孤独のオラリオグルメ (赤備え)
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西メインストリート『豊饒の女主人』の牛ヒレサイコロステーキ

シーズン6が放送中なので勢いで書いてみました。
一番行ってみたいお店はシーズン4で紹介された「シャンウェイ」です。毛沢東スペアリブをいつか食べてみたい。


「それではこのジョッキを二つでよろしいんですね?」

 

「せや!パーッと飲みたいときにちょうどええサイズやから気に入ったわ!これで頼むわ!」

 

俺は商談が成立して一安心した。何せ相手は俺のような人間とは違って人知を超えた力を持っているんだから緊張するのも無理はないだろう。

 

「いや~アンタの評判を聞いて頼んだけどほんまええ買い物したわ~…まぁオカンには怒られそうやけど黙っとけば大丈夫やろ」

 

「オカン…?」

 

「いや独り言や、聞き流してぇな」

 

テーブルを挟んで向かいのソファーに胡坐をかいて座っている糸目の女性…このロキという一見普通の女性に見えるが実際は人ならざる者、神様なんて一昔前の俺なら笑えない冗談だと一蹴していただろう。

 

 

「では三日以内には取り寄せられると思いますのでその時にまたご連絡いたします」

 

さて、これでもうここにもう用はない。このロキという女性の部屋には所せましと様々な酒が並べられていてとても酒臭い臭いが充満している。居酒屋とは比べ物にならないほど酒臭くて下戸の俺にはたまったものではない。

 

「おう!頼むで!」

 

 

「ふぅ…やっぱり神様を相手に話をするのは苦手だ…」

門の外に出て後ろを振り返りロキファミリアの本拠地「黄昏の館」を見上げる。

外はすでに夕暮れになっていて沈みかけた太陽の光を浴びて巨大な塔の影がまるで巨人が仁王立ちしているように俺を覆っていた。

 

 

俺は1年前、元の世界…現代の日本で個人の雑貨輸入商を営んでいたが原因も理由もわからないままこの世界に突然立っていた。最初はこのマンガみたいな世界でどう生きていくか路頭に迷っていたがそんな俺にエイナ・チュールという女性が声をかけてくれた。

ダンジョンやモンスターの存在を全く知らないこと、違う世界から来たことを当初は信じてはくれなかったがあまりにもこの世界のことを知らないことに俺の言うことを信じたようで様々なことを教えてくれた。この世界は神様が存在して下界で人間と一緒に共存している事。オラリオという都市は地下の未知なるダンジョンに神が形成したファミリアに所属し、神から恩恵を受けた冒険者が未知なるダンジョンへ集う世界最大都市だということなど様々な事を教えてくれた彼女は自身の所属するギルド―冒険者や迷宮の管理などをしている機関で働けるように世話をしてくれたことで当面の生活の保障をしてくれたのでとても助かった。

そして半年が経った後、俺はエイナからの猛反対を押し切りギルドを辞めて再び雑貨輸入商を経営を始めた。ギルドの時に貯めた金と日本で培ってきた雑貨輸入に関しての知識を駆使して何とか商売が軌道に乗り出したのがここ一か月前くらいだ。俺の商売に対しての評判も結構良いみたいで最近は神様からの依頼も増えてきている。今回の商談も神から直々の依頼だったんだが相手は「フレイヤファミリア」と並ぶオラリオ内最強の一角「ロキファミリア」の主神ロキだから余計に緊張してしまった。やはり同じ人間相手のほうが気が楽でいい。

 

「ふぅ、なんとか商談成立したし一安心だ…しかし、安心したら急に…腹が、減った…」

 

 

ポン     ポン         ポン

 

 

 

「…よし、飯屋を探そう」

西メインストリートに行けば飯屋がたくさんある。今日の俺は何腹だ?

 

 

西メインストリートに到着した俺は早速いい飯屋がないか探し始めた。時刻は6時を過ぎて夕刻になっている。この時間帯はダンジョンから帰ってきた冒険者たちが飯屋に殺到する時間帯だからどこの店も大混雑だ。

ファンタジーな世界といえども野菜や肉などの使っている食材は俺がいた世界と全く変わらない。しかし料理自体は知らないものも多く最初はかなり戸惑った記憶がある。

…う~ん、どの店も魅力的なんだがほとんどの店が酒場になっていて定食屋というものがほとんどないのが下戸の俺にとっては辛いな…。

大仕事を終えたんだしここは祝いに何かガツンとしたものが食いたい。となると肉か…だがこの世界には焼肉屋なんてないし必然的にステーキしか選択肢がないなぁ。

思考の渦に飲み込まれそうになって俺は慌ててかぶりを振った。慌てるんじゃない、俺はただ腹が減っているだけなんだ。

 

そうしてひたすら歩いて10分くらい経った頃、1つの酒場の前で足を止めた。

 

「ここは…」

 

石造りでできた二階建ての建物の正面の入口にデカデカと掲げられている『豊饒の女主人』と書かれた看板に目を引かれ少し中を覗いてみると案の定ダンジョン帰りの冒険者たちが酒盛りをしていて席はほとんど空いていなかった。

 

(うーん、他の店も同じような感じだし…ええい、ここに決めた!)

 

意を決して俺は店の中に入る。のんべえ達の巣窟に潜入だ。

 

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

 

冒険者たちの喧騒をかき分けて俺に声をかけてくれたのはまだ顔に幼さが残る小人族などの亜人ではなく俺と同じヒューマンの女性ウェイトレスだった。

 

「えっと…一人です」

 

「御一人様ですね!では席へご案内します。お客様一名はいりまーす!」

 

快活な女性はハキハキとした声を出して俺をテーブル席に案内した。さて、なにを食うかな…。

 

(ものの見事にのんべえが好きな料理ばかりだな)

 

酒場だから仕方ないと思っていたが予想以上につまみ系の料理が多い。うーむやはり酒場は下戸にはアウェイな場所だな…

 

(…ん?お、ステーキがあるぞ)

 

メニュー表を見ていると「本日のおすすめ」と書かれた欄に「牛ヒレのサイコロステーキ」と書かれていた。しかもライス付きと書かれてある。

 

(よし、ライスがあるなら問題ない。これにしよう)

 

「すみません」

 

さっき俺を案内した女性のウェイトレスが小走りに駆けてきた。

 

「はい!ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「この牛ヒレのサイコロステーキを一つください」

 

「はい!かしこまりました!牛ヒレのサイコロステーキですね!少々お待ちください!」

 

注文をし終えると俺は少し余裕ができて周りを見渡した。厨房では猫人やエルフなど様々な亜人がひっきりなしに来る注文の料理をあわただしく作っている。

 

(よく見ると男性店員がいないな。ここは女性店員しかいないのか…)

 

それもどの女性も美女揃いのせいか多数の冒険者たちが鼻の下を伸ばしながらウェイトレスを見ている。

 

(まぁ、俺は色気よりも食い気だ。ここが当たりの店だといいんだが)

 

「おまたせしました!牛ヒレのサイコロステーキです!お熱くなってますのでお気を付けください!」

 

ジュージューと食欲をそそる音と共に俺の前に置かれたサイコロステーキ。これは美味そうだ。

 

 

 

牛ヒレのサイコロステーキ←ゴロゴロと四角に切られた肉がたくさん。肉汁が食欲をそそる!

 

ライス←ステーキの頼もしいお供。これがなければステーキは食えぬ。

 

野菜スープ←玉ねぎをベースにしたスープ。ぶつ切りにしたトマトやにんじんの食感がやみつきになる!

 

 

「いただきます」

やはり最初はステーキから一口食べる。…うん、うまい。いかにも肉って感じの肉だ。

そして肉を食べたらすぐにライスを食べる。…最高だ。ステーキとご飯は運命共同体、どちらもなくちゃいけない存在だ。

 

野菜スープはどうだろう…うーん、美味い。ステーキで口の中が濃厚な肉の味に支配されている中でこれを飲むととてもさっぱりする。いい仕事してるなこの野菜スープ。

 

最初は不安だったがここは間違いなく当たりの店だった。他に気になる料理も何品かあったしまた今度来てみよう。

 

 

「ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や!飲めぇ!」

 

(ん?)

 

ふいに聞き覚えのある声がしたから声のした方向を見ると、今日の商談相手だった『ロキファミリア』の主神ロキとその眷属らしき冒険者たちがジョッキを片手に乾杯をしているところだった。

 

(気まずいなぁ…さっきまで顔を合わせていたし、目立たないようにしよう)

 

向こうが俺に気づいて声でもかけられたら居心地が悪くなってしまう。俺は一人で豊かに食うのが好きなんだ。誰かに邪魔されるのは御免だ。

 

「そうだアイズ!お前あの話聞かせてやれよ!」

 

静かに食事をしているとロキファミリアの一員らしき銀髪の人相が悪い冒険者がアイズと呼んだ女性に大声で話しかけていた。

確かロキファミリアの剣士でその美しさと確かな強さで「剣姫」と呼ばれている女性だ。

 

「あれだって、ミノタウロスの最後の一匹をお前が倒した時にいやがったトマト野郎だよ!」

 

「ミノタウロスに怖気づいて兎みてぇに震えてやがったんだよ!全身血で真っ赤になってトマトみてぇになってたぜ!」

 

…どうやら駆け出しの冒険者を酒のネタにしているようだ。

 

「なんやそれ!おもろいなぁ!」

 

ロキをはじめ、他のファミリアの大勢が血で全身真っ赤になった冒険者を想像して笑っている。

 

(……)

 

その冒険者もまだミノタウロスというモンスターを見たことがない新人の冒険者だろう。それを嘲笑の対象にするのは見ていてとても気分が良くないな。

 

「雑魚は雑魚らしく冒険者なんかやってねぇで商売人でもなれっつーの!」

 

(………)

 

ガタッ

 

俺はカウンター席を立ち、ロキファミリアたちが座っているテーブル席へ向かって歩き、銀髪の男の前に立った。

 

「人の食べてる前で、そんな気分の悪くなる話を大声でしなくてもいいでしょう」

 

「あ?」

 

銀髪の男が俺を射殺す勢いで睨む。

 

「人が気持ちよく食べているのにあなたがそんな気分の悪くなる話をするせいで食欲がなくなるんですよ。それに見たところあなたかなりレベルの高い冒険者ですよね?自分より弱いと思った相手を貶して笑うのがロキファミリアなんですか?」

 

「…なんだてめぇ?俺に喧嘩売ってんのか?」

 

「別に売っていませんよ、人の悪口を酒の肴にして笑っているあなたがたに呆れかえっているだけです」

 

「んだとてめぇ…!」

 

「ベート!よさないか!!」

 

幼い顔立ちをした少年…ギルド時代の知識で知ったがロキファミリアの団長フィン・ディムナがベートと呼んだ銀髪の男を制止させようとするがすでに遅く俺に向かって高速で左拳を突き出していた。

俺はベートの拳をスレスレで避けて左手の手首を右手で掴んで左手を肘の下に通してガッチリ固定し、思い切りひねりあげた。

 

「があああ!!!痛ってぇぇぇ!!」

 

ベートが情けない悲鳴をあげているが俺はそれを無視しそのままベートの左腕をしっかりホールドした。

 

「えっ…!?ベートの拳がかわされた…!?」

 

「…!?」

 

上位レベルの冒険者であろう胸の小さいアマゾネス、ティオナ・ヒリュテといったか…やフィン、他大勢のファミリアの冒険者やが驚きを隠せない様子で目を見張っていた。

 

「あ、あの!もうやめてください!もういいですから…!」

 

突然横合いから声をかけられて見ると、そこには白髪の幼い顔立ちの少年が経っていた。

 

「その人たちが言ってる冒険者って僕の事です…。僕が弱いからこうして笑われるのは仕方ないんです…。だから、その人を放してください」

 

白髪の少年は気が弱そうに見えたがその眼は自分の弱さを認めて強くなりたいと願う力強い目をしていた。

 

「あ、君は…!」

 

アイズが白髪の少年を見て驚いた顔をした。知り合いなのだろうか。

 

「あ、アイズさん…!!…す、すみません!失礼します!!」

 

まるで兎のように店の外へと飛び出して走っていってしまった。

 

(あの少年の目…とても純粋で力強い目だった)

 

「なぁ、アンタ確か今日ウチと会った商売人やろ?そろそろそいつ放してやってくれへん?」

 

ああ…しまった、つい勢いでこんなことやってしまったが商談相手の部下をこんなことにしてしまって完全に怒ってるだろうな…。

 

「あ…すいません」

 

俺は腕を解いてベートを放した。「てめぇ!ぶっ殺す!」とまた俺に襲い掛かってきたがティオナが羽交い絞めにして身動きできないようしていた。小柄な体のどこにそんな力があるのかとても不思議だ。

 

「ええってええって、ウチのベートが最初にアンタを怒らすことをしたんや堪忍してぇな、ほんますまんかった」

 

ロキはニコニコと笑顔で謝罪をしたが何故か糸目を少し開けて俺を品定めするかのようにジロジロと眺めている。

 

「それにしても…仮にもレベル5のベートの攻撃を躱すなんて、自分一体何者や?どこのファミリアに所属しとるんや」

 

「僕も気になるな。君のその身のこなし方は一朝一夕で身に付くものじゃない、長い年月をかけなければその動きはできないよ」

 

フィンも俺を興味津々に見ている。生憎だが俺は冒険者でもなんでもない。俺は…

 

「ただの腹を空かした一般人ですよ」

 

 




ド素人ですが初めてwebに小説を投稿しました。感想などを書いていただけるととても喜びます。


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エイナ・チュールの手作りサンドイッチ

ゴローちゃんの性格はドラマ版寄りにしてます。



バベル内ギルド本部ロビー

 

(参ったなぁ、ロイマンさんの自慢話長すぎだよ。それに「自分にふさわしい豪華な椅子」ってなんだよ…)

 

ふと周りを見渡すと今日もひっきりなしに大勢の冒険者たちが魔石の換金やダンジョンへ潜っている。

誰も踏破したことがない未知なる深層にロマンを求め日々冒険者はダンジョンに潜るらしいが俺からしてみればわざわざ死ぬ危険を冒してまで好奇心を満たそうとは思わない。

満たすは空腹だけで十分だ。だけど、冒険者たちが毎日戦利品として持ち帰る魔石で様々な生活用品が作られたり下水の浄化をしたりしているおかげでオラリオは繁栄しているから

冒険者という存在は迷宮都市オラリオにとっては欠かせない存在だ。職種は違うが毎日苦労して俺たち一般市民の生活の基盤を支えてもらってるおかげで美味しい飯が食える。冒険者さんたち、毎日ご苦労様です。

 

「ゴローさん!!」

 

冒険者たちに心の中で敬礼をしていると受付の方から走ってくる人物がいた。長く尖った耳に普通の人間ではありえないエメラルドの色をした瞳、理知的な目にはメガネをかけている。

 

「あ…エイナさん、お久しぶりです」

 

「お久しぶりです、じゃないですよ!ロイマンさんから呼び出されたそうじゃないですか!もしかして職員として戻って来いって言われたんですか!?」

 

ハーフエルフの女性であるエイナ・チュールは俺に対して鬼気迫る勢いで俺に詰め寄る。

 

「いや、違います。執政室で使う豪華な椅子が欲しいから見繕って欲しいと頼まれたんですよ」

 

「そ、そうなんですか…」

 

肩を落としがっかりしたように目を伏せるエイナ。俺にとって異世界に来て途方に暮れていた俺をギルド職員という職に就かせてもらって色々と世話をしてもらった恩人である彼女は会うと毎回ギルドに戻らないかと提言してくる。

 

今の仕事が軌道に乗ってかなり稼いでいるとはいえ俺の仕事は輸入雑貨の貿易商という個人で営んでいる自営業だ。いつか稼げなくなって普通に生活がないほど困窮してしまうのではないかと心配しているのだろう。彼女の心配はとても有難いが俺は組織に所属しているよりも一人で仕事をする方が合っているんだ。

 

「…エイナさん、心配しなくても大丈夫ですよ。今の仕事を初めてもう半年経ってお得意先も段々増えてきて収入は安定してるんです。だから安心してください」

 

「そういう事を言ってるんじゃないんですよ!その…ここ1年一緒にいる時間少なくなっちゃったじゃないですか…」

 

何故頬を染めて体をモジモジさせながら上目づかいに俺を見るのだろう。…ああ、そうか、エイナは自他共に認める世話好きとして有名で新人の冒険者には徹底的にダンジョンの怖さや知識を叩き込んでいるらしい。俺がギルド職員だった頃もなにかと世話を焼いてくれたなぁ。

 

俺の世話が出来ないから不満に思っているのだろう。まだ19歳の女性がこんな中年になるおっさんにも世話を焼きたがるなんて本当に奇特だ。

 

それにしてもあの頃の昼食は毎日エイナの手作り弁当を食べていたがどの食べ物も美味かったなぁ。エイナは「ゴローさんはいつも外食ばかりで健康に悪いです!これからは私が弁当作りますからそれを食べてください!」と言って本当に毎日弁当を作ってきてくれたのには流石に辟易したが今となってはいい思い出だ。

 

特にサンドイッチは格別に美味かった。思わず「毎日食べたいくらい美味い」と言ったらエイナは顔を真っ赤にして「そ、そ、それってプ、プロ…!!」と言いなぜか卒倒したが、何か変なことを言ったのだろうか。

 

この出来事以降エイナは毎日サンドイッチを作ってくれるようになった。何故か他の男性職員たちが殺気の籠った目で俺を毎日睨んでいたが理由は今でもわからん。

 

それにしてもサンドイッチかぁ…もうすぐ昼だし、なんだか急に…腹が、減った…。

 

 

 

ポン     ポン        ポン

 

 

 

「…ローさん、ゴローさん!聞いてるんですか!!」

 

「すみません、用事があるんで失礼します」

 

ロイマンの『自分にふさわしい豪華な椅子』の調達もしなければいけないし、まずは空腹を満たしてまた一仕事をしよう、腹が減っては戦はできぬだ。

 

「ちょっとまってください」

 

エイナはガシッっと俺の腕を強く握ってきた。なんだ一体…

 

「もしかして、ゴローさん今店で昼食食べようとしてるでしょう」

 

「え…?」

 

「…ちょっとここで待ってくださいすぐに戻ってきますから」

 

「いや、だからこれからちょっと用事が…」

 

「い い で す ね ?」

 

笑顔だがここで無言で去ったら確実に何か恐ろしいことが起きると俺の直感がささやいていた。

 

 

 

「…はい、これ、弁当です。ゴローさんの好きなサンドイッチが入ってますよ」

 

直感に従って待っているとエイナが弁当を俺に渡してきた。

 

「え、でもこれってエイナさんの弁当じゃないんですか」

 

「いいんです!私は職員食堂で食べますから。それよりもゴローさん、外食ばかりじゃ栄養が偏りますから今後はしっかりとした食生活をしてくださいね!」

 

「…わかりましたじゃあこれ、ありがたくいただきます」

 

…全く、仕方ない。彼女に言われたら断れないじゃないか。ここは素直にもらっておこう

 

「…そ、その弁当をあげる代わりと言うか…今度一緒にご飯を食べに行ったりショッピングに付き合ってもらいますから!言っときますけど拒否権はないですからね!」

 

一気にまくしたてるとエイナは頬を桃色に染めて小走りに受付へと戻っていった。拒否権はないんですね…。

 

 

 

しかし、腹が減りすぎて店を探す時間も惜しかったからエイナからの弁当はかなりありがたかった。

早速摩天楼(バベル)前の広場にあるベンチに座って弁当の蓋を開ける。

 

たまごサンド←サンドイッチの王様。黄身と白身の色合いは正に芸術。

 

照り焼きチキンサンド←焼いたモモに甘いタレ、正に正統派の組み合わせ。タレの臭いで空腹はMAX!

 

巨黒魚(ドドバス)のフライサンド←異世界の魚だけど味は天下一品!食べればもう巨黒魚の虜!

 

(おお、あの頃と同じやつだ。これだよこれ)

 

俺がギルド職員の頃美味いと言ったのと同じ食べ物を揃えている。これはかなり嬉しいぞ。

 

まずはたまごサンドから…うん美味い。いつ食べてもぶれない美味しさ。俺的サンドイッチランキング堂々の1位に輝いているだけはある。

 

異世界人も現代の日本人である俺と同じ味覚をしているのは本当に有難い。たまごサンドは異世界でも美味いと認知されているのは純粋に嬉しかった。もし虫やモンスターを主食にしているなんて言われたら卒倒するだろうな。

 

さて、お次は照り焼きチキンサンド…おお…これこれ、この甘すぎないトロトロのタレ!これがいい!これ、タレをご飯にかけても美味いんじゃないか?

 

サンドイッチって色んな食材を組み合わせて自分のオリジナルのサンドを作ることもできるんだよな、試行錯誤を繰り返して美味い組み合わせを開発する…正に食の科学者だ。

 

そして最後は巨黒魚のフライサンド。この魚を最初見た時はモンスターと勘違いしたほど凶悪そうな見た目をしていたが食べてみると白身魚と変わらない美味さなんだからびっくりしたなぁ。食わず嫌いはいけないことだ。

 

ふぅ…エイナの作るサンドイッチを久しぶりに食べたがやはりどれも文句なしに美味い。…これだけ美味いものを作ってくれたんだから、まぁ今度エイナの買い物に付き合ってやろうかな。

 

俺は空になった弁当箱を鞄に詰め込み、ベンチから立ち上がろうとした時に不意に俺を見つめる視線のようなものを感じた。

 

「…?」

 

辺りを見渡してもダンジョンに向かう冒険者たちで賑わっている周辺に俺を見つめる人は誰一人もいなかった。

 

「…まぁ、気のせいだろう」

 

最近働きすぎて疲れているんだろうな、今日は仕事を早めに終えてふかふかのベッドで寝よう。俺は満腹になった腹をさすりながら自分の事務所兼自宅へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バベル最上階の50階にて

 

「…」

 

広大な部屋の中でガラス越しにバベル前の広場を見つめる一人の神がいた。

 

男だけなく、女でさえもその姿を見ただけでその女神の虜になってしまうほどの美貌を持った女神フレイヤの瞳は広場にいるスーツを着た中年の男に釘付けになっている。

 

それは本当に偶然だった。何気なく見渡していたオラリオの景色の中に一つだけフレイヤの目を惹きつける『色』をした子を見つけたのだ。

 

「ふふ…面白いわ。あの子の魂…凄く純粋で綺麗…何かを純粋に求めている色をしているわ…」

 

フレイヤは恍惚とした顔をしながら瞳の中に欲望の炎を灯していた。

 

「あなたは一体何を求めているの?知りたいわ…とても…」

 

 

 

 

 




フレイヤに目を付けられたゴローさんは一体どうなるのか。次のお話はフレイヤさんもかなり絡んでくる話にする予定です。


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怪物祭とじゃが丸くんバーガー 前篇

すみません…フレイヤとゴローさんが直接絡むのはまだ先になりそうです。



「…んで、うちを呼び出して何の用や?」

東メインストリートの大通りに面しているとある喫茶店の店内でロキは疑念の籠った目で正面に座るフードを被った女神を見つめた。

今日は年に一度のガネーシャファミリアが主催する怪物祭(モンスターフィリア)が開催されることもあって大通りには大勢の一般市民で埋め尽くされ、様々な出店が立ち並んでいる。食欲をそそる焼いた肉の香ばしい匂いなどが喫茶店の中にまで入り込んできていた。

「あら、そんなに警戒しないでもいいじゃない。大したことじゃないわよ」

 

「アホか、お前が普段うちを呼びだすことなんて今までなかったやろ。疑わん方がおかしいわ。しかも二人きりで話がしたいってどういうことやねん」

 

正面に優雅に座っている美の女神…フレイヤは注文したチーズケーキを小さく切り分けて食べている。神でさえも魅了してしまう美の女神の仕草全てが蠱惑的でロキでさえもフレイヤの「魅了」の力を警戒しているほどだ。

 

「あら、このチーズケーキ美味しいわね。お持ち帰りしようから」

 

「…おい。用がないならうちは帰るで、これからアイズたんとデートせなあかんのやからな」

 

ロキは呆れて椅子から立ち上がって帰ろうとした。フレイヤのふざけた態度も気に入らないがなによりオラリオで強大な力を持つ二大派閥の主神であるロキとフレイヤが二人きり会っていること自体よからぬ噂をたてられかねない。

 

「ふふ、そう焦らないで。ちょっとあなたに聞きたいことがあるの」

 

「聞きたいこと?なんやねん」

 

「あなたの子供が神の恩恵を受けていないごく普通の子供に力で負けたって本当なの?」

 

「…なんでそんなこと知りたいんや」

 

「ちょっとした好奇心よ」

 

ロキは苦虫を噛み潰したような顔をして微笑んでいるフレイヤの顔を睨みつけた。フレイヤはそのことを知って一体何をするつもりなのか?…いや、おおよそ検討はつく。

 

「…せや、最初はベートよりレベルの高い冒険者かと思ったんやけどどうもどこのファミリアにも所属してへんって後で知って信じられんかったわ」

 

『豊饒の女主人』でロキの眷属であるベート・ローガが神の恩恵を受けていない人間の男に負けた…この時店内でこの騒動を目撃していた冒険者たちが他の冒険者達に話したことで瞬く間にオラリオ中にその話が広まった。

当然こんな面白い話にオラリオにいる神々達が黙っている訳がなく、様々なファミリアがこぞってその人間を勧誘しようと躍起になっているのだ。

 

「…そうなの、やっぱり本当なのね。…ありがとうロキ。聞きたいことは聞けたから私はこれで失礼するわ」

 

フレイヤはそう言って椅子から立ち上がり店から出ようとした。

 

「ちょい待てや。お前…そいつのこと自分の『モノ』にするつもりやろ」

 

「あら、失礼ね。そんな野蛮な事言わないでちょうだい」

 

「アホぬかせ。わざわざうちにそんなこと聞く時点で自分のモンにしたる気満々やろ。…これから何やらかす気や?」

 

ロキは鋭い目つきでフレイヤを睨んだ。自分の眷属が打ち負かされて嫌な気分はしたがその男は自分の要望通りの品物を取り寄せてくれた恩義がある。それにロキ自身もその男に興味を引かれて勧誘しようと考えていた所なのだ。

 

「場合によっちゃあ…タダじゃすまんで」

 

「…ふふ。私はね…知りたいの。あの子が何を求めているのか。どんな過去を背負っているのか。どんな表情をするのか。その湧き出る純粋な欲望は一体何なのか」

 

フレイヤはまるで欲しいおもちゃを見つめる子供のように無垢な顔をしていた。

 

「あの子の全てが知りたいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物祭か…なんだかロジャー・コーマンが作った映画のタイトルっぽいけどこうして目の前にモンスターが雄たけびをあげながら突進している姿を見るとCGでもなんでもなく本物なんだと実感する。

 

俺は迷宮都市の東に位置している円形闘技場…この世界ではアンフィテアトルムというらしいが俺のいた世界ではコロシアムといったほうがわかりやすいだろう…そのコロシアムの客席に座って中央のフィールドでモンスター(名前は分からない)と調教師のショーを見ていた。調教師のアマゾネスらしき女性がモンスターの攻撃を華麗に回避するたびに周囲から歓声が上がっている。

 

…やれやれ、エイナがチケットをくれた(エイナも「い、一緒に見に行きましょう!?」と言っていたが案の定コロシアムでの仕事をどうしても休めず結局来れなくて意気消沈していた)義理で来てみたが見たがこういう野蛮なものはあまり好きではない。やはり感性はあくまでも現代の日本人。こういうのは浮世離れしすぎて全く現実感が湧かないなぁ。

俺は周りで様々な種族たちが歓声を上げているのを尻目にそそくさとコロシアムを後にした。

 

コロシアムの外に出ると様々な食材の香ばしい匂いが一気に鼻の中に入ってきた。様々な出店が怪物祭の時が柿入れ時といわんばかりに色々な料理を作って一般市民を呼び込んでいる。

 

うーん、このごちゃごちゃした匂い、なんだか子供の頃の縁日を思い出す。親父にねだってよく焼きそばを買ってもらったなぁ。

…哀愁に浸るのもいいが、この匂いのせいでなんだか腹が、減った…。

 

 

 

ポン      ポン       ポン

 

 

 

「今日は出店で何か食おう。お祭りなんだしパーっと盛大に食べますか」

 

俺は早速無数に立ち並ぶ出店を物色し始めた。ここはガッツリ胃の中に入れたいからやっぱり肉かな…いやそれは安直すぎる。少し変化球を入れて魚系でもいいな。

 

焼きそばやたこ焼きなど定番のやつもあるがこの巨黒魚(ドドバス)など異世界特有の食材を使った創作料理などがあって見ていて全く飽きない。しかしこれだけ出店の数が多いとどれを食べるか迷ってしまう。

 

しかしそろそろ俺の空腹信号も赤になってるし早く何か食べないとぶっ倒れてしまいそうだ。

 

「ん?」

 

俺の視線はとある出店に釘付けになった。看板にはデカデカと「じゃが丸くん」と書かれていて店内でじゃがいもらしきものを沢山揚げてる店員がいた。

 

「じゃが丸くんとは奇怪な名前だ。揚げているのはじゃがいも…だよな」

 

揚げたてジャガイモの香ばしい匂いが俺の腹を刺激しまくる。…よし。ここにしよう。

 

俺はその出店の前に立ち、立てかけてある板のメニュー表を見る。どうやらじゃが丸くんには様々な味付けがあるようだ。小豆クリーム味なんてものもあるが味が全く想像できない。

お、おすすめも書いてある。…『ヘスティア考案!超絶美味しいじゃが丸くんバーガー!』と書いてあった。

 

「すいません…あの、このじゃが丸くんバーガーってどういう感じのものなんですか?」

 

「ああそれかい!うちで働いてる借金まみれの女神さんが開発した食べ物でよ!パンの間に千切りしたキャベツとソースに付けてスライスしたじゃが丸くんが入ってるんだ」

 

身体中日焼けをしたがたいの良い60代らしき男性の店員が愛想良く答える。なんというか、日本人の大半がイメージしている祭りの出店にいるおっさんそのものだ。

 

「あ、そうですか…じゃあそれ一つください」

 

「あいよ!ちょっとまっててくれ!」

 

気前よく返事した店員は手際よく揚げたてのじゃが丸くんをパンに挟み大量の千切りキャベツを詰め込んでいる。

 

…それにしても神様がアルバイトをしているのは驚きだ。しかも恐らく借金を返すために働いているのだろう。一体どんな女神様なんだ…

 

「あいよ!出来上がったよ!」

 

しばらく待っていると店員が注文したじゃが丸くんバーガーを持ってきた。おお、待ってましたよ。

 

じゃが丸くんバーガー←パン、キャベツ、じゃが丸くん3つの食感が奏でる三重奏はスタンディングオベーション間違いなし。

 

おお、いいじゃないか。俺はチェーン店のファストフードは嫌いだがこういう個人が丹精込めて作ったバーガーは別だ。もう見た目だけで美味いってわかるぞ。

 

早速じゃが丸くんバーガーにかぶりつく。…ん?おお、合う。キャベツとじゃが丸くんの食感すごくいいぞ。それにソースがキャベツに染みてすごく美味い。これは当たりだ。

 

美味い、美味すぎるぞこれ。祭りの熱気の中で食べるのもなかなか悪くない。この喧騒の中で静かに食べるのも中々オツなもんだ。

 

「キャー!!」

 

「うわああああああああああ!?」

 

じゃが丸くんバーガーを熱心に食べていると突如活気溢れる東メインストリートに似つかわしくない悲痛な叫びが響き渡った。

 

「な、なんだ?」

 

俺は多数の悲鳴や怒号が飛び交っている方向を向くと俺は一瞬幻覚を見ているのではないかと思い目を擦って見た。

 

いや、幻覚なんかじゃない。逃げ惑う一般市民たちをかき分けて突進してきているのは紛れもなくモンスターだった。

 

白銀の体毛と長い髪を生やし、ゴリラを何倍にも大きくしたような体格をしていて怒りに満ち溢れた瞳で一直線に走っている。

 

その瞳は何故か…俺をまっすぐ睨みつけていた。

 

 

 

 

 

 




次の話もできるだけ早く投稿したいです。
ところでこの間「孤独のグルメ 巡礼ガイド2」を買ったんですけどジェットシウマイ弁当って今は売ってないんですね…がーんだな…


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怪物祭とじゃが丸くんバーガー 後編 

色々と忙しくて更新が遅れてしまいました…。シーズン6も今週で12話目になるけどさすがにシーズン7はもう作らないよなぁ…モデルになった店に行きたいけどほぼ東京に集中してるからド田舎に住んでる自分には行ける機会が全く無い…


アイズ・ヴァレンシュタインは東のメインストリートに飛び交う一般市民の怒号と悲鳴を尻目に屋根の上を風を切るように走っていた。

 

(逃げ出したシルバーバックは9匹…7匹倒したからあと2匹…)

 

逃げ惑う一般市民の流れに逆らいながらシルバーバックが暴れていると思われるコロシアム付近に向かう。

 

アイズは先程モンスターが逃げ出したとギルドの職員に聞き、討伐に行こうとした時にロキに言われたことを思い返していた。

 

((アイズたん、モンスターは確実にある男を襲う。豊饒の女主人でベートを打ち負かした中年のおっさんのことや。…まぁ、ベートを軽くあしらうくらいやからアイズたんの助けがなくてもあのおっさんはモンスターを倒すかもしれんけどヤバいと思ったら手助けしたってぇや。))

 

ロキはこの騒動の原因について何か知っているような口振りだった。アイズは豊饒の女主人であの男の強さを目にして以来ベートに対して使っていたあの技は一体何なのか、恩恵も受けていないのに何故あんなに強いのか。あの場で聞きたいことは沢山あったが白い髪の少年に注目してしまって結局何も聞けずじまいで心の中でもやもやとした感情を抱えていた。

 

(気になる。あの人はどうして恩恵も受けていないのにあんなに強いの?もし恩恵を受けていたら確実にベートよりレベルは高い…)

 

神の恩恵(ファルナ)を受けることによってモンスターなどを倒して経験値を蓄積し、それを基に力や魔力などのアビリティを強化していく。神という経験値を力に変える存在がいない状態ではどんなに経験値を得たとしても自身の能力を引き上げることもできないし新しい力も習得することは困難だ。

 

神の恩恵を受けていない状態でレベル5のベートを一瞬であしらうことは普通なら不可能だ。だがその不可能なことをいとも容易くやってのけたのだ。つまり、あの男は神の恩恵を受けずに強大な力を身に付けているということになる。

 

(一体どんな事をしたらそんなに強くなれるの?私でも勝てるかどうか分からない…)

 

 

アイズでもあの中年の男の得体のしれない強さに圧勝できるかといえば断言はできない。ロキファミリア内屈指の武闘派であるベートから繰り出された豪速の拳をいとも簡単に避けるほどだ。余裕で勝てるような相手ではないだろう。

 

(…会ったら手合わせをお願いしてみよう。そしたら私ももっと強くなれるかもしれない…)

 

自分より強いかもしれない存在に自分の限界を突破するための戦いを申し込もうと考えていたアイズの視界にコロシアム付近の風景が入ってきた。

 

コロシアム周辺の出店は全て破壊されていて原型をとどめておらず、様々な食べ物や木材の破片が地面へ飛散していて酷い有様だ。歓声が聞こえていたコロシアムや周辺は今は悲鳴に変わっていて大勢の一般市民たちが暴れているシルバーバックから逃げ惑っている。

 

シルバーバックは鋼のような隆起した筋肉が付いた両腕を振り回し出店や建物を破壊しながらとある男へ一直線に走っている。

 

(あの人は…!?間違いない…!)

 

背が高く、豊饒の女主人で見た時と同じ灰色がかったスーツを着ていて手にはじゃが丸くんバーガーを持っている。

 

男は呆然とした顔をして爆走してくるシルバーバックを見つめたまま立ちつくしている。このままでは男はあの筋骨隆々な腕で吹っ飛ばされて死んでしまうだろう。

 

(危ない…!間に合って…!)

 

ロキはシルバーバックを余裕で倒すかもしれないと言っていたがあの様子を見るとやはりごく普通の一般人にしか見えない。豊饒の女主人ではベートがかなり酔っぱらっていたし、本来の力をほとんど出していなかったから偶然にも打ち勝ったのではないのかとアイズは心の中で疑念を感じた。やはり助けなければならないだろうと思い、更に走る速度を上げてシルバーバックに迫る。

 

(これで8匹目…!)

 

アイズは腰につけてある愛用の剣《デスペレート》を鞘から抜き、シルバーバックへ向かって一撃で倒そうと疾風の如く切り裂こうとした。

 

だが、アイズは直後硬直して動けないと思っていた男が突然右足を後ろに下げ、右腕を鳩尾あたりに落とし拳を開いた奇妙な構えを取った後あと一歩で踏みつぶせる距離まで来たシルバーバックの左足に向けて目で捕えられないほどの速さで拳を打ち込んだ。

 

「グオォォォォォォォォォ!?」

 

シルバーバックは左足に強烈な衝撃を感じ、尋常ではない痛みに苦悶の表情を浮かべながら後ろへ仰向けになって倒れこんだ。

 

(…!?)

 

アイズが突然の出来事で《デスペレート》を構えたまま呆気にとられていると男は走りだし跳躍すると仰向けで無防備になった脳天へ頭上まで上げた右足を打ち下ろした。

 

男の踵がまるで巨大な斧のように脳天へ直撃した。衝撃が大きすぎたせいか地面にも大きな亀裂が幾重にもでき、一瞬で周辺の地面が瓦礫の山になってしまった。

 

 

アイズは目の前の事で起こったあまりに非現実的な出来事に最初は頭の中が真っ白になるほどにフリーズしていたが、徐々にこれが現実だと認識した時この男の強さが本物だったことを身をもって思い知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズが男の圧倒的な強さに驚愕するより少し前の時間、ベル・クラネルはレベル1という駆け出しの冒険者にも関わらず死闘の末上級冒険者でも苦戦を強いられる下層に生息するシルバーバックを倒すという前代未聞の勝利を収めた後、体力を消耗しきってしまって弱弱しく横たわっている主神のヘスティアを背中に背負ってギルド本部がある中心部のバベルに向かって全速力で走っていた。

 

(神様をとりあえず安静にできる場所で休ませてあげなきゃ…!)

 

ベル自身、エイナから教えてもらって知識としては知っていたがまさか下層に生息する巨大な力を持つシルバーバックというモンスターを倒せるとは微塵にも思っていなかった。

 

これはベルのレアスキル憧憬一途(リアリス・フレーゼ)のおかげで勝利したと言っても過言ではないだろう。

 

可憐でオラリオ内でも屈指の強さを持っているがそれを驕らず、ただ強さを追い求めるアイズという存在はベルにとって憧れであり、いつかアイズに見合う力を身に付けて隣で肩を並べたいと思う心がこうしてレアスキルとして発現したのだろう。

 

兎を思わせるような瞬足の速さでバベルへ向かってダイダロス通りを抜け、東メインストリートを走る。コロシアム付近に差し掛かると予想外の人物がベルの目に飛びこんできた。

 

(あ、アイズさん!?それにあのモンスターは…!)

 

コロシアム前の広場には太陽の光に反射して輝く煌びやかな金髪にまるで人形のように白くて艶やかな肌をしたベルの憧れであるあのアイズが愛用の剣<<デスペレート>>をシルバーバックに向けて構えていた。

 

(こんなところで会うなんて…ギルドに討伐の依頼をされたのかな)

 

オラリオの市街地で下層のモンスターが暴れているという前代未聞の出来事にギルドはこの事態を迅速に対処する為にオラリオ内の冒険者で最強と名高い第一級冒険者であるアイズが所属ロキファミリアに事態の収束を依頼したのだろう。なにせアイズはヒューマンの中でもトップクラスの強さだ。深層まで遠征しているファミリア内での主要メンバーの一人だ。シルバーバックの1匹や2匹くらい平気で倒せる力を持っている。

 

(…僕が加勢したところで足手まといにしかならないだろう。それに今は神様を休ませないと)

 

ベルはまだファミリアに加入して日が浅い駆け出しの冒険者。一方はオラリオ内最強の一人である第一級冒険者。どちらが下層のモンスターを倒せるかと言われれば誰もが後者を選ぶだろう。ベルとアイズには絶望するほどに圧倒的な『強さ』の差があった。

 

それに先ほどのシルバーバックを倒せたのもヘスティアの協力があってこそ死力を尽くして奇跡的に勝てたのだ。アイズのように己の純粋な力で余裕を持ったまま倒せることなど到底できない。

 

(…今の僕にはアイズさんに協力できることは何もない…悔しいけど、ここはアイズさんに任せるしかない…)

 

アイズが対峙していたシルバーバックに一瞬で距離を詰め、華麗な動きで幾度もモンスターを屠った剣で切り裂こうとする様子をただ傍観しているしかできなかったベルだが次の瞬間シルバーバックの左足から骨が砕ける音が聞こえ、激痛のあまりに鼓膜が破けるほどの叫びを放っていた。

 

「え…?」

 

アイズが切り裂く前に痛みに叫んだということは別の誰かが攻撃したことになる。ベルは突然の出来事にアイズ同様呆気にとられていると仰向けに倒れこんだシルバーバックの脳天に目がけて跳躍した人物が目に入った。それは、ベルも噂で耳にしたとある男そのものだった。

 

 

 

 

 

その人物こそが今オラリオ内の神々や様々な種族の間で話題になっていた中年男の商売人でベルにとっては2人目の、アイズにとっては初めて目指すべき強さを持った人物として憧憬の対象になる存在だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…なんとかなったか…」

 

俺はピクリとも動かなくなった白い毛を全身に生やしたモンスターを見て安堵の溜息をついた。

今までモンスター相手に古武術なんて使ったことはないが案外何とかなったな…。まぁ人間相手だと狙いにくいけどこんなドデカいモンスターだからどの部位でも容易に拳を当てられたのがラッキーだったな。

 

しかし…これは派手にやりすぎてしまったなぁ…踵落としをしたくらいで地面がこれだけ割れてしまうなんて…昔は祖父の道場の壁や床を壊しちゃってよく怒鳴られていたが俺ってこんなに強かったか?

 

俺はしばし白い体毛を生やしたモンスターを眺めて思案に耽っていたが、周りの一般市民の驚愕した顔と視線、そして俺の事を呆然とした顔で見つめるアイズがいることに気が付いた。

 

「お…おい見たかよアレ…簡単に倒しちまったぞ…」

 

「…てかあのおっさん豊饒の女主人でロキファミリアの冒険者を負かしたって噂の…!?」

 

周囲からは今の出来事を信じられないという風に見ていたらしいがどうやら俺が豊饒の女主人でやらかした一件の当事者だと気付いたらしく段々とざわめきが大きくなってきている。

 

あぁ…目立ちたくないのにまたやっちまった…。これは想像以上に面倒くさいことになりそうだぞ。

 

「…あの」

 

今すぐにでもこの場を立ち去りたい気分だがその前にアイズが俺に声をかけてきた。

 

「…あなたは本当に神の恩恵を受けていないんですか、なんでそんなに強いんですか…?」

 

アイズはあと一歩でお互いの体がくっ付こうかという距離まで近づくと何故か切実な表情をして俺の顔を見上げた。

 

「え…あ、あぁ…私はどのファミリアにも所属してないし神の恩恵も受けてないですけど」

 

あまりに真剣に聞くものだからついしどろもどろになりながら返答した。中年になりかけのおっさんとはいえ、こんな浮世離れした美人に迫られると色々と心臓に悪い…。

 

…てください

 

 

「は…?」

 

「私に、その強さを教えてください。『『(僕)私に特訓をしてください!』』」

 

…予想もしていなかった言葉に俺はただただたじろぐことしかできなかった…ん?僕?

 

「あ…君はあの店の時の…?」 「あ、アイズさん?」

 

いつの間にかアイズの傍には背中にやたらと胸の大きい少女を背負った見覚えのある白髪の少年がアイズと同時に発言してお互いに驚いた表情で見つめあった。

 

…あ~…これは本当に面倒なことになっちゃたなぁ…。俺はもう諦めの境地に達して雲一つない真っ青な空を仰いだ。

 

 

 




たくさんの感想本当にありがとうございます!!まさかこんなに僕の書いた小説を沢山の方が読んで感想をくれるなんて嬉しいです!感想をくれるだけで書くモチベーションが湧き上がってきますので本当にありがたいです。

誤字報告してくれた方もありがとうございます!何分小説をネットに投稿すること自体初めてですので全く慣れていないので誤字が出てしまいました…

次話はエイナがゴローさんを好きになるきっかけのエピソードを投稿しようかなぁと思います。できるだけ早めに投稿できるよう頑張ります!


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エイナ・チュールの回想と決意の弁当

墨を撒き散らしたようなどんよりとした曇り空から大粒の水の塊が絶え間なくから降り注ぐ中、私はギルドでの休む間もない怒涛の仕事を終え疲れ果てて鉛のように重くなった体を引きずりながら自宅のあるギルドの関係者が住む北のメインストリートを歩いていたらとある装飾店の前に佇む人物が目に入った。

 

顔立ちから推測するともうすぐ中年に差しかかっているような年齢をしていて紺色のスーツに何か高級な革で作られたビジネスバッグを片手に持っていた。体型は中年近くになっているにしては妙に筋肉質でスーツ越しでもがっちりしている。

 

顔には明らかに困惑した表情を浮かべ、しきりに辺りを見渡していてどう見ても不審者にしか見えない。周辺にいる人達も疑わしい目を向けながら足早に去って行く。

 

…正直今すぐにでもベットに倒れこんで眠りたいところだけど、あんなに困った顔をしていたら声をかけないわけにはいかないだろう。それにあんな挙動不審な行動をしていたらもっと衆人環視の注目を集めて面倒なことになるかもしれない、そうなる前にギルド職員としてこの男性の困りごとを解決するべきだ。

 

私は意を決して男性に声をかける。恐らく目的地が分からなくなって困っている、といったところだろう。この迷宮都市オラリオは中央のバベルを中心にして八方の方角にメインストリートが通っている。北のメインストリートは東のメインストリートにある『ダイダロス通り』ほど複雑で入り組んだ構造はしていないが、それでも小路に入り込めば目的地を見失い迷う人も時々いるのも事実だ。

 

「あの、すみません。なにか困っている様子ですけど、もしかして道に迷いました?」

 

「え?あ、いや…その…迷ったというか、まぁ確かに迷ってますけど…その…」

 

男性は突然話しかけられたのに驚いたのか心底困惑した様子でしどろもどろに声を出した。

 

やっぱり道に迷っていたんだ。北のメインストリートはもう何年も住んでいる区域だから地形は全て把握しているし男性の探している目的地もこの区域内だろう。

 

「よろしければ私が案内しますよ。私はギルド職員でここの北のメインストリートに住んでいますから、大抵の場所なら分かります」

 

自分自身でも世話焼きなのは自覚しているがやっぱり困っている人を助けたいと思うのは私の性分だから仕方ない。ギルドの同僚や冒険者に「ギルドの頼れる親戚のお姉ちゃん」などと揶揄されているほどだ。そう言う輩には毎回笑顔で説教をするけど。

 

「その…ここではないんですけど、駒場東大前駅ってどこにあるんですか?」

 

「コマバトウダイマエエキ?」

 

私は全く聞きなれない言葉に間抜けな声を出してしまった。

 

コマバトウダイマエエキ…私の知る限り北のメインストリートにそんな店の名前はなかったはずだ。

 

「えーと、そのコマバトウダイマエエエキ?っていうお店はこの周辺にはないですよ。飲食店の名前ですか?」

 

「は?」

 

今度は男性の方がポカンとした顔で間抜けな声を出した。

 

「いや、駅の名前なんですけど」

 

「エキ?あの、エキってなんですか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

私と男性はお互いに沢山の疑問符を浮かべながら一向に伝わらない言葉にただただ呆然とした顔をして見合うしかできなかった…。

 

 

 

 

 

 

とりあえず話が一向に進まないのでお互いに自己紹介をして近くの喫茶店に入って男性の事情を一通り聞いてみた。北のメインストリートは服飾の店がほとんどを占めているが、何軒か飲食店はあるのでよく私が通うお店を使うことにした。

 

男性…ゴロウ・イノガシラさんの話す内容はとても荒唐無稽で信じられないことばかりだった。明らかに私、いや()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…ええと、話を整理するとあなたは商談を終えて家へ帰ろうとしてそのエキに向かおうとするといつの間にかあの場所に立っていた…ということですね」

 

「ええ、そうです。さっきまで目黒区にいたんですよ。それが何故かこんな中世ヨーロッパのような場所にいたんですよ」

 

イノガシラさんは肩をすくめて溜息をついた。

 

事情を聞けば聞くほど困惑するばかりだった。デンシャという鉄の塊が人を乗せてエキで降りる…そんな交通手段は当然知らないしこの世界にそこまで高等な技術はどこを探しても無い。

 

「イノガシラさん、私はデンシャなんていう乗り物は知らないし、この世界には存在しないです。…こんなお伽噺みたいなことを言うのは馬鹿げていると思いますが、その話を信用するならゴロウさんは別世界からこの異世界に来た…ということになりますね」

 

自分で言っていて本当に馬鹿げていると思うがイノガシラさんはこの世界の事をあまりに知らなさすぎる。

 

神々が下界に降りてきて人間と共存している事、オラリオというこの都市にダンジョンという迷宮がありそこにモンスターが生息している事などを話してもまるで痛い発言をした人間をを見るようなドン引きした目と顔で見つめるだから本当にこの世界のことを知らないのだろう…本当のことを話しているだけなのにそんなに引かないでほしいな…

 

「…これって夢なんじゃないですかね。目が覚めたら事務所の机に突っ伏して寝ていたっていうオチなんだきっと」

 

イノガシラさんからしたら絵本の中のような現実感の無い話だろう、だけど実際にこの世界に存在してこうして私と話をしているし決して夢じゃない。

 

イノガシラさんは疲れた表情でコーヒーを啜っている。唐突に自分の住む世界と真逆の世界にいるんだからその事実だけでも相当なショックを受けているのは間違いないだろう。

 

 

「イノガシラさん」

 

「はい?」

 

私は椅子から身を乗り出し、イノガシラさんの頬を思いっきりつねった。

 

「いだだだだ!?」

 

「これでわかりました?イノガシラさんは自分がいた場所とは違う世界にいることは現実です。紛れもない真実なんです」

 

「……」

 

イノガシラさんは突然の出来事に理解が追い付いていないのか完全にフリーズしている。

 

「イノガシラさんの今の状況はこの世界…オラリオでは素性の分からない謎の人物です。しかも異世界から人が来た、なんていう話を暇を持て余している神々が聞いたら歓喜して何をするか分かりません。ですから、現状イノガシラさんがいた世界に戻る手立てがない以上このオラリオで何か手がかりを探すしかありません」

 

「…いや、でも、手がかりを探すって…そんなのどうやって…」

 

「私が手伝います」

 

「え?」

 

「私が一緒に元の世界に戻る方法を探します。こんなに酷く困っている人がいるなら…放っておけるわけないじゃないですか」

 

自分でも初対面で赤の他人に対してこんな行動をするなんて思ってもいなかった。…少しでもイノガシラさんの不安や憂鬱を減らしたかった一心でこんなことをしてしまった。

 

ああ…やっぱり私は自他共に認める生粋の世話焼きなんだなぁ…。

 

 

 

 

 

それからイノガシラさんの当面オラリオで暮らしていく為にまずは身元の証明をしなくてはいけなかった。

 

だけど今の自分の力だけではイノガシラさんをこのオラリオで安全に住まわせる力は正直ほとんど無い。それに異世界から来たというイレギュラーな人物だ。それが神々にバレるのはだけは何としても避けたい。そこで私はギルドの主神であるウラノス様にイノガシラさんの素性や今までの出来事を包み隠さず話すことにした。

 

ギルドはダンジョンの管理やオラリオ内の様々な事柄に対しての運営を担っている機関だ。それに中立を保つために所属するギルドの関係者全員に神の恩恵(ファルナ )を与えていない。娯楽を求めずオラリオやダンジョンの管理を担うギルドの主神ウラノス様になら話しても問題はないと思ったし、何か異世界に戻る方法を知っているかもしれないと期待したからだ。

 

ウラノス様は私の話を聞き終えると静かに異世界の存在など初めて知ったと発言し、元の世界へ帰る方法を調査すると約束してくれた。そしてイノガシラさんのギルド職員への採用を認めてくれた。

 

表面は『ヒューマンである父の古い親友』という設定にしてほしいとお願いし、それも承諾してもらった。その方がギルド職員たちに信用されやすいと考えたからだ。同僚と冒険者の男性達は「いつもエイナさんにお世話になってますイノガシラさん!」と下心丸出しですり寄ってくるから笑顔(デススマイル ) でながーいお説教をしたけど。

 

こうしてオラリオにしばらく滞在することになったイノガシラさんは元の世界への期間方法の模索とギルド職員として働くことになった。

 

ギルドの職員としてイノガシラさんは本当に良く働いてくれてた。私が世話係として色々と教えたがそれを全て要領よく覚え、事務作業全般をミスなく仕事をしてくれるので1か月もすればギルド職員全員から信頼される存在になっていた。

 

「イノガシラさん!この書類なんだけど計算合ってるかな?」

 

「イノガシラさん~冒険者さんがゴネて受付の前から動きません~助けてください~…」

 

ギルド職員たちから日々頼りにされてそれを全て的確に処理してくれるイノガシラさんは女性職員にも人気らしく、特にミィシャは「イノガシラさんって仕事も完璧にこなすし中年に近いけどものすごくダンディな紳士みたいでかっこいいなぁ。体型も冒険者みたいに逞しいし!」という始末だ。

 

イノガシラさんは女性職員からのアプローチも「いえ、すみませんそういうのは興味ないので…」と断るばかりで異性に対して関心がないようだった。だが逆に「クールに断るイノガシラさんもかっこいい…!」と女性達からの人気はうなぎ登りだ。

 

…色々と世話をして、こうして仕事を完璧にこなすのはありがたいが少しばかり寂しいと思うのは自然な事だろう。少しでもいいから頼ってもいいのに…。

 

 

そんなイノガシラさんだけど、働き始めて3ヶ月経って1つ不満に思っていることがあった。

 

それはギルド内でお昼休憩の時だ。イノガシラさんはなぜかバベル内にある職員食堂を利用せず、毎日市街に繰り出して外食をしていることだ。

 

イノガシラ自身、料理は全くしないしできないと聞いていたので別にお店で食べることには不思議はないけどそれでも一度も職員食堂を利用せずに毎日バベル外で昼食をとるのは何故なのだろうと何度も質問したことがあったけどその度に「いや、その…ははは…」と笑ってはぐらかされていた。

 

…釈然としない。ギルドに所属する職員の大半はお昼休憩の時に職員食堂を利用している。メレン(港街)から獲れる様々な新鮮な魚介類や様々な食材を使用したヘルシーな料理が人気でこの食堂で同僚同士で仲良く話し合いながら食事をするのが日常だ。

 

イノガシラさんはただでさえ積極的に他人とコミュニケーションをとらないのだから職員食堂は貴重な職員同士気軽に話し合える場所だから利用した方がいいと言っているのに全く言う事を聞こうとしない。

 

それに外食で好きなものばかり食べていたら食生活が偏ってしまうじゃないか。それではいつか病気になってしまうかもしれない。イノガシラさんは少ししっかりバランスのとれた食事をしてもらわないといずれ仕事に支障をきたすに違いない。

 

よし…こうなったらどんな偏った食事をしているか自分の目で確かめよう。私はとある日にイノガシラさんが昼食をとりにバベルの外に出るのを見計らって尾行を開始した。

 

 

 

イノガシラさんは西メインストリートにたどり着くと大通りに立ち並ぶ様々な飲食店を一つずつ真剣に見つめ、早い足取りで歩いていた。

 

西メインストリートは北西メインストリートのように冒険者の往来が多い為に用意された酒場はそこまで多くはないが『豊饒の女主人』のようなあの有名なロキファミリアも常連になっている酒場もある大通りだ。

 

 

(どのお店に入るんだろう…はっ!?まさか昼間から酒を飲むつもりじゃ!?)

 

昼食後はいつも平然とした顔でギルド本部へ帰ってくるが案外お酒に強くて顔に出ないからこっそりと飲んでいるかもしれない…!もしそんなことがギルド内に知られればイノガシラさんの信頼は地に堕ち、ギルド職員として働くことができなくなる可能性がある。

 

(これは絶対に確かめないと…!世話係としてどんな食生活をしているか確認する義務がある!)

 

私が心の中で硬く決意を固めている時、イノガシラさんはとあるお店の前で足を止め、看板に書いてあるメニューを食い入るように見つめていた。

 

(あの店は…)

 

イノガシラさんが立ち止った『オフクロ』という極東の料理を提供することで有名な飲食店でオラリオでは見かけない珍しい食材や調味料で作った料理を目当てに極東出身の冒険者や神様が数多く利用している。同僚のミィシャもお気に入りらしく「ツケモノっていう極東の野菜を使った料理がすっごく美味しいんだよ!」と絶賛していたっけ。

 

イノガシラさんは暫くメニューを見つめた後。店の中へと入っていった。

 

私は極東の料理に関しては全く知らないが一体どんな料理なんだろうか。ほんの少しの好奇心とイノガシラさんの監視という使命を帯び、意を決して私も『オフクロ』の店内へと入った。

 

 

店内は極東独特の木造作りをしていて極東出身の人物だけでなくドワーフやエルフなど様々な種族も数多く利用していて店内はかなり混雑している。

 

イノガシラさんはカウンター席に座っていてちょうど割烹着という極東の伝統的な衣装を着たヒューマンの女性店員に注文をしている最中だった。

 

私は気づかれないようにカウンター席から死角になるテーブル席に座りメニュー表を見て迷っているような素振りを見せながらイノガシラさんの監視を開始した。

 

(もう注文した後のようだけど一体どんな料理を頼んだのかしら…お酒なんて飲んでたらその場で説教してやるんだから)

 

イノガシラさんは興味深そうに壁に掛けてある木で造られたメニュー表や店内を見渡している。

 

店員がしきりに「あの~ご注文はお決まりでしょうか?」と聞いてくる度に「いえまだですちょっと待ってください」という問答を何回も繰り返して困惑した顔をしている店員に対して申し訳ない気持ちになってきているところにちょうど厨房から女性店員がイノガシラさんの前に注文した料理を運んできた。

 

(…なんだろう、あの料理…)

 

それは私が初めて見る料理だった。ミィシャが言っていたツケモノと極東ではコメと呼ばれているライスは知っているが朱色に塗られた器に入っている薄い茶色をしたスープ、大きめの皿の上には濃い茶色のソースが絡んだ魚は全く知らない未知の料理だ。

 

(へぇ、あれが極東で食べられてる料理なんだ…)

 

私が興味津々で見つめているとイノガシラさんはまるで欲しいオモチャが手に入って喜んでいる子供のような無邪気な表情でその料理を見つめている。

 

(とりあえずお酒は頼んでいないようね…よかったぁ)

 

私はホッと胸をなでおろした。まぁ、いくら昼食の休憩でもそんな職務に支障をきたすようなことはしないと信じてはいたけど。

 

やがてイノガシラさんは多分メインになる魚を口に運び咀嚼すると今まで見たことのない屈託のない笑顔で他の料理も食べ始めた。

 

(…イノガシラさんって、あんな表情するんだ…)

 

今まで見たものはどれも物憂げな表情ばかりであんなに心の底からの笑顔なんて見たことがない。

 

思えばこの異世界に迷い込んでから気の休まる日々なんて無かったんだろう。

 

全く違う価値観と常識を何とか覚え、元の世界へ戻る方法を必死に模索しながら毎日仕事をする日々。それがどれだけの不安がのしかかっているか想像もつかない。

 

イノガシラさんの唯一癒されるもの、それは一人で食べるご飯なのかもしれない。何も考えず好きなものを食べる…それはとても今のイノガシラさんにとって良いことかもしれない。

 

(…でも)

 

それでも、一人で食べるご飯よりも、気心の知れた仲間と一緒に食べることも楽しくて心が癒されるものだと教えたい。赤の他人が作った料理を一人で黙々と毎日食べているのはやっぱり精神的にも肉体的にも良くない。

 

(…もし私が弁当を作って食べてくれたら、あんな表情をしてくれるのかな)

 

私の作った弁当を無邪気に喜んで食べているイノガシラさん…そんな想像をしているとなぜか頬が熱くなるのを感じた。

 

(べ、別にやましいことなんか何もない!やっぱり外食ばっかりしちゃダメよ!)

 

やがて全ての料理を食べ終えたイノガシラさんは心底満足した顔をしながら店員に食べた分のヴァリスを払い、席から立ち上がった。

 

(こうなったらもうハッキリ言ってやる!そうしないと絶対分かってくれない!)

 

私は決意を固め、席を立ち出口に向かうイノガシラさんの前に立ちふさがった。

 

「え?チュールさん?」

 

私が突然現れたことで

「…ます」

 

「は…?」

 

 

 

「イノガシラさん!あなたは毎日毎日外食して他の人と交流しようとしないしこうして外食ばかりして自分の好きなものばかり食べて偏った食生活をしているでしょう!もう我慢できません!そんなことは私が許しません!今後は私があなたの食生活を正します!まずは昼食は必ず私の作ったお弁当を食べること!そして必ず私と一緒に食べること!この二つは絶対に守ってもらいますからね!」

 

私は一気に言葉を捲し立ててしまってゼェゼェと息が荒くなっていた。これで私の言いたいことは言った。

 

「いや、そのいきなり何を…」

 

 

「いいですね!?」

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 

この後ギルド本部へ帰ったら偶然あの場所で食事をしていた同僚の女性職員がいて『エイナがイノガシラさんにプロポーズしてたんだけど!』と勘違いしてギルド内に喋りまくったせいで男性職員や冒険者全員が血の涙を流しながら『本当なんですか!?』と詰め寄るから『誤解です!!』と疑いを晴らすのに何日もかかったのは今ではもう良い思い出だ。

 

 

 




今後は最低でも1週間おきに更新していけたらなぁ、と思ってます。

原作1巻でコンビニで大量の食べ物を買って食べている話がありますけど、普段2000円近く買い物することってあまりないですよね。スーパーの方が安売りしてるしそっちの方で僕は毎回食材を買ってます。

今後の話の展開ですけど、もうちょっとロキファミリアとの絡みをふやせたらなぁと思ってます。時々ロキに美味しいお店を教えてもらって食べに行く…なんて展開を考えたりしてます。

後、エイナのゴローに対しての呼称ですけど、この話の後に自然と苗字ではなく下の名前で呼ぶようになった、という設定です。エイナは今でも下の名前で呼ぶことに恥じらいをを感じていますが。

とにかく次回も早めに更新していくよう努力していきますのでどうかよろしくお願いします。



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リヴィラのならず者焼き定食

お気に入りがもう900超えてる…!!本当にありがとうございます!




「ここがリヴィラの街か…」

 

俺は様々な冒険者で活気に溢れた街を見渡した。

 

ここはダンジョンでモンスターが出現しない安全階層(セーフティーポイント)と言われる18階層に造られた街らしく、ダンジョン探索に必要な武器、回復薬などが沢山売られている。

 

だけど値段をよく見ると0が2つか3つくらい多い商品が多く、地上でならぼったくりといっても差し支えないほどの価格だ。

 

フィンに聞いた話だとここの街は冒険者たちだけで作られたものらしく、ギルドの管轄外で管理が行き届いていなくてここで商売をしている冒険者たちがダンジョンで絶対に必要になるモノを好き勝手に法外な値段で売り裁いていると聞いたがここまでとは…こんな価格で買う冒険者なんているのか…?だけど回復薬が切れた時とかは命を落とす危険があるからここで買わなくちゃいけなくなるからそこに付け込んるってことか。こんな商売俺には絶対に出来ないなぁ。

 

 

「ゴロー君、ここまでたどり着いたけどどうだい、初めてダンジョンを潜った感想は?」

 

フィンは俺の顔を見て尋ねた。

 

「そうですねぇ…なんというか、RPGに出てくるダンジョンそのものって感じですかね」

 

「あーるぴーじー?」

 

「あ、いやなんでもないです。ただ話には聞きましたけど、本当に色んなモンスターが生息してて驚きましたよ」

 

最初はダンジョンに潜ることにあまり乗り気ではなかったが、ここまでたどり着く道中に指輪物語やラヴクラフト作品の世界に出てくるようなモンスターを沢山見てきて正直興奮していた自分がいた。だってゲームや本に書かれている超メジャーなゴブリンとか見れたし、本当に想像していた姿通りで驚いたなぁ。

 

「それじゃあまずは宿に荷物を一旦置いたらゴロー君をボールスに紹介しようか」

 

「はーい団長!みんなでご飯食べようよ!もうお腹ペコペコだよ~」

 

褐色の肌を面積のかなり少ない布で覆っているアマゾネスのティオナ・ヒリュテは一刻も早く飯を食べたいと言わんとばかりにお腹をさする。

 

「早とちりしすぎよティオナ。まだ冒険者依頼(クエスト)達成してないでしょ」

 

ティオナを窘めた同じく褐色の肌をしたアマゾネスのティオネ・ヒリュテはティオナの姉であり姉妹はロキ・ファリミアの主力メンバーだ。

 

…しかし、姉であるティオネは様々な部分の発育が良いのに妹のティオネはある特定の部分がとても残念なことになっている。アマゾネスは基本男性を魅了できるような肢体に育つと聞いたことがあるがこれではどう見ても幼い少女にしか見えない。本当に姉妹なのだろうか?

 

「相変わらずここは騒がしいな…」

 

深い緑色の髪をした王女のような品格を醸し出しているエルフのリヴェリア・リヨス・アールヴはリヴィラの街を見渡して溜息をついた。

 

「アイズさんっ、その、疲れてないですか…?」

 

「ん、大丈夫だよレフィーヤ」

 

アイズ・ヴァレンシュタインはリヴェリアと同じくエルフのレフィーヤ・ウィリディスの頭を優しく撫でていた。

 

「あ…えへへ」

 

気持ちよさそうに頬を染めておとなしく撫でられている姿はまるで慕っている飼い主にかまってもらって喜んでいる犬のようだ。もしレフィーヤに尻尾があったら千切れんばかりにぶんぶん振っているだろう。

 

 

とりあえず宿を確保する為に俺達はリヴィラの街の中を歩き始めた。俺は冒険者でもないのにダンジョンに潜ることになった経緯と目的を頭の中で思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダンジョンの18階層にあるリヴィラの街にいるボールス・エルダーさんが直接私と商談がしたいので来てもらいたい…ですか」

 

俺はテーブルの上に置いてある冒険者依頼(クエスト)の紙を眺めた後、顔を上げて視線をロキファミリアの団長であるフィン・ディムナに向けた。

 

「そう、そこに書いてある通り依頼内容は君を18階層のリヴィラの顔役であるボールスの元まで送ることだよ」

 

穏やかに微笑むフィンは小人族らしく、幼い少年のように背が低く顔も童顔だ。見た目に反して大人の口調で喋るからまるで背伸びして大人になりきっている子供のようだ。

 

「まぁ、もちろん君が商談に応じないというならギルドに報告してこの冒険者依頼(クエスト)を破棄してもらうことになるけどね」

 

俺はソファーに深く座り深く考え込んだ。

 

普通ならダンジョンまで潜って商談をしにいく、なんてことは個人的にはお断りしたいところだが俺の地道な商売のおかげでこうして個人的に指名してもらえるのはとてもありがたいことだ。お得意先はいくらあっても困りはしないしな。

 

「いや、お請けしますよ。私を指名してもらえるのは嬉しい限りですよ」

 

「それはよかった。正直受けてもらって心底良かったと思ってるよ。だって君の実力を直に見られるかもしれないんだから」

 

フィンは穏やかな笑みを受けべているがまるで品定めをするような目を俺に向けていた。

 

「え、それは一体どういう…」

 

「確かにこの冒険者依頼(クエスト)は18階層まで君を安全に送り届けることが前提だから全力で僕達は君を守るよ。それは保障する。でも、万が一異常事態(イレギュラー)が起きて守りきれない…ということもないとは言い切れないからね。その時は君の力も貸してもらうかもしれないってことさ」

 

…なるほどそういうことか、結局フィンも俺自身に興味を引かれて隙あらば勧誘しようという腹なのか。

 

 

「それにアイズが君に弟子にしてほしいと嘆願したそうじゃないか、それだけ強いというのは僕でも興味が湧いてくるよ」

 

「……」

 

「ははは、冗談だよ。君がどんなに強くてもどのファミリアにも所属していない一般人だからね。そんな人に手助けしてもらったらロキファミリアの名誉が傷ついてしまう」

 

俺は溜息をつきたくなるのをグッとこらえて淹れてもらった紅茶を静かに啜った。

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)で起こった騒動から数日が経った後、オラリオ中に「冒険者でもないただの一般人がモンスターを倒した」という事実が広まり、更に神々のみならずオラリオに住む一般市民にも伝わってしまい、ひっきりなしに様々なファミリアが俺を勧誘することにそろそろうんざりしてしていた。

 

特に一番困っているのはベルという白髪の少年はともかくアイズの俺に対して弟子入りしたいというアプローチがあまりにもしつこすぎることだ。

 

なにより一番嫌なことは俺が一人で静かに飯を食べているところに幽霊の如く俺の後ろにいつの間にか立って「教えてください」と懇願したりして食事の邪魔をすることだ。こればかりはさすがに勘弁してほしい。

 

まぁ、俺は他人に何かを教えられる器用さは持ってないし教えるつもりもない。俺より強いやつはいくらでもいるだろう。

 

 

 

「ああ、それに18階層は『迷宮の楽園』っていわれてるくらい美しい風景が広がっているんだよ。リヴィラの街も活気があっていいし、なによりそこでしか味わえない美味い料理も沢山あるしね」

 

「ほう…?」

 

 

 

 

 

我ながら『そこでしか味わえない料理がある』と言われてのこのことここまで来るなんて単純なやつだと思うが、そこに美味い料理があるなら行くしかあるまい。絶品の料理を求めてさすらう俺はさながら食の旅人(グルメ・トラベラー)といったところか。

 

「着いたよ、ここがボールスの家だ」

 

フィンが目的地であるボールスの自宅を指差した。

 

さぁて初めてのダンジョン内での仕事だ。気を引き締めて頑張りますか。

 

 

 

 

リヴィラの顔役であるボールスとの商談を終えて俺は自宅の扉を開けて外に出た。

 

いやぁ、今回はロイマン以上に厄介な客だったなぁ。ボールズは左目にしている眼帯の注文をしてきたのだが、これが無茶苦茶な要求ばかりでほとほと困ったもんだ。

 

やれ大剣の装飾が施されたものだ純金で出来たものだと色んな要求をしてきてせっかく作ってきたリストにそんな商品は無かったから「とりあえず地上に戻ってお求めになる商品を探してきますので」と言ったがそんな奇抜な物が見つかるかどうか…

 

「やれやれ…また大変な仕事になるなぁ」

 

俺は深い溜息をつくとフィン達が確保した宿に向かおうと前を向くとリヴィラの中心にある水晶広場のベンチに座っていたアイズとリヴェリアが立ち上がりこちらに歩いてきた。

 

「あの…終わりました…?」

 

アイズは相変わらず無表情に言葉を紡いだ。

 

 

「え…?あの、もしかして今まで待ってたんですか?1時間も経ってるのに?」

 

「アイズがお前を待っていると言って聞かないのでな。他のメンバーは先に宿に行ってもらって私も一緒に残っていたのだ。アイズを一人にするのは心配なのでな」

 

「…リヴェリア、子ども扱いしないで…」

 

少し眉をひそめてリヴェリアを見上げるアイズは視線をこちらに戻し、身体がもう少しで触れ合うぐらいの距離まで詰め寄ってきた。

 

…つい最近もこんなことがあったような気がするのだが…。

 

「…ゴローさん、ご飯を食べながらでもいいからあなたの強さの秘密、教えて」

 

またこれだよ…何回も断っているんだけどまだ諦めていないのか。あと君は仮にも女性なんだから見境なしに男性に詰め寄らないほうが良い。色々と勘違いする人間が出るから辞めてもらいたいものだ。

 

…ん?ご飯?そういえばさっきから広場のあちこちにある酒場や出店から様々な胃袋を刺激する良い匂いが漂っている。天井を覆う水晶の光も殆ど無くなりつつあり、要するに『夜』の時間帯になったのだろう。

 

そういえばフィンが『ここでしか味わえない料理がある』と言っていたな…一体どんな料理なんだ?どこの店で出しているんだろう。

 

ああ…そう思うと、なんだか…腹が…減った…。

 

 

ポン       ポン        ポン

 

 

 

「…おい!聞いているのか!」

 

ふと我に返るとリヴェリアがイラついた表情で俺を読んでいた。

 

「すみません。アイズさんたちは宿でお食事をとってください。私は店で食べてきますので」

 

「…なんで?」

 

アイズは全く理解できないという風に首をかしげる。

 

「そうだぞ。フィン達もお前が宿に戻ってから食事をとるように待っているんだ。なぜ一人で食べる必要がある」

 

「…その点はすみません。私の為に待っているのはありがたいですが、あなたたちだけで食べてください」

 

「だから!何故一人で食べる必要が…」

 

「本当にすみません。ですが、食事は一人で静かに食べたいんです。あなたたちの好意はありがたいのですがこれだけは譲れません。では失礼します」

 

リヴェリアはまた何か言う前に俺はそそくさとその場から離れた。早く店を探さないと。

 

 

 

 

「全くなんだあの男は。こうして待っていたのになぜその好意を素直に受け取らないんだ」

 

リヴェリアは憤慨した様子で小さくなるゴローの後姿を睨みつけた。

 

「…」

 

アイズは無言でゴローを見つめていたが、アイズの頭の中ではある考えが浮かんでいた。

 

(一人で食べることに何か強さの秘密があるのかも…少しでも何か分かるかもしれない)

 

全く見当違いな推測をしたアイズは今度一人でお店に入ってご飯を食ようと決意するアイズだった。

 

 

 

アイズ達と別れた俺は未知なる料理を求めて店を探し始めた。ダンジョンの中に街があるせいかどの店も冒険者が経営しているらしく、屈強な男達が他の冒険者たちに料理を提供している。

 

うーんいいね。どの店もスタミナが付きそうな料理ばかり作っていてさっきから胃袋が刺激されまくりだ。

 

ボールズとの商談で体力をかなり消耗しているからやっぱりここはガッツリ肉でも食ってスタミナを回復しますか。

 

しかし…このリヴィラに入って回復薬などの値段を見たが法外な値段を付けていたから飲食店のメニューもかなり高額な値段になるんだろうなぁ。まぁ美味しければ多少高くても我慢ができるが。

 

「お…」

 

俺はとある店の前で足を止めた。

 

その店は人口ではなく天然の洞窟を飲食店用に改造して作られたようで大きな入口には『ならず者の酒場』と不穏な店名が書かれている。店内からはすっかりデキあがった冒険者たちが歌ったりして騒いでいる。

 

(うーん、またもや酒場か、それに少し客がうるさいなぁ…でも俺的にはピーンときてるんだよなぁ)

 

やっぱりできるだけ静かに食事がしたいがこのリヴィラではどの店でも冒険者たちが酒を片手に武勇伝なんか語ったりして騒いでいるだろう。どこの店に入っても同じだろうな。

 

(良し、俺の直感に従おう。この店は絶対に当たりだ)

 

俺の直感は良く当たるのは今までの経験で分かっているからこの店に入らなかったら絶対に後悔するだろう。俺は意を決して大きな入口をくぐり、店内に入った。

 

店内はダンジョンを探索した直後の冒険者たちで溢れかえっていてあちこちで今日の収穫内容や闘ったモンスターについて語り合っている。

 

「空いてる席に座りな!」

 

案内してくれる店員もいなくておろおろしているとカウンター内の厨房で褐色の肌をしたアマゾネスの女性店員がなにやら美味そうな食材を炒めながら大声で喋りかけてきた。

 

俺は店員に言われるままちょうど一つだけ空いていたカウンター席に座った。ふぅ、とりあえず第一関門は突破したぞ。

 

とりあえず喉が渇いたな。水が出てこないけどここはセルフなのか?でも店内を見渡しても水を汲む装置がないのだが…。

 

「すみません、水を一つください」

 

「あいよ、40ヴァリスだよ」

 

そう言って先程声をかけてくれたアマゾネスの女性が手の平をこちらに差し出してきた。

 

「え…お金とるんですか!?」

 

「当たり前だよ。早くしてくれ食材が焦げちまう」

 

俺はただただ呆然とするしかなかった。法外な値段でふんだくるとは思っていたがまさか水にまで値段を付けるとは…しかもじゃが丸くんが一つ買えるくらいの値段だぞ。

 

俺は渋々財布から40ヴァリスを出して店員に渡した。どうやら前払い制らしい。

 

無造作に手渡された水を少し飲んでから壁に掛けてあるメニュー表を見る。

 

さてさて、肉を使った料理でなにか珍しい料理あるかな。…ん?なんだあの料理名は?

 

俺はメニュー表のど真ん中に書かれてある『ならず者定食』という料理に目が釘付けになった。

 

な、なんだ『ならず者定食』って…確かにこのリヴィラでしか出してないような料理だ。しかし名前だけは一体どんな食材を使った定食か分からないなぁ…。

 

「あのぉ…『ならず者定食』ってどんな料理なんですか?」

 

「あぁ?なんだい、あんた知らないのか?初めてこのリヴィラに来たってクチか」

 

「あ、はい、そうですけど…」

 

「塩をまぶして油で揚げた鶏のもも肉を串に刺した料理だよ」

 

なんともシンプルで豪快な調理だなぁ。なにも衣も付けずに揚げるのか。うんうん、いいじゃないか。本当は牛か豚が食べたかったけど鶏でも十分大歓迎だ。

 

「このならず者って名前の由来ってなんなんですか…?」

 

「うちらみたいなならず者の集団が手早く食べるために作ったから『ならず者』って名前が付いたんだよ」

 

「…」

 

なにか深い理由があると思ってたがなんともあっさりとした理由だ。こんな名前じゃあ初めて知った人どんな料理か全く想像できなくて頼みづらいぞ…。

 

「じゃあこの『ならず者定食』を一つください」

 

「900ヴァリスだよ」

 

そういってアマゾネスの店員は器用に食材を痛めながら右手を差し出してきた。

 

普通オラリオ内で食べれる定食が平均300ヴァリスだから3倍も値段がついてるのか…まぁ、仕方ない。ここはそういうところだと割り切るとしよう。

 

900ヴァリスを渡してアマゾネスの店員が「ならず者定食一丁!早くしな!」と他の店員に指示をするのを見ながら俺は冒険者たちのうるさい声をBGMにして視線を厨房へと注いだ。

 

アマゾネスにドワーフに獣人、それにエルフもいる…色んな種族が次々と注文の品を手早く作っている。豊饒の女主人も多種族が働いていたけどここは全ての種族が働いている。小人族が台の上に立って料理しているけどどう見てもやはり子供にしか見えないよなぁ。

 

 

「『ならず者定食』出来たわよ」

 

エルフの店員がカウンターの上に置いた料理は香ばしい匂いがして空腹度がさらに増してきた。

 

 

串に刺さった鶏モモ肉←味付けは塩だけ!でもそれだけでモモ肉の味が引き立つ!

 

 

うーん見た目は正直言って適当に作ったように見えるが、この鶏モモ肉は見ただけで美味しいって分かる。匂いだけでご飯が食べられそうだ。

 

串を持って思いっきりかぶりつく…ほぉ~これは美味い。調味料が塩だけっていうのがまた良いな。鶏モモだからヘルシーだしいくらでもたべられるぞこりゃあ。

 

 

ご飯←肉とは最高の相棒!こいつがいなければ話にならないぞ

 

 

そしてすかさずご飯を掻き込む…ほ~ら、やっぱりお肉とご飯は最強のタッグだ。これに勝てる組み合わせはそうそういないな。

 

 

トマトスープ←ほぼ溶けてるトマトが食欲を倍増させる!

 

 

この真っ赤な色…いい感じにトマトが溶けてサラサラっていうよりドロドロっとしたスープだな。

 

どれ、一口飲んでみて…あ~なるほど、そうきましたか。ちょっとだけピリッと辛いけど唐辛子でも入れてるのか?生で食べるトマトもいいけど、これもまた乙なもんだ。

 

うんうん、いいぞ。値段が高すぎると抗議する人もいるだろうがこの美味さなら900ヴァリスを出す価値がある。ぼったくり上等だ。

 

俺は胃袋の中へ次々に飯を掻き込む。貪欲に飯を求めお腹いっぱいになるまで貪り食う今の俺はこの定食の名前通りならず者だ。

 

「ふぅ…ごちそうさまでした」

 

トマトスープを一気に飲み干すと一息つく。あぁ…腹がいっぱいだ、満足満足。

 

俺は水をもう一杯頼んで一気に飲んでから席を立ち店から外に出た。

 

「……」

 

周りを見ると様々な酒場、出店には酒を飲んだり料理を食べて陽気になっている冒険者の姿がある。

 

…こうして危険なダンジョンに潜り込んで様々な危険と戦ってきた後の冒険者たちはこうして思い思いに好きなものを食べて飲んで身体を癒しているんだろう。

 

俺とは全く畑違いな職業だけど一仕事終えた後の飯は誰でも格別に美味いというのは皆同じ。それはこのリヴィラにいる『ならず者』たちも一緒なんだ。

 

「皆さんお疲れ様です」

 

俺は敬意をこめて小さく一礼するとフィンたちのいる宿に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バベルの最上階に神様達の領域(プライベートルーム)1つ、『フレイヤファミリア』の本拠地であるフロアからシルバーバックが暴れて特に被害が大きかった東のメインストリートにある壊れた家屋などを直している人々をフレイヤは赤ワインが注がれたグラスを片手に見下ろしていた。

 

口を付けて飲む仕草だけでも妖艶な雰囲気を醸し出している。その姿は正に美の化身であり、美の女神らしい姿だ。

 

「…ああ、彼のあんな姿を見たら益々欲しくなったわ」

 

フレイヤは艶やかな笑みを浮かべた。今回の騒動でとある男の姿が脳裏に焼き付いて益々自分のモノにしたいという欲望が増していた。

 

その男はフレイヤの予想を遥かに超える活躍をしてくれた。神の恩恵(ファルナ)を受けずに深層に生息するモンスターを簡単に倒したことはオラリオ中にすぐに広まり、今はどの神々と人々が話題にするほどだ。

 

だが、そんなことよりもずっと知りたかった事実を知ることができたのが一番の喜びであった。

 

(彼の根本にある欲望…それは人間の3大欲求の一つ、食欲だったのね)

 

フレイヤはロキと別れて男を観察していたのだが、その男は様々な出店を見て回り食べたいものを食べているその瞬間、その男の魂がより一層純粋に輝いていたのだ。

 

それは今まで見たことのない魂だった。彼は食に対して一切の妥協をせず食べたいと思ったものを素直に求めてまるで幼子のような笑みで食事を楽しんでいた。

 

(見たい…もっと彼の食べている時の色んな表情が見てみたい)

 

フレイヤにとって彼がどれだけ強いかということはもうどうでもいいことだった。

 

彼の未知なる料理に心底驚いている顔が見たい、辛すぎて顔を歪めている顔が見たい、甘いスイーツを食べて満悦の笑みを浮かべる顔を見てみたい…。

 

(彼が食欲を満たす時の表情を私だけのモノにしたい…!ずっと眺めていたい…!)

 

他の人間とは違う、普通の人間より遥かに違う食に対する飽くなき探求心、一人で孤独に食を楽しむ姿を自分だけに見せてほしいという欲望がとめどなく泉のように湧き出てくる。

 

(もう孤独に一人で楽しむ必要はないわ…これからは私が隣でずっと一緒にあなたの食事の世話をするわ。あなたが食べたことのない数多の料理を食べさせてあげる)

 

「もう我慢できないわ…」

 

フレイヤは静かに赤ワインを飲み干すと火照った頬に手を添えて蠱惑的な甘い息を吐いた。

 

「彼に直接会って私のモノにしましょう」

 

 

 




ダンまち独自の料理を創作してるんですけど中々新鮮なアイデアが浮かばないですね…。もっと「美味そう!」と思えるような創作料理と書き方を頑張って目指してます。

今後機会があればお馴染みのじゃが丸くんを使った創作料理をまた何とか出していきたいですね。

ベル君とヘスティアの出番も何とか増やさないと…!


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ディアンケヒト・ファミリアの天使草(アルゼリカ)ホワイトシチュー

感想が50近く書いてくださってありがとうございます!返信めちゃくちゃ遅いですけど全部読んで励みになってます!


迷宮都市であるオラリオやダンジョンの管理をしているギルド本部のとある応接室で、目の前にあるソファーに座ってにこやかに俺を見つめるハーフエルフの女性職員は表面上爽やかな笑顔をしているが目が全く笑っていない。

 

目の錯覚だろうか、彼女の背からはメラメラと激しい炎が渦巻いて見えているけどこれは気のせいなのだろうか、気のせいだと思いたい。

 

「ゴローさん、私が怒っている理由わかりますよね?」

 

ギルド職員のエイナ・チュールは有無を言わせない迫力が籠った声で俺に問いかけてくる。まぁ…エイナが怒る理由はもちろん先日のアレしかないだろう。

 

「…先日の怪物祭(モンスターフィリア)で僕が道を壊してオラリオに損害を与えたことですよね…?」

 

「違いますよ!!いやそれも理由の一つですけど私が一番怒っているのは!一般人の!!あなたが!!!モンスターに!!!!戦いを挑んだことですよ!!!!!」

 

エイナは一区切りするごとに声のトーンが大きくなって最後は鼓膜が破れるかと思うほど大声で俺を怒鳴った。

 

「モンスターを倒したことは百万歩譲って良しとします。実際にあなたが市街で暴れたシルバーバックを倒してくれたおかげで人的被害は一切無かったですから…ですが!どれだけあなたが強くてもあなたは冒険者ではなくただの一般人です!神の恩恵(ファルナ)も受けていないのにあんなことするのはもうやめてください!」

 

俺はただエイナのお説教を大人しく聞いていることしかできなかった。エイナの言うことは全部正論だし俺も軽率な行動をしたなぁと反省している。現に俺の静かな飯の時間を脅かす存在も現れたし本当にロクなことがないんだよなぁ。

 

「あの時シルバーバックを倒せなかったら怪我じゃすまないことになってたかもしれないんですよ!?もし…もしゴローさんの身になにかあったら私…」

 

エイナの瞳から一筋の涙が流れるのを見て俺は改めて自分が安易な事をしてしまったことに対して猛烈な後悔を抱いた。

 

…そうだよな、俺は自分のことだけ考えて周囲の人間の気持ちを考えてなかった…。こうして俺の事を本気で心配している存在がいることを完全に失念していた。

 

中年近いおっさんがこんな10代の少女を泣かせるなんて酒を飲んでる冒険者達の酒の肴にもならないくらい酷い話だ。

 

あぁくそ、またやっちまったなぁ。今まで自由で孤独な生き方をモットーに生きてきたけどこれだけ俺の事を案じてくれる人をないがしろにするほど俺は薄情な人間じゃない。

 

「…すみません、エイナさん。今後は絶対に今回のように無謀なことはしません。約束しますよ」

 

俺は上着のポケットからハンカチを取り出してエイナに渡す。これ以上娘と言ってもいいくらい歳が離れてる少女の泣く顔を見るのは精神衛生上よろしくない。

 

「もう…ゴローさんは本当に心配ばかりかけるんですから…絶対に約束ですよ?」

 

エイナは渡したハンカチをそっと濡れた目元を拭って俺を見つめた。

 

「はい。絶対に約束です」

 

「…よかった。それを聞いて安心しました」

 

泣き腫らした目でそっと微笑んだエイナは俺の言葉を信用してくれたらしい。

 

この娘を泣かせるようなことは今後絶対しないという決意を心に深く刻み込んだ。まぁ、怒ると延々と説教されるのは勘弁してほしいという理由もある。他人から見れば実の娘に怒られる父親みたいで居心地が悪すぎるからなぁ。

 

 

 

 

俺はエイナとの話を終えてギルド本部から外に出ると凝り固まった体をほぐすように軽く背伸びをした。

 

外は夕方になっていてオレンジ色に染まる街をダンジョンから帰ってきた冒険者たちが沢山歩いている。

 

今まで自営業を営んできて組織に所属することが無かったからこのギルドで働いたことは本当に新鮮なことばかりだった。ギルド職員時代に様々な種族の職員から頼られていたせいか、怪物祭(モンスターフィリア)の騒動以降、俺を心配してくれる職員達が俺の自宅まで押しかけてきた時はさすがに驚いたが…。

 

 

まぁ色んな差し入れを貰えたのは素直に嬉しかったな。特にミィシャがデカい鍋にアツアツのビーフシチューを持ってきて『これ手作りなんです!是非食べてください!』と押し付けられたのは辟易したけど。

 

ビーフシチュー…結構美味かったなぁ。特にゴロゴロとデカくブツ切りにした牛肉の味が忘れられない。

 

…シチューの事を思い出してたら急に腹が、減った…。

 

 

ポン      ポン       ポン

 

 

「…店を探そう」

 

今日は疲れたし、北西メインストリートで何か美味い飯を探すか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく出てきてわね」

 

ギルド本部から出たゴローをファミリアの本拠地であるバベル最上階のフロアから観察していたフレイヤはこれから始める大胆な行動に胸を高鳴らせながら後ろに控えている筋骨隆々の男、オラリオで唯一のレベル7であのアイズをも凌駕する力を持つ『フレイヤファミリア』の団長である猪人(ボアズ)のオッタルに視線を向けた。

 

「私は彼の元に行くわ。あなたもついてきてちょうだい」

 

「はっ」

 

オッタルは側近のような存在で常日頃から身の回りの世話をするなどフレイヤにとってファミリアの中でもトップクラスでお気に入りの存在だ。

 

「ああ、本当に楽しみだわ。これから彼は私のモノになるんだもの。誰にも渡さないわ…それを全ての神々に分からせましょう」

 

「仰せのままに」

 

オッタルは当初フレイヤの大胆不敵な計画に驚いたものの、反対などは一切しない。オッタルにとって主神の言葉は絶対であり、例え自害しろと命令されても喜んで実行するほどの忠誠心を持つ冒険者だ。

 

「さぁ…行きましょう。彼の全ては私が頂くわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は一瞬誰かにじっと見られているような気がして辺りを見渡した。

 

大通りには数多くの冒険者が闊歩していて早くも様々な酒場からのんべえ達の陽気な声などが沢山聞こえてくる。

 

「…気のせいか」

 

多分エイナの件で疲れているんだろう。普通に考えて俺みたいなおっさんを見つめる酔狂な人間なんていないに決まっている。早く飯を食って体力を回復させなければ。

 

俺は北西メインストリートにある数多の飲食店、酒場を物色した。ビーフシチューのことを思い出していたらシチュー系が食べたくなってきた…それにパンを組み合わせたら完璧だ。

 

最近酒場で飯を食ってばかりだから、今回はちゃんと下戸でも堂々と入れる普通の定食屋にしたいな。日本と違ってこの異世界の酒場では冒険者たちの騒ぎ声が半端なくうるさいし卑猥な話も平然と大声で話すもんだかあまり利用はしたくないんだよなぁ。

 

酒が飲めない同士が集まる普通の定食屋で静かに飯を食べる…うんうん、理想の食事だ。

 

「ん?」

 

俺はある店の前に立ち止まり店名が書いてある看板に目が釘付けになった。

 

「『薬膳料理専門店聖女の癒し(セイント・ヒーリング)』…?」

 

建物全体が汚れが一切無い白色に統一されててすごく清潔感が漂ってるなぁ…ん?隣の建物も白色一色だな…よく見ると『ディアンケヒト・ファミリア』のエンブレムが扉の上に掲げられている。

 

そうだ、思い出した。確か医療系ファミリアとして有名だったよな。色んな回復薬を売っていてオラリオの中でも最高峰の治療師(ヒーラー)が所属しているとか。

 

しかも最近医療だけじゃなくて薬膳料理屋も経営しているとこの間お得意先のロキに聞いたことがあったが、ここだったか。

 

…よし、今の俺に必要なのは飯という薬だ。ここでガッツリ食べて疲れた体を癒そうじゃないか。

 

 

 

店内に入ると外と同じ真っ白な色だけで染められた壁だけでなく、テーブルや椅子までも白色という徹底した統一ぶりだ。なんだか病院の食堂にいるような気分になるなぁ。

 

「いらっしゃいませ。御一人様でしょうか?」

 

エプロンやスカート、シャツまでも白色に揃えたコーデの女性店員はにこやかに問いかけてきた。

 

医療系のファミリアとはいえここまでして徹底的に白色にする必要はあるのだろうか。なんだか目がチカチカしてくる…。

 

「はい、一人です」

 

「それではこちらのカウンター席へどうぞ」

 

案内されたカウンター席に座ると俺にメニュー表を渡し、「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」と言い残し厨房へと消えていった。

 

俺はメニュー表を開いてどんな料理があるのか確認した。…うーん、ものの見事に聞いたこともない食材を使った料理名がズラリと並んでいた。

 

白樹の葉(ホワイト・リーフ)のサンドイッチ』、『羊肉の精神力回復薬(マジック・ポーション)煮込み』…?おいおい、回復薬を料理に使うのか?全く味が想像できないぞ…。

 

しばらく見慣れない料理名を眺めていたが最後のページに『オススメメニュー』と書かれた料理を見つけた。

 

「『天使草(アルゼリカ)のホワイトシチュー』?これはなんじゃらほい?」

 

天使草(アルゼリカ)という名前自体初めて聞いたが天使という名は一体どういう理由で名付けたんだ…?

 

いかん、訳の分からん食材ばかりで全く注文が決まらない。薬膳料理専門と書いていたから薬草を使っているんだろうが…。

 

ええい、ここでいくら迷っても仕方ない。料理選びの迷宮に迷い込む前に決めちまうのが得策だ。この料理に決めたぞ。

 

「すいません、この『天使草(アルゼリカ)のホワイトシチュー』を一つください。あと、セットで『黄樹の葉(イエロー・リーフ)』のサラダとパンをお願いします」

 

俺は女性店員を呼び、注文を済ませると店内を改めて見渡した。

 

満席ではないが冒険者や一般市民がテーブルやカウンターに座っていて薬膳料理を堪能していた。

 

そういえば昔、助骨が折れて入院した時に病院食を食べたことがあるがどれも味が薄かったし量も少なかったからとても俺の腹を満足させれるものじゃなかったなぁ…もしあの時と同じような料理が出てきたら別の店で腹をパンクさせて帰ろう。

 

隣に座っている青年の冒険者の料理を盗み見ると俺の想像していた毒々しい色合いの料理とはかけ離れた香ばしい匂いを放つ綺麗な緑色のカレーのような料理を美味そうに食べている。

 

ほう、これはかなり期待ができるぞ。それに厨房からも俺の胃を刺激する良い匂いが漂ってきている。早く来ないかな…。

 

「お待たせしました。『天使草(アルゼリカ)のホワイトシチュー』とセットの『黄樹の葉(イエロー・リーフ)』のサラダとパンです。」

 

女性店員が次々に注文した料理を並べる。

 

おお…きたきた、きましたよ。しかも色合いがすごく綺麗じゃないか。やっぱりこの店絶対当たりだ。確信できる。

 

 

 

天使草(アルゼリカ)のシチュー←雪のように真っ白な色をした見た目は天使を彷彿とさせる!

 

 

 

うーん、普通のホワイトシチューよりも更に白いな。本当に新雪のような純白だぞ。…しかし、天使草(アルゼリカ)って一体どんな効果があるんだ?

 

「あのぉ、すいません、この天使草(アルゼリカ)黄樹の葉(イエロー・リーフ)ってどんな薬草なんですか?」

 

「はい、天使草(アルゼリカ)は安眠の効果がある薬草で黄樹の葉(イエロー・リーフ)は骨折などを治癒する効果があります」

 

ははは…骨折を治す効果があるのか。もうあんな息が出来なくなるほどの痛みを味わうのは嫌だがこうして普通に食べるだけなら大歓迎だ。

 

どれ、まずは一口食べてみるか。

 

…うん、おお、なんというか…美味い、普通に美味い。

 

日本で食べてきたホワイトシチューよりも濃い味がする、すごい濃厚だ。これが天使草(アルゼリカ)の味なんだろうか。

 

そして、セットで頼んだサラダもどんな味がするのか…

 

 

 

黄樹の葉(イエロー・リーフ)のサラダ』←黄色の葉と赤いトマトの鮮やかなコントラストは正に芸術品!

 

 

 

名前通りの色してるなぁ。見た目はローリエみたいな形をしてる…色彩的には最高なんだが。

 

トマトと一緒に食べてみるか。…うんうん、シャキシャキっとした食感にトマトが合ってる。シチューを食べてる間の箸休めにはちょうどいい爽やかさだ。

 

そういやシチューにパンを浸して食べるとまた美味いんだよな。このパンは…すごいなこりゃあ。少し緑色がかっているからこれにも薬草が練りこんであるんだろう。

 

これをシチューに浸けて食べると…あぁ、パンに染みこんで美味さ倍増。この組み合わせもまた安心安定のタッグだ。

 

薬膳料理といえばすこし苦みがあってあまり美味しいイメージがないイメージがあったけど、その認識は改めなきゃな。俺にとって空腹は最大の病で処方箋は料理で満腹になったら完治する、正に食べる薬だ。

 

カラン カラン

 

美味い飯に舌鼓を打っていると出入り口のドアに取り付けてあるベルの綺麗な音色が響き、扉が開く音がした。

 

「お、おいアレって…」

 

「な、なんでこんなとこに!?」

 

周りで冒険者達が来店して来た人物に驚き騒めいている。なんだ…?

 

俺は気になって出入り口の方をチラリと見た。そこにはロキファミリアと並ぶオラリオ最強の派閥『フレイヤファミリア』の団長オッタルとその主神フレイヤが悠然と立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで私は神をも羨む美貌で欲しいモノを魅了し、私の所有物にしてきた。

 

わかっている、欲しいと思ったら私の手元に置かないと絶対に気が済まないし誰かが横取りしようとするなら怒りが頭を支配して必ず潰してきた。この行為は正に子供…欲しい玩具が手に入らないと癇癪を起こす幼子と一緒であることなんて。

 

でも仕方ないわ、それが私なんだもの。欲しいモノは絶対に手に入れたいし自分の欲望に忠実なの。

 

 

ロキには悪いけど…この子、貰っていくわね。

 

周りの子供達や神々が私に見惚れている中、私は彼の元に向かって歩き出した。

 

ああ、やっぱり食べている姿は何回見ても可愛いわ。この子の食事をしている時の魂はより一層輝きを増すのを眺めているともっと自分だけのモノにしたいって思ってしまうわ。

 

だから、『この子は私だけのモノ』という認識を神々や他の子供たちに知らしめる必要がある。だからこうして堂々と店の中で彼を魅了する必要があるわ。

 

私はすぐ傍まで接近して彼の顔を見る。

 

「あの、私に何か用ですか…?」

 

彼は驚いた顔で私を見ている。ふふ、そんな顔も可愛いわね…。

 

私はそっと手を彼の頬に添えてこの愛しい子を優しく見つめた。

 

普段なら時々ちょっかいをかけて反応を楽しんでから徐々に追い詰めて自分のモノにするんだけど、今回だけはそんな回りくどいことはしない。生まれたての小鹿のように弱い子を成長するのを見守るのは好きだけどこの子はもう成熟した果実のようなもの…もう収穫の時期なのよ。

 

さぁ、その甘い果実をゆっくりじっくり味わせて…?

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと…なんですか、やめてくれませんか」

 

 

彼は私の手を払いのけると訝しげに私を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

え…?どういうこと…?私の『魅了』が効いていない…?

 

なんで?神でさえ抗えない私の美貌が下界の子供に効かないはずがないにどういうこと…?

 

私はこれが嘘なのではないかと一瞬思ったけど、確かに私の美しさを彼に魅せたはずなのに平然としているのを見て現実なのだと認識した瞬間、私の心の中から怒りという味わったことのない感情が溢れだした。

 

 

「あの、食事の途中なんで…もういいですか?」

 

彼はもう私に関心が無くなったかのようでカウンターに置いてある定食らしき食べ物を再び食べ始めた。

 

…気に入らない、気に入らない気に入らない!私がこれだけ想っているのになぜあなたは私のモノにならないの!?これまで私は欲しいと思ったら全て手に入れてきた!それなのに!なぜ、あなたは思い通りに私のモノにできないの!?

 

 

「…まだ話は終わってないわ」

 

私は自分でも驚くくらい店内に響き渡る声で彼に問い詰めた。

 

「私は美の女神フレイヤよ、欲しいモノはいつも私の美しさに惹かれて自ら私を求めたわ。でも!なぜあなたは私の思い描いた通りにならないの!?」

 

「…あの、本当になんなんですか一体。話ってなんですか?」

 

彼は心底困った顔をして振り返り私の顔を見た。

 

ふと周りを見ると店内にいる冒険者たちが呆気にとられて私を見てるのに気づき、ハッと我に返り少し冷静になろうと極めて穏やかな口調で彼に問いかけた。

 

「…私は今まであなたの行動を見させてもらったわ。今まで見たことのない透き通った魂を見て私はあなたの事が気になって仕方ないの。食事をしている時にそれはより輝いていたわ。綺麗だった…私は見たいの。あなたが見せる全ての感情、表情を私だけに見せてほしいの。私なら今まで味わったことのない未知の料理をあなたにあげることが出来るわ。だから…私のファミリアに入りなさい」

 

「……」

 

彼は私の発言に少し驚いた後、顔をしかめて私の顔を見つめた。

 

「…食事をしている途中にいきなり話しかけてきて、いきなりファミリアの勧誘ですか…。残念ですがお断りします」

 

「…理由を聞いていいかしら?」

 

「ファミリアなんてものに所属したら余計なものを背負い込んで人生が重くなりますから…それに食事を特定の誰かにお世話をしてもらうなんて私にとって苦痛ですよ」

 

「…分からないわ。この世界中にあるあなたが知らない料理を沢山用意して味わうことが出来るのよ?私にはそれが出来るわ。それにあなたが望むならいくらでも…」

 

 

「あなたは何もわかっていない」

 

私の言葉を遮って彼は濁りの無い強い意志を持った瞳をまっすぐ私に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

「一人で孤独に自由に飯を求めて好きな料理や初めての料理を食べる…これが私にとって癒しで自分勝手になれる唯一の至福なんですよ。他人に要求して簡単に出てくる料理なんて食べたくありません。自分の意志で行動して美味しい飯を求めるのがいいんですよ」

 

 

 

 

 

私は彼の瞳の中に揺るがない一つの想いがあることに気付いた。それは彼の魂が宝石のように輝いている本当の理由であり、彼が何故あんなに純粋な表情を見せるのか理解できた。

 

 

 

「貴様…自分が何を言っているか理解しているのか?」

 

オッタルが怒気を孕んだ声で彼を睨みつける。私の勧誘を拒否したことに怒りを感じているのだろう。

 

「オッタル、帰るわよ」

 

私はオッタルを手で制して彼に背を向けてドアへ向けて歩き始めた。

 

「…分かったわ。残念だけど諦めるわ、()()()

 

今まで私の『魅了』が効かなかったのは彼が初めて。それだけでも驚愕だったのに彼の信念、想いを知ることが出来たのは大きな収穫だ。

 

「…ふふ」

 

こんなに私の計画通りにならないのは初めてだわ…今回は失敗したけど次は必ず成功せさせるわ。

 

彼が私にだけ見せるあの想い、感情、表情全てを手に入れるまで私は諦めないわよ。

 

私をこんな本気にさせるなんて彼が初めて。

 

あなたのその全てを私にちょうだい?

 

 

 




ゴローのチート設定完全にいらなかった…今更書き直すのもなぁ…



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テルスキュラのビッグポークチョップ

前回の投稿からかなり間が空いてしまいました……。
孤独のグルメシーズン7が放送していますしモチベが上がったので久しぶりに書いてみました。
時系列的にソードオラトリア6巻のカーリーファミリアとの戦い以前の話になります。


ぼんやりとした意識が徐々に覚醒していき、無機質な石で作られている部屋の中で寝かされていることに気付いた俺は周りを見渡した。窓ガラスも無い四角い枠から明るい陽射しが差し込んで部屋の中を眩しいほど照らしている。

 

(ここは……うっ、痛い……)

 

ズキズキと鈍い痛みがある後頭部を優しく摩りながら意識を失う前までの出来事を思い出そうと必死に記憶を辿る。

確か所用でニョルズファミリアの運営するメレンに来ていた俺は主神のニョルズと商談を済ませて、夕食は何を食べようと思い街中の飲食店を物色してたらとある路地裏で褐色の幼女が倒れているのを見つけた俺は慌てて駆け寄って抱き起して……。

 

『だ、大丈夫かい!?しっかりしろ!!』

 

『……す』

 

『よ、よかった……意識はあるみたいだね』

 

『少しの間眠ってもらうぞ』

 

『へ?』

 

間抜けな声を出したその直後後頭部に電流のような衝撃が走り、俺は幼女の不敵な笑みを見たのを最後に意識が途切れた。

 

そうだ、あの時俺は誰かに後ろから殴られたんだ。

 

でも一体誰が、そいつがこんな所まで運んだのか?

 

見知らぬ石造りの一室でただオロオロとする事しかできない俺はどうしたもんかと思っていたらドアが静かに開き、とっさに身構えたが室内に入ってきた人物に俺は目を見開いた。

 

「え、君はメレンで倒れてた女の子……?」

 

「おお、起きたか、あまりに長く寝ておるから叩き起こそうかと思っておったぞ」

 

なんだ、まったく状況が掴めない、一体この娘は何なんだ。

 

「あぁ、すまんのぅ。少々手荒なことをしてしまったがこうでもしないと素直に付いてきてくれないと思ってな」

 

そういうと褐色の幼女は自分がカーリーファミリアの主神カーリーであること、ここが本拠地であるテルスキュラという国であることを教えてくれた。

 

「噂に聞いておるぞ、かなりの強者らしいじゃないか。シルバーファングを神の恩恵なしで倒したんだって?……私の子供たちは強いオスが大好きでな……。どうだ、子供たちのつがいになってみないか?」

 

「は?」

 

職業柄様々な神と交流してきたが、こんな突拍子の無いことを言う神は初めてだ。というかこんなのが大勢いたらたまったもんじゃない。

 

「……というのは半分冗談じゃ、本当はお主に頼みたいことがあってのう、少し表立って言えんことなんじゃが」

 

半分本気なのかとツッコミたくなったが深くは追及しないようにしよう……。

 

 

 

(まさか『可愛らしい家具と抱き枕を見繕って欲しい』とは……。見た目も幼女なら中身もやはり幼女なのか)

 

最終的に俺はカーリーからの依頼を受け、それを承諾した。どうやら神の沽券に関わるから出向いて話すことができないので秘密裏に自分の国で直接話をする為にわざわざ連れ去ってきたらしい。なんとも強引な手段だが、まぁ食われることはとりあえずないと分かったので一安心だ。

 

というかオラリオから遠く離れている国にまで俺の名前が知られていることに驚きだ、怪物祭の件以降山のように商談にかこつけて勧誘するファミリアが増えて辟易していたが案外悪いことばかりじゃないようだ。

 

しかし、俺よりも遥かに長く生きているはずの神様の子供らしい願いに少しほっこりするなぁ。自分にもこんな可愛くて無邪気な娘がいたら子煩悩になっていたかもしれん。

 

「おぬし、失礼な事考えておっただろう」

 

「え、あ、いやぁははは……」

 

ジト目で睨まれ、言葉を濁しながら慌てて話題を変える。

 

「それでは、まずカーリーさんのお部屋の間取りを調べますので案内していただけませんか」

 

「それなんじゃが少し別の用があってのう、すまんが私の用事が終わるまで時間を潰してくれんか?アルガナとバーチェに我がホームを案内させよう、入ってこい」

 

カーリーが手を叩いて合図をすると扉が開き、身にまとっている布の面積が以上に少ない褐色の女性たちが入ってきた。

 

「カーリー、こいつ、本当に強いか確かめたい」

 

「……」

 

 

いきなり現れた二人に戸惑いを隠せないが、扇情的な衣装をしているこの女性たちが見た目でもうアマゾネスだというのが分かった。

 

「これこれ、確かめたい気持ちはわかるがこやつは客人じゃ。丁重にもてなせ」

 

「なんだ、つまらない」

 

束ねた白髪が足の付け根まである女性が心底つまらなさそうに腕を組んだ。

 

「付いてこい」

 

そう言うと強引に俺の手を引き部屋の外に連れ出そうとする。

 

助けを求めようとカーリーを見ると何かを期待すような笑みを浮かべて「後は頼んだぞ~」と暢気に手を振るだけだった。早く用事を済ませて帰りたいんだけどなぁ……。

 

手を引かれるまま玄関を出ると目の前に巨大な壁があり、なんだと思い目を凝らすとそれは丸い円形状の建物だと気付くのにそう時間はかからなかった。

 

コロッセウム、つまり円形闘技場のようなだろう、見た目が全く同じだ。オラリオでも怪物祭りの時にモンスターを調教するために使う闘技場があるからそこまで驚きはないが、この世界では現役で使われているのを見るとまるでローマ帝政期の時代にタイムスリップしたような気分になる。

 

「……ここなら大丈夫だろう」

 

やがて闘技場の中に入り、グラウンドのちょうど中央の場所に連行されるとカーリーからバーチェと呼ばれたアマゾネスの女性が掴んでいた手を離し、アルガナと一緒に俺と向かい合った。

 

「やっぱり気になる。お前、今から私と戦え」

 

アルガナはそう言うと獰猛な笑みを浮かべながら戦闘の構えをとった。

 

「あの、何のつもりですか?さっきカーリーさんに止められてたでしょう」

 

「関係ない、お前は何か他のオスとは違う匂いがする。体が疼いて仕方がない」

 

参ったなぁ……、怪物祭りの時といい、平穏に暮らしていたいだけなのに何で俺の元にトラブルが舞い込んでくるんだろう。おかげで最近はゆっくり一人で飯も食えていない。行く店全てどこかのファミリアに必ず熱いラブコールを受けてるからだ。

 

ああ、もう何でもいいから静かに飯が、食いたい。

 

 

ポン ポン ポン

 

 

よし、アマゾネスの国で飯を食える機会なんて滅多にないし何か伝統料理とかがあればそれを食うか。

 

「おい!何を呑気に突っ立ってる!こないならこっちからーーー」

 

「すみません、後にしてもらえませんか?」

 

「……は?なにをーー」

 

「一人で見て回りますんで。では」

 

もう相手にしている暇はない。アルガナが何か言おうとする前に俺はそそくさと闘技場を後にした。

 

さて、闘技場付近を探してみるか、どんな飲食店があるだろうか。

 

俺は辺りを見渡したがこれといって飯を食える店は見つからない。行き交うアマゾネス達が遠巻きにヒソヒソと何か話しているが彼女らの顔と雰囲気を見る限り余り歓迎はされていないようだ。

 

うーん、女性しかいないからやっぱり男の俺はイレギュラーな存在か。完全にアウェイな国だ。

 

少し居心地の悪い気分を味わいながら飯屋を求めてあてもなくぶらついていると俺の胃袋を刺激する香ばしい香りが漂う建物を発見した。

 

飯屋……だよなここ、看板立てかけてあるし……。

 

テルスキュラはオラリオより建築技術がかなり遅れているのだろうか。目にする建物はどれも石を積み上げて造られた粗末な建物ばかりだがこの店も例に漏れず同じような造りだ。

 

 

ドアの無い入り口から少し中を覗いてみるとよく磨かれて鏡みたいにツヤが出ている石のテーブルと椅子、そしてカウンターがあり、多くのアマゾネスが談笑しながら料理にがっついていた。

 

うーん、早く腹に何か入れないとぶっ倒れてしまいそうだ。よし、ここにしよう。

 

店内に入るとアマゾネスたちが全員俺の方を見てまた何かを囁きあってる。聞き耳をたてると「カーリー様の許可がなかったらあんな男……」などと言う声がチラホラとあった。

 

どうやら既に俺がこの国に滞在することは周知されているようだ。

 

ああよかった。カーリーさんの許しがなければ少なくともさっきの二人の様にいきなり決闘を申し込まれたりはしないだろう。安心して飯が食える。

 

そうなればもうビクビクしながら食べる事は無い。俺は堂々と胸を張ってカウンター席に座った。怖がるんじゃない、俺はただ腹が減っているだけなんだ。

 

「……」

 

体中で威圧感を放っているアマゾネスの店員が無言で水の入ったコップを目の前に置いた。顔にぶっかけられるんじゃないかとヒヤッとしたが流石にカーリーの客人に無礼は働けないのだろう。

 

「あの、メニューはないんですか」

 

店内をザッと見渡したがどこにもお品書きがない。客が来たらメニュー表を渡すシステムなのかな。

 

「肉だ」

 

「え?」

 

「牛、豚の焼いた肉しか出してない。お前、どれにするんだ」

 

「え、えーと。じゃあ豚で」

 

「分かった」

 

咄嗟にそう言うと注文を聞き終えた店員は厨房の奥へと消えていった。

 

焼いた肉……?随分と曖昧模糊な言い方だなぁ。料理名とかないのか?まさか羊一頭まるごと焼いたやつが出てくるんじゃないだろうな。

 

料理を待っている間、俺はまた店内を観察した。店内にいるアマゾネスたちが食べている料理はチョップのようだ。どれも皿に山の様に積み上げられていてどう見ても成人が1日摂取する平均カロリーの3倍以上の量はありそうだ。

 

しかし焼いた肉ってチョップのことか、もしかしてこっちの世界ではそういう呼称は無いのか。まぁ別に間違ってないけど。

 

「……はいよ」

 

やがて厨房から店員が山盛りのチョップをのせた大皿を目の前に置いてくれた。

 

「こ、これは……」

 

なんなんだこれは、で、デカすぎる……!?チョップってこんなにデカかったっけ……?

 

チョップの一つ一つが尋常じゃなく大きい、パッと見た感じはA4サイズの紙くらいのサイズだ。俺のいた世界じゃここまでビッグなものはまずない。

 

「あの、これってどんな豚を使ってるんですか……?」

 

「我が国の付近でしか生息しない特殊な豚を狩って調理しているんだ」

 

ほう、やっぱり普通の豚じゃなかったのか。しかしこれは中々ボリュームがある。アマゾネスの人々は毎日こんな大量に食べるのか……。恐るべしアマゾネス。

 

 

ビッグポークチョップ←規格外のサイズ!見てるだけで満腹感が味わえる野性味溢れるお肉。

 

 

「いただきます」

 

シャツの袖を捲り、臨戦態勢を整えてチョップを持つ。うーん、網目状の焦げが俺の食欲をさらに促進させるぞ。

 

「うん、美味い」

 

実に質実剛健な味。嘘のないストレートな味わいだ。手掴みで食べると余計に美味く感じる。

 

ああ、いちいち紙で手を拭くの面倒くさいな。グラスに油とか付いちゃうかもしれないからそこの所は嫌な部分だ。

 

「食べきれるかなこれ」

 

一つ食べ終わったがまだ4つもある。だけど、アマゾネスという種族はこの程度一瞬で食べ切っちゃうんだろうなぁ。

 

…それにしても、この世界に来てからもう長いけどアマゾネスの服装はおっさんの俺でも直視できないほど布の面積が少ない。オラリオでも普通に街を闊歩しているけど日本だったら確実に警察のお世話になってるぞ。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

うう、食い過ぎた。胃の中が肉でギッチリ詰まってて爆発しそうだ。

 

「あの、いくらですか?」

 

「50ヴァリスだ」

 

俺は財布から硬貨を取り出し店員に渡した。店員のアマゾネスはじっと俺の顔を見つめているが俺の顔に何かついてるのだろうか。

 

「……お前、美味そうに食べるな」

 

「え?」

 

「また、食べにこい」

 

そう言いながら少し口元に笑みを浮かべたアマゾネスの店員は心からそう思ってるんだと感じた。

 

は、初めてそんなこと言われた。普通に食べてるだけなんだけど、他人から見ればそんな風に写るのか。

 

はは、少し恥ずかしい。きっと子供みたいに無邪気に食べていたんだろう。お肉は大人を少年にする魔法の食材だ。

 

さて、一仕事するとしよう。俺は豚肉でパンパンに膨れている腹をさすりながら店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テルスキュラでゴローが一人飯を楽しんでいる頃。

 

 

「おう、ニョルズ、それはホンマか?」

 

「ああ、間違いない。私の水夫である子がお前の知り合いを担いで行く褐色の少女と幼女を目撃したらしい。街中にある宿に数日前から泊まっていたカーリファミリアの主神カーリーとその子供の特徴と酷似しているらしいから間違いなくこの二人だろう。」

 

下心を剥き出しにした女子だけの旅行でメレンにやって来たロキファミリアの女子一行はニョルズからロキの知人であるゴローが誘拐された事を知り驚愕した。

 

「……直ぐ助けに行かないと」

 

アイズは今にでも駆け出しそうな勢いだ。

 

「せやな。なんで攫ったんか見当もつかんけどちょいとばかしやりすぎや」

 

ロキは閉じていた目を見開いた。瞳には静かな怒りがユラユラと揺らめいている。

 

「ウチが目つけてるのにちょっかいかけたこと後悔させたるわ……」

 

 

 

バベル最上階にて

 

 

「そう、分かったわ」

 

オッタルからゴローが攫われたという報告を受け、フレイヤの心はどす黒い怒りが渦巻いていた。

 

「ふふ、私のモノに手を出すなんて、いけないわね」

 



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