アイドルは労働者(仮) (かがたにつよし)
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1.強くてニューゲームなら、前世と似た道筋を辿る必要がある。

仕事ですさんだ心を、デレマスのアニメに癒してもらった。

アイマスは、ヤバイ。

かつて帝國歌劇団に浸かっていた私を、沼に引きずり込むには、
十分な威力を備えていた。

あっという間に、デレステの課金ガチャを引いていた。



「今までの人生の経験・記憶・思考・思想等を引き継いで、二度目の人生を送るか」という提案があったとき、私は躊躇なく首を縦に振った。

極端に言ってしまえば、強くてニューゲームなわけである。

提案を棄却することなど、その誘惑の前には出来ようもなかった。

前世では勤め先が激務であり、体調を崩した私は定年まで勤め上げることが出来たものの、老後をゆっくり過ごすまもなく世を去ってしまったのだ。

 

 

 

今度こそ、体力と気力のあるうちに好きなことをやろう。

 

そのためには、金と時間、あと十分な社会的地位が必要だ。

自分で起業したり、研究者になったりするのはサラリーマンであった前世の引継ぎが生かされない為棄却。

今生もサラリーマンが妥当だろう。

そのためには、十分な可処分所得と可処分時間が得られるホワイトかつ大企業に勤める必要がある。

労働者にとって競争率の高いものになるはずだ。

 

しかし、周囲の労働者候補生が試行錯誤しながら自分の経済的価値を高めていく中で、前世の記憶がある私は効率よく自身の経済的価値を高めることが出来る。

就職活動時には、同期とは大きな差がついているはずだ。

 

待っていろ、私の人生の夏休み。

 

 

 

……と思っていた時期が私にもありました。

 

 

 

前世と比較して、幼少期から前世の情報を取り扱える頭の回転・強靭な肉体・類稀なる優れた外見。

この3点セットを得た私は、まさに我が世の春のはずであった。

だが人生とは自分だけのステータスで決まるのではないことを忘れていた。

そう、此処には彼の者の御威光も届かなかったらしい。

 

家族である。

 

個人のステータスに極振りした結果、私の周囲には満足にptが与えられなかったのだろうか。

 

会社勤めではあるものの、家事は全くせずに飲んだくれている父親。

母親曰く、会社での出世レースに敗れるまではまともな父親だったらしい。

飲んでいるだけなら金と寿命の無駄で済むのだが、時折暴力を振るうので性質が悪い。

 

そんな父親に愛想を尽かしたのか、ホストクラブに入り浸る母親。

私を生んだだけあって美人の名残があるため、昔はもてたことが想像できるが、それは過去の栄光なのだ。

ホストクラブは金銭的に洒落にならないので止めて頂きたい。

 

こんな両親である。

子供を高校以上に進学させる気(と金)があるのか疑わしい。

しかし、今世の「人生の夏休み」プランは大学を卒業することを前提に組み上げてしまっている。

何しろ、現代日本では大卒とそれ以外の生涯年収が段違いなのだ。

大学で得られる価値観の共有できる友人の存在も捨てがたい。

学費がすさまじく引き上げられた国立大学は難しい。

奨学金制度を利用しようにも、親の署名を得た時点で奨学金が酒代とホスト代に消える可能性がある。

ここは就職活動で多少不利になることを承知で奨学金が学費とバータになる私立大学に進学すべきだろう、高校についても同じ事が言える。

学費がロハということに関しては、防衛大学校も選択肢に入るが自衛官になる予定は無いため選択肢から外す。

自衛官にならなければ学費を後納しなければならないはずだ。

 

 

 

決まれば行動開始である。

 

高校進学時や大学の成績優秀者奨学金を得るため、前世と3点セットをフル活用して小中高大と完璧な優等生を演じた。

 

中学校と高校では運動部と生徒会に所属し、それなりの成績を残せば内申点は簡単に得ることが出来る。

大学では一転、拘束時間の少ない文化系のサークルに所属し、価値観を共有できる友人や生涯の趣味の獲得に動く。

もちろん、正課では1年生の時点で教授の個研に足繁く通い、専門知識の獲得と同時に顔を覚えてもらう。

 

 

 

一時期はどうなるかと思ったが、大学に進学し親元を離れてしまえば転生のデメリットは無いに等しい。

仕送りが皆無だったり、碌な下宿先を選べなかったりしたが、実家でも大して変わらないためデメリットに数える必要は無いだろう。

現在の私にとっての最大の障害は、学費を払いながら生活費を得る為にアルバイトを行うという非効率的な二重の経済活動以外に見当たらない。

 

何においても「(※)」とは言ったものだ。3点セットサマサマである。

 

 

 

さて、人生の夏休み計画最大の分岐点、就職活動がやってきた。

 

学校生活はいってしまえば、Bestな選択肢を自分で選ぶことが出来たが、ここからは自分の人生の選択肢を他人が選び始める。

自分に出来るのは、赤の他人がMuch Betterな選択肢を選ぶ可能性を上げることだ。

具体的には、人事がより価値のある労働者を選択できるよう、エピソードを用意することだ。

 

しかし、最近は学生の出自で選ぶ企業もあるという。

私の場合、その部分の評価がお世辞にも加点に繋がるとは思えない。

私の積み上げた経済的価値による加点が、出自の減点を上回るかどうか。

上回りかつライバルの点数を越えることが出来るかどうか。

 

 

 

安曇(あど) 玲奈(れいな)さんですね。お待ちしておりました。採用に関する過程については今回が最後になります。応接室で弊社の幹部と30分間の面談を行っていただきます」

 

玄関先で待っていた人事に案内される。

一次二次三次面接を通じ、御社の面接スタイルは理解している上、私の面接対策は22年間を費やした一分の隙も無いものである。

代表取締役がほじくってきたところで難攻不落であると自負している。

 

「面談が終わりましたら、応接室の外でお待ちください。お迎えに上がります」

 

 

 

さあ来い、私の第一志望「346プロダクション」!

 

 

 

 

***

 

 

 

 

応接室に学生を送ったのは12人。12人目の彼女、安曇玲奈で最後である。

 

先の11人の面談時間は15分だったのに対し、彼女に割り当てられた時間は倍の30分。

 

採用の是非について、担当者人事会議、課長級人事会議、部長級人事会議で揉めに揉めた挙句決定できず、定時を過ぎて踊れども進まない会議を開催していることに業を煮やした幹部が「我々が見て決める」と言い出し、この時間割り当てとなった。

 

私も人事担当者として彼女の評価を行っている者の一人であるが、彼女の評価は難しい。

他の部署から応援に来て面接した人間など、「顔とスタイルが完璧」等と評価欄に記載する始末。

内面に関する記載が全く無いのは、人事の「じ」の字も知らないから当然なのだろう。

彼女の面接は、どんな人間でもこなせる。

言葉のキャッチボールが非常に正確で、面接官に心地よい時間を与えてくれる。

素人がこの手の人間を一人目に面接すると、彼女を「普通の学生」と評価してしまいがちだ。

 

一応それなりのキャリアを新卒採用に費やしてきた私が彼女の評価欄に記載したのはたった一行、「学生を完璧に演じている高価値労働者」

 

普通の学生は大なり小なり社会に夢を見ており、志望動機に理想が入り混じり志望先の業務と若干の差異が生じたり、自己PRにおいては学生時代の非生産的な時間をつくろうための多少の矛盾があるものだ。

 

だが、彼女にはそれが無い。

 

彼女は大学卒業後の社会に夢を見ていない。

「やりたい仕事は?」の問いに対して、いくつかの答えがあったものの、本当にやりたいとは思えない。

いや、普通の人間はやりたくない仕事もやりたい仕事も同じように行うし行わなければならないことを、彼女は生まれたときから知っている、生粋のサラリーマンのようであった。

 

しかし、彼女を学生と思わず同じ社会人としてみると至極全うな思考をしており、採用のコストに対して346プロダクションが得られるリターンは十分大きいと思われる。

採用を見送る理由は無いだろう。

 

事実、研修後の配属先については、一年以上先のことにも拘らず、水面下で争奪戦が始まっていると聞く。

 

 

 

幹部との面談が終わり、彼女が応接室から出てくる。

 

幹部に対する別れの挨拶も、入るときと同じ良く通る声で、緊張の解放による震えなどは一切無い。

 

「お疲れ様でした。本日の面談の結果については、今週中に電話又はメールにてご連絡いたします」

 

 

 

結果など、一次面接時に出ているのだ。

 

問題は、採用を決定しようとしたとき、アイドル事業部が人事課に横槍を入れてきたことだ。

 

彼は、何を考えているのだろうか。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

あの人事担当者は「今週中」と言っていたが、346プロダクションから連絡があったのはその日の夕方だった。

電話にて回答いただけるということは、十中八九採用ということだ。

 

「はい、安曇玲奈です」

 

「お世話になっております。346プロダクション人事課採用担当です。おめでとうございます。本日の面談結果より、安曇玲奈さんを346プロダクションに採用内定とさせていただきます」

 

「ありがとうございます」

 

「採用先の部署についてですが、安曇様は採用試験で優秀な成績を収められましたので、多数の部署からオファーが来ております」

 

内々定時点で、オファーなど来るものなのだろうか。

前世では、4月1日採用の新人は研修が終わるまで採用部署は決まらなかった。

346プロダクションが特殊なのか、私がやりすぎたのか。

 

「普通は……いえ、滅多にオファーを出さない部署からも来ております。安曇様にはそれぞれの部署の担当者と直接お話しいただき、ご希望を出していただきたいと考えております」

 

どうも、やり過ぎたらしい。

しかし、多数の部署の担当者レベルと話すことが出来るのは良い機会だ。

346プロダクションほど大きな会社なら、部署間の残業時間が大きく異なる可能性が高い。

せっかくホワイト企業から内々定をいただいたのだ。

ホワイトの中のブラックに行く必要もあるまい。

 

「こちらこそ、是非お話しさせて頂ければと思います」

 

 

 

電話では、「それぞれ」という単語が含まれていた……筈だ。

なのに、目の前に座っている人数は2人。

彼がトップバッターで、後からさまざまな部署の人間が来るものだと思いたいが。

 

人事担当者と形式的な挨拶の後、本題であるもう一人の男の紹介が行われる。

 

「こちらが346プロダクション、アイドル事業部の増毛(ましけ)です」

 

「ご紹介に預かりました、増毛です。毛が増えると書きます。アイドル事業部ではアイドルのプロデュースを行っております」

 

笑わなかった、私を褒めて頂きたい。

毛が増える、で増毛。

目の前の男は、その苗字からかけ離れていた。

 

175cm程度の背丈だが、サラリーマンとしては十分に筋肉が付いており、胸板も厚い。

目は長めの垂れ目だが日本人にしては彫りが深いため、非常に迫力のある表情だ。

角を落とした長方形の顔も、彼の男性的な面を強調させる。

 

その男性ホルモンに当てられたのだろうか。

彼のおでこは非常に広かった。

 

前髪の前線は1944年夏以降の中央軍集団よりも悲惨であり、終わりの無い撤退を行っていた。

幸い、側頭部においては未だ踏ん張りが見られる。

北方軍集団と南方軍集団が頑張っているようだ。

 

「安曇さん?」

 

私の反応が無いことを不審に思った人事担当者が声をかけてくる。

反応を忘れていたのではない、笑わないために必至にほっぺたの内側を噛んでいたのだ。

口内炎が怖い。

 

「失礼しました。安曇玲奈と申します。不躾な質問で申し訳ありませんが、アイドル事業部では私はどのような仕事をすることになるのでしょうか」

 

そう、禿げの他のもう一つのインパクト。

アイドル事業部である。

 

芸能界では老舗の346プロダクションであるが、アイドルには長らく手を出していなかった。

最近新設された事業部である。

成功すれば、軌道投入に携わったことは立派なキャリアになるが、失敗すればキャリアに傷が付くだけである。

 

人生の夏休み計画は、賭けよりは手堅い選択を行う予定である。

アイドル事業部は博打性が高いだけではなく、私の専攻とあまり関係していない。

ここは勿論、お断りの一手だ。

 

 

 

「安曇さんにはアイドル事業部において、アイドルになっていただこうと思います」

 

 

 

は?

何だって?

 

「私が、アイドル?」

 

「ええ、アイドルです」

 

アイドル、Idol、偶像。

サラリーマンとは対極の存在。

歌って踊って、日々仕事に追われるサラリーマンの心を癒す存在。

そんなのに、

 

「何故……」

 

「笑顔です」

 

笑顔?

そりゃ、面接のときは3点セットの1つであるこの外見を散々に利用させて頂いた。

だが、人を魅了するような笑顔というよりは、ビジネススマイルというのが正しい。

仕事をする上で、表情くらい制御できることを証明するための動作に過ぎない。

 

「いや、失礼。部署の後輩がそういって勧誘してくるものでして、試してみたまでです。正直、安曇さんの魅力は笑顔にあるとは思っていません」

 

そうだろう。

表情は手段であって、それだけで何かが成立することはなかなか無い。

 

「顔や身体はアイドルとして申し分ない程整っています。普通の業務に就いていただいても、職場の士気が上がることは間違いないでしょう」

 

前世でそういった記事を見たことがある。

職場に美人がいると、野郎共の士気が上がり、業務効率が改善するというものだ。

馬鹿馬鹿しいと思っていたが、実際に士気というのは重要なのだ。

鉄の心でも言っている。

指揮統制よりも士気で殴る方が強かったりするのだ。

 

「私が評価したのは、何事にも動じない、完成された精神力です。アイドルというのは年頃の女性が多い。彼女らは精神的に完成されておらず、不安定です」

 

それは、そうだ。

だいたい、人間なんて幾つになっても感情のままに動く人間がいるのだ。

多感な少女なんてなおさらだ。

もっとも、就労年齢に達していないのに働かせているのだから、それくらいのケアくらいすべきなのだが。

 

「故に、よりアイドルとして高みにいける選択肢を選び損なう。悪い場合はスキャンダルでアイドル人生を終えることもあります」

 

デビュー時代から応援してくれているファンや、同級生が送っている普通の生活に引き摺られるのだろう。

実際、有名税どころでは無いくらい、プライベートが削られることは、報道などで感じられる。

 

「その点、安曇さんにはそれが無い。346プロが求めるアイドルを完璧に演じてくれる、そう私の直感が言っています」

 

増毛さん、あなたの直感は正しい。

今世の私は、給料に含まれているのならば、法律に規定された範囲内で何でも行う。

346が望むのならば、私はそれを粛々と行うだけだ。

それが、サラリーマンだ。

御恩と奉公と同じように、給与と業務がある。

むしろ、それ以外に無いというべきだろうか。

 

「演技なら、指定して頂ければ多少は。ですが、私にはアイドルとして何かを成し遂げたいという望みがありません」

 

空っぽの偶像が人の希望に成れるのか。

鍍金のアイドルに人が癒せるのか。

 

「アイドルも、我々と同じ、労働者に過ぎません。望みなどなくて結構。346プロダクションの望みを叶える存在であれば良いのです」

 

素晴らしい、素晴らしいよ増毛P。

貴方のような人間が上司であったなら、どれほどQOLの高い生活が送れることだろうか。

しかし、アイドルの様な芸能人はカレンダー通りとは程遠い生活を送っている。

人生の夏休み計画には不適切な職業なのだ。

 

「お誘いいただいたのは嬉しいのですが……」

 

断腸の思いでアイドルを断る。

自分でも過去10本指に入る演技力で、戸惑いつつ、でも芯のある口調を選択する。

 

「安曇さんがアイドルになることは、経営陣一同も了承済みです」

 

なんだって?

最終面談の場にいた連中が?

 

良くない。

実に良くない。

経営者がそれを望むのなら、それを叶えるのが労働者だ。

勿論、労働者が希望する給与や労働条件の範疇で、だ。

 

人事担当者に助けを求めて目線を振ってみる。

 

「残念ながら、本日は他の部署の担当者は来ておりません。アイドル事業部と人事と安曇さんの3者面談です」

 

ダメです。

 

ならば、最終手段。

業務内容や出世は捨てる。

 

「実は、家族の状況が芳しくなく、勤務時間が不安定な職業は……」

 

「ご安心ください。安曇さんを346の社員待遇で迎える事と指示されております。安曇さんの労働条件は346の正社員のそれが適応されます。勿論、年末年始などは勤務して頂く事になるため、代休という形で補填させて頂きますが」

 

ん?

芸能人がそれで良いのか。

 

「安曇さんのポテンシャルを見込んでのことです。台詞や振り付けの覚えが悪いと、残業して頂く事になります。酷いと、サービス残業です」

 

馬鹿にしないで頂きたい。

自らの業務を、自らの原因で遅延させるほど、無能ではない。

前世でもそう心がけていたし、今世においてもその意思は揺るぎ無い。

嘗ては堪えたであろう歌って踊る重労働も、今の体ではノー・プロブレムだ。

 

「346の正社員待遇なので、普通のアイドルとは給与形態も異なってきます。細かい事は、正式採用に向けてこれから調整させて頂きます。大学卒業までは、一般的な事務所所属のアイドルと同様の契約になります」

 

 

 

さぁ、どうする私。

アイドルを選んだ途端、人生の夏休み計画は崩壊だ。

計画は、前世と似たような道を、前世よりスペックの高い私が歩く事で成立する。

アイドルの道は、未知数だ。

売れなければ、下手なブラック企業より悲惨な事になるかもしれない。

 

アイドル引退後も問題だ。

年頃の女の子でないと売れない職業なのだ。

頑張っても30前半で引退だろう。

それまでに、その後食えるだけの蓄えが得られるかどうか。

アイドルは手に職が付かないため、再就職は難しいだろう。

 

尤も、売れれば引退後は夢の印税生活が待っている。

一世を風靡するような曲を出せれば、何もしなくても皆がカラオケなどで少しずつ私にお金をくれるだろう。

 

対して、アイドルにならなかった場合だ。

一般職で終える気はなく、それなりに出世はしてやるつもりであった。

なお、前世とは異なり、今世の性別は女性であるため、出世に関して不透明なところがある。

前世では、女性の管理職など皆無であったし、今世においてもあまり見かけない。

もっとも、男女平等の法整備が施されてから四半世紀程度。

管理職にはそれなりのキャリアが必要であり、年数だけが長いお局様がいきなり役付きになることはない。

各企業が女性のキャリアプランを作ったとしても、それは暗中模索であったり、ゆったりとした動きである事が多いだろう。

法律を定めたからその日から日本が激変するなんてことは無いのだ。

 

つまり、アイドルになってもならなくても、期待される可処分所得と時間はあまり変わらないことになる。

 

どうせ第二の人生だ。

この人生そのものが夏休みみたいなものじゃないか。

 

 

 

「増毛プロデューサー。貴方の眼から見て、私は”売れますか”」

 

「無論だ。君を見てから、君のアイドル人生を想像しなかった日は無い。失敗はありえない」

 

その自信はどこから出てくるのか。

まぁいい。

はっきりものが言える人間は嫌いじゃない。

乗ってやろうじゃありませんか。

 

「分かりました。安曇玲奈、ご提示の条件で346プロダクションの内々定をお受けいたします」




続かない()


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2.中身は後から付いてくる。

日刊ランキングに載せていただいた。


なんと。


やはり、時代は正義の味方ではなく、労働者の味方を求めているということか(暴論)
アニデレ1期分は、連載させて頂ければと、思います。



大学3年生が終わっていないにも拘わらず、346プロダクションから内々定を得た私は、当面のスケジュールに空白が出来た。

もう少し、就活が長引くと考えていたのだ。

大学を卒業するための単位にも、ずいぶん余裕がある。

卒業研究に打ち込むのも良いが、就職活動のため、ゼミは4年生の後期まで来なくて良い事になっている。

別に行っても良いのだが、頂いた休暇に出勤するのは、シャクだ。

 

幸い、増毛Pからレッスンの打診を頂いている。

就活用のビジネススマイルや発声については自信があるが、アイドル用となるとこれを持ち合わせていない。

せっかく346プロダクションがプロのトレーナーを用意してくださっているのだ。

有効利用しない手は無い。

 

 

 

「基礎は、まぁ悪くない。アイドル候補生としては、上出来だろう。ダンスレッスンが終わってもへばらない根性は、評価してやる」

 

「ど、どうも……」

 

346プロダクションが誇るベテラントレーナーから、お褒めの言葉を頂いた。

噂によれば、かなり厳しいらしく、このような言葉をいただけたのは幸先が良いとも言える。

しかし、私の体は限界であり、全身の筋肉が運動で悲鳴を上げていた。

みっともなく倒れこむのは、私の矜持が許さないだけだ。

今すぐ帰って布団に倒れこみたい。

少なくとも、肘掛つきの椅子に座りたい。

 

「何か、スポーツをやっていたのか?」

 

「中高と、陸上の長距離を少しやっておりました。大学では、友人とスポーツで遊ぶ程度です」

 

陸上は部活動の中で、一番安上がりだからな。

高校までの私の経済事情は非常に悪かったのだ。

大学に入って、ボウリングや卓球等の一般的な娯楽を楽しませて頂いている。

今後は346プロからの給与で、ゴルフやテニスなどのブルジョワ的娯楽も嗜みたいものだ。

 

「なるほど。体が出来上がっていると、教えがいがあるな。シンデレラプロジェクトのメンバーは、未だ若い。無理な運動はさせられないから、加減が難しい」

 

シンデレラプロジェクト?

あぁ、お隣さんか。

確かに、若い子が多い。

一番下は、小学生ではなかっただろうか。

 

「全員、アイドルとしては一流のものを持っているとは思う。流石は武内Pだな」

 

武内P。

私のプロデューサーである増毛Pの3つ下の敏腕プロデューサーである。

平成27年度にデビュー予定の346プロダクション第2企画第1プロジェクト、通称「シンデレラプロジェクト」を担当している。

 

ちなみに私と増毛Pは第2企画第2プロジェクトになる。

増毛Pはこれが気に入らないらしい。

 

気持ちは良く分かる。

年次が下の人間に出世レースで抜かれるのは、辛いものがあるのだろう。

私も、前世でもそうだった。

今世の父親など、それで飲んだくれになってしまったほどだ。

日本も、飛び級制度をもっと盛大に導入すれば、若いころから免疫が付くのではないだろうか。

 

しかし、傍目に見ても武内Pは有能だ。

10人以上の年頃の女の子のアイドルデビューを任されており、その準備を着々と整えている。

一部に遅延も見られるが、バッファ期間内に収められるだろう。

少し言葉足らずな面があるが、アイドルと真摯に向き合おうとする姿勢は評価すべきだ。

 

増毛Pの様に、年頃の女の子の心のケアの方法をシベリア平原のかなたに置き忘れ、出世競争に目をぎらつかせる人間にはならないでいただきたい。

 

あと、禿にも。

 

 

 

「安曇さん、レッスンは終わったか」

 

居たのか、増毛P。

声に出してなくて良かった。

どうやら、彼は自身の頭皮を気にしているようなのだ。

 

「ええ、たった今。打ち合わせなら、どうぞ」

 

ベテラントレーナーから解放されたが、休憩はどこに行った。

疲労困憊な状態で、打ち合わせなどできるはずが無い。

仮に出来たとしても、恐ろしく非効率なものになるだろう。

 

「安曇、打ち合わせが終わったら、もう一度レッスンだ」

 

いや、今4時半ですよ。

休憩と打ち合わせが終わったら、5時半。

346プロダクションの定時では無いか。

 

「お誘いはありがたいのですが、打ち合わせの後の時間は、他の皆さんにお譲りいたします」

 

定時後に労働は出来ない病にかかっている私は、適当な理由をつけて退散する事にした。

放課後の時間に合わせてレッスンをしている生徒組や、仕事の後にレッスンをしているアイドルも居るのだ。

嘘は、言っていない。

 

 

 

「武内の奴がしくじった。シンデレラプロジェクトの始動は遅れるだろう」

 

2人だけのプロジェクトルームで、増毛Pが満面の笑みに加えて大きな手振りをする。

増毛P、打ち合わせの開口一番はそんな事か。

だから出世しないのだ。

 

「残りのアイドル候補生をそろえるのに、難儀しているらしい。オーディション中の有力候補が何人か辞退したとのことだ。おかげで、こちらにいくつか仕事が回ってきた」

 

ありがとう武内P。

これで私、無駄飯喰らいにならなくて済むよ。

 

「トレーナーから、各種レッスンで高評価を得ていると聞いている。小さなステージなら、十分立ち回れるだろうとのことだ」

 

「過分な評価に感謝いたします」

 

「だが、一番必要なものが未だ足りていない。そう、キャラクターだ」

 

キャラクター。

そう、346プロダクションでアイドルになるために最も必要だといわれる素質。

このアイドル戦国時代において、346プロダクションが求めたのは、一度見ただけで、観客の脳裏に焼き付ける印象であった。

 

高垣楓。

川島瑞樹。

城ヶ崎美嘉。

……等々。

 

既にデビューしている346プロダクション第1企画の面々は、強烈な個性派揃いだ。

 

「例え、観客が1人しか居ないステージであっても、キャラクターが定まっていないアイドルをデビューさせたくない。可及的速やかに、君のキャラクターを決定したい」

 

非常に難しい議題だ。

出来れば、持ち帰り検討させて頂く、というサラリーマンの常套句を用いたいところであるが、増毛Pの表情から察するに、時間がない。

所掌事務の範疇において、必要なときに必要な決定を下さねばならないのだろう。

しかし。

 

「面談でも申し上げた通り私にはアイドルとして何かを成し遂げたいという望みがありません。すなわち、成りたいアイドル像がありません」

 

そう。あくまでもアイドルは仕事。

それに何かしらの望みを反映するなど、労働者のやる事ではない。

所掌の範疇の業務をこなし、給与を得る。

私のアイドル像は、こうだ。

とても、人様に言えたものではない。

 

「人事担当者から、面白い評価を聞いている。”学生を完璧に演じている労働者”だそうだ。そっち方面で攻めてはどうか」

 

「そっち方面というと、定時退社系アイドルとか、完全週休二日制アイドルとかですか」

 

本気か増毛P。

労働者を馬鹿にしているとしか思えないぞ。

 

「ブラックっぽい方が、同情は買えるな。ただし、346プロがブラックだという評判に繋がりそうで、危険だ」

 

ブラック企業認定されると、途端に優秀な学生が入ってこなくなる。

346プロダクションとして、それはゴメンこうむる。

武内Pも増毛Pも(増毛Pは性格に難があるが)、優秀な人材が揃っているからこそ、私もアイドル家業に励む事が出来るというものだ。

無能や体力だけのサイコパスが私やシンデレラプロジェクトの面々をプロデュースするなど、考えたくもない。

 

つまり、ホワイト・ブラックどっちに転んでも、労働者系アイドルはダメだという事だ。

 

「どうしても、キャラクターが必要ですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「昔のアイドルのデビュー方法で、角○のオーディションに受かった候補生が、いきなり映画に出演するというものがありました。このような手段をとれば、キャラクターは考えなくても、後からついて来るのではないでしょうか」

 

「○川なんて、80年代じゃないか、幾つなんだ君は」

 

「21ですけど」

 

前世を含めれば、4倍近くになる。

 

「まぁいい。その方法には問題がある。

 1つ、デビュー映画のキャラクターに引っ張られる。それが継続して受けるかは未知数だ。

 2つ、346プロの資本力でも、いきなり映画は難しい。そういった仕事のオファーも当然ない」

 

余計な事を考えなくて、済むと思ったんだが、そう上手い話は転がっていないらしい。

こういった、創造的な業務は、苦手だ。

 

 

 

「このまま続けても、議論が発散しそうだ。早く決定しなければならないが、今日中というわけではない。今日はもう、お開きにしよう」

 

時計を見ると、定時が近づいていた。

定時後まで延々と打ち合わせをやらない増毛Pは有能だ。

 

「期限は今週中だ。ただ、遅れれば遅れるほど、練習時間が取りにくくなる。私も考えておくが、君も頼む」

 

自分のキャラクターなど、前世でも考えた事がなかった。

しいて言えば自己PRくらいだろうか。

いや、似ているだけで、本質が全く違う。

 

前世と似たような道筋を辿らなかった弊害が、早速出てきていた。

 

 

 

346プロダクションの本社ビルを、エレベータを使って降りていると、途中階で大量の女の子が乗ってきた。

誰も彼も皆、顔とスタイルが整っている。

皆、アイドルなのだろうか。

盗み聞きをしなくても、姦しい女の子たちからの情報は、簡単に得る事が出来た。

どうやら、シンデレラプロジェクトのオーディションが行われていたらしい。

それも、結構な終盤のようだ。

此処で有力候補が抜けるのは、痛手だろう。

最悪、書類選考から何人か引き上げないといけないかもしれない。

 

本社ビルを出ると、女の子たちはそれぞれの家に散って行ったが、自宅が同方向であろう女の子と長らく一緒に歩く事になった。

話しかけるべきか、そうしないべきか。

オーディションの結果が分からない以上、既にアイドルに内定している私が声をかけるのは、良くないのではないだろうか。

悩んでいると、幸いな事に、向こうから声を掛けてくれた。

 

「あの、346プロの社員さんですよね」

 

ん? 社員?

あぁ、通勤中は癖でスーツを着ていたんだった。

346プロには、正社員待遇で内定いただいたので、将来的に言えば間違いではないのだが、未だ学生だ。

 

「346プロほどの大企業になると、社員さんも美人揃いなんですね、凄いです」

 

確かに、社内は顔面偏差値の高い人間が多い。

勿論、アイドルほどでは無いが。

 

「社員さんでもそんなに美人なら、私、ちょっと自信なくしちゃいますね」

 

アイドルだと、言わない方がよいような気がしてきた。

オーディションの結果待ちの女の子は酷く敏感だ。

 

「私、島村卯月っていいます。346プロのシンデレラプロジェクトのオーディションに参加してるんです。今までより、かなり選考進めているんです。今回の選考も、自分なりにいい感じで終える事が出来たなって思えてて、自信っていうのはオーディションの出来で…」

 

 

 

輝くような笑顔から、しょぼん、と擬音がつきそうな暗い顔まで、表情がころころ変わる子だった。

見ていて飽きない、てか、面白い。

 

彼女がきっかけを作ってくれたおかげで、楽しく話しながら帰った。

その過程で、島村卯月なる女の子の情報を集める事が出来た。

特に、養成所の同期が皆辞めてしまっても、アイドルを目指し続けるその姿勢には、非常に興味を持った。

別れ間際に、その聞きにくい部分を聞いてみた。

私のキャラクター作りに役立つ気がしたのだ。

 

「何故、アイドルを目指すのか、ですか? そうですね、私、キラキラしたいんです」

 

 

 

キラキラしたい。

 

 

 

これほど、言葉と表情が一致する人間は、初めて見た。

 

その言葉を発したとき、彼女の笑顔から後光のような輝きが迸った。

光の中に無数の花が開き、見るものの心を惹きつけて離さない。

 

心を強く持っていなければ、私は涎を垂らして恍惚とした表情をしていただろう。

 

「それじゃ、私はこっちなんで!」

 

十字路で別れた後も、彼女の笑顔が目に焼きついて離れない。

 

私は、何故アイドルになったのだろうか。

内々定を受託したとき、何を目指そうと思ったのだろうか。

 

 

 

島村卯月の衝撃も、帰宅して風呂に入れば網膜から引っぺがす事が出来た。

 

布団の中で、自分のキャラクター性について整理してみる。

彼女は、キラキラしたいといった。

私は、何がしたい?

私は、何をすべき?

 

何も、複雑に考える事は無かったのだ。

初めに、彼が言ったではないか。

アイドルも、労働者だと。

初めに、決めたではないか。

アイドルは労働者を癒すのが仕事なのだと。

アイドルは労働者の希望なのだと。

 

ならば、キャラクターは一つしかないではないか。

 

 

 

「却下だ却下!」

 

どの既存のアイドルとも、被っていないはずなのだが。

 

「特定の国家や思想をネタにすることは出来ない。346プロダクションの評判に関わる」

 

そんな、細かい事を気にしているから、出世しないのだ。

世の中、斬新な切り口が必要だ。

それに、特定の国家たる大樹は既に腐り枯れ果てて久しい。

世界は既に資本主義の前に屈しつつあるのだ。

 

「屁理屈はうんざりだ。ともかく、このアイデアは認められない」

 

増毛Pは、赤い地に黄色の工具と農具が描かれた私の企画書を、ゴミ箱に叩き込んだ。

なんてことをするんだ。

表紙だけ見て捨てるんじゃない。

中身だって結構真面目に考えたのだ。

持ち歌は、働かなくて良い、休みたい、といったゆるい歌詞と、辛いときに元気が出る、明るい歌詞を併せ持ったもの。

テンポの違う2曲を溶接して1曲にするのが良いかもしれない。

 

「幸いな事に、キャラクターは考えなくて良くなった。80年代方式で行こう」

 

大樹が健在ではないか。

 

「違う、そうじゃない。大学時代のツテで仕事を貰ってきたんだ」

 

増毛Pが差し出したのは、”超本格的ヒコーキごっこ”で有名なフライト・コンバットシリーズの最新作の企画書であった。

副題は、”Idol, in the Sky”

 

「最新作のストーリーは、アイドルが肝だ。このご時勢、スキンだけでなくストーリーまでアイドルをかませるのは、悪い選択肢じゃない」

 

フラコンシリーズは、過去にも765プロダクションとのコラボレーションを行い、戦闘機の塗装をアイドルをモチーフにしたものに変えるスキンを導入していた。

今作では、ストーリーの軸にアイドルを起用する方向らしい。

また、”ZERO”以来の実写採用でもあるらしい。

 

敵役には、悪の帝国とその独裁者。

独裁者は強引な政策を国民的アイドルを利用する事により、推し進めている。

戦争も、そのアイドルを利用し、開始した。

アイドルの歌と踊りに支えられ、破竹の勢いで進撃する帝国軍。

降伏寸前の味方を立て直したのは、こちら側のアイドルだった――。

 

「で、私が演じるのは?」

 

「勿論、悪の帝国のアイドルだ。主人公側は、765プロダクションのアイドルで埋めることは既に決定済みだ」

 

知ってた。

そんな良い仕事が回ってくるわけがない。

しかし、フラコンといえばフライトシューティングゲームの金字塔だ。

悪役でも、かなりいい仕事だ。

しかも、味方はアイドル12人に対して、こっちは1人。

考えようによっては、こちらの方が目立つのではないか。

 

「主役を務める765プロの面々に対して、悪役側が物足りないとのことで、オーディションでは全員落としたらしい。個別に持ちかけた話は、765プロ相手に映えるアイドルを用意できないとのことで、次々蹴られたとのことだ」

 

なるほど。

飛ぶ鳥を落とす勢いの、765プロの主力メンバー相手に敵役を演じるのは、なかなか度胸が要る。

並みのアイドルには勤まらない、と。

 

「この話が私に舞い込んだとき、346プロから紹介して欲しいと言われた。346プロといえば、第1企画のシンデレラガールズ達だ。しかし、どいつもこいつも人がいい連中ばかりで、悪役をやるビジョンが見えない。そこで、君だ」

 

失礼な。

私は正義の味方、いや、労働者の味方だ。

ファシストの豚野郎の飼い犬呼ばわりは、止めて頂きたい。

勿論、346がそれを望むなら、話は別だが。

 

「765プロの面々にも動じない、鋼の精神力。独裁者に使われる、中身のない鍍金のアイドル。まさに、適任だと思ったね」

 

キャラクターが無いことが、ここで役に立つとは思わなかった。

しかし、この仕事で私のキャラクターが決まるだろう。

小さな仕事であれば、後々軌道修正も利くだろうが、これはフラコン。

765プロとのコラボにより、ミリオンヒットを記録しているゲームソフトである。

後戻りは出来ない。

 

「ええ、まさに私のための仕事です。ありがとうございます、増毛P」

 

 

 

ブラック企業真っ青のスケジュールで動く765プロの売れっ子たちとは違い、デビューすらしていない私は、端的に言えば、暇だった。

フラコンの仕事は受注する事が出来たので、仕事がないわけではない。

実際、フラコンの制作会社で顔合わせ兼打ち合わせを行うために移動中だ。

暇だ、というのは、時間のない765プロの面々はこの打ち合わせに参加しない、という事だ。

 

打ち合わせに来たのは、フラコンのプロデューサーや脚本家、演出家等のゲーム製作陣の主要メンバーと、パイロット役の男性俳優だ。

フラコンの伝統なのか、パイロット役には白人の男性俳優を用いている。

彼らと話すには、英語が必要だ。

日本で生きていく分には、英語が話せなくても何とかなるのだが、仕事の選択肢が狭まったり、出世が遅れたりするので、労働者の価値を高めるには、必須の技能だ。

なにより、日本人が空気を読めない奴を人間扱いしないのと同様、彼らは英語が出来ない奴を人間扱いしないのだ。

 

白人連中は、私が英語ができると分かるや否や、お偉いさん方をほっぽり出して私に話しかけ始めた。

初めは、ただの雑談だったが、その内通訳まで頼み始める始末。

隣に専属の通訳が居るだろう。

彼らの給与も、君たちのギャラの一部なんだ。

 

何? 通訳の顔が好みじゃない?

 

通訳は顔で仕事をする人間じゃない。

皆にも聞こえるように、ゆっくり大きな声で言ってやろうか。

 

 

 

「安曇さんは、英語も出来るアイドルなんですね」

 

フラコンのプロデューサーだ。

デビューをしていないので、アイドルといえるかは怪しいが。

 

「デビュー前というのは、むしろプラスです。765の敵役というのは、過激なファンによる誹謗中傷も少なからずあるので、現役アイドルにはお願いしにくい所もあるのです。普段は、ファン層の違う舞台女優さんなどにお願いするのですが、今回は芳しくなく……」

 

そういうこともあるのか。

しかし、765の敵役を演じてしまった私に、今後の仕事は来るのだろうか。

 

「ご安心を、フラコンに実写パートを追加するときは、海外の俳優の起用が多いので、共演者が英語が出来るというのは貴重です。今後ともよろしくお願いしたいと考えています」

 

褒めて頂いている、ということにしておこう。

アイドルで、外国語が扱えるのは少ないのではないだろうか。

何しろ、高等教育の途中でこちら側に引っこ抜いているのだ。

英語が必要な現場があれば、こちらこそ長らくお付き合いさせて頂きたい。

 

 

 

ゲームの大筋が描かれた設定資料と、実写パートの脚本が配布された。

脚本はなかなか分厚く、実写パートだけで3時間映画が撮れそうだった。

VHS上下2本組み!

まるで史上最大の作戦だ。

誰がそんなゲームやるんだ。

 

「主人公の選択肢による、マルチエンディングを採用しています。プレイする上での実写パートは、1時間もありません」

 

あぁ、なるほど。

よくよく見ると、分岐がある。

 

「ゲームパートは製作が進んでいますが、実写パートはキャスティングの遅れから、今日がキックオフになります。設定も脚本も、完全に詰められていない状態です」

 

大丈夫かフラコンP。

確かに、脚本の中には台詞や立ち回りが明記されているものだけではなく、抽象的な表現による指示が残っている部分が散見された。

こちら側の、裁量と認識して宜しいか。

 

「製作側でも考えますが、もし良いアイディアがあったら相談して頂きたい」

 

一応、そちら側に仁義を切る必要があるという事か。

まぁ良い。

幸い、私は他の仕事が無くて暇である。

持てる知識を総動員して、骨組みの脚本に肉付けさせて頂こう。

出来れば、ギャラに反映して頂けるとありがたい。

 

 

 

設定資料と脚本は、関係者外秘という取り扱いであったが、346プロダクションへ持ち帰る事が出来た。

レッスンをパスし、設定資料と脚本を定時間際まで読んだ後、フラコンPと脚本家宛に2、3の質問を書いたメールを送付して、その日は退社することにした。

 

「君が早く帰ってくれるおかげで、定時後仕事をしなくて済む」

 

とは増毛P談。

出来れば、増毛Pの方が早く帰って頂けると、私も気が楽なのだが。

 

「武内は、相変わらず遅くまでやっているようだ。タフだねぇ」

 

人も良いし、よく働く。

まさに、日本的な労働者だ。

 

「出世は、して欲しくありませんね」

 

「ん? 君は私の肩を持ってくれるのか?」

 

口が、滑った。

 

武内Pは良く働く。

彼が出世しても、彼は今と同様に働き続けるのだろう。

彼は人が良いから、部下に自分と同じ仕事量を求めることはないかもしれないが、上司が帰らないというのは、部下にとって帰り辛いものがあるはずだ。

断じて、禿の肩を持つわけではない。

 

「いえ、346プロが、ブラック化しそうで」

 

「違いない」

 

ただまぁ、私としては増毛Pに出世してもらった方が、楽に過ごせそうではある。

 

 

 

「君は、フラコンPと脚本家にどんなメールを送ったんだ?」

 

翌日、出社するなり増毛Pがたずねてきた。

346プロの社内システムは、外部にメールを送信する際、上長承認が必要である。

私がメールを送るためには、増毛Pの確認と承認が必要なのだ。

 

「上長承認時に、確認されませんでしたか?」

 

「読んだが、よく分からなくてな」

 

昨日、主に設定資料集についての質問を送った。

特に、帝国の設定について、政体や思想、歴史、地理等の設定がされていなかったため、私のアイディアを交えて送付した。

 

「地歴公民は、昔から苦手なんだ」

 

もったいない。

その辺りを押さえておかないと、小粋なジョークが出て来ない。

最近は、自主規制などでこういったジョークは避けられる傾向にあるのが残念だ。

 

「フラコンPと脚本家が、君と会いたいと言っている。しかも、早ければ早い方がよいと来た」

 

だったら、今日の午後にでも会えるのでは。

レッスン以外にやる事がないのだ。

トレーナーも、私に付きっ切りというわけには行かない。

 

「君は、私の仕事を忘れていないか。君のライブデビューやCDデビュー、宣伝用の写真等、進めなくてはいけない案件が山のようにあるのだが」

 

なんと。

そんな事はほとんど聞かされていない。

それは、増毛Pの情報共有不足という落ち度ではないか。

 

「346プロの方針として、決定していない事項を、アイドルに伝えるのは良くないとされている。万が一、企画がポシャった場合、アイドルを酷く打ちのめす結果に繋がるからだ」

 

なるほど。

年頃の女の子というのは難しいものだ。

しかし、私までその扱いをされるというのは、少し、くすぐったいものがある。

 

「私が傷つく事を、気にされているのですね」

 

「いや、全く」

 

酷い。

とても傷ついた。

 

「君は心まで鋼鉄に武装しているのだろう? 私はそこを評価してアイドルにスカウトしたのだ」

 

走れ、増毛歌劇団。

であったら、私には情報を寄越してくれても良いのでは。

 

「確かに、君のずば抜けた事務処理能力を腐らせるのは、惜しい」

 

何故、そうなる。

アイドルは事務仕事なんてやらない。

だいたい、在学中は普通のアイドルと同じ契約ではないか。

まだ、346プロの正社員待遇でないのだから、それは給与に含まれていない。

 

「君用の机とPCも用意されている。上は、完全に社員として採用したと勘違いしているようだ。勿論、君が必要だというのであれば、インターンシップという建前で、君を時給1000円で雇う事にしよう」

 

ギャラに、上乗せさせてもらえるのであれば。

 

「ただし、レッスン等のアイドルとしての仕事中は、勤務時間に換算しない」

 

むぅ。

 

 

 

フラコンPと脚本家の元へは、私1人で向かう事になった。

若造1人というのは、失礼に当たるかも知れないが、増毛Pから電話連絡を入れたので、その辺りは目を瞑ってもらおう。

 

打ち合わせ内容は、やはり、設定資料についてであった。

フラコンの過去作と比較しても、詰められていない印象のあった今作の設定資料だ。

製作陣も、気にしていたらしい。

 

「13人のアイドル対1人のアイドル、という構図は、多様性を許容する自由主義国家と、許容しない全体主義国家の対立のデフォルメではないかというご指摘は、今までに無かった視点です」

 

今作のフラコンは、空前のアイドルブームに乗るため、765プロ起用というキャストだけが一人歩きしている状態であったらしい。

それ以外は、大慌てで決めたため、色々とガタがある。

悪役も、ただの帝国というのはありきたりだ。

 

「全体主義国家=帝国という図式は、すんなり来るでしょうか」

 

「全体主義国家とはいえ、様々な形態があります。特に、ファシズムとボリシェビキが有名ではないでしょうか」

 

「ボリ……?」

 

「失礼しました。ナチ系と、共産系です。共産系の場合、帝国を冠する事にはなりにくいかと思われます」

 

カタカナ語は、なるべく使わない方が良いな。

教授曰く、カタカナ語は、自分が事象を理解していないときに、相手を煙に巻きたいときに使用するものらしい。

お互いの意思疎通を図る場面では、不適当だ。

 

増毛Pが居ないのをいいことに、私達3人はかなり深い議論を行う事が出来た。

議題は、上述のように、おおよそ普通のアイドルが話してよい事ではなかったが、フラコンPと脚本家はお気に召したらしい。

 

私と脚本家が様々な世界観を述べ、Pがその内適切だと思われるものを選択する。

 

帝国は、ファシズムに毒されている事。

独裁者には行政手腕はあったが、政治家としての集票能力に欠けていたため、政権奪取のためアイドルを起用した事。

帝国は、隕石の落下による冷害によって、不況に陥っている事。

帝国の臣民は、不況の原因を、自由主義国が築いた現在の世界のルールにあると思っている事。

帝国の国土は、山河や森林により分断されており、統一国家が出来るのが遅かった事。

……等。

 

 

 

ついつい、楽しくなって話し込んでしまい、時計を見れば定時が近づいていた。

 

「安曇さん、今日は私どもの我侭に付き合っていただき、ありがとうございました。基本的に、戦闘機が好きなオタクばかり集まっているので、こんな濃い話ばかりで、申し訳ないです」

 

とんでもない。

あなた方が、今作のフラコンについて、どのような考えを持っているかが理解できた。

製作陣の思考を反映するには、こういった少人数で深い議論が出来る場は、かなり有効だ。

デビュー前のアイドルで、不安に思われるかもしれないが、ご安心頂きたい。

 

あなた方が望む以上のものを、完璧に演じて見せましょう。

 

とりあえず、今日は定時が近い。

資料も製作陣側からのものだけであったし、今日は直帰させて頂くとしよう。

 

 

 

「ずいぶんと、具体的になってきたな」

 

増毛Pが、フラコン製作陣から送付された、改訂版の脚本と設定資料を読んでいる。

 

「前のやつは、君にただのアイドルを演技させるだけであったが、今回のは注文が多くなっている。独裁者の意を汲み民衆を扇動するアイドルを、どうやって表現するか、イメージがあるか」

 

そう、私の役は、民衆の不安不満に火を付け、それを煽る扇動者としてのアイドルだ。

それを、アイドルと呼んでよいのか、疑問の余地があるが、少なくとも、過去に同様のアイドルが居なかった事は間違いない。

だが増毛P、安心して頂きたい。

 

 

 

我々は、歴史に学ぶ事が出来るのだ。

 

 

 




続かない(続かないとは言ってない)

※1 CPのオーディションは複数回行われている設定でお願いいたします。


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3.本番の前には、普段と違う事はしないように。

今西部長「安曇玲奈と渋谷凛にユニットを組ませて、パッション曲を歌わせよう」

増毛P「何故そんな事を」
武内P「……ちなみに、ユニット名は」

今西部長「アドレナリン(ドャァ」

その日、346プロダクションアイドル事業部は解散した。


アイドル事業部第2企画のプロジェクトには、個室が与えられている。

場所は346グループ本社ビル新館30階。

東京を一望できる、隠れた夜景スポットである。

なお、私はその夜景とやらを見たことがない。

そんな時間まで、このビルで働いていないからだ。

冬になり日が短くなれば、多少拝む事が出来るかもしれない。

とはいえ、春分の日を過ぎたばかりだから、3シーズンほど待たなければならないが。

 

そんな事を考える暇があった。

端的に言えば、ボッチだったのだ。

第2プロジェクトのアイドルは私しか居ないのだ。

シンデレラプロジェクトこと、第1プロジェクトの部屋のように、賑やかにはならない。

 

増毛Pが打合せに行ってしまうと、この様な手持ち無沙汰になる状況が増えてきた。

レッスンを行ってもいいのだが、先日のオーディションでまた増えたシンデレラプロジェクトの候補生にトレーナーは付きっ切りだ。

やる気と熱意に満ちた彼女らと、日々定時で切り上げる私とを、トレーナーは天秤にかけたのだ。

 

部屋をぐるりと見渡す。

 

私と増毛Pのデスク、書庫3つ、TV、4人掛けの打合せ卓。

簡素な部屋で、広くはないが2人で使うには十分だった。

 

対して、シンデレラプロジェクトの部屋は広い。

まるで、巨大な応接室のような造りであった。

定数である14人と武内Pが使っても、人口密度はこちらの方が上だ。

 

1人で腐っていても非生産的なので、シンデレラプロジェクトの部屋にお邪魔する事にした。

先日のオーディションで採用されたメンバーがチラホラ居るようだ。

以前、帰り道でであった島村卯月も居るだろう。

 

 

 

「おや、どうかなさいましたか」

 

シンデレラプロジェクトの部屋には、武内Pと千川さんしか居なかった。

どうやら全員レッスン中らしい。

扉の前で彼女らの姦しい声が聞こえない時点で、気付くべきであった。

 

「先日のオーディションで入った候補生がもう来ていると聞きまして、ご挨拶に伺いました」

 

「それ以前のオーディションで入っている娘には、挨拶は済んでいるのかしら」

 

おっと、千川さんが好戦的だ。

確かに、シンデレラプロジェクトに顔を出したのは、今日が初めてだ。

しかし、それは私が忙しかったからであって、意図したものではない。

デビュー前からミリオンヒットシリーズの配役が決まるなど、誰が予想できようか。

 

「その割には、第2プロの部屋で寛いでいることもあったようだけど」

 

勿論。だが、それはレッスン後の休憩時間だ。

休憩時間まで、同僚へのご挨拶といったお仕事はしたくない。

 

千川さんとしばらくにらみ合いを続けた後、彼女は部屋を後にした。

幸い、同性に嫌われるのは慣れている。

しかし、千川さんに避けられる理由が分からない。

 

同性に避けられる理由のほとんどは、彼女らが意中の男性を私が横取りしたという、難癖と嫉妬であった。

彼女らが言う男性の顔と名前が、私の中で一致した事はなかったが。

 

千川さんの場合、意中の男性が居るとすれば十中八九武内Pであろうが、彼が私に興味があるとは思えない。

シンデレラプロジェクトの面々に構いすぎだからだ。

武内Pと私が1対1で話すのは、今日が初めてなのだ。

 

だとすると、理由は武内Pに対して勝手に競争心や嫉妬心を抱いてる増毛Pの所為ではないだろうか。

意中の男性に対して誹謗中傷を行う禿の姿は、決して綺麗なものではなかったはずだ。

その禿にプロデュースされている私も、坊主憎けりゃ理論で、避けられているということであろうか。

私の知らないところで、勝手に私の敵を増やさないで頂きたい。

 

私のためでもあるが、増毛Pの人間的欠陥をフォローしてやらなければならない。

 

 

 

「安曇さんがこちらの部屋に来られるのは、初めてではありませんか」

 

「ええ。いつも壁越しの楽しそうな声を聞かせていただいておりました。今日は静かだったので、どうしたのかな、と」

 

「皆、レッスンに行っております。学業と兼ねている候補生が多いので、春休みの日中は貴重なのです」

 

そういえば、春休みだった。

就活中からそのまま平日は346に出勤していたため、長期休暇の存在を忘れていた。

そういえば、最近、勤務時間内に若い候補生を良く見かけるようになった気がする。

3月中旬まで、定時上がりの私と入れ替わるようにレッスンに通っていた娘達だ。

 

「安曇さんが退勤された後に彼女らはやってきますから、挨拶が出来なかったことは、仕方のないことです」

 

もし廊下などで出会ったら声を掛けてやって下さい、とシンデレラプロジェクトの写真付きメンバーリストを渡してくれた。

いいのか武内P、こんな情報を渡してしまって。

一応、私はライバルPの子飼いのアイドルだぞ。

いや、武内Pは増毛Pの事をライバルだとすら思っていないかもしれない。

すると、非常に悲しいことになるので、考えるのは止めた。

 

大方、武内P自身が選抜したアイドルに自信があるのだろう。

島村卯月の様な無垢のアイドルを持ってこられると、鍍金のアイドルである私は苦戦を余儀なくされる。

 

「……あれ?」

 

当の、島村卯月が居ない。

そんな、馬鹿な。

あの日のオーディションはかなり進んだ選考だったはずだ。

目の前の若手敏腕Pが参加していた可能性は、高い。

まさか、武内Pが見逃したのであろうか。

その鋭い三白眼は、ビー玉以下であったという事か。

 

「ええ、未だ14名揃っておりません。辞退者が出てしまったもので、3名分の席が空いています」

 

私の独り言を、別な方向に解釈した武内Pが補足してくれた。

 

「では、私をスカウトして頂ける、と?」

 

「ご冗談を」

 

一瞬で否定された。

少し傷つく。

 

「貴方は、増毛先輩が掘り起こしたアイドルです。増毛先輩は気難しい方ですが、能力は本物です。貴方は、増毛先輩のプロデュースで、必ずトップアイドルになれるでしょう」

 

おや、増毛P。

武内Pにはえらく好かれているじゃないか。

 

「増毛先輩は、私のことを、快く思っていないようですが……」

 

入社当時は、増毛Pが武内Pを可愛がっていたのかもしれない。

このまま増毛Pと武内Pがギクシャクするのも、不毛だ。

最低でも波風立たないようにしてもらわなければ、千川さんのようにこっちまで飛び火する。

 

ここは、貸し1つだ。

 

「そうでも、ないと思いますよ」

 

「……どういうことでしょうか」

 

「オーディション中の有力候補が、何人か辞退した日を覚えていらっしゃいますか」

 

そう、増毛Pが小躍りしていた日だ。

私はその日の帰り道、島村卯月に出会った。

 

「4次オーディションの日ですね。覚えています。私は別件のため、参加はしていませんでしたが」

 

参加していなかったのか。

参加していれば、武内Pなら確実に目を付けていたであろう。

 

「その日、オーディションの控え室を少し覗いた増毛Pが言っていました。”島村卯月は武内がプロデュースすべき存在だ”と」

 

真っ赤な嘘だ。

増毛Pはオーディションを冷やかしに行ったりするキャラではないし、誰が誰をプロデュースすべき等と言った考えも持ち合わせていない。

アイドルは、346プロダクションの望みを叶える、すなわち経営方針に沿って利益を上げてくれれば良いとだけ考えている存在だ。

 

「その島村卯月が、此処には居ません。恐らく、4次オーディションで落とされたものと思われます。一度、お会いになってみてはいかがでしょうか」

 

武内Pは、ポカンと口をあけたまま動かない。

厳つい顔でその様なマネをされると、笑いをこらえるのに必死になるから止めて頂きたい。

 

「少々、動転していました。増毛先輩がその様な事をおっしゃるとは、とても思えなかったので」

 

なかなか、勘が良いな。

私としては、彼には増毛Pの様に屈折せず、真っ直ぐ育って頂きたいのだが。

 

「早速、合格通知を用意します。増毛先輩の言う事なら、間違いありません」

 

おい、真っ直ぐ過ぎだろう。

まぁ、結果オーライだ。

増毛Pは島村卯月と会った事すらない。

しかし、彼女と会話を交わした私が保証しよう。

 

 

 

彼女は、本物の、無垢のアイドルだ。

 

 

 

***

 

 

 

いつの間にか桜が咲き、いつの間にか散っていた。

 

フラコンのロケは桜の季節真っ只中行われており、花見をしている暇など無かった。

 

先行するゲームパート。

765プロ出演の調整で遅延する実写パート。

765プロが来ると、秒単位のスケジュールで行われる撮影。

765プロが帰ると、暇だから私を口説き始める外国勢。

 

とりあえず撮れる所から撮っておけ、という事で、765プロが来ない日はキャストが揃っている帝国側の撮影を行う事になった。

765プロが来ない日はオフだと勘違いしていた私たちにとっては、厳しい決定だった。

しかし、フラコンのスポンサー等のお偉方が視察と称して遊びに来るのは、765プロが居る日と決まっている。

私達しか居ない日は、フラコンPが一番偉かったりする。

 

勝手知ったるフラコンP。

私は、いや、私達は好き放題やらせて頂いた。

 

 

 

私を口説きたいが為に、帝国のエースパイロット役が、自分と帝国のアイドルは恋人同士だという勝手な設定を作って演技していた。

世界が凍りつくような、臭い台詞を連発している。

どうせカットになるが、取り直しの時間はタップリあるので、私も乙女モード全開でお相手させて頂こう。

気分は、手を繋いだら赤ちゃんが出来ると思っている純潔乙女だ。

 

「……」

 

おい、私の恋人役なんだろう。

固まるんじゃない。

演技を続けるんだ。

 

カットになったが、奴の捏造設定は採用された。

増毛P曰く、私の似合いそうにもない演技が様になっている、とのことだ。

笑いをこらえながら言うんじゃない。

馬鹿にして。

帰ったら、プロジェクトルームにおいてある毛生え薬を脱毛剤とすり替えてやる。

 

私の乙女モードを見た脚本家が、フラコンPに何か耳打ちをしていた。

どうせ、碌な事ではない。

 

「安曇君、君の素晴らしい演技を見て、脚本家が君ルートのストーリー分岐を作りたいとのことだ」

 

失礼、素晴らしい決定だ。

実装予定では無かったのが、悲しいところではあるが。

エースパイロット役が、我が世の春とばかりに吼えている。

残念、このルートではたぶん君はMisson12辺りで戦死だ。

私も君も、ある意味プレイヤーに落とされる事になるだろう。

 

「今から、本当に実装する気か……?」

 

周囲が盛り上がっている中、1人非常に暗い顔をしている人間が居た。

ゲームパートの統括だ。

ゲームパートがほぼ完成し、視察に来ていたようだ。

 

「実写はまだしばらくかかる。ゲームパートは先行しているから、ルートの一本ぐらい実装してくれたっていいじゃないか」

 

統括の顔から、みるみる生気が失われる。

完成しつつあるシステムに新機能を実装するくらいなら、設計からやり直した方が、マシだ。

今から実装となると、確実に実写パートより完成が遅れる事になるだろう。

納期に間に合わせるためには、労働者の日本的サービス精神に期待するしかないだろう。

 

冗談じゃない、私が参加した作品だ。

名作で無ければ困る。

残業続きで完成した作品は完成度が低くなる。

それは、お断りだ。

 

「今から新規ルート実装は厳しいのでは。購入者特典のパッチとして配布してはどうでしょう」

 

私のデビューCDにシリアルコードをつけてくれ。

そうしたら、765ファンも私のCDを買ってくれる。

 

統括が私の手を取りブンブン振る。

血の気が戻ってきたようだ。

フラコンPもその方向で進める事にしたらしい。

パッチは私のCDではなく、実写パートのディレクターズカット版の特典にするようだ。

ディレクターズカット版って、何だ。

765パートは、無駄なフィルムはほとんどないぞ。

 

 

 

くだらない事をしながら、撮影期間が過ぎていった。

私としては、大学のサークルで遊んでいる気分であった。

こんなもので給与がいただけるのであれば、ドンと来い、である。

 

結局、765プロのアイドル達とは一言も話す機会が無かった。

アイドルの先輩として心得などを聞いておきたかった。

ついでに、サインも。

 

765プロの面々は、1人ずつ撮影してCG合成するらしい。

1人きりで、原色の垂れ幕の中で演技をするのであろうか。

12人合成したときに自然な演技になるとすれば、化け物の領域である。

 

流石、765プロ。

果てしない、雲の上の領域である。

 

 

 

***

 

 

 

765プロと私達全員が必要なチャプターを残して、撮影は終了した。

一旦ロケは解散し、日程調整が付くまで待機との事だ。

 

久しぶりに346プロ本社に出勤すると、お隣の部屋が様変わりしていた。

島村卯月。

渋谷凛。

本田未央。

空席だった3名が埋まり、シンデレラプロジェクトが始動したらしい。

しかも、その3人は川島瑞樹らが参加するライブで、城ヶ崎美嘉のバックダンサーを勤める事が決定している。

 

流石は、本物のアイドル。

階段を駆け上がるスピードが、段違いだ。

そんなシンデレラプロジェクトの躍進を、喜べない男が1人。

 

「畜生めぇええええええ!」

 

我等が増毛Pである。

 

「あの武内が、こんな短期間で3人の補充を行えるわけがない! 誰か入れ知恵しやがったな」

 

私です。

まぁ、落ち着きたまえ増毛P。

カリスマJKアイドルのバックダンサーを勤めることが、決まっただけだ。

現在進行形で、ミリオンヒットシリーズの役者を勤めている我々には大きなアドバンテージがある。

それに、デビューに関する布石の量もこちらが上だ。

私のデビュー計画に時間を費やせた増毛Pとは違い、武内Pはつい先日まで欠員補充の為に走り回っていたのだ。

 

「君のデビュー曲をお願いしていた作曲家と作詞家が、武内の方に召し上げられた。ステージもだ」

 

What the Fxxk.

シンデレラプロジェクトの方は、全て企画中ではなかったのか。

 

「前も言っただろう。アイドルには決定するまで伝えないだけだ。既に、根回しや工作は始まっている」

 

この辺は、サラリーマンと変わらないな。

煌びやかな舞台の後ろには、黒いものが蠢いている。

 

しかし、増毛Pは社内で嫌われすぎだろう。

何故、自分のところのプロジェクトの為に確保した作曲家と作詞家が、取られなければならないのだ。

 

「武内は、過去にアイドルをプロデュースした実績がある。対して、私にはない。それが大きな違いだ。私は、君をプロデュースするまで、ライブやイベント等を企画する方だったからな」

 

知らなんだ。

実績の有無は、大きいな。

 

「この調子なら、君が売れるまでは、346プロではなく、君と私の個人的なコネクションを頼りにすべきだ」

 

個人的なコネ?

出自が良くないから、親戚にはそういった力のある人間は居ない。

信用できる大学の友人は居るが、皆、就活中だ。

 

「強力な味方が居るじゃないか。フラコン製作陣だ」

 

 

 

765プロとの日程調整が難航しており、撮影を進めたくても進められない実写パート部隊は、手隙であったらしい。

工数が足りず、一部の人員に暇を出そうかと考えていたそうだ。

そんな中、私達の頼みは好意的に受け止められた。

余りまくっている時間を、346プロが買おうというのだ。

日本トップクラスである、フラコンの作曲家と脚本家が手に入れば、鬼に金棒である。

撮影スタッフも居るのだから、MVだって作れるかもしれない。

 

……少し、楽観視していたようだ。

彼らの中でのイメージは、フラコン内の帝国側アイドルという役で固まりつつあった。

フラコンの作曲家が私をイメージしたという、”Ace, High.”は、フルオーケストラという重層な行進曲風の音楽であり、とてもアイドルの歌う曲とは思えなかった。

J-POPにも分類してもらえないだろう。

自分の歌がカラオケの検索画面で、”大人の歌”ジャンルに入れられるのは避けたい。

 

「君用の歌を作ろうとするのが悪いのだろう。いっそのこと、フラコンとタイアップしてはどうか」

 

「確かに、安曇さんは外から見ると、フラコンの帝国側アイドルだが、フラコン内では独裁者の傀儡であったり、エースパイロットに恋心を寄せる純情な乙女の側面もある。そう考えると、アイドルらしい曲を作ることもできそうだ」

 

増毛Pによる大胆な発想の転換により、行進曲だけなのは避けられた。

自由でない傀儡の悲哀と、純情乙女の恋心を歌い上げた、アイドルらしい2曲がデビューCDに追加される事になった。

流石は、増毛Pだ。

こういうところは、有能である。

 

なお、”Ace, High.”は、フラコン製作陣の強硬な主張により、没になるどころかCDのA面になった。

何故だ。

 

 

 

デビュー用の歌を用意し終わるころには、765プロとの日程調整が終わりつつあった。

765プロオールスターで行うライブ、フラコン今作の目玉シーンである。

ちなみに、帝国側のライブも同日収録する。

エキストラを集めるのは、手間なのだ。

 

ちなみに、765プロのライブのエキストラは、抽選かつ料金を払わなければならないのに対して、帝国側ライブのエキストラは、わずかながら時給が出る。

これが、トップアイドルとデビュー前候補生の差である。

現実は、非情だ。

 

観客の差もそうだが、役者側の負担も公平ではない。

765プロのライブは、帝国の侵攻により士気が下がっている味方を勇気付けるものだ。

エキストラはその辺の765プロファンである。

放っておいても、士気が上がりそうじゃないか。

 

対して、私は独裁者の傀儡となり、民衆を扇動しなければならない。

無名のアイドル候補生が歌ったところで、フラコン製作陣が求めている熱狂は得られないだろう。

歌以外の何かしらの施策が、必要だ。

例えば、演説だ。

歌の前に何分か時間を取って頂き、演説で観客の心に火をつけてから歌に入れば、所定の目的は達成されるであろう。

なお、用意したはずの歌はフラコンPの強い要望により、”Ace, High.”に上書きされた。

どうするんだこれ。

 

「何か、物騒なものを持ってきたな」

 

大学の図書館から借りてきた、ニュースフィルム集である。

346プロの資料倉庫もなかなか良いものが揃っていたが、歴史的史料価値となると、大学には及ばない。

未だ、学生身分である自分に感謝である。

この知的財産へのアクセス権は卒業後も維持していたいのだが、どうすればよいのだろうか。

 

「名だたる独裁者が並んでいるな。最近、一世を風靡した、西側政治家の資料まであるじゃないか。キャラクターがブレていないか」

 

何をおっしゃる、増毛P。

私の目的は、ある種のカリスマを持った人間の演説から共通項を探すことだ。

そのためには、人物と年代は多ければ多いほうが良い。

 

「世界史上の悪人の模倣は、危険ではないか」

 

それは、手段と目的を混同している。

彼らはその目的が悪だとされたのだ。

その手段に善悪はない。

包丁で人を殺した殺人犯が居るとしよう。

それは、人を殺すという目的が悪なのであって、包丁という手段が悪なのではない。

 

むしろ、思考が斜め上とはいえ、その方面の天才達なのだ。

後世の凡人である我々は、有難くその成果を頂戴するとしよう。

 

 

 

「どうでしょう、及第点だとは思うのですが」

 

32回目のリハーサル。

演説中の私を収めたビデオを増毛Pと2人で評価する。

 

「このシーン、腕はあと5cm高く上げた方が映えるな。あと、次のシーンでは、手振りをしない方が良い。頻繁な動きは、安っぽく見える」

 

「手振りを減らした分、声の抑揚は大きく付けるべきでしょうか。手振りの代わりに、観客の注意を引くものが無ければなりません」

 

「そうだな、その修正を加えて、33回目と行こう」

 

既に、フラコン製作陣から頂いた脚本は、私と増毛Pの注釈で真っ黒であった。

その甲斐あって、演説も完成形に近づきつつある。

歌への流れも完璧だ。

 

「そろそろ、定時です。今日はここらでお開きにしませんか。せっかくの花金を、無駄にしたくありません」

 

「日曜日に初ステージを迎えるアイドルの台詞とは、思えんな。まぁいい、練習のしすぎは体に毒だ。土曜日はどうする?」

 

「翌週の、月・火を代休にしてください。流石に、土曜日に休む度胸はありません」

 

付け焼刃感は、否めないのだ。

前日に休暇など頂いたら、演技のカンを失ってしまう。

 

「ちゃっかり代休取ってるくせに、何を言う」

 

それは、けじめだ。

休みを取らないで働く労働者が1人でも居れば、経営者はそれを全員に強要するだろう。

私は、全国の労働者の見本として、希望として、そんな事はしてはならないのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「人の練習を盗み聞きとは、趣味が良くないぞ、武内」

 

安曇さんを見送った増毛さんは、部屋に戻らず、物陰に隠れている私にそう言い放った。

定時5分前に部屋から出てくるとは思わず、慌てて物陰に隠れたが、ダメだった様だ。

 

「お前程かくれんぼに向かない奴は居ない。やるなら、堂々とやれ」

 

機嫌が良いのだろうか。

変な、アドバイスまで頂いた。

今なら、いけるかも知れない。

 

「実は、お願いがあります」

 

途端に、眉間に皺が寄る。

おでこがとっても広いから、頭皮に浮かぶ青筋も良く分かる。

 

「作曲家と作詞家とステージの次は、一体、何を出せば良い? 厳ついプロデューサーのカツアゲに遭って、既にこっちの財布は空っぽだぜ?」

 

私は、増毛さんの方が厳ついと思うのだが。

軽口を叩いているという事は、まだ大丈夫だ。

 

「日曜日のステージをシンデレラプロジェクトのメンバーに見学させてもらえませんか」

 

眉間の皺が深くなり、ギョロっとギラついた眼がゆっくり閉じられる。

そして、大きく息を吐いた。

 

「なんだ、そんなことか。346の関係者席には十分余裕がある。765オールスターズのステージで、勉強させるといい。お前は気に食わないが、346の為にはなる。あと、貸しは高くつくぞ」

 

本当に、機嫌が良かったようだ。

自分がプロデュースするアイドルの、初ステージだ。

プロデューサーなら、誰しも上機嫌になるだろう。

あの、増毛Pも例外ではなかったという事だ。

 

 

 

***

 

 

 

人の、海があった。

スタッフの誘導により制御されているとはいえ、眼前を埋め尽くす量の人間は、ステージ上の人間にとって少なくないプレッシャーだ。

エキストラ用の服装を纏って、スタッフの指示でコールの練習をしている。

文字に出来ない声が、ステージの垂れ幕を揺らす。

 

これだけの人間を、熱狂させる事が出来るのか。

彼らは、私のために集まったのではない。

彼らは、私の歌を聞きに来たのではない。

 

「大丈夫だ」

 

何だ、増毛Pか。

ずいぶんと、暇そうじゃないか。

私の頭の中は、大変な事になっているのだ。

 

「なに、将来のトップアイドルが、ステージ端でガタガタ震えているのが見えたものでね」

 

震えてなど、いない。

前世でも体験した事のない、未知の事象に緊張しているだけだ。

 

「仕事に入る前に、心のスイッチを入れろ。あれだけ練習したんだ。あとは、体が自動的にやってくれるさ。まずは、765のステージだ。先輩達のお手並み拝見と行こうじゃないか」

 

 

 

765のステージは、流石、としか表現できなかった。

12人の個性が、違和感無く調和する。

彼女らの光り輝く様が、彼らを熱狂へと誘う。

彼女らが、夢を売る。

彼らが、夢を見る。

 

 

 

「ステージ、温めておいたよ。新人さん」

 

彼女らのステージ去り際、私にそういった。

 

 

 

客席には、熱狂の余韻が残っている。

エキストラが帝国用の衣装に着替えた後でも、消えないほどの、余韻だ。

 

だが、それは帝国の熱狂ではない。

主人公側の熱狂だ。

それに乗る事は、フラコン製作陣の意図に反する。

私は、帝国の熱狂を作るという仕事をしなければならない。

 

進行役から合図が出る。

自分の中のスイッチを、入れる。

 

軍服をイメージした白地の衣装と、原色のハイライトが、光を浴びる。

一歩一歩、ステージの中心に設置されたマイクへと向かう。

冷めない熱狂が、次の役者の出演で、また火がつく。

だが、その熱狂は、違うのだ。

 

私はマイクの前で、目を閉じた。

 

 

 

 

時間とともに、熱狂が徐々に冷めてゆく。

歓声が、ヒソヒソ話に変わった後、やがてそれも無くなった。

沈黙が会場を支配する。

風が木々を揺らす音すら、煩いほどだった。

 

人々が、私が発する音を聞き取ろうと、耳をそばだてる。

熱狂は、リセットされた。

 

 

 

さぁ、私のステージの始まりだ。

 

 

 

 

 

 




続かない(続かないとは言ってない)


たくさんの感想・評価を頂き、ありがとうございます。
1期分は連載する予定で、もう2話も書いたと思っていたら、未だアニメ1話にも到達していなかった事実。

(6/1追記)
読点について感想欄でご指摘をいただきました。
ご指摘の通り、特に3話は打ちすぎたと考えております。
修正させて頂きました。
今後とも、本作をよろしくお願いいたします。



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4.自分を説明し、理解してもらおう。

ダァァァアアアアアアア(投稿の音

いまさらですが、玲奈ちゃんってCu/Co/Paのどれなんでしょうね。


群集が爆発した。

 

 

 

それほどの歓声だった。

765オールスターライブのときのような、統率の取れたコールではない。

野生を剥き出しにし、感情のままに叫ぶ歓声であった。

 

まだ一仕事残っている。

彼らを、帝国の臣民にしてやらねばならない。

演説と歌を終えたばかりで、滝の様な汗で衣装と髪は肌に張り付き、喉も体も悲鳴を上げている。

だが、未だ私は彼らの偶像だ。

彼らはその歓声の中、私の言葉を待っている。

 

「帝国、万歳」

 

たった一言。

だが、混沌から秩序を作り上げるのは、それだけで十分だった。

フラコンPが仕込んだ数人のサクラが、先陣を切って復唱する。

行き場をなくした感情が、エネルギーが、熱気が、作られた出口に向かって殺到した。

 

先ほどの混沌からは考えられない、統率の取れた万歳の声が会場に響き渡る。

これこそが熱い狂気。

戦争を仕掛ける帝国の本質。

 

彼らの狂気を一身に受けるのも、悪くない。

世界の独裁者は、こんな気分だったのだろうか。

長く聞いていると、こちらまでおかしくなりそうだ。

万歳の合唱も十分録画できたであろう。

 

私は出てきたときと同じように、ステージ脇へと掃けた。

狂気はまだ収まっていない。

おかしい、やり過ぎたかもしれない。

CPの正統派ライブでリセットする必要があるのではないだろうか。

 

 

 

舞台裏では増毛Pが待っていた。

増毛P、渾身のドヤ顔である。

頑張ったのは私だ。

増毛Pにも世話になったが、ここはプロデューサーらしくアイドルを褒めるところではないだろうか。

なんだか、腹が立つ。

バシン、と女の子が立ててはいけない音のするハイタッチ。

 

「体力が有り余っているようだな。心配しなくて正解だ」

 

初プロデュースアイドル初の大仕事に対して、その感想はいかがなものか。

私は年頃の女の子なんだぞ、一応。

仕事の成功の可否について、心動かすところではないのか。

 

「私が君を舞台に送った時点で成功は約束されている。成功を約束するためにプロデューサーは存在するのだ」

 

……うん、結構。

それでこそ増毛Pだ。

武内Pのように殊勝になられたら、長期休暇とメンタルケアを勧めている。

 

 

 

「クランク・アーップ!」

 

フラコンPの音頭の下、都内某所のホテルのレストランで製作陣+@による打ち上げが行われた。

普段、こういった定時後の飲み会への出席率は非常に低い私であるが、今回は別だ。

アイドル候補生の身には過ぎた事をして頂いた。

そして何より、彼らは日本有数のクリエイター集団でもある。

お仕事の際は、今後とも是非ご一緒させて頂きたい。

そのために、定時後の時間を自分自身へ投資するのはやぶさかではない。

 

そして何より、ご飯とお酒がロハだ。

しかも、その辺の居酒屋のコース呑み放題のようなクオリティではなく、なかなかのものである。

 

「いやぁ、本当に素晴らしい方を紹介して頂いた!」

 

飲食に励んでいると、他への挨拶回りを終えたフラコンPがこちらにもやってきた。

楽しい飲み食いの時間は終わりだ。

 

「346プロダクションは新しいとはいえ、人材が揃っている。そんなところにコネを持っている部下が居ることに、もっと早く気付くべきだった」

 

「彼は、346で企画をやっていたんですよ。お願いしたとき、プロデューサーになってアイドルを連れてくるなんて思いもしませんでした。」

 

「アイドル事業部に異動しまして。今後とも是非、安曇玲奈と346プロダクションをよろしくお願いします」

 

フラコンPは、増毛Pと増毛Pの大学の友人だというADを伴っていた。

いいぞ増毛P。

もっと私を売り込んでおいてくれ。

機会があれば、フラコンだけでなくあなた方が参加する他の作品にも出演させて頂きたい。

 

「安曇さん、素晴らしい演技でした。本当に未デビューなんですか」

 

「えぇ。初仕事も、初CDもフラコン製作陣の方々に用意していただきました」

 

まったく、至れり尽くせりであった。

実績のない新人に此処まで良くしてくれる顧客がいたであろうか。

今後とも、お得意様として末永くお付き合い願いたい。

 

「信じられない、熟練の女優の様でしたよ。やはり、あぁいった演技は元々お持ちのキャラクターなのでしょうか」

 

キャラクター?

あぁ、そんなこともあった気がする。

色々考えた挙句、デビュー作の雰囲気に合わせようとしたんだった。

とはいえ、アレがキャラクターというのは、少々融通が効かなさ過ぎる。

 

「いえ、製作陣の方々とたくさんお話させて頂いて、製作陣の方々が考えるフラコンの世界観、ストーリー、登場人物の性格や背景等を掴む事ができました。それを実現するために、勉強と練習を少々行っただけです」

 

結局のところ、やれといわれた事をやっただけなのだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

 

「貴方ほど我々の世界観を理解してくださった人は居ない。どうしても、女性にはこういったミリタリーの世界は受けないようだと、先入観を抱いていたようだ」

 

それは先入観ではなく、真理な気もするが。

しかし、私は趣味ではなく仕事でこの作品に携わっているのだ。

チームが目標を共有する事は、良い仕事の第一歩である。

それぞれが見ているものが違えば、全くちぐはぐな作品になりかねない。

 

「特に、あの演説は素晴らしかった。ただのアイドルのファンの歓声ではない、独裁国家特有の人工的な狂気。一体どこで学ばれたのでしょうか」

 

勿論、歴史に。

具体的に言えば、社会科学のちょっとした応用だ。

 

主人公側は圧倒的な帝国軍の前に意気消沈しているところを、765のアイドルに励まされる。

このときの熱狂は、ステージ上で精一杯のライブを行う彼女達の輝きを見て、「頑張ろう」と思う共感である。

対して、帝国側の熱狂は、強力な行政手腕を持つ独裁者が群集の不安を煽った上で取り除く事を保障する事で生まれる、安心・安全・安定への本能的な欲求である。

 

私のしたことといえば、

「皆さん、今このような不安を抱えていらっしゃいますね」という、不安の表面化。

「その不安は、彼のような原因によって引き起こされています」という、敵の明確化。

「ご安心ください、それらの不安は我々が具体的な手段を以て解決します」という、安心の保障。

後は、これらが群衆の心の隙間に浸透しやすいような声や身振り等を練習すればアラ不思議。

あっという間に人工的な熱狂が完成する。

 

欠点は、群集の不安に結びつくものであって、765の熱狂のように個人に結びつくものではない事。

こっちの熱狂は、「ライブが楽しかった」という記憶に繋がらないため、私のファンが増えにくい。

今回はライブではなく、ゲーム内の世界でライブをするという設定なので関係ないのだが、アイドルのライブでこれはしたくない。

そして、満ち足りた生活を送っている人間には全く効果がない事。

こんな演説をバブル期真っ只中で行っても、誰も反応しない。

この不景気だからこそ、効果があったのだ。

 

この様に「大した事はしておりません」と説明すると、フラコンPが目を泳がせていた。

何か、引いてる?

 

「いえ、私の考えてるアイドル像と、ずいぶん乖離があったもので。アイドルというのは、765の皆さんのように自身が輝く事を目標にお仕事をされている、というイメージがありました。安曇さんにはその様な考えはないのでしょうか」

 

そういう望みは、あいにく持ち合わせていない。

お給料さえ頂ければ、法律に規定された範囲内で何でも行う。

強いて言えば、346の望みが私の望みだ、それを叶えるという意味では。

しかし、まさかこんな事を言うわけにもいくまい。

もっとオブラートに包む必要がある。

 

「望み、という意味では、皆さん(労働者)の味方・希望・見本でありたいと思っております」

 

包みすぎて、趣旨が伝わったかどうか分からない。

 

「あぁ、そこのフラコンPよりよほど我々の味方でしたとも」

 

誰かと思えば、ゲームパートの統括であった。

ルート一本追加の件ではお世話になります。

 

「貴方のような方が1人でも居てくださると、無理を押し付けられることが減る。それだけでも、我々にとってはありがたい。これからも一緒に仕事を、いえ、応援させて頂ければと思います」

 

それはどうも。

いつのまにかファン1号を獲得していたようだ。

これからも、末永く応援して頂けるとありがたい。

 

どうだ増毛P、労働者の味方キャラも悪くないじゃないか。

 

 

 

フラコンの撮影も収録も終わり、代休も消化したある日。

此処からはデビューに向けたCD収録とレッスンで、定時一杯まで働く日が続くはずであったのだが、それらの仕事が召し上げられてしまい、暇である。

 

ギャラもある程度頂いたため、ブルジョワ的娯楽を楽しもうと思う。

次の仕事が決まっていないのは不安ではあるが、将来への不安のため消費活動を抑えるのは本末転倒だ。

私は労働者であると同時に、消費者なのだ。

消費しなければ、経済は回らない。

 

思い立ったが吉日。

私は前世の記憶を引っ張り出し、とある店に電話をかける。

当時、日本酒が飲めなかった私に対して「安物ばかり飲むからだ、俺が本物の味を教えてやる」と上司に連れて行っていただいた店だ。

その後、何度か自分でも足を運んだことがあったが、目玉が飛び出るような価格であった事を覚えている。

いまだ店が存在するなら、今世でもあの味を楽しみたいものだ。

 

電話が繋がる。

当時のマスターとは、若干声が違うが店は続いているようだ。

端的に来店する旨を伝えると、承諾された。

今世では名刺を貰っていないが、まぁ良いだろう。

前世の自分の名前を親代わりに使って、紹介してもらったといえば良い。

 

電話を切って退勤の準備をする。

アフター5の予定があるというのは、良いものだ。

部屋を出る足も、心持ち軽くなる。

 

「ふふふ」

 

「どうかされましたか、高垣さん」

 

第1企画の部屋は、別階層にあったはずだが。

第2企画の我々後輩に、先輩から挨拶に来ていただけるのは非常に光栄だが、それは帰り支度を済ませて行うものではない。

尤も、346トップアイドルの貴方が定時退勤していただけると、後輩である我々も帰りやすいので大歓迎だ。

 

「あなたから、日本酒の気配がしたもので」

 

確かに、今日は飲みに行く予定だ。

だが、それはさっき決めたばかりで、誰にも話していない。

貴方は何者だ。

 

「先輩として、ご一緒したいなぁ~って、お願い」

 

残念だが、今日は1人で飲む気分……

 

「先輩のお願いは、()()られませんよ~」

 

あっという間に右手を巻き取られた。

何だ今の動き。

これがトップスタァの動きなのだろうか。

しかも、全然離れない。

なんだか柔らかいものが腕に当たっている。

前世のままの性別であったら、相当なご褒美なのではないだろうか。

なお、今世は自前で用意されているので、余りありがたみがない。

 

「……分かりました、ご一緒しましょう。予算は十分ですか?」

 

あの店はカードは使えなかったはずだ。

限られた常連客だけ、ツケが許されていたような気がする。

 

「もちろん。お酒に手は抜きません」

 

 

 

***

 

 

 

「高垣さんは、もう行きましたか」

 

「えぇ、さっき部屋の前で安曇さんを捕まえました」

 

346プロで、ある事無い事噂が飛び交う謎の新人、安曇玲奈。

仕事中も休憩中も殆ど人と関わらないため、その人間性は謎に包まれている。

346プロの中でまともに話した事があるのは、プロデューサーである増毛先輩を除けば、トレーナーと私くらいではないだろうか。

とはいえ、トレーナーとの会話はあくまでも仕事上のものであるし、私との会話も、シンデレラプロジェクトメンバーの欠員補充の相談に乗ってもらった、というのが正しい。

ひょっとして、クライアントの方が安曇さんの事をご存知なのではないだろうか。

 

「……高垣さんなら大丈夫でしょう。酒の席で、彼女の人となりを聞き出してくれるに違いありません」

 

「ずいぶんと、安曇さんにお熱なんですね」

 

千川さん、それは誤解だ。

彼女への理解は、シンデレラプロジェクトにとってプラスになると考えている。

 

先日のフライトコンバット新作のライブシーン収録、私はシンデレラプロジェクトのメンバーにアイドル界の金字塔である765プロのライブを見学して頂き、彼女達の今後に資する経験となればと思っていた。

今の765プロオールスターズのライブなど、業界関係者でも滅多に見る事が出来ないからだ。

実際、765プロのライブは彼女達も心動かされるものがあったようだ。

 

問題は、その後の安曇さんが演じる帝国のアイドルのライブである。

デビュー前のシンデレラプロジェクトメンバーにとって、同じくデビュー前の安曇さんのライブが与えた衝撃は、大変なものであったようだ。

独特な感性を持つ双葉さんだけは、あのライブの歓声がアイドルが得るべき歓声と異なっている事に気付いているようだが、他はそうではない。

安曇さんの演技に影響されて、変なアイドル像を彼女達の中に作られたら一大事である。

 

ライブ以来、彼女達の心のケアという火消しに回っているが、余り手ごたえが無い。

やはり、安曇さん自身からあの演技を説明してもらった方が早いだろう。

 

「増毛さんと安曇さんのせいで、こっちはてんてこ舞いです」

 

「増毛先輩にお願いして見せてもらったのですが、あんなライブだとは、こんなにシンデレラプロジェクトのメンバーに影響が出るとは、思ってもいませんでした」

 

「準備無しで見に行くなんて、自殺行為です。今後は事前に教えてくださいね、そうしたら情報を事前に入手しておきますから」

 

増毛先輩は、私に抜かれて一度あきらめかけた出世街道を、安曇玲奈とまた駆け上がり始めている。

眠りかけた鬼は、金棒を担いで目を覚ましたのだ。

 

だが、シンデレラプロジェクトは増毛先輩のプロデュースする安曇さんに対して一歩も引く気はない。

増毛先輩には安曇さんがいるが、私には千川さんがいるのだ。

 

 

 

***

 

 

 

東京都内の繁華街。

その雑居ビルの1つに目的のお店がある。

 

「安曇さんって、なかなか渋いお店をご存知なんですね」

 

自分で見つけた訳ではないけれど。

なにやら怪しいお店や大人のお店の看板を素通りし、狭い階段を上がると到着。

 

「お電話しておりました安曇です。すみません、2人になりました」

 

ぶっきらぼうに席が指示される。

カウンターしかないお店なので、迷うことがない。

 

「お嬢さん方、今日はどうされる?」

 

「5万円で、食事は軽く。お酒はあまり辛くない、飲みやすいのから紹介して下さい」

 

端的な注文と同時に、財布から1万円札を5枚引き抜いて渡す。

当時からこうだった。

お金だけ渡して、後は日本酒のプロフェッショナルに任せるのだ。

カウンター奥の冷蔵庫には数々の日本酒が保管されているが、その辺の酒店では見たことも無い銘柄ばかりである。

付け焼刃の知識でかっこつけるより、この店ではこうした方が美味しいお酒が飲めるのだ。

 

「高垣さん、高垣さんは何を飲まれますか? 飲みたいお酒のイメージを伝えれば、マスターが用意してくださいますよ」

 

「えぇ……、じゃぁ、辛口で冷が合うものを」

 

なんか先ほどまでの自信満々おっとり癒し系お姉さんキャラクター、どこかに行ってませんか。

 

「安曇さんって、こういうお店に通われるんですか……」

 

いや、今世では初めてだし、前世でも片手の回数ほどしか行ったことがない。

今世では前世より可処分所得・時間を倍増させる予定なので、これからは頻繁に通いたいものだ。

ブルジョワ的娯楽万歳である。

 

 

 

店の雰囲気に飲まれていた高垣さんも、出てきた日本酒を一口含んでからはいつもの調子に戻りつつあった。

色々お酒を試されているようだが、今日の5万円というのは決して多い方ではないので、程ほどにして頂きたい。

残弾ナシと通達される事ほど、この店で恥ずかしい事はない。

 

「この間の収録、凄い反響だったようですね~。第1企画でも、話題になってますよ」

 

増毛Pがそんな事を言ってた気がする。

話題になったようで、何よりだ。

全く無視されるよりは次に繋がる事だろう。

出来れば、ポジティブな話題であった方が嬉しいのだが。

 

「なんでも、悪の帝国の総統キャラクターで演説したとか」

 

誰だ、そんな事を広めたのは。

私が演じたのはアイドルであって、断じて独裁者ではない。

 

「見学されたシンデレラプロジェクトの皆さんがそう仰ってましたよ」

 

なんと。

誰が見学を許可した。

何? 増毛P? 裏切り者は身内にいたか。

第五列とはよく言ったものだ。

 

「765プロのステージの後、わざわざ熱気を冷ましてから盛り上げたって」

 

何だか、認識の相違がある気がする。

私は、そんな空気の読めない超大型新人ではない。

製作陣の意図と脚本の通りに演技しただけだ。

又聞きした高垣さんだけなら、伝言ゲームの不備で済む。

しかし、直接見たシンデレラプロジェクトの面々もそう考えているとなると、問題はより複雑だ。

 

幸い、この場には346プロで最も売れているアイドル、高垣楓がいる。

346プロ内に持つ影響力も無視できないものがあるだろう。

1人1人に説明していくより、彼女一人に説明してそこから広げてもらった方が、楽だ。

 

きちんと、私が労働者の味方であることをアピールしなければ。

 

 

 

翌日、定時丁度に出勤するとプロジェクトルームのホワイトボードに見慣れない予定が書き込まれていた。

「14:00~ 初舞台に関するデブリ@CP室」

 

「君が出勤する前、高垣楓と武内から依頼があった。未デビューの第2企画内で、仕事に関する経験を共有してくれないか、とな」

 

増毛Pはそれを受けたらしい。

意外だ。

こういった、自分の企画に資さないことはやりたがらないと思っていなのに。

 

「君が暇そうなものでな。人生の先輩として、後輩を教育してやるのも仕事だろう」

 

暇なのは増毛Pが仕事を持ってこないことに原因があるのではないだろうか。

私は、勤務時間と給与の範疇で、可能な限り仕事をこなす気概に溢れている。

 

「仕事については検討中だ。まぁ、フラコンのCMがGW明けから打たれるから、それからでも遅くない」

 

そうだろうか。

フィルムを切り貼りした15秒CMと30秒CMが打たれることは知っているが、その放送時間帯に問題がある。

土日の朝夜や、平日の夜といったゴールデンタイムの分は765プロ主体でCMが作られている。

私主体のCMは深夜枠だ。

大きなお友達がアニメのついでに見てくれるだろう。

 

そんな事あるか。

録画時点でCMカット機能を使われていたらどうするんだ。

誰も見てくれないぞ。

 

「CMには"Ace, High."もBGMとして使われている。6月の頭にはCDを出し、そこから7月の発売日に向けて販促イベントだ。仕事はたくさん待っている」

 

5月中は、何も無いんですけれど。

 

 

 

プレゼン機材をもちこんでも、シンデレラプロジェクトの面々+@が余裕を持って座れるというのは、この部屋はどれほど広いのであろうか。

私の実家など、この部屋に敷地ごとすっぽり収まりそうではないか。

 

「えー、では。先日のフライトコンバットの新作の実写パートの収録に関するデブリーフィングを行いたいと思います」

 

反応が悪い。

やはり彼女らが勝手に抱いた独裁者のイメージが悪すぎるのか。

仕方が無い、追加ルートで盛大に披露する予定の、純潔乙女モードでプレゼンしよう。

 

彼女らが座っている椅子が1mほど下げられた。

何故だ。

 

「普通にやれ、普通に」

 

余計な指示が増毛Pから飛んできた。

こっちの方が、独裁者っぽく見えないはずなのだが。

 

説明しなければならないのは、やはり、演説の背景だろう。

765プロが温めたステージを一度沈黙させてから使うなど、普通のライブでやる事ではない。

あくまでも、あのステージはゲーム内で行われたライブシーンの撮影であって、現実のライブではない。

観客も(私のステージでは)エキストラだ。

そこを説明し、現実と虚構で切り分けて頂かなければならない。

 

そして、765と私の配役の差だ。

765プロは主人公サイドを応援するアイドルであり、帝国の侵攻で士気が低下している兵士達を勇気付けるのが目的だ。

あの765プロのライブは、目的を達成したといえる。

対して、私は敵方である帝国のアイドルである。

帝国の独裁者に操られ、彼の政策を無条件に肯定するよう、臣民を誘導するのが目的だ。

この2つの違いを理解して頂かなければならない。

 

これら、目的の異なる2つのライブを、経済的理由で同日に撮影したのだ。

ステージは切り替わっていても、観客は同じである。

前のステージの熱狂が残ったまま撮影に入るという事は、混ざってはいけない絵の具を混ぜるようなものなのだ。

製作陣は、塗り分ける事を望んでいる。

そのため、一旦沈黙で会場をリセットしたのだ。

 

最後に、演説の説明。

フラコンPにしたような、細かいところまで説明する必要は無いだろう。

帝国らしい反応を得るため、増毛Pと一緒に勉強・練習したと伝える。

ここで理解して頂きたいのは、アイドルであっても、その場で自分に何が求められているか理解することだ。

そのためには、製作・企画の方々とよくコミュニケーションを取り、彼らが何を考えているか、何を目指しているか理解しなければならない。

 

ご理解いただけたであろうか。

それでは質問をどうぞ。

 

「はいっ、346プロダクションでは、社員さんもアイドルをやるんでしょうか!?」

 

 

 

そういえば、島村卯月の誤解を解いていなかった。

 

 

 




誤字修正ありがとうございます。
逐次確認・反映させて頂いております。

委員会では、誤字脱字が酷すぎるとして、作者を懲罰大隊に送り込む案が検討されております。
今更ですが、事業部内の部署割りはテキトーな捏造です。



楓さんのキャラクターはこれで合っているのだろうか。
でこつん&神剣白羽鳥がないと不安だ。


6/4追記
武内Pとちっひのパートを修正いたしました。
デレステのフェスで諭吉が呑まれた作者の感情が暴走したようです。
投稿後、みりあちゃんのSSRが出ました(テノヒラクルー

6/11追記
凛斗様にイラストを頂きました。
3〜4話のフラコン演説シーンです。

【挿絵表示】


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5.隣の芝は、私の知ってる芝と違う。

フラコン収録が終わって一段落しちゃいましたね。
ここからはCPがユニットごとにデビューしていくだけなので、オリキャラのかかわり方が難しい……

そう言えば、小説分類を短編から連載に変更いたしました。
エタらないよう頑張ります。


 

島村卯月と会うのはこれで2度目だ。

1度目はアイドルとしてのキャラクターで迷っていたときの事。

島村卯月の第4次シンデレラプロジェクトオーディションの帰り道だ。

 

そして2度目は今日、ここである。

 

「はいっ、346プロダクションでは、社員さんもアイドルをやるんでしょうか!?」

 

私は島村卯月にアイドルだとを明かす事をしなかった。

オーディション中の人間をわざわざ煽る事は無いだろうとの判断だ。

ただ、不誠実であった事は間違いない。

 

だが島村卯月、既に貴女はアイドルになった。

もう何も隠し事をする事は無い。

 

「えぇ、私は346プロダクションの総合職入社試験で内々定を頂いた際、増毛Pにスカウトされました。社員待遇でアイドル活動を行う予定です」

 

「やっぱり、普通の社員さんじゃないって思ってました! お仕事しながらアイドルも出来るなんて、流石安曇さんです。凄くキラキラしてます」

 

いや、お仕事がアイドルになったんです。

そんな純粋無垢な目で見ないでいただきたい。

まるでアイドルと会社員の二足の草鞋を穿いているみたいではないか。

残念ながら、転生したからといって勤務時間は2倍にならないし、一日4時間ずつでどちらも完璧にこなせるほど、それらは甘くない。

 

「お仕事がアイドル……ということは、普通のアイドルなんですね! 私達と同じです」

 

そうです。

()()のアイドルなんです。

皆さんとなんら変わりありません。

 

「違うよしまむー。普通じゃなくて、独裁者系アイドルだよ」

 

そこ、余計な事を吹き込まない。

島村卯月は偏見の無い純粋無垢な目で私を捉えているのだ。

変なバイアスが掛かったらどうする。

 

 

 

「えっと、346プロの総合職ですか……?」

 

若干引き気味な質問者は、クラスの男子が放って置かなさそうな女の子ランキング1位(第2企画第2プロ調べ。母数2)、新田美波である。

大学生という事だが、新歓コンパが大変な事になったことであろうことは想像に難しくない。

 

「ええ、その通りです」

 

「346プロの総合職って滅多に通らないって聞いていたので、ビックリしました」

 

そんな事はない。

同じ総合職でも国家公務員総合職よりはよっぽどハードルが低いだろう。

また、入口はともかく、君も私も346プロダクションでアイドル候補生をやっている事には変わりない。

考え方を変えれば、難しい346プロの入社試験を早々に突破したという事だ。

 

「そうでしょうか……」

 

そうだとも。

アプローチは大した差ではない。

ゴールが大事なのだ。

 

 

 

「あの演説、楽しいの?」

 

うん?

今度はずいぶんと哲学的な質問だ。

質問者は渋谷凛。

哲学的なキャラクターなのか、未だに拗らせているのか、少ない情報では区別が付かない。

 

「隣の部屋から、練習の音が良く聞こえてた。あれって、そんなに打ち込めるものなの?」

 

楽しむ・打ち込むというのは、私の仕事のスタンスとは相容れないモノだ。

基本的に、仕事は何であろうと楽しいものではない。

アイドルという仕事も、日々新たな発見があるものの、楽しさとは無縁だ。

 

「楽しさ無しで、仕事なんて続けられるの?」

 

当然。

働かないと食うものにすら困る故。

 

「あんたは一体、何が楽しいの」

 

やっと答えやすい問いが出た。

 

楽しいのは、勿論休暇だ。

大学に入学し、1人暮らしを始めてから休暇が楽しくて仕方が無かった。

土日や休講日に、気の会う友人とスポーツやゲームに興じるのは最高だ。

放課後に趣味を満喫するのも良い。

長期休暇は青春18切符やヒッチハイク等で金欠ながら旅ができたのは良い得難い経験だった。

346プロでアイドルを始めてからは、経済事情が格段に良くなったので、ブルジョワ的娯楽を堪能している。

この夏はダイビングのライセンスを取って、カロリン諸島の海を散策する予定だ。

 

「へ、へぇ……。感情の無いロボットかと思ってた。その辺は人並みなんだね……」

 

勿論だとも。

感情は生物が行動する原動力だ。

ただ、感情を剥き出しにして動くのは野生動物のすることだ。

我々知性を持つ人間は、感情の炎を心の奥底に閉じ込め、感情の示す方向に理論武装して進まなければならない。

 

 

 

「杏には分からないんだけど、何でそこまで完成度上げるの? お金を稼ぐだけだったら8割位でも十分だし、お客さんは満足してくれると思うよ」

 

胸に輝く”働いたら負け”のスローガン。

立ったら私の肩くらいまでしか身長がなさそうなこの娘は双葉杏。

私とキャラが被ってそうなアイドルだ。

 

なるほど、鋭い指摘だ。

プロというのは一生に一度10割を出すのではなく、8割を常に出し続ける事だという。

しかし、フラコンの仕事――特にあのステージ撮影では、10割とは言わないが9割近くの力を出していたように思う。

 

「それは、自分に投資するのが好きだから、だと思います」

 

そう、私は自己投資が大好きだ。

投資した以上の価値が得られるのであれば、手間は惜しまない。

初仕事における練習という時間的投資もそうだ。

私はその十数時間で、フラコン製作陣(クライアント)の信用を得た。

”次もまた頼みたい”

これは、時と場合によっては千金を積んでも得られない、価値のあるものだ。

特に、アイドルのような仕事をやる上では欠かせないだろう。

 

「定時ダッシュには憧れたけど、ずいぶん大変な事してるんだね……私には無理だよ」

 

あきらめるのは未だ早い。

定時ダッシュとこれらは共存できるのだ。

勤務時間中は、かなりカロリーを消費するが。

 

 

 

フラコンのステージ撮影のデブリだと思っていたが、全く関連の無い質問ばかりになってしまった。

これではまるで、私の自己紹介だ。

今日が実質的なシンデレラプロジェクトとの顔合わせとはいえ、これで良かったのだろうか。

増毛Pにアイコンタクトを取る。

もう〆て良いだろうとのこと。

 

「――っと、武内P?」

 

〆の言葉に入ろうとしたところ、武内Pが手を上げた。

このデブリはアイドル専用ではなかったのか。

 

「最後にひとつ、宜しいでしょうか」

 

良くないと、言える訳が無いだろう。

増毛Pが変な顔をしている。

まぁ、武内Pの事だから突拍子もない質問が飛んでくるとは思えないが。

 

「シンデレラプロジェクトの皆さんは、それぞれなりたいアイドル像を持っています。輝くステージに立ちたい、歌いたい、綺麗な衣装を着たい、キラキラしたい。そういった憧れをアイドルに持っています。安曇さんが目的とするアイドル像はどのようなものでしょうか」

 

なりたいアイドル像?

労働者の味方、という答えは武内Pが意図したものではないだろう。

これは、アイドルが作る自身のキャラクターだ。

だとすると、スカウト時の答えと何も変わらない。

 

「ありません。私が目的とするアイドル像、というものがありません」

 

ザワ、とCPの面々が驚く。

そんなに驚く事だろうか。

私は適切な給与さえ頂ければ、仕事を選ぶつもりはあまり無いのだが。

私を含め、何か一つのことしかできない人間はいない。

皆、それなりに様々な事が出来るし、それらで食べていく事が可能だ。

私は偶然、今世ではそれがアイドルだったという事だ。

 

「今ここで、アイドル生命を絶たれたとしたら、貴女はどうしますか」

 

極端な質問だな。

二元論は格好良く見えるが非現実的だ。

答えるとすれば、ハローワークに失業保険を貰いに行く。

会社都合退職の方が失業保険が出やすいが、再就職が面倒だ。

自己都合退職と、どちらが有利だろうか。

いや、未だ一応学生だった。

就活の継続か院進学だろう。

 

私の回答で満足して頂けたようで、それっきり武内Pが質問する事はなかった。

何故か固まりっぱなしのシンデレラプロジェクトの面子を横目に、増毛Pと2人でプレゼン機材を片付け、CPのプロジェクトルームを後にした。

 

 

 

***

 

 

 

シンデレラプロジェクトと安曇さんは、アイドルとしては実質的な同期に当たる。

共に、平成27年度にデビュー予定だからだ。

 

先日、高垣さんにお願いをして安曇さんの調査をして頂いた。

増毛Pの自慢の懐刀が、どのような思考の持ち主かを見極めなければならない。

高垣さんから返ってきた回答は、意外にも普通のものだった。

独裁者キャラクターは台本通りに演じただけで、本心は皆の見本になるようなアイドルになりたい、とのことであった。

あの言動からは想像も出来ない、綺麗な本心だと思った。

 

だがどうだ。

私はもっと行間を読むべきだった。

いや、言葉を文字通りに読むべきだった。

 

本当に、台本通りに演じていた。

ある意味、労働者の見本のようなアイドルであった。

 

アイドル、普通の女の子が憧れる輝く世界。

それをサラリーマンと同列に見る彼女。

 

「Pチャン……みく達より一歩先にお仕事したとはいえ、アレはどうやって参考にすれば良いにゃ……」

 

シンデレラプロジェクトでトップクラスのプロ意識を持つ前川さんですら、この有様だ。

デビュー前の多感な少女達を、安曇さんに関わらせるべきではなかった。

私の失敗だ、それも2度も。

 

1度目は765プロと合同で行ったステージ撮影の日。

アイドル界の金字塔、765プロのオールスターライブが見学できるという事で増毛Pにお願いして席を都合してもらった。

765プロのステージでは、シンデレラプロジェクトの皆さんも何か学ぶべきものに出会ったような、手応えを得た。

問題はその後だ。

安曇さんのステージ、あれはシンデレラプロジェクトが目指すべきアイドルではない。

あれは1から10まで練習され、作られた演技だ。

表情も、声も、身振りも。

だが、アイドルは、シンデレラプロジェクトは、ステージ上で心の底から笑顔で無ければならない。

自然と浮かぶ笑顔が、ファンの活力となるはずだ。

だから私は、笑顔が素敵な女の子をシンデレラプロジェクトのメンバーとして採用してきた。

そんな娘の笑顔を、安曇さんのステージは凍りつかせかねない。

 

2度目は今日、さっきだ。

安曇さんのステージ見学で負ったシンデレラプロジェクトの皆さんの傷を癒そうと、デブリーフィングという体で安曇さんの初ステージの感想を聞くことにした。

緊張や困惑といった、初々しい感想が出てくると思ったからだ。

ところが、出てきたのは徹頭徹尾、感情からかけ離れた演技のノウハウであった。

傷を癒すどころか、塩を塗りこむ行為であった。

ステージ上で仮面を付ける事を推奨するような、そんな乾いたアイドルは、シンデレラプロジェクトの軸ではない。

 

このままでは、シンデレラプロジェクトのデビューに支障をきたす可能性もある。

安曇さんとシンデレラプロジェクトは、可能な限り引き離さなければならないだろう。

 

 

 

「皆さん、何故固まっているんですか? 安曇さん、変な事言ってましたか?」

 

暗く固まった空気を、島村さんが打ち砕いた。

私が迷ったとき、彼女の声と笑顔が眼前の障害を粉砕する。

渋谷さんの勧誘のときもそうだった。

 

「いや、変というかヤバイ事言ってたでしょ。しまむー、”アイドル生命を絶たれたら?”って質問に、”ハローワークで失業保険”って返すアイドル、普通は居ないよ」

 

他にも、アイドルに楽しさを求めていないとか、年頃の女の子にとって爆弾発言ばかりであった。

 

「そうでしょうか。私、養成所で今までアイドル目指していた時、ずっと頭の片隅には、アイドルを諦める選択肢がありました」

 

島村さんは養成所通いの中、何回もオーディションに落ちている。

同期も「学業に集中する」といって、皆辞めてしまったそうだ。

そんな環境であれば、アイドルではない自分を想像することもあるだろう。

 

「私、安曇さんのお話はよく分からなかったんですけれど、”自己投資が好き”って、つまり、頑張る事が好きって事じゃないですか?」

 

島村さんが少し大げさに身振りを取った。

どことなく、安曇さんの演説中のそれに似ている。

 

 

 

「私も、頑張る事が大好きです。安曇さんとは、仲良く一緒にアイドルが出来そうです!」

 

 

 

冷たく澱んだ空気が吹き飛ばされる。

花開く笑顔。

輝く後光。

 

 

 

「やっぱり、卯月は凄いよ」

 

渋谷さんが呟く。

それは私の耳にしか聞こえないであろう、小さな声であった。

同感だ。

増毛先輩と安曇さんの仕事ぶりに、眼が曇っていたようだ。

シンデレラプロジェクト最後の欠片(ピース)、島村卯月。

”何かが足りない”と悩んでいたこのプロジェクトに、睛を書き加えた少女。

 

彼女の笑顔がある限り、シンデレラプロジェクトは軋まない。

 

 

 

***

 

 

 

ぶぁっくしょーぉおい! えぇい、ちくしょう。

誰か噂したか?

 

「おい、絶対そのクシャミを他所でやるなよ」

 

勿論。

ここは第2プロのプロジェクトルームなので、気を抜いていただけだ。

アイドルモードなら、もっと可愛いクシャミをする。

 

「それはそれで、不気味だな」

 

失礼な。

キャラクターが大事といったのは、増毛Pではないか。

クシャミ一つも、大事なキャラクター構成要素ではないのか。

 

「君のキャラクターは、全体主義アイドルでほぼ決定だ。フラコンのインパクトは大きかったようだ。業界でも噂になりつつある」

 

やはり、そうだったか。

あの演説は少々やりすぎた感があったのだ。

まぁ、結果オーライだ。

左折と右折を間違えたが、運良く目的地にたどり着いたという事にしよう。

ナっちゃんも、初めは労働政策に力を入れていたのだ、初めは。

 

「フラコン関連の仕事で、君は一躍有名人だ。その衝撃は市井の人々にも広がっていく事だろう。346プロ内でも、君を早急にデビューさせるようにとの声が強い」

 

そういえば、未だデビューしていなかったな。

知名度や人気は、細く長く続く方が結果として儲かる事が多いと聞くが、大丈夫なのだろうか。

一発芸人のような扱いは、御免だ。

 

「安心しろ。私が君をプロデュースする限り、その様な事はない。直に346プロのトップアイドルにしてやるから、覚悟しておけ」

 

トップアイドルはいいが、仕事量は1日8時間で終わる程度でお願いしたい。

人生、そこそこが大事なのだ。

大丈夫、私の時間効率だけは保障しよう。

 

「デビューに伴い、無名だったこの第二企画第2プロも、名称が決定される。そして、君のユニット名もだ」

 

プロジェクト名のみならず、ユニット名も決めるのか。

複数人居るプロジェクトのソロユニットならともかく、私しかいないプロジェクトの1ソロユニット名など決める必要があるのか。

 

「そこは、アイドル業界のお約束という奴だ。創造的な仕事は苦手かもしれないが、ユニット名は考えておいてくれ。期限は、GW明けだ」

 

 

 

GWという休暇にも拘らず宿題を与えられてしまった。

こういう課題は、殆どの場合休暇前又は初日に終わらせるのが吉である。

仕事も無かったので、ユニット名のネタ作りと称して346プロ内のカフェテリアでスマートフォンを片手に思案中だ。

決してネットサーフィンしてサボっている訳ではない。

このまま定時まで”思案中”というのを狙っているだけだ。

 

「ご注文は何になさいますか? 独裁者らしくブラックコーヒーにされますか?」

 

先輩アイドルに注文を取って頂けるのはありがたいが、そのキャラクターをアイドル時以外にも持ち出さないでいただきたい。

私はウサミンとは異なり、OFFの時はキャラクターを演じないのだ。

それに、世界一有名な独裁者はただの水を好んでいたそうだぞ。

そして私はブラックコーヒーが飲めない。

ミルクと砂糖をタップリで頼む。

 

「い、意外ですね……菜々はもっと、ブラック飲みながら仕事をするバリキャリなイメージを持ってました」

 

バリキャリ?

久しぶりに聞いた気がする。

”ナウなヤングに馬鹿受け!”位の言葉ではないだろうか。

いや、もう少し新しいか。

少なくとも、17歳の女子高生が使う言葉ではない。

 

注文どおり、半分以上がミルクのカフェオレと、山のような角砂糖を持ってきていただいた。

346カフェにはこの時間帯、他の客も居ないようなので、課題の相談でもさせて頂こう。

1人で悶々と考えるよりは、生産性が高そうだ。

 

「遂にデビューされるんですね! どんなユニットなんですか?」

 

ソロプロジェクトの、ソロユニットです。

しかも名前は未だ無い。

このままだと、私のGWが課題という名の持ち帰り仕事で潰されてしまうのだ。

 

「GWですか、懐かしいですね~ 菜々が学生の頃は……いや、今でも菜々は学生ですけれどね!」

 

そう、学生の特権GWを憎き資本家346プロが奪いに掛かっているのだ。

安部さんにはぜひとも、私のユニット名を一緒に考えて頂きたい。

 

「そうですね~ ”ウサミン星人と愉快な仲間達”とかどうです?」

 

私はウサミン星人ではないです。

しかもセンスが古い。

 

「うぅっ、菜々も頑張って考えたんですよ……」

 

いや、申し訳ない。

そこまで責めるつもりは無かったんだ。

ただ、センスが絶望的なだけで。

今度飲みに行きましょう、私が出しますから。

 

「良いんですか!? 菜々、イイお店知ってるんですよ~……あっ」

 

ダウト。

 

 

 

安部さんには相談に乗っていただいたが、状況は芳しくない。

このままだと思考のドツボに陥りそうだ。

何か、気分転換になるようなイベントが欲しい。

どこか旅行に行っても良いのだが、課題の事を忘れそうだ。

それなりに仕事に関係あるイベントが良いだろう。

 

「安曇玲奈です、増毛Pでお間違いないでしょうか」

 

『増毛だ。定時後に仕事関係者に電話なんて、どうしたんだ。明日は嵐なのか』

 

失礼な。

私だって定時後に業務をすることもある、偶に。

 

「GW中にシンデレラプロジェクトの3人がバックダンサーを勤めるライブがあると、安部さんから聞きました。今から1人分の席を確保する事は可能でしょうか」

 

『休暇中に視察とは、本当に嵐になるんじゃないか。関係者席を武内から貰っている。どうせ君は来ないと思っていたんで、伝えてはなかったんだがな』

 

私は普通の消費者だ。

偶には流行のアイドルのライブに参加したって、いいじゃないか。

 

 

 

シンデレラプロジェクトの補欠組3人がバックダンサーを勤めるのは、城ヶ崎美嘉の『TOKIMEKIエスカレート』。

噂では、城ヶ崎美嘉自身が3人を指名したらしい。

3人がシンデレラプロジェクトに加入してから今日まで、そんなに日付は経っていない。

私は初ステージの練習にかなりの時間を費やした。

彼女らは、十分な練習時間は取れたのだろうか。

取れていないのだとしたら……

 

 

 

それは、才能というヤツだ。

 

 

 

言葉では良く口にするし、耳にもする。

だが、それが何なのかは自分でも良く分かっていない。

 

物事の成功の是非は、本番を始める前に決まっている。

本番までに、どれほど考え、どれほど練習したかが成功率を左右する。

私は8割の成功を確信したとき、残りの2割を天に預けて事を始める。

 

私の世界には、”才能”は存在しない。

 

だが世の中には一定数居るのだ。

十分な練習無しでポップアップから飛び出した瞬間、輝く笑顔を放てる存在が。

大人数の前で怖気付くことなく踊る事の出来る存在が。

 

増毛P、貴方は私を346プロのトップアイドルにすると言った。

だが、それは難しいぞ。

何しろライバルは彼女らだ。

自然な笑顔で輝ける存在だ。

本物の、純粋で天然物のアイドルだ。

極論、何もしなくたって人を魅了できる。

 

私は彼女らに負けないよう、顧客が求めているものを考え、それを実行できるように練習し続けなければならない。

そうしなければ、ファンを惹きつけ続けることが出来ない。

 

 

 

「ライブはどうだった、ユニット名のネタは掴めたか?」

 

ライブは最悪だった。

私が今世でも前世でも持たなかったものを、これでもかと見せ付けられたのだ。

隣の芝は青いどころの話ではない。

 

「そいつは、災難だったな。まぁ、社会ではよくあることだ」

 

流石、出世レースに負けた人間が言うと説得力が違うな。

 

なぁ増毛P、私は346プロの稼ぎ頭(トップアイドル)になるよ。

輝くものを持った連中を押しのけて、思考と理論が最もアイドルにふさわしい事を証明するよ。

そうしたら貴方も、出世レースに返り咲けるでしょう。

 

「あぁそうだ。その通りだ」

 

むさ苦しく、眩しい顔だ。

光学的な輝きだ。

 

「プロジェクト名は、『フラッグシップ・プロジェクト』。346プロのハイエンドが、君だ」

 

第2企画の、それも第2プロジェクトが、そんな名前でいいのか。

許されるのか。

許されているのなら、名前通りにしてやろう。

 

プロジェクト名が決まると、ユニット名は自分の中にストンと生まれた。

まるで、GW前から考えていたかのように、自然なものだった。

 

「ユニット名は、『フロント・フラッガー』。私は皆の旗振り役になるわ」

 

旗は古来から人を先導し、勇気付けてきた。

彼の騒乱の時代も、帝国主義者が、共産主義者が、そして資本主義者がそれぞれ旗を振った。

 

今はアイドル戦国時代。

私は独裁者系アイドル並びに労働者の味方及び希望として、旗を振ろう。

 

 

 

 

 

 




1話1万字、っていう自分ルールを定めようと思った事があるんですが、止めました。
切りのいいところが、7~8000字だったとき、贅肉をつけて太らせたくはない......

ある程度の読み応えを確保して、適度な頻度で投稿できればと思います。
が、今日はコミケの当落日(おい


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5A.フライト・コンバットCM/トレーラー公開記念

3話くらいで感想欄でいただいた2chパートを仮実装してみました。
結構難しい....

そして、リアルでもエス○ン7のE32017出展用トレーラー公開されたという....
なお発売(2018



 

 

Flight COMBAT フライト・コンバット総合スレ Mission702

 

6 :名無しの傭兵@残弾無し

  いよいよ新作のトレーラー発表だぞ

  CMが先行、翌日サイトでトレーラー解禁だからな

  お前らしっかり待機して置けよ

 

10:名無しの傭兵@残弾無し

  正直アイドルを前面に押し出されてもなぁ

 

12:名無しの傭兵@残弾無し

  なんでや765プロオールスターズのステージやぞ

 

18:名無しの傭兵@残弾無し

  765プロアイドルの話は向こうでどうぞ

 

  765プロ総合その19514

  ttp://idol.twoch.net/test/read.cgi/idol765/*********

  765Xフラコン その37

  ttp://game.twoch.net/test/read.cgi/stggame/*********

 

 

33:名無しの傭兵@残弾無し

  フラコンは6でしくじってるからなぁ

 

34:名無しの傭兵@残弾無し

  >>33 商業的には悪くなかったやろ(なお国内

 

36:名無しの傭兵@残弾無し

  >>34 筐体が箱、無限に搾り取られるゲイツポイント

 

38:名無しの傭兵@残弾無し

  >>36 (765のスキン買ってるからじゃね.....?)

 

43:名無しの傭兵@残弾無し

  ストーリー悪くなかったやん。

  ゲームシステムも一新されて、軍隊で戦争してる感があってよかったと思う

 

55:名無しの傭兵@残弾無し

  まぁ、落ち着いて待とうぜ。

  未だ駄作って決まったわけじゃねぇ

 

59:名無しの傭兵@残弾無し

  わざわざ箱とゲイツポイント用意して待ってるんだからな

 

60:名無しの傭兵@残弾無し

  >>59 次はP○4.....

 

63:名無しの傭兵@残弾無し

  草

 

65:名無しの傭兵@残弾無し

  どんまい、S○NYに貢ごう

 

89:名無しの傭兵@残弾無し

  そういえば、フラコンの撮影のエキストラ参加した奴居らんの?

 

96:名無しの傭兵@残弾無し

  >>89 765ファンの数と募集数考えろよ......この板の連中が当選する確率どれほどよ

 

100:名無しの傭兵@残弾無し

  >>96 765板もあの時は阿鼻叫喚だったからな

  募集数4桁とかトチ狂ったとしか思えない

 

  あっちの板でもいけた奴いるんか

 

116:名無しの傭兵@残弾無し

  >>100 当時の765板で行ったやつ見つけた

 

  533:765の素敵なファン@転売禁止

    エキストラ参加してきたぞ

    765皆輝いていた......録に練習時間も取れなかっただろうに、仕上げてくる辺り流石だわ

    周りはお前らばかりでコールが捗ったw

 

    あと、敵役のアイドルがやばかった。

    上手く言えんが、心の隙間に染み込んでくる声、知らん間に熱狂してる自分。

 

  542:765の素敵なファン@転売禁止

    >>533 裏山 あとラスト2行怪文書じみてて草

 

122:名無しの傭兵@残弾無し

  敵のアイドルkwsk

 

126:名無しの傭兵@残弾無し

  >>122 未だ情報未解禁だっつってんだろ

 

 

 

269:名無しの傭兵@残弾無し

  CM見た~

 

271:名無しの傭兵@残弾無し

  みたぞー

  ゴールデンのアイドル番組に流れてたから全然気付かなかったw

  一般受けしそう(こなみ

 

276:名無しの傭兵@残弾無し

  フラコンまでこういう路線に行っちゃうと悲しくなるなぁ

  ZEROみたいな硬派なやつが欲しい

 

278:名無しの傭兵@残弾無し

  >>276 売れないと次が作れないからしゃーない

  ZEROの売り上げ見てから言ってみろ

 

282:名無しの傭兵@残弾無し

  >>278 すまんやで......

 

291:名無しの傭兵@残弾無し

  >>278 765板見る限りめっちゃ盛り上がってるから、商業的に何とかなりそう

 

294:名無しの傭兵@残弾無し

  >>291 まじか、次回作に期待するわ

 

295:名無しの傭兵@残弾無し

  >>294 アイドル物が売れたら次回もアイドル物に決まってるんだよなぁ....

 

 

 

483:名無しの傭兵@残弾無し

  え、いまのひょっとしてフラコンのCM?

  深夜版?

 

484:名無しの傭兵@残弾無し

  C○Dの新作ちゃうん? あるいは洋モノオンゲーの何か

 

486:名無しの傭兵@残弾無し

  >>484 いや、クレジットがProject FLIGだった

 

493:名無しの傭兵@残弾無し

  >>486 kwsk

 

500:名無しの傭兵@残弾無し

  >>493  

  フルオケの行進曲

  敵方のマスゲーム

  アイドルの演説

  群集の狂気

 

506:名無しの傭兵@残弾無し

  >>500 フラ......コン......?

 

509:名無しの傭兵@残弾無し

  戦争スペクタクル

 

519:名無しの傭兵@残弾無し

  30秒版来た

 

523:名無しの傭兵@残弾無し

  動画も張らずに(ry

 

551:名無しの傭兵@残弾無し

  >>523 お ま た せ

  ttps://www.metube.com/watch?v=***********

 

556:名無しの傭兵@残弾無し

  アイ......ドル......?

 

562:名無しの傭兵@残弾無し

  アイドルの定義が乱れる

 

565:名無しの傭兵@残弾無し

  これだよフラコンに求めていたのは!

  噴煙銃弾オープン回線!

 

570:名無しの傭兵@残弾無し

  にしても、今回の敵方はいろいろと洒落にならんぞwww

 

571:名無しの傭兵@残弾無し

  敵方にもストーリーがある系が多かった気がしたけどな、今までは

  今回は異次元過ぎる

  エイリアンか化け物じみた描写になるんじゃね

 

586:名無しの傭兵@残弾無し

  これくっそええ素材やん!

  ヨーヘー達をたたき起こせ!!

 

589:名無しの傭兵@残弾無し

  >>586 3ヶ月前から更新がねぇ

  

  フライトコンバットのスレはココ《グレイプニィル!! ウ...ウワ(60)-!!》

  ttp://game.twoch.net/test/read.cgi/stggame/*********

 

592:名無しの傭兵@残弾無し

  この板にヨーヘー居らんの?

 

600:名無しの傭兵@残弾無し

  呼んだ?

 

610:名無しの傭兵@残弾無し

  >>600 ヨーヘーだぁああああああ

 

611:名無しの傭兵@残弾無し

  >>600 ヨーヘーキタァアアア

 

 

 

893:名無しの傭兵@残弾無し

  公式サイト更新入ったな

 

894:名無しの傭兵@残弾無し

  更新来た

  こっちは連邦、敵は帝国か

 

896:名無しの傭兵@残弾無し

  設定ガッツリあって草

 

897:名無しの傭兵@残弾無し

  >>571の予想は外れたようだ

 

899:名無しの傭兵@残弾無し

  敵のアイドル誰?

 

902:名無しの傭兵@残弾無し

  346プロらしい 高垣楓とかのプロダクションか

 

903:名無しの傭兵@残弾無し

  346は知ってる

  でも安曇玲奈って聞いたことも無いぞ

  だれかアイドルに自信ニキ

 

910:名無しの傭兵@残弾無し

  >>903 それなりに詳しいつもりやけど聞いたこと無い

  デビュー前?

 

913:名無しの傭兵@残弾無し

  デビュー前であの扇動は草

 

923:名無しの傭兵@残弾無し

  フラコン製作陣中の人のSNSが一斉に動き出した

  安曇玲奈に付いて触れているのが何個かあるぞ

 

930:名無しの傭兵@残弾無し

  >>923 システム部門が神の如く崇めてて茂る

 

935:名無しの傭兵@残弾無し

  >>923パイロット役の俳優、玲奈は俺の嫁とか言い出してるwww

 

951:名無しの傭兵@残弾無し

  >>923 フラコンSNSまとめて

 

960:名無しの傭兵@残弾無し

  >>951 言いだしっぺの法則

 

961:名無しの傭兵@残弾無し

  >>950 次スレ

  Flight COMBAT フライト・コンバット総合スレ Mission703

  ttp://gmae.twoch.net/test/read.cgi/stggame/*********

 

  以下埋め

 

 

 




2018年まで働く目標が出来ました()


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6.初めての世界は、原器の無い世界。

感想欄
 レーティア・アドルフ
 ターニャ・デグレチャフ
 ジャンヌ・ダルク←NEW


フラコンのCMとトレーラーが公開された。

GW開けの事だから、発売まで2ヶ月と少ししかない。

大体、実写パートが遅延したのが原因である。

765プロの収録日程が調整できなかったり、帝国のアイドルが決まらなかったりしたためだ。

それまではゲーム部分を切り貼りしたトレーラーでお茶を濁していたようだが、携帯機以下のトレーラーでは顧客は満足していなかったようだ。

おかげ様で、満を持して発表されたCMの評判は上々だ。

すなわち、私は大忙しだ。

 

「喜べ、新たに予算が付いたぞ。御歴々も君の価値に気が付いたようだ」

 

一体何度目だ増毛P。

あんまり他所から予算を引っ張ってくると嫌われるぞ。

自前の予算も確保できない間抜け共を擁護するつもりは無いが、彼らの悪しき感情は我々にとって何時か手痛いしっぺ返しとなる。

貴方も、武内Pに作詞作曲と舞台を持っていかれた時、激しく興奮していたではないか。

 

「君がトップアイドルになる事は、私が君をプロデュースした瞬間からの規定事項だ。君に投資するのと、他に投資するのではリターンがまるで異なる」

 

お褒め頂き至極光栄。

だがそこまでリターンを重視するのが吉と出るのか。

 

「出るんだな、これが。他のP連中は気が付いてないが、上層部の一部は今年度末の決算と株主総会を気にし始めている」

 

今年度末の決算と株主総会?

先を見据えて動くのは良いが、あまりにも短期的でピンポイント過ぎないか。

 

「今年度はアイドル事業部が発足して3年目。3年という数字は短いが、キリのいい数字だ。君自身も薄々気付いているかもしれないが、346プロダクションはアイドル事業部に莫大な資本投下を行っている」

 

前者は就活のときに調べた。

新設の事業部は不安定だから入りたくなかったのだ。

後者は入ってみて分かったが、新設の事業部にしては予算が潤沢だ。

建物も綺麗だし、自前のスタジオ・機材、挙句の果てにエステサロンまである。

これで黒字だとすれば驚きだ。

 

「残念ながら大赤字だ。この2年は”先行投資”という建前で株主の追及を逃れてきた。だが3年目でもそれが通じるとは、俺は思わんな」

 

だろうな、黒字な訳が無い。

大体、346プロダクションにはアイドルが多すぎる。

アイドル1人1人にはレッスン料などの固定費が掛かっている。

これを上回る稼ぎを叩き出しているのは、一体何人いるのだろうか。

高垣楓や城ヶ崎美嘉が幾ら頑張っても、星の数ほどの346プロ所属のアイドルを食わせていけるとはとても思えない。

 

「3年目終了前に、投資に対して稼ぎが足りないアイドルを()()していくことになるだろう。最悪の場合、アイドル事業部ごとおさらばだ。我々は我々だけ生き残るか、他の連中と一緒に沈むかの二者択一を迫られている」

 

なるほど、前世でも十分な数の有価証券を持ったことは無かったから、その視点は斬新だ。

世の中の株主というのは、余り長期的な視点を持たないものなのだな。

資本家は金があるから余裕があると思っていたが、そういうわけでもないということか。

 

また、このアイドル戦国時代、星の数ほどのプロダクションが生まれ、消えている。

その中で、高い視点を持って行動できる増毛Pは有能だ。

贅沢を言えば、もう少し穏便な手を使っていただきたいのだが。

 

「残念ながら、形振り構っていられる状況ではない。君をプロデュースするのに、最善だと思われる手を取らなくてどうする。金はあるんだ、我等が最も信用できるクライアントに、君の宣材とMVをお願いしようじゃないか」

 

 

 

増毛Pの346プロ内の評判は前にも増して悪い。

原因は先ほどの発言、私の宣伝材料写真やMVを外部の業者に委託していることだ。

346プロは自前でスタジオや機材を有しているため、そういったものは内々で用意可能である。

すなわち、普通のPが取った予算は回りまわって346内の別な部門に落ちることになる。

 

しかし、増毛Pはそれを外部に委託する。

私としては高クオリティの作品が出来上がるので嬉しいのだが、本来346内の別部門に落ちるはずの予算は、外部に流出している事になる。

彼らから見れば、増毛Pは自分達から仕事を奪った存在になるわけだ。

 

「346という大企業に胡坐をかいている、つまらない連中だ」

 

まぁ、彼らには悪いが、こちらもプロジェクトの生死が係っている。

より費用対効果の高い方が選ばれたと思って諦めて頂こう。

 

「音楽や映像といった創造的なものは、臆病な人事が高得点をつけるような一般人には作れん。創作への熱意は、もっと暗くてジメジメした所から生まれるもんだ。フラコン製作陣はその点、仕事に関しては信用できる」

 

随分と勝手な主観だが、耳が痛い。

確かに、学園祭の脚本はクラスの人気者より、ボッチに書いて貰った方がキレッキレで面白かった。

先生には、受けは良くなかったようだが、

今世では、私は比較的充実した生活を送っている。

創造的な業務が苦手なのは、こういうところから来ているのかもしれない。

前世では、お世辞にも充実しているとはいえなかったのだがな。

 

 

 

もはや他人とは思えないほどの関係になってしまったフラコン製作陣に何度目かのご挨拶。

MV用にフラコンの撮影で使ったセットを未だ残しておいてくれたらしい。

いや、残すように契約したというべきだろうか。

増毛Pがセットの維持管理費もセットで契約したのだ。

大道具係渾身の力作な様で、ゲーム以外にも出番があると伝えると大変喜んで頂いた。

 

増毛Pは社内の評判と打って変わって、クライアントからの受けは良い。

何しろ、内製体質の346プロであるにもかかわらず、仕事を持ってきてくれるのだ。

(出来にも寄るが)金払いが良い上に、後から仕様をひっくり返すような事をしない顧客だ。

製作陣からしたら良いお得意様である。

 

「デビューCDはフラコンとタイアップしているから、フラコンの映像・写真を作るのに最も適した業者を選定したに過ぎない。その方がこちらとしても、無名の新人を有名ブランドの力を借りて売り出すことが出来る。win-winというやつだ」

 

それにしては、金を払いすぎているような気もするが。

投資分を回収するのは私の仕事なんだぞ。

 

「君のデビューCDが売れることは、決まりきった未来だ。後はどれだけ沢山売れるかだ。幸い、君は投資すればするほど高い成果を出してくれる。1倍以上で返って来るのが分かっている賭け事なんだ、全額ベットしないでどうする」

 

期待はありがたいが、限度がある。

少なくとも、発売枚数以上の利益を出す事は出来ないのだから。

 

 

 

いつかのステージで着たような衣装に袖を通す。

アレは、私の汗と流れたメイクでダメになってしまったはずだが。

 

「アレは一度のステージ用に作った衣装です。複数回着脱できるようにも、洗えるようにも出来ていません。今回はお金も頂けたので、クリーニング・リユース可能なように作りました。長く使う事を想定すると、気合が入っちゃいますね」

 

1人では着る事が出来ないので、作ってもらった衣装さんに手伝って頂いている。

確かに、前回より格段に生地が良いし、装飾も凝っている様だ。

印刷だった模様が刺繍になったり、プラスティックのボタンが金属製になったりしている。

 

「デビューライブもこれでやるって伺ってます。あぁ、自分の作った衣装がこんな綺麗な人に、しかも複数回着ていただけるなんて……」

 

途中から自分の世界に旅立たれてしまったが、初めに重要な事を言っていた。

この衣装でライブを行う、と。

本当に?

姿見に映る自分を見つめる。

白地に赤と黒のアクセント、金色の参謀モールに真紅の勲章、トドメにマントだ、

どれもこれも凝った造りの所為で、重量が前回の倍近くになっている。

素早くターンをしようものなら、重心が狂って倒れるんじゃないだろうか。

 

「だから、今の内に慣れておきましょうね」

 

慣れる?

人が物に合わせるというのか。

普通、逆ではないのか。

人間工学をご存じない?

 

「つべこべ言わずにセットのところに行け。この衣装ならズームされてもCG処理せずに鑑賞に堪える」

 

いつの間にか更衣室にいた増毛Pに急かされて、撮影会場へと向かう。

勝手に入ってくるんじゃない、変態め。

 

セットはシリーズ恒例の敵方超兵器、帝国空軍が誇る空中空母上の特設ステージである。

ゲーム中では防弾ガラスで覆われているという設定だが、MVでは士気高揚のため、低空でステージを露出させて帝国中でライブを行うという設定になっている。

そのために、巨大な送風装置が取り付けられた。

T.○.Revolutionごっこも夢じゃない。

 

「送風装置のテスト、イキマース」

 

てっきり、ちょっと大きな会議室のエアコンが入る程度だろうと高をくくっていた。

ドン、と大砲のような音と共に、強風が吹き荒れる。

非常に重たい衣装のおかげで飛びはしなかったが、尻餅をついてしまった。

もう少し、いや、かなり風速を落として欲しい。

 

「送風係、重たい衣装が功を奏しているから少しだけ風速を落とすだけで良いだろう。落としすぎると、空中空母上というリアリティが損なわれる」

 

おい、フラコンP。

何を考えている。

立っているだけなら構わないが、私はこの強風の中、歌って踊る必要があるんだぞ。

私の演技のリアリティはどうするんだ。

 

「口パクでオーケーです。歌は既に収録されているものを用いる予定なので」

 

ただの口パクはばれるぞ。

カットするにしても、声は出しておかなければ、舌の動きが怪しくなる。

それに、踊りについては何も言及しないのか。

だったら、こちらで何とかするしかない。

 

「この風に慣れる必要があります。15分ほど、スイッチを入れっぱなしにして頂けませんか」

 

まぁいい、錘があればそう簡単に飛びはしないので、慣れれば何とかなる。

風上に向かって若干の前傾姿勢を、踊りながら取れば良いのだ。

このステージのためだけに振り付けを変えるのは非効率なので、この強風の中で立ち続ける事に慣れる方で行こう。

前傾姿勢が自然に取れればオーケーだ。

 

 

 

3分半の歌を7つのパートに分割し、それぞれで10回近い撮り直しを行った後、ようやく製作陣に納得いただける演技が出来た。

物理的な障害は、思考や効率性ですぐに何とかなるものではない。

最終的には、時間をかけて解決するしかないのだ。

 

「君にしては、随分苦戦したようだな。もっと飄々とこなすものかと思っていた」

 

人を何だと思っているんだ増毛P。

強風の中を空気抵抗が大きく重量のある衣装を着て、普通に過ごせる人間などいるものか。

登山家は高山病にならないよう、高度を徐々に上げて高地順応させていくように、極限の環境には慣れが必要なんだ。

 

「ではその衣装を着たまま宣伝材料写真の撮影と行こう。慣れるのは大事なんだろう」

 

出来れば一度、脱いで休憩したかったのだが。

強風の所為で汗はかかなかったものの、髪のセットと参謀モールが大変な事になっている。

 

「それはそれで、面白いんだがな」

 

まるで3流芸人ではないか。

私は笑うのも笑わせるのも好きだが、笑われるのだけは大嫌いだ。

それは仕事でやる事ではない。

黙ってスタイリストを呼べ。

 

プロの腕によって、絡まった参謀モールと髪の毛が解きほぐされる。

強風とダンスでずれた衣装も着付けなおして撮影に入る。

初めは好きな格好をしても良いという事なので、ノリノリでアイドルのテンプレポーズを取ってみた。

 

「イイネイイネー」

 

カメラマン、本当にそう思ってるんだろうな。

シャッター音が聞こえないのだが。

 

「撮っておいて損は無いんじゃないか。何かに使えるかもしれない」

 

聞こえているぞ増毛P。

貴方が変な位置にいるせいで、こっちはレフ板が1個余計にあるように見えるんだ。

 

「コンセプトは”独裁者の傀儡”です。自分の望みとは違う役割、自由にならない体、時間、心。そういったものがイメージできるポーズをお願いしたいです」

 

感情面では凄い具体的だが、いざ身体のポーズにしようとすると随分と抽象的な注文だ。

短い期間ではあるが、随分と密度の濃い付き合いをしてきたフラコンP。

何をして欲しいかはおおよそ分かる。

それが正しいかどうかは、カメラの液晶画面を見て判断して頂こう。

さぁカメラマン、シャッターチャンスは一瞬だ、逃すなよ。

 

先ほどMVで用いたダンスのワンシーン、サビに入る直前の大きな動き。

手も足も、髪も衣装もアイドルを演じる。

だが表情は少し固く。

そして、目は何も見つめることなく、祈る。

 

「ほぅ……」

 

「完璧だ」

 

当然。

フライト・コンバットの世界観は全て頭の中に入っている。

 

「ジャケットにも使いたいくらいです」

 

「構わない。MVもこの衣装だ、揃えた方が映えるだろう。勿論、宣材としても使わせてもらう」

 

隣のプロジェクトは私服で撮っているんだぞ。

万が一にでも並べられたらどうするんだ。

もうちょっと大人しい方がいいんじゃないか。

 

「残念だが、君のデビューはフラコンと一蓮托生だ。”安曇玲奈”ではなく”帝国のアイドルを演じる安曇玲奈”としてデビューする。ストレートにアイドルデビューさせる事が出来なくて悪いが、君の長所を最も活用した方法だと思っている」

 

まぁ、アイドルとして何かを成し遂げたいという望みも、目的とするアイドル像も持たない私だ。

フラコンの帝国のアイドルという仕様を頂ける方がありがたいのは確か。

なので、自分の今後を心配する。

こういった役以外の仕事が来ないんじゃないか、と。

 

「だからこそ、DC版付属の追加ルートだ。今、脚本家が熱心に執筆している。君の事を帝国のアイドルとしか見ていなかったプレーヤーを驚かせる事が出来るだろう。”こんな演技も出来るのか”とな」

 

まるで自分の手柄のようにいうんじゃない。

私の演技を笑いをこらえながら「似合いそうにもない演技が様になっている」といっていた癖に。

 

MVと宣材の撮影を終えて直帰する。

一仕事終えたのだ、部屋に戻ってもどうせやる気は出ない。

増毛Pは真面目なので戻るようだが、私は時間休という必殺技を使わせて頂こう。

 

 

 

***

 

 

 

とりあえず6月頭のライブに向けて用意するものは全て揃えた。

あとはP達がロジを終えるのを、準備を整えながら待つだけだ。

とりあえず、より良いライブになるよう思案するところから始めよう。

 

「安曇さん、少しよろしいでしょうか」

 

おっかなびっくりフラッグシップ・プロジェクト室の扉を開けたのは島村卯月。

シンデレラプロジェクトの華、笑顔という手段が目的になりえる少女。

噂では、城ヶ崎美嘉のバックダンサーを行った際に有名な作詞家に目を付けられ、早速デビュー曲が与えられたとか。

初舞台も近いに違いない。

 

「どうぞ、何も無い部屋だけれど。コーヒー? それとも紅茶?」

 

「えーっと、じゃぁ紅茶でお願いします」

 

4人がけの打合せ卓に案内すると共に、私もデスクからそちらに移動する。

使い捨てのコップにお湯とバッグの紅茶を放り込む。

 

気まずい沈黙が続く。

 

部屋のホストは私だが、用件があって来たのはそちらだ。

別にフォローはしない。

時折、島村卯月が何か言いたそうな表情をするが、紅茶と共に言葉を飲み込んでしまっていた。

だがそれもここまでだ。

もう言葉を飲み込むための紅茶が無い。

ホストとしてはお代わりを注ぐべきなのだろうが、それより彼女に用件を話して頂く方が優先度が高い。

 

「……あの、ちょっと色々相談がありまして」

 

ちょっとじゃあ無さそうだ。

ひとつ話し始めると、関係ない蛇足までワラワラついてきて、時間をかけた挙句何の解決もしないパターン。

年頃の女の子のお悩み相談は大抵こういったものだ。

殆どの場合は解決しなくて良い話であるのだが、勤務時間中の私に声を掛けたという事は、そうではないという事だろう。

複数の話題を忘れないうちに、整理しておきたい。

 

「話し出す前に、大まかで良いから相談事を列挙してもらえないかしら」

 

きょとん、と首をかしげる島村卯月。

相談事に注文を付けられる経験が無かったのだろうか。

安曇玲奈のお悩み相談室はその辺の連中とは一味違う。

徹底的に解決策を模索するし、何より後ほど工数を記載した請求書が武内Pに届く。

 

「えっと、私達のデビューライブとシンデレラプロジェクトのこと、あと安曇さんのことの3つです」

 

宜しい、3つか。

おおよそ、”初舞台が心配”、”後発になるプロジェクトの皆とギクシャクしないか心配”、”安曇玲奈が心配”といったところか。

……私?

 

「実は、プロデューサーさんからシンデレラプロジェクトの皆に、安曇さんとの接触を控えるようにって言われてまして……今回はお忍びで来ちゃいました。良かったですか?」

 

それは貴女の側の問題ではなかろうか。

しかし、武内Pからフラッグシップ・プロジェクトを避けてくるとは意外だな。

彼と増毛Pの仲の悪さは、増毛Pが一方的に武内Pを嫌っているだけで、武内Pから増毛Pに対する感情はそこまで悪いものではなかったと思うが。

やはり、増毛Pの残念な性格や頭皮が年頃の女の子のメンタルにダメージを与えると思われたのだろうか。

 

「私は増毛Pからシンデレラプロジェクトに対する接触禁止令を受けているわけではないから、貴女から来る分には構わないわ」

 

私からお邪魔するのは向こうにお断りされそうだが、そっちから武内Pのお願いを無視してきて頂く分には問題ない。

まぁ、私はそちらの部屋に業務があるわけではないので、行くことは殆どないだろう。

 

「なら良かったです。安曇さんのような素敵なアイドルと会えなくなっちゃうのは悲しいことですし」

 

素敵かどうかはさておき、その様な評価はくすぐったいものがある。

愚痴を聞くだけなのは苦手だが、より効率的な手法を模索しているときや問題を解決したいときは頼って頂いて構わない。

勿論、ロハというわけには行かないが。

 

「じゃあ2つ目です。美波さんとアーニャちゃんのユニットと、未央ちゃんと凛ちゃんと私のユニットのデビューが決まったのですが、他の皆さんのデビューは企画検討としか言ってくださらなくて……」

 

そういや増毛Pが言っていたな、企画が決定するまでアイドルには伝えないのが346プロジェクトの方針だと。

未定でも伝えるのとどちらが良いかは一概には言い切れないだろう。

未定でも伝えていた企画がポシャった場合、年頃の女の子には耐えられないのではないか。

一般的に、上げて落とす方がダメージが大きい。

 

「でも、このままじゃ皆バラバラになってしまいそうで……」

 

杞憂だろう、と言っても解決にはならないな。

まぁ、346プロの方針とは言え、増毛Pの様に全く守らず全部私に情報を流すようなPもいる。

武内Pも明文化された規定でもないものを馬鹿正直に守り続けるほど、間抜けではないだろう。

どちらかと言うと、シンデレラプロジェクトにはどういうスタンスがよいかを図っている最中ではないだろうか。

本田未央が最短で1ヶ月ちょっと、長いメンバーでも武内Pとは3ヶ月程度しか仕事をしていない。

 

組織にとって、最も良いものを探すのにはそれなりに時間が掛かる。

不安に思うかもしれないが、武内Pを信じて待つのが一番確実な解決策だ。

 

「分かりました、プロデューサーさんを信じて待っています」

 

その内、武内Pから何かしらアクションを起こすだろう。

さぁ3つ目だ。

 

「単純かもしれませんが、初めてのライブが不安なんです」

 

悩みの王道だな。

王道故に解決も難しい。

初めての事象に挑戦する時、どの程度準備を整えれば成功するのかの物差しが無い。

だから失敗の未来が脳にへばりつき、長く非効率的な練習を行いがちだ。

 

「一日の練習時間を決めて、それ以上練習しない事。そして練習時間中は真剣に取り組む事」

 

余り頑張らないんですか、と島村卯月。

そんな事はない、効率的に頑張るのだ。

 

「ダラダラ練習をすると疲れるわ。疲れた体じゃ碌な動きは出来ないし、そのまま練習を続けると疲れたキレのない動きが癖になってしまう」

 

練習時間を区切ると、一日の終わりに少し体力的な余裕ができる。

そこで”もう少し練習できたのでは”と思ってはダメだ。

それは桶の中の燃料が無くなったけど、桶を解体すれば薪があると言っているようなものだ。

燃料を補給するための器がなくなっては本末転倒である。

 

「でも、もし本番で失敗したら、”あの時練習しておけば”って後悔しませんか」

 

それは責任の所在を間違えている。

成功の可能性を計る物差しが無かった事と、限界を超えて練習しなかったことは全くの別物だ。

 

そして、後悔と言うのは結局のところ感情的なものだ。

失敗しても後悔しないためには、失敗を表情に出さない事だ。

だから。

 

「何があっても笑っていなさい」

 

歌詞を間違えても、ダンスでこけても、機材が壊れても、客が居なくても。

表情さえ崩れなければ、成功だ。

島村卯月(アイドル)と言うのは、そういうものだろう。

 

 

 

あれで島村卯月の不安が解消したかは分からないが、以来彼女は朗らかな笑顔で適度な練習に励んでいる。

実に素晴らしい事だ。

346カフェで砂糖タップリのカフェオレを飲みながら休憩時間を過ごす。

あと小一時間もすれば定時なので、このまま居るのも悪くない。

 

「あんまり長く居座られると、回転率が悪くなるんですが」

 

そうだろうか。

いつもウィークデーの定時間際は結構閑散としている。

店の目の前は渋谷の大通りなので道行く人は多いが、カフェで一服する時間ではない。

 

「うぅ、ぐうの音もでませんね……いいでしょう。菜々も暇だったんです」

 

よっこいしょ、と相席するウサミンこと安部菜々さん。

 

「聞きましたよ、遂に本格デビューらしいじゃないですか」

 

そういうことになるのだろうか。

前回のライブは撮影だったし、お客さんもこちらがお金を払って集めたエキストラだった。

カメラを回すか分からないが、自力で集客すると言う意味では正しくデビューライブとでも言うべきだろう。

勿論、私だけの舞台ではないが。

 

「フラコンイベントとタイアップですもんね。フラコン……菜々も見てましたよ、ゲーム会社の幹部(良い年したおっさん)のブンドドCM」

 

嘘でしょ……

フラコンPに過去の資料と言う事で見せてもらったことがあるだけで、今世の私はリアルタイムで見たことが無いのだが。

 

「し、CMの話は置いておいて、どんな感じのデビューイベントなんですか?」

 

こういう場合、どこまで話してよいのだろうか。

イベント自体はフラコン新作の宣伝イベントだ。

フラコンPと広報担当が司会進行を勤め、今作のフラコンの魅力を説明。

ついでに、新たに編集したトレーラーの発表と、連邦・帝国それぞれのテーマソングがCDとしてリリースされる。

帝国側テーマソングは”Ace, High.”なので私が歌うのだが、連邦側のテーマソングは765プロが担当している。

765プロの全員は不可能なので、誰か1人だけでも来てもらえるように交渉中なのだが、どうなる事やら。

 

まぁ、端的に言うと765プロとフラコンのブランドに乗っかって、ついでに私のCDも売れたらいいな、と言うイベントだ。

 

「フラコンに765……凄い勢いでアイドルの階段を駆け上がって行きますね……菜々には眩しいです」

 

そんなことはない。

ウサミン、貴女もいつかきっと通る道だ。

それが少しだけ早いか、遅いかの違いでしかない。

 

「そういえば、卯月ちゃん達も近々デビューするらしいですね」

 

そうらしい。

さまざまな要素を勘案すると、彼女らのライブと日程がブッキングしている可能性が高い。

新しい情報も含めると、彼女らのデビューライブは池袋。

対して私は山手線の反対側、秋葉原だ。

 

 

 

***

 

 

 

秋葉原の大通り沿い、ビルの1階部分のイベントスペース。

そこに設置された仮設ステージ上の大型プロジェクターに新編集のトレーラーが流されている。

システム面でのコンセプトは、”Big Wing”。

最新ハードウェアの性能を最大限に利用した、双方合わせて100機以上の航空機が入り乱れて空を飛ぶ。

途切れないミサイルの噴煙はもはや芸術的だ。

 

「さぁ時間となりました、7月発売予定の新作フライト・コンバット”Idol in the Sky”。今見て頂いたのは今日公開の60秒版トレーラー。CM版よりもより魅力が伝わったかと思います」

 

進行を務めるのは広報担当。

こういったことには慣れているのか、良く通る声で観客をひきつけている。

まったく、羨ましいものだ。

 

「でも今日のイベントはトレーラーの公開だけではありません。何を隠そう、今作のフラコンを語る上で欠かせないアイドル達が歌うフラコン主題歌の発売日でもあります!」

 

わぁっ、と観衆が沸く。

仮設ステージの端に用意された席に視線が集う。

 

「今回の敵である帝国の主題歌を担当してくださったのは、346プロダクション フラッグシップ・プロジェクト所属の安曇玲奈さん。なんとデビューは今日、いやはや撮影から見てきた身としては全く信じられません」

 

ご紹介いただいたので、席から立って一礼。

しかし、私の隣に座っている人間を考えれば、私ごとき凡人の想像の範疇なのではないだろうか。

一体、フラコンPはどのようなロジ調整をしたのか、小一時間問い詰めたいほどだ。

 

目を向けなくても伝わってくる圧倒的な存在感。

早鐘のような鼓動。

止まらない冷や汗。

 

「そして主人公が所属する連邦の主題歌を担当してくださったのは、765プロダクションオールスターズ。本日は代表して天海春香さんにお越し頂きました!」

 

 

 

伝説が、隣に居る。

 

 

 

 




みくにゃんのストライキはCPの皆さんが私服なのを勘案するに、あれは土日祝のいずれか。
当然、玲奈ちゃんはお休みなのでイベントに参加できないのだ。



アニデレの映像の途中に青背景で文字が入るカット、エスコン6のトレーラーとそっくりでアレ



リーマロリィーズビィッグウィイング!??? トバナキャイインダ!!


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7.文字か言葉か、あるいは心か。

天海春香という無垢な善性が、薄汚れた玲奈ちゃんに襲い掛かる!


 

 

フラコンの販促イベントは例によって765プロダクションとの調整に難航していた。

765プロから1人の参加の確約も得られない状態であったため、宣伝HPの参加者は直前まで「未定」の2文字が踊っていた。

 

フラコンのロケでは秒単位のスケジュールで動いていた彼女達だ。

十中八九来ないだろう。

そういう甘い考えがあったことは否めない。

蓋を開けてみたら、765プロから1名参加することになっていた。

 

 

参加者は、天海春香。

 

 

765プロ、いや現役アイドルを代表するトップアイドルだ。

今の私が、同じ舞台に立って良いような人ではない。

 

だが、これはフラコンの販促イベント。

オーディションでも、歌番組でもない。

天海春香と真っ向からぶつかる事が目的ではなく、フラコンの新作がより売れるよう、観衆に興味を持ってもらうことが目的だ。

 

周囲の人々を観察する。

観客の内、大きな割合を占めているのはやはり、生粋のフラコンファン。

直前までゲスト欄は未定だったのだ。

せめて、765プロから来る可能性くらい記載しておけば、アイドル好きもかなりの割合で交じっていただろう。

とはいえ、私はともかく隣の天海春香は誰もが知っているトップアイドル、道行く人が立ち止まるため、観衆内フラコンファンの割合は時間と共に減少する筈だ。

販促としては、初めはフラコンファンならではの濃いネタでトークを進め、徐々にアイドルファンにも通じるようなライトなネタに移行していくのが良いだろう。

 

 

 

「緊張、しているんですか? 今日が初デビューだと聞きました」

 

考え事をしていて、黙っているのを緊張と捉えられたのだろうか。

緊張しているのは確かだが、初デビューで大勢の観客の所為ではなく、貴女によるところが大きい気がするが。

 

「困ったら私を頼ってくださいね。私の方が、アイドルとしてちょっとだけ先輩なんですから」

 

包まれる手、衣装越しに伝わる柔らかな感触。

人の幸せを映す、金剛石の笑顔。

 

これが、トップアイドル。

 

心が天海春香に持っていかれる。

走っていた思考が一つ一つ欠け落ちて、彼女の海に沈んでいく。

彼女を見ていれば幸せになれる。

彼女を応援していれば全てが上手く行く。

 

そんな理想郷に連れ出されそうになった。

あぁ、これが白亜の城、”普通の女の子”が至る輝きの頂点。

その外周の城壁で踏みとどまる。

 

「ありがとうございます。頼りにいたします、先輩」

 

残念だが、私はそれと縁の無い世界の住人。

そんな夢と魔法の国(ユートピア)は、夢見る女の子だけに旅券(パスポート)を発行しておいてくれ。

 

 

 

「今回のお仕事を頂いたとき、6みたいに飛行機に写真を貼って頂けるのかなって思ってました。そしたら、まさかのムービー出演でビックリしました」

 

こっちは骨皮筋衛門状態の脚本にビックリしたよ。

ストーリー面は765プロが参加する事以外、ガリガリの状態だったんだからな。

まぁ、こんな事を暴露しても売り上げには繋がらないだろう。

むしろ、完成度の低い作品と思われかねない。

 

「いやぁ、765プロオールスターズの参加が確約いただけた時点で企画だけが突っ走りましたからね~ システムは何とかなったんですが、ストーリーがどうにも。天下の765プロに中身スッカスカの脚本を郵送するハメになるとは思いませんでしたよ」

 

おい広報。

貴方は消費者心理と言うものをご存知か。

買い手を不安にさせてどうする。

 

「その脚本も、安曇玲奈さんのおかげで随分肉付きがよくなりました、助かりましたよ」

 

そこで私に振るのか。

コアな話は前半に済ませるのは間違っていないが、やりすぎると天海春香が置いてけぼりになる。

流石に彼女を放置して話を進めるのは不味い。

しかし、私の気遣いは彼女の好奇心溢れる声に砕かれた。

 

「安曇さんって、脚本も書かれるんですか!?」

 

演技か、それとも先輩としての配慮か。

そう勘繰った私の視線は彼女の瞳に吸い込まれ、その認識を改める事になった。

 

天海春香は本心からそう言っている。

 

透き通った声、輝く瞳。

裏表の無いその声は、天海春香は何も演ずることなくここにいることを示していた。

彼女はその存在そのものがアイドル、偽る必要は無いと言う事か。

 

これでは下種な勘繰りを働かせた私が酷く醜く、矮小な存在のようではないか。

道理で帝国のアイドル役の仕事が私のところまで回りまわって来た訳だ。

誰かが彼女の横に並び立った時、彼女は人の幸せだけではなく醜さまで見せてしまう鏡となる。

年頃の女の子ではそのときの卑屈さに耐えられないだろう。

 

しかし、私は鍍金のアイドル。

そういった感情は鉛と重コンクリートの格納容器にしまって久しい。

346プロのハイエンドになることを約束され、約束した身だ。

トップアイドルを相手に気圧されることなく会話が出来る事を証明させて頂こう。

 

「いえ、あくまでもフラコンPと脚本家の御二方に私の考えを述べさせて頂いただけです。そこでストーリーや世界設定に関する話が非常に盛り上がって、その勢いで脚本家の方が加筆修正されたんです」

 

残念ながら脚本を書くという、ゼロから創造する作業は苦手としている。

人類という作家が日々執筆している歴史(ファンタジー)のパロディやそこから得られる不謹慎で小粋なジョークが好きなだけだ。

 

「それでも凄い事です! 私もお仕事でプロの方の取材をすることがあるんですが、ちゃんと勉強しないとプロの方の専門的なお話に興味を持つこともできないんです。プロの方と対等にお話しできる安曇さんは本当に良く勉強されたんですね」

 

天海春香。

貴女は本心からそれが言えるのか。

私は大学に進学し、一応とはいえ専門性を身に着けるため努力した身だ。

プロフェッショナルへの敬意は当然持ち合わせている。

だが貴女は高校生でデビューした後、今までトップアイドルとして走ってきた。

いつ、プロフェッショナルへの敬意を持つに至ったのだろうか。

それとも、生来持ち合わせていた輝きのひとつなのだろうか。

ステージ袖にいる脚本家が照れてソワソワしている。

 

「勿論、帝国のアイドルを演ずるに当たって色々と勉強させて頂きました。でも、そういうことを恥ずかしがることなく堂々と言える様にはなりませんでした。やっぱり、天海さんは生来のトップアイドルなんですね」

 

こちらでも、隣の芝は青い。

 

 

 

フラコンの世界設定やシステム面などコアな話を一通り終えた後は、私の”Ace, High.”のお披露目である。

観衆の中には数人ほど撮影のエキストラとして聞いたことがある人間がいるかもしれないが、誤差の範疇だ。

皆さん初見だと考えてよいだろう。

 

「安曇さん、アレやってください! シーンとさせてから爆発させるやつ!」

 

観客の熱気を冷ましてから帝国の狂気を作り上げる演技の事だろうか。

あの時は連邦側主題歌を先にやったから、その手段をとらざるを得なくなった面が強い。

今日は私が先発だ。

別にそんな小細工をしなくても良いのではないだろうか。

 

(ほら、進行のカンペにも)

 

耳打ちする天海春香。

彼女の目線の先にはスタッフからの演説要求。

演説前の熱気についてはサクラを交ぜてあるから心配するなと。

 

「深夜版CMで少しお聞きになった方も多いかもしれません。安曇玲奈さんで帝国側主題歌”Ace, High.”皆さん盛り上がって行きましょう!」

 

わざわざアップテンポの曲の様に紹介する広報担当、サクラに釣られた歓声。

CMで流れたのはほんの少しなので、ミスリードするような紹介はいかがなものか。

聞き様によっては、テンションが上がるかもしれないが。

幸いな事に、ここは秋葉原。

こういうものも許容してくれる懐の広い土地だ。

 

ステージ上が片付けられ、私とマイクスタンドだけになる。

初めての曲を、今か今かと待つ観衆。

申し訳ないが、その期待を少しだけ裏切らせて頂く。

 

 

 

***

 

 

 

今回は撮影ではないため数千人の観衆を揃えたわけではないが、それでも大歓声を得る事が出来た。

例によって、帝国の狂気が混じった大歓声だ。

歩行者天国を行く人が、何事かとこちらに目線を向ける。

そのまま合流してくれる方もいらっしゃって何よりだ。

今日の仕事の7割5分はやりきった感じがある。

 

しかし、今日のイベントはこれで締めではない。

”Ace, High.”はどちらかと言えば中座であり、トリは天海春香の連邦側主題歌だ。

このまま狂気の歓声を続けるわけには行かない。

 

ゆっくりと右手を天に伸ばす。

腕の高さに応じて歓声が徐々に大きくなってゆく。

撮影では必要であったこの感情も、販促イベントの中座には不要であるから、ここで出し切って頂きたい。

頃合を見計らって頂で拳を作り、素早く締める。

先ほどまでの歓声が幻となり、水を打ったような静けさが蘇る。

 

私が脇に避け、ステージ上が再度トーク形式に作り直された。

 

 

 

「やっぱり、2度聞いても色褪せないインパクトですね。私もこんな役やってみたいなぁって、憧れちゃいます」

 

どうだろうか。

私みたいに苦労して小細工を仕込まなくても、純粋にアイドルとして人々を魅了できる貴女の方が余程憧れるのだが。

お互い、無いものねだりと言う事だ。

天海春香のようなトップアイドルでも、そういう感情を持っていると分かっただけでも儲けものだろう。

少し、親近感を感じる。

 

 

「私は何をやっても”天海春香”なんです。お話の登場人物を違和感無く演じれる安曇さんは、何か演技に秘訣とかあるんですか?」

 

秘訣、と言う表現は正しいのだろうか。

アイドルは女優じゃない、個性を売る存在だ。

天海春香は普通の女の子の究極。

そのキャラクターは”普通の女の子”ではなく、”天海春香”という代名詞で世間に認識されているのだ。

それは、どのような役を与えられようとも変わる事はない。

 

「むしろ、アイドルとしては天海さんのほうが王道だと思います。アイドルは女優じゃありませんから、誰かに定められたキャラクターを演じるのではなく、自分の個性を押し出して行くものです」

 

だから、「何をやっても”天海春香”」とはアイドルとして頂点を極めた存在にだけ許された称号なのだろう。

 

「新人さんからストレートに肯定されると、なんだかくすぐったいですね。じゃあ、安曇さんはどんな個性でアイドルとしてデビューされるおつもりなんですか?」

 

当然の質問。

だがここは公開会場、先程の問答と矛盾無く答えなければならない。

実際、私のアイドルに対する考え方と女優は紙一重。

一般的なアイドルのように個性を押し出さず、脚本や台本を創作者の意図を汲み取って演ずるのが私だ。

 

「私は働く皆さんの味方・希望・見本でありたいと思い、アイドルと言うお仕事についております」

 

私はあるのか無いのか良く分からない個性ではなく、自身の考え方や価値観に基づいてアイドルをやっている。

だから、求められた仕様と期間に従って、仕事を進めていく。

なぜなら、私にとってアイドルとは労働者なのだ。

 

 

 

演技と言えば、天海春香に聞いておきたいことがある。

 

「765プロの方々って、映像切り抜き用の原色の垂れ幕の中で1人ずつ撮影した後、編集で合成して複数人のシーンにしている箇所があるんですが、アレ、どうやったんですか?」

 

秒単位で動く765プロのアイドル達が一向に揃わず、フラコン製作陣が取った非常手段。

スケジュールの確保が出来たアイドルから順に撮影し、合成する事とした。

どう考えても違和感のある映像しか出来上がらないはずだが、蓋を開けてみたらまるで一緒に撮ったかのような演技。

こちらとしては、タネの分からない手品を見せられた気分だ。

 

「えぇと、どうやったかと尋ねられると、難しいですね……」

 

えへへ、と可愛い笑顔で観客の気を引きながら思案の時間を作っているのだろうか。

言葉に出来ないような卓越した技術をお持ちであるのならば、是非言語化の努力を惜しまないで頂きたい。

それは、後世に伝えるべき技術だ。

 

「私1人で、他のプロダクションの方に言うのは恥ずかしいんですけれど」

 

765プロダクションの秘伝であるならば、内緒と言う答えも想定していたが、教えていただけるならば幸いだ。

プレイヤーの皆さんも、あのシーンの撮影方法には度肝を抜くだろうし、ここでひとつ、765プロダクションの株を上げておくのも悪くない。

前半でお世話になった恩返しだ、そう、軽い気持ちだった。

 

次に天海春香が口を開いた瞬間、私は息を呑んだ。

 

 

 

「皆で1つなんです、765プロダクションも、私”天海春香”も。昔は皆でお仕事する機会や一緒にいる機会がたくさんあったから、そんな事意識もしなかったんですけれど、皆少しずつ売れて行って、バラバラでお仕事することが多くなって来ると、急にそう意識し始めたんです。

 

始めは数少ない機会を大切にしようと思っていました。でも最近は皆とても忙しくて、その数少ない機会さえ中々無いんです。皆、トップアイドルですから、こんな事言うのは贅沢なのかもしれませんけど……。

 

今回、765プロオールスターズのお仕事が頂けたとき、本当に嬉しかったんです。また皆と一緒に仕事が出来るって。でも、ちゃんと皆揃ったのはライブシーンだけで、それ以外は少なくても誰か1人は欠けてしまっていて。

 

けれど、それは悲しいことじゃありません。このお仕事の中で一度でも皆が揃うんです。765プロのため、たくさんの方々にスケジュール調整に動いていただきました。じゃあ、私達も765プロとして最高のモノを届けよう、そう皆で相談しました。

 

場所が違っても、時間が違っても、同じ画面に映るなら私達はひとつなんです。

だって、私達は”765プロダクション”だから」

 

 

 

声も、表情も、身振りも。

全てが別次元の存在であった。

特段の練習や、理論に基づいたものではなく、彼女の思うまま表現しているのだろう。

そこに一切の違和感が無い。

 

あぁ、貴女は間違いなくトップアイドルだ。

見てみなさい、観客も、スタッフも、ステージ上の広報担当も貴女に飲み込まれている。

貴女は皆の幸せを映す、夢の鏡。

ただ1人、貴女の隣に立つ私だけは、ありのままの私が見える。

 

 

 

全員呆けていてはイベントの進行に支障をきたす。

誰でも良いから無事な人間は居ないかと探したところ、輝く頭がステージ袖で大きな欠伸をしていた。

良い度胸をしているな、増毛P。

アイコンタクトでイベント進行させるようお願いする。

私のアイコンタクトに気が付いた増毛Pが、ステージ端に居た広報担当を進行表でひっぱたくと、広報担当が再起動した。

 

「あー、失礼しました。ええ、ゲーム内ムービーで765プロが出てくるシーンはほとんどが1人あるいは複数人ずつ撮影して合成したものです。そのクオリティは是非購入して皆さんの目でお確かめください」

 

ディレクターズ・カット版には1人ずつ撮影しているシーンを入れるのもいいかもしれない。

無駄なフィルムが無いから、こういうところで765プロの尺稼ぎをするしかないだろう。

 

「ではそろそろイベント時間も少なくなってまいりましたので、大トリと行きましょう。765プロダクションオールスターズで連邦側主題歌”Idol in the Sky”どうぞ」

 

広報担当の紹介に、今日は私1人ですよ、と訂正しようとする天海春香。

 

「いいじゃありませんか、あの時1度同じ歌を歌った春香さん達は、何人で歌っても”1つ”なんでしょう?」

 

 

 

***

 

 

 

「どうだった、トップアイドルとのトークショウは。君にこれ以上勉強する必要があるとは思えないが、勉強になったか?」

 

残念だが、人間死ぬまで勉強だ。

勉強になったか、と問われると否と答えるべきだろう。

ニュージェネレーションズがバックダンサーをしたライブもそうだったが、自分と全く異なる存在は参考にすることすら出来ない。

嫉妬のような暗く、非生産的な感情が湧き出るばかりだ。

まだ、その辺の大学に潜入して基礎教養の講義でも聴いたほうが余程勉強になる。

 

「増毛Pには、信頼できる人は居ますか? 相手が考えている事が分かる、以心伝心できるような存在が」

 

私には居るだろうか。

大学で得た友人は、価値観こそ合うものの、以心伝心できるような存在ではない。

まぁ、私自身が言葉、それも文書にしないと伝わらないと考えているフシもあるが。

 

「なんだ、天海春香に嫉妬しているのか?」

 

中々可愛いところもあるじゃないか、と増毛P。

勝手に変な印象付けを行うのは止めて頂きたい。

 

「安心しろ。テレパシーで会話できるような人類は居らん。居るとすればそいつはエイリアンだ」

 

有名な映画に出てくる、人差し指をあわせる仕草をする増毛P。

1人だけじゃ寂しそうなので、私もそれに乗って人差し指をくっつける。

季節はずれの静電気が2人の間に走り、思わず指を引っ込めた。

 

「……企画時代に、何個か仕事をお願いしたことがあるが、765プロも昔からあぁだった訳ではない。彼女らもぶつかり合いながら、お互いを理解していったのだろう。トップアイドルが数年がかりで至ったことを、デビューしたての新人が悩む事じゃない」

 

それはご指摘の通りだ。

だが、フラッグシップ・プロジェクトもフロント・フラッガーもボッチプロ、ボッチユニットだ。

悩みようが無い。

 

しかし、ソロ活動が嫌なわけではない。

むしろマネジメントも格段に楽だし、他者に気を使わなくて済む。

特に、アイドル業界といった主張の強い女性が多く居る世界は、魑魅魍魎が跋扈していることだろう。

そんなところで複数人プロジェクト・ユニットに所属すれば、胃袋が溶けてなくなってしまう。

 

女性に必要以上に気を使うのは、前世だけで十分だ。

事務作業を頻繁にお願いする娘には、有名店のお菓子などを包んだこともあった。

マンネリ化しないよう、流行の最先端を我が子に教えてもらうよう頼み込んだ事もある。

また、女の子同士の派閥争いに巻き込まれないよう、プレゼントの質と頻度には細心の注意を払っていた。

全く、非生産的な事に心をすり減らしていたものだと思う。

 

「女の子に、夢を見ている訳ではありませんから」

 

現実は嫌と言うほど知っている。

だからこそ、天海春香の言う765プロの存在がどうしても受け入れられない。

 

「偶にあるぞ、ほんとに仲の良いアイドルグループ。ファンが夢見るアイドル像そのままっていうのがな」

 

まるで神話みたいだが、と付け加える増毛P。

彼女らにとってアイドルは天職だったのだろうか。

輝きを作るのではなく、輝いている部分だけを見せるのでもなく、純粋に輝く存在。

 

「765プロとかはまさにそうだな。彼女ら自身の素質もあっただろうが、プロデューサー等の存在も大きいだろう」

 

プロデューサーか、増毛Pをちらりと見る。

いや、増毛Pでは無理だ。

年頃の多感な女の子を理解できない、残念な存在だった。

 

だが、武内Pなら、シンデレラプロジェクトならどうだろうか。

言葉足らずだが、アイドルと真摯に向き合おうとする彼ならば、灰被りの少女達を白亜の城の舞踏会へ連れ出すことだって出来るかもしれない。

あの無垢な輝き溢れる少女達ならば、ガラスの靴で大理石の階段を駆け上がれるかもしれない。

 

 

 

翌日、代休を取らずに出勤した。

別に労働意欲に溢れている訳ではない、次の週末にくっ付けて長い連休を楽しもうと考えているのだ。

また、一仕事終えたばかりで、増毛Pが次の仕事を持ってくるまで比較的時間的余裕がある。

定時まで小一時間ばかり、仕事で346プロに顔を出していない間の情報収集でもするとしよう。

 

「で、ココなんですか」

 

そうだともウサミン殿。

最近、島村卯月以外のシンデレラプロジェクトの皆さんがよそよそしくて、私に情報を寄越してくれないのだ。

数少ない情報提供者であるウサミンこと安部菜々さんのご助力に頼るしかない。

 

「仕方ないですね……といっても、週末は安曇さんとニュージェネレーションズ・ラブライカのデビューがあっただけですよ」

 

それは私でも知っている。

シンデレラプロジェクトのデビューの方の様子が知りたいのだ。

 

「様子と言われても、菜々も現地に行った訳ではありませんし……。スタッフさん達は、新人のデビューにしては凄い盛り上がったと仰ってましたね」

 

流石、無垢なアイドル達だ。

武内Pは彼女らをファンが夢見るアイドルそのものに育て上げるだろう。

 

「あ、そういえば今日、ニュージェネレーションズの本田未央ちゃんが無断欠席しているとか」

 

……その道は決して平坦ではないかもしれないが。

 

 

 




はるかっか難産。
いや、安産型だと思うけど()

次話からアニメ準拠のストーリー?に戻ります。
感想で皆様からの期待を一身に受けるちゃんみお。
乞うご期待(ぇ


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8.規則は明文化されているからこそ、破る事が出来る。

多分、コミケ前最後の更新です。


ライブ翌日、未央の事が気になって、授業が終わるなり学校を飛び出して346プロに来た。

 

隣の部屋の雰囲気は、嫌でも伝わってくる。

稀に交わされるジョークとその笑い声。

昨日の出来事がフラッグシップ・プロジェクトの明るい未来を保障しているような、そんな雰囲気。

 

対して、こちらの部屋はどうだろう。

殆どのメンバーがレッスン等で出払っているとはいえ、電気も点いていない。

私がこの部屋に入ったときからそうだったし、私自身、電気を点けようという気にもならない。

しばらく経って卯月が来たが、それでも電気は点かなかった。

 

私と卯月の2人は何を話すわけでもなく、部屋のソファーに腰掛けもう一人を待つ。

本田未央、ニュージェネレーションズのヒトカケラ。

昨日のデビューライブ終了後、「アイドル辞める」と言い放ち去った彼女。

 

「未央ちゃん、来ますよね……?」

 

底抜けに人が良い卯月は、未央が来る事を信じている。

勿論、私も来て欲しいと願っている。

けれど、私が未央の立場になったとき、あんなに強い言葉をプロデューサーとユニットメンバーに放ってしまった翌日、何事も無かったかのように皆に会えるだろうか。

 

衝動的にやってしまったとはいえ、過去の自分の行動と今の自分の想いが相反する状況は、自分だけでは整理がつかない。

だからこそ、私達が未央を助けないといけない。

私達が未央に会わないといけない。

 

部屋の扉が開き、ガタイの良い大男が入ってくる。

武内プロデューサー、彼の表情にも私達と同じく明るさが無かった。

未央が来ていないのに、こちらに目を向けることはない。

私達が未央に会いたいといっても、こちらに任せるようにとの一言だけ。

 

「任せられない、任せられないよっ……!」

 

そんな勇気の無い目に。

そんな自信の無い背中に。

そんな輝きの無い表情に。

 

「何か言ってよ、何を考えてるか教えてよ、プロデューサー」

 

私の搾り出した声は誰にも届かない。

執務室に居たはずのプロデューサーは、私達がレッスンをしている間に黙って未央の家に向かっていた。

 

 

 

「凛ちゃん、ちょっと悪い事しませんか?」

 

レッスン後、卯月が意外な提案をしてきた。

純粋無垢で校則すら遵守していそうな卯月からこんな言葉が出てくるとは思わず、変な声で返事をしてしまった。

 

「不安を抱え込むと良い事がありません。解消にはちょっぴりの反抗と相談が大事です」

 

全く後ろめたさが感じられ無いので、今までも何度かやっていたのだろうか。

確かに、卯月は今までに何度か不安そうな表情を見せた事がある。

でも、それは一時だけで、次の日にはケロッと治っている事が多かった。

その卯月の秘密を覗いてみたくもあり、その提案に乗る事にした。

 

卯月に案内された先は1階の346カフェ。

346プロの定時も近く、閑散としつつあるそこには、2人の女性が待っていた。

 

「あっ、卯月ちゃーん! ちゃんと捕まえておきましたよ!」

 

1人は菜々さん。

アイドルと346カフェのアルバイトの二足の草鞋を履く人。

卯月と同じ17歳とは思えないほど言葉に含蓄があり、相談役として納得できる。

 

「今日は席の回転率について言わないと思ったら、こういうことですか菜々さん」

 

もう1人は安曇玲奈。

シンデレラプロジェクトと並行してスタートした”フラッグシップ・プロジェクト”唯一のアイドル。

アイドルに対して極端にビジネスライクな考えを持つと言う事で、プロデューサーから接触を控えるよう言われた人。

そんな玲奈に卯月は躊躇い無く向かおうとする。

 

「ちょ、ちょっと卯月!」

 

「凛ちゃんもこっちこっち、一緒に座りましょう」

 

卯月は足踏みをしていた私の手を掴むと、カフェの方に引っ張っていった。

 

 

 

「それで、今日の相談は何かしら」

 

私達が席に着くと、玲奈が口を開いた。

まるでこういうことには慣れっこだと言わんばかりの問いかけだった。

これが卯月の秘密なのだろうか。

 

「今日は貴女だけではなくて、渋谷さんまで来るなんて、何かあったのかしら」

 

「そうなんです、実は……」

 

卯月が昨日あった出来事と、今日未央が休んでいる旨を伝える。

反応を見るに、未央がライブ翌日に無断欠席したことは知っていたようだけれど、ライブの場で何が起こったかまでは知らなかったようだ。

玲奈が知らなかった事を卯月が伝える度、表情が険しくなってゆく。

 

「……私達は、どうすればよいんでしょう」

 

玲奈が額に手を当て天を仰ぐ。

ギィ、と椅子が嫌な音を立てたため、慌てて背を起こしていた。

 

「菜々さん、そろそろ私お金とっていいよね」

 

まさか、卯月の相談を受けるたびにお金を取っていたのだろうか。

卯月が少ないアイドルのギャラの内から玲奈に差し出す様を想像する。

あまり洒落にならない絵だった。

カツアゲが様になるアイドルと言うのも、どうかと思うけれど。

 

「だ、だめです! 私はプロデューサーにお忍びできてるんです。なのにプロデューサーに請求書を渡してしまったらバレちゃうじゃないですか」

 

「またタダ働きですね、玲奈ちゃん」

 

「ボランティアは金持ちの娯楽。私はそうじゃない、武内Pの接触自制令が解けたら一括で送りつけるわ」

 

A4のクリアフォルダに入っている複数枚の書類を示す玲奈。

きっちり請求書を作っているのは、プロデューサーの言うとおり、アイドルらしくないビジネスライクな一面だろう。

けれど、卯月のお願いに押されて一時的とは言えそれを曲げてしまっているのは、なんだか滑稽だった。

私がクスリと笑ったのを見た玲奈が、それを問う。

 

「思っていた人柄とちょっと違うな、って」

 

「そうですよ、凛ちゃん。安曇さんはとっても良い人なんです」

 

卯月がダメ押しとばかりに私の言葉を肯定する。

当の本人は心外だと表情が訴えていた。

 

「色々演技しているアイドルとしての仕事中ならともかく、普段はこんな感じよ。貴女達がどう思っているかは分からないけれど」

 

シンデレラプロジェクトのメンバーならともかく、別プロジェクトのアイドルの普段なんて、中々分からない。

まだ346プロに所属して3ヶ月も経っていないので、玲奈だけではなく、他の先輩アイドルの普段も知らない。

プロデューサーの取り計らいで、仕事モードの玲奈を見たことはあったけれど、こうしてカフェで寛いでいる姿は初めて見る。

 

「さて、本題に入りましょう。今の本田未央の状況に対して、貴女達がどうすれば良いか」

 

卯月のことだから、長電話のように状況を話して終わりかと思っていた。

溜め込まずに話すだけでも、いく分か心が軽くなる。

けれど、卯月が求めたのは問題に対する明確な解決手段。

私達がとるべき具体的なアプローチ。

 

 

 

「目標は原状回復、本田未央の復帰。状況の原因は昨日のライブで本田未央の想像よりも観客が少なかった事。初ライブにて過剰な観客数を想像するに至ったのは、Happy Princessのバックダンサーを務めた際、そのライブの観客数がアイドルの基準値だと思い込んだため。その観客数を見込んで同級生に声掛けしたが、閑散とした初ライブで恥をかいたと思っている」

 

一つ一つ、言い上げる度に玲奈は指を立てる。

その筋道だった説明には妙に説得力があったが、少し意図的な部分も感じる。

卯月は玲奈の言葉を丸呑みしているようだけれど、彼女自身が私達に与えた影響を全く考慮していない。

 

「フラコンの舞台も相当効いてると、菜々は思うんですけれど……」

 

私が指摘する前に、菜々さんが口を開いた。

玲奈はそれも想定の範囲内だったようで、詰まることなく口を開く。

 

「勿論、可能性としては捨てきれないわ。765プロオールスターズと私の撮影はエキストラとはいえ、それなりの動員数があったし、ニュージェネレーションズの初ライブと同日のフラコンイベントは天海春香の参加もあって、観衆の数は多かった」

 

けれど、と玲奈は自分の影響を否定する。

 

「本田未央と同様に私の撮影を見学したラブライカや貴女達には全く影響がないわ。ラブライカとニュージェネレーションズの違いはHappy Princessのバックダンサーを務めたか否か、本田未央と貴女達の違いは同級生に大々的に声を掛けたか否か、それだけじゃないかしら」

 

まるで、生物実験の説明のように淡々と否定した。

私達やラブライカを本田未央の対照実験であるかのような物言い。

 

「そんな。皆それぞれ違う人間でしょ? 物事の受け取り方だって違うかもしれないのに、何で……」

 

そう割り切ってしまえるのか。

私達は実験動物じゃなく、人間だ。

 

「本田未央の人間性を議論するのは、この場の目的ではないし、それを確かめるためには彼女に会って話をしないといけないけれど、それが出来ない以上、本田未央を一般化して議論をすべきじゃないかしら」

 

私が再度反論しようと口を開きかけたとき、何か柔らかいものに口を塞がれた。

 

「まぁまぁ、凛ちゃんも熱くならずに、とりあえず安曇さんのお話を聞きましょう。それからどうするかは、凛ちゃん達が決めればいいんです」

 

ねっ、と私の口を人差し指で押さえながら話す菜々さん。

彼女と触れている私の唇から熱気が抜けていくようで、少し落ち着くことが出来た。

玲奈には玲奈の考えがあり、卯月はその考えを尊重しているけれど、私がその考えに従うか否かは、私自身が決める事ができる。

まずは、卯月の信ずる玲奈の考えを聞いてみよう。

 

私の前から菜々さんが避けると、対面に座っている玲奈が視界に映った。

私の感情が落ち着いていることを確認すると、玲奈は頷き、話を続ける。

 

「本田未央は、初ライブで恥をかいたこと及びその意識によって上手くライブが出来なかったことを負担に思っていると仮定したい。であれば、解決方法は”ライブは成功だった、上手く行った”と本田未央に思わせること」

 

 

 

私は未央が感情的に放った言葉により未央自身が縛られているのかと考えていたが、玲奈はそうではなく、未央を感情的にした事象にこそ未央が縛られていると言う。

言葉は文字と違って一時限りのもの。

それがどのような意味を持つとはいえ、新しい言葉で塗りなおす事も出来れば、時間と共に風化させることだって出来る。

結局のところ、未央の心の整理さえ付けば、未央から言葉については謝ってくるだろうとのことだ。

 

「CDの販売枚数や観客動員数といった定量的な指標より、ファンレターやネットの声など本田未央の感情に訴える材料を持っていくといいと思うわ」

 

玲奈は卯月の願いどおり、解決手段を示した。

それを選択するかは、私達の自由。

卯月は玲奈が提示した手段に賛成するだろうけれど、私がうんと言わない限り実行しないだろう。

玲奈の手段には思うところがなくはないが、それ以上のアイデアは今のところ私にはない。

 

「卯月、私も玲奈の考えに賛成するよ。……卯月?」

 

いつもなら直ぐに返事をくれる卯月が明後日の方向を向いたまま固まっている。

卯月の目線を追うと、建物の入口に大男が居た。

 

「プロデューサー……さん……」

 

卯月の言う”悪い事”が露見した瞬間だった。

 

 

 

ずんずんと、プロデューサーがこちらに歩いてくる。

あわあわと慌てる卯月、隙を見て逃げ出そうとしている菜々さん。

そして、プロデューサーを横目に見たままピクリとも動かない玲奈。

 

「……皆さん、こんな時間にどうかされましたか」

 

皆さん、と言いつつ玲奈だけを真っ直ぐに見据えて問いかけるプロデューサー。

玲奈は定時になるといつの間にか居なくなる事で有名だ。

平日の放課後や土日にしか346プロに顔を出さない学生アイドルは彼女を見たことが無いことも多い。

そんな玲奈が、定時を回っても346プロの敷地内に、しかも、接触自制をお願いしているシンデレラプロジェクトのメンバーと一緒に居る。

プロデューサーから見れば、違和感しかないだろう。

 

「ちょっとした、定時後のコミュニケーション、そう”女子会”です」

 

これを女子会といってよいのだろうか。

プロデューサーの眉間に皺が寄る。

 

「女子会、ですか?」

 

女性に精通している訳ではなさそうだけれど、女子会がこういうものではないことは知っている様子。

玲奈が適当な事を言って煙に巻こうとしているけれど、そうは行かないと思う。

 

「わ、私が安曇さんに相談に乗ってもらっていました」

 

プロデューサーが固い表情のまま詰め寄ると、卯月があっさりゲロった。

やっぱり、卯月は悪い事をするのに向いていない、根が正直すぎる。

玲奈が下手な言い訳だけれどかばってくれているのだから、それに乗ればよかったのに。

 

「相談と言うと、本田未央さんのことでしょうか」

 

「ええ」

 

卯月がゲロって誤魔化す必要がなくなったのか、玲奈が答える。

 

「何かを始めたとき”こんなはずじゃなかった”と思うことは誰もが繰り返し通る道です。武内Pも特別な事象として重く取り扱うのではなく、もう少し気軽に対応してみてはどうでしょう。こんな風に相談に乗るとか」

 

余っている席を引いて、プロデューサーに座るよう促す。

いつも通り、首に手を当て少し困った表情をしながら、その椅子に腰掛ける。

 

「……本田さんの家に行ってきました」

 

タップリと間をおいて、プロデューサーが話し始めた。

私達がレッスン中に未央の家に行っていたのなら、せめて何か教えて欲しい。

 

「それで、どうだったの? 未央は? 追い返されたの?」

 

「会って、お話をすることが出来ました」

 

じゃあ、何で未央はここに居ないの。

何で未央をここに連れてこなかったの。

 

「本田さんの意思を酌んで、今日は家で休んで頂く事にしました」

 

未央の意思って何よ。

それはこの状況より大事な事なの?

私達はどうなるの?

 

机に手を付き身を乗り出してプロデューサーに吼える。

さっき菜々さんに吸い出されたはずの、灼熱の感情が抑えられずに口をつく。

菜々さんに抑えられるけれど、私の蒼い炎がとまらない。

 

「あんたは何を考えてるの、何か言ってよ、プロデューサー!」

 

プロデューサは私に目を合わせようとしない。

バツの悪そうな表情のまま、目を逸らし続けている。

逸らした目線が明後日の方向を泳ぎ続け、一瞬だけ卯月と目が合った。

 

玲奈が卯月の手を握る。

卯月は何故手を取られたのか分からず、きょとんとしている。

 

「……本田さんには、初ライブは決して失敗でない事をお伝えに行きました」

 

観客を写した写真を持っていったという。

少なくない観客が笑顔で私達のステージを見てくれていた。

玲奈が提案した解決へのアプローチと同じ方法だ。

 

「でも、本田さんにとってステージが他人にどう見られたかは重要ではなかったのです。”それでも卯月は笑顔だったんだよ”……それが本田さんから搾り出された言葉でした」

 

卯月が玲奈の手を握りつぶしていた。

 

 

 

***

 

 

 

その可能性を考えなかったのかと言われれば嘘になる。

実際、島村卯月に笑顔でいるようアドバイスしたのは私だ。

今はそうではないが、島村卯月は天海春香に比肩しうる存在。

あの輝きを至近で直視できる者はそうそう居ないだろう。

765オールスターズが天海春香の傍に立って問題ないのは、彼女が原石の時代から隣に居たからだ。

 

同じように、シンデレラプロジェクトの面々も島村卯月の輝きに徐々に慣れていくだろうと思っていた。

宝石の原石達が互いを研磨しあい、神話のようなアイドルグループを作り上げるものだと。

 

だが、現実は島村卯月が1人飛び抜け、本田未央はその眩しさに当てられた。

 

「安曇さん、私、未央ちゃんを苦しめていたのでしょうか……」

 

先ほどから握られている左手は先が鬱血し始めている。

これ以上握り続けるのは止めて頂きたいが、島村卯月は誰かの存在を感じていなければならない程動揺しているのだろう。

抜本的解決にはならないが、応急処置なら簡単だ。

左手は握り潰されて動かないので、右手で島村卯月の頭を抱えて胸に導く。

 

「大丈夫、今は一時的に擦れ違っているだけ。直ぐに元通りになるわ」

 

男の方が効果があるだろうが、女の子相手にも馬鹿にならない威力を誇る。

今世ではそれなりのサイズを得る事が出来たので、活用しない手は無い。

シャツは化粧等でドロドロになるだろうが、これはウォッシャブルだ。

 

しばらくすると左手を解放してくれたので、開閉を繰り返し血流を維持しながら考える。

状況が更新された分、新たな解決手段を考えなくてはならない。

もっとも、武内Pが関わって来た時点で島村卯月の”個人的なお願い”の範疇を越える。

ここらで手を引くと言うのも、ひとつの手段だ。

 

「今日はここまでにしましょう。渋谷さん、島村さんが落ち着いたら一緒に帰ってあげて」

 

既に大分落ち着いていると思うが。

何しろ、さっきから島村卯月の手つきが怪しい。

 

 

 

ニュージェネレーションズの2人が帰った後、私も帰宅準備をしていると武内Pが口を開いた。

 

「安曇さんは、どうしてあの2人の相談に乗ったのですか?」

 

意外にも金にならないことをやっている、そう思われたのであろうか。

残念ながら、相談料は武内Pに請求予定だ。

クリアファイルに収めた請求書を武内Pへ手渡す。

武内Pの顔芸は初めて見た。

ウサミンが頑張って笑いをこらえている。

 

「……いえ、金銭面ではなく、ライバルプロジェクトを何故助けるのか、ということです。増毛先輩はシンデレラプロジェクトをライバルとして認識しています。同様に、私もフラッグシップ・プロジェクトには負けられないと思っています。安曇さんはそうではないのでしょうか」

 

ライバル? プロデューサーもアイドルも全て346プロの資本であり、そこに違いはない。

”どのプロジェクトが利益を出しているか”より、”アイドル事業部、346プロが利益を出しているか”が重要ではないだろうか。

私は労働者として給与が頂けるのであれば、組織のため動く事に抵抗はない。

増毛Pも武内Pも、未だその辺りは理解していないようだが。

 

「確かに、フラッグシップ・プロジェクトはアイドル事業部としては高い利益を出していますが、346プロとしてはそれほどでもありません」

 

定時に346プロの入口前カフェにたむろしているのだ。

帰り際の千川さんがやってきてもおかしくない。

残念ながら、その愛する男のための戦闘モードは蛍光緑の制服を着ているときだけにして頂きたかった。

 

「フラッグシップ・プロジェクトへの投資分を外注に回していては、346プロとしては商売上がったりですよ」

 

確かに、私は346プロから頂いた大量の資本の大部分を外注先に回している。

その結果生まれた1stシングル”Ace, High”の初日売り上げは、天海春香効果もあったとはいえ過去の346プロのアイドル達のそれを塗り替えた。

ニュージェネレーションズやラブライカとは桁が違う。

果たして、346プロで飼っている連中にそれが出来たであろうか。

 

「ご安心ください、外注分も直に回収して見せますよ」

 

フラッグシップ・プロジェクトは投資分以上の資本を回収する。

346プロの内製部門は競争によりクオリティの高い作品が出来るようになる。

一石二鳥ではないか。

346プロ内に顔の広い千川さんのことだ、フラッグシップ・プロジェクトも内製させるようお願いされたのだろう。

だがここは346プロのため、心を鬼にしてそれを断って頂きたい。

 

「……346プロには多数の部門があり、それぞれが様々な事を考えています。良い事も、そして悪い事も。そんな中で、何を目的としてニュージェネレーションズを助けるのですか」

 

大企業ならではの贅沢な悩みだ。

このご時勢にアイドル事業部を立ち上げたのだ。

内ゲバをしている連中が、それ一筋で統率された連中に敵うとでも思っているのだろうか。

幸い、島村卯月とシンデレラプロジェクトという素材は揃っているのだ。

本気で765プロと競争するのであれば、彼女らを内ゲバの魔の手から遠ざけ、トップアイドルへ育て上げなければならない。

 

「本当に、346プロのためだというのですね」

 

勿論だとも。

我々労働者同士が争う必要など、どこにもないのだから。

 

「ですが、安曇さんの持つアイドル像はデビュー間もないシンデレラプロジェクトにとっては非常に危険なものです。あまりにもビジネスライクな考えを彼女達に伝えるのは遠慮して頂きたい」

 

シンデレラプロジェクトの皆がよそよそしいのは、てっきり、増毛Pの残念な性格や頭皮が年頃の女の子のメンタルにダメージを与えるためと思っていたが、私が原因だったとは。

しかし、そういうのは裏でやり続けるものだと思っていたが、随分早く正面攻撃に出たな。

結構、掛かって来い、相手になってやる。

 

 

 

私にとってのアイドル像、彼らにとってのアイドル像。

2つの主張がぶつかろうとしたとき、視界の隅にキラリと輝くものが映った。

 

「おいおい、20いったばかりの娘を取り囲むなんて、いい歳食った(アラサー)連中のすることじゃねぇぞ」

 

事態をますますややこしくする存在、増毛Pの登場だ。

 

 

 

 




ちゃんみお回(ちゃんみおが復帰するとは言っていない)

しまむー「おっぱい柔らかかったです!」
ウサミン「ここから逃げたい」

しぶりん→玲奈ちゃんの呼称どうしようかと悩んで結局呼び捨てに。
しぶりん可愛いよしぶりん。

ウサミン描いてみました。
本編とは全然関係ありませんが、もし宜しければどうぞ。

【挿絵表示】


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9.相手を理解する事は重要だが、共感は不要である。

C92お疲れ様でした。
まさかの「ハーメルンから来ました」と言う方がいらしてビックリ。

と言うわけで9話です。8話から続くこういうシリアスパートはさっさと駆け抜けるのが吉なのですが、作者の筆速がそれを許さない。


価値観の衝突というのは、得てして虚しいものだ。

衝突によって自分と異なる人間を理解することなど、私は不可能ではないかと考えている。

であるのならば、真の相互理解はそこに存在せず、どちらか一方が倒れるまでの争いしか起こりえない。

 

しかし、今世でも前世でも、また歴史を振り返っても、価値観の衝突は度々発生している。

何故か。

人は、自分の思い通りに行かないことが酷く不愉快だからだろう。

他人の価値観を粉砕し、自分の価値観を押し付けることで、全てが上手くいくと考えている。

 

かつての私もそうだったし、今の武内Pや千川さんもそうなのだろう。

だが、私が多少丸くなったからといって、自身の価値観が危機に晒されているのを看過する訳には行かない。

専守防衛ではなく、先制攻撃が私のモットーだ。

戦争は相手の国土でやるに限る。

 

 

 

いざ開戦準備が整った私の梯子を外したのが、ある意味最高のタイミングで現れた増毛Pだ。

 

 

 

登場すると共に、武内Pにガンを飛ばしながら周囲をアラサー呼ばわり。

武内Pと、見た目が洒落にならない睨み合いを始めてしまった。

多少、距離が開いているのが救いだろうか。

武内Pの背が高すぎるので、傍に寄ると増毛Pが残念な事になってしまうのだ。

 

「一回り近く離れた他所の現役女子大生アイドルを囲むとは、異性の扱いに反省の色(・・・・)が見えねぇなぁ?」

 

「先輩こそ、出世して(・・・・)アイドル事業部に来られてから、随分と過激な考えをする様になりましたね」

 

増毛Pも武内Pも大人なので、大声で感情的にがなりたてることは無い。

おかげで周囲の人から見れば、職場の先輩後輩が他愛も無い会話をしているだけのように見える。

聞いているこちらからすると、殺伐として入り込みたくない空間なのだが。

 

何が大人だ。

子供なら特大のハンマーで可愛く殴り合っているところが、ちっぽけな針でゆっくりと嫌味ったらしく刺し合う様に変わっただけではないか。

幼稚な諍いを端から見ることで、私の中のヤル気も大きく殺がれた。

まぁ、男は幾つになっても変わらないから仕方が無い。

大人に成り切れない30代の喧嘩を優しく見守ろうじゃないか。

 

千川さんも参戦してしまって相手が居なくなった私は、傍で逃げ出すタイミングを窺っているウサミン殿にカフェオレを注文する。

 

「えぇ……この状況で注文するんですか……」

 

少し喉が渇いたので。

定時も過ぎたのに微妙に拘束されているから、空腹にもなりつつある。

何か食事を頼んでも良いかもしれない。

幸い、346カフェはディナーモードで営業中だ。

しかし、そんなに重たい食べ物は取り扱っていないようなので、小腹を満たす程度にパンケーキを1つ追加。

カフェオレは食後に回し、お冷を持ってきてもらうよう手配する。

 

「菜々はその度胸が羨ましいですよ……」

 

度胸など必要なのだろうか。

職場の敷地内とはいえ、定時を過ぎた上特段業務を抱えているわけではない職員は、夕食場所や内容を本人の自由意思で選ぶことが出来る。

ここ、日本国は個人の自由を憲法で保障しているのだ。

 

 

 

「……君は何をしているんだ」

 

何って、食事だが。

貴方方の無益な諍いをただ見ているのは暇だったもので。

 

「事の発端は、貴方のアイドルに対する価値観があまりにも鋭利なことにあるのですが」

 

増毛Pどころか、武内Pまでこっちに気付いてしまった。

間を置かずに、(彼らから見れば)のうのうと食事をしている私に標的が移ることだろう。

千川さんの開きかけた口を、掌で制する。

貴女まで話し始めると収拾が付かない。

 

「失礼、食事中です」

 

開いた口を閉じることなく唖然とする2人を差し置いて食事を続ける。

パンケーキの最後の一口を口に運んだ後、ウサミン殿に手で合図を送る。

 

「うぅ……菜々はこんな状況で戻りたくなかったです」

 

おっかなびっくりカフェオレを持ってくるウサミン殿。

そう悲観されるな。

貴女は近くのイベントに対して必ず巻き込まれる星の下に生まれてきたのかもしれない。

しかし、悪い事だけではなく、良い事にもきっとめぐり合えるだろう。

 

カフェオレをゆっくりと飲み終え、席にて会計を行う。

皆様、お待たせしたようだ。

再開と行こうじゃありませんか。

 

「……随分と、優雅に食事をするんですね」

 

一応、そういったお店にも通う事が出来るよう、一通りのテーブルマナーは抑えている。

尤も、346カフェはその様な格式高いお店ではないが、そこは宮本武蔵という例がある。

繰り返しになるが、戦争は相手の国土でやった方がよく、喧嘩は自分のペースでやった方が良い。

戦いは主導権を握る事が肝要だ。

 

「……私は、一生懸命頑張っている等身大の女の子こそ、アイドルがアイドルとして求められているものだと思っています。そんな女の子達を応援したいから、私は346プロダクションで働いています。この思いは、入社当時から変わりません」

 

私に対するさまざまな言葉を飲み込んで冷静さを取り戻した千川さんの喉から出たのは、彼女のアイドルに対する価値観。

隣で武内Pも強く頷いている。

きっとそれが普通なのだろう、世の中の大半は貴女に同意するのだろう。

 

「でも、貴女はそうじゃありません。貴女は、一所懸命頑張っているわけでも、等身大の女の子でもありません。アイドルがアイドルとして求められているもの、観察し、考え、作り出している人間です。何故です? その考えで、何故アイドルになろうと思ったのですか? 何故アイドルを続けようと思ったのですか?」

 

しかし、広い世界には良い意味でも悪い意味でも、自分の想像の範疇に納まらない人間が一定数居る事を理解しなければならない。

貴女方に対する私の様に。

 

アイドルになる女の子達のきっかけは様々だ。TVやラジオ・雑誌を通じてアイドルに憧れ、オーディション等を経て夢を叶える者が居る一方、道端でスカウトにあってアイドルになる女の子も居る。

私は、広義で言えば後者の方だ。

なるつもりは無かったが、増毛Pのスカウトを受けアイドルになり、待遇も良いのでそのまま続けている。

346プロダクションは私が望む給与や年間休日日数、福利厚生等を十分満たしている、数少ない日本企業だ。

幸い、デビュー以来それなりに売れて注目もされているので、アイドルを続けない理由はどこにも無い。

 

しかし、こんな彼女の火に油を注ぐような回答をすべきであろうか。

彼女の質問に回答し続ける限り、この静かな口喧嘩は終らないだろう。

非生産的な争いを忌諱する私が、それに拍車をかけることは信条に反する。

 

「……何か、答えないのですか?」

 

疑問文だが、彼女の眼が答えを強制している。

せっかく可愛い顔をしているのだから、眉間の皺が癖にならないよう、そういった表情はすべきではないと思う。

今から私が見本をお見せしよう。

堂々と、そして朗らかに、眉と口角を少し上げて、笑顔でさぁ。

 

 

 

「どうでも良いじゃありませんか、そんなもの」

 

 

 

***

 

 

 

千川さんも武内Pも、そして増毛Pも呆気に取られる。

戦いと言うものは、相手が反応できないうちに、叩けるだけ叩いてしまうのが定石だ。

 

 

 

「人の数だけ考え方や価値観があるんです。同様にファンやアイドルの数だけ、アイドルに対する考え方や価値観があるでしょう。それを所持する自由を私は全力で保障しましょう。また、武内Pや千川さんがアイドルに対して持っている価値観を発言する自由もまた、私は全力で保障しましょう。

 

それと同じく、私や増毛Pがアイドルに対して持っている価値観を所持・発言する自由を、武内Pや千川さんに保障して頂きたい。それは、貴方方にとって気に食わないものであるかも知れません。ですが、それだけで否定していてはあまりにも不毛です。

 

本来、346プロダクションアイドル事業部がプロデュースするアイドルのあり方は、私達がどうこう言う問題ではありません。経営陣が定めるものです。それは”「新しい」アイドルのカタチ。”で始まる標語が示しています。この標語が示すアイドルのあり方は、非常にあやふやなものです。すなわち、それは担当者に委任されていると捉えることが可能です。

 

私たちのアイドル像は、標語に反しているでしょうか。いないのであれば、お互い自由にやりましょう」

 

 

 

何もしない、それが私の解決策だ。

あくまでも白黒を付けると言うのであれば、それは346に対する利益と言う定量的な指標ではなかろうか。

 

「もちろん、その通りです。しかし、問題はそこではありません」

 

再起動した武内Pが反論する。

しかし、まだ混乱から立ち直っていないのだろうか、代名詞だらけで何を言っているか分からない。

 

「安曇さんがどのようなアイドル像を持とうが自由、それには納得しました。しかし、安曇さんの鋭すぎるアイドル像がシンデレラプロジェクトのメンバーに悪影響を与えると言う問題は解決できていません。せめて、彼女達の前だけでも普通(・・)のアイドルを演じて頂く事は出来ないのでしょうか」

 

不可能ではない、しかし、日常生活でも演技をしろというのはいささか私にとって酷ではなかろうか。

工数を積んでも割に合わないので、出勤意欲が大きく減退しそうだ。

 

「何だ武内、何時になく自信が無いじゃないか」

 

どのように打ち返そうか悩んでいたとき、増毛Pが口を挟んできた。

珍しい、私たちの関係には自動参戦条項どころか、集団的自衛権すら存在するのか怪しいものだと思っていたが。

 

「お前が過去にプロデュースした連中は、人が何を言おうと自分を貫く連中ばかりだったぞ? おかげで企画時代は随分苦労させられた。なのに、今度の連中には”優しくしてください”だと? 随分と方針転換したな」

 

確かに、高垣楓を初めとする武内Pがかつてプロデュースしたメンバーは強烈な個性持ちだ。

アイドル暦の差もあるだろうが、彼女らに私が何を言ったところで、彼女らが動じるとは思えない。

 

「なぁ武内、今度の”シンデレラプロジェクト”の連中は、そんなに自分が無い連中なのか? 安曇さんが何か言うだけですぐに影響されて自分を見失うような連中なのか? だったら、直に学校に送り返してやれ。社会に出るには心身共に早すぎる。」

 

読み書きそろばんと違って、自分の考えの作り方や他者の考えとの付き合い方は誰も教えてくれない。

学校生活等における他人や社会との関わりを通じで、徐々に作り上げていくものだ。

 

だが、アイドルの賞味期限は短い。

可能な限り若い女の子をアイドルに仕立て上げる方が経済的だ。

なので、義務教育すら終了していない女の子が居ても不思議ではない。

 

しかし、学校とは違って、社会には多種多様な人間が居る。

幼いあやふやな価値観で社会の海に出れば、厄介な大人達の鋼の様な価値観にぶつかる事になる。

これのケアに掛かるコストは、若い女の子をアイドルに仕立てた経済性とのトレードオフだ。

数撃てば当たる戦法で使い潰すのであれば話は別だが。

 

さぁ、どうする武内P。

結局のところ、シンデレラプロジェクトを能動的に動かす事が出来るのは貴方だけだ。

私も、増毛Pも、一般的な付き合い以上の影響を彼女達に与える事は出来ない。

物事を変えたければ、貴方が持ちうる手札の範囲で動く必要があるのだ。

 

 

 

「……それには、及びません。彼女達にはまだアイドルとしての自分を確立できていない娘も居ます。ですが、それはこれから私が責任を持って彼女達を一人前のアイドルにします」

 

 

 

***

 

 

 

暫しの思考の後、武内Pは問題の解決を丸投げではなく、自助努力によるものにすることにしたようだ。

上手い事増毛Pが煽ったのであろうか。

 

もしも、シンデレラプロジェクトとフラッグシップ・プロジェクトの相互理解があるのであれば、不毛な争いの果てではなく、生産的な活動の副産物では無いだろうか。

 

 

 

武内P及び千川さんと別れた後、増毛Pに飲みに誘われた。

増毛Pはこういった勤務時間外のコミュニケーションを良しとしない人間だと思っていたので驚きだ。

乗り気ではなかったが、全額出してくれるということで承諾した。

増毛Pが懇意にしているお店と言うのも多少気になる。

 

着いた店は最寄駅前の大通りから一本裏に入ったところにある、雑居ビルの地下一階。

全席個室という中々拘ったお店だ。

 

「とりあえず、このお店の大吟醸はと……」

 

「おい、少しは遠慮しろ」

 

全額出してくれるといったのは貴方ではないか。

こんな可愛い現役女子大生と個室で飲めるのだ、少しくらい贅沢させてくれても良いだろう。

 

結局、定番のビールになった。

お店の標準ビールが麦100%だったので妥協する。

レギュラービールや発泡酒等は前世で十分飲んでいる。

 

お酒が入ってから、増毛Pの独白が始まった。

今日の喧嘩の謝罪から始まったそれは、よくある上司の自分語りであったが途中から様子が変わった。

武内Pに公衆の面前で喧嘩を売ったのは不味かった、と言う趣旨だ。

私からしてみれば、346プロダクションに来た頃から増毛Pは事あるごとに武内Pを敵視していたし、武内Pも当初はともかく、私がアイドル活動に精を出すようになってから冷ややかな態度を取るようになっていた。

今更、不味いも何も無いのではないだろうか。

 

「君は、武内を只の優秀なプロデューサーと思っているかもしれないが、346プロにおける武内の影響力はその程度ではない」

 

増毛Pが傍にあった居酒屋の名刺の裏に人間関係の図を記載していく。

 

まず注目すべきはアイドル事業部長の今西部長だ。

彼は頻繁にシンデレラプロジェクトのプロジェクトルームに通っている事が分かっている。

きっと、期待の表れなのだろう。

なお、こちらの部屋に来た事は一度も無い。

 

次に、千川ちひろ。

シンデレラプロジェクトの事務員に過ぎない彼女だが、多くの企業における彼女の立ち位置と同様に非常に顔が広い。

アイドルでもないのに346プロダクションの女性顔面偏差値の上位に居り、今西部長を初めとする多数の部署のおじ様方から非常に気に入られている。

そのため、非常に情報収集力は高いのだが、彼女の主張はシンデレラプロジェクトのそれと、彼女が懇意にしている部署のそれが入り混じることがあるので、こちらとしては非常にやり辛い。

 

最後に武内Pが過去に担当したアイドル達。

特に、城ヶ崎美嘉は妹がシンデレラプロジェクトに参加している事もあって、プロジェクトルームに顔を見せる事がある。

高垣楓は、恐らく武内Pのお願いを受けて、私を探りに来たことがあった。

 

いつの間にか、名刺の裏はそうそうたる面子で埋まっていた。

こちらが未だに増毛Pと私の2人体制であることを鑑みると、非常に大きな物量差だ。

何故これで勝負になると思ったのだろうか。

 

「そんな事はない、346プロ内での私の立場はアレだが、信用できる取引先は多い。作品を内製一本に頼る武内と比べて、供給の安定性では上だ」

 

その取引先との関係を維持するには、増毛Pが346プロダクションでそこそこ以上の地位に居なければならないのだが、その地位が武内Pの一声で吹き飛びそうなのが問題なのだ。

何とかして、市井の評判と言う定性的な指標ではなく、346プロダクションの利益という定量的な指標を土俵にもって行きたいところだが、それ以前に増毛Pが試合会場に立てるかどうか怪しくなってきた。

 

武内Pは人から好かれる、これは数ヶ月同じ会社に居て分かった事だ。

彼は、普通であれば高すぎると言うような目標をひたむきな努力で乗り越える。

その姿勢を評価した人々が武内Pを応援し、次の目標に向かって進んでゆく。

勿論、トラブルも多々有るが、それは某雑誌のテーマのように、「友情と努力」で「勝利」するのだ。

なんとも日本人受けしそうな、浪花節だ。

 

対して、増毛Pは適切な目標を定め、トラブル無く物事を進めるタイプだ。

私としては、安心してプロデュースを任せられるし、仕事を請け負う委託先もトラブルの不安なく物事を進めることができるだろう。

しかし、社内の人間としては、あまりにも平穏に物事が進むため「達成感」が無い。

「やりがい」や「成長」を求めたがる日本的労働者とは馬が合わなさそうだ。

 

はてさて、346に正社員として勤める事になるであろう私としては、増毛Pに出世してもらった方が楽なのだが、どうしたものか。

 

 

 

***

 

 

 

翌日の出勤は実に憂鬱なものであった。

346カフェ前での、増毛先輩との口論。

千川さんと安曇さんを巻き込んだそれは、多くの人に目撃されたであろう。

 

(何だ武内、何時に無く自信が無いじゃないか)

 

(お前が過去にプロデュースした連中は、人が何を言おうと自分を貫く連中ばかりだったぞ? おかげで企画時代は随分苦労させられた。なのに、今度の連中には”優しくしてください”だと? 随分と方針転換したな)

 

(なぁ武内、今度の”シンデレラプロジェクト”の連中は、そんなに自分が無い連中なのか? 安曇さんが何か言うだけですぐに影響されて自分を見失うような連中なのか? だったら、直に学校に送り返してやれ。社会に出るには心身共に早すぎる。)

 

増毛先輩の台詞が脳内で反芻される。

自分で解決すると、啖呵を切ってしまったそれの解決策は、未だ浮かんでいない。

 

増毛先輩の言うとおり、かつての自分がプロデュースしたアイドル達は、自分を貫き通す人間だ。

いや、「自分がプロデュースしたアイドルの内、残っているアイドル」は、と言うべきだろうか。

彼女達に示したアイドルとして進むべき道は、どんな外乱にも影響されない、確固たるものであった。

しかし、その方法の是非は、数人のアイドルの引退という形で示された。

次は失敗しないため、アイドル達の意見を聞き、受動的にプロデュースしていく予定であった。

だが、それも否定されようとしている。

 

プロジェクトルーム内の執務室に着いた後も、良いアイディアは思い浮かばなかった。

 

「一体、どうすればよいのでしょう……」

 

 

 

バン、と音を立てて執務室の扉が開けられた。

勢いよく入ってきたのは、ニュージェネレーションズの渋谷さん、それに続いて島村さん。

 

「ねぇ、あれから未央はどうなったの」

 

「……対応策を、思案中です」

 

昨日も346カフェで私を強く問い詰めた渋谷さんの追及に対して、返す言葉に窮する。

これで納得してもらえないことは分かっている。

 

「私、言ったよね。プロデューサーが何を考えているか教えて欲しいって。その答えが「思案中」なの?」

 

「……本当に、何も思いつきません。すみません……」

 

だが、手詰まりなのは事実だ。

「それでも卯月は笑顔だったんだよ」という本田さんの言葉は、あまりにも重い。

大きく捉えてしまえば、ニュージェネレーションズを解散することにも繋がる。

 

「だったら、私に、私達に相談してよ! 私達の方が、未央の倍近く離れているプロデューサーより未央の事分かると思う。それとも、私たちはそんなに頼りにならないの?」

 

渋谷さんは私を叱咤する。

だが、彼女達の手を借りるべきだろうか、まだ高校も卒業していない彼女達にとって、私と同じ問題を抱える事は大きな負担になるのではないだろうか。

しかし、本田さんを復帰させない限り、彼女達にも徐々に負担が移っていくのは容易に想像しうる未来だ。

 

渋谷さんの申し出を受けるべきだろうか。

あるいは、受けることによって、新たなプロデュース方法に出会えるのではないだろうか。

 

「……お願い、します」

 

彼女達の手を借りることにした私に向かって、渋谷さんが口を開きかけたとき、島村さんが一歩前に出る。

本田さんの件で、一番責任を感じてしまっているであろう彼女が何を話すのか、思わず彼女に注意を向けた。

 

 

 

「未央ちゃんが、今何を考えているのか、正確な答えは分かりません。でも、想像する事は出来ます。きっと、未央ちゃんは苦しんでいるんです。想像していたのより小さな舞台だった、お客さんが少なかった、学校の友達を大勢呼んでしまった、私達に「アイドル辞める」と言ってしまった、そして何より、思うように笑顔で居ることが出来なかった。色々な気持ちが未央ちゃん自身を苦しめているんだと思います。

 

プロデューサーさんは私に、凛ちゃんに、そして未央ちゃんに、合格理由は”笑顔”って言ってくれました。それは、笑顔で居続けなければアイドルを続けられないこととは別だと思うんです。私だって、時には落ち込んだり、泣いたり、イライラしたりします。そういう時は、テレビでお気に入りのアイドルのライブを見るんです。アイドルの皆さんの笑顔を見るとそんな気持ちはどこかに行っちゃって、代わりに元気が貰えるんです。だから、私達もきっと落ち込んだりしている誰かの元気になれる、そう思って346プロでお仕事するときは笑顔で居るようにしています。

 

だから、きっと、未央ちゃんにも誰かの笑顔が必要なんだと思うんです」

 

 

 

私がこの笑顔を直接、真正面から見るのは恐らく2度目。

1度目は安曇さんのライブ後のデブリーフィングの後、2度目は今日ここだ。

彼女は気付いていないだろうが、私の悩みに対する答えを持っていたのかもしれない。

 

 

 

彼女の言葉を受けた私は席を立ち、島村さんの両手を掴む。

ふぇっ、という愛らしい声が零れた。

 

「その通りです、その笑顔です。島村さん、私には貴女が必要です、さぁ行きましょう」

 

島村さんと鞄を掴んで執務室を出ようとしたところ、スーツが引っ張られる感触があった。

振り返ると、少々不機嫌そうな渋谷さんが裾を掴んでいる。

 

「……わ、私も行く」

 

勿論、断る理由は無い。

 

「ええ、一緒に行きましょう」

 

 

 

***

 

 

 

プロデューサーがしぶりんとしまむーを連れて訪問してきたのは、その日の夕方の事だった。

むしろ、訪問があったから夕方だと気付いたというべきだろうか。

昨日に引き続いて学校を欠席した今日は、時間感覚があまり無い。

 

皆と、特にしまむーとは顔を合わせるのは億劫であったが、家族の手前、会わないという選択肢を取る事もできなかった。

客間が無いので、近場の喫茶店にて会うよう伝え、インターホンを切った。

 

こういうとき、どういう表情をして会えば良いのだろう。

心の中は、なるべくなら放って置いて欲しいという暗い感情の他に、来てくれて嬉しいという感情が混じり合って複雑な色をしていた。

 

 

 

喫茶店に着いた私を待っていたのは、圧倒的な輝きだった。

しまむーは意識しているのか、それとも無意識なのか分からないけれど、相手に何かを指図したりする事は滅多に言わない。

ただただ、自分の話をする。

自分がどう思ったのか、自分がどう感じたのか、そして、自分がどうして欲しいのか。

 

加えて、最後の笑顔。

たった2日間だけれど、部屋に籠りっきりで煤けてしまった私にとっては、あまりにも圧倒的だった。

 

多種多様な感情が入り混じって雁字搦めになった私の心の雲を吹き飛ばし、2日振りの青空を見せる。

虹彩が締まり、涙が零れる。

 

ごめんなさい、続けたい、こんな仲間達とアイドルを続けたい。

そんな拙い想いが、俯いた喉から呻き声となって外に出る。

 

「未央ちゃん、顔を上げてください」

 

こんなとき、どんな顔をすればよいのだろう。

メイクもしていないし、この2日間髪も眉も整えていない。

その上、涙で顔はぐちゃぐちゃだ。

 

「本田さん、笑顔です。笑顔で、もう1度私達と一緒にアイドルをやりませんか」

 

プロデューサーの声で、思い切って顔を上げる。

しまむーは相変わらず輝く笑顔だし、しぶりんもいつも通りのクールな笑顔だった。

そして、プロデューサーも頑張って笑顔を作っていた。

その対比が何か可笑しくて、思わず笑みが零れる。

 

「皆、ごめんなさい。でも、もう1度ニュージェネレーションズとしてアイドルをやらせてください!」

 

「合格だよ、未央」としぶりんが採用理由欄に「笑顔」とだけ書かれた通知書を渡してくれた。

 

 

 

 

 

 

 




風邪を引かないしまむー。
練習し過ぎない、体調管理もアイドルの仕事です。

玲奈ちゃんは真のリベラル。
世界がこんなリベラルで染まればいいのに(極論)

武内P→武内P+
増毛P「これ以上強くなるんじゃ無いっ」

ちゃんみお復帰。
大変お待たせしました……。

地味に冬コミまで時間が無いんですよね……。
作者の創作力は漫画なら約1頁/週、小説なら約千字/日なので、両立が難しい;;

とりあえず、当落まではペースを落として書いて行こうと思います。


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10.輝きを作れ、輝きを纏え、裸じゃくすんで見えやしない。

今回は少し短いです。


 

 

夏が来た。

網戸から流れ込む朝の熱気が、私の二度寝を妨げる。

東京の夏は上京して以来4度目であるが、未だに慣れることは無い。

鉄筋コンクリートとアスファルトで鎧われた文明の城砦は、その上を行く子羊達に大いなる試練を与える。

アイドルになるまでは苦学生だった私の下宿は家賃相応のもので、空調機は昭和を感じさせる近代的な調度品でしかない。

例え動かしたところで、ガタだらけのこの部屋では冷房効率は最悪だ。

せっかく天下の346プロダクションに採用いただいたことだ、少し早めに社宅に入れてもらえないだろうか。

未だ社員待遇でないということであれば、社宅より出来が良いと評判のアイドル寮でも構わない。

いや、むしろそっちの方が良い。

 

公共交通機関を乗り継いで渋谷の346プロダクションオフィスに向かう。

多少顔は売れるようになっているはずだが、道中誰も気付かないようだ。

やはり、アイドルはスーツを着ないという固定観念があるのだろうか。

その辺のOLだと思って邪な行動を取る人間は絶えないが。

セキュリティ的にも、通勤時間的にもアイドル寮辺りへ移りたいのだがこの辺は交渉次第だろう。

うら若き乙女が傾いた6畳間で窓を開けっ放しで夜を過ごしているとあれば、それは346プロダクションの沽券に関わるのではないだろうか。

なに、増毛Pも男だ。

ちょっと胸を寄せて上目遣いで頼めば、直に言う事を聞いてくれるだろう。

なんなら幹部宿舎から運転手付きの通勤を用意してくれても結構だ。

 

「人事に掛け合っておこう」

 

取り付く島もない。

せめてその読んでいる新聞を下ろしてこっちを見てくれたって構わないのではないだろうか。

コーヒーを注いでご機嫌を取ってみる。

 

「残念だが間に合っている」

 

やっと新聞を下ろしたと思えば、通勤途中で購入したであろうコンビニのコーヒーが置かれていた。

最近のコンビニコーヒーは缶コーヒーよりは美味しいと思うが、この部屋のコーヒーサーバーと比べるとどうだろう。

豆が選べる分、こちらに軍配を上げたいが、コンビニのブレンド豆の気分にならないことも無い。

 

仕方が無いので、注いだコーヒーに砂糖とミルクを二個ずつ入れる。

増毛Pの目線が生暖かい。

放っておけ、前世からブラックは飲めないんだ。

 

 

 

一服した後、始業のチャイムが鳴った。

増毛Pが新聞を畳み、PCに向かう。

 

「どうだ、仕事には慣れてきたか?」

 

どうだろうか。

先日、フライト・コンバットの新作が満を持してリリースされた。

リリース日迄は毎週末に販促イベントに参加していたため、私のアイドル活動歴の中では最も忙しかったのではなかろうか。

こういった街宣系は台本の自由度が高い上、撮り直しが利かないため、私にとってはハードルの高い仕事であった。

イベントの度に765プロオールスターズの誰かとセットなのも心臓に悪い。

ああいった才能の塊がその力を十二分に発揮している隣に立つことは、自分の矮小さが際立つ様で複雑だ。

それら悪い要素が一度に集った日曜日の生放送に出演した事は、自分のアイドル人生で最も困難な出来事であっただろう。

自主的に何度もリハーサルを行って万全の体制を整えたものの、天海春香らが持つ天性の才能と絶え間なく起こる大小様々なアクシデントの中、私がアイドル「安曇玲奈」として居られたかどうか、自信はない。

お陰様で、ナマモノも慣れたといえるだろうが、できれば撮り直しが利くものや台本が詰められているものがいい。

 

「なら丁度良い。新曲を出そう」

 

新曲、と?

せっかく一仕事終わったのだ、少しお休みを頂いても良いのではないだろうか。

今まで土日はずっと仕事だったのだ。

平日に全力で代休消化しているため、何とか週休2日は確保しているものの、有休は全く使用できていない。

それにカロリン諸島でのダイビングの予定もある。

早いうちにバカンスの予定を抑えたい。

 

「8月後半以降にしろ。仕事の予定がある」

 

随分と先だ、シーズンオフに足を踏み入れかけている。

私の夏休みを後ろ倒しする程、重要なイベントなのであろうか。

 

「毎年恒例の346プロの夏フェスがある。恐らく出ることになるだろう」

 

恒例であれば断定してくれても良いのではないか。

まさか、増毛Pの素晴らしい性格によってのけ者にされる可能性があるとでも?

 

「346プロのアイドル達が君と同じステージに立つに値しないと判断される可能性もある」

 

それは自意識過剰と取ってよいのか。

それとも、私のアイドルとしての()がシンデレラガールズに追いついていないということか。

未だ共演した事はないが、彼女らも天海春香らと同様、言語化し難い輝く才能を持っているのかもしれない。

同席してお酒を飲んだことのある高垣楓を想像する。

……普遍的なアイドルの究極というよりは、個性的な一面を極めている方ではないだろうか。

 

夏フェスに出る出ないはさておき、時期が嬉しくない事を除けば新曲リリースの提案を頂いたのは非常に良い事だ。

私の手持ちはシングル1枚・3曲のみであり、どれもがフライト・コンバットの曲である。

フラコン専用アイドルと思われないよう、別のイメージを持った曲をリリースすることで、アイドル活動の幅が広がるだろう。

 

「それで、どんな曲なのでしょうか。曲・歌詞共に出来ているのであれば早めに確認したいのですが」

 

夏フェスが8月中旬だとすると、後一月と少々。

練習時間は多いに越した事はない。

 

「乗り気になってくれた用で何よりだ。これからドラフト版の確認に行くところだが、来るか?」

 

所掌の範疇の業務を放棄する程、おめでたい人間ではない。

私は給与泥棒になりたいのではなく、労働に見合った対価を頂きたいだけなのだ。

 

 

 

***

 

 

 

案内されたのは346プロダクション社内の会議室。

てっきり、社外の貸し会議室か相手のオフィスに向かうと思っていたから驚きだ。

会議室で待っていると、増毛Pが連れて来たのはいつぞやの作曲家。

 

「この間は申し訳ない、君のところの曲を作ると約束していたんですが」

 

「346プロ内の問題だ、貴方が気にする事ではない」

 

結局のところ、346プロとフリーの作曲家である貴方との契約は”新規デビューするアイドル用に1曲作る事”に過ぎない。

別に、フラッグシップ・プロジェクトと個別に契約したわけではないのだから、気に病む必要はないだろう。

代わりに用意した”Ace, High”は中々の売り上げだ。

結果オーライと行こうではありませんか。

 

「早速だが本題に入ろう。普段ならこちらから作曲をお願いするところだが……」

 

「今回は私の方から、私が作った歌を御社のアイドルに歌っていただきたい、という依頼なんです」

 

あまり聞かない話だ。

女の子を指名できるのはユニット選抜の際と夜のお店と相場が決まっているものだが。

 

「夜のお店はともかく、少し変わった手段である事は確かでしょう。なぜなら、この歌は私が歌いたかった歌なのですから」

 

 

 

世の中を行く人がどのような感情を抱き、どのような人生を歩んできたのかは分からない。

きっと多くの挫折と後悔があったのだろう。

しかし、目の前の彼に代表されるような一芸で食べている人間は、比較的それが少ないのではないかとばかり思っていた。

 

「上京する前ですから、もう20年近く前の話です。私は歌手になろうと思ってこの東京に来たのです。

 

自分が歌いたい曲と詩を作って、自分が歌いたい様に歌う。そんな贅沢な夢を持っていました。今となっては叶いもしないことは一目瞭然ですが、当時の私はその夢を本気で信じていたものです。

 

結果はご覧の通り、私には歌を歌う才能がこれっぽっちもありませんでした。幸いな事に、持ち込んだ曲と歌詞に目を付けて頂き、作曲家・作詞家としてご飯を食べていくことが出来ました。どちらかといえば、作曲の方が多いでしょうか」

 

自身の能力と感情の乖離とは、また贅沢な悩みだ。

作詞、作曲、歌唱。

貴方は皆が望んでやまない3つの才能の内、2つまで所持している。

今日、この話を持ち込むまで自身で歌うことを妥協しなかったのだろうか。

であれば、素晴らしい執念だ。

 

「それで、何故ウチの安曇玲奈に?」

 

「曲や詩を書くときは、誰がどんな状況で歌うかを常に考えて書いています。歌うのは歌手かアイドルか、男か女か、どんな人間でどんなキャラクターなのか、必ず一度はお会いしてそれらを把握するようにしています。また、状況についてもドラマやアニメで使われるのか、主題歌か挿入歌なのか、リリースされるイベントは何か、調査は怠りません」

 

プロフェッショナルとしては、全く正しい。

私の仕事にも通ずるところがあるだろう。

しかし、それは。

 

「そうして出来上がったものは、私が書きたかった曲ではなく、私が口ずさみたかった詩ではありません。音楽が好きでこの業界に入った事を後悔する日々が続きました。音楽に対して何のこだわりもなく、仕事と割り切って機械の様に書ければどれほど幸せだったことか」

 

そういう中途半端な状態が一番心苦しいのではないだろうか。

幸せを掴むためには、夢と才能が一致する天海春香の様になるか、割り切って趣味と休暇を満喫する私の様になるかの2択だ。

ピースが欠けたパズルを完成させるのは不可能なのだ。

ピースを揃えるか、パズルを捨てるか。

そして、彼は今日パズルを捨てるために此処に来たのだろう。

 

「今回安曇さんにお願いしたいのは、私自身が歌うために作った歌です。他の誰かが歌う様に作られていません。ですが、この歌を世の中に出すのであれば”私が歌いたかったように”歌っていただけるアイドルにお願いしたいと考えていました。数々の歌手やアイドルを検討しましたが、皆個性が強く、私の望むものではありませんでした。そこで、フライト・コンバットのPVで歌う貴女を見たのです。安曇玲奈さん、この歌を歌えるのは貴女しかいない。」

 

その言葉と共に差し出される書類。

タイトルは”World Wonders”、恐らく彼が歌いたかった歌のタイトルだ。

歌詞の頁には抽象的であったが、山のような注釈がある。

資料に目を通し終えた増毛Pがこちらを見たので、頷いて返す。

キャラクターのない私だからこその依頼だろう、受けない理由はない。

増毛Pが席を立ち、右手を差し出す。

 

「フラッグシップ・プロジェクトはクライアントを裏切らない。内容が内容なので、収録及びMVの撮影においては協力をお願いすることになるだろう」

 

 

 

***

 

 

 

「それで、今回も歴史に学ぶのか?」

 

作曲家が帰った会議室。

押さえてある時間にはまだ余裕があるため、忘れないうちに確認したいことがある。

それは増毛Pも同じようだ。

 

「まさか、そんな内容ではありません」

 

歌詞はタイトルの通り歴史に関わるものではない。

ざっと目を通した限り、自然の雄大さを語るモノではなかっただろうか。

少なくとも、私の専攻ではない。

増毛Pも特段この分野に精通しているわけではなさそうなので、我々の知識だけでは作曲家の要望を叶えられない可能性が高いだろう。

 

「それは問題ではない。時代は知識すら買えるようにしてくれた」

 

 

 

346プロダクションの隠語で「光の強面」「闇の強面」というものがあると最近聞いた。

前者が増毛P、後者が武内Pらしい。

プロデュースしているアイドルと正反対の修飾がなされているのは皮肉だろうか。

しかし、あの近寄りがたい人相も時として役に立つ事があるものだ。

 

「これより、第一回専門技術委員会を開催する」

 

その道を極めるような人間は、往々にしてどこか一癖抱えているものだ。

また、第一人者となるにはそれなりの時間が必要である。

つまり、私の新曲の収録及びMVの撮影にご助力してくださる方々が集まったこの会議室は、年季の入った変質者の集いというわけだ。

その中で増毛Pが埋もれることなく堂々と司会進行できるのも、彼の能力のみならず外見も大いにプラスに作用しているといえよう。

オブザーバーとしてご同席いただいた作曲家が少し引いている。

無理もない、この中で黙っていて相手に圧力を与える事が出来ないのは貴方と私ぐらいだろう。

同情もこめて視線を投げるとあからさまな拒絶を示された、何故だ。

 

「本委員会の目標は346プロダクションのアイドル安曇玲奈の表現手法について、皆様の知識・技術を活用して頂き、クライアントが求めるものにより近づけることである」

 

「本当に、我々がアイドル活動の片棒を担ぐのか?」

 

怪訝な顔の帝国大学教授、確か行動心理学の権威だったはずだ、ギャラが一番高かったので覚えている。

こういった人種はプライドが高い。

自身の箔にならないと考えている仕事に対して、どれだけやる気を出して頂けるかは未知数だ。

 

「アイドル活動は、アイドルの個性や事務所のノウハウを生かして行うのが一般的だ。しかし、無限にあるアイドルの個性に対して、事務所の経験は有限であり、事務所間での共有はなされていない。そんな中、まるで賭け事の様にアイドルをプロデュースする。これはあまりにも前時代的だ。21世紀に生きる我々は、どうすればクライアントが満足し、どうすればファンが増え、消費してくれるのか、学術的・科学的なアプローチを以て確実なアイドル活動を行いたいと考えている」

 

どうもご納得いただけてない様子。

研究費に眼が眩んだものの、アイドルのようなサブカルチャーに自身の高尚な研究が用いられるのは、思うところがあるようだ。

厄介な問題だ、資本主義における消費活動に貴賎などないというのに。

試しに純情乙女モードで少し微笑んでやる。

どうだ、お堅いおっさんばかりの学会に出るより、目の保養になるぞ。

 

「ウオッホン、い、委員会の意図は理解した。学術面で協力させて頂こう」

 

チョロッ。

それで良いのか帝大の権威。

 

「委員会が抱える目下の急務はフラッグシップ・プロジェクトの2ndシングル、”World Wonders”の収録及びMV撮影における演出の手法である。各位に配布した資料にはオブザーバーとして参加いただいている作曲家のリクエストが記載されている。それをどうやって形にするのか、それぞれの持つ知見から意見して欲しい。以上だ」

 

あっさりと委員会を閉じ、質問時間に移る増毛P。

初回だから、委員会の目的と顔合わせのキックオフ的な意味合いが強いとはいえ、幾ら何でもやりすぎではないだろうか。

 

「何時までにどの程度つめたものを持って来れば良いのでしょう? リリース日は決まっているのでしたら、逆算してスケジュールを教えていただけないかしら」

 

こっちは元某歌劇団の演出兼振付師か、いい質問だ。

増毛Pは委員会の目的と所掌を説明はしたが、時間的な要素が欠けていた。

一応、資料に記載されているとはいえ、見落とされても困る。

 

「リリースは8月中旬を予定している。製作時間も考えると7月末には収録と撮影を終えたい。スケジュールがタイトで恐縮だが、ドラフト版で良いから2週間で頂けると助かる。その週には第一回のリハーサルと第2回委員会の開催を行う。」

 

フラコンPらとこじんまり相談していた頃は、1ヶ月でも長く感じたものだが、こういった大規模なものになるとまるで時間が足りないように感じてしまう。

高度な専門性を持つ人間のスケジュールを合わせるのもそうだが、何より”持ち帰り検討する”という時間だけ食いつぶす事象が多発するのが難点だ。

尤も、委員会は意見のみを行うシンクタンクに過ぎず、その意見を採用するか否かの権限は増毛Pが持っている。

無為に時間が過ぎるのを忌諱する彼の事だ、心配は要らないだろう。

 

 

 

後日、帝大の先生から「参考に」と3通ほどメールを頂いた。

添付資料は自身の論文のようだ。

まるで、自分の講義で学生に自書を買わせる教授の様ではないか。

 

……収録雑誌は見なかった事にしよう。

 

 

 

 

 




玲奈ちゃん痴漢未遂
絶対に顔採用のOLと思われてる。

新曲
夏フェスに向けて畳んで行きたいと思います(畳めるのか?)
しまむー関係で大風呂敷広げてるから収まる収まらないの瀬戸際
(もう出てこなくて)いいです。

専門技術委員会
玲奈「知識がないです」
増毛「なら札束で殴ろう」

光と闇
もしくは「光ってる方」「光ってない方」、「禿てる方」「禿てない方」、「オセロ」等
???「太陽を背負いし覇王には影の国の繰人形を、黒き森の魔王には星から孵化した天使達を」


ついに投稿間隔が一月を越えてしまった……。
じゃあ原稿は進んでいるかというとそうでもないという。
キリが良いわけでもありませんが、これ以上ダラダラ続けても、と。

熊本弁無理。

感想返しが追いつかないので、一時的にログインユーザーのみに設定させて頂きました。
追いつき次第解除する予定です。


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11.王道を行けるのならば、迷わず行くべきだ。

ちょっと進んだかなぁ、と。


 

 

 

アイドルとはプロダクションにおいて一労働者であると同時に、生産設備であるとも言えるのではないだろうか。

 

区の小ホールを連日借り切って行われている練習では、各種専門家である労働者の手によって私のチューニングが進められてゆく。

そして完全に調整された私に材料として稀代の作詞・作曲家による執念の作品を投入する事で、私は伝説だって生産できるだろう。

 

指先、つま先、そして髪の毛の一本一本に至るまで自身の制御下に置く。

伴奏と共に演技を開始、計算された動きは私の周りの空気さえ飲み込んで……

 

「右肘の位置が1cm高い、やり直し」

 

エラーでも吐いてやろうか。

 

 

 

専門技術委員会を抱えた事でフラッグシップ・プロジェクトの規模は大きくなったにも関わらず、増毛Pの手腕により少人数であった頃の機動性を維持出来ている。

作曲家の求める品質を確保する為には少々時間が足りないかと思われたが、杞憂だったようだ。

7月中旬には第1回リハーサルを予定していたが、専門技術委員会から上がってくる提案を順々に反映している内に、数度のリハーサルを行うことができている。

 

「学生からもよく相談を受けるが、文系の研究は”何の役に立つのか”と言う問いかけに答え辛い。こうして研究が形になるような仕事は滅多に無いので、つい力が入る」

 

そう語るのは帝大の権威。

心理学科の教授を務めているが故の切実な悩みだろう。

文系の研究は経済系を除いて、現金な市井に理解される事は少ない。

もっとも、鼻の下が伸びているので真剣味が半減しているが。

 

「最近の大学はそんな事まで気にしなければならないとは、難儀なものですな」

 

増毛P、貴方が学生の時に就活で耳にタコが出来るほど尋ねられなかっただろうか。

いや、年齢を考えると就職氷河期真っ只中かもしれない。

もっと恐ろしい面接が蔓延っていた時代だ、あまり触れないようにしよう。

 

「私からしてみれば”何の役に立つか”を考えるのは私の役目であって、貴方の役目ではない。研究者は研究に専念し、その成果をどう使うかは我々経営者に任せて頂きたい」

 

増毛Pが高度な経営手腕を持っていそうなのは想像できるが、貴方は未だ経営者ではない。

出世に憧れるのは構わないが、現実は見失わないよう留意されたし。

 

「そう言ってくれる人間には中々出会えなかった。この仕事は良い仕事だ。今後とも続くようなら是非お願いしたい」

 

「今後続くかはウチの安曇玲奈の活躍次第、すなわち今この仕事における貴方方の働きぶり次第というわけです。よろしく頼みますよ、先生?」

 

煽っている、そう受け取られてもおかしくはない挑発的な増毛Pの台詞。

しかし、煽っているのは日本銀行券の扇子、そよぐ風は権威の自尊心をくすぐる。

増毛Pと握手をする彼が好戦的な笑みを浮かべ、上唇と鼻が近づく。

研究費を目の前にした学者は怖い。

 

帝大の権威は委員会の下へ戻ると、なにやら怪しげな提案を始めた。

実に結構な事だが、人間の限界を超えるような提案でない事を祈ろう。

人間工学を専攻している者も居る事だ、関節駆動の限界を踏まえた演技に落とし込んでくれるはず。

 

議論モードに入った委員会を横目に、私はステージを降りて客席に腰掛ける。

労働者の憩いの時間、休憩だ。

意識を飛ばして寝る事も可能なのだが、委員会の面々が活発に議論している為、突然私にボールが飛んでこないとも限らないため、それは選択できない。

むしろ、委員会に所属する面々の専攻を表面だけでも良いので勉強するための時間に当てるべきだろう。

学士号も未取得な私では、ダブルドクターすら所属する委員会の会話は暗号にも等しい。

幸い、委員会のおじ様方は自著とはいえ大学生向けの基礎専門に値する参考書を快く都合してくださる。

 

「熱心ですね」

 

これは作曲家の先生ではありませんか。

どうでしょう、"World Wonders"の製作状況は。

スケジュールより幾分か前倒しできております。

 

「スケジュールは勿論の事、やはりフラッグシップ・プロジェクトの表現方法について、驚くばかりで全く付いていけません」

 

まぁ、今までの仕事と見た目が少々異なるのは事実だろう。

芸能というのは人の感情で飯を食う仕事であるが故、工業製品のようなサービスの作り方はあまり見かけない。

とはいえ、先生の仕事は出来上がったモノが先生の要望に応えられているかどうかを確認すればよいだけなので、その部分だけを切り取れば普通の仕事と変わらないのではないだろうか。

 

「作っているモノを見ていると、私の望み通り、いえ、私の望み以上のモノが出来ていることが分かります。しかし、その作り方が全く分かりません。安曇さんは今も勉強されていますが、今後のアイドルはこのようなプロデュースが主となるのでしょうか」

 

まさか。

多種多様な才能が畑から取れるのではないかと錯覚するほどのこの世界だ。

「アタリが出るまで新人をプロデュースする」という、フラッグシップ・プロジェクトの対極に位置する考え方が最も効率が良い以上、1人に資本をつぎ込むこの手法は流行らないだろう。

業界内では比較的アイドル投資しているとされている346プロダクションですら、私以外はアイドル個人の才能に頼るプロデュース方式を取っている。

765プロダクションについては言わずもがな、だ。

だから、先生も作詞作曲と言う自分の世界に自身の持ちうる才能を余すことなく注ぎ込んでいただきたい。

貴方のような「持てる人間」にとっては勉強は足かせにしかならない。

それは私のような無才の人間が何とか御飯を食べていくためのものだ。

 

 

 

***

 

 

 

ホール内は薄暗い為、人の出入りがあると直ぐに分かる。

扉の外から眩しい明かりが差し込むためだ。

しかし、誰が入ってきたかまでは相当接近しないと分からない。

今入ってきた人間が、346プロダクションの制服である蛍光緑のジャケットだと気づいたのは、彼女がかなり近づいてからであった。

 

「あぁ、先生。進捗はさっき見ていただいたとおりだ。コメントがあれば後日まとめてメールでいただけるとありがたい」

 

千川さんを迎え撃つかのように私のところに来た増毛Pが、傍の作曲家に帰るよう促す。

作曲家も仕事があるようで、次の進捗報告にお邪魔するとだけ言い残してホールを後にした。

 

「今の方は……?」

 

「そうだ、現在はフラッグシップ・プロジェクトの新曲を担当してもらっている」

 

「帰してしまって良かったんですか」

 

「構わない。それに、他人が居る所で346プロの内情を話すわけにもいかん」

 

防諜面で気を使ったのか。

スパイ物は国家間のそれしか流行らないと思っていたが、最近は産業スパイが流行しているらしい。

ステージ上で議論している専門技術委員会が残っているが、彼らは特殊な人種である為その心配は必要ない上、1度議論をし始めるとしばらく戻ってこない。

 

「それで、何の用だ。武内の女」

 

「ま、まだ女じゃありません!」

 

あ、まだなんだ。

 

 

 

14名の新人アイドルをこの短期間に次々デビューさせているシンデレラプロジェクトは、四半期末の経理と並ぶ程の繁忙期であり、猫の手も借りたいほどであったはずだ。

そこからアシスタントとはいえ千川さんをこの場に寄越すとは、武内Pが残業で自分の首を絞めてでも欲しい何かがあるのだろう。

 

全く以て心外ではあるが、武内Pはフラッグシップ・プロジェクトのプロデュース方法や表現がシンデレラプロジェクトのアイドルに悪影響を与えると考えているらしい。

前回、フライト・コンバットの収録における"Ace, High."のライブシーンをいきなり見学に来た結果、私への接触禁止願いが出されたという。

であれば、千川ちひろに事前に情報を集めてもらう事で、シンデレラプロジェクトへのダメージを低減しようとしているのだろう。

"World Wonders"のリハーサルとその練習方法が、シンデレラプロジェクトへの打撃に繋がるとは思えないが、

 

「随分分厚いけれど、歌詞ですか?」

 

私がペンライトで照らしながら開いていた書籍を指して問う。

残念ながら、歌詞は300ページ越えのハードカバーで製本される事はないだろう。

これは私が専門技術委員会で飛び交う謎言語を理解する為の教科書の一つ、脳科学に関する入門書だ。

人間の五感に入力された刺激が、脳内の電気信号や化学物質に変換され、感情を生み出すまでの過程が分かりやすく記載されている。

フラッグシップ・プロジェクトに欠かせない一冊だといえるだろう。

 

「……」

 

武内Pには見せてはいけない表情だ。

100年の恋も一瞬で冷めることを保証しよう。

 

「……安曇さんには本当に無いのですか。なりたい自分や表現したい自分といったアイドル像が」

 

以前、フライト・コンバットの収録後のデブリーフィングでもその質問があった気がする。

しかし、再度質問するという事は、あのときの回答では納得いただけなかったということだ。

幸い、此処には他のアイドルは居ない。

もう少しオブラートを取っ払ってもいいだろう。

 

「そういった"アイドル像"は、それで輝ける才能を有する人間だけが持つことを許されているのでしょう。残念ですが、私にはその才能がありません。ですから、"アイドル像"もありません」

 

人は、才ある者を応援する。

前世でも、娘を差し置いて娘と同じくらいのアイドルを応援する同僚すら居たのだ。

自分や自分の近親者には居ない才ある存在が、自分の応援で脚光を浴びれば、自分が成功したかのような錯覚を覚える。

 

千川さん、貴女なら分かるのではないだろうか。

貴女が346プロダクションで幾ら働いたところで、貴女に声援は入らない。

しかし、貴女が応援しているアイドルに声援が入る事で、報われたと感じた事はないだろうか。

 

「しかし、私は事情により仕事としてアイドルを務めることになりました」

 

ここまではかつての回答の言葉を変えただけで、同じことを言っている。

千川さん、延いては武内Pとの不毛な問答を終わらせる為には、この続きを言わねばならない。

 

「高価値労働者になるべく研鑽を積んでいた私には、アイドルとして輝けるものがありませんでした。だからといって、アイドルの仕事が出来ないわけではありません。無いなら作れば良かったのです」

 

ビデオカメラを回しておけばよかったと後悔している。

それほど、千川さんの表情は貴重であったのだ。

 

 

 

「"アイドル像"を作ることはフライト・コンバットの仕事を進める中で決まった。765プロを相手に回してなお映えるアイドルなど、作りでもしない限り居ないからな」

 

考え事をしているのか、それとも思考が停止しているのか、一時的に反応を失った千川さんの隣に1席空けて増毛Pが腰を下ろす。

 

「この路線は"売れた"。当然といえば当然だ。既存のアイドルはファンの求める輝きを売り出す"Business-to-consumer"思考だが、我々は作品の作り手が求める存在を作り出す"Business-to-business"思考だ。アイドルはファンの前へ露出する手段を直接的には持たず、映像作品や音楽作品といったものを経由する以上、避けては通れないが見向きもされなかった道に目をつけた」

 

才ある人間は自我が強いものだ。

アイドル達が自分のアイドル像を売り出したいのと同様、クリエイター達は自分達が作り上げた作品を売り出したいと考えている。

クリエイターは個性的なアイドルというピースを、自分の作品というパズルに詰めて行くが、ピースの形を選べない以上完全に収まる事はない。

彼らはどこかで妥協を強いられていたのだ。

 

「アイドル像は1人に1つだが、クリエイターは1人で複数の作品を作る事ができる。だったら、消費者へ売り出すモノを考えるのはクリエイターに任せた方がいい」

 

消費者が望む輝きは彼らが用意してくれるのだ。

であれば、彼らの話を聞き、考え方を理解して、彼らの望むアイドルであることが私のアイドル像である。

 

「それは、"アイドル"なんですか?」

 

「元々アイドルの定義なんて曖昧なものだ。誰かが"アイドルだ"と言えば誰であろうとアイドルなんだよ」

 

全国一千万人のアイドルに向かって喧嘩を売るような台詞だ。

近頃は声優や俳優、果ては政治家にまでファンが付く。

強ち間違いではないだろう。

 

「それで、新曲のリハーサルでも見に来たんだろう? だったら見ていけば良い」

 

増毛P自ら開示するという積極姿勢に千川さんがたじろぐ。

しかし、当の増毛Pは全く気にせず専門委員会に声を掛け本日最後の通し練習の準備を進めていた。

MV版ではなく、ライブ版の方を行うという。

 

「良いのですか、こっちは夏フェスで使う方ですよ」

 

「構わん、見せてやれ。真似しようと思っても、我々以外にはこの手段は取れない。むしろ、心配するべきは千川の前で君が失敗する事だ」

 

厳しいお言葉。

演技も完成されているわけではないのだ、それらしく歌う事はできても、本番のそれには及ばない。

それを理解して頂いた上で、聞いていただきたい。

 

 

 

***

 

 

 

「新曲を見せて頂いてありがとうございました。また、フラッグシップ・プロジェクトの考え方も分かりました」

 

是非武内Pに伝えて頂き、増毛Pとの不毛な争いを終わらせて頂けると幸いだ。

こちらから貴女達に何かアクションを起こすつもりは毛頭無い。

あくまでも一商売敵程度に考えて頂く方が健康的だ。

 

「でも、アイドル像を"作れる"のもひとつの才能だと思います」

 

そうだろうか。

誰もやっていない事は確かだが、これは誰もが出来る事なのだ。

ただ、自分の感情や他者とのしがらみ等で雁字搦めになりやすい現代人にとっては、少々取り辛い道なのかもしれないが。

 

「やろうと思えば、千川さんだって出来ますよ」

 

ルックスだけ見れば下手なアイドルよりも上なのだ。

やり方次第では十分アイドルになれる素質を秘めているだろう。

 

「そうかもしれません。けれど、それを出来ると言える貴女は、やっぱり私たちの"恐るべき敵"です」

 

 

 

千川さんがホールを出た後、撤収する専門技術委員会を他所に、増毛Pは椅子で一息ついていた。

そんなに疲れることだっただろうか。

346プロに広く顔が利くとはいえ、所詮は華奢な女性なのだ。

広すぎる額に厳つい顔をくっ付けた増毛Pと話す彼女の方が負担が大きいのではないだろうか。

 

「いや、ちょっと武内が羨ましかっただけだ」

 

好いてくれる異性が居るというのはイイものですしね。

それも千川さんのように器量良しであればなおさらだ。

アイドルでないというのも、炎上に繋がる心配が無くてよい。

未だ武内Pが手を出していないとは思わなかったけれど。

 

「違う、奴のプロデュース方法だ。あぁは言ったものの、輝ける"アイドル像"を売り出す方が正攻法だ」

 

なんだそんなことか。

私達の手段が搦め手である事は間違いない。

搦め手の中では比較的シンプルな手段を用いているつもりだが。

 

「武内は王道を走る、遮二無二走り続ける。そんな奴の下には何故かいい人間が集まってくる。以前のアイドルも、今のアイドルもそうだ」

 

以前のアイドルは存じ上げないが、今彼が担当している14人はいずれも粒揃いの原石達だ。

そう遠くない時期にトップアイドルの一角を占めることになるだろう。

 

 

 

「こっちは未開の地を君や委員会の知見と言う地図で進んでいるというのに、武内のようにただひたすら走るだけでゴールにたどり着ける人間は、あぁ、畜生。全くもって羨ましいものだ」

 

 

 

***

 

 

 

その日、346プロダクションアイドル事業部の会議室は物々しい雰囲気に包まれていた。

普段は温和な事で知られる今西部長ですら、ピリピリした感情を隠せていない。

 

「時間だ。これより夏フェスのセトリ決めを行う」

 

346プロ恒例、夏のアイドルフェスのセットリストを決める会議である。

自身の担当アイドルが一番映えるポジションを確保する為に、各プロデューサーがしのぎを削る場である。

もっとも、以前までは此処まで緊張する事はなかったのだが、何もかもをぶち壊しかねない新人アイドルとそのプロデューサーの所為で剣呑な雰囲気となった。

そのプロデューサーは私の隣で数多の突き刺さる視線をものともせず、挑戦的な笑みを浮かべている。

 

346プロダクションのハイエンドを謳うアイドルは、持ち歌があまりにも異質である事から当初夏フェスから排除する案も挙がっていたほどだ。

私自身、少なからずその案に期待したところがあったが、当然の如く却下された。

丸井財務部長。

数少ない増毛先輩のシンパである彼は、フラッグシップ・プロジェクトを抜きにした稟議を見た瞬間、P達に「この案が346プロに最も利益を与えるものか」と問うた。

今西部長とは異なり、痩せ型で180cm近い身長とこけた頬にギョロリとした目を持つ丸井部長は、不気味な迫力を纏っている。

増毛Pを抜きにしているという脛に傷がある状態で稟議を持っていった我々は、一瞬息を詰まらせてしまい、未決裁の状態で稟議を付き返される事になった。

 

「部長級となると、君達が何を考えているかくらい大体予想は付く。あぁ、稟議の通し方は増毛君が一番上手だ、彼に学びたまえ」

 

スゴスゴと引き下がった我々は夏フェスにフラッグシップ・プロジェクトを追加した後、稟議書の校正を増毛先輩に依頼する破目になった。

我々の面子を潰せた増毛先輩は極めて上機嫌であり、今日の会議においても笑みを絶やしていない。

 

「フラッグシップ・プロジェクト及びフロント・フラッガーはどこに配置されても問題ない。安曇玲奈の魅力は配置如きで損なわれはしない」

 

第1企画のシンデレラガールズで取り囲まれても構わない。

そう取っても差し支えない彼の言葉は、第1企画のプロデューサー達を大いに刺激した。

彼らが挑発に乗って高垣さんやブルーナポレオンでサンドイッチにしてくれれば良かったのだが、相手は765プロオールスターズとすら渡り合った安曇玲奈である。

346プロが誇るトップアイドル達のPでさえ躊躇した。

 

見るに堪えない論争の後、"お願い!シンデレラ""輝く世界の魔法""ススメ☆オトメ~jewel parade~"の3曲のセンターとバーターで高垣さんが"こいかぜ"とMCで"Ace, High."を挟む事になった。

冬フェスで全体曲のセンターを既に務めていたため交代予定であったが、フラッグシップ・プロジェクト対応で続投となった形だ。

あくまでも346プロのトップは高垣さんであるという意思表示でもある。

まだ第1企画はプロダクショントップアイドルの座を奪われるわけにはいかないと考えているようであった。

また、346プロ内で唯一安曇さんと飲みに行った実績もあり、彼女の押さえ役として(勝手に)期待されているようだ。

安曇さんと一緒に飲むことになったのは私のお願いからであり、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

"Ace, High."は解決したが、フラッグシップ・プロジェクトの曲は1曲だけではない。

先日、ちひろさんに情報収集に行ってもらった新曲、"World Wonders"が残っている。

ちひろさんの話では"Ace, High."ほど場が荒れない曲であるという情報だが、油断は出来ない。

 

なるべくなら、こちらも第1企画に引き取って欲しいところであったが、当の第1企画のP達はこちらを見ていた。

曰く、1曲は第1企画で引き取ったからもう1曲は第2企画で何とかして欲しい、と。

第2企画とはいえ、アイドルは私のところのシンデレラプロジェクトと増毛先輩のところの安曇さんのみである。

実質、シンデレラプロジェクトの誰かを当てる以外に方法が無い。

 

では誰を当てるか。

まず思い浮かんだのは島村さんであった。

安曇さんのアイドルとしてはあまりにも極端な考えに触れてもなお自分を見失わない彼女であれば、大丈夫なのではないかと。

しかし、島村さんの持ち歌はニュージェネレーションズとしての"できたてEvo! Revo! Generation!"のみである。

渋谷さんや本田さんまで当てて良いかと考えると、難しいと言わざるを得ない、が。

 

 

 

「シンデレラプロジェクトとしても、1曲はぶつけたいと考えています」

 

隣で増毛先輩が目を剥き、ほぅ、と息を漏らした。

怖いので止めて頂きたい。

 

「プロジェクト曲なら、"GOIN'!!!"なら、"World Wonders"の後に持ってきてもらって構いません」

 

アイドルとは、夢を追う少女達の輝きだ。

それを作る事が常態化することを、私は望まない。

第2第3の安曇さんが現れる前に、王道も素晴らしい事を示す必要があるだろう。

 

 

 




コミケ受かりました。
作者はいつも通りガルパン島ですが、アイマス合同誌にも1p寄稿する予定です。
なので、ただでさえ落ちている更新速度が更に落ちます、許してくださいなn(ry


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12. 夢を止めないで

コミケお疲れ様でした!!!
(冬&夏)


太陽が東京のコンクリート・ジャングルを照りつけ、逃げ場の無い熱が陽炎となってる。

通勤途中ですら相当なものだったのだ、この時間帯の外出行為は人権を損なうのではないだろうか。

幸い、この執務室は適度な空調が効いていて何の不快も無い。

その分、室外機から排出された熱気は外気温の上昇に一役買っているわけだが。

 

「いつの間にか騒がしくなりましたね」

 

私が執務室で涼んでいると、隣から元気にはしゃぐ声が聞こえてきた。

シンデレラプロジェクトの部屋はその気になれば走り回る事が出来るほど広い。

 

「学生達は夏休みの季節だからな」

 

ならば何故学生である筈の私に夏休みが無いのか。

増毛Pに送った長期休暇申請は、今日も保留中のままだ。

 

理由は簡単。

増毛Pは「学生達」と言ったが、細かいことを言うと中学・高校生である「生徒」と小学生を指す「児童」が適当だ。

華の女子大生の夏休み期間はもう少し先にある。

現に、シンデレラプロジェクト唯一の大学生、新田美波は未だ期末試験を終えてはいない。

 

まぁ、大学生の夏休みは9月からが本番だ。

残暑が長引く中、登校する中高生を横目にクーラーの効いた喫茶店で優雅なモーニングを頂く事が、最高に大学生活を満喫している気がする。

今年の夏もそうありたいものだ。

 

346プロダクションのOAシステムを操作して9月に3週間ほどの休暇を申請する。

未だ正社員ではないただのアイドルだが、一応上長の承認を得るに越した事はないだろう。

 

「おい、ふざけているのか」

 

大真面目だとも。

世の中の大学生らしく、ツクツクボウシが鳴き終わる頃までダラダラするのだ。

 

「却下だ。君に幾ら投資していると思っている。投資分の10倍返すまでキリキリ働いてもらおう。喜べ、仕事には事欠かないように計らうつもりだ」

 

嬉しいのやら悲しいのやら。

こんな我侭な労働者に仕事が与えられるだけでも有り難いのだろう。

 

「とりあえず直近の仕事だ。夏フェスのセットリストが決まった。後ほど正式に展開されるだろうが、この通りだと思ってもらって間違いない」

 

彼が先日出ていた会議のメモから起こされた書面が送付された。

私の出番と使用曲、そしてその前後しか記されていない簡潔なものであったが、増毛Pが会議でどのような調整を行ってきたか理解するには十分であった。

ともあれ、彼の飽くなき出世欲や妙な拘り・美学はこの際どうでも良い。

この、高垣楓のMCと"こいかぜ"で挟まれた"Ace, High"と、城ヶ崎美嘉のMCと"GOIN'!!!"でサンドイッチになっている"World Wonders"から、私が何をすべきかを考えることの方が重要だ。

 

まぁ、同じ事務所内のアイドルがライブでバトルという事はないだろう。

私達の仕事はファン目線ではないため、正面から殴り合えばシンデレラプロジェクトにすら打ち負けかねない。

その辺は765プロダクションと仕事をした時点で、増毛Pも十分に分かっている筈だ。

 

「夏フェスの客数はフラコンの撮影用ライブの比ではない。346プロらしい金の掛かった大規模なものだ。しかし、その客数については我々が特に注目すべきところではない」

 

当然、私の心配は杞憂に終わる。

私を売るのではなく、私が何かを売るのがフラッグシップ・プロジェクトのスタイルである以上、他のアイドル達とは目的が異なる事が多い。

以前はフラコンの販売宣伝が主目的であった。

 

では今回は?

 

もちろん、作曲家の先生の希望を叶えるのも目標の1つであることは間違いない。

彼が歌いたかった曲を、彼の思い通りに歌い上げる事は、彼と約束した事でもある。

 

だがそれでは次に繋がらない。

フラコンは私が出演するDLCの制作が約束されていたため、販売宣伝をすることは直接的な私達の未来にも繋がっていた。

しかし、今回は事情が異なる。

私達が資金や発表の場といった資源を用意して作曲家の趣味の曲を世の中に出せる程、余裕やボランティア精神に溢れている訳ではない。

彼は曲を提供する、私たちは資金を提供する。

ビジネスとしてはそれで終わり。

誰相手に売るのかは、こちらの自由だろう。

 

「我々が注目すべきなのは”関係者席”だ」

 

万余の観客を差し置いて、100名程度の人間に的を絞る。

 

 

 

増毛P曰く、アイドルにとっては「歌って踊ってファンが増えて物販が捌ければ良いね」と考えているライブも、視点を変えれば営業の場だ。

次のドラマや映画の企画に携わっている人間を呼んで、346プロダクションのアイドルを売り込まなければならない。

幸い、アイドル事業部設立からは日が浅いものの、芸能界では老舗に部類される346プロダクションだけあって、関係者席は豪華な面子が並ぶ予定だ。

新大陸をほっつき歩いているらしい会長の娘の営業努力もあってか、その面子は意外と国際的だという。

 

「我々が先生の夢を叶える理由はここにある。クリエイターが自身の作品を作るにあたり”君を使いたい”と思わせることだ。どちらかといえば、定められた資金の中でやり繰りする資本家の犬じゃない、作ると決めたらそれに対して周囲が出資するような良いクリエイターを相手に、だ」

 

この不景気なご時勢にそんなパトロン付きの人間が居るのか。

いや、居て当然だろう。不景気だからといって、金の総量が減ったりはしない。

あるところにはあるのだ。

 

「幸い、"World Wonders"を用意してくださった先生は国内外に名が通っている。先生を満足させる事が出来れば、巷が不景気に喘いでいようとも他所から仕事は舞い込んでくるだろう。フライト・コンバットの海外販売が順調なのも我々にとっては追い風だ」

 

増毛Pは自信満々だ。

 

 

 

その自信はどこから出てくるのだろうか。

 

一見順調に見える我等がフラッグシップ・プロジェクトの状況は、お隣のシンデレラプロジェクトと大差ない。

場合によっては、シンデレラプロジェクトより悪いといえるだろう。

増毛Pの左遷先であるフラッグシップ・プロジェクトこと第2企画第2プロジェクトは、小さな事務室とシンデレラプロジェクトの半分程度の予算を与えられて出発した。

 

そう、シンデレラプロジェクトの半分「も」予算があるのである。

 

単純に考えれば、7人のアイドルをデビューさせられる予算だ。

事務室だけはお隣の半分どころか4分の1以下だが、7人詰め込めない事もない。

 

しかし、増毛Pがデビューさせたのは私1人だ。

今後もフラッグシップ・プロジェクトとして新人をデビューさせる事はないだろう。

 

お陰で、事務室のレイアウトは動線を考慮した効率的なものであり、プロジェクトの売りとして潤沢な資金を使った高い顧客満足度を謳う事が出来ている。

初期予算の比ではないとはいえ、初シングルの売り上げという十分な成果もある。

将来についても中長期的にはともかく、短期的にはフライト・コンバットのDLCが控えており、順調な滑り出しといえよう。

だが。

 

「確定していない未来を楽観視するのは危険ではありませんか。"World Wonders"の表現方法とて、まだ完成したわけではありません」

 

その自信に水を差された筈の増毛Pは、少し眉を動かしただけで直ぐに表情を戻した。

 

「無論、100%完成しているわけではない。しかし、現在まで先生も満足しており、君と専門技術委員会の能力を考慮すれば夏フェスまでに完成度を十分高める事は容易だ」

 

私と専門技術委員会か。

定時脱走と完全週休2日制を謳歌している無個性なアイドルと、有能だが金食い虫の専門家集団。

増毛Pの自信の源泉だという。

これは――漠然としているが――彼の美学なのだ。

 

今世、私はホワイト企業と目される企業に入社(未だ社員待遇としては内々定だが)し、勝手にホワイトな勤務条件でアイドル活動を行ってきた。

しかし、彼にとってはそれこそが自信の源なのだろう。

――部下を定時に帰すことが。

――部下に適切な休みを取らせる事が。

――部下が彼の思惑通りに動く事が。

――必要な技術に必要なだけ資金を投入する事が。

彼が自分自身を納得させるのに必要なのだ。

 

確かに、人間は適切な休みを取らなければ労働のパフォーマンスが低下する事が、学術的には分かっている。

専門技術に適切な対価を支払わなければ技術は進展しないことが、統計的には分かっている。

皆、分かってはいるのだ。

だが、そんな知識は数多のしがらみや風習のなかに埋没し、かき消された物が殆どだ。

実際に出来る人間など居ない。

 

だからこそ増毛Pは、関係者が最高のパフォーマンスを発揮できる環境を用意することに始終し、関係者が増毛Pの思惑通り動いて成果を上げることで満足するのだろう。

いつだったか、"成功を約束するためにプロデューサーは存在する"と増毛Pは言ったが、まさにその思考を体現してるといえる。

 

しかし増毛P、残念ながらそれは貴方の出世願望とは相容れない。

彼の美学の実行の為に、社内のカウンターパートが悲惨なことに成る事が容易に予想できるからだ。

誰もが貴方の様に、既存の儀式を踏み倒していく勇気を持ち合わせてはいない。

誰もが貴方の様に、イニシアティブを持ちながら物事を進めていく知能を持ち合わせてはいない。

 

世の中の凡百は皆、誰かに振り回され既存の轍を踏み歩いてゆくのだから。

 

 

 

しばらく私が考え事に耽っていたためか、増毛Pが外出してしまった。

「おたくの所掌だから」と根回し無しで仕事を放り投げにいくのだろうか。

いや、「直接会いに行くなど非効率極まりない」と、角が立とうがメール1本で済ませそうな人間だ。

 

事実、私のメールボックスにはCcで宛先に入った増毛Pの業務メールが入っていた。

用件は簡潔で、指示は具体的。

けれど、相手への気遣いは欠片もなかった。

 

 

 

***

 

 

 

角の向こう側に据付けられた自販機から、ガコンと飲み物を吐き出す音がした。

音の重さから言えば、ペットボトルではないだろう。缶コーヒー辺りの可能性が高い。

 

そこまで考えた後、買ったのは誰かと予想する。

 

ここ30階休憩スペースの自販機を利用する人間は限られている。

シンデレラプロジェクトのメンバーか、フラッグシップ・プロジェクトのメンバー、そして偶にやってくる今西部長だ。

今西部長は役員会議に出席中なので、とりあえず候補から外す。

シンデレラプロジェクトメンバーは夏フェスに向けたレッスン中だ。ユニット毎にローテーションで休憩しているとはいえ、缶コーヒーを買うとは考えにくい。買うならば水かスポーツ飲料だろう。

 

ここまで考えて、武内は立ち止まった。

残る候補は千川ちひろ、安曇玲奈、そして増毛Pである。

千川さんなら何の問題もない。

残りの二人が問題――というより、会う事に引け目を感じるのである。

 

そしてそういう予感が働くとき程、悪い方へと物事の天秤は傾く。

 

「変なところで固まってるんじゃない。お前程かくれんぼに向かない人間は居ない、と以前言った筈だが」

 

 

 

自販機から転がり出た缶コーヒーを片手に増毛Pの隣に武内は腰掛けた。

気まずい時間が流れている、と少なくとも武内は考えている。

缶を開けてコーヒーを口に流し込むが、全く味がしない。

 

どうしてこうなったんだろう。少なくとも入社当時はこうではなかったはずだ。

武内のOJTであった増毛Pは、無愛想であったものの指示や指導は的確であり、武内自身の実直さも相俟って良い関係を築けていた筈であった。

また、仕事においても増毛Pと組んでいる間は、お互いの欠点をフォローしあって順調に運べていた、と武内は感じていたのである。

 

「どうした、しけた顔をして」

 

貴方の所為です、とは咽まで出かかったが飲み込むことに成功した。

同時に、自分の所為だ、という言葉も飲み込んだが。

 

増毛Pは安曇玲奈と専門技術委員会という、346プロの他の職員の影響を受けることが無い独自の戦力を手に入れた。

咽から手が出るほど欲しかったそれを手に入れた彼は、武内の目から見ても随分と変わった様に思う。

増毛Pの下から自分が離れてから彼は目に見えて不機嫌になったが、今よりは周囲の目を気にして言葉や行動に移す事は無かった。

ところが今や、邪魔するものは居ないと言わんばかりに、夏フェスのセトリ決めにおいて他のプロデューサたちの胃を合法的に攻撃している。

勿論、自分の胃もだ。

ただ、それを「ズルい」と言うことは出来ない。

増毛Pは自力で正面から殴りかかってきている。

むしろ、社内政治に手を染めた搦め手を使っているのはこちらの方だ。

 

「・・・・・・羨ましかったんですよ、先輩の自信が」

 

346プロの売れっ子アイドルを抑え、他の先輩や役付きに遜ることなく自分のアイドルが一番だと言える。

自分もそうでありたかった。

多少張り合ってみたものの、その判断を後悔しないと言えば嘘になる。

 

言いたい、自分の担当アイドルが一番だと、自分の考えている事が最も優れているんだと。

 

――言えない。

お世辞、謙遜、配慮、忖度・・・・・・。

そういった社会人としての生活の中で身に染み付いた思考が、その選択肢を排除する。

例えそれが建前だとしても、本音を通す為に必要な事だとしても、担当アイドルや自分自身を下げる後ろめたさは常に付きまとった。

 

「武内にも自信があったから、プロジェクト曲をぶつけたんじゃないのか」

 

「そうじゃ・・・・・・いや、そうかもしれませんね」

 

セットリスト調整会議の場で手を挙げたとき、自分の中に何かがあった。

それが、増毛Pに煽られた意地なのか、第1企画への配慮なのか、あるいは自信なのかは判断がつかない。

 

「何かがあったから、プロジェクト曲をぶつけました」

 

それを聞いた増毛Pは破顔する。

不気味だ。

 

「なんだそれは。手に持っているのが小道具の剣なのか霊剣なのかも分からないのに、俺に殴りかかってきたのか」

 

「分かっていたら、もう少しキレイに殴ってますよ」

 

あのように突発的にではなく、十分な準備をしていただろう。

ステージを見て、自分が「これだ」と思ってから、増毛Pに挑んだだろう。

 

「だが、その方が武内らしい。お前には用意周到という言葉は似合わない。周囲の人間と状況に振り回されるのが、お前だ」

 

否定できない。

だが、その言葉で思い出せるのは、主に目の前の人間に振り回された記憶だ。

苦言の1つぐらい許されるだろう。

 

「新卒だった自分を振り回すようにしたのは、主に先輩ですよ」

 

「そうだったか。まぁ、俺とお前の組み合わせならそれ以外に無い」

 

こちらは真剣に言ったつもりだったのだが、増毛Pはなんとも思っていないようだった。

過ぎ去った過去の話ということだろうか。

それとも、最近は上手く行っているが故の余裕だろうか。

 

出会い頭に軽口を叩かれた事があった。

帰り際に口論になった際にあった煽るような発言は、よくよく考えると適切なアドバイスだった事があった。

 

2人の関係を良好と呼ぶにはあまりにも距離があるが、最悪のときに比べれば遥かにマシだろう。

人は常に変化し、それに伴って人間関係も変化する。

何も、悪い事ばかりではないのだ。

雨降って地固まるとも言う。

お互い口喧嘩で相当な事を言い合ったからこそ、忌憚の無い事が言い合えるようになった。

そんな今だからこそ、言っておきたい事がある。

 

 

 

「先輩はもう少し、我を抑えて周囲に気を配ればいいんです。”損をしている”とよく言われませんか」

 

 

 

仕事が速く正確で、頭も切れ、体力も気力も十分。

そんな増毛Pは、絶望的なまでに社内政治が下手糞であった。

いや、”無関心”といったほうが正しいかもしれない。

効率を追求する作業の1%でも気を向けていれば、彼の社会人生活は大きく変わっていたように思うのだ。

 

先程までの、悪役が悪巧みをしているような笑みが消える。

何時に無く真面目な表情でこちらを見つめた。

睨み付けている訳でもなく笑っている訳でもないが、窓から差し込んでいた太陽が雲に隠れ、彼の顔に影を落として不気味な雰囲気を作り上げていた。

 

「……そうだな、よく言われる。いや、”言われた”が正しいな」

 

返ってきたのは否定ではなく、同意だった。

 

「俺だって社内政治を考えなかった事は無かったさ。それをすることで俺の望みが叶えられるのならそうしただろう」

 

決して社内政治が出来ない人間ではない。

業務以外で他人と話したのは挨拶だけ、といった人間でないことはよく理解している。

 

「だが、それでは俺の望みは叶わないんだよ、武内。社内政治は手間が掛かる。”自分の処理能力の7割をそちらに裂いて、残り3割でしか本業を出来ませんでした”では話にならん。例え”人は感情の生き物である”と分かっていてもなお、公の場において給与を貰っている企業人は”論理の生き物”であって欲しいと俺は思っている」

 

世迷い事だ。

社会人になって未だ日が浅い武内ですらそう思う。

論理だけで生きている人間どころか、感情より論理を優先する人間ですら居るか怪しいというのに。

だが、増毛Pの目は真剣だった。

 

夢幻(ゆめまぼろし)だとは分かっている。ただ、最近は夢を見ていて良かったな、とは思うな」

 

増毛Pが咽から手が出るほど欲しかった”論理を優先する人間”安曇玲奈。

どのような手段を使って就職試験に来た彼女を部下(アイドル)に仕立て上げたかは知らない。

しかし、彼の夢が、美学が、彼女によって実現しようとしているのは確かだ。

 

それがどうしようもなく、羨ましかった。

 

 

 

***

 

 

 

手短に用件を済ませる増毛Pにしては、やたらと帰りが遅い。

デスクチェアのリクライニングを最大まで倒してゴロゴロするのも限界だ。

何か気晴らしになるものは無いかと見渡したが、この事務室には何も無い。

コーヒーしか用意していないのは大きな過ちだった。

 

宜しくない事ではあるが、執務室を空にして飲み物でも買いに行こう。

受話器は全て上げて置くことで、内線を全てシャットアウトする。

私がお留守番の間に1件も着信が無かったので心配要らないとは思うが、保険はかけておこう。

事務室のセキュリティは隣の部屋と異なり、身分証によるオートロックなので心配要らない。

・・・・・・PCといい身分証といい、まだ346プロの正社員ではないのだが。

 

気分よく脱走し、休憩スペースの自販機に向かう。

何かさっぱりする飲み物が欲しい、甘くない炭酸系のものはあっただろうか。

 

そろそろ自販機が目に入るであろう廊下の角で、奥を覗くアイドルが1人。

なにやら面白そうな事をしているではないか。

 

「どんな感じ?」

 

「Pチャンと増毛Pが並んでコーヒーを飲んでるにゃ。この2人の組み合わせですらしんどいのに話している内容も・・・・・・ってムグッ」

 

私に気付いた猫耳アイドルの口を封じ、休憩スペースからの死角に引き込む。

騒がれると面白みが半減するではないか。

腕の中で暴れるので、適当に撫で回してご機嫌を取る。

ほう、この辺が良いと? まるで本当の猫のようではないか、いや、犬か。

 

「な、なにをする……にゃ!」

 

いや、盗み聞きを2人でばれない様にやろうと思っただけだ。

角の向こう側に全神経を集中させている前川みくに後ろからくっ付いたところで、良い結果が得られるとは思えない。

さっさとこちらの存在を認知させた上で、2人仲良く悪い事をしようではないか。

 

「玲奈……チャンが、そんな事を進んでする人だなんて思わなかったし」

 

残念だったな、前川みく。

仕事をしている姿しか見ていない君は未だ知らないだけで、安曇玲奈は休憩時間を全力で休憩する人間なのだ。

勤務時間中に346カフェでお茶をしばいているのを島村卯月や渋谷凛に目撃されているにもかかわらず、シンデレラプロジェクト内にあまり伝わっていないのは予想外である。

人生の後輩達に悪い遊びを教えるのも、先輩の務めかもしれない。

 

「他のプロジェクトメンバーには内緒にしてね」

 

真面目な猫耳アイドルに、この背徳感がどの程度通じるかは分からないが。

 

 

 

増毛Pと武内Pが346カフェの前でみっともない口喧嘩をしてから未だ月日が浅い筈だが、いつの間にやら仲直りモドキをしていたようだ。

どちらか、あるいは両方ともが確りと謝った訳ではないだろう、お互い罪悪感を持っているためかシコリが残る会話だ。

年頃の男共はプライドが高くなりすぎるキライがある。

 

「玲奈チャン」

 

前川みくが私の袖を引き、この盗み聞きから退散しようとしている。

頃合ではある。しかし、ちょっと悪い事をして楽しんだ顔ではなく、やけに神妙な表情であった。

 

「玲奈チャンは、増毛Pの”夢”なんですか?」

 

”夢”か、難解な表現だ。

それなりに長い付き合いだ。増毛Pの夢を想像する事はできるが、直接彼の口から聞いたことはないから確証を持って理解しているとは言えない。

しかし、彼が私に求める事は簡潔且つ明瞭であり、業務上必要な事に絞られている。

私もそれに応えることを拒んだりはしない。

 

「強いて言えば”良いビジネスパートナー”といったところじゃないかしら」

 

人並み以上に社会人経験はあるつもりだ。

その経験の中から「くだらない」と思ったものを切り捨てて生きる私に付き合ってくれている増毛Pこそ、夢みたいな人間ではないだろうか。

 

「じゃあ、Pチャンにとっての今のみく達は何? ”夢”じゃないの?」

 

過剰なほど自分を信じる増毛Pと異なり、武内Pは周りの様子を窺いながらシンデレラプロジェクトを立てている。

増毛Pの様に背中がかゆくなるような言葉が出ることはないだろう。

だが、前川みくはそれが不満なようだ。

やはりアイドルを志したからにはNo.1を目指すのだろうし、背中を預けるプロデューサーにも自信を持って公言してもらいたい気持ちは理解できる。

そして、それを要求できる潜在能力を持っていることも。

しかし、世の中はそんなに簡単ではないのだ。

不用意な突出は、有象無象の理不尽や不合理に寄って叩き潰されかねない。

 

「勿論、”夢”でしょう。でも、増毛Pのような人以外にとって、それを言葉に出す事はとても難しい事」

 

武内Pは良くやっている。

アイドルの雛達の為とはいえ、ああも私が「くだらない」と切り捨てた事柄にも熱心に励める人間を見たのは久しぶりだ。

 

「それでも、みくはどこに出しても恥ずかしくないアイドルになるにゃ。Pチャンが口に出す事を憚ることのないアイドルに」

 

ええ、なりなさい、なれるでしょう。

 

「そのために必要な事は、貴女自身が夢を見るのをやめない事よ」

 

 

 

2人のうちのどちらかが、缶をゴミ箱に放り込む音が聞こえた。

潮時だろう。

休憩スペースの角からは十分離れており、ここで見つかっても聞き耳を立てていたとは思われないだろう。

しかし、組み合わせに違和感がありすぎるため、変に疑われる可能性がある。

更に死角になるエレベーターホールを経由して、1階まで行ってしまうのはどうだろう。

346カフェまで逃げ込めばこのペアであろうが違和感はない。

 

だが、前川みくは缶の音を聞いた途端、プロジェクトルームに戻ろうとするそぶりを見せた。

ここに1人で突っ立っている訳にも行かない。

内線も上げっ放しであることだし、私もプロジェクトルームに戻るとしよう。

 

不自然ではないように、女2人でお花を摘んでいたような振りをしながら、休憩スペースの方を振り返った。

 

 

 

「気をつけろ、武内。振り回されるのも良いが、引いてはいけない所、自分を押し出していかなければならない所、は見極めろよ。他人に嘘を吐くのはともかく、自分に嘘を吐くと叶うものも叶わなくなる」




C92/93/94と3度もスペースに足を運んでくださった方、ありがとうございます&お待たせいたしました。

C95までには完結させたいなぁ(願望)


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13. It's time to be an employee

詰め込み詰め込み。


フラッグシップ・プロジェクトは夏フェスに向けた出張準備を進めている。

増毛Pと2人だけなら楽なのだが、残念ながら諸事情あってロジの手配は大人数だ。

関係者として招聘しているフラコン製作陣や、私専用の舞台装置係も含まれている。

企画部のフェス担当が契約したイベント会社の技術が、"World Wonders"で求められるそれに追いついてなかった為だ。

ドサクサまぎれにフラッグシップ・プロジェクト用の専属スタッフまで雇っているのは如何なものかと思うが。

 

解き方が有って無いようなロジ捌きで忙殺されていると、隣が妙に静かだという事に気づいた。

それを口にすると、意外な事に増毛Pが答えを返してくれた。

 

「合宿、と言っていたな」

 

合宿、だと?

フェス直前に?

 

「なんだ、行きたかったのか?」

 

まさか。

私は不治の病によって1日8時間以上拘束される事が出来ない。

24時間監禁状態の合宿など、給料を3倍にされてもごめんだ。

人類に一番適していない「労働」という作業を行う為には、私の場合半日以上自宅に居る必要がある。

十分な休息を取り、自宅の文物に触れて余暇を楽しむ事で、明日への英気を養うのだ。

 

「フェスのような極度の緊張に晒されるイベント前は慣れた自宅に居るのが一番です。環境の変わる合宿に赴いて追加でストレスを受けることもないでしょう」

 

「違いない。我々の思考だ」

 

我々は顧客から金を受け取っており、相応の責任が生じている。

仕事には万全を期さねばならない。

 

「だが、彼らの思考ではない。君は夏休みの宿題を早く済ませるタイプか?」

 

ん?

勿論そうだが。

 

「なら、学園祭はどうだ?」

 

「たしかに、前日まで詰め込みでした」

 

お祭りだからな。

気の合う友人達とお祭り気分で楽しむことは、大学生の醍醐味だ。

しがらみの無いモラトリアム期間だからこその特権ともいえる。

 

「同じだ。合宿は準備や練習であるのと同時に前夜祭でもあり、フェスは学園祭当日ともいえる。放課後の青春時間を削ってアイドルをやっている彼女らへ、武内なりの配慮といったところか」

 

なるほど。

シンデレラプロジェクトのメンバーは全員オーディションに参加し、選ばれたメンバーだ。

自らアイドルを志した彼女らならば、未だ「好きなこと」と「やるべき事」が一致しているのだろう、お祭り気分と言うのも分からなくはない。

それにデビューも浅く、各ユニットに1曲ずつ、プロジェクト曲に至っては今回がお披露目と言う状況。

仕事で夏フェスに参加するとはいえ、諸先輩方や我々に対する評価基準とは別であろうことは想像に難しくない。

 

「なら、私の曲も甘く見積もってもらえませんかね」

 

「残念ながら我々への発注者はこの346プロではない。願い事なら発注者に頼む事だな」

 

そんなことだろうと思った。

フラコン製作陣も、件の作曲家も我々へ相当の代金を支払っている。

すなわち、評価は厳しいという事だ。

 

知識や技術を収集すればする程、練習や実践でそれを身に付ければ付ける程、要求されるハードルは上がってゆく。

 

「働けど働けど、我が暮らし楽にならざり。とはこのことですね」

 

「仕方がない、労働者とはそういうものだ。そうやって足掻きながら、この東京砂漠で生を掴み続けるしかないんだよ」

 

30階の事務室から見下ろす渋谷の街は砂漠というよりは、コンクリート製の熱帯雨林といった方がピンと来る。

眼下の大通りを行く人や車両は吹けば飛びそうな存在だ。

しばらくすれば、我々も移動のため彼らの仲間入りをする。

遥か遠方で微動だにしない富士の山が少し羨ましかった。

 

 

 

増毛P御用達のイベント会社と合流した後、フェスの会場を目指す。

中央自動車道を増毛Pの運転する社用車が先導し、その後ろをイベント会社のマイクロバスとトラックが追う。

 

「企画の方がもう少し頑張ってくれるか、先生がもう少しハードルを下げるかしてくれれば、こんな大名行列を組まずに済んだのだがな」

 

私だって自宅でもっとゆっくり過ごす事ができただろう。

今日中に着いたところで、会場には資材とセット組み立ての業者しか居ない。

アイドルや346プロの関係者が現地入りするのはもう少し後だ。

 

「まぁ、先生ご納得の機器をセットにねじ込めただけヨシとするか。ハードウェアが整わないと出来るものもできなくなる」

 

古巣も可愛そうに。

これもフラッグシップ・プロジェクトの為だ。

もちろん、その努力は巡り巡って346プロ企画部へも見返りをもたらすだろう、多分。

 

 

 

現地周辺は東京と打って変わって大自然が身近に感じられる環境だ。

霞んで遠くに見えた富士山も、その植生が見て取れる程度に近い。

 

「私は設営の監督をするが、君はどうする?」

 

セットができていないのでは練習も出来ない。

大自然の中で舞い踊るのも悪くないかもしれないが、そんな趣味は無い。

今すべき事は、この非日常に慣れることだ。

 

「宿にチェックインします」

 

宿泊場所の居心地を確かめることはコンディション管理の一環だ。

決してサボタージュではない。

時間があれば今日の晩御飯の目星でも付けておこう。

 

 

 

***

 

 

 

「今のホテルが第二の故郷」とはとても言えないが「なじみの宿」程度に落ち着いてきた頃、346プロの関係者が現地入りを始め、前日夕方には多忙なトップアイドル達も揃ったようだ。

お陰様で目星をつけた飲食店は全滅状態。

まさかこんなところで夕食難民になるとは思っていなかった。

ファストフードやコンビニで片をつけることも出来るが、私の気分がそれを邪魔する。

せっかくの出張だ、もっと良い所で良い物が食べたいのだ。

 

仕方が無い、最終手段に訴えよう。

増毛Pの財布でも捕まえない限り行こうとは思わなかった場所。

念のためATMで下ろしてから店の暖簾を潜る。

 

「お1人様で?」

 

「いえ、私達の連れです」

 

私が店員に答えを返す前に、奥のテーブル席から聞いたことのある声がした。

自分の考えが浅はかだった事に唇をかみ締める。

てっきり他の未成年メンバーと健全なお店に行っていると油断していた。

食べ物の評判が良いとはいえ、ここはお酒がメインのお店だ。

貴女が居てもおかしくは無い。

 

「高垣さん……」

 

「やっほー。私も居るわよ」

 

それは分からなかったわ。

 

 

 

「お2人だけですか? てっきり1企の方々とお食事されていると思っていました」

 

断るわけにも行かず、346プロが誇るトップアイドル達と相席する。

私服に少々お酒の入った彼女らは中々どうして目の保養になる存在だ。

彼女らのPは変な虫が付かないように見張っているべきではないだろうか。

 

「そういうアイディアもあったのだけれど、皆仕事終わり次第バラバラにこっちに向かったから結局叶わなくてね。偶々一緒できた楓ちゃんと前夜祭って訳よ」

 

「ええ。安曇さんは何を飲まれますか?」

 

高垣楓からメニューを受け取る。

ペーペーに対して毒な行為だ、他のアイドルなら萎縮してお酒どころではない。

しかし女、安曇玲奈。

プライベートはきっちり分けるタイプだ。

職場では先輩であろうと定時外ではフラットである。

 

メニューを見たところここの生はヱ○スだ、初めの一杯には悪くない。

しかし、食事メインの気分で店に入ってしまった。

炭酸でお腹を膨らます気分ではない。

 

突き出しを運んできた店員に大吟醸を冷で一合頼む。

お猪口も人数分貰っておいた方がいいだろうか。

 

「それ4割5分よ、飛ばすわねー……」

 

中ジョッキを片手に川島瑞樹がこちらに半眼を向ける。

店に入ると決めたときから値段の事は頭に無い。

そんな事を心配していたら味がしなくなってしまうではないか。

 

「良いお酒は明日に残りませんから」

 

変なものを飲んで二日酔いでした、では話にならない。

だからといって、一切飲まないというのも面白みがない。

 

「ふふっ、安曇さんは普段から良いお酒を飲んでらっしゃいますよ」

 

「えっ? そうなの? ゲームって儲かるのね……私にも仕事来ないかしら」

 

アイドルの他業界進出が著しい昨今、その内来るのではないだろうか。

フラコンだと前職的に航空管制官とかだろう、ありえそうな話だ。

あと高垣楓、誤解を生むような発言は慎んで頂きたい。

今世ではあの1回しか行ってないのだ。

 

「今度は川島さんも誘って行きましょう?」

 

「良いわね、それ」

 

全然良くない。

だが断る理由がないのも確かだ。

 

 

 

「こうやってアイドルの後輩とお酒を飲んでいると、この業界に入って長い事がヒシヒシと感じられるわ」

 

キャリア持ちの貴女方で無い限り、346プロでお酒が飲めるアイドルはそれほど多くない。

夏フェス参加アイドルの内、成人済みなのはここにいる3人だけだ。

 

「アナウンサーから転向したときは、もう1度新人の頃に戻った様な若返った気分だったのに」

 

「これいじょう年を重ねるのはいや(year)ですね」

 

勝手に2人だけの回想に入らないで頂きたい。

私など前世から転向して21年になるが日々新たな気持ちの連続だ。

 

「アイドル業界が刺激に乏しいわけでもないでしょう」

 

会社員は同じ部署に配属されておおよそ2~3年目以降は学ぶ事が無くなり、惰性で仕事をするようになるという。

ルーチンワークが主だからだろう、様々な仕事が舞い込むアイドルは中々飽きがこないと思うのだが。

 

「うーん……飽きじゃなくて立ち位置かしら。後輩達が出来ると先輩としては中々失敗が許されなくなるわね」

 

「上手に後輩達を導いてあげる必要もあります。過剰な干渉も不干渉も問題なので、加減が難しいですね」

 

「その辺はどの業界でも変わらないわね」

 

社会人の真理かも知れない。

後輩や部下とどう接すればよいか、悩む人間は多いだろう。

下手をすると増毛Pと武内Pの様になりかねない。

 

尤も、アイドルは個を売る存在なので、その様な悩みは少ないと思ったのだが。

自分が給料に含まれない業務に巻き込まれるのは嬉しくない。

 

「意外と周囲の人はアイドルの事を見ているから、346プロ内部の人は勿論、一緒にお仕事をする全ての人に対する気配りが大事よ。少しでも欠けると、次のお仕事に響くわ」

 

金満と評判の346プロでさえそうなのか。

不安そうな後輩にはメンタルケアの専門家、委託先には十分な予算、顧客には予算相応のサービス。

それではダメなのか。

アナウンサーもモデルもそうだったのであれば。

 

「何故アイドルに転向したんですか、元の業界と変わらないのであれば」

 

アイドルとしても大成した彼女達だ。

別に元の業界で上手く行かなかったわけでもあるまい。

すると、2人は目を合わせ、ワザとらしくため息をついた。

 

「それは勿論、アイドルになってやりたかった事があったからよ。やりたい事が1%でも増えるなら、それは十分転職の理由になるわ」

 

濁りの無い、真っ直ぐな4つの目。

貴女方も彼女らと同じ部類か。

この世界のアイドルは皆こうだとでも言うのだろうか。

 

「貴女はもうアイドルよ。その上で聞くわ。"貴女はアイドルになって何がしたい"?」

 

「それは――」

 

 

 

その質問をすべき相手は――私ではない。

 

 

 

***

 

 

 

「リハーサルはどうだった、問題ないか?」

 

夏フェス当日午前。

未だ会場前のセットと利用してリハーサルが行われていた。

 

「私は2曲ともソロです。出ハケは問題ありません。むしろ衣装が厳しいかと」

 

"Ace, High."の衣装は慣れ親しんだとはいえ、特設の楽屋で着替える事は簡単ではない。

フラコン製作陣の様に、今回の衣装係がこの凝り性の塊の扱いに習熟しているわけではないのだ。

 

それに輪をかけて面倒なのが"World Wonders"の衣装である。

先生が"Ace, High."の衣装の出来を非常に気に入っていた為、同じところに発注した結果、またしても見てくれ特化の衣装となっている。

舞台装置とあわせて色が変わる機構を組み込んだため、広がったスカートの中には制御用の基盤が、服の裏地には配線が走っており、扱いは容易ではない。

 

「着脱があまりにも難しすぎます。今の衣装係の練度ならあと3分は必要です」

 

「分かった、楽屋からステージまでの移動ルートを詰める。事前に人を配置して君が進む最短ルートを確保させよう」

 

楽屋の一角に設けた専用のデスクで、増毛Pが端末を操作する。

増毛Pはここに座っているだけでフェスの全容を把握する事が出来、委託しているフラッグシップ・プロジェクト専属スタッフの指揮を執る事が可能だ。

――346プロ企画部を微塵も信用していないのは、流石にどうかと思うが。

 

「しかし、実質的にバッファである移動時間を詰めると余裕がなくなります」

 

「衣装係の練度を上げる必要がある。本番までに今の時間から1分短縮するんだ」

 

無茶だろう。

2着とも似たような衣装であれば互換が利くが、着脱方法が全く違う。

今から両方の練度を上げる事は困難を極める。

 

「現実的ですか?」

 

「"Ace, High."の脱ぐ方だけだ。後ろの"World Wonders"との間隔が一番狭い。それ以外は何とかなる」

 

正しい取捨選択だ。

両方を追えと言われても、どうする事もできないのだが。

 

「衣装以外はどうだ?」

 

概ね問題はない。

企画部と別注の舞台装置係は安定して素晴らしい仕事を見せてくれている。

 

ふぅ、と増毛Pが大きな息をついた。

様々な手配が一段落したのだろう、本番までしばらくの静けさといったところか。

 

「戦争は開戦前にケリがついているという。ライブ成功の是非も同じだな、どれほど入念に準備したかがものを言う」

 

まるでもうライブが成功したかの物言いだ。

少し早いのじゃないだろうか。

 

「増毛Pは10割の成功の自信を持っているのですか?」

 

「まさか。私も人間だ、絶対の自信など持てんよ。物事を進める基準は8割の自信だ」

 

奇遇だな、増毛P。

私も同じ考えだ。

 

「残り2割は? 神にでも祈るんですか」

 

「違うな、残り2割を動かすのはその場で演じる君だ」

 

2割か。

随分と重たい事を言う。

 

 

 

外が騒がしくなり、私は時計を見ずとも今が開場時間だと知る事が出来た。

増毛Pは関係者を出迎えに行き、私は"Ace, High."への衣装に着替え中だ。

指揮官である増毛Pが本番直前に席を外すのはどうかと思うと苦言を呈したら、予備の携帯端末を渡された。

曰く、私が次席であるとのことだ。

都合の良い時だけ社員採用だという事を思い出さないで欲しい。

 

諸先輩方からお呼びがかかったので、ステージ裏に向かう。

"Ace, High."の衣装の良いところは軍服をモチーフにしているだけあって、素体ではそれなりに動きやすいところだ。

 

「あら? 新しい衣装?」

 

途中で合流した川島瑞樹は既に"お願い!シンデレラ"の衣装に身を包んでいた。

 

「いえ、"Ace, High."の衣装です。これからアクセサリを付けていきます」

 

「じゃあ悪いときに呼んじゃったわね」

 

全くだ。

何だか知らないが、フェスに関わる事でないのならわざわざ全員を集める事もない。

私以外にも1分1秒を争っているアイドルがいるだろう。

 

「そんな険しい顔しないで。5分間で346プロのアイドル同士が上手く行くとすれば、この儀式も悪くないんじゃない?」

 

儀式、お偉いさんの会議みたいなものか。

それで丸く収まるのであれば、次善の策として受け入れるしかないだろう。

 

ステージ裏に入ると、今日出演するアイドルが全員揃っていた。

どうやら私達で最後だったらしい。

川島瑞樹の半歩後ろを歩いてゆくと、アイドル達がサッと左右に割れた。

流石、最年長の貫禄である。

 

川島瑞樹の一声で円陣が組まれることになった。

円陣の末席――高垣楓と川島瑞樹の反対側――に向かおうとすると、その2人に両脇からがっちりと固定される。

何でこの細腕にそんな力があるんだ。

 

「どこへ行くんですか」

 

いや、末席に。

 

「新人にイケナイ事をするのはだめよ」

 

私だっていたいけな新人だ。

先輩2人に拘束されて無事でいられるほど、こんな場に慣れてはいない。

 

そんな私のささやかな抗議は無かったことにされ、高垣楓の号令が掛かる。

途中、寒いギャグによるフリーズもあったものの、気を取り直して元気の良い音頭がとられた。

 

 

 

「346プロ・サマーアイドルフェス、皆で頑張りましょう!」

 

 

 

皆で、か。

そういえば、本当の意味で複数のアイドルと共に仕事をするのは初めてだ。

765プロとはフラコン関係で度々共演したが、プロダクションが違うと「外様」感が否めない。

彼女らが円陣を組んでいるのを、少し遠いところから眺めていたものだ。

 

しかし、こうして自分がその陣に組み込まれると、なんだろう。

悪くない。

陳腐な言い方をすれば、凄い一体感を感じる。

世間を斜めから見る生き方をしていた頃には無かった、何か熱い一体感を。

 

けれど、その感情に心身を委ねるにはあまりにも歳を取りすぎた。

私はその感情が良い事ばかりではない事を知っている。

その心の浮揚は今は心地よいが、後で様々な理不尽や不条理を呼ぶ切っ掛けになるだろう。

 

でも今は、今この瞬間だけは。

この波に乗ってみても良いかもしれない。

 

 

 

「「おーっ!」」

 

 

 

柄ではないが、思いっきり叫んでみた。

両脇の2人、誘ったのは貴女方だ。

そんなに驚くんじゃない。

 

 

 

***

 

 

 

"お願い!シンデレラ"を皮切りに、次々とセットリストが消化されてゆく。

膨大な人員・時間・予算を費やして開催した夏フェスが、この時期のカキ氷より早く溶けてゆくのを楽屋のモニターから眺めていた。

 

娯楽の消費速度はこんなにも早かっただろうか。

だが、早くなくては先駆者か大手が独占してしまう。

彼らの供給が追いつかない程に消費する世界であるからこそ、346プロは765プロと言う壁が存在するアイドル業界に参入したのだろう。

 

そのお陰で私はここに居る。

"恋風"を歌い終わった高垣楓がこちらへハケて来て、右手を上げた。

 

「何でしょう?」

 

「ハイタッチです、知りませんでした?」

 

ああ、そうか。

いつも増毛Pの岩の様な手としかやっていなかったから忘れていた。

優しい音、柔らかい女性の手同士の接触。

 

「私の後だけれど、無理しないでね」

 

「"Ace, High."のお披露目は天海春香らの後でした、何ら問題ありません」

 

曲の順序など、我々には些細な問題だ。

重要なのは、歌う曲が良いものかどうか、良いものとするために準備をしてきたかどうか。

私は、この曲と作った人々が貴女に見劣りしないと自負している。

 

 

 

人は慣れるものだ。

何時の間にか、目の前の群衆にも動じる事はなくなってしまった。

そして目の前の彼らも、私が何もせずとも水を打ったように静まり返っている。

お行儀の良い事だ。

 

けれど、同時に寂しくもある。

増毛Pと2人で考え、少しだけ周囲を驚かせたそれは、季節が1つ変わる間に陳腐化してしまったのだ。

飽きられないようにするには、既存の曲であったとしても毎回見せ方を変えなければならない。

 

幸い、私の後ろには今までの舞台に無かった大画面が備え付けられている。

帝国側DLCトレーラーの先行上映会と行こうではないか。

 

 

 

どうも、他のアイドルや関係者の話によると、私が歌った後は他のアイドルのそれと一風変わった雰囲気になるらしい。

その前後に歌いたくない・歌わせたくないから、2曲とも前後にMCがくっ付いているのだろう。

先程まで舞台袖で酷い顔をしていた高垣楓だが、そんなことは微塵も見せずに私の隣にいる。

流石はトップアイドルだ、踏んできた場数が違う。

 

「実は昨日の晩、瑞樹さんと玲奈ちゃんと3人でお酒を飲みに行ってきたんです」

 

おい、コラ。

 

一体、何が高垣楓の機嫌を損ねたのだろうか。

普通の、極普通のMCで良かったのだ。

夏フェスを企画したお偉方が求めているのは、私が残した雰囲気のリセットであって、私のプライベートの一部を暴露する事ではない。

 

「あの、高垣さん。MC(ここ)でそんな話をしなくても……」

 

私は貴女と違って酒キャラではないのだ。

新人の大事な時期に変なキャラクターを植えつけるのは止めて頂けないだろうか。

 

「でも、私と安曇さんがお話ししたのって、お酒のお店しかありませんし」

 

そういえばそうだ。

演技か素か分からないが、こちらに向けるのは透き通ったオッドアイ。

 

入念に準備した曲ならばともかく、即興のMCでは未だ敵わない。

神崎蘭子の"-LEGNE- 仇なす剣 光の旋律"が始まるまで、始終高垣楓ペースで進んでいった。

 

 

 

舞台を降りると待機しているはずの新田美波が居らず、代わりに出番がしばらく後の前川みくと多田李衣菜が居た。

行きは楽屋からステージ裏に直行したため気がつかなかったが、新田美波が発熱によって倒れたようだ。

"Memories"では神崎蘭子が新田美波の代わりを務め、衣装交換の時間を*(アスタリスク)の2人がMCで稼ぐという。

 

「増毛P、聞きました?」

 

衣装裏の携帯端末を取り出して増毛Pに連絡を取る。

 

「ああ、伝わっている。これで5分のビハインドだ。時間に余裕ができた、見舞いに行ってきても構わん」

 

見舞いか、新田美波とはそれほど話した事が無い。

入社数ヶ月で隣の室の人間と一定以上の関係が築けるほど、コミュニケーション能力に秀でているわけではないのだ。

 

「見舞いは、行かない方がいいと思うにゃ」

 

救護室へ足を向けようとしたところ、前川みくが進路を防いだ。

避けようとすると、隣は多田李衣菜がブロックしている。

 

「今は、千川さんと美嘉チャンが付き添っているし、一人ぼっちなわけではないにゃ」

 

「熱の原因は極度のストレスっていうから、安曇さんが行くと、その、ロックな感じになっちゃう」

 

何だそれは。

多田李衣菜の表現に思わず苦笑する。

けれど、私が行ったところで気を使わせるという考えには同意だ。

 

「玲奈チャンが心配していた事は後でちゃんと伝えるから、今はそっとしておいて欲しいにゃ」

 

そう。

では、よろしく頼む。

 

 

 

***

 

 

 

楽屋で直立不動の着せ替え人形になっていると、ずぶ濡れになった増毛Pが飛び込んできた。

残念な頭を守るためだろうか、白いタオルの上に帽子まで被っている。

戦争映画で見る旧軍の兵士のようだ。

 

「酷い雨だ、予報での降水確率は0%だったはずなんだが」

 

山の天気は変わりやすい。

端末に表示した雨雲レーダーは一過性の通り雨である事を示唆している。

1時間もしないうちに上がるだろう。

だが、降った水だけはどうしようもない。

 

「機材は無事ですか?」

 

「なんとかな。お陰で私はこの有様だ」

 

屋外用の機材とはいえ、雨に打たれるままにするわけにはいかない。

一部の機材はその辺のスタッフの年収より高かったりする。

防水の為の手当ては人間より機材優先で回されているようだ。

 

勿論、優先されている人間も居る。

 

「関係者席の先生方は一旦車の中に避難してもらった。この辺ではあの高級車の中が一番いい席だろう」

 

駐車場の一角を別世界にしている黒塗りのセダンの群れか。

確かに、雨が舞い込むテントや、このすし詰めの建物よりはずっとマシだろう。

 

「進行からは1時間程遅らせると連絡が入ったが、小雨になれば繰り上げて開始するだろう。天候に注意するんだ、着替えは予定通り行え」

 

 

 

実際、小振りになった時点で、"できたてEvo! Revo! Generation!"よりステージを再開させた。

池袋での初ライブは予定が重複した為見る事が出来ていない。

モニター越しとはいえ、生でnew generations(ニュージェネレーションズ)のライブを見るのはこれが初めてだ。

 

城ヶ崎美嘉のバックダンサーをしたときより、格段に表情が良くなっている。

彼女らの瞳が1人1人の観客を追い、唇は歌詞の一節一節を丁寧に届けるようで。

そして、そのあまりにも眩しい笑顔は、モニターの輝度を過剰に高めたように感じられた。

思わず目を背ける。

 

目線の先には帽子とタオルを外した増毛Pが居た。

 

「この数ヶ月で、一体何が……?」

 

「それが武内の魔法だ。端から見ているとどう考えても上手く行きそうにないものが、何が何だか分からないうちにいつの間にか上手く行っている。大方、私達の見えないところで努力しているんだろうが、それにしてもアレはやりすぎだ。努力云々で片付く問題じゃない」

 

魔法使いのプロデューサー。

彼にプロデュースされる14人は、文字通り「シンデレラ」だな。

お城のお姫様に恋焦がれる少女達。

 

「それは12時で解ける魔法なのでしょうか」

 

「さぁな、少なくとも私は解けたのを見たことが無い」

 

あぁ、そうか。

自分でもこれが非生産的な感情だと分かっている。

分かっているが、こうも一方的にやられっぱなしだと、収まるものも収まらないのだ。

 

才能を持った者達が努力を重ねて勝利する。

それはお約束だが、1度くらいもっと地道でアングラな組織が勝ったっていいじゃないか。

我々だって、日の目を浴びたいときくらいあるさ。

 

暫しの猶予だ武内P。

私が12時の鐘を鳴らそう。

 

 

 

***

 

 

 

城ヶ崎美嘉のMCによって、346プロ15年度生の紹介が簡潔に行われる。

時間配分はシンデレラプロジェクト4に対してフラッグシップ・プロジェクト1といったところか。

人数比や私と城ヶ崎美嘉との関わりの少なさに対して、多く時間を取って頂いた。

話す事が少なくて申し訳ないと思う、尺を稼ぐのは大変だったはずだ。

 

ステージ裏で衣装係と共に最後の衣装調整が行われる。

電装系と舞台装置のリンクを確認、衣装係が持つ端末のステータスが順次緑に変わって行く。

 

「衣装、OKです」

 

「舞台装置、何時でも動かせます」

 

ここには増毛Pはいない。

関係者席へ行くと言っていた。

心配していないという事だろう、舞台裏からステージ上までの一切は全て任されているということだ。

 

「ありがとう。では、行って来ます」

 

さぁ、残りの2割を取りに行こう。

私を支える数多のスタッフにお礼を言い、顔を軽くはたいて気合を入れる。

 

 

 

それは鐘を突く感覚か。

それともタイムカードを叩く感覚か。

 

 

 

ステージへの階段を上り始めた時点で、"World Wonders"は始まる。

これは夢破れ、社会で生きる為妥協した創作者が歌いたかった物語。

 

 

 

始まりは1人、何もない灰色の世界。

書いた詩が、弾いた曲が、一瞬光を放つが、それは誰にも受け止められることなく元の灰色に戻る。

彼は探し始める、自分の作品を輝かせる何かを。

 

旅の中で「世界」は輝きを彼に見せる。

彼は光るそれを1つ2つと手に入れるが、欲しいもう1つが見つからない。

彼は3つ目がある「世界」を探している。

 

彼が振りまく光は、"世界"の欠片の興味を引く。

彼を追おうにも、流浪の彼の行方は知れず。

"世界"は輝く彼を探している。

 

 

 

歌い終わった瞬間吸い込む空気が、ドッと胸を叩く。

その衝撃で、曲が終わった事を知覚する。

 

ここから降りるまでがステージだ。

作り上げた空気を壊さぬよう、消えるように舞台袖へと去った。

 

アイドルの雛達よ、輝く才能を持つ者達よ。

 

貴女はどの光を持っていて、どの光が必要な世界に行きたいのか。

 

貴女には何が出来て、何がしたいのか。

 

 

 

皆、私にはそう尋ねるのに、何故彼女達には尋ねないのか。

 

 

 

***

 

 

 

"World Wonders"を事前に見に行った千川さんは、"Ace, High."より落ち着いた曲だと言っていた。

だが、安曇さんがステージへの階段を上り始めた瞬間、違和感を感じた。

未だ曲は始まっていない。

しかし、周囲の空気が彼女の下に集まっていくような何かがあった。

 

隣にいる千川さんも、周りのプロジェクトメンバーも気付いていない。

自分の勘だけが警笛を鳴らしている。

 

「千川さん、少しの間ここを任せます。"GOIN'!!!"が始まる前には戻ってきます」

 

そう言い残して観客席へと駆け出した。

 

観客席の端に辿り着く頃には、違和感がいっそう強くなっていた。

しかし、未だ言葉にすることが出来ない。

ステージ上の安曇さんに惹きつけられそうな目線を無理やり戻して、観客席の中央を目指す。

 

彼女が何かやるとすれば、背後に増毛先輩が居るのは間違いない。

関係者席とステージを結ぶ直線上まで行けば、何かが分かるはずだ。

 

 

 

分かりたくなかった、違和感で抑えておけば良かったのだ。

観客席の中央通路まで来た自分は、ステージ上のアイドルに目線が固定されたまま、汗を拭う事すら忘れていた。

 

ライブ自体は何の変哲もない、普通のアイドルのライブだ。

だが、見た者に与える印象は普通のそれではない。

 

彼女が一歩歩く毎に、世界から色が消えた。

彼女が一息つく度に、世界に色が付いた。

 

――錯覚だ。

そう自分に言い聞かせた。

実際、視線を彼女から逸らせば、そこには見慣れたステージがある。

 

そういえば、高校生物の授業で聞いた事がある。

人間の目で色を感じる事が出来る部分は視界の中央のみで、大部分は輝度しか感ずる事が出来ないのだと。

しかし、ここから見えるステージはあまりにも小さく、その領域には収まりそうにない。

 

「衣装と舞台装置、ですか……」

 

増毛先輩が強引に持ち込んだ"World Wonders"専用の舞台装置。

彼女の一挙手一投足に合わせて動くそれが、錯覚を見せているのだとすれば。

 

「相当な、執念です」

 

口から出た言葉が正しいか分からない。

だが、このステージに掛かっている人員・予算・時間を考えれば、増毛先輩の本気である事が容易に窺えた。

先輩は安曇玲奈に、このステージに346での人生を賭けている。

1度左遷された人間が本流に復帰する事は難しい。

今後、先輩がどのようなキャリアを歩むかは想像できないが、本流に戻る事を望んでいるのであれば、この一撃に賭けていてもおかしくはない。

 

だからといって、してやられるわけには行かなかった。

こちらとて、自分や千川さん、そして何より大事なシンデレラプロジェクトのアイドル達14人の人生が懸かっている。

 

 

 

息を切らして舞台袖に駆け戻ったときには、自分がプロデュースするアイドル達が円陣を組んで声を上げていた。

ステージの異常には気が付いていない。

伝えようとする努力は、声の代わりに空咳となって宙に消える。

 

真っ先に気が付いたのは、ステージに上る途中、もっとも遠方に行かなければならない諸星さんだった。

階段を上がるはずの足が出ていない。

 

「……きらり? ――ッ!」

 

彼女が踏み出さないことに疑問を覚えたのだろう。

様子を伺いに前に出た渋谷さんが気付き、後はドミノ倒しの様に衝撃が広がった。

 

「プ、ロデューサーさん……」

 

新田さんが助けを求め、思わず駆け寄ろうと足が出る。

だが、駆け寄ったところでどうすればよいのか。

 

恐らくこれは、安曇さんが見てきた世界。

天海さんらや高垣さんの直後に歌う事を強いられてきた彼女が歩んできた道。

小規模な単独ライブでデビューし、今日まで鳥篭の中で飼われてきたシンデレラ達に対する1つの試練。

 

――アイドルになりたければ、この世界に入ってみなさい――

 

自分の脳内で、安曇さんが蠱惑的にそう囁く。

冗談ではない。

彼女達はこれから少しずつ大きな舞台や他のアイドル達との仕事をして、そういう世界に入っていく予定だ。

いずれ頂点にいたる可能性とはいえ、一歩一歩、1m1mと上っていく。

貴女の様に、ロケットで成層圏に打ちあがる存在ではない。

 

進ませるわけには行かない。

だからといって、下がらせるわけにも行かない。

 

打つ手の無くなった武内への救いの手は意外な、しかしお約束の声色で聞こえてきた。

 

 

 

「私達はアイドルに"なる"んです!! 今日、ここでぇ!!」

 

 

 

島村さんが踏み出した一歩を起点として、安曇玲奈の世界に放射状の罅が入る。

全員が駆け出す頃には硝子の様に砕け散り、元の世界の色を取り戻していた。

 

 

 

***

 

 

 

「……ィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」

 

楽屋への帰り道、人気の無い所を見計らって拳を壁に打ちつけた。

 

やはりそうなのか。

私では彼女らに及ばないのか。

 

懸命に作り上げたシンデレラ城への要害が島村卯月によっていとも簡単に踏み抜かれたことは、"World Wonders"の演技よりも私の呼吸器系に負担をかけていた。

脳に酸素が送れず、思考がヘドロの中から抜け出せない。

周囲の物音が途切れ、空気を引っかくような耳鳴りだけが私を包む。

その行き場のない思いの捌け口を、無機質なコンクリート壁に求めた。

 

「そんな顔もするんですね」

 

高垣楓……この辺に人は居なかったはずだが。

 

「この壁の向こう、私の楽屋なんです」

 

ああ、そうか。

随分とステージに近い、良い部屋だ。

 

「正直、今までの安曇さんはどう接すればよいか分かりませんでした。普通の人は自分の中から世界を見ているのに、安曇さんだけは自分の外から世界を見ているようで、どこか話がずれている気がしていたんです」

 

部分点だけで赤点を免れる程には、中々良い線を行っている。

世界を一通り見てきたんだ、人とは視点がずれていてもおかしくない。

 

「でも安心しました。安曇さんも喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、そしてまた、嫉妬もする"人間"だと分かったので」

 

その通りだ。

トップアイドルである貴女に言われると、あまり嬉しくはないが。

持てるあなたとは違って、工夫を凝らしてなお足りないのがこの私だ。

 

「知っていますか安曇さん、私達は足りないものがあるからアイドルになるんですよ」

 

 

 

「随分と荒れているようじゃないか」

 

高垣楓が連絡を入れたのだろうか。

迎えに来た増毛Pにエスコートされながら、楽屋への道を歩む。

 

「商売道具を傷つけるとは、らしくない」

 

壁に打ちつけた私の左手を取り、その青痣を眺める。

アンコールを含めて後2曲残っているが、両方とも全体曲だ。

立ち位置は新人の常で後ろの方なので、観客席から見ることはできないだろう。

 

「素晴らしいステージだった、先生も喜んでいたよ。関係者席へのPRは想像以上に上手く行った。何が不満だ?」

 

見ていなかったのか増毛P。

ステージの余韻を一撃で消し去った島村卯月を。

 

「勿論、見ていた。だが、それがどうした」

 

 

 

アンコールを含む全ての行程が消化され、観客もアイドル達もこの会場を去っていった。

私はイブニングドレスに着替えて、増毛Pがセッティングした先生方の会合に参加しなくてはならないらしい。

曰く、「営業活動」だそうだ。

時間外労働だ、1.25倍にして返してもらうからな。

 

「確かに、武内は鋭いシュートを放った。逆転の可能性があったことは確かだ」

 

社用車で会合の場所へ向かう途中、運転席の増毛Pが口を開いた。

目線は道路の先を捉えたまま、逸らさずに。

 

「だが、それはホイッスルの後だった。我々は目的を達成し、彼らは達成感を得た。誰も損をせずに丸く収まっている」

 

ああ、そうだ。

その通りだ、私以外は。

 

かつて、著名な武将が兵を募ったときの故事だ。

武将は募兵に来た男達の特技を尋ねていたという。

棒術が得意な者には槍を持たせ、足が速いものには伝令を任せたという。

そして、「何でも出来ます」といった者は追い返されたそうだ。

 

「何でも出来る人間は、何にも出来ない人間だ」

 

私は今世、スペックを平均的に伸ばしてしまった。

人を魅了できる突出した何かを作ることなく、教育期間を終えつつある。

 

「半年も経たない間に、随分と贅沢な発想をするようになったもんだ。初心に返れ安曇玲奈。私も専門技術委員会も、誰もそんなことは望んではいない」

 

初心か。

誘われたときは、普通の会社員とアイドルの生涯年収の期待値の差を天秤にかけていた気がする。

社員待遇かつ完全週休二日制を確保できると踏んで、貴方の誘いに乗ったのだ。

 

「今の君の仕事は専門家の手助けを得て顧客の要望を実現する事だ」

 

失礼、仕事の方ね。

初めての仕事は2人で調べ、練習をしていたというのに、今では随分と大所帯になった。

より遠く、より深い知識や技術にアクセスする事が出来、高度な表現が可能になっている。

 

「巨人の肩の上に乗れ。1人で高みに立とうとするな」

 

それはなんら恥じる事ではない、と増毛Pは続ける。

知の巨人の肩に乗ってアイドル界の巨人達と張り合う、あるいは少し凌駕する事ができるのなら十分だ、と。

 

専門技術委員会は複数人なので、組体操をしている上に乗っている、というイメージが正しいだろうか。

1人1人の位置が決まっており、きちんと組織だって組み上げないと崩れる高台。

しかし、統率さえ取れていればどのような場所にも、型にも組みなおす事ができる。

 

「君をアイドルにしてからようやくここまで来れた、この世界で戦っていける"形"ができた」

 

需要はあるが供給がない場所にすばやく移動し、高台を組み上げて私を仮初の巨人にすることで、我々は仕事を手に入れる。

今後もフラッグシップ・プロジェクトは仕事を求めて粘菌の様に動き、形を変え続けていくのだろう。

それが増毛Pの作り上げつつある組織だ。

 

「1人でこの海に出るのはただの遭難だ。船長や航海士といった数多の船乗りが組織されて、初めて航海が可能になる」

 

「私の役割は?」

 

そうだな、と間を置いてから一言。

 

「舳先の彫像(アイドル)だ」




アニメ1期終了です。
連載は一旦ここまでとさせていただきます。

1年半お付き合い頂き、ありがとうございました。


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