Fate/Losers Order (織葉 黎旺)
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特異点F 炎上穢染裸エプロン都市
第零敗『僕もマスター候補生なんだ』


 「フォウ!フー、フォーウ!」

 

『ん……?』

 

 頬をチロチロと湿ったものでなぞられる感触。顔に触れたモフモフとした何か。極めつけに聞いたことのないような謎の鳴き声。抱いた疑問が切欠となり、黒い学ラン姿の少年は目を覚ました。

 

 「フォウ!フォフォッフォウ!」

 

『痛たたたた!』

 

 瞳を開くと視界に入ってきたのは、モフモフとした毛並みの白い謎の生物。生憎、自分はこんな生物にお目にかかったことはないが、希少生物か何かなのだろうか。

 

『何だっけ、箱庭学園にいた』『あのモブキャラっぽい人達の一人……』『そうそう、上無津呂さんだ上無津呂さん』『あの人ならこの子のことも知ってそうだよなあ』

 

 独特の括弧つけた喋り方で、少年――球磨川禊は独り言を続けた。言いながら謎の生物を捕まえようとしたが、スルリと腕の間を抜けられて逃げられた。

 

『ちぇっ』『僕に懐いてくれるとは、なかなかに見る目のある生き物だと思ったんだけどねえ』

 

 離れていく生き物を見ながら、球磨川は冷静に付近を観察する。何処か機械的で未来的、清潔そうな床と丈夫そうな壁。それに長い、うねるような形状の廊下。何個かドアらしき物がついている箇所もあるが、ここは一体――

 

 

 「ちょ……ちょっとそこの貴方!」

 

『んん?』

 

 聞き慣れぬ声に振り返ると、白髪の女がキッ、と鋭い眼光でこちらを睨んでいた。髪色は白いが、歳をとっているわけではなさそうなハリのある声と肌。二十代後半くらいだろうかと球磨川の慧眼が推測する。

 

 「見ない顔だけれど……貴方もマスター候補生なのかしら?」

 

『…………』『ああ、そうそう!僕もマスター候補生なんだ!』『箱庭学園からやってきました球磨川禊です!よろしく仲良くしてくださいっ!』

 

 「そう。それならいいのだけど……何か怪しいわねアナタ」

 

 実際問題、彼女の推察は間違っていない――球磨川禊、悪でもなく善でもなく、その性質は負。良いも悪いも全部ないまぜにして、全てを台無しにする男である。尤も、今は改心した筈だが――

 

『ははっ』『よく言われるよ』『えーっと……オルガマリー所長?』

 

 「ヒッ!?」

 

 ぬるり、と何処か不気味な動きで球磨川は距離を詰め、胸元を凝視した。オルガマリー・アニムスフィアと書かれた写真付きのネームプレートを確認。彼女はここ、カルデアの所長であり、最高責任者である。

 

『ああごめんごめん、僕視力悪いから近づかないと見えないんだよね!』

 

 「そ、そう……」

 

『サイズはDかな?』

 

 「な……何を見てたのよアナタは!」

 

『いてっ』

 

 勢いよく飛んできた平手が、球磨川の頬に紅葉を作った。にも関わらず何処か幸せそうに、球磨川はヘラヘラと笑う。

 

 「あーもう!私にはアナタごときに構ってる時間はないの!説明会ならこの部屋で一時半から行われるから、それまでこの辺で待ってなさい!」

 

『はーい。親切にどうも!』

 

 己が出てきた部屋を指差し、オルガマリーは忙しそうに何処かへ歩いていった。球磨川が大人しくその場に座り込み携帯電話を弄り始めると、またもや先ほどのモフモフとした生き物が、ちょこちょこと彼のところに向かってきた。

 

『お、やっぱり見る目がある子だね』『よーしよしよし』『よーしよしよし』

 

 「フー……」

 

 少年のように目を輝かせて生き物に手を伸ばす。が、触れるか否かというところでソレは跳躍し、球磨川の肩に乗った。

 

『はっはっは』『僕の肩が好きとはまるでピカチュウだね』『このこのー』

 

 「フー…………!」

 

 心なしか嫌がっているように見えたが、球磨川はその生き物の頭の辺りをゴシゴシと撫でた。

 

『可愛いなあ可愛いなあ!』

 

 「フー!フォーウ!」

 

『いでっ!?』

 

 調子に乗って全身をわしゃわしゃしたのがトサカにきたのか、球磨川の指に思いっきり噛み付くその生き物。それを冷ややかな目で見つつ、茶髪の女性がスタスタと歩いてきた。

 

 「全く……球磨川くん、永遠を生きる僕でも君ほど愉快な男は星の数くらいしか知らないぜ」

 

 声の方を向くと、カチューシャでまとめた茶髪の女性がいた。オーバーな身振り手振りをしながら、球磨川はぬるりと起き上がる。

 

『あっ!』『あなたは!』『安心院さんじゃないか!』『安心院さんじゃあないか!!』『強敵から僕たちを守って散っていったはずなのに不っ思議ー!』『もしかして、僕達の友情が生み出した奇跡!?』

 

 「……あのさあ、君のその煽り症はどうにかならないのかな?」

 

 どごぉっ、と大きな音を立てて球磨川禊は吹き飛び、壁にめり込み突き抜け、三フロア分ぶち抜いた後停止する。運良く、いや運悪くか。ぶち抜いた先に全く人はいなかったが、まるでダンプカーが突っ込んだかのような大穴と、半端ではない騒音が辺りに響いたが、それらは全て一瞬のうちに消え――まるで、『なかったこと』になったかのようになる。壊れていない綺麗な壁と、ピンピンしてる球磨川禊。辺りには先程までと同じ光景が広がっていた。

 

『やめてよねー、力任せに殴り飛ばすとか』『そんなことされたら普通に死んじゃうよ!』

 

 「うん、というか普通に殺してみたのさ」

 

 サービスで魔改造しといてあげたぜ――そう言って、安心院は球磨川に接吻した。

 

『っ!?』

 

 「ふふ、球磨川君ったら相変わらず初心な反応♡」

 

 頬を赤らめ、口元を隠しつつ安心院から距離を取る球磨川。

 

『全く……『口写し(リップサービス)』だなんて、僕の心臓に悪いからやめてほしいものだよ』

 

 「心臓が止まってもそれが"なかったこと"になる、『大嘘憑き(オールフィクション)』の使い手がよく言うね」

 

 ――『大嘘憑き(オールフィクション)』。それは球磨川があるスキルを改造して作り出した、この世すらも"なかったこと"に出来てしまう可能性を秘めた恐ろしいスキル。もっとも、球磨川はほとんどそのスキルを己の蘇生――もとい、己の死を"なかったこと"にする目的以外で使っていなかったが。

 

『ということは今の『口写し(リップサービス)』は……』

 

 「君に渡しておいた『実力勝負(アンスキルド)』を回収しといたぜ」

 

『ええっ!?じゃあ『安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)』は!?』『安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)はもう使えないの!?宴会で役立つ面白手品だったのに!?』

 

安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)』とは、()()()()()()にしたものが三分間で元に戻るスキルである。当然のように実用性は薄い。

 

 「両方使えても不平等だし、『安心大嘘憑き(エイプリルフィクション)』はもう使えないようになったよ。無印の『大嘘憑き(オールフィクション)』くらいは持ってないと、この職場では君は簡単に死にそうだからね」

 

 安心院の杞憂も当然である。魔術師というのは基本、魔術の秘匿を旨とする故、その目撃者には容赦がない。一部の過激な者を相手にした場合、球磨川のような友達も何もない異邦人は、あっさり実験体などにされてしまう可能性もなきにしもあらず。カルデアにはほとんどそんな魔術師はいないはずだが――恐るべき程の低確率でも、それを引き当てるのが球磨川禊だ。

 

 「さて、2000文字超読者そっちのけな展開が続いてたから、そろそろ説明パートに移らせてもらうぜ」

 

 ――人理修復保障機関フィニス・カルデア。通称カルデアと呼ばれるのがこの場所。標高6000mの雪山に作られた工房で、人類の決定的破滅を防ぐために作られた特務機関。そもそも魔術とは何か――そういった辺りも詳しく安心院は球磨川に説明した。

 

『なるほどね』『かくかくしかじかしかくいムー〇ってわけか』

 

 「おいおい、急に際どいネタを使わないでほしいね。文字を伏字に変更するスキル『頭隠して尻隠す(スニークユニーク)』がなかったら危ないところだったぜ。ついでに僕らも説明しておこう」

 

 学ランの少年――球磨川禊。

 つい三月まで高校三年生だったが、この春晴れて卒業。しかし就職先も進学先も決まらず、どうしようかと途方に暮れていた普通の過負荷(マイナス)。中学時代、支持率ゼロのまま生徒会長に成り上がった、高校時代、通う学校全てを廃校にしながら様々な学校を転校して回っていたなど様々な異色な経歴を持つ男。三年生の夏休み、箱庭学園生徒会との戦いによって改心したのだが、その分セクハラが増えた。いいも悪いも全てを台無しにする過負荷。

 

過負荷(マイナス)っていうのは読んで字のごとく、負の塊みたいな連中の総称だぜ」

 

『酷いなあ、過負荷を社会のゴミみたいに言うなんて』『人として最低だぞ!』

 

「はっはっは、人外の心には刺さらないなあ」

 

 少女――安心院(あじむ)なじみ。一京のスキルを持ち、宇宙の誕生からずっと生き続ける、文字通りの人でなし。平等なだけの人外。親しいものは皆彼女のことを、親しみを込めて安心院さんと呼ぶ。

 

「で、職なし学なしの君に僕から、就職というささやかなプレゼントを贈らせてもらったのさ」

 

『いや、僕はそんなことよりも家に帰ってジャンプを――』

 

「別に構わないぜ、()()()()()()()。ここ、ある秘境の奥地に建てられた施設で、外は極寒の雪山だけど」

 

『へえ、なかなかに良さそうな施設だね』『僕にピッタリの就職先だぜ!』『早く働くぞう!!』

 

「その意気やよし。でも君、南極でも学ランで動き回ってたんじゃなかったっけ?」

 

『それはほら』『大陸は歩くだけでいいけど、雪山なら頑張って下山しなきゃいけないじゃん?』

 

「球磨川くんの生態は本当に謎だぜ」

 

 ――長くなったが、まあつまり、球磨川禊は安心院なじみによってカルデアに連れてこられたのだ。一派遣スタッフとして。

 

 「しかし、くじ引きで適当に決めた結果がここだったのは、流石球磨川禊としか言えなかったぜ」

 

『えへへへへ』『褒められちゃったぜ』

 

 「色々裏のある場所とはいえ、普通に働く分には普通の職場だから特に危険とかはないはずだよ」

 

 それじゃあ適当に頑張ってくれ、そういって安心院は何処にでもいられるスキル『腑罪証明(アリバイブロック)』を使って何処かに消えた。

 

『よし、じゃあそろそろ時間っぽいし入っとくか』

 

 そういってから球磨川は、己が先ほどと違う通路にいることを思い出す。

 

『……あー』『どうやっていくんだろ、さっきのところ』

 







この小説の球磨川さんは本編終了後そのままカルデアにぶち込まれてる感じなので、スキルがまだ虚数大嘘憑きになってなかったのです


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第零.五敗『君の願いはようやく叶う』

『こういうときは誰かに聞くのが一番だよね』

 

 迷子となった球磨川は数分、辺りをうろちょろと動き回っていたが先程の通路には戻れていない。通り過ぎていた中に元いた場所があったのかもしれないが、似たような景色が続くのでカルデアに詳しくない球磨川には分からなかった。

 もう時間は一時三十五分を回っている。先ほどの話の通りなら、既に説明会は始まってしまった時間だ。オルガマリーと球磨川は勘違いしていたとはいえ、本当に一般スタッフとして雇われたのであれば、別段参加する必要はないはずだ。

 

『でもその間暇だしなー』『回線悪くてソシャゲは遊べないし、ゲーマーに厳しい職場だぜここは』

 

 そんな感じでスマートフォンをしまい、再び歩き出す。球磨川。すると向かい側から見覚えのある生物が駆け寄ってきた。

 

 「フォーウ!」

 

『また君か……』『と、おや?』

 

 「フォウさんに懐かれる方を見るのは二人目ですね……」

 

 「あれは懐いてるって言えるのか……?心なしか攻撃してるようにも見えるけど」

 

 「ハハハ、喧嘩するほど仲がいいということなのではないかな」

 

 生き物の後ろからやってきたのは三人の男女。白衣を着たショートカットの少女と、跳ねた髪質の黒髪の少年。それに帽子を被り紺のネクタイを締めた、緑を基調とした服装の、柔らかな笑みを浮かべる紳士。

 球磨川は少し口元を歪めた後、それを誤魔化すように元気良く話し始めた。

 

『そっか、この子はフォウくんっていうのか!』『一体何科何目何某何系何物なのか気になるところだけれど、知ってる人いる?』

 

 「フォウさんはこのカルデアにいる謎の生物です。詳しい情報は残念ながら、私は知りません」

 

 「フォーウ!」

 

 「あ、こら舐めるなって……くすぐったいだろ」

 

『………………』

 

 『あれーおかしいな?僕のときとは反応が段違いだぞ?』なんて考えながら、球磨川はじゃれあう一人と一匹を眺め、本来の目的を忘れていたことを思い出す。

 

『……あーそうそう』『ミーティングだか何だかが行われてる場所がわからなくて絶賛迷子なんだけど』『誰かが案内してくれたら嬉しいかなー』『なんて!』

 

 「それなら丁度よかった。実のところ我々も、遅ればせながらそこに向かうところでね。一緒に行くことにしよう」

 

『じゃあ一緒に行きますか!』『ああそうそう、自己紹介がまだだったね』『箱庭学園から編入――もとい、就職してきました、球磨川禊です!よろしく仲良くしてくださいっ!』

 

 「よろしく!俺、藤丸立香! 良かったー、慣れない場所で外人さんばかりだったから、少し肩身が狭いような感じがしてたんだよねー。同郷で同年代の人がいると気が楽だよ!」

 

『わかるわかる!』『何となく立香ちゃんとは気が合いそうな感じがするし、本当に良かったよ』『あ、僕は君のこと立香ちゃんって呼ぶから、立香ちゃんは僕のことを何か適当に呼んでね!』

 

 そういえば外国人だらけだけど、一体言語の問題はどう解決しているのだろうかと内心で首を傾げる。無論球磨川禊に英語なんか喋れない。安心院さんの一京のスキルの力だろうが、平等な筈の彼女が球磨川にだけ贔屓しているのは何か不気味というか……そこまでしてもらわないと僕は他と並び立てないのだろうか、なんて球磨川は自嘲気味に笑った。

 

 「じゃあ禊くんって呼ばせてもらうね」

 

『よろしく立香ちゃん!』

 

 握手を交わす二人。誰からも気味悪がられ気持ち悪がられ、まともに人と握手したことがほとんどない球磨川としては、このときの握手は妙に心にくるものがあったとかなかったとか。

 

『で、そちらのお二人は?』

 

 「マシュ・キリエライトといいます。よろしくお願いします、球磨川さん」

 

『よろしくよろしく!』『いやあ、こんな可愛い子とお近づきになれるなんて嬉しいよ!』

 

 「か、可愛い……?」

 

 「コラコラ、マシュをからかわないでくれ。失礼、紹介が遅れたね。私はレフ・ライノール。ここで働かせてもらっている技師の一人だ」

 

『……よろしく!レフさん!』

 

 「さて、長くなってしまったがそろそろ行くか。オルガの機嫌が怖いが、行かない方がもっと怖いからね」

 

 球磨川はちらりと携帯の液晶を確認する。一時四十五分、例の説明会の時刻より十五分も遅れている。明らかにヒステリックそうな、オルガマリー所長の顔が脳裏を過ぎって複雑な顔になった。

 

『やれやれ仕方ない』『怒られに行くのは慣れてるし、綺麗な女の子に怒られるなら御褒美だ』

 

 「彼女のことを綺麗な女の子と形容するとは、球磨川くんはなかなか豪胆な男だね」

 

 「球磨川さんは所長と面識があるのですか?」

 

『うん、さっき出会い頭に求婚された仲だよ』

 

 「はい?」

 

『……もとい、さっき出会い頭に訝しまれて怒られただけの仲だよ』

 

 マシュに己のボケが通じなかったのが割とショックな球磨川であった。というかそれは、ボケと呼ばれる代物ではないと思われるが。至って普通の冗談みたいな冗談である。

 そんなこんなで、会議室着。既に所長の演説は始まってしまっていた為、四人はかなり怒られた。が、すぐに話に戻る。

 

 「えー、知っての通りここカルデアは――」

 

 「………zz」

 

 藤丸立花は舟を漕ぐ。

 

 「そのため、このような場所に工房を製作し、人理の継続の為―――」

 

『……』『………』『……zzz』

 

 球磨川禊は夢現。

 

 「…………」

 

『zzzzz』

 

 「zzzzz」

 

 「レフ!!居眠りしてるこの不届き者二人をつまみ出してちょうだい!!!」

 

 心底お怒りのご様子のオルガマリー所長は、よりにもよって先頭の席で睡眠の歓びを享受している不届きもの二人を指差し、オーバーな身振り手振りでその収まらぬ怒りを表現している。レフは嘆息し、渋々球磨川と藤丸の二人を揺さぶる……が、球磨川の方は全く起きる様子もなく不動の姿勢を見せる。藤丸はフラフラとしながらも何とか立ち上がったが、所長による平手打ちを喰らう。しかしそれでも、魔力で強化した拳で拳骨を数発食らわされた球磨川に比べればマシと言える。

 

 「マシュ!彼を自室に閉じ込めておいて頂戴!」

 

 「あの、球磨川さんは……?」

 

 「コイツはもう放っといていいわ」

 

 「アッハイ……」

 

 トボトボと出ていったマシュ達を見送った後、球磨川は立ち上がった。

 

『あー、よく寝た……と』『ん?あれあれ?』『もしかしてまだ話の最中だった?』

 

 「ええ、ええ!永遠に眠らせてあげるからもう気にしないで!!」

 

『痛っ……!』

 

 そんな小競り合いをしながらも、一応話は無事に終わる。そしてカルデアの目的であり、今回の重要実験――レイシフトの為、マシュを含めた適性が高いと認められたAチームの面々は、その現場に向かった。無論スタッフとして球磨川も連行される。

 

『…実際、こんなまともそうな職場で僕に出来る仕事なんてないと思うんだけどねえ……』

 

 力仕事は駄目。魔術の素養はなし。まあ『大嘘憑き(オールフィクション)』は返してもらったわけだし、医療部門であれば微妙に活躍できるかなー。とそんな適当な推察をする球磨川。使えば色々と面倒なことになる気がするがいいのだろうか。主に魔術師の面々のプライドが散る。

 

 「では、これよりAチームのレイシフト実験を始めます!全員霊子筐体(コフィン)に入ったわね!?」

 

 さながらSF映画によくある操縦席のような見た目と構造をしている霊子筐体(コフィン)が、無数に並ぶレイシフトルーム。オルガマリーの耳にカンカンと刺さる声が響いた。

 ぼーっとしているうちに既に実験は始まろうとしている。数々の死地や修羅場を(死にながら)くぐり抜けてきた球磨川といえども、魔術やその一端に触れるのは初めてである。折角なので見逃さないように写メでも撮っとこう、とスマホを取り出す現代っ子。

 

『……ん?』

 

 今、カメラのフラッシュではなく、それとは別に何か光ったような――

 光の次に響いたのは耳を劈く爆音。意識はそこで薄れ、紳士然とした男の不気味な笑顔だけが球磨川の視界の端に残った。

 球磨川禊、享年十九歳。なす術もなく、爆発による衝撃で死んだ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ球磨川くん、君は本当に簡単に死ぬね」

 

『安心院さん……?』

 

 古びた校舎の一つの教室で球磨川の意識は覚醒する。否、明確には覚醒というよりは、ノンレム睡眠に見る夢のようなものだが――

 

 「だけどこれからはもっと大変だぜ?君は何回、何十回と死にながら我武者羅に進んでいくことになる。一つしかない命じゃあ、君にこの重い課題は解決出来ないだろうしね」

 

『課題……?っていうか何回何十回と死ぬって、おいおい』『何の冗談かわからないが、物騒なことは言わないでほしいね』

 

 「……球磨川くん」

 

 もとい禊、と何故かここで呼び捨てる安心院。ただそれだけの変化で頬を少し赤らめる球磨川。

 

『あ、あああ改まっちゃってどうしたのさ』『らしくないぜ、なじみ』

 

 「人を呼び捨てるんじゃないぜ♡」

 

 自分から始めといて傍若無人、刹那、球磨川は床に口付けた。安心院のかかと落としを喰らってのものだと気づいたのは数秒後である。

 

『うぇっ』『平等なだけの人外じゃなかったのかよ』『とんだ不平等だぜ安心院さん……』

 

 「悪平等(ノットイコール)と呼んでくれたまえ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――と安心院は笑う。

 

 

 「……球磨川くん。君はかつて、勝利を願った。敗北の星の元に生まれつき、根っからの敗者だった君は、それでも勝利を求めた。めだかちゃんに完膚なきまでに負けて。赤に惜しいところで負けてあげて。例の同盟成立時には、敗北すら利用して動いた」

 

『……まあ、僕ほど敗北を知り尽くした男はいないからね』『敗北は腐れ縁の友人みたいなものさ』

 

 「そして最後、卒業式でめだかちゃんとの賭けに勝って――君は初めて、勝利を知った。お空のお星様ほどに球磨川禊からは遠い存在だった、勝利というものに触れた」

 

『…………』

 

 「でも運命ってやつの気まぐれは人外たる僕にも推し量れなくてね……あろうことか、君は最後から二番目のマスターに選ばれることとなった」

 

『……は?』『……え?』『僕がマスター?』

 

 「君がこれより挑むのは人類史を巡る旅。難易度ルナティックな、とびっきりの聖杯探索(グランドオーダー)だぜ」

 

 今はまだわからなくていいから、とりあえず行っておいで――と言って安心院は、球磨川を蹴り飛ばすことで、教室から退出させた。

 

 「おめでとう球磨川くん、君の願いはようやく叶う――なんて。まあ、君を信じて高みの見物といかせてもらうぜ」

 

 格好よくなくても、強くなくても正しくなくても、美しくなくても可愛げがなくても綺麗じゃなくても――それでもそんなヤツらに勝ちたいと、そう願っていた少年は。弱くて嫌われ者でやられ役でおちこぼれで出来損ないなまま、人理修復に挑むことになるのだった。

 

 それがどうなるのかは、一京のスキルを持つ人外にも。過去から未来を見通せる魔術王にすら、わからないのであった。



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第一敗『最弱の英霊だよ』

『…………』

 

 意識を覚ました時、球磨川はてっきりまだ夢の中にいるのかと錯覚した。

 周りは比喩ではなく、完全に火の海。肌が焼け肉が焦げ、命が灰と化していく地獄。そこに"生"は微塵も感じられず。立ち込めるのは重苦しい"死"の予感だけ。潰れた住居らしきものの跡や、恐らくビルだったと思われるひしゃげたコンクリートの塊など、凡そこの世に顕現した地獄と言っても過言ではない様相。

 

『この程度で地獄?』『いやいや、生温いぜ』『こんなもの僕の半生に比べたら、天国みたいなもの――』

 

[不幸自慢は程々にしておいた方がいいぜ]

 

『え、安心院さん?』『何その変に括弧つけた感じ?』

 

 安心院の姿は見えないが、声だけは何処からか響いてくる。言うなれば、頭の中で直接響いているようなそんな感じ。

 

[メタいこと言わせてもらうと、「」だとおかしいし『』つけるのは色々と重なるから、その為の処置なんだよ]

 

『……?』

 

[うん、まあこっちの話ってことさ。とりあえず君への追加の贈り物がいくつかあるから、ポケットをまさぐってくれ]

 

 言われるがままにポケットを探すと、いくつか見慣れないものが入っていた。

 

『箱、と……』『え、スマホ?』

 

[わかりやすいようにスマホに寄せただけで、それは半纏の力を借りて作った軽い魔術を行使できるようにする端末だよ]

 

『へー』

 

[箱の方には例のごとく、スキルが入ってるから適当に使ってくれ]

 

 ホーム画面に散らばるいくつかのフォルダの中に『魔術』という項目があったのでそこに触れる球磨川。その中の『ガンド』という変なアイコンのものをタップしてみる。

 

[球磨川くん、右手の人差し指を前に上げた方がいいぜ]

 

『?』

 

 首を傾げる球磨川。刹那、先程まで首のあった場所を魔力弾が掠めた。

 

『は……!?』

 

[本当に悪運が強いね君は。ちょっとやそっとじゃ壊れないように出来てるし、受けた魔力をそのまま反射する性質があるからその端末、上手く活かした方がいいぜ]

 

『へー……』『なんだろう、凄く疲れた感じがするよ……』

 

[さっきのガンドは君の体内魔力を消費して発動したわけだしね。そりゃあ体に影響も出るよ]

 

『そーなのかー……』

 

[おっと、そろそろ彼等が来るようだ。この辺で僕は失礼するぜ]

 

 ドタバタと、複数の足音が聞こえてくる。見ると立香とマシュ、それにどこか疲れた様子のオルガマリーが、揃って驚きを隠せない様子で駆けてきた。

 

 「禊くん!?生きてたの!?」

 

『おっと立香ちゃん』『僕が簡単に死ぬ男だと思われていたのだとしたら、なかなかに心外だぜ』

 

 心外も何も球磨川禊は簡単に死んで短絡的に生き返る男なのだが、それを知る由もない藤丸は「悪い悪い、とにかく生きててよかった」と朗らかに笑った。

 

『あれれ?』『マシュちゃん、その凄い衣装はどうしたんだい?』『というか着痩せするタイプだったんだね君は!』

 

 「や、やめてください……」

 

 黒いボディプロテクターに細身な彼女には似つかわしくない大きな円形の盾。先程までの、眼鏡に白衣という恰好とは全く違う装いになっている。

 

『それについては僕から説明させてもらうよ……えっと、球磨川くんだよね?』

 

 音声とともに一同の眼前に、立体映像が浮かび上がる。現れたのはポニーテールでフワフワした印象の、白衣の男性。

 

『初めまして、ロマニ・アーキマンといいます。一応カルデアの医療部門のトップで、本来君の配属されるところの上司で……と、こんなことはどうでもいいか。みんなからは"ドクター"だとか"Drロマン"だとか呼ばれてるから、そんな感じで適当に呼んでくれると嬉しいな』

 

『はーい!』『んじゃ、ロマンちゃんで!』

 

『わー、何だそのすっごく緩い感じ。嫌いじゃないぞう』

 

 ヘラヘラというオノマトペが似合う、緩みきった笑顔。今が危機的状況なのを忘れさせてくれるほど和やかなものだったが、咳払いとともに真剣な表情となる。

 

『……本来ならそんな風にのんびり親交を深めたかったところだけど、生憎そんな余裕はないからね。テキパキと事情を――』

 

 「……それなら私がやるわ」

 

 一歩前に出て、キッと鋭い目付きで球磨川を睨むオルガマリー。

 

 「この絶望的な状況で足手まといはいらないの。この重い状況を説明して、さっさとカルデアに帰還してもらうわ」

 

『絶望的……ねえ』『まあ、手短にやって頂戴』

 

 オルガマリーが語ったのは、そもそものレイシフトの目的と現状。謎の爆発事故によりマスター候補生四十八人中藤丸を除いた四十七名は危篤状態、上層部の人間や多くのスタッフもこれに巻き込まれ死亡。今生き残ったのは管制室にいなかった二十余名のスタッフと、ここにいる四人。マシュは命を落とす直前に英霊と契約し、デミ・サーヴァントとして生き残ったのだという。

 

『そっかー、みんなも大変だったんだね』『で、サーヴァントって何?』

 

 「サーヴァントっていうのは魔術世界における最上級の使い魔と思いなさい。人類史に遺った様々な偉業・英雄・概念を霊体化したものなのよ」

 

『へー、つまりはいつだって忘れない偉い人であるエジソンだとか、』『織田信長とかそんな感じの人たちが英霊ってこと?』

 

『うん、まあそんな感じかな』

 

 「わかりやすくいうとオレみたいな奴ってことさ」

 

 青髪で長身な杖持つ男が球磨川の向かい、オルガマリーの後ろから現れた。先程までいなかったはずの男の出現に、流石の球磨川も少し驚く。

 

『!?』

 

 「おう、驚かせちまったか……悪いな」

 

『えーっと……』『サーヴァントの方なのかな?』

 

 「そそ。ここで出会ったキャスターさん。今は俺と仮契約を結んで、協力してもらってるんだ」

 

『キャスター?』『もしかして、お天気予報の得意な英霊なのかい?』

 

 「違うわよ。サーヴァントにはそれぞれクラスというものがあって、キャスターっていうのはその中の一つ、魔術師の――」

 

『あっ、飽きたんでもういいです』

 

 「知らないわよ!私が説明してるんだからちゃんと聞きなさい!!」

 

 憤慨するオルガマリーを遮るようにロマニとの声が響く。

 

『残念、本当に話してる余裕はなさそうだぞ。前方に魔力反応だ!恐らく竜牙兵が襲ってくる!総員備えてくれ!』

 

 「あーもう仕方ないわね!」

 

 「マスター、指示を!」

 

 「えーっと……適当に頑張って!」

 

 「オレはオレで、勝手に暴れさせてもらうぜ!」

 

『…………』

 

 球磨川は一人、安心院から貰った端末を見つめる。話しこんでいたせいで未だ、全ての機能を把握してはいない……が、何かしら戦闘に役立つ機能があるはずである。先程のガンドのように。

 

『…………』

 

 バレないようにスッスッスッと適当にスライドしていく。意識の外で硬い物がぶつかり合うキンという甲高い音。ガラガラと骨の倒壊する音が聞こえる。

 

『……お』

 

【英霊召喚】と書かれた一項目を発見。もしかして、という期待に胸を踊らせながらタップする。

 

『ん……アイテムが足りない?』

 

【消費聖晶石三個】と書かれているが、タップすると表示は零。足りない。どうすればいいのかわからないままとりあえず左にスワイプすると、【フレンドポイント召喚】という画面に移る。

 

『あー、なるほどね』『安心院さんも粋な計らいをしてくれるもんだ、わかりやすい』

 

 要するに先程のはソシャゲでいう課金アイテムを使用して行うもの、こちらは一日一回無料で引けるタイプの少しレアリティの低いアイテム用の獲得方法なのだろう。ガチャ、と呼ばれるアレだ。

 

『早速引いてみよっとうおっと』

 

 反射的にしゃがみこむ球磨川。先程まで首のあった辺りを、骨で出来た兵士の剣が裂いた。

 

 「は、ハア!?ちょっと、どういうこと!?何で召喚サークルが設置されてるの!?」

 

 オルガマリーが球磨川のスマホを指さす。そこを起点に、周囲の空間が先ほどとはうってかわって電子的な黒い空間になっている。球磨川の隣、中央には丸い魔法陣。そこから三本の光の奔流が飛び出し、波打つように広がり、収束し、天高くから光の柱が降り注ぐ。そして、同時に辺りに高笑いが響く。

 

 「ヒ――ヒヒヒヒヒ!」

 

 哄笑、嘲笑。込み上げる可笑しさを抑えられない、といった様子。

 

 「ハハハハハハハ!!運がないなあ、アンタ!オレみたいなのを呼ぶとは、いやある意味幸運なのかもしれないが!!」

 

 ――ソレは、光を塗り潰すような黒。猫のように目だけがギラギラと輝き、体全ては闇のようだった。少年ほどの体躯で、バンダナのようなものを巻いているのが見受けられる。

 

 「サーヴァントアヴェンジャー、召喚に応じ参上したぜ゛っ…!?」

 

 "アヴェンジャー"と名乗ったものの後頭部を、骨の兵士の棍棒が殴打した。

 

 「ちょ、お前なあ!!人様の召喚シーンに茶々いれるんじゃねえよ!」

 

 「アヴェンジャー……アヴェンジャーですって!?」

 

 オルガマリーが驚愕の表情を見せる。いつの間にか骸骨兵は蹴散らし終えており、さりげなく一体の骸骨兵を螺子伏せた球磨川はアヴェンジャーを見て笑った。

 

『アヴェンジャー?復讐者ねえ、ふうん……』『で、君は何の英霊なの?まっくろくろすけとか?』

 

 「まっくろくろすけねえ……うん、間違ってないこともないな!」

 

 刹那、アヴェンジャーと名乗ったモノの姿が変わっていく。赤いバンダナに赤い腰布、身体には夥しい無数の文字が彫り込まれており、両手には奇妙な形の短剣を一つずつ握っていた。

 

 「心の中が真っ黒黒ってんなら、オレほど相応しいやつはいないと思うぜえ?」

 

 そして彼は、己の真名を語る。"悪"を押し付けられ、"悪"であれと願われ。今もソレに囚われ続ける、一つの名を。

 

 「まあ知ってるかどうかわかんないし期待もしてないが……アンリマユ。何処にでもいる普通の反英霊だ」

 

『…………』

 

 「あーすまん、ウソだ。普通じゃない全然普通じゃない。尋常じゃないくらい弱い、最弱の英霊だよ。オレを引くなんてもうご愁傷さまとしか言えないな!」

 

『最弱?』『おいおい、最弱を気取られるのは困るぜ』『――球磨川禊。それが君のマスター?たる僕で、』『地球上で最も弱い男だよ』

 

 ――かくして、最弱と最弱は巡り会った。人類最後のマスター達に課せられた、人理修復。成功率は心做しか、マイナスに傾いているように見えた。



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第二敗『こんな状況に僕らを陥れた元凶に』

 

 アヴェンジャーという新たな戦力を手に入れた一同は、そこそこまともな状態で残っている廃屋の一角を使って状況を整理することにした。

 

 「……まさか貴方ごときが魔術師で、しかもエクストラクラスを呼び出すなんて…」

 

『この手の紋章、立香ちゃんとお揃いだね!』

 

 「そうだな、でも禊くんの方がちょっとカッコイイ気がするなー」

 

『そうかなあ』『ま、隣の芝生は青いって奴だろ。案外お互いの腕を取り替えてみたりなんかしたら、元の自分の方を選ぶんじゃないかな』

 

 「んー、まあそういうもんなのかもな?」

 

 「私の話を聞きなさいよっ!?」

 

 わざとなのか素なのか、オルガマリーを無視して軽く物騒な話を振る球磨川。

 

 「アヴェンジャーねえ……坊主、お前サーヴァントのクラスって知ってるか?」

 

『クラス?』『ああ、僕は三年マイナス十三組だったよ』

 

 「いや、そのクラスじゃなくて聖杯戦争における七つのクラスの話だ」

 

『一組から七組まであるのかい?』

 

 「……いいか。クラスっていうのは剣兵(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)暗殺者(アサシン)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)の七種類あってな。生前の逸話に応じて、対応クラスで呼び出されるんだ。俺は本来槍兵(ランサー)の方が向いてるんだが、まあ……魔術師(キャスター)の適性もあったから今回はそれで呼ばれた」

 

『なるほどね』

 

 ん?待てよ?と球磨川は首を傾げる。

 

『え、それじゃあさっきのアヴェンジャーっていうのは?』『七つのクラスに当てはまってないだろ?一体アレは……』

 

 「アヴェンジャーっていうのはエクストラクラスっつーヤツでさ」

 

 答えたのはアヴェンジャー本人。無知なマスターに説明を入れる。

 

 「稀に七つのクラスに当てはまらない、いくつかのクラスが呼ばれることがある。その一つがアヴェンジャー……復讐者のクラスってわけだ!」

 

『おいおい』『物騒な肩書きだけど、一体君は何に復讐するんだい?』

 

 「さあ?」

 

 首を傾げるアンリマユ。同時にマスターも首を傾げる。外野に至ってはぽかんと口を開け唖然としている。だが球磨川は、不敵な笑みで己のサーヴァントを見る。

 

『ふーん』『じゃあそれならさ――』『マスターたる僕のため、こんな状況に僕らを陥れた元凶に』『たっぷり復讐して頂戴』

 

 「――いいねえ。なかなか良いマスターに巡り会えたっぽくて、オレも嬉しいぜ」

 

 ま、先述の通り戦闘には期待するんじゃないぞ?と念を押すアヴェンジャー。わかったよ、といやに明るい返事を球磨川がした。

 

『で、今どんな感じの状況なんだっけ?』

 

 「ここが特異点化している原因……恐らく、聖杯が何処かにあるはずだからそれを回収すればクリアよ」

 

『聖杯?』『あー、それなら知ってるぜ』『速攻魔法で選んだモンスターの効果を無効にする代わりに攻撃力を四百上げる……』

 

 「よくわかりませんが、全く関係ないことだけはわかりますよ球磨川さん」

 

『軽い冗談だよ、マシュちゃん』『聖杯といえば宗教の儀式において使われるアレだよね』

 

『魔術世界における聖杯は、それとは異なる様々な意味合いを持っているんだよ』

 

 ロマン曰く。冬木に於いての聖杯は、手にした者の願いを叶える万能の願望機であり。また、魔術師にとっては、根源に至る手段の一つなのだそうだ。

 

『そろそろ勘弁してほしいよ』『僕の矮小な脳味噌じゃ、とてもじゃないが一度にこんな沢山のことは把握出来ないぜ』

 

『悪い悪い。でも球磨川くんも魔術師であるというなら、このくらいのことはご両親とかから聞いてなかったの?』

 

『僕は両親からは煙たがられててね』『碌に関わりも持たないまま生きてきたから、そのへんの事情には詳しくないのさ』

 

『……ごめん、少しデリカシーのない質問だったね』

 

『あはは』『今はこうして幸せに生きてるわけだし、気にしないで頂戴』

 

 まあ、嘘は吐いていない。ほぼ事実そのものだ。人の良さそうなロマンの弱味につけ込んだ形になっているのは球磨川と言えども少し心が痛まないでもないが、よくよく考えるといくら同情されても足りなさそうな凄惨な人生を送ってきていたので考えるのをやめた。

 

 

 「戦況か。アサシンとライダー、ランサーは倒したし、バーサーカーは恐らく近寄らなければ問題ない。専らの敵といやあ――」

 

 ――最優のクラス、セイバー。キャスター曰く、彼女の様子がおかしくなってからこの聖杯戦争は狂い始めたという。挙句の果てに魔術協会の手の者も聖堂教会の刺客も敗れ、冬木の街はこの惨状と化したのだという。

 

 

 「聖杯も奴が握ってるはずだ。セイバーさえ倒せば、この特異点とやらの状態も解決するはずだ」

 

 「役に立つかは置いておいて、壁程度にはなりそうな戦力も増えたし、そろそろ向かってもいいんじゃないかしら」

 

『アヴェンジャー』『早速肉壁として扱われてるぜ、僕たち』

 

 「あ〜、最弱だ何だと張り合ってたからそのせいじゃねえの?ま、そもそもマスターはそこのお姉さんに嫌われてそうだが」

 

『失礼だなあ』『僕は割と好きだよ、所長』

 

 「私は嫌いよ!」

 

『自分を卑下するのはよくないぜ?』

 

 「わ、私のことじゃなくて貴方のことよっ!!」

 

 苛立ったオルガマリーは球磨川に殴りかかるが、周囲の説得とサーヴァントであるマシュの力強い拘束により、どうにか宥められる。

 

 「貴方といると調子を狂わされるわ……カルデアに戻ったら、真っ先にクビにしてやる」

 

『……全員揃って、無事に戻れたらいいけどね』

 

 「怖いこと言うなよ。キャスターとマシュがいるし、凄い魔術師である所長も、禊くんとアヴェンジャーだっている。これだけいれば、絶対何とかなるって!」

 

 「藤丸……」

 

 「先輩……!」

 

 彼の言葉にマシュもオルガマリーも、ロマンでさえも励まされた。キャスターもそれを見てフッ、と小さな笑みを浮かべる。

 

『……全く、飛んだ甘ちゃんだぜ』『この世の中には楽観していこうが達観していこうがどうにもならず、失敗することだってあるってのに……』

 

 「禊くん……?」

 

『だけど悪くない』

 

 精一杯協力させてもらうぜ、といって球磨川は藤丸を見据える。汚れのない、素直で真っ直ぐな瞳。それを少し、羨ましく思った。

 

 「ああ!よろしく、全員で絶対に生きて帰ろう!」

 

 そして一同はセイバーの待つ、大空洞へと向かうのだった。



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第三敗『嫌いじゃないぜ』

 「さて、着いたぞ」

 

 キャスターの案内で大空洞に到着する。まるでここではないどこかに繋がっているがごとくぽっかりと開いた入口が、闇の中に手招きしているように感じられた。

 

『おお』『肝試しにでも使えそうないい雰囲気だね』

 

 「実際、平常時ならそういう風に使われてたのかもしれないな。こういうのってワクワクするし!」

 

 「いい度胸ね、藤丸。ど三流ではあるけれど、案外貴方は魔術師に向いているのかもしれないわね」

 

『え……ええっ!?所長が人を褒めた!?大丈夫ですか所長、遂に過労から少しおかしく……?』

 

 「……ッ!失礼ねロマニ!私だって人を褒めることはあります!それ相応の働きをしているのだから当然でしょう!?」

 

『あのー所長』『それなりに働いた僕らも褒めてもらっていいですか?』

 

 「貴方達はいてもいなくても同じようなものよ!」

 

 というか、まだ一戦しか戦っていないうえに雑魚戦だったため、本当に褒めるに足る功績がないのだ。こればかりはしょうがない。

 

 「お前ら準備は大丈夫か?何かあるなら一度戻るが」

 

 「強いて言うならお腹が空いたなー」

 

『僕もお腹空いたなー』

 

 「オレもお腹空いたなー」

 

 「すいません、私も少しだけ……」

 

 「はあ、しょうがないわね……」

 

 オルガマリーは嘆息して、ポケットから何かを取り出した。

 

『お!?』『ポテチですか所長!?』『育ち良さそうなのに意外だなー、っていうか太るよ?大丈夫?』

 

 「いらないこと気にするならあげないわよ」

 

『スレンダーな所長にはそんな心配いらないのを忘れてたぜ』『ああでも、僕としてはもうちょっとお肉が付いてた方が……』

 

 「コイツを除いたみんなで食べましょう」

 

 オルガマリーは球磨川を汚物を見るような冷たい目で睨み、藤丸たちとともに少し球磨川から距離をとった。それを見てやれやれ、と彼のサーヴァントは嘆息する。

 

 

 「ハア〜、どうやら本当に、いい性格のマスターみたいだな」

 

『よく言われるよ』

 

 「ああいや、皮肉めいた意味も勿論込めてあるがオレとしては本気でそう思うぜぇ?敢えて煽ることで、不安を抱えてたあの人の心を解して、己に敵意を向けさせることで忘れさせたんだろ?いやー、よくやるねアンタも!」

 

『あははは』『君には僕が、そんなことを考えながら動いているようにみえるのかな?』

 

 「ハハハ全然?まあ、オレとしては噂に聞くポテトチップスってヤツが食えなくて残念だが!」

 

『そいつは悪いことをしたね』『無事に帰れたら、何かあげるよ』『ポテチは確かなかったけど、たい焼きくらいならあったはずだ』

 

 「あんがと。楽しみにしとくよ〜」

 

 ヒヒヒ、と不気味な笑顔のアンリマユ。内心、何故ポテチがなくて鯛焼きがあるんだと疑問に思ったが触れないでおいた。

 

 

 「あ、禊くん。少ないけどこれ、よかったらアンリくんと分けて」

 

 藤丸はビニール袋に入れたポテトチップスを球磨川に渡す。驚いたように球磨川は、

 

『え、いいのかい立香ちゃん?』

 

 と聞く。何よりも所長が許したのが驚きだ。

 

 「いいよいいよ。俺らだけ貰っちゃうのは申し訳ないし、やっぱこういうのってみんなで食べた方が美味しいからね。所長にバレると煩いから、ナイショだけど」

 

『あー、そういうことね』『立香ちゃん、君もなかなかにワルだなあ』

 

 だがそのワルさ、嫌いじゃないぜ――といってぎこちなくウィンクして見せる。フフフと笑った立香は、んじゃ用意が出来たら呼んで、と言って所長たちと何かを話し始めた。

 

 「イイヤツそうだな、アイツ」

 

『ね』『善人ってだけなら割と知り合いがいるけど、ああいうタイプの子は初めてかな』『――さて、食べ終わったし死地に向かうとするかあ』

 

 一行は空洞の中へと歩を進める。中は思いの外明るく――とは言っても薄暗い。あくまで思っていたよりも明るいというだけの話である――その上涼しかったもので、『割と住みやすそうな環境だな』と球磨川は的外れな感想を抱く。

 

 「大聖杯はこの奥だ。ちぃとばかり入り組んでいるんで、はぐれないようにな」

 

『本当にすごく綺麗な洞窟だよね』

 

 「半分天然、半分人工ってところかしら……魔術師が長年かけて築いた地下工房ですね」

 

『へー……ッ!?』

 

 唐突に背筋に悪寒が走る。嫌な予感がした球磨川はバックステップを取り、後ろに下がった。刹那、どこからか放たれた矢が先程球磨川がいた地面を叩いた。

 

 「アーチャーのサーヴァント……!」

 

 オルガマリーが驚きの声をあげる。ちぃ、と舌打ちするキャスター。

 

 「オラ出てこいアーチャー!!テメエそこまで堕ちたってのか!?少なくとも俺の知ってるお前は、丸腰のマスターを狙うほどの卑怯者ではなかったが!?」

 

 「……ふん」

 

 黒い影のような、実態の見えない何かが彼らの前に立ち塞がる。今の冬木で倒されたサーヴァントは、このような姿になっておかしくなっているという話だったが――

 

 「結果さえ出せれば過程はどうでもいいのさ。特に、その男に対しては同じ雰囲気を感じたがね」

 

『…………』

 

 球磨川はソレに微笑みで返す。そしてさりげなく、何処からか巨大な螺子を二本取り出すと、誰もが予想だにしていなかった台詞を呟く。

 

 

『……みんな』『ここは僕に任せて先に行ってくれないか』

 

 「おい坊主、いくらなんでもそれは無茶だぞ」

 

 「そうだよ禊くん、全員で挑まないと何かあったときに……」

 

『よく考えてみてくれよ。そこそこ広いとは言え、この洞窟でこの人数なら、乱戦は必至だろう?』『そうすると数が多い分むしろこっちが不利だ、味方を気にしながら動かなきゃならないからね』

 

 「言われてみると確かにそうだけれど……でも、いくらなんでも一人でなんて!」

 

『アンリくんもいるよ』『それに――』『言っておくけど、僕。この英霊には負ける気がしないんだよね』『大丈夫だよみんな、僕を信じて』

 

 「……そこまでいうなら認めてあげるわ」

 

 「所長!?」

 

 「でも、絶対無事に追いついてきなさい。これは命令よ。守れなかったら承知しないから」

 

『わかったよ』『ありがとう、みんな』

 

 離れていく彼らを見送り、球磨川は黒い影を一瞥する。

 

『やった、人生で一度は言ってみたかったセリフランキング第六十三位が言えたぜ』

 

流石のアンリマユも呆れたように球磨川を見る。が、球磨川は咳払いして黒い英霊を見る。

 

『不意打ちしてきた割に律儀に待ってもらって悪いね』

 

 「いや何、折角だから殺すと決めた順番だけは守っておきたいと思ってね。それに……君を殺してからなら彼らを背後から狙える」

 

 「見たところ聖杯の泥を被ってるみたいだが――堕ちれば堕ちるもんだな、正義の味方。お前ほどになれば、なかなか食いごたえがありそうだ」

 

 「やってみろ、拝火教の悪魔」

 

『んじゃ、こっちも急いでるから茶々っと言わせてもらうぜ』『行かせてもらうぜ』

 

『僕は悪くない!』球磨川がそう高らかに叫び、二人は黒き弓兵へと向かっていった。



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第四敗『なかったことにした』

 

 

 球磨川禊の性格上、魔術というものには意外と頼らない。『大嘘憑き(オールフィクション)』という規格外なスキルを所持しておきながら、適当にしかそれを使わなかったのと同じように、彼は意外と強大な力を乱用しないような傾向がある。

 実際の所、彼が手当り次第全ての人間に『却本作り(ブックメーカー)』を施していれば、それだけでこの国は崩壊していたのではないだろうか。

 

 故に球磨川禊は。今まで通り、話術と力で相手を螺子伏せる――

 

『使えるものなら僕だって』『魔術で派手に闘いたいけど、ねっ!』

 

 大きな螺子を振り回し、黒い英霊に肉薄しながら球磨川禊は叫んだ。先程の『ガンド』という魔術。アレはどうやらそこまで上級な魔術ではないようで、その程度であれだけ疲れるというのなら、球磨川に魔術は向いていないのだろう。そもそも、未だどんな魔術が使えるのか把握し切れていない、というのもあるが……

 

 「ふむ、少しは出来るマスターのようだ。魔術師とはとても言い難いが……」

 

 振り回される螺子を手に持つ弓で軽々受け止めながら、弓兵は冷静に推察する。距離が近い上に積極的に懐に潜り込もうとしてくるので、弓の間合いに入らない。なら――

 

 「ふんっ!」

 

『うおっ』『とっ』『とっ』

 

 大きく後ろに跳躍した弓兵は、すぐさま何かを矢に番え、球磨川目掛けて放つ。運良く馬鹿でかい螺子で弾いているようだが、隙間だらけ故そこを狙撃する如き、彼には容易いことだった。

 あくまで、()()()()()()()()()()()()()()――

 

 「オラッ!足元がお留守だぜ!?」

 

 「くっ……ちょこまかと厄介な!」

 

 飛び出したアンリが、手に持つ短剣で弓兵の首元を狙う。咄嗟に回避する弓兵だが、そのまま短剣で攻め立てられ、再び間合いを取った。

 

『サンキューアンリくん』『助かったよ』

 

 「なあに、いいってことよ……」

 

 「ふむ、弓では分が悪いか。それならば――」

 

 手に持つ弓は虚空に消え、代わりに何処からか現れた二本の短剣が一本ずつ弓兵の手に収まる。白と黒の対となるデザイン。アンリはそれを見て舌打ちする。

 

『おいおい、短剣だって?』『もしかしてそれを投げたりするのかな?』『せめて弓に番えて放つぐらいしないと、弓兵の名が泣くぜ』

 

 「おいマスター、肩書きに囚われちゃいけないぞ。ソイツの本質は何より――」

 

 会話の暇など与えない、と言わんばかりに、弓兵はアンリの元に跳躍し、剣を振りかぶる――が、

 

 

 「ぐうっ……!」

 

 短剣二本を使い、アンリは何とかそれを受け止めた。が、それにより彼には、もう一本の一撃を受け止める手段が無い……!

 

 「ハアッ!」

 

『ちょっと待った!』『僕のことを忘れてもらっちゃ困るぜ』

 

 「グッ……!?」

 

 今度は逆に、アンリを狙ったことでガラ空きになった弓兵の背中を球磨川の螺子が刺した。貫くまでは到らなかったが、十分な外傷を与えたと言える。

 

 「ガハッ……!」

 

 しかし同時に、アンリの脇腹を弓兵の剣は切り裂いていた。そこそこ傷が深いようで、とめどなく血液が流れ出る。

 

『アンリくん!?』

 

 「これで実質一対一か……いや、足手まといがいる分こちらの方が有利か?」

 

 「ナメやがって……まだ動けるぜ、気にするなよ」

 

 アンリはそう言ったが、その実傷は深い――先程のような戦闘は無理と見た方がいいだろう。

 

『まあ休んでて頂戴』『人間が英霊に勝利する、歴史的瞬間をお目に掛けてやるぜ』

 

 「やってみろッ!」

 

 螺子と剣が、幾度となくぶつかり火花を散らす――が、数を重ねるに連れ、若干弓兵の方が優位となっていく。終いには螺子は弾かれ、洞窟の壁に吹き飛んだ。

 

『くっ……』『流石に、これは不味そうだ……!』『なんて、ね!』

 

 ニヤリと笑った球磨川は、何処からかもう一本螺子を取り出し、今度は弓兵の剣を二本とも弾き飛ばす。流石に予想外と見えて、驚いた様子の弓兵だったが、

 

『はは、その方がよっぽど弓兵らしいよ』

 

 「ああ、本当にな」

 

 更に二本、新たに同じ剣を投げつける――魔術師っぽい戦い方だな、なんて思いながらそれを弾こうとした球磨川だが――放たれた二本の剣は、先程放たれた剣とともに予想外の軌道を描き。球磨川の両肩、両足に突き刺さった。

 

『ぐっ……!?』

 

 「鶴翼三連……ッ!」

 

 更に二本剣を精製。目にも止まらぬ速さで、隙だらけの球磨川を斬り裂いた。アンリはそれを茫然と眺め、己がマスターの死を看取った。

 

 「嘘だろ……」

 

 「ふん、所詮こんなものだ……」

 

 弓兵はそこでふと、疑問を抱く。確かに目の前の男は仕留めたはずだ。アレで人が死なぬはずはない。しかし、それなら何故――目の前の英霊は、消滅しない?

 

『ふう』『あー、何回死んでも殺されるのには慣れないぜ』

 

 「なっ……!?貴様、どうして!?」

 

 弓兵は疎か、アンリも同様に驚きを隠せない――つい一秒前まで、血塗れとなってこの男は倒れていた。それが瞬間的に、あたかもなかったことになったかのように元気な姿で蘇ってきた――

 

『「大嘘憑き(オールフィクション)」!』『僕の絶命をなかったことにした』

 

 「死を……なかったことにするだと!?そんな魔術聞いたことがない!それどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 己の常識の範疇を越えた出来事に狼狽する弓兵。そこで生まれた決定的な隙が、勝負の行く手を決めた。

 

 「おらよっ!!」

 

 「グッ……ハッ……!」

 

 忍び寄ってきていたアンリに気づかず、ちょうど先程球磨川の螺子が軽く刺さった辺り――心臓を貫き、弓兵は倒れた。

 

 

 「……は、こんなコンビに負けるとはな……全く、敵わん……」

 

 その躰は光の粒子となり、消滅していく。それを見送った後、アンリは球磨川を見つめた。

 

 

『お疲れ』『意外といいコンビだったね、僕ら』

 

 「ああ、そうかもな……んじゃ、そんなコンビの片割れにさっきの手品を種明かししてほしいんだが?」

 

『んー……』『まあしょうがないかな』『だけどその前に、やることがあるだろう?』

 

 「やること……?」

 

 右手を大きく前に出す球磨川。それで察したアンリは、小さく笑ってハイタッチを決めた。

 

 「んじゃ、ササッと説明してもらうぜ?」

 

『ああ』『最初に言っておくが、多分君の常識ってヤツがぶち壊されるから』『頭は空っぽにして聞いてくれよ』

 

 「その点に関しては問題ないぜ。元から空っぽみたいに軽い頭だからな」

 

『そいつは重畳』『あー、どこから話すべきか……』

 

 言葉を交わしながら、二人は奥へと歩みを進めて行った。



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第五敗『ただ二人で生き延びるために』

 

 「はー、スキルねえ……」

 

『そうそう』

 

 のんびりと歩きながら二人は話を進める。緊急時とは思えないほど呑気な足取りだが、アンリとしては少しでも傷を癒しておきたいし、丁度よかった。

 

 「異常性(アブノーマル)過負荷(マイナス)、それに言葉使い(スタイリスト)……漫画みたいな話だな」

 

『神話の登場人物が言うことじゃないよね、それ』『というか僕に言わせれば魔術の方がよっぽど漫画っぽいぜ』

 

 ジャンプっぽくはないけど、と付け加える球磨川。ジャンプというよりはサンデーとかかな、と言って笑う。

 

『時間がないから手短に説明しておくと、異常性と過負荷が持っている特殊な長所(プラス)短所(マイナス)がスキル』『例えば僕なら、この『大嘘憑き(オールフィクション)』という欠点(マイナス)と、あともう一つ欠点(マイナス)を持ってる』『先程僕の絶命をなかったことにできたのも、『大嘘憑き(オールフィクション)』というスキルのおかげなんだ』

 

 「つまりは、何かをなかったことにするスキルってことか……?」

 

『そそ』『種も仕掛けもない、至って普通の面白手品だぜ』『例えばほら――』

 

 球磨川は滑らかな動作で、アンリの傷口を鷲づかむ。グッ!?と苦しそうに顔を歪めて離れるアンリだったが、その傷口は既に塞がり――否、なかったことになっていた。

 

『『大嘘憑き(オールフィクション)』!君の負傷をなかったことにした』

 

 「いきなり何するんだよ!?」

 

『いや、苦しそうだったから直してあげようと思ってね』

 

 綺麗さっぱり元通りとなった自分の身体を見て、アンリは少し、球磨川と距離を置いた。

 

 「"なかったことにする"スキルかあ……アンタがその気になったら、オレの存在や世界そのものもなかったことになるのか?」

 

『さあ?』『やったことがないからわからないなあ』『なかったことにしてしまうと、もう取り返しがつかないしね』『だからもし君がマゾヒストで、今の傷による痛みを楽しんでいたのだとしても、残念ながら戻してあげることは出来ないんだ』『でも僕は悪くない』

 

 「ふーん……」

 

 脇腹を擦りながら、アンリは少し足取りを早めた。藤丸達に追いついた時、戦闘は既に佳境を迎えていた。

 

 

 「約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)ッ!!」

 

 「仮想宝具擬似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)……!」

 

 青白い肌に金髪の、闇を纏ったような黒い剣を持った英霊――恐らくセイバーだろうか――が、ドス黒い巨大な斬撃を放った。多少離れているのにその熱量はひしひしと感じられ、周りの空気まで震えているのがわかる。

 深い闇を纏ったそれは、藤丸たちを呑み込まんと接近していく――ただの人間が喰らえば一溜りもないような、絶対的な一撃。しかしマシュは手に持つ盾を眼前に構え、大きな障壁が展開される。そして放たれる力の波からマスターを守り切らんと、必死に耐える。しかし一歩、また一歩と後ろにズルズルと押されていき。体勢すらも崩れかけた、その時だった。

 

 「……大丈夫、マシュ」

 

 「マスター……!」

 

 藤丸はマシュの隣に並び立つ。一歩間違えば、彼の体は光の波に飲まれ、呆気なく溶けるであろうに。恐怖感も悲壮感も感じさせず、彼はただマシュの肩を叩いた。

 

 「マシュが俺のために俺を守るんじゃないんだ。ただ二人で生き延びるために、二人で凌ぎ切るんだ……!」

 

 「はい……!」

 

 己の腰を押さえた温かく大きな手。こんな状況で、怖くて震えているのが伝わってきて。それでも――自分のことを信じてくれているこの人の為。マシュは――いや、二人はセイバーの宝具を、見事に耐え抜いた。

 

 「凌いだか……!」

 

 すぐさま第二波の用意をする為、魔力を放出し始めるセイバー。しかしその一度きりのタイムラグを見逃すほど彼等は甘くない。

 

 「よくやった!我が魔術は炎の檻、炎の如き緑の巨人。因果応報、人理の厄を清める守。倒壊するは『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!!」

 

 キャスターが杖を振るうとそこから赤い輝きが発せられ、剣を振りかぶるセイバーの足元にルーン文字で描かれた魔術陣が展開される。そこから炎が舞い上がり、同時に、木で編まれた大きな巨人が飛び出してきた。

 巨人は己の頭の上のセイバーを捕捉し、右手で掴みかかる。それを跳躍し躱すセイバーだったが、残る左手に掴まれ。そのまま巨人の胸部――檻のようになっている部分にぶち込まれ、重い鉄格子が閉まる。

 

 「くっ……!」

 

 抵抗を試みるセイバーだったが、そんな暇は与えられず。巨人は燃え盛る炎の中へと倒れ、同時に爆発が起こる。

 

『わーお』『CGでも見てるみたいだ』

 

 爆発の煙が晴れる。するとそこには、未だ直立しているセイバーの姿があった。

 

 「くっ!?」

 

 咄嗟に藤丸は前に出て、両手を広げてマシュを庇う。それを見てセイバーは目を見開き、フッと少し口角を吊り上げて剣を下ろした。

 

 

 「…守る力の勝利か。結局、私一人ではどう運命が変わろうと同じ末路を辿るということか……」

 

 「どういう意味だ……手前(テメエ)何を知ってやがる!」

 

 「いずれ貴方も知ることになる、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー……聖杯を巡る戦いは、始まったばかりだということをな」

 

 「!?」

 

 グランドオーダー、という言葉に明らかに大きな反応を見せたオルガマリー。セイバーは光の粒子となって消え、キャスターの身体も徐々に薄れ始める。

 

 「チッ……坊主!お嬢ちゃん!後は任せた。次喚ぶ時は……出来ればランサーで呼んでくれ、マスター」

 

 キャスターは少し、名残惜しそうな様子で消えていった。マシュ、オルガマリー、藤丸の三人は顔を見合わせる。

 

 「セイバー・キャスター、共に消滅を確認……私たちの勝利、なのでしょうか」

 

 「…どうなんですか所長」

 

 「あのアーチャーを本当に球磨川たちが倒しているのであれば……私たちの勝利よ。お疲れ様。まあ――この非常時に、よくやってくれたと思います。褒めてあげるわ」

 

 頬を掻き目を背け、心做しか恥ずかしそうなオルガマリー。マシュと藤丸はそれを見て微笑み、その反応にムッとした様子の所長は、「何よもう!」と怒って拗ねた様子だった。

 

『本当にお疲れ様、マシュ、藤丸くん。どうやらそこは映像が繋がらないらしくて、照れた所長の顔が見れないのが残念だけど……』

 

 「ロマニ・アーキマン、何か言ったかしら?」

 

『イエナニモイッテナイデス……えーっと、セイバーのいた辺りに水晶体があるはずだ。それを回収して――』

 

 「あ、禊くん!お疲れ、いやー大変だったね!」

 

『うん、お疲れ立香ちゃん』『格好よかったぜ』

 

 「ありがとー!禊くんの勇姿も見たかったよ」

 

『あはは』『ぬるい友情・虚しい努力・惨めな勝利って感じの冷戦だったぜ』

 

 「お前それ言いたかっただけだろ」

 

 惨めな勝利ってのはあながち間違ってないけどな、と内心付け加えるアンリ。話を遮られたロマニが何か悲しそうにボヤく声が聞こえてくるが、気にしてはいけない。

 

『えーっと』『水晶体の回収だっけ、ロマンちゃん?』

 

『そうそう。多分そこら辺に転がってるはずだよ』

 

 「軽いなー、重要物の扱い……」

 

『所長!』『僕も頑張ったんですよ所長!!』『褒めてください所長!!!』

 

 指示通り水晶体を探す藤丸を尻目に、球磨川は一人、何かを考え込む様子の所長に空気を読まず突っ込んでいく。

 

 「……冠位指定(グランドオーダー)、何故あのサーヴァントがその呼称を………」

 

『所長!』『聞いてますか所長!?』『所長ー!!』

 

 「五月蝿いわね全く!!はいはいよく頑張りました、お疲れ!!」

 

『……はぁ』『やれやれ』『心が篭ってないのがひしひしと伝わってくるぜ』

 

 「当たり前でしょう!?全く……」

 

『マシュちゃんも凄かったね』『あの一撃を防ぎ切るなんて、僕はもう君には頭が上がらないよ』

 

 「いえ、先輩のおかげです。先輩がいなかったら私は……」

 

 「マシュ……」

 

 見つめ合う二人。あれ、この二人今日初めてあったばかりとか言ってなかったっけ。なんで数々の困難をくぐり抜けてきたあとのカップルみたいになってるんだ……?と内心嫉妬の炎をバリバリ燃やし、彼らの上昇した絆レベルをなかったことにしたくなる球磨川。

 ――と、そんな風に和んだ雰囲気が流れる中。それを壊すかのように、辺りに大きな拍手が響いた。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」

 

切り立った岩の上、現れたのは緑を基調とした恰好の紳士然とした男。

 

「貴方は……!」

 

「レフ教授……!生きてたんですか……!」

 

彼はただ、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。



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第六敗『君たちはもう終わっている』

 「レフ教授……!生きてたんですか!?」

 

『えっ、レフ!?レフが生きてたのか!?そんな……!』

 

 嬉しそうにレフを見る藤丸とマシュ。驚くロマニ。球磨川は黙ってそれを見ており、オルガマリーはレフの姿に声を失っていた。

 

 

 「ああっ…!レフ……レフ………!生きていたのね……っ!」

 

 まるで想い人との逢瀬に向かう生娘が如く、オルガマリーは彼の元へ駆けていく。レフはいつも通りの人の良さそうな笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

 「やあオルガ。君も大変だったようだね」

 

 「ええ、ええ!そうなのよレフ!予想外のことばかりで、頭がどうにかなりそうだった!でも、貴方がいれば何とかなるわよね!」

 

 「ああ、勿論だとも」

 

 "この人さえいれば大丈夫"と、そう信じて疑わぬ純粋で無垢な瞳。そんな彼女を見て、レフは先程とは少し違う、不気味な笑顔を見せた――

 

 「本当に予想外のことばかりで頭にくる」

 

 ぐしゃり、と紙を乱暴に握り潰したような音。

 

 「ロマニ、君には管制室に来てほしいと言ったのに。君もだよオルガ、爆弾は君の足元に設置した筈なのにまさか生きているなんて」

 

 徐々にその声は不穏な陰を帯びていくように感じられた。藤丸たちが戸惑う中、球磨川だけは乾いた笑いを浮かべていた。

 

 「――いや、生きているというのは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね」

 

 唖然とした表情の藤丸、マシュ。徐々に虚ろな瞳になっていくオルガマリー。

 

 「君は生前レイシフトの適性がなかっただろう?肉体があったままでは転移できない。君は死んだことにより初めてアレほど望んだ適性を手に入れたんだ」

 

 「嘘……ッ!」

 

 「だからカルデアに戻った時点で、君のその意識は消滅する」

 

 「消滅って……私が……!?」

 

 目を見開き、わなわなと狼狽し始めるオルガマリー。焦点は定まらず、その場にへなへなとへたり込む。

 

 「だがそれでは余りにも憐れだ。生涯をカルデアに捧げた君の為に、せめて今。どうなっているか見せてあげよう」

 

 レフの手の内に、光り輝く何かが収まっていく。彼が指を鳴らすと、そこから円形に裂け目が開き。燃え盛る天球儀が映し出された。

 

 

 「な…何よアレ……!嘘よね、そんなのただの虚像でしょうレフ!?」

 

 「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ」

 

 縋るようなオルガマリーの言葉は。希望は。すぐに底辺へと落とされる。燃え盛るカルデアス、それが意味するモノを、カルデアの所長が知らぬはずはなかったのだから。

 

 「聖杯があればこんなことも出来る。さあ、よく見たまえ。アニムスフィアの末裔よ。これがお前達の愚行の末路だ!」

 

 レフがオルガマリーへと手を向けると、彼女の体はフワフワと浮き上がっていく。空中で藻掻いているが、抵抗は効かないようで、徐々に彼女はカルデアスへと向かっていく。

 

 「オルガマリー・アニムスフィア。最後に君の望みを叶えてあげよう。君の宝物とやらに触れるといい」

 

 囁かれたのは悪魔の言葉。ソレは、歪んだ形で願いを叶える汚れた願望機を思わせた。

 

 「何を言ってるの……!?や、やめて!だってカルデアスよ!?」

 

 「ああ。ブラックホールと何も変わらない質量。もしくは太陽か……どちらにせよ、人間が触れれば分子レベルで分解される」

 

 生きたまま、無限の死を味わい給え――人の皮を被った悪魔はそう言って、抵抗するオルガマリーの体をカルデアスへと引き寄せていく。

 

 「…ッ……所長ぉっ!」

 

 「駄目です、先輩!」

 

 駆け出す藤丸を押さえるマシュ。一流の魔術師たるオルガマリーが、抵抗も出来ずになすがままにされているのだ。藤丸が向かったところでどうなるか、そんなことは目に見えていた。

 

 「嫌ッ……!助けて、誰か助けてッ!!どうして、どうしてこんなことばかりなの……!?やだ……やめて!嫌嫌嫌ァァァ!!」

 

 カルデア所長の面影など微塵もなく。そこにいたのはただの一人の少女だった。責任感が強くて、プライドが高くて。何処にでもいる、そんな普通の少女だった。

 

 「まだ何もしてない!まだ、誰にも褒めてもらえてすらないのに……っ!」

 

 今際の際に漏れた、オルガマリーの本心。アニムスフィアの娘として人一倍努力してきた。マスター適正がないことが判明しても、レイシフト適性がないことが判明しても。それを誤魔化すように、ひたすら努力してきた。父の死後、唐突に担わされたカルデアの所長という大任。魔術協会に必死に取り繕って、媚びへつらって。身を粉にして尽くしたというのに、誰にも認めてもらえなかった。志半ばで死にたくない。苦しいのは嫌だ。痛みなんて味わいたくない。

 ――消えたくない!短かった人生が走馬灯となって脳裏を流れていった。眼前までカルデアスが迫ってきたとき、背後から鋭い痛みが走った。

 

 「……え……っ………?」

 

 無防備に落下していく体。しかしそれを受け止めたのは、レフの魔術でも硬い地面でもなく。低反発まくらのような、学ランの少年の腹だった。

 

『ぐはっ……!』

 

 「は……球磨川……!?」

 

 思いっきり激突したはずなのに何故かオルガマリーにダメージはなく、しかし球磨川はその衝撃に苦しんでいるようだった。

 

『あーあ……』『全く、僕は本当に呆れちゃうような男だ』『また一人、女の子……?を好きになっちゃったかもしれない』

 

 「ちょ……ちょっと、何言ってるの!?」

 

『そうそう、落下時の衝撃は"なかったこと"』『にしたんだけどね、所長の体重が重かったせいで今僕は苦しんでいたんだ』

 

 「五月蝿いッ!」

 

 大きく助走をつけて球磨川を殴り飛ばすオルガマリー。何か彼には関係のない色々な鬱憤を込めてしまった気がするが、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 回転しながら吹っ飛んでいった球磨川は、痛そうに頬を擦りながら、それでも笑って立ち上がった。

 

 

『その元気があれば大丈夫そうだね』

 

 「……何処も、大丈夫じゃないわよ………!」

 

 続けて起こった異常事態。信頼していたレフの裏切り。己の肉体の死。内心に渦巻く様々な感情。とてもじゃないが大丈夫とは言えない。球磨川はそんなオルガマリーを見て、楽しそうに笑った。

 

『おいおい、どうしたんだよ所長?』『可愛いお顔が台無しだぜ』『たかが一人の男に裏切られただけじゃないか!』『確かにあんな男を信用してた所長は馬鹿かもしれないけど、大丈夫!』『失敗はいくらでも取り戻せるんだ!』『人生にはリセットボタンもコンティニュー機能も付属してるんだから!』

 

 「でも……でも、私は……っ!」

 

『まだ失敗を引き摺ってるのかい?』『それとも自分の体が死んだ、っていうアレを気にしてるのかな?』『一度の失敗なんてみんなで取り戻していけばいいじゃないか!』『所長の体が死んだなんて、あいつの嘘かもしれないだろ?』『現に僕はピンピンしてるぜ』

 

 汚れ一つ付いていない、出会った時と何も変わらない綺麗な学ラン姿をアピールする球磨川。通算二回死んでいることは彼の中ではなかったことになっているのかもしれない。

 

 「そ……そうよね。そもそもアイツだって、レフの姿をした偽者かもしれないものね!」

 

『いや?』『彼は本物だぜ』

 

 空を見て今日の天気を答えるような、そんな至極当たり前だという口調で、彼は彼女の微かな希望を打ち砕く。

 

 「あ、貴方に何がわかるの!?」

 

『わかるよ』『だって彼の人を見下すような笑顔が、さっきと何も変わってないからね!』

 

 「……ほう」

 

 口元を大きく歪ませ、レフは鋭い眼光を球磨川に向けた。

 

 「思っていたより人を見る目があるようだな」

 

『自分で言うのも何だけど』『僕は人の(マイナス)の側面には詳しいんだよ』

 

 「君を見逃さなかった私の選択は間違っていなかったようだな……しかし、何故生きている?あの位置で死を免れるはずはないと思うが?」

 

『さあ?』『偶然だとか幸運だとか』『僕の日頃の素行の良さが生み出した、奇跡だとかかな!』

 

 ――それは絶対嘘だろ、と笑いを噛み殺すアンリ。蛮勇としか思えないが、目立った行動を取るマスターをただ見守る。

 

 

 「先程オルガに突き刺さった螺子といい、それが消えたことや彼女に傷一つついてないこと――謎は多いが、まあいい。私が直接手を下す必要も無い。人類(オマエタチ)は、既に終わっているのだからッ!!

 改めて自己紹介をしよう。私はレフ・ライノール・"フラウロス"。貴様達人類を処理するために遣わされた、2016年担当者だ……聞いているな、Dr.ロマン?」

 

『レフ教授……!』

 

 「共に魔道を研究した学友として、最後の忠告をしてやろう。未来は"消失"したのではない、"焼却"されたのだ。カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう」

 

『外部と連絡が取れなかったのは通信の故障ではなく、受け取るべき外部がいなかったからなのか……!』

 

 震える声で残酷な正解を導くロマン。レフは言葉を続ける。

 

 

 「人類は進化の行き止まりで衰退するのでも異種族との交戦の末に滅びるのでもない。自らの無意味さに!自らの無能さ故に!!我らの王の、寵愛を失ったが故に!!何の価値もない紙屑のように、跡形もなく燃え尽きるのだァァ!!」

 

 言葉と同時に、辺りに揺れと小さな爆発音が響く。洞窟が崩壊し始めたのだ。マシュは咄嗟に、マスターたる藤丸を庇う。一方、もう一人のマスターは……

 

『ふーん』『確かに、人ってやつは無能で無価値なやつばかりだ』『全知全能の人外から見れば、みんなそこら辺の消しゴムと変わらない程度の値打ちしかないらしいしね』『だけど僕は、王だなんだと偉そうにしてるやつを見ると螺子伏せたくなる!』

 

 勿論権力を笠に着て偉そうにしてるやつもね!そう叫び、単身レフに飛びかかる。が、踏み出した足はプカプカと浮き上がり、加速して背後の壁に叩きつけられた。

 

『グハッ……!?』

 

 「本来なら先程君が助けたオルガの代わりに、カルデアスにぶち込んでやりたいところだが――生憎時間切れだ、ちっぽけな人間よ」

 

 避ける地面、崩落する天井を見てレフは「この特異点もそろそろ限界か」と呟き、体を浮き上がらせる。

 

 「さらばだカルデアの諸君。私が手を下すまでもなく、君たちはもう終わっている。精精、短い余生を愉しむがいいさ――」

 

 チラリ、とオルガマリーの方を向いたように見えた。しかしそれは本当に一瞬だけで、彼の体はカルデアスに通じていた裂け目とともに、何処かへと消えていった。

 

 「レフ……レフぅぅぅぅぅ!!」

 

『……所長』『足元気をつけた方がいいぜ』

 

 「……え?ってあぁああぁああ!?」

 

 特異点の崩壊。それにより、彼らの足場も崩れ始める。マシュが通信機越しにロマニへと叫ぶ。

 

 「ドクター!至急レイシフトを!!」

 

『うん、今急いでる!でもごめん、そっちの崩壊の方が早いかもだ!』

 

 「あああああ!!っていうか、レフ教授の言うことが正しいなら、所長はカルデアに戻ったら不味いんじゃ!?」

 

『……あっ』

 

 「完全に忘れてたって感じですね!?」

 

 焦る藤丸。慌てるロマニ。しかしオルガマリーは、嘆息して天を仰いだ。

 

 

 

 「……もう、いいわ」

 

『所長……!?』

 

 もういい。もう自分のことはいい、と。オルガマリーはそう言った。

 

 「後のことは任せたわ。私なしでどうにかなるとは思えないけれど……まあ、もうどうせ終わりよ、終わり。人類みんな滅亡して、滅亡するのだから、遅いか早いかの違いじゃない」

 

『……』『それは本当に所長の本心なのかな?』

 

 「…本心なわけないじゃない……!でもしょうがないでしょう!?もう私にはどうしようもない、消えるしかないのよ!!」

 

 生きたい、と。彼女はそう叫ぶ。しかしその願いは、もう叶えられることはないのだった。

 ピピピと鳴った藤丸の腕の通信機が、残酷な時間切れ(タイムアウト)を告げる。

 

『レイシフト準備完了……!もう時間がない、すみません所長……!!』

 

 「…………」

 

『……所長』『僕のお願いを聞いてもらえますか』

 

 「……最後だもの、まあ許してあげる」

 

『ありがとう!』『悪いけどおっぱい揉ませて!!』

 

 「……は!?」

 

 ――空気が凍った。恐らくその場にいた全員が、人生の中で一番驚いた瞬間だっただろう。球磨川の手が普段の数十倍の速度でオルガマリーの胸に触れた。たゆん、と人差し指を双丘に埋めた所でオルガマリーが頬を赤らめて抵抗を試みるが、その前に彼女の体は消えていった。

 

『レイシフト五秒前……!三、二、一……!!』

 

 唖然とする一同は、胸に突っかかる物を感じながらも、光に包まれていくのだった――



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幕間
第七敗『断らせてもらうよ』


 

『…………』

 

 球磨川禊の寝覚めは良好だった。多少頭痛がするような感触もあるが、疲労も特になく、概ね元気といって差し支えないコンディションだった。

 

『ここは……カルデアのベッドかな?』

 

 スプリングを活かして跳ね起き、子供のようにドンドンとジャンプし始める。だが体勢を崩し、すぐさまどんがらがっしゃんと飾ってあった花瓶を倒し、割りながら床に落下した。

 

『うわあ……』『痛……朝から災難だぜ』

 

 朝かどうかは定かではないのだが、目覚めてすぐなので何となくそんな気がした。割れた花瓶も床に落ちた毛布もさり気なく落として液晶が割れた様子の携帯電話も、それが床に落ちたという事実を"なかったこと"にした。

 

 

 「やあ、無事目覚めたようで何よりだよ」

 

『あ』『おはよう、ロマンちゃん』

 

 シューっと、何処か未来的な音を立てて、部屋の自動ドアが開く。おはようと挨拶を返したロマニは少し眠そうで、ふわあと大きく欠伸をした。

 

 「何気にこうやって顔を突き合わせて話すのは初めてだね。改めてよろしくね」

 

『うん!』『よろしく仲良くしてくださいっ!』

 

 「色々あったあとだって言うのに、球磨川くんは元気だなあ……」

 

『いやいや』『僕なんか肉体は満身創痍、精神は疲労困憊で今日は一歩も動けそうにないよ』

 

 恐らく先ほどの転倒による騒音で駆けつけたのでその嘘は通用するはずもないのだが、ロマニはそうだよねと微笑むばかりだった。

 

 「そういえばお腹とか空いてない?」

 

『んー』『お腹の方はそんなに空いてないかな』『それよりも喉が乾いてる感じだ』

 

 「じゃあ何か持ってくるよ。水とオレンジジュースとコーヒーがあるけど、どれがいい?」

 

『オレンジジュース!』

 

 「OK、今持ってくるよ」

 

 数分して、湯気の立つマグカップと空の紙コップ、それにパックのオレンジジュースを抱えたロマニが帰ってきた。

 

『わざわざ悪いね』

 

 「いやいや、大したことないよ」

 

 ベッドの脇にある小さなテーブルにそれらを置き、壁に立てかけてあったパイプ椅子を開いて二人向かい合って座る。実際相当に喉が乾いていたので、球磨川はゴクゴクと凄い勢いでオレンジジュースを飲み始める。あっという間に一パック分飲み干し、学ランの袖口で汚れた口元をゴシゴシと擦った。ロマニは何か考え事でもしているのか立ち上る湯気を眺めていたが、思い出したように真剣な表情へと変わり、少し低い声で話し始める。

 

 

 「……球磨川くん。君に頼みがある」

 

『どうしたのロマンちゃん』『そんな真剣な顔しちゃって。せっかくのヘタレ優男フェイスが台無しだぜ?』

 

 「それは褒めてるのか煽ってるのかどっちなんだろう……?」

 

『褒めてるんだよ』『そういやみんなはどうしてるの?』

 

 「アンリくんは確かカルデア内を彷徨くって言ってたかな。藤丸くんはさっきシャワーを浴びに行って、マシュは――コホン!」

 

 話を逸らされたことに気づいたロマニは誤魔化すように大きな咳払いをした。どうにも調子の掴めない子だな、と内心で辟易する。

 

 「……球磨川くん、君に頼みがあるんだよ」

 

『ふう』『やれやれ』『そんなに真剣な表情をされちゃ、聞かないわけにはいかないぜ』

 

 「…君は、あんなことがあったっていうのに凄く落ち着いているね」

 

 先ほどの茶化しといい、今の状況を本当に理解出来ているのだろうか?と彼は少し不安を抱いた。正直なところを言えば、ロマニだって前置きなしに人理が焼却されたなんていう突拍子もない話を聞けば、とてもじゃないが信じられない。これまでの様々な経験がなければ、嘘だと割り切って呑気に笑っただろう。少なくとも当面は。しかしこの球磨川という男は、恐らく全てを理解した上で――わかった上で、真剣な話をはぐらかし、誤魔化して笑っている。そんな男にこれからする話を振っていいのか、と少々心配になったが、今は一人でも多くの人手が必要なのだ。不安も何も抱いていないというのは、逆に心強いかもしれない。ロマニはそう前向きに捉えることにした。

 

 

『そうかな?』『連続する予想外のアクシデントの連続に、所長じゃないけれど気が気じゃないよ』『そういえば所長は?僕たちの所長はどうなったの!?』

 

 「正確には確認出来ていないけれど、消滅したはずだよ……肉体がなくなってしまっていたしカルデアに戻れば消えてしまうのは確定していたけれど、あのときの所長は要するに魂だけの状態で特異点にいたんだ。肉体がないのだから、魂だけあってもエネルギーを補充する手段はない……要するに、エネルギー切れで消えてしまったみたいだ」

 

 死に方としては安らかな、優しいものだったのだろうと思う。肉体の方は一瞬の内に、痛みすら感じぬまま消し飛び。魂の方は苦しみも何もなく消えた。カルデアスに呑み込まれて融けていくよりかは、幾分マシだったのではないか――

 

 「その点に関しては所長もきっと、球磨川くんに感謝してるはずだよ」

 

 最後に上がった好感度を最低値まで下げ直していたように見えたが――触れづらかったし、触れていては話が進まないのでもう自分たちの目と耳の錯覚だったと割り切って諦めることにした。

 

 

『……ロマンちゃん』『死に安らかも惨やかもないんだよ』『どんな死に様だろうと同じことなんだ。死んでしまえばもう、何もなくなるんだからさ』

 

 「…確かにそうかもしれないね……少し軽率だった」

 

 惨やかな生と残虐な死を繰り返してきた球磨川が言うと迫力が違う。ロマニは球磨川の雰囲気に呑まれかけていたことに気づいてハッとして、今度こそ話を本題へ持っていくことにした。

 

 「球磨川くん。志半ばで倒れた所長の為にも、このカルデアの力になってくれないだろうか」

 

『こんな僕がカルデアの力に……?』『よしきた任せてくれ、僕に出来ることなら何でもするぜ』

 

 「そう言ってくれると頼もしいよ」

 

 すう、と一つ呼吸を置いて、ヘラヘラと笑う球磨川の目を見据えた。

 

 「君は偶然にもマスターに選ばれてサーヴァントを呼ぶことが出来た。今起きてる異常事態を鎮めるためには、人類史に発生した大きな癌――過去に現れた七つの特異点を修復する必要がある」

 

『特異点っていうのは?』

 

 「"この戦争が終わらなかったら"、"この航海が成功しなかったら"、"この発明が間違っていたら"というような、現在の人類を決定づけた究極の選択点。そこに現れた歪だよ」

 

 バタフライエフェクトという言葉もあるように、過去を少しでも変えれば未来は大きく変わると言われている。しかしその実、ちょっとやそっとの過去改竄では歴史に大きな影響は出ない。一人二人の生き死には変えることが出来ても、その時代が迎える決定的な結果だけは変わらないようになっている。しかしこれらの特異点は現在の人類史を決定づけた究極の選択点。一つ違うだけで未来は狂う。これらの特異点ができてしまった時点で、人類の破滅の未来は確定してしまったのだ。

 

 「――けど、ボクらだけは違う。カルデアは今通常の時間軸に無い存在となっているんだ。宇宙空間に浮かぶコロニーと思ってもらえばわかりやすいかな……人類が滅びる二千十七年の、直前の歴史で踏み止まっている。だからこそ、ボクらにだけはチャンスがある」

 

『チャンス……ねえ』

 

 「結論から言おう。この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す。それが人類を救う唯一の手段だ。……けれど、ボクらにはあまりにも力がない」

 

 マスター適性者は藤丸と球磨川を除いて凍結。所持するサーヴァントはマシュとアンリマユのみ。圧倒的戦力不足、その上スタッフも十分には揃っていない。

 

 「こんな状況で君に頼むのは、強制に近いことだと思う。それでもボクはこう言うしかない。マスター適性者四十九番、球磨川禊。どうか、人類を救うために協力してくれないだろうか?」

 

『立香ちゃんは……まあ、聞かなくてもわかるか』『大方二つ返事で快諾したんだろうね。全く、前向きな子だぜ』

 

 ――平凡ではあっても、いや――平凡だからこそ彼には主人公たる資質があって、それに連なる運命が待っているんだろうなと球磨川は類推する。

 

『しょうがないなあ』

 

 「球磨川くん、それじゃあ――」

 

『僕はこの話を断らせてもらうよ』

 

 球磨川は笑顔で言葉を続ける。

 

『そもそもサポートのスタッフで呼ばれたって話だしい?』『僕に戦闘能力なんてないしい?』『前線で戦う勇気も気概も、何も無いんだ』『そんな僕が立香ちゃんの隣に立っても彼の足手まといになるだけだし、大人しくカルデアに引き篭もってるよ』『ああ心配しないでね、僕に出来ることはやるから。治療だとか何だとかは手伝わせてもらうぜ』

 

 「……そっかあ」

 

 はあ、と大きく嘆息してロマニは立ち上がる。球磨川は少し意外だなと思った。

 

 「まあ、偉ぶって球磨川くんに戦いを無理強いするつもりはないからね。正直言って今の状況は絶望的だ。人類の滅亡を回避できる可能性は今の時点では零に等しいかもしれない。しかし二人なら――藤丸くんと球磨川くんの二人なら、その確率は跳ね上がるんじゃないかと思ったんだ」

 

『…………』

 

 「でもそれを君に押し付けるわけにはいかない。これからの時間を君がどう過ごすかは自由だ。カルデア側でメンバーのサポートに当たってくれるなら、それはそれで心強いよ、ありがとう」

 

 柔和な笑みを浮かべたロマニは「疲れただろうからもうちょっと休んでて。また何かあったら呼びに来るよ。お腹が空いたときは食堂の方に行ってくれれば、多分何かあるはずだから。それじゃ!」と言って何処かへと向かっていった。

 

 

 

『…………』

 

 「断っちゃってよかったのか〜?」

 

『……いつからいたんだい、アンリくん』

 

 ヒヒヒ、と不気味な笑みを浮かべてアンリはさっきまでロマニが座っていた席に腰掛ける。

 

 「まあ後半からかな?ああそうそう、丁度オレンジジュースを持ってきた辺りだ」

 

『ほとんど全部かよ』『一体どこに隠れてたんだい?』

 

 「サーヴァントには霊体化っていう特技……いや、特技ではないか?技術か。技術があるんだよ」

 

 サーヴァントは物理的影響力を持たない、霊体という状態になることが出来る。その方がサーヴァントを維持するのに必要な魔力も少なく、目立つことも少ないので本来の聖杯戦争に置いてはほぼ確実に使われる形態だ。それでもマスターからは見えるはずなのだが、球磨川の注意力が散漫だっただけだろうか。

 

 「ついでに言うと念話とか令呪とか、マスターとしては知ってて常識……というか知ってなきゃマズイようなことが色々あるんだが、そこら辺大丈夫かよ」

 

『生憎寡聞にして知らないぜ』

 

(念話ってのはこういう風に、サーヴァントとマスターにおいてのみ通じる会話機能でね)

 

(『ふーん』)

 

 「…なんかアンタ、念話でも変にカッコつけるんだな〜……」

 

『そうかな?』

 

 「っていうか、令呪に関してはもう一人のマスターと浮かれながら話してなかったか……?お揃いの刺青が出来たとか何とか」

 

『いやあ』『てっきりいつの間にか、立香ちゃんとの仲が深まったあまりお揃いのタトゥーを入れてたもんだと思ってね』

 

 「いくら仲のいいヤツでもお揃いのタトゥーは嫌だろ……」

 

 この世全ての悪にすら呆れられる男、球磨川禊。流石としか言いようがない。

 

『そうかな?』『僕としては、アンリくんの刺青とお揃いのを入れてもいいんだけどね』

 

 「………やめといた方がいいぜ。刺青なんて痛いだけだろ。どうしても入れたいってんなら止めはしないけどな」

 

 先程までと変わらぬ語気だというのに、心做しかその声は厳格な雰囲気を纏っているように感じた。

 

『……』『ま、僕も痛いのは嫌だし入れはしないけどさ』『んじゃ教えてよ、令呪ってのが一体何なのか』

 

 

 ――令呪。三画のみマスターに与えられる、絶対的な命令権。マスターの望む指示を強制的に実行させることが出来、また、一時的な魔力のブースターとして使うことも出来る。カルデアにおいては一日一画回復する為有難みが薄いが、それでも十分貴重で重要な要素の一つだ。

 

『……ちょっと待って、アンリくん』

 

 「なんだよ?」

 

『それって……どんな命令でも聞いてもらえるの?』『自分のサーヴァント相手なら?』

 

 アンリの背筋に嫌な寒気が走った。もしや自分は、この男に令呪の存在を教えるべきではなかったのではないかと。

 

 「い、いや。どんな命令でもって訳じゃないし、サーヴァントによっては令呪なんてものともしないようなのもいなくはなくはなくはないからな〜……!」

 

 球磨川はにへらと楽しそうな笑顔を浮かべ、アンリにとち狂った一言を放った。

 

『とりあえず、美少女になってほしい』

 

 「いや出来ないことは無理だろ!?」

 

 というか、本気で願ったわけではないからか、特に令呪が消費された気配も命令が実行する気配もなく、つまらなそうに球磨川は座り直した。

 

『はあ』『僕のサーヴァントが美少女ならあんな命令やこんな命令を遂行できるっていうのか……!』

 

 「うわあああ……オレ、絶対来るとこ間違えたって……!」

 

 頭を抱えるサーヴァントとマスター。冗談だから悩まないでよ、と冷めたコーヒーを見つめて、球磨川は頬杖をつくのだった。

 

 



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第八敗『問おう』

 

 

 たかが数日ぶりだというのに、体を打つぬるま湯がとても気持ちよく感じた。濛々と沸き立つ湯気を眺めながら、球磨川は泡だらけになった全身を流す。

 

『こんな広い銭湯を作るとは、ここの設計者はいい趣味してるね』

 

 本来カルデアの職員やマスターら全員が使う予定であったであろう、だだっ広い浴室は実質球磨川の貸切状態だった。かつてこのカルデアを指揮し、この規模まで成長させたというオルガマリーの父は日本に馴染みのある人だったらしい。それ故、少ない予算をやりくりしてでもこの大浴場を設計したとか何とか。

 

『こう伸び伸びと浴槽を使えるというのは』『逆に気持ち悪いような気もするなあ』

 

 檜で出来た立派な浴槽に飛び込み、そこを悠々と遊泳した後球磨川はそんなことを呟いた。こほっこほっと気管に入った水を吐き出すため噎せつつ。一人で風呂の中を泳ぎ溺れかけるとは、本当に伸び伸びと浴槽を使っている。気持ち悪くなるのも当然である。

 軽く潜って、ぶくぶくぶくぶくとジャグジーの隣で息を吐き出す下らない遊びを続けていたが、そのうちに脱衣場の中から布の擦れる音が聞こえてきたので何となくやめた。

 

 

『この大きい風呂を独り占めなんていう贅沢は、やっぱり僕の性にはあってないみたいだ』

 

 そういうと大人しく体育座りの姿勢になって、入ってくる誰かを待った。藤丸はさっきシャワーを浴びに行ったと聞いたし、アンリが風呂に来るとは何となく思えないので、恐らく知り合いではないだろうが。まあこれから一年間、運命共同体で過ごしていく職員の誰かだとすれば、ここで親睦を深めておくのは悪くないことだろうと判断した。遅かれ早かれ、関わることはあるわけだし。そんなことを考えていたが、しかし開かれた扉の先にいたのは。

 

 

 「あ、禊ちゃん」

 

『びぶばばん』『ぶくぶくぶくぶく』

 

 「禊ちゃん!?」

 

 入ってきたのは藤丸立香だった。潜ったままモゴモゴと何かを喋り、彼に手を振った球磨川は水中へと沈んでいった。

 

 「顔赤いけど大丈夫か!?」

 

『このくらいなら何ともないぜ』

 

 フラフラと浮き上がり、立ち上がってきた球磨川は、冷水を浴びるためシャワーへと向かう。入れ替わりに藤丸が浴槽へと浸かった。

 

『そういやあ立香ちゃん』『ロマンちゃんから、もうシャワーを浴びた後だって聞いてたけど』

 

 「あー、そうだよ。シャワー浴びて体洗って、部屋帰って寝ようと思ったんだけど……何となく落ち着かなくてね」

 

『まあ、慣れない環境だし』『その上慣れない状況だからね。しょうがないよ』

 

 冷たいシャワーの温度差が祟ったか、くしゅん、と球磨川は小さく可愛らしいくしゃみをした。

 

 「俺さ、割と温泉とか巡るの好きでね。爺臭いだとか言われたりもするんだけど、何も考えずに上せるくらいのんびり浸かるのが好きなんだー」

 

『いいねえ』『無事に帰れたら、立香ちゃんのオススメの温泉千選を巡りたいところだね』

 

 「流石に千は知らないかなー……百くらいなら全然教えるよ」

 

『上せない程度によろしく頼むぜ』

 

 球磨川は再び湯船に潜り込む。マナーとしてはあまりよろしくないため温泉好きだという藤丸は注意するかと思ったが、それが気にならないほど、ぼんやりと何かを考えている様子だった。

 

 

『……ねえ立香ちゃん』

 

 「ん?どうした禊くん」

 

『立香ちゃんは例の話、受けたんだよね』

 

 「まあ、ね」

 

 ふうー、と大きな溜め息が漏れた。その瞳は何処と無く憂いを帯び、温かいはずなのに体が震えているのが見て取れた。

 

『怖くないのかい?』

 

 「……そりゃあ怖いさ」

 

 ははは、と笑う声が聞こえたが、無理しているのは一目瞭然だった。

 

 「……所長がレフの手にかかって殺されかけた時、これが魔術師の世界なんだなと思って怖かったし不気味だった。消えてった彼女を見て、悪い夢だと思いたかったけどこれは紛うことなき現実だった」

 

『痛いほどわかるぜ、その気持ち』

 

 「今でも悪い夢だと思ってるくらいだよ。でもさ、俺しかいないんだと思ったとき、何となく『あー、やらなくちゃ』って吹っ切れたんだ。俺がやらなきゃ家族や親戚、仲の良い友達はみんな消えちゃうんだなって。いや、そのときは俺も一緒だろうけどさ!」

 

『…………』

 

 「それにさ、俺。死ぬ時は大往生って決めてるんだ。嫁さんとか、子供とかに看取られてね!」

 

『それにはまず、彼女を作るとこから始めなきゃいけないんじゃないの?』

 

 「うー……痛いとこ突くなあ」

 

『ま、それもおいおい頑張っていこうぜ』『大丈夫。この程度の問題、さっさと解決するだろ』

 

 「そうだね……」

 

 人類の危機をこの程度と言い切って笑う球磨川の豪胆な精神に少し気圧され、苦笑いする藤丸。そろそろ上がろうと脱衣場に向かうとき、思い出したように振り返る。

 

 

 「あ、そういえば禊くんはどう答えたの?」

 

『ん?』

 

 「ドクターからの話にだよ」

 

『ああ』『そんなの決まってるだろう?』『――無論、協力させてもらうぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――

 

 風呂から上がった二人はドクターの元へと向かった。現在のカルデアの状況や次の特異点のことなど、気になる点が沢山あったからである。

 

『で』『次の特異点とやらにはいつになったら行けるの?』『さっさと向かって、異常を全てなかったことにしてやろうよ』

 

 「あれ?球磨川くんって確か、カルデアでバックアップの方に回るんじゃ……?」

 

『おいおい』『何を寝惚けたことを言ってるんだいロマンちゃん』『人理の危機だぞ、こんな場面でバックアップなんかしていられるか!折角前線に出られる力があるんだから、僕は精一杯立香ちゃんと共に戦うよ!!』

 

 「…ま、まあやる気になってくれたならいいやそういうことで……で、次の特異点か。今スタッフの皆で座標を割り出してるから、もうしばらく時間がかかるかな。一日二日くらいは要するから、その間は二人共ゆっくり体を休めていてほしい」

 

 「二日かー……あ、そうだドクター。ここってトレーニングルームみたいなところある?」

 

 「あるよ。実戦的な模擬戦がしたい場合には戦闘用の空間やシミュレーションプログラムもあるから、遠慮なく言ってくれ」

 

 魔術師としてもマスターとしても経験の薄い藤丸は、己を少しでも高めておきたかった。先刻の特異点Fにおいて初めて命のやり取りを経験した。戦ってくれるマシュの負担を和らげる為、自分に出来ることを広く、深く増やしたいのだ。

 

 

 「――そうだ。戦力アップの為に英霊を呼ぼう」

 

 「『えっ!?』」

 

 声が重なった二人。それほど驚いていたということである。

 

『呼べるの!?』『英霊呼べるの!?』

 

 「あ、ああ……この前の特異点で藤丸くんが幾つかおかしな石を拾っただろ?」

 

 「もしかしてあの虹色に光ってたヤツですか?」

 

 「うん。調べてみたところ、アレは高密度の霊子結晶でね。サーヴァントを呼ぶ触媒として申し分なさそうだ。宝石魔術の要領で一度使ったらなくなってしまうけれど、恐らく聖杯や特異点の影響で生まれたものだから、どの特異点でも回収できるはずだ」

 

『サーヴァントが!?』『サーヴァントが呼べるんですね!?』

 

 「呼べるのが英霊だけとは限らないけど、恐らく大丈夫なはずだよ……何か食い気味だね球磨川くん」

 

『呼びましょ!』『早く呼びましょサーヴァント!』

 

 「う、うん……藤丸くんが特異点で発見した石は全部で十二個。三個一セットで触媒としての役割を果たすから、二人で分けて二回ずつ召喚してほしい。カルデア内であれば石を三個並べて魔力を通せば何処でも呼び出せるはずだから、好きなタイミングで召喚してくれ」

 

 手渡された石を持って球磨川は弾むように何処かへと駆け出す。しかしすぐさま手に何かを抱えて舞い戻ってきた。

 

 

 

『ロマンちゃん……』『何か……変なの出た……』

 

 「えー、何だこれ……麻婆豆腐……?」

 

 球磨川が抱えていたのは皿に入った、妙に赤みを帯びた麻婆豆腐。無論、何故こんなものが出てきたのかはロマニにはわからない。

 

『ひひゃも……』『めひゃくひゃかひゃい……』

 

 「見るからに辛そうだもんなー……水持ってこようか?」

 

『おねひゃいひゅりゅよ』『りふひゃひゃん……』

 

 運ばれてきた水を一気飲みして、それでも辛味が残っているのか部屋の中を数秒走り回り、疲れたのか辛味に慣れたのか、息を切らしながら手に持つコップを置いた。

 

『一体何なんだろうコレ……』

 

 「さあ……?恐らく英霊や聖杯戦争に関わる何かだろうけど、ボクにもわからないな。ダヴィンチちゃんなら或いは――」

 

 「呼んだ?」

 

『うおぉっ』

 

 「「うわああっ!?」」

 

 ロマニの後ろから黒髪のお姉さんが飛び出す。驚く一同を見て楽しそうに口元を押さえた。

 

 

 「うん、良い反応だ」

 

『人を驚かせて面白がるなんていい性格してますね』

 

 「よく言われるよ。そういえば初対面だね、球磨川くん?」

 

『この前も会わなかったかなあ?』

 

 「我々に面識なんてなかっただろう、変な子だね。――初めまして、私はダ・ヴィンチという。あーでも、考えてみれば既視感を感じるのは有り得ることだね。わかるわかる。こんな美人を見たらそうなっちゃうよなあ!」

 

『ダ・ヴィンチ……?』『あ、もしかしてレオナルドさん?』

 

 「正解〜♪私こそ天才で万能の発明家、レオナルド・ダ・ヴィンチその人さ!気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ!」

 

 豊かな胸を張るダ・ヴィンチ。球磨川はそれを見て何かを思い出した。

 

『レオナルド・ダ・ヴィンチってさ』『史実だと男性じゃなかったっけ?』

 

 「うんうん、定石通りの反応ありがとう。立香くんも同じ反応だったから個性がなくて寂しい気もするけれど」

 

 「いや、そりゃあ驚くでしょ……男だと思ってた人が女だったわけだし。しかも美人だったし。まんまモナ・リザだったし」

 

 「見る目があるね君は!ふむ、もしマスターを作るなら君みたいな子がいいなあ!」

 

 「えー……」

 

 ポンポンと藤丸の頭を撫で出すダ・ヴィンチ。出会って間もない筈だというのに速くも女性(?)に好かれる立香を見て球磨川の心の中で何かが燃え上がるような心境だったが、グッと堪える。

 

 

 「んー?何だい球磨川くん。嫉妬か?嫉妬なのかな?美女に撫でられたい気持ちはわかる。わかるから撫でてあげようか?」

 

『お生憎様』『僕のタイプじゃないから遠慮しとくぜ』

 

 距離を取る球磨川。残念そうなダ・ヴィンチは嘆息して、話題を戻した。

 

 

 「それは所謂概念礼装って奴さ。サーヴァントに装備させるとステータスが上昇したりする」

 

『麻婆豆腐を装備か……』『え、麻婆豆腐を装備?』

 

 「何が出るかわからないけど、俺もとりあえず召喚してみようかな」

 

 聖晶石に魔力を通すと、それらは浮き上がり砕け散り、ぐるぐると円環を描く。

 

 

『あれ……何か虹色に光ってない……?』

 

 一瞬虹色に光って見えたが、即座に収まる。円環は三本に広がり、天を衝き、降り注ぐ。光の晴れた後には、金糸のような髪を靡かせる、一人の少女がいた。

 

 「――問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 「あっ……はい」

 

 美少女を呼び出した罪は重いぜ、と球磨川は拳を強く握った。

 



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第九敗『何という方なのでしょう』

 

 

 「もしかして……エクスカリバーの方ですか?」

 

 藤丸の少し間抜けな質問に、少し眉を顰めた少女だったが「ええ、まあ」と答える。

 

 「真名、アルトリア・ペンドラゴン――この身は貴方の剣となる。これからよろしくお願いします、マスター」

 

 「よろしくねアルトリアさん。俺は藤丸立香、魔術師としてもマスターとしてもまだまだ三流だけど……それでも精一杯頑張るから、支えてくれると嬉しいな」

 

『エクスカリバー!?』『ということはアーサー王かあ、かの有名なアーサー王が来てくれるとは百人力だなあ!』『ああごめん、自己紹介が遅くなったね。僕は球磨川禊、昔は"風"なんて通り名で呼ばれていた男さ』『僕はアルトリアちゃんのことをアルトリアちゃんって呼ぶから、アルトリアちゃんも僕のこと適当に呼んで!』

 

 握手を交わす二人の間に割り込む球磨川。タイミングも性格も最悪である。アルトリアは明らかに嫌そうな表情を浮かべ、それ以外の面々は困惑、驚愕の入り交じった表情で球磨川を見ていた。

 

 「…はあ。では禊、と。そのように」

 

『ありがとうアルトリアちゃん!』『……さて』

 

 空に放った三つの石を、バシッと片手で掴み直す。が一個が零れ出て床に落ち、妙に締まらないカッコ悪い絵面になった。

 

『……コホン』『それじゃあ僕も、一丁強力な英霊を呼んでやろう』

 

 とは言っても、球磨川は藤丸と違って()()()()()()()()()()ので、スマートフォン型携帯端末を後ろ手で操作し、『聖晶石召喚』と書かれたところをタップする。

 三個の石は浮かび上がり、砕けて光の輪を描く。立香と違い虹色を帯びなかった為、少し落胆した球磨川だったが――線が三本線に分かれたのを見て、もしやと思う。

 

(『アンリくんの時もアルトリアちゃんの時も三本線だった』『で、麻婆豆腐の時は一本線。サーヴァントの時は三本線ってことかな……?』)

 

 球磨川の予想は正しい。降り注いだ光の後には、修道女の様な服装の女が一人いた。球磨川を見据え、聖母のような慈悲深い微笑みを浮かべる。

 

「クラスアルターエゴ、殺生院キアラ。救いを求める声を聞いて参上いたしました。でも……うっふふっ。私のような女を呼ぶなんて、何という方なのでしょう」

 

 女――キアラは、頬に手を当てうっとりとした表情で球磨川を見る。

 

『えっ……?』『えっ………!?』『どうしよう、何か綺麗な女性が来ちゃった……』

 

 「綺麗だなんてそんな、まあ……!」

 

 「ちょ……ちょっと待ってくれ!クラス・アルターエゴ……?そんなクラス聞いたことないぞ!?」

 

 「狼狽えるなよロマニ。多分エクストラクラスでしょ。名前に聞き覚えがないから何処の英霊かは分からないが……」

 

 動揺するロマニを宥めるダ・ヴィンチ。しかしそれにしても、三回の召喚で二人、エクストラクラスのサーヴァントを引き当てるとは――

 

 「ふむ……どうやら、()()()()()()()()()所のようですね……」

 

『初めまして、球磨川禊といいます』『……とりあえず、一つお願いがあるんだけどいいかな?』

 

 「何なりとお申し付けください、マスター?」

 

 その場の誰もが嫌な予感を抱いたという。不可解な行動を取ることの多い球磨川が、召喚したばかりの女サーヴァントに頼むこととは一体。

 

 

『その洋服のスカートつかんでひらってやって、お淑やかな感じにお辞儀してもらえます?』

 

 「こう……でしょうか?」

 

『おっふ』

 

 指示通りの行動をしたキアラに、余程感動が生まれたのか球磨川は微笑みながら涙を流した。それを見てキアラは、楽しそうに口元を歪めた。

 

 

 

 「ちょいと失礼。マスターを探しに来たんだ……が……?」

 

 「先輩いらっしゃいますか?って、人が増えてる……?」

 

 扉が開き、マシュとアンリがやってきた。そこまで広くない部屋なので二人が入ると割と窮屈ではあるが、ついでなので顔合わせと紹介を済ませることにした。

 

 「はー、またエクストラクラスをねえ。やーっぱり変なマスターだな、アンタ」

 

『えへへ』

 

 「褒めてないからな〜?」

 

 アンリと球磨川が間の抜けた空気の隣で、騎士王と盾兵は親交を深めている。

 

 「アルトリアさんですか……あのアーサー王が一緒なら、とても心強いですね。よろしくお願いします」

 

 「これからお願いしますね、マシュ。デミサーヴァントですか……で、融合した英霊の真名は分からないと」

 

 「そうなのです……」

 

 何か難しい表情をしているアルトリアだったが、「おいおい分かるといいですね」とだけ言って、アンリを見た。

 

 

 「アヴェンジャー、その節はどうも」

 

 「おっとセイバー、こんなところでアンタと再会してまさか共闘の運びとなるとはな。全く、奇妙なもんだ!」

 

『二人は面識があるの?』

 

 「ん、まあ別の聖杯戦争でちょっとな……ってそんなことはどうでもいいだろ」

 

 それよりも、と言ってアンリはキアラの方を向く。キアラの方もニコリと微笑んで興味深そうにアンリを凝視する。

 傍から見ると見つめ合う恋人同士のようにも見える何とも言えない空間を引き裂くのは、無論彼らのマスターだった。

 

 

『まあ晴れて二人とも僕のサーヴァントになったわけだし、これからは仲良くやっていこうね!』

 

 「ああ。()()()()()は、な?」

 

 「ええ。()()()()()尽力させて頂きます」

 

『それはよかった!』『さて、それじゃあ僕らは親睦を深める為部屋で昨今のジャンプ談義に勤しもうぜ。え?ジャンプ知らない?それなら布教談義に早変わりさせてもらうよ』

 

 目立つ二人を加えた球磨川一行は、自室へと帰っていった。アルトリアは完全に気配が離れたのを確認してから、徐に口を開く。

 

 

 「……マスター。出会ってすぐの身でこんな助言は信用出来ないかもしれませんが―――あの三人、大丈夫なんでしょうか?」

 

 「先輩。私も正直、球磨川さんには信用しかねる部分があります。殺生院さんやアンリさんはよく分かりませんが……」

 

 「俺としては特に問題なさそうに見えるけどなあ」

 

 藤丸は困ったように頭を掻く。確かに不思議な部分は多いが、少なくとも球磨川は悪いヤツには思えない。そんな彼のサーヴァントなら、悪いヤツではないだろう、と。

 

 「まあ、これから過ごしていくうちにわかるよ。それじゃ俺たちも部屋に……って、人数的に狭いし女の子二人を連れ込むってまずいねうん。ドクター、空き部屋あります?」

 

 「あるよ。差し支えなければ二人部屋でも大丈夫?」

 

 「私は問題ありません」

 

 「私も平気です」

 

 「じゃあこの場所にあるから――」

 

 何処と無く雰囲気の似た二人を見て、上手くやっていけそうだなと早くも楽観する藤丸だった。

 



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第十敗『じゃあ正直に言わせてもらおう』

 

 

『枕投げでもする?』

 

 「修学旅行に来た中学生かよ」

 

『アンリくんって英霊の割に妙に現代的なツッコミするね』

 

 球磨川の自室に戻ってきた面々は、各々適当な場所に座る。ベッドの脇の椅子に腰掛けるアンリ。ベッドの上に胡座で座る球磨川。隣に並ぶように座るキアラ。

 

 「ん、まあその辺は気にしないでくれ」

 

『大丈夫』『大して気にしてなかったから!』

 

 「あ、そ……」

 

 やれやれと言いたげに両手を上げ、アンリは立ち上がって何処かに出ていく。大変協調性がない。

 球磨川はといえばそんなアンリのことなど眼中にないのか、虚空を見つめながら時々チラチラと隣のキアラを見るばかりだった。しかも妙にソワソワしている。

 

 「どうか致しましたか、マスター?」

 

『あー』『いやー』『別にー?』

 

 「何かご要望があるのであればハッキリと仰って頂かないと、私も困ってしまいます……」

 

 見透かしたようなその一言に、球磨川の迷いは晴れる。『じゃあ正直に言わせてもらおう』と勢いよく立ち上がった球磨川が叫ぶ。

 

『こんな貞淑な雰囲気の女性が、一体どんな下着を穿いているのか気になって気になって仕方がなかった!』『このままだと睡眠にも支障を来たしそうなんだ!くそう、罪深きはキアラさんの魅力だぜ……!』

 

 「あら……そんなことでしたの?」

 

 キアラは服のスカートを球磨川の方にたくし上げ、少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

 「言ってくださればそんなもの、いくらでも……」

 

『え……?』『えっ、えっ……!?』

 

 現実を直視出来ないのか、球磨川は何処からか取り出した螺子で己の左腕を突き刺す。それを引っこ抜き、今度は左足に突き刺す。それらを"なかったこと"にした後、自分の頬に手を伸ばし、千切れるかと思うほど引っ張る。僕の人生にこんな幸せなことが起きるはずがない。こんな綺麗な人が、僕の思い通りに動くはずがない。

 

『ゆひぇひゃない……?』『どういうことだ……?』

 

 「でもその程度でよろしいのですか?言ってくだされば、もっと先も……」

 

『も、もっと先……!?』

 

 食い気味にキアラとの距離を詰める球磨川。驚く様子もなく、「ええ」とだけ答えて微笑むキアラ。

 

『い、いや……』『見ての通り、僕は紳士なんだ。いくら何でもそんな、過程を吹っ飛ばした恋愛は出来ないぜ』

 

 「それは残念です……私はそんな過程など吹っ飛ばしてしまうほど、マスターのことを……」

 

『えっ!?』

 

 「……いえ、何でもありません。忘れてくださいませ」

 

『気になるよう気になるよう!』『キアラさんの下着の色と同じくらい気になるよう!』『一体君は僕をどうしたいんだ!?』『一から君のことが知りたいな!何処で生を受けてどうやって育って、一体どのジャンプ漫画が好きなんだい!?』

 

 「それは追々、ゆっくりわかりあっていきましょう……?」

 

 ねっとり、じっくりと……そう言ってマスターの手に、己の手を重ねる。

 

『うっ……』『うう……?』

 

 球磨川禊の脳内は絶賛混乱中であった。明らかに女子に嫌われるであろう過負荷(マイナス)な言動。それすら押し退け、こんなにも美しい女性が、自分に好意を寄せてアプローチをかけてくる。これは夢に違いないと思った。しかしそんなことはなかった。これはもしや、据え膳食わぬは男の何とやらという状況なのでは……?もう、一線を越えにかかっても誰も文句は言わないのでは……?

 

 「あら、お顔がこんなに赤い。それに何だか疲れているご様子」

 

 頬に手を当ててくるキアラ。心なしか距離も、何処と無く甘い香りが漂うレベルまで近づいている。

 

 「本日はもうお休みになった方が宜しいのでは?ええ、その方が絶対良いと思います」

 

『そうだね……』『今日はもう、休んだ方がよさそうだ』

 

 己の許容量を越えた幸せに、球磨川の脳はほとほと困り果てていた。一度休んでクールダウンした方がいい。ここで手を出さないのは勿体ないような気もするが、初日でこれなのだ。明日や明後日には、もっと凄いことになってるに決まっている。

 

『んじゃ、僕は眠るから適当に過ごしてて頂戴』

 

 「あの……」

 

『どうしたの?』

 

 「私も少し疲れてしまいまして、マスターの隣で休んでもよろしいでしょうか?」

 

 "隣で休む"。それ即ち添い寝、と球磨川のこういう時だけ回転の早い脳が解を導き出す。

 

『どうぞ!』『どうぞ!!』

 

 「それでは……」

 

 一足先にベッドに潜り込む球磨川。幸いにもこの部屋のベッドはセミダブルサイズだった為、人二人が寝ても問題なさそうなサイズだった。真ん中ではなく人一人分のサイズを空けて、寝転がって布団を被る。

 

 

 「……ふう」

 

『…………?』

 

 期待しながら待っていたというのに、キアラが移動したのはベッドの上ではなく先ほどアンリが座っていた物の向かい側の椅子。部屋の本棚にあった単行本を手に取り、気がついたように球磨川に言う。

 

 「ああ、私はここで休ませてもらいますね。お休みなさいませ、マスター?」

 

『あっ……』『はい……』

 

 頬を真っ赤に染め上げた球磨川は顔まで布団に潜って、体を丸めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ――カルデア内部、廊下。

 

 「おい、待てよ」

 

 何処かの部屋の前で立ち止まった尼僧を、影のようにドス黒い少年は引き止めた。ゆったりとした足取りで振り返った尼僧は、「何か?」と聞く。

 

 「アンタ、何が目的だ?」

 

 「目的……ですか?先述の通りです。私は救いを求める声を聞いて参上しました。そうですね、強いて言うなら人理の崩壊を防ぎ、人類を救済する――それが私の目的です」

 

 「へえ、それはご苦労なこった!扉の向こうから救いを求める声でも聞こえたっていうのか?その部屋の中にいるのはもう一人のマスターだったはずだが」

 

 「聞けば経験も浅く、不安を抱えているというじゃありませんか。それを和らげつつ、親交を深めようと思いまして」

 

 「()()()()()()()()に意味深な行動を取っておいて、その言い訳は通用しねェぜ?」

 

 覗いていたとは人の悪い、と言ってキアラは眉を顰める。アンリは嘆息し、そのまま踵を返した。

 

 

 「まあアンタがどうしようと――()()()()()()()()()()、俺の知ったことじゃない。勝手にすればいいんじゃねーの〜?」

 

 「貴方こそ、わざわざ姿を変えてまで何故私に?」

 

 

 その問いに答えることはなく。頭の後ろで腕を組み、口笛を吹きながら歩き出すアンリ。興が削がれた様で、キアラも部屋から離れてアンリと反対の方角に歩き出した。

 

 

 「……クソ、よくよく考えるとあの女と同室な上に方向逆じゃねえか………!」

 

 

 



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第十一敗『取り返しがつかないんだから』

キャラ崩壊が……酷い……?


 

 殺生院キアラは不機嫌であった。マスターを籠絡しようと試みた。禁欲を決めていた故、一線は越えなかったが――反応を見る限り、いつかは耐え切れず襲いに来るであろう。それが楽しみでならなかった。

 

 今の彼女の心境としては、人理なぞどうでもよかった。確かに修復された方が良いに越したことはないが、このままカルデアという人類の難破船――最後の閉鎖郷(ディストピア)の中、人という種の滅亡を見届けるのも悪くはない、という邪な考えを抱いていた。そのため、直接手を出すつもりはなかったが他のスタッフ、さし当たっては今のカルデアで一、二を争う力を抱いているであろうもう一人のマスターの元へ、夜這い――ではないが、多少秋波を送るつもりではあった。しかしその道楽をもう一人のサーヴァントに止められ。いや、正確には止めはしていなかったが――まあ似たようなものだろう。止められて、あろうことかよく分からぬ忠告すらされた。これが大変キアラの自尊心を傷つけたことは言うまでもない。

 

 多少旋毛を曲げたキアラは。特にすることもなくなったので、まだ起きて作業しているであろうスタッフの元にでも行こうと球磨川の部屋を出て、そちらの方へ向かおうとしたが――

 

 

『あっ』『キアラさんじゃないか!』『こんな夜更けに出会うなんて奇遇だなあ、もしかしてこれって運命?』

 

 「……!」

 

 流石のキアラも驚いた。先程までこの男は――我がマスターは。ベッドの上ですやすやと眠っていたはずだ。それは己の目で確認している。確認したからこそ、外出しようとしたのだから――

 

 

 「マスター、こんな時間に起きてよろしいのですか?まだ疲れが取れていないのでは……」

 

『え?大丈夫だよ、キアラさんの顔を見たら疲れなんて吹っ飛んだから!』

 

 「それはそれは」

 

 ――もう堕ちたか、つまらない。球磨川の反応にはそんな感想すら抱いてしまった。だがそれはそれで悪くない展開だとも思った。

 

『そうそう。僕はキアラさんのことキアラさんって呼ぶから、キアラさんも僕のこと禊って呼んでよ!』『マスターなんていう他人行儀な言い方だと寂しいぜ、それはそれで悪くないけど』

 

 「ええ、そうですねぇ……それでは禊様と呼ばせて頂きましょうか」

 

『きゅんっ』

 

 頬を赤らめ目を見開く球磨川の様子に、キアラは苦笑する。なんと可愛らしい殿方。弱くて、甘くて――全てを思い通りに出来てしまいそうなお方。

 

 

 しかしキアラの観察は少し間違っていた。確かに球磨川は弱い。弱いし惚れっぽい。簡単に人を好きになるし色仕掛けで罠にも掛かる。だが、球磨川という過負荷のかつての行動原理を思い出してほしい。仲間には優しく、とことん甘い。好きな者と堕落し、愛する者と破滅していくことを望む。

 

『あーあ』『女の子にだけは僕は絶対に勝てないな。全く、可愛い子には弱くて弱くて仕様が無い』

 

 「まあ、可愛いだなんてそんな……」

 

『でも一つ気になったんだ』

 

 球磨川は先程までと何も変わらぬ瞳、声、挙動で手を伸ばす。

 

『僕はキアラさんのことが好きだと思いながらも、その実君の上っ面しか見てないんじゃないかって』『アイドル好きの同級生と同じように、君の顔しか見てないんじゃないかって』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()』、そういってキアラの頭を押さえ、頬を掴む。

 

 「冗談でしょう?」

 

 返答はない。そのまま球磨川は、キアラの顔面を剥がしにかかる――

 

 

 「ッ……!」

 

『ありゃりゃ』

 

 その手を払いのけ、キアラは三歩後ろに下がった。この男は今、本気で先程の所業に臨もうとしていた。自分としてはそれはそれで昂るし悪くない。しかし、何よりもそんなことを平然と行えるこの男の精神性にキアラは、多少なりとも驚いていた。

 

 「どういうおつもりですか?」

 

『いや、言った通りだよ?』『僕は君の顔だけに惹かれているんじゃないかと思ったんだ。だからそれを確かめる為に顔を剥がそうとしたんだけど……僕としたことが、面白手品の存在を忘れてたよ』

 

 そう言って球磨川は再び、キアラの顔へと手を伸ばす。後ずさるキアラだったが、そんなことは彼の過負荷(スキル)には全く関係なかった。

 

 

『『大嘘憑き(オールフィクション)』!君の顔をなかったことにした』

 

 「何を馬鹿なことを…………!?」

 

 ()()()()()()。鼻はなく口はなく目はなく、頬の感触すらも不透明で平坦で、気味が悪かった。器官としての活動は行っているというのに、その実何もない。虚無。球磨川がポケットから出したスマートフォンの画面をキアラの方に向ける。そこに映し出されていたのは、のっぺらぼうのような顔をした、キアラ自身――

 

 

 「嫌ァっ!?」

 

『くぅっ!?』

 

 咄嗟にキアラは、球磨川の鳩尾に掌底を叩き込んで吹き飛ばす。壁に罅が入るレベルで打ちつけられたにも関わらず、音は何も響かず。流石に死んだわけではない……とキアラは予想するが、ぐったりと力を失って、生気を感じぬ表情で倒れていたというのに球磨川は、次の瞬間何事もなかったかのように立ち上がる。

 

『どうしたんだよキアラさん?』『そうそう、僕の君への想いは結構変わったよ!今ののっぺらぼう状態もなかなかに可愛いけど、やっぱり顔があった方がいいなあ。そういう点では僕の想いはまだまだ偽物みたいだぜ』『ああでも悲観しないでね。顔があろうとなかろうと結構好きな部類だから!』

 

 「…認識をずらす魔術か何かでしょうか?元に戻してほしいわ……」

 

『魔術?おいおい、僕にそんな高等な物は使えないよ』『それに元にも戻せない。僕の『大嘘憑き(オールフィクション)』には、取り返しがつかないんだから』

 

 「は……?」

 

 ――取り返しがつかない?何だ、それは。ずっとこの状態で過ごさなきゃいけないというのか。しかも魔術ではないとはどういうことだ。

 

『『大嘘憑き(オールフィクション)』は、現実(すべて)虚構(なかったこと)にするスキル』『でも使い勝手が悪くてね。これを使ってなかったことにしたことを、更になかったことにすることは出来ない』『ああ、心配しないで。僕はどんなキアラさんでも好きになれるかもしれないし、むしろ顔なんて無いほうが?可愛いっていうか?んー何だろう、よくわかんないや!』

 

 「………………」

 

『黙られちゃうと表情が無い分、何を考えているかわからないミステリアスな印象を受けるよ。でもやっぱり不便だなあ。可愛いお顔が見られなくなっちゃうしやめときゃよかったぜ』

 

『だからなかったことにした』そういって球磨川はキアラの顔を指差す。瞬間、何かが返ってきたような感覚があった。手を伸ばすと鼻があり目があり口がある。なかったことになったものが、元に戻っていた。

 

 「なかったことにしたものは、更になかったことには出来ないのではなかったのですか?」

 

『あれれー!キアラさんの顔が元に戻ってる!』『なかったことにしたことはなかったことに出来ないはずなのにどうして!?』『わかった!きっとこれは僕たちの愛情だとか友情だとかそういった物が起こした奇跡だ!』

 

 

 

 ――意味がわからない。訳がわからない。埒が明かない。キアラの心情は混迷を極めていた。この男の思考がわからない。嗜好がわからない。志向がわからない。人の欲を知るキアラからしてもこの男が、どういう欲望を持って今動いているのかがわからない。

 とはいえ、この男が自分に好意を抱いていることだけは確かだろう――とキアラは気を取り直す。仕組みはわからないが顔は元に戻してくれたようだし。体の方を求めているだけかもしれないが、そんなのは一回寝れば解決する。事実、そういった目的で近づいてきた男も何人も彼女の信者としてきた。もう禁欲などしていられない、今すぐこの男を魅了してどうにか傀儡に――

 

『その目だよ』

 

 球磨川は何も映していないような空っぽの瞳で、キアラの目を指さす。

 

『見覚えがあると思ったら、()()と同じ目だ。人を人と思わない目』『でも()()よりもタチが悪いや。君は僕を、立香ちゃんを、アンリくんを――慈しむようで、その実()()()()()()()()()()()()()()()』『侮蔑も畏怖も尊敬も敬愛もない。唯々ペットでも見るような、そんな心で見ている』

 

 思っていたよりもこのマスターは、人を見る目を持っていたらしい。最早隠す必要もないか、とキアラは口角を歪めた。

 

 

「この世に人は私だけ。私以外の人間はすべてケダモノ。私はそのように育てられました」

 

 そのような世界で生きたのです。

 

『なるほど。箱入り娘ってことかな?』

 

 少しズレた解釈をして、球磨川は螺子を持つ。

 

『僕は自分を上げて人を見下すヤツが何より嫌いなんだ』『じゃあこの世の理不尽さを。不条理を。無慈悲を。』『マイナスの道理を、骨の髄まで叩き込んでやるぜ……!』

 

 「あんっ、激しい……!」

 

 螺子と拳が激しくぶつかり合う。戦闘の余波も、音も、損傷さえもなかったことにして――。

不毛な争いは、まだまだ終わる気配がなかった。





















お気に入り・評価・感想、本当に励みになっております。ここまでお付き合い頂いている皆さんは薄々感づいておられるかと思いますが、僕は大変そそっかしいので誤字が頻繁に多発しております。そっと報告を下さる方々に感謝感激雨霰。今後もさりげなく教えていただけると嬉しいですっ(誤字がないか見返しながら)


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第十二敗『やはり僕たちは相容れないみたいだ』

 「ふわぁあぁ……おはようございます……」

 

 大きな欠伸をして、少し眠そうに目を擦りながら藤丸は食堂の扉を開けた。朝ご飯を食べている数名のスタッフたちに挨拶して、一足早くパンを齧っていた球磨川の向かい側に座る。

 

 「おはよ禊くん」

 

『おはよう立香ちゃん』『随分とお寝坊さんじゃないか』

 

 「……ん?まだ八時じゃなかったっけ?」

 

『駄目だよ、ちゃんと二時に寝て五時に起きる健康的な生活を心がけないと!』

 

 「三時間睡眠って、その方がまずいんじゃ……?」

 

『おいおい何を言ってるんだよ』『昼の二時から朝の五時に決まってるだろう?男は黙って十五時間睡眠さ』

 

 「むしろ体に悪そうだなあ……」

 

ふぉうふぁふあ(そうかなあ)

 

 箱庭学園には一日二十時間は睡眠を取って動かないという生徒もいた。睡眠時間が長かろうと短かろうと大して違いはないのでは、とパンをもごもごと口に押し込みながらそんな想像を球磨川はする。

 現在カルデアに残っているスタッフたちの中に、『食べれる料理』が作れる者はいるが『美味しい料理』が作れる者はほとんどいない。故にご飯は各自、各々で作るか誰かに頼むか、球磨川のように調理しなくても食べられるパンなどを食べるか……そんな感じで適当によろしく、とドクターに昨日話された。まあ確かに、それぞれ仕事や予定があるだろうし、時間を統一して集団生活を営む方が大変で非効率に思える。

 

『立香ちゃんは料理とか出来るの?』

 

 「めちゃくちゃ上手いって訳じゃないけど、そこそこ美味しいものが作れると自負してる。試しに何か作ってくるから食べてみてよ」

 

『よろしくねー』

 

 立香が厨房に向かったことで、いつの間にかだだっ広い食堂は球磨川一人となっていた。『天井が高いなあ』なんて思いながら上を向いていると、その視界を誰かの顔が遮った。

 

『やあアンリくん』

 

 「よ。ちゃんと寝れたか〜?」

 

『それなりには、ね』

 

 アンリは昨日と何も変わらない、何もなかったかのような服・体の様子を見て微笑む。

 

 「……あんなヤツ相手によくやったな」

 

『何のことかさっぱりわからないなあ』

 

 「そもそもサーヴァントを相手に生身で戦おうっていうのが無謀な話だ。()()()()()?」

 

『見てたのかよ、人が悪い』

 

 「オレもう人じゃないしいくらでも言ってくれ」

 

『この人でなし!ド畜生!お前って何だか、ブーメランとか武器にして戦ってそうな顔してるよな(笑)』

 

 むっ、とした様子のアンリ。そりゃあそうだ、こんなよくわからない煽りを喰らえば誰だってそうなる。

 

 「生憎ブーメランは使わないが……ブーメランみたいにコイツをぶん投げて、アンタの命を刈り取ることは出来るぜ?」

 

『やめてよもう、武器取り出したりなんかしてまるでガチバトルみたいじゃないか。平穏にいこうぜ、な?』

 

 「ま、流石に冗談だがね……」

 

『っていうか、覗き見してたなら分かるんじゃないの?』

 

 「危ないところになったら止めに入ろうかと思ってたんだが、よくよく考えてみたらアンタが簡単に死ぬとは思えないだろうからな」

 

『買い被ってもらっちゃ困るよ』『僕は容易にくたばって簡単に散っていくようなやつだよ』『全く、また勝てなかったぜ』

 

 聞く人が聞けばあたかも同じ相手に何連敗もしているかのようにも受け取られる、紛らわしいいつもの口癖を呟いたところで昨夜を振り返る。

 

 

 

 螺子を持つ球磨川禊。微笑みを浮かべて構えを取る殺生院キアラ。

 

 

『徒手空拳?』『てっきり杖でも持ち出して魔法でも使ってきそうなイメージだったから意外だぜ』『しかしまあ、武器を持たない女の子相手に武器を使うのは、気が引けるな――っ!』

 

 一歩踏み込み、己の獲物を文字通り、キアラの柔らかな肉体へ螺子込もうと投擲する。しかしそれは、あたかも豆腐でも砕くみたいにキアラの掌底が打ち壊した。

 

 「ああ、お気になさらなくて大丈夫ですよ。そういった太い(モノ)を受け止めるのは、得意ですし嫌いじゃないので……」

 

 簡単に罅割れ砕けた螺子を見て球磨川は少し動揺したが、気を取り直してお得意の話術を持ち出す。

 

 

『へえ』『そういうなら、僕の螺子(オモイ)を受け取って頂戴っ!』

 

 「んっ……!」

 

 速度に乗った一撃が功を奏したか、球磨川の押し込んだ螺子は見事にキアラの腹部に刺さった。苦悶とも愉悦ともつかぬ表情に顔を歪めるキアラは、楽しそうに微笑んで無防備な球磨川の手を握る。

 

 「あん、太い……っ!」

 

 しかしここで球磨川の背筋に嫌な予感が走る。自分を慈しみ、労わるかのような優しい温かい手。その手は何故か、螺子を握る自分の手を、より深く、()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

『ッ!』

 

 「あら、残念。後もう少しで禊様を蕩けさせてあげられましたのに……」

 

 球磨川の目を引いたのはキアラの腹部。そこには大きな裂け目が広がっていた。触手のようなものが猥雑にうねり回るその空間に投げ込まれた螺子がどうなったかまではわからなかったが――取り込まれたら無事では済まない、ということだけは容易に想像出来た。

 

 「快楽天・胎蔵曼荼羅(アミダアミデュラ・ヘブンズホール)。天上解脱、なさいませ?」

 

 先程のモノは殺生院キアラの宝具。彼女の体内にはもう一つの宇宙が出来上がっており、入ってしまえば体も知性も溶かされ蕩けさせられ絶大な快楽と共に最後には彼女に吸収される。それを知ってか知らずか、球磨川禊は明るく呟く。

 

『いいなあ、キアラさんのお腹の中にしまわれちゃった螺子が羨ましい限りだよ』

 

 「禊様もいらっしゃって構わないのですよ?」

 

『生憎、僕は入るより入れる方が趣味でね――!』

 

 投擲された螺子がキアラを貫き、繰り出された拳が球磨川の命を刈り取る。数度繰り返されるそんなやり取りの後、やれやれとでも言いたげに球磨川が嘆息した。

 

 

『こんな不毛な争いはもうやめよう』『僕らはお互いが憎くて争ってるわけじゃない、そうだろう?』『いい塩梅だしここらでお開きといこうぜ』

 

 「それなら令呪でもお使いになればよろしいでしょう。私としましてはこのまま、夜通し戯れ続けるのもまた――うふふ」

 

令呪(こんなもの)の力は使いたくないな』『和解っていうのは、そんなものに頼って行うものでも強大な後ろ盾を持って進めるものでもないだろう?』『やっぱり、お互いの心と心が通じ合ってなきゃあ!』

 

 「どうしてもと仰るのであれば……ここでお開きにするのも吝かではないですよ?」

 

『じゃあそのどうしてもって奴を押し通させてもらおうかな』

 

 球磨川は螺子をぽーいと何処かに投げ捨て、両手を上げて手を叩く。

 

『どうしても和解したいから、その為に一つ条件があるんだ』『その暁にはとりあえず裸エプロンと手ブラジーンズと全開パーカーを毎日ローテーションしてってほしい』

 

 「え?たったそれだけでいいのですか?」

 

『え?』

 

 「もっとこう、直接的に触れ合うというか、乳繰り合うといいますか……」

 

『……はあ』

 

 力なく項垂れる球磨川。怠そうな表情とともに、侮蔑するような視線をキアラへと向ける。

 

 

『残念だけれど』『やはり僕たちは相容れないみたいだ』

 

 「そうなのですか?」

 

『ああ。君は何もわかっていない』『いいか!直接触れれてしまえばそれは只のスケベでしかないんだ!』『見るからこそ!眺めるからこそ!観測しているからこそのフェチズム、淫靡な魅力というものがあるんだよ!触りたいけど触れない、いやむしろ敢えて触っていない!』

『視姦すること、その行いに誇りを持つべきなんだ!』

 

 「今一つ理解しかねる感覚ですね……それでは、例え私が禊様に夜這いした場合でもそれを跳ね除け、ひたすら私の肢体を舐め回すように眺め慰めるだけ、ということですか?」

 

『それは普通に乗ると思うけど』

 

 二つの意味でキアラさんにね!とドヤ顔でそこまで上手くない返しをする。あまりにも自信満々な様子に、さしものキアラも眉を顰めた。

 

『キアラさんのその成熟した淫らな肉体。裸エプロンであれば食欲と性欲という人間の二つの欲望と、大きな二つの欲望の塊を同時に楽しむことが出来、』『手ブラジーンズならばだらしないという形容詞が程良く似合う大きな乳房を己の手で覆い隠し――あたかも揉んでいるかのような絵面に、上等な絵画を見ているような魅力を感じる』『全開パーカーで特筆すべき点はやはりその谷間だろう。下着も着けず、自由を賛美するだらしない谷間に、吸い込まれるような気持ちを覚えるはずさ……!』

 

 「あの……要するに、禊様は私の胸に大変興味を示し、欲情しているということでよろしいですか?」

 

『そうだよ』

 

 「素直ですね。しかし、女体の魅力は胸以外にも様々な箇所に現れると思います。そもそも――」

 

『そうかなあ』『でも――』

 

 かくして、破戒僧(ヘンタイ)過負荷(ヘンタイ)

 の意味の無い論議が始まる。お互いに視野を広げ、新たな性癖を開拓する前向き(マイナス)な議論だったとか何とか。

 

 

 

 

『で、僕は濡れ透けワイシャツという新たな境地を見出したのさ……』

 

 「一周回ってまともに見えてきたぞ……」

 

『でもこれで下着の色が見えるのは邪道なんだ』『下着の隠れているからこその魅力を楽しむのが江戸っ子さあ』『下着の隠れた魅力を再発見!』

 

 「全力で江戸っ子に謝ってほしい」

 

 人類悪のまともなツッコミを受ける人間というのはこの広い世の中でも球磨川禊ぐらいだろう。そんな軽快なやりとりをしている間に、お盆を持った藤丸がのそのそと歩いてきた。

 

 

 「あ、おはようアンリくん」

 

 「おう、おはよう」

 

『この匂いは……回鍋肉かな?』『うん、美味しい!』

 

 「手づかみはお行儀が悪いぞー……?」

 

 躊躇うことなく肉を手で口に運ぶ球磨川に、苦笑いする藤丸。そんなことは気にせず、球磨川は『料理上手だね!』と汚れた親指を立てて料理をつまみ続けた。

 

 

 「あら……楽しそうですね」

 

 「げっ」

 

 声の主を察してか、アンリは何処かへと消えた。恐らく霊体化したのだろう。球磨川は振り返り、歩いてくるサーヴァントへと手を振る。

 

『やあキアラちゃん、おはよう!』

 

 「おはようございます、禊様?」

 

 「あれれ、なんか二人めちゃくちゃ距離縮まってない?」

 

 さりげなく――というか、しなやかに堂々と、キアラは球磨川の隣に位置取りして座る。袖が擦れるほどの近距離で。

 

 「ふふふ……そう見えます?」

 

『そうかな?』

 

 「うん。もしかして、共通の趣味とかあったの?」

 

『共通の趣味というか……近しい性癖かな?』

 

 「また一つ、新たな境地へ辿り着けそうですね」

 

 「へー……いいなー、俺もマシュやアルトリアさんともっと距離を縮めたいなあ。まだ二人のことほとんどわかってないからなー」

 

『立香ちゃんならきっと大丈夫だよ』『すぐに仲良くなれるって!』『あとその言い方だとめちゃくちゃ女たらしみたいだぜ!』

 

 「い、いや……そんなつもりはないんだけど。普通に、普通に仲良くなりたいなって思っただけでさ!」

 

 それを人は女たらしという。天然ジゴロっぽい雰囲気のある藤丸がいつそのことを自覚するかは、未だ謎である。

 

 「あの……お二人と仲良くなる練習に、私とも仲良くなってもらえませんか?」

 

『キアラちゃんのソレは、ベッドの上でという一文を付け加えないといけないと思うんだけど』

 

 「ふふ、禊様とはここの廊下でしたけどね。あんな太い螺子(モノ)で何度も私の体を求めて、深く貫こうと……」

 

『キアラちゃんも暴れるもんだから、多少手荒になっちゃってたけどそこら辺は勘弁して頂戴』『……ん、どうしたの立香ちゃん?』『顔が赤いけど、具合でも悪いのかい?』

 

 「禊くんって同年代の友達って印象があったんだけど……進んでるっていうか、なんかスゲーなって……」

 

『参考にしてくれてもいいんだぜ』

 

 間違っても参考にしてはいけない。というか、多分それは引き気味の心のこもった「スゲー」だと思う。

 喋りながら、のんびり朝食を食べ終わる。食器を片付けだした辺りで、食堂のドアが騒々しく開いた。

 

 

 「藤丸くんと球磨川くんはいるかい?」

 

『おはようロマンちゃん』『どうしたんだい、そんなに慌てて』

 

 寝癖でぐしゃぐしゃになった髪を掻きながら、ロマニは肩で息をする。見た目通り、そんなに鍛えておらず体力はあまりないようだ。

 

 「もしかして次の特異点の話ですか?」

 

 藤丸の指摘は()()正解だった。呼吸を落ち着かせたロマニは言葉を続ける。

 

 「ああ、少し面倒なことがわかってね……とりあえず、管制室に来てほしい」

 

 




書き溜めとかしないタイプなんで、以前の更新ペースに戻せるかが心配


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第十三敗『さあ?』

 「それで、わかったことっていうのは一体?」

 

 「まずはこれを見てほしい」

 

 ダヴィンチがパソコンを操作すると、ロマニの背後に大きなディスプレイが現れる。それが点灯すると、マシュの姿が映し出された。何やら数値やらアルファベットやらが表示されている。

 

 「今のカルデアのサーヴァント達のデータを纏めるために、許可を取って霊基を見させてもらった。ここに表示されているのがマシュのステータスなんだけど……実はコレ、恐らく最大値ではないんだ」

 

 続けてアルトリア、アンリの姿も表示され、同じように数値やアルファベットが表示される。

 

 「この状態でもサーヴァントらしい人間離れした力を行使できるんだが……カルデアの召喚システムがまだ未熟だからか、本来の力を発揮しきれてはいないようなんだ。そこら辺はダヴィンチちゃんやアルトリアさんの発言を踏まえて出た結論だから、確かな筈だよ」

 

 「そうそう。なーんか本来のパーフェクトな私よりも微妙に?まあ二、三ランク程度だが、不完全な気がずっとしててね。アルトリアちゃんにその話をしてみたら彼女もそうだと言うのでね。調べてみたらこうだったって訳さ」

 

『いや、元がわからないから』『急にこうだったとか言われても僕にはわからないけど……』

 

 「でも、霊基ってそう易々と弄れる物じゃないんだよね?どうするの?」

 

 「丁度いいことに、()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 モニターの表示が切り替わり、何処かの森のような風景が映し出される。そこをうねうねと、何かが動き回っている。

 

 「ドクター、あれは……?」

 

 マシュが少し不安そうに聞く。ダヴィンチがキーボードを叩くと、謎の生物……いや、動く物体が拡大して表示された。

 

 

 「名前なんて探しても見つからないけど、呼称がないと不便だから……仮に僕達はこう呼んでいる。"種火"と」

 

 まるで地中に人が埋まっているかのように、大きな手が地面から生えている。掌には何やら石のようなものが付属していて、それぞれ銅色や銀色、金色の輝きを放っている。

 

 「どうやら何処かの魔術師……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……誰かが魔力で動き出す使い魔みたいなものを作ろうとして、アレができたみたいだ。太い霊脈の通った地にそいつらが自動で生まれる機構が組まれていて、それがこの人理焼却の状況と相まって小さな……言うなれば特異点モドキとでも言うべき物が出来上がっているのさ。不思議なことに、それがカルデアと直接繋がるというオマケ付きだ」

 

 とはいえ人理には全く関係ないから気負わなくていいよ、と明るく言うダヴィンチ。しかしそれがサーヴァントの強化とどう関係があるのか。

 

 

 「ん、前述の通りそいつらは魔力の塊だからね……倒せば倒すほど、()()()()()()()()()()()()()()()()。それを吸収すれば霊基の強化に繋がるよー」

 

 「それに関しては昨日、彼が実証してきてくれたから、効果は確かなはずさ」

 

 「三人称が間違っているという点にはツッコまないよロマニ」

 

 「……つまり、種火っていうのを倒しに行けば戦力の強化に繋がるってことですね?」

 

『ふーん、単純でいいじゃないの』『早速狩り(ハンティング)に行こうじゃないか』

 

 ダヴィンチの言った特異点モドキ――には、コフィンを使ったレイシフトは必要ないらしい。カルデア内部のトレーニングルームの一角に、種火のいる森へと繋がる異空間が出来たそうだ。魔術に疎い藤丸でも、割とおかしな状況なのだろうなと思った。

 

 

『うわあ……』『凄く漫画チックな感じになってるね』

 

 トレーニングルームの一角が歪んでいる。空間が螺子曲がっている。無機質な白い壁の間に、薄暗い森の風景が広がる。人一人が通れそうなその空間に、球磨川は躊躇なく手を伸ばし首を突っ込む。

 

『おー、森だねえ』『不知火ちゃんとのバトルを思い出すぜ』

 

 共通点は一文字の単語だけだと思われるが、そんなことは気にもとめず球磨川は空間の先へと入っていく。「オレ程度が強くなっても意味ないと思うけどなあ……」「どんな方が待っているんでしょう……」なんて言いながら続くサーヴァント。藤丸は少し、ほんの少しだけ不安な様子だったが――意を決して、異空間へ飛び込む。

 

 

『全員入ったようだね。そこまで大きな危険はないはずだが、戦闘することに変わりはない。十分注意してくれ』

 

 「「マスター、指示をお願いします!」」

 

 「う、うん……息ぴったりだね、二人とも」

 

『んじゃまあ』『僕の指示なんか受けず、適当に頑張って頂戴』

 

 「わかりました。楽しませて頂きますね?」

 

 「それならオレはサボっててもいいか?どうせ大した戦力にはなんねーよ、次の特異点でまた聖晶石とやらを集めてもっと強いサーヴァントを引き当ててくれ」

 

 積極的なキアラに対して、消極的なアンリ。球磨川は笑顔で右手を掲げた。

 

 

『令呪を以て』『アンリマユに命じる』

 

 「ちょ、おま!」

 

 右手の甲の紋様の一角が赤く眩い輝きを放つ。刹那アンリの身体は強ばり、球磨川の言葉を待った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 「ハアアアアア!?暴君かよアンタ!?」

 

『そんなわけで、手分けして狩り(ハンティング)といこうぜ』『あまり戦力が固まってても狩りづらいし、流れ弾が当たったりしたら危ないだろう?』

 

 「そ、そうだね……じゃ、俺らは向こうに行ってくるよ」

 

 マシュとアルトリアを連れて、藤丸は正面の道へ進んでいった。令呪を受けたアンリを見て、「私も無理矢理色々な命令を受けてみたいものです……」と邪な溜息を吐くキアラ。色々というか、色塗れだろう彼女は。

 

 

『早速お出ましみたいだねえ』

 

 地面から生えている大きな手が、真っ直ぐ平行に移動している。なかなかにシュールな構図だったが、こちらに気づいたようで臨戦態勢(?)に入った。

 

 

『ということで頑張ってね、アンリくん』『行こうぜキアラちゃん』

 

 「ええ」

 

 「オイちょっと待てマスター!何処行く気だアンタ!?」

 

『種火狩りに決まってるだろう?』

 

 「オレは!?オレはどうなるんだよ!?」

 

『僕らは向こうで遊んでくるから、一人でこの子と遊んでて』『大丈夫!アンリくんなら僕の指示なんて仰がずとも一人でやれるさ!命尽きるまで無理して全力で頑張って!』

 

 「終わったら覚えてろよっ!!」

 

 掌から魔力弾を発射し始めた種火と戯れ始めたアンリを背に、キアラと球磨川も移動して種火を狩り始める。ダヴィンチの説明の通りなら、球磨川が倒しても彼には何の利益(プラス)もないのだが……まあ、無意味なことに全力を傾けるのも球磨川禊という男の性質の一つなので、そんなことに一々突っ込んでいてはキリがない。

 

 「……むう、種火というものはなかなかに脆いですね…」

 

『我慢してあげなよキアラちゃん』『直にもっと脆く感じるようになるんだしさ』

 

 種火の群れを蹂躙していく球磨川とキアラ。彼女としてはどうやら、もう少し手応えのある相手と戦いたいらしいが……『強化されきってない状態でこれとは、なかなかに頼もしいぜ』と球磨川は螺子を投げつけながらほくそ笑む。

 

 「はっ!……とはいえ、少し疲れてきましたわ」

 

『無限に湧いてくるもんね』『まるでゴキブリみたいだ』

 

 両手で器用に螺子を扱い、二体の種火を同時に貫く球磨川。多分種火の方も最高級の害悪さと生命力を誇る球磨川に、ゴキブリ呼ばわりされたくはないと思う。

 ピピーと左腕に巻かれた通信機が鳴り、ロマニの立体映像(ホログラム)が映し出された。

 

 

『球磨川くんの方はっと……うん、何だその戦闘力は』

 

『まあ人でなしとか人もどきとかギリギリ人みたいな奴らしかいない、』『割と世紀末な環境ですくすく育ってきたからねえ』

 

『別に強くはないんだけどね』と内心で付け加えておく。誇張なく事実である。勝ちがないから負越(マイナス)なのだ。

 

『藤丸くんの方も順調に倒していってるみたいだし、もう少し経ったら戻ってきてくれ。こっちも作業があるから通信を切らせてもらうよ』

 

『おけおけー』『それじゃ気が向いたら帰るよ』

 

 通信が切れる。再び辺りの種火を狩ろうと螺子を構えた時、キアラが「あの」と口を開いた。

 

 

 「禊様。このまま狩り続けるのも乙だとは思うのですが……一つよろしいでしょうか」

 

『よろしいよ』

 

 「帰り道って、分かっておられますか?」

 

『…………はっ』

 

 右を見る球磨川、木がある。左を見る球磨川、木がある。前を向く球磨川、草原だから恐らくこちらではないだろうと読む。振り返る球磨川、またも木がある。

 

『一体どの木が正解なんだ……!』『おーいロマンちゃん、帰り道教えて頂戴?』

 

 「先程通信を切っておいででしたよね?」

 

『…………あっ』

 

 「ということで、帰り道はこちらです。着いてきてください?」

 

『普通に覚えてたのかよ……』『全く、人が悪いぜ』

 

 「うふふふふ」

 

 キアラの案内に従い、何とかカルデアへと帰ってきた球磨川とキアラ。先に帰ってきていた藤丸たちとも合流し、とりあえず疲れを癒すため休養することにした。人理修復の旅への出発は、もうすぐである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あれ?禊くん、何か足りなくない?」

 

『さあ?』

 

 



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第一特異点 邪竜百年戦争 折零暗
第十四敗『死んでも守るから』




誤字報告に感謝……!圧倒的感謝……ッ!


 

 

 

 「昨日は本当、散々な一日だったぜ……」

 

『あっはっは』『そういう運が向いてない日って……あるよね!』

 

 「あるよね!じゃねえよ!!」

 

 割と人を殺せるレベルの勢いで振りかぶられた短剣は、繰り出された螺子に止められた。しかし流石に本当に殺す気はなかったようで、短剣を放り投げてアンリは肩を回した。

 

 「はあ、まさか倒れるまで戦うことになるとは思わなかったぞ……」

 

『まさか倒れてもサーヴァントが帰ってこれるとは知らなかったよ』

 

 「知らなかったのかよ!?は、何アンタ何も知らずにオレを放置してたの!?カルデア(ここ)じゃなかったらもうオレ倒れて座に帰ってるからな!!気をつけろよ!!」

 

 ――今のカルデアには、サーヴァントの再召喚という手段がある。マスターが召喚に成功し契約を結んだサーヴァント達は、カルデアからの魔力提供を受け、この基地にそれぞれ存在の基点を作り一時的な受肉を果たしていた。このため、契約した英霊たちは彼らの本来いるべき場所――英霊の座ではなく、このときだけカルデアをホームとする。つまり、特異点や他の何処かで倒れても、サーヴァントはカルデアに帰ってくることができるということだ。

 

 

『そうか……気をつけるよ、助言ありがとう!』『つまりアンリくんはあっさりぽっくり死んじゃっても問題ないってことだよね?』

 

 「あるわ!問題しかないわ!!そもそもオレを特異点なんかに連れてくんじゃねえ!!」

 

『何言ってるんだ!アンリくんだって僕の大切な鯖……ごめん噛んじゃった』『サーヴァンツ……ごめん噛みまみた』

 

 「それはわざとだろ!?」

 

『大切な鯖の一人なんだ!君を置いてはいけないね!』

 

 「マスター……ちょっといい話っぽくしてんのに、鯖って呼称のせいで魚みたいになってシュールだぞー……」

 

『倒れてもカルデアに帰ってこれるってことはつまり、いくら盾にして壁にしても問題ないってことでしょ?』

 

 「やっぱ全然いい話じゃねえ!!」

 

『この世にいい話なんてないんだよ。あるのはよさそうな話だけさ』と相も変わらず空虚な戯言を吐いて、球磨川は目的地のドアに手を伸ばす。自動で開いたドアの先は管制室。待ち構えていたロマニと藤丸一行に、『待たせたね』と言って部屋に入った。

 

 

 

 「それでは早速レイシフトの準備に取りかかろう。今回はちゃんと二人用のコフィンも用意してあるから安心してね」

 

 「この私が調整した代物だよー?安全かつ迅速、快適にレイシフト出来るはずだから安心してくれたまえ!」

 

『あ、この人僕の嫌いなエリートだ』と、心の中でダヴィンチへの認識を改めた球磨川。とはいえまあ、昔に比べれば丸くなったので、エリートを見れば心を折りにかかった前と違って、目の敵にする程度に留めておくのだ。

 

 

 「特異点は七つ観測された。そして今回は、そのなかでも最も揺らぎの小さな――つまり、比較的安全な時代を選んだ」

 

 一呼吸置いて、ロマニは言葉を続けた。

 

 「歯痒いが、向こうに着いたらカルデア(こっち)は通信することしかできない……気をつけて。健闘を祈るよ、藤丸くん、球磨川くん」

 

 「はい。……行ってきます!」

 

『心配しないでロマンちゃん、みんな』『立香ちゃんのことは死んでも守るから』

 

 「禊くん……!?」

 

『アンリくんが!』

 

 「そこはアンタが守れやっ!」

 

『アンリくんは僕の鯖だろ?』『つまり僕の鯖たるアンリくんが立香ちゃんを守ることは、イコールで立香ちゃんを僕が守ったことになるんだ』

 

 「ならねえよ!テメーの命はテメーで守れや!」

 

 「ふふっ……なんか二人を見てると、漫才を見てるみたいな気持ちになるよ」

 

『そう言ってもらえると芸人冥利に尽きるよ』

 

 「もうツッコまないぞ……」

 

 クスクスと楽しそうに笑う藤丸。ふう、と大きく呼吸を吐いて頬を叩く。

 

 「よし……行ってきます!」

 

『適当に掻き乱してくるよ』

 

 その適当が誤用の方ではなく、正しい意味であることを祈りながら――カルデアの面々は、コフィンに入った二人を見送った。



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第十五敗『ごめんなさいね?』

 「――――告げる」

 

 シャンデリアの垂れ下がった高く立派な天井から考えて、城や貴族の館など、豪奢な建物の内部だろうか。薄暗い室内の中央には淡く輝く魔方陣が展開され、黒い甲冑に身を包んだ少女が詠唱を行い、不気味な雰囲気を纏う本を持った男が、焦点の合っていない大きな瞳でその様子を見守る。

 

 「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我は常世総ての悪を敷く者。されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 形式通り(テンプレート)なサーヴァントの召喚詠唱を終えると、辺りを閃光が包む。どうやら英霊は召喚に応じたらしい。少女は口角を吊り上げ、男は大きな瞳を少し細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――

 

 

 「ここは……?」

 

 柔らかい草の感触。目を覚ました藤丸立香は、立ち上がって辺りを見渡した。

 綺麗でのどかな草原。柔らかな緑色が、空の青に映える。奥には森のようなものが見え、右の方には小さく村と思しき場所が見えた。

 

 「目が覚めたようですね、マスター」

 

 「ああ……おはよう、アルトリアさん」

 

 「一々さん付けは面倒でしょう。呼び捨てで構いません」

 

 「じゃあ今度からはアルトリアと、そう呼ばせてもらうよ。俺もマスターっていうのはなんか性に合わないし、立香って呼んでほしいな」

 

 「それでは以降はリツカ、と呼ばせてもらいます」

 

 「改めてよろしくね」

 

 微笑み合う二人だったが、何が起きるかわからない特異点の中であることを思い出し。再び辺りを見回し、ひとまず危険がないことを確かめる。

 

 

 「マシュや禊くんたちはどうしたんだろう……?」

 

 「レイシフトの際に何かの不具合ではぐれてしまったのかもしれませんね……」

 

 「無事だといいけどなあ……」

 

『おーい、藤丸くん!聞こえてるかい?』

 

 ロマニとの通信が繋がった。少し安心して胸をなで下ろし、「聞こえてますよー!」と元気に返事をする。

 

 「マシュや禊くんたちとはぐれてしまったみたいなんですけど、何処にいるかわかりませんか?」

 

『マシュはその近くに反応がある。サーヴァントであるマシュにはある程度藤丸くんの居場所がわかるはずだし、すぐに合流できるはずさ。でも、球磨川くんに関しては――何故か、()()()()()()()()()()()()

 

 「え……!?」

 

『意味消失したわけではないはずなんだが……球磨川くんが一体何処にいて、どういう状態なのか把握することが出来ない。しかしまあ、無事レイシフト出来たことは確かだから、おいおい合流出来ると信じよう』

 

 「はい……」

 

『今はそれよりも、特異点の状況を確認することの方が先決だ。まずは近くの村に向かって――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

 

 閃光が晴れる。するとそこには七騎のサーヴァントがいた。黒い少女は語りかける。

 

 「よくぞ来ました、我が同胞(サーヴァント)たち。私が貴方たちのマスターです。召喚された理由はわかりますね?破壊と殺戮、それが私から下す尊命(オーダー)です」

 

 「まあ、それは――ふふ、素敵な尊命(オーダー)ですこと」

 

 「なっ……!?」

 

 部屋の入口の方から女の声が聞こえた。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも聞き覚えのない声。これは――

 

 

 「ただ、私は今この方のサーヴァント故――アナタの命令を受けることは出来ないのです。ごめんなさいね?」

 

 「チィっ……!貴方たちはまさか!」

 

『んじゃあ、僕からキアラちゃんにお願いしちゃおっかな。破壊と殺戮って奴』『どうやら――それが一番手っ取り早いみたいだから、ね』

 

 「オレも忘れんなよ、マスター?」

 

 二騎のサーヴァントと一人の人間。特異なことに、敵の総本山にレイシフトした彼らは、得物を構え、戦局を掻き乱しにかかるのだった。

 

 



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第十六敗『どのくらい苦しかったのかな?』

 

 

 

 一見、球磨川禊ならではの悪運とも思える敵地総本山へのレイシフト。だが意外にもこれにはきちんとした絡繰がある。

 

『立香ちゃんとともに安全にレイシフトされる』『という可能性を「なかったこと」にした』

 

 これにより、球磨川のレイシフトは予測のつかぬ、不規則的でアンコントローラブルな物へと変化した。理由としてはいくつかあるが……『立香ちゃんといるより一人の方が動きやすいから』『ロマンちゃんの監視の目があると、スキルを使いづらいから』『もしかしたら最初から黒幕の寝首をかけるから』エトセトラエトセトラ。そんな感じで共にレイシフトされる可能性をなくしたのだが、まさか――初めから敵陣の本拠地に出現するとは。

 

 

『それこそ正に、想像以上だったぜ』

 

 「想像以上ってか、これ以上最悪な状況があるのかってレベルで酷い状況だよな」

 

 カラカラと笑うアンリ。キアラも微笑を浮かべ、こちらを様々な表情で窺う計九騎の英霊を見据える。

 

 

 「もしかしてマスター、という奴かしら?」

 

『…………』

 

 少女の問いに、球磨川禊は答えない。

 

 「素直にそちらの素性を話してもらえれば、そこまで手酷く甚振りはしません。ええ、例えばこんな風に、惨たらしく殺したりは……」

 

 パチン、と指を鳴らすとバッサバッサと羽――いや、翼と呼んで差し支えない大きさの物がこちらに向かってくる音が聞こえる。

 ――それは大きな、黒い竜であった。尖った翼を羽ばたかせ、鋭い牙をチラリと覗かせ。そしてその太い鉤爪で、何かを掴んでいた。

 

 

 「ヒ、ヒイイイイイイ!?」

 

『えっ』

 

 「えっ」

 

 「は……?」

 

 掴まれていた何か――狼狽えた様子の男は、球磨川の頭上に落下し激突した。別に狙ったわけではなかったと思うが、図らずして球磨川は意識を手放した。倒れる球磨川。痛みにのたうち回る男。訝しげに二人を睨む少女。困り顔のサーヴァント達。

 

 

 「お、おいマスター……?起きろ、起きろおい。気絶ってアンタの能力的に一番不味いヤツじゃねえの……!?」

 

 「ハッ……バッカじゃないの。気絶した振りをして油断を誘ってるとか、こっちの手の内を探ってるとかそんなところでしょう。その程度の猿芝居を見抜けないとでも?」

 

 「いえ、これは完璧に寝ておられると思いますよ?」

 

『すー……』『ぐー……』『ぐっ』『ぐえっ』『ぐうっ……』

 

 安らかな寝息を立て始めていた球磨川の頬をキアラの往復ビンタが襲う。凄まじい速度で放たれたそれにより一度は意識を覚醒した様子の球磨川だったが、すぐさま首に入った一撃で再び意識を手放す。

 

 

 「ほら、ぐっすり眠っておられるでしょう?」

 

 「いや何やってんだよ!?」

 

 ――訳が分からない、と。出自も逸話もバラバラな少女の陣営の意見が、初めて一致した。

 しかしマスターが意識を失っているというのは絶好のチャンスである。少女は密かに令呪を用いて――敵サーヴァントの殲滅を命じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――

 

『んっ……』『んん?』

 

 目を覚ました球磨川禊。しかし何故だろう、体は動かない。どうやら拘束されているらしい。肩の凝り固まった感触と腕の持ち上がった現状から察するに、十字架に磔られているようだ。

 

 

 「目が覚めたようですね」

 

 丁寧な言葉遣いであったが、そこには確かにこちらを侮蔑し、憎むような鋭い威圧感があった。少女は不気味に口元を歪めて、球磨川を見る。

 

 「これから貴方にはいくつか質問をさせてもらいます。ああ、先程も言った通り正直に答えてくれればこちらも、手荒な真似はしません」

 

『僕も手荒な真似はされたくないからな、精一杯協力させてもらうよ!』『ところで、うちのサーヴァント達はどこへ?』

 

 「ああ……彼らなら、普通に倒しましたよ?」

 

『なっ……!』

 

 「頼みの綱のサーヴァントは消え、自身も拘束されている……絶望的でしょう?魔術師らしく魔術を使って、その状況から抜け出せるのであればご自由にどうぞ?拘束し直す時にうっかり殺しちゃっても責任は取りませんけれど!」

 

『そんな、キアラちゃん……アンリくん……!』

 

 ――この男は落とせる、と少女――ジャンヌ・オルタは内心で確信した。聖女ジャンヌ・ダルクの別側面(オルタナティブ)。それは聖杯によって願われた、"あんな悲惨な末路を迎えたジャンヌが、世界を――人を恨んでいないはずがない"という一人の男の願望により誕生した。故に彼女は、彼女を救わなかったこの地(フランス)を恨んでおり、この地を壊滅に誘おうと目論んでいる。その為に、敵となりうるものは見つけ次第処分するのが当然。この男だけではなく、まだ仲間もいる可能性がある。腕の一、二本も折ればすぐに音を上げるだろう。ゆっくりと尋問して――――

 

『命がけで僕を守ってくれたんだね、二人とも……!』

 

 「……もしかして主従愛って奴かしら?キッモッ。サーヴァントたちは貴方のことなんか守れてはいない。守れていないからこそ、この状況だってこと分かってますか?」

 

『分かってるさ』『だからこそ、二人の無意味な死って奴が尊く思えてね』

 

 そういって球磨川は目を細めた。ジャンヌオルタは少し首を傾げたが、球磨川のあってないような真意を理解しようとはせずに話を続けた。

 

 「御託はいいからさっさと答えなさい。私も忙しいのよ?本当なら今すぐにでも貴方を焼き殺して阿鼻叫喚に包まれる民衆を嬲りにいきたいくらいだわ!」

 

『焼き殺す、ね』『僕のサーヴァント達の死に方も気になるところではあるけれどまあ、それはいいか』『ところで――えっと、君はなんて呼べばいいのかな?』

 

 「呼称なんてあったってなくたって困らないでしょう?」

 

『僕は困るんだよ』『困るついでに自己紹介しとくと僕は球磨川禊、禊くんでも球磨川さんでも裸エプロン先輩でも何でもいいから、適当に呼んでね!』

 

 「……で、アンタは何でここに現れたのかしら?」

 

『アンタって言われても誰のことだか分からないなあ』『僕には歴とした名前があるんだ!それを蔑ろにされるのは神様が許さないし僕も許さない!』

 

 「あっ、そ……じゃあ球磨川禊様?さっさと貴方の素性と目的を話して消えてくれる?」

 

『消えてくれる……ってことはもしかして、素直に話せば助けてくれるのかな?』

 

 「ええ。少なくともこんな風に惨たらしく殺すことはないと思いますよ?」

 

 「ヒッ……ヒイイイイイ!?」

 

 金髪の貴族らしき上品な雰囲気を放つ、中性的な容姿の人物が先程球磨川に激突した男を連れてきた。もう下がっていいわよ、というジャンヌオルタの一言でその人は離れ、彼女は笑顔で男の胸ぐらを掴む。

 

 「さっきはこちらのマスター様のせいでお預けを食らってしまいましたからね……その分、より惨たらしく死んでもらいますよ?」

 

 「や……やめ、やめてくださいぃっ!!おねぐぁいしまじゅうっ!!……!」

 

 涙を浮かべ鼻汁を垂れ流し、地面にガンガンと頭を叩きつける誠心誠意の謝罪で、命を繋ごうと懇願する。

 

『おいおい、そのへんにしておいてあげなよ』『こんな小汚いおっさんの憐れな姿なんて見てても面白くないだろう?』

 

 「……魔術師風情が、口を出さないでくれる?口答えするなら貴方から燃やすわよ?」

 

『それは勘弁願いたいね』『ということでおじさん、グッドラック!』

 

 「ヒッ……イヤダアアアア!!死にたくない死にたくない、やめてくださウヒャアアアアアア!!」

 

 救いを求める声は空しく部屋に響き渡る。ジャンヌオルタが軽く手を振ると、男の服が、体が、全てが燃え始める。

 

 

 「ギャア゛アア゛ア゛アア゛ッ!!???」

 

 「アハハハ!私腹を肥やしてぶくぶくと脂を蓄えていただけあって、いい燃えっぷりね?」

 

 火達磨と化した男は、熱に浮かされ部屋の中をバタバタと走り回る。球磨川はそれを見てプププと笑った。

 

『なかなか格好良く走るじゃないか。うちのオブジェにして飾っておきたいくらいだ』

 

 「あら、なかなかいい趣味してるじゃない?」

 

『よく言われるよ』

 

 「でも残念ね、それが叶うことは永久に有り得ないわ!」

 

 炎の勢いが一気に強くなる。悲鳴は徐々に呻き声へと変わり、喉まで焼け爛れたのか最後には小さくヒュー、ヒューと酸素を求めて呼吸する音が聞こえ、そのまま燃え尽き灰と化した。

 

 「いい気味ね!私を焼き殺したコイツが、私の手によって焼き殺されるなんて!」

 

『へえ……』『ということはさっきの彼は、君のような美少女を焼き殺した悪魔のような男だったのか。許せないね!』

 

 美少女、という単語に少し眉を顰めたジャンヌだったが、すぐに球磨川を睨む。

 

 「……ふん、空っぽな褒め言葉ですね」

 

『そうかなあ?』『ところで、君の大切な人は何処へ行ったのかな?』

 

 「ジルなら私の為、サーヴァント達を先導してこの地に呪いをもたらしてくれているはずよ?貴方にもしお仲間がいたとしても、救援は期待出来ないんじゃないですかね!」

 

『…………』

 

 ニヤリ、と不気味に口角を歪める。

 

『へー、君の大切な人はジルって言うんだ!覚えとこーっと!』

 

 「なっ……!」

 

 無意識の内に、信頼するサーヴァント――キャスター、ジル・ド・レェの真名を漏らしてしまっていたことに気づき、内心で一瞬焦るジャンヌだったが、たかがジルという二文字で、貴族にして軍人であるフランスの英霊である彼に辿り着くことはないだろう。そう楽観し、話を戻そうと試みる。

 

 「ええ、ジルは私の信頼する男です……そんな彼の負担を減らす為にも、さっさと私の質問に答えなさい。これ以上話を逸らしてまともに会話する気がないのであれば……そうね、少しずつ体を炙っていこうかしら?」

 

『拷問の仕方としてはこれ以上なく効率的なんじゃない?』『人間が火に焼かれた時ってあれらしいぜ、火事の煙とかがない限り、火という直接的に生命を刈り取る訳では無いモノに延々と当てられた結果、痛みでショック死するのが早いらしいからね』

 

 「そんな目に遭いたくなければ速やかに質問に答えるのが無難ですよ?」

 

『そうだねえ』『じゃあ君の質問に答える前にもう一つだけ、僕の質問に答えてもらっちゃおっかな』

 

 「ちょっと!だから私の質問が先だって――」

 

 言ってるじゃないの、という言葉は掻き消された。否、()()()()()()()。まるでなかったことにでもされたかのように。そしてその代わり、球磨川の声はより鮮明に響いてきたのであった。

 

 

『ねえ、火炙りの時ってどのくらい苦しかったのかな?』『ジャンヌ・ダルクさん?』

 

 何も映していないような瞳でこちらを見る少年を、少女はただ、冷たい殺意を込めて睨んでいた。

 



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第十七敗『彼女は黒なのか白なのか』

 

『その睨みは肯定として受け取るね』

 

 「構わないわよ、別に隠すことでもありませんし?ただ、さっきの質問に答えてあげるとするなら……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ジャンヌがそう言った直後、球磨川の足元の床が発火し、燃え上がり始める。

 

『あちっ』『暑っ!』『熱っ!』『あちちちちちち』

 

 「もう質問なんてどうでもいいわ。聞くだけ時間の無駄でしょうからね?()()()()()()()()()()私よりも苦しみは少ないと思うけれど、それでも十分苦しめると思うから安心して?」

 

 最早球磨川に興味などないのか、ジャンヌは手に持つ旗を翻して部屋から出ていった。

 

『熱っつ……!』『そういえば焼死したことってなかったなあ、苦しそうだから出来れば御免蒙りたいぜ』

 

大嘘憑き(オールフィクション)』を使用し、炎と十字架の拘束を『なかったこと』にする。腕や足を大きく伸ばし、首をぐるぐると、傍から見る分には若干不気味な挙動で回転させる。

 

『拘束っていうのはあんまりいいものじゃないよなあ』『さて、と……』

 

 拘束される際に没収されていてもおかしくなかったと思うが、携帯端末はしっかりとポケットの中に収まっていた。『意外とジャンヌの陣営は抜けてるのかな?』なんて思いながらシュシュシュと素早い手付きで操作する。

 

『えーっと、あったあった』

 

 「これで安心!安心院さんの聖杯戦争対策ぅ!」と書かれたアイコンをタップ。「stay night(聖杯戦争)編」、「EXTRA及びEXTRA CCC(月の聖杯戦争)編」、「Apocrypha(聖杯大戦)編」、「Strange Fake(偽りの聖杯戦争)編」などの様々な項目の中に、「Grand order(聖杯探索)編←ピックアップ中!」と書かれた物があった。

 

『これがピックアップ中なのか……よし、他のを見よう』

 

 聖杯探索編以外を適当にタップしたつもりだったが、何故か聖杯探索編の部分が点灯。表向きだけ選択肢を与えつつ強制的に開かせる辺り、安心院さんらしいというか何というか。

 

『やれやれしょうがない、素直に見てやるぜ』

 

 画面にはデフォルメされた安心院さんと思しきキャラクターと、いくつもの文字が表示される。

 

『ようこそ球磨川くん。この戦いの攻略法について、僕が丁寧に解説してあげよう。何から聞きたい?』

 

『……え、もしかして安心院さんと通話して教えてもらうってこと?』

 

『ははは、違うぜ。この僕は一京分の一のスキル『螺子込み(コピーリーディング)』で記録されたデータに過ぎない。いつかの教室と同じく、君の言いそうなことを予想して喋ってるだけだよ』

 

『そうか、あの時と同じように……』『じゃ、早速さっきのジャンヌ・ダルクちゃんのスリーサイズでも伺っておこうかな』

 

『平等たる僕としてはそんな下らないことを教えるわけにはいかないなあ、本人に聞いといてくれ』

 

『待ってろジャンヌちゃん……!』

 

 謎の決意を固めた球磨川に、録音された音声は次の指針を指し示す。

 

『サーヴァント二人を失った球磨川くんの取るべき行動は二つだ。①霊脈を探す。霊脈っていうのはアレだ、霊力やら魔力やらが集まったその土地の基盤と思ってもらえればいい。今回の場合、君が今いるその城が一等級の霊脈地だから動かなくてもいいんだぜ』

 

『……本当に録音なのかよってレベルで見透かしたことを言ってくれるね、安心院さん。流石全知全能と言った所なのかな?』

 

『なんでもは知らないよ。知ってることだけだぜ――なんてね。霊脈地に行ければ倒れたサーヴァントの再召喚や、カルデアとの通信の復旧など、色々と出来るようになる。まあ君としては通信なんて復活しない方がいいのかもしれないが、あんまりこう怪しげだと、そろそろ疑われ始めるから気をつけた方がいいよ?』

 

『そうだねえ、ぼちぼち通信してあげようかな』

 

『②、聖杯の回収。これに関してはロマンちゃんから聞いてるだろ?今回の場合はジル・ド・レェ元帥が持ってるからささっと倒して奪えば終わりだよ』

 

『ジャンヌちゃんじゃないのか、それはちょっと意外だぜ』

 

『球磨川くんのことだからジャンヌちゃんが持ってるんじゃないかとか勘違いしてそうだけど、全くもってそんなことはないんだぜ。だから案外、彼女を倒さずともこの特異点を終わらせることは出来たりする――これを言ったところで、どうせ君は彼女と戦うんだろうけどさ』

 

『よくわかってるじゃないか』

 

 ではそんな君に一つ話でもしてみようか、と画面の中の安心院はチョークを手に持ち黒板を向いて言った。

 

『カラスのパラドックスって知ってるかな?』

 

 広い黒板にデカデカと書かれた"カラスのパラドックス"

 の文字に球磨川は微妙な表情をした。

 

『寡聞にして知らないよ』

 

『そ。君にもわかりやすいように説明すると、カラスのパラドックスっていうのは対偶論法を用いた思考実験でね。対偶論法っていうのは「AならばBであるとすれば、BでないものはAではない」という理論で、「全てのカラスは黒い」とするなら、「黒くないものはカラスではない」という結論が導き出されるのさ』

 

『?』

 

 黒板に書き出された条件と結論に、球磨川はまたも微妙な表情をする。画面の中の安心院さんは小さく嘆息して、話を進めた。

 

 

『僕らは全てのカラスは黒いという事を知っているので、最初の命題は正しいという事になる。同じように「黒くないものはカラスではない」ので、世界中の「黒くなく、カラスでもない」物を見る事によって、世界中のカラスを調べずとも、「全てのカラスは黒い」という命題を正しいと導き出す事が出来るのさ』

 

『おいおい、カラスだってアルビノは白だろう』

 

『念のため言っとくがアルビノは例外だぜ。一々細かいところを気にするよね、君は』

 

『ぐぬぬぬ』『結局どういうことなの……?』

 

『うん、訳がわからないよって感じの反応ありがとう。しかしまあ、割と阿呆みたいな話だよね。カラスは黒いという、たったそれだけを調べるために世界中の黒じゃないものを見てそこにカラスが入っているかどうかを調べるんだぜ?極めて不合理的で非現実的だ。ただの例え話だからそこまで突っ込む必要はないだろう、なんて真黒くんなら諌めてくれそうだが――しかしまあ、面白い話ではあるよね。手当り次第全てを調べなきゃいけないって感じが、手当り次第全てに負けてる球磨川くんに近いものを感じなくもないよね』

 

『大きなお世話だよ』

 

『さっきのジャンヌちゃんを見ても分かるように、英霊だからといって心の底から英雄ってわけでも、勇者って訳でもないんだぜ。しかも英霊には一つの側面だけじゃなくて、幾つか分岐した別の可能性や、霊基(クラス)によっても年代や性格が多少変わってきたりする。さっきの論を引っ張るなら、「全ての英霊は善で、正しき白である」とするならば、それは間違いなく間違いである』

 

 間違いなく間違いって、矛盾を孕んでいるようでなかなか面白い文章になってるけど。と画面の中の安心院は、これも黒板に書き込む。

 

 

『ただまあ、彼女が黒なのか白なのか――それは周りの人間が。関わった人間が。球磨川くんが判断していけばいいんだぜ。さて、これだけ知っておけばいくら球磨川くんでも惨憺たる敗北はしないだろう。滑稽な敗北くらいは平気でしそうだけど、まあそれはそれで面白いだろうから、精一杯動いてくれ』

 

『ははは、今回ばかりは人理とやらが関わってるからね。また勝てなかったってわけにはいかないだろう』『全力で勝ちにいかせてもらうぜ』

 

『その意気やよし。んじゃまあ、頑張れ』

 

『頑張る』

 

『まずはジャンヌちゃんのスリーサイズを調べるのが先かな……』とくだらないことを考えながら、球磨川は再召喚の準備を始めた。



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第十八敗『人間は何度でもやり直せるんだ』

 

 「ふー……!酷い目にあったぜ全く」

 

 「名だたる英霊の方々に蹂躙されるこの感じ……!これこそが聖杯戦争ですか、くっ、私もゲー何とかさんになりたい……!」

 

『二人ともお帰り、僕が不甲斐ないばかりに迷惑かけたね』

 

 「「本当に」」

 

 な!というアンリの声と、そうですね、というキアラの声が重なった。球磨川が不甲斐ない男だということは、この短い付き合いでも十分に理解しているらしい。

 丁度ジャンヌがサーヴァント達を召喚したサークルがそのまま残っていたので、球磨川はそれを再利用させてもらって二人を召喚した。アンリは少し嫌そうな様子で召喚に応じたが、仕方ないと割り切り、手に持つ短剣をクルクル回した。

 

 「っていうかアンタこそよく生き延びたな」

 

『うん、まあ僕は色々と囚われない男だからね』

 

 常識に囚われないのか物理的に囚われないのか、そもそも浮世に囚われていない雰囲気の球磨川は若干着崩れした学ランをきちんと着直した。

 

 「何だそりゃ……んで、これからどうするんだ?」

 

『さっきの奇怪な襟巻をした、見るからに変態っぽい男が聖杯を持ってるらしくてね。彼からそれを奪えばこの特異点は解決するらしいよ』

 

 「よくそんな情報手に入れたな?」

 

『元カノが教えてくれたんだよ』

 

 「ハハッ」

 

 「フフッ」

 

『人の冗談を笑うなんて、人として最低だぞお前達!』

 

 「結局冗談なのかよ」

 

『ははっ』

 

 空笑いする球磨川。遊んでるのか何かを調べているのか、携帯端末を弄りながら二人に謎の質問を投げる。

 

 

『そういえば二人はどんな感じに戦ってどのくらい無惨に負けたの?』

 

 「私はサーヴァント一騎を道連れに槍で串刺しにされて消滅しましたわ」

 

『さっすがキアラちゃん、やるぅ!』『で、アンリくんは?アンリくんは何を道連れにして負けたの?』

 

 「弱っちい俺は、普通に致命傷も何も負わせることなくかすり傷だけ与えて死んだよ」

 

『えー……』

 

 「露骨に不満そうな顔すんな!悔しいならもっと強いサーヴァント呼べ!」

 

『アンリくんもそこそこ強そうなんだけどなー。お前、ヤドカリとか狩るの得意そうな見た目してるよな(笑)』

 

 「何だそりゃ……」

 

 ヤドカリ相手に宝具を放つ自分を幻視して、ないない、とそんな妄想を振り払う。いや、でも何処かの次元でそんなことをしている自分がいるような……?

 

 

『で、これからの話だけどね』

 

 いやに明るい声音で球磨川は話を戻した。彼が元気に未来の話を振る時、大体いいことはない。

 

『僕にはいい考えがあるんだ。二人共耳を貸してくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――

 

 ジャンヌ・オルタは不機嫌であった。原因は召喚されたもう一人の自分――白い方のジャンヌ・ダルクにある。

 主の声などもう聞こえないというのに、未だ彼女(わたし)を裏切ったフランスという国を守ろうとしている。いつまでも聖人気取りで綺麗事をほざき、己に唾を吐きかけた民すらも救おうとする。馬鹿らしい、というか最早見ていて哀れになった。あんな小さな小娘(わたし)に縋っていた、フランスという国の醜さが伝わってきた。――そういえば、サーヴァントを連れた魔術師らしき男もいた。もしかすると先程の球磨川とかいうやつの仲間なのだろうか。仮にそうだとしても、彼らが再会することはもう二度とないのだが――もうそんなことはどうでもいいか。

一刻も早く、この国を死者の国へと変貌させてやろう。ジャンヌ・オルタはほくそ笑む。その為にはより戦力を補給しなければならない。だからフランスを襲いたい気持ちを抑え、単身この城へと戻ってきたのだ。今のままでも十分だと思うが、蹂躙はより迅速で確実な方がいいだろう。さて、先程の魔方陣(サークル)を用いて、再びサーヴァントを呼び出そう――そう結論付け、ジャンヌは(ワイバーン)の背から()()に降り立った。

 

 「……は…?」

 

 ジャンヌは倒壊した瓦礫の山を見て目を白黒させた。つい先刻まで大きな建物だったと思しき()()は、今や砂埃を被って薄汚れた、竜の紋様の描かれた旗を除いて何一つ原型を留めていなかった。

 瓦礫の山の底から、ガラガラガラ、と何かが這い動くような音が聞こえる。この事態の元凶の可能性もある、ゆっくりと尋問し、先程の轍は踏まず今度こそ情報を吐かせてやる――! そう息巻いて瓦礫の山を吹き飛ばした。

 

 

『ぷはぁっ――』『全く、後先考えずにこんな立派な建造物を壊すなんてやめてほしいよね』『中からぶち壊したら逃げ切れずに生き埋めになるなんて、ちょっと頭を使えばすぐ分かるくらい至極当然の――――』『あっ』

 

 長々と、理解不明の独り言を呑気に語っていた生き埋めであった男――球磨川禊は、明るくなった頭上へと首だけ出して、傍から見たら生首だけが飛び出ているような構図になる。すると憎しみに満ちた表情のジャンヌと目が合った。堪えきれないとばかりに品なく歯噛みして、今にも襲い掛かってきそうな様子に、少し球磨川もたじろぐ。

 

 

『えーっと……そう!僕が燃やされ始めてすぐに、気づいたらこの崩落が始まっていたんだ!』『生き埋めになったおかげで上手いこと鎮火はされたんだけど、今度は地盤に沈下しちゃってね』『古そうな城だしきっと老朽化していたんだろう。管理者の顔が見てみたいね全く!』『だから――僕は悪くない』

 

 先程と矛盾した発言をしていることに球磨川は気づいているのだろうか。しかしジャンヌは気づかなかったのか、「何故生きているのです?」と怒りで震える唇で言葉を紡ぐ。

 

『おいおい、今言っただろう?崩落した拍子に上手いこと鎮火したんだよ』『聖女様ってやっぱり、ぬくぬくと温室育ちであんまり頭は良くないのかな?』『ちょっとは自分で考えてほしいよね、もうー』

 

 はあ、とこれ見よがしな溜め息を吐いた球磨川の首は、()()()()()()。サーヴァントの腕力で横薙ぎに振られた巨大な旗は、球磨川の首と――生命を無慈悲に刈り取っていった。

 

 

 「ああ失礼、本当に馬鹿な質問でしたね――殺せていなかったのなら、初めから()り直しておけばよかったというのに」

 

『それについては同意させてもらうよ』『人間は何度でもやり直せるんだ!』

 

 「……ッ!?」

 

 己が目を疑う。何事もなかったかのように、球磨川禊は平然と立ち上がる。あろうことか周りの瓦礫たちまで、最初から存在していなかったかのように消失した。

 

 「はー、やっと脱出出来たぜ……」

 

 「ふふ、心地良い苦しさでしたわ……」

 

『もうキアラちゃん、次からは気をつけてね?』

 

 「ええ。次からは注意しますね?」

 

 何なんだ――何だというのだ。倒したサーヴァント達は再召喚され、殺したマスターは蘇っている。焦るジャンヌは再び球磨川の体へ旗を振りかぶったが――今度は螺子によって受け止められた。

 

 

 「何なの――何なのよ貴方はッ!!」

 

『おいおい、何度僕に自己紹介させる気だよ?』『球磨川禊、どこにでもいる普通の過負荷(マイナス)だぜ』

 

 



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第十九敗『君の軍門に下るよ』

 

 三対一。十把一絡げの兵ではなく、英霊を二人と未だ実力未知数のマスターを相手取る。ジャンヌ・オルタが不利であることは誰がどう見ても明白である。

 しかしジャンヌは慌てず騒がず、動かぬ三人を一瞥する。球磨川は未だ臨戦態勢ではなく、急に口を閉じたジャンヌを不思議そうに見ている。直にまた煽ってくる予感があるが、気にせず残り二人の英霊を見る。

 女の英霊の方はたおやかに構えているように見えて、その実隙がない。和やかに過ごしているように見せつつも、いつ襲いかかられてもいい()()()が出来ている。反面、男の方は好戦的なように見えて、しかし実力が伴っていないのを先程の戦いで確認している。隙さえ突ければ一撃で確実に退場させられる程度の自信がジャンヌにはあった。

 

『急に黙りこくっちゃってどうしたのさ』『僕が相手だからって何を考えてもいいわけじゃないんだぜ?』

 

 「……ハッ、別に貴方の事なんか考えていませんけれど?」

 

『それはそれで残念だけれど』『――さて、僕らにはこんなことを話してる暇はないんだった』

 

 大きな螺子を構えた球磨川を見て、戦闘か……!とジャンヌも旗を持ち直す。奇怪な武器ではあるが、舐めてはいけないだろう。この男は本当に得体が知れない。考えたくはないが最悪の場合、(ワイバーン)で逃亡するところまで視野に入れた。

 

『ほいっ』

 

 「!?」

 

 しかし構えた螺子をジャンヌに向けることはなく。球磨川は地面に深く突き刺したその螺子のヘッド部分に腰掛けた。

 

 

『何でそんな怖そうな顔してるんだよ、武器まで構えて』『それじゃあまるで僕たちがこれから戦うみたいじゃないか!』

 

 「は……!?そうじゃないの!?」

 

『違うに決まってるだろ!いい加減にしろ!』

 

 「貴方は一体何を言ってるんですか!?」

 

 そんな質問などせずとも問答無用で殴りかかれば済む話だとも思うが、ジャンヌはあまりの荒唐無稽さにその思考には至らない。同じように適当な場所で寛ぎ始めたサーヴァント二騎を見て、只只困惑するばかりであった。

 

『別に僕は、ジャンヌちゃんと戦いたくてここにいる訳じゃないんだよ』『ジャンヌちゃんよりも、ジル・ド・レェさんを倒す為にいるんだ』『ついでにいえばこの城は、敵の本拠地壊せば優位に立てるんじゃないかっていう僕の考えで壊してみただけさ』

 

 球磨川にしては珍しく普通(プラス)の発想かもしれない。しかし対峙するジャンヌはそんなことよりも、自分ではなくジルを求める姿勢に疑問を抱いた。

 

 「……何故私ではなくジルを?」

 

『え?』『そんなのこの特異点の聖杯を持っているのが、ジルさんだからに決まってるだろ?』

 

 「……ああ、()()が目的なのね貴方達。でも残念、聖杯は私の物よ? 誰が渡すものですか!」

 

『それならもう奪ったよ』

 

「は……!?聖杯は確かにここに……!?」

 

 焦るジャンヌに対し、球磨川は布のような物をヒラヒラさせてにっこり笑う。ジャンヌはそれを見て顔を徐々に赤く染める。

 

『……』『あっ、間違えた。こっちだ』

 

「ちょっと待ちなさいよ!? 今の絶対女物の下着だったでしょう!? 不潔です! 不健全です!!」

 

『おいおいジャンヌちゃん、何を根拠にこれを下着だと主張するのさ。股間を優しく包み込みそうな形状で、淫靡な魅力溢れる紫色……それに何かこう、凄く高尚なTバック……』『誰がどう考えても下着じゃないだろう!?』

 

「今明言してたじゃないッ!」

 

『ぐうっ』

 

「あっ、また死にやがった」

 

 ジャンヌにあっさり殺された球磨川は、『大嘘憑き』でちゃっかりと蘇る。そのまま襟を整え嘆息し、ジャンヌへ問う。

 

『で、これはジャンヌちゃんの?』

 

「違います!!」

 

『痛っ……』

 

 逆手に持った旗の持ち手の方で、ジャンヌは球磨川をぶん殴った。どうやら殺しても意味がないことを学習したらしい。

 

『旗でぶん殴るとかぶった斬るとか、聖女にあるまじき行動だと思うよ……』

 

「ハッ、今の私は"竜の魔女"。その時点で聖女でも何でもないのよ」

 

『……ふーん……』『で、聖杯ってやつはジャンヌちゃんが持ってるの?それなら意地悪しないで見せてくれないかなあ?』

 

「……何であんたの言うことを聞かなきゃいけないわけ?」

 

『なるほど、仰る通りだ』『それじゃあ仕方ないから、僕らは帰ってジャンプでも読むことにするよ』

 

「これだけのことをしておいて、私がこのまま貴方達を帰らせると思う?」

 

『そうだね。それじゃあ()()()()()()()()()()

 

「フッ、いいでしょう……」

 

 地面に刺してあった螺子を引っこ抜いて、球磨川は再びそれをジャンヌに向ける。ジャンヌも旗を構え、お互い睨み合う。

 先に動いたのは球磨川だった。

 

『よっと』

 

「!?」

 

 球磨川は螺子を勢いよく()()()()()()()()。吹き出した血も溢れる痛みも気にもとめず、球磨川はジャンヌに微笑む。

 

『ああ、勘違いしないでね。これは君に無礼を働いたことに対する、僕なりのけじめさあ』『ジャンヌちゃん。君を裏切ったフランスへと復讐する気持ち――嫌われ者で憎まれ者な僕にはよくわかるぜ』『その気持ちに共感した!祖国の為に尽くした君を、あっさりと見限ったこんな国をどうして許せるだろうか!?』『僕にも協力させてくれ!僕らは、君の軍門に下るよ!』

 

「――球磨川禊」

 

 真っ直ぐな瞳でこちらを見る球磨川に、ジャンヌは少し驚いて口を開く。そうして、彼に差し出された右手を掴み――

 

「拠点をこんな風にした男を信用出来るはずないでしょうが!!」

 

『ですよねー』

 

 思いっきり振り払い、旗で腹を貫く。今度こそ本当に戦闘の火蓋が切って落とされたのだった。



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第二十敗『無事でいてくれよ』

 

 

『また勝てなかった』

 

 悲愴も後悔も感じさせぬ声音で球磨川禊はそう呟く。飛び去っていく巨竜を仰ぎ見ながら。

 

()()で勝てなかったっていうのは謙遜が過ぎる気がするぜ?」

 

()()は僕らの敗北だろう』『そもそも僕らの勝利っていうのは、この特異点とやらを消滅させないと達成されないから、さ』

 

 ジャンヌオルタと戦闘になった球磨川一同は、つかず離れずの接戦を繰り広げる。三対一にも関わらず善戦したジャンヌを褒めるべきか、三対一にも関わらず苦戦した球磨川たちを貶すべきか。それは個人の裁量によるだろうが、兎も角。ジャンヌを取り逃してしまったのはなかなかの失態であるといえる。

 

「彼処で増援が来なければ、倒しきれたかもしれませんけどね。でもこの方がより長く楽しめますし――フフフ」

 

『まったく。キアラちゃんはとんだマゾヒスト兼サディストだぜ』

 

 途中で戻ってきたジル・ド・レェを含めた数名のサーヴァントの手により、戦闘は中断されジャンヌたちは巨竜の背に乗り去っていった。そのまま戦えば、恐らく負けたのは球磨川たちだっただろうが――全く死なない球磨川の異質さや、サーヴァントたちが復活してしまった点。拠点を破壊し尽くされて形勢が悪くなることを避けるため、何処か別の場所に移っていったらしい。格上の相手を退けたというのは十分に勝利と言える気がするが――そこは天下の球磨川禊、その程度で勝ったと思うほど志は高くないのだ。

 

「で、これからどうするよ?」

 

『そうだなあ……』『動くべきか動かぬべきか。合流すべきか合流せぬべきか』『世の為人の為、日夜奔走する正義の味方なんかにはわからない自由さだね』

 

「私はマスターの意志に従うのみですよ?」

 

「まあ俺も同じくだ」

 

『んじゃまあ……動くかどうか決める前に、とりあえずジャンプでも読もうぜ』

 

 いくらなんでも特異点に漫画を持ち込むのはこの男くらいだろう――と、意見の合わないサーヴァント二人の心が珍しく一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――

 

 もう一人の――否、()()()()()()()ジャンヌ・ダルクとマリー・アントワネット、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと協力してジャンヌ・オルタと戦闘し、そこから逃亡した藤丸たちは、その後追手として現れたバーサク・ライダー――もとい、聖女マルタを倒し、彼女の言の通りに竜殺しを探し始め、セイバー・ジークフリートと合流した。

 

 

「すまない、加勢したいのは山々だが――この状態では足手纏いにしかならないだろう」

 

 ジークフリートが負った呪い。それはジャンヌだけでなく、もう一人聖人のサーヴァントがいないと治癒出来ぬ代物だった。それを探す為、藤丸たちは二手に別れたのだ。

 

 

 

「楽しいわね、ジャンヌ」

 

「そうですね、マリー」

 

 ジャンヌ・ダルクとマリーアントワネットの二人。彼女らは二人で、色々な話をしながら――生前では出来なかったような、様々な体験もしながらハイペースで歩を進めていた。あまり時間はない。楽しみながらも道を急ぎ、とある街で聖人・ゲオルギウスと出会った。

 

「それでは同行しましょう」

 

 町民の避難も済ませ、平和的に藤丸たちと合流。何も不条理はなく、何も不都合はなかった。予定調和に洗礼詠唱を行いジークフリートの呪いを解呪。軽快どころか全快、といった勢いに回復した辺りで、藤丸は首を傾げた。

 

「……あのさあ」

 

「先輩、どうしました?」

 

 事が上手く運んでいっているというのに何処か表情が優れない藤丸。少し悩んでいる様子だったが、マシュの心配そうな表情に動かされ、重い口を開いた。

 

「……心配し過ぎって言われたらそれまでなんだけどさ、ちょっと上手くいきすぎてないかな……?」

 

「言われてみるとそうかもしれませんが……そんなに心配することでしょうか?」

 

「いや、杞憂だとは思うし、そうであってほしいんだけど――」

 

 着々と力をつけるこちらに対し、黒いジャンヌたちは()()()()()()()()()()()()()()()。ライダーをけしかけて以降、目立って街を襲っている様子も見受けられない。藤丸たちが運良く遭遇していないだけ、という可能性もあるが――

 

 

「……やっぱり、禊くんが頑張ってくれてるのかな……」

 

「球磨川さん……ですか。未だに通信が通じないようですが、会えるといいですね……」

 

 藤丸は東、ジャンヌたちは西。と分割してフランスを探索したにも関わらず、球磨川たちは影も形も掴めなかった。相変わらず生きていることだけは確かなようだが――それにしたって数度、反応が消失しかけたとか何とか。心配な限りだ。

 しかしこの幸運な状況、球磨川を勘定に入れて考えれば多少の辻褄は合う。即ち黒いジャンヌは妨害しなかったのではなく、()()()()()()()()と。寧ろ彼女らこそが()()()()()()()()()()()()()――

 

「禊くん、無事でいてくれよ……」

 

 この瞬間晴れて目出度く、藤丸立夏は恐らく普通(ノーマル)史上初と言える、球磨川禊への心配をした男となった。心配されたその対象といえば、満天の星空の下、空に輝くお月様ではなく、己のサーヴァントの谷間を寝転びながら眺めていた。

 

 

『キアラちゃん、もうちょい上の方』

 

「こうでしょうか……?」

 

『いやごめん、やっぱり左だな』

 

「どうでしょうか……?」

 

『くっ……これじゃあおっぱいが大きくて何が何だかわからない!もっと激しく動いてくれ!』

 

「えいっ、えいっ……」

 

『心が震える……』

 

「震えてるのは乳肉だろうが……」

 

 廃城の瓦礫をベッドに寝転がる球磨川と、その頭上で何やら遊んでるキアラ。そしてそれを冷ややかに睨むアンリ、と球磨川一行は相変わらず危機感が微塵も感じられなかった。

 あれ以降特に行動を起こすこともなくダラダラと過ごしていた三人。特に何かに襲われるようなトラブルもなく、とても特異点とは思えないほど適当に過ごしていた。

 

 

『性に興味津々のガキじゃあるまいし別に乳のあるなしでどうこうは言わないけど、大きすぎるのは実にけしからんと思うね』

 

「それは褒めていただいている、という認識で構いませんか?」

 

『くっ……!揺らすんじゃない!』『あれは本当にもう、魔性の果実だぜ……』

 

「マスターと同僚変えられねえかなあ……」

 

 もう疲れたのか諦めたのか、アンリもごろりと寝転がる。刹那、危機感のない球磨川とキアラは気がつかなかったが、彼だけはハッキリと()()()()()の姿が確認出来た。

 

 

「な……!何じゃありゃあ……!」

 

 周囲が徐々に異界と化していく。瓦礫から青黒い不気味な植物がニョキニョキと育ち、視界の端には不気味な霊魂が映る。そして満天の星々を覆い隠すように、大きい角に鋭い爪、蝙蝠のような羽根に大きな体、それに不気味な角張った顔――俗に()()と呼ばれるモノの大軍が降臨した。



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第二十一敗『サーヴァント、バーサーカー』

 

 ――悪魔。魂や寿命と引き換えに絶大な力、富、名声を与え、願いを叶えるといわれる空想上の存在。箱庭学園において球磨川禊は、同じく空想上の存在である地獄の番犬――ケルベロスとの戦闘があったが、あの時は敗北という結果に終わった(そもそも、球磨川禊という男が勝利することの方が有り得ないのだが)。

 しかしこの悪魔、自然に湧き出てきたものではない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『悪魔ねえ』『想像していたよりも遥かにイカしたデザインだ』『それともイカれたデザインというべきなのかな?』『そういえばアンリくんにはなんたら教のなんたらって二つ名が付属してた気がするけど、本当はあんな姿だったりするの?』

 

「せめて悪魔くらいは覚えとけや」

 

 尤も、アンリマユの本当の姿が如何なるものかなどということは分からないのだが。召喚に際し姿を変えるのが彼の性質である。

 姿を変える。この一点において、あの悪魔とこちらの悪魔は、多少共通点があると言えなくもない。

 

 

「いかがなさいますか、禊様?」

 

『いかがも何もないだろう。相手はマジモンの悪魔だぜ?』『無論、逃げよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――

 

 球磨川達から離れたジャンヌ・オルタが何をしていたかといえば、新たな霊脈地で召喚の準備を進めていた。言うまでもなく、戦において数というのは重要な要素の一つだ。英雄だろうが怪物だろうが、最後には体力(スタミナ)の壁にぶち当たる。数の暴力というのは損害を鑑みなければ、実に確実な戦闘手段であるといえる。

 

「正式なサーヴァントを召喚している時間は、残念ながらないですね……仕方ない」

 

 特異点F――冬木の街で見られたという、シャドウサーヴァントを量産することに決めた。無論そんなもの真の英霊の前では塵芥も同然なのだが、それでもそこらの(ワイバーン)よりは強い。それに――街を壊し、人を殺すのに関しては、数よりも確実な物はないのだった。

 

「まあ、対城宝具持ちでも呼べれば早いのかも知れませんが――」

 

 言いながらサークルに魔力を通す。溢れ出す光の奔流。しかしそれが止んだ後にいたのは――シャドウサーヴァントの群れではなく。其処には、()()()()()()()()()()()。何の気配もなく、何の予感もない。

 

『サーヴァント、バーサーカー。召喚に応じ参上したが……ふむ、君がマスターかね?』

 

「!?」

 

 疑問符が浮かんでいたジャンヌの脳内に更に疑問符が増えることになる。心に直接響いてくるようなその声は、確かなサーヴァントの存在を教えている。しかしその存在は見えず、その言葉を信じるとするなら疑問にしなければいけない点が一つあった。

 

「……この際サーヴァントを召喚()()()()()()()ことは置いておくとして、貴方本当にバーサーカーなの?」

 

『私は出自が()()なものでね。説明するのも吝かではないが……まあ、駒としてしか運用する気がないなら、話さなくてもいいだろう』

 

 令呪を使って聞き出す手もあったが、そこまでする必要はないかと割り切り、必要最低限の情報だけを聞き出すことにする。

 

「何故姿を表さないの?」

 

『それに対しては、姿()()()()()()、否、()()()()()()()としか答えられない。故に――』

 

 召喚サークルの上にジャンヌオルタが出現した。元からいたジャンヌオルタが驚く。現れたジャンヌオルタが元からいたジャンヌオルタを見て、元からいたジャンヌオルタよりは柔らかに微笑んだ。

 

「こんな風に、誰かの姿を模倣することも出来るのよ」

 

「……わざわざ私になることないでしょうに」

 

『失礼。この方がわかりやすいと思ったものでね』

 

 片方のジャンヌオルタは跡形もなく消え、元のジャンヌオルタだけが残った。

 

「……何処の英霊だか知らないし、もう聞かない……私は忙しいのよ。だからただ一つ命令を与えます。殺せ、壊せ――」

 

『なるほど。わかりやすい指令(オーダー)だ』

 

 何処か不満げな色を孕んでいる気がしたが、バーサーカーは了承したようだった。ジャンヌは一言、そしてこれが最優先事項なのだけれど……と言って付け加えた。

 

「黒い学ランとかいう服を着て、サーヴァント二人と過ごしてる男がいたら――宝具をいくら使ってもいいから早急に始末なさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――

 

 その言葉に従い、球磨川発見直後、バーサーカーは己の宝具を使用し多数の悪魔へとその姿を変えた。幸いこの付近には"竜の魔女"の恐怖に未だ震える者が多いので、周囲の人々の恐怖で威力を変化させる彼の宝具の威力は、折り紙つきである。

 

『うわー速いなー』

 

「いやアンタが遅いだけだろ!」

 

 逃げることを決めた三人は、とりあえず近くの街にでも逃走しようと宛もなく走り出したのだが、球磨川の走るペースが大変遅い。他二人が英霊なのだから、それより遅いのは当たり前といえばそれまでだが、一般人基準で考えても遅すぎる。しかもスタミナがない。まだ百mすら走っていないと思うが、既にバテてへたりこんでいる。上空からはバッサバッサと悪魔の群れが近づいてきている。アンリがうっすら、球磨川をおぶって走るという手段を取ろうかと考え始めた辺りで、球磨川の体が宙に浮いた。

 

『うん……?』

 

「貴方が持っても足手纏いが増えるだけですし、私が持ちましょう」

 

 さりげなく、というか堂々と己の主を荷物だと言ったキアラは、俗に言うお姫様抱っこと言われる体勢でひょい、と球磨川を抱えた。

 

『は……恥ずかしい……っ!』

 

「アンタそんなキャラじゃないだろ!?」

 

 頬を赤らめて目を逸らす球磨川に走りながら突っ込むアンリ。逃走中だというのに呑気なことである。

 

「絶対に離しませんから……私を信じて掴まっていてください、マスター」

 

『いい台詞言ってる感じになってるけどさあ、表情で台無しだぜ?』

 

 キアラは発情期の猫みたいな表情で球磨川を強く抱き抱え、素早く野原を駆けていく。

『キアラちゃんが走る度にすごく揺れるし、すごく当たるな』なんて内心ドギマギしながら、身を任せる。

 

『キアラちゃん。僕を投げ捨てて悪魔と戦ったとして、何体くらい倒せそう?』

 

「さあ……どのくらい戦闘能力があるのかわかりませんし、何とも」

 

 着かず離れずの距離を保ち、何とか街に到着。ただの一体も積極的に襲ってくることがなかったのが不気味であったが、ひとまず頭の隅に追いやって、街道を行くのであった。

 

『よくよく考えたら街に逃げたところで頼る相手なんかいるはずないんだし、ただの無駄足だったね!』

 

 無駄足の為に被害を被るこの街が可哀想ではあったが、そんなことは気にせず、遂に始まったデーモン軍団の破壊から逃げるように奥へ奥へと走る。破壊された建物の瓦礫が降り注ぐが、ぴょんぴょんとその隙間を縫うように潜り抜ける。恐らく球磨川だけなら避け切れず生き埋めだっただろう。

 

『ぴぎゃっ』

 

 瓦礫の一部が運悪く頭部に激突。間抜けな悲鳴をあげて、球磨川の首が力なく項垂れた。アンリが舌打ちしてキアラを睨む。

 

「……おい、そこのマスターがちゃっかり意識を失ってるんだが」

 

「失礼、掠ってしまったようで……」

 

「掠ったにしては痛々しい音と甚大な出血だな」

 

 意識を失ってしまったようで、『大嘘憑き(オールフィクション)』による復活はない。アンリはチッ、と不満げに舌打ちする。

 

「あー、アンタに任せるんじゃなかった。無理してでもオレがマスターを抱えるべきだったか?」

 

「貴方だったら最初の崩落で二人仲良く埋まってそうですが」

 

「どうだろうな?」

 

 何処と無く不穏な雰囲気を醸し出す二人だが、睨み合っている場合でもない。デーモンを処理したいところだが、空高く飛ぶデーモンに、人一人を抱え、庇った状態のキアラは跳躍できない。アンリは動けるが、彼ならもれなく返り討ちに合うだろう。

 

「ということでお願いしますね」

 

「物みたいに投げるなよっと!?」

 

 目をぐるぐる回している球磨川は、くるくると錐揉み回転してアンリの元へと投げられた。雑な扱いのマスターである。キアラは散らばった瓦礫を足場に屋根、屋根を足場に空へと軽やかに跳躍。一体のデーモンの頭上へ飛ぶ。

 

「乗られる方が好きですが、私、乗るのも好きでして……」

 

 脳天に踵落としをかます。苦痛に顔を歪めたデーモンは抵抗を試み外敵へ手を伸ばすが、キアラは続けざまにデーモンの背中へと飛びつき、密着する。引き剥がそうとぐるぐる回転しながら飛行したり、頑張って手を伸ばすが、丁度背中の手が届かないところにくっついているようで、デーモンは顔を顰めながら速度を上昇し、高度も上昇する。

 

「んっ……!」

 

 くっついている彼女は苦しそうに目を細めたが、待ってましたとばかりに背中から飛び降りる。一見無謀なフライトの着地点は、デーモンが密集した地帯である。適当な位置にいたデーモンに踵落とし。その後顔にも一発入れて、隣のデーモンへ飛び移る。こんなことを繰り返しているうちにデーモンたちも異物を排除しようと一箇所に集まってキアラへ手を伸ばすが、それこそ彼女の思うツボ。集まっていたデーモンたちはキアラへ危害を加えようとするばかりに、味方に攻撃を入れてしまう。そのまま争いあってくれれば都合が良かったし、キアラとしてもそれを望んではいたのだが、そうはいかなかった。

 

 霞のように――塵芥のように。泡沫のように、なかったことにしたかのように。その姿は雲散霧消し、代わりに出現したのは何と、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『なるほど、デーモンではどうにもならなさそうだ』『それなら"コレ"はどうかな?』

 

「……幻術か何かか?」

 

『さあ。どうだろうね?』『君に話す義務もつもりも、僕には全くないぜ』

 

 括弧つけた喋り方や話まで、気持ち悪いくらいに球磨川そのものだったが、無論その正体はバーサーカーだ。変身したものの強さはある程度確認出来るため、球磨川禊に姿を変えたのだが――

 

『……なるほど』『身体は貧弱だし魔術回路は虚弱』『細い上に本数も少ない、よく魔術師やってるなあ』

 

 別に魔術師をやっているわけではないし、魔術回路など()()()使ったことはないのだから球磨川的にはどうだっていいだろうが、その言葉は多少彼のサーヴァントにヒントを与える。

 

「なるほど、変身したものの能力や性質を知れるって辺りか……便利だねえ」

 

『とは言えワンランク下がっちゃうし、所詮偽物だから』『"本物"と戦うなら分が悪いけどね』

 

 そして彼は姿を変貌させていく。

 

「それじゃ……今度こそやりましょうか?」

 

 "竜の魔女"の姿へと変わったバーサーカーに、キアラは妖艶な微笑みで答えた。



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第二十二敗『全て終わらせていますから』


『間が空いたからって、僕がきちんと書き貯めしているとは限らないんだぜ』


 

 ワンランク下がっていると言っても、ジャンヌオルタのステータスは決して低くない。キアラと互角か、順当に行けばそれ以上の戦いも出来るだろう。しかし――

 

「くっ……!」

 

「ふふふ」

 

 間一髪、というところで決定打が入らない。攻撃が掠れた服は所々敗れ、随分とアバンギャルドな状態になっているというのに、キアラ本人に明確なダメージは負わせられていない。反面、ジャンヌオルタ――もとい、バーサーカーには傷一つ入っていない。遊ばれているという訳では無いはずだ。キアラも積極的に打ち込みにきている。ただそれが、バーサーカーにとって取るに足らないから安全に回避しているというだけで。

 

「只の猿真似――と思っていたのですが……なかなかやりますわね」

 

「フン、褒めるなら本人を褒めなさいな」

 

 キアラは距離を取り、息を乱した様子もなく淡々と、煽るのだか褒めてるのだか判別のつかない会話を始めた。気にせず突っ込むべきか迷ったが、このまま戦闘を続けていても決定打は与えられないだろうことを思い、バーサーカーは時間稼ぎの意味も込めて揺さぶってみることにする。

 

「とはいえ、意外と大したことありませんね? マスターが苦戦しているというからどんなに強力な相手か、内心少し不安だったのだけれど……ワンランク下がった状態でこの程度とは。弱過ぎじゃない?」

 

「ええ、そうですね。私もそう思います」

 

 柔らかな笑みに隠れてキアラの真意は見えない。多少煽ったつもりではあったが、底が見えないというか、得体が知れないというか……そもそも、バーサーカーは分かっていなかった。彼のマスターが相手にしていたのは強さではなく、弱さ――その人格、心だと。

 

『キアラちゃん、随分と服がセクシーになっているじゃないか』『でも君は何も身に纏っていない方がもっとセクシーだぜ』

 

「有難いお言葉ですわ……今夜にでもお見せしましょうか?」

 

『遠慮しとくよ』『僕は侘び寂びを介する男なんでね』

 

 恐らく侘び寂びの意味も理解していない球磨川は、倒壊した屋根の上で肩を竦めておどける。いつの間にか復活していたマスターの存在に、バーサーカーは怯むことなく動く。

 

「ハッ――!」

 

 点在する瓦礫を利用した走行と跳躍。なす術なく動かぬサーヴァント二人をよそに、無防備な球磨川の腹を貫いた。

 

『コ……ハッ……!』

 

「案外呆気ないですね」

 

 倒れ込む球磨川を見つめるバーサーカー。苦しそうに呻き、何かを求めるように手を伸ばすが――直に力尽き、マスターが死んだ為かサーヴァントの姿も消えてなくなる。

 

『……申し訳ない、人類最後のマスターよ』

 

 元の姿――と言っても実体は無いし姿は見えないのだが――に戻ったバーサーカーは、倒れ伏した男を一瞥して踵を返す。

 

『私は狂気の存在……狂戦士(バーサーカー)の霊基に充てがわれたことにより理性を得ようが、その上に狂化を掛けられてはそれも空回り(マイナス)にしか働かない。人理の危機よりも目の前の獲物、だ』

 

 一介の殺人鬼が人理の心配など笑わせる話だろうが――と自嘲気味に呟いて、獲物を探す殺人鬼は霧となって消えていった。

 

 

 

 

 

「……そろそろいいんじゃないか?」

 

『グハッ……!』『そうだね、そろそろいいだろう』

 

 ()()()()()()()()球磨川は、学ランに付いた砂埃を払って立ち上がる。

 

『キアラちゃんも出てきていいぜ』

 

「ん……んんー……! んんー……!」

 

「何だあの滑稽な形したオブジェは……」

 

 瓦礫の隙間から華奢な足が二本飛び出ている。どうやらそこに潜り込んで隠れようとしていたようで、文字通り頭かくして尻隠さずと言った構図になっている。

 

『壁尻ならぬ床尻とは、やれやれ』『君はいつも僕の想像の向こう側をいってくれるね』

 

 パタパタ動く足を掴んで引っこ抜こうと近づいた球磨川は、運悪く思いっきり蹴り飛ばされて後方へ飛ぶ。当たりどころが()()()頭を激突した拍子に即死したが、最早お馴染みの即復活。

 

「ん、んー! んー!」

 

 突き出た二本の足の裏を合わせて上下に動かしている。不気味というかシュールな絵面だったが、どうやら蹴り飛ばしたことを謝罪しているらしい。

 

『まあ素直に謝ってくれるなら、僕も許すことは吝かではないよ』

 

『今度は大人しくしててね?』と一言置いて、キアラの足を抱き抱える球磨川。数十秒頬ずり。アンリが球磨川を呆れたように見ること更に十秒。球磨川は、はっ、と我に返ったような表情を浮かべる。抱えた二本の脚を頑張って引っこ抜こうと唸る。抜けない。息が上がる球磨川。肩で息をして離れていく。

 

『キアラちゃん重っ……』

 

「しょうがねえなあ」

 

 キアラの足を掴み、アンリは勢いよくそれを引っこ抜いた。足がもぎ取れそうな勢いだったが丈夫なサーヴァントの肉体だし、気にすべきではないか。

 

『今度からはこういう戦い方もありかなあ』

 

 戦い方というかただの逃げ方だと思うが、誰も訂正はしない。常識的なサーヴァントの方々なら、マスターを仕留めてサーヴァントが消えれば、このマスターを殺せたと思う可能性がある。無論クラスやスキルによっては魔力供給がなくなろうが活動し続ける場合もあるし、瞬時にサーヴァントが消えたことを怪しむ輩もいるとは思うが――まあ、通じるかもしれない一手ではある。

 それに成功しようが失敗しようが、どうせ彼が死ぬことはないのだ。

 

 瓦礫から脱出した様子のキアラは、パラパラと砂埃を払いながら頬に手を添えた。

 

「はあ……大変窮屈で、とてもとても……」

 

『とてもとても気持ちよさそうな、蕩けた顔だね』

 

「人にとってああいった閉鎖的空間は、時に救いを齎すこともあるのです」

 

「救えない女だねえ全く。――それにしても、アンタまともにやり合えばいい線いってたんじゃないの?」

 

「はい?」

 

「さっきのだよ」

 

「うふふ、どうでしょう……? そもそも私、争いという物を好まないのです」

 

 どの口が言うんだ、なんてツッコミを入れる者は残念ながらこの場にはいなかった。尼の只の戯言である。

 

「暴力は何も生みません、現世から醜き争いをなくすというのも、生前の別の私の目的の一つだったのかもしれませんねえ……」

 

『でもまあ、それについてはもうどうでもいいんじゃないかな?』『ほら、キアラちゃん既に死んでるし』『それに――そろそろこの特異点は、争わずとも解決するはずだぜ』

 

「珍しく前向きなこと言ってんな〜?」

 

『まあね』と空を仰ぐ球磨川。綺麗だが何処か不気味な、光の帯が見える。

 

『僕らがやってるのは格闘技の試合でも何でもない、ルール無用のリアルファイトだ』『もとい、聖杯戦争か』『別に何も、全ての相手と戦わなきゃいけないわけじゃあないんだぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―――――――――

 

約束された(エクス)……勝利の剣(カリバー)ッ!!」

 

 振り降ろされた剣から放たれし極光が、竜とその主をまとめて貫いた。堕ちた聖女は光に焼かれ、それでも立ち上がろうと旗を掴む。

 

「くっ、ジル……!」

 

 しかしその手が触れたのは旗ではなく、男の白く骨ばった手。

 

「ご安心くださいジャンヌ。貴方の悲願は私が継ぎます。……大丈夫、貴方は少し疲れただけ。少し疲れただけなのです」

 

「ええ……そうよね。任せるわ……」

 

「ゆっくりお休みなさい。次目覚めた時には、私が全て終わらせていますから……」

 

「そう……そうよね、ジル……」

 

 黒いジャンヌは光の粒子となって消えていく。それを見送った後、ジルは白いジャンヌへと振り返る。

 

「やはり貴方でしたか…………!」

 

「勘の鋭いお方だ」

 

 ジルの手には光り輝く聖杯が収められていた。それを見て藤丸たちも全てを察する。

 

「聖杯を持っていたのは黒いジャンヌじゃなくて貴方だったんだな、ジル・ド・レェ……!」

 

「そうです。彼女こそ、"竜の魔女"こそ我が願望。私の願いなどジャンヌ! 貴女以外にはありえないのです!! しかし、貴女自身の復活は聖杯に拒絶された。万能の願望機でありながらそれだけは叶わないと!!」

 

 ただでさえ大きなギロギロとした目を更に大きく見開き、血走らせながらジルの演説は続く。

 

「だから――私は願った。私の信じる聖女を! 私が焦がれた貴女を!! そうして造り上げたのです!!」

 

「……ジル。私は、例え聖杯の力で蘇ったとしても――"竜の魔女"になど決してなりませんでした。確かに私は裏切られたでしょう、欺かれたでしょう。しかしそれでも、祖国を恨むはずがないじゃないですか」

 

 だってこの国には――貴方たちがいたのだから。そういって、ジャンヌは慈悲深い女神のように、堕ちた軍帥へと微笑みかけた。

 

「お優しい……なんてお優しいお言葉。しかしジャンヌ、貴女は一つ忘れています。貴方が憎まずとも――私はこの国を恨んだのだ! 全てを裏切ったこの国を滅ぼすと誓った! たとえ貴女が赦そうと、私は神を、民を、この国を許さないッ!! 殺してみせる、焼却させてみせる……滅ぼしてみせるッ! それこそ、聖杯に託した我が願い……! 邪魔をするな、ジャンヌダルクゥゥゥゥゥ!!」

 

 特異点修復をかけた、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。



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第二十三敗『また会いましょう』

 

 ジル・ド・レェはただ、救われたかった。

 もしくは罰されたかった。ただ、ただそれだけだったのだ。

 祖国を救った聖女を、この国は見限った。しかし、異端審問にかけられ救った(モノ)には裏切られ――それでも、それでも国を愛し。主を信じ続けた聖女に救いはなく。あったのは、全てを灰に帰す酷い仕打ちだけだった。

 許せなかった。全てが憎かった。己の信じていた――主すらも。

 

 狂気に駆り立てられた彼は、領内の年端も行かぬ少年たちを凌辱し、虐殺する。何人も何十人も、何百人も犯し尽くし嬲りつくし、昂り興奮し絶頂し――しかし。彼にはいつまでたっても罰は訪れない。

 贖罪の時は、訪れなかったのだ。

 

 明らかに()()()()()()をしているジルに対して、主が罰を下すことは無い。誤った道を正すことはなかった。

 それ即ち、己が認められているということか――主など、私の信じた主など最初からいなかったということか。

 私の信じる主がいたなら聖女に、あのお方にあんな末路を送るはずがない。

 ジャンヌ・ダルクに、志半ばの――己の信心すら踏み躙られた上での、終焉を与えるはずがないのだ。

 

 だから私は、私が、私だから救ってみせる。主が見捨てようが国が見捨てようが、私がジャンヌを甦らせる――! ジャンヌの意思は、私が継ぐ――!

 

 手始めにこの国を――滅ぼすッ!

 

 

「邪魔をするな、ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥ!!」

 

「貴方は……私が止めます!」

 

 しかしそんなもの――彼にとっては口実に過ぎなかったのかもしれない。己が思うジャンヌへの贖罪の為、目の前のジャンヌと殺し合う。誰が見ても明白な矛盾。

 手元の魔導書から召喚された海魔の触手が、ジャンヌの柔肌へと伸びる。素早く躱しつつ、躱せないものは旗で受け止め、貫き切り裂き吹き飛ばしていく。

 徐々に詰まる距離。一歩、また一歩と近づいてくる。

 

「ハッ!」

 

「私の歌を聞きなさい!」

 

「燃やし尽くして差し上げます!」

 

「行きます、マスター!」

 

 敵は正面から来るジャンヌだけではない。アルトリアもエリザベート・バートリーも、清姫もマシュも。

 

「フッ、戦闘は専門外なんだけどね」

 

「あら、その割には楽しそうね?」

 

「君と一緒だからさ、マリー」

 

「ふふ、言葉だけでも嬉しいわ」

 

「余所見していては危険ですよ」

 

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトも、マリー・アントワネットも――ゲオルギウスも、全員が全員、ジルの元へと向かってくる。いくらなんでも、この人数の攻撃を捌ききることは難しい。もうワンランク上の海魔を呼ぶことも可能ではあるが――そのレベルになると、もう彼には制御することができない。

 

 

「だが! それでいいのです! それこそが……COOL!!」

 

 サーヴァント達を遮る海魔が消え、代わりにそれよりも殊更大きい海魔が現れる。誰彼構わず魔の手を伸ばし、全てを壊し尽くさんと蹂躙する――!

 

 

「マシュ、宝具をお願い!」

 

「宝具、展開します……! 仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)!!」

 

 マシュの宝具の力により、自陣は守られ海魔の動きが止まって隙が出来る。

 

鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)!!」

 

転身火生三昧(てんしんかしょうざんまい)!!」

 

 展開されたエリザベートの巨大アンプ(監禁城チェイテ)が、素晴らしく芸術的な歌声(破壊的で壊滅的なエネルギー波)を、増幅し打ち出す。自陣もジルもその声に思わず耳を塞ぎ動きが止まるが、予め耳栓をしていた清姫だけは並んで宝具を展開する。渦を巻くように広がる炎が海魔の体を包み込み、音の衝撃波と炎の熱波で海魔の肉体は限界を迎え、消えていった。

 

死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)!! 任せたよ、マリー!」

 

「ぐうっ……!」

 

 天才音楽家により奏でられし旋律は、ジルの肉体の力を奪っていく。自分の仕事を終えたアマデウスは、マリーへと軽やかにウィンクした。

 

「ええ! 行きます……! 百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)!!」

 

「ク……ハッ……!」

 

 硝子細工の馬に騎乗したマリーは、キラキラと光の粒子を撒き散らしながら加速し、ジルを踏み跳ね突き飛ばした。

 

「まだだ……まだ、まだ私は……!」

 

「ごめんなさい」

 

 満身創痍の体に鞭打ち、立ち上がろうとするジルを遮ったのはマリーだった。

 

「貴方の気持ち、少しだけわかるわ。この国を憎みたくなってしまう気持ちも…… でも。それでも私は、フランスが好きだから。民が、人が好きだから」

 

 驚いたように目を見開くジル。ゆっくりとそれを細め、マリーとその隣のジャンヌを見る。

 

 

「……フッ……似ている。貴方も、王妃などよりも聖女の方が――――」

 

 最後まで言うことなく、ジルは消滅した。同時に何か光るものが出現する――聖杯である。

 

「よっと」

 

 聖杯を回収し、戦いを共にしたサーヴァント全てに藤丸は微笑む。

 

「みんな、お疲れ……! それとありがとう! ここにいる誰が欠けても、勝てなかったと思う……未熟な俺を支えてくれて、ほんとありがとう!」

 

「いえ、私の――いや、私たちの方こそ感謝を――っと、そう長々と喋れる時間はなさそうですね……」

 

 サーヴァント達の体が透け始める。特異点の異常が解決された為、座へと帰ろうとしているのだ。

 

「必ず会いに行きます。私を召喚して下さいね、安珍様(マスター)?」

 

「楽しかったわよ。また演奏を聞かせてあげるわ、子イヌ!」

 

 各々、思い思いに喋って散り散りに消滅していく。

 最後、小さく会釈した聖女は微笑み――

 

 

「――また会いましょう、マスター」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――――――――

 

 

『球磨川くん!? おーい、球磨川くん!? 聞こえてるかい!?』

 

『ああ、聞こえてるよ』

 

『よかった、無事だったか……! 通信が通じないものだから心配してたんだよ。体調の方はモニタリングしてあるから()()大丈夫だってことはわかってたんだけれど』

 

『大丈夫、とも言えないね』『戦争なんてものはどうやら僕には合わないらしい』『僕のことなんかより、立香ちゃんは!? 立香ちゃんは一体どうなったんだい!?』

 

『先ほど黒いジャンヌとジル・ド・レェ元帥を打倒して、聖杯を回収したところだ。おめでとう! これでこの特異点の異常は収まった! もうレイシフト出来るけれど準備はいいかい?』

 

『大丈夫さあ』『茶々っとやって頂戴』

 

『ああ。それじゃあレイシフト開始五秒前、三、二、一……!』

 

『―――――――――』

 

 球磨川が何か呟いたが、それに気づいたものは今のところ――誰もいないのだった。





















ちょっと新作投稿したので暇な方は見て頂けると嬉しいです(ダイレクトマーケティング)


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第二十四敗『どういった人なんでしょう』

 

「おかえり! いや、本当によくやってくれた!」

 

 カルデアへと帰還した藤丸、球磨川たちをダヴィンチが笑顔で迎えた。

 

「ただいま、ダヴィンチちゃん。……はー、疲れたあ……禊くんもお疲れ。大丈夫だった?」

 

『うん、まあ何とかね』『お互い、無事五体満足で帰還できて喜ばしい限りだぜ』

 

「物騒な事言わないでよもうー」

 

 球磨川は何処も無事ではなかった気がするが、実際問題、実力も乏しく戦力も十分ではない藤丸が、ほとんど傷を負うことなく、特異点の首謀者を打倒し、人理の歪みを一つ、綺麗に修復してみせたというのは喜ばしいどころか素晴らしい成績である。次回以降もそう上手くいくかといえば、それはまだ定かではないが。

 

「通信が繋がらないって聞いて、めちゃくちゃ心配だったんだぜ? そっちはどんな感じだった?」

 

『あはは、それは悪かったね』『でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一瞬、球磨川の視線がダヴィンチに向かったが、すぐにまた藤丸との会話に戻る。

 

『僕らは適当に襲い来るエネミーの群れから人々を守ったり、黒い性女に拘束プレイされながら遊んでたぜ』

 

「へー、そんな感じ……って黒い聖女に拘束されてたあ!? えっ、あの黒いジャンヌでしょ!?」

 

『色々と甘い子だったよ』『立香ちゃんが倒したんだろ? やっるー!』

 

「俺が倒したってより、周りのみんなに倒してもらったって感じだけどね」

 

 はは、と少し照れ臭そうに笑う藤丸。そうして談笑していると、ドタバタと慌ただしくこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 

「二人ともお疲れ! 何事もなく……とはいかなかったけれど、無事に解決出来てよかった……! この戦力も物資も十分でない状態で、本当によく頑張ってくれたと思う……!」

 

「ドクターもお疲れさまです。サポート、色々とありがとうございました! ダヴィンチちゃんも!」

 

「いやいや、礼を言うのはこちらの方だよ。球磨川くんに関しては全くサポート出来てなくて申し訳ない……本当にゴメン! カルデアとの通信、サポートがない状態でのレイシフトが無事に終わるなんて、恐らく所長が生きていたら目を回して驚くレベルの幸運だと思う。次からはちゃんと通信出来るよう、万全に調整する!」

 

『頭を上げてくれよドクター』『大丈夫、人間誰しも失敗はあるんだから!』『大切なのは次からどうするか、だろう?』

 

 深々と頭を下げたロマニを、優しく窘める球磨川。ダヴィンチはそれを見て、深々と嘆息した。

 

 

「……うん、()()()通信機器の故障だとしたら私の責任でもある。すまなかったね球磨川くん」

 

『いやあ、別に気にしなくていいよ』『何とか帰ってこれたわけだしね』『それよりちょっと疲れちゃったから、シャワー浴びて休ませてもらっていい?』

 

「ああ、構わないよ。次のレイシフトまでまだしばらく時間がある。ゆっくり休んでくれ!」

 

『じゃあね』と一言。キアラとアンリを引き連れて、球磨川はマイルームへと戻っていく。藤丸も一安心したことで疲れが出てきたのか、大きく欠伸をして伸びをした。その隣で安心したように小さく息を吐き、脱力しているマシュにロマニが声を掛ける。

 

「マシュもお疲れ。慣れないことばかりで大変だったろうが、よくやってくれた!」

 

「いえ、大変なことも多かったですが……楽しいことや、学べたものも多かったです。ドクターもダヴィンチちゃんもお疲れ様でした」

 

「ああ、ありがとう。まあ私は大したことしてないし、お礼はロマニに言ってやってくれ」

 

「いや、ボク一人だったならきっとこうはいかなかったさ。キミの尽力のお陰だよ」

 

「いやいや君の……」

 

「いやいやいやキミの……」

 

「そうかい? じゃあ天才たる私のお陰ということにしておこう」

 

 ロマニは何か言いたげだったが、藤丸とマシュはその遣り取りを見てクスリと頬を緩めた。二人もつられて笑い、和やかな雰囲気になる。

 

 

「……ふう! さて、このまま色々話したいところだけど体を休めるのも大切だ。マシュも藤丸くんも眠そうだし、ひとまず今日は休もう!」

 

「そうですね……んじゃ、俺はとりあえず寝ます。めちゃくちゃシャワー浴びたいけど今はそれどころじゃないや……おやすみなさい」

 

 フラフラとした足取りで歩いていく藤丸。それも当然だろう、分割されているとはいえ、彼の双肩には今人類の命運がかかっているのだ。明るく振舞っていたとはいえ、背負っていた重圧は想像に難くない。

 

「マシュも疲れただろう。早く休んだ方がいいんじゃないかな?」

 

「いえ、そうしたいのは山々なのですが……少し」

 

 少し気になることがありまして。そう言って、藤丸の歩いていった廊下を見遣った。

 

 

「……もしかして、球磨川くんのことかな?」

 

「そうです」

 

 ダヴィンチの鋭い指摘に即答で頷く。球磨川禊、人理を背負った人類最後のマスターのもう一人。今回の特異点においては通信が故障していたため、実力・功績は未知数。それよりも何よりも、マシュが不安を覚えるのはその人格(キャラクター)だった。

 

「球磨川さんは、一体どういった人なんでしょう……」

 

「そうだねえ……何処か飄々と括弧つけていて、内面の読めない子だよね」

 

「悪い子には思えないけど……少し、不気味なところもある気がするな」

 

「……あの人を見ていると、何かこう……胸の内で、ざわつくものがあると言いますか……すいません、上手く言葉に出来ないのですが」

 

「アルトリアちゃんも召喚されてすぐに、信用していいのかとかそんなことを言ってたね」

 

「でも藤丸くんとは仲良く、上手くやっていけてるみたいだし……マシュも、あまり気にせずに打ち解けていきなよ」

 

「はい……」

 

 何処か釈然としない様子で、彼女は小さく頷いた。



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第二十五敗『優しい気持ちがある人だと』

『あのさあ立香ちゃん、一ついいかな?』

 

「禊くん、どうしたの?」

 

『どうして僕らは……ここ数日、ずーっと種火を狩り続けてるんだっけ……』

 

 サーヴァントたちが激しい戦闘を行う中、木陰にへたりこんだ球磨川は疲れきった表情で藤丸を見つめる。額に大玉の汗をかきつつも、やる気に満ちた表情の彼は笑う。

 

「ほら、俺らってそこまで強くないし……そこそこ戦えるよう、特異点の見つかってない今のうちに鍛えておいた方がいいよな、って思ってさ」

 

『サーヴァントを鍛えるのはわかるんだけどさあ……』『僕ら自身を鍛えたところで、たかが知れてるって思わない?』

 

「えー、そうかなあ? やって見なきゃわかんないと思うぜ?」

 

『わあすっごく前向き(プラス)だ』

 

「じゃあ俺は再開してくるよ、禊くんはもうちょっと休んでて」

 

『頑張ってね』

 

 銅色の種火の方へ勢いよく駆け出していった藤丸を見送り、球磨川は小さく嘆息した。

 一つ目の特異点を修復してから四日が経っているが、未だに次の特異点は見つかっていない。人手は足りないし、そもそも前例のないこんな事態で、一歩間違えばパニックが起きかねないこの状況で、トントン拍子に作業が進むはずがない。まだしばらく、時間はかかると思われた。

 

 暇そうにスマホを弄っていた球磨川の元に、藤丸がやってきたのが特異点を修復した翌日。「一緒に修行しない?」という誘いに、『修行パートとか少年ジャンプっぽいな』なんて軽い思考で乗ったのはいいものの、文字通りの修行パートだった。始めこそガンドを放ってみたりしていたものの、二発撃ったところで球磨川は疲れ果てた。種火をスパーリング相手にして、藤丸は根気強く魔術の練習に励んでいた。

 

 

「『ガンド』ッ!」

 

 ガンドを放ち、種火へと命中させていく。あまり動かない上動きが遅いため、種火は絶好の的であった。一応攻撃もしてくるので、そこら辺はマシュが守ってカバー。ガンドを当てた後はマシュがそのまま盾で殴りかかるので、まあそこそこいい練習になっていると思われる。

 眺めるだけというのは退屈なもので、球磨川はだらしなく大口を開けて、欠伸をした。

 

『立香ちゃんー』『お腹空いたから僕は先に帰っとくね!』

 

「わかったー、また後でねー!」

 

 手を振り合って別れる二人。球磨川は去り際に、振り返って藤丸を見遣る。真剣な眼差しで的を狙う彼の姿に、口元を歪め。空間の出口付近に隠れていた種火に得物を螺子込み――砕けた残骸を乱雑に踏みつけ、足早に去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

「あの、少しいいでしょうか?」

 

『おや珍しい』

 

 マシュは球磨川の部屋の扉をノックする。小さく開いたドアの隙間から顔を出した球磨川に、『まあとりあえず入りなよ』と、早くも少し汚れ始めた室内に招かれる。

 

『どうせ暇だし、少しどころかいくらでも構わないぜ』『どうする? 枕投げでもしてみる?』

 

「からかわないでください」

 

『別にそういうつもりじゃないんだけどね』

 

 手に持った枕を壁に投げつけ、自分のベッドへとダイブする球磨川。いつも通りの少し汚れた学ラン姿でゴロゴロと左右に転がる。乗っていた本をどかして、マシュは付近の椅子に座った。

 

『あー、今日もなかなかに疲れたぜ』『マシュちゃんも大変そうだけど、体調とかは大丈夫?』

 

「はい、特に問題はありません」

 

 答えつつ、マシュは内心少し驚いていた。完全な偏見だが、球磨川禊が誰かを心配することがあるなど、露にも思っていなかったからだ。彼からは心配だとか不安だとか、そういった人間らしい感情はほとんど感じられなかったから――

 

『ところで、何の用で来てくれたんだっけ?』

『てっきり、マシュちゃんは僕のこと嫌ってるものだとばかり思ってたんだけれど』

 

「いえ、そういう訳ではありません。正直に言いますと少し苦手ではありますが……」

 

 初っ端から核心に近いことを言われると、どうにもやりづらい。そういうところも含めてこの人のことが苦手なのだろうか、とマシュは自己分析してみる。冷静に確実に自己分析できるほど、他人と関わった経験はないのだが。

 

「ただ、私の見る限り球磨川さんは決して悪い人ではありません。だから少しお話してみようかな、と」

 

 その言葉に球磨川は、両手を広げて答えた。

 

『そうだね、僕は悪くない』『で、お話。お話ねえ。マシュちゃん趣味とかある?』

 

「特にはありません…」

 

『好きなものとかは?』

 

「好きなもの……空の色とか、地面の匂いとか、好きです」

 

『あーわかるわかる、いいよね!』『逢魔が時の何処か禍々しく薄暗くなってきたときの空とか、雨が降る時の独特の地面の匂いとかすごく好きだ!』

 

「すいません、その二つは少し私の好きとはズレているといいますか……」

 

『……コミュニケーションっていうのは難しいもんだぜ』『そもそも生まれ育った環境も国も文化圏も違うんだから、合わない部分は多少生じてきて当然なんじゃないかな?』

 

「そうですね……そうかもしれません……」

 

『まあでも、共通の話題があると距離はすぐに縮まるって聞くよね』『それで趣味とか好きな食べ物とか聞いてみたんだけど、よくよく考えると僕らには一つだけ共通の話題があった』

 

「共通点?」

 

『そ』と答える球磨川。

 

『僕らには立香ちゃんという共通の話題があるじゃないか!』

 

 共通の話題というか共通の知人だと思われるが、そもそも二人共彼と出会ってからの日は浅い。話題に出来るほど、話せることがあるのかどうか。

 

 

『マシュちゃんは立香ちゃんのこと、どう思ってるの?』

 

「ええと……お人好しで裏表のない、いい人だと思います。ただ、気を張りすぎることがあるのが少し心配ですね」

 

『ふうん』『そうだね、最近の彼は若干気張り過ぎてるきらいがある』

 

「種火相手のスパーリングはいいんですが、先輩ならいつか……サーヴァントやエネミーにまで、あんな風に挑んでいってしまいそうで怖いです」

 

『その辺りはちゃんと弁えてそうだけどね』『でもそういうときにちゃんと守ってあげるのが、君の役目なんだろ?』

 

「…………」

 

 マシュは目を伏せ、ゆっくりと手元の本を撫でた。結ばれていた口が、重そうに開いた。

 

「私は――自信がないんです」

 

『……自信』

 

「私は人間でありサーヴァントでもある、デミサーヴァントです。普通の人よりは多少強いと思いますが、本物の英霊と比べると差が出てしまいます――」

 

『…………』

 

「真名もわからず、力の使い方もままならない。私が先輩の隣に立っていていいのか、先輩をちゃんと守っていけるのか――」

 

 独り言のように淡々と、言葉を紡いでいくマシュだったが、喋りすぎたと思ったのかハッ、とした表情で「すみません、今のは忘れてください」と恥ずかしそうに言った。

 

『……マシュちゃんはさ』『何で立香ちゃんのこと先輩って呼ぶんだっけ?』

 

「それは……先輩が、今まで出会ってきた人たちの中で一番人間らしいからです」

 

『人間らしい』『ねえ』

 

 意味深に括弧つける球磨川。マシュは何処か遠い目をしている彼の、カルデア(ここ)に来るまでが少し気になった。

 

『んー、いいんじゃない?そんな気にしなくても』『マシュちゃんが立香ちゃんを先輩と慕う様に、立香ちゃんもマシュちゃんを後輩として憎からず想ってるはずさ』『喩えるなら全開パーカーのパーカー部分とジーンズ部分のようにね』『それじゃ駄目なのかい?』

 

「……すいません、その喩えはよくわかりません」

 

 が、とワンテンポ置いて話は続いた。

 

「球磨川さんが私の心配を解消しようとしてくれるような、優しい気持ちがある人だということはわかりました。……今度、空いてる時間にでもカルデアの中を先輩に案内しようと思っていたのですが、球磨川さんも一緒にどうですか?」

 

『是非ともご相伴に預かりたいぜ』『ついでに、僕のことも先輩呼びしてくれてもいいんだぜ?』

 

「遠慮しておきます」

 

 ではまた、と言って出ていくマシュを見送り、足音が離れていったのを聞き遂げて手元の枕を壁に投げつけた。

 

『……優しい気持ちのある人、か』

 

 淀んだ瞳で、球磨川は照明を仰いだ。



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第二十六敗『あなたの導きに感謝します』

 

 

 

『ロマンちゃんロマンちゃん!』

 

「どうしたんだい球磨川くん」

 

 雑務を終え、一息着こうかと珈琲を入れに立ったロマニの元に、キラキラ輝く瞳を見せ、弾んだ口調で球磨川がやってきた。何処と無くデジャヴを感じるその様子に、何となく球磨川の目的を察しつつもロマニは二人分の珈琲を用意し始めた。

 

『うん』『この前の特異点でも何個かアレ拾えたでしょ?』『聖晶石、だっけ。少なくとも僕の拾った分はあるよね』

 

「あるよ。君の拾った分だけだと、召喚には足りないけどね……」

 

 特異点からの帰還前。さりげなく足元に転がっていたそれを回収しつつ、球磨川はカルデアへと戻っていたのだ。

 

「藤丸くんも結構な数の聖晶石を回収してたから、今回も召喚してみようか」

 

『やったー!立香ちゃん呼んでくるね!』

 

 慌ただしく駆けて行った球磨川は、すぐに藤丸とマシュを連れて戻ってきた。

 

「また英霊を召喚するの!?やったー!」

 

『やったね!』

 

「あの、英霊が出るとは限らなかったのでは……?」

 

 見るからに楽しそうな藤丸と球磨川。マシュも冷静な指摘をしているように見えるが、何処かソワソワしている。

 

(人類史に名を残すほどの英雄に会えるということを、彼らは心から楽しみにしているんだな)

 

 頼もしい、と素直に思った。教科書に載るような偉人達に萎縮も何もなく、手放しで向かっていくというのはなかなか出来ることではないだろう。重要な戦力であるサーヴァントとのコミュニケーション。上手くいくかと心配だったが、彼らなら大丈夫だろう。

 

「おーいドクター、聞いてます?」

 

「ん? あ、ごめん。聞いてなかった」

 

『何かすごく遠い目をしてたぜ』『心が疲れてるんじゃない?』

 

「大丈夫、ちょっと考え事をしてただけだよ」

 

 誤魔化すように頬をかき、破顔するロマニ。それじゃあ召喚に移ろうか、と二人を促す。最初に準備を終えたのは藤丸だった。

 

「いい人来いっ!」

 

 石より流れ出た魔力光の奔流は、三股に弧を描いて収束し、天上より降り注ぐ。

 バタバタと、布が風を受けて靡くような音が聞こえる。藤丸は、その音に覚えがあった。稲穂のように煌めく錦糸のような美しい髪も、目を閉じ両手を組む、祈るような姿にも。

 

 

「えっ……! あ……!」

 

「――サーヴァント、ルーラー。ジャンヌ・ダルク」

 

 ――お会いできて、本当によかった。そういって聖女は、藤丸に笑いかけた。

 

「ジャンヌ……来てくれたんだ……!」

 

「また会いましょう、そういったじゃないですか? 人理の救済、私もお手伝いします」

 

「ジャンヌさんがいてくれれば、とても頼もしいです」

 

『あー』『えーっと』

 

 三人の間に割り込み、再会の和やかな雰囲気を容赦なくぶった斬る球磨川。

 

『救国の聖女、ジャンヌ・ダルクさんですよね!?』『うわー会いたかったんです! 歴史の教科書に載ってるような有名な人に会えるなんて感動だなあ!』『あ、僕は球磨川禊っていいます! よろしくねジャンヌちゃん!』

 

「よろしくお願いします、球磨川さん」

 

「禊くんはフレンドリーだなあ」

 

「先輩、あれはそういった趣旨のコミュニケートでは無いように思えますが……」

 

「……球磨川くん、君の召喚はいいのかい?」

 

『あ、忘れてた』『んじゃ引かせてもらうぜ』

 

 不敵に笑って球磨川は、石を天高くへと放り投げる。周りの注意がそれに向いている隙にスマホを操作。先程と同じように放たれる魔力光。しかし三股には広がらず、線は一本だけ。光が晴れた後にあったのは、出来立てホヤホヤの麻婆豆腐。

 

『…………』

 

「「「「…………」」」」

 

 続けてもう一度、石から魔力光が放たれる。光は分かれることなく拡がり、収束し、そのあとには可愛らしいライオンのぬいぐるみが残った。

 

『………………』

 

「「「「………………」」」」

 

 言葉を失う五人。続けて放り投げる聖晶石。操作されるスマホ、魔力光、一本線、光、その後にあったのは魔術世界では割とポピュラーな礼装、アゾット剣だった。

 

「……こ、これなら球磨川くんの護身用に使えるし悪くないかもね」

 

『……そうだね』

 

「待って禊くん! 護身用に使うんだからそれ! 自殺用に使わないで!?」

 

『知らないのかい立香ちゃん? 最近では護身用のナイフは、体内に隠し持っておくのがポピュラーなんだぜ』

 

「そんな本末転倒な話聞いたことないよ!」

 

 拾い上げた短剣を躊躇いなく突き立てにいく球磨川の手を、咄嗟に藤丸が押さえた。まあ刺さっても問題は無いのだが、まだ説明していないのでそこら辺の事情は面倒である。

 

『……はあ、最後か』

 

 残る石は四個。一回の召喚に必要なのは三個なので、これがラストチャンスである。最早ブラフの石投げの過程をすっ飛ばし、操作されるスマホ。放たれる魔力光。三股に分かれる光。おお、と少し湧く観衆。晴れる光。そこにいたのは……

 

 

「お招きに預かり推参仕りました。不肖ジル・ド・レェ、これよりお傍に侍らせていただきます」

 

『………………』

 

 召喚されたのは奇怪な大きな襟巻に、ギョロギョロ動く奇怪な目をした愉快なキャスター、ジル・ド・レェ元帥である。先日の特異点の黒幕にして、藤丸たちを手こずらせたなかなかの相手である。

 しかしそんな彼と初対面である球磨川は、彼ではなく、藤丸たちの方を何処か遠い目で見つめ続ける。

 

「おや? どうしました、あなたが私のマスターでは?」

 

『…………ふぅ』

 

「球磨川くんあからさまなため息つかないで! ジャンヌちゃんの時みたいに積極的にコミュニケーションを図って!!」

 

 ジャンヌ、という単語にジルはビクッと大きな反応を見せた。側に控えていた彼女の姿を見た瞬間、ただでさえ大きな目が飛び出さんばかりに巨大化する。

 

「&%#$&$~!!!?! 我が主よ! 貴方は神か! いや、貴方こそ神か! よくぞ……よくぞ私の前に彼女を招き寄せて下さいましたァ!」

 

「ジル……そう、貴方もここへ招かれたのですね。これもきっと主のお導きです。共に人理の救済を目指しましょう」

 

「ジャンヌ……ジャンヌゥゥ!!」

 

 目を細め、大粒の涙をボロボロ流すジル。感激のあまりか幾度も頭を近くの壁にぶつけている。控えめに言って不気味である。そんな折、ウィーンと扉が開く音が聞こえた。

 

「失礼します。大きな音が聞こえましたが何かありましたか?」

 

 現れたアルトリアに皆の視線が集まる。壁から頭を離し、ゆっくりと振り向いたジルは、その場にへたりこみ顔を押さえた。

 

「ウッ……ウッ……転生せし第二のジャンヌまでいようとは……おお主よ!あなたの導きに感謝しますッ! して第二のジャンヌよ、再会の記念にこのタコの海魔でも食べ」

 

「食べません」

 

『……あのさあ、もしかして僕ここにいらなくないかな?』

 

「ちょっと禊くん!?」

 

『後は任せたぜ!』

 

 混沌とし、収拾がつかなくなったその場を離れ、球磨川は一人自室へと向かうのだった。



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第二十七敗『蛮行もそこまでです』

「昨日は失礼しました」

 

『ああうん、まあ別に気にしてないから気にしないでね』

 

 翌日。時間が経ってテンションが落ち着いた様子のジルと、球磨川は改めて顔合わせを行うことにした。無論アンリとキアラも一緒である。二人ともジルのことは一瞥したきり目もくれず、アンリはカルデアに置いてあった漫画を、キアラは成人向けの雑誌を恍惚とした表情で読んでいた。

 

「改めましてキャスター、ジル・ド・レェと申します。以後お見知りおきを……」

 

『あー』『そういう硬いのはいいから。もっと緩くいこうぜジルくん』『「緩い雰囲気・怠そうな空気・存在しないやる気」が僕らのモットーだからさ』

 

「はあ。それがあなたの意向ならば、私もそれに従わせてもらいましょう」

 

 球磨川は謎の標語を掲げながら、いつの間にか部屋の壁に設置されていたダーツ盤へと細い螺子を投げる。螺子は見事的を外れ、小綺麗な壁へと突き刺さった。

 

『…………』

 

「おお、素晴らしき腕前ですな」

 

『もしかして煽ってる?』

 

「いえ、今のは敢えて壁を狙っていたのだと私にははっきりわかりましたので」

 

『よくわかったね、その通りだよ』『螺子なんか投げたらダーツ盤が傷ついちゃうからね』

 

「じゃあ最初から投げんなよ」

 

 壁が傷つくことはどうでもいいらしい球磨川に、静観していたアンリが思わずツッコミを入れた。が、すぐさま視線は手元の本に戻る。あまり喋る気はないらしい。

 

「そういえば我が主よ。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうかな?」

 

『球磨川禊、それが僕の名前だよ』『気軽に適当に読んでくれていいぜ。僕はジルくんのことをジルくんって呼ぶから』

 

「ふむ。それではミソギ、と。そのように呼ばせていただきます」

 

『何気に呼び捨てで名前で呼ばれるのはレアだな』なんて考えながら、球磨川は追加で螺子を投げてみた。見事に壁に刺さった。

 

『見たかい、僕の腕前』

 

「本当に素晴らしい! それでこそ、我が主に相応しいCOOLな腕前です!」

 

『ジルくんもちょっとこれやってみる?』

 

「どの辺の壁を狙えばよろしいのですか?」

 

『あー……』『いや、折角だからダーツ盤の中心を狙ってみよう』

 

 そういって球磨川は、螺子ではなく普通のダーツを五本ジルに渡した。渡しながら、適当に会話を繋げていく。

 

『ジルくんの時代にはダーツってあったんだっけ?』

 

「ええ、ありました。尤もそれが生まれたのは我が祖国ではなく、戦争の相手であったイギリスの方ですが……」

 

『…………』

 

 石膏像の様な固まった笑顔が怖い。何分まだ召喚してから少しも絆を深めていない故、ただでさえ不気味なこの男の笑顔の裏に、どんな思いがあるのかなんてことは流石の球磨川禊にもよくわからないのだった。

 

『よし、それじゃ投げてみよっか』

 

「ハッ!」

 

 放たれたダーツが、トントントンと小気味よくリズミカルに盤を叩いた。中心から見て左上、左下、右上、右下へと綺麗に正方形を描くように刺さり、最後に盤のド真ん中へと突き刺さった。

 

「ふむ、なかなか難しいですねぇ……」

 

『……うん、まあ初見にしてはなかなかなんじゃないかな』『僕の次くらいには見どころがあるぜ』

 

「ありがたきお言葉」

 

 恭しくお辞儀するジルと、珍しく引き攣り気味の表情で頭をかく球磨川を見てアンリはクククと喉を鳴らした。

 

「お、そうだな。何をするかわからないって意味じゃ、今のところアンタの方が格上だもんな!」

 

『その点についてはみんな似たりよったりだと思うけどねえ』『ま、キアラちゃんはわかりやすいかもしれないけどね』

 

「まあ。一体何のことだか……?」

 

『まずそのエロ本を置くところから始めた方がいいと思うぜ』『検閲の為に僕が没収しておこう』

 

「見る気満々かよ」

 

『ジルくんも見る?』『ちなみにどんな子がタイプ?』

 

「ジャンヌのように気高く、ジャンヌのように純真で、ジャンヌが如き可憐さを誇り、ジャンヌを思わせる誇り高き……ジャンヌゥゥ!!」

 

『ジルくんがジャンヌちゃんのことを愛してることだけは伝わってきたぜ』『じゃあこのモデルの顔をこんな風にしたらどうかな?』

 

「これは……いけません! ああいけません! なんと破廉恥な!!」

 

 何処で入手したのか、ジャンヌの顔写真をグラビアモデルの顔に貼り付けた球磨川。鼻息を荒くするジル。

 

「そんなことをしてはこの女性も可哀想です。まるで体にしか興味がないかのようではありませんか」

 

『そうだよ』

 

「それでは代わりに、私がその任を負いましょう……さあ! いくらでも私の体をお使いくださいまし!」

 

『うーん、キアラちゃんはなあ……ちょっと……熟れすぎかなあ……』

 

「う、熟れすぎですって……!?」

 

「肉体から浅ましさが滲み出ています。却下」

 

「まあ、そんな言い方……照れてしまいます……」

 

「なんで照れてるんだアンタは」

 

『なかなか賑やかで混沌としてきたなあ』

 

 混沌(カオス)な球磨川一行の雑談及び猥談は、廊下に響くほど騒がしく、夜分遅くまで続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――

 

「おはよう、三人とも。もう準備は大丈夫そうだね」

 

 そんなこんなで数日が経過。特異点の座標も割れ、本日は第二特異点へのレイシフト予定日である。

 やる気に満ち、何処と無く元気なオーラが溢れている藤丸と欠伸をして眠そうな球磨川が対照的だ。

 

「今回の特異点は一世紀のヨーロッパ、より具体的に言うと古代ローマで――」

 

 ウィーンウィーン、とロマニの説明を遮るように大きくアラート音が鳴った。カルデア内に入場資格のない者が存在していることを示すそれは、とどのつまり侵入者の存在を教えていた。

 

「このタイミングで侵入者!? え、なんだ! 一体どこから!?」

 

「どうやら別位相から直接侵入されたみたいだね。でもこの反応は……?」

 

「今すぐ迎撃に向かいましょう、先輩!」

 

「いやー、その必要はないんじゃないかなあ? だってほら、そこ」

 

 ダヴィンチの指差す先。そこには全長六十センチほどで慌ただしく動き回る、奇妙で珍妙な生物(?)が存在していた。軍帽に金色の花を付けたような帽子に、将校のような服を着て集団でこちらに向かってくる。悠に百は超えているだろう。

 

「な、何なんだよあれ!」

 

『さあ?』『一昔前にブームが過ぎ去っていった、ゆるキャラってやつなんじゃない?』

 

「ゆるキャラ……! 聞いたことがあります、日本で流行りの、可愛さに振り切っているわけでも格好よさに振り切っているわけでもない、どっちつかずの中途半端な名物キャラクターたちだと……!」

 

「うーん、否定したいけど否定しづらい……!」

 

 若干ゆるキャラに辛辣なコメントを寄せたマシュと球磨川に苦言を呈したいところだったが、ぐぬぬと歯噛みして堪える藤丸なのであった。

 

「って、そんな話をぐだくだとしてる暇はないよ藤丸くん!」

 

「ノッブー!」

 

「うぉおっ!?」

 

 隙だらけの藤丸のボディーに、一体のゆるキャラ(仮)が激突した。後ろに吹き飛ぶ藤丸。

 

「待て、そっちはまずい……!堪えたまえ、藤丸くん!」

 

「そ、そんなこと言われても……!」

 

「先輩っ!」

 

 一体飛び出したのを皮切りに、次々押し寄せるゆるキャラの群れ。マスターを守りに行くマシュの盾すら、圧倒的物量の前には抗えなかった。

 

「くそ……! 正体はわからないが、こいつらの狙いはまさか……!」

 

「多分その通りだロマニ! でも、今それをされるのはまずい……!」

 

「誰かたーすーけーてー!!!」

 

「今行きます先輩!」

 

 ゆるキャラ(仮)が藤丸を押しながら進む先、それはレイシフトに使用されるコフィンだった。あれよあれよという間に藤丸ごと、ゆるキャラ(仮)はコフィンに乗り込む。

 

「レオナルド! こういう時こそ宝具を使って何とかしてくれよ!」

 

「あのねえ、確かに天才たる私の手にかかれば宝具で何とかすることも出来るが、そんなことしたらここの重要機材が壊れるかもしれないだろう?」

 

「天才なら重要機材くらい直せるだろう!?」

 

「直しづらいから重要機材なのさ。というか今の状態で下手に壊しちゃうと、材料が足りなくて修理できずに人理終了とか普通に有り得るからね?」

 

 雑談の間に、藤丸のコフィンの中には所狭しとゆるキャラ(仮)が侵入していた。

 

「ノブノッブ!」

 

「あ、ちょ、押し込まないで! 押し込まないで!!」

 

「じゃあせめて払い除けるとかそういう物理的な手段を行使してくれよ!!」

 

「や、やめてください! そういうところを触られるのは……その……困ります……」

 

『え、マシュちゃんどこを触られてるの?』『ねえねえマシュちゃんどこを』

 

「ちょっと球磨川くんは黙っててくれるかな……! っていうか球磨川くん暇なら助けに行ってあげてよ!」

 

『あはは、残念ながら僕も自衛で精一杯だよ』

 

 螺子で遠慮なくゆるキャラ(仮)を貫き屠っていっているが、その言葉は信じていいのだろうか。

 

「私が払い除けに行くのも駄目だ。だってこの珍妙なゆるキャラの狙いがレイシフトとわかった以上、ここを離れるとスイッチが押される可能性が――」

 

「ノブっ」

 

『あっ』

 

 ダヴィンチの死角より躍り出たゆるキャラが、レイシフト開始のボタンを押した。心做しか普段より大きくなったコフィンは二台、人類最後のマスターとそのサーヴァント+ゆるキャラ(仮)を乗せて一世紀のローマへと飛んでいった。

 

『行っちゃったね』

 

「まずい、まだ準備が終わってなかったのに……! くそっ、この子たちが邪魔で動けない!」

 

「「「「「ノブ、ノーブッ!」」」」」

 

『えっ』

 

 部屋を埋め尽くさんばかりに闊歩しているゆるキャラ(仮)は、球磨川を持ち上げてコフィンに押し込もうと流れていく。振り回していた螺子はゆるキャラに没収され、なす術なく詰められかけている。

 

「一歩音越え、二歩無間――」

 

 球磨川がゆるキャラ(仮)と仲良くコフィンに乗り込んだその時、何処からか女性の凛々しい声が響いてくる。ゆるキャラの波の中を縮地により一瞬で駆け抜け、

 

「三歩絶刀!『無明三段突き』!」

 

 球磨川の周りのゆるキャラを一体、一瞬のうちに放たれた鮮やかな三連続の同時突きという、とんでもないオーバーキルで屠った。というか、明らかに宝具だと思われるそれをゆるキャラ(仮)相手に放ってよかったのだろうか。

 

「ふっ!」

 

 手に持つ刀を弧を描くように振り、辺り一帯のゆるキャラを蹴散らす。

 

「蛮行もそこまでです! 私が来たからにはもう大丈夫ですよみなさん!」

 

「え、えーっと……君は?」

 

「あ、初めまして。私は新選組……じゃなくて、えーと、とりあえず桜セイバーとでも呼んでください」

 

 何処かハイカラな和装に、淡く輝く抜き身の刀。薄い桜色の髪を大きなリボンで束ね、一本抜きん出たアホ毛が自己主張する何処かで見たことがあるような顔の少女は、そういって笑った。

 

「コフッ!」

 

「吐血した!?」

 




次回、第二特異点 永続ぐだぐだ帝国セプテム!
この作品もなんかぐだぐだしてきてますね……


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第二特異点 永続ぐだぐだ狂気帝国セプテム寺
第二十八敗『是非もないよネ』



独自設定盛々です


 

「じゃあ一旦状況を整理しよう」

 

 ダヴィンチの言葉に一同は頷く。

 

「超天文学的な確率で何故か、桜セイバーと魔人アーチャーのいた世界とこのカルデアの位相がぶつかってしまった」

 

 うんうん、と桜セイバーと名乗った少女と、魔人アーチャーと呼ばれた少女は首を縦に振った。

 

「で、そちらの世界で行われていた聖杯戦争の途中で、聖杯が暴走。その際に誕生したちびノブがカルデアに押し寄せてきた」

 

「そうじゃ!」

 

「すいませんね、うちのノッブが……」

 

「何じゃとおき……桜セイバー!」

 

「いや、ノッブじゃなくてちびノブです魔人アーチャー。紛らわしいですねもう!」

 

 魔人アーチャーと桜セイバーの夫婦漫才のようなやり取りに、周囲のぐだぐだ度がどんどん上昇していく。割とシリアスな緊迫した状況だというのに、どうにも真剣になりきれない不思議な空気である。

 

『ノッブちゃんが聖杯と乳繰り合って、イチャイチャネチョネチョの果てに生まれたのがちびノブなんだっけ?』

 

「違うわ! 何を聞いてたんじゃおぬしは! 若干間違ってる気がしないでもないけどその辺りは是非もないよネ!」

 

 どうやら聖杯戦争の最中暴走した聖杯が、魔人アーチャーの潜在意識を形どって現実世界を侵食し始め、その影響で誕生したのがちびノブらしい。そしてちびノブは魔人アーチャーが元となっているため、逆説的に魔人アーチャーはちびノブをデフォルメしなかった場合の姿をしている。前話のちびノブの描写を参考に、魔人アーチャーの姿は各々の想像で補完して頂きたい。

 

「何か知らんけどわし、物凄くぞんざいな扱い受けてない!?」

 

「まあ……聖杯とイチャイチャネチョネチョなんて、なんといやらしうらやましい……どんな具合でした?」

 

「だから違うと言っとるじゃろうが!」

 

 話を聞かないキアラの質問に、若干キレ気味のご様子の魔人アーチャーであった。彼女が怒ってる時の瞳はちびノブのそれととても似ていた。

 

『そのときにはちびキアラちゃんが生まれるんだろうね』『それは……』『うん、僕はちびノブの方が好きかな!』

 

「もしジャンヌなら一ジャンヌ二ジャンヌ三ジャンヌ四ジャンヌ…………さあ! 聖杯を得るのですジャンヌゥゥゥ!!!」

 

「なんかココ……めっちゃキャラ濃いのう……」

 

「大丈夫です! 多分我々も負けてな……コフッ!」

 

「コラ! ここぞとばかりに吐血してキャラ立てするな! ワシもやるぞワシも! 是非もないよネ!」

 

「……そろそろ話を進めてもいいかな?」

 

『あ、どうぞ』

 

 球磨川が促すと、軽く咳払いしてダヴィンチが話し始めた。

 

「どういう理由があってかは分からないけど、一部のちびノブたちはコフィンに乗り込み、藤丸くんたちと共にレイシフトした。その辺の動きは今彼らと通信してるロマニから後で聞くとして……とりあえず、球磨川くんたちには桜セイバーちゃんたちの世界の問題を解決してきてもらいたい」

 

『構わないけど、僕らがいないとなると立香ちゃんたちのことが心配だよ』

 

「私としても二人揃ってくれていた方が安心だが、藤丸くんはこの前の特異点だって()()()()()解決してるわけだし、一人だろうが二人だろうが危険なことに変わりはないからね。またちびノブが溢れてきてカルデアが侵略される方が遥かに危険な訳だし、まあパパッと終わらせてきてその後向かえばいいんじゃないかな?」

 

 そこを突かれるとどうにもやりづらい。球磨川は珍しく、素直に従うことにした。

 

『……まあ、そうしようか』『そうと決まれば早速レイシフトだ。もう出来るんだろう?』

 

「もうバッチリだよ。さあさあコフィンに乗った乗ったー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――

 

 

『――そんな感じで、今頃球磨川くんたちも別の特異点に向かっているはずだよ』

 

「なるほど……後から来てくれるなら頼もしいなあ」

 

 カルデアの状況を話し終えると、藤丸は安心したように肩を落とした。通信が繋がったのはつい先程のことで、それまでに彼は、既に何度か戦闘を終えているらしい。

 

「む、声はするが姿は見えぬ……もしや魔術師の類か?」

 

 と、中央部分が大きく透けた、豪快というか軽快というか、無防備ともいえる奇怪な服装の麗人が声を上げた。鈴を転がすような、という形容詞の似合う綺麗な声だったが、何処か威厳が感じられる。

 

『魔術をお分かりなら話は早い。そう、ボクとそこの二名はカルデアという組織の――』

 

「まあよい」

 

『あっさり遮られた!?』

 

「では早速都へと向かおうではないか! 立香にマシュ、ちびノブーズ!」

 

「「「「「ノーブノーブ!!」」」」」

 

『え、ちょっと待ってちょっと待って!?』

 

「どうしましたドクター?」

 

 不思議そうに聞くマシュに、ロマニの疑問が飛んだ。

 

『その人が誰か聞いてないしちびノブーズという謎の団体の説明ももらってないんだけど!?』

 

「ふむ、よくぞ聞いてくれた!」

 

 キラキラと目を輝かせて、麗人は大きく胸を張った。膨らみが小さく揺れた。

 

「余こそ、真のローマを守護するもの。まさしく、ローマそのものであるもの。余こそ、ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウスである――!」

 

『皇帝ネロ……お、女の子だったのか……歴史とは……深いな……』

 

 ――ローマ帝国第五代皇帝ネロ・クラウディウス。『暴君』と呼ばれた人物で、無論史実では男性である。

 ロマニは感じるものでもあったのか、何処かしみじみとした声であったが、『いやいやそれも驚きだけどそれよりも!』と話を戻した。

 

『え、ちびノブーズって何? 彼らは目的不明のままレイシフトして、特異点を荒らし回ってるんじゃなかったの?』

 

「いえドクター、ちびノブさんたちは私たちの指示をよく聞いてくれて、大変統率も取れています」

 

「「「「「ノブノーブ!!」」」」」

 

 ――遡ること数時間前。藤丸たちはローマ郊外の丘陵地へとレイシフトした。無論ちびノブたちも一緒である。マスターを守るべくサーヴァントたちはちびノブに刃を向けたが、あろうことか彼ら(?)は恭しく頭を垂れるではないか。

 

「えーっと、どういうことだろこれ……」

 

「ノーブノブノブ、ノブノッブ!」

 

「ごめん、何言ってるか全然わかんないや……」

 

 立ち上がった一匹のちびノブが身振り手振りで何かを伝えようとしてくれているようだったが、残念ながら全く要領を得ない。首を傾げていると、マシュの胸元から毛むくじゃらの何かが飛び出した。

 

「フォーウ!」

 

「フォウ!? またついてきちゃったの!?」

 

「ノーブノブノブ」

 

「フォーウフォウフォウ」

 

「……もしかしてちびノブの言葉がわかるの?」

 

「フォーウ!」

 

 フォウは肯定の意を示すため元気よく返事をした。そしてフォウがちびノブと喋れるというなら、フォウを介してマシュはちびノブの意図を読み取れる。

 

「フォーウフォウ!」

 

「なるほど、把握しました」

 

「何かわかったの?」

 

「フォウさん曰く、『おうおうおう、人理の危機たあ大事じゃねえか! そりゃあ放っておくわけにはいかねえ。世界が違おうがなんだろうが、助けねえわけにゃあいかねえ。そんなことしちゃ夢見が悪いだろ?』とのことです」

 

「ノブ!」

 

「ちびノブ……なんかすごいカッコよくて俺、ちょっと震えたよ……」

 

「ノブノーブ!!」

 

「フォウフォーウ!!」

 

「フォウさん曰く、『俺らでよけりゃ力を貸すぜ。何でも言ってくれ、殿』とのことです」

 

「ありがとうみんな……!」

 

「「「「ノーブ!!」」」」

 

 ――と、そんな感じで藤丸はちびノブたちの協力も借りながら、単騎で軍勢相手に戦っていたネロ帝を助け、カリギュラを撃退し、自己紹介を終え、今に至っている、ということらしい。信長の潜在意識の具現化にしてはちびノブのキャラがおかしかったり勢いが変なのは気にしてはいけない。

 

『そうか……まあ、戦力が増えたなら安定して戦いを進めることが出来るだろうし、いい展開じゃないかな。多少空気がぐだぐだするデメリットはあるけど』

 

「愛いやつめ♪」

 

「ノブノーブー♪」

 

 ロマニの話を無視してちびノブを撫でるネロ帝。仮にこの空間にぐだぐだな空気がなかったとしても、きっと彼女はマイペースにちびノブを撫でたと思われる。ちびノブも目を細めて喜んでいるようだった。

 

「禊くんは今頃どうしてるかなあ……」

 

『彼ならまあ多分、心配ないよ』

 

 そう。球磨川禊は心配するに値しない。心配すべきはむしろ、()()()()()()()()()()()()と的を得た考察をして、ロマニは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、嘆息しながら見つめるのであった。





ちびノブは明治維新で割と普通に喋ってたりもしてたけど、まあそのへんは是非もないよネ!←


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第二十九敗『私は夜這いがよろしいかと』

 球磨川禊が目を覚ますと、何処かの草原の上に立っていた。

 

『ん』『よくわかんないけど無事レイシフトできたっぽいね』

 

 よくわからないなら無事ではないのではなかろうか、と一同(の中のまともな数名)は心の中でツッコむが誰一人おくびにも出さなかった。

 

「レイシフトしたら通信でバックアップをどうとか言っとらんかったか?」

 

 魔人アーチャーの指摘に『そうだったね』と頷いて、球磨川は手首に巻かれた腕時計型の通信機の、連絡用のボタンを押す。反応は何も無い。

 

『ふむ、どうも通信機の調子が悪いみたいだ』『これはカルデアからのバックアップは期待できないと思った方がよさそうだね』

 

 通信機をカンカンと叩いてみせる球磨川。乾いた音が響いた。

 

『で』『これからどうするんだっけ?』

 

「ジャンヌを増やしましょう、マスター」

 

「私も増えたいです、マスター?」

 

「増えんでいい増えんでいい」

 

 ジルとキアラに疲れた表情でツッコミを入れる魔人アーチャー。増える苦労を分かっている女の言葉には、確かな重みがあった。

 

「とりあえずそこに見えるサーヴァントでもやっちゃいますかねぇ?」

 

『あー、なんかいるね』

 

 アンリが指差す方を見ると、一同の潜む茂みを抜けた先の草原に、大量のちびノブ軍団と二騎のサーヴァントが見える。一人は仁王立ちしてそうな槍持の男性で、もう一人は、機能性に特化し過ぎではないかというくらい防御力が貧弱にして、その体型もコンパクトな少女。言わずと知れた武蔵坊雪齋とその主、今川よしつねである。

 

『え、誰?』『知らないなあ、どこのモブキャラ?』

 

「英霊ではあるみたいですが、何か妙な因子が混ざってるみたいですね」

 

「ふむ、どうするのですかミソギ?」

 

「私は夜這いがよろしいかと思います」

 

『キアラちゃんはおちゃめだなあ、夜襲と夜這いを言い間違えちゃうなんて』『とはいえそれは、なかなかどうしていいアイデアだ。不意を突いての奇襲であれば、ちびノブ分の戦力差も埋められるかもしれない』

 

「いえ、夜襲ではなく夜這……」

 

「夜襲といえば桶狭間じゃな! 腕が鳴るのう!」

 

 腕をブンブン回す魔人アーチャー。しかし今の彼女は力を失っているため、鳴るどころかむしろ、へし折られてしまいそうな勢いである。

 しかし、ガサゴソと叢を掻き分けてこちらに近づいてくる足音で、そんな彼女の勢いも削がれた。

 

「ん? そこにいるのは何者だ!」

 

「もう、ノッブが騒ぐから見つかっちゃったじゃないですかー!」

 

「え、わしのせい!? みんなも結構騒いどったじゃろ!?」

 

「ジャンヌジャンヌと五月蝿かった人のせいじゃないんですかねぇ?」

 

「はて。もしやマスターの立案の際の声が大きかったのやもしれませんぞ?」

 

『態度が小さく身長も小さいことで有名な僕の、唯一の取り柄だからね』

 

 球磨川が括弧つけた。くだらない戯言を吐き終えたところで先程の声の主が姿を現した。日に焼けた色黒い肌の、黒髪で短髪、弓持ちの青年。一同を見回し、勇ましい笑顔を見せる。

 

「さてはよしつね様を狙う不届き者だな!? この大軍に向かってくるとはいい度胸だ! その度胸に免じて、この松平アーラシュがお相手し」

 

『あ、いえ違います』

 

「違うのかよ!」

 

 偉大なる東洋一の弓取りのノリツッコミが入った。外野がずっこける中、あっけらかんと球磨川は騙る。

 

『僕たちは道に迷っただけの、通りすがりのマスターとサーヴァントです! よしつね様方に危害を加えるつもりはないので、素通りさせてくれると嬉しいなっ!』

 

「そうしてあげたいのは山々だが……この本陣を見られたからには生かしておけないな!」

 

「はあ、そこ本陣なの!? ウッソだろお前!」

 

 よく見ると彼の足元に、デカデカと『本陣』と書かれたレジャーシートが敷かれている。最高に意味がわからなかった。

 

『んじゃまあとりあえず』『茶々っとやらせてもらおうかなあ!』

 

 マスターが螺子を取り出し臨戦態勢に入ったのを見て、サーヴァントたちも各々戦闘準備を整える。それを見て不敵に笑うアーラシュは弓を構えて叫ぶ。

 

「月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身スプンタ・アールマティを見よ。この渾身の一射を放ちし後に――――我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!」

 

「待てよあんた! それって宝具じゃ……!?」

 

『よし、全力で逃げよう!』『あの辺のサーヴァントを巻き添えにする感じで!』

 

「ちょ、いきなり走り出すのはヤバ……コフっ!」

 

「吐血しとる場合か! ほれ、置いてくぞ!」

 

「固有スキルなんでしょうがないんですー!!」

 

『はあ、はあ……』『もう無理、限界……』

 

「我がマスターよ! 立ち止まってしまうとはなんと情けない!」

 

「何処まで逃げても無駄だぜ! 俺の矢の射程距離は2500キロメートル、おおよそ地球のどこへでも届く!!」

 

「それ本当に矢なのかと!!」

 

『じゃあもう走らなくていいや』

 

「仕方がありません……私がお運びしましょう」

 

 立ち止まってしまった球磨川を、キアラ(筋力:D)がひょいと軽く抱える。そしてすぐに走り出す(敏捷:B+)。

 

『何故お姫様抱っこ……!?』

 

「少々はしたないですが、人を運ぶ手段としては合理的ですので」

 

『キアラちゃんが頭良さそうなこと言ってるとなんか心配になってくるねうわめっちゃ気持ちいいしいい匂いする』

 

「うふふふふ」

 

『当てるどころか完全に押し付けて密着させてくるとは、何という色情魔……!』と呑気にこの状況を楽しむ球磨川。一同は何やかんやで、ちびノブを掻き分けながらよしつね達のところに辿り着く。

 

「む、曲者! 武蔵坊弁慶……じゃない、雪斎出番ですよ!」

 

「フルネームで呼びましたな、殿……しかしよしつね様、彼らは我々を狙っているのではなく、ただ移動しているだけに見えますが……?」

 

『はい!』『敵意はないのでどうぞ通らせてよろしく!』

 

「はあ、まあいいでしょう……」

 

 ちびノブの花道を抜け、球磨川たちは一目散に草原を駆け抜けていった。何だったのだ、とよしつねは首を傾げる。その時、視界の端に妙な光が映った。

 

流星一条(ステラ)ァァァ!!!」

 

「やっぱ宝具じゃねえかぁぁぁ!!!」

 

 アンリとアーラシュの絶叫と共に、空に光弾と見紛うような神速の一矢が打ち上がる。それが段々こちら目掛けて近づいてくる様は、まさに流星。しかしターゲットである彼らに、のんびりそれを眺める余裕はない。

 

「む、弁慶! 今度こそ敵の攻撃では――!」

 

「最早完全に素面(シラフ)になりましたな義経様――!?」

 

「ぬううう、ちびノブにつまづいてしまった! 主よ、何故私にこのような仕打ちを――!?」

 

 逃げ遅れたジル・ド・レェを含め、三人の視界は眩い光に包まれ、消えていくのだった。ギリギリ着弾範囲外に移れた彼のマスターは、溢れ出る悲愴と後悔に倒れそうになりながらも拳を握る。

 

『くっ、ジルくん……!』『まだ二桁も台詞を喋ってないのに……!』『安心して! 君の分まで、僕が喋るから!』『あと名も知らぬ英霊様方の分も!』

 

「無駄に括弧が多いもんなあ……」

 

 仲間が消えようが流星が降ろうが、道は続いていく。敵の想いも背負いながら、我らが球磨川禊は進んでいくのだった。







遂にうちのカルデアにアンリが来たり星五鯖ラッシュだったり色々ありました。今度こそ更新ペースを戻していけたらなーと思いますので今後ともよろしくお願いします!


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第三十敗『今、本能寺が熱い』



色々事情があってのキング・クリムゾンとなりました


 

 

 

『やっとここまで来れたね』

 

 先日降り立った、第一特異点――フランスを彷彿とする街並みの中で、珍しく真剣な表情の球磨川が同じく真剣な表情の桜セイバーへと語りかける。

 

「ええ。ここまでの道は長く、険しいものでした……ジルさんを皮切りに、キアラさんアンリさん、それにノッブまで……惜しい人たちを、失いました」

 

 声は震えていた。いつも明るい彼女にしては珍しく、目を伏せ強く拳を握り締めていた。

 

「わし別に死んどらんけど!?」

 

「オレもピンピンしてるんだが?」

 

 怪我一つ負っていない魔人アーチャーとアンリの姿がそこにあった。

 

『一度死んだつもりで、改めて生きていこうってことだよ』

 

「いや訳わかんないんじゃけど……」

 

 ちなみにキアラは毛利メディナリの『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』と刺し違える形で倒されてしまった。それはそれは涙無しには語れない、壮絶な最期だったとか何とか。

 さてと、と球磨川は足元の茶器を拾い上げる。先程黒田メフィストとやらが落とした、ダ・ヴィンチ工房で回収してもらえる一品である。

 

『雅だなあ』

 

 そんなこと少しも思ってなさそうな感情の篭ってない声で、茶器を眺める球磨川。黒田メフィストが「爆発する茶器なんてエキセントリック!」とこちらをビビらせるようなことを言っていたにも関わらず、躊躇いなく触りにいくあたりが流石と言える。

 しかしこの茶器、何か妙に輝いているような……?

 

「おい。それ聖杯じゃねえの?」

 

 茶器というより盃と呼んだ方が相応しい形状、陽を受けて輝く黄金の外壁。それは確かに、聖杯と呼ばれる代物だった。

 

『へえ、これが聖杯ね』『ロマンちゃんに渡す前にこれでコーラでも飲んでみたいね』

 

 魔術関係者が聞いたら卒倒するような冗談をかまして聖杯を懐に(明らかに学生服の懐に入るサイズではないが)しまおうとした球磨川だったが、魔人アーチャーに「待ってくれ」と止められた。

 

『どうしたんだいノッブちゃん』

 

「ちょっとそれ、見せてもらっても構わんかのう?」

 

 爛々と目を輝かせて迫る魔人アーチャーに、球磨川はふっと小さく笑顔を見せる。

 

『やれやれ仕方ない。女の子にそんな顔で頼まれちゃ、紳士たる僕としては断るわけにはいかないぜ』

 

「隙ありィ!」

 

『んんっ』

 

 目にも止まらぬタックル&エルボーで球磨川を制し、魔人アーチャーは彼が手に持っていた聖杯を奪った。驚愕する一同を尻目に魔人アーチャーはほくそ笑む。

 

「ふははははははは!!! 今までご苦労だったなおまえ達!!!」

 

「なっ……どういうことですかノッブ!!」

 

「すべてわしの思惑通りに事が運んだわ!此度の騒動はすべてわしの」

 

『ななななんだってー!!!』『すべて信長ちゃんの仕業!? 』『うっそー信じられないそれってホントの話!?』『そんなあ、僕は君を大切な仲間の一人だと信じてたのにぃ!』『第六天魔王で天下統一の偉業を成し遂げた武将で本能寺で部下の明智光秀に謀反を起こされて没した史実では男だけどこの世界では女という不思議ちゃん織田信長ちゃんが一体どうして!?』

 

 オーバーな身振り手振りでわざとらしく驚いた様子の球磨川に、織田信長は不敵な笑顔で答える。

 

「そう、わしこそ世に名高き織田信長……ってなんで知っとるんじゃ!? 勝手にバラしたじゃろ沖田ァ!」

 

『ファンだからですサインください!』

 

「さっきお昼ご飯のとき自分で言ってましたよ?」

 

「マジで!? じゃあ後で書いてやるわ&何やっとんのわし!?」

 

「ふっ、ようやく馬脚を現したな!」

 

「なんじゃと!?」

 

 明後日の方角から聞き覚えのある声が聞こえた。一同が振り返ると、そこにいたのは……

 

 

「あれは何じゃ!? 魔王か、将軍か!? それとも美女か!?」

 

「お、お前は……!」

 

「もちろんわしじゃよ! 第六天魔王織田信長、是非もないよネ!」

 

 そこにいたのは織田信長。ここにいない誰かの持ちネタをパクりながら登場してきた織田信長。しかし手前にも驚愕の色が見える織田信長の姿が。一同は困惑する。

 

『信長ちゃんが二人』『僕には既に、この不可思議な現象の正体ががばっと分かってしまっているぜ』

 

「『織田信長は実は双子だったんだ!』とかいうのはやめてくれよ?」

 

『えっ、なんでわかったの』

 

「「たとえ双子でもサーヴァントには関係ないじゃろ! 双子じゃなくて同一人物じゃ!」」

 

「おお、息ぴったりですね」

 

 そのシンクロは同一人物と言うだけあって完璧だった。その顛末を今現れた方の信長が語る。

 

「じつはお昼ご飯のあとにトイレに行ったのじゃが、そのとき後ろから何者かに襲われてな。気がついたらトイレの裏で縛られておって、いましがた脱出してきたところなんじゃ! ちゅーことで、お昼休み以降おまえ達と一緒にいたのは真っ赤な偽物じゃあ!」

 

『何を言うんだい! 後からいけしゃあしゃあと現れた君の方が偽物に決まってるよ!』

 

「クマー、おぬし……!」

 

「話をややこしくすな! 面倒だから仮にそうだとしても、聖杯盗んどる時点で少なくともそいつは悪いノッブじゃろ! そしてわしはいいノッブじゃ!」

 

「あっこら貴様、さりげなく自分を上げるな! 同じわしから生まれとるんじゃからいいノッブも悪いノッブもあるか!」

 

「アンタらややこしいうえに紛らわしいな」

 

 向かい合い睨み合い威嚇し合う二人のノッブ。うー……と二つの唸り声が響き、先に動いたのは悪いノッブだった。

 

「ふっ、まあよい。別にわしが悪いノッブと呼ばれようが構わんもん! 悪かろうが何だろうが力の大部分を手にしているわしこそがジャアスティィス! 三界神仏灰塵と帰せ! 我が名は第六天魔王波旬、織田信長!!」

 

「あっコラ、わしも織田信長じゃ!!」

 

『ぐだぐだが極まってきましたね』

 

 極まるぐだぐだに対し、気温も極まっていく。西洋風の街並みは信長の口上とともに和の外観へ変わった。草木も眠る丑三つ時のお寺――それも本殿から陽炎が揺らめく、メラメラと炎上した状態のものへと。

 

『あ、もしかして固有結界ってやつ?』『しかもここ本能寺!?』『うっわー! Twitter開いて『今、本能寺が熱い!!』って呟きてえ!』

 

「マジなやつじゃんかそれ!!」

 

『自分の死に場所で死のうとするなんて、英霊っていうのはマゾヒストが多いみたいだね?』

 

「「誰がドMじゃ! わしは死なないから別に問題ないもんね!!」」

 

「双子タレントとして売り出したら案外いけるんじゃないですかね? あ、無理? ですよねー。」

 

『はい、それじゃ戦闘開始前の決め台詞を悪い方のノッブさんからどうぞ!』

 

「ふははははは! 神をも殺す我が力の前にひれ伏すがいいわ!!」

 

『はい、他作品のキャラが既に言ってそうな台詞なので六点でーす』『第六天魔王だけに!』

 

「「えー」」

 

 ぐだぐだな物語は、こうしてぐだぐだな終局へと向かう。球磨川禊は一人、『汗と血と涙の戦闘シーンを『なかったこと』にするか迷うなあ』と悩み始めるのだった。



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第三十一敗『僕らにはまだ切り札がある』

 

 銃を構えるやいなや、織田信長は素早く発砲し、球磨川禊の脳天を撃ち抜きにかかった。敵の将を狙う。戦場においての基本であり、ことサーヴァントを率いたマスター戦に於いては最適解と読んでも差し支えない戦法である。

 だが無論、どんな戦法にも穴はある。サーヴァントという最強の矛にして最強の盾を無視した、一つ飛びのそんな戦略は、ショートカットしようとしたサーヴァントによって阻まれるのである。

 

「流石ノッブだけあって、姑息なことしますね!」

 

『助かったぜ沖田ちゃん』『どうもありがとう』

 

「いえいえー」

 

 沖田総司は球磨川めがけて放たれた弾丸を、即座に引き抜いた刀で弾く神業を見せた。その正確無比な剣さばきに一同は舌を巻く。流石は新撰組一番隊隊長といったところか。

 

「え、沖田も真名明かしてたの? それちょっとガバガバ過ぎな気がするんじゃが……」

 

「別に聖杯戦争じゃありませんし、真名バレで困るような弱点、沖田さんにはないのでいいかなーって」

 

『真名がバレようがバレまいが勝手に吐血するだけだもんね』

 

「長期戦持ち込んで自滅期待されるとか、そういう戦略取れそうな気がするんじゃけど……」

 

 悪いノッブが敵ながらまともなことを言った。良いノッブは思い出したように悪いノッブを責め立てる。

 

「いきなりマスターを狙うなんて、悪いノッブは卑怯じゃのう! 良いノッブと違って!!」

 

「ダイナミック自虐乙。夜の寺を焼き討ちとかも相当に卑怯じゃろ。卑怯って自覚してるだけ悪いノッブの方がマシだよネ!」

 

『そのあと本能寺でミッチーに謀反起こされて焼け死ぬの、なんか四字熟語を彷彿とされるよね』『何ていうんだっけこういうの? 自己完結?』

 

「"因果応報"だろ。ま、因果なんてあろうがなかろうが、死ぬやつは勝手に死ぬと思うがね」

 

 彼らお得意の、横道に逸れる雑談はさておき。現在の戦況は球磨川には芳しくなかった。アーチャーに不利なセイバークラスのサーヴァントが一騎(更にランダムでスキル:病弱が発動する)。自称最弱のエクストラクラスのサーヴァントが一騎(本当に弱い)。力を奪われ弱体化したアーチャーが一騎(レベル1フォウ0相当スキルオール1)。対して敵陣は、ちびノブ(×(インフィニティ))、魔神アーチャー(聖杯一個使用済みレベル84スキル10/10/10フォウMAX)。これなんて無理ゲじゃろ!

 

「ふん、貴様らなんぞわしが手を下すまでもないわ! それいけちびノブ軍団、彼奴らを蹴散らせ!」

 

 悪いノッブの声とともに、何処からか現れたちびノブ軍団が動き出す。

 

「ノブ」「ノブノブ」「ノノブノブノブ」『ブノブノブ』「ノブノブコフッ」「ノッブノッブ!」「……オレもやんなきゃダメか、これ?」

 

「不純物混じっとる!?」

 

『ちぇっ』『絶対上手くいくと思ったのに、今の確実にアンリくんのせいでバレたぜ』

 

「括弧つけてる時点でバレバレだろ」

 

「もう、本当ですよアンリさん」

 

「いや、アンタもあからさまに吐血してただろ!」

 

『というか、思ったより数いないね』『僕らが目立つレベルだし』

 

 球磨川軍団はどの集団にいようが明らかに浮いて目立つと思うが、確かにちびノブ軍団は数が少なかった。総勢約十名である。

 

「なんじゃなんじゃ、何処に消えたんじゃ貴様ら!」

 

「ノブノブノブ」

 

「え? 『人理の為に特異点にレイシフトした』……って何じゃそりゃ! わざわざ敵方に味方してどうする! それでもわしの端くれか!」

 

「ふん、どうやら良いノッブの因子が強かったようじゃな」

 

 恐らく良いノッブの因子が多少混ざったところでああはならないので、事故で聖人か何かの因子が混ざったのだと思う。真相は最早聖杯の混沌(ぐだぐだ)の中だが。

 

「だが、ちびノブがいようがいまいが、わしの強さに揺るぎなし! スキル1使用からのアーツクイックアーツぶれいぶちぇいんじゃあ!」

 

『くっ、最前列にいたせいでアンリくんに甚大なダメージが!』

 

「紙耐久なんで辞めてくれませんかねえ!? おいマスター、何か魔術でサポートとかないのか!? 確かもう一人のマスターの礼装(ふく)なら霊基修復(かいふく)とか緊急回避とかあった気がする……が……」

 

『えー』『これ僕の学生時代からの一張羅だしい、そんな便利機能はついてないぜ?』

 

「あーそうですかそうですか、全く役に立たないマスターだな!」

 

 にへらにへらと笑顔で答える主人(くまがわ)に、悪態をつく使い魔(アンリ)。相対する第六天魔王は、そんな様子を呵呵と哄笑する。

 

「まずい、先程のはわしがえぬぴーを溜める最大効率の動き! しかも最後の一枚がくりてぃかると見た!」

 

「ふん、流石はわし。よくわかっとるな、つまり宝具解放じゃ!」

 

 概念礼装(ウラワザ)を使っていたのかもしれないが、第一スキル(全体NP獲得量バフ)は伊達ではない。一気に宝具の準備を整えた敵方は、高らかに口上を叫ぶ。

 

「三千世界に屍を晒すがよい……天魔轟臨! これが魔王の『三千世界(さんだんうち)』じゃあ!!」

 

「ぎゃあああ!?」

 

「きゃあああ!?」

 

「ちょ、わしまじで死ぬから……っ!?」

 

 激しい銃弾の豪雨は砂嵐を呼び、数刻の後にそれは晴れる。真っ先に目に映ったのは片膝をつき、ボロボロになった沖田で、アンリと信長の姿は何処にもなかった。

 

『……』『……え、もしかして沖田ちゃん以外ガチでやられた?』

 

「私はガッツ持ちの礼装付いてたおかげで生き延びたっぽいですけど、恐らく御二方とももう……」

 

「ふはははは! その通りじゃ、良いノッブを始末したことで、奴の1レベル分はわしに吸収された! 今のわしこそ、完璧に完全なパーフェクトノッブじゃ!」

 

「くっ、そのレベル帯の1レベルは大きいですね……!」

 

『聖杯もう六個くらい吸収してから言ったらどうかな?』

 

 一応球磨川もマスターであり、微弱とはいえ魔力回路(パス)も繋がっている。サッとスマホを開いて『編成』のリストからパーティ編成を確認すると、アンリと信長はその中から抜けていた。

 

『ふ、悪いノッブちゃん。君は大切なことを忘れているようだね』

 

「一体何のことじゃ」

 

『消滅した良いノッブちゃんは君に吸収された……つまり、君の八十五分の一が少し善性に傾いた!』

 

「あのコレ、光と闇の主人格争いみたいなもんじゃから、傾くも何もないんじゃけど。悪いノッブが勝った以上、ノッブのちょっと綺麗な部分は心の奥の奥の方に移住したのじゃ。貴様らの知るわしはもういない! わしこそ、冷酷さと残忍さと常識性が良いノッブより優ったぱーふぇくとな織田信長じゃ!」

 

「その三つって共存できるんですね」

 

『ふむ……』『だとしても、僕らにはまだ一つ切り札がある。だろう、沖田ちゃん?』

 

「ええ、そうですね」

 

 過負荷と人斬りは、誰がどう見ても劣勢という状況だというのに、まるで『詰め』の一手でも隠し持っているかのように、不敵で素敵に微笑む。尾張のうつけは少し眉を動かし、少し緩んだ心を強く引き締めた。

 

「どんな切り札だろうと、使う前に勝負を決めれば無意味! ゆくぞ! バスターアーツバスターでぶれいぶちぇいんを……」

 

 組む前に、攻撃を打ち込もうと見据えていた相手が一瞬で消えたことに信長は焦る。ずっと見ていたはずだ。()()()、いや、それよりも()()()()()()()()

 

「はっ、そこか!」

 

 彼等は一瞬のうちに、身を低くして体を丸めていた。そうして銃弾の絨毯爆撃をかわそうという策略か、そう思ったが、すぐに違うことに気づく。鉄砲(チャカ)の引鉄に指をかけたとき、球磨川と沖田は顔を上げ、両手も高く上げた。

 

「『ごめんなさい降参です、許してください命だけはお助け下さい!』」

 

「……えぇ………」

 

 理想形といっても過言ではないほど綺麗な土下座で、過負荷と人斬りは命乞いをするのだった。

 

 



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第三十二敗『終わらせに行こう』

 

 当たり前だが、球磨川禊は別に主人公でもなければ主役でもない。彼がいなくとも地球は回るし天気は変わる。人理が続くかどうかはまだわからないが、今のところ、彼がいたお陰で得られたと断言できるめぼしい成果は存在しない。ゼロであってマイナスでないだけ、彼にしては珍しい。

 

 

 そんな訳で、実質的に一人きりで、人類の運命をその肩に背負う四十八人目の魔術師・藤丸立香は、現地の協力者であるネロ帝と、己の三人のサーヴァント、それに現地のはぐれサーヴァントや思わぬ戦力であったちびノブーズの力を借り、栄華を誇るローマの地を駆け巡り、此処が特異点と化した原因、連合帝国の「皇帝」たちを各個撃破して回る。はぐれサーヴァントでありながら、決別する形となったアレキサンダー三世とロードエルメロイ二世を下し、藤丸一行は連合帝国の王宮へと向かっていた。

 

「皆の者!! 決戦である!!」

 

 ネロ帝は、数万(ちびノブーズで大分かさ増しされている)の軍勢の最後尾にまで響くほど大きく、カリスマたっぷりに声を上げた。

 

「時は来た! 民を苦しめ地を蹂躙し、余の世界(ローマ)を苦しめる悪逆不埒、傲慢不遜な「皇帝」を僭称せし者共を、偽物のローマ共々屠り去ろうではないか! ゆくぞ、我が剣たちよ!!」

 

 雄々、と空気がビリリと震えるほどの歓声が響く。と共に、軍勢は皇帝たちの都へと進撃を始めた。それは通信を通しても物凄かったようで、ロマンが驚いた声音で話す。

 

『こちらにも彼女の声と歓声が聞こえたよ。兵たちの士気は凄まじいね』

 

「はい、頼もしい限りです」

 

「そうだね」

 

 マシュと藤丸が頷く。しかし、彼の顔には何処か翳りが見えた。

 

「マスター、どうかしましたか?」

 

 心配そうにこちらを窺うジャンヌ・ダルクに、藤丸は慌てて両手を振った。

 

「あー、いや別になんでもないよ! ただ、すごいなーって圧倒されちゃっただけ!」

 

「禊のことを考えていたのでしょう」

 

「うっ」

 

 アルトリアの指摘は完全に図星だった。わかりやすい反応が藤丸の素直さを示すようで、マシュは少し微笑ましく思った。ロマンは『気持ちはわかるけれど』と続ける。

 

『球磨川くんなら大丈夫だよ。ジルとキアラさんは消滅して帰ってきたけれど、彼らの言によればあっちも佳境みたいだし。バイタルにも特に問題はないことを考えると、そろそろ帰ってくるんじゃないかな?』

 

「そっか、それならいいんだけど」

 

「……前々から思っていたのですが。立香、貴方は禊のことを気にかけすぎでは?」

 

「え……そうかな?」

 

 アルトリアの指摘に藤丸は首を傾げた。自覚はないらしい。マシュが「お二人は同性で同郷で同年代ですし、こんな状況であれば尚更、気にすることは自然ではないかと」と助け舟を出した。

 

「まあ確かにそうですが……」

 

「アルトリアさんが球磨川さんのことが信用出来ないだけでは?」

 

 ジャンヌが鋭く言う。アルトリアは一瞬間を置いて、「あの男は、人を簡単に騙せ、裏切れるタイプの手合いでしょう。信用する方が難しい」と中々辛辣な物言いをした。

 

『それには私も賛成かな? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、通信を行いたくない何かが彼にあるのは明白な事実だ。レイシフト先で何か問題を起こしていないとも限らない。今の段階で彼を信用し切るのは難しいね』

 

 ダヴィンチの言葉に藤丸は、反論したかった。したかったが、言葉は浮かばなかった。

 

「……禊くんが信用できないのはわかるよ……でも、信頼出来ない人じゃないと思う。だから、もうちょっと待ってほしいかな」

 

「……忠言はしましたからね」

 

 アルトリアは目を瞑り、顔をそっと逸らした。どうやらマスターの思いを汲んだらしい。ありがとう、と藤丸は嬉しそうにはにかんだ。

 

『参考までに聞きたいんだけど、ジャンヌは球磨川くんのことどう思ってるのかな?』

 

 ロマニの問に間髪入れず、聖女は答える。

 

「変な方ですが、悪人には見受けられません」

 

「そうだよね!」

 

 裁定者(ルーラー)クラスのサーヴァントとして確かな審美眼を持つジャンヌの言葉には確かな信憑性があった。そのお墨付きを貰った、と安心して頷く藤丸。善人とも言っていないのだが、そこには気がついていないらしい。

 

「異邦の客人達よ! 都はすぐ目の前だ、準備は出来ておるか!」

 

「ああ、大丈夫だよー! この戦いを、終わらせに行こう!」

 

 拳を握り、魔術回路を開いて戦闘態勢に入る。兵たちが地を蹴り、大地を駆ける。サーヴァント達が飛び出し、戦場を荒らす。過負荷を待たぬまま、決戦の時は近づいていくのだった。



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第三十三敗『誰でしたっけ』

『うーん』『ううーん』『どうしよっかな』

 

「何を唸っておるのじゃ、球磨川よ」

 

『いや何、そう大したことでもないさ』

 

 問うた信長に、括弧つけて球磨川は答える。

 

『ただ、ノッブちゃんのパンツはやっぱり黒なのかなあと思って悩んでただけさ』

 

「本当に大したことじゃないですね!?」

 

 沖田が横からツッコミを入れた。それに対して、いい目をしておるなと返す信長。

 

「確かに黒い日もあるが、今日は赤フンじゃ……って何を言わせとるんじゃ!」

 

『いてっ』『自分から答えておいて理不尽過ぎない?』『あ、ちなみに沖田ちゃんは……』

 

「ノーコメントで」

 

『ですよねー』

 

 雑談を交わしながら、彼らは豪華な王宮の中を歩いていく。球磨川は世界史にも建築様式にも詳しくなかったので、これがどのくらい立派な建物かよくわからなかったが、『ノッブちゃんが暴れれば簡単に壊れそうな建築』として適当に把握した。

 

『それにしても悪いノッブちゃんが、話のわかるノッブちゃんで本当に助かったぜ』

 

「わしは話の分かる君主として有名じゃったからな! ま、是非もないよネ!」

 

「悪いノッブも良いノッブも大して変わらないっていうだけの話では……?」

 

 肩を組む二人を見て、沖田はやれやれと肩を落とした。

 事の顛末は簡単である。沖田と球磨川の芸術的土下座を見て、信長は「んー、まあ助けてやってもよいが……それ、わしにどういう利益がある?」と品定めするように言い放つ。引鉄からは手を離さない。

 

『利益?』『おいおい、第六天魔王ともあろう者が、そんなことも分からないのかい?』

 

「……ふう」

 

 煽った瞬間、球磨川は蜂の巣になっていた。ただの時間稼ぎだったか、と大きく深く嘆息し、信長は銃口を沖田に向けるが――

 

『ちょっと待てよ』『か弱い女の子にそんな物騒なものを向けるなんて、天が許しても僕が許さないぜ』

 

「!?」

 

 既に動かぬ体となったはずの球磨川が、彼女を庇うように立っていた。どういうことだ、何の魔術だ? いやいや、魔術とするならば、ソレはあまりにも異質な――

 

「まあよい」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――! 隙間なく、間隔なく、撃つ。しかし球磨川の体に穿たれた穴は、次から次へと塞がっていき――

 

 

「――はあ、はあ――!」

 

『もう、やめてよね!』『死なないからって、別に痛くないわけじゃないんだからさ!』

 

 さながら転んだ直後か何かのように、学ランについた埃をぱぱっと払い、おどけて笑う。優勢であるはずの信長の顔は、焦燥に満ちていた。

 

「――球磨川さん」

 

『ん、何だい沖田ちゃん?』『君を守る僕の後ろ姿に惚れてしまったなら、いつでも責任はとるぜ?』

 

「いえ、小さい背中だなーと思っただけなので、そこはお気になさらず――そうじゃなくて、痛覚を『なかったこと』にしちゃえば済むんじゃないですか?」

 

『いや、それじゃ生きてる感じがしないじゃん』『週刊少年ジャンプじゃないんだから、命が軽くなるような真似はおちおち出来ないぜ』

 

 狂戦士のようなことを言って、球磨川は螺子をくるりと回転しながら構えた。信長も銃を持ち直したが、球磨川は別に戦うつもりはなかった。

 

『そっか、悪いノッブちゃんは昼間いなかったから知らないのか』『僕の魔術(スキル)――もとい、過負荷(スキル)

 

「スキル――じゃと?」

 

『そ』『例えば――『大嘘憑き(オールフィクション)』!』

 

 台詞と共に、球磨川が手に持っていた螺子が()()()()()()()()

 

『僕の螺子を『なかったこと』にした――』『こんな感じで、色んなものを消せる面白手品が僕のスキルだぜ』『ああ、念の為言っとくと種も仕掛けもない――僕にそんな上等なものを考える脳はないからね』

 

「ふむ――それで、その特技があるからおぬしを生かしておけ、と?」

 

『ああ』『僕は君の家臣になろう』『僕さえいれば君は、みーんな虚構(なかったこと)にできる』『名誉の傷も、不快な物も、大切な何かだって』

 

「そんなの――是非もないよネ!」

 

 ニヤリと笑い、ハイタッチ。織田信長は、未知の物に寛容な将軍であった。

 

「え、私まだ何も言ってないんですけどもしかして家臣になる流れですか!?」

 

「嫌ならここで消えるだけじゃぞ?」

 

「か、客将待遇なら……」

 

「ふむ、まあ……おっけ!」

 

「わあい!」

 

 

 回想終了。そんなわけで、彼らの時空の戦いは終わり、それぞれの野望を秘め――球磨川と共に第二特異点へと転移した。急に帰ってきたと思ったら、何も言わずにそのままローマへレイシフトした彼らに対して、恐らく戻ったら上の方々からの激しい説教が待っているだろうが、『そんなことより人理の方が大事だろう』と、冗談みたいなことを考えながら球磨川は歩く。

 

「ローマ……じゃったか? わしが新しく国を作る時は、こんな様式の建物を作るのも面白いかもしれんなあ」

 

 頭上のシャンデリアっぽいものを見上げ、信長が言った。そうですね、と頷きながら沖田も話す。

 

「私は普通に和式な方がいいですねー」

 

「洋式トイレの方が使いやすいんじゃから、洋式の方が偉いに決まっとるじゃろ」

 

「確かにトイレは洋式の方がいいかもしれませんけど建築はそんなことありませんって! さてはノッブ金閣寺銀閣寺法隆寺に奈良の大仏とか見たことありませんね!?」

 

「あるわ! 普通に好きじゃし! わしが国作る時にはあの辺の建築物移植してくるもんね!」

 

『ノッブちゃん、寺とか焼いちゃうから駄目でしょ』

 

 軽口を叩くうち、廊下は終わりを迎えた。城の中にレイシフトしたものだから何となく散策していたが、そもそもここはどこなのだろう。この時代にこんな豪華な場所は限られているだろうから、間違いなく要人の家だろうが――人気がなさすぎるのが、少し不気味であった。

 

「開けますよ」

 

 ごごご、とそれっぽい音を立てて扉が開いていく。まず、中央の玉座が目に入る。宝石が散りばめられ、王と呼ばれるに足る人物が座りそうな荘厳な椅子。だがそこには誰もおらず、代わりに、その横に緑色の帽子を被った人物がいるのが見えた。

 

 

「やあ、久しぶりだね。球磨川禊くん」

 

『あ!』『あなたは!!』

 

 ベージュ色のネクタイを締め、人のよさそうな笑みを浮かべ。緑のスーツを着こなす、彼こそは因縁の――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――えーっとすいません、誰でしたっけ』

 

「レフ・ライノールだこのクズゥゥゥ!!」

 

 レフ・ライノールは顔を歪めて激昴した。



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第三十四敗『僕は僕だ』

 

『あー!』『そういえばいましたね、そんなモブキャラ!』『どうもお久しぶりです一眼レフさん!』

 

「貴様……ッ! どれだけ私を愚弄すれば……!!」

 

 震える拳を握りしめ、恐ろしい形相に顔を歪めるレフだったが、何かを思い出したかのように、唐突に元の胡散臭い顔に戻った。

 

「ふ、まあいい。実を言うとね、私は君に価値を見出しているんだ」

 

 へらへら笑っていた球磨川も一転、怪しげな笑みを浮かべる。

 

『へえ?』『無価値(マイナス)の僕の、どこにそんなものがあったんだい?』

 

()()()()()()()()、さ」

 

『……?』

 

 不思議そうな球磨川に対して、レフは説明を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……人理でさえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういうタイプの人間だろう? それならば――こちら側でも問題ないはずだ」

 

『つまりあなたは、僕にカルデアを裏切れと?』

 

「ああ。何か問題があるかい?」

 

『――いいねえ』

 

 球磨川は口を歪めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────

 

「こっちで合ってるんだよね、ドクター!?」

 

『ああ、そっちで間違いないはずだ! その廊下の奥の扉の向こうから聖杯の反応がある!』

 

 神祖・ロムルスを下した藤丸一行は、聖杯を回収して特異点を終わらせる為、豪華な王宮の奥へと向かっていた。シャングリラの下を駆け抜け、大きな扉の前に辿り着く――が、それは既に開かれており。その奥には、学ランの少年の姿があった。

 

「禊くん!」

 

『やあ、遅かったね立香ちゃん』『待ちくたびれたぜ』

 

 そう言って球磨川は笑う。いつも通りの笑顔で。しかし違ったのは、隣に紳士然とした、胡散臭い男がいた点だった。

 

「本当に遅かったね、少年。まあそのお陰で時間が取れたのだから、良しとするが」

 

「レフ・ライノール……!? なんでこんなところに! 禊くんと一緒にいるんだ!?」

 

『球磨川くん……まさか君は……!?』

 

「フフフ――ハハハハハハ!!!!!」

 

 笑い声と共に、レフは残酷な現実を告げた。

 

「その通りだよ。球磨川禊は実に賢い選択をした。無能な貴様らを捨て、私に協力してくれるそうだ!!」

 

「そんな……!?」

 

 マシュの澄んだ瞳は、悲しいくらいにいつも通りの球磨川を映した。面白いことなんてないはずなのにヘラヘラ笑って、片手で螺子を弄って遊んでいる彼を。

 

 レフの高笑いが広い王宮内に響き渡った。大きく見開いた目は、親しいものに裏切られた彼らを嘲笑い見下すようだった。

 

「悲しいか? ――悲しいだろうなぁ、悔しいだろうなぁ!! だが残念、これが現実だ。貴様らは、これから二人の希望(マスター)を失うのだ。だが、気に病むことはないさ。すぐに貴様らも後を追うことになるのだからな――! さあ、殺れ! 球磨川禊!」

 

『おっけー』『じゃあやりますか、っと!』

 

「禊くん……なんで……!? なんでだよ……!?」

 

 得物を構えた球磨川に、藤丸は悲痛な声を漏らした。親しくなっていたと思っていたのに。大事な仲間だと信じていたのに。こんな裏切りなんて、あんまりじゃないか――!

 

「球磨川さん……っ!」

 

『おいおい、どうしたんだよ二人とも』『そんな辛そうな顔をして』『大丈夫、すぐ楽にしてあげるから、さ――!』

 

 球磨川が螺子を振りかぶる。アルトリアが、ジャンヌが、マスターを守るように一歩前へ出た。そして球磨川の無慈悲な一撃が、無抵抗な体に突き刺さる――!

 

「なん……だと……ッ!? 貴様……裏切ったのか……ッ!!」

 

 驚愕と怒りに満ちた声がレフの口から漏れた。その言葉に球磨川は、おどけた様子で答えた。

 

『裏切るぅ? なんの事だかよくわからないな』

 

 レフの体に深々と突き刺さった螺子を抜き、球磨川は笑う。

 

『僕は僕だ』『過負荷(ぼく)過負荷(ぼく)だ』『弱いものと、ぬるいものの味方さあ』『君みたいな甘い奴に寝返るなんて、とてもじゃないが出来ないぜ』

 

『あと僕みたいなのを「彼女」と一緒にしたのが悪い』、と心の中で球磨川は付け足した。

 

「クソ……クソクソクソクソクソ……!!」

 

 片膝をつくレフ。しかし、藤丸は彼の異常に気がつく。

 

「レフのお腹が……!」

 

 螺子によって貫かれたはずの腹部には、孔どころか傷そのものがなかった。レフは輝く()()を手に、球磨川を睨みつけた。

 

「まあいい……こうなれば私が自ら引導を渡してやろう。哀れにも歴史に取り残された、貴様らになあ!!」

 

「フォウ、フォーウ!!」

 

 レフの体が眩い光に包まれる。それが晴れると、彼のかわりに()()があった。

 

「なんだあの怪物は……! 醜い! この世のどんな怪物よりも醜いぞ貴様!」

 

 美意識の高いネロでなくとも、誰もが醜いと思うであろう怪物がそこにいた。

 まるで巨木のように、どっしりとした肉の柱。そこに夥しい数の、巨大な目が付いている。怪物と呼ぶのが相応しいソレは、聞き覚えのある声で笑った。

 

「はは! はははは! ソレハその通り。その醜さこそが貴様らを滅ぼすのだ!」

 

『そうかな』『僕は割とイカしたデザインだと思うけど』

 

『この反応……この魔力……! サーヴァントでも幻想種でもない、これは伝説上の――()()()()()の反応か!?』

 

「改めて自己紹介しよう――私はレフ・ライノール・()()()()()! 七十二柱の魔神が一柱、魔神フラウロス――これが王の寵愛そのもの!」

 

「背筋が逆立つほどの、大量の魔力は……! ドクター……!」

 

『フラウロス、七十二柱の魔神と、確かに彼は言った。なら彼の言う王とは――!』

 

 無数の目が不気味に煌めく。溢れかえる疑問に答はなく、それでも戦いの幕は、容赦なく開くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのー、わしら思いっきり空気なんじゃけど……」

 

「しっ、駄目ですよノッブ。よくわからないですけど折角シリアスなんですから、いい感じに乗っかりましょうって」

 

「ぐだぐだセプテムからぐだぐだ抜いたらそれただのセプテムなんじゃけど――ま、是非も無いよネ!」



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第三十五敗『そんなの決まってるじゃないか』

 

 魔神柱・フラウロスは慢心していた。

 たかが英霊が何体束になってこようが、たった二人のマスターが束になってかかってこようが、己が倒されるはずなど万が一にも、億が一にもありえないと。

 

 マスター・球磨川禊は期待していた。

『僕と愉快なサーヴァントたちが頑張ったところで』『多分これ倒すのはしんどいから立香ちゃんがいい感じに倒してくれればいいなあ』と。

 

 無人の教室の中で、人外が笑った。

小説(フィクション)じゃあるまいし、誰かの思い通りにいくことなんて、現実(ここ)じゃ全然ありえないんだぜ」

 

 

  *

 

 端的に状況を説明するなら、戦況は圧倒的に魔神柱の優位だった。

 藤丸陣営は、辛うじて誰一人脱落していないものの、アルトリアもジャンヌも、相当傷を負っており、誰が倒れてもおかしくない状態である。マシュはそこまでダメージを負っていないが、マスターを守る盾持ち(シールダー)としての役割を考えると、下手に攻める訳にはいかない。

 魔神柱も多少傷を負ってはいるものの、まだまだ問題はない範囲である。地の底から響くような恐ろしい声音で、「ふはははは!! 英霊も所詮この程度か!!!」と余裕をみせ笑う。

 

「く……まだだ、異形の者よ! マスター、指示を……!」

 

「無理しちゃ駄目だアルトリア! もうボロボロじゃないか!」

 

『そうだよアルトリアちゃん、無理しちゃ駄目だ!』『下手に怪我するとそういうのって引き摺るからね、ほら、トリコだって腕が取れちゃったから一年も療養する羽目になってたし』

 

「…………」

 

『球磨川がフォローするだけで、シリアスだろうとなんだろうと台無しになるな』と全員の思考がシンクロした。喩えが伝わらなかったが意図は汲んだのか、アルトリアは反応はしなかったが立ち上がることもなかった。

 

『ジャンヌちゃんもそんなボロボロになっちゃって』『紳士たる僕としてはか弱い女の子たちに戦わせることなんて出来ない! さあ、ここからは僕たちに任せて下がるんだ!』

 

「は、はあ」

 

「ごめん、頼んだよ禊くん!」

 

 藤丸たちは大人しく一歩下がった。意地でも前線で戦い散りそうな二人がそうしたことには、少なからず理由がある。

 

「お待たせしましたー、沖田さん復活ですよー! さあ、ここからは削りに削ってあの柱みたいなのをみじん切りにしてやりますからねー!」

 

「本当じゃまったく! まあ沖田なんぞいなかろうが? わしの? 連続宝具ぶっぱ(ゴリ押し)で爆発四散じゃろうけどネ!」

 

「撃つのはいいが絶対俺に当てんなよ〜、フリじゃないからな?」

 

『箱庭学園において『嵐』と呼ばれた僕の螺子捌き、見せてあげよう』

 

「ふん、前後を入れ替えたところで、所詮は凡百の塵芥に過ぎないことを教えてやろう!」

 

 そう――前後である。開戦当初、沖田が吐血してダウン。信長はそもそも銃火器を扱うわけだから、後方にいた方が都合がいい。アンリは今出たところでアルトリアとジャンヌの足でまといにしかならないと判断。球磨川は『後から出た方がカッコよさそう』とそんな動機で今まで後ろにいたのだ。しかも信長以外は、何もせず、ただただ眺めているだけだったのだから、後で叱られることは間違いないだろう。『少し面倒だなあ』と思いながら、球磨川たちは魔神柱に向かって走り出した。

 

「はっ!」

 

 縮地により一瞬で距離を縮めた沖田が、魔神柱の一部を切った。文字通り目も止まらぬ速さであった。先程まで斬りかかってきていたアルトリアと比べると、太刀筋自体は軽く、一撃一撃は大したことがないが、その分素早く厄介。更に沖田が退いた一瞬に、信長が鉛玉を追い撃つ。こちらも一発一発は軽いが、蓄積と、何より長年の戦友のような息のあったコンビネーションが面倒だ、と魔神柱は分析する。そして魔神柱が気にしなければならないのはその二人だけではなく、

 

「おっと? 足元がお留守だぜぇ?」

 

 隙を見て、アンリもこちらに攻撃を加えてくる。ただこちらは本当に大したことがないので、優先して排除する意味はない、と魔神柱は思考した。

 

「ふむ、大体わかった。そろそろ私も反撃といこうかね」

 

 魔神柱から、魔力を含んだドス黒い霧が放たれる。視界が悪くなるだけでなく、それは英霊たちの体を蝕み、傷を負わせる。幸いすぐに消えたが、近づきづらくなり面倒だ。しかし一名、警戒せずに飛び込んでいく。

 

『お、特撮みたいなちゃっちいスモーク!』『みんな分かってないなあ、こういうのは吸い込まなきゃ問題ないんだぜ?』

 

「ちょ、禊くん! それ不味いんじゃ……!?」

 

 霧が晴れた時、魔神柱の一眼に螺子を突き刺した球磨川は笑って立っていた。

 

『あはは、大丈夫だよ立香ちゃん』『息さえ止めとけばこの通り……!?』

 

「禊くん!?」

 

 ふらり、と体の軸が歪んだかと思うと、球磨川禊はそのまま倒れた。ピロリ、と通信の起動音が響く。

 

『藤丸くん!? こっちでモニタリングしてた球磨川くんの心拍数が消失した、一体彼は今どうなってるんだ!?』

 

「……み……禊くんは、今…………敵の攻撃を受けて、……」

 

 倒れている? 死んでいる? どちらにせよ、藤丸にはそのどちらも受け止められなかった。先程まで普通に話していたのだ。こちらに、笑っていたのだ。そんな人だって、すぐに動かなくなる。ここは戦場で、自分だっていつそうなるかわからないと、そう思ってしまって。そう考えると、足も口も、上手く動かなくなって、止まってしまって。

 

「ふん、あの時私に大人しく従わなかったからこうなるのだ! おっと藤丸立香、彼のことを心配する必要はない。何故なら、貴様もすぐに同じところに行くことになるからだ……!」

 

 ――やられる、と。藤丸はそう思った。ロマニの声が、ダヴィンチの声が、マシュの、アルトリアの、ジャンヌの声が聞こえて。そして最後に、布擦れの音と、見慣れてきた笑顔が見えて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ふう』『やれやれ』『久々にやられたぜ』

 

「み……禊くん!!」

 

「ふむ……生きていたか、だがもう一度殺せば同じことだ!!」

 

『ぐっ』

 

 再び霧に倒れる球磨川だったが、すぐに立ち上がり、不気味な笑顔で螺子を持つ。腕に巻いた端末から、ロマニの声が響いた。

 

『藤丸くん、そっちはどうなっているんだ!? 球磨川くんの心拍数が消えたり現れたりしてるんだが……!?』

 

「お、俺にも何が何だか……でも、ただ一つ絶対に言えます! 禊くんは、元気です!!」

 

『いや、痛いしそんなに元気でもないからね?』

 

「貴様……ッ! どういう理屈だ、英霊でさえ倒れる量の攻撃を受け、何故幾度となく立ち上がれる……!」

 

『そんなの決まってるじゃないか』『僕に宿った、人類みんなの意思だとか闘志だとか、そんな綺麗な何かの力だよ!』

 

「ふざけたことを抜かすな!! それなら倒れるまで続けるだけ……!?」

 

 魔神柱フラウロスはそこでようやく気づく。後ろに控えた彼のサーヴァント達が、十分に魔力を貯めていることに。

 

「沖田さん準備バッチリですよー、球磨川さん!」

 

「わしもいけるぞわしも!」

 

「オレはまあ、撃つ意味ないけど一応構えとくぜ?」

 

『よし、二人とも頼んだ!』

 

「一歩音超え、二歩無間……」

 

「三千世界に屍を晒すがよい――」

 

「三歩絶刀! 『無明三段突き』!!」

 

「天魔轟臨、これが魔王の"三千世界(さんだんうち)"じゃあっ!!」

 

「ぐおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

 

 沖田が同時に三度の神がかった剣戟を浴びせ、そのまま退避し、同時に信長が、三千丁の銃を展開し、全てから一斉に乱射。

 

「……マスター、宝具を……!」

 

「令呪使用……! 頼んだよ、アルトリア……!」

 

約束された(エクス)……勝利の剣(カリバー)ぁぁ!!!」

 

 極光の剣の煌めきに――城内は、白く染まった。



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第三十六敗『おまえたちは言う』

 

 

「クソ……! そんな、この私が人間如きに負けるなど……ッ! 英霊風情に膝を突くなど……ッ!!」

 

『どんなもんだい!』『これが絆の力さ!』

 

「お前が言うだけで絆(笑)になるな」と彼のサーヴァントたちは思った。

 

「終わりだ、レフ教授!」

 

「終わり……? ハハ、おかしなことを言う。君たちはもう終わっている。始まるのは、我が王が紡ぐ新たな歴史だァァァァ!!!」

 

 咆哮と共に空気が大きく震える。魔術師ではない球磨川にも、大きな力──魔力の躍動が、何となく感じられた。

 

「な、一体これは……!?」

 

「……古代ローマそのものを生贄にして、私は最強の大英雄の召喚に成功している」

 

 レフは淡々と語り始める。球磨川は『遊戯王かな?』と呟いたが、誰一人として反応している余裕はなかった。

 

「喜ぶがいい、皇帝ネロ・クラウディウス。これこそ真にローマの終焉に相応しい存在だ」

 

『え』『それなら最初っからその人使えばよかったんじゃないの?』

 

『レフにとっても最終手段だったんだろう。つまり、これから出てくるのは彼以上の化け物だ……!』

 

「さあ、人類(せかい)の底を抜いてやろう! 七つの定礎、その一つを完全に破壊してやろう! ──我らが王の、尊きお言葉のままに!」

 

 仰々しい口上。球磨川は尚のこと遊戯王を想起した。しかし大きくなってくる振動に、そんな軽口を叩いている余裕はなかった。

 

「来たれ! 破壊の大英雄、アルテラよ!!!!!!」

 

「────」

 

 ショートカットの白髪。その上に長いヴェールを纏い、露出度の高い──逆に言えば軽くて動きやすい──白を基調にした衣装。鍛え上げられていることが一目でわかる引き締まった肉体からは、隠しきれない威圧感が放たれていた。作り物のように整った顔の赤い瞳は一同を見据えている。殺意も憎しみもその瞳からは感じられなかったが、何か明確な、強い意志のようなものが垣間見えた。

 

「さあ、殺せ。破壊せよ。駆逐せよ。焼却せよ。その力で以て、特異点ごとローマを焼きつく──」

 

「──黙れ」

 

「え?」

 

 瞬殺。としか形容できなかった。アルテラは己の獲物で以て、狂ったように笑っていたレフの体を両断した。先ほどの傷もあっただろう。勝利への確信からの油断もあっただろう。それでも、人理焼却の末端である彼をいとも容易く切断して見せた彼女の実力は一体──

 

『なんだ……!? レフの反応が消えたぞ! そっちで何が起きているんだ!?』

 

「彼は……彼は、召喚したサーヴァントに両断されました。真名はアルテラ、恐らくはセイバーです!」

 

 ロマニの問いにマシュが答えた。アルテラは彼らを気にも留めない様子でレフの亡骸に近づき、輝く何かを手に取った。

 

「あれは……聖杯!?」

 

「聖杯がアルテラの手に! 吸い込まれて……え、吸収、している……」

 

「私は──」

 

 アルテラは静かに語り出す。

 

「フンヌの戦士である」

 

『憤怒の戦士だって?』『何か怒らせちゃったかな、気分を害したなら謝るよ』『めんごめんご!』

 

 むしろ気分を害されそうな謝罪だったが、彼女は球磨川に気づいていないんじゃないかってくらい自然に話を進めた。

 

「そして、大王である。この西方世界を滅ぼす、破壊の大王。破壊の──」

 

「何か、嫌な感じが……するぞ! マシュ! 何かが来る、余にもわかる!」

 

 魔力がアルテラの刃に集約していく。生身の人間にすら伝わるそれに、ネロはマシュへ注意を促した。

 

『魔力反応、増大! これは宝具の──それも対城クラスの解放だ!』

 

「マスター……!」

 

「ああ──! 頼むぞマシュ、こっちも宝具だ……!」

 

「はい……!」

 

「──おまえたちは言う」

 

()()()()()()()()が大きくなっていく中で、アルテラは呟いた。

 

「私は、神の懲罰なのだと。──神の鞭、なのだと」

 



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第三十七敗『勝ったはずなのに』

 

 

「……死ぬかと思ったぞ」

 

 瓦礫の一遍も残さず、跡形もなく消え去った王宮の跡地で、ネロがぽつりと呟いた。

 

『本当だぜ』『あんな滅茶苦茶な攻撃に、耐えられたことこそ不思議だよ』

 

 ちなみに球磨川は、漏れ出た光を喰らって一度死んでいる。即刻大嘘憑き(オールフィクション)が起動したので問題ないが、バイタルを監視していたロマニたちは気が付いたかもしれない。が、それに特に触れることなく、ロマニからの通信が入る。

 

『ありがとうマシュ。それにブーディカも。ナイスタイミングだったよ』

 

「……正直、ギリギリだった」

 

 戦いのせいか少し汚れた、胸元の空いた鎧。赤髪でポニーテールの女──ブーディカは、疲労を感じさせる声音で言った。

 

「駆けつけると同時にすごい魔力を感じてね、慌ててこっちも宝具を真名解放してさ」

 

「わたしの宝具だけでは防ぎきれませんでした。ありがとうございます、ブーディカさん」

 

「こっちこそ。しかし、どうしたもんかね。王宮入口の近くで暴れてたスパルタクスと呂布は、運悪く、あの光をまともに浴びちまった。戦力には数えられないだろうね」

 

「このタイミングでそれはちょっとキツイね……」

 

 一度宝具を解放しただけであの火力。戦力は出来るだけ多い方が望ましかったが、過ぎたことはもう仕方ない。今ある力で戦うしかないのである。

 

『アルテラは既に連合首都から移動を開始したようだ。方角から見て恐らく、首都ローマを目指すつもりだろう』

 

「ならばアレは、余の都を灰塵と化すつもりか?」

 

『そうだろうね』『そして彼女にはその力がある』『聖杯とローマの為に、打倒アルテラ! の精神で頑張るしかないね』

 

「わたしたちに……敵うでしょうか、果たして」

 

 マシュが不安そうに呟いた。あれだけの魔力量である。その不安を感じるのも無理はない。たった一撃を防ぐことにさえ、大きな負担がかかるのだ。マスターを、他のサーヴァントを守るマシュの双肩には、確かな不安と重圧がかかっていた。

 

「冬木で目にした聖剣を想起させるほどの魔力量でした。あの時は強力なキャスターの援護がありましたが、しかし今は──」

 

「マシュ」

 

 藤丸は彼女の名前を呼んだ。優しく、まっすぐに。

 

「俺には戦う力がないから、マシュの負担がどれだけのモノなのか想像もつかない。けどね、マシュ。君は冬木の聖剣だったら防いだじゃん。確かに撃破できたのはキャスターの援護のおかげだけど、今だって援護してくれる仲間がいる! それに、マシュだってあの時よりもずっと強くなってるよ? ね、禊くん!」

 

『ああ!』『あの厳しい種火狩りを思い出すんだ、マシュちゃん!』『あの血の滲むような努力は、君の血となり肉となっているはずさ!』

 

「マスター、球磨川さん……!」

 

 マシュの瞳に、希望の光が一筋。決意は済み、覚悟は決まったようだ。一同は顔を見合わせて頷いた。

 

『さあ諸君、出発だ! 聖杯を取り戻し、世界を救おう! 目標は首都ローマ、恐らく今度こそ、この特異点最後の戦いだ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 真上に座していた太陽は、いつの間にか西に傾き、気が付けば荒野は橙に染め上げられていた。その中を悠然と歩くアルテラは、背後から近づいてくる複数の足音に気づき、足を止めて振り返った。

 

「……行く手を阻むのか、私の」

 

「君を先に進ませるわけにはいかない」

 

「そうだ。余は貴様を阻むぞ。絶対に、その先に進ませるわけにはいかぬ。この世界を──この美しく、わが愛に満ちた世界(ローマ)を。滅ぼさせるわけにはいかぬのでな!」

 

「私は──フンヌの戦士である。そして、大王である。この西方世界を滅ぼす、破壊の大王」

 

「またそれか……」

 

『バーサーカーかな?』

 

「美しさなど──愛など、私は知らない」

 

 先刻とは異なる言葉。どうやら自動的な対応を行うだけではないらしい。

 

『そうか、聖杯と一体化して暴走状態にあるのか! しかし駄目だ、対話では収めることが出来ないぞ! 魔力反応も増大中だ、またあれを撃たれる前に止めるしかない』

 

『どうやら出番みたいだぜ』『いけるよね、みんな?』

 

 球磨川が虚空に目を向ける。するとどこからともなく返事が返ってきた。

 

「沖田さん、いつでもいけますよ!」

 

「わしも全弾充填完了じゃあ!」

 

「オレはまあ、撃つ意味なんてないから普通にいくぜ?」

 

『な……球磨川君のサーヴァントたち! 一体どこから!?』

 

 今まで誰も気づいていなかった。いや、気づけなかった。だが既に、彼らの宝具は充填を完了している──! 

 

『「大嘘憑き(オールフィクション)」』『三人がここに辿り着くまでの時間』『と宝具を溜めるまでの時間をなかったことにした』『さあ、やっちまいな!』

 

 妙に芝居がかったような口調で球磨川は合図する。三人、というか二人は同時に宝具を放った。

 

「──無明(むみょう)三段(さんだん)()き!」

 

「これが魔王の三千世界(さんだんうち)じゃあ!!」

 

「…………!」

 

 沖田が瞬時に三度の突きを放ち、そのまま回避。怯むアルテラを、無数の銃弾が襲った。しかし流石のアルテラ、その程度ではまだ倒しきれない。

 

『よし、令呪だ』『もう一発頼むぜ』『立香ちゃんも、令呪が残ってるなら援護してもらっていい?』

 

「う、うん……頼む、アルトリア」

 

「……はい、マスター」

 

 剣戟が、銃弾が、極光が、圧倒的な物量がアルテラの身を襲う。巻き起こる砂ぼこりが晴れた時、アルテラは膝をつき。悲しそうにネロを見つめて、そして消えた。

 

『──ふう、危ないところだった』『不意打ちしたうえで物量差でごり押す、そんな戦略でも取らなきゃ、僕たちに勝ち筋はなかったからね』『アルテラ、本当に恐ろしいサーヴァントだったよ』

 

『また勝てなかった』と微塵も悔しさを感じさせない声色で、球磨川は言った。マシュは、藤丸は、みんなは、己の胸の奥に、どろりと何かが垂れてくるような感覚を味わう。

 

(……なんでしょう、勝ったはずなのに。ローマを救えたはずなのに。こんな──こんな)

 

 人理が、人類の運命がかかっているのだから、勝ち方に四の五の言っている場合ではないのだろう。それでも一同は、すべてが台無しになったような虚無感に苛まれるのだった。

 



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第三十八敗『楽しくお喋りしてくるぜ』

 

 

 

「お疲れさま、みんな」

 

 聖杯の回収を終え、特異点は修正された。現地のサーヴァントとネロに別れを告げた藤丸たちは、無事カルデアへと帰還した。尤も、何故か浮かない顔をしている者が多かったが。ロマニはその理由を察しながら、それでも柔和な笑顔で全員を迎えた。

 

『お疲れちゃん、ロマニちゃん! いやー、今回も過酷な指令(オーダー)だったぜ』『一時はどうなることかと思ったけど、みんなの力で無事乗り越えられてよかったよ!』『それじゃ、お風呂入ってくるね』

 

「……禊くん」

 

 ぞろぞろと二人増えたサーヴァントを引き連れ、球磨川はレイシフトルームを出ていく。藤丸が何かを言いかけたが、騒がしい喋り声と、ドアの開閉音に紛れて消えた。

 

「藤丸くん。積もる話もあるだろうが、今はとにかく休んだ方がいい。君たちは──君たちは()()()一つの特異点を修正したんだ。気に病む必要は無いさ」

 

「……ありがとうございます、ドクター」

 

 藤丸は、力なく笑った。誰が見ても分かるくらい、無理矢理な笑顔だった。「それじゃ、俺もシャワー浴びてきますね」とだけ言って、退室する。

 

「……ドクター。球磨川さんは──」

 

「……うん」

 

 マシュの言いたいことを察して、ロマニは頷いた。

 

「嫌な役回りだけど、ボクが話さなきゃいけない。その回答によっては──」

 

 

 

 

 *

 

「お帰りなさいませ、マスター。ベッドインにします? お風呂にします? それとも……わ・た・し?」

 

『お風呂がいいな』

 

「わかりました。それでは裸の付き合いを致しましょう。お背中お流ししますわ」

 

『お、お願いします……!』

 

「お願いするな」

 

 頬を赤らめる主と同僚(アホ二人)にツッコんで、アンリは小さく嘆息した。

 

「おお、帰還しましたかミソギィ!! ということはつまり、ジャンヌも……!?」

 

『帰還したてだし、多分シャワー浴びてると思うよ』

 

「ジャンヌゥ!!」

 

「賑やかすぎるじゃろこの空間……」

 

 勢いよく部屋を飛び出していくジル。信長はそれを白い目で見つめる。

 

「私としては、新撰組の騒がしさを思い出せて面白いですけどね」

 

「流石人斬りサークル、民度激低でワロタ!」

 

 沖田の「五月蝿いですねノッブ! 燃やしますよ!?」という言葉を聞いて、キアラは「はて、お二人は何故まだここに?」と問う。

 

「わし、球磨川の(サーヴァント)じゃから。何の問題もないじゃろ?」

 

「いや、待ってくださいノッブ。不思議だと思いませんか。特異点は修正しましたし、そもそも我々の世界の問題が解決したんですから、修正力とかそんな彼是(アレコレ)で帰るはずですよね?」

 

『よくわかんないけど、そんな彼是が働いてないってことはつまり』『ここにいるのが君たちの運命(フェイト)ってことだよ。ステイステイ!』

 

「うーん、よくわからないですが……それならそれでいいんですかね……? 改めてよろしくお願いしまあっ身体が光り始めた!?」

 

「マジか沖田!? あっわしも光り始めたぞ!?」

 

 二人の体が光の粒子となり、徐々に解けていく。突然の別れに、全員に動揺が走った。

 

「マジかアンタら、このタイミングで帰還かよ!?」

 

『くそっ……! 折角美少女サーヴァントが二人増えると思ったのに……っ! まだえっちな恰好の一つもしてもらってないのに……っ!』

 

「ノッブ、今私、抑止力にちょっと感謝し始めましたよ」

 

「ま、是非もないよネ!」

 

『そうか! 抑止力をなかったことにすれば問題な』

 

「それはなくすな!!」と多少の良心を抱いたサーヴァントたちが叫ぶ。『実際問題どうなんだろう』と『大嘘憑き(オールフィクション)』で抑止力を消そうと試みる球磨川。二人の体に特に変化はないので、どうやら通用しないらしい。『過負荷(マイナス)以来か、劣化じゃない大嘘憑き(オールフィクション)で消せないのは』と小声で呟いた。

 

『まあしょうがないか、達者でね二人とも。地獄で会おうぜ』

 

「何故ここでそんな台詞を……そもそも我々、もう死んでるんですけどね!」

 

「まあ、また縁が合ったら会えるじゃろ! 短い間だったけど面白かったぞ! それじゃ、またのう!」

 

 笑顔で消えていく二人。元の世界に帰っていったのだろうか。マイルームが少し、静かになった。

 

「別れ際までぐだぐだだったな、アイツら……」

 

『そういえばあのノッブちゃん』『悪い方のノッブちゃんな訳だけれども、元の世界で何かやらかしたりしないかなあ』

 

「ハハハ、そんなわけないだろ」

 

『とはいえ普通に残念だぜ、面白い二人だったのに』

 

 沖田と信長は、結構仲間思いな球磨川の、仲間と呼んで差し支えない領域に入りかけていた。それが運命とはいえ、悲しい離別である。

 

「気を落とさないでください、マスター」

 

 神妙な顔をしたキアラが、球磨川の耳元で囁く。

 

「猥雑な恰好なら私がいくらでも引き受けますので……!」

 

『いや、聖職者に淫らな服装をさせるわけにはいかないし……』

 

 割と普通の理由で断られたキアラは、少し悲しそうな顔をした。

 

 *

 

 カルデアに帰還して三日。球磨川たちはひどく静かな日々を過ごしていた。誰一人部屋から出ようとはせず、また、訪ねてくる人もなかった。小腹が空けば食堂に行ったが、示し合わせたかのように殆ど誰とも遭遇しなかった。サーヴァントたちは夜になれば部屋に帰っていったし、朝になれば彼の部屋に溜まっていた。藤丸たちは変わらずトレーニングルームで種火と戯れているようだったが、球磨川は特に興味を抱かなかった。

 

『そろそろかな』

 

 ベッドの下の隙間に寝転んだ球磨川が呟く。「だろうな」とサーヴァントが答えた。

 

「マスター、何故発禁本を隠すように横になって居られるのでしょう? そんな必要はありませんわ、恥ずかしがることはございません。色に溺れるのは人の性というものですもの」

 

『おっと、そんなベタな隠し方をする僕じゃあないぜ』『キアラちゃんの想像もつかないような場所に、僕のお宝は隠してある』

 

「まあ、一体どこでしょう……私にはその学ランの中くらいしか、想像できませんわ」

 

『な……何故バレたんだ……!』

 

 学ランの内側から数冊の雑誌が零れる。『身体を撃たれた時の盾にする予定だったのになあ、計画がおしゃかだ』と言いながら立ち上がる球磨川を、アンリは心なしか冷ややかな視線で見守っていた。

 

『まあいいや』『で、キアラちゃんはロマンちゃんのお使いで来たのかな?』

 

「ええ。カウンセリングルームでお待ちしているそうですよ?」

 

『おっけー』『楽しくお喋りしてくるぜ』

 

 十中八九揉め事が起きる雰囲気を感じさせながら、球磨川は立ち上がるのだった。



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第三十九敗『わからないや』

『話って何だい、ロマンちゃん』

 

 ──カルデア、メディカルルーム。カウンセリングテーブルに着いた球磨川は、前置きも置かずそう言った。

 

「ああ、わざわざ来てもらって悪いね球磨川君。とりあえず飲み物でもどう? 緑茶かコーヒーしかないけど」

 

『お冷でいいぜ』

 

「わかった。ちょっと待ってて」

 

 いつもの柔和な笑みを浮かべ、ロマニは席を立った。球磨川のことだから軽い雑談くらいは入ると予想していたロマニだったが、意外に本題から来たものだから、少し戸惑っている。動揺、と呼ぶには微々過ぎるものだったが。

 コップとティーカップを持って、ロマニは球磨川の正面に座った。

 

「お待たせ、お菓子とかもあるけどいる?」

 

『いや、遠慮しとくぜ』

 

「そっか」

 

 あくまでゆったりとした雰囲気で、ロマニはカップを口に運ぶ。それは演技というより彼の生まれついて持った物ではあるが、今日はそれを強く意識する。少しでも球磨川から、彼の──彼の人間性を垣間見て、見極めるために。

 

「球磨川君、甘い物とか苦手だっけ?」

 

『いや? 大好物だぜ』『とはいえ、いくら好きなものでも食べたくないときっていうのはあるからね』

 

「そうだね、それならしょうがないか」

 

『で、本題を聞きたいんだけど』

 

 にこにことした空っぽの笑顔で、球磨川はそう切り込んだ。急いでいたり苛ついていたりする感じはないし、話を早く切り上げたいという思いも感じないが、兎に角本題に入りたいらしい。下手に引き延ばす意味もないな、とロマニは小さく息を吐いてから言った。

 

「じゃあ単刀直入に聞かせてもらうよ。球磨川君、君の目的は一体何だい?」

 

『そんなの人理救済に決まってるじゃないか』『人類を救いたいっていう崇高な気持ちで、僕はここにいるぜ』

 

「……そうだね、僕もそう信じたい。でも、それにしては単独行動が多すぎないかな?」

 

『生憎僕は「風」と謳われた男でね』『風は、囚われないから風さ』

 

「それこそ、人類の命運がかかってるんだ。出来るだけ全員の足並みは揃えたい」

 

 球磨川のキメ顔も発言もスルーして、ロマニは端的に意見を伝えていく。手ごたえは、それこそ風でも相手にしているみたいに、希薄だったが。

 

「単独行動が好きっていうなら、ボクたちにそれを咎める権利はない。繰り返しになるけど、この絶望的状況でマスターとして命がけで戦ってくれている君に、何かを強いることは出来ない」

 

 それはカルデアで戦ってくれてるスタッフも同じだけどね、と一言加えて、ロマニは珈琲を啜る。

 

「でも、君の行動は不可解すぎる。確かに、()()()()()()すべて良い方向に転んでくれてる。前回の特異点でレフ側に付いたように見せかけたのも、彼の油断や動揺を誘う意味では有効に働いてくれた。でも今後もあんな風に、上手くいってくれるとは限らない」

 

『…………』

 

「それに、球磨川君はボクたちにいくつも隠してることがあるだろう? 勿論、全てを話してくれとは言わない。魔術師にとって己の魔術は命みたいなものだし、言いたくないことがあるなら言わなくても構わない。でも球磨川君のそれは、()()()()()()()()()()()じゃないのかな? ……みんな、我慢してただけでいくつも疑問を抱えてたと思う。どうしてレイシフトしてからの動向を隠すのか。定期的にバイタルに異常が出るのは何故か」

 

『それだけじゃないでしょ?』

 

「……え?」

 

『ロマニちゃんが聞きたいのは、そんな()()()ことだけじゃないでしょ?』

 

 真っ直ぐこちらを見る、沼のように澱んだ眼。常人であれば何かを感じずにはいられないそんな瞳にも、ロマニは動じず続けた。

 

「……そうだね。確かにボクが聞きたいことは、そんなことだけじゃない。球磨川君、君は──()()()()()は、一体なんなんだ?」

 

『……んー』『僕の在り方、か』

 

 逡巡するように一度視線を逸らし、そうしてから再び、球磨川はロマニを見据えた。

 

『そうだね、正義の味方とかどうかな?』

 

「……は?」

 

 ぽかん、とロマニの口が開いた。それは明確な動揺だった。本気なのか巫山戯ているのか、『どうかな?』という提案からして、彼は間違いなくその場のノリで喋っている。このカウンセリングにかけるロマニの想いを知ってか知らずか、続けて軽口を叩く。

 

『子供の頃、僕は正義の味方になりたかったんだ』『──なんてね。そんなものがいたなら、完膚無きまでに救ってほしかったぜ』

 

「球磨川くん、ボクは真面目に質問を──」

 

『僕はいつだって真剣(マジ)さ』『ロマンちゃんが背負い込んでる想いくらいには、ね』

 

 その言葉にロマニ・アーキマンは、思わずティーカップを落とすほど反応した。幸いにも中身は空で、当たりどころがよかったのかカップも無事だった。

 彼が誰からもひた隠しにして、一人で抱え続けたとある過去──未来。まさか球磨川はそれを、今までのやり取りで────

 

「……君は……」

 

『なんてね。冗談だよ』『でもロマンちゃんが、真剣に考えてる何かがあることだけは伝わってきたぜ』『抱えてることがあるなら話してよ、仲間なんだからさ!』

 

 明るく軽く『仲間』なんて言った球磨川の、異質さだけが際立っていく。皮肉でも意趣返しでもなく、只々()()()()()()()()()()と言わんばかりの口ぶりが、あまりに異常(アブノーマル)で──いや、それ以上の、それ以下の何かで──

 

「──球磨川くん。一つだけ教えてくれ」

 

『いいぜ』『一つと言わず、いくつ聞いてくれても』

 

「君は、本当に人類を救いたいのか?」

 

『──────』

 

 数秒、球磨川は固まる。ロマニからすれば、数十秒にも感じられたその間の後、球磨川はゆっくり口を開いた。

 

『わからないや』

 

 静かに球磨川は答えた。或いは、それはこの場で語られた、唯一の本心だったのではないかと──ロマニは、後にそう振り返った。



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第四十敗『愚か者だよ』

 

『安心院さん、いるんだろう?』

 

 ──カルデア・マイルーム。珍しく誰もいない静かな空間で、球磨川はそう呟く。同時に、何もなかった空間に何かが現れる。

 

「やあ、久しぶりだね球磨川くん。最近の君の頑張りに免じて、()()に答えに来てあげたぜ」

 

『……相変わらず何でもお見通しかよ』

 

 球磨川はうっすら冷や汗をかきながら、現れた安心院を見遣る。そこにいることが当たり前であるかのように、我が物顔で球磨川のベッドに、足を組んで座っている。しかしすぐにいつも通りの軽薄な印象で話す。

 

『じゃあ一つ聞かせてもらうぜ』

 

「いいぜ」

 

『単刀直入に言うと──』『この世界、()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「うん、そうだよ」

 

 球磨川のそこそこ重要な質問に、安心院はあっさり答えた。

 

「聞いてくるのが遅いぜ──って言いたいところだけど、察し自体は結構早い段階でついてたんだろ?」

 

『まあね』

 

 根拠となる事柄は幾つかある。初歩的なところから言えば、『僕も十八年生きてきたけれど』『魔術なんて荒唐無稽な物、微塵も聞いたことがなかった』『加えて恐らく、というか反応から察するに、魔術師の皆さんはスキルなんてもの聞いたことすらない』『総合して考えると、それぞれ文字通りの()()()と考えた方が辻褄は合う』

 

「魔術なんて物が実在していれば、箱庭学園にその手の逸材が招かれてても不思議じゃないしね。不知火くんがそういった才能を引き込まないはずがない」

 

『僕のサーヴァントたちもスキルの存在を知らなかったようだからね』『英霊と呼ばれる者ですらそうなら、そもそもそういった物が()()と考えた方が自然だぜ』

 

「ふむ、まあその通りだよ」

 

『で、肝心なのは安心院さん』『君が何故、僕をこの世界に召喚したのかってことだけど』

 

「そんなの決まってるじゃないか、ただの暇潰しだぜ」

 

『…………』

 

 流石の球磨川も微妙な顔をした。これが人外・安心院なじみである。

 

『そうと分かったからには帰してくれよ』『僕を元の世界に』

 

「へえ、帰りたいんだ?」

 

『うん』『世界の崩壊とか、人類の滅亡とか、そんなの心底どうでもいいからね』『強いて言うならジャンプの新刊が出なくなるのが問題だけど、元の世界に戻ればいつも通りだ』

 

 球磨川は雑に、手をひらひらと振ってみせた。それを見て安心院は小さく嘆息。

 

「球磨川禊も随分甘くなったものだね。目の前で苦しむ弱者を見捨てて、のうのうと帰ろうとするなんて。弱者と愚か者の味方を気取っていた、あの頃の君はどこにいったんだい?」

 

『さあ。そんな昔のこと覚えてないぜ』『それに、その表現は間違ってるよ。彼らは弱者でも、愚か者でもないさ』

 

「いいや、()()()()。だから君はここにいなきゃいけないんだ」

 

 僕からの()()()分もあるしね、しっかり働いてもらわないと──そういって安心院は笑った。

 

『不平等分って……就職もスキルの変換も返還も、安心院さんの押し売りじゃないか』『確かにとんだ不平等だよ』

 

「何とでも言うがいいよ。いずれにせよ、君はここにいなきゃいけないんだ」

 

 安心院がそう言う以上は、球磨川にはもうどうしようもない。閉口するほかなかった。

 

「球磨川くん。君が自覚してないだけで──或いは自覚しようとしてないだけで、この現状自体は、まったくもって不平等じゃないんだぜ」

 

『巫山戯たことを言ってくれるね、安心院さん』『僕の自由が奪われているんだぞ。それを不平等と言わず何と言うんだ!』

 

 人外の気まぐれである。

 

「そういうことだぜ。それじゃ球磨川くん、君が幸せに頑張ってくれることを願ってるよ」

 

 言いたいことだけ言って、安心院なじみは何処にでもいて何処にでもいられるスキル『腑罪証明(アリバイロック)』を使って、何処かへと消えていった。

 

『幸せに』『ね』

 

 ──かつて、球磨川禊が幸せになることは、安心院なじみにとって大きな意味を持っていた。今はもう彼が幸せであろうが不幸であろうが関係がないはずなのだが、何処となく意味深な物言いに、球磨川は少し不穏なものを感じた。

 

『…………』

 

 まあいい。帰れないというのなら、ここで生きていく他ないのだから。混線してきた思考を放棄して、球磨川は目を閉じた。



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第三特異点
第四十一敗『邪魔だからだよ』


「──って感じだったんだ」

 

「なるほどね」

 

 ──カルデア、メディカルルーム。少し冷め始めたコーヒーを片手に、ロマニとダヴィンチは話し合っていた。議題は勿論、球磨川禊である。

 

「ふうん、球磨川君がそんなことをね……」

 

「レオナルド、君はどう思う?」

 

 カップをゆっくりと傾けてから、ダヴィンチは答えた。

 

「そうだね、()()()()()()()()

 

 困惑した様子のロマニを見て、ダヴィンチは言葉を続けた。

 

「君の言う通り、恐らく彼との会話の九割には意味なんてないんだろう。でも残った一割に意味があるとしても、そこから彼の心情の全てを読み解くなんて、名探偵にだって難しい問題だ。じゃあ推理なんて、推測なんて初めからしないほうがマシさ」

 

「でもそれじゃあ──」

 

「とはいえ、何も手を打たず放置、というわけにもいかない。なら私たちがとるべき手段は──」

 

 

 

 *

 

 

『待たせたね、みんな』『昨夜はちょっと緊張で眠れなくてね、そのせいで寝坊しちゃったんだ』

 

 寝癖のついた頭で、寝ぼけ眼を擦りながら、球磨川禊は現れた。口の割に自然体な様子だったが、「わかるわかる、俺も今来たところだし大丈夫だよ!」と声をかけた藤丸以外は特にそこには触れず、ロマニが説明を始める。

 

「それじゃあミーティングを始めようか。今回の特異点は西暦1573年、大航海時代のオケアノスだ」

 

「大航海時代……! もしかして、海賊とかに会えるのかなマシュ!?」

 

「そうかもしれませんね、先輩。あくまで海賊ですから、積極的に接触するのは危険かもしれませんが……私も気になります」

 

「いくら大航海時代とはいえ海は広大だからね。航行距離にもよるが、普通に行く分には海上で出会う方が難しいと思うけど、特異点化している今ならわからないね」

 

 ダヴィンチの解説に、『まあ僕なら間違いなく遭遇するだろうし、何なら海賊船にレイシフトするだろうな』と密かに確信している球磨川だった。

 

「いずれにせよ今回も気をつけてくれ、藤丸くん、マシュ」

 

「「はい!」」

 

『おいおいロマニちゃん』『誰か忘れてないかな?』『とても大事な誰かを』

 

「……球磨川くん」

 

 おどけた様子の球磨川に、ロマニは静かに、諭すように言う。

 

「君は今回マスターではなく、スタッフとしてサポートに回ってもらう。いいね?」

 

「え……なんでですか、ドクター!」

 

『そんなの聞くまでもないでしょ』『円滑な特異点修復において、僕が()()だからだよ。ようは厄介払いさ』

 

「そんな……そんなことないよ! 最初の特異点だって禊くんがいなかったらどうなってたかわからないし、それからだって……!」

 

『別に気を使わなくていいよ。どの特異点だって、結局立香ちゃんが解決してきた』『僕はただ、そこらへんでうろちょろしてただけの奴だよ』

 

 言いたいことはたくさんあるのに、藤丸にはロマニに抗議する言葉も、こんな状況でも飄々とした球磨川を説得する言葉も出てこなかった。お茶を濁すようにダヴィンチが、「決してそういう訳じゃないよ。ただ今回は、適材適所でいこうってだけさ。球磨川君はそもそも医療スタッフとして配属されてたわけだし、これまでの様子を見ている感じ、今回の特異点でも()()になる恐れがあるからね。それならこちらから藤丸君をサポートする方がいいだろう、と私が判断してロマニに助言したのさ」と話した。

 

『まあ何でもいいよ』『君たちの判断には何の不服もないぜ』『僕としても、カルデアでぬくぬく立香ちゃんを見守ってた方が気が楽だからね』

 

『それじゃ頼んだぜ、立香ちゃん!』と、球磨川は藤丸の肩を叩いた。「……うん」と小さく返事をして、藤丸はコフィンに乗り込んだ。

 

《全肯定 完了(クリア) グランドオーダー 実証を 開始します》

 

 室内に響くアナウンスを尻目に──藤丸の思考の中には、乾いた笑みの球磨川の表情が回っていた。



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第四十二敗『いつかこの後輩を』

 

「バイタル安定、付近に敵性反応もなし……よし、無事レイシフトに成功したみたいだね。聞こえるかい、藤丸くん?」

 

『はい、大丈夫です』

 

 ひとまず藤丸が無事現地に到着したことに対し、スタッフ一同、安堵の息を漏らす。三回目とはいえ、何せ毎回()()()の安否が分からなかったものだから、レイシフトの瞬間は毎回不安を抱えていた。その点、今回は安心である。

 

『青い空、白い雲、綺麗な海……何処かの島にレイシフトしたって感じですかね?』

 

「そうみたいだね。そこそこ大きな島のようだし、生命反応もある。ひとまず現地住民に接触して情報を得てほしい」

 

『了解!』

 

 藤丸の元気な返事に、ロマニは安心したような笑みを浮かべた。

 

『……? マシュ、どうかした?』

 

 海を見つめたまま、一向に動く様子のないマシュに藤丸は声をかける。彼女自身無意識にそうしていたようで、藤丸の声に気づくとハッとしたように『すみません、先輩』と言った。

 

『オーダーの途中で気を抜いてしまいました……本やデータでは知っていましたが、実際の海がこんなに広くて、こんなに大きくて──こんなに美しいなんて思わなくて』

 

 マシュの瞳は雲一つない晴天に煌めく海を見つめている。その瞳は、光を映してキラキラと輝いていた。藤丸はそれに強く頷く。

 

『ホント、めちゃくちゃ綺麗な海だよね! この海を本当に取り戻すためにも、この特異点を修復しないと!』

 

『はい、そうですね!』

 

 ──いつかこの後輩を、自分たちの世界の海に連れて行ってあげたい。藤丸は密かに、そう決意した。

 

『あ、そういえばドクター。禊くんは今どうしてます?』

 

 その問にロマニは、バツが悪そうに答えた。

 

「あー、えーっと球磨川くんは……今は部屋で休んでもらってるよ」

 

『……そっか』

 

 禊くんともこの海を見たかったな──その言葉は、寸でのところで飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

『ポン』

 

「なんの、チー」

 

「カンです」

 

「アンタら鳴いてばっかだなー」

 

『リャンピン切るね』

 

「「ロン!」」

 

「いやマジかよ!? 普通そこアガり牌な上に揃うか!?!?」

 

『はあ、やっぱり変な手は狙うもんじゃないね』

 

 無難にいこうが勝てなかっただろ、という言葉は、サーヴァントという立場上全員が飲み込んだ。親しき仲にも礼儀ありである。『やることなさそうだから部屋で英気を養ってるねー』『あとはよろしく!』という二言でサポートから抜け出した球磨川は、サーヴァントたちと麻雀に興じていた。ちなみに現在キアラが親で50000点、ジルが34000点、アンリが18000点で球磨川が-2000点である。

 

「流石ですマスター。麻雀でこのような点数を取られるなんて……」

 

『はっはっは、過負荷の肩書きは伊達じゃないからね』

 

「もはや過負債だろ」

 

 残っていた山を乱雑に崩し、ジャラジャラジャラジャラと球磨川は牌を混ぜていく。しかし途中で『そういえば最終局だったね』と呟いて、()()()()()()()()()()()()

 

『やっぱり勝負事は向いてないなあ』『次はどうする? トランプでもやるかい?』

 

「ダーツはいかがでしょう!」

 

「私はツイスターがよろしいかと」

 

「俺はパース」

 

 アンリは立ち上がって、無機質な開閉音とともに部屋を出ていく。

 

「腹減ったし、傷の舐め合いなんざ不味くてとてもじゃないが喰えないからな」

 

 振り返りもせずに手を振って、下ろす頃に扉は閉まった。取り残された三人はしばし何も言わずに黙っていたが、布切れの擦れるような音と、『とりあえず、脱衣麻雀のルール的に僕がパンイチになればいいんだよね?』という発言とともに、ツイスターに勤しみ始めた。

 

 

 

 

 



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第四十三敗『僕は逃げない』

 

「……球磨川くん?」

 

 コンコン、とノックの音。数秒待ったが、返事も何もない。ロマニには、気配すらないように感じられた。

 

 小さく嘆息する。ここ数日、彼が部屋から出た様子はない。サーヴァントたちとの接触も絶っていることらしく、その部分が一番ロマニを驚かせた。彼らとは本気で、少なくとも自分やダヴィンチなどに対するよりは本音で、楽しそうに話している印象があった。

 

「ご飯、食べてないだろ? 部屋の前に置いておくよ」

 

 置きながら、ロマニは考える。何を話すべきなのか。何も話さぬべきなのか。どんな話も彼に届くとは思えない。丁度、今の声が届いているのかすらわからないように。

 寝てるだけかもしれないし、音楽でも聴いているかもしれない。或いは、何かの原因で死んでいるかもしれない。ロマニは不気味なほど静かになってしまった彼を、本心から心配していた。

 極論マスターキーで扉を開けてしまえば解決する問題ではある。しかしそれでは、今度こそ何か決定的な壁が出来てしまうのではないか。そう思ってしまって、出来なかった。逡巡して、ロマニは深く息を吸った。

 

「──近況を話そう」

 

 聞いていてもいなくてもいい。何か思っても思わなくてもいい。色々と整理する意味も含めて、ロマニは淡々と語り始めた。

 

「藤丸くんがレイシフトした先が何と海賊の補給島でね、そこでかの有名な英雄──フランシス・ドレイクに遭遇した。彼女の協力の元、藤丸くんたちはこの特異点の調査を始めたんだ。異常が起きている海域を調べるため、戦いながら島を巡り──アステリオス、エウリュアレと出会い、行動を共にすることになった。そしてその直後、ドレイク船長の持つ聖杯と、エウリュアレをつけ狙う海賊のサーヴァント──黒髭と、彼が擁する四騎のサーヴァントと相対した。とはいえその時点ではどうにも決定打に欠けてね、サーヴァントを一騎倒した後撤退。そして移動した先の島で、ぬいぐるみと化した──いや、まあ、オリオンとアルテミスに遭遇したんだ」

 

 一気に話しすぎたかな、と一呼吸置く。文字通り手応えは微塵もなかったけど、それでもロマニは言葉を続ける。

 

「サーヴァントたちの協力もあって黒髭は打倒したんだが、敵方だったヘクトールの裏切りとともに新たな敵が現れてね。アルゴナウタイ──アルゴー船で旅をした、ギリシア神話の英雄たち。イアソン、メディア、ヘラクレスの三人だ。特にヘラクレスの強さは尋常じゃなくて、十二の試練を乗り越えた逸話に基づいて、十二回殺さないと消滅しないんだ。アステリオスが身を挺してヘラクレスを抑え込んでくれたお陰で、何とかその場から撤退することはできたんだけど……依然、解決の糸口は見えていない。今も藤丸君たちは、必死にそれを探してる」

 

 衣擦れのような音が聞こえた気がした。ロマニは真っ直ぐに扉を見つめる。

 

「──助けてくれ、なんて言葉は言わない。君を今回の作戦から外したのはボクたちだし、今更頼める立場でもない。ただ、一つだけ謝らせてほしい」

 

 信じ切ることができなくて、本当にすまなかった。そういって深く頭を下げた。

 

「ボクたちは、こんな絶望的な状況になって、それでも世界を救おうと共に戦う仲間だ。なのに君の言う通り、今も()()を抱えている。それなのに君には秘密を話せだなんて、パワハラもいいところだよね」

 

 小さく笑う。

 

「──許してくれるならもう一度、正面から話させてほしい。そしてその時には──僕の秘密を聞いてほしい」

 

 それじゃ、また。そう呟いて、重い足取りのままロマニはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………』

 

 足音が遠くなってくるのを確かめて、球磨川は寝返りを打った。所在なさげに扉を見つめてから、天井を見上げた。自分の上に座る女と目が合った。

 

「やあ球磨川くん、随分元気そうだね」

 

『……ああ、お陰様でね』

 

 隈の目立つ目を擦って、口元を歪める。

 

「そいつは重畳。有り余る元気を特異点にぶつけてもらえそうで何よりだ」

 

『……安心院さん。だから僕は』

 

 紡ぐ言葉は衝撃に遮られた。肌がパチンと甲高い悲鳴をあげる。音速で繰り出されたビンタが球磨川の頬を射抜いたのだった。

 

「いつまで括弧つけるつもりだよ、球磨川禊。弱者と()()()の味方だっていう君のポリシーは、世界を越えた程度で失われるものだったのかい? 正義の味方なんてキャラじゃないかい? 自分がいなくたってなんとかなるから、そう思ってないかい?」

 

『……………………』

 

「少なくともカルデア(ここ)には、君がいなければなんて思っている人間はいないはずだぜ。むしろ君を必要としている人が沢山いる。その想いからも逃げるのかい?」

 

「逃げないさ」

 

 僕は逃げない。括弧つけずに、球磨川はそう言った。

 

「敗北からも感傷からも傷心からも謝罪からも、期待からも要求からも友情からも悪評からも。正面からぶつかってやるさ」

 

「ようやく吹っ切れたみたいだね。それとも前から心は決まってたのかな? まったく、面倒臭いったらない」

 

 気づけば安心院は消えていて、綺麗に畳まれた学ランだけが残されていた。『置き土産ってわけか』と独りごちて、球磨川は袖を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十四敗『ごめんなさい』

 

 ──カルデア、管制室。

 

「『契約の箱(アーク)』にアルゴノーツ、女神の生贄による世界の崩壊か……随分難しくなってきたね」

 

 その絵画のような端正な顔立ちを曇らせて、ダヴィンチはモニターを見つめていた。が、ドアの開閉音を耳にして振り向いた。

 

「お帰り、ロマニ。向こうの様子は良くも悪くも変化なしだ」

 

 現在藤丸たちは、アルゴノーツが求めているアークを捜して島を回っている。揺れる海面に反して戦況は静かなもので、アークに連なる手がかりはなければ敵からの接触もなかった。

 

「了解。楽な展開を期待していたわけじゃないけれど、今回も厳しくなってきたね」

 

「ああ。私も決して期待していたわけじゃないんだけれど、その様子を見ると、どうやらそちらも聞くまでもない展開だったみたいだね」

 

「そうしておいてくれると助かるよ」

 

『何が助かるって?』

 

「うおっ!?」

 

 背後から響く声。音も気配もなく忍び寄ってきていたのは球磨川禊だった。思いもよらぬ人物の登場にロマニは動揺し、ダヴィンチは眉を顰めた。

 

「く、球磨川くん……!? いつからそこにいたんだい!?」

 

『あはは、今来たところだぜ』『そういえばロマンちゃん、ご飯ありがとう。美味しかったよ』

 

「それはよかった。……球磨川くん、それでさっきの話だけど」

 

「ちょっと待ってくれ、ロマニ」

 

 話を遮ったのはダヴィンチだった。その言葉を受けて、『……何かな、ダヴィンチちゃん』と球磨川が応じる。

 

「ひとつ聞きたいんだが、君は()()()()医療スタッフとしてサポートするために来てくれたんだよね? いや、どう言った理由にしろ、この状況でのアシストには感謝しかない。いくらでも歓迎したいんだけど──」

 

『………………………………』

 

 閉口する球磨川。しかし、神妙な面持ちで頭を下げた。

 

『ごめんなさい』

 

「……え?」

 

 思いもよらなかった球磨川の反応に、ロマニが思わず声を漏らした。球磨川は姿勢を直して、言葉を続けた。

 

『今までレイシフト中の反応を誤魔化していたのも、所々で起きたおかしな事象も、すべて僕の魔術──じゃなくて、スキルの力なんだ』『あれこれ聞かれるのが面倒で、ずっと隠してた』

 

「……隠し事をしていたこと自体は、みんな気づいていた部分ではある」

 

 球磨川の言葉で場に生まれた重い空気を壊して、ダヴィンチは話し続ける。

 

「話したくないことがあるなら別に話さなくてもいいさ。でも──これから、私たちの味方でいてくれるかどうか。それだけはここでハッキリさせてほしい」

 

「──味方さ」

 

 括弧つけずに、球磨川はただ淡々と言葉を放つ。

 

「僕はカルデア(きみたち)の味方さ。こんな状況だって希望を捨てない愚か者(きみたち)の、絶望(マイナス)に抗う弱き者(きみたち)の味方だよ。それだけは、約束させてほしい」

 

「──よし、その言葉さえ聞ければ満足さ!」

 

 これまでの張りつめた空気を緩めるように、ダヴィンチは微笑んだ。

 

「それだけ聞ければ後はなにもいらない! 医療スタッフとしてサポートしてくれ、なんて指令は撤回だ! 球磨川くん、君には現地で藤丸くんとともにこの特異点の修正に挑んでほしい! 厳しい状況だが、どうか力を合わせてこの困難を乗り越えてくれ!」

 

「……いいのかい、そんなにあっさり信用して?」

 

「いいんだよ。だって、()()()()()()()()()()()()()()

 

 嬉しそうに笑うロマニを見て、球磨川はきょとんと間の抜けた表情を浮かべる。しかし再び破顔して、『あーあ……ロマニちゃんには敵わないぜ』と括弧つけた。

 

「もう霊子筐体(コフィン)の準備は出来てるよ。さあ、時間が勿体ない! レイシフトして、特異点の解決に赴いてくれ!」

 

『やれやれ、ダヴィンチちゃんも意外とせっかちだねえ』

 

 おどけたように笑って、球磨川は霊子筐体(コフィン)に乗り込んだ。もう二度もしている経験だというのに、やけに胸の奥がこそばゆくなるのは何故だろうか。『また勝てなかった』と小さく呟いて、過負荷は目を閉じた。



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第四十五敗『振り返るのも悪くない』

 ──目覚めれば、視界には憎たらしいくらいの青空が広がっていた。起き上がって見えたのは何処までも広がっていそうな青い海。程よく波が立つ様子を見て『サーフィン日和かな』なんて球磨川は括弧つけた。カナヅチ故、サーフィンどころかまずまともに泳げないのだが。

 

『……よし、聞こえてるよね球磨川くん?』

 

『ああ、バッチリだぜ』

 

()()()()まともに繋がった通信に、ロマニは安堵しているようだった。

 

『近くの海域に藤丸君たちがいるから、迎えに来てもらえるよう頼んでおくよ。少し待っていてくれ』

 

『ああ、のんびり待ってるぜ』

 

 とはいえそう言われて素直に待つ球磨川ではない。通信が切れたのを確認すると同時に、ゆっくりと背後を振り返り、生い茂る森林を見つめる。

 

『立夏ちゃんたちが着いた途端、原生生物に襲われたりなんかしたらたまったもんじゃないからね』『しょうがない、僕が先行して安全確保しておいてあげよう』

 

 やれやれと言いたげなハンドジェスチャーとともに、森の中に踏み出そうとした球磨川だったが、「待て!」という静止の声に、思わず立ち止まらなかった。

 

「おい聞こえなかったのか、待てと言っている!」

 

 女の声だった。今度は一度立ち止まって、反論を始める。

 

『だが断る』『一方的に命令してくる輩ってのが僕はどうにも苦手でね。人に待てというなら、それに足る理由を示すべきだ!』

 

「なっ……!」

 

「うん、確かにその通りかもしれない。大人しく顔を出させてもらおう。さあ、いきましょうか」

 

「こら、手を握るな!」

 

 夫婦漫才みたいなことをしながら現れたのは謎の二人組だった。ぴょこんと立った獣耳と尻尾が目立つ長髪緑髪の弓を持った女性と、杖を持ち、胡散臭い笑顔を浮かべている碧髪の男性。球磨川を見据え、「さて、今一度聞かせてもらおうか」と威圧感たっぷりに言う。

 

「汝はアルゴノーツを敵とするものか!? それとも既に諦め、屈したものか!?」

 

『──ああ、それなら味方さ』

 

 球磨川の言葉を受けて、二人は瞬時に距離を取って得物を構える。漏れ出る殺気に気づいた球磨川は、『や! 違う違う、そうじゃなくって!』と全力の身振り手振りで無害をアピールする。

 

『そういうことなら、僕は君たちの味方さ──そう言いたかったんだ』

 

「そうならそうとハッキリ言え、紛らわしい」

 

「まあまあ、敵じゃないならそれでよかったよ」

 

『もしもし球磨川くん、聞こえるかい。藤丸君たちに連絡したから、そろそろ着くはず──って何だこのサーヴァント反応!?』

 

『やあロマンちゃん、遅かったね』『味方二人、ゲットだぜ!』

 

『いや状況をちゃんと説明してほしいんだけど!?』

 

 呆れたように『しょうがないなあ、紹介するぜ』と話す球磨川だったが、二人のことを何も知らないことを思い出して閉口した。嘆息して、獣耳の女性が口を開いた。

 

「アーチャー、アタランテ。フランスの特異点にもいたのだが──汝とは顔を合わせていなかったな」

 

『そうだね、よろしく!』『それで、そちらの緑の人は?』

 

 杖を持った男は「僕かい?」と杖を回しながら答えた。

 

「クラスはアーチャー、真名はダビデ──君たちが探し、そして彼らが求める『契約の箱』の所有者だ

 

 

 ──────────―

 

 

「おーい、禊君ー!」

 

『やあ、久しぶり立夏ちゃん……』

 

 久々の再会に、テンション高めな藤丸である。対する球磨川の様子を見てマシュは「あの……球磨川さん。やけにボロボロのように見えるのですが、もしや戦闘の痕でしょうか」と恐る恐ると言った様子で聞く。

 

「いや、制裁の痕だ」

 

 そう答えたのは腕組みするアタランテだった。

 

『いやだなあアタランテちゃん、ちょっとした冗談だったのに』

 

「冗談で済むか!」

 

「い、一体禊君は何をやらかしたんだ……」

 

『その獣耳と尻尾って本物? って聞きながらその二か所を撫でたみたいだね。アタランテの「ひゃんっ!」って悲鳴と球磨川君がボコボコに殴られる音が音声ファイルに──』

 

「消せ、今すぐそれを削除しろ!!」

 

 ロマニの解説に、顔を赤らめながら怒るアタランテだったが、「こほん!」とダビデがわざとらしい咳ばらいをして、話を戻した。

 

「本来なら酒や食事で饗宴を開きたいところだけど、そんな余裕もなさそうだ。先に『契約の箱』について話そう」

 

「いいじゃない、話の直截的な男は好きよ?」

 

 幼くも美しい紫髪の女神、エウリュアレの相槌に「それはどうも、女神様」と反応してダビデは話を続ける。

 

「アークは僕の宝具だ。とはいえ性能は三流でね、この箱に触れさせれば相手は死ぬ──それだけだ。とはいえ悪用は出来るだろうね、正確に言えばアークは僕の所有物という訳ではないんだ。霊体化もできないから、奪うこと自体は出来ないわけじゃない──しかもアーク自体は独立した一つの宝具だから、僕が死んだところで残り続ける」

 

『それにエウリュアレちゃんを捧げる』『ってのは、一体どういうことなんだい?』

 

「本来神霊たる彼女がアークに捧げられるとすれば──恐らく、この世界そのものが『死』ぬだろうね。どれほど低ランクであろうと神は神だ。それが死ぬとなれば、つられて世界も死ぬだろう。だってアークは、そういう時代にあった災いなんだから。本来なら周囲一帯の崩壊程度で済むだろうけど……えーと、ここは本来存在しない特異点だろう? そんないい加減な世界なら、恐らく崩壊に耐えられない」

 

『なるほど、すべてが一瞬で()()()()って訳だ』

 

「なら何としてでもエウリュアレを守らないとね!」

 

 決意を新たにした藤丸たちの次の議題は、敵の中の一番の曲者──ヘラクレスをどうするか、という物だった。

 

「ただでさえ強いのに、十二回殺さないと死なないなんてねえ……今はアステリオスのおかげで十回だが」

 

 海賊フランシス・ドレイクの言葉に、マシュが頷く。

 

「それでも相当厳しいですよね……あのアステリオスさんが命を賭して、ようやく二回……ダビデさんにアタランテさん、球磨川さんたちも合流してくれましたが、それでも戦況は厳しいかと……」

 

『ダビデちゃんダビデちゃん、ちょっと聞きたいんだけど』

 

「フレンドリーな呼称で嬉しい限りだ、なんだいそちらのマスター?」

 

『契約の箱ってのは“死”って概念を付与するものってことでいいんだよね?』

 

「ん……多分そういう解釈で問題ないと思うよ」

 

「何か思いついたの、禊君?」

 

『ああ』『僕がいたところには、殺しても死なない人外とか壊されても動き続ける女の子とかがいたんだけど』

 

「えっ、何の話!?」

 

『昔の話さ』『そして、その昔の話から着想を得た作戦さ』

 

 球磨川は『時には振り返るのも悪くない』なんて笑ったが、あるいはそれは──身の上を話す決意をしたからこその着想だったのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十六敗『生きるためにはね』

 

 

※※※※※※※※──ッ!! 

 

 大地を揺るがす咆哮が、七つの海へと響き渡る。声の主は砂浜を一瞥すると、女神(エウリュアレ)を傍らにした藤丸へと、海を蹴って駆け寄っていく──! 

 

「来たわよ、藤丸。……いいえ、マスター!」

 

「よし、逃げるよエウリュアレ! 全力で!!」

 

『経路は僕が指し示す! 藤丸君はとにかく、目標の地点まで全力で走ってくれ!』

 

「了解、ドクター!!」

 

 言い終わる前に藤丸は駆け出す。エウリュアレの手を引き、深い密林の中へと。しかしその足は当然ながら、狂戦士(ヘラクレス)と比べれば、歩いているのと相違ないような速さだ。すぐに追いつかれる。故に彼らを庇うように、サーヴァントたちが立ち塞がる。

 

「予想通りエウリュアレさんを狙ってきました! まず、ここで抑えます!!」

 

「トコトン援護するよ! この作戦は、ここでの踏ん張りにかかってる!」

 

 障害たるマシュたちへ、ヘラクレスは得物を振り被る。大木でさえチーズのように易々と切り裂くその一撃を受け止めたのは、マシュの大盾だった。

 

「ここは……! 通しません!」

 

「どきな、デカブツ!」

 

「二大神に奉る……! 『訴状の矢文(ボイボス・カタストロフェ)』!!」

 

 ドレイクの放った一発が、アタランテの放った宝具が。肉を削ることは叶わずとも、大英雄に僅かな隙を生み出す。その隙を逃さず、マシュは震える両手で大盾を振り上げる。

 

「やあっ──!」

 

 大英雄の一撃は跳ね除けられた。しかし、それで止まる彼ではない。もう一度高らかに吼え、続けざまに得物を振り下ろす。しかしマシュも一歩も引かない。その小さい体躯を全力で支え、真正面から押し止める。文字通り矢継ぎ早に行われる援護の甲斐もあって、十も打ち合う頃には藤丸たちの姿は、もう見えなくなっていた。

 

「※※※※※※※──!」

 

 標的の姿がここにないことに気づいたのか、ヘラクレスはマシュたちを無視して密林の奥へと駆けていく。

 

「はあ、はあ、はあ……! やはりエウリュアレさんたちの方へと向かいました!」

 

「計画通りだね。さあ、僕たちも追おう」

 

 

 

 

『球磨川君、そろそろ二人が合流地点に到着する! 準備はいいかい!?』

 

『うん』『いつでもいいぜ』

 

 身体をほぐしながら答える球磨川。ぽきぽきと子気味いい音が響く。今回の計画は、まず海上のアルゴノーツをアーチャークラスのサーヴァントたちで狙撃することで、ヘラクレス本人だけを島におびき寄せることが第一段階。囮としてエウリュアレを見せながら、マシュたちに足止めしてもらうことが第二段階。そしてここからが第三段階、走者を藤丸から球磨川に変えての、()()()までの全力レースである。

 

「ちょっと、もっとキリキリ走りなさい!」

 

「これ、でも、全力ですっ!!」

 

 見た目は少女であっても、サーヴァントと人間の体力差は大きい。いつの間にかエウリュアレが藤丸の手を引いて走っていた。必死そうだった藤丸だが球磨川の元へ辿り着き、「お待たせ! 後は頼んだぜ、禊くん!」と、バトン代わりの女神を託した。

 

『任されたぜ立夏ちゃん……!』

 

「くるぞ!!」

 

 オリオンが叫ぶと同時に、密林からヘラクレスが飛び出してきた。一直線に女神へと駆ける姿は鬼神の如し。しかし、その進路を女神が阻む。

 

 

「私も行くよー! 宝具展開、愛を唄うわ! 『月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)!!』

 

「※※※※……!」

 

「追いつきました……! もう一度勝負です、英雄ヘラクレス!」

 

 その一撃にはヘラクレスと言えど足を止めざるを得なかった。その隙に、後ろからマシュたちが追いつく。

 

「さあ禊くん、今のうちに!」

 

「ここは任せたぜ、立夏ちゃん!」

 

 エウリュアレの手を引き、今度は球磨川が全力で走る。草原を駆け、密林を抜け、砂地が見えてくるころにはもう、球磨川の体力は限界だった。

 

「もうちょっとの辛抱だから頑張りなさい!」

 

『はあ、エウリュアレ、ちゃん……!』『ちょっと、休憩、しない……!?』

 

「何言ってるの! もっと全力で走りなさい! そのまま永遠の休息になってもいいの!?」

 

『別にいいよ……! ほら、ここは僕に任せて先に行け!』

 

「あー、もうっ!」

 

 大変怒った様子のエウリュアレは、球磨川を抱え、先程より幾分か速度を落としながら走る。「女神の手を煩わせるなんて万死に値するわよ、あとで貢物用意しておきなさいよね!」と、文句を言いながら走る。目を丸め、何処かデジャブを感じながらも球磨川は『ああ……何か考えておくよ』と、静かに口角を上げた。

 

「はあ、やっと追いついた! って禊くん!? 何やってんの!?」

 

「来たわねマスター。このお荷物は任せるわよ!」

 

『任せた、立夏ちゃん!』

 

「いや重いって! 俺も結構しんどいんだからね!? ほら、ちゃんと立って!」

 

 肩を組み、二人三脚で砂地の奥──地下墓地へと、三人は駆ける。中腹近くまで来て、彼らの他に大きな足音が反響していることに気づく。

 

「来たわね、もう逃げ道はないわよ──怖い?」

 

『怖くない』

 

「俺は──正直言って、怖いかな。足が笑ってるよ」

 

「そう──素直ね。その感情を大切にしなさい」

 

 見た目にそぐわない慈悲深い笑みを浮かべ、エウリュアレは目前に迫った()()()を見据える。

 

「止まったら追いつかれるわ、()()を飛び越えなさい!」

 

「えっ、自信ないよ!」

 

「いいから飛びなさい、私を信じて!」

 

『チキンだなあ、立夏ちゃん。やるかやらないかじゃない──やるしかないのさ』

 

 生きるためにはね、と括弧つけずに球磨川が言った。二人の言葉のお陰か、藤丸の覚悟も決まったようだった。

 

「よし……行くぞ!」

 

「いいわね、いくわよ!? 1、2の、3──!」

 

 軽やかな跳躍。寸でのところで二人は──()を飛び越えた。

 

「や、やった……! やればできるじゃない、貴方たち!」

 

「やったね、禊くん……!」

 

『ああ……!』

 

 拳を突き合う二人。しかし、その背後にはヘラクレスが迫っていた。だが、あと一歩というところ──棺の目前で、彼の足は止まる。

 

「気づいたようね、ヘラクレス。私たちの間にあるその箱が何なのか……!」

 

「そこまでだ、ヘラクレス!」

 

 丁度そのタイミングで、彼の後ろから仲間たちが到着する。挟み撃ちの形。実力としてはヘラクレスに大きく劣る彼らが選択したのは、この搦め手だった。

 

「あなたの目の前にあるのが、イアソンが求めていた宝具です。触れれば死をもたらす『契約の箱(アーク)』、今のあなたを倒すにはこれ以外ない」

 

『君を此処で仕留めよう──覚悟はいいかい?』

 

「全軍、用意ぃぃぃ!!」

 

 ドレイクの号令とともに、アタランテが、ダビデが、アルテミスが弓を構える。

 

「押しこめぇぇぇぇ!!!!!」

 

「※※※※※※※※……!?」

 

 嵐のような弓撃が、銃撃が、一撃が、ヘラクレスを一歩一歩と後退させる。その踵が『契約の箱』に触れた時、大きな咆哮とともに、彼の体は消失した。

 

「やった……のかな……!?」

 

『霊気反応消失……! お疲れ、ヘラクレス撃破だ!』

 

「……ふう、よかった……! 上手くいったね、禊くんの作戦!」

 

『ああ、みんなのお陰だぜ』

 

 球磨川が着想を得たのは、獅子目言彦という御伽噺の英雄の力だった。『不可逆の破壊を与える』というその能力により、不死身に人外や再生力の塊みたいな主人公の体をズタボロに壊してきた彼のことを思い出して、『死』という概念そのものともいえる『契約の箱』をヘラクレスにぶつければ、十二回殺せるのではないか──と思いついたのだ。尤も、そのまま復活してくる可能性もあった以上、少し賭けだったのは否めないが。

 

「頑張ったわね、貴方たち」

 

『労いの言葉ありがとう、エウリュアレちゃん』『褒美として、貢物の約束を取り消してくれてもいいんだぜ?』

 

「それはできない相談ね、一生かけて貢ぎなさい?」

 

 彼らのやり取りを見て、周りもどっと笑った。しかし和やかな雰囲気も束の間、球磨川は括弧つける。

 

『さあ──最終決戦だぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四十七敗『いいかげん現実を見た方が』

『やあ、お久しぶり』『ええっと……イヤホンさん?』

 

「イアソンだ!! 忘れるなクソガキ!!!」

 

 首を傾げた球磨川の煽りに、イアソンが激高した。と同時に幽霊でも見たような顔をする。

 

「ちょっと待て、お前らが何故ここに……!? ヘラクレスはどうした!?」

 

「おいおい、そんな野暮なこと聞くまでもないだろ。なんでアタシらがここにいるのかなんて、そんなのデカブツを仕留めたからに決まってるだろう?」

 

 船の船首に片足を乗せたドレイクが、狼狽えるイアソンに向けて不敵に笑った。

 

「そんな馬鹿な……! アイツはヘラクレスだぞ、不死身の大英雄だ! 英雄(オレ)たちの頂点に立つ男だ! それがお前らみたいな寄せ集めの雑魚どもに倒されるはずはないッ!!」

 

『富士見の英雄だか何だか知らないが、地元の話なんか持ち出すなよ』『いいかげん現実を見た方がいいぜ』

 

 仲間たちを見回して、球磨川は括弧つける。

 

『──僕たちは雑魚じゃない』

 

『正確には僕以外はね』と心の中で付け足しつつ。だがまあ、そんなことは誤差だった。

 

「くっ……ひとまず引くぞ、メディア! 聖杯で増援を呼べ!」

 

「そんなことさせると思ってるのかい? 砲撃よぉし!」

 

 ドレイクの掛け声に合わせて、砲口が一斉にアルゴー号を狙う。

 

「──藻屑と消えな!」

 

「防壁を張れェ!」

 

 言われるまでもなく、メディアは魔術で壁を張り、ヘクトールは弾をいなして船から逸らす。だがたかが砲弾はそれで防げようと、ダビデとアタランテ、それにオリオンという名だたるアーチャーの弓撃にはそうはいかない。

 聖杯の力でシャドウサーヴァントを生み出して反撃を試みるが、藤丸たちはそれもいなしてみせる。あれよという間に船は接近し、彼らはアルゴー号に飛び移った。

 焦るイアソンは、小さく舌打ちして傍らの槍兵を見遣る。

 

 

「クソ……っ! こうなったら、ヘクトール!」

 

「へいへい、わかってますよ」

 

 猫背の男は、気だるげに槍を持ち替えて、彼らの前に立った。こめかみをポリポリと書いてから、まるで友人に話しかけるように微笑む。

 

「や、藤丸くんと球磨川くん……だっけ? 遠路はるばるご苦労さま」

 

『そういうあなたはヘクトールさんか』『雑談して時間稼ぎしたいみたいだけど、あいにくそうは問屋が下ろさないんだよ、ね!』

 

「バレましたか」

 

「おっと、こりゃ鋭い……!」

 

 聖杯を用いて増援を呼ぼうとしていたメディアが舌を出す。ヘクトールの顔面に一発螺子(ねじ)込もうとした球磨川は、しかし槍によって受け止められる。

 

 

「……が、太刀筋は軽いね!」

 

『くっ』

 

 跳ね除けられた隙に、胴に鋭いキックが叩き込まれる。それを受けた球磨川は、勢いよく飛ばされ、そのまま海上へと飛び出した。

 

『ぷわっ』

 

「禊くん!?」

 

「おっと、余所見してる場合かい?」

 

「させません!」

 

 藤丸(マスター)を狙って正確に繰り出された刺突を、重厚な盾でマシュが弾く。「へえ、ちっとはやるじゃないの」と歴戦の戦士は好戦的な笑みを浮かべた。

 

「そらそらそら!」

 

「くっ……!」

 

 目にも止まらぬ達人の連撃を、マシュは紙一重で守り続ける。アーチャー陣はそれをカバーしたいものの、ヘクトールの立ち回りのせいで狙いが定めづらく、マシュを巻き添えにするリスクを鑑みると弓を射ることができない。かといって、安易に接近すれば狩られることは必至だろう。近接戦を得意とする特異な弓兵など早々いないのだ。

 

 

「どうした、守ってばかりでは勝てないぜ!?」

 

 ヘクトールは、一際重い突きを繰り出す。マシュは全力でその一撃を受け止めたものの、反動で少し脇が甘くなる。その隙を逃す彼ではない。

 

「もらった……!」

 

「こっちがね!」

 

 死角からの一撃。音速を超える弾丸が、ヘクトールの胸を撃った。危険を察して慌ててバックステップを取ったことで急所は免れたものの、生じた隙はほとんど敗北を意味していた。

 

「二大神に奉る……! 訴状の矢文(ボイボス・カタストロフェ)!」

 

「さぁダーリン、愛を放つわよ! 月女神の愛矢恋矢(トライスター・アモーレ・ミオ)!!」

 

 

 アタランテとアルテミス、それぞれの宝具は正確にヘクトールを狙い撃った。出血する胸を抑えて、老兵は顔を顰める。

 

 

「ぐっ……あーあ、慣れない悪役(コト)なんてするもんじゃないねまったく……せいぜい、がんばれよ」

 

 

 その応援は誰に向けたものだったのか。しかしどこにも届かず、戦いは未だ続く。

 

 

 

「なっ……ヘクトール!?」

 

「ヘクトールも逝きましたか。どうなさいます、イアソンさま? 降伏も撤退も叶わず、残った私にできることは治癒と防衛だけ。さあ、ご命令を」

 

「うるさい黙れッ! 妻なら妻らしく、夫の身を守ることだけ考えろ!」

 

「ええ。もちろん考えています、マスター。だってそれがサーヴァントですものね?」

 

 イアソンとメディア、二人の会話はどこか歪に見えた。

 それは決して追い詰められている現状のせいではなくて、元から歯車が噛み合っていないような──

 

 

『やあ、そこのポニーテール少女』『そんなDV男なんて見捨てて、僕みたいに軟弱な男に乗り換えたほうがいいぜ?』

 

 いつの間にか引き上げられていた(泳げないので)球磨川が、息も絶え絶えといった様子で言った。

 

 

『今なら期間限定で、水も滴るいい男だからお得だよ』

 

「あいにく私には、この人以外考えられないので」

 

『ふうん、かわいそうに』『君が静かにイカれてるってことだけは、なんとなくわかったよ』

 

「うふふ」

 

 静かな微笑。とても窮地に立たされているとは思えない安らかなものだった。

 周りのサーヴァントたちの殺気を受けて気が気でないイアソンが「おい、そんな呑気に喋っている場合か!?」と声を荒げて言った。

 

 

「大丈夫ですイアソンさま、あなたは私が守ります」

 

「お前、この状況でどうして笑っていられるんだ……!?」

 

「あなたを守る力が、()()にあるからです」

 

「え?」

 

 聖杯を片手に、魔女は微笑んだ。そしてそれはイアソンの体と同化していく。間抜けな声が一つ、漏れた。

 

「なっ! おま、おまえ!? 何をする! ヒッ! や、からだ、とけっ……!?」

 

「聖杯よ。我が願望を叶える究極の器よ」

 

「が、ぎ、が、あ、ぎいいいいいい!!!」

 

 メディアの詠唱に合わせて、イアソンの体が溶けていく──内部から造り変わっていく。

 

「顕現せよ、牢記せよ。これに至るは七十二……!?」

 

 メディアの詠唱が止まる。否、()()()()()。彼女は信じられないと言わんばかりに、口をぱくぱくと動かす。負完全が、ニヤリと笑った。

 

 

大嘘憑き(オールフィクション)』『君の詠唱をなかったことにした』

 

「な……! そんな魔術、ありえないです……!」

 

魔術(スペル)じゃなくて欠点(スキル)だからね、ありえないことなんてないんだよ』『願望を口にしきらなければ十全の力は発揮できないだろう?』

 

 イアソンは赤黒く細長い歪な化け物には変化したが、前回見たような柱にはなっていない。明らかに失敗だった。

 

「そんな、海魔フォルネウスが……!」

 

「……()()()()()()だって……!?」

 

 メディアの言葉に、何かを察した様子のダビデ。だが動揺も推理も、勝ってからでないと始まらない。

 

 

『勝ちにいこうぜ』



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第四十八敗『羨ましくなっただけさ』

「獲りました、マスター!」

 

「よし、みんなも無事だね!?」

 

『ああ、立夏ちゃんたちの尽力のおかげだぜ』

 

 全員、ほとんど無傷で戦いは終わった。球磨川のスキルによって、イアソンの魔神柱化を食い止められたことが大きかっただろう。

 

 

「お、あ、が……メディア、めでぃあ、めでぃあ……」

 

『元の体に戻れてよかったね、イヤホンくん!』

 

 聖杯により変質した魔力が抜けきったからか、どうにか元に戻ったイアソンが、満身創痍の様子でメディアを見つめている。

 

「──はい、イアソン。どうなさいました?」

 

「……なおしておくれ、ぼくのめでぃあ。いたいんだ、いたいんだよぅ……!」

 

 陽を受けて輝いていた金髪は乱れ果て、その双眸は苦痛の色で満ちている。

 

「…………」

 

「なにをやっているんだ、こののろま……なおせと、いっているだろう」

 

 治癒と防衛しかできないと言っていた魔女は、瞳を伏せていた。

 

 

「──できません、イアソン。ごめんなさい」

 

「…………………………え?」

 

「だって私も、もう倒れます。残念でした。本当なら、あなたと共に世界は沈み、幸せなまま終わることができたのに」

 

「……おまえ、やっぱり……」

 

 メディアは空いた胸から血を流しつつも、天を仰ぐ。

 

「この私には関係ないことだけど、たしかに彼女(メディア)はイアソンのことが大好きだった。どうしようもなく残酷で、弱い癖に、どこまでも無邪気で、人を惹きつけて放さないあなた。そんなイアソンに、彼女(わたし)は恋をした」

 

 その瞳は憧憬を抱いていた。彼に、そして彼女に。それはまるでベッドの中で聞かされた、御伽噺に憧れるように。

 

「でも、あなたはすべてを裏切る。そういうふうにしか、生きられない人だから。だったら──裏切られないよう、世界ごと沈んでしまった方が楽でしょう?」

 

「まじょ、め……うらぎりの……まじょめ……!」

 

 翡翠の双眸に、憎悪と憤怒の色が混ざった。

 

「しね、しね、くたばれ! ちくしょう、ちくしょう、畜生──!」

 

 恨み言を吐きながら、イアソンの体は消滅した。それを見守ってから、メディアはぽつりと呟く。

 

「……ごめんなさい、イアソンさま」

 

『彼もきっと、君を恨みきっていたわけではないさ』『最後のアレはきっと、自分の弱さが許せないが故の本音だろう。気にしないであげてくれ』

 

「……ええ、きっとそうなのでしょうね」

 

『立場は違えど、君のやりたかったことを否定はしないぜ』

 

 ふっと微笑を浮かべ、メディアは瞳を閉じた。

 

「ごめんなさい、イアソンさま。彼からあなたを守りたかったけど、私には手段がなかった」

 

 慌てたようなロマンの声が響く。『メディアの霊気反応が消滅しかかっている……いや、その前に! 藤丸くん、彼女に質問を!』

 

 

「あっ、あなたもレフの仲間だったんですか!?」

 

「……それを口にする自由を、私は剥奪されています。魔術師として私は彼に敗北していますから」

 

『それは、つまり──』

 

「ええ、どうか覚悟を決めておきなさい。遠い時代の最後の魔術師たち。魔術師では、あの方の力には絶対に及ばないのです」

 

 もっとも、魔術師じゃない方もいらっしゃるようですが──と、能天気に笑う球磨川に視線がいった。

 

 

「勝つために、星を集めなさい。いくつもの輝く星を。人間の欲望にも、獣性にも負けない、嵐の中でさえ消えない、(そら)を照らす輝く星を──」

 

 

 メディアもまた、イアソンの後を追うように逝った。彼女のいた後に残った、金の杯をマシュは拾い上げる。

 

 

「消滅確認。聖杯の回収も完了しました。残敵もなし。時代修正──完了です」

 

 

 

 

 

 

 戦いは終わった。

 共に戦った海賊たちが、英霊たちが、笑いながら、惜しみながら、されど朗らかに消えていく。

 消える間際、ダビデとロマンにより魔神柱やソロモン王に関する議論が繰り広げられたが、理解は進んだものの答えが出ることはなく、別れの時が来た。

 

「さて、僕もそろそろいくよ。また何かあったら呼んでくれ、それなりに力になるよ」

 

「頼りにしてるよ、ダビデ」

 

「それから……球磨川くんだっけ?」

 

『ん、呼んだ?』

 

「君からはちょっとだけソロモンに似たものを感じるね。愛人が十人くらいいたりしない?」

 

『生憎、恋人すらいないよ』『キスもまだのウブなねんねだから、たぶん他人の空似だね』

 

「そうかもね。まあ──もし彼に会えたなら、仲良くしてやってくれ」

 

 それじゃ、と手を振って、ダビデは光になった。

 

「アタシもそろそろかな?」

 

「船長、お世話になりました!」

 

「こっちこそ、アンタらとの旅、楽しかったよ!」

 

 忘れちゃうのは切ないけどね、と続ける。

 

 

「ほらマシュ、何辛気臭い顔してんのさ。旅は道連れ世は情け、出会いと別れは紙一重だよ? これまでもそうだったんだろ? 一々気にしてちゃキリがないさ」

 

「……そうですね。あの、ドレイクさん──」

 

 

 マシュは滔々と、旅の最中指摘されていた、マシュ自身の旅の中での目的、抱える葛藤を語る。それにドレイクは、海賊らしい刹那的な、それでいて底抜けに明るく、前を見つめた死生観の話で返して、これからの旅への激励(エール)が贈られた。

 

 

 その様子を、球磨川はどこかぼんやりした様子で見つめていた。

 

 

『どうしたんだい、球磨川くん』

 

『いや』『大したことじゃないんだけどね、少し羨ましくなっただけさ』

 

 眩しいものでも見るように、球磨川は二人を見つめる。

 

 

『彼らはどこまでも真っ直ぐだ』『(ぼく)とは違う』『願わくば、そのまま進んでくれることを願ってしまうよ』

 

『……僕から見れば、球磨川くんも相当まっすぐだと思うよ? 悩んでも苦しんでも、それでも共に戦ってくれたし、それに──』

 

『みなまで言わなくていいぜ、ドクター』

 

 括弧つけた青年は、大海を眺めて笑う。

 

 

『彼らこそ、燦然と輝く一番星だよ』

 

 



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