覇王炎莉のちょこっとした戦争 (コトリュウ)
しおりを挟む

第1話 「ゴウン様ひどい!」

エンリ様の二次創作だよ。
将軍様の活躍劇だよ。
変な堕天使の事なんか忘れて、かる~く楽しんじゃってくださいね。

では、はじまり~はじまり~。



 エンリ・エモットは大変です。

 自分で宣言するなんて可笑しな話だけど、とても大変なのです。

 切っ掛けはやはり両親の死、だったと思います。

 それからゴウン様との出会い。

 妹と二人で生きていかねばならない――そんな状況の私達へ、あまりに多くの援助を与えてくださった村の救世主様。

 十九体の小鬼(ゴブリン)を授けて頂いたことに始まり、石の動像(ストーンゴーレム)の貸し出しや、ルプスレギナさんの派遣。もしゴウン様の手助けが無かったなら、妖巨人(トロール)の襲撃や王国兵との戦いで何度死んでいたか分からないくらい……。

 もちろん私が村長になることもなく、村自体が無くなっていたことでしょう。

 一時はカルネ村が呪われているのかと思い悩むこともありましたが、今は違います。カルネ村は最初の襲撃があったとき、既に存続不可能な立場になっていたのだと思うのです。その終わった立場の村を、ゴウン様の力で今まで無理やり存続させていた――のではないでしょうか?

 本当ならとうの昔に消え去っている村です。故に妖巨人(トロール)の襲撃も、王国兵が攻めてくることも無かったはずなのです。

 潰れるはずの出っ張りがいつまでもそこにあるから、次から次へと引っかかるモノが出てくるのでしょう。私達にとっては迷惑な話です。

 でも、潰される運命だったとしても退くわけにはいきません。

 ゴウン様の力を借り続けるのは甘え過ぎだと思いますが、それでも何とか自分たちでできることを探し、自分たちで成し遂げ、生きていかねばならないのです。

 とは言っても――

 

「ゴウンさまぁああぁーー! ひーどーいー!!」

 

「エ、エンリ、駄目だよっ。ゴウン様を悪く言っちゃ」

 

「言ってません! ンフィー! 私がゴウン様の悪口なんて言うわけないでしょ?!」

 

 いやいや、モロに言っていたけど、なんてンフィーレアが口にするわけも無く、「ご、ごめん」と若き薬師は頭を垂れるだけだ。

 しかし、カルネ村の村長エンリが大声を張り上げたのは何故なのか?

 その答えをくれるのは、美しき赤毛のメイド、ルプスレギナであろう。

 

「エ~ンちゃん、アインズ様の御言葉に何か不満でもあるんすか? お仕置きしちゃうっすよ」

 

「ち、違います! ちょっと驚いただけです。だ、だって竜王国へ行け、だなんてっ」

 

 からかい顔のルプスレギナを前に、エンリは必死に取り繕う。

 ゴウン様の御言葉に不満なんてあるわけがない。それは本心だ。だけれども内容に困惑するぐらいは許してほしい。

 私は、エンリ・エモットは、ただの村娘なのだから……。

 

 

 エンリはこれまで、五千ものゴブリン軍団を養うため八面六臂の活躍を見せていた。

 ゴブリン軍団を小部隊に編成し直し、トブの大森林を広範囲に渡って狩猟させて当面の食糧を確保。無論、捕り過ぎて獲物を枯渇させないよう配慮しつつだ。

 続いて村を囲む柵の、更に外側へゴブリン軍団の住居を設営。同時に防衛用の柵を新たに設置し、その外側に広大な畑を開墾。その姿はまるで小規模版エ・ランテルのようであるが、村としては小規模どころの話じゃない。まるで小都市だ。

 次にエンリはトブの大森林へ踏み込み、“西の魔蛇”と会談。縄張りへの一時的な侵入を許可してもらい、その先にあるというリザードマンの集落へ直行。そこで“コキュートス”と名乗る蟲のドラゴンとでも言うべき存在と面談し、湖からの水路造成を願い出たのだ。

 水路の件は――何故か――快く了承してもらい、リザードマンの魚養殖に影響のない箇所から工事を始めることとなったわけだが……、トブの大森林を貫くカルネ村までの水路となると一筋縄ではいかない。

 しかし、意外な活躍を見せたのはゴブリン軍団の工作部隊百五十名だ。

 工作部隊は戦争時に於ける軍団のサポートを主な任務としている。陣地の設営及び撤去、部隊の進軍を助けるための渡河作業や進軍に邪魔となる木々の伐採、沼地の埋め立て、他には大規模なトラップの土木作業なども行っているのだ。

 お蔭で水路工事は三交代制の二十四時間施工で、信じられない進捗具合となった。

 ちなみに、“コキュートス”や“西の魔蛇”が積極的に協力してくれたことが早過ぎる水路完成に大きく関わっているのだが、その理由は――ゴウン様の石像があったから多分そうなんだろうなぁ~と思いつつも――謎のままとなっている。

 ただ、水路で水を確保しても畑を開墾しても、森から薬草を採取して売却しその金で食料を確保したとしても、やっぱりどうにもならなかったのだ。

 トブの大森林をより広範囲に渡って狩猟すればまだマシだったかもしれないが、森の中には亜人の王国が点在するという。そんな場所へ入り込めば、争い事の切っ掛けを今度はカルネ村自身が作り出すことになってしまうのだ。

 村長としては絶対に許されない行為であろう。

 だから、だからこそカルネ村の村長エンリは、「甘え過ぎ」という己の考えを曲げて、ルプスレギナへ懇願したのだ。

 農作物収穫までの食糧支援を、ゴウン様へお願いできませんか? と。

 

 ルプスレギナは数日後に返事を持ち帰ってきた。

 そして返事を聞いたエンリが叫び声を上げてしまった、というわけである。

 

「エンちゃんも我儘っすね~。アインズ様の提案は結構イイ話だと思うっすよ」

 

 ルプスレギナが持ち帰ってきたアインズの言葉とは、

『食糧支援の件だが、ちょうど良かった。今竜王国の女王からビーストマンとの戦争における軍事支援の要請があってだな、誰かを行かせようと思っていたのだ。ゴブリン軍団なら戦力的にも申し分ないだろうし、助けに行ってみてはどうだろう? 竜王国では数年前から国策として食糧を備蓄していたそうだが、食糧を消費させるはずの兵士や国民が食糧にされてしまい結構余っているらしいぞ。五千ぐらいのゴブリンなら十分食わせてくれるだろう。戦闘経験も積めるし一石二鳥だな』

 

「それにしても食糧を消費させるはずの者が食糧として食われるとは、竜王国の女王も中々面白いことを言うものだ、あっはっはっは。ともアインズ様は仰っていたっすね」

 

「はぁ……(女王様は冗談を言ったつもりはないんだろうな~。ゴウン様は御自身が凄過ぎて下々――相手は女王様だけど――の機微に疎いのかも?)」

 

「あ、あの、それでどうするのさ? エンリは竜王国へ行くの?」

 

 ンフィーレアの問い掛けは恐る恐るといった感じだ。恋人同士になったのだから、もっと積極的に言ってもいいと思うのだが……。

 

「いやいや、無理無理! 私村娘なんだよ! 今は色々あって村長やっているけど、戦争中の国へ助けにいくなんてっ」

 

 エンリの答えは当然の言い分だ。誰も否定なんてできないだろう。ただの村娘が、ビーストマンに滅ぼされかけている国の救援になんて行けるわけがない。

 

「あれ~? 断っちゃうんすか? アインズ様の提案を? それマジっすか?」

 

「うっ、それは……」

 

 お気楽に聞こえるルプスレギナの問いかけに、エンリの周囲が騒がしくなる。部屋の片隅にいたレッドキャップスが数名、そしてゴブリン軍団の暗殺隊がエンリの近辺を固め始めたのだ。

 当然だが、ルプスレギナにエンリを害しようという考えはない。

 ただ、笑っていないルプスレギナの瞳を見てしまうと、主の安否を気にせずにはいられないのだ。

 

「だ、大丈夫だよ、エンリ。なにも君が戦う必要はないんだ。ゴブリン軍師さんに指揮を任せて、エンリは安全な後方にいればいいんだよ。そ、それに(……僕も一緒に行くから)」

 

「え? 最後、なんて言ったの?」

 

「ヘタレっすねぇ。一番大事なとこっすよ」

 

 ンフィーレアが場の空気を読んだわけではないだろうが、ケラケラ笑うルプスレギナの様子に、レッドキャップスの一人は少しだけホッと胸を撫で下ろす。

 

「い、いや、どっちにしろ食糧がないとゴブリン軍団は困っちゃうわけだし」

 

「ん~、そうだけど、戦争に連れていってゴブリン軍団のみんなが犠牲になったら本末転倒なんじゃないかな?」

 

「エンリ将軍、我らの心配は無用でございます。むしろ自分たちの力で食糧を確保できるのなら有難いことです。今までエンリ将軍には多大な迷惑をお掛けしていましたから……」

 

 もうすっかり慣れてしまった将軍という言葉、そんな現実にエンリはため息を吐きたくなるが、レッドキャプスの想いが本物であることは分かっていた。それだけ長い時間を共に生きているのだ。だからこそエンリとしても無下に扱えない。

 そう、ゴブリン達はもはや家族同然なのだから。

 

「言っておくっすけど、アインズ様はエンちゃんの意向を汲んでくれたと思うっすよ。そもそもエンちゃんは、アインズ様の力に甘え過ぎないよう頑張ってきたわけっすよね。でも無理だから頼ろうとした、そこで竜王国への派兵ってわけっす!」

 

「そうかっ、僕たちだけで食糧を確保できる手段を教えてくれたんですね。凄い! そこまで僕たちのことを考えてくれていたなんて」

 

「あっ、あぁぁ、ごめんなさいルプスレギナさん。私、ゴウン様の御気持ちも知らないで……」

 

「大丈夫っす! アインズ様はお優しい御方、全て許してくださるはずっす! っで? エンちゃんはどうするっすか?」

 

「はい! もちろん竜王国へ行かせていただきます! ビーストマンを倒し、竜王国を救い、ゴブリン軍団の皆さんに食糧を行き渡らせて、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の素晴らしさを広めてきます!」

 

 ルプスレギナを見つめるエンリの瞳に迷いはない。

 無論、戦争に向かうという恐怖感は拭えないだろうが、今は道を示してくださったゴウン様に感謝の気持ちでいっぱいなのだ。

 そもそもゴウン様は、カルネ村の救世主たる慈悲深き御方。殺される寸前だったエンリを救い、その後も幾度となく多大な支援を継続して頂いている。そして今度はビーストマンの侵略を受けている竜王国を救えと――救う道があるのだと示してくださった。

 ゴウン様はこうおっしゃりたいのだ。

『昔のお前たちのように、悲惨な運命を辿ろうとしている弱者がそこには大勢いる。助けるのか? 助けないのか?』と。

 自分達さえ良ければ他はどうでもイイ、なんてエンリは思えないし、思いたくはない。そんな非道な考えを持つなんて、救ってくださったゴウン様に申し訳が立たないだろう。しかも今はゴブリン軍団というゴウン様から授かった力があるのだ。

 よく考えれば、見殺しなんて選択肢は最初から無い、無かったのだ。

 ゴウン様は全てを解かっていて、エンリに話を持ち掛けてきたのだろう。ちょうど竜王国の女王から軍事支援の要請があったなんて方便だ。以前から要請はあったのだろうし、何かしらの支援はしていたはずだ。軽い冗談もエンリの心境を慮ってのことに違いない。

 エンリは改めて素晴らしき御方の加護を受けているのだと、ナザリックへ招待されたあのときの光景と共に心へ刻む。

 

「ンフィー! 直ぐに準備を始めるよ! 集会所にリィジー様とブリタさんを呼んできてっ。ジュゲムさんとゴブリン軍師さんは私が呼んでくるから!」

 

「う、うん!」

 

「エンリ将軍、ジュゲム殿と軍師殿は我らが」

 

「あ、そうですか、ではお願いします。ルプスレギナさん、私達は先に集会所へ行きましょう」

 

「おっけーっす」

 

 影の中から声を掛けてくる暗殺隊に何ら気後れすることなく、エンリは手早く返答し動き出す。その様は完全に『村娘』でも『村長』でもないのだが、ルプスレギナの珍獣でも見るかのような視線にエンリは気付かない。

 エンリはただ一生懸命に考えるだけだ。

 どうやったら竜王国で苦しんでいる人たち――主にネムのような抵抗する力を持たない弱者――を助けられるのだろうか、と。

 

 

 ◆

 

 

 カルネ村の集会所は、以前のボロ倉庫とは異なり、見事な様相を見せていた。

 住人のほとんど――ゴブリン軍団五千は建築後の出現により想定外――が避難できる大きさと頑強さ。二階部分に生活備品や武器が収納され、地下には緊急用の食糧まで備蓄されている。

 これなら偽装騎士が襲ってきた場合でも籠城可能だと、五千の王国兵士が現れるまでは誰もが思っていたものだ。

 

 今、その集会所にカルネ村の主だった者たちが集まっていた。

 カルネ村の村長、エンリ・エモット。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下のメイド、ルプスレギナ。

 天才薬師、リィジー・バレアレ。

 最重要人物にして村長の恋人、ンフィーレア・バレアレ。

 村の警備隊を率いる元冒険者、ブリタ。

 ゴブリン軍団のエンリ側近、ジュゲム。

 ゴブリン軍団を指揮する、ゴブリン軍師。

 カルネ村の前村長さん。

 他にも、ゴブリン軍団のレッドキャップスや暗殺隊がいるのだが、議論には加わらないだろうから省略する。

 

「食糧を確保するために竜王国への軍事支援を行おうと考えています。竜王国の女王様から要請があり、ゴウン様がゴブリン軍団なら大丈夫だと勧めてくれています。……そこで、皆さんの意見を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 口火を切ったのは村長エンリだ。

 当人は一軍を引き連れて向かうつもり十分なのだが、村長である以上、住人との意見交換は大切だ。場合によっては取り止めることもあり得るだろう。今回は絶対に無いが。

 

「竜王国とは……相手はビーストマンかい? こりゃ難儀な相手じゃのぉ」

「ほっほっほ、我らゴブリン軍団なら問題ありませんな。エンリ将軍には指一本たりとも触れさせませんぞ」

「なら安心だぜ。姐さんに怪我でもされたら死んでも死にきれん」

「ちょっ、ちょっと本気で行く気? 相手は何万もいるんでしょ? 小競り合いとはわけが違うわよ!」

「そ、そうですぞ。他国の、それも獣との戦争なんぞに……。それに村の警護はどうするので?」

「それは大丈夫ですよ村長さん、って前村長さん。ゴブリン軍団の内、百五十名ぐらいはカルネ村の警護に残ってもらいます。あっ、僕はエンリに付いていきますけどね」

「私もエンちゃんに付いていくっすよ~」

「えっ、ルプスレギナさんにはネムのことをお願いしようかと思っていたのですけど……」

「あ~、大丈夫っすよ~。私がいないあいだは代わりの者を派遣してくれるそうっす。だからカルネ村は外敵の心配なんかしなくってイイっすよ~。むしろ襲ってくるモノがいたら、ソイツらの心配をしてあげた方がイイっす」

「ゴウン様は相変わらず太っ腹じゃなぁ。それで儂はどうする?」

「リィジー様は村に残ってください。竜王国へ向かうのは私とンフィー、ルプスレギナさん、ジュゲムさんとゴブリン軍師さん、そしてゴブリン軍団の皆さんですね。村へ残る部隊の選定に関しては軍師さんにお任せします」

「はっ、同時に長期遠征の準備も整えます」

「あ、あの~、これってもう竜王国へ行く気満々って感じ?」

「このままだと食糧不足で冬を越せないのは明白ですから、やるしかないと考えています。ブリタさんには今まで通り村の警護をお願いしたいのですけど……」

「まぁ、他に食糧のアテは無いもんね。だけど相手は何万ものビーストマン、いや十数万って話もあるけど」

「心配性っすね~。エンちゃんの軍勢なら楽勝っすよ。それにビーストマン数万より、そこにいるレッドキャップスのほうが危険なんすよ。無知って怖いっす」

「えぇっ?! そうなの?」

「ルプスレギナさん、面白がってブリタさんの不安を煽らないでください」

「エンちゃん怖いっす~。拷問されちゃうっす~」

「もぉ、人聞きの悪いこと言わないでください」

 

 結局のところ、不安を示したのはブリタと前村長ぐらいだ。

 しかしその二人とも食糧難改善の策を持たないのだから、エンリの提案、というか魔導王の提案を退けられるわけがない。

 ゴブリン軍団は当然ながら賛成――エンリ将軍の意向に反対は有り得ない――であり、ンフィーレアも恋人を一人で戦場へ行かせるわけもなく賛成だ。ただ、孫を戦場に送ることになるリィジーが何も言わないのは不思議であろう。孫の安否に不安はないのだろうか?

 ちなみにルプスレギナの意見は聞くまでもないし、参考にならない。

 

「では準備を始めましょう。竜王国へ行くまでの食糧も――」

 

 五千近くの軍勢を竜王国まで出兵させるには多くの準備が必要だと、流石のエンリも理解していた。戦争の経験はないが、カルネ村から竜王国へ行くにはカッツェ平原を迂回して多くの山河を渡る必要があるはずだ。山を登る装備、川を渡る準備、そして辿り着くまでの食糧。

 戦争とは言いつつも、戦う前から頭の痛い問題が山積みなのである。

 

「エンちゃん、ちょっと待つっす。あっちのエンちゃんから連絡が入ったっすよ。頼んでおいたモノが到着したみたいっすね」

 

「え、はい? 何のことですか? ルプ――」

「エンリ将軍! カルネ村に接近する部隊を確認しました! 四頭引きの大型馬車が約百台! もうまもなく村の見張り台からも視認できます!」

 

 会話を遮るように影から現れたのは、ゴブリン暗殺隊の一人だ。その口調と報告内容からは危機的状況の香りがする。

 

「軍師さん! 迎撃用意!」

「はっ!」

「暗殺隊! 周囲索敵! 住人を村へ!」

「はっ!」

「レッドキャップス! 三名は私と、残りは村を囲むように展開!」

「はっ!」

「ブリタさんは避難誘導を! ンフィー! 行くよ!」

「は、はい!」「うん!」

 

 まるで人が変わったような手早い指示にはエンリ自身もビックリだが、そう変化せざるを得なかった事情を思い起こすと身が震える。

 カルネ村は襲われ過ぎた。

 危険に遭い過ぎた。

 命が失われ過ぎたのだ。

 強くならなければ今日を生き抜き、明日を迎えることはできない。絶体絶命の瞬間に、骸骨魔王様が助けに来てくれるとは限らないのだから……。

 




カルネ村の食糧問題。
原作ではアインズ様の手によってあっさり解決しましたが……。
はたして、本作ではどうなるのか?

頑張れエンリ将軍!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 「カルネ村へようこそ」

心強き相談役の女騎士様。
戦場を知っている同性ってありがたいものです。

流石は皇帝陛下。
決断の速さといい、心遣いといい……。
魔導王陛下の友だけのことはありますね。



 エンリは見張り用の(やぐら)へ昇り、砂煙が舞う東方へ視線を向ける。

 そこに見えるは確かに多数の大型馬車、というか荷物満載の荷馬車がカルネ村へ直進している姿があった。

 荷馬車隊の先頭を馬で駆けているのは、全身鎧(フルプレート)の――どう見ても騎士にしか見えない細身の人物。距離があって紋章までは確認できないが、エンリの脳裏に浮かぶ形は一つしかない。

 

「東からやってくる騎士って……、まさかバハルス帝国?」

 

「エンリ、あれは普通の荷馬車じゃない。戦争仕様の輸送部隊だよ。でも……」

 

 ンフィーレアの言葉に身を固くするエンリであったが、彼が口にしようとした疑問に気付いてハッとしてしまう。

 そう、見えるのは四頭引きの大型荷馬車だけなのだ。兵士が数名乗っているようではあるが、それ以外の兵士や騎士が見えない。

 戦争で用いる頑強な荷馬車と軍馬だとしても、それ単体ではタダの的だ。

 周囲を護る兵士がいるからこそ物資輸送部隊としての仕事を全うできるのであり、今カルネ村へ向かってきている部隊のように無防備であるなら、襲ってくれと言っているようなものなのである。

 

「そんなに警戒しなくっても大丈夫っすよ~」

 

「えっと、ルプスレギナさんは何か御存じなんですか?」

 

「知っているというか、こっちから頼んだというか、あぁほらっエンちゃん、先頭の騎士がやってくるっすよ」

 

 緊張感などまったく無いのんびりした調子で櫓へ昇ってくるルプスレギナは、何やら事情を知っている口調であったが問い詰めている時間はなさそうだ。

 荷馬車隊の先頭を駆けていた騎士が、エンリ達の動きに気付き近寄ってくる。

 

「突然の来訪失礼いたします! 私はバハルス帝国四騎士が一人、レイナース・ロックブルズ! 皇帝陛下の命により、竜王国遠征の支援物資をお届けに参りました! なお、我ら二百名はこのままエンリ将軍の下に付き従い、支援部隊として行動させていただきます!」

 

「……は? えっ? ちょっ、ちょっと待ってください!」

 

「エンリ将軍はどちらにおられる? 御目通り願いたい!」

 

 私ですけどぉ、とエンリは口にしそうになったが、それよりバハルス帝国の意図が不明で頭が混乱してしまう。

 エンリが竜王国遠征の話を聞いたのは今朝なのだ。

 それなのにバハルス帝国の騎士が支援物資を持って駆け付けるなんて――相手が綺麗な女騎士であることにも驚きだが――いったい何がどうなっているのか訳が分からない。

 

「レイちゃ~ん、こっちの子がエンちゃんっすよ~。間違えると素手で頭を潰されるから注意するっすよ~」

 

「レ、レイちゃん? あっ、いえ、失礼しました! エンリ将軍、初めてお目にかかります。私のことはレイナースとお呼びください!」

 

「ちょっとルプスレギナさん、変な誤解を受けちゃいますよっ。あっとレイナースさん、支援物資の輸送ありがとうございまーす。ですけど、どうして皇帝陛下は物資を送ってくださったのですか? 私は何もっ」

 

 櫓から身を乗り出して問いかけるエンリには、本当に心当たりがなかった。というより、ただの開拓村に物資を送ってくる皇帝陛下なんてどこにいるというのか? しかもカルネ村は魔道国の支配地域だ。輸送部隊とはいえ、近付くのはあまりに危険であろう。

 

「はい、エンリ将軍。物資の件は魔導王陛下から依頼があったと聞いております。竜王国を救援するとの勇ましき行動に、我らが皇帝陛下もすぐさま支援を決定され、私が参った次第であります」

 

「ゴウン様……(私が断ったらどうするつもりだったのかな?)」

 

「あ、あの、なにか不都合がありましたか?」

 

「いえいえ、なんでもありません! ありがとうございます! 本当に助かります!」

 

 ゴウン様は最初から、エンリが食糧支援をお願いしたその時から、あらゆる手筈を整えていたのでしょう。もちろん、エンリが竜王国への出陣を決意することも承知していたはずです。

 最初から何もかもお見通しの智謀には、エンリとしても身震いを感じずにはいられません。

 ただ……、これだけは言わせてほしい。

 レイナースさんが持ってきた物資を、そのままカルネ村への食糧支援にしては駄目なのでしょうか、と。

 そうすれば竜王国へ行く必要もないのに……。

 ええ、分かっています。そんなことをしたら、竜王国でビーストマンに襲われている人たちは助からない。ゴウン様はそのことも考慮しているのでしょうけど……。

 元村娘としては、楽な生き方を選びたくなるものなのです。

 

「はぁ」

 

「エ、エンリ? とりあえずあの騎士様に入ってもらって、ゴブリン軍師さんと部隊の編成を話し合ってもらおうよ。僕達も挨拶しておきたいしさ」

 

「そう、ね。入ってもらいましょう……ん?」

 

 本当なら、バハルス帝国の紋章を村の中へ入れたくはない。別の国の陽動であったと教えてもらっていても、私の両親を含む村の住人を殺したのは、バハルス帝国の紋章を備えた騎士なのだから……。

 ンフィーはそのとき村の住人でなかったから抵抗はないのだろうけど――いや、声が弾んでいるのは騎士様が美人だから? ちょっと気になる。

 

 

 

 

「エンちゃん、アインズ様がいらっしゃいます。平伏を」

「えぇ?! 今すぐですか? 私、作業服のまま――」

 

 櫓を降りたエンリを待っていたのは、ルプスレギナの平坦で冷たい宣告であった。

 今のエンリはみすぼらしくはないものの、魔導国の王様を迎えるにはまったくもって相応しくない姿なのだ。

 ゴウン様ひどい! と心の中で叫ぶくらいは許されるだろう。

 

 迷いは一瞬。

 そして平伏するエンリに従い、ンフィーレア、村の住人、ゴブリン軍団、戸惑い気味のレイナースがその場で膝をつく。

 なおゴブリン軍団は魔導王に平伏する必要などまるでないのだが、(あるじ)たるエンリが従属の意を示していること、(あるじ)の安全を第一に考え魔導王の反感を買わないようにすること、などを考慮すると、その場で突っ立っているわけにもいかない。

 恐らく不敬な行為は、魔導王が許しても配下の者たちが許さないだろう。五千のゴブリン軍団が瞬きする間に消え去ってしまう――メイドであるルプスレギナを見ていれば、そんな光景が頭をよぎる。

 魔法一発で死亡した王国兵数万人、その事実を知るだけで、ゴブリン軍団としては(あるじ)の安否を祈らずにはいられない。盾にもなれない現実は、戦う以前の問題なのだ。

 

 カルネ村に漂う一時の静寂。

 現れたるは闇。

 大きく広がる闇の扉に、ルプスレギナは跪く。

 

「お待ちしておりました、アインズ様」

 

「出迎えご苦労、ルプスレギナ。……ん、なんだ? 全員集まっているようだが、何か集会でもあったのか?」

 

「いえ、ちょうどバハルス帝国の物資が届いたところだったので、集まっていただけです」

 

「それは良いタイミングだ。……久しぶりだな、エンリ、ンフィーレア」

 

「はい、魔導王陛下。カルネ村へようこそ」

「ま、魔導王陛下。よ、ようこそ」

 

 エンリの正面に姿を見せたのは豪華なローブに身を包んだ骸骨だ。以前のように仮面で顔を隠しておらず、捻れた蛇の杖も持ってはいない。だがその優しげな声で本人だと、カルネ村を救い現時点に至るまで支援を続けてくれている大恩人であると認識できる。

 

「ああ、頭を上げても構わんぞ。それに私のことはアインズでよい。今回は非公式な訪問だし、いきなり来たわけだしな」

 

「分かりました、アインズ様。でも、あのっ、御一人なのですか? 護衛の方とかはいらっしゃらないのですか?」

 

「ん? そうか、一人に見えるか? あぁ、気にするな。何も問題はない」

 

 一国の王なのだから一人で村の訪問とかはよろしくない、そんなことはエンリにだって分かる。だけどさすがに、森の中に闇妖精(ダークエルフ)の双子がいるとか、十数体の忍者系モンスターがウロウロしているなんて察知できるわけがない。

 カルネ村最上位のレッドキャップスですら認識できないのだから、エンリにはどうしようもない領域なのだ。

 

「それで竜王国救援の件なのだが、承諾してくれて嬉しい限りだ。『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』なんて綺麗事と思われるかもしれないが、手の届きそうな範囲は助けてやりたいからな」

 

「はい、私自身もアインズ様に助けていただいた身ですから、竜王国の窮状も他人事とは思えません。必ずや良い結果をアインズ様に……」

 

「ふふ、その落ち着きに佇まい……。もはや村娘の面影は微塵も無いな。村長としても風格があり過ぎる。さすがはエンリ将軍」

 

「ア、アインズ様?」

 

 何やら機嫌が良さそうなアインズを前にして、エンリは戸惑うばかりだ。

 将軍と呼ばれるのは既に諦めの境地ではあるが、まさか大恩人にまで呼ばれてしまうとは……。穴があったら入りたい、とはこのような心境のときに使うのだろう。

 

「さて本題に入るとしようか、今日私がきたのはエンリを――そうだな、着飾るためにやってきたのだ」

 

「えっ? あ、あの」

 

「ユリ、エントマ。例のモノを此処へ」

 

 目を白黒させるエンリを余所に、闇の扉から姿を見せたのは面識のあるユリ、そして可愛らしい風貌の小柄な女性、加えて鎧を着込んだ一体のマネキンであった。

 エントマと呼ばれた小柄な女性が抱え持つマネキンは、部分鎧と呼ばれる金属製の鎧を着込んでおり、まるで防具屋に陳列されている商品のよう。

 兜だけは見当たらないが、他は――胸甲板(ブレストプレート)籠手(ガントレット)鉄靴(サバトン)すね当て(グリーヴ)肘当て(クーター)前当て(フォールド)などなど一式揃っているように見える。

 全身鎧(フルプレート)よりは覆っている箇所が少なく防御力に劣るが、その分軽くて動き易い防具であると言えよう。無論、革鎧に比べれば重くて頑丈である。

 

 とはいえ、エンリにとっては鎧の種類なんかどうでもイイ。気になるのは鎧の、そのあまりに異常な色だ。

 真っ赤っか。

 いや、ただの赤ではない。人間の新鮮な血の色だ。しかも鎧の表面をヌメヌメと流動しているのにどこからも零れ落ちていない。

 見たままで言えば、血まみれの鎧だ。人の新鮮な血を浴びて――、浴び続けている鎧である。あまりのリアルさに、エンリの鼻には血の臭いが漂ってきそうだ。

 

「ふははは、驚いたようだな。そう、この鎧はエンリのために作られた鎧だ。いや~中々大変だったらしいぞ。全身に血を浴びるのが趣味だと聞いたから魔法で表現させてみたのだが、鮮血の色合いが絶妙でな。フールーダも苦心したそうだ。私はまぁ、五種類の中から選んだだけだからたいして苦労はしてないが」

 

「あのぉ、アインズ様。私が血を浴びる趣味を持っているって、何方(どなた)から聞いたのですか?」

 

「おっと、これはすまない。年若き女性の趣味を公言すべきではなかったな。しかし大丈夫だ。ルプスレギナから聞いたときは確かにビックリしたが、私はアンデッド。血肉飛び散るスプラッタな趣味でも否定することはない。堂々としておればよいぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 後で絶対ルプスレギナさんへ文句を言おう、そんな決意を胸に秘め、エンリはぎこちなく笑った。

 経緯はどうあれ村の救世主が作ってくれた物なのだ。最初から拒否も否定も有り得ない。

 

「この鎧は元々、現地鉱石のみでどの程度の鎧を作成できるか? という試みで、ナザリックの職人とフールーダ達に研究させていたモノなのだ。目指していたのは伝説級(レジェンド)だったのだが、結果としてはギリギリ聖遺物級(レリック)。耐久力だけならそれ以下かもしれん。まぁ、フールーダとその弟子である魔化研究班が、儀式魔法を使って限界まで強化しているからな。ビーストマン相手には充分だろう。……おっと、剣もあったはずだが、ユリ?」

 

「はい、此方に用意してございます」

 

 アインズの言葉は理解できないものが多いが、最後の一言には嫌な予感しかしない。

 エンリの予想通り、ユリが持ち出してきたブロードソードは血塗れだった。というか、血塗れに見えるような魔法処理がなされていた。刀身まで疑似鮮血でヌメヌメと滴り、使用済みであるようにしか見えない。

 

「ではさっそく着てみるといい。ユリには新しいインナーと下着、それにアクセサリーも持たせてあるから、この際全部一新すると良いだろう。さぁ、ユリ、ルプスレギナ、エントマ。エンリの着替えを手伝ってあげなさい」

 

「「「はっ」」」

 

 はへぇ? っと妙な言葉を発すると同時に、エンリはルプスレギナに抱えられて自宅の方へ連れ去られてしまう。

 もちろんゴブリン軍団としては後を追いかけるつもりだったのだが、その場から一歩も動くことはできなかった。暗殺隊もレッドキャップスも、魔導王の一睨みで自分の首が飛んでいく光景を想像してしまったからだ。いや、自分の首だけなら構わず走り出したのかもしれないが、問題はその責がエンリ将軍に及んだ場合であろう。

 下手な真似はできない。

 今はまだ、エンリ将軍に危害が及ぶ段階ではない。

 ゴブリン軍団は、主の傍にいないことが主を護ることになるのだと、身を抉られるような心境に沈むしかなかった。

 

 一方、アインズには睨んでいるつもりなどまったくない。

 ただ、エンリの着替えを覗く不届き者はいないだろうな、とクギをさしたつもりなのである。

 お父さんである。

 保護者である。

 そういうことである。

 




『血濡れ』になった原因はルプスレギナ?

うむむ、本当の困ったメイドさんですねぇ。
でも大丈夫、根拠の無い噂ならすぐに消えるでしょう。

そう――ただの噂なら、ね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 「竜王国を救わないとっ!」

伝説の始まりは、伝説の武具から始まる。
ユグドラシルの素材を一切使用しない、異世界産の最強装備。
しかも将軍用にカスタマイズされた逸品だ。
ある意味、借り物を着込んだどこかの聖典より有用かもしれない。

装備に能力を合わせる。
装備で能力を引き上げる。
はたしてどちらが強くなるのだろう?



 アインズが呪い持ちの女騎士に興味を示していた頃、着替えを終えたエンリが姿を現した。

 それは赤く、ヌメヌメとしており、鎧の縁から鮮血がしたたり落ちそうな血塗れの女戦士。既に何百人もの温かい血が流れる生き物を切り刻んできた――と誰もが思うであろう凄まじき様相であった。

 

「うむ、イイ感じだ。血濡れ武装一式、似合っているぞ」

 

「は、はい。ありがとうございます。アインズ様」

 

 エンリとしては、似合っていると言われても困ってしまう外観なのだが、実際着てみると意外に快適である。

 身体は軽いし、心は不思議なほど落ち着くし、体力的な感覚からしても、山を幾つか走って越えられそうな気さえしてくる。

 各部位が持つ特殊な力に関してはユリから説明を受けたが、後でメモにまとめる必要があろう。一度ではちょっと覚えきれない。

 

「エ、エンリ……。なんだか、その、強そうだね」

 

「ちょっとンフィー!」

 

「駄目っすね~。着替えた恋人を迎える最初の言葉は、『綺麗だよ』っすよ」

 

「ル、ルプスレギナさん?!」

 

 ンフィーレアの言葉にムッとするも、ルプスレギナの一言にはエンリも顔が赤くなってしまう。鎧と同じ色だから、全身真っ赤っかである。

 

「あははは、仲が良いのは素晴らしいことだ。……さて、最後の用事を済ませるとしよう。エンリ、私の前まで来て少し頭を下げてほしい」

 

「はい! おお、仰せのままに」

 

 ぎこちない動きでアインズの正面へ跪くエンリは、何をされるのか全く分かってはいなかった。ただ、アインズが空間から取り出した黄金のサークレットに視線を奪われるだけである。

 

「このサークレットはな、血濡れ武装とは違って一時的に貸すだけの代物だ」

 

 アインズが持つサークレットは黄金色の蔦植物が絡み合っているかのような形状であり、正面中央にアインズ・ウール・ゴウンの紋章を備えていた。ゴチャゴチャした飾りは無く、比較的シンプルな作りであり、デザイン的には男女共に使用できるものであろう。

 このサークレットはナザリック最高のレア鉱物を使用した希少な品であり、“あまのまひとつ”に変身したパンドラとナザリックの鍛冶職人たちが本気で作り出した逸品である。魔化作業にはアインズ自身も協力しているので、このサークレットはナザリックにおける最高峰のアイテムと言えるだろう。

 段階としては神器級(ゴッズ)だ。

 異世界転移してから初となる希少なデータクリスタルを用いた超絶アイテムであるだけに、触れたことがあるのは未だ守護者数名のみ。

 当然ながら戦闘メイド(プレアデス)は未接触だ。ましてやアインズ様の御手から直接被せていただくなんて、人間ごときにはありえない至福なのだが……。

 

「各国へ派遣される私の名代に装備してもらおうと思ってな。このサークレットを身につけた者は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の権限を一時的に行使できる。まぁつまり、好き勝手に暴れてきて構わんぞ、というわけだ」

 

「そそそ、そんな大変な秘宝を私なんかにぃ~、だだ、大丈夫なんでしょうか?」

 

 サークレットをそっと頭に載せてもらいながら、エンリは目の回る思いで混乱してしまう。

 どうしてこのような神の宝を頭に載せているのか? 載せた瞬間全身から力が漲ってくるのか? ユリさん達が強い視線を向けてくるのか? エンリには何一つ分かりそうにない。

 

「ははは、何も問題はない。サークレットはただの目印にすぎん。エンリの行動を縛るものではないし、そう簡単に壊れるものでもない。竜王国では思い通りに動けばよいのだ。そなたの行為を咎めるような者は、そのサークレットを装備している以上誰もいないし許さない。……いや、恋人のンフィーレアは別かな? ふはははは」

 

 上機嫌のアインズは、サークレットと血濡れ装備を身に着けたエンリを眺め、隣でオロオロしているンフィーレアを一瞥し、まるで近所のおっさんかと思うような振る舞いでうんうんと頷く。

 アインズとしては、ユグドラシルの新米プレイヤーを好き勝手にコーディネイトしているつもりなのかもしれない。過剰な装備に戸惑う素人は、いつみても面白いし、からかいがいがあるというものだ。

 

「私の用事はこれで全部だ。後はエンリの采配に任せよう。ユリとエントマは、このままカルネ村の防衛任務に付け。ルプスレギナは竜王国へ同行する手筈だったな。現地ではエンリの指示に従い行動するとよい。何か学べることがあるやもしれん。では、さらばだ」

 

「「「はっ!」」」

「はい、アインズ様!」

 

 まるで一陣の風――アインズの場合は国家消滅規模の台風?――であるかのように、魔導王は闇の中へ消え去ってしまった。

 エンリは下着まで魔力に満ちた状態でアインズを見送り、現状の把握に努めようと頭を働かせる。だが、一介の村娘が英雄級の装備で全身を固めるなんてどこの書物にも書かれていないだろうし、吟遊詩人だって歌にしていないだろう。そもそもエンリは文字を勉強中なのであまり読めないし、ってそれは今関係ないか……。

 

「エンちゃん羨まし過ぎっす。アインズ様から装備を下賜されるなんて、私達からすれば嫉妬の対象っす! 特にそのサークレットなんて」

「はいはい、ルプスレギナは静かになさい。エンリ様、何も気にする必要はありませんよ」

「でもぉユリ姉様ぁ、ルプーの気持ちも分かるよぉ。アインズ様の御配慮は理解できるけどぉ、それでも至高の御方から下賜されるなんてぇ」

 

 メイド三人が語るアインズ様の御配慮とは?

 それはまず、血濡れ装備製作にアインズがほとんど関わらなかったことであり、人間であるエンリへの譲渡品にアインズの力が入り込んでいないことである。

 ほんの少しでもアインズの魔力などが加わっていれば、ナザリックの誰もが――特に守護者達が目の色を変えるだろう。決して人間などへ渡そうとは思うまい。アインズの手が少しでも入っている物品なれば、それはナザリックの(しもべ)にとって世界級(ワールド)アイテム以上のレアアイテムと成り得るのだから……。

 サークレットが一時貸与の形式をとることになったのはそのためだ。

 守護者たちにも先に装備させ、決して人間エンリが最初に身に着けるのではない――と配慮を重ねたわけである。

 アインズからすれば「実験的に作製したモノなのだからそれほど気にするまでもない」と言いたいところなのだろうが。

 

「エンリ様はアインズ様の名代として竜王国へ行くのですよ。それなら相応の装備を渡すのは当然でしょう? もし、みすぼらしい装備でエンリ様が格下に見られるようなことがあれば、エンリ様にも竜王国にも不幸な未来が訪れてしまうわ。アインズ様の名代たる方が軽んじられるなんて、アルベド様の耳にでも入ったら竜王国がビーストマンの襲撃より先に消滅してしまうわよ」

 

「ユリ姉、真面目っす。ちょっとからかっただけっす」

「ユリ姉様ったらぁ、久しぶりの勅命だから張り切っているのぉ? それにぃ、アルベド様の件なら大丈夫だと思うよぉ。ルプーが同行しているんだからぁ、その場で殺しちゃえばイイのよぉ」

 

「まったく、この娘たちは……」

 

 残念な思考の妹達にため息を吐いてしまう姉のユリ、――その姿を眺めながら、エンリは己の認識が微妙にズレていることを察する。

 最初は食糧支援だった。そのための軍事支援であり、竜王国救済であったのだ。しかし今や魔導国の代表として、魔導王の名代として出陣することとなっている。

 決して失敗できない役目だ。

 しかも無様な成功すら許されない。求められるのは圧倒的にして優雅、完全無欠にして美麗という大勝利だけである。

 

(ゴウン様は思い通りに、って言っていたけど、わざわざサークレットと武装を持ってきたってことは……そういうことなのかな?)

 

 キャーキャー騒ぐ美しいメイドを眺めながら、エンリは自覚せずして背筋が伸びる。

 ゴウン様に仕えるということがどういうことなのか、――今更ながら身が震えるほどに思い知ってしまう。

 村が潰されるどころの話ではない。

 一歩間違えれば国一つ、何百万人もの人間が死へと至るのだろう。

 ゴウン様が優しく理性的であるからこそ勘違いしてしまいそうになるが、今自分がいる立場は極めて不安定で危ういのかもしれない。

 エンリは己の身を覆っている血濡れ装備へそっと手を触れ、深呼吸を行う。

 

(これ程の支援を頂いておいて失敗なんてできるわけがない。カルネ村の今後にも影響してしまう。絶対……、絶対に竜王国を救わないとっ!)

 

 国宝級の――いや、それ以上の装備を身に纏い、エンリは恋人ンフィーレアとカルネ村の住人たちを見渡す。

 今やゴブリン軍団を加え五千を超える規模だ。もはや開拓村とは言えず、その舵取りも当然ながらただの村とは異なる難しさとなるだろう。一介の村娘には厳しい状況だ。

 しかしそれでも逃げ出すわけにはいかない。

 あの日、妹のネム諸共殺されるはずだった運命に比べれば、ずいぶん恵まれていると言えるからだ。

 助けてくれる人がいる、支えてくれる人がいる、助けねばならない人がいる。そしてゴウン様がいる。ならば不安を感じることなんてない。ゴウン様にはこれから起こる全ての事象が視えているのだから……。

 

 エンリはおもむろに腰の真っ赤なブロードソードを引き抜き、頭上高く掲げる。

 

「カルネ村の皆さん、よく聞いてください! 私はこれよりゴブリン軍団を率い、竜王国の救援へと向かいます。彼の国は食糧の支援を約束してくださっていますので、しばらくお世話になってまいります。その間、畑の管理をよろしくお願いします! 何か手に負えない問題が起きたならば、こちらのユリ様とエントマ様に相談して下さい。以上です! 行動を開始してください!」

 

 エンリの声はよく響き、何故か魂の奥深くまで染み渡るようだ。手に持つブロードソードと籠手(ガントレット)が淡く光っていることからすると、何か魔法の恩恵でも受けているのだろうか?

 着替えのときに聞いた話では、指揮系の能力を拡大強化できるらしいが……。

 エンリとしても己の職業(クラス)についてあまり詳しくないので、籠手(ガントレット)が指揮範囲拡大でブロードソードが指揮下にある個体の能力を強化する――と言われても頭上にハテナマークを浮かべることしかできない。

 そう、ちょうど目の前でゴブリン軍団のレベルが幾つか上昇していたとしても分からないのだ。無論、その範囲がカルネ村を覆うほど広大であることも分かるわけがない。

 

 カルネ村の住人達は、己の身に起こった不思議な現象に戸惑いながらも、各々のやるべきことへと動き出す。

 とは言っても、慌ただしいのは長旅の準備を整えるゴブリン軍団と、留守番組を選定し、前村長と畑や水路の管理について打ち合わせを行うゴブリン軍師ぐらいであろう。

 エンリがやることと言えば、バハルス帝国から来たという女騎士と後回しになっていた挨拶をするぐらいである。

 

「え~っと、レイナースさんでしたね。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

 

「いえ、魔導王陛下が来られたのですから私のことなど気にする必要はありませんわ。……それにしても、カルネ村は凄いところですねぇ」

 

 何が凄いのかな? っと首を傾げるエンリの前で、レイナースは重い荷物を下ろすかのように深く息を吐く。

 

「一国の王が転移魔法で気軽に訪れたこともそうですけど、神話の世界にしかないような武具を土産のような感じで渡すなんて……、夢でも見ているのかと。最初はゴブリンの屈強さとその数に目を回していたのですけど、そんな驚きは吹っ飛んでしまいましたわ」

 

「あはは、確かにゴウン様は金貨数千枚の凄いアイテムとかを、ポンッとくださいますからビックリしちゃいますね。ここにいるゴブリンさんたちも、ゴウン様のアイテムで召喚された人たちばっかりなんですよ~」

 

 エンリにしてみれば、カルネ村が凄いのではなくゴウン様が凄いと言いたいのだろう。もしかすると驚愕の表情を見せるレイナースに、もっとゴウン様の素晴らしさを伝えたいと思っているのかもしれない。

 

「あっ、申し訳ありません、エンリ将軍。馴れ馴れしく言葉を交わしてしまいまして……。まだ驚きから覚めていなかったようです、平に御容赦をっ」

 

「や、やめてください。将軍なんてゴブリン軍団の皆さんが言っているだけなんです。レイナースさんは帝国の騎士様なんですから、普通に接してください」

 

「それは……」

 

 恥ずかしそうに両手を振るエンリに対し、レイナースはしばし沈黙する。混乱している思考を一旦整理しているようだ。

 

「駄目ですね。エンリ将軍は一軍を率いる大将としての振る舞いを成さねばなりません。私は後方支援部隊の部隊長なのですから、これからは部下としての態度で対応させていただきます」

 

「あ、そうですか……、はい」

 

 しょんぼりとした表情に、寂しそうな口調。

 エンリにとってレイナースは頼れる同性であっただけに、色々相談に乗ってもらおうと思っていたのだろう。

 

「で・す・け・ど、年上の女として協力できることがあれば何でも言ってくださいね。女の身で戦場を駆ける大変さは理解しているつもりですわ」

 

「レイナースさん! ありがとうございます!」

 

「ん~? おかしいっすねぇ。年上の女なら私がいるっすよ。エンちゃん、相談ごとなら私にするべきっす! お姉さんに任せるっす!」

 

 会話に割り込んできたのはルプスレギナだ。

 エンリとの付き合いは結構長いはずなのに、数回しか相談されたことがない――そんな事態に不満を訴えたいのだろうか? それにしてはニヤニヤと意地悪そうな笑顔だが。

 

「ルプスレギナさん、そういえば聞いておくことがありました。私がいつ……、血を浴びるのが趣味だなんて言いましたか?! 酷いです! ゴウン様は完全に誤解していましたよ!」

 

「うひゃひゃひゃ、冗談っす。アインズ様から武具を下賜される、なんて御褒美が羨ましいからじゃないっすよ~」

 

「もおー!」

 

 エンリがドタバタと追いかけ回しても、まるで追いつけない。ルプスレギナはやはり、レッドキャップスが警戒するべき超人だ。

 ゴウン様に仕えるのであれば、メイドであってもこれほどの能力を有しなければならないのかと、エンリは少しだけ呼吸を荒くしながら――村の救世主たる御方の規格外ぶりにあらためて畏敬の念を覚えてしまう。

 ただ、血濡れ装備の恩恵を受け鎧姿で軽々と駆け回るエンリ自身も、端から見れば化け物同然なのだが、そのことを将軍に告げようとする勇気ある者はンフィーレアやレイナースを始め誰もいなかった。

 まぁ、ネムが他の子供たちと一緒に避難したままでなければ、この場にて無邪気に指摘したのかもしれない、多分……。

 




さて、準備は整いました。
これから竜王国までの長旅が始まります。

とはいえ、アインズ様がちょっと転移門(ゲート)開けばすぐなんだけど……。
まぁ、可愛い子には旅をさせろと言いますしね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 「カッツェ平野へ!」

将軍の旅立ち。
それは伝説の始まりを意味する。

天下無敵のゴブリン軍団。
対するは数万ものビーストマン。

はたしてその結末は……ってまずは竜王国まで行かないとね。



「お姉ちゃーん! いってらっしゃーい! 絶対無事で帰ってきてねー!」

 

「もちろんよ! ネムもイイ子で待っていてね!」

 

 ユリの腕に抱かれた妹ネムへ別れを告げ、エンリは慌ただしくカルネ村を出発した。直ぐ傍には馬に騎乗したンフィーレアと、動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)戦闘馬(ウォー・ホース)に騎乗したルプスレギナ、そして四千八百五十のゴブリン軍団と、レイナース率いる後方支援部隊二百名――荷馬車百台が続く。

 エンリはその先頭で馬の手綱を……と言いたいところであったが、エンリが騎乗している生物は馬ではなかった。

 丸っこい巨体に、フサフサの毛皮。長くて太いしっぽに、つぶらな瞳。

 そう、エンリが跨っているのは、なぜか「モモン様の御厚意で駆けつけた」という森の賢王こと『ハムスケ』であったのだ。

 ハムスケはアダマンタイト製の部分鎧を纏っており、鞍まで完備。尻尾の先には魔力の籠った斧槍が固定されており、まるで戦争のために準備していたかのようである。

 

「将軍殿、しっかり掴まっているでござるよ!」

 

「は、はいぃぃ」

 

 鞍にしがみ付きながら、エンリは疑問に思う。

 どうしてアダマンタイト級冒険者である『漆黒の英雄モモン様』が、使役魔獣であるハムスケを派遣してくれたのか、と。

 

「ハ、ハムスケさん、ちょっとお聞きしてもよろしいですか?」

 

「なんでござろぅぐむっ!」

「エンちゃーん! 進路はカッツェ平野っす! このまま真っ直ぐ突っ込むっすよー!」

 

 勢いよく会話に割り込んできたのはルプスレギナだ。ハムスケの顔に馬ゴーレムを擦り付けて、意地悪を仕掛けているかのように見える。

 モゴモゴと喋ることができないでいるハムスケを眺め、ルプスレギナは満足そう……だがそれよりもエンリがビックリしたのは進路の件だ。

 竜王国までの進軍経路は、ゴブリン軍師と共にある程度取り決めていた。それはカッツェ平野を北東側へ大きく迂回して山野を越えるルートである。

 もちろん迂回するがゆえに日数は掛かるし、山に潜む飛竜騎兵部族との戦闘も予想されるから、できることならカッツェ平野を進みたい、とエンリも思っていた。

 しかしながら、アンデッドが無限に湧き続けるという凶悪な平野に足を踏み入れるわけにもいかない。そんなことをすれば竜王国へ着く前にゴブリン軍団が疲弊してしまうだろう。相手は疲労を感じない死者なのだ。幾らゴブリン軍団が強いと言っても、疲れを感じる生者には酷な話である。

 遠距離行軍中のアンデッド掃討なんて、指揮官の選択肢には最初から存在しないのだ。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいルプスレギナさん! カッツェ平野ではアンデッドとの戦闘になります! しかも抜け出るまでに何日もかかる広さなんですよ! あんな場所で野営なんて……犠牲者が出てしまいます!」

 

 行軍経験の無いエンリにだって理解できる。死者で溢れている平野での野営なんて、ほとんど自殺行為に等しいだろうと。

 バハルス帝国が国の政策としてアンデッド掃討を行っている場所なのだ。時には伝説に語られるほどのアンデッドが生まれるとも聞く。其処で命を落とした冒険者の数も、三桁なのか四桁なのか。

 はっきり言って、進む、進まないなどの議論が起こる余地は無いのだ。それなのに――

 

「大丈夫っす。行ってみれば分かるっすよ。面白い光景が待っているはずっす」

 

「え、え~、どうしよう」

 

「エンリ、ルプスレギナさんはゴウン様から何か聞いているのかもしれないよ。とにかく行ってみよう」

 

 それならそうと言ってくれればイイのに……なんてルプスレギナへ視線を送っても、当の健康的な美しいメイドは素知らぬ顔だ。彼女の性格からしてあっさりネタ晴らし、なんて絶対にしないだろう。

 長い付き合いであるエンリには分かる。

 ルプスレギナは人を驚かせることが好きみたいなのだ。驚愕の表情を浮かべる村人のことを、玩具か何かと思っているに違いない。

 だから今回も、エンリがどのような反応を見せるのか楽しみにしているのだろう。本当に困ったメイドさんです。

 

「もう、分かりました! 進路はカッツェ平野へ、直進コースで行きます!」

 

「ぼ、僕は後方の部隊に伝えてくるね!」

 

「うん、お願いンフィー!」

 

 ぎこちない動きで後方へ向かうンフィーレアを見送り、エンリは小さなため息を漏らす。

 「やはり一軍を動かすなんて荷が重過ぎる」エンリとしては、そう思わずにはいられない。五千もの軍勢を遥か遠くの竜王国まで移動させるなんて、村娘にできるはずもない芸当なのだ。

 進路一つ決定するだけでも、様々な懸念が生まれてきて頭が痛い。

 もちろんゴブリン軍師からは多くの助言を貰えるだろうけど、最終的に決めるのは自分であり、責任をとるのは自分なのだ。

 選んだ選択の結果、誰かが犠牲になったとしたら、誰かを犠牲に選ばねばならないとしたら、私はどうしたらイイのだろう。

 犠牲になるのが、もしンフィーだったら……。

 

 カルネ村を出発してから最初の野営――主要メンバーとの会議を終えたエンリは、戦争経験のあるレイナースを天幕へ招き、夜遅くまで相談を重ねたらしい。

 翌朝、そんな寝不足気味の二人をルプスレギナがからかったのは言うまでもない。

 

 

 ◆

 

 

 年中深い霧に覆われ、アンデッドが跋扈する死滅の地獄、カッツェ平野。

 それはとても生きとし生けるものが立ち入ってよい場所とは思えない……、なんて言いたいところであったが、なんだか霧が薄らいでいるように感じる。

 エンリ自身初めて目にするのだから、濃いか薄いかなんて判断はできない。

 でも結構遠くまで見通せる現状からして、先の見通せない深い霧が立ち込めている、とは言えないだろう。

 骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の姿も見えない。

 

「ここがカッツェ平野ですか? 何だか想像していた光景と違いますけどぉ」

 

「エンリ将軍、周囲の偵察へ暗殺隊を送りますぞ。御身の傍にはレッドキャップスを数名配置いたしますので御了承を」

 

「あ、はい。ありがとうございます、軍師さん」

 

 カッツェ平野へ入る直前、連れてきた十名のレッドキャップスのうち、半数がエンリの警護へと付いていた。

 ゴブリン軍師の立場としては、アンデッドの住処へ(あるじ)を連れて行きたくはなかったのだが、当人からの命令とあれば致し方ない。たとえ要警戒人物であるルプスレギナの誘導があったからだとしても、『否』とは言えないのだ。

 できることと言えば、エンリ将軍の近辺を最大戦力で固めることぐらいであろう。半数で御身を護り、残り半数で足止めを行う。誰の足止めなのかは明言しないが……。

 

「お~、見えてきたっす。作業は順調に終わったみたいっすね」

 

「え~っと、なんの話ですか? ルプスレギナさん」

 

「なにって、アレっすよ。アレ」

 

「ん~? 霧の向こうから何かが走って――って、アレは死の騎士(デスナイト)さん?」

 

 霧を裂いて現れる巨体の黒い騎士。しかも一体や二体どころの話じゃない。その存在と数は、接近していた暗殺隊に覚悟を決めさせるほどだ。

 

「エンリ将軍! 此処は我らが押さえます! お逃げください!!」

「待つっす! その死の騎士(デスナイト)は、アインズ様が御自ら創り出した味方っすよ! 傷付けたらヤバいっす!!」

「あ、暗殺隊の皆さん! 退いて! 退いてくださーい!」

 

 間一髪と言うべきか? エンリの叫びともつかない指示に、暗殺隊は瞬時に帰還する。幸い死の騎士(デスナイト)に警戒のそぶりは見られない。

 まぁともかく無用な戦闘を避けることができて、エンリとしてはホッと一息。だけど、そもそもルプスレギナが最初から教えてくれていれば良かったのだ。

 ゴウン様の死の騎士(デスナイト)がカッツェ平野で待っていると、その一言で十分だったのに……。

 

「(ルプスレギナさんには後で文句を言うとして)はぁ、それにしても」

 

 エンリが呆れるような呟きを漏らすのも仕方がないことであろう。

 目に映る薄霧かかった平野には、死の騎士(デスナイト)がざっと百体近く。視界の通らない霧向こうには、その数倍はいそうな気配がしてくる。

 いったいゴウン様は何をしようというのか? エンリには皆目見当がつかなかった。

 

「エンちゃん、大丈夫っすよ。死の騎士(デスナイト)は竜王国までの道中を助けてくれるっす。アインズ様は『カッソウロ』って仰っていたっすね」

 

「はぁ、かっそうろ、ですか?」

 

 むふふ、と何やら楽しそうなルプスレギナは、困惑するエンリをそのままに、死の騎士(デスナイト)達へ片手を上げる。

 

「そんじゃあ、よろしくお願いするっす!」

 

「「オアオオオォォオオォオーー!!」」

 

 返事なのか叫んだのか分からない轟音とともに、死の騎士(デスナイト)は規律正しく左右へ散っていく。広がった左右の幅は大型荷馬車十台分ほど。死の騎士(デスナイト)はそんな巨大な道とでも言うべき両端に於いて、一定の間隔を空けながら遥か遠くまで街灯のように佇む。

 

「これって、まさか私達の通り道ですか?! カッツェ平野に馬車が通れるような道を作ったってことなんですか? 死の騎士(デスナイト)さんたちで?」

 

「そうっす、驚いたっすか? エンちゃん達はこのまま死の騎士(デスナイト)の間を通っていけばイイだけっすよ。途中でアンデッドが近寄ってきても、道の左右に立っている死の騎士(デスナイト)が片付けてくれるっす。まっ、エンちゃんが来るまでの数日で粗方始末したらしいっすから、何もいないとは思うっすけどね」

 

 エンリは、道の左右で貴族を迎える執事であるかのように姿勢よく立っている死の騎士(デスナイト)を見つめ、一つの想いを心に宿す。

 

 ――その死の騎士(デスナイト)さん数百体を竜王国へ送れば、全て解決なのでは?――

 

 考えてはいけないと思いつつも、エンリは考えてしまう。

 偽装騎士を斬り殺し、カルネ村を救った死の騎士(デスナイト)。ゴウン様の忠実な(しもべ)にして、飲食睡眠不要の疲れないアンデッド。

 恐らくエンリ率いるゴブリン軍団より迅速にビーストマンを駆逐してくれるだろう。

 でもゴウン様はエンリに白羽の矢を立てた。

 その意味とは?

 

(ゴウン様は、私には分からない深い理由をお持ちのはず……。それに死の騎士(デスナイト)さんたちで全てを解決してしまったら、私たちの食糧問題がそのままになっちゃう。うん、やっぱり私たちの手でなんとかしないとっ)

 

 

 掃き清められた平野の道を、ゴブリン軍団は恐る恐る進む。

 先頭のエンリが平気な顔で先導しているといっても、やはり左右に佇む死の騎士(デスナイト)の存在は脅威だ。

 何かの弾みで襲いかかられては、(あるじ)たるエンリ将軍を護れない――そんな感情が滲み出ているかのようである。

 

「それにしても凄い光景でござるな~。前に来たときとは別の場所かと思うでござるよ」

 

「そういえばハムスケさんはここへ来たことがあるんですね。以前はどんな感じだったのですか?」

 

骸骨(スケルトン)がいっぱいいたでござる! 霧も深くて数歩前が見えないくらいでござった」

 

 ハムスケは『漆黒』の一員として、カッツェ平野でのアンデッド掃討作戦に参加していたこともある。それゆえ現地の事情に詳しいのだが、エンリには説明された以前の光景に、全く想像が追い付かない。

 今視界に入ってくるアンデッドは死の騎士(デスナイト)のみ。

 霧の深さはカルネ村でもごくまれに経験するようなレベルだ。

 加えて道中が快適すぎる。

 ゴウン様の仰る『かっそうろ』なる道は、死の騎士(デスナイト)によってデコボコが整えられ、小石一つ落ちてはいない。レイナース率いる大型荷馬車隊が無理なく進めることからして、整備された石畳の街道と同等であると言えるだろう。

 エンリとしては感謝の気持ちを持ちながらも、ゴウン様に少しだけ訴えたくなる。

 

 ――国家事業規模の土木工事なんですけど! しかもアンデッドの出現する危険地帯で!――

 

 しかもその大型事業が、エンリの一軍を通すだけのために行われているのだから、少しばかり眩暈を感じて頭がクラクラしたとしても許されるだろう。

 「ゴウン様は偉大だ」そんな何度目になるか分からない感想を抱きつつ、エンリはカッツェ平野の危険なはずの野営に向け、全軍へ指示を出していた。

 

 

 ◆

 

 

 目を覚ましたエンリが天幕の外へ出ると、やはり薄霧の平野が広がっていたのだが……。その奥には何故か巨大な船が転がっていた。

 いや、平野に船があること自体可笑しな話なのはエンリにだって分かるし、その船をボロボロに破壊したのが死の騎士(デスナイト)さん達だろうってことも理解している。

 ただ、エンリは子供の頃に聞いた怖い話の中に『カッツェ平野の海賊船』があったような気がしていたのだ。その海賊船が伝説のアンデッドを乗せて、何百年も前から人々を恐れさせていたはずだと。

 

(あの船って……まさか)

 

 常識外れの事象には結構慣れていたつもりでも、実際にはまだまだということなのであろう。

 エンリは鼻歌交じりで近付いてくるルプスレギナの呑気な様子を見て、別世界の住人なのではないかと疑わずにはいられない。

 

「おはよーっす! ん~? エンちゃんどうしたっすか~? 昨日はンフィー君と頑張っていないっすよね。寝不足になる要素は」

「ちょっ、ちょっとルプスレギナさん! 私とンフィーはまだそんなことしてません! いつもしているみたいなこと言わないでください!」

 

 ルプスレギナの誘導で、恥ずかしい台詞を大声で口にしているにも拘らず、エンリはまったく気付かない。

 周囲のゴブリン軍団が大人の配慮を見せて、無反応だからだ。

 まぁ同じ天幕の中で一晩過ごしていたンフィーレアが、自分のヘタレ具合を公言されたため、しばらく顔を出せなくなったのはご愛嬌であろう。

 

「それよりあの船はどうしたのですか? 昨日野営する前は無かったですよね」

 

「ああ、アレはアインズ様の『カッソウロ』を横切ろうとしたバカっす。身の程を知らないおバカさんだったんで、私が思い知らせてやったっすよ」

 

「ル、ルプスレギナさんがっ?!」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことかっ?

 百人以上は乗船できそうな大型船を再度見て、エンリは自分の認識を改める。

 ルプスレギナがゴウン様に仕える凄いメイドであることは分かっていた。妖巨人(トロール)を打ち倒したときに、恐るべき戦闘能力を持つ強者であると理解したつもりでいた。

 だが、死の騎士(デスナイト)さんが集団で襲いかかってボロボロにしたのだろうと思っていた伝説上の相手に、目の前の傷一つないメイドさんが関わっていたとは。

 もしかするとゴブリン軍団全軍よりルプスレギナは強いのでは? なんてエンリが思うのも仕方のない話かもしれない。

 

「そんなことより朝御飯食うっすよ! いっぱい食べておかないと途中で倒れちゃうっす!」

「あ、あの、先に顔を洗い――」

 

 そんなこと呼ばわりされた伝説を尻目に、エンリはルプスレギナに引っ張られて食事の準備を始めていた後方支援部隊のところまで連れ去られてしまう。

 無論、そこには青い顔を見せながら朝食の用意をしている帝国兵、及びレイナースの姿があったそうな。

 

 

 アンデッド彷徨う死の平野、そのように呼ばれていたカッツェ平野も今は昔。エンリが眺める薄霧の大地は、実に平和な様相を見せていた。

 アンデッドが近付いてきたのは、数日間のうちわずか数回。

 それも死の騎士(デスナイト)により瞬殺されてしまったので、危険を感じた回数はゼロである。

 その他には何もアクシデントは無く、ルプスレギナのちょっかいから逃げる方が大変だったと思うほどだ。

 

「はぁ、結局平坦な街道を何事も無く進んできただけなんて……」

 

「大丈夫かい、エンリ。疲れているならハムスケさんに任せて横になったらどうかな?」

 

「うむ、尻尾で固定して落ちないようにするから安心してほしいでござるよ」

 

 この数日間で妙に仲良くなった――面識があるのは聞いていたけど――恋人と魔獣を眺め、エンリはため息を漏らす。

 カッツェ平野を無事に抜けられたとはいえ、竜王国へ辿り着くためにはまだまだ難所が待ち構えているのだ。横になっている場合ではない。

 まずは目の前の山を越える必要がある。それも大型荷馬車を百台抱えて、だ。荷物満載の荷馬車を整備されていない山中へ押し込み、通過させるなんて、村娘の頭でも困難な作業であると分かる。

 加えて山の獣たちが大人しくしているとも思えない。

 ゴブリン軍団がいくら屈強であると言っても、疲労困憊の登山途中で襲われたなら少なからず犠牲は出るだろう。

 

「ンフィー、今は先にやることがあるわ。荷馬車に積んである荷物を小分けにして、登山できるよう準備しましょう。ハムスケさんも手伝ってくださいね」

 

「あっ、そ、そうだね」

「分かったでござるよ。このハムスケにお任せあれ!」

 

「なに言ってるっすか? そんな面倒なことしていたら竜王国は滅びちゃうっすよ。――てなわけで、よろしく頼むっす!」

 

「ウオオオォォオオ!!」

 

 なんだか見たことのあるような展開だなぁ、っと他人事のように眺めていたエンリの前で、死の騎士(デスナイト)が動き出す。

 その数は百体、それぞれが後方支援部隊の傍まで歩を進め、ガシッと荷馬車を掴むと、慌てて逃げ出す帝国兵及び軍馬に構うことなく大きな荷台を自らの背に載せてしまったのだ。

 

「さぁ、このまま山を越えるっすよ! ん~? なに口を開けっぱなしの間抜けな顔をしてるっすか? エンちゃんが大将なんすからしっかりするっすよ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 大荷物を軽々と持ち上げる百体の死の騎士(デスナイト)は、エンリの指示を待って微動だにしない。

 恐らくエンリが出発の号令を下せば、ゴブリン軍団に続いて山を登ってくるのだろう。道無き道を、足場の悪い坂道を、なんの苦も無く駆け上ってくるのだろう。

 速度を他の皆に合わせるよう指示をしておかねば、大荷物を抱えたまま先頭まで突っ走っていくのかもしれない。

 疲労無きアンデッドの恐ろしさとその怪力には、今更と思うかもしれないが、エンリとしても二の句が継げない。

 ただ、これだけは言っておきたいと思う。

 

 ――ゴウンさまぁ! やっぱり死の騎士(デスナイト)さんだけで十分なのではっ?!――

 

 他の理由があると分かっていながらも叫びたくなる。だけど今はそんな場合じゃない。全軍を指揮して前へ進まないと、助けられる人も助けられなくなる。

 エンリは急な坂道をハムスケに支えられながら少し登ると、振り返って全軍を見渡し、気持ちを取り直して号令を下す。

 

「全軍、出発!!」

 

 ちょっとやけくそ気味なエンリの号令、それは遠方まで響き渡り、無関係な獣まで揺り動かしたそうな……。軍列の後方に獣の列ができたのは、決して物資の食糧目当てだったわけではないだろう。

 




旅には苦労が付き物。
そのはずが……。

何故か快適旅行気分。
アンデッドの徘徊地帯であろうとも、観光ツアーであるかのよう。

つーか、それでイイのか魔王様?
アンデッドが土木工事に向いているとアピールしたいのは分かるが、
ここでアピールしてどうする。
関係者しか見てないぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 「責任者出てきなさいっ!!」

竜王国への快適行軍。
ガイドは伝説のアンデッド。
乗り物は勇猛な魔獣で、警護はレベル43のレッドキャップス。

ねぇエンリ将軍、貴方は何処へ何しに行くんだっけ?
つーか骸骨魔王様、少しは自重しろよ!



 山を越えれば谷があり、そこには大きな川が流れている。当然橋なんて無いのだから、五千もの軍勢のために大規模な渡河準備を行うしかないのだが……。

 エンリは流石に慣れてしまった。

 川の中に入り込んでいる黒い存在、その者達が寄せ集まって巨大な盾を頭上に掲げ、向こう岸まで並んでいるという光景に。

 

「ルプスレギナさん、これってもしかして」

「あれれ? エンちゃん驚きが薄いっすね。そうっす! 死の騎士(デスナイト)による橋っすよ。この上を通って渡ればあっという間に竜王国っす!」

 

 はっきり言って尋常ではない速度で竜王国へ来てしまった。

 それもこれも手厚過ぎる死の騎士(デスナイト)さんのサポートがあってこそだ。恐らくゴウン様の指示によるものなのだろうけど、『甘え過ぎ』と言っていた過去の自分に何と言い訳すればイイのか。

 エンリは渡河中も、その後の小高い丘へ進む最中も、悲壮な想いで見送ってくれたカルネ村の住人達へ、快適過ぎた行軍状況をなんと伝えたらよいのかと悩む羽目になってしまった。

 まぁそれはそれとして、エンリが大変なのはこれからであろう。

 カッツェ平野を踏破し、山を越え、谷を越え、川を渡り、丘の上へと軍勢を進めたエンリたちの前に現れたのは、のどかな田園風景ではない。竜王国の国境警備隊でもなければ、エ・ランテル外壁の倍もあろうかという竜王国自慢の勇壮で美しい城壁でもない。

 それは血と叫び、炎と煙、そして数千のビーストマンに首都への入り口――大正門手前まで攻め込まれている竜王国の血に塗れた無残な姿であった。

 

「えぇっ?! そんなっ! もうこんなところまで攻め込まれているなんてっ! 急がないと!」

 

「ちょっと待つっす、エンちゃん。落ち着いてよく見るっすよ。ビーストマンは精々二千程度っす。本隊が攻め込んできたわけじゃないっすよ。これは恐らく少数の部隊を幾つも編成し、前線を大きく迂回させ、大きな部隊が入れない抜け道へ侵入。首都近傍で合流させ、その後に強襲をかけたって寸法に違いないっす! 上手く首都の中へ入り込めればビーストマンにも勝利の目はあったかもしれないっすけど、あの状況からすると竜王国兵士も頑張ったみたいっすね。まぁ、攻城戦なら竜王国は負けないっしょ。私達はのんびり行けばイイっすよ」

 

 途中で口調が変化したルプスレギナの様子に、妙な引っかかりを感じたことは別として、エンリには「のんびり」なんて思える余裕は無かった。

 まだ遠い先に見える戦場ではあるが、確かにそこでは人の死が存在していたのだ。

 攻城戦とはいえ、相手は人の十倍と言われる身体能力の持ち主――ビーストマンが二千体。城壁の上から弓矢で応戦し、石を投げ、絡みつく網を放ってはいるが、鋭い爪を持っているビーストマンを一匹も登らせないでいることは難しい。

 実際、数匹のビーストマンが壁上からの猛攻を突破して、何人もの竜王国兵を齧り殺していたのだ。

 このままエンリが何もしないままでいれば、犠牲者は更に増えることだろう。ルプスレギナの言うように首都陥落はないかもしれないが、それで良しとはとても思えない。

 

「駄目です! 私達が来た以上、犠牲は最小限に抑えなくてはなりません。アインズ様の名代たる私の前で、ビーストマンの好き勝手は許されないのです!」

 

「……かしこまりました、エンちゃん」

 

 冗談か本気か分からない静かな口調のルプスレギナに驚きつつも、エンリは即座に指示を下す。

 

「レイナースさんは後方支援部隊と共にこの場で待機。軍師さん、ゴブリン軍団でビーストマンを背後から襲いましょう! 城壁と挟み撃ちです!」

 

「ほっほ、勇ましいですな。ですが後方からの襲撃が成功するかは風向き次第かと。それに逃げ道を塞いだ状態では反撃が苛烈になりますぞ」

 

「でも軍師さん、ビーストマンを逃がすわけにはいかないよ。ここは最前線ってわけじゃないんだ。逃がしたビーストマンが無防備な村々を襲うかもしれない」

 

 ンフィーレアの言葉にエンリの表情は曇る。

 そう、首都を襲っているビーストマンは、言わば決死隊だ。帰還することを前提にしていない死兵である。

 誰の策で侵入してきたかは知らないが、恐らく竜王国の首都を落とす以外の命令は受けていないのだろう。城壁に無策で突っ込んでいるビーストマンの戦い方を見れば、そのことがよく分かる。

 ビーストマンはそもそも小細工を用いない。用いる必要もないほどの強力な種族なのだ。人間なんか餌に過ぎない。だからこそゴブリン軍団で蹴散らした後が問題になろう。

 ヤルなら一匹も逃がしてはいけない。

 

「だけど……風向きですか。それに竜王国の兵士からは丸見えですし、騒がれたらビーストマンにも知られますよね。う~ん、ここから城壁まで身を隠す場所なんて……」

 

 ビーストマンを一網打尽にするには、城攻めに夢中な今が絶好の機会だ。背後から忍び寄って城壁に押し付けるかのように攻め込み、左右も別動隊で塞ぐ。

 とはいえ問題は多い。

 耳と鼻の利くビーストマンが、五千のゴブリン軍団に気付かないわけがない。ゴブリンの接近に気付くであろう人間の様子からしても、自分達の背後に何者かが忍び寄っているのだと察するだろう。

 通常のやり方では無理だ。

 エンリの脳裏には、ビーストマンが四方八方に散らばり逃げて、収拾がつかなくなる光景が浮かんでいた。

 

「エンリ将軍、魔法兵団に隠密魔法を使わせましょう。条件さえ良ければ、ある程度は近寄れるはずですぞ」

 

「ある程度ってどれぐらいです?」

 

「ほほっ、御期待には沿えないでしょうが……、矢がまったく届かない距離でございます」

 

「あ~、それだと背後からの不意打ちなんて――」

「無理っすね」

 

 ルプスレギナの無慈悲な横やりに、エンリとしてはうなだれるしかない。

 なにか軍略を齧ったことでもあるのなら知識を総動員して有効な手を考えるのだが、村の生活知識しか持ち得ていないエンリには無理な話だ。

 となると現状の選択肢としては、見つかることを覚悟して迫るしかない。

 ビーストマンの殲滅は不可能になるが、今は竜王国を襲撃している一軍の排除だけで満足するしかないだろう。

 

「仕方ありません。いつまでもここで留まっているわけにもいきませんし、ビーストマンへ攻撃を仕掛けましょう。軍師さん、よろしいですか?」

 

「エンリ将軍の御意志のままに……」

 

「まぁ、大丈夫っす。運良く誰にも気付かれずに背後を突けると思うっすよ」

 

 根拠は全く無いはずなのに、エンリには――ルプスレギナの言葉が恐ろしいほど現実的に聞こえてしまう。

「また何かあるのでは?」と後方の死の騎士(デスナイト)を見てしまうのも仕方がないだろう。ただ当の死の騎士(デスナイト)達は荷馬車を降ろすと、任務完了と言わんばかりにさっさと元来た道を帰り始めていたのだ。

 エンリとしては拍子抜けというか、ホッとしたというか、なんだか複雑な心境であった。

 

(いえ、これからが本番なのですね、ゴウン様。死の騎士(デスナイト)さんの支援、ありがとうございました。後は私達で竜王国を助けます。必ずや、よい御報告を……)

 

 覚悟を決めたエンリの指示に従い、ゴブリン軍団が動き出す。

 申し訳程度の隠密魔法を纏い、腰までしか隠れない田畑の中を、五千近い武装したゴブリンがビーストマン部隊の背後へと向かったのだ。

 当然ながら、城壁の上にいる竜王国兵には丸見えである。

 五千の亜人軍団が首都へ突っ込んでくる光景、それは兵士達にとってどのような意味を持つのだろう?

 国境警備隊の全てをビーストマンとの戦闘へ注ぎ込んでいるがゆえに、帝国や法国側からのルートが無防備なのは周知の事実だ。侵入されたとしても何ら不思議ではない。

 だけど、亜人の軍をビーストマンの援軍だと思うだろうか?

 別の亜人国家による襲撃と判断するのだろうか?

 まさか自分達の援軍だとは――うん、思わないだろう。そんな都合の良い考えを持つほど、竜王国民は甘やかされていない。

 今まさに絶滅の危機にあり藁にも縋る想いなのだとはいえ、ゴブリンが助けてくれるなんて吟遊詩人も口にしないだろう。

 ただ今回、城壁の上で必死にビーストマンを追い落としていた兵士たちは、誰一人としてエンリらに視線を向けなかった。

 まるでそこには無人の田畑しか存在していないかのように、敵となるべきはビーストマンしかいないかのように……。

 

「(あ、あれ? 誰もこっちを見てないけど……。ンフィー、何か魔法でも使ったの?)」

 

「(無茶言わないでよ、エンリ。僕が使えるのは第三位階までだよ。ゴブリン軍団を隠す魔法なんて知らないし、ましてやあんな遠くの、しかも城壁の上にいるたくさんの兵士に何かするなんて)」

 

「(気にする必要ないっす、運がイイだけっす。このままビーストマンを叩くっすよ)」

 

 五千もの兵に気付かないなんて、それはそれで問題だと思うが、エンリは風向きまで変化していく現状に考えるのを止めた。

 どうせ考えても答えは出ないのだ。

 ルプスレギナが何の警戒も見せずノリノリで突っ込もうとしているのだから……まぁ、そういうことなのだろう。

 

 エンリは易々とビーストマンが蠢いている後方、ゴブリン魔法兵団の射程範囲内へと、一軍を配置することができた。

 

「(え~っとまず魔法支援団と魔法砲撃隊で一撃を加え、長弓兵団で追撃、最後に重装甲歩兵団を正面進撃、左右を聖騎士団と騎獣兵団で塞ぐ……でしたか?)」

 

「(ほほっ、その通りですぞエンリ将軍。相手は全く此方に気付いておりませんので、完璧な不意打ちとなることでしょう。将軍の初陣としては申し分ない状況ですな)」

 

「(初陣……初陣かぁ)」

 

 王国兵と戦ったときは全てゴブリン軍師任せだった。エンリが指揮をしたとは言い難い。だが今回は――ほぼ頼り切っているとは言え――エンリが自分で考え、自分で指示を下すべき戦場なのだ。

 殺す責任も殺される責任もエンリの肩に圧し掛かる。

 城壁から引きずり落とされる兵士の姿。仲間の死体を盾にして矢の雨から身を護ろうとしている血塗れのビーストマン。

 まさに生と死、血と鉄が溢れる殺し合いの世界だ。

 エンリは静かに呼吸を整え、城壁への突入を繰り返すビーストマンたちの背中を見つめる。

 恐怖はない。

 不思議なほど落ち着いている。

 血濡れ装備のお蔭か、サークレットの加護か、それとも命の潰し合いに慣れてしまったのか。いや、覚悟があるだけだ。ビーストマンに殺させるものかと、ネムのような幼子に牙を突き立てさせるものかと、出発したその時から腹をくくっていただけなのだ。

 エンリはゆっくりと血濡れの剣を引き抜き、魔法兵団へ号令を下す。

 

「なぎはらえっ!!」

 

 少女のモノとは思えない脳天を貫く指示は、ゴブリン軍団を覆っていた結界のようなものを蹴散らすと、竜王国兵士、ビーストマン双方に驚愕の表情を強要した。

 と同時に稲妻がほとばしる。

 

龍雷(ドラゴン・ライトニング)!」

「「連鎖する電撃(チェイン・ライトニング)!」」

魔法二重化(ツインマジック)電撃(ライトニング)!!」

「「「電撃(ライトニング)!!」」」

 

焼夷(ナパーム)! 五連続っす!!」

 

 密集していたビーストマンたちを嘲笑うかのように幾つもの電撃が戦場を駆け抜け、何が起きたのか理解できないでいる獣たちの血肉を焼き焦がす。

 続くルプスレギナは、憂さ晴らしとでもいうかのようにビーストマンを集団で燃やし尽くし、たった一人で数百もの死体を積み上げていた。もっともボロボロの黒炭なので実際に積み上げることはできないが……。

 

「長弓兵団! 放てっ!」

 

 想定していたよりもずっと酷い残虐な光景に目を背けたくなるが、指揮官が戦場を見ないなんてことはあり得ない。故にエンリは奥歯に力を籠め、弓による追撃を命じる。

 

「ナ、ナンダ?! 何処カラダ?」

「後ロダ! 突然現レタゾ! 大軍ダ!!」

「ゴブリン?! ゴブリンゴトキガ俺タチヲ襲ウダト?!」

「隠レテイル人間ドモハ後回シダ! 先ニゴブリンヲ始末スルゾ!!」

「オオォォーー!!」

 

「重装甲歩兵団、前進!!」

 

 相手がゴブリンなら負けるわけがない、ビーストマンの思考とはそのようなものであろう。

 自分たちが奇襲を受け、一瞬にして半壊状態であることなど理解できるわけもないのだ。ましてや巨大な盾を構えて突撃してくるゴブリンの強さが、自分たちを遥かに上回るっているなんて察知できるはずもない。

 ビーストマンは己の生物的強さに依存し過ぎなのだ。

 まぁ、餌場のごとき竜王国の人間たちがその思考を助長したとも言えるが。

 

「報告! 正体不明の軍団が突如出現しました! 現在ビーストマンと交戦中!」

「見れば分かる! そんなことより今のうちに負傷兵を退避させよ! ビーストマンが何処かの亜人に負けるとは思えん。直ぐに此方へ来る!」

「隊長! あれはゴブリンでしょうか? それにしては」

「分からん、ホブゴブリンかもしれん。ビーストマンと敵対する勢力、なのは間違いないと思うが……」

「五千はいますよ、隊長。しかも強い!」

「信じられん! なんだあの装備は? しかも隊列を組んでいるだと?!」

 

 大盾に弾き飛ばされたビーストマンが城壁にぶち当たってその命を散らす――なんて光景には、城壁の上で陣取っていた兵士達も驚きを隠せない。

 ビーストマンの一般兵は、鍛え上げられた人間兵士と同等の力を持つのだ。まさに一体一体が精鋭と言えるだろう。ゴブリンなんて相手にならないほどの強大な種族なのだ。

 そう、本来ならば。

 

「レッドキャップス、指揮官を仕留めなさい! 暗殺隊は包囲から零れたビーストマンを処理です!」

 

「お任せを!」

「「はっ!」」

 

 城壁に追いやられていたビーストマンへ、エンリの最終手が襲い掛かる。

 一陣の風となったレッドキャップスは、自軍の隙間をスルリと駆け抜けると、近くにいたビーストマンの首を斬り取りながら進み、中央で声を張り上げていた一体の獣へ近付く。

 

「お前が指揮官か?」

 

「ゴブリンゴトキガッ! 我ガ部族ヲ舐メルナヨ! 貴様ナンゾッ!」

「馬鹿がっ! 俺は指揮官か、と聞いたんだ!」

 

 お喋りな獣の首を刎ね飛ばし、レッドキャップスは周囲を見渡す。

 しかしどのビーストマンも同じような弱さであり、指揮を執っている個体の存在も確認できない。

 エンリ将軍の指示は「指揮官」を殺すことだ。いませんでした、では話にならない。ならばどうする? 確実に指揮官を殺すには?

 そう、皆殺しにすればよいのだ。さすれば必ず、死体の中に指揮官はいよう。

 

「エンリ将軍に完全なる勝利をっ!」

 

 

 

 時間はさほどかからなかった。

 二千余りのビーストマンは、周囲をゴブリン軍団に囲まれたままどこへ逃げ出すこともできず、物言わぬ肉の塊と成り果ててしまったのだ。

 ゴブリン軍団の損失はゼロ。

 これは敵陣に突っ込んで暴れ回った、レッドキャップス五名の御蔭であろう。

 ただ、積み上げた死体の上で血塗れになっている勇猛なゴブリンの姿には、エンリもちょっとだけ引き気味だ。

 当のレッドキャップス達はエンリ将軍と同じ様相になって御満悦なのだが、そんな心情にエンリが気付くはずもない。そもそもエンリ自身は血塗れになる趣味なんて持っていないのだから。

 

「軍師さん、負傷した方々の治療をお願いします。私は竜王国の兵士さんと話をしてきますね」

 

「エンリ将軍、まだ城壁へ近付かない方が良いのでは? 兵士どもは酷く怯えておるようですぞ。此方の話を聞く余裕があるようには見えませんが……」

 

「う~ん、怯えている場合じゃないんだけどなぁ。どうしよう?」

 

 首都まで攻め込まれた現状で何を言っているのか? とエンリは叱りつけたい衝動に駆られるものの、城壁の陰に隠れている兵士達が顔を出す気配はない。せっかくビーストマンを始末したというのに、このままでは前線への救援にも行けないだろう。

 竜王国のトップに存在を認められなければ、ゴブリン軍団は他国で勝手に暴れている武装集団でしかないのだ。

 

「エ、エンリ、なんだか城壁の向こう側が騒がしいけど」

 

「え? もしかして私たちを敵だと思ってい――」

「お前たちは何者だ?! どこの軍隊だ?! ビーストマンを蹴散らした後は、この国だというのではなかろうな!!」

 

 幼い女児の大声に、エンリは城壁の上へ視線を向ける。

 そこにいたのは、本当に女の子であった。ネムと同じぐらいの幼さであろうか、生意気そうな表情が年相応で可愛らしく思える。しかし、なぜ女の子がその台詞を言うのかと、エンリは他の兵士たちを睨み付けてしまう。

 自分たちは怯えて顔も出さないのに、女の子を前に出して交渉させるなんて。

 この瞬間、竜王国の男達はエンリの中で最低に近いランク付けにされてしまった。もちろん後で誤解は解けるのだが……。

 

「あのねぇ、もう大丈夫だよー。私はエンリ、ゴブリンの皆と貴方たちを助けにきたのぉー。魔導王陛下からの救援部隊だよー。ねっ、誰か大人の人はいないのー? 傍に偉い人とかはいないのかなー?」

 

「偉くも偉くないもっ、私がこの国で一番偉い女王様だ! ってそれより魔導王陛下だと?!」

 

「うん、分かったから誰か大人の人に代わってくれるかなぁー? それと城壁の上は危ないよー。落ちたら大変だよー」

 

 上等な服を着ているから貴族の子供なのかなぁ~、っと生意気年上口調の女児を微笑ましく見つめ、エンリは他の大人たちが出てくるのを待つ。

 ところが女児の周囲にいる貴族っぽい大人たちの中に、エンリとの交渉を始めようとする者はいなかった。それどころか何かに恐れて一歩下がってしまうほどだ。

 この体たらくには、さすがのエンリも怒りを覚えずにはいられない。

 

「ちょっと貴方達! 女の子を前に出して自分たちは後ろにいるなんて、恥ずかしいと思わないのですか! それに戦場の酷い有様を幼い子に見せるその所業っ、非常識にもほどがあります! 責任者出てきなさいっ!!」

「だ~か~ら~、私が責任者だと」

「うん、後でお菓子あげるから大人しくしていてね」

「わ~い、お菓子お菓子……ってちょっと待てー!」

 

 結局、エンリの声に応じるのは女の子だけだ。他の大人たちは何故かオロオロと戸惑っているだけであり、役に立たない。

 とはいえ、一人もまともな大人がいないかというとそうでもないようだ。

 エンリが見つめる城壁の上に、ようやく一人の男が顔を出す。

 

「エンリ殿、と言われましたか? 魔導王陛下から送られた救援部隊、と聞こえたのですが、間違い御座いませんかな?」

 

「あぁ、もうっ、はい、そうです! 我らは魔導王陛下から勅命を受け、竜王国の救援へと駆け付けたゴブリン軍団! 私は指揮官のエンリ・エモットです!」

 

 ほんの少しのいら立ちを含ませ、エンリは名乗りを上げる。

 しかしこれであの女の子は両親の下へ帰されるだろうから一安心だ。そもそも多くの死体が積み上げられている血塗れの戦場に、子供の姿がある方がオカシイ。過去のカルネ村じゃあるまいし、わざわざ危険な場所へくるなんて、周囲の大人たちも何故止めないのか?

 

「……だそうですよ、陛下。中へ入ってもらってお菓子でも貰いますか?」

 

「うっさいばか! 冗談言ってないで謁見の準備だ! っと言いたいところだが、ゴブリンを城壁の中へ通すのはマズイな。街の者らがパニックを起こしてしまう」

 

「あ、あれ? どうして女の子と話し合っているんですか?」

 

 身分の高そうな男と幼い女の子が相談している様子は、エンリにとって理解しがたいモノだ。話している内容も子供らしくなくて訳が分からない。

 

「エモット殿、申し訳ないのですが貴公の軍勢を全て中へ入れると、国民がパニックを起こしかねません。ビーストマンを撃退してくれた恩人に何を言うか、と思われるかもしれませんが、貴公と供回り数名のみで我らが女王陛下に謁見してはもらえぬでしょうか?」

 

「あ~はい、確かに驚くかも、ですね。……分かりました。私とンフィーとルプスレギナさん?」

「いやっす。私はアインズ様にしか跪かないっすよ」

「そ、そうですか、なら仕方ないですね。ジュゲムさんとレッドキャップスの誰か一人。え~っと、四名で入らせてもらいまーす!」

 

「御配慮感謝いたします! では迎えの者を其方へ向かわせますので、しばしお待ちを!」

 

 エンリの中で最低ランクに落ちていた竜王国の大人たちではあったが、最後に出てきた人物はかなりしっかりした頭の良さそうな人物にみえた。

 腕組みしてウンウン頷いている女の子を最後まで隣に置いていたのは気になるが、まぁ、王国の貴族よりはマシな部類なのかもしれない。

 それにしても、あの女の子はいったい何をしにきたのだろう?

 まさか戦場見物、なんてことはないだろうし……。

 エンリは、最後まで城壁の上でぺったんこな胸を張っていた偉そうな女の子にまた会えないかなぁ~っと思いつつ、最初の戦闘が無事終わったことへの感謝を捧げていた。

 

 もちろん、祈りを捧げる相手はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下である。

 




小さな女の子を見るとホームシックになりそう。
唯一の肉親と別れて戦争へ……。

元村娘には耐え難い運命です。

二千のビーストマンを皆殺しにしながら、そう思うエンリ将軍でありましたとさ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 「東の砦へ!」

竜王国の女王様は二つの形態を持つ。
ペタンとボンキュボンッ。

目的に応じて使い分けているのでしょうけど、
はたして今回は凶と出るか吉と出るか。

エンリ将軍の好みや如何に?



「それにしても魔法二重化なんて凄いよね、ンフィー。バリバリって雷が二つも飛んでいったもん」

「いや~、魔法砲撃隊の隊長さんが使った龍雷(ドラゴン・ライトニング)に比べるとまだまだ……」

「ンフィーの兄さん、そこはアピールするところですぜ」

「ですな、人の身にしては素晴らしい技であったと思います」

「ん〜っと龍雷(ドラゴン・ライトニング)かぁ、前にどこかで見たことがあるような……」

 

 磨かれた石の廊下をコツコツと歩き進みながら、エンリは先ほどの戦い、そして遠い昔の戦いを思い出していた。

 ンフィーレアはジュゲムの言うように優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての力を見せた。それは間違いない。一般人としては最優秀な第三位階魔法、それを複数発現させたのだ。国家の宮廷へ招かれてもおかしくはない腕前であろう。

 ただ、エンリの知る本当の雷撃はもっと凄かった……はずである。魔法砲撃隊の隊長さんが使った龍雷(ドラゴン・ライトニング)よりもずっと。

 何故か記憶が曖昧になっているためハッキリとは思い出せないが、確かゴウン様が最初に見せてくれた魔法だった。

 とても大きな稲妻が、偽装騎士の一人を襲ったことだけは覚えているのだけど。

 

「此方が謁見の間でございます。……どうかなさいましたか?」

 

「へっ? い、いえ、なんでもありません」

 

 先頭を歩いていた若い騎士が、豪華な扉の前でエンリの様子を伺う。

 どうやら竜王国の女王が待つ謁見場所へと到着したようだ。これから一国の代表を前にして、魔導王陛下からの軍事支援について説明することとなる。

 とはいえ、既にビーストマンを殲滅して恩を売っているのだから、頭を下げるべきは竜王国側だろうし、エンリが下手に出る必要はない。

 それでも流石に一国の指導者に恥をかかせるわけにはいかないし、それなりの敬意は払うべきであろう。ルプスレギナは跪くことに抵抗を見せていたが、エンリはそもそも村娘だ。へりくだることに何ら忌避感はない。

 無論、限度はある。

 エンリの頭を飾っているサークレットには、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の紋章が輝いているのだから。

 

「失礼いたします。魔導国の使者、エンリ・エモット将軍を御連れ致しました」

 

 使者の来訪を告げる騎士の言葉を受け、部屋の中からは直ぐに応答があり扉が開かれる。

 ゆっくりと開く豪華な扉は威厳を示しているかのようであり、やはり身分の高い人が待っている部屋の扉はサパッと開いちゃ駄目なんだろうな~、っとエンリに妙な感想を抱かせていた。

 

「使者殿、どうぞ中へ」

 

「は、はい」

 

 よく考えれば王族という『いと貴き御方(ゴウン様を知っている身としては鼻で笑いたくなるが)』と会うのは――カルネ村へ攻め込んできた糞王子(実際には逃げる後ろ姿しか見ていないが)を除くと、初めてのような気がする。

 それなのに気後れしているような気配は、エンリ自身感じていなかった。

 少しばかり緊張しているのは、ゴウン様に恥をかかせるような振る舞いをしないだろうかと、その一点だけである。

 

 扉の先にあった部屋は、それなりに広く細長かった。

 奥に伸びた先、その到達地点には複数の人影があり、厳しい表情でエンリらを迎える。ただエンリが気になったのは大きな玉座に座っている可愛らしい存在だ。いや、玉座が大きいのではない。座っている人物が小さいのだ。

 背もたれより低い身長、生意気そうな瞳。短いスカートで足を組んでいるそのはしたない姿を見てしまうと、お姉ちゃんとしては小言を言いたくなって仕方がない。

 

「あ、あれ? さっきの女の子? どうしてここにいるの?」

 

「エンリ、もしかして竜王国の女王様って……」

 

「気付くのが遅い! だが言っておくぞ! 私のことは別に隠していないからな! お前たちが我が国について不勉強――んぎゃ!」

 

 戸惑うエンリとンフィーレアに噛みついたのは、んしょんしょっと玉座の手摺に両足をかけて仁王立ちを始めた女の子だ。

 即座に隣の貴族らしき男性にチョップされて撃沈するも、ギャーギャー文句を言っているところからすると反省はしていないのだろう。

 

「失礼いたしました。危ないところを救っていただいた恩人に御無礼を……。女王陛下は首都まで攻め込まれた絶望的な展開の中、まさか救援がくるとは思ってもいなかったようで、少し興奮気味なのです」

 

 竜王国の宰相であると名乗る男性の謝罪に対し、エンリはハッとこの場が謁見であることを思い出す。

 そして見よう見真似ながらも、片膝を突いて用意していた台詞を口にするのであった。

 

「女王陛下、拝謁賜りましてまことに光栄です。私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下から竜王国への軍事支援を任された、エンリ・エモットです。私が率いるゴブリン軍団五千がビーストマンを排除しますので御安心を……。あ、あと、バハルス帝国の皇帝陛下からも支援部隊が派遣されております」

 

「う~、あ~、すまんが色々と聞きたいことがあり過ぎて頭が混乱しそうだ。人間がゴブリンを率いていることとか、その血塗れの鎧のこととか、魔導王が支援に応じてくれた理由とか……。言っておくが、この国はもう末期状態だぞ。スレイン法国からも見捨てられて、三つの都市は壊滅。現状、東と南の砦でビーストマンと戦っているが、先程の通り首都まで攻め入られる有様だ。この状況からどうしろと? エモット殿のゴブリン達が数千加わろうとも焼け石に水ではないか?」

 

 支援に喜びながらも女王の瞳には絶望しか映っていない。

 事ここに至っては美辞麗句を連ねる必要もないというのか、エンリの耳に入ってくる内容は、とても幼い子供の口から零れたモノとは思えなかった。

 全てを諦めているのか? カルネ村で偽装騎士に背中を斬られ、止めを刺される寸前だったエモット姉妹のように……。

 

「大丈夫です!」

 

 謁見の間では無礼とも思える大声で、エンリは言い切った。

 

「私のゴブリンさんたちはすっごく強いんです! ビーストマンがどれだけいても絶対負けません! 女王様、安心してください! 妹と同じくらいの歳で大変辛い想いをして――本当に頑張ったね。でも大丈夫! これからはお姉ちゃんが護ってあげる! それじゃ、行ってきます!」

 

 もはや国同士の話ではなく姉と妹のやり取りになってしまった謁見において、エンリは呆然としている女王及び宰相をその場に残し、踵を返す。

 そんなエンリに、ンフィーレアはあたふたと慌てながら、ジュゲムとレッドキャップスは(あるじ)の強い想いに涙を浮かべながら付き従う。

 このとき、エンリの脳裏にあったのは幼い子供に襲いかかるビーストマンの姿だ。

 今までは頭の片隅で、ビーストマンと竜王国とのあいだには何かしらの確執があったのではないかと想像していた。相手が獣とはいえ、国同士の争いなのだからビーストマン側にも言い分はあるだろうと……。

 エンリは国家の事情に詳しいわけでもないし、少ない情報から察することができるほど頭が良いわけでもない。だから深く考えず、食糧支援と引き換えにビーストマンを倒そうと割り切っていたのだ。

 だがもう、その考えはエンリの中に一切無い。

 血統か何かは知らないけれど、あの女王様は幼くして国のトップへ引き出され、訳も分からず必死にもがいてきたのだろう。突然村長に推挙されたエンリよりも、遥かに悲惨な状況といえる。

 ゴウン様のような支援者も無く、ビーストマンに襲われ続ける傾きかけた国家の王。

 あの女の子は、殺され続ける国民の姿を見てどれほどの苦しみを抱えていたことだろう。ネムだったら毎日のように泣きじゃくり、とても国のトップなんてやっていられない。

 それなのに、あの子は胸を張っていた。

 虚勢なのは明らかだろうけど、何とかしようと頑張っていたのだ。

 ならば姉としてやるべきことはただ一つ。

 妹が安心して暮らせるようビーストマンを叩き潰す。ただそれだけだ。

 

「ンフィー! 私、頭にきたよ! あんな幼い子を女王にしたこの国の大人たちにもだけど、大勢で襲いかかってくるビーストマンなんか絶対許さない! この戦争、全力で勝ちにいくからね!」

 

「う、うん! 僕も頑張るよ!」

 

 唯一の家族と女王様を重ね合わせたゆえの怒りなのだろう。ンフィーレアはそう納得しながらも、目の前の美しい女性を見つめる。

 黄金の蔦型サークレットを輝かせ、鮮血の鎧姿で颯爽と歩くエンリ・エモット。目を凝らせば身体から赤いオーラが漏れ出ているかのようだ。

 思わず先ほど対峙したビーストマンよりも強そうだと思ってしまう。

 そんなことを口に出せば絶対怒るだろうけど――ンフィーレアはこのとき、惚れ直したということだ。もっともその理由の一つに「勇ましい」なんてモノがあると知られたら、エンリの人食い大鬼(オーガ)にも勝る怪力が炸裂するのだろうが……。

 

 

 ◆

 

 

 エンリ一行は恐怖の視線を浴びながら、城壁の外で待つゴブリン軍団及びルプスレギナのところへ戻った。

 城壁の外ではビーストマンの死体を運搬し、離れた林近くへ埋めにいっている竜王国兵士たちの姿が見える。どうやらゴブリン軍団も運搬と埋葬を手伝おうと申し出たらしいのだが、恐縮されて――というか怖がられて逃げるように断られたらしい。

 いくら救援にきたと言っても、一目で分かる亜人部隊だ。

 竜王国女王様からの通達があったとしても、忌避感は拭えないのだろう。

 

「おっ、エンちゃん無事だったっすか? 良かったっすよ~。エンちゃんに何かあったらアインズ様に怒られてしまうっす」

 

「え? どうしてアインズ様が私なんかのことを?」

 

「いやいや、エンちゃんは大事なオモチ……じゃなくて、カルネ村の重要な存在っすからね~。竜王国がちょっかいかけてきたら私が大暴れするところだったっす。ほんと残念っす」

 

 何やらおかしな物言いに聞こえる。

 ルプスレギナは何事も無くて嬉しいのか? 何事も無かったから残念なのか? エンリには野性味ある美女の微笑みが、暴れたくてウズウズしている獰猛な獣であるかのように見えて仕方がなかった。ビーストマンなど足下にも及ばないぐらいに。

 

「エンリ将軍、首都防衛の責任者より現在の戦況について聞いてまいりましたわ。打ち合わせをしてもよろしいでしょうか?」

 

「は、はい! レイナースさん、わざわざありがとうございます」

 

 女騎士の言葉にハッと我に返るエンリは、簡易テントの中に軍師を始めとする主要なメンバーを集めるよう暗殺隊へ指示を出し、自らも足を向ける。

 そう、大事なのはこれからなのだ。

 まだ不意打ちの一戦を経験したに過ぎない。今この瞬間も、ビーストマンとの戦争は継続しているのだから……。

 エンリは「頼りになるなぁ」という想いと共にレイナースを見つめ、サボりたそうにしているルプスレギナを引っ張って天幕へと入っていった。

 

 

 

「ではまず、現在の戦況ですが……」

 

 レイナースの行動は予めエンリが指示していたモノではなく、ゴブリンたちが怖がられて兵士たちと接触できない――という現状を認識し、自発的に動いたがゆえの結果だ。

 もちろんここへくるまで何度もエンリの相談を受けていたことで、力になりたいと思っていたのかもしれないが、バハルス帝国の騎士としても役に立っておかないと、後々困ったことになるという事情があったのかもしれない。

 レイナースは一軍を率いて戦場を駆けた経験もあるのだから、エンリのサポート要員としては申し分ないだろう。同性としての利点もある。

 そこで簡易テントを張った後、守備兵を率いていた責任者と話し合い「魔導王の支援」「ゴブリン軍団」「エンリ将軍」について説明したのだ。

 その後、宰相からの指示により軍事情報が開示され、目を覆いたくなるほどの最悪な戦況であることを知ったわけだが……。

 

「はっきり言って竜王国が滅んでいない理由は『東』と『南』の砦、それだけですわ。つまるところ二つの砦のうち、どちらかが突破されたなら竜王国は終わりです。次は首都の城壁なんて数日で越えられてしまうでしょう」

 

「ほほっ、ならば二つの砦を守る兵士達は大したものですな。ビーストマンの侵攻を食い止めているのですから」

 

「そうでもないですわよ、軍師様。『南』の砦は天然の要塞で、大軍で攻めることは不可能。しかもバジリスクや毒を持った大型昆虫の巣窟を通る必要があり、ビーストマンも攻め落とす気は最初からなかったそうです。おかげで竜王国は『東』の砦防衛に全戦力を傾けることができたわけですが……。まぁ、兵士の力量ではありませんわね」

 

「と、となると問題なのは『東』の砦、なのかな?」

 

 軍議の参加は初めてなので、ンフィーレアも緊張するのだろう。

 エンリはそんな恋人の姿を微笑ましく思うものの、自身が平気な顔で簡素な地図を眺めていることには、まるで違和感を覚えていないようだ。

 

「そうです。ビーストマン最大勢力が攻め込んでいる『東』の砦。岩山に挟まれた平地が続いており、大軍が通れる要所です。この砦の陥落こそが、竜王国滅亡と同じ意味を持つことになるでしょう」

 

「わかりました。では私たちが目指すは『東』の砦ですね。えぇっとちなみにレイナースさん、砦を攻めているビーストマンの総数って分かります?」

 

「提供された情報によりますと、五万……ですわ」

 

 聞いておきながら、エンリは「ゴクリ」と唾を飲み込んでしまう。

 数万の軍勢だとは噂で聞いていたが、五万とは自身が率いるゴブリン軍団の十倍だ。当然そんな大軍勢なんて見たこともない。

 勝てるのだろうか? エンリがそう思うのも無理からぬことだろう。

 

「ほっほっほ、なんの問題もありませんな。エンリ将軍により力を引き上げられた我らゴブリン軍団。平地での合戦ならともかく、砦防衛戦ならば無理なく勝利できるでしょう。心配する必要はありませんぞ」

 

「そうっすよ、エンちゃん。私がいるっす、ンフィー君より頼りになるっすよ~」

 

「ぼ、僕だって……うん、大丈夫」

 

 何が大丈夫なんだろう? と突っ込むのは止めにして、エンリはゴブリン軍団の隊長達を観察する。

「力を引き上げる」とは、エンリが身に付けた将軍(ジェネラル)としての特殊技能(スキル)である、と説明を受けたのはだいぶ前の話だが……。ハッキリ言ってよく分かっていない。

 ルプスレギナの説明が悪いのか、エンリに理解力がないのか。ンフィーのように生まれなが(タレ)らの異能(ント)と言ってもらった方が納得しやすいのかもしれない。

 ただ、ゴブリン軍団の皆が普段より勇ましく見えるのは本当のことだ。実力も確実に上がっているのだろう。それは判る。

 

「私には戦争のやり方なんて分かりませんから皆さんを信じるだけです。では行きましょう! 東の砦へ!」

 

 頼りになる仲間たちを前にして、エンリは出発の号令を下す。

 はっきり言って強行軍であろう。

 ゴブリン軍団は長い旅路――結構快適――の果てに竜王国の首都へ辿り着くも、ビーストマン二千を軽く殲滅すると、ほんの僅かな休憩を挟むだけで次の目的地へと動き出すこととなったのだ。

 ゴブリンたちに疲労の色は見えないが、無理をしているのではないかとエンリとしても心配になる。

 しかし今は時間との勝負だ。

 死の騎士(デスナイト)の御蔭で大幅な日程短縮を成せたとはいえ、未だビーストマンは侵攻中である。

 要ともなる東の砦が落とされてしまっては、大軍相手に不利な平地での戦闘を強いられてしまうかもしれない。だからこそ急がなくてはならないのだ。今までの全てを無駄にしないためにも。

 

「エンリ将軍! 各地に早馬を走らせておいたぞ! これでゴブリンの軍勢が突然現れても驚かれることはないはずだ。前線の将軍たちにもエンリ将軍に協力するよう通達してある。そ、それと……この国を救ってくれたら何でもするぞ! 望みのままだ! だから……どうか頼む!」

 

「女王様。……ありがとうございます! 行ってまいります!」

 

 どこかのアダマンタイト級冒険者が聞いたら結構大変なことになりそうな女王の発言ながらも、エンリは城壁の上から身を乗り出して必死に懇願してくる女の子の姿に――己の妹と重ね合わせてしまうからだろうが――感動で泣きそうだった。

 決して負けられない。

 自身の敗北は、女王様を……ネムを見殺しにすることと同義だ。

 如何なる理由があろうともビーストマンは打ち滅ぼす。

 エンリは颯爽とハムスケに跨ると、異様なほどに瞳を輝かせ、全身のオーラを激流の如く噴き上げていた。恐らく無自覚の行動なのだろうが、この場にアインズ様がいたら「レベルアップ」と呟いたに違いない。

 二千余りのビーストマン、それらはエンリの糧になった、ということなのだろう。

 

「出発!!」

 

 怯えた表情の竜王国兵士たちが見つめる先で、血塗れの女将軍は魔獣に跨り指示を飛ばす。

 その姿はとても美しく、可憐で、異様なほどに血生臭そうであった。

 




エンリ・エモットはレベルが上がった!

なぁ~んて言っても、取得職業(クラス)の選択はどうするの?
ユグドラシルならコンソールを使うのでしょうけど……。

それまでの経験?
何をしていたかで自動的に決まっちゃうのかな?
だとするとエンリ将軍は、『覇王レベル1』獲得かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 「私達は援軍です!」

風前の灯火(ともしび)である竜王国。
最後の砦に全戦力を結集させ最終決戦。

はたして、竜王国はビーストマンを撃退できるのか?

しかし統率とは無縁のビーストマンが、集結して大軍勢となるなんて……。
餌場を滅ぼしてどうすんのかな?



 竜王国最大にして最終防衛戦となる東の砦、その名は『エリュシナンデ』

 あまりにも大規模なソレは、砦というより城塞都市に近いモノがあるだろう。谷を塞ぐその幅からすると、エ・ランテルより大きいのではないだろうか?

 平和な世であれば、こんな巨大な砦を造るなんて税金の無駄遣いと言われたのかもしれない。だが今は命綱そのモノであると言えよう。

 ビーストマンが竜王国の首都へ大軍を送るために、絶対通らなければならない要所がここなのだ。

 そして、文字通り最後の砦でもある。

 

「ゴブリンが援軍?! なにを言っているんだっ? 女王陛下は気がおかしくなられたのか?! くそっ、もう駄目か」

 

 大隊長たるその男は、女王からの通達書を戦死した将軍に代わって受け取ったものの、その子供らしい文章の中からは絶望しか見出(みい)だせなかった。

 

「大隊長殿。ゴブリンの軍勢が、首都を襲ったビーストマンの別働隊を壊滅させたのは事実です。私もこの目で見ました。見たこともない電撃の魔法を扱うゴブリンもいたのです」

 

「まさか、そんな馬鹿なことがっ」

 

 生まれる前から殺し合っていた化け物が助けにくる、なんて言われても困惑しかできないだろう。

 しかも連日ビーストマンとの死闘を繰り広げていたのだ。今日死ぬか、明日死ぬかの現実に振り回されて、大隊長の精神状態は危うい領域へ陥ろうとしていた。

 

「大隊長! 来ましたっ! ビーストマンです!!」

 

「くっ、朝早かろうがお構いなしか! 鐘を鳴らせ! 皆を起こして配置に付かせろ! 相手は飯が足りていない獣どもだ! 喰われたくなかったら殺して殺して殺しまくれ!!」

 

 ビーストマンの襲撃がこれで何度目になるのか、なんて誰も覚えていない。

 既に砦前面の深い堀は膨大な獣の死体で埋まっており、堀としての機能を失っている。本来なら引っ張り出して砦の防衛機能を回復させるところなのだが、まともに寝ていない兵士たちにそんな過酷な命令を下せば、肝心の戦闘でモノの役にも立たなくなるだろう。

 これから始まる防衛戦も、何時間に渡って続くのか誰にも分からない。ビーストマンの軍勢は戦い始めると際限がないのだ。かと思えば、小腹を満たすために突然どこかへ散ってしまうこともあり、誰にも予想なんてできない。

 

「今度は何万だ?! 三万か? 四万か? 前回減らした分をどこかで掻き集めてきたなら四万近くにはなるだろうが、このエリュシナンデ砦なら撥ね返せる! 大丈夫だ!」

 

 どんな状況でも勝算あり、と宣言しなくてはならないなんて指揮官の辛いところではあるが、負傷兵の数や矢の残数を暗い顔で語っても士気は上がらないし無駄なだけだ。

 今は少しでも兵士たちを鼓舞し、ビーストマンへ戦いを挑んでもらわねばならない。

 そう、決して勝算がゼロというわけではないのだから。

 

「か、確認した軍勢の数は……、は、八万です」

 

「なっ? なん……だとっ」

 

 指揮官は暗い顔を見せてはいけない。

 たとえ勝算がゼロであっても。

 

 

 

 

 防壁の上から眺めるビーストマンの軍勢は、その背を照らす朝日の美しさも相まって、ある意味一見の価値ありと言うべき光景なのかもしれない。

 直立した肉食獣が八万も集まって押し寄せてくるのだ。

 立派な毛並みの者、色付きの液体で身を飾っている者、人間から奪った装備を見よう見真似で無理やり身に付けている者。

 そして、人の腕のようなものを齧り続けている者。

 姿は多種多様であり、行動もバラバラだ。統率なんて概念は欠片も無いのかもしれない。ただ、向かう先だけは決まっている。

 餌場だ。

 腹いっぱい食うことのできる、人間という餌が蠢いている場所だ。

 死んだ仲間の肉も転がっているから、たらふく食うことができるだろう。

 ビーストマン達はそのような統一概念で、そんな単純な考えだけで襲い掛かってくるのだ。

 自分が死ぬことなんて眼中にないのだろう。

 所詮獣だ。

 人とは相容れない。

 

「くそっ! せめて、せめてスレイン法国の助けがあれば! まだ希望はあっただろうに……。第一弓隊! 放てっ!!」

 

 無理だと分かっていても、竜王国の国民が辿るであろう悲惨な運命を想像してしまっては、大隊長も腹をくくるしかない。

 最初の一手はいつも通りの弓矢だ。

 毛皮と厚い筋肉があるためビーストマンには不適、なんて言われているが、毒矢なので問題はない。というか、竜王国のビーストマン対策は徹底した毒攻撃が主流なのだ。

 大きな戦闘能力の差を埋めるにはそれしかない。

 仲間の死肉すら食おうとする獣相手なのだから、二次的被害も期待して丁度良いとすら思える。

 

「投石くるぞー!! 身を隠せ!」

 

 ビーストマンの遠距離攻撃は、主に石を投げる、だ。

 多少知恵が回る奴になると拾った剣や槍を投げてきたりもするが、大抵のビーストマンは拾った石を投げながら砦へ近付き、次に防壁をよじ登って人間へ襲いかかろうとする。

 しかし石を投げると言っても、それは人間の場合とは随分異なる。

 威力も、到達距離もだ。

 獣が全力で投げつけてくる拳大の石は、たとえ兜の上からぶつかったとしても生半可な衝撃ではない。生身であれば言うまでもないだろう。ただ、コントロールが悪過ぎて「下手な鉄砲数撃ちゃ当る」状態なのは幸いである。

 

「魔法部隊、密集地帯を狙え! 間違っても頭を前へ出すなよ! お前たちが最後の希望なんだからなっ!」

 

 竜王国の全魔法詠唱者(マジック・キャスター)が集結して作られた魔法部隊、これこそが砦の最高戦力であろう。

 なにせ魔力さえ回復すれば、ビーストマンを木端微塵に吹き飛ばせる強力な魔法を放ってくれるのだ。

 まぁ、魔力が無くなれば一般兵以下の存在であり、戦闘中もビーストマンの攻撃一つで軽く首が吹っ飛んでしまうくらい脆弱なのだが……。

 

「冒険者にはよじ登られそうな場所の救援をお願いする!」

 

「おう! 任せろっ!」

 

 統一された武装の中に混じっているのは傭兵集団のごとき冒険者達だ。

 本来なら戦争に参加しない者たちではあるが、国家存亡の危機ともなると黙っているわけにもいかない。と言いながらも、大隊長に声を返してきたのは僅か数チームのみだ。他の冒険者は既に竜王国から脱出し、この場にはいない。

 しかしそれも致し方ないことであろう。分の悪い戦争に参加し命を落とすなんて冒険者の辿るべき道ではない。家族や親しき者が竜王国にいるのなら別であろうが、そうでないならさっさと逃げるが勝ちである。

 もちろん先陣を切って動き出すアダマンタイト級冒険者のように、自分の愛すべき対象を護るために残るというのは立派な理由になるだろう。

 

「後は援軍か……。ふん、ゴブリンの援軍だと? たとえそんな奴らが助けにきたとしても、ビーストマン相手に手も足も出まい。女王様もいったい何を考えて……いや、我らが負担をかけ過ぎたがゆえの結末か? 仕方がない」

 

 大隊長は奇声を上げて迫りくるビーストマンの大軍勢を睨みつけ、覚悟を決める。

 

「誰かっ、早馬を頼む! 女王様へこの手紙を渡してくれ!」

 

「は、はい! 大隊長!」

 

 伝令要員の中で手紙を預かったのは、隊員の中で最も若い新兵だ。

 というより他の隊員達が、一番若い後輩をこの場で死なせないよう任務を押し付けたのである。

 

 ――首都にいる女王様へ手紙を届けると同時に、女王様と共にこの国から逃げろ――

 

 皆が言いたかったことは、そして大隊長が用意していた手紙の内容とは、そのようなものであったのだろう。

 八万ものビーストマンを押し返すのは、深く考えるまでもなく不可能なのだ。

 竜王国の滅亡は決定し、砦の兵士達は皆ビーストマンの食糧となる。だから今は、女王様を始めとする竜王国国民の避難時間を稼ぐしかない。ただそれだけのために命を懸けるのだ。

 とはいえ、一般兵士の中には希望を捨てていない者もいるだろう。

 だがそれでイイのだ。

 負け戦を自覚してなお、命を捧げられる者は少ない。

 今は総崩れにならないよう希望をチラつかせて戦うのが肝要だ。たとえ騙すことになったとしても……。

 

 

 ◆

 

 

 数万ものビーストマンが動き出せば、遠く離れた場所においてもその存在を感知できよう。

 地響きや雄叫び、血生臭さに鉄を打ち叩く衝撃。

 姿は見えなくとも、視界に入ってきた巨大な砦の向こう側で何が行われているのか、エンリにも容易く想像できてしまう。

 まぁそれより砦から首都へ向かおうとしていた伝令兵に出会えていれば話は早かったのだが、当の青年は土埃を上げて迫りくるゴブリン軍団に恐れをなして逃げてしまったのだからどうしようもない。

 今頃は大きく迂回して首都を目指しているのだろう。

 

「砦まであと少しです! 皆さん、頑張ってくださいね!」

「大丈夫でさ、姐さん。もっと行軍速度を上げても問題無いと思いますぜ」

 

 振り返って檄を飛ばすエンリに声を返したのは側近のジュゲムだ。

 その口調からすると確かに息が上がっている素振りは微塵も無く、徒歩での長距離行軍に疲れを感じていないように見えるが……。

 

「ほっほっほ、無理は禁物ですぞ。砦についてから即座にビーストマンとの戦闘を行う必要があるやもしれません。余裕を持った状況を維持しておかねば、エンリ将軍を危険に晒してしまいますぞ」

「おっと、それもそうだな」

「あ、いえ、私のことは何とかなりますよ。ハムスケさんもいますし」

 

 指揮官用の大型馬車に乗って快適状況にあるゴブリン軍師が、「無理」とか「余裕」について語るのはどうかと思うが、結局のところ重要なのはエンリ将軍にとってプラスかマイナスかだけのようだ。

 でもエンリとしては――ゴブリン軍団の皆を疲労困憊の状況にさせては戦闘で大きな被害を出してしまう、と心配せずにはいられない。

 

 

 

「エンリ将軍、戦況報告です」

 

「は、はい! どうぞっ」

 

 影から出てくる暗殺隊の行動は、彼らにとって普通なのかどうなのか? エンリは未だに慣れなくて――緊急時は別だが――思わず背筋が伸びてしまう。

 

「ビーストマンの軍勢が砦に攻撃をかけて、既に数刻が経過している模様です。竜王国側は殆どが負傷兵で、突破されるのも時間の問題かと。先ほども数体のビーストマンが防壁をよじ登り、砦内部へ侵入しておりました。すぐに冒険者によって撃退されておりましたが、次第に手が回らなくなることでしょう」

 

「あっちゃ~、もう駄目っすね~」

「まだですよ、ルプスレギナさん。私たちが来たんですから……。えっとビーストマンの軍勢ってどの程度の数か分かりましたか?」

 

「はい、正確ではないかもしれませんが、七万から八万は集まっているのではないかと思われます」

「は、八万?! エ、エンリィ」

 

「ンフィーったら情けない声出さないの! ここまで来たら五万も八万も大した違いじゃないでしょ? 大丈夫よ、ゴブリン軍師さんとしっかり打ち合わせしたんだから」

 

 泣き言を漏らしたいのはこっちなのに――と言わんばかりの非難を込めて、エンリは恋人をたしなめる。

 エンリ自身、八万の軍勢なんて初対面なのだから仕方のないことだろう。

 王国軍との戦いでも、ゴブリン軍団と合計して一万の戦闘だったのだ。それが攻撃側だけで八倍。

 頭の中でどんな想像をしても役には立つまい。

 

「エンちゃん、そんなことより砦の中へ入れてもらわないと何も始まらないっすよ。もっとも、入れてもらえる雰囲気じゃなさそうっすけどね」

 

「え? 女王様から通達が届いているから、協力してもらえるはずですけど……」

 

 不穏な呟きを漏らすルプスレギナが視線を向ける先では、見張りをしていたと思しき数名の兵士たちが、勢いよく鐘を鳴らそうとする光景があった。

 

 ――カンカンカンカンッ!――

 

「襲撃襲撃! 後方にて亜人の軍を確認! 数は五千! どこからか回り込まれた模様! 至急部隊を送れ!!」

「大隊長へ報告を! 後方には数名の見張りしかいない! このままではっ、全滅だぁ!!」

「無理だ!! ビーストマンと対峙している部隊は動かせない! むしろ足りないぐらいなのにっ!」

 

 絶望と混乱を混ぜ込んだように、兵士たちは防壁の上を駆け回る。

 その姿はルプスレギナが「壊れたオモチャっす~」と笑い声をあげてしまうように滑稽なモノであったが、エンリとしては微塵も笑えない。

 自身が殺されそうになったあのときも、同じように駆け回っていたのだから……。

 エンリには分かる。

 兵士の気持ちが、死に瀕した弱者の気持ちが。

 故に行動するのだ、大恩人であるゴウン様のように。

 

「兵士の皆様、落ち着いてください! 私たちは援軍です! 女王陛下にも認められた救援部隊です! こちらの指揮官には女王陛下からの通達が届いているはずです! 確認してください!!」

 

「なっ? 人間? あれは返り血か?!」

「ゴブリンの中にぃ、人間がっ? しかも全身血塗れ?」

「なにかの罠か? そんな知恵がゴブリンに?」

 

「駄目だこりゃ」と両手を上げるルプスレギナをなるべく見ないようにしながら、エンリは次の手を考える。

 言葉での説得は難易度が高過ぎて時間もかかりそうだ。その間にも多くの兵士たちが命を落とすだろうから、迅速な行動を選択しなければならない。

 とはいえ、いったいどうしたら良いのか。

 

「う~ん、仕方がありません。レッドキャップスさん!」

「はっ! 御傍に!」

 

 困ったときにレッドキャップスを頼るのはエンリの常套手段になってきたようにも思うが、当の赤い帽子をかぶったゴブリン軍団最強の十名は、嫌な顔一つしないどころか嬉しそうなので問題はないだろう。

 

「八名ほどで砦の防壁を越えて、向こう側のビーストマンを攪乱してください。そのときに竜王国の兵士達に力を見せつけながら救援にきたってことをアピールしちゃってください。無理な戦闘はなしですよ。要するに強い援軍がやってきた、って指揮官に伝わればいいんです」

 

「分かりました。エンリ将軍の慈悲を広めてまいります」

 

 あれっ? とエンリが首を傾げるよりも前に、レッドキャップスは軽々と防壁を駆けのぼり視界から消え去ってしまった。

 竜王国の兵士たちは、一瞬にして防壁を突破されてしまった――と気付くのにしばしの時間を要し、気付いてからは先ほど以上の混乱に陥ってしまう。

 

「し、侵入者だ! ゴブリンが攻め込んできたぞ!」

「何処だ?! 見えないぞ!」

「大隊長に、ほ、報告! いや、報告してイイのか?!」

 

「あははっ、ダメダメっす、おバカっす。こりゃ~、ビーストマンに滅ぼされるってのも当然っすね~」

 

「ルプスレギナさん、なるべく相手に聞こえないようにお願いしますね」

 

 文句ならエンリも色々と言いたいところなのだが、ギリギリのところで踏み止まっている最前線の兵士には相応の苦労があるのだろう。

 エンリのように、神のごとき御方から手を差し伸べられているわけでもないだろうから。

 

「それにしても、私の慈悲って何のことだろう?」

 

 レッドキャップスが去り際に放った一言。広めてくる、と言っていた慈悲とは何なのか? その答えは、ゴブリン軍師から語られる。

 

「ほほっ、それは人間に対する慈悲でございましょう。エンリ将軍に対する門前払い、普通ならば我ら全軍でその愚かさを刻み込むところですが、エンリ将軍は許された。そして救援を行うと……。我ら一同、エンリ将軍の慈悲深き御心には胸を打たれる想いであります」

 

「えーっと、あ、はい。そういうことだったんですね。あはは」

 

 家族のように暮らしているから錯覚してしまうが、やはりゴブリン軍団の思考は特殊だ。

 エンリに忠実過ぎる。

 エンリが絶対過ぎる。

 エンリが死ねと言えば、本当に命を捧げかねないほどだ。

 ゴブリン軍団は人間や他の亜人に敵対心があるわけではない、と理解はしている。ただエンリの敵に殺意を抱くだけなのだ。

 エンリとしても他の例として王国兵ぐらいしか知らないのだから断言し難いが、こんな調子で大丈夫なのかな~? っと今更ながら不安が募る。

 

(はぁ~、このままだと私の間違った指示でも平気で受け入れてしまいそう。駄目なときはちゃんと拒否して反論してほしいけど……。ジュゲムさんなんかは結構意見してくれるんだけどなぁ。もっと一緒にいる時間が増えれば改善されるのかな~? う~ん)

 

 巨大な砦の頑丈そうな防壁を前にして、エンリはため息と苦悩を漏らす。

 その行為が「人間の対応にイラついている」からなのだと、ゴブリン軍団に誤解されるとも知らず……。

 




エンリ将軍門前払い。
ゴブリン軍団大激怒。
でもエンリ将軍超優しい。
ゴブリン軍団感無量。

だけど……、次は無いぞ竜王国!
人狼(ワーウルフ)のメイドさんにも気をつけろ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 「私がエンリ将軍です!」

強いのに数が多いビーストマンっておかしくね?
繁殖力が高い生物は弱いってのが普通でしょ?
恐怖公の眷属みたいに……。

あぁ、でも恐怖公の眷属は人類を滅ぼせるかもしれないから、そうでもないのかな?

う~ん、この世界、人間にちょっと厳しくね?
無理ゲーじゃん!



 押し寄せてくるビーストマンの雄叫びに紛れるかのように、必死に叩きつけたであろう鐘の音が響く。

 

「なっ、なんだっ?! 次はどこを破られた!」

「大隊長、鐘は後方からです!」

 

「なんだとっ?!」

 

 ボロボロの衣類を繕うかのように、次から次へと防壁を突破してくるビーストマンに即応していたが、とうとう限界が訪れたようだ。

 まさかの後方襲撃である。

 砦の後方へ回り込む細道を全て塞いだとは思っていなかったが、こんな最悪の状況で襲撃を受けるとは……。

 臨時で指揮を執ったにしては出来過ぎなほどの防衛戦も、あっけなく幕を閉じることとなってしまった。

 

「くそったれ! ここまでかっ?!」

 

 後方には、見張りとして置いていただけの見習い兵士が数名。鐘を鳴らす程度の役目しか担えまい。直ぐにビーストマンに蹂躙され、此方の戦線まで死者で埋め尽くされるだろう。もちろん、人間の死体だけで。

 しかし、大隊長が耳にしたのは後方から迫りくるビーストマンの唸り声ではなかった。

 それは静かで低く、神官が口にする神託であるかのよう。

 

『聞くがよい、愚かな兵士どもよ』

『慈悲深き、我らが(あるじ)の言葉を聞くがよい』

『指揮官は誰か? 前へ出よ』

 

 一方的で高圧的。まるで相手が取るに足らない羽虫であるかのような物言いだ。

 大隊長は響いてくる複数の音源をその耳と目で捉え、本日何度目になるか分からない驚愕の感情をぶちまける。

 

「あ、亜人? ゴブリンか? いや、その体格は……。いやいや、貴様らどうやって砦の中へ侵入した?!」

 

 建物の屋根に直立し、兵士たちを見下ろす赤い帽子の亜人が八体。その体格は歴戦の戦士と見紛うばかりの鍛え抜かれたものであり、離れた場所から見上げるだけでも背すじに寒気が走るほどだ。

 

『伝える、エンリ将軍率いるゴブリン軍団が到着した』

『後方の門を開けよ』

『援軍である。愚かな貴様らにエンリ将軍が慈悲を与える』

『即座に門を開けよ』

(あるじ)を待たせるな。エンリ将軍に無礼は許さぬ』

『我らが(あるじ)の慈悲が、貴様らを照らしているうちに行動せよ』

 

「え、援軍だと? エンリ将軍? ゴブリン軍団? まさかっ、女王陛下からの通達に書かれてあった部隊か?」

 

 記憶を辿れば確かにそんな情報を受け取っていた気はするが、女王の乱心としか思えなかったがゆえに曖昧にしか覚えていない。

 とはいえ、目の前に突然現れた亜人の言葉など信用に値するはずもないのだが。

 

『なにをしている? 人間よ』

『早くエンリ将軍を迎え入れよ』

『貴様が指揮官なら、即座にエンリ将軍の下へ馳せ参じよ』

『遅れは貴様らにとって不幸しか生まぬぞ』

『愚かな……』

 

「待てっ! 知らぬ部隊を招き入れるなど、私自身がそのエンリ将軍とやらと話さねば決断できない! しかし今は左翼が崩壊しかかっていて動けないのだ! 対応が遅れればこの砦は陥落する! 分かるかっ?! 今はどうにもならないのだ!」

 

 本当なら今すぐにでも後方へ赴いて、エンリ将軍とやらに色々問いただしたいところなのだが、総指揮官が前線から離れるわけにもいかない。

 防壁の上は、もはや地獄同然なのだ。

 負傷していない者などどこにもいない。満足な睡眠も食事もとれてはいない。矢の数にも不安が募り、交代要員もどこにいるのか――と叫びたくなる状況だ。

 特に左翼は酷い。

 何体かのビーストマンに突破を許し、食い漁られた結果、限界ギリギリの防御線となってしまったのだ。

 今は状況に応じ、人員を配置し直すことで対応している。

 その対応が少しでも遅れたなら、致命的な崩壊を起こしかねないだろう。この国唯一のアダマンタイト級冒険者チームが奮闘してくれてはいるが、数万のビーストマン相手には「八欲王に立ち向かう亜人の如く」である。

 アインズ様的に言えば「運営へ仕様変更を要求するプレイヤーの如く」かもしれない。

 

『問題ない。エンリ将軍の指示により我らが手を貸そう』

『我らレッドキャップスがビーストマンを攪乱する』

『防壁に張り付く獣どもを一掃してやろう』

『エンリ将軍への拝謁を賜る時間は、我らが進呈しよう』

『感謝するがよい』

 

「何を?」と大隊長が問うまでもなく、勇壮な亜人達は答えを示した。

 身を置いていた屋根の上から瞬時にビーストマンの殺到する防壁側へ飛び立つと、耳を塞ぎたくなるような多量の悲鳴で辺りを満たしたのだ。

 悲鳴を上げていたのはビーストマン、というか肉片と化す同族を見ていた周囲のビーストマンたちであろう。

 レッドキャップスと名乗ったゴブリンは、名品とは言い難い無骨な剣や手斧を掲げると、無抵抗な食肉を切り分けるかのような手軽さでビーストマンを解体し始めたのだ。

 唖然と言う他ない。

 敵も味方も、何が起きたのかと己の目を疑うだけだ。

 ただ分かるのは、ビーストマンの死体が増え続けているという事実だけ……。バラバラでグチャグチャの肉片が撒き散らされている、そんな光景が広がり続けていることだけである。

 

「大隊長、こちらへ! 見てください! 信じられません!」

 

「なんだこれは?! たった数体で……数万のビーストマンを攪乱するだと?」

 

 八万ものビーストマンからしてみれば、切り刻まれた数など痛くも痒くもないだろうが、それでも立ち向かった者がことごとく肉片と化す惨状は恐怖そのものであろう。

 止めようとしても止まらない。

 傷一つ付けられない。

 手も足も出ない。

 たった数体の、突然現れたゴブリンのような亜人。

 防壁の上から眺めているだけの大隊長にも、ビーストマンの慌てふためきぶりは手に取るように感じられていた。

 

『何をしている? 貴様の行く先は後方だ。エンリ将軍の下へ馳せ参じよ』

 

「わ、わかった! 直ぐに向かう! だから、今しばらく頼む!」

 

 背後から聞こえる警告に、大隊長は「まだいたのかっ?」と身体をビクつかせると同時に藁をも縋る想いで支援を請う。

 そして数名の部下を引き連れ、後方の――敗走のときに使用するはずだった門まで走り出していた。

 そこにいる何者かが、この戦場における最後の希望なのだと信じて。

 

 

 ◆

 

 

「は? っえ? 貴方が、エンリ将軍……か?」

 

「あぁ、もう面倒なんだからっ。はいそうです、私がエンリ将軍です! この鎧が真っ赤なのは魔法の影響です! 乗っている魔獣は森の賢者ことハムスケさん! 率いているゴブリン軍団は約五千。私の命令に忠実で人間を襲うことはありません! それと私はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の命令で動いています! 竜王国の女王様からも国内での活動を認めてもらいました! 通達っ、きてますよね!」

 

 出会う人全てから奇異な目で見られるのは慣れたものだが、毎回同じような説明を強要されるのは酷く鬱陶しい。

 エンリは目の前に現れた中年男性の困惑した表情から次に放たれるであろう疑問を察し、捲し立てるかのように答えを並べていた。

 

「あ、ああ、すまない。女王様からの通達文は読んだのだが、あまりの内容に信じられなくてな。まさかゴブリンが助けにくるなんて……」

 

「それはもうイイですからっ、早く門を開けてください。こんなことをしているあいだにも兵士の方々に犠牲が出るかもしれません!」

 

「わ、わかった――が、少し待ってくれ。やることがある」

 

 イライラしているエンリには、数名の供だけでゴブリン軍団五千の前に姿を現した大隊長の覚悟は分からない。

 そして急ぐ必要がある現状に於いて、待たなければならない理由にも思い当たらなかった。

 

「各部隊に伝令! 砦に入るゴブリン達が味方であることを伝えよ! 決して攻撃してはいかん! 冒険者たちには特に注意して伝えよ! あの者たちは反射的に剣を向けてくるかもしれん! ではいけ!」

「「はっ!!」」

 

「あ、そっか」とエンリは思わず呟いてしまう。

 ビーストマンと死闘を繰り広げている兵士たちの背後からゴブリンが姿を見せたなら、パニックになること間違いないであろう。

 味方と認識される確率は限りなく低い。

 それで攻撃を受け、ゴブリン軍団の一人でも傷付けられたら、殲滅対象がビーストマンだけではなくなってしまう。

 ルプスレギナなんか、嬉々として竜王国兵士とビーストマン両方を殺そうとするはずだ。ゴブリン軍団はそもそも、ゴウン様のアイテムから召喚された存在なのだから……。

 

(危なかったかもぉ。急いで中へ入っていたら、助けるべき竜王国を滅ぼすところだった……かな?)

 

 エンリは戦争のイロハなんて知らないし、最前線への介入なんて初体験だ。色々と間違うこともあるかもしれない。

 村娘なのだから当然と言えば当然なのだが、ゴウン様からすれば此れも想定の内なのだろう。戦場での経験を積ませることも、今回の遠征に含まれているに違いない。

 ただ、どうしてその対象がエンリなのかはエンリ自身が悩むことになる。これからもずっと。

 

「よし、門を開けよ! 全開だ! エンリ将軍、私が先導しますので後に続いてください」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 少し態度を改めて、エンリは全軍を前へ進める。

 途中、先導してくれる男性が大隊長であることや、指揮をしていた将軍が戦死したこと、そして崩されかけている防壁上での戦況について言葉が交わされた。

 エンリがゴブリン軍師と話していた想定通り、戦況は思わしくないようだ。もって後数日。本来なら指揮を執っている大隊長がエンリを出迎えられるわけもない、そんなギリギリの攻防戦が繰り広げられているとのこと。

 無論、被害状況は後陣でも如実に感じられる。

 

「うっ、これは……」

 

「申し訳ない。治療が必要な負傷兵なのですが、手当てをする兵も前線へ投入しているのです。今は負傷兵が負傷兵を手当てしなければならない状況でして」

 

 エンリの鼻を突く刺激臭は、慣れたはずの血の臭いだ。

 周囲を見れば、野晒しの負傷兵が所狭しと並べられている。満足な治療を受けられず、未だ出血を止められない半死人が彼方此方で呻き声を上げる有様だ。

 目に入ったとある兵士の傷口は、獣が噛み千切ったかのように抉られており、とても助かりそうにない。

 これが戦争。

 エンリは自身が経験した虐殺、襲撃、反乱とはまた違った大規模な殺し合いを前にして、死臭の混じる濃厚な空気を深く吸い込み――そして吐き出していた。

 

「ゴブリン医療団は負傷兵の手当てを行ってください。ただし治癒魔法は最低限の使用とすること! 今回の戦いは長期戦が予想されます。余力は残しておいてください。レイナースさんは食事の用意をお願いします。皆さん、満足な食事もできていないみたいですから」

 

「かしこまりました、エンリ将軍」

「よろしいんですの? 私が運んできた物資は、エンリ将軍とゴブリン軍団の支援に用いられるべきモノ。竜王国の兵士に与えるのは……」

 

「構いません。私たちは勝利だけが目的ではないのです。魔導王陛下の慈悲により竜王国が助かるという事実が必要なのです。ですから私たちは救世主の如く振る舞うのです。ゴウン様が私たちを助けてくれたときのように!」

 

 レイナースの発言に「うん、確かにそうかも」とは思うエンリであったが、屍ばかりの焼野原を見せられてもゴウン様は面白くないはずだ。

 アンデッドとはいえ、カルネ村を助けてくれる優しき御方なのだから方向性としては間違っていないはず、と思いつつも、エンリはこっそりルプスレギナを見てしまう。

 

「ん? なんすかエンちゃん。砦に着いたからって、こんな時間から相手するのは勘弁すよ」

「なっ、なんの相手ですか?! 変なこと言わないでください!」

 

 相変わらずというか、時折ビーストマンの雄叫びが聞こえてくる最前線の砦でも、ルプスレギナはいたずらっ子の笑顔を保ったままであった。

 物資流用については特に関心もないようで、エンリに釘を刺すようなこともない。

 何か含むところがあるのかないのか。

 もしかするとエンリに与えた支援物資などは、記憶の片隅にも残らない程度の些末なモノなのかもしれない。

 

「おっほん! そんなことより、防壁の上に魔法兵団を配置してデッカイ一撃を与えますよ! 軍師さん、配置をお願いします。それと軍楽隊の皆さん、巻き込まれないようレッドキャップスを呼び戻してください」

 

「はっ!」

「直ちにっ」

 

 エンリの指示を皮切りに、軍楽隊から規則正しい太鼓の打音と、戦場の空気を切り裂くラッパの音が鳴り響く。

 東の砦こと『エリュシナンデ』の兵士たちは、先に知らされたゴブリン軍団の通知にも困惑していたのだが、目の前で規律正しく動き出すゴブリンの一団に開いた口が塞がらない。

 ビーストマンの群れに飛び込んでいった赤い帽子のゴブリンに目を奪われていたら、後方からは屈強な重装備のゴブリン兵団が姿を見せたのだから、一兵士としては混乱するのも仕方がないだろう。

 手を出すなと指示されていても、身に付けた武器を構え直したくなる。

 

「落ち着け! このゴブリンたちは味方だ! 援軍だ! 只今より防壁の上に展開してもらい共同でビーストマン撃退にあたる。お前たち! 間違っても攻撃するなよ!」

 

 兵士たちの眼に怯えと戸惑いを感じたのであろう。大隊長は即座にゴブリン軍団との意思疎通が図れていることをアピールし、軍としての統制を確保した。

 とはいえ、敵であるはずの亜人を喜んで受け入れる者などいるはずもないのだが。

 

「信じられん、ゴブリンが助けにくるだと? あんな知能の低い亜人共が?」

「でもリーダー、さっきの赤い帽子のゴブリンなんかすっごい強そうだったよ」

「ああ、それに他のゴブリンも見てみろよ。体格なんか別の生き物に見えるぜ」

「率いているのは若い女のようじゃな。酷く不気味な鎧姿ではあるが……」

「どうすんの? リーダー?」

 

 動き出したゴブリン軍団から遠く離れた左翼、一番の激戦地帯に於いてアダマンタイト級冒険者チーム『クリスタルティア』の面々が思いを呟く。

 レッドキャップスが作り出してくれた束の間の安息時間に簡単な食事をしていたのだが、ゴブリン軍団への協力要請を受けて「そんな馬鹿な!」と実物を見にきたのだ。

 

「くっ、油断は禁物だ! いつこちらへ牙をむくか分からないのだから距離を置いた方がイイ」

「こんな激戦地で無茶なことを言う」

「ちょっとリーダー! さっきの赤帽子達が引き上げていくよ!」

「こりゃマズイのう。ビーストマンがこっちへくるぞ」

「うっは~、共食いしてるし」

 

 ほんの数体で数万のビーストマンを攪乱していたゴブリンたちは、なにかの合図でも貰ったのか、一斉に砦へと帰還していた。

 後に残されたビーストマンたちは、「何が何だか分からない」と言った感じでしばらく右往左往していたが、最終的には本来の目的――餌場の存在?――を思い出したらしく、砦へゆっくりと歩み始める。

 その数は未だ、七万を軽く超えていそうだ。

 竜王国兵士たちが昼夜奮闘し、レッドキャップスがバラバラに刻んだとしても、やはり数の暴力は恐ろしい。

 




ロリマンタイト級冒険者の登場。
でも本作の主人公は覇王様なので活躍せず。

もちろん、女王様に手を出そうものならブチ殺します。
エンリ将軍が、身に纏う鎧の色と同じようにその手を染めて……。
汚物は消毒ですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 「打って出ましょう」

はははは! 見ろっ、ビーストマンがゴミのようだ!

ってそんな事、エンリは言わない。
心優しい村娘のエンリ様は、そんな汚い言葉を口にしない。

下賤な下々の羽虫どもよ、エンリ将軍の素晴らしさをその目に焼き付けよ!



 防壁の上に立つエンリは一人、――巨体のハムスケは重装甲歩兵団と一緒に下でお留守番――膨大な数の獣達を視界に収めつつ、ブルリと身体を震わせる。

 

(ううぅ、大地を埋め尽くす獣の群れ、って思っていた以上に気持ち悪いなぁ。こんな状況で戦い続けている兵士の人って、ホント凄い)

 

「エ~ンちゃん、何をニヤニヤしてるんすか? 好きなだけ殺せるからって気持ち悪いっすよ」

 

「ニヤニヤなんてしてません! もぉ、ルプスレギナさんったら!」

 

「まぁそんなことはどうでもイイっす。それより私の配置はドコっすか? エンちゃんの傍でのんびりしていればイイっすか?」

 

 一瞬安全な場所でサボりたいと言っているようにも聞こえるが、その瞳を見れば分かる。

 エンリの前に立つ美しき赤毛のメイドは、沢山のオモチャを与えられた子供だ。街売りの甘いお菓子に囲まれたネム、であるとも言える。

 そう、ルプスレギナはウズウズしているのだ。ウキウキしているのだ。

 オモチャを壊したくてたまらない。

 オモチャを徹底的にいじり倒したい。

 そんな欲望に塗れているのだろう。エンリには理解できない思考である。

 

「ルプスレギナさんは一番の危険地帯である左翼へ回ってください。防壁の損壊が著しくて防衛が困難らしいです。それと……」

 

 エンリは、自分が何故そんな言葉を続けたのか分からなかった。

 だけど、オモチャを前にした子供に我慢させるのは良くないと思ったのだ。ここは精一杯遊ばせてあげるべきだと、そう思っただけなのだ。

 

「全力でお願いします! 出し惜しみ無しです! 徹底的にやっちゃってください!」

 

「いひっ、マジっすか?! うひひ、エンちゃんサイコーっす!」

 

 近くにセバスやペスがいたなら眉を潜めずにはいられなかったであろう。

 ルプスレギナはメイドにあるまじき醜態を晒しながら、防壁の上を駆け出す。向かう先はゴブリン軍団が展開されていない左翼布陣だ。

 その場にいるのは満身創痍の竜王国兵士と冒険者チーム。右翼や中央から僅かばかりの兵士が補充されているとはいえ、それでも限界ギリギリの防御線である。

 もっとも他の布陣も似たような状況なのだから文句も言えない。しかし、ならばこそゴブリン軍団がカバーすべきかとも思うのだが、やってきたのはメイドが一人だ。

 これには竜王国最強のセラブレイトも膝から崩れ落ちそうになってしまう。

 

「ゴブリンがくるかと思いきや、美しいお嬢さんとは……。このような戦場でなければ歓迎するところだがな。さぁ、防壁から降りて後方の陣へ避難しろ。邪魔だ」

 

「うっひっひ、これはすんごい御褒美っす。全力戦闘なんてあっちのエンちゃんぐらいしか経験ないはずっすよ。ナーちゃんやソーちゃんに羨ましがられるっすね~。アインズ様が『人間の命令に従え』と言ったときは少し驚いたっすけど、まさかこんな御褒美を与えてくださるとは……。守護者の皆様もアインズ様からの御褒美なら嫉妬の目を向けてくるだろうけど、人間の命令に従った結果なら文句も言えないはずっす。ふひひ、流石は智謀の王。第五夫人に立候補したくなるっすよー!」

 

 何を言っているのか? セラブレイトには分からない。ただ、完全に無視されたことは確かであろう。赤毛のメイドの美しく大きな瞳には、竜王国最強にしてビーストマン討伐数三桁の英雄、“閃列”のセラブレイトは全く映っていなかったのだ。

 

「な、なにを――」

『ヴゴゴゴオオオオオオオオオォォォ!!!』

 

 獣の雄叫びと激しい地鳴りが、セラブレイトの問い掛けを遮る。

 どうやらビーストマンが餌を求めて走り出したようだ。

 何万もの獣が砦に向かって一斉に押し寄せ、まるで地面が唸っているかのよう。身体が揺れるのはビーストマンが地面を揺らしているからか、それとも恐怖からなのか。

 周囲の兵士たちからは、ガチガチと歯を噛み鳴らす音が聞こえてくる。

 理解しているのだろう、これが最後の瞬間なのだと。

 

「先ほどのゴブリンたちの攻撃は相手を挑発しただけか……。まっ、少し休ませてもらっただけ感謝しておくとしよう」

 

 そもそも八万ものビーストマンが一度に襲い掛かってくれば、こんな砦など一日たりとてもたなかったはずだ。それが相手の指揮系統がメチャクチャなお蔭で今日まで生き永らえてきた。

 だがそれも御仕舞いだ。

 セラブレイトはメイドを押し退け前へ出る。

 

「我は“閃烈”と呼ばれし最強の剣士! セラぶっ」

「邪魔っす」

 

 イイ気分だったのに、横で煩くされるとイラッとくる。ルプスレギナの頭の中はそのようなものであったのだろう。

 壊れたオモチャを投げ捨てるかのように一人の人間を真横へ弾き飛ばし、己の邪魔をしないよう物理的に排除する。

 無論、殺してはいないのでエンリにも文句は言われないだろう。

 

「ひひひ、全力なんて……いつ以来だろう?」

 

 ルプスレギナは両の掌を見つめ、伝わる振動に己の興奮を重ねる。

 視線を前へ向ければ、涎を撒き散らしながら雪崩のように押し寄せてくるビーストマンの群れが見える。

 今まさに先頭の十数匹が防壁面へ手をかけ、そのまま登ろうとしているところだ。

 

『ギャオオオウウウウ!!!』

「うっさいっすよ!!」

 

 ビーストマンの威嚇が響く最前線の防壁上で、一人のメイドが立ち塞がる。

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン様に仕える戦闘メイド(プレアデス)が一人、ルプスレギナ・ベータ! 愚かな獣達よ! 我が手にかかって死ねることを感謝しなさい!!」

 

 周囲の兵士たちには理解できない光景だった。

 美しい赤毛のメイドを、ビーストマンより遥かに危険で恐ろしい生き物だと思ってしまうほどに、何が起こっているのか分からなかったのだ。

 

「〈魔法効果範囲拡大最強化(ワイデンマキシマイズマジック)爆裂(エクスプロージョン)〉!!」

 

 刹那、数百のビーストマンが四散爆裂した。白い光を見たと思った次の瞬間、防壁の上まで血肉が飛び散ってきたのだ。

 爆音のせいか、耳がよく聞こえない。身体も何かに怯えたかのように委縮している。

 兵士たちは防壁の上から見ていた、見てしまった。砦左翼の防壁前、ビーストマンが押し寄せたその場所で、地面が噴火したかの如く弾け飛んだのを……。

 一見すれば、突然の噴火に巻き込まれてビーストマンたちが爆裂したようにも思えるが、粉塵が消えた後に火口なんて存在しなかった。

 理解が及ばない。

 動くこともできない。

 静寂。

 その時は人も獣も、エンリもゴブリン軍団も、誰一人として動き出す勇気を持てなかったのだ。

 一人のメイドを除いては――。

 

「もう一丁! 〈魔法効果範囲拡大最強化(ワイデンマキシマイズマジック)爆裂(エクスプロージョン)〉!」

 

「あはは、たのっしいっす! 〈魔法効果範囲拡大最強化(ワイデンマキシマイズマジック)爆裂(エクスプロージョン)〉!」

 

「ん? エンちゃーーん!! ボケッとしちゃ駄目っすよーー!! そっちに流れが向いたっすよーー! 〈魔法三重化(トリプレットマジック)吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)〉!」

 

 遠くから声をかけられて、エンリもようやく状況を理解する。

 ルプスレギナによって細切れ、もしくは燃やされたビーストマンは数千にも及ぶが、それでも未だ数万の獣が健在だ。

 一時は怯えて撤退する気配もあったのだが、数の優位性に気を持ち直したのか、ビーストマンは再度砦への攻撃を開始。ただルプスレギナのいる左翼を避け中央と右翼に殺到したので、窮屈なぐらいに密集することとなったが。

 

「ンフィー! 軍師さん!」

 

「う、うん!」

「お任せを! 魔法砲撃隊、魔法支援団! 火属性魔法を選択! 攻撃開始!!」

 

「〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉!!」

「〈焼夷(ナパーム)〉!」

「〈炎の壁(ファイヤーウォール)〉!」

「〈魔法二重化(ツインマジック)火球(ファイヤーボール)〉!!」

「「〈火球(ファイヤーボール)〉!」」

 

 まるで防壁の上からドラゴンが炎の息を吐き出したかのよう。

 魔力に満ちた炎はビーストマン数千を巻き込み、肺の中まで高温の熱で焼き、そして派手に爆裂させた。

 彼方此方では炎の球が飛び交い、逃げ惑うビーストマンを次から次へと炎と衝撃で襲う。

 

「次! 油壺投下!」

 

 ゴブリン軍師の指示により、いくつもの小さな壺が投げ入れられ、地面やビーストマンに当って茶色の液体を撒き散らす。

 これはレイナースが運んできた物資の一つ、野営や夜間戦闘時に用いられる松明用の樹脂油だ。

 それほど量はないが、大軍のビーストマンを削るために火攻めを選択したのだから、使いどころとしては今しかないだろう。

 ただ、火攻めには風向きが重要な要素となる。火を放ったはイイが、自らが砦ごと丸焼けになるなんて冗談では済まない。故に風向きは、『当然』ながら砦側が風上だ。炎は風に煽られてビーストマンの軍勢全体に広がろうとしている。

 幸運と言うべきかどうなのか? もはやエンリを始め、誰も疑問を口にしようとはしなかった。

 

「長弓兵団! 撃ち方始め!!」

「竜王国の方々も弓で攻撃してください! 矢はバハルス帝国の騎士様が持ってきてくれました! 残数を気にせず撃ち込んでください!!」

 

「「「おおおおおおおぉぉぉ!!!」」」

 

 エンリの指示に、多くの竜王国兵士が我に返り弓を引き絞る。

 ――風向きが変わった――

 実際の風もそうだが、戦況が一変したのを誰もが感じ取っていたのだろう。

 吹き荒れる炎の嵐に、閃光を伴う巨大な爆発。

 先ほどまで鼻息荒く防壁をよじ登ろうとしていたビーストマンたちが、全身炎に焼かれて絶叫しながら地面でのた打ち回っているのだ。

 その光景には、八万の優位性を見せていた獣たちの余裕なんか存在しない。餌場へ踏み込もうとしていた捕食者としての立場も無い。

 完全な的だ。

 今までの屈辱を加え、仲間たちの無念を添えて……、弓を引く両の腕に熱が篭る。

 

 

 

 

 三十六時間が経過していた。

 ビーストマンは退いては攻め、攻めては退きを繰り返し、未だ砦前の遠方に集結している。その総数は半分以下になったというのに、何故か諦める気配はない。

 既に日は落ち、月明かりと魔法、そして炎に焼かれたビーストマンだけが戦場を照らしていた。

 

「ンフィー、下がって食事と睡眠を! 他の皆さんも順次交代してください!」

「エンリ、君も休まないと駄目だよ。一度も休憩してないでしょ?」

「私は大丈夫、全く疲れないしお腹も減らないの。眠くもならないからまだまだやれるわ」

 

 魔法の明かりに照らされた血濡れ装備のエンリは、確かに気力に満ちていた。

 他の者が幾度か交代しているにもかかわらず、エンリはただの一度も後ろへ下がらず防壁の上に陣取り、ゴブリン軍団と竜王国兵士を鼓舞し続けながらビーストマンへ睨みを利かせていたのだ。

 なぜ下がらないのか?

 全体の指揮ならゴブリン軍師が行っているので問題はない。

 エンリがその場に立ち続ける理由……。

 それは“将軍(ジェネラル)”の職業(クラス)特殊技術(スキル)が、味方への強化効果(バフ)及び敵対勢力への弱体効果(デバフ)を発揮するからである。

 血濡れ装備のお蔭で驚異的な効果範囲と強度を有する“将軍(ジェネラル)”の力。強敵相手の防衛戦では極めて重要な能力であろう。

 敵が大軍勢であるなら尚更だ。

 

「がんばるっすねぇ、でも少しぐらいなら休んでも平気だと思うっすよ。ビーストマンもさっきから退いたままっすから」

 

「あ、ルプスレギナさん。左翼側はどうでしたか?」

 

「まぁ暇っす。私が移動したところには寄ってこないっすから、いっそのこと攻め入りたい気分っすよ」

 

 エンリに負けず劣らず元気なのはルプスレギナだ。

 一睡もしていないはずなのに、健康的な笑顔は一切崩れていない。

 他の兵士たちが顔も洗えずボロボロなことを考えると、あまりに不自然過ぎてその美しさすら畏怖の対象となってしまう。

 もっともビーストマンを何千体も爆砕した時点で、同じ生き物とは見られていないようだが……。

 

「ルプスレギナさんも休まれたらどうです? まだ先は長いですから」

 

「う~ん、アインズ様も休憩はしっかり取るように、って仰っていたっすけど、私としてはまだまだ殺し足りない……うひひ」

 

 最後の部分は聞かないこととし、エンリは前方の闇へ視界を戻す。

 魔法の明かりを数多く使用したとしても、一時後退しているビーストマンの影を捉えることはできない。

 流石に距離があり過ぎるのだ。

 ビーストマンが今何をしているのか?

 それは暗殺隊の情報収集に頼るしかない。

 

「エンリ将軍、報告に参りました」

 

「ありがとうございます。何かありましたか?」

 

「はっ、ビーストマンは現在、味方同士で小競り合いを始めております。今はまだ小さな衝突で大きな被害は出ていないようですが」

 

「そ、それは……」

 

 エンリは驚きながらも、ゴブリン軍師から提示されていた予想の一つであったことに感心してしまう。

 ビーストマンの軍勢は、様々な部族が集まってできた烏合の衆に過ぎない。本来なら竜王国への一斉攻撃なんて真似もできないほどの雑多な集団のはずなのだ。

 だから一度でも優位性を無くし思い通りに進まないとなると、一気に崩壊して軍としての機能を無くしてしまう。

 ゴブリン軍師はそのような私見を述べ、最終局面への道筋を立てていたのだ。

 

「この後は……えっと、対立を煽って内部崩壊を誘導する、だったかな? ――暗殺隊、集合!」

 

「はっ、御傍に!」

 

「対立する部族の中に紛れて、お互いが殺し合うよう誘導できますか?」

 

「お任せください。戦場は死臭と血の匂いで溢れています。闇夜に紛れて興奮したビーストマンを煽ることなど造作もないかと」

 

「では始めてください。巻き込まれないように注意し、遅くとも夜明け前には帰還を」

 

「承知いたしました」

 

 音も無く去っていく暗殺隊を見送り、エンリは頭の中で予定を組み直す。

 打って出る好機が来たのだ。

 徹底的に部族間の衝突を煽り、夜明けと同時に突撃して完膚なきまで叩き潰す。今まで防衛戦に参加できていなかったハムスケ及び重装甲歩兵団の出番である。

 

「うひひ、エンちゃん、やる気っすね」

 

「ええ、ルプスレギナさん。防衛戦力を最低限にして、他の皆さんには夜明けまで休んでもらいますね。そして朝がきたら、打って出ましょう」

 

「お~っけ~っす。ふひひ、楽しみっす」

 

 本当に楽しそうだ、っとエンリは美しいメイドを見て、そう思う。

 ルプスレギナは一度たりとも怯えなかった、恐れなかった。八万のビーストマンを見ても、溢れんばかりの負傷兵を見ても……。

 まるで新しい遊び場にきて、真新しいオモチャに囲まれたネムのようだ。

 ゴウン様から授かった大事な任務を背負っているのだから、お気楽な旅路とはいかないだろうと思っていたのに――。

 それもこれもゴウン様の人徳の成せるワザなのだろうか?

 配下の者が緊張せず、楽しく仕事をこなせるよう、ゴウン様も色々配慮しているのかもしれない。

 それを考えると、ゴブリン軍団は大変そうだ。

 エンリという(あるじ)を支えるために、日夜奮闘している気がする。

 

(ふ~、私もゴウン様のように笑顔で働ける環境を整えないと……。まずは、ルプスレギナさんが前に言っていた休暇とか休日とかを導入してみようかな?)

 

 エンリはンフィーレアやジュゲムなどを半ば強引に休ませ、ルプスレギナや数名のレッドキャップスと共にひたすら朝を待ち続けた。

 闇夜に響くビーストマンの雄叫びと、ルプスレギナの下世話な話を聞きながら。

 




ビーストマンはよく燃えるのです。
だからエンリ将軍は御機嫌です。
いっぱい燃やして夜を明るくしたいのです。

でも夜が明けたらどうするのでしょう。
燃え残ったビーストマンをエンリ将軍はどうするのでしょう。

はい、そうです。
皆殺しですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 「殺しましょう」

所詮は獣。
将軍の敵ではありません。

この世界は、数よりも強力な個体が活躍する非情な世界。
100ガゼフ1人が1ガゼフ100人と互角――なんて事は無いのです。
ましてや疲労しないアイテムなんか装備されていたらお手上げ状態です。

だからビーストマン諸君、……御愁傷様でございます。



 いつもと変わりなく、朝は訪れる。

 晴天だ。

 ただ砦の中は異様なほどの熱気に満ち溢れ、引き絞られた弓であるかのように何かを放たんとしていた。

 

「エンリ将軍、現在においても数か所で小競り合いを確認。部族の中には戦場から逃亡した者もいるようです」

 

「分かりました。暗殺隊の方々は砦の中で休んでください」

 

「ほっほ、見事に軍隊としての(てい)を成さなくなりましたな。もはや当初の目的すら忘れてしまったのではありませんか?」

 

 ゴブリン軍師が語るように、ビーストマンの軍はバラバラだ。八万もの大軍勢は今や半分、の更に半分以下となっている。

 指揮系統は寸断され――最初から存在しなかったのかもしれないが――各部族が自分勝手に振る舞っているだけだ。

 竜王国の砦を落とそうとしていたことなど、もはや頭に無いのだろう。

 今は喧嘩をふっかけてくる同族相手に己の力を見せつける……、そのことだけが強き者を上位と見据えるビーストマンにとっての至上命題なのかもしれない。

 

「私たちにとっては好機です! 今こそ打って出て、ビーストマンの脅威を取り払うのです! さぁ、門を開けなさい! ゴブリン軍団! 出陣です!!」

 

「「おおおおおおぉぉおおおお!!!」」

 

 ゴブリン軍団だけでなく、竜王国の兵士からも雄叫びが上がる。

 その場にいた誰も彼もが、鮮血を浴びた血塗れ将軍の言葉に身を震わせて叫ばずにはいられないのだ。

 身の内から湧き上がる経験したことのない活力。心身共に疲労して瞼も重くなる苦境において、何故か将軍に付き従いたくなる。重いはずの剣を強く握り、脱ぎ捨てたくなるはずの鎧を苦もなく纏う。

 

 ――勝てる――

 

 誰かがそう思った。いや、誰もがそう思った。

 朝日を浴びて黄金の輝きを放つサークレット。全身から滴り落ちそうな鮮血。

 まさしく稀代の英雄であろう。

 竜王国の兵士たちは思ったに違いない。これは後々語られることになる英雄の活躍劇なのだと。

 

「突撃!!」

 

 ゴブリン軍団は一つの塊となって正面門から打ち出された。

 その姿は巨大な重戦車であるかのよう。

 進路上にいた不運なビーストマンは、死の騎士(デスナイト)に吹き飛ばされたかの如く宙を舞い、熟れた果実の如く地面へ激突し潰れていた。

 エンリはルプスレギナが使用していた馬のゴーレムに跨り、ゴブリン軍団の中央を駆ける。

 ちなみに専用騎獣のハムスケはというと、今までの鬱憤を晴らすために軍団の先頭で暴れてもらうこととしたのだ。背中にエンリを乗せたままでは、流石に思いっ切り暴れるわけにもいかないので仕方がないと言えよう。

 ただ、エンリの代わりにルプスレギナがハムスケの背で直立しているのはどういうわけなのか?

「乗り物交換するっす」と言われた際、ルプスレギナはエンリと違ってハムスケの邪魔にはならないと思ったから特に抵抗はしなかったのだが……。

 ハムスケの背で、メイドにあるまじき狂乱の表情を見せているルプスレギナの様子からすると、エンリとしても「止めるべきだったかなぁ?」と後悔せずにはいられない。

 

「(まぁ、ビーストマンを打ち破るにはルプスレギナさんの力が必要なんだし、ここは自由に動いてもらおうっと)ハムスケさん! 右手側から蹴散らしますよ!」

 

「了解でござるよ! 一匹たりとも逃さないでござる!!」

 

「うっひゃー!! オモチャはバラバラっすよ! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)爆裂(エクスプロージョン)〉!!」

 

 魔獣の背に固定された砲台であるかのように、次から次へと魔神級の魔法が放たれ、細切れの肉片が大地を飾る。

 ビーストマンにとっては手に負えない攻撃だ。

 ましてや一晩中同族との小競り合いを繰り返し、疲れ果てていた現状で何ができるというのか。

 大盾で吹っ飛ばされ、太い足で踏みつけられ、魔法と弓矢で追い立てられ、圧倒的な力で首を斬り取られる。又は自分の身に何が起こったのか分からぬ間に、閃光と衝撃で原型を留めぬほど細切れになる。

 これが人間を餌にしてきた強大な種族、ビーストマンのなれの果てとは……憐れすぎて言葉も出ない。

 

 

 太陽が頂点に昇る頃、ゴブリン軍団は動きを止めていた。

 先頭を走っていたハムスケ、その背に乗るルプスレギナ、軍団の前面に並ぶ重装甲歩兵団。その誰もが血と肉片に塗れ、疲労の色を滲ませる。

 特にルプスレギナは珍しいことに、立っていられないほどなのか――ハムスケの背で大の字になって荒い呼吸をしていた。

 とはいっても表情からすると大満足なのだろう。今まで一度も「力を出し尽くして倒れ込む」なんて行動をとれなかったがゆえのスッキリ感なのかもしれない。

 ただ、どこか遠くの大墳墓で魔法の鏡を覗いていた魔王様は呟いていたことだろう。

『お前が活躍してどうすんだ?』と。

 

「軍師さん、状況は?」

 

「はっ、周囲にビーストマンの群れは確認できません。軍としては瓦解したものかと……。しかし生存個体は彼方此方におりますぞ。エンリ将軍、如何なさいます?」

 

「殺しましょう。ビーストマンは捕虜にしても役に立たないと聞いています。生かしておく理由もありませんしね」

 

「では竜王国の兵士も呼び集めて、一斉掃討を行いましょう」

 

 馬のゴーレムに跨ったエンリが辺りを見渡せば、数えるのも億劫なほどの死体が見える。

 それらは全てビーストマンの残骸だ。

 まぁ、砦近くに積み上げられたビーストマンの死体を掘り返せば、竜王国兵士の死体も見つけられるだろうが。あったとしてもごく少数であろう。

 

 ビーストマンの軍勢は万を超える死者を出し、命を拾った者は散り散りに逃走した。

 今頃は竜王国から奪取した三都市のいずれかに逃げ戻り、態勢を整えているところだろう。逃げてきた同部族の集結、負傷した者たちの治療。だからこそ即座に反撃してくるとは考え難い。

 今回の敗戦はビーストマンにとって痛過ぎるはずだ。戦争の優位性が逆転したと言っても過言ではあるまい。

 戦争継続か、即時撤退か。

 ビーストマン側が方針を決めるだけでも相当な時間を要するだろう。

 ならばその間、竜王国も一息つけるはずだ。

 

「ルプスレギナさん、ハムスケさん、大丈夫ですか?」

 

「ほい~っす、さすがに疲れたっすよ~、ってか魔力枯渇による倦怠感なんすけどね」

 

「それがしはあまり活躍できなかったでござるよ。ルプスレギナ殿が敵を吹き飛ばし過ぎでござる」

 

 もこもこ魔獣の背に寝っ転がるルプスレギナの疲労具合に対し、当のハムスケはまだまだ余裕がありそうだ。それどころかもっと活躍したかったようで、尻尾の先に付けたアダマンタイト製の斧槍をフリフリさせている。

 

「あはは、活躍ならいくらでもできますよ。この先、ビーストマンから都市を奪い返さないといけませんからね」

 

 笑顔を見せて砦への帰還を指示するエンリの瞳には、戦場の彼方此方で止めを刺されているビーストマンらが映っていた。

 奇跡的に生き残った手負いの獣たちだ。

 敗走する同朋らに連れて行ってもらえず、かといって名誉ある死を遂げることもできない。五体のどれか、もしくは全てがひしゃげ、地べたを這いずり回る瀕死の獣。

 エンリは強者として人間を襲いまくっていた獣の末路を、自身への戒めも含めて心へ刻んでいた。

 

「はぁ、それにしてもこの死体の山。取り除くのに何日かかるのかなぁ? まるで地獄みたい」

 

「うぷっ、エ、エンリは凄いね。僕は……ちょっと気分が悪くなってきたよ」

 

「ちょっ、ンフィー、大丈夫?」

 

「うひひ、情けないっすね~。そんなことじゃ~エンちゃんを支えられないっすよ~」

「そうでござる。雄ならもっとしっかりするでござるよ」

 

 戦闘中は気が張っていたためか、魔法を詠唱する動作にも支障はなかったンフィーレアだが、安堵した瞬間、むせ返るような血と死の臭いに打ちのめされてしまったのだろう。

 まぁ、竜王国兵士の中にも胃の中身をぶちまけている者がいるので、仕方のないことかもしれない。

 どちらかというと平気な顔で馬のゴーレムを操り、ビーストマンの死体を踏み歩いているエンリの方が異様なのだが……。

 身に付けた血濡れの武装、及びサークレットの効果であろうか?

 恐らくそうであろう。

 間違いない。

 

「もぉ、ルプスレギナさんってば疲れ果てて起き上がれない、って言っていたわりに元気ですね」

 

「ちがうっす~、人をからかうのは別腹なんすよ~。あ~、疲れたっすぅ~」

 

「はいはい、今日はしっかり休みましょうね。ゴブリン軍団の皆さんもンフィーも、雑務は明日からにして本日はゆっくり休養をとりましょう」

 

「う~ん、それはどうでござろうなぁ」

 

「え?」

 

 ハムスケの疑問を耳にして、エンリはその大魔獣が見つめていた先へ視線を向ける。

 その先にあったのは――

 

「おおおお、勝った! 勝ったぞぉ!!」

「信じられねぇ! ビーストマン皆殺しだ!!」

「ゴブリン軍団! ありがとう!! エンリ将軍! ありがとう!!」

「家族の下へ帰れる! もう諦めていたのにっ!」

「エンリ将軍万歳!! ゴブリン軍団万歳!!」

「あなたは命の恩人だ! メイドさんもありがとう!!」

「ゴブリンさん! 助けてくれてありがとう!! 怖がってごめんなさい!」

「エンリ将軍あいしてるぅ!!」

 

 砦の防壁上にいたのは、涙を流して喜ぶ満身創痍の兵たちであった。

 その多くは、ビーストマンに殺されるのを待つだけであった後陣の負傷兵たちであろう。レイナース率いる支援部隊と、ゴブリン医療団によって治療を受けていた者たちだ。

 

「あわわ、なんだか凄い騒ぎになっているけど……。どうしよう? ンフィー」

 

「……うぷ」

「(ンフィーの兄さん、ダメダメですぜ)姐さん、とりあえず手でも振ってみたらどうです? 英雄の凱旋みたく堂々としていればイイと思いますぜ」

 

「えっ、あ、そ、そうね。私は今、魔導国から派遣された将軍なんだから、しっかりしないとっ」

 

 演技も時には必要だ――とどこかの魔王様が言ったかどうかは知らないが、エンリは背筋を伸ばして片手を振り、歓声に応える。

 その姿は無理やり戦場へ引き出された大人しい村娘のモノか、それとも恐るべき獣を皆殺しにし、その死体の上を平然と歩く血濡れ将軍のモノか。

 当人の希望としては前者でありたいと願うのかもしれないが、周囲に転がるバラバラの肉片と、異様な迫力を放つゴブリン軍団が許してはくれないだろう。

 

 エンリは数万とも思えるビーストマンの死を踏みつけながら、この日、表舞台へと躍り出た。

 最低でも難度三十と言われているビーストマンを、羽虫の如く殲滅した最強無敵のゴブリン軍団。率いるは魔導国の若き女将軍、エンリ・エモット。

 全身を鮮血で満たし、大地すら獲物の血で染める血濡れの英雄。

 アンデッドが王である魔導国にて、人間でありながら将軍の地位を賜る人類の希望。

 竜王国の兵士たちは――ぎこちなく笑う血塗れの少女を見て、ふと思う。人が人として生き残るには、この方が必要なのではないかと。人類を救うために現れた六大神、又は十三英雄に匹敵する御方なのではないかと。

 

「あ、あのぉ! ビーストマンは撃退しましたからもう大丈夫ですよー! 後始末はこちらでやりますから、皆さんはゆっくり怪我を治してくださいねー!」

 

 何故か祈りを捧げはじめた兵士達に対し、エンリは「まだ不安なのかな~?」と呟きつつ、危機が去ったことを告げて回る。

 その度にエンリは拝まれるわけだが、結局最後まで自分が祈りの対象だとは気付かなかった。

 もちろん、人々の瞳の奥に『人の領域を逸脱した化け物』を見つめるような畏怖の感情が含まれていたことなど知る由もない。

 

 

 ◆

 

 

 薄暗い領域に、複数の陰が蠢く。

 

「中々順調のようだな」

 

「はい、レベルアップの検証は予定通りに進んでおりますわ」

 

「人間、ゴブリン、魔獣、そしてルプスレギナ。結果は予想通りではありますが、必ずしも喜ばしいことばかりではないかと」

 

「ン? ソレハドウイウ意味ダ?」

 

「ゴブリンとルプーがまったく経験値を獲得できなかったってことでしょ? あんだけ殺したのにさ」

 

「つ、つまりこれ以上成長しないって……ことなのかな?」

 

「そうだ。ルプスレギナがレベルアップできないということは、私も、お前たちもこれ以上の成長は望めないということになる」

 

「そ、そんなぁ、私は成長したいでありんすぅ」

 

「このおバカ、胸のことじゃないってーの! 第一あんたはアンデッドでしょ?!」

 

「黙りんしゃいおチビ! 胸のことなんて言ってないでありんす!」

 

「二人とも、見苦しいわよ」

 

「むぅ~、自分はデカいからってっ」

「羨ましくなんかないでありんすっ」

 

「(やれやれ……)しかし、ハムスケのレベルアップがイマイチだったな。尻尾の斧槍ならビーストマン数千匹ぐらい狩り殺せると思ったが……」

 

「やはりルプスレギナが獲物を奪い過ぎたのでしょう。少しばかり力の行使を控えるよう、通達いたしましょうか?」

 

「いや、それには及ぶまい。ルプスレギナは全力戦闘を楽しんでいるようだ。水を差すのは控えよう」

 

「オオ、ナントモ羨マシキ御言葉」

 

「そ、そうですね。あれだけの敵を全力で滅ぼすよう御命令いただけたなら、僕……すっごく頑張っちゃいます!」

 

「あー! それならあたしだって頑張るもんね! 集団戦闘は得意なんだからっ」

「はん、あの程度の相手に得意も不得意もありんせん。私一人で十分でありんす」

 

「(いやいや、そんなことしたら誰もレベルアップできないでしょうよ!)うおっほん、まぁ今回は人間のパワーレベリングが目的だしな。法国の神人に匹敵する人間を作り出せるかどうか……。これが上手くいけばナザリックの戦力増強に繋がる」

 

「まさにっ、人間を支配する人間を作り出す計画! ナザリックの(しもべ)を一体も使わずして世界を支配するとはっ。しかも実験素材を、転移直後の混乱した中で真っ先に見つけ出してしまう、その慧眼! さすがはア――」

「流石はわたくしの愛すべき旦那様です!」

 

「お、おう……」

 

 骸骨魔王様は、ただ頷くことしかできなかった。

 




闇夜に佇む魔王様。
ラスボス臭がプンプンしますけど……。
いったい何ンズ様なんだ?

エンリ将軍が突撃していく戦争の裏で暗躍する異形種集団。
はたしてこの者達の目的とは?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 「シャルティア王妃さまぁ!!」

山のような死体。
地を埋め尽くす死体。

よくもまぁ、これほどの尋常ならざる多量の死体を積み上げたものです。
流石はエンリ将軍。

でも……どうやって処分すんだろ?



 一夜明けても、そこは地獄であった。

 血の臭い、死の臭い。

 数万を超えるビーストマンの死体が視界を埋め尽くし、ここが人の住まうべき世界なのかと疑問を持ってしまうほどだ。

 

「はぁ、堀の中まで死体でいっぱい……。こんなのどうしたらイイんだろ?」

 

「朝っぱらから辛気臭い顔してるっすね~。そんな顔してると嫌われちゃう……って、ありゃ? ンフィー君はどこっすか?」

 

 防壁の上でため息を漏らす、そんなエンリに声を掛けてきたのはルプスレギナだ。相変わらず楽しそうな笑顔で、この場が死臭漂う戦場であることを忘れさせてくれる。

 

「あ、はい。ンフィーは熱を出して寝込んじゃいました。まぁ、大したことは無さそうですけど」

 

「ダメダメっすね~。頼りになるところを見せにきたはずなのに……、ガッカリっす」

 

「ははは、仕方ありませんよ。私もこんな数の死体をどう片付けたらイイのか、って考えただけで熱が出そうですから」

 

 軽く笑顔を見せてはみたが、エンリの心境は暗いままだ。

 八万のビーストマンを被害甚大のうえで撤退させ、竜王国の滅亡を一時的に防ぐことはできた。ならば今こそビーストマンの後を追いかけ、再度の侵攻が不可能になるくらいの打撃を与えなければならない。

 これはゴブリン軍師の進言であり、エンリ自身もそう思う。

 だけど多くの負傷兵や崩れかけた砦をそのままにしておくわけにもいかないだろう。ゴブリン軍団が追撃へ移った後、ビーストマンの別動隊が砦へ襲いかかってきたならば、今度はほんの数千体であろうとも撃退できないかもしれない。

 竜王国兵士はもう限界なのだ。

 故にゴブリン軍団は動けない。

 部隊を分けるのも論外だ。寡兵を更に少なくするなど愚の骨頂としか思えない。

 

「ん~~~~~はぁぁ。さぁて、まずは砦の修復を工作部隊の皆さんにお願いして、私達は死体の処理でもしましょうか?」

 

「ああ、そのことならイイ考えがあるっす。エンちゃん、ちょっと耳を貸すっすよ」

 

「え? あ、はい」

 

 戸惑うエンリの耳に「ごにょごにょ」と何かを呟くルプスレギナは、なんだか楽しそうだ。言葉の意味を理解できないエンリにとっては、またルプスレギナが妙なイタズラを仕掛けているのかと気が気じゃない。

 

「え~っと、その台詞を空に向かって叫べばイイんですね?」

 

「そうっす。まぁ近くに音声伝達用の(しもべ)がいるのはいるっすけど、遥か遠くの地下大墳墓に届くくらいの大声で頼むっすよ」

 

 ルプスレギナが何を企んでいるのかは分からない。

 だけど台詞の内容からして特に問題があるようにも思えないので、エンリは大きく息を吸い込み、そして全力で叫んだ。

 

「シャルティア()()さまーー!!! どうか力をお貸しくださーーーい!! シャルティア()()さまぁ!! おねがいしまーーーす!!」

 

 まーす、マース、マーㇲ――――。

 ―――――。

 

 竜王国兵士がビックリして空を見上げるほどの大声が遥か彼方へ響き渡り、その後静寂が訪れる。

 どれくらい時間が経ったのだろうか?

 エンリは何も起こらないことにルプスレギナへ抗議の視線を飛ばそうとしたのだが、目を大きく見開いたまま硬直してしまった。

 闇だ。

 見たことのある闇の扉が砦の防壁上、エンリの真正面に開いたのだ。

 エンリは即座に跪き頭を下げる。

 それは当然、闇の扉から姿を見せる人物に心当たりがあったからだ。というより一人しか思い当たる人物はいない。

 カルネ村の大恩人。

 魔導国の王にして、王国兵数万を一瞬で皆殺しにできる大魔法詠唱者(マジック・キャスター)

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下、その人である。

 

「ようこそ、ゴウンさ……あ、あれ?」

 

「くひひ、仕方ないでありんすねぇ。人間に力を貸すのはあまり気がのりんせんが、このシャルティア()()様が手を貸してやるでありんす。このシャルティア()()様がっ!」

 

 エンリの視界には女性物のスカートしか映っていなかった。しかし少し目線を上げると――そこには日傘を差した美しい少女がいたのだ。

 小柄ながら大きな胸。

 細い腰に細い手足。

 ボリュームのあるスカートの縁には可愛らしくも繊細なフリルが並び、どこかの貴族令嬢、又は王族姫君であるかのよう。

 微笑む小さな口からは吸血鬼の牙らしきものも見えるが、これほどの美少女ならばチャームポイント以外の何ものでもない。紅い瞳も美しさを引き立てる一要素であろう。

 

「シャルティア様、ようこそおいでくださいました。では早速予定通りに」

「ルプスレギナ、違うでありんす」

「え?」

「シャルティア()……ではないでありんす」

「……」

 

 最初は驚き、次に「何言ってんの? この男胸さんは」という表情を見せ、最終的にルプスレギナは「ああ、そういうことっすか」と理解した。

 

「シャルティア()()様、打ち合わせ通りにお願い致します」

 

「うひひひ、仕方ないでありんすね~。この()()様がっ、アインズ様の()であるこの私がっ、おんし達を手伝ってあげんしょう。いひひひ」

 

「ぅえっ?! ゴ、ゴウン様の奥方様なのですか? も、申し訳ありません! わ、私はエンリ・エモットです!」

 

 あまりの美少女ぶりに呆けていたエンリであったが、ハムスケの尻尾で殴打されたかのような衝撃を受け、我に返る。

 ゴウン様の妻、つまり奥方様。

 村の救世主が少女趣味だったのはこの際無視するとして、エンリは跪いたまま深く頭を下げていた。

 

「ああ、かまいんせん。私が王妃であることはまだ内々の話でありんすから……。くひひ」

 

「(シャルティア王妃様、よい気分に浸っているところ申しわけないっすけど、この場はアインズ様も御覧になっております。あきられる前に行動を起こした方がイイと思うっすよ)」

 

「(はぅっ、そうだったでありんす! さっさと終わらせるとしんしょう!)」

 

 コソコソと内緒話をしていた美しい二人は、何も無い空をキョロキョロ見回したかと思うと、コホンと小さな咳をしてエンリへ向き直る。

 

「え~、この場にある数万の死体は私のほうで綺麗さっぱり処分しんすが……かまいんせんな?」

 

「えっ? ええぇーー!! あ、あの、王妃様! 御言葉は大変嬉しいのですけど、見ての通り酷い有様でして、これをどうにかするなんて」

 

「何を無茶なことをっ」エンリの感想は心を覗くまでもなくハッキリしていた。

 それも当然であろう、砦前面の深い堀を埋め尽くし、大地を覆い隠すほどの死体、死体、死体。

 これをどうするというのか?

 運んでどこかへ埋めようとしても、その人員と場所はどうするのか? 全てを焼いてしまうとしても、その燃料は? 薪は? 近くの林を丸ごと伐採したとしても足りるかどうか……。

 どちらにせよ数週間がかりの大仕事となろう。とても目の前の日傘を差した美少女が取りかかれる内容ではない。

 そう、このときのエンリは、シャルティアらと共に階段を下り、死体の並ぶ大地へ歩を進めている道中もそのように思っていたのだ。

 

「〈転移門(ゲート)〉! さぁ、さっさと運ぶでありんすよ。死体の大部分は第五階層へ、他は実験用、巣作り用、素材用、餌用と分けて各階層へ持っていくでありんす。あっと、半分ぐらいはデミウルゴスの牧場でありんしたな。ルプスレギナ、MPが足りない場合はよろしく頼むでありんすよ」

 

「はい、お任せください。シャルティア王妃様!」

 

 ザッザッザッと闇の扉から足並みをそろえて出てきたのは、スケルトンと呼ばれるアンデッドであった。

 一般人にも広く知れ渡っているモンスターであり、人家近くの墓場で目撃されることも多いポピュラーな存在である。

 ただ、エンリの目に映ったスケルトンたちは、いつまで経っても闇の扉から出続けていたのだ。最初のスケルトンが遥か彼方まで過ぎ去っても、未だ列は途切れない。

 何百か、何千か、はたまた万を超すのか?

 口をあんぐりと開けて膨大な骨を見ていたエンリは、あまりの多さに数えることを放棄していた。

 

「な、なんですか? いったいこれは?」

 

「大丈夫っすよエンちゃん。このスケルトンたちは死体を運びにきただけっす。ほら、先頭のヤツが戻ってきたっすよ」

 

「い、一体でビーストマンの巨体を二つって……。スケルトンさんって力持ちなんですねぇ」

 

 エンちゃんほどじゃないっすよ~、というルプスレギナの言葉を聞き流しながら、エンリはビーストマンの死体を二つ担いだ状態で闇の門へ消えていくスケルトンを見送っていた。

 その後ろには同じように複数の死体を背負い、引き摺ったスケルトンの長い行列が続く。

 

「凄い……ですね。これがゴウン様の奥方様である、シャルティア王妃様の御力ですか? アンデッドをこれほど使役するなんて、もはや神の領域ですよね」

 

「ん? なに言ってんすか? 神なんてアインズ様は何度も殺しているそうっすよ。『ざこいべんとぼす』とか呼ばれていて、大して強くもなかったそうっす」

 

「ころっ!? あ、あの、ちょっともう、頭がついていきません。私の世界観が壊れそう……です」

 

 エンリは再び考えるのを止めた。

 一万近いスケルトンが闇の扉から出てきて、美少女の命令に従い、ビーストマンの死体を運んでいくのは、考えても仕方のない現象なのだろう。

 風が吹き、雨が降るのと同じことなのだ。

 大地に溢れかえっていた数万もの死体が見る見るうちに無くなっていくのも、死体が腐って土に還る別バージョンと思えばよい。

 気にしないことだ。

 砦の防壁上から竜王国の兵士が、今にも死にそうな表情でこちらを見てきたとしても気にしない。そんなことを気にしていたらやっていられない。

 

(はぁ、私がここにいる意味って何だろ?)

 

 思わず人生の意味を考えてしまうエンリであったが、答えは出そうにない。

 今のところはとりあえず――今日の朝飯についてでも考えを巡らせればよいだろう。レイナースが用意してくれている少し塩気の強い戦時食を如何に美味しく食べられるか。そんなくだらないことに時間を割けばよいだろう。

 シャルティアやルプスレギナは神話の世界の住人だ。

 理解しない方がよい。

 踏み込む必要はない。

 エンリにはエンリの世界が、村娘にはその力量にあった世界があるはずだから。

 

「アインズさまぁー! シャルティアは、妻は頑張っているでありんすよー!」

「(シャルティア様、あんまり『妻』を連呼するとアルベド様が割り込んでくるっすよ)」

「かまいんせん! 第一夫人と第二夫人の差なんて無いのと同じでありんす! それにアインズ様を愛しているという意味では、アルベドより私の方が上でありんすからっ!」

「ああ、そんなこと言ったら」

 

「このぉ、偽乳ウナギ!! ビーストマンの死体と一緒に五階層で氷詰めにされたいの?!」

「なんだとっ、この腐れホルスタイン! 〈転移門(ゲート)〉から顔を出すなんて、任務の邪魔だから引っ込みんしゃい!」

 

 なんだか残念な形相の美人が一人増えたような――そんな気がしたが、エンリは違う世界の出来事だと思い無視した。

 あっちの世界での事象は気にしてもしょうがない。だからエンリは血生臭い戦場を見据え、その先で待ち構えているであろうビーストマンたちへ想いを馳せる。

 防衛戦は終わりだ。

 次は占拠されている三都市の奪還戦へと移行する。その後はビーストマンの本国へ侵攻。強烈な一撃を喰らわせて、竜王国へ入り込めないよう叩き潰さねばならない。

 

「うん、これからがんばるぞ~」

 

「ヤツメウナギ!!」

「大口ゴリラ!!」

「はぁ、やれやれっす」

 

 決意を新たにしていたエンリの背後では、何だか別の戦争が始まりそうだ。

 ルプスレギナが仲裁のポーズを見せてはいるが、どうにも諦め気味のようでやる気は見られない。

 エンリとしては努めて無関係を装いつつ、運ばれていくビーストマンの死体を眺めるだけだ。

 ふと「騒々しい、静かにせよ」と聞いたことのある声がしたような、しないような――そんなデジャブを感じたものの、振り返る勇気はなかった。

 

 エンリはただ、爽やかな血生臭い戦場を見つめ、「ビーストマンと対峙していたときの方が気楽だな~」と呟くだけである。

 




ゴウン様は少女趣味。
となるとエンリはギリギリ対象外でホッとしちゃう。
でも、妹ネムに魔の手が迫る?

お家に招待して頂いた時も、ゴウン様はやけに親切だったし、機嫌良さそうだったし。
今はまだ早いかもしれないけど、あと数年もすればどうなるか?

戦争が終わったらネムと話し合わないとっ!
当人の気持ちが大事ですからね!
こういう事は!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 「弱そうな骨だなぁ」

守りから攻めへ。
ビーストマンを竜王国から追い出すための第一手。

しかしそう上手くはいかない。
ビーストマンも必死の抵抗を見せてくる。

はたして新米将軍の采配や如何に?



 占拠された三都市のうち、要となるのは中央の副首都だ。

 他の二つは軍事拠点として使用するには不適格なので、奪還作戦の優先順位は下位となる。攻撃が容易だと思って奪還しても、今度は護りにくい拠点をエンリ達が背負うことになってしまい、ゴブリン軍団が足止めされてしまうからだ。

 だから次の攻撃目標はビーストマンが侵攻の拠点としている副首都とする。

 この重要拠点さえ落としてしまえば、他の二都市に関しても攻略は容易となろう。いやむしろ攻め易い二都市にビーストマンが集まってくれた方が、殲滅戦として効率的かもしれない。

 

「それがですね姐さん、ちょっと問題がありやして……」

 

 野営地に建てられた作戦会議用テント――そこでは偵察たちを率いて先発していたジュゲムが報告を行っていた。

 

「問題というと、やはり数ですか? 立て籠もっているのは三万ぐらいだと予想しましたけど、五万ぐらいいましたか?」

 

「いえ、暗殺隊に確認してもらいやしたが、ニ万五千から多くても三万程度かと」

 

「ふ~ん、んじゃなんすか? この私より強いビーストマンでも現れたっすか?」

 

「あんたより強いなんて想像したくもないですね、ってそうじゃなくて、副首都の近くにかなり大きな砦がありやしてね。そこに一万ぐらいのビーストマンがいるみたいなんですよ」

 

「砦、ですか?」

 

 ジュゲムの言葉に、エンリは上手く反応できなかった。

 砦があると何が問題なのだろう、副首都と一緒に攻めてしまえばイイのに、っとそんな感想しか出てこないのだ。

 

「ほっほっ、都市の近くに別動隊とは……。拠点攻略時に背後を襲うつもりなのでしょうなぁ。とはいえ砦の方を先に攻めても、今度は都市から部隊が飛び出してきて背後を突いてくる」

 

「そ、それじゃ、砦と都市を同時に攻めたら?」

 

「ンフィーの兄さん、それだとただでさえ少ない手勢が更に少なくなっちまいますぜ。今度は平地での合戦も予想されますから、ゴブリン軍団を分割するのは……」

 

 軍師とンフィーとジュゲムの会話を横で聞きながら、エンリは素直に感心してしまう。

 近くにある二つの拠点のどちらかを攻めたら、もう一方が背後から攻めてくる、なんてエンリはまったく考えていなかった。普通に砦の部隊は砦の中に、都市の部隊は都市の中に立て籠もっているものだと思い込んでいたのだ。

 このままエンリが軍勢を進めていたら、ちょっとした――いや、結構な問題になっていたかもしれない。

 エンリとしては「戦争の経験なんてないのだから仕方ないでしょ」と言い訳したくなるが、ビーストマンの思惑を軽々看破するゴブリン軍師を前にすると「最初から分かっていましたよ」と言わんばかりに難しい表情を見せるしかない。

 

(うぅ、このままだといつかボロが出そう。誰かに指導者としての訓練をしてもらわないと……。帰ったらゴウン様に相談してみようかなぁ)

 

「で、どう思いやす? 姐さん?」

 

「んえっ? え? な、なにかな?」

 

「ほほっ、お疲れですかなエンリ将軍。今回はこちらが攻め込む番ですから時間に余裕はありますぞ。ゆっくり休まれては?」

 

「だ、だいじょうぶです。話の続きをお願いします」

 

「えっとね、エンリ。砦の軍勢を誘き出すために、囮の部隊で都市に攻撃を仕掛けるしかないかと思うんだけど……。どう思う?」

 

 ンフィーレアは盤上の駒千人分をゴブリン軍団の中から動かし、都市の前まで持ってくる。それはゴブリン軍団の一部を囮として攻め込ませ、都市と砦から出てくるビーストマンに挟撃されることを意味していた。

 

「駄目よ! 相手は三万と一万なのよ! そんな大軍に平地で挟まれるなんて、全滅しちゃうわ!」

 

「それはまぁ、姐さんの言う通りなんですがねぇ」

 

「エンリ将軍の加護も無い状況ですからなぁ、レッドキャップスが奮闘したとしても大きな痛手を受けることでしょう。ですが……」

 

 ゴブリン軍師が続けようとした言葉は、なんとなくエンリにも理解できた。

 恐らく「他にどんな手が?」と言いたかったのだろう。少ない兵を分割して囮に出すなんて、先程ンフィーレアが述べた部隊を分けての両面攻撃同様、下策なのは百も承知なのだろうが、放置して本隊が挟撃されるよりはマシだと考えているのだ。

 (あるじ)たるエンリを危険に晒すぐらいなら千でも二千でも命を捧げる、そんな想いが滲み出ている作戦は、エンリとしても受け入れ難い。

 ゴブリンたちはもはや家族同然なのだから。

 

「なにか……、他に何か囮にできそうなモノはないのかな? 森の動物とか?」

 

「エンリ、動物を何千匹も捕まえるのはさすがに。むしろビーストマンは食糧が増えて喜ぶんじゃないかな?」

 

「んむむむぅ」

 

「エ~ンちゃん、イイこと思いついたっす! ハムスケを呼ぶっすよ!」

 

「え? ハムスケさんですか?」

 

 頭を抱えるエンリに助け舟を出したのは、意外と言うべきかルプスレギナであった。ただその言葉が本当に沈まない助け船なのかは誰にもわからない。

 いったいハムスケを呼んでどうしようというのか? エンリには何一つ思い当たることはなかった。

 

 

 

「将軍殿、それがしに何か用でござるか? 先陣ならいつでも引き受けるでござるよ!」

 

「いえ、そうではなくてですね。砦と都市に立て籠もっているビーストマンを誘き出そうと思いまして。その囮についてどうしようかと話し合っていたんです。ゴブリン軍団の皆さんを囮にするわけにはいきませんし、かといって何千もの軍隊に偽装できる囮なんて……」

 

 エンリはハムスケに説明しながら、チラッとルプスレギナへ視線を向ける。

 ハムスケを呼んだ理由について聞きたかったのだが、当の本人は我関せずとそっぽを向く有様であった。

 

「ほ~、囮でござるかぁ。ふむふむ、なるほどお主はどう思うでござる? ん? なんとっ、お主が役に立ちそうで――ってうるさいでござるよ! いま出すから大人しくするでござる!」

 

「あ、あの、ハムスケさん? いったい誰と話を」

 

「あっ、将軍殿。どうぞでござる」

 

 差し出された何かを思わず両手で受け止めてしまったが、即座に後悔してしまう。

 それは丸く、拳大の石ころのようであり、ハムスケの涎がべっちょりついていたのだ。

 

「ハ、ハ、ハムスケさん酷い! 両手が涎塗れじゃないですか?! って誰? 頭の中に声がっ」

 

「(お初に御目にかかります、エンリ将軍閣下。私は“死の宝珠”。多くの死を撒き散らした血濡れ将軍に敬意を)」

 

 ふへっ? っと変なところから声が出そうになるエンリであったが、深呼吸を幾度か繰り返し、なんとか落ち着きを取り戻す。

 そして両手の中に収まった石ころを凝視し、恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あの、死の宝珠――さんは、どこか別の場所にいて、この石を通じて話をしているのでしょうか?」

 

「(恐れながら申し上げます。私の本体はエンリ将軍閣下が手にしておられる鉱物でございます。どうかお見知りおきを)」

 

「は、はぁ」

 

 涎塗れの石ころを恐る恐る持ちながら、エンリはまたもや理解しがたい現象にぶち当たっていた。

 どこか遠くの人と話せるアイテムだと言われたならば納得できたのに、手にしたのは話すアイテム。しかも意志を持っているようだ。

 ハッキリ言って気持ち悪い。

 ハムスケの涎のせいではないのだが、エンリの背すじには何とも言えぬ寒気が走っていた。

 

「(エンリ将軍閣下、私はアンデッドの召喚を行うことが可能です。一度に数千は無理ですが、其方の少年の力を借りれば数日で何千ものスケルトンを揃えて御覧にいれます。幸いこの近辺は死体と死の気配に満ちており、アンデッドの召喚を行うには条件がそろっておるようですから……。ただ)」

 

「ただ? なんです?」

 

「(はい。召喚したアンデッドですが、数だけを重視して召喚した場合、支配可能な範囲を超えることになりますのでアンデッドは命令を聞きません。故にエンリ将軍閣下、貴方様に支配して頂きたく思います)」

 

「……」

 

「ちょっと待って!」とエンリは言いたい。

 理解が追い付かなくなっている。

 協力してほしい少年とはンフィーのことだろうけど、私に支配してほしいとはどういうことなのか? ンフィーは魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから召喚の助けにはなると思う。でも私がアンデッドを支配するなんて……。

 今日のお昼御飯はなんだろう、と現実逃避がしたい今日この頃である。

 

「あの、その、私が、アンデッドを、支配、ですか?」

 

「(御心配無く、貴方様がゴブリンを統括している感覚で、アンデッドも制御できます。その身に付けた神々の秘法たる武具があれば、何も問題はありません)」

 

「あ、そっか」

 

 ストンと腑に落ちた。

 自身の能力がどうとかはよく分からないが、ゴウン様から頂いた武具の力は理解している。

 とにかく凄い。

 その一言に尽きる。

 ゴウン様の武具があれば大丈夫というのなら、それは間違いないだろう。

 異論を挟む余地は無い。

 

「なら問題ありませんね。アンデッドの召喚はよろしくお願いします。ンフィーも死の宝珠さんを手伝ってあげてね」

 

「う、うん。でもなんだか、その宝珠を見ていると寒気がするんだけど……」

 

 遠い昔のトラウマでも思い起こそうとしているのか、ンフィーレアは引きつった表情で死の宝珠を受け取る。

 ハムスケの涎がついているから変な言い訳でもしているのだろうか? まぁ、気持ちは分かるけど……。

 エンリはそんな感想を持ちながら涎塗れの両手を拭き、作戦の本題へと移る。

 

「では今日から数日間、死の宝珠さんとンフィーにスケルトンを二千体ほど召喚してもらいます。その後、私がスケルトン部隊を制御し副首都へ進行。都市の防衛部隊を引きつけ、砦の部隊を誘き出します。現地でスケルトンとビーストマンが交戦を始めた頃合いを見計らって、ゴブリン軍団五千で後方から突撃。一気に砦の部隊を蹴散らし、都市内まで攻め込みましょう」

 

「ほほっ、スケルトン部隊には布でも被せて、アンデッドであることを隠した方が宜しいでしょうな。ビーストマン達には『竜王国を守護する謎の軍勢が押し寄せてきたのだ』と思ってもらう必要があります」

 

「上手くいくっすかぁ? 数千の兵なんて都市の部隊だけで十分と思われないっすかね~。だとすると砦の部隊は出てこないっすよ」

 

「え~っと、ならレッドキャップスさんにスケルトン部隊を率いてもらったらどうかな? 彼らならビーストマンに危機感を与えられると思うし、挟撃されても逃げられる……よね?」

 

 ンフィーレアの言葉はレッドキャップスを囮にすることでもあるため、エンリとしては素直に頷けない。砦の部隊を確実に誘き出すために必要な手段だとしても、家族を道具のように使ってしまう内容には忌避感を覚えてしまう。

 ただそうなると、スケルトンはゴウン様と同じアンデッドだ。大恩人と同じ種族の者たちを、大勢囮として使い潰すことはどうなるのか? 考えても答えは出そうにない。

 

「うん、そうだね。レッドキャップスの皆さん、お願いできますか?」

 

「かしこまりました。砦の部隊を誘き出すまで派手に暴れ回ってみせましょう。ただ我らのうち最低でも三名は、エンリ将軍の護衛として残ることをお許しください」

 

「はぁ、分かりました」

 

 正直護衛は必要ない、とエンリは思っていた。

 傍にはンフィーもジュゲムもルプスレギナもいるし、暗殺隊も全方位に配置されている。これだけでも過剰な防備だと感じているのに、最高戦力のレッドキャップスが更に加わる必要もないのでは……とエンリ自身「過保護」な現状にはため息が出てしまう。

 実のところ、息苦しさを感じていたので護衛なんかは緩くてもイイのだ。

 もっとも、そんなことを言うとゴブリン軍団全員が悲しい目をするので口には出せないが。

 

「ではまず、スケルトンの召喚と制御から試してみましょう。ンフィー」

 

「うん、と言っても僕は死の宝珠さんに身体と魔力を貸すだけみたいだけど」

 

「疲れたら言うっすよ~。私が魔力を譲渡してあげるっす」

 

「へ~、魔力って他の誰かへ受け渡す、なんてことできるんですねぇ。私って魔法の知識が乏しいから知らないこと多くって」

 

「いや、あの、エンリ? 普通は無理だからね。魔力を他人へ譲渡するなんて、僕だって初耳なんだからっ!」

 

 ンフィーレアにしてみればとんでもないことなのだろうけど、エンリは「あぁ、そうなんだ」と薄いリアクションでスルーする。

 もうゴウン様一行の現実離れした行動には慣れっこなのだ。

 しかも門外漢な魔法のことなので、今までのような衝撃も無く、エンリとしては何も気にしないでいられる。

 驚く役目はンフィーに任せればよい。うん、そうしよう。

 

「ん~、あとは戦端が開いてからですけど。向こうは合計で四万、こっちは五千。しかも今回は身を隠す場のない平地戦と副首都の攻略。大丈夫かなぁ?」

 

「ほっほっほ、なんの心配もありませんぞ、エンリ将軍」

 

 絶対の自信を持ってゴブリン軍師は語る。

 まともな集団戦もできず、攻城戦のイロハも知らないビーストマンの立て籠もりなど、取るに足らぬと言わんばかりだ。

 当然、エンリ自身も戦場を知らないので「んぐぅ」と苦虫を噛み潰しそうになるが、これも経験なので軍師の語りに耳を傾ける。

 何が重要でどこへ目を向けるべきなのか。

 切り捨てるべき案件とその考え方について。

 村娘にとっては初めて聞くようなことばかりで目を回しそうになるが、その一つ一つが命のやり取りを意味しており、酷く重い。

 特に犠牲を覚悟した戦いは嫌だ。

 とても耐えられそうにない。

 

 

 

 ――下位アンデッド召喚、骸骨(スケルトン)――

 

 エンリの視界の端では、死の宝珠を片手に持ったンフィーレアがスケルトンの召喚に挑んでいた。

 恋人の口からは普段と違う大人びた声が発せられ、それに応じて召喚陣からは白い骨の化け物が這い出てくる。

 酷く不気味な光景でありながら、エンリは眉一つ動かすことはなかった。

 ただ「弱そうな骨だなぁ」とか「思ったより綺麗な骨だな~」とか村娘にあるまじき感想を抱いていただけである。

 

「エンリ将軍閣下、この地はアンデッド召喚に最適ですぞ。長きに渡る戦争のおかげで、死の気配がそこらじゅうに溢れております」

 

「ぁあ、そう……ですか(ンフィーの声で将軍閣下って呼ばないでほしいな~。でもエンリって呼ばれるのもなんか違うし)」

 

 そもそも死の宝珠がエンリに従っているのも不可思議だ。

 ハムスケの仲間なのだから協力してくれるのは分かるけど、それにしてはエンリに敬意を払い過ぎな気もする。

 第一『漆黒の英雄モモン様』の許可は必要ないのだろうか?

 エンリとしては、嬉々としてスケルトンの召喚を続けるンフィー改め死の宝珠に「後から変な請求しないでくださいね~」と、こっそり思念を送ることしかできなかった。

 




額冠が無いので宝珠と共にチマチマ召喚するンフィー君。
幸い戦争しまくりの土地だったので上手にできました~。

でもちょっと嫌な感じがします。
同じようなことを、昔一度経験したような……。

まぁ気の所為かな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 「一応戦力なので」

ビーストマン討伐の裏で暗躍する謎の一団。
いったい何者であるのか?

エンリ将軍を操っているかのごとき言動。
まさに不敬の極み!

……って、もう少し黒幕っぽくして下さい魔王さまぁ~。



 神が座するかと思われる幻想的な空間に、魔王の囁きが響く。

 

「機能的には問題無さそうだな」

 

「はい。やはりこの世界は、制約体系が変化しているようですわ」

 

職業(クラス)による装備制限はそのままですが、下着にインナー、複数の指輪など、本来なら身に付けることが許されない――いえ、たとえ身に付けたとしても魔法効果が発揮されないはずの魔化装備品。それがこの世界では問題無く機能しているということ。我らだけでなく現地の人間にも効果が及んでいることからすると、間違いなく世界の(ことわり)が転移前とは違うのでしょう。中々興味深い結果です」

 

「ソレハ私タチニトッテ良イコト……ナノカ?」

 

「イイに決まっているでありんす。身体能力強化や耐性強化のマジックアイテムをたくさん装備できるのでありんすよ。戦闘力アップは間違いないでありんしょう」

 

「ん~っと、それはどうかな~。耐性強化にも相性があるしねぇ。適当に色々装備しても打ち消し合ったら意味無いんじゃない?」

 

「う、うん、お姉ちゃんの言う通りだと思う。全ての耐性を備えようとしても、どこかに穴はできるみたいだし……。そ、それに僕たちの武具は至高の御方々によって最適な組み合わせにしてもらっているのだから、そのバランスを崩すようなことは避けないと……」

 

「くふふ。まぁ、私は世界級(ワールド)アイテムを所持しているから、これ以上の装備品なんて存在しないのだけどね」

 

「な、なに言っているでありんすかっ! 私のスポイトランスだってこれ以上ないくらいの守護者最強装備でありんすよ!」

 

「ちょっと聞き捨てならないんだけどっ! “ぶくぶく茶釜”様から贈られた私の弓がどんなに凄いか教えてほしいの? 今ここでっ!」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

「フン、最強ト言ウノナラ私モ引キ下ガルワケニハイカンナ」

 

「やれやれ、大人げないですねぇ」

 

(ん~、これはやっぱり『試しに違う武器を使ってみろ』とか言い難いな~。違う世界にきてユグドラシルとは法則なんかも変化しているだろうし、一つの武器に固執するのは良くないんだけどな~。とは言っても、俺だってスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが最強だと思っているからお互い様か? う~む)

 

 細部まで掃き清められた美しい執務室では、魔王軍の幹部らしき絶対強者たちがじゃれ合っていた。

 ただその中で魔王様は一人、己の真っ白な骨の指を見つめてため息を吐く。どうやら指輪の装備制限が撤廃されていることに少し気落ちしているようだ。

 少なくない課金の末、十本の指全てに指輪を嵌めていた遠い昔。廃課金プレイヤーの宿命だとはいえ、異世界転移後に制限解除と知ったら課金したのかしないのか?

 いや、そもそも転移を知る術がないから同じことか?

 いや、知っていても課金はしただろうなぁ、と息の出ないため息をもう一度。

 

(まっ、いっか。これからはマジックアイテムの組み合わせについて色々と楽しめるだろうし、そのままでも特に問題はないし……。今はそう――最初の実験体である将軍様に頑張ってもらうとしようか)

 

 魔王様は気を取り直すと、テーブルの上に置かれた大きな鏡を覗き込む。

 その鏡に映っているのは魔王様自身の骸骨、ではなかった。

 映し出されたのは全身血塗れの若い娘。数千体ものスケルトンを率いる、血濡れ将軍の雄々しき姿であった。

 

 

 ◆

 

 

 国境をビーストマンに突破されてからしばらく、竜王国の副首都は重要な防衛拠点であった。

 他の二都市が防衛に適していないことから避難住人の受け入れ先となり、ビーストマンの侵攻があるたびに多くの命を救ってきたのだ。

 またこの副首都があったからこそ、他の二都市を占拠したビーストマンへ効率的な打撃を与えることができ、奪還を容易なものとしてきたのである。

 ビーストマンは獲物を逃がした挙句、身を隠す場所も無い不慣れな都市で腹を空かせたまま眠り、突如として降り注いだ矢の雨の中で息絶える――それが今までのパターンであったのだ。

 占拠されるのが前提の二都市。

 奪還するまでが一つの戦略。

 しかし基点となるべき副首都が落とされてしまえば全ては泡と消えてしまう。

 副首都は防壁があり堀があり外敵に対しての備えがある。だからこそ一度占拠されてしまえば取り返すのは難しかろう。

 たとえ相手が攻城戦のイロハも知らぬ獣であったとしても……。

 

 今、二千を超える軍勢が、副首都目指して規則正しい歩みを進めていた。

 ザッザッと訓練された一糸乱れぬ足音が、見張り台の上に立つビーストマンの耳にも響いていることだろう。

 ちょうど太陽が沈み始め、辺りは闇に包まれる。

 その中を松明片手に軍勢は進む。

 先頭にいるのはゴブリンであろうか?

 数体の逞しい肉体を持つ亜人、その者たちを見てしまうと、勇猛果敢であるはずのビーストマンたちも身体が震えて仕方がない。

 ただ、率いている手勢からは警戒するほどの圧力も感じられず、そのボロ布が隠している正体を注視すべきだとは思えなかった。

 なればコトは簡単だ。

 全力で先頭の亜人たちを叩けばよい。

 先の戦闘で、ビーストマンの全部族が手を組んだ末に生み出された大軍勢――それを打ち破ったのはあの亜人たちなのであろう。

 竜王国の切り札か? 助っ人か?

 どちらにせよ、挟み撃ちにすれば容易く葬れるだろう。本能を刺激されるほどの強さだと言っても、所詮は数体。万を超す戦場に於いては単なる障害物でしかない。

 

「獲物ガカカッタ! 砦ノ部隊ニ伝エヨ! 遠吠エヲ上ゲロ!!」

 

「「オオオォォォォ!! ウオオオオオオォォォォ!!」」

 

 数キロメートル先まで伝わる獣の遠吠えが、隠れ潜んでいた何体かの中継者によって更に遠くまで響く。理解するまでもなく、砦の別動隊に敵の出現を伝えたのだろう。

 紅い帽子のゴブリンは、賑やかになってきた副首都の防壁上と正面門付近を見つめ軽く笑う。

 

「暗殺隊、エンリ将軍へ報告。誘き出しに成功の模様。別動隊出陣を確認の後、囮部隊を停止、次いで自由戦闘への移行を願う」

 

「……了解」

 

 ゴブリンの呟きとともに一つの影が揺らぐ。

 そして二千の軍勢が規則正しい行進を続けることしばし、大地を踏み拉いていた歩みは突然止まった。

 まるでその瞬間命が失われたかのように。

 操り人形の糸が切れたかのように。

 二千の軍勢は無駄口一つ叩くことなく、静寂のまま副首都の前で佇む。

 

 

 

 

「ええ~っと、『とまりなさい』……でイイの、かな?」

 

「意識の奥で繋がっているような感覚があるかと思うのですが……。私も二千体ものアンデッドを使役したことはないので、上手く御教えできず申し訳ありません」

 

「あ、いえ、大丈夫です。なんとなくですけど、止まってくれたような気がします。(ンフィーの顔で丁寧に謝られると違和感が凄いなぁ。ってそんなこと考えている場合じゃないよね)」

 

 恋人が恭しく頭を下げている光景は、なんともむず痒い。

 “死の宝珠”が操っているのだと理解はしているものの、目つきといい口調といい別人になったようで少し不満だ。

 やっぱりンフィーは中身を含めてンフィーなのだろう。

 

「エンリ将軍、先発のスケルトン部隊が都市の正面門前で停止したことを確認。レッドキャップスが戦闘を開始しました」

 

「予定通り、ですね。はぁ、よかった。砦のほうは順調ですか?」

 

「先陣は既に出発し、後続も砦の外に集まっているとのこと。数刻もしないうちにスケルトン部隊の後方を襲撃するでしょう」

 

「そう、ですか。居残り組がいないと良いのですが……」

 

 暗殺隊からの報告に、エンリは少しだけホッとする。

 とりあえず誘き出すことには成功したようだ。これでゴブリン軍団が挟み撃ちされるような悲惨な事態は避けられるだろう。

 しかし、砦に千でも二千でもビーストマンが残ってしまうと面倒かもしれない。

 動きの読めない遊撃部隊ほど厄介なモノはないのだ。

 

「気にしなくても大丈夫っすよ。一万のうち、半分が残ったとしても私一人で皆殺しにしてやるっす」

 

「は、はぁ……」

 

 ケラケラ笑うルプスレギナの言葉は、あながち冗談でもないのだろう。

 見たこともない爆裂魔法を、魔力切れが無いのかと思うほど連発していた先日の防衛戦からして、本当に出来そうで怖い。

 

「え、えっと、では皆さん。砦の部隊が参戦するのを待って後方から襲撃します。同時にスケルトン部隊の半数を反転、残り半分を都市襲撃へ。レッドキャップスに正面門を開けさせ一気に都市の内部へ攻め入ります」

 

「ほほっ、指揮系統がしっかりしていて絶対的な指揮官がいたなら、もっと簡単にコトは運ぶのですが。どうもビーストマンは個人主義と言いますか個体主義と言いますか、頭を潰して一件落着とはいきませんなぁ」

 

 ゴブリン軍師にしてみればレッドキャップスや暗殺隊で指揮官及び幹部連中を皆殺しにし、その後攻め入りたかったのだろう。ところがビーストマンは部族という集合体を作りながらも上下関係が非常に曖昧なのだ。

 強さに大きな個体差がないというのも一因だろうが、族長の命令に絶対服従というわけでもない。

 故に特定のビーストマンを殺せば指揮系統が乱れるなんてことはないのである。それに指揮系統なんてものは最初から乱れているし、無いに等しい。

 戦いたいときに戦い、眠たければ寝て、腹が減れば食う。

 それが強者たるビーストマン。餌である人間を食いにきたビーストマンという種族なのである。

 ただ、それならばどうして竜王国への大規模侵攻などを行ったのだろう。砦に別動隊を潜ませるという戦術も奇妙だ。

 

「これはひょっとすると……、何者かがいるのやもしれませんなぁ」

 

「えっ、なんの話です、軍師さん?」

 

「いえ、エンリ将軍の警護をより一層厳重なものにしようかと」

 

「はぃ?」

 

 どうしてそんな話になるのかとエンリは混乱気味だが、ゴブリン軍師の表情はいたって真剣だ。

 

 ――もしかすると、敵はビーストマンだけではないのかもしれぬ――

 

 ゴブリン軍師は辿り着いた考えを一旦飲み込むと、次いで己の(あるじ)を見つめる。

 大事なのはこの方だけだ。優先すべきはただ一つ。

 そのためならゴブリン軍団が全滅しても構わない。いや、命を賭して護れるのなら本望であろう。とはいえ、今はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の庇護下なのだから誰もエンリ・エモットを傷付けることはできない。

 裏にいる何者かが魔導王と敵対する勢力であったとしても、ビーストマンをけしかけながら隠れている現状からして正面衝突は避けたいのだろう。

 ならば一安心だ。

 ルプスレギナもいる以上、不安は限りなく小さくなる。

 まぁ、ルプスレギナの笑っていない瞳を見てしまうと別の不安が頭をもたげてくるのだが……。

 

「エンリ将軍へ報告! 砦の先発隊がスケルトン部隊の後方に出現! まもなく襲撃するものと思われます!」

 

「分かりました。ゴブリン軍師さん、全軍に出発の指示を。魔法兵団は隠密魔法を展開。スケルトン部隊が囮だと気付かれる前に強襲しますよ! あっと死の宝珠さん、ンフィーを元に戻してもらえます? 一応戦力なので」

 

「……。一応は酷いよ、エンリ」

 

「あっ、あれ? 戻ってたんだ、あはは」

 

 慌ただしく動き出す兵団の中で、ンフィーレアは石ころ片手にうなだれていた。どうやら己の役目を終えたと判断した“死の宝珠”が、身体の支配権を返していたらしい。

 頼りない感じも戻ってきていて、エンリとしては少しだけ安心してしまう。

 

「ンフィー、今回は貴方の馬に乗せてね。ハムスケさんには前線で暴れてもらうから」

 

「うん、それは大丈夫だけど……。ルプスレギナさんが乗っている馬のゴーレムのほうがイイんじゃないのかな?」

 

「あ~、うん。それはそうなんだけど、ルプスレギナさんは突っ込む気満々だから……」

 

 見れば、鼻息の荒いメイドがドデカい十字架型メイスを振り回していた。

 できることなら、最初の魔法襲撃以降は後方で大人しくしていてほしいのだが、当人のキラキラ輝く瞳を見てしまうと無下にもできない。

 どうやら何の気兼ねも無く全力で殺しをできるという環境は、ルプスレギナにとって至福の遊び場であるのだろう。エンリにとっての『甘いお菓子』なのかもしれない。

 もっとも当人に聞いてみれば「もっとじっくりいたぶりたい」とか「人間に勝利できると確信した瞬間に蹴落としたい」とか言い出すのだろう。

 カルネ村にいる眼鏡のメイドさんが頭を抱えそうな発言である。

 

「ん~? なんすかエンちゃん? 早く行かないと囮のスケルトンが全滅しちゃうっすよ」

 

「は、はい! 今行きます!」

 

 エンリは馬の背に跨っていたンフィーの後ろへ飛び乗り、ゴブリン軍師へ合図を送る。

 そしてゴブリン軍団五千は、アダマンタイトの鎧を纏う“森の賢王”を先頭に動き出した。向かう先は、挟み撃ちを成功させたと思っている砦からの襲撃部隊――その背後である。

 

 

 ◆

 

 

 門の前に姿を見せた軍勢は、ビーストマンにとって警戒すべき存在だった。

 先の戦闘で多くの同胞を踏み潰していった亜人の軍。人間を軽く捻り潰すことができるビーストマンを、いとも容易く葬った化け物たち。あのとき、大地が突然爆発するという天変地異が無かったとしても、大きな損害を被ったであろう侮れない相手だ。

 既に血の気の多い者たちが投石を行った後、城壁から飛び降りて襲いかかっていった。

 その数は最初に百名、次に三百、先程の三度目で五百名ほど……。

 全てが殺されてしまった。

 それも先頭で降伏勧告を行っているたった七名に、だ。

 後ろに控えているボロ布を目深に被った兵士達は、その場から動くことはなく、大きな損害を受けた様子も見られない。

 ビーストマンは身震いする。

 都市内に集結した三万で勝てるのだろうか、と。

 いや、砦にいる同胞たちが背後を突けばさすがになんとかなるだろう、と。

 そしてビーストマンは――ふと考える。

 部隊を分けて相手の背後を襲撃するような戦法を言い出したのは誰だったのか? 今までそんな面倒な戦い方をしたことなんてなかったのに、と。

 

「ウオオオオオオォォォォ!!!」

 

「合図ダ! 合図ノ遠吠エダ!」

「挟ミ撃チデ皆殺シ! 一人残ラズ食イ殺ス!!」

 

 闇の向こうから現れた同胞に都市のビーストマン達は沸き立つ。

 完璧な背面襲撃だ。

 相手はノロノロと向きを変え始めているが、もはやどうにもならないだろう。二千に対し一万のビーストマンが後ろから襲いかかったのだ。恐ろしく強い亜人が数体いたとしても戦況をひっくり返すには及ぶまい。

 ましてや正面の都市からは三万に近い軍勢が溢れ出すのだ。

 人間どもの切り札も、この地で全滅であろう。

 

「獲物ハ早イ者勝チダ! 遅レルモノハ腹ヲ満タセンゾ!!」

「オオオオォォォォォォォ!!!」

 

「……やれやれ、ようやく動き出してくれたか」

 

 城壁の上から滝のように流れ落ちてくるビーストマンを前にして、レッドキャップスは「門から出てこいよ」と言いたくなるものの、相手が獣であったことに思い至り勝手に納得してしまう。

 ともあれ本番はこれからだ。

 レッドキャップス七名のうち三名は後方の攪乱にあたり、その後エンリ将軍と合流。残りの四名は都市から溢れ出てくるビーストマン三万をできる限り引き付け、その後都市の中へ侵入し門の開放へと向かうことになっている。

 ただ、それにしても――

 

「圧巻だな……」

 

 大地を埋め尽くす多量のビーストマン。殺気を纏って砂嵐のように迫りくる獣の大軍勢。普通であれば腰を抜かしてその場に蹲り、食われるのを待つしかない状況なのであろう。

 無論、人間であれば、だ。

 レッドキャップスは畏れと共に思い出す。

 暗く深い闇の中から現れた神をも超える死の支配者(オーバーロード)

 一目見た瞬間、エンリ将軍を護れないと確信してしまった。それはゴブリン軍団全員が同じ想いであっただろう。

 心臓を直に掴まれる感覚。オーラを見ただけで全身が動かなくなる。

 その紅く輝く瞳を向けられるだけで、その白い骨の指が振られるだけで、エンリ将軍の首が飛ぶのだと――考えたくはないが――理解してしまった。

 あのときに比べたら、なだれ込んでくるビーストマンのなんと矮小なことか。

 何万いようとも羽虫かと思うほどだ。

 

「エンリ将軍よりレッドキャップス各員へ。軍楽隊の合図で戦域を外れよ、とのこと。魔法による爆撃を行う」

 

「了解した。エンリ将軍に勝利を!」

 

 両手に備えた手斧でビーストマンの首を狩りながら、レッドキャップスは暗殺隊からの通達に答えた。

 既に百以上の死体を作り、気分は上々。

 それでもできることならエンリ将軍の支配下で戦いたかったと望まずにはいられない。

 今は別動隊として囮のスケルトン部隊を率いているので、エンリ将軍の能力上昇効果範囲外となっているのだ。

 もちろんレッドキャップスぐらいの高レベルになると能力上昇効果なんて無きに等しいのだが、エンリ将軍の能力に包まれているというだけで幸せを感じてしまう。

 護衛として残った三名に嫉妬してしまうぐらいである。

 

「(……エンリ様当番、という役割を提案してみるか?)」

 

 何かある度に話し合っていたのでは時間の無駄だし、下手をするとエンリ将軍の傍仕えが遠のく不運もあるだろう。それならば一定の期間で必ず護衛に付けるようローテーションを組めばよい。誰からも文句は出ないはずだ。

 

「(うん、よい考えだ)」

 

 魔法らしきものを放とうとしていたビーストマンへ手斧を投げつけ絶命させると、レッドキャップスはニヤリと笑みを漏らしていた。

 もちろん、その笑みはビーストマンを仕留めたからではない。あしからず。

 




休日反対! 休暇反対!
もっと働かせてくださーい!
24時間エンリ将軍の支配下でお願いしまーす!

まぁ、エンリ様当番を認可して下さるなら休日も受け入れますが……。
でも連休は絶対拒否いたします!

ちなみにカルネ村の留守番組は、今頃血の涙を流していることでしょうなぁ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 「叩き潰せぇ!!」

もはや村娘の面影は微塵も無い将軍様。
ビーストマンをぐっちゃぐっちゃと潰しながら何処へ行くのか?

ンフィーレアもウカウカしてられませんね。
死ぬ気で頑張らないと、横に立つのは難しいかもしれません。

下手をすると、英雄級を突破する化け物へ結婚を申し込まねばならないのですから……。



「ドン! ドン! ドン! ッチャカチャッカ! ドドン! ットドン! ッチャカチャッカ!」

 

 自然界では有り得ないリズミカルな打撃音がどこからか鳴り響き、ビーストマンらの耳を刺激する。

 戦場には似つかわしくない音だ。

 どこの誰が鳴らせているのか? と一体のビーストマンが周囲を見回そうとしたそのとき、激しく切り結んでいた赤帽子のゴブリン達が全力で駆け逃げるのを見た、見てしまった。

 そして――。

 

「叩き潰せぇ!!」

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)焼夷(ナパーム)〉!!」

「〈炎の吐息(ファイヤーブレス)〉!!」

「〈炎の壁(ファイヤーウォール)〉!」

「〈炎の雨(ファイヤーレイン)〉!」

「〈魔法二重化(ツインマジック)火球(ファイヤーボール)〉!!」

「「〈火球(ファイヤーボール)〉!」」

 

「〈魔法効果範囲拡大最強化(ワイデンマキシマイズマジック)爆裂(エクスプロージョン)〉!!」

 

 エンリの号令を切っ掛けに、炎の柱と爆裂が巻き起こった。

 囮として数万の軍勢に挟まれていたスケルトンのことなど気にもせず、そこら中に火の玉が飛び交う。

 刹那、連鎖したかのように爆発が起こった。一つや二つではない。彼方此方から衝撃音が鳴り響き、砂塵が舞う。

 これはンフィーレアが調合し、スケルトンたちに持たせていたポーションによるものだ。

 火属性魔法による襲撃に合わせ、ポーションを持ったスケルトンらが炎にまかれたビーストマンへ飛びかかり、自爆したのである。

 用意できたポーションは百前後ではあるが、その効果は絶大。

 ルプスレギナが作り出したクレーターや飛び散った肉片の効果もあり、ビーストマンの悲鳴はこの世のものとは思えぬ音量で戦場を満たしていた。

 

「全軍突撃!!」

 

 幾度かの弓矢による追撃が行われた後、エンリはゴブリン軍団を突進させた。

 その先鋒にあるのは黒い塊。アダマンタイトの鎧を着込んだ“森の賢王”ことハムスケである。

 

「斬撃――でござるよ!」

 

 魔化処理がなされたアダマンタイトの斧槍を長いしっぽで横なぎに振るい、ビーストマン数十体を胴の部分で斬り分ける。

 武技の力も加わった一撃は、恐らく現地勢の中で最強クラスの攻撃力を持っていたことだろう。躱すことはもちろん、盾を用いても防御自体が不可能だと思える。ビーストマンの肉体など、薄紙を裂く程度に違いない。

 

「ハムスケも中々やるっすね! 私も負けていられないっす!」

 

 いやお前はもっと自重しろよ……と、どこかの魔王様が呟いたかどうかは知らないが、ルプスレギナは竜巻のように十字架メイスを振り回し、血肉と死を撒き散らす。

 掠っただけで四肢が飛び、受け止めたならペチャンコだ。

 もはやそれはビーストマン解体処理車というべき代物であっただろう。多少暴走気味のようにも見えるが……。

 

「エンリ将軍! 都市内に侵入したレッドキャップスより通達! 門の開閉施設を占拠したとのことです」

 

「分かりました! では五千ぐらいを都市内に引き入れて処理するよう連絡してください!」

 

「はっ、了解しました」

 

 エンリへの報告を済ませた暗殺隊が姿を消して数分後、副首都の巨大な門がゆっくりと上がり始めていた。

 ビーストマンたちはこれ幸いとばかりに都市内へ走り込み、防壁を盾とした籠城戦へと移行するつもりだったようだが……。ビーストマンが六千体ほど門を潜ったところで突然鉄門が落下し、下にいた数十体の獣を押し潰してしまったのだ。

 これにより都市内の数千体と、外でゴブリン軍団による背面襲撃を受けた数万の軍勢は分断され、多くのビーストマンが困惑することとなる。

 

 何故門ガ閉マッタ?

 都市ノ中ヘ退イテ籠城スルノデハナカッタノカ?

 門ヲ開ケロ! 何ヲヤッテイル?!

 

 挟撃が成功したと思ったら、自分たちの後方から強力な軍団が現れた。

 混乱し数万の同胞が右往左往する羽目になったが、一度都市の中へ立て籠もってしまえば形勢を立て直すことも可能であろう。

 獣とはいえ、ビーストマンにもその程度の知恵はある。

 しかし、全体の半分にもならない手勢だけを入れてどうするのか? 大部分を都市の外に置いてきてどうするというのか?

 これでは軍を分割しただけで何の意味もない。

 

「外ヘ追イヤルノハゴブリン共ダケダ! 早ク門ヲ開ケテ同胞ヲ中ヘ入レ――ガァッ!!」

「まず一匹。悪いがお前達はもう出られない。エンリ将軍が配下、我らレッドキャップスと暗殺隊が貴様らを皆殺しにする!」

 

 ゆらりと現れたゴブリンたちはあまりに少数だった。本来なら本隊と切り離されたとはいえ、ビーストマン数千体をどうにかできる人数ではない。

 それでも都市の門付近で密集していた獣たちは震えあがってしまう。

 生物としての本能であろうか? 強さに重きを置く種族としての特性であろうか? どちらにせよビーストマンらは抵抗空しく次々と屍を晒すことになってしまった。

 数が多いので時間はかかるだろうが、結末は変わるまい。

 ビーストマンの一体は開かない鉄門にしがみ付き、外の同胞へ助けを求めようと必死に叫ぶ。だけど、助けを求めていたのはどちらなのか? 獰猛な大魔獣に切り裂かれ、奇妙なメイスで叩き潰され、見たこともない魔法で爆裂する同胞達。

 ドラゴンのごとき大きな塊となって戦場を駆ける武装したゴブリンの軍団。その軍に一矢報いることもできず押しつぶされていく虫けらのような獣。

 地獄だ。

 煉獄だ。

 人間をたらふく食えるはずだったのに……。

 

「ナンデ? ナンデダ?! ドウシテゴブリン如キガコンナニ強イ! コンナ馬鹿ナコトガアッテタマルモノカッ!?」

 

 己の所業を振り返ることもなく、人間相手に強者として好き勝手に振る舞っていたビーストマンは、さらなる強者によって害虫の如く潰されてしまった。

 その最後の叫びは、音声伝達を担っていた(しもべ)の手によってさる御方にまで伝えられ、「あぁ、強者の驕りは危険なものだ。私も――いや、我々も襟を正さねばなるまい」との御言葉を引き出したとか、引き出さなかったとか……。

 まぁ、なにはともあれ竜王国の副首都は、中も外もビーストマンの血肉で溢れかえることになった。

 血濡れ将軍の名に相応しく。

 

 

 ◆

 

 

 恋人の背に抱き付いて数時間、馬の上から眺める朝焼けの戦場は相変わらず酷いモノであった。

 今回、エンリはほとんど何もしていない。統率していたスケルトン部隊へ思念を送ったり、暗殺隊を通じて各方面へ指示を飛ばしたりしていただけである。

 もちろん将軍(ジェネラル)の能力はフル稼働だったが、基本的にはンフィーレアと共にゴブリン軍団の厚い警護の中だ。

 ただンフィーレアは魔法による攻撃を何度も行っていたので、エンリほど役に立たなかったわけではない。幾つもの火球(ファイヤーボール)でビーストマンを吹き飛ばしていた恋人の姿は、中々凛々しいモノであった。

 

 しかし、しかしだ!

 エンリが自分の無力さを嘆くのは、ンフィーレアが活躍していたからではない。ハムスケが伝説として語られるほどビーストマンの首を狩ったからでも、ルプスレギナが離れた場所にある砦まで突っ走って行き、その建造物を丸ごと破壊したからでもない。

 

 それは、目の前を軽い足取りで進む少女のせいなのだ。

 

「さぁ、さっさと回収するでありんす! バラバラの肉なんかも欲しがっているヤツが大勢いんしょうから、残さず持っていくでありんすよ!」

 

 日傘をさして血みどろの戦場を優雅に歩く美少女の名は、シャルティア()()様。

 数百体もの死の騎士(デス・ナイト)数多(あまた)のスケルトンをどこからともなく連れてきて、さっさと死体回収を始めてしまったのだ。

 ついでに他の二都市にいたビーストマンも、一匹残らず連れ去ったとのこと。

「おんしがのんびりしているからでありんす」と、まるで手を抜いていたみたいに言われたエンリとしては、

 

(やーっぱり私いらないよね! ゴウン様がちょっと誰かを派遣するだけで簡単に終わっちゃうよね! そうだよねぇぇえええええ!!)

 

 とまぁ、大声で叫びたかったらしい。

 無論、ぐっと堪えて何も言わなかったのだが。

 

「エ~ンちゃん、どうしたっすか? 作戦会議が始まるっすよ」

 

「いえ、なんでもありません。なんでも……」

 

 相も変わらず、ルプスレギナは美しい笑顔を振りまいて平然としている。

 彼女にとっては伝説のアンデッドが数百体――都市の中を闊歩していたとしても、驚くようなことではないのだろう。

 自身が何千体ものビーストマンを吹き飛ばし、頑強な砦を破壊し尽くしたとしても、活躍しているとは感じていないのだろう。

 それは当たり前の光景。

 それは誰でもできる一般作業。

 まさしく住む世界が違う相手なのだ。

 エンリは一人、簡易テントで作られた会議場所へ足を運ぶまでに幾度もため息を吐いてしまう。

 

 

 

「皆さん、お疲れ様でした。まだ残党狩りも途中ですが、今後の予定を決めてしまいたいと思います」

 

「ほほっ、今回も大勝利でございますな、エンリ将軍」

「怪我も無く良かったですぜ、姐さん」

「先の防衛戦でも思ったのですが、大勢集まったわりには集団戦闘に不慣れな感じがしましたね。あれなら王国兵の方がまだマシですわ」

「ええっと、やっぱり獣っぽいからかな? ねっ、エンリ」

 

「うえっ、いや、どうかな?(そんな話振らないでよ、ンフィー! 私に判るわけないでしょ! 集団戦のイロハなんかこの前軍師さんに聞いたばかりで、まだ頭の中に入ってないんだからっ)」

 

 意地悪かと思いンフィーレアを睨んでしまうエンリであったが、眠そうな恋人の顔を見てしまうと早とちりであったと理解してしまう。

 一晩中戦っていたから、眠気で頭が回っていないのだろう。

 屈強なゴブリン達や戦争経験のあるレイナースと違い、ンフィーレアはただの一般人なのだ。

 若き天才薬師であり、レアな生まれながらの異能(タレント)持ちであることから注目を浴びることもあったが、実態はひょろっとした頼りない青年なのである。

 連日の大規模戦闘で疲れていても仕方がないだろう。

 ゴウン様の神器を賜っている自分とは違うのだ。

 

「ふふ、ンフィー、なんだか眠そうよ。この場はイイから、ちょっと横になってきたら?」

 

「えっ? ああ、うん、そうだね。ちょっと頭がぼんやりしちゃっているから休ませてもらうよ。でもエンリは?」

 

「私は大丈夫よ。武装かアクセサリーのどれかに、睡眠不要とか疲労無効とかの魔法がかけられているらしいからね」

 

 エンリは指輪や首飾りを見せて、申し訳なさそうにするンフィーレアを送り出す。

 実際、本当に眠気も疲労も感じないのだからンフィーレアが後ろめたい思いを持つこともないのだが、やはり恋人を残して一人休憩をとるなんて……男としては納得し難いのであろう。

 ジュゲムやゴブリン軍師も――分かり難いが――渋い表情である。

 まぁ、彼らの場合はエンリ将軍とのあいだに子供を作ってもらいたいと画策しているがゆえに、ンフィーレアの上昇しない評判に頭を悩ませているだけなのだが。

 中々上手くいかないものである。

 

「さて、占領されていた三都市はシャルティア王妃様の御助力もあって、全て奪還できちゃいました。ホント凄いですねぇ」

 

「いや姐さん、王妃様を疑うわけではねぇですけど、他の二都市については確認すべきですぜ」

 

「ほほっ、そうですな。暗殺隊で状況確認を行いましょう」

 

「ではその間、この副首都を拠点として支援部隊を展開させますわ」

 

「んで、色々確認した後はどうするっすか? エンちゃん?」

 

 退屈そうなルプスレギナが、足をブラブラさせながらエンリへ問いかける。まるで次の戦場で早く殺しをさせろ、と言わんばかりに……。

 

「ん~、三都市が奪還できたら次は国境の砦ですよね。今はもう使い物にならないほどボロボロだって話ですけど」

 

 エンリは竜王国の兵士達から受け取っていた情報を頭の中で整理する。

 確か国境線に点在していた砦は、そのほとんどが破壊されてしまったらしい。もったいないことだが、ビーストマンは奪った砦を有効活用しようとは思わなかったようだ。

 先の戦闘で立て籠もりや挟撃を行おうとしていたことからすると妙な感じはするが、弱過ぎる人間との戦いに於いて必要性を感じなかったのかもしれない。

 

「ほっほっほ、砦の残骸にビーストマンが住み着いている可能性もありますが、それほど問題にはなりますまい。敵の勢力も大きく削れたことですし、ここは一気に敵陣へ攻め込むべきかと」

 

「しかし軍師さんよぉ、攻め込むつったってビーストマンの本拠地がどこだか知ってんのかい?」

 

「死にかけのビーストマンから聴いた話ですが、遺跡のような古い神殿跡が中心地となっているそうですな」

 

「それは私も聞いた覚えがありますわ。街のように巨大な神殿で、妖巨人(トロール)よりも大きな石像が彼方此方に飾られているそうです」

 

「へ~、ビーストマンが神殿を拠点にしているって意外な感じですけど。神殿……神殿かぁ」

 

 ゴブリン軍師とレイナースが語るビーストマン本拠地の話は、エンリに幻想的な未知の世界を想像させてくれる。

 そこは冒険者が探索するような謎に満ちた遺跡なのだろうか? まだ見つかっていない隠し部屋なんかがあって、奥には宝箱が置かれていたりするのだろうか? 最奥へ辿り着くと頭の中に直接声が響いてきて、謎の存在が最後の敵として現れるのかもしれない。

 エンリが聴いた吟遊詩人の歌物語では、確かそんな感じだった気がする。

 

「なぁ~んかニヤニヤしてるとこ悪いんですがね、姐さん。ビーストマンが(ねぐら)にしてるんですから、神殿の面影なんかこれっぽっちも無いと思いますぜ」

 

「そうですなぁ、糞尿垂れ流しで相当臭いことでしょう」

 

「あはは、だったら全部焼いちゃえばイイんすよ。汚物は消毒っす!」

 

「焼却の間違いでは? ってまぁ、それもイイかもしれませんね。竜王国へ侵攻できないよう打撃を与えるのが目的なんですから、拠点の神殿ごと潰してしまいましょうか」

 

 エンリは己の考えを口にしながらも、平気でビーストマンたちを駆逐しようとしていることに「あれ?」と思いとどまる。

 ルプスレギナの思考に引っ張られたわけでもないと思うが、ここ最近思考が暴力的過ぎるのではないだろうか? 村にいた頃からこんな考えを持っていたのか? いや、騎士に襲われたからか? いやいや、何度も襲撃されたからか?

 う~む、もしかすると身に付けている武装に関係があるのかもしれない。

 特別な効果で思考を誘導されているということではなく、神器を纏っていることにより調子に乗ってしまった、ということだ。

 向かうところ敵無しのゴブリン軍団が付き従っていることも、増長の一因と言えるかもしれない。

 

(はぁ、私ったら何やってんだろ。全てはゴウン様から頂いた力だっていうのに……。ここは気を引き締め直さないと)

 

 エンリは軽く頬を打ち叩き、何事かと視線を向けてくる仲間たちを見つめる。

 

「皆さん、これまでの連戦連勝と強行軍で集中力が緩慢かつ傲慢になっているようです。この先強敵が現れないとも限りませんから、しっかり休息をとって平常心を取り戻しましょう。その後、ビーストマンの残党を排除しながら、敵の本拠地へ向かうこととします」

 

「ほほっ、確かに油断大敵でありますな。とはいえ、気を張り詰めたままでは綻びも出ましょう。暗殺隊には悪いですが、偵察から戻ってくるまでの数日、十分な休養を頂くとしましょう」

 

「さすが姐さん、死んでもお供しますぜ!」

 

「周辺の見張りなどは私の支援部隊にお任せください。戦闘部隊の方々に比べて我々は疲れておりませんから……」

 

 先を急がないというエンリの判断に、皆の反応は様々だ。

 休養をもらうと言いながらも、レッドキャップス達と真剣に話し込んでいるゴブリン軍師。何故か気合が入っているジュゲムも、休みをとる態勢には見えない。レイナースにしても、ここが活躍の場と言わんばかりに前へ出てくる。

 そしてルプスレギナはというと、

 

「おぉ~、エンちゃん、ちょっとビックリっすよ。前兆なんかは無かったはずなのに……って、もしかして私が何かミスしたっすか? いや、そんなはずは」

 

「え? どうかしましたか、ルプスレギナさん?」

 

 悪戯準備がバレたと言わんばかりのルプスレギナであったが、キョトンとするエンリを前に口を閉じてしまう。

 どうやらルプスレギナの早とちりであったのだろう。無論エンリとしてはその行動だけで「何かを企んでいたのね」と察してしまうのだが。

 

「な、なんでもないっすよ。んじゃ、私は疲れたから休むっす~」

 

「もぉルプスレギナさんったら……。今度はどんな悪戯を仕掛けてくるつもりなのかしら?」

 

「まったく、一晩中ビーストマンを追いかけ回していたってぇのに、とんでもない御仁ですよ」

 

 ジュゲムの言葉には誰もが頷いてしまう。

 それほどまでにゴウン様の関係者は規格外だらけなのだ。外で死体の回収を行っているシャルティア王妃様しかり、死の騎士(デスナイト)さんしかり、ルプスレギナさんしかり……。

 エンリは事ここに至っても、自分たちが竜王国へ来た意味について自問自答してしまう。

 

 ――弱くて愚かな人間である自分が、この地へ派遣された理由とは?――

 

 ハッキリ言って、食糧支援なんて関係なかったのではないだろうか? シャルティア王妃様が行った数万もの死体回収を考えたら、カルネ村への食糧支援の方が遥かに簡単だったのではないだろうか?

 ゴブリン軍団への行軍支援。帝国への援助要請及び支援部隊の派遣。

 それらもゴウン様の手を煩わせたはずだ。

 そこまでしてゴブリン軍団に竜王国を助けさせるのは何故なのか? エンリは慈悲深きゴウン様への敬愛を混ぜながら思考の海にひたる。

 

(もしかして、カルネ村の将来を考えてくださっているのかも……)

 

 カルネ村は発展する。村とは言えぬほど賑やかな都市へと変貌するだろう。

 しかし王国とは敵対し、帝国の紋章には忌避感がある。村の住人がほとんど亜人であることからも、スレイン法国と仲良くできるはずもない。

 つまり周辺諸国とはあまり上手くいっていないということだ。巨大化していくカルネ村の村長としては、目を逸らすわけにはいかない事実であろう。

 だからこそゴウン様は、

 

(ああ、そうか……そうなんだ。私たちが命をかけて竜王国を救えば、この国の人たちはカルネ村の良き隣人となってくれる。ゴブリンさんたちが身体を張っているのだから、亜人に対する偏見も薄らぐはず。往来の邪魔となっていたカッツェ平野はゴウン様が平定してしまったし、帝国のレイナースさんが同行してくれたことも交流という意味では良かった。カルネ村の皆も、戦友であるレイナースさんを経由すれば帝国ともスムーズにやり取りできるだろうし)

 

 考えれば考えるほど、ゴウン様の配慮には涙が出る。

 しかもその配慮を表へ出さないのだから、恩着せがましい王国貴族とは雲泥の差だ――比べること自体失礼だが。

 私たちに気を遣わせないようにしているのかもしれないけど、これほどの恩寵を与えていただきながら気付かないなんて、己の無能ぶりには殺気さえ覚えてしまう。

 

(がんばらなくっちゃ。あと少しなんだから油断せずにしっかりやり遂げよう)

 

 エンリは細やかな打ち合わせを終えると、会議を解散し、軽い食事をするために簡易テントの外へ出た。

 外と言ってもそこは竜王国副首都の街中であり、多くの瓦礫が視界に映る。

 獣臭さは相変わらずだ。

 死体自体はシャルティア王妃様の手によっていずこかへ持ち去られているのだが、ケツから捻り出された残骸が都市の彼方此方に積み上げられており頭が痛い。

 まぁ、ビーストマンが住処にしていたのだからなにをいわんや……。

 立派だったはずの建造物もいつ崩れるか分からないほどボロボロなので、再建までの道のりは長そうだ。

 




シャルティア王妃様自重しなされ~。
ルプスレギナもほどほどにね~。

でもまぁ、全ては魔王様の思惑通りに進んでいるのですね。
流石はアインズ様!
エンリ将軍も感涙にむせび泣いていることでしょう。

全てを見通す智謀の王に絶対の忠誠を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 「トモダチ!」

連日連夜の殺し合い。
流石のエンリ将軍も少しお疲れ?
それともホームシック?

まだ年若き少女なのだから仕方がないでしょうけど、今は戦時中。
でっかいハムスターをもふもふすることで癒されるしかありませんねぇ。

ふふ、流石は漆黒の英雄モモン様。
この効果を見込んで同行させたのですね。
はい、分かっております。そんなつもりはなかった……と。
ではそのように――。



「おっ、将軍殿! 会議は終わったでござるか?」

 

「あ、はい。ちょうど今終わったところです。ハムスケさんは何を」

 

 今回大活躍だった森の賢王ことハムスケ。尻尾に装着した斧槍で切り裂いたビーストマンの命は何千になるのか? とても数えきれるものではないだろう。

 それほどの激闘を駆け抜けたのだから、今頃はンフィー同様ぐっすり眠っているのでは? なんて思っていたけど……。

 エンリは賢王の真っ赤な口元を見て大きく目を見開いてしまう。

 

「それがしは食事をしていたでござるよ。っと言いたいところでござるが、シャルティア殿から貰ったビーストマン五匹程度では足りなかったでござるな。腹八分目でござる」

 

「あ、ああ、え~っと、そうですか……うん、それなら一緒に行きましょう。私もご飯を食べに行くところだったんです」

 

 行動を共にし、仲良くなっていたからこそ忘れ気味だったのだが、ハムスケは伝説に名を残すほどの大魔獣なのだ。トブの大森林にいた頃も、縄張りに入ってきた亜人や冒険者を喰らっていたらしい。

 故にビーストマンを食べるなんて今更過ぎて、驚くのはエンリぐらいだろう。

 まぁそんなエンリの思考も一瞬で切り替わる。

 

「でもその前に、口元を(すす)いでから行きましょうね。ハムスケさんも女の子なんですから、身だしなみはキチンとしないといけませんよ。後で全身の毛並みもブラシで整えましょうね」

 

「おお、かたじけないでござる。エ・ランテルではナーベ殿がブラシをかけてくれていたがゆえに、自分で毛繕いをする習慣が薄れていたようでござるな」

 

 どうやら伝説の魔獣も“美姫”の前では大人しいペットであるようだ。

 しかし……あの美しくも苛烈なアダマンタイト級冒険者が魔獣にブラシをかけているとは、これにはエンリもビックリである。

 

「ひゃ~、ナーちゃんがそんなことを? こりゃ~、からかうネタが手に入ったっす。うっひっひ」

 

 エンリが振り返れば、そこには忍び寄っていたらしいイタズラ顔のルプスレギナ。

 突然背後から現れるのは慣れっこなので、エンリとしても苦言を口にするつもりはない――とはいえ、ちょっとだけ気になる点があった。

 

「あれ? ルプスレギナさんってナーベさんとお知り合いなんですか? それも『ナーちゃん』なんて随分親しげで……」

 

「ん? あ~、まだ言ってなかったっすね。いや~、もうバラしてもイイと思うっすけど、え~、そうっすね。ナーちゃんとはエ・ランテルで知り合って仲良くなったっす。マブダチっすよ」

 

「へ~、強くて美しい人同士って惹かれあうものなんですかねぇ。(あっ、そういえば以前ナーベさんにお礼を言われたことがあったけど、アレってルプスレギナさんを褒めたから? うわ~、お互いに大好きなんだなぁ。イイなぁ。私もそんな友達欲しいな~)」

 

 エンリにも友達がいないわけではない。

 都会にはンフィーレア、村には同じ年頃の女の子が何人かいた――騎士に襲撃を受ける前までは……。

 だけど幾度も戦いに巻き込まれ、ゴブリンたちを召喚し、村を再建しようとしていた頃になると、誰もがエンリから一歩引くようになってしまった。

 避けられているわけではない。

 嫌われているわけでもない。

 ただ、対等の友達にはなれない、親友にはなれない。

 

「ンフィーが女の子だったら親友になれたのかなぁ?(いやでも、それだと一生独り身になっちゃう可能性が……。う~ん、どこかに私と同じような境遇の女の子がいないものかなぁ)」

 

「しょ、将軍殿にはそのような趣味が? 申し訳ないでござるが、それがしは雄と(つがい)になりたいでござるよ。雌同士では子孫を作れないでござるがゆえに」

 

「私もパスっす。男胸さんと違って女同士で乳繰り合う趣味は持ってないっすよ~」

 

 あれ? っとエンリは首を傾げてしまう。

 いつの間にやら自分が変な性的嗜好の持ち主になってしまった。思わず首をブンブンと横に振って否定をアピールする。

 

「ち、ちがいますよ! 私はただ、ルプスレギナさんとナーベさんみたいな関係を他の誰かと築けたらなぁって思っただけです。変な意味じゃないですよ、友達としてです、トモダチ!」

 

「なんと、さようでござったか。……ならばそれがしが友達になるでござるよ。すでに戦場を共に駆け抜けた戦友なのでござるから、なんの問題もないでござろう?」

 

「うひひ、なら私も友達っすね。でも寝所へ連れ込むのは止めてほしいっすよ~。ンフィー君に嫉妬されちゃうっす~」

 

「もぉ! そんなこと、し・ま・せ・ん!」

 

 少し怒ったフリをしながらもエンリは察していた。

 二人(一匹と一人だが)は自分を慰めてくれたのだろうと。本当の親友になれるとは思っていないながらも、気を遣ってくれたということだ。

 伝説の魔獣と友達なんて、ゴウン様に仕える絶世の美女にして強大な力を持つ信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)と友達なんて、釣り合わないのは承知の上である。

 それでもエンリは嬉しい。

 戦場において、優しい言葉は今から食べに行く徹夜明けの朝食より心を癒してくれるものなのだから。

 

「あぁ、そういえばハムスケさん。“死の宝珠”さんにお礼を伝えてくださいますか? スケルトンの召喚、非常に助かりました、と」

 

「かしこまったでござ――うるさいでござるよ! 分かったでござる! ちゃんと話すから静かにするでござるよ!」

 

 ハムスケが明後日の方向を向いて独り言を放つ……なんて行為には、エンリも最初「ギョ」っとしたものだが、今となっては見慣れたものだ。

 恐らく口の中の“死の宝珠”と話しているのだろう。

 接触した者にしか意思を伝えられない“死の宝珠”の特性なのだから仕方がない。

 

「将軍殿、石ころのヤツはンフィーレア殿のことをたいそう気に入ったみたいでござるよ。あの方ほど自分の能力を引き出した者はいない、なんて言っているでござる。また機会があればお願いしたいそうでござるよ」

 

「はぁ、それはこちらとしてもお願いしたいところですが……。(うぅ~ん、“死の宝珠”さんの力を借りる機会なんて無いほうが嬉しいなぁ。それに“漆黒の英雄モモン様”にも許可を貰わないといけないし……。あ~でも、“モモン様”にはハムスケさんを派遣してくれたお礼も言いたいから、一度会いに行くべきかも?)」

 

 変な宝珠に好かれた恋人のことは放っておいて、エンリは“漆黒の英雄”を幻視する。

 過去に何度か擦れ違った黒い全身鎧(フルプレート)の偉丈夫。

 エ・ランテルの検問所で助けてくれた優しき英雄。

 ンフィーの関係者だから手を差し伸べてくれたのだろうけど、やはり一度面と向かって話をするべきだろう。カルネ村の現状についても知っておいてもらった方が良いかと思う。

 ゴウン様が統治しているとはいえ、冒険者は元々亜人を狩っていた戦闘集団なのだ。何かの事故でカルネ村のゴブリンたちと殺し合ってもらっては大変困る、というか絶対止めてほしい。

 

「なにしてるっすか~? 早く行かないと食べるもん無くなるっすよ~」

 

「は、はーい、今行きまーす。さっ、ハムスケさん。先に井戸へ寄って口元を綺麗にしましょうね」

「了解でござるよ、将軍殿!」

 

 エンリは友達となったルプスレギナの声に応え、これまた友達となった大魔獣を引き連れる。

 無論、友達なんて見せかけに過ぎない。

 それでもいつかは対等な立場にまで伸し上がり、本当の友達として女子会でも開いてみたいものである。

 エンリは魔力の籠った指輪を外して久しぶりの空腹感を取り戻すと、晴れやかな笑顔で――ビーストマンの血と死臭に満ちた街中を歩き進むのであった。

 

 

 ◆

 

 

 そこは神々ですら覗き見ることの許されない秘匿の間。

 死の支配者(オーバーロード)が座する執務室。

 

「ふむ、今回は上手くいったようだな」

 

「はい、旦那様のペット(ハムスケ)も多くのビーストマンを屠ることができたので、レベリングとしては成功かと思われますわ」

 

「ですが、我々の想定より効率が悪いようです。ザコとはいえ、あれほど消費すればかなりレベルアップするはずでしたが……。これは少し厄介かもしれません」

 

「ン? ドウイウ意味ダ?」

 

「手っ取り早く強化できないってことでしょ? ハムスケみたいな魔獣を捕まえてきて(しもべ)にするにしても、強くするのが大変なんじゃ~世界征服の先兵として使い勝手悪いじゃん」

 

「そ、そうだよね。あまり弱過ぎると一瞬で殺されちゃうもんね」

 

「気にする必要はないと思いんすよ。あの程度の獣でビーストマンを圧倒できるでありんすから、先兵としては充分でありんしょう。手に負えない敵が出てきた場合は、私が蹴散らしんすから問題ありんせん」

 

「イヤ、ソコハ私ノ出番ダロウ。一番槍ハイタダク!」

 

「手に負えない場合、って言ってるのに一番槍って……。まぁでも、その場合は私が最適かもね~。ハムスケみたいな魔獣なら強化できるし、弓で後方支援もできるし」

 

「お、お姉ちゃん、それなら僕だって……」

 

「はいはい、静かに。今はペットのレベリングについて実験中なのよ。各々の威勢を競う場ではないのだから自重しなさい。まったく、『第一夫人』である私を見習ったらどうなの? 『妻』としての風格漂うわたくしを見習って、愛する人の心中を察する『奥方』としての気構えを学ぶとイイわ。この私からっ!」

 

「……(この大口ゴリラは何を言っているでありんす?)」

「……(さぁ、なんだかすっごく嬉しそうだけど)」

「……(妻ってことをアピールしたいんじゃないかな? お姉ちゃん)」

「……(ウムム、御子息懐妊ノコトナラ大変喜バシイノダガ)」

 

「やれやれ、話を戻しますよ。今回、ハムスケのレベルは思ったより上昇しませんでした。これはレベルアップに必要な経験値が、想定を超えて多く必要だということ。又は成長限界が近く、多量の経験値を得てもレベルアップし難いということ。さらには経験値そのものを完全に吸収できていない可能性、などが考えられるわけですが……」

 

「今のところはそんなものだな。後はまぁ一つ一つ検証していけばよい。それでとりあえずはハムスケとエンリ、そしてンフィーレアを限界までレベルアップさせてみるとしよう。それで成長限界も分かるし、必要な経験値の目安も判るだろう。もっとも全ては才能による個体差だと思うがな。ダメな奴はどんなに経験値を得ても成長しないのだろう。ふふ、神の前では全てが平等……なんて大嘘にもほどがある」

 

「仕方ありませんわ。優れた者が『第一夫人』になるのは当然のことです。神々がひれ伏す偉大な御方の傍には、胸が大きくて美しくも賢い『良妻』が必要不可欠なのです!」

 

「嫉妬深い、の間違いでありんしょう?」

「私だってあと百年もすればボーンなんだからっ、ボーン!」

「お、お姉ちゃん……」

「御子息誕生ニ邁進シテクレルナラ、誰デモ大歓迎ナノダガ……」

「困ったものですねぇ、統括殿はここ最近浮かれ過ぎですよ。各階層の見回りとか言いながら私の部下を捕まえて、『王妃様』と連呼させるのは止めてもらいたいのですがね」

「ちょっと待って! 私にばかり文句を言うのはおかしいでしょ?! そこのヤツメウナギも同じことを第六階層でやっていたはずよ!」

「このっ、ビッチホルスタインがぁ」

「そ、そういえばピニスンが『助けて~』って逃げ回っていたけど……。ねっ、お姉ちゃん」

「あれってアンタが追いかけ回していたの? もぉ、いい加減にしてよね」

「ち、違うでありんす! 私はマンドラゴラに言葉を教えていただけでいんす! 近くで働いているピニスンに協力してもらいんして、ちょっと連日朝から晩まで囁いてもらっただけでありんすよ! それでマンドラゴラが『シャルティア王妃様万歳』と叫んで行進しんしょうが、フカコウリョクでありんす!!」

 

(何やってんだか……。でもなぁ、王妃に指名した件をそれだけ喜んでいるのだとしたら注意するのも気が引けるしなぁ。う~ん、それにしてもマンドラゴラに言葉を、って何のことだろ? 植物にも言語ってあるのだろうか? いや、ピニスンだって喋れるのだから普通のことなのかも? まぁ、今度第六階層の果樹園でも覘きにいって聴いてみるとしようかな)

 

 後日、骸骨魔王様は大量のマンドラゴラを栽培している大きな畑を訪れ、「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!」と叫ぶタイプ、「アルベド王妃様万歳!」と叫ぶタイプ、そして「シャルティア王妃様万歳!」と叫びながら行進する小さな人型植物を鑑賞することとなった。

 ピニスンは隣でぐったりしている……ヘロヘロさんみたいに。

 後で何か、栄養価の高い肥料でも差し入れするとしよう。

 それに休養も必要だ。

 ナザリックはホワイト企業を目指しているのだから、無理な労働なんて許してはいけないのである。

 もっとも、現在遠征中のゴブリン軍団は二十四時間勤務の無休状態なのだが……。

 早い段階での業務改善が求められる。

 




ナザリック勢が羨むゴブリン軍団のブラックぶり。
二十四時間(あるじ)の為に働けるなんて、なんという至福!
休日も無いから(あるじ)の傍を離れずに済み、毎日が御褒美!
命令最高!
任務最高!
どんなに小さな作業でも命を懸けてやり遂げる!
我ら忠実なるゴブリン軍団!

最高の(あるじ)たるエンリ将軍に祝福あれ!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 「ふざけた態度は許さない!」

シャルティア王妃様大活躍!
転移門(ゲート)を使って東奔西走。
ビーストマンの死体も生体も大量ゲットだぜ!

ちなみに回収したビーストマンの死体は数日後、死の騎士(デスナイト)になって戻ってくるそうですよ。
迷惑な話ですね。

ってか、こんな化け物連中相手にどないせっちゅーねん!
ほんまにもぉ!



 戻ってきた暗殺隊による報告は、相変わらず常識を逸脱していた。

 曰く、都市内にビーストマンの姿なし。

 曰く、百体ほどの死の騎士(デスナイト)が巡回しているのを確認。

 曰く、多量の血痕が都市全体で確認されたものの、ビーストマンの死体は一体も見つからず、埋葬や焼却の痕跡もなし。

 曰く、ビーストマンが都市奪還に舞い戻ろうとも、落とすことは不可能と思われる。

 

 エンリはただ、深いため息を吐くことしかできない。

 

「やっぱりここと同様に、シャルティア王妃様が片付けてしまったのね。でも……、ビーストマンの死体を大量に持って行ってどうするんだろ?」

 

 少し前に実験とか餌とか聞いたような気はするが、それならあれほど大量に必要とはしないだろう。伝説の大魔獣(ハムスケさん)でも数体のビーストマンでお腹は満たされる。

 それに実験なんて……。

 エンリには雲霞のように消えてしまった死体の山がどのように活用されるのか、まるで見当がつかなかった。

 

「ほほっ、それ以上の詮索は御身のためになりませんぞ、エンリ将軍。我らは目の前の戦いにこそ全力を傾けるべきかと」

 

「そ、そうですね軍師さん。ではまず……」

 

 軍師としてはあまり深入りしてほしくないのだろう。魔導王陛下を始め、シャルティア王妃や引き連れているアンデッドたち。それら全てがゴブリン軍団の脅威であり、エンリ将軍に害をなせる圧倒的強者なのだ。

 余計な秘密を知ってしまい、エンリ将軍に危険が及ぶなんて、軍師としては絶対に回避したい事案である。

 既に首まで浸かっており魔導国軍の一翼として認識されてはいるが、できることなら取るに足らない亜人の部隊である――と無関心でいてほしい。だけどあまりに興味を持たれないとゴミ同然に排除されたりするので、匙加減が大事ではあるが……。

 

 エンリは軍師と協議を行い、ゴブリン軍団を十に分割した。

 部隊を小分けにして掃討戦を行うつもりなのだ。範囲は副首都から国境の砦まで。森の中や洞窟などに隠れている敗残のビーストマンを駆除し、今後の安全性を確保することが目的である。

 部隊の拡散は各個撃破が懸念されるため普通は行わないが、現状ビーストマンの大部隊は確認されていない。度重なる敗退で自国拠点へ逃げ戻ってしまったのだ。

 後は逃げ遅れたビーストマンを探し出して潰すだけ。それだけの簡単なお仕事である。

 

「副首都から出発し広範囲を捜索駆除。再合流は国境の手前、砦が目視できる程度の位置にしましょう。シャルティア王妃様の話では、崩れた国境砦にビーストマンが住み着いている、とのことですから注意して向かいましょう」

 

「左様ですな。まだまだ油断は禁物です」

 

 ゴブリン軍師は深く頷くと、部隊編成へと足を向けた。これからレイナースを含めた各部隊長と打ち合わせを行い、戦力や補給のバランスを考慮した小部隊を作らなければならない。

 エンリはそんな軍師の後ろ姿を見送り、「小難しいことはみんな任せっきりだな~」と力無く呟く。

 

(私も色々勉強しないといけないなぁ。戦争のこと、部隊のこと、補給のこと……。ん~、本当なら軍師さんに教えてもらうべきなんだろうけど、これ以上負担をかけるのもなぁ。レイナースさんは個人的な相談に乗ってもらっているし、ンフィーは文字とか計算とかだし)

 

 よくよく考えてみると、人に頼り過ぎなのでは? とエンリは自己嫌悪に陥ってしまう。と同時に「素人村娘だから仕方ない」とも言い訳を重ねてしまう。

 

(ゴウン様からはゴブリン軍団に武器防具、帝国皇帝からは支援物資とレイナースさん。ンフィーには無報酬で付いてきてもらって……、あっ、ルプスレギナさんにハムスケさんも派遣してもらっていたんだ。となると私の存在意義って?)

 

 考えなければよかった、と後悔しても始まらない。

 加えてシャルティア王妃様の尽力具合を加味してしまうと、この地に何をしにきたのかと自問自答してしまいそうになる。

 

(竜王国の人々を助けるため、ゴブリン軍団の食糧事情を改善するため。でも私は、もう一つ意味が欲しくなってきちゃったかも?)

 

 エンリは思う。

 この戦いの果てに何が得られるのか?

 そんなことは分からない。

 だけど、願うならもう一つ。

 エンリ・エモットに価値が欲しい。ゴウン様の恩に報いるだけの、ゴブリン軍団の忠義に応えるだけの、ンフィーに愛してもらえるだけの……。

 そんな価値が欲しい。

 我儘かもしれないけれど。

 

 翌日、エンリ率いるゴブリン軍団は十の部隊に分かれ副首都を出発した。

 エンリはハムスケに跨り、ンフィーとルプスレギナを連れ、周囲を警戒しながらビーストマンの国へと向かう。

 そんな女将軍の姿は、血塗れの鎧を纏いながらも朝日の中で美しく輝く。

 全身から放たれた赤いオーラに禍々しさはなく、むしろ天女が朱色の羽衣を揺らめかせているかのように周囲を魅了する。

 また一段と神々しくなられた。

 傍にいたレッドキャップスの呟きであろうか?

 その言に多くの者が頷く。

 

 ――血濡れのエンリ将軍――

 

 その者の価値が定まるのは、まだ先の話なのかもしれない。

 当人が自覚するのも、今しばらくは無理そうだ。

 

 

 ◆

 

 

 そもそも人の往来がある場所ではない。

 ビーストマンが住まう地域との国境線は、基本的に魔獣が蔓延る危険地帯の防衛線なのだ。荷物を積んだ商人の馬車を検問する必要もなければ、外からきた旅人に挨拶を交わすなんてこともない。

 たまに無謀な冒険者が出ていくことはあったが、その者たちを迎えることは比較的少なかった。

 今、再集結を果たしたゴブリン軍団、そしてエンリの眼には、半ばまで崩れ落ちた三基の見張り塔と、塔を連結していた防壁の残骸が見える。

 周囲には砕かれた防御柵が散らばっており、ビーストマンの侵攻を阻んでいたのが遠い昔であることを知らせてくれていた。

 

「エンリ将軍へ報告。廃墟の中にビーストマンを確認。総勢約五百。我々の接近に気付いてはおりますが、戦う気配も逃げる様子もありません。どうやら女子供の集団であるかと」

 

「戦うつもりは無いのに逃げないのですか? それってどういう」

 

「ほっほっほ、我らが掃討戦で戦闘要員を排除してしまったからでしょう。それと餌の問題でしょうかな? 掃討したビーストマンは狩りをしていたようですから、同部族の女子供へ食糧を与えようとしていたのでしょう、もはや無理ですが」

 

 空腹で動けない――そんな結論を提示するゴブリン軍師は、再集結するまでに仕留めたビーストマンの情報をエンリへ伝える。

 それらは少数で分散しており、皆飢えていた。森に潜む動物を捕らえようと駆け回っていたのだ。自分で食うために、同部族の女子供に食わせるために。

 共食いですら平然と行う獣でありながらも、同部族ともなるとやはり助け合うのだろうか?

 エンリはそんな疑問を持ちつつ、国境線を見すえる。

 

「空腹だとしてもこの場にいたら間違いなく殺されるのですから、這ってでも拠点へ戻るべきだと思うのですけど……、う~ん」

 

 エンリには獣の心情など分からない。

 だからこの場合はビーストマンを捕まえて尋問でも行えばよいのだろうが、取り押さえても死ぬまで暴れ狂う獣相手には中々上手くいかなかった。

 

「エンちゃん、エンちゃん、聞いてきたっすよ~。私を褒めるっすよ~」

 

「えっ?! 三体とも死にかけていたのに? どうやって?」

 

 道中捕らえたビーストマンは僅かでしかなく、それも皆重傷者だ。

 下手に傷を癒せばこれ幸いとばかりに反撃してくるので治療行為もできない。ビーストマンは両手両足、牙に爪、四肢五体が全て凶器なので捕虜とするのも一苦労なのだ。

 エンリの部隊にはレイナース率いる帝国兵支援部隊やンフィーレアもおり、ビーストマンが脱走すれば容易く殺されてしまうだろう。

 そんな危険を冒すぐらいならさっさと始末するべきなのだ。

 だからもう、捕まえたビーストマンは喋ることもできないはずだった、が。

 

「大したことはしてないっすよ。両手両足を切り取った後、腹の中を片手で抉りながらちょっと回復しつつ、お話を聞いただけっす」

 

「あ、はぁ、そうですか」

 

「ん? なんか反応が薄いっすけど、まぁイイっす。崩れた塔の中にいるビーストマンは、拠点から追い出された部族らしいっすよ。部族間抗争に敗れたってことっすね。んで仕方なくここにいるわけっす。本当なら竜王国の中で新天地を見つけるはずだったのに、追い返されてこのザマなんすよ、ダサいっすね~」

 

 きゃははは、ザコっす~、と軽やかに笑うルプスレギナの姿は、エンリから見ても震えるほどの美しさであった。

 幻想的ではなく野性的。

 月ではなく太陽。

 満開の花畑で元気に踊る、イタズラ好きの妖精。

 とても戦場でお目にかかれる光景ではないだろう。まぁできれば、もう少し発言を大人しくしてほしい、ホントもったいない――と、エンリはそう思わずにはいられなかった。

 

「そ、それでだけど……エンリ、どうするの? ここまで近付いているのに動く気配はないけど」

 

「立て籠もるつもりかな? なら好都合だけど」

 

 ンフィーレアの言葉に、エンリは戦術的優位性を語る。

 崩れかけた塔の中に籠城しても意味は無いのだ。ボロボロの壁面は防御力なんて皆無に等しい。しかも衝撃で崩れて、中にいるビーストマンを押し潰してしまうだろう。エンリにしてみれば、少し離れた場所から遠距離攻撃でもすれば事足りる相手なのだ。無論、どこからも援軍を期待できない状態で籠城すること自体、無謀そのものなのだが……。

 ただ、エンリが見ていた方向は正反対であった。

 ンフィーレアが言いたかったのは戦術的なモノではない。無抵抗で立て籠もる女子供の処遇について、その者たちを殺そうとする思想についてなのだ。

 

「あの、エンリ、イイのかい? 相手は、その、子供らしい……けど」

 

「もしかして、ンフィーは同情しているの? ビーストマンに?」

 

 赤いオーラを揺らめかせ、エンリは信じられないとばかりに己の恋人を見つめる。

 

「ンフィー、ビーストマンの子供たちが何を食べて成長しているのか、分かって言っているの? そして成長したビーストマンが誰を殺すか、理解しているの? それにンフィー、ビーストマンは私と戦ったのよ。ゴウン様のサークレットを装備したこの私とっ。それはゴウン様に牙を向けたと同じことなのよ。ンフィー分かってる? 相手が子供とかビーストマンとか、そんな次元の話じゃないの。魔導王陛下と敵対したビーストマンは滅ぼさなければならないの。誰かの感情が入り込む余地は無いわ」

 

 エンリは静かに、そして淡々と言葉を紡いだ。

 最初は食糧支援に関連した軍事支援であったのに、魔導王の名代となった今は『アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下』の名を汚さない立ち居振る舞いが要求される。

 勝利は当然であり、どのように勝利するかが問題になる。

 敵に同情するなんて己の首を絞める愚行だろう。

 とはいえエンリ自身、ネムのような竜王国女王に感情移入しているし、誰かを殺すことに忌避感を覚えていないかというと、そうではない。

 また食い殺された竜王国の国民に深い悲しみも覚えているし、それを成したビーストマンを憎くも思っている。

 そして……ンフィーレアの言いたいこともよく分かっていたのだ。

 

「ンフィーはカルネ村が襲われたあの日、私の両親が殺されたあのとき、その場にいなかったよね。私は背中を斬られて、ネムも死ぬ寸前だったあの瞬間、助けてくださったのはゴウン様よ。敵は、襲ってきたのは人間だった。女子供関係なく、多くの知り合いが殺されたわ」

 

 エンリが何を言わんとしているのか、ンフィーレアにはよく分からない。

 だけど、カルネ村の虐殺を持ち出されると肩身が狭くなる。エンリが窮地に陥っていたそのとき、その場にいなかったのは確かなのだから。

 

「ンフィー、よく聞いて。私たちは死ぬの、簡単に死ぬのよ。相手が人でもビーストマンの子供でも、私たちはあっさり殺されてしまうの。でも今、私たちはゴウン様に生かされている。角笛に村への支援、ルプスレギナさん、そして今回の竜王国救援。もはや私たちは、自力でこの世界を生き抜くなんてできないのよっ。そんな私たちが『可哀想だからビーストマンの子供を助けたい』なんて傲慢にもほどがあるわ!」

 

 ギリリっとハムスケの背中を掴みながら、エンリは叫ぶ。

 

「ビーストマンに食われた竜王国の子供達は放っておいて、ビーストマンの子供を気に掛けるなんてふざけた態度は許さない! それはゴウン様の顔に泥を塗る行為よ! 竜王国を助けるべく派遣された私達が成すべきはただ一つ、完璧な勝利のみ! ンフィー、分かった?!」

 

「う、うん、わかったよ。……ごめん」

 

 悲しそうに俯くンフィーレアを見て、エンリはハッと気を取り直していた。

 色々言葉を並べながらも、実態は自分に対する言い訳を並べていたに過ぎないのだろう。ンフィーレアへの苦言なんて方便だ。

 己を納得させるため、八つ当たり気味に怒りをぶつけただけである。

 もっとも、一軍を率いて戦争している恋人の苦悩を理解してほしかった、という願望が多分に含まれてもいたようだが。

 

「まぁまぁ将軍殿、ンフィーレア殿にも悪気があったわけではないと思うでござるよ。それと、背中がちょっと痛いでござる。掴む力を緩めてほしいでござるよ」

 

「あっ、ごめんなさいハムスケさん! ンフィーもごめんね。偉そうなこと言っちゃって」

 

「ううん、僕が甘かったよ。エンリの肩に多くの責任が圧し掛かっているってことを理解してなかった。今、戦争をしているんだ、って自覚が薄かったんだ」

 

 舐めていたわけではないのだろう。ンフィーレアとしても、ビーストマンとの殺し合いに必死だったはずだ。

 それでも初経験の戦争なのだ。理解の及ばないところも多いだろう。

 まぁ戦争を理解できる人物がマトモかどうかは、議論の分かれるところかもしれない。

 




相手がビーストマンとはいえ、殺し続けていると何かが壊れてしまいそう。
普通の人間には厳しい試練ですね。

まぁンフィーの兄さんは姐さんの伴侶となるべき御方ですから、これからも頑張ってもらいやしょう。今よりずっとタフな精神を持ってもらわねぇと、魔導王相手に手も足も出なくなっちまいますからね。
いつ何時(なんどき)、無茶な事を言われるか分からねぇんですから……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 「黙りなさい!」

ビーストマンは女子供も皆殺し。
慈悲は無い。

つーか、ナザリックにとって普通の死は慈悲なので問題無し?
死体は有効活用するけどね。

まぁアインズ様の(しもべ)になれるのだから大出世とも言える、かな?



「エ~ンちゃん、痴話喧嘩は終わったっすか? 先へ進むっすよ」

 

「ち、痴話って。んもぅ、軍師さん、魔法が届く位置まで前進させてください!」

 

「はっ、かしこまりました、エンリ将軍」

 

 ルプスレギナの呆れたような問い掛けに少し慌てながらも、エンリはゴブリン軍師を用いて軍団を前進させる。

 目指すは崩れかけた三つの見張り塔。

 ビーストマンの女子供が窮屈そうに閉じこもっている国境の砦だ。

 

「魔法兵団、火球(ファイヤーボール)による塔への攻撃準備! 壁面を崩して中にいるビーストマンを生き埋めにします。長弓兵団は逃げ出してくるモノを仕留めてください。暗殺隊は周囲を警戒。他の者はその場で待機です!」

 

 魔法が届くほどの距離に近付いても、塔の中からビーストマンが飛び出てくることはなかった。ゴブリン軍団の足音は十分に伝わっているだろうから、気付かない、なんてことはないだろう。

 もはや抵抗する気力も無く、逃走する体力も無い、ということか? 腹が減っているのなら雌が狩りにでも行けばいいのに、迫りくるゴブリン軍団の迫力を前にして身動きが取れないのだろうか?

 どうしようもない自然災害が過ぎ去るまで、ジッと頭を下げて隠れ続ける。ビーストマンの心境とは、そのようなものなのかもしれない。

 ただ、人間の老若男女を傍若無人に食らっておいて「見逃してください」は通用しないだろう。

 悲鳴を上げた餌と同じく、悲鳴を上げて死ぬしかない。

 

「叩き潰せぇ!!」

 

 エンリの号令一下、真っ赤な炎の球体が空を舞った。

 炎の塊は崩れかけた塔の脆い部分へ殺到し、轟音とともに壁を崩す。森の賢王より重そうな壁材が次から次へと内側へ倒れ落ち、同時に獣たちの悲鳴が轟く。

 ゴグシュ! ドシャ! ベギュ! と日常生活では耳にしないような爆砕音。そして嗅ぎ慣れた生肉と血の臭い。

 塔の中はさながら処分場のようであった。

 この世に必要とされない憐れな命をすり潰す、そんな神々の廃棄処分場。

 まぁ、神に仕える神官なれば「必要とされない命なんて存在しません」とでものたまうのだろうが。

 

「誰も逃げ出してこない、どうして?」

 

「エンリ将軍、報告してもよろしいでしょうか?」

 

 エンリが顔を向けた先では、暗殺隊の一人が跪いていた。

 

「はい、なにか?」

 

「はっ、立て籠もっていたビーストマンの会話をいくつか拾うことができたのですが、それによると、この場は雄たちの非常食倉庫であったと思われます」

 

「非常食?」

 

「はい、そうです。ビーストマンの雄たちとしては、狩りへ出て獲物を得られたならよし。得られなければ、弱い雌や子供で空腹を満たすつもりだったらしいのです。塔の外へ出ないのは、雄に見つかったら問答無用で殺されると理解していたからでしょう」

 

 同族を非常食に――そう呟きながらも、エンリは思わず笑ってしまう。

 何故なら人間も似たようなものだからだ。

 同族の(ヒト)種をクイモノにしている輩なんて大勢いるし、殺し合いなんて日常茶飯事である。まぁ実際、生で齧りつきはしないだろうが。

 とはいえ死体を有効活用している面からすれば、人間よりビーストマンの方がマシだったりするのかもしれない。

 人間は恐ろしい。

 何もない村に騎士や軍隊が襲い掛かり、平気で虐殺を始めるのだから……。

 エンリの瞳には、当時の光景がハッキリと焼きついていた。

 

「まったく、この世は一刻も早くゴウン様に征服されるべきだわ。あの方ならどんな種族も生者も死者も、分け隔てなく統治してくださるだろうから」

 

「おっ、エンちゃん。アインズ様の偉大さを少しぐらいは理解できたっすか? まっ、世界征服は確定事項っすから何も心配はいらないっすけどね」

 

「か、確定なんだ……はは」

 

 そんなに軽く口にできる内容だったかな? と頭を悩ませるエンリであったが、ルプスレギナの活躍ぶりからすると確かに確定事項であるかのように感じる。ゴウン様に仕えるメイドの一人が、国を滅ぼそうとするビーストマンを何千体も爆砕しているのだから、これ以上の説得力はあるまい。

 ゴウン様が本気を出してどこかへ攻め込んだならどうなるのか? あまり想像したくはない。

 

「さて、後は残敵掃討です。軍師さん、手分けして生き残りの処分をお願いします」

 

「はっ、直ちに行います、エンリ将軍」

 

 崩れた塔の惨状からして生存は絶望的であろうが、獣の呻き声が聞こえているのも事実なのだ。

 押し重なった瓦礫の隙間に運よく挟まり、致命傷を免れたビーストマンが何体かいるのは間違いないだろう。安全を考慮し、トドメが必要だ。

 

「ふぅ、ここからがビーストマンの国、ね」

 

 瓦礫を踏み越えながら国境線の真上まで進むハムスケ。その背においてエンリは生い茂る大森林を見つめていた。

 ビーストマンの国とは言いながらも、それは竜王国が勝手に想定した枠組みだ。

 そこに危険な獣がいる。

 たくさんいて怖い。

 縄張りはどこまでだろう。

 多分ここら辺だろう。

 なら国境線に見張り塔を建てて監視しよう。

 だからこの先は危険なビーストマンの国なのだ。

 とまぁ、ビーストマンとの外交交渉の末に決められた線引きではないので曖昧にもほどがある。

 恐らくビーストマンは国境線という概念すら無いのではないだろうか。あるのは部族間の縄張り。そして竜王国という名の餌場、程度の認識であろう。

 国境線を一歩踏み越えようが、外交問題に発展することはないはずだ。

 

「ねぇエンリ、街道……というか道らしき道が獣道ぐらいだけど、どうしよう?」

 

「う~ん、あんまり期待はしてなかったけど、これは」

 

 ンフィーレアの言うように、ビーストマンの領域は荒れ果てた原始の森がほとんどだ。軍隊が行軍できる広い空間は無いし、レイナース率いる支援部隊の馬車が無理なく進める整備された街道なんて望むべくもない。

 何万にも及ぶビーストマンは好き勝手に森の中を進み、竜王国へ進行してきたのだろう。規律正しい行進なんて頭の片隅にもない。ゴブリン軍団とは対照的である。

 

「ビーストマンの拠点が神殿なんだから、道ぐらいあると思ったんだけどな~。森で覆われるぐらい昔の遺跡ってこと?」

 

「将軍殿、森のことならそれがしに任せるでござる。尻尾の斧槍で森を切り開くでござるよ!」

 

「えっと、それはお願いしたいところですけど、問題は馬車――」

 

 ハムスケからの勇ましい提案にはエンリも笑顔で受け入れたいのだが、支援物資を積んだ馬車をどう進めるかが悩ましい、なんて思考は唐突に遮られてしまった。

 正面から響く、木々をへし潰す破壊音。

 巨大な物体が枝葉を押し退け迫ってくるような圧迫感。

 突如として現れたソレは、ゴブリン軍団の前に、エンリ将軍の前に、赤い鱗と太過ぎる四本足を晒して気勢をあげる。

 

「グゴオオォォォオオオオオーーー!!!!」

「ひぇ、ド、ドラゴン?!」

「違いますエンリ将軍! あれはドレイク! 翼を持たない地竜ですぞ!」

 

 思考が一瞬止まる、とはゴブリン軍師としても失態であっただろう。

 周囲に暗殺隊を配し、奇襲の危険性をほぼ完全に排除していたはずだ。それなのに巨大な地竜、真っ赤な鱗に覆われたドレイクに接近を許すとは!

 距離からして危険過ぎる。

 森から這い出てきたドレイクへ攻撃するにしても、接近するまでしばしの時間を要するのだ。魔法にしても弓にしても、ある程度近付かなければ強靱な鱗を前にして、子供が振り回す木剣のごときである。

 だがドレイクには一方的に攻撃する手段があるのだ。

 竜種に等しく与えられた神の恩恵。

 種族的優位を確立する全体攻撃。

 竜の吐息(ドラゴンブレス)である。

 

「くっ、エンリ将軍を避難させねばっ」

「密集隊形!! 重装甲歩兵団は全面で盾構えぃ! 魔法兵団は火属性防御を展開!」

 

 エンリの声が場を支配し、誰もが無意識のうちに動き出す。と同時にドレイクが大きく息を吸い込み始めていた。

 

「ヒュゴホホホオオオオオオオォォォォォォォ!!」

「ブレスがきます! ンフィー、耐性ポーションを全て使って! ルプスレギナさんは全体に耐性魔法を!」

「分かった!」

「おっけーっす!」

 

 胸を大きく膨らませるドレイクを前にして、エンリは必死に指示を飛ばす。

 間に合うかどうかは分からない。

 耐えられるかどうかも分からない。

 でも今はやるしかない。

 

 大気を十分に取り込んだ真っ赤な地竜は、獲物を焼き尽くすべく――炎の吐息を爆流させた。

 

「ブゴオオオオオオォォォォォォォ!!」

「起きなさいっ血濡れの鎧!!」

 

 火炎の波が密集したゴブリン軍団を飲み込もうと迫る中、エンリは己の胸甲板(ブレストプレート)を打ち叩く。

 刹那、赤く煌めく光が鎧から放たれ火炎の前に立ち塞がった。血濡れの鎧が持つ特殊な力なのであろう、身を屈めるゴブリン達の眼前で炎のアギトは口惜しそうに咀嚼するばかりである。

 

「あっちぃ!」

「くっそ、目を開けてられん!」

「ひるむな! 逃げたら終わりだぞ!」

「前衛! 身が燃えようとも盾を放すな! エンリ将軍は死んでも護れ!」

「承知!!」

「医療団! 前衛に回復をっ!」

「魔法兵団! 耐性を途切れさせるな!」

 

 出来得る限りの対策を講じても、ドレイクのブレスは尋常な威力ではなかったようだ。

 魔法による火属性防御(プロテクションエナジー・ファイヤー)を一部突破し、まともに受け止めていた重装甲歩兵団の大盾を真っ赤に加熱している。

 盾を必死に支えている歩兵団の両手からは焦げ臭い煙があがっていた。

 

「ひゃーひゃっひゃっひゃー! 丸焼け寸前っす! 死んじゃうっすよー!」

「エンリどうするの?! ブレスが途切れないよ! このままじゃ」

「大丈夫! 吐き続けられるブレスなんてこの世に存在しないわ! 息継ぎする瞬間が必ずくる! レッドキャップス集まりなさい!!」

「はっ! 御傍に!」

 

 四方八方が火の海になっている状態で、エンリは最強の十人を呼び集める。

 ゴブリン軍団最強にして切り札、恐らくドレイクに対抗できるであろう唯一の存在。

 

「ブレスが途切れたらドレイクに特攻しなさい! 貴方たち全員でよ!」

「了解しました! ですがエンリ将軍、御身の護衛に二名ほど」

「黙りなさい! 今の私たちでは二度目のブレスは防げない! その前にドレイクへ迫ることもできない! 貴方たちレッドキャップスが仕留め切れなければ全滅なのよ! 全員で必ずドレイクを殺しなさい!!」

「はっ!!」

 

 エンリの凄まじき迫力にレッドキャップスは覚悟を決めるしかなかった。

 ただレッドキャップスとしては、残った二名がブレスの合間を縫ってエンリ将軍を逃がすつもりだったのだ。

 八名でドレイクを殺せればそれでよし、失敗してもエンリ将軍を助けることができるのだからそれでもよし。残ったゴブリン軍団は全滅するだろうが、エンリ将軍さえ無事ならば何も問題はないのだ。

 しかし、エンリ将軍が選んだのはドレイク撃破のみ。

 命を捨てて挑まなければならない。

 

 火炎が視界を覆い尽くしてしばし、そこかしこで身を焦がすゴブリンが出始めた頃、その時は訪れた。

 

「ゴフュゥゥゥゥーー」

「将軍殿! ブレスがやんだでござるよ!」

「レッドキャップスいきなさい!」

「お任せを!!」

 

 砲弾のように飛び出た赤帽子のゴブリン達は一気にドレイクへ迫り、手にした斧を渾身の力で叩きつける。

 

「ぐっ、硬い!」

「関節を狙え! 腹を抉れ!」

「駄目だっ、腹の下は潰される! 潜れん!」

「ならばっ」

 

 全力のレッドキャップスであっても、切り裂けるのはほんの表面だけだ。ドレイクの鱗を削り、その下の肉を抉っても致命傷には程遠い。

 だからこそレッドキャップスは突っ込んだ。

 ドレイクの口の中へ。

 

「グガアアアアアア!!」

「二人! 牙に刺されて(くさび)になれ! 命を捨てろ!!」

「「エンリ将軍のために!」」

 

 口内へ突っ込もうとしていたレッドキャップスを援護すべく、他の二名が自らドレイクの牙へその身を晒す。

 ドレイクとしては口の両端にゴブリンが挟まった状態になり、否応なく口が開いてしまう。無論力任せに噛み千切ろうとするのだが、命を捨てたレッドキャップス二人分の力を前に押し切れない。

 

「ここだぁ!!」

 

 ドレイクの口へ飛び込み、渾身の力で天を突く。目指すは脳みそだ。

 鱗の無い口内を手斧で裂かれてドレイクはのた打ち回り、牙に刺さった邪魔なゴブリンを前足で取り除こうと必死にもがく。

 だがもはや手遅れであろう。

 エンリ将軍の加護を十分に受けたレッドキャップスはドレイクの頭の中を突き進み、血で真っ赤に染まりながらも周囲を手当たり次第に破壊したのだ。

 勢い余ってドレイクの目玉が飛び出たのは、中々グロい光景である。

 

「がはっ、……はぁはぁ。エンリ将軍、エンリ将軍は御無事で!?」

 

 無我夢中でそこら中を攻撃し、地竜の分厚い頭骨に進路を遮られながらも外を目指して飛び出すと、そこはドレイクの眼球がはまっていた場所であった。

 新鮮な空気がレッドキャップスの肺を満たし、命よりも大切な(あるじ)の声を耳で捉える。

 

「レッドキャップスの皆さんを救出してください! 医療団、治療を早く!」

「はっ!」

 

 ドレイクは地に伏していた。

 頭の中を徹底的にかき回され、もはや息は無い。

 エンリは軽く安堵の息を吐きながらも、重傷者多数となったレッドキャップスの救援を指示する。

 と同時に暗殺隊へも周囲の警戒を命じていた。

 ドレイクが一体とは限らないからだ。

 何の前触れもなしに現れた地竜の存在は、「そんな大物が他にいるわけない」と思いながらも、警戒せずにはいられない脅威なのである。

 

 ふと、エンリの前に一体の黒装束ゴブリンが跪く。

 

「申し訳……ありませんでしたっ、エンリ将軍」

 

「え? 暗殺隊の方? ど、どうしました?」

 

「周囲の索敵を行っていたにもかかわらず、ドレイクのような巨体を見逃す失態。その所為でエンリ将軍を危険に晒すなど……、死を以て償わせて頂きたい所存であります」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! これ、おかしいですって、絶対!」

 

 悲壮感を漂わせる暗殺隊のゴブリンは、ドレイクが現れた森の中を警戒していた一人なのだろう。まぁ確かに、自分が大丈夫と太鼓判を押した場所からドでかい地竜が現れたら、血の気が引くこと間違いない。

 

「暗殺隊の方々が調べた場所から、ドラゴン並みの怪獣が出てくるのはどう考えても不自然です。普通に歩いてこの場へきたとは到底思えません」

 

「ということはエンリ、魔法か何かで送り込まれたってこと? あのドレイクを?」

 

「ほ~、面白そうっすね~。でもどこの誰がそんなことをするっすか?」

 

 ンフィーレアとルプスレギナの疑問を受け、エンリはしばし思考する。

 そして自分達が立っている場所――国境線を認識し、「もしかして」と推測を口にし始めた。

 

「ビーストマンの国に入ってからイキナリだったよね。とすればやっぱりビーストマンの攻撃と考えるのが筋じゃないかな? 地竜のような大型モンスターを飼い、それを転送してくるなんて信じ難いけど、ビーストマンの拠点が神殿なんだから古代の魔法装置みたいなものがあるのかも」

 

「だとすると、二撃目がないのは連発できない事情でもあるのかな? あんな強力なモンスターを複数扱うのも無理が有るだろうし……」

 

「よく分かんないっすね~。ドレイクみたいな大物を飼っているなら、竜王国との戦争に使えば楽勝っすよ。最初に出してこなかったのは何でなんすかねぇ?」

 

「ホントにビーストマンがやったんすかぁ?」とケラケラ笑うルプスレギナは、エンリの推測に懐疑的であるようだ。だが確かにビーストマンが使役するにしては、ドレイクは強すぎる。

 

「まさかとは思うけど……制御できないんじゃないかな? 飼っているわけじゃなくて、神殿の奥に閉じ込められていた、とか? 転移の件もビーストマンの国に入ってからだし、距離的な制限があるのかも?」

 

「エンリの言う通りだとしたら、ビーストマンにとっても一か八かの作戦だったかもしれないね。自分の国で暴れ回る可能性もあったわけだし……。ビーストマンとしては、ゴブリン軍団とドレイクが相打ちになってくれることを望んでいたんだよ、たぶん」

 

「ほへ~、ビーストマンの奥の手ってわけっすか? いやいや、連戦連勝に驕って突っ込んでいたら危なかったっすね~。いひひ、くわばらくわばらっす」

 

 ルプスレギナの言葉を耳にし、エンリは心身を引き締める。

 ビーストマン相手に連勝していたのは確かだし、数の暴力にさえ対応できればゴブリン軍団が負けることはないと思っていたのは本当だ。レッドキャップスもいることだし、優位性は揺るがないと判断していた。

 とはいえ、ゴブリン軍団を全滅させかねない地竜が出てくるとは想定外も甚だしい。暗殺隊の索敵を掻い潜った転移の使用も頭に無かった。

 油断――と言ってイイのか分からないが、エンリはそれを繰り返すまいとさらなる警戒網の構築へと動き出す。

 暗殺隊の索敵に加え、魔法兵団による魔力の観測。

 使い魔を使用した上空からの監視も密に行い、ブレス攻撃への対応策も軍師と共に築き上げる。

 エンリは国境線に丸一日以上留まると、負傷兵の治療及び今後の対策、そして敵拠点への行軍方法について皆と話し合うのであった。

 




ビーストマンの奥の手はなんて強烈なんだ。
もう少しでゴブリン軍団が壊滅してしまうところだった。
ホント危ない危ない。

でも……、絶妙にゴブリン軍団とイイ勝負をするモンスターだったね。
エンリ将軍にとっては素晴らしい経験になったことでしょうけど。

ちなみに、ルプスレギナはなんで楽しそうだったのかなぁ。
流石に無傷とはいかない相手だったでしょうに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 「最後なんだからしっかりしないと」

一歩間違えれば全滅の危機。
しかしエンリ将軍は打ち破った。

後はビーストマンの拠点へ乗り込んで、二度と立ち上がれないくらいに叩き潰す。
竜王国の国民が蹂躙されたことを思えば、当然の反撃であろう。

でも……、何やら不穏な影が……。
エンリ将軍の運命や如何に?



 そこは木々に溢れ、爽やかな風と穏やかな日差しに満ちた広大な空間であった。

 

「見事だな、ゴブリン軍団の三分の一程度は削られるかと思っていたが……」

 

「運の要素が強かったように思われますわ。ブレスに対し密集隊形をとるなど、一歩間違えれば全滅も有り得たかと」

 

「手持ちの札を正確に認識していたのではありませんか? 血濡れの鎧やルプスレギナ、ンフィーレアのポーションなど、戦力把握が見事だったということでしょう。しかしまぁ、ドレイクのブレスが冷気属性だった場合は、今頃悲惨な状態だったでしょうねぇ」

 

「確認スル余裕ガ無カッタトハイエ、一カ八カノ対応ハ褒メラレヌナ」

 

「まぁ、見た目からして炎を吐くっぽいしね~。次からは先入観を逆手にとって、電気属性のブレスとかが面白いかも?」

 

「お、お姉ちゃん、それだとゴブリンさんが全滅しちゃうよ」

 

「ははっ、おかしなことを言うでありんすねぇ。あの程度のゴブリンなんぞ幾ら死んでもかまいんせん。実験体と生まれながらの異能(タレント)持ちの小僧さえ回収すれば問題ないでありんすよ」

 

(おいおい、あのゴブリンたちは結構役に立っているんだから大事にしてくれよな~。しかもユグドラシルでは誰も出現させることができなかったレア軍団なんだぞ。まぁ確かに傭兵NPCとしては少ない金貨で召喚できる――いや、あんなに弱いゴブリンはリストになかったか?)

 

「では『実験体エンリ・エモット』についてですが、レベルの上昇は異常とも言える早さですわ。この世界における人間の成長として考えると、逸脱しているかと……」

 

将軍(ジェネラル)職業(クラス)特殊技術(スキル)により、統括しているゴブリン達から経験値を得ている可能性が高いかと思われます。ゴブリン自体は経験値を得られずレベルも上昇しないのに、その指揮権を持つ将軍(ジェネラル)へは経験値が流れるという。中々興味深い現象です」

 

「そ、それって僕の“強欲と無欲”に似ていませんか? 僕はレベル百で経験値を得られないのに、強欲には経験値が入るんですよ」

 

「う~ん、ちょっと違うような気もするけど……。ってか、そもそも強欲は余剰経験値を確保するためのモノなんだからさ、それが正しい使い方でしょ?」

 

「何だか話が変な方向にいっている気がするでありんすよ。で要するに、人間のレベリングは順調なんでありんしょう?」

 

「ウム、モウ少シ成長スレバ私ガ直々ニ鍛エルトシヨウ」

 

(おーい! 死んじゃうって! バラバラになっちゃうって! まだ村娘に毛が生えた程度だってーのにお前が相手してどーすんだよ?! 相手が女の子って分かってる? せっかく友好的になった現地の子なんだから、訓練で肉片にするなんてバッドエンドは止めてよねー!)

 

「それより、ちょっと気になることがあるでありんす」

 

「あら、どうかしたの? 私で良かったら答えてあげるけど……」

 

「統括殿の手を煩わしんすは気乗りせんでありんすが、まぁイイでありんしょう。え~っと、その、あのドレイクはビーストマンのような雑魚共が使役するにしては強力過ぎると思いんす。故に今回、本当にビーストマンが送り込んだのか疑問でありんす」

 

「「「えっ?」」」

 

(おい、マジか? さっき自分で転移門(ゲート)を使っていたよな。現地へ送り出した味方が何をしているか知らなかったのか? いや、確かに説明してないけどさっ。分かるよね! さすがに理解できるよね!)

 

「ちょっとアンタ、さっき私を送ってくれたでしょ? 何のために私が現地へ出向いたと思ってんのよ」

 

「ん? そういえば、おチビは何をしてきたでありんすか? 直ぐに戻ってきたからよく分からなかったでありんすよ」

 

「これはこれは、少しばかり驚きですねぇ」

「コウ言ッテハナンダガ……、私デモ理解デキタトイウノニ」

「い、色々忙しかったから……だよね?」

 

「あなたって娘は、守護者最強の地位が泣くわよ。はぁ、イイかしら? ドレイクは」

「うおっほん、ちょっと待て。その話はこの会議が終わってから……。そうだな、女子会でも開いて情報を共有するとよい。分かったな?」

 

「はっ、御言葉のままに」

「か、かしこまりんした。ですが、私はなにか失敗をしたのでありんしょうか?」

 

「いやいやいや、何も気にする必要はないぞ。お前はぺロロンさんが望んだ通りの素晴らしい守護者だぞ、うん」

 

「まことでありんすか?! うれしいでありんす!」

 

(はぁ、フォローも大変だなぁ。ってかぺロロンさん! おバカ属性が必須なのは貴方の性的嗜好上仕方ないと思いますけどねっ! リアルで対処するとなると結構大変なんですよ! まぁ、頑張り屋でイイ子なのは分かるんですけどね!)

 

 ポカポカ陽気の草原にて、いつもと違ったピクニック形式の会議を開いていた頂上の者たちは、ニコニコ笑顔のヴァンパイアを眺めながら――ヤレヤレと小さくため息を吐くのでありましたとさ。

 

 

 ◆

 

 

 街道が整備されていないビーストマンの国において、五千の軍を進めるのは結構大変だ。

 捕虜の情報から拠点までの日数を三日と推定し、往復六日。現地での戦闘に一日費やすとして、計七日の食料と水を各自が背負い徒歩にて森の前へ集合する。

 支援部隊はレイナースと共に国境の崩れた塔付近で待機。

 その警護にゴブリン部隊から数百人ほど残す予定であったのだが、いつの間にやら呑気に散歩していたシャルティア王妃様が、死の騎士(デスナイト)部隊を常駐させてくれるという。

 ここは御言葉に甘えて後方の警戒を任せ、エンリはゴブリン部隊全軍を進める。

 先頭はバッサバッサと樹齢百年近い大木を切り払うハムスケだ。

 この場に木の妖精(ピニスン)でもいたなら「ボクの仲間を伐採しないでよー! 森林破壊反対!」とやかましく苦情を突っ込んできただろうが、五千もの兵を森の中で分散行軍させるのはよろしくない。

 敵地で待ち伏せされやすい場所を少人数で進むなんて、エンリ自身御免被りたいのだ。

 しかも食糧を背負って動きは鈍く、地の利は無い。

 ならば、ならばこそ、ハムスケの出番なのだ。

 魔化処理されたアダマンタイト製の斧槍先端部。尻尾の先に取り付けられたソレは縦横無尽に振り回され、行く手を遮る森の木々を雑草の如く除去していく。

 まぁ、それでも五千もの兵が行軍するスペースは確保できないし、足下は切株だらけでお世辞にも快適とは言い難い。

 だが、視線が通るだけでも安全性は格段に高くなると言えるだろう。

 ビーストマンの拠点まで一直線に進めることも有り難いことである。

 

 

 

「はぁはぁ、真っ直ぐに進めるって言っても……、やっぱり山あり谷ありだよね~」

 

「ンフィーの兄さん、疲れたんですかい? あっしが荷物持ちましょうか?」

 

「ジュゲムさん駄目ですよ。ンフィーにはもっと体力を付けてもらわないといけないんです。魔法詠唱者(マジック・キャスター)とはいえ、ンフィーはちょっと運動サボり過ぎですから」

 

「うっひゃ~、エンちゃんスパルタっす。でもまぁ分かるっすよ。恋人の体力が低いとアッチの方も期待できないっすからね~」

 

「えぇ?」

「わわ、なに言ってるんですかルプスレギナさん!」

 

 ルプスレギナの軽口は敵地行軍三日目になっても衰える気配を見せない。

 止めに入るエンリをヒラリヒラリと軽やかに躱し、疲労という概念をどこかに置き忘れてきたかのようだ。

 

「あ~っとエンちゃん、ハムスケが何か呼んでるっすよ~」

 

「もぉ、そんな嘘に騙され、あっ、ホントだ」

 

 見れば、ハムスケが長い尻尾をブンブン振り回しながらエンリを呼んでいた。

 

「ビーストマンの神殿までまだ距離があると思っていたけど、モンスターと遭遇でもしたのかな?」

 

 ドレイクとの遭遇戦以降、索敵には力を入れている。ならば先頭で道を切り開いているハムスケよりも先に、暗殺隊が報告を持ってくるだろう。ということは緊急事ではないのだろう……か?

 

「ハムスケさん、何かありましたか?」

 

「おぉ、将軍殿。もう少しで森から抜け出るでござるよ。一応注意するでござる」

 

「あぁ、はい、そうですね。遮るものが何もない開けた場所に出てしまうと、遠方から狙われることもありますもんね」

 

 ビーストマンが遠距離攻撃を仕掛けてくるなんて可能性は低かろうが、部隊指揮官としてはしっかり対処しなければならない案件だ。

 森の木々を伐採しながら進んでいるのだから、ゴブリン軍団の位置は容易に特定できる。待ち伏せには最適の相手と言えよう。それゆえに、慢心してはならない。

 

「騎獣兵団、斥候を出してください! 森の外の安全確保をお願いします!」

 

「はっ! 直ちに!」

 

 狼のごとき魔獣へ跨ったゴブリンたちが十数体前方へ駆け、扇状に広がっていく。

 木々の隙間から覗き見るに、外は草原のようだ。エンリはふと、カルネ村の周囲に広がっていた大草原を思い出してしまう。

 

「ふふ、今は全部畑になっちゃったけど……」

 

「エンリ? どうかした?」

 

「う、ううん、なんでもないよ、あはは」

 

 故郷から離れた前人未到の地においてホームシックになったわけでもないのだろうが、エンリは自分の頬をペチペチと叩いて気を引き締める。

 ンフィーレアの不思議そうに見つめてくる視線に対しては、笑って誤魔化しておくとしよう。

 

「エンリ将軍、前方の安全を確認しました。ビーストマンを含む敵対勢力の気配なし。ただ遠方に巨大な建造物を視認しました。位置的にビーストマンの拠点である神殿かと思われます」

 

「ようやく……ですね。でも見える距離まで近付いているのに、ビーストマンどころか森に潜んでいるであろう獣たちの気配すらないなんて」

 

「それがしの強者たる気配に恐れをなしたのでござろう。さもありなん、でござる」

 

「はは、確かにハムスケさんには僕も姿を見せたくないですね。尻尾の斧槍でバラバラにされそうですから」

 

「男なのに弱気っすね~。そんなこっちゃ~、ビーストマンの拠点攻略なんて無理っすよ~。んで、エンちゃんどうするっすか~?」

 

 のんびり口調のルプスレギナには、これからビーストマンの本拠地へ攻め込もうという気概は感じられない。

 相手は一時八万にも及ぶ大軍勢を動かした戦闘種族なのだ。

 あれから右肩下がりの敗戦続きだとはいえ、ビーストマンが拠点にしている神殿廃墟にはまだそれなりの備えはあるだろう。

 ここからが正念場である。

 

「まずは情報収集です。ビーストマンがドレイクに匹敵する切り札を持っていると仮定して、油断せずに態勢を整えましょう。暗殺隊、レッドキャップス」

 

「はっ、御傍に」

 

 エンリが片手を上げて名を呼ぶと、ゴブリン軍団の諜報部隊員数名と最強の戦士が姿を見せていた。

 

「私たちはハムスケさんと共に森を出て、神殿の全容が視界に入る程度の距離にて布陣します。派手に音を立てて正面から堂々と進みますので、貴方たちは側面から神殿の様子を探って下さい。レッドキャップスには強者の存在を発見してもらえれば、と思います」

 

「分かりました。では行ってまいります」

 

 ビーストマンが「迫ってくるゴブリン軍団」に気付いていない、なんてことはないだろう。ゴブリン軍師からも、ビーストマンとの遭遇戦が一切ないことから意識して遠ざけているのだろうと指摘を受けていた。

 エンリは伐採される木々を一瞥し、その奥から現れる広々とした草原地帯へ視線を向ける。

 爽やかな風が流れる快適な平原であった。

 今までの血に塗れた戦争が嘘であるかのような、美しくも平和な光景であった。

 ビーストマンの姿はどこにもなく、血の臭いも、何かが燃えるような煙たさもない。ただ、エンリは今までにないほど身を震わせてしまう。

 

「これで最後……、最後なんだからしっかりしないと」

 

「ほっほっほ、心配は無用ですぞ、エンリ将軍。今まで集めた情報からして、ビーストマンが大軍勢を用意している可能性はほぼありません。神殿に籠っているであろう残党も、我らと同数程度でございましょう。注意すべきは奥の手や切り札でしょうが、はたしてそんなものがあるのかどうか」

 

「そ、そうだよね。あのドレイクだって、ビーストマンにとっては自分の国が危険に晒される可能性だってあったんだし……。結構自爆覚悟だったんじゃないかな?」

 

「なら陣地設営なんて時間の無駄っす。さっさと突っ込むべきっすよ!」

 

「止めてください。ルプスレギナさんなら大丈夫でしょうけど、ゴブリン軍団の皆さんやンフィーが酷い目に遭っちゃいます。それに拠点防衛には罠がつきものでしょ? 相手がビーストマンでも知恵が回る者もいるでしょうから手堅くいきますよ」

 

 エンリはカルネ村の防衛機能を踏まえて、重要拠点の防備がいかに油断ならないかを思い出す。

 辺境の村でもそれ相応の備えがあるのだから、ビーストマンの拠点にも当然の如く対策はあるだろう。ましてや敵が陣取っているのは古い神殿なのだ。

 ビーストマン自身が用意していなくとも、過去の遺物を利用している可能性はある。

 そう、ドレイクを送り込んできたときのように。

 

「さぁ、敵拠点はもう目の前ですよ! さっさと陣地を作りましょう! 見晴らしの良い草原地帯で向こうからも丸見えなんですから、相手を誘い出すつもりで始めちゃってください!」

 

「はっ!」

 

 エンリの号令一下、ゴブリンたちは動き出す。

 ハムスケが切り倒した木材を持ち寄り、軍団の周囲に簡易な柵を設置。そして同時に多くの天幕を張り、食事の準備なども始めていた。

 今まではレイナース率いる支援部隊に任せっきりだった作業だが、元より軍団として持ち合わせていた技能なのであろう。工作部隊を中心に大きな混乱もなく、陣地の設営は順調に進んでいた。

 

「エンリ将軍、御報告に参りました」

 

「あら? レッドキャップスさん早かったですね。なにか分かりましたか?」

 

 ビーストマンの姿がないかと神殿を睨んでいたエンリは、ゆっくりと歩いてくる赤帽子のゴブリンへ視線を向ける。

 

「はい。まずビーストマンについてですが、神殿の外からでは姿を視認できませんでした。ですが神殿の奥に多くの気配を感じますので立て籠もっているのでしょう」

 

「はぁ、面倒ですねぇ」

 

「ただ、敵の切り札らしき存在を確認できました」

 

 ため息を吐いてしまうエンリであったが、直後に目を見開いて緊張感を漲らせる。

 切り札、それはドレイクを思い起こさせる危険な言葉だ。

 

「神殿入口の両脇に置かれている巨大な像ですが、あれは動像(ゴーレム)かと思われます。他の石像と比較してあまりに損傷がありません。恐らく魔法的な処理が施されているがゆえに、劣化が抑制されているのでしょう」

 

動像(ゴーレム)……ですか」

 

 再度神殿へ目を向ければ、確かにそこには石像が鎮座していた。

 遠目で少々分かり難いが、体格はエンリの十倍はあろう。造形は下半身が馬で上半身は人間という奇妙なもの。石の剣と石の盾を持ち、神殿を守護するかのように入口の両脇で控えている。

 

「う~ん、大きいし硬そうですねぇ。それも二体。一度に両方と戦うのは避けたいところですけど」

 

 カルネ村で石の動像(ストーンゴーレム)を使役していた経験から、エンリは警戒せずにはいられない。

 動像(ゴーレム)は疲労を感じることなく動き続ける――つまり戦い続けるのだ。そして非常に硬い。見た目が石であっても魔化処理の所為で別物のような硬さなのだ。

 弱点としては決まった行動しかとれない、という点だろうか? 知能が無いから思考できず、与えられた命令通りにしか動けない。臨機応変は不可能であり、咄嗟の機転も有り得ない。

 

「うんうん、そうか、そうだよね。動像(ゴーレム)が相手なら(トラップ)とかが有効かも? うん、軍師さんに相談しないと」

 

 エンリは神殿に対する監視強化を命じると、ンフィーレアやルプスレギナを捕まえて作戦会議を行う天幕へと走り出す。

 打ち合わせるべきは動像(ゴーレム)対策だ。

 入口に設置されている以上、近付けば襲い掛かってくるに違いない。ビーストマンの魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんかが指示を飛ばして動かすことも有り得るだろうが、それはそれで使役者を狙えば済む話だ。

 しかしまぁ、物事は最悪を想定して対応しなければならない。

 動像(ゴーレム)は自律式で止まらず、二体同時に襲い掛かってくるだろう。そこを如何にして(トラップ)にかけるか、返り討ちにするか。

 エンリは神殿を振り返り、巨大な石像を睨む。

 

「水と食料に余裕はないし、明日一日で決着をつけないと」

 

 

 その日、エンリとゴブリン軍団は夜通し陣地内での作業を続けることとなった。

 通ってきた森の中から木材と蔦直物を多量に運搬し、陣地内で加工。松明や魔法の光に照らされる中で、せっせと設置していく。

 代わりに陣地の外へ運び出されるのは膨大な土砂だ。とはいえ陣地前に積み上げて土壁を築こうとしているわけでもない。

 ただ邪魔な廃棄物として陣地の脇へ適当に積み上げられているだけだ。

 

 エンリやルプスレギナを除き、ハムスケとンフィーレア、そしてゴブリン軍団は交代で仮眠をとりながら朝を迎えた。

 軽く寒さを覚える清らかな朝の空気、そこへ差し込む美しい朝日に照らされ、エンリの真っ赤な鎧は不気味な鮮血の輝きを放つ。

 加えて頭上のサークレットは黄金の煌めきでゴブリン軍団を照らし、幻想的な一日の始まりを告げていた。

 

 さぁ、最終決戦である。

 




ジリ貧状態のビーストマン。
残る手は、古代の遺物のみ。

とはいっても、偶然利用できるようになっただけで操れるわけではない。
ポイントは反応距離だ。
その範囲さえ覚えていれば、攻撃されることはない。
神殿へも入口から入らなければよいだけだ。
身体能力の低い人間には無理だろうが……な。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 「私の戦争だっ!!」

ビーストマンとの最終決戦。
だけどゴブリン軍団が強過ぎるから盛り上がらないよね~。

ってなわけでケンタウロス型ゴーレムの登場~。
これで少しはイイ勝負になるかな?

まぁエンリ将軍の勝利は揺るがないだろう……けど。



 白き煌めきを放ちながら地を駆けるは、白銀の狼に騎乗するゴブリン聖騎士団。目指すはビーストマンの根城である神殿遺跡――いや、神殿入口で待ち構えている二体の動像(ゴーレム)と言った方が適切であろうか?

 聖騎士団は左右に大きく広がりながら自身の姿を目立たせるかのように蛇行し、動像(ゴーレム)へ近付く。

 

「さあ、かかってこい!」

動像(ゴーレム)ってことはバレてるぞ!」

「来ないならこっちから行くぞっ!」

「ちっ、黙ったままというなら無理やり動かしてやる!!」

 

 囮として誘導する役目を負っていた聖騎士団は、動像(ゴーレム)に近付いては全力離脱するという挑発を繰り返していたのだが、どうにも反応が悪い。

 これではエンリ将軍が待つ自陣へと誘き出すことができない、そんな焦りにも似た感情を零す聖騎士の一人は、動像(ゴーレム)の馬足を力任せに斬りつけていた。

 

「これでどうだっ!」

 

 ――ギギィ……ゴゴゴゴゴォォォ――

 

 正解を引き当てたのかどうかは分からないが、人馬型の動像(ゴーレム)は二体同時にその巨体を震わせる。全身に魔力が湧き立ち、動くはずのない石の関節部分が異常音とともに曲がり始めた。

 全長十五メートルの人馬型動像(ゴーレム)

 久しぶりの起動ゆえだろうか? その動像(ゴーレム)は、足下に絡みついた植物を引き千切りながら、矮小なゴブリンを踏み潰さんとする一歩を轟音とともに大地へ刻む。

 

「よし、距離をとって牽制しろ!」

「石剣の間合いに入るな! 潰されるぞ!!」

「馬足にも注意を払え! 蹴られたらミンチだ!」

「こっちへこい! 人馬野郎!」

 

 聖騎士団はバラバラに散らばり、各自適当な特攻を繰り返しているように見せながらも、二体の動像(ゴーレム)を一定の方向へと誘導していた。

 向かう先は、神殿からさほど遠くない草原地帯に作られた簡易陣地。

 エンリ将軍が待つ反攻拠点である。

 

「エンリ将軍、誘導成功ですぞ。動像(ゴーレム)は二体とも此方へ向かってきております。ですが」

 

「はい、片方が少し遅れ気味ですね。これでは二体同時に仕留めることは不可能でしょう。仕方ありません、後ろの一体は正面から叩き潰します。大丈夫、二体同時に相手しなければ問題ありませんよ」

 

「はは、エンリも頼もしくなったね。あんな巨体が迫ってくるのを見て大丈夫なんて……」

 

「あひゃひゃ、逆にンフィー君はヒョロっちぃままっすね~。もうちょっと頼りがいのある男にならないと、エンちゃんを支えられないっすよ~」

 

「ああ……うぅ……」

 

 ルプスレギナの軽口に落ち込んでしまうインドア系薬師少年であったが、よく考えれば大地を激しく揺らしながら轟音とともに突っ込んでくる巨大な人馬動像(ゴーレム)を見て、平静を保っている方がオカシイのだ。

 普通は泡を吹いて逃げ出すだろう。

 自身の遥か上空から振り下ろされる超重量の石剣相手に、対抗できると考える馬鹿がどこにいるというのか?

 恐らく国宝で身を固めた王国戦士長であっても命を捨てる覚悟が必要だろう。まぁ、当人は既に命無き死人であるが……。

 

動像(ゴーレム)が予定の位置にきました! 軍楽隊、合図を! 長弓隊、攻撃開始! ダメージは無視です。此方側に誘導してください!」

 

「「はっ!」」

 

 エンリの指示で「ドンドコドコドコ」と太鼓の音が響き、陣地から幾本もの矢が放たれる。

 聖騎士団は太鼓に呼応するかのように敵から離れ自陣へ帰投。残された動像(ゴーレム)は矢の雨を硬い身体で弾きながら、エンリの待つゴブリン軍団陣地へと突き進んでいた。

 

「よし、誘導成功ですね。軍師さん、即時後退をっ」

 

「了解致しました。ゴブリン軍団全部隊へ、足下に注意して後退開始! ここで足を踏み外せば命は無いぞ!」

 

「はっ!!」

 

 迫りくる動像(ゴーレム)から逃れるべく、ゴブリン軍団は自陣を放棄して下がり始める。ただその動きは統率されていながらも鈍く、まるで狭い通路を大集団が通り抜けようとしているかのようであった。

 

「エ、エンリ! もうきちゃうよ! 速い!」

「大丈夫! 間に合うわ! 三、二、一! 落ちなさい動像(ゴーレム)!」

 

 最後尾にいたエンリとンフィー、そして何名かのレッドキャップスが自陣の柵を越え外へ出た瞬間、動像(ゴーレム)の馬足が入れ替わるかのように陣地を踏み――そして踏み抜いていた。

 巨体を支える筈の馬足は地中へ沈み、バランスを崩した上半身が横倒しになって地面へ打ちつけられる。

 落とし穴だ。

 ゴブリン軍団が総出で夜通し掘り続けた幾つもの大穴。それをハムスケが伐採した丸太の橋で覆い、動像(ゴーレム)に踏み抜かせたのだ。

 ゴブリンなら支えられる丸太も、さすがに十五メートルにもなる石の巨像は無理だったようだ。両前足の半ばまでもが土砂に塗れ、上半身を起こすのも困難かと思われる。

 とはいえ、時間をかければ這い出ることもできるだろう。もう一体の力を借りるという選択肢もある。邪魔が入らなければの話ではあるが……

 

「蔦網を放てぇ! 動きを押さえた後は重装甲歩兵団で攻撃! 全身バラバラにしなさい! 頭を砕く程度では駄目ですよ!」

「はっ!」

 

 蔦植物を編み込んで作られた蔦網に魔法を付与し、強靱な拘束具として動像(ゴーレム)へ投射。地面へ貼り付けた後、重装のゴブリン達が突っ込む。

 

「残りはもう一体の相手をします! レッドキャップスは接近戦で攻撃を誘いなさい! 長弓兵団は魔法兵団より魔法付与を受けた後、動像(ゴーレム)の関節部分を集中攻撃! 各隊は分散して距離をとり被害を抑制! 隙を見て、遠距離魔法攻撃で援護しなさい! ハムスケさん!」

 

「任せるでござるよ、将軍殿!」

 

 事前の通達(ごと)を再確認するかのように声へ出し、エンリはハムスケと共に駆け出す。

 落とし穴にハマった一体目の動像(ゴーレム)を大きく迂回し、遅れて到着した二体目の動像(ゴーレム)へ突進。狙うは四本の馬足だ。どれか一本でも破壊できれば圧倒的な優位を確保できるだろう。

 幸い危険な石剣は纏わりつくレッドキャップス相手に振り回され、足下に走り込んできたハムスターまで届かない。加えてこのハムスターの尻尾に備えられた斧槍は、動像(ゴーレム)の硬過ぎる身体にも十分通用するはずなのだ。

 エンリはハムスケの背にしがみ付きながら巨大な人馬動像(ゴーレム)の股を潜り、自信と共に指示を放つ。

 

「左後ろ脚です!」

「合点承知でぇーーーーござるっ!」

 

 この世の人類では絶対に受け止めきれない斧槍の一撃が、石柱とも思しき馬足を見事に切断、はしなかった。

 どのように察知したのか不明ではあるが、動像(ゴーレム)は攻撃を受ける寸前、後ろ脚を素早く引き上げて躱したのである。しかも引き上げた後ろ足で、エンリとハムスケを踏み潰そうと狙いまでつけていた。

 だが所詮は事前命令通りにしか動けない動像(ゴーレム)だ。

 ハムスケの一撃目がフェイントであり、二撃目が武技を乗せて襲い掛かってくるなんて分かるわけがない。

 

「斬撃!! でござるよ!」

 

 ――ギギギィィィンッ!!――

 

 左後ろ脚の付け根に斧槍が突き刺さるも、切断とまではいかない。

 鈍過ぎる衝突音と空を切る重量物が、エンリの背中に冷や汗をもたらす。

 

「ハムスケさん! 右に回避!!」

「おおう!」

 

 体格に似合わないほどの俊敏さでその場から飛び退くと――直後、ハムスケのいた場所は馬足で踏み抜かれていた。

 地面に大穴が空き、砂塵が舞う。

 

「けほっけほっ、ハムスケさん! あと二回は斬りつけないと駄目みたいですよ!」

「任せるでござる! それがしは今、絶好調でござるがゆえに!」

 

 ハムスケ自身薄々感付いてはいたが、エンリが騎乗していると何故か調子がイイ。

 支配下に置かれている状態でも身体能力の向上は感じていたが、将軍御自らの騎乗となると度合いが違うようだ。

 この状態なら、見上げるほどの巨大人馬動像(ゴーレム)が相手であっても、何ら気後れすることはない。

 

「もう一度フェイントをかけて同じ場所を攻撃です!」

「承知!」

 

 ハムスケは動像(ゴーレム)の右後ろ脚へ軽く斬りつけ、相手が足を上げて躱すと同時に、反対側の左脚付け根へ斬撃を放つ。

 

「体勢が崩れました! 反撃なし! もう一撃です!!」

 

 フェイントに対応できない動像(ゴーレム)の足を削ることは実に簡単なことであった。もちろん上半身の人型部分へレッドキャップスが突撃してくれているからこそ、下半身の馬部分へ専念できるという点もあるのだが……。

 やはり決められた命令しか実行できない動像(ゴーレム)は憐れなモノだ。

 何百年もの長きに渡り神殿を護ってきたのだろうけど、それをビーストマンはどうにかして利用していたのだろうけど、最後はなんともあっけない。

 ハムスケの斬撃によって石柱のように太い足は切断され、重過ぎる巨体は地面へと打ち付けられる。と同時に魔法付与の蔦網が四方から投げられ、動像(ゴーレム)は罠にかかった獣のようにもがき暴れる。

 後は作業のようなものだ。

 振り回される石剣から距離をとり、魔法兵団が爆裂魔法の雨あられ。石の身体がボロボロになったところで、レッドキャップスや聖騎士団、騎獣兵団が蹂躙する。

 

「ンフィー! トドメよ!」

「うん、任せて!」

 

 恋人に活躍の場を、というわけでもないだろうが、エンリは目についた魔法詠唱者(マジック・キャスター)へ全力攻撃を指示していた。

 

「〈魔法三重化(トリプレットマジック)電撃(ライトニング)〉!!」

 

 ンフィーは己の成長を誇示するかのように自身最高の魔法を放つ。

 三つもの電撃を同時に放つ技は、人類においても稀有なモノであるだろう。これならば動像(ゴーレム)も木端微塵――と思いきや、電撃は動像(ゴーレム)の体表面を滑るように流れていき、最後は地面に当って消えてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「ちょっとンフィー! 動像(ゴーレム)に電気系は効果が薄いって作戦会議で言われていたでしょ!?」

 

「ご、ごめん。僕の最大攻撃魔法がコレだったから……」

 

 対象が通常の動像(ゴーレム)だったのならそれなりの効果を得ただろうが、今回は相手が悪かった。あまりにデカすぎるし、僅かながらも魔法コーティングが成されていたのだ。

 既に半壊状態であるとはいえ、トドメには向かない魔法であっただろう。

 

「ひゃははは! ンフィー君ダメダメっすね~。ここは一つ私がお手本を見せ

 

 ――『下がれ』――

 

(はっ、かしこまりました)」

 

 自信満々で顔を出したかと思えば、突然背すじをピンッと伸ばして後ろへ下がる。ルプスレギナの妙な行動には、エンリも首を傾けざるを得ない。

 

「え~っとルプスレギナさん? どうか」

「エンちゃんがヤルっす! トドメはエンちゃんがヤルべきっすよ! うん、そうっす!」

「は、はぁ……」

 

 いったい何があったのかと訝しがるエンリであったが、いつまでも動像(ゴーレム)をそのままにしておくわけにもいかない。さっさと(コア)を破壊して完全なる起動停止を行わなければ、動像(ゴーレム)はいつまで経っても命令通りに動き続けるのだ。

 ただ、まともに立ち上がることさえできぬほど破壊されていながらも、モゾモゾと必死に戦おうとする姿はあまりに憐れだ。

 早く息の根を止めてあげよう、と思うぐらいに……。

 

「で、では、いきますよ!」

 

 やぁっ! という自信なさげな掛け声と素人に毛が生えた程度の剣術で、エンリは血濡れの剣を振り回し動像(ゴーレム)を解体した。

 それはまるでパンを切るかの如く軽やかで、不可思議な光景であったそうな……。力を入れ過ぎたエンリが、勢い余って地面を切り抜き一回転してしまうほどに。

 

「あわわわ、うぐぐ……。う~ん、もうちょっと剣の練習をしないとなぁ。さて、と」

 

 ンフィーに文句言っている場合じゃないよねぇ、とちょっぴり反省し、エンリは戦後処理を行うため暗殺隊を呼び集める。

 

「落とし穴に蹴落としたもう一体の動像(ゴーレム)はどうなりました? 重装甲歩兵団の被害は?」

 

「はっ、つい先ほど動像(ゴーレム)の完全停止を確認。歩兵団には軽傷が数名程度であります」

 

「私たちの方はどうです?」

 

「負傷者はレッドキャップス数名のみです。鈍重な動像(ゴーレム)相手に負傷するとは同じゴブリン軍団として申し訳なく……」

 

「なに言ってるんです? 足下にいる私に攻撃が向かないようワザと石剣を受けたのでしょう? それぐらい理解していますから大丈夫ですよ」

 

「はっ、失礼を」

 

 ゴブリン軍団の損害を確認し、エンリは深く呼吸する。

 ビーストマンの切り札と思しき動像(ゴーレム)を大した問題もなく粉砕できたのだ。これで神殿に籠るビーストマンは、打つ手なしと降伏するしかないだろう。

 もちろん降伏したところで皆殺しにする決定に変わりはない。今まで竜王国国民を好きなだけ喰らってきた獣達だ。覚悟はできていよう。

 

「では負傷者の治療と休憩を兼ねてしばらく」

「エンリ将軍! 神殿奥から何者かが出てきます! 数は一体! こちらへ歩いてくる模様です!」

 

 飛び込んできた暗殺隊の報告に、エンリはすぐさま神殿へ視線を向ける。レッドキャップスを含むゴブリン軍団も軍師の指示で戦闘態勢へと移行していた。

 

「たった一体? なんでそんな……、それにアレってビーストマンなの? なんていうか、その、すごく」

 

 女っぽい、エンリが言いたかったことは、その一言であろう。

 見るからにビーストマンより小柄で細い。まるで人間の女性であるかのように思えるが、猫のような耳に全身豹柄では、まぁ確かにビーストマンの雌なのであろう。

 だがしかし、嫉妬するほどにセクシーだ。

 腰に細身の剣を複数備えてはいても、服なんて着ていないのだから形の良い胸は露わになっているし、毛皮に覆われているとは言っても、むき出しの下半身は男性にとって目の毒である。

 

「ンフィー、悪いんだけど後ろに下がっててもらえるかな?」

 

「あ、うん。そ、そうするよ」

 

 棘を含んだ言いようになってしまったけど、それは仕方がない。相手がビーストマンとはいえ、人間に限りなく近い雌の裸体を、恋人の前に晒しておくのは嫌なのだ。

 

「エンリ将軍、攻撃を仕掛けますか?」

 

「いえ、様子を見ましょう。武装しているとはいえ、一人で向かってくるのですから交渉が目的のはずです。話ぐらいはしても良いでしょう」

 

 雌のビーストマンはゆっくりと、それでいて隙一つなく、でもなんだか楽しそうに向かってきていた。

 顔が見える距離になると、なるほど金髪美人なビーストマンである。プロポーションもレイナース並みに素晴らしく、とてもビーストマンとは思えぬ艶っぽさであった。

 エンリは、ンフィーを下げていてよかったと思わずにはいられない。

 

「そこで止まりなさいビーストマン! 話があるならその場にて語りなさい!」

 

「んー? お嬢ちゃんが総大将なのー? ゴブリンばっか連れているなんて変なヤツゥー。いったいどこから集めてきたのよぉ。特にその赤帽子なんてゴブリンの領域超えてるでしょ? マジしんじらんなーい」

 

「え、えぇ?」

 

 聞こえてきたのは女性の軽口だ。ビーストマン特有の聞き取りにくい濁声ではない。

 エンリとしては少しばかり混乱してしまう。

 

「わたしはさぁ、ビーストマンの……まぁボスみたいなことやってんだけどさ。うん、そうそう、竜王国へ攻め込んだ張本人ってやつよ。んで名前はティーヌ、よろしくね」

 

「ボスって……あなたが?」

 

「なによー、疑ってんの? 言っとくけどさ、私強いよ。まぁ、そこの赤帽子には手も足も出ないけどねー。ってか、ゴブリンのくせにこのティーヌ様より強いなんてムカつくなぁ」

 

 ボスを名乗る雌のビーストマンは腰から細長い短剣を引き抜くと、クルクルと回しながら殺気を撒き散らし始めていた。

 たった一体で、それもレッドキャップスに敵わない実力で何をしようというのか?

 エンリにはまるで分からない。

 

「エンリ将軍、我らレッドキャップスにお任せを。あの者がボスであるならこの場で仕留めてしまいましょう」

 

「そうですね。あ、あのっ、ティーヌさん! あなたに勝ち目はありません。大人しく武装を解除し、降伏してください。竜王国国民を虐殺した貴方の命を保証することはできませんけど、苦痛なく殺して差し上げますから」

 

「はぁ? なにバカ言ってんのぉ? 私がここにきたのはさぁ、大将同士の一騎打ちをするためだってーの。さっ、早くこっちきなよー。ぶっ殺してやるからさ!」

 

 全身の毛を逆立たせて、ティーヌという名のビーストマンは針のような形状の短剣をエンリへ突き出す。

 どうやら本気のようだ。

 本気で大将エンリとの一騎打ちを望んでいるようだ。

 そんな馬鹿な望みをエンリが叶えてくれると信じているのなら、余程頭のおめでたいビーストマンなのであろう。

 圧倒的優位でありながら危険な一騎打ちに身を投じるなんて、どこかの骸骨魔王様ぐらいしか行うまい。

 

「エンリ将軍、御命令を。あのような雌の獣、すぐに始末します」

 

「あ、はい。では」

「あっれー? もしかして一騎打ち断っちゃうのぉ? なにそれー、大将が腰抜けってこと? だとするとさぁ、あんたを送り込んだ魔導王ってヤツも()()()ってことになっちゃうけどぉー。それでイイのー? きゃははは」

 

 ティーヌの言葉を受け、大気がギシリと軋む。

 尋常ならざる殺気がその場を覆ったからだ。

 発信源は、いつものイタズラっぽい笑みが微塵も存在しないルプスレギナ、そしてゴミを見るような視線のエンリである。

 他のゴブリン軍団も、主を腰抜け呼ばわりされたのだから当然怒気とともに得物を構えてしまうのだが、それよりも桁違いの殺気を溢れさせるエンリに戸惑いぎみであった。

 ちなみにどこかの大墳墓では洒落にならない事態が巻き起こっており、それを鎮めるために骸骨魔王様が死ぬほど頑張ったのだが、今は余談であろう。

 

「レッドキャップス、他の者も皆下がりなさい」

「お止めください、エンリ将軍! 挑発に乗ってはなりませぬ!」

「黙りなさい!! もはや勝敗の問題ではないのよ! 魔導王陛下は私の命を救い、ネムの命を救い、カルネ村を救ってくださった大恩人! その方への暴言は死を以て償わせる! そして暴言を許してしまった私自身も命を懸けて償わなければならない! これはもう竜王国もビーストマンも関係ない! 私の戦争だっ!!」

 

 引き留めようとするゴブリン軍師やレッドキャップスを抑え、怯えて縮こまるハムスケをその場へ残し、エンリはティーヌの正面へと歩を進めた。

 血濡れの鎧がエンリの怒りを表すかのように赤く発光し、黄金のサークレットと共に眩しく輝く。

 

「あははははっ、まともに剣も扱えない素人のくせにえらそー、ゴブリンの後ろに隠れていればよかったのにねぇー。この間合いならスッといってドス! で終わりだよぉー。まぁ、あっさり終わっちゃうとつまんないからぁ、先手はとらせてあげるけどー」

 

「私を舐めているから、先手を与えてくるだろうと思っていましたよ。ですが後悔しても知りませんからね」

 

 はぁ? と首を傾げるティーヌの前で、エンリはサークレットの中央、アインズ・ウール・ゴウンの紋章へと意識を向ける。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より借り受けし黄金のサークレットよ! 我に力をっ!!」

 

 エンリの装備には、どれも特殊な力が備わっている。

 額を飾りし黄金のサークレットも例外ではない。というか、サークレットの力は他の比ではないのだ。

 アインズ自ら封じ込めた、一日に三回しか発動できない強力無比な神の魔法。

 それは〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉。

 

「がががああああぁぁぁああああ!!!!」

 

 骨がきしみ、筋肉がのたうち、皮膚が張り裂けんばかりに悲鳴を上げる。

 全身の隅々まで大魔王の魔力が満ち、髪の毛の一本一本が別の生き物かと思うように天へ浮き上がり黄金色に輝く。と同時に瞳まで金色に発光し、血濡れの鎧が放つ赤いオーラと共にエンリを包み込んでいた。

 

「なっ、なんだよそれ?!」

 

 聞いたことも見たことも、魔法か武技かも分からない。

 一人の人間が、あっという間に化け物だ。

 ティーヌにはおぼろげながらも身体強化に関する記憶がある。それは魔法であったり武技であったりするが、少なくとも能力の何割かを底上げするだけのはずだ。

 決して素人娘をビーストマン顔負けの化け物にするものではない。

 いや、現時点ではまだ人間なのだろう。

 外見的に大きな変化があったわけではない。

 だが化け物だ。

 私を殺そうとする化けモノなのだ。

 

「くそったれぇ! 〈超回避〉〈疾風走破〉〈能力向上〉〈能力超向上〉!!」

 

 ティーヌは地を這うような姿勢から弾丸のように飛び出し、エンリの正面まで一息で迫る。

 

「この化けもんがぁ! てめぇの頭をぶち抜いてやる!!」

 

 突き出したスティレットは正確無比にエンリの額を捉え、勢いそのままに貫こうと

 

「なっ?!」

 

 ティーヌの刺突はバリスタの鉄矢より速くて重く、盾で受け止めたとしても弾き飛ばされるのがオチであろう。

 それなのにエンリは片手でスティレットの細い刀身を掴み、額の前で停止させていた。

 ビーストマンの腕力でもってしてもビクともせず、押し切ることも引き抜くこともできない。

 

「馬鹿がっ! これでもくらえ!!」

 

 素手で掴まれたことに対し驚愕の表情を見せながらも、ティーヌは咄嗟に奥の手を――スティレットに籠められていた電撃(ライトニング)を解き放った。

 幾重もの雷がエンリの左手から全身まで這い回り、肉と内臓を焦がそうとのた打ち回る。

 

「まだ終わりじゃないんだよぉ!」

 

 勝利を確信したティーヌはトドメとばかりに二本目のスティレットを掲げ、エンリの頭を刺し貫こうとするが、またしても刀身を掴まれて止められてしまった。

 電撃を浴びながらも必死に致命傷を守ろうとするエンリの抵抗に、ティーヌは忌々しく思いながらも笑って称える。

 

「やるじゃん素人娘! って嘘だよバ~カ! 燃えて灰になりなっ!!」

 

 スティレットから放たれた電撃を浴びているのに、また刀身を掴みやがった。ティーヌは学習しないエンリの行動をそう嘲りながら、奥の手第二弾となる火球(ファイヤーボール)を解放する。

 

「きゃはははははっ!! 超級の武装でも雑魚が着てちゃ~意味ねーんだよ! 私が使ってやるからテメェは消し炭になっちまえ!!」

 

 のた打ち回る電撃と全身を覆う業火。見るからに命あるモノが踏み入れてよい領域ではない。どこかの骸骨魔王でもなければ、生き残ることは不可能だろう。

 ただ、ティーヌはおかしな音を耳にしてしまった。

 それは電撃が大気を弾く音でも、炎が肉を焼く音でもなく、硬質なモノが砕かれる音。

 そう、オリハルコンでコーティングされたスティレットの刀身が、バラバラに砕かれる音だ。

 

「なっ? え――ぅげはっ!!」

 

 柄だけになった己の得物を自覚すると同時に、強烈な一撃が腹部を襲う。

 蹴られた、とティーヌが認識するも、骨が砕かれ内臓が破裂し、天地が分からなくなるほど地面を転がり、そして両足が動かないことまで自覚してしまった。

 辛うじて目は見えるが、そのときはもう見えない方が良かったと思ってしまう。

 ゆっくりと、そして悠然と炎の中から姿を見せたのは、傷一つ、火傷一つないエンリであった。

 

「あなたは許されない。死をもってしても許されない。ただ無残に、恐怖の中で、魔導王陛下への懺悔を口にしながら細切れの肉片となりなさい」

「ぁがっ……げひゅ、んぎぃ……」

 

 両足は動かず、声を出すこともままならず、ティーヌは地面に転がったまま、眼球だけを動かして近付いてくるエンリを見ていた。

 エンリは金色に輝く瞳で、汚いゴミを処理するかのようにビーストマンのボスを眺め、血管が浮き出た鋼のような右手拳を振り上げる。

 

「跡形もなく、念入りに潰します」

「……」

 

 ティーヌは血濡れの化け物を見ていた。

 そして同じような化け物によって胸と腹を潰された過去の恐怖を思い出す。

 

「(ああぁ、私は何をしていたんだ……? どうしてこんなことに? 私はアニキを殺せれば、ただそれだけで良かったはずなのに……)」

 

 涙と涎がティーヌの顔を覆う頃、エンリの拳が振り下ろされた。

 その回数は三十。

 肉も骨も粉微塵で、地面すら打ち砕いたエンリは、文字通り血塗れのまましばらく佇み――

 

 石化でもしたかのように、直立不動のまま地面へ倒れ込んだ。

 




はい、ビーストマンのボスが登場しました~。
いったい何者なんでしょうね~。
誰かに似ていたような気もしますけど……。
いやまさか、そもそもあの人はビーストマンじゃなかったし……。

ちなみにですけど、ナザリックの宝物殿には様々な転生アイテムがあるそうですよ。
ちょっと実験してみたいですよね~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 「し、しもぉ?!」

戦いは終わった。
これでビーストマンの脅威は無くなるはずだ。

しかし、黒幕については不明な点が多い。
そんな輩が本当にいるのかどうか……。
それすらも確信できないが、まだまだ油断してはいけないのかもしれない。

でも今は、束の間の平穏を堪能すべきだろう。



 大墳墓の地上部分、第一階層の入り口からほんの少し外へ出た平原。そんな場所に、大きなパラソルが複数立てられていた。

 

「うわああああぁぁぁ~~ん! ほんとうにもうしわけありませぇぇぇ~ん!」

 

「いやだから気にするなと言っているだろう? あの者が発した暴言はエンリと戦うための布石だったのだから気にするな」

 

「でもぉぉ~」

 

「仕方ないなぁ、ほらここに座りなさい。骨の上だからちょっと座りにくいと思うが、まぁ大腿骨だからまだマシだろう」

 

「ありがとうございます!」

 

「(お、お姉ちゃん、ズルいよぉ)」

「(確かにズルいでありんす!)」

「(きぃー! 王妃の私を差し置いてぇぇぇー!!)」

「(オオ、コレデ御子息ノ誕生ガ……)」

「(やれやれ、気が早いですねぇ)」

 

「さて、実験は上手くいったようだな。ケンタウロスの動像(ゴーレム)を二体に削っておいたのはちょっと過保護だったかもしれないが……。まぁ上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)でエンリが弾け飛ばなかったのは幸いだった。確率的には五分五分だと思っていたのだがな」

 

「陽光聖典が肉片になったことを考えますと、“実験体エンリ”のレベルが適正値になったと判断してよろしいかと。ですがまともに動けるのは五分程度ですわ。やはり人間の小娘程度では」

「この世界において強力過ぎるバフは弱者を死滅させてしまいます。まぁ至高の御方の力をその身に受けるのであれば、それ相応の力を要求されても仕方がないでしょう。その点で言えば、“実験体エンリ”は最低限の資格を得たとも言えます」

 

「で、でも高位の支援魔法が弱者にとって害になるなんて、僕達も注意しないといけませんよね」

 

「ナザリックの(しもべ)相手でも同じことが起こりんすと? でもまぁ、私は支援魔法なんてあまりつかいんせんが……」

 

「問題ニナルノガ実験体以下ノ弱者ナレバ、ソウ気ニスルホドノコトデモナカロウ」

 

「おやおや、そんなことを言って蜥蜴人(リザードマン)を絶滅させないでくれたまえよ。私の見立てだと、あの中では数名しか耐えられないのだからね」

 

「ウムム……」

 

(う~ん、ユグドラシルでは相手が最低レベルであっても問題になることはなかったのになぁ。第一バフをかけてもらって木端微塵に吹き飛ぶって、どんなクソゲーだよ! パワーレベリングできねーじゃん! 今回もエンリを強化しまくって軽くレベル上げするつもりだったのに、瀕死状態になってるし! 問題無いって言われて信用したらこの有様だよ! まぁ確かにナザリックの者たちからすればさっ、人間の実験体なんて生きてさえいれば問題ないんだろーけどさっ。異世界にきて初めて出会った女の子を実験動物扱いし過ぎだってーの! さすがに引くわ!)

 

「うにゃにゃ、くすぐったいですぅ」

 

「あ、あんなに撫でてもらって……、お姉ちゃんズルいよぉ」

「ふぅーふぅー、もう限界でありんす! 空いている右大腿骨は私がもらいんすっ!」

「バカ言わないでっ! そこは妻たる私の場所でしょ?! ぺったん子は引っ込んでなさい!」

「あんだとこのホルスタ淫魔がっ!」

「ン? ペッタン子、トハドウイウ意味ダ?」

「そうだねぇ、ある部分がぺたんとした平らな状態の子供、を意味しているのだと思うよ」

 

(え~っと、なんだか雲行きが怪しくなってきたなぁ。このままだとロクな目に遭わないような気がする。後で順番に座らせてやるとしようか。あ~、それとビーストマンの管理はどうしようかな~。蜥蜴人(リザードマン)みたいに守護者にやらせるにしても、ナザリックから少し離れているしな~。ん? あぁそういえば漆黒聖典に獣使い(ビーストテイマー)がいたっけ? アイツにやらせればイイか。それにビーストマンのボスに据えたのは妹なんだし、蘇生させて記憶を多少弄れば仲良くやってくれるだろう。うん、我ながら良い考えだ)

 

 ナザリック地下大墳墓の地表部分において、骸骨魔王様は闇妖精(ダークエルフ)の少女を撫でながら御満悦であった。

 もっとも、その後に待ち受けている試練から目を背けていただけに過ぎないのだが……。

 

 

 ◆

 

 

 ふらふらする頭に眉を寄せつつ、エンリは静かに目を覚ました。

 何だか柔らかいモコモコにもたれかかっているように思うが、見上げた先は青空だ。どうやら屋外で休憩でもしている途中なのだろう。

 エンリはモコモコの元凶へと声を掛ける。

 

「ハムスケさん、ここは……どこですか?」

 

「おっ、目を覚ましたでござるか将軍殿。ちょっと待つでござる、ンフィーレアどのー!」

 

 森の賢王が声を上げると、ンフィーレアだけでなくゴブリン軍団の主要人物、そしてルプスレギナやレイナースまでもが駆け集まってしまう。

 

「エンリィ~! ほんと良かったよ~。中々目覚めなくて心配したんだからね~」

「私がなにか失敗したのかと思ったっすよ、エンちゃん。マジでビビったっす」

「エンリ将軍、無事でなによりですわ。意識不明と聞いたときには、本当に心配しましたよ」

 

「はは……、あの、それでここはどこなのでしょう?」

 

 レイナースが合流しているのだから、竜王国の国境付近まで戻ってきたのは分かる。

 ただ周囲の状況からするとまだ行軍途中にしか見えず、竜王国首都へ向かっているのか、その手前の大きな砦または副首都へ向かっているのか判断できない。

 

「ほほっ、エンリ将軍。今ゴブリン軍団は、竜王国副首都を出発して一日半といったところです。後数日で竜王国最大の砦『エリュシナンデ』へ到着予定となっております」

 

「えぇ? ということは私、十日近く意識が無かったってことですか? うそぉ」

 

「ホントっす。今の今までエンちゃんの(しも)の世話とかは私がやっていたんすよ。感謝するっす」

「し、しもぉ?!」

 

 ガツンと殴られたような衝撃がエンリを襲い、全身の血流が顔へ集まっていくのを感じてしまう。

 恥ずかしい、申し訳ない、エンリはそんな思いを込めて、涙目でルプスレギナを見つめる。

 

「ル、ルプスレギナさん、あの、ごめんなさ――」

「嘘はいけませんわ、ルプスレギナさん。付きっきりで世話をしていたのはンフィーレアさんですわよ。食事を与えたり、体を拭いたり、その他もろもろ……。非常に献身的で愛に溢れる素晴らしい対応だったと、おや? エンリ将軍、どうかなさいましたか?」

「ンフィーーーーー!!!!」

 

 レイナースの言葉に思わず叫び、ンフィーレアの両肩を掴んで結構強めに揺さぶってしまったが、エンリとしては――そう、感謝しなければならないと分かっているのだ。

 ただ恥ずかしい。

 ただそれだけなのである。

 

「どうしたでござるか将軍殿? つがいであるがゆえに世話をするのは当然でござろう? なにを騒ぐ必要があるのでござるか?」

 

「ハムっちもまだまだ甘いっすね~。エンちゃんは人間の雌でンフィー君とはつがいになる予定っすけど、今のところ生殖活動はしてない間柄なんすよ。だから生殖器とかを見られるのは恥ずかしいって話っす。はぁやれやれっすよね~。もう少し経てばいくらでも見せ合いっこする羽目になるっていうのに」

 

「ル、ルプスレギナさぁーーん! みんなが居る場所で克明な解説いりませんからっ! ホント止めてください!」

「エ、エンリ、く、くびがとれちゃうよ~」

「ああぁぁー!? ご、ごめん、ンフィー」

 

 振り回していた恋人を解放し、エンリは必死に落ち着きを取り戻す。

 恥ずかしい事態に陥ってしまったのは、もはやどうしようもない。既に過去の話であり、ンフィーレアの記憶から自分の裸体を消すわけにもいかないのだ。

 まぁ、いずれ見せるはずだったのだから、順番が早まっただけだと思えば納得できなくもないだろう。

 小さい頃はお互い裸で水浴びしたこともある幼馴染なのだから被害は小さいはずだ。って何の被害なんだか……。

 

「え、えっと、それで軍師さん。私が気を失っていたあいだの報告をお願いしてもよろしいですか?」

 

「はい、それでは」

 

 ゴブリン軍師の弁によると、ビーストマンのセクシーなボスを撃破した後は、エンリの治療にあたふたしながらもルプスレギナの協力を仰ぎ、死の危険性が去ったのを確認してホッとし、次いで神殿に籠っていたビーストマンの掃討を行おうとしたそうだ。

 しかし神殿へ乗り込むまでもなく、建物内からシャルティア王妃様が現れたそうな。

 王妃様曰く「ビーストマンの管理と、南方でウロチョロしている牛頭人(ミノタウロス)どもは私に任せんしゃい。おんしたちはさっさといきなんし」とのこと。

 どうやら神殿の内部には危険な未知の(トラップ)もあるようなので私たちは手を出さない方が賢明であり、多くの亜人が蠢いている南方方面はゴブリン軍団の手に余るとの判断らしい。

 ちなみにこの考えは、ルプスレギナさんとゴブリン軍師が王妃様の真意を汲み取って導き出したものである。

 真実かどうかは分からないが、まぁ確かにその通りだと思うので王妃様に――ゴウン様にお任せするのが一番だと私も、ゴブリン軍団の指揮官たるエンリ将軍も納得していた。

 ただ臥せっていた私の頭を洗うとき、サークレットを外してもイイかどうか、ゴウン様にルプスレギナさん経由で確認したというンフィーには苦言を呈したい。

『もっと他に訊くべきことがあるでしょ?!』と。

 

 なお、サークレットは外しても構わなかったそうな。

 

「ほんと……今回の遠征はゴウン様に助けられてばかりね」

 

「エンリ、あまり深く考えない方がイイと思うよ。ゴブリン軍団の皆だって、元々はゴウン様のアイテムから出てきたんだし」

 

「はぁ、それもそうね」

 

 ンフィーに言われるまでもなく、今更な発言だった。

 ゴウン様に助けられているのは最初からであり、現時点に於いても、この先未来に於いても変わりはしないのだろう。

 竜王国を救援するのにゴウン様の力を借り過ぎている、とは視点が違うのだ。ゴウン様の壮大な計画の中に竜王国支援があり、その中でエンリが、ゴブリン軍団が動かされているのだ。

 エンリが中心なのではない。

 ゴウン様こそが世界の中心であり、エンリやゴブリン軍団は世界という盤上で動かされている駒にすぎないのだ。

 とはいえ不満などは無い。

 ゴウン様は相手の話を深く聴いて、自然な感じで誘導してくれる。強制的に何かを強いるなんてことは一度もなかった。

 ただ一つ願うとするならば、ゴウン様にはもっと早く表舞台へ出てきてほしかった。私の両親やカルネ村の住人――いえ、カルネ村周辺の村民が虐殺される前に、ゴウン様が支配してくださったならどれほど良かっただろうかと……。

 ホント、我が身を伝説の武具で覆っていただいている現状に於いて、なんと強欲な願いなのでしょう。命すら救っていただいたというのに、「人間の欲には際限がない」とは誰の言葉だったのかしら?

 

「これから世界は変わるわよ、ンフィー」

 

「えっ? あ、うん、そ、そうだね」

 

「ふふ、今後ともよろしくね、ンフィーレア・バレアレさん?」

 

「おぉ、求婚というやつでござるか? 人間の場合は雄から行うと聞いていたでござるが、雌からの場合もあるのでござるなぁ。勉強になるでござるよ」

「大胆っすね~。前線からの帰還途中だっていうのに肝が据わってるっす。って即座に報告するっすよー!」

 

「ちょっ!」「ちがっ」なんて口走るエンリを余所に、ルプスレギナは伝言(メッセージ)巻物(スクロール)を使用して誰かへ話を広げようとしているようだ。

 こうなれば当然、エンリとしても妨害しないわけにもいかないのだろうが、このときのエンリは顔を血塗れ鎧のごとく真っ赤にしながらも動かなかった。

 ワタワタする恋人をチラチラ見ながら、ハムスケの毛をブチブチ引き抜くだけである。

 もちろん、ハムスケの悲鳴が轟いたのは言うまでもない。

 

 ちなみに報告を聞いた某大墳墓の某骸骨魔王様は、思わず「爆発しろっ!」と言いそうになったらしいのだが、本当に爆発させてしまいそうなのでグッと堪えたそうな……。

 加えて、一緒に聞いていた某統括殿は謹慎処分と相成りました。

 この某統括殿がナニをしたのか?

 それはまぁ、機密とのことです。

 

 

 ◆

 

 

 ハムスケの背中でゆらり揺られてのんびりのどかな行軍途中、すれ違うのは復興作業を行う竜王国の兵士とそれを手伝う死の騎士(デスナイト)及び骸骨(スケルトン)たちだ。

 カルネ村では当たり前過ぎて気にもならないのだが、竜王国では珍しい光景であろう。

 アンデッドと違和感なく協力できるなんて、いったい何があったのやら。

 

『エンリ将軍様の御味方なのでしょう? なら何の問題もありません』

 

 兵士の一人がエンリの前に跪いて語った言葉だ。

 その兵士はまるで救国の英雄を前にしたかのように畏まっていたのだが、エンリとしてはむず痒くて仕方がない。

 今回の戦争でエンリが手を下したことと言えば、ビーストマンのボスを仕留めたぐらいだ。それもゴウン様のサークレットから力を借りて、である。

 絶体絶命の瞬間にしか使用してはならない、と厳命されていた最高の魔法を使って成したことが、たった一体のビーストマン討伐なのだから呆れてしまう。

 成果で言えば、ルプスレギナさんかハムスケさんが最大功労者となるだろうに。

 

「エンちゃんエンちゃーん、なぁ~に難しい顔してるっすか? 暇ならちょっと手伝うっすよ。実験っす」

 

「実験ですか? いったい……」

 

「コレ使うっす」

 

 ルプスレギナが渡してきた短い木の枝のようなものは、エンリにとって初めての所持となる短杖(ワンド)であった。

 短くもひね曲がった木製の棒に、青いガラス玉が嵌め込まれており、思わず魔法が使えるのではないかと勘違いしそうになる。

 

「なんだか魔法詠唱者(マジック・キャスター)になった気分ですね。ん~っと、変身! ……なんちゃって」

 

「今回の実験は変身じゃなくて伝言(メッセージ)っすよ。最近になってようやく製造に成功した貴重な短杖(ワンド)っす。こっちの材料だけで作るのって巻物(スクロール)の比じゃないんすから、ホント大変だったんすよ~。まぁ作ったの私じゃないっすけど」

 

 最後の言葉で苦労の演出が台無しではあるが、いつものことなのでエンリは気にしない。それより短杖(ワンド)を使った実験の方が気にかかる。いったい何をさせようというのか?

 

「んじゃエンちゃん、ちょっと伝言(メッセージ)を使ってみるっす。短杖(ワンド)の最大利点である使用者不問について試してみるっすよ」

 

「つ、つまり誰でも使えるってことですか? へ~、それは凄そう……でも」

 

 エンリは短杖(ワンド)を持ったまま固まってしまった。

 魔法を使えと言われても、生まれてこのかた一度たりとて魔法呪文を詠唱したことはない。アイテムに封じられた魔法の発現ならゴウン様のサークレットで経験しているが、それは魔法の使用ではないだろう。

 故にいったい何をどうすればイイのやら。

 歩き出すのに右足を出せばいいのか左足を出せばいいのか、それとも両足でジャンプするのか、それぐらい全く分からない。

 

「ん~、そうっすね~。エンちゃんと強い絆を持つ誰かを頭の中でイメージして、短杖(ワンド)片手に

伝言(メッセージ)〉と唱えるっす」

 

「強い絆、ですか?」

 

 エンリは迷いなく親愛すべき人物を思い浮かべて短杖(ワンド)を掲げる。

 

「〈伝言(メッセージ)〉!」

 

『――でね、えいようを取られないようにじゃまな草を……。あれ? あたまの中で音が鳴ったような』

「えっ? これってネムの声? すごい、ホントに繋がったの?」

『あれれ? お姉ちゃんの声がするよ。お姉ちゃーん、どこにいるのー?』

 

 魔法未経験者が伝言(メッセージ)で繋がると色々大変なようだ。さっさと説明しないと、ネムが姉を探し求めて森の奥深くへ行ってしまいかねない。

 

「ネム、よく聴いて。私は今、魔法を使って貴方に話しかけているの。こっちはまだ竜王国よ。分かった?」

『お姉ちゃんすごーい! いつから魔法使いさんになったの! ホントすごーい!!』

「ちょっ、ちょっとネム、あまり大声出さなくてイイからね。凄くよく聴こえているから、普通に話して大丈夫だからね」

『はーい! 分かったー!』

 

 近くに居ない遠くの誰かと話す場合は、無意識に声が大きくなってしまうのだろう。エンリは仕方ないと思いつつも頭を押さえてしまう。

 

「それでネム、村の様子はどうかしら? 大丈夫?」

 

『うん! 村はへいわだよ~。畑もすごいんだよ~。ヴァンパイアの双子ちゃんとかダテンシのお姉ちゃんとかが畑を一日で耕してくれたりしたんだよ~。すごいすごい!』

 

「ヴァン?! ダテッ? って……はぁ(ゴウン様の関係者かしら?)まぁイイけど。でも畑なんて耕すのに半日もかからないでしょ? どこが凄いの?」

 

『ちがうよお姉ちゃん、ぜんぶの畑だよ。カルネ村のまわりにあるぜんぶの畑を一日で耕しちゃったの。でも、でもね、そのお姉ちゃんったらけっこうガサツでね。アチコチにダメなところがあったから、ネムがしっかりシドウしてあげたんだよ』

 

「全部って、確か千面近くあったんじゃ……。それを一日で? ってその人を指導? あぁ~うぅ~、あのね、ネム」

 

『な~に~、お姉ちゃん?』

 

「その人を指導しているときって、ユリさんとかはどんな表情していたか、分かる?」

 

『ユリさん? ん~、え~っと、そういえばすっごく慌てていたけど、どうしてかはよく分かんない。でも、ユリさんがどうかしたの~?』

 

「ううん、何でもないよ。ただ、その人とは仲良くしてね」

 

『もちろん! みんな仲良しだよ~』

 

「そう、ならイイんだけど。それじゃあ、ネム。久しぶりに話ができて嬉しかったわ。私はまだ当分カルネ村には帰れないけど、そっちのことはお願いね」

 

『うん! お姉ちゃんに会えないのは寂しいけど、こっちはこっちでダテンシのお姉ちゃんが変なことばっかりやっているから楽しいよ~。帰ったらみんなであそぼうね~』

 

「ええ、もちろん。それじゃ」

 

 伝言(メッセージ)の終え方については全く理解していなかったのだが、頭の中で繋がりの遮断を意識すると自然に魔法は終息していった。

 魔法というモノは本当に便利だなぁ、っとエンリはあらためて魔法使い、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の用いる超常の力に対し、「ズルい」との感想を持ち得てしまう。

 

「どうっすか? 初めて魔法を使った感想は?」

 

「はい、すっごく感動しました。ネムの声がまるで隣にいるかのようにハッキリと聞こえるなんて、ホント凄いです」

 

「ん~? ハッキリと聞こえたんすか? それは」

 

 ルプスレギナの疑惑に満ちた顔を見て、エンリは戸惑ってしまう。

 実験としては大成功であろうに、いったい何を失敗したのだろうか? エンリは短杖(ワンド)を手にしながら涙目になるのを抑えきれない。

 

「あ~、違うっすよ。エンちゃんが失敗したんじゃなくって、こっちの住人が伝言(メッセージ)を使うと距離によって不具合が生じたりするはずなんす。此処からカルネ村までの距離なら、ハッキリとは聞こえない程度に」

 

「え? そう、なんですか? でも」

 

「分かってるっすよ。会話の中で聞き直すとか、耳をそばだてている様子もなかったっす。伝言(メッセージ)は完璧に機能していたってことっすよ。大成功っす!」

 

 親指を立てるルプスレギナの笑顔からすると、結果的に問題はなかったのだろう。ホッとするエンリではあったが、結局のところ何が良くて何が悪いのかはサッパリである。ルプスレギナは「司書長の魔力で起動したからなんすかねぇ?」と呟いているものの、その言葉の意味は分からない。というか、分からないでイイのだろう。

 とりあえずゴウン様のお役に立てたのだから、これ以上の詮索は無意味だ。

 それより今は、見えてきた竜王国首都の様子が気になる。

 




カルネ村で畑を耕していたのは何者か?
まぁ恐らくナザリックの(しもべ)なのでしょうが、少しばかり残念属性か?

農業体験しているようだけど、そんなスキルは持っていないので、クワで地面を弱攻撃しているだけだったりする。
超高速で移動しながら地面を弱攻撃。
するとあら不思議。
畑の出来上がりですね。

――なんということでしょう。
さっきまで草原だった土地が畑になってしまいました。
もちろん、匠の技には程遠く、めっちゃ雑ですけど……ね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 「むぅーりぃーでぇーすぅー!」

英雄の凱旋。
それは歴史に残る大イベントだ。
多くの吟遊詩人が歌にし、画家が数多の場面を描き出すだろう。

血濡れのエンリ将軍。

彼女は後世に、どのような伝説を残すのだろうか?
いや――もしかすると、今回の騒動は……始まりなのかもしれない。



 城壁の上、そして外にまで溢れ出す住人たち。

 エンリを含むゴブリン軍団の姿に気付いて歓声を上げ、手を振り出す人の山。

 兵士も一般人も、冒険者も商人も関係なく、まるで英雄の一行を迎え入れるかのようなお祭り騒ぎだ。

 見れば音楽隊のような者たちまで集まりだし、花吹雪を撒く者まで出始めている。

 

「ちょっと、これって大袈裟な」

 

「なに言ってんすか? 滅びかけていた国の救世主なんすよ。もっと胸を張るっす」

 

「そうだよエンリ。僕たちはゴウン様の名を背負っているんだからしっかりしないとっ」

 

「そ、それはそうだけどっ!」

 

 ンフィーの言い分には反論の余地なんてない。でも救世主なのはゴウン様であって自分ではないと思う。称賛を浴び、感謝を捧げられるのはゴウン様であるべきだ。

 だからエンリ自身、感謝の言葉を捧げてくる群衆の中を、パレードのように進むのには気が引けてしまう。

 

「ほら、エンリ将軍殿、手を振るでござるよ。英雄の凱旋でござる!」

 

「は、はい!」

 

 騎乗魔獣に促されてぎこちなく手を振るのはあまり英雄らしくないが、まだ成り立てなのだから仕方がないだろう。

 それでも血に塗れた装束に黄金の輝きを放つサークレット。若く美しい女将軍が伝説の魔獣に跨り、竜王国国民へ手を振るその姿。それはどう控えめに見ても、物語に登場する大英雄そのものであろう。十三英雄に匹敵――いや、どんな伝説にも勝る神話級の存在だ。

 どこかの大墳墓に骸骨魔王様でもいるのなら、それを倒しに行く選ばれた勇者に違いない。

 まさしく人類の希望。

 竜王国だけに留まらない、世界の救世主である。

 

「(ん~、でもここの人たちって、最初にきたときゴブリンさんたちを怖がって中へ入れようともしなかったのになぁ。ビーストマンを倒したから大歓迎って……あっ、そういえば私もゴウン様を最初に見たとき、凄く怖がって……いたような?)」

 

 あまりの恐怖で記憶が曖昧になっているものの、エンリも人のことを非難できた立場ではなかったと思い出してしまう。

 今でこそゴウン様を大恩人だと思っているが、それはカルネ村を救ってくれたという事実がそこにあるからだ。ならば竜王国の人たちと何が違うというのだろう。

 少しばかり反省の血濡れ将軍であった。

 

「おかえりなさいエンリ将軍!!」

「ビーストマンを追い払ってくれてありがとう!」

「命の恩人だ! もう駄目かと思ってたんだよっ!」

「ゴブリンの皆様! 怖がってごめんなさい!」

「エンリ将軍万歳! 我らが大英雄!!」

「美しき戦乙女! 新たな竜王国の守護神だっ!」

「救国の英雄、エンリ将軍に感謝を!」

 

 竜王国首都の大正門を潜り大通りを進めば、いたる所から感謝の言葉が注がれる。

 エンリ将軍をはじめとするゴブリン軍団の皆は花吹雪で覆われ、花束やアクセサリー、串焼き・肉巻き・揚げ団子などの差し入れを半ば強引に持たされて、困惑しながら進むばかりだ。

 中でも、エンリ将軍に対する女性陣の声援は圧倒的と言えるだろう。

 強く美しく、ゴブリンと共に戦場へ赴き、それでいて粗野なそぶりは微塵もない。まるで物語から抜け出た白馬の騎士であるかのよう。

 騎乗しているのが森の賢王であったり、性別が女であったりするのはこの際どうでもイイ。重要なのはその凛々しい瞳と圧倒的なカリスマ。

 それだけで世の女性は熱狂するのだ。

 

「エンちゃん、モテモテっすね~。それに比べてンフィー君はなにやってんすか? イマイチ目立ってないっすよ?」

 

「そ、そんなこと言われても、僕はこういうの苦手だし……」

 

「ンフィーったら、さっきは私にしっかりしろって言ったくせにっ。ズルいわよ」

 

「あわわ、ご、ごめん」

 

 少し八つ当たり気味にンフィーレアへ文句を放ち、エンリはクスッと微笑む。

 なんとまぁ平和なのだろう、エンリは今までの血生臭い戦場から抜け出せたのだと、群衆に囲まれたこのときになってようやく実感していた。

 長かったような短かったような、ビーストマンとの戦いは緊張の連続で、村娘には辛いモノであったと思う。ゴウン様の力を多分にお借りして尚こんな状態なのだから、自分たちだけで戦争なんか起こした日には、いったいどれほどの絶望を味わうことになるのか?

 想像しただけで身が縮こまる。

 

「おぉっ、エンリ将軍、待っていたぞ! ビーストマンの大軍勢を撃退したこと、竜王国を代表して感謝申し上げる! 将軍殿とゴブリン軍団の功績には、竜王国の全てを差し出してでも報いる用意があるぞ! もちろん私の身体もお主のモノだ!」

 

 王城から駆けてきたのは、白いワンピース姿の女の子――竜王国の女王様であった。

 大騒ぎで歓待する民衆の有様に引っ張られているのか? 興奮と共に口から零れ出すのは、とても一国の責任者が語るべき内容とは思えない。

 というか、幼い女の子が自分の身体を差し出すという考えにどうして至るのか?

 エンリとしては、女王様に対する情操教育に疑念が湧き出すばかりである。

 

「女王陛下、ただ今戻りました。ビーストマンはことごとく打ち倒しましたので御安心ください。詳しくは後ほど」

 

「そうだな、まずは身体を休めてもらいたい。報告はその後で聞くとしよう。よし、エンリ将軍とゴブリン軍団の方々に食事の用意だ! 面倒な業務は明日に回せ!」

 

「「はっ!」」

 

 戦時中ゆえに贅沢は禁止されていた竜王国であったが、このときばかりは無礼講なのであろう。全国民と全兵士のために国策として備蓄していた食糧を、ここぞとばかりに大盤振る舞いである。

 もっとも想定していた以上に国民が食われてしまったことで、本来ならあるはずのない余剰分の食糧をゴブリン軍団へ提供できるのだから、何とも皮肉な話であろう。

 一国の女王としては喜んでイイのかどうか……。

 まぁ、全国民がビーストマンの腹の中へ収容される未来に比べたら、何百倍もの幸運を授かったと言えるのだろうが。

 

 竜王国の女王は子供らしくエンリ将軍に抱っこをねだり、民衆の見つめる中で抱きかかえられた。そして笑顔のエンリ将軍と共に国民へ手を振り、分かりやすい事実を振り撒く。

 それはそう、エンリ将軍と竜王国女王は仲良しで、これからも協力関係にあるということ。ビーストマンの退治が済んだらさっさと立ち去り、無関係な立場になってしまう――そんなことは無いと示しているのだ。

 エンリ将軍に幼い女王が抱っこされている姿は、説明など不要なほどに分かりやすい。まるで最初から姉妹であるかのように完成された光景である。

 恐らく何人もの宮廷画家が後世に残すことになるだろう。魔導国と竜王国の関係性を一目で表す、非常に価値のある一枚絵になるに違いない。

 エンリ側としては利用された感じも否めないが、当のエンリは幼い女王に妹のネムを重ねているので、抱きかかえている両手に親愛の情が溢れんばかりである。

 

 ただ……エンリには駆け引きなど不要だ。

 

 なぜならエンリのカリスマはこのとき、竜王国首都の全域を覆っていたのだから……。

 血濡れ装備で範囲拡大、能力強化、そして戦争を経験したエンリ自身のレベルアップ。もはや英雄の領域を超えているのだろう。逸脱者と言えるのかもしれない。

 竜王国の国民は、すでにエンリ将軍の虜なのだ。

 女王も例外ではない。

 

 この日、竜王国の全国民、そして将軍に付き従うゴブリン軍団は、歴史の節目に遭遇したのだと確信していた。

 幼き女王を胸に抱く、全身血濡れの女将軍。

 サークレットからはあまりに美しい黄金の輝きが放たれ、まるで神話の世界であるかのよう。

 微笑むエンリ将軍の姿は、神に遣わされた聖なる乙女そのもの。

 超常なる力が世界を満たす。

 

 誰もがこの日のことを語るだろう。『救世主、エンリ将軍御光臨』――と。

 

 

 ◆

 

 

 大墳墓の地上部分にはログハウスが設置されている。これはナザリックの受付のようなものであり、一種の囮的な役目も担うモノであった。

 いつもならその場所には、戦闘メイド(プレアデス)の誰かが詰めているはずなのだが……。今日は何故か大墳墓の頂点たちが集まっていた。

 

「ふむ、これで一連の実験は終わりだな。まぁ、中々面白かったと言いたいところだが、成果という面ではイマイチだったか?」

 

「実験体のレベリング関連とビーストマンの素材収集は、満足のいくものであったと思いますわ。ですが」

「戦争偵察にきたのが“カルサナス都市国家連合”だけとは拍子抜けでした。見物(けんぶつ)だけなら飛竜騎兵部族や牛頭人(ミノタウロス)もおりましたが、彼らは分析もせずに見ているだけです。なんとも嘆かわしい」

 

「“アーグランド評議国”ガ姿ヲ見セナカッタノハ意外デアッタ」

 

「ほ~んと、あの鎧野郎がきたら私の魔獣でふんじばって、今度こそアジトを吐かせてやろうと思っていたのに~」

 

「お、お姉ちゃん、あの鎧は操り人形だから無理だと思うけど……」

 

「匂いでありんしょう? 評議国周辺で鎧に付着した匂いを辿れば、探し出せると思ったのではありんせんか?」

 

「へ~(なんか変な血でも吸ったのかな?)」

「(そ、それはちょっと可哀想だよぉ、お姉ちゃん)」

「(この前の女子会で反省したのでしょ。まぁ、何をしてもこの私には)」

「よい着眼点だな。自分なりに色々考えてみるのは悪くないぞ。私としても望むべき方向性だ」

 

「あぁぁ、嬉しい御言葉でありんす。我が君……」

 

「うむ。とはいえ肝心のプレイヤーが出てこないのでは、な」

 

「はい、確かに意外でした。これだけの大戦争ならば召喚モンスターの一体でも偵察に寄こすと思っていたのですが……。此方にバレたとしても切り捨てるなり釣り餌にして罠にかけるなり、相手側が損をするようなことは無いはずです。それなのにニグレドやパンドラの警戒網に反応がないとは」

 

「姉さんの探知に引っかからない相手かもしれないわ。隠密特化型の御方のような」

 

「至高ノ御方ニ匹敵スル隠密能力ダト? ソレハ流石ニ不敬ナ考エデハ?」

 

「だよね~、私のフェンでも発見できないレベルだもんね~」

 

「で、でも、昔ナザリックに攻めてきたプレイヤーは凄かった……よ?」

 

「それを言われると辛いでありんす。真っ先に倒されんした私としては」

 

(おいおい、また落ち込むのはやめてくれよぉ。ん~、でも過去の千五百人防衛戦に関する記憶は一応残っているんだな。トラウマをほじくり返すようであまり聴こうとは思ってなかったけど、今度じっくり……。いや、それよりプレイヤーの件だな。今回の戦争にまったく興味を示さないなんて想定外なんだけど、どうしたものか)

 

「プレイヤーの件ですが、考えられる可能性として『戦力不足のためにその存在すら隠匿しておきたい』というのは如何でしょう? 過去に存在したプレイヤーの中には、“口だけの賢者”のようにギルド拠点を持たず単体で活動していた例もあります。故に見つからないように隠れている。囮を使って罠にはめるなんて考えてもいない。強大な戦力を抱え持つ我らナザリックとは対照的と言えるでしょう」

 

「あら、相手が弱いと予測するなんて危険な考えね。それなら“カルサナス都市国家連合”の偵察隊を帰り道で待ち構え、記憶を覗いて情報をもらおうとしている、と考える方がマシじゃないの? ある程度の知能は備えている、と推定すべきだわ」

 

(うわあぁぁ~、俺が昨晩から考えていた策謀なのにぃ……。自ら偵察隊を出すことなく情報を集めるのなら、他の部隊から拝借するだろうと、結構ドヤ顔で発表するつもりだったのに~。それを「ある程度の知能」って……まぁ、恥をかかなくてよかった、か?)

 

「ふ~ん、後ろでコソコソしているのは好きじゃないなぁ。っで? その“カルサナス都市国家連合”の偵察隊には見張りをつけているの? なんなら私の魔獣を送り込むけど?」

 

「大丈夫ですよ。今回の戦争を覗いている全ての者たちは、我が隠密悪魔部隊の監視下です。無論、監視している(しもべ)が排除されても即座に対応できる体制を整えています。まっ、私としてはちょっかいを掛けてきてほしいと思っているのですがね」

 

「そ、そのときは僕も協力させてほしいですっ」

 

「私モ参戦デキレバト思ウノダガ……」

 

「私は転移門(ゲート)が使えんすから当然先鋒でありんしょうねぇ」

 

(やれやれ、みんな血の気が多いなぁ。この調子だと、プレイヤーが現れても平和的話し合いに持っていくのは大変そうだ。こっちとしては同じユグドラシルプレイヤーとして協力関係を築きたいと思っているのに……。もっともスレイン法国みたいに子供達を傷付ける相手なら、皆殺しで構わないだろうけど)

 

 ログハウスの中では、いつ終わるともなく物騒な話し合いが続いていた。

 ただ各守護者たちは、比較的窮屈なログハウスの中で思いがけず距離が近くなった至高の御方との会議を早々に終わらせたくはなかった、のではないだろうか。

 特に両脇の席を陣取っていた王妃らなどは……。

 

 ちなみに当直だったシズは脇に控えながらも御機嫌だった。

 無表情ゆえに分かりにくいが、至高の御方と長き時間同室であるということを「一日当番」のごとく喜んでいたのだろう。

 外への任務がないからこそ、彼女にとっては御褒美だったのかもしれない。

 

 

 ◆

 

 

 大盤振る舞いともいえる食事に久しぶりの入浴。夜はふかふかのベッドで、横に恋人がいることも忘れて即熟睡である。エンリにとってはお姫様扱いされているようで、翌朝起きて朝食に舌鼓をしているあいだも夢心地であった。

 だが、夢は必ず覚めるもの。

 竜王国女王の発した一言が、エンリを地獄へと叩き落とすのだ。

 

『正午頃、城の中庭に国民を集めるつもりだ。エンリ将軍にはそこで演説を行ってもらいたい』

 

「むぅーりぃーでぇーすぅー!」

 

 演説なんて冗談じゃない!

 中庭には一万人近く集まるって話だし、そんな人たちの前で何を話せっていうのよ!

 エンリはそうンフィーレアに愚痴を吐くと、そのまま自室へ立て籠もってしまった。

 誰も入れるな――と(あるじ)から命令されたレッドキャップスが部屋の全方位を固めてしまったので、ンフィーレアとしては扉を叩いて説得するしかない。

 

「エンリ、演説って言っても少し話をするだけだよ。今回のビーストマン討伐について簡単に説明すればイイんじゃないかな?」

 

「そ、それならンフィーでも大丈夫じゃない! 第一、バルコニーに立って何千人もの人達の前で説明って……紙に書いて配った方が分かりやすいでしょ?!」

 

「ま、まぁ、みんなエンリを一目見たいってことなんだと思うよ」

 

「も~、昨日帰ってきたとき見たでしょ~?」

 

 説得状況は芳しくないようだ。

 中庭には既に多くの国民が集まっており、エンリ将軍を呼ぶ声が響いてくる。群衆は中庭の外にまで溢れ出し、今なお増加中だ。まるで竜王国に住まう全ての者たちが駆けつけようとしているかのように……。

 内側城壁だけでなく、見えるわけもない遥か遠くの外側城壁にまで多くの人々が登り、今か今かと稀代の英雄、エンリ将軍の登場を待ち望んでいた。

 

「挨拶だけでもイイからさっ。ねっ、エンリ。部屋から出てきてよ」

 

「うそ! 挨拶だけで済むはずないじゃない?! 流れのままに演説するようになるんでしょ? でも私、何を言えばいいのか頭真っ白だよ~!」

 

「……」

 

 気持ちは分かるけど――なんて思いつつも、女王から「何としても連れてきてほしい」と懇願されたンフィーレアとしては頭が痛い。恋人に無理を強要するのは御免だけど、幼い女の子に涙目でお願いされては断るのも難しい。

 ンフィーレアは最後の希望とばかりにレッドキャップスへ視線を向けるが、ゴブリン軍団にとってエンリの命令は最上位。よって部屋の中へ入れてくれるわけもなく、エンリを連れ出してくれるわけもない。

 可能性があるのはルプスレギナぐらいだろうと思うものの、当の本人はさっさとバルコニーへ赴き、群衆を上から眺めてニヤニヤしているだけだ。協力を仰ぐのはほぼ不可能だろう。

 まぁ本気でお願いすれば「嫌がるエンちゃんを無理やり連れ出すなんて最高に面白いっす」と悪い意味で手を貸してくれるのだろうが。

 その場合は恋人関係に亀裂が入ること間違いない。

 ンフィーレアは、本日何度目になるか分からない深いため息を吐くしかなかった。

 




違った意味で追いつめられるエンリ将軍。
時間は無いし、助言をくれる相手もいない。

アインズ様のダンス教室みたいに事前練習は無理だぞ。

さぁどうするエンリ将軍?
魔導王の名代なんだから逃げられないぞ!

次回、最終話にてエンリの勇士をご覧あれ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 「血濡れの覇王」(最終話)

やってきました最終回!
毎日更新の全22話。
最初からリアルタイムで閲覧できた人はいるのでしょうか?

更新が早過ぎて困る――なんて言われたい今日この頃です。

さてエンリ将軍の演説。
とくとご覧あれ!



 豪華な客室で一人、エンリはアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれた蔦型のサークレットを眺めていた。

 

(あ~うぅ~、どうしよう、ホントどうしよ~)

 

 ゴウン様の名代として恥じない働きを! そんな気構えを持ってビーストマンと戦ってきた。だけど昨日の入浴あたりで緊張の糸が切れてしまったのだと思う。

 今はもうすっかり普通の村娘だ。

 万を超す群衆の前へ身を晒し、口上を述べるなんて度胸はどこにも無い。

 

(でもでも、行かないとぉ。ゴウン様に迷惑が……)

 

 竜王国国民の前に姿を見せるなら、それ相応の態度と演説が必要だ。でなければ魔導王陛下の威信にかかわる。だが何もしないのはもっと問題であろう。

 エンリは血濡れ鎧のままベッドに腰掛け、何とか己を奮い立たせようとし――突然、パタリと横に倒れ込んだ。

 

 ――〈抵抗突破力上昇(ペネレート・アップ)睡眠(スリープ)〉――

 

 強力無比な眠りの魔法をその身に受け、エンリは静かな寝息を立てはじめる。

 そんな彼女の前に現れ、ひょいっとサークレットを取り上げたのは山羊頭の悪魔……ではなく、埴輪顔の軍服男であった。

 

「(儚き人間のお嬢さまっ、後はお任せください)」

 

「(……パンドラ様、お伺いしてもよろしいでしょうか?)」

 

 エンリ以外誰もいなかったはずの部屋に、ツルっとした卵型の顔を持つ軍服姿の男が一人。そしてエンリの傍からは、一目で忍者と判るモンスターが姿を現していた。

 軍服の人物は、ナザリックの宝物殿領域守護者“パンドラズ・アクター”であり、忍者型モンスターは、エンリとンフィーレア、ルプスレギナ及びハムスケに一体ずつ配置されていた隠密護衛“ハンゾウ”である。

 

「(これはこれは……護衛の任、御苦労様ですハンゾウ殿。で何か?)」

 

「(勿体無い御言葉ありがとうございます。それでですが、私の任務は“実験体エンリ・エモット”の護衛となっております。ですので)」

「(ああ、御心配無く。“実験体”は眠らせただけで、危害を加えるつもりぃなど微塵もありませんっ。私の目的は、父上たるアインズ様に息子としての成長をお見せすることなのです!)」

 

「(成長……でございますか?)」

 

「(そうっです! 息子は父を超えるもの、とアインズ様は仰いました! 無論、アインズ様を超えるぅなど天地がひっくり返っても有り得ぬことっ! なれどそれぇは成長を否定するものではありません! 故に私はっ父の想像を超える“何か”を成すことによって、息子としての成長を見せんとしているのですっ!)」

 

 シュバっとマントを振り払い、パンドラは力説する。

 その内容はハンゾウにとって意味不明ではあったが、アインズ様にとって益のあることなのだろうとは推測できた。だから邪魔をするつもりなどまったく無く、むしろ何を成そうとしているのかを知りたいほどである。

 

「(では、パンドラ様は今から何を?)」

 

「(ふふふ、舞台の幕が上がろうとしているのですから、俳優(アクター)として颯爽と登場しないわけにはいかないでしょう)」

 

「エンリィ、もう一言挨拶するだけでイイって女王様も言っているからさ。顔だけでも出そうよ。ねっ」

 

 扉の外からは実験体の恋人である人間の声が聞こえてくる。

 ハンゾウはチラッと扉の方を一瞥し、「パンドラ様の魔法で眠らされたのだから、いくら声を掛けても無駄だろうに」と軽く同情していたのだが、

 

 ――視線を戻した先で、我が目を疑う羽目へと陥っていた。

 

「(変身、エンリ・エモット)」

 

「(パ、パンドラ様?)」

 

「(ハンゾウ殿はっそのまま任務を続けてください。私は舞台へと行ってまいります。あぁそうそう、外見だけなら血濡れ装備同様サークレットもコピー可能なのですが、さすがに父上の紋章を偽装するのは気が引けます。なのでサークレットはお借りしていきますよ。ではっ)ンフィー、大丈夫よ。今行くわ」

 

 ハンゾウの前を通り、扉の外にいる人間に声を掛けたのは、血濡れ装備を着込んだエンリ・エモットその人であった。当然声も本人ソックリであり、思わずベッドで眠りこけている本物を確認したくなる。

 

「(いってらっしゃいませ、パンドラ様)」

 

「エンリ?! ええっと、イイの? 無理してない?」

 

「なに言ってるのよンフィー。貴方が出てこいって言ったんじゃない」

 

「あ、そ、そうだね。ごめん」

 

「さっ、バルコニーまで連れていってちょうだい。妻のエスコートは夫の役目でしょ?」

 

「ふえっ? そ、それって?」

 

 ンフィーレアは訳も分からず恋人の手を取り、竜王国王城の通路を歩き進んだ。

 エンリの手を握るのは初めてではないはずなのに心臓は酷く高鳴り、顔まで熱くなる。軽く恋人の姿を覗き見れば、相変わらずの勇ましき戦乙女。真っ赤な血濡れ装備に黄金のサークレット。そして十代半ばの美しき少女が優しく微笑む。

 ンフィーレアとしては、バルコニーに着くまでの一時が夢の時間に感じられたのではないだろうか。

 ただ……、薬師少年は不思議そうに恋人の背後を見る。

 

 一目で上質だと判別できる真紅のマント。

 

 雨避けマントは行軍中にも使用していたが、あんなに高貴で上物の、魔法でも込められていそうなマントをエンリは持っていただろうか? とンフィーレアは己の記憶を遡ろうとしてしまう。

 

「さぁ、ンフィー! 私の大舞台よ、しっかり見ていてね!」

「うん! もちろんだよ!」

 

 バサァァ――っとマントを翻す、恋人の勇壮なる姿を見てンフィーレアは思う。「まぁ、マントの一つぐらいどうでもイイか、カッコイイし」と。

 

 

 ◆

 

 

 その日は竜王国にとって歴史的な一日であった。

 開放された王城の中庭には溢れんばかりの国民が押し掛け、はみ出た者たちがバルコニーの見える場所を確保しようと立入禁止の区域にまで入り込む有様だ。

 城壁の上にも兵士と一般市民が混在し、今か今かとその時を待っている。

 

「うむむ、エンリ将軍はまだなのか? これで出てこないとなると、国民の気力が洒落にならないところまで落ち込んでしまうぞ」

 

「現在、バレアレ殿が説得に当たっております。まぁ最低でも顔を出して、手を振ってくれるなりしていただければ助かるのですが……。うちの陛下ではどうにもなりませんしね~」

 

「おいこらっ、宰相の立場を忘れているのか! 私は女王なんだぞっ!」

 

「あ、形態はそのままでお願いしますね。エンリ将軍には幼い女の子で通っているんですから」

 

 竜王国の女王はいつものように「形態言うなっ!」と突っ込むつもりだったのだが、場の空気がそれを許さなかった。

 一瞬にして静まり返る王城中庭。

 カツンカツンっと鳴るのは血濡れの鉄靴(サバトン)――材質は鉄ではないが――だろう。

 誰もが一言も発せず、バルコニーに現れるであろう伝説を想像しゴクリと喉を鳴らす。

 

 来る。

 もうすぐ。

 あと数歩。

 

 期待に満ちた瞳の前に、最強無敵の血濡れ将軍が――

 

 カツン!

 バサッ!!

 

 踵を打ち鳴らし、真紅のマントを派手にはためかせて姿を現した。

 

「「「うおおおおおおおぉぉおおおぉぉおおあああああぁぁ!!!」」」

「「あああああ!! うわああああああぁぁ!!!」」

「「おおおおおおうおぉぉ!! おおおおおおおおお!!!!」」」

 

 声にならない声が場を満たし、誰もが思いの丈を爆発させた。

 本来ならエンリ将軍の名を叫び、感謝の言葉を添えるつもりだったのだろうに。それが一瞬にして崩壊だ。

 真紅のマントを纏った真っ赤な鎧の英雄様。

 可憐な少女でありながらビーストマンを打ち倒した救世主。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の紋章が刻まれたサークレットを頭上に備え、勇猛なる魔獣とゴブリン軍団を指揮する稀代の大将軍。

 もはや言葉では言い表せない存在だ。

 感謝の気持ちなどは、魂を捧げるつもりでなければならない。

 群衆の中には、救国の英雄様がどの程度の人物なのか――を見定めようとする者達も少なからずいたはずだ。それなのに一目見た瞬間、神を崇めるかのごとく涙を流して絶叫する。

 救国の英雄は英雄ではなかった、神であったのだ。

 

「静まりなさい」

 

 神が片手をあげると同時に静寂が訪れた。

 兵士や一般市民はもとより、貴族や王族、ゴブリン軍団やハムスケ、女王すらも信徒の如く崇め奉る。

 ちなみにルプスレギナまで真剣そのものだ。いつものふざけた感じは一片も無い。

 

「この場に集う全ての者たちへ告げる。我はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の命により竜王国を救った、血濡れの覇王――エンリ大将軍である」

 

 大声でもないのに、誰もがその御声(みこえ)を頭の中で感じていた。

 まるで神託であるかのように、神に包まれているかのように、竜王国の国民はもう祈りを捧げることしかできなかった。

 なお、「王なのか将軍なのかハッキリしろ」とか「自分で大将軍って」「口調が変だぞ?」なんて突っ込みを入れているのは、どこかの骸骨魔王様ぐらいしかいないのであしからず。

 

「竜王国の臣民達よ、そなた達は選ばれた。魔導王陛下の加護を受けるに値すると選ばれたのだ。故に何も恐れる必要はない。汝らは常に勝利し発展する。今日この時から未来永劫、汝らに敗北が訪れることはない。勝利と栄光……魔導王陛下の加護ある限り、竜王国は楽園となるであろう」

 

 神のごとき存在に直接言葉を掛けられ、選民意識を植えられる。それが幸なのか不幸なのかは分からない。ただビーストマンの胃の中よりはマシだろう。

 

「我が声を聴きし全ての存在よ。我が父、魔導王陛下を崇めよ。魔導王陛下に命ある身を感謝し、幸福に満たされながら天寿を全うせよ。死に至るその時まで魔導王陛下へ祈りを捧げ、死した後は肉体を捧げよ。父上の為に生き、父上の為に死に、父上の為に蘇るのだ。理解する必要はない、汝らは幸せに包まれながら意図せずして魔導王陛下のお役に立てるのだ。臣民達よ幸福なれ、今日からそなた達は父上の、魔導王陛下の加護を賜るのだ」

 

 祈らずにはいられない。

 膝を突いて崇めなくては己の魂が許さない。

 それは神からの御言葉。

 巫女や神官など一部の者が独占していた神託。

 竜王国の女王ですら涙を流さずにはいられない。己が知る最強の生命体――竜王(ドラゴンロード)である曽祖父――よりも遥かに強い存在を前にして、女王の立場など投げ捨てたくなる。

 最初に出会ったときのエンリ将軍は、強者足り得ても絶対者ではなかった。

 それなのに今は、神の領域へといたる至高の存在。

 身を置いているバルコニー全体が、神域となって輝いているようにすら見えてくる。

 

「さて、竜王国の臣民諸君。我が偉大なる父、魔導王陛下は近いうちにこの地を訪れることになるだろう。その時、皆には正式な挨拶で歓迎の意を示してもらいたい」

 

 正式な挨拶……神から正式と言われたならば、誰が拒絶するというのであろうか。

 一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きすら忘れてしまう。

 

「それはこうです――――敬礼!」

 

 カツンッと踵を打ち鳴らし、ビシッと右手を頭の右斜め前へ添える。直立不動で指先は真っ直ぐ、右ひじは高く身体の横へ。

 それはまるで神が降臨した神像のごとく神聖で神々しく、人の世では創り出せない天界の宝物であるかのよう。

 この姿の前では、骸骨魔王すらも頭を抱えてのた打ち回るに違いない。

 

「さぁ、臣民諸君。我が姿を真似るのです――――――敬・礼!!」

 

 そのとき、生命体は進化した。神から正式な挨拶を授けられ、一段進化の階段を上がったのだ。

 見れば、視界に入る全ての者たちがエンリ将軍と同じ敬礼をしていた。

 幼い子供から老人、ゴブリンや竜の血を引く女王、そして魔導王陛下の忠実なるメイドまで。事情を知らないものがこの光景を視界に収めたなら、あまりの異様さに脱兎のごとく逃げ出しただろう。

 まぁ、事情を知っている骸骨魔王様でも逃げ出したくなるのであろうが……。

 

Exzellent(素晴らしい)! これならば挨拶の言葉も覚えられるでしょう。よく聞きなさい、魔導王陛下の忠実なる(しもべ)達よ。父上への拝謁が叶ったときは、このように挨拶するのです!」

 

 血濡れの鎧を纏うエンリ将軍は、真紅のマントを大袈裟なまでに跳ね上げると、再度見事な敬礼を行いつつ神言を啓示する。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!!」

 

 

 

 伝説に残る一日であった。

 竜王国にとっては救国の日であり、救世主誕生の日であり、神降臨の一日であったのだ。

 今日この日、神の姿を見た者達は例外なく、敬礼をしながら幾度も未知の言葉を叫んだ。涙を流しながら、感謝を捧げながら……。真っ赤な神の姿を瞳に焼きつけようと仰ぎ見て……。

 

 ただどこかの大墳墓では、精神的動揺を受けぬはずの骸骨魔王様が瀕死状態であったという。

 部下に心配されながらも当人は「だだだ、大丈夫だ、問題ない。だがなんでアイツが?」と口にするばかり。

 いったい何があったのか? 疑念は尽きない。

 

 ちなみに翌朝慌てて起きてきたエンリ将軍は、敬礼する恋人を見て「なにそれ?」と、のたまったそうな。直後にルプスレギナによって部屋へ連れ込まれ、しばらく二人で話し込んでいたようだが……。

 こちらも何をしていたのやら。

 エンリ将軍の神のごとき気配が静まっていたことと、何か関係があるのだろうか? 謎は深まるばかりである。

 

 

 ◆

 

 

 竜王国の復興速度は尋常ならざるものであった。

 国民の意識が非常に高く、誰もが完全なる復興を信じてやまず、ビーストマンを含む外敵への対応に国力を割く必要が無かったからであり、且つ多くの支援を受けることができたからだ。

 最も比重が高かったのは、魔導王陛下が送り出したエンリ将軍を筆頭とするゴブリン軍団と力仕事専門のアンデッド部隊、及びバハルス帝国からの復興支援物資であっただろう。

 中でもエンリ将軍は、滞在中の食糧や諸費用を竜王国側で負担してくれることを理由に、救国の英雄でありながら市民と一緒に汗を流す毎日である。食糧支援は当初の約束事であったのだから復興にまで全力を傾ける必要はないと思うのだが、それはそれ。

 英雄が英雄と呼ばれるには、それ相応の理由があるのだ。

 

 ビーストマンらは国として、特に大きな騒動は起こさなかった。

 新たな王を中心にして拠点である神殿に集結しているとのことだが……、個体数が大幅に減ってしまったからこそ、種としての存続を危惧して身を寄せ合おうとしていたのかもしれない。

 ともあれ南方からは牛頭人(ミノタウロス)どもが入り込んでいるらしいので、近々一戦やらかす可能性は高いのだが……。

 まぁ、竜王国にはなんの影響もないだろう。ビーストマンに限らず、神の加護を得た竜王国には誰も手を出せないのだから。

 これは理想でも願望でもない。

 純然とした事実なのである。

 

 

 

「エンリ将軍が男であったなら、強引にでも妾にしてもらうのに……残念だ」そう語ったのは、見送りに来ていた幼女、竜王国の女王陛下であった。

 エンリ達一行は数ヶ月に渡って竜王国の復興に尽力し、そして今日、カルネ村で大規模に展開していた畑の収穫時期がやってきたので、帰還することとなったのである。

 予定通りの行動であるとはいえ、長期間寝食を共にしてきた――そう、何故かエンリと女王は同じベッドで仲良く寝起きすることが多々あった――女王陛下と別れるのは辛いのであろう。

 エンリと女王は姉妹の如く抱き締め合い、別れを惜しむ。

 なお、帰還の式典は既に済ませてあり、国中の人々から膨大な花吹雪と涙ながらの感謝を浴びていたので、国境付近まで見送りに来ていたのは女王と近衛の者達だけである。

 余談だが、許可するといつまでも付いてきそうな熱狂者達を、少しばかり強引に押し留めてきたのは仕方がないことであろう。

 

「私はカルネ村へ帰りますが、竜王国には魔導王陛下の加護があります。不安を感じる必要はありません。何かあれば私とゴブリン軍団が駆けつけます。……それでは」

 

 後ろ髪をひかれる想いでエンリは軍団を進めた。

 そんな血濡れの覇王率いる最強ゴブリン軍団を、竜王国の重鎮たちは見事なまでの敬礼で見送るのでありましたとさ。

 

 

 

「はぁ……」

 

「……? どうしたのさ、エンリ。疲れたの?」

 

 ンフィーレアは、精強なる魔獣の上で浮かない顔をしている恋人へ声を掛けていた。

 

「う~ん、なんて言ったらイイのかなぁ。国を滅亡から救ったのは確かだけどさ、竜王国の人たちは私を英雄どころか神様みたいに扱うし、ちょっと変だな~って」

 

「ま、まぁ、それだけ感謝してるってことだよ、うん」

 

「そうそう、エンちゃんは胸を張っていればいいんすよ。“血濡れの覇王様”なんすから」

 

 カッポカッポと動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)戦闘馬(ウォー・ホース)をゆっくり歩かせながらルプスレギナは恋人たちの会話へ割って入る。

 エンリが嫌がっているであろう一言を添えて。

 

「それですそれ! “血濡れの覇王”ってホントに私が言ったんですか? 将軍呼びだけでも頭が痛いのに~。おまけにゴウン様を父上ってっ! なんでそんなことをー! そ、それにあの敬礼だって~」

 

「ホントっすよ、全部エンちゃんが言ったしやったんす。色々追い込まれた挙句、盛大に爆発しちゃったんすよ。あ~ぁ、可哀想なエンちゃんっすね~。ンフィー君が慰めてあげるっすよ」

 

「は、はい! もちろん!」

 

 エンリが部屋に立て籠もったあの日、相当に混乱していたのは確かだ。だから僕のことを『夫』って呼んだりしたんだよね~、とンフィーレアとしては嬉しかったはずなのに残念な気分になってしまう。

 竜王国にいる間もエンリが仲を深めたのは女王様とで、僕とじゃない。

 故にンフィーレアはカルネ村への帰途を誰よりも喜んでいたのだ。

 

 

 

「姐さーん! エ・ランテルに寄り道するなら、この辺りで進軍方向を変える必要がありますぜ。どうしやすか?」

 

「ああ、もうそんなところまで。そうですね~、せっかくだから買い物でも行きましょうか? レイナースさ……」

 

 気が付けばもうエ・ランテル近郊だ。

 ジュゲムからの問い掛けに応え、エンリは仲良くしていた帝国の女騎士へ寄り道の同意をもらおうとするが、そういえば朝一番で帝国へと去っていったのを忘れていた。

 朝食後に涙を浮かべて抱き締め合ったというのに……、気が緩んでいる証拠であろうか?

 

「え~っと、どうしようかなぁ? 少人数だけで寄り道して必要なモノを買い込んできてもらおうかな? ねっ、ンフィー」

 

「そう、だね」

 

 現在のエ・ランテルは魔導王陛下が統治しているので、ゴブリンが買い物へ出向いても何ら問題は起きない。だからエンリは、ジュゲム達にカルネ村では入手できない希少な素材などを買い込んできてもらおうと思ったのだ。

 ンフィーレアに声を掛けたのは、そんな希少な素材を扱うのがリィジーさんぐらいだからなのだが、当の優しき恋人は何かの覚悟を決めたかの如き剣幕で答えてくる。

 

「けけけ結婚式に必要なモノとかっ! いい今のうちに揃えておいた方がイイもんね! そそそう、そうだよね! エンリ!!」

 

 四散爆裂しろ、とどこかの魔王様なら突っ込むかもしれないが、ゴブリンたちは密かにグッと拳を握った。

 ルプスレギナは「やるっすねぇ」といやらしい笑みを浮かべて高みの見物。

 ハムスケは「ほほぉぅ」と羨ましそう。

 そしてエンリは――

 

「あれっ? 誰と誰が村で結婚式を挙げるの? いえそれより村長の私が知らないって?! えっ? もしかしてブリタさん? 私が竜王国へ行っているあいだに誰かイイ人が?!」

 

 このとき、エンリは心臓掌握(グラスプ・ハート)でも使用したかのようにンフィーレアの心臓を握りつぶした。

 もちろん比喩である。

 実際は、馬上にて「ははは、う~ん、だれだろ~ね~、あはは」と涙声で呟く天才薬師ンフィーレア・バレアレの哀れな姿があるのみ。

 状態異常によりステータスが低下しているのであろう。

 回復にはしばしの時間が必要だ。

 

(はぁ……、結婚式かぁ。ぅ~、ンフィーったら人のことより私たちのことを考えるべきなんじゃないのかなぁ? いつになってもプロポーズはしてくれないし、遠征中は二人っきりになってもさっさと寝ちゃうし。女王様とレイナースさんは女のほうから積極的に仕掛けるべきだって言ってたけど、それってどうなのかな~? ンフィーに嫌われたら意味ないしなぁ。ルプスレギナさんに相談……は止めとこ)

 

 一応名誉のために言っておくが、ンフィーレアはさっさと寝てなんかいない。むしろ興奮して寝られないくらいだったのだ。

 しかしながら必死に心を静めて決断したときには、エンリのほうが爆睡。またはルプスレギナがわざと覗きを見つかりにいったり、エンリがレイナースや女王様のところへ行ってしまったりして擦れ違いばかりだったのだ。

 決してンフィーレアがヘタレだったわけではない。

 むしろビーストマンの血飛沫を浴び、死臭に満たされてなお、最後の最後までエンリ将軍に付き従ったのだから、その根性は凄まじいモノがあろう。

 エンリへの愛も、口先で語るようなまがい物ではないのだ。

 

 ただどこかの骸骨お父さんが、彼のラックを下げる超位魔法でも使用していたのだろう。

 うん、そうに違いない。

 絶対そうだ。

 

 だから負けるなンフィーレア! 頑張れンフィーレア! 

 実戦使用せずしてアレを失くした骸骨魔王様の嫉妬なんかにくじけるなー!

 

 君と血濡れ将軍の未来には、血生臭い死臭混じりの地下大墳墓が待っている!

 

 

 ◆

 

 

 村へ戻った私ことエンリ・エモットは村人総出で出迎えられましたが、その中に山小人(ドワーフ)やら吸血鬼(ヴァンパイア)やら堕天使やらが増えていたのには驚いてイイのか戸惑うべきなのか、普通に挨拶してしまう自分の神経にビックリでありました。

 加えて、村が多量のマジックアイテムで整えられていたのには唖然としてしまいます。

 〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉式街灯、魔法のランタン、無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)冷却の容器(デキャンター・オブ・リフリジレイト)湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)などなど……。

 ネムが魔導王陛下におねだりして設置してもらったらしいのですけど、いやちょっとゴウン様、なにしちゃってくださいやがりますのん。

 戦争中、ゴウン様の力をお借りすることに悩んでいた私っていったい……。

 ネムが戦闘訓練(チャンバラ)で使用していた忍刀は堕天使さんから貸してもらったモノらしいですけど、いやそれって私の血濡れ装備より上等なんじゃ?!

 ユリさんが心労で倒れそうですから止めてあげてほしいです。ホントにっ!

 

 でもまぁ、カルネ村周辺の畑は見事なまでの実りを見せていて、それに関しては感謝の言葉もありません。

 これでゴブリン軍団を含むカルネ村の食糧問題は解決です。あとは復興当初にお借りしていた食糧及びレンタルゴーレムの利用料金を返却するのみ。これも余剰食糧の売上金をお渡しすることで解決するでしょう。

 未来はとても明るい、と言えますね。

 それもこれもゴウン様の御蔭です。

 

 本当に……偽装騎士の剣で背中を斬られたときには、思いもしなかった光景です。

 柵ではなく防壁と言える二重の外壁。

 数百人収容可能な巨大集会所に数多の家屋。

 中央広場には魔法で水を循環させているゴウン様像付きの噴水。

 村の中を行き交うは、死の騎士(デスナイト)骸骨(スケルトン)小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)石の動像(ストーンゴーレム)山小人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)吸血鬼(ヴァンパイア)、堕天使、人間、メイドさん。

 

 そして愛しい妹と……愛すべき旦那様。

 

 はいそうです――私、エンリ・エモットは、結婚して“エンリ・バレアレ”になりました。

 

 でもやっぱり、エンリ・バレアレは大変です。

 とてもとても……とぉ~っても大変なままなのです。

 

 

 【おしまい】

 




さて皆様、お疲れ様でした。
エンリ将軍の活躍劇は如何だったでしょう?

現地勢相手にはちょっと強過ぎる軍団でしたかね。
まぁそれでもビーストマンは頑張った。
色々妙な出来事はありましたが、結果オーライでありましょう。

それにしても……。
カルネ村はどうなっていくのでしょうねぇ?
末恐ろしいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。