元同性の親友とその想い人がアプローチを仕掛けてくる件 (作者B)
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親友の想い人

今更ながら、リリなの熱が再燃したので投稿。



『ローレンツ! 遅いぞ!』

『ぜぇー…ッはぁー…ッ、う、うるせえ! お前らみたいな戦闘狂(バトルマニア)と一緒にすんな! 第一、こっちは徹夜明けだっつーのに……』

 

 透き通るような青みを帯びた空、大地は青い草原の絨毯が覆われ、軽快に鳴く鳥たちが春の訪れを伝えていた。

 

『あら、私みたいな女の子にその言いぐさは失礼ですよ?』

『お生憎様、俺は自分より強い女子に使う気は持ち合わせてなくてな』

 

 そんな野山を歩くのは4人の人影。快活そうな少年に穏やかな様子の少女、そして中性的な少女に遅れる様に、一人の少年が歩いていた。

 

『ローレンツ。仮にもヴィヴィ様は王女なのだから、その口ぶりは如何なものかと思うのだけど』

『いいじゃん今更。俺らの仲なんだし。そんなこと言ったらクラウスとなんか、ずっとこんな感じだぜ?』

『そうだぞ、リッド。君もこれを機に、僕と敬語抜きに話してみよう。さあ!』

『そ、それは流石に恐れ多いと言いますか……王の付き人と旅の学士じゃ立場が違いますし!』

 

 3人が戯れている様子を楽しそうに微笑む少女。

 彼女は思った。こんな楽しい日々がいつまでも続くように、と。

 だが、彼女は気づいていた。それは、ただの夢である、と。

 

 これは既に失われた日々。もう二度と戻ることのできないと思われた、少年たちの日常。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業終了のチャイムが校舎全体に鳴り響き、教師の挨拶が終わると共に、教室が喧騒に包まれる。今日1日の授業が終わったことにほっと溜息をついた俺は、早々にノートと筆記用具を鞄にしまう。

 そして、教室を去ろうとすると、クラスメートの一人が呼びとめてきた。

 

「あれ?レン、もう帰るのか?」

「ああ。学内でエンカウントしたくない奴が居るんでな」

「へー。それってもしかして例の後輩ちゃん? いやぁ、羨ましいねーこのこの!」

「だったら代わってやろうか?」

「はっ、冗談。オレの好みは御淑やか系の年上だ」

 

 冗談混じりに肩を竦める友人を無視し、俺は足早に教室を後にした。

 『St.ヒルデ魔法学院』中等部の校舎から出た俺は、まだ下校する生徒が少ない内に校外へ出ようと歩みを進めた、その時―――

 

「レンー!」

 

 今、一番聞きたくなかった声が聞こえてきた。……はぁ、今回も駄目だったか。

 観念して声の聞こえた方へ顔を向けると、初等部の校舎がある方角から手を振って走ってくる少女の姿が見えた。風になびく金色の髪、宝石のように美しく澄んだルビーとエメラルドの瞳。そして彼女の、少女として完成された美しさは誰もが1度は目を奪われるだろう。

 

「あっ、学院では先輩って呼ばなきゃ駄目だよね。でも、レンと私が公の場で先輩後輩プレイだなんて、何処となく背徳感が―――むぐっ」

「よし! ちょーっと黙ろうか! 主に俺の世間体のために!」

 

 俺は慌てて彼女の口を手で塞ぐ。こういう時、大概悪い噂を流されるのは男の方なのだ。現時点でさえ、『小学生相手に光源氏計画している中坊が居る』って言われて肩身が狭いってのに。というか、光源氏計画ってなんだよ!

 

「ぷはぁっ……光源氏って言うのは、ママの世界にある古いお話の登場人物で、幼い女の子を自分の理想の女性に育てた人だよ?」

「ナチュラルに思考を読むな。なるほど、道理で俺が知らないわけ―――って、おい。なんで管理外世界の創作上の人物なんていうマイナーなネタが噂になってるんだ?」

「ぎくっ」

 

 噂を流したのはこいつか……

 

「ま、まあ、噂自体は本当ですし? 別にいいじゃない?」

「どこがだよ! どちらかっていうと絡め取られそうなのは俺の方なんですが!?」

 

 こいつ、全く反省してねぇ……。さて、どうしてくれようか。中途半端なお仕置きだと逆に喜ぶからな。

 どんなことをしてやろうかと考えていると、同じく初等部の校舎から二人の少女が走ってきた。

 

「もー! ヴィヴィオってば、一人で先に行って!」

「え? あ、あははー…ごめんごめん」

「あっ、レンさん。こんにちは。すみません、ヴィヴィオがいつもご迷惑を」

「いやいや、コロナが謝る必要はこれっぽっちもないから、気にしなくていいって」

 

 やってきたのはヴィヴィオ(こいつ)の友人であるリオとコロナ。初めて二人のことを聞いたときは、ヴィヴィオの脳内フレンズかと疑ったが、きちんと実在していたことを確認した時は心の底から安心したものだ。

 まあ、そのときヴィヴィオに思いっきり脇腹をド突かれたが。

 

「ヴィヴィオ、お前みたいな脳内御花畑にも付き合ってくれる貴重な友人なんだから、蔑ろにしたら駄目だろ?」

「むっ、失礼な! 二人とは休日もよく遊びに行くぐらい仲がいいんだから! それに、これでも学園ではアウトドア派活発系インテリ幼女として通ってるし!」

 

 ドヤ顔で自身の胸をポンと叩くヴィヴィオから視線を逸らし、リオとコロナに実際どうなんだと視線で問いかける。

 

「……えっと、レンさんの前以外では変なことも言わないので」

「まあ、ここまでハッチャケてはないよね」

「マジか」

 

 出来れば、その良識をほんの少しでいいから俺の前でも持ってくれればいいのに。

 

「ふっふっふー。今どき3歩後ろを歩くような奥ゆかしさなど時代遅れ。恋とは、それすなわち戦! 敵を知り、策を立て、相手のハートを打ち取ったものにこそ勝利が訪れる! そして私はこう宣言してあげるの。『初めての相手は貴様ではない。このヴィヴィオだーッ!』ってね」

「おー! 何だかよく分からないけど、すごーい!」

 

 おい、リオに変なこと吹き込むな。大体お前、昔はいくらか大人しかっただろ。

 第一、貴様って誰だよ。誰か競争相手でもいるの? 嫌だからな俺、これ以上お前みたいなのが増えるの。

 

「で? 今日はどうしてこんなに早いんだよ。いつもならこの時間は図書館に居るだろ? ……まさか、遂に俺の行動を監視し始めたとか言うんじゃ」

「そんなことしなくたって、レンの行動パターンは全部分かってるもん。単に今日は、ママから早く帰ってきてって言われてるだけ」

「なんだ偶然か。疑って悪かっ―――おい待て。今とんでもないことが聞こえた気が」

「それじゃあ、センパイ! 名残惜しいけど、私はこれで失礼します。私と会えないからって浮気しないでねー!」

 

 ヴィヴィオは大きく手を振ると、そのまま校門の方へと駆けて行った。

 ……なんというか、嵐が去っていったような感覚だ。

 

「……えっと、リオとコロナはどうするんだ?」

「私たちはいつも通り図書館に行きます」

「勉強も鍛錬も、日々の積み重ねが大事だからね」

「そっか、頑張れよ」

 

 それではまた、じゃあねー、と手を振る二人を見送る。そして俺は、そのまま久しぶりに一人で帰路に就くことにした。

 

 しかし、こうも静かなのは久しぶりだ。この頃はずっとヴィヴィオ達と一緒に帰ってたし、特にヴィヴィオは話のネタが尽きないのかってぐらいよく話してたもんな。ただまあ初めて、いや、久しぶりに(・・・・・)あった時に比べたらその喧騒も微笑ましく感じてしまう。

 

 

 

 

 

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 突然だが、俺は前世の記憶がある。これだけを聞くとただの痛いヤツに思われるだろうが、それでも事実なのだからしょうがない。

 だが、王だの英雄だの凄い力を秘めていただの、別段俺はそういった凄い奴らの生まれ変わりという訳では無く、前世では魔道師ですらない至って普通の小市民だった。まあ、王も英雄も凄い力を持ってるやつも、友人には居たけど。

 そんな俺が生まれ変わったところでどうなる訳でもなく、それまで第二の人生を悠々と過ごしていた。

 

 切っ掛けは1年ほど前。夕焼け空が赤く染まり、もうすぐ日も暮れようかとしている時間にヴィヴィオを公園で見かけたことだ。

 ブランコに座りながら夕日をじっと眺めている、その後ろ姿があいつ(・・・)に重なって見えた。争いの知らせを聞く度に城壁の上から夕日を眺め、何もできない己の無力さに悲しみ震える、あの小さな少女に。

 

『どうかしたのか?』

 

 気が付けば俺は、ヴィヴィオに話しかけていた。あいつとは別人と分かっていても、あの寂しそうな後姿を見てしまった俺には、最早見捨てるなんて選択肢はなかった。

 だが、振り向いたヴィヴィオが俺の顔を見て呟いた一言を聞いて、俺は耳を疑った。

 

『……ローレンツ?』

 

 そう、俺の名前だ。ヴィヴィオはこの時、初対面である俺の名前を呼んだのだ。しかも、それはただの名前じゃない。この時代の誰もが知らない筈の、俺の前世の名前(・・・・・・・)だ。

 そして、それを聞いた俺は、動揺しながらも、ある種の確信を持って答えた。

 

『……オリヴィエ?』

 

 

 

 

 

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聖王 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト

今より数百年前の古代ベルカの戦乱の時代に生きた、聖王連合・中枢王家ゼーゲブレヒト家の王女であり、その命と引き換えに戦争を終結させたゆりかごの聖王。

 

 

 

 まあ、端的に言うと、ヴィヴィオも俺と同じように前世の記憶を持ってたって訳だ。

 この出来事を切っ掛けに、ヴィヴィオは今みたいにアプローチしてくるようになった。なったのだが、正直、奴が何処まで本気なのか分からん。

 同郷の、それも同じ境遇の奴に逢えたから嬉しくて舞い上がってるだけなんだと思うが。第一、お前クラウスのことはどうしたんだよ。奴の親友と自負している俺からすると、気まずいったらないので、そのあたりどうにかして欲しいんだけど。

 

「クラウス、か……」

 

 クラウスといえば、あいつ大丈夫だったのかなぁ。

 結局あの戦争が終わってから、あいつとは離ればなれになったっきりで再会出来なかったもんな。歴史書を見る限り壮絶な最期を遂げたみたいだし。

 ……さっき親友とか自称しておきながら、大変なときに一緒に居られなかったって言うんだから、笑える話だ。

 

 そんなことを考えていたせいか、はたまた運命のいたずらか。この日を境に俺の、俺たちの日常が再び交差することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は変わって今は夜8時。母さんが牛乳を買い忘れたとかで、代わりに俺が買い出しに行くことになった。

 

「いや、確かにこんな夜遅くに女一人で出歩くのは危ないけどさ、俺だってまだ中二ですよ?」

 

 それも近頃は通り魔、というかストリートファイターが出没してるって話を聞くし。

 ぶつくさ文句を言いながらも、無事牛乳を買い終えて帰宅していると、裏街道の方からおよそ日常生活では聞くことのないであろう打撃音の応酬が聞こえてきた。

 

「うわっ、マジかよ……」

 

 本当に出くわしやがった……ッ! しかも、よりにもよって俺の帰り道の方角からだ。純度100%のインドア派である俺からすれば、そんな物騒な事件になんぞ関わってたまるか!

 かといって、ここは1本道。別の道に行くには一旦戻らなければならない。だが、不審者のために俺が労力を惜しまねばならんというのも納得いかん!

 俺は何とかして見つからずに通り抜けようと、道路脇の茂みの奥へ隠れ、身を低くしながらゆっくり進むことにした。

 

「くそっ……何故こんなことに……」

 

 段々と音が近くなってくる。俺はせめて、後で管理局にチクってやろうと、この騒動の原因となった奴の顔を拝むべく茂みから視線だけを覗かせた。

 

「おい、お前! なんでこんな辻斬りまがいのことをするんだ!」

「弱者は理想を語ることも許されない。だから私は、私は――」

「ぐッ! 一々要領の得ねえ奴だな!」

 

 片方は短髪の勝気なねーちゃんに、もう片方はロングツインテールの、こっちもねーちゃんだな。

 おいおい、大丈夫かよ。あっちのツインテの方、全然拳に身が入ってねえじゃねえか。それにあの動き、明らかに無理してるっぽいし。こりゃあ、今でこそツインテの方が押してるが、長期戦になれば負けるな。

 

 え?なんでもやしっ子の俺がこんな実況解説みたいな真似ができるかって?そんなの、かつての友人が全員武闘派なら嫌でもこうもなるだろ。けど、あのツインテの動き、どこかで見たことがある様な……

 そんな疑問が頭を過ぎった次の瞬間、俺は目の前の光景に目を奪われた。

 

「はぁッ!――――なッ!?」

 

 短髪のねーちゃんの強烈な跳び廻し蹴りをノーガードで受け止めたツインテは、カウンターバインドで相手を拘束する。そして、ツインテの放った一撃。足先から練り上げた力を拳足に乗せた打ち下ろし。そう、それは奴が最も得意とした――

 

 ツインテの攻撃を食らった短髪のねーちゃんが地面に倒れる。流石に、さっきの直撃には耐えられなかったか。

 

「――ってやべッ!」

 

 勝負がついたからか、ツインテがこっちの方へ来やがった! どうする!? この位置じゃ逃げるに逃げられねえ!

 俺があたふたしていると、まるで俺のことなど気付いていないかのようにすぐ横を通り過ぎて行った。いや、あれは気づかなかったというよりも、まるでここではなく別の何処かを見ているかのような……

 すると、ここにきて限界が来たのかツインテが力尽きる様にその場に倒れてしまった。

 

「ッ!? お、おい! 大丈夫か!?」

 

 俺は急いでツインテに駆け寄る。本当なら被害者っぽいあっちの短髪のねーちゃんの方へ行った方がいいのかもしれない。けど俺は、どうしてもこいつを無視することができなかった。このツインテが見せた拳が、あいつ(・・・)に重なって見えてしまったから。

 俺は上半身を抱きかかえ、声を掛けながら体を揺すった。すると、さっき通り過ぎた時に見たものとは違う、生気の籠った瞳が確かに俺の姿を捉えた。

 

「…………ロー、レンツ?」

 

 その言葉だけ呟くと、ツインテの身体が光に包まれ、俺と同い年ぐらいの少女の姿になった。

 あの姿は変身魔法だったのか。いや、それよりも――

 

「また、その名前か……」

 

どうやら、俺たちの腐れ縁は今世でも続くらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ヴィヴィオの独白~

 高町ヴィヴィオ。St.ヒルデ魔法学院に通う4年生。それが、他人から見た私。

 

 私はとある科学者の手によって作られた、オリヴィエ(わたし)のクローン。なのはママたちに保護された当時は覚えていることも殆どなかった。その時の私は、ある意味一番幸せだったのかもしれない。

 それが変わったのは、私が科学者の仲間に連れ去られ、聖王のゆりかごの中で聖王の器として覚醒した時。

 

 

 

 私はすべてを思い出した。クラウスのことも、リッドのことも、そして、ローレンツのことも。

 

 

 

 その事件はママたちの手で解決し、聖王の鎧も失った。けれど私の、オリヴィエの記憶は私の頭に残り続けている。

 最後まで私の本心を伝えられなかったリッド。ゆりかごに乗ろうとする私を止めるべく、身体中ボロボロになりながら立ち向かってくるクラウス。そして、きっと決心が鈍ってしまうからと、別れの言葉を告げずに去ってしまったローレンツ。

 

 それは、決して癒えることのない傷として私の心に残り続ける。

 誰に話すこともできない。記憶があることを知っているママや元六課の人たちでさえも――いや、そもそも誰に相談したところで、私の傷が癒えることはありえない。かつての友は、もういないのだから。

 

 後悔だけが私の心を支配する。

 リオやコロナの前では気丈に振る舞っていても、きっといつか綻びが生まれるだろう。私は、そんな重圧に耐えながら、公園で夕日を眺めていた。

 そういえば、いつも悲しいことがあると、私はよく城壁の上から夕日を見ていたっけ。そうしたら、いつも決まって彼が声をかけ――

 

「どうかしたのか?」

 

 刹那、心が掻き乱された。

 そうだ、いつも私が人知れず涙を流している時に、誰かにこの泣き顔を見られたくない時に、そんなときに限って謀ったかのように彼は現れた。

 私は振り返る。そんなわけないのに。もう彼は居ないのに。期待させないで。もうこれ以上、私の心を苦しめないで。

 

 視線の先に居たのは一人の少年。よく見れば顔の細部は違う。髪の色も違う。年齢も中学生くらいだ。

 でも分かる。私にはわかる。上手く言葉にできないけど、彼は間違いなく―――

 

「……ローレンツ?」

「……オリヴィエ?」

 

 やっぱり、そうだ……! ローレンツ! ああ、ローレンツ! 貴方は、自分勝手に死んでいった私に会いに来てくれたというの? 民のためと言い訳をして、自分の気持ちから逃げた愚かな私に!

 ああ、ローレンツ! 私の最愛の友! 愛するクラウスは終ぞ貴方を手放してはくれなかったけれど、今度こそ私は貴方を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品はコメディです。
シリアスっぽい描写があるけど、それは気のせいです。

オリヴィエとクラウスと主人公との関係は次話で展開します。別に主人公はクラウスからオリヴィエをNTRったわけではないのであしからず。

あと、タグにも書いてある通りヴィヴィオは原作と違って、オリヴィエの頃の記憶を持っています。


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元同性の親友

遅ればせながら2話投稿します。


『クラウスーッ』

 

 向こうからオリヴィエが腕を振り上げ、普通の人間と何の遜色もない(・・・・・・・)手を振りながらやってきた。

 

『オリヴィエ、腕の調子はどうだい?』

『はい! ローレンツのおかげでこの通りです。流石は貴方の従者ですね!』

 

 彼女は嬉しそうに、義手の5本の指を滑らかに動かして見せた。その見た目、動きは人間のものと何一つ変わらない。それは彼女の操魔技術の腕も勿論のこと、何より義手で人間の繊細な動きを再現してみせたローレンツの技術の賜物でもあるだろう。

 

『そうでしょうとも。彼は僕の自慢だからね』

『ええ! いっそこのまま、私の専属になって頂きたいものです』

『はっはっは。流石はオリヴィエ、冗談が上手い』

『ふふふっ。いやですわ、クラウスったら。貴方は、私は嘘をつくのが苦手だと知っているでしょう?』

 

 あはは、うふふ、と笑い合う僕とオリヴィエ。この後、特に深い意味はないけれど、互いにアイコンタクトを交わした僕らは手合わせのために中庭へと向かった。特に深い意味はないけれど。

 これは、オリヴィエとの貴重な記憶。例え大地が焼け、国が亡び、この身が崩れようとも色あせることのない、輝かしい思い出の一つ。

 

 

 

 なお、これを見ていた侍女達は、何故か青ざめた表情で僕たちから距離を取っていた。何故だろう。別に僕たちは、中庭でお話し(物理)をしただけだというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、ツインテと一緒に保護されている俺は、St.ヒルデ魔法学院に通う極一般的な男の子。強いて違う所をあげるとすれば、前世の記憶があるってとこかナ。名前は――

 

「レン・ラドフォード。St.ヒルデ魔法学院中等科二年で、近くのスーパーに買い物に行った帰りに現場に遭遇、でいいかしら?」

「あ、はい」

 

 くそぅ、自己紹介のタイミングを取られた。

 俺は今、短髪のねーちゃんことノーヴェ・ナカジマさんの連絡でやってきた管理局の局員たちに保護され、何故かその局員の一人の自宅へとやってきているのだ。

 そして、目の前で軽く取り調べをしているのが執務官のティアナ・ランスターさん。なんでこんな事件に執務官クラスの人が来るんだと思ってたけど、どうやらノーヴェさんの姉経由で連絡が入り、一緒に来たらしい。

 

「それで、ストラトスさんのことだけど……」

「すとらとす?」

「アインハルト・ストラトス。貴方と一緒に保護した女の子のことよ。同じ学校だから、もしかしたら面識があるかと思ったのだけれど」

「それは……」

 

 これは、どう答えるべきか。確かにそのツインテ――アインハルトとは初対面だ。だけど、アイツの使っていた技、そして気絶する寸前に呼んだ俺の名前。俺の中では既に結論が出ているようなものだけど、確かな証拠もないし。うーむ……

 

「あら? 何か知ってるの?」

 

 どうやら思案顔になっているのを不審がられたようだ。しまったな、こうなってしまったら今更白を切っても面倒そうだ。ここは、言葉を選びながら―――

 

「いえ、彼女とは(・・・・)初対面です」

「……というと?」

「アイツの戦い方が、俺の親友にとても似ていて……」

「因みに、その親友は今何処に?」

「わかりません。もう何年も会ってないので」

 

 とりあえず嘘は言ってない。アインハルトと初対面なのも本当だし、アイツの戦ってるときの型が俺の親友にそっくりなのも嘘じゃない。さらに言えば、その親友に最後に合ったのは前世だから、何年もあってないのも本当だ。

 

「……なるほどね。ごめんなさい、答えづらい質問をしてしまって」

「い、いえ、気にしないで下さい」

 

 な、何だか変な空気になってしまった。まったく気にしてないと言えば嘘になるが、それでも俺の中ではある程度割り切れてるからそこまで気にしなくてもいいんだけど……

 

「ティアー、あの()目を覚ましたって」

「あら。それじゃ、私は彼女のところに行ってくるわ。遅くまで引きとめてしまって、ごめんなさいね」

 

 話が一区切りついたところで、同じく俺たちを保護してくれたスバル・ナカジマさんがやってきた。なお、俺が今お邪魔している家は彼女の住んでいるアパートである。

 それにしても目を覚ましたのか。それなら――

 

「あ、あの、俺も一緒にいいですか?少し確かめたいことがあるんです」

「え? うーん……まあ、大丈夫かしら。寝起きなんだから、あまり負担を掛けないようにね」

 

 よし、これでとりあえず話ぐらいはできそうだ。あいつには色々と聞かなきゃいけないことがあるからな。

 俺はスバルさんとティアナさんの後を着いていき、アインハルトが居ると思われる部屋の扉の前に来た。

 

「ノーヴェ、開けるよー」

『ああ、いいぞ』

 

 ノーヴェさんの返事を聞き、部屋の扉を開ける。すると中には、ベッドの上で上体を起こして顔を俯かせているアインハルトと、そのすぐ横で椅子に腰かけているノーヴェさんが居た。

 

「様子はどうかしら?」

「……はい、大丈夫です。すみません、ご迷惑をおかけしたみたいで」

 

 先の戦いと同一人物とは思えないほど、アインハルトはしおらしくなってた。

 これが素なのか? 随分と印象が違うな。

 

「ノーヴェから聞いてた話と随分違うわね。いきなり襲われたって聞いたけど」

「さっきからずっとこの調子なんだよ。まあ、確かに戦ってるときは様子が変だったけど」

 

 俺もティアナさんから軽く説明があった程度だが、聞く限りだと、どうやらアインハルトは突然ノーヴェさんに襲い掛かったらしい。だけどあの時のアインハルトには、ノーヴェさんを通して別の誰かを見ているような、そんな違和感があった。もしかしたら、正気じゃなかったのかもな。

 

「それで、そっちは取り調べは終わったのか?」

「ええ。それで、ストラトスさんに聞きたいことがあるって言ってね。連れて来たの」

「……え?」

 

 それまでずっと下を向いていたアインハルトが、顔を上げる。そのまま俺を視界に捕らえると、ハッと目を見開いた。

 

「あ……ああ……」

 

 悲哀、歓喜、憂虞、慕情、悔恨。色々な感情がぐちゃぐちゃに合わさったような表情を見せ、そして――

 

「ローレンツ!」

 

 ベッドから飛び起きた彼女は、俺の方まで駆け寄り、そのまま俺の胸へ飛び込んできた。

 

「うわッ――っとと」

「会いたかった……ローレンツ……ッ!」

 

 それはまるで、生き別れた恋人に再会したかのように、死に別れた友と再会したかのように、アインハルトは俺の身体を抱きしめながら身体を震わせ、その瞳から大粒の涙を零していた。

 

「クラウス……」

 

 俺は優しく抱きしめ返した。今は百万の言葉を紡ぐよりも、こいつの思うがままにさせてやろう。それが、こいつの最期を看取れなかった、親友としての精一杯の罪滅ぼしになると思うから。

 

 

 

 

 

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―――――

 

 

 

 

 

「……お恥ずかしいところをお見せしました」

 

 数分後、一通り泣いたアインハルトは我に返った。さっきからずっと暖かい目で見守られていることに気が付いたアインハルトは、慌てて俺から離れ、再び大人しくなってしまった。その時に顔を赤くしていたのは、きっと涙で腫れたせいだけではないだろう。

 

「気にしなくていいよ。まるで恋人が再会したみたいに感動的な場面だったし」

「こ、恋人……ッ!?」

 

 スバルさんはニコニコしながら答える。ぜってー楽しんでたな、この人。

 あと、アインハルト、なんだその視線は。頬を赤くしながらチラチラこっちを見るな。なんで恋する乙女みたいな反応してるんだよ。

 

「はいはい、そこまでにしときなさい。取り敢えず、聞きたいことが増えたんだけど、どうしようかしら」

 

 あら、執務官殿がこっちを見ていらっしゃる。そりゃそうだよな。初対面って言ったのに、さっきまで意味ありげな再会シーンを見せつけてたんだし。

 さて、どうしたものか。別に本当のことを言うのは構わない。最悪、俺が頭の痛い子ってことになるだけだからな。だけど、アインハルトも関係してるから、俺が勝手に説明するわけにもいかないし……

 

「あの、それなら私がお答えします」

 

 すると、俺の考えを察したのか、アインハルトが自ら名乗り出た。

 

「それじゃあ、まず最初に……そこの彼、レン・ラドフォード君とは知り合い?」

「ラドフォード……?」

 

 アインハルトが確認するかのように俺へ視線を向けた。俺はそれに対し、自分のことだ、と頷いて返す。

 

「……はい、確かに彼のことは以前から知っていました」

 

 まあ、後はこいつに任せて、適度に補足なり何なり入れればいいか。仮にも元一国の王子だし、口には多少の覚えがあr――

 

「彼とは…………夜な夜な汗だくになった私をお風呂に連れていってそのまま一緒に入ったり、その後も同じベッドで一緒に寝たり、そんな仲でs――あいたっ!」

「何言ってんの!? ねえお前ホント何言ってんのホント!」

 

 なんでそこをピックアップしたんだよ! ていうか、なんで意味ありげに言ったんだよ! 違うからね!? あいつの夜の鍛錬に付き合って、汗臭いからって風呂に連行しただけだから! 第一、お前あの頃はおとk―――ほらーッ! ティアナさんすっごい呆れた目で見てるし!

 

「……最近の子供は随分進んでるんだな」

「いや~中学生ともなれば、恋の一つや二つくらいするんじゃない?」

「恋って言うには、ずいぶんと爛れてる気が……」

 

 早速ナカジマ姉妹が勘違いしてるーッ!

 

「ちょっ! 違いますからね! おいコラ、クラウス! 変なこと言うなよ! お前わかっててやってるだろ!」

「変なこととは失礼ですね。本当のことじゃないですか。あと、今の私はアインハルトで―――痛たたたッ!」

「夜にお前の自主練に付き合ってやっただけだろうが!」

「は、離してください! 別にそこまで痛くないですけど、アイアンクローされると前が見えないのd―――痛い痛い! 蟀谷(こめかみ)は! 蟀谷は流石にまずいです!」

 

 くそッ! こんな時に非力な我が身が恨めしい。

 

「そう、それよ!」

 

 すると突然、ティアナさんが俺のことを指さした。

 

「な、なんですか? アイアンクローのことですか?」

「違う違う。というか、いい加減離してあげなさい。仮にもその娘、怪我人なんだから」

 

 ティアナさんの言葉を聞いて、俺は渋々手を離す。

 ちっ、精々この人に感謝するんだな。まあ、どうせ大して効いてないんだろうけど。小声で『ローレンツに拘束されるのも、それはそれでありですね』とか言ってるし。

 

「今……最初会った時もそうだけど、別の名前で呼び合ってたわよね。それに、今もまるで旧知の仲の様に話していたけれど、そこのラドフォード君にストラトスさんの名前を聞いたときは本当に知らなそうな顔をしていた。正直に言って、矛盾を感じるのよ」

 

 この人、目敏いな。普通に聞いてれば聞き流しそうなものを。

 すると、さっきまで蟀谷を抑えていたアインハルトが、さっきとは一転して真面目な表情でティアナさんへ向き直った。

 

「……わかりました。改めてお話しします」

「大丈夫か? 何なら、俺から話した方が……」

「いえ、貴方にも知っていてほしいので」

 

 俺にも知ってほしい? それってどういうことだ?

 

「私は昔、それこそ幼少期ですが、その頃は少なくとも只のアインハルトであり、何処にでもいる普通の女の子でした」

 

 只のアインハルト、か。益々分からなくなってきたな。

 

「それが変わったのは、覚えている限り5歳くらいの頃。断続的に、見たことのない景色を夢で見る様になりました」

「見たことのない?」

「はい。私は生まれてからずっとミッドチルダに住んでいるのですが、ここでは到底見ることのできないような、木々は枯れ大地は荒れ、地平線まで炎が埋め尽くす、そんな場所でした」

 

 それは、恐らくあの頃の、聖王統一戦争のことだろうか。

 

「その夢を見る頻度は次第に増していき、4年前からは、一人の女性が立っている光景を見る様になりました。荒廃した大地を燃え盛る炎が覆う、そんな中でも決して輝きを失うことのない金色の髪を風に靡かせ、紅と翠の瞳で私の方を見つめてた彼女を、私は――」

「ちょ、ちょっと待って! 紅と翠のオッドアイって、まさか……」

「はい。恐らく貴女の想像通り、彼女は聖王女オリヴィエ。そして、彼女と対峙していたこの記憶の主こそ、私の先祖でありオリヴィエと同じ時代を生きた、クラウス・G・S・イングヴァルトです」

 

 アインハルトの言葉を聞いて、スバルさんとノーヴェさんが目を見開いて驚き、ティアナさんは難しい顔になる。そして、俺も恐らく3人とは別の意味で驚いた。

 てっきり、俺みたいに『生まれ変わり』っぽいことが起こってるのかと思ったけど、まさか記憶だけが現れるだなんて。

 

「その後も、暫くは時折夢に見る程度で大きな問題はありませんでしたが、1年前ほど前から夢を、クラウスの記憶を見る頻度が急激に増し始めました」

 

 そう語るアインハルトの表情は、苦虫を噛んだかの様に歪んでいく。

 

「それだけではありません。怒り、憎しみ、後悔。クラウスの負の感情ともいうべきものが幻聴の様に私へ訴えかけ、酷い時は昼間に立ったまま記憶がフラッシュバックする事さえありました」

 

 クラウスの負の感情。それがどれほどのものかわからないけど、それは多分、少女一人の精神を押しつぶすには十分すぎる重圧だったんだろう。

 

「最近では起きているときも意識がはっきりしないことが多く、気が付けば意識を失って再びクラウスの悪夢に魘されて起きる、ということを繰り返していました」

「もしかして、今夜ノーヴェを襲ったのも」

「はい。今回だけでなく、今までの事件に関しても私には覚えがありませんでした。いつもの様に記憶(ゆめ)を見ていたのは覚えているんですが……」

 

 そうか、そういうことか。これで、あの時のアインハルトの違和感の正体がわかった。

 こいつはノーヴェさんを通して戦い続けていたんだ。あの戦争の続きを。

 

「今までの襲撃は、夢と現実が曖昧になって、現実の相手を夢の中の敵と誤認してたのかしら。意識が朦朧としていたのは、夢遊病みたいに夜中出歩いて睡眠時間が不足したせいかも。……ご両親に相談とかしなかったの?」

「……わかりません。誰かに話す、なんて発想も出てきませんでした。クラウスの狂気に少しずつ侵食され、もう私はアインハルトなのかクラウスなのか、そんなこともわからなくなっていたんだと思います」

 

 アインハルトの言葉を聞き、俺は拳を強く握りしめる。

 歴史にもしもなんてない。ないけれど、もし俺が最期までクラウスの傍に居れたなら、少なくとも目の前の少女は苦しまずに済んだのではないだろうか。

 

「ですが、それも今日で終わりました。ローレンツ、貴方と出会うことができたから」

「……え?」

「狂気に囚われていた私の瞳に貴方が写った途端、その狂気が消え、まるで嘗て4人で野山を歩いたときのあの空の様に、穏やかな感情が心の隅々まで行き渡りました。抽象的な例えですが、衰弱し痩せ細った私の心の隙間を、クラウスの暖かい感情が埋める様に流れ込み混ざり合う、そんな感覚でした」

 

 アインハルトが穏やかな表情で俺の手を取る。

 

「ですから、貴方には謝らないといけません。私は真の意味で、貴方の知るクラウス(ぼく)ではない。黙っていようかとも思いましたが、やはり一番の親友である貴方には知っていて欲しかった。だから――――あいたっ!」

 

 途中まで聞いて、アインハルトにその先の言葉を言わせない様に軽くチョップした。

 

「な、何を?」

「アホか。そんなことで一々お前との縁を切るかよ」

「な、何故それを!?」

 

 やっぱり、そんなこと言おうとしてたのか。

 

「で、ですがローレンツ!」

「どうしても気になるって言うんなら、もう一度友達になろう」

「……え?」

 

 俺の言葉に呆けるアインハルトを余所に、今度は俺からアインハルトの手を握りしめる。

 

「お前はアインハルト・ストラトスで、俺はレン・ラドフォード。ほら、これでもう友達だ」

「あ……っ」

 

 俺は、今できうる精一杯の笑顔を向ける。俺の言葉を理解したアインハルトは、再び目から涙を零した。

 

「まったく、お前少し泣き虫になったんじゃないか?」

「なっ! 別にそんなことは――わっぷ!」

「じっとしてろ。涙を拭けないだろ」

 

 俺はあきれた様子でハンカチでアインハルトの目元を拭う。まったく、戦闘以外では手がかかるのは今も昔も変わらないな。

 そこで、ふと思い出した。そういえば、この場には俺ら以外にも居たよな、と。少し視線をずらすと、ティアナさんとノーヴェさんが再び暖かい視線で俺を見ており、スバルさんに至っては『い゙い゙話だな゙ー』とハンカチ片手に涙を流していた。

 ……やっべ。俺今すっげえクサい台詞吐いてた。めっちゃ恥ずかしい!

 

「なるほど、ね。それじゃあ、次は貴方に聞きたいんだけど、いいかしら?」

「あ、俺ですか? 別に大丈夫ですよ」

 

 ハンカチを懐に仕舞い、再び真面目モードになったティアナさんの方へ顔を向ける。

 

「といっても、こいつみたいに壮絶なドラマなんてないですよ? 説明するのは難しいんですけど、例えるなら『死んだと思っていたら、いつの間にか赤ん坊になっていた』って言うのが近いかも」

「そうだったんですか?」

「ああ」

 

 正直、死んだときのことははっきりと覚えていない。まさに、気が付いたら赤ん坊状態だったから、当時は大慌てしたもんだ。

 

「こいつとの関係も、前世でクラウスの付き人をしてたってだけです。こいつらみたいな戦闘力は持っていませんし」

「むっ、訂正してください! 貴方は私の一番の親友です。自分を卑下することは貴方が許しても私が許しませんよ!」

「あーわかったわかった! 別に付き人なのは本当のことだからいいだろ!」

 

 まったく。当時は敬語なんぞ一切使わなかった俺も悪かったが、どうにもこいつは身分差というものに疎いな。それで、よくリッドにタメ口で話すように言って困らせてたっけ。

 

「それに貴方の本職はデバイス技師なのだから、力がなくとも問題ありません!」

「あら、そうなの?」

「ええ、まあ。後はこいつらの鎧の修理とか、トレーナーの真似事みたいなのもやってました」

 

 クラウスは放っておくと無茶ばっかりするからな。俺が見張ってるうちにいつの間にかオリヴィエとリッドも加わって、あれよあれよという間に三人分のトレーニングメニューを考えることになっていた。

 どうしてこうなったんだ!

 

「なるほどなるほど……こんなもんかなっと。よし、取り調べ終了。ご協力感謝するわ」

「あの……」

 

 メモを取り終えたティアナさんに声をかける。取り敢えず一つだけ聞いておかないといけないことがある。

 

「そのクラ――アインハルトはどうなるんですか?」

「何も心配いらないわ。今回の一連の襲撃事件は元々被害届が出てなかったみたいだし、話を聞いた限りじゃストラトスさんの方は計画性もなくまともな精神状態じゃないのもわかった。だから、念のため明日病院に行って検査して、何事もなければそのまま解散かしらね」

 

 よかった。取り敢えず一安心だ。

 

「何から何まで、ご迷惑をおかけしました」

「いいのいいの。それじゃあスバル、悪いんだけどこの子たち泊めてあげてくれない?」

「いいよー。ティアもノーヴェも泊まってくでしょ?」

「そうね、もう遅いし」

「悪いけどそうさせてもらうわ」

 

 こうして、二人目の旧友との再会を果たした、長い一日が終わりを告げた。

 なお余談だが、牛乳を事件現場に置いていったせいで、翌日再び買いに行く羽目になったのは別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~アインハルトの独白~

「なあ」

 

 皆が寝静まった頃、部屋数の関係で同じ部屋に寝ていたローレンツ、いや、レンが話しかけてきた。

 因みに、私はベッドでレンは床に敷かれた布団に寝ている。私は一緒のベッドでも構わないといったのだが……

 

「なんですか?」

「結局のところさ、今のお前ってどういう状態なんだ? こう、お前の主観の話でいいんだけど」

「そうですね……自分はアインハルトであるという自覚があるとともに、クラウスの記憶も『映像として見た』のではなく『実際に体験した』という感覚です。例えるなら、アインハルトとクラウスの魂が混ざり合ったとか、そんな感じでしょうか?」

 

 こう言っておいてなんだが、私は今の状態に大して違和感を感じていない。それは、幼少の頃からクラウス(ぼく)の記憶を見てきたせいで性格が似たようなものになっているのか、はたまた、以前のアインハルト(わたし)を思い出せなくなる程に心が摩耗してしまっていたのか。

 

 ……私はどうすればいいのだろうか。私は彼の知る親友(ぼく)になれない。かといって、全くの別人(わたし)にもなれない。こんな中途半端な私が、彼の傍に居る資格など――

 

「まーた馬鹿なことを考えてるだろ」

「……え?」

 

 すると、私の心を見透かしたかのように、レンがまた話しかけてきた。

 

「お前が誰だろうと、俺はお前の親友だってさっき言っただろ?それに、小一時間話しただけだけど、お前は自分で言うほど別人じゃねえよ。特にその、良くも悪くも思い込んだらまっすぐ突っ走るところとか」

 

 その言葉を聞いて、鈍器に殴られたような重い(想い)衝撃が全身を走る。

 

 どうして(やっぱり)貴方は私のことを理解してくれるの?(君は僕を理解してくれるんだね)

 私は自分が何なのかもわからないのに(僕は君の隣に立つ資格なんてないのに)

 それでも、(もし、)貴方の傍に居ることを許してくれるのなら(再び君と共に在れるなら今度こそ)決して(君を)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     離 し は し な い

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おかしい。この作品はギャグ路線のはずなのに、ギャグが足りない。



補足ですが、ここのアインハルトは原作よりもクラウス成分が強めです。だけど、人格的には女の子です。
あと、ヒロインは別に病んでません。

次回は3人目のヒロインが……出せればいいなー


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王の会遇

新ヒロインを出すといったな、あれは嘘だ。
今回の話が思いの外長くなってしまったので、新ヒロインは次回出します。


※2話を投稿した結果、お気に入り登録者数が1話のときから20倍以上増えて動揺を禁じ得ない。皆様ありがとうございます。


 クラウス――もといアインハルトと出会った日の翌々日、俺とアインハルトはノーヴェさんに呼び出されていた。どうやら、俺らと同年代で格闘技をやっている知り合いを紹介してくれるとのことらしい。

 なんで突然、と思わないでもないが、まあノーヴェさんにも考えがあるんだろう。案外、紹介されるのがヴィヴィオとかだったりしてな。もしそうなら、アインハルトはどういう反応すっかな。いきなり300年前の決着とか言って、バトル仕掛けたりしてー。あっはっはっはっは――

 

「……笑えねぇ」

「どうかしましたか? レン」

 

 思わずため息をついてしまった俺を覗き込むように、隣を歩くアインハルトが視線を向けてきた。

 

「いや、なんでも……なくはないわ。お前が今してることをよく考えてみろ」

「え? ただ腕を組んでいるだけですが」

 

 今、アインハルトは俺の右側を歩いている。アインハルトの左手は俺の右手首を掴み、右手は俺の肘を外側から抑えつけている。これが意味するのはつまり……

 

「何をどうやったら『腕を組む=腕の関節を極める』になるんだよ!」

「?」

 

 アインハルトは本当に分からなそうに首をこてんと傾ける。

 あーくそ! 一々可愛い動作しやがって、この天然野郎が! 腕を組むの『組む』は取っ組み合うって意味じゃねーぞ! 何処まで戦闘脳なんだよ、お前は!

 

「あー来た来た。おーい、こっちだ!」

 

 すると、いつの間にか集合場所の喫茶店についたらしく、席に座っていたノーヴェさんが手を振って此方に呼びかけてきた。同じ席にはティアナさんとスバルさんも座っており、その周囲にはノーヴェさんの知り合いらしき人がなんか沢山いた。

 

「この二人がノーヴェの言ってた覇王っ娘とそのお友達ッスか? いやー、ラブラブッスねー」

「……ぽっ」

「何処をどう見たらそう見えるんですか。それとアインハルト、効果音を口に出して言うな」

 

 ノーヴェさんと同じ赤い髪を後ろに纏めた女性が、軽いノリで話しかけてきた。その口振りから言って、ノーヴェさんの家族とかかな?髪の色一緒だし。

 

「こら、ウェンディ。初対面の人間に失礼だろう。すまなかったな、少年」

「い、いえ、気にしないでください」

「そうか、それなら有り難いのだが……何故腕を拘束されているんだ?」

「……俺の方が知りたいです」

 

 今度は銀髪ロリの人がさっきのッス口調の人を窘めつつ、この俺の状態にツッコミを入れてくれた。

 この人はいい人だ。主に常識人的な意味で。

 

「やはりおかしいのでしょうか? 私の見た本には『仲の良い男女は腕を組むものだ』と書いてあったのですが」

「えっと、うん。君のはちょっとおかしいかな?」

「なるほど。やはりあの手の本はアテになりませんね」

「いや、そういうんじゃなくて……」

 

 そして、茶髪の髪を首元で纏めている女性がアインハルトの関節極めを指摘してくれた。

 この人も良識枠か、覚えておこう。おかげでアインハルトも腕を離してくれたし。

 

「えっと、ノーヴェさんこの人たちは?」

「え? あ、ああ、悪い悪い。紹介がまだだったな。こっちからチンク姉にディエチ、ウェンディ。それでそこの寡黙なのがオットーとディードだ」

 

 銀髪ロリの人がチンクさん、さっきの茶髪の人がディエチさんに、ッス口調のウェンディさん。そして、ノーヴェさんの紹介に合わせてお辞儀してくれた、茶系短髪で執事服のオットーさんに、茶系長髪でシスター服のディードさんか。

 ノーヴェさんがチンクさんに姉ってつけてたってことは、年上なのか。道理で落ち着いてるわけだ。

 

「どうも初めまして。レン・ラドフォードです。こっちはアインハルト・ストラトス。もうご存知かと思いますが、宜しくお願いします」

「あっ、は、初めましてっ」

 

 俺が頭をぺこりと下げると、アインハルトも慌てて俺に遅れる様に頭を下げた。

 

「ほう、中々礼儀正しい子じゃないか。姉は感心したぞ。ウェンディもこれくらい礼節を弁えてくれればいいのだが」

「ちょっ! そりゃないッスよ、チンク姉!」

「……レン、そんな丁寧な言葉使えたんですね」

「おいお前、俺の前職言ってみろや」

 

 チンクさんに愚痴をこぼされているウェンディさんを余所に、アインハルトが失礼なこと言ってきた。

 お前、忘れてるかもしれないけど、俺は王専属の使用人だぞ。敬語くらい使えるわ!

 

「それで、ノーヴェさん。紹介してくれる同年代の人というのは?」

「ああ、それならもうすぐ来るみたいだから、待ってればその内――」

「ノーヴェ! 皆ー!」

「おっと、噂をすれば」

 

 俺の後ろから少女の声らしきものが聞こえてきた。どこかで聞いたことある様な気がしないでもないが取り敢えず振り返る。その先に居たのは、三人の少女だった。

 中でも一際目を引く一人。風になびく金色の髪、宝石のように美しく澄んだルビーとエメラルドの瞳をしており、彼女の、少女として完成された美しさは誰もが1度は目を奪われるだろう。

 ……って、この描写、前にもやったやつーッ!

 

 俺が突然のことに目が回りそうになったとき、ふとヴィ――少女の姿がぶれる。

 そして次の瞬間、アインハルトに向かって空中回し蹴りを放つヴィヴィ――少女の姿が……

 

「って、えぇぇぇッ!?」

「なッ!?」

「え? あ、ちょッ! 何!?」

 

 え、何? なんなの!? 確かにヴィヴィオは再会してからやたらテンション高いことが多かったけど、見ず知らずの相手にいきなり襲い掛かっちゃうようなやんちゃさんだったの!? てか、ヴィヴィオって言っちゃったよ! 現実逃避してたのに! い、いや、そんなことより、さっき俺と一緒にノーヴェさんとティアナさんも声を上げてたってことは、普段はこんなことしないのか? だ、駄目だ! 理解が追い付かん! (この間0.5秒)

 

 しかしアインハルトは、突然やってきた頭部への攻撃に動じることもなく、片腕を上げただけでヴィヴィオの蹴りを防いだ。

 

「……」

「……」

 

 二人の腕と脚が交差しながら、ヴィヴィオは地面に着地する。

 

「……口よりも手よりも先に足が出るのは相変わらずですね、オリヴィエ(・・・・・)

「それをあっさり防ぐ貴方も人のこと言えないんじゃない? クラウス(・・・・)

 

 二人が、まるで世間話でもするような穏やかな口調で、それでいて隙を見せることなく、互いに言葉を交わす。

 と、とにかく何かツッコミを入れなきゃ……!

 

「そ、そんな短いスカートで蹴りを放つな!」

「突っ込むところそこかよ!」

 

 ノーヴェさんのツッコミが、辺り一帯に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に手を出したのはヴィヴィオの方でした。

 あまりにも突然の事態に俺やノーヴェさんたち、それにヴィヴィオと一緒に来たリオとコロナさえも何も言えずにいた。

 本来ならティアナさんやノーヴェさんあたりが注意してるんだろうけど、肝心の加害者と被害者が「おひさー、元気してた?」「ええ、ぼちぼちです」みたいな感じで、さっきの一件はなんだったんだと言わんばかりに和気藹々と会話しているせいで、どうしたらいいのか分からないのだろう。

 ……なんか、もうどっと疲れた。

 

「……そういえば、紹介したい相手ってヴィヴィオのことだったんですね」

「え? あ、ああ。そう言うレンも、ヴィヴィオを知ってたんだな」

「はい。まあ、アインハルトは初対面だったと思いますけど」

 

 さっきのやり取り、一応互いに初対面だったんだよなー。(前世)では少なくとも戦う前に、「()ろうぜ」「了解(りょ)」ぐらいのやり取りはあったのに。

 

「もしかして、前世関係ですか?」

「なんだ、そこまで聞いてたのか。だったら話が早いな。ヴィヴィオもこの前まで色々と悩んでたみたいでな、お前たちなら話も合うんじゃないかと思ったんだが……」

 

 その結果がさっきの有様か。まあ、あんなの誰にも予想できないけどな。

 流石にこのままだと埒が明かないので、俺は件の二人に接近する。

 

「おや、レン。何をしていたのですか? せっかくのオリヴィエとの再会だと言うのに」

「そうそう。レディを放っておくなんて失礼しちゃう!」

 

 俺に気がついたアインハルトとヴィヴィオが、文句を言いながらも心なしか嬉しそうに話しかけてきた。

 

「お前ら、さっきのやり取りやっておいてよくそんなこと言えるな」

「え? やだなー、あれはただの挨拶だって。あるいは、愛情表現的な?」

 

 そんな殴り愛あってたまるか!

 

「……百歩譲ってさっきのが挨拶だとして、初対面の相手にやるなよな」

「あっ、そういえば私達初対面だっけ」

「すっかり忘れてました」

 

 お前ら……アインハルトは薄々感じてたけど、ヴィヴィオも天然入ってない? これ。

 

「だったら尚の事止めとけよ。まさかお前、初めて会った相手には皆やってるとか言うんじゃないだろうな?」

「まさか! もちろん、相手がクラウスだって分かった上でやったよ?」

 

 確信犯かよ。いや、それよりも――

 

「分かった上で? こいつがクラウスって何でわかったんだ? オッドアイぐらいしか共通点ないだろ?」

「もう、レンってば、そんなの愚問だよ。姿が変わった程度(・・・・・・・・)で、私がクラウスを見間違うなんてありえないもん」

「今の言葉、胸にキュンキュンきました。オリヴィエに10A(アインハルト)P(ポイント)を差し上げます」

「わーい!」

「……」

 

 姿が変わった程度、か。そうだよな。俺たちの絆は、こんなことで振り解けたりなんかしない。それを理解してたのは、俺よりもこの二人の方だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 まあ、だからといって、いきなりバトるのはおかしいけどな。

 

「では、改めて。私は高町ヴィヴィオ、ミッド式のストライクアーツをやってます」

「ベルカ古流武術『覇王流(カイザーアーツ)』継承者、アインハルト・ストラトスです」

 

 二人が握手を交わす。その様子を見たノーヴェさんたちも、ほっと胸を撫で下ろした。

 俺も、最初は前世での確執とかで険悪な雰囲気になったらどうしようかと思ってたけど、何事もなく終わってよかっ――

 

「そういえば、アインハルトさん。さっき、レンと仲良さそうに寄り添ってたのはなんだったのかな?」

 

 ――空気が凍った。

 

「ノーヴェに呼ばれて来てみれば、レンの近くに貴女が居るでしょ? 思わず身体が反応しちゃった(はーと)」

「なるほど。先程の蹴りに殺気が籠ってたのは、そういうことだったんですね」

 

 ヴィヴィオの笑顔の問い掛けに、アインハルトはいつものポーカーフェイスで返す。

 おい、何が愛情表現だよ。全然違うじゃねーか。

 

「まあ、私と彼の仲は今更語るまでも無いですが……そうですね、先日私の全てをさらけ出したりしました」

「へぇ……」

 

 心なしかドヤ顔になっているアインハルトを、ヴィヴィオは依然として笑顔で見つめる。

 

「でもアインハルトさん。恥ずかしい姿を見せたのが貴女だけだと思った?」

「なん、ですって……?」

「私は貴女よりもずっと前にレンは再会してたんだよ。分かる? 私が1番、貴女は2番目。レンってば、甘い言葉を囁きながら私に無理やり押しつけてきて」

「…………」

 

 今度はアインハルトの顔から感情が消え失せ、心なしか周囲の温度が下がってきた。

 違うからね? ただ単に慰めただけで甘い言葉なんて言ってないし、押し付けたのは涙を拭くためのハンカチだから!

 何なの? 君らは意味深に言葉を濁すのが好きなの? ほら! コロナなんか顔を両手で隠して指の隙間からこっち見てるし、事情を理解してそうなティアナさんも顔を引き攣らせてるし!

 

「……しかし、結局はそこ止まりという訳ですね」

「うん? 負け惜しみかな?」

「同衾しました」

「……は?」

「同衾しました」

「いや、布団は別々だったから同衾ではないだろ」

 

 しかし、俺の言葉は届くことなく、アインハルトとは対照的にヴィヴィオの周囲の温度が上がってゆく。

 ……それでも尚、笑顔を崩さないヴィヴィオが逆に怖いんだが。

 

「ノーヴェ」

「え?」

「ノーヴェのことだから、場所は確保してあるんでしょ?」

「あ、ああ。一応、区民センターのスポーツコートは取っておいてあるが……」

「それはいいですね。久しぶりにお話(・・)でもしましょうか、ヴィヴィオさん」

「そうだね。いやー楽しみだなぁ」

 

 表面上はとても仲好さそうにしているのに、傍から見ても仲のいい友人の会話なのに、二人から放たれる威圧感がすべてを台無しにしている。

 一方、二人並んで区民センターの方へ歩き出す姿を後ろから見ていたノーヴェさんは、どうしてこうなった、と頭を抱えているのだった。

 ……まあ、ドンマイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁッ!」

「でりゃぁぁぁぁぁッ!」

 

 俺たちギャラリーが見守る中、二人の拳の打撃音が室内に響き渡る。

 因みに、二人とも騎士甲冑を纏う際に18歳ぐらいの見た目に変身している。アインハルトは先日の一件で知ってたけど、ヴィヴィオも似たようなことができたのか。

 というか俺、ヴィヴィオ(・・・・・)が戦ってる姿をまだ見たことなかったんだよな。格闘技をやってる、とは本人から聞いてたんだが。

 

「リオ、コロナ。二人ともヴィヴィオとよくトレーニングしてるんだろ? ヴィヴィオの強さってどんなもんなんだ?」

「あれ? そういえばレンって見たことなかったっけ?」

「えっと、本気のノーヴェさんとまともに打ち合えるのはヴィヴィオだけなので、私達3人の中だと頭一つ飛び出てるくらいだ、と思ってたんですけど」

「今の試合を見てると、まだまだ遠いって感じちゃうなぁ」

 

 リオは溜め息混じりに試合へと視線を戻す。

 確かに目の前で繰り広げられている戦いは、とてもじゃないが12歳と10歳とは思えない。まあそれも、前世の記憶を持ってると考えればそこまでおかしいことでもないんだがな。

 だけど――

 

「覇王……断空拳!」

「ッ!?」

 

 そんなことを考えていると、アインハルトの断空拳がヴィヴィオに炸裂し、ゲームセットになった。

 

「ぷはぁっ……いやぁ、相変わらずの強さだね、アインハルトさん」

 

 床に倒れながら満足そうな笑みを浮かべるヴィヴィオ。そんな彼女に、アインハルトは手を伸ばす。

 

「……そういう貴女は弱くなってしまいましたね」

「ひっどーい! これでも気にしてるのに!」

 

 ぷんぷんっ、と頬を膨らませながらアインハルトの手を取って起き上がる。その二人の間には最早さっきまでの険悪な雰囲気は何処にもなく、仲良さそうに試合の反省会をしていた。

 だけど、それを見ていた観客の一部、特にノーヴェさんやスバルさんは、アインハルトの言葉を聞いてざわざわとしていた。

 

 アインハルトが誹謗にも取れる発言をしたからではない。当の言われた本人が気にしてる様子もないし、第一、アインハルトは敗者に悪態をつくような性格ではない。

 さっき、コロナは『ヴィヴィオは本気のノーヴェさんとまともに打ち合える』と言った。つまるところ、ノーヴェさんと打ち合える今のヴィヴィオでも全盛期(オリヴィエ)に遠く及ばないということになるわけで。

 

「そのあたり、実際のところどうなの?」

 

 先程のアインハルトの発言が気になったのか、ティアナさんがチョンッと俺の肩をつつきながら小声で訊ねてきた。

 

「そうですね。俺の知る限り、二人とも全盛期と比べてしまえば、どうしても実力は落ちます。ただ、アインハルトの場合は単に年齢的な問題なので、成長して身体が出来上がってくれば自然と解決すると思うんですが――」

「ですが?」

「ヴィヴィオには、そもそも別の問題があるかと」

 

 そう、アインハルトと違って、多分ヴィヴィオには根本的な問題がある。本人から直接確認したわけじゃないけど、さっきの試合を見た限り恐らく……

 真意を確かめる意味も込めて、俺は武装解除した二人に近付く。

 

「あっ、レン。あはは……カッコ悪いところ見せちゃったかな?」

「そんなの今更だから気にするな」

「えー!? そんなことないもん!」

「うるせぇ! それよりもお前――魔力資質、違うんだな?」

「ッ!? あ、えーっと……」

 

 その反応、やっぱり図星だったか。カウンターパンチャーなんて行儀のいい(・・・・・)戦い方してるから、どうしたのかと思ってたが。

 

「戦ってる最中、攻撃の節々に妙な間があった。恐らく普段は魔法も併用してるんだろ。てことは、並列制御(マルチタスク)タイプってところか?」

「……うん。高速並列運用型、中後衛向きだって」

 

 ヴィヴィオがいじけたように両手の人差し指をツンツンと突きあわせる。

 今のヴィヴィオがこのスタイル(カウンターパンチャー)で戦うようになったのも、恐らく嘗ての経験によって磨かれた勘と見切りを最大限に生かすことができるからだろう。

 今ある武器で戦おうとするその姿勢は称賛すべきだが、オリヴィエの強さに執着していたクラウス(アインハルト)の心情は如何なものか……

 まあ、今は置いておこう。それよりも――

 

「そういうことでしたか。戦闘スタイルがまるで違うので驚きました」

「お前は変わらなすぎだ、アホ!」

「あいたっ」

 

 他人事のように呟くアインハルトの頭にチョップを食らわせる。

 

「な、何するんですか!?」

「何してる、は此方のセリフだ! お前、クラウスの時と同じように動いてたら身体に負荷が掛かり過ぎるだろ!」

 

 成人男性とローティーンの少女では骨格も筋肉量もまるで違う。いくら強化魔法があるとはいえ、クラウスの頃と同じような感覚で、まだ出来上がっていない成長期の身体を無理に動かし続ければ、最悪の場合故障しかねん。

 

「取り敢えず、アインハルトは動きにリミッター掛けるから後でデバイス貸せ。一定以上の動作をすると制限を掛けるようにするから、後は身体で力の使い方を覚えろ」

「ぶーぶー」

 

 アインハルトがあからさまに不満そうな顔をするのを、俺は一蹴する。

 こいつの文句に一々付き合ってたらキリがないからな。今も昔も。

 

「むぅ……っ、アインハルトさんばっかりずるーい!私もレンと『喧嘩してるのに端から見ればイチャイチャしてるようにしか見えない』ヤツやりたいのにー!」

 

 すると、ヴィヴィオが妙ちくりんなことを言いながら俺の右腕に抱きついてきた。

 お前は何を言ってるんだ。

 

「……今回勝ったのは私です。勝者は暫くレンを独占できるというのは以前からの約束のはずです」

 

 そう言うと、今度はアインハルトが俺の左腕を掴んだ。

 え? 以前からって何? もしかして、それって前世でも同じようなことやってたの!? ちょ、ちょっと待って! お前、前世だとおとk――

 やめろ! 俺を挟んで睨み合うな! 心なしか段々手に力が痛たたたたたッ!

 

 

 

 暫く睨み合いが続いた後、結局二人は再び戦い(強化魔法なし素手のみ)にて決着をつけることになったのだそうな。

 俺? 両側から威圧感が押し寄せてきたせいでぶっ倒れましたが何か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

「ヴィヴィオ、アインハルトと随分と仲良さそうに話してたよね? さっきまで険悪な雰囲気だったのに」

 

 試合終了後、スバルが丁度一人になったヴィヴィオに話しかける。手合わせが始まる前は無事に終わるかと心配していたスバルだったが、蓋を開けてみれば何事もなく終わり、ちょっと拍子抜けだったのが彼女の本音だ。

 

「もースバルさんってば。あれはただのじゃれ合いだよ」

「じゃ、じゃれ合い? あれが?」

「うん! だって、別に命のやり取りしてないし、トレーニングの一環でもなかったし。だから、じゃれ合い」

 

 思わず顔を引き攣らせる。先程の2試合での、拳に込められていた殺気は確かに本物だった。それでも、試合形式(殺し合いじゃない)という理由だけで、彼女にとってアレはじゃれ合いになるのか。

 こんな姿(なり)をしているが、その中身は戦乱の時代を生きた一国の王女なのだ。スバルは改めて、ジェネレーションギャップとでもいうべき感覚に陥った。

 

「それに、私は本気でクラウス――アインハルトさんをどうこうしようだなんて考えてないもの」

「え? そうなの?」

 

 その言葉もまた意外だった。

 スバルが以前読んだ漫画には、病的なまでに恋に生きる少女が登場していた。そんな彼女は、恋の障害となる相手をあの手この手で次々と陥れていた。ヴィヴィオとアインハルトの初対面の一件を見て、一瞬そのキャラクターが重なって見えてしまったのは不可抗力と言えるだろう。

 それだけに、スバルは疑問を投げかけずにはいられなかった。

 

「もちろん! だって、アインハルトさんもレンも、とても大切な人だもん」

 

 今の言葉に嘘偽りはない、それを信じさせるには十分なほどまっすぐに語る彼女の表情は、とても穏やかなものだった。

 

「それにね、スバルさん。私、こう見えてすっごく欲張りなの」

 

 しかし、そんなヴィヴィオの顔に影が差す。

 

「だから、欲しいものはすべて手に入れるし、誰にも渡さない。クラウスもローレンツも■■■も。……もう二度と 離  サ   ナ    イ」

「ッ!?」

 

 スバルの背筋が凍りつく。目の前の、年端もいかぬ少女の瞳に突如宿った、光も通さぬ底なしの闇。一体、どんな人生を歩めばそんな眼ができるようになるのか。

 少女の見たことのない表情を前に、スバルは只々、立ち尽くすことしかできなかった。

 

「でもね、アインハルトさんってば、中々レンを手放してくれないの」

 

 すると、さっきまでの出来事が嘘であるかのように、目の前には普段通りのヴィヴィオが居た。

 

「だから、しょっちゅうお話(・・)してるんだけど――ってスバルさん? 聞いてるの?」

「え? う、うん。勿論聞いてるよ!」

「ならよかった。それでね――」

 

 背中を伝う嫌な汗が、さっきのことは現実だと突きつける。ヴィヴィオの話を聞きながら、やっぱりあの漫画のキャラに重ねて見てしまった自分は正しかったと、そう思わずにはいられないスバルだった。

 

 

 

 

 




というわけで、ヒロインズ出会うの巻でした。
いやー、今回はコメディ回でしたね。

ヴィヴィオもアインハルトも別にお互いのことが嫌いではない、むしろ大好きなので、じゃれ合うことがあっても殺し合うことはないのです。
なので、昼ドラのような展開を期待した方は、申し訳ございませんでした。

本作でのヴィヴィオとアインハルトですが、原作よりだいぶ強化されてます。ただ、ヴィヴィオは魔力資質がオリヴィエの頃と違うので、強化幅は少ないです。


あと、スバルや元機動六課の人たちはヴィヴィオがオリヴィエの記憶を持ってることを知ってます。一応1話でそれっぽい描写は入れたのですが、分かりにくかったかもしれないので補足しておきます。





感想は随時お待ちしているので、気軽にお書きください。


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元中性的な友人 前編

今回は長くなってしまったので2つに分けます。

因みに過去編です。


『相も変わらず、君の腕には驚かされるね』

 

 城の中庭で、いつもの様にドンパチやっているヴィヴィ様とクラウス王子を横目で見ながら、僕はローレンツに話しかける。

 

『ん? なんだよ急に』

『ヴィヴィ様の義腕さ。エレミアの技術では、あそこまで繊細なものは作れない』

 

 僕の視界に映るのは、僕の作ったエレミア(戦闘用)の義腕を装着するために外された、ローレンツお手製の義腕だ。もはや人間の腕と見間違えるほど精巧なそれは、戦闘の余波を受けないよう、木陰へ丁寧に並べて置かれてある。

 その様子を見るだけで、ヴィヴィ様がその義腕をどれだけ大事にしているかが伝わってくるようだ。

 

『できないも何も、そもそも用途が違うだろ? 俺だって、リッドの作る様なガチの戦闘用なんて作れないんだから』

『そうは言うけどね……エレミアの技術がたった一人の人間に追いつかれたとあっては、ご先祖様は複雑だろうね』

 

 200年も続くエレミアの技術のレベルに、方向性が違うとはいえ僅か1代で辿り着く人間が居るというのだから、初めて知った時は動揺を隠しきれなかった。それほどまでに、ローレンツの持つ技術は計り知れないものがある。流石は一国の王子の専属執事といったところか。

 すると、僕の言葉を聞いたローレンツが、急に溜め息をついた。

 

『な、何さ? 何か変なこと言ったかな?』

『さっきから聞いてればなんだよ、エレミアの技術とかご先祖様とか他人事みたいに。代々積み重ねられてきたものであろうと、受け継いだ以上、今はお前の技術(モノ)だろ?』

 

 刹那、僕の思考が止まった。

 

『それに前から思ってたけど、お前はどうも実力を過小評価してるというか、そもそも自分に無関心だよな。まるで、自分は"エレミア"の為の舞台装置だとでも言わんばかりに』

 

 そんな僕の様子など知ったことではないと、ローレンツは次々と言葉を紡ぐ。

 

『お前はヴィルフリッド(・・・・・・・)だろ? ただのエレミアじゃない』

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕の心の中が何か温かいもので満たされた。

 ああ、ローレンツ。やはり君は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 只今、新暦0075年。

 俺の名前はレン・ラドフォード。ごく普通にSt.ヒルデ魔法学院へ通う、ごく普通初等科3年。でもただひとつ違っていたのは、俺は前世の記憶を持っていたのです!

 ……まあ、だからどうしたという話なんだが。

 

 普段よりも早く下校のチャイムが鳴り、クラスメイトたちは談笑をしながら帰り支度を始める。何やら近頃、ミッドチルダ周辺で事件が多発しているらしく、学院は授業を早めに切り上げることにしているらしい。

 聞いたところによると、輸送車襲撃事件や市街地での小規模な戦闘があったとか。おお、くわばらくわばら。

 

 そんなわけで、俺も例に漏れずさっさと家へと帰ろうとしてたんだが――

 

「…………お腹、減った」

 

 河原の橋の下で行き倒れを発見してしまった。

 腰まで伸びる黒のツインテールに、これまた髪と同じ色の、浮浪者らしからぬ黒いドレスを着た少女。一般市民の俺でもわかるぐらい高価そうな服が泥や埃で汚れており、明らかに厄介ごとの匂いがプンプンする。

 だけど、このまま何もせず見捨てるのは流石に後味が悪いな。何か食べ物は――

 

「ポップコーンでいいならあるけど、食べる?」

「…………お、お願い、します」

 

 

 

 

 

「――ぷはぁっ、ごちそうさん。いやぁ、こないな美味しいもん初めて食べたわ」

「そいつはよかった」

 

 俺の座っている横で、目の前の少女は満足そうに呟く。

 余程お腹がすいていたのか、Lサイズ相当の量のポップコーンをあっという間に平らげてしまった。水も無しによく食べられたな。

 

「……はっ!?」

 

 すると、少女は急にあたふたし始め、近くに立てられていたドラム缶を視界に捉えると、素早くその陰に隠れる。そして、ドラム缶の向こうから顔を半分だけ出して、此方を警戒するように覗いてきた。

 いや、確かに初対面の相手に対してその反応は分かるんだが……

 

「お前、目の前であんなに無防備に食べておいて、その反応は今更すぎるだろ」

「あうっ……それは、そうやけど」

 

 指摘されて顔を赤くするも、一向に出てくる気配はない。

 ……まあ、もう十分か。俺はその場で立ち上がり、そのまま土手を後にすべく歩き出した。

 

「え? ……何も聞かないん?」

 

 その様子を見た少女が、ドラム缶の後ろに隠れながら、少し驚いた表情でこちらを見る。

 

「その姿を見れば、訳ありだってことぐらい分かる。生憎俺は、今日会ったばかりの奴に事情を聴きだすほど野暮でもないし、話を聞いてやるほど親切でもないんでな」

 

 じゃあな、と言って俺はそのまま土手を後にする。

 本来であれば、このまま二度と彼女と関わることなんてなかっただろう。だが、少し気になるし明日一回だけ様子を見に来ておくか、なんて少しばかり気まぐれを起こしたことが、これから再び紡がれる俺たちの絆の契機になるだなんて、この時は予想だにしなかった。

 

 そして翌日。

 

「…………」

「また倒れてるーッ!?」

 

 昨日とほぼ同じような体勢で河原に倒れている黒髪ツインテの少女。強いて違う所をあげるとすれば、先端に糸が結び付けられている長い木の棒が彼女の近くに落ちていることぐらいか。

 取り敢えず鞄から、後で食べようと思って買ってあったハンバーガーを少女の口元へ運ぶ。

 

「むぐむぐ――はふぅ。ごめんな、一度ならず二度までも」

「本当だよ。もし俺が様子を見ておこうなんて思わなかったらどうなってたことか」

「あはは、申し訳ない……でも、心配してくれたんやな。昨日はあんな皮肉屋っぽいこと言ってたのに」

「なっ!? う、うっせ!」

 

 くそっ、こいつと話してると調子が狂うな。

 

「それで? そこに落ちてるのはなんだよ」

 

 話を逸らそうと、俺は近くに落ちている糸のついた棒切れを指さした。

 

「ああ、それな? それは釣竿や。流石に食料ぐらいは自己調達せなあかんから。でも全然つれなくて困ってたんよ」

「困ってたって……まさかお前、ちゃんと糸の先に餌付けてたか?」

「まさか! そんなんここにある訳ないやろ?」

 

 それでよく釣ろうと思ったな、お前。

 

「餌もないのに魚が喰いつくかっての。釣り針を直接魚に引っ掛けるとかならともかく」

「針を直接?」

 

 そういえば、前にクラウスたちと4人で出かけたとき、リッドの奴が器用に釣り針を魚の口に引っ掛けて釣り上げていたっけ。まあ、あんなものを釣りだと俺は認めないけどな。

 因みにそのとき、オリヴィエは熊の如く素手で魚を掬い上げ、クラウスは断空拳で川の水ごと魚をぶっ飛ばしていた。

 

「まあ、そんな超人技なんてできるわけないし、そこら辺の地面でも掘り返せば餌になる虫ぐらい居るだろ。じゃあ、頑張れよ」

「……針を、直接」

 

 何やら考え込んでいる様子の少女を放置し、その場を立ち去る。

 この様子だと、明日も様子を見に来た方がよさそうだな……

 

 そして、再び翌日。

 

「あっ、来た来た! ほら、見て! 魚釣れたんよ!」

 

 俺の姿を確認した少女が、嬉しそうに魚を持ち上げて手を振ってきた。

 ええい! 遠くからやかましい! お前は犬か!

 

「……で、結局どうやって釣ったんだ? 餌でも見つけたのか?」

「ううん。君が昨日言ってた『魚に直接釣り針を引っ掛ける』っていうあれ、やってみたら思いのほか上手くいってな」

 

 マジかよ。本当に実践しようとする奴がいるとは……その上、成功してるし。

 こいつあれか? 俗にいう天然ってやつなのか? それも、なまじスペックはやたら高いっていう面倒くさいタイプの。

 

「でも、今度は中々火が起こせなくて。何かいい方法知らん?」

「火か……石同士を弾いて火花を起こすとか?」

 

 ここで思い出すのは昨日と同じ、4人で出かけた時の出来事。確か野営の際に、リッドが鉄腕を弾いて器用に火花を起こしてたはずだ。あいつの先祖も、まさか火を起こすために『黒のエレミア』が使われるとは思ってもなかっただろう。

 

「石、なぁ。この辺りのは丸っこくて難しそうやし」

「生憎、子供の俺はライターなんて買ってこれないし。まあ、なんとかするんだな。ほら」

 

 俺は鞄から、来る途中に買ってきたお菓子を少女に渡す。

 

「え? これは……」

「また生き倒れられてても面倒だったからな。今日は起きてたみたいだけど」

「……そっか。気にかけてくれたんやな。ありがとう」

 

 少女は優しい笑みでお礼を言ってきた。

 それを見てふと我に返った俺は、気恥ずかしさを隠すようにさっさと立ち上がる。

 

「じ、じゃあな! ボヤ騒ぎだけは起こすんじゃねえぞ!」

 

 俺は捨て台詞を吐いてその場から去って行く。

 こうして、俺と彼女の奇妙な関係が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄わ――両腕でなんかこうバチンってやったら火つけられたわ」

「……そんな馬鹿な」

 

 よくわからない理論で火を起こせるようになってたり、

 

 

 

「その野草は食べると口の中がピリピリしたから、気を付けてな」

「実際に食べたのかよ」

 

 その辺に生えている雑草についてやたら詳しくなってたり、

 

 

 

「あむあむ。やっぱり川魚は骨ばっていかんなぁ。亀も、皮をはがないと匂いがきついし」

「お、おう」

 

 やたらとサバイバル術が上達していたり、

 

 

 

「スクロース……グルコース……フルクトース……糖分が体内で分解され吸収されていく……」

「……」

 

 コンビニで買ったプリンをあげたら、妙なことを呟きながら身体を痙攣させていたり――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、どうして君は(ウチ)に構うん?」

 

 初めてこいつと会ってから何だかんだ一週間が経った頃、ふと彼女の口から疑問が零れた。

 

「君もわかってるんやろ?こんな着飾った服着てる人間が川辺で野宿生活。後ろめたいことが無いはずがない。なのに……どうして?」

 

 端々がボロボロになってしまった服をギュッと掴み、少女は物悲しそうな表情でこちらから視線を逸らす。それは喩えるなら、大切にしていた人形を一身上の理由で泣く泣く手放す子供のような、そんな悲壮感を感じさせた。

 気が付いているのか? 今のお前の問いかけは――いや、今はそれよりも、言わなければいけないことがある。

 

「……なあ」

「うん?」

「お前さ。その台詞……もうちょっと早く言うべきじゃねえの?」

「はうっ!」

 

 少なくとも、この一週間あれだけ一緒に過ごしてて今更『何で』とか聞かれても知ったこっちゃねーよ。

 しいて言えば、流れだよ流れ。流れに身を任せてたらこうなっただけだよ。

 

「そんなことよりもほら、今日の分の飯捕まえねーとじゃねえの?」

「あ、うん――――ってそうじゃなくて!」

 

 なんだよ、今日はやけに喰いつくな。

 何か言ってくるのを適当に聞き流しつつ川の方へ目を向ける。すると、そこには昨日までなかった、廃品らしき大きな機械が半分ほど川に沈んでいた。

 

「なんだありゃ?」

「え? ああ、あれは今朝気が付いたらあったんよ。多分、夜の内に流れてきたと思うんやけど」

 

 まったく、あんなデカい機械を不法投棄とか何考えてるんだか。

 是非とも俺の手で再利用してやりたいところだが、生憎今の俺は9歳だからなぁ。工具も持ってなければ、そもそもあんな大きなものを川から運び出せない。うーむ、残念だ。

 俺はせめてどういうモノなのか確認しようと川へ近づく。

 

 そんなことを考えていたせいだろうか。俺は、その機械が沈んでいるであろう水底に灯る、赤い光に気が付かなかった。

 

「ッ!? 危ないッ!」

 

 後ろから聞こえた声と共に俺は少女に抱き着かれ、そのまま左へ押し出される。そして、それに一瞬遅れる様に、俺がさっきまでいた場所の地面が弾け飛んだ。

 

「うわッ!?」

「――ッ!」

 

 爆発と共に爆風が巻き起こり、俺は少女と一緒に吹き飛ばされた。

 少女を守るように咄嗟に抱きしめ、飛ばされた衝撃をそのまま受け止める形で地面を転がる。

 

「な、なんだ!?」

 

 転がるのが止まると同時に、俺は地面が弾けとんだ方向を見る。砂埃が舞い上げられ土煙が舞う中、その奥には何やら巨大な黒い影が見えた。

 

「……なんかやばそうだな。おい、今の内に――」

 

 腕の中に居る少女へ目を向ける。しかし、先程の衝撃で当たり所が悪かったのか、少女は気を失ってしまっていた。

 

「なッ!? おい! しっかりしろ!」

 

 少女の肩を揺さぶるが、反応はない。取り敢えず息はあるようだが、この状況はまずい!

 すると、そんな俺に追い打ちをかける様に土煙が晴れてゆく。

 その先に居たのは、青紫色をした人間ほどの大きさの、カプセルに似た円柱型の機械だった。中央には黄色いレンズがあり、背面から赤いコードを複数伸ばしている。しかし、ボディの装甲が所々剥がれており、そこから内部の機械が剥き出しになっている。その様子はまるで、どこかで戦闘でもしてきたかのようだ。

 

「……これは本格的にヤバイな」

 

 その形状からして、恐らくさっきまで川に沈んでいた奴だろう。俺が近づいたせいなのか、それとも別の要因か。いずれにせよ、そのせいで起動したってところか。

 何がやばいって、あの機械、明らかに俺たちを照準に入れてるってことだ。このまま、すんなりと逃がしてくれそうにない。

 ただでさえ非力な俺に加え、ここには気を失ったのが一人。俺一人で逃げればワンチャンあるかもしれないが、助けてくれた相手を見捨てるほど俺は薄情じゃない。

 

 ……できることと言えば、俺が囮になることぐらいか。

 少女を地面にそっと寝かし、気を引くために手ごろな石を手に持つ。そして、少女から離れようとゆっくりと動き出す。

 だが――――

 

「――ッ!?」

 

 俺の行く手を遮るように、カプセル型の機械が俺の動こうとした先に赤いレーザーを照射した。

 さっき撃ったのはそれか! いや、それよりもこいつ、もしかして……

 

 俺が動くのを止めると、カプセル型の機械はコードを伸ばしながらこちらに近づいてきた。どういう訳か知らないが、どうやら奴さんは俺たちを捕まえたいらしい。

 どうするどうするどうする! 不用意に攻撃されることはなさそうだが、このままだと二人とも一網打尽だぞ! さっきの音で誰か駆けつけてくれるとしても、その前に俺たちがどうにかなっちまう!

 

 これといった打開策も思いつかないまま、ジリジリとカプセル型の機械は距離を詰めてくる。そして、俺たちを捕らえようと赤いコードを伸ばしてくる。

 

「くっ……もう、駄目なのか……?」

 

 せめて俺は、少女を庇うように前へ立つ。そして、コードが俺を捕まえようとした、次の瞬間――――

 

 

 

 

 

 コードの先端がすべて削り取られた(・・・・・・)

 

 

 

 

 

「……」

「な――ッ!?」

 

 そして俺の目の前には、先程まで気を失っていたはずの少女が、よく見覚えのある黒いガントレットを身に着け、同じく黒い髪を風に靡かせながら立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で前編でした。
いやー、この黒髪の少女は、一体誰なんだろうなー。



書いても書いても一向に完成する気配はなく、文章量だけがどんどん増えてしまったので、急遽二つに分けさせていただきました。
申し訳ございません。

後編は、少なくとも今月中にはupしますので、それまでお待ちください。


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元中性的な友人 後編

結局、文章量が前編の倍近くになってしまった。
これじゃ、分ける意味なかったな。

前編と後編を通しで見ていただけると、話の流れに違和感がないと思います。


 

 

 気が付けば、辺り一帯が破壊し尽くされていた。

 俺たちを捕らえようとしていたカプセル型の機械は地に伏し、ボディから火花を散らしている。そして、周囲の地面は抉られ、橋の至る所が傷つき、その光景からは壮絶な戦いが繰り広げられていたことが容易に想像できる。

 だが、実際は少し違う。先ほどまで行われていたのは戦いなどではなく一方的な殺戮であり、目の前の惨状のほとんどが少女一人の手による破壊の結果だということだ。

 

「――――あ……っ、あぁああぁ……」

 

 少女の口から悲鳴にも似た声が出ると、急にその場に座り込んでしまった。黒いガントレットが解除された手で頭を抱えながら蹲っているその様は、さっきまでの敵を蹂躙していた姿とは打って変わって、弱々しい年頃の子供のように見えた。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

 慌てて少女に近づく。しかし、少女はまるで怯える様に縮こまったままだ。すると、今頃になって遠くの方から複数の人の声が聞こえてきた。

 ……このままここに居ると余計面倒なことになりそうだ。こういう時の、俺の勘はよく当たる。

 

「取り敢えず、ここを離れるぞ!」

 

 未だにその場に座っている少女の手を無理やり掴み、手を引いてその場から離れるように走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ここまでくれば大丈夫だろ」

 

 川沿いに上流へ向かい、人の少なそうな場所へたどり着いた俺たちは、その場で一旦立ち止まる。

 一方の少女は、俺の手から離れると再びその場に膝を抱えて座り込んでしまった。だが、さっきまでの動揺した様子はなく、走って逃げている内にいくらか落ち着いたようだ。

 

「……」

「……」

 

 言葉が出ない。

 どう声を掛ければいいものか分からず、俺は取り敢えず少女の隣に座る。

 聞きたいことはたくさんあるんだ。こいつが野宿してる理由、黒いガントレット、そしてさっきのあの戦闘。だが、こんな状態の相手にズケズケと問いただして良いものだろうか……

 

「…………なあ」

 

 どう話を切り出そうか考えていると、向こうの方から話を切り出した。

 

「……なんだよ」

「……怖くないん?」

「はぁ?」

「だって、さっきの、あれ……全部(ウチ)がやったんやろ? だったら……」

 

 怖くないか、と言われてもなぁ。確かにこいつの戦闘(虐殺)は荒々しいものだったけど、別にあれぐらい昔は日常茶飯事(・・・・・)だったし。

 そんなことよりも、さっきのこいつの言葉に少し違和感がある。『ウチがやったんやろ』って、まるで他人行儀みたいな言い方だ。なんでそんな言い回しを――

 

「もしかして、さっきの戦闘のこと、覚えてないのか? いや、より正確に言うなら、自分の意志とは無関係(・・・・・・・・・・)に動いたんだな?」

「――ッ」

 

 俺の言葉を聞いて、奴の身体がビクッと反応する。やっぱり、そういうことか。

 だとするなら、自動戦闘(オートコンバット)であれだけの戦いができることを考えると、蓄積されている戦闘データの量は生半可なものじゃないはず。

 ……いや、逆か。データが膨大過ぎて扱いきれないが故の自動戦闘(ぼうそう)。蓄積したものが多ければ多いほど、それはあり得ない話じゃない。

 

「…………変なこと言うようやけど、(ウチ)、自分自身以外の記憶を持ってるんよ」

 

 すると、少し間が開いた後、少女はポツリポツリと話し始めた。

 

「それは、戦いの記憶やった。重装甲を纏った騎士、膨大な数の尖兵、山をも吹き飛ばす魔道師、人間の何倍もの大きさの飛龍。人も、人ならざる者も、数も、装備もバラバラやったけど、共通してたのはそれらが全部敵だったということ」

 

 技術の蓄積、経験の蓄積。自らが培ったものと受け継がれてきたものすべてを子孫に植え付けることで、効率的な継承と更なる進化を促す、古代ベルカで行われていた継承法。まさかそれを、この平和な時代でお目に掛かる日が来るなんてな。

 しかも、よりにもよってこいつのは……

 

「初めて現れたのは8歳の頃。(ウチ)が車に轢かれそうになったとき、一瞬だけ意識が飛んで、次の瞬間にはその車が廃車同然になってた。幸いと言っていいのか、運転手は怪我をしたものの無事やった。けど、もしそのときの(ウチ)が少しでもやりすぎていたら、そう思うと途端に怖くなって、それから暫くは満足に外も出歩けんかった」

 

 少女は両肩を抱き、身体を震えさせながらも話を続ける。

 

「それからも度々、今日みたいなことは起こって……その都度、恐怖した。自分でもどうにもできないその力は、いつしか誰かを傷つけてしまうんじゃないかって。だから――」

「だから家出してきたのか。誰も傷つけなくて済むように」

 

 俺の言葉に少女はコクリと頷く。

 なるほど、事情は分かった。同情もできる、理解もできる。だけどひとつ、たったひとつだけ、気に食わないことがある。

 ただ、目の前に居るのはまだ少女なんだ。だからまだ仕方がない、と自らを必死に制する。だが、そんな自制心も少女の、恐らく悪気のない一言のせいであっけなく崩れ去る。

 

「嫌なんや。こんな力(・・・・)があるせいで、誰かが傷つくなんて、もう……」

「ッ!」

 

 こんな力、だと……?

 

「…………けるな」

「……え?」

「ふざけるなッ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で押さえていた感情が爆発し、気が付くと少女の胸倉を掴んでいた。

 

「誰も傷つけたくない? ああ、大層立派な理由だ! だけどな、お前のその力は……『エレミア』の力は決してお前が思うような忌むべきものじゃない!」

 

 頭に思い浮かぶのは嘗ての友。一族の力を、技術を、夢を、誇りを楽しげに語る、そんな姿。

 それを侮辱することは、例え奴の子孫(・・)であっても許さない。

 

「エレミアの力が誰かを殺したことは? 生死に関わる傷を負わせたことは今まであったか! 親を、友人を、見知らぬ他人を、ただの一度でも!」

「それは――で、でも! 怪我をした人はおった!」

「それは手綱を引くお前次第だろう!? お前は今まで何をしてきた! 力を制御しようと努力したのか? それとも、きっと誰かが助けてくれると、部屋の片隅で震えて蹲ってただけなのか!」

「――ッ」

 

 俺の怒号のような問い掛けに、少女が言葉を詰まらせる。

 

「他人行儀か? エレミアの力は自分のものでないとでも言うつもりか? ふざけるなよ! 例え先祖(たにん)のものであったとしても、受け継いだ以上、今はお前の技術(モノ)だろ! それに目を背けるな!」

 

 冷静に聞けば、なんと横暴な主張か。まだ10代前半の少女に、人を殺しかねない力を受け入れろというのは、あまりにも過酷。

 だが止まらない。だって、俺は知っているから。幼い身でありながら、民を救うために自らの死の運命(受け継いだ力)を受け入れた、オリヴィエという少女のことを。

 そんな彼女の覚悟を知ってしまっている(・・・・・・)が故に、目の前の只々怯え逃げ惑うコイツの姿に俺は、怒りを感じずにはいられなかった。

 

「あんたに……あんたに(ウチ)の何がわかるんや!」

 

 すると今度は、少女が俺に掴みかかり、そのまま俺を押し倒す。

 

(ウチ)が今までどんなに辛い思いをしてきたと思ってる! (ウチ)の知らない間に部屋はボロボロになり、街灯は折れ曲がり、車は形を大きく歪め――それがどれだけ怖かったか、あんたに分かるんか!?」

 

 少女は大粒の涙を零しながら俺に詰め寄る。そしてその一瞬、目の前の少女の姿が嘗ての友の姿にダブって見えた。少女は友の面影を残した顔で怒鳴りながら、その眼で必死に訴えてくる。

 

 

 

 助けて、と。

 

 

 

「……出会ったばかりの俺が知るかよ」

 

 その姿を見て少し冷静になる。

 こんな子供相手に何やってんだ俺は……クソッ! こいつを昔の俺の物差し(オリヴィエやリッド)で測るなんて、これじゃあ、今を受け入れきれてないのは俺の方じゃねえか。

 

「……だけどな、そんな俺でも分かることはある」

 

 俺は宥める様に、できる限り優しい声で少女に語りかける。

 

「どうして今まで、お前が誰も殺さずに済んだのか分かるか?」

「…………」

「それはな、お前が優しかったからだ」

「……え?」

「言っただろ? エレミアの力は、今はお前のものだ。お前が傷つけることを望まない限り、エレミアの力はそれに応える」

 

 その言葉を聞いた少女は、俺の胸倉を掴む手を緩めた。

 確かにこいつはエレミアの力から目を逸らしてきた。だけど、誰も傷つけたくないという想いそのものは本物のはずだ。

 

「お前の優しさが今まで最悪の事態を防いできた。だから、誰も傷つけたくないって言うのなら、お前自身が手綱を握れるくらい強くなれ。なんなら、俺も手伝ってやるからさ」

「あ……あぁあ……」

 

 少女は目尻から再び涙を流しながら、その場に崩れ落ちる。

 結局、女の子を泣かせちまった。こりゃ、もしリッドが聞いたら『紳士のすることじゃないね』とかネチネチと文句を言われそうだ。

 

 俺は彼女を受け止め、その涙が止まるまで、あやす様に優しく抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PiPiPiPiPiPi――

 

 

 

 規則正しく鳴る電子音が聞こえ、俺の意識が覚醒する。

 夢、か……随分と懐かしいのを見たな。アインハルトと会ったせいか? それともこの間の模擬戦(ステゴロ)を見たせいなのか?

 

「……眠い」

 

 いつまでも鳴り続ける目覚ましのスイッチを切り、布団から起き上がる。そして俺はそのまま、いつも通り洗面所に向かって顔を洗う。

 いつもならその後に朝食の仕度をするところなのだが、そこでふとリビングのカレンダーに視線が向いた。

 

「げっ! 今日、祝日じゃん。うわぁ……なんか損した気分」

 

 時刻は現在早朝。

 学院へ行く時刻に目覚ましがセットされていたがために、普段の休日よりも早く起きてしまった。いつもはもっと遅くまで寝てるのに。

 二度寝しようにも、目はすっかり冴えちまったな。これなら、起きている方がいいか。

 

「……偶には散歩でもするか」

 

 休みの日は基本的に自宅に引きこもってるからな、俺。少しぐらいは健康的な生活をしないと、最近は只でさえ体力馬鹿二人に振り回されることが多いのだから、そのうち体力が持たなくなりそうだ。

 ……いや、既に手遅れか。

 俺は外着に着替えると、そのままマンションを後にした。

 

 

 

 

 

 夢の続きを語るとするなら、あの少女、ジークは一旦自分の家へと帰った。勿論、俺も一緒について行ったがな。

 ジークの奴、家ではどんな扱いを受けてるのか少し不安だったけど、彼女の両親は家出から帰ってきたジークを温かく迎えていて、少なくとも俺の懸念は徒労に終わった。いずれにせよ、理解のある人たちでよかった。

 ちなみにその時、いかにもお嬢様といった感じの金髪美少女と遭遇したのだが、それはまた別の機会に。

 

 ああ。そういえばジーク、黒髪ツインテの少女の名前だが、あの夢の最後の場面から少し経って彼女が落ち着いた後――

 

 

 

『そういえば、前々から思ってたんやけど、なんで(ウチ)のことを名前で呼んでくれないん?』

『なんでも何も、そもそもお前の名前知らないし』

『あ、あれ? そうやったっけ? でもさっきエレミアって言ってたような……まあ、ええか。(ウチ)はジークリンデ・エレミア。改めてよろしゅうな?』

 

 

 

 てなやり取りがあった。

 今思えば、1週間も一緒に居たのにお互いの名前さえ知らなかったとかどんだけだよ。しかも、うっかり"エレミア"の名前出しちゃったし。まあ、ジークも気にしてないようだから助かったけど。

 

 そうそう。ジークが継承した記憶に関してなんだが、継承したのは戦闘に関するものだけで、残念ながら俺に関する記憶は持っていなかった。少し寂しいような気もするが、きっとこれが正しい形なんだろう。

 でも、そうなるとおかしいな。どうしてジークはあの時、釣りだったり火を起こしたり、戦闘に関係ないことをすぐできるようになったんだ? 本人曰く、俺と会う以前にサバイバルした経験なんてないって言ってたし……

 

 そんなことを考えていると、いつの間にかジークと初めて出会ったあの河原の近くに来ていた。

 そういえば、あのときジークが破壊したマシン、あの後結局どうなったのかな。できれば持って帰って解体したかったのだが……

 

「――あれ、レン?」

 

 昔の夢を見たせいか少し感傷的になっていると、向かいからフードを被った黒いジャージ姿の少女がランニングしてきていた。

 

「どうしたん? こんな朝早くに会うなんて珍しいなぁ」

 

 そして、この声は目の前のフード少女から聞こえてくる。その姿は――

 

「もしかしなくてもジークか。暑っ苦しいからフードは外せって、いつも言ってるだろ」

「んあっ」

 

 俺は無理やりフードを脱がすと、どうやって収納してんだというぐらい立派なツインテールと共に、中からジークの恥ずかしそうな顔が飛び出した。

 

「え、ええやんか別に! 目立つの嫌やし」

「フードを深く被ってる方がよっぽど目立つっつーの。お前、十分可愛いんだから、もっと自分に自信持てって」

「か、可愛ッ!?」

 

 ジークは顔を赤く染め、慌ててフードを被り直そうとする。だが、俺がフードを抑えてるせいでそれも出来ず、あわわわと両手をバタバタさせながら、最終的には顔を両手で覆い隠した。

 ……なんだこの可愛い小動物。

 

「うぅぅ……それで? レンはこんな朝早くになにやっとるん?」

「別に、ただ早起きしたんで散歩してただけだ。ジークの方はトレーニングか?」

「うん。大会も近づいてきたし、それ用に練習メニューも教えて貰――考えてきたし! うん! 自分で考えたし!」

「お、おう」

 

 大会って『インターミドルチャンピオンシップ』か。もうそんな季節なんだな。そういえば、ヴィヴィオ達もそんなこと言ってたような……むむむ、如何せん自分に直接関係ないことは記憶があやふやだ。

 

 それはそうと、ジークはたまーに今みたいな『自分がやったんやで!』と変な主張をすることがある。なんだか、やたらと誰かから教わっている(・・・・・・)という事実を隠したがっているみたいなんだけど、まあ見ての通り全然隠せてないわけで。

 別に、教えを乞うことなんて、隠すほどのことじゃないと思うんだがなぁ。

 

 だが、ジークのコーチ(をしてると思われる奴)は中々の腕前だな。今までジークの練習風景を何度か見たことがあったが、こいつの性格に合わせ、更にエレミアの戦闘知識を生かした多彩な戦い方ができる様にトレーニングメニューが組まれていた。

 あれは『黒のエレミア』のことを十分に理解していないと、そうは出来ないぞ? あの金髪お嬢様の仕業か? ……いや、似たような境遇というだけで別にエレミアについて詳しいわけじゃないだろうし、うーむ。

 

 すると、後からドドドドドと、けたたましい足音が聞こえてきた。

 

「ん? 何の音d――」

「レーンッ!」

「ぬわぁッ!?」

 

 突然、俺の背後に衝撃が走る。こんな突発的な事態に当然俺は対応できるわけもなく、そのまま背中に抱き着いてきた奴の下敷きになり、地面と情熱的なキスを交わした。

 

「あわ、あわわわわ……」

「レンー! 朝から会えるなんて嬉しい! これはもう、二人は結ばれる運命にあるっていう神様の思し召しだよね――ってあれ? レン、大丈夫?」

 

 俺の上から聞こえる、この電波受信しちゃってる系脳内お花畑発言、心当たりが一人しかいない。

 ……こんなこと言う奴の心当たりなんて、できれば居ないでほしかった。ていうか、そもそも聖王教会じゃお前自身が神様的ポジションじゃねえか。

 

「……随分な挨拶だな、ヴィヴィオ。てか、今すぐ退け。重い」

「あー! レディに向かって重いなんて失礼しちゃう! この人には可愛いとか言ってたのに!」

 

 レディ扱いされたかったら、もう少し自らの行動を省みてほしいもんだが。

 第一、お前いつから聞いてたんだよ。普通に怖いわ! ほらー! ジークもこの状況についてけずにポカンとしてるじゃねえか!

 

「取り敢えず下りろ! 満足に話もできないだろうが」

「はーい」

 

 今度は打って変わって素直に俺の上から下りる。

 何がしたかったんだこいつは……

 

「よいしょっと。そういえばレン。こんな朝早くに何やってたの? 私に隠れて逢引?」

「あ、あいび――!?」

「んなわけあるか。偶然そこで会っただけだよ。第一お前、少し前から見てたんだったら知ってるだろ?」

「まーね。もし事実だったら、ママ直伝のO☆HA☆NA☆SHIをしないといけないし」

 

 さっきからヴィヴィオの発言を聞いては、ジークはあたふたしながら慌てている。なんつーか、面白いぐらい振り回されてんな。

 ……てか、今の状況やばくね? ジークは記憶を継承してないとはいえ、リッドの子孫だ。もしこの事実がヴィヴィオにばれたら、またアインハルトのときの様に開幕攻撃を放つんじゃ……?

 

「な、なあ、レン。この娘は誰なん? レンの知り合い?」

「え? あ、ああ。こいつは高町ヴィヴィオ。まあ、俺の後輩兼友人ってところだな」

「もーレンってば、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。堂々と"彼女"って言っていいんだよ?」

「か、彼女!?」

 

 あーもう、またこいつは余計なことを!

 

「こいつの言うことは一々真に受けなくていいから。お前も初対面の相手にあることないこと吹き込むなよ」

「ぶー。相変わらずつれないなぁ」

「な、なんや、彼女じゃないんか……ほっ……」

「……」

 

 何やら、ヴィヴィオがジークに妙な視線を向けている。まずい、気付かれたか!? ど、どうにか誤魔化さねば!

 

「えっと、それでだな、ヴィヴィオ。こいつは――」

「知ってるよ? ジークリンデ・エレミアさんでしょ?」

 

 え? なんでこいつの名前を――ま、まさか、とうとう本格的にストーカーを始めちまったのか!?

 

「レンが何考えてるか大体想像つくけど、違うからね? ストライクアーツやってて、世界代表戦優勝者の顔を知らないわけないでしょ?」

 

 世界代表戦優勝? ……あっ!

 

「そういえばお前、チャンピオンだったっけ? 普段ポンコツなもんだから、すっかり頭から抜け落ちてたわ」

「ひ、酷い! そないポンコツやないもん!」

 

 頬を膨らませてプンプンと怒るジーク。そんな風にチャンピオンの風格も何もあったもんじゃないから、俺に忘れられるんだよ。

 でも、そうすると、ヴィヴィオはジークのことをエレミア(・・・・)だって知ってたってことだよな? その上で普通(?)に対応してるってことは、アインハルトのような事件は起こらないってことだな。

 

「改めまして、高町ヴィヴィオです! 今年から私もインターミドルに出場するので、ジークリンデさんを目標に頑張りますね!」

「いや、目標だなんてそんな……ジークリンデ・エレミアです。どうもよろしく、ヴィヴィ(・・・・)ちゃん」

「――ッ」

 

 一瞬、ヴィヴィオの表情がピクリと動いた。

 

「あっ、すみません! (ウチ)、渾名で呼ぶのが好きで、つい」

「ううん。渾名で呼んでもらっても全然構わないですよ? 私もジークさんと呼ばせてもらいますね?」

 

 そう言って、互いに握手を交わす。今、ヴィヴィオの反応が少しおかしかったような気がしたけど、気のせいか。

 まあ、何はともあれ、何事も起きないようで一安心。いやーよかったよかった。

 

 ……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

 ヴィヴィオが握手をしている右手を手前に引き寄せ、完全に油断しきっていたジークを前のめりにする。そして、ジークの鳩尾目掛けてヴィヴィオが膝蹴りを放った。

 

「なッ!?」

 

 ちょっ! 流石に拙いですよヴィヴィオ=サン!? 初対面の相手に何やらかしてんの!? しかも、ジークは突然のことで完全に呆けてるし、第一これじゃ辻斬りと変わらないじゃないですかヤダー!

 しかしこの瞬間、ヴィヴィオの不意打ちが決まるという俺の予想を裏切る様に、この場の空気が一変した。

 

 

 

 

 

エレミアの(Eremiah )神髄(Geist)

 

 

 

 

 

 そして、ジークはフリーハンドだった左腕に鉄腕を展開し、ヴィヴィオの膝と自身の身体の間に潜り込ませて、攻撃を難なく防いだ。

 

「……」

「……」

 

 右手は繋がれたまま、二人は無言で対峙する。

 なんなんだ、この場の空気は。ヴィヴィオが戦闘モードに入ってるのはいいとして、ジークの様子が変だ。確かに試合のときはびしっと引き締まった顔をするけど、今の奴はなんというか……そう、言ってしまえば、まるで別人のよう(・・・・・)な。

 

「……これで満足ですか? ヴィヴィ様」

「うん! 相変わらずのようで安心したよ」

「御戯れも程々にしてください。私が代わらなければ(・・・・・・・)どうなっていたことか」

 

 張りつめた空気が緩和し、二人はお互いに手を離して戦闘態勢を解除した。

 え? 何? なんだ? どうなってる? もしかして、目の前に居るのは……いや、でもさっきまでこいつは――

 

「ふぅ……君とはもっとこう、劇的な再会を演出したかったのだが、まあ仕方ない。ヴィヴィ様に目を付けられたのが運の尽きだと考えるしかないでしょう」

「えー! 何その言い方!」

 

 やれやれ、と溜め息をつくジーク。今の彼女は、いつもの柔らかい雰囲気を漂わせていることもなく、同じ顔のはずなのにどこか凛々しくさえ見える。

 お前は、やっぱり――

 

「久しぶりだね、ローレンツ」

「……リッド、なのか?」

「ああ。ヴィルフリッド・エレミア、君の友人の、ね」

 

 その語り口調が、仕草が、すべてが、俺の記憶の中にあるリッドのそれと一致する。

 だけど、それじゃあジークは? さっきまでのあいつは一体?

 

「ジークのことなら心配しなくていい。今は僕が出ているだけだから。何しろ、さっきは急所への不意打ち攻撃なんて言う『危険な状況』に陥ってしまったからね」

 

 危険? そういえばリッドの奴、さっき『私が代わらなければ』って言ってたな。それに今も『僕が出ている』って。加えて、危険な状況……

 

「……神髄か」

「ご名答。ジークから話は聞いているだろう?」

 

 エレミアの神髄

 ジークに命の危機が訪れた時に発動する自動戦闘形態(オートコンバットモード)。本人の意識はなくなり、ジークが持て余している500年以上の戦闘経験の蓄積を遺憾なく発揮して敵を殲滅する。丁度、今朝の夢の中でジークが暴走していたヤツだ。

 

 だが、おかしいぞ。初めて見たときは、まるでロボットの様に感情もなく敵を蹂躙していたはず。それがどうして……

 

「なんてことはない。あのとき君と出会ったことで、継承されてきた経験の中に僅かに残されていたヴィルフリッド(ぼく)の記憶が寄り集まり、僕という人格が再現されたまでさ。今では、エレミアの神髄を制御するための、言うなれば管制人格の役割を与えられている」

 

 リッド曰く、戦闘に関する記憶しか継承しないと言っても、戦場で交わされた友との何気ない会話や恋人への独白など、直接関係のないものでも戦闘と紐付けされれば一緒に受け継がれるとのこと。ただし、そういった記憶は能動的に引き出そうとしない限り知ることはできないそうだ。

 ジークが俺の言葉を切っ掛けに釣りだったり火を起こしたりできるようになったのも、そういう原理らしい。

 

「それにしてもヴィヴィ様、よく僕の存在に気が付かれましたね」

「バレバレだよ。さっきのことで言えば、私を『ヴィヴィ』って呼んだり、それを慌てて言い訳したりとかとか。大方、貴女が前に教えたんでしょうけど、ジークさんは素直そうだったし、思わず喋っちゃったってところかな?」

 

 確かにジークは嘘とか苦手そうだよな。コーチが居ることとか全然隠せてなかったし。ていうか――

 

「ジークを指導してたのはお前か」

「まあね。そのあたりは、あまりジークを責めないでやってくれ。僕が黙っておくように言っていただけだから」

 

 そりゃ、先代エレミアが教えてるんじゃ、あれだけ的確なトレーニングを指示できたのは道理だわな。

 

「さてと……それじゃあ、僕はこのあたりで失礼するよ」

「あれ? もういいの?」

「ええ、今のエレミア(・・・・・・)は僕じゃないですから」

 

 そう言ってジーク(リッド)は目を瞑ると、ピンと張りつめた空気が緩み、再びジークの周りが柔らかい雰囲気になった。

 同じ外見のはずなのに、中身が違うだけでこうも印象が変わるのか。

 

「……ごめんな、レン。内緒にってリッドに念を押されてて」

「いいっていいって。どうせ何か事情があったんだろ?」

「いや、『その方が後でネタばらししたときに面白そうだ』って」

 

 ……あー、そういえばそういうやつだったな、リッドは。むしろ、いつも通りで安心したわ。

 

「ホント、ジークさんはリッドに似なくてよかったよ。これからも、素直なままの貴女で居てね~ナデナデ」

「ひゃっ! え、えっと、その、恥ずかしい……です……」

「ああ、敬語なんて使わなくていいよ。今の私はジークさんよりも年下なんだし」

「あっ、はい……じゃなくて、うん、わかった。ところで、頭を撫でるのは、その……」

「ん?」

「うぅぅ……」

 

 10歳(ヴィヴィオ)の笑顔に威圧され、されるがままに撫でられ続ける16歳(ジーク)の図。

 ……チャンピオンの威厳もあったもんじゃねえな。

 

 こうして、懐かしい夢見て、懐かしい友との出会い、休日の朝は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ジークリンデの独白~

 (ウチ)は独りぼっち。

 

 この右手は何かを壊し、この左手は誰かを傷つける。

 何も壊したくない、誰も傷つけたくない。

 だから、(ウチ)は独りぼっち。そうすれば、誰も悲しまない。そうすれば、(ウチ)も悲しくない。

 

 

 

 だけど、彼は現れた。

 

 

 

『例え先祖(たにん)のものであったとしても、受け継いだ以上、今はお前の技術(モノ)だろ! それに目を背けるな!』

 

 彼は現実を突きつける。

 今まで、(ウチ)を慰めてくれた人はいたけれど、叱咤する人は居なかった。

 

『それはな、お前が優しかったからだ』

 

 彼は真実を告げる。

 今まで、(ウチ)の力を恐れた人は居たけれど、褒めてくれた人は居なかった。

 

 居なかった、いなかった、イなかった。

 心の未明領域が彼で満たされる。

 

 そうだ、(ウチ)の力を理解できるのは彼だけ。(ウチ)を正してくれるのは彼だけ。(ウチ)を導いてくれるのは彼だけ。

 この気持ちは、(ウチ)の心に灯る温かいものは、一体……

 

 

 

 うん? どうしたの、リッド――――恋? これが?

 ……そっか。恋したんやな、(ウチ)

 

 

 

 刹那、色あせた世界に光が満ちる。彼のことを考えるだけで、幸せな気持ちになる。

 ああ、どうしよう。恋なんてしたことないから、どうしたらいいのか分からない……え? 教えてくれるん? リッドは物知りやなぁ。

 レン。今度はいつ会えるかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ヴィルフリッドの独白~

 そうだ、それでいい、ジーク。(ぼく)には彼が必要なんだ。

 かつて、僕の友だったローレンツ。エレミアとしてではなく、ヴィルフリッドとして見てくれたローレンツ。

 

 別に多くは望まない。ただ、彼の隣に居られればそれでいい。だからこそ、隣に居たいという願いを邪魔する(・・・・)ことは許さない。

 

 だけど、今代のエレミアは僕じゃない。僕は所詮、ジークの受け継いだ黒のエレミア(力の一部)。僕のすべてはジークのもの。

 であるからこそ、僕の想いもジークの想いの一部。ジークの幸せは、彼女の一部である僕の幸せ。

 

 

 

 ここはジークに任せよう。

 今、ローレンツに必要なのは『気心は知れているが友人以上に発展しづらい相手』ではなく『友にも恋人にもなりうる新たな相手』だ。

 ジークの純粋さは、そんな彼の攻略の糸口になる。

 それまで僕は影に徹しよう。来るべき時が来るまで――

 

 

 

 

 

 ああ、ジーク。それだったら、鍛錬を口実に彼を誘ってみるといい。あと、ついでに一緒に買い物なんてのもいいかな。そう、所謂デートってやつさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、ジーク&リッド回でした。

リッドについて補足すると、リッドの戦闘知識と一緒に継承されていた彼女の人格データの断片が、主人公と接触したことで形となり、人格を再現するに至った、という感じ。
要は愛の力です。

それと、別にリッドはジークに成り代わろうとかは思ってないですよ。
(ジークを使って)主人公のそばにいたいだけなので。
いやぁ、健気ですね。



そういえば、ヴィクターのキャラどうしよう。
当初は、原作では先代雷帝の情報が一切ないので普通のお嬢様キャラにしようと思ってたのですが、突然『設定を捏造してヤンデレを書きなさい』と電波を受信しまして。

ただ、コメディ作品である本作にヤンデレキャラが馴染めるかどうか心配なんですよね。どうしたものか……


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姫騎士の友人

色々と試行錯誤した結果、今回のような話にしました。

先代雷帝が出てきますが、完全にオリジナル設定です。


『勝負なさい! ヴィヴィ!』

 

 城門が開かれると同時に、戦斧を担いだ少女が右手を前に掲げながら高らかに叫んだ。

 ていうかアイツ、人様の城に堂々と武器持ち込んでんじゃねえよ! 検問仕事しろ! ……え? 毎回文句を言われるし、別にいつものことだからそのまま通した? よし。お前、後でクラウスにチクるからな。

 事前の連絡はあったものの、どう見ても道場破りにしか見えない彼女を見て俺は溜息をつく。そして、重い腰を上げて奴のいる城門へ向かった。

 

『相変わらず大層なご挨拶だな、雷帝"候補"様?』

『ぐっ……ふ、ふん! 今のうちに好きなだけ言ってなさい。その内"候補"なんて不要なものは取り払って見せますわ!』

 

 一瞬バツの悪そうな顔をしたものの、すぐに自信に満ちた表情へと変わる。

 一見すれば尊大な発言だが、こいつの場合は実力も伴っているからな。評判を聞く限りじゃ、次代の雷帝もこいつになりそうだし。まあ、あのリアルチートことオリヴィエといい勝負できてる時点で、他の候補者とは格が違うんだろう。

 

『あら、ローレンツ。こんなところに居たんですね』

 

 すると、この騒ぎを聞きつけてやってきたのか、オリヴィエがやってきた。

 

『ようやく姿を現しましたわね、ヴィヴィ! さあ、(わたくし)と戦いなさい! 1か月前の(わたくし)と思ったら大間違いですわよ!』

『……ローレンツ。そろそろお茶の時間です。用意をお願いできますか?』

『スルー!?』

 

 ずかずかと近寄ってきた彼女を、オリヴィエはまるで見えていないかのように無視して俺に話しかけてきた。

 オリヴィエの奴、いつもは聖女もかくやと全方位に優しさを振りまいているのに、こいつに対してはドSだよな。

 ほらーなんか涙目になってきてるし。コイツ打たれ弱いんだから、あまりキツイことしてやるなよ。

 

『いつものことなんだから、お前もいい加減学習しろよ。こんなことで一々泣くなって』

 

 俺は眼尻に涙をためている彼女をあやそうと、ブロンドヘアの髪を右手で撫でる。

 

『な、泣いてなどいません! ま、まあ、(わたくし)の頭をどうしても撫でたいというのならそのまま続けても構いませんが……』

『あーはいはい』

 

 上から目線の言葉をそんなせがむような顔で言われたって、全然説得力はないわけだが。

 そんなことをしていると、隣に居たオリヴィエが、私不機嫌です、と言った顔で俺の左手を掴んできた。

 

『もう! 何故彼女ばかりかまうのですか!? ツンデレですか? そんなにツンデレがいいんですか!? おしとやか系は時代遅れとでも言いたいんですか!?』

 

 オリヴィエが突然なんか変なことを言い出した。

 

『それに、貴女は最初から気に食わなかったんです! 大体なんですか! 金髪、姫騎士、重装甲とか。私とキャラもろ過ぶりじゃないですか!』

『それを言うならば上位互換ですわ。勿論、(わたくし)が上ですが』

 

 そういうと、今度は彼女が俺の右腕に自らの腕を組んできた。

 

『な――ッ! 離れなさい! ローレンツは貴女の従者でもないでしょうに!』

 

 そう言って、オリヴィエも俺の左腕に抱き着く。

 いや、だからと言って、別にお前のでもねえけどな。

 

『それならば、貴女との勝負で(わたくし)が勝ったら、今日1日ローレンツは(わたくし)の自由にさせていただきますわ』

『望むところです!』

 

 本来の主(クラウス)の居ないところで話がどんどん進んでゆく……

 俺が現実逃避していると、二人はいつの間にか俺から離れ、互いに距離をとっていた。

 お、おい、ちょっと待てお前ら。ここが城門だって忘れてないか?

 

『さあ! 雷帝(予定)たるダールグリュンの力、今こそお見せしましょう!』

聖王の鎧(Rustung von St. Olivier)、発動!』

『お前ら、やるなら中庭へ行けぇーッ!』

 

 因みに、この戦いはクラウスによって仲裁された。そして俺はというと、戦いが始まる寸前にリッドによって助けられ、ほとぼりが冷めるまで一緒に過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、でっけーな」

 

 崖の上に聳え立つ巨大な屋敷。この大きさの屋敷なんて、前世ぐらいでしか見たことがない。まるで、ここだけタイムスリップしているような錯覚にさえ陥る。

 とは言うものの、前世ではこれ以上の規模の城に仕えていた俺は特に物怖じすることなく、いつもの通り門のすぐ横に設置されているインターホンを押す。

 すると、すぐさまドドドドドッと屋敷の中から足音が聞こえてきた。

 

「ああ……またか」

 

 これから起こるであろう恒例行事に頭を押さえていると、屋敷の大きさに見合った大きな扉が勢いよく開かれた。

 

ローレンツ(・・・・・)ー!!」

 

 扉から出てきた彼女は俺の居る門まで全力で駆け寄り、勢いそのまま俺の身長よりも高い門を飛び超える。

 そしてそのまま、俺の方へ両腕を広げながら落下してきた。

 

「会いたかったわ!」

「ぐふッ!」

 

 衝撃に思わず息を漏らすも、受け止めた後に抱きしめながらその場でくるくる回って衝撃を逃がした。

 来るたびにこんなことやられてたら、流石にこれぐらいのことはできるようにもなる。

 

「ローレンツ! ローレンツー!」

「あーはいはい」

 

 俺の胸に飛び込んできた彼女は悪びれる様子もなく、甘えるように胸元に顔を摺り寄せる。これだけ見ると人懐っこい大型犬みたいだ。まあもっとも、ただの大型犬だったらどれだけよかったか。

 彼女のされるがままにされていると、目の前の門の扉が開かれた。どうやら、いつの間にか近くに来ていた執事が明けてくれたらしい。

 

「レン様。ようこそいらっしゃいました」

「ああ、エドガーさん。どうもです。ほら、お前もいい加減離れろって」

 

 執事のエドガーさんに一礼すると、未だに抱き着いている彼女の頭をポンと軽く叩く。すると、さっきまで摩擦熱が出るんじゃないかというぐらい顔を摺り寄せていた動きが止まった。

 

「あら? (わたくし)は一体――きゃあッ!」

 

 さっきとは一変して急に大人しくなった彼女は、俺の顔を見た途端に顔を赤くして後退った。

 

「よっ。久しぶりだな、ヴィクター」

「え、ええ。お久しぶりです、レン(・・)。お見苦しいところをお見せしましたわ……」

 

 俺の呼び方が元に戻った。どうやら治まったみたいだな。

 

 ヴィクトーリア・ダールグリュン

 雷帝の血をちょっとだけ引く現代の貴族の令嬢で、ジークを両親のもとへ送り届けたときに知り合った。

 そのときに少しあって、今ではこうして定期的に屋敷に訪れて様子を見に来ている。

 

 それと、ここで断っておくが、ヴィクターは俺達のような前世の記憶は持っていない(・・・・・・)。事態はそれよりも少しややこしいことになっているんだが、それはまた後で。

 

「その……分かっているとは思いますけれど、先程のは――」

「分かってる分かってる。ついつい暴走しちゃっただけで、別に本心じゃなかったんだろ?」

「そういう言い方はやめてください! それではまるで、(わたくし)がツンデレみたいじゃないですか!」

 

 いや、さっきの行動は置いておいても、お前は立派なツンデレだよ。

 

「もう……こんなところで立ち話もなんですから、あがっていきなさい」

「おう。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 照れ隠しに顔をそらしたヴィクターは、そのまま屋敷の方へと歩き出す。その後ろを、俺を案内するようにエドガーさんが続く。

 

「レン様。機会があれば、また昔の御話を拝聴させていただいてもよろしいでしょうか?」

「え? いやそんな、俺はエドガーさんが参考にするような、できた執事じゃなかったですし」

「いえ、ご謙遜なさらず。元王族専属執事ともなれば、型に嵌った方では務まらないものでしょう。今度は是非、妹のクレアにも――」

「レンー! 何をしているの? 早くいらっしゃい!」

「お、おう! 今行く!」

 

 ヴィクターの急かす様な声を聴き、エドガーさんと一緒に急いで彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで? 前回から少し間が空いたようですけど、今日はどのような用事でいらしたの?」

 

 彼女の自室に案内された俺は、彼女の対面にある豪華な装飾が施されたソファに腰かける。こういう椅子は、前世ではあんまり座る機会がなかったから、あんまり慣れないな。

 

「おいおい、お前と会うのに一々理由が必要か?」

「……そういう気障なセリフは、吐く相手を考えて言いなさい。ジークだったら喜ぶでしょうに」

 

 そう言いながらも、お前だって顔をほんのり赤くしてるけどな。そんなんだからツンデレって言われるんだよ。

 しかし……この反応を見るに、少し訪問する間隔を置いたのはあまり効果がなかった(・・・・・・・)か。

 

「あっ! ジークといえば! お前、リッドのこと知ってたんだって? ジーク本人から聞いたぞ」

 

 この間の一件以降もジークとちょくちょく会ってたんだが、その時にアイツがヴィクターには前々からバレてた、と言っていた。

 それはまだいいんだが、重要なのはヴィクターの奴が知ってて俺に黙ってたってことだ。こいつ、普段から俺の前世の話を聞かせてやってるから、リッドとの関係を知ってたはずなのに。

 

「あら、とうとう隠し切れなくなったのね。まあ、あの娘は嘘が苦手だもの」

「それは同意だが、そういうお前はどうして教えてくれなかったんだよ。リッドに口止めされてたのか?」

「それもあるけれど、貴方の優位に立つ数少ないチャンスですもの。いつまでも貴方におちょくられる(わたくし)ではありませんわ」

 

 こいつ……ッ! どうせ、リッドから俺の恥ずかしい昔話でも聞き出してやろうとか言う魂胆だったんだろうが、考えが甘かったな。あいつは戦いと紐付けされた記憶以外はほとんど覚えてないって言ってたし。

 

「だが、その目論見も失敗したようだな。さて、変なこと企んだことについてはどうやってお仕置きしてやろうか。ふっふっふっ……」

「あら? その程度のことで随分と小さな男ね。やれるものならやってみなさいな」

 

 羞恥攻めか、褒め殺しか、などと俺が意地の悪い笑みを浮かべていると、ヴィクターが小馬鹿にしたような表情をしながら強気に挑発してくる。

 

「ほう、随分と余裕そうだな」

「いつまでも貴方にいいようにされる(わたくし)ではありません。それと、これだけは言っておきます」

 

 そう言うと、ヴィクターは俺に向かって指をさす。

 

「例えどんな辱めを受けようとも、このヴィクトーリア、決して屈しはしませんわ!」

 

 集中線に囲まれながら背景に『バーンッ』と効果音が付く程の勢いで、ヴィクターは高らかに宣言した。…………期待に満ちた目で。

 それを見た俺は冷静になり、椅子に座りなおした。

 

「なっ!? どうしてそこで急に冷めるんですの!?」

「いや、なんでって、お前……」

 

 どうやらヴィクターは誘い受けを覚えたらしい。

 

「姫騎士がくっ殺しているというのに手を出さないなんて……少しは度胸を見せなさい! 男の子でしょう!」

「そんなものに使う度胸なんぞ、かなぐり捨ててやるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しました……」

 

 ひとしきり騒いだ後、再びヴィクターが我に返ったようで、委縮して大人しくなってしまった。

 くっ殺とかどこで知ったんだ、とかは聞かない方がいいんだろうなぁ。

 

「そ、そういえば! これもジークから聞いたんだけど、インターミドルが近いんだってな!」

 

 この暗い雰囲気を変えようと話題を切り替える。

 

「ジークはやる気満々みたいだったけど、お前も今年出場するのか?」

「当然! 今回こそ、雷帝の名を轟かせて差し上げますわ!」

「そーだな。去年は決勝にも行けなかったしな」

「ぐっ、痛いところを……」

 

 確か前大会の成績は、都市本選3位だっけか。

 こうは言ったが、ヴィクターは決して弱くない。むしろかなりの実力者だ。それなのにこの順位ということを考えると、如何にジークの『世界代表戦優勝』という肩書が凄いものなのかわかる。

 

「まあ、今回ジークが張り切っているというのなら、何の問題もありません。今度こそ公式戦の場で勝ってみせます」

 

 静かに、だけど着実に闘志を燃やすヴィクター。

 こいつにとって、ジークは友人であると同時に、目標であり、いずれ超えるべき壁だからな。いや、ヴィクターだけじゃない。恐らく、インターミドルに参加するほぼすべての選手がジークを目標にしている。だけど――

 

「そんな簡単にはいかないかも」

「どういうことですの?」

「今年はヴィヴィオにアインハルト――件の聖王に、この間噂になった覇王も出場するからな」

「――ッ」

 

 俺の言葉に、ヴィクターがピクリと反応する。

 

「そういえば今年で10歳になるんでしたわね、彼女」

「ああ。とは言っても、今のヴィヴィオじゃヴィクターを相手にするのは厳しいだろうけど」

 

 これは実力云々ではなく、単に相性の問題だ。現状ヴィヴィオには、重装甲タイプのヴィクターに対して有効打がない。オリヴィエは自前の防御力の高さを生かしたノーガードの殴り合いで勝っていたが、鎧のない今のヴィヴィオにはそれができない。

 

「逆にアインハルトに当たった時は気を付けた方がいいかもな」

「アインハルト? それってもしかして、一時話題になった自称覇王っ娘のこと? 随分と親しげなようですけれど」

「あれ? まだ言ってなかったか」

 

 そういえば、前にここに来たのはアインハルトに出会う前だっけ。じゃあ、まだヴィヴィオのことしか話してないのか。

 

「アインハルトは、まあ言ってしまえばヴィヴィオと同じようなもんだ。一応、クラウスの記憶も持ってる。中々に強いぞ」

「そう……」

 

 あれ? やけに淡白な反応だな。てっきり『聖王も覇王もまとめて相手してあげますわ!』ぐらい言うかと思ったけど。

 

「……ねえ、レン」

「なんだ?」

聖王(ゼーゲブレヒト)覇王(イングヴァルト)放浪の民(エレミア)、そして雷帝(ダールグリュン)。これだけの面々が、それも当時の影響を色濃く残して同時に存在するなんて、そんなこと起こりえるのでしょうか」

「それは……」

 

 暫し、俺たちの間を沈黙が支配する。

 確かに偶然にしては出来過ぎている。それぞれの子孫たちが集まるだけならまだしも、その全員が何かしら過去の影響を受けている。関連性を疑うなという方が無理な話だ。

 

 じゃあ、誰かの意思が介在してるのか? いや、この可能性も低い。エレミアの継承術式を使うにしても、ヴィヴィオのようなイレギュラーな生まれに対して、狙って人格を継承させるなんて不可能だ。

 だとしたら、魂そのものに干渉したのか? だが、そんな曖昧なものを制御できるような魔法があるとは思えない。

 それに、最後の問題は俺自身だ。仮に魂に干渉する魔法があったとしても、歴史的に無名であるはずの俺にその魔法をかける意味がない。仮に実験台だったとしても、まだ言葉も話せぬ赤子にかけたところで術式が成功したか判断できるわけがない。

 

 つまり、結局のところ――

 

「偶然じゃないのか?」

「偶然……?」

「そう。考えたって結論なんか出るわけないし、だったら偶然でいいだろ」

 

 もしかしたら黒幕が居るのかもしれないし、居ないのかもしれない。でも、頭をひねったところで正解が分かるわけでもない。だったら、一先ず棚上げしておいても問題ないだろう。

 

「偶然……偶然……」

 

 ヴィクターがぶつぶつと呟きだした。

 

「ん? おい、どうs――」

「偶然……そう、偶然。意味なんてない。だから同じ時代に現れたのもミッドに集まったのもジークと出会ったのもレンと出会えたのも連合の戦況が悪化したのもゆりかごが駆り出されたのもすべて偶然。でも貴女は死んだ。自ら死を選んだ。自ら彼を裏切った。

 そんな貴女は死してなお彼の心を縛り付ける。(わたくし)から勝ち星だけでは飽き足らず彼の心まで奪っていく。許さない許さない許さない許さない許さない彼を切り捨てておきながら彼の心に在り続ける貴女を(わたくし)は許さない。何故死んだ? これではあの馬鹿を殴ることもできない。

 …………あれ? 生きてる。あははッ! なんだ生きてるじゃない! アイツは(わたくし)の前に現れた! これで一発殴りに行ける! そして貴女を下して今度こそローレンツをこの手に……

 そうだローレンツ! ああ! ローレンツ! そうよ貴方が居ればいい! 貴方さえいれば何もいらない! (わたくし)貴方を守っ(敵を殺し)てあげる!

 貴方を切り捨てたあの女も貴方を残して戦死したあの男も姿をくらましたあの男女も! 貴方を害する奴等はみんなみんなみんなみんなミンナミンナミンナミンナ死んでしまえばいい! アハハハハハハハハハハハハッ――……」

 

 口角を大きく上げ恐ろしく表情を歪めたヴィクターの嗤いが、まるで壊れた玩具の様に部屋中を木霊する。しかし、その声はすぐに小さくなっていった。

 彼女の顔は狂気から苦悶へと変わり、身体を押さえつけるように両手で自らの肩を抱きしめ、蹲った。

 俺は慌てることなく、落ち着いてヴィクターに駆け寄り、彼女の背中を優しく摩る。

 

「エドガーさんを呼ぶか?」

 

 俺の問い掛けに、ヴィクターは身体を震わせながら首を横に振る。ヴィクターの理性的な対応にほっとしつつも、彼女が落ち着くまで俺は彼女の背中を摩り続けた。

 

 

 

 

 

 改めて言うが、ヴィクターには前世の記憶はない。本人にも確認したが、朧げな記憶すらもないそうだ。

 だったらさっきのあれは一体何なのか。結論から言えば原因不明の発作だ。突発的に発生し、自分でも感情が制御できなくなってしまうらしい。丁度、俺が屋敷に入る前にヴィクターが飛びついてきた、あれもそのひとつだ。

 発作が起こっている間のことはあまり覚えていないらしいが、自身の心はその時々の喜怒哀楽の感情で支配されると言っていた。

 

 そう、それはさっきの、狂気ともいうべき感情でさえも。

 

 なので、発作を心配した俺はこうして定期的に様子を見に来ている。

 

「……もう、大丈夫です」

 

 数分後、やや疲労の溜まった顔のヴィクターは、背中に触れている俺の手を止めた。

 そんなヴィクターを見て思い出すのは、嘗て雷帝と呼ばれ、オリヴィエのよきライバルでもあった少女のこと。あいつは人様の城でオリヴィエと一緒によく問題を起こしていたりもしたが、それでも努力を怠らない勤勉で明るい性格だった。

 ……オリヴィエがゆりかごに乗るまでは。

 

『何故! 貴女はそうやって! 貴女の自己犠牲がどれだけの人を――ッ!』

 

 あの悲鳴にも似た叫びは今でも鮮明に思い出される。

 そんな彼女の負の感情が長い年月を経て歪められ、それが今、ヴィクターを侵食しようとしている。

 

「ありがとう、レン」

 

 落ち着きを取り戻した彼女は俺の右手を自身の両手で包み、優しく微笑みかけた。

 彼女の好意が心苦しい。

 

 ヴィクターと初めて会ったのはジークを送り届けたとき。力が制御できず暴走したことは以前からあったらしいが、それでも今のような発作が起こったことは、俺と出会う前にはなかったそうだ。

 つまり、俺という存在が発作のトリガーとなっているのは間違いない。それなのに、そんな俺に対して好意を寄せてくれている。いや、もしかしたらその気持ちさえも発作の――

 

「……なあ、ヴィクター」

 

 意を決して、俺はヴィクターに、前々から言おうと思っていたことを打ち明けるべく口を開いた。

 

「俺達、しばらく距離を置いた方がいいと思うんだ」

「何を言い出すかと思えば、倦怠期夫婦の言い訳ですの?」

「茶化すなよ。お前だってわかってるんだろ? 俺が近くにいる限り、どうしたって発作は起こる。これじゃあ、いつまで経っても治らないぞ」

 

 試しに前回の訪問から時間を空けて来てみても、発作は起こってしまった。でも、エドガーさんに聞いた話だと、俺が来ていない間は結構落ち着いていたらしい。

 これなら、少しずつ間を空けていけば改善できるかもしれない。

 

「そんなに私を遠ざけたいなんて、浮気かしら?」

「……俺は真面目に言ってるんだぞ?」

 

 発作、特に先程のような症状は、当の本人が受ける苦痛は計り知れない。なのに、ヴィクターは俺の提案を遠回しに断る。それがもし、俺と一緒に居たいという理由だったら。もし、俺に対する好意が原因だったら。それなら尚のこと……

 

「それに気づいてるんだろう? お前のその気持ちだってもしかしたら――」

 

 偽りかもしれない。

 そう言いかけたところで、ヴィクターに手で制された。

 

「それ以上は、例えレンでも許しません」

 

 そう言った彼女の瞳には、決意が込められていた。

 

(わたくし)の想いは(わたくし)自身が決める。貴方を初めて見たときに感じた、この暖かい気持ち。それを、発作を理由に否定されたくはありません」

 

 彼女のまっすぐな瞳が俺を射抜くように見つめる。

 

「それに、(わたくし)だって、自分の生まれに悩んだことがありました。なぜ自分がこんな目に、と理不尽を呪うことも。けれど、拒絶したところで何も始まらない。だから(わたくし)は向き合うことにした。血統も、技も、力も、先祖の無念も。それらすべてを含めて、今の(わたくし)なのだから」

 

 向き合う、というのか。雷帝の力も、あの狂気も、偽りかもしれない想いも、そのすべてを。

 確かな意志を持った彼女の目を見て、俺の考えは浅はかなものだったと後悔する。

 

「……強いな、ヴィクターは」

「当然ですわ。(わたくし)は雷帝ダールグリュンの末裔、ヴィクトーリア・ダールグリュンですもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ヴィクトーリアの独白~

「じゃあ、またな」

「ええ」

 

 手を振りながら、帰路につく彼の背中を目で追う。

 

 今日、(わたくし)は彼に一つ嘘をついた。

 本当は怖くて怖くて堪らない。もし、彼に感じているこの想いが偽物だったら。一度そう考えてしまえば、後は思考が負のスパイラルに陥る。

 今の(わたくし)にとって、彼の存在こそが心の支柱。もし彼を失えば、私はあっけなく崩れてしまう。

 

 突発的にこの身を蝕む狂気。頭が狂いそうになるくらいの感情の嵐に、私の無防備な心が傷つけられる。いっそ、身を任せてしまえばどれだけ楽になれるか。

 だけど、私はしない。だって、向き合うことを放棄すれば、彼への気持ちが嘘になってしまうような気がするから。

 

 

 

 だから、私は立ち向かう。自分の想いを確かなものだと証明するために。

 

 

 




というわけで、ヴィクター回でした。

流石にヤンデレは荷が重すぎたので、普通の少女にしました。


次回はようやく原作に戻って合宿回です。
ジークとヴィクターはどうするか……まあ、そのとき考えます。





感想は随時お待ちしているので、気軽にお書きください。


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王の聚合 前編

遅れてしまい、申し訳ない!
リアルの予定と原作完結の悲しみを乗り越え、何とか年内に完成。

原作は終わりましたが、本作はまだまだ続けていく予定です。


「今回は随分と早かったですのね、レン」

 

 エドガーさんが注いでくれた紅茶を頂いていると、ヴィクターの方から話を切り出した。

 前回の訪問から1週間が経った今日、俺は再びヴィクターの屋敷を訪れていた。

 会う頻度を下げれば、その分だけ次に会った時の反動が大きくなることがこの間の一件で判明した以上、やはり定期的に会いに来た方がヴィクターのためでもあるからな。距離を置くことには反対されたし。

 まあ、普段は半月に1回のペースで来てるのに、今回は1週間しか間を開けていないのには、別の理由があるからなんだが。

 

「ほら、もうすぐ大会が近いって聞いてな。コイツを連行するついでに一緒に来ただけだ」

「あうぅ……」

 

 俺が隣のソファを指さすと、そこに座っているジークは困ったように縮こまる。

 ジークの奴、ホームレス同様の生活してるせいで明日の御飯にも困ってるような有様だし、空腹で試合を欠場するなんで暴挙をやらかした前科もあるからな。

 そこで、大きな大会の前にはこうやってヴィクターに食事管理を任せることにしている。

 

「いつもご迷惑をおかけします。(わたくし)やエドガーも探してはいるのですが、中々見つけられなくて」

 

 ヴィクターは頬に手を当てて溜息を吐く。

 ジークは長年一人暮らし(?)をしていたせいか、ヴィクターの屋敷に居候するのを妙に嫌がる。普段不摂生の限りを尽くしてるジークからすれば、栄養管理された食事というのは息が詰まるのかもしれない。

 そういうわけで、ジークは大会前になると、チャンピオンの名に恥じない高度な危機察知能力を使ってヴィクターから逃げているのだ。

 だが、どういうわけかその危機察知は俺に反応しないようで、偶然エンカウントした俺によって毎回連行されている。

 

「だ、だって、ヴィクターはひどいんよ? 出されたものはきちんと食べなさい、ってピーマン食べさせようとしてくるし」

 

 ピーマンって……もしかしなくても、嫌な理由それかよ! 子供かっ!

 

「せ、せや! それならレンが作ったってええな! ほら、食費ならこっちで出すし。いっそ、そのままレンの家に――」

「なッ!? 若い男女が同棲だなんて……そんなの許しませんわよ!」

 

 ジークの爆弾発言に声を荒げるヴィクター。反応が完全に母親のそれなんだが……。そもそも、ウチもピーマン出さないとは言ってないぞ。

 二人がワイワイ騒いでいるところをぼーっと眺めていると、俺の携帯端末に電話が掛かってきた。

 

「おっと、少し失礼するぞ」

 

 未だ騒ぐ二人を放置し、俺は一旦部屋を出て端末の通話ボタンを押す。

 

『よお、久しぶりだな』

「あれ? ノーヴェさん!」

 

 電話の主はノーヴェさんだった。ヴィヴィオとアインハルトの手合わせ以来だっけか? そういえばあの時、番号を交換してたのすっかり忘れてた。

 

「どうしたんですか? 急に」

『今度の週末、ヴィヴィオやあたしらの知り合いが集まって訓練合宿するから、お前もどうかと思ってな』

 

 合宿? なんでまた? いや、合宿をやることについてどうこう言いたいんじゃなくて……

 

「俺、運動神経も人並みのバリバリインドア派なんですけど。場違いじゃないですか?」

 

 ついでに言えば魔導師ですらないし。

 

『別に、練習に参加しろって言うんじゃねーよ。お前、トレーナーの真似事してるって言ってただろ? あたし以外のアドバイスもあった方があいつ等のためになるだろうし』

 

 なるほど、そういうことか。ノーヴェさんがヴィヴィオたち三人を指導してるって聞いてたけど、思いやりのあるいい人じゃないか。

 

『それと、合宿先を提供してくれてるところのお嬢は歴史に造詣が深くてな。お前とアインハルトの話をしたら、是非とも一度会ってみたいって。あとは――ヴィヴィオとアインハルトの御守り係だ』

 

 ノーヴェさんが最後にぼそりと呟く。

 それって、絶対後半がメインの理由なんじゃ……でも、ちょっと待ってよ?

 

「御守りって、俺が行った方が悪化しません? ヴィヴィオは俺が居ないところだと普通にしてるってリオとコロナに聞いたんですけど」

『あー…、確かに二人とも個々で居る分には問題なかったんだけど……』

「だけど?」

『あの二人が揃うと、さっきまで談笑してたはずなのに、突然殺気を出したりファイティングポーズしたりすることが多くてな……』

「……ご心労、お察しします」

 

 そういえば、以前(前世)も唐突にドンパチ始めては女中をドン引きさせてたっけ。そのとき、リッドはよく俺を連れて避難してたな。まあ、それも見つかって、三つ巴の戦いに発展するまでがテンプレだったけど。

 

「そういうことなら、予定もないですし参加させて――」

 

 いただきます、と続けるはずだった言葉を遮るように、俺の肩が叩かれる。

 猛烈に嫌な予感がしながらも恐る恐る振り返ると、そこには懇願するような視線を向けるジークと、妙に笑顔が怖いヴィクターが立っていた。

 ああ、子守り二人追加か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、出不精の貴方が参加するとは思いませんでした」

 

 時は経って週末。ノーヴェさんに連れられ、俺はアインハルトと一緒に集合場所であるヴィヴィオの家へ向かっていた。

 

「……まあな」

「?」

 

 半分はお前ら二人(ヴィヴィオとアインハルト)の御守りのためだ、という思いを込めてジト目で見つめる。案の定、アインハルトには伝わってないみたいだけど。

 まあ、気分が落ち込んでるのはこいつらのせいではない。いや、ある意味ではこいつらのせいともいえるんだが。

 

 

 

 あの電話の最中、ジークが急に「(ウチ)も連れてって!」と言い出したもんだから、さあ大変。体よくヴィクターから逃げようって魂胆なんだろうけど、それ以前にお前、クラウスとの因縁忘れてるだろ。

 え? 因縁があるのはリッドであってジークじゃない? それは御尤もだけど、果たしてそんなのでアインハルトの奴が素直に収まるかどうか。

 

 そして頭を抱えていると、「大丈夫、そこは(わたくし)が上手くフォローしますわ」と、何故かヴィクターも同伴する流れに。

 ちょっと待て。どちらかというと、お前とヴィヴィオを会わせた方が問題起きそうなんだが!? ……貴方が近くに居てくだされば大丈夫? それこそ何の根拠も無えじゃねえか!

 

 そんな感じで俺たちが騒いでいると、当然ノーヴェさんから二人について尋ねられるわけで。簡単に紹介すると、ノーヴェさんは驚いたのちに二人の参加に対して肯定的な意見を返した。

 そりゃ、トップランカー二人が来てくれるって言ったら誰でもそうなるわ。

 

 

 

 そういうわけで、結局二人もついてくることになった。まあ、二人は予定があるとかで現地集合なんだけど。

 さらに言えば、ノーヴェさんの粋な計らい(?)により、年少組にはこのことは伏せられている。主にリオやコロナにはいいサプライズだと思うけど、俺は今から胃が痛い。

 え? それならヴィヴィオとアインハルトには予め言っておけばいいって? 嫌だよ。伝えたところで、どうせ胃痛が早まるだけだし。

 

「おっ、ここだな。着いたぞ、お前ら」

 

 ナイーブになっていると、ノーヴェさんが一軒の家を指さした。

 ここがヴィヴィオの家か。更に言うなら、ここにあのヴィヴィオ(・・・・・・・)の母親をやれている人が居るんだよな。……なんか、自分で言ってて怖くなってきた。

 

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃ――あっ、ノーヴェ! それにアインハルトさんも!」

 

 俺達を出迎えてくれたのは、まだ学院から帰ったばかりなのか、制服姿のヴィヴィオだった。すると、俺の方を見たヴィヴィオが頭にハテナマークを浮かべた。

 

「あれ、レン? レンも合宿に参加するの? ……もしかして、私と離れるのが寂しかったとか?」

 

 何を思ったか、ヴィヴィオはニヤニヤしながらそんなことをほざいてきた。

 

「んなわけあるか。お前らの御守りだ、御守り」

「えー、そこは嘘でも『はい』って言って欲しかったんですけどー」

 

 嫌だよ。お前の場合、言質取ったとか言ってきそうで怖いし。

 

「まったく、普段からレンに迷惑をかけているからそういう評価になるんです」

「言っておくけど、アインハルトもお前ら(・・・)の中にちゃんと入ってるからな」

「え?」

 

 おいこらそこの天然娘。そんな純粋な瞳で首を傾げるな。自覚ない分、ヴィヴィオよりも質が悪いからな、お前。

 

「ヴィヴィオ、なのはさん達はもう居るか?」

「うん、居るよ。どうぞ、上がって行って。ほら、アインハルトさんにレンも」

 

 俺たちはヴィヴィオに促されるままに家の中に案内される。すると、その先のリビングに居たのは、ヴィヴィオと一緒に帰ってきたらしき制服姿のリオとコロナ。そして、長い金髪の女性と茶髪をサイドテールにした女性が居た。

 ……あれ? この人、どこかで見たことあった気が。

 

「あら、初めまして。アインハルトちゃんにレン君。ヴィヴィオの母の高町なのはです」

「あっ、よ、よろしくお願いします」

 

 考えに没頭していたせいか、変に言葉を詰まらせてしまった。

 後ろでヴィヴィオが「そんな緊張しなくても、我が家同然に寛いでもらって……きゃー! 私ったら大胆!」と言っているのを聞き流しながら、今一度、目の前の女性の名前を反芻する。

 高町なのは。どこかで聞いたことあるはずなんだが。確か、数年前にテレビとかで――――

 

「あ゙っ」

「どうかした?」

「い、いえ、何でもないです……」

 

 聞いたことあるも何もこの人、管理局の『エースオブエース』じゃねえか! 世情に疎い俺でも知ってる有名人じゃん!

 そして隣に視線を向けると、アインハルトは至って普通に挨拶していた。

 ま、まったく気が付いてねぇ……。こいつ、俺以上に世間に無頓着そうだもんな。

 

「あ、そうだ。レン君!」

 

 すると、なのはさんが俺に目線を合わせるように屈み、俺の手を握りながら真剣な表情で俺を見てきた。

 なんだ? もしかして、ヴィヴィオのことで何か大事な話があるとか? 今でこそ元気に振舞ってるけど、まだ問題を抱えている可能性だってゼロじゃない。

 

「は、はい。なんですか?」

 

 俺もなのはさんに釣られて真剣な顔で返事をする。そして――

 

「――初孫はいつできそう?」

「ブフォッ!」

 

 とんでもない爆弾を投下した。

 

「な、何を言ってるんですか! いきなり!」

「えー? だって、娘の子供を見たいと思うのは親として当然でしょ? それに、ヴィヴィオがいつもお世話になってるみたいだし、それなら任せても安心かなって」

「いやいやいや! 話がぶっ飛びすぎですよ!」

「そうだよ、なのは! まずはお付き合いから始めないと!」

「そういう問題じゃねぇですよッ!」

 

 何なんだ!? 何なんだこの母親! 金髪の女性――フェイトさんも、フォローしてくれるのかと思ったら追撃してくるし!

 よくわかった。この人、間違いなくヴィヴィオの母親だわ。特にこの、マイペースに周りをかき乱すところとか。

 俺が怒涛のラッシュに頭を抱えていると、アインハルトが俺となのはさんの間に入る。

 

「そのぐらいにしてください。レンが困ってます」

 

 アインハルト、俺を庇って――

 

「それに、レンは私のです」

 

 お  前  も  か  !

 

「おっと、アインハルトさん。今更しゃしゃり出てきたところで、『親公認』の前には無力だよ」

 

 そこに、待ったと言わんばかりにヴィヴィオが口をはさんできた。

 

「……知っていますか、ヴィヴィオさん。 『最後に愛が勝つ』らしいですよ」

「ヒューッ! とんだロマンチストだね。いいよ、その青臭い理想がどこまで通じるか、試してみる?」

 

 なんか、ヴィヴィオが魔王みたいなことを言ってるんだが。

 そして、当然のように拳を構える二人。お前ら、人様の家でも絶好調だな……

 

「それじゃあ、これでメンバーも揃ったみたいだし、そろそろ出発しようか」

「「はーい!」」

「えッ!? スルー!?」

 

 なのはさんの言葉にリオとコロナが元気よく返事をする。

 ちょっと! この状況に対して何か言うことはないのか!? ほら! フェイトさんはヴィヴィオたちを見ておろおろしてるし!

 すると、ノーヴェさんが遠い目をしながら俺の肩に手を置いた。

 あっ……、いつものことなんですね。

 

 とりあえず二人を放置して俺たちは準備を進める。一旦、リオとコロナの家に寄った後に空港でスバルさん達と合流して、合宿先へ向かうとのことだ。

 ……この調子じゃ、先が思いやられるな。

 

 

 

 

 

 

 




キリのいいところで区切ったので、今回は少なめでした。すみません。



合宿には、せっかくなのでジークとヴィクターにも参加してもらうことになりました。
まあ、だからと言って特別変なことは起こらないと思います。この作品はコメディですし。


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王の聚合 中編

唐突に投稿。



 というわけで、やって来ました今回の合宿先、無人世界カルナージ。1年を通して温暖な気候で、自然豊かなところだそうだ。

 

 次元港でスバルさん・ティアナさんと合流し、ミッドチルダの首都から約4時間の移動。その間は、意外と言うべきか、むしろこれが普通と言うべきか、ヴィヴィオとアインハルトは特に問題を起こすこともなく至って平和に過ごしていた。

 

 そうだよ、こういうのでいいんだよ! 毎度毎度、何処か出かける度に遭難しかけたり機械フェチの変態とエンカウントしたりドラゴンと遭遇したり! いつの間にかそれが当たり前になってたけど、これが本来あるべき『旅行』の姿なんだッ!

 

「ね、ねえ、ヴィヴィオ。なんだかレンさんが遠い目をしながら黄昏てるんだけど……」

「別に気にしないでいいよ。レンってば、たまにああなるから。なんでかは知らないけど」

「なんでかって、それは多分ヴィヴィオが――あはは……」

「?」

 

 コロナの苦笑いにキョトンとしているヴィヴィオ。

 お前って奴は……まあ、いい。

 そんなこんなで、宿泊場所のロッジに着いたわけだが、誰も居ないな。勝手に入っていいのか?

 

「よく来たわね! 歓迎するわ!」

 

 すると突然、どこからか少女のものと思しき声が聞こえてきた。

 

「今の声、一体どこから……?」

「レン、あれを」

 

 アインハルトが指をさした方に目を向けると、そこにはロッジの屋根の上で腕を組んだ、うまい具合に逆光になっている人影が居た。

 

「とうっ!」

 

 少女は無駄に気合の入った掛け声を上げると、そのまま屋根を蹴り上げ、前宙返り1回半1回捻りを綺麗に決めながら着地する。

 

「いらっしゃい! 六課の皆さんにヴィヴィオ達!」

 

 バーンッ! と少年誌張りの効果音を想起させる迫力で出迎えの挨拶をしてきた。

 ……何なんだ、この人は。

 

「あっ! ルール―、久しぶり~! レン、アインハルトさん。この人が私の友達の――」

「ルーテシア・アルピーノです。よろしくね」

「お、おう」

「よろしくお願いします」

 

 先程の飛び込みがなかったかのように平然と紹介されたぞ。周囲を見ても、苦笑する人は居るものの驚いている様子はない。

 え? もしかして普段からこういう娘なの?

 ルーテシアがリオやコロナと挨拶しているのを眺めながら、類は友を呼ぶんだな~と思わずにはいられなかった。

 

「そうだそうだ、そこの二人さん。ノーヴェから聞いてると思うけど、わたし、古代ベルカのことに興味があってね。訓練の合間でいいから色々と昔の(・・)話を聞かせてほしいなって思うんだけど、どう?」

 

 昔の、ってノーヴェさんが言ってた前世関係の話か? といっても、俺は大したこと話せないだろうから、力になれるか怪しいが。

 

「ええ。私は構いません」

「まあ、俺も別に断る理由もないし」

「ありがとう! それじゃあ遠慮なく、隅から隅まで聞かせてもらおうかなーぐっへっへ……」

 

 了承を得た途端、ルーテシアさんは目を怪しく光らせ、涎を腕で拭いながら不敵な笑みを浮かべる。その光景を見て、俺だけじゃなくアインハルトさえも思わず冷や汗を流した。

 や、やっぱりこの人もまとも枠じゃなかったぁーッ!

 

「こらこら、あんまり怖がらせちゃ駄目だよ、ルーちゃん」

 

 すると、ルーテシアさんの後ろから桃髪の少女と赤髪の少年が止めに入ってくれた。

 た、助かったぁ。

 

「えっと、あの……」

「ああ、ごめんね。ルーテシアは歴史のこととなると、ちょっと暴走しちゃうところがあって。僕はエリオ・モンディアル。それで、こっちが――」

「キャロ・ル・ルシエです。ルーちゃんとは同い年なんだ」

 

 なるほど。仲が良さそうなのはそういうことか。

 そんなことを考えながら、なんとなくエリオさん、キャロさん、ルーテシアさんの順で視線が移る。なんというか、3人の身長が見事なまでに凹――いや、やめよう。このネタに触れるのは危険だと俺の勘が告げている。

 

「ふぅ……つい我を失ってしまったわ。あっ、そういえば。エリオ、先に到着してたお客さんは?」

「ルーテシアがいつまでも入って来ないから、こっちから呼んでおいたよ」

 

 『先に到着してたお客さん』という知らされていなかった情報を聞いてヴィヴィオ達4人が頭上にハテナを浮かべていると、タイミングを計ったかのようにロッジの扉が開かれる。

 

 現れたのは、青と白を基調とした、いかにもお嬢様然としたロングスカートを身に纏った少女。風に揺れる長い金髪に気品ある緑眼、歩く姿からも育ちの良さが伺える。

 ……いや、いい加減、現実逃避はよそう。

 

「ヴィクトーリア・ダールグリュンと申します。以後、お見知りおきを」

 

 少女は両手でスカートの裾をつまんで軽くスカートを持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる、洗練されたカーテシーで挨拶をした。

 こういう姿を見ると、やっぱりいいとこのお嬢様なんだなぁと実感する。色々な意味でジークとは大違いだ。

 

「ダールグリュンって……も、もしかして去年のインターミドルで都市本戦3位だった、あの『雷帝』ヴィクトーリア・ダールグリュン選手ですか!?」

「あら、ご存知いただいていたなんて、嬉しいですわ」

「さ、サインください!」

 

 突然の登場にびっくりしながらも、リオとコロナは年相応にはしゃぎながらヴィクターに駆け寄っていった。うむうむ、とりあえずサプライズは成功ってところかな。よく見ると、ノーヴェさんもしたり顔してるし。

 俺は微笑ましい光景を目にしながら、さりげなくヴィヴィオの前を遮るように立つ。

 

「えっと、レンはなんで私の前を塞ぐように移動したのかな?」

「そんなもん、お前の今までの行動を顧みれば、わかりきったことだろ」

「もう! だから初対面の相手に愛殺(あいさつ)はしないって言ってるでしょ?」

 

 そんなの信用できるか!

 ……まあ、ヴィヴィオの言い分を信じるなら、襲い掛からなかったということは、ヴィクターが記憶を持っていないことを直感的に察知したってところか。随分と正確なセンサーだな。

 

 すると、リオとコロナにサインを書き終えたヴィクターがこっちへ近づいてきた。

 

「初めまして、ヴィヴィオさん。お会いできて光栄ですわ」

「こちらこそ。でも、そんなに畏まらなくていいですよ。私の方が年下なんですし」

「それではヴィヴィ、と呼ばせていただくわね。(わたくし)のこともヴィクターで構いませんわ」

「はい! よろしくお願いします、ヴィクターさん!」

 

 そう言って、二人は握手を交わす。確かに本人の言う通り、ヴィヴィオが何かを仕掛ける様子はない。

 よかった~。ヴィクターも今のところ発作の兆候はなさそうだし、何よりジークのときの様にならなくて……ん? ジーク?

 

「あっ、そういえば! ヴィクター、ジークはどうしたんだよ。一緒じゃなかったのか?」

「あら? 先程までは(わたくし)の後ろに居たのに。ジーク! 恥ずかしがってないで挨拶なさい!」

 

 ヴィクターは再びロッジの方へと歩み寄り、扉から中を覗く。あいつの人見知りも困ったもんだな。

 そして、ヴィクターに手を引かれて、黒のジャージにフードを羽織った少女がロッジから出てきた。

 

「ヴィ、ヴィクター! そないに引っ張らんといて――――あうっ」

「ほら、挨拶するのにフードをかぶってたら失礼でしょう?」

 

 ヴィクターによって強制的にフードを脱がされ、その素顔が露になる。

 相変わらず、恥ずかしそうに頬を染めながらこっちを見る様は、何度見ても小動物にしか見えない。

 これが嘗て世界の頂点に立ったっていうんだから、人間分からないもんだよな。

 

「こ、今度は元世界チャンプのジークリンデ・エレミアさん!?」

「是非サイン――いえ、握手を!」

「あわ、あわわわわわ……」

 

 ちびっ子二人に揉みくちゃにされながら、あわあわしているジークリンデと、それを微笑ましそうに見ているヴィクター。

 あぁ、平和だなぁ。ここのところ、ヴィヴィオとアインハルトによって俺の平穏はかき乱されているから、なおさらそう感じるわ。

 

「エレミア……」

 

 そして案の定と言うべきか、アインハルトの顔が少し強張る。

 当たり前だよな。リッドと同じファミリーネームで、しかもチャンピオンなんていう如何にも強そうなやつが目の前に現れれば、気にならない方がおかしい。ヴィヴィオや自身という前例が居る以上、リッドも同じように記憶を、と考えても不思議はない。

 まあ実際は、もっとややこしいことになっているんだが。

 

 そして俺は、ヴィヴィオの時と同じように、今度はアインハルトの前を塞ぐように移動する。

 

「……レン。そんなことをしなくとも、私はヴィヴィオさんのように、いきなり蹴りかかったりしませんよ」

 

 アインハルトがジト目でこっちを見てくる。

 えー? 本当にござるかー?

 

「何やら妙な視線を感じますが……第一、アイツはあんな純朴そうな彼女と似ても似つかない。いえ、比べるのも失礼でしょう」

 

 うわぁ、結構な毒舌。

 

「お前ら、そんなに仲悪かったっけ? 俺にはそうは見えなかったんだけど」

「そんなことはないですよ。大切な友人です。ただ、彼は度々、私のモノを横から掻っ攫おうとする卑しい人間でしたから」

 

 私とオリヴィエがO☆HA☆NA☆SHIしている間によくもローレンツを……と、何やら小声でぶつぶつと呟いているが――明らかに藪蛇なので聞かなかったことにしよう。

 

 それにしても『彼』ときましたか。

 いやさ、確かにリッドは髪も短くて中性的な顔つきだったけど、お前まさかその、本気で性別を勘違いしていたんじゃ……。

 ま、まあ、今更訂正するのもあれだし? この事実は、墓まで持っていくことにしよう! うん!

 

 とりあえず俺は、目がグルグルになっているジークに助け舟を出すべく、未だにテンションの高いコロナ・リオの元へ走っていった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 ところ変わって、ロッジから少し離れた川辺。

 大人組は山の方でサバイバル形式のトレーニングに行き、子供組+α(ルーテシアさん)と俺達保護者(トレーナー)組は、川遊びに来ていた。

 

 私は出来れば手合わせを、なんて言うアインハルトの手を引っ張りながら、ヴィヴィオはリオやコロナ、ルーテシアと一緒に川へ入っていく。

 因みに、俺含め皆水着だ。ノーヴェさんは上着を羽織っているけど。

 

「皆さん、楽しそうですわね。本当、ただの子供のように笑って」

 

 川辺で座ってヴィヴィオ達を眺めていたら、後ろから歩み寄ってきたヴィクターがそんなことを呟いた。

 そうだよな。あんなふうに遊んではいるが、ヴィヴィオもアインハルトも、その幼い体に前世の宿業を背負っている。だからせめて、こういう時ぐらいは、歳相応に楽しんでくれればいいんだが……

 

 それにしても、最近の小学生、運動神経高過ぎじゃね? いくら、あの3人は日頃から鍛えているとはいえ、コロナとリオでさえ下手しなくても俺以上だ。

 ……自分で言ってて悲しくなるな。男ながら情けない。

 

「あら、そんな悲しそうな顔をして、どうかされたのかしら?」

 

 ヴィクターの声がやたらと近くに感じる。だが俺は、頑なに視線を前へ固定したまま動かさない。

 

「ふふっ、どうしたんですの? 先程から(わたくし)の方を見ようとせず」

 

 ヴィクターは後ろから顔を俺の耳元まで近づけ、俺の両肩に自身の手を添え、それと同時に背中へ2つの柔らかいものを押し付ける。

 

「でも、貴方がこうして(わたくし)を意識してくれるのは嬉しいですわ、ローレンツ」

 

 俺のすぐ背後で屈み、耳元で囁くように言葉を綴るヴィクター。

 吐息の音まで聞こえるほど近づいているせいか、彼女のいい匂いが俺の鼻腔をくすぐり、女性特有の柔らかい肌、特に背中に広がるたわわな感触が、俺から平静さを奪っていく。

 

 くそっ! 美少女の水着とはいえ、小学生組なら平気だろうと安心していたらこれだよ!

 おのれ、ヴィクター! まさか水着まで用意していたとは準備のいいやつめ!

 だが、悲しいかな。思春期に逆戻りしている今の俺は、ヴィクターの誘惑を跳ねのけられないのであった。

 

 ていうかヴィクター、発作出てね? 以前のような強烈なものではないが、むしろ、こういう平常時に近いときの方が厄介なんだよな。やたらと扇情的になることが多いし。

 

「もうっ、(わたくし)と話しているのに、何をぼーっとしていますの?」

「い、いや、別に。ヴィクターのことを考えていただけだよ」

「まぁ……ですが、(わたくし)はここにおりますわ、ローレンツ。どうか、目の前の(わたくし)に集中してくださいまし」

 

 そう言って、ヴィクターは俺の胸元に両手をまわし、後ろから抱きしめる様に身体を密着させてきた。

 こ、これ以上は理性ががががががが――――

 

「きゃっ!」

 

 すると、このピンク色の空間をぶち壊すかのように、ヴィクターの顔を水の塊が打ち抜いた。

 

「ごっめーん。発情した雌犬がレンに盛りついているのかと勘違いしちゃって。思わず水を掛けちゃった。てへっ」

 

 水鉄砲が発射された場所へ目を向けると、あざといポーズを取りながら謝罪にもなっていない謝罪をしているヴィヴィオが居た。

 どうやらさっきの水は、ヴィヴィオが器用に拳圧で飛ばしたもののようだ。

 

「あら。あらあらあら。いやですわ、ヴィヴィったら。嫉妬なんて見苦しい真似はおよしなさいな」

 

 ヴィクターは俺から離れると、立ち上がって胸の前で腕を組む。

 ……心なしか、胸を下から押し上げて強調しているように見えるのは、きっと気のせいではないのだろう。

 

「……」

「……」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴッという効果音とともに、二人が笑顔のまま視線を交えている。

 あの……できれば騒ぎは起こさないでほしいなーなんて……。

 

 いや、願うだけじゃ何も変わらないことは過去の戦争で学んだはずだ。今を諦めなかった者にだけ、明日は訪れるんだ!

 

「というわけで、いざという時は頼んだぞ、ジーク」

「な、何なん? 突然……」

 

 俺の他力本願なお願いに困惑するジーク。

 まあ、いきなり話を振られればこうなるわな。

 

「ていうかお前、ここに来ていつまでジャージ羽織ってるんだよ。水着を持ってきてたってことは、泳ぐ気でいたんだろ?」

「こ、これは『キャンプ地に行くなら持っていくといい』ってリッドが……」

 

 そう言うリッドがジャージの中に着ているのは、意外にもビキニタイプ。しかし、青地のバイアスチェックにリボンの結び目の可愛らしい飾りが施されており、少女と大人の間である微妙なお年頃を上手く表現している。

 『これがエレミア500年の叡智だ』とドヤ顔しているリッドの幻覚が見えたが、気にしないでおこう。

 

「そないに見られると、恥ずかしい」

「あ、ああ、すまん。つい見とれてた」

「見とれっ!? そ、そうなんか……えへへ」

 

 ジークは斜め下に視線を逸らし、人差し指で赤く染めた頬をかく。俺も、ジークの空気に充てられたのか、少し照れくさくなってきた。

 ……なんだ、この青春一色な空気は。

 すると、そんな空気に水を差すように、二つの人影が俺たちの前に現れた。

 

「あらあら、人がよそ見をしている間に、随分と楽しそうな雰囲気じゃありませんか」

「ホントホント。見せつけるようにイチャイチャしちゃって」

 

 視線をあげると、目の前に大小金髪コンビが佇んでいた。

 怒気を放ちながらも満面の笑みを浮かべるその姿は、まさに『笑うという行為は本来攻撃的なものであり獣が牙をむく行為が原点である』を体現しているかのようだった。

 

「はわ、はわわわわ……」

「さぁ、ジーク。せっかく川辺に来たのですから、あちらでひと泳ぎしませんこと?」

「そうそう。一緒にお話(・・)しようねー」

 

 ヴィクターとヴィヴィオに両腕をがしっとつかまれたジークは、そのまま引きずら(ドナドナさ)れてアインハルトたちがいる方へと連行されていった。

 ま、まあ、ジークは引っ込み思案なところがあるし? あれぐらい強引にしないとみんなの輪に入れそうにないしな! うん!

 

 俺は、おおよそ水遊びの場面では聞くことのないような効果音の応酬に見て見ぬふりをしながら、雲一つない青空を眺めて現実逃避していた。

 

 

 

 

 

 




 お待たせしてしまって申し訳ない。
 少しずつ執筆していたら、いつの間にかかなり間が空いてしまいました。

 そのうえ、『ルーテシアのなぜなに古代ベルカ(仮題)』を入れそこね、前後編予定のはずが三部作に……

 合宿編は次話で完結させるので、できればお待ちいただけると幸いです。


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王の聚合 後編

前回中途半端に切ったせいで、今回はちょっと短めです。


「皆お待ちかね、歴史のお勉強のお時間よ! さあ、Hurry up(早く)! ASAP(可及的かつ速やかに)!」

 

 昼食を取り終え、導かれるまま書庫らしきところに連れてこられた子供組と俺。そして目の前には、テンションが上がりに上がって目を輝かせているルーテシアさんが居る。

 ……やっぱ俺、帰っちゃダメかな? なんか、今にも捕食されそうな勢いなんだけど。

 

 ちなみに、ルーテシアさんの不気味な気配を察知したのか、ジークはヴィクターを連れ、見学と称して大人組の訓練を見に行った。

 おのれジーク、勘のいい奴。体よく逃げやがったな……

 

「る、ルーちゃん、落ち着いて。レンさん達が反応に困ってるよ……」

「おっと、いけないいけない。この千載一遇を逃してなるものですか」

 

 唐突に正気に戻ったルーテシアさんが、と言ってもまだ興奮気味だが、本棚から何冊か本を見繕い始めた。

 

「というか、今更俺たちに聞きたいことってなんですか? ある程度はヴィヴィオが話したと思ってるんですけど」

「……ええ、しっかりと聞いたわ。惚気に次ぐ惚気話を、延々と」

「えっへん!」

 

 ルーテシアさんは光を失った瞳で窓の外へ視線を向ける。

 なんというか、ご愁傷様です。あと、ヴィヴィオ。お前はなんでそんなに誇らしげなんだよ。

 

「さて、気を取り直して。今日、二人に聞きたかったのはこれについてよ」

 

 そう言って、ルーテシアさんが取り出したのは1冊の本。タイトルは――

 

Claus G.S.Ingwalds Memoiren(クラウス・G・S・イングヴァルトの回顧録)? お前、いつの間にこんな大層なもの書いてたんだ?」

「はて? 私が書いていたといえば、手記ぐらいのはずですが……」

「ああ、その本は後世の作品だから。多分、クラウス(アインハルトさん)の日記も参考にされてるはずだけど」

 

 ヴィヴィオの言葉を聞き、俺はルーテシアさんから本を受け取って、パラパラとページを流し見する。

 なるほど、確かにヴィヴィオの言う通り、かねがね本当のことが書かれてるな。

 

「……いえ、この本は不良品です」

 

 すると突然、アインハルトが突拍子もないことを言い出した。

 

「なんだよ急に。何が不良品だって?」

「レン――ローレンツのことが書かれていません」

 

 いや、古代ベルカ史の専門書にすら登場しない俺が、自伝小説に出てくるわけねーだろ。

 こいつはどーも、俺を過大に評価する節があるな。

 

「そうなんだよねー。私とレンの間に繰り広げられた悲しき主従愛が全部省かれててさー」

「私の記録を語るのにレンが居ないなんて、画竜点睛を欠くとはこのことですね。あと、レンは私の従者です」

 

 ヴィヴィオの妄言とアインハルトの(あるじ)発言を無視しつつ、回顧録のページをめくる。すると、捲っていた途中で1枚の挿絵が目に入った。

 

「これは、オリヴィエにクラウス? 綺麗に描かれてるじゃないか」

 

 そこに描かれていたのは、椅子に座るオリヴィエと、その斜め後ろに立つクラウスの人物画だった。

 こうして揃って静かにしていると、やっぱり絵になるな、この二人は。しゃべったら割と台無しだが。

 

「やだっ、レンってば私が綺麗だなんて。これはもう、実質告白――」

「そういえば、これも聞いておきたかったんだけど」

 

 ヴィヴィオの言葉を遮るように、ルーテシアさんが挿絵のオリヴィエを指さした。

 ……随分と扱いがこなれてますね、ルーテシアさん。

 

「この本には『オリヴィエは幼少期、事故により両腕を失った』って書かれてるんだけど、挿絵には両腕ともあるのよね。義手にしては、あまりにも機械っぽくないし。まあ、写実画じゃなくて理想画と言われたらそれまでなんだけど」

 

 確かにこの絵のオリヴィエは、普通の人間と瓜二つ(・・・・・・・・・)の手を、自身の膝の上に置いている。エレミア特製の義手とは似ても似つかない。

 

「あれ? ルールーには言ってなかったっけ? その義腕(・・)はレンが作ってくれたんだよ」

「えぇっ!? これ、義手なの!?」

「うん。見た目も動きも普通の腕そっくりなんだー」

 

 ルーテシアさんと、ついでにリオ、コロナも目を見開いて俺の方を見つめる。

 そこまで素直に驚かれると、流石に少し照れるな。

 ヴィヴィオの言った通り、オリヴィエの日常生活用の義腕を作ったのは俺だ。ただ、人間の腕の再現性を追求しすぎたばかりに、オリヴィエ級の魔力操作技術がないと碌に動かせない、完全なワンオフ品になっちまったがな。

 

「はぇ~、さすが古代ベルカ。さも一般人ですって態度だったのに、やっぱり只者じゃなかったのね」

「当然です。レンは私の従者であり、トレーナーであり、デバイスマスターなのですから」

「ちょっと、それは属性盛り過ぎじゃない? なんで、執事がデバイス技術に精通してるの」

「いや、これは昔取った杵柄というか……」

 

 そう言って俺は、昔世話になっていた機械フェチの変態を思い浮かべる。

 そういえば、義腕造りの知恵を貸してもらう代わりに、あいつのデバイス製作を手伝わされたっけ。

『本型ストレージデバイスを制御する管制人格を作りたいんだが、あいにくワタシは人間の感情というものに疎くてね』

 なんて言うもんだから、やったこともないAIを作る羽目になったりと、随分無茶ぶりされたなぁ。今となってはいい思い出だけど。

 

「むっ! レンから女の気配がした気がする」

「突然なんだよ、怖えーな」

 

 確かにあいつは、一応女だけど。

 ていうか、何なんだそのセンサー。ナチュラルに俺の思考を呼んでくるなよ。

 

「まったく、レンは少し目を離すと、すぐに誰か引っ掛けるんだから」

「人をナンパ男みたいに言うな。第一、親しい間柄なんて両手で数えられるくらいしか居ないぞ」

「どーだか。レンってば、侍女からの人気も高かったしねー」

「おや、それは初耳です」

 

 まあ、人の機敏に疎いお前じゃ、気が付かんだろうな。

 ただ、鈍いアインハルトはともかく、その件は俺も知らんかったぞ。

 え、マジで? 確かに仕事の話はよくしたけど、こいつらの世話が忙しすぎて、全然気にも留めてなかった。

 

「そーなんだ。なんかそういうのって、王子様の方が人気ありそうなイメージだけど」

 

 確かに、リオの言う通りだ。

 事実、クラウスも侍女から黄色い歓声を貰ってるのは何度も見かけたし、俺もそういうもんだと思ってたんだが……

 

「どんなに王子様に恋い焦がれても、伴侶になんてなれないからね。その点、レンはあくまで同僚だし、王子直属っていう好待遇で国王からの信頼も厚い。職場結婚を狙うなら一番の優良株でしょ」

 

 あー、何かそう言われると、妙に納得してしまう。

 

「そういう生々しいところは、いつの時代も変わらないのね」

「なんだか、イメージがどんどん崩されてく気がする……」

 

 ルーテシアさんは、こんな話でも興味深そうに頷いた。

 それと、コロナ。現実なんてそんなもんだぞ。脳内お花畑(ヴィヴィオ)天然脳筋(アインハルト)がいい例だ。

 

「まあ、レンは私たちに付きっきりだったし、私とリッドでそれとなく牽制してたから、誰一人レンには近づけなかったけどね!」

 

 そこ、胸を張って威張るようなことじゃないだろ。まったく……

 

 すると、ルーテシアさんが訝しむような眼でこちらを見ていた。

 

「どうかしました? ルーテシアさん」

「え? ああ、今日のやり取りを見てちょっと不思議に思って。なんだか、貴女達3人の関係性がよくわからないのよね。 今日1日見てた限り、二人がレンを取り合っているように見えるけど、(モノ)によっては『オリヴィエとクラウスは恋人』なんて書かれてることもあるし」

 

 あぁ、確かに、それは俺も気になっていた。今までは、なあなあで流してきたけど、その辺の関係って結局どうなんだ? 俺も最初は、オリヴィエとクラウスがいい感じになるもんだとばかり思ってたけど。

 

 すると、ルーテシアさんの言葉を聞いたヴィヴィオは、少し困ったような表情をしながら、口を開いた。

 

「……当時の私は、恋というものを理解してはいなかった。けれど、それでもクラウスは替えなど利かない、大切な人であったのは確かだよ。

 多くは望まない。ただ、ずっと一緒に居られれば、それでよかった」

 

 そう話すヴィヴィオの瞳は、慈愛に満ち溢れていた。

 窓からさすほのかな日差しが重なり、いつもはお転婆な彼女も、今この瞬間は、話に伝え聞く救国の聖女を彷彿とさせた。

 

「ヴィヴィオ……」

 

 彼女の言葉を聞いて、俺は思わず言葉を失う。

 正直、驚いた。『ゆりかごの聖王』なんて大層な肩書を持つ彼女の願いが、ありふれたものであったことに。

 そして、改めて思い知らされる。そんな、ささやかな願いすらも叶わないほど、俺たちの生きた世界が残酷であったことに。

 ヴィヴィオ、お前は――

 

 

 

 

 

「でも、レンは私が貰うけどいいよね(それはそれ、これはこれ)

 

 ――前言撤回。さっきまでの、しんみりとした空気を返せ。

 

「私も、オリヴィエのためなら命を懸けることも厭わない。ですが、私からレンを奪うのは許しません(それはそれ、これはこれ)

 

 アインハルト、お前もか。

 

「……なんとなくだけど、貴方達の関係が分かったような気がするわ」

 

 理解しきれないのは価値観の違いかしら、と一人で納得するルーテシアさん。

 俺としては、話題の緩急で余計に混乱しただけだったが、まあ俺がどうこう考えたところでこいつらの行動が変わるわけでもないし、互いを大事に思ってることだけわかれば問題ないだろう。

 

 

 

 この後は、なのはさん達の訓練を見学しに行ったり、ルーテシアさんお手製の温泉に浸かったりと、特に問題が起きることなく、合宿初日を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~夜の1コマ~

 温泉から上がり、談笑もひと段落して、皆が眠りについた夜深。

 外へ出ると、ロッジの明かりが消えているせいか、都会よりも多くの星が瞬く夜空と天上に浮かぶ満月が、あたり一帯を薄暗く照らす。髪を撫でる夜風は心地よく、温泉で火照った僕の身体から体温を奪っていく。

 

 すると、僕と同じくロッジを抜け出してきたであろう一つの小さな影が、此方へ歩いてくる。

 その足取りは華奢ながらも力強く、髪が風に晒されようとも一切ぶれることのないその重心は、さながら巨木を連想させる。

 

「……お久しぶりですね、殿下」

 

 僕の言葉に答える様に、月明かりに照らされ、小さな影に光が差す。

 僕の目の前に現れたのは、ローレンツと心地良さそうに話していた齢12の少女(アインハルト)、などではない。負の感情(憤怒・憎悪・後悔)を瞳の奥に凝縮させた『シュトゥラの覇王(クラウス・G・S・イングヴァルト)』そのものだった。

 

「やはり、貴方だったのですね、リッド」

 

 彼女()は確信めいた口調で話す。

 いや、これは会話ではない。ただ、言葉を発しただけだ。彼女()は最早、此方と対話する意思を持っていない。

 

 僕と彼女()の間に言葉はなく、ただ風音だけが鳴り渡る。

 僕が何を語っても、彼女()には届かないだろう。

 当然だ。僕は彼女()に恨まれるようなことをしたのだから。なら、命を差し出せば収まるのか? だが、生憎僕は殺されてあげるわけにはいかない。

 

 風が止み、唾を呑む音さえ聞こえそうなほど静まり返る。

 このまま戦いが始まれば、ロッジに居る誰かが止めに入る? いや、彼女()なら、その前に殺そうとするだろう。生憎、簡単に殺されてあげるつもりはないが。

 確かに悔恨(かいこん)はある。だけど彼の、ローレンツ傍に居ることを邪魔するのなら、そう、それが例え殿下であっても許さない。

 

 握り拳に力が入る。

 数瞬の(のち)戦争(コロシアイ)が始まる、そんなとき――

 

 

 

「そこまでです」

 

 

 

 少女の一声によって遮られた。

 

 さっきまで沸々と湧き上がっていた殺気は消え、声の聞こえた方へ振り向く。

 そこに立っていたのは、こちらを制するような視線を向けるヴィヴィ様だった。

 

「ヴィヴィ様……」

「二人とも、ローレンツを悲しませるような真似は、私が許しません」

 

 そう話すヴィヴィ様の瞳は、慈愛とは程遠いものだった。

 顔を薄暗く照らす月光が重なり、いつもはお転婆な彼女も、今この瞬間は、戦場においてただの一度も膝を突くことのなかった、嘗ての『無敗の聖王(オリヴィエ・ゼーゲブレヒト)』そのものだった。

 

「…………」

 

 殿下は言葉も発することなく、瞳に宿した悪感情そのままに、ヴィヴィ様へ視線を向ける。昼間の和気藹々としたお二人の姿からは想像もできないほど、冷たい視線が交差する。

 それも当然だ。記憶は苦痛なものほど心に深く刻まれる。であるならば、前世ように振舞える今の我々に、嘗ての遺恨など消えているはずがない(・・・・・・・・・・)

 

 今までは、ただローレンツの優しさに甘え、黒い感情を彼から隠し、そして自分自身も見て見ぬ振りをしていたに過ぎない。

 彼が居なければ崩壊する、そんな危うい関係でしかないのだ。

 

 ヴィヴィ様の仲裁により、この場が再び寂静に包まれる。

 しかし、その静寂は慮外早く、不気味な笑声と金属の擦れる音によって破られた。

 

「ふ、ふふふ、ふふ……」

「――ッ!?」

 

 ヴィヴィ様の背後から現れたミス・ダールグリュンは、まるで、彼女の心情を表すかのように乱れた金髪を風に靡かせながら、引きずっていた戦斧をヴィヴィ様に向かって振り上げる。

 

「生きてる、生きてた! 切り捨て(ゼーゲブレヒト)犬死に(イングヴァルト)姿を眩ました(エレミア)、3人! 三人! さんにん! あは、はははははははッ!」

「ッ! ヴィヴィ様ッ!」

 

 僕は瞬時に強化魔法を展開し、地面を蹴る。

 それと同時に、殿下が不意を突かれたヴィヴィ様のもとへ駆け出した。

 

「疾ッ!」

 

 ヴィヴィ様の手を引き、守るように懐へ抱き寄せる殿下。

 そして、そんな二人に戦斧が振り下ろされようとするその瞬間、ミス・ダールグリュンの背後に回り込めた僕が、彼女の首に手刀を放つ。

 

「が――ッ」

 

 上手く意識を刈り取れたのか、戦斧を手から落とし、力が抜けていく彼女の身体を急いで支える。

 昼間は大人しいと思っていたが、まさか僕たちが集まるタイミングで発作が起こるとは。僕らに触発されたとみるべきなのか……。

 

「……ミス・ダールグリュンは僕が送っていきます。では、失礼します」

 

 お二人に視線を合わせることなく、僕は彼女を横抱きで抱え、ロッジの方へ歩き出した。

 おそらく、あのお二人もこれ以上騒ぎになるようなことはしないだろう。僕もそろそろ、時間が切れる(・・・・・・)

 

 僕たちはこれからも、ローレンツの見せる優しさに縋り、すでに失われた輝かしい想い出に浸りながら、目を逸らしていくのだろう。

 だけど、ヴィヴィ様を守ろうとした殿下が見せた咄嗟の行動。皆、理性ではわかっているのだ。ただ、感情を抑えるには、僕らはあまりにも多くのものを失い過ぎた。

 だから、いつか破綻するその時には、またあの時のように皆が笑い合える、そんな関係に戻れますように――

 

 

 

 

 

 




これで長々と続いた合宿編も終了です。
模擬戦? 知らんな。

ぶっちゃけ、ジークとヴィクターを合宿に呼んだのは、最後の話がしたいが為だったり。

次回は、閑話を1回挟んでDSAA編に、入れればいいな……







感想は随時お待ちしているので、気軽にお書きください。


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覇王の拳

合宿編終了と言ったな。あれは嘘だ。

まあ、今回は実質インターミドルの前準備回なのでセーフ、ということで……


「デバイス?」

「はい」

 

 合宿2日目、の夜。

 大人子供を交えた陸戦試合(エキシビション)も終わり、皆くたくたになっている中、アインハルトに呼ばれてホイホイ子供組+ルーテシアさんの部屋に着いて行ったと思ったら、ひょんなことを言われた。

 

「いや、"デバイス"とだけ言われてもな」

「ほらレン、あれだよ。DSAAの……」

「あー、インターミドル・チャンピオンシップの参加規程か!」

 

 インターミドル・チャンピオンシップ

 DSAA(公式魔法戦競技会)が主催する、全管理世界の10代の魔導師達が覇を競い合って最強の十代を決める、という触れ込みの競技大会だ。

 一昨年、ジークが優勝したのがこの大会だな。

 んでもって、参加規程はいくつかあるが、その一つに『参加者はClass3以上のデバイスを装備する』というのがある。

 

「そういえば、アインハルトが持ってたのは、簡易ストレージデバイスだったっけ?」

「はい。なので、インターミドルに参加するには、新たにデバイスを用意する必要があります」

 

 確かにそれは重要な問題だな。

 で、まさかとは思うが――

 

「……お前、俺に一からデバイスを作れって言うつもりじゃないだろうな?」

「? もちろんそのつもりですが」

「アホか! 現代デバイスとか、まだ碌に触ったことないのに、いきなり作れるか!」

「さ、触ってれば作れるんだ」

 

 コロナが何か言ってるが、気にしない気にしない。

 そもそも、デバイスは高価な代物なんだ。さらに、インテリジェントデバイス級になると、一般家庭の中等部生が気軽に買えるような代物じゃない。とてもじゃないが、現代デバイスにはそうそう触れないのだ。

 俺だって、できれば分解して構造(なかみ)を見たかったが、まさか親に『分解(バラ)したいからインテリジェントデバイス買ってー』とは言えないし。

 

「今から俺一人で作るとなると、とてもじゃないがインターミドルには間に合わんぞ」

「……困りました。レン以外で真正古代(エンシェント)ベルカ式のデバイスを組めそうな人が居るかどうか」

 

 そうか。魔力資質の変わったヴィヴィオはともかく、アインハルトは当時の素質が色濃く出てるからな。近代ベルカ式じゃ、そこまで相性が良くないのか。

 

「ふっふっふ。心配無用よ、お二人さん」

 

 俺とアインハルトが唸っていると、ルーテシアさんが怪しげな笑いを浮かべながら立ち上がる。

 

「何を隠そう、私の親友とその家族は、バリバリの真正古代(エンシェント)ベルカ一家! デバイスを組んだこともあるし、話をすればきっと協力してくれるわ!」

 

 ほう! 今時、真正古代(エンシェント)ベルカの魔導師がそんなにいるのか。

 

「えっと、そこまでして頂いて、よろしいんでしょうか?」

「いーのいーの。昔話を聞かせてもらったお礼みたいなものだし。八神指令にお願いしてみるね」

「はい……ありがとうございます」

 

 とりあえず、ミッドチルダとの時差の関係で、詳しい話は明日になるそうだ。

 トントン拍子に話が進んだな。とりあえず、デバイスの問題が解決しそうでよかった。

 

 ……デバイス製作の現場って、見せてもらえないかな?

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 そして、時が飛んで只今午前10時。

 八神家の人と連絡が取れるということで、アインハルト、と何故か俺もルーテシアさんに連れてこられた。

 

「レンは私の専属技師なのだから、デバイスの話で連れてこないわけがないでしょう」

「お前ならそう言うと思ったよ」

 

 アインハルトと駄弁っていると、通話がつながったのか、ホログラム型のディスプレイに映像が表示された。

 

『オッス、ルールー!』

「おいーす、アギト。元気にしてる?」

『元気元気。てか、この間話したばっかだろ?』

 

 ディスプレイに移った赤髪の少女が、ルーテシアさんと親しげに話している。

 あの人がルーテシアさんの親友かな?

 人? いや、彼女は……人型デバイス(・・・・・・)

 

『そこに居るのが例の覇王っ娘だな。んで、隣に居るのは……』

「あっ、レン・ラドフォードといいます。隣のアインハルトの、まあ、付き添いみたいなものです」

『おー、ルールーが言ってたヴィヴィオの友達か。あたしはアギト。そんでもって、隣のちっこいのが――』

『ちっこい言うなです! どうも、リインフォース(ツヴァイ)です』

 

 アギトさんの紹介で、画面横から銀色長髪の少女――人型デバイスが現れた。

 驚いたな。この現代で、人型デバイスを2機も見ることになるとは思わなかった。真正古代(エンシェント)ベルカの家族という話は、あながち誇張でもないのかもしれない。

 ただ、このリインフォースさんを見てから、妙に何か引っかかる。

 なんだっけ。喉の奥まで出かかっているんだが……

 

『おや? どうかしましたですか?』

「あ、いや……以前どこかでお会いしたことがありませんか?」

 

 思考をぐるぐる巡らせていたせいか、考えていたことをポロッと零してしまった。

 

『はわっ!? リイン、知ってます! これ、ナンパというものですよね?』

「は? え? い、いやそういう意図で言ったんじゃ――」

『はやてちゃーん! リイン、生まれて初めてナンパされちゃいましたー!』

「お願いだから話を聞いてーッ!」

 

 さっきのモヤモヤは何処へやら、アギトさんは爆笑してるわ、ルーテシアさんはニヤニヤしてるわ、なんかもうパニック状態になってた。

 

「痛っ! なんだよアインハルト、急に抓ったりして」

「……なんでもありません」

 

 そして、いつも通りのポーカーフェイスをしながら、そっぽを向くアインハルト。だが、心なしか拗ねてるようにも見える。

 いや、だから誤解なんだって! なんか、浮気男の言い訳みたいに聞こえるけど!

 

『ふぉっふぉっふぉ。初対面でリインをナンパするとは、なかなかやるなぁ。せやけど、私と守護騎士(ヴォルケンリッター)を倒せんような輩には、リインを嫁にはやらんで?』

「だから違うんですって!」

 

 すると、先程アギトさんとリインさんの映っていたディスプレイから、3人目の女性が現れた。

 

『まあ、冗談はこのくらいにして。どうも、八神はやてです。よろしゅうな』

 

 そう話すのは、なのはさんやスバルさん達と同僚の八神はやてさん。だいぶノリがよさそうな人だが、いくつもの事件で指揮を執っている凄腕の指揮官らしい。流石、なのはさんの旧知といったところか。

 ただ、さっきみたいな冗談は心臓に悪いので、程々にしてほしい。相談する前からどっと疲れた。

 

『話は聞いてるよ。覇王イングヴァルドとその従者の子孫。二人ともヴィヴィオと同じなんやって?』

「はい。私もレンも、前世の記憶と呼ぶべきものを持っています」

 

 この人もヴィヴィオの事情を知ってるのか。それなら話は早いな。

 

『なるほどなぁ。昔の人の戦い方となると、現代魔導師とは勝手が違うやろし、どうしたもんかな~』

「それなら、八神指令。昨日の陸戦試合(エキシビション)を見てみる? こんなこともあろうかと、アインハルトの分を短くまとめておいたの」

『おぉっ! それは助かるわ』

 

 ルーテシアさん、いつの間に録画編集してたんだ。抜け目ないな、この人。

 そして、ルーテシアさんが端末を操作すると、昨日の試合の様子が映し出された。

 この場面は――アインハルトとなのはさんの対決? ということは、第1試合か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■=====================================================

 

「アクセルシューター、シュート!」

 

 アインハルトに向かって、なのはさんが無数の魔法球(シューター)を放つ。砲撃魔導師にとって、間合いを詰められるのは死活問題。ゆえに、相手の接近はそう簡単には許さない。

 なのはさんによってコントロールされた魔法球(シューター)が、アインハルトの行く手を遮るように飛翔した。

 

「疾ッ!」

 

 それに対し、アインハルトは前方に向かって拳を高速で突き出す。すると、拳の遥か先にあるはずのシューターが、その場で爆散した。

 

「嘘っ!? そんなこともできるんだ!」

 

 アインハルトのしたこと、それは魔法球(シューター)に向かって空気を殴り飛ばした、ただそれだけだ。

 拳圧を飛ばすのは確かに大した技術だが、その習得難易度に反して、威力は拳1発分程度しかない。メリットといえば、魔法を使わないで済むというだけで、魔法球(シューター)を防ぐだけならシールドを張った方がよほど手軽だ。

 だが、そのメリットはアインハルトにとって、とても大きな意味を持つ。

 

 シューターを無力化したアインハルトは、その隙に間合いを詰め、なのはさんを自身の射程圏内に入れる。そして、そこからアインハルトの猛攻が始まった。

 

「はぁッ!」

 

 鈎突き、上げ打ち、横蹴り、掌底打ち。

 流れるようなこの連撃を、なのはさんは杖型デバイスで受け止め、いなし、直撃を一度も許さない。遠距離が十八番の砲撃魔導師が、ここまで近づかれても対処できるとは、さすが歴戦のエースといったところか。

 

(すごい体技だけど、それに身体が追い付けず振り回されてる。これなら――)

 

 なのはさんはアインハルトの振り打ちに合わせ、拳を受け流しながら背後へ廻った。後ろを取られれば、いくら近接格闘家(インファイター)でも状況不利は否めない。

 

「チッ!」

 

 アインハルトは即座に、なのはさんへ向かって裏拳を放つ。しかし、体勢も前のめりになっており、拳には力が乗っているように見えない、言うなれば苦し紛れの一撃だった。

 それを見切ったであろうなのはさんは、カウンターを決めるべく拳の防御に入る。

 

   その瞬間、アインハルトの足先に力が入った。

 

「ッ!?」

「覇王断空拳ッ!」

 

 アインハルトの拳がなのはさんにヒットした瞬間、なのはさんの身体が衝撃で宙に浮く!

 力の籠っていないはずの裏拳で、魔法を一切使わずに、大人一人の身体を弾き飛ばしたのだ。

 

(何、この威力!?)

 

 アインハルトの必殺技である断空拳。それは、つま先から練り上げた力を拳に乗せて撃ち出す『断空』という技術を用いた打撃だ。

 つまり裏を返せば、地に脚さえついていれば(・・・・・・・・・・・)、すべての拳が『断空拳』になり得るということだ。

 無論、実際はそう単純な話ではないが、少なくともアインハルトは、それを可能にしている。

 

 その結果、アインハルトによって弾かれたなのはさんは、胴体を無防備に晒してしまった。

 

(見えたッ! 右拳廻打ッ!)

 

 隙を見せたなのはさんに対し、アインハルトは即座に右の拳を叩きつけた。

 

(……手応えが、無い?)

 

 アインハルトは自身の右手に目を向ける。するとそこには、拳の前に展開されたシールドと、そこから伸びた魔力鎖によって拘束された自身の右腕だった。

 

「これは、捕縛盾(バインディングシールド)!?」

 

 それに気着いた時には、既に目の前にはなのはさんの姿は無く、上空を見上げれば、周囲に球状の砲撃ビットを展開しながら砲撃(バスター)のチャージを始めていた。

 

「(バインドの解除は、正攻法じゃ間に合わない――それなら!) はぁッ!」

 

 砲撃回避に間に合わないと判断するや否や、アインハルト自身の右腕に左拳を叩き込み、バインドを強引に破壊した。

 

(うわっ、無茶するなぁ。だけど……)

 

 アインハルトの自傷に思うところはあれど、即座に思考を切り替え、デバイスの砲門をアインハルトへ向けた。

 

「マニューバS-S-A(シューティング・スター・アサルト)ッ!」

「ッ!?」

 

 なのはさんの放った砲撃が、アインハルトの足場を崩す。アインハルトは即座に跳躍して攻撃を躱すが、同時になのはさんはアインハルトの逃げ道を断つ為、展開されていた砲撃ビットから、アインハルトを檻で囲うように無数のレーザーを放った。

 

(マズイ! このままじゃ、ダメージは必至――ッ)

 

 宙に放り出されていたアインハルトは、足元に魔法陣の足場を展開し、そこに着地する。しかし、アインハルトの次のアクションを待つまでもなく、なのはさんは砲撃のチャージを完了した。

 

「ストライク・スターズ!」

 

 なのはさんがデバイスを構える。このままでは、数秒も掛からず、高火力の砲撃がアインハルトを飲み込むだろう。そんな中、アインハルトは――

 

(逃げられない。だったら……)

 

 ――"正拳突き"の構えに入っていた。

 

「ファイアーッ!!」

 

 大威力の砲撃魔法が放たれる。桃色の魔力砲が、アインハルトを飲み込まんと向かってくる。

 それに対しアインハルトは、自ら生成した足場を思い切り蹴り、砲撃の中へ飛び込んだ。

 

「ッ!? いったい、何を!」

「覇王断空拳ッ!」

 

 右腕を突き出したアインハルトは、そのまま砲撃に飲み込まれた。普通の魔導師・騎士であれば、そのままダメージを食らい、ノックダウンしていたであろう。

 だが、彼女はただの騎士ではない。かつて、己が拳一つで最強の名を手に入れた、歴戦の覇王なのだから。

 

(なんだか、不味い気がする!)

 

 理屈はない。ただの直感で、なのはさんは体勢を左にずらす。すると、その一瞬後、なのはさんの砲撃をアインハルトの右拳が突き破り、先程までなのはさんが居た場所を貫いた。

 

(まさかとは思ったけど、本当に砲撃の中を突き進んできた!)

 

 アインハルトの放つ断空拳は、足場がある限りどんな殴打でも放つことができる。しかし、それでも打撃の種類によって威力は異なる。その中でも、正拳で放った場合は最も強力で、その威力は並の砲撃(バスター)程度なら正面から突破できる。

 すなわち、正拳で放つ断空拳こそがアインハルトの切り札であり、同時に対砲撃魔導師用(・・・・・・・)の有効打となるのだ。

 

『Short Buster』

「シュートッ!」

「ッ!?」

 

 アインハルトを目視で確認したなのはさんは即座に、速射性に優れた砲撃魔法をアインハルト目掛けて放つ。

 しかし、アインハルトも咄嗟に両腕でガードしたため、ダメージはほぼ入らず、吹き飛ばすのが精いっぱいだった。

 

(さっきの"ストライク・スターズ"のダメージもほとんど入ってない。本当に拳一つで、砲撃を無力化できちゃうんだ)

 

 なのはさんはアインハルトさんが飛ばされた方を一瞥すると、アインハルトを相手にしていたせいで止まっていた自陣の援護を再開すべく、魔法を展開した。

 

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「とりあえずこれぐらいで。参考になりました?」

 

 戦闘が終わったとところで、ルーテシアさんが映像を止める。

 はやてさん達の方へ視線を移すと、3人そろって口をポカーンと開けていた。

 まあ、無理もないか。古代ベルカにおいても、ここまで物理攻撃に特化した騎士は、そうそう居なかったからな。

 

『はぇ~。色々聞きたいこともあるんやけど……どうしてシールドを使わんかったん? ほら、最初のシューターとか、最後の砲撃を防ぐときとか』

 

 あぁ確かに、シューターをわざわざ拳圧で相殺する必要もないし、最後の速射砲撃もシールドを展開すれば更にダメージを軽減できた。当然の質問ではあるんだが……

 

「えっと、アインハルトは魔法制御がからっきしでして、戦闘中は騎士甲冑と強化魔法を維持しながら他の魔法が使えないんですよ」

『えっ、そんなにひどいん?』

「はい。昔から、どうにも苦手で……」

 

 前世では、何とか是正しようとしたけど効果は一切なく、シールドすらマトモに張れない有様だった。一応、対空戦魔導師用に設置型の足場を展開する魔法を叩き込んだが、それも一度に一つしか出せない。

 幸い、こいつは格闘に関して天賦の才を持っていたので、魔法を使わなくても戦えるような方針でトレーニングメニューを組んで、事なきを得たというわけだ。

 

 ちなみに、ノーヴェさんとの戦いで見せたカウンターバインドは、ストレージデバイスに予め仕込んでいた使いきりの魔法らしく、それこそ不意打ち程度の効果しかないとのことだ。

 

『なるほどな。清々しいまでの体術特化というわけや。これやとデバイスは、動きを阻害しかねない武器型や装着型は止めておいた方がよさそうやね』

『今ある欠点を補うよりも、むしろ先鋭化させた方がいーかもな』

『それだと、補助・制御型です? あれなら、アインハルトちゃんの邪魔にもならないですし』

『せやね。アインハルトも、それでええか?』

「はい。宜しくお願いします!」

 

 画面の向こうで、トントン拍子に話が進んでいく。

 まあ、それが無難なところか。ヴィヴィオのデバイス(セイクリッド・ハート)みたいな自立タイプだと尚良いかな。

 

『了解や。我ら八神家にドーンと任しとき! 詳細は合宿から帰ってきたら、改めて話そうな』

「はい。あの……その際には、レンを一緒に連れて行っても大丈夫でしょうか? 彼は私以上に私のことを把握しているので」

『なんや、ラブラブやなぁ。ヴィヴィオにアインハルト、美少女二人も引っ掛けとるなんて。よっ! この色男!』

「人聞きの悪いこと言わないでください!」

 

 それを言い出したら、2人どころじゃ済まなくなるので、マジで止めて欲しい。

 

『別に問題あらへんよ。むしろ、大昔のデバイス事情を聴けるいいチャンスやし、歓迎するよー』

「あ、ありがとうございます」

『それじゃ、日付は追って連絡するな。それじゃあ』

 

 バイバーイ、と手を振りながら、はやてさんとの通話が切れた。

 なんというか、嵐のような人だったな。

 

「気さくな人だけど、腕は確かだから。期待していいわよ」

「はい。何から何まで、ありがとうございます」

「いいのいいの」

 

 とりあえず、これでデバイス問題は解決したわけだ。

 だが、一番の懸念はインターミドル当日。

 ヴィヴィオ達が4人が一堂に会して戦うこの大会で、何も起きなければいいんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




<技解説>
〇拳圧
 空気を殴って敵に飛ばすだけの技。技の難しさに反して、大した威力はない。
 ちなみにクラウス曰く「なんとなくやったらできた」とのこと。

〇覇王断空拳
 足先から練り上げた力を拳足に乗せて撃ち出す「断空」という技術による打撃。
 これを極めた本作のアインハルト(クラウス)は、地面に脚が付いている限り、すべての拳技を断空拳として放てる。
 ただし、断空拳を放つ場合、普通に拳技を打つよりも若干溜め時間が必要。

〇真・覇王断空拳
 断空拳を、最も威力の出る正拳で放ったときの技。
 その拳はあらゆる敵を撃ち砕いたとされ、砲撃さえもこの技の前では無力と化す。






というわけで、閑話休題という名のバトル回でした。
特にネタもないので、次回からインターミドル編に入ると思います。




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