騎士の少年達は、もう駄目だと、唇を噛み、せめて空で死にたかったと…言っていると、トロル鬼が突然燃え上がった。

 空を見上げると、ジュリオ達、味方の竜騎士隊がいた。

 ジュリオ達が放つブレスと魔法で敵は後退し、ルイズ達はジュリオ達の竜に乗って退却した。

 退却した後、ジュリオが、軍人達がルイズのことを道具としてしか見ていないから、嫌だなぁっと言った。

「私も嫌だ。」

「ミス・トゥもそう思うかい? 気が合うね。」

「あの人達、きっとルイズがなんでもできるって思ってる。そんなことないのに…。」

「望むところよ。」

「ルイズ?」

「なんでもできるってところを見せてやろうじゃない。」

 そうきっぱりと言ったルイズに、トゥは首を傾げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それからは、将軍の演説があり、シティオブサウスゴードを開放する戦で、そこでギーシュが手柄を立てていたことが分かったりした。

「ギーシュ君、すごい。」

 トゥは、素直に賞賛した。

 しかし隣にいるルイズは、なんだか浮かない顔だ。

「ルイズ?」

「…なんでもないわ。」

 ルイズは、そっぷを向いてしまった。

「どうしたのルイズ? なんだか変だよ?」

「……ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「この戦争に勝てれば…、家族は私を見直してくれると思う?」

「えっ?」

「…あんたに聞いた私が馬鹿だった。」

「あっ…。」

 ルイズは、さっさと行ってしまった。トゥは慌てて手を伸ばしたが、その手がルイズに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アルビオンの冬は早いのだと聞いた。しかも浮遊大陸だから突然来るのだそうだ。冬が。

 暖炉の前で、ルイズは毛布にくるまって震えていた。

 トゥは、ルイズの隣で剣の手入れをしていた。

 二人とも黙っていた。

 あの日からなんだか二人はギクシャクしていた。

「ねえ、ルイズ。」

 しかしルイズは何も答えない。

「……認めてもらいたいんだよね?」

 トゥは、続けた。

「家族に。」

 トゥは、コトリッと剣を床に置いた。

「私、頑張るよ? ルイズが頑張ったんだってことを、ルイズの家族に伝えるために。」

「……当然よ。あんたは、私の使い魔なんだから。」

 やっとルイズは口を開いた。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「あんた……、両親っているの?」

 なんとなく、聞いてしまった。

 姉妹がいるのは聞いていたが、両親がいるかは聞いていなかったからなんとなく聞いてしまった。

「…いないよ。」

「そう…。悪いこと聞いちゃったわね。」

「別に…。」

「トゥ?」

 口調がまた機械的なそれになっていたことに気付いたルイズは、トゥの顔を見た。

 トゥは、ボーっと暖炉の火を見ていた。

 ルイズから見てトゥの右側が見えているのだが、花で顔色が分かりずらい。

 ルイズは、まずいことを聞いてしまったと顔を青くした。

「トゥ!」

「…えっ? どうしたの?」

「…悪いこと聞いちゃったわね。」

「なんのこと?」

 案の定、さっきの会話を忘れていた。

「ねえ、トゥ。あなた、外で空気でも吸ってきたら?」

「なんで?」

「気分が悪そうだから。」

「気分悪くないよ?」

「いいから行ってらっしゃい。」

「…うん。」

 ルイズに言われるまま、立ち上がったトゥは、部屋から出て行った。

 トゥがいなくなった後、ルイズは大きく息を吸って吐いた。

「気を付けなきゃいけないわね…。」

 トゥにとって悪い言葉となる言葉を言わないよう心掛けれねばと決意したのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 シティサウスゴードの広場のベンチに、トゥは腰かけた。

 そして道行く人々を見る。

 敗戦したのにまったく暗くないサウスゴードの民、勝ったことで胸を張って歩くトリスティン・ゲルマニア連合軍の兵士達。

 新政府のあり様に苦しめられていた民は、連合軍が来たことを歓迎し、アルビオン政府に不利になる情報を流したりして、サウスゴードを解放する手助けをしてくれたらしいと聞いている。

 もうすぐ新年…、降臨祭があると聞いているので、なんとなく街の様子が明るいことを感じた。

 トゥがぼんやりと、ベンチに座っていると、後ろから声を掛けられた。

「トゥさん!」

「えっ?」

 ここにいないはずの声に、一瞬誰だか分からなくなった。

「シエスタ?」

「はい! こんなところで会えるなんて、感激です!」

「あらん。シエスタちゃん、お知り合い?」

 野太い声なのに、カワイイ台詞。この声は…。

「スカロンさん?」

「あら、トゥちゃんじゃない!」

「どうしてここに?」

 よく見ると、スカロンの後ろには彼の娘であるジェシカもいた。

 シエスタに抱き付かれながら、トゥは、目をぱちくりさせた。

 話を聞くと、慰問隊が組織されたことで来たのだということらしい。

 スカロン曰く、アルビオンは、料理はマズイ、酒は麦酒ばっかり、女はキツイで有名なのだそうだ。

 確かに言われてみれば、ワインを出す店はない。

 スカロンは、アルビオン人はワインをあまり飲まないのだと言った。

 食事の問題は確かに重要だ。士気にかかわる。

 そこでトリスタニアの居酒屋が何軒も出張することになり、魅惑の妖精亭にも白羽の矢が立って来ることになったのだそうだ。

 王家と所縁も深いこともあり、名誉なことだとスカロンは腰をくねらせた。

「でもなんでシエスタがいるの?」

「私、スカロンさんの親戚なんです。」

「えっ?」

「従妹なんだよ。」

 ジェシカがそう言った。

 トゥは、シエスタとジェシカを見比べた。確かに二人は見事な黒髪だ。世の中って狭いなぁっと、トゥは思った。

 それかトゥは、シエスタから、学院が賊に襲われたことを聞いた。

 シエスタ達は宿舎で震えていたそうで、人死にも出たそうだ。だが平民である彼女達にも何も知らされたなかったそうだ。

 そして学院は閉鎖され、シエスタは、叔父であるスカロンのお見せの手伝いをすることにしたのだそうだ。

 いざ店に行ってみたところ、叔父のスカロンと従妹のジェシカが荷物をまとめているのを見て、アルビオンに行くことを聞き、シエスタもついていくことにしたのだそうだ。

「どうしてついてきたの? 危ないよ?」

「…その……、トゥさんに…会えると思ったから…。」

 頬を赤らめモジモジとしてそう言うシエスタ。

 その姿を見たジェシカが、トゥとの関係を聞いて来た。

「えーと…。お友達だよ。」

「お友達って関係には見えないよ?」

「わ、私が…、告白したの。」

「えー! そうなんだ! で、それで返事は!?」

「…ごめんなさいって言われた。」

「ああ…、そうなの。ごめんね。聞いちゃ悪かったわね。」

「ダメもとだったんだからいいの。」

「あらん。そうだったの、シエちゃん…。」

 スカロンがシュンッとしているシエスタの頭を撫でた。

「ごめんね…。シエスタ。」

「いいんです。トゥさんは悪くありませんから。そういえば、ミス・ヴァリエールは、お元気ですか?」

「元気だよ。」

「あらまあ、ルイズちゃんもいるの? じゃあご挨拶しなきゃね。」

 スカロンが爪を弄りながら言った。

 

 思わぬ再会に、トゥは、笑顔になった。

 




スカロンさん達が出ると、なんかほんわかしますね。
シエスタと親戚なのがびっくりだけど…。


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第三十話  トゥと、シエスタ

トゥの時系列について、色々と捏造しました。

この作中のトゥの傍にいたセントは、途中でいなくなっています。


 

 トゥは、ベットから出てこないルイズを心配していた。

 ルイズが被っている毛布から、ちょろりと、黒い尻尾のようなものが出ている。

「ルイズー。」

 しかしルイズは返事をしない。

 

 時は、少し遡る。

 スカロン達を連れてルイズがいる宿屋に来たが、そこで…。

「きょ、きょ、きょきょ、今日は、あなたがご主人様にゃん!」

 とってもきわどい、黒猫の格好をしたルイズがそう叫んだのだ。

 だが問題なのは、それを言った時に部屋に最初に入ろうとしたのがシエスタだったことだ。

 シエスタは、顔面蒼白で硬直し、それに続いてジェシカは笑いをこらえ、スカロンは、カワイイと言い、最後にトゥがスカロンの後ろから来てどうしたのかと聞いた。

 数秒置いて、ルイズが首まで赤面して大絶叫を上げた。

 そしてベットに潜りこんで出てこなくなったのである。

「ねえ、デルフ…。何してたの?」

 外に出る時に部屋に置いてきたデルフリンガーに事情を聞いた。

 しかしデルフリンガーが事情を話す前に、ベットから飛び出て来たルイズがデルフリンガーを奪い、またベットに潜り込んだ。

『相棒を元気づけようとしたんだよな?』

 しかし毛布の中からでもデルフリンガーの声は聞こえ、デルフリンガーがそう言った。

「私を?」

「ま、まままま、まさかミス・ヴァリエール! トゥさんを誘惑しようと!?」

「違うわよ!」

 毛布の中からルイズが叫んだ。

 デルフリンガーの話をまとめるとこうだ。

 トゥが元気がないのでなんとか元気づけたいとデルフリンガーに相談。

 そこでデルフリンガーが黒猫の格好で使い魔の真似をしてみないかと提案。

 ルイズは最初は怒ったものの、トゥに犬の格好させたりして理不尽をしてストレスを溜めさせてしまったこともあるので、自分も同じ目にあってみて戒めるのも必要だと自問自答。

 そして決行。しかし失敗。

 今ここ。っということらしい。

「ルイズ、可愛いよ?」

「うるさい!」

「えー。」

「トゥさん! 猫好きですか? 私も猫になれば可愛いと思いませんか!」

「うん。可愛いと思うよ。」

「ダメよ! ダメだったらダメ!」

 シエスタの言葉に毛布の中から飛び出してきたルイズがトゥを掴んで揺すった。

「トゥさんにやまし事をしないでください!」

 シエスタが逆の方からトゥを引っ張った。

 そんな三人を後目に、ジェシカとスカロンは、外を見て、雪が降りそうだと話をしていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 魅惑の妖精亭の天幕で、トゥは、お酒を飲んでいた。

「……名誉…か。」

 それが、先ほど再会したギーシュや、竜騎士の少年達が戦う理由である。

 名誉と誇りのために戦う。彼らにとっては当たり前のこと。

 トゥは ふと、自分は何のためにこの地で戦っているのかと疑問を持った。

 ルイズのため? それとも自分のため?

 自分はルイズの使い魔だと自負しているつもりだが、酒の力も手伝って一度湧いた疑問は膨れ上がった。

 名前と、剣とウタ以外に何もない自分。

 なのになぜ戦うのか。

 トゥは、自分の左手のルーンを見た。

 ガンダールヴ。神の左手。あらゆる武器を使いこなしたとされる伝説の使い魔。

「どうして…、私だったんだろう?」

 なぜ自分が…。呪われたウタウタイである自分が…。

 ノロワレタ…?

 なぜそれを覚えているのか。そして自分の右目の咲いた花が危険なことも…。

 それを自覚したトゥは、背筋がゾッとして素早く立ち上がり、周りが訝しむのを無視して外へ出た。

 雪が降る外で、トゥはうずくまった。

「コルベール先生の言う通りだ…。私…、戦っちゃいけなかったんだ…。」

 トゥは、自分の右目の花に触れた。

「こんな花…!」

 花を引き抜こうとして、手を止めた。

 これを引き抜いたら……。

「あああ…、私は…。」

 自分で死ぬことすらできないのだ。

「トゥさん!」

 シエスタがトゥを追いかけて駆けつけてきた。

「セント…、セントォ…、助けて…。」

「トゥさん?」

「…どうしていなくなっちゃったの…、セントォ…。」

「トゥさん、しっかりしてください!」

「私を…、誰か…私を……、殺して。…っ。」

「トゥさん!?」

 トゥの意識はそこで遠のき、倒れた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥが次に目を覚ました時、ベットの上だった。そしてなぜか首の後ろの方から息を感じた。

 首をひねってみると、隣でシエスタが寝ていた。

「シエスタ?」

「うう~ん。」

 シエスタが目を覚ました。

 目の前にトゥの顔があったためか、シエスタは赤面した。

「大丈夫ですか?」

「うん。…どうして私、シエスタと寝てるの?」

「トゥさんが倒れられて…、宿に運んだんです。一緒に寝てるのは、トゥさんの体が冷たかったから、一緒に寝て温めようと思って…。へ、変な意味じゃないんですよ!」」

「…ありがとう。でもどうして倒れちゃったんだろう?」

「覚えてないんですか?」

「うん。」

「……思い出さない方が…、良いこともあると思います。」

 シエスタは、そう悲しそうに言った。

 トゥは、目をぱちくりさせた。

 やがてルイズのことを思い出し、起き上がった。

「ああ、トゥさん!」

「ルイズのところに帰らなきゃ。」

「ダメです!」

 ベットから出て行こうとすると、シエスタに腕を掴まれた。

「どうして?」

「だって、だって…、このままじゃトゥさんは…。」

「ルイズのところに帰らなきゃ…。」

「行かせたくないです!」

「わっ!」

 シエスタに引っ張られ、ベットに逆戻りしたトゥの上にシエスタが覆いかぶさってきた。

「分かってます…。トゥさんは、ミス・ヴァリエールの使い魔だから…。でも、でも…、トゥさん、あの時辛そうだったから、あんまりにも哀しそうだったから…。」

「シエスタ…。」

「ごめんなさい。トゥさん…。ごめんなさい。」

 シエスタがボロボロと涙を零した。

 トゥは、そんなシエスタを抱きしめて、頭を撫でた。

 やがて泣き止んだシエスタは、ベットから起き上がったトゥにある物を渡した。

「これは?」

「眠り薬です。」

「どうしたの?」

「もしもの時は、これをミス・ヴァリエールに飲ませて逃げてください。」

 トゥは、眠り薬とシエスタを交互に見た。

「……分かった。」

 シエスタは、それを聞いてパアッと顔を輝かせた。

「でも使わないかもしれないよ?」

「その時は……。その時です。心配なんです。トゥさん。私のすぐ下の弟も参戦するために船に乗っています。心配で、心配で…、そう思い始めたら、トゥさんのことも心配になって、居ても立っても居られなくなって…。」

「…ありがとう。」

「お礼なんて…。トゥさん、お願いです。必ず帰ってきてください。」

「うん。」

 また涙ぐむシエスタの頭を、トゥは撫でた。

 ふと外を見ると、外では、雪が降っていた。

「銀色の降臨祭ですね。」

「降臨祭って、なに?」

「始祖ブリミルがこの地に降り立った日を祝うお祭りです。」

「確か…新年って言ってたっけ?」

「そうです。始祖ブリミルが降り立った日が、一年の始まりになったんです。」

「ふーん。」

 

 なぜだろう?

 ブリミルという言葉に、なぜか引っ掛かりを感じてしまう。

 

 




活動報告にも書いたと思いますが、このトゥは、ゼロが妹達の殲滅に失敗した時系列のトゥということにしました。
ゼロが先にいなくなった結果、使徒であるセントが形を保てずトゥの傍からいなくなりました。



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第三十一話  トゥとルイズ、一時の別れ

七万の敵の足止めに挑み、ルイズと一時の別れ。




 ゲルマニア軍が突如として反旗を翻した。

 そこへアルビオンが追撃してきて、それにより、連合軍は、混乱の極みに達し、名誉だの誇りだのなんて関係なく逃げ出した。

 そんな状況の中、ルイズとトゥは、トボトボと歩いていた。

「名誉とか…、誇りのためって言ってたのに…。」

 トゥは、そう呟く。隣にいるルイズは、何も言わない。

 撤退命令を受けて、トゥは、シエスタやスカロン達がいる魅惑の妖精亭の天幕に行ったが、民間である彼らには撤退のことが知らされておらず、オロオロとしていた。今二人の後ろには、シエスタやスカロン達が続いている。

「みんなを励ますために来た人達を置いていくんだね…。」

 トゥが後ろを見ながらそう呟く。だがルイズは、黙ったままだった。

 

 それから撤退の船を待つ天幕にいると、焦った伝令がやってきて、ルイズを呼んだ。

 トゥもついていき、司令部の外で待っていると、顔面蒼白にしたルイズが出て来た。

「ルイズ?」

 しかしトゥが話しかけてもルイズは答えず、トボトボと、船を待つ天幕とは違う方向へ歩きだして行った。

 トゥは、ルイズを追いかけた。

「ルイズ!」

 やがてルイズが馬に跨ろうとしたので、トゥがその手を掴んで止めた。

「どこに行くの? そっち違うよ?」

「離して。」

「早く船に乗らないと……。ルイ…ズ…、もしかして…。」

 トゥは何か察した。

 ルイズは、何も言わず、一枚の紙を差し出した。

「なにこれ…。これって……、ルイズに死ねってこと?」

「そうよ。」

 ルイズは、認めた。

 紙には、ルイズに、殿軍(しんがり)を命じることが書かれており、降伏も撤退も許さない、ようは死ぬまで魔法を使えということが書かれていた。

 トゥが呆然としていると、ルイズは、再び馬に乗ろうとした。

 ハッとしたトゥがルイズを再び止めた。

「ダメだよ。ルイズ! 死んじゃったら、家族になんていうの! 死ぬために従軍したんじゃないんでしょ!」

「私だって犬死はイヤ。だけどここで私が殿軍(しんがり)を努めなかったら、味方は全滅よ。魅惑の妖精亭のみんなも、あのメイドも、ギーシュ達も…。これは名誉なのよトゥ。名誉のための死なのよ。」

「そんなの…イヤ。」

「イヤだって言っても、これは命令なのよ。みんなを守るためのね。」

「じゃあ、私も…。」

「あなたは…、撤退しなさい。」

「えっ?」

「知ってるのよ。あのメイドと一晩過ごしたんでしょ? そんな相手を残して逝くなんてダメよ。」

「ち、違うよ! シエスタとは一緒に寝ただけで何もしてないよ!」

「もー、いいから残りなさい。いいわね? 命令よ。ご主人様からの最後のね。」

「……ルイズの馬鹿。」

「ええ。馬鹿ね。今なら何でも許してあげられるわ。」

「じゃあ……。」

 トゥの手が目にも留まらぬ速さで動いた。

 ルイズがギョッとして対応しようとした時には、地面に押し倒されており、ついで口の中に小瓶が押し込まれた。

 中の液体が喉に入ってきて、ルイズは吐きだそうとして、そしてトゥから逃れようと暴れたがトゥの腕力に敵うはずがなく、ついには鼻を摘ままれて、息を塞がれ、喉の前でせき止めていた液体を飲み込んでしまった。

 ルイズが液体を飲んだのを確認したトゥは、ルイズの上からどいた。

「っ、あんた! なにすんの…、っ…、ま、さか……?」

「ごめんね。ルイズ。」

 ルイズが最後に見たのは、トゥの哀し気に微笑む顔だった。

 倒れるルイズを支えたトゥは、後ろの方にジュリオがいたことに気付いた。

「ずいぶんと荒っぽいやり方だね。」

「うん。そうだね。ねえ、お願いしてもいい?」

「もちろん。無事に船に送り届けるよ。君は、どうするんだい?」

「私は……。」

 トゥは、剣を抜いた。ついでデルフリンガーも。

『相棒…。おまえさん…。』

 そしてルイズが乗ろうとしていた馬に跨った。

「ルイズに伝えて。ありがとう。バイバイって。」

「…分かった。」

 ジュリオは、そう言い、馬に乗って走っていくトゥを見送った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 約七万の兵達が最初に見つけたのは、たった一人で進軍路に立つ、青い髪の女性だった。

 その右目に奇妙な薄紅色の花を咲かせた美しい女性だった。

 彼女は、…トゥは、こちらを見つけると、微笑んだ。

 美しく、そして哀しそうに…。

 そのしなやかな足が地を蹴り、七万の大軍に向けて突撃して来た。

 その両手には、大きな剣と、細身の長剣。どちらも普通の女性が持つには似つかわしくないものだ。

 その速さのあまり、前を歩いていた歩兵達や幻獣に跨った兵士達が気付いた時には、首や胴体が真っ二つになっていた。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 大軍の中で、女性のウタ声が響き渡った。その瞬間、天使文字と共に凄まじい光が発生し、周囲にいた兵士達が吹き飛ばされ、上空へ放たれた光が竜騎士達を消し飛ばした。

 七万の軍の司令塔に様々な報告がなされた。

 いわく、敵は単騎だと。

 いわく、敵は剣を持ったメイジだと。

 いわく、得体のしれない魔法を使うと。

 いわく、美しい女性だと…。

 まとめみると、たった一人で七万の大軍に挑んでくる相手とは思えなかったが、現実に外を見れば軍の先頭の方ですさまじい光が発生したりして、空を飛んでいた竜騎士達が光に飲まれるのが見えたりした。

 あんな魔法見たことない。

 七万の軍の後方である指揮官達の耳に、女性の叫び声のようなウタが微かに聞こえた。

 何かが七万の軍をかき分けながら…、というか剣を振り回しながら風のように走りながら、後方にいる指揮官達のところへ向けてやってくるのが見えた。

 さすがにマズイと感じた彼らは、すぐに守りを固めたが、青い光を纏ったトゥが高く跳躍してきて、指揮官の一人を一刀両断した。

 青い光を纏ったその身には、天使文字が紐のように絡みつき、その目は……。

「しょ、正気じゃないのか!?」

 光のないその目に、軍人の一人がそう叫んだ。

「あアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 耳を裂くようなウタ声が響き渡り、周りにいた兵達は思わず耳を塞いだ。

 耳を塞いだ隙をついて、剣の刃が舞い、血が飛び散る。

「エグリゴリ!!」

 敵軍の中心に二体の青い巨人が落ちて来た。

 突然の巨人の出現に敵軍は混乱した。

 縦横無尽に走り回り暴れる巨人によって、5メートルもあるオグル鬼すら蹴散らされ、被害を受けていない固まっていた大軍が逃げ惑って散り散りになり始めた。

 やがて撤退を叫ぶ声が聞こえだした。

 すると突然巨人が消えた。

 そのことに驚いていると、剣を振るい、ウタい続けていたトゥが倒れた。

 周りにいた者達は、呆然としてしまった。

 そして我に返った指揮官がすぐに、攻撃を指示した。

 倒れているトゥに向かって、剣と槍が殺到した。

 しかしその攻撃は、彼女の背中に浮かび上がった天使文字と魔方陣によって弾かれた。

 攻撃を弾かれたことに敵軍が驚いている隙に、立ち上がったトゥは、風のように走り抜けていき、あっという間に姿を消した。

 トゥがいなくなり、敵軍はしばらく放心していた。

 そしてトゥが与えたダメージは深刻で、とてもじゃないが連合軍を追いかけることはできそうにないと判断された。

 

 その後、援軍に来たかと思われたガリアからの砲撃を受けて、新皇帝クロムウェルが死亡した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『ふ~…。使い手を動かすなんざ、何千年ぶりだ…。』

 うつ伏せで倒れているトゥの片手に握られたデルフリンガーが独り言を言っていた。

『“花”の力を逆利用するってのが、こんなに疲れるとは思わなかったぜ。もうチビっと加減間違えたらこっちがぶっ壊れてた…。』

 しかしトゥは、動かない。

 トゥの手の握力がだんだんと弱まっていく。

『なあ、相棒…。限界までウタを使ったんだ。頑張りすぎたんだよ。ったく、ガンダールヴの抑止力でギリギリのラインをとどめたんだ。大丈夫だ。相棒。お前さんは、まだ大丈夫だ。』

 デルフリンガーは、意識のないトゥに話しかけ続ける。

『ああ…。使い手の印が、擦り切れちまってるな…。今にも消えそうだ。もう一回再契約しないと…。そん時…、お前さんは、どうなっちまってるんだろうな?』

 っと、その時。

 茂みの向こうから、子供が顔を出した。

 子供は、トゥを見ると悲鳴を上げて走り去っていった。

 それからしばらくして、美しい金髪の少女が子供と一緒にやってきた。

 金髪の少女の耳は、ツンと尖っていた。

 




ウタの使い過ぎで、ガンダールヴのルーンが擦り切れて消えました。

次回、ティファニアと出会う。


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第三十二話  トゥとティファニア

最初にゼロがちょっと登場。

ティファニアとの出会い編。


 

 薄紅色の花の夢を、また見た。

 

 分かっている。分かっているつもりだ。

 

 この花が危険なことは。

 

 だけど頼らずにいられない。この力はまだ必要だ。

 

 そうしなければ、いずれこの世界は……。

 

 トゥは暗闇の向こうに、誰かが立っているのを見た。

 

 その人物の右目にも、トゥと同じ薄紅色の花が咲いていた。

 

 美しい銀色の長い髪の毛。真紅の瞳。

 

「ぜろ…、姉さん…。」

 

 トゥは、ゼロに向かって手を伸ばそうとした。

 

 すると、ギギギギっと、大きく分厚い扉が閉まっていく。ゼロはその扉の向こうにいる。

 

『来い。そして必ず…。』

 

 ゼロが何か言っている。

 

 トゥは、必死に手を伸ばすが届かない。

 

『私を…。ーせ。』

 

 そして扉は、閉じてしまった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「………夢?」

 トゥは、目を覚ました。

 最初に目に入ったのは、知らない天井だった。

「ここ…どこ?」

 周りを見回そうと首をひねると、様々な色の髪の毛の子供達がいた。大きかったり小さかったり、年齢はバラバラのようだ。

「ティファお姉ちゃーん! 目ぇ覚ましたよ!」

 子供の一人が部屋の外に向かってそう叫ぶと、みんな外へ出て行った。

「……?」

 トゥは、呆然としながら起き上がった。

 すると、部屋の扉の向こうから金色が現れた。

 いや、金色が現れたというのは変な言い方だが、最初に目に映り、そして印象深かったのがその色だったのだ。

 少女だった。とても美しい金髪の。

 けれど、その髪の毛から出ている両耳がツンと尖っていた。

「痛いところはありませんか?」

「…、ないよ。」

 あまりにも美しい少女に見惚れてしまっていたトゥは、ハッとしてそう返事をした。

「目立った外傷は見当たりませんでしたが、どこか変なところはありませんか?」

「大丈夫。なんともないよ。」

「よかった。二週間近くも眠ってたから、心配だったんです。」

「にしゅうかんも…。」

 トゥは、意識を失う前のことを思い出そうとした。

 そうだ。ルイズ達を無事に退却させるために、自分一人で七万の敵に挑んで。そこでウタを使いすぎて…。

「あ…、敵は? 敵はどうなったの?」

「ごめんなさい…。私は、よく分からないの。」

「そういえば、デルフは?」

「でるふ?」

「剣だよ。喋る剣。」

「あの剣なら、騒いでいるので、隣の部屋に置きました。」

「分かった。」

「あっ、まだ起きちゃダメ。」

「もう大丈夫だよ。」

「と、とにかく、ジッとしててください。私が持ってきますから。」

 そう言って少女は、急いで隣の部屋に行き、重そうにデルフリンガーを持ってきた。

「デルフ!」

『よぉ。相棒。目が覚めたか?』

「うん。」

『それでよぉ…。まあ…、今は平気そうだな。』

「なんのこと?」

『いや、こっちの話だ。忘れてくれ。』

「ふーん。でも、どうして、私、ここにいるの?」

『ああ…、そりゃ…、俺がおまえを操って森まで移動させたんだよ。』

「へ? そんなことできるの?」

『おまえさんの中にある力を少し使わせてもらったんだ。けど、危うくこっちがぶっ壊れるところだったけどな。』

「そうなんだ。ありがとう。」

「あなたが森の中で倒れていたのを子供が見つけて、ここまで運びました。」

「そうなんだ。ありがとう。」

「いえ…、そんな…。」

「私、トゥ。あなたは?」

「私は、ティファニアといいます。ティファでもいいですよ。」

「ティファちゃんか…。改めて、本当にありがとう。ティファちゃん。」

「ティファ…ちゃん。」

 ティファニアは、少し恥ずかしそうに言葉を繰り返した。

『それでよー。相棒…。言いにくいんだが…。』

「なになに?」

『左手の甲…。見てみ。』

「…あれ?」

『な? ルーン…消えちまったんだ。もうお前さんは、伝説じゃねぇ。』

「もう使い魔じゃなくなったってこと?」

『そうだな…。』

「うーん。別に困らないけど。」

『まあ、相棒は元々が怪力だからな。あんまし影響はなさそうだが……、けど…。』

「けど?」

『これは、俺が判断していいもんか分からないが、できることなら、もう一度再契約を行った方がいいかもしねぇ。』

「それってまたルイズと契約するってこと?」

『そうなるな。けど、あの娘っ子がまたサモンサーヴァントをするかどうか…、それでいてゲートがおまえさんのところに開くかどうかなんだよな…。運命でもなけりゃ、再召喚ってことにはならないかもしれねぇ。』

「うんめい…。」

 

 『私達って、運命の恋人だよね?』

 

「っ…。」

『おい、相棒!』

「だ、大丈夫…、なんか今…。」

『いい! 思い出すな! ルーンの抑止力や補正がない今、下手に思い出すと心が持たねぇぞ!』

「よくしりょく? ほせい?」

『ガンダールヴのルーンは、おまえさんを守ってたんだ! 武器を使う力を与えてただけじゃねえんだ! ああ、やっぱりルーンまた刻むしかないのか…。』

「私…。」

『相棒!』

「大丈夫。大丈夫だよ、デルフ。」

 目を閉じたトゥは、自分に言い聞かせるように言った。

「私は、大丈夫。ルイズのところへ帰ろう。」

『待て、待て、相棒。おまえさんは、疲れてんだ。帰るのはもう少し後だ。』

「二週間も寝てたのに?」

『あーっと…、あのな…、今帰ったところでルーンを刻むことはできねぇ。ゲートを通らねぇと再契約とはいかないんだ。それに帰っている途中で廃人にでもなったらどうする気だ?』

「ねえ、デルフ…。何を知ってるの?」

『うっ! それは…。』

 デルフリンガーは、口ごもってしまった。

 今、この状態のトゥに花のことを話して大丈夫なのかと自問自答する。

「花…のことだよね?」

『相棒…。』

 デルフリンガーが答える前に、トゥが言った。

「ごめんね。ありがとう。気を使ってくれて。」

『相棒…。』

「私…、信じてみる。ルイズの運命だって、信じてみる。」

 トゥは、デルフリンガーにそう言うと、ティファニアに向き直った。

「ティファちゃん。しばらく、ここにいてもいい?」

「いいですよ。何か深い事情があるみたいですし…。」

「ありがとう。ここにいる間、お手伝いとかもするよ。」

「助かるわ。」

 

 こうしてトゥは、しばらくティファニアのもとで過ごすことになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ティファニアと過ごしてて分かったことだが、まずティファニアは、ハーフエルフだということ。

 次に現在いる場所が、七万の軍と戦った場所からそんなに遠くない場所であること。

 ひっそりとした小さな村に来た商人から聞いた話だと、アルビオンとの戦争は終結したこと。

『相棒。おまえさんが、足止めした甲斐があったってもんだ。味方は無事に撤退したってこったろ。』

「うん。」

 トゥは、あれから寝ていた時間を含めて3週間以上ここにいる。

 現在のんびりと、薪割りなどをしていた。

「ティファちゃーん。終わったよー。」

「お疲れ様。もうすぐご飯ですよ。」

「分かった。」

 すっかり馴染んでた。

 ティファニアが言うには、この村は、身寄りのない子供を引き取って育てる村で、現在は年長者であるティファニアが子供達の飲食などの面倒を見ており、昔の知り合いの人がお金を送ってくれるのでそれで生活しているのだそうだ。

 そして重要なことがひとつ。

 

 ティファニアは、ルイズと同じ虚無の系統だった。

 

 先日襲って来た盗賊から記憶を奪い、退散させるという魔法を使って見せた時にデルフリンガーがそう言ったのだ。

 夜になって事情を聞くと、彼女は、アルビオン王の弟の娘で、アルビオンのサウスゴードという地(現在いる場所)を治めていた彼の愛人であったエルフの女性との間に生まれた子供だということ。

 そして様々なことがあって、彼女の母親は殺され、彼女も命の危機に瀕し、咄嗟に忘却の魔法を使うことで命を長らえたことが語られた。

 ティファニアは、デルフリンガーから伝説の系統だと言われても、大げさだと笑った。世間から隔離された場所で長らく生活していた彼女は、まるで世間知らずだった。

 

 

『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 

 神の右手ヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

 

 神の頭脳はミュズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知恵を溜めこみて、導きし我に助言を呈す。

 

 そして最後にもう一人…。記すことさえはばかれる……。』

 

 

 ある夜、ティファニアがハープを奏でながら、涙を浮かべながら歌った歌だった。

 

「どうして、最後の一人は記されなかったんだろ?」

『覚えてねぇ…。』

「デルフも分からないの?」

『いや…、なんかとんでもない見落とししてる気がするが、思い出せねぇ…。』

 デルフリンガーは、ブツブツと思い出せない思い出せないと言っていた。

 

 

 




ガンダールヴのルーンがなくても、戦うにはあまり困らないけど、花の抑止のために必要ということにしました。

次回、ルイズと再会。


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第三十三話  トゥとルイズの再会

ルイズと再会。

ミュズニトニルン登場。

ガンダールヴのルーンの復活です。


 トゥがティファニアのもとに来て、もう何日が経っただろうか。

 まあ、そんなには経っていないだろう。だがトゥにはとても長く感じられた。

「ゲート…、出ないね。」

『あの娘っ子。おまえさんが死んだと思ってふさぎ込んでるのかもしれねぇな。サモンサーヴァントをやりたくないほどにな。』

「ルイズ…。」

 ガンダールヴのルーンをもう一度刻むには、サモンサーヴァントを経るしかない。

 しかしそれには、ルイズの召喚の呪文。サモンサーヴァントが絶対に必要なのだ。

 やってもらわないと、ゲートがこちらに現れるかどうかすら分からない。

 トゥは、もどかしい時間を過ごしていた。

『なあ、相棒…。ゲートが現れなかった場合のことを考えないか?』

「でも…。」

『あの娘っ子にこだわる必要がどこにある? 確かにおまえさんの心を取り戻す一端を担ってくれたとはいえ、そこまでする義理があるか?』

 デルフリンガーの言葉に、トゥは、うーんっと唸った。

「私……、やらなきゃいけないことがある…。」

『なんだって?』

「っと、思う…。」

『あんだそりゃ。』

「そのためには、ルイズの傍にいなきゃいけないんだと思うの。」

『やらなきゃいけないことってなんだ?』

「それは……、分からない。けど、頼まれたの。夢で。」

『夢で?』

「あの人が…、私に……、私に…。」

『おい? 相棒? おい!』

 デルフリンガーが叫ぶ。

 トゥの目から徐々に光が消えだしていた。

「トゥさん。」

「あ…。」

 ティファニアの声が聞こえて、トゥは、ハッとした。

「ご飯ですよ。」

「うん。分かった。」

 トゥは、右目の淵を撫でながらそう返事を返した。

 最初こそ、トゥの右目の花を、子供達が好奇の目で見ていた。

 小さい子供がふざけてトゥの右目の花に触れた時、トゥがたまらず悲鳴を上げてしまった時、子供は大泣きをしてしまい、ティファニアが宥めるという事態があってからは、一時期子供達はトゥから距離を取ったりした。

 トゥの花が、ティファニアの耳と同じように触れてはいけないものだと理解した子供達は、今ではトゥの花のことに触れることなく、普通に接してくれている。

 トゥは、それをとてもありがたく感じた。

「トゥさん。本当にいいんですか?」

 ご飯の後、ティファニアが言った。

 本当にいいのかというのは、自分の無事を知らせなくていいのかということだ。

「私の家族、いないから。」

「でも知人の方とかはいるでしょう?」

「今のままじゃ会えないの。」

「どうして?」

「それは…。」

 

「ここで何をしている?」

 

 っとその時。低めの女の声が聞こえた。

 そちらを見ると、短い金髪の女性が立っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 女性の名前はアニエス。

 トリスティン銃士隊の隊長の女戦士だった。

「お姫様が、私を?」

 アニエスは、トゥの捜索をアンリエッタから依頼されて単独で来たらしい。

 トゥが暴れに暴れてくれたおかげで、味方の軍の撤退ができたのは、一部で知られており、生死不明の行方不明扱い状態になっているそうだ。

 しかしその話が事実ならば、とてつもない偉業であり、死んでいたとしても何かしらの勲章を与えるべきだという進言があったのだそうだ。

「では、行くか。」

「いいえ。」

「どうした?」

 一緒にトリスティンへ戻ろうとするアニエスに、トゥは首を振った。

「今のままじゃ帰れません。」

「どういうことだ?」

「私、使い魔じゃなくなりました。だから、ルイズのところに帰れません。」

「使い魔じゃなくなった?」

「ここに印があったんですけど。」

 トゥは、左手の甲を見せた。そこにはきれいさっぱりガンダールヴのルーンが無くなっている。

「今のままじゃ、私…、もたないと思う。」

「なぜだ?」

「ガンダールヴのルーンは、私の心を支えてくれていたから。」

「それが無くなった今、このままだとおまえの心がもたなくなるということか?」

「そうです。」

『もう一度ルーンを刻むには、また召喚してもらうしかねーの。』

「っ、インテリジェンスソードか…。驚かせるな。」

『帰って娘っ子に伝えな。もう一度サモンサーヴァントを行えってな。』

「だが確実なのか?」

『あー、痛いところ突かれた…。確実とは言えねぇんだよな。それこそ運命でもない限り…。』

「それでは意味がない。」

『けど、どーしようもねーんだよ。それしか手がねぇ。』

「そうか…。分かった。」

「お願いします。」

「君が、ヴァリエール嬢の運命であることを祈る。」

 アニエスは、そう言って、帰って行った。

 

 アニエスを見送ったトゥは知らない。

 この後、アニエスが報告しに戻ったはいいが、ルイズがトゥを探すと決心して入れ違いになってしまうなどと。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズらしき人物が、黒髪の少女と共に森を歩いているという情報を聞いたのは、アニエスが帰ってから数日後のことだった。

『たぶん、入れ違いになっちまったんだろうな。』

「どうしよう…。」

『相棒。腹くくろうぜ。』

「ダメ。今のままじゃダメ。」

「分かりました。私がなんとかします。」

「ティファちゃん、ごめんね。」

 トゥは、協力してくれるティファニアに、謝罪した。

 それから、樫の樹の下に墓石を作り、そこにトゥの大剣を供え、ストールをかけた。

 トゥは、家の中に隠れ、ソッと様子をうかがった。

 帽子をかぶって耳を隠したティファニアが、ルイズとシエスタに説明していた。

 そのことに嘆いている二人を見て、トゥは心が痛んだが、我慢した。

 やがて夜になり、ティファニアの家に二人を泊めた。

 トゥは、こっそりとルイズの様子を見た。

 ルイズは泣きつかれたのかぐっすり眠っている。

 その姿が痛々しくて、トゥは、うっかり床をきしませてしまった。

「…トゥ?」

 トゥは、慌てて逃げた。

「トゥ、そこにいるの?」

「ミス・ヴァリエール。」

 するとそこへシエスタがやってきた。

 なんだシエスタかと、ルイズは心底がっかりした顔をした。

「さっき、そこにトゥさんが…。」

「えっ! やっぱりトゥは生きているの!」

 シエスタの言葉に、ルイズは飛び起きた。

「どこに行ったの!?」

「こっちに…。」

 ルイズは、シエスタに案内されるままに部屋を、そして家を出て行った。

「ルイズ?」

 トゥは、ルイズとシエスタの様子がおかし事に気付いて、後をつけていった。

 

 

 やがて開けた場所に来た二人。

 ルイズが、夜の闇を照らそうとコモン・マジックを唱えようとした時、シエスタが突如、ルイズが持っていた始祖の祈祷書を奪おうとした。

 驚いたルイズは、シエスタを蹴っ飛ばし、素早くディスペルマジックを唱えた。

 シエスタの姿が光と共に消え、そこには、小さな人形が残された。

 すると、ルイズの背後からローブをまとった人物が現れた。身体のラインから察するに女性である。

「名乗りなさい!」

「そうね……、どちらを名乗るかしら?」

「ふざけないで。」

「あなたは知らないでしょうけど、シェフィールドと名乗っていたわ。本名じゃないけどね。」

 ルイズは、素早くエクスプロージョンの魔法を唱え、黒ローブの女性を爆破させた。

 しかし、ローブの女がはじけた後には何も残らない。近づくと、そこにはバラバラになった小さな人形があった。

「卑怯よ! 出てきなさい!」

 すると、闇の中から、何人もの黒ローブの女性が現れた。

「はじめまして。ミス・ヴァリエール。偉大なる虚無の担い手。」

「……ガーゴイル(魔法人形)使い?」

 ルイズは、魔法を詠唱しようとした。

「やめなさい。あなたの詠唱よりも早く、私の人形があたなを貫くわ。」

 すると次々に周りから、槍や剣を持った騎士の人形が現れだした。その数、数十体。

「私の能力を教えてあげましょうか? 紙の左手こと、あなたのガンダールヴは、あらゆる武器を扱える。私は、神の頭脳、ミュズニトニルン。あらゆるマジックアイテムを扱えるのよ。」

「!」

 そして黒ローブの女性が頭を隠していたローブを取った。

 女性の額には、見たことがあるルーンが光っていた。

「それ…。」

「そう。私も虚無(ゼロ)の使い魔なの。」

 

 

 

 

『相棒! マズイぜ!』

「…っ。」

『迷ってる場合かよ!』

「違う…。そうじゃない…。」

 トゥは何かに耐えるように、デルフリンガーを握りしめた。

「頭が……、花が…うずくの…。」

『なんだって!』

「このままじゃ私…。っ…。」

『相棒、しっかりしろ! くそ、娘っ子……、サモンサーヴァントさえすれば…。』

 膝をつくトゥに、デルフリンガーは、何もできない自分を悔いた。

 

 その時だった。

 

 トゥの目の前に、光のゲートが出現した。

「これ…。」

『げ、ゲートだ! 間違いねぇ! やったぞ、相棒! おまえさんは、娘っ子の運命だ! 立て、相棒! くぐるんだ!』

「うん!」

 トゥは、ゲートに飛び込んだ。

 そしてドサッと音を立てて、トゥは地面に倒れた。

「トゥ!!」

 ルイズの叫び声が聞こえ、トゥは、顔を上げて微笑んだ。

「ルイズ…。やっと呼んでくれたね…。」

「バカ! バカバカバカ! 何勝手に死んだことにしてんのよ! 生きてたんなら、生きてたって顔出しなさいよ!」

「お願い…ルイズ……。キス……して?」

「はあ!? 急に何よ!」

『コントラクトサーヴァントだ! ガンダールヴのルーンを刻んでやれ!』

 トゥの代わりにデルフリンガーが叫んだ。

 デルフリンガーの叫び声に一瞬ビクッとなったルイズだったが、ぐったりしているトゥを見て、そして迫って来る人形達を見て。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え。我の使い魔となせ!」

 ルイズは、かぶりつくように、トゥの唇に己の唇を重ねた。

 すると、ジュウッと音を立ててトゥの左手にルーンが刻まれた。

「うう…く…。」

 トゥは、左手を押さえながら立ち上がり、ルイズに背を向けてデルフリンガーを握った。

「ありがとう。」

 背中を向けたままルイズにお礼を言うのと同時に、トゥは駆けだした。

 そして迫りくる人形を次々に切り裂いていった。

 圧倒的なトゥの戦闘能力の前に、ミュズニトニルンの人形達はひとたまりもなく、すべて破壊された。

 すべての人形を倒し終えたトゥが、ルイズのもとに行くと、ルイズは、その場にへたり込んだ。

「ルイズ、大丈夫?」

「バカ…、本当にバカ…。なんで帰ってこなかったのよ…。」

「私…、使い魔じゃなくなってたから…。」

『あとで説明してやる。まずは、戻ろうぜ。』

 デルフリンガーがそう言い、その言葉に従って、二人は、ティファニアの家に戻った。

 

 ティファニアの家に戻った後、騒ぎに気付いたティファニア達やシエスタが出迎え、ルイズは、現実を実感したのか人の目も憚らず、トゥに抱き付いてワアワア泣いた。

 シエスタも、トゥに抱き付き、ワアワア泣いた。

 

 




ギリギリです。ルイズがコントラクトサーヴァントしなかったら、ヤバかった状態です。


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第三十四話  トゥ、称号をもらう

ティファニアとの別れと、シュヴァリエの称号の授与です。

胸を鷲掴みにしたり、揉んだりする描写あり。


 

 翌朝。

 目を覚ましたルイズの目線の先に、ちょうど、トゥの胸元があった。

 トゥの…、甘い匂いがする。

 トゥがいる。生きている。帰ってきてくれたのだ。

 たまらず寝ているトゥの体に抱き付くと、顔がトゥの胸に埋もれた。

 ああ…、この感触も久しぶり…っと、ルイズがグリグリとトゥの胸に顔をこすりつけると、寝ているトゥがぐずった。

 このままだとトゥが目を覚ますが、やめられない。この感触、癖になる。

「ミス・ヴァリエール……。」

 地を這うような声が聞こえて、ルイズは、ハッと顔を上げると、部屋のドアを開けているシエスタが立っていた。

「あ…、これは…その…。」

 シエスタに見られた事実に、ルイズは、カーッと顔を赤くした。

「ノックしてもお返事がないのでドアを開けさせてもらいました。…何を…、してらっしゃるんですか?」

「堪能してたのよ。」

 ルイズは、開き直った。そしてハッキリと言ってのけた。

 ルイズは、起き上がって、堂々と腰に手を当てて胸を張った。

「ふふん…。トゥは、私の使い魔だもの。トゥの体を堪能して何が悪いの?」

「寝ているトゥさんに淫らな真似をするなんて…。卑劣です!」

「勝手に言うがいいわ。羨ましいでしょう?」

 ホッホッホっと、高笑う。

 シエスタは、拳を握り、クッとなった。

「…ルイズ~?」

「ハッ!」

 眠たそうなトゥの声が聞こえて、ルイズは我に返った。

 これだけ騒げば、そりゃ起きる。

「お…、おはよう。」

「おはよう。ルイズ。」

 トゥは、片手で左目をこすりながら起き上がった。

 そして寝起きのぽや~っとした状態で笑顔になった。

 その様子が可愛くて、ルイズは思わずドキリとしてしまった。

「あれ? シエスタもいたの?」

「あ、はい。」

 怒っていたシエスタは、瞬時に表情を変えた。そこらへんはさすが魔法学院のメイド。

 

 三人は、部屋から出て居間の方に行くと、ティファニアが朝ごはんを作っていた。

「手伝うよ。」

「ありがとう。」

 居間に来るなりティファニアの手伝いを始めたトゥ。

「私も手伝います。」

 シエスタが挙手した。

「わ、私も…。」

「ルイズは、座ってて。」

「なんでよ!」

「ひっくり返したらもったいないでしょ? 子供達の分が減っちゃう。」

「なによ! 私がひっくり返すこと前提!?」

「魅惑の妖精亭でいっぱい料理ひっくり返したでしょ?」

「うっ…。」

 確かに給仕をした時に、運び損ねた料理は結構あった。飲み物だってこぼしている。

 言われてしまったルイズは、大人しく椅子に座って、朝ごはんの用意が済むのを待った。

 ルイズは、椅子に座ったまま、ティファニアを見ていた。

 美少女だ…。本当に美少女だ。同じ女の自分がそう認めてしまわざる終えないほど美しい。まるで妖精だ。

 自分からトゥが離れている間に、トゥはずっとここで世話になっていのだから、当然それなりに仲良くなっているので、トゥとティファニアは打ち解けている。

 それにたいして、なぜかムカムカしてしまう自分がいる。

 ティファニアに目が行っていると、シエスタとトゥが笑い合っているのが目に入った。

 そうするとムカムカしていた気持ちがもっと高まる。

 クーっ!と地団太を踏みそうになるのを堪え、ひたすら待った。

「あっ。」

「キャッ!」

 床に凹みがあったのかそれに躓いたトゥがティファニアの胸に向かって倒れてしまった。

 ティファニアの豊かな胸に…、トゥの顔が埋まる。

 ルイズは、目を見開いた。その胸…っというには、あまりに凶悪な大きさに。衣装の所為で分かり辛かったが、トゥの顔が埋まって初めて分かった。

 ルイズは、思わず自分の胸を見おろした。

 そこには何もない。

 立ち上がったルイズは、フラフラと外へ出て行ってしまった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 朝食の準備ができたので、ルイズを探しに来たトゥは、樫の木の影で座り込んでいるルイズを見つけた。

「ルイズ、ご飯だよ?」

 しかしルイズは何も答えない。

 トゥは、ルイズの傍に膝をついて体操座りをしているルイズの顔を覗き見るように首を動かした。

「ルイズ?」

「……ね…。」

「えっ?」

「いいわよね……。あんた達は…。」

「えっ? なにが?」

「自分の胸に聞きなさいぃぃぃ!!」

「ひゃっ!」

 いきなり叫んだルイズに、両胸を鷲掴みされた。

「なんなの! 何がいけないのよ!? 栄養? 環境? 遺伝!? どうやったらこんなになるのよ!」

「る、ルイズゥ……。」

「あの中じゃあんたのは、そんなに大きかないけど、この感触は何!? 触り心地はなに!? なめんてんの!? ない私をなめてんの!?」

「そ、そんなことない、よ…。」

「ええ!? どうなのよぉぉぉ!?」

「分かんないよォ…。」

 トゥは、涙目になった。

 あらかた叫び、ゼーゼーと息を切らしたルイズは、だんだんと落ち着いてきて、ふと我に返った。

 手に伝わる素晴らしい弾力と柔らかさに気付くと、慌てて手を離した。

「ご…ごめん…。」

「落ち着いた?」

「…うん。」

「ご飯。食べれる?」

 トゥが聞くと、ルイズは頷いた。

「じゃあ、行こう。」

「…うん。」

 トゥに手を引かれて立ち上がったルイズは、そのままティファニア達のいるところへ戻った。

 ルイズがいなくなったので待たされた子供達は、空腹で文句をブーブー言ったが、ティファニアが収め、みんな揃ったところで朝食となった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 朝食後。

 ルイズは、気になりだしていた。

 ティファニアが帽子をずっと被っているのを。

 妖精のごとく美しい少女のあの帽子の下には、もしや本当に妖精のような人外的なものが隠されているのだろうか。

 食事の時でさえ外さないのだ。よっぽど見られたくないものがあるのだろう。

 ふと、トゥの右目の花のことを思い出した。

 得体のしれない花に寄生されているトゥだって、純粋な人間とは言い難いのだ。

 子供達ばかりのこの村で、子供達は、ティファニアの帽子には触れていない。トゥの花にだって触れていない。

 気にしてはいけないのだ。だが気になる。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「あの子の帽子の下って、どうなってるの?」

「えっ…。」

 ルイズに聞かれてトゥは、固まり口ごもった。

 やはりトゥは、知っていると、ルイズは確信した。

「教えなさい。」

「……イヤ。」

「教えなさい。」

「イヤ。」

 しつこくルイズは、聞いたが、トゥは首を振って拒否し続けた。

 ここまで頑なに教えてもらえないとますます気になって来る。

 そこでルイズは…、徐にティファニアに近づいた。

「あっ。虫がついてるわよ。」

「えっ? どこ、どこ?」

「そこじゃないわ。」

「! ダメ!」

 ティファニアがキョロキョロと体を見ている隙に、帽子に手をかけた。トゥが慌てて止めようとした時には。

 ルイズは、大きく目を見開いた。

「あっ…。」

「なんで…、エルフがいるのよ?」

 帽子を取られ、露わになったツンと尖った耳を見て、ルイズは、震える声で言った。

「違うの、違うのルイズ!」

 ルイズとティファニアの間に割って入り、ティファニアを庇うよう立ったトゥが叫ぶ。

 ルイズは、慌てて杖を向けた。

『落ち着け、娘っ子。』

「これが落ち着いてられると思ってるの! エルフよ!」

『この娘は、ハーフだ。お前さん達の敵じゃねぇ。』

 トゥの腰にあるデルフリンガーが杖をティファニアに向けるルイズを説得した。

『それとも何か? 家に泊めてくれた恩人をぶっ殺すのが貴族の流儀か?』

「そんなことしないわよ!」

『じゃあ、杖を降ろしな。』

 デルフリンガーに言われ、ルイズは、ティファニアを睨みながら渋々杖を下ろした。

 トゥは、ホッとし、後ろにいるティファニアは、怯えた様子でトゥの背中に隠れていた。

 

 朝食後の食器を片付けてから、話し合いになった。

 ルイズは、ティファニアの事情を聞いても終始ティファニアを警戒していた。

 ルイズに睨まれ、縮こまるティファニア。

 その細い腕で、胸が挟まれ…、強調される。

 ルイズは、突然立ち上がり、ティファニアの隣に来た。

 そしてティファニアの胸を掴んだ。

「きゃっ!」

「これ、偽物でしょ。」

「ち、違います…。」

「嘘。」

「ほ、本当です…。」

「こんな、手足が細い癖に、ここだけはしゃいでるってどういうことなの!?」

「あう、あうあうあうあう…。」

「でも触り心地は、トゥのが上ね。」

 ルイズは、フッと勝ち誇ったように笑ってティファニアから手を離した。

「ティファちゃんを虐めないで!」

「ねえ、トゥ? あなた、大きいのと小さいの、どっちがいいの?」

「えっ?」

 急に聞かれてトゥは、ポカンッとした。

「ねえ? どっち!」

「えっ? えっ? えっ?」

 ルイズに詰め寄られ、トゥは、あわあわと手を動かし混乱した。

「トゥさんを虐めないでください!」

 シエスタがトゥとルイズの間に割って入ろうとした。

 なんだかよく分からない展開になり、ティファニアは座ったまま、ポカーンとしていた。

 

 

 なんやかんやあって、ルイズは、納得し、ティファニアを睨まなくなった。

 2、3日過ごした後、トリスティンに戻るために出発することになった。

「ティファちゃん。本当にありがとう。」

「そんな、お礼なんて…。」

「でもティファちゃんのおかげで、私助かったようなものだし…。何かあったら助けるからね?」

「ありがとう。」

「ティファちゃん…。」

「なんですか?」

「よかったら…、一緒に来る?」

「えっ?」

「ごめん。行けないよね…。」

 トゥは、ティファニアの傍にいる小さい子供達を見回した。

「ごめんね…。変なこと言っちゃって…。」

「いいんです。誘っていただいて嬉しい。」

 謝るトゥに、ティファニアは、微笑んでそう言った。

「本当に、ありがとう。」

「トゥ、行くわよ。」

「じゃあ…、またね。」

「はい。また…、またね。」

 ルイズに呼ばれたトゥは、ティファニア達の方を何度も振り返りながら、行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ヴュセンタール号の出迎えでトリスティンへと戻ったトゥを待っていたのは、トリスティン城での称号の授与だった。

 キョトンっとするトゥに、アンリエッタが言った。

「アルビオンの将が、あなたが七万の軍を足止めしていたと語ってくれました。」

「私は…。」

「ありがとうございます。あなたのおかげで我がトリスティン軍は、無事に戻ってくることができたのです。」

「私は…。別に…。」

「何度お礼を言っても足りませんわ。」

 トゥは、ほとんど覚えていない。ほとんど意識を飛ばした状態でウタい続け、戦っていたのだから。

 そこでっと、アンリエッタは、頭を上げ、何か書かれた紙をトゥに渡した。

「? これって…。」

「近衛騎士隊隊長の任命状じゃない!」

 横から紙を見たルイズが驚いて声を上げた。

「このえ…たいちょう…。」

 トゥはその言葉を呟いた。

「姫様! トゥを貴族にするというのですか!」

「ええ。彼女の働きは、彼女を貴族とするには十分な働きをしています。更に、此度のアルビオンでの撤退をも成功に導いてくださったこと…、トゥさん、あなたはこの国の歴史に名を残せる英雄です。」

「えいゆう?」

「で、ですが、姫様…。トゥは、この通り平民です! ええっと…、平民と言うには得体が知れないといいますか…。それにトゥは、私の使い魔です!」

「ええ、その事実は変わりません。ですが、貴族になればあなたのお手伝いもやりやすくなるはず。違います?」

「でも、でも…、私の虚無は秘密のはずじゃ…。」

「もちろん、秘匿です。使い魔さんがガンダールヴであることは、わたくしとアニエス、学院長のオスマン氏、及び国の上層部しか知りません。彼女は、これからも武器の扱いに長けた戦士として振る舞ってもらいましょう。」

「つまり…、どういうこと?」

 トゥは、首を傾げた。

 隣にいたルイズがずっこけた。

「あ、ああああ、あんた聞いてなかったの?」

「よく分かんないんだもん。」

「つまり、あなたは、これから貴族になるの。」

「私、メイジじゃないよ?」

「メイジじゃなくってもするって、姫殿下が言ったのよ!」

「えー。」

 そう言われてもトゥには、いまいちだった。

「引き受けてはもらえませんか?」

「…ちょっと、考えさせてください。」

「分かりました。ですが、あなたのシュヴァリエの称号授与は、すでに各庁にふれをだしました。断られると、わたくしが恥をかいてしまいます。」

「…分かった。」

 トゥは、そう言われて渋々頷いた。

 ルイズは、終始難しい顔をしていたが、頷いた。

 それから、シュヴァリエの称号を与える叙勲が行われた。

「これからもこの弱い女王を、あなたの持つ力のほんの少しでいいからお貸しくださいますよう。シュヴァリエ・トゥ殿。」

「はい。」

 

 ルイズは、アンリエッタの前で片膝をついて頭を下げているトゥを見て、複雑そうな顔をしていた。

 




序盤、難儀しました。

ティファニア、シエスタ、この二人と並ぶと、トゥの胸はそこまで大きくはないということにしました(※Dカップ)。けど触り心地は群を抜いています。

次回は、シュヴァリエの称号を手にして貴族なってからの日常の変化を書きたいと思います。


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第三十五話  トゥの日常の変化

貴族になってからのトゥの新しい日常生活。


 魔法学院に帰ってきたトゥは、シュヴァリエのマントを羽織ったまま、駆けて行った。

「マルトーさん、ただいま!」

 そう言って厨房に顔を出したのだが、待っていたのは冷たい視線だった。

「あ…。」

「ここは、貴族様が来るところじゃねぇよ。」

 そうマルトーが冷たく言うと、トゥの目から涙が零れた。

 それを見て、マルトーだけじゃなく、他のコック達も慌てふためいた。

「おいおい、泣くこたぁないだろ…!」

「だって…、だってぇ…。」

 トゥは、両手の甲を目の下に置いてうぇ~んっと、大泣きした。

 マルトー達は、必死にトゥを慰めようと声を掛けたり、謝罪したり、新作のデザートを出したり、一生懸命した。

 平民のメイド達も現場を見て、慌ててトゥを慰めた。

 十数分して、やっと泣き止んだトゥ。

「それにしても、なんで貴族になっちまったんだ?」

「今までの働きがあるからだって。お姫様が…。断ったらお姫様が恥かくって…。」

「それで承諾しちまったのか。」

「うん…。」

「まあ…、人伝に聞いた話じゃ、とんでもねー活躍したって聞いてるしよォ…。学がない俺にゃ分からねぇし、王室なんて無縁だからなぁ。平民が頑張れば貴族にだってなれるんだってことを示したんだ、おまえさんは。それなのに、俺達は…。」

「マルトーさん達が貴族嫌いなのに、貴族なった私が悪いんだ…。」

「すまねぇ! 本当にすまねぇ! あんたが他の貴族みたいに威張り散らすはずがねぇってのに! 本当ーーーに、すまねぇ!!」

 マルトーは、土下座した。他のコック達も続けと言わんばかりに土下座しだした。

「マルトーさん、顔上げて。」

「本当にすまねぇ!」

「もう、大丈夫ですから。」

「ありがとよ…。」

 立ち上がったマルトーは、ズビッと鼻水をすすった。

 すると、そこへ。

「マルトーさん、大変なんです!」

「シエスタ?」

「あ、トゥさん!」

 トゥがいることに気付いたシエスタは、真っ赤になった。

「どうしたんでい?」

「あの…、私、異動になりました。」

「なんだって!」

「いどう?」

「はい、もう私この学院のメイドじゃなくなります。」

「えっ!」

「そ、その代り…。」

 シエスタは、スカートを握りながら俯きモジモジとした。

 そして、顔を上げて、トゥの両手を握った。

「私、トゥさんの、専属メイドになることになりました!」

「えっ?」

「アンリエッタ殿下から署名が書かれた書類が学院長に届いて…、それでトゥさんは、学院のメイドから誰か一人を選ぶようになって。メイド長が、仲の良い私がいいだろうって…。あの……。」

「はあ…。よく分からないけど…。シエスタが、私のメイドになるってことだよね? 私だけの…。」

「そうです! これからよろしくお願いします!」

 シエスタは、トゥから手を放し、少し離れて頭を下げた。

「貴族って…、大変。」

 トゥは、そう呟いた。

 

 

 その後トゥは、自分がアルビオンに行っている間に学院が敵に襲撃された時、コルベールが身を徹して守り、そして死んだと聞いて泣いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ひとしきり泣いて、その後シエスタを連れてルイズの部屋に来たトゥは、そこで奇行を犯すルイズに遭遇した。

 セーラー服というものを着て、なんかやっていた。

「ルイズ? どうしたの? 何か変な物でも食べたの?」

 っとトゥが聞くと、こちらを見て固まっていたルイズは、ハッとして脇目も降らず窓に向かって行った。

 慌ててトゥが素早く動いて窓から身を乗り出すルイズを止めた。

 それからルイズを落ち着かせるため2時間かかった。

 なんとか落ち着いたルイズは、ブスッとした顔で二人を見ていた。

「それで? 連れてきちゃったわけ?」

「うん。」

「世話なら間に合ってるわよ。」

「いいえ。ミス・ヴァリエールのお世話をするんじゃありません。トゥさんの周りのお世話をするためです。」

「そんなの自分でやらせるわよ。」

「ですが、女王陛下の直々の仰せです。」

「姫様がぁ?」

 素っ頓狂な声を上げるルイズにシエスタが書類を見せた。

「…ほんとだ。」

「私だって、そんな、自分から押しかけるほど図々しくありませんわ。」

「どうだか。で? あんたは、どうなのトゥ。」

「えっ?」

「シエスタがあんたの傍にいてほしいわけ? どうなの?」

「うーん…、確か訓練とかってあるから、ルイズの周り事できなくなりそうだし。その時は、シエスタに頼んでもいい?」

「もちろんです! トゥさんのお役に立てることが私の幸せですから。」

 シエスタがトゥの手を握って微笑んだ。

 ルイズはそれを見て、ムッとしたが、堪え、だが口元をひくつかせがら。

「で…でも、寝るときはどうするのよ? ベットは一つしかないわよ? どこで寝るのよ?」

「一緒に寝ればいいじゃん。」

 トゥがさらっと言った。

「狭いわよ! それにシエスタは…。」

 言いかけてルイズは、止まった。

 シエスタは、平民だと言いかけたのだ。

 しかしトゥは知らないことであるが、ルイズにはシエスタに恩義がある。無下にするなんてできない。

 だが、寝ている時に、シエスタがトゥに何かする可能性はある。

「じゃあ、私が床で寝て、ルイズとシエスタがベットで寝ればいいよ。」

「そんなことできません! トゥさんは、騎士様ですよ!? それなら私もお供します!」

「えっ?」

「ダメよ! ダメだったらダメ! それなら一緒に寝ましょう!」

「いいの?」

「いいわよ!」

 なんだか慌てているルイズの様子に、トゥは、首を傾げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 三人は一つのベットに川の字で寝た。

 トゥを真ん中に右にルイズ、左にシエスタ。

 ルイズは、寝たふりをしながら二人の様子をうかがっていた。

 しかし二人とも動く様子がない。

 その内、ルイズは、眠くなり眠ってしまった。

 

 どれくらいかしてふと目を開けたルイズは、左側を向いて寝ているトゥに寄り添って寝ているシエスタを見た。

 最初は少し離れて寝ていたのに!っと、ルイズが怒鳴りそうになって堪え、寝ているトゥの肩を掴んで無理やり右を向かせ、自分がトゥにくっついた。

 するとシエスタがトゥの背中にくっつき、トゥの胴体に腕を回した。

「……起きてるでしょ?」

「ぐうぐう。」

「寝たふりしないで。離れなさい。」

「トゥさんがそうしろって言うなら、そうします。」

「寝てるから私が命令するの。離れなさい。」

「イヤです。」

「離れなさい。」

「イヤです。」

「トゥは、私のものよ。」

「ですが、私はトゥさんのメイドです。私がトゥさんのものなんです。」

「メイドが主人にそんなことしていいのかしら?」

「あーしろ、こーしろと禁止されることを言われてませんから。」

「屁理屈言って…。」

「そちらこそ。」

 二人の攻防は、トゥを挟んでその上で行われたため、トゥはうなされた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日から再び始まった学院でのトゥの生活は、以前とは違ったものだった。

 まず視線が違う。

 ある者は、恐れ。ある者は嘲り。反応は様々だがトゥが貴族になったことに反応していた。

 トゥは、そんな視線など気にすることなく、戦争に行く前のように、他人の使い魔と遊んだりしていた。

 決闘を申し込まれたりもしたが、トゥがあっさりと退けると恐れをなしてすれ違いざまに悪口を言われることもなくなった。

 

 トゥが学院に戻って三日後。

 アンリエッタに呼ばれて、なんとか近衛騎士隊長なってくれないかと言われた。その理由として、ある部隊が編成されたのだ。

 その部隊の名は、水精霊騎士隊(オンディーヌ)。

 その昔、実際にあった部隊らしいが、一度解散され、そしてアンリエッタが再びその名を持つ部隊を編成するに至ったのだ。

 トゥは、渋々ではあるが、承諾した。

 そして後日、部隊の少年達を前に、ギーシュとトゥが立っていたが、ギーシュはカチコチになっていた。

「ギーシュ君?」

「い、胃が…。」

 なぜギーシュが緊張して胃を痛めているのか。

 それは、アニエスからの進言でトゥが急に隊長なったらいらぬ嫉妬を買うから、まずはギーシュを表向き隊長とし、トゥが副隊長として着くということになったのだ。

 伝説の騎士隊の隊長に急になって、そりゃ緊張もする。

 前にいる部隊の少年達と、トゥの視線を受け、ギーシュの顔色が青から土気色に変わりだした。

「や…、やっぱり、僕が伝説の騎士隊の隊長というのは…。」

「でもギーシュ君もすごいよ?」

「確かに…、家柄とか、勲章とか…、僕だって手柄も立ててはいるが…。」

 そんなことしてたら、やがて少年達からブーイングが上がりだした。

「まあ、とりあえず、訓練しよ?」

「う、うむ…。」

 なんやかんやあったが、訓練は始まった。

 騎士隊の編成と稽古。剣を振り回したり、魔法を一斉に撃つ練習、組手とやることは様々だ。

 みんながクタクタになる中、体力がずば抜けているトゥだけはケロっとしていた。

 ぐったりしている者達を後目に、自前の大剣を振っているのである。

 これが早朝からあり、授業が終わるとまた始まり、夜まで続くのである。

 

 

 そんなトゥを、広場の端のベンチで眺めているルイズ。

 彼女の隣にはモンモランシーもいた。

「ほんと、バケモノね。」

「他の人が体力ないだけじゃない。」

「右目から花はやして、七万の敵を相手にして、それで無事に帰ってきたなんてバケモノ以外に何があるの?」

「トゥが強いからってそんなこと言っちゃって。バケモノだろうがなんだろうが、姫様はお認めになってシュヴァリエの称号をトゥにあげたんだからね。」

 ルイズは、ふふんっと鼻で笑った。

 モンモランシーは、ムッとしながら、ルイズの手元を指さした。

「それより、あんたは何してんのよ。」

「…縫物。」

「悲惨なことになってるわよ?」

「うるさいわね。」

 ルイズは、今、トゥのボロボロになったストールを繕っていた。

「繕い物なんて、メイドに頼めばいいじゃない。」

「いいの。私がやるの。」

「…変わったわよね。あんた。」

「そう?」

「あの女が来てから、変に献身的だし…。」

「別に献身なんてしてないわよ。」

「自覚がないわね…。それに独占欲丸出しだし。」

「ど、どどど、独占なんて…! 確かにトゥは、私の使い魔だけど、そんなんじゃないわよ!」

「動揺しちゃって…、本当のことでしょう?」

「違うってば!」

 そんな言い合いが、しばらく続いた。

 

 

 こうして、貴族となったトゥの日常は、始まったのだった。

 




原作と順序を色々と変えてみました。

ルイズとシエスタの攻防。結構悩みました。


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第三十六話  トゥと真実の鏡

スレイプニィルの舞踏会。

真実の鏡で、トゥがある人物に変身します。

ついでにちょっとだけ、ゼロとブリミルのことについて触れています。


 

 トゥは、現在、水精霊騎士隊の副隊長として、ギーシュ達と共に、アンリエッタの警護を務めていた。

 警護と言っても、儀礼的な要素が強く、要は新設された騎士隊のお披露目だった。

 王宮での序列に従い、その隊列は女王一行の最後尾であったが、隊員たちの士気は旺盛であった。

 列の先頭は隊長のギーシュ、馬一頭分下がってトゥの馬が並んでいた。

「……うーん。」

 トゥは、周囲からの視線に何とも言えない声を漏らした。

 杖を持たず、剣を背負っているトゥへの視線と声は様々だ。

 多くは、剣を背負っているから平民だろうという声。

 スカロンらしき人物の声が、七万の敵の足止めをした英雄だと叫ぶ声。

 それについて、嘘だ、本当だという議論が飛び交う。

 それを聞いてて、ますますトゥは、うーんっと唸った。

 確かに戦った記憶はあるが、そこまでのことをしたという実感はない。記憶が飛んでいるからだ。

 トゥが色々と悩んでいると、衛士に呼ばれ、アンリエッタの馬車の傍に来た。

 馬車の窓から出て来たアンリエッタの白い手を取り、手の甲に口付けた。

 すると、観客達からどよめきの声が上がる。

 女王が御手を許すのだ。七万の敵を足止めしたという噂は真であり、それほどの手柄を立てなければそんなことはありえないからだ。

「シュヴァリエ・トゥ万歳!」

 やがてそんな叫び声が聞こえだした。

 トゥが戸惑っていると、ギーシュが耳打ちして来た。

「みんなが君を褒めてくれているんだ、期待に応えないと。」

「う、うん。」

 言われてトゥは、おずおずと手を上げてみた。

 するとますます歓声が大きくなった。

「街…歩けなくなっちゃう。」

「なぁに、民衆なんて飽きっぽいものさ。明日には君のことなんて忘れてしまうよ。」

 ギーシュは、分かったように言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「スレイプニィルの舞踏会?」

「こ、今度、新学期が始まるだろ? まあ…、き、君は知らないかもしれないが…。」

 食堂で食事をしていた時、同じ水精霊騎士隊の隊員であるマリコルヌが緊張した様子でそう告げた。

「しんがっき…、そっか、ポカポカしてきたもんね。もう春なんだ。」

 ハルケギニアの月の流れに慣れていないトゥは、最近気温が高くなってきたのだから季節が春だと認識した。

「でも、どうして、舞踏会なの?」

「そりゃ、歓迎に決まってるじゃないか。」

 ギーシュが説明してくれた。

 新しく入ってきた新入生は、社交界が初めてという者も少なくない、そこで先輩である自分達が手取り足取り、大人の社交を教えるのだそうだ。

 まあ、要するに、新入生の歓迎会なのだ。

 トゥは、ふーんっと興味なさそうに声を漏らしながら、甘酸っぱいソースのかかった肉を切って食べた。

「でも、ただの舞踏会じゃないのさ。」

「えっ?」

「仮装をするのさ。」

「かそう?」

「魔法を使って仮装するんだよ。真実の鏡を使ってね。その人が憧れる…、理想の、なってみたいものに化けることができるんだ。」

「へー…。」

「興味湧いたかい?」

「うん。」

 トゥは、微笑んだ。

 その微笑みにマリコルヌは、鼻を押させてくらりとした。

 他の水精霊騎士隊の面々も、ぽや~っとトゥをうっとりと眺めていた。

 そんな話をしている最中、トゥの耳に、後ろの方から気になる話が入った。

 竜騎士が空で、幅が150メートルもある巨大な鳥のようなものが発見されたのだという。

 しかしアンリエッタが調査をさせても新たな情報はなく、見間違いないのかという声もあるのだとか。

「君達、舞踏会もいいが、もっと騎士隊のことも考えてくれよ。」

「あなたは?」

「僕はレイナール。自己紹介してなかったっけ?」

 それからレイナールは、語りだす。

 宮中で水精霊騎士隊は、学生の騎士ごっこと言われているということを。

「僕たちは、それなりの武勲をあげたかもしれないが、近衛隊というのはやはり、破格の出世に違いないよ。」

 昔の武人と比べられて、子供のお遊びと言われても仕方ない、自分達はそんな現状に甘んじるいわれもないのだから、真面目に考えてほしいと彼は言った。

「確かに君の考えは正しいかもしれんが、で、どうすりゃいいんだ?」

「もっと陣容を強力にしたい。今のところ、シュヴァリエは、トゥだけじゃないか。」

「しかし、シュヴァリエなんて中々もらえる称号じゃないし…。」

 みんなでう~んっと悩んだ。

 その時、ふと、トゥは、視線を感じて、そちらを見た。

 水色の髪の毛、眼鏡。小柄な体。タバサだった。

 タバサは、トゥが見てくるとサッと顔をそらした。

 トゥは、首を傾げた。

 結局、この日はいい考えが浮かばなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それから一週間後。

 スレイプニィルの舞踏会が開かれた。

 真実の鏡がダンスホールに運ばれ、その周りには黒いカーテンがひかれている。これは、誰が今、姿を変えているかわからぬようにするためだ。

 カーテンの隣にはシュヴルーズが立っており、蝶の仮面を被っていた。

 生徒達が順番に並び、ルイズもそこに並ぶ。

 やがてルイズの番になり、カーテンの中に入って真実の鏡の前に立った。

 そして布を持ち上げると、虹色に光る鏡が現れ、そこに理想とする自分自身が映る。

 そこに映っていたのは、彼女の姉であるカトレアだった。

 カトレアの姿になったルイズは、ホールへ向かった。

 ホールがなんかざわついている気がする。

 特に男子と思しき者達がざわついて、ある個所に集まっていた。

 訝しんだルイズは、周りを見回し、トゥを探した。だがトゥの姿はない。

 仕方なく、自分だけでこの場の異変を調べようと人をかき分けると…。

 ルイズは、思わずギョッとしてしまった。

 

 銀色の長髪。その頭に飾られた黒いリボン。

 紅色の瞳。

 白い肌。

 大きく開いた胸と、腹。果ては足も思いっきり見えている格好。あれは、確か…どこかで…、思い出した、確かトゥがゼロの服と言っていた服ではなかったか?

 左腕はなんだ? ごつくて、鎧のように見えるが、義手かもしれない。

 右手には、抜き身のゼロの剣が握られている。

 そして、右目に咲いた薄紅色の花は、トゥの右目の花とそっくりだった。

 しかし、髪の色といい、瞳の色も、キリッとした鋭さを感じさせる顔つきもトゥとは全く違う。

 だがしかし、薄紅色の花の特徴を見れば……。あと、あの見覚えがあるあの服は…。

 

「あっ、ルイズ!」

 キリッとした見た目からは想像もできない能天気な感じで手をぶんぶん振る様に、何人かがずっこけていた。

 外見では分からなかったが、この能天気さは…。

「ト…トゥ…、なんで?」

「なにが?」

「その姿は…なに?」

「……ゼロ姉さん。」

「ゼロって…、そんな姿なの?」

「うん。」

 ゼロに化けたトゥが、頷く。

 ルイズは、大きく目を見開いたまま、トゥの姿を上から下まで見る。

 なんて背徳的な姿なのだろう。これじゃあ男に襲ってくれと言わんばかりな挑発的な格好に思えた。

 あの服は、胸と尻がしっかりしてなければ合わないのだというのが、よく分かる。

 姉妹揃ってスタイル抜群ってどんだけだとカトレアの姿をしたルイズが地団太を踏みそうになったが堪えた。

 しかしよくよく見たら、トゥの方が体の線が細いのだということに気付いた。ゼロは、肉付き的に健康的そうだ。でもキュルケに比べれば細い。

「ゼロって人が、あなたの理想だったの?」

「…分かんない。」

 ゼロの姿をしたトゥが首を振った。

 そして踵を返し、ホールから出て行ってしまった。

「トゥ!」

 ルイズは、慌ててトゥを追いかけた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、すぐに見つかった。食堂の裏口の付近で佇んでいた。

「どうしたの、トゥ?」

「……。」

「トゥ?」

「……忘れたなんて言わさないぞ。」

「トゥ…?」

 真実の鏡によって、姿だけじゃなく声まで変わっているため、口調まで変わったら完全に別人だった。

 ゼロの姿をしたトゥが、クルリとルイズの方に振り返った。

 その目は、鋭い怒りを宿している。

「約束は必ず果たすと誓っただろうが!」

「トゥ…? な、何言ってるのよ?」

「ええ!? どうなんだ!」

 ズカズカとルイズに近づいてきたゼロの姿をしたトゥから逃げようとしたルイズだったが、ゼロの姿をしたトゥに胸倉を掴まれてしまった。

「どうなんだ!? ブリミル!」

「キャっ!」

 ゼロの姿をしたトゥに突き飛ばされ尻餅をついたルイズに、ゼロの姿をしたトゥがゼロの剣を突きつけて来た。

「トゥ…、ちょ、ちょっと待ちなさい…! 何言ってるのよ、あんた…。」

「約束を守れないって言うなら、ぶっ殺すって言っただろうが、コラ!」

「ひぃ!」

 ゼロの姿をしたトゥに怒鳴り散らされ、ルイズは、頭を庇って縮こまった。

 その直後、カランッとゼロの剣が地に落ちた。

「………あれ?」

 その声が聞こえてルイズが恐る恐る、見上げると、そこには元の姿に戻ったトゥがいた。

「ルイズ? どうしたの?」

「ひっ…。」

 先ほどの怒り狂っていたゼロの姿が重なり、ルイズは、トゥが差し出したてを振り払って駆け出した。

 トゥが慌ててルイズを追いかけようとすると、トゥの足元に氷の矢が飛んできた。

「誰!」

 氷の矢が飛んできた方を見ると、大きな杖を持ったタバサが立っていた。

「タバサ…ちゃん?」

 タバサは、無表情で、そして無言で杖の先をトゥに向けて来た。

 っと、その時、夜空に大きな影が現れた。

 トゥが上を見上げると、そこには、巨大な鳥のようなものがいた。鳥だとはっきりしなかったのは、人型の部分があるからだった。

「なにこれ?」

「…ガーゴイル。」

 タバサが言った。

 トゥがタバサを見た時、タバサが杖を振るい、風の衝撃波を起こした。

 トゥは、咄嗟に腕を組んでガードしたが、吹き飛ばされた。

 そこに畳み掛けるように氷の矢が無数飛んできた。

 トゥは、地面を転がり氷の矢を回避しつつ、ゼロの剣を拾うと、更に飛んできた氷の矢を切った。

「なに? なんなの? どうしてなの、タバサちゃん!」

「命令だから。」

「誰の?」

 タバサは、答えず更に攻撃を仕掛けて来た。

 トゥは、タバサの魔法を回避し、タバサとの距離を詰めた。

 タバサが魔法で素早く回避するが、トゥの方が速かった。いや、タバサが跳ぶ方向を勘で読んだのだ。

 タバサの杖を掴み力づくで奪い取るとその杖を遠くに投げ、トゥは、タバサの首にゼロの剣の刃を当てた。

 タバサは、動けず、静寂が二人の間におとずれた。

「タバサちゃんのこと、殺したくない。」

 トゥは、そう悲しそうに言った。

 タバサは、変わらず無表情で黙っていた。

 トゥは、ハッとして空を見上げた。

 一体のガーゴイルが空を旋回していた。その背中には、ルイズがいた。

「ルイズ!」

 直後、タバサがナイフを取り出し、トゥの腹にナイフを突き立てた。

「あ……。」

 トゥの口から血が零れた。

 だがしかし。

 トゥは、すぐにナイフから身を引いて刃を抜いた。

 傷はすぐに塞がり、トゥは口元の血を拭った。

 さすがにタバサも驚いたのか、トゥを見る目が僅かに揺らいでいた。

「これじゃあ、死ねないの…。お願いタバサちゃん。もうやめて。あなたじゃ私を殺せない。」

 トゥは、そう言い聞かせるように言った。

 タバサは、ちらりと、離れた位置に投げられた自身の杖を見た。

「タバサちゃんが、杖に届く前に、私はあなたを斬り殺せるよ?」

 トゥは、ゼロの剣の先をタバサに突きつけた。

「タバサちゃんには、何度も助けてもらった。だから殺したくない。お願い。降参して。」

 そう言われたタバサは、僅かに目を見開き、目から涙を零してその場にへたり込んだ。

 

『あら? 戦意喪失? おまえの任務はまだ終わってないわよ?』

 

 女の声がどこからか聞こえて来た。

「誰!?」

『さっさと立ちなさい。そして任務を果たすのよ。』

 トゥが周りを見回してる隙に、タバサは、素早く立ち上がり杖に向かって走っていった。

「タバサちゃん!」

 杖を掴んで立ちあがったタバサが呪文を唱えた。

 そして、呪文が飛んだ。

 上空のガーゴイルに。

 ガーゴイルは、羽を切られ、地面に叩きとおされた。同時にルイズが投げ出された。

「タバサちゃん?」

「とどめ。」

「うん!」

 地面に落ち、なお飛び立とうとするガーゴイルを、トゥは、一刀両断した。

『おや? 北花壇騎士殿、飼い犬が主人に歯向かうというの?』

「あなた達に忠誠を誓ったことなんて一度もない。」

『あなたの裏切りは報告するわ。それに、獲物はきちんといただいていくわよ。』

 その時、上空から巨大な影が現れた。

 それは30メートルはあろうかという巨大なガーゴイルだった。

 ガーゴイルは、左手で倒れているルイズを掴み空に舞い上がった。

 その巨体故に羽ばたいただけでトゥとタバサは、吹き飛ばされた。

 起き上がったタバサが口笛を吹き、シルフィードを呼んだ。

 

 




ゼロの姿を書くってすごく難しかったです。

この話でのゼロとブリミルは、同時代に存在しています。
B分岐での聖地に封印されていたゼロと関係があります。

なぜ、ゼロの姿になっていたトゥからゼロの人格が現れたのか…。
かなり待たされているわけで…。
ゼロとブリミルの関係は後々書いていこうと思います。


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第三十七話  トゥ、タバサの事情を聞く

vsミュズニトニルンのガーゴイルと、コルベールとの再会。




 

 タバサに促されて、トゥは、タバサと共にシルフィードに乗った。

 空を飛ぶ巨大なガーゴイルは、飛ぶ速度はそんなに速くなく、すぐに追いついた。

「もっと近づいて! あとは私が何とかする!」

 トゥは、タバサに言った。

 タバサは頷き、シルフィードに近づくよう命じた。

 すると、無数の小さな黒い点々が現れた。よく見るとそれは、ガーゴイルだった。

 まるでカラスの群れのように、空を圧する数のガーゴイルが迫ってきた。

 トゥは、大きく息を吸い。ウタった。

 するとウタの衝撃波で数十匹のガーゴイルが吹き飛ばされて飛散した。

「上。」

「えっ?」

 タバサが指さした先を見上げると、そこには150メートルはあろうかという巨大なガーゴイルが飛んでいた。

 そういえばっと、トゥは、ふと思い出した。

 一週間前の食堂で生徒達が話していた、巨大な鳥の噂。恐らくこのガーゴイルのことだったのだろう。雲の影などが手伝いばもっと大きく、そして怖く見えたに違いない。

「タバサちゃん、まずいよ…。」

 ウタを使えば破壊はできるだろうが、如何せんここは、空、足場が悪すぎる。ここが地面だったならまだ勝ち目はあっただろう。

「構わない。」

「でも…このままじゃ、タバサちゃんが…。」

「私のことはいい。」

 タバサは、トゥの方を見ることなく、ただ、そう言った。

 その時、前方から無数のガーゴイルが飛んできた。

 トゥが、慌ててスゥっと息を吸った時だった。

 荒れ狂う。まるで蛇のような炎が、上の方からきて、ガーゴイルの群れを焼いた。

『大丈夫かね!』

「この声…。うそ…。」

 もう二度と聞くことはないはずの声だった。

 巨大なガーゴイル…いや、翼が徐々に降りて来た。

 それには巨大なプロペラがいくつもついていた。

 二等辺三角形の形をした翼に、推進式プロペラがたくさんついた飛行物体…、それが噂で語られていた巨大な鳥の正体だったのだ。

「コルベール…先生!」

『あなた達、何をしているの? 随分と楽しそうじゃない。いつのまにガーゴイルのお友達ができたわけ?』

「キュルケちゃん!」

 恐らくは、コルベールと共に飛行物体に乗っていると思しきキュルケが拡声器から声をかけて来た。

 曰く、こっそり学院に到着して、オストラント号(※この飛行物体の名前)を披露して驚かせようとしたのだが、間違ってトリスタニアについてしまい慌てて引き返したのだそうだ。それが竜騎士達が巨大な鳥の影を見たという報告の真相だったようだ。

『空飛ぶヘビ君が行くから、注意しろ!』

「タバサちゃん、急降下して!」

 タバサは頷きシルフィードが頭を下げて、急降下した。

 バラバラララララっと、大量の筒がオストラント号から落とされ、落ちていく端から発火炎が瞬いた。

 そして花火のように、コルベールの空飛ぶヘビ君が一斉に点火し、ガーゴイルに迫ると、眼前で爆発してガーゴイルを爆発四散した。

 トゥは、空飛ぶヘビ君の一つを掴むと、それに乗った。まるでサーフィンボードのように巧みに操りながら、ルイズを掴んでいるガーゴイル目がけて飛んでいき、その背中に飛び乗った。

 そしてゼロの剣でガーゴイルの左手を切り裂き、ガーゴイルの背中から飛び降りてルイズを掴む。それと同時に空飛ぶヘビ君が爆発して30メートルのガーゴイルが爆発四散した。

 爆発した時に飛んできた破片がトゥの背中に突き刺さったが、トゥは耐え、ルイズを離すまいと抱きしめた。

 するとルイズが目をぱちりと開けた。

「トゥ?」

「ルイズ、大丈夫?」

「あんた…、って、私達落ちてる!?」

「うん。」

「うん、じゃないわよぉぉぉ! っ!」

 落ちていく二人を、シルフィードが受け止めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 オストラント号は、学院の近くの草原に着陸した。

 生徒だけじゃなく、教師達も興味深そうにオストラント号を見ている。

 

「ねえ、トゥ…。」

「なぁに?」

「昨日のあれ…、なんだったの?」

「なんのこと?」

「とぼけないでよ。昨日まるで別人みたいになって私に怒鳴り散らしてきたじゃない。」

「覚えてないよ。」

 そう言って首をかしげるトゥの様子に、ルイズは、大きくため息を吐いた。

「おかげで、思わず逃げた先で気絶させられて危うく誘拐されそうになったんだから…、お仕置きよ!」

「えー。」

「それにしても、真実の鏡にそんな効果ないのに…、人格まで変わるなんてこと…。」

 っとルイズは、ブツブツと呟いた。

「やあ、トゥ君。」

 そこへコルベールがやってきた。

「コルベール先生!」

 ぱあっとトゥの顔が輝いた。

「生きてたんですね! でもどうして死んだことにしてたんですか?」

「それはね。こわーい銃騎士のお姉さんから守るためだったのよ。」

 コルベールの後ろについてきたキュルケがそう説明した。

「つまり、色々とあったんだね?」

「そういうこと。」

「生きててくれて…、よかった…。」

「な、泣くことはないだろう?」

「だってぇ…。」

 グスグスと泣きだしたトゥに、コルベールは焦った。

「トゥちゃん。ジャンさんは、渡さないわよ?」

「へっ? ジャンさん?」

「そ、私のジャンさん!」

「ミス・ツェルプストー…。」

「いやですわ。キュルケと呼んでくださいな。」

 なんだか知らないが、キュルケは、コルベールにご執心らしい。

 体をくねらせてコルベールに言い寄るキュルケの様に、ルイズは、心底呆れた顔をした。

「キュルケちゃん、コルベール先生が好きなの?」

「そうみたいね…。」

 トゥは、手を組んで目をキラキラさせているし、ルイズは、キュルケに心底呆れていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その後、オストラント号の見物をしていた生徒達がオストラント号中で昼食ということになり、昼食を運ぶためシエスタもかり出された。

 シエスタが運んできた軽食をルイズは、無言で食べた。

「それで、ルイズさん、舞踏会ではトゥさんに見つけてもらったんですか?」

「ええ。一発よ。」

「そうですか…。」

 それを聞いて残念がるシエスタに、ルイズは、勝ち誇ったように笑った。

 実際のところ、ルイズの方がトゥがトゥだとちょっと分からなかったのだが黙っていた。

 トゥは、知らないことであるが、もしも舞踏会でトゥがルイズを見つけられなかったら、一日トゥをシエスタに貸すという賭けをしていたのだ。

 シエスタの目論見は潰え、ルイズは、いい気分に浸っていた。

 その時。

 周りが騒がしくなったので、見ると、なんとアンリエッタがいた。

 アンリエッタは、コルベールに話しかけ、コルベールが深々と頭を下げている。

 きっとこの船のことで来たのだろう。

 やがてギーシュがトゥと共にアンリエッタに一礼し、馬車が用意できたとアンリエッタに伝え、アンリエッタがギーシュに右手を差し出したのだが…。

「ギーシュ君?」

 隣にいたトゥがギーシュを突いた。

 しかしギーシュは、動かない。よく見ると立ったまま気絶していた。

 仕方なく、トゥが代わりにアンリエッタの御手に口づけた。

 その後は、アンリエッタから昼食をともにしないかと誘われたのだが、トゥは、やんわりと用事があるからと断った。

 これについて周りから呆れ声が上がった。女王陛下からの誘いは、並の貴族では得られないこれ以上ない光栄なことなのだから。

 アンリエッタは、少し寂しそうな表情をしたが、すぐに笑顔に切り替えた。

「いいのです。騎士ともなれば色々と忙しいこともあるでしょうから。」

「申し訳ありません。」

 トゥは、そう言って頭を下げた。

 女王と昼食の陪席を賜ることになった一行は、ぞろぞろとオストラント号から降りて行った。

 ギーシュも、ルイズも、シエスタも降りて行った後、残されたトゥは、コルベールとキュルケのところに行った。

「どうしたの、トゥちゃん?」

「ねえ、タバサちゃんを知らない?」

「……知らないわ。今日、姿がないわね。」

「昨日の夜、急に私を攻撃してきて…。」

 昨晩のことをトゥは、キュルケに語った。

 するとキュルケは、考え込むような仕草をした。

「もう…あの子ったら…。」

「どうしたの?」

「あのね…。」

 キュルケは、トゥにタバサの哀しい経緯を語った。

 彼女は、ガリア王家の王女であること、父親が現国王に殺されたこと、そして母親は、タバサを庇って毒を盛られて心を壊したこと、そしてタバサは、厄介払いのようにトリスティンに留学させられたこと。

「ガリア王家の何が許せないって…。面倒なことがあると、あの子に押し付けることよ。」

「めんどうなこと?」

「ラグドリアン湖のこと覚えてる?」

「水の精霊さんを攻撃したこと?」

「覚えてるならいいわ。あれもね、ガリア王家からの命令だったのよ。」

「じゃあ、私を襲ったのも…。」

「ええ、ガリア王家の命令ね。」

「じゃあ…、タバサちゃんは? 昨日、女の人の声が言ってた。あたなの裏切りは報告させてもらうわって…。もしかして捕まったんじゃ。」

「それはないわ。あの子はそんな間抜けじゃないもの。たぶん、私達に迷惑をかけないように身を隠したんじゃないかしら。」

「でも…。」

「そのうち向こうから連絡が来るはずよ。今は信じて待ちましょう。」

 キュルケは、窓の外を見てそう言い切った。

「ルイズに話してもいい?」

「話した方がいいわ。あの子も巻き込まれたんでしょ? 参っちゃうわね、伝説の使い手なんかになっちゃっうと…、あのヴァリエールが虚無だなんてねえ、まったく。」

「キュルケちゃん、知ってたの?」

「なんとなくね。」

 キュルケは、ニヤッと笑った。

 それにっと、キュルケは、プニッとトゥの頬を指で突いた。

「自分で言っちゃったじゃない?」

「あっ…。」

 キュルケは、クスクスと笑いながら、プニプニとトゥの頬をつつき続けた。

 

 




ここから、また難所だな…。

タバサとの関係はどうしようかな。


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第三十八話  トゥ、イルククゥと出会う

今回短めかも。




 

 ルイズの部屋は、重たい空気に満ちていた。

 しかしトゥは、能天気にシエスタが入れてくれたお茶を飲んでいた。

「トゥさん、どうぞ。」

「ありがとう。」

 隣に座るシエスタからクッキーをもらい、能天気にサクサクと食べている。

「トゥさん、これも美味しいですよ。」

「ほんと?」

「はい、アーン。」

「? あーん。」

 シエスタがビスケットのひとつを摘まんで、トゥに食べさせようとした時、ビキッという音がした。

 見ると、ルイズがお茶のカップの欠片を口にくわえていた。どうやら口で割ったらしい。

「…ルイズ?」

「……おかわり。」

 びっくりしているトゥを無視して、ルイズは、割れたカップをシエスタに差し出した。

 シエスタは、はいはいと立ち上がると冷え切ったお茶を注ぎ、にっこりと笑ってそれをルイズに差し出した。

「どうぞ。」

「ちゃんと新しいのを淹れなさいよ。使えないメイドね。」

 言われたシエスタは、お茶のポットの中の出涸らしを捨てたが、新しい茶葉がないことに気付き困った顔をした。だがすぐに何か思いついたような顔をして、外へ出ると、すぐに戻ってきた。その手に雑草をたくさん持って…。

 その雑草をポットに入れ、冷めたお湯を注ぎ、それをルイズのカップに注ぎ入れ、笑顔で、馬鹿丁寧にルイズに差し出した。

 ルイズは、ルイズで、笑顔でカップの中身をシエスタの頭にかけた。

 シエスタは、笑顔を張り付けたままハンカチを取り出し、頭を拭いた。

 そして今度はシエスタが、ポッドの中のお茶(?)をルイズの頭にかけた。

 二人は笑顔を張り付けた状態で睨みあっていたが、やがてどちらからともなく、飛び掛かり、取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 トゥは、髪の毛を掴みあったりして喧嘩を続ける二人をポカーンと眺めていた。

 二人の喧嘩を眺めていたが、飽きたトゥは、窓の方を見た。

 タバサからはまだ連絡はない。

 それにスレイプニィルの舞踏会の夜に襲って来たガーゴイルがミュズニトニルンのものであるということは、ミュズニトニルンは恐らくガリアにいるのだろうと予想される。

 現在ガーゴイルの破片を解析に回してもらってガリアの仕業であるという証拠を探してもらっている。

 だがしかし、証拠を突きつけたところで向こうが白を切ってしまったらお終いだ。

 トゥは、溜息をついてズズッとお茶をすすると、肩をガッと掴まれた。

「止めなさいよ!」

「ふぇ…。」

 この後、ルイズとシエスタの二人がかりで怒られた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 戦闘機の格納庫に作られた、水精霊騎士隊のたまり場で、トゥは、クスンッと泣いていた。

「あーっと…、つまり君は考え事をしていて二人の喧嘩を止めそびれてしまったわけだね?」

 ギーシュがトゥから聞いた話をまとめてみてそう言った。

「タバサちゃん、まだ帰ってこないから…。」

「それは、君のメイドが怒りそうだね…。」

「なんで?」

「いやいやいや、君分かってるのかい? 君の専属のメイドだけど、彼女の君を見る目は、明らかにだね…。その…。」

 ギーシュがわたわたと手を動かして説明しようとしていると、突然ドンッという音が聞こえた。

 見ると、酔って顔を真っ赤にしたマリコルヌがワインの入った瓶の底を叩きつけたらしかった。

「いいよなぁ…、女の子にまでモテるなんて…。」

「ま…マリコルヌ?」

「生まれてこの方17年女の子から一度だって詩の一説すら送ってもらったことのないというか目を合わせただけでプッとか笑われる人生を送ってきた僕を侮辱しているのか。」

 酔っているマリコルヌが一気にそう言った。

「どうしたの?」

「どーしたのじゃないんだよぉぉぉぉ!」

「ふぇ…。」

「お、落ち着きたまえ…。飲み過ぎだよマリコルヌ。」

「恋人がいるやつぁ、このマリコルヌに説教すんな!」

 マリコルヌの拳がギーシュの顔に当たり、ギーシュは崩れ落ちた。

「ギーシュ君!」

「聞け。恋人のいる奴は一歩前へ。で、息するな。貴様らは、僕の前で呼吸する権利すらない。」

 などとムチャクチャなことを言い出すマリコルヌ。

 その迫力に、その場にいた面々の中の何人かがそんなマリコルヌに頭を下げだした。

 トゥは、ギーシュを介抱しながらオロオロとしていた。

「そ、その、なんか、す、すまない、マリコルヌ…。」

「…すまないと思うなら出してよ。」

「えっ?」

「女の子、出してよ!」

 マリコルヌが哀し気に叫ぶ。そんなこと言われてもできるわけがない。その場にいた男子達は顔を見合わせた。

 っと、その時、門限八時だと叫ぶ女の子達がやってきた。その中には、ルイズやモンモランシーがいた。

 トゥに介抱されているギーシュを見て、カッと顔を赤くしたモンモランシーは、ギーシュを奪い取っていまだ意識が朦朧としているギーシュに怒鳴っていた。

 トゥは、トゥでルイズにプンプン怒られた。

 他の女の子達もそれぞれ恋人らしき少年に向かって怒っていた。

 それを見ていたマリコルヌは、ブルブルと震え。

 やがて机が吹き飛ぶほどの風の魔法を放った。

「僕にも女の子出してよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 そう泣き叫ぶ彼の上の方、適当に作った板の天井が突如として破れた。

 そしてマリコルヌは、潰された。女の子に。

 びっくりした周りは、目を真ん丸にした。

 その女の子は、女の子…というには、年がいっており、20代くらいであろうか、そして裸だったのだ。

 びっくりして固まっていた女子達がハッとして恋人の目を手で覆うなりした。

 その青い髪のその女性は、よろよろと起き上がり周りを見回し立ち上がるが、転んだ。

「きゅい…。」

「あれ?」

 トゥはその声を聞いて、はてっと首を傾げた。

 女性は、トゥを見ると、危なげな足取りで歩いてきてトゥに抱き付いた。

「よかったのね! 会えたのね!」

「えっ? えっ?」

「こら! トゥから離れなさい!」

「大変なのね! 大変なのね!」

「なにが、大変なの?」

「お姉さまが大変なのね! 助けてなのね!」

「おねえさま?」

「とにかく何か着なさいよ!」

「とりあえず…、これ着て。」

 見かねたモンモランシーが肩掛けを女性に着せた。

「あなた…シル…。」

「! 違うのね!」

 女性は慌ててトゥの口を手でふさいだ。

「えっと、その、イルククゥ。お姉さまの妹なのね。あ、お姉さまってのは、ここでいうタバサその人なのね。」

「タバサの妹? …そうは見えないけど。」

 他の者達も首を縦に振った。

 それからイルククゥは、たどたどしい言葉で必死に説明を始めた。

 いわく、タバサがガリア王家を裏切り、その結果、シュヴァリエの称号を剥奪されたこと。

 母親を拘束され、タバサは、母親を救い出すために単身ガリアへ向かったこと、そして圧倒的な魔力を持つエルフに捕まったこと。

「で、助けを求めてきたわけ?」

 ルイズが聞くと、イルククゥは、きゅいっと言いながら頷いた。

「……この女性は、ルイズやトゥ君を襲ったガリアの手の者なんじゃないのかね?」

 やっと立ち上がったギーシュが言った。

 周りの者達も、不審な目をイルククゥに向けている。

 さらに彼女の言い分自体が怪しく、ワナの可能性が高いとモンモランシーが分析する。

 言われたイルククゥは、しょんぼりとした。

「どう見ても妹には見えないんだよ!」

「そこは信じてなのね。」

「やっぱりワナなんじゃないか?」

「足りないのに、ナマ言うんじゃないのね。」

「な、なんだとぉ!」

「証拠を見せるのね、きゅい!」

 イルククゥは、小屋から出て行った。

 なんだなんだと後を追いかけて外に出ると、そこには、見慣れた巨体があった。

「シルフィードだ!」

「ああ、間違いない、タバサの風竜じゃないか!」

 そう騒ぐ面々の後ろからひょこりっと顔を出したトゥは、何とも言えない表情をしていた。

「さっきの女の子はどこ行っちまったんだ?」

 一人がそう言うと、シルフィードは、慌てたように空へ舞い上がり空へと消えた。

 トゥ以外の面々がはてなっと思っていると、イルククゥが建物の影から走ってきた。

 どこに行ってたのかと聞かれると、イルククゥは、トイレに行っていたと苦し紛れに言った。

 シルフィードは、どこ行ったんだと聞かれると、怪我をしたから出かけたと苦し紛れに言った。

 トゥは、一人、ルイズに言うべきか言わないべきかとキョロキョロとしていた。

 イルククゥは、そんなトゥを見つけてあわあわと手を動かしてきゅいきゅいっと意味不明な声を発していた。

 

 この後、マリコルヌが、自分が女の子が欲しいと言ったらイルククゥが落ちてきてくれたからと近寄って手を取ろうとしたら、イルククゥがそれを完全に無視してしまったためマリコルヌが絶叫した。

 

 




トゥに、早々にバレたイルククゥ。

連投稿します。


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第三十九話  トゥ、ガリアへ

ここから、タバサ救出編かな。


 タバサ救出!

 …っとは、すぐにはいかなかった。

 まずルイズが水精霊騎士隊としての筋を通すべきだと言った。

 まずは、アンリエッタに報告し、許可を取るべきだと。

 そこでも問題となったのが、タバサがトリスティン人ではなく、ガリア人であること、これについての外交的な問題が浮き彫りになった。

 下手をすると戦争という言葉に、騎士隊の多くが顔を青ざめさせた。

 レイナールを始めとした少年達が、タバサ救出のためにガリアへ向かうことを諦めるべきだとトゥとギーシュを説得しようとした。

 トゥは、少し考え、レイナール達に無理してこなくていいよっと言い、レイナール達がいなくなった後、シュヴァリエの称号の証であるマントを脱いだ。

 驚く周りを後目に、アンリエッタにマントを差し出した。

「タバサちゃんを助けるのに邪魔なら、いりません。」

 そう言って微笑んだ。

 アンリエッタは、目を見開きトゥを見つめた。

 トゥは、その視線や周りの視線も気にせず微笑んでいた。

 トゥが本気だと感じたアンリエッタは、鐘を鳴らした。

 そしてやってきたマンティコア隊の騎士達にトゥ達の武装を解除し、捕えるよう命じた。

 残ったギーシュとマリコルヌがトゥと共に拘束されて牢屋に入れられた。

 余談だが、トゥの大剣が重たくて大の騎士達が数人がかりで運んだという。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、牢屋の窓から二つの月を見ていた。

「ホント馬鹿ね…。なんで、あんな啖呵きったのよ。」

 後から同じ牢屋に入ってきたルイズが言った。

「別に…。」

「そうよね。あんたはそんなつもりなんてなかったんでしょうね。」

「うん。」

 トゥは、ルイズの方を見て頷いた。

「……しかし本当に何の策もなかったとわ…。」

「あら? トゥがそんな頭してると思ってたの?」

 ズーンっと落ち込んでいるギーシュとマリコルヌに、ルイズが言った。

 どうやら二人は、トゥに何か策があるとみて期待してたらしい。

「さてと。」

「何する気よ?」

「? 牢屋を壊して…。」

「バカね。そんなのすぐバレるわよ。」

「牢屋を壊せることについては否定はしないんだ…。」

 マリコルヌがツッコミを入れた。

「この子の馬鹿力なら牢屋も簡単に破壊できるでしょう。」

「! ならそうすべきじゃないか!」

「だけど、その後はどうするの?」

「えっ?」

「力のあるトゥはともかく、私達はメイジといえど、その力の源の杖を取り上げられて凡人に成り下がってるのよ? どこかに私達の杖とトゥの武器が納められてるでしょうけど、あんた達、ここの構造なんて知らないでしょ?」

「じゃ、じゃあ彼女に守ってもらいながら探せば…。」

「それこそ多勢に無勢よ。アルビオンでの戦いの時、トゥ一人に負担をかけさせて危うく全滅するところだったわ。トゥ一人ならともかく、トリスティン城の兵達全部を相手に、私達を守りながらなんてムチャよ。」

「女性に守ってもらいながらなんて、僕の誇りが許せないな。」

「ギーシュまで…。」

 味方がいないと察したマリコルヌは、がっくりと肩を落とした。

 トゥは、ふわぁっとあくびをした。

「まずは、体力を蓄えておくことね。」

「なにが体力を蓄えるだよ…。なんの策もない癖に!」

「あら、じゃあ、あなたにはいい案があるわけ?」

「…うっ。」

「マリコルヌ。無駄な体力を使ってても埒が明かないし、いざって時に動けないぞ。とりあえず寝よう。」

 ギーシュがそう言ってマリコルヌの肩を叩いた。

 ルイズは、先にベットに潜り込んだトゥの隣に潜り込みさっさと寝ていた。

 ギーシュもベットに横になってしまい、残されたマリコルヌは、悔しそうに頬を膨らませ、渋々ベットに横になった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 鉄格子の窓から差し込む日差しでトゥは目を覚ました。

 その時だった。

 凄まじい閃光と、大音量が響いた。

「な、なに!?」

 トゥの隣で寝ていたルイズも、ギーシュもマリコルヌも飛び起きて窓の外を見た。

「オストラント号!?」

 低空飛行で飛ぶオストラント号がいた。

 何かをばら撒きながら。

 オストラント号からは、大音量の音楽と、拡声器からの声が聞こえた。

 内容は、オストラント号のお披露目を知らせる言葉だった。

 モンモランシーの声だった。

 竜騎士がオストラント号の周りをグルグルと回り、近づいて、よそでやれ、帰れっと警告しているようであった。

 トゥ達がポカーンっと外を見ていると、ドサッという音が牢屋の前から聞こえた。

 すぐそちらを見ると、見張りの衛兵達が倒れていた。

 そして。

「キュルケちゃん!」

「コルベール先生!」

「シッ! 静かにしてて。」

 キュルケが指を唇に当てて静かにするよう言った。

 その間にコルベールが衛兵から鍵の束を取ると、牢屋を開けた。

 そこからは、早かった。

 建物の構造を知っているらしいコルベールにより、杖とトゥの武器を納められている場所に行き、杖と武器を奪還。

 立ちはだかる衛兵も素早いコルベールの体術と眠りの雲の呪文で眠らせて、あっという間に城の門に辿り着いた。

 そして出る客のチェックが手薄なことを利用して、コルベールの身分証明を出してあっという間に門を通り、城下町に出た。

 城を抜け出した一行が向かった先は、魅惑の妖精亭だった。

 そこには、馬や旅装が用意されていた。

「お友達を助けに行くんでしょう? 協力するわよぉ~~~。」

 スカロンが腰をくねらせ、ウィンクをした。

「しかし、誰が僕たちが捕まったことを知らせたんだい?」

 ギーシュがキュルケに聞くと、酒場の隅から恥かしそうにレイナール達が出て来た。

「レイナール君。」

「どうせ反対されて諦めると思って、中庭で君達の帰りをこっそり待っていたたんだ。したら、君達が捕まって連れていかれるのが見えたから…。」

 更にオストラント号で待機していたキュルケ達に知らせ、更には魅惑の妖精亭に協力を仰いだというわけであったらしい。

「みんな…、ありがとう。」

「お礼を言うのは、タバサ君を助けてからだ。」

 コルベールが地図を広げた。

 コルベールの計画は、以下の通りだ。

 まずガリアへは陸路で向かう。

 トリスティン側は、まずオストラント号を疑うであろうからそれを逆手にとって追手を引き付ける。そしてゲルマニアに向けて飛行し、ゲルマニアからガリアへ入るであろうと思い込ませる。

 オストラント号を使えないのは、オストラント号がデカすぎるため、すぐにガリア軍に見つかるから。それに、オストラント号をそういうことに利用したくはないというコルベールの意思もあった。あくまでも東の国へ向かうために作ったのだからと。

 

 こうして、タバサ救出の旅が始まった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 タバサ救出のメンバーは、トゥ、ルイズ、ギーシュ、マリコルヌ、キュルケ、コルベール、そして治療要員としてモンモランシーが同行した。

 水精霊騎士隊全員で行くと確実に目立つので、残るメンバーは、オストラント号に乗り囮となった。

 イルククゥは、怪我をしているため学院に残った。

 国境を超える時には、空からついてきていたシルフィードに乗り、夜陰に乗じてガリアに空から忍び込む。

 国境まで馬で来たのは、怪我をしているシルフィードが、七人の重たさを乗せて長時間は耐えられないためであった。

 ちなみにトゥ達は、変装していた。

 髭を付けたり、道化の衣装や商人服、踊り子、村娘の格好。様々だ。

 トゥは、羽根突き帽子にマントを身に着け、背中に背負った大剣と腰のデルフリンガーで、まるで剣舞をする役者のような格好だった。

 こうして、一見すると旅芸人一座ができあがった。

 ちなみにトゥにも踊り子の衣装を着せるという案のあったが、剣を装備しているためそれだと怪しまれるということで却下となった。

 酒場で食事をし、一服した後、一行は宿屋に行った。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「どうして、あんたは、タバサを助けようとしてるわけ?」

「だってタバサちゃんには色々と助けてもらったし…、なのに恩返しもしないまま見過ごすなんてできないよ。」

「あんたの目的は、シルフィードじゃなかったわけ?」

「っ…。」

 ルイズは、ジトッとトゥを見た。

「シルフィードに食べてもらうためにタバサを助けるって言うんじゃないわよね?」

「違うよ。」

「まあ、そうよね、別に食べてもらうだけだったならわざわざタバサの許可なんて必要ないし。」

「ルイズ…、私は…。」

「もういいわよ。あんたがいくら言ったって死にたがってるってことは。私の知らないところで勝手に死ねばいいのよ。」

「そ…それじゃダメ。」

「なによ! 私に死ぬところを見てろっていうの?」

「違うそうじゃない。」

「じゃあなんなのよ?」

「分からない…。」

 トゥがそう言うとルイズはずっこけた。

「でも、ルイズと一緒じゃなきゃダメ。そんな気がするの。」

「なによそれ…。」

「あそこへ行くには、ルイズと一緒じゃなきゃ…。」

「あそこって?」

「分かんない。」

「話にならないわ。」

「…ごめん。」

「…夜まで時間があるわ。とにかく寝ましょう。」

「うん。」

 二人は、話を打ち切り、寝ることにした。

 

 そして夜を迎えたが、異変はすぐに起こった。

 アンリエッタが差し向けた追手としてアニエスの部隊が宿を取り囲んだのだ。

 そこでコルベールが自らの炎の魔法で足止めを買ってた出た。そのことにキュルケが血相を変えたが、コルベールの意思は固かった。

 コルベールが起こした炎の壁によりアニエスとその兵達が阻まれ、トゥ達はシルフィードに乗って空へ飛んだ。

 

 シルフィードに乗り、国境を越え、旧オルレアン公邸に到着したのは、深夜だった。

 

 




次回、ハルケギニアの竜種が、トゥをどう見ているのか、について。


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第四十話  トゥ、エルフについての話を聞く

エルフの話と、ハルケギニアの竜種が、トゥをどう見ているのか、について。


 シルフィードは、まだ傷が癒え切ってないため、タバサの実家に辿り着いた時には、ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返していた。

 モンモランシーが治療魔法を使ったが、傷は完全には癒えない。

「シルフィードちゃん…。」

 トゥがシルフィードの頭を撫でた。

 シルフィードは、きゅいっと鳴いたが、すぐにトゥから顔を背けた。

「…我慢しなくていいんだよ?」

 しかしシルフィードは、ブンブンと首を振った。心なしかプルプルと体が震えて、口から涎が出ている。

「はいはい。まずはタバサを探すわよ。」

 そう言ってルイズがトゥの腕を掴んでシルフィードから引き離し、引っ張って歩いた。シルフィードは、トゥが視界からいなくなってホッとしていた。

 タバサの実家らしき屋敷に入ると、誰もいなかった。

 破壊されたガーゴイルがあり、そして誰かと争った跡が残っていた。

 キュルケが、分析し、恐らくスクウェアクラスの風の魔法を使ったのだろうと言った。それだけの魔法を使って敗北したとなると…、恐らくイルククゥが言っていたエルフが相手だったのだろうと言った。

 それを聞いてトゥ以外の面々が顔を曇らせるなり、顔を青くさせた。

「エルフって…、そんなに怖いの?」

『エルフってのは、先住魔法を使う。先住魔法ってのは、世界の理そのものに触れるって言ったらいいのか? まあなんつーか、娘っ子達が使ってる系統魔法が生まれる前からある、どこにでもある自然の力そのものを利用する。想像してみな。人の意思と、自然の力、どっちが強いか。』

 そうデルフリンガーが説明した。

「私の世界のエルフも魔力は強いけど…。エルフってだけで、そこまで怖がるの?」

『おまえさんの世界じゃ、そこまでの脅威じゃなかっただけってこった。』

「あんたのいた世界にもエルフがいるの?」

「いるよ。あ、でも好戦的なエルフで、ダークエルフっていうのがいた。すっごい怖いの。」

「…考えたくないわね。」

「でもここには、タバサちゃんの血はない…。きっと戦いが嫌いなエルフと戦ったんじゃないかな?」

『エルフってのは、基本的に戦いは好まないからな。そうでなきゃ、とっくの昔に他の人間の国は滅ぼされてるだろうぜ。』

「……ねえ、どんな人がいたの? シルフィードちゃん。んーん…、イルククゥちゃん。」

 トゥは、部屋の壁に空いた穴から顔を出していたシルフィードに言った。

 ルイズ達は、はあ?っという顔をした。

 シルフィードは、首をぶんぶんと振って、慌てたようにきゅいきゅいっと鳴いた。

「トゥ、冗談言ってる場合じゃないのよ?」

「冗談じゃないよ。ねえ、イルククゥちゃん。教えて。」

 シルフィードは、トゥに見つめられ、困り果てたように頭を下げていたが、やがて観念したのか口を開けた。

「どうして、わかったのね?」

「しゃ、しゃべったぁぁぁぁぁ!」

 ギーシュとマリコルヌが驚いた。

 ルイズとキュルケとモンモランシーも驚いたがギーシュとマリコルヌほどじゃなかった。

「イルククゥちゃんとシルフィードちゃんの声が一緒だったから。」

 トゥが胸を張って答えた。

「そ、そんはずなのね…。ハッ! ウタウタイだから分かったのね!?」

「? そうなのかな?」

 トゥが首をかしげると周りにいたルイズ達がずっこけた。

「イルククゥちゃんは、ウタウタイを知ってるの?」

「知ってるも何も…、だってその花は竜にってこの世のものじゃないほどの至高の…。」

 シルフィードの口からダラダラとだらしなく涎が垂れた。

 ハッとしたルイズは、バッとトゥの前に来てトゥを庇うように立った。

「ダメ~ダメなのね~…。でもすごくすごくすごくすごく美味しそうなのね…! 我慢するの、辛いのね! 食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね、食べたいのね…!」

 っと延々と涎を垂らしながら念仏のようにブツブツと食べたいと言いながら、トゥを見る目がヤバいシルフィードの様子に、キュルケ達もギョッとしてトゥを守るように立ち杖を向けたり、トゥを引っ張ってシルフィードから遠ざけようとした。

「食べたらきっと、…一番の竜に…。」

「いい加減にしなさい!」

 キュルケが近くにあった瓦礫を拾ってシルフィードに投げつけた。

 頭にヒットし、我に返ったシルフィードは、前足で涎を拭った。

「と、取り乱したのね…。」

「トゥちゃん。悪いけど、席外して。部屋の外にいて。」

「えっ?」

「いいから。」

 キュルケがグイグイと、トゥの背中を押して部屋の外へ出させた。

 トゥを部屋から閉め出した後、ルイズは、大きく息を吐いた。

 竜がやたらとトゥを食べたがっているのが、韻竜であるシルフィードの様子でよーーーーく分かった。竜騎士の少年達の竜もシルフィードと同じ気持ちでトゥを見ていたのだろう。

「ルイズ…、あんたの使い魔って…。」

「分かんないわよ。私にも。」

 顔を青くしているモンモランシーに聞かれたが、ルイズは、そう言うしかできなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 部屋を追い出されたトゥは、扉の横の壁に背を預けて座り込んだ。

『おまえさんがいたら話にならねぇからな。気を落とすなって。』

 膝を抱えて顔を伏せているトゥに、デルフリンガーが言った。

「…っぱり…。」

『んん?』

「やっぱり…、シルフィードちゃんかな?」

『相棒…?』

「私を食べてくれるのは…。」

『おい、相棒…。何言ってやがんだ…? ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!』

「ふざけてないよ。」

『食ってもらうとか、ふざけたこと言ってんじゃねぇ! おまえさんは、そんなことのために……、ために…。』

 トゥを叱りつけていたデルフリンガーは、言葉を半濁した。

『なんでだよ…。なんで引っかかるんだよ…。相棒はそのために呼ばれたんじゃねぇ! くそぉ、俺の頭どうかしてるぜ!』

「デルフ?」

 デルフリンガーの様子がおかしいので、トゥは、顔を上げて腰にあるデルフリンガーを見た。

 っとその時。

「あの…。」

「? 誰?」

「私は、この屋敷の執事です。あなたは…。」

「私? トゥだよ。」

「はあ。存じませんな…。部屋に誰かいらっしゃるのですか?」

「うん、ルイズ達がいるよ。呼んできます?」

「……トゥちゃん。そこに誰かいるの?」

 扉の隙間からキュルケが言った。

「キュルケちゃん。この屋敷の執事さんだって。」

「あら、ペルスランじゃない。」

「おお、あなたは、ツェルプストー様!」

 どうやらキュルケと顔見知りだったらしい。

 ペルスランと呼ばれた執事は、おいおいと泣きだした。

 曰く、王軍が突然来た時、自分は怯えてしまい奥様(タバサの母)を守ることすら忘れ、逃げ隠れてしまったと。

 曰く、タバサがその後帰ってきた時、今までにないほどとてつもない風の魔法を放ち、だがエルフに敗北して連れていかれてしまったこと。

 キュルケがどこに連れていかれたのか分かるかと聞いたら、ペルスランは分からないと答えた。

 やはり情報取集して探すしかないのかと皆頭を悩ませていると、ペルスランがタバサの母親が連れていかれた際に、王軍がアーハンブラ城に運ぶという話をしていたことを聞いたと言った。

 キュルケは、大手柄だとペルスランの手を握った。

 キュルケが言うには、タバサの母親とタバサを別々に運ぶ理由がないとのことである。

 アーハンブラ城は、東の端にある城で、有名な古戦場らしい。

 幾度となく、エルフと戦いが起こった土地で、ギーシュが言うには、聖地解放軍に参加していたギーシュの祖先は、そこで敗北したという。

 ギーシュに続き、マリコルヌも、自分の祖先が解放軍に参加し負けて帰ったと言った。祖先は、『ハルケギニア中の貴族を敵に回しても、エルフだけは敵に回すな』と言い残したのだそうだ。

 二人とも怯えており、眉間にしわを寄せたモンモランシーも、ハルケギニアの貴族がエルフと戦争して勝ったことは、何度かあったという話をした。だがその話は、多少誇張してあり、ある戦いでの連合軍は7千。敵のエルフは2千となっているが、実際は五百だったらしい。

 つまり、エルフに勝つには十倍の兵力が必要なのだと、キュルケが呆れた声で言った。

「タバサちゃんは、アーハンブラ城にいるんでしょ? じゃあ、行こうよ。」

「ちょっと、あなた、エルフがどれだけ怖いか聞いてなかったの?」

「? 戦うって決まったわけじゃないでしょ。行ってもいないかもしれないじゃん。」

「そ、それは…。」

 能天気なトゥに、モンモランシーは、呆れた。

「トゥちゃんの言うとおりよ。私達は、エルフと戦うために来たんじゃないわ。」

「じゃあ、行こう。早くしないとタバサちゃんが危ないかもしれないし。」

「トゥ…。」

「なぁに?」

「…なんでもない。」

「?」

 首を振るルイズに、トゥは首を傾げた。

 

 一行は、アーハンブラ城に向け、出発した。

 

 




韻竜は、たぶん、DOD3のドラゴン(ミカエルやガブリエラ)に近いんじゃないかと思うけど、DOD3のドラゴンの方が圧倒的です。
ハルケギニアの竜種がDOD3のドラゴンに匹敵するドラゴンになるには…。


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第四十一話  トゥ、エルフと戦う

ビダーシャルとの戦い。
そしてタバサ救出。


 

 アーハンブラ城についての情報収集であるが、これは、キュルケがやった。というか、やらされた。

 キュルケは、自分ばかりがやらされることについて、トリスティンの貴族は自尊心ばかり高いと文句を言った。

 これについてルイズが自分もできると言ったが、貴族だとバレバレの状態での給仕で得た情報とキュルケが己の魅力を遺憾なく発揮してやる情報収集とじゃ天と地の差がある。

 キュルケが得た情報をまとめると、このアーハンブラ城にタバサとタバサの母親がいることは間違いないとのことだ。

 その証拠に、マリコルヌが遠見の魔法で得て来た城の情報から、二人の貴人を守るためにガリア軍が二個中隊…おおよそ300人、貴族の将校が10人ちょいいることが分かった。

 この面子で、すでにリーダー格となっているキュルケが、作戦を立てていった。

 まず奇襲による攻撃は却下。こちらには、七万の大軍を相手にして生き残ったトゥがいるとはいえ、援軍が来られては分が悪く、それによっておこる騒ぎでタバサに危害が加わる可能性と、どこか別の場所に移される可能性が危惧された。

 そこで、兵士達を眠らせるという案が出た。

 呪文じゃ無理。ならば薬を盛るという作戦となった。

「で、エルフを見たら…。」

 眠り薬を作るためと、引き続き城の様子を見るため出発しようとした、ギーシュ、モンモランシー、マリコルヌが、ビクリッと震えて顔を青ざめさせた。

「逃げて。絶対戦おうだなんて思わないで。」

 キュルケは、ひたすら逃げろと言い聞かせ、そしてこの旅の目的がタバサと、タバサの母親の救出なのだということを念押した。

 友人を救いに来たのだから、傷ついたら本末転倒、逃げることは、臆病でもないのだと言った。

 三人は分かったと頷いた。

「私の親友を救い出す作戦に協力してくれてありがとう。あなた達の勇気に感謝するわ。」

 キュルケは丁寧に一礼した。

 怯えた顔をしていた三人は、そんなキュルケを見るのが初めてだったので一瞬驚き、すぐに真剣な顔をして出発していった。

 そして。

 キュルケは、ルイズとトゥに向き直った。

 二人にはエルフと戦ってほしいと言った。

 ルイズは、驚き怒った。自分は傷ついてもいいのかと。

 キュルケは首を振った。

「たぶん、あたしたちだけじゃエルフに勝てない。可能性があるのは、あんたの伝説よ。」

 それを聞いたルイズは目を丸くした。

「知ってたの?」

「知らないと思ってるのは、いつだって自分だけよ。」

「私は?」

「トゥちゃんも、ルイズと一緒に英気を養ってて。あんたは、切り札よ。」

「きりふだ…。」

「私達の魔法とは全然違う…、そのウタの力っての? それがエルフに通用するかどうか分からないけど、万が一の時は…、お願いよ。」

「なによ。私の力が勝てる可能性って言っといてそれはないじゃない。」

「トゥちゃんの力は…、生易しい物じゃないってことは、主人のあんたが一番分かってるでしょ?」

「っ!」

「トゥちゃん。ウタを使う時は、本当にマズイ時よ。いいわね?」

「…うん。」

 キュルケに念を押され、トゥは頷いた。

 

 そして体力温存するため、ベットに向かった。

 その時、別のベットで寝ていたシルフィード(人間形態)が目を覚ました。

「きゅい。」

「あ、起きたの?」

「ありがとうなのね。」

 そうお礼を言って来た。

「お姉さまを助けるために、皆頑張ってくれているのね、すっごく感動なのね。きっとお姉さま、皆が助けに来たと知ったらすっごく喜ぶのね。お姉さまは喋らないからなんだか冷たく見えるけど、本当はとっても優しいのね。シルフィはお姉さまのことが大好きだけど、負けないくらいお姉さまもシルフィのことが好き。お姉さまは何も言わないけど、そのぐらいのことは伝わってくるのね。」

「そうなんだね…。」

「どうしたのね?」

「ねえ、シルフィードちゃん。」

「た、食べるのはなしなのね!」

「まだ何も言ってないよ?」

「言いたいことはなんとなくわかるのね! た、食べないのね!」

「なんで?」

「た…食べちゃったら…、あんたのご主人が悲しむのね…。」

「……。」

「でも、すごく食べたいのね…。」

「我慢しなくていいんだよ?」

「ダメなのね!」

「いい加減にしなさい。今は、休むのよ。」

 先にベットに入っていたルイズに怒られた。

 トゥは、渋々ルイズのいるベットに入り、シルフィードは、ホッとした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日の夕方。

 作戦は決行された。

 買い占めた酒に眠り薬を仕込み、それを持ってアーハンブラ城に向かう。

 キュルケが素晴らしい言い回しでうまく駐屯地の隊長を言いくるめ、300人の兵士に酒を配られるよう仕向けた。

 そしてキュルケを中心としたモンモランシーとルイズ、そしてシルフィードによる、踊りが披露され、娯楽に飢えた兵士達はどんどん酒を飲んでいく。

 キュルケの踊りは見事なものだが、モンモランシーとルイズの踊りは不器用だ。シルフィードは、人間形態に慣れないため、最初こそ生まれたばかりの小鹿のようなものだったが、だんだんと要領を掴んで、暴れるように踊りだした。

 やがてキュルケが駐屯地の隊長に呼ばれて、残されたメンバーは、眠り薬が効くまでの1時間の時間稼ぎを行うことになった。

 キュルケを欠いた面々は、そりゃもうグダグダだったが、ギーシュとマリコルヌが宮廷音楽を奏でたことで、モンモランシーが気品と優雅さに溢れた踊りを披露して兵士達の心を掴んだ。

 その結果、無事に眠る薬の効果が発揮される時間を稼ぎ、兵士達は、眠りに落ちていった。

「すごーい。」

 300人の兵士達が寝転がっている光景は、壮観だ。

 兵士達が丸一日分の眠りに落ちたと見るや、ルイズ達は、隠していた杖を出したりして武装を完了した。

 ルイズ達が中庭からエントランスに通じる階段を駆け上がった時、天守の壁の一角がいきなり爆発した。

 ついで中から一人の人間が降って来るのが見えた。

「キュルケ!」

「酷い怪我!」

 モンモランシーが慌てて水の治療魔法を唱え、シルフィードも変身を解いて一緒に治療魔法を唱えた。

「エルフ……、気を付けて……。」

 キュルケは、そう言うとがくりと気絶した。

 ギーシュとマリコルヌにキュルケを任せ、トゥは、駆けだした。そのあとをルイズが追いかけた。

 天守に通じる階段を登っていたトゥに、後ろからルイズが抱き付いた。

「待って! 相手はエルフよ! 慎重に行かないと…。」

「キュルケちゃんがやられたんだよ? このままじゃタバサちゃんが…。」

「あんた、死に急ぎ過ぎなのよ!」

「ふぇ…。」

「竜に食べてもらおうと躍起になるし、私に殺せって言うし…。私は…、あんたに死んでほしくなんてないの!」

「ルイズ…。」

「お願いだから、死のうとしないで!」

「それは…。」

 できないと言いかけて、トゥは、ハッとして天守のエントランスの方を見た。

 炎の球がいくつも飛んできたので、デルフリンガーでそれを消した。

 トゥは、ルイズを振りほどいて、階段を駆け上がり、エントランスの柱を切り裂いた。

 太い柱が切り倒され、後ろにいた駐屯地の隊長が現れた。

「ひ!」

 トゥは、構わずデルフリンガーの柄で隊長の腹を殴り、気絶させた。

「この人がエルフ? 違うよね?」

「全然違うわ。エルフはもっとこう、耳がとんがって…。」

 

「お前たちも、さっきの女の仲間か。」

 

 澄んだガラスの鐘のような声が響いた。

「あんな風にすらっとしてるのよ。」

「ふーん。」

 トゥは、大剣も抜いて構えた。

「わたしはエルフのビダーシャル。お前たちに告ぐ。去れ。我は戦いを好まぬ。」

「じゃあ、タバサちゃんを返して。」

「タバサ? ああ、あの母子か。それは無理だ。我はその母子をここで守るという約束をしてしまった。渡すわけにはいかぬ。」

「じゃあ…、戦うしかない。」

『相棒…、やめとけ。』

「でもここで引いたら、タバサちゃんと二度と会えない気がするの。だからダメ。」

「……その花は…?」

 ビダーシャルは、トゥの右目の花を見て顔をしかめた。

「? 花が、どうかした?」

「まさか…、いやありえぬ……。」

 ビダーシャルは、何やら汗をかいて首を振っている。

「…来ないなら、こっちから行くよ!」

 とてつもないスピードでビダーシャルに突撃したトゥ。

 ハッとしたビダーシャルは、すぐに目の前の空気を歪め、トゥを弾き飛ばした。

 トゥは、中庭に張り出されたエントランスホールまで、転がった。

 ビダーシャルは、階段の途中で立ち止まり、トゥを見おろした。

「立ち去れ。蛮族の戦士よ。お前では、決して我に勝てぬ。」

「トゥ!」

 ルイズが倒れているトゥに駆け寄った。

「あー、びっくりした…。」

 トゥは、何事もないように起き上がった。

『相棒。ありゃ反射(カウンター)だ。戦いが嫌いなんて抜かすエルフらしい、厄介でいやらしい魔法だぜ…。』

「かうんたー?」

『あらゆる攻撃、魔法を跳ね返す、えげつねえ先住魔法さ。あのエルフ、この城中の精霊の力と契約しやがったな。なんてぇ、エルフだ。とんでもねえ行使手だぜ、あいつはよ…。』

「すごいんだね…。」

『覚えとけ相棒。あれが先住魔法だ。今までの相手はいわば仲間内の模擬試合みたいなもんさ。ブリミルがついぞ勝てなかったエルフの先住魔法。本番はこれからだけど、さあて、どうしたもんかね。』

 そうこうしていると、ビダーシャルが動いた。

「石に潜む精霊の力よ。我は古き盟約に基づき命令する。礫(つぶて)となりて我に仇なす敵を討て。」

 ビダーシャルの左右の階段を作る巨大な意思が地響きと共に持ち上がり、宙で爆発した。

 その礫が散弾のようにトゥとルイズを襲う。

 トゥは、大剣を盾にルイズを守るよう立って礫からルイズを庇った。

 その量は想像を絶しており、幾つもトゥの体に当たり、頭に当たって血が流れた。

「トゥ!」

「大丈夫。」

 トゥは、垂れて来た血を乱暴に拭った。

 傷はすぐに塞がる。

 ビダーシャルは、それを見て僅かに顔をしかめた。

「ルイズ、解除(ディスペル)だよ。」

「えっ? ああ!」

 トゥに言われ、ルイズは、ハッとした。

『いいや、待て。あの野郎はこの城中の精霊と契約してんだ。それを全部解除するとなると相当な精神力が必要だぜ? 娘っ子、おまえさんにそれだけの精神力が溜まってるかね?』

「うっ…。」

「ルイズ、気で負けたらダメ。」

「トゥ…。」

「蛮人よ、無駄な抵抗はやめろ。」

「負けるわけにはいかないんだもん。」

 トゥは、そう言って剣を構えた。

 ビダーシャルは、首を振り、再び両手を上げた。

 すると今度は、壁の石が捲れ、巨大な拳の形になった。

「なにあれ…。」

 ルイズが恐怖に震えた声を漏らした。

 トゥは、大剣とデルフリンガーを構えたまま、大きく息を吸い。

 そしてウタった。

「あアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥの体が青く発光した。

 ブワリッと空気が震え、ビダーシャルは、目を僅かに見開いた。

「これは……、まさか!」

 ビダーシャルが驚いている隙に、トゥが走り、ビダーシャルに迫った。

 ビダーシャルは、ハッとして石の拳をトゥに向けた。

 トゥが剣を振るうと、巨大な石の拳が粉々に砕けた。

 石が砕けた時に発生した煙を割り、トゥがビダーシャルに剣を振り下ろそうとした。

 ビダーシャルは、風石を仕込んだ指輪を作動させ、宙に浮いてそれを避けた。

「ウタ、ウタイ…、ウタウタイなのか!! 答えよ!」

 ビダーシャルが冷静な顔を崩し、怒声にも似た声を上げた。

『ああ、そうだぜ! 相棒はウタウタイだ! あのウタウタイだぜ! おっかねぇぞ!』

 デルフリンガーが代わりに答えた。

 すると、ビダーシャルの表情がみるみる青くなった。

 そして慌てたように両手を振るい、礫を飛ばしてきた。

 トゥは、それを見えないほどの剣舞ですべて粉砕した。

「ううう! シャイターン……、悪魔が再び降臨したというのか!?」

 トゥの剣が迫ると、ビダーシャルは、反射の壁を作った。

 トゥの剣と反射がぶつかった。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、更にウタい、剣に天使文字を絡ませた。

 天使文字が絡まった大剣は、反射の壁を切り裂き、そして砕いた。

 ビダーシャルに剣の刃が迫り、ビダーシャルは、恐怖のあまりか咄嗟に腕を目の前で交差した。

 ビダーシャルが無意識に、咄嗟に起こしたのかどうかは分からないが、礫の一つが横からトゥの頭にヒットし、トゥが横にのけ反った。

 その隙にビダーシャルは、宙に浮き空へ舞い上がりだした。

「悪魔よ! 警告する! 決してシャイターン(悪魔)の門へ近づくな! その時は、我らはお前たちを打ち滅ぼすだろう!」

 そう言い残して空へと消えた。

 ビダーシャルが消えた後、トゥの体から光が消え、頭を押さえてへたり込んだ。

「トゥ!」

 ルイズが駆け寄った。

「えへへ…、ルイズ…勝ったよ。」

「……ウタは、最後の切り札でしょうが…。」

「うん。でも使わなかったらきっと、負けてた。」

 

 その後、モンモランシー達と合流し、皆で無事を祝い、そして、タバサを救出するために行動を開始した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 タバサが見つかった、彼女は扉を切って入ってきたトゥを見るなり子供のように泣いた。

 一行は、馬車を一台拝借し、夜陰に紛れて街道をひた走った。

 キュルケは、全身包帯だらけで髪の毛が焼けてやや巻き毛みたいになったが、モンモランシーの治療魔法のおかげで火傷はほとんどない。だが気を失っていた。

 シルフィードに乗ることはできなかった。ハ人に増えてしまったため、シルフィードでは全員を乗せて飛ぶことができなかったのだ。なにせまだ幼体なのだから。

 ギーシュとマリコルヌは、御者台で馬の手綱を握り、自分達はよく考えたら大変なことをしてしまったなぁっと色々と会話していた。

 モンモランシーは、牢屋なんて御免だと言っていた。だからギーシュに絶対に諦めるなと言い聞かせていた。

「トゥ…、ごめんね。」

「なんで謝るの?」

「私、結局何もできなかったわ…。結局あんたに頼っちゃった。怖くて動けなかった。情けないわ。」

「仕方ないよ。あんな凄い魔法、ルイズ見たことないんでしょ? 見たことない物って、怖いもん。仕方ないよ。」

「…本当に、ごめんなさい。」

「もう、謝らないでよ。」

「ねえ、トゥ…。約束して…。」

「なぁに?」

「…死に急がないで。」

「……それは…。」

「口約束でいいから。私だってあんたを殺してっていう約束させられてんのよ?」

「……分かった。」

「それでいいわ。」

 トゥの返事を聞いた後、ルイズは、トゥの横に寄り添った。

 トゥの甘い香りがして、ルイズはやがて馬車の揺れも手伝って、ウトウトと眠った。

「………ごめんね。ルイズ……、それは……、きっと、できないと思う。」

 眠ったルイズに、トゥは、儚げな声で呟いた。

 




ウタは、エルフの先住魔法に通用するということにしました。

ここでやっと、悪魔の門についての話題が出せた。
デルフリンガーが何か知ってる節がある風ですが、記憶がないのでまだ確信には触れません。


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第四十二話  トゥと烈風のカリーヌ

ガリアからの帰還。


 

 ガリアの国境を越え、ゲルマニアのツェルプストー領に入り、キュルケの実家に滞在することになった。

 ガリアの軍は直轄の軍以外は、士気が低く、規律が乱れていた。それが脱出するのを容易くさせた。

 何より幸いだったのは、ゲルマニアとの国境に配備された隊だった。東薔薇騎士団と名乗る、精鋭騎士隊がいたのだ。

 一行は緊張したが、彼らは厳重に馬車の中を改めると変装したタバサを見つけ出し眠るタバサの顔から化粧を拭い、この少女は…っと呟いた。それは、カステルモールと名乗る騎士団長の若い騎士であった。その瞬間、キュルケを始めとした面々は杖を握り、トゥも剣を構えた。

 だがカステルモールは、馬車から出るなり、大声で。

「問題なし! 通って良し!」

 っと、許可したのである。彼は、馬車が国境を超える時、見事な騎士の礼を送ってよこした。

 彼はきっとタバサの味方だったのだろう。タバサに事の次第を伝えたら、短く「そう…」っと言った。

「しっかし、趣味の悪いお屋敷ね。」

 ルイズが言った。

 ルイズ曰く、廊下の作りはトリスティン調なのに、東方の神像が飾ってあるのが信じられないとのことらしい。トリスティンの真似をしているのだけで腹が立つのに、そこに東方の神像を置くなんて馬鹿にしているにも程があるとのこと。

 トゥには、建物の良し悪しが分からないので、特に気にならなかった。

 タバサは、キュルケの実家に着いた昨晩からずっと寝ていた。同じく眠っている母親の傍らに寄り添って寝ていた。

「そういえば、お姫様にお手紙出したんだよね?」

「ええ。」

「きっと怒られちゃうよね。」

「そうね。」

「ルイズ。」

「なによ?」

「それ着替えたら?」

 トゥに指さされた先には、いまだ踊り子の衣装のルイズがいる。

「だってこれ以外に着る服がないんだもん。」

「制服があるじゃん。」

「汚れてるわ。」

「汚れてないよ?」

「いいの! あんたがあのメイドに着せてた服よりはいいじゃない!」

「アレの方が露出少ないと思うんだけど…。恥かしくないの?」

 その時、キュルケの屋敷の使用人が通りがかったため、ルイズは慌てて羽織っていたマントで身を隠した。

「……で? あんたは、これ見てなんとも思わないわけ?」

「なにが?」

「……もういい!」

 顔を赤くし、ブルブルと震えた後、ブウッと頬を膨らませてそっぷを向いたルイズは、ズカズカと歩き出した。

「???」

 トゥは、よく分からず首を傾げ、ルイズの後を追った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その後、トリスティンから返ってきた手紙をキュルケの部屋で読むことになった。

 キュルケから手紙を受け取ったルイズが、ゆっくりと手紙の封を開けて手紙を広げた。

 ギーシュ達は、緊張した様子でルイズの挙動を見守った。

 手紙は一枚だけである。

 すると、ルイズの顔がみるみる青ざめていった。

「な、ななななな、何が書かれてたんだい!?」

 ルイズの様子にギーシュ達は焦った。

 キュルケが横からルイズが持っている手紙を盗み見た。

「なになに? “ラ・ヴァリエールで待つ アンリエッタ”。あら、よかったじゃない、あんたのご実家、すぐ隣じゃない。面倒がなくっていいわね。」

 キュルケは、とぼけた声で言った。

 ルイズの体の震えは極限までいった。

「じ、実家は…まずいわ。」

「どうして?」

「…殺される。」

「えっ!」

 トゥが驚いていると、ルイズは、大きく項垂れた。

 

 

 その後、ラ・ヴァリエール領のルイズの実家に向かう道中、ルイズは、ずっと震えていた。

 エルフを相手にした時より震えていた。

 そんなに実家が怖いのかとみんな不思議がったが、ルイズの話を聞いて理解したようだ。トゥ以外は。

 

 超有名人で、伝説のように語られる烈風のカリンと呼ばれる人物。

 その人が、ルイズの母親だったのだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ラ・ヴァリエールの城は、王都よりゲルマニアの国境に近く、三時間もすれば城の尖塔が見えてきた。

 ルイズは、震えるのを通り越して、ポカンッと口を開け、天井を見つめていた。

「ルイズー。大丈夫?」

「大丈夫じゃないだろ、これは。」

 呑気に話しかけるトゥに、ギーシュが言った。

「まあまあ、人は変わるものよ。若い頃の激しさを維持できる人間なんてそうはいないわ。」

 モンモランシーが分かったように呟く。

「……あんた達、分かってないわ。」

 ルイズが臨終の床の重病患者のように、ルイズが言った。

「あっはっはっは! そんなに心配するなって!」

「そうそう! いくら伝説の烈風殿だって、いまじゃ公爵夫人じゃないか! 雅な社交界で、戦場の垢や埃も抜け落ちてしまったに違いないよ!」

 空元気な声でルイズを励ます。

 その時だった。

「マンティコアに跨った騎士がいる。」

 っと、タバサがポツリと呟いた時、ルイズが跳ね起き、パニックに陥ったのか馬車の窓を突き破って外に逃げ出した。

 そして凄まじい風の音と共に、巨大な竜巻が現れ、ルイズを絡めとった。

「ルイズ!」

 トゥが慌てて外に出ようとした時、竜巻に変化が起こった。

 竜巻は大きく膨れ上がり、馬車全体を包み込むと、馬を繋ぐハーネスを引きちぎって、馬を残して馬車は跳ね上げられた。

「うぇええええ! なに!?」

「ぎゃあああああああああ!」

「うわぁあああああああああ!」

「いやぁあああああああああ!」

「…参ったわねぇ。」

 最後はキュルケだ。

 タバサは無言だった。

 馬車はまるで巨人の手に掴まれ、カクテルのシェーカーのように振り回された。

 壁に、座席に、天井に、お互いにぶつかり合い、六人は悲鳴を上げ続けた。

 そして、竜巻は、突然消えた。

「落ちるーーーーーーーーー!」

 空中から落ちていく感覚のあと、ふわりと馬車が浮いた。

 どうやら騎士がレビテーションを使ったらしく、馬車はゆっくりと地面に降ろされた。

「る…、ルイズ…。」

 ヘロヘロになったトゥが馬車から這い出てきた。

 見ると、ちょうどルイズもレビテーションでゆっくりと地面に降ろされるところだった。

「起きなさい、ルイズ。」

 黒いマントを纏った騎士。いや、ルイズの母親カリーヌ。いや、もう厳しいとかいう次元じゃない恐怖の塊がそこにいた。

「か、母様…。」

 ルイズは、再び震えだした。

「あんた。何をどう破ったのか、母様に報告しなさい。」

「その……、む、無断で国境を…、その。」

「聞こえませんよ。」

「む、…無断で国境を。」

 次の瞬間、再び竜巻が現れ、ルイズを200メートル近く放り投げ、ちっぽけな落ち葉のようにクルクルと回転しながら落とした。

「母は、あなたに、どのような教育を施しましたか?」

 ルイズのピンクの髪はボサボサ、スカートがどこかへ吹っ飛んで下着が丸出しになっているが、恥じらう余裕は、もはやルイズにはなかった。

「こ、国法を破ったことは深くお詫びします! でも事情があったのです!」

「多少の手柄を立てたからといって、調子に乗っていけません。」

 それがさらに多数の人間を不幸にしてしまう可能性を秘めているのだと言って、カリーヌは再び暴風を起こし、ルイズはもみくちゃになった。

「やめて!」

 トゥがルイズの前に躍り出た。

「あなたは?」

「ルイズの使い魔です! もうルイズはボロボロです。もうやめてください!」

「ああ…、あなたは、この前、ルイズと供をしていた女性ですね。そう、あなたが使い魔だったの。」

「ルイズ、だいじょうぶ!?」

「ふにゃ…、もう…ダメ…、ふにゃ…。」

 トゥに抱き起されたルイズは、ヘロヘロで呂律が回っていなかった。

 カリーヌは、更に杖を構えた。

 トゥは、それを見て、デルフリンガーと大剣を構えた。

「やめるんだ、トゥ君! 家族間の問題だぞ。というか、君は命が惜しくないのか!」

 馬車から這い出て来たギーシュが叫んだ。

「使い魔ということは、主人の盾も同然。盾を吹き飛ばすのは、これも道理。恨んではなりませんよ?」

 すると巨大な竜巻がカリーヌの背後に現れた。

 先ほど馬車を吹き飛ばし、もみくちゃにした規模と同じぐらいだ。

 トゥは、剣を握りしめ、地面をしっかりと踏みしめた。

『相棒…、やばいって…、ありゃスクウェアスペル…。ただの竜巻じゃねぇ、間に真空の層が挟まってて、触れると切れる、カッタートルネード!』

 デルフリンガーが叫んだ。

 しかしその叫びが届くよりも早く、竜巻がトゥに迫り、トゥの体が無数のカミソリによって傷つけられたかのように傷つけられていった。

「い、痛い!」

『俺が吸う前に、おまえさんの体が持たねぇぜ! いやもつか?』

 ウタウタイの生命力ならば持ちこたえるだろうとデルフリンガーは、そう思った。

 トゥは、体を傷つけられながら、大きく息を吸おうとした時、背後にいたルイズが杖を取り、呪文を唱えた。

 ディスペルにより、竜巻が光と共に消え去り、カリーヌは、ポカンッとしたが、すぐに竜巻を作り出そうと動いた。

「おやめください!」

 そこへアンリエッタが馬で駆けつけた。その後ろに馬に乗ったアニエスもいる。

 アンリエッタが必死にカリーヌにやめるよう言い、ようやくカリーヌは、杖を収めた。

 トゥは、膝をつき、トゥの後ろにいたルイズも倒れた。

 アンリエッタが駆け寄ってきて、血だらけのトゥに治療魔法を唱えた。

「私はいいです。それより、ルイズを…。」

「酷い怪我ではありませんか!」

「傷はすぐ塞がるから…。ほら。」

 トゥは、自らの腕を見せ、血を拭うとそこには傷はなかった。

 アンリエッタは、それを見て目を見開いて驚いた。

「ルイズ…。」

 トゥは、ルイズの方を見ると、モンモランシーがルイズに治療魔法を唱えていた。

 それを見てトゥは、ホッとした。

 この場は、アンリエッタが収め、ルイズの実家の屋敷に行くことになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 アンリエッタと、ラ・ヴァリエール家による秘密の対談が行われた。その対談には、ルイズとトゥも参加している。ギーシュ達は、別室で休んでいる。

「今、虚無と言いましたか?」

 話題は、ルイズが目覚めた系統のことだ。

 伝説にしか語られていない系統に娘が目覚めたのだと聞いて、ルイズの父である公爵は、信じられない様子であった。

 だがカリーヌは信じると言った。自らの竜巻の魔法を打ち消した魔法など見たことがない。なのでルイズに確認した。ルイズは頷いた。

 エレオノールは、床に倒れ、カトレアがそれを介抱した。

 アンリエッタは、ルイズが虚無の担い手であること、そして担い手はルイズだけではないのだと言った。

 そして彼女がわざわざラ・ヴァリエールの屋敷に訪問したのは、ルイズを自分に預けてくれないかという申し出だった。

 カリーヌが、ルイズが心身ともにアンリエッタに捧げていると言うと、そんな建前ではないのだと言った。

 そしてアニエスに、一枚のマントを出させた。

 それは、表は黒く、裏地は紫で、百合の紋があった。それを見て、公爵は目を見開いた。

「それは、王家の紋! マリアンヌ様が御若い頃に着用に及ばれていたマントではありませんか!」

「ルイズ、あなたに無断に国境を越えてガリアに侵入した罰を与えます。」

「は、はい!」

「これを着用しなさい。」

 それは、ルイズの強大な力に対する責任の重さと、義務を忘れさせないための処置だった。

 このマントを着用するということは、いうなればアンリエッタと姉妹になること。つまり王位継承権を得るということになるのだ。

 アンリエッタの厳しい目線に、ヘビに睨まれたカエルのようにフラフラになったルイズは、マントを受け取った。

 その後は、公爵とアンリエッタの会話となり、そして公爵はルイズに、父としての言葉をかけ、そしてアンリエッタに娘をよろしくお願いすると言葉を述べた。

 それから、アンリエッタは、トゥが返却したシュヴァリエのマントを出し、トゥに返した。

「これは、あなたを縛る鎖ではないのです。その羽ばたきを助ける翼です。羽織って損はないはずです。」

 アンリエッタにそう言われ、トゥは、やや渋々ではあるがマントを受け取った。

 アンリエッタがアニエスと共に退出した後、トゥも退出しようと動いた。

「待ちたまえ。」

「はい?」

「君の名を聞いていなかったな。」

「トゥ、です。」

「トゥ・シュヴァリエ。でしょ。」

 ルイズが慌てて訂正した。

「初対面だな。」

「はあ…。」

 本当は初対面じゃないのだが、公爵は忘れたのだろうかと首を傾げた。横にいるルイズは、冷や冷やしていた。

「ああ。シュヴァリエになってからは、初対面だ。」

「父様!」

「ルイズ。安心しなさい。陛下の近衛騎士の彼女をアカデミーに引き渡すなどするわけにはいかん。」

 それを聞いてルイズは、ヘナヘナとへたり込むほど安堵した。

「しかし、君は何者だね?」

「それは…。」

「エルフ…というわけではあるまい。だがあの力は?」

「ウタの力です。」

「うた?」

「私、ウタウタイだから。」

「うたうたい…。」

 公爵は、腕組して唸った。

 ルイズは、気が気じゃなく、また冷や冷やした。

「……夕食前に少し付き合ってもらえるかね?」

「はい?」

「なぁに、娘の使い魔である以上、娘を守るだけの力が君にあるのかどうか、そして君の力を見極めさせてもらいたい。」

「と、トゥ! 絶対に、絶対に怪我させちゃダメよ!」

 ルイズは、立ち上がり、トゥの腕を掴んで揺すった。

 公爵は、そんな娘の様子に、少しだけ汗をかいた。

 

 その後、公爵とトゥをルイズが見送った後、夕食中にトゥと、頭ボサボサ、全身土埃まみれの公爵が帰ってきた。

「怪我させちゃダメって言ったでしょー!」

「怪我させてないよ。」

「だ、大丈夫だルイズ…。しかし久しぶりだ、ここまでやられたのは…。」

 そして公爵は、ドサッと倒れた。

 医者の診断によると精神力の使い過ぎによる体力の消耗が原因だった。ちなみに、傷はなかった。

 




最後で公爵とちょっと一戦しましたが、ちょっと省きました。
ルイズの約束を守って傷をつけないよう圧倒しました。
カリーヌに関しては、格が違うというか…。うん…。

次回は、新学期。


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第四十三話  トゥとルイズ

トゥとルイズの親密度が少しアップ?

今回少し短め。


 

 新学期が始まった。

 嵐のように色んなことがあったためか、トゥ達はとても暇を持て余した。

 水精霊騎士隊の少年達も暇を持て余し、最近じゃたまり場となっている戦闘機置き場で休み時間はワインを飲む体たらくだ。

 水精霊騎士隊が女王アンリエッタが創設した近衛騎士隊ということもあって、教師達は文句を言えない。

「どうしてダメなんだろ?」

「どうしたんだい?」

「ガリアって、タバサちゃんにいっぱい酷いことしたし、タバサちゃんのお母さんも…、それにルイズを襲ったこともあるし、なのになんで放っておいてるんだろ?」

「お偉いさん達にも色々とあるのさ。国交については、僕らがどうこう言うことじゃないよ。」

「…うん。」

「それより、お咎めなしで済んだことと、僕らのような勇者には休息が必要さ。ささ、飲んだ飲んだ。」

 そう言ってギーシュは、トゥが持っているコップにワインを注いだ。

「君も、もっと人生を楽しまなきゃ損だぞ? ルイズの家では大変だったんだし。」

「…うん。」

「いやあ君達は大したもんだ。あのガリアに侵入して、王族の少女だっけ? を救い出してきたんだから! さすが隊長と副隊長!」

 酔っぱらっている隊員の少年の一人がそんなことをまくし立てた。

 ギーシュは嬉しそうだが、トゥは浮かない顔だった。

「……人生…。」

 トゥは、ポツリと呟いた。

 トゥは、自分の人生について考えた。

 

 呪われたウタウタイ。

 世界をいつか破滅させる花。

 自分自身では死ぬことのできない定め。

 共に人生を歩む運命にあると信じていた、恋人も消えてしまった。

 

 トゥの目からボロボロと涙が零れた。

 ギーシュ達は、ギョッとした。

「ど、どうしたんだい!?」

「うう~…、私の人生なんて…。」

「ああ! そ、そんなに深刻に考えなくても!」

「人生なんて…、私には…、ないよ。」

「えっ?」

「うう~、うう~。」

 トゥは、ボロボロと泣き続けた。

 ギーシュ達は、ただオロオロした。ギーシュが頑張って慰めるが、効果なし。

 そこへ、女の子達を連れたマリコルヌが来たのだが、現場を見てギョッとした。オロオロするだけで使い物にならない。

 トゥが泣き止むまでしばらくかかった。

 その後泣きつかれたトゥが眠ってしまったため、こんなところで寝かせておくわけにはいかないということでルイズの部屋へ運ばれた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズは、ベットで寝ているトゥを見ていた。

 いきなりギーシュ達がレビテーションで運んできたため驚いたが、話を聞いて呆れると同時にしまったと思った。

 トゥにとってのNGワードが自分の知らないところで出てきてしまったのだ。結果彼女はまたも昏睡してしまった。きっと目が覚めたら忘れているだろう。

 赤かった目元はすでに元通りになっている。トゥの回復能力は常人のそれじゃない。

 ……回復というか、再生と言えば、思い出すのがアルビオンで見た、あの再生の光景だ。

 トゥの右目に咲いた花からトゥの体が生えてくるという再生の仕方。

 あれは、もうこの世のもじゃなかったっとルイズは、記憶している。そして、美しくもあったと…。

 ただただ怖かった。だが美しかった。

 すると、トゥが寝返りをうった。

 右目の花が上を向く。

 この花は、トゥを苦しめている。

 顔を歪めたルイズは、その花に手を伸ばした。

「こんな花…。」

 花を掴んで引っ張ろうとした時。

 トゥの目がバチリと開いた。

「いやぁ!!」

「キャッ!」

 ルイズの手をトゥが払った。

「ルイズ…、何しようと…したの?」

 花を守るように手で抑えるトゥが、怯えた顔でルイズを見た。

 ルイズは、床に尻餅をついた状態で手首を抑えて呻いた。

「ルイズ?」

「て…手首が…。」

 ルイズの手首は、折れていた。

 トゥは、悲鳴を上げ、慌ててルイズを抱き上げて医務室まで運んだ。

 水の秘薬により、骨折は完治した。

「ごめんなさい…。」

「いいの。悪いのは私だから。」

 シュンッとしているトゥに、ルイズが言った。

 ルイズが花を引っこ抜こうとしたのが悪いのだ。前にコルベールが花を千切るよう言った一件の時があったのに、それを忘れてしまっていた。

 なんで忘れたんだ自分はっと、ルイズは、反省した。

 NGワード以前の問題だ。っと、額を抑えて唸っていると。

 トゥがボロボロとまた泣きだした。

「トゥ?」

「ねえ、ルイズ…。」

「うん?」

「私の人生って…なに?」

「はあ?」

 トゥは、忘れていなかったようだ。いつもなら昏睡すると記憶を一部失うのに。

「私…よく考えたら、人生って呼べるようなものなんてないの。なんのために生きてるのか分からない。人生って、なに?」

「そ、それは…。」

 なんて難しい問題なんだ。

 トゥは、無表情で泣き続けている。

 ルイズは、考え…、そして。

「私の使い魔として生きればいいのよ! 私達が出会った時から今までと今が人生よ!」

「今が、人生?」

「そうよ! それとも私との人生なんてイヤなの!?」

「う、ううん。そんなことない。」

「それでいいの! 分かったわね!」

「うん!」

 トゥは、泣き笑いの顔で頷いた。

 ルイズは、なんとなく手を伸ばし、トゥの頭を撫でた。

「ルイズ?」

「えっ? あ、いや、なんとなく…。なんとなくよ!」

 トゥの柔らかい質感の髪の毛の感触にがたまらずルイズは、構わず撫で続けた。

 するとトゥがおもむろにルイズの長い髪の毛に手を伸ばした。

「ルイズの髪の毛サラサラ。」

「あんたのはフワフワね。」

 それからしばらく、お互いの髪の毛を触り続けた。

「ねえ、ルイズ。」

「なに?」

「ぎゅーって、していい?」

「えっ? あんた力強すぎるから、ちょっと…。」

「大丈夫。加減するから。」

「…もう…。」

 ルイズからの了承を得たと思ったトゥは、ルイズを抱きしめた。

 自分より小柄な体はすっぽりと腕の中に納まる。

 それがなんだか愛おしくて、トゥは、ルイズの頭にスリスリと頬をこすりつけた。

 ルイズは、トゥの腕の中で顔を赤くした。

 密着していて、トゥの体の柔らかな感触と甘い匂いが鼻をくすぐる。

「トゥ…。」

「なぁに?」

「……いなくならないで。」

「……。」

「死なないで…。」

「ルイズ…。」

「あなたの人生の最後を悲惨なもので終わらせたくない。」

「……。」

「…何か言ってよ。」

 トゥは、黙っていた。

「どうしてそんなに、死に急ごうとするのよ?」

「それは…。」

「その花がいけないの?」

「……。」

「その花さえなければ、あなたは死なない?」

「……違う。」

「えっ?」

「この目に咲いた花を取っても意味ないの。花は、私の中に根付いてるから…。ううん、違う…。私は…、花そのもの…。」

「あなたが、花?」

「私は……、私は…ゼロ、姉さんの…花…から…。」

「トゥ?」

「………、今…、なに話してたっけ?」

「……あんた…。」

 ルイズがトゥの顔を見上げると、トゥは、ポカンッとしていた。

「ねえ、ルイズ。私、何かしゃべってたよね?」

「……ううん。別に。」

「ほんと?」

「…本当よ。」

 ルイズは、そう言ってトゥを抱きしめた。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「…傍に、いて。」

「? 傍にいるよ?」

「そうじゃなくて…、もういい。」

「? 変なルイズ。」

 自分の胸にグリグリしてくるルイズを、トゥは、受け入れた。

 ルイズのグリグリは、シエスタが通りかかって止めにかかるまで続いた。

 




かなり悩みながら書きました。
トゥに、元の世界での記憶(花による改竄された記憶も含め)がないため人生について振り返った時、ほとんど思い出せなかったのです。

肉体的ではなく、精神面での親密度アップを目指しました。


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第四十四話  トゥと、イーヴァルディの勇者の本

ルイズの心境の変化。

なにせ同性同士ですからね…。原作のようにイチャコラとはいきません。
そもそもルイズの恋心の芽生えの描写が難しいです…。

今回は、ルイズの自覚かな?


 

 後日。

 トゥは、ぶらぶらと校内を歩いていた。

 ルイズから、休めと言われ、授業に出ないことになったので暇を持て余したのだ。

 適当に歩いていると、やがて図書館に辿りついた。

 そこは、本来は平民が入れない場所だが、シュヴァリエのマントを身に着けているトゥは、通された。

「うわぁ。いっぱい本がある。」

 高さは、30メートルはありそうな大きな本棚が並んでおり、その光景はすごい。

「…ワン姉さんの書斎もいっぱい本があったけど、ここはもっとある…。」

 図書館は、学院の本塔にあるのだが、本塔の大部分が図書館となっているらしい。それくらいの本の量だ。

「面白い本、あるかな?」

 適当に本を取ってペラペラとめくる。が、すぐに閉じてしまった。

「分かんない。」

 トゥには分からない魔法や秘薬についての内容ばかりだった。

「ワン姉さんなら、分かるんだろうなぁ…。」

 彼女は、難しい本ばっかり読んでた記憶がある。

 自分に読める本はあるだろうかとキョロキョロと探していると、後ろから誰かにツンツンとつつかれた。

「ん? あ、タバサちゃん。」

 振り返ると、そこには、タバサがいた。

「これなら、読める?」

「これは?」

「…『イーヴァルディの勇者』。」

「んー。これは…、おとぎ話?」

 ペラペラと適当に内容を見てから聞くと、タバサは頷いた。

「読んでもいい?」

「いい。」

 トゥは、椅子に座り、机の上に本を開いて読みだした。

 なぜかタバサがトゥの隣に座り、ジィっとトゥの様子を窺うように見ていた。

 トゥは、最初のプロローグ部分からきちんと読み出し、やがて物語の内容にのめり込んだのか真剣に読むようなっていった。

「…ふう。」

 そして読み終わったトゥは、本を閉じた。

「面白かった!」

「よかった。」

 タバサが微かに微笑んだ。

「ねえ、タバサちゃん。これ借りてもいい?」

「これは図書館の本。だから借りるときはきちんと貸出簿に記入する。」

「分かった。」

 『イーヴァルディの勇者』を借りたトゥは、ルンルン気分でルイズの部屋に戻った。

 そこへ、ルイズが帰ってきた。

「あら、トゥ。本なんて読んで、珍しいわね。」

「うん。タバサちゃんがお勧めしてくれたの。」

「タバサが?」

 ルイズは、トゥが呼んでる本の題名を見た。

「やだ、イーヴァルディの勇者じゃない。」

 そう言って顔を歪めた。

 なぜ顔を歪めたのか分からず、トゥは首を傾げた。

「そんな本、学院にあったの?」

「えっ? なんで?」

「それ平民向けの本よ。」

「それが何か悪いの?」

「ここは貴族の学院よ? そんな本あったって何にもならないわ。」

 ルイズが言うには、イーヴァルディの勇者は、平民向けの物語と言われるほどいい加減で、原典が存在しないため文学学者もほとんど調べようとしないものらしく、伝承やその物語の展開そのもののバリエーションが豊富で、主人公である勇者も男であったり女であったり、実にいい加減らしい。

「読むんならもっとためになる本にしなさいよ。」

「でも、他の本って難しいのばっかりなんだもん。」

「私が選んであげる。」

「でもこの本、気に入ったんだもん。」

「読むのをやめなさい。」

「イヤ。」

「やめなさい。」

「イヤ。」

「なによ! 私が折角選んであげるって言ってるのに!」

「人の好みはそれぞれだよ。」

 トゥは、ツーンっとそっぷを向いた。

「この…、生意気言って!」

「ふひゃ!」

 ルイズに飛び掛かられ、トゥは、ルイズと共にベットに倒れた。

「このこの!」

「あははははは! くすぐったい、くすぐったいってば!」

 ルイズにわき腹をくすぐられ、トゥは、悶えた。

「お返し!」

「きゃっ! ちょっ、くすぐった…、やめ、あー!」

 キャーキャーっと、二人はしばらくくすぐり合った。

 その時、ふいに我に返ったルイズ。

 ルイズは、ちょうどトゥを押し倒しているような体勢になっていた。

 自分の下でヒーヒーっとひきつけを起こしかけて顔を赤くして笑っているトゥ。白い肌がほんのり色づいていて、とても色っぽい。

 ……なんかヤバくないか?

「……ルイズぅ?」

 舌足らずな声でトゥが名前を呼んだ瞬間、ルイズは、ボンッと顔を赤くさせた。

 そしてルイズは、トゥの上からどくと、一目散に部屋から飛び出していった。

「???」

 残されたトゥは、身を起こし首を傾げた。

 その日、寮の廊下を突っ走りながら、『違う違う!!』っと叫ぶルイズが目撃されたという。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 今日も今日とでシエスタを入れて三人で寝ている。その最中、ルイズは目を覚ました。

 横を見ると、ちょうどトゥの顔があった。

 その寝顔に思わずドキリとしてしまう。

 更に可愛いとさえ思ってしまう。

「…どうしちゃったのかしら、私?」

 なぜか、ドキドキする。

 自分の顔が赤らむのを感じる。

「いくらなんでも…、使い魔に…、それも同性に…、違う違う、なんでそうなるのよ? なんでそんなこと考えてるのよ、私。」

 身を起こして、ブンブンと首を振って頭をよぎるモノを振り払おうとする。

 しかし、次から次に湧いて出て来る。

 

 トゥが可愛い。

 トゥが綺麗。

 トゥがカッコいい。

 トゥ……、好き。

 

「ああああああああああああああ!」

「ルイズさん…、うるさいですよ。」

「ちょっと黙っててぇぇぇぇぇぇ!」

「むー…、ルイズ、うるさいよぉ…。」

「ご…ごめん。」

 トゥに文句を言われた途端、急にしおらしくなるルイズ。

 そんなルイズの様子に、寝ぼけながらもシエスタは、不審を感じた。

 

 

 翌日。

 ルイズの挙動が、おかしかった。

 トゥをまっすぐ見ない。トゥが話しかけるとしどろもどろする。

 その顔がほんのり色づいていることに、シエスタはすぐに気付いた。

 気付いたシエスタは、顔を青くさせた。今までルイズは、トゥにはそんな恋愛感情的な物はなかったはずだ。それが何かの拍子に芽生えたのだとしたら、トゥの告白して断られた自分は不利になるかもしれない。

 それだけは、避けなければ!っと、シエスタが決意した時。

「ねえ、ルイズ。変だよ?」

「べ、べべべ、別に変じゃないわよ…。」

「変だよ。じゃあ、私の顔ちゃんと見て。」

「っ…。」

「ねえ、見てよ。」

 ルイズの顔を見ようとすると、ルイズは、ぷいぷいと別方向を向いてしまう。

「…ルイズ!」

「ひゃっ!」

 我慢の限界だったトゥは、両手でルイズの顔を掴み自分の方に向かせた。

 トゥの顔が目の前にある。

 ルイズは、耐え切れず顔を赤くさせた。

「ルイズ?」

「あぁ…。」

「?」

「…好き。」

「えっ?」

「ルイズさん!」

 シエスタが叫んだ。その叫び声でハッとしたルイズは、トゥを振り払って逃げ出した。

「る、ルイズ?」

 戸惑うトゥと、ハーハーと荒い呼吸を繰り返すシエスタが残った。

「今、ルイズが…。」

「トゥさん!」

「好きって…。」

「トゥさん!」

「なぁに、シエスタ?」

「まさか本気にするんじゃありませんよね!?」

「えっ?」

「ミス・ヴァリエールがさっき言ったことをですよ!」

「……。」

 必死なシエスタの顔を見て、トゥは、少し考え、そしてルイズを追いかけに行った。

「トゥさん!」

 シエスタは、走っていくトゥに手を伸ばすがその手がトゥに届くことはなかった。

 シエスタは、その場にへたり込み涙を流した。

「私じゃ…ダメなんですか?」

 その言葉はトゥに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 自室に逃げ込んだルイズは、ベットの上で膝を抱えて丸くなっていた。

「何やってんのよ…、私…。」

 勢いで、好きだなんて言ってしまった。

 なぜか自然と出てしまった。

 トゥの返事など聞く余裕などなかった。

 しかしよくよく考えたらトゥは、シエスタからの告白を断っているのだ。恐らくそういう同性の恋愛観は持っていないのだろう。

「私だってそんな気はないわよぉぉぉぉ…。」

 自分はノーマルのはずだ。だがワルドの一件もあり、男性に対して無意識のうちに壁を作っているのかもっと思うと、トゥにときめくのも頷けるのだろうか?

 そんなことをモヤモヤ考えながら反対側に寝転ぶと、開かれたままの本があった。

 イーヴァルディの勇者の本だ。

 起き上がったルイズは、なんとなくその本を手に取り読んだ。

 

 イーヴァルディは、姫から求愛を受け、受け入れた。

 だが女であったイーヴァルディは、王の怒りを買い、国を追われた。

 

 この本は、様々なイーヴァルディのバージョンの総集編みたいな本だったらしく、たまたま開いた部分が女のイーヴァルディの話だった。

 そしてこの女イーヴァルディは、最後に姫と心中を行って物語が終わっている。

「…後味悪。」

 なんでよりによってこのページを見てしまったんだと、本を閉じながら呟いた。

 やっぱり同性同士じゃハッピーエンドは、難しいだろう。

 非産的だという理由が大きいだろう。

「この気持ちはダメなのよね…。ダメ、ダメだから…。」

 そう思いながら気持ちを抑え込もうと目を閉じた。

 だが抑え込もうとした気持ちは抑え込むことができず、むしろ強くなっている気がした。

「あーーーーーー、もう! どうしろってのよ!? トゥが好きなのはいいけど、別にそんな関係になりたいとか…なりたいとか…、違う違う違う…。そうじゃなーい!」

「どうって?」

「ハッ!?」

 ルイズが振り返ると、そこにはトゥがいた。

「……いつからいたの?」

「えっと…、ルイズが本読んでた時から?」

 結構前からいたらしい。

「あ、あああ、あのね…、トゥ…、わ、私は…。」

「私のこと、好きなんだよね?」

「ち、違う! 違うの!」

「えっ、違うの?」

「そうじゃなくって、そうじゃなくって…、えーと、えーと…。」

 ルイズは、パニックになっていてうまく言葉を紡げなかった。

 トゥは、ジッとルイズを見ていた。

「ルイズ…。」

「ひゃい!?」

「……ごめんね。」

「へっ?」

 するとルイズはトゥに抱きしめられた。

 トゥの柔らかい肌と、ふわりとトゥの甘い香りが鼻をくすぐった。

「ごめんね。」

「な、なんで謝るのよ?」

「……私、恋人になれないの。」

「…だ…、誰が恋人になれって言ったのよ!?」

「一緒にもいられない…。」

「! なによそれ!」

「きっと別れることになる。そんなに遠くない未来に。」

「トゥ?」

 ルイズの肩に濡れたものが触れた。

 トゥが泣いていた。

「ごめんね。ごめんね。私なんかが使い魔で…。」

「何言ってるの…。馬鹿じゃないの?」

「ごめんね。ごめんね。ずっと一緒は無理…。」

「なんでよ…? 死に急ごうとしてんの? 約束したじゃない! 死に急がないでって!」

「そうじゃない…。私には、…たぶん時間がないの。」

「じかんがない?」

「今は、せき止めてくれている力があるけれど、それでも止められなくなったら…。」

「こ、殺さないわよ!」

「どうして? そうしないと全部壊れちゃうのに?」

「あんたが何者だろうと、その花がなんだっていい…。私は、あんたに死んでほしくない!」

「ルイズ…。」

「それじゃあ…、ダメ?」

 ルイズは、トゥの顔を見上げた。

「…………ごめんね。」

 トゥは、微笑んだ。

 それは今にも消えそうな儚さを含んで。

 

 

 『ごめんなさい。姫様。私は、女です。あなたの想いにお応えできません。どうか、城にお帰りください。そして素敵な王子と幸せに』。

 『イーヴァルディ。わたくしは、あなたがよいのです。あなたと共にならば、例え冥府であろうと共に行けます』。

 『なりません! 姫様』。

 『どうかわたくしの傍にいてください。イーヴァルディ』。

 やがて追手の足音が聞こえて来た。

 『本当に共に来てくれるのですか、姫様』。

 『あなたとならば、どこまでも。例え神様がお許しにならなくとも』。

 『では、共に逝きましょう』。

 『はい』。

 そして二人は、抱きしめ合い、崖から身を投げた。

 二人の魂が、冥府で結ばれたかどうかは、誰にも分からない。

 

 

「……バカ。」

 ルイズは、トゥの胸に顔を押し付けて泣いた。

 二人は、まるでこの時が永遠に続くことを望むかのように、お互いを抱きしめ合った。




女イーヴァルディの話は、捏造です。
バリエーションが豊富ならこういう展開の話もあるんじゃないかな?

トゥは、自分の未来をなんとなく察しており、応えられませんでした。


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第四十五話  トゥと、ルイズの異変

ルイズに異変。

そして、ティファニアとの再会と、仇敵との思わぬ遭遇。

※一部文章を削除。


 

 ルイズに異変が起こった。

 

 魔法が使えなくなったのだ。

 

 また爆発で終わるのかと言ったらそうじゃない。

 

 不発なのだ。何も起こらないのだ。

 

 ルイズは、ショックのあまりベットにふさぎ込んでしまった。

「ルイズ…。ねえ、デルフ。原因は何?」

『精神力が切れたんだろ?』

「違うと思うよ。だってそれだったら寝たら治るでしょ?」

『そうだな…。そうだ、虚無の場合は、普通の他の系統とは違う。普通の系統なら何日か寝ればだいたい回復するが、虚無は今までコツコツ溜めて来た分を消費する。ほら、いつだったかどでかいエクスプロージョンを放っただろ?』

「うん。あれは、すごかった。」

『あれは、生まれてこのかたずっと溜めて来た精神力を消費してぶっ放したんだ。だからあれだけ大きな奴を撃てたのさ。それからは、少しずつ残りの精神力を消費して来たんだろう。二度とあんなどでかいやつはぶっ放せてないだろ?』

「そういえばそうだね。じゃあまたコツコツ溜めていくしかないの?」

『けどなぁ…、再び虚無を撃てるようになるにはどんだけかかるか分からねぇ。一年か二年か…それ以上か…。』

 トゥとデルフリンガーがそんな会話をしている間、ルイズは、ベットの上で泣いていた。

「ねえ、ルイズ。デルフもこう言ってるし、休もう? ルイズ、ずっと頑張ってたもん。」

「そうは、いかないわ。」

「どうして?」

「こうしてる間にも、どこの誰かが良からぬことを企んでるかもしれない…。やらなきゃいけないことはたくさんあるの。それなのに、このままじゃ私、役立たずじゃない。」

「そんな、ミス・ヴァリエールは、役立たずなんかじゃありませんわ。」

 泣いてるルイズを、シエスタが慰めた。

 だがルイズは、泣き止まない。そんなルイズが可哀想になってきたのかシエスタまで泣いた。

 っと、その時。ギーシュがトゥを呼びに来た。

 アンリエッタからのご下命らしい。

 ギーシュが更に、ルイズも呼ばれていると聞き、トゥは困った。

 きっとルイズの虚無の力を頼りにした命令なのだろう。だが今のルイズには虚無が使えない。

「でも、今ルイズは…、イタッ!」

「行くわよ。」

 さっきまで泣いてたルイズは、いつの間にか立ち上がり、ルイズが魔法が使えない状態であることを言いかけたトゥを抓って止めた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 学院の校門をくぐると、空からシルフィードが降りて来た。

 シルフィードには、タバサとキュルケが乗っていた。

「どうしたの?」

 びっくりするギーシュとは裏腹に、トゥが普通な調子で聞いた。

「私も行く。」

 そう言ったのは、キュルケではなくタバサだった。

 キュルケが言うには、出かけていくトゥ達を窓から見つけてタバサが飛び出していったのだという。

「わあ、本当?」

「うん。」

 タバサが少しモジッとしながら頷いた。

「ルイズー、タバサちゃんが乗せてってくれるって。」

 トゥは、ルイズにそう言うが、ルイズは、一人、馬で行ってしまった。

「ルイズ?」

「あらあら? どうしちゃったの?」

「えっと…。」

 トゥは言うべきか悩んだ。

 そしてやっぱり喋るわけにはいかないだろうと判断し喋らなかった。

 シルフィードにギーシュと共に乗り、先を走るルイズを追った。

「シルフィードちゃん、ルイズを乗せてあげて。」

「きゅい。」

 そしてシルフィードは、馬ごとルイズを咥え、器用に舌でルイズだけを背中に放り投げた。涎でベタベタになったルイズをトゥが受け止めた。

「ルイズ?」

 ルイズは、肩を抱いて震えていた。

「寒いの?」

 トゥが心配し、ルイズの背中を摩った。

 

 シルフィードは、王宮に向けて飛んでいった。

 

 そしてアンリエッタとの謁見で言い渡された命令は。

 アルビオンにいる、もう一人の虚無の担い手を連れて来ることだった。

 つまりティファニアを連れてい来いということだ。

 ルイズが襲われたように、彼女にも魔の手が迫る可能性が高いということで、保護するということだ。

 しかしティファニアは、孤児達と暮らしている。その点について聞くと、生活を保障するから孤児達も連れてきていいということでまとまった。

 アンリエッタがガリアの王女であるタバサと少し会話をし、任務が終わった後、改めて身の振りを相談することになったりした。

 ルイズは、アンリエッタとあんなに仲が良いのに、この時は喋らなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一行は、シルフィードに乗って、最速でアルビオンに辿り着いた。ちなみに帰りはアンリエッタが船を用意してくれている。さすがに定員オーバーで孤児達を乗せることはできない。

 ギーシュは、ソワソワしていた。

「なによ、ギーシュってば、ソワソワしちゃって。」

「だ、だって…。」

「トゥちゃん、なんて説明したの?」

「耳が長くて、すっごくお胸が大きい子。」

「あら? 私よりも大きいの?」

「うーん…。」

「そ、そんなに悩むほどなのかい!?」

「ギーシュ、モンモランシーに言っちゃうわよ?」

「! それだけは…!!」

「冗談よ。」

 キュルケは、顔面蒼白になるギーシュをからかって笑った。

 そして一行は、ティファニアがいる村に向けて移動した。

 その最中、キュルケがルイズが様子がおかしいことについて、トゥにヒソッと聞いて来た。

 トゥは、こっそりと、とうとう話してしまった。

「あらまあ、精神力切れ?」

「シッ!」

「…でもちょうどいいんじゃないかしら?」

「なんで?」

「あの子に伝説なんて荷が重すぎると思ってたの。あたしぐらい楽天的な方が過ぎたる力にはちょうどいいのよ。」

「ふーん。」

 トゥは、キュルケの言葉に感心した。

 

 やがてティファニア達が住む村に辿り着いた。

 村は変わってなかった。

「ここにその例の虚無の担い手がいるんだね?」

「うん。ティファちゃーん。こんにちは。」

 トゥがティファニアとの再会に。、はやる気持ちで返事も待たず戸を開けた。

「あっ…。」

「どうしたんだね? …!?」

「どうしたの? …!」

 固まったトゥに驚いたギーシュとキュルケが中を見て同じく固まった。

 そこにいたのは、ティファニアと子供達と…。

 

 二度ほど戦った相手、土くれのフーケがいたのだ。

 

「…ティファちゃん、どういうこと?」

「トゥさん?」

 剣を抜くトゥを見て、ティファニアが困惑した。

「どうして、フーケがいるの?」

「それはこっちの台詞だよ。」

 フーケは、椅子から立ち上がった。

 トゥの後ろでギーシュとキュルケが杖を抜いて構えた。

「やめてください!」

 ティファニアがそれを見て焦った。

「どきたまえ! そいつは敵だ!」

「マチルダ姉さんを傷つけないで!」

「マチルダねえさん?」

 どうも事情があるらしかった。

 一行は、一旦武器をしまい、家の中に入った。

 マチルダ姉さんと呼ばれたフーケは、しばらくギーシュらと睨みあったがやがてしびれを切らし、疲れたようにどかりと椅子に座った。

「ねえ、ティファニア。なんでこいつらと知り合いなのか話してごらん。」

 フーケは、ティファニアに説明を求めた。

 ティファニアは、トゥ達の顔を見て説明をしても良いかと了承を求めた。

 トゥが頷き、ティファニアは、説明を始めた。

「…そうかい。七万の軍を一人で蹴散らしたのは、あんただったのかい。」

 やっぱりまともじゃないねぇっと付け足して、フーケが苦笑した。

「じゃあ、どうしてティファちゃんと、フーケさんが知り合いなんですか?」

 トゥが聞いた。

 ティファニアが、以前話してくれた父親が財務監督官だった話を出し、その時太守の人がいて、その人の娘が、なんとフーケであるのだと語った。

「それだけじゃないの。マチルダ姉さんは、私達に生活費を送ってくださってるの。」

「その生活費って…。」

「言ったら殺すよ。」

 トゥが言いかけたら、マチルダがジロリッと睨んで止めた。

 ティファニアは、トゥに、フーケが何をしてお金を稼いでいるのか聞こうとしたので、トゥは、仕方なく嘘を吐いた。

「えっと…、宝探し?」

「それって…、つまりトレジャーハンターですか?」

「う、うん。」

「わあ、すごい! かっこいい!」

「プッ…。」

「笑うんじゃないよ。」

「だって、ねぇ。」

 睨んでくるフーケに、キュルケが笑いをこらえて言った。

 その後は、ティファニアが戸棚から出したワインで乾杯となった。仇敵同士の奇妙なパーティが始まった。

 一方ルイズは、フーケを前にしても、心ここにあらずな状態だった。

 




スランプですね。

中々、執筆が進まない。

ヨルムンガンドとの戦いまでまだかかるかな?


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第四十六話  トゥと、忘却の魔法

原作と展開が違います。

忘却の魔法をルイズが自分にかけてもらいます。


 

 仇敵とのパーティーは、まあ当然だが盛り上がるわけもなく、ギーシュはうんとか、うむとか、呟くばかりで、キュルケは、胸の間に入れている杖を出したり入れたりを繰り返し、ルイズは、心あらずな状態であった。

「で? あんた達は何をしに来たんだい?」

「あっ…。それなんですが…。」

 トゥは、ハッとしてティファニアを見た。

「ティファちゃんを連れて来てってお姫様から言われたんです。」

「えっ!」

 ティファニアは驚いた。

 フーケは、眉を僅かに動かした。

「虚無に担い手を狙っている敵がいるから、保護しなきゃっていうことなの。だからティファちゃんを連れて来てって言われたの。」

「でも、私…。」

「子供達も連れきて良いよって言ってたよ。生活も保障してくれるって。」

「本当に?」

「うん。だから大丈夫。子供達と離ればなれにならないよ。」

 トゥが笑顔で言うと、ティファニアは、ホッとした顔をした。

 そしてティファニアは、フーケを見た。

 フーケにとってトゥ達は、仇敵だ。それなのに大事なティファニア達を同行させるのを許すかどうか?

 しかし、フーケは。

「いいよ。行っておいで。ティファニア。」

 案外あっさりと言った。

 その意外さに全員が驚いた。

「おまえもそろそろ、外の世界を見た方がいい歳だ。」

「いいんですか?」

「ああ、それに今の私は文無しでね。仕送りしたくてももうできない。今日はそれを言いに来たのさ。ちょうどいいかもしれないね。」

「マチルダ姉さん…。」

「馬鹿な子だね。なんで泣くんだい?」

「だって、そんなに苦労してるんなら、どうして言ってくれなかったの?」

「娘に心配かける親がいるかい?」

「マチルダ姉さんは、私の親じゃない。」

「親みたいなもんだよ。だって、小さな時からずっと知っているんだものね。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ティファニアが泣き疲れて寝て、フーケは、帰り支度を始めた。

「フーケさん。」

「なんだい?」

「ティファちゃんに挨拶しなくていいの?」

「…いいのさ。こっちは色々と多忙なもんでね。」

 荷物をまとめ終わったフーケは、扉から出る時、ふと思い出したようにトゥの方を振り返った。

「あの子のことをよろしく頼むよ。世間知らずなんだ。変な虫がつかないように、よく見張るんだよ。」

「うん。分かった。」

「さて…。次会うときは敵だね。」

 フーケは、トゥ達を見渡して言った。

「じゃあね。精々、元気でやるんだね。」

 そう言い残して、フーケは去っていった。

 

 フーケが去った後、トゥ達は床につくことにした。

「トゥ…。」

「ルイズ?」

 トゥが寝ているとルイズがやってきた。

 ルイズは、泣いていた。

「どうしたの、ルイズ!」

「ねえ、トゥ…。」

「なぁに?」

「どうしたらいいの?」

「えっ?」

「私…、告白したでしょ?」

「えっ…あ…。」

「あなたは応えてくれないのは分かってた。でもね…。気持ちが…心が落ち着かないの。」

「ルイズ…。」

「分かってたはずなのになぁ…。」

 ルイズは、自虐的に泣き笑った。

「私にとっての初恋って、ワルドが初めてだったと思った。けど、…たぶん違ったのね。だってこんなに心が痛まないもの。」

「ルイズ…。」

「きっとあなたが初めてだったのね。うん…、たぶん、きっと、そう…。」

「ルイズ、私は…。」

「あたなを困らせたいわけじゃない。困らせたくないのに…、ごめんね。」

「謝らないで。」

「どうしたらいいのか分からないのよぉ…。」

 ルイズの涙の粒が大きくなり、ルイズは、ボロボロと泣いた。

 トゥは、そんなルイズを放っておけず、自分のベットへ招いて、頭を撫でたり抱きしめたりして慰めようとした。

 結局ルイズは、泣き疲れて眠ってしまった。

「……私も、どうしたらいいのか、分からないんだよ?」

 トゥは、スヤスヤと眠るルイズの寝顔を見ながらそう呟いた。

 トゥは、横になり、ルイズの髪の毛を撫でた。

「私は…、ルイズの恋人になっちゃいけないんだ。」

 トゥは、反対の手で、自分自身の右目に咲いている花に触れた。

「…この花がある限り。」

 やがてトゥも目を閉じて眠った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 トゥは、ベットの中にルイズがいないことに気付いた。

「ルイズ?」

 先に起きたのだろうかと思ってトゥも起き上がった。

 すると。

「いつまで寝てるのよ! 馬鹿使い魔!」

「ふぇ?」

 ドアが乱暴に開かれて、怒り顔のルイズが入ってきた。

「お、おはよう、ルイズ。」

「さっさと起きないから、今日は朝食抜き!」

「る、ルイズ?」

「ルイズさん、それは可哀想です。」

「あんたは黙ってて!」

 後ろから来たティファニアに、ルイズが怒鳴った。

 トゥは、ルイズの様子が何かおかしいことに首を傾げた。

「ルイズ…? どうしたの?」

「はあ?」

「なんだかおかしいよ。」

「おかしくなんてないわよ。ほら、さっさと起きなさい。私は先に行くからね。」

 ルイズは、そう言い捨てて去っていった。

 残されたトゥは、ポカーンとし、ティファニアは、オロオロしていた。

「ティファちゃん?」

「えっ…、あ…あの…。」

「?」

 ティファニアの挙動にトゥは不信を感じた。

「ティファちゃん、何したの?」

「な、何もしてません! 何もしてませんから!」

「バレバレだよ?」

「あ、あの…、あの…。」

「騒がしいわね。どうしたの?」

 そこへキュルケがやってきた。

「あ、キュルケちゃん。」

「おはよう。トゥちゃん。どうしたの?」

「あのね…。ルイズが変なの。」

「ルイズが?」

 トゥは、キュルケに説明した。

 キュルケは、眉を動かし、ティファニアを見た。するとティファニアは、ビクリッとした。

「もしかして、あなた…。」

「何もしてません! 何もしてません!」

「あーもう、もう少しうまい嘘つきなさい。使ったんでしょ、あなたの虚無の魔法を。」

 ずばり言われてティファニアは、ヒィっと短く悲鳴を上げた。

「どういうこと?」

「あ、あの……、ルイズさんが………どうしてもって……。あんまりにも辛そうだったから…。ごめんなさい!」

 ティファニアは、泣きながら頭を下げた。

 トゥは、呆然とし、キュルケは、頭を押えた。

「その魔法って解くことはできるの?」

「…それは、やったことがなくって…、呪文も知りません。」

「参ったわねぇ…。馬鹿な子。」

「ごめんなさい!」

「あなたの事じゃないわ。あなたにそんなことをさせたルイズのことよ。」

 早まって…っとキュルケは、大きくため息を吐いた。

 

 家の外に出ると、子供達とルイズ、そしてギーシュがいた。

「遅いわ!」

「誰の所為よ。」

「なによ?」

「はあ…。馬鹿な子ね。」

「何がよ!」

「と、とりあえず朝食にしようじゃないか、なっ。」

 ギーシュが慌てて仲裁に入ろうとしてそう言った。

 朝食の雰囲気は最悪だった。

 ルイズの機嫌が悪く、そしてティファニアは、終始うつむいており子供達に心配されていた。

「トゥ…、なんでそんなに離れてるのかしら?」

「私の隣に来てって私が言ったのよ。」

「なんでキュルケの言うこと聞いてんのよ! あんたは私の使い魔でしょ!」

 憎々しげにトゥを見るルイズから守るようにキュルケが間に入る。

 トゥは、いまだショックが抜けずどこか上の空だった。

「私の所為だ…。」

「トゥちゃん。思いつめ過ぎちゃダメよ。」

「でも…。」

「トゥ、こっちに来なさい!」

「ダメよ。今のあんたのところには置いておけないわ。」

「なんでよ!」

「トゥちゃんへの“想い”を忘れちゃった、あんたの傍にはね。」

「おもい? 何のことよ?」

「はあ…、もういいわ。ねえ、トゥちゃん。ほとぼりが冷めるまでゲルマニアにいらっしゃい。」

「えっ?」

「ちょっと、キュルケ!」

「トリスティンに帰ったら、ゲルマニアに行くわよ。」

「聞きなさいよ! トゥ、あんたも、行くんじゃないわよ!」

「……ごめんね。ルイズ。」

「! トゥ…、あんた…。」

 ルイズは、呆気にとられたが、すぐに憤怒の表情を浮かべて椅子を蹴倒して立ち上がった。

「いい加減にしなさい! あんたは私の使い魔よ! 使い魔は主人の盾となり目となるの! それなのに…。」

「私…、ルイズの傍にいちゃいけない。」

「っ! 勝手にしなさい! そして二度と帰ってこないで!」

 ルイズは、トゥを指さしてそう叫んだ。

 トゥは、ルイズを見ることなく、黙って頷いた。

 そんなトゥに、ルイズは、ますます怒りに顔を歪め、トゥのところへ来て叩こうとした。

 しかしキュルケが立ちはだかった。タバサもだ。

「どいて!」

「ダメ。」

「今のあんたをトゥちゃんの傍に近づけさせられないわ。」

「何よ! 使い魔の肩なんてもって!」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

「あんたもなんで謝ってんのよ!」

 ティファニアは、こらえきれず泣きながら謝り続けた。

 

 朝食の場はメチャクチャになった。

 




原作だとここで才人に忘却の魔法をかけられますが、このネタでは、ルイズがティファニアに頼み込んでトゥへの想いを消しました。
結果、最初の頃のように辛辣な態度のルイズになり、そこまでルイズを追い詰めてしまったのかとトゥはショックを受け、キュルケとタバサは、ルイズからトゥを庇います。ギーシュは、事情が分かってないので空気です。

この後の展開どうしようかな…。


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第四十七話  トゥ、ヨルムンガンドと戦う

ルイズの問題は、ここで解決させることにしました。あんまり長引かせてられなくて…。

キュルケとトゥがチューしてます。注意。


 

 ティファニア達が、旅立つ準備をしている間も、一行の間にはピリピリとした空気が立ち込めていた。

 キュルケとタバサが盾となり、トゥからルイズを遠ざける。

 ルイズは、わけがわからず怒鳴り散らし、そんなルイズを見てトゥは、ますます俯いて元気をなくした。

「ごめんなさい、ごめんなさい…。」

 ティファニアは、この状況を作ってしまった原因であることを自覚しているので、ひたすらこんな状態である。

「ねえ、あんた私に何かしたの!?」

「あうぅ!」

 ルイズがついにティファニアに噛みつくように言った。

「そ、それは…。」

「あんた自分が何してもらったかも忘れたわけ?」

「えっ? それは、だって……、そういえば何かルーンを…。それが原因!?」

「ティファニアを責めるのはお門違いよ。」

「じゃあなに!? 私が一体何したってのよ!」

「…自分の胸に聞きなさい。」

「何を聞けってのよ!」

「自分の想いは、自分のモノ。」

 タバサが言った。

「ごめんね、ルイズ…。私の所為だ。」

「あんたも私に何かしたっての!?」

「違うわ。むしろあんたがしたのよ。」

「私が? 使い魔に何かするわけないじゃない。」

「っ…。」

 そこには、昨晩までトゥを想って泣いていたルイズはいない。想いを失うだけでここまで人は変わってしまうのか…。

 トゥは、知らず知らず涙を浮かべていた。

「何泣いてんのよ、気持ち悪いわね。」

「!!」

「ルイズ。もう口を開かないで。」

「なによ! 私がそんなに悪いわけ!?」

「…後悔するわよ。きっと。」

「どうしてそうなるのよ!」

「黙って。」

 タバサが魔法を唱え、ルイズの声を消した。

 ルイズは、地団太を踏んでギャーギャー騒いでいるが、魔法のおかげで声は聞こえない。

「トゥちゃん。気にし過ぎちゃダメよ。」

「ルイズ…。」

 トゥは、ポロポロと泣いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがて、ティファニアと子供達の準備が整い、タバサがシルフィードで何往復かして港に送り届けることになった。

 ルイズは、先に港に送られ、ブスッとしていた。

 トゥは、後から来ることになった。そのことが気に入らなかったのだ。

「自分の胸に聞けって言われたって…。」

 しかし自分の胸中に問いかけてみても何も思い出せない。

 だがなぜだろう、トゥを見たり思い浮かべたりすると何かざわつく…というか、寒い気がするのだ。それが苛立ちとなってあんなに辛く当たってしまう。

 キュルケとタバサと絡んでいるの見ても、苛立ってしまう。

 まったくどうしてこんなに苛立つのか分からない。心が感じる寒さのような感じも。

 まるで穴が開いていてそこから寒い風が吹き抜けてくるような、何とも言えない奇妙な寒さだった。

 ルイズは、自分自身の体を抱いた。

「こんなはずじゃなかったのに…。? こんなはず? 何よそれ。」

 誰に話すわけでもなく独り言をつぶやく。

「…何やっちゃったんだろ、私……。」

 どうしてこんなに心が寒いのか、それによってトゥに辛く当たってしまうのか、思い出せず、そして理由を教えてもらっていないルイズは、ただ苦しんだ。

 苦しくて港から少し離れてしゃがみ込む。

「私…、何か大切なこと忘れてる?」

 そう自分に問いかけても、答えは返ってくるはずがない。

 しかしそれでも問わずにいられない。

「……とりあえず、トゥが来たら謝る? ……使い魔になに気を使ってるのよ私。」

 そうこうしていると、ルイズの背中をチョンチョンと何かがつついた。

 ルイズは、ハッとした。

 もしやトゥかと思い。

「もう! 遅いわよ! 来たなら来たって……。」

 ルイズは、言葉を失った。

 そこにあるのは……、巨大な足。

 ゆっくりと見上げると…。

「きゃああああああああああ!!」

 そこには、20メートルはあろうとかというほど巨大な、剣士人形がそびえ立っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あれは…。」

 シルフィードの上から港付近に現れたその巨大な剣士人形を見た。

「ルイズ! まずいわ! タバサ急いで!」

「うん。」

 最後の便としてトゥとキュルケを乗せて来たタバサは、シルフィードを急がせた。

 剣士人形が剣を振り上げた。その滑らかな動きは、人形とは思えないほどであった。

 腰を抜かして尻餅をついているルイズの上をシルフィードが通り過ぎると同時に、トゥとキュルケが飛び降りた。

 剣士人形の剣が土を殴った。

 土埃が舞い、ルイズ達は咳き込んだ。

『お久しぶりね。虚無の担い手。』

 この声は聞き覚えがあった。

 アルビオンと、舞踏会の日に学院で聞いた。

「ミュズニトニルン!?」

『覚えていてくれて光栄ね。』

 声は、剣士人形の頭部辺りから聞こえる。

 ミュズニトニルンは、そこにいるのか、あるいは、別の場所から声を出しているのか。たぶん後者だ。

 ミュズニトニルンがあらゆる道具を使いこなす使い魔である以上、ガンダールヴと違って直接的に戦うことはできないのだろう。

「何しに来たのよ!」

 トゥに助け起こされながらルイズが剣士人形に向かって叫んだ。

『お礼をしに来たの。この前は、我々の姫君をよくも攫ってくれたわね。』

「なにが姫君よ! 幽閉して、心を消そうとしたくせに!」

『心を消す? あら? あなたも同じじゃなくて? 自分自身に虚無の魔法をかけて心の一部を消すなんて、随分と思い切ったことをするのね。アルヴィーズ(小人形)に見張らせていた甲斐があったわ。』

「うるさいわね!」

 ルイズは、杖を構え、ルーンを唱えた。だが魔法は発動しなかった。

 そこへ、ギーシュが作った青銅のワルキューレ達が短槍を装備して、剣士人形に攻撃した。

 しかし攻撃は呆気なく弾かれた。

『あら? このヨルムンガンドに、そんなちゃちなゴーレムで挑もうって言うの?』

 ヨルムンガンドと呼ばれた巨大剣士人形は、軽く足を動かしギーシュのワルキューレ達を蟻のように蹴散らした。

 キュルケが炎の魔法を唱え、大きな火球を飛ばした。だがヨルムンガンドの装甲は、火球を軽く弾き、装甲は無傷だった。

 それは、港にいたルイズ達を迎えるために寄越されていた騎士団の連続の魔法ですらも無駄だった。

『無駄よ。このヨルムンガンドを系統魔法でどうにかしようとすること自体無駄だわ。』

 ヨルムンガンドがまるで中に人間でも入っているかのように滑らかに動く、驚くことに足音がしないのだ。どうやらこんな巨体で忍び足ができるらしい。

 再び剣が振り下ろされ地面が叩かれた、その地響きはもはや地震だ。

 ルイズ達は跳ね上げられ、叩きつけられた。

 トゥが真っ先に立ち上がり、大剣を構えてヨルムンガンドに斬りかかった。

 しかし剣は装甲に当たった途端、弾かれた。

『相棒! こりゃカウンターだ!』

「えっ? あのエルフさんが使ってた魔法?」

『ああ!』

 トゥがデルフリンガーとそう話を交わした隙に、ヨルムンガンドが足を振り上げた。

 そのスピードは、とてもじゃないがゴーレムとは思えないほどであったが、トゥの方が速く、踏みつぶされずにすんだ。

「速い…。」

 ヨルムンガンドの手がトゥに迫ったが、それを難なく避けて、トゥは、その腕に乗り、軽い身のこなしで登っていくと、頭を攻撃した。だが弾かれた。

「頭もダメ!」

『こいつは、虚無の魔法でブッ飛ばすしかねぇな!』

「でも、ルイズは…。」

『ああ、だからやべぇんだよ!』

「なら…。」

 トゥは、スゥっと大きく息を吸った。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、ウタった。

 体が青く輝き、そこへヨルムンガンドの手が迫るが、それを剣で切断した。

『それが、ウタの力ってやつね。でもそれぐらいじゃ…、ヨルムンガンドは止まらないわ。』

「きゃあああああああああああ!」

「ルイズ!?」

 ルイズの悲鳴で気を取られたトゥは、指を一、二本失ったヨルムンガンドの手で弾き飛ばされてしまい、港の建物の一つに突っ込んだ。

 下の方では、ウジャウジャとミュズニトニルンの魔法人形達がルイズに迫ってきていた。

「多すぎるじゃないの!」

 ルイズを守るために背中をルイズに向けているキュルケが悪態をついた。

『さあ、どうする? さっさとご自慢の虚無をぶっ放さないと死ぬよ?』

「な、なにが目的よ!」

『いいからさっさと虚無をぶっ放しな!』

「ルイズーーーー!」

 弾き飛ばされて港の建物に埋まっていたトゥが飛び出し、青い光を纏ってルイズらの周りにいる魔法人形達を切って捨てていった。

「トゥ!」

 ああ、なんて凄いんだろう。っとルイズは思った。

 なんて素敵なんだろうっとルイズは、思った。

 そりゃそうだ、なんて言ったって、自分はトゥが……。

「?」

「ぼさっとしてる場合じゃないわよ!」

「えっ、あっ…。」

「あんた、まだ撃てないわけ!?」

「そ、そんなこと言われても…。」

「……なら。トゥちゃん!」

「なに!?」

 すべての人形を倒し終えたトゥがキュルケの方を見た。

 キュルケが走ってきた。

 そして…。

「んっ。」

「むっ…。」

「!?」

 キュルケがトゥにキスをした。

 それもかなりディープに。

 その瞬間、ルイズの中でザワザワザワザっと、凄まじい勢いで何かが湧きあがり、精神力となる。

「なに、やってのよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 ブワリッとルイズの髪が逆立ち、顔は憤怒の表情になり、凄まじい魔力が彼女の体を包み込んだ。

「よし! やっちゃいなさい!」

「ぷは…。」

 キュルケからの濃厚なキスにトゥは、ヘナリッとへたり込んだ。

「撃つのよ、ゼロのルイズ!!」

 キュルケの叫び声で我に返ったルイズは、呪文を唱えだした。

『ディスペルじゃねぇ! エクスプロージョンでブッ飛ばしな!』

 デルフリンガーが叫んだ。

 ルイズは、素早くエクスプロージョンのルーンに切り替えて唱えだした。

 ルイズは、唱えながら想った。

 なぜキュルケがトゥにキスしただけで、こんなに怒っているのだろうか?

 自分は、トゥを……。

 だがそれを認めてしまうと、怖い。けれど……。

「トゥは、私のモノよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 その叫びと同時に、エクスプロージョンをヨルムンガンドに放った。

 ヨルムンガンドの中心に発生した白い光は、ヨルムンガンドを包み込み、分厚い鎧が風船のように膨れ上がり、ついで耳をつんざくような爆発音が響き渡った。

 中に爆薬でも仕込まれていたかのようにヨルムンガンドは、爆発四散した。

「やったじゃない!」

 キュルケがガッツポーズを取って、ルイズのところに駆け寄った。

 ルイズは、プルプルと震えていた。

「あら、どうしたの?」

「どうしたの…? じゃないわよぉぉぉぉぉ!!」

 叫んで、キュルケに掴みかかろうして、キュルケが横に避けて失敗した。

「どうしちゃったの?」

「なんであんなことしたわけ!? トゥに…、トゥにぃぃぃぃぃ!!」

「あら? 私がトゥちゃんとキスしたのがそんなに嫌だったの?」

「トゥは、私のモノよ!!」

「それはどういう意味で?」

「えっ?」

 キュルケの言葉にルイズは、ピタッと止まった。

 なぜ? 自分はなぜトゥにこんなに固執しているのか? なぜ? キュルケがあんな濃厚なキスをしたのがそんなに気に入らなかったのか? なぜ?

「ルイズ、大丈夫?」

「! …はうっ。」

「ルイズ!?」

 そこへ駆け寄ってきたトゥの姿を見た途端、なぜか心臓を射抜かれたような衝撃を受け、ルイズは倒れた。

 

 

 まるで濁流のように、心に空いていた穴に流れ込んでくる何か。

 ソレは、ルイズの記憶の鍵をこじ開ける。

 ソレは、ルイズを後悔させる。

 ソレは、ルイズに突きつける。

 

 

「ごめんね……。トゥ。」

「ルイズ?」

「……やっぱり…、大好き。」

「!!」

 

 

 トゥを想う気持ちは、どうやったって、自分のモノなのだと。

 




原作だと、タバサが才人にディープキスしてますが、このネタでは、キュルケにやってもらいました。

ルイズの記憶があっさり戻ってますが、たぶんですが…虚無に虚無って相性悪いというのが私の妄想です。あるいは、ルイズの想いがティファニアの虚無を超えていたか。


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第四十八話  トゥの心配

ティファニアの学院入りと、トゥの心配事。


 

『まあ、あれだ。虚無に虚無を合わせたら相性が悪かったんだろ。だから簡単に思い出せたんじゃねぇの?』

 デルフリンガーがそう分析した。

『だからよぉ、元気出せって、なっ?』

「無理でしょ。」

 キュルケがツッコんだ。

 帰りの船の中なのだが、ルイズは、座席で体を丸めて座っていた。

「ルイズ…。」

 その隣にいるトゥが心配する。

 ルイズは、一向に顔を上げない。

「無理もないわよね…。」

 キュルケが言った。

 記憶を消した後のことを覚えており、なおかつトゥへの想いを思い出したため、なぜあんなことをしたという自己嫌悪に陥っているのだ。

「あ、あの…、よかったら、私がまた忘却の魔法を…。」

「いや、それは、辞めといた方がいいわ。色々と拗れるから。それに…。」

 おずおずと言いに来たティファニアを制しながらキュルケは、ルイズを見た。

「これは、この子自身への戒めよ。」

 キュルケは、腕組して言った。

「ルイズ…。私は気にしてないよ?」

「……。」

「確かにショックだったけど、でもそれ以上にルイズが辛かったんだよね? 私が、応えてあげられなかったから…。」

「……がう。」

「えっ?」

「違う…。」

 ルイズがやっと口を開いた。

「私が勝手に逃げただけ。」

「ルイズ?」

「辛かった…。だから逃げたの。卑怯よね…、うん、卑怯。」

 ルイズは、ボソボソと言う。

「辛くて、痛い気がして、それが怖くて、勢いでティファニアに頼んじゃった。そのせいで私…。」

「私は、気にしてないよ?」

「私が気にする!」

 ルイズが叫んだ。

「責めてよ! 怒ってよ! なんで許せちゃうの!?」

「だって…。」

「馬鹿とか、気持ち悪いとかさんざん言っちゃったじゃない!」

「でもそれは、ルイズが忘れてただけだから…。」

「忘れてた私も私なのよ! あんたのことをただの使い魔としてしか見てなかった私も私なの!」

「辛かったね。」

「!?」

 トゥがルイズを横から抱きしめた。

 トゥの甘い匂いと肌の柔らかさが伝わって来る。

「ルイズ。私は、ルイズを許すよ。」

「どうしてよ…。あんたは私を責める資格があるわ…。それだけのことを私はしたのよ?」

「それでも許すよ。大丈夫。私は、大丈夫だから。」

 トゥは、よしよしっとルイズの頭を撫でた。

「ふ……ぅ……、うぇえええええええええん!!」

 ルイズは、声を上げて泣いた。

 トゥの腕の中で、胸でワンワン泣いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トリスティンの港についた船を出迎えたトリスティン城の騎士団は、驚いた。

 ルイズがトゥに抱っこされて降りてきたことに。

 ルイズが、トゥの首にがっしり腕を回して抱き付いていた。

 それは、アンリエッタとの謁見直後まで続き、謁見でアンリエッタがルイズの目がボンボンに腫れあがっていることに驚いた。

「どうしたのですか、ルイズ!」

「いえ…あの……。か、花粉症です!」

「えっ、花粉症?」

「花粉の季節ではないはずですが?」

「いいえ、ちょっとアルビオンの花粉がちょっと…。」

「まあ、お大事にしてくださいな。」

「は、はい…。」

 ルイズの苦し紛れの嘘をアンリエッタは信じてくれたらしい。

 トゥは、横で笑いをこらえていた。

 ルイズは、苦笑いながらそんなトゥを小突いた。

 

 その後、ティファニアが被っていた帽子を取り、彼女がハーフエルフであることを明かし、孤児達の生活の支援の手続きなどが行われた。

 そして、アンリエッタの口からとんでもない言葉が出て、ルイズとトゥを驚かせたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、ハラハラしていた。

「気持ちわかるよ。でも落ち着きたまえ。」

「でも…。」

「こちらが変な態度をしてたら彼女の身の危険に繋がってしまう。ここはとにかく落ち着くことを提案するよ。」

 落ち着きのないトゥに、ギーシュが小声でヒソヒソと話した。

「何を話してるんだい?」

「あっ、いや…、あそこにる女性がとても美しくて落ち着かないなぁって話だよ。」

「確かに!」

「まったくもってその通りだ!」

 水精霊騎士隊の面々が口をそろえて言った。

 

 アンリエッタの言葉により、ティファニアは、1ヵ月遅れでトリスティン魔法学院に編入することになったのだ。

 

 なぜ? なぜ!? いくら彼女が若くても、彼女はハーフエルフだ。

 半分とはいえエルフである以上、エルフへの偏見が強い貴族達のど真ん中に突っ込むのはどうかと、ルイズとトゥは思ったし、口にも出した。

 しかしアンリエッタは、ティファニアの事情を聞いて、同い年の友達ができるならということでこの案を強行した。

 ティファニアは最初こそ戸惑ったが、お友達という言葉を聞いて頷いてしまった。

 

「ティファちゃんに何かあったら、私…、全力で守らなきゃ…。」

「トゥ君、その気持ちはわかるが、暴れすぎたら君の立場が…。」

「いいもん。私…、皆から嫌われてるから。」

「そんなことを言うものじゃない!」

「ギーシュ君。私のことそんなに気にしなくていいんだよ?」

「そういうわけにはいかない! 君は友人なんだ、友人を放っておくわけにはいかない!」

「…優しいんだね。」

「そ、そんなことはないさ。」

「ギーシュ…。」

「後ろ…。」

「へっ?」

「ギ~~~~シュ~~~?」

「も、モンモランシー! ち、違うんだ、僕はあくまでトゥ君を友人としてだね!」

 だがしかし、ギーシュは、モンモランシーにギタギタにされ、食堂の外に引きずられて行ってしまった。

 ギーシュがいなくなった後、トゥは、再度ティファニアの様子を見た。

 帽子をかぶったティファニアが、3年から1年まで様々な学級の生徒達からちやほやされていた。

 その原因は、勿論彼女の美貌によるものだ。

 アルビオン王家の血とエルフの血が絶妙に配合されたその美貌は、まさに妖精のようで、あらゆるクラスの男子達を虜にした。

 帽子をどこに行っても被っているのは、太陽の光に弱いからだということで通している。

 ティファニアの肌はとても白く、どの女子達よりも脆そうでその御触れを誰もが信じた。

 ティファニアがハーフエルフであることは、学園の関係者では、オスマンだけが知っている。

 もしバレたら一大事だ。それこそ暴動が起きそうだ。

 

 

 そしてその悪い予感は、やがて的中することになる。

 男子達を虜にしてしまったティファニアを良く思わない女子生徒達により、ティファニアへのいじめが始まったのだ。

 

 

「ティファちゃんをいじめないで!」

「キャー! 花咲きお化けよ!」

 そう叫んで一年生の女子生徒達は散っていった。

「はなさきおばけって…、トゥさん…。」

「いいの。」

「でも…。」

「トゥ。こっちいらっしゃい。」

「ルイズ。」

 ルイズに呼ばれ、トゥは、ルイズの方へ走った。

「守ってあげたいんでしょうけど、いちいちあんたが間に入ったらあの子のためにならないわ。」

「でも!」

「あの子は私と同じ虚無の担い手。普通の人生なんて歩むなんてできない。ましてやあの子は一応貴族の血を引いてるし、これから貴族として学んでいかなきゃならないのよ? 姫殿下はそれを思って学院にあの子を入れたんだと思うわ。」

「でも…。」

「今のうちに力を付けなきゃ、いつか自分の運命に押し潰されちゃうわ。いいわね?」

「……うん。」

 ルイズの説得に、トゥは、渋々頷いた。

 確かにそうだ。ティファニアには、これからさらに過酷な運命が待っているだろう。ルイズだって、虚無に目覚める前は成績は首席でありながら爆発しか起こらない魔法のせいで落ちこぼれとして迫害されていたのだ。

 元婚約者であるワルドの裏切りや、アルビオンとの戦争、虚無に目覚めてからも、散々で過酷な目にあって来た。

 それを乗り越え、今のルイズがいる。

 ティファニアに同じことができるのだろうか?

 果たしてティファニアの行く道に幸があるのだろうか?

 そう思うと心配で心配でならない。

「ねえ、トゥ……、心配なのはいいけど…私以外の女ばっかり見てると…。」

「?」

「…もう、いい!」

 プウッと頬を膨らませたルイズは、駆けだして行った。

 残されたトゥは、首を傾げた。

 




前回の、ルイズの記憶の問題はここで解決。

ティファニア入学。そしてそれを心配するトゥ。ジェラシーを感じるルイズ。


次回は、ティファニアを巡る騒動。


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第四十九話  トゥ、怒る

ティファニアが自分の正体を明かし、異端者審問勃発。

トゥが静かにキレます。


 

 そして、トゥの心配は現実となる。

 ティファニアが自ら自分の母親がエルフだったことを告白したのだ。

 正直な彼女なりの戦いだった。

 教室内は大騒ぎ。特にティファニアを気に入らないでいた取り巻き立ちのリーダー格であった、クルデンホルフの姫君であるベアトリスが自らの竜騎士隊達を使って異端者審問を行うと言い出したのだ。

 教室の窓から竜騎士隊がティファニアを抱えていくのが見え、トゥは居てもたってもいられずルイズがいる3年の教室を飛び出した。それに続いてギーシュ達も後を追った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ティファちゃん!」

「トゥさん!」

 トゥがティファニアのもとへ行こうとすると、竜騎士達が立ちはだかる。

 トゥは、大剣を構えた。

 トゥの姿形からは想像もできない大きな剣を振るう様に、竜騎士達はわずかにどよめいた。

「どいてよ。切っちゃうよ?」

「あら? そんなことをしたら我がグルンデルフを敵に回すことになりますわよ?」

 ベアトリスが嫌な笑みを浮かべて言うと。

「いいもん。それごと切っちゃうもん。」

「…本気で言ってるの?」

「本気だよ?」

「ダメです、トゥさん!」

「でも、ティファちゃん!」

「暴力を暴力で戦っても新たな暴力を産むだけです。」

「でも…。」

「あら? つまり異端者審問を受ける覚悟ができてるってことね?」

 ベアトリスの合図で、竜騎士達が大きな釜の中の水を魔法で沸かした。

 異端者審問とは、審問とは名ばかりの処刑なのだ。グツグツと煮える湯で釜茹でにされたらブリミルの教徒だろうが、異教徒だろうが、命はない。

「もういい…。」

 トゥは、俯き、そして顔を上げ、大きく息を吸おうとした。

 だがそれをマリコルヌとギーシュが阻止した。

「まずい、非情にマズイよ!」

「どうして止めるの?」

「君は聞いていなかったのかい! 異端者審問だぞ! ここで庇ったら僕らも異教徒ということになってしまう!」

「家族だけじゃない。親族一同全員が異を問われるんだ。」

「…ギーシュ君達は関係ない。私は、私がやるんだ。私はただのトゥだよ。」

 トゥは、冷たい声で彼女の体を掴むギーシュとマリコルヌの手を振りほどき、再度剣を構えた。

「マズイ、非情にマズイよ…。いくら君がアルビオンで七万の敵をたった一人で蹴散らしたとはいえ…!」

「ああ、この広場でアルビオンでの君の武勇伝が再現されてしまうのか!」

 マリコルヌとギーシュがわざとらしく芝居がかった感じで大声で叫ぶ。

「なんですって?」

 それを聞いて、ベアトリスは眉を動かし、竜騎士達はお互い顔を見合わせだした。その顔には明らかに焦りの色が浮かんでいる。

 そして広場に集まっていた野次馬達もざわついた。

 トゥの噂はトリスティン全土に及んでいる。七万の敵をたった一人で蹴散らした。それがもっとも有名な噂だ。

「ふ、ふん。そんな売女みたいな恰好で、しかもそんな細身で七万の敵を倒すなんてできるはずがないわ。いくらなんでも盛り過ぎじゃないかしら?」

「本当だよ。」

「えっ?」

「私が七万人の敵を倒した。ここにいる竜騎士達なんて簡単に倒せる。」

「で、でも私の竜騎士隊の練度とアルビオンの烏合なんかと一緒にしないで!」

「しかし、彼らの顔色がすこぶる悪いようだけど?」

「えっ?」

 ギーシュの指摘にベアトリスが竜騎士達を見ると彼らの顔色は言われた通りすこぶる悪くなっていた。ついでにダラダラと汗をかいている。

 トゥが剣を構えたまま、ジリッと一歩近づくと、竜騎士達はビクッとなって後ろに一歩引いた。

「何をしているの! それでも我がグルンデルフの竜騎士隊なの!? しっかりなさい!」

 ベアトリスのその一喝でハッとなった竜騎士達は、各々の杖をトゥに向けた。

 トゥが、剣を振り上げた。

 その瞬間、竜騎士の一人が火球を放った。

 それをトゥが目にも留まらぬ速さで剣を振り下ろして火球を切り、二つに割れた火球はトゥの後ろの方に着弾した。

 その場がシーンっとなった。

 魔法を剣で切るなんて聞いたことがないし当然見たこともない。

 だがトゥは、たやすくやってのけた。それがどれほどとんでもないことか。

 トゥは、無表情で竜騎士達を見た。

 右目の花が相まって、普段からの想像もできない覇気が、眼力が発せられている。

 竜騎士達は、理解した。目の前の細身の女性がとんでもないバケモノだということを。七万の大軍を蹴散らしたという噂は真実であることを。

 もはや彼らにベアトリスの声は届かない。トゥの右目の花が発する得体のしれない力も相まって、恐怖が彼らを支配していた。

 トゥがまた一歩、歩を進めた。

 竜騎士隊は、もはやベアトリスを置いて逃げ出したい気持ちになっていた。

 野次馬達も、現場の空気の緊迫感にあてられ冷や汗をかいていた。

 っと、その時。

「トゥ!」

「…ルイズ?」

 緊迫した空気が一気に緩んだ。

「…止めないで。」

「落ち着きなさい!」

 ルイズがトゥを宥めようと声をかける。

 ベアトリスは、好機とみて竜騎士隊に攻撃の指示をした。

 ハッとした竜騎士隊が連携して魔法を使い、トゥの手元を氷で覆った。

 トゥは、凍った手を見て首をゆっくり傾げると、気にした様子もなく、地を蹴って駆けだした。

 さらに魔法が連発されるが、トゥはそれを左右に移動して避け、竜騎士の一人の目の前に来て、大剣を振り上げた。

「殺しちゃダメ!」

「トゥさん!」

 ルイズとティファニアが叫ぶと、トゥは、一瞬惑い、だが剣を振り下ろした。

 剣は、鎧のみを切り、竜騎士の鎧がガランガランと地面に転がった。

『おー、今のは加減しなかったら真っ二つだったな。』

 デルフリンガーが言った。

 鎧を切られて失った竜騎士は、その場に尻餅をついてガタガタと震えた。

「空中装甲騎士団! 何をしているの! 早く攻撃なさい!」

 空中にいたドラゴンに乗った騎士達が我に返って、ドラゴンにブレスを吐かせた。

 トゥは、ウタい、魔方陣を発生させると、ブレスを弾き飛ばしドラゴンに命中させて撃墜した。

「うそ…!」

 ベアトリスは、ようやく敵にしてしまったトゥがいかにヤバいかを理解したようだ。

 トゥは、デルフリンガーも抜いて、竜騎士隊の軍勢の中を舞うように剣を振るった。

 杖が切られ、鎧が切られ、戦闘能力を奪われる。だが殺さない。

 あっという間に竜騎士隊は、戦う術を奪われて無力化された。

 ベアトリスは、真っ青になり、その場にへたり込んでガタガタと震えた。

 そんなベアトリスに、トゥが近づく。

 すると、ティファニアがベアトリスの前に来て、両腕を広げて彼女を庇った。

「ティファちゃん、どいて。」

「ダメです!」

「どうして?」

「私は、争いのためにこの学院に来たんじゃありません! 剣を下ろしてください、トゥさん!」

「でも…。」

「お願いです!」

「あなた…何のつもり?」

 ベアトリスがティファニアに問うた。

「私は、争いのためにここへ来たんじゃない。お友達が、ただ欲しかっただけ。」

「何言ってるの? 私、散々あんたにあんな…。」

「それでもです。私は敵を作りに来たんじゃありません。どうか私とお友達になってくれますか?」

 ベアトリスに向かってティファニアが言った。

 あまりのことに周りは唖然とした。

 ティファニアをいじめていた主犯格を、被害者であるティファニアが許し、そして友達になってほしいとまで言ったのだ。

 その彼女の懐の大きさに、そしてその純粋たる美しさに皆見惚れた。

「そういえば、あんた異端者審問なんてやろうとしてたみたいね? あれって、ロマリア宗教庁の免状がないとできないわよ。」

「い、家にあるのよ!」

 ルイズがベアトリスに聞くと、ベアトリスは、焦った様子でそう言った。

「嘘ね。」

 ルイズが腕組して指摘した。

「免状だけじゃなく、ロマリア宗教庁の審問認可状が必要なのに、それを知らないなんて。」

 するとどういうことだと、周りにいた野次馬の生徒達が叫びだした。

 ベアトリスは、ゲルマニアから来た貴族で、それでいて騎士団などつれて偉ぶっていただけに、反感を多く買っていた。

 それでいてトリスティンの司教を騙っていたとなると、プライドの高い貴族の子供達が許すはずがない。

 ベアトリスは、頼みの綱の竜騎士隊が無力化させられているのもあり、周りからの罵声に震えあがった。

「皆さん、どうか落ち着いてください!」

「しかしミス・ウェストウッド! 君には、彼女を裁く権利がある!」

「そうだそうだ!」

 司教を騙って気に入らない少女をいじめているという事実。ベアトリスは、それだけのことをしてしまったのだ。

「もう一度言います。私は、敵を作るためにここへ来たのではありません!」

 ティファニアの力強い声に、その場の誰もが何も言えなくなった。

 ティファニアは、尻餅をついているベアトリスを助け起こした。

「どうか、私と、お友達に…なってもらえますか?」

「ふ、…ふぇぇぇぇぇぇぇん!」

 ベアトリスは、決壊したように大泣きした。

 

 その後、オスマンが現れ、生徒達にここは学び舎であることを説き、ティファニアの後見人が自分であること、そしてティファニアが女王アンリエッタの客人であることを告げた。

 それから現金なもので、アンリエッタの大切な客人とあっては、下手手に出られないし、何より、その事実を告げられたことによりティファニアがより神聖なものに見えてくるものである。

 何より若い生徒達は、仇敵に対する恐怖より興味が勝ち、恐る恐るではあるが、ティファニアに握手を求めた。

 曰く、エルフとは、オーク鬼のようにおぞましい姿だと思ってたと。

 曰く、エルフってこんなきれいなものだったのかと。

 曰く、えらくまっすぐな考えをしており、そこらの貴族より貴族らしいと。

 ティファニアは、感動した面持ちで握手を交わしていった。

「トゥ。もう、剣を下げなさい。」

「うん。」

 ルイズに言われ、トゥは頷いて大剣を背負い直した。

「トゥ君! 手!」

「ああ、大変だ! 凍傷になっているじゃないかい!」

「大丈夫、これくらいなら。」

 トゥは、凍傷になってしまった手を撫でると、そこにはもう凍傷はなかった。

「…な、治るのが速いんだね?」

「うん。」

 トゥは、なんでもないように頷いた。

「オスマンさん…。どうして、もっと早く来てくれなかったの?」

 トゥがオスマンに問うた。

 オスマンは、髭を弄りながら言った。

 曰く、ティファニアは普通の方法では友達はできないと。ハーフエルフである以上、真の友を得るには下手な助け舟を出してはできないだろうと。

 それでもトゥは納得しなかった。

「もうちょっとで、ティファちゃん、釜茹でにされそうになったんだよ?」

「うむ…。お主の怒りも最もじゃ。」

「もう二度としないで…。でないと…。」

 トゥは、背中の大剣を握った。

「う、うむ! うむ! 分かった、善処する!」

 オスマンは降参だと手を上げて首を振った。

 トゥは、剣から手を離した。

「トゥさん。」

「ティファちゃん…。」

「ごめんなさい!」

「?」

「私のせいでトゥさんに迷惑をかけちゃいました。」

「そんなことないよ。」

「でも…。」

「友達ができて、よかったね。」

「はい! あ、あの、トゥさん。」

「なぁに?」

「トゥさんも、お友達…ですよね?」

「もちろんだよ。」

「よかった!」

 ティファニアは、飛び跳ねて喜んだ。

 それにより、ティファニアの凶悪な…胸部が大きく揺れ動き、オスマンを始めとした男達が鼻血を噴くという事件が起こった。

 それを見たルイズが、ブツブツと、これだから男どもは…っと言っていた。

「でも、触り心地はトゥのが上よ。」

「?」

 フッとルイズは、手をワキワキさせて呟き、トゥは首を傾げた。

 

 




ここ、クソ悩みながら書きました。

原作では、才人がやられてそこへ水精霊騎士隊とベアトリスの竜騎士隊が戦う場面ですが、ここではトゥ一人で戦いました。

ティファニアは、強い子だと思うけど、世間知らずすぎて危ないと思う。


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第五十話  トゥと、ルイズの苦悩

気が付けば、五十話越え。
こんなに長く続くとは…。

今回は、ルイズの恋の悩みと決意かな。

感想欄でベアトリスとオスマンへの処分の話がありましたので、無理やりな形でその辺のことを入れました。


 

 ティファニアの問題は、とりあえず片付いた。

 ベアトリスは、あの後、ティファニアを殺しかけたことや司教を騙った罪などを問われて停学処分やらその他処分を受け、オスマンもアンリエッタの客人を危うく見殺しにしかけたことを問われて結構な処分を受けて戻ってきた。

 一方で、トゥを恐れる生徒が増えた。

 元々右目に花を咲かせていることから不気味がる生徒は多数いたが、ベアトリスが連れていた竜騎士隊をたった一人で、殺すことなく無力化させた戦いぶりに恐れをなしたのだ。

 七万の敵をたった一人で相手しただけじゃなく、そうしたことをやってのけた腕っぷし。もしその剣が自分達に向けられたらと思ったら気が気じゃない。

「トゥさんは、優しい方です!」

「優しいんだね、ミス・ウェストウッドは。」

「そうじゃないです! どうして皆さん、トゥさんを怖がるんですか!」

 ティファニアが必死に仲裁しようとするが、現状は変わらない。

 それは、エルフよりも得体が知れないからだ。

 杖も使わず、ドラゴンのブレスを弾き返す得体のしれない力。一年生たちはそれを目の当たりにしてトゥを警戒した。エルフのように耳がとがっているなどの特徴もなく、その力が系統魔法や先住魔法でもないことは、貴族として、そしてメイジとして鍛えられた感覚で分かる。

 右目に咲いた花も、正体が分からない。それもトゥが周りから警戒され、恐れられる要因になっていた。

 ティファニアは、アルビオンにいた頃、孤児達がトゥの花に触れようとしてトゥが酷くそれを嫌がったのを覚えている。

「トゥさん。」

「なぁに?」

「その…花は、何なんですか?」

 ティファニアは、こらえきれず聞いた。

 トゥの表情が消えた。

 ティファニアは、しまったと思い謝罪しようとすると。

「この花は…、危険なモノ…。いつか世界を…。」

「えっ? せかいを?」

「……。」

「あっ…、ご、ごめんなさい。やっぱり聞いちゃいけなかったですね。」

「…何の話?」

「えっ?」

 キョトンとした顔で首をかしげるトゥの様子にティファニアは、ポカンッとした。

「…トゥ…さん?」

「?」

「あの…さっきその花が世界をって…。」

「? そんな話した?」

「えっ?」

「トゥ!」

 そこへルイズが駆けて来た。

「あっ、ルイズ。」

「ちょっと、あっち行きましょう。それと…。」

 ルイズは、トゥの背中を押し、それからティファニアに耳打ちした。

「花のことは聞かないで。」

「えっ?」

「いいから。でないとトゥが壊れちゃう。」

「!」

「…お願いよ。」

 ルイズは、そう言い残し、トゥを連れて去っていった。

 残されたティファニアは、二人の背中をただ見つめていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ルイズ、どうしたの? 何か用?」

「別に…。」

「?」

 ルイズに押されるまま移動したトゥが聞くと、ルイズは、そっぷを向いてそう言っただけだった。

「それはそうと、あんた、ティファニアと随分と仲良いわね?」

「えっ、だって友達だもん。」

「本当に~?」

「本当だよ? どうしたの?」

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「あんたは…、大きいのと小さいの、どっちがいいわけ?」

「えっ? なにが?」

「だ、だから…、大きいのと小さいの…どっちがいいわけ!?」

「だから何が?」

「てぃ、ティファニアの、アレとかどう思ってるわけ!?」

「アレって?」

「言わせんじゃないわよ! あんな凶悪なモノ!」

「あっ、おっぱいのこと?」

「はっきり言わないでよ!」

「大きいな~って思ってるよ。」

「それだけ?」

「うん。」

「……そう…。」

 ルイズは、ホッとしていた。

「じゃあ、もう一度聞くけど、大きいのと小さいの、どっちがいい?」

「う~ん…。」

 トゥは、悩む仕草をした。

 ルイズは、睨むようにトゥを見ながら返答を待った。

「…うーん、どっちもいいと思うよ?」

「そんな曖昧な答えはいらないわ!」

「えー。」

 ルイズの叫ぶに、トゥは、困った。

「ちゃんと答えないから、お仕置きよ!」

「えー。」

 ルイズは、どこから出したのか、皮の首輪を出した。

 その時。

「大きい方がいいですよね!」

「えっ?」

 トゥが、びっくりしている隙にいつの間にか現れたシエスタが、自らの胸にトゥの顔を掴んで押し付けた。

「ティファニアさんには負けますが、私だって負けませんよ! どうですか、トゥさん!」

「むぐぐ…。」

「ちょっと、苦しがってるじゃない!」

「ルイズさんには、こんなことできませんものね。」

「っ!」

 シエスタの胸の間に挟まれ苦しがるトゥ。

 ルイズは、自分自身の胸に手を当てた。そこには、何もない。

 勝ち誇るシエスタの顔に、ルイズは、顔を赤くしてブルブル震えた。

「ぷはっ。何するの、シエスタ。」

「トゥさん。大きい方がいいですよね?」

「えっ?」

 ずずいっと詰め寄って来るシエスタに、トゥは思わず後ろに仰け反った。

「どうですか!? どうなんですか!?」

「し、シエスタ、落ち着いて…。」

「私の方がいいですよね!?」

「えっ?」

 シエスタの叫びにトゥがキョトンとしている隙に、ルイズは、走り去ってしまった。

「ルイズ!」

「ダメです!」

 ルイズを追いかけようとしたトゥの手を、シエスタが掴んで止めた。

「どうして止めるの?」

「ルイズさんには、少し考える時間が必要だと思います。」

「?」

 真面目な顔で言うシエスタに、トゥは、首を傾げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズは、自室のベットで毛布にくるまっていた。

 小さく声を堪えて泣いていた。

 どう足掻いたって、自分には、シエスタやティファニアのようなブツはない。

 トゥは、単純に大きいなっとしか感じていないようだが、それでもこの劣等感は拭えない。

 カッとなってお仕置きだなんて言ったが、よく考えたらトゥに非はない。

 ああ、どうして自分は感情を抑えられないのだろう。

 こんなに恋というのが苦しいのならば、いっそ消してしまえばいいと思って、アルビオンでティファニアに無理やり頼んで忘れてしまったが、結局は裏目に出て、そしてトゥを傷つけたという事実を残して、最悪な形で思い出してしまった。

「馬鹿ね…、私って…。」

 なんでトゥなんだろう?

 どうしてトゥに恋しちゃったんだろう?

 使い魔で、同性で、……人間じゃない…らしい。

 また消してしまいたくなるが、また忘れてトゥを傷つけてしまったら…、もう立ち直れなくなるに違いない。

 どんなに苦しくてもコレは消してはいけないのだ。

 それを身をもって知ったのだから、どんなに苦しくて痛くても、耐えなければならない。

「……キュルケの奴…実はすごかったのね…。」

 恋多き友がいかにすごいのかが分かった気がした。

「って、私は色ボケになりたいわけじゃないのよ! トゥだけ! トゥだけなのよ!」

 っとルイズは、ガバッと起き上がって叫んだ。

 

『相棒。一途に想われてて、幸せもんだなぁ。』

「ルイズ…。」

 

「へっ?」

 声が聞こえてそちらを見ると、トゥが立っていた。

「い、いつからいたの…?」

「馬鹿ね、私って言ったあたりから?」

 割と時間がたっていたらしい。

 ルイズは、ボンッと顔を赤面させた。

「ルイズ。私のこと、好き?」

「な、なななななな、何言ってんのよ! あ、ああ、あんたなんて…、あんたなんて…。」

『嘘はいけねーぜ。アルビオンでも、『やっぱり、大好き』なーんて言ってたくせによ。』

「あんた溶かすわよ!」

「ごめんね、ルイズ。」

「なんで謝るのよ。」

「だって…、私…。」

「あんたが応えてくれないのは…、前々から聞いてたわ。シエスタの告白だって断ってたんだし。」

「でもルイズが私のこと好きって言ってくれたの…、嬉しかったんだよ?」

「……勘違いするからやめてよ。」

「本当だよ。」

「…分かったわ。」

「?」

「あんたを振り向かせられるよう私が努力すればいいのよ!!」

「へっ?」

 突然のルイズの宣言に、トゥは、キョトンとした。

「確かあんたには、恋人もいたって言うし、例えそうでも振り向かせられるよう頑張るしかないじゃない! 覚悟しなさいよ!」

「えー。」

 ビシッと指さして大声で宣言するルイズに、トゥは声を漏らした。

 

 




シエスタ、ルイズが恋敵になって焦ってます。

あとルイズの決意。トゥの全部を含めて愛そうとしてます。
原作と違い、同性なので進展が…。


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第五十一話  トゥ、悩む

ルイズとシエスタ、両者からの好意に悩むトゥ。

あと、お風呂覗き騒動。



 

 トゥは、アルヴィーズの食堂で、くうくうと寝ていた。

「トゥさんったら。」

 シエスタは、毛布を持ってきてトゥの背中にかけた。

 トゥは、寝不足だった。

 というのも、先日のルイズの宣言があり、ルイズのスキンシップが激しくなって困ったトゥは、最近若干寝不足になっていた。

 若干の寝不足も積もれば山となる。

 ちょっと前に起こったルイズの記憶消去事件もあり、トゥは、ルイズを無下にできず、かといって受け入れるわけにもいかず、トゥは、とても困っていた。

 そんなこんなで寝不足になっているので、ルイズが授業に出ている間にこっそり抜け出してまだ使われていないアルヴィーズの食堂で一眠りしているのである。

 ルイズが知ればあとでドヤされるだろうが、眠気には勝てない。

 教室で、他の生徒の使い魔と寝るという選択肢もあったが、ルイズに怒られて起こされるのが関の山だし、なので教室を抜け出したのである。

「……トゥさん…。」

 シエスタは、トゥの背中にそっと抱き付いた。

「う~…。」

「私じゃ…、ダメですか?」

 寝ているトゥに小さな声で語り掛ける。

「私の方が先なのに…、ルイズさんはずるいです。」

「…むぅ…、シエスタ?」

「あっ、起きましたか?」

「あれ? もうご飯の時間?」

「まだですよ。お腹すきましたか?」

「う~ん。喉乾いた。」

「じゃあ、お水持ってきますね。」

 シエスタはトゥから離れて、厨房に走って行った。

 トゥは、シエスタがいなくなった隙に、食堂からいなくなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……はあ…、私、どうしたらいいんだろう?」

 戦闘機の傍に座り込んでトゥは、ぼやいた。

「ルイズもシエスタも好きだけど…、恋人にはなれないし…。」

『贅沢な悩みだぜ、相棒。』

「とっても困ってるんだよ、デルフ。」

『諦めて二人とも食っちまうってのもありだぜ?』

「えー、そんなことしたら二人を弄んでるみたいで酷いじゃん。」

『おめーさんは、もっと欲深くいってもいいと思うぜ?』

「欲深くって…、ファイブみたいに…、えー。」

『ま、ファイブってのがどんなんだったかは知らねーが、ちょっとぐらい欲出したっていいんじゃねーの? 二人とも大事なんだろ?』

「うん。大事。」

『大事だからこそ欲を出してもいいってこともあると思うぜ?』

「でも…。」

『相棒が謙虚なのはいいが、もうちっと人生楽しんでもいいと思うぜ。……時間も残り少なくなっちまってることだしな。』

「……分かるんだね。デルフ。」

『なんとなくな。』

「だから、余計に二人の気持ちには応えちゃいけないんだ。ずっと一緒にはいられないもの。』

『ずっと一緒にいることだけが幸せとは限らねーぜ?』

「そうなの?」

『少なくとも、アイツは、少しだけでも幸せだったと思うぜ。』

「あいつって?」

『ん? ……やべぇ、思い出せねぇ。誰だったか…。』

「えー。」

 肝心なところを覚えてないデルフだった。

 

「トゥ。」

「トゥさん。」

 

「あっ。」

 背後から、ゴゴゴっというようなオーラと、落ち着いた、けれど静かな怒りを含んだ呼び声に、トゥはビクンッとなった。

『相棒…。受け止めるのも愛情だ。』

「ふぇぇぇ…。」

 

 やがてトゥの悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥが、クスンクスンっと泣いていた。

「もー、泣くことないじゃない。」

「トゥさん、ごめんなさい、ごめんなさい。」

 場所をルイズの部屋に移し、泣いてるトゥを慰めるのはシエスタ。ルイズは、腕組して横目で見ている。

 トゥの髪はクシャクシャに、顔や体には土埃もついていた。

「クスン…、だってぇ、二人とも怖いんだもん…。」

「だって、トゥさんが逃げるんですもの…。」

「あんたが逃げるからよ。」

『あのな…。相棒は、気が休まらなくてあえて一人でいようとしてただけなんだよ。』

 デルフリンガーが助け舟を出した。

「気が休まらないってどういうことよ? 私と一緒にいたくないわけ?」

「そんなことないよぉ…。」

「じゃあ、なんで教室から勝手に逃げてるのよ。」

「眠かったんだもん…。」

「なんで寝不足になってんのよ? シエスタ、あんたなにかしたの?」

「いいえ、私は何も。」

「嘘おっしゃい。」

「何もしてませんってば! ルイズさんこそ何かしたんじゃありませんか!」

「私だって何もしてないわよ!」

「そっちこそ嘘ついてませんよね!?」

「嘘じゃないわよ!」

 ルイズとシエスタが、ギャーギャー言い争いをしている間に、トゥは、泣き疲れて寝てしまった。

「ちょっと、トゥ! 土まみれで寝ないでよ、シーツが汚れる!」

「うぅ~。」

「……浴場に行くわよ。」

「えっ!」

「残念だったわね。トゥは、貴族になったんだし大丈夫よ。」

 ルイズは、勝ち誇ったようにシエスタに笑って見せた。

「お風呂?」

「そう、大浴場よ。貴族しか使えない大浴場よ。」

 ルイズは、トゥの手を引いて立たせた。

 シエスタは、怒りにプルプルと震えていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 学院の女子生徒達が全員は居れるほどの大きな浴場に、ルイズは、トゥを連れて入った。

「ほら、こっちいらっしゃい、洗ってあげるから。」

「…うん。」

 他の生徒達もいたが、全員トゥの体を見て目を丸くしていた。

 肌を出している割合が多い格好ではあったが、裸になるのとではまた別の魅力があり、同じ女でも見惚れてしまうほどであった。

 若干細すぎるところがあるが、ああ、まさに染み一つない白い肌はつるつるしてそうで触ればきっと極上の感触がするのであろうことが伺え、小さすぎず大きすぎない胸も形が綺麗だ。

 得体のしれない右目の花など気ならないほど美しい。不思議なことに嫉妬心が湧くことなく、納得してしまう美しさなのだ。

 椅子に座ったトゥの後ろから、ルイズが石鹸を泡立て、不器用な手つきで、トゥの青い髪の毛を洗っていく。

 ルイズなりに丁寧に一生懸命洗う。

 洗面器にお湯を入れ、石鹸の泡を洗い流すと、鮮やかな青い色が露わになった。

 普段は、少しフワッとなった髪の毛がぺったりとなり首や顔に張り付いている。

「背中も洗ってあげる。」

「うん。」

 トゥはなすがままだった。

 石鹸を付けた布でトゥの白い背中をこすっていく。

 背中を擦っていて、ルイズはふと手を止めた。

 前は、どうする?

 さすがにそこまでする根性はルイズにはない。つい先日想いを決意に変えてトゥを振りまかせようと思った矢先なのだ。そこまでの関係まで行く度胸はまだない。

 何度かボケたトゥに襲われかけたことはあるが、あれはカウントしない。今考えると非常に惜しいことをしていたなと思うが過去のことなのでどうにもならない。正直あの頃の自分を殴りに行きたい気分だが。

「ルイズ、トゥさんもいらっしゃったんですね。」

 そこへやってきたのは、ティファニアだった。

 豊かな…凶悪な大きさの胸をタオルで隠しているが隠しきれていない、大きすぎて今にも零れそうだ。

 そのとてつもなさにルイズが眉間を寄せていると、トゥがルイズの手から泡の付いた布を奪って自分の体を洗いだした。

 洗い終えると、洗面器のお湯で洗い流し、トゥは、さっさとお風呂に浸かってしまった。

「トゥ。」

「トゥさん?」

 お風呂に浸かって、俯いているトゥの背中を見て、二人はトゥがおかしいことに気付いた。

「トゥさん、トゥさん? 大丈夫ですか?」

 ティファニアがトゥの隣に来て聞いた。

 ルイズも慌ててトゥの隣に来た。

「どうしたの、トゥ?」

「トゥさん?」

「……。」

「黙ってたら分からないわ。」

「どうしたんですか? 気分が悪いんですか?」

「………誰かいる。」

「はっ?」

 トゥがボソッと言って顔を上げ、キョロキョロと周りを見回しだした。

 トゥは、急に立ち上がると、浴場の壁をペタペタと触りだした。

 そして。

「あった。」

 トゥが小さく複数開いた穴の中を左目で覗いた。

 すると、男のものと思しき悲鳴が聞こえた気がして、女子生徒達が一斉にそちらを見た。

「ちょっと、トゥ、何を見つけたの?」

「まさか…覗き!?」

 穴に気付いたモンモランシーがタオルで前を隠しながら叫んだ。

 女子生徒達は一斉に杖を持ち出し、大騒ぎになってる中、トゥは素早く浴場から抜け出し、体にタオルを巻くと、外に飛び出した。

「トゥ!?」

 ルイズは、後を追いかけた。

 外に飛び出したトゥは、探るように浴場の壁を手で伝いながら、やがて地面に空いた穴を見つけた。

 そこから顔を出した、見慣れた顔ぶれ。トゥの存在に気付いた水精霊騎士隊の少年達(ギーシュとマリコルヌ含む)は、顔を蒼白とさせた。

 トゥの後ろから続々と着替えた女子生徒達が現れだした。

 逃げようとしたのだがそれよりも早くトゥに見つかり、逃げ場を失った水精霊騎士隊の少年達は、全員捕まりお仕置きを受けたのだった。

 覗き犯達を一斉検挙できたことのは、トゥのおかげということで、トゥは、女子生徒達から賞賛された。

 のだが。

「あっ。」

 トゥがうっかりタオルを落としてしまい、彼女の裸体を見た水精霊騎士隊の少年達は、一斉に鼻血を噴き、また女子生徒達にタコ殴りされたのだった。

 トゥがポカーンとしていると、ルイズが大慌てでタオルでトゥの体を隠した。

「ティファニア! あいつらのトゥの体見た記憶を消してくれない!?」

「えっ?」

「やってちょうだい!」

 ティファニアにムチャな注文をするルイズだった。

 

 

 大騒ぎとなったその夜の光景を、シエスタは、物陰から見つめていた。

 その手には、ハートマークのような蓋の付いた小瓶が握りしめられていた。

 




自分に残された時間が少ないことで、二人からの好意を受け止めきれないトゥ。
でも二人とも好きだから無下にはできず困っています。

お風呂覗き騒動は、原作を読むと男子生徒達の執念深さというかなんというかがすごいなぁって思いました。

次回は、シエスタがトゥを一日独占します。


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第五十二話  トゥの一日使用権

なんやかんや理由をつけてトゥを一日独占するシエスタ。

気持ちR-15?


 

「トゥさんのお裸をスケベな殿方さんたちに見せてしまうなんて、とんでもない失態だと思います。」

「だ、だからあいつらの記憶は消したからノーカンでしょ?」

「ですが、全員ではありませんでしょう?」

「…そ、そりゃ女子生徒の分は消してもらってないけど…。」

「そのせいでトゥさんがスケベな殿方さんたちにお裸を見られたという事実は残っています。消すなら全部消すべきですよ。」

「そ、そんなの無理よ。ティファニアは、自分の記憶は消せないのよ。」

「実は、廊下で、水精霊騎士隊の方がトゥさんの体を見たことを聞いて覚えてなくて酷く残念がっているのを見ました。」

「えっ!?」

「ルイズさん。」

「えっと…。」

 ジトリッとシエスタに見られ、ルイズは汗をかき視線を彷徨わせた。

「私にトゥさんを一日貸してください。」

「はっ? ………はぃぃぃ!?」

「私とトゥさんがいない間に、事を片付けてください。」

「そんな無茶な…。」

「できないんですか?」

「だからってトゥをあなたに貸す意味はないでしょ。」

「いいえ、トゥさんがスケベな殿方さんたちの目にさらされるよりはよっぽどマシです。ルイズさんは、それでいいのですか?」

「よかないわよ!」

「ですよね。」

「あっ…。」

 まんまとシエスタに誘導され、ニッコニッコ笑うシエスタとは対照的に顔を青くするルイズだった。

「ただいま、ルイズ、シエスタ。」

「トゥさん!」

「わっ、どうしたの?」

「一日ずっといましょう!」

「えっ?」

 トゥがキョトンとし、ルイズを見るが、ルイズは、俯いており何も言わなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 あれからすぐ、シエスタに手を引かれてトゥは、歩いていた。

「どこ行くの?」

「使用人たちの宿舎です。スズリの広場の方にあります。」

「ふーん。」

 やがてこじんまりしたレンガ造りの建物に辿り着いた。

「ここが?」

「はい。どうぞどうぞ、お入りください。」

「うん。」

 トゥの背中を押してシエスタは、一緒に宿舎に入った。

「あら、シエスタじゃない!」

「ローラ。ちょっと頼みがあるの。」

「なぁに?」

「部屋を貸してほしいの。一日でいいから。」

「あら? あらあらあら?」

 ローラと呼ばれたメイドの少女は、トゥとシエスタを交互に見るので、トゥは首を傾げた。

 そしてローラは、シエスタの肩を掴み耳元で。

「頑張りなさいよ。」

 っと、小声で囁いた。

 そう言われてシエスタは、ポッと頬を赤らめた。

 やがてハッと我に返ったシエスタは、トゥに向き直り。

「トゥさん。」

「なぁに?」

「新婚さんごっこしませんか!?」

「えっ?」

「あ、あの…、新婚さんごっこを…。」

「ごっこ? ままごとみたいなこと?」

「え、あ、そ、そうです。」

 シエスタは、プスプスと顔を真っ赤にしながら俯いた。

「いいよ。」

 トゥは、笑顔で即答した。

「本当ですか!」

「う、うん。」

 シエスタが目を輝かせて見上げて来たので、トゥはちょっと後ろにのけ反った。

「じゃあ、行きましょう!」

「うん…。」

 シエスタの迫力に押されるまま、トゥは、シエスタに手を引かれていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ローラの部屋は、同時に、シエスタがかつて使っていた部屋でもあった。

 部屋に来たシエスタは、懐かしいと言い、トゥは、部屋を見回した。

 ルイズの部屋の半分もない質素な部屋にベットが壁際、左右に二つ、女が使う部屋なのでお香も炊いてあってよい香りがする。

 トゥが突っ立っていると、シエスタが椅子に座るよう促した。

 トゥが椅子に座り。

「新婚さんごっこって何するの?」

 っと、聞き、シエスタがモジモジしながら話そうとしたのだが、急に険しい顔をしてドアの方に向かった。

 そして荒っぽくドアを開けると、シエスタの同僚である使用人の少女達がドドドッと倒れ込んできた。どうやら扉の前で聞き耳を立てていたらしい。

 トゥがポカーンとしている間に、少女達を追い払ってドアを閉めたシエスタは、大きく息を吸って吐いた。

「し、新婚さんごっこですけど…。」

「うん。」

「私が奥さんで、トゥさんが旦那様です。」

「私が旦那様?」

「あっ、嫌でしたら、私が旦那様役でも…。」

「いいよ。私が旦那さま~。」

「い、いいんですか!?」

「うん。」

 頷くトゥに、シエスタは、クラッとなりそうになった。

 心の中でガッツポーズをしながら、次の段階へ行こうとトゥに向き直る。

 が、すぐにまた険しい顔をして、ドアに向かい、また開けると少女達がまたドドドッと倒れ込んできたので、来るなと怒鳴りつつ、壁を箒で叩いた。どうやら壁が薄く、聞き耳を立てていた使用人達がいたらしい。

 やっと邪魔者がいなくなり、一息ついたシエスタは、再度トゥに向き直った。

「それで、新婚さんごっこですけど…。」

「うん。」

「まず帰ってきてからの挨拶からします。」

「うん。」

「トゥさん。おかえりなさい。お風呂にします? ご飯にします? それとも……。」

「ご飯。」

「分かりました。」

 それとも、“わたし”と言いかけてご飯と即答されてシエスタは、心の中で落胆しつつ、けれど、まだ一日は長いのだからと思い直した。

 その時、トゥのお腹の虫が鳴った。

 トゥが本当にお腹を減らしているのだと気付いたシエスタは、慌てて、少し待っててくださいねっと言って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 テーブルに突っ伏して、空腹に苦しめられていたトゥのところにシエスタが戻ってきた。

 の、だが…。

「シエスタ?」

「はい。」

「その恰好は?」

「暑いんです。」

「えっ?」

「暑いんです。」

「えっ、暑くないよ?」

「……もう、分かってくださいよ。」

 シエスタは、頬を膨らませた。

 シエスタの格好は…、まあ、いわゆるアレだ。

 裸エプロンというやつだ。

 だがただエプロンを裸の上に着ているのではない、絶妙な長さのニーソックスに、頭にはメイドのカチューシャを付けている。

 これを男が見たら、それこそ齧り付きたくなるだろう。シエスタのスタイルもあって、それほどの魅力があった。

 だが残念なことに、相手は同性のトゥだ。魅力がいまいち伝わらない。

 作戦失敗か…っと、シエスタが心の中で残念がった。

「シエスタ、ご飯…。」

「あ、すみません。」

 ハッとしたシエスタは、すぐにテーブルに持ってきた料理を並べた。

 そして自分はトゥの正面の席に座った。

「いただきまーす。」

「どうぞ。お、美味しいと思いますよ?」

「うん! 美味しい!」

「本当ですか! ありがとうございます。」

 トゥからの素直な感想に、シエスタは笑顔になった。

 モグモグと食べていたトゥは、ふと窓の外に青い影が過ったのを見た。

「?」

 それは、シルフィードだった。

 タバサとルイズが乗っている。

 タバサはいつも通り本を読んでいたが、ルイズは怒り心頭の顔をしており、何か声に出さず言っている。

「? どうしたんですか、トゥさん。」

「あ…、うん、なんでもない。」

 トゥは、なんでもないと首を振った。

「あ、あの…トゥさん。」

「なぁに?」

「新婚さんが夜…することって、やってみませんか?」

「……。」

「あっ、すみません。忘れてください。」

 さすがに調子に乗ってしまったとシエスタは、謝罪した。

 しかし、トゥから返された言葉は予想外のモノだった。

「いいよ。」

「えっ!?」

 シエスタが驚いていると、トゥが立ち上がり、座っているシエスタの足と背中に手を回して、いわゆるお姫様抱っこした。

 そして混乱するシエスタを抱き上げたまま歩き、壁際のベットの一つに寝かせた。

「トゥ、トゥさん…!」

「……。」

「トゥさん?」

 何かがおかしいことにシエスタは気付いた。

 トゥの目に、何か暗い物が宿っている。右目の花が、なぜか不気味に見えた。

 ゾッとしたシエスタは、慌ててトゥの下から逃げようとしたが、トゥに両手の手首を掴まれてベットに抑え込まれた。

 乱暴なその動きと込められる力に、シエスタは、思った。

 これは、トゥじゃない!っと。

「やめて、やめてください!」

「……。」

「トゥさん! お願い、戻って!」

 正気じゃないトゥの顔を近づいてきて、シエスタは、必死に暴れた。

「イヤァァァァ!」

「……しえ、すた…。」

 トゥの声に、シエスタが恐る恐る涙目でトゥを見上げると、トゥは、キョトンとした顔をしていた。

 トゥは、握りしめていたシエスタの手首から手を離すと、シエスタの手首は赤くなっており、握りしめていた跡が残っていた。

「! ご、ごめん…。」

「トゥさん…、戻ったんですね?」

「ごめ…ごめんね。」

 ベットから離れ床にへたり込んだトゥは、涙を零した。

「いいんです。大丈夫ですから。だから泣かないでください。」

「……頭冷やしてくる。」

「トゥさん!」

 トゥは、立ち上がり部屋を出て行ってしまった。

 残されたシエスタは、少し茫然とした。

 やがてエプロンのポケットからハートの蓋が着いた小瓶を取り出した。

「こんなもので、トゥさんを振り向かせたって仕方ないよね…。」

 っと、その時、ドカーンッと爆発音と地響きがして、ふらついたシエスタは、窓際に倒れ。

「あっ!」

 小瓶を窓の外に落してしまった。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして。

 シエスタと、トゥは、ベットの上で布団の中に隠れていた。

 外では大騒ぎになっていた。

 

 シエスタがうっかり窓から落とした惚れ薬の所為で…。

 

 ジェシカから貰ったというその惚れ薬は粗悪品だった。

 何がダメなのかというと、まず効果が持続しない、そしてここから大問題。

 効果が、“伝染”するのだ。

 まず外を歩いていたモンモランシーがその薬が入った小瓶を拾い、なんやかんや事故があってうっかり飲んでしまい、ルイズに惚れてしまったモンモランシーがルイズにキス。

 ルイズはモンモランシーを撃退したが、キュルケを見て惚れてしまい、キス。

 そしてキュルケは、タバサを見て、惚れてしまい……、そこからはある意味で地獄絵図、だが見ようによっては天国状態だった。

 効果はわずか一時間程度であったが、薬が伝染してしまった女子達には十分すぎるトラウマを残したのだった。

 なんとか場は収まったものの、ルイズは怒り心頭でトゥに詰め寄り、シエスタを襲いかけたことを怒っていた。

「違うんです、違うんです!」

「でも、シエスタ。」

「トゥさんの様子がちょっとおかしかったんです。だからトゥさんの意思じゃないです。」

「…どういうこと?」

 そして、シエスタは、何があったのか説明した。

 ルイズは、トゥを見た。トゥは、しょんぼりとしていた。

「自分でやったわけじゃないのね?」

「…うん。覚えてないの。」

「…そう。」

 ルイズは、深く息を吐いた。

 シエスタは、ルイズが納得してくれたことを喜んだ。

「二人きりにするんじゃなかったわ。」

 そう言って、疲れたのかテーブルの上のワインを飲んだ。

「あっ!」

「えっ?」

 シエスタが声を上げたので、ルイズがそちらを見た。

 その瞬間、ルイズの目が潤み、怪しい色を帯び始めた。

「シエスタ!」

「キャーー!」

 ものすごいスピードでルイズに押し倒されたシエスタは、その反動でキスをしてしまった。

 すると、シエスタの目が潤み、怪しい色を帯び始めた。

「えっ…、シエスタ?」

「ああ、シエスタぁ。」

「ルイズさぁん。」

 目の前にいたルイズの顔を見て惚れてしまったシエスタは、ルイズと絡み合いだした。

 ワインにあらかじめ入れていたのだ。あの粗悪な惚れ薬を。

 しかしトゥが飲まなかったのでそのまま放置されて、ルイズがうっかり飲んでしまったのだ。

 仲良く絡み合い、ついにはカスタードやホイップクリームなどを塗り合ってなめ合って絡む二人を見ながら、トゥは、突っ立っていることしかできなかったのだった。




宿舎を揺らした爆発は、ルイズがやりました。
トゥに惚れ薬が効くかどうか…。悩みました。結局は飲まなかったことにしました。

次の巻の展開、どうしようかな…。


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第五十三話  トゥ、真実に近づく

メイド服を着せられたトゥ。

後半は、ルイズ→トゥ要素で、トゥが自分がハルケギニアに呼ばれた理由について少し触れます。(たぶん)


 

 誰しもがルイズの後ろを歩く人物に目を向けた。

 ルイズの後ろを歩くのは、メイドの格好をしたトゥだった。

 トゥは身長があるので、若干サイズが違うが、メイドの衣装を何とか着こなしている。

 男子達は、普段は肌を多めに出しているトゥを見ているので、逆に隠しているのはこれはこれでそそられるとヒソヒソしていたため、覗き事件を聞いていた女子達からキャーキャー言われて避けられていた。

 水精霊騎士隊の少年達は、あの事件後、退学だけは免れたが、罰として学院の清掃を命じられ、女子達にはキャーキャー叫ばれて避けられ恋人がいる者はお仕置きされ、ギーシュに至っては別れ話まで出て、マリコルヌにようやく訪れた春も失われようとしていた。まあ、マゾなマリコルヌは、罵られて逆に喜んでいたのだが…。

 トゥがなぜメイドの服を着せられているのか。

 その理由は、ルイズとシエスタが惚れ薬でラリッている時に止めなかったことを怒られたからだ。

「だって二人とも幸せそうだったんだもん。」

「だからって放っておくんじゃないわよ!」

 効果はすぐに切れたが、ルイズとシエスタにとって黒歴史になった。

「トゥさん、誤解しないでください。キス以上のことはしてませんから。」

「うん、見てたよ。」

「いやん。」

 トゥにそう言われて、顔を赤くしたシエスタは俯き手で顔を覆った。

 シエスタの可愛い仕草に、ルイズは、ムッとなった。

「トゥ、お茶入れて。」

 シエスタから気をそらさせるためにトゥに命令した。

 ハッとしたトゥは、せっせとお茶の用意をした。どこで覚えたのか、いやにお茶の淹れ方などを知っている。元々料理の腕もあるが、それ以外の技能もあるらしい。

 テーブルについたルイズとシエスタのカップにお茶を注ぎ、クッキーも用意する。その手際の良さ。シエスタに匹敵するだろう。

「あんたどこで覚えたのよ?」

「えっ?」

「…まあいいわ。あら、美味しいわね。」

「トゥさんお茶の淹れ方がとてもお上手です! 私が淹れるより美味しいですよ!」

「ありがとう。」

 べた褒めするシエスタに、トゥは笑顔で答えた。

 ルイズは、ムッとしたがそこへトゥがクリームの入った壺をテーブルに置いたので固まった。

「トゥ…、これは何?」

「えっ、クリームだよ。クッキーに塗る奴。」

「なんで今出すの?」

「えっ? だってクッキーに…。」

「少しは考えなさいよぉぉぉ!」

「ふえぇぇ。」

 トゥは、ルイズに叱られた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズがトゥを叱っていると、タバサがシルフィードに乗って窓からやってきた。

 なぜだかコルベールも乗っており、ルイズの部屋に入ったコルベールは、どこか浮かない顔をしていた。

 話を聞いてみると、オストラント号による航行を許してもらえなかったのだという。

「せっかく君の故郷へ行けると思ったのだがね。」

「……。」

「どうしたんだい、トゥ君?」

「あの、先生…。」

「なんだい?」

「私のいた世界には…、行かない方がいいです。」

「だが、私としてはあの戦闘機のような技術のある国を一度この目で見てみたいのだ。」

「あれは、たぶん…旧世界の遺物だと思うの。」

「キュウセカイとは?」

「えっと…、ワン姉ちゃんなら分かるかもしれないけど…。」

「君のお姉さんかい?」

「うん。ワン姉ちゃん、いっぱい本読んでるからすごく色んな事詳しいの。」

「それはぜひ会ってみたいな。」

 ワクワクした顔をするコルベールの様子に、トゥは、苦笑した。

「トゥさん…、元の場所に帰りたいんですか?」

「うーん。覚えてないから、よく分かんないの。」

「あ、そうでしたね…。すみません。」

 トゥの記憶がないことを忘れていたシエスタは謝った。

「私のいた世界は…、ルイズ達の世界とそんなに変わらないかな?」

「そうなのかね?」

「でも魔法主義じゃないし、貴族の人もいるけど、魔法が使えるから貴族ってわけじゃなくって…。」

「ほうほう、全く違う国家体制の世界なのか。魔法がありながら、魔法に凝っているわけではないというのは興味があるね。」

「妖精とか、竜がいるし…。」

「このハルケギニアにもドラゴンはいるが?」

「違う。ちょっと違う。なんて言えばいいんだろう? なんだか違う気がするの。私がいた世界の竜と、この世界の竜は…。」

 トゥは、言いかけて少し黙った。

「近いけど…、とても弱い。」

「弱い? 火竜や風竜など多種にわたるというのかい?」

「最強の竜が必要。」

「さいきょうのりゅう?」

 トゥが無表情で淡々と言い始めたため、全員の目がトゥに集まった。

「花を……、花を…。」

「トゥ? トゥ! しっかりしなさい!」

 トゥがおかしくなってきて、ルイズが慌ててトゥの腕を掴んで揺さぶった。

「……? どうしたの?」

「トゥ、あんた…。」

「トゥ君?」

「ふぇ? 何かありましたか?」

「あっ、いや、なんでもない。疲れているのにお邪魔してすまないね。」

「疲れてませんよ?」

「いいんだ。本当にすまない。」

 コルベールの不自然な気の使い方にトゥは首を傾げた。

 タバサは、ジッとトゥを見ていた。いや、トゥの右目の花を見ていた。

 タバサは、外にいるシルフィードのこと思った。

 韻竜というこの世界では極珍しい竜であるシルフィードは、人語を喋るだけじゃなく先住魔法を使いこなす。

 その韻竜ですら、トゥからしたら弱いのだろうか?

 トゥが言っていた最強の竜というのがどんなものなのか純粋に興味があったが、同時に不安を覚えた。

 シルフィードだけじゃなく、他の竜ですらトゥの花を喰らいたがる。

 それは、何を意味するのか…。

 シルフィードに直接聞こうとしたのだが、シルフィードは頑として言わなかった。だがトゥの花を思い出してか涎を垂らしていた。

「その花は、竜のご馳走?」

 タバサの直球な言葉に、ルイズは目を見開きタバサを見た。

 ルイズは、視線で空気を読めと訴えているがタバサは止めなかった。

「シルフィードも、他の竜も、あなたを食べたがってる。」

「それは本当かね、タバサ君!」

「タバサ!」

「ルイズ。ハッキリさせた方がいい。」

 叫ぶルイズに、タバサが言った。

 トゥは、何の話をしているんだろうかとキョロキョロとしていた。

「あなたは、竜に食べられたい?」

「竜に…。」

「シルフィードは、あなたを食べたがっている。」

「……そう。」

 トゥの目から光が消えていき、けれど笑みを浮かべた。

「嬉しい。」

 本当にうれしそうに、けれど、儚そうにそう言った。

「トゥ! トゥってば! ダメよ、ダメだったらダメだから!」

「トゥさん、しっかりしてください!」

 ルイズは、トゥの腕を掴み揺さぶり、シエスタも声を上げた。

「もしや…、君の花は、竜でなければ駆逐できないのかね?」

「!」

 コルベールがずばり言った途端、トゥの目が大きく見開かれた。

「………最強の竜…。最強の竜がいるの。必要なの。」

「なぜそこまで最強の竜に拘るのかね?」

「そうでないと…、あそこへ……、約束が…。」

「あそこ? やくそく? それは一体?」

「わたし…、私は…。」

「もうやめて!」

 ルイズが大声で叫んだ。

 その叫び声でコルベールとタバサは、びっくりし、トゥの目に光が戻り、ルイズは、ヒックヒックと泣いた。

「私は、トゥに死んでほしくないの! トゥを…、トゥを追い詰めないで!」

「ルイズ?」

「お願いだから、死なないでぇ!!」

 ルイズは、トゥの胸に縋りついて泣きながら言った。

 その後もルイズは、大声で泣き続け、タバサとコルベールは、何も言えなくなった。

「ルイズ…。」

「トゥ…。」

 トゥは、困ったように笑いながらルイズの頭を撫でた。

「どこにも行かないで…。」

「それは、……できないよ?」

「イヤ!」

「ルイズ…、あのね…。」

「イヤだったらイヤ!」

 ルイズは、癇癪を起こす子供のように叫び続けた。

 それからしばらくルイズは、泣き叫び続け、その間にタバサとコルベールは、ソッと退室し、シエスタは、貰い涙を流していた。

 




トゥは、すべてを知って理解しているわけではありません。
キーワードに触れられたので、花とガンダールヴから自然と情報が出て来ただけでほとんど無意識です。

死にたがるトゥに、ルイズが癇癪を起しました。

DOD3の文明レベルって、ハルケギニアとそう変わらない?
でも旧世界とか、ドラゴンとかの強さ的には生物としての強さは圧倒的にDOD世界の方が上かも。


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第五十四話  トゥと、デルフの思い出話

なんやかんや言って更新しまくってますね…。後先も考えず。

捏造したブリミルについての話をデルフリンガーがします。

あと、キュルケがルイズにアドバイス(?)をします。


 

 散々泣いて喚いたルイズをベットに寝かせ、トゥは、水で濡らしたハンカチをシエスタに渡した。

 ルイズと同じく泣いていたシエスタは、濡れたハンカチで腫れた目を押えた。

「トゥさん、お願いですから死なないでください。」

「それは…。」

「お願いです。お願いです。死なないでください。」

 そう懇願し、また涙を浮かべるシエスタにトゥは困ったように笑った。

「どうしてですか?」

 自分は死なないと言わないトゥに、シエスタが言った。

「その花がいけないんですか?」

「……そうだね。」

「その花をなんとかすればトゥさん死ななくていいんですよね?」

「……それだけじゃダメ。」

「どうしてですか?」

「私自身が花なの。」

「トゥさんが、花?」

「花を駆逐するには、私自身が死ななきゃダメ。」

「そのために、最強の竜がいるんですか?」

「うん…。でも、それだけじゃない。」

「なんですか?」

「私が竜に食べられないと……、最強の竜は生まれない。」

『いい加減にしな相棒。おまえさんはそのために呼ばれたんじゃねぇ。』

 今まで黙っていたデルフリンガーが言った。

「それ以外に何があるの?」

『そんなことのために、ウタウタイは存在するんじゃねぇ。そんな…そんなことのためにおまえさんが何もかもを捨てる必要があるってんだ?』

「でもそうしないと、この世界は滅ぶよ?」

『それは…。』

「トゥさんが死ぬことと、世界が滅ぶことが関係しているんですか?」

「最強の竜がどうして必要…。それが約束……。」

「誰との約束なんですか?」

「……誰だっけ?」

『おいおい、肝心なところが抜けてるじゃねーかよ。』

「デルフだって、覚えてないでしょ?」

『何がだよ。』

「いつか言ってたでしょ? 少しだけでも幸せだったって。それって、誰のこと?」

『…そういやそうだな。』

 デルフリンガーは、観念したように言った。

『ああ、そうだな。あいつは、少しの間だけでも幸せだったと思うぜ。』

「その人って、私と関係がある人?」

『恐らくな。』

「ふーん。」

「トゥさん…。」

「シエスタ…。ごめんね。」

「どうしてなんですか…?」

 またポロポロと泣くシエスタの頭をトゥは撫でた。

「ごめんね。ごめんね。」

「謝らないでください…。余計哀しくなります…。」

「…ごめんね。」

「トゥさん…、トゥさん…。好きです、大好きです。」

「うん。」

「どうか忘れないでください。私は、ずっとトゥさんが大好きです。」

「うん。」

 手の甲を目尻にこすりつけ、泣き続けるシエスタの頭をトゥは撫で続けた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 泣き疲れたシエスタもベットに寝かせ、トゥは、部屋の窓から月を見上げた。

「綺麗な月…。」

『なあ、相棒。』

「なぁに?」

『あいつも…、ブリミルと一緒に月を見てたんだ。思い出したぜ。』

「ブリミルって、この世界で神様みたいに崇められてる人のこと?」

『ああ、そうだぜ。』

「そうなんだ…。こんなに綺麗な月なら一緒に見ていたいよね。」

『あいつは、嫌がってたけどな。なんでおまえなんかと月を見てなきゃいけないんだってな。』

「本気で嫌がってたわけじゃなかったんだね。」

『たぶん照れ隠しだな。その後ブリミルの奴が本当は月より君を見ていたいんだ、な~んて言って殴られてたっけな。』

「へ~。」

『殴られたってブリミルの奴、ヘラヘラ笑っててな。あいつ呆れてたぜ。』

「わー。」

『ハハハ、もっと素直になってりゃいいのに、あいつも色々とあり過ぎてブリミルを信用できなかったってのもあるんだろうが…。それでも少しだけでも心を寄せられる相手に出会えたってのはデカかったはずだぜ。』

「ブリミル、頑張ったんだね。」

『まあな。そーとー頑張ったぜ。あの根気はとんでもないぜ。』

「よっぽど好きだったんだね。」

『ああ。』

「あれ?」

『どうした?』

「あれは…、竜?」

 窓の外に、竜が一匹飛んでいるのが見えた。しかもその背には誰かが乗っている。

 次の瞬間、氷の矢がトゥに向かって飛んできた。

「きゃっ!」

 トゥは、咄嗟にデルフリンガーで氷の矢を砕いた。

 ついで竜は、窓にいるトゥに向けて向かって来た。

 トゥは、窓に竜が近づいて横切る時、竜の背に乗っている人物の背中に飛び乗った。

「誰?」

 デルフリンガーの刃をその人物の首に突きつけた。

「ま、待ってくれ!」

「あれ?」

 どこかで聞いたことがある声だった。

「僕だ、ルネだよ。覚えてないかい?」

「ルネ…。あ、竜騎士の?」

「そうだよ! すまない、驚かせようと思ってね。」

「もう、びっくりしたよ。」

 トゥは、呆れながらデルフリンガーを引っ込めた。

「で、何しに来たの?」

「君に…、いや君達に手紙を届けに来たんだ。」

「てがみ?」

「ああ。一応形式だけは取らせてくれるかい?」

 ルネは、かっちりと軍人らしく直立し、トゥに向かって言った。

「水精霊騎士隊副隊長トゥ・シュヴァリエ殿! かしこくも女王陛下より、御親書を携えて参りました! 謹んでお受け取りくださいますよう!」

 ルネは、懐のポケットから何重にも封がされた手紙を取り出し、恭しくトゥに差し出した。

「女王陛下って…、アンリエッタ姫の?」

「その場で開封し、中の指示に従うようとの仰せでございます。」

「うん。」

 トゥは言われるまま封を切って中の手紙を読んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「諸君! これは名誉挽回の好機である!」

 翌日、オストラント号の甲板で、ギーシュが水精霊騎士隊の少年達の前で言った。

 女王アンリエッタからの任務とは、ルイズとティファニアを連合皇国首都ロマリアまで至急送り届けることだった。

 ギーシュ達は、覗き事件で落ちてしまった水精霊騎士隊の名誉を取り戻すためにやる気満々だ。というか必死だ。

 急な任務で、しかも至急とあったので移動方法に頭を悩まされたトゥ達は、コルベールに泣きついた。そしてオストラント号での移送を受けてもらえたのである。

 騎士隊の少年達は、女王アンリエッタからの名誉ある任務にポロポロと泣いていた。

 彼らの自業自得と言える苦労を分かっていないトゥは、首を傾げていた。

 オストラント号を動かすため、キュルケと、あとなぜかタバサがついてきていた。

 ルイズは、タバサがいることにあまり良い顔をしなかった。

「ちょっと、どうしたの?」

「別に。」

 キュルケが聞くとルイズは、そっぷを向いてツンッと言った。

 キュルケがタバサに何かしたのかと聞いた。タバサは、キュルケの耳元で昨日のことを話した。

 顔をしかめたキュルケは、ルイズの肩を掴んだ。

「なによ?」

「ちょっとこっちいらっしゃい。」

「はあ?」

 ルイズが眉間にしわを寄せるのも構わずキュルケは、ルイズの肩を掴んだまま甲板の隅に連れて行った。

「ねえ、ルイズ。」

「なによ?」

「あんたトゥちゃんのこと好き?」

「何よ急に!」

「顔赤くなってるわよ。」

「えっ!?」

「まあ、アルビオンでその想いを消すほど好きだったってのは分かってたけど…、あんた恋ってしたことないでしょ?」

「あんたみたいな色ボケと一緒にしないでくれる?」

「色ボケで結構よ。そんなことより、あんた努力してるわけ?」

「なにがよ?」

「トゥちゃんと両想いになれるよう頑張ってる?」

「そ、それは…。」

「どーせそうだろうと思ったわよ。」

「悪かったわね!」

「いい、ルイズ。トゥちゃんは、色々と普通じゃないわ。分かってるでしょうけど。でもトゥちゃん、あんたの気持ち分かってる、ちゃんと分かってる。分かってて受け入れちゃいけないって困ってるのよ。」

「…死にたがってるから?」

「…そうね。トゥちゃんは、急いでる。」

「どうして死にたがるのよ…。私はトゥに死んでほしくないのに!」

「あんたその気持ちは分かるわ。私だってトゥちゃんに死んでほしくないもの。でも…、子供みたいに癇癪起こしたってトゥちゃんの運命は変えられないのよ。」

「じゃあ、どうしろってのよ!」

「愛しなさい。」

「はっ?」

「深く…、深く愛しなさい。トゥちゃんのことを。」

「愛するったって…、そんな…。」

「今のあんたは子供の独占欲と恋を履き違えてるところがあると思うわ。あんたは、まだ人を、誰かを愛したことがないのよ。」

「……。」

「愛してるってことを示すのよ。心から。……その愛が、もしかしたら運命を変えるかもしれないじゃない。」

「何を根拠に言ってるのよ…。」

「根拠とかそういうことじゃないの。未完成な愛のまま終わらせるより、全力で愛した方がいいじゃない。例えそれが…、ほんの少しの時でもいいのよ。何も残さず終わらせないで。」

「何よ、…なによなによ…。」

 ルイズの目に涙が溢れた。

「トゥのこと好きだけど、あ、ああああ、愛してるなんて…、い、い、言えな…。」

「なんでそこで詰まるのよ。ほら、いってらっしゃい。とりあえず、愛してるって言って来るだけでいいから。」

 そう言ってキュルケは、ドーンっとルイズの背を押してトゥの方へ行かせた。

「ぶへっ!」

 勢いのままトゥの背中にぶつかった。

「? ルイズ?」

「あ、…トゥ…。」

「どうしたの?」

「あ……、あの…。」

「?」

「あ…、あ、あ、あ、…。」

「?」

 顔を真っ赤っかにして言葉にできずにいるルイズの背中に、キュルケからの、行け、行け!っという感じの視線が刺さる。

 そしてゆでだこのようなったルイズは、耐え切れず目を回してその場に倒れた。

「ルイズー!?」

 何が起こったのか分からず、トゥも近場にいた水精霊騎士隊の少年達もパニックになった。

 キュルケは、額を押え、あちゃーっと声を漏らしたのだった。




男運がどん底レベルだった人の心を掴むのって、どうしたらいいんでしょうか…。書いてなんですが…。
キュルケのアドバイス(?)は、かなり悩みながら書きました。
私自身、誰かに恋したり、心から愛するっていう経験がないので恋の描写がホント下手で申し訳ないです。


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第五十五話  トゥ、ロマリアへ行く

ロマリアへ到着。
でも問題発生編。いつものこと。


 オストラント号の、狭い一室のベットに気絶したルイズを寝かせた。

 ふうっと一息ついていたトゥは、扉の外に気配を感じて、扉を開けた。

 そこにいたのはティファニアだった。

「ティファちゃん、どうしたの?」

「あの…、眠れなくて…。」

「大丈夫?」

 トゥは、ティファニアと共に甲板の方へ向かった。

 夜なので黒い雲と月が見え、そしてオストラント号の蒸気機関の音がする。

「トゥさん。」

「なぁに?」

「不安なの。」

「どうしたの?」

「ロマリアは、ブリミル教の総本山だって聞いてます。だから、エルフの血が混じった私のことがバレたら、魔法学院以上の騒ぎになりそうで…。」

「大丈夫。私が守るよ。」

「暴力はいけないです。」

「でも戦わなきゃ守れないよ?」

「……これから私…、どうなるんだろう?」

「?」

「私が虚無の担い手だなんて…、今でも信じられない。でも本当のこと。」

「うん。」

「これからどんな過酷な運命が待っているのか…不安で。」

「……そっか。」

「トゥさんは、怖くないんですか?」

「何が?」

「あ、あの…、なんでもないです。」

「そう?」

 ティファニアは、トゥの右目の花をチラチラと見て、それから目をそらした。

「子供達も元気にしてるかな?」

「きっと、元気ですよね。みんな頑張ってるのに、私だけ弱音を吐いてなんていられない。」

 ティファニアは、決意したように甲板から見える月を見上げた。

「子供達……。」

「トゥさん?」

「…う、うん? なんでもない。」

 トゥは、ハッとして首を振った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ティファニアと別れ、ルイズがいる部屋に戻ってきたトゥを待っていたのは、ベットの上でムスッとしているルイズだった。

「ルイズ?」

「…何してたのよ?」

「えっ? ティファちゃんと、ちょっとお話してただけだよ?」

「それだけ?」

「うん。」

「そう…。」

「どうしたのルイズ?」

「なんでもないわ。」

 ルイズは、ムスッとしたまま毛布にくるまった。

 トゥは、首を傾げながらルイズの隣に入り、目を瞑った。

 すると、もぞもぞとトゥの体を這うルイズの手の感触があった。

「ちょっと、ルイズ~。」

「ぐーぐー…。」

「もう、寝たふりしない。やめてよ~。」

 これが最近トゥを困らせているルイズのスキンシップ(?)だ。

「なによー。今まで人が胸にグリグリしても起きなかったくせに。」

「それは、熟睡してたから分かんなかっただけだよ~。これじゃあ寝れないよ。」

 このやり取りも日常化しつつあった。最近のトゥの寝不足の原因はこれだ。

「いいじゃない。」

「困るよ。」

「やめてほしかったらキスして?」

「…もう。」

 これも困ったおねだりだ。

 ルイズの方に寝返りを打ったトゥは、ルイズの額にキスをした。

「…もっと。」

「……もう、おしまい。」

「やだ。もっと。」

「ルイズは、わがままだなぁ。」

「悪かったわね。」

 プゥっと頬を膨らませるルイズに、トゥは、クスッと笑った。

「もう寝よう。」

「だーめ。寝かさないわ。」

「ダメだよ、ルイズー。これからロマリアで何があるか分からないんだからさぁ。」

「……そういえば、なぜ姫様は私達をロマリアへ派遣したのかしら?」

「着いてみないと分からないよ。」

「それはそうだけど…。」

「大丈夫。ルイズは、私が守るからね。」

「それ…ティファニアにも言ってない?」

「えっ? 聞いてたの?」

「否定しなさいよ!」

「だってティファちゃんも守らなくっちゃ…。」

「もういい!」

「えー。」

 ルイズは、不貞腐れてトゥに背中を向けて寝てしまった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トリスティンから出発して3日後、オストラント号のはロマリアに到着した。

 南部にある港に停泊したのだが、問題があった。

 なぜならこの航行は、正式なものではないからだ。表向きは学生旅行ということにしてるのだが、会いにいかなければならないアンリエッタがお忍びで…ロマリアにいることもあり融通が利くはずがないのだ。

 まずオストラント号が珍しい船であることもあり、人だかりができてしまった。

 その次に入港手続きで難儀した。

 いかにも融通が利かなさそうなメガネの官史が胡散臭そうにオストラント号を見た。

 そこでコルベールがオストラント号の説明を簡潔にしたのだが、その科学的な内容について魔法を使っていないことから異端なのではないかと難癖付けてきたのである。

 ロマリアは、ブリミル教の総本山なこともあり、すべての役人が神官なのだ。その気になればその場で異端者審問を起こせるのだ。

 異端という言葉を聞いてティファニアが過剰に反応してしまい、被っている帽子を握ってしまった。それが怪しまれ、官史の助手に帽子を取るよう言われてしまった。

 そこでタバサがスクウェアクラスの魔法、フェイスチェンジを使い、更にキュルケが官史にしなだれかかって注意を引いて魔法を完成させ、ティファニアの耳を見事に隠し通した。

 それで一行がホッとし、一日かけて馬車で都市ロマリアに辿り着いた。

 だがここからがまた問題が起こった。

 杖や武器を行李などに詰めなければならないロマリアの慣習を知らないトゥが、背中に背負っている大剣と腰にあるデルフリンガーを引っかけたまま門を通ろうとしてしまい、それで門の衛士に呼び止められてしまったのだ。

「どこの田舎者だ! この街では武器をそのまま持ち歩くことは許されん!」

「あ、ごめんなさい。」

 素直にすぐに謝ったトゥに、拍子抜けしたのか衛士は一瞬驚いた顔をしていた。

 しかしすぐに顔を引き締めると、腰のデルフリンガーを掴んで地面に転がしてしまった。

「あっ!」

『おい、なにしやがんだ!』

「! インテリジェンスソードか。どっちにしろ武器を携帯してはいかん。」

「あ、はい。ごめんなさい。」

「そのマント…、貴族か。剣など背負ってどういう了見だ。北の国では平民が貴族になれるらしいが、それか? なんとまあ神への冒涜も甚だしい! ……ん? おまえそのマントの下の格好はなんだ? 娼婦か? 神聖なるこのロマリアで穢れたことをするなど許されると思っているのか? 怪しい。こっちへ来い。」

『やい、祈り屋風情が! 偉そうにベラベラと!』

「デルフ、だめだよ。」

 トゥは、急いでデルフリンガーを拾い鞘に納めようとしたが、デルフリンガーは、カチカチと暴れ、鞘に収まらない。

「いのりやふぜいだと?」

『おうよ! 何度でも言ってやるよ、それともあれか? 別の呼び方考えてやろうか、あん?』

「ロマリアの騎士を侮辱するということは、ひいては神、始祖ブリミルを侮辱することだぞ!」

『ケッ! てめぇ、ブリミルの何を知ってやがんだよ? それよりさっさと俺を地面に捨てたことを謝んな、若造が!』

「こいつ!」

「あ! ダメぇ!」

 カッとなった衛士がトゥからデルフリンガーを奪おうとしたため、トゥはそれを阻止しようと手を出してしまい、鍛えられた衛士とはいえ、トゥのパワーには敵わず突き飛ばす形になってしまった。

「ご、ごめんなさい。」

「ごめんですむと思うのか!」

 衛士が怒鳴った。

「神と始祖に仕えるこの身を突き飛ばすとは! 不敬もここに極まれり! やはり貴様ら……。各々方! 怪しいうえに、不敬の輩がおりますぞ、出ませい!」

 するとわらわらと衛士が現れだした。

 彼らはそれぞれ聖具を握っている、その聖杖を見て。

「やば、あいつら聖堂騎士(パラディン)だわ。」

 キュルケがそう言った。

 するとすぐに反応したタバサが口笛を吹き、シルフィードを呼び寄せた。

 そしてすぐにオロオロしているティファニアをレビテーションをかけてシルフィードに跨らせた。

 ただ一人ルイズだけが聖堂騎士達の前に立ちふさがり、よりにもよって、アンリエッタの名を出してしまった。

 当然だがお忍びで来ているアンリエッタのことが騎士達に知られているはずがなく、ただ不信を強めただけに終わり、終いにまとめて宗教裁判にかけるなどという物騒な言葉が出てきてしまった。

 あわわっとなるルイズをキュルケが抱えてフライで飛び、さらに水精霊騎士隊の少年達やコルベールにフライで追いかけてきてくれと叫んでから、トゥにシルフィードに乗れと言った。

 トゥは、デルフリンガーをしっかり掴んだまま跳び、シルフィードに乗った。

 逃げ出す一行を聖堂騎士達がペガサスに跨って追ってきた。

「キュルケちゃん、私が陽動すれば…。」

「ダメよ。」

 フライで飛んでいるギーシュ達がいるため全力でシルフィードが飛べず、どんどん追手との距離が縮まってきていた。

 陽動を切りだしたトゥを、キュルケが却下した。

「あなたの力がバレたら、それこそ大問題よ。たぶん、エルフの血を引いてるティファニアのことがバレるよりも厄介よ。」

「じゃあ、どうするの? ギーシュ君達、もう限界だよ。」

 フライという魔法は長距離を飛べる魔法じゃない。そのためギーシュ達は疲労してフラフラ飛んでいた。

「…仕方ないわ。」

「えっ?」

 するとキュルケがタバサに指示して、タバサの指示を受けたシルフィードが地上に急降下した。それに続いてギーシュ達も降下する。

「どうするの?」

「酒場。」

「えっ?」

「籠城よ。」

「えっ?」

 タバサとキュルケの言葉の意味が分からず、トゥは、キョトンとしてしまった。

 突然空から風竜が降りてきて、街の人々は逃げ惑った。トゥ達を下ろしたシルフィードを空へ逃がし、キュルケは、酒場の扉を蹴破るように開けた。店の店主は、これから始まる災難を知らず、笑顔で『いらっしゃい』っと言った。

 昼の酒場は、人がほとんどいない。ロマリアでは、禁欲の傾向があり、昼に酒を飲むのはこっそりと隠れてやることなので、昼に酒を飲む客はいないに等しいのだ。

「なんにしやしょうか、お嬢さん。」

「この店を一日貸しきらせてもらうわ。」

「はい?」

 目を丸くする店主に、キュルケは、小切手にかなりの額を書いて渡した。

 その間にもギーシュ達が店に入り、椅子や机を使ってバリケードを作っていった。

 混乱する店主が外に聖堂騎士がいるのに気づいてヘナヘナとなり、店主を安全な場所へ避難させ、一方でトゥは、震えているティファニアを店の奥へと連れて行った。

「大丈夫。大丈夫だからね。」

「トゥさん…。」

 震えるティファニアを抱きしめ、頭を摩ってから、トゥは、剣を抜いてティファニアから離れた。

 するとティファニアが、トゥのマントの端を掴んだ。

「トゥさん…、お願い。殺さないで…。」

「……できるだけ頑張るよ。」

 トゥは、苦笑してマントを払い、店内へと歩を進めた。

 




ティファニアの口調がよく分からない…。

ロマリアの衛士って、なんか腹立ちますね。総本山だからなんでしょうが。


次回は、ジュリオ再登場…かな?


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第五十六話  トゥ、聖堂騎士と戦う

vs聖堂騎士のカルロ。あっさりですが。

あとジュリオとの再会。


 酒場の机や椅子などでバリケードを張り、水精霊騎士隊の少年達が杖を構えて窓や扉の向こうにいる聖堂騎士達と睨みあい、水精霊騎士隊の少年達の後ろで、キュルケとタバサが細かく指示を出していた。

 本来止めるべき立場にいるコルベールも、状況がまずいと判断したのか冷静に外の様子をうかがっている。

 ギーシュは、なんでこんなことになったんだと、頭を抱えていた。

 ルイズは、ブルブルと震えていた。ティファニアと違い、恐怖ではなく、屈辱で。

 プライドが高い彼女にしてみれば、誤解で不敬と侮辱され、犯罪者の扱いをされているのが許せないのだ。

「キュルケちゃん、このままじゃ負けるよ?」

「とにかく時間を稼ぐのよ。」

「えっ?」

「そうすれば、教皇聖下のところに知らせが入って、アンリエッタ様の耳にも届くはずよ。それまで耐えればいいの。」

「随分と気の長い話だな。」

 ギーシュが言った。

「あら? あのまま聖堂騎士団に捕まってあの場で宗教裁判にかけられたかったの? そんなことになったら、神官を侮辱した罪で全員有罪よ。魔法で打ち首なんてわたし、やぁよ。」

「でも原因は私とデルフにあるんだよ? みんなが有罪なんておかしいよ。」

「まあ、これがロマリアの騎士のやり方なのよ。」

「だいたいロマリアの神官どもは嫌いなんだよ。」

「聖堂騎士の横暴っぷりたらないぜ!」

 水精霊騎士隊の少年達が口々に言いだした。ロマリアの聖堂騎士には、不平不満があるらしかった。

『いつだって戦争ってのは、神様まじりが原因だぜ。』

「そうだね…。」

 デルフリンガーとトゥの呟きは、仲間達には聞こえていなかった。

 その代り、店にいた唯一の客が聞いていたのか、プッとふいた。

「面白いことを言うね。」

「あの、本当に危ないから外に逃げた方が…。」

「いや、ここで見物させてくれ。」

『変な客だな。』

 デルフリンガーがそう言った。

 一方、外の聖堂騎士達は、最初に窓を魔法で吹き飛ばしてから動きがなかった。

 様子をうかがっていると、やがて聖堂騎士達の中から一人、随分とキザったらしい仕草をしながら出て来た。

「ギーシュみたいなヤツだな。」

「一緒にしないでくれたまえ。」

 その人物は、美男子という言葉が似あう、優しげな男だった。長くて黒い髪の毛の人物で、丁寧な仕草で一礼すると、店内に立てこもっている自分達に柔らかい口調で話しかけて来た。

「アリエスト修道会付き聖堂騎士隊隊長、カルロ・クリスティアーノ・トロンボンティーノです。」

 カルロと名乗ったその男は、自分達が店を包囲している、争いはしたくないから大人しく投降しろと言ってきた。

 キュルケが店内から外に向けて、自分達の安全を保障してくれるのかと問うた。

 だがカルロは、こちらはとある事件を抱えており、怪しい奴は片っ端から宗教裁判にかけるよう命令されていると応えた。

 宗教裁判が、名前を変えた公開処刑も同然だということを知っている水精霊騎士隊の少年達が抗議の声を上げだした。

 自分達がトリスティンの貴族だと名乗ると、カルロは、それならばなおさら宗教裁判で身の潔白を証明すべきだと言った。

「カルロさん、お願い! えーと…、教皇様って人に問い合わせてください!」

 トゥが叫ぶ。

 すると、カルロに副隊長らしき人物が耳打ちし、カルロは両腕をすくめた。

「それほど聖下に拘るとは……、やはりあなた方をなんとしてでも取り調べねばいけないようだ。しかたありません。流れずにすむ血が流れ、ふるう必要がのない御業(魔法)をふるわねばならぬ……、ああ、これも神の与えた試練なのでしょう…。」

 カルロは、胸元に下げている聖具を神妙なに取り上げ額に当てた。すると、その綺麗で優しげな顔立ちが見る間に凶悪な匂いの漂うものへと変化した。

「神と始祖ブリミルへの敬虔な僕たる聖堂騎士諸君。可及的速やかに異端どもを叩き潰せ。」

 ブワッと、聖堂騎士達の魔力のオーラが立ち上った。

 それをすぐに察したトゥがウタおうとしたが、キュルケが制した。

「トゥちゃん、ウタっちゃダメ!」

「エア・シールドを張って。何重にも、すぐに。」

 タバサが珍しく焦った表情で指示を飛ばした。

 そうこうしている内に、聖堂騎士達の魔法…、賛美歌唱唱が完成し始めた。

 一人一人の聖杖から炎の竜巻が伸び、幾重にも絡み合い、巨大な竜の形を取り始める。

「やっぱりウタを使った方が…。」

「ダメよ。」

 ウタを使えばあの強大な一撃を防げるはずだが、キュルケに却下される。

「でも…でも!」

 焦るトゥ。

 やがて巨大な炎の竜が店に向かってきた。

 エア・シールドを何重にも重ねていたおかげで勢いは殺せたが、鍛え抜かれた魔法であるため焼け石に水である。

 炎の竜を防いだのは、タバサのアイス・ストームだった。

 炎の竜は消えたが、タバサは、これで精神力が切れたと言った。

 カルロ達、聖堂騎士達は、さすがに驚いたのか表情を変えた。

 次に彼らが唱えだしたのは、水の系統の魔法だった。

 コルベールが先ほどの炎の竜に負けない勢いのある炎の蛇を発生させ、氷の矢の雨を焼き尽くしていった。何発かが机や椅子に刺さったがそれで終わった。

 そしてコルベールも、精神力が切れてしまったと言った。

 次々に手が尽きていく状況に、トゥの焦りも最高潮に達しだした。

「トゥ。安心なさい。」

「ルイズ…。」

「私を誰だと思ってるの?」

「あっ!」

 ルイズは、虚無の担い手だ。アルビオンが攻めて来た時もその強大な威力の魔法を発揮したのだ。もしかしたらという期待が向けられる。水精霊騎士隊の少年達は、ルイズが虚無の担い手だとは知らないが、最近爆発の威力がべらぼうに上がっているのを知っているので熱い視線を向けだした。

 次に聖堂騎士達が放ってきた魔法は、風の系統だった。

 竜巻が迫って来る。トゥは、前に飛び出しデルフリンガーを構えた。

「ルイズ! お願い!」

「任せて!」

 トゥから期待されているっと感じたルイズは、顔がついにやつきそうになるのを堪え、エクスプロージョンの呪文を唱えだした。

 ゴウゴウと嵐のような竜巻の風が吹き荒れる中、ルイズのエクスプロージョンがついに完成し放たれた。

 が…。

 カルロの前あたりの地面を抉っただけで終わった。

「な、なんで?」

「あー、ルイズ…あんた、また精神力切れ?」

「うっ…。」

 キュルケに言われてルイズは、グッとなった。

「あんたの系統って、確か精神力が溜まるのに時間がかかるんだっけ? 怒りとか…嫉妬とか…、それともあれ? トゥちゃんに良いところ見せようって張り切ったのがいけなかったのかしら?」

「そ、そんなことないもん!」

「そんなことより、もう…、ダメーー!」

 顔を赤くして焦るルイズに、竜巻を止めきれなくなったトゥが飛んできてぶつかった。

 そしてバリケードがすべて吹き飛ばされた。

 バリケードが無くなると、聖堂騎士達が杖にブレイドという魔法を付けて突進してきた。

 水精霊騎士隊の少年達も杖にブレイドを付け、窓際での大乱闘が始まった。

 起き上がったトゥは、大剣も抜いて加勢した。

 凄まじい速さで振り回される大きな剣に、聖堂騎士達は驚き避けるために店から離れだした。トゥの外見に似合わない大きな剣に、彼らは圧倒されているようだ。

「トゥちゃん、ウタは、ダメよ!」

 キュルケが念を押した。

 トゥは、頷きながら店の外へ出た。

 トゥを警戒する聖堂騎士達の中からカルロが前に出て来た。

 ブレイドの光を纏い、長く見える杖を握り、カルロは、トゥを見る。

「名乗りたまえ。」

「トゥ。トゥ・シュヴァリエ。」

「変わった名だな。」

『かかってきやがれ、オカマ野郎!』

「デルフ…。」

 デルフリンガーがカルロを挑発した。

「口の悪いインテリジェンスソードだ。彼女を倒したら釜で溶かしてやろう。」

『やってみやがれってんだ!』

「もう、やめてよ。」

 トゥがデルフリンガーを窘めるよりも早く、カルロが動いた。

 トゥは、大剣で彼の杖を防いだ。

「その細身でよくもまあ…、そんな大ぶりな剣を…。」

「私、力持ちなの。」

「しかも相当な手練れと見た。」

 カルロは、表情を引き締め、鋭い突きを繰り出してきた。

 隊長だけあり、その実力は確かだ。だが、トゥには敵わなかった。カルロの杖は、大剣で叩き折られ、カルロの目と鼻の先に、大剣の刃が突きつけられた。

 ガクンッと仰け反り、そのまま尻餅をついたカルロの鎧の肩に、コンッと、トゥは大剣の刃を当てた。

 カルロは、真横にある大きな剣とトゥを交互に目を向けて、表情を青くさせていた。

「お願い。私達は、戦いに来たんじゃないの。その…聖下って人に問い合わせてください。」

「さ、先ほどからわざとらしいことをぬけぬけと! 忌々しい異端どもめ! 己の胸に聞け! お前達の仲間が、なんらかの理由で聖下をかどわかしたのだろう! あの怪しい船で運ぶつもりだろうが!」

「? なんのこと?」

 何やら話がおかしい方向に行っているので、トゥは、首を傾げた。

 カルロの罵りは白熱し、それに続けと言わんばかりに他の聖堂騎士達もトゥ達を罵りだした。

 トゥも、水精霊騎士隊の少年達も、コルベールも、キュルケもタバサもルイズもキョトンッとしていると、彼らの背後から笑い声と手を叩く音が聞こえた。

 そちらを見ると、酒場に唯一いた客がいた。彼が笑い声と手を叩いたのだ。

「カルロ殿。ご苦労です。」

 そう言ってフードを取る。

 現れたその顔には見覚えがあった。トゥとルイズには。

「あれ? あなたは…。」

「チェザーレ殿!」

 カルロ達が一斉に神官の礼を取った。

「やあ、僕のことを覚えていてくれたんだね? 光栄だよ、お美しい剣士、トゥさん。」

「ジュリオくん…。あ、そういえば、ロマリアがどうのって言ってたっけ?」

「ああ! 覚えていてくれたんだ! とてもうれしいよ!」

「どういうことよーーーー!」

 ルイズが爆発した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 結論から言うと、全部ジュリオが打った余興だったのだ。

 トゥ達が来ることを知っていたジュリオは、ロマリアのトップである聖下が攫われたと言う噂を流し、真っ先疑われたトゥ達をこっそり追跡し、先回りして声を変え、酒場の客に成りすましていたというわけだ。

 ジュリオ曰く。

 そのまま何事もなくロマリアの聖下のもとへ来ても面白くないからということらしかった。

 これには、水精霊騎士隊の少年達は激怒。聖堂騎士達も呆然。

「これから君達がすることになる任務は、そんなのままごとに思えるような過酷な任務だぞ。ただ魔法をぶっ放したり、剣を振り回すことが得意なだけじゃ務まらない。これくらいの危機は、力じゃなく頭で乗り切ってほしいものだね。」

 っということでこんな大騒ぎを起こしたのだ。

 教皇付き神官であるジュリオには、日頃、聖堂騎士達も手を焼いているらしく、プルプルと怒りというかそう言う感情に震えているようであった。だが彼らの上司であるため何も言えない。その点だけは同情したのか、ギーシュ達から少しだけ憐れむ目を向けられたのだった。

 そしてジュリオは、トゥ達を客人として大聖堂に案内した。

 




ジュリオ…、死人が出たらどうする気だったんだろう?

次回は、教皇ヴィットーリオと出会う。


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第五十七話  トゥ、ヴィットーリオの話を聞く

今回は、ヴィットーリオとの会話が主。


 大聖堂に案内され、晩餐会となった。

 トゥ、ルイズ、ティファニア、アンリエッタ、そしてジュリオと、教皇ヴィットーリオ。

 そして水精霊騎士隊の少年達と、キュルケ、タバサ、コルベールと二部屋に分けられた。

 まずトゥは、ヴィットーリオの神々しい美貌と、聖職者だからこそ放たれる慈愛のオーラに圧倒されポカンッとしてしまった。

 ティファニアも妖精のごとく美しいが、彼もまた別の意味で美しかった。

 晩餐会が始まったが、ヴィットーリオは、労をねぎらうばかりで、ルイズとティファニアを呼び出した理由を話さない。

 アンリエッタも、出会った時にどこか心あらずな状態であり挨拶を交わしただけである。

「どうして姫殿下と教皇聖下は、私達を呼んだのかしら?」

「むぐ…、ご飯が終わったら教えてくれるかも。」

「…そうね。」

 そのことが気になって食事に手を付けていなかったルイズは、パクパクと料理を食べていたトゥとそんな話をヒソヒソとし、ルイズは悩んでいても仕方ないと諦め食事に手を付けた。

 ヴィットーリオが急に深々と頭を下げ謝罪しだした。

「わたくしの“使い魔”が、大変ご迷惑をおかけしました。」

「! 聖下…、今なんと?」

 ルイズが食べていた物を噴いて聞いた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ジュリオ。なぜ勝手にそのようなことをしたのです?」

 ヴィットーリオに叱られてもジュリオは、月目をきらめかせ、笑みを浮かべた。

「そ、そうじゃありません! 今、聖下は“使い魔”とおっしゃいましたね?」

「はい。そうです。」

 ヴィットーリオは、ルイズとティファニアを交互に見る目、頷きながら言った。

「わたくしたちは、兄弟です。伝説の力を宿し、人々を正しく導くための力を与えられた兄弟なのです。」

 ヴィットーリオの突然の告白に、ルイズもティファニアも、聞いていたトゥも目を丸くした。

 するとジュリオが右手の手袋を外した。

 そこには、トゥの左手のように使い魔のルーンが刻まれていた。

「僕は、神の右手。ヴィンダールヴだ。トゥさん、あなたとは兄弟というわけだ。」

「へ?」

「ヴィンダールヴ…。」

 キョトンとするトゥ。そしてティファニアがそう呟いた。

「ティファニア嬢は未だ、使い魔をお持ちでないから…、これで三人の担い手、二人の使い魔、そして……。」

 ヴィットーリオは、ルイズが傍らに置いた始祖の祈祷書を見つめて言った。

「一つの秘宝、二つの指輪……、が集まったわけです。」

 そこへジュリオがヴィットーリオに小さく「指輪はあと一つ、加わるかと」っと言った。

「っと、なると指輪は三つ。っということですね。」

 ヴィットーリオは、アンリエッタの方を向いた。

 緊張が包む中、アンリエッタが頷く。

「さて、本日お集まりいただいたのは、他でもない。わたくしはあなた方の協力を仰ぎたいのです。」

「協力とは?」

「わたくしがお話ししましょう。」

 ルイズ聞くと、アンリエッタが説明を買って出た。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アンリエッタの説明を簡潔にまとめると。

 ようするに、ルイズ達の力を使い、エルフから聖地を奪還したいとのことだった。

 それでは、レコン・キスタと同じだとルイズが異議を唱えると。

 アンリエッタは、違うと首を振った。

「交渉するのよ。戦うことの愚を、あなた達の力によって悟らせるのです。」

「どうして……、聖地を回復せねばならないのです?」

「それが、我々の心の拠り所だからです。」

 次にヴィットーリオが口を開いた。

 なぜ自分達は愚かにも同族で戦いを繰り返すのか。それについて心の拠り所を失っているからだとヴィットーリオは言った。

 聖地を失い幾千年、自信を失った状態であること、異人に拠り所を占領されている状態が民族にとって健康なはずがないこと、自信を失った心は安易な代替え品を求めくだらない見栄や多少の土地の取り合いでどれだけ流さなくていい血を流してきたかっと語った。

 ルイズは、言葉を失う。それはハルケギニアの歴史そのものだったからだ。

 そしてヴィットーリオは、聖地を奪還できればハルケギニアは栄光の時代を築き、真の意味で統一されると語った。

 トゥは、話を聞いていて、ゆっくりと首を傾げた。

「あの、それって、剣で脅して土地を巻き上げるってことですか?」

「ちょっと、トゥ!」

「ああ、よいのですよ。確かにあなたの言葉と同じ意味ですね。」

「エルフが相手だからって、そんなことしたくないです。」

 トゥは、ティファニアを見た。

「ティファちゃんのお母さんの大切な故郷をそんなやり方で奪っていいわけない。」

「トゥさん…。」

 ティファニアは、泣きそうな顔でトゥを見た。

「トゥ殿。わたくしも色々と考えてみたのです。」

 アンリエッタは、自分の考えを語った。

 自分達はかつて愚かな戦いを続けた、もう二度と繰り返したたくない、力によって戦を防げるのなら、それも一つの正義だと思ったったと。

 トゥは、俯き、少し考え顔を上げた。

「反対です。」

「トゥ殿…。」

「そのためなら、エルフが傷ついてもいいって言うなら、私、自分の力も、ルイズの力も使ってほしくない。」

「わたくしは、人の国の王なのです。」

「だから人じゃないエルフは、どうでもいいの?」

「わたくしは、ロマリア教皇に就任して三年になります。」

 ヴィットーリオが言った。

「その間、学んだことがあります。」

 ヴィットーリオは、力を込めて最後の言葉言った。

「博愛は、誰も救えない。」

 っと。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それからしばらく、無言のまま食事が続いた。

 そんな中、トゥが聞いた。

「あの、質問していいですか? 虚無を集めるのはいいけど、ガリアはどうするんですか?」

 ガリアにも虚無の担い手と使い魔がいる。

 だがミュズニトニルンは、姿を現しているが、その主人である担い手が姿をいまだ隠しているのだ。

 そこでヴィットーリオは、ちゃんと手を打っていることを語った。

 三日後に自分の即位三年記念式典を行う、ガリアとの国境の街であるアクイレイアでそれを行うのだが、それにルイズとティファニアも出席してほしいと言った。

「まさか! 私達を囮に?」

 ルイズが立ち上がってそう叫んだ。

「これは、わたくしの式典。事前にわたくしが虚無の担い手ということはガリアに流します。あなた方だけではありません。もちろんわたくしも囮になるのです。」

 自分は、何事も自分で行わないと気が済まない性質ですからっと、ヴィットーリオは、言った。

「危険です!」

 そう叫ぶ声に危険は承知だとヴィットーリオは、答えた。

 ただ受け身でいる方が危険であること、ガリアのジョゼブ王の野望は何か? 恐らくそれは虚無の担い手を己の持ち駒を除いて抹殺することだろうと語り、ジョゼブが無能王などと内外から嘲られているが、実際は違うとも言った。

 狡猾で、残忍で、非情な男であると。

 三人も虚無の担い手が揃えば、手を出してくるに違いないと言った。

「どんな作戦を立てるんですか?」

「トゥ!」

「エルフを攻めるって話は嫌だけど、こっちは賛成。だってガリアには、タバサちゃんのことも、それにミュズニトニルンも…、色々と私達にしてきたのに、不問になってたから、ここで何とかしないといけない。」

 トゥの言葉に、ヴィットーリオは、満足げに頷いた。

 そしておそらくまずジョゼブは、ミュズニトニルンを使うだろうと言った。

 何度もルイズやトゥ達を襲って来た相手だ。油断はできない。

 そしてヴィットーリオは、ミュズニトニルンを殺さずに捕えるよう言った。

 その理由は、殺してしまっては使い魔をまた召喚されてしまうから。それを防ぐには生きたまま捕えてしまうこと、そして守ること。

 そうすればジョゼブの力は半減し、その間に色々とやってジョゼブを退位に追い込む、その後は時を見てご友人(タバサ)に王位を継いでもらうというのどうだろうかと言った。

 トゥは、笑顔になり、それで行こうと手を上げた。

 アンリエッタも頼もしそうにトゥを見て、ジュリオも笑みを浮かべた。

 だがルイズだけは首を縦に振らなかった。

「反対です!」

「どうしたの?」

「私達はミュズニトニルン一人にすら苦戦しています。担い手が加わった時の戦闘力は想像すらできません。危険です。慎重に…。」

「我々に必要なのは勇気です。」

 ヴィットーリオは、言った。必要なのは現状を変える勇気だと。これ以上敵が力を付ける前に決着を付けなければならないと。

「ルイズ。聖下が言うことはもっともだと思うよ。」

「馬鹿!」

「えっ?」

「あ…。」

 ルイズは、ハッとして口を両手で塞いだ。

「と…とにかく、それでも私は反対です。教皇の御身を危険に晒すような計画には賛成できません。」

 そう言い直したルイズは、

「まあ、いきなり協力しろと言われても、すぐに納得できるはずもないでしょう。ゆっくりとお考え下さい。」

 ヴィットーリオは、笑顔でそう言った。

 その後、誰も何も言わなくなり、晩餐会はお開きとなった。

 




ヴィットーリオの話は一理あるが…、うーん。悩みました。
なぜか、フォウのおまけシナリオを思い出したがなぜだろう…。


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第五十八話  トゥと、ガンダールヴの長槍

続けて投稿。

ジュリオが、トゥを場違いな工芸品の保管庫に案内します。


 

 翌朝。

 トゥは、目を覚ました。

 誰かが部屋の扉を叩く音がして。

「だれ?」

「僕だ。ジュリオだよ。」

「ジュリオ君?」

 扉を開けると、確かにジュリオがいた。

「おはよう、兄弟。」

「? 私達、兄弟じゃないよ。」

「まあまあ、同じ使い魔同士仲良くしようじゃないかい。」

「…うーん。」

「ちょっと辛いな~。」

 微妙そうな顔をするトゥに、少なからずショックを受けたジュリオだった。

「で、何しに来たの?」

「ああ、そうだった。ちょっと一緒に来てほしいんだ。」

「ルイズは?」

「君一人で来てほしい。」

「分かった。」

 トゥは、ジュリオを追いかけて部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ジュリオに連れてこられたのは、大聖堂の地下だった。

 ジュリオは、かがり火の中から火のついた薪を取り上げ、松明にして更に奥へと進んだ。

「ここに何があるの?」

「着いてからのお楽しみさ。」

 ジュリオはわざとらしくそう言った。

 なんだか不気味なところだとトゥが漏らすと、ジュリオは、ここが大昔の地下墓地をそのままにした場所であることを語ってくれた。

「お墓なの?」

「ああ、だがここに眠っているのは死人じゃない。」

「?」

 やがてちょっと開けた場所についた。そこは厳重な鉄扉があり、鎖で封印されていた。

 ジュリオが鍵を出し、錠前を外して鎖も外した。

 そして、一生懸命扉を開けようと踏ん張った。

「手伝おうか?」

「すまない。助かるよ。」

 そしてトゥは、難なく扉を開けて見せた。

「随分と力持ちなんだね。あんな大きな剣を振るぐらいだし。」

「うん…。」

「おっと、気にしてかい? すまない。」

「んーん。別に。」

 そして二人は扉の向こうへ入った。

「何があるの?」

「えーと。確かここに。あった!」

 ジュリオは、魔法のランプに手を突っ込み、ボタンを押し、その光でソレを照らした。

「これ…。」

「驚いたかい?」

 そこには、無数の武器があった。

 そのうちの一つを手に取る。

 するとトゥの左手のガンダールヴが光り、トゥにその武器の情報を与えて来た。

「銃…。」

 それは、銃と呼ばれるものだが、ハルケギニアにある銃とはまるで構造が違った。出来がまるで違う。圧倒的にこっちの方が技術的に上だ。

 銃だけでも何十丁もあり、それらは、ボロボロだったり、逆に新品同然にピカピカだったりと状態は様々だった。

 奥へ行くごとに、武器はどんどん時代が古くなる。火縄銃などだ。

 その隣には、また違う種類の武器が並んでいた。剣や槍、石弓やブーメラン、日本刀みたいなものまであった。

 さらに、その隣には、大砲などの雑多な兵器が置かれていた。何やらミサイルランチャーのようなものなどがあるが、それらはすべて壊れていた。

 ごろりと、戦闘機の機首あろう部分が転がっていたりもした。

「なにこれ…、何なのこの部屋…。」

「これは、東の地で、僕たちの密偵が何百年もの昔から集めて来た品々さ。向こうじゃ、こういうものがたまに見つかるんだ。エルフ共に知られないように、ここまで運ぶのは結構骨だったらしい。さて、東の地と言ったが、正確には、聖地の近くでこれらの武器が発見されているんだ。」

 さらにジュリオは、部屋の奥を示した。

「これで全部じゃない。」

 ジュリオに促されてついていくと、そこにはテントのように布をかぶせられた大きなものがあった。

 ジュリオが布を取り去った。すると埃が舞い、そこに隠されていたものがぼんやりとした光に照らされた。

「これ…。」

「驚いたろう?」

「戦車…。」

 トゥが触れるとガンダールヴがまた情報を与えてきて、これがタイガー戦車と呼ばれる種類の戦車という兵器だということが分かった。

「僕たちは、これらを“場違いな工芸品”と呼んでいるんだ。見覚えがあるんじゃないかい?」

「…さあ? たぶん、旧世界の遺物だろうけど、私はあんまりこういうの見たことない。」

「ああ、そうだったのかい。それはすまないね。」

「別にいいよ。でもどうしてこんなにたくさん旧世界のものがあるんだろう?」

「それだけじゃない。僕らは、何百年も昔から君のような人間と接触している。」

「ウタウタイを知ってるの?」

「それは…知らないな。だが、君はこの世界の人間ではない。そうだろう?」

「うん。」

「聖地には、これらがやってきた理由が必ずあるはずなんだ。もしかしたら…、いや必ず元の世界に帰る方法だってあるはずさ。」

「私…別に元の世界に帰りたいわけじゃないよ?」

「…そうかい。」

「むしろ……。ねえ、アズーロだっけ?」

「僕の竜がどうしたんだい?」

「あなたの竜は…、私を食べてくれる?」

「! なにを…言っているんだい?」

「最強の竜が必要なの。」

「さいきょうのりゅう?」

「そうしないと……いけないの…。だって、私は…。」

 トゥの目から光が消えだしている。

 ハッとしたジュリオは、慌ててトゥの肩を掴んだ。

「……?」

 トゥの目に光が戻り、ジュリオは、ホッとした。

「何の話、してたっけ?」

「っ、…君は…。」

「それで…、なんでここに私を連れて来たの?」

「あ…、ああ、そのことなんだが。この部屋の武器をすべて君に進呈したくて来たんだ。」

「えっ? これ全部?」

「君は、この武器たちの所有者になれる権利を持っている。まずは、これらが君の世界から来たものだということ。君の世界の物だから、本来の所有権は君にある……、強引に言えばね。もう一つの理由は…、これらはもともと君の物なんだよ。ガンダールヴ。」

「どういうこと?」

「つまり、これらは、君の槍ってことさ。」

「やり?」

「そうさ。君はこの歌を知ってるかい?」

 ジュリオは、そう言って歌いだした。聖歌隊の指揮を務めるだけあり、その歌声は美しかった。

 

 

『神の左手ガンダールヴ。勇猛果敢な神の盾。左に大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。

 

 神の右手ヴィンダールヴ。心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。

 

 神の頭脳はミュズニトニルン。知恵のかたまり神の本。あらゆる知恵を溜めこみて、導きし我に助言を呈す。

 

 そして最後にもう一人…。記すことさえはばかれる……。

 

 四人の僕(しもべ)を従えて、我はこの地にやってきた……。』

 

 

「ティファちゃんが歌ってた歌だ。」

「僕は、ヴィンダールヴ。ありとあらゆる獣を手懐けることができる。ご婦人方もね。」

「そして私がガンダールヴで、ガリアにいるミュズニトニルン……。」

 トゥは、無意識にジュリオの最後の言葉の部分を無視した。

「えーと…、そして君はガンダールヴだ。最後の一人は僕もよく知らない。まあそれは今は関係ない。君だ。君! 歌の文句にある大剣は、デルフリンガーのことだよ。でもって、右手の長槍……。」

「でも、この部屋の武器って槍はあったけど、戦車も槍じゃないよ?」

「ガンダールヴは、左手の剣で主人を守る。そして右手の槍で敵を攻撃する。当時考えられる最強の武器でね。」

「さいきょうの、ぶき?」

「強いってことは、間合いが遠いってことだ。」

 つまり、最初の、六千年前の右手の武器として最強だったのが槍であり、それは時代を超えるごとに変化していき、より多くの敵を倒せるように武器はどんどん物騒なものになっていたらしい。

 そしてなぜ武器ばかりが来ているのか。それが不思議ではないかと問われたが、トゥは首を振った。

 これについて、ジュリオは、始祖ブリミルの魔法はいまだに聖地にゲートを開き、たまにこういうプレゼントを贈ってくれるのではないかと言った。

 自分達が持っていても使い方が分からないので、トゥに進呈するのだと言った。

「聖地に…、ゲート…。」

「そうさ。他に考えられるかい? 聖地には穴がある。たぶん何らかの虚無の魔法が開けた穴だ。」

「……たぶん、違う。」

「えっ?」

「ん? なに?」

「えっ、いや、今…君は違うと言ったけど?」

「なんのこと?」

「! す、すまない。聞き間違いだったよ。気にしないでくれたまえ。」

「?」

「そうだ! せっかくロマリアに来たことだし、飲みに行かないかい? とっても美味しいお店を知っているんだ。」

 若干慌てたようにそう言うジュリオに、トゥは首を傾げたのだった。

 

 部屋を後にする時、トゥは、一度振り返った。

 自分のために用意されたと言われた、武器の数々。

 鋼鉄の“槍”たちが出番を待つかのように、暗がりでひっそりと佇んでおり。

「私のために用意された武器…。」

 そう小さく呟いた。

「ぜ…ろ…姉さん…、の、ため…。」

 無意識に出た言葉にトゥは驚いて口に手を当てた。

 




さすがにトゥがおかしいことにジュリオも気づきます。

トゥは、なんとなく、武器たちが自分のために贈られて来たものじゃないと思っている。


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第五十九話  トゥと竜

サブタイトルも思いつかなくなってきました。


途中からオリジナル展開で、コルベールがトゥを刺激してしまい…。


 明後日が教皇即位記念式典だ。

 水精霊騎士隊は、大聖堂の中庭で、訓練をしていた。

 出席するアンリエッタを護衛するのが表向きの任務だが、その実、敵(ミュズニトニルン)を捕まえるために呼ばれたのだと聞き、大はりきりだ。

「うーん…、やっぱりダメ…。」

「こ、渾身の出来だったんだぞ?」

 現在、ミュズニトニルンがアルビオンで繰り出してきたあの大きなガーゴイル、ヨルムンガンドを想定してラインのメイジ達に大きなゴーレムを作らせて戦う訓練を行っていたのだが…、ヨルムンガンドと直接戦ったことがあるトゥは、ダメだと何度目かのダメ出しをした。

 アニエスの指導で接近戦ではそれなりに強くなってきた水精霊騎士隊だが、魔法の才能はいまいち。

 またトゥが渾身の出来だと言う大きなゴーレムを難なく破壊していくため、ゴーレムを作る側もいい加減に嫌気がさしてきていた。

「今度という今度は、生きて帰れないかもしれないな…。」

 ヨルムンガンドとの戦いに参加していたギーシュも、そんなことを呟いていた。

「でも、戦っちゃダメだなんて言えないよ?」

「皆、手柄を立てたがっているんだから…、見てろなんて言えないよな…。」

 ラインクラスが作ったゴーレムを相手に訓練を行っている仲間達を見て、トゥとギーシュは、何とも言えない表情をした。

「最後は、私が何とかするよ。」

「君一人に負担を賭けさせるのは忍びないが…、今の状況で最強となる力は君のウタだろうな。」

「うん。」

 トゥは、頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 訓練が終わり、昼食の時間となった。

 訓練でクタクタになった水精霊騎士隊の少年達は、我先にと食堂に集まった。

 先に食堂にいたルイズは、トゥの姿を見つけると頬を膨らませた。

「まだ機嫌悪いの、ルイズ?」

「別に…。」

 来たるべき時のために訓練をしている水精霊騎士隊に対し、精神力を溜めるために休まざる終えないルイズ。精神力が無くなっていることは、カルロ達との戦いで分かっているので仕方がない。

「ねえ…、トゥ。」

「なぁに?」

「こっち来て。」

「?」

 ルイズに連れられ、食堂を出て廊下の隅に来た。

「どうしたの?」

「あんた分かってる?」

「なにが?」

「敵は虚無の担い手を狙ってるわ…。その三人が集まる。きっと敵は本気で来るわ。」

「うん。」

「うん、って…、あんたそれがどれだけ危険か分かってないでしょ! 今までは、相当ツイてたのよ! 確かに、あんたは大したものよ、アルビオンで七万の敵を相手にしたし…、ガリアじゃエルフに勝ったし…。でも、一歩間違えれば屍を晒してたのは私達だわ。それに…。」

 ルイズは、睨むようにトゥを見た。

「戦いになったら、最前線で戦わなきゃならないのは、あんたよ。あんたしかいないのよ。ガリアの虚無の使い魔のガーゴイルと戦えるのも、エルフと戦えるのも…。」

「大丈夫だよ。」

 ルイズの震える声に、トゥは答えた。

 そしてトゥは、自分の右手のひらを見て、握ったり開いたりした。

「まだ、大丈夫。」

「ちょっと…、まさか、トゥ…? まさか…。」

「私のことは気にしないで、ルイズ。」

「気にするわよ!」

 ルイズは、トゥに掴みかかった。

「どういうことよ? あんた…、まさか…、あのウタって力を使ったせい?」

「違うよ。」

「じゃあ、なに!?」

「…ごめんね。」

「なんで謝るのよ!」

「ごめんね…。」

「だから謝るんじゃないわよ!」

 ルイズが怒鳴り散らすが、トゥは、儚げな笑みを浮かべているだけで動じなかった。

 やがてアニエスが来て、ヴィットーリオのところに始祖の祈祷書を持ってくるようにと言った。

「ルイズ、行って来たら。」

「まだ話は終わってないわよ!」

「あとで話しよう。だから行っておいで。」

「……逃げるんじゃないわよ。」

 そう言ってルイズは、アニエスと共に行った。

 残されたトゥは、その背中を見送り、食堂に戻っていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 食堂で食事を終え、午後の訓練をしていたトゥのもとへ、コルベールが訪ねて来た。

「ちょっと、いいかね?」

「はい。」

 コルベールに呼ばれて、食堂に戻った。

「ゼロの剣は持ってきたようだね。」

「はい。」

 トゥは、返事をしてから食堂のテーブルの上にゼロの剣を置いた。

「実は…、君には秘密でその剣の成分を調べさせてもらったんだ。」

「…はい。」

「それで分かったんだが。これは、何か巨大な生物の歯で出来ているのではないかね?」

「…はい。」

「この剣ほどの大きさの生物となると…、竜…ではないかね?」

「…はい。」

「君がその剣で殺されることに拘るのも、やはり竜が関係しているのだね?」

「…はい。」

「やはり竜でなければ、その花を駆逐できないのか…。」

「…はい。」

「しかし、なぜ竜なのだ?」

「それは…、分かりません。けど、竜種は、花の天敵だから…。」

「君はそれを知っていながら、竜に喰われるという選択を真っ先に選ばなかったのかね?」

「それは…。」

 トゥは、口ごもった。

「ミス・ヴァリエールことか?」

「まだダメ…。」

「なぜ?」

「あそこへ…行かなきゃ…、行かなきゃ…。」

「あそこ、とは?」

「姉さんが…待ってるから…。」

「姉さんとは…?」

「……。」

「…トゥ君? トゥ君?」

「最強の竜がいる…。」

 目に光のないトゥがスクッと立ち上がり、フラフラと食堂を出て行った。

 コルベールは、焦り、トゥの後を追った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルイズが、始祖の祈祷書をヴィットーリオに貸し、ヴィットーリオが新たな虚無の呪文を得るという瞬間に立ち会った時だった。

 ジュリオが何か嫌な予感を覚え、席を立ったのだ。

「どうしたのです?」

「いえ…、今、アズーロの声が…。」

「アズーロ?」

 それは、ジュリオの風竜の名前だ。

 それと同時に、ルイズも何か胸騒ぎを感じた。

「まさか……、トゥ!?」

「ルイズ!?」

 ルイズは立ち上がり、走って行った。

「行きなさい、ジュリオ。わたくしも嫌な予感がしますので。」

 ヴィットーリオの許可を得たジュリオは、ルイズの後に続いて走った。

 

 

 ルイズが駆けつけた先では、凄まじい光景があった。

 大聖堂の庭で、アズーロを含めた竜達が、争っている。

 水精霊騎士隊は、竜の争いに巻き込まれないよう遠巻きにすることしかできず、コルベールもいたが呆然としていた。

「トゥ!!」

 ルイズの視線の先には、竜達の争いを目の前にして突っ立っているトゥがいた。

 やがて他の竜を押しのけ、地に叩きつけるように倒して、アズーロがトゥの前に来た。

「だ…、だめーーーーー!!」

 グワッと口を開けたアズーロにルイズが杖を振るい、エクスプロージョンを唱えた。

 小さな爆発は、トゥとアズーロの間に置き、アズーロが怯み、トゥは爆風で尻餅をついた。

「トゥ!」

「……邪魔…しないで。」

「トゥ!?」

 トゥがデルフリンガーの切っ先をルイズに向けた。

『相棒! 正気に戻れ! ちくしょう、あの先こう! 下手に炊きつけやがって!』

「せん…。ミスタ・コルベールが?」

「…すまない。」

 目を見開き、コルベールを見ると、コルベールは顔をそらして苦し気に謝罪した。

「落ち着け! 落ち着くんだアズーロ!」

 一方で、なおトゥを喰おうとするアズーロを落ち着かせようと、ジュリオが悪戦苦闘していた。

 他の竜達も、トゥを狙って動き、ジュリオは、ヴィンダールヴとしての力を使い、落ち着かせようとするが、花を喰らいたいという衝動に駆られてしまった竜達は中々落ち着かない。

「トゥ、お願い、立って! こっちに来て!」

「ジャマシナイデ。」

「トゥ!!」

 どれだけ言ってもトゥは、聞きそうになかった。

 ならばと、ルイズは、前に進み出た。

「ジャマ。」

「邪魔なら私を切りなさい!」

「何を言っているんだ、ミス・ヴァリエール!?」

 コルベールと水精霊騎士隊の少年達がギョッとした。

「……っ。」

 トゥの光のない目が僅かに狼狽えたように見えた。

 ルイズは、デルフリンガーの刃を掴み、自身の首に切っ先を付けた。

「さあ!」

「ぅ…うぅ…、る、い、ず…。」

「トゥ! 戻ってきなさい!」

「…るい、ず…、ルイズ?」

「トゥ?」

「あ…、あぁぁ…。」

「トゥ!」

 デルフリンガーを握るトゥの手が落ち、トゥは、膝から崩れ落ちた。

 その時、竜の口が、牙が、トゥの頭上に迫った。

「トゥ!!」

 ルイズがトゥの頭を抱くようにして、竜から庇おうとした。

 だが次の瞬間、ドンッと、ルイズの体が後ろに押された。

 後ろに向けて倒れていくルイズは、スローモーションになるその光景を見た。

 トゥが微笑んでいる。ルイズを突き飛ばしたであろう片手を伸ばして、儚く笑っている。

 竜の大きな口がトゥに迫った。

 ルイズは、声にならない悲鳴を上げた。

 




私は、コルベールをどうしたいんだ…? 分かんなくなってきてしまいました。
竜に喰われるように仕向けたわけではありません。一応…。

DODの世界の竜種って希少種みたいなので、竜がたくさんいるハルケギニアでは、花を巡って争奪戦が行われたということにしました。

ワールドドアの件はどうしようかな?


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第六十話  トゥとルイズ その2

13巻最後の方。

とうとう、六十話突入。でもあんまり進展してません。

色々と考えて、この展開にしました。


 竜の牙は、トゥを貫くことはなかった。

 魔法の氷や、青銅のゴーレムがトゥを喰らおうとした竜を止めたのだ。

 今まで事の成り行きを見ていることしかできなかったギーシュ達が動いたのだ。

 やられた竜は、怒り、ギーシュ達を睨んで吠えた。

 その竜の上から、ようやく落ち着いたアズーロが乗っかり、地面に叩きつけるように押さえつけた。

「トゥ…、トゥ…、トゥ!」

 倒れていたルイズが起き上がって、トゥに駆け寄り、トゥを抱きしめた。

「よかった…。よかったぁ…。」

「ルイズ…。」

「馬鹿…、バカバカバカ…! もうほんとに馬鹿なんだから!」

 トゥの肩に額を押し付けて泣きながら叫ぶルイズ。

「ばかぁぁぁぁ…。」

「……ごめんね。」

 泣くルイズを、トゥは、抱きしめ返した。抱きしめ返されたことでトゥが生きていることを余計に実感したルイズは、大声で泣きだした。

 その姿を見て、ギーシュ達は、ホッとした。

 しかしコルベールだけは、何とも言えない、思いつめたような顔でそれを見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ジュリオが落ち着いた竜達を舎に戻し、ルイズとトゥは、ギーシュ達に支えられる形で自分達に与えられている部屋に戻った。

 ベットに横になったトゥは、そのまま泥のように眠った。

「…ほんとに馬鹿なんだから。」

 目を真っ赤に腫らしたルイズが、寝ているトゥを睨んだ。

 しかしスヤスヤと安らかに寝ているトゥの姿を見ていると、怒る気も失せ、やがて自分も眠くなってトゥの横に潜り込んだ。

 背中にくっつくと、トゥの鼓動を感じ、ルイズは、また涙が込み上げてきた。

 トゥが生きている。

 ルイズは、それを感じながらやがて眠りに落ちた。

 

 

 

 

 先に目を覚ましたルイズは、目の前にトゥの寝顔があって、ドキリッとした。

 ソッと手を伸ばし、トゥの頬と髪に触れる。

 温もりがあり、寝息がある。彼女は生きている。

 それでまた涙が込み上げてきたので、ルイズは、自分は何て単純なんだと苦笑した。

 ルイズは、先に起き上がり、着替え、トゥが起きない内にと部屋を出て、しばらくしてから戻ってきた。

 それからしばらくしてトゥが目をこすりながら起きた。

「……ルイズ?」

「あ…、お、おはよう。」

 二人の間に気まずい空気が流れた。

「ねえ、トゥ…。」

「な、なぁに?」

「…で、…出かけない?」

「えっ?」

「街でお祭りがあるの。ほら、教皇聖下の即位三周年記念の話聞いたでしょ? そ、それで、一緒に行かない?」

「えっ、でも…。」

「訓練のことでしょ? もう明日に控えてるんだし、今更やってもあまり意味ないと思うわ。骨休めも必要よ。」

 ルイズは、まだベットの上にいるトゥの傍に来て、その手を握った。

「ね? 行こ。」

「……。」

 トゥは、ルイズが握ってきた手とルイズの顔を交互に見た。

 ルイズは、緊張して返事を待った。

「……分かった。」

「ほ、本当!?」

「うん?」

「あ…、べ、別に、嬉しいわけじゃないのよ!」

「? 変なルイズ。」

 

 そしてルイズは、昨日買ったという可愛らしい服を纏い、トゥの分だと言って買ったという服をトゥに渡して着替えさせ、二人は出かけた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、ルイズと街中を歩いていたが、困っていた。

 というのも、腕にルイズがピトッと寄り添い、腕を絡めて来ているのだ。

「ね、ねえ、ルイズ…。」

「なに?」

「くっつき過ぎじゃない?」

「なによ、嫌なの?」

「嫌じゃないけど…。ほら、人目が…。」

「気にし過ぎよ。」

 ルイズは、ニコニコと笑いながらスリスリと頬をこすりつけて来る。

 トゥとルイズのそんな様子を、通り過ぎる人達が少し不思議そうに見ながら通り過ぎていく。

「ねえ、どうしたの、ルイズ? 変だよ。」

「変じゃないもん。」

「ううん、やっぱり変だよ。」

 トゥは、眉を寄せ、ルイズを振りほどいた。

 まさか誰かがルイズに化けて…、っと思ったが、ルイズが急に悲しそうに顔を歪めて涙ぐんだので、トゥはギョっとした。

「トゥ…、私のこと嫌いになった?」

「えっ? そ、そんなことないよ。」

「うそ…。」

「ち、違うよ。違うからね? ルイズのこと嫌いにならないよ?」

「ほんとう?」

「うん。」

「よかった!」

 笑顔になったルイズは、ピトッとトゥに抱き付いた。

 トゥは、なんだか様子がおかしいルイズに、調子が狂った。たぶん…間違いなく…、ルイズはルイズなのだろう。だがこんなに人目も憚らず懐いてくるなんて。

 様々な露店が軒を並べている通りに来ると、ルイズは綺麗な小物が並んだ露店の品々に釘付けになった。

「欲しいのあった?」

「これにするわ。」

「髪飾り?」

「ほら、あんたの青い髪の毛にぴったり。」

「私に?」

 ルイズは、トゥの頭に髪飾りを飾ってご機嫌だった。

「ねえ、ルイズ…。変なお薬飲んだの?」

「そんなわけないでしょ。」

「えー。」

 トゥはますますわけが分からなくなった。

 髪飾りを買い、仕方なくルイズをくっつけたまま歩いていると神官達を見かけた。

 お祭りの時は羽目を外していいのか、お酒を飲み、肩を組んで楽しそうに歌っている。

 初めて接触した時のような堅苦しささえ無くなれば、トリスティンの貴族とそんなに変わらないようだ。

 通りの真ん中で、太鼓や笛を吹いて踊っている一団を見つけた。

「あら、楽しそう。ねえ、トゥ、私達も踊りましょう。」

「…うん。」

 一団の中にルイズがトゥを引っ張っていき、ルイズが楽しそうに踊りだす。トゥも踊った。

 やがて踊りつかれたルイズを休ませるため、どこか休める場所はないかと探し、酒場を見つけた。

「あれ? ここって…。」

 どこかで見た覚えがある酒場だった。中を見ると見覚えがあって当たり前の人物がいた。

 ロマリアに来た時にトラブルがあって籠城場所にした酒場の店主がいたのだ。

 キュルケから巻き上げたお金で新調した高級そうなテーブルやコップ、お皿など、店の中は見違えるほどピカピカだった。あと店主自身も上等な服を纏っている。

 あれだけ破壊してしまったのだ、全部取り換えるしかないだろう。だがそれにしたって綺麗になり過ぎだ。一体幾らキュルケに請求したのか…。

 グラスを磨いていた店主は、二人の存在に気付くと、いらっしゃいと言いかけて止まり、気まずそうに顔を背けた。

 キョトンとするトゥとは反対に、ルイズはクスッと笑っていた。

 席に着くと、店主は無言で次々に料理を運んできた。

 料理を運んできた時、トゥとルイズに「来年も頼む」っと耳打ちして来たのだった。

「トゥ。」

「ん?」

「はい、あーん。」

「えっ? あ、あーん…。」

 フォークで刺した一口大の煮込んだ鶏肉を差し出され、トゥは、咄嗟に口を開けた。

 トゥが食べたのを見て、ルイズは、嬉しそうにニコニコとしていた。

「あーん。」

「えっ?」

「もう、分かってよ。私も。」

「わ、分かった。」

 トゥは、スープをスプーンで掬い、ルイズの口に運んだ。

「んふ。美味しい。」

「よかったね。」

「おかえし。ほら、あーん。」

「も、もういいよぉ。」

「遠慮しないで。」

「え、遠慮とかじゃなくってぇ…、もう…。」

 ルイズに押し切られ、トゥは仕方なく食べさせあいっこをした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 店を後にすると。

「ねえ、キスして。」

「えっ?」

 人の往来のある場所でいきなりルイズに言われた。

 トゥが固まっていると、ルイズが目を瞑って、ンッと口を突き出すようにしてきたため、トゥは、焦り、ルイズの手を引いて建物の間に入った。

「もう、ルイズ。ほんとうにどうしたの?」

「イヤ?」

「えっと…、今日のルイズ、なんか変だよ。」

「もう、いいじゃない。」

「あっ、ちょっとぉ。……んっ。」

 ルイズは答えを出さず、トゥの頬に両手を添えて自分の唇を重ねた。

 しばらく、少し長めの口づけをした後、ルイズは、またニッコリと笑った。

 トゥは、そのルイズの笑顔に少し不信を感じつつ、ルイズがそうしたいなら仕方ないかと半ば諦めながら付き合った。

 そうして散々遊んだ二人は、大聖堂であてがわれている部屋に戻った。

「トゥ、水飲む?」

「うん。」

 ルイズから水の入ったコップを受け取り、一気に飲み干した。思っていたより喉が渇いてたらしい。

「トゥ…。今日…楽しかった?」

「…うん。」

 ルイズがモジモジとしながら聞いて来たので、トゥは頷いた。

 するとルイズは、パァッと顔を輝かせた。

「よかったわ。」

「ルイズ。」

「なに?」

「今日…、どうしたの?」

 トゥが真面目な顔で聞いた。

 ルイズは、無理に笑顔を保とうとしているのか顔が僅かに引きつった。

「……私、一生笑わない。」

「えっ?」

「もう誰も、愛さない。」

「ルイズ?」

「トゥ…、あなただけよ。これから先、ずっと。」

「何言ってるの?」

「ずっとずっと、何十年先も、ずっと、私の一生が終わる時までずっとよ。」

「るい……、?」

 トゥの目の前が歪みだした。

 頭が重い。なんだか体に力が入らない。

「るい…ず…?」

「……愛してる。」

 意識が完全に落ちていく中、それが最後に聞いた言葉だった。

 




結局、ほぼ原作通りの展開にしました。

次回は、ブリミルとの接触かな。ゼロとはすれ違いになる予定。


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第六十一話  トゥ、サーシャと出会う

過去編かな。

サーシャとの出会い。
そしてブリミルとの接触。


 トゥが目を覚ました時、最初に目に映ったのは、草の緑だった。

「…あれ?」

 身を起こし、周りを見回した。

 トゥが寝ていたのは、大聖堂のあの部屋ではなく、一本の木の根元だった。

 そこは、小さな丘の上で、遠くまで続く草原が広がっていた。

「ルイズ?」

 名前を呼んでも返事はない。たった一人であった。

 ハッとして腰にあるデルフリンガーを抜いて状況を把握しようとしたが、なぜかデルフリンガーがなかった。

 そして、気付いた。

「あれ?」

 右目の違和感。

 恐る恐る手を伸ばすと、そこには、花がなかった。

 トゥは、何が起こっているのか分からずしばらく放心した。

「…夢?」

 酷く現実味がないので、そう結論付けようとした時、誰かがこちらに向かって来るのが見えた。

 草色のローブを纏った…、顔は見えないが、体格からするに女性のようである。

 トゥがボーっとその女性を見ていると女性が近くに来た。

「あら、起きた?」

 そしてフードを軽く上げた。

 恐ろしいほどの美しい女性だった。

 人懐っこそうな笑みを浮かべた彼女は、革袋をトゥに差し出してきた。

「水を汲んできたわ。飲む?」

「あっ、はい。」

 ハッとして革袋を受け取り、水を飲み込んだ。夢にしては酷くリアルである。

 トゥが革袋を見つめて俯いていると、女性が自己紹介をしてきた。

「わたし、サーシャ。あなたは?」

「…トゥ。」

「こんなところで寝てるなんて、見たところ旅人? それにしても荷物なんてもってないし…。」

「分からない。目が覚めたらここにいたの。」

「ふーん。」

 サーシャは、そう声を漏らしながらフードを外した。

 そこから現れたものにトゥは目を見開いた。

「エルフ?」

「あら、あなたエルフのこと知ってるの?」

「えっと…。」

 一回戦ったからとは、言いにくかった。

「まあいいわ。ここら辺の蛮人って、わたしのこと珍しい珍しいって言うばっかりだもの。どこの田舎よ。」

「はあ…。」

「それにしてもあなた…。」

「はい?」

「ううん。たぶん気のせいだわ。気にしないで。」

「…私、どうしてここにいるんだろう?」

「さあ? わたしに聞かれても。」

「あっ!」

「どうしたの?」

「大変! 早く帰らなきゃ。」

「どこに?」

 慌てて立ち上がるトゥにサーシャが言った。

「えーと、えーと…。悪い王様がいて…、その王様を倒すために頑張らなきゃいけなくって…、それで…。」

「落ち着いて。深呼吸しなさい。」

 サーシャに落ち着くよう促され、トゥは深呼吸した。

「私がいなくなったらみんなが…。」

「それは私も同じよ。」

「えっ?」

「わたし達の部族は、亜人の軍勢に飲み込まれそうなのよ。こんなところで遊んでる場合じゃないのよ。それなのにあいつときたら…。」

「あいつ?」

 サーシャが言う、“あいつ”とは、誰なのか。サーシャの表情からするに言いたいことあるらしい。

 やがて雨が降り出してきたので、トゥとサーシャは、木陰に隠れた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 木陰で雨宿りをしていると、サーシャが言った。

 自分は結構人見知りなのだが、トゥといるとそう言う感じはしないのだと言う。

 言われてみると、トゥもサーシャに対して恐怖心とか不審な気持ちは湧いてなかった。

 一度は戦い、ハルケギニアにおいて最強の敵であると聞かされていたのだが、不思議とサーシャにはそういう気持ちは湧かなかった。

「私も…、そう感じる。」

「あなたも?」

「不思議。初めて会ったような気がしないの。」

「わたしもよ。」

 トゥとサーシャは顔を見合わせた。

 初めて会ったはずなのに、まるでどこかで会ったことがあるような不思議な感覚であった。

 その時、サーシャが厳し顔をして立ち上がった。

「どうしたの?」

「呑気ね。狼よ。」

 言われて、サーシャが見ている方向を見ると、一匹の狼がこちらの様子をうかがっていた。

 一匹だけじゃない、次々に数を増し、トゥとサーシャの周りを取り囲むように集まってきた。

 トゥは、背中に背負っていた大剣を抜いた。

「あなた、只者じゃないわね。」

「そう?」

「そんな細身でそんなに大きな剣を振るうなんて…、すごいわ。」

「私、力持ちなの。」

 トゥは、微笑んだ。

 サーシャも懐から短剣を出した。

 するとサーシャの左手が輝きだした。

 トゥは、それを見て驚いた。

「ガンダールヴ!」

「あら? あなた知ってるの?」

「だって…。」

 トゥは、自分自身の左手を見せた。

「まあ! あなたもガンダールヴなの? じゃあ、頼りにしてるわよ。」

 そして狼達が襲い掛かってきた。

 飛び掛かってきた狼を、トゥが大剣で両断する。

 サーシャもローブを翻し、襲い掛かって来る狼の首や足を切って倒す。足を切ってのたうつ狼には、首に剣を刺してとどめを刺していた。

 仲間があっさりと殺され、残る狼たちは恐怖し、やがて逃げて行った。

 辺りに静寂が戻る。

「怪我はない?」

「大丈夫。サーシャさんは?」

「わたしは大丈夫よ。」

 お互いの無事を確認し合い、トゥは、考えた。

 なぜ、ガンダールヴのエルフがここにいて、自分の花がなくなって、自分がなぜこんなところにいるのか?

 夢にしては、あまりにもリアルだ。狼の血の匂いがする。先ほど狼を切った手ごたえが手に残っている。

 よく考えてみたら、サーシャがガンダールヴだということは、彼女を召喚して使い魔にした人物がいるということだ。

「あの、サーシャさん。あなたをここに召喚した人に会いたいんですけど。」

「わたしもよ。」

「?」

「でもここがどこかも分からないし。ニダベリールはどっちかしら? まったく、魔法の実験か何か知らないけど、人を何だと思ってるのかしら?」

「まほうのじっけん?」

「そうよ。あいつは、野蛮な魔法を使うの。」

「やばんなまほう?」

 トゥが首を傾げていると、サーシャの近くに鏡のようなものが現れた。

 それは、サモンサーヴァントのゲートに似たものだった。

 それを見たサーシャの顔が険しくなった。

 かなり怖い。先ほど狼を倒していた時以上の殺気がこもっている。

 サーシャが鏡のような物を睨みつけていると、やがて鏡の中から、小柄で金髪の男性が出てきた。

「ああ、やっとここに開いた。ご、ごめん。ほんとごめん。すまない。」

 っと、サーシャにヘコヘコと謝っている。

 そしてサーシャは。

「この…、蛮人がーーーーーー!」

 っと叫んで男性の頭にハイキックをかました。

 その後は、サーシャの怒鳴り声と暴力と、男性の謝罪する声が響き渡った。

「えー…。」

 トゥは、ただそれを見ていることしかできなかったのだった。

 




トゥの花を消したのは、ゼロとのニアミスを防ぐためです。
たぶん花が咲いてたら速攻で分かってしまって殺されると思うので…。
でもサーシャは、なんとなくですが、トゥに何かを感じています。


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第六十二話  トゥとブリミル

ブリミルとの会話。


あと最後に、ゼロとすれ違い(?)。


「あの…、いいですか?」

 ひとしきりサーシャが怒鳴って殴って少し落ち着いたところで、トゥが聞いた。

「やぁ、なんだい?」

 サーシャの下敷きにされている金髪の男性が顔を上げて照れ臭そうに言った。

「私、トゥっていいます。」

「そうそう。この子も、私と同じ左手に文字が…。」

「なんだって?」

 サーシャが言うと男性は跳ね起き、トゥの左手を取って手の甲を見た。

「ガンダールヴじゃないか! 魔法のように素早い小人!」

「えっ? 私、小人じゃないよ?」

「いいんだ! いいんだ! ほら、サーシャ、言った通りだろ! 僕達の他にもこの変わった系統を使える人間がいたんだ!」

 男性は、興奮していた。

「お願いだ、君の主人に会わせてくれ!」

 っと、トゥに言った。

 トゥは、困った顔をした。

「あの…、今私のご主人様(?)は、いないの。気が付いたらここにいて、どこだか分からないの。」

 それを聞いた男性は、がっかりしていたが、すぐに顔を上げて笑った。

「紹介がまだだったね。僕の名前は、ニダベリールのブリミル。」

「えっ?」

 それを聞いてトゥは、キョトンとした。

 ブリミル。ブリミルと言ったのかこの人は。

「あの、もう一度聞いていいですか。お名前は?」

「ニダベリールのブリミル・ル・ルミル・ニダベリール。」

「聞き間違えじゃなかった…。始祖ブリミルさんなの?」

「始祖? 何のことだい? 人違いじゃないのかい?」

 ブリミルと名乗ったこの人は、キョトンとしてそう聞き返した。

 えっ、どういうこと?っと、トゥは、グルグル考えた。

 自分以外にガンダールヴがいて、目の前にいるのは、ブリミルと名乗っている男の人。

 そしてある答えが思い浮かんだ。

 

 ここは、過去の世界。

 6千年前のハルケギニア。

 

 ならこのリアルな感じも合点がいく。

 空気、踏みしめている大地、彼らの肌質や動き、全部本物だ。夢なんかじゃない。

 自分がもといた別世界と、ハルケギニアを繋げる魔法があるのだ、もしかしたら過去に行く魔法もあっても不思議じゃないのかもしれない。

 ここへ来る前に何があった?

 ルイズから渡された水を飲んで、意識が無くなって…。

 ルイズが過去へ自分を飛ばしたのだろうか?

「…どうして?」

 トゥは、わけが分からなくなりすぎて、膝をついた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、トゥは、ブリミルとサーシャに連れられて、ブリミルが住むニダベリールに来た。っというより、ブリミルが作った鏡の魔法を使ってそこへ移動したのだ。

 ニダベリールという仰々しい名前だからてっきり町なのかと思ったが、そこは小さな村だった。

 ただの村ではない。建物は、移動式のテントで、それは遊牧民を思わせる。

 ブリミルに案内されたのは、一番高い位置にあるテントだった。

 そこには、青い旗が立てられていた。

「しかし、驚いたな!」

 中に通され、椅子をすすめられて座ると、ブリミルがまた興奮して言った。

「で、君の主人はどこだい? ミッドガード辺りかな? とにかく、その人に会いたいんだ。」

「あの…。」

 トゥは口ごもった。

「信じてもらえないでしょうけど。私、ずっとずっと未来から来たの。だから会えない。」

「……。」

「でも、本当なんです。」

 俯いて腿の上で手を握りしめるトゥの様子に、ブリミルもサーシャも黙ったままだった。

 やがてブリミルが、言った。

「いや、すまない。君の主人の存在を庇いたいのは分かるよ。こんなご時世だ。僕たちみたいな変わった系統使いは珍しいし、ヴァリヤーグ達にばれたら大変だもんな。話したくなったら話してくれればいいよ。」

 ブリミルの気遣いが微妙辛かった。

 それより気になったのが。

「ヴァリヤーグってなんですか?」

「知らないのかい?」

 トゥは頷いた。

「恐ろしい技術を持った悪魔のような連中だよ。」

「エルフのこと?」

 次に瞬間、パーンっと頭を叩かれた。サーシャに。

「なんでわたし達が、あんな野蛮人なのよ!」

「ご、ごめん…。」

「彼女は、我々とは根本から違う種族だ。」

 ブリミルがとりなすように言った。

 ブリミルが言うには、この広い世界のどこかで、自分達とは異なる文化を持って息づいている種族なのだと。

 だから自分は、彼女にルーン刻んだのだと言った。旧い自分達の言葉で、魔法を操る小人という意味の、ガンダールヴを。

「君の主人は違うのか?」

「えっと…、キスしたら刻まれるの。」

「な…。」

 ブリミルは、顔を赤くした。

 どうも話を聞いている限りでは、この時代の頃は、自分でルーンを刻んでいたらしい。サモンサーヴァントで召喚された物に強制的に使い魔の印をつけるルイズ達の時代とは随分と違うようだ。

「そ、そうなのかい…?」

「うん。」

「っということは…、君は君の主人と…その…。」

「チューしたよ。」

「!!」

「何想像してんのよ。」

 鼻血を噴きそうになほど顔を真っ赤にしたブリミルにサーシャが頭を叩いてツッコんだ。

「でも、私、魔法使えないよ?」

 ウタのことは伏せて、トゥが聞いた。

「それは、君が人間だからだね。」

 本当は人間ですらないのだが…っと、トゥは、俯きそうになった。

 初代のガンダールヴがエルフだったから魔法が使えるという意味で、魔法を操る小人という名前が与えらえたのだろう。

 さらにサーシャに先住魔法のことかと聞いたら、違うと首を振られ、精霊の力だと訂正された。

「どうして、さっき魔法を使わなかったの? エルフの魔法ってすごいよね?」

「精霊の力を血生臭いことに使いたくなったからよ。」

 そういえば、エルフのビダーシャルとの戦いの時も、デルフリンガーがエルフは、戦いを好まないと言っていたのを思い出した。

「ほんとうのほんとうにヴァリヤーグを知らないのかい?」

「うん。」

「羨ましいな。」

 この世界のどこかに彼らに脅かされない人々がいるなんてっと、ブリミルは言った。

「ああ、なるほど、だから君は君の主人のことを隠しているんだね。」

 なんだか分からないがそう納得されてしまった。

「魔法を使っても怖いなんて、どんな人たちなんですか?」

「…たぶん、すぐ分かるよ。」

 ブリミルは、哀しそうに言った。

 やがて、扉を破るようにして若い男が飛び込んできた。

「族長! 大変です!」

「…来たか。」

「えっ?」

「来たのよ。ヴァリヤーグが。」

 キョトンとするトゥに、サーシャが言った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 外へ出ると、ブリミルは、村人たちの中心に立って指示をして出していった。

 トゥは、それを見ながら周りを見回した。

 そして丘の向こう。そこからたくさんの何かが来るのを感じた。

「…せめて“彼女”が戻ってくれば…。」

「ダメよ。あいつは頼りにならないわ。こんなご時世だってのに、男目当てにほっつき歩いてるんだもの。いい加減やめときなさい。あんな女。」

「…仕方ない。行こうサーシャ。」

「私も行く。」

 トゥは、大剣を抜き、ブリミル達について行った。

 丘を越えると、そこには…。

「あれが…ヴァリヤーグ?」

 大軍がいた。

 その数は、何千、何万という数で、綺麗な陣形を取り、恐ろしい角の付いたか部位と、胸鎧、そして四メートルはあろうかという槍を持ち、兵隊人形のように微動だにしない。どれをとってもとてつもない軍だった。

「どうするの?」

「時間稼ぐのよ。」

「えっ?」

 その時、後ろの方でブリミルが詠唱を始めだした。

 他の村人達が、空が曇るほどの矢の嵐を風の魔法で防いだ。

 次に突撃して騎馬隊と重装の歩兵達を、サーシャとトゥが迎え撃った。

 これほどの武装を纏った敵はどんな怪物なのだろうかと思ったが、トゥが敵の兜を切った時、愕然とした。

「人間?」

「ジッとしてる場合じゃないわよ!」

 サーシャに鼓舞され、トゥはハッとして眼前に迫る敵を切っていった。

 どれくらい時間が経っただろうか。たぶんそんなには経っていないだろうが、あまりの敵の多さに永遠に続くように錯覚した。

 ブリミルの虚無が完成し、放たれた。

 真っ白な光球が膨れ上がり、巨大な爆発が巻き起こった。

 爆発は軍勢を飲み込み、辺りに破壊と混沌をまき散らした。

 トゥは吹き飛ばされ、背中を岩に打ち付けた。

 呻きながら起き上がると、泥だらけのサーシャが手を差し出してきて立たせてくれた。

「大丈夫?」

「な、なんとか…。巻き込むなんて…、ルイズより酷いよ…。」

「まあ、ああするのが効果的なのよ。」

 ほらっと、サーシャが示した。

 見ると、あの大軍の歩兵達のほとんどが倒れて呻き声をあげ、後方にいた軍も後退して行っていた。

「大丈夫か! すまない! 本当にすまない!」

 ブリミルが駆けつけてきて謝ってきた。

 トゥは、パンパンと土埃を払った。

「ブリミルさん。どうして彼らと戦っているんですか?」

「……分かり合えないからだ。」

「そうですか。」

「人は、自らの拠り所のために戦う。だが、拠り所たる我が氏族は小さく、奴らに比する力を持たない。でも…、神は我々をお見捨てにならなかった。僕にこの不思議で強力な力を授けてくださった。僕たちは、勝つよ。いつかきっと勝つ。」

 最後、ブリミルは、力強く言った。

 

 

 村に戻ると、村人たちはすっかりテントを片付け、出発の準備をしていた。

 こんなに早く撤収の準備ができるということは、これが彼らの日常なのだろう。

 そしてブリミルがゲートを開く呪文を唱えた。そして大きなゲートが開いた。

 さすが将来始祖と呼ばれることになる男。これだけの力を発揮するのだ。こうして彼らは、ヴァリヤーグのような敵から逃亡を続けながら生活をしているのだ。

 まず女性と子供達がゲートを通り、続いて大人の村人達、そして最後にサーシャとトゥとブリミルが残った。

「さあ、次は君達だ。」

 ブリミルに促されてゲートを通ろうとした時。

「ああ! ゼロ!!」

「えっ?」

 トゥがそちらを振り向こうとした時、サーシャにぶつかって、ゲートの方に倒れてしまった。




ゼロとすれ違い(?)になりました。

なんか、ブリミルの最後の方の台詞は、ヴィットーリオの台詞と被る気がする。
気のせいか?


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第六十三話  トゥ、タイガー戦車で出撃する

vsヨルムンガンドの大軍。

最後の方、ルイズとトゥがキスしてます。



 

 トゥは、目を覚ました。

「…ここ…、どこ?」

 自分は確か、ブリミルが作ったゲートに倒れるように触れて…、それから…。

「目を覚ましたかい?」

「…ジュリオ君?」

 自分が寝ているベットの傍らで、椅子に座っているジュリオがいた。

「あれ? おかしいなぁ…。」

「どうしたんだい?」

「私、昔の……始祖ブリミルさんと、ガンダールヴでエルフのサーシャさんと一緒にね…。物凄い大軍と戦ったの…。で、その後、村の人達とブリミスさんが開いたゲートを通ろうとしたんだけど…。気が付いたら…。」

「ハハハ、ずいぶんとすごい夢を見たんだね。」

「夢? だったのかなぁ…。っ!」

 徐に右目を擦ろうとした時、そこに花があって、トゥは、ビクッとなった。

 ああ、こここそが現実だと思い知らされてしまった。

「大丈夫かい?」

「……だ、大丈夫。」

 過呼吸になりそうになりながら、トゥは答えた。

 呼吸を整えたトゥは、起き上がった。

「ねえ、ジュリオ君。ここどこ?」

「アクイレイアさ。」

「えっと…、教皇様が創立三周年記念式典をするって言ってたところ?」

「即位さ。」

「でも、どうして私を寝かして連れて来たの?」

「それは…。」

「ガリアは? 攻めてきてないの?」

「…攻めてきてるさ。」

「えっ?」

 トゥは、一瞬固まり、やがて理解してベットから飛び降りた。

「待ってくれ。」

「行かなきゃ! ルイズが、ギーシュ君達が!」

「僕たちは、彼女の約束を守らなきゃならない。」

「やくそく?」

 すると、ジュリオは、部屋の扉を開けた。

 そこにあったものにトゥは目をも開いた。

 質素な家具が並んでいる中、浮かんでいるモノ。

 それは、鏡のような形をしたゲートだった。

「なに? どういうこと?」

「ワールド・ドア(世界扉)です。あなたの世界と、こちらの世界を繋ぐ魔法です。」

 横を見ると、ヴィットーリオがいて、にこやかに微笑んでいた。

「約束って…、もしかしてルイズが?」

「そうです。ミス・ヴァリエールがあなたを元の世界に帰すよう、わたくしは頼まれました。」

「ルイズが…、どうして?」

「帰るかどうかは、君が君次第です。」

 自分の精神力では、あと十数秒が限界だとヴィットーリオが言った。そしてこれだけのゲートを開けるだけの精神力はなく、これが最後だと言った。

 トゥは、愕然とした。

 だが、答えは早かった。

「……帰れません。」

「いいのですか?」

「…だって…。」

 トゥは、目を瞑った。

 脳裏をよぎる、子供達の笑顔、愛しかった男性の顔。

 怪物となってしまった子供達。自分の目の前で鳥となって消えてしまった彼…。

「帰っても……、私には…、何も…、ないから。」

 トゥは、涙を浮かべ、震える声で言った。

 大声を上げて泣きだしかったが、トゥは堪え、乱暴に涙を拭った。

「ジュリオ君、槍を……あの武器庫の武器を持ってきて。」

「本当に、いいのかい?」

「……ねえ、ジュリオ君。…私を殺すなら、それじゃ、ダメだよ。」

 トゥは、ジュリオが手にしている拳銃を指さして言った。

 ジュリオの顔から表情が消えた。

「私を殺すなら。アズーロを呼んで。」

「…兄弟。僕ら、使い魔が使い魔でなくなるルールは一つだけだ。それは、死だ。」

「うん。だから、私を殺すなら、竜に食べさせてね。」

「そこまでして…。」

「どうしても必要なの。最強の竜を生み出すためには。」

「君は死にたがってるのか、戦いたがっているのか、分からないなぁ。」

「……私は、どっちにしろ、生きられないから。」

 トゥは、微笑んだ。

 儚く、今にも泣きだしそうな無理をした微笑みに、ジュリオは心が痛み、顔を僅かに歪めた。ヴィットーリオは、表情を変えずただ様子を見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アクイレイアに運び込まれた“槍”は、タイガー戦車だった。

 トゥは、乗り込み、機器を触って動作を確認した。

「よし、行ける!」

「いけそうかい?」

「うん! ありがとう、コルベール先生! キュルケちゃん達もありがとう!」

 コルベール達が長年放置されていたタイガー戦車を整備しててくれたのだ。

 タイガー戦車から顔を出したトゥの笑顔に、コルベールは、泣きだしそうな顔をした。

 あんなことがあったのに、自分を許してくれるのかと。

「行こう! ルイズ達のところへ!」

 そしてコルベールが前の操縦席に座り、タバサが乗り込み、トゥが照準席に座った。

 そしてタイガー戦車は発進した。

 しこたまガソリンを積んだタイガー戦車は疾走し、ついに戦場となっている最前線の場所へついた。

「! ルイズーーー!」

 そこで見た物は、今まさにヨルムンガンドに踏みつぶされようとしているルイズの姿だった。

 すぐさま砲台の発射スイッチを押したトゥ。

 弾は、目に見えぬ速さでヨルムンガンドの片足に当たり、ヨルムンガンドは後ろに倒れ込んだ。

 ギーシュ達、水精霊騎士隊の少年達が気絶したルイズを運び、トゥは、それを見た後、再び弾を発射させて、ジタバタしている倒れたヨルムンガンドを破壊した。

 弾が切れると、トゥは、タバサに頼み、タバサが弾を補充する。

 岩陰に隠れていたもう一体のヨルムンガンドが顔を出した時、それを見逃さなかったトゥが弾を発射させて、ヨルムンガンドの頭を吹き飛ばした。

 まだ敵は残っている。

 残る敵のもとへ行く途中、集まってきたロマリア軍に顔を見せ、するとロマリア軍から感謝されて旗を渡された。

「なに、これ?」

「聖戦旗。」

「なんだかすごいことになってたんだね。」

 自分が寝ている間に、大変なことになっていたらしい。

 万歳! 万歳っと手を上げるロマリア軍達を残し、アンテナに旗を刺してから、残るヨルムンガンドを倒すためにタイガー戦車を発進させた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがて峡谷の入り口辺りで、六体のヨルムンガンドが現れた。

 ヨルムンガンドは、それぞれ艦隊の艦砲を持っていた。艦隊から奪ったものだ。

 トゥは、ハッチを閉め、潜り込んだ。

 距離は千。ハルケギニアの技術では到底及ばない望遠映像がタイガー戦車内の照準器に映されている。

 ヨルムンガンド達が、艦砲をタイガー戦車に向けて来た。

 そして一斉射。

 弾は、タイガー戦車の周囲に着弾した。

 一発がタイガー戦車の本体に当たり、凄まじい轟音と振動がきた。

 タバサは、耳を塞いで蹲り、振動による痺れがトゥとコルベールにきた。

 だがそれだけだった。

 大昔の大砲の弾など、タイガー戦車の装甲の前には遠く及ばなかったのだ。

「タバサちゃん! 準備して!」

 トゥがそう叫び、一体のヨルムンガンドを砲弾で破壊した。

 残る五体がタイガー戦車に突撃して来た。

 一発撃つごとに弾を装填しながら後退する。ヨルムガンドは速いが、タイガー戦車に追いつくには距離がありすぎた。

 トゥ達は知らないことであるが、ミュズニトニルンことシェフィールドは、ガンダールヴ(トゥ)の登場に興奮して冷静さを欠き、ヨルムンガンドに突撃命令を出してしまったのだ。

 さらにシェフィールドは、戦車を知らない。

 ゆえにこのような開けた場所で戦車砲の前に突撃することが、自殺行為に他ならないことを理解していなかった。

 続けざまに八体のヨルムンガンドが現れたが、シェフィールドのそのミスによって全部倒された。

 ヨルムンガンドの軍勢を倒したタイガー戦車に、水精霊騎士隊の少年達が駆け寄った。

 トゥが中からハッチを開けると、彼らは歓声を上げた。

 ギーシュとマリコヌルに至っては、ボロ泣きしていた。

「ぼ、ぼくは、君が絶対に来ると…、だって、君は副隊長だから……。」

「ごめんね…。遅くなっちゃって。」

「トゥ君。君の主人だが、気を失っている。まあ、命に別状はないだろう。」

「ルイズ…。」

 砲塔に乗せられたルイズは、白かった巫女服を泥だらけにし、頬には血と土がこびりついていた。

「ルイズ、ルイズ。」

「……うぅ…。」

「ルイズ、大丈夫?」

「……あんた、誰?」

「えっ?」

 なんかデジャヴを感じた。

「…ぶ、無礼者!」

 目をぱちぱちさせたルイズは、ハッとしてトゥを突き飛ばしてタイガー戦車から飛び降りた。

 ギーシュ達は、あちゃーっとなった。

「ルイズ? ねえ、もしかして…だけど…。」

「ああ…、たぶん君の予想通りだよ。どうもティファニア嬢に君に関係する記憶を消してもらったらしいんだ。」

「またぁ?」

 トゥは、若干呆れたように声を漏らした。

 トゥがルイズを見ると、ルイズは、う~っと野良猫のように唸っていた。

 だがその目に、混乱が見受けられた。

「ルイズ…、私の事、忘れちゃった?」

「私は、あんたのことなんて……、なんて……なんて…。」

「……ルイズがそれでいいならいいよ。」

「な、何言ってんのよ、馬鹿!」

「ん?」

「忘れたくて…忘れたわけじゃ…ないのに! どうして、どうして!! あんた見てると…、胸が…。」

 ルイズが怒り顔のままボロボロと泣きだした。

「痛いのよ、痛いのよ! なんなのこれ! あんたなにかしたの!?」

「ルイズ。無理に思い出さなくていいよ。」

「いや、それは無理だろう。トゥ君。」

 ギーシュが諦めろと言う意味で言った。

「わ、私だって、忘れたくって、忘れたわけじゃないのにってのは分かるのよ! だって、だってぇ! あんたは、…あんたはぁ…。」

「……残りの敵を倒さないと。」

「あ、待って、待ちなさいよ!」

「落ち着きたまえ。今は戦闘中だった。頼むぞ、トゥ君!」

 戦車の中に戻っていくトゥを追いかけようとするルイズをギーシュ達が止め、トゥは、タイガー戦車の中に戻り、残る敵の掃討に向かった。

「待って! 待ちなさい! トゥ…、トゥ!!」

 ギーシュ達に掴まれたまま暴れるルイズは、泣き叫んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 タイガー戦車は、虎街道の中へと進撃した。

 峡谷の奥、宿場街についた。

 ヨルムンガンドの襲撃により、あっという間に廃墟と化してしまった街。

 そこを進んでいくと、建物に置かれた樽が突然爆発した。

「爆弾!?」

 爆発により煙が舞い、周りが見えなくなった。

 峡谷に挟まれた狭い街が、あっという間に煙で一杯になり何も見えない。

 タバサが呪文を唱え、煙は上空へ巻き上げられた。

「トゥ君! 前だ!」

 その時、前方に一体のヨルムンガンドが現れた。

 トゥは、すかさず砲弾を発射させ、ヨルムンガンドを破壊した。

「! 上!?」

 トゥは、ハッとして上を見上げた。

 マントを使い、壁に張り付いていたヨルムンガンドが、上から襲い掛かってきたのだ。しかも導火線がついた樽を両手に握っている。

 自分もろともタイガー戦車を破壊しようとしているらしい。

「まずい!」

 真上からの攻撃は、戦車ではできない。例え向けられたとしても、砲を向ける余裕はなかった。

 だがヨルムンガンドは、いや、シェフィールドは失念していた。

 トゥには、魔法ではない、まったく違う力があることを。

 一声でいいのだ。叫べればいいのだ。

 タイガー戦車の頭上に大きな天使文字と魔方陣が発生し、接触寸前だったヨルムンガンドが高く弾き飛ばされた。

 ガン、ゴンっと地面に衝突し、何度もバウンドしたヨルムンガンドは、そのまま崖から落ちた。そして崖の下で抱えていた爆弾によって自らを爆発させてしまった。

 

 

「……、今の力は?」

 タイガー戦車の援護をしようとして風竜を連れてきていたジュリオは、上空からその様子を見ていた。顔をしかめているジュリオの傍ら、風竜が涎を垂らしてタイガー戦車を見つめていたのだが彼は気付かなかった。

 

 

 やがて背後から来たロマリア軍の聖堂騎士団であるカルロ達が、聖杖を掲げて勝どきの声を上げた。

「あいつら、なんかしたっけ?」

 マリコヌルが言った。

 あとで聞いたら、カルロ達、聖堂騎士団は、強化されたヨルムンガンドにルイズのエクスプロージョンが効かないと分かるや否や、真っ先に逃げ出したのだそうだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 戦いがひとまず終わり、両軍が撤退しだした。

「どうして、帰らなかったのよ…。」

 戻ってきたタイガー戦車から降りて来たトゥに、ルイズが言った。

「…あのね。ルイズ…。」

 トゥは、ヴィットーリオとジュリオとのやり取りのことを語った。

 目を見開いたルイズは、汚らわしいと言わんばかりに着ている巫女服を脱ごうとした。

「ルイズ、ここで脱いじゃったらダメだよ。」

「こんな服、着ていたくなんてないの!」

「裸になりたいの?」

「……。」

「ルイズ。気を付けて。あの人達……、普通じゃない。普通じゃないこと知ってて、肯定してる。」

「……何が聖戦よ…。」

「大丈夫。きっと止められる。私が止める。」

「やっぱりあんたは、元の世界に帰るべきよ。このままじゃ…、あんた…。」

「ううん。きっと…私が呼ばれたのは…。」

「呼ばれたのは?」

「……なんでもない。」

「ちょっとぉ! 肝心なところを濁さないでよ!」

「きっと…、その内分かると思う。」

 トゥは、そう言って、中空を見つめた。

「こら! ちゃんと話しなさい!」

「…ルイズ。」

「えっ、あ、ちょっ!」

 トゥは、ルイズを抱きしめた。

「あのね。」

「な、なによ…。」

「私には…、帰る場所なんてないよ?」

「!?」

「元の世界には、もう何もないの。だから私の居場所は…、ルイズのところだけ。」

「なにそれ…、あんた…。」

「だから、最後の時まで、ルイズの傍にいてもいい?」

「い…いいに決まってるじゃない! 馬鹿なの!? 馬鹿じゃないの!? あんたは私の使い魔なんだから!」

「うん。ありがとう。」

「……トゥ…。」

「ルイズ…。」

 二人は、口づけを交わした。

 

 

 上空では、ペガサスに跨ったロマリア兵が、魔法で勝利を祝う聖具の紋を煙で作っていた。

 漂う、その聖具の紋が、ハルケギニアのこれからを暗示しているように見えた。

 




元の世界には帰らない決意を固めたトゥ。戻っても…、うん…。
ルイズがトゥのことをもとの世界に戻そうとしたのは、あまりにも死にたがるのと、コルベールなどに刺激されて自殺に走ろうとするからそれを防ごうとしたんです。

タイガー戦車戦は、ウタを使って砲弾を発射すべきか悩みましたが、使いませんでした。
代わりに爆弾抱えたヨルムンガンドから身を守るために防御に使いました。

最後の方のキスについては、成り行き…ですね。なんとなくそんな雰囲気だったのでしました。


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第六十四話  トゥ、ルイズに迫られる

明けましておめでとうございます。
今年最初の更新です。


記憶が戻った反動で、ルイズがトゥに迫ります。

軽いですがキス表現あり。胸グリグリします。


 

「待ちなさい!」

「やだ!」

 

 ガリアのヨルムンガンドの大軍を倒してから、二週間ほど経過した頃。

 ルイズは、トゥを追いかけていた。トゥは、ルイズから逃げていた。

 二週間…、毎日のようにこの追いかけっこが行われていた。

 行きかう街の人々は、またかっという顔をしたり、不思議そうに見ていたりしていた。

 やがて疲れたルイズがへたり込み、手の甲で目をこすりながら声を上げて泣きだした。

「酷い、酷い! あんなキスしておいて私を捨てるの!?」

「ち、違うよォ…。」

 ルイズが止まると同時にトゥも止まり、ふり返って違うと手を振った。

「じゃあ、どうして逃げるのよォ!」

「だ、だって…。」

「弄ばれた~! キー! 死んでやるぅ!」

「違うってばぁ!」

 ルイズの傍に駆け寄ったトゥは、ルイズを立たせて抱きしめた。

「あのね、ルイズ…。あの時チューしたのは、…なんというかそんな雰囲気だった気がしたからで…。」

「…そんな雰囲気って何よ…。あんたってその場の勢いでなら誰とでもあんなことするわけ?」

「そんなことないよ。ルイズだからだよ。」

「私だから? ほんとう?」

「うん。」

「じゃあ…、私のこと…、好き?」

「う、うん。」

「ハッキリしなさい!」

「す、好きだよ?」

「もっと大きな声で!」

「は…、恥ずかしいよぉ。」

「言えないなら、き…、キスしなさい…。」

「えー。」

「なにが、えーっ、よ! ほら、早く!」

 トゥを見上げて、目を閉じ、ンッと口を寄せてルイズは、待った。

「…もう。」

 トゥは、仕方ないなぁっと困った顔をして、ルイズの額にキスを落とした。

「もう! どうして口にしてくれないの!」

「だってぇ…。」

「あの時はしてくれたのに…。」

「えっと…。」

「意気地なし! 馬鹿、バカ…、キライキライ…大っ嫌い…。ああ、ウソウソ! 大好きぃ!!」

「えー。」

「いいもんだ。グリグリしてやるんだから!」

 そう言ったルイズは、トゥの胸に顔を埋めてグリグリしだした。

 トゥは、困ったように笑いながらそれを受け入れていた。

 

 …周りの人の目と、水精霊騎士隊の少年達やキュルケ達の視線などまったく気にせず。

 

「反動って恐ろしいな…。」

 ルイズは、トゥに関する記憶を消した反動で、トゥを想う気持ちが爆発。結果、一目などまったく気にならないほどトゥに迫るようなってしまったのである。

 前にトゥへの想いのみを消したことがあったが、今回は想いを消さずに思い出を消しただけだったのでトゥがいない間の時のルイズは、自分の中に渦巻く切なく強烈な想いに悩まされていたのだ。それがトゥが戻ってきたことで記憶が補填された。まるで僅かでも別れ離れになった時を埋めるかのようにルイズは、トゥを求めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「でも、どうして聖女なんて就任しちゃったの?」

「…今思えば馬鹿な真似をしたわ。」

 部屋に戻った二人は、ベットに座り、ルイズは、スカートの裾を握りしめた。

「教皇聖下が嘘を吐くなんて、世も末だわ。」

「嘘はついてないよ。」

「なんでよ!」

「私の生死までは言ってなかったんでしょ? 生きた状態で帰すって。」

「そんなのってないわ! 詭弁よ! 私、これほどブリミル教徒であることがこれほど恥ずかしくなったことはないわ! 新教徒か、砂漠の悪魔に宗旨替えをしたいくらいよ!」

「でも、今じゃなくてもいいじゃないかな。」

「なんであんたはそんな冷静なのよ!」

「だって、利害は一致してるでしょ? ガリアの王様を倒すって目的が。」

「トゥ…、あんた、あいつらに何か吹き込まれたとかしてないわよね?」

「んーん。」

 ルイズの怪しむ言葉に、トゥは、首を横に振った。

「だって、私達、ヨルムンガンドのあの大軍を倒したし、知名度はロマリア軍に知れ渡ってるし、それがいなくなったら、きっとヴィットーリオさん困ると思うの。きっと兵士さん達の士気も下がっちゃう。」

「……トゥ。」

「なぁに?」

「あんた、いつからそんなまともな考えできるようなったの?」

「えー?」

「ま、まあ、仮にも騎士隊の副隊長だものね。それぐらいできなきゃ笑われるわよね。」

「えー。」

「か…可愛い顔しないでよ!」

「えっ? そう?」

 トゥが自分の顔の両頬を包むように手を置いた。

 そんな仕草すら、可愛く見えて、ルイズは、身悶えしそうになった。

 ヨルムンガンドの大軍を倒した後、トゥにキスされてからルイズは、わけのわからない体の奥から湧きあがるモノに毎晩のたうち回りそうなっていた。

 トゥを見ると…、ついつい…、唇に…、手に…、目に…、胸に…。視線が定まらない。

 たったそれだけで心臓の鼓動が速くなる。

 どう発散したらいいか分からないナニかにルイズは、赤面してプルプル震えた。

「ルイズ? どうしたの?」

「っ! あ…、頭冷やしてくる!!」

「えっ?」

 ルイズは、素早く立ち上がると、乱暴に部屋から出て行ってしまった。

 残されたトゥは、ポカーンっとした。

 

 その後、ルイズが井戸水の桶に頭を突っ込んでいる姿が目撃され、ちょっとした騒ぎになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ヨルムンガンドの大軍との戦いがあって、2週間も経ったが、戦いが終わったわけではなかった。

 カルカソンヌという地方の北側に流れるリネン川を挟んで、ロマリア軍とガリア軍が対峙していた。

 しかし睨みあいをしている両軍が戦いに用いているのは、魔法でも矢でも鉄砲でもなく、言葉だった。

 お互いを罵り合い、挑発しあう。

 頭にくると、一人二人が川の中州で一騎打ちをする。そして中州に勝った方が旗を立てる。戦いと言ってもこんな感じだ。怪我人や死者が出れば、両軍の小舟が回収し、お互いにそれを邪魔しない。戦争とはいえ、騎士道としての精神からその点は配慮してくれているのである。

「派手だったのは、最初の時だけだったな。」

 アルビオンの時を思えば、平和に思えてしまう戦いであった。

 だがそれでも死者は出てしまうし、状況から見ればロマリア軍の方が不利と言えた。

 なにせ敵は、新教徒でもなく、同じブリミル教徒であり、またガリア側も自分達が共通の敵とするエルフと組んでいるということを知っていない、それゆえの戸惑いと、ガリアの国の半分がロマリア側に味方している状態なのだ。しかも聖戦を発動した以上、お互いに引っ込みがつかず、だがその状態もロマリア側に味方をしているガリアの半分がロマリアが不利だと思ってしまえば、あちら側に寝返る可能性がある。先ほどから中洲の旗がガリアの旗のままなので、このままでは危険だと水精霊騎士隊のレイナールが言った。

 そんな状態の戦線に来たトゥは、中州を陣取っているガリア軍人を見た。

 禿頭の大男で、レイナールが言うには、西百合花壇騎士ソワッソン男爵というのだそうだ。そして見た目通り、豪傑で有名な貴族らしい。

「私なら勝てるよ。」

「よし、行ってきてくれ! っと…言いたいところだが、君は最後の手段だ。」

「どうして?」

「アンリエッタ陛下が、時間を稼いでくれって言ってたろ? アルビオンで七万の敵を相手にした君ならあの豪傑を倒すのは容易いだろう。だがそれだけだ。あっという間じゃダメだ。」

 ヨルムンガンドの大軍との戦いの後、トゥからヴィットーリオ達とのやり取りを聞いたアリンエッタは、自分が何とかすると言って帰国したのだ。

「じゃあ、どうすればいいの?」

「うーむ…。」

 水精霊騎士隊の少年達は、みんなで悩んだ。

「なら、これはどうかね?」

 ギーシュが名案が思い付いたとヒソヒソと話し合った。

 ギーシュからの提案を聞いた少年達は、えーっという顔をした。

「では、トゥ君、行こうではないか!」

「うん。」

「あーあー。もう知らないぞ。」

 他に名案がない水精霊騎士隊の少年達は、意気揚々と中州へ行く小舟に乗っていくギーシュとトゥを見送りことしかできなかった。




次回は、ソワッソンとの戦いとか色々。

もっとルイズに迫られるトゥを書きたかったけど、私の文力では、これが限界でした…。いつか書き直すかも。

アンリエッタ姫は、なんか信用ならない感じがして…。うーん。


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第六十五話  トゥ、ガリア貴族と一騎打ちをする

ソワッソン達との一騎打ち。

あと、最後の方でトゥがハルケギニアに呼ばれた理由について触れています。


 中州に到着すると、ガリア側から罵声が飛んできた。

「なんだぁ!? 勝てぬからといって今度は二人か!」

「さすが臆病者のロマリア人だけのことあるな!」

 この罵声に対して、ギーシュは不敵な笑みを浮かべた。

「僕たちは、トリスティン人だ! なに、お前たち無礼なガリア人に、多少の礼儀を教えてやろうと思ってね!」

「私は違うよ。」

 しかしトゥの言葉は誰も聞いてなかった。

「トリスティン人だと?」

 ソワッソンが言った。

「ロマリアの腰ぎんちゃくが、よおし、かかってこい! ガリア花壇騎士、ピエール・フラマンジュ・ド・ソワッソンが相手をしてやる!」

「副隊長。出番だ。」

「うん。」

「おや? これはこれは、随分とこの場に似つかわしくない美しいお嬢さんだ。しかしその立ち振る舞い…、素人ではないな。名乗れ。」

「トゥ。トリスティン王国水精霊騎士隊副隊長、トゥ・シュヴァリエ。」

「なんだと? アルビオンで七万の敵を相手にしたというあの…。」

「うん。私だよ。」

 トゥは、にっこりと笑った。

 そのあまりにも戦場に似つかわしくない無邪気な笑みに、ソワッソンは、口元をひくつかせた。本当にこの美しい女性がアルビオンで七万の敵を蹴散らしたというのかという疑問がソワッソンだけじゃなく、ガリア軍人達にも湧いた。

 トゥが背中の大剣を抜くと、ガリア軍側がざわついた。

「その細身で…、そんな武器を軽々と…。」

「私、力持ちなの。」

「七万の敵を相手にしたというのは事実のようだな。非礼をお詫びする。」

「ううん。いいよ。」

「寛大な方だ。お相手出来て光栄至極。いざ!」

 ソワッソンは、騎士としての礼を取り、それから笑みを消して杖を抜いた。

 素早く詠唱を終え、風の刃をトゥに飛ばしてくるが、トゥはそれを大剣を盾にして防いだ。

 トゥが大剣を軽々と振るうと、ソワッソンは、ふわりと浮いてそれを躱し、再び距離を取って風の刃を飛ばしてきた。

 ガリアの騎士だけあり、その実力は相当なもののようだ。

 しかし、数々の敵。とりわけメイジを相手にしてきたトゥは、メイジとの戦いをもう覚えていた。

 ひらりひらりと、左右に揺れて風の刃を躱す。

 やがてトゥは、中州の砂の部分に足を取られてよろけた。

「そこだ!」

 ソワッソンは、すかさず光の矢を放ってきた。

「待ってた。」

「はっ?」

 光の矢を放つ直前にトゥが微笑んでそう言ったため、ソワッソンは、一瞬間抜けな顔をした。

 トゥは、腰にあるデルフリンガーを抜き、光の矢を吸い取った。

 それにソワッソンが驚いている隙に一瞬にして間を詰めたトゥが大剣の刃でソワッソンの杖を破壊した。

 剣の圧でソワッソンは、後ろにのけ反り尻餅とついた。

 尻餅をついたソワッソンの股の間の地面にトゥは、大剣を突き立てたため、ソワッソンは、股座が縮こまる気持ちになった。

「私の勝ち。」

「ま…参った。」

 眼前に立つトゥを見上げ、ソワッソンは、降参だと両手を上げた。

 ロマリア側から歓声が上がった。

 すかさず小舟に乗りこんでいた兵士がロマリアの旗を持ってきた。

 しかしギーシュは、それを無視して、尻餅をついているソワッソンを縛りだした。

「ねえ、ギーシュ君…。本当にいいの?」

「いいのさ。」

「何をする!?」

「あなたは、彼女の捕虜だ。捕虜を大人しく帰す馬鹿がどこにいる。」

 ギーシュは、悪い笑みを浮かべた。

 そしてギーシュは、ソワッソンに身代金の交渉を持ち掛けだした。

 ギーシュの案とは、金で目をくらませ、賭けと決闘による金品の巻き上げを行うというものだったのだ。

 ギーシュは、千五百ほどの大金をソワッソンから巻き上げ、ソワッソンを解放したのだった。

「本当にこれでいいの?」

「時間も稼げて、更には儲かるんだ。こんなくだらない戦いに付き合わされているんだから何か得することでもしないとやってられないだろう?」

「そうかもしれないけど…。」

「なぁ、トゥ君。これから君は、金に目のくらんだ貴族共を相手にすることになるんだ。そいつらから巻き上げた金で、土地を買って僕らの城を手に入れよう。ついでにルイズに何かプレゼントでも買ってやったらどうだい?」

「ルイズに?」

「宝石なりドレスなり…。好きな物を買ってやるといい。」

「うーん。分かった。」

「よし!」

 トゥがやる気を出してくれたので、ギーシュはガッツポーズを取った。ついでにガリア側にいる仲間達に手を振った。うまくいったことに、水精霊騎士隊の仲間達は歓声を上げた。

 その後、トゥは、ガリアの貴族と何人も戦った。

 まったく疲れを見せないトゥに、やけくそになったガリア側が何人も挑んできたが、全員倒された。

 ギーシュ達は、手に入ったお金を見て、ほくほくしていた。あと少しで城が買えるとトゥに声援を送った。

「…飽きた。」

 トゥが剣を下ろしてそう呟いた。

「トゥ君! あと一回! あと一回だ!」

「今賭け率は、三十対一がついてる! 君がここでリタイアしたら、僕たちは破産だから!」

「むぅ……。分かった。」

 トゥは、渋々承諾した。

 ガリア側は、次で最後だと聞くなり、俺がやる、いや俺だとギャーギャー揉めていた。

 トゥがつまらなさそうに待っていると、やがて鉄仮面を被った粗末な格好の男がやってきた。マントがなければメイジだと分からないほど粗末な格好だった。

 それを見てギーシュ達は、がっかりしたという顔をした。見るからに貧乏貴族だろうと決めてかかった。

 しかし、トゥは、つまらなさそうにしていた体制を正した。

「……名前は?」

「名乗るほどの名前は持ち合わせていない。」

 トゥが聞くと、そう返された。

 トゥは、感じていた。

 この人は…、ソワッソンよりもずっと強いと。

「トゥ君。そんな奴さっさと倒しちまえ。」

 ロマリア側にいる仲間達がそう無責任なことを言って来た。

 トゥは、剣を構え、相手と十メートルほど距離を保って睨みあった。

「来ないのならば、こちらから行く。」

「!」

 来るっと感じた瞬間には、相手の呪文が完成していたらしく、ブレイドによる接近戦に持ち込まれた。

 これまで戦って来たメイジのほとんどは、中距離か遠距離からの攻撃を主体としていた。だがこの男は違う。いきなり接近戦を仕掛けて来た。しかも鉄仮面で口が見えないので詠唱が分からないのだ。

 ガキンッと鋭い音を立てて、相手のレイピアのような軍杖がトゥの大剣の刃とぶつかった。

 ギリギリとつばぜり合いが起こる。

 トゥは、力任せでは勝てないと判断し、デルフリンガーをもう片手で抜いて横から狙った。

 次の瞬間には、つばぜり合いを続けていた男が横にそれ、受け流す様に大剣とデルフリンガーを避けた。

 横に逸れた男を目で追うと、そこには男の姿はなかった。

 トゥは、ハッとして大剣で自分の上を庇った。

 次の瞬間、ガキーンっと振り下ろされた軍杖により火花が散った。

 着地した男は、再びブレイドを使って斬りかかってきたため、トゥは、デルフリンガーで防いだ。またつばぜり合いになり、すると男が鉄仮面を被っている顔を近づけて来た。

「そのまま…つばぜり合いを続けろ。」

「…なに?」

「大きな声を出すな…。」

 男は小声でトゥに語り掛けて来た。

 トゥは、つばぜり合いを続けたまま男の言葉を聞いた。

 男は、シャルロット…いや、タバサのことを知っているかと聞いて来た。

 トゥは、小声でロマリアに来ていると答えた。

 男は、後方に飛びのき、再び斬りかかってきた。

 そしてトゥは大剣でそれを防いだ。

「…身代金と共に手紙を入れてある。お渡ししてくれ…。」

「…分かった。」

 トゥの答えを聞くや否や、男は手の力を抜き、同時にトゥが大剣を振るって、彼の手に会った杖が弾き飛ばされ地面に刺さった。

「参った。」

 男は、膝をついた。

「やったな、トゥ君!」

 駆け寄ってきたギーシュ達に、トゥは、渡された革袋を見せた。

「なんだ、銅貨ばかりじゃないかい!」

 貴族としての対面というものがあるだろうと叫ぶ彼を無視し、トゥは鉄仮面の男に、騎士の礼をした。立ち上がった男もガリア式の騎士の礼を奉じてくれた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

 水精霊騎士隊は、トゥが稼いだ身代金を当てに酒場で飲んでいた。

 ルイズが来るとアクイレイアの巫女が来たぞ!っと叫び、椅子を引き、それから聖戦万歳!だの、ロマリア万歳だの、アクイレイアの巫女万歳だの叫んで顔を見合わせ、心にもないことを笑いあっている。

 ルイズは、そんな彼らを冷ややかな目で見まわし、それからトゥがいないことに気付いた。

「トゥは?」

「ああ、彼女ならなんでもタバサに用があるって言っていなくなったよ。」

「タバサぁ?」

 自分を放っておいて別の女のところに行くのかと、ルイズは嫉妬の気持ちがメラメラと湧いた。

 なぜタバサ? 自分より小柄で胸もない子のところへ?

 そういえば徐々に思い出してきたが、シエスタというティファニアほどじゃないが胸が立派なメイドがいた。彼女は思いっきりトゥに対して好意を向けていたが、タバサは違うはずだ。

 ……そうであってほしい。いや、そうでなければならない。

 しかしふと思い出したが、タバサは、トゥをよく助けているし、イーヴァルディの勇者の本を勧めるなどしていた。

 はて? なにか胸騒ぎを感じてしまうのはなぜか?

 ルイズは、言いようのない不安にかられた。

「トゥは、私の物なんだからね!!」

 周りのことなど気にせず叫び、ルイズは、駆けだした。

「…やれやれ、トゥ君も大変だ。」

「女の嫉妬心恐るべし。」

 ギーシュとマリコヌルの呟きに、水精霊騎士隊の少年達は、ウンウンと頷き合った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、タバサを探していた。

 そして、カルカソンヌの寺院の階段に腰かけ、杖の明かりを頼りに本を読んでいるタバサを見つけた。

「タバサちゃん。見つけた。」

「!」

 トゥに声を掛けられ驚いたタバサが顔を上げた。

 トゥは、タバサのところに駆け寄り、小声で。

「渡したいものがあるの。」

「……なに?」

「ここじゃ人目があるから…、シルフィードちゃん、呼んでくれる?」

「…分かった。」

 タバサは、立ち上がり口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。

 寺院の傍にいたロマリア兵達が驚いて、止めようと声をかけて来た。

「空のお散歩だよ。すぐ戻るね。」

「早めに戻ってくださいよ! 怒られますから!」

 無邪気に笑って言うトゥに困った顔をしたロマリア兵はそう叫んだ。

 シルフィードに乗った二人は空へと舞い上がった。

「えっとね…。これ、渡してほしいって言われたの。」

「誰から?」

「川の中州で一騎打ちしていた時にタバサちゃんに渡してくれって言われたの。」

 トゥは、中州で戦った鉄仮面の貴族から渡された手紙をタバサに渡した。

 封を切ったタバサは、手紙の内容に目を走らせた。

「…カステルモール。」

「知ってる人?」

 トゥが聞くとタバサは頷いた。

「あれ? なんか聞いたことがあるなぁ…。あ! ガリアから帰る時に国境で私達を逃がしてくれた人だ!」

 トゥは、パンッと手を叩いて思い出したと言った。

「それで、なんて書いてあったの?」

「……。」

「…読んでもいい?」

 黙ってしまったタバサから手紙を受け取り、トゥは、内容を見た。

「…タバサちゃんが王様に?」

「……。」

「でもそしたら、ガリアはどうなっちゃうの? また戦争が始まっちゃうの?」

「分からない。なるかもしれないし、ならないかもしれない。」

「…タバサちゃんが危険な目にあうから…、あんまり賛成できないなぁ。今、アンリエッタ姫様が聖戦を止めるためにトリスティンに帰ってるから、私達大きなことできない。一騎打ちはしたけど…。ねえ、タバサちゃん。この件、とりあえず置いて置いた方がいいじゃないかな?」

「…分かった。」

「……ねえ、タバサちゃん。ジョゼフ王って人、虚無なの?」

「分からない。」

 手紙の最後の一文に、ジョゼフが恐ろしい魔法を使うこと、そして寝室から中庭に一瞬で移動したということが書かれていたため、トゥは、確認のため聞いたがタバサは、分からないと首を振った。

「でも、可能性はある。」

「…そっか。」

「…あなたは、どうするの?」

「えっ?」

「このままじゃ…、あなたは…。違う。シルフィードじゃなくても、他の竜に食べられるつもり?」

 タバサの問いかけに、トゥは、表情を消し、黙った。

「あなたの花は、とても危険。いや、危険なんてものじゃないのかもしれない。とにかく、この世にあってはならないもの。そうなの?」

「そうだね…。」

「あなたは…、なぜ、この世界に来たの?」

「分からない。でも呼ばれた。きっと…意味はある。」

「それが最強の竜を生み出すため?」

「そうかもしれない…。もしかしたら、違うかもしれない。でも、どっちでも結果は変わらないと思うの。」

「それはどういう意味?」

「……待ってる人がいる。」

「まってるひと?」

「ずーーっと、ずーーーーーーっと、昔から、待ち続けている人がいる。なんとなく、分かるの。」

「最強の竜を求めているのは、その人?」

「そうだと思う。」

「あなたは、この世界で死ぬために来たの?」

「………そう…なの…かな?」

 トゥの目から光が消えた。

「しるふぃーど…ちゃん…。」

「きゅい!?」

「あなたが死んだら、ルイズが泣く。」

 タバサがトゥの頬を叩いた。

「…ん? あれ?」

「気が付いた?」

「あれ? タバサちゃん、私…何してたの?」

「……ごめんなさい。」

「なんで、謝るの?」

 申し訳なさそうに俯くタバサに、トゥは、首をかしげたのだった。

 

 

 そんな二人の様子を、かなり上空の位置から追跡している一羽の黒いフクロウがその聴力を全開にして聞いていた。




ここで、花のことをヴィットーリオ達に知られていいものかと悩みました…。
辻妻を合わせるために書き直しをするかもしれません。

タバサは、トゥに対して、敵意があるわけじゃないです。ただ疑問を抱いて、その答えを知りたがっているだけです。


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第六十六話  トゥとルイズ、将来の話をする

サブタイトルが思いつかなくなってきた。

将来の話といっても、ちょっとだけ未来の話です。


 

 ルイズは、日記を睨んでいた。

 それは、ルイズが記憶を消す前までのことを記し続けていた日記だ。

 ゼロゼロと蔑まされていた頃の周りを見返してやりたいという悔しさを綴った部分と、トゥを召喚してから書いてきた部分。

 2年生の進級試験が始まってから新しくした日記帳だったので、ほとんどがトゥに関することで埋まっていた。

 訳の分からない女を召喚してしまったことに対する愚痴。

 言うことを聞かない彼女に対する愚痴。

 色んな場面で自分を助けてくれたことへの素直になれない感謝の気持ち。

 トゥが何者なのか、あの右目に咲いた花は何なのかという疑問。

 アルビオンで自分の代わりに、七万の敵を相手に一人で挑んでいってしまったのを止められなかったことへの後悔。

 トゥがいなくなり、生きている可能性を確かめるためにサモンサーヴァントをやったら、ゲートが現れてしまった時の絶望。

 微かな希望を信じてメイドのシエスタと共にアルビオンに向かい、そこでトゥと再開できたことへの喜び。

 …トゥのことを同性であろうとも関係なく恋愛的な意味で好きだと自覚したこと。

 などなど、色々と書かれているが、特に後半は、どうすればトゥを振り向かせられるかと躍起になって、妄想も混じっていて書いたのが本当に自分なのかと疑いたくなるほどトゥに惚れている描写が書かれてあった。

 うわぁっとルイズは、両肘を机の上でついて、頭を抱えた。

 大半はトゥに対する愚痴で埋まっているが、特に後半の惚れている部分は濃厚に書かれており、書き手であるはずの自分が悶絶しそうになるほど恥ずかしいものになっていた。

 トゥの体に関する(触った)感想まで細かく書かれており、顔を真っ赤かにさせたルイズは、もう死にたい…っと思った。

 こんなの絶対他人に見せられない。特にトゥには!

 ルイズは、うぉぉぉっと訳のわからない声を上げなら、日記を両手で閉じた。

 ふと窓を見ると、夜空が白んできていた。どうやら徹夜してしまったらしい。

 そういえば、結局あれからトゥを見つけられなかった。タバサもだ。

 まさか自分の目の届かなかった場所で!?

 ここはロマリア。トリスティン人であるルイズに土地勘があるわけがない。それは、トゥもタバサも同じはずだが、目が届かない場所に行かれてしまったらおしまいだ。

 ああ、そういえばトゥは、アルビオンでシエスタというメイドと一晩過ぎしていたではないか。

 しかしトゥは、シエスタからの告白を断っていたのでそっちの気はないようである。どうやら恋人がいたらしいので。

 ……それは、すなわち自分にも勝機がないということではないか?

 だが、自分にキス…は、してくれた。

 けれども成り行きだと言われてしまった。ルイズを受け入れてのキスというわけではなかったようなのである。

 ああ、なんて酷い女!

 自分もあのメイドも弄んで!

 っと、ルイズは怒りをメラメラと燃やした。

 

 『だから、最後の時まで、ルイズの傍にいてもいい?』。

 

 ……ヨルムンガンドの大群を倒した後、そんなことを言われたのを思い出した。

 最後? 最後とはどういうことなのか。

 日記にも、そのことが触れられていた気がした。トゥがやたらと死にたがっていたことを。ゼロの剣か、竜に食われようとしていることを。

 つい最近も、アズーロや他の竜に食われようとしていたではないか。

 さらに初めの頃からトゥは、自分に殺してくれと約束を持ちかけてきたではないか。

 どうして? どうして!?

 そこまでして死にたがる理由をトゥは、ほとんど語ってはくれない。

 あの花が原因だというのは分かってきた。

 だが花のことに触れると、トゥはおかしくなってしまう。

 酷いときは、記憶が消えてしまう。

 花を引っこ抜こうとした時だって、悲鳴を上げられて手首を折られてしまったことだってあった。

 いや、それ以前にコルベールに花を処分されそうなった時も酷く嫌がっていた。

 あの花は確かに得体が知れないが、ゼロの剣と竜でなければ抹殺できないものなのか?

 一体どれほどの脅威なのかすら分からないが、トゥが持つウタという力は、花から得られる力によるものらしいことも分かった。

 ウタは、強大な力であるし、確かに脅威と言えば脅威だ。ワルドが裏切り、痛めつけられた時に恐るべき再生を見せた。あれは、この世のものとは思えないほど恐ろしかったが、だがそれだけなのか?

 トゥ自身が命を絶たなければならないほどの危険性を持つ、あの花…。

 竜が必死になって食べたがるほどの魅力を持つ花…。

「いったい、何?」

 ルイズは、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥが眠そうに目をこすりながら部屋に戻ると、ルイズが机にある椅子に座っていた。

「ルイズ? 寝てないの?」

「…どこ行ってたのよ?」

「えっ?」

「さ、昨晩は、どこで誰と何をしてたの?」

「えっと…、タバサちゃんと、夜のお散歩…。」

「おさんぽ~~~?」

 目を泳がせて手をモジモジとさせるトゥは、隠し事が苦手らしい。

 だが雰囲気で聞いてほしくなさそうだったので、ルイズは、やれやれと肩をすくめた。

「そう。ならいいわ。」

「えっ?」

「私、眠いから寝るわ。」

「う、うん。おやすみ。」

「あなたも寝なさい。」

「うん。」

 トゥは、ルイズと共にベットに横になった。

「ねえ、トゥ…。」

「なぁに?」

「あなた、私以外にもあんなキスするの?」

「えっ? なんで?」

「だ、だって…、私にした時は、成り行きだって言ったじゃない。」

「誰とでもしないよ。」

「た、たたた、例えば…シエスタとか?」

「……うーん。」

「なんで否定しないのよ!」

「えっ?」

「えっ? じゃないわよぉぉぉぉ!!」

「ふぇええ。」

 怒ったルイズは、トゥの両頬を両手で摘まんで引っ張った。

 それからブニブニと伸ばしたり縮めたりを繰り返し、トゥのほっぺたの柔らかさを堪能した。

「…あんたって、どこもかしこも柔らかいわよね。」

「そう?」

「腹立つわね…。同じ女なのに…。」

「ルイズは、スベスベで綺麗だよ?」

「あっ! コラ、触らないでよ!」

「えー。」

「さ、触られると、どうにかなりそうで…、うう…。」

「えっ? どうしたの? 大丈夫?」

「おおおお、落ち着け、私! スーハー…、だいじょーぶ、だいじょーぶ…。」

 しっかりと深呼吸したルイズ。

「…ねえ、ルイズ。」

「な、なに?」

「何か欲しいものある?」

「なによ、急に。」

「お金いっぱい稼いだから、何か買ってあげる。」

「中州でやってた一騎打ちで稼いだお金でしょ? もう、姫様から自重しろって言われてるのに…。」

「うん。でも、ああでもしないと割に合わないってギーシュ君言ってたから。一万エキューはあるから、お家でも買っちゃう?」

「う、家!? なんで!?」

「今は、寮に住んでるけど、いつまでもいられないでしょ? だからお家買っちゃおうかなって。」

「なによ、私をおいて自分だけでそこに住もうっての?」

「じゃあ、ルイズも一緒に住む?」

「へっ?」

 思ってもみなかった言葉に、ルイズは目を丸くして固まった。

 一緒に? 一緒に暮らす? トゥと? 一つ屋根の下で?

 ルイズは、顔を両手で覆って、今にも叫びだしそうになるのを堪えた。喜びで。

「いやだった?」

「そ、それは…。」

「じゃあ、シエスタも一緒に…。」

「それはダメ!」

「えっ?」

「住むなら、二人きりがいいわ!」

「えー。」

「なにが、えーっよ! あんたが一緒に住もうって言ったんじゃないの! 責任とりなさいよね!」

「住むかって、聞いただけだよ?」

「ウダウダ言ってんじゃないわよ! 住むわよ! あ、あんたと一緒なら…ね…。」

「でもそしたら、ルイズのお父さんとお母さん許してくれるかな?」

「私ももう子供じゃないもん。私が決めることに文句なんて言わせないわ。そんなことより…。」

「ん?」

「お家って言っても…屋敷みたいな大きな家なじゃなくって、小さな家でいいなぁ…。」

「なんで?」

「そ、そしたら、あんたともっと近くでいられるでしょ…。」

「今だって近くにいるよ?」

「も、もう…、分かってよ、馬鹿…。」

「えー?」

「もう! もう! 馬鹿トゥ! バカバカバカ! このこの!」

「アハハハハハ! くすぐったいくすぐったい! えいっ、お返し!」

「あっ、ちょっ! アハ、アハハハ、やめて、やめ、て!!」

「ルイズ、ここ弱いね。ほらほら。」

「キャハハハハ! や、やめ、やめ、やめ、て…! あっ。」

 

「君たち、いちゃつくのはいいが、うるさいぞ。」

 

 隣の部屋の壁がトントンと叩かれ、マリコルヌの声が聞こえた。

 

「誰がいちゃついてるよ!」

 マリコルヌの声で驚いたトゥが手を止めたので、ルイズが怒鳴った。

「おや、自覚がないのかね? さっきから聞いていれば、壁の薄さもはばからず一緒に住む住まないっていちゃこらして、しまいにゃくすぐり合いっことは。いやはや、女の子同士ってだけでも破廉恥ものなのにこれ以上進んだらって思うと…。」

「こ、こここ、これ以上って…何想像してんのよぉぉぉぉぉぉ!!」

 顔を真っ赤かにしたルイズが、杖を抜き、エクスプロージョンを唱えた。壁が破壊され、壁側にいたマリコルヌが吹き飛ばされた。

「る、ルイズ! マリコルヌ君、大丈夫?」

「ああ、なんとか。」

「血、いっぱい出てるよ!」

「そんな奴の心配なんてしてんじゃないわよぉぉぉ!」

 頭に血が上ってパニックになっていたルイズは、トゥにもエクスプロージョンをお見舞いし、トゥを反対の壁に吹き飛ばした。

 薄い壁がまたも破壊され、反対の隣の部屋にいたティファニアが壊れた壁から飛ばされてきたトゥに驚いた。

「あ…、ティファちゃん…。」

「トゥさん! どうしたんですか!?」

「ルイズ…、怒らせちゃった…。うっ。」

「トゥさーーん!」

 

 頭に血が上ってパニックになっていたルイズは、やがて落ち着き、一気に四人部屋になってしまったことに気づいて、切なげにため息を吐いたのだった。




最後、無理な展開にしてしまった…。

くすぐり合いっこと、キス以上には発展しないなぁ…。いや発展させたら、R15じゃすまなくなってしまう…。

次回は、ジュリオと会話かな。


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第六十七話  トゥ、ジュリオと話をする

サブタイトルが本当に思いつかなくなってきた…。

ジュリオとの会話で、聖地に関する部分に触れています。

最後のほう、ルイズ→←トゥって感じかな?


 

 

 あれからルイズがふて腐れてしまったので、トゥは、眠気を押して食堂に来た。

 すでにそこには水精霊騎士隊の少年達がいて、ティファニアもいた。

 ギーシュが椅子に座ったトゥの横に来て、あと3千エキューで城が買えるから頑張ろうと言ってきた。

 しかし、トゥは、昨晩のタバサとの会話のせいであまり乗り気にはならなかった。

 そこへ。

「やあ、おはよう。トゥさん。」

「ジュリオ君…。」

 途端、奇妙な緊張感が二人の間に発生した。それを感じた水精霊騎士隊の仲間達は、黙った。

「なに?」

「カルカソンヌの中州での活躍は聞いているよ。水精霊騎士隊の諸君も。敵の士気をくじいていただいたとか。従って、教皇聖下から君達にこれをぜひ、っと頼まれてね。」

 にこやかな笑みを浮かべてそう言ったジュリオは、机の上に袋の中の金貨をぶちまけた。

「受け取ってくれたまえ、神からの祝福さ。」

「坊さんのお布施なんかいらないよ。」

「自分の食い扶持ぐらい、自分で稼ぐさ。」

 トゥとジュリオの間に何かあったことは察している彼らは、ジュリオの言葉にそう返した。

「…トゥさん、話があるんだ。」

「なに?」

 トゥの表情が固くなる。

 それを見た水精霊騎士隊の仲間達は、前に踏み出て、二人の間に割って入ろうとした。

「悪いね。君達の副隊長をちょっとお借りしたいんだが…。」

「僕らは、騎士隊だぞ?」

「だいじょうぶ。」

 トゥは、そう言って、ギーシュ達に向けて微笑んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、ジュリオと共に外へ出た。

「なんと言ったらいいか分からないが……、とにかくこの前はすまなかった。」

「なんのこと?」

「…君の世界をつなぐゲートを前にして、君を殺そうとしたことにたいしてさ。」

「ああ、そのことなら、もういいよ。」

 あっさりと言ったトゥに、ジュリオが逆に驚いたのか僅かに目を見開き、ああっと芝居がかった仕草で額を押さえて宙を仰ぎ見て、それから両手をすくめて。

「適わないなぁ…。君には。」

「話ってそれだけ?」

「待ってくれ。もう一つ質問がある。」

「なぁに?」

「君の…その右目の花のことだ。」

「っ…。」

 指さされてトゥの表情が消えた。

「君は、何か…魔法ではない、大きな力を持っているようだね? あれはなんだい?」

「……それがどうかしたの?」

「大きな問題だよ。あの巨大なゴーレムを弾き飛ばすほどの力なんだ、気になるだろう?」

「…見てたの?」

「…君達を援護するために風竜を連れてきていたんだ。」

「そう…。」

「君は、少し前に言っていたね。ウタウタイ…というものを知っているかと。ウタウタイとは、なんなんだい? あの力と何か関係があるのかい?」

「そうだね…。」

「その花も…。」

「ねえ、ジュリオ君。」

「なんだい?」

「アズーロ…連れてきて。」

「それはできない。そしたらまた君は食べられようとするだろう? 今、君がいなくなっては困るんだ。」

「じゃあ、ジョゼブ王様を倒したら、呼んで?」

「それは…、できない。そんなことは、したくない。」

「どうして?」

「君には…、できうることなら、死んでほしくないんだ。本当は、あの時だって殺したくなんてなかった。」

「聖地に行くんでしょ?」

「ああ…、僕らは、聖地を回復するためならなんだってするさ。だが…、これは僕個人の感情だ。」

「聖地に行って何するの?」

「ハルケギニアの民の将来がかかっているんだ。」

「…そっかぁ……。うん。そうだよね。」

「? 君は何を知っているんだい?」

「あそこには…、あそこには……。待っててくれているんだ。ずっと、ずーーーっと、昔から。」

「待っている? 誰が?」

「……姉さん…。」

「ねえさん?」

「………あれ? 何話してたっけ?」

「! ちょっと待ってくれ、こんな中途半端で終わらせないでくれよ。」

「? なんのこと?」

 ジュリオに両肩を掴まれたが、トゥは、キョトンとしただけだった。

「っ…、君は、聖地に誰かが…、いや、姉さんが待っていると言ったじゃないか。」

「言ったっけ?」

「本当に忘れているのかい…。そうか…。」

「?」

 諦めたように言うジュリオに、トゥは、首をかしげた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一方その頃。

「ここが寝室でー。ここが居間でー。」

 あれからルイズは、寝られず、日記にトゥと一緒に暮らすための家の設計図なんぞを書いていた。

 寝られなかったのは、トゥから一緒に住む?っと言われたことが嬉しすぎたからである。

「台所はー、コックが最低十人ぐらい必要だからこれくらい必要よね。あ…でも、トゥ料理好きだから…。でも、パーティーするぐらいのホールは必要よねー。トゥと一緒にダンス…、むふ、むふふふふふふ!」

 一緒にダンスを踊る光景を想像して、ルイズは、堪えきれず悶絶しながら笑った。

 過去に一回一緒に踊っているのだが、それはノーカンらしい。

「あと、寝室……、ベットは、もちろん寮より大っきいのにしてー。あああ、でもそれじゃあトゥと距離が離れちゃう! ベットは、ちょっと小さいくらいでいいわよね。もちろん一つだけ!」

 ガリガリと書いていく家の設計図は、もはやこじんまりじした家ではなく、立派な城と化していた。

「ただし…、メイドは無し。」

 っと、真顔になって日記の紙の端に注意事項を書いた。

「ああ、でも! 男の給仕がトゥに目移りしたらヤダー! あん、どうしたらいいのよぉ。」

 っと、ルイズが贅沢なことを悩んでいると、トゥが部屋に入ってきた。

 ルイズは、慌てて日記を閉じた。

 しかしトゥは、ボーッと椅子に座り込んでいるだけでルイズに目もくれない。

「どうしたのよ?」

「あ、ルイズ。」

 声をかけられ我に返ったかのようにトゥが反応した。

「ねえ、どうしたの?」

「ジュリオ君から…、花とウタのこと聞かれた。」

 それを聞いてルイズは、目を見開いた。

 完全に油断していた。ロマリアが…いやヴィットーリオがトゥのウタの力に目をつけないはずがない。聖戦を唱えた彼が、虚無以上の力を持つであろうトゥを利用せんと動かないはずがないだろう。

「そ、それで?」

「? 別に…。」

「それだけ? 本当に、本当に何か変なこと言われなかったの?」

「別に。」

「そ…そう…。なら、いいわ。」

 トゥがそう言うのならそうなのだろうっと、ルイズは、無理矢理に納得しようとした。

「ロマリアって…、あんまり今の状況のこと危険だって思ってないんだね。」

「そうね…。」

「聖地って…どんなところなんだろう?」

「さあ? 長いハルケギニアの歴史の中でエルフからそこを奪還できてないから、何があるかまでは誰も知らないんじゃないかしら?」

「ふーん。」

 トゥは、首を傾げながら声を漏らした。

「じゃあ、何もなかったらどうするんだろう?」

「さあ? 知らないわ。私が生まれた時から、それよりもずっと昔から大事なものだってことしか教わってないから。」

「それとも…、もっと危険なモノがあったら…。」

「…トゥ?」

「それで、世界が滅んじゃってもいいのかなぁ?」

「トゥ? ちょっと、しっかりしなさい!」

「ん? ルイズ、どうしたの?」

「あんた…。ううん、な、なんでもないわ。」

 ルイズは、椅子から立ち上がり、トゥの傍に来てトゥを抱きしめた。

「どうしたの? ルイズ。」

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「私ね…。世界が滅んじゃっても、最後まであんたと一緒がいい。」

「ルイズ…。」

「私からも言うわ。最後まで、傍にいて。」

「……それも、いいかもね。」

 トゥは、ルイズの胸に頭を擦り付けソッと目を閉じた。




ジュリオが果たして、ヴィットーリオに花とウタのことを話すかどうか…。
話したらたぶん大事になる。

最後のほう、なんとなく無理心中的なことを匂わせてますが、この作品の結末は、まだ考えてる途中です。まだ決めてません。


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第六十八話  トゥ、ルイズに疑われる

タバサがトゥに対して、そういう好意的な気持ちを向けるのは無理があるかな…?


 

 

「そういえば、前話してたわよね。」

「なんのこと?」

 二人でベットに横になっているとルイズが唐突に言った。

「始祖ブリミルと会ったって夢のことよ。あんた言ってたじゃない。」

「ああ、あれ? そういえばそんな話したっけ。あれ、不思議だったなぁ。まるで現実みたいだったなぁ。ねえ、デルフ。」

 トゥは、デルフリンガーを抜いて聞いてみた。

『よお、相棒。どれぐらいぶりだ。』

「ごめんね。ねえ、デルフ。私、ブリミルさんの夢見たの。」

『ああ、らしいな。』

「あれって、本当に夢?」

『さあな。けど本当のことだろ。ルーンに刻まれた記憶がおまえさんに見せたんだろうよ。』

「じゃあ、エルフのサーシャさんも本当だったんだね。」

『おう! サーシャとおりゃあ良いコンビだった! 二人して散々暴れたもんだぜ。』

「始祖ブリミルの初代ガンダールヴがエルフだったなんて、歴史的大発見じゃない! どうしてあんたそのこと黙ってたのよ?」

『そう言われてもよぉ…。昔のこと過ぎるし、断片的なことしか覚えてねぇ。連中が朝何食ってたとか、何時に寝てたとか、そういうつまらないことなら覚えてるだけで、あとはさっぱりだ。ちなみにブリミルは、ニンニクが食えなかったんだぜ。』

「ニンニク嫌いだったんだね。」

「そんなんじゃなくて、もっと具体的なことは?」

「ブリミルさん、サーシャさんに、この蛮人!って言われてゲシゲシ蹴られてたよ。ブリミルさん、すっごく謝ってた。」

「わあ…。」

 想像したルイズは、呆れた顔をした。

『ただな、なんか悲しいことがあったことだけは覚えてんだ。』

「なにがあったの?」

『覚えてねぇ…。いや、思い出したくねぇ。』

 デルフリンガーは、そう言うと、黙ってしまった。何か考え込んでいるかのように。

「なによ、肝心なところで黙っちゃって。」

「話したくないら無理しなくて良いよ?」

「そういうわけにはいかないわ。こいつは、ブリミルの初代ガンダールヴのエルフを相棒にしてたんでしょ? ブリミルがエルフと仲良くしてたってことじゃない! だから今更私達がエルフとけんかする必要なんないってことよ。」

「あっ、そうか。」

「ね? だからしっかり喋りなさいよ!」

『……。』

「だんまりはやめて。」

「デルフだって全部覚えてるわけじゃ無いし、無理して喋らなくて良いと思うよ?」

「あら、なによ? こいつを庇うわけ?」

「ルイズだって聞かれたくないことや、思い出したくないことってあるでしょ? 無理矢理聞かれたら嫌じゃないの?」

「む…。分かったわ。でもこれだけは確かよ。これは、聖戦をひっくり返す大きなカードよ。それだけは忘れないで。」

「うん。……でも…。」

「なに?」

「……お姫様…、今頃何してるかなぁ? あれから全然連絡無いよね?」

「こら、話を逸らさないで。何か言いかけたでしょ。」

「…何も言ってないよ。」

「嘘おっしゃい。」

「……あのね、ルイズ。」

「なに?」

「……私…。」

 トゥは、俯き、間を置いた。

 ルイズは、次の言葉を待った。

「ううん。やっぱりいいや。」

「なにそれ! もう!」

「私も、何が言いたかったか分からなくなったの。」

「そ、そう…。」

 なら仕方ないと、ルイズは無理矢理に納得しようとした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日。

「タバサちゃん、おはよう。」

「っ!」

「?」

 トゥは、普通に挨拶したつもりだったが、なぜかタバサは、読んでいた本を落として慌てて本を拾うと、俯き、小さく頷いただけだった。

「どうしたの?」

 トゥが小首を傾げて聞いたのだが、タバサは、本に目を落としたまま、何も答えなかった。

 トゥは、不思議に思いながらも、水精霊騎士隊の仲間達のところへ移動した。

「……ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

 水精霊騎士隊の仲間達とわいわいしていると、ルイズがやってきてヒソヒソと聞いてきた。

「タバサと何かしてないわよね?」

「? 何もしてないよ。」

「ほんとう~~~?」

「だって、昨日はルイズと一緒にいたでしょ?」

「あっ…。」

 ルイズは、ハッとしたが、すぐに。

「で、でも、あたしが寝ているときにこっそり抜け出すぐらいできるわよ。」

「なんで、そんなに疑うの?」

「そ、それは…。」

 ルイズは、直感だが、タバサは、トゥに対して淡い想いを抱いているのではと見ていた。

 現在進行形で、トゥに恋している自分がそう感じているので、まず間違いないだろう。

 できることなら、間違いであってほしいが第六感が警報を発している。

「と、とにかく、タバサには近寄らないように。」

「えー。」

「えー、じゃない! いいわね!」

「…むぅ…。」

 トゥは、不満そうに声を漏らした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 さらに翌朝。

 早朝から外が騒がしかった。というか、ロマリア軍とおぼしき人間達の歓声が上がっていた。

 そのうるささと言ったら、窓を開けたら、まさに割れんばかりのというほどのレベルだ。

「なによ? うるさいわねぇ。」

「どうしたんだろう?」

「なんだね、いったい?」

「なんなんですか?」

 壁に穴が空いてしまったため、ルイズとトゥの部屋の窓を開けたら、隣にいるマリコルヌとティファニアにも騒音が聞こえ起きてきた。

 外を見ると、宿から一望できるリネン川の近くの草原に、ロマリア軍が展開しており、その中心には、コンサートのステージのような祭壇があった。

 よく見ると、その上には、ヴィットーリオがいた。

「なんだ? こんな朝から説法でもするのかね?」

「……。」

「どうしたの、トゥ?」

「タバサちゃん…。」

「えっ? あ、トゥ!」

 トゥがポツリッとつぶやき、部屋から飛び出していった。

 外へ飛び出していったトゥを追い、ロマリア兵達をかき分けてヴィットーリオがいるステージの近くに来た。

 ヴィットーリオは、祈りをしており、それが終わると、対岸にいるガリア兵達に挨拶をした。

 当然だがヤジが飛んでくる。

 しかしヴィットーリオは、にこやかに笑っている。

 すると、ガリアの王家の旗があげられ、やがて…。

「あなた方が抱くべき、正統な王をご紹介いたします。亡きオルレアン公が遺児。シャルロット姫殿下です。」

「タバサ!」

 キュルケが叫んだ。

 そこに現れたのは、豪華な王族の衣装を着て、いつもの地味な眼鏡を外し、薄い化粧を施されて、まさに姫殿下というにふさわしい高貴さをまとったタバサだった。

 するとガリア兵達が驚愕し混乱しだした。

 ニセモノではないかという声も飛び交い、そこでニセモノかどうか確かめるべく、ソワッソンをはじめとした数名のガリア兵達が小舟で渡ってきた。

 ディテクト・マジックでタバサを調べ、ニセモノではないことを確かめると、彼らは一斉に膝をついた。

「おなつかしゅうございます…! シャルロット姫殿下!」

 っと。

 そして、割れんばかりのどよめきが、ガリア軍側から沸いた。

 川の中州に飛び出してきた貴族の中には、先日トゥと戦ったカステルモールも混じっていた。

 彼は、かぶっていた鉄仮面をむしり取り、腕を振って叫んだ。

「私は、東薔薇騎士団団長、バッソ・カステルモールと申すもの! 故あって傭兵に身をやつしていた次第! 私はここにシャルロット様を王座に迎えての、ガリア義軍の発足を宣言する! 我と思う者は、シャルロット様の下へ集え!」

 彼の言葉により、ガリア軍は混乱した。突然の展開にあたまがついていけないのだ。

 そこにヴィットーリオがとどめの言葉を出す。

 由緒ある王国にふさわしい王は誰かと。リュティスで今なお惰眠をむさぼる、弟を殺して冠を奪った無能王か、それとも……、っと。

 ガリア側から貴族や兵達がロマリア側に集まってきたが、全部ではない。あまりの出来事に頭がついていかず固まっているのだ。

「これでは、ガリアはロマリアの言いなりになってしまうわ。そうなったらもう聖戦は止められない。」

 っとルイズが悔しそうに言った。

「タバサちゃん…、どうして?」

 トゥは、不思議そうにタバサを見つめて呟いた。

 

 その時、空を圧するように大艦隊が飛んできた。

 だがその艦隊が、突如発生した巨大な火球に飲み込まれた。

 

 転がり出した、大岩は、止めるすべは無いのだ。

 

 

 




次回は、ジョゼブとの決戦かな。


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第六十九話  トゥと、ジョゼフ

展開が思いつかなかったんだ…。


 

 はるか南西に現れたガリア両用艦隊が、突然大きな火の玉に飲み込まれ、リネン川に敷かれていた両軍は言葉を失った。

 巨大な火の玉は、まるで太陽のように膨れ上がり、唐突に消えた。

 空に浮かんでいた数十隻の艦も、あたかたもなく消えた。

 燃え尽きたのだ。だがそれを皆が理解するには、どんな頭が良い人物でも数十秒を要した。

 両軍は、呆然としていた。何が起こったのか分からず、彼らが呆然としていると、数分後に先ほどよりも大きな火の玉が、生き残りの艦隊を余さず焼き尽くしたことで、やっと現実を理解し、恐慌が発生した。

 ロマリア、ガリアともに、算を乱して逃げ出し始めた。

 トゥは、呆けたように空の火球を見ていた。

「なんだよあれ…。」

 水精霊騎士隊の仲間達は、冗談と思いたくて半笑いになっていた。

 ルイズがトゥの肩を掴んで揺さぶった。

「虚無よ! あれはガリアの虚無! 間違いないわ!」

「違うと思うよ。」

「は?」

「きゅい! あれは、精霊の力の解放なのね!」

 そこへシルフィードが飛んできてそう叫んだ。

「おそらく火石が爆発したのね! 人間の魔法じゃ、手も足も出ないのね! きゅい!」

「シルフィードちゃん! 私を連れてって!」

「どこへなのね?」

「あそこにいる、ジョゼフ王様のところに!」

 トゥが指さした北東の遙か先には、一隻のフリゲート艦がいた。

「私も行くわ!」

「分かったのね!」

 シルフィードは、トゥとルイズを乗せて飛んだ。

 シルフィードの意を汲んだのか、混乱の中、ペガサスに跨がった聖堂騎士達が同じく空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 シルフィードのスピードにより、あっという間にフリゲート艦に接近すると、そこの甲板に信じられないものを見た。

「お姫様!」

 そこには、ジョゼフと思しき男と、隣にガーゴイルに掴まれて押さえ込まれているアンリエッタがいた。

 ペガサスに跨がった聖堂騎士達がミュズニトニルンことシェフィールドのガーゴイル達と交戦し始めた。

 ジョゼフが虚無の呪文を唱えようとした。それを見たルイズが素早く詠唱を終え、エクスプロージョンを唱えてそれを妨害した。

 爆発により船体が揺れ、ジョゼフの手から火石が転がる。揺れに乗じて自由になったアンリエッタが転がった火石を口にくわえ、その身を船から投げた。

「姫様!」

 落下するアンリエッタを見てルイズが叫び、シルフィードが急降下して口でアンリエッタをくわえようとしたとき、横から来たガーゴイルにアンリエッタが奪われた。

 ガーゴイルは、アンリエッタがくわえていた火石を奪うと、用済みだと言わんばかりにアンリエッタを捨てた。

 そしてやっとの思いでシルフィードがアンリエッタをくわえて、事なきを得た。

「ご無事ですか!?」

「わたくしよりも、早く、あの火石を!」

 アンリエッタは、蒼白な顔で叫んだ。

 ルイズは、頷きエクスプロージョンの詠唱を始めた。

 だが聖戦の最中に精神力を使いすぎていたルイズの詠唱は続かない。

 だがそれでも精神力を絞って詠唱を続ける。

 やがて聖堂騎士達でも押さえられなかったガーゴイル達が迫ってきた。

 トゥは、持ってきていたAK小銃を構え、ガーゴイルの数体を撃ち落とした。

 弾切れになるとAK小銃を捨て、トゥはデルフリンガーを抜き、接近際にガーゴイルを切り捨てた。

 それでもすべてのガーゴイルを倒しきれず、トゥが大きく息を吸おうとしたのを見て、ルイズはウタを使わせるわけにはいかないということで、エクスプロージョンを使い、周りにいたガーゴイルを爆発で吹き飛ばした。

「早く! ルイズ! あの狂った男を止めるのです! さもないと……、さもないと全てが灰になってしまいます!」

「私が行くよ。シルフィードちゃん、お願い。あの船に下ろして。」

「きゅい!」

 ひと鳴きしたシルフィードがフリゲート艦に接近した。

 その小さなフリゲート艦の上を通り過ぎる間際に、トゥが飛び降りた。

 虚無の詠唱を続けるジョゼブだけじゃなく、シェフィールドのガーゴイル達がいた。まるで悪魔のような…そんな姿をした不気味なガーゴイルだった。

 トゥは、すぐに背中の大剣を抜いた。

 そして襲いかかってくるガーゴイル達を切り捨てていった。

「?」

 しかし、切り倒されたガーゴイルは、時間をおくと上半身と下半身がくっつき、元通りになった。

「このガーゴイルはただのガーゴイルじゃない。水の力に特化されたんだよ。」

 シェフィールドが妖艶な笑みを浮かべて言った。

「ヨルムンガンドほどの力は無いけど、不死身に近い。どれだけ切り裂こうが、無駄というものさ。」

「……。」

「どうした! やはりあの奇妙な槍がないとまともに戦えないかい! 情けない話じゃな…。」

 ミュズニトニルンが言いかけた言葉は、トゥのウタ声によってかき消された。

 青い光をまとったトゥが一瞬にしてシェフィールドに接近したとき、何が起こったのか分からず、シェフィールドは、一瞬放心した。

 そしてデルフリンガーの切っ先がシェフィールドの肩を貫いた。

「な…。」

「別に…、槍なんていらないよ?」

 トゥは、デルフリンガーを引き抜きながらそう言った。

 肩を押さえ、うずくまったシェフィールド。それと同時に、周りにいたガーゴイル達が糸が切れた人形のように倒れていった。だが、空を飛んでいるガーゴイルは強力らしく、ミュズニトニルンからの魔力の供給が無くても動けるようだった。

 トゥは、シェフィールドから目を離し、ジョゼフに向き直った。

 ジョゼフは、トゥの剣戟から逃れ、後甲板の鐘楼の上で詠唱を続けていた。

 トゥが接近すると、ジョゼフは、詠唱を止めた。

「やあ、ガンダールヴ。」

「その石から手を離して。」

 大剣の切っ先を突きつけ、トゥが言った。

 だがジョゼフは、まったくその言葉を聞いていないように語り出す。

「まだ若いな。いくつだ?」

「……たぶん、十七。」

「美しいな…。その右目の花も、ずいぶんと個性的だ。」

「石から手を離してください。」

 かみ合わない会話を続けた。

 ジョゼブは、語る。

 自分にも己の中の正義がすべてを解決してくれると信じていた頃があった。

 大人になれば心の中の卑しい劣等感は消えると思っていた。

 そういったものが解決してくれると信じていた。

 だが、それはまったくの幻想で、年を取れば取るほど、澱のように沈殿していく。自分の手で摘み取ってしまった解決の手段が、いつまでも夢に出てきて、自分の心を虚無に染め上げる。まるで迷宮だと。

 そしてその出口は無いと、自分は知っているのに。

 トゥは、デルフリンガーが振るい、火石を握るジョゼブの手を狙った。

 だが次の瞬間ジョゼフがかき消えた。

「こんな技を、いくら使えたからといって、何の足しにもならぬ。」

 トゥの背後からジョゼフの声が聞こえた。

 トゥが反射的に振り返りながら大剣を後ろに振ったが、またもジョゼフの姿が消えた。

 今度は、マストの上に移動していた。

「この呪文は、“加速”というのだ。虚無の一つだ。なにゆえ神は俺にこんな呪文を託したのであろうな? 皮肉なものだ。まるで、急げと急かされているように感じるよ。」

「相棒。まずいぜ…。実にまずい。厄介な呪文を相手にしちまったね。」

「だいじょうぶ。」

 トゥが前を向いたまま、デルフリンガーを左方向に振り下ろした。

「ぐっ。」

 次の瞬間、トゥの前に左肩を押さえたジョゼフが現れた。

 彼の肩から僅かに出血していた。

「まさか、俺の加速が見えるのか?」

「うん。」

 ジョゼフの問いに、トゥはこともなげに頷いた。

 トゥの左目が微かに光をおびていた。ウタの力で視力を強化したのだ。

 二人の間に静寂が発生した。

 やがてジョゼフがおかしそうに笑い出した。

「面白い女だ。俺の虚無をやすやすと打ち破るとはな。これがウタウタイというものなのか。」

「……かもね。」

「なんだ不服そうだな? どうした? さっさと俺の首を切り落とせばいいだろう? その剣は飾りか?」

「……。」

『相棒?』

「……可哀想な人。」

「はっ?」

 トゥの左目からポロリッと涙が零れ、それを見たジョゼフはわけが分からないと声を漏らした。

「本当に、可哀想な人…。」

『おい、相棒! 哀れんでる場合じゃねぇんだぜ!』

「ここで、あなたを斬っても、あなたは救われない。」

「ふ…。こんな状況で敵に情けをかけるとは、おかしな女だ。その涙は、まさか俺のためだというのか?」

「そうだよ。」

『相棒…!』

 トゥは、持っていた大剣を背中に背負い直した。そしてデルフリンガーを鞘に収めた。

「この期に及んで敵意が無いと示すつもりじゃないだろうな?」

「……。」

 トゥは、黙ったまま、一歩ジョゼフに近寄った。

「ならば、そのまま守ることを放棄した者共の最後を見ながら絶望するがいい。」

 ジョゼフが杖を抜き、詠唱を開始するとまたトゥが一歩進んだ。

 もう、ジョゼフとの距離は目と鼻の先まで来ていた。

 すると、ジョゼフの指にはまっていた土のルビーが光り出した。

「ん?」

 ジョゼブがそれに気づいたとき、ジョゼフは、土のルビーからあふれた記憶による夢の世界に放り込まれた。

 そのためボーッと突っ立てているだけの状態になったジョゼフを、トゥは、ジッと見つめた。

 一体どれくらい時間が経っただろうか。実際にはそれほど時間はかかってないかもしれない。

 やがてジョゼフの手から火石が転がり落ち、ジョゼフは、両膝をついて両手で顔を覆って静かに泣き出した。

 トゥは、そんな彼を見つめていた。

「……可哀想な人たち…。」

 その目に哀れみの涙を浮かべて。

 




結局、ヴィットーリオのリコードで展開を進めました。
でもトゥにも土のルビーの記憶が伝わってて、それで泣いてます。

次回は、ジョゼフの最後。


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第七十話  トゥと、ジョゼフの最後

ジョゼフの最後。

展開は原作と同じです。

若干短め。


 

 それからは、怒濤のように全てが動き出した。

 ガーゴイル達を倒した聖堂騎士達がフリゲート艦に到着し、シルフィードからルイズとアンリエッタもフリゲート艦に降り立った。

 ジョゼフは、憑き物が落ちたように晴れやかな顔で聖堂騎士達に囲まれていた。

 やがて、タバサがフライの魔法で飛んできてフリゲート艦に降り立った。

 タバサが来ると、聖堂騎士達が輪を開け、ジョゼブへの道を空けた。

 タバサは、硬い表情でジョゼフに近寄り、杖を構えた。

「シャルロットか。似合いじゃないか、天国のシャルルも喜んでいるだろう。」

 まるで人が変わったようなジョゼフに、タバサはいぶかしんだ。

 ジョゼフは、冠を取ると、それをタバサの足下に置いた。

 そして紡がれるのは、長い謝罪の言葉だった。

「……何があったの?」

「説明はせぬよ。おまえの父の名誉に関わることだからな。」

 そしてジョゼフは、自分の首をはねてくれと言った。

 タバサは、ジョゼフの変心の理由が分からず、話して、何があったというのと問うた。

 だがジョゼフは、何も答えない。

 タバサは、首を振り、ぎこちない怒鳴り声で。

「いったい、何があったというの!」

 と叫んだ。

 そんなタバサを、聖堂騎士達が促した。

「さ、お早く…。」

 タバサは、ハッとし杖を構え、詠唱を始めた。だが途中で止めた。

 トゥが、見ている。

 見ると、トゥは泣いていた。ジョゼフを見つめて泣いていた。

 そんなトゥを見ていると、今まさに憎き敵を討とうとしていた手が震える。

「トゥ…、なんで泣いてるのよ…。」

「だって…。」

 土のルビーに残されていた記憶を花を通じて共有したトゥは、あふれる涙を止めることができなかった。

 タバサは、トゥが何かを知っているとみて、トゥに問いかけようとしたが。

 それよりも早く、涙を乱暴に拭ったトゥが言った。

「タバサちゃん。タバサちゃんは、神様のためでも死んだ人のためにでも復讐するわけじゃないよね? 復讐は、結局自分がするんだよ。自分のためにするものなんだよ。神様とか死んだ人のためとか、そんな理屈じゃ気が済まないからするんだよ。これからのためだとかそんな理由でするためじゃない。…私は、よく分からないけど、これだけはいえる。」

 トゥは、一息おいた。

「タバサちゃんが、どんな道を選んでも、私は、それを尊重する。」

「!!」

 それを聞いたタバサは、目を見開いた。

 だがすぐに表情を硬くすると、呪文を唱え、氷の矢を作り出した。

 だが氷の矢を、ジョゼフに向かって振り下ろせなかった。

 このままジョゼブを殺しても、それはただの死刑執行なのだと気づいてしまったから。

 タバサは、氷の矢を消し、杖を下ろした。

 

 そして、終わらせたのは、ミュズニトニルンこと、シェフィールドだった。

 

 彼女は、まったくのノーマークだったこともあり、短剣を使い、それをジョゼフの胸に突き刺したのだ。

 ジョゼフが吐血する。

 アンリエッタが悲鳴を上げ、聖堂騎士達がシェフィールドを取り押さえようと動いたがシェフィールドが、火石を突きつけた。

「動くな。私とて虚無の使い魔。すべての魔道具を操るミュズニトニルン。この火石をただ爆発させるだけなら可能だ。」

 っと脅しの言葉を述べた。

 怯えながら落ち着くよう促そうとした聖堂騎士を無視して、シェフィールドは、口から血をあふれ出させているジョゼフの口に無理矢理口づけをした。

「唇を重ねるのは、契約以来ですわね。」

 絞り出すように声で紡がれるのは、なぜ自分を見てくれなかったのか、ただ自分はジョゼフに愛されたかっただけなのにっと…。

 しかし、ジョゼフは、もう答えない。すでに事切れていた。その表情は満足げである。

「去れ。二人きりにしてくれ。」

 シェフィールドは、そう告げた。

 聖堂騎士達は、慌てふためきながら一人、また一人とペガサスに跨がって船から下りていき、トゥもルイズとアンリエッタと共にシルフィードに乗った。

 タバサだけは、身じろぎもせず、虚無の主従を見つめ続けていた。

 やがてタバサは、踵を返し、シルフィードに跨がった。

 誰もタバサに声をかけられなかった。

 

 

 遠くの空に、一匹の風竜がいるのをトゥは気づいた。

 アズーロだった。

 その背には、ジュリオと、ヴィットーリオが乗っていた。

「……これで満足?」

 トゥは、そう呟いた。

 

 シルフィードと聖堂騎士達を乗せたペガサス達がフリゲート艦から離れていく。

 フリゲート艦は、遠くの空へと舞い上がっていく。

 やがてフリゲート艦を、巨大な爆発と炎が包み込み、跡形もなく消し去った。

 タバサは、その火の玉をぼんやりと見つめていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 戦いが終わった後、ヴィットーリオの演説が始まった。

 彼は長々と語った。ジョゼブの死を持ち出したりもして、聖戦の正当性を詠い、そしてエルフこそが真の敵だと、そしてジョゼフは、エルフにそそのかした恐ろしい敵なのだと虚偽を交えて語った。

 ティファニアが、不安げにフードを深くかぶったのを見て、トゥは、その背中を摩った。

「結局、ロマリアの思い通りになっちゃったわね。」

 ルイズが冷たい目で呟いた。

「ジョゼブ王様の心を変えたのは、あの人だ…。」

「それ本当?」

「うん。」

「…あなたが言うなら、そうなのね。」

「参ったな。役者が上すぎる。今度の教皇は、もしかしたら聖戦を成功させるかもしれないなぁ。」

「それはないよ。」

「どうして、そう断言できるんだい?」

「そりゃそうよ。あの火の玉だってエルフの千住魔法だし、あんなの見て、エルフとこれから戦おうって言われてガリア兵達が頷くかしら? それに、虚無の本当の力を復活させるためには、四の四が必要なはずよ。でも、ガリアの担い手は、使い魔ごと死んじゃったわ。三の三じゃ、さすがにエルフには勝てないでしょ。」

 ルイズが肩をすくめて言った。

「……揃っても揃わなくても…。」

「トゥ?」

「……どうしたの?」

「あんた、また……。ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「あなた、聖地について何を知ってるの?」

 ルイズは、強い口調で聞いた。

「なんのこと?」

 トゥは、キョトンとした。

「有耶無耶にしないで。答えて。」

「だから、なんのこと?」

「っ…。今はいいわ。」

 トゥが本当に答えを持っていない状態だと判断したルイズは、そう見切りをつけて前を向いた。

「ねえ、ルイズ。」

「なによ?」

「お家買うとき、一緒に選ぼうね。」

「なっ…!」

 笑顔で言うトゥに、ルイズは、ボンッと顔を赤らめた。

「ちっちゃいお家。」

「今話すことじゃ無いでしょうが!」

「えー。」

「えー、じゃない!」

「おいおい、こんなところで、イチャイチャはやめてくれよ?」

「誰がイチャイチャよ!」

「あでっ!」

 茶々入れてきたマリコルヌを、ルイズが蹴っ飛ばした。

 ひとまず終わった戦いに、少年少女達は、笑い合った。

 

 

 その後、タバサ…、いや、シャルロットの戴冠式が行われた。

 そして、ひとまず戦いを終えたトゥ達は、トリスティンへ、魔法学院へ帰った。

 




花を通じて、土のルビーの記憶を見たトゥ。
でも現状を変えることは彼女にはできません。

聖地について何か知ってる風なトゥですが、補正により記憶が消えたり戻ったりです。

次回は、トリスティン魔法学院での話と、住むお家探し?かな。


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第七十一話  トゥ、これからのことをルイズと話す

トリスティンへの帰還。

聖地について、少し触れています。いや、ほとんど確信ついてます。

あと、胸を揉む程度のガールズラブ要素あり。


 

 トリスティンに帰ったトゥ達を、オスマン達が出迎え、そして、魔法学院本塔の二回の舞踏会ホールにて、オスマンによる演説と共に、正装した水精霊騎士隊とトゥ、ルイズとティファニアが緞子の向こうから現れ、生徒や教師達から割れんばかりの拍手と歓声が上がった。

 トリスティン魔法学院には、すでに自分達と同じ年の騎士隊が、このたびのガリア王継戦役でどれだけ功績をあげたのか知れ渡っているのだ。

 さらに、トゥの活躍についても知れ渡っており、彼女のことを不気味がって遠巻きにしていた生徒も教師も手のひらを返したように歓声を上げた。

 そのことに、トゥは、苦笑した。

 オスマンは、オホンッと咳払いし、トゥ達を労う言葉を述べ、それから、誇らしげに、わしが育てたと言い出した。

 これには、水精霊騎士隊の仲間達がお互いに顔を見合わせ、なんか教わったっけ?とか、ちゅうか育てられたっけ?と、思っていたし、顔にも出していた。

「はい! オスマン氏の教育のおかげであります!」

 めざとくギーシュがそんなことを言い出した。まあ、ここでオスマンに恩を売っておくのは悪くない。

 その後、オスマンによる、セクハラじみたジョークがあったりもしたが、水精霊騎士隊の隊長であるギーシュにシュヴァリエの称号が授与され、そして他の仲間達も、白毛精霊勲章を戴いた。

 教師の中でギトーだけは、ムスッとした顔をしていた。どうやら生徒達がこのような勲章を授与するのが気に入らないらしい。

 ルイズとティファニアは、巫女として従軍していたので、ジュノー管区司教の任命状が授けられることになった。

 これには、生徒達からため息が漏れた。

 あとでトゥが聞いた話によると、司教の肩書きは、言ってしまえばお金持ちへの急行券なのだそうだ。例えば、税金が免除されたり、寺院税を得られたり、つまり何もしなくてもお金が入ってくるのだ。

 勲章の授与が終わった後、ふと、教師も生徒達も気づいた。

 トゥには、何も勲章が授与されていないのだ。

 しかし、オスマンは、パーティーの開始を宣言した。

 トゥには、すでにシュヴァリエの称号があるので、今回は据え置きなのだろうかと、教師も生徒達も納得したのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…トゥ。トゥ。」

 ドレスで美しく着飾ったルイズがトゥを探した。

 やがて、ホールの端っこの椅子に、まるで隠れるように座っているトゥを見つけた。

 正装して男装っぽく着飾られたトゥは、これはこれで魅力的だ。

「なにしてるの?」

「んーん。別に。」

「楽しくない?」

「うん…。」

 トゥは、頷きうつむいた。

「もしかして、ジョゼフが死んだこと…まだ引きずってるわけ?」

「……気にならないって言ったら、嘘になる…。」

「…あなたの責任じゃ無いわ。あの王は、遅かれ早かれ、誰かに殺されてたわ。」

 ルイズがそう言うと、トゥは、ふるふると首を横に振った。

「そうじゃない…。」

「じゃあ、なに?」

「ヴィットーリオさん達が、今一生懸命、聖地を取り返そうとしてるでしょ?」

「そうね…。まったくエルフが黒幕だのなんだのって、あんなことよく言えるわよねぇ。あんな恐ろしい火の玉を見たら、誰だってエルフと戦おうだなんて思わないわ。」

「そうじゃない。」

「なによ? 虚無だってジョゼフ王だったんだし、死んじゃったからもう虚無をそろえるなんて無理よ?」

「違う。」

「なんなのよ?」

「ヴィットーリオさん達が目指してるモノ…、きっとハルケギニアの未来に関わってると思う。」

「そうね。だからこその聖戦なのよ。」

「でも…、聖地に……“滅び”しか無かったら?」

「…えっ?」

「救いなんか無かったら……、どうするんだろう?」

「トゥ…。」

 ルイズは、確信した。

 トゥは、トゥは、聖地に危険なモノがあることを知っていると。

 だがここで問いかけたら、きっとまた忘れてしまうだろうから、聞き返そうとした口をぐっとつぐんだ。

「……ブリミルさんは…、姉さんと、何を約束したんだろう?」

「そ、そういえば、姉さんがいるって言ってたわね。」

「きっと、大切な約束……。きっと、それは世界を……。」

 中空を眺めながら、ボソボソと言葉を紡ぐトゥの言葉を聞き逃すまいと耳を研ぎ澄ませるルイズは、世界とはどういうことなのかということを問いかけたい気持ちを必死に押さえていた。

「……ゼロ姉さん…。」

 すると、スイッチが切れたように目をつむったトゥがふらりっと椅子から倒れそうになった。

「トゥ!」

 慌ててルイズがその体を支えた。

「…ふぁ…。りゅいずぅ?」

 トゥが寝ぼけたように舌足らずな声で言いながら、トロンッとした目でルイズを見上げた。

 それが可愛くて、ルイズは、ドキリッとした。

「ルイズ……、いい匂い…。」

 そのままスリスリとすりついてくるトゥに、ルイズは、変な声を上げそうになり、なおかつ悶絶しそうになった。

「ルイズ~、ぎゅ~。」

 トゥは、ルイズの腰に手を回して、苦しくない程度の力で抱きついてきた。

 ふぉぉおおおおおおお!!っと、ルイズは、声を上げたかったが、口を手で押さえて堪えた。

 なんて、なんて可愛いの! どうしてトゥってば可愛いのかしら!? さすが私のトゥ!

 っと、心の中で悶えまくっていたルイズを現実に戻したのは、他でもないトゥの声だった。

「ねえ、ルイズ。」

「はぅ!? な、なに!?」

「これから、私たち、何したらいいんだろう?」

「は? へ?」

「ヴィットーリオさん達は、きっと宛てがあるんじゃ無いかな? きっと諦めないよ、聖戦。」

「……それだけど、ジョゼフ王が虚無だったってことを知ったのは、最後の時だったでしょ? きっと他に虚無がいるって思ってたんだわ。じゃなきゃ、あんなにさっさとロマリアに帰ったりなんてしなかったはずだわ。今頃、聖戦を掲げたことを後悔してるんじゃない? 下手したら失脚して、明日にでも新教皇選出会議開催の報がトリスタニアに届くかもしれないわよ?」

「うーん…。」

「何をそんなに不安がってるのよ? いい? 私たちがこれからすることは、始祖ブリミルがエルフを使い魔にしていたことを調べることよ。きっと、エルフと私たちが争うようになった原因はそこにあるはずだわ。それが分かれば、彼らと争う理由は無くなるかもしれないじゃない。」

「……原因は…。」

「なに?」

「なんでもない…。」

 そう言って顔を伏せてしまったトゥを見て、ルイズはしまったと思った。

 さっきの言葉から察するに、トゥは、おそらくエルフとの戦争が始まった原因も知っているはず。

 けど、それを聞き出すきっかけを潰してしまった。

「やってしまった…。」

「えっ?」

「な、なんでもないわ。」

 仕方ない。またの機会に聞き出そうと決めた。

「あら? お邪魔だった?」

「キュルケちゃん。」

「なにしに来たのよ。」

 やってきたキュルケは、二人がいる場所の壁により掛かって。

「タバサの即位に乾杯。」

 っと、どこか寂しそうに言った。

「キュルケちゃん、あれからタバサちゃんからの連絡は無いの?」

「ええ。このあいだ実家から連絡があって、ガリアから使いの人が来て、タバサの母君を連れて行ったらしいわ。そのぐらいね。」

「ねえ、キュルケ。タバサは、まさかロマリアの言いなりになったりないわよね?」

「あの子に限って、それはないわよ。あの子、ああ見えてそういう駆け引きは百戦錬磨だしね。」

「タバサちゃん、強いんだね。」

「ええ、とびっきり強いわよ。」

 キュルケが豊かな胸を張ってそう言った。

「ま、人の心配より、自分の心配したら?」

「?」

「そうよ。トゥちゃんってば、ますます綺麗になったじゃない? 今までトゥちゃんのこと邪険にしてきた奴らも手のひら返したように賞賛してるし、言い寄ってくる輩が出てくるんじゃないかしら?」

「なんですってぇ!?」

「頑張りなさいよ。」

 憤慨するルイズを見て、キュルケは、楽しそうに笑いながら去って行った。

 地団駄を踏むルイズとは反対に、分かっていないトゥは、首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その後。

「…き、気持ち悪い…。」

「飲み過ぎだよ。」

 舞踏会が終わり、生徒達が寮に戻る頃、トゥもルイズも寮に戻ってきた。

 のだが、ワインを飲み過ぎてしまったルイズが、ヘロヘロとトゥにもたれかかってきた。

「ねー、トゥ~。」

「なぁに?」

「ほんろにぃ…、わらしと、いっしょにぃ、暮らしてくれるのぉ?」

「ルイズがいいなら。」

「イヤってぇ、言ってないれしょぉ!」

 酔っ払って呂律が回っていない口でルイズが怒鳴った。

「明日は、虚無の日だよね? だから一緒に住むお家探そうね?」

「もちろん、よぉ。」

「いいお家があるといいねぇ。」

「あるにぃ、決まっれるわよぉ~。ねぇ、トゥ~。」

「なぁに?」

「触っていい?」

「ふぇ?」

「触っちゃえ。えいっ。」

「ふひゃ、ルイズぅ。」

「ああ…、やっぱり最高のさわり心地…。」

 ルイズが、トロンとした目でトゥの胸を揉み出した。

「も~、トゥったら、どうしてこんなにぃ、魅力的なのぉ?」

「えっ…、わ、わかんないよぉ…。」

「可愛いし、綺麗だし…、胸…あるし…。」

 ルイズは、自分の体の胸部を見下ろして、ズーンっとなった。

「ルイズは、綺麗だよ?」

「だってぇ、私にこんなのないし。」

「人間、胸じゃないよ?」

「そんなこと言ってぇ…、ますます好きになっちゃうじゃないのぉ!」

 ルイズが、ポカポカと力の入っていない拳でトゥを叩いた。

「ね~、トゥ、一緒にぃ、ベット行こう?」

「眠いの?」

「違うわよぉ~。分かってよぉ。」

「? 寝る以外に何するの?」

「も~、じゃあ、私が教えてあ・げ・る!」

 ニヤーっと笑ったルイズがトゥの腕を掴み、それから勢いよく部屋の扉を開けた。

 

 しかし、ルイズの頭が一気に冷えた。

 

 部屋の中では、『おかえりなさい、トゥさん』と書かれた垂れ幕と、テーブルに並べられた料理と……シエスタと、その他メイド達がいたのだ。

「あ…。」

 ルイズは、冷えた頭で一気に事を理解した。

 シエスタは、現在、トゥ専属のメイドだ。さっきの舞踏会に姿が無かったのもそのせいだ。

 ずっと部屋にいたということは、部屋の前でやっていたトゥとのやりとりをすべて聞かれていたわけで…。何より、シエスタ達の顔が物語っている。

「あ、あああ…ああああああああああああああああああ!!」

 ルイズは、あまりの恥ずかしさに顔を覆って、その場にへたり込んだ。

 トゥは、床に膝をついて、オロオロとルイズの肩を摩ったり、背中を摩ったりして落ち着かせようと一生懸命になり、シエスタ達は反応するタイミングを逃してしまい、顔を見合わせたりしていた。

 




酔った勢いで、関係持とうとしたルイズですが、大失敗。

次回は、お家探しとルイズとシエスタとの攻防(?)かな。


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第七十二話  トゥ、屋敷を探す

お家探し編。

ルイズとシエスタの攻防(?)。


 

 シエスタ以外のメイド達は帰り、残ったシエスタとルイズは、言い合いをしていた。

 トゥはというと、眠いのでベットに横になっていた。

「過激ですね、まさか酔いの任せてあんな…。」

「それより、なんであんた、トゥはお帰りなさいで、私は無視なの?」

「え~~~、だって私はトゥさんの専属ですもん。ミス・ヴァリエール関係ないですもん。でも、ご無事でなによりです。」

「全然気持ちがこもってないわ!」

「トゥさん、ちゃんとお布団かぶってないとお腹冷やしますよ?」

「話を逸らさないで!」

「聞いてますよ。今回もトゥさん、大活躍だったらしいですわね。ほんと、自分のことのように誇らしいです。」

「聞きなさいよ!」

「静かに、トゥさんが起きちゃいますよ?」

「むぐっ…。」

 シエスタに唇を人差し指で押され、ルイズは、黙った。

 シエスタは、ルイズが黙ったのを見てから、トゥの方に顔を向け、ニコニコしながらその髪の毛を撫でた。

 ルイズは、そのシエスタの手を払いのけたかったが、ふとあることに気づいて勝ち誇ったように笑った。

「? どうしましたか?」

「べーつーにー。」

「言ってください。」

「そこまで言うなら言ってあげるけど。まあ、今だけだからね、トゥに触ってもいいわよって。そんな感じ。」

「どういう意味ですか?」

「いやね。卒業したら私、トゥと暮らすし! ま、それまではあんたも少しは楽しめば? って、そんぐらいならいいわよって、そんな感じ。」

「何言ってるんですか?」

「は?」

「トゥさんが引っ越したら私もついていくに決まってるじゃないですか。お忘れですか?」

「なんでよ! メイドはいらないのよ。こぢんまりしたところでいいから。」

「いやですね。それを決めるのは、ミス・ヴァリエールじゃないんです。」

「は?」

「もう、本当にお忘れなんですか? 私をトゥさんの専属メイドにしたのは、他ならぬ女王陛下ですよ。つまり、私は女王陛下よりトゥさんに下賜された持ち物みたいなものなんです。勝手にクビにしたら、逆心ありってことになっちゃいますよ?」

「あ…。」

「そういうわけですので。お屋敷を探すのなら、もちろんお供させていだきます。なにせ、私の新しい職場ですからね!」

 シエスタは、ワナワナと震えるルイズに勝ち誇った声で言い、それはそれは良い笑顔を浮かべて見せたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌日。虚無の日。

 予定通り、トゥは、ルイズと住む家を探しに出かけた。シエスタがついてきたので、理由を聞いたら、前日の夜にシエスタがルイズに説明したことをトゥに説明し、トゥからの了承を得ていた。それを見てルイズは、ギリギリと歯を食いしばった。

「そっかぁ。シエスタも大変だね。」

「そんなことありません。私はトゥさんの専属メイドになれて本望ですから。」

「それなら、いいけど…。ルイズ? どうしたの?」

「な、なんでもないわ…。」

 ルイズは、引きつった顔でそう答えた。

「そう?」

「きっと今日が楽しみで眠れなかったんじゃないですか?」

「そうなの?」

「そうね…。」

「無理しないでね。」

「ええ…。」

 ルイズは、引きつった笑い顔を浮かべて返事をした。

 

 

 そしてお家探し…あらためお屋敷探しとなったわけだが、…難航した。

 っというのも。

「気に入らないわ。」

 ルイズがことごとく却下するのである。

「えー? なんでぇ?」

 トゥは、首を傾げた。

 不動産業を営むヴァイユという人物を訪ねて物件を見せてもらっているのだが、どれもこれもルイズがダメ出しをするのである。

 一方でトゥは、子供のようにワクワクとした目で物件を見ていた。

「若奥様。お気に召しませんか?」

「壁の色も良くないし、そこの縁がボロいし、向きが悪いし、庭の花も木も気に入らないわ。」

「えー? そんなに言うほどじゃないでしょ?」

「ああ、分かっていただけますか?」

 ルイズのダメ出しにいい加減うんざりしていたらしいヴァイユが、トゥからの賛同を喜んだ。

「とにかくダメ! 次!」

「…ごめんなさい。」

「はい…、では、次の物件へご案内します。」

 結局この物件もルイズのわがままで却下されてしまったため、ヴァイユは、次の物件にトゥ達を案内した。

 次から次に紹介した物件を却下され、プライドを傷つけられたヴァイユは、ついにとっておきの物件を紹介した。

 それは、一言で言うなら、まるで屋敷が森をくりぬいたかのような、今まで普通な感じの作りの物件ばかりだったのにたいし、芸術的な部分が強い。

「わあ、すごい!」

「素晴らしいでしょう! このお屋敷はかの高名な建築家、ロッサリーニ氏が設計、建築したものでございます!」

「その人のことは知らないけど、すごいお屋敷。」

「さすが近衛騎士殿、お目が高い! これがあなた。一万エキューとは、破格も破格! これ以上の屋敷は、トリスティン中を探したって見つかりませんよ!」

「ねえ、ルイズ。どう?」

「あっきれた。あんた、こんなのがいいわけ?」

「えー? だって、面白そうじゃん。」

「そんな理由で住居を決めるなんて、あんた馬鹿なの?」

「えー。だって、ルイズ文句ばっかりなんだもん。いい加減にしてよ。」

「なんですって?」

「まあまあ。」

 言い争いになりそうなった時、後ろに控えていたシエスタが止めに入った。

「お二人とも喧嘩なんてしないでください。せっかく素敵なお屋敷を探しに来たんですから。ね?」

「うるさいわね。あんたは関係ないじゃない。」

「関係あります。だって、家事をするのは私なんですから、きちんと見ておく必要があります。」

「お料理は私がしたいなぁ。」

「もちろん、トゥさんのご要望を最優先にします! 私はアシストで!」

「わ、私だってするわよ!」

「いえいえ、ミス・ヴァリエールにそんなことをさせるわけにはいきませんわ。なにせかの高名なヴァリエール家のご令嬢なのですから。」

「できるわよ! 私にだって!」

 シエスタに遠回しに家事ができないことを突かれてルイズはムキになった。

「台所見せてもらっていいですか?」

「あ、あの…、いいんですか?」

「いつものことだから。」

 あっけらかんと言うトゥに、ヴァイユは、呆然とした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「トゥさん見てください! このお屋敷の台所、とっても広くて素敵ですよ!」

「わあ、本当だ。」

 シエスタとトゥは、キャッキャッと嬉しそうに屋敷を見て回っていた。

 その後ろをムスッとした顔をしたルイズが追いかける。

「メイドはいらないって言ったのに…。」

 だがそうは言っても、シエスタがアンリエッタの命によりトゥに下賜されたメイドである以上、クビにはできない。分かっている。分かっているのだが、それだけにイライラは募った。

 それに、メイドを雇わないわけにはいかないのだ。

 なにせ男に任せられない仕事もあるのだから。

 しかもシエスタは、メイドとしては有能であり、そう考えるとどこの馬の骨とも知れないメイドを雇うよりかは…、っということになってくる。

 だが理屈ではないのだ。こういうのは。ましてやシエスタは、トゥに主人に対する敬愛以上の感情を抱いているのも問題だ。

「見てください、このかまど! これならなんでも作れちゃいますね!」

「本当だ! これなら、色んな料理が作れそう!」

「トゥさんは、どんな料理がお好きなんですか?」

「う~ん、何でも作るけど。お肉の料理が多いかな?」

「素敵です、トゥさん。」

「そう?」

 キャッキャッうふふっとはしゃいでいるトゥとシエスタの後ろでは、ルイズがハンカチをかみ切りそうな勢いで噛んで、きぃーーーっとなっていた。

「ねえ、ルイズ。何が食べたい?」

 急に話をふられ、ルイズはびっくりした。

「? どうしたの?」

「えっ…、あ…。なんでもないわ。」

「お家が決まったらね。ルイズの好きな食べたいもの作ってあげるよ。」

「そうね…。クックベリーパイなんか作ってくれたら嬉しいかしら。」

「べりーぱい? シエスタは知ってる?」

「はい。レシピは知ってます。」

「じゃあ今度教えて。」

「なんでそうなるのよ!」

「えっ? だって、私クックベリーパイの作り方知らないから、知ってる人に聞くのが普通でしょ?」

「だからってなんでシエスタなのよぉ!」

「シエスタって、お料理上手だもん。」

「はい! トゥさん!」

 褒められてシエスタは、満面の笑みを浮かべた。

 その笑みが“勝った”というものに見えてならないルイズは、顔を引きつらせてなんとか話題を変えようと思って、天井の一角にぶら下がっているものを指さして言った。

「素敵な、シャンデリアね。なるほど、さすがに芸術嗜好の貴族が建てただけはあるわ。ずいぶんと前衛的な作りじゃない。うん。質素な中に気品があるわ。」

 すると、シエスタがぷっと吹き出した。

「……それ、野菜を干すための籠ですよ?」

「ルイズ、面白いこと言うね。」

 二人に笑われルイズは、耳まで真っ赤にした。

 いたたまれなくなったルイズは、床についた扉を開けた。

「見て! 地下室もあるわ!」

「それ貯蔵庫だよ?」

「そ、そうともいうわ。ねえ、トゥ。入ってみない?」

「入らない。」

 トゥに拒否され、ルイズは、貯蔵庫に入って膝を抱えてしまった。

「ルイズー。どうしたの? さっきから。」

「トゥさん、トゥさん! このオーブン見てください! 最新式ですよ!」

「えっ? 本当?」

 シエスタの言葉の方が気になったトゥは、そちらを向いてしまった。

 残されたルイズは、ルールールーっと鼻歌を歌い出したが、誰も聞いてなかった。

 その時、ピョンッと不意に何かが現れた。

 それはよく見ると、ルイズにとって最大の天敵であった。

「か、カエルーーー!!」

 次の瞬間、ルイズは、魔法を使っていた。

 悲鳴と共に爆発によって舞い上がる煙…。

 その結果…。

 

「申し訳ありません。わたしくしには、ラ・ヴァリエール様に満足いただける物件を紹介することは不可能のようです…。」

 

 ヴァイユからそう告げられてしまったのだった。

 ついでに屋敷の修繕費として二百エキュー取られたのだった。




シエスタに嫉妬するあまりに物件探しが難航。
ルイズが台所のことを知らないのは、まあ雇い主側だから入る事なんてないでしょうからね。

次回は、ド・オルニエールの領地をもらうかな?


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第七十三話  トゥ、人気者になる

トゥモデルにした劇で、トゥがトリスタニアで人気者になる編。

ド・オルニエールの領地をもらうのは、また次回ですね。

今回若干長め。


 

「で? 結局決められなかったのね?」

「うん…。」

 ヴァイユに愛想尽かされてしまった後、トゥ達は、魅惑の妖精亭に来ていた。

 そこでスカロンに何があったのか話した。

 ルイズは、傍らで恥ずかしそうに俯いていた。

「ねえ、ルイズ。どうしてそんなにわがまま言うの?」

「私は、そんなに悪くないもん。」

「じゃあ、どういうお家ならいいの?」

「それは……。」

 ルイズは、言いずらそうにブツブツと言った。

 その様子を見てスカロンの隣にいたジェシカが、頷いて、そして言った。

「ようは、シエスタが一緒なのが気に入らないんでしょ。」

 途端、その場の空気が音を立てて固まったような気がした。

「えー?」

 トゥは、よく分からないと言いたげに首を傾げた。

「でも、最近二人とも仲良くなかったっけ?」

「トゥちゃん。」

 するとスカロンがポンポンとトゥの肩を叩いた。

「女心分かってないわねぇ。そんなの、今だけだからじゃないの?」

「えっ?」

「いざお屋敷を買うって事になったら、そこで本格的に生活が始まるってことじゃない。安心がほしいのよ。ルイズちゃんは。」

「安心…。」

「それはシエちゃんも同じね。」

 スカロンを見ていたトゥは、ふと気がついた。

 ルイズとシエスタから、じ~~っと見られている。

 二人の視線からは、何かの答えを求めているのが分かるが、トゥにはちょっと分からなかった。

 トゥが困っていると、スカロンが手を叩いた。

「さてと、じゃあ大人な解決。」

「大人な解決?」

「そうよ、このままじゃ結論なんて出ないでしょ? トゥちゃん、お屋敷を買う。ルイズちゃんと暮らす。シエちゃんも雇う。これで万事解決よ。」

「なんでよ!」

 スカロンの言葉にルイズが吠えた。

「あのね、ルイズちゃん。」

「なに!?」

「今やトゥちゃんは、救国の英雄様なのよ。」

「は?」

 ルイズは、一瞬わけが分からないと声を漏らしたが、すぐにハッとした。

 ここに来るまでに行き交う人々がトゥを見て足を止め、そして今も店の外では見物客達が集まっていることに。

 やがて見物客の中から、中年の男性が飛び出してきて、トゥの傍で膝を突いた。

「えっ?」

「あの…、あなた様は、もしや陛下の水精霊騎士隊副隊長、トゥ・シュヴァリエ様では……?」

「うん。そうだよ。」

「ああ、やはり!!」

 感激の声を上げる男性と同時に、見物客達がどよめきだした。

「お会いできて感激です! 平民出身ながら数々の大手柄! あなたは私達の太陽! ぜひぜひ、このこの名付け親になってくださいまし!」

 そんな風に叫ぶ男性の後ろから商人らしき男が飛び出してきて、トゥの手を握ったりした。

「アルビオンでの退却戦!」

「虎街道での大活躍!」

「そして、リネン川での百人抜き!」

「あなたの活躍を聞いて、我らトリスタニア市民はどれだけ勇気づけられたことか!」

「十人ぐらいだよ?」

「それでも大変なことです!」

「貴族を十人も抜くなんて…。いや! 今ではあなたさまも貴族なわけですが!」

「えー…。」

 口々にトゥを賞賛する声に、トゥ自身は困惑した。

 ルイズは、トゥの周りに集まる見物客に弾かれる格好なってしまった。そんなルイズにスカロンが囁く。

「ルイズちゃん。これで分かったでしょ? 今やトゥちゃんの人気はこのトリスタニアじゃすごいんだから。たぶん、一人じゃ街歩けないぐらいにね。」

「な、なんで、こんな急に人気に…。」

 すると、スカロンは、食堂の壁に貼られた広告を指さした。

「………アルビオンの花の剣士?」

 そこに書かれていたのは、そういう題名の演劇の公演を告げるモノだった。

 まるで神話の戦女神のような姿をした女剣士が、恐ろしい格好のアルビオンの兵達に立ち向かっている絵が描かれていた。

 しかし、髪型といい、格好といい、本物のトゥとは似ても似つかないが…。

「まさか……。」

「どうせだから、みんなで見に行く?」

 スカロンの言葉にルイズは冷や汗をかきながら頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それから、ルイズ達は、スカロン達と共に問題の演劇を見に行った。

『悪辣なアルビオン軍め! かかってくるがいい!』

 芝居がかった勇ましい声の青い髪(おそらくカツラ)の女優が剣士の格好をして、竜の着ぐるみや貴族の格好をした役者達を相手に立ち回りを行っていた。

「…敵…、七人だけしかいないよ?」

「そりゃ七万人なんて舞台に置けるわけないじゃない。」

 トゥの呟きにスカロンが答えた。

 演劇は…、まあ演劇なのだから仕方が無いのだが、想像と大げさな表現で彩られていた。

「花の剣士って…。」

「合ってるね。」

 トゥは、右目の花のことを指している思って頷いた。

 そういえば主役の女優の頭には、造花の花飾りがある。さすがに目に刺すなんてできないので、花という特徴は飾りで表現したらしい。

 ルイズは、トゥが花のことに触れて特に気にした様子がないことに驚いた。前なら確実に過剰に反応していただろう。

 やがて歌姫やらが登場して音楽と共に剣士を称える歌を歌い始め、その歌は大合唱になっていき、劇を盛り上げた。

「…酷いチャンバラ劇ね。」

「そう?」

「あれ、あんたを題材にしてるのよ?」

 げんなりするルイズとは逆に、悪い気はしていないトゥがそう答えたため、ルイズは呆れた。

 劇の盛上がりは、観客達を熱狂させた。スカロンが言うには、批評家からはえらい酷評だが、市民には大人気らしい。まあ、この熱狂ぶりを見れば分かる。

「ああ、トゥさんが出てますよ。ほら、ほらほらほら。やん……、私のトゥさんがとうとう舞台の上にまで出ちゃいましたわ。」

 シエスタが、頬を染めてトゥと劇場を交互に見てうっとりと言う。

「あれ、私じゃないよ?」

「かっこいい! あんな風にしてアルビオン軍をやっつけたんですね!」

 トゥの言葉をシエスタは聞いてなかった。

 舞台の上で、剣士の女優がついに最後の貴族を倒すと、観客席が割れんばかりの歓声が上がり席から立って喝采をあげる者達が続出した。

 ルイズから聞いたが、本来剣士が活躍する筋書きの劇は、このような大舞台では行われないのだとか。せいぜい人形劇ぐらいなもので、実際に人間が行うモノはないらしい。

 トゥが救国の英雄なので、この劇は、検閲を通ったのだろうとルイズは分析した。

 あまりの観客席の熱気に気圧される。

「す、すごいわね…。」

「分かったでしょう?」

「ええ…、確かにすごいわ…。」

「それだけじゃないわ。」

 スカロンが指さした先を、ルイズは見た。

 そこには、観客席の一角には、少なくない数の若い青少年達がいた。

「いやー、すごかったなぁ。戦女神のごとくメイジをやっつけるなんてなぁ。」

「けど、これって結局劇の話だろ?」

「何言ってるんだい? この劇の主役の剣士にはモデルがいるんだ。その彼女こそがトリスティン軍を救ったんだ。」

「しかも、今度はガリアでも華々しい武功を立てたとか。」

「ぜひ、一度お目にかかりたいものだなぁ…。」

「噂じゃ、とんでもない美女だってさ!」

「ああ! 僕達なんかじゃきっと手の届かない花の剣士様! 一度でいいからお会いできたら、いつ死んでもいい!」

 

 ここ(劇場の観客席)にいます。っとは…、絶対に言えない。

 ルイズが、必死になってトゥの口を手で塞いでいた。うっかりトゥが自分がここにいると言いかけたからだ。

 

「あとね…。」

 スカロンは、二階を指さした。

 そこは、ボックス席になっており、大貴族達が劇を鑑賞する場所だ。

 よく見ると、そこに座っている大貴族と思しき人物は、不快そうに顔を歪めていた。

 ルイズは、理解した。彼らは、平民出の剣士が活躍する筋書きが気に入らないのだ。

「ね? 分かったでしょ?」

 人気が出るということは、すなわち敵を作るということだ。

 知らない人間を雇ったりしたならば、いつ食事に毒を盛られるか分かったものじゃない。そこでシエスタだ。彼女以上に信頼がおける使用人はいないのだ。

 他に人を雇ったとき、何か良からぬ企みを企てていたならば、それをすぐに報告してくれる、そんな人材が必要なのだ。

 ルイズは、やっと、シエスタを雇うことを強く勧められた理由を理解した。

 シエスタならば、絶対にトゥを裏切ったりしないだろう。そう思うと、トゥの隣で、キャッキャッと劇を楽しんでいるシエスタがとてつもなく頼もしく見えてくる。

 ルイズが変心している一方で、トゥは、じーっと劇を見ていた。

 その横顔からは、何を考えているのか分からなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 劇場から出るとき、トゥの頭をマントですっぽりと隠した。

 周りは興奮冷めやらぬ市民達がいる。ここで劇の主役であるトゥがいるなんてことがバレたら一大事だ。

 頭をマントで隠されたトゥの周りをルイズ達が取り囲んでさらに隠す。

 しかし……、トラブルというのは時と場所を選んではくれない。

「おや! ルイズじゃないかい!」

 不幸にも水精霊騎士隊の仲間達と遭遇してしまったのだ。

 ルイズ達はこんなところで騒ぎになるわけにいかないので、ギーシュ達を振り切って逃げようとしたがそれより早くギーシュが動いた。

「どこに行くんだい! 聞きたいことがあるんだよ。トゥ君はどこへ行ったんだい? 今朝から姿が見えないんだけど。」

 ギーシュの大声によって、周りの市民の何人かが反応した。

「し、知らないわよ! そんな奴…。」

「何を言ってるんだい? もしや! また記憶を消したとか言わないよな? 忘れたなら僕達が思い出させてあげようじゃないか。アルビオンでの撤退戦! 誰かの代わりに立ちはだかった彼女のことを!」

「や、やめて!」

 ルイズの制止を聞かず、ギーシュの言葉に市民達が集まりだしていた。

 ギーシュは調子に乗りやすい。ましてや今、周りには観客がいる。ギーシュの演説はますます白熱して身振り手振りを交えて語り出した。

「彼女の武功はそれにとどまらず! リネン川での一騎打ち! 初手はガリアで天下無双の使い手と謳われるソワッソン男爵! だが、トゥ君はヒラリヒラリと逃げ回るソワッソン男爵に風のように飛びかかり、見事一刀でその杖を両断してのけた! 二番手もなかなかだった! だが僕ら水精霊騎士隊は、………もげっ!」

 熱く語り続けるギーシュの口をルイズが手で塞いだ。

「あんた、いい加減にしなさい!」

「な! どうしてだ! 彼女の活躍を話して何が悪い!」

「そうだそうだ!」

 っと、ヤジが飛ぶがそれどころじゃない。

 ギーシュの語りで、ただでさえ熱くなっている市民達がますます熱をおびておりかなりヤバい状況だった。

 スカロンとジェシカとシエスタが、こっそりとトゥをこの場から連れ出そうとしたとき。めざとくマリコルヌがトゥを見つけてしまった。

「おや! トゥ君! いるじゃないか、なんで顔を隠しているんだい?」

 そしてあろうことか、トゥの頭にかぶっていたマントを外してしまった。

 あらわになる青い髪と、右目の花。

 途端、集まっていた市民達が沸いた。

「こ、この方が、かの水精霊騎士隊の副隊長、トゥ・シュヴァリエ様で!?」

「いかにも!」

 マリコルヌが胸を張って答えた。

 そして市民達がトゥに群がりだした。

 その勢いと数たるや、魅惑の妖精亭の比じゃない。

「おや? どうしたんだい、これは?」

 まさか劇が作られているなど知らないギーシュ達は、目を丸くしたのだった。

「きゃー! やん、変なところ触らないでぇ!」

「トゥーー!!」

 市民にもみくちゃにされるトゥを助けようとルイズが動こうとしたが、市民の壁を越えることはできない。いっそエクスプロージョンをぶっ放そうかとも思ったが、すんでのところで踏みとどまった。罪のない市民に魔法をぶっ放すなどできない。

「おやおや、ずいぶんと人気者になったものだねぇ。」

「ところで、トゥ君! リネン川で稼いだ身代金があるだろう!」

「えっ? なに?」

 今度は、水精霊騎士隊の仲間達が詰め寄ってきた。

「屋敷だなんて寝ぼけたこと言わないで、城を買おうじゃないか! すごい物件を見つけたぜ! 六十アルパンの土地がついた、由緒ある古城だ! なに、ちょっと幽霊が出るらしいが、そんなもの僕達の勇気の前ではいささかのこともない!」

「でも、ギーシュ君達にもお金分けたよね?」

「ほんの二千エキューじゃないか!」

「財布出せ、財布!」

「きゃー!」

 トゥは、市民と水精霊騎士隊の仲間達に挟まれることとなった。

 もはやこれは人の津波だ。こうなっては、誰にも止められない。

 っと、思いきや…、この騒ぎを止められる人物が現れた。

 

 泣く子も黙る、女王陛下近衛隊、アニエスが隊を率いて登場したのだ。

 

 怒声と共と、脅しにより市民達は散り散りになって逃げていった。

「なんだ、お前達か。ちょうどいい。」

「へっ…、なんですかぁ?」

 もみくちゃにされてヘロヘロになって膝をついたトゥに、アニエスが書状を差し出した。

「陛下のお召しだ。直ちに宮廷に参内しろ。」

 

 渡された書状の内容は、アンリエッタからの召喚だった。

 




原作読んでて、ギーシュのバカヤローって思いました。

もうトゥの右目の花で、不気味がる人はいないと思います。

次回で、やっと領地をもらうことになるかな?


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第七十四話  トゥ、土地をもらう

やっと、ド・オルニエールの土地をもらう編。

ツッコミ程度ですが、アンリエッタに厳しい言葉があります。


 トゥ達が王宮に来たときには、すっかり外は夜になっていた。

 アニエスに先導されてすぐにアンリエッタの執務室へと通された。

「ようこそいらしてくださいました。さあ、こちらへ。」

 祖国の英雄を迎えるにはむさ苦しいところではありますが…っと、アンリエッタはトゥとルイズを出迎えた。

 それからアンリエッタは、小姓にワインと料理を運んでくるよう頼んだ。

 席に着いたトゥは、周りを見回した。

 机と椅子、そして燭台と本棚など、なんというかこざっぱりしている。そういえばアルビオンとの戦いの時に消費してしまった国庫を潤すため家具を売り払ったと聞いていたが、ここまで何も無いとは…。

 トゥの様子を見たアンリエッタは苦笑し、今宮廷には本当にお金が無いのだと語った。

「とんでもございません!」

「こじんまりした方がいいよ…。もう人混みはもうたくさん…。」

「あら? どうしたのですか?」

「実はですね…。」

 そこからアニエスが面白おかしく、昼間にあった大騒動をアンリエッタに話した。

「まあ! トゥ殿が歌劇の主役! すっかり人気者になって、わたくしも誇らしいですわ。」

「勘弁してください…。」

 トゥは、ぐったりと机に頬をのせて弱々しい声で言った。

 そこへ料理が運ばれてきた。

 お金が無いという割にはかなり豪華な内容であった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ワインと料理が進み、やがて話題はガリアの戦のことに移っていった。

「本当に、恐ろしい炎の球でしたわ…。」

 火石の爆発のことだ。

「あのような、恐ろしい魔法を使うエルフと争うなど、これ以上愚かしいことはありません。」

 きっぱりとアンリエッタが言った。

「私もそう思います。」

 ルイズが頷いた。

 トゥは、首を傾げた。

「あの時…、お姫様、力で示すのも正義だってこと言ってたのに…。」

「トゥ!」

「いいのです。トゥ殿の言葉は事実ですから。あのときの私は本当に愚かでした…。」

 アンリエッタは、悲痛な顔で目を閉じた。

「我々の急務は、ガリアがロマリアの意のままになること防ぐことです。」

 目を開け、決意を新たにしたように表情を変えたアンリエッタが言った。

「でも、タバサちゃん…、そんなことしないはずですよ?」

「わたくしもそう思います。あなた方のご友人だったのでしょう?」

 だが何が起こる分かったものじゃ無いのだと言った。

「あなた方を、ガリア王との交渉官に任命します。」

 それがルイズとトゥが呼ばれた理由だった。

 タバサとのパイプ役になってもらうため。それが目的だった。

「お願いできますか?」

「喜んでお受けしますわ。」

「よかった。断られたらどうしようと思っていたのです。」

 アンリエッタは微笑んだ。

「さて、トゥ殿。」

「はい。」

「トゥ殿は一国の大使としては、お名前が短すぎるように思えるのです。」

「トゥ・シュヴァリエが?」

 言われれば確かに短いかもしれない。

「ですから、わたくしとしてはそのお名前を、多少長くさせていただきたいのです。」

「っと、言うと?」

「あなたに領地を与えたいのです。」

「ひ、姫様!?」

 ルイズが驚いて声を上げた。

 トゥは、分からなくてキョトンとした。

「りょうち?」

「トリスタニアの西に、ド・オルニエールと呼ばれる土地があります。ほんの三十アルパンほどの狭い土地ですが…。」

「えっ? えっ?」

「落ち着きなさい、トゥ。」

 混乱するトゥの肩をルイズが軽く叩いた。

 ちなみに、三十アルパンは、だいたい十キロ四方ほどである。

「あなた方は、住むところを探しているのでしょう?」

「そ、それは…。」

 ルイズは、赤面した。

「私は、こじんまりした小さいお家でいいんです。土地はいりません。」

「ですが、貴族というのはその称号に見合ったものが必要なのです。その一つが土地です。」

「でも…。」

「あのね、トゥ。」

 ルイズは、トゥの肩を掴んで言った。

「あなた、ガリアとの戦でまだ何ももらってないでしょう?」

「うん。」

「つまり…、そういうことよ。」

「?」

「あー、もう分かりなさいよ! 姫殿下は、此度の戦の褒賞として、土地を与えるって言ってるのよ! つまりあんたは、その土地の王様になるって事よ!」

「私が…、王様…。」

「正直な話…、あんたには、不相応だと思うわ。」

「不相応なわけがありませぬ。」

 ルイズの呟きにアンリエッタが答えた。

 本来なら、男爵の位を与えたいくらいなのだと言った。

「男爵だなんて…!」

 ルイズが驚愕した。

「ですから、いらぬ嫉妬を買ってはつまりませんから。今回はやめておきます。でも、良い土地ですよ。狭いながら、実入りは一万二千エキューにはなりましょうか。山に面した土地には、ブドウ畑もあって、ワインが年に百樽ほど取れるとか。」

 はっきり言って、破格だ。今のトゥにとっては。

「ですが、トゥには、領地の経営なんてできるわけがありません!」

「前の世界じゃ、私、領主だったよ。」

「へっ?」

「砂の国ってところで、領主やってたの。でも経営とかお金のこととかは、人に任せてたよ。」

「そ、そうなの…。意外だわ…。」

「ならちょうど良いではありませんか。領地の管理の経験があるのなら、その経験を生かせばよいのです。」

「じゃあ、そうする。」

「あと、お屋敷もありますわよ。卒業したら、そこで暮らすのもいいんじゃないかしら? とにかく一度ゆっくり見てきてはいかが?」

「あれ? ってことは、お家探しの問題解決? ねえ、ルイズ。解決だよね?」

 トゥがルイズの方を見ると、ルイズは、放心していた。

「ルイズー?」

「……ぁ。」

 目の前を手でチラチラさせると、ルイズは我に返った。

「でー、これからどうしたらいいんですか?」

「受け取ってもらえますか?」

「はい。」

「よかった。あなたには、これぐらいのことをしなければ、わたくしの良心が痛みます。わたくしは、何より、恩知らずと呼ばれることが我慢できないのです。」

 アンリエッタは、トゥからの良い返答に嬉しそうに微笑んだ。

「ありがたく頂戴いたします。」

「では、あとで書類を届けさせますわ。」

 二人の間で交わされる会話を脇に、ルイズは、また放心した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ド・オルニエールの土地は、トリスタニアから馬で一時間ほどの距離にあった。

 ……ちょっと土地と、そこにある屋敷を見に行くはずだったのだが、トゥとルイズの他についてきた者達がいた。

 まず、ギーシュを筆頭とした水精霊騎士隊の仲間達。

 コルベールとキュルケ。

 掃除用具を山ほど担いで来たシエスタ。

 結果、ちょっとした大行列になってしまった。

「で? ド・オルニエールの土地ってどんなところなんだい?」

「さあ? 私も初めて行くから。」

「あがりは?」

「あがり?」

「年収は…?」

「えっと…、一万二千エキューだったっけ?」

「諸君! 僕は、トゥ君に我が隊の会計主任に推薦したいと思う!」

「あんた達…、トゥにたかろうって言うの?」

「いやいや…、そんなつもりは…。」

「目を見て言いなさい。」

 ルイズにじとりと睨まれ、ギーシュは目を泳がせた。

「なあ、トゥ君…。実はおそろいの隊服を作ろう思うんだが……。」

「えっ? じゃあ、私が作ろうか?」

「そういうことなら、名門グラモン家のあんたがなんとかしなさいよ。」

 トゥを遮ってルイズが言った。

「知ってるじゃないか! 僕んちは、遠征で金を使い果たして…。」

「じゃあ、知らないわ。勝手になさい。」

「でも…。」

「いいから。あんまり甘やかすと調子づくわよ?」

 ギーシュを心配するトゥに、ルイズが厳しく言った。

 トゥの財布のヒモがルイズに握られていると理解したギーシュ達は、がっかりした顔をした。

「でも、ルイズ。独り占めはよくないよ。ねえ、みんな、年収の何割かを隊に入れるって事で良い?」

「い、いくらくれるんだい!?」

 レイナールが勢いよく聞いてきた。

「いくら欲しい?」

 トゥが聞くと、水精霊騎士隊の仲間達は、顔を見合わせ、話し合った。

 そして。

「五千エキュー。」

「じゃあ、それでいいよ。」

「うおおおおおおお!!」

 水精霊騎士隊の仲間達が一斉にどよめいた。

「ちょっと! 年収の半分もじゃない! あんた何考えてるのよ!?」

「えー? だって、そんなに使わないでしょ?」

「近衛副隊長で、領地持ちなんてことになったら、色々とお金が出ていくんだから! ましてやあんたは、家柄も無い! 後ろ盾も無い! 成り上がりなのよ! 張る見栄はきちんと張っとかないと、馬鹿にされるじゃないの!」

「えー?」

「あら、ルイズ。お金の使い方に文句言うなんて、すっかりトゥちゃんの奥様気取りね?」

「! ち、ちが…。」

 キュルケに言われてルイズは、赤面して狼狽えた。

「あ、あのね…、私は同居人として…。」

「あら? トゥちゃんのこと同居人程度にしか思ってなかったの?」

「ちがーう!」

「だって。ねえ、トゥちゃん。」

「あ…。」

「よかったわね。トゥちゃんは、今や救国の英雄。確かに成り上がりかも知れないけど、その成り上がりっぷりはまさに伝説級。だってこの国じゃ、平民が貴族になることさえほとんど不可能なんだし、近衛の副隊長になるわ、領地を下賜されるわ、おまけに劇まで作られちゃうわで、大変な騒ぎじゃないの。そんな有名人が結婚もしてないのに同性とはいえ、女の子と暮らしているなんてそっちの方がスキャンダルじゃない? 実は同性愛者ってデマが流れたとしても大スキャンダルよ。例えあんたが公爵令嬢でもね。」

「そうなの?」

「そうよ~。」

 キョトンとするトゥの頭を、ニッコニコ笑っているキュルケがなで回した。

「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ!」

「わっかないわよ~? 英雄で土地持ちということになれば、是非うちの息子をって、言ってくる貴族がいるかもよ? 世の中何が起こるか分かんないんだから。」

 跡継ぎになれない次男坊とか三男坊とかを入り婿させんとする貴族が現れるかも知れない。それを想像してしまったルイズは、顔を青くした。

 トリスティンだけじゃなく、ゲルマニアやガリアから、例えばグルデンホルフのような大公国が目をつけて、婿を紹介してきたら?

 血にこだわる貴族社会において、同性愛のような非産的なものは喜ばれない。

 きっと世の中は、婿をと提唱するだろう。

 ああ、どうして自分は女として生まれてしまったのだろう? どうしてトゥは女なのだろう? これで異性同士ならよかったのに…っと。

「うぅ~。」

 ルイズは、ボロボロと泣き出していた。

「ちょ、泣くことないじゃない!」

「ルイズ、どうしたの?」

 ルイズを慰めるため、足は止まり、ド・オルニエールの土地まで行くのに時間がかかった。

 




正直、アンリエッタには、何を今更言ってんの?っと思いました。

トゥは、もうだいたいのことは、思い出してます。


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第七十五話  トゥ・シュヴァリエ・ド・オルニエール

ド・オルニエールに到着。

夏休み突入でお屋敷での生活開始。

平穏の中で、確実に忍び寄る、終わりの時…。


 

 ルイズを泣き止ませ、ようやくド・オルニエールの土地にたどり着いた。

 ド・オルニエールについて、まず見えたのが、どこまでも続く荒野だった。

 一万二千エキューの土地にしては、何も無い。

 みんなでいぶかしんでいると、荷馬車を引く農夫らしき老人を見つけた。

「あの人に聞いてみよう。すみませーん!」

「なんでございましょう?」

 よぼよぼの馬に劣らない貧相な老人だった。

「ちと、尋ねたいんだが、ここは、ド・オルニエールの土地かね?」

「さようでございます。」

「年収一万二千エキューの土地にしては、ずいぶんと荒れ果てているように見えるだが…。」

 ギーシュが聞くと、老人は答えた。

 なんでも先代の領主が死んでから、十年も前のことで、跡継ぎもおらず、若者達は街に行ってしまい、今では数十名の老人達が細々と土地を耕している状態なのだとか。

 それを聞いた一同は、同情の目をトゥに向けた。

「お屋敷は?」

「あちらでございますが……。」

 暇なのでということで、老人が屋敷まで案内してくれた。

 屋敷は、うっそうとした森の中。土地の劣らず荒れ果てたその屋敷はあった。十年もほったらかしだったのだろう。

 きっと昔は、立派な構えの貴族の屋敷だったのだろうが、窓ガラスは割れ、扉や屋根にはツタが絡まり、壁にはヒビが入っている。

「これは、掃除のしがいがありますわね…。」

 シエスタが、唖然とした声で言った。

「女王陛下も、とんでもない物件を押しつけたもんだな…。」

「いや、違う。女王陛下は知らなかったんだよ。一々ちっぽけな領地のことなんか覚えてないよ。トゥ君に下賜することになって、適当に領地を探してたら、誰かにここにしろと吹き込まれたに違いない。」

 マリコルヌとレイナールが言った。

 ルイズも、確かに、っと頷いた。

 しょせんは、アンリエッタも雲の上の人なのだ。誰かにここを用意しましたと言われたそれでおしまい。年収一万二千エキューと言われたら、そこにしましょうということで、自分で確認しにはこない。

 ルイズは、トゥを見た。

 トゥは、ジーッとボロボロの屋敷を見ていた。

「トゥ…?」

「ん?」

「姫様に下賜されたとはいえ、これは…。」

「んーん。これなら、掃除すれば住めるよね?」

「えっ?」

「それに、土地だって耕せば作物も取れるし、砂の国よりずっと豊かだよ。きっと。」

「砂の国って…、どんなところだったの?」

「砂漠。」

「…あー。」

 納得。砂漠に比べれば、確かに天国だろう。

「でも、私達だけじゃ修繕は難しいわ。業者を雇いましょ。」

「うん。」

 もう住む気満々の二人とは対照的に、年収五千エキューの夢が潰え、がっくりと肩を落とす水精霊騎士隊の仲間達。そんな彼らを見て呆れて肩をすくめるキュルケだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 業者に千エキューで修繕を頼み、夏休みが始まる頃にはなんとか暮らせるレベルになるとのことだった。さすが貴族の屋敷だったことはあり、骨組みはしっかりしていたのだ。

 領地の方であるが、老人達しかいないが、それでも収入は二千エキューはあった。

 かつての勢いはないものの、痩せた土地なので、そこで生産されるブドウで作った少量だけ生産されるワインが通の間では評判らしい。

 トゥとルイズは、平日は魔法学院で過ごし、休日をド・オルニエールの土地で修繕されていく屋敷を見に行くようになった。

 修繕されていく屋敷を見るのが楽しかったし、のんびりしたド・オルニエールは、やっと訪れた平和を満喫するにはぴったりだった。

 屋敷に来るたびに、シエスタと一緒に掃除をしたり、家具を揃えたり、その辺を散策したりした。

 何も無いように見えるド・オルニエールの土地も、よく見れば楽しいもので満ちている。例えば森の中の小さな泉や、谷や、野に咲く可憐な花など。

 夕方になれば、領民達が新しい領主様が来たということで挨拶に来る。

 その時、ワインや畑で採れた作物や、焼きたてのパンやお菓子などをお土産に持ってきてくれる。

 トゥは、もらった作物で料理を振る舞い、見たこともない料理とあって領民達の舌を驚かせて満足させた。ついでに採れた作物やブドウなどを見て、新しい料理を考えたり、今後どう土地を耕すかを検討しだしていたりもしていた。

 散歩をしていれば、領民達が気さくに声をかけてくる。平民出身の近衛騎士ということで、まるで孫の出世を喜ぶかのようにトゥに接してくれた。

 貧しいながらも、お茶や酒やお菓子までもてなしてくれることもあった。

 トゥの手柄の話となると目を丸くして驚き、今度の領主様はたいしたもんだと感心する。

 トゥは、それを見るたび困ったように笑う。

 そんなトゥの控えめさに、見かけによらずしっかりとした領主の貫禄を見て領民達は感心していた。

 それから、ヘレンという老婆を雇い、お手伝いさんとした。老婆とはいえ、とても足腰がしっかりしており、トゥとルイズがいない間に屋敷を守ってくれていた。

 そんなに大きくない屋敷なのでシエスタとヘレンだけで十分手が行き届く。

 

 やがて夏休みに入り、トゥとルイズは、屋敷で暮らすためド・オルニエールに来た。

 卒業してからの予行演習みたいなものである。

 ルイズは、もうドキドキで夜も眠れなかった。

 夏休みに入る前も、ド・オルニエールに来るたびシエスタがいるものの、休日のデート気分で楽しんでいた。大きな娯楽はないもの、のんびりとしたド・オルニエールの風景を見ながら、トゥと二人で歩いている。たったそれだけで満たされるようだった。

「私ってば、なんて簡単な女なのかしら?」

「えっ?」

「気にしないで、独り言だから。」

 トゥから顔を背けながらルイズは言った。もう顔がにやけて仕方ないのだ。

 ああ、今日からトゥとの生活が始まる!

 そりゃ学院の寮でも一緒に生活しているが、ドキドキワクワク感が段違いだ。

 シエスタとヘレンがいるものの、彼女らはあくまで使用人だ。こちらが雇っているのだ。主人の側であるルイズには、もうそんなこと些細なことであった。

 シエスタが籠にお昼ご飯を詰め、ヘレンに見送られて、トゥとルイズ、そして籠を持ったシエスタが出かける。

 森の中。小鳥の小さな鳴き声が聞こえ、焼けるような日光も森の葉や枝に遮られて心地よい。

 小鳥の鳴き声以外は聞こえないそんな小道をブラブラとトゥとルイズは歩く。その後ろからはシエスタがニコニコと笑ってついてくる。

 眺めの良い場所を見つけると、そこに布を広げて、籠の中に詰めていた昼食を広げる。

 まだ温かい焼きたてのパンと、干し魚の揚げ物、領民からもらった作物で作った野菜のサラダ。あと、ド・オルニエールのブドウを使ってトゥが作ったブドウのタルト。あと、絞りたての牛乳。

「ルイズ、デザートは後だよ。」

「でも、これが一番美味しそうなんだもん。」

「ダーメ。」

「むぅ。」

「どうぞ、トゥさん。」

「ありがとう。」

「ちょっと、私のは?」

「はいはい、ミス・ヴァリエールの分も今分けます。」

「美味しいねぇ。野菜がいいからかな?」

「はい! ここの領地のお野菜はとても良いものですからね。」

「このドレッシングが良いのよ。これトゥが作ったんでしょ?」

「いいえ、私です。トゥさんからレシピを教えてもらって私が作りました。」

「上手にできてるよ。」

「ありがとうございます。」

「むむぅ…。」

 トゥとシエスタの仲は、相変わらずだ。ほら、トゥに褒められてポッと頬を染めているシエスタがいる。いつものことだが、やっぱり気になるものだ。

 料理を食べ、そして待ちに待ったデザートタイム。

「あぁあ~、おいひぃぃぃ。」

「トゥさん、本当に美味しいです!」

「よかったぁ。」

 トゥは、嬉しそうに笑った。

「どうしよう。人生で一番美味しいかも…!」

「私もです!」

「えへへ。……?」

「トゥ?」

「どうしました?」

 自分の皿に分けられたブドウのタルトを一口食べて、トゥは固まった。

「あ…れ?」

「どうしたのよ?」

「トゥさん…。美味しくないですか?」

「何言ってるのよ、自分で作ったのに。」

「……ご、ごめん。気のせいだった。」

 トゥは、慌てたように手を振って笑った。

「…トゥ?」

「だいじょうぶ。本当に気のせいだって。」

 トゥは、そう言って牛乳をごくごくと飲んだ。

「ぷはー、美味しい。シエスタ。お代わり。」

「は、はい。」

 一瞬呆けていたシエスタは、我に返って、牛乳をコップに注いだ。

 ルイズは、そんなトゥを見ていた。

 何か無理をしているように見えてならない。

 だがここで追求したら、きっと傷ついてしまうだろう。

 だから気のせい…っということにし、ルイズは、皿の上のタルトを口に運んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 お昼ご飯が終わると、シエスタは、木陰で寝てしまう。

 ルイズは、枝を拾って、シエスタをつつく。

 シエスタの寝付きは実に素晴らしく、つつかれてもまったく起きない。

 ルイズは、シエスタが完全に寝入っているのを確認すると、トゥの傍に来て、その腕に猫のように寄りかかり、唇をとがらせ髪を手で悩ましげにいじりだす。

「良い天気だね。」

「そうね。」

「こんな良い天気なら、お野菜も美味しく育つね。」

「あんた、そればっかりね。」

「そう?」

「砂の国ってところがどれだけ厳しいところだったか知らないけど、焦らなくていいんじゃない?」

「そうかな?」

「領地を耕すのは、領民よ。領主が直接手を出すことじゃないわ。」

「そう?」

「まあ、前の領主が狩猟が趣味だったみたいに、土いじりが趣味って事でもいいかもしれないけど。」

「じゃあ、そうする。」

 無邪気に笑うトゥの顔を見て、ルイズは頬が赤くなるの感じた。

 ああ、やっぱり私ってば簡単な女ねっと、ルイズは思ったのだった。でもそれは、トゥ限定だ。トゥにだけこんなに心がときめくのだ。他の男でも、女でもない。トゥだけ。

 シエスタは、ぐっすり寝ている今、トゥを独り占めしているこの状況。

「はぁぁううん。」

 なんて贅沢なんだろうっと、思わず変な声が漏れてしまった。

「どうしたの? ルイズ。」

「なーんでもない。」

 ルイズは、にやけ顔のままトゥの膝に猫のように上体を乗せた。

「もう…、甘えん坊さんだね。」

「えへへへ…。」

 小さく苦笑するトゥにワシャワシャと頭を撫でられ、ルイズはご満悦だった。

 そしてルイズは、調子に乗った。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「キスして?」

「えー?」

「そこは素直に来なさいよ!」

 ルイズは、頭をトゥの膝の上にのせたまま上を向き、怒った。

「えー…。」

「ひ、酷いわ! ロマリアであんなキスしてくれたのに…、意気地無しぃ!」

「……もう、しょうがないなぁ。」

 やれやれっといった様子で、トゥは、ルイズの顔に手を添えた。

 そして顔が近づいてくる。ルイズは、目をつむってその時を待った。

 

 だが、その時。

 ボキボキボキと、何かを折る音が聞こえた。

 

「えっ?」

「はっ?」

 見るといつの間にか起きていたシエスタが木の枝を折りまくっていた。

「何してんのよ!?」

「たき火をしてお茶でも沸かそうかと思いまして…。」

 トゥの膝の上から起きあがったルイズが指さしながら叫ぶと、シエスタは、にっこりと笑って答えたのだった。

「いつの間に起きてたのよ!?」

「いーえー。あんまりにもミス・ヴァリエールがうるさいものですから、目が覚めちゃいまして。目を覚ましたら、まあ…、ミス・ヴァリエールってば…。」

「なによ!」

「トゥさんが、お膝を許したからって、調子に乗って…。」

「ふふん。まだ膝枕なんて許してもらってないくせに、言うわね?」

「トゥさん! 私もお膝を!」

「いいよー。」

「トゥ!」

 その後は、トゥの膝の位置を取り合いになり、夕方になるまでそれが続いた。

 




ちょっと、ご飯要素を目指してみましたが、私の文才では、この程度でした…。

トゥの味覚は、まだ…大丈夫です。

砂の国に比べれば、ド・オルニエールは、ずいぶんと恵まれていると思う。


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第七十六話  トゥとルイズとエレオノール

エレオノールの来訪。

なぜかスピリット(ドラッグオンドラグーン3の敵キャラ)が一瞬だけ登場します。


 

 夜になった。

 昼間に散々騒いだのでルイズはすぐに寝てしまった。

 ベットは相変わらず一つだけである。

 というか、一緒に寝たいから一つなのだ。ちなみにシエスタのベットは、ちゃんと買ってある。

 しかし、シエスタは、こっそりとトゥとのルイズのベットに入ってきて、翌朝ルイズに怒られるのを繰り返していた。

 ベットが固いだの、お化けが出るだの言って言い訳を述べてくるが、全部嘘だ。

「えっ? スピリットがいるの?」

「なんですか、それ?」

「お化けのモンスター。」

「えっ? そんなのいるんですか?」

「黄色で、ドクロの形してるの。何かにとりついて強化してくるの。見つけたら真っ先に倒さないと…。」

「落ち着きなさい。さっき言ってたでしょ? シエスタが見たのは白っぽい何かだって。スピリットって、前に水の精霊にとりついて凶暴化させた奴でしょ? そんなのいたらシエスタが無事なのがおかしいじゃない?」

「…そっか。」

「そ、そんなに危ないんですか?」

「ちょー危ない。」

 トゥの言葉に、シエスタは、顔を青くしダラダラと汗をかいた。

「トゥ…、トゥさん。お願いです。一緒に寝てください。」

「こら、嘘ばっかり言って、自分で自分の言ったことに怖くなって首を絞めてんじゃないわよ。」

「じゃあ、ミス・ヴァリエールが確かめてください。そのスピリットがいないかどうか。」

「私を生け贄にしよっての!?」

「じゃあ、私がシエスタの部屋に行くよ。」

「えっ!?」

「えっ!?」

「スピリット退治するまで待っててね。」

 トゥは、にっこりと笑ってそう言うと、大剣を背負ってシエスタの部屋に行ってしまった。

「あ…。」

「ふ…、馬鹿ね。」

 シエスタが止める間もなくトゥが行ってしまったため、伸ばした手は空を切り、ルイズは、肩をすくめて笑った。

 しかし、その数分後だろうか。凄まじい破壊音がしたので、二人は慌てて行くと、そこには、シエスタのい部屋のベットを切り落としたトゥがいた。

 カランッとトゲトゲのついた輪っかが真っ二つになって床に落ち、黄色い煙のようなモノが部屋に僅かに残っていた。

「トゥ、これは…。」

「いたよ、スピリット。危なかったね、シエスタ。」

「あらま。」

 嘘から出た真とはこのことだろう。

「トゥさん、トゥさん! 怖いです! 一緒に寝てください!」

「たぶん、あれ一匹だったはずだよ。じゃないと、修繕に来た業者さんや、ヘレンさんにもとりついていたはず。」

「スピリットって、昼間も出るの?」

「うん。」

「お化けよりたち悪いじゃない。」

「うん。たち悪い。」

 きっぱり言うトゥに、ルイズもシエスタも絶句した。

 

 結局、シエスタのベットを破壊してしまったため、また寮のように一緒に寝ることになったのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 夏休みに入って一週間後。平和は打ち破られた。

 ルイズの姉、エレオノールが突然来訪したのである。

「ちび! ちびルイズ!」

「いだい~~~!」

 エレオノールがいる応接室にルイズが入るなり、エレオノールがルイズのほっぺたを抓った。

「やめて!」

「あんたは、もう、また勝手なことをして! け、けけけ、けほぉ…。」

 エレオノールが息を切らし、咳き込んだ。

 シエスタが慌てて水を持ってきて渡し、水を飲んだエレオノールは、言葉を続けた。

「結婚前の娘が、同じ性別の人と同棲ですって? いったいあなたは何を考えているの! 勝手に戦争に行ったと思えば、今度は同棲ですって? あなた、そんなの、私、絶対に認めたませんからね!」

「そ、そんなぁ…。ほ、ほら、主人と使い魔だから……。」

「あんたの目がただの使い魔…、ましてや同じ女を見る目じゃないのよ。」

「!」

「図星でしょう? 初めて見たときからおかしいと思ったのよ。」

 エレオノールとトゥが遭遇したのは、アルビオンとの戦争の時に許しをもらうためにルイズの実家に帰るときだった。

 反対され、逃げ込んだ先で、ルイズは、トゥに慰められて、ルイズは、トゥの胸にグリグリと顔を押しつけた。たぶんその時のことを言っているのだ。

「世間様になんて説明するの? ヴァリエール家の三女が同性愛嗜好の気があるだなんて!」

「いいじゃありませんか!」

 ルイズがついに叫んだ。

「私は、女が好きじゃ無くって、トゥが好きなんです! トゥだけ、トゥだけなのぉ!」

「ちびルイズ。あなた、伝説の系統なんでしょう?」

「ええ! だから父様から『己の信じた道を行きなさい』と言われました!」

「私もあの場にいたから聞いているわ。けれど、それは、好きかってしていいというわけではないわ。あなたはね、自分の器以上の力を手に入れてしまったのよ。」

「分かってます。」

「分かってないじゃないの。あなたの力はあなただけのものではないのよ。祖国の命運を左右する、大変な力じゃないの。自重しなさい。ルイズ。」

「でも…、もう平気よ。大事なことにはならないわ。」

「どうして?」

 ルイズは、ちらりと、トゥを見た。

 それからルイズは、ロマリアであったことをエレオノールに語った。

 トゥは、ルイズとエレオノールを交互に見て、俯いた。

「…っというわけで、始祖の力の復活は防げて、ロマリアの聖戦も続けられなくなりました。姉様の言うとおり、私の力を守るためなら、なおさらトゥが必要だわ。この子以上に、私を守れる奴なんかいないんだから。ね?」

「う、うん。」

「なによ、その自信なさげな返事は! そこはしっかりハイっ!って言いなさい!」

「屁理屈を述べないでちょうだい!」

 エレオノールが怒鳴った。しかしルイズも負けない。

「違うわ! 屁理屈を並べているのは姉様の方よ! なによ! 伝説の力なんて本当はどうでもいいんでしょ? ちにかく、私がすることなすこと、気にいらないだけでしょう? 私だって、いつまでも小さいルイズじゃないんだから!」

「じゃあ、今みたいな言い訳を、父様と母様に聞いていただきましょう! さあ、ラ・ヴァリエールに帰るわよ!」

 そう言ってエレオノールは、ルイズの首根っこを掴んで引きずっていこうとした。

「あの! ルイズのお姉さん!」

「なによ。あんたにお姉さんなどと呼ばれる筋合いはなくってよ。」

 エレオノールは、じろりっとトゥを睨んだ。

「手を離して。」

「ダメよ。そうそう、あなた、少々手柄を立てたようで、調子に乗っているようだけど、私の妹をたぶらかすなんて、許しませんからね!」

「別にたぶらかしてなんか…。」

「お黙り! じゃあ、あなた、ルイズの方が先にあなたにす、す、す、すす、好きとでも言ったわけ?」

「はい。」

 トゥはきっぱりと言って頷いた。

 エレオノールは、目を見開いて、ポカンッと口を開けた。

 しかしすぐに表情を改めると、ギッと手元にいるルイズを睨んだ。

「ちびルイズ! あなたという子は!」

「本当のことだもん。」

 ルイズは、ニヤ~っと笑った。

「私の方から告白しました!」

 エッヘンという風に自慢げに言うルイズは、エレオノールの顔がみるみる赤くなる。それは、怒りなのか、羞恥なのか…は、分からない。

「あなた…、名前は?」

「えっ?」

「トゥ、名前よ! あんたの名前! 言ってあげなさい!」

「えっと…、トゥ・シュヴァリエ・ド・オルニエールです。」

「男爵の爵位もない、ただの平貴族が気取るんじゃないの。」

 エレオノールは、一刀両断した。

「とにかく! 伝説だろうがなんだろうが、ぽっと出の貴族に、ラ・ヴァリエールの娘を嫁がせることはできません!」

「あ! 私のこと、トゥのお嫁さんってことでいいのね! それとも、トゥ、私が旦那さんの方が良い?」

「えっと…。」

「なに良い方に解釈してんのよ、ちびルイズ!」

 エレオノールは、トゥLOVEすぎるルイズに、呆れながら怒った。

「なら……、どこに出しても恥ずかしくない貴族に仕立て上げれば、文句ないわけですよね?」

「はあ? あなた、何言ってるの?」

「私が、トゥを、立派な貴族にしてみせます。」

「立派な貴族ぅ?」

「えっ?」

 トゥは、キョトンとした。

 そうこうしているうちに話は進み、エレオノールは、次回来るときまでに貴族の作法をたたき込んでおけと言い、自分が満足できるものでなければ、ルイズは、自分と共にヴァリエール家に帰るのよと言った。

 エレオノールは、ルイズとの会話を終えると、トゥに挨拶もせず帰って行った。

「…嫌われてるのかな?」

「トゥ。」

「ん? なぁに?」

「なぁに、じゃないわ。『ミス・ヴァリエール、私に作法を一から仕込んでください』、でしょ。」

「えっ?」

「えっ、じゃないわよ。ほら、言いなさい。」

「…もう始めるの?」

「ったりまえでしょ。次にエレオノール姉様が来るまでに、あんたをつま先から頭のてっぺんまで、誰に文句つけようのない貴族に仕込んであげるわ!」

「えー…。」

 

 大変なことになってしまった…。

 




なぜかいたスピリット。シエスタ、間一髪。

エレオノールに色々ぶっちゃけるルイズでした。


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第七十七話  トゥと、アンリエッタ

ほぼ原作通りですが、アンリエッタとの会合は、若干オリジナル展開。




 トゥは、ルイズから、貴族としての作法を教えられることになったのだが、その教育は熾烈を極めた。

「うぅ~。」

「ほら、これくらいで根を上げない!」

「無理だよ~。」

 作法というのは、単純な食事のマナーとは違う。何気ない仕草や、歩き方や、一礼の仕方など、とにくかく細かい。果ては、ベットの出方、入り方まで指南される始末だ。

「ねえ、ルイズ…。」

「なによ?」

「私と住むのは、エレオノールお姉さんじゃないよ?」

「なによ、あんた私と住みたくないわけ?」

「違うよ。」

「私は…、あんたが家族に馬鹿にされるのがイヤなだけよ。」

「そんなのいいよ。動き一つで馬鹿にされるなら、それでいいよ。それが貴族でも、私は、私はだもん。仕草や歩き方まで貴族になるなんてできないよ。だって、私は貴族として生まれてないもん。」

「分からず屋!」

「ルイズもだよ。」

「私と暮らすなら、ちゃんと貴族らしくして! そんなんじゃ、恥ずかしくって、舞踏会のエスコートも任せられないわ!」

「なにそれ…、結局、ルイズにとって、私のことより周りの目が気になるだけなんだね…。」

 トゥは、悲しそうに言った。

「ち、ちが…。」

「違わないよ。」

 トゥにきっぱり言われ、ルイズは、目にいっぱい涙をためて、走り去っていった。

 この場にいたシエスタは、オロオロとしていた。ヘレンは、早々に退散していた。

 トゥは、疲れた様子で、椅子に座り直し、テーブルに顔を伏せた。

「平和になったら、平和になったで、大変…。」

「ま、まあ、トゥさん…。」

 シエスタがテーブルにワインを出した。

「これでも飲んで落ち着きましょう?」

「うん…。」

 シエスタに注いでもらったワインを見つめ、トゥは、しばらく黙った。

「あの…、正直、トゥさんの言っていることももっともだと思います。」

「…も?」

「でも、ミス・ヴァリエールの気持ちも分かるんです。」

「…そう。」

「私だったら、そんなの全然気にしませんけど…。貴族の方は色々と大変なんですねぇ。」

「本当だね。こんなことなら…。」

「こんなことなら?」

「貴族になるんじゃなかった。なまじ貴族になんてなったから、ルイズもうるさく言ってくるんだ。」

「まあ!」

「どうしたの?」

「そんなめったなことを、軽々しく口にするものじゃありませんわ。平民から使い魔、そして貴族…、大出世じゃありませんか。」

「しゅっせ? 私は、そんなの望んでないよ。なんだか分からないうちに、こんなことになっちゃって…。」

「トゥさん…。」

 トゥは、再びワインを見つめて黙った。

 するとシエスタが、トゥにもたれかかってきた。

「シエスタ?」

「わあ。」

「?」

「む、虫が…。」

「虫?」

「はい…。シャツの中に入って…。取ってくれますか?」

「えっ?」

「だって…、私、虫苦手で…。」

「えっ? この間の掃除でゴキブリ平気で潰してたよね?」

「もう!」

 シエスタがぷりぷりと怒った。

「分かってます。トゥさんには、ミス・ヴァリエールがいますものね。まあ、そんなトゥさんだからいいんですけどね。でも、私に感謝してください。今の、作戦は本気じゃないですから。」

「さくせん?」

「もう、いいです。トゥさんってば、そういうこと全然興味ないんですもの。」

 シエスタは、そう言ってトゥから離れた。

 しかしトゥの方を向いたまま立ち。

「でも、ちょっと試してみます?」

 スカートの裾を持ち上げ、それで口元を隠しながら囁いた。

 トゥは、それをジッと見ていたが、それだけだった。

 そして顔と視線をワイングラスに戻し、またボーッとし始めた。

 シエスタは、諦め、二人はしばらく無言のままワインを飲んだ。

 そのうちシエスタがテーブルに突っ伏し寝息を立てだした。

 そんなシエスタに、トゥは、毛布を持ってきてかけててあげた。

 ルイズがいるであろう部屋に行くと、鍵が閉まっていた。どうやらまだふて腐れているらしい。

 ため息を吐いたトゥは、気晴らしにと、台所に行って、ワインのおつまみになるものを作ろうかと思った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 戸棚を探り、飲むためのワインを探していると思わぬモノを見つけた。

「カギ?」

 古ぼけたカギだった。

 こんなところにカギを忘れるなんておかしいと思ったが、ふと閃いた。

 確かこの屋敷には、鍵がかかった地下への入り口がなかったかと。

 あそこは使わないから、修繕する際に無視するようにと言って、修繕費を安く上げようとしたのだ。

 真鍮のそのカギは、古ぼけており、色もあせていた。

 気分が滅入っていたトゥは、興味本位で、その地下室へと向かった。

 鍵穴に差し込むと、音を立てて鍵は開いた。

 念のため、大剣を背負い、拳銃も腰に隠して階下に続く階段を下りていった。

 階下に行くと、そこは闇に包まれており、ろうそくの火を灯しただけで十分の狭さだった。

 ガラクタだろうか、色んな物が転がっており、瓶らしきものもある。古いワインだと思われる。

「?」

 その時、トゥは、壁の隙間に違和感を感じた。

 何か突起があり、それを思わず押し込んで見ると、突起は壁に沈み、低いうなりをあげて目の前の壁がずれていった。

「隠し部屋…。」

 最初はただの古びた貴族の屋敷だと思っていたが、どうやら少々普通では無いらしい。

 それとも、知らないだけで、貴族の屋敷にはこういう仕掛けが普通にあるのだろうか?

 そう思いながら、ちょっとワクワクしてきたトゥは、先に進んだ。

 そこには、少ししゃがんでくぐれるくらいの小さな通路があり、トゥはかがみながら進んでいった。

 すると突き当たりに扉があった。

「扉?」

 興味引かれるままに扉を開けた。

 

 その向こうには、部屋があった。

 

 寝室であろうか、タンスなどがあり、シンプルながら全体的な作りは豪華だ。

 レースカーテンや、ベットのカバーなど、さらに小物には宝石がちりばめられている。

 地下にあるにしては、埃はないし、ベットの作りからするにド・オルニエールの屋敷のベットよりずっと高価だ。

 ド・オルニエールの年収を考えると、前の領主が残した物だったとしてもあまりに不相応だ。

 部屋の壁に、大きな姿見の鏡があり、トゥが近づくとなぜか、キラキラと光りだした。

 なんとなく、見覚えがあるなぁっと思っていると、ふと思い出した。

 ルイズがトゥを再召還する際に発生したゲートに似ているのだ。

「魔法の…鏡?」

 どこかにつながっているのだろうか?

 そういえば今までいなかったスピリットが、屋敷に出現したが、ここを通ってきたのだろうか?

 前に水の精霊を暴走させたスピリットもそうだが、どこかにトゥがかつていた世界への穴があるのではないか?

 そこからモンスターが流れ着いているのだとしたらいい迷惑だ。

「もしかして…、つながってる?」

 自分が元いた世界に…。

 そう思うと、今すぐにこの鏡を破壊すべきなのだろうが、実行しなかった。

 トゥは、何を思ったのか、鏡に触れていた。

 

 そして、背後に光るゲートのある、一メートル四方の石壁に囲まれた場所に出た。

 思わず手を伸ばすと、壁が開いた。というか、回転した。

「回転扉?」

 トゥがその向こうに出て最初に見たのは。

 ろうそくの火の明かりに照らされた、女性の姿だった。

「あれ?」

「きゃあああああああああ!」

「えっ、あっ、え? あ、あの、あのぉ。」

「えっ、あなたは…。」

 悲鳴を上げられてしまい、慌てて声をかけると、女性は悲鳴を止めて驚いたように言った。

「…お姫様?」

「トゥ殿?」

 お互いの声でやっと、お互いが誰なのか分かった。

「陛下! どうされました!」

 アニエスの声が聞こえ、アンリエッタは、ハッとしてトゥの手を取り、引っ張ってベットに押し込んだ。

「陛下!」

 部屋に飛び込んできたアニエス。

「陛下の悲鳴が聞こえましたので……、駆けつけましたが…。」

「驚かせて申し訳ありませぬ。ネズミがいたので、つい大声をあげてしまいました。」

「さようですか…。」

 アニエスは、多少呆れた様子で部屋から去って行った。

 アンリエッタは、ホッとし、ベットの中に押さえ込んでいたトゥが這い出てきた。

「いったい、どうしたのです? こんな夜中に。」

「えっと…、あの…。」

 トゥは、いじいじと指を動かし、わけを話した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「まあ、城の寝室と、ド・オルニエールがつながっていたなんて……。」

「びっくりだよ。」

 二人は今、ド・オルニエールの地下室にあったベットに腰掛けていた。

「まるで虚無のゲートみたい。」

「おそらく、それを利用した古代のマジックアイテムなのでしょう。」

 一方で城の寝室の方には、ディテクト・マジックでは感知できず、今日まで気づかなかったのだ。

「あれなのかな? これって秘密の抜け穴?」

「たぶん、違うと思います。」

「どうして?」

「この部屋の作りを見るに…、以前、ド・オルニエールの土地は、父か祖父の妾宅だったでしょうね。」

「しょうたく?」

「ええ、いわゆる……、こういう言い方はあまり褒めら得た物ではありませんが、愛人ということです。」

「あ…。」

 言われてみれば、ド・オルニエールの土地に不相応な豪華な作りなのは、王家の人間を迎え入れるため、あるいは、寵愛を受けた者を喜ばせるためのものだ。

「城の抜け道は知っておりますが、ここは知らされておりませんでしたわ。つまりは、そういうことなのでしょうね。」

「なんで、笑ってるんですか?」

「すみません。でも、おかしくって。父も祖父も、厳格な王と呼ばれていました。そんな彼らにも、このような一面があったのですね。」

「あ、なるほど。」

「ふふ、それにしても、私が与えた土地と王官がこんな風につながっていたなんて…。」

「びっくりだよ。」

「そういえば、あなたに与えたっきりでしたわね。いずれ、訪れようと思っていたのですが……。住み心地はどうでしょうか?」

「……えっと、気に入ってます。」

 実は、話と違っていたなどとは言えない。

「そうですか。それはよかった。」

「あは…。」

「どうかしたのですか?」

「いえ…、ちょっと色々とあって…。」

「まあ、どうしたのです?」

「ルイズと喧嘩しました…。」

「まあ。」

 それから、トゥは、ルイズと喧嘩した理由などを話した。

 アンリエッタは、親身になって聞いてくれた。

「どうしてなんだろう? こんなはずじゃなかったのに…。どうしてこうなっちゃうんだろう?」

 トゥの目に涙が浮かんだ。

 涙を抑えようと思っても、次から次に涙があふれてきて、やがてトゥは、グスグスと泣き出した。

「トゥ殿…。」

「わっ。」

 アンリエッタが、トゥを抱き寄せてその胸にトゥの顔が埋まった。

「お優しいのですね。」

「そんなことない…。」

「いいえ。悩むと言うことはルイズのことも、そして周りの者のことも大切に思っているからなのですよ。わたくしは、人の王として、時に切り捨てなければならない非情さを求められます。慈悲だけでは、人の上に立つことはできないからなのです。しかし、慈悲を忘れてしまっては、あの狂った王のようになってしまうでしょう。」

「私…、あの人のこと…、悪い人だったなんて思ってないないの…。」

「あなたは、とても慈悲深い方ですね。わたくしは、それが羨ましい…。」

「私は…、私は…。」

「泣いていいのです。トゥ殿。わたくしの胸で良ければ、ぞんぶんに泣きなさい。」

「うぅ…、う~~~。」

 トゥは、決壊したように泣き出した。

 アンリエッタは、よしよしと子供をあやすように、トゥの頭を撫でた。

 

 




トゥは、別に興味が無いわけじゃなです。それ以上に思うことがあるからです。
ドラッグオンドラグーン3のように、やっちゃったら、15禁じゃ済まなくなるので…。

次回は、ルイズの家出と、元素の兄弟との戦いかな。


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第七十八話  トゥと、ルイズの家出

勘違いによるルイズの家出。

元素の兄弟との初戦。

最後、トゥが壊れ始める。



 

 しばらくして、トゥは泣き止んだ。

「落ち着きましたか?」

「うん…。あの、お姫様…。」

「わたくしのことは、アンと呼んでください。」

「えっ?」

「いつだったか、わたくしが城抜け出したときに、わたくしのために兵の目を欺いてくれたではありませんか。その時に呼んでくれた名ですわ。」

「で、でも…。」

「こうして、二人きりの時だけでよいのです。わたくし…、あなたとは、本当のお友達になりたいのです。」

「私と?」

「そうですわ。」

「いいの?」

「もちろんですわ。」

「ルイズのことは?」

「ルイズももちろん大親友ですわ。」

「そっかぁ。」

「お友達になってくれますか?」

「もちろん。」

「良かった!」

 アンリエッタは、トゥの手を握り、嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アンリエッタを、城の寝室に送った後、自分も部屋に戻ろうと思ったトゥは、部屋の前にスリッパが落ちているのを見つけた。

「ルイズ?」

 それはルイズが履いていたスリッパだった。

「ルイズ!」

 嫌な予感がしたトゥは、階段を駆け上がり、部屋に飛び込んだ。

 そこにはルイズはおらず、机に一枚の手紙が置かれているだけだった。

 

 “ごめんね”

 

 手紙には、そう書かれていた。

「デルフ! ルイズは!?」

 トゥは、部屋にあったデルフリンガーを掴み、揺すった。

『おおおお!? やめてくれ相棒! あの娘っ子なら、さっき一時間ほど前に泣きながら荷物まとめて出て行っちまったぜ。』

「!」

 一時間前。大体、アンリエッタに胸を借りて泣いていた時間帯だ。

 もしかしたら何か大きな誤解を生んでしまったかもしれない。

「ルイズーーー!」

 トゥは、デルフリンガーを腰に引っかけると、大慌てで外に飛び出していった。

 強化された脚力で全速力で走り抜ける。

 森を抜け、荒野を抜け、闇雲に走った。

『なあ、相棒。いくらおまえさんの足が速くたって、馬の足にゃ追いつけねぇぜ?』

「どこなの、ルイズ!」

『落ち着けって、なあ!』

 三十分ほど走った時、トゥは、前方に二人の貴族らしき人間を見つけた。

「すみません!」

「おわ! どうしました?」

 口論をしていた二人は、トゥの接近に驚いていた。

「ここを…、馬に乗った貴族の女の子が通っていませんか?」

「先ほど、すれ違った女性がそうかしら?」

「桃色がかったブロンドの髪の女性かい?」

「そうです! よかった、こっちに来てたんだ!」

「あの、こちらもちょっと聞きたいことがあって…。」

「ちょっと待て、軽々しく話していいことじゃないだろ?」

「何を言っているの? 勝手に資料をなくしておいて!」

「早くしてください!」

「ほら、この方も困っているじゃない。」

 もう一方の男は仕方ないという風にトゥを見た。

「お尋ねしてよろしいですか? この辺りに、トゥ・シュヴァリエ様という貴族がおられるという話なんですが…。」

「それ私のこと?」

「えっ!」

 二人はお互いの顔を見合わせた。

「そういえば、依頼者が花がどうのって言ってたわね。」

「じゃあ、彼女が…。」

「? 何の用事ですか?」

「君を殺しに来たんだ。」

「!」

 トゥは、一瞬固まり、背中の剣に手をかけて素早く距離を取った。

「そうなのよ。なのにこの人ったら、肝心のあなたの資料を置いてきてしまったのよ。兄様、資料なんてものは、そらで覚えてしまうものよ。」

「しょうがないじゃあないか、ジャネット、僕は忘れっぽいんだ!」

「本気?」

「ああ、残念ながら。」

「そうよ。おとなしくしていれば、眠っているようにヴァルハラへと送ってあげるから。」

 トゥの問いに、二人は答えた。

「そう…。」

 トゥは、声を低くして呟いた。

 次の瞬間、もう片方の手で、腰のデルフリンガーを抜き、居合いの一撃を放った。

 しかしドゥドゥーの姿はすでにそこにはなかった。

 魔法も使わず、彼は跳躍したのだ。

 次に、横から風の魔法が飛んでくる。それを大剣を抜いて防ぐ。

「剣士のくせに、たくさん、メイジを抜いたそうじゃないか。」

「邪魔。」

 トゥは、無表情をして無機質な声で言うと、ジャネットに斬りかかった。

 それより早く、杖を抜いたドゥドゥーがブレイドで斬りかかってきた。だがそのブレイド。今まで見てきたブレイドとは規模が違った。

「!」

 トゥは、それを大剣で防いだ。

「たいしたもんだ! 今の一撃を防ぐとは! 君が初めてだ。」

 ブレイドが…、とにかく大きいのだ。大木のように。

「なあ、ジェネット。楽しんでいいだろ?」

「ダメって言っても、どうせするんでしょう? 知らないわよ。」

 ジャネットは、呆れたようにそう言った。

「邪魔!」

「おおっと!」

 瞬時に接近してきたトゥの大剣の一撃を、ドゥドゥーは、ブレイドで防いだ。

「くっ、重いな! こんな剣を振り回すなんて本当に人間かい?」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、ウタった。

 夜の闇の中にトゥの青い光が輝く。

「うっ!」

 至近距離で耳を裂くような大声を聞かされて、ドゥドゥーは、思わず顔を歪めた。

「邪魔ああああああああああああああああ!」

「ぐっ、くっ!」

 凄まじい斬撃をブレイドで受け流し続けるが、地面がえぐれ、どんどん後ろへと後退していった。

『相棒! これじゃあ、じり貧だ! 俺を使え!』

 トゥがそれを聞いて答えたのかどうかは分からないが、もう片手に握っていたデルフリンガーと二刀流でドゥドゥーに斬りかかった。

『相棒! 俺を地面に突き刺せ!』

「!」

 ふと我に返ったトゥが言われるまま、地面にデルフリンガーを突き刺した。

 すると地面に当たっていたブレイドの魔力がデルフリンガーに吸い取られ始めた。

「んなっ!」

 ドゥドゥーは、驚いた。自分の魔力が音を立てて吸い取られていることに。

『今だ、相棒!』

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「このぉ、剣の分際で!」

 ドゥドゥーは、懐から液体の入った小瓶を取り出した。

『あ、相棒! 逃げろ!』

「!」

 ドゥドゥーは、その液体を飲み込んだ。

 すると。

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 ドゥドゥーは、竜のような咆吼をあげ、ブレイドを再び形成し始めた。

 だが、規模がおかしい。ただでさえ大木みたいだったのが、もはや魔力のほとばしりと呼ぶべきものに変わり、巨大な大蛇のように暴れる。

 しかし、それを。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、ウタった。

 周囲に天使文字が浮かび、暴れ回るブレイド絡み取るように動く。

 凄まじい破壊はやがて治まっていき、ドゥドゥーは、倒れた。同時にブレイドと天使文字も消えた。

「信じられない。」

 ジェネットが唖然とした声で呟いた。

 トゥは、じろりとジャネットを見た。

 その時、彼女のもとへ一羽の鳥が飛んできた。

 その足にある手紙をジャネットが開くと、顔をわずかにしかめた。

「……あなたを殺すのは中止だわ。」

「…そう。」

「殺さないの?」

「邪魔するなら、殺す。」

『落ち着きな、相棒。もうそいつらに敵意はねぇ。』

 そうこうしているうちに、ジャネットは、気絶しているドゥドゥーを馬に乗せて、走り去っていった。

 残されたトゥは、二人が去った後、両膝をついた。

「ルイズ…、どこに、いるの?」

 トゥの悲しい呟きが夜の闇に溶けた。

 




このネタでは、デルフリンガーは、壊さないことにしました。

ルイズがいなくなり、精神的な支えが欠けて、精神が壊れ始めるトゥ。

元素の兄弟との戦いは、かなり悩みました。
精神状態が荒ぶっている状態じゃ、この場で殺しかねなかったので、いかに殺さないように倒すか…。結果、ウタで魔力の増幅を無効化して倒しました。

次回は、原作沿いながら、オリジナルな展開にしたいと思っています。


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第七十九話  トゥと、混乱する周りの人たち

ルイズがいなくなったショックで精神が壊れ始めたトゥ。それに戸惑う周りの人たち。



 

「トゥさん…。」

「……シエ、スタ?」

「気がついたんですね!」

 ベットの上で目を覚ましたトゥ。

「いったい、何があったんですか?」

「……ルイズ、どこ?」

「トゥさん。ミス・ヴァリエールはいません。見つからなかったんですか? 昨晩、探しに出たんですよね?」

「ルイズ…、どこぉ?」

「トゥさん! しっかりしてください!」

「ルイズ…。ど…。」

 パンッと音が鳴った。

 シエスタがトゥの頬を叩いたのだ。

「……いたい…。」

「しっかりしてください! そんな調子でどうするんですか! 一体何があったのか教えてください!」

「……。」

 トゥは、少し黙った後、ポツリポツリと喋りだした。

 地下室のカギを見つけ、地下室に行ってみたら、そこがアンリエッタの寝室につながってたこと。

 アンリエッタと地下室で話をし、感情が高ぶって泣いてしまい、アンリエッタの胸を借りて泣いたこと。

 アンリエッタと友達になったが、その後、部屋の外にルイズのスリッパが落ちていて、どうやらアンリエッタとのやりとりを見られて激しい誤解をされたのではないかということ。

 それで慌ててルイズを探しに行ったら、部屋に手紙が置いてあって、大慌てで外に探しに行ったら、謎の二人組に出会い、戦いになったことを話した。

「その二人組と戦ってから、放心していたんですか? 何かされたんですか?」

「……。」

「答えてくれないと分かりませんよ!」

「ルイズ…、どこ?」

「トゥさん!」

『無理だ。心の支えの一つを失っちまって心が酷く荒れてやがる。こりゃ、まともになるのに時間が必要だぜ…。いや、元に戻るのか?』

「そ、そんな!」

 デルフリンガーの言葉にシエスタが驚愕した。

『娘っ子ぉ…、なに勘違いして早とちりしちまったんだよぉぉ…。』

 デルフリンガーの嘆きは、ルイズには届かない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『相棒。相棒。メイドがお前さんのために奔走してくれているぜ?』

「ルイズ、どこ…?」

『なあ、せめて手紙を出そうぜ。それで王宮とか娘っ子の実家とか…、まあとにかく娘っ子の行きそうな場所に片っ端から探すんだ。なあ、そうすりゃ必ず見つかるって! なあ!』

「ルイズぅ…。」

『相棒! なあ、相棒!』

「……。」

『お?』

 ベットに座っていたトゥがおもむろに立ち上がり、壁に立てかけていた大剣とデルフリンガーを掴んだ。

 ついに自分の言葉が通じたかと思ったが、そうではなかった。

『おい、相棒! 聞けって、相棒!』

 そのまま二つの剣を引きずりながら、ゾンビのように歩き出していた。

「トゥ、トゥさん! どこに行くんですか!」

 ズルズルと剣を引きずるため、床を壊す音が聞こえ、駆けつけたシエスタが叫ぶがトゥは止まらない。

 そのまま外に出て行こうとしたため、シエスタは、たまりかねてトゥの前に立ちはだかった。

「そんな状態でどうするんですか! まさかこのままの状態でミス・ヴァリエールを探しに行く気なんですか!?」

「…ま…。」

「えっ?」

「ジャマ…。」

「!?」

 トゥがデルフリンガーを振り上げた。

『やめろ、相棒!』

「ーー!」

 振り下ろされる刃に、シエスタは、ぐっと目を閉じた。

 しかし刃は、寸前のところで止まった。

 シエスタは、斬撃が来ないため、恐る恐る目を開いた。

 その横を、トゥが剣を引きずりながら通り過ぎていった。

「…ま…、待ってください、トゥさん!」

 シエスタは、離れて様子を見ていることしかできなかったヘレンと共に素早く身支度を調え、ヘレンに留守を任せ、トゥを追いかけた。

 ゾンビのようにゆっくりと歩いていたトゥには、すぐに追いついた。

「トゥさん! トゥさん! 馬を借りましょう! その方が早いですよ!」

「ルイズぅ…、どこぉ…。」

「トゥさん! こっちです!」

 シエスタがトゥの腕を掴み、引っ張った。

 トゥは、大人しくシエスタに引っ張られていき、駅の馬を借りた。シエスタが促すと、素直に馬に跨がったりもする。

 シエスタが前に座り、トゥを後ろに乗せて馬を走らせた。

 まず向かう場所は…、魅惑の妖精亭だ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あ~ら、シエちゃん、トゥちゃん、いらっしゃい。どうしたの?」

「スカロンおじさん…。」

「あら、シエちゃん! なに? そんな泣きそうな顔して…。」

「ルイズ…どこ…。」

「……トゥちゃん?」

「助けて、スカロンおじさん。トゥさんが、トゥさんが…。」

「大丈夫。大丈夫よ。ほら、涙拭きなさい。」

 ポロポロと泣き出してしまったシエスタの涙を、ハンカチで拭いた。

 シエスタは、泣きながら、ここまであったことを話した。

「トゥちゃんにとって、ルイズちゃんは、大切で、大きな心の支えだったのね…。」

『主人と使い魔って関係も大きいかも知れねぇけどな。』

「ルイズ…、ルイズぅ…、どこぉ?」

「トゥちゃん。まずは、手紙を書きましょう。字、書けそう?」

 そう言ってスカロンは、紙とペンを持ってきてトゥが座っている椅子の前にあるテーブルに置いた。

「まずはね、王宮や魔法学院、それから、ルイズ実家にルイズちゃんがいなくなりましたってことと、探していることを書くのよ。もちろん、あなたのサインも忘れないようにね。」

「……。」

「そうそう。いいわ。書けるじゃない。じゃあこれをフクロウ便で運んでもらいましょう。」

「でも、魔法学院には、今生徒はいないわ。夏休みでみんな帰っていて…。」

「じゃあ、頼られるお仲間さんの実家にも手紙を送りましょう。」

 それから、ギーシュ達、水精霊騎士隊の実家にも手紙を書いた。

 手紙は、二、三日中には送れるということで、知らせを待つことにした。

 本当なら謎の刺客に襲われたことを含めてアンリエッタに報告すべきなのだが、トゥがこんな状態ではそれは難しい。

 しかしその心配は、城から来たアンリエッタからの使いの者達により、解消された。

 アンリエッタに直接呼ばれたのだが、トゥがこんな状態である。シエスタが、トゥの手を引いて城に入ることになってしまった。

 出迎えに来たアニエスもトゥの状態を見て、あ、こりゃいかんっと思い、まずアンリエッタに報告。それから謁見の間にシエスタと一緒に呼ばれて入るなり、トゥに駆け寄ってきた。

「トゥ殿! 一体何が?」

「……ルイズゥ……、どこぉ…。」

「!? こ、これは、いったい…?」

「ミス・ヴァリエールがいなくなってから、この状態で…。」

 シエスタは、恐れ多いので顔を伏せたまま答えた。

 トゥが答えられる状態じゃ無いので、シエスタから事情を聞いたアンリエッタは、立ちくらみを起こしてアニエスに支えられた。

「ルイズから手紙が送られてきたので、あなた達を呼びましたが…、まさかこんなことに…。」

 ルイズがトゥに、恋愛感情を抱いていることは、アンリエッタも知っていた。だが、まさか自分とトゥがあの晩会っていて、自分の胸を貸している状況を見られて勘違いされて家出をされるなんて考えもしなかった。

 それだけルイズにとって、周りがトゥとの恋路の邪魔になる敵に見えて仕方がなかったのだ。トゥに対して夢中になるあまり。それゆえに空回りし、結果がこれだ。

 ルイズからの手紙には、自分をガリアとの外交官から外して欲しいということと、及び司祭の職を返上するということ。そして…。

 永久にお暇をいただきたいということが書かれていたのだという。

「ルイズ…、馬鹿な子…。」

「どこぉ…、ルイズぅ?」

「誰よりも好いた相手をこんな有様にして…。本当に、本当に馬鹿な子!」

「ルイズ…、どこに…いる、の?」

 嘆くアンリエッタ。

 トゥは、どこを見ているのか分からない顔で、似たような事をずっと呟いていた。

 

 こうして、ルイズの大捜索が始まったのだった。

 




原作沿いながら、オリジナルの展開が続きます。

このネタでは、ルイズに非があるという展開にしました。(勘違いで早とちりを起こしたので)


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第八十話  トゥ、記憶をねつ造される

オリジナルな展開なので、かなり悩みました。その割には更新早いけどな…。

ティファニアに忘却の魔法を使ってもらって、トゥの記憶をねつ造します。

今回ちょっと短め。


 

 

 事は、ガリア女王即位祝賀園遊会までには、なんとかしなければならない。

 ルイズがいない今、ガリアへの外交官はトゥしかいないが、トゥは、心が壊れかけていた。なので、なんとしてでもルイズを探す必要があった。

 トゥの心をなんとか安定させる必要もあった。

 手紙を受け取り、集結した水精霊騎士隊の仲間達は、中庭に通された。

 そこには、中庭の芝生でちょこんっと座り、デルフリンガーをいじっているトゥと、その隣に座っているシエスタがいた。

「トゥ君? 手紙を受け取ったけど、ルイズがどうしたんだい?」

「……ルイズ…、どこ?」

「?」

「おや、なんだか様子が…。」

「来てくださったのですね! ほら、トゥさん! 騎士隊のお仲間がこられましたよ!」

「どこ…、ルイズ…。」

「メイドの君…、これはいったい…?」

「実は…。」

 シエスタがギーシュ達にこれまでにあったことを話した。

 ギーシュ達は驚き、顔を見合わせた。

「なんてこったい!」

「早とちりにもほどがあるだろうに!」

 ルイズの軽率な行動に、ギーシュ達は頭を抱えた。

『おまえさん達には相棒の心をなんとかしてもらいたい。』

「どうやってだい?」

『まあ、その…、まあ、とにかくなんとかだよ!』

「そんなことを言われてもなぁ…。」

 どう見たってトゥは、まともな状態じゃない。少々励ましたところで治るとは到底思えない。

「近しい君達がどうこうできないことを、僕達ができると思うかい?」

『そこは戦友としてしてなんとかしろ! 見捨てる気か!』

「いや、見捨てるなんて! そんな気はさらさらないよ!」

「おまえ、俺達のことをどう見てやがるんだ!?」

『それは素直にすまんかった。俺も焦ってて失言しちまったぜ。』

 デルフリンガーが珍しく非を認めて、謝った。

「なあ、トゥ君。聞こえているかい?」

「……ルイズ…。」

「うーん…、これは思った以上に大変だぞ~。」

 ギーシュ達は、顔を合わせ、どうするか考えた。

 まずは、トゥに声をかけ続ける。

 それから、ギーシュ達が来るまでの数日間での捜索の成果、シエスタから聞いた。

 トリスタニアの宿はおろか、女性が駆け込むであろう修道院も全滅。

 つまり、トリスタニアには、ルイズはすでにいないということだ。

「ルイズがいれば、なんとかなりそうなんだけどなぁ…。」

「トゥ君がこうなったのは、ルイズがいなくなったせいだ。帰ってきたら思いっきり文句言ってやろうぜ。」

 その言葉に、そうだそうだと、みんなが声を上げた。

「トゥさん、ダメですってば!」

「ん?」

 ワーワー言っていたギーシュ達がその声でそちらの方を見ると、トゥが剣を握ったまま立ち上がっていた。それを隣で座っていたシエスタが下から手を掴んで止めていた。

「トリスタニアには、ミス・ヴァリエールはいません! こんな状態で探しに行ったら怪しまれますよ!」

「どこ…、ルイズ…。」

「まあまあまあまあ! 待ちたまえ!」

「そうだぞ! 剣引きずりながら歩いて行こうってのかい? そんな無茶な!」

「陛下も兵を出してくださっていることだし、必ず見つかる! 信じて待とうじゃないか!」

 ゾンビのように歩いて行こうとするトゥを全員で止めにかかる。

『気をつけろよ。今の相棒は、心が不安定で、見境無く殺しにかかろうとするかも知れないからよぉ。』

「そういうことは早く言おうか!」

 幸い、そういうことにはならなかったが、トゥの怪力により、腕を掴んだ仲間が投げ飛ばされることはあった。

「トゥさーーーん!」

 そこへティファニアが駆けつけてきた。

 ギーシュは、ハッとした。

「ティファニア嬢!」

「はい、なんですか?」

「君の虚無の魔法を使ってみてはどうだろうか?」

 ギーシュの言葉に、マリコルヌ達もアッと声を上げた。

「記憶をねつ造すれば、せめてガリア女王即位祝賀園遊会が終わるまでは持つかもしれない。」

「それ以降はどうするんだよ。」

「それは…、じゃあ、なにかいい考えがあるのかね?」

「……無い。」

「あの…、一体何が? トゥさん、ルイズは?」

「どこ……、ルイズぅ…?」

「!?」

「ずっとこんな状態なんだ。頼むティファニア嬢! 力を貸してくれ!」

「ちょっとぉ、あんな手紙を送ってくるなんて何があったの?」

 そこへティファニアとピクニックをしていたキュルケがコルベールと共に来た。

 キュルケは、トゥを見て、顔をしかめた。

「どうしたの?」

「実は…。」

 シエスタに尋ねたキュルケは、わけを聞いた。

 それを聞いたキュルケは、額を押さえた。

「馬鹿な子ね! 前にあったことを全然反省してないのかしら! いくらなんでもそんなことで勘違いして家出って…、どんだけ神経尖らせてたのよ!」

「そこで、ミス・ウエストウッドの虚無か…。」

「そんなことをしていいのかしら…。」

 過去にルイズの記憶を消してしまったため、ややかしい事態を巻き起こしたことがあったため、ティファニアは戸惑った。

「とにかく今は、ガリア女王即位祝賀園遊会まで時間が無いんで、ねつ造するなら早くしたほうがいいと思います。」

「しかし、記憶をねつ造するというのは…、あまりに酷だ。」

 コルベールは、悲しそうな顔でトゥを見つめて言った。

「じゃあ、こうしましょう。」

 キュルケが挙手した。

「ルイズは、仕事で不在中。ガリア女王即位祝賀園遊会には、トゥ一人で行くってことになったってことにするの。」

 それならば、せめてルイズが少しの間だけ離れているということにだけはできるとキュルケは言った。

 記憶が正常化する前にルイズを見つけ出す必要はあるが…。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 他に良い案もないため、その方法で行こうということになり、場所を客室に移し、コルベールや水精霊騎士隊の仲間達は外へ、トゥをベットに寝かせ、ティファニアが忘却の呪文をかけた。

「トゥちゃん、トゥちゃん。」

「……ん? キュルケ…ちゃん?」

「目が覚めた?」

「ここは? どこ?」

「ここは、トリスティン城の客室よ。」

「? 私、ド・オルニエールに…。ルイズは?」

「ルイズはね、女王陛下から急な仕事を任されて、今、トリスタニアにはいないの。」

「えっ?」

「急な仕事だったからあなたにも言えずに出ちゃったのよね。それで、私が伝言頼まれてきたの。」

「そうなんだ…。」

「ですので…。ガリア女王即位祝賀園遊会には、トゥ殿だけ、わたくしと共に来てもらいます。」

 そこへアンリエッタがアニエスと共に客室に入ってきた。

 どうしたのかはアンリエッタも聞いているので打ち合わせの通りに事を進めた。

「よろしいですね?」

「……分かった。」

 トゥが少し考えて頷いた。

 とりあえず第一関門は突破できたようだ。

 そのことに、アンリエッタもキュルケも、ホッと息を吐いた。ティファニアは、ドキドキしていた。

「でも、私、どうしてここにいるの?」

「トリスティン城に来るなり、あなた、倒れたのよ。」

「えっ?」

「びっくりしたわよ~。急にバタリと倒れて…。」

「そうなんだ…。」

「でも、まあ、元気そうね。体は大丈夫?」

「なんだか頭がボーッとするような感じはあるなぁ。」

 それを聞いてティファニアは、ギョッとしたが、キュルケの視線を受け口を手で押さえた。

「うん。でも大丈夫。」

「そう…。」

「体調にはお気をつけくださいね。」

「うん。」

 アンリエッタに、トゥは笑顔で答えた。

 その笑顔に心が痛んだが、今はガリア女王即位祝賀園遊会までトゥには正気でいてもらわなければならず、アンリエッタは、王家の者として鍛えてきた表情筋で笑顔を作った。

 




ルイズは、急な仕事で留守にしているということにしました。

次回は、色々と飛ばして、ガリア女王即位祝賀園遊会に向けての話になるかも。


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第八十一話  トゥ、寂しがる

若干のオリジナル展開。

ギーシュとマリコルヌは、若干不憫。


 

 ガリア女王即位祝賀園遊会に出席するため、トリスティン王政府一行は、ガリア王国の港町、アン・レーに到着した。

 ハルケギニア各国からの船が並ぶ光景は実に壮観である。

 ヴュセンタール号を降りた一行は、ここから馬車で四時間ほどかけて、ヴェルサルテイルに向かうのだが、容赦の無い夏の太陽により、ラ・ヴァレ橋を越えた辺りで休息を取ることになった。

 なにせ、王政府一行。その数なんと数百人。

 街道沿いにあった空き地は、アンリエッタのための天幕などをこしらえ、周りに近所の農民達が焼きたてのパンや果物のなどを籠に詰めて売りに来て、ワインも売ってくれるため、ちょっとしたお祭り騒ぎとなった。

「はあ~~~~。」

「どうしたんだい、トゥ君。楽しくないかい?」

「うぅん。楽しいよ。」

「いやぁ、ため息なんてついてるから、楽しくなさそうに見えるんだが?」

「……ルイズがいなくって、さみしぃなって思って…。」

 それを聞いたギーシュ達は、楽しげに騒いでた手を止めて、顔を青くしてギクッとなった。

「ん? どうしたの?」

「いや…、な、なんでもない。なんでもないよ。」

「そうそう! ほら、この果物旨いよ!」

「このワインも最高だぜ! 飲めよ。」

 そう言ってレイナールがトゥのグラスにワインを注いだ。

 トゥは、くいくいとワインを飲み、グラスを空けると、また注がれた。また飲むと、また注がれた。それを繰り返していると…。

「ギ~~~シュく~~~ん。」

「えっ? うわわ!」

 ギーシュがトゥに押し倒された。

「おお! ギーシューー! 羨ましいな!」

「いやちょっと待ってくれ! 僕にはモンモランシーが…! あっ、さわ…、脱がさないで! やめてえええええ!」

「もしかして絡み上戸なのか?」

「マリコルヌく~~ん。」

「ひええええ! 僕にもブリジッタがいてだね…、ちょ、ちょっと…そういうのも悪くはないが…さすがにこんなのルイズに見られたら僕が殺される~~~!」

「ほら、水! 水持ってきたよ! 飲め!」

「ん…。」

 見かねた仲間が水を持ってきてトゥに飲ませた。

 水をグビグビ飲んだトゥは、正気に戻り、自分の下でシクシク泣いている半裸のマリコルヌを見てポカンッとした。

「と、とにかく、どきなよ。」

「うん。」

 言われてトゥは、マリコルヌの上からどいた。

 マリコルヌは立ち上がり、大慌てで服をただした。

「マリコルヌ。…骨は拾ってやるからな…。」

「無責任なことを言うんじゃない! 骨も残らず爆散したらどうするんだ!?」

「頑張って灰を拾ってやるから。」

「死ぬ前提!?」

「お前の彼女にもちゃんと遺言届けとくから。ほら、紙とペンやるから書いとけって。」

「やめろ! 死ぬ前提で話を進めるな! 君らが黙っておけばいいんじゃないか! ルイズが見つかっても言うなよ~~!!」

「さて、どうする?」

「どうしようか?」

「こぉおおらああああああああああ!!」

 マリコルヌは、子供のように腕を振り回してからかってくる仲間達を追いかけ回した。

「あれ? トゥ君は?」

 元凶のトゥは、姿を消していた。

「気持ちわるくなったってさ。」

「…誰か様子を見に行ってくれないか?」

「だいじょうぶだろ?」

「いや、念のためだよ。何がきっかけで記憶が戻ってしまうか分からないからね…。」

 ギーシュは、真剣な顔でそう言った。

 

 結局、誰か一人が交代でトゥの様子を見ることになったが、ギーシュ達の心配した事態にはならず、王政府一行は、ヴェルサルテイルへ歩を進め、やがてヴェルサルテイル到着したのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ヴェルサルテイルの迎賓館には、アンリエッタ達が通され、他の騎士達や兵士達は、外の天幕で宿泊することになっている。

 トゥがボーッとしていたら、アンリエッタからの使いが来て、アンリエッタから呼ばれ、アンリエッタのところへ行った。

「散歩をしたいのです。護衛を命じます。」

「はい。」

 トゥは、恭しく一礼をした。

 そして二人は、着飾った大貴族達や大使達がいる中を通り過ぎ、外に出るときには、アンリエッタは、深くローブのフードを被った。たったそれだけで、とっさにアンリエッタだとは分からなくなる。

 二人は、ヴェルサルテイル宮殿の迷路のような花壇が並ぶ場所に来た。

 名前も知らない、青い夏の花が咲き乱れる中、中庭だろうか、小さなベンチを見つけ、そこにアンリエッタが腰掛けるとフードを取った。

「あなたもおかけなさい。」

「はい。」

 トゥは、返事をしてアンリエッタの隣に座った。

「誰かに聞かれたくなったのものですから。…いえ、深い意味はありませんの。」

「?」

「明日のことですが、前にも説明申し上げたように、とりあえずシャルロット女王に率直にお尋ねください。ロマリアと、どのような関係を結ぶつもりなのか。」

「分かりました。」

「それと…、あなたを襲った者達の剣ですが、元素の兄弟というそうです。ガリアから流れてきた、裏の仕事に長けた連中とか…。」

「げんそのキョウダイ…。」

「そして…、彼らを雇ったと思われる者も一応調べたのですが…。」

「分からなかったんですよね?」

「…分かっているのですね。」

「きっと私のこと気に入らない貴族の人たちで、いっぱいなんだと思ってた。だって、あの人達、依頼者がどうのって言ってたし…。」

「そうですか…。」

「アン。私…、大丈夫だから。」

「ですが、このままでは、国中の貴族を相手にすることになるかもしれませんわ。」

「それでもいい。ルイズが帰ってくるまで、私、がんばる。」

「っ……、その、トゥ殿…。あなたにとって…、ルイズとは、どういう存在ですか?」

「? 変なこと聞くね?」

「いえ、深い意味は、ありませんわ。」

「…大切な人だよ。」

「……そうですか。」

「ルイズは、いつ仕事が終わるの?」

「えっ?」

「?」

「あ……、それは、仕事の進行具合で変わりますの…。残念ですが…。」

「えー、そんなに大変な仕事なの?」

「そうなんです…。」

「どんな仕事?」

「それは、機密ですので。」

「あっ、そうなんだ。」

 国家機密。ある意味で魔法の言葉だ。

「そっかぁ…、ルイズ帰ってこれないんだね…。」

「トゥ殿…。」

「…さみしいなぁ。」

「申し訳ありません。」

「? なんで謝るの?」

「それは…、わたくしがルイズに急にそんな仕事を任せたばかりにあなたがさみしい思いをすることになってしまったことにですわ。」

「えっ? 別にアンは悪くないよ? お仕事も大切だし、ルイズにしか頼めないことだったんでしょ?」

「え、ええ…。」

「じゃあ、しょうがないよ。」

 トゥは、そう言って笑った。

 けれど、その笑顔は、どこか寂しそうで…。

 アンリエッタは、グッと言葉を飲み込んだ。

「ルイズが帰ってきたら何作ってあげようかな? ルイズが好きなクックベリーパイとかがいいかなぁ? まだ作ってあげたこと無いから、園遊会終わったら、ド・オルニエールに帰って試しに作ってみよう。」

 トゥは、立ち上がって、クルクルと踊るように回り、嬉しそうに言うのだった。

 きっと彼女は、ルイズが帰ってくる時のことを想像しているのだろう。それを思ったアンリエッタは、作り笑いの下で心を痛めていた。

 しかしふいに、トゥが止まった。

「? どうかなさいました?」

「アン。」

「はい?」

「私がこの世界にいる意味って、なんだろう?」

「な、なにを…。」

 急にそんなことを言われてアンリエッタは戸惑った。

「ごめん。なんでもない。」

「トゥど、の…。」

 トゥが儚げに笑うので、アンリエッタは問いたかったが言葉がうまくでなかった。

「もうすぐ…、きっと分かるよね?」

「なにを…言っているのですか?」

「うふ…、ふふふふ。」

「トゥ殿!?」

 驚いたアンリエッタは、立ち上がりトゥの肩を掴んだ。

「……? あれ?」

「…大丈夫ですか?」

「うん。私、何してたの?」

「い、いいえ、何も…。」

「本当?」

「あの、トゥ殿…、あなたは…。」

「ごめんね…。」

「トゥ殿? まさか思い出しているのですか?」

「なにを?」

 キョトンとするトゥ。アンリエッタは、ハッとして自分の口を手で押さえた。

「なんのこと?」

「い、いいえ…、なんでもないですわ。」

「? 何か隠してる?」

「ほ、本当になんでもありませんわ。」

「…それならいいけど。」

 トゥは、とりあえずそれで納得した。

 アンリエッタは、ホッと胸をなで下ろした。

 




うっかりアンリエッタ。
ギリで思い出さなかったトゥ。でもなんだか様子が…。

次回は、タバサとすり替わったジョゼットが…、です。

しかし、オリジナル展開にすると台詞ばっかりになるなぁ…。


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第八十二話  トゥと、偽の女王

トゥが早々にジョゼットだと見抜いてます。

ついでにトゥがちょっとやらかします。ジョゼットにウタで…。


 翌日。

 大々的に即位祝賀園遊会が開催された。

 朝から盛大に花火が打ち上がり、楽師達が音楽を演奏する。

 新王宮の前庭に集められた各国の指導者や名士達は、これほどの短期間でこれだけの王宮を作り上げてしまうガリアの底力に感嘆していた。

 やがて玄関が開き、シャルロット新女王が新王宮から姿を見せたとき、集まった名士達は、その幼さに驚いていた。だがタバサは、一応十六歳だ。だがパッと見の年齢は、二つか三つは下に見えたのだ。

 しかし…、何かが妙だ。

 と…言うのも、タバサの格好がおかしい。

 白く、簡易で質素な服で、宝石も無い。胸には申し訳程度の聖具が飾られていた。

 左右に控えていた二人の貴族が、恭しく一礼し、芝居がかかった口調でディテクト・マジックを唱えた。

 これは大事な儀式である。

 皆の前でやることで、正真正銘のシャルロット新女王だと証明するためのものだ。

 結果、魔法は感知しなかった。

 これでシャルロット女王は、正真正銘本人だと確認された。

 トゥは、ジッとタバサ…そのシャルロット女王を見ていた。

 そして、シャルロット女王は、前庭に用意されたテーブルの最上座に向かい、そこで、各国の名士達からお祝いの言葉を受け取る段取りになっていたのだが…。

 だが、シャルロット女王は、その場に立ち止まったまま、何かを告げるように右手を挙げた。

 その行動に、各国の名士達がざわついた。

 そして。

 

「ガリア王国を統べる女王として、皆様方に宣言いたします。ガリア王国は神と始祖ブリミルの良き僕でとして、ロマリア皇国連合の主導する『聖戦』に、全面的に協力します。ハルケギニアに始祖の加護があらんことを。」

 

 一瞬にして、会場が静まりかえった。

 そりゃそうだ。

 いきなりに、ガリアがロマリアの笠下に入ると宣言したのだ。

 これによって、会場内に、やはり新政府はロマリアの傀儡なのだとか、このためにロマリアはガリアに侵攻したのだとの囁きが広がった。

 アンリエッタは、顔を蒼白して倒れ込み、傍に控えていたアニエスとギーシュがその体を支えた。

「……タバサちゃん…?」

 トゥは、いぶかしんだ。

 トゥの中の何かが警報している。

 違う、と。

「なんで修道女みたいな格好してるのかななんて思ったら…、あのちびっこ、やっぱりそういう思惑があったのか…。」

「妙だと思ったんだよ。ロマリアの言うままに即位を決め込むなんて。ロマリアめ、うまいこと説得しやがったな…。」

「違う。」

「えっ?」

 マリコルヌとギムリの言葉に、トゥがボソッと言った。

「何が違うって言うんだ? 現にあいつは聖戦に協力するって…。」

「あれ、タバサちゃんじゃない。」

「へっ!?」

「なんで言い切れるんだい? ディテクト・マジックだってかけたのに?」

「ねえ、その魔法に引っかからなかったら、なんでもいいの?」

「いや、でも現に…。」

「ねえ、もしもだよ? 体も魂もほとんど同じ物があったら、それって、ディテクト・マジックに引っかかる?」

「いやいや、待て待て。待ってくれ。そんなものは存在しないよ。トゥ君、君動揺しているんだよ。きっと。」

「私は冷静だよ。」

「だが、もしも彼女が…あそこにいるちびっこが別人なのだとしてもどうやって証明するんだい?」

「ちょっと待ってね。」

 トゥは、スゥっと息を吸った。

 フワリッとトゥの青い髪が浮く。

 トゥは、小さくウタった。

 すると光る小さな天使文字と小さな魔方陣がシャルロット女王(?)の目の前に現れた。

「! きゃああああ!」

「陛下!」

 目の前に急に魔方陣が出現した魔方陣に悲鳴を上げ頭を抱えて蹲った。

 周りにいた護衛の貴族が杖を抜いた時には、魔方陣は消えていた。

 会場がシンッとなる。

 やがて、護衛とお付きの貴族の怒号が上がり、犯人捜しが始まった。

「トゥ君……。」

「い、今のは…。」

「おかしいなぁ。」

 トゥは、首を傾げた。

「私のウタ…、タバサちゃん、知ってるはずなのに…。」

「!」

 言われてみれば、あのタバサのならば、冷静にああいうことには対処していただろう。水精霊騎士隊の仲間達は、彼女の実力を知っているのだから。しかも、あの冷静で無感情なんじゃないかというほどのタバサがあんな悲鳴を上げるなんて。

 そうこうしているうちに、頭を抱えて震えていたシャルロット女王(?)は、お付きの侍女達に支えられて王宮の中に消えていった。

 結局犯人は見つけられず、園遊会はお開きとなった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その夜。

「トゥ殿…。」

 アンリエッタの部屋の前で警護にあたっていたトゥが、中にいたアンリエッタに呼ばれた。

 同じく警備にあたっていたギムリから目配され、トゥは、部屋の中に入った。

「お呼びですか?」

「……昼間のあれは、あなたがやったのですね?」

「はい。」

 アンリエッタは、園遊会でシャルロット女王(?)の前に出現した魔方陣のことでトゥに問うたら、トゥはあっさり答えた。

「あなたには、魔法ではない不思議な力があるということは、聞いていました。ですが、あの場であのようなマネをするなんて、あなたは首を飛ばされたいのですか?」

「あれは、タバサちゃんじゃないから、でも一応確かめてみたんです。」

「各国の名士達が集まっているこの場で確かめなくとも良いではありませんか。肝が冷えましたわ。」

「はい。気をつけます。」

 トゥは、にっこりと笑って答えた。

 アンリエッタは、額を押さえてため息を吐いた。

「ですが、参りましたわね…。例え女王が真の女王じゃないと分かっても、ディテクト・マジックで本人だと証明した上で、あの宣言をされてしまっては今更発言を取り下げるなんてできませんわ。」

「それよりも、まずは、本物のタバサちゃんを探さなくちゃ…。」

 トゥがそう言った、その時、窓のガラスが誰かによって外から叩かれた。

「誰?」

 トゥは、剣を握り、ギムリを呼んで、窓にゆっくりと近づいた。

 するとまた叩かれた。

「誰?」

「……トリスティン女王陛下宛てて、我が主より言伝を持って参りました。」

 若い女性の声だった。

「ことづて? どうして窓から来たの?」

「扉より入ることができないからでございます。」

 そして、現在ガリア王政府が混乱の極めていて、どうしてもトリスティンの力を借りたいのだと声の主は言った。

 トゥは、アンリエッタの方を振り向いた。

 アンリエッタは、こくりっと頷いた。そしてトゥは、窓を開けた。

 すると一人の女性が入ってきた。どこからどう見ても街女だ。だが彼女は器用に壁に張り付いていたのである。

「私は…、“地下水”と申します。」

 ずいぶんとおかしな名前だった。

 地下水は、恭しく懐から取り出した手紙をアンリエッタに手渡した。

 アンリエッタは、それを一読すると、眉をひそめ、トゥに手紙を渡した。

 トゥは、渡された手紙を見た。

 手紙の内容を要約すると、あのシャルロット女王は、やはりシャルロット女王…タバサではなかったのだ。

 そして、この手紙を届けに来た者、地下水を案内人として使わしたのだと書かれていた。

「やっぱり、タバサちゃんじゃなかったんだね。」

「いったい、差出人は誰ですか? なぜトリスティンに助力を講おうというのですか?」

「詳しい話は、主人よりお伺いくださいませ。さ、急がねばなりません。使者を。」

「…お願いできますか?」

「望むところだよ。ギムリ君、ギーシュ君を呼んできてくれる?」

 そしてギムリに呼ばれたギーシュに説明し、トゥは、レイナールを連れて行くことにした。

 準備を整え、トゥは、地下水に報告した。

 そして地下水に続いて、迎賓館の窓から外に出て、そこは壁と建物に挟まれた狭い場所だった。

 両脇を立ち木に塞がれ、周りからの死角になっている。

 地下水は、地面にしゃがみ込み、そこにあった鉄の扉を音が立たないように開けて中に入っていった。トゥもレイナールもそれに続いた。

 はしごを五メートルほど降りると、ひんやりとした冷たい空気が肌に触れ、足下に水の感触と汚水の匂いがした。

 どうやら下水道らしい。

 地下水が魔法のカンテラに明かりを灯し、入り組んだ迷路のような下水道を全く迷うことそぶりも見せず、地下水は進んでいく。まるで己の街のように、この下水道を把握しているようであった。

 結構歩いた。やがて一本の鉄のはしごがあり、カンテラの明かりを消して、三人はそのはしごを登った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 月明かりが浮かぶそこは、うち捨てられた寺院の中庭だった。

 遠くに、ヴェルサルテイル宮殿の明かりが見えた。

 寺院の中に地下水が入っていき、トゥとレイナールも続いた。

 礼拝堂の中は真っ暗で、地下水が二人の手をつないで導いてくれた。

 礼拝堂には、地下へと降りる階段があり、そこを下りると扉があった。

 地下水は、扉の前に立つと、地下水ですっと小さく言った。

 すると鍵が外れる音が聞こえ、扉が開いた。

 カンテラの明かりが目に飛び込み、中を見ると、そこはかつて寺院の司祭が使っていたであろう居室だった。

 ベットと机、そして、一行を迎え入れたのは、フードを深くかぶった若い女性だった。

 口元だけ見えている状態の女性は、トゥに向かって礼をした。

「トリスティン王国からのお客様ですわね?」

「トリスティン王国水精霊騎士隊のトゥ・シュヴァリエです。こっちは、同騎士隊のレイナール君。」

 自己紹介をすると、女性は、フードを降ろした。

 長い青髪が現れる。

「ガリア王国北花壇騎士団団長の、イザベラ・マルテルと申します。」

「北花壇騎士団って…。」

 そういえば、タバサがそれに所属していたのではないか?

「ご存じですか。ならば話は早い。時間もありませぬゆえ、急いでご説明さしあげます。先ほどの手紙にも書いたとおり、今現在、ガリア女王を名乗っている娘は、シャルロット様ではないのです。」

「知ってたよ。」

「えっ?」

「トゥ君…。」

「あっ、ごめん。確かめたので分かりました。」

「! では、あのときのアレは、あなたが?」

「はい。タバサちゃんは知ってたはずなのにあんな反応するなんておかしいです。」

「…三日前の朝のことです。シャルロット様に拝謁した際に、わたくしはすぐにその娘がシャルロット様ではないことに気づきました。同時に、これは何かの陰謀だと理解したのです。」

「いんぼう? ロマリアの?」

「それは分かりませぬ。ですが、わたくしは、それに気づかないフリをいたしました。あの娘が、シャルロット様であるように振る舞ったのです。何か事情を知らぬかと、太后陛下にも目どおりしようと考えましたが、病に伏せたとの仰せ。」

 仕方なしにイザベラは、秘密裏に手持ちの騎士を用いて調査を開始したのだが、有力な情報は集まっていないとのことだ。

 だが、おそらくは、ロマリアの手引きによるものだろうと言った。

「やっぱり…。じゃあ、タバサちゃんは? どこ?」

「それは判明しておりませぬ。ただ、全力を持って調査中です。」

「分かった。で、私達は何をすればいいの?」

「とりあえず、何もしないでください。」

 うかつに動くことは危険であること、そして女王が入れ替わっていることには気づかないフリをしていて欲しいと言われた。

「では、アンリエッタ女王陛下に、よしなにお伝えください。」

「分かった。」

「何かあれば、手紙でお知らせします。ですが、普通の手紙では、敵に渡った際に対処にしようがありません。これをお使いください。」

 そう言ってイザベラが渡したのは、数字を使った暗号表だった。

「じゃあ、あなたも気をつけて。」

「お待ちください。」

 トゥとレイナールが出て行こうとしたとき、イザベラが引き留めた。

「地下水が案内します。」

「あ、そうか。」

 あの下水道は、案内無しには帰ることはできない。だが、そのあと、イザベラは何か言いたげにトゥを見つめていた。

「何?」

 するとイザベラは、ぺこりっと頭を下げた。

「わたくしは…、前ガリア王、ジョゼフの娘でございます。父に代わって、お詫びを申し上げます。」

「!」

「トゥ君…。」

「…お悔やみを申し上げます。」

 何か言いかけたレイナールを制し、トゥはしめやかな声でそう言った。

 イザベラは、はっとしたように目を開き、深々と頭を下げた。

 




本当にタバサじゃないかどうか確かめるためにウタを少し使いました。

次回は、元素の兄弟・ジャックとの戦いと、ルイズ帰還。


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第八十三話  トゥとルイズの帰還

ジャックとの戦いと、ルイズの帰還。



 

 外に出ると、二つの月が夜空に美しく浮かんでいるのを見た。

 下水道の入り口に行こうとした時だった。

 

「おい。」

 

 その声を聞いてトゥとレイナールは振り返った。

 すると、瓦礫の上に腰掛けていた男が立ち上がった。

「誰?」

「初めましてと言ったところか。トゥ・シュヴァリエ。」

「私?」

「いやぁ、懐かしい場所だな。俺も昔よく、ここで依頼を受けてたもんだよ。もしかしたら、お前も北花壇騎士なのか? いや、まさかな……。」

「あんた、何者だ?」

「俺は、ジャック。」

 レイナールが警戒しながら聞くと男は答えた。

「ドゥドゥーを倒したらしいな?」

「あの人の知り合い?」

「あいつらは、俺の兄弟なのさ。」

「そう…。」

「なあ…、まさか、こいつは…。」

「レイナール君。これ。」

 トゥは、暗号表をレイナールに渡した。

「お、おい…?」

「先に帰ってて。あとから行くから。」

「で、でもな…。」

「この人は、私に用があるんだよ。そうでしょ?」

 トゥが聞くと、ジャックは頷いた。

「じゃあ、地下水さん。レイナール君をよろしくお願いします。」

 トゥが微笑んで言うと、地下水は頷き、レイナールの腕を取って下水道に消えていった。

 それを見送ったトゥは、ジャックの方を見た。

「それにしても誰なの? 私を殺してって言ったのは?」

「残念だが、それは言えないな。お前さん、よっぽど恨まれてたもんだね。外国まで追っかけていって殺してくれなんざ…。」

 まあ、その方が都合が良いとジャックは言った。

 外国なら国内の調査が及ばないからだという。

「そっか。じゃあ帰ったら、その依頼者の人に言ってね。こんなんじゃ私は殺せないって。」

「お? どういうことだ? 俺じゃあ役不足だって言うのか?」

「そういう意味じゃないんだけど…。」

 トゥは、困ったように頬を指でかいた。

「ドゥドゥーさんもすっごく強かったから、あなたもきっと強いよね。だから少しだけ楽しみ。」

「それは光栄だ。なら存分に楽しませてやる。」

「うん。」

 トゥは、背中の大剣を抜いた。

『相棒…。前に言い忘れたがよ。あいつら…、関節部に先住魔法を仕込んでるぜ。だから魔法無しにあんな身体能力を発揮できんだ。』

「ふーん。」

『おいおい! 重要なことだぜ! なんで興味なさそうなんだよ!?』

「どうせ戦うんだし。今更だよ。」

『あーもう! 知らねーぞ!』

「じゃあ、戦おうか。」

「ならば、こちらから行くぞ。」

 トゥがニッコリ笑い、剣の先をジャックに向けた。

 ジャックは笑い、杖を抜いた。

 次の瞬間、礫が飛んできた。

「これだけ?」

 トゥは、ゆらりゆらりと動いて礫を避けた。

「いいや、まだだ。」

 次に無数の鉄の矢が飛んできた。

 それをトゥは、大剣を振ってなぎ払った。

 その時には、ジャックが距離を詰めており、トゥの体に向けて拳を振るっていた。

「……それだけ?」

「!」

 ジャックの拳がトゥの腹に決まったが、トゥは平然としていた。

 ジャックは、殴ってみて驚いた。薄い腹筋だというのにトゥの体はまるで鋼のごとく固いのだ。いや、鋼以上かもしれない。

「私、筋力が発達し続けてるの。」

 一瞬固まったジャックのその腕を掴み、トゥが片手でジャックの巨体を放り投げた。

「…いやはや…、侮っていた。」

 空中で体制を整え、軽い身のこなしで着地したジャックは、一筋の汗をかいた。そして、トゥの腹を殴った手をプラプラとさせた。

「ドゥドゥーの馬鹿が苦戦するのも納得した。その見た目で…、確かに異常だ。」

「そうだね…。」

 次にジャックは、十数体のゴーレムを錬金で作り上げた。

 ゴーレムは、一体一体がジャックの身体能力と同等で、とんでもない速度でトゥに迫った。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 トゥは、ウタった。

 青い輝きをまとったトゥが信じられない速度でゴレームを切り伏せていった。

「それが貴様の力か! 確かに、得たいがしれん! だが…。」

 ジャックは、足下の土を錬金で一瞬にして火薬に変えた。

 それをトゥに向けて放ち、そして。

「着火。」

 爆発がトゥを包み込んだ。

 もうもうと黒煙が上がる。

 次の瞬間、青い光が煙のなから飛び出した。

「なに!?」

 トゥは、無傷だった。トゥの体にまとう光は、天使文字と魔方陣のようなものを光に絡ませていた。

「この程度では死なんか!」

「アアアアアアアアアアアア…。……?」

「?」

 トゥの動きが急に鈍くなった。

「ドゥドゥー……、ドゥドゥー……? あれ? 私、なんでその人と戦ったんだっけ?」

「何を言っている? あいつらは、お前さんを始末するために行ったんだぞ?」

「あのとき私は…、誰を…誰かを…探して…。…さが…さが…して…?」

 トゥの顔から表情が消え、それと共に光も消えていった。

「私…私は…あの夜…誰かを探していた…、夜のド・オルニエールを走って…ずっと探した…。でも見つからなくって……。」

「独り言を言う前に、戦え!」

「私…私が…探してたのは……、ルイズ…、ルイズ!」

 トゥが剣を落とし、両膝をついた。

「私は、あの夜! ルイズを探していたんだ!」

 トゥの目から涙があふれた。

「なんで、なんで! ルイズが、いなくなって…、だから…だから! 探した、探してたら、あの人達に会ったんだ! それで戦いになって…。それから…それから私は……、わ、たし、は……。」

「おい? おい! 何を呆けている!」

「ルイズ………どこ…?」

 トゥの目から光が消え、虚ろに宙を見上げて小さく弱々しい声で言いだした。

「こ、この期に及んで…、泣き出した上に、女の名前を呼ぶとは……。うぬ、なんたる軟弱、なんという貧弱、なんという柔弱…!」

「どこにいるのぉ…、ルイズぅ…。」

 トゥは、全くジャックの言葉も、そしてジャックの姿さえ見てなかった。

 ジャックは、顔を歪め、杖を振り上げた。

 それと共に、地面の土くれが火薬に変わる。先ほどよりも量が多い。

「ルイズぅぅぅぅ、どこぉぉぉ!」

「塵も残らぬようにしてくれるわ!」

 ジャックは、火薬をトゥに放ち、着火の魔法を唱えようとした。

 

 だがそれは、先に発生した小さな爆発により阻止された。

 トゥに火薬がかかるまえに火薬が爆発したため、爆風はジャックを襲い、ジャックは吹き飛ばされた。

 

 月明かりの下に、ピンクのブロンドが舞う。

 

「何してんのよ? トゥ。」

 

「あ…。」

 

 その人物は、トゥが求めていた人物だった。

 その人物を認識した瞬間、トゥの目に光が戻った。

「る…い…ず…。」

「しっかりしなさい!」

「ルイズ! ルイズ!」

「こ、こら、抱きつかないでよ!」

「ぐ…、な、何者だ?」

 吹き飛ばされたジャックが起き上がった。

「何者? あいにくとあんたみたいな傭兵風情に名乗る名前はないわ。」

 ルイズは、キリッとした目で言う。

「ば、馬鹿にしおって…。よかろう、まとめてヴァルハラに送ってやる。」

 ジャックは、杖を振り、錬金で無数の鉄の矢を作りだし、ルイズに飛ばした。

 ルイズは、いくつものエクスプロージョンを発生させて、それを防いだ。

 バラバラと地面に落ちる鉄の矢を見て、ジャックは呆然とした。

「そ、その呪文はなんだ…?」

「…私の敵じゃないわね。」

「な…。」

「ルイズ?」

「ほら、トゥ。いい加減離れなさい。目の前の敵に集中するの。」

「うん!」

 トゥは、ルイズから離れ、前に出て大剣を拾って握った。

 ジャックが複数のゴーレムを再び錬金した。

 襲いかかるゴーレムをトゥが切り裂いていく。そのスピードは、先ほどの非じゃ無い。

 ジャックは、その間に、練り上げた錬金を地面に向けて放った。

「兄さん! あとは任せたぜ!」

 表土三十センチほどの土の量が一瞬にして火薬に変わり、そして着火を唱えようとした。

 だが、それは、ルイズの放ったディスペルにより、錬金は解除され、火薬は元の土の戻ってしまった。そして着火は、むなしく土の上で一瞬燃えただけで終わった。

 すべての精神力を使い果たしたジャックは、地面に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「言い訳をしてくださっても構いませんわよ?」

「……モウシワケアリマセンデシタ。」

 ルイズは、綺麗なポーズで土下座していた。アンリエッタ並びに、ギーシュ達に向けて。

 ルイズは、自分が家出してからのことをすべて聞いた。

 全部自分の勘違いで早とちりを起こし、結果、トゥが精神崩壊寸前に陥ってしまったことを。

 トゥは、キョトーンとしていた。

「ほら、トゥ君。ルイズに言いたいことがあるなら言いなよ。」

 レイナールがそう言うと、土下座しているルイズがビクリっと震えた。

 嫌われた! 絶対に完全に嫌われた!っと、ルイズは、覚悟した。

「別にないよ。」

 トゥは、あっけらかんと言い、アンリエッタ達をポカンっとさせた。

 トゥは、土下座したままのルイズの前に来て、ルイズを起こした。

 そして目線を合わせて。

 ニッコリと笑った。

「おかえり。ルイズ。」

「…た…、ただいま!」

 ルイズは、決壊したように涙をあふれさせて、トゥに抱きついた。

 アンリエッタ達は、やれやれとため息をついたのだった。

 




なんだかトゥの体が半端なく硬いみたいに書いたけど、ちょっと筋肉に力入れているだけです。普段は柔らかい。

ドゥドゥーとの戦いの時を思い出して、記憶が戻って精神崩壊が再び始まりましたが、ルイズが帰還したことでなんとか元に戻りました。
でも確実に終わりの時は迫っています。


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第八十四話  トゥとルイズ、幸せに浸る

サブタイトルほど、浸っているかな? よく分からん。


 

 ワンワン泣いたルイズが落ち着いてから、ルイズは、トゥと共にアンリエッタの部屋に招かれた。

 そしてルイズは、家出した先で出会ったジョゼットのことや、偶然にも自分を匿っていたのがジャックを含め、トゥを襲った刺客である元素の兄弟だったこと、さらにジュリオがジョゼットを迎えに来たことからおそらくジョゼットが新しい虚無の担い手であることや、タバサと入れ替わっているタバサそっくりの娘がジョゼットであろうことを語った。

 アンリエッタは、怒りと絶望が混じったが、それに耐えた。

「トゥ殿が見破っていたのですが、これで間違いないですわね。」

「ジョゼット…。」

 アンリエッタは、女王の顔で言い、トゥは、タバサの双子の姉妹であるはずのジョゼットの名を呟いた。

 

 

 それらのことを事務的に終えた後、ルイズはトゥと一緒に、迎賓館の外にある、トゥに割り振られた天幕に行った。

「ごめん。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」

「もういいよ。済んだことだし。」

 天幕に来て、トゥが椅子に座るとルイズがトゥの膝にすがりつくように膝をついて謝罪を繰り返したのだった。

「だってぇ…、だってぇ…。」

「でもびっくりしたよ。ルイズがいなくなって…。」

「うわーーん!」

「もう、泣かないでよ。」

 また泣き出したルイズの頭を、トゥはよしよしと撫でた。

「でもどうして家出なんてしちゃったの?」

「そ、それは…。」

「もしかして、お姫様と仲良くしてるの見て、勘違いしちゃったの?」

「うぐ…。」

 図星だった。ルイズは、アンリエッタとトゥがそういう関係に見えてしまい、自分じゃアンリエッタに敵わないと思って早とちりを起こしてしまったのだ。

「お姫様とは、お友達になっただけだよ?」

「じゃ、じゃあ私のことは!?」

 ガバッと顔を上げたルイズ。

「大切な人だよ。」

「えっ! も、もう一回!」

「えっ?」

「もう一回言って!」

「た、大切な人…だよ?」

「いよっしゃあああああああああああああああああ!!」

「わっ!」

 ルイズは、トゥからどき、飛び跳ねて喜んだ。

 勝った!っと、ルイズは確信した。

 そして自分自身に大きな自信が持てた。

 自分は、虚無を扱える。そしてトゥにふさわしい女だと。

「トゥ!」

「な、なぁに?」

「好きよ!」

「ふぇ…。」

 ルイズが飛びつくようにトゥに抱きつき、トゥはルイズを受け止めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、息苦しさを感じて目を開いた。

 自分の胸にルイズが顔を埋めている。そしてがっちりとトゥの体に腕と足を絡めて寝ていた。

 もう二度と離さん!っと言わんばかりの抱きつきようにトゥは、小さく苦笑した。

「ルイズ。」

「む~~~…。」

「ねえ、ルイズ。起きて。」

「む…? もう朝?」

「んーん。まだ夜。」

「寝かせなさいよ~。」

「散歩しない?」

「え~?」

「私と散歩はイヤ?」

「する!」

 トゥがそう言うとルイズは飛び起きた。

 

 

 そして二人は天幕から出て、手をつないで歩いた。

 月明かりを頼りに、他の天幕の間を抜け、庭園を歩く。

 やがて水音が聞こえ、そこへ行ってみると、噴水があった。

「ねえ、トゥ…。」

「なぁに?」

「私…、この数週間の間、色々と考えたわ。」

 ルイズは、噴水の端に腰掛けて言った。

 ルイズは、トゥを前にして家出をしている間に色んな事を考えたことを語った。

「私は、ただ逃げただけだったわ…。辛いことから…。そのせいで私は、あなたを酷く傷つけてしまった。それは紛れもない事実。」

「ルイズ…。」

「卑怯よね…。うん。卑怯。どんなに心が潰れそうでも、私、力を持っちゃったんだもん。その力を必要としてくれている人がいるのに、それに目をつむるってことだもん。」

「そうだね。」

「ごめんなさい…、トゥ。私…、きっとあなたに好きなんて言う資格なんてないわ。たくさん傷つけて、心を壊しかけたんだもの…。」

「…あのね、ルイズ。」

「なに?」

「私きっと……、ううん…、たぶん、間違いなく、そうなんだと思う…。」

「なによ?」

「私にとってルイズは、もう無くてはならない大切な人なんだよ。それは間違いない。」

「トゥ…。」

「私の心は…、もうそこまで浸食されちゃったんだ…。」

「しんしょく?」

「きっともう……、長くない。」

「トゥ?」

「約束、覚えてる?」

「! 馬鹿じゃないの?」

「えー?」

「私があんたを殺せると思ってるわけ?」

「だって…。」

「いい! 私は言ったからね! 世界が滅んでもあんたと一緒がいいって! あんたもそれもいいかもねって言ったじゃない! そっちを優先して!」

「えー。」

「えーっ、じゃない! はい、決定! いいわね!」

「えー…。」

「はいはい! もうこの話はおしまいよ!」

 ルイズがパンパンと手を叩いて言った。

 その時、ふとルイズは思いついた。

「…み…。」

「み?」

「み、みみみみ、水浴びしたいわね。」

「えっ?」

「だって、セント・マルガリタを出てから、一回もお風呂に入っていないのよ。汗かくし、服だって着たっきりだし……。」

「でも、今の時間じゃお風呂は…。」

「水場ならここにあるじゃない。」

「えっ?」

 ルイズは、背後の噴水を指さした。

「ここ外だよ?」

「今は夜よ。こんなに真っ暗で、誰も歩いていないわ。見てるとしたら月くらいよ。」

「…それでいいならいいけど。」

 トゥが渋々言うと、ルイズは、立ち上がって着ていた修道服を脱いでいった。

 そして裸になったルイズは、噴水の水の中に入っていった。

「はあ…、冷たくて気持ちが良いわ。」

「よかったね。」

「ねえ、トゥ。背中、洗って?」

「えっ?」

「手が届かないの。」

 それを聞いたトゥは、ハイヒールの靴を脱ぎ、青いタイツを脱いで水の中に足を入れた。

 トゥは、手で水をすくい上げ、ルイズの背中にかけて、ゆっくりと手のひらでルイズの白い背中を洗った。

「ねえ、トゥ…。」

「なぁに?」

「私、綺麗?」

「うん。」

「姫様より綺麗?」

「うん。ルイズは、綺麗だよ。」

「シエスタよりも、綺麗?」

「うん。」

「そう。ならいいわ。」

「ルイズ?」

 するとルイズがトゥの方に振り向いた。

 月明かりの下、ルイズの裸体がさらされる。

「あなたのも見せて。」

「ルイズ…。」

 ルイズは、トゥの服に手をかけた。

 しかしトゥは、その手をやんわり止めた。

「どうして?」

「…しないよ?」

「私ってそんなに魅力無い?」

「そうじゃなくって…。」

「じゃあ、どうして?」

「…きっと後悔すると思うから。」

「後悔なんてしないわ。」

「後悔するのは、私。」

「あんたが? どうして?」

「しちゃったら、ルイズの中に私が強く残っちゃう。」

「それがいいのよ。私、あなた以外愛する気はないわ。」

「…えっと…。」

「ねえ…、言い訳探してない?」

 ルイズがじとっとトゥを見ると、トゥは視線をさまよわせた。

「…意気地無し。」

「ごめん…。その…。」

「もしかして…、恋人だった人に操(みさお)立ててるの?」

「そういうわけじゃないけど…。」

「じゃあ、どうして?」

「……歯止めがきかなくなりそうで…。」

「はどめ?」

「ルイズを……、殺しちゃうかも。」

 トゥは、最後の部分を怖く言った。

 それを聞いたルイズは、背筋がゾクッとした。

 トゥの表情は無だ。彼女の中に巣くう何かが顔を出したかのような、得体の知れない恐ろしさがある。

「……ごめんね。」

 トゥの顔が、ふにゃりと変わった。

「いいのよ…。私のこと気遣ってくれてるのに。」

「先にルイズが死んじゃったら…、最後の時まで一緒に居られないでしょ?」

「そうね。」

「だから…、ごめんね。」

「謝らなくていいわ。」

 ルイズは、そう言うと、トゥに抱きついた。

「…好きよ。」

「…うん。」

 しばらく抱き合っていた二人は、やがて噴水から出て、服を着替えた。

 そして寄り添うように手をつないで、天幕に戻った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 二日後。

 園遊会も、あと一週間を残すのみとなった。

 二人は、現在庭園のベンチに腰掛けていた。

 何をするわけじゃなく、じっとして、前を向いているだけだ。

 ルイズは、着っぱなしだった修道服ではなく、アニエスから借りたシャツと半ズボンをはいていた。

 ルイズは、時々、ちらりとトゥを見ていた。

 トゥは、どこか儚げな、少し悲しそうな表情をしていた。

 何を考えているのだろうか? 悲しいことを考えているのだろうか? なんか今にも涙が出そうな顔だ。

「…トゥ?」

「……ん? なぁに?」

「辛いことでも思い出してたの?」

「んーん? 違うよ。」

「じゃあ、何考えてたの?」

「ド・オルニエールに帰ったら、何作ろうかなって…。」

「料理のこと?」

「記憶が戻る前ね、ルイズが帰ってきたら、クックベリーパイを作ってあげようかなって考えてたの。」

「私のために?」

「うん。」

「…トゥぅぅうううう!」

「うわ! 何?」

 ルイズがいきなり抱きついてきたのでトゥは驚いた。

「もう、好き! 大好き!」

「うんうん、分かった、クックベリーパイ作ったげるね。」

「そうじゃなくってぇ! もう…。」

「えっ? 食べたくなかった?」

「食べたいわよ!」

「分かった。じゃあ作ったげる。」

「もう、そんなところも大好きよ。」

 トゥの首に顔を埋め、ルイズは幸せに浸ったのだった。

 




いきおいでやっちゃたら、R15どころじゃないですからね…。

続けて、次回分も更新します。


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第八十五話  トゥ、タバサの救出に向かう

タバサ救出作戦を練る。



 

 タバサ発見の報が届いたのは、園遊会が始まって四日目だった。

 

 手紙によると、タバサは、ロマリア公使バドリオの屋敷に囚われているとのことだった。

 

 そして差出人のイザベラが、本日の八時に救出の作戦を講じたいと記していた。

 アンリエッタは、ガリア側に気分が優れないと言って、晩餐会への不参加を伝え、自室にトゥ、ルイズ、ギーシュ、そしてタバサの友人であるキュルケと、アニエスを呼んだ。

「タバサちゃんの居場所が分かったんだね?」

「ええ。そうらしいですわ。」

「ちびっ子、いやさ、シャルロット女王陛下救出作戦は、このわたくしめ率いる水精霊騎士隊にお任せくださいますよう。」

 ギーシュが片膝を突いて言うが、皆反対した。

「ギーシュ君。そんな大勢で行ったら一発でバレちゃうよ?」

「そうよ。おまけにここは外国。さらには向こうもつまりは外国の大使館。まさか正面から踏み込もうだなんて思ってないでしょうね?」

「ルイズの言うとおりだわ。こっそり忍び込んで、こっそりと救い出す。……あんた達が一番苦手な仕事じゃないの。」

 言われてギーシュは、うぐっと言葉を詰まらせた。

「そりゃ……、正々堂々正面からぶつかって相手を負かすのが騎士隊の本分であってだね。」

「それに、こないだのアーハンブラのようにはいかないわ。今度は街中なのよ。派手なことをしたら逆にこっちが捕えられる。」

 キュルケの言葉にアンリエッタが頷いた。

 やがてイザベラが招き入れられ、挨拶をそこそこに現状の報告が行われた。

 現在ロマリアのその大使館は、凄まじい警備がされており、また障壁や罠が幾重にもかけられていて、タバサを救出するのは不可能だとのことだった。

 そのうえ教皇ヴィットーリオが出入りしており、尋常じゃ無い警備もそのためだとのこと。

 こっそりと部下を潜り込ませる作戦はという問いに対しては、地下水のような手練れを一人潜り込ませるのが限界だったの事だった。

 場がシンッと静まりかえった。

 そんな中、トゥが口を開いた。

「移送時は?」

 するとイザベラが頷いた。

 いつまでもあそこにタバサを閉じ込めてはおけない。その時を狙って助け出す、それしかないと彼女は答えた。

 しかも明日、ヴィットーリオが急遽ロマリアに帰るとのことだった。見送りの式にアンリエッタに来て欲しいとの言葉まであった。

 トゥ達の視線がアンリエッタに集まる。するとアンリエッタは頷いた。

「まだ園遊会の途中なのに、国に帰るなんて妙ね。」

 キュルケが言った。

 そこで、イザベラが気づいたように言った。

「もしや……、教皇と一緒にロマリアに連れて行くつもりでは…。」

 全員がハッとした顔をした。

 しかし、ふとトゥだけは、首を傾げた。

「トゥ?」

「う…ううん…、なんでもない。」

「どうしたのよ?」

「なんだか……、なんだろぅ…。」

 妙なざわつきを感じたトゥは、胸の上に手を置いた。

 

 イザベラが中心となり、明日の見送りの群衆に紛れて、道中に救出する。イザベラ率いる北花壇騎士も全力で参加する。土地勘の無い水精霊騎士隊には、イザベラの部下が連絡役をつける。水精霊騎士隊は、それに従う。

 こうしてタバサ救出の作戦が練られていった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 数百人もの聖堂騎士が屋敷の前に整列している様は、物々しかった。

 出立する教皇聖下を一目見ようと、あつまったリュティス市民でごった返すバドリオ公邸の前に、変装したトゥ達が来ていた。

 トゥとルイズ、そしてキュルケ、水精霊騎士隊からは、ギーシュとレイナールとマリコルヌ。アンリエッタは、公式の席で教皇を見送るべく、ここから離れた貴賓席にいた。ギムリ率いる水精霊騎士隊の仲間達と、アニエスがその護衛にあたっていた。

 つまり、トゥ達は、救出隊トリスティン班ということだ。

 なお、トゥ達の姿が見えないとロマリア側に不審をもたれる可能性が高いので、スキルニルと呼ばれるその者の血を振りかけると姿形がその者に変身する人形を用いて、影武者を用意した。

 トゥ達は、目立つマントを脱ぎ、修道士の服をまとって、武器を下に隠していた。

 そんな中、ギーシュがさらりと恐ろしいことを呟いた。

「どうして、生かしておくんだろう? ジャマなら始末するんじゃないかな?」

 タバサを生かしておく意味があまりないとギーシュは、言った。

 しかし今のところイザベラ率いる北花壇騎士からそんな連絡は無い。

「なあ…、もし、彼女が殺されていたらどうする?」

「ロマリアの奴らを皆殺しにするわ。」

 あっさりとキュルケが言った。

「君、そうなったら戦争だぜ?」

「そしたら先頭に立って、突撃するわ。」

「物騒なことを言うなぁ。」

「当然じゃないの。」

「……あっ。」

「どうしたの、トゥちゃん。」

「いた…。」

「どこ!?」

 するとトゥが指さしたのは、教皇ヴィットーリオが乗った馬車だった。

 その後すぐに、地下水がやってきてタバサがシルフィードと共にすでに馬車に乗せられていることを伝えにきた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 見つかったものの、救出作戦は難航した。

 っというのも、ヴィットーリオがブリミル教の最高位の教祖であることが、救出作戦を難しくさせる要因の一つになっていた。

 彼は、宗教家として説教をする。そうすれば街の人々が集まってくる。ブリミル教徒達は、ただの一般人だが、そのブリミル教の総本山の王が説教をすれば、それは末代先で語り継がれることとなり、赤子の祝福をすれば親戚一同始祖と教皇の御為ならば、死をも辞さない神の戦士になる。

 つまり下手に手を出そうものなら、そういった普通の一般人達をも敵に回さなければならなくなるのだ。

 さらに、聖戦を掲げている手前、政治的意味を行幸に込めているのもあり、ロマリアまでの歩は、早すぎず遅すぎないスピードだ。竜籠ならば一日でつくのだが、教皇の行幸はそうはいかないのだ。

 おまけに聖堂騎士達の警備は、まさに蟻の忍び込む隙間も無いといった風情。

「絶対に失敗が許されない、って難しいわね。」

 リュティスを出発してから、二日。翌日には、虎街道の入り口に、教皇一行が達するというその日、近くの宿場でトゥ達は、作戦会議を行った。

 辺りは、教皇一行を一目見ようと集まってきた人々であふれかえっており、修道服をまとった一行など珍しくないので、紛れるにはもってこいの状況だった。

「ここらでなんとしてでも救わねばならない。ロマリアに入られたら、取り返しがつかないからな。」

 真剣な顔で、レイナールが言った。

「……。」

「どうしたのよ、トゥ。こんな時に。」

「…やっぱり、なんだろう…。」

「今は、タバサを救出することが先決よ。」

「うん…。」

 トゥは、右目の花の下あたりを手の甲でこすった。

 やはり正面突破するかと、マリコルヌが言ったが、トゥは首を振った。

「そんなことしたらみんな死んじゃうよ?」

「誰か一人でもタバサのたどり着けるんじゃないのか?」

 

「そんなことをしても無駄ですよ。」

 

 そこへ、屈強な体つきの男がやってきた。

 トゥ以外の面々が一斉に修道服の中の杖に手を伸ばした。

「私です。地下水です。」

「男じゃないのよ!」

 ルイズが叫んだ。

「いえ。その者は、紛れもなく地下水です。」

 その後ろからイザベラと、もう一人、背の高い男が現れた。

 男が着ている修道服のフードを取った。

「あ…。」

 トゥがその人物に見覚えがあった。

 リネン川の中州での決闘で、トゥにタバサ宛の手紙を渡してきた男だ。

「久しぶりだな。」

「東薔薇騎士団団長、バッソ・カステルモール殿です。」

 イザベラが紹介した。

 カステルモールは、最初は信じられなかったが、実際に見てあれがシャルロットじゃないことを見抜き、本物のシャルロット…タバサを取り返して再び王座に据えたいのだと言った。そのために助太刀にきたのだと。

 イザベラは、現在の戦力を伝えた。

 北花壇騎士が、イザベラと地下水を含めて七名。残りは、教皇一行の監視に当たっているとのこと。

 カステルモール率いる東薔薇騎士団が、二十名。

 トリスティン水精霊騎士隊のギーシュ以下四名。その中に、トゥ、ルイズ、キュルケ。

 全員で、三十三名のメイジがこちらの手勢だと言った。

「たった、三十三…。」

 トゥが呟いた。

 相手は、聖堂騎士達だけで数百人はいる。

 戦うにしても絶望的だ。

 だがイザベラは、テーブルに地図を広げた。

「ここで、全力を持って、教皇一行に攻撃を仕掛けます。」

 とんでもない言葉が出てきた。

 作戦内容はこうだ。

 目指すは、教皇の馬車のみ。

 そこへたどり着いた者が、馬車の中から陛下を救い出す。

 その後は、街の外れに用意したグリフォンを使って陛下にリュティスまで逃げてもらう。

 その内容に、ギーシュが唖然とした顔で言った。

「聖堂騎士二個中隊に、これだけの人数で攻撃をかけるって?」

「そうです。」

「全滅だよ! どう考えたって!」

「我々は、緊密なチームではありません。」

 イザベラが言った。

 それぞれの国も別、組織も別の寄せ集め。緻密な救出作戦など立てられないし、またロマリア側が引っかかるとも思えないこと。とにかく馬車にとりつき、誰かが救い出す。そして誰かが聖下を守ってリュティスまで逃げるのだと。

「確かにそれしかあるまいな。」

 カステルモールが頷いた。

「反対です。」

 トゥが言った。

「っと、申しますと?」

「無駄な犠牲が出ちゃう。タバサちゃんを助けるためにみんな死んじゃったら元も子もないから。」

「トゥの言うとおりだわ。」

 ルイズが頷いた。

「しかたないんじゃない?」

 キュルケが言った。

「だって、ここでタバサを取り返せなかったら、大変な戦になるかも知れないじゃない。そしたら、もっとたくさん死ぬでしょ。」

「ダメだよ。」

 トゥは、きっぱりと言った。

 他の面々は、すでに覚悟を決めた目をしている。だがそれでもトゥは言った。

「これはやけっぱちな博打だよ。そんな危険な博打には賛成できない。」

「七万の敵に立ち向かった女の言葉とは思えないな。」

「あのときと今じゃ、事情が違う。ねえ、ルイズ。」

「なに?」

「交渉してみるってどうかな?」

「馬鹿な! 何を材料に交渉しようと言うのだ? しかも聖戦を発動しているんだ。向こうは聞く耳など持たんぞ。」

「ねえ、ルイズ。」

「なに?」

「イリュージョンで、大軍って作れる?」

「そりゃ、作れるけど…。」

「どうするつもりなんだ?」

「こうするの。」

 トゥは、思いついた考えを言った。

 それを聞いて、カステルモールも他の面々も目を丸くした。

「それにそれが失敗しても……、もしそうなったら…。」

 トゥは、大剣を抜いた。

「私が…、やる。」

 トゥの表情が消えた。

 その表情にギーシュ達もイザベラ達もゾッとした。

 




嫌な胸騒ぎがしているトゥ。

このネタでの精霊石は……。B分岐をを見ている方はなんとなく察しているかも知れませんね。


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第八十六話  トゥ、大隆起を見る、が…

vsジュリオだけど、勝負になりません。

大隆起が起こりますが、原作とは多少異なります。


 

 翌朝。

 教皇一行が宿場町を出発し、ガリアとロマリアを繋ぐ虎街道までもうすぐとなった。

 カルロが率いるアリエスト修道会付き聖堂騎士隊が前衛を務めていた。

 カルロは、聖歌を口ずさみながら、聖戦の様を想像する。エルフどもを聖なる魔法で焼き尽くす様を想像し、胸を熱くする想いがこみ上げてきていた。そんな風にとんでもない妄想に浸っていると、彼の部下が震えながら前方を指さした。

「た、隊長殿!」

「なんだ?」

 せっかく妄想に浸っていたのを害され、少し気分が悪くなりながら前を見ると…。

 

 そこには、数千以上の軍勢がいた。

 騎兵や大砲の姿も見える。

 

「止まれ! 止まれ!」

 カルロがペガサスの足を止めると、隊列は停止した。

「一体どこのバカ共だ? 恐れ多くも教皇聖下の歩みを止めるとは……。」

「あれは……、ガリア南部諸侯の紋章です!」

 ガリアの南部諸侯は、ロマリアとの戦いですぐに味方になった勢力だ。なのになぜそれが今になって牙をむくのか彼らには分からなかった。

 そこへ、前方の軍勢から三騎が前に出て、白旗を掲げ、カルロ達の方へ駆けてきた。

「軍使ですぞ。」

「なんだ。戦のつもりか? 我ら神の軍団に戦をしかけるつもりか!? 罰当たりめ!」

 カルロは怒りに震え、軍杖を引き抜いた。

 目の前までやってきた三騎は、二十メートルほどの距離で立ち止まり、その中から背の高い騎士が前に進み出た。

「教皇聖下のご一行とお見受けする! 我は東薔薇騎士団団長、バッソ・カステルモールと申す者! 教皇聖下に伺いたい議あり、こうして参った次第! お取り次ぎ願いたい!」

「教皇聖下の歩みを遮るとは、不敬であろう! それに、その背後の軍勢はなんなのだ!? 我らに戦をしかけるつもりか!?」

「己の主人を取り返すために集まった軍勢です。大人しく我らの主人を返してくだされば、ぎゃくに国境まであたながたを護衛してさしあげましょう。」

「寝言を申すな! どんな理由があろうと、我らに杖を向ければ、貴様らは異端ということいなるぞ!」

 

「何を騒いでいるのです?」

 

 そんな風に言い合いが続いていると、カルロ達の後ろからヴィットーリオが現れ、カステルモールと、トゥ、地下水を見つめた。

 すると、トゥは、自分の頭にかぶっていたフードを外した。

「き、貴様は!」

 カルロが顔を歪めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「タバサちゃん……、シャルロット女王陛下を返してください。」

「あなた方が我々に協力してくださると言うなら、お返ししましょう。」

 ヴィットーリオは、否定せず、笑みを浮かべてそう言った。

「ご存じでしょう。私はなにも、ガリアが欲しいわけではありません。きっちりと四の四の足並みを揃えたいだけなのです。」

「聖戦なんかしても無意味です。」

「我々には、聖地を必要とする理由があるのです。よければ、一日お付き合いしてくださいませんか? 話したいことと、見せたいものがあるのです。」

「そうですか…。」

 次の瞬間、右端に立っていた地下水が魔法を放った。

 手のひらから眩しい光があふれ、辺りは閃光に包まれた。

 カルロや聖堂騎士達が眩しさに顔を手で覆う。

 カステルモールが一瞬で距離を詰め、ヴィットーリオを羽交い締めにして、その首に杖を突きつけた。

「動くな! 杖を捨てろ!」

 それから、血相を変えた聖堂騎士達に、カステルモールが叫んだ。

 ためらうようにヴィットーリオと、己の聖杖を交互に見る聖堂騎士達に、ヴィットーリオは、いつもの薄い笑みを浮かべ。

「皆さん。この方の言うとおりにしてください。」

 そう言った。

 聖堂騎士達は、その言葉の通り、杖を捨てていった。

 素早く地下水が杖を拾っていき、錬金を使って溶かしていく。

 トゥは、その間にヴィットーリオが乗っていた馬車に行った。

 馬車を開けると、タバサとシルフィードが並んで座っていた。

「あなた…。」

「助けに来たよ。早く、急いで!」

「きゅい! きゅい! 信じられないのね!」

 シルフィードがトゥに抱きついてきた。

「シルフィードちゃん、竜に戻ってタバサちゃんを乗せて。」

「了解なのねー!」

 シルフィードは、竜の姿に戻り、ひょいっとタバサをくわえるとその背中に乗せた。

 聖堂騎士達を尻目に、シルフィードは、空へと舞い上がる。

 その頃になると、隠れていた仲間達も駆け寄ってきた。

「トゥ君! 大丈夫かい!?」

「やややや、やったな! トゥ君!」

 北花壇騎士団や、東薔薇騎士団達が次々と聖堂騎士達の聖杖を取り上げ、錬金で溶かしたり、折ったりし始めた。

「貴様ら…、異端どころではないぞ。お前達のみならず、親族一同、宗教裁判にかけてやるからそう思え。一族全員、皆殺しだ。」

「あいにく、私には身寄りがなくってね。」

 苦々しく言うカルロに、ヴィットーリオを人質に取っているカステルモールが言った。

 なにせ、二個中隊の杖だ、使い物にならなくするだけでかなり時間がかかった。

「一カ所にまとめて、燃やそう。」

 こちらが有利なうちに事を進めなければならない。杖を一カ所に集めて燃やそうということになった、その時…。

 上空からシルフィードの悲鳴が聞こえた。

「あれは…。」

 上を見上げたとき、そこには、一匹の風竜がシルフィードに体当たりしていた。

「ジュリオ君!」

 その青い風竜に乗った人物を見てトゥが叫んだ。

 風竜アズーロを操るジュリオは、逃げるシルフィードから、素早くタバサを奪い取り、アズーロにくわえさせてロマリアの方へ飛び去っていった。

「シルフィードちゃん!」

「きゅい!」

 シルフィードに、トゥが飛び乗り、さらにルイズ、そしてキュルケも飛び乗った。

「追って!」

「きゅい!」

「急いで! ロマリアに逃げ込まれたら面倒なことになるわ!」

 シルフィードは、アズーロを追って力強く羽ばたいた。

 地上では、カステルモール達や、聖堂騎士達がしばらく呆然としていたが、やがて馬やペガサスにまたがって、二匹の風竜を追いかけ始めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 前方に巨大な山の連なりが見えてきた。

 火竜山脈。東西に延びて、ハルケギニアを分断する山脈。

 あの山脈の向こうにロマリアがあるのだ。

 火竜山脈が見えた瞬間、恐ろしいことが起こった。

 アズーロの口からタバサが落ちたのだ。

「タバサちゃん!」

 トゥが叫んだ。

 しかしその体をアズーロが急降下して再びくわえた。

「あの子、わざと暴れて落ちたわね。」

 キュルケが呟いた。

 タバサを落としたことにより、スピードが落ち、距離が詰まったのだ。

「シルフィードちゃん!」

「きゅい!」

 シルフィードがぐんぐんと距離を詰め、アズーロに体当たりをかまそうそうとした。

 だがアズーロは、それを避けた。

 トゥは、シルフィードがアズーロに接近した瞬間、左手でアズーロの爪を掴み、シルフィードの上から飛び出した。

 そしてアズーロの旋回に合せて体を持ち上げ、その背中に飛び乗った。

「ジュリオ君。」

「やあ。ちょうどいい。君も見物していくといいよ。」

「降ろして。じゃないと首から上が無くなるよ?」

 デルフリンガーをジュリオの首に突きつけ、トゥは脅した。

 ジュリオは、やれやれと言った調子で、アズーロを地面に降下させた。そしてアズーロは、くわえていたタバサを地面に降ろした。

「タバサちゃん。」

「…だいじょうぶ。」

 トゥが駆け寄ると、タバサはそう言った。

「ねえジュリオ君…。」

 タバサをキュルケに任せ、トゥは、ジュリオの方を見た。

「どうして、そこまでして聖地にこだわるの?」

「僕らは、一つにまとまる必要があるからさ。考えてごらんよ。どうして僕らは、六千年も戦争を繰り返してきたんだ? 元はと言えば皆同じ民族なのに、不毛な土地争いやメンツでずいぶんと血を流してきた。」

「……。」

「心のよりどころを無くした状態だったからさ。聖地が、異教徒に奪われた状態で、一体何を信じればいい?」

「でも、そこに滅びしか無かったらどうするの?」

「君は…、本当に何を知っているんだい?」

 ジュリオが笑みを消して言った。

「前にも言ってたじゃないか。姉さんが待ってるって…。君は、聖地の何を知っているんだ?」

「…それを言っても、信じないでしょ?」

「信じるかどうかは、君の話次第だ。君達だって僕らの話を聞かないじゃないかい。」

「きっと…、ヴィットーリオさん達が思うようなモノは無いよ?」

「だから、聖地に何があるのかって聞いてるんだよ。」

「……私は、知らない。」

「なんだって?」

 トゥの言葉にジュリオは、眉を上げた。

「ただ…、あそこには良くないものがある。絶対に、触っちゃいけないものがある。それだけは、なんとなく分かるの。」

「なんとなく? なんとなくだって? そんな曖昧な言葉で、まるで核心を突いたかのように今まで言ってたのかい?」

「だって…、今だって…、嫌な感じがするの。」

「それは…。」

「ねえ。ジュリオ君。どうしてジョゼットを利用したの?」

「利用だなんて。」

「好きなんでしょ?」

「!」

「分かるよ。なんとなく。」

「なにが…分かるって言うんだよ!」

 ジュリオの口調が荒々しいモノになった。

 表情も相手を小馬鹿にしたようなものではなく、憤怒の表情に変わっており、彼の美貌が歪んでいた。

「必死に好きにならないようにして!」

 ジュリオが素手でトゥに殴りかかってきた。

 トゥは、その拳を手のひらで受け止めた。

「それでも好きになっちまって! そんでも利用しなきゃいけない!」

 さらに蹴りが来るが、それももう片手で受け止め、トゥは軽々とジュリオを放り投げた。

 地面に着地したジュリオは、なおも攻めてきた。

「そんな俺の気持ちがお前なんかに分かるか!!」

「うん。わかんない。」

「! うおおおおおおおおおおおおお!!」

 ジュリオの拳と蹴りを、トゥは、難なく両手でさばいていった。

 それがしばらく続き、やがて体力が尽きたジュリオが地面にぶっ倒れた。

 トゥは、息一つ切らしておらず、ただジュリオを見つめていた。

「いいよなぁ…。君は…。」

「なにが?」

 ゼーゼーと息を切らしているジュリオが言った。

「悩まずに、誰かを好きになれて。」

「ジュリオ君だって素直になればいいのに。」

「馬鹿野郎。」

「?」

「誰のためにやってると思ってるんだ。みんな、全部お前らの……、このろくでもない地上の上に住んでいるお前達のためにやってることじゃないか。」

「何の話?」

「もういいよ。お前らなんか、どうとでもなっちまえ。ここに住んでいる連中もどうでもいい。せいぜい、数少ない土地でも争って死んじまえ。」

 ジュリオは泣いていた。みっともなく。下品に。

「……? ルイズ!」

 トゥは、ハッとしてルイズの方を見た。

 

 その時、地震が起こった。

 そして、山が浮き出した。

 

 あまりの地震に誰もが立っていられなくなっている中、火竜山脈が見える範囲すべて、空へと浮かぶ上がっていく。

 それは、壮大なんて言葉が陳腐に思える光景だった。

 だがトゥは、山が浮いたことより、山が浮いた後、その下から、黒い影のようなモノのようなものがあるのに目が行っていた。まるでそれは、山を持ち上げる、無数の手のように見えた。

「大隆起だ。」

「だいりゅうき…。」

「徐々に蓄積された風石が、周りの地面ごと持ち上げてるのさ。」

「ふうせき?」

 それは確か、アルビオンに行く途中で乗った空飛ぶ船の動力ではなかったか?

「違う…。」

「何が違うって言うんだい?」

「だって…、じゃあ、あの手は、なに?」

「手? そんなもの見えないぞ?」

「! 見えないの?」

「君は何を見たんだい?」

「黒い手が…。山を持ち上げたの。」

「くろいて?」

「行かなきゃ…。急がなきゃ…。」

「トゥ君?」

「いそがなきゃ……、姉さん……、ゼロ、姉さん…。」

「トゥ!」

 トゥは、意識を失い、地面に倒れた。

 




体術じゃあ、トゥには、敵わないと思いました。

このネタでの大隆起は、原作とは原理が多少異なるということにしました。
イメージとしては、ウタヒメファイブのメリクリウスの扉から出てきたあの手みたいなものです。


パソコンがちょっと壊れたので、修理に出すので明日から一週間以上更新できません。


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第八十七話  トゥとルイズ、我が家に帰る

パソコンが思ってたより早く直って戻ってきたので投稿します。


 

「驚きましたか?」

 カステルモール達、そして聖堂騎士達と共にやってきたヴィットーリオが言った。

「山が浮いたんだもの。驚きますよ。」

「浮き上がった大地は、徐々に風石を消費して、再び地に還ります。アルビオン大陸は、かつての大隆起の名残なのです。」

「……。」

 トゥは、俯いた。

 ヴィットーリオは、話を続けた。

 自分達の独自調査では、ほぼ五割の土地が、こうして浮き上がるとの予測が出ていて、誤差があるにしても、相当の被害を被るとみており、数十年間にわたってこの現象は各地で起こっているのだという。

 ジュリオは、トゥから聞いた話をヴィットーリオには話さなかった。黒い手のようなモノが、山を持ち上げたということを。それは、トゥにしか見えなかったからなのかもしれない。

 そしてヴィットーリオは、聖地に、巨大な魔法装置があり、そして先住の力を打ち消すのは、虚無の力のみだと答えた。

「違う…。」

「トゥ君。」

 ジュリオが、トゥの肩に手を置いた。

「君の言葉には、確証が無い。」

「……。」

 そう耳打ちされ、トゥは黙った。

 トゥには、ヴィットーリオほどの説得力がある言葉がない。

 はっきりとした証拠がないため、ただ黙っていることしかできなかった。

「協力してくれますか? ガンダールヴと、その主人よ。」

 ヴィットーリオの言葉に、トゥは現実に引き戻された。

「聖戦と言っても初めは交渉します。平和裏にエルフが聖地を返してくれるなら、何の問題は無い。そうでなければ戦いになりますが、それは仕方ない。我々にだって、生き延びる権利はあるはずですから…。」

 トゥ達は顔を見合わせた。

 あまりにも話が大きすぎる。

 しかし現実に山脈が浮き上がったのを見たとあっては納得しなければならないのだろうが、はいそうですかと納得できる話でもないのだ。

 なにせ今までロマリアが自分達にやってきたことを考えると、おいそれと『はい、協力します』っとは言い切れない。

 そうやって悩んでいると、ルイズがトゥの手を握ってきた。

 そしてルイズは、ヴィットーリオを見た。

「私達の一存では返答できません。考慮する時間をいただきたく存じます。」

 でも、その前に条件が一つっと、ルイズは言った。

「どうぞ。」

「まず、これからは私達に隠し事はなさらぬようにお願いします。」

「約束しましょう。」

 ヴィットーリオがそう返答すると、ルイズは、タバサを見た。

「次に正統なるガリア女王に冠を返還すること。」

「それはできません。」

「なぜですか?」

「ガリアは、大国。女王が担い手でなければ末端まで士気が上がりません。」

「じゃあ、タバサは…。」

「私は、あなた達と行動を共にする。」

「それでいいの?」

「初めからそのつもり。もともと冠を被ったのも、あなた達に協力するため。私にそうしろと言ったのは、ロマリアが寄越したニセモノだったけど…。」

 トゥの問いにそう答えたタバサは、トゥの手を握った。

「では、決まりですね。ここにいる、全員が証人だ。我々はここで初めて真実をわかり合い、真に兄弟となった。我らの前途に、神の加護がありますように。」

 そして、東薔薇騎士団と、聖堂騎士達は、それぞれお互いを怪訝な顔で見ていたが、そのうち手を取り合い、抱擁し始めた。

 ルイズ達は、納得しがたい顔をで、そんな様子を眺めていた。

 トゥは、俯きぶつぶつと。

「違う…。」

 っと呟いていた。

「トゥ…、落ち着いて。」

「ルイズ…。」

「大丈夫。だいじょうぶだから。」

「ルイズ…。」

 トゥは、そっとルイズに抱きついた。

 タバサは、手を離され、トゥと自分の手を交互に見た。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 園遊会が終わり、帰ってきた水精霊騎士隊に待っていたのは、アンリエッタからの招集と、臨時の地層調査の出動命令だった。

 アカデミーの土の研究員であるエレオノールが指揮官に任命され、エレオノールに怒られ、ムチで叩かれながら、水精霊騎士隊のメイジ達は、機械を魔法で操作し、トゥは、トロッコで土を排出する作業をしていた。

 エレオノールの気の強さと言ったらもう…、マリコルヌは、そんなエレオノールの叱咤を喜んでいるしで、水精霊騎士隊の仲間達を呆れさせていた。

「ふう…。」

「ちょっと、あなた!」

「はい?」

 トゥがトロッコを押して戻ってくるとエレオノールに声をかけられた。

「あなた…、本当にイライラするわね?」

「えっ?」

「なに、わかんないって顔してんのよ! わ、わわわわ、分かってんだからね! あんたが、ラ・ヴァリエールの娘を娶りたいなんておおそれた欲望を、い、いいいいいいい、いだ、いだいて、ふぉ、ふぉふぉふぉふぉ、おおおお、おきながら…!」

「はい?」

「う、うわ、浮気をするなんて……!」

「あの…違います。」

「何が違うと言うの!?」

「あのですね。」

「私が説明するわ。」

 昼食を持ってきたルイズが来てエレオノールに説明した。

 説明を聞いたエレオノールは、顔を真っ赤にしてプルプルと震えた。

「か、勘違いしちゃったじゃないの!」

「エレオノール姉様が勝手に勘違いなさったんじゃないの。」

「お黙り、ちびルイズ!」

「もう私は子供じゃありません。」

「ルイズ? まさかあなた…。」

「うふふふふ。」

「まさか、まさか!?」

 意味深に笑うルイズに、エレオノールが詰め寄った。

「私よりも先に!?」

「どーでしょうねぇ?」

「ルイズ! …はっ!」

 エレオノールは、水精霊騎士隊の少年達に見られていることに気づいた。

 エレオノールは、再び彼らに作業をしろと怒鳴り散らし、作業は再開された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 調査の結果は。…真っ黒だった。

 ヴィットーリオの言うとおり、巨大な風石が深い鉱脈にあったのだ。

 その風石が現れたとき、トゥがふらりと倒れ、ちょっとした騒ぎにもなったが、ヴィットーリオの証言が真実であることがはっきりしたのでアンリエッタにすぐ報告となった。

「やはり、教皇聖下の話は本当なのでしょうか。」

 トゥ達が戻ってきて、火竜山脈が浮いたという報告を受けたが、当初は半信半疑であった。

 だが三日後、空の彼方に、百十キロもの長さの新たな浮遊島を見て、信じざるおえなくなったのだ。

 現在、浮遊島の帰順をめぐって、ロマリアとガリアは係争中であるという。

「おそらくは、間違いないと思います。」

 トゥとルイズに挟まれる形になっているエレオノールが恭しく一礼して言った。

「そうですか…。」

 アンリエッタは、そう言い、しばらく考えた。

 そして。

「よろしい。トリスティン王国は、ロマリアに協力することにいたしますわ。」

 考えている暇はないのだ。

 住む場所が無くなる。この事実がすべてを決めた。

 いったん決断するとアンリエッタの行動は早かった。大臣や将軍を集め、協議に移る。

 聖戦を支持するからには、再び外征軍を組織しなければならない。ロマリアやガリア、そしてゲルマニア、各列強が分裂統治するアルビオンに向けて、密書が飛んだ。そして、教皇ヴィットーリオに向けて、近いうちに書く王を集めて会議を開催を打診した…。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 三日ほど、アンリエッタからの雑用を手伝うことになったトゥとルイズは、ド・オルニエールにやっと帰ることができた。

「おかえりなさい! トゥさん、ミス・ヴァリエール!」

「おやおや、お帰りなさいまし。奥様方。」

 帰るなり、シエスタとヘレンが出迎えた。

「あ、良い匂い。」

「たくさん美味しいお料理を作って待ってましたからね!」

「あ~、お腹すいた~。」

 すると。

「美味しい料理~。美味しい料理~。楽しい料理~。楽しい食卓~。」

 っと歌いながら皿を運んでくるタバサと、同じくその後ろから人型になったシルフィードが大きな鍋を持って、きゅいきゅいっと楽しげに歌いながらやってきた。

「ミス・タバサ! おやめになってください! そんなガリアの王族の方に…。」

「もう、私は王族じゃない。この家に仕える召使い。」

 あれから、タバサは、なんとジョゼットに女王の位を委譲してしまったのだ。

 ただし、条件付きで。

 それは、聖戦が終わるまで、である。

 しかし、双子の片割れがいなかったことにされるガリアの風習だけは、廃そうと決めていた。

 今頃、タバサの意を受けたイザベラが、その悪習を絶ちきろうと奮闘しているだろう。

 オロオロするシエスタに、シルフィードがにこにこ笑って言った。

「気にすることないのね。お姉様は好きでやってるのね。ほら、おちび。例のアレを披露してごらん。」

 するとタバサがこくりと頷き、手に持っていた皿を上に放り投げた。上に乗っていたローストビーフの塊が宙に舞い、その瞬間、タバサが杖を抜いた。

 するとローストビーフが薄く切れ、それぞれの皿の上にパタパタと乗っかっていった。

「すごい!」

「よくできました、なのね。」

 トゥとシルフィードが拍手した。

 するとタバサの頬が僅かに赤らんだ。

 調子に乗ったのか、次にパンを放り投げてまた杖を抜いて切り裂いた。縦に。

 ルイズが怪訝そうになぜ縦に切ったのか聞くと、シルフィードがグラスに注いだクリームに付けて食べて見せた。

 なるほどっと感心していると、そこへ陽気な声が聞こえてきた。

「あら、あなた達、帰ってきたの?」

「おやおや、君達帰ってきていたのかね?」

 キュルケとコルベールだった。

 現在、オストラント号は、近くの湖に浮かべてある。

 聖戦に向けて、オストラント号は、正式に参加することになったのだ。

 そのために色んな改造がなされ、現在ド・オルニエールが、オストラント号の母港となっていた。

 キュルケとコルベールが着席を待って、シエスタがワインをグラスに注ぎだした。

「では、皆さん! トゥさんと、ミス・ヴァリエールの無事帰還を祝って!」

 そしてかんぱーいっと唱和が重なった。

 楽しい会話がしばらく続いたが、コルベールがぽつりと。

「で、王政府は決定したのかね?」

「うん。」

「なるほど。では、また慌ただしくなるなぁ。」

「今度は、いったいどんなお仕事なんですか?」

 シエスタが聞いてきた。

「またお家を空けるんですか?」

 トゥとルイズは、顔を見合わせた。なんとも言えない。なにせシエスタは、ただの一般人。まさか今からハルケギニア全土の未来をかけて聖戦をするなんて言えない。

「まあ、なんてことないですよね。どんなことがあったって、トゥさん達なら解決しちゃいます。だって、今までだって大変なことたくさんあったけど、どうにかなったじゃないですか。」

 だから今度も、きっとそうだと言うシエスタに、その場の全員が救われた気持ちになった。

「ま、暗くなっても始まらないわよね。今を楽しまないと……、ね? ジャン。」

「君は、なんかというと私の頭に食べ物を乗せるが、趣味なのかね?」

 キュルケがコルベールの頭にクリームをかけていた。

「タバサちゃんは、それでいいの?」

「あなたがいる。」

 トゥがタバサに尋ねると、タバサはそう返してきた。

 トゥは、視線を前に戻し、ワインをぐーっと飲んだ。

 

 色んな人たちの顔がよぎる。

 ルイズとキュルケ、ギーシュ達、水精霊騎士隊の仲間達、そしてタバサにイザベラ、ここにはいない仲間達。

 少し前までいがみ合っていた関係でも今は大切な仲間だ。

 エルフも話せばもしかしたら…。

 

「話せば…、分かってもらえるかな?」

「トゥ…。」

「ううん。何でもない。さあ、食べよう。」

 心配そうに見てくるルイズに笑いかけ、トゥは食事にありついた。

 

 




空回りのエレオノール。

パソコンの画面の故障(たぶん)だったので、案外早くパソコンが帰ってきました。
昔のパソコンで執筆自体はやってましたが、なんかうまく進まなくって…。

これでヴィットーリオの言うとおりに聖地に行ったら、えらいことになるんですけどね…。このネタでのB分岐を見ている方は分かると思いますが…。


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第八十八話  トゥの内に秘めたる狂気

サブタイトルが不穏ですが、最初は、トゥ争奪戦。

最初はタバサを加えるつもりはなかったんですが、加えることにしました。



 

 美味しいご飯を食べてお腹いっぱいになり、お酒を飲んだトゥは、ウトウトと眠ってしまった。

 キュルケもあくびをし、コルベールの首根っこを掴んで二階の部屋に消えた。

 ヘレンも、帰り支度をしてさっさと出て行ってしまった。

 シエスタは、寝ているトゥの腕を掴んで起き上がらせようとした。

「むぅ…。」

「トゥさん、風邪引いちゃいますよ?」

「うぅ~。」

「もう、仕方ないですね。」

 シエスタは、そう言いつつ、よっこらしょとトゥを背負い、二階の寝室へと運び込んだ。

「今日は久しぶりですから、私がお借りしちゃいますね! ミス・ヴァリエール!」

「そ、分かったわ。」

「?」

 あっさりと返事を返したルイズに、シエスタは、一瞬キョトンとしたが許可を得られたと理解するや否や、寝ているトゥに、キャアキャアっとわめいてトゥに頬をすり寄せた。

 トゥは、寝ながらむ~っとか、う~っとか唸っている。

 シエスタは、チラッとルイズの方を見たが、ルイズは全然動じてなかった。

 おかしい…。こんなの見せられたら、前のルイズなら、怒りと嫉妬に震えていただろう。だが、ルイズは、ものすごい余裕な感じで椅子に座って自分の髪をすいていた。

「トゥさんにキスしちゃいますよ!」

 シエスタが、唇をトゥに近づける。だがそれでもルイズは動じない。

 もうなんというか、別人のような余裕ぶりだ。

 シエスタは、汗をかいた。

「どうしたんですか、ミス・ヴァリエール!」

「なに?」

「いつものように怒らないんですか!? 嫉妬しないんですか!?」

「怒る? 嫉妬? なにそれ?」

 もし扇子を持っていたらパタパタと自分の顔を扇いでいるような余裕ぶりでルイズは答える。

「ガリアで何かありましたね?」

「べっつに~。」

 ルイズは、足を組み、髪をかき上げながら心底余裕そうに言った。

「何したんですか!?」

 頭に血を上らせたシエスタがルイズに近づいた。

「別に~、ホントに、なにもなくってよ。」

 シエスタの睨みなどモノともせず、逆にそんなシエスタを哀れみように見るルイズ。

「あのね。私達、わかり合っちゃったの。」

「か、身体で?」

「下品なこと言わないで。」

「合せてしまったですか? あんなことやこんなことしたんですか?」

「バカね! してないわよ! ……あとちょっとだったんだけど…。」

「なんだぁ、まだだったんですね。」

 顔を赤くして焦るルイズの様子に、シエスタは胸をなで下ろした。

「うるさいわね! トゥがしないって言うからしなかっただけで、何も無かったわけじゃないわ。」

「どうせ嫌がるトゥさんに無理矢理迫ったんでしょう?」

「本気で嫌がってはなかったわ。単に私を気遣ってくれただけよ。」

「何をですか?」

「……私と最後まで一緒にいるためよ。」

 ルイズは、真剣な顔で、どこか悲しさを含ませた声で言った。

「最後までって…、なんですかそれ? まるでトゥさんがもう長くないみたいな言い方しないでくださいよ。」

 苦笑するシエスタに、ルイズは無言だった。

「えっ…? うそ…ですよね?」

「きっと、…本当よ。」

「嘘です!」

 シエスタが声を上げた。

「信じません! 信じない!」

「シエスタ!」

「トゥさんは、死なない! 絶対そんなことない!」

「落ち着きなさい!」

 わめき散らすシエスタの頬を、ルイズが叩いた。

 頬を押さえて呆然としたシエスタは、ルイズを見ると、ルイズは、泣いていた。

「そう思いたいのは、あんただけじゃないんだから…。」

「ミス・ヴァリエール…。」

「私だって、私だって! トゥを死なせたくなんてないわよ!!」

「ごめんなさい…。ごめんなさい…、ミス・ヴァリエール…。」

 ボロボロと泣くルイズに、シエスタは、謝罪した。

 二人は、抱き合い、わんわん泣いた。

 しばらくしてどちらともなく泣き止むと、ルイズは、部屋の扉の向こうに気配を感じた。

「だれ?」

 

「バレたのね…。」

 

 扉を開けると、そこには、シルフィードと、マクラを持ったタバサがいた。

「何してんのよ?」

「入るタイミングと、戻るタイミングを逃したのね。」

「なによ?」

「お姉様も争奪戦に混ぜてなのね。」

「ど、どういうことよ!」

 声を上げるルイズを無視して、タバサの両脇に手を入れて抱えたシルフィードがトゥの隣にタバサを押し込んだ。

「ま、まさか…!」

 ルイズは、ハッとし、タバサを見た。

 タバサは、身じろぎもせず、トゥの隣にいた。その頬が微かに赤らんでいる。

「のおおおおおおおお!!」

 ルイズは、よく分からん声をあげタバサをどかそうと動いた。

 それをシルフィードが立ちはだかって止めた。

「どきなさいよ!」

「使い魔としてのお役目を果たしてるだけなのね。」

「シエスタはともかく、私と被る女はダメよ!」

「どういう基準ですか。」

 シエスタが言った。

「とにかくダメだったらダメ!」

 シルフィードの横を素早く通り抜け、毛布を取ろうとすると、タバサが毛布を握って放さなかった。

「うわ、お姉様、正直すぎて可愛いのねー!」

 シルフィードは、きゅいきゅいとわめきながら部屋の中をぐるぐる回った。

「離れなさいよ!」

「まあまあ、落ち着くのね。桃髪つるぺた娘。」

「だれが桃髪つるぺた娘よ。バカ竜。調子に乗ってると自然に返すわよ!」

「お姉様は、お前達と違って、まだお初なお子様なのね。発情期のお前らとは違って隣で寝れるだけで幸せって年頃なのね。」

「いちいち、イラッとくる竜ですね!」

「まったくよ!」

「お姉様は、可哀想な子なのね。ずっと一人で寂しい想いをしてきて、やっと得られた安住の場所なのね。隣で寝るぐらい、我慢してあげるのね。それが大人の女の優しさなのね。」

「む…。」

 シルフィードの言葉にルイズは、言葉を詰まらせた。

 少し考え、ルイズは、まあ隣を取られるぐらい、まあいいかと認めたのだった。

 だが…。

「今日は私の番ですからね。」

 っと、シエスタに反対側を取られてしまい、キーッとなるのであった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、目を覚ました。

 窓のカーテンから光がまだ入ってこないので深夜だろうと思い、寝返りをうとうとすると、胸の間に何かがうまっているのを感じた。

「ん?」

 ルイズだろうかと思ったが、なんか違う。

 ルイズより少し小さく感じたし、いやに控えめな感じでくっついている。

 今、屋敷の中にいる人間で、ルイズ並に小柄な人間は一人しか思い当たらない。

「タバサ…ちゃん?」

 名前を呼ぶと、胸にくっついているタバサが僅かに動いた。

「えっと…、なんで?」

 状況がよく分からない。

 反対側からも寝息が聞こえたので、首を後ろに向けてみると、そこにはシエスタがいた。

 二人とも、すうすうと安らかな寝息を立てて寝ている。

 ルイズは、どこに?っと思って、身体を起こし、部屋の中を見回した。

 ルイズは、部屋のソファーの上にいた。

 寝ているのか、こちらに背中を向けた状態で毛布を被っている。

 ルイズの姿を見つけたことで、酷くホッとしている自分がいて、トゥは自分で驚いた。

 かつて自分には、愛する人がいた。

 けれど、もう…彼はいない。

 鳥となって消えてしまった彼は、もういない。

 それを思い出しているのに、自分の心が悲しみと絶望に沈まないのが不思議だった。

 ルイズと出会った頃なら、自分の心も記憶もメチャクチャになっていただろう。

 だが今は…。

 トゥは、シエスタとタバサを起こさないようにベットから抜け出ると、ルイズが寝ているソファーに近寄った。

 ソファーの背に顔を向けて、スヤスヤと眠っているルイズの顔を見下ろし、それからソファーの傍で両膝を床につけた。

「ルイズの…おかげ?」

 起こさないように小さめの音量で呟く。

 ドゥドゥーとの戦いの後、心が消えていく感じに囚われ、気がつけばルイズを求めていた。そして周りが見えなくなりかけてしまった。シエスタを殺しかけてしまった。自分に向けられる全ての言葉が遠く感じてうまく聞き取れなかった。

 気がつくと、ルイズが仕事に行っていていないことになっていて、ルイズがいない寂しさはあったが、心が消える感じはなくなった。あとで、それがティファニアの虚無によって記憶を一部操作したのだということは聞いた。

 ……ルイズが、帰ってこなかったら、どうなってしまっていたんだろう?

 もう身体の中にある、コレだってかなり成長してしまった。コレに支配されてしまうのだろうか?

 そうなったら……。

 思考していたトゥは、ふと我に帰った時、ギョッとした。

 いつの間にか自分の手が、ルイズの首に、触れていたのだ。

 我に帰らなかったら、この細くて白い首をへし折っていたかもしれない。

 慌ててルイズから手を離し、自分の手首を握った。

「ああ…ぁあ…。」

 恐怖に震えたトゥは、思わず壁に立てかけていたゼロの剣にすがった。

「私は…、私は…!」

 ゼロの剣を握りしめ、剣の切っ先を自分の顎の下に向けた。

「何してるの?」

「っ!」

 その声でトゥは我に帰り、ゼロの剣を落とした。

 その音に反応したタバサが杖を握って起き上がった。

「トゥ、何しようとしてたの?」

「る…ルイズ…。」

 上体を起こしたルイズが顔をしかめる。

「答えなさい!」

「ごめんなさい…。」

「どうして謝るの? 言ってくれなきゃ分からないわ。」

「私…ルイズを…。」

「私を?」

「……殺そうとしちゃった…。」

「えっ?」

 ルイズは、驚いて表情を失った。

「私、生きてちゃいけない…。」

「だからって自殺なんて考えないでよ!」

「ああ、そうだ…。私、自殺なんてできないんだ…。あははは…。どうしよう、どうしよう。私…、私…。」

 トゥは、泣き笑いの顔で額を押さえた。

「しっかりしなさい、トゥ!」

「トゥさん、どうしたんですか!」

 騒ぎで目を覚ましたシエスタが泣いているトゥの傍に駆け寄った。

「ごめんなさい、ごめんなさい…。」

「ミス・ヴァリエール、トゥさんに何かしたんですか?」

「違うわ…。」

 責めるように見てくるシエスタに、ルイズは首を振った。

 タバサは、杖を手にしたままベットの上で事の成り行きを見ていることしかできなかった。

 トゥが泣き止んだのは、朝日が昇る頃だった。

 




トゥの中に巣くうモノは、確実に成長しつつあります。かなりスローペースですが。

原作と違って、タバサをルイズとは間違えませんでした。
部屋にソファーあったっけ? まあ、あるということにします。さすがに床で寝ているのは…。

活動報告でも書きましたが、ゲームが面白くてちょっと執筆が遅れてます。すみません。


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第八十九話  トゥと、エレオノールの夜の来訪

なんやかんや更新してますね。

しかし、RPGは、やめどころが分からなくて困る。

今回、ちょっとルイズがヤンデレ気味?


 

 それから、三日。

 王宮からの連絡も無く、ド・オルニエールでの日々は平和そのものだった。

 …まあ、夜寝るとき、ベットでトゥの左右を、ルイズとシエスタとタバサが奪い合うということを抜けばであるが…。

 トゥは、あの夜からボーッと上の空になることがあった。

 まるでルイズと出会った頃、ボーッと上の空になっていた頃に戻ってしまったかのように。

 ヘレンから噂を聞いたド・オルニエールの住民達が、それを心配してトゥに元気を出して欲しいとお見舞いの品を持ってきたりしてくれた。しかし、一向に良くはならない。

 ルイズを無意識のうちに殺そうとしてしまったことが、トゥの心に重くのしかかっているのだ。

 ルイズは、気にしてはいなかったが、トゥはそうじゃない。

 一瞬、ティファニアに頼んでまた記憶を操作してもらおうかなんて考えも浮かんだが、そんなことでは根本的な解決にはならないと思い考え直した。

 今日も今日とで、キャアキャアワアワアピイピイっとルイズ達がトゥの隣を巡って攻防を繰り返している中、ベットの上で体操座りをしてボーッと上の空になるなっているトゥがいた。

「分かったのね。じゃあ、お姉様は、上なのね。」

「はあ!?」

 無口なタバサの代わりに攻防をしているシルフィードの言葉に、ルイズが声をあげた。

「両隣がお前らに取られている以上、上しかないのね。」

「何言ってんのよ! それ、ま、ままままま、マズイじゃないの!」

「お姉様は、発情期のお前らとは違うのね。」

「だったら私が上よ!」

「ダメなのね。それこそ、ヤバいことになるのね。まだ清いお姉様のお目汚しになるのね。」

「誰が汚いよ!」

 ルイズがギャーギャーと反論する。

「トゥさん、隣、失礼します。」

 その隙にシエスタがトゥの隣に来た。

「こら、抜け駆けするんじゃないわよ!」

「じゃあ、早く決めてください。」

「ささ、お姉様、隣に早く上に乗るのね。」

「待ちなさいよ! まだ決着がついてないわ!」

「桃髪つるぺた娘も早く隣に入って寝るのね。夜更かしは身体に悪いのね。」

「だから上はダメーー!」

「……っ…。」

「トゥさん?」

 するとボーッとしていたトゥが上を見上げた。

「どうしたの、トゥ?」

「…誰か来る…。」

 トゥがそう呟いたとき、階下から扉を叩く音が聞こえた。

「こんな夜中に誰かしら?」

「近所の人では…、ないですよね?」

 シエスタがそう呟くと、シエスタは、ハッとして口を押さえた。

「まさか、トゥさんを狙っているという…!」

 シエスタの言葉に緊張が走った。

 現在牢に入れられている元素の兄弟と呼ばれる殺し屋の一人、ジャックは、何をされてもかたくなに口を開かないと言われている。

 トゥは、ベットから降り、壁に立てかけていた大剣を握った。

『俺も連れてけよ。』

 そういうデルフリンガーも腰に差す。

 ルイズもタバサも杖を握り、シルフィードにシエスタを任せて、トゥとルイズとタバサは、部屋を出た。

 そこには、すでにコルベールとキュルケがいた。

 お互いに頷き合い、慎重に階下に降りると、いまだ叩かれ続けている扉の両脇を固めた。

 目で全員に合図をし、トゥが鍵を外した。

「開いてるよ。」

 そう言った瞬間、扉が開き、誰かが飛び込んできた。

 左右から魔法が飛び、キュルケは巨大な火の玉を杖の先に作り、ルイズはエクスプロージョンの呪文を詠唱し、トゥが扉から侵入した輩を取り押さえた。

「誰?」

「…あ、あなた達! どういうつもり?」

「えっ?」

 その声に、トゥとルイズがキョトンッとした。

 キュルケの炎の光で、その人物の顔が見えた。

「え、エレオノール姉様!?」

 真っ青になったルイズが叫んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 その後、こってり怒られた。

 キュルケ達は、相手がエレオノールだと分かると、部屋に引っ込んでいってしまい、残されたトゥとルイズは、足を組んで椅子に座っているエレオノールに睨まれっぱなしだった。気の強さが顔に出ていて、まさに女帝のごとくである。

 二人ともシューンっと項垂れている。トゥは、上の空だったのが嘘だったみたいに感情を取り戻している。

「まったく! 私を殺し屋を間違えるなんて、言語道断だわ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」

「本当に、ごめんなさい…。」

 謝り続けるルイズとトゥを交互にねめ回したあと、エレオノールは、お腹がすいたと言い放った。

 シエスタがいそいそと、食事を用意し、エレオノールは出された食事を食べた。

「で、……姉様、一体今日はどんな用事でこられたの?」

 ルイズが恐る恐る聞いた。

 するとエレオノールは、わずかに頬を染めた。

「まあ、用事ってほどじゃないけど、しばらくここに厄介になろうかと思ってね。」

「えええええええええええ!?」

「えっ、どういうこと?」

「ま、まあ、たまには郊外の暮らしも悪くないんじゃないかってね。」

「アカデミーは、どうするんですか?」

「ここから通うわ。」

「えっ? どうやって?」

「竜籠を持ってきたわ。あなた達、お世話よろしくね。」

「あの…。」

 トゥが何かを感じて聞いた。

「もしかして、怖いんじゃ…。」

 すると、エレオノールはビクッとなった。

「ああ。そうよねー。あの話。知ってるのは私達だけだし…。」

「こ、怖くなんてないわよ。」

「うそ。怖いんでしょう?」

「怖くないってば。」

「姉様は、昔からなにげに臆病でしたよね。」

 ルイズが言った。

「いいからもう! あなた達は寝なさい! 子供は寝る時間よ! あと、明日はお話がありますからね!」

 そんなふうに叫びだしたので、トゥとルイズは、慌てて二階へ逃げた。

 そして気を取り直して、ベットに入り、ルイズが右側、シエスタが左側、そしてタバサがトゥの上に乗った。

 シルフィードは、ベットの傍らで丸くなってスヤスヤと寝息を立てている。

「タバサちゃん、軽いね。」

「……。」

「トゥ…。」

 横を見ると、ルイズがすごい目で見てきていた。

 っと、その時。

 

「ルイズ。私はどこで寝れば……、って! なに! あんた達! ちょっとぉ!」

 

 同じベットで寝ている四人を見て、エレオノールが絶叫した。

「い、いいいい、一体…、ああああ、あなた達は…。」

 エレオノールは、泡を吹いて倒れた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 エレオノールが復活してから、トゥとルイズは、一階の居間に再び連れてこられて、お説教を受けた。

「さすがに、一緒に寝ているなんて思わなかったわ。」

 エレオノールは、これ以上無いほど怒っていた。

「…ま、前から一緒に寝ているんだし、今更です。」

「なんですって! ちびルイズ、なんてはしたないことを!」

「だって寮のベットは一つしか無いから…。」

「適当に床にでも寝転ばせればいいのよ!」

「最初は、そうしようとしたんですけど、トゥが言うこと聞かなくて…。」

「まあ! 使い魔になめられているなんて!」

「でも、同性同士ですし、問題ありません。」

「昔はともかく、今はどうなの!?」

「……それは…。」

「口ごもるんじゃありません! もう問答無用です。」

「えっ?」

「予定は変更。ルイズ、明日一緒に、ラ・ヴァリエールに帰るわよ。」

「そ、そんな!」

「同じ性別の相手をイヤらしい目で見ていて、しかも隣に置いて寝ているなんて始祖ブリミルがお許しになると思っているの? もう、一から母様と父様に教育していただきます。」

「お、お断りします。」

「何を言っているの?」

「私…、やらなきゃいけないことがあるし…。」

「そうよね……、あなた、担い手ですものね。」

 エレオノールは、深くため息を吐いた。

「私、決めたんです。」

 ルイズは、背筋を伸ばしてまっすぐにエレオノールを見て言った。

「何があっても…、それこそ世界が終わっても、トゥと一緒がいいって、決めたの。例え、この大地が全部めくれ上がっても! 離れませんから!」

「る、ルイズ…、あなた…。」

「私がトゥを離したくないの! 私とトゥを引き離すなら、アルビオンの艦隊を滅ぼしたあの爆発でこの国を滅ぼして見せましょう!」

「ルイズ…、それはいくらなんでも…。」

 さすがにツッコミを入れるトゥ。

「私は、本気よ?」

「えー…。」

「精神力もたっぷり貯まってる今ならやれるわ。」

 ルイズは、胸を張って答えた。

 エレオノールは、眉間を押さえて、俯いた。

 末の妹の恋心が末期どころのレベルじゃないと分かってしまったからだ。

 これ以上言ったら、本気で国を滅ぼしかねない…かもしれない。

「でも、あの後、ぐったりしてたじゃん。」

「それは言わないの。」

「…ルイズ。」

「なんですか、エレオノール姉様?」

「…はあ…、もういいわ。」

「っと、言いますと?」

「許したわけじゃありませんからね。」

「許しなんかいりません。私、トゥと一緒にいられないなら、名前だって捨てるつもりですから。」

「! 国はおろか、ラ・ヴァリエールまで捨てるというの?」

「ええ。」

 ルイズは、何のことはないように返事をした。

「…この女のどこがそこまでいいのよ…。」

「トゥがいいの。トゥじゃないといけないの。」

「バカ…、バカちびルイズ…。」

「ええ。バカで結構です。」

 エッヘンと胸を張るルイズに、エレオノールはますます深くため息を吐き、トゥはオロオロした。

「………ったく、恋は盲目っていうけど、本当ね! でも約束は約束よ。そこのあなた! 私、あなたと約束したわよね? 貴族の仕草を身につけるって。」

「えっ? そんな約束しましたっけ?」

「忘れてんじゃないわよ!」

 叫ぶエレオノールを見ながら、トゥは思い起こす。そういえば、そんなことを勝手に決められてしまったような…。

「グズグズしてないで、さあ、やってごらんなさい。」

「はい…。」

 トゥは、あの後ルイズに無理矢理教えられたことを実践して見せた。

 エレオノールは、黙っていた。

「あの…。」

「全然ダメじゃない! あのね、公爵家の娘が欲しいなら…。」

「あ! 私が嫁いでいいんですね!?」

「あんたはあんたで、なに良い方に解釈してんの!?」

 手を上げてピョンピョン跳ねるルイズを、エレオノールが睨んだ。

 しかし、やがてエレオノールは、諦めたように大きく息を吐き。

「まったく……。でもこれだけは、約束してちょうだい。今日から同じベットは禁止。いいわね?」

「でもベットは一つしか無いから…。」

「それから、あなた。」

「私?」

「明日から、ビシバシ貴族のなんたるかを叩き込んであげるから、そのつもりで。仮にもラ・ヴァリエールの娘を娶ろうというのだから、それなりでは困ります。」

「私がお嫁さんでいいのね!」

「ルイズは、黙りなさい。…いい? 家柄がないぶん、気品で補っていただくわ。」

「はい…。」

「声が小さい!」

「は、はい!」

「わかったら、もう寝なさい。ああ、私のベットも用意しておいてね。」

 そう言うエレオノールに、ルイズは頷いた。

 二人が二階に戻っていくと、エレオノールは、食事についていたワインをグラスに注ぎ、ぐーっと飲んだ。

「はあ……、どこかにいい男いないかしら…。」

 っと、呟いたのだった。

 




ルイズが、トゥ大好き!って感じを出そうとしたら、こうなった…。あれ?
エレオノール姉さん、ドン引きです。

このネタでは、ルイズの方が恋に夢中なので、ルイズとその周りをどう書くか、どう動かすか毎回悩んでます。

世界が終わっても一緒がいい。これ、一応今考えてるD分岐での伏線かな?


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第九十話  トゥとルイズ その3

遅くなりました。
活動報告でも書きましたが、ゲームにはまってました…。はい。
あと、仕事が忙しかったのもあります。

なんて言い訳をしつつ、ついに90話です…。でもたいして進んでません。


 

 

 とりあえず、エレオノールには、シエスタのために用意した部屋(※スピリットが出た部屋)で寝てもらうことにした。もちろん、魔物が…、幽霊系が出たことは黙っておく。

 あの日から、ベットも新調したので分かりやすいように扉を開けておいた。

「トゥ、あんたはどこで寝るの?」

「ここで寝るよ。ソファーなら寝やすいし。」

「えっ? それまずいわよ。」

「ずっとルイズと一緒に寝てたけど、約束は約束だから。」

「もう…。」

 今更ながらエレオノールの来訪のせいで厄介なことになったと、ルイズは頬を膨らませた。

 今までずっとトゥと一緒に寝てきたのだ。今更離れて寝るなんて考えられないし、寝られる気がしなかった。…勘違い家出の時など、トゥが隣にいないという事実に押しつぶされそうになったものだ。

「でも、ルイズ。いいの?」

「なに?」

「家を捨てていいの?」

「いいわよ。あんたと一緒に居られるなら。」

「あんなに、大事にしていた家族なのに?」

「……そうだったかしら?」

「ルイズ?」

「なぜかしらね? あなたと一緒にいられなくなることに比べたらって、思っちゃうの。」

「ルイズ!」

「…私…、おかしい?」

 驚愕しているトゥに、ルイズは上目づかいで聞いた。

「ねえ、ソファーに座らない?」

「う、うん…。」

 ルイズに促され、トゥはルイズと一緒にソファーに座った。

 すると、トゥの横にルイズが寄り添ってきた。

「ルイズ?」

「…このまま、もう少し…。」

「ねえ、ルイズ…、私…。」

「なぁに?」

「ルイズのためなら…。」

「私のため?」

「………ううん。なんでもない。」

「そう…。」

 それからしばらく、二人は身を寄せ合った。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「…キスして。」

「いいよ。」

 珍しくトゥは、ルイズの期待に応えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 後日。

「…はあ…、眠れないわ。」

 単純に夏だから暑いとかいうのもあるが、起き上がったルイズは、両手首に結んだヒモの先を交互に見た。

 左右には、シエスタとタバサがいる。ルイズの両手首のヒモの先は、彼女達の片手首に結ばれていた。

 これは、放っておくと、シエスタとタバサがトゥのところに行くのを防ぐためだ。

「エレオノール姉様も酷いわ。私、トゥ無しじゃ寝られないのよ。」

 やはり予想していたとおり、トゥがいなくて寝られなかったのだ。

「医学的見地から、そんなこと許されないわ。」

 などと、根拠も無いことをブツブツと呟く。

「そうよ…。五分くらいならいいわよね…? エレオノール姉様に見つからなきゃいいのよ。五分なら、キスだってできるわ。安眠のため…、そう安眠のためなのよ。」

 そうと決まればと、ルイズはうきうき気分で両手首のヒモを外そうとした。

 その時、バターンと扉が開いた。

「どうもなのね。」

 シルフィードだった。

 そして、シルフィードは、タバサとつながっているヒモを囓りだした。

「なにしてんのよ?」

「決まってるのね。お姉様を連れて行くのね。」

「どこへよ?」

「お前の使い魔のところへなのね。」

「んな!」

 カッとなったルイズは、立ち上がろうとしたが、両手首のヒモがあって立ち上がれなかった。

 シルフィードは、シルフィードで、うまくヒモを食いちぎれずにいた。

「何なのね、このロープ! おい、ちび桃!」

「なによ、その呼び方!」

「髪が桃で、ちびだからなのね。」

 シルフィードの言葉にまたカッとなったルイズは、シルフィードが咥えているヒモを引っ張った。

 噛む対象を失ったシルフィードの上下の歯がぶつかりあい、ガチンっと鳴った。

「なにするのね。」

「獣の分際で、人間様の部屋に軽々しく入ってこないでちょうだい。」

「人間風情が何言ってるのね。我々韻竜は、泣く子も黙る古代の眷属なのね。しょせん、お前達とは歴史や文化や積み重ねてきたものが違うのね。」

「ロープをガシガシ口でかみ切ろうとしてて、よく言うわよ。」

 ルイズは、呆れた目で言いながら、シルフィードからヒモを奪い取ろうと動いた。

 その動きで、シエスタとタバサが目を覚ました。

「…なに?」

「なんですか、なんですか?」

「きゅい! お姉様、やっと目を覚ましたのね。」

 シルフィードは嬉しそうにタバサに抱きついた。

「シルフィがお姉様を無事解放して、行きたいところへ運んであげるのね。背中を押して。」

「どういうことですか? 貴族同士の密約ですか? 一日交替とかそういうアレですか?」

「違うわ。そこのバカ竜が勝手に余計なことをしようとしただけよ。」

「余計なことじゃないのね。主人の気持ちを代弁しているだけなのね。」

「いいから、代弁なんかしなくていいから、外へ行きなさい。竜は外で寝る生き物よ。」

 ルイズとシルフィードがにらみ合う。

 その間に、シエスタがタバサに本当に代弁しているのかと聞いたりしていた。

 しかし、やがてシエスタが失礼しますと言い、タバサの身体を触った。

 そして。

「ミス・ヴァリエール。」

「あによ?」

「ミス・タバサですが…。明らかに発情しています。」

「!」

 顔を赤くしたタバサが自由になる右手で杖を握ってサイレントの呪文を使い、シエスタの言葉を消した。

 言葉を封じられると、シエスタは、身振り手振りで伝えようとするので、タバサは、シエスタの頭をポカポカと叩いた。

 ルイズは、ため息を吐き、タバサに近寄って、耳元で囁いた。

 するとタバサは目を見開き、口をぽかんと開けた。

「トゥはね。私のこと…、あの夜、殺しかけたのよ。」

「ミス・ヴァリエール!?」

「きっと、トゥは、戦ってるわ。自分の中にある、ナニかと。それを邪魔する気?」

「何分かったように言ってるのね?」

「私は、トゥのこと分かってるわ。」

「お姉様も分かってるのね。」

「そうかしら?」

 ルイズとシルフィードがにらみ合った。

「お姉様は、おまえの使い魔の中に根付いてるモノのことをちゃんと理解してるのね。」

「…それでも、トゥを求めるの?」

「叶わない恋だって分かってるのね…。でも、その気持ち、お前にはよく分かってるはずなのね。」

「…っ。」

 そう言われてしまうとルイズは、言葉を詰まらせた。

「けど、ダメよ。」

 ルイズは、タバサを睨んだ。

「タバサは、…トゥを追い詰めるようなことをしたわ。あんただって、本当は、食べたいんじゃないの、シルフィード。」

「そ、それは…。」

 自分にも話を振られ、シルフィードは焦った。ついでに涎を口の端から垂らした。

「…やっぱり、一番にあんたを土に返すべきかしらね?」

「ま、待つのね! 絶対に食べないのね!」

「なら、まずは、涎を拭きなさい。」

「あわわわ。あー! お姉様! 杖を向けないでほしいのね!」

 タバサに杖を向けられ、シルフィードを大慌てで涎を乱暴に拭った。

 そうこうして、大騒ぎしていると、扉がばたーんと開かれた。

「あなた達! 今何時だと思ってるの!」

 エレオノールだった。

 この後、エレオノールに二時間、こってり怒られた。

 あと一時間もすれば、夜が明けるだろう。

 エレオノールをはじめとした、ルイズ以外の面々が眠気に耐えきれず適当に寝ていると、ルイズは、そろりと部屋から出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 足音を殺して、トゥがいる部屋に来ると、ベット代わりのソファーに、トゥが腰掛けていた。

「起きてたの?」

「うん。ルイズも?」

「…うん。」

「ずっと一緒に寝てたもんね。」

 トゥは、クスッと笑った。

「そうね…。」

 つられて笑ったルイズは、トゥの隣に座った。

 ルイズは、横にいるトゥに寄りかかった。微かに香るトゥの匂いに目を細める。

 ふと、トゥを見上げると、トゥは、何か考えているような顔をしていた。

「…何考えてるの?」

「…聖戦のこと。」

「やっぱり、納得できない?」

「うん。」

「そりゃ、教皇聖下の言うことはもっともよ。住むところが無くなるもの。でも、あんなに強力なエルフを相手にするんだものね…。」

「交渉って…。要は、こっちのことが怖くないとできないよね。」

「そんじょそこらの魔法じゃダメよ。」

「ルイズ…。」

「…きっとその時が来れば使えるようになるわ。」

「あのね。ルイズ。」

「なによ?」

「さっき、ティファちゃんから手紙が届いたの。」

「早く言いなさいよ。」

 トゥは、手紙をルイズに渡した。

 ルイズは、その手紙に目を走らせた。

 そこには、教皇からの指示でド・オルニエールに向かえと言われたことが書かれていた。

「明日、来るんだ…。え? ここで使い魔を召喚するですって!?」

「そうなんだよ。」

 トゥは、困ったように言った。

「いよいよってことだよね。四の四を揃えるって。」

「そうね…。」

 ルイズは、声が震えた。

 間近に迫った聖戦に、そしてその戦いの要となる己が背負わなければならないハルケギニアの未来の重たさに、知らず知らず身を固くしたルイズの肩をトゥが抱き寄せた。

「大丈夫だよ。ルイズ。」

「トゥ…。」

「もしも…、エルフ達が、私達に『そんなの知るか。勝手に滅びろ』っとか言ったら…。私が…。」

「トゥ、勘違いしないで。」

「えっ?」

「背負うのは、あなただけじゃないわ。」

「ルイズ…。」

「…一緒よ。」

 ルイズは、トゥの手を握った。

 

 




原作より、強気(?)なルイズです。

次回は、元素の兄弟との再戦と、エルフの襲撃です。


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第九十一話  トゥと二つの襲撃者

続けて投稿。

元素の兄弟との再戦と、エルフの襲撃です。


 

 ルイズを自分の太ももの上で寝かせ、トゥは、ふうっとため息をついた。

「ルイズ…。」

 トゥは心配だった。

 エルフを脅かさせるほどの魔法に、果たして小さなルイズの身体で耐えられるのだろうかと。

 初歩中の初歩であるエクスプロージョンでも、相当な精神力を削るのだ。それ以上の魔法となると…。

 例え、命の危険にさらされても、きっとルイズは、その魔法を使うだろう。自分の故郷のために…。

 トゥといられないなら、国を滅ぼすだのと言っているが、本気では無いだろうとトゥは思っていた。

 若さ故に恋に夢中になるあまりに、勢いで言ったことだろうと思っていた。

「ルイズ…。私は…。」

 寝ているルイズの頭を撫でる。

 もしも、ルイズが命を失うほどの魔法を使わなければならなくなったならば、自分は止めるだろう。

 そして使うだろう。自分が持つ、力を。

 嫌悪し、自分を蝕み続ける、この忌まわしい力を。

 例えエルフとて、花の力を止められはしないだろう。コレの力は、そういうものだ。

 もし、花が咲ききったら…。その時こそ…。

「ごめんね、ルイズ…。最後まで…、一緒にはいられないかも。」

 トゥは、眠っているルイズに囁いた。

 そして、ルイズの口に、無意識に顔を近づけていた。

 だが、その時。

「?」

 窓の外に、気配を感じた。

 ルイズを起こさないように立ち上がり、窓に近づこうとしたが、念のため剣を握った。

 そして窓を開け、地面に飛び降りた。

 すると、無数の魔法が、火や氷が飛んできた。

 トゥは、それを予測しており、飛んでそれを避けた。

 姿勢を低くし、魔法が飛んできた方向を見た。

 わざと二階から飛び降りたのは、敵の数を調べるためだ。

「……誰? って…、やっぱり、あの人達だよね? 元素の兄弟の人。」

 トゥがやれやれと言った調子で聞くと、沈黙の後、返事が帰ってきた。

「そうだ! 神妙に勝負しろ!」

 ドゥドゥーだった。

「もう…。大変なときなのに、それでもやるの?」

「それがどうした! 僕には関係ないね!」

「大ありだわよ。」

 ドゥドゥーの後ろからジャネットが現れて言った。それと、牢にぶちこまれていたはずのジャックまで現れた。

「もう、ドゥードゥー兄様、いい加減にしてよ。おかげでこの国の貴族共は、出兵でお金がなくなっちゃって、依頼はキャンセル。ただ働きしてどーすんのよ。」

「やっぱりトリスティンの貴族が依頼主なんだね。」

「依頼人を明かすなよ!」

 ドゥドゥーが怒った声で言った。

「あら? もう依頼人じゃないわ。どうでもいいじゃない。」

 そんなやりとりをトゥは聞いていて、ため息を吐いた。

「みんな死んじゃうかも知れないんだよ? あなた達も…。」

「いやぁ。どこにいたって変わらないさ。それにどんなことになったって、俺たちは生き残れる自信があるんでね。」

 ジャックがそう答えた。確かに彼らほどの実力者ならどのような状況になっても生き残れそうだ。

 トゥは、またため息を吐いた。たかが人気が出たぐらいで自分を殺すよう依頼するのだ、結局貴族達は自分のことしか考えていないのだろう。

 だが、平民は?

 地面を耕し、あるいは、家畜を遊牧して生きている民はどうなる?

 貴族よりも圧倒的に数が多いのに…。

 彼らは、きっとそんな人々のことなど考えていない。

「くだらない…。」

「くだらない? くだらないだと!? 僕はこの世界最強のメイジになるんだ! その夢をくだないって言うのか!」

 トゥの呟きを勘違いしたらしいドゥードゥーが杖を抜き、トゥに襲いかかってきた。

 トゥは、それを冷静に大剣で防ぐ。

 大木のようなブレイドが放たれるが、それも大剣で防いでいく。

「もう…、相手してられない。」

「戦え!」

「やだ。」

 トゥは、大剣でドゥードゥーを弾き飛ばし、屋敷とは反対方向に走っていった。

 ドゥドゥーがその後を追うが、その前に青い影が立ち塞がった。

「な、なんだおまえ!?」

「えっ?」

 トゥが驚いて振り返ると、そこには、タバサがいた。

 ネグリジェ姿で、いかにも騒ぎを聞いていち早く駆けつけてきましたという格好だった。

 タバサの怒りが具現化されたような、凄まじい数の氷の矢がドゥドゥーに降り注いだ。

 ドゥドゥーは、それを杖で防ぐが、何本かが身体に刺さった。

「ぐっ!」

 痛みにうめいて地面に転がったドゥードゥーに、タバサが杖を突きつけた。

「動いたら、殺す。」

 タバサが氷のように冷たい声で言う。

 だがドゥードゥーは、自分自身を巻き込んでライトニング・クラウドを放った。

 タバサは、咄嗟に杖で庇ったが、それでも握った杖から電流が流れ、右手に通電した。杖を落としそうになったが、左手に持ち替え、後ろに飛び、同時に呪文を放つ。

 風の魔法がドゥードゥーを吹き飛ばした。

 時間にすればわずか一秒とかいうレベルの攻防だった。

「まったく、言わんこっちゃないわよね。この屋敷にはメイジがいっぱい詰めてるからやめろって言ったのに…。」

 様子を見ていたジャネットがため息を吐き、ドゥードゥーを助けるために呪文を使おうとした。

 だが次の瞬間。

「きゃあ!」

 目の前で爆発が起こったため、ジャネットは吹き飛んだ。

 月明かりに照らされ、ネグリジェ姿の桃色の髪の少女がジャネットを睨み付けていた。

「あれ? あなた…ヴァネッサ?」

「違うわ。ルイズよ。やっぱりあなたは、トゥを狙う殺し屋だったのね?」

「今は違うわ。」

 ジェネットは、にっこりと笑って起き上がった。

「兄の付き合いで来ただけよ。」

「どっちにしろ、殺しに来たんでしょ。そんなの、私が許さない。」

「なぁんだ…。結局許しちゃったんだ。」

 するとジャネットは、大げさにため息をついてみせながら言った。

「う、うるさいわね! 勘違いだったのよ!」

「でも、親友の胸に抱きついているの見ちゃったんでしょー? あのトゥっていう子が。で、それが許せなくって、修道院に入っちゃったのに、ちょっと優しくされたら許しちゃうんだ、へー。」

「だから! あれは、私の! 勘違い! だったのよ!! むしろ、私が許してもらったのよ!」

「私、そんなあなたのために、わざわざ修道院まで案内してあげたんだから。それなのに、こんなに簡単に仲直りなんて。興ざめだわ。」

「おだまり。」

「安い女ね。」

 ジャネットの言葉にルイズは、髪を逆立たせて、エクスプロージョンを唱えた。

 爆発が起こるが、そこにはすでにジャネットはいなかった。

 ルイズが驚いていると、ルイズの耳元にジャネットの声が響いた。

「絶対に許さないって、頑なになってるあなたが好きだったのにな~。」

「な!」

 ルイズが驚いていると、いつのまにか横に来ていたジャネットに腕を掴まれた。

「放しなさい!」

「ねえ。あなた、あの女のどこがいいの? 私、あなたのことかなり気に入ってたのよ。だって、こんなに…。」

 ジャネットは、ルイズの頬を舐めあげた。

「すごい力を持ってるんだもの。」

「馬鹿にしないで!」

 ルイズは、自由になる左手でジャネットを叩こうとしたが、その手を握られて防がれ、さらに蹴りを食らわせようとしたが、それもガードされた。

 次の瞬間、ゴウッと大剣が迫ったため、ジャネットは、ルイズを抱えて飛び退いた。

「ルイズを放して。」

「あなた、今、この子ごと切ろうしなかった?」

「ルイズを切るわけないじゃない。」

 トゥは、にっこりと笑った。

「…ねえ、本当にどうしてこんな女が良いの?」

「あんたには関係ないわ!」

「ルイズを放して。」

「いやぁよ。この子は私のお人形にするわ。」

「…ルイズを、放して。」

「それ以上近づくと…。」

「ルイズを…放して…。」

「ちょっと…、私がこの子に危害を加えるかもって思わないわけ?」

「あ…、まずい…。あんた! 死にたくなかったら放して!」

「えっ?」

「ルイズを…はな…して…。」

 トゥが大剣を構えたまま、ジリジリと迫ってきたので、ジャネットをルイズを抱えたまま同じだけ後退した。

 ルイズは、汗をダラダラとかいた。

「まずい…。本当にまずいわ! トゥ、トゥ! 私は大丈夫だから、正気に戻って!」

「ルイズぅ…。」

「お願い! お願いジャネット! 私を放して! トゥが、トゥが!」

「な、なんだかよく分からないけど…、複雑な事情があるのね。」

「……。」

 しかしトゥは、身を翻し、タバサと戦っていたドゥードゥーに襲いかかった。

 背後に気づいていなかったドゥードゥーは、完全に油断しており、簡単に杖を切られてしまった。

「あっ!」

「…タバサちゃん、大丈夫?」

 先ほどドゥードゥーからの攻撃で膝をついていたタバサに、トゥが声をかけた。

 タバサは、こくりと頷いた。

「よかった。」

 トゥが微笑んだ。

 タバサは、そんなトゥの微笑みを眩しそうに見ていた。

 いまだジャネットに捕まっているルイズは、それを見ていて、ムッとした。

「あら? ライバルは多そうね?」

「うるさい!」

 その時、ジャネットとルイズの背後から火の魔法が飛んできた。

 ジャネットは、気づいてルイズを放して跳んだ。

 ルイズは、ジャネットから解放されるといち早くトゥのもとへ行き、その身体に抱きついた。

「ルイズ?」

「バカ! なんで、私よりタバサを優先してんのよ!」

「だって、タバサちゃんが危なかったから…。」

 ポカポカと叩いてくるルイズにオロオロとするトゥ。

 そして、次の瞬間、二人は地面に突如として現れた水面に落ちた。

「ぶは! なに!? 地面が…。」

「ぶくぶく…。」

「トゥ!?」

 大剣を手にし、デルフリンガーを腰に差していた握っていたトゥが沈んだ。

 ルイズは、慌てて傍の木の根に掴まり、沈まないようにしながらトゥを探した。

「トゥ! トゥ!」

「ぷは!」

 ルイズの横からトゥが飛び出して、木に掴まった。

「あー、びっくりした。」

「だいじょうぶ?」

「うん。ルイ…ズ…は…、?」

「あれ…ね…ねむ…い…?」

 ルイズががくりっと首を下げ、眠りに落ち、トゥは眠気に耐えながらルイズを掴んで地面に投げた。しかし自分の方は、眠気で木の根に引っかかる形になって眠ってしまった。

 眠ってしまったトゥは、手から大剣を手放してしまった。

 そこへローブをまとった人物が近づき、トゥの体を持ち上げて、杖も使わず魔法を使って泳ぎ去って行ってしまった。

 タバサがトゥを浚っていく者に追いすがり、魔法を使ったが、別の者によって阻まれた。

 その際に、頭に被っていたローブが外れ、そこにあった長い耳を見て驚愕することになった。

 彼らは、エルフだったのだ。

 驚くタバサに、エルフの先住魔法が放たれ、タバサはなすすべも無く倒れてしまった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 夢を見た。

 

 薄紅色の花の夢。

 

 久しぶりに見た。

 

 しかし、前とは違う。

 

 蕾のように閉じていた花が徐々に花開いていく。

 

 ああ…、これは、自分に残された時間だ。

 

 自分の中で確実に育っていっているモノの姿だ。

 

 自分には…、もう…時間が無い。

 

 ルイズ、ルイズ…。ごめんね。きっともう、最後まで一緒には…。

 

 

 トゥは、そこで目を覚ました。

 目を開いて、自分が泣いていたことに気づいて乱暴に手で拭った。

 起き上がろうとして、手を突くと、ムニュッと、何かとても柔らかい感触があった。

「えっ?」

「ふにゃ…。」

 少女の声も同時にした。

「ティファ…ちゃん?」

 見ると、ティファニアが隣に眠っていた。

「ん…、トゥ…さん?」

「目が覚めた?」

「ええ…。あれ? ここは?」

「? そういえばどこだろう、ここ?」

 改めて周りを見回すと、そこは見覚えの無い場所だった。

 二人が寝かされていた場所は、白い壁で、様々な物が脈絡なく飾られていた。絵画や、人形、タペストリー、そして宝石のたくさんついた鏡など。

 それ自体は別におかしいことではないのだが、何か妙だった。

 何がおかしいのかと考えていると、ハッと気づいた。

 飾り付けがおかしいのだ。

 帽子がけになぜかバケツがかぶせてあったり、箒が逆さになっていて、その上に羽根のついた帽子が乗せられていたり、天井からは傘がぶらさげられていて、さらにドレスがカーテンのように窓にかかっているのだ。

「わー…。ずいぶん独創的。」

 トゥは、苦笑いを浮かべながらそう呟いた。

「あれ? この服…。」

「どうしたの?」

「これ…エルフの服だわ。」

 ティファニアは、自分が身につけている服を見て言った。

「母さんの形見に似てるもの。」

「えっ?」

 二人が目をぱちくりさせていると。

 そこへ、一人のエルフがやってきた。

 




若干狂気を見せたトゥですが、周りのことにも気を配っていました。

変なところで切らせてもらいましたが、長くなりそうだったので、ルクシャナとの出会いは、ちょっと次回に持ち越しました。

次回は、どうしようかな…。
このネタでの設定だと、悪魔=虚無ではなく、花(ウタウタイ)=悪魔という図式にしているので、エルフ達とのやりとりを考えないといけませんね。


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第九十二話  トゥとティファニアとルクシャナ

仕事が忙しい…(涙)。
春のシーズン嫌い…。ゴールデンウィーク?なにそれ美味しいの?

今回は、デルフが生きてるので、微妙にオリジナル展開ですが、原作沿いです。

このネタにおけるエルフにとっての、悪魔とは…?


 

 見た感じの年齢は、ティファニアとルイズを足して二で割ったような容姿の、そのエルフの少女は、タオルで濡れた身体を拭きながら現れた。

 ティファニアの尋常じゃ無い胸とは反対に、どちらかというとルイズよりの胸であるが、むしろそちらの方が妖精っぽさが増すのだという変な発見をした。

「あら? 目が覚めた?」

「あなたは…。」

「私は、ルクシャナっていうの。よろしくね。」

「はあ…。」

 なんだか拍子抜けする。

 敵意も殺意も感じられない。

 だがティファニアのことをいつでも守れるように構えつつ、トゥは、ルクシャナと名乗ったエルフの少女に質問をした。

「ここは、どこ?」

「ここは、砂漠(サハラ)よ。私達の国、ネフテス。」

「砂漠?」

 自分は確かド・オルニエールにいたはずだ。なのに、いつの間に砂漠になど来たのか。いや…そもそも、彼女は私達の国と言った、つまり…。

「私と…ティファちゃんを攫ったの?」

「そうね。」

「どうして?」

「あなた…、悪魔なんでしょ?」

「えっ?」

 悪魔と言われ、トゥは、呆然とした。

「しかも、虚無の守り手だし。あなた達が復活しちゃうと困るんですって。とんでもない魔法で、攻められたらたまんないわ。」

「だから攫った?」

「そうよ。一人でも欠けたら…、そもそも悪魔自体がこっちの手に落ちれば大丈夫でしょ? あなた達って不便よね。」

「私が…、悪魔?」

「あら? その自覚が無いのね?」

「トゥさんは、悪魔なんかじゃありません!」

 ティファニアが声をあげた。

「私はよく分からないけど、そういうことなのよ。」

「ルクシャナさん。」

「えっと…、あなたの名前は? あ、トゥって言ったわね。蛮人の名前にしては覚えやすいじゃない。」

「私達を、どうするの?」

「どうもしないわ。」

「えっ?」

 思いがけない返答に、キョトンとしてしまった。

「私達は、あなた達の力が復活しなければそれでいいの。だから逆に、死んでもらっては困るわけ。あ、でも悪魔のあなたはどうなるかしらね?」

「殺すの?」

「それは私が決めることじゃないわ。叔父様達が決める事よ。あなた、叔父様に勝ってるんでしょ?」

「勝ったって…、もしかしてビダーシャルさんのこと?」

「そうよ。」

「へ~…。」

 あのエルフの人にこんな姪っ子がいたのかと、トゥは、声を漏らした。

 しかし。

「どうして、私だけじゃなく、ティファちゃんまで攫ったの?」

「その子、ハーフなんでしょ?」

 目をキラキラさせて、そう言うルクシャナに、ティファニアは、ちょっと引きながらこくりと頷いた。

「私、すぅううううううううううううっごく、興味があるの!」

 ルクシャナな興奮して力説する。

 自分は蛮人を研究している学者なのだと。

 ああ、だから、この部屋は変な飾りばかりだったのかと、納得できた。

「蛮人じゃないよ。トゥだよ。」

「あら、蛮人は蛮人でしょ。」

「自分が嫌な呼ばれ方したら、嫌じゃないの?」

「それもそうね。分かったわ。」

 ルクシャナは、意外にも快諾してくれた。

 もしかしたらエルフとしては、ずいぶんと柔軟な考えの持ち主かも知れない。まあ、自分のことを蛮人の学者と言うぐらいなのだから。

 それから、ルクシャナは、トゥとティファニアに質問攻めをした。

 しかし内容は実にどうでもいいことばかりで、例えば何を食べているかとか、住んでいる建物のこととか、日常のことに始まり、政治のことや農業、酪農、工業、商業、社会構造まで多岐にわたった。

 しかし、トゥは、もともとこの世界の者ではないし、ティファニアも最近やっと外に出て世間を知り始めたばかりの箱入りだ。あまり答えられない。

 ルクシャナは、心底がっかりした様子で。

「まあ、そのうち思い出したりするでしょ。」

 っと言った。

「無理言って、あんた達を預かることにしたのに…、拍子抜けだわ。」

「そんなこと言われても…。」

「あのね、本当はあんた達、カスバの地下牢に閉じ込められるところだったのよ。私が引き取るってことで、それを免れたのよ。」

「えー…。」

 なんだか分からないが、たぶん過酷な環境に放り込まれるのを彼女が止めてくれたのだというのは分かるが、そんな言い方は…っと思っていると、ルクシャナは、何か思いついたようにティファニアを見てまた質問を始めた。

「ねえ、あなた。ティファニアだっけ? やっぱり、ハーフって虐められるの?」

 いきなりそんなことを聞かれて、ティファニアは、トゥを見た。

 トゥは、困ったようにティファニアを見た。

 ルクシャナは、まったく人の話を聞かないタイプのようだ。

 質問に答えないと止まらないだろうと判断し、トゥが頷くと、ティファニアは、困ったように答えだした。

「初めの頃は、そういうこともあったけど、今はあまり……。」

「ふーん。なるほどねぇ。私達って、どのぐらい嫌われてるの?」

 ルクシャナは、ティファニアからトゥに、視線を変えた。

「嫌われてるっていうか、恐れられてるよ。」

「どうして?」

「だって、強力な先住魔法を使って、ハルケギニアの貴族を散々苦しめたんだでしょう?」

「えー。だってそっちが悪いのよ。攻めてくるから、こっちはしょうがなく応戦したんじゃない。」

「それはそうだけど…。聖地さえ返してくれればいいだけど。」

 さりげなくその話題を出すと、ルクシャナは肩をすくめた。

「はあ? 何言ってるの? あそこは元々私達の土地なのよ。あんた達が勝手に聖地だなんて言ってるだけじゃないの。」

「えっ? そうなの?」

「そうよ。」

「じゃあ、魔法装置もないの?」

「なにそれ?」

 トゥは、ルクシャナに、今ハルケギニアが風石の暴走で大ピンチなことと、聖地にあるとされるハルケギニアを救うという魔法装置のことを聞いた。

 ルクシャナは、キョトンとした顔をした。

「シャイターンの門に、そんな魔法装置とやらがあるなんて聞いたことないわ。」

「やっぱり…。」

「やっぱりって?」

「なんでもない。じゃあ、聖地には何があるの?」

「あのねぇ、言えるわけないじゃない。自分の立場を考えてよ。それに聞かない方が良いわよ。知ったらあんた達、間違いなく地下牢行きよ。」

「それもそうだね…。でも、エルフのあなた達は、大地がめくれ上がって浮き上がってもいいの?」

「そんなの場所に住むのが悪いんじゃない。というか風石のよって大地が上がることも大いなる意思の思し召しだわ。あなた達が大地に暮らす仲間だというのなら、それも受け入れるべきね。」

「あんまりだわ!」

 それまで黙っていたティファニアが口を開いた。

「私のお母さんはエルフだったけど、あなたみたいな冷たい人じゃなかったわ!」

「別に私が冷たいわけじゃないわ。エルフならみんなそう考えるでしょうね。」

 ルクシャナは、そう言うと立ち上がり、自分は昼寝するから、適当にその辺の物を食べて良いことと、ベットを貸すから使えと言い。

「ああ、それから。逃げようだなんて思わないでね。この周りは砂漠よ。半日で日干しになっちゃうわ。。あと、私を襲おうだなんて考えない方がいい。この家は、私が契約してる場所。私に危害を加えようとしたら、一瞬で灰になっちゃうからね。貴重な研究対象を失いたくないから。以上、二点、よろしくね。」

 かなり怖いことを言い残して、ルクシャナは自分の部屋に行ってしまった。

 ルクシャナが去った後、トゥは、ポリポリと指で頬をかいた。

「別に、私ならそんなのどうにかできるのに。」

 ウタを使えば家の精霊などどうにでもなるし、そしてトゥは、砂の国で過ごした経験があり砂漠でのサバイバルの仕方は知っていた。

「トゥさん。」

「なぁに?」

「乱暴はダメです。」

「そんなこと言ってられないよ?」

「でも、ダメです。ここで暴れたら、エルフとの交渉が決裂してしまうかもしれないから。」

「…そっか。」

 トゥは、がっくりと肩を落とした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ルクシャナの屋敷は、砂漠のオアシスだった。

 外に出ると、そこには、百メートルほどの泉があり、水の周りに草木が囲っている。

 水の青さと日差し、緑の鮮やかさと相まって、まるで夢の国のような景色だった。

 砂漠なのにたいして暑くなく、それを不思議に思って、少し砂漠の方に出てみると、いきなり砂漠特有の強烈な熱と日射が襲いかかってきた。

 どうやら魔法でオアシスと屋敷を包んでいるらしい。トリスティンをはじめとした人間のメイジ達の魔法では考えられないほど強力で大規模な魔法だ。

 これだけの技術を持った相手と交渉をしなければならないのかと、トゥもティファニアも愕然とした。

 

 

 その夜、オアシスの桟橋で、トゥは、夜空を見上げた。

 傍らには、デルフリンガーが置かれている。

 トゥが最後に持っていた大剣はなく、腰にあったデルフリンガーだけが、ルクシャナの家の中にあった無造作に置かれた剣の中に混ざっていたのだ。

 ずっとデルフリンガーが黙っていたのは、鞘に収められてたからだ。たぶん、うるさく騒いだのだろう。

『えらいことになっちまったなー。相棒。』

「ねえ、デルフ…。」

『なんだ?』

「悪魔って…、どういうこと?」

 トゥは、ルクシャナから自分が悪魔だと言われた理由についてデルフリンガーに問いかけた。

『……たぶんだが、その…。』

「花のせい?」

 トゥは、右目の花に、ソッと触れた。

「悪魔は…、昔もいた?」

『さぁな。そうかもしれねぇが。』

「その悪魔って…、ウタウタイだったのかな?」

『……。』

「デルフ?」

『仮にそうだとしても…、お前さんのせいじゃねぇ。』

「デルフ?」

『相棒は、そんなことのために、ここへ…この世界へ来たんじゃねぇ。』

「……ありがとう。」

『礼を言うことじゃねぇよ。』

「トゥさん。」

 そこへ、ティファニアがやってきた。

 ティファニアは、トゥの隣に来て座った。そして桟橋の下にある水に足を浸けた。

「冷たくて気持ちいいわ。トゥさんもやってみたら?」

「うん。」

 トゥもティファニアと同じように座って足を浸けた。

「本当だ。気持ちいい。」

「ねえ…。」

「なぁに?」

「ルクシャナが言ったこと、気にしない方がいいよ?」

 ティファニアの言葉に、トゥは表情を消した。

「トゥさんは、悪魔なんかじゃない。」

 ティファニアは、強い口調で言った。

 そんなティファニアに、トゥは困ったように笑った。

 




このネタにおける、エルフにとっての悪魔は、ウタウタイ(花)のことです。
ゼロがブリミルの時代にいたことが、伏線になっています。

デルフはいるけど、あんまり会話に参加しません。いてもいなくてもあんまり意味ないかな?


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第九十三話  トゥ、ルクシャナを脅す

脅すと言っても軽く…のつもりです。

前半は、ティファニアとの会話。


 

 

「ここが、母の生まれた国なのね。」

 二人は、足を水に浸けた状態で、そんな話をしていた。

「そういえばそうなんだね。」

「一度行ってみたいとは思ってたけれど、こんな形でなんてね。でも願いが叶ったから、もういいわ。」

「ティファちゃん…。」

「ねえ、トゥさん。」

「なぁに?」

「お願いがあるの。」

「お願い?」

「私を、殺して欲しいの。」

 とんでもない言葉が飛び出した。

「何言ってるの!?」

「だって…、そうでしょ? 私がいなくなれば、私の力は他の別の誰かに宿るんでしょ? 私、今までずっとそうだったけど、今回も何もできてない。とうとう捕まっちゃうし。」

「ティファちゃん…。」

「トゥさんは、逃げて。トゥさんは、一人で逃げられる。私は無理。足手まといになっちゃう。」

「ティファちゃんを見捨てるなんてできないよ。」

「私が、こんな私が…、どうして……あんた伝説の力の担い手なんだろうって、不思議に思ってた。みんなすごいのに、私はみんなに助けられてばっかりで…。」

「そんなこと言わないでよ。」

「ここで私がのうのうと生きてたら、みんな困るじゃない。地面がめくれ上がって、住むところがなくなっちゃって。エルフ相手に交渉しようにも、私達がここにいたら、力だって復活しないでしょう?」

「逃げるときは、ティファちゃんも一緒だよ。じゃないと、子供達や他の人たちも泣いちゃうよ?」

「そうかもしれない。でも、私がここにいたら、その大事なみんなが大変なことになる。だから…、お願い…。」

「ティファちゃんも一緒!」

 トゥは、ティファニアの肩を掴んだ。

 やがてティファニアは、グスングスンと泣き出した。

「大丈夫。大丈夫だからね。」

 トゥは、ティファニアを抱きしめその頭を撫でた。

 きっとティファニアにとって、エルフの本当の姿を見たことや、自身が虚無であることなど色んな事が心に重くのしかかっているのだろう。

「ティファちゃん、ティファちゃん。エルフを説得しよう。」

「そんなこと…。」

「やらなきゃダメなんだよ。ルクシャナを殺しちゃいけないし、私達がここで潰れて誰かにこの力が宿っても、良い結果になるとは限らないよ?」

「でも、エルフは、こんなにすごいんだよ? トゥさんも見たでしょ? こんなオアシスを取り巻くような魔法をたった一人で住むために使っちゃうような人達なの。私達の言うことを聞いてくれるないよ。」

「だからって、諦めたらおしまいだよ。」

「でも…。」

「いい? 死ぬなんてもってのほか。もしかしたら、今このときがチャンスかもしれないよ?」

「ちゃんす?」

「うまくいけば、聖地から魔法装置を手に入れることができるかもしれない。……仮に無くても何か大きな変化につながるかも知れない。私達は、今最後の目的に近い場所にいる。うまくいけば、ティファちゃんやルイズに、とんでもない魔法を覚えなくてなくてもすむかもしれない。だから、諦めないで。お願い。」

「……ごめんね、トゥさん。私、怖かったの。このままここにいたら、何か酷いことをされるんじゃないかって。そうなる前に私…。」

「ティファちゃんには手を出させない。もし何かされそうになったら…。」

 トゥは、隣に置いてあるデルフリンガーを見た。

「それに…場合によっては……。」

 トゥは、右目の花に触れた。

「トゥさん?」

「コレで…脅す…。」

「トゥさん! なんてことを言うの!」

「エルフにとって、私は、虚無以上に恐ろしい悪魔なんだよ。コレ(花)は、ある意味で交渉材料になる。」

「だ、だからって…。」

「ティファちゃん。今、私達が置かれている状況は、それだけ危ないの。分かる?」

「でも…でも…。」

「分かって。ティファちゃん。」

「そうじゃなくって!」

「えっ?」

「トゥさんは、悪魔なんかじゃない!」

 ティファニアは、強く言った。

「悪魔なんかじゃない…。」

「ティファちゃん…。」

「悪魔なんかじゃ…ないんだから。そんなこと言わないで…。」

 ティファニアは、ポロポロと泣き出していた。

「ありがとう。」

 トゥは、ティファニアの身体を再び抱きしめた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 窓から差し込む光で、トゥは目を覚ました。

 ベットの隣には、ティファニアが寝ている。

 スヤスヤとあどけない顔で寝ている。

 トゥは、クスッと笑って、ティファニアの頭を撫でた。

 ティファニアは、うう~んっと悩ましい声をあげながら寝返りをうった。

 仰向けから、横向きになったことで、ゆったりとしたローブが少し下がり凶悪な大きさの胸が腕で挟まれて強調される。その光景たるや男が見たら鼻の下伸ばしっぱなしになりそうな絶景である。だが生憎とトゥは、女なのと、胸の有無とかには興味ないので反応はしなかった。

「う~~~ん…。」

 やがてティファニアが目を覚ました。

「おはよう、ティファちゃん。」

「あ…、おはよう。トゥさん。」

 ティファニアは、まだ眠気眼のまま、フニャッと笑った。

 それが可愛くて、トゥは、ニコニコしながら、ティファニアの頭をなで続けた。

 なでなでされ、ティファニアは、気持ちよさそうに目を細めた。

「…なんだか懐かしい感じ…。」

「そう?」

「母に、こうしてなでなでしてもらってたなぁ…。朧気だけど、覚えてる。」

「そっか。」

「父にも寝る前になでなでしてもらってた。」

「よっかたねぇ。」

「トゥさんの撫でてくれてる手…、優しくって気持ちいい。」

「そう?」

 

「起きてる?」

 

 そこへルクシャナがやってきた。

 ルクシャナが来たことで二人は起き上がりベットから降りた。

「朝ご飯食べた? その辺にある物を適当に食べていいわよ。」

「あの…。」

「なに?」

「エルフの偉い人と話がしたいんだけど。」

「なに? 急にどうしたの?」

「交渉したいんです。」

「なぁに? またシャイターンの門が見たいとか、魔法装置がどうのっていうつもりなの?」

「それもあるけど…。」

「だから、やめなさいって言ったじゃない。」

「それなら、ここで、コレを暴走させるよ?」

「へ?」

 トゥは、自分の右目に咲いている花を指さした。

「コレが暴走したら…、エルフの国なんて跡形も無くなくなるだろうね…。」

「あ…、あの…、この人、やるって言ったらやりますから!」

「それ本気で言ってるの?」

 ルクシャナがたらりっとひとすじの汗をかいた。

 トゥの目が、マジだからだ。

「コレの力は、精霊の力を使うあなた達じゃどうしようもできない。そうでしょう? まあ、もちろん、虚無でも無理だろうけど。」

「あなた…、自分の住んでた場所も蛮人達も巻き込むつもり?」

「それがイヤなら交渉させて。」

「脅しってことね…。」

 ルクシャナは、そう言うと、しばらくトゥとにらみ合った。

 やがて、観念したのか、大きくため息を吐き。

「いいわ。叔父様に頼んでみるわ。あれでも偉い方なのよ。」

「ありがとう。ルクシャナ。」

「もう…せっかく、私と叔父様が評議会(カウシル)のおじいちゃん達に頼み込んで、あなた達の心を消さないようにしたのに、こんなことになるなんて…。」

「そうなの?」

「ええ。評議会のおじいちゃん達ってば、あなた達の心を消せって大騒ぎよ。そっちの方が安全だって。」

「でも、そんなことしたら、花は、私の意思を離れて、暴走してたと思うよ。」

「そうなの? じゃあ、止めて正解だったってことかしら?」

「うん。」

「はあ…、叔父様の判断は間違ってなかったって事ね。間一髪だわ。」

「どうしてビダーシャルさんは、私達を庇ってくれたの?」

「さあ? 悪魔であるあなたのことを警戒したのか…、それとも単に興味本位かもしれないわ。色々聞きたいことがあるって言ってたし。」

「私に聞きたいこと?」

「それは会ってからのお楽しみね。それはそうと、あなた。」

 ルクシャナは、ティファニアに話を振った。

「あなたの母君は、どういう方だったの? なぜ、あなたが生まれたのかしら?」

 聞かれたティファニアは、トゥを見た。

 トゥは、頷いた。

 そしてティファニアは、怯えた表情で自分の生い立ちについて語り出した。

 アルビオンの大公と、その妾だったエルフの女性との間に生まれたこと。

 それを嫌った伯父王が差し向けた手勢に父と母が殺されたこと。

 逃れた森で暮らし、そしてトゥ達と出会ったこと。

 虚無のこと以外をすべて語った。

 ルクシャナは、メモを取りながら興味深そうに聞いていた。

「母君の名前は?」

「父は、シャジャルと呼んでました。」

「私達の言葉で真珠って意味よ。きっと、美しい方だったのでしょうね。」

「ええ。とても綺麗でした。と、言っても子供の頃だったから、ぼんやりとしか覚えていないんだけど…。」

「調べてあげるわ。そっちに行ったエルフなんて珍しいから、多分何か分かるんじゃないかしら。」

「本当ですか?」

「ええ。もしかしたら、あなたの親戚が見つかるかもね。」

「あの…、ルクシャナさん。私、思うんですけど……。」

「なぁに?」

 それからティファニアは、自分の母と父が愛し合ったように、自分達はきっとわかり合えるはずだということを言った。

 ルクシャナは、こうして話し合っているのだからわかり合えるだろうと言った。

「だったら! お願いです! 私達を聖地に連れて行ってください! このままだと、たくさんの人が死んじゃうんです!」

「…正直言うとね、私もそうしたっていいんじゃないって、思うわ。」

 ルクシャナは、真面目な顔で答えた。

 例えそれが大いなる意思の思し召しだとしても、見殺しにするのは気分が良くないのだと。

「でも、勘違いしないで、そう考えるエルフは、ほんとに少ないのよ。」

「ほんとですか?」

「ありがとう。」

「でもね、私達だって六千年間、シャイターンの門を必死で守ってきたの。そこが解放されたら、酷いことになるって言われてね。」

「酷いことって?」

「大災厄。」

「なにそれ?」

「六千年前、シャイターンの門に悪魔が現れたときに起こった出来事よ。」

「!」

「当時…、半分のエルフが死んだと言われてるわ。」

「……悪魔って、私と同じ?」

「さあね? なにせ、大昔のことだしね、信じてないエルフもいる。でも、おかげで、私達の間では、シャイターンの門を守ることは絶対になったわ。あなた達も大変かも知れないけど、私達も必死なのよ。」

「……姉さん…。」

「はっ?」

「ん…、なんでもない。」

「ねえ…、さっきから何? 何を知ってるの、あなた。」

「…知らない。」

「ウソよ。何か知ってるでしょ?」

 ルクシャナが、ずずいっとトゥに詰め寄って聞いた。

 だが、その時、外の方で、バシャーンと大きな着水音が響いてきた。

「アリィーだわ。」

 ルクシャナは、トゥから視線を外し、外へ出て行った。

 トゥ達も後を追った。

 外には、大きな風竜が一匹、桟橋に向かって泳いでくるのが見えた。その背中には、一人のエルフの男性が乗っていた。

 




ウタウタイの心は、花を制御する意味で必要不可欠だと思って。
もし消したら、大惨事なんてもんじゃすまないかも…。精神(心)が狂ったウタウタイの状態を考えると…。

次回は、アリィーと遭遇。


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第九十四話  トゥ、ビダーシャルと再会する

前半、アリィーに暴力を振るうトゥがいます。注意。


後半は、ビダーシャルとの会話で、トゥが自分自身を交渉材料に交渉します。


 アリィーというエルフが、トゥ達を見る目は…、それはまるで動物を見る目だった。

「おい、蛮人どもに僕のベットを使わせているのか?」

「別にあなたのってわけじゃないわ。お客用よ。」

「どのみち、エルフが使うベットに蛮人を寝させるってのは感心しないな。」

「……ねえ、あなたが、私達を攫ったの?」

「なんだ?」

「ねえ、ルクシャナ。彼が私達を攫うときに誰かを傷つけたりした?」

「さあ? その過程は知らないけど。何人かは傷つけたらしいわ。女の子だって聞いたわ。」

「そう…。」

「さっきからなん…っゴフ!?」

 次の瞬間、くの字に曲がったアリィーが吹っ飛び泉に落ちた。

 アリィーがいた場所に、トゥが今まさにアリィーの腹に拳を振ったと言わんばかりの格好で立っていた。

「さっさと上がって。まだまだ足りないから。」

「き…さ…ま…!」

 水面に上がってきたアリィーが腹を押さえながら桟橋に上がってきた。

「トゥさん、やめて!」

「ちょっと喧嘩するならよそでやってよ!」

「何を言ってるんだ、手を出してきたのは向こうだぞ!」

「ルイズとタバサちゃんを傷つけた分…、まだまだ足りないよ。」

「ルイズ? タバサ? ああ、確かに君を連れて行こうとしたら、邪魔をしてきた奴らがいたが、一人は虚無の末裔だったから、殺しはしていない。安心しろよ。」

 アリィーは、まるでそうできなかったのが残念だったと言わんばかりに言った。

「そう…。じゃ、腕の一本や二本は覚悟してね。」

 トゥは、ゴキゴキと手を鳴らしながらアリィーに近づこうとした。

 一瞬肩を震わせたアリィーは、呪文を唱えようとした。

「いい加減にしなさい!」

 ルクシャナの怒声で、二人は止まった。

「ここは、私の家よ!」

「君は蛮人の味方をするのか!」

「そういうわけじゃないわよ。あなた、人の家で精霊の力を使おうとしたじゃないの。とにかく、私の家で争わないって約束して。じゃないと、二度と扉をくぐらせないわよ。」

「っ……、貴様、覚えておけよ。」

「そっちこそ。」

「トゥさん、落ち着いて。」

「……ごめん。」

 ティファニアにたしなめられ、トゥは謝った。

「とにかく貴様ら、竜に乗れ、ビダーシャル様がお呼びだ。」

 どうやらアリィーは、トゥとティファニアを呼ぶために来たらしかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 海に浮かんだ都市……。その光景はまさにその言葉通りのものだった。

 竜に乗って数十分すると、砂漠を越えた先にある海が見えた。

 その海に大規模な埋立地が並び、その間に無数の船が行き交っている。

 まるで、海の国みたいだなぁっと、トゥは思った。隣にいるティファニアは、目を丸くしてその光景に見ていた。

 確かにこれだけの都市を築けるのだから、トリスティンや、それ以外の国の人間達のことを蛮人と呼ぶのも頷けなくもない。

「驚かないの? 空からアディールを見た蛮人は、あんまり多くないはずだわ。」

 トゥとティファニアの後ろにいるルクシャナが聞いてきた。

「うーん。ああいう感じの建造物は、結構あったと思うから…。」

「あら、そうなの? いつの間にか蛮人の建造技術が私達に追いついたのかしら?」

「そういうわけじゃないんだけど…、私がもといた世界の話だから…。」

「興味深いわね。どういうこと?」

「おい、ルクシャナ。蛮人の言葉を真に受けるな。」

 不機嫌そうにそう言うアリィーに、ルクシャナは、べぇーっと舌を出した。

 やがて風竜が下降しだし、アディールの中央に位置する、カスバ、エルフの国ネフテスを動かす評議会が置かれた場所に降りていった。

 建物の屋上に着陸すると、何人ものエルフが出迎えた。

 彼らは物珍しそうにトゥとティファニアを見つめ、時折ニヤニヤしていた。

『チッ、感じ悪いぜ。』

「デルフ。静かに。」

 ボソッと言うデルフリンガーを、トゥは鞘に収めた。

 エルフ達は、喋った剣に一瞬驚いていた。

 しかし、やがて彼らは、ティファニアに驚きだしていた。

 悪魔であるトゥより、ハーフエルフのティファニアの方が驚くべき対象らしい。まあ、六千年前の言い伝えの悪魔とじゃ違うだろう。

 すると、一人のエルフがティファニアに近づいて、ティファニアに文句を言った。だが早口だったので聞き取れなかった。キョトンっとするティファニアの手を掴もうとしたのでトゥが間に入った。

「ティファちゃんに乱暴しないで。」

 トゥの顔を見たエルフは、顔を青くして何かわめいて離れていった。

 他のエルフ達も距離を取り、わめきだした。

「? 何を言ってるの?」

「シャイターンって言ってるのよ。」

「ふーん。」

 トゥがわめいているエルフ達を、目を細めて見回す。

 わめいたエルフ達は、トゥに睨まれていると判断したのか、黙りだした。中には短剣を取り出し構える者もいた。しかしその手は震えている。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 なんだかんだあったが、ビダーシャルの執務室に通された。

 警護の戦士達はいなくなり、アリィーとルクシャナだけになった。

 トゥは、建物内を見回した。

 なんとなく居心地が悪く感じた。

 なんというか、生活感が無いのだ。ゴチャゴチャしたトリスティンの貴族の屋敷に慣れてしまったというのもあるのだろうが…。

 しばらくすると、扉が開いてビダーシャルが姿を現した。

「久しぶりだな、蛮人の戦士よ。いや…悪魔か。」

「…久しぶりです。」

 挨拶を交わし、そして部屋に入ると、ビダーシャルは部屋の椅子に座った。

「何のご用ですか?」

「では、単刀直入に聞く。まずは、お前達…、虚無の力を持つ者の氏名をすべて述べてほしい。我々の方でも幾人かは確認しているが、すべてというわけではないし、確実性がほしいのでな。」

「それを知ってどうするの?」

「虚無の真の力が目覚めることは我々としては喜ばしくないからだ。」

「教えても良いけど、その代わり、私の心を消すのはやめてほしいな。」

「なぜだ?」

「そんなことをしたら、コレ(花)が勝手に動き出してエルフの国も全部滅ぼしちゃうよ?」

「……なるほど。」

 ビダーシャルは、少し考え込むように腕を組んだ。

「ウソでは無いようだな。」

「うん。」

「では、評議会には、そう進言しよう。では、教えてもらえるか?」

「ここにいる、ティファちゃん…、ティファニアが虚無の担い手だよ。」

「トゥさん…。」

「なんと…。」

 不安がるティファニアと、少し驚くビダーシャル。ルクシャナは、興味深そうにティファニアを見て、アリィーはかなり驚いていた。

「どうせ何が何でも聞き出すんでしょ?」

 トゥは、扉の外で待機しているエルフをちらりと見た。彼女は、薬のような物を持っていたのだ。

「何もかもお見通しか…。」

「全部じゃないよ。外に気配があったし、喋らせるなら自白剤とかありそうだったから。」

「では、残る者は?」

「そっちは、何人知ってるの?」

「おまえをここへ連れてくる際に、一人…、あと、ガリアの王がそうであったか…。」

「今のロマリアの教皇聖下さんと、ガリア王と、ルイズがそうだよ。」

「トゥさん…。」

「どうせどうあがいたってバレることだよ。隠したって意味は無い。そうでしょ?」

「次期ガリア王は、虚無ではなかったはずだが?」

「色々とあって…。ジョゼットっていう子が…。」

「そうか…。」

「ねえ、聞いてもいい?」

「なんだ?」

「シャイターンの門には何があるの?」

 するとビダーシャルは、口をつぐんだ。

「ちょっと、聞いたらダメよ。」

 ルクシャナが注意してきた。

「こっちは、虚無の担い手のことを話したよ。こっちが知りたいことを聞いたっていいでしょ?」

「それはできぬ。」

「どうして?」

「シャイターンの門を封じ続けることは、我ら一族の義務なのだ。虚無の担い手…、ましてや悪魔を近づけさせるわけにはいかぬ。」

「そう…。」

 トゥは、目を細め、スウッと息を吸った。

「貴様…!」

「…話してくれる?」

 トゥは、ウタおうとするのを止め、再び聞いた。

「それは、…できぬ。」

「そうそう。コレ(花)は、いつでも暴走させることはできるよ。それを忘れないでね。別に息を止めなくたってできるんだから。」

 汗をかくビダーシャルに、トゥは念を押すように言った。トゥの足下からは、床の材質から作られた触手が伸びてきて止まっていた。

「あと、ティファちゃんにも手を出してもダメだからね。」

「…分かった。」

 二人がそう会話していると、やがて扉の向こうからエルフがやってきてビダーシャルに何か伝えた。

「評議会に今一度進言すべき事があると。そう伝えてくれ。」

「はい。」

 評議会からの使いを帰し、ビダーシャルは、ため息を吐いた。

「どうしたの?」

「評議会は、お前達の心を消すと決定した。」

「そんなことしたら…。」

「決定はなんとしてでも止める。そんなことをすれば全てが滅びる。そうだな?」

「……うん。」

「お前の心と花は、密接な関係にあるモノならば、悪魔の力の源たる、花を止める心(精神)を消すことは、あまりにも愚かなことだ。決行される一週間までになんとしてでも止めなければ…。」

「お願いします。」

 トゥは、頭を下げた。

 ティファニアは、泣きそうな顔で、二人のやりとりを聞いていた。

 




原作と違って、身体能力が違いすぎるでぶっ飛ばされるアリィー。腹に穴が空かないだけ、まだ手加減してもらってます。

ビダーシャルを軽く脅す。でも喋らないビダーシャルでした。

次は、地下牢からの脱出。


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第九十五話  トゥとティファニア、脱出する

続けて、もう一話投稿。

ルクシャナの手引きで脱出します。

微妙にオリジナル展開が混じってます。


 

 それからトゥとティファニアは、ルクシャナから聞いていた地下牢に閉じ込められた。

 地下牢と言っても、とてもしっかりしており、ベットは二つ、椅子も机もあり、きちんとしたトイレもあった。一日に二回食事もある。

「トゥさん…。」

「なぁに?」

「私達…、心を消されちゃうの?」

「だいじょうぶだよ。ビダーシャルさんが頑張って止めてくれよ。」

 そんな会話を、ここに監禁される二日前から何度もした。

「本当に信用できるの?」

「ビダーシャルさん達にとって、虚無より私の方が怖いはずだよ。私のコレ(花)が暴走するより、決定を覆す方が賢明だって思うはずだよ。」

「でも、もう二日も経ってる…。」

「いくらビダーシャルさんが偉い人でもトップの人じゃないから大変なのかも。」

 いくらビダーシャルに権力があっても、多勢に無勢では、評議会の決定を覆すのは難しいはずだ。

 それに、ここに閉じ込められる際に、剣も杖も取り上げられてしまったため、それがティファニアの不安を余計にあおっているのだろう。

「やっぱり、心を失う前に…。」

「ティファちゃん、早まったことを考えないでね。」

「どうせ死んじゃうなら、みんなの役に立った方がいいんじゃないかなって思うの。」

「死んじゃうなんて、ダメ。」

「私だって死ぬのは怖いわ。良くないことだって思うもの。でも、それがみんなの利益になるなら…、そちらを選ぶべきじゃないかなって。」

「ティファちゃん…。」

「私達が死ねば、ルイズ達は新しい担い手を得ることができる。」

「私の心を消したら、全部終わっちゃう。」

「トゥさん…。」

「虚無も、シャイターンの門も、聖地も、何もかも、全部終わっちゃうと思うの。だからこそ、ビダーシャルさんは、頑張ってるはずだよ。…仮に私を殺すって事になっても、今度は、違うウタウタイが呼ばれるだけ…。私をすぐに殺さなかったのは、たぶんそれを知ってるから。」

 トゥは、俯いた。

「トゥさん…。だからって…、トゥさんが死んじゃったらダメよ。」

 ティファニアは言った。

「ルイズがきっと泣いちゃう。泣くどころか、後追い自殺なんてしちゃうかもしれないよ?」

「…うん。ルイズなら、やりかねないかも…。」

 トゥは、そう言って苦笑した。

 その後、ティファニアは、自分は虚無の力のことを重荷に感じていたと語り、だが、この力のおかげでトゥ達に出会えたのだから、それだけは感謝していること、そして今まで見ていることしかできなかったから、最後ぐらいティファニア、よくやったなって褒めてもらいたいことを語った。

「ティファちゃん…、だからって死ぬことは褒められたことじゃないよ?」

「ううん。いいの。分かってるから。みんなと仲良くなれたけど、人間の世界も私の居場所じゃない。エルフとの戦いが激しくなれば、やっぱり私は疎まれる。そして、エルフの世界でも居場所はなかった。最後ぐらい居場所が欲しいの。」

「じゃあ、私が居場所になってあげる。」

「でも、トゥさんにはルイズがいるわ。」

「そう言う意味じゃなくって、友達として。友達だって居場所でしょ?」

「…ありがとう。でも、できたら友達より恋人がいいなぁ。」

「えっ?」

「あ、違うの!」

 ティファニアは、顔を赤くして慌てて手を振った。

「違うの! トゥさんの恋人になりたいとかそういうことじゃなくって、ただ……、私も恋人がいたらいいなぁって…。普通に思っただけ…。」

「なーんだ、びっくりした。」

「あ、あの…、トゥさんに魅力が無いとかそういうわけじゃないから!」

「ありがとう。そう言ってくれて。」

 トゥは、クスクスと笑った。

 笑われて、ティファニアは、顔を赤くしてローブの端を握りしめた。

「笑わないで。」

「ごめんごめん。可愛くって。」

「か、かわいい? そ、そんなこと言わないで。」

「だってぇ。」

「そんなこと言われたら…、勘違いしちゃう…。」

「かんちがい?」

「……頼りたくなっちゃうから。」

「頼りにしていいよ。」

「……トゥさん…。」

「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。」

「怖いよ…。心がなくなっちゃうのも。死ぬのも。どっちも怖い…。私、何もしてないのに…どうして? ねえ、トゥさん…。どうして?」

 トゥは、ティファニアを抱きしめた。

 するとティファニアは、ひっくひっくと泣き出し、やがて堰を切ってあふれたような激しい泣き方をしだした。

 そんなティファニアを抱きしめ、トゥは、その頭をなで続けた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それから、六日経った。

 今日が、心消される日のはずだが、何も起こらない。

 ビダーシャルが頑張って止めたのだろうか?

 しかし、やがて、扉が開き、三人の戦士達が入ってきた。

 ティファニアは、怯えてトゥに縋った。

「私達の心を消すの?」

 トゥが聞くと、エルフの戦士達は、ばつが悪そうな顔をした。

 もしかしてっと、トゥは首を傾げて思った。

「もしかして…、評議会は…、迷ってる?」

「っ! お前達をこのままでいさせるわけにはいかんのだ!」

 どうやら一部の独断行動らしい。

 そりゃ、六千年前の悪魔が現れたと言われていきなり信じろと言われて信じるのは難しいだろう。

 何より心が無くなればそれが一番だと判断したのだろう。

「そう…。」

 目を細めたトゥは、ウタおうとした。

 だが次の瞬間、部屋に備え付けられていた、ランプが消えた。

 っと、同時に、ぐっとか、ぐおっ! っとかいうエルフ達のうめき声が聞こえて何かが倒れる音がした。

「?」

「静かにして…。」

「ルクシャナ…。」

 どうやら三人の内、一人がルクシャナだったらしい。彼女は小声で二人に言った。

「お願い。悪魔の力を使わないで。」

「分かった。」

「彼らの服を着て。」

「分かった。ティファちゃん。」

「う、うん。」

 トゥとティファニアは、言われるまま、気絶している二人のエルフの身ぐるみを剥ぎ、それをまとった。

「私達をどうして助けるの?」

「評議会は、迷ってるわ。あなたの…トゥの心を消すか否かをね。そんなことして悪魔が暴走したらそれこそ取り返しがつかないじゃない。若い連中が評議会のおじいちゃんの一部に言われて勝手に心を消そうって話してるの聞いたから、叔父様が念のためにって私に言ってきたのよ。」

「そう、やっぱり。」

「それにね、私、すっごおおおおおおおおっく、興味があるの。」

「なに?」

「あなた、別の世界から来たって言ってたじゃない。」

「もしかして…、そんな理由で?」

「ええ。それとね、約束してくれない?」

「なぁに?」

「私は、学術的好奇心からあなた達を助けるけれど、悪魔や虚無の復活に協力するつもりはないの。だから、必ず、私と行動を共にするとあなた達は神様に誓って。決して逃げ出したりしないと。」

 ルクシャナは、思い詰めた真剣な声で言った。

「分かった。」

 トゥは、頷いた。

「武器は返すけど、絶対にエルフを殺さないでね。それも誓って。」

「分かった。」

「じゃあ、急ぎましょ。」

 ルクシャナに導かれ、二人は牢から出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 牢を出て、しばらく進んでいくと、やがて偉そうな格好をしたエルフが五人、護衛の戦士達を連れて歩いてきた。

 ルクシャナが、あれが評議会のおじいちゃん達だと言って、絶対に口を開くな、そして自分と同じタイミングで頭を下げろと小声で告げてきたので、言われたとおりにした。

 ルクシャナに従い、通路の壁を背にして直立し、トゥとティファニアも横に並ぶ。

 五名の内、一人のエルフがすれ違いざまに小声で声をかけてきた。

「済んだか?」

「はい。」

「そうか。ご苦労。」

 そして、評議会のエルフ達は、トゥ達が囚われていた牢に入っていった。

 視界から彼らが消えると同時に。

「走るわよ。」

 ルクシャナが駆け出し、トゥとティファニアもそれに続いた。

 突き当たりにある魔法で動くエレベーターに飛び乗り、ルクシャナが一階と言うと、ブンッという感じの浮遊感があって、トゥ達が乗った円盤が上昇始めた。

 一階に着くと、ルクシャナ達と入れ替わりに何人もの戦士達がエレベーターに乗っていった。

 その時になって、ロビーに低いサイレン音が鳴り響いた。

「気づかれたわ。」

 周りのあちこちで、エルフの叫び声や怒号が響いていた。

 だが、評議会本部にいるエルフのほとんどが事情を知らず、その反応は鈍い。

 何人かの騎士や戦士達が走り回る中、キョトンとしていた。

 ルクシャナとトゥとティファニアは、まっすぐに何人ものエルフが行き来している出口へ向かった。

「玄関を封鎖しろ!」

 背後でそんな怒号が聞こえた。

「はあ? いったい何の騒ぎだ?」

 玄関の受付をしている文官が言った。

「いいから封鎖しろと言っている! 評議会からの命令だ!」

「命令書はあるのかね?」

「暢気なこと言うな! 急げ!」

 その間にもエルフ達は行き来し、その流れに乗ってルクシャナとトゥとティファニアは、外へ出た。

 評議会本部は、空から見た以上に圧巻な作りをしていた。

 巨大な円筒である評議会本部の周りを取り囲むように石段が伸び、その先は公園のような空き地になっていて、そこにはいくつもの花壇や植木があり、散策するエルフ達がいた。

 自分達の居る石段から、城下町が見え、その城下町がまた美しかった。

 白色が基本なのだが、窓枠は青く、屋根はオレンジ色で、形はそれぞれ違う。だがほどよく統一されており、三階建てほどの建物がずらりと並んでいた。

 街の間を縫う運河には、小舟がいくつも行き交う。しかも、鳥や魚、稲妻など、自然物をかたどって作られた愛らしさを感じさせる小舟だった。

「綺麗…。」

 これは、もしかしたら海の国よりも圧倒的に綺麗かも知れないとトゥは思った。

「ほら、ボーッとしないで。目立たないように。走らないで。でも、急いで。」

 急がないよう、だがゆっくりとはせず歩き、評議会本部を中心として、四方八方に延びた街路の一つに、ルクシャナとトゥとティファニアが入った。

 街路は、車道と歩道が分かれ、車道では竜に引かれた車が何台も行き来し、ガラス張りの商店がいくつも並んでいる。

 行き交うエルフ達は、ローブを深く被ったトゥとティファニアに気づく様子も無い。

「どこへ行くの?」

「私の旧い友人が住む屋敷よ。」

 ルクシャナに従い、街中を進んでいく。

 海水がかかる運河の道は、青黒い海藻が生えており、何度も滑りそうになった。特にティファニアが何度も転びそうになり、やがてトゥの腕にしがみついてきた。ティファニアの凶悪な大きさの胸がダイレクトに当たるが、トゥは気にしない。

「おかしいわね…。」

「どうしたの?」

「ここに、私が用意した小舟があったんだけど……。」

 周りの喧噪から離れ、エルフの姿が無い場所で、ルクシャナが困ったように言った。

 

「小舟なら、押収させてもらったよ。」

 

 そこへ、アリィーの声が響いた。

「アリィー!」

 声がした方を見ると、十五メートルほど離れた運河の岸にアリィーがいた。

「何をやってるんだぁああああああああああああああ! 君という女はぁあああああああああああああああ!!」

 アリィーは、整った顔を歪めて、大声で叫んだ。

 だがルクシャナは、やれやれと両手をすくめただけだった。

「だって、約束したじゃない。彼女達は私が預かるって。」

「評議会の決定なんだ! それがコロコロ変わるのは君だってよく知ってるじゃないか!」

「知ってるわ。でも、納得してるわけじゃないわ。小舟を返してちょうだい。」

 ルクシャナは、堂々とした声で言った。

 自分が正しいと言わんばかりの態度に、アリィーは、イライラを募らせ…。

「なあ、ルクシャナ。君は自分が何をしているのか分かっているのか? これは重大な民族反逆罪だぞ? 大人しく彼女達を引き渡すんだ。そうすれば、君のことは言わないでおいてやる。今なら僕と一部の人間しか、このことを知らないんだ。」

「いやよ。」

 ルクシャナは、きっぱりと拒否した。

「もう、なんなんだ、君は!」

「大変なんだね…。」

 トゥは、ちょっと同情した。

「うるさい! 蛮人の同情なんていらない! とにかく、腕ずくでも彼女達を引っ張っていくからな!」

「もし、そんなことしたら、婚約解消よ。恋人の貴重な研究対象を奪う男なんて、恋人じゃないわ。」

「わー…。」

 ルクシャナの言葉に、トゥもティファニアも、同情の目をアリィーに向けた。

 言われたアリィーは呆然としていた。だがすぐにハッと我に返ったらしく、ブンブンと頭を振っていた。

「こ、これでも、僕はファーリスの称号を持つ騎士だ。私事と使命はごっちゃにはしない!」

「立派ね。私より使命の方が大事だっていうの?」

「問答無用!」

 ルクシャナの言葉に臆さずアリィーは、腰から円曲した剣を引き抜いた。その目にちょっとだけ涙が浮かんでいるのは気のせいであろうか?

「トゥ。出番よ。」

「えー。」

「えー、じゃない。言っとくけど、絶対に殺しちゃダメよ。あれでも、私の大事な婚約者なんだから。」

 なんだかんだ言って、ルクシャナは、アリィーを大事にはしているらしい。

 婚約解消だのと脅されてても、健気に使命を果たそうとする彼がやっぱり不憫だなぁっと、トゥは、デルフリンガーを抜きながら思ったのだった。




読んでて、すげーなルクシャナって思いました。それでもそんな彼女を愛するアリィーもアリィーだけど。

トゥ達の心を消そうとしたのは、評議会の一部の企てです。ビダーシャルの言葉を信用しなかったのです。
評議会の者達が牢屋に来たのは、トゥと話をするためです。
もし消してたら…。大変なことになっていました。


次回は、アリィーとの戦闘。


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第九十六話  トゥ、アリィーと戦う

アリィーとの戦いは、原作と違い最初からデルフリンガーあるので、ちょっと悩みました。また水竜を殺すかどうかも。




 

 

 アリィーは、呪文唱えると、ひとっ飛びで運河の向こうから飛んできた。

 円曲した剣を振り下ろしてきたので、トゥは、それをデルフリンガーで受け止めた。

「私を殺しちゃダメなんでしょ?」

「困る。でも、勢いが余ることもあるし、もしそうなったら、また悪魔を連れてくるだけだ!」

「それは困るなぁ。」

 アリィーを弾き飛ばしながら、トゥは困ったように言った。

 アリィーが着地すると同時に、懐にトゥが飛び込む。

「気絶して。」

「させるか!」

 アリィーは、にやりと笑い、トゥからの腹への一撃を受けた。

 その硬さに驚いたトゥから、アリィーは後ろに跳び、距離を取った。

「二度も同じ手は食わない。」

「すごいね。」

「蛮人に褒められても嬉しくない。」

 アリィーは、そうは言いつつ、フンッと自慢げに鼻を鳴らしていた。

 どうやら事前に腹を硬質化させる魔法を使っていたらしい。トゥの怪力のこもった一撃をケロっとした顔で受け止めたのだった。

「じゃあ、首とかを狙おうか。」

「やらせると思うか?」

「思わない。」

 トゥは、そう言いながらニッコリと笑ってデルフリンガーを構えた。

「僕は、君達、蛮人のように手で扱うのが得意じゃなくてね。」

 するとアリィーは、曲剣を四、五本出して浮かび上がらせた。持っていた剣も浮かばせる。

「まともにやり合っても、悪魔に勝てるとは思えないからね。悪く思うなよ?」

「面白いね。」

「おもしろい? だと…?」

「だって曲芸みたいなんだもん。」

「きょ、曲芸だと?」

 ピキリッとアリィーは、青筋を立てた。

「馬鹿にするのも大概にしろよ! 蛮人の悪魔が!!」

 次の瞬間、無数の曲剣がトゥに向かって飛んできた。

 トゥは、それをデルフリンガーで弾き落としながら、まるで後ろに目でも付いているかのようにヒョイヒョイと死角から飛んでくる剣を避けた。

「お前は牛か!?」

「なにそれ?」

「後ろまで見えてるって意味よ。」

 ルクシャナが解説した。

 その間に、アリィーが呪文を唱えだした。

「あ、まずいわね。アリィーったら、眠りを使うつもりよ。」

「あのとき、眠くなったのは、そのせいかー。でも、同じ手は通じないよ。」

「くっ!」

 トゥは、微笑み、呪文が完成する前に曲剣を両断していった。

 斬られた剣は、地面に落ちていった。

 すべての剣を斬り終えたトゥがデルフリンガーの切っ先をアリィーに向けた。

 すると運河の水面がボコボコと泡だった。

「?」

 トゥがそちらを見ると、水中から銀色の鱗の巨大な竜が現れた。

「やれ! シャッラール!」

 トゥが一瞬呆気にとられた隙にアリィーが竜に命じた。

 水竜・シャッラールは、口から細い水流を吐き出した。トゥは、それをデルフリンガーでガードしたが、水流の勢いでそのまま運河の壁にたたきつけられた。

「…水の竜もいるんだ。」

 トゥは、頭にかかった水を片手で拭いながら体勢を整えた。

 シャッラールは、再び口を開けた。その口の奥に先ほどよりも大量の水が入っている。

 トゥは、素早く横に転がり、その水鉄砲を避けた。

「ねえ、ルクシャナ!」

「なに?」

「…水竜は、殺しちゃってもいい?」

「えっ…?」

 ルクシャナは、ちらりとアリィーに視線を向けた。

 アリィーは、アリィーで、ルクシャナからの視線に困惑していた。

「…できれば、殺さないで。シャッラールは、アリィーの可愛いペットなのよ。」

「分かった。」

『けどよ、あいつが邪魔で船が出せねぇだろうが。』

 ずっと黙ってたデルフリンガーが言った。

『相棒。勢いでって、あいつ(アリィー)も言ってたんだよぉ。こっちが勢いで、ヤッちまってもおあいこだぜ。』

「悪魔め…、最強の竜に勝つつもりか!?」

「さいきょう? 水竜が? ……ダメ。最強には…ほど遠い。」

 トゥは、そう言いながらデルフリンガーを構えた。

 水竜は、ハルケギニアに住む竜の中で大型の竜である。だが、トゥが求める…竜種には及ばないのだ。

 シャッラールが、大きな尻尾を振り上げた。

 トゥは、横に跳んで避けると、運河の石畳が砕けた。

 すかさずシャッラールは、たたきつけた尻尾を横に振ってきた。

 トゥは、眼前に迫る尻尾を、デルフリンガーでたたき切った。

 シャッラールが苦痛の鳴き声を上げた。

 切り落とされてビタンビタンと跳ねるシャッラールの尻尾から血が跳ねる。

 トゥは、まだ動いている尻尾の先を片手で掴むと、苦痛に悶えるシャッラールの頭を、それで思いっきり殴った。

 バーン! バーン!っと十何回か左右に殴っていると、やがてシャッラールは、気絶したらしく、水中に沈み、やがて仰向けになって運河に横たわった。

「わぁお、なんて乱暴な倒し方なのかしら。」

「だって、殺しちゃダメって言うんだもん。」

「すごいわ! トゥさん!」

「ば…、馬鹿な。シャッラールが蛮人に負けるなんて…。」

 アリィーは、シャッラールが負けたことが信じられずショックを受けていた。

「ねえ、小舟を返して。」

 トゥは、ショック状態のアリィーにデルフリンガーの切っ先を突きつけて言った。

「アリィー。早く小舟を返してくれないと、婚約は解消するわよ?」

 その言葉でアリィーは、ハッとして、口笛を吹いた。

 すると運河の向こうから、イルカに引かれた小舟が現れた。

「さあ、乗って!」

 ルクシャナに促され、トゥとティファニアは、小舟に乗った。

「……君は、本当にわがままだな。もう知らんぞ。」

「あら? そこがいいんじゃないの。とにかくこの件が片づいたら、結婚しましょうね! 愛してるわ、アリィー!」

 小舟に乗り込むルクシャナがアリィーにそう言った。

 

「ルクシャナは、アリィーのこと好きなの? 嫌いなの?」

「えっ? 愛してるに決まってるでしょ?」

 呆然とするアリィーを残して運河を航行する小舟の上で聞くと、ルクシャナは、キョトンとした顔でそう答えたのだった。

 アリィーは大変だね~っと、トゥとティファニアは、ヒソヒソと話したのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「それで、どこへ行くの?」

 水しぶきを上げながらイルカと繋がった小舟を運転するルクシャナに、トゥが聞いた。

「言ったじゃない。旧い友達のところよ。」

「それってどこ?」

「それはついてからのお楽しみよ。」

「ねえ、ルクシャナ。」

「なぁに?」

「あなたは、私達のことを研究したいんだよね? その研究が終わったらどうするの?」

「何も考えてないわ。」

「えっ?」

 キョトンとするトゥとティファニアをよそに、ルクシャナは、これは自分の性格なのだと言った。思い込んだら一直線で、後先のことは考えないのだと。

 そして、あっはっはっと大声で笑い出す。

 トゥとティファニアは、そんなルクシャナにポカーンとした。

「でも、どうするの? ルクシャナ、私達を助けたせいで裏切り者になっちゃったんだよ?」

「アリィーがなんとか言いつくろってくれるわ。あの人、私にベタ惚れだもの。」

「わー…。」

「でも、そうね。私もシャイターンの門に何があるのか、興味が出てきたわ。完全に協力するわけにはいかないけど、調べるぐらいなら付き合ってあげてもいいわ。」

「いいの?」

「もちろん。」

「じゃあ、お願いする。」

「同盟成立ね。」

 ルクシャナは、片手を差し出してきた。握手だろうと判断したトゥは、その手を握って握手した。

 それから、ルクシャナは、ティファニアにも手を差し出した。

「あなた、色々と言われたようだけど、私はあなたをちょっと羨ましく思うわ。蛮人との混血なんて、素敵じゃない。」

「そ、そう?」

「ええ。エルフの非礼はお詫びするわ。でも恨まないでね。そういう風に教育されてきたんだから、仕方ないのよ。」

 トリスティンや、その他の国でエルフが無条件で恐れられる存在として言い伝えられているように、エルフ達もまた、人間達を無条件で蛮人と蔑み、嫌う文化を持っているのだ。まあ、これはお互い様であろう。

「それにしても、あんた…。すごいわね。蛮人の血が混じると、こんなになっちゃうわけ?」

「ひゃん!」

 ルクシャナがティファニアの凶悪な大きさの胸を鷲掴み、こねくり回した。

「あう! やん! ひう! やめて! やめて!」

「ティファちゃんを虐めないで!」

「虐めてないわよ~。本物かどうか確かめただけじゃない。」

 ルクシャナは、パッと手を放し、今度は、ジッとトゥの胸を見た。

「あんたも…、なかなか綺麗な胸してるわよね。」

「へっ? ひゃっ!」

 今度は、トゥが胸を鷲掴みされた。

「や~ん、何コレ。すっごい良い感じの柔らかさじゃない! 巨乳と美乳…どっちも捨てがたいわね。」

 ルクシャナは、自分の胸とティファニアの胸とトゥの胸をそれぞれ見比べていたのだった。

 どうやら、彼女は自分の胸の大きさにコンプレックスがあるらしかった。なんだかそこもまたルイズっぽかった。

 ルイズのことを思い出したトゥは、俯いた。

『娘っ子は、断然、相棒派だけどな。』

「…ルイズ…。」

『でーじょーぶだ、相棒。生きてりゃ必ず娘っ子に会えるさ。』

「…うん。」

 デルフリンガーの言葉に、トゥは頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ティファニアは、その後気絶するように眠ってしまった。

 精神的な疲れが溜まっていたのだろう。

「そういえば、その剣、インテリジェンスソードだったわね。」

「そうだけど?」

「まったく。マネしないで欲しいわ。」

「マネ?」

「そうよ。インテリジェンスソード…、というか、剣やモノに意思を付与するのは、私達エルフの十八番なのよ。さっきのアリィーの意思剣だってそうよ。その剣作ったのだってエルフでしょ?」

「そうなの、デルフ?」

『…ああ。そうだよ。確かにおりゃあ、昔お前さん達エルフが作ったもんさ。』

「そういえば…、初代ガンダールヴってエルフだったよね? もしかして、サーシャさんが作った剣なの?」

「なんですって?」

 ルクシャナが目を丸くしてトゥに詰め寄った。

「初代ガンダールヴって、エルフなの?」

「えっと…、そういう夢を見ただけで…。本当なのかは…。」

「あのね…。」

 それからサーシャは、興奮した様子で語り出した。

 エルフの間に伝わる伝説で、ブリミルを倒したとされるアヌビスという聖者がいたのだそうだ。そのアヌビスも光る左手を持っていたという。だからビダーシャルは、ガンダールヴ=(イコール)アヌビス説を唱えたのだという。学会からは、白眼視されているが、トゥの話が本当なら俄然信憑性を帯びるとルクシャナは言った。

「でも…、そのアヌビスは、始祖ブリミルを倒したんでしょう? ガンダールヴが、始祖の倒すなんて…。あれ?」

「どうしたの?」

「じゃあ…、姉さんは…。」

「ねえ、その姉さんって何? ずっと気になってたのよ。」

『ブリミルを…。』

「デルフ?」

『ブリミルを殺したのは、ガンダールヴだ。』

「えっ…?」

 とんでもない言葉がデルフリンガーから飛び出した。

『思い出したんだぜ。鞘に収められてる間…、この国に来てから悶々としていたもんが晴れた。ったく、ずっと忘れていたかったぜ。』

「サーシャさんが…ブリミルさんを?」

『あいつの胸を貫いたのは、他でもねぇ、このオレだからな。』

「デルフ!」

『そして…そしてな…。ダメだ! 思い出したくねぇ!』

「デルフ…。」

 それっきりデルフリンガーは、黙ってしまった。

「デルフ…。」

「そんなことがあったなんて…、俄然興味がわいてきたわ。」

「姉さん……、何をしたの…?」

「だから、その姉さんってなに?」

「ごめん。私もよく分からないの。ただ…、ずっと待っている人がいるのがなんとなく…分かる気がするの。」

「なにそれ?」

「あそこに…。」

「それってシャイターンの門?」

「たぶん…。」

 トゥは、空を見上げた。

 空は、どこまでも澄み切った青さをしていた。

 




鞘に収められている間に、エルフの国に来たことなどから色々と思い出したデルフでした。
ゼロが六千年前に何をしたのか。デルフは知ってますが語りません。

実は、最初の頃、ゼロの剣にデルフが宿るという案も考えましたが、物語の都合上あんまりよくないと思ったのでボツにしました。


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第九十七話  トゥとティファニアからの告白

ティファニアとの関係をどうするか悩みましたが、結局ルイズの恋敵にしました。


 

 

 エルフの国ネフテスの首都、アディールを脱出してから、トゥ達は、ルクシャナの小舟で航海を続けていた。

 トゥは、何度かデルフリンガーに、ブリミルとエルフの関係のこと、そしてそれとなくトゥの姉であるゼロのことを聞こうとしたが、デルフリンガーは、頑として答えてはくれなかった。

 それほどの悲しみを…、無理矢理に聞くのは酷なことだと納得したトゥは、これ以上は聞かないことにした。

 ルクシャナは、やがて小舟に横になってスヤスヤと眠りだした。

「まるで光が、畑になったみたい。」

 夜の海に月明かりが当たり、それがさざ波に反射して銀色に光る。それを見てティファニアがそう呟いた。

「そうだね。」

「……私達、これからどうなるんだろう?」

「うーん…。」

 不安そうにそう言うティファニアに、トゥは、腕を組んで悩む仕草をした。

「聖地に行こう。」

「えっ?」

「そこに何があるか、分かればルイズ達の助けになる。ルクシャナには悪いけど…。」

 トゥは、眠っているルクシャナに済まなさそうな目線を送った。

「トゥさんは、すごいね。」

「えっ?」

 膝を抱えたティファニアの言葉にトゥは、キョトンとした。

「こんな状況なのにちゃんと目標を持ってる。私なんて…怖くって、何にも考えられなくって…。」

「しょうがないよ。こんな状況じゃ無理ない。」

「でも、トゥさんは、ちゃんと考えてるわ。」

「…私が変なだけだよ。」

「昨日だって、怖くって何もできなかった…。」

 昨日のこととは、アリィーとの戦いのことだ。確かにティファニアは何もしていない。

「だからって、ティファちゃんのことを足手纏いだなんて思わないよ?」

「ううん。私ってば足手纏い。どうしてトゥさんは、そんなに冷静に戦えるの? どうしてやらなくちゃいけないことが分かるの?」

「冷静って言うか…、うーん。慣れだね。」

「慣れ?」

「色々とあったし…。私、普通じゃないし。」

「トゥさん!」

「いいの。本当のことだから。庇ってくれるのは嬉しいけど、本当のことなんだよ?」

 トゥは、そう言って苦笑する。

 ティファニアは、納得がいかない顔をしてトゥを見つめた。

「じゃあ、どうして戦うの? この世界は…トゥさんの世界じゃないんでしょ?」

「うーん…。ルイズがいるからかな。」

「ルイズが?」

「私にとって大切な人。もちろんティファちゃん達も大切。だから戦えるの。」

「大切な…人…。」

「ティファちゃんには、大切な人がいないの?」

「えっと…、子供達も大切だし、お友達も大切だし…。」

 頭を抱えてウーンウーンと一生懸命悩んでいるティファニアの様子にトゥは、クスッと笑った。

「わ、笑わないで。」

「ごめんね。でも大切なモノが多いって事は良いことだと思うよ。」

「そうなのかしら?」

「うん。そうそう。」

「でも…、私、トゥさんとルイズが羨ましいな。」

「そう?」

「だって…、その…、えっと…。」

 ティファニアは、頬を少し赤らめ、モジモジとした。

「だって…、ルイズってば、あんなにトゥさんのこと、好き好きって言ってるし、ちょっと羨ましいなって思って…。」

「ティファちゃんも誰かに好きって言いたいの?」

「えっ!? えっと…その…。」

「言いたい人いないの?」

「えーと…。」

 モジモジモジモジ。ティファニアは、落ち着かない様子で、小舟の床とトゥを交互に何度も見た。そして、カーッと顔どころか耳まで赤くした。

 トゥは、首を傾げ。

「もしかして…、私に言いたいの?」

「違うの、違うの。トゥさんには、ルイズがいるのにそんなこと言えないわ。あ! トゥさんに魅力が無いからじゃないから!」

「分かってるよ。」

 トゥは、微笑んだ。

「で、でもね…。最近ちょっと変なの…。なんて言ったらいいのか…。」

「ドキドキする?」

「う、うん。」

「抱きしめたくなっちゃう?」

「……。」

「抱きしめて欲しい?」

「あ…。」

 トゥは、膝立ちでソッと優しくティファニアを横から抱きしめた。横からなので、ティファニアの凶悪な大きさの胸が当たらず、ポスリッとトゥの胸にティファニアの頭が乗った。

「トゥ…トゥさんって…。」

「うん。」

「柔らかくって、良い匂いがして…。強くって…。どうして、こんなに素敵なんですか?」

「う~ん、そんなこと言われると困るなぁ。」

「そういう控えめなところも…。声も…、好きです。あっ。」

「えっ?」

「違うの違うの! あっ、あの…、嫌いじゃなくって…、その、えっと…。」

「うん。分かってるよ。」

 トゥは、慌てているティファニアの頭をよしよしと撫でた。

「ありがとう。ティファちゃん。」

「トゥさん…。」

「誰かを好きになるって素敵なことだよ。」

「でも、友達の恋人を好きなっちゃうのは…。」

「例えそうでも、心がそうしたいって思うんでしょ? どうしてそれが悪いことなの?」

「でも、でも…。」

「ティファちゃんは、とっても優しくって他の人を思いやれことができる子だね。本当に、良い子。でも、時にはわがまま言ってもいいと思うよ?」

「わがまま?」

「そう。自分の心に正直なるの。」

「……。」

「イヤなら、いいんだよ。無理することはな…。」

「好き。」

「んっ?」

「大好き。大好きよ。トゥさん。」

「ティファちゃん…。」

 ティファニアは、顔を上げ、トゥをまっすぐ見つめる。

 そして両手を伸ばしてきて、トゥの顔を両手で挟むと、自分の顔を近づけてキスをしてきた。

 余韻を残して名残惜しそうに離れていったティファニアは、顔を俯かせた。その耳は赤く、顔も真っ赤になっているだろう。

「はあ…、胸がはち切れそうなほどドキドキしちゃってる。なんだろう、このドキドキ。普通じゃない感じ。」

 それは、なんというか…浮気をするアレだ。そんな暗い喜び。なんとなく分かってるトゥは、苦笑いを浮かべた。

「ルイズに知られちゃったら、私…爆発で殺されちゃう?」

「だいじょうぶ。私が間に入るから。」

「…お願いするわ。」

 一転して顔を青くするティファニアに、トゥはそう言ったのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがて夜が明けた。

 眩しい朝日で目を覚ましたトゥの隣には、ティファニアがくっついて寝ている。

 ティファニアを起こさないように起き上がったトゥは、すでに起きているルクシャナの姿を見つけた。

「あら、おはよう。」

「おはよう。」

「昨日はお盛んだったわね。」

「えっ。」

「あなたってば、罪な子ね…。恋人がいるのに、別の子をね~。」

「違うってば、ティファちゃんとはそういう関係じゃ…。」

「またまた~。じゃあどうしてキスなんて許してんのよ。」

「だから…。」

「もう言い訳はいいわ。」

「良くない。」

「……トゥさん…。」

 するとティファニアが起きた。

「おはよう。トゥさん。」

 ティファニアは、ふにゃりっとした寝ぼけ眼と、ほんのりと色づいた頬をしてトゥを見つめて挨拶をしてきた。

「あ~らあら…、なんだかヤバい雰囲気ねぇ。」

 ルクシャナが笑いを堪えている様子で言った。

「ティファちゃん、ティファちゃん、ちょっと…。」

「えっ、なぁに? ……あっ。」

 甘えたような声で言っていたティファニアだったが、ルクシャナの存在に気づいて顔色を無くした。

「ほんっと、可愛いわね~!」

「わ、笑わないでー!」

 可愛い可愛いと笑うルクシャナに、ティファニアは、顔を赤くしてワタワタと手を振った。

 トゥがオロオロしていると、ふと気づいた。

「あれ…、なに?」

 トゥが指さした先には、島のようなものがあった。

「ああ、あれ? 竜の巣って呼ばれてる群島よ。」

「ぐんとう?」

 言われてもそうは見えなかった。

 うねうねと動く触手のような岩が水面から伸びており、その長さはかなり長く、一本一本が数十メートルはあった。それが四方八方に伸びている。

「あそこに、ルクシャナの友達がいるの?」

「そうよ。」

「誰が住んでるの? エルフが住んでるようには見えないけど。」

「そりゃあんなところ、エルフは住めないわ。」

「えっ? じゃあ誰がいるの?」

「ついてからのお楽しみよ。」

『とか言いつつ、とんでもない怪物がいたりしてな。』

「えっ…。」

「ちょっと、デルフ。」

 茶々を入れてくるデルフリンガー。

『タコの十倍ぐらい触手がついてて、そいつでハーフの嬢ちゃんをがっしりと捕まえてだな…。』

「ひう…。」

「もうやめて。」

 怯えるティファニアの頭を撫でながら、トゥは、デルフリンガーをペシッと叩いた。するとデルフリンガーは、アデッ!と悲鳴を上げた。

『イテーな。まあ、そんなのが出ても相棒が守ってやるだろ?』

「当たり前だよ。」

「そ、そうだよね。」

 デルフリンガーの言葉とトゥの言葉にティファニアは、ホッとした顔をした。

『相棒は、とんでもなく強いから安心しな、じょーちゃん。』

「そうですよね! トゥさん、とーっても強いもん!」

 キャーキャーとはしゃぐティファニア。

 トゥは、額を押さえて、はあっと息を吐いた。

 自分でそう導いたとはいえ、わがままを覚えたティファニアがこうなるとは思わなかった。なんだかはしゃぎ方がシエスタと被るな~っと思ったのだった。

 やがて彼女らを乗せた小舟は、触手のような岩をくぐり抜け、いくつものその岩を抜けた先にある高くそびえる岩のところで、ルクシャナは小舟を止めた。

「? 上陸しないの?」

「ここでいいの。」

「ここ、海だよ。」

「海からじゃないと入れないの。」

「えっ?」

 ルクシャナの言葉に、トゥとティファニアは顔を見合わせた。

 ルクシャナは、海水をすくい上げ、呪文唱えた。すると手のひらにある海水が光り始めた。

「これを飲んで。」

 言われるままその光る海水を飲む。

「これで水中でも息ができるわ。効果が限られているけど。」

『おい! 俺にもなにか魔法をかけてくれ! この身体、錆びやすくって…。』

「もう、世話がやける…。」

 そう文句を言いつつ、ルクシャナは、デルフリンガーに魔法をかけた。

「これで海水に触れても大丈夫よ。」

 そう言うと、ルクシャナは、下着姿になって海に飛び込んだ。

「水中呼吸の効果は限られてるわ、あなた達も早く。」

「う、うん。行こう、ティファちゃん。」

「ええ…。」

 トゥはマントを脱ぎ、ティファニアは、ゆったりしたエルフの服を脱いだ。

 トゥが飛び込もうとすると、待て、っとデルフリンガーが止めた。

『嬢ちゃんがビビッてる。』

「ティファちゃん、大丈夫だよ。一緒に行こう。」

 トゥは、ティファニアの手を握った。

 ティファニアは、その握られた手を見てからトゥの顔を見て、コクリッと頷いた。

 そして二人は、海に飛び込んだ。

 




牢屋での告白劇がなかったので、ここで告白させました。
でもルクシャナに聞かれて見られてた…。

次回は、海母との会話。


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第九十八話  トゥ、海母と話をする、そして…

続けてもう一話。

海母との会話。

このネタでの真相に触れています。というか、ほぼネタバレ。

台詞ばっかりです。


 海の中に飛び込むと、いつのまにかハーネスから外された小舟を引っ張っていたイルカ達が一匹ルクシャナの方へと行き、ルクシャナがその背びれを掴んで、トゥ達に向けてこっちだと手招きをしていた。

 ルクシャナがかけてくれた水中呼吸の魔法のおかげで、吸い込む水が肺の中で空気となり、おかげでまったく息苦しくない。そのうえ、塩辛くもない。なんて便利な魔法だろう。

 もう一匹のイルカについたベルトをトゥとティファニアが掴む、するとイルカは、猛烈な勢いで二人を引っ張って泳ぎだした。

 ルクシャナは、慣れた様子でイルカに跨がり、それを先導する。

 数分ほど泳ぐと、おそらくあの触手のような岩の一つだろうか、黒々とした岩の柱が見えてきた。

 ルクシャナとイルカに導かれ、まっすぐそこへ向かっていくので、このままでは岩壁にぶつかるのではと思ったが、よく見ると、穴が空いていた。

 ルクシャナを乗せたイルカが先に入っていき、トゥとティファニアを引っ張るイルカもそれに続いた。

 穴の中は真っ暗だったが、イルカは迷うこと無く進んでいく。もしこれで手を放したら大変なことになるだろう。

 やがて上が明るくなり、イルカがその先へ上がりだした。

 そして、ザパンッと音を立ててイルカと一緒に、トゥとティファニアは、顔を水面に出したのだった。

「ここは?」

「さっきの岩の中よ。」

 先に水面に上がっていたルクシャナが言った。

 周りを見回すと、平らな陸地になっており、壁が淡い光を放っていた。

 その時。ミシッと音がした。

 何か…巨大な何かが近づいてくる。

 ティファニアは、ビクッとなってトゥに寄ってきた。トゥもデルフリンガーを握りいつでも抜けるようにした。

「いったい、誰だえ? このわらわの眠りを妨げるのは……。」

「私よ、海母(うみはは)。」

「ああ。耳長のはねっかえり。わらわの娘。よく来たね。」

 闇の向こうからやってきたのは、紺色の鱗を輝かせる巨体だった。

 それは、水竜だった。

 アリィーのシャッラールよりも大きい。十五メートルはあるだろうか。

「…韻竜?」

「あら、よく知ってるわね。」

「えっと…、知り合いの使い魔が…。」

「わらわの眷属を使い魔にするとは…、大したものじゃの。」

 海母と呼ばれている水韻竜は、笑いながら言った。

「おや? 綺麗な娘じゃの。あんたは、エルフと人間の血が混じっているようだの。」

「分かるんですか?」

「長く生きていると、大抵のことは分かるようになるもんじゃ。して……、そちらの青い娘は…。」

 水韻竜は、トゥを見て目を細めた。

「これ。はねっかえり。今度はいったいまたどんないたずらをしたんだね?」

「彼女が何か知ってるのね?」

「知ってるも何も…、ウタウタイじゃろう。」

「うたうたい? 私は、悪魔としか聞いてないけど。」

「別名みたいなものだよ。」

「トゥさん!」

「花に寄生された者…。太古からそう呼ばれておる。」

「へ~。」

 水韻竜の言葉に、ルクシャナが興味津々な目でトゥを見た。

「その花って飾りじゃなかったのね。」

「体内に寄生した花が、そうして具現化するほどじゃ、その娘…相当花の力が高まっておるな。」

「えっ…、それって…。」

「ああ…、こうして目の前にすると、腹が減ってくるのう。」

「食べますか?」

「トゥさん、ダメ!」

「よしておくよ。わらわよりも、若造共の方が適任じゃ。」

「あなたは、どこまで知っているんですか?」

「それよりも、上がるがよい。いつまでも水に浸かっていては、お前達の脆弱な体力を奪われる。」

 言われて、トゥ達は、陸地に上がった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、トゥ達は、周りにある乾いた海藻を燃やし、暖を取った。

「さて? はねっかえり。お前は、今度は何をしたんだい?」

「盗んだのよ。彼女達を。」

「おやおや。それはまたたいそうなことを…。」

「しかも虚無の末裔もいるのよ。」

「ほう。」

 ルクシャナの言葉を聞いた海母は、ティファニアを見た。ウタウタイであるトゥ以外となると、それに該当するのはティファニアしかいない。

 ティファニアは、恐怖に震えた。

「安心おし。わらわは、お前達を食うほど悪食じゃないよ。よく来たね。」

 まるで近所のおばさんのような気安さで、海母はそう言った。

「でも、私のこと、食べたいでしょ。」

「そりゃ、食べたいさ。ウタウタイ…、花は、わらわ達竜族にとって、至高の食い物じゃからのう。」

「初耳だわ!」

 ルクシャナが驚いた。

 そういえばっと、ティファニアは、顔を青くした。ロマリアでアズーロをはじめとした竜達にトゥが食われそうになったことや、タバサのシルフィードが食べたがってるのは聞いていた。

「トゥ、トゥさんを、食べないで!」

「ティファちゃん。」

 トゥを庇おうとするティファニアを、やんわりとトゥが止めた。

「あなたは、どこまで知っているんですか?」

「お前さんと同じ、ウタウタイが六千年前に何をしたのか。よく知っておるよ。」

「姉さんのことを知っているんですか?」

「ねえ、教えて。その姉さんって何? あなたの姉さんとやらもウタウタイなの?」

 ルクシャナがズイッと前に出てきて聞いた。

「うん…、妹たちも…。みんなそう…。」

「なにそれ! 悪魔ってそんなにいるわけ!?」

「……アレは、お前の姉か?」

 海母の言葉に全員の目が海母に向いた。

「いや、違う…。正確には、姉であって、姉ではないじゃろう。」

「どういう意味ですか?」

「この世界は、いや、どの世界もそうじゃろうが、必ずしも一つの世界とだけ繋がってはおらん。」

「? どういう意味?」

 首を傾げるルクシャナ。」

「川の水や木の枝が分かれているように、いくつもの世界だけではなく、時間もまた一つではない。それは、まるでお前達が身につけておる布の糸というものように、縦もあれば横もあるということじゃ、。」

「つまり、過去と現在と未来があるってことですか?」

「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。」

 トゥの言葉に、海母はそう答えた。

「数多の可能性からなる、あらゆる世界には、同じようで同じでない世界…、そういうものが存在していても不思議ではない。」

「つまり…。この世界にいる姉さんは、私が知っている姉さんとは違う姉さん?」

「簡単に言えば、そういうことじゃ。」

「えっ、えっ? どういうこと? どういうこと?」

「例えば、別の世界では。お前さんはどこにも存在しないかもしれん。」

「えっ?」

 オロオロしているティファニアに、海母が言った。

「自分が存在し得ない世界というのも、また可能性の一つなのじゃ。エルフがおらず、また人間も一人もいない世界もあるかもしれんのう。」

「面白い考えね。」

「考えではないのだぞ。わらわの娘。これは、事実じゃ。」

「そういえば、あんた、別の世界から来たって言ってたわね。」

 ルクシャナがトゥを見て言った。

「ウタウタイとなった者はともかく、花はどこかの世界から来たものじゃ。…誰が何のために、創りあげたものかは知らぬが、やがては寄生しておる者を肥料にし、世界を滅ぼす。その花は、そういうモノじゃ。」

「なんですって! じゃあ今すぐ処分しないと…!」

「じゃがのう。ここで、このウタウタイを殺したとて、物事が解決するわけではないのじゃ、はねっかえり。」

「どういうこと?」

「それは、そのウタウタイがよく分かっておるはずじゃ。そうじゃろう?」

「……待ってるんだ…。」

「待ってるって…、まさか…シャイターンの門に、あんたの姉さんが?」

「かもしれない…。」

「はっきりして。」

「おそらくは、そのために呼ばれたのかもしれんのう。お前さんは…。」

「やっぱり…。」

「どういう意味?」

 ティファニアが困惑した目でトゥを見た。

 トゥは、口を開いた。

「私は…、この世界で、死ぬために呼ばれたんだ。」

「そ、そんな!」

 トゥの言葉に、ティファニアが青ざめ口を手で覆った。

「…しかも、竜に食われてのう。」

「竜に食べられるですって?」

「わらわ達、竜族の祖は……、今よりも遙かに強かったのじゃ。そして数も少なかった。しかし祖の力を呼び覚まし、より高みへと上がることができる。それが…。」

「悪魔を…、ウタウタイを食べること!?」

「花が蓄え、育てておる魔力の量は想像を絶する。わらわ達にとって、花を喰らうということは、そういうことじゃ。それは同時に、花にとって竜は、天敵なのじゃ。」

「竜が天敵? 悪魔にとって?」

「花は、死体に寄生し、あたかも生きているように動かす。花は、自らを滅ぼさんとすると自らの力で再生し、分裂する。じゃがのう、竜の牙にだけには、もろいのじゃ。」

「なぜ?」

「それは、分からん。なにせ、わらわ達よりも遙か遠い祖の話じゃ。しかしじゃ、もしその花が咲ききってしまったならば…、わらわ達が束になってかかっても、討ち滅ぼすことはできんじゃろうな。」

「どうして?」

「わらわ達の力は、祖の竜族には遠く及ばぬのじゃよ。それは、お前さんがよく知っておろう。」

「確かに…。」

 トゥは、考え込むように腕組みした。

「やっぱり、私が食べられないと…。」

「ダメです!」

「そうしないと、世界が…。」

「じゃあ、適当に竜を連れてくれば良いってことかしら?」

「ルクシャナさん!」

「いい? 私は、私の興味探求のためにあなた達を助けたけど、協力はしないって約束したわ。世界の命運がかかってるなら、なおのことよ。」

「わらわの娘。先ほども言ったが、ここにいるウタウタイを殺したとて、物事が解決するかといったら、否じゃ…。」

「どうして? …それってシャイターンの門にいるっていう、この子の姉さんがいるから?」

「そういうことじゃ。アレを討ち滅ぼすには、最強の竜か、同じウタウタイでなければならんのじゃ。」

「じゃあ、食べられるしかないわね。」

「じゃがその後どうする?」

「えっ?」

「最強となった竜をお前達が制御できると思っておるのか?」

「でも普通の竜は操れるわ。韻竜だって、こうして海母と話せているんだし…。」

「竜の祖は、お前達など毛ほどにも気にかけんじゃろう。仮に世界が滅ぼうともな。」

「じゃあ、どうしたらいいの!」

「待って。竜を操れる人に心当たりがあるの。」

「なんですって?」

「ヴィンダールヴ。ロマリアにいる使い魔の人ならできるかも。」

「それは無理じゃ。」

「ダメなの?」

「竜の祖は、神の意志にも縛られぬじゃろう。それほどの強い精神を持つのだ。神の右手とて、御することはできん。」

「じゃあ、私が食べられて最強の竜が生まれても…。無駄かも知れないってこと?」

「そういうことじゃな。」

「そんな…。」

「トゥさん!」

 倒れそうになるトゥを、ティファニアが支えた。

「じゃあ、どうしたらいいの? どうしたら叶えられるの? どうしたら…、どうしたら…。」

「トゥさん…。」

 トゥは、頭を抱え俯き、ブツブツと言葉を紡ぐばかりだった。

 




ヴィンダールヴでも、高位の魔物である竜種(ハルケギニアの竜族はともかく)は、制御できないんじゃないかと思って…。
DODシリーズの、ドラゴン(竜種)が人間やエルフに協力するとは限りませんしね。

海母の口調が難しかったです…。

このネタにおける、ゼロは、トゥとは、別の時間軸のゼロです。
姉だけど、姉じゃない。パラレルワールドですね。お互いに。


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第九十九話  トゥとティファニアの約束

長く続けすぎてグダッてきたな…。
かといって、こんな状況で終わらせるのも…。

ルクシャナとティファニアの会話。
後半は、トゥとティファニアとの会話が主。


 

 海母との会話の後、トゥは、膝を抱えて顔を伏せてしまった。

 焚き火で暖を取りながら、イルカが取ってきた魚や貝を焼いて食べた。

 トゥが動かないので、ティファニアが、貝殻から貝の身を取り出して食べさせてあげた。

 熱々では食べられないので、ティファニアがフーフーと息を吹きかけて少し冷ました焼けた貝の身をトゥの口に押しつけると、トゥは口を開けたので食べさせることはできた。

「トゥさん…。」

「そんなちっぽけな花が世界をね…。」

 ルクシャナは、ジ~っとトゥの右目の花を見ていた。

「海母の言うことだから本当のことなんだろうけど、信じられないわね。悪魔…、ウタウタイ…、花…。あー、頭ゴチャゴチャしてきた。私としたことがぁ!」

 ルクシャナは、自分で言って頭をかきむしった。

「このままだとその花に世界を滅ぼされるなんて…。かと言って竜に食べさせて殺しても、まだシャイターンの門に、もう一人残ってるのよね。…じゃあ、シャイターンの門を開放して竜にその姉さんっての食べさせれば…。」

「…ダメだよ。」

「はっ?」

 トゥが口を開いた。

「あそこは、ただで解放しちゃダメなんだ。あそこにあるのは、滅びだけ。」

「何よ。まるで知ったようなこと言って。」

「姉さんの花は、もう……。」

「あのルクシャナさん…、シャイターンの門って封印されてから、六千年以上も経ってるのよね?」

「ええ。そのはずよ。…ん? ってことは…。」

「海母が言ってたように、花が咲ききったら、竜族が束になってかかってもどうしようもないって…。」

「あ…。」

 ルクシャナは、想像したのか青ざめた。

 しかし、すぐに表情を改めて。

「じゃあ、トゥを竜に食べさせて最強の竜を誕生させるしかないわね。でも、その後の竜の制御が問題だわ。」

「ルクシャナさん!」

「あのね。私は、あくまでもっとも最善な手段を選んで言ってるの。叔父様達だってそうするわ。あんたの仲間の蛮人達だって、このことを知ったらどうするかしらね?」

「っ! ルイズ達はそんなことしない…。」

「どーかしらねー?」

「しない! 私は信じてるわ!」

「…そのせいで、世界が滅んじゃっても?」

「!」

「いい? よく考えなさい。トゥの命と、この世界の全ての命…、どっちが重いかをね。」

 ルクシャナの言葉に、ティファニアは唇を噛み、俯いた。

「それに、話を総合すると、どっちみちトゥは、死ぬのよ。ただ、花の肥料になって世界を巻き込むかどうか、その違いでしかないようだけど。巻き添えで死ぬなんて冗談じゃないわ。」

 ルクシャナは、ツンッとそっぷを向いた。

 ティファニアは、反論できず膝の上で手を握りしめてプルプルと震えていることしかできなかった。

 やがてルクシャナは、大きくため息を吐いた。

「でもまあ…、あなた達を盗んだ以上、叔父様のところに戻って報告ってわけにもいかないし、ほとぼりが冷めるまで待つしかないわね。」

 ルクシャナは、そう言うと横になった。

「…けど、だからって逃げようだなんてしないでよ?」

 そう念を押すと、ルクシャナは、すぐに寝息を立てだした。

 顔を上げたティファニアは、トゥの方に向き直った。

 トゥは、変わらず膝を抱えていた。

 ティファニアの目に、あんなに強く輝いて見えたトゥが、今は弱々しく見えた。

 その姿に失望したのではない。トゥがどれほど自身の存在意義について悩んでいたか、そして海母との会話でどれほどショックを受けたのかは計り知れないだろう。それに気づいてやれなかった自分にティファニアは自己嫌悪した。

「トゥさん…、トゥさん…、ごめんなさい、ごめんなさい…。」

 きっと自分のために気を張っていただろうとも思い、ティファニアは、涙を浮かべた。

「ルイズ…。」

「っ…。」

 ルイズの名をボソッと呟いたトゥに、ティファニアは、ハッとした。

 自分は確かに好きだと告白したが、それでトゥの気持ちを自分に向けられたわけではないのだ。

 そしてとうとうティファニアの目から涙がこぼれ落ちた。

 トゥは、どっちみち死ぬ。竜に食われるか、世界を巻き込んで花の肥やしになるか。生きるという第三の選択肢は残っていないのだ。

 きっとトゥが今一番会いたい相手は、ルイズなのだろう。だが、ルイズは、遠く離れた場所にいる。このまま…また会えるかどうかも定かじゃない。

 グッと息を飲み込み、ティファニアは、トゥを横から抱きしめた。

「……今だけでいいから…、私を…見て。」

 それは、懇願。ティファニアの精一杯のわがままだった。

 トゥは、ティファニアに抱きしめられても無反応だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 薄紅色の花。

 

 この花は、いつか…世界を…。

 

 

「姉さん、姉さん。あなたは、何をしたの?」

 

 暗闇に浮かぶ、ゼロの姿にトゥは、問いかけた。

 しかし、ゼロは答えない。

「姉さん、あなたは、自分の花が咲ききるほどのことをしたの?」

 ゼロの花がすぐに咲ききったとは思えなかった。何かをしたのだ。海母が言っていた、ウタウタイが六千年前に何かをした、それが鍵だろう。

「エルフに、悪魔って憎まれるほどのことをしたんだね?」

 答えないゼロのトゥは問いかけ続ける。

「それで、エルフを半分も殺しちゃったんだね?」

 ゼロは、答えない。

「なんのために?」

 答えないゼロに、それでも問いかけ続ける。

 

『いつまで…。』

 

 ゼロの口がそう動いた。だが、声は無い。

『いつまで待てせる気だ。ブリミル。』

「ブリミルさんと、知り合いなんだね? やっぱり、あの時…ヴァリヤーグが攻めてきた後に姉さんが来たのは本当だったんだね。」

『約束は…どうした?』

「その約束って……、姉さんを殺してもらうこと?」

『いつまで待たせる気だ、ブリミル!』

 ゼロの身体から衝撃波のような光が放たれた。

 トゥは、それを腕で遮ったが、吹き飛ばされた。

 そこで視界が暗転した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…ゥ…さん……、トゥさん。」

「……ティファちゃん?」

 トゥが目を覚まして、最初に見たのは、ティファニアの心配している顔だった。

「よかった…。うなされてたから…。」

「…ごめん。」

「怖い夢でも見てたの?」

「ううん。違う。」

 トゥは、仰向けで寝たまま首を振った。

「姉さんの、夢、見てた。」

「姉さんって…。」

 ティファニアの顔が曇った。

「うん。ゼロ姉さん。…ずっと、待ってる。」

「シャイターンの門で?」

「…たぶん。」

「トゥさん。」

「なぁに?」

「……死ぬ以外にないの?」

「えっ?」

「トゥさんが生きることはできないの?」

 泣きそうな顔で聞いてくるティファニア。

 トゥは、上体を起こし、ティファニアの頭を撫でた。

「…ごめんね…。」

「謝らないで。…どうして? どうして? どうしてトゥさんなの?」

「ティファちゃん…。」

「どうして、その花がトゥさんを苦しめるの? そんな花さえ無ければ…。」

「違うよ。」

「えっ?」

「花があったから、私は…生まれた。」

「どういうこと?」

「……私はね…、ゼロ姉さんの花から生まれたの。」

「……えっ?」

「話せば長くなるけど…、私は、花を壊そうとしたゼロ姉さんの花が分裂して生まれたの。」

「それって…。」

「私は…ゼロ姉さんの分身みたいなモノ。花がゼロ姉さんに寄生しなかったら、生まれなかった。」

「そんな…、そんなことって…。」

「思い出した…。花が記憶を弄って、私達は、ゼロ姉さんを敵だと認識してた。私達が、ゼロ姉さんの分身だとも知らずに…。生きていたら、いつか世界を滅ぼすことも知らずに…。もといた世界を平和に導こうだなんて…。」

「そんな…そんなのってないわ!」

「でも、本当のことだよ。」

「嘘だって言って!」

「嘘じゃない。」

「ルイズは、ルイズは、知ってるの?」

「…知らない。そういえば、私自身が花だってことは話したっけ?」

 コテッと首を傾げて微笑むトゥ。

「酷い、…酷いわ。そんなことってないわ…。」

 ティファニアは、ついにボロボロと泣き出した。

「やっぱり、不気味だよね。私って。」

「ちが…、違うの! 違うの違うの! そうじゃないの!」

「ん?」

「トゥさんが可哀想で、…可哀想で!」

 ティファニアは、自己嫌悪していた。

 カスバの牢屋の中で、トゥに、自分は死にたくないことを言ったことや、何もしていないのにどうしてこんな酷い目に遭わなければならないのかと打ち明けたことを。その時、トゥは、だいじょうぶだと抱きしめ、慰めてくれたのに。

 それなのにトゥは、どうだ? 自分と違い、生きることすら根本的に否定され、出生すら自分と比較にならないほど歪んでおり、生きていればいずれ世界を滅ぼしてしまう運命にあって…。

 そんな彼女に自分は、ただ助けを求め、縋っただけだ。

 足手纏いなんてもじゃない。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「謝らないで。泣かないで。大丈夫だから。」

「でも…、でもぉ…。」

「ありがとう。ティファちゃん。私のために泣いてくれて。」

「トゥさん…トゥさん…。」

「ねえ、ティファちゃん。お願いがあるの。」

「…なに?」

「もしも私が死んだら…、ルイズに伝えてね。」

「イヤ!」

 ティファニアは、いやいやと首を振った。

「今それを頼めるのは、ティファちゃんしかいないの。だから、お願い。口約束で良いから。」

「イヤ…、そんな約束したくない。」

「お願い。」

「したくない。」

「…もう…。」

 トゥは、仕方ないなぁっとため息を吐き、グスグスと泣いているティファニアの頭を撫でた。

「じゃあ、私…、花に負けないように頑張るしかないか…。どこまで頑張れるかな…。」

「トゥさん…。」

「弱音吐いてちゃダメだね。ティファちゃんを守らないといけないのに。」

「…ごめんなさい…、ごめんなさい…。」

 トゥの儚い願いすら叶えようてやろうともしない、自分本位の自分自身にティファニアは、悔しさで顔を歪め、涙をこぼした。

 けれど、怖いのだ。

 トゥを失うことも、トゥのその願いを叶えることも。

 怖い。怖い。怖い。怖くて仕方がない。

 けれど…。自分がトゥしか頼れないように、トゥもまた、ティファニアしか頼れないのだ。

 ティファニアは、パンッと両手で自分の両頬を叩いた。

「ティファちゃん?」

「分かったわ。」

 バッと顔をあげたティファニアの顔には、強い決意の色があった。

「えっ?」

「トゥさんのそのお願い。約束するわ。」

「ティファちゃん…。」

「だけど、私からも約束させて。」

「ん?」

「一緒に、生きてルイズ達のところへ帰ろうって。」

「うん。約束する。」

「約束だよ。」

 ティファニアは、泣き笑った。

 気がつけば、トゥも泣いていた。

 

 




なんか、ティファニアが自分本位なキャラっぽくなってる…、そんなつもりはなかったのに…。けど、弱ってる状況で唯一すがれる相手から死んだら人に伝えてくれなんて言われて受け入れるってのは難しいと思うのです。

二人きりの状況はまだ続きますしね。……うん。がんばります。


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第百話  トゥ、原子力潜水艦を見つける

海竜との戦いと、原子力潜水艦の発見。

※放射能の毒性について、不適切な表現があります。
症状や影響などは、はだしのゲンなどや、過去に見た放射能汚染による影響を綴った書記を表現を参考にしています。


もし、間違っている。また偏見に繋がるというご意見がありましたら、メッセージなどで申してください。書き直します。


 それから、何もないまま三日が過ぎた。

 聖地の場所が分からない以上、動くことができないし、情報収集しようにも、ここはエルフの土地。完全に部外者であるトゥとティファニアが動くことはできない。おまけに、現在いる場所が海である以上、動くことはできない。ウタを使えばできんことはないが、それだと次に待つ砂漠を越える時の準備をすることができない。

 それに、逃げないという約束をルクシャナと交わしているので、それを破るわけにはいかない。

 ルクシャナは、トゥの花を警戒していたものの、今警戒していても埒があかないと判断し、今ではほぼ放置している。今、竜を連れてきてトゥを殺しても、シャイターンの門にいるもう一人のウタウタイ、ゼロが残るため何もできないというもあるのだろう。

 食べ物は、イルカが取ってきてくれる。飲料水は、雨水を使った。しかもルクシャナの魔法のおかげで美味しく飲める。

 そのうち追っ手が来るのではと、ティファニアが心配すると。

「この辺りはね。潮の流れが複雑で、エルフ達はあまり近づかないの。」

 さらに大荒れになることもあるのだと、ルクシャナが説明してくれた。

 イルカが小舟を引いてくれなかったら、たどり着けることはない場所なのだそうだ。

 入るのも大変だが、出るのも大変だ。

 っというわけで、絶賛やることがない。

 何もしてないでジッとしているのもアレだし、トゥが海水に浸かって泳いでいると、ティファニアが泳ぎ方を教えて欲しいと言ってきたので、教えることにした。

 やることがないのはルクシャナも同じで、水中呼吸の魔法を使ってくれた。おかげで水の底とまで泳ぐことでき、豊富な魚介類が住むこの辺りの海の質もあって楽しめた。

 飲み込みが早いティファニアは、泳ぎ方を覚え、トゥと一緒に水中を泳いだ。

 陽光が差し込む青く透き通った海中を、並んで泳ぐトゥとティファニアは、まるで人魚のように美しい。

 やがてティファニアがトゥの肩をつついて、海底を指さした。

 ティファニアが海底に向かって泳いでいき、それを追っていくと、ティファニアは、海底の岩と珊瑚の間に手を入れた。

 すると大きなエビをティファニアが掴んで持ち上げた。

 今日のお昼ご飯だよっと口が動き、いたずらっぽく微笑むティファニアに、トゥも微笑み返した。

 そしてトゥも、負けじと大きな巻き貝を捕った。

 

 ずっと、このままだったらいいのに…。

 

 ティファニアは、そんなことを思い。けれど、自分を恥じた。

 ハルケギニアのことも、聖地のことも、虚無のことも何もかも忘れて、トゥと一緒にここでずっと過ごせたらなんて…。

 薄青い海の中でも、薄紅色を失わないトゥの右目の花がイヤでも視界に映る。

 ……あの花がある限り、トゥに安息はない。

 悲しい事実。悲しい現実。悲しい未来…。

 トゥにのしかかる悲しい運命は、自分の非じゃ無いだろうっとティファニアは思い、悲しい顔をした。

 トゥは、怪訝に思い、ティファニアに近寄ってその頬に手を添えた。

 どうしたの?っと口を動かすと、ティファニアは、ハッとして首を横に振った。

 トゥは、慌てて手を放した。ティファニアが触られて嫌がったのでは思ったのだ。ティファニアは、アッという顔をして手を振って違う違うと身振り手振りをした。

 その時、トゥは、周りを見回しだした。

 ティファニアがそれを不思議に思っていると…。

 トゥがティファニアの傍に来て、デルフリンガーを抜いた。

 ティファニアが驚いていると、背びれが尖った魚…、サメが何十匹も群れを成してやってきた。

 デルフリンガーを握ってティファニアを背にして構えているトゥとは反対に、サメを知らないティファニアは混乱した。

 やがて頭上でサメの群れが回転しながら泳ぎだし、やがて一匹がトゥとティファニアの存在に気づいたのか動きを変えた。

 それに呼応したサメ達が矛先をトゥとティファニアの方に向け出した。

 すると、横からルクシャナのイルカが猛スピードで泳いできて、サメに体当たりした。

 そして、次々にイルカがサメを倒していく。

 だが、次にやってきたものに、イルカもサメ達も逃げ出した。

『どーやら、あのサメ共はアレから逃げてきたらしいな。』

 デルフリンガーが言うそれは、海竜だった。

 全長十メートルほどで、ワニのような胴体に、水中移動に特化したヒレの手足がついているその海竜がジロリッとこちらを見てきた。

 海母の仲間じゃないの?っと、トゥがデルフリンガーに聞くと。

『いんや。ありゃ、知性もかけらもない、獰猛で気性が荒い奴だ。この辺りじゃ最強だろうな。』

「トゥさん!」

「ティファちゃん、下がって!」

 ゆっくりと近づいてきた海竜が大口を開けた。

 そのまま突っ込んでくる海竜から、ティファニアを守るためにティファニアの頭を掴んで押さえつけて一緒に海底に伏せた。頭上を海竜が通り過ぎ、海竜は、旋回すると再び口を開けて突進してきた。

 トゥは、跳躍し突進してきた海竜の頭にデルフリンガーの切っ先を突き刺そうとした。だが水の抵抗が凄まじく、陸地と違って勢いを殺され、威力も落ち、絶大な筋力を誇るトゥの力を半減させてしまう。デルフリンガーの先は滑り、海竜の固い鱗を貫けなかった。

『こりゃ、分が悪いぜ、相棒。』

「分かってる!」

 海竜が太い尾を振ってきた。咄嗟にデルフリンガーで防ぐが、相手は海を住まいとする海竜、身体の作りが根本から違うためそのパワーに吹き飛ばされ、トゥは岩にたたきつけられた。

 背中を打ち付けて痛みにうめいていると、海竜の口が迫ってきた。

 トゥは、片手で下顎を掴んで止めた。

 ギリッと渾身の握力で海竜の顎を握りしめると、海竜は、ジタバタと暴れ出した。

 トゥは、下顎の…おそらく鱗が無い部位だったであろう部位に、デルフリンガーを突き刺した。

 血があふれ、海竜は、暴れてそのままある方向に向けて、デルフリンガーが刺さったまま泳ぎだした。トゥは、デルフリンガーを掴んだまま一緒に引っ張られた。

『相棒。頼むからこの手を放さないでくれよ。こいつと一緒に海の藻屑になっちまう最後は迎えたくねぇ。』

「分かってるよ。」

 猛スピードで泳ぐ海竜に導かれるまま進んでいくと、やがて海竜は、スピードを落としていった。

 その隙をついてトゥは、ふんばり、デルフリンガーを海竜から引き抜いた。

 海竜は、トゥをちらりと見た。反撃が来るかと思ったが、海竜はそのまま巣と思われる岩壁に入っていってしまった。

「……ふう。」

 岩場に上がって一息つく。

 すると、トゥの左手のルーンが光り出した。

「えっ? なんで?」

『俺は鞘に収まってるぜ。』

「分かってるよ…。…あっ。」

 トゥは、周りを見回した。

 すると、今居る場所がおかしいことに気づいた。

 自然にできたモノじゃない。明らかな人工物だった。

「なんだろう、これ…。」

 それは、“潜水艦”と呼ばれるモノだったが、それを知らないトゥには船のようなモノとしか認識できなかった。

 トゥが呆然とそれを見上げていると、イルカがやってきた。

 イルカに跨がって、ティファニアもやってきて、大丈夫かと聞いてきた。

「うん。大丈夫だよ。」

 泣きそうなティファニアの頭を撫でながらトゥは微笑んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 海母の巣に戻ると、ルクシャナに船のようなモノを見つけたことを話した。

 目を輝かせたルクシャナは、それを見に行きたいと言いだし、案内することになった。

 そして、その問題の船…潜水艦のところへ来た。

「変な船ね。こんなのヘンテコなの作って蛮人って変わってるわね。」

「違うよ。」

「はっ?」

「これはね。海の中を進みやすい形なの。」

「なんで分かるの?」

「左手が…教えてくれるの。」

 トゥは、潜水艦に右手で触れた状態で、光っている左手のルーンを見せた。

「海の中を進む立って、どうやって?」

「ほら、スクリュー…、回転をしながら進むものが後ろに突いてるんだけど、ここからじゃ見えないね。」

 トゥは、説明しながら、キョロキョロと潜水艦を見回した。

 そしてついに、探していたモノを見つけた。

「あった!」

「なに?」

「これに入るところ。見つけた。」

 トゥは、よじ登り、錆びたハッチを掴んで無理矢理こじ開けた。

 そしてルクシャナとティファニアを中に呼び、三人は潜水艦の中に入った。

 精密な計器が並ぶ艦内を進んでいく。

『おおー、こりゃーすげーなー。』

「ね、すごいでしょ。」

『こいつは、油で動くあの戦闘機っつーのと違うぜ。なんつーか、えーとな、物質を作る小さい粒が小さい粒同士でぶつかってエネルギーを作る力で動くんだ。』

「……ん?」

 それを聞いたトゥは、止まり、顔を蒼白とさせた。

「ティファちゃん! ルクシャナ! ここから早く離れないと!」

「えっ? なになに?」

「どうしたの、トゥさん?」

「いいから! 危ない! ここ危ない!」

『でーじょーぶだ、相棒。』

「ふぇ…?」

『確かにこの船を動かす力の源はヤベーみたいだけどよ。それを動かすための棒っきれがねーんだ。だから、大丈夫だぜ。』

「ほんとう?」

『おおよ。』

「よかった~。」

「ねえ、いったい何で動くの、この船? そんな危ないモノを使うの?」

「ごめん…。とにかくね、すっごい毒なの…。すっごいエネルギーを生み出すんだけど、すっごい毒なの…。」

「ど、毒で動くの?」

 ティファニアが震え上がった。

「あのね…。ちょっとなら大丈夫だけど、たくさん浴びると、例えば、髪の毛が抜け落ちて…、衰弱して、血を吐いて…、血便が出て…、身体の中のありとあらゆる内臓が壊れて…死んじゃうの…。あと色んな病気を併発するの…。」

「……それは、怖いわね。」

「でも、この船…、もう壊れてるのに…どうしてルーンが反応するんだろう?」

『たぶん…、武器なるもんが残ってんだろ。』

 それを探すことにし、さらに奥へと進んでいくと、武器を装填しているであろう場所にたどり着いた。

「これ…。」

「なにこれ? ほら、説明しなさいよ。」

「危ない……。」

「はっ?」

 トゥは、思わず後ずさった。

 そこにあったのは、……ミサイルだった。

 だが、ただのミサイルじゃない。

 潜水艦を動かす力と同じ燃料を使った……。

 

 核ミサイル。

 

「なんで、こんなものがあるの?」

『おう…、これにもこの船と同じエネルギーが入ってるな。こいつが爆発したら、大変だぜ。』

「毒をばらまく武器ってこと?」

「これが爆発したら…、都市が消える。」

「それくらいならエルフの技術でもできるわ。使わないだけよ。」

「ううん。それだけじゃない。一度爆発したら、その一帯は何十年以上もぺんぺん草も生えない焼け野原になる毒を残すの…。」

「なんじゅうねん!?」

 さすがにルクシャナも驚愕したようだ。

「もちろん…、そこに住んでた人達も…毒で……。ものすごいエネルギーでできる火傷は普通じゃなくって…、色んな病気の原因にもなって…。例えば…、魚なら、頭が一つで身体が二つある魚が生まれてきたりするかもしれないの…。」

「ひっ…。」

「なんてモノを作るのよ、蛮人は!」

 恐怖に震えるティファニアは、憤慨するルクシャナ。

「と、とにかく…、これは触っちゃダメ。爆発したら、海が大変なことになっちゃう。毒が漏れたら、たくさんの生き物が死んじゃうし、これから生まれてくる子供も奇形になっちゃうかもしれないの。毒が溜まった魚や貝を食べても大変なことになるから…。しかも解毒剤とか無くって…、何百年先も子孫に影響するかも知れないの…。」

「そうね…。」

 ルクシャナは、想像したのか汗をかいていた。

 爆発の威力より、後に残る毒の方が脅威だと思ったようだ。

 




放射能物質自体は、自然界にも微量存在することも知ってます。
放射線治療というものもありますし、完全なる悪ではないとは知ってます。

原作では、あまりその毒性とかについて触れていなかったので、あえて書いてみましたが、書いた後でこれは、偏見に繋がるのでは?っという疑問が浮かびました。
震災で原子力発電所の問題が浮上し、被爆の問題が連日上がっていたことや、そのせいで他県から偏見の目を向けられたというエピソードも知りました。
ですが、だからといって、怖い物だからダメってだけじゃダメではないのか?っという考えもありました。
あくまでも可能性…、こうなるかもしれない。ああなるかもしれない。だから封印しなければならないということは伝えないといけないと思って書きました。

……こんな二次創作でそんなことを述べても仕方ないと思われと思います。


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第百一話  トゥの悪い予感

やっと書けた…。

実家の引っ越しもあったし、書く暇と余裕が無かった…。っと言い訳しておく。


 

 

 潜水艦から洞窟に戻ってきた。

 それからというもの、トゥは、膝を抱えて座り込んでいた。

「ねえ、デルフ…。」

『なんだ?』

「どうしてブリミルさんは、あんな武器をこっちの世界に呼び続けてるんだろう?」

『……そりゃ、相棒が分かってることじゃねぇのか?』

「姉さんのため?」

「ちょっとぉ、悪魔にこれ以上の力をあげてどうしようってのよ?」

 デルフリンガーとの会話を聞き捨てならんとルクシャナが割り込んできた。

「違うよ。ブリミルさんは、姉さんのために武器をこっちの世界に持ってきてるんだよ。」

「だから、悪魔にこれ以上の力をあげちゃうってのはどうなのって言ってるのよ。ブリミルは、悪魔信仰者なの?」

「……違う。姉さんのことが好きだから…。」

「好きだから?」

「……約束を…。」

「やくそく?」

「叶えてあげたいだけなんだよ。」

「悪魔の願いって何よ?」

「姉さんは、生きたいなんて望んでないよ?」

「それって…。」

「すべてを憎んで、恨んで、死んだ瞬間に自分に花がとりついた時点で、自分が良くないモノを宿してるって分かってた姉さんが…、それでも生きたいなんて望むはずがないよ。だから、私達、妹を殺して、花を殲滅しようとしたんだ。」

「でも、あんたは生きてる。」

「……私の世界の姉さんは…、失敗したんだ。」

 トゥは、クシャリッと顔を歪めた。

「自分以外の花を…、妹の私達を殲滅するのに、失敗しちゃったんだよ。」

「失敗したって事は…、あんたの世界の姉さんは…。」

「たぶん…、もう……。」

「そういえば、海母が、シャイターンの門にいるのが、あんたの姉さんであって、姉さんじゃないって言ってたわね。別の世界の同一人物だなんて、ややこしいことだわ。」

 ルクシャナは、大げさに腕をすくめてため息を吐いた。

「だったら、毒をまくことになったとしても、あの船の武器を使うしかないってわけね。」

「でも、それで本当に咲ききった花を倒せるかって言ったら…。」

「ちょっとぉ。花には竜か同じ花を持つウタウタイじゃないと対抗できないんでしょ? あんたはいわば世界を救える切り札なのよ。しっかり考えなさいよ。」

「そんなこと言われても…。」

 トゥは、しゅんと俯いた。

 トゥの隣で、ティファニアは、オロオロとその様子を見ることしかできなかった。

 あの船の武器に、とんでもない毒が入っており、しかもエルフの魔法に匹敵する破壊力もあるとのことだった。それを知ってからのトゥは、元気が無くなり、ティファニアはなんとかしてトゥに元気になってもらいたかった。しかし、方法が分からず、オロオロとしていたのだ。

 ティファニアは、ハッと我に返った。

 気がつけば自分は、トゥのことばかり考えていることに気づいたのだ。

 あの晩、小舟の上でトゥにキスをしてから、ずっとだ。

 一緒に海を泳いでいたこの数日間、ティファニアは、本当に幸せだった。

 思ったらダメなのことも考えてしまう。

 …ずっとこのままだったらいいのにと。

 しかし、それは永遠に叶わないのだと。

 トゥを見れば、イヤでもトゥの右目の花が目に映る。

 あの花がある限り……。

 トゥは、いずれ死んでしまう。それは、避けられない定め。

 世界を巻き込んで死ぬか。竜に食べられて死ぬか。

 せっかく好きになったのに…。好きだと自覚したのに…。トゥは、自分の前からいなくなってしまうのだ。

 そんなのはイヤだ。けれど、運命が許してくれない。トゥと一緒にいることを許してくれない。

 時間も残り少ないのだろう。だからこそ、トゥは気持ちで弱っているのだ。

 ティファニアは、なんとか役に立ちたかった。

 その時、ふと思いついた。

 使い魔だ。

 自分は、まだ使い魔の召喚をしていない。

 使い魔を召喚すれば、役に立つ存在になれるんじゃないだろうか?

 そんな浅はかな考えが思い浮かんだティファニアは、決心したら早かった。

 ティファニアは、洞窟の隅に向かうと、授業で習った、コモン・マジックを唱えるべく杖を握った。

「我が名は、ティファニア・ウェストウッド。五つの力を司るペンタゴン……。」

 呪文を唱えかけて、ティファニアは、思い直した。

 使い魔とは、主人の目となり、盾となる存在。そしてかけがえのないパートナーなのだ。

 使い魔とは、運命が引き寄せる存在。ルイズとトゥは、あんなにも固い絆で結ばれている。お世辞にも性格が合うとは言えない二人だけど、お互いを大切にしている。

 自分にもそんな存在がいたら…。

 そうなったら、トゥへの想いも消えてしまうのだろうか?

 ティファニアは、呪文唱えるのを止めた。

 こんな気持ちで使い魔を召喚したら、使い魔が可哀想だ。そして、良い信頼関係を築けるとは思えない。そんなんじゃ、誰かの役に立つなんてできやしない。

 ティファニアは、杖を納め、膝を抱えた。

 やがて、ティファニアは、自分の指にはまっている母の形見の指輪を見つめた。

 そこには、光る精霊石がはまっていた。もう何度も使ってずいぶんと小さくなってしまったが、まだ光っている。

 指輪を見つめていると決まって思い出すのは、母の顔だ。

 ハーフエルフだったティファニアには、遊び相手がおらず、家から出ることも禁じられていた。

 なのでいつも母が遊び相手だった。そんな母は、よく故郷の砂漠の話をしてくれていた。オアシスや、大きな都市。まさに、今自分が来ているエルフの国そのものだった。

 エルフは、母のように優しい人達ばかりではなかった。そんなことを想うと心が痛む。

 エルフの世界には自分の居場所はない。人間の世界には自分の居場所はあるのだろうか? 仲間いる。でも……。

 初めて好きになった人の傍には、もう自分の居場所はない。そこは、もう自分ではない、他の女の子がいて、固い絆で結ばれているから。

 そう思うと人間の世界に居ても辛い気持ちになる。

 自分の居場所……。ティファニアは、それを考えて思いついたのは、母の親族のことだった。

 もしかしたらそここそが、自分の居場所かもしれない。

 母の一族に会ってみたいっと、ティファニアは想ったのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「一体何を悩んでいるのだね?」

 潜水艦の中を見て、洞窟に戻ってきたからその翌日、海母がぼんやりしているトゥに話しかけてきた。

「大変な武器を見つけちゃったの…。ここから、イルカで十分くらいで行ったところにある、潜水艦の中にあるの。」

「おやおや。」

「爆発したら…、大変なことになっちゃう…、たくさんの命を奪って、長い時間あらゆる生き物を苦しめる。」

「ほうほう。」

「あの…、真面目に聞いてます?」

「聞いてるよ。ただね、わらわぐらい長生きすると、大概のことでは驚かなくなるものさ。」

「ブリミルさんは、何千年も前からそんな武器をこっちの世界に送り続けているんだ。」

「その武器のことで悩んでいるのかえ?」

「うん。」

「お前のために…、そしてお前の姉のために送られてきたのだろう? よいではないか。」

「……咲ききった花に効き目があるかどうか分からないの。」

「…なるほど。」

「ブリミルさんは、必死だったんだね。でも必死すぎた。後のこと、考えてない。」

 後のことを考えていたなら、あんな武器まで召喚するはずがないとトゥは思った。それにロマリアで見た、あの武器庫の大量の武器に、タイガー戦車も…。

「……確かに、虚無の始祖は、後先を考えている場合ではなかったやもしれんな。それほどに切羽詰まっていたのだろう。」

「姉さんの花が咲ききろうとしてたから?」

「それは、分からぬ。わらわの祖母もそこまでは知らんようじゃったからのう、聞いてはおらぬ。ただ、よほどの理由があったのは間違いないじゃろうな。」

「そう……。」

「しかし、そんな武器が海にあったとはのう。わらわは、この辺りの海で知らぬことはなかったが、あれがそうであったか。」

「うん。」

「ここにも色々とあるが、見ていくか?」

「あるの?」

「ああ。わらわの背にお乗り。」

 海母に促され、その背中に乗ったトゥは、海母と共に洞窟の奥へと向かおうとした。

「どこ行くの?」

 すぐにルクシャナとティファニアが気づいてやってきた。

「他にも武器があるんだって。だから見に行くの。」

「私も行く。」

「私も見るわ。」

 そして三人を乗せ、海母は、洞窟の奥へと向かった。

 海母は、海水が満ちた穴に入っていった。

 末広がりのこの岩山の内部は、アリの巣のように広がっており、潜って数十秒してすぐに別の洞窟に顔を出した。

 そこは比較的に明るく、打ち寄せる外へと通じる穴らしかった。

 しかし、そこにあるは、神秘的なこの洞窟には似つかわしくないものばかりだった。

 トゥは、ロマリアのカタコンベを思い出した。

 銃、大砲、戦車、そして戦闘機もある。

 しかしそれらは、ロマリアのと違って固定化の魔法をかけていないので塩で錆び錆びになっており、朽ち果てていた。

 トゥは、その中から何か使えそうな物を探した。

 そして…。

「あっ!」

「何? 使えそうなのが見つかったの?」

「これ!」

 トゥは、嬉しそうにそれを両手で持ち上げた。

 それは、哨戒艇だった。一見するとボートだが、機銃がついている。

 トゥの怪力によってガラクタの中から盛り上げられたソレが、海に浮かべられた。

 ところどころさび付いてはいるものの、トゥが左手を触れると、ルーンが光った。

「よかった。動くよ。」

「どうやって動かすの?」

「こうやって。」

 トゥは、嬉しそうにエンジンの始動の操作をした。

 そしてかかるエンジン。幸いにも燃料が満タンな状態であったため、エンジンはすぐにかかった。

 そのエンジン音に海母が跳ねた。

「なんだね? その音は!」

「エンジン音だよ。」

「えんじん?」

「強いて言うなら…、油を燃やす力で動く金属のカラクリかな?」

「油を燃やすなんて私達にだってもできるわ。効率悪そうじゃない。」

「これが科学の力なんだよ。精霊や魔法を使わないの。」

「あの毒をまき散らすって言う爆弾も?」

「…うん。」

「……野蛮ね。かがくって。」

「でも魔法が使えない人達が作り出した物なんだよ。生きるために。」

「毒をまき散らすのが生活の役にたつわけ?」

「それはそれ。これはこれ。」

「屁理屈言って…。」

 ルクシャナは、プイッとそっぷを向いた。

 トゥは、とりあえずエンジンを止めた。

 哨戒艇から下りると、ふと思い立ち、デルフリンガーに聞いた。

「ねえ、デルフ。」

『あんだ?』

「こういう武器とかって聖地から流れてくるの?」

『どうだろうな…。昔と地形が違うからよぉ。』

「海母さん。この辺りは、昔地面があったんですか?」

「わらわが生まれた頃から、ここらは海だったよ。」

「それっていつ頃ですか?」

「千年ぐらい前かねぇ。」

「それよりも前は?」

「ああ、そういえば、わらわの祖母が言っていたような気がするよ。祖母の祖母がいたころは、この辺りは陸地だったって。」

「ってことは…。」

「バカじゃないの?」

 ルクシャナが呆れた声で言った。

「ここがシャイターンの門だって言うの? あのね、ここは竜の巣。誰からも忘れ去られた場所。ここがシャイターンの門だって言うなら軍が守ってるはずだわ。」

「でもそれだと、ここがそうですって言ってるようなものだよ? 目立っちゃうよ。」

「だからと言ってここに私達がいることを知ってたら、こんなにのんびり……。」

「だから変なんだよ。」

 トゥが言った。

「あまりにも簡単に逃げ出せるなんて、おかしいよ。」

 っと、その時。

 海母の巣である洞窟の壁の外から何かがぶつかる音がして、地震が来たように激しく振動した。

「……私達…、泳がされたんだ。」

 トゥは、そう呟いた。

 

 




次回は、やっとリーヴスラシルの回になるかな?



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第百二話  トゥと神の心臓

もう勢いで行こう。
そうしないと書けなくなる。


ティファニアとの使い魔の契約です。


「ちょっと! いきなり撃ってくるなんてどういうことよ! 私もいるのに!」

「裏切り者だからじゃないの?」

「でも、私達が死んだら困るんじゃ…。」

「とにかく、見てこよう。」

 トゥは、そう言い、イルカ達のいるところへ向かった。

 そしてルクシャナと共にイルカに跨がり、海中からちょっとだけ頭を出して外をうかがった。

「水軍の砲艦だわ!」

「あれが?」

 そこには、鯨のような生き物の上に、砲塔や艦橋などが乗っていた。

「生き物の上に船…。」

 その時、流れ弾がこちらに飛んできた。

 ルクシャナが叫びそうになったので、トゥは、その口を手で塞いで水の中に一緒に潜った。

「もが…! なにすんのよ!」

「見つかっちゃうよ。」

「む…。」

「とにかく逃げよう。」

「どこによ。」

「ルクシャナしかこの辺りの地形を知らないんだよ?」

「う…。そう言われても…。」

 二人はイルカに乗って、洞窟に戻りながら言った。

 そして、トゥは、洞窟に戻ると、ルクシャナの小舟に二人を乗せ、自分は哨戒艇に乗った。

「自分だけそっちの船で逃げる気!?」

「違うよ。私が注意を引いて、二人を逃がすから。」

「私も行く!」

「ダメだよ。」

 哨戒艇に乗り込もうとするティファニアを、トゥが止めた。

「でも、トゥさんを一人でおとりになんてできない!」

「……。」

「…トゥさん?」

「…足手纏いだから。」

「えっ…。」

 愕然とするティファニアを押して、ルクシャナに頼み、トゥは、船の向きを変えて、エンジンをかけた。

 まずは、ゆっくりと前進させ、やがて外へ出るとエンジンを全開にし、猛烈な勢いで哨戒艇を加速させた。

『相棒、酷いこと言うねぇ。』

「ああ言わないと聞かないから…。」

 トゥは、少し悲しそうに言った。

 やがて、四隻の鯨竜艦(げいりゅうかん)が見えてきた。

 トゥは、哨戒艇を操りながら考えた。

 ここは聖地なのかと。

 ここに、ヴィットーリオが言っていた魔法装置があるのかと。

 しかし……。

「デルフ。」

『あんだ?』

「あなたは、サーシャさんが作ったんだよね?」

『さあな。けど物心ついたときにゃあいつの手に握られてたな。』

「そう…。でもどうして忘れっぽいんだろう? それってエルフが作ったからなのかぁ?」

『どういうこった?』

「都合の悪いことを忘れる。サーシャさんがそうしたのかは分からないけど。もしかしたら…、隠したかったのかもしれないよ。」

『……。』

「どうしても聖地のことを…、ゼロ姉さんのことを、隠したいから話したくても話せなくなってるんじゃないのかな?」

『…かもしれねぇな。なんでか喋ろうとするとブレーキがかかっちまうんだ。』

「……嫌いだったのかな?」

『なに?』

「サーシャさんは、ゼロ姉さんのことが嫌いだったのかなぁ?」

『……さぁな。俺は使い手の心の中までは分からねぇ。っと、言ってる間に…、相棒来るぜ。』

「うん。」

 やがてこちらの存在に気づいた四隻の艦隊が砲塔をこちらに向けてきた。

 放たれてくる砲弾を、巧みに操る舵で回避していく。

 トゥは、船に積んでいたロケットランチャーを出し、その先を一隻の鯨竜艦に向けた。

「カウンターは、大丈夫だよね?」

『だいじょうぶだ。あれは相当な手練れじゃないとできねぇ。』

「じゃあ、大丈夫だね。」

 トゥは、デルフリンガーから確認を取ると、ロケットランチャーの発射スイッチを押した。

 砲弾は艦橋に当たり、煙と炎を上げた。

 しかし、焼け石に水とはこのこと。ロケットランチャー一発じゃ、艦を迎撃するには至らない。

『どうする相棒?』

「こっちに注意を引ければいいんだよ。これでいい。」

『直接乗り込んで叩くって手もあるぜ?』

「それだとルクシャナの約束を破ることになるよ。殺しちゃいけないから。」

 やがて鯨竜艦がこちらに向き始めた。

 その間にも砲塔から砲弾が飛んでくる。その狙いはかなりの精度である。

「? 私達を殺したらマズいんじゃないの?」

 果たしてビダーシャルは、止めてくれたのだろうか?っという不安がよぎった。

 やがて……、光のゲートが…、どこかで見たことがあるゲートが目の前に現れた。

「!?」

 全速力で哨戒艇を操っていたトゥがそれを避けられるはずもなく、そのままゲートに突っ込むことになった。

 そしてトゥは、ゲートの先にあったルクシャナの小舟の上に投げ出され、誰かにぶつかり、そのまま海に落ちた。

「ぷは!」

 慌てて顔をだすと、小舟を捕まえていたらしいエルフ達が慌てた様子で銃を放ってきた。

 トゥは、ハッとして海に潜って躱した。

 海に潜ると、ルクシャナのイルカがトゥをボールのように跳ばした。

 その反動でトゥは、小舟の上に乗り上げた。

「ここは…、洞窟? どうして……、えっ?」

 トゥは、血のにおいに気づいた。

 そして。

「ティファ…ちゃん?」

 そこには、腹を押さえてうずくまっているルクシャナと、銃で撃たれて体中血まみれになっているティファニアがいた。

 四隻の艦隊は、囮だったのだ。そして小部隊が洞窟に来て、二人を……。

 その時、トゥの中でドクンッと音をたてて何かが胎動した気がした。

「許さない…。」

 トゥは、デルフリンガーを抜いてこちらを見ているエルフ達に向き直った。

『相棒! 落ち着け!』

「許さない許さない許さない許さない…。」

 トゥの尋常じゃ無い殺気に、エルフ達は蒼白として銃を撃ってきた。

 しかしその銃弾は、トゥの眼前で止まった。まるで見えない力に阻まれたかのように止まっている。

 青いオーラがトゥの身体から立ち上り、銃弾を防いだのだ。

 エルフ達は、それを見て、一人がシャイターン!っと喚き、それは伝染するように恐怖が伝っていって彼らを混乱させた。

「殺す…。」

『相棒ーーー!』

「……ぅさん…

 そのか細い声を聞いて、トゥは止まった。

 途端、トゥの身体から発せられていたオーラが消えた。

 エルフ達は我先にと逃げ出していた。

「ティファちゃん!」

 トゥは、ティファニアに駆け寄ろうとしたが、そこに一人のエルフの少女が船によじ登ってきて、ティファニアの頭に銃を突きつけた。

 その顔立ちは、ティファニアによく似ていた。

「動くな! 剣を捨てろ! ちょっとでも動いたら、こいつを撃つ。」

「……殺す。」

『相棒! 殺すな!』

「その、手を…どけろ……!」

 そのあまりの殺気に少女が硬直した瞬間、トゥが消えた。

 そして、ドッとデルフリンガーの峰の部分で少女の首を打ち、少女を気絶させた。

 少女が倒れた後、ゼヒゼヒ、ゼーゼーと過呼吸気味にトゥは呼吸を繰り返した。

「ティ…ファ…ちゃん。ティファ…ちゃん…。」

『相棒…。よくやった。よく頑張ったぜ…!』

「…ゥ…さ…ん…?」

「! ティファちゃん!」

 トゥは、ガバッと顔をあげてティファニアに駆け寄って上体を起こさせた。

「…あぁ…、トゥさん…、来てくれたの…?」

「ここにいるよ? 私は…ここにいるよ。」

「嬉しい…、召喚を唱えたら…トゥさんが来てくれた…。私の居場所…、私、嬉しい…。私とトゥさん…確かに絆が結ばれてたんだって…。」

「ティファちゃん…。ダメだよ…。そんなこと言ったら…最後みたいなこと言わないで?」

「……我が名は…、ティファニア・ウェストウッド…、い、五つを司るペンタゴン…、この者に祝福を与え、我の使い魔と…な、せ…。」

 ティファニは、呪文を唱え、力を振り絞って、トゥの唇に自分の唇を重ねた。

「ティファちゃ…、うっ!」

 次の瞬間、胸に強烈な、焼ける痛みが走った。

 ティファニアの身体に覆い被さるようにトゥは、背中を丸め、痛みに耐えた。

「…はあ……、ティファちゃん? なにを…。」

 しかし、もう返事は無かった。

「ティファちゃん? ティファちゃん? ティファ…ちゃん?」

『相棒! 指輪だ!』

「へ?」

『この子の指輪の精霊石を使うんだよ! 急げ!』

「!」

 トゥは、ティファニアの指にはまっている彼女の母親の形見の指輪を外し、それをティファニアの身体に当てた。

「お願い!」

 やがて精霊石がそれに応えるように輝きだし、徐々にではあるがティファニアの身体の傷を癒やしていった。

 しかし……。

「ああ…石が…。」

 すでにかなり消耗していた精霊石は、すべての傷を治しきれずに消えた。

 ティファニアは、いぜん危険な状態で、ヒューヒューと呼吸していた。

「ティファちゃん…、ティファちゃん…。」

 トゥは、涙をこぼしながらティファニアに話しかけ続けた。

 自分の中のナニかがささやきかけてくる気がした。

 ウタを使えと。

 しかしウタを使ってしまったら…。

 思い出される、あの白い巨体の怪物…。

「使わない…使わない…。」

 頭を抱え、自分にささやきかけてくる声らしきモノに耐えた。

 涙があふれてくる。しまいには涎まで垂れてくる。

 辛い。悲しい。感情がグチャグチャとなってきて、ささやきかけてくる声に屈してしまいそうになる。

「ルイズ…、ルイズゥ……。」

 たまらずルイズの名を呼んでしまう。

「ごめんね…ごめんね…やくそく…まもれ…な……。」

『相棒!』

 デルフリンガーの声すら遠く。

 トゥの目から光が消えそうになった、その時。

 

「ルクシャナ!」

 

 男の声が聞こえた。

「……アリィー?」

 そこに現れたのは、アリィーだった。

 アリィーが倒れているルクシャナに駆け寄る。

「うぅ…あぁあ…。」

「おい?」

「どうしたんだ? 様子がおかしいぞ?」

 アリィーの部下であるマッダーフとイドリスがトゥの様子がおかしいことに気づいた。

「おねが、い…。ティファ…ちゃ、ん…たすけ…て…。」

 トゥは、そこまで言うと、前に倒れ込んだ。

 




ティファニアが死にかけたショックで、花に支配されかけてしまうトゥ。
アリィーが来なかったらヤバかったです…。


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第百三話  トゥ、ゼロの真相を知る

サブタイトルほど、真相を知ったわけではないかも。

微妙にオリジナル展開です。
ティファニアの怪我が原作ほどじゃなくて、意識があります。それでも重傷です。


 

 ゴトゴトと揺れる音でティファニアは目を覚ました。

「ここは…?」

『よお、目が覚めたかハーフの嬢ちゃん。』

「! デルフ? トゥさん!」

 ティファニアは、デルフリンガーの声で驚き、そしてベットに寝かされているトゥに気づいた。

 ティファニアは、起き上がろうとして気づいた。自分の身体にいくつもの細い管のようなものが付けられていることに。

「動くな。傷が開くぞ。」

「! あなたは…、アリィー…?」

 気難しそうな顔をしたアリィーに声をかけられた。

「トゥさんに何をしたの?」

「なにもしてない。あの洞窟で意識を失ってからまだ目を覚ましていない。」

「トゥさん…。」

「おまえ…、精霊石を持っていたのか。あれのおかげで傷を治療されてなかったら、ここの治療装置でも間に合わなかったかも知れないぞ。」

「せいれいせき…。あ…、母さんの指輪…。」

 アリィーは、ティファニアは、精霊石が無くなった母の形見の指輪を渡された。

『相棒がやってくれたんだぜ?』

「トゥさん…。」

『けど完全には治せなかった。それでな……。』

 デルフリンガーは言いにくそうにした。

「トゥさんは、どうしたの?」

『……目を覚まさないかもしれねぇ。』

「えっ?」

『いや…、目を覚ましたら、もう相棒じゃねぇかもしれねぇ。』

「!? まさか心を…。」

『ちげーよ。ここにいる連中は何もしてねぇ。相棒の中にある、花が相棒を支配しかけてんだ。』

「花が…?」

『嬢ちゃんが死にかけてたのを見て、そのショックでな……。』

「そんな…。」

『覚悟しとけ。目を覚ました途端に殺されるかもしれねぇからな。』

「おいおい! 冗談じゃないぞ!」

 話を聞いていたアリィーが声を上げた。

「なんのためにお前達を助けたと思ってるんだ!」

『そう言われてもよぉ…。』

「うぅ……。」

 トゥが呻いた。

 アリィー達が身構えた。

「トゥさん!」

「………………ティ……ファ…ちゃ…ん?」

「私はここにいるわ! トゥさん! 私は生きてるわ!」

「…生きてる? ティファちゃん!」

 トゥが飛び起きた。

『よぉ、相棒。気分はどうだ?』

「デルフ…。なんとか…、大丈夫だよ。」

「本当か?」

 アリィーが警戒しながら聞いた。

「アリィー…、助けてくれてありがとう。」

「別に…。僕達はルクシャナを助けたことですでにお尋ね者だ。だから非常に不本意だが、ガリアに亡命しなきゃならないんだ。そこで…、お前達の手引きが必要なんだ。だからついでに助けた。それだけだ。」

 アリィー達は、自分達だけでは命が危険なので、トゥ達に亡命の手引きしてもらいたいらしい。

「そう…。分かった。できる限りのことはする。」

「できる限りじゃなくて、しっかりやってくれ。これから追っ手も来るだろうから楽な旅じゃないぜ。せいぜい働いてもらうからな。」

「私達を殺したら困るんじゃないの?」

「俺たちも一枚岩じゃないんだ。お前達もそうだろう?」

「…そっか。」

 自分達の心を消そうとした者達がいたように、エルフ達も複雑なんだろう。

「ん?」

 トゥは、一人、見慣れない人物がいるのに気づいた。

 寝かされているが、その顔立ちはティファニアによく似ている。

 トゥの記憶が蘇ってきた。

 彼女は…、ティファニアに銃を突きつけて…。

「どうして、この子がいるの?」

「仕方ないだろ。あのままあそこに置いておくわけにもいかなかったんだ。」

「そう…。」

 トゥは、深呼吸して湧き上がる殺意を抑えようとした。

 ルクシャナも別のベットに寝かされており、傷の手当てを受けてまだ眠っていた。

 トゥは、ふと小さな窓を見て驚いた。

「ここ…、水の中を進んでるの?」

「これは、海竜船だ。まあほとんど使われていないから、驚くのも無理はないが。」

「へぇ…。」

 どうやらエルフは、生き物に乗り物を引っ張らせるのが好きなようだ。

「……ところで。」

「なに?」

「その胸の…模様は何だ? 初めて会ったときはそんなものなかっただろ?」

「胸? あ…。」

 アリィーに指さされて、トゥは自分の胸を見た。

 左胸の方に何か文字が刻まれていた。それは、ガンダールヴのルーンに似ていたが違った形だった。

 トゥは、ハッと思い出した。

 そういえば、ティファニアに使い魔の召喚で呼ばれて、その後使い魔の印を付ける儀式…キスをしたのだ。

 二重契約。

 ルイズとティファニア、両者の使い魔となったということなのだろうか?

「デルフ、デルフ。ねえ、これってどういうこと?」

『……。』

「デルフ?」

『運命は…、相棒を選んじまったか…。』

「デルフ?」

『…すまねぇ。相棒…これ以上は…言えねぇ…。ちきしょう…。』

「デルフ…。」

 デルフリンガーが言いたくないと言っているということは、これは何か重大なことなのだろう。

「…ルイズに…なんて言おう…。」

「ごめんなさい…。」

「ティファちゃんは、悪くないよ。私が使い魔のクジを引いちゃっただけだよ。きっと。」

「ううん…。」

「ん?」

「私…、あの時、強く強く願ったの。トゥさんに来て欲しいって。だからトゥさんが来ちゃったんだわ。そして……。」

「それでも、私はティファちゃんを責めないよ。」

「トゥさん。」

「だから、自分を責めないで。」

 トゥは、ティファニアの頭を撫でた。

 ティファニアは、俯き、涙を堪えた。

 その時。

 

「この…悪魔共め!」

 

 ティファニアによく似た少女、ファーティマが目を覚ましてトゥ達を睨んできていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 しかし、ファーティマの抵抗は、すぐに終わった。

 っと言うのも、ここはアリィーの海竜船。つまりこの船の精霊は、アリィーの手中にある。なのでいくら強力な先住魔法が使えるエルフといえど何もできないのだ。

 悪魔と罵りながら暴れる彼女を、アリィー達が取り押さえた。

『そのまま押さえとけ。今、相棒を下手に刺激したら全員殺されかねないからな。』

「なんだと!?」

『それだけヤベー状態なのさ。相棒の中の花は、それだけ成長しちまった。いつ相棒を乗っ取っても不思議じゃないぜ。』

「そこまで…。」

 トゥは、自分の右目に咲いている花に触れた。

『それでよぉ…、相棒…。その胸のルーンだけどよぉ…。』

「言えないならいいよ。」

『大丈夫だ。言えるぜ。そいつは、リーヴスラシル。神の心臓って意味だ。そいつを持っちまった使い魔はな…。』

「…っ!」

『相棒!?』

「トゥさん、どうしたの!」

「あ、あぁああ…。」

 胸のルーンが輝き、痛みと熱を感じながら、逆に体温が奪われ、何が吸い出されるように力が抜けだした。

 だがそれは一瞬のことで、すぐにトゥは、落ち着いた。だが何かが吸い出されているのは感じた。

『ちくしょう! 娘っこが虚無を使ってるんだ!』

「ルイズが?」

『いいか、相棒! そのルーンは、使い魔の命を使って虚無の担い手がいくらでも虚無を使えるようにする魔力供給機だ! だがな、ウタウタイのお前さんは事情がちっとばっかし違う。今、娘っこの精神力がカラになって、それでお前さんの中にある無尽蔵の花の魔力を代わりに消費してんだろう! あのとき…、あいつと同じだ…。』

「あいつって…、ゼロ姉さんのこと? ゼロ姉さんは、リーヴスラシルだった?」

『……ああ。』

 トゥは、納得した。

 なぜゼロがブリミルと共にいたのか。それは、サーシャと同じように使い魔となったからだったのだ。

 ゼロは、ブリミルの魔力供給機になっていたのだ。

 しかし、本来は命を削って力を供給する危険極まりない立場にあるリーヴスラシルだが、強大な花の魔力を持ったウタウタイであったゼロならば、命を削らず花の魔力を代わりに供給することができたのだろう。そしてトゥは、今、ガンダールヴとリーヴスラシルを兼任しているのだ。

 しかしそれだと…。

「花の力がルイズに流れてる?」

『……。』

「デルフ! それって大丈夫なの?」

 トゥは、顔を蒼白とさせた。

 思い浮かぶのは、あの白い巨大な怪物のことだ。あれは…、花の力で変異してしまった人間だ。

『…まあ…、ルーンがこし器になって、虚無の力の供給源になってるだけだろうから…、そこんとこはたぶん、大丈夫だ。たぶん…。』

「はっきりして!」

 トゥは、デルフリンガーをガクガクと振った。デルフリンガーは、悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 この後、ファーティマから、ティファニアの母親が裏切ったために一族全員が追放されて大変な目にあったことを聞き、ティファニアとトゥがティファニアの母であるシャジャルのことを話したものの、それでは憎しみが癒えるはずがなく、飛びかかってきたファーティマを、アリィーが眠らせた。

 そして、少しした後、爆音が鳴り響き、船が大きく揺れた。

「なに!?」

「きゃあ!」

「まずい…、水軍の船に発見されたようだ。」

 アリィーが言った。

 これは、水中爆雷の攻撃だと言った。衝撃で爆発する、エルフの魔法兵器だと。

「クソッ! 人質ごと沈める気か!」

 アリィーは、眠っているファーティマを見て舌打ちした。

 鯨竜艦にたいして、こちらは攻撃する手段が無い。

 その時、ルクシャナが起きた。

「このまま、逃げ切るのは無理よ。」

「じゃあ、どうするの?」

「この船を乗り捨てていきましょう。」

「まさか、海岸まで泳ぐのか? それは危険すぎる。」

「海の中で沈没するよりはマシよ。」

「確かに…君の言うとおりかもしれないが…。」

 アリィーは、ルクシャナの提案を聞いて渋った。

 その間にも爆撃が続く。

 そしてアリィーは覚悟を決めた。

「おい、悪魔。ハーフの娘を背負って、海岸まで泳げるか?」

「だいじょうぶ。行けるよ。」

「よし。決まりだ。船を捨てて脱出するぞ!」

 やむこと無く続く爆撃をなんとか回避しながら、なんとか入り江の近くまで移動すると、水中呼吸の魔法を使い、船から脱出した。

 ティファニアをトゥが、ルクシャナをアリィーが背負い、泳いだ。ファーティマは、眠らせたままマッダーフが運んだ。最初は彼女を船においていこうとしたのだが、ティファニアがそれを止めたのだ。

 最後に残ったイドリスが、荷物袋に防水処理をした自動小銃や手榴弾、ロケットランチャーなど、聖地から持ち出してきた武器を抱えるだけ抱えて脱出した。

 トゥ達が脱出した後、海竜船は、爆雷を受け、海の底に沈んでいった。

 




ティファニアが持っていた精霊石が残ってたので、ティファニアの怪我は原作ほどではないけど、それでも重傷ということにしました。
アルビオンでの七万の敵との戦いの後、トゥが怪我をしていなかったので精霊石が消費されず残っていたのです。

ファーティマの話のところはあえて省きました。

先代のリーヴスラシルは、ゼロです。サーシャではありません。
リーヴスラシルのルーンは、本来は使い魔の命を削って虚無の魔法の補給源にされますが、ウタウタイの場合は花が持つ無尽蔵の魔力を供給する形になるので命は削りません。それでも、花から力が流れて影響されるというもっと危険な可能性を秘めていますが…。


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第百四話  トゥ、自由都市エウメネスへ

自由都市エウメネスに行く。

ティファニアとの契約で、ルイズからの嫉妬問題で悩むトゥ。


 

 数百メートルほど泳ぎ、浜辺に上がったトゥ達は、入り組んだ海岸の岩場の洞窟の陰に隠れた。

 洞窟の穴は、浸水した跡があり、満潮時は沈んでしまうということが分かった。なので、なるべく乾いた場所までティファニアを運び、ティファニアをソッと地面に降ろした。

「ティファちゃん、だいじょうぶ?」

「うん。トゥさん、ありがとう。」

「傷は、しみない?」

「…ちょっとだけ……。トゥさんこそ、もうだいじょうぶなの?」

「私? もう吸われてる感覚も無いし、だいじょうぶだよ。」

「ほんとうに?」

「うん。」

「でもデルフが、命を奪うって…。」

「私の場合、花の魔力を吸われただけだから、命はだいじょうぶみたいだよ。」

「そう…、よかった…。」

 ティファニアは、安心したように微笑み、目をつむってそのまま眠った。

 やがてアリィーが先住魔法を使って、洞窟の中に小さな火をおこした。

「迷惑かけたわね。アリィー。」

 岩場に横たわったルクシャナが弱々しい声で言った。

「これで僕はエルフの裏切り者だ。二度とサハラの地を踏めないかもしれない。」

「ごめんね。でも、蛮人の世界も、そんなに悪くないかもしれないわ。」

「ああ…、くそ…。いつもいつも、なんだって僕は君を放っておけないんだ。」

 アリィーは、ルクシャナにベタ惚れなので、そう行動していることに逆に気づいてないらしい。

 遠見の魔法を使って水軍の船の様子を見ていたマッダーフが戻ってきた。

 追ってきた水軍の船は、四隻で、今なおもぬけの殻になった海竜船の残骸に爆雷攻撃を続けているらしい。

 どうやら徹底的にトゥ達を殺したいらしい。

「私達を沈めたって勘違いしてくれるといいけど。」

 そう言うトゥに、アリィーは首を振った。

「エスマーイルは、そんな甘い奴じゃない。」

「エスマーイル?」

「『鉄血団結党(てっけつだんけっとう)』の党首だよ。水軍は、実質、奴の指揮下にある。」

 アリィーが言うには、彼らは悪魔と虚無を殺すことに命をかけている連中なのだそうだ。つまり、死体を見つけるまで手を抜かないということだ。

 なので、今隠れている場所にも長居はできない。

「海岸をしらみつぶしにされたら、おしまいだ。それに満潮になったら、ここも沈んでしまう。こんなところじゃ、満足な治療もできない。」

 ティファニアとルクシャナの治療はまだ終わっていない。

 応急処置はしたものの、重症であることには変わりないのだ。

「エウメネスへ行こう。」

「それってどこ?」

「ここから三十リーグ(三十キロ)ほどだ。」

「結構遠いね。」

 灼熱の砂漠の中を三十キロも歩くうえに、重症患者二人を背負っていかなければならないのだ。かなり厳しい。

「この辺りの砂で、二人を運ぶ人形を作ろう。少し時間はかかるがな。」

「水軍に見つからないようにね。」

 砂浜の方へ歩いて行くアリィーの背中に、ルクシャナが声をかけた。

 トゥは、ティファニアの隣に腰掛けた。そしてデルフリンガーを抜いて、小声で話をした。

「ねえ、デルフ。」

『なんだ?』

「私って、今、ルイズとティファちゃんの二重契約状態なんだよね?」

『そうだ。』

「そんなことってあるの?」

『うーん。あるにはあるんだろうな。現実にそうなっちまってるんだし。』

「私がウタウタイだから?」

『いや、そりゃ関係ないと思うぜ? たぶん別の条件があるはずだ。』

「例えば…、ティファちゃんが強く私を求めたからとか?」

『…たぶんな。』

「? それだとゼロ姉さんは?」

『あいつは…、ちょっとばっかし事情が違うんだよな。』

「どういうこと?」

『……あー、と…。わりぃ、霞がかかっちまう…。』

「うーん…、ゼロ姉さんがブリミルさんにすぐに使い魔にされたんなら、強く求められてティファちゃんの使い魔になった私とはやっぱり違うんだね。」

『いや、あいつも求められたんだよ。ただなぁ…、突発的だったていうか…。あいつも魔法を使えるって言ったってただの人間だったからよぉ。』

「突発的って?」

『…まあ、あれだ……、一目惚れ…つーの…?』

「……あー。」

 なんとなく察した。

 使い魔召喚の儀式は、一方的なモノだ。召喚された側は、召喚した側に一方的に使い魔の関係を結ばされてしまう。

 果たして…、ゼロが一方的にそんな関係にされてブリミルを許しただろうか?

「…よく殺されなかったね。」

『まあな…、けど何度か殺されかけてるぜ。』

「頑張ったんだね。ブリミルさん。」

『あんなとんでもねー女に惚れやがった、あいつもあいつだぜ。なにせ、お前の姉ちゃんが気絶してるのをたまたま見つけて、一目惚れしてだな…。それで、つい…、って感じで…。』

「わー。」

 どうやらゼロの意識が無い時に、ブリミルがは勢いでキスしたらしい。それでリーヴスラシルのルーンが刻まれたのだから殺されても文句は言えないだろう。むしろ、よく殺さなかったと言いたい。何があったのだろうか?

『…相棒。それよか問題だぜ。』

「なぁに?」

『ピンクの娘っこに、ハーフの嬢ちゃんの使い魔になったことがバレる。娘っこの奴、嫉妬に狂って何するか分からないぜ?』

「あ…。」

 トゥは、少し青ざめた。

 嫉妬に狂ったルイズがティファニアを爆発する場面が鮮明に頭をよぎった。

 使い魔は、主人と切り離せない。どんなに離れていても一度契約を結んでしまったら次に使い魔を得ることはできない。離れるときは、それこそ死ぬときだ。

「どうしよう、どうしよう…。」

『モテるって辛いね~。』

「人ごとだと思って言わないでよ! 今爆発されたらティファちゃん死んじゃう!」

『いや、娘っこもそこまで鬼じゃねーって。死にかけの奴にとどめを刺すなんて…。』

「じゃあ、元気になってからは?」

『……。』

「黙らないで。」

「準備ができたぞ。」

 そこへアリィーが戻ってきた。

 その後ろには大きな砂の人形がいた。

 砂の人形は、ティファニアとルクシャナを抱え上げた。

「なあ、こいつはどうする?」

「その辺に転がしておけば、誰かがら助けるでしょう。」

 今だ意識のないファーティマのことで、マッダーフとイドリスがそんな会話をした。

「いや、それはダメだ。こいつが発見されれば、僕達のことを鉄血団結党に報告するだろう。しばらくは同行してもらう。人質としての価値がまだあるかもしれないしな。」

 アリィーの言葉によりファーティマは連れて行くことになった。

 そして砂の人形が三本目の腕を出してファーティマを抱え上げた。

 トゥ達は、自由都市エウメネスを目指して出発した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 太陽の照りつける灼熱の砂漠を何時間も歩き続けて、やがてトゥ達は、自由都市エウメネスにたどり着いた。

 港湾には、船のマストがいくつも見える。

 排他的なエルフの土地では、唯一ハルケギニアやロバ・アル・カリイエ(東の世界)との交易も盛んに行われている土地なのだそうだ。

 さらにアリィーが言うには、この都市はかつてエルフの流刑地だったらしい。

 例えば、一族を裏切る行為…、彼らが蛮人と蔑む人間達と交流を持ったりしたり、部族の掟に反した行動をしたなどの理由で追放された者達だ。

 エルフ達の一族を追われた者達は、生きるために仕方なく彼らが蛮人と蔑む人間達と交易を持つしかなかった。それが今の自由都市となったのだから、皮肉と言えるかもしれない。

「まあ、流刑地だったのは、大昔の話であるんだが……、今でも砂漠の民のほとんどは、ここに近寄ろうともしない。もちろん純血主義の鉄血団結党の連中なんかは一人もいないだろうな。」

「へえ…。でも私達は入れるの? お尋ね者だよ?」

「ビダーシャル様から手形を預かっている。まずだいじょうぶだろう。」

 アリィーはそう答えた。

 それにとアリィーは言った。

 評議会は、まだトゥとティファニアが脱走したことを公表していないはずだと。

 悪魔と虚無の末裔が逃げたとあっては、評議会の沽券に関わるのだから。

 そう話した後、アリィーは、手形を門の衛兵に見せ、何か話をした。

「許可が下りた。まずはルクシャナの知り合いの施療院に向かおう。」

「分かった。」

 トゥは、ティファニアを背負い、アリィーがルクシャナを背負い、魔法で眠ったままのファーティマはマッダーフが抱えた。イドリスは、ブリミルの武器を詰め込んだ荷物袋を両手で持った。

「……すごいね…。」

 トゥは、街並みを見て感嘆の声を漏らした。

 人間達とエルフ達が、自然な形で溶け込んでいる。

 多くは商人達だが、お互いを邪険にすることなく、自然とそこにいる。

 大通りは活気にあふれており、トリスティンともエルフの都市アディールの人工都市とも違う、異国情緒あふれた街並みだった。

 様々な屋台も並んでいて、宝石だったり、飲食だったり、色んな物を売っている。まるでお祭りのようだ。

 これがかつてエルフ達の流刑地だったなどと言われても信じられない。

 やがてアリィーが言っていたルクシャナの知り合いの施療院についた。

 するとマッダーフがファーティマを入り口の横に寝かせ、イドリスが荷物を置いた。

 二人は、ここでお別れなのだそうだ。

「どうして?」

「元々蛮人の国に行くのは、僕とルクシャナだけの予定だったしな。それに、旅は少人数の方が都合が良い。」

「なるほど。」

 トゥは、納得した。

 マッダーフは、自分達もまたお尋ね者だが、トゥ達や隊長のアリィーほどじゃないという。なのでほとぼりが冷めるまでどこかで潜伏し、ビダーシャルがなんとかしてくれるまで待つと言った。

「助けてくれて、本当にありがとう。」

「お前達のためじゃない。隊長のためだ。」

 お礼を言うトゥに、マッダーフは、フンッと鼻を鳴らした。

「では、ここでしばらくお別れだ。鉄血団結党の追跡には気をつけろよ。」

「隊長こそ、気をつけて。」

「ルクシャナさんと喧嘩しないようにしてくださいね。」

「ああ……、うむ。」

 そして、マッダーフとイドリスが軍人の敬礼をすると、その場から去って行った。

 あっさりしているなぁっと思ったが、あまり湿っぽいのは苦手なんだろうなっと思うことにした。

「悪魔。二人を中に運ぶぞ。」

「うん。」

 アリィーとトゥは、ティファニアとルクシャナを施療院に担ぎ込んだ。

 




さすがに死にかけの人にとどめは……。ないと思いたい。

次回は、ファーティマとのやりとり。


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第百五話  トゥとファーティマ

前半は、施療院。
後半は、ファーティマとのやりとり。


 

 アリィーが入り口にある鐘を鳴らした。

 すると、すぐに裾の長いローブを身につけた妙齢の女エルフが奥から出てきた。

 彼女は、アリィーに抱えられているルクシャナを見て驚きの声を上げた。

「おや、ルクシャナじゃないか! どうしたんだい?」

「ひさしぶりね、…サーラ。」

 ルクシャナは、力の無い声で言った。

「二人を治療してやってほしい。金ならある。」

「怪我をしているのかい?」

 そして、ルクシャナとティファニアをベットに寝かせた。

 サーラというエルフは、すぐに診察に移った。

「おや? こっちの娘はハーフなのかい? こりゃ珍しい。」

 自由都市とは言え、ハーフエルフは珍しいらしい。

 そしてサーラは、ティファニアの胸をまじまじと見た。

「なんだい、このおかしな胸は?」

「ひゃ…、何するの?」

 サーラに胸をチョンチョンとつつかれ、目を覚ましたティファニアが小さく悲鳴をあげた。

「あの…、そこは怪我してません。」

「おや? このおかしな胸を治療するんじゃないのかい?」

「ち、違うわ。」

 ティファニアは、涙目でトゥを見た。

「トゥさん…、私の胸…、そんなに変?」

「そんなことないよ。」

「ほんとう?」

「ほんとうだよ。むしろ羨ましいくらいだよ。」

「そうなの?」

「うん。」

「トゥさんの胸の方が素敵だと思うわ…。」

「そう?」

「大きさも形もちょうどいいし、何より、綺麗…。」

「そんなことないよぉ。」

「ちょっと…二人とも何してんのよ…。」

 話がおかしな方向に行っているので、ルクシャナがついにツッコミを入れた。

「この傷…、銃弾を受けたね…。」

 ルクシャナの腹の傷を見て、サーラの目が鋭くなった。

「そっちの娘も…。」

「……。」

 言われて、ルクシャナもティファニアも黙った。

「聞かないでくれると嬉しいわ…。」

「まったくあんたって子は…。」

 サーラは、呆れた声を漏らした。

「あの…何か手伝えることありますか?」

「あんたは、医者? それともメイジかい?」

「いいえ。」

「ならできることはなにもないよ。」

「精霊の力を借りる儀式をするんだ。僕達は邪魔なだけだ。」

「分かりました。」

 アリィーに言われ、トゥは大人しく引き下がった。

 施療院の入り口で、アリィーが今日泊まる宿を探しに行くから、トゥにはファーティマを見張るよう言いつけアリィーは行ってしまった。

 ファーティマは、まだ眠っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、施療院の入り口に寝かされていたファーティマを抱えて、広場にあるベンチにまで来た。

 ファーティマを座らせるように寝かせて、トゥは、その隣に座った。

「……ふう…。」

『さすがに疲れたか?』

「ううん。だいじょうぶ。」

『無理もねーよ。灼熱の砂漠を何時間も歩いたんだ。さすがのお前さんでも参るって。』

「本当にだいじょうぶだって。」

 そう言いながらトゥは、デルフリンガーをファーティマの方に置いて、街並みを見回した。

 雑多で猥雑な雰囲気漂う広場では、ハルケギニアから来た商人達とエルフ達が盛んに売り買いをしている。そこに差別や偏見は見受けられない。

 こんな風にエルフと仲良くできる環境ができるのなら、この先、すべてのエルフと仲良くすることは可能じゃないかという考えが浮かんだ。

 トゥは、空を見上げた。

 ルイズは、今何をしているだろう?

 このまま無事に帰ることができるだろうか?

 はたして…、まだ…自分は間に合うだろうか?

 悪い考えが浮かんできたので、トゥは、ハッとして慌てて頭を振った。

 その時。

「悪魔め! 死ぬがいい!」

「えっ?」

 いつの間にか目を覚ましていたファーティマがデルフリンガーを掴んで斬りかかってきた。

 トゥは、間一髪で避け、ベンチから立ち上がった。

『相棒。避けてくれよ。』

「分かってるよ。」

「死ね!」

 ファーティマが突きを狙ってきた。

 トゥはそれをヒョイッと避けると、ファーティマの腕を掴み軽くねじり上げた。

 見た目に反したトゥの怪力に目を剥いたファーティマは、痛みに呻いてデルフリンガーを落とした。

 トゥは、ファーティマを地面に倒した。

「くっ…、は、放せ…!」

「ダメ。」

「おのれ…、千載一遇の機会を…。」

「デルフじゃ私を殺せないよ?」

「…なに?」

「ごめんなさーい。だいじょうぶですから。」

 騒ぎを見ていた周りの人間やエルフ達に、トゥは笑顔で言った。

 トゥは、ファーティマを押さえつけながらデルフリンガーを拾い、それからファーティマを解放した。

 さすがに武器を持ったトゥと先ほどのトゥの怪力に、ファーティマはトゥに勝てないと判断したのか起き上がっても、観念したように膝をついていた。

 そして我に返ったのか、周りを見回しだした。

「ここは、どこだ?」

「自由都市エウメネスだよ。」

「エウメネスだと!?」

 なぜか驚いていた。

「まさか……、二度と戻るまいと思っていたのに…。」

「えっ?」

 ブツブツと下を向いて言っているファーティマだったが、その時、間抜けなほど大きな腹の虫が鳴った。

「お腹すいたの?」

「ち、違う! 今のは、違う!」

「そうなの?」

 だがまた鳴った。

 ファーティマは、腹を押さえて耳まで真っ赤になっていた。

「私もお腹すいたし、何か買おうかな?」

『待て相棒。俺たち金ないぞ?』

「あ…。そっか…。」

『まあ、待てよ。このエルフの嬢ちゃんの力を借りようぜ。』

 シュンと項垂れるトゥに、デルフリンガーが名案があると言ってきた。

『おい、耳長の嬢ちゃん。』

「私はそんな名前ではない!」

『お前さんも手伝いな。腹が減って仕方がないだろ?』

「だ、誰が貴様らになど…。」

 だが、再び腹の虫が鳴った。

 そしてデルフリンガーは、見てみなと、広場の方を見ろとトゥに促した。

 そこには、旅の楽芸者がナイフ投げを披露していた。評判もよいのか、野次馬達が集まっている。

「もしかして…、あれ?」

『そうだぜ。あれ、だぜ。』

「うまくできるかな?」

『やってみないとわかんねぇぜ。とにかく金を稼がねぇとこの先体力が持たねぇぞ?』

「うん。分かった。」

「…くそ。」

 悪態をつくファーティマだったが、道ばたに落ちている石を見て名案が思いついたのか、ニヤリと笑って石を拾い出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『さあさあ、皆さん! これより異国の剣舞をご覧いれますよ!』

 トゥが掲げたデルフリンガーが客引きをした。

 通りがかるエルフや人間達が立ち止まり、なんだなんだと見てきた。

『ここにおわする青いお嬢さんは、それは名だたる異国の剣士! 百戦錬磨のその剣舞をご覧あれ!』

「お願い。」

 トゥが石を持っているファーティマの方を見た。

 途端、ファーティマの美しい碧眼が鋭く光った。

「死ね! 悪魔!」

「おっとと。」

 全力で投げつけられる石をヒョイヒョイと避けたり、デルフリンガーでたたき切った。

 途端、見物客達から拍手がきた。

『こんなのまだまだ小手調べ! オラオラ、もっと投げて来いよ!』

 デルフリンガーがファーティマを挑発する。

 ファーティマは、う~っと猫のように唸る。しかしティファニアによく似た美しくて愛らしい容姿のおかげでまったく怖くない。むしろ可愛い。

「おう、次はこれを斬ってみてくれよ!」

 そう言って果物を売っていた商人が、大きなヤシの実を投げてきた。

 それを両手で受け止めたファーティマは、小さく笑った。

 そしてブツブツと何か呟きだした。

『おー、相棒。嬢ちゃんが先住魔法を使う気だぜ。』

「さあ! 来て!」

 デルフリンガーを構えたトゥがファーティマに言った。

「あまねく風の精霊よ! わが仇敵を打ち砕きたまえ!」

 瞬間、猛烈な風をまとったヤシの実が、弾丸のようなスピードで飛んできた。

 トゥは、目にもとまらぬ早さでデルフリンガーを、刀で抜刀するように振った。

 トゥの眼前でヤシの実が、真っ二つに分かれ、ヤシの実は果汁を飛ばしながらあさっての方向へ飛んでいった。

 ファーティマは、なんて奴だ!っと地団駄を踏み、トゥは、ふうっと一息ついてデルフリンガーを降ろした。

 周りから、すげーすげーという声がちらほら聞こえ、やがて盛大な拍手が起こった。

 さすがに先住魔法をたたき切ったのは、効いたらしい。

 お金やら果物やらが投げ込まれる。

『ありがとーありがとー!』

「ありがとうございました。」

 トゥは、デルフリンガーを手にして優雅にお辞儀をした。その美しさにピーピーと口笛を吹く男達がいた。

 ファーティマは、見世物にされたことと、トゥの抹殺に失敗したいことに、ギリギリと歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 投げ込まれたおひねりと果物集め、トゥはファーティマと一緒に広場にベンチに戻った。

「これどうやって食べるんだろう?」

 もらった果物の中にはトゥが見たこともないものもあり、潰れたアンモナイトみたいな形の果物を両手で持ってジロジロと見回した。

 そして試しに歯を立ててみるが、固くてとても食べられなかった。

「そこは皮だ。馬鹿か。」

「そうなの? あなたも食べたら? お腹減ってるでしょ?」

「誰が蛮人の施しなどうけるか。」

「そう。じゃあ私だけで食べるね。」

 トゥはデルフリンガーの刃で皮を剥き、中身を食べてみた。

 シャリシャリしたスポンジのような食感で、水分も少なく、あまり甘くなくて、美味しいとは言えなかった。

 料理次第では美味しくなりそうだが、今は料理できないので、我慢して食べた。

 トゥは、食べながらチラリッとファーティマの方を見た。

 ファーティマは、そっぷを向いて腕組むして立っていた。だがその顔は冷静さを無理をして取り繕っているように見えてならない。

 しかも腹の虫が聞こえてくる…。

「ねえ…。食べたら? このままじゃ帰る前に力尽きちゃうよ?」

「ぐ……。くそ! 悪魔! 私にそれを寄越せ!」

「はい、どうぞ。」

 とうとう我慢の限界を超えたファーティマが手を差し出してきたので、トゥは微笑んでその手の上に果物を置いてあげた。

 ファーティマは、トゥの隣にドカッとわざとらしく派手に座ると、果物をむさぼりだした。その食欲たるや、すごい。軍服が汚れようとお構いなしだ。

 二人はしばらく無心で果物を食べた。

 そしてお腹がいっぱいになった。

 その頃には、日も落ちかけており、夕暮れの時を迎えていた。なのだが、広場はますます活気づいていた。

「この街…、好きかも。」

 トゥが笑いながら言うと、隣にいたファーティマがフンッと鼻を鳴らした。

「エルフの誇りを忘れた者達が集う、不愉快な街だ。」

「あなた…、もしかして、この街に住んでたの?」

 ファーティマは、少し黙った。

 しかしやがて、独り言のように語り出した。

 ティファニアの母・シャジャルの罪を背負い、追放された彼女の一族は、長く砂漠をさまよい、古来より流刑地とされるこの街にたどり着いた。

 そして一族のほとんどは、この街にとどまった。流刑民の街と蔑まされ、蛮人共におもねりながら生きるこの街に…。

 だが自分は違うと言った。

 なぜならエスマーイル様に見いだされ、この街を捨てたのだからだと。

「でも…、あなたごと私達を沈めようとしたよ? あなたの仲間。」

「なに? 嘘をつくな。そんなはずはない。」

「本当だよ。私達、船を捨てて逃げたんだよ。ねえ、本当にその…エスマーイル様って人…、その…なんていうか、あなたのこと都合良く利用しているとかってことはないよね?」

「違う! 例え事実だとしても、エスマーイル様は、私がお前達と一緒にいることを知らなかったからだ!」

 そう叫ぶファーティマの目はどこまでもまっすぐだ。

 トゥは、思った。

 この子は、小さいときから迫害され続けて、憎しみだけが積もりに積もって、それをつけ込まれたのだろうと。

「可哀想…。」

「はっ?」

「ううん。なんでもない。ごめんね。」

「なぜ謝る?

「…これ。」

「? どういうつもりだ?」

 ファーティマと協力して稼いだお金を、トゥはファーティマに押しつけた。

「あげる。」

「なんのつもりだ?」

「行っていいよ。」

「…悪魔…、まさかこの私に情けをかけるつもりか!」

「うーん。なんていうか…、めんどくさいから。」

「はあ?」

「見張ってろって言われても、もう疲れた。あなたといたらずっと私の命を狙うでしょ? もう付き合ってられないよ。」

「っ…! …後悔するぞ。」

「でも、ティファちゃんに危害を加えたら…、分かってるよね?」

 コテッと首を傾げてニッコリと笑ったトゥの笑顔に、ファーティマは、背筋をゾッとさせて顔が青ざめた。

 トゥは、それだけ言うと、ベンチから立ち上がって歩いて行った。

 

『甘いな。相棒。』

「うん。そうだね。」

 トゥは、肩をすくめた。

 

 その後、トゥは、また大道芸をして、小銭を稼いだのだった。

 




トゥは、わざとファーティマを挑発するようなことを言いました。(めんどくさいと)

それにして、スカスカでシャリシャリの果物って…スイカとは違うのでしょうけど、何なんでしょうね?
サボテンの実か?

いよいよ聖地の件で物語が終わりへと近づいてきます。


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第百六話  トゥとティファニアの想い

久しぶりに更新。
ダンジョン飯の二次創作が面白くてこっちが疎かに…。


自由都市エウメネスでの、ティファニアとの会話が主かも。

そして、序盤、ちょっとトゥが狂気に…。


 

 トゥは、稼いだ小銭を入れた袋をしまい、歩いていると、後ろから声をかけれた。

 振り返ると、通りの向こうから重そうな荷物を担いだ男が走ってきた。

 エルフではなく、人間だった。年は、五十ぐらいだろうか。

「いやいや、こんなところで出会うとは、まったく奇遇ですな!」

「あの…、すみません。どちら様ですか?」

「ええっ、奥様、もしかして、あっしを忘れちまったんですかい?」

「すみません…。」

「ああ、だから貴族様ってのは……、ほらっ、あっしでさあ、トリスティンのブルドンネ街で、あのお喋りな剣を売った。」

「ああ! あの武器屋さんの!」

 トゥは、ようやく思い出した。この人は、デルフリンガーを売っていた店の店主だったのだ。

『おうおう、お喋りな剣ってのは、俺のことか? このボンクラ店主!』

「お、なんだ、おめえ! デル公じゃねーか!」

『ひっさしぶりだな。会いたくなかったぜ。』

「ったく、相変わらず口の悪いこったな! 奥様、そんなやかましい剣でいいんですかい?」

「デルフでいいの。」

『そういうこった。』

「ところで、どうしてここにいるんですか?」

「聖地回復連合軍についてきたんでさあ。なんといっても手前どもは武器を商っておりますからな。エルフとの戦争が起きれば、商売のチャンスってことで、へえ。」

「せいちかふくれんごう?」

「へえ、先日ロマリアの教皇様が中心になって組織されたでさあ。いよいよ、聖地を取り戻す準備ができたとかで、へえ。」

「……まずいよ…。」

 トゥは、だくっと汗をかいた。

「どうしたんでさあ?」

「…なんでもない。」

「いやいや、尋常じゃない汗ですぜ?」

「…間に合わない……。」

「?」

『相棒…。』

 トゥは、頭を両手で押さえ、ブツブツと呟きだした。

『な、なあ! 親父! その軍はどこまできてんでい!?』

「あ? 確か…、アーハンブラに宿営地を設けたって聞いたぜ?」

『もうすぐそこじゃねーかよ!』

 デルフリンガーは、トゥを正気に戻すために話題を変えようとしたが、失敗したというふうに声を上げた。

 しかしすぐに、イヤ待てよ…っとデルフリンガーは呟いた。

『なあ、相棒! ってことはだぜ、ピンクの娘っこに会えるぜ!』

「…ルイズ…。」

『そうだぜ! あいつは、聖女って祭り上げられてんだ! 必ず前線にいるはずだ! もうすぐ会えるぜ!』

「会える? ルイズに?」

『おう! 会えるぜ!』

「…そっかぁ…。」

 トゥは、笑った。

 武器屋の店主は何が起こったのか分からずキョトンとしていた。

「あの、店主さん!」

「な、なんですかい?」

『まあ、待て相棒。なあ、店主よう。女王さんも来てんだろ?』

「? そりゃ当然だろ?」

『女王に伝えてくれよ。ここに相棒がいることを。』

「なんでおまえに頼まれにゃならねぇんだ?」

「私からもお願い!」

「う…、うう、わかりやした。」

 武器屋の店主は、トゥとデルフリンガーの頼みを聞いてくれた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 夕暮れ。

 施療院に戻ると、ティファニアとルクシャナは、もう手助けなしでも歩けるようになっていた。

「ティファちゃん、よかったね。」

「ええ。」

 二人は笑い合った。

 しかし、砂漠を横断するには傷の手当てがもっと必要で、三日三晩は水の魔法をかけ続ける必要あった。

 そう何日も滞在するわけにはいかない。

 ルイズ達と合流する必要があるし、何よりいくら鉄血団結党が来ないとは言え、向こうはこちらを血眼になって探しているだろう。だから何かしらの形でここに手が入ったらお終いだ。

 今現在いるのは、アリィーがとった宿だ。それほど上等ではないが、シーツはちゃんと清潔だ。

 隣のベットではルクシャナがスースーと寝息を立てている。

 アリィーは、砂漠を横断するためのラクダを確保するために出かけている。

「ティファちゃん…、私、甘かったのかな?」

「どうしたの?」

「あの女の子…、ティファちゃん達を酷い目に合せた子。解放しちゃった。」

「ううん。トゥさんは、優しいのよ。間違ってない。」

「そう?」

「うん。」

「なら…よかった。」

 トゥは、切なそうに微笑んだ。

「でも、ちょっと残念ね…。あの子とは、もっと話したいことが色々あったけど。」

「いつか、話せるよ。」

「うん…。」

「もうすぐルイズに会える。みんなとも会えるよ。」

「もうすぐそこまで来ているのね。」

 ティファニアに、聖地回復連合軍が近くまで来ていることは話した。

「もうすぐこの旅も終わるのね…。」

「ティファちゃん…。」

「ごめん。もうすぐみんなと再会できるのに、こんなこと言ってちゃいけないわね。」

 シュンッとうつむくティファニア。

 そんなティファニアの頭をトゥは撫でた。

「ごめんなさい…。」

「どうしたの?」

「……好きになっちゃって、ごめんなさい。」

「ううん。いいんだよ。」

「でも、トゥさんには、ルイズがいるから…。」

「いいんだよ。」

「どうして? どうしてそんなに優しくしてくれるの?」

「? どうして? どうしてティファちゃんを責められるの?」

「トゥさん…。」

 ティファニアは、涙を浮かべた。

 そんなティファニアの目元を、トゥは指で拭った。

「ティファちゃんは、良い子。」

「ううん。私、悪い子。大切な人がいる人を好きになった悪い子。」

「たまたま好きなった人がそうだっただけだよ。ただ、それだけの話。でも、ティファちゃんは、ちゃんと考えてるよね? 好きになった相手のことと、その人の大切な人のことを。」

「わ、私は…。」

「人によってはね。意地悪してきたり、仲を裂こうとしたりとかって強硬手段に出たりするのに、そんなことしないでしょ?」

「そんなことしないわ。そんなことをしてもどっちも不幸になるだけよ。」

「そう。そういうことを考えられるってすごいんだよ。すごく優しいことなんだよ。」

「トゥさん…。私…、トゥさんを好きでいていいの?」

「いいよ。私がいなくなった後、私じゃない人を好きになるときに、とても良い経験になるよ。」

「そんなこと言わないで。私、トゥさん以外を好きになれる気がしないの。」

「……ごめんね。」

 自分にはもう、時間が無いのだとトゥは、切なく笑い、ティファニアの頭を撫でた。

 ティファニアは、涙ぐんだ。そして、やがてヒックヒックと泣き出す。

「なに泣かせてんのよ?」

 目を覚ましたルクシャナが呆れたように言った。

「あー、やだやだ、蛮人ってところかまわずイチャイチャ、チュッチュしちゃって、あー。」

「えー? してないよ。」

「ところでさぁ…、あんた時間が無いって言ってたけど、それどれくらい?」

「…わかんない。」

「はっきりして。あんたは、世界の存亡に関わっているのよ? 海母の話が本当なら、悪魔であるあんたは、生きてるだけで近いうちに世界を滅びしちゃうのよ?」

「分かってる。」

「本当に?」

「自分がよく分かってるよ。コレ(花)がいずれ世界を滅ぼすっていうのは…。」

「いずれじゃないわ。もうすぐよ。」

 ルクシャナがぴしゃりっと言った。

「あと、あんた達の仲間がいるって言う、蛮人達の軍がすぐそこまで来てるって話、本当?」

「うん。たぶん。」

「聖地を奪いに来たの? それともあんた達を取り返しに?」

「たぶん、両方だと思う。」

「あんた達を引き渡せば、軍は止まる?」

「それはないと思う。」

「どうして?」

「教皇聖下さんは、何を考えてるのか分からないところがあるし…、そもそも聖地回復連合軍なんて名前だし…、何もしないで帰るなんてありえない。」

「あのね。私は自分の信念と、ちょっとした学術的好奇心で、あなた達を助けたわ。でも、悪魔に協力する気は無いの。もし、あなた達の仲間がエルフの同胞を傷つけるなら、その時は、もう助けることはできないわよ。」

「聖地…をちょっとだけ貸してくれってことじゃないのかな?」

「はあ?」

「教皇聖下さんが、聖地何をしたいのか分からないけど、少なくとも今までの歴史で争ってお互いが傷ついても意味が無いってことは分かってるはずだよ。だから、ちょっとだけ、聖地を貸してくれれば戦争は起きないんじゃないかな?」

「その確証は?」

「……ない。」

「は~~~~~。」

 ルクシャナは、呆れたと思いっきり長いため息を吐いた。

「なんであんたみたいなアホっぽい女が悪魔なのよ?」

「そんなこと言われても…。」

「まあいいわ。ともかく、何もしないよりはマシってことね。あんた達の仲間のところに行ってみましょう。」

「ありがとう。」

 トゥは、そうお礼を言って微笑んだ。

 ルクシャナは、それを見てまたため息を吐いた。

 

 その後、間もなくアリィーが部屋に飛び込んできた。

 そして彼は言った。エウメネスが、鉄血団結党の軍に取り囲まれていると。




聖地に教皇聖下達が迫っていると聞いて、花の狂気に支配されかけたトゥ。
彼女には、もう時間がありません。

物語もいよいよ、最後に迫ってきています。

次回は、火石によるエウメネス壊滅を防ぐための戦いが始まる。


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第百七話  トゥ、思わぬ再会と、恐るべき計画を知る

いよいよ、物語も終わりに近づいてて、心音がバクバクです。はい。

フーケとの思わぬ再会と、エスマーイルの計画を聞くの回。


 

 鉄血団結党の軍が自由都市エウメネスを包囲していると、部屋に飛び込んできたアリィーが言った。

「まったく、余計なことをしてくれたよ。」

 アリィーは、トゥを睨んだ。

 彼は、トゥがファーティマをわざと逃がしたと疑っているのだ。

「それにしても動きが速すぎるわ。どのみち、私達がエウメネスに来ることはバレてたでしょうね。」

 ルクシャナが助け船を出した。

「…とにかく、早くこの街から出た方がよさそうだ。」

「そうだね。ティファちゃん、起きれる?」

「うん。」

 その時、アリィーの耳がぴくっと動いた。

「誰か来る。」

「えっ?」

 アリィーは、鋭い目でドアの方を睨んだ。

「アリィー、あなた、つけられたんじゃない?」

「注意を払っていたつもりだったんだが。」

「待って。私が行く。」

 トゥは、デルフリンガーを手にし、ドアに近づいた。

 そして、ドアの横に立つ。

 ドアの向こうから足音がする。明らかに素人じゃない足音だ。

 その足音がドアの前で止まった直後、トゥは、ドアを開け、素早くその人物の腕を掴んで引っ張り込み、その首元にデルフリンガーの刃を当てた。

「あ…。あなたは…。」

「ふん、中々ずいぶん物騒な挨拶じゃないか。」

 フードが反動で外れ、その人物はニヤリっと笑った。

 彼女は、ハルケギニアの大盗賊、土くれのフーケだった。

「…なんだ? 知り合いか?」

「マチルダ姉さん!」

「ああ、ティファニア。無事でよかった。」

 トゥは、フーケを解放し、駆け寄ってきたティファニアとフーケは抱きしめ合った。

「どうして、あなたがここに?」

「ふん、ご挨拶だね。ロマリアの依頼で、あんた達を助けに来てやったのにさ。」

「ロマリアの?」

 トゥは訝しんだ。

 あの教皇聖下が…。待てよと、トゥは思った。

「もしかして、救出に失敗したら、私達のこと始末するって依頼されてた?」

「ご名答。」

 フーケとしては、ティファニアを始末するなんてできなかっただろうから、何らかの形でティファニアだけは救出しようとしただろう。

 やっぱりっと、トゥはため息を吐いた。ロマリアのやり方は分かっていたつもりだが、こうも目の当たりにするとうんざりする。

「さて、そんなわけで、無事に会えたことを喜びたいところだけど……、あいにく、旧交をあたためてる時間は無いよ。一刻も早くこの街を出るんだ。」

「鉄血団結党のことでしょ?」

「それだけなら、まだいいけどね。」

 するとフーケは、声を潜めた。

「連中…、この街をまるごと吹き飛ばすつもりさ。」

「なんで!?」

「おい、聞き捨てならないぞ、どういうことだ!?」

 そしてフーケは、水軍に潜伏している時に、鉄血団結党のお偉いさんが、火石を用意して、この街ごと、悪魔と虚無の担い手を消し去るつもりだということを聞いたと語った。

 トゥとティファニアは、言葉を失った。

「でも…。ここには、たくさんのエルフ達が住んでるんだよ?」

「そうだ。鉄血団結党は、イカれた連中だが、さすがに同胞を殺すことはしないだろう。」

「それはどうかしら?」

 っとルクシャナが言った。

 エウメネスは、蛮人と交易がある街である。それに元々は、罪を犯した者達の流刑地であったことから、鉄血団結党のような掟を重視しすぎる狂信者達にとっては、目の上のたんこぶだったのではないかと。

「それはそうだが……、いや、あのエスマーイルなら、やりかねんか…。」

「まったく、エルフってのは、ずいぶんと文明的な連中だね。」

「一緒にしないで、エルフは、平和と知性を愛する種族よ。」

 フーケの言葉にルクシャナが反論した。

「ま、とにかく、連中が大量の火石をここに運び込んでいるのは事実だ。この街と心中したくなけれりゃ、さっさと逃げることさ。」

「だめよ…。」

「ティファニア?」

「私達のせいで街が巻き添えになるなんて、そんなの、絶対にダメ。」

「あんたの気持ちは分かるよ。優しい子だね。ティファニア。でもあの人数のエルフ相手じゃ、どうしようもない。ここに残ったところで無駄死にするだけさ。」

「でも……。」

「ダメだよ。」

「トゥさん…。」

「この街を見捨てて、私達だけ助かってもいけない。」

 トゥの脳裏に、賑やかな街並みの光景が過ぎった。そこには、エルフも人間も関係なく友好が築かれているのだ。

 この街は希望なのだ。人間とエルフの未来の。

 そう思うと、見捨てるなんてできない。

「フーケさん。ティファちゃんを連れて逃げて。私が火石をなんとかするから。」

「私も行く!」

「ダメだよ。危険だから。」

「お願いトゥさん! 一人で行かないで! 私にも何かできることがあるかもしれない。それに、もう離ればなれになるのはイヤなの!」

「ティファちゃん…。分かった。」

「僕も行くぞ。さすがに同胞の危機は放っておけないからな。」

「もちろん、私も行くわよ。」

「おいおい、君も来るのか?」

「平気よ。あなた達みたいに剣を使うことはできないけど、精霊の行使に関してはそれなりに自信があるの。」

 自信たっぷりに笑うルクシャナにアリィーはため息を吐いた。

「とめても無駄だろうな。」

「ええ。でも、あなた、そんな私に惚れたんでしょ?」

「む……。ああ。そうだよ! 君には逆らえない。まったく! だけど、絶対に無理はさせないぞ。君に何かあったら、僕がビダーシャル殿に殺されちまう!」

「好きよ。アリィー。」

 ルクシャナがアリィーの頬に軽くキスをした。

「あんた達、正気かい? まあ、あんた達がどうなろうが、こっちは知ったこっちゃないけどね。ティファニアは、ダメだ。あたしが連れて行くよ。」

「マチルダ姉さん! お願い……、マチルダ姉さんだって、本当は街を見捨てたくないないでしょ?」

「…そりゃ、私だって寝覚めが悪いよ。でも、私は、この街より、ティファニア、あんたの方が大事なんだ。」

「ティファちゃんは私が守る。」

「その言葉、信じていいのかい?」

「うん。」

 フーケは、じーっとトゥを睨んだ。

 やがてフーケは、大きくため息を吐いた。

「やれやれ、七万の軍を止めた英雄さんには、何を言っても無駄さね。」

「いいの?」

「その子が自分で決めたことだからね。ただし、もしティファニアに何かあったら、この私があんたを殺す。いいね?」

「分かった。」

 トゥは、頷いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして作戦が練られた。

 まず火石であるが、火石を爆発させるには、途方もなく強い精霊の力が必要になるのだとルクシャナが言った。

 ジョゼブとミュズニトニルンは、虚無の力を用いて火石を暴走させることで爆発させていたが、実際に使おうと思うと色々と大変らしい。本来、火石にはとても強力な結界があり、エルフの先住魔法をもってしても、その結界を壊すのは至難の業らしい。まあ、あれだけの爆発力を秘めているのだ、それだけの強固な力で固めないとできないのだろう。

 フーケが盗んできた水軍の地図を広げ、その場所を指す。

 ソフィア大祭殿。

 灌漑(かんがい)工事をする時や、日照りが続いた時に雨を降らせるなど、大きな精霊の力を借りたい時に使われる特別な施設らしい。

「時間はまだあるの?」

「ええ。火石を爆発させるには、大がかりな儀式が必要になるわ。それに儀式が完了してから、実際に火石が爆発するまでの時差もあるはずよ。いくら連中がイカれてるっていっても、さすがに、この街と心中する気はないでしょうし。」

「……どうかな?」

「なによ?」

「ううん。じゃあ、この街の人達を避難させることは?」

「無理よ。そんなことをしている時間もないし、そもそも、エルフの同胞がそんなことをするなんて、信じるわけないわ。」

「そんなことをしてたら、私達が先に連中に捕まっちまうよ。」

 フーケがルクシャナの言葉に同意した。

「やっぱり、その大祭殿に乗り込むしか…。」

「しかし、街には鉄血団結党の連中がうじゃうじゃいるぞ、どうするんだ?」

「…しかたないねぇ。私が囮になるよ。」

「えっ! フーケさん、大丈夫なの?」

「マチルダ姉さん…。」

「ふん、私は土くれのフーケだよ。なに、エルフ相手にまともに戦おうなんて思っちゃあいないさ。私は攪乱の方が得意なんだ。」

 フーケは、そう言って不敵に笑った。

「じゃあ、お願いします。」

「任せときな。」

 方針が決まり、地図を丸め、そして一同は旅装束を身にまとった。

 

「…ほんとは、あいつと合流したいとこだけど…、まったく、どこで油売っているんだか…。」

 フーケは、小さくボソボソと言ったのだった。




次回は、エスマーイルと彼が率いる鉄血団結党のエルフ達との戦い。
そしてワルド再登場。


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第百八話  トゥ、再会する

エスマーイルと鉄血団結党のエルフ達との戦い。

ワルド再登場。

そして、トゥが……。


あと、今回ちょっと長め。


 

 街を照らす双月。

 すっかりと夜になったが、その月も雲に隠れる。

 フード付きの旅装束に身を包んだトゥ達が、夜の街に紛れて入り組んだ路地を走り抜けていく。

 トゥのマントの下には、デルフリンガーと、聖地から持ってきた拳銃と手榴弾…。かなり物騒な装備となっていた。

「連中め…、ずいぶん入り込んでるみたいだな。」

 路地の物陰から通りを除いたアリィーが言った。

 薄暗いとおりのあちこちには、軍服を身のまとった鉄血団結党のエルフ達が目を光らせている。ここで見つかれば、大祭殿に着く前に捕まってしまう。

「あまり時間がないぞ。一か八か、強行突破するか?」

「もう少し待とう。フーケさんが動くはずだから。」

 そして、しばらく物陰で待っていると…。

 遠くで大きな爆発音が轟いた。

 港の倉庫街へ向かったフーケが、騒ぎを起こしたのだろう。

 通りを歩くこの街のエルフ達や人間達が、なんだなんだと騒ぎ始める。

 トゥ達を探索していた鉄血団結党のエルフ達も一斉に爆発のあった倉庫街の方へと向かって走り出した。

「いまだ、走って!」

 トゥ達は、騒ぎに乗じて闇に紛れて通りを駆け抜けた。

 

 

 大祭殿の周囲は、頑丈そうな石壁で囲われている。

 正門の前には、鉄血団結党のエルフとおぼしきエルフが二人、見張りについていた。

 門の周囲には、他の人影はない。

 ルクシャナの説明によれば、大祭殿はエルフにとって神聖な場所なので近づく者はあまりいないということだった。

 そのルクシャナが、参ったわね~っと声を漏らした。

「どうしたの?」

「この辺りの精霊が掌握されているわ。もう儀式が始まってるようね。」

「急がないと…。」

 ティファニアが焦ったように言った。

「番兵は、どうする?」

「私が行く。」

「あ、おい…。」

 トゥがアリィーが止める間もなく、走った。

「な、なんだお前は? うっ!」

「ぐっ!」

 トゥの素早さを目で追えなかった二人のエルフの番兵は、あっという間にみぞおちを殴られて倒れた。

「お見事。」

「でも、この先…、気絶させるだけですませられるか分からない。もしそうなったら、私は、ティファちゃんの命を優先するよ。」

「それは止めないわ。でも、なるべく命は奪わないで。」

「分かってるよ。」

「それじゃあ、乗り込むわよ。」

 ルクシャナが魔法を唱え、正門の鍵をあっという間に溶かした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥは、入り口から入るなり、スタングレネードの栓を抜き、投げ込んだ。

 炸裂する閃光と爆音で見当識を失い、エルフ達は大混乱に陥った。

 剣を手にしたトゥとアリィーがそこへ突入する。

 スタングレネードを食らうと、数十秒はまともに動けない。混乱が続いている内に、二人はあっという間に六人のエルフをたたき伏せた。

「便利なマジックアイテムね。私も今度作ってみようかしら。」

「これは、マジックアイテムじゃないよ。」

 あとから来たルクシャナとティファニア。

 ルクシャナが魔法を唱え、手のひらから光球を浮かび上がらせ、大きな通路を照らし出した。

「火石が集められているのは、この奥にある本殿で間違いないと思うわ。」

「行こう。」

 そのまままっすぐに突っ切る。

 やがて広間のような場所に出た。

 その時だった。

 トゥが、暗闇から飛んできた数本の火矢を叩き切った。

「ティファちゃん、後ろに!」

 

「ふん、仕留め損ねたか。」

 

 通路の奥から、軍服をまとったエルフ達が現れた。

 その先頭に立つのは、エルフにしては、体格の良い、いかにも古強者といった風貌のエルフだった。

「サルカン提督だ。」

 アリィーが言った。

「誰?」

「水軍きっての猛将だ。蛮人の船を沈めてる。」

「そう…。」

「悪魔と、虚無の担い手…、わざわざ死地に飛び込んでくるとはな!」

 サルカンは、大振りの曲刀を抜き、トゥの方へ突っ込んできた。

 トゥは、それをデルフリンガーで受け止めた。

「やりおるな! 悪魔!」

 サルカンが先住魔法を唱え出す。

 トゥは、持ち前の怪力でサルカンを弾き飛ばした。

「ぐっ!」

 サルカンは、トゥの見た目に反した怪力に目をわずかに見開き体制を整えた。

 そこへ、他のエルフ達が、火矢をトゥに飛ばしてきた。

 トゥは、デルフリンガーを振って、火矢をデルフリンガーで吸収した。

『相棒、気をつけろ。こいつ、相当強いぜ。』

「うん。分かってる。」

「お前達、悪魔は私が相手をする。他の連中を捕まえろ!」

 サルカンが他のエルフ達に命令した。

「アリィー。コレ!」

「なんだ、これは? 果物?」

「これはね、こうやって使うの。」

 トゥは、口で栓を抜いて見せ、壁に向かって投げた。

 次の瞬間、爆発し、壁に穴が空いた。

「分かった?」

「あ、ああ…。」

「私がここで引き付けるから、火石をなんとかして。」

「でも、トゥさん!」

「お願い。行って!」

「私は大丈夫。まだ死なない。死ぬわけにはいかない。」

 トゥは、笑った。

 その消えそうな笑顔にティファニアは、トゥのもとへ駆け寄ろうとしたが、すぐに立ち止まった。

 トゥの覚悟を思い、ティファニアは、アリィー達の後に続いて壁の穴の向こうの通路の方へ走った。

「そうはさせん!」

「させない。」

 先住魔法を唱えようとしたサルカンの懐に、トゥが飛び込み、その早さに目を見開いたサルカンが詠唱を止めて曲剣で応戦した。

 トゥがデルフリンガーを振り回す。ガンガンガキンガキンと、サルカンは必死で曲剣を振るってトゥの剣捌きに対応するが、ピシピシと軍服が裂ける。

 トゥが微笑む。その笑みからサルカンは、自分が完全に遊ばれていると判断し、頭に血が上りだした。

 他のエルフ達は、二人の剣戟に圧倒され、まったく手が出せず固まっている様子だった。

 サルカンは、短く先住魔法を詠唱し曲剣に炎をまとわせた。

 しかし、トゥは、ふーんっと声を漏らしただけで、続けて攻撃を続けた。

「それ便利そう。」

「なんだと?」

「刃を焼いたら料理に使えそうだもん。」

「! き、貴様…。」

 さすがにカッとなったサルカンの剣戟が激しくなるが、トゥは息一つ乱さず受ける。

『相棒! 増援が来るぜ!』

「分かった。」

「くっ!」

 隙を突いて、みぞおちを狙ってくるトゥに、サルカンは、慌てて距離を取るが、すぐに距離を詰められる。そしてまた距離を取ればまた距離を…っと繰り返した。

 やがて、ドンッと壁にサルカンが追い詰められ、トゥの拳が振りかぶられた。

 サルカンは、間一髪でそれを横に顔をそらして避けると、トゥの拳が壁を粉々にした。

 サルカンの顔からサーッと血の気が失せる。当たってたら、顔の骨が砕けていただろう。いや、頭が潰れてたか?

「ん…。」

 わずかにトゥの手が穴につっかえた。

 サルカンは、それを見逃さず、曲剣をトゥに向かって振った。

 だが次の瞬間、サルカンの体が吹き飛んだ。

「?」

 トゥは、それを見てキョトンとした。

 サルカンは、何か見えない力で吹き飛ばされたのだ。トゥがやったのではない。

 

「隙を見せるとは…、君らしくないな。トゥ・シュヴァリエ・ド・オルニエール。」

 

「……あなたは…。」

 暗がりか現れたのは……、忘れもしない人物だった。

「ワルド…?」

 そう、かつてアンリエッタの配下であり、その裏でレコンキスタに組みし、ルイズを裏切り、ウェールズを殺し、トゥに左手を切り落とされた後行方不明になっていたジャン・ジャック・ワルドだ。

「マチルダから聞いていないのか? 私達はロマリアに雇われたんだ。エルフに攫われた君達を探して保護するか……、それが無理なら、命を奪えと。」

「えっ…。」

 トゥは、目を見開いた。

 ヴィットーリオは、まさかレコンキスタに組みした人物さえも雇うとは思わなかった。

 だが思う。彼らならやりかねないと。聖地を取り戻すためならどんなことでもするのだと。

「僕の手は必要なかったかな?」

「ううん。ちょうどいい。」

 トゥは、通路の向こうからやってくる増援に目を配った。

「お願いしていい?」

「無論だ。ところで、マチルダは?」

「外で囮になってくれてる。」

「そうか…。」

 僅かに焦燥を含んだ声でワルドが言った。

「悪魔共を取り囲め!」

 復活したサルカンが部下達に命じた。

 忽ちエルフ達がトゥとワルドを取り囲む。

 二人は、どちらが言ったわけでもなく、背中を合せた。

「あの人…サルカンを大人しくさせる。その後は…、お願い。」

「分かった。」

「させると思ってか!!」

 エルフ達が四方八方から火矢を飛ばしてきた。

 それをデルフリンガーで吸収し、ワルドは、ブレイドを使って防いだ。

「お願い。寝てて。」

「ぐぬぬ!」

 あっという間に何人かのエルフを気絶させたトゥが、サルカンに迫り、サルカンは、曲剣を構えてその攻撃を受け止めた。

 残るエルフは、ワルドが相手をする。

 ワルドの風の魔法に翻弄され、エルフ達はサルカンの加勢に行けなかった。

「ごめんなさい。この街は、希望なの。」

「なに…?」

「この世界の、みんなの希望。だから、消させない。」

「グホッ!?」

 サルカンの体が大きく曲がり、トゥの体にもたれた。

 そして、ズルズルと床に倒れ、サルカンは意識を失った。

 サルカンが倒れたことで、他のエルフ達は動揺して固まった。

「行け。あとは、私が引き受ける。」

「お願いします。」

「死ぬなよ。まだ、左手の礼をしていないからな。」

「私も、あなたを許してないから。」

 二人は、どこか闇を感じさせる笑みを浮かべて笑い合って、トゥは、通路の先へ走った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 通路を走り続けていると、声が聞こえてきた。

 言い争い? そして喧騒。…血の匂い。

「ティファちゃん!」

 トゥは、閉じられていた入り口を渾身の力で蹴破った。蹴破られてドアごと吹き飛び、内側から入り口を閉じていたエルフ達も一緒に吹っ飛んだ。

「あ…、悪魔…!!」

 エスマーイルが、トゥを見て顔を一瞬こわばらせた。

「ティファちゃん? ティファちゃん!」

「だいじょうぶ…。私は…。」

「遅いぞ…。」

 ティファニアに抱きしめられる形で庇われていたファーティマが血を流しながら文句を言った。

 我に返ったエスマーイルが、連続して銃を撃ってくる。

 トゥは、ギッとエスマーイルを睨み、その銃撃をすべてデルフリンガーで弾いた。

「うぅ…。」

 トゥの睨みと、トゥの目の咲いている花に恐怖したエスマーイルは、それでも必死に冷静さを保ち、呪文を唱えた。

 建物の石柱がグニャリと曲がり、巨大な腕となってトゥに掴みかかってきた。

 トゥは、それを難なく避けると、バターを裂くように、石柱の腕をデルフリンガーで切り落とした。

「よくも…、ティファちゃんを…。」

「くっ…! おのれ、悪魔め!」

「あなたは、ただじゃ殺さない。」

「殺さないで、トゥさん!」

「っ…。」

 エスマーイルに近寄ったトゥがデルフリンガーを振り下ろそうとしたとき、ティファニアの叫び声が聞こえ、躊躇した。

 次の瞬間、グニャッとトゥとエスマーイルの間の空間が歪んだ。

「!」

『相棒! カウンターだ!』

「死ね、悪魔!!」

 一瞬止まったトゥの体が、エスマーイルの先住魔法で吹き飛ばされた。

 一回転し体勢を整えたトゥは、エスマーイルを見た。

 そして、息を思いっきり吸い込み。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 ウタった。

 ブワリッと祭壇内の空気が震え、トゥの体に青い光が発生した。

 その絶叫のようなウタ声に、エスマーイルは、顔を歪めた。

「これが…、悪魔の力か!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 デルフリンガーに天使文字を絡ませ、トゥが突撃した。

 元々素早いのに、さらにウタで強化された身体能力にビダーシャルと並ぶ行使手であるエスマーイルがついていけるはずがなく、あっという間に距離を詰められ、カウンターの上からデルフリンガーが振り下ろされた。

 ズブ、ズブと、ゆっくりと、トゥはわざとゆっくりとカウンターの壁を切り裂いていく。

「ひ、ひ、ひぃい!!」

 エスマーイルは、必死にカウンターを保とうとするが、ウタの力は圧倒的でカウンターの壁はどんどん切り裂かれていった。

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「トゥさん、やめて!!」

「殺す、殺す…、壊すこわ…、ころ……うぅううああああああああああああああああ!!!!」

『相棒ーーーーーーーーーー!!』

 ウタに…、花の力に引きずられ、徐々にトゥの正気が削られていった。

 

「何やってんのよ?」

 

 その声を聞いた途端、トゥは、はたっと止まった。

 そしてゆっくりと、首を回し、声が聞こえた方を見ると。

「聞いてんの?」

「…ルイズ…?」

 ピンクの長い髪の毛、鳶色の瞳、百合のマント、杖を凜々しく掲げたその姿を見て、トゥの体から光が消えた。

 それを見たエスマーイルは、素早く先住魔法を唱えて、もう一つの巨大な腕をトゥに振り下ろした。

 しかしその腕は、突然発生した爆発のよって砕かれた。

「馬鹿! よそ見してる場合じゃないのよ!」

「ルイズ…、る、イズ…、ルイズだ!!」

「そうよ。私よ、トゥ!」

「ルイズ、ルイズぅ!!」

 二人が再会を喜び合っている間に、エスマーイルは、尻餅をつきながらも距離を取り、なんとか立ち上がって構えた。

「まとめて、死ね! 悪魔共め!!」

「トゥ、やるわよ!」

「うん!」

 エスマーイルが唱えて発生させた巨大な腕達を、トゥが切り裂き、その後ろでルイズが詠唱を始めた。

 そして、ルイズの詠唱が完成する。

 ディスペル。

 それにより、トゥを襲っていた腕達はたちまち崩れていった。

「な、ば、馬鹿な…!」

 建物内の精霊からのつながりを奪われ、エスマーイルは驚愕した。

「おのれ…!」

「? 待って!」

「どうしたのよ?」

 トゥが叫んだので、ルイズが訝しんでいると、エスマーイルが懐から赤い石を取り出した。

 それは、どこかで見覚えがある石だった。

 すぐに思い出したルイズは、顔を青ざめさせた。

「ふ、ふははは! 悪魔の手にはかからんぞ!」

「やめて! 心中するつもり!?」

「くくく、ハハハハ!」

 エスマーイルは、こぶし大の火石を掲げ、狂った笑い声を上げる。

 ルクシャナ曰く、ただ火石を破壊するだけなら、簡単ななのだと。

「同志エスマーイル、何をなさるおつもりですか!」

「我々を巻き添えにする気ですか!?」

 トゥによって倒されていたエルフ達が起き上がり、エスマーイルの強行に気づいて声を上げだした。

「悪魔共を滅ぼすことができるのだ! 諸君も本望だろう! 私も諸君も、民族の英雄として、エルフの歴史に長く語り継がれるぞ!」

「違う。あなたはこのままだと、ただの同胞殺しとして語り継がれるだけだよ!」

「黙れ黙れ黙れ!! 悪魔の戯れ言だ!」

 エスマーイルの狂気に反応するように、祭壇に積まれていた火石が輝きだした。

「哀れな人…、そんなことをしてもこの世界の憎しみの連鎖を増やすだけなのに…。」

「違うな。蛮人がこの世界から消えれば、憎しみの連鎖もまた消える!」

 ティファニアの言葉をエスマーイルはそう切り捨てた。

 もはや、誰にもエスマーイルの強行を止められない。

「なら……。」

 スウッとトゥが息を吸った。

 そして、静かにウタい出す。

 すると、天使文字と魔方陣がトゥの足元に発生し、火石から赤い光がトゥの体に向かって吸い込まれ始めた。

「な、なんだと!?」

『相棒! やめろ! それ以上力を使っちまったら…。』

「トゥ、何をしているの!?」

 しかしトゥは、ウタうのをやめない。

 一分ぐらいだろうか…、精霊の力を吸い込み続けていたトゥが急にガクンッと膝をついた。そして魔方陣が消え、吸い込むのも止まった。

「うぅ…。」

「トゥ!!」

「どうして止めるの!?」

 ルクシャナが声を上げた。

『ちげーよ! 相棒はもう限界なんだよ! このままじゃ、花が……。』

「ふふ、フハハハハ! どうやら大いなる意思は我らを勝利に導いたようだ!!」

『馬鹿野郎!! 火石じゃ、悪魔は…ウタウタイは、花は駆逐できねーーーよ!!』

「……はっ?」

 エスマーイルは、それを聞いて、顔から狂気が消え、キョトンとした。

『さっき少しだけ精霊を吸っちまったし、爆発と同時に火石の力をまとった花が暴走して、エルフも人間も全部滅ぼすぞ!!』

「……嘘をつくな…。」

『いいや。嘘じゃねーよ。エルフに作られたこの俺が言うんだ。間違いないぜ? ええ? どうするんだ? 自称、エルフの英雄さんよぉ。もうすぐ悪魔が覚醒するぜ?』

「嘘だ…嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!!!」

 エスマーイルが火石を落とし、頭を抱えて激しく首を振った。

「トゥ…。」

 ルイズが膝をついているトゥの傍に駆け寄った。

 トゥは、両膝を突いたままうつむいていた。

 そんなトゥの体を、横からルイズが抱きしめた。

「トゥさん…。」

「嘘でしょ…。こんなことって…。」

 ルクシャナが愕然として膝をついた。

 アリィーがその横に駆け寄り、その体を抱きしめる。

 デルフリンガーの言葉を聞いていた他のエルフ達も、もはや絶望のあまりに諦めの色を浮かべていた。

 その時だった。

 ティファニアの耳に、美しい旋律が聞こえだした。

「? 何この音…?」

「? これは…、始祖のオルゴールが…。」

 ルイズがマントの中から始祖のオルゴールを取りだした。

 その瞬間、ティファニアの指にはまっていた風のルビーが輝き、ティファニアの頭に歌とルーンが浮かんできた。

「ティファニア! あなた、新たな虚無に目覚めたのね!」

 その間にも、一時的に精霊の力を吸われたとはいえ、まだまだとてつもない破壊力を秘めた火石が輝きだしている。

 もう今にも爆発しそうだ。

 ティファニアは、杖を構え、歌うようにそのルーンを…唱えた。

 

 忘却の虚無。

 ディスインテグレート(分解)。

 

 その虚無が完成したと同時に、エスマーイルの足元に転がっていた火石と、祭壇に積まれていた火石が次々に細かな光の粒子となって、消えていった…。

 ただ破壊するのではない。火石を構成する、要素そのものを、すべて物質の根源である原子の粒にまで分解する。そこには何も残らない、それがこの世界に存在したという事実さえ、跡形も無く消し去る。ある意味で究極の忘却の魔法だった。

 

 そして、静寂がおとずれた。

 

 誰もがみんな言葉を失っていた。

 目の前に迫っていた滅びは、去った。たった一人のハーフエルフの少女によって。

「……っ、トゥ? トゥ!」

 ハッとしたルイズが、トゥを揺さぶった。

 トゥは、しばらく反応しなかったが、やがて、ルイズの方へと倒れた。

「トゥ!!」

「トゥさん!」

 床に寝かせると、トゥの左胸にあるルーンが激しく輝いていた。

『おお…、こいつは…! やったぜ!』

「なにがよ!?」

『今の虚無で消費した膨大な魔力の分のおかげで、花の暴走が先送りされたぜ!』

「ほ、ほんとう?」

『本当と書いて、マジだぜ!』

「でも意識がないじゃない!」

『あー、そりゃ相棒が今、戦ってるからだ。…自分の中の花とな。』

「トゥ…。」

 ルイズは、トゥを見た。

 トゥは、静かに眠っているように見えた。




精霊の力を吸うというのは、捏造です。実際できるかどうかは不明です。
花の力を使って世界の法則を変える(※原作において契約という概念が発生)ことが可能なので、もしかしたら…できるんじゃないかと。

物語もいよいよ終わりに近づいています。心臓バクバクしながら書いてます。

このネタ中で、デルフが火石(精霊)の力をまとった花と言っているのは、後の伏線です(になればいいな)。


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第百九話  トゥ、聖地へ

連続投稿。

ついに聖地へ。

序盤は、ルイズとの会話。キスシーンあり。


 

 トゥは、暗闇の中で、周りに浮かんでいる薄紅色の花を見ていた。

「……また…。」

 この花は、いずれ…いやもうすぐ世界を滅ぼすだろう。そこまで成長させてしまった。

 花が揺れ動く。

 やがて花の向こう側に誰かがいるのを見つけた。

「ゼロ…姉さん…。」

 ゼロ。自分の姉…、いや大本。自分は彼女のコピーでしかない。

『まだなのか、ブリミル…。』

「ごめんね、姉さん…。待たせ過ぎちゃったね…。」

 ゼロの呟きに、トゥは謝った。

 すると声が聞こえた気がした。

 遠い。けれど、ずっと聞いてきた声。大切な…。

「…姉さん。私、戻るね。」

 トゥは、手を振ってから背中を向け、暗闇の中を駆け出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……ん…?」

 トゥは、目を覚ました。

 見慣れた天井。起き上がろうとしたとき、腕に重みを感じた。

「ルイズ?」

「ん…にゅ…。」

 トゥが声をかけると、寝ていたルイズはグズッた。

「ルイズ。ルイズ。」

「ん…? あ…、トゥ!!」

「わっ!」

 目を覚ましたルイズは、ハッとして飛び起きてトゥに抱きついてきた。

「馬鹿! もう目を覚まさないかと思ったじゃないの!」

「…ごめんね。」

 ぎゅーっと抱きついてくるルイズの頭をトゥは撫でた。

「でも、私、どうしてオストラント号に乗ってるの?」

 そうここはオストラント号の一室だった。

「あんたが目を覚まさないからこのフネに運んだのよ。二日も目を覚まさないから…。」

「そんなに寝てた?」

「そうよ。」

「…ねえ、あれからどうなったの? エウメネスは無事?」

「ええ…。街を吹き飛ばそうとした連中も、あの街の自警団に捕まったわ。評議会で罰せられるそうよ。」

「そっか…、よかった…。」

「もう馬鹿なんだから…。あんな無茶して…。」

「うん…。ごめんね。でも失敗しちゃった。」

「いいのよ。」

 私は責めないからと、ルイズは、再び抱きついてきた。

「…もしかして……。」

「言わないで。トゥ。」

「私のこと、どうするか決めかねてるんでしょ?」

 トゥは、ずばり言った。

 ティファニアから事情を聞いた他の仲間達やルクシャナ達から話を聞いたヴィットーリオ達が、花が間もなく咲ききろうしているトゥの処分について決めかねている状態なのだ。

 ここでトゥを失えば、世界は救われるだろう。だが虚無は揃わない。だが生かしていれば世界は滅びてしまう。

 結構な時間を共に過ごしてきた仲間達は、トゥを殺すことに躊躇していた。あんなちっぽけな花がという信じられないという気持ちと、竜を使えばトゥを殺せることが分かっていても…。

 シルフィードか、ジュリオのアズーロに食べさせたとしても、今度は最強の竜と化したどちらかが牙を剥く可能性がある。最強の竜がハルケギニアの救済に協力してくれるとは限らないのだ。そしてジュリオが持つヴィンダールヴでも制御できないときたものだ。

 ヴィットーリオのことだ、おそらく聖地を回復することを優先するだろう。そうすれば、ひとまずハルケギニアは救われる。

「……なんだ、言わなくても分かってんじゃん。」

「だいたいそうなんだね?」

「うん。そうよ。だいたい合ってるわ。

「そっかぁ…。」

 それから二人は黙り込んでしまった。

 二人は、しばらく並んでベットの上に座っていたが、やがてどちらともなくお互いの顔を見た。

 そして顔を近づけ、唇を重ねた。

「…ん。…もっと。」

「甘えん坊だね。」

「なによ…、だってどれだけ離れたと思ってんのよ?」

「そうだね。」

 トゥは、クスッと笑った。ルイズは、プウッと頬を膨らませてそっぷを向いた。

「ねえ、トゥ。」

「なぁに?」

「その…使い魔の印だけど…。」

「あ…。」

 ルイズの手が、トゥの左胸の上にあるリーヴスラシルのルーンに触れた。

「…エルフの首都でね、精神力が切れたの。だけど、急に力が湧き上がってきて…、あなたが傍にいるような気がして力が出た。もしかして、コレのせい?」

「デルフが言うにはわね。神の心臓…リーヴスラシルっていうんだって。元々は使い魔の命を削るらしいんだけど、私の場合、…というかウタウタイの場合は、花の魔力を代わりに供給するから命は削らないって。」

「なにそれ! 危険すぎるじゃない!」

 あのとき、自分は、危うくトゥの命を奪って魔法を使っていたのだと知ってルイズは青ざめた。

「でもね、ルイズ…。これってもしかしたら、それ以上に危ないかも知れないんだよ。」

「どうして?」

「花の力が…、ルイズに流れちゃう。」

「…あ……。」

 花の力がやばいことは前々から聞いていた。

 それが自分の中に直接流れてくるということは…、その影響を自分も受ける可能性があるということだ。

「デルフは、たぶんだいじょうぶって言ってたけど…。」

「なにその曖昧な答え。」

「だって、そう言ってたんだもん。」

「ちょっとぉ、どうなのよ?」

 ルイズは、部屋の隅に立て掛けられているデルフリンガーのところへ行って、デルフリンガーを持ってきて抜いて聞いた。

『……あー…、俺も確証は持ててねーんだよ。』

「…その場合、私、どうなるの?」

『さあな…。もしかしたら、化け物になっちまうかもしれねぇな。』

「ブリミルさんは…、怪物にならずにすんだんだよね?」

『ああ…。けど……。』

「? どうしたの?」

『いや、…思い出せねぇ。』

「なによそれ。」

「デルフには、サーシャさんの…先代のガンダールヴの補正がかかってて思い出そうとしても思い出せないところがあるの。」

「どういうことよ。」

「サーシャさんが思い出したくないことを思い出せない…、そんな感じ。」

「…なにそれ。肝心なことしゃべれないんじゃ邪魔なだけじゃない。」

 その時、ふと、ルイズは思い立った。

「ねえ、…トゥ。さっきウタウタイの場合はって言ってたわね?」

「うん。」

「それって先代のリーヴスラシルも、あんたと同じウタウタイだったってこと?」

「…姉さん。ゼロ姉さんがそうだったみたい。」

「それって…。」

「でもね、姉さんであって、姉さんじゃないの。」

「はあ? どういうことよ?」

 それからトゥは、海母との会話で出されたゼロがトゥの知っているゼロではなく、別世界のゼロであるという、実に複雑怪奇な関係であることを語った。

「同じような…、別世界ねぇ…。ややこしいわね。」

「うん。そうだね。」

 二人は同時にため息を吐いた。

「でも、その海母ってのの、話が本当なら、聖地には魔法装置なんてなくって、ゼロってのがいるってことよね? 解放されちゃったら…、世界が滅ぶって事なんでしょ? じゃあ、教皇聖下に言わないと!」

「でも私の話には確証がないから…。」

「あのね! 今私達は、聖地に向かってるのよ!」

「えっ?」

 それを聞いた途端、トゥの顔から血の気が引いた。

 フラッと倒れそうになったのをルイズが慌てて支えた。

「どうしよう…、し、シルフィードちゃん!」

「待って、トゥ! 早まらないで!」

「でも、でも!」

「さっきの話が本当なら、最強の竜を生んじゃっても制御できないんでしょ!? そうなったらどうすんのよ!」

「それは…。」

「それに、私言ったわよね! 世界が滅んでも、あんたと一緒がイイって!」

 ルイズは、トゥに抱きついた。

「……それで、いいの?」

「いいわよ!」

「……ルイズの、馬鹿…。」

「あんたに馬鹿って言われたかないわよ。馬鹿…。」

 ポロポロと涙をこぼすトゥ。ルイズは、顔をトゥの胸元に埋めたままジッとしていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがて、トゥは、部屋の外に人の気配があるのを感じた。

「誰?」

 すると外にいる人間達が慌てだした気配があった。

「入ってイイよ。」

「誰よ?」

 やがて扉が開き、控え気味に、ギーシュ達が入ってきた。

 彼らが一様に浮かない顔をしていた。

「その…、なんて言ったら良いのか…。」

「いいよ、別に。」

「ともかく、その…無事に再会できて心から嬉しい。」

「うん…。」

「でだ…。君の花のことは聞いたよ。」

「うん…。」

「僕らも正直、死にたくはないんだ。」

「当たり前だよ。進んで死にたがる人なんていないと思う。よっぽどの理由が無い限り。」

「部屋の前で君達の話を聞いてたよ。」

「何よ! 立ち聞きしてたわけ!?」

「そんなつもりはなかったんだ。本当だぞ?」

「そうだそうだ。」

「で? あんた達は、トゥをどうしたいわけ?」

 すると、ギーシュ達は黙った。

「……黙ってちゃ分からないわ。」

「正直言うと…、どうしたらいいのか分からないんだ。」

「僕らも色々と話し合ったよ。コルベール先生は、竜に食べさせて殺すべきだろうって言ってけど…。」

「先生…。」

「でも、その後どうするんだってことになったんだ。最強の竜が僕らに協力する確率ってどれくらいだ? シルフィードや、アズーロだって人格が変わって僕らに牙を向けてくる可能性が高いんだろ?」

「それは…。」

「だったら、まずは、ハルケギニアを救済してから考えようってことになったんだ。それまでもつだろう?」

「………分からない。」

「トゥ君。そこまで君は……。」

 青ざめるギーシュ達に向けて、トゥは頷いた。

 そして、また静寂がおとずれた。

 静寂を破ったのは他ならぬトゥだった。

「海母も…、私を殺してもそれで物事が解決するとは限らないって言ってた。」

「……つまり?」

「私、それまで頑張る。頑張ってみる。」

「それって、トゥ……。ゼロと戦うってこと?」

 ルイズが聞くと、トゥは頷いた。

「勝てる見込みはあるの?」

「分からない…。ゼロ姉さんは、ウタウタイの姉妹で一番強かったから…。」

「おいおいおいおい、本当に大丈夫なのかね?」

「勝つ。」

 トゥは、はっきりと言った。

「必ず、勝つから!」

 そう言って拳を握るトゥ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 そして、オストラント号は、他のフネと共に聖地…、竜の巣へたどり着いた。

 魔法装置を取りに行くという名目で、ヴィットーリオとジュリオ、ガリア女王ジョゼット、アンリエッタ、虚無担い手であるルイズとティファニア、二人の使い魔であるトゥ、そしてエルフの側の代表として、評議会のトップであるテュリュークとビダーシャルが同行する。

「いやはや、シャイターンの門をおとずれるのは、数十年ぶりじゃのう。」

 テュリュークは、そう言いながら、全員が入れる泡の球体を生み出す。

 それはルクシャナがかけてくれた水中呼吸と違って、服を濡らすことなく海には入れる魔法だ。しかも、球体は淡く光っており、水中を照らしてくれるというおまけ付きだ。

「娘達の水着姿が見れないのは残念じゃがのう。」

「テュリューク殿、お控えくだされ。」

 ふぉふぉふぉと笑うテュリュークに、ビダーシャルが苦々しい顔でたしなめた。

 エルフの長老ではあるが、ビダーシャル達のように生真面目ばかりではないらしい。なんだかオスマンを彷彿とさせるところがあり、親しみがあった。

 フネを降りてからのトゥは、ずっと俯いていた。

「どう? 何か感じる?」

「……分からない。」

 そして一同は、テュリュークの魔法で聖地へと向かった。

 海の中は美しく、初めて見るルイズは興味津々だったが、隣にいるトゥの様子に気づくとそれどころじゃないと気を張った。

 そして一同は、海母が住む触手のような岩の中へ入っていき、空気のある場所に出た。

 すると、ズシンズシンと足音を地響きがした。

「な、なに?」

「来た…。」

 

「なんだね? 近頃は騒々しい。」

 

「海母さん。」

「おや、ウタウタイ。今度は、エルフと蛮人を大勢連れて、何をしに戻ってきたんだい?」

「見せて欲しい…場所があるの…。」

「……決心がついたのかい?」

「はい。」

 トゥは、背筋をただして、はっきりと返事をした。

「分かった…。ついておいで。」

 

 

 

 そして、武器の山がある場所に案内された。

「まるで、ロマリアの地下墓地のような場所のようですね。」

「おお! この場所こそ、まさに始祖の降臨された聖地に他なりません!」

 ヴィットーリオが恭しく、武器の山の前に跪いた。

「ヴィットーリオさん…、魔法装置は?」

「ああ…、そのことですが…。」

「やっぱり…嘘なんでしょ?」

「どういうことですか?」

 アンリエッタが二人を見比べて言った。

「ああ…、やはり嘘をついていたのですね?」

 アンリエッッタは、すぐに事情を察した。

 ただ一人、ティファニアだけは困惑していた。

「教皇聖下は、わたくし達を謀っていた。そういうことですわ。」

 アンリエッタが厳しいまなざしで、ヴィットーリオを睨んだ。

「あんた達に真実を伝えなかったことは、謝罪します。ですが、本当のことを伝えていれば、わたくし達は足並みを揃えることはなかったでしょう。」

「風石が暴走することを隠していたことを同じ事? それとも…。」

「君の言おうとしていることに確証が持てたらね。」

 ジュリオがトゥを制した。

「そうです。そして、これより、我々が聖地を求めた、真の目的をお見せします。」

 ヴィットーリオは、積み上がった武器の向こう側をジッと見据えた。

「本来、この呪文は、大きな精神力を必要とします。しかし、始祖ブリミルの降臨されたこの土地には、まだ大きなゲートが残っている、それを開けばいいのです。」

 そしてヴィットーリオは、呪文を唱えだした。

 

 ワールドドア(世界扉)を。

 

 ヴィットーリオは、壁の一点を狙い、杖を振り下ろした。

 虚空に、きらきら光る豆粒のような、小さな点が産まれた。その点はだんだんと大きく広がっていく……。

 そして……、積み上げられていた武器を押しのけるようにして、大きな“扉”が現れた。

 その扉を見たトゥは、自分の左胸を押さえた。

「これこそ、始祖の悲願、マギ族が帰還すべき約束の地へと通じる扉なのです。」

 

 違う…。これは、…違う!!

 

 トゥは、そう叫びかけたが、うまく声が出せなかった。

 そんなトゥの背中を、ルイズが摩った。

 




ついに、扉を出してしました。
イメージは、ウタヒメファイヴのメリクリウスの扉のようなものです。
三つの扉があり、ひとつは腐食している。ひとつは魔法で壊せる。三つ目は……。
三つ目は、ウタヒメファイヴのメリクリウスの扉とは異なることにします。

次回は完全なるオリジナル展開。


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第百十話  トゥと、もう一つの花

オリジナル展開です。

扉のイメージは、ウタヒメファイヴのメリクリウスの扉ですが、仕掛けやその他の建造物などはオリジナルです。



 現れた扉を前に、ヴィットーリオ、そしてジョゼットと、ルイズとティファニアが立った。

「……ふむ。ジュリオ頼みますよ。」

「はい。」

 ジュリオが前に出て、扉に触れた。

「どうです? ミュズニトニルンとなったあなたなら、これの開け方も分かるでしょう?」

「はい。まず扉は、三つあります。」

「三つ…。」

「ですが、そのうちの一つ目、つまり今見えている部分は腐食が進んでいて、壊れています。魔法をぶつければ簡単に壊れるでしょう。」

「なるほど。では、ミス・ヴァリエール。お願いできますか?」

「……トゥ…。」

「ルイズ。私は、大丈夫。だから…。」

「……分かったわ。」

 ルイズが杖を取り出し、エクスプロージョンを唱えた。

 爆発が起こり、腐食していた扉のひとつが簡単に崩れ落ちた。

 すると、その奥にまた扉があった。

 ジュリオが奥へと進み、二つ目の扉に触れた。

「これは…、ウェストウッド嬢の虚無で破壊できるでしょう。」

「わ、私がですか?」

「それなら私の魔法で…。」

「それはダメだ。この扉は、“攻撃”に対して強固だ。ウェストウッド嬢の虚無の方が適任だよ。」

「あなただけを消耗させるわけにはいきません。これから我々はさらなる大役を担わなければならないのですから。」

 そう言うヴィットーリオを、うさんくさそうにルイズは、睨んだ。

 そしてティファニアが、ディスインテグレートを唱え、扉を分解した。

 そして、その奥に、さらに扉があった。

「あれが、最後ですね。」

 そしてジュリオが奥へ進み、最後の扉に触れた。そして顔をしかめた。

「これは…。」

「どうしたのです?」

「これは、虚無の四の四を揃えることが鍵みたいだ。」

「四の四は、今ココに揃っていますよ?」

「聖地を本来の姿に戻す必要があります。そこに鍵があって、そこに四の四を乗せると…。」

 ヴィットーリオは、それを聞いて少し考えた。

「分かりました。では、いったん戻りましょう。

「この扉…、向こうに何があるのです?」

「先ほども申しましたとおり、我らブリミルを始祖とするマギ族が帰るべき場所があるのです。」

「つまり、別の土地が?」

 ルイズが聞くと、ヴィットーリオは頷いた。

 この、嘘つきめっと、ルイズの顔が歪む。

 ヴィットーリオに今にも掴みかかりそうなルイズの肩に、トゥが手を置いた。

「トゥ…。」

「見せなきゃダメだよ。じゃないと、信じない。」

「でも…!」

「私が…、やるから。」

 トゥは、微笑んだ。

 ルイズは、唇を噛んだ。

 そして、一行は、いったんフネに戻った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それからは、ヴィットーリオがジュリオと協力して、聖地を本来の姿に戻すための作業が始まった。

 ルイズ達は、それまで待機となった。

 ルイズは、オストラント号の甲板で、ウロウロしていた。

「ルイズ。落ち着こう。」

「落ち着いてられないわよ!」

 落ち着き払っているトゥに、ルイズが叫んだ。

「なんであんたは、そんな落ち着いてんのよ!」

「だって、今更騒いだって仕方ないよ?」

「あんたねぇ…。世界が滅ぶ瀬戸際だってのに…。」

「私がやるからだいじょうぶ。」

「ゼロを倒すのはあんたよ。でもその後は?」

「……。」

 トゥは、ルイズが持ってきてくれたゼロの剣を取り出した。

「……しないわよ。」

「そうしないと、今度は私が世界を滅ぼしちゃうよ?」

「…私は…。」

 ルイズは、血が出そうなほど拳を握りしめた。

 その時。

「トゥさーーん!」

「きゃっ、シエスタ?」

「もう、もう! ミス・ヴァリエールってば、酷いです! トゥさんが目を覚ましたなら私に教えてくださいよぉ!」

「こらー! トゥから離れなさい!」

「イヤです。」

「離れなさい!」

「イヤです。」

「く~~~!」

「…うふふ。」

「トゥ?」

「トゥさん?」

「ふふふ、あはははは。やっぱり楽しい。」

「なによ。急に。」

「……私がこの世界で生きている理由…、ココにあるんだ。」

「トゥ…。」

「トゥさん…。」

「私は、戦える。ルイズのため、シエスタのため、みんなのために!」

 トゥは、笑顔を浮かべた。しかしその笑顔はこれ以上無いほど輝いていた。

 二人が、呆然としていると、凄まじい音が聞こえてきた。地鳴りのような、ゴゴゴゴゴゴという感じの音だ。

「何!?」

 慌てて船首の方へ行くと…。

 

「海が…割れてる…。」

 

 海が割れて、そこに巨大な上部が平らで低い丸い円筒と、下は正方形の建造物現れた。

 上の円筒形のような部分は、まるで蓋のように見えて、脈動するように、薄紅色の光が黒茶色のブロックの間に通っていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「どうやら、アレは、あの扉の向こう側…、つまり扉は横からあの建造物に入るための部分なのでしょう。」

 ヴィットーリオが他の虚無の担い手達とアンリエッタやテュリューク達などの面々を呼んで説明した。

 ジュリオがアズーロに乗って確認したところ、蓋みたいところの横…、ここから見ると正面の正方形の上ところに虚無の担い手達が集うべき場所があるということだ。

 どうやらそれが鍵らしい。

「蛮人の教祖よ。」

「なんでしょうか?」

「アレは…、まるで何かが閉じ込めている蓋のようにも見えるが?」

 ビダーシャルがヴィットーリオにずばり聞いた。

 さすがの彼も汗をかいている。とてつもなく嫌な予感がしているのだろう。

「わたくしもそう思いますわ。」

 アンリエッタも同意した。

「本当に…、あの怪し過ぎる建造物のようなモノにハルケギニア全土の人間を救うものがあるのですか?」

「エルフが作ったものではないでしょう?」

「あんな悪趣味なモノを、我らは作らんよ。それに、あれほどの技術は、六千年前にはなかった。」

 テュリュークは、おかしそうに首を傾げた。

 確かにそうなのだ。いくらエルフの技術力が高くても、これだけの建造物を六千年前に作ったとは考えにくいし、かと言って、ブリミル達の技術で作ったとも考えにくい。

「どう思う? トゥ。」

「…うーん。」

 トゥは腕組みして悩んだ。

「ここでこの建造物の技術様式について語っていても、我々は救われません。まずは、行動すべきです。」

 ヴィットーリオが、鍵のところに行こうと提案した。

 移動するには、ジュリオが率いる竜の力を借りた。

 竜にトゥが乗ろうとしたら、竜が涎を垂らして暴れたので、トゥは、自力でブロックをよじ登ることにした。

「もう! ちゃんと躾けなさいよ!」

「それは、すまない。だが仕方がないだろう?」

 竜にとって、花は至高の食べ物なのだから……。

 それを言われ、ルイズは唇を噛んだ。

 

 

 そして、虚無の担い手と使い魔が、この謎の建造物に上った。ペガサスに乗った聖堂騎士達やレビテーションを使ってメイジ達の騎士達も護衛として登った。

 確かに、四つ…、色の違うブロックが隣り合って少しだけ浮き出ている場所がある。そこだけ淡い光を発していた。

「ジュリオ。これはどうしたらいいのです?」

「誰がどこに乗っても構いません。四人が乗って、虚無の魔法を、何でもイイから唱えるのです。」

「なんでもいい…とは?」

「例えば、聖下のワールドドアでも、リコードでも構いませんし、ミス・ヴァリエールのエクスプロージョンでもいい。そうすれば、この建造物の仕掛けが四つの虚無の属性を検知して動き出す。」

「思ってたより単純なのね…。」

 ティファニアがポツリッと呟いた。

 こんな大がかりな建造物にしては、鍵の仕掛けそのものは単純だった。ただ、四の四を揃えなければならないという難易度が高い条件をクリアする必要があったが…。

 そして、ジュリオの説明に従って、四人の虚無の担い手達が淡く光っているブロックの上に乗った。

「では、聖女殿に、その大役を。」

「私ですか?」

 指名されたルイズは、ヴィットーリオを睨む。

「ご心配なく。あくまでルーンを少し唱えるだけでいいのです。魔法を発動させる過程での体からほとばしる魔力を装置に検知させれば良いだけなので、精神力は使いません。」

「…そう。」

 ジョゼットの隣に控えているジュリオがそう説明し、ルイズは、フンッと鼻で笑いながら杖を握った。

 そしてルイズは、自分の隣にいるトゥを見た。

 本当に…いいのかと目で伝える。

 トゥは、静かに頷いた。

 もう……、後戻りはできない。

 トゥの時間も残りわずか。そしてハルケギニア全土の風石の暴走もいつ起こるか分からない。

 ルイズは、蓋の方を見た。

 どう見ても…、何かを閉じ込めているようにしか見えない。そして、蓋から下へと、流れていく薄紅色の光はなんだ? まるで、これは…。

「…生き、てる?」

「ミス・ヴァリエール?」

「……始めます。」

 ルイズは、エクスプロージョンの詠唱をした。

 すると、詠唱の途中で、キィイイインっという感じの音がして、足元のブロックの光が強くなった。

「きゃっ! ジュリオ!」

「落ち着いて。君の中の虚無を解析しているだけだ。」

 怯えてブロックの上から逃げようとするジョゼットをジュリオが落ち着かせた。

「トゥ…トゥさん!」

「だいじょうぶだよ、ティファちゃん。」

「怖い…、怖いの! 何かが起こる気がして!」

「落ち着くのよ!」

「怖い、怖い!」

 ティファニアは、怯えきって頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 

 ガコンッ

 

 っという、音がした。

 すると、ブロックの光が消えた。あと、ブロックの間に走っていた薄紅色の光も消えた。

「今の音は…? 扉が開いたのでしょうか?」

「……いいえ。」

「ジュリオ?」

 ジュリオは、首を振った。ヴィットーリオは、それを見て訝しんだ。

 そして、前方にある巨大な蓋のような部分が少しずつ浮き始めた。

 だが、次の瞬間。

 

 バアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

 

 っと、巨大な蓋が遙か彼方へ吹き飛んだ。

 ルイズ達が、それを目の当たりにして、ポカーンとしていると、異変はすぐに起こった。

 凄まじ勢いで、黒いドロのようなモノが蓋の中から吹き出た。

 上空へ向けて伸び続けたドロは、やがて枝分かれしていき、その先端が手のようになっていった。

 

「なに…、アレ?」

「花だ…。」

「えっ…?」

「きゃああああ!」

 蓋が外れた箇所からドロドロと、黒いドロがこちらに向かって流れてきてジョゼットとティファニアが悲鳴を上げた。

「に……逃げるのよ!」

 何が起こったのか分からず唖然としてルイズだったが、なんとか正気を保って叫んだ。

 すると、今度は足元や周りのブロックが倒壊を始めた。

 ジュリオがすぐに口笛を吹いて竜を呼び、トゥは、ルイズとティファニアを抱えて竜の背に飛んだ。それに続くようにトリスティン、ガリア、ゲルマニアのメイジの騎士達や聖堂騎士達が一斉に我先にと逃げ出す。

 ジュリオは、ジョゼットを抱えてアズーロの背に乗り、今起きていることがいまだ理解できずこの光景に目を奪われているヴィットーリオをアズーロにくわえさせて飛び立った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 フネに戻った時、すぐにアンリエッタ達が駆け寄ってきた。

「これは、一体どういうことですか!?」

 話が全く違うと、放心しているヴィットーリオに詰め寄った。

「なんだ…、この精霊の力は…、これほどの巨大な精霊の力は…。」

「これは、風石?」

 ドロに呼応するように、風が吹き荒れ、海が荒れ出していた。

 あちこちで竜巻が起こり、遙か遠い土地では地響きが轟いていた。

 ガラガラとブロックで構築されていた建造物が海に崩れ落ち、残ったのは、割れた海の底の大地に根を張った、黒いドロだけが残った。

「な…、ば、馬鹿な!? アレは、大地に眠る風石に沿って、根を張っているのか!?」

 高い実力を誇る行使手あるビダーシャルがすぐに、気づいた。

 このドロのような物体は、風石に沿って根を張っていると。

 やがて、ドロが形を変えていく。

 上空に伸びていた部分が下へと降りてきて、球体のように固まっていき、根を張ったままゴボゴボと蠢き出す。

 そして、フワリッと花弁が開き始めた。

 

「……花?」

 

 誰かが呟いた。

 そして次の瞬間、カッと天使文字と魔方陣が花から発生してそこから光が放たれ、海を切り裂き、聖地回復連合軍の船団の半分近くを消し去った。

 ただ焼き尽くすのではない、分解するのではない。完全なる消滅だ。

 オストラント号や、ルイズ達がいるロマリアのフネは、ギリギリで難を逃れたが、すぐ眼前でそれを目の当たりにして、トゥ以外の全員が固まった。アンリエッタなどは、あまりのことにヘナヘナと腰を抜かし、テュリュークとビダーシャルは、呆然としていた。

 さらに、ベキベキベキベキと、割れた海の底の地面が割れだし、さらに竜の巣の島も砕けて浮き上がりだして、花の周りに飛び回り出す。海水も竜巻によって巻き上げられ、あちこちで天空に向けて渦を巻きだしていた。

 その圧倒的な光景に、フネの上にいた軍隊は大混乱。ジョゼットは、ジュリオに縋りつき、ティファニアは、ガタガタ震えて腰を抜かしていた。

「教皇聖下! これがあなたの言う、救済なのですか!!」

 ルイズが叫んだ。

「この地に…、救いがあると説いておきながら、まさか滅びこそが救いだなんて言うんじゃないでしょうね? なにを放心しているのです!!」

 ルイズは、荒れる海の上で大きく船体が揺れながら待避していくフネの上で、倒れそうになりながらいまだ放心しているヴィットーリオに詰め寄ってビンタした。

 そして、胸ぐらを掴み上げた。

「答えなさいよ!!!!」

「違う……、こんな…はず…では……。」

 ヴィットーリオは、俯きブツブツと呟いた。そんなヴィットーリオを、ジュリオは冷めた目で見ていた。

 

 やがて、すべての花弁が開ききった。

 

 その中心に、誰かがいるのを見た。

 

「ゼロ姉さん!!!!」

 

 トゥが叫び、大剣とデルフリンガーを抜いた。その腰には、ゼロの剣もあった。

 

 その時、はるか空の彼方から、雲を切り裂くように、飛んでくる、白い一匹竜の姿に、誰も気づかなかった。

 




これ、そのうち書き直すかも…。

ルイズに、ヴィットーリオに向けて、最後の方のセリフを言わせてみたかったんです。
果たして、ヴィットーリオが狼狽えるかどうかは、不明ですが…、始祖の円鏡から得た情報から聖地に別世界があると思って行動したモノの、結果、そこにあったのは、滅びしかなかったら?っとなった時、たぶん放心するじゃないかな?


ゼロ登場。
そして最後の方、あのドラゴンがやってきました。


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第百十一話  トゥとゼロとミハイルと…

まず、ゼロファンの人、申し訳ありません。
あまりいい扱いじゃないです。


ミハイル登場。

原作D分岐後のミハイルです。

そして、あるキャラがとんでもない形で出てきます。


 

 ついにゼロの花がその全貌を露わにした。

 長い時を経て地中の風石を取り込んだ花は、自らの力と風石の力を用いて世界を破壊し始める。

 

 やがて、空に、凄まじい数の竜が…、この世界中の竜が集まってきた。

 

「あれは…、まさか、花を?」

 花にとって、竜は天敵だ。だが海母が言っていたように、咲ききった花を相手にしては、この世界の竜が束になっても適わないと…。

 飛龍達が次々にブレスを吐き、花に当てていく。水竜達も、持ち前の水鉄砲で根っこの方を狙う。

 しかし、花は微動だにしない。表面が傷つきもしない。

 やがて花の周りに天使文字がグルリと花を囲むように出現し、それがすごいスピードで広がると、空を飛んでいた飛龍達が消し去った。

 海底の地面に根を張る部分から触手のように手が伸びてきて、海竜達をなぎ払い、海竜達は潰され、フネの上にその血と死体が飛んできた。

「ひっ!」

「ダメだ…。もうダメだ~~~!!」

「誰か誰か、助けてくれーーー!」

 圧倒的な数の竜でも太刀打ちできない化け物(花)に、フネの上の軍人達や聖堂騎士達は恐慌状態に陥ってしまった。

 そして、竜達の姿がなくなった。

「ああ…、なんとうことでしょう…。」

 アンリエッタが、口を手で覆いながら嘆いた。

「どうするの、トゥ?」

「……なんとか、ゼロ姉さんを抑えないと…。そうすれば、せめて花の力を半分くらいは抑えらるはず。」

「君アズーロにを食べさせるという案は?」

 ジュリオがアズーロの手綱を手にして言った。

「最強の竜さえいれば、あの花を倒せる。君の中の花も駆逐できて一石二鳥だ。」

「そんなことさせない!」

「言ってる場合かい?」

 ルイズは、ハッとして周りを見回した。

 コルベールをはじめとした水精霊騎士隊の仲間達や、キュルケやタバサ、そしてシルフィード、ルクシャナとアリィーも見ている。

「……それ…でもよ…。」

 ルイズは、俯き、血が出るほど拳を握りしめた。

「私は、世界が滅ぼうとトゥと一緒がイイ!」

「ルイズ…。」

「私があんたを大人しく竜に食べさせると思ってんの!?」

「……私…。」

「トゥ…? っ!」

 ルイズは、見た。トゥの花のある右目の目元から血が垂れている。

「…私…もう…。」

「…イヤ…、こんな別れ方なんて…!」

「ごめんね。」

 トゥは、縋ってくるルイズを、トンッと突き放した。

 そして、アズーロの方を見た。

「お願い。」

「アズーロ。」

 そしてアズーロが前に出て、グワッと口を開けた。

 ティファニアに支えられたルイズがティファニアと共に目を固くつむる。他の面々も目をつむった。

 

 

 その時、白い翼が、フネの上を飛びすぎた。

 

 

「えっ…?」

 今まさにトゥを食べようとしたアズーロが止まり、空を見上げた。皆もつられて空を見上げる。

 そこにいたのは、大きな竜。白い竜。今まで見たこともない、立派な姿の竜。

 

「ミカエル…、違う…、ミハイル!」

 

 トゥが叫んだ。

 

 フネの上を横切り、空へと再び舞い上がった白い竜・ミハイルは、凄まじいブレスを花に向けて放った。

 着弾すると、花弁の一部が削れて溶けた。

「花が!」

「なんだあの竜は!?」

「最強の竜だよ!」

「えっ!?」

「ミハイル…、ゼロ姉さんの竜だ!」

 

 

「……どうして、ここにいるの?」

 

 

 空を旋回してフネの方に戻ってきたミハイルが宙を飛びながら聞いてきた。

 その声は、とても可愛らしい、子供の声だった。

 その声と見た目のギャップに、トゥ以外はみんな驚いた。

「事情を説明してる暇はないの。私のお願いを聞いてくれる?」

「どうして?」

「私を…、ゼロ姉さんところへ連れてって!」

 トゥの頼みを聞いて、ミハイルは驚いて目を見開いた。

「…花を駆逐するのは、僕だ…。」

「花の力を抑えたいの。その方が戦いやすいわ。ここにいる花は、精霊の力を吸い込んでて、たぶん他の世界よりも強いよ。」

「……。」

 トゥからの提案を聞いて、ミハイルは考えた。

 その時、僅かに花弁を溶かされた花が、宙を舞う大地の塊をミハイルに向けて飛ばしてきた。

 ミハイルは、ホバリングしたまま、バッと横にそれてそれを避けた。海に落ちた大地の塊によって波が大きく立ち、フネが思いっきり跳ねた。

「……分かった。」

「ありがとう。」

 トゥは、ミハイルの背中に飛び乗った。

「トゥ!」

「行ってくるね、ルイズ!」

 トゥは、笑顔で手を振り、ミハイルと共に花へと突撃した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「僕はね…。ゼロと花を焼いてから、ずっと考えたんだ…。」

 花に向かって飛びながら、ミハイルは語った。

 ミハイルは、かつていた世界でゼロの花を駆逐した後、花の影響で空いた時空の穴を通って、他の世界の花を駆逐する道を選んだのだ。

 それが、花によって運命を大きく狂わされ、絶望に満ちた戦いに身を投じて、そして最後に自分が手にかけたゼロへの手向けだと信じて。

「でも、君がいるなんて、初めてだ。」

「私も、あなたが来るなんて思わなかった。」

「僕は、すべての花を滅ぼす。あのゼロと花を倒したら…、君も…。」

「ありがとう。お願いするね。」

 その時、花が天使文字と魔方陣をミハイルとトゥに向けて発生させた。

 マシンガンのように凄まじい数の小さな光の玉が放たれた。

 トゥは、両手を前にかざし、ウタった。そしてミハイルの前に天使文字と魔方陣の壁を作った。

 マシンガンのような光の玉を弾いていく。

 ひときわ強くトゥがウタった時、強い光がはじけ飛び、両者の魔方陣が砕けるように散って消えた。

「はあ…、はあ…。」

 トゥは、ミハイルの背中の上で荒い呼吸をした。

「きつい?」

「だいじょうぶ…。まだ、もつ…。」

「君がゼロを止めて。僕が花を。」

「分かってる。」

 やがてミハイルが花に向かって突撃した。

 突撃する直後急上昇し、トゥが背中から花に向かって斜めに飛び降りた。

「ゼロねえさああああああああああああああああああん!!」

 空中で大剣を抜き、花の中心に立つゼロに切っ先を向けた。

 ゼロが動く。右手からドロッと黒い粘液を出し、それが剣の形になった。

 そして、ガキンッと二人の剣がぶつかり、ゼロとトゥは、花の上から落ちて浮かび上がっている大きな大地の塊の上に激突した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 トゥがゼロと共に、浮いている大地の塊に激突したのは、フネの上からでも見えた。

「トゥ…。」

「くそ…! 僕らじゃ何もできないのか!」

「無理だよ…。こんな戦い、スケールが違いすぎる。」

「きゃあああああ!」

「どうした!?」

「えっ…?」

 ティファニアが上げた悲鳴に、そちらを見ると、何かが海から這い出てきて、フネの上に乗ろうとしていた。

 黒に近い灰色のヌメヌメとした大きな手が、フネの横の手すりを掴んでいた。

 顔のない、顔。全身が手と同じでヌメヌメしていてテカっており、手足があって、大きさは三メートル弱だろうか、その巨体をズルズルとフネの上に上げた。

 そして、口がないというのに不気味な咆吼をあげた。

「うわぁ…。」

 マルコルヌがたまらず嫌そうに声を漏らした。

「なによこいつ?」

 

『………すまない…。』

 

「えっ?」

 

『すまない……。ゼロ…。』

 

「こ、この声は…。」

「教皇聖下?」

「始祖…ブリミル……。」

 とんでもない言葉がヴィットーリオの口から飛び出した。

 その時、黒いホムンクルス、ブリミル(?)がルーンを詠唱し始めた。

「! エクスプロージョン!?」

 ルイズがそのルーンの最初の節を聞いて気づいた。この怪物は、虚無の魔法を使うと。

 詠唱が完成する直後、ルイズが素早く唱えたディスペルによってエクスプロージョンは無効化された。

「風よ!」

 ビダーシャルが先住魔法を使おうとした。だが一帯の精霊を花に掌握されており、無駄に終わった。こうなってしまっては、強大な力を持つどんなエルフも無力に等しい。

 ブリミル(?)が腕を振り上げて振り下ろした。ルイズ達は散開してそれを避けた。

「みんな! こいつを倒そう!」

「けど、相手は、始祖なんだろ!?」

「こんなものが始祖ブリミルであるはずがない!」

「いいえ…、たぶん本物よ…。」

「ルイズ?」

「先代のリーヴスラシルから花の力を吸い込みすぎたから、こんな姿になったんだわ!」

 これが、花の力を頼った者の末路なのか…。もしかしたら自分もこうなっていたかと思い、ルイズは、汗をかいた。

 ブリミル(?)が再び詠唱を始めた。

 ルーンの節を聞いてティファニアが驚愕した。これは、自分が使えるディスインテグレーション。このままフネを分解する気なのだと気づいたのだ。

「詠唱を止めてください! このままじゃフネが!」

「! 全員攻撃開始だ!」

 ギーシュの一手により、水精霊騎士隊が一斉に攻撃を開始した。

 海が荒れ、海水が甲板に降ってくる中、その海水を利用してアンリエッタも攻撃の魔法を唱える。それを見て、恐慌状態だったトリスティンのメイジ達もなんとか冷静さを取り戻し、攻撃を開始した。

 そんな中、ヴィットーリオがヨロヨロと、揺れる船の上を歩いて行き、船首の方へと向かっていた。

 そして船首の先に来たとき、その身を海へと投げようとした。

「何をしているのですか?」

「…ジュリオ。放しなさい。」

 それを止めたのはジュリオだった。彼はがっちりとヴィットーリオの右腕を掴んでいた。

「私のせいで、世界は予想していた以上の最悪の結末を迎えてしまった…。死して詫びる以外にどうしろと?」

「だからといって、ここで死んでは、ただの逃げですよ?」

 ジュリオはにっこりと笑った。その笑みはどこか狂気をはらんでいる。

「ジュリオ?」

「やれやれ…、まさか“彼女”の言ったとおりになるとは思わなかったぜ…。ハハハハハハ!」

「ジュリオ? どうしたの?」

 ジョゼットが急に笑い出したジュリオに驚いた。

「実はさ…。俺…、昔……、すっっっっっっごい美人さんに、この世界の行く末を観察して欲しいって頼まれたことがあるんだ。」

「せかいのゆくすえ?」

 首を傾げるジョゼットに、ジュリオは、ヴィットーリオを掴んだまま額を抑えて笑った。

「そうさ! 『あなたは、いずれ世界の行く末に関わるので』って、当時はわけの分からないことを言われてさ! その時は断ったんだ。それが、数年後にロマリアの教皇の使い魔だぜ? あの扉を触ったときに思い出したよ。あのとき言われた言葉、こういうことだったんだなって。」

「どういうことですか、ジュリオ…?」

「別に? いいじゃないですか。もうどーでもいいじゃないか。」

 ジュリオは、ケラケラと笑った。

 

「確かに、もう必要はありません。」

 

「あれ? いたんだ。」

 酷く落ち着いた女性の声がしたので、そちらを見ると、黒髪に眼鏡、そして重たそうな荷物のケースを持った一人の美しい女性が船首の上に悠然と立っていた。

 女性は、黒い花を見て何か考え込むように顎に手を置いた。

「やれやれ…、こんなことなら、直接言うべきでしたかね?」

 この最悪の現状に似つかわしくない、どこか他人事のように、呟いたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…くぅ……。」

 トゥは、大剣を杖代わりにして立ち上がった。

 口に入った土と小石を吐き出し、目を見ると、ちょうどゼロも立ち上がったところだった。

 トゥは、ガッと穴から足を踏み出し、剣を構えた。

 するとゼロも黒い剣を構えた。

 そして、どちらともなく両者が突撃した。

 刃同士がぶつかり合う。

 青い髪の毛が、銀色の髪の毛が舞う。

 ガンガンガンガンっと凄まじい斬撃がぶつかり合い火花を散らす。

 トゥは、ギリッと歯を食いしばり、隙を突いてもう片手でデルフリンガーを抜いて斬撃を食らわせようとしたが、ゼロが一歩後ろに飛びそれを避けた。

 トゥが二刀流で来ると向こうが理解したのかは不明だが、ゼロが手にしていた剣が溶け、両手に黒いドロでできた格闘装具をまとった。

『相棒…。』

「言わなくていいよ。」

 トゥは、大剣とデルフリンガーを構えた。

 そして、ゼロが地を蹴り、突進してきた。

 ゼロの拳と、大剣の刃がぶつかった。

 続けざまに蹴りがくるが、それをデルフリンガーで受け止める。

 目にも溜まらぬ早さで繰り出される攻撃をトゥは、剣でさばいていった。

 右目が、左胸がズキズキ痛む。だがゼロの方は、まったく息一つきらしていない。そもそも呼吸をしているように見えない。もはや、目の前にいるゼロは……。

「待たせ過ぎちゃって…、ごめんね。」

『相棒! 哀れんでる場合じゃねぇ!』

 トゥが悲しんでいる間にも攻撃は続く。

 トゥが僅かにゼロを哀れんだ隙を突いて、ゼロの蹴りがトゥの足に決まった。

「っ!」

 あらぬ方向に曲がる足。だが瞬時にトゥは、ウタい、ゼロを弾き飛ばした。

 怪我はすぐに癒えるが痛みはある。

 弾いたがすぐに体制整えたゼロが、再び攻撃をすべく突進してきた。

 トゥが剣を構えたとき、中空に映像が出現した。

「なに?」

『よそ見するな!』

 トゥが気を取られた直後、ゼロの拳がトゥの腹を貫いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「なに? アレ?」

 ティファニアが呟いた。

 花と空の中間に突然現れた映像。

 そこには、山脈に築かれたエルフの都市をウタの力で一瞬にして消し去ったゼロの姿が映し出された。

『ゼロ! なんてことを!』

 そんなゼロに、一人の小柄な金髪の男が駆け寄ってきた。

『これで…、いいんだろ? これで大隆起ってのは、止まるんだろ?』

『でも…、このままじゃ、君の花が!』

『約束しろ…。ブリミル…。私を愛しているのなら…。』

『なんだい? 何でも言ってくれ、必ず果たすから!』

『いいか…、聞け…。』

 

 そして、場面が変わった。

 

 あの、金髪の男が扉を前にすがりついて嘆いている光景に変わった。

「始祖ブリミル…。」

「あれが?」

 一見すると、どこか冴えない感じのメイジの男が、かの始祖なのだろうか? ロマリアの教皇ヴィットーリオが言うのだから本当なのだろう。

 

『ゼロ…、愛してる。必ず…、必ず最強の竜を生み出してみせる! そして君との約束は果たすから、少し待っててくれ…。』

 扉に向かってそう語りかけ続けるブリミルの背後に、デルフリンガーを握った一人のエルフの女が近づく。

 そして、ブリミルのその背中に、デルフリンガーを突き立て、その胸を貫いた。

『サーシャ…?』

『よくも…よくも私の故郷を…。』

 サーシャと呼ばれたエルフが深い怨みがこもった声を漏らす。

『すまない…。ゼロ…、ゼロ…。必ず…。約束は…。』

 扉に手を伸ばすブリミルを、サーシャがさらにデルフリンガーで切りつけ何度も何度も突き刺した。

 やがて、息絶えたブリミルを見おろし、ハアハアと息を切らしたサーシャが、憎しみのこもった目で、扉を睨んだ。

『ヤクソク? そんなもの果たさせないわ…。虚無の担い手は揃わせない…。ゼロ…、あんたは…そこで永遠に苦しめばいいのよ!!』

 サーシャは、扉に向かって憎しみの言葉を放った。

 映像は、それを最後に消えていった。

 

 

 

「これは…。過去の…始祖の最後の映像?」

「あれは、始祖の円鏡にもなかった記録だ。」

「ゼロという、あの女性が…、かの土地を…、聖地を滅ぼした?」

「おそらく、それで精霊石も破壊されたんだろうな。」

「ご名答。」

 美しい眼鏡の女性がパチパチと手を叩いた。

「ゼロさんによって、六千年前のあの時点で大いなる意思と呼ばれていた巨大な精霊石を完全に砕きました。ですが…。」

「代わりに…、今度はゼロの花が残った。だろ?」

「その通り。」

「あんたって何者なの? ここまで知っててなんで教えてくれなかったわけ?」

「私は、観測者です。干渉できる範囲には制限がありますので。」

「かんそくしゃ、か…。」

 そう言う、眼鏡の女性に、ジュリオは、ケッと吐き捨てるように言った。

 

 

『ぎゃあああああああああああああああああ!!!!』

 

 

 その時、黒いホムンクルス・ブリミル(?)が断末魔の悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

『ぎゃああああああああああああああああああ!!!!』

 

 悲鳴が聞こえた。

 その悲鳴に反応したかのように、ゼロが一瞬止まった。

「!」

 それを見たトゥは、その隙を逃さず、大剣を捨てて、ゼロの剣を抜き放った。

 ゼロの右腕が切り離されて、トゥの腹に突っ込まれていた右手が抜けた。トゥの腹からは赤い鮮血があふれ、ゼロの腕の傷口からは、黒い花のドロと同じ色の液体が噴き出した。

「うわああああああああああああああ!!!!」

 トゥは、絶叫しながら、ゼロの腹と胸の間に、ゼロの剣を突き刺した。

 ガクンッとゼロの体が後ろに垂れる。

 キィィィンっと、頭上に天使文字と魔方陣が出現した。

 自爆する気だと気づいたトゥは、ゼロの剣を思いっきり捻った。

 ビクンッと大きくゼロの体が跳ねると、天使文字と魔方陣が消えた。

 そしてゼロの剣を引き抜く。

 ゼロの体が地面に倒れた。

 そして少し時間を置いて、ゼロの身体から、ブワッと黒と赤の煙のようなモノが吹き出し、ゼロの身体は塵となって消えた。

 ゼロの消失と共に、トゥが立っていた大地の塊が海へと落下した。




ここからは、A分岐エンドと、D分岐エンドに別れます。

ブリミルがホムンクルス化したのは、先代リーヴスラシルのゼロから花の力が流れたからです。ルイズ達と違って、長期にわたって吸い込んだので、結果変貌してしまったのです。あと、ゼロへの未練のためサーシャに殺されても、生き残ってしまったというのもあります。

ゼロは、すでに、六千年も花に蝕まれていたので、それより前のゼロより弱っています。ほとんど抜け殻です。

ゼロファンの人…、申し訳ありませんでした。


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A分岐エンド  契約

A分岐とサブタイトルに書いてますが、内容的には、原作のB分岐エンドに近いです。

トゥが契約の力で世界の崩壊を防ぎます。


 

「や、やった!」

 ブリミル(?)を倒した後、トゥがゼロを倒したのを遠目に見たルイズ達。

 しかし、その直後。

 ドオオオーンっと、白い巨体がフネの横に、海に斜めに落ちた。

 ミハイルだ。

 花は、ほぼ溶けて崩れていた。だが花の影響を受けた風石に根付いている部分が残っていた。

「ぜ、ゼロを倒したのに…?」

「ゼロは、花が寄生していた宿主でしかない…。つまり、ゼロを倒したとしても花は…。」

「白い竜は、最強の竜なのに、勝てないのかよ!?」

「おそらく精霊の力が上乗せされている分、あの花はより強力なのだろう。」

 

 その時、フネの上にトゥが這い上がった。

 

「トゥ!」

 ルイズが駆け寄る。

「姉さんは、倒した…。」

「うん、うん! 見てたわ! でも、花が…。」

 遙か遠くの陸地がめくれ上がるのが見えた。

 花の影響で、ハルケギニア全土の風石が動き出しているのだろう。

「もう…、おしまいだぁ…。」

 マルコルヌは、両膝をついて嘆いた。

 

「ま、まだ…だ!!」

 

 ブハッと、ミハイルが海から顔を出した。

 だがその身体は大きく傷ついていて、翼の傷が特に酷い。

 

「ミハイル…。あなたは、もう…、これ以上戦ったら死ぬよ?」

「僕が花を駆逐するんだ!」

「……。」

「トゥ?」

「まだ……、方法はある。」

 トゥが、花を見上げた。

 そして、ソッと目を閉じてから、目を開けた。

 

「我は…、命じる!」

 

 トゥの足元と周囲に、天使文字と魔方陣が現れた。

 

「ウタノチカラをもって、この世界の…、理と契りを結び!」

「トゥ! 何をする気なの!?」

「ここに、“契約”の誓いを立てん!」

 トゥは、手を花の方に向けた。

「東方の神…、西方の女神…。」

 ウタの力が魔方陣と天使文字と共に渦巻く。

「我が代償とするのは、我が身、我が生命(いのち)の焔! そして、この大地に与えられる、代償は……『×××』!

 そこから最後は誰にも聞き取れなかった。

 

 そして、トゥと、そしてルイズ達…、いや、世界が白い光に包まれた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして…、ルイズは目を覚ました。

「……トゥ?」

 霞む視界の中、身を起こしながらトゥを探した。

 フネの甲板の上に、トゥが立っていた。

「トゥ…?」

「……ルイズ。」

 トゥがルイズの方を見た。

 その姿が、少し透けて見えた。

「! トゥ!?」

 驚いたルイズが立ち上がり、トゥのもとへ走った。

 しかし…。

「! あっ…。」

 トゥに触れようとした手が、トゥの身体をすり抜けてしまった。

 キラキラと、トゥの身体から光の粒子のようなものが空気中に散り始めていた。

「なに? どういうこと…?」

「ごめんね。」

「あ、謝らないでよ…。どうして? どうしてんなの!? トゥ、あんた…!」

「…さよなら。ルイズ。」

「トゥーーーー!!」

 サアアっと、トゥの身体が光となって消えてしまった。

 

 ギーシュ達、そしてアンリエッタ達が目を覚ましたときに、見たのは。

 フネの甲板の上で、座り込んで大声を上げて泣いているルイズだけだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……結論から言わせてもらう。」

 ビダーシャルが調査説明を始めた。

 エルフと、人間、両者がそれぞれ協力しての調査結果が出たのは、あの日から……半年ほど経過してからのことだった。

「お前達が、ハルケギニアと呼ぶ大地の底にあった風石は、消滅していた。そして…、お前達も日々感じてるだろうことだが…。魔法の力も消えつつある。」

「それは、そちらも?」

「そうだ。我々の魔法もまた、緩やかに力を失ってきている。」

 強大な先住魔法を行使できたエルフ達ですら、魔法を使えなくなりつつあった。

 あの日、トゥが何かをしたのは間違いない。

 だがその原理が分かっていない。

 あの場にいた人間やエルフが聞いていたトゥの謎の詠唱にあった…。

 

 “契約”。

 

 この言葉が、おそらくは鍵だろうとビダーシャルは考え、そこで聖地に住んでいた海韻竜・海母から話を聞いた。

 彼女は、こう答えた。

 

 花には、世界の摂理すらも変える力があると…。

 

 トゥの意思により、世界の法則を変え、世界の滅びを止めた代わりに、代償として世界から魔法を消そうとしているのだろうと。

 

 そして、契約を結んだ張本人であるトゥは、世界の理の一部となって実体を保てなくなったのだろうと。

 

 あの日、大怪我を負ったミハイルは、療養した後、どこかへと飛び去っていった。

 聖地回復を謳って、世界を巻き込み、結果、世界を最悪の結末へと導きかけた罪で、当然だがヴィットーリオとロマリアは、その責任を追及された。

 あそこに滅びしかなかったことを、ヴィットーリオは、本当に知らなかったのだ。

 そんなロマリアに全面協力すると言ってしまったガリアは、手のひらを返してロマリアに責任追及している派閥と、自分達も同罪だとする派閥に別れてしまい、混乱している。この状況をタバサに成り代わったジョゼットが治められるはずがないので、タバサが復帰して、内政の立て直しに奮起している。

 ゲルマニアは、めくれ上がってしまった大地の被害を回復させるので精一杯で、国民の不満をロマリアに向けさせようとしている。

 トリスティンも、多大な被害を被ったが、ギリギリのラインでアンリエッタは、国内を治めている。

 すべての国で共通しているのは、これまで魔法を使えるからと偉ぶっていた貴族が魔法を使えなくなってきたことで、これまで虐げてきた平民に逆襲されていることだ。

 これから、先、それは大きな問題となってハルケギニアだけじゃなく、エルフの国にも大きな影を落とすこととなるだろう。

 

 

 

 

 ところ変わって、ド・オルニエールでは、新しく迎えたはずの主人を再び失い、その活力をますます失うことになった。

 帰る人を失った屋敷は、再び無人となり、少しずつ寂れ始めてきていた。

 

 

 

 

「ミス・ヴァリエール……。ルイズさん…。」

「……。」

 自由都市エウメネスで、シエスタがルイズに話しかけるが、ルイズは何も答えない。

 このやりとりももう何度目だろう…。もう数え切れないほど繰り返されてきた。

「ド・オルニエールに帰りませんか? 皆さんが心配しているみたいですよ?」

「…トゥがいない…。」

「トゥさんは…、この世界の一部になったって聞いてます。つまり、私達の傍にずっといるって考えられませんか?」

「……私、そんなこと望んでない。」

 ルイズは、震える声で言った。

「私は…、最後の瞬間まで、トゥと一緒が良かった……!」

「ミス・ヴァリエール……。」

「馬鹿トゥ…、自分で勝手に消えて……、私を残していくなんて…! 酷い、酷いわ!」

 嘆き悲しむルイズに、シエスタは何も言えなくなった。

「ばかあああああああああああああああああ!!」

 ルイズは、天に向かって泣き声をあげた。

 

 彼女のその涙を止めてくる人物は、もういない……。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 報告。

 ウタウタイ・トゥは、ウタノチカラ…すなわち花の力を用いて、世界の理と契約した。

 それにより、世界の崩壊は防がれたものの、ウタウタイ・トゥは、世界の理の一部となり、その実体を失う。

 また契約の代償に、世界は、少しずつ魔法の力を失いつつある。

 魔法の消滅と、契約という新たなる概念の発生は、今後この分岐にどんな影響をもたらすかは分からない。

 引き続き、この分岐の観測を続行する。




イメージとしては、カイムのために女神となったアンヘルが消えたシーンです。

代償に、世界から魔法が消えつつあるというのは、書いてて思いついたネタです。
世界の崩壊の原因となった精霊の力(魔法)の源をトゥが抑えてしまったため、魔法が減退して最後にはなくなるようなってしまったということにしました。

これで、A分岐は終了です。ありがとうございました。


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