魔法科高校の贋作者 (ききゅう)
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プロローグ
対馬奪還編


 かつて少年は地獄を見た。家がある筈の場所には炎が上がり、暗い筈の空は仄かに明るい。地獄の中を歩く少年は死屍累々に目を塞ぎ、助けを求める声(呪い)には耳を塞いだ。歩く度に肺を締め付けるかのような息苦しさに耐えきれず、遂に手を突くことさえままならず倒れる。目の前に広がる光景(地獄)に絶望した。誰一人として救えない自身の無力さを悔いた。少年に出来る事といえば死を覚悟することだけ。思えば少年の自身の生への執着はここで失われたのであろう。しかし少年の覚悟を知ってか知らずか唐突に名も知らぬ男に救われることになる。男に命を救われた。男が地獄の中で見せた表情(かお)に救われた。やがて少年はその男の養子となり、男が嘗て抱いた夢(正義の味方)に憧れるようになった。

 

 少年を救った男は故人となり、少年は青年になった。

 

 青年はある夜、運命に出逢う。過酷な戦いの中で、多くの(人生)を知った。1人の女性を愛した。

――そして誰もがその願望機に己が願いを託さんと命を賭し、散らしていった。

 

 戦いを終え青年は守護者となり、世界の一部となった。守護者は力を得て幾度となく世界を救った。かつての地獄のように無力な自分を恨まずにすむ。目の前で悲しむ人を助けることができる。最初はそう信じて疑わなかった。確かに守護者はあらゆる時代で多くの命を救った。だが多くの命を奪いもした。多くを見捨て死屍累々を築き、守護者はようやく悟った。正義の味方なんてものはありはしない。それどころか自身がかつての地獄と同じように絶望の元凶になっていると。夢に裏切られた守護者はかつての自身を恨まずにはいられなかった。地獄の中で無力だった時の自分と変わりはしない。

 

 それでも守護者はある機会を待ち続けた。いつか過去の自身を殺すことができる機会がくるかもしれないと。可能性としては限りなく低いが、その機会だけが守護者にとって唯一の希望だった。永遠にも近い時の中で守護者はようやくその機会を得た。嘗て過ごした場所で過去の自身を殺す為に剣を振るった。全ての始まりである場所で過去の過ちをやり直す為に矢を放った。だが遂に、その願いが叶うことはなかった。

 

 ただ答えは得た。後悔はある。だがそれでも、自分は間違えてなどいなかった。

 

 

<<1>>

 

 風を感じる。

決して比喩ではない。実際に背中に強く風を受けているのだ。それだけで自身がどういう状況なのかが分かった。

 

「ほとんど毎回の事とはいえ、空中に放り出されるというのは馴れることではないな」

 

 抑止力(カウンターガーディアン)として呼び出されたと思えば、これだ。いくら無名の英霊だとはいえもう少し丁寧に扱ってほしいものである。体勢を立て直し、地に足をつけた男は辺りを見渡す。身ぐるみを剥がされ暴行を受けたであろう女性の死体。片腕が吹き飛ばされている少年の死体。あの地獄と比較して良いものではないし、似たような戦場は何度も見てきた。それでも死体と瓦礫しかないこの様は不快と言える。そんな光景に顔を顰めつつも思考を切り替える。呼び出されたからには仕事がある。この時代の事を把握せねば。時代は2060年。場所は……対馬?ここが?瓦礫の山と積み上げられた死体しかない此の場所が?日本が戦場になるなど余程の事のはずだ。いったい政府は何をしているのか。英霊はさらにこの時代の知識を探る。

 

「……成程、第三次世界大戦が勃発したのか」

 

 全てに納得がいった。この世界は生前自身が過ごした世界とは異なる別の世界(パラレルワールド)らしい。また、この世界では地球の寒冷化によって食糧事情が悪化し、その補填として始まったエネルギー資源争奪戦争が世界大戦にまで発展し、日本も侵攻されているということ。

 

 そしてもう1つ。この世界には英霊が知っている物とは別物であろう魔法というものがあるらしい。原理を知ることは出来なかったが恐らく効果は魔術と大差が無いであろう。興味はあるがそこまで深く考える必要もあるまい。なにせ今回の排斥対象には対馬を占領している大亜細亜連合軍の魔法師も含まれるのだから。ただその排斥対象も今回は数が多い。どうやら海を渡った大亜連合本土の戦争好き(ベリコース)の閣僚、軍の高官まで対象に含まれているらしい。手間がかかりそうな仕事でたまらなく嫌になる。だが結局。

 

「やることはいつもと変わらないな」

 

 その顔には何時もと同じ皮肉を含んだ笑みを浮かべていた。

 

 

<<2>>

 

 約半年前に対馬を占領した大亜細亜連合軍に日本は手を焼いていた。なにせ軍を送ってもほとんどのCADが動作不良を起こし魔法が満足に発動せず、返り討ちに遭うのだ。かろうじて帰ってきた生き残りがその事を上層部に伝えると、最初こそCADの整備不良だと一蹴された。しかし回数を重ねるうちに上層部は大亜細亜連合による意図的なものと結論付けざるを得なかった。 

 

 

 苦戦を強いられてもうすぐ7ヶ月が経とうとしていた。国防軍佐世保基地は今回の独断作戦である対馬奪還を最後の作戦と位置付けた。CADの無力化に対抗しうる手段がないのだ。今回の作戦においても対抗策はないだろう。それなのに佐世保基地の上官はまだ手柄を立てようと躍起になっているのである。総司令部が国際魔法協会に救援を要請しようとしているにも関わらずだ。

 

 作戦内容が伝えられた。夜にまぎれて上陸し奇襲をかける。これだけだ。成功する筈がない。このような作戦など少し賢い子供なら思いつく。作戦に参加した岩本軍曹はそう思った。なにせこちらは自分も含めて230人程しかいない中隊規模。対して相手は少なくとも5000人以上の旅団規模。ただでさえ数でも負けているのに、魔法は使えないときた。自分達は事実上、捨て駒として扱われたのだ。

 

「……冗談じゃない!」

 

 思わず口に出してしまった。周りを見ると皆、目を伏せている。ほとんどの者は自身が死ぬことを疑っていないのであろう。そんな光景に岩本軍曹は自身を落ち着かせずにはいられなかった。

 作戦が始まった。対馬に上陸するまえにほとんどの仲間が倒れ、上陸できたのはわずか13人。全員が傷を負い、その内の1人は片目をやられた。通信機も退路もない。辛うじて洞窟に隠れることはできたが奇襲には失敗し、連合軍には警戒を強められ、もはや生きた心地がしない。手元の時計が正しければ、作戦開始から5時間は経っている。これからどうするか考えていると衛生兵の伊藤伍長が声を挙げた。

 

「逃げましょう! 体力のある今ならまだ可能性はあります!」

「海からか?巡視船に見つかってお仕舞いだぞ」

「だからといって何もしないわけには……!」

「無闇に動き回っても体力を失うだけだ。気持ちはわかるが落ち着け、伊藤伍長」

 

 こう言いはしたものの岩本も心的余裕はほとんどなかった。だからだろうか。突然洞窟の入口から聞こえてきた足音に警戒せざるを得なかった。

 

「君達は日本の軍人で間違いないかね?」

 

 かけられた声は拍子抜けするほど流暢な日本語だった。だが浅黒い肌、白髪、そんな男をすぐに日本人と認めることは出来なかった。

 

「誰だ!? 貴様、何が目的だ!?」

 

 伊藤は軽いパニックを起こしていて、今にも目の前の男に掴みかかりそうだ。

 

「質問しているのは此方なんだが、まぁ良い。だが相手に名を尋ねる時は先ず自分から名乗るのが礼儀というものではないのかね?」

「なんだと!」

「伊藤!!」

 

 岩本は伊藤を制し、後ろに下がらせた。

 

「部下が失礼した。自分は国防軍佐世保基地所属の岩本軍曹だ。貴公の名前と目的を伺いたい」

「私は名を……アーチャーと言う。目的は恐らくだが、軍曹たちと同じだ」

 

 

 

○○○○○

 

「あくまで本名は語らない、いや語れないのか。アーチャー殿の目的は大亜細亜連合からの対馬の奪還だという事で間違いないか?」

「あぁ、その認識で構わない」

「だが日本が対馬を奪還して日本以外の一体誰が得をする?」

 

 岩本はあくまで私の事を他国の諜報員と疑っているのか。……勘違いさせておくか。

 

「さぁな。それは私の答えることではない」

「……そうか。それで? 私たちに何か用があったのだろう?」

 

 対象を何百人か消した後、洞窟の方から日本語が聞こえたアーチャーは、初め対馬での日本軍の行動を把握する為に霊体化し会話を聞き取るだけのつもりだった。だが軍人と思われる者達は皆傷を負い絶望しているような面立ちだった。あきらかに今から戦いを挑むものの顔ではない。彼等を見捨てることは出来なかった。

 

「日本の軍の動きを知りたかったのだがな、雰囲気からすると生き残りはこれだけか」

「……そうだ。だが部外者の貴様に親切丁寧に軍の行動を教える義理がない。

……だから取引に応じてくれるなら教えてやっても良い」

「……言ってみろ」

「俺達を助けてくれ」

 

 岩本は頭を下げる。そんな岩本に伊藤は声を荒らげた。

 

「軍曹! そんな素性の知れない奴に頼むことは……」

「伊藤、我々だけで生き残れると本気でそう思っているのか?」

「っ……!」

「それに彼は傷1つ負っていないんだぞ。……あとはもう分かるな?」

 

 伊藤は悔しそうに、だが何かに納得したかのように目を閉じた。

 

「意見はまとまったかね?」

「あぁ」

「君たちを助けるのは構わない」

「本当か!」

 

 生きて本土に帰ることができるかもしれない。そんな希望が軍曹達に生気を取り戻させた。しかし、とアーチャーは言葉を続ける。

 

「条件を付け加えさせてくれ。なに、心配せずとも君達の命と比べれば安いものだ」

「言ってみてくれ」

「すぐにではないが、大亜細亜連合の本土に用がある」

「……我々にその手伝いをしろと?」

 

 岩本は焦りを感じた。ただでさえ領土の一部の奪還に苦戦を強いられているというのに、敵国の本土に乗り込むなど狂気の沙汰だ。そもそも何処まで近づけるかすらも分からない。そしてそれは仲間の命を危険にさらすことになる。だが岩本の最悪の想像を裏切るかのようにアーチャーの口から出たのは否定の言葉だった。

 

「まさか。海を渡る手段が欲しいだけだ」

「……良いだろう」

 

 迷いは無かった。いくら高価でも物であれば替えがきく。自分達の命と天秤にかけるまでも無かった。

 

「契約成立だ」

 

 

○○○○○

 

「成程。阻害されて魔法が発動できないと」

「あぁ。CAD無しでも発動させる奴が何人かいたが、そこにいる伊藤以外は上陸前に殺された」

 

 日本軍が苦戦している理由がようやく分かった。簡単に言えば、攻撃の要である魔法が使えず対抗策がないということだ。しかしアーチャーにはまだ疑問が残る。

 

「……現代兵器は通用しなかったのか?」

「あんたの国の技術がどれほどの物かは知らないが今の日本の技術じゃあ

 目標に着く前に魔法師に破壊されるのが落ちだ。勿論NBC兵器なんてもんは使ってないがな」

 

 現代兵器を破壊する程の力が有るとは魔法に対する認識を改めなければなるまい。だがまぁ、破壊するだけだ。かの女狐(メディア)に比べれば全く脅威ではない。だがだ。未知の力を持つ者を相手取るというのは何が起こるか分からない。

 

「侵攻軍の本部が何処かは分かっているのか?」

「正確な位置は分からないが、対馬駐屯地の辺りを利用している可能性が高い」

「捕虜がいる可能性は?」

「……無い。運良く生き残っている奴でも今頃は大亜連合の本土で人体実験を受けているだろう」

「……そうか」

 

 聞きたいことは聞き終えた。プランは既に出来上がっている。面倒ではあるがそれほど時間は掛からないだろう。それにあと3時間もすれば日が上る。

 

「……どこへ行く?」

 

 岩本に引き留められる。

 

「私の目的は既に伝えたはずだが?」

「……一人で行くつもりか」

「もとよりそのつもりだ」

「……伊藤伍長を連れていけ。彼には医術の心得がある」

 

 ――必要ない。そう断ろうとしたが、自分はまだこの世界の魔法に疎すぎる。

 

「……分かった」

 

 そう一言言い残し、彼は来た道を戻った。

 

 

「岩本さんは違うみたいだが、俺はあんたを信用してない」

 

 洞窟を出たと思えばあびせられた言葉がこれだ。しかし当然だろう。日本人とはかけ離れた容姿の男が自分達と目的は同じだと言うのだ。何か裏があるのではないかと疑う方が自然だ。

 

「まぁ、当然だな」

「それに一人で何ができる?」

「なに、私は自分にできることをするだけだ。‥‥だがまぁ、君よりはその数も多いだろうがね」

「っ!!」

 

 伊藤は唇を噛んで此方を睨んでいる。おそらく理解しているのだろう。その通りだと認めざるを得ないのであう。

 

「……駐屯地に向かう」

「いきなり死ぬ気か?」

「安心したまえ。約束は守るし、策もある」

 

 確かに策はある。だがこの伊藤と言う男が駐屯地まで移動できるのかが気になる。道中倒れるようなら今のうちに岩本のもとに帰らせておきたかった。

 

「走れるか?」

「見くびるな。自慢できるもんじゃないが自己加速術式は俺の十八番だ」

 

 自己加速術式という単語は初めて聞いたが、その名の通り自身を加速させる魔法なのだろう。そう言って先に移動をはじめた伊藤の速さに合わせるように、アーチャーもその後を追った。

 

 

○○○○○

 

「あそこが本部で間違いなさそうだな」

 

 駐屯地周辺に近づいた。清水山に身を潜めているのだが警戒を強めているのか多くの兵士が忙しく動いているのが分かる。取り出した双眼鏡で数えただけでも少なくとも2000人以上はいるだろう。策があるとは言われたがあれだけの数の魔法師を一体どうやって退けるつもりだろうか。伊藤は指示を仰ごうと横の男に顔を向け、そして度肝を抜かれた。いつの間にか男が左手に黒弓を、右手には螺旋状の剣を握っていたのだ。あれが男のCADだろうか。そのように思いもしたが、剣のCADはともかく弓の形状をしたCADがあるという話を伊藤は聞いたことがなかった。だからこそ尋ねずにはいられなかった。

 

「それで何をするつもりなんだ?」

 

 男から言葉は帰ってこない。だが弓を構えるその姿が見ていれば分かると語っていた。そして伊藤はまたしても驚愕させられる。男の右手に握られていた剣が矢へと形を変えたのだ。一体どんな原理なのか。CADを警棒型のように縮めることはできても、形状そのものを変化させるなどあり得るわけがない。それならばあれは何だと混乱する伊藤を尻目に男は矢を引く。

 

I am the born of my sword (我が骨子は捻れ狂う)偽・螺旋剣(カラドボルグII)!」

 

 何か呟いたと伊藤が気づいた時には矢は男の手から離れていた。放たれた矢は閃光となり、一直線に駐屯地の方に向かう。見えなくなったな。そう思った刹那、駐屯地周辺一帯が爆発した。伊藤には一瞬何が起こったのか分からなかった。その後も男が何回か矢を放ち、放たれた矢の回数だけ爆発が起こった。その全てにおいて想子(サイオン)がいっさい感じられなかった。それにも関わらず白髪の男は魔法と思われるものの力を行使し、一個連隊相当の相手をたった一人で全滅させたのだ。もしこれ程の力をもった者が相手だったらと考えると伊藤は恐怖せずにはいられなかった。男の顔にくもりはない。これが後に戦術級と呼ばれる魔法の基準になる事を今の2人にはまだ知る由もない。

 

 

<<3>>

 

 伊藤達が洞窟を去って5時間が経った。出入口から差し込む光の量から完全に日が昇っていることがわかる。

 

「あの2人はもう殺されたのかもしれない」

 

 誰かがこぼしたその一言が岩本の部下達に不安を募らせる。自分たちも時間の問題かもしれない。見つかれば殺されるか、大亜連合本土でモルモットになるかのどちらかだ。

 

「岩本軍曹」

 

 そう伊藤の声がした。2人が戻ってきたのだ。しかし伊藤の表情がどことなくかたい。

 

「よく戻った。報告を聞かせてくれ」

 

 そう岩本が歩み寄るも伊藤は何かを迷っているのか、口を開いては閉じるを繰り返してばかりで何も言わない。おそらくだが自身の横にいる男を気にしているのだろう。アーチャーはそれを悟ったのか。

 

「席をはずそう。話が終わったら呼んでくれ」

 

 そう言い洞窟の外に向かっていく。アーチャーが出て行ったことを確認した伊藤は報告を始めた。

 

「最初にCADの動作不良についてですが、原因と思われる魔法についてのデータを入手しました」

 

 そう言い、敵地から持ち出してきたであろう携帯端末からファイルを開く。

 

「旧中国の言語で書かれていますがあの男、アーチャーによるとSB魔法の一種で名称が電子金蚕。効果は機器の電気信号に干渉し、信号そのものを改竄するということです」

「成程。我々はCADのソフトウェアに細工をされたものだとばかり思っていたが……。まぁそれはいい。だがデータを入手したということは相手の本部に忍び込めたのか?」

「いえ、それが……」

 

 伊藤が言葉を濁し始めた。もしや敵に見つかってしまったのだろうか。

 

「どうした。言ってみろ」

 

 岩本のその言葉で覚悟を決めたのか、伊藤は口を開いた。

 

「侵攻軍は全滅しました」

 

 衝撃の一言だった。半年も占領され手も足も出なかったというのに、それがたった5時間で全滅だと?伊藤は話を続ける。

 

「あの白髪の男が未知の魔法を発動したんです。それも弓の形をしたCADらしきもので。想子(サイオン)が感じられなかったので最初はただ矢を放っただけだと思ったんです。ですが次の瞬間には爆発が起きて……。この携帯端末も運良く瓦礫の中から見つかっただけなんです」

 

 一個旅団を全滅させる程の未知の魔法。弓の形をした武装一体型と思われる新たなCAD。どれも岩本の頭を悩ませるには十分だった。

 

「伊藤。お前は彼をどうすべきだと思う」

「未知の魔法のこともありますので上層部に報告するべきかと。我々の手には余ります」

 

 伊藤の意見はもっともだ。だが我々を捨て駒として扱った程の人間が、彼を私利私欲に利用しようとしないはずがない。彼を利用し昇進のために自分の駒として扱おうとする輩も出てくるだろう。報告するとしても信頼できる人物でなければならない。たしか今回の作戦に反対していた3人の内には国防軍総司令部所属の九島大佐がいたはずだ。

 

「彼の件は私から九島大佐に報告する。将官以下の階級の上官にはこの事は黙っておけ」

「しかし侵攻軍の全滅をどう説明するつもりですか!?」

「その件については九島大佐に頼みこんで、総司令部が秘密裏に作戦を行っていたことにしてもらう」

「……それで納得するでしょうか?」

「するさ。下手に総司令部を疑って、昇進の機会を失うなどしたくはないはずだ」

 

 こうして彼等はアーチャーと名乗る男を九島大佐に任せることにしたのである。

 

○○○○○

 

 

 アーチャーは自身の異変に気づいていた。先程から霊体化できないのだ。それに何度か投影を行った後から、横を走る伊藤の足元から光のようなものが見えるようになっていた。自身に思い当たることはない。おそらくこの世界が干渉しているのだろう。

 

「待たせてしまったな」

 

 そこで思考は遮られる。岩本達が洞窟から出てきた。間違いなく伊藤はアーチャーのことを話しているはずだ。

 

「私をどうするつもりだ?」

「君のことを報告するのは信頼できる人にだけだ。‥‥決して悪いようにはしない。だから暫く我々に同行してくれないか?もし君が日本の国益に反するようであれば、見逃すことはできない」

 

 遠回しに敵かもしれないと言われているのだ。何も問題がなければ断っていただろう。だが今の彼には霊体化ができない。それにこの世界の事について知らなければならない事がある。

 

「良いだろう。だが私のことを隠すにしても、この見てくれのせいで目立つぞ」

「それは問題ない」

 

 伊藤はそう言い、腰のポーチから死体袋を取り出した。

 

「貴方にはこの中に隠れてもらう。そうすれば誰にも気づかれない」

「……妙案だが間違っても火葬場に入れてくれるなよ」

 

 伊藤の誇らしげな表情とは対照的にアーチャーの表情は何処か不安げだった。

 

 

<<4>>

 

 

 無謀とも言える対馬奪還作戦から1日が経った。先程、岩本達が帰ってきた時は作戦が成功したのかと思いもした。しかし死体袋を担いで船から降りてきたと思えば。

 

「九島大佐に報告せねばならないことがあります」

 

 そう言い慌ただしく去っていった。きっと担ぎ込まれたあの死体に何かあるのだろう。そう考えるとほとんどの佐官はあの時止めて問い質せば良かった、そう思わずにはいられなかった。彼等はその中身が死体だと信じて止まなかったのである。

 

○○○○○

 

「成程。よく分かった」

 

 九島 烈は対馬から生還した岩本達から報告を受けていた。CADの動作不良を引き起こした電子金蚕。それはこの際良しとする。だが問題は伊藤伍長のヘルメットカメラの映像だ。未知の魔法に黒い弓、矢に形を変える剣。それらはトリック・スターと呼ばれる彼でさえ驚かせた。

 

「彼は今どこにいる」

 

 そう尋ねると伊藤は椅子に座らせるかのように置いた死体袋を開けた。出てきたのは死体、ではなく白髪の男だった。彼を見た九島は2人きりにするよう岩本達を下がらせた。

 

「先ずは礼を言わせてもらう。部下を救ってくれたこと、心から感謝する」

 

 九島はそう切り出した。

 

「……救ったもなにも、たまたま私と彼らの利害が一致しただけだ。私に出会わなくとも彼等は助かったさ」

「何もそう謙遜することはない。それに君がいなければ軍曹達は死んでいたのは間違いないだろう?」

「……御託はもういいだろう。本題を話してくれ」

 

 そうか、と九島は一呼吸おく。

 

「君の力。あれは一体何だね?」

 

 聞かれるとは予想していた。当然返す言葉も用意している。

 

「私固有の魔法だよ。おそらくだがな」

「……そうか。そういうことにしておこう」

 

おそらく九島はあれを魔法だとは信じていない。だが正体は分からないだろう。この世界には魔術と呼ばれるものは存在しないのだから。

 

「それで、私はどうなる?」

「なに、1ヶ月の間私のもとで行動してもらうだけだ」

「それだけか?」

「それだけだ。その後はもう君の自由だ。もちろん部下と約束した渡航の手段は用意するとも」

 

 いやに親切だ。悪意などは感じられないがどうも怪しい。

 

「……私に何を求める」

「歳をとると話し相手が少なくなってな。話し相手になってくれればそれで良い。それに……」

「……?」

「君も知りたいことがあるんじゃないかね?」

 

 アーチャーはようやく理解した。この目の前の男は魔法師の中でも相当な手練れだと。アーチャーが世間、この世界に疎いことを数回言葉を交わした程度の時間で見抜いたのだ。

 

「君は総司令部から来た私の使いという事にしておく。この部屋は君の好きなように使ってくれていい」

 

 そう淡々と告げ、九島は部屋を去っていった。部屋に残されたアーチャーは壁を覆うように置かれている本棚に歩を進めた。

 

 

○○○○○

 

 対馬が()()()()()()()()()()()奪還されてから1ヶ月が経った1月。今までは近隣国を刺激しないという名目で最低限の守備隊しか置かなかった日本政府は、先の対馬への侵攻を重く見て対馬を要塞化することを決めた。そんな対馬に近い佐世保基地の港には、まだ起床時刻にもなっていないにも関わらず、人影がちらほら見受けられる。

 

「世話になった」

「気にすることはない。またいずれ会うことになるだろう」

 

 白髪の男は九島大佐と握手を交わし、小型高速船に乗り込む。白髪の男はこの1ヶ月でこの世界の魔法を知った。自身に魔法式を構築している想子があることを知った。そして起動式、及び魔法式は複製できるものだと知った。船は大亜連合の本土に向かって進み始める。九島はいずれまた会うと言っていたが、その機会は無いだろう。抑止力としての役割を終えてしまえば自分はこの世界から消える。この時のアーチャーはそう思っていたのだ。自身が世界に馴染みすぎている事に気付かずに。

 

 

 そして更に1ヶ月後。大亜連合の強硬派の閣僚、軍の関係者のほとんどが何者かによって殺されたと報じるニュースが世界各地で話題となった。

 

 

<<5>>

 

 

 目を開く。そこは見慣れない部屋。大亜連合で対象を殺した後、いつものよう世界から消え、後は座に帰るだけのはずだった。だが座に帰れない。それどころから先程の世界から引っ張られている感じがしたのだ。少し長い瞬き程度に目を瞑り、目を開けたらこの部屋だったというわけだ。体には違和感があり、視界がいつもより低く感じられる。それに魔力の供給は感じられない。そこで気づいた。

 

「……何故受肉しているんだ?」

 

 彼に受肉を願った覚えはない。それならば何故……。そう考えていると突然、扉が開かれる。

 

「……君は現れる度に私を驚かせてくれるな」

「……貴方は」

「前逢った時よりも若くなったように見えるな」

「そう言う貴方は随分と老けたな、九島大佐」

 

 第三次世界大戦から時は過ぎ、2094年。魔法は飛躍的な進歩をとげ、その歩みは未だ止まらない。かつての対馬の出来事は都市伝説程度に知られている。英霊は世界に留め置かれている理由をまだ知らない。




初めましての方は初めまして。ききゅうといいます。前々からFateと魔法科のクロスは考えていたのですが、あれよあれよと時間だけが過ぎ、今日に至りました。魔法科は原作を揃えているのですが、FateはSnとhollowをさわる程度にしかしていないので知識が古いと言うか、FGOについては全く知りません。なので「この投影無理矢理過ぎぃ!」といったご意見は感想欄にお願いします。次回は日曜日か月曜日になりそうです。


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入学編
入学編I


<<1>>

 

 2095年、4月。桜が花を咲かせるその季節は、別の世界であっても日本人に門出をもたらすようだ。目の前では真新しい制服を身に纏った多くの人達が、国立魔法大学付属第一高校の正門を潜っている。皆同じような表情を浮かべているが、この学校において彼らは全員が対等であるというわけではない。

 

 この学校では入試の成績が優秀者だった生徒を一科生、それ以外の生徒を二科生と呼んでいるのだが、成績以外の違いは魔法実技においての教職員の有無。それだけである。しかし御丁寧にも二科生の制服では無印であるところに、一科生では八枚花弁があしらわれているという風に制服で一科生か二科生か判別できるようにしてあるのだ。視覚的に見分けがつくおかげかは知らないが、一科生は二科生を雑草(ウィード)、補欠と呼んで見下している。そういう人間の嫌な所も変わらないらしい。

 

 まもなく入学式が始まるとアナウンスが流れる。少し考えすぎたようだ。白髪の男は入学式の会場に向かって歩き始める。彼の制服には八枚花弁があしらわれていた。

 

○○○○○

 

 講堂に入ったのが時間ギリギリだったせいなのか、殆どの席が埋まっていた。それでも前半分に一科生、後ろ半分に二科生という具合に別れていることから、既に一科生と二科生との間に少なからず間隙があると分かる。もし自分が二科生の横に座れば不快に思われたり、気を使わせてしまうかもしれない。そう考え、一科生が集まっている前方へと向かう。

 だが如何せんこの姿だ。浅黒い肌に、白い髪。注目が集まるのも当然といえば当然だった。居心地の悪い視線を受けながら、適当に見つけた空席に腰を落ち着かせる。

 

「……もしかしてハーフ?」

 

 横からかけられた声は、自分に向けられたものだろう。この時代において海外からの入学というのはほとんど無いそうだ。そのことを考慮して聞いたのだろうが、初対面の相手に第一声がそれはあんまりだろう。

 

「……いや、正真正銘純血の日本人だ」

 

 そう答え、横を見る。大人びた顔をした、黒髪の少女。どうやら彼女が質問の主らしい。そして今度は彼女を挟んだ、もう1つ奥の席から声がした。

 

「雫! 初対面の人に失礼じゃない! ……いきなり失礼な事を聞いてごめんなさい」

 

 茶色がかった髪の気の弱そうな顔をした女生徒は横の少女をそう(たしな)め、こちらに謝罪してきた。

 

「気にすることはない。聞きたくなる彼女の気持ちも分からなくもないからな」

「本当にすみません。……私、光井ほのかって言います。この子は……」

「北山雫」

「……衛宮士郎だ」

 

 会話の流れでそう名乗らざるを得なかったが、かつての自身の名前を語るのは少々違和感がある。そんなことを思っていたが、いざ式が始まると違和感も消えていった。

 

○○○○○

 

 入学式が終わり、IDカードの交付が始まる。どうやらカードで自身のクラスを確認するようだ。クラス発表の紙を廊下に貼り出すという行事は、とうの昔に過去の物となっているらしい。自分の手元にもカードが回ってくる。

 

「士郎さんは何組だった?」

「A組だ」

「それじゃあ私たちと一緒」

 

 そんな会話を雫と交わしていたが、ほのかは心此処に非ずというような感じで落ち着きがない。

 

「光井は何を気にしているんだ?」

「……きっと深雪さんの事」

 

 そう言われエミヤはあぁ、と声を漏らす。新入生代表の答辞を行った女生徒のことだ。新入生首席。おまけに結構な美少女ときた。大方、彼女のカリスマ性に心惹かれたのだろう。だが綺麗な薔薇には棘があるということを忘れてはならない。彼にはかつての経験(赤い悪魔)と、彼女について知っている事がある。

 

「私はもう帰るが、君達はどうする?」

「……もう少しほのかに付き合うつもり。時間もあるし」

「そうか。では、また明日」

 

 そう言い残し、エミヤは帰路に就いた。

 

 

 

 

「二度目の学生生活を経験した気分はどうかね?」

 

 エミヤが自宅に帰りついたタイミングを見計らったかのように、秘匿回線を用いて九島烈は電話をかけてきた。余程の急事だろうと思って出てみたのだが、そうでも無いらしい。

 

「二度目も何も私の知っている物とはだいぶ違うのだから、当然新鮮さはあるさ」

「そうか。ならば当分の間、君を飽きさせることは無いだろう」

 

 電話越しに九島は笑みを浮かべる。しかし、これがわざわざ秘匿回線を用いるほどの本題というわけでもなかろう。

 

「それで本題は何だ」

「君はもう四葉の人間を見たかね?」

「妹の方はな。長男の方は未だだ。それがどうかしたのか?」

 

 四葉の人間の動向に注意してほしいという話は既に聞かされている。

 

「少し気になることがあってな……」

「見たといっても答辞の時だけだ。話せるようなことは何もない」

「……そうか。ではまた日を改めて聞くとしよう」

 

 通話はそこで終わり。既に画面に九島は映ってはいない。それにも関わらずエミヤは、少しの間何かを考えるかのように画面の前で立ち尽くしていた。

 

○○○○○

 

 入学式の翌日。1-Aの教室に入ると少なからず好奇の視線を感じたが、多くの生徒はそれどころではないらしい。新たな学友と交流を深めるのに必死なのであろう。そんなことを考えながら、自分の席に座る。右から2列目の先頭。そこが彼の席だ。話す相手も特にいないので受講登録をしようと端末を立ち上げると、後ろから肩を叩かれる。

 

「士郎さん、おはよう」

 

 振り返ると雫と、光井。そして初対面のはずの司波深雪が立っていた。

 

「……おはよう。君と会話するのはこれが初めてだな、司波さん。衛宮士郎だ」

「初めまして、衛宮くん。もうご存知かもしれませんが、司波深雪です。呼びにくいのなら、司波で構いませんよ?」

 

 そう言って微笑を浮かべるこの少女を注意深く観察するが、これと言って怪しい点はない。

 

「そうか。では遠慮なく司波と呼ばせてもらおう。……それで何か用かね?」

 

 司波との簡単な挨拶を終え、雫にそう尋ねる。

 

「深雪さんを紹介しようと思って。……それに皆、士郎さんと話したがってる」

 

 意外だった。辺りを見回せば、多くの人と目が合う。この見てくれだ。怖がられているものだとばかり思っていたのだが、そうでもないらしい。エミヤは短く息を吐き、近くにいた生徒にこう語りかけた。

 

「先に言っておくが、私はハーフではないぞ?」

 

 その一言は多くの生徒に驚きをもたらした。彼がクラスに馴染むのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

<<2>>

 

 上級生の授業風景を見学し終えた後、エミヤは雫達のグループと別れ他のクラスメイトと食事をしていた。趣味や得意魔法を聞かれ、その返答1つ1つに彼らは驚いてくれた。

 

「あっ、司波さんたちだ!」

 

 誰かがそう言ったことで食堂に入ってきた司波達に自然と注目が集まる。彼等は何か二科生と会話をしているようだが、雰囲気が穏やかではない。耳をすませると、どうやら司波と食事を取りたがっているA組の生徒が、二科生は彼女と相席するのに相応しくないなどと侮辱しているようだ。

しかしエミヤが気にしているのはその事ではない。司波が相席しようとした相手である。司波がお兄様と呼んだあの青年こそが司波達也だろう。そろそろ誰かが手を出しそうだというタイミングで、その彼が席を離れる。3人ほど彼の後を追うが、深雪は彼とは逆の方向に進む。その表情は暗かった。

 

○○○○○

 

 放課後、窓のレールに埃が溜まっていることに気づいたエミヤは教室内の掃除に力を注いでいた。校内にもHARが設置されてはいるが、やはり細かい所の掃除まではしてくれてないらしい。掃除を終え、ある種の達成感を得たエミヤが昇降口をでると、校門の近くで複数の男女が騒いでいる。よく見ると、昼間食事の時に言い争っていた一科生と二科生が睨みあっていた。

 

「全く、呆れる奴等だ」

 

 話を聞かずとも状況が分かってきた。兄と帰ろうとした司波をA組の連中が引き留めたのだろう。そして嫌がる司波を説得しようと、二科生に喧嘩を売るような発言をした。大体そんな所だろう。他人事のように考えながらその集団、より正しく言うのなら校門の方へと近づいていく。

 

「どれだけ優れているのか知りたいなら教えてやるぞ!」

 

 口論がヒートアップしてきた所で、森崎駿がそう口にした。その言葉に対して二科生の男子が、更に挑発するかのように応じる。

 

「だったら教えてやる!」

 

 遂に怒りを抑えきれなくなったのだろう。森崎が特化型CADの銃口を二科生に向けた所で、エミヤはもう無視できなくなった。非はA組の連中にあるにも関わらず、相手を二科生だと侮り手を出す。その姿は高校生というよりは我が儘な餓鬼と言うべきだ。ここからの距離ならほんの少し力をだしても魔法だと誤魔化せるだろう。森崎がCADの引き金を引いて魔法式を構築し始めたタイミングで、エミヤは仲裁に入った。

 

○○○○○

 

「少し落ち着いたらどうだ?」

 

 その白髪の男は突然現れた。森崎の右腕を捻り、彼のCADを取り上げた状態で。まるで瞬間移動をしたかのように気づいたらそこにいたのだ。達也の眼をもってしても、そう視えたのだ。森崎は捻られている右腕が痛むのか、歯を食いしばっている。

 

「彼らに理があるのは明確だろう。君らがまた日を改めるべきではないのかね?」

「……二科生の肩を持つのか?」

「肩を持つも何も、傍目から見れば君らは駄々を捏ねる子供のようだったが?」

「……」

 

 森崎が黙りこむと、男も手を離し森崎を解放する。

 

「知り合いが失礼したな。そこの君も得物を収めてくれないか?」

「は~い」

 

 そう言われたエリカもCADをおさめる。生徒会が騒ぎにかけつけたのは、そんな毒気が抜かれたタイミングだった。

 

○○○○○

 

 司波達也が生徒会の役員を言いくるめた後、森崎達は謝罪もせず噛ませ犬のような台詞を残してその場を去っていく。残ったA組のメンバーは深雪、光井、雫、エミヤの4人だけだった。光井と雫が達也達の前にでて謝罪を始める。収集がついたのなら、自分に出る幕はもうない。そう思いエミヤもその場を後にしようとするが。

 

「衛宮くんもありがとうございます!」

 

 突然光井からかけられたその言葉に背中がむず痒くなった。できれば一刻も早くその場を去りたい。しかし。

 

「よろしければ衛宮くんもご一緒しませんか?」

 

 追い討ちをかけるように深雪もそう提案してくる。雫も何も言いはしないが深雪と同じ事を考えているらしく、じっとエミヤを見つめている。遂に彼は断ることができなかった。

 

 

 帰り道、最初こそ微妙な雰囲気だったがCADの話で盛り上がるとそんな雰囲気も薄れていった。

 

「そういえば士郎くん、あのタイミングでよく止めに入ったよねー。最初から見てた一科生はだんまりを決め込んでたのに」

 

 千葉エリカがエミヤにそう声をかける。

 

「不祥事になった際に何故止めなかったと聞かれるのも面倒だからな」

 

 皮肉げにそう答える。きっと素直になれないんだろう。その場のほとんどの者がそう思った。だが達也は先程から気になっていることがあった。

 

「そういえば気づいたら森崎の背後に現れたけど、あれは何の魔法だ?自己加速術式ではないだろう?」

「……あぁ、あれは疑似瞬間移動とでも言うべきものだ。もっとも、加重・収束・収束・移動の四工程に加速を加えたものだから、理論さえ分かってしまえばあとは干渉力の問題だ」

 

 成程、と相槌を打つ。達也にはエミヤの言葉が嘘だと分かっている。想子も魔法式の発動も、達也には視えなかったのだ。それに達也は疑似瞬間移動の欠点を知っている。だからこそ、あの魔法が疑似瞬間魔法などではないとわかる。少なくとも自分の知りうる魔法に、疑似瞬間移動の速さを越える魔法は存在しない。達也はその未知の魔法の正体が知りたかった。あの速さを魔法以外で話を片付けることもできない。だがエミヤの返事からすると、これ以上は聞いても無駄なのだろう。話は近くのケーキ屋の話へと移り、駅に着いたところで解散となった。

 

 

 その夜。司波家ではエミヤの名前が話題に上がっていた。

 

「衛宮くんですか?お話しできるようなことは無いと思いますが……」

 

 達也の質問に、深雪は申し訳なさそうにそう答えた。奇しくもその会話は、昨日のエミヤと九島の会話と似通っている。だが深雪には何故達也が彼を気にかけているのかが分かっていなかった。

 

「彼の魔法が一切感知できなかった」

「そんなっ……!」

 

 彼女が驚いているのは達也の精霊の眼(エレメンタル・サイト)をもってしても分からなかったという事である。兄の能力の事は深雪もよく理解しているつもりだ。だからこそエミヤの異常さが理解できた。

 

「念のため、師匠に調べてもらうように頼んでおく」

 

 そこでエミヤの話は終わり、司波家にはいつもと変わらぬ時間が流れた。

 

 

○○○○○

 

 司波家が夕食の時間を迎えた頃、エミヤはIHヒーターの前で司波兄妹のことについて考えていた。特に達也について。

 

 おそらく彼だけはエミヤの説明を信じていない。だが魔法と疑うしかないはずだ。あれ程の速さは体術を極めたものであっても、単なる身体能力のみで出せるものではない。しかし今後は彼の前で魔法以外の力をだすのは控えた方が良いだろう。それにしても未だ九島が警戒するほどの力を司波兄妹は見せていない。なるべく彼らと行動した方が何かと都合が良い。エミヤの思考は、意外にも沸騰して泡を溢しはじめた鍋によって遮られてしまった。

 

 

<<3>>

 

 次の日。駅から学校へ向かっていると偶然にも達也達を見かけた。生徒会長と話をしているのだろうが、心なしか気まずい空気が流れているかのような雰囲気だ。声をかけずに通りすぎた方が無難だろう。そう思い彼らの横を通りすぎた、その時。

 

「1-Aの衛宮士郎君ですね?」

 

 最近は後ろから声をかけられる事に随分と慣れてしまった。そんなどうでもいい事を考えながら、振り返る。

 

「何か御用ですか?生徒会長殿?」

「先輩と呼んでもらって構いませんよ、衛宮くん」

 

 人当たりの良さそうな笑みを浮かべて、こちらに向かってくる。七草 真由美。第一高校の生徒会長であり、数字付き(ナンバーズ)・七草家の長女。そんな彼女が自分にいったい何の用だというのか。

 

「今日のお昼はどう過ごすおつもりですか?」

「特に用もない……ですが?」

 

 一応という表現は可笑しいが立場上、彼女は上級生である。敬語を使うべきだろう。

 

「じゃあ生徒会室に来てもらってもいいですか? 少しお話があります」

「……分かりました」

 

 何の話かは分からないが、忙しいわけでもない。断る理由もないだろう。エミヤから返事を聞いた七草はその場を後にする。そのすぐ後、達也達から昼に相談されるであろう内容を聞かされたエミヤは、ため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 そして迎えた昼休み。達也と合流したのは良いが足が重い。それは達也も同じようで、エミヤには深雪が何故機嫌が良いのか理解できなかった。生徒会室の扉の前についた彼らを代表して深雪がドアホンを押す。スピーカーから歓迎の言葉が返されると、達也が戸を引き、深雪、エミヤ、達也の順番で部屋に入る。何故か入ってすぐ深雪が、エミヤが感心するほどのお辞儀を披露した後、ようやく指示された席に座る。

 

「お肉とお魚と精進、どれがいいですか?」

 

 真由美の問いかけに対し達也と深雪が精進を頼み、エミヤは弁当があるのでと断った。

 

 達也達の料理を待っている間、真由美が生徒会のメンバーと風紀委員長を簡単に紹介していく。副会長以外は全員がこの場に揃っているようだ。ダイニングサーバーから出てきた料理を書記の中条が並べ終え、会食が始まる。

 

「そのお弁当は渡辺先輩がお作りになったのですか?」

 

 そう深雪が話題を持ち出し、会話が生まれる。私が作るのは意外か?、とか、私たちも明日からお弁当にしましょうか、だとか。そして当然、弁当を持参しているエミヤにも話の矛先が向いた。

 

「そのお弁当は衛宮くんが作ったものか?」

 

 達也に弄られた気晴らしになのか、意地が悪そうな表情を浮かべて渡辺がエミヤに尋ねる。大方、恋人に作ってもらったと思っているのだろう。渡辺にとっては残念だがエミヤ自身が作ったものだ。渡辺お望みの展開にはならないだろうと思っていた。

 

「そうだ……そうですが?」

 

 しかしエミヤが敬語に抵抗があることに気づいたのか、渡辺は新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせる。

 

「上級生に向かってその口の聞き方は感心しないな。……さぁ話を続けたまえ、士郎くん」

「くっ……!」

 

 余程悔しかったのだろう。ほらほらーとにやけ顔で続きを促してくる渡辺に、エミヤは苦虫を噛み潰したような表情をしながら何度も言い直している。そんなエミヤを可哀想だと思ったのか、真由美が渡辺にストップをかける。

 

「もう止めなさい、摩利。衛宮くんが困ってるじゃないの」

 

 そう言いはしたが、渡辺とエミヤのやり取りを最も楽しんでいたのは彼女だ。そして渡辺はといえば、随分と機嫌がなおったのか清々しい表情をしていた。

 

「すまなかったな、士郎くん。少しからかいすぎた。……代わりにと言ってはなんだが、先輩とさえ呼んでくれれば無理して敬語を使う必要はないぞ」

「……ありがとうございます」

 

 エミヤのその言葉には、感謝の念などほとんど籠っていなかった。

 

「では本題に入りましょうか」

 

 話の内容はこうだ。新入生総代を務めた一年生には毎年生徒会の役員になってもらっている。そして今年は、深雪にその機会がきたというわけだ。だが深雪は兄である達也の方が相応しいと生徒会に推薦した。達也にとっても深雪のこの行動は予想外だったらしい。

 

 それに対し、会計の市原鈴音はそれは出来ないと答える。不文律ではなく規則だとも言った。市原はまだ話の続きがあるらしい。

 

「もし仮に司波さんが辞退しても、次席である衛宮くんにお願いすることになるだけです」

 

 何と言ってもこの男、次席なのである。ペーパーテストに不安は無かった。問題は実技だ。九島烈の言った高校生レベルの魔法と言うのは九校戦で決勝を競うほどのもので、この男はそうとは知らずに聞いていた高校生のレベルで実技試験を受けたのである。

 

 閑話休題。深雪は彼女の説明に納得したのか素直に謝罪し、生徒会の役員となることになった。話が終わったようなので、エミヤは教室に戻ろうと思い立ち上がったのだが。

 

「ちょっといいか?」

 

 風紀委員長である渡辺が手をあげる。

 

「生徒会選任枠のうち、風紀委員会の前年度卒業生の一枠はまだ埋まってない」

「それは今から衛宮くんに相談しようって決めてたじゃない」

 

 この委員長のもとで働くことになるなど御免だ。そう思っていたのだが、渡辺が質問という形で確認を重ねていくうちに彼女の言いたいことが理解できた。つまり二科生は生徒会の役員にはなれないが、風紀委員会の役員になることは出来るということだ。

 

「ナイスよ、摩利!」

「では私は辞退することにしよう。達也、しっかり頑張れよ」

 

 達也が風紀委員になる方向で話が進んでいく。最初は反論していた達也も今では雰囲気に流されている。

 

「そろそろ昼休みが終わるな。放課後、またここに来てくれ。士郎君もだぞ」

 

 何故辞退した自分までまた来なければならないのか。そんな事を考えながらエミヤは生徒会室を出た。

 

○○○○○

 

 放課後。深雪達が生徒会に入室してから少し遅れてエミヤが入ってきた。

 

「実力に劣る二科生(ウィード)では風紀委員の役目に耐えられません!」

 

 そう言っていた服部副会長はこちらに気づいたのか、エミヤの方へと歩みでる。

 

「それに今日の朝までは、風紀委員の補充には衛宮君を任命するという話だったではないですか!」

 

 どうやら服部はどうしても達也を風紀委員にしたくないらしい。だが服部の発言に対して直ぐに反論が出る。

 

「士郎君はすでに辞退している。それに実力にも色々あってな」

 

 そういって渡辺は達也の実力を服部に言い聞かせる。達也が起動式を読み取れること。それが未遂犯に対する抑止力になること。話を聞いた服部は、ひどく動揺しているようだ。それでも服部は達也が風紀委員となることを認めたくないらしい。

 

「待ってください!」

 

 今度は深雪が服部に反発し始める。実戦であれば達也は誰にも負けないというのだ。彼らが隠している事について知っていなければ、とんでもない身内贔屓だと思うのが普通だ。だからこそ服部は、目を曇らせてはいけないと教え諭したのだ。だがその言葉が深雪の神経を逆撫でしたのか彼女は更に捲し立てる。そんな深雪を手で制し、達也が服部の前に移動する。そして彼は誰も予想もしなかった方法で反撃に出る。

 

「俺と模擬戦をしてくれませんか」

 

 

○○○○○

 

 エミヤ達は生徒会室から移動して第3演習室に来ていた。彼らの目の前では、達也と服部が向かいあっている。渡辺が達也と言葉を交わし、こちらに戻ってくる。

 

「達也君は服部に勝てると思うか?」

 

 渡辺のその質問に対し生徒会の全員が、辛うじて善戦するかどうかと答えた。対して深雪とエミヤは達也が勝つと答えた。深雪はともかく、エミヤが勝つと答えた時には渡辺も驚きを隠せなかった。

 

「士郎君は何故達也君が勝つと思うんだい?」

「……あいつは勝てる勝負しかしないタイプの人間だ。負けると分かっていて勝負を吹っ掛けるほど愚かではないだろう」

 

 士郎の答えを聞いた渡辺は、達也と服部に模擬戦のルールを説明し始める。既にどちらも準備は整っているようだ。2人とも渡辺の合図を待っている。

 

「始め!」

 

 勝負は達也の勝利というかたちで直ぐに決着がついた。生徒会のメンバーは一瞬で服部が敗れるなど想像してもいなかったせいなのか唖然としている。

 

「待て」

 

 達也は呼び止めた渡辺の問いかけに対してしっかりと答え、彼女に続くように質問してきた生徒会の役員達にも丁寧に対応していく。特に達也のシルバー・ホーンという名の特化型CADにはエミヤも興味を引かれた。服部も意識を取り戻したのか、少しふらつきながら深雪に謝罪をする。

 

「士郎」

 

 何も言わずにその場を去ろうとしたエミヤに達也が声をかける。

 

「巻き込んで悪かったな」

「……気にすることはないだろう。私が断った事がそもそもの原因だ」

「お互い様というわけか」

 

 達也の視線を感じながら、エミヤは第3演習室をあとにした。

 

○○○○○

 

「これが大体のあらましだ」

 

 エミヤは九島に今日の事を話していた。

 

「聞いていた通り、確かにただの高校生の技量ではない。だがそれほどの脅威だとも思えん」

「今のところはな。だが四葉の魔法師がただの魔法師であるはずがなかろう」

 

 九島の話は尤もだ。

 

「今後も彼らには気を付けておこう」

「頼むぞ。……ところで君はブランシュという名の組織を知っているかね?」

「……あぁ、反魔法団体の事か」

 

 反魔法国際団体ブランシュ。彼らは魔法能力による社会差別の撤廃を掲げてはいるが、その行いはテロリストと何ら変わりはしない。日本で知名度が低いのは報道規制が敷かれているからである。

 

「知っているのなら話は早い。ブランシュのエガリテという下部組織が第一高校で何かを企んでいるようだ」

「……待て。何故そのことを知っている? まさかとは思うが、彼女に調べさせたのか?」

「彼女がたまたま知り得た情報を、教えてもらっただけだ。君が心配するようなことは何もない」

 

 九島はエミヤに親切にしてくれている。偽の戸籍を用意し、こうして住む所まで与えてくれた。だが何か企んでるのではないかと疑いたくなる行動が多々ある。今この瞬間もそうであった。

 

「……そうか。その件も気にかけておこう」

 

 彼らの会話はそこで終わった。いつもと唯一違う事といえば、エミヤが先に通話を切ったことだった。




先ずはお礼をさせて頂きます。6/1においてルーキー16位、日間(加点・透明)1位、日間(加点)42位に入りました。全て読んでくれている皆様のおかげです。ありがとうございます。高評価を頂いた陸奥 響様、pepemaruga様、気まぐれな星様、ビリヤード依存症と竜月様、einelaod様、氷霞様、なっとう様、感想をくれた皆様には励まされております。本当にありがとうございます!

お礼をさせて頂いたので次は謝罪を。あまりにありきたりな展開になってしまい大変申し訳ないです。途中まではエミヤ君をカウンセラーとして書いていたのですが、原作キャラとの絡みが少なくなってしまい無理矢理な感じが否めなかったので学生とすることにしました。

愚作だと自覚はありますが、これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いします!


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入学編Ⅱ

<<1>>

 

「それで話と言うのは何だ?」

 

 模擬戦が行われた翌日の昼休み。エミヤは渡辺から再び生徒会室に呼び出されていた。昨日とは違い、部屋に居るのは真由美と渡辺の2人だけだ。

 

「そう焦るな。話は全員が揃ってからだ」

 

 渡辺にそう返され、空いている席に腰を掛ける。各々何か考えているのか誰一人として口を開かない。それから少し経って司波兄妹が入室してくる。

 

「それでは話を始めましょうか」

 

 真由美の合図で渡辺が説明を始める。今日からの一週間、校内は部活動の勧誘で大いに賑わうらしい。各部のデモンストレーションではCADの使用が認められ、新入生の物理的な奪い合いにまで発展するそうだ。学校は様々な点から事態を黙認しているらしい。おかげで校内は魔法に関してだけ言えば無法地帯となる。そこで風紀委員の出番と言うわけだ。生徒会からも中条が巡回に参加するようだが、気の弱そうな彼女が応援と言うのはどこか心許ない。

 

「不安なんでしょ?」

 

 そんなエミヤ達の心中を察したのか真由美はそう尋ねる。彼女の説明によれば、中条は広範囲を対象とした情動干渉系魔法「梓弓」を得意としているようだ。そこから達也と真由美達が会話を重ねていく。その内容から中条を応援に送るというのは最良の選択だと理解できた。

 

「……話は分かった。だが私が此処に呼ばれた理由と何の関係がある?」

 

 どうやら話に一区切りついたようなので、改めてそう尋ねる。

 

「士郎君、風紀委員会に入ってくれないか?」

「……達也が役員になるという話ではなかったのかね?」

 

 元々の予定はエミヤが風紀委員になると言う話だったのだが、渡辺の提案とエミヤが辞退した事により達也が選ばれたのである。既に風紀委員の補充要員は間に合っているはずなのだが。

 

「あぁ、()()()()は確かに間に合っている。だが一般枠がここ2、3年空いたままでな」

「その枠に私を入れたいと言うわけか」

「士郎くんを選んだ理由もちゃんとあるぞ。先日の校門での騒ぎを静めたのは君だろう?」

 

 気付いていたのか。だがエミヤを風紀委員にする理由がそれだけというのは、不十分ではなかろうか。

 

「……そうだ。しかし、それを理由とするのは些か信頼性に欠けると思うが?」

「いいや、十分信頼に値するよ。他人の厄介事に自分から首を突っ込むようなお人好しだからな、君は」

 

 そう言って渡辺は笑みを浮かべる。気に入られているのかは分からないが、彼女はどうしてもエミヤを風紀委員に入れたいらしい。対してエミヤは、渡辺に少し苦手意識を持ちはじめていた。風紀委員に入れば、彼女にからかわれるのは想像に難くない。だがそれ以上に達也と行動できる機会が増えるという点からすれば、エミヤにとっても決して悪い話ではない。

 

「……私は風紀委員になるつもりなどないが?」

「でも断らないんだろう? 君はそういう男だからな」

 

 ここ2日間で、渡辺はエミヤがどんな人間か分かっているつもりのようだ。もはやこれ以上の会話は平行線のままだろう。エミヤは渋々といった感じで、自身が風紀委員となることを了承したのである。

 

 

○○○○○

 

 授業が終わり、放課後。風紀委員会本部に着くのが早すぎたのか、渡辺を含んでも4人程しか集まっていない。入ってきたエミヤに気づいた渡辺が声を上げる。

 

「お前達には先に紹介しておこう。今まで空いていた一般枠に入る1-Aの衛宮士郎だ」

 

 その声でエミヤに注目が集まる。それと、と渡辺が話を続ける。

 

「彼は少し事情があってな。口の聞き方に問題があるが礼儀を弁えていない訳じゃない。許してやれ」

 

 そう言って此方にウインクを飛ばしてきた。彼女なりのエミヤへの気遣いなのだろう。他の風紀委員もエミヤの外見から納得したように相槌をうっていた。

 

「3-Cの辰巳鋼太郎だ。衛宮の話は聞いてるぜ。特に男子はお前を自分の部に入れようと必死になってるぞ」

 

 おそらく昼に聞いた入試成績リストが一役買っているのだろう。

 

「よろしく、辰巳先輩。自分としてはどの部にも所属する気はないんだがな」

 

 そう言い、辰巳と握手を交わす。他の風紀委員とも簡単な自己紹介を交わしているうちに、達也や森崎を含めた全員が揃った。エミヤも下座に腰を掛ける。渡辺が今日から1週間の簡単な注意事項を述べ、話は新役員へと移る。

 

「今年は大収穫だ。空いた席の補充分だけでなく、今まで空いていた一般枠も席が埋まったぞ。立て」

 

 そう言われ、3人は立ち上がる。日本人とは違った外見のエミヤもそうだが、二科生の達也に注目が集まるのは当然と言えば当然だろう。

 

「紹介する。教職員推薦枠には1-Aの森崎駿、生徒会推薦枠には1-Eの司波達也、一般枠に1-Aの衛宮士郎が入る」

 

 渡辺は3人も今日から巡回に加わる旨を伝える。そして案の定と言うか達也が懸念していた通り、2年生から達也の実力を不安がる声が上がったのだが、渡辺が達也の実力に太鼓判を押したのでそれ以上不満を漏らす者は現れなかった。

 

 

 1年と渡辺を除く他の役員が風紀委員会本部を去った後、エミヤ達は取り締まる上での注意事項の説明を受けていた。達也が風紀委員会の備品を使う許可をとり、CADを両腕に1つづつ装着していく。エミヤには達也が何をするつもりか大体見当がついていたが、森崎は理解できないらしく忌々しそうに達也を睨んでいた。

 

「私も風紀委員会の備品を使うが問題はないだろう?」

 

 エミヤがそう声を挙げると、達也からの視線が鋭くなった。

 

「君もか? 別に構わないが、自分のCADは使わないのか?」

「私のCADはお世辞にも優秀とは言えなくてな」

 

 エミヤはそう言葉を返し、汎用型を装着する。本部から出るまで、達也の視線がエミヤから逸れることは無かった。

 

 

 達也は森崎に呼び止められていたので、先に巡回に行っているとだけ言い残し昇降口をでる。外は多くの生徒で溢れていた。賑わうというのは控えめな表現で、正しく表現するのならお祭り騒ぎだ。これだけの人数を十人程度で取り締まるのは相当厳しいだろう。そんなことを考えていると、陸上のユニフォームを着た男女から声を掛けられる。

 

「もしかして衛宮士郎君ですか?」

「あぁ、そうだが?」

 

 簡単な質問だったのですんなりと答えてしまったのだが、自身が何を為出(しで)かしたか気付いたときには遅かった。「衛宮だって!?」「あの子が?」とか声が聞こえる。直ぐにでも立ち去りたいが、声をかけてきた男女に腕をしっかり捕まれている。

 

「良かったら、陸上部に入ってほしいんですけど……。見学だけでも良いから見に来ませんか?」

 

 丁寧な物言いとは裏腹に、その眼差しは獲物を見つけた時の肉食獣のようだ。周りを見回しても似たような表情の生徒達がじりじりと距離を詰めてくる。適当にあしらうのは難しいだろう。かくしてエミヤは各部の激烈な勧誘合戦の渦中に身を投じられる事になるのであった。

 

 

○○○○○

 

 何とか場を切り抜けたエミヤは人気の少ない校内に身を隠していた。迂闊に巡回などすればすぐに見つかり勧誘されるに違いない。だからといって巡回を怠りなどすれば、渡辺に何をさせられるか分からない。どうしたものかと考えていると背後に気配を感じ振り返る。

 

「巡回?」

 

 そう尋ねてきたのは雫だった。エミヤとしては部活動生では無かったので安心していたのだが、だからこそ雫の次の一言は完全に不意打ちだった。

 

「士郎さん、SSボード・バイアスロン部に入らない?」

「……勘弁してくれ」

 

 エミヤのその反応がお気に召したのか、雫は口角を上げる。

 

「冗談だよ」

 

 どうやらエミヤの反応を面白がっていたようだ。真由美といい渡辺といい、この学校は人の反応を面白がる女子が少し多いのではないだろうか。

 

「その様子だと雫は部活を決めたみたいだな」

「うん。ほのかも一緒。士郎さんはまだ決めてないようだね」

「これといって、入りたい部活もないからな」

 

 他愛の無い会話を交わしていると、外に視線を向けた雫があっ、と声を漏らす。視線を追うと、達也がエリカの手を引っ張り走っているのが見える。逢引というわけでもなかろう。

 

「そろそろ行くね」

「あぁ。部活頑張れよ」

「士郎さんも巡回頑張って」

 

 最後にそんなやり取りをして、エミヤは雫と別れた。

 

○○○○○

 

 結局、エミヤは勧誘の少ない体育館を中心に巡回をしていた。体育館の中はデモンストレーションが中心で、勧誘をしている生徒はほとんど見られない。今は剣道部の模範試合が行われていて多くの生徒が黙って見入っている。そんな中、エミヤはここ最近よく顔を合わせるようになった人物を見つけた。

 

「巡回中にデートか、達也」

 

 声を掛けると達也は勘弁してくれと言わんばかりの顔をしている。

 

「そんなんじゃないさ。部活を一緒に見て回っているだけだ」

 

 エリカも此方に気づいたのか軽く挨拶をするが、先程の剣道部の試合があまりに退屈だったらしく機嫌がよろしくない。

 

「剣術部の順番はまだのはずよ! どういうつもり?」

 

 唐突に聞こえた声は、決して穏やかな口調ではない。どうやら剣術部と剣道部が言い争っているようだ。剣道部の女子は壬生紗耶香、剣術部の男子の名前は桐原武明というらしい。桐原が剣道部の男子を挑発し、挑発に乗った男子が桐原に手を出し返り討ちにあったようだ。正直どちらも似たようなものだ。確かに時間を守らず挑発をした桐原達が悪いのだが、だからといって剣道部の男子が暴力をふるってもいい理由にはならない。結局口論では収まりきらなかったのか2人は試合を始めるようだ。桐原の言葉が合図となる。剣道の試合とは思えない激しい打ち合い、特に壬生の技量にエミヤも感心する。ほとんど実力差はない。それでも勝負というのは必ず決着が着く。

 

「私の勝ちよ。真剣なら致命傷ね」

 

 勝ったのは壬生だった。だが桐原は何かを企んでいるらしく、左手のCADに指を滑らせる。直後、体育館に鼓膜を擘くような音が響き渡る。桐原の竹刀が壬生の防具を切ったのだ。再び切りかからんと、桐原が竹刀を振り下ろすタイミングで横にいた達也が事態を収拾するべく介入する。不快音が止んだと思えば、今度は想子酔いに似た症状を見せる者が現れる。よく見ると桐原の竹刀のまわりに展開されていた魔法式が消えている。そんな光景を前に、エミヤはただ傍観に徹していた。

 

 

○○○○○

 

「これが今回の事の次第……です」

 

 エミヤは部活連本部にて剣術部と剣道部との争いについて、会頭である十文字克人を含めた3巨頭に報告をしていた。その場に達也もいるのだが、介入した彼よりも第三者の視点から俯瞰していたエミヤが説明した方が良いだろうとの事だった。真由美達が達也に質問をしている間、エミヤは先程の事を思い出していた。報告はしなかったが、達也がやって見せたのはCADによるキャストジャミングの再現だろう。理論上はできるということになるのだが、相手の魔法が何なのか直ぐに理解できなければ実戦では役に立たない。ここまでくれば得意の一言で済ませることなどできない。おそらくだが達也は起動式を読み取る何らかの手段を持っている。

 

「2人ともご苦労だった。帰ってくれて良いぞ」

 

 そう言われ、部屋を出る。お互い何も話さない。達也も何か考え込んでいるのだろう。部活棟から出て昇降口に向かっていると、待っていた深雪達が此方に気付いたのか駆け寄ってくる。

 

「お疲れ様です、お兄様」

「士郎くんもおつかれ~!」

 

 エミヤの横では司波兄妹が恋人と言っても差し支えのないような雰囲気を醸し出している。そんな2人を見てレオと美月は何か勘違いしているのか、顔がほのかに赤い。達也は深雪とのコミュニケーションを終えたのか、エリカ達に向き直る。

 

「待たせてすまなかったな。士郎も付き合ってもらって悪かったな。お詫びといっては何だが、帰りに何かご馳走しよう」

 

 達也が皆にそう提案したのに対しエミヤが待ったをかける。達也も含めた全員が何事かとエミヤに憂い顔を向ける。

 

「待たせたのは私も同じだ。今回は私がご馳走しよう」

 

 

 

 場所は変わってエミヤ家。家主であるエミヤはキッチンに立ち、他の面々はテーブルを囲っている。話はやはりと言うか、桐原の魔法を無効化した達也の技術についてである。エミヤの予測した通り2機のCADを用いて魔法の無効化をしたようだが、深雪を除く3人は達也の異常性に気づいていないようだった。料理が出来上がり、テーブルに並べていく。

 

「これってナポリタンか?」

「いやアマトリチャーナだ。パスタは苦手だったか?」

 

 レオの質問に答え、こちらからもそう尋ねる。

 

「そこら辺は大丈夫だぜ。ただミートソースっていうよりはトマトソースっぽかったからな」

「よく気づいたな。元々ナポリタンと言うのは……」

 

 エミヤがレオとパスタについて会話をしていると、エリカが口を挟んでくる。

 

「それにしても士郎君って料理もするんだ。HARに料理させた方が楽なのに」

 

 美月も首を縦に振っているが、深雪は普段自分で作っているからであろう。曖昧な表情を浮かべていた。エミヤも楽なのは認めているようだが、そこはどうしても譲れないらしい。今度は達也から声が上がる。

 

「えらく料理に精通しているみたいだが、もしかして独学か?」

 

 この達也の質問は全員が聞きたかったことだ。最も考えられるのは家族から学んだという線だが、家にはエミヤしか居らず家族の写真立てすらない。何か事情があるのかもしれない。そう思い迂闊に聞けなかったのだ。

 

「いや、知り合いに料理人が居てな」

 

 しかし彼等が危惧したような返事はなく、エミヤはけろりと答える。そのあとは料理の感想やこれからの学校行事が話題に上がり、何事もなく時間が過ぎていった。

 

 

○○○○○

 

 新入部員勧誘週間も終わってみれば、あっという間だったような感じがする。この一週間、教室を出れば廊下で待っていたであろう上級生から部活の勧誘を受け、外で巡回しようものなら金魚の糞のように付きまとわれた。流石にエミヤも迷惑だとはっきり言ったのだが彼等は引き下がらなかった。しかしそれも昨日で終わり。今日は難なく一日を過ごすことができた。おかげでというか今のエミヤは機嫌が良かった。

 

「今日は非番なんでしょ?」

 

 聞いてきた雫の言葉を肯定する。

 

「今からカフェに行くんだけど……一緒に来ない?」

「……たまにはそういうのも良いだろう」

 

 そう言い帰りの支度をする。思えば光井と雫とお茶をするのはこれが初めてかもしれない。カフェへの道中そんなことを思っていた。

 

「衛宮君は結局部活に入らなかったんですか?」

「特に目ぼしい部活もなくてな。それに風紀委員会の仕事もある」

 

 光井は昨日までの様子から何となく察していたらしい。質問と言うよりは確認だったのだろう。カフェの戸を引き2人を先に店内に入らせる。雫達は空いている席へと歩を進めているのだが、エミヤは入って直ぐ立ち止まった。何故なら壬生紗耶香が視界に入ったから。おそらく誰かを待っているのだろう。席に座るような素振りを見せずじっと立っている。だがそれも一瞬。エミヤは彼女を知っているが、壬生はエミヤを知らない。声をかけるほどの関係ではないのだ。エミヤは雫達が取ってくれた席に向かっていった。

 

 

 

「それからほのかは1人で寝るようになったの」

「それは誰にも言わないでって、お願いしたじゃない!」

 

 カフェに入ってほのかと雫の思い出話を聞いていた。2人は想像以上に仲が良いようだ。光井は口先では怒っているが、嫌がると言うより恥ずかしがっている。雫も言って良い事と悪い事の境界線を分かっているようで、その表情は柔らかい。

 

「座って待っていても、良かったんですよ?」

 

 突然、入り口の方から達也の声がする。壬生の待っていた相手は彼だったようだ。

 

「達也さん、最近は有名人になってますよね」

「……あぁ、達也が魔法否定派のスパイだという噂のことか」

 

 達也もこの1週間、随分と忙しかったようだ。二科生の達也が一科生の桐原を取り締まったことを大変気にいらなかったであろう者達が、達也を袋叩きにしようとしたらしい。そして全て返り討ちにあっているという話も聞いた。3人は達也たちに視線を向けたままだ。だからこそ赤面したり拗ねたような顔をする壬生を見て、そんな風に思ったのかもしれない。

 

「達也さんって壬生さんと付き合ってるんでしょうか?」

 

 年頃の少女ということもあってか、光井はそう思ったらしい。だが残念というべきか実際は剣道部への勧誘だ。

 

「お客様、席が込み合っておりますので……」

 

 エミヤ達が達也達に意識を向けていたのはそれまで。ウェイトレスにそう声をかけられ、退店を余儀なくされた。

 

 

○○○○○

 

 カフェで達也と壬生が目撃されてから2日経った日の昼休み。光井と雫の3人で昼食を取り終えた後、珍しく教室に残っていた深雪に光井が声をかける。

 

「深雪、こっちに来て話さない?」

「ごめんなさい。これからお兄様の所に行かなくてはいけないの」

 

 光井の誘いに深雪はあまり乗り気ではなかった。だが光井は達也という言葉を聞いて一層引き下がれなくなったのか。

 

「私達も一緒に良い……?」

 

 控えめではあるがそう懇願する。

 

「大丈夫よ。衛宮君達がいれば、お兄様もきっと喜ぶわ」

 

 そして深雪も思いの外、あっさり許可を出したのである。

 

 

 

 深雪によれば達也はエリカとレオに頼まれ、実技の居残りをしているらしい。実技室に入ると据え置き型のCADの前に立っているレオとエリカに、達也がアドバイスをしている最中だった。下手に声をかけて集中を妨げるようなことはしたくない。達也の元へ駆け寄ろうとした深雪を引き留めた時には、一瞬睨まれたが直ぐに理解したらしく制止を振りきるような真似はしなかった。

 

「終わったー!」

 

 エリカの声と課題終了の鐘が聞こえ深雪達は達也達へと近づいていく。達也は最初から気づいていたのか、待たせて悪かったと声をかけてくる。達也のその言葉で気づいたのか、エリカとレオもこちらに顔を向ける。

 

「深雪と士郎くん、それと……光井さんと北山さん? 待たせちゃってごめんねー」

 

 エリカの言い方では、光井と雫とはあまり交流がないようだ。エリカの横にいたレオも顔は覚えていても名前が出てこなかったらしい。

 

「ところで、一科生のクラスではどんな実習をやっているんですか?」

 

 エリカ達が深雪達からの差し入れを受け取っている横で美月が質問する。

 

「それがほとんど美月達と変わらないの。将来、何の役に立つか分からない練習をさせられているわ。1人で練習した方がマシかもしれないわ」

 

 辛辣な言葉で美月に答えたのは意外にも深雪だった。どうやら相当不満を持っているらしい。そして不満を持っているのが彼女だけとは限らない。だが教員の指導を受けたくても、受ける権利がない二科生の前で先程の発言は不適切だと思ったのか深雪が頭を下げる。

 

「気分を害したわよね。ごめんなさい」

「気にしなくて良いわよ。実力のある者が優遇されるのなんて当たり前だもの」

 

 エリカがそう答える。彼女は実力主義の世界で生きてきたからこそ納得できるのだろう。沈黙が訪れる。気まずいと思い話を変えようとしたのだろう。エリカがいつもより大きな声をだす。

 

「参考までになんだけど、深雪のタイム、見せてくれない?」

 

 急に話を振られた深雪は達也にも背中を押され、あまり気が進まない様子で据え置きCADを指で操作する。

 

「235msって……」

 

 その人間の限界に達さんとしている処理速度に部屋にいるほとんどの人が呆気に取られる。それにも関わらず深雪は達也に愚痴をこぼす。

 

「士郎もやってみせてくれないか?」

 

 この発言は達也からだ。

 

「司波の処理速度を見せられたあとにか? 私に恥をかかせるつもりなら断るぞ」

「そんなつもりじゃない。良い機会だから、学年次席の実力も見ておきたいだけだ」

 

 達也はエミヤからの睥睨を受け流す。悪意がないと分かったのか溜め息をつき、深雪の横にあるCADを操作する。

 

「270ms……。今年ってとんでもねぇ奴が多すぎるんじゃねぇか?」

 

 レオの言葉が、予鈴の音に重なる。

 

「……授業が始まるぞ。早く教室に向かった方が良いだろう」

 

 本気でそう思っているのか、それともこの場から去りたいだけなのか。どちらであっても、エミヤの主張は間違っていなかった。

 

 

○○○○○

 

 勧誘週間が終わって一週間が経った。嵐の前の静けさというが、今は嵐が過ぎ去った後だ。今の状況は嵐の後には静けさが訪れる、と表現するのが正しいだろう。そんなどうでも良い事を考えながら、帰りの支度をしていた。

 

『第一高校の生徒の皆さん!』

 

 しかしエミヤにとって不幸というべきか、ハウリングに掻き消されながら男の声が校内に響き渡る。

 

『失礼しました。第一高校の皆さん!』

 

 上手くボリュームを調整したようだ。先程のハウリングに耳を塞いでいた生徒も、今は手を耳から離している。

 

『我々は校内における差別の撤廃を目指す有志同盟です!』

 

 差別というのは間違いなく、二科生が一科生や学校から受けている待遇のことだろう。

 

『我々は生徒会、また部活連に対し、対等な立場においての交渉を要求します』

 

 おそらく放送室の電源を切ったのだろう。話の続きは流れてこない。携帯端末を見ると渡辺から至急来るようにという内容のメールが来ている。

 

「今日は非番だというのに」

 

 エミヤは愚痴をこぼしながら教室を出る。先の状況は嵐の前の静けさ、と表現する方が正しかった。

 

 

 

「もっと早く来れなかったのか?」

 

 自分が一番遅かったようだ。放送室の前には、司波兄妹を含めた生徒会役員、風紀委員会、そして部活連の実行部隊が既に揃っている。

 

「これでも急いだ方なのだが……。それで状況は?」

「連中が放送室のマスターキーを持って立て籠っているせいで手詰まりだ。当たり前だが、扉を破壊して突入するのはダメだ」

 

 エミヤは扉に視線を向け、渡辺にこう質問した。

 

「この扉の鍵はカードキーで間違いないか?」

「そうだ。……だがどうしてそんなことを尋ねる?」

「開けることはできる。だが中にいる連中とはどう話をつけるつもりだ?」

「……」

 

 渡辺は何も答えない。実力行使で解決するつもりだったのだろう。達也に目配せをして生徒会の意見、十文字会頭の意見を聞いてもらう。2人とも言い方こそ違ったが、どちらも鎮圧すべきではないと答えた。

 

「彼等の交渉に応じる、という事で間違いないかね?」

 

 念のためにもう一度、そう尋ねておく。

 

「あぁ、それが今後の為にもなる」

 

 克人はエミヤの言葉に首肯し、そう答えた。

 

「……分かった。だが彼等が魔法を使ってこないとも限らん。心構えぐらいはしておきたまえ」

 

 エミヤは扉に手をあて、扉が備え付けられている壁に3つの小さな魔法式を展開する。その直後、解錠音が廊下に響く。渡辺とアイコンタクトをとり、勢いよくでもゆっくりでもない速度で扉を開く。魔法が飛んでくるかもしれないとも思ったが、占拠していた連中は扉が開けられたことに驚いているようだった。

 

「なんで……?」

 

 壬生がそうもらす。克人は壬生の心中を無視するかのように語りかける。

 

「お前達の交渉には応じよう。しかし今回お前達がとった行動を容認するわけにはいかない」

「その通りだけど、彼らに対する措置は生徒会に委ねられることになったわ」

 

 先程まで居なかったはずの真由美が、克人と壬生の間に割り込むように出てくる。

 

「ごめんなさい、十文字君。だけど生活主任の先生と話し合って決まったことなの。後は私たちに任せてくれないかしら?」

「……承知した」

「達也くんと深雪さん、今日はもう帰ってくれて構いません」

 

 そう言われた達也達は一礼をし、この場を去っていく。エミヤも彼等に乗じて帰ろうとするが。

 

「待ってくれ士郎くん。先程の扉の解錠方法について聞かなければならない事がある」

 渡辺に呼び止められる。

 

「どうやって扉を解錠したんだ?」

「……難しいことではない。電気錠には必ずといっていいほど制御盤が存在する。今回はID制御盤、電気錠制御盤、電気錠に放出系の魔法で起こした電気を信号として流しただけだ。心配せずとも悪用はしないさ。」

「……そうか。なら良い」

 

 エミヤの説明に渡辺は納得してくれたようだ。どうやらもう帰っても良いらしい。昇降口からでて、空を見上げる。赤く染まった空には月が昇り始めようとしていた。

 




前回と同じく先ずはお礼をさせて頂きます。6月8日において日間ランキング26位に入りました。読者様のおかげです。本当にありがとうございます!また新たに高評価を頂いた、偽・螺旋剣Ⅱ様、カローラ様、夏賀まゆき様、Hiroki1208様、おk様、manblack様、フロシキ様、libra071様、ブラスティングビニール様、深深様、ハッサン☆ムキムキ様、松茸ex様、天ノ狐様、シュンSAN様、UBW00様、Siroap様、d'Abruzzo様、イタク0532様、テレビス様、弥未耶様、ロジョウ様、Kト様、また感想欄にご意見、ご感想を送っていただいた皆様には励まされております!本当にありがとうございます!

次は謝罪をさせて頂きます。作者自身に記憶の齟齬がありまして、プロローグに違和感を感じられた方がいらっしゃったようです。本当に申し訳ありません。すでにプロローグには訂正を加えております。

オレンジバーやランキングに入る度に意味もなくシャドーボクシングを始めるほど読者様には感謝しております。話はまだ長くなりそうですが、どうぞ、これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いいたします!

次話は木曜日前後になると思います。


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入学編Ⅲ

<<1>>

 

 4月22日。昨日の放送室占拠の件は有志同盟によるものとして全校生徒に知られている。しかしブランシュの下部組織”エガリテ”が絡んでいる事に気付いた生徒はごく少数だろう。かくいうエミヤも放送室の扉を解錠した際、中にいた生徒が着けていたトリコロールのリストバンドで分かったのだ。そんな組織が昨日の一件で終わりというわけでもなかろう。

 

「おはよう、士郎君」

「……何か用かね、渡辺先輩?」

 

 エミヤが正門を通り過ぎようとしたタイミングで声を掛けたのは渡辺だった。様子からしてエミヤを待っていたわけではないらしい。

 

「用がないと話しかけてはダメか? 」

「そういうわけではないさ。ただ君に声を掛けられると、どうも面倒事の予感がしてな」

「君はあたしを何だと思っているんだ。……まぁ良い。ここにいたのは、真由美に討論会の警備について早めに相談しておきたくてな」

「……討論会? 何の話だ?」

 

 最初こそ適当にあしらうつもりだったが討論会という言葉を聞いて態度を改める。昨日自身が帰った後に何があったのだろうか。

 

「そういえば、君にはまだ伝えてなかったな。例の有志同盟と話し合いをした結果、急ではあるが明日の放課後に討論会を開くことになったんだ」

「……おおよそは理解した。それで、討論会に参加するのは誰だ?」

「真由美だけだ」

 

 賢い選択だと思う。時間がほとんど無い状況で下手に打合せなどすれば、少々の意見の食い違いから揚げ足を取られることになる。しかしそれは、七草の思想に偏った意見が生徒会等の考えとして受け取られるということだ。だがまぁ、生徒会長であり数字付き(ナンバーズ)・七草家の長女でもある彼女が下手な事を言うとは考えにくい。

 

「……確かに彼女なら大丈夫だろう」

「他人事のようだが、君も警備に参加するんだぞ? 話が纏まったら連絡するから、確認しておいてくれ」

 

 渡辺と別れ、教室に向かう。教室までの廊下で有志同盟のメンバーであろう生徒達と何回かすれ違う。余程暇なのか、それとも思い入れが強いのか。ご苦労なことに朝から賛同者を募っている。一方声をかけられている者達の内、何人かの表情は真面目そのものだったが、ほとんどの人はどう対応するべきかと皆困った顔をしている。その中に見知った顔を見つける。

 

「レオ」

「おっ、士郎!」

 

 エミヤに声を掛けられたレオは小声で「助かったぜ」と呟いているが、エミヤにその気は無い。それでも清々とした表情を見れば大分レオがげんなりしていた事が分かる。声を掛けていた有志同盟の生徒と言えば外見、さらにエミヤが一科生ということもあってか、話を切り上げて顰めっ面で他の二科生のもとへと去っていった。

 

「ありがとよ! なかなかしつこくて、どうすりゃいいか困ってたんだ」

「有志同盟への勧誘か? 大変だったな」

 

 念のための確認を交えつつ、如何にもといった感じでレオを労う。

 

「最初はそんな感じだったんだけど、断ったら明日の討論会だけでもって言われてよ。終いにはもっと関心を持てって説教されちまった」

 

 どうやら賛同者を集めるのに必死らしい。それとも必死になって人数を集めるのには、他の目的があるからなのか。E組の前でレオと別れたエミヤは雲行きの怪しい先行きに懸念を抱いていた。

 

 

○○○○○

 

 夜の帳がおりた頃、達也と深雪は九重寺に来ていた。殊更なのであろうが境内の中は灯りの1つも無いおかげで真っ暗だった。達也はともかく、深雪はほとんど夜目が利かないのだろう。達也の服の袖を軽く握っていた。

 

「こんばんは、達也くん。それに深雪くんも」

 

 そんな彼女を驚かそうとしたのか、庫裏の戸を開けようとした二人に八雲が声をかけた。ご注文通りの反応がお気に召したらしく、にやりと笑っている。

 

「お呼び立てに応じて頂き、ありがとうございます」

 

 八雲にアポイントを取ったのは先週の事だ。決して忙しいわけでは無いだろうが、先ずは謝礼を述べるのが礼儀というもの。八雲は腰を掛けるよう達也達に勧める。

 

「それで、今日は何の用だい?」

「師匠にお調べして頂きたいことが2つ程ありまして」

 

 最初に達也が尋ねたのは司甲(つかさきのえ)のことだ。甲は何度も達也に危害を加えている。さすがに騙されているということはないだろう。ブランシュに荷担しているとみて間違いない。

 

「彼の旧姓は鴨野甲。親族に魔法的な因子は見られない」

 

 唐突に八雲が語り始める。甲の家族構成、美月ほどではないが霊子過敏症であること。しかしそのどれもが、達也達が望んでいる情報ではなかった。

 

「師匠。司甲とブランシュの関係について何かご存じなのでは?」

 

 達也がそう話を切り出す。質問されると予想していたのだろう。八雲は言葉を詰まらせること無く答える。

 

「彼の義理のお兄さんがブランシュ日本支部のリーダーなんだ。勿論、裏の仕事も取り仕切っているよ」

 

 ますますきな臭くなってきた。そうするとエガリテのリーダーは甲だろう。だが司兄弟が何を企んでいるのかまでは、八雲も分かっていないらしい。これ以上司について知ることはできないと判断した達也は別件へと話題を変える。

 

「司とは別口でお聞きしたいことがありまして……」

「それは衛宮士郎くんの事かい?」

 

 これもまた予想していたのか、達也が全て言い終える前にそう言い当てて見せた。だからだろう。八雲なら彼について何か知っているかもしれない。達也と深雪はそう期待したのだ。

 

「残念だが、彼についてはパーソナルデータ(PD)以上の事は知らないよ」

 

 しかし八雲の口から出た言葉は二人の期待に反するものだった。

 

「……どういうことですか?」

 

 この九重八雲という男は忍びを自称しているが、確かに自称するだけあって情報収集の腕は凄まじいものだ。だからこそ、その八雲ですら分からないという事実は達也達を十分に驚愕させた。

 

「彼のPDを調べたんだけどね、真っ白なんだ。魔法については過小評価されているぐらいだし、親族は誰もいない。佐渡侵攻事件の時に失ったという事になってる。高校に入学するまでは、御両親の知り合いにお世話になったらしいよ」

 

 そこだけ聞けば珍しくもない話だ。八雲がエミヤを怪しんでいる理由は他にあるのだろう。

 

「だけど不思議な事は、彼が突然現れたということさ。今まで無かった筈の衛宮士郎というPDが、昔から有ったかの様に存在しているんだ」

 

 「僕が知っているのはこれくらいかな」と話を締め括る。今まで聞くことに徹していた深雪が控えめに尋ねる。

 

「衛宮くんが他国の工作員ということは無いのでしょうか?」

「可能性としては無いと言いきれない。だが魔法師が入国することでさえ厳しい今、疑われるような事は何処の国であっても避けるはずだ」

 

 深雪の質問に答えたのは達也だ。もし仮にエミヤが工作員だったとして、自身の住まいに人を招待するだろうか。それに達也の中では既にある推測が立っていた。しかし確証がない。達也の発言を最後に誰も口を開かなかったため、八雲に辞宜をし深雪と達也は九重寺を後にした。

 

 

 

「……お兄様。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 帰宅してから何かを考え込んでいる達也に深雪は恐る恐るといった感じで話し掛ける。どうやら気を遣わせてしまったようだ。

 

「遠慮はいらないよ。言ってごらん」

「衛宮くんについて、お兄様の考えをお聞きしたいのですが……」

 

 その問いは達也が深雪に伝えるべきか逡巡していたものだった。だが彼女が知りたいと言っている以上黙っておく必要もない。

 

「先ず今から俺が言うことは、あくまで臆測の域を出ない。それを踏まえておいた上で聞いてくれ」

 

 前置きのその言葉に深雪は首肯する。

 

「俺は士郎が調整体ではないかと疑っている。それも十師族と深く関係を持った調整体だ。」

 

 思いもしなかった言葉が聞こえたせいなのか深雪は戸惑っているようだ。それでも達也は話を続けている。

 

「調整体といっても今までと同じように、遺伝子操作を受けただけのタイプじゃない。確証はないが、何らかの手段で肉体に急激な成長をもたらす新しい調整体だと考えている。そう考えれば、突然現れたPDについても説明がつく」

 

 深雪は達也の考えに驚きを隠すことさえできない。それでも口に手をあてていることから深雪のマナーの良さが窺える。達也はといえば、これで終わりと言わんばかりにティーカップに手を伸ばしている。実際に、それが達也の本心であった。

 賢い妹のことなので気付いているかもしれないが、達也の考えている新しい調整体は世界の軍事バランス、そして生命の価値に大きな影響を与える事になる。今まで人間として扱われてきた調整体が、物として”量産”されることになるのだ。ただでさえ、ブランシュの件があるのに、これ以上深雪を不安にさせたくない。だが達也の気遣いは無用のものである。確かに九島家とは親密とも言える関係だが、エミヤは調整体などではない。

 かくして、深雪と達也はエミヤに対する誤解を深めていったのであった。

 

 

<<2>>

 

 討論会当日。会場となる講堂には思った以上の人数が詰め掛け、300人を超えたところでエミヤは人数を数えるのを止めた。彼は今、同盟代表の3年生4人を監視している。その中に放送室を占拠した面子はいない。良からぬ事を企んでいるのは考えずとも分かる。

 

「そろそろ時間だな」

 

 エミヤが独り言を呟くのとほぼ同時に舞台以外の照明が落ちる。それが討論の開始の合図だった。

 

 

 始まって五分と経たずに、討論会はいつの間にか真由美の演説会へと変わっていた。最初は発言をしていた同盟だったが内容が感情論に傾いていたこともあって、真由美の合理的な反論に返す言葉を無くしていた。

 

「私は退任時の生徒総会で、生徒会役員を一科生のみに限定する制度を撤廃するつもりです。そうすることによって一科生と二科生の間に存在する差別意識が少しでも無くなることを切に願います」

 

 七草は最後にそう締め括る。彼女は学生間に存在する差別意識の克服を目標としているようだ。彼女の演説に感化されたのか二科生だけでなく、一科生も拍手をしている。円満な雰囲気で終わろうかとしていた次の瞬間、拍手の嵐を轟音が掻き消した。

 

○○○○○

 

 それはドカンというよりは、ズドンという重く響きわたる音だった。突然起こったそれに多くの生徒が動揺している。そんな中、同盟のメンバーだけは動きが違った。予め爆発が起きることを知っていたのか、椅子から立ち上がりCADを操作しようとする。混乱を起こすのが目的なのだろうが、風紀委員の連中が許すはずもなかった。

 

「学校を襲撃するとは大胆なことをする」

 

 呑気に感想を漏らすエミヤの足元には、いつの間にか同盟の連中が転がっている。既に昏睡しているようだ。そんな有り様の壇上前に窓から榴弾が投げられる。しかし何を起こすというわけでもなく、映像を逆再生するかのように投げ込まれた窓から外に出ていった。どうやら服部が魔法を使ったようだ。服部の奥に目をやると、達也と深雪がこの場から離れていくのが見える。爆発があったであろう実験棟に行くようだ。周囲の状況を確認すると、皆落ち着きを取り戻したようで生徒会の指示を聞いている。この場は彼女らに任せても良いだろう。

 

「渡辺には……事後報告で構わないだろう」

 

 達也と深雪の力を垣間見ることができるかもしれない。そう思いエミヤは達也達の後を追った。

 

 

 講堂の外に出ると、いたる所で第一校の生徒と教師がテロリストと交戦していた。CADは持っていないようだが苦戦しているといった感じではなく、むしろ魔法力でテロリストを圧倒している。この様子なら鎮圧するのに時間は掛からないだろう。エミヤは達也達を追って実技棟に向かった。

 実験棟前に着くと、思ったよりも早く達也達を見つけることができた。というのもレオとエリカが痴話げんかを繰り広げていて目立っていたからだ。

 

「随分と余裕そうだな、レオ」

「士郎!」

 

 レオとエリカは声を掛けられて気づいたようだが、深雪と達也はエミヤが後を追っていることを知っていたらしい。エミヤを一瞥するだけに留まっていた。

 

「さて、これからどうするか……」

「侵入者の狙いは図書館です」

 

 達也の投げ掛けに女性の教職員が答える。エミヤと深雪は彼女を知らないのだが、E組の3人はどうやら面識があるらしい。

 

「後ほど、ご説明していただいてもよろしいですね?」

「お断りします、と言いたいところだけど、難しいでしょうね」

 

 達也はその教職員と話が付いたのか、短く「行くぞ」とだけ口にし図書館へと向かっていった。

 

 

 図書館前には多くのテロリストが集中していた。生徒達も応戦してはいるが、数が多いらしく苦い顔をしていた。

 

パンツァーー(Panzer)!」

 

 そう叫び、レオが突っ込んでいく。どうやら音声認識型CADらしい。起動式の展開と魔法式の構築が同時に進行する。相手を殴り、棍棒をへし折り、また殴る。相手がテロリストでなければ加減をしろと言っていたかもしれない。

 

「あんだけ乱暴に扱ってて、よく壊れないわよね」

「CAD自体に硬化魔法をかけているんだろう。余程のことがない限り、壊れることはない」

 

 エリカの疑問に達也が答える。エリカが毒づいているが、勿論レオは気づいていない。

 

「レオ、ここは頼むぞ!」

「まかせとけっ!」

 

 レオを除く4人は図書館の入口へと向かった。

 

 

 図書館の中は静寂に包まれていた。エミヤ達は入口のすぐ横にある小部屋に姿を隠していた。

 

「階段の上り口に2人、階段を上りきった所に1人、特別閲覧室に4人……か」

「分かるのか?」

 

 達也が個々のエイドスを見分けたことにエミヤがそう口にするが、達也は答えない。

 

「まぁ良い。それに待ち伏せがどこにいるか分かっているのなら、話は早い」

 

 そう言い、小部屋から出たエミヤは風紀委員の備品である汎用型CADを操作する。

 

「……士郎くん、何するつもり?」

 

 獲物をとられたことを不満に思っているのか、飛び出そうとしていたエリカが不貞腐れた表情で尋ねる。その刹那。階段の昇り口に2つ、階段を上りきったところに1つ魔法式が展開され、そこからドライアイスの弾が大量に発射される。

 

「お兄様、今のは……」

「系統魔法、ドライ・ブリザード。空気中の二酸化炭素からドライアイスを生成し、高速で飛ばす魔法だな」

 

 魔法によって抉られた床がその威力を物語っている。おそらく再起不能にまで追い込んでいるだろう。倒れたテロリストには目もくれず、エミヤは何事もなかったかのように振り返り、達也達に先を促した。

 

 

 

 大層ご不満な様子だったが、念のためということでエリカには入口で待機してもらっている。案外、押しに弱いのかもしれない。階段を上り、エミヤ達3人は特別閲覧室の前に来ていた。達也は一瞬だけエミヤを見て、何か諦めたような顔をした。そして特化型CADを構えたと思えば、扉が切り取られたかのように内側に倒れた。部屋にいた連中は皆驚きで顔がこわばっている。そのなかには壬生もいた。

 

「お前達の企ては潰えた。おとなしく投降しろ」

 

 達也の降伏勧告に誰も応じない。それどころか壬生の横にいた男が達也に拳銃を向ける。だが男が引き金を引くことは無かった。

 

「愚かな真似はしないことです。私がお兄様に害をなそうとする輩を見逃すことはありません」

 

 深雪の魔法によって、拳銃を構えていた男は手を凍傷させられているらしい。痛みで床に倒れこんでいた。

 

「誰もが平等な世界なんてものはありません。地位や財産、才能を無視するならば、そこに有るのは誰もが薄遇される世界です。貴女は都合の良いように利用されていただけなんですよ、壬生先輩」

 

 達也の残酷かつ現実的な言葉に、壬生はヒステリックな声を上げる。彼女なりに悩み、苦しみ、そして行動したつもりなのだろう。だがエミヤにとって、結果が伴わない行動というのは自己満足でしかない。だからこそ嘗てエミヤも、自身の理想を叶えることのできる力を欲し、結果手にいれたのだ。壬生が力を手にいれたとして、己が夢を実現できるかどうかは定かではないが。壬生と深雪の口論の最中に、今まで怯んでいた男が叫ぶ。

 

「壬生!アンティナイトを使え!」

 

 男は床に発煙手榴弾(スモークグレネード)を叩きつける。視界を塞いだところで逃げるつもりだったのだろうが、生憎テロリストの2人は達也に薙がれる。だが壬生はエミヤの前を通りすぎ、図書館からの逃走を図っている。

 

「何故見逃したんですか、衛宮くん」

 

 深雪はエミヤが私情を挟んだのではないかと疑っているらしい。普段は淑女といった感じだが、今の彼女は年相応の表情をうかべていた。

 

「彼女を拘束したところで精神面での根本的な解決はできないと判断したまでだ。……それに彼女の対処は私よりもエリカが適役だろう」

 

 エミヤの応答に納得できない様子を見せた深雪だったが、エミヤの考えに同意しているらしい達也に宥められ、場は収まった。

 

 

○○○○○

 

「なぜ俺が抱えることになるんだ?」

 

 達也の腕の中には気を失った壬生がいる。エリカとの一騎討ちで倒れたらしい。それが何故自分が抱え込まなければいけないということになるのか。達也の疑問は当然だった。

 

「そもそも士郎もいるだろう? 何故俺なんだ?」

「鈍い男は嫌われるぞ、達也。彼女も私より達也の方が喜ぶと思うがね」

 

 話を振られたエミヤは何を今更といった感じの口調だ。エリカも横で頷いている。

 

「衛宮くんとエリカを同時に相手取るのは分が悪いですよ、お兄様」

 

 深雪にしては珍しく達也の反応を楽しんでいるようだ。しかし深雪の発言にはエリカ達に対して少し毒を含んでいるような言い方だ。

 

「ちょっと深雪? ちょーっと棘がある言い方だけど?」

「あら、そんなつもりは無かったのだけれど。ごめんなさい、エリカ」

 

 深雪の発言にエリカはキーッと効果音が付きそうな反応をしている。今度はそれをみた達也が笑みをこぼすのであった。

 

 

 

<<3>>

 

 

「何故、何も言わずに講堂から出ていったんだい?」

 

 壬生を保健室に連れてきた後、エミヤは渡辺に捕まり質問攻めにあっていた。どこで、何を、誰とといった感じで御丁寧に5Wを聞かれ、最後に質問されたのがこれだ。

 

「講堂内はすでに鎮圧を終えていたからな。1つの場所に人が集中しすぎるのも良くないと思ったまでだが」

 

 エミヤの回答は講堂を去った理由であって、渡辺の質問の答えにはなってない。

 

「……まさかとは思うが、事後報告で良いなんて考えてたんじゃないだろうな?」

 

 何も答えないエミヤに対し、図星かと渡辺は溜め息をつく。

 

「事後報告でも構わないが、重傷で帰ってくるなんて事が無いようにしてくれよ?」

「……無論だ」

 

 意外にも会話は早く終わり、2人は保健室に入る。中には生徒会長である真由美と部活連会頭の克人、図書館に向かった面子、それと当事者の壬生が顔を揃えていた。

 

 壬生が誰に聞かれたわけでもなく事の経緯を語り始める。壬生がエガリテに勧誘されたのは入学してすぐのこと。渡辺に稽古をそっけなく断られた事がひどくショックだったようだ。そこで渡辺が待ったをかける。

 

「あたしはこう言った筈だ。壬生の技量にあたしは敵わないから、もっと腕が良い相手と稽古をしてくれと」

 

 壬生は自身の中で記憶に混乱が生じているのか、「そういえば」「だけど」と繰り返している。

 

「じゃあ私は逆恨みで、ただ時間を無駄にしたってこと……」

「無駄では無かったと思いますよ」

 

 壬生の呟きに達也がそう声にする。その言葉に今まで張りつめていたものが弛んだのか、壬生は達也の胸に顔をうずめ嗚咽をもらした。

 

 

「さて問題は、敵のアジトがどこにあるのか、ということですが」

「ちょっと待て。君は敵地に乗り込むつもりか?」

 

 渡辺の問いに対して、達也は首で答える。

 

「学生の分を越える行為は控えるべきだ! 後は警察に任せておけ!」

 

 渡辺の言っている事は正しい。この手の問題は学生がしゃしゃり出るべきではない。

 

「壬生先輩を家裁送りにするおつもりですか?」

 

 だが達也の意見も理解できる。克人もエミヤと同じように考えているらしい。ただテロリストと戦うということは命に関わり、無理に生徒を参加させるわけにはいかない。それは達也も承知のようだ。

 

「つまり学生としてではなく一個人としての報復、というわけか」

 

 エミヤの言葉に達也は頷く。結局達也の意見に壬生を除く全員が同意、真由美と渡辺が学校にのこり、他のメンバーが敵本陣に乗り込むこととなった。

 

「だが司波、敵がどこにいるか分からなければ乗り込む以前の問題だ」

「敵の拠点を知っていそうな人物が、1人います」

 

 そう言いながら、達也は保健室入口の戸を引く。そこには実験棟前で見た女教師が立っていた。

 

 

○○○○○

 

 克人が用意したのはオフロードに対応した大型車だ。だが桐原が加わったことにより定員を超えているらしく、普通乗用車よりは幾分か広い助手席にエリカと深雪が乗るという荒業を見せた。レオの硬化魔法がかけられた車は閉ざされた門を突き破る。

 

「お前が考えた作戦だ。司波が指示をだせ」

「レオとエリカはここで退路の確保。十文字会頭と桐原先輩は裏口から。士郎は……」

 

 エミヤを自分達と行動させるか否か、達也は判断しかねているようだ。確かにエミヤの実力を計ることができるかもしれないが、達也達自身の力も見せることになるかもしれない。だが今は隠しきれても、今後知られないというわけでもない。達也は結局、洋弓を携えたエミヤを連れ立つことにした。

 

 

 敵の頭はすぐに見つかった。どうも達也を待っていたらしい。

 

「はじめまして、司波達也くん! 僕がブランシュ日本支部代表の、司(はじめ)だ」

「そうか。……一応、投降勧告をしておこう。全員武器を捨て、両手を頭の後ろで組んでから跪け」

 

 司の言葉などどうでもいい事が達也の事務口調から分かる。

 

「魔法の力が全てだと思っているのかい? やはり所詮学生だ」

 

 薄笑いを浮かべた司は伊達眼鏡を空中に投げ捨て、こう言い放った。

 

「司波達也、我々の同士になれ!」

 

 だが達也に変わった様子はない。司の顔から余裕の笑みが消える。

 

「意識干渉型系統外魔法、邪眼(イビル・アイ)か。タネさえ分かっていれば、どうとでもなる手品だな」

 

 魔法が効かなかったせいなのか司は冷静さを失っており、部下達に達也達を射殺するよう指示を出す。だが男達が引き金を引こうとすると、手元にあった銃は部品に分解され、甲高い音をたてて床に落ちていく。それを見た司は「ひぃっ」と逃げ出していく。

 

「お兄様方はあれを追ってください」

 

 凛とした声でそう告げる。達也とエミヤは司が出て行った方へ歩き出す。彼等の背後では氷の彫像になったものが2つ倒れていた。

 

 

 司は達也達を返り討ちにしようと身を潜めていた。さすがの魔法師でもキャスト・ジャミングさえ使えば大したことはない。そう高を括っていたのだが。

 

「テロリストといえど、この程度のものか」

 

 しかし現実は違った。銃を分解されたと思えば、何かが風を切る音が聞こえる。白髪の男が黒い洋弓で部下達の腹部に矢を立てたらしい。気がつけば、まともに動けるのは司のみになっていた。もはや逃げる気力すらないのか地面にへたり込んでいる。

 

(魔法師というよりは弓兵だな)

 

 司を尻目に、達也はエミヤをそう評価した。

 

 

 

 

 事件の後始末は克人、正確に言うのなら十文字家が引き受けてくれた。エミヤは達也達と別れ、既に帰宅していた。遅めの夕食を済ませたあと秘匿回線を用いて、九島烈を呼び出す。

 

「一週間ぶりか。何か動きはあったかね?」

 

 今までは本題の前に余計な話を挟むことが九島烈のルーティーンの筈だったのだが、今日は話を早く終わらせたいようだ。そしてエミヤはその理由に心当たりがある。

 

「……後でかけ直した方が良いようだな」

「……その必要はない。光宣(みのる)の体調も、最近は落ち着いてきている」

 

 烈の孫である九島 光宣は生まれつき身体が弱い。そして烈は光宣に気を掛けすぎているのだ。

 

「そうか、では簡潔に纏めるとしよう。今日第一高校がブランシュに襲撃を受けた」

「ほぅ……」

 

 口ぶりこそ驚いているかのようだが、表情に変化はない。

 

「その後、十文字克人を含む司波達也達がブランシュ日本支部を襲撃、そして壊滅させた」

 

 烈は笑みを浮かべ口を開く。お世辞にも純粋さは感じられない。

 

「……四葉の兄妹については?」

「達也の方は分解を使っていた。妹の方は直接確認したわけでは無いが、皮膚の凍傷等を鑑みるとニブルヘイムを使用したようだ」

「……そうか。ご苦労だったな」

 

 その言葉を最後に烈が一方的に通信を切る。烈は達也の分解も、深雪のニブルヘイムも知っていたに違いない。中途半端に開いているカーテンを閉めるため、窓際にたつ。

 

 カーテンの隙間から覗いた空に、月は見えなかった。

 

<入学編 了>




 先ずはお礼をさせて頂きます。お気に入り件数が1800件を超えました。これほど多くの読者様が読んで頂いていると思うと感謝の念が絶えません。本当にありがとうございます。また高評価を頂きました、マルマイン様 cluele様 なべやま様 kynailu様 アオザキ様 king-of-neet様 c2様 リルガルシュ様 ヒカゲ様 火消の砂様 ごんた様 ぼっち(笑)様 壬生谷イツキ様 God wind様 フェニックス天庵様 ギャラクシー様 ナイジェルマン様 うっかり属性様 球磨様 一富士 ニ鷹様 トルネ様 グラニュー様 アリジュン様 うましか様 ヒースクリフ様 ロジョウ様 黒江碧様 六華様 absurd様 通りすがりの暇人様 明治ヨーグルト様 殺神鬼様 砂糖 鳥様 Sohya4869様、感想をいただいた皆様、誤字報告をして頂きました皆様には激励されております!本当にありがとうございます!

 次に謝罪を。作者の妙なこだわりのせいで、読みづらかった読者様が多数居られるかと存じます。誠に申し訳ありません。次回の更新時までに修正しておきます。重ねてお詫び申し上げます。

 次回からは九校戦編となりますが、これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願い致します!

 次話は木曜日前後になると思います。


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九校戦編
九校戦編I


<<1>>

 

 九校戦。それは全国に九つしかない魔法科高校各校の生徒が実力を競いあう、いわば魔法師の全国競技大会のようなものだ。そのため出場選手のみならず、CADの調整要員まで実力のある学生だけが参加している。夏休みだという事もあって、選ばれなかった生徒も自校の応援のために会場まで駆けつける。誰もが優勝するために必死なのだ。

 

「だと言うのに、何故君はモノリス・コードに出場しないんだ?」

 

 渡辺摩利は目の前で資料を作っている男をまじまじと見る。男は何回目か分からない問いにうんざりしているのか、長息する。

 

「何度も言うが、私は既にスピード・シューティングの選手として登録を終えている。それにモノリス・コードの出場選手はもう決まっているはずだ」

「士郎くんが辞退するからメンバーを決め直す事になったんだ! 未だ1年には知らせてないのに、先に士郎くんに教えたのが間違いだった……」

「辞退した理由は伝えたはずだが?」

「確か……直接的な戦闘行為になる嫌いがあるから、だったか?」

「より正しく言うのなら、近接戦での魔法行使を不得手としているからだ」

 

 エミヤが言っていることは半分嘘である。近接戦においても彼の魔法力と経験であれば高校生程度に遅れは取らない。だが、その経験が問題なのである。殴る、蹴るといった行為にエミヤは抵抗がない。それに対し、モノリス・コードでは魔法以外での攻撃は禁止されている。つい癖で手を出してしまえば、たった1回でも失格、一校の敗退となる。

 

「士郎くんに限って、そんなことは無いと思うけどな……」

「だが可能性が0とは言えないだろう」

「……士郎くんが出れば、モノリス・コードは勝ったようなものだと思ったんだが」

 

 実際にはエミヤよりも代わりに選ばれた森崎の方が手を出しそうではあるが、渡辺はこれ以上言及しなかった。気まずい雰囲気に、エミヤが話題の転換を計る。

 

「渡辺先輩はバトル・ボードとミラージ・バットだったか?」

「……そうだ」

 

 ミラージ・バットという単語に渡辺は表情を曇らせる。ミラージ・バットは女子の花形競技で、「フェアリー・ダンス」と別称されている。魔法師を目指す少女であれば誰もが一度は夢見る舞台である。

 

「何が不満なんだね?」

 

 だからこそエミヤの疑問は当然のものだった。余程の事がなければ嫌がる理由も無いはずである。

 

「その……ミラージ・バットのコスチュームは、いかにも女の子って感じで、あたしには似合いそうも無いだろ?」

 

 彼女の口から出たのは意外な言葉だった。ミラージ・バットのコスチュームは一言で表すのであればアニメに出てきそうな魔法少女。対して普段の渡辺はボーイッシュで、スカートよりもジーンズの方が似合う大人の女性というイメージがある。しかし、そう想像できるのは彼女の男勝りな気性を知っている者だからだ。

 

「君らしくない発言だな……。気にすることは無い。私から見ても、先輩は女性としても魅力的だ」

 

 二枚目が言いそうなその言葉は、渡辺を励ますには十分だったらしい。照れているのか、顔を赤くした渡辺は外方を向いている。その姿にエミヤは思わず失笑する。

 

「何故笑う!」

「……君も彼氏の前では、そんな態度なのだろうと想像したまでさ」

 

 拗ねている渡辺と笑みを浮かべるエミヤの姿は、いつかのリベンジのようにも見えた。

 

 

 

「今日は随分と遅かったな。もう来ないかと思っていたよ」

 

 それから直ぐ達也が来たのだが、渡辺の言う通り普段よりも30分程遅い。真面目な達也にしては珍しい。

 

「生徒指導室に呼び出されまして、話が少し長くなりました」

「ほぅ……。達也くんが呼び出されるとは、明日は雪でも降るんじゃないか?」

 

 渡辺が茶々を入れるが、寒冷化が進んだ2095年でも夏に雪が降るといった異常気象は確認されていない。深雪が雪を降らせるという事を皮肉っているのだろう。達也にとっては、あまり面白くないジョークだったようだが。

 

「それで何故呼び出されたんだ? まさかとは思うが、実技で手を抜いていると疑われたわけでもなかろう?」

 

 エミヤに尋ねられた達也は肩を竦めてみせる。

 

「そのまさかだ。あげくの果てには転入まで薦められたよ」

 

 達也の成績は学内の話題をかっさらっている。先日の学期末試験において1年生の総合点上位4位こそA組が独占していたが、理論点、つまり筆記試験においては達也が1位、その後に深雪、E組の吉田幹比古、エミヤといった順だ。もはや第一高校では達也のレベルにあった教育は受けられないと考えたのかもしれない。

 

「まぁ、分からなくもない。はっきり言えば、達也の成績は異常だからな」        

「……士郎の成績は優秀の一言だな。深雪も士郎の魔法力を評価していたぞ」

 

 司波兄妹はエミヤの高い魔法力を評価していた。――得体の知れない、警戒すべき人物として。それでも彼らが四葉本家に未だ報告できていないのは、エミヤという人間の情報があまりにも少ないからである。PD以上の魔法力を持っているのは間違いないが、それ以外についてはほとんど何も分かっていない。

 

「そう言えば、最近は妹さんと一緒にいるところをあまり見ないな」

「深雪は九校戦の準備で生徒会室ですよ。……そういえば、九校戦は何時からでしたっけ?」

「8月3日からの十日間だ」

 

 競技練習や機材準備まで含めても1ヶ月と半月程とあまりに短い。その短期間にコンディションを何処まで良くできるのかが重要となってくる。

 

「今年は当校の優勝が確実視されているようですね」

「その通りなんだが、少し問題が有ってな。技術スタッフが少なくて困っているんだ……」

 

 自分でCADを調整できる者もいるが、ほとんどの魔法師はCADの調整を業者等の専門家に任せている。この場においては渡辺ただ一人だけのようだが。エミヤも達也も渡辺の地雷を踏むまいと黙り込む。部屋には静寂が訪れていた。

 

 

○○○○○

 

 

 家に帰り夕食の支度をしているエミヤ宅に、電話の呼び出し音が鳴り響く。表示されている番号は九島烈のナンバーだったが、画面に映ったのは別の人物だった。

 

「お久しぶりです、士郎さん」

「……体調は大丈夫なのか、光宣?」

 

 九島光宣。現当主・九島真言の息子であり、烈の孫にあたる。エミヤが九島本家で烈の客人として世話になった間の付き合いなのだが、随分と親しげな様子だ。

 

「えぇ、最近は調子が良くて学校にも行ってるんです」

「楽しいか?」

「授業は少し退屈ですけど、それなりには」

 

 楽しげに話すその姿は無邪気な子供のようだ。そんな光宣にエミヤも頬を緩ませる。

 

「士郎さんは今年の九校戦に出るんですよね?」

「スピード・シューティングの一種目だけだがな」

「それでも凄いですよ! 僕も会場まで応援に行けたら良いんですが……」

 

 応援に行くではなく、行けたらと言うのは自身の体調が不安定だと自覚しているからであろう。先程までの笑顔が嘘だったかのように気落ちしている。

 

「光宣、もう部屋に戻りなさい」

 

 突然画面に映っていない烈の声がする。おそらく光宣の横で会話を聞いていたのであろう。光宣はと言えば、未だ話し足りないといった様だったが、不承不承といった感じで部屋から出ていった。

 

「……良いのか?」

「心配はいらんよ。君との会話も光宣が少しだけと頼み込んできたからだ」

「そうか。……何か話があるのではないのか?」

「九校戦の会場付近で怪しい動きがあってな。国際シンジケートの輩と思われる」

 

 ついこの前第一高校が襲撃されたというのに、次は九校戦の会場。確かにテロの標的に持って来いではあるが、こうも続くと本当に偶然なのかという疑問が湧く。エミヤは今日何度目になるか分からない溜め息をついた。

 

「何時から日本はテロが日常茶飯事になったんだ?」

「まだテロと決まったわけではない。ぼやいておっても仕方なかろう」

「それで狙いは?」

「九校戦絡みとしか分からんよ。だが近くには軍の演習場もある。何か起きてもすぐに軍が動くだろう」

「……分かった」

 

 軍が動くのであれば自分に出る幕はないだろう、エミヤはそう結論付けた。

 

「話は変わるが、新しい魔法は完成したかね?」

「どうにかな。理論こそ単純なものだが、実戦向きではない」

 

 上京するまでの間、エミヤはただ知識を蓄えていただけではない。自身に合ったCADの開発から新しい魔法の開発など、普通の魔法師ならばほぼ経験しないであろう事を既に経験していた。

 

「では九校戦を楽しみにしておこう」

 

 烈がどう解釈したか察したエミヤだったが、何も言わずそのまま烈との会話を終えた。

 

 

○○○○○

 

 

 何時の時代であっても昼食を楽しみにしている学生は多い。午前最後の授業が終われば、食堂には学年を問わず多くの学生が駆け込み席はすぐに満席となる。そういう事もあって、エミヤは雫達と教室で食べることがほとんどになっていた。

 

「そういえば今日だよね、九校戦のメンバーが決まるの」

 

 箸で卵焼きを口に運びながら光井が尋ねる。深雪は生徒会役員ということで、エミヤは渡辺の公私混同によるお節介のおかげで既に知っていたが、他の1年生は未だ通知を受けていないはずだ。誰が選ばれるか気になるのは仕方ない事かもしれない。

 

「誰が選ばれるか楽しみ」

「他人事のようだが、期末試験の総合点を見れば君たちが選ばれるのは間違いないと思うがね」

 

 深雪が1位なのは言うまでもないが、2位がエミヤ、3位が雫、その後に光井と上位である彼女らが選ばれないわけが無い。だが2人はどういうわけかエミヤに呆れた表情を向けている。

 

「……何だね?」

「1番、他人事みたいに話しているのは士郎さんだと思うけど」

 

 自身が出場すること知っていたからか、雫達の目にはエミヤがそう映ったらしい。雫の言葉にエミヤはぐうの音も出ないようだ。

 

「……そうだな。二人は出たい種目が何かあるのか?」

「私はバトル・ボードですねー」

 

 光井であれば女子に人気があるミラージ・バットを選びそうだが、彼女が望んでいるのは意外にも競技性の高い種目だった。バトル・ボードはサーフボードを用いて人工水路で順位を競う種目。他の選手に魔法で干渉することが禁止されているので、身体能力が大きく関わってくる。

 

「雫は?」

「私はアイス・ピラーズ・ブレイクかな」

 

 アイス・ピラーズ・ブレイク。その名の通り、相手の陣地にある氷柱を遠隔魔法のみで全て壊せば勝利となる競技。ユニフォームの制限がない事から近年では、ファッション・ショーとも言われている。

 

「士郎さんは?」

「……あげるのなら、スピード・シューティングだな」

 

 問われたエミヤが口にしたのは既に出場することが決まっている競技。九校戦に全く興味がないわけではないが、やる気に満ち溢れているわけでもないといった口ぶりだ。

 

「モノリス・コードじゃないんだ……」

「……何故雫が落ち込むんだ?」

 

 雫とエミヤはたった3ヵ月の付き合いだが、声音だけでそれが分かる程度には親しくなっていた。光井の口調が堅苦しいのはエミヤだけではなく達也を含めた男子全員になので、決して仲が悪いわけではない。 

 

「士郎さんがモノリス・コードで活躍するところを見たかったから」

 

 一瞬答えになっていないかのように思えるが、そういった事情に勘の鋭い者であったら分かっただろう。エミヤに変化はなかったが、光井がはっとした顔をする。

 

「し、雫はモノリス・コードオタクなんですよ!」

「ほのか、オタクは言い過ぎ」

 

 あたふたした様子で口を挟んだ光井に、雫が反論した時機に予鈴が鳴る。エミヤの席の後ろの席が雫なので、空いた席に座っていた光井だけが胸を撫で下ろしながら自身の席に戻る。それぞれが自身の席で、まだ始まってもいない九校戦に思いを巡らせていた。

 

 

○○○○○

 

 

 九校戦のメンバー選定会議が行われていることもあってか、放課後の射撃場は貸しきりに近い状態だった。エミヤが射撃場を訪れたのはスピード・シューティングの練習のためだ。機材にクレーをセットし、位置につく。カウントが始まり、ライフル型のCADを構える。クレーが射出されるのとエミヤが引き金を引いたのはほぼ同時。クレーが空中に姿を見せる時間は5秒と無い。ただクレーが破砕される音だけが聞こえる。破壊されたクレーの数が百を越えた辺りで、エミヤがCADを降ろす。

 

(暇潰しにもならんな)

 

 過去にサーヴァントを相手取ったエミヤにしてみれば、クレーの速度など蟻が地を這うようなものだ。九校戦でも似たような速度ならば撃ち損なうことなど無いだろう。

 

(楽しみにしていると言われたが、あれを使うまでも無いだろう)

 

 エミヤは烈に言われた言葉を思いだしていた。もっとも彼が気になっているのは九校戦よりも犯罪集団の事だ。九校戦の会場、つまり富士の辺りで何を企んでいるのか。考えてもエミヤにはテロ以外に見当もつかない。クレーの残骸を片付け終えたエミヤは出入口に向かう。

 

「お疲れさま」

 

 エミヤに声を掛けたのは真由美だった。

 

「会議はもう終わったのかね?」

「えぇ、事前にほとんど決まっていたから。士郎くんは何故ここに?」

「スピード・シューティングの練習だ」

「……ちょっと待って。選手への通知は30分後のはずなのに、何故もう知ってるの?」

 

 正式な発表の前にエミヤが知っている事を不思議に思っているのだろう。エミヤは正直に答える。

 

「何、以前から渡辺から話は聞いていた」

「もう、摩利ったら! じゃあ摩利が士郎くんをモノリス・コードのメンバーから外したのも……?」

「私から彼女に頼んだんだ」

 

 真由美は如何にも私は怒っていますといった感じで頬を膨らませる。何か彼女の機嫌を損なうことがあったのだろうか。

 

「おかげで新人戦の男子競技、全部決め直すことになったんだから!」

「そうか、それはご苦労だった」

「……反応薄くない? もしかして私が悪いの?」

「そこまでは言っていない。ただ勝手に決められたというのに、断ったら怒られるというのは理不尽に思ってな」 

 

 余計に機嫌を悪くした真由美はわなわなと肩を震わせている。これ以上真由美を不快にさせるのは良くないと判断したエミヤは、不自然ではあるが話題を変える。

 

「そういえば技術スタッフは間に合ったのか?」

「え? えぇ、達也くんが参加することになったわ。最初は反発もあったんだけど、達也くんのスキルを見て決めようってなって……」

「どうだったんだ?」

 

 結果は既に真由美が述べている。エミヤが尋ねたのは、達也の技術はどうだったかという意味だ。

 

「私には凄いとしか分からなかったけど、あーちゃんが言うには高校生のレベルじゃないって」

 

 ある意味当然なのかもしれない。理論では教職員を唸らせる程の知識を持っている達也だ。CADの調整の腕前も専門家かそれ以上あってもおかしくはない。

 

(流石だな)

 

 ここにはいない達也に向けて、エミヤは称賛を送った。

 

 

<<2>>

 

 選定会議から土日を挟んで月曜日。本来授業にあてられる5限目に行われた発足式は予定通り円滑に進んだ。紹介を受け終えたエミヤの襟元には深雪によって徽章が付けられている。ほとんどの選手、スタッフの紹介は終わっており残る一人は達也だけだ。

 

「1-E、司波達也くん」

 

 真由美の掛け声に達也が一歩前へ歩み出る。達也の襟に徽章をつけている深雪の表情は実の兄に向けて良いものではない。他の者と比べて達也に向けて起こった拍手はわずかなものだった。

 

 

○○○○○

 

 

「皆さんの技術スタッフを担当する司波です。CADの調整の他、訓練メニュー作成や作戦立案をサポートします」

 

 発足式が終わったあと選手たちは振り当てられた教室で、それぞれの技術スタッフと顔合せをしていた。

 

「エンジニアは女の子が良かったなー」

「仕事さえしてくれれば、僕は誰でも良い」

 

 達也に浴びせられる言葉はあまり好意的ではない。

 

「ちょっと、エイミィ! スバルも達也さんに失礼じゃない!」

 

 達也を貶されたように思ったのか光井が声を荒立てる。

 

「私は君たちの小言を聞くために、ここに呼ばれたのかね?」

 

 彼女らを制したのは、本来ここに居ないはずのエミヤだった。言い開きが立たない様子の里美スバルと光井はともかく、明智英美は見るからにエミヤを怖がっている。

 

「士郎さんの言葉には棘があるけど、たしかに今は九校戦の事に集中するべき」

 

 雫がエミヤの悪印象を払拭しようと擁護する。静まったタイミングで達也がこれからのスケジュールを説明し始める。

 

「九校戦の新人戦は8月6日からと未だ3週間近く有りますが、明日の放課後から早速練習を始めたいと思います。具体的には……」

 

 達也が一通り説明したところで、女生徒が手をあげる。

 

「質問なんですけどー、司波君はともかくどうして男子の衛宮君がここに居るんですか?」

「それは十文字会頭からの指示です」

 

 達也は簡潔にそう答える。どうやら一科生の反発が思った以上だったらしく、急遽エミヤを監視に付けることにしたらしい。エミヤは何故自分なのか分かっていないようだが、達也には先程の状況で納得できた。エミヤの容姿、また口から出される皮肉を含んだ棘のある言葉に初対面の者であれば怖気付くか動揺する。他にも事情はあるだろうが、エミヤがいれば下手に達也が貶されるような事はないというのも理由の一つだろう。

 

「質問はもう無いようですので、今日は解散とします」

 

 達也の言葉に各々教室を出ていく。

 

「士郎さん」

 

 誰かが教室から出ようとするエミヤを引き留める。

 

「どうした、雫」

「女子にはあんなきつい言い方したらダメ」

 

 エミヤに心当たりはないが、雫の顔には若干の怒気が含まれている。表情の変化が見えにくい雫にしては珍しい。

 

「……そうだな。気を付けよう」

「うん」

 

 何故そこまで自分を気にかけるのか。エミヤが知るのは然う先の事では無かった。

 

 

○○○○○

 

 

 発足式から一週間が過ぎた。第一高校はどこもかしこも九校戦関係の掲示物で溢れており、九校戦にどれ程力を注いでいるかが分かる。だからといって今までの習慣が無くなるわけではない。風紀委員の巡回もその一つだった。巡回といってもブランシュの襲撃以降は、表立った事もなく名ばかりのものになっている。エミヤにとっては有り難いことだ。しかしその日は違った。エミヤが実験棟に足を踏み入れると女性の悲鳴が聞こえる。

 

(薬学実験室の方からか)

 

 エミヤは階段を駆け上がる。その部屋はすぐに見つかった。扉が開かれ、そこから香気が漂っている。おそらく魔法実験を行っていたのだろう。足音を立てず中を覗き見ると、呆れ返っている達也と互いに見詰め合っている男女がいた。

 

「……何かと思ってみれば、ただの密会だったとは」

 

 冗談混じりの言葉に男女はようやく本心に返ったのか、互いに距離をとる。達也も苦笑を浮かべながらエミヤに顔を向ける。

 

「巡回か?」

「あぁ。達也こそ雫達の練習はどうしたんだ?」

「今さっき終わったところだ」

 

 エミヤは視線を達也から抱き合っていた男女に移す。男の方は知らないが、女の方は眼鏡を外していたので気づかなかったが美月だ。

 

「美月、逢引は構わないが時と場所くらいは選びたまえ」

「違うんだ!」

 

 エミヤはジョークで美月に言ったのだが、横の男が過剰に反応する。どうやら誤解を解きたいらしい。だが顔を真っ赤にして言われても、ただの照れ隠しとしか思われないだろう。

 

「本当に違うんです、士郎さん。吉田くんの魔法の練習を邪魔した私が悪いんです」

「……それは確かに美月が悪いだろう。だが何が起きたら見詰め合うなんてことになる?」

「それは俺も気になるな。どうしてだ、幹比古?」

 

 男の方はどうやら吉田幹比古らしい。達也が幹比古に説明を求める。

 

「……僕の家系は古式魔法を得意としているんだ。説明する必要はないと思うけど、精霊魔法も古式魔法の1種。精霊魔法を行使する時、僕たち術者は精霊を色で解釈しているんだ。精霊の色は普通なら見えないからね」

 

 幹比古はだけどと、説明を続ける。

 

「柴田さんには色が見えた。彼女は精霊を見ることのできる『水晶眼』の持ち主だと思う。僕も実際に会うのは初めてでつい……」

「成程な。事情は理解した」

 

 納得したという意思表示をしたエミヤに幹比古がほっとした表情を見せる。

 

「そういえば、こうして話すのは初めてだね。僕は吉田幹比古。よろしく、衛宮くん」

「よろしく、吉田」

「苗字で呼ばれるのは嫌なんだ。幹比古って呼んでくれないか?」

「分かった。……しかし何故私の名前を知っていたんだ?」

「逆に知らない人の方が少ないんじゃないかな」

「……腰を折るようで悪いが、話を戻してもらってもいか?」

 

 達也の催促に幹比古は水晶眼について説明の続きを話し始める

 

「3人は神霊という言葉を知っているかい?」

 

 エミヤの知っている神霊が起こす奇跡は聖杯など不要と言われるほど次元が違うと言われている。だが幹比古が知っている神霊とエミヤが知っている神霊が同じと決まった訳ではない。

 

「……初めて聞く言葉だな」

「俺もだ。幹比古、神霊とは何か説明してくれないか?」

「了解。神霊っていうのは精霊の源で、自然現象なんだ。僕たち精霊魔法の術士は、神霊を使役することを目標としているんだ。水晶眼は神霊の色も見ることができるとされているんだ」

 

 どうやらエミヤの心配は杞憂だったらしい。間もなく閉門時間を迎える。

 

「私は渡辺に巡回の報告に行くが……」

「俺達ももう帰る」

 

 達也達と別れる間際に、幹比古と達也が意味ありげな視線を交わしていた事をエミヤは見逃さなかった。

 

 

○○○○○

 

 その日の夜、エミヤは九校戦へ持っていく物を準備する。と言っても第一高校から送られてきた箱に制服の替えのシャツや寝衣を入れるだけで、他のものは宿泊先に大抵揃っているらしい。準備を終えたエミヤがシャワーを浴びようと立ち上がると、自身の存在を訴えるかのように電話の呼び出し音が鳴る。

 

「久しぶりですね、士郎くん」

「何か用かね、響子」

 

 映像電話(ヴィジホン)に映し出されたのは烈の孫娘である、藤林響子。彼女ともまたエミヤが烈の屋敷で世話になっていた時に何度も顔を合わせている。

 

「そう急かさなくてもいいじゃない。回線には既にダミーも引いているのよ?」

 

 ハッキングスキルの腕前から彼女の二つ名は「電子の魔女(エレクトロン・ソーサリス)」。エミヤの偽のPD、戸籍を作ったのは彼女である。そんな彼女が一般回線にもダミーを引くとは余程の内容なのだろう。

 

「それで本題は?」

「……今回富士の辺りで発見されたのは香港系の犯罪集団、無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の構成員よ。残念なことに目的は分かっていないわ」

「……そうか」

 

 エミヤの反応は藤林が予想した通りだった。初めてエミヤにあった時、藤林が思ったことは年にしては冷静すぎるという事だ。そして、それは今もなお変わっていない。

 

「響子も会場には来るのだろう?」

「えぇ。でもほとんど仕事みたいなものよ」

 

 仕事というのは十中八九、国防軍の事だろう。そう理解できたからこそエミヤは響子の仕事の内容を詮索するような真似はしなかった。

 

「そういえば祖父も会場に来るそうよ。知ってた?」

「ああ。本人とも懇親会の後に会う約束をしている」

「……だからスーツを用意しろって言っていたのね」

 

 響子が用意させられたスーツはエミヤの為の物だろう。どうやら既に苦労を掛けているようだ。

 

「話が長引くと警察に気づかれるかもしれないから、今日はここまでにしておくわ」

「そうだな。ではまた」

「士郎くんの料理、楽しみにしてるから」

 

 画面がブラックアウトする。響子の最後の台詞を聞いたエミヤは、既に画面の前から立ち去っていた。再びリビングに現れたエミヤは調味料と書かれた小さな箱を抱えていた。




 お久しぶりです。ききゅうです。今回は謝罪を先にさせて頂きます。投稿が遅れてしまい本当に申し訳ありません。

 次に謝辞を。お気に入り件数が2500を越えました。この数字を見たとき作者は嬉しさのあまり車の中で吠えました。本当にありがとうございます。また高評価を頂きました、名無しの無名様、カープ好き様、海の民の一番槍 みなと様、ネギヴレイヴ様、烏瑠様、シュンSAN様、スタンドN様、天童様、哲林様、粗製の竜騎兵様、ハミ☆ルカル様、びっくりマンゴー様、apon様、tsubasi様、堕落精神様、ゴレム様、夜の荒鷲様、issey様、Antares0096様、サモサ様、Buzin様、すずしょう様、ツンツルテン様、レグルスアウルム様、ガブキング様、ラムセス二世様、阿修羅373様、白璃様、白扇兎様、ぷちょ様、grimm様、捌咫烏(八咫烏)様、rain_745様、イタク0532様、Mr.フレッシュ様、感想を送っていただいた皆様、誤字報告をして頂いた皆様には本当に力付けて頂いております!本当にありがとうございます!

 舞台は九校戦へと移りました。この魔法師の甲子園とも言える場所でエミヤ君も活躍してくれれば良いのですが。九校戦編は少し長くなると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。

 これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いします。

 次話は7月の第一水曜頃になると思います。


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九校戦編Ⅱ

<1>

 

 九校戦の会場へと出発する8月1日となった。綺麗に晴れ上がった空の下、本来であれば会場に到着している筈のバスはハイウェイを走っている。会長である七草真由美が()()()()で遅れるという事で、バスも予定から一時間半程遅れて第一高校を出発する事になったのだ。待たされた者から不満の声が出てきても可笑しくないのだが、数字付き(ナンバーズ)の家庭の事情と知って愚痴を漏らす者は深雪を除けば誰も居なかった。

 

「……何故お兄様が外でお待ちになる必要があったのかしら」

 

 その深雪も待たされた事にではなく、達也が外で待たされていた事に不満を抱いているようだ。だが外で待っていたのは渡辺も同じだ。それに深雪の言葉は裏を返すと、達也でなければどうでも良いという事なのだが深雪の周りの者は誰も諫めなかった。先程からエミヤの斜め前にいる光井が、何とか深雪の機嫌を直そうとしているのだが失敗に終わっている。流石に可愛そうだと思ったのか、エミヤが克人に断りを入れ席から立ち上がる。

 

「司波、少しいいだろうか?」

「……衛宮くん。どうかしましたか?」

 

 深雪の口調も表情も柔らかいものだった。それにも関わらず、光井は寒気に襲われる感覚に陥っていた。車内冷房だけが原因では無いのは確かだ。

 

「先程の達也の行動は学生というよりも、紳士として評価できるものだ。そんな兄がいる君は幸福者だろうな」

「そ、そうでしょうか……」

 

 突然にも関わらず達也を紳士と言われた事が嬉しかったのか、深雪の頬に少し赤みが差している。そんな彼女を畳み掛けんと、光井と席を変わった雫が口を開く。

 

「私もそう思う。それに達也さんも深雪の事、誇りに思っているんじゃないかな」

「お兄様が私の事を思って下さっている……!」

 

 雫の言葉をどう捉えたのかは本人しか分からないが、深雪は大分機嫌が直ったようだ。そうでなければ頬に手を当て身をくねらせたりしないだろう。大袈裟とも言える深雪の様子に雫とエミヤは互いに顔を見合わせ苦笑を浮かべる。二人の背後では光井が胸の前で拳を握っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 不慮の事故というのは”不慮”が意味するように予期ができないものだ。ほとんどの場合、それは対外的な理由で身に降りかかってくる。例えば対向車線からSUVが仕切りの壁を越え、炎を上げてバスに向かってくるこの瞬間もそうであった。市原の魔法でバスは急停車することができたが、今もなお脅威は迫ってくる。

 

「消えろ!!」

「止まって!」

「落ち着け」

 

 森崎駿と雫が魔法を発動しようとするがエミヤに制される。雫はすぐに魔法をキャンセルしたのだが、森崎は興奮のせいかエミヤに殴りかかりそうだ。

 

「何故止める!」

「周りを見たまえ。魔法が幾数にも掛けられた空間で、満足に魔法が使えると思うか?」

 

 森崎は説明に納得したようだ。何もできない自分を悔いているのか下唇を噛んでいる。しかし他の生徒達が魔法を発動しており、未だ状況は変わっていない。克人もこの状況に焦りを感じているらしく、魔法を発動するに至っていない。

 

 エミヤは投影を使うかを迷っていた。エミヤにしてみれば、この様な難局を打開する事など容易い。思案の結果、エミヤは投影を使わなかった。なぜなら深雪が克人に声を掛けていたから。どうやら彼女には打開策があるらしい。そして深雪が魔法を発動する瞬刻をエミヤは見逃さなかった。――無秩序に作用していた全ての魔法式が、粉々に砕けたのだ。エミヤの見立てが間違っていなければ、今の対抗魔法は術式解散(グラム・ディスパージョン)だろう。

 

 消火に成功し克人の魔法で止められた車を多くの生徒が見つめる中、エミヤは作業車から出てきた達也をただ見据えていた。

 

「皆、怪我はない?」

 

 真由美の声に車内のあちこちから声が上がる。冗談混じりの返事もあるが、怪我人はいないようだ。

 

「危なかったけど、十文字くんと深雪さんのおかげで惨事には至りませんでした。二人ともありがとう」

「いや、司波が速やかに消火してくれたおかげだ。そしてエミヤもだ」

 

 克人は横にいるエミヤに向き直る。

 

「よく状況を見ていた。一年が無闇に魔法を発動しなかったのはお前のおかげだ」

「……なに、私が言わずとも誰かが言っていたさ」

 

 克人の賛辞にエミヤは謙遜してみせる。だが誰が考えても、あの状況で冷静だったのは十人にも満たない。その中でエミヤがしてみせた的確な行動は目覚ましいものだと言えた。

 

「だと言うのにお前は……」

「痛っ! 急に何するんですか!」

 

 渡辺に叩かれたらしい花音が手で頭を抑えている。

 

「一年が落ち着いて対処していたのに、上級生のお前が真っ先に撹乱してどうする!」

「……ごめんなさい」

 

 反論の余地もない渡辺の叱責に花音は身を縮こめている。渡辺はそれ以上責める気は無いのか、腕を組んで黙り込む。渡辺の頭の中は疑問で一杯だった。深雪とエミヤの年に釣り合わない異常なまでの冷静さ。複数の魔法を無差別に破砕した対抗魔法やその術者が誰なのか。何気なく窓の外に視線を向けた彼女は、何時の間にか達也を目で追っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 予期せぬトラブルもあったが、エミヤ達一行を乗せたバスは予定より二時間遅れて宿舎についた。バスを降り雫達とホテルのエントランスに入ったエミヤは、視界に見覚えのある明るい髪色を捉えた。

 

「久しぶりだな、エリカ」

 

 エリカは気づいていなかったようで、エミヤが声を掛けると驚いていた。

 

「久しぶりー。三人とも元気にしてたみたいね」

「エリカも元気そうで何より」

 

 エミヤには雫とエリカが話す光景が珍しかった。司波兄妹という接点が無ければ、関わる機会など殆ど無かったはずだ。人脈を広げるという点からすれば、四月の校門前での出来事も無駄ではなかったようだとエミヤは思った。

 

「そういえばエリカ、どうしてここに居るの? 応援にしては早いと思うんだけど……」

「ちょっと事情があってねー。それに、あたしだけじゃなく美月達も来てるのよ」

 

 察するに、エリカは自分の意思でここに来ているわけでは無いようだ。光井は不味いことを聞いてしまったと狼狽えているが、エリカは全く気にしていないらしく続けざまに口を開く。

 

「そういえば達也くんと深雪は? 一緒に来てるんでしょ?」

「あぁ、もうすぐ来るだろう。……そろそろ私達は行くぞ。未だ部屋のキーすら受け取っていないからな」

「そっか。じゃあ、またあとで」

 

 エリカに見送られ、受付でエミヤは自身の名前を告げる。横で鍵を受け取った雫達は「また会場で」と言い、先に自分達の部屋に向かった。受付係が手間取っているようで、エミヤは部屋の鍵をまだ受け取っていない。同じ部屋の森崎が鍵を受け取ったのかもしれないが、そうであれば直ぐに分かるはずだ。

 

「申し訳ありませんが、少々事情がありまして別の部屋を御用意させて頂きました」

 

 エミヤは何も言わず、鍵を受けとる。恐らく烈が指示したのだろう。国防軍の魔法顧問を担当している事もあり、その差響きは十師族だけに留まらない。ただそれは九島烈という人間の影響力であり、九島家のそれが特別凄まじいという事ではない。

 

 エレベーターで十三階まで昇り部屋に入る。ベッドに置かれた複数の箱は、事前に送っていた荷物だ。箱を開け、中身を取り出す。その内の一つである替えのシャツを収納しようとクローゼットを開くと、其処には黒のスーツと灰色のシャツ、赤のネクタイが掛けられていた。

 

 エミヤは今日の懇親会の後に烈に呼ばれている。その際に着て来いという事なのだろう。何処かに会合の部屋を指示するメモがあるはずだと思い、エミヤはスーツのポケットを探る。胸ポケットに入っていたその紙は、エミヤを呆然とさせられた。「二十一時に十五階の三号室」という言葉は問題ない。だがその後に響子の字で「牛ヒレ肉、フォアグラ、小蕪、アワビ」と食材の名前が羅列されているのだ。紙に書いている食材で料理をしろと言うことなのか。顳顬(こめかみ)を押さえつつ、やはり調味料を持ってきて正解だったと思い、エミヤはメモをポケットに戻した。

 

 次にエミヤが取り出したのは弓の形状をしたCAD。それは、もしもの時の備えとして持ってきていた。少し弄れば九校戦でも使用できる。エミヤはオーソドックスな矢を複数投影し、矢筒にしまいCADは専用のケースに納めた。

 

 ある程度準備を済ますとエミヤはベッドに身を投げ出し、先程の事故を思い出していた。車が飛んできた時、エミヤは魔法の発動を感じ取っていた。そして、それが自爆テロだという事も理解していた。しかし何故一校の生徒が襲われるのか。仮に達也と深雪を四葉の人間と知って狙っているのであれば、それは自殺行為に等しい。一校の優勝を好ましく思っていないだけかもしれないが、国際シンジケートがそれだけの理由で行動するというのは考えたくもない。

 エミヤは様々な可能性を考えるが、どれも確信し得るものではない。眠るように考え詰めていたエミヤが時間を気にした時には、懇親会の十五分前になっていた。

 

 ○ ○ ○

 

 懇親会の会場は、第一高校の宿舎の最上階だった。部屋から出たエミヤは階段で十六階まで上がる。会場に近づくほど響いていた足音は掻き消され、代わりに騒音が大きくなる。戸を引いた時、それは一段と大きくなった。円卓には料理が並べられ、天井から下げられているシャンデリアが場の雰囲気を一層引き立たせている。料理を観察するだけに留まったエミヤは、適当に受け取ったグラスを傾けた。ふと会場を見回すと、壁際に仲の良すぎる兄妹を見つけた。達也もエミヤに気付いたようで、軽く手を挙げている。

 

「君たちは兄妹というよりも恋人だな」

「そうか? 他所よりも少し仲が良いぐらいだと思うが」

 

 言葉を返した達也は本気でそう思っているらしいが、司波兄妹はブラコン・シスコンと評価されている。それはエリカ達や生徒会のメンバーも含めた評価で、決してエミヤの偏見ではない。エミヤから向けられる視線の変化に気付いたのか、達也が話題を持ち出す。

 

「料理は口にしなかったのか? 」

「あぁ、わざわざ口に入れるような物でも無かったのでな」

「……随分とお気に召さなかったようだな」

「調味料、特に味噌と醤油に頼りすぎて、料理に色が出過ぎていた。食材の旨味を活かしきれていない証拠だ」

 

 エミヤの酷評に達也と深雪は笑顔を取り繕うしかない。

 

「二人ともここに居たんだ」

 

 彼等に声をかけたのは雫だった。お約束というか後ろには光井もいる。

 

「雫。それにほのかも。二人ともどうかしたの?」

「皆が深雪達を呼んでこいって。達也さんがいるから遠慮してるんだと思う」

「まるで保護者のような扱いだな、達也」

 

 深雪の問いに雫が間髪を容れず答える。雫の言う皆とは、先程から此方の様子を窺っている一年生の事だろう。達也はエミヤの戯言に何も言い返さず、ただ溜息をつく。

 

「行っておいで、深雪。続きは部屋でもできるだろう?」

「……分かりました。それでは、また後で」

 

 想像力に富んでいる美月が聞けば勘違いしそうなやり取りだが、達也が言っている時点で決して如何わしい事等ではない。エミヤは達也と共に深雪達を見送ろうとするが。

 

「士郎さんも」

 

 雫がエミヤの手を握り、連れていこうとする。女の子らしい華奢な手は、男であれば簡単に振りほどけそうだ。エミヤには雫が今どんな表情をしているのか、何を考えているのか分からない。だが何故か唯のお節介とだけとは思えなかったのだ。抵抗せず素直に手を引かれる。エミヤは雫の手を優しく握り返していた。

 

 ○ ○ ○

 

 エミヤが他の一年生との親睦を深め終えると、間も無く来賓の挨拶が始まる。どれも「将来は立派な魔法師になれ」といった内容で、エミヤの関心をそそるものではなかった。

 到頭最後の挨拶となり、司会者が九島烈の名を呼び上げる。同時に壇上以外の会場の照明が落ちる。だが現れたのは若い女性だった。壇上に現れたその女性に会場は騒然とする。おそらく烈が登場しないことを不審に思っているのだろう。だが認識できていないだけで、九島烈は既に登壇している。少なくともエミヤは、最初から烈の悪戯に気付いていた。

 

 烈が何か囁いた後、女性はステージから出ていく。そして彼女を照らしていたライトが、今度は烈の存在をアピールする。どうやら、ほとんどの生徒は今の今まで気付いていなかったようだ。

 

「先ずは、この愚老の手品に付き合ってくれたことに感謝する」

 

 烈を見た者は、彼の威厳のある風格に憧れの眼差しを向けている。烈はつい二十年前まで、世界最強の魔法師とも呼ばれていたのだ。その人物が自分達の目の前に居るというのは夢のような体験だろう。

 

「だがそのタネに気付いた者は、数えたところ六人しかいなかった。もし私がテロリストだったら、動けた者はそれだけしかいないということだ」

 

 烈の言葉を聞いた学生達の大半は、息を飲むように口を塞ぐ仕草をしている。

 

「良いか、若人諸君。魔法は手段の一つに過ぎない。今、私が見せた手品のようにな。工夫次第では大魔法が小魔法に引けをとることもある。魔法だけが完璧なものだと、奇跡だと過信してはならない。九校戦では、君たちが魅せる趣向を楽しみにしている」

 

 誰かが手を叩き始め、それが伝染するように広まる。場に合わせる様に二、三度手を叩いたエミヤに、烈は満足げな笑みを向けていた。

 

 懇親会が終わり、部屋に戻ったエミヤはスーツの袖に腕を通していた。身だしなみを整え、エミヤは携帯ポーチを片手に約束の部屋へ向かう。道中、知り合いとすれ違うかもしれないというエミヤの心配は杞憂に終わった。難なく部屋の前に着いたエミヤは、軽く扉をノックする。中から返事が返ってくると、引き戸の取っ手に手をかけた。

 

「直接会うのは久しぶりね、士郎くん」

 

 部屋の中に居たのは烈だけでは無かった。リボンの付いた黄色いブラウスに、水色のロングスカートを身に纏った彼女は椅子に腰かけていた。

 

「やはり来ていたのか」

「前に言ったでしょう? 仕事で来るって。まあ厳密に言えば、明日からなんだけどね」

 

 「それで」と響子は一呼吸いれる。

 

「とりあえず料理を作ってもらっていいかしら? 」

 

 ○ ○ ○

 

 エミヤが作ったのはフレンチ料理だった。メモに書いてあった牛ヒレ肉はフォアグラと共にバーナーで十分に炙りロッシーニ風に仕上げた。また小蕪と残ったフォアグラでソースを作り、オリーブオイルで加熱したアワビに用いた。お世辞にも多いとは言えない量だったが、響子と烈は申し分ない様子だった。

 

 食事を終えた三人は、エミヤの淹れた紅茶を飲んでいる。その紅茶も初めは響子が淹れようとしていたのだが、エミヤが横から温度等細かく指摘してきたので彼に任せることにしたのだ。

 

「それで私を呼び出した理由は何だね?」

「特に理由はない。強いて言うのなら様子見だな」

 

 エミヤはそれが嘘だと直ぐに分かった。無闇に会食などすれば、エミヤと烈の関係が知られてしまうかもしれない。生じるメリットなど皆無だ。知られて一番困るのは烈のはずだと、そう考えていた時にエミヤは気付いた。目の前に居るこの老人の目的は、誰かにエミヤと九島家の関係を気付かせる事ではないのだろうか。それが四葉家の可能性もあるが、もっと別のナニカかもしれない。しかし、それが何かはエミヤにも見当がつかない。

 

「……何を目論んでいる?」

 

 今まで心中では何度も思ったことだが、直接尋ねるのはこれが初めてだ。

 

「目論むと言うほど大層なものではない。それに、君ならいつか分かるはずだ」

「……そうか」

 

 エミヤは詮索するような事はしなかったが、だからと言って烈への疑いが晴れた訳ではない。今度は烈がエミヤに問いかけを行う。

 

「君は四葉をどう思う?」

「……どういう意味だ?」

 

 十師族の一家、四葉家について尋ねられているのだ。下手な事は言えないと考えるのが普通だ。

 

「四葉を敵とした時、君がどう思うかという意味だ」

「……何も思わんさ。だが四葉家のように自身を兵器と考えている連中程、敵として厄介なものはいないだろう」

 

 まるで四葉が敵になる時がくる事を予期するような烈の口振りだが、エミヤはあり得ないと切り捨てることは出来なかった。響子も思う節がある様で口を挟まずに、じっとティーカップを見つめている。

 

「そうか。……明日は早い。部屋に戻りたまえ」

 

 まるでエミヤを気遣っているような言い方だが、それが社交辞令なのは明白だった。何も言わず、エミヤと響子は部屋から出ていく。烈は冷めた紅茶を口にしながら、戸が閉まりきるまでエミヤの背に視線を注いでいた。

 

「士郎くん、ちょっと付いて来てくれない?」

 

 それはエレベーターの中での響子の一言だ。エミヤには特に断る理由もなかったので、何も言わず響子の後を追う。案内された部屋は、地下にある温泉施設の更に下の階だった。関係者しか入れないようで、響子がIDカードをタッチする。中は会議室だったが、その奥に扉があるので()()の会議室では無いだろう。

 

「何の用だ?」

 

 近くにあった椅子に座ったエミヤは、すぐ隣に座った響子に質した。

 

「ここ二、三日国防軍の情報部が士郎くんのPDについて調べてたわ。多分、四葉も」

 

 これにはエミヤも少し眉をひそめる。

 

「調べられても、何か知るような事はできないはずだが?」

「そう、調べるだけならね。情報部は思い込みだと切り上げたみたいだけど、四葉は……」

「成程。今後は烈との連絡も、控えた方が良いということか」

 

 エミヤの言葉を肯定する。響子はエミヤの事をあまり知らない。突然現れたと思ったら、烈に知り合いだと説明された。その時は響子も深く言及しなかった。指示された通り、戸籍もPDも作った。今思えば烈がこの少年ほど肩入れした人物は他にいない。だがその理由までは分からない。だからこそ今はエミヤを烈から、トラブルから遠ざける必要があった。

 

「祖父には私から言っておくわ」

「その方が良いだろうな」

 

 エミヤは部屋から出ようと引き戸を引いている。

 

「士郎くん!」

 

 そんな彼を響子は呼び止める。初めて聞いた響子の声高に、エミヤは歩を止め、振り返る。

 

「……何かあったら私に連絡してね」

「……そうか。では頼りにさせてもらおう」

 

 ふっと微笑みエミヤは部屋から出ていった。エミヤはきっと自身が犠牲となる事を恐れないだろう。勿論これは響子の推測で実際にそうだとは限らない。だが彼の言動は、響子に今は亡き婚約者を思い出させる事がある。自身と似たような経験をする者を増やしてはならない。その為に自分に出来ることをしよう。響子は静かにそう決意した。

 

 ○ ○ ○

 

 下の階でそんなシリアスな会話が成されているなど露知らず。気力が有り余った少女たちは、たった一人の例外を除いて温泉に浸かっていた。

 

 その例外である雫は個室サウナに籠っていた。温泉に入るのはあまり気が進まなかったのだ。温泉に入るのが嫌いとかそういった理由ではなく、自身の体型を自覚せざるを得ないから。ほのかと一緒にお風呂に入ったことは何度もあるが、ほのかはスタイルが良い。というか胸が大きい。だから自身と比較しても、ほのかが大き過ぎるだけだと思えた。だが今回深雪達と入って気付いたのだ。自分の胸は人並み以下だと。辛うじてエイミィより大きいくらいだった。だがそれでも伸び代はあるはずだと信じた。

 

 そう前向きに考えた雫がサウナから出ると、深雪を中心にぎこちない雰囲気が漂っていた。

 

「……何かあったの?」

 

 雫の声でようやく我に返ったようだ。無邪気さに定評のあるエイミィが場をつなぐ。

 

「そういえば三校の一条君、ずっと深雪の事見てたね」

 

 大体の女子はオシャレや恋愛話といった話題に敏感だ。特にそれが身内であれば、盛り上がり方も尋常ではない。

 

「一目惚れしたんじゃない?」

「そりゃあ深雪だもの」

「むしろ昔から深雪の事好きだったりして」

 

 スバル達は勝手な妄想をする。深雪は彼女達の妄想に歯止めを掛ける。

 

「真面目な話、一条君とは一度たりともあった事は無いわ。会場に来ていたのも気づかなかったし」

 

 冷たいというよりは、さして興味が無いといった感じだ。盛り上がっていた彼女達も、冷や水を浴びせられたような反応だ。

 

「じゃあお兄さんみたいな人がタイプなの?」

 

 エイミィの問いに、深雪は呆れたような表情を浮かべる。

 

「私とお兄様は肉親よ? 恋愛対象なんて論外だし、お兄様のような人もいないと思っているわ」

 

 期待はずれの返事のせいかスバルとエイミィはそれ以上、深雪にあれこれ聞こうとはしなかった。代わりに話の矛先が雫に向く。

 

「そういえば雫、懇親会で衛宮くんと手を繋いでいなかったかい?」

「うん」

 

 スバルの問い掛けに、飾り気の無い言葉を返す雫。

 

「もしかしてー、二人は付き合ってたり?」

「付き合ってないよ。手を繋いだのも、特に意味はない」

 

 淀みなく答える雫だったが、ほのかには雫がエミヤを少なからず思っている事に気づかれていた。

 

「衛宮くんみたいな、しっかりした人が好みなの?」

 

 エイミィは何となくそう尋ねたのだ。だからこそ雫の次の言葉には、口をあんぐりさせられた。

 

「うん。士郎さんみたいな人がタイプ」

 

 照れる様子もなく、ただそう告げる雫に場は一瞬静まり返る。エイミィが尋ねたのはどんな人が好みなのかだ。それに対して雫はエミヤのような人がタイプと答えた。つまり雫はエミヤが好きだと、そう言ったようなものだ。エイミィとスバルから黄色の歓声が上がる。少女達の夜は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 エミヤは部屋に戻り、シャワーを浴びていた。彼の頭の中でリフレインするのは烈の事だ。誰かにエミヤとの関係をちらつかせているのは、間違いないだろう。だが何の為にそんな事をするのか。何故エミヤに四葉の事を尋ねたのかが分からなかった。

 

発散系の魔法で全身の水気を乾かしたエミヤは、寝衣を着る。これ以上考えても仕方ないと思い、エミヤはベッドに身を預ける。明日の朝には雫達と待ち合わせをしている。遅れないようにしなければと思いつつ、目を閉じる。その日、エミヤが目を覚ます事は無かった。

 

 

 ディスプレイの光によって部屋は不気味に照らされている。CADが接続されているあたり、電源を消し忘れたわけでは無いようだ。表示されているのは不規則な動きをする矢のシミュレーションだ。本来落ちるべき矢は、何かを追い続けるような動きをしている。

 

 

 ――そのタイトルは《猟犬(ハウンド)》だった。




先ずはお礼をさせて頂きます。高評価を頂きました、からあげ3号様、ゑれぼす様、kera様、110様、ぐりーんまん様、ばぶるす様、TONY高松様、必殺遊び人様、赤羽雷神様、斎藤元様、鈴屋様、金獅子様、FGO ノッブ様、土橋 善徳様、桐谷隠岐田様、溶融と凝固様、悠遊様、柳川様、ドン吉様、tsuyuto様、ユッキー@@様、ルピナス様、冀望のクエン酸 lv.2様、パンツパンツパンツ様、yue.様、ゴレム様、アルカディアス様、有澤重工様、雪うさぎ優希様、キース・シルバー様、わかめ様、キーアン様、頭が米騒動様、東條雲小太郎様、レオンハルト2様、あれですね?様、偽心道化様、殲滅型炊飯器様、Regin99様、一般市民様、オニオンキング様、えぶとも様、慢心王(・ω・)ノ様、村雨紫苑様、サートゥルヌス様、Aslak様、ナンナ様、コットンライフ様、陸華様、一富士 ニ鷹様、Hiroki1208様、ユウダチ様、えすいちにー様、海の民の一番槍 みなと様、ソウル01様、足立 迅様、frohe様、カローラ様、名無しのチョコ好き様、感想をくださいました皆様、誤字報告をしていただきました皆様、当作品を読んで下さっている読者の皆様、本当にありがとうございます!素直に嬉しいです!明日辺り、黒塗りの高級車にぶつかります。

次に謝罪を。原作通りに進みすぎて申し訳ありません!本格的にエミヤが活躍しだすのは横浜か、来訪者編の辺りです。(九校戦で活躍しないとは言ってない)

次話は二週間後の7月20日頃になると思います。

-追記-

こちらの不具合で内容が一部表示されていませんでした。申し訳ございませんでした。


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九校戦編Ⅲ

<1>

 

 九校戦初日。朝食を済ませ、雫達と合流したエミヤは一校の選手集合場所に来ていた。既に殆どの生徒が集まっており、当然と言うべきかそこには司波兄妹の姿もあった。

 

「おはよう、士郎。雫とほのかも」

「おはようございます!」

 

 達也の挨拶に弾んだ声で返事をしたのは光井だ。朝から達也と顔を合わせる事が余程嬉しいのか、光井はその目に達也を映す事で必死のようだ。だからずっと微笑み続けている深雪に気付かなかったのも、ある意味仕方無い事かもしれない。 

 

「ほのか、深雪にも挨拶しないと」 

 

 光井の言動をそう注意する雫は、妹を叱る姉のようにも見える。取り繕うように謝っている光井の様子が可笑しかったのか、深雪だけでなく達也までもが顔を綻ばせている。

 

「もう良いわよ、ほのか。それより、もうすぐ開会式が始まるわよ」

「開会式といっても、各校の校歌が流れるだけなんだがね」

 

 達也達に向かって歩いて来た渡辺が口を挟む。全員が揃っているか確認しているのだろう。彼女はこの後バトル・ボードの予選を控えている。

 

「おはようございます、渡辺先輩」

「おはよう。士郎くんも挨拶ぐらい……士郎くん?」

 

 渡辺の言葉に漸くエミヤが口を開く。

 

「……あぁ、すまなかった。それで、何か用かね?」

「用と言っても只の点呼なんだが……。いつもの君らしくないぞ、大丈夫か?」

「少し考え込んでいただけだ。気にすることはない」

「それなら良いんだが……」

 

 そう言って渡辺は場を後にする。今日から始まる九校戦で無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)がどう動くのか、エミヤはその事ばかり考えていた。また昨日襲撃されたのは一校だけらしい。それが偶々なのかは明瞭ではないが、一校が標的の一つにされているのは確かだ。

 

「士郎さん、本当に大丈夫?」

 

 雫も心配してか、エミヤの制服の裾を引っ張りながら尋ねてくる。

 

「あぁ、本当に何でもない。気にするな」

 

 これ以上気を使われるのはエミヤの思う所ではない。それに何かあれば軍が動くし、少なくとも警戒さえしていれば良いだろう。

 間も無く入場が始まる。多くの生徒が緊張に顔を強張らせているなか、雫は隣にいるエミヤが気になって仕方なかった。

 

 ○ ○ ○

 

 渡辺の言った通り開会式は校歌のみで終わり、いよいよ競技が始まった。初日のプログラムは真由美の出場するスピード・シューティング予選と本選、渡辺の出場するバトル・ボードの予選がある。勿論服部や他の一校選手も出場するが、エミヤに二人以外の観戦に行く気は無い。第一試合に真由美の予選があったが、クレーを一つとして撃ち損う事無く終わった。決勝リーグに駒を進めたと見て良いだろう。

 

 エミヤ達は渡辺が出場するバトル・ボードの会場にいる。雫の右隣にはエミヤ、達也を挟んで光井と深雪でエリカ達がその後ろという座席順になったが、それが意図した結果なのかは分からない。

 

「にしても、凄い人数だよなぁ」

「それだけ九校戦が注目されていると言う事だろう。この場に限って言えば、他にも理由はあるだろうがな」

 

 レオの呟きにエミヤは目を瞑りながら答える。斜め後ろで渡辺に向けて甲高い声をあげている女子達に、達也達も納得という様な顔をしている。その内一人は直ぐにムスっとした表情をしていたが。

 

「七草先輩もそうでしたが、渡辺先輩も熱狂的なファンが多いみたいですね」

 

 だが美月に反論しないあたり、魔法師もしくは剣士としての渡辺の実力を少なからず認めているのだろう。

 

On your mark(位置について)

 

 その合図に選手がスタートの姿勢を取る。間も無く鳴った空砲と同時に、渡辺のサーフボードが水飛沫を上げた。

 

 ○ ○ ○

 

 エミヤ達がバトル・ボードの予選を観戦している裏で、その男女は向かい合って座っていた。二人は祖父と孫の関係だが、そこに家族の会話など無かった。

 

「もう一度言ってくれ」

 

 この老人に限って聞こえないと言うことはあり得ない。だからこそ響子は同じ言葉を、同じ口調で繰り返したのだ。

 

「士郎くんとの連絡は暫く控えて頂けませんか?」

 

 響子は冗談ではなく極真面目にそう言ったのだ。それにも関わらず笑みを浮かべる九島烈に、響子は若干の怒りを覚えた。

 

「……何か可笑しな事でも?」

「響子もまた随分と彼を気にかけているのだな」

 

 烈はティーカップに手にし、話を続ける。

 

「一応理由を聞いておこうか」

「四葉が動いています。彼が九島家と関係があると知られては不味いのでは?」

 

 説明する響子に対して、烈は退屈そうにカップを口に近づける。

 

「何も困りはせんよ。何時までも隠せるものでもあるまい。それに知られたから九島家が滅ぶという話でもなかろう」

「ですが十師族でもない少年に九島が支援をしていると知れたら……」

「それこそ孤児と言うことで話がつくではないか」

 

 烈は紅茶で喉を潤し話を続ける。

 

「響子、何故彼を気にかける?」

 

 烈の問いに響子は中々口を開かない。響子の質問は冷静に考えてみれば直ぐに分かる。響子がエミヤを守ろうとしていると烈に思わせるには十分な材料だった。

 

「士郎くんは只の高校生です。達也くんのように後ろ盾があるわけではありません」

「そうだとすると余計に我々が彼の助けになるべきではないかね?」

 

 黙り込む響子に、烈が手に持っていたカップをおろす。

 

「……だがまぁ様子を見るのもいいかもしれんな」

 

 烈の一言に響子の表情が一変する。

 

「四ヶ月様子を見るとしよう。その間の情報伝達は響子に任せる」

「……分かりました」

 

 短い期間だが、エミヤを烈から遠ざけるという目的は果たせそうだ。この場を立ち去ろうと腰を上げた響子を烈が引き留める。

 

「覚えておきなさい。()()はいつか彼の助けが必要となる」

 

 大袈裟過ぎる発言を冗談と受け取り、響子は今度こそ席を離れる。魔法師として、祖父として言った烈の言葉の意味を、この時の響子が理解できるはずもなかった。

 

 ○ ○ ○

 

 バトル・ボードは四校のとった自爆戦術をモノともせず、渡辺の圧勝で終わった。達也とレオは競技よりも渡辺の使用した硬化魔法に興味をそそられたようだ。達也と別れ昼食を済ませたエミヤ達は、スピード・シューティングの会場を訪れていた。

 

「幹比古、大丈夫か?」

 

 エミヤの一言で幹比古に視線が集中する。誰が見ても大丈夫かと心配するような顔を浮かべている。

 

「ちょっと熱気にやられてね。気にしないでくれ」

 

 抑揚のない声で言われても納得する者などいないだろう。それどころか、その言葉は何とか休ませようと美月を躍起にさせた。

 

「体調が悪い時はちゃんと休まないとダメですよ!」

 

 美月が幹比古にぐっと近づいて説得し始める。幹比古の体調さえ良ければエリカが茶々を入れそうな距離だが、この時ばかりは誰も余計な事を言わなかった。

 

「ミキ、観念しなさい。それにあんたが倒れたら、それこそ皆に迷惑がかかるじゃない」

 

 それが留目となったのか、ようやく幹比古は白旗を上げた。

 

「部屋まで送ろう」

「……ありがとう」

 

 エリカの言葉が効いているのか先程までの渋りが嘘のように、幹比古はあっさり答えた。

 

「幹比古を部屋まで送ってくる」

 

 エミヤは深雪達にそう伝え、幹比古と共に会場を後にする。

 

「七草先輩の試合を見なくて良かったのかい?」

「予選で一度見ているからな、別に構わんさ」

 

 道中、尋ねてきた幹比古に何でもないようにエミヤは答える。実際エミヤは何とも思っていないのだが、幹比古は気に病んでいるらしい。

 

「気にすることはない。それより君は自身の心配をしたまえ」

「……そうだね」

 

 会話が途絶える。二人はホテルのロビーに入り、幹比古の部屋があるフロアまでエレベーターで昇る。

 

「聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」

「何だ?」

 

 別れを告げようとしたエミヤより先に幹比古が口を開く。

 

「士郎は強さって何だと思う?」

 

 突然の質問にエミヤは目を細める。

 

「……随分と急な質問だな」

「詳しくは話せないけど、昨晩達也に言われたんだ。僕の強さの基準は間違っているって」

 

 はっきり言われたわけでは無いが幹比古はそう解釈していた。何故自分に尋ねるかは、この際エミヤにはどうでも良い事だった。

 

「私にも分からんさ。……だが力だけが強さとは思わん」

 

 エミヤは幹比古に背を向け歩き始める。幹比古はそれ以上何も尋ねる事が出来なかった。

 

 ○ ○ ○

 

 エミヤが雫達の元に戻ってきた時には、決勝が始まろうとしていた。

 

「お疲れさま。遅かったね」

「会場に入るのに少し手間取ってな」

 

 エミヤは雫の隣の席に座る。雫の話によるとエミヤ達が去った後、入れ替わるように達也が来たらしい。

 

「幹比古は?」

「ホテルに着いた頃には大分落ち着いていた。少し休めば大丈夫だろう」

 

 体調の事かは分からないが、達也も幹比古を気に掛けていたらしい。会場が静まり返りカウントが始まる。シグナルが赤から青に変わると同時に複数のクレーが射出された。真由美はスピードと精密射撃で相手を圧倒している。準決勝からは対戦型という事もあり早撃ちの要素が強くなっている。差が広がっていく事に焦りを感じてか、相手のミスが目立つようになってきている。真由美の優勢は誰の目から見ても明らかだった。

 

「そういえば士郎もスピード・シューティングに出るんだっけか?」

 

 レオにエミヤは肯定を返す。

 

「魔法は何を使うつもりなんだ?」

「マナー違反だぞ、レオ」

 

 レオの問いを達也が制す。達也の言う通り、九校戦ではチームメンバー以外が作戦を尋ねるのはマナー違反だ。

 

「そうだな、手品程度には驚かす事ができるだろう」

「そりゃあ楽しみだ」

 

 真由美のスコアが百となり、試合終了のブザーが鳴る。九校戦初日。一校は予定通り、男女スピード・シューティング本選を制したのである。

 

 ○ ○ ○

 

 九校戦二日目。今は真由美のクラウド・ボール決勝が行われているが、エミヤは二日後の新人戦に向けて自身の競技用CADを調整していた。横でカップル、いや婚約者達がいるという状況で。別に乳繰り合っているわけではなく、アイス・ピラーズ・ブレイクの作戦を立ているらしい。

 

「もし優勝したらケーキバイキングに連れてって!」

「考えておくよ」

 

 本気で考えているのかは怪しいところだが、一回戦では直ぐに決着を着けたらしく実力は確かなようだ。

 

「ごめんね、衛宮君。本当は担当員の僕の仕事なのに」

「構わんさ。調整と言ってもCADの最適化だけだからな。こういう事はなるべく本人がした方が良いだろう」

 

 謝罪してくる五十里(いそり)の背中から抱きつくように顔を見せたのは花音だ。

 

「それにしてもCADの調整までできるなんて。……苦手な事とか無いんじゃない?」

 

 無いわけがない。エミヤが敬語を使おうとするとぎこちない会話になる。渡辺との会話を重ねて段々と改善されてはいるが、逆に気持ち悪いと評された。

 

「花音はもうちょっとCADについて詳しくならないとね」

「私は啓が調整してくれるから良いんだもーん」

 

 この婚約者達は何かにつけて戯れないと気がすまないのだろうか。エミヤは頭を痛めつつ、時間を確認する。

 

「あと三十分で試合が始まるぞ。そろそろ移動した方が良いだろう」

「それじゃあ行こうか。衛宮君も来ない?」

 

 断っても良いのだが、CADの調整は終わっているし用事が有るわけでもない。五十里の誘いに応じ、エミヤは二人と共に部屋を後にした。

 

 ○ ○ ○

 

 アイス・ピラーズ・ブレイクのスタッフ席で最後の打合わせをしている花音達の傍ら、会場を見回していたエミヤはやって来た達也、深雪、雫に逸早く気づいた。

 

「調子はどうだ?」

 

 達也達も気づいていたようで、目の前を通り過ぎるというような事はなかった。

 

「口で説明するよりかは、実際に自分の目で見て貰った方が良いと思ってな。士郎こそどうなんだ?」

「まずまずだな。先程までCADを調整していた所だ」

 

 エミヤは肩をすくめるが、学年次席という実力を鑑みれば準備は整っているのだろうと達也は思った。

 

「衛宮君。僕らもモニタールームに行こう」

 

 五十里がエミヤ達にそう声をかけたのは、ちょうど花音がステージに上がった時だった。

 

 モニタールームには誰もいなかった。四人は入って正面にある窓際に立ち、フィールドを見下ろす。沈黙を破ったのは達也だった。

 

「千代田先輩の一回戦は最短試合だったと聞きましたが」

 

 エミヤと同じように達也も花音の初戦は見ていないようだ。五十里は苦笑しながら言葉を返した。

 

「花音の性格が良くも悪くも表れた試合だったね」

 

 あははっと口にしそうな表情のまま、五十里は達也からステージの花音に視線を移す。

 

「でも、それも花音の魅力なんだよね」

「……始まるみたいですよ」

 

 反応に困ったエミヤ達を救うかのように、試合開始を告げるブザー音が会場に響きわたる。地鳴りが起き、相手選手の氷柱が崩壊する。

 

「あれは地雷原ですか?」

「そうだよ。花音は真下から上下方向の爆発的振動を与える事によって、氷柱を崩しているんだ」

 

 深雪の質問に間髪入れることなく五十里が答える。残りの氷柱が五本となったところで防御に専念していた相手も、攻撃を優先し始める。普通であれば防御に手を回すのだが、花音の陣営にある氷柱はあっけなく倒される。

 

「……成程。この場において、彼女は『攻撃は最大の防御』という言葉の体現者というわけだな」

 

 エミヤに五十里は首を縦に振った。相手の最後の氷柱が音を立てながら倒壊する。達也達と同様、エミヤもこの二人を「お似合い」と評価したのだった。

 

 ○ ○ ○

 

 一旦作戦本部に戻ったエミヤ達を出迎えたのは、重苦しい雰囲気だった。

 

「……どうしたんですか?」

 

 達也が市原に尋ねる。

 

「男子クラウド・ボールの結果が予想外だったので、今後の見通しを立て直しているんです」

 

 何時もと変わらぬ声音で市原は、二年生スタッフから受け取った端末を見ている。

 

「少ないとはいえ、新人戦のポイントも優勝に関わってきますからね。皆さんの活躍、期待していますよ」

 

 市原は話を締め括り他のスタッフの元へと去っていく。花音が女子アイス・ピラーズ・ブレイクの優勝を決めたのは、それから三時間後の事だった。

 

 ○ ○ ○

 

「おかえりー」

 

 部屋に戻った雫を笑顔で迎えたのは光井だ。真由美のクラウド・ボールの試合を見終えたあと、一足先に帰っていたのだ。

 

「千代田先輩の試合はどうだった?」

「凄かったよ」

 

 その言葉の後には「花音の極端な攻撃優先のスタイルが」という続きがあるのだが、光井がこれを遮る。

 

「達也さんもいたんでしょ?」

「……いたよ」

 

 雫は溜め息をつきたくなった。最近の光井は達也ばかり気にしている。昨日の夜も「どうしてバトル・ボードの担当も達也さんじゃないんだろう」という話を延々と聞かされたばかりだ。

 

「そんなに気になるなら、今から達也さんの部屋に行けば良い」

 

 そういうこともあり少々棘のある言い方をする。

 

「そんな事したら、達也さんの迷惑になるかもしれないじゃない!」

 

 光井がこう返すことは、何となくではあるが予想できていた。雫がうんざりしていると、扉が三回ほどノックされる。雫がドアを開けると、そこには深雪とエリカ達がいた。

 

「今から達也くんの部屋に行くんだけど、一緒にどう?」

 

 雫にとって丁度良い話だった。本人に会えば、光井も少しは落ち着いてくれるだろう。

 

「行くわ!」

 

 雫の言葉を奪った形で光井が即答する。とうとう雫は溜め息を堪えきれなくなった。

 

「あとは衛宮くんだけね」

 

 深雪がそう口にし、雫達はエミヤがいるであろう部屋へ向かう。女子と男子のフロアは然程離れておらず、エレベーターを使ったので目的の部屋まではあっという間だった。

 代表して雫がドアをノックする。ドアから顔を覗かせたのはエミヤではなく、森崎だった。

 

「……何故お前らみたいな二科生が、ここに居るんだ?」

 

 森崎は親の仇でも見るようにエリカ達を睨む。雫の目には森崎が四月から全く成長していないように映った。

 

「森崎さん、衛宮君はいらっしゃいませんか?」

 

 君ではなく、さんと言う他人行儀な深雪の口調に森崎が辟易ろぐ。森崎は深雪の機嫌を損なったと思っているのだろう。

 

「衛宮は部屋の変更があって、この部屋には居ないよ」

「何号室かは御存知無いですか?」

「ごめん、僕も知らないんだ」

 

 森崎に礼を言い、深雪達は達也の部屋に向かう。

 

「部屋の変更ってあるもんなんだな」

 

 レオがそう呟く。よく考えると可笑しいのだ。何故部屋の変更がエミヤだけなのか。ほとんど全員が不思議に思っていた。本人に聞けば分かる事なのだが、エミヤはこの場にいない。

 

「達也に聞けば、何か知ってるかもしれない」

 

 幹比古の言葉に全員が頷く。この話を聞いた時、達也が一層エミヤに不信の念を抱いた事に深雪以外は誰も気づけなかった。

 

 ○ ○ ○

 

 九校戦三日目。第二試合に渡辺のバトルボードのレースがあるため、エミヤ達は少し早めに席をとっていた。

 

「そういえば士郎さん、部屋が変わったみたいだけど」

 

 雫は隣にいるエミヤに尋ねる。昨日達也にも聞いてみたのだが、結局分からなかったのだ。

 

「あたしも気になる。何でなの?」

 

 前の席のエリカも身を乗り出して、エミヤに視線を注いでいる。否、エリカだけではなく幹比古達もエミヤを見ていた。動揺することなく、エミヤは予め用意していた言葉を返す。

 

「ホテルに着いた時、受付にCADのプログラムを弄れる部屋が空いてないか尋ねてな」

「それで部屋が偶々空いていたってことか。……でも競技用CADなら一校の作業車でも良いんじゃないかい?」

 

 どうやら雫達も幹比古と同様に考えているらしい。

 

「いや競技用ではなく個人のCADだ。それも少々特殊でね」

 

 エミヤの返答に納得した様子を見せる。第二試合の選手がコースに姿を現した。選手達はサーフボードの上で構えを取り、スタートを待つ。深雪の隣の席が埋まったのはブザー音が鳴る直前だった。

 

「すまん、遅くなった」

 

 達也が席に座ると、それに合わせたかのように選手がスタートを切る。

 

「接戦」

 

 雫の言う通り、渡辺の後ろにはくっつく様に七校の選手がいる。急カーブへと差し掛かったタイミングで、その距離も縮んだ。渡辺が減速したのだ。だが七校選手は減速せず、フェンスに激突しそうな勢いだ。様子が変だ。渡辺もそれに気づいたのか、彼女を庇うように魔法を発動する。後は七校の選手が渡辺の腕に収まれば、それで終わりだった。だが突如沈み込んだ水面に足をとられたのか、渡辺の体勢が大きく崩れる。七校の選手が渡辺に突っ込み、フェンスに衝突する。渡辺は意識を失っているのか、ピクリとも動かない。

 

「行ってくる」

 

 達也は渡辺の元へと走っていく。多くの人が渡辺と七校の選手を見つめるなか、エミヤは水面にじっと目を凝らしていた。

 

 ○ ○ ○

 

 渡辺の病室から出た達也を迎えたのはエミヤだった。

 

「彼女の容態はどうだ?」

「肋骨が折れてはいるが、命に別状はない」

「そうか」

 

 エミヤの表情に変化はない。

 

「気づいたか?」

「……士郎も気づいていたんだな」

「あぁ。あの時の水面の動きは、あまりに不自然だったからな」

 

 事故の直前までバランスが崩れるほどの波は起きていなかった。そこから導き出される事は一つ。

 

「人工的なものだろうな」

 

 問題は誰がしたのかという事である。裏で手を引いている者達については大体の見当がついているが、誰が実行したのか分からなければ対処もできない。

 

「何か分かったら連絡してくれ。私は七校の関係者に話を聞いてくる」

 

 エミヤは達也にそう告げ、病院を後にした。

 

 日が沈み自室に戻ったエミヤはベッドに腰掛け、七校の選手の話を纏めていた。七校の選手は減速魔法を発動したつもりが、実際に発動したのは加速魔法だったと言っていた。試合の後、CADをチェックしたがソフトウェアに問題は無かったとも。エミヤには心当たりがあるが、事後である今確かめる術が無い。

 

 エミヤはベッドに横になり片腕で視界を塞ぐ。闇はすぐそこまで来ていた。

 




先ずは謝罪を。この度は投稿が大幅に遅れて、申し訳ございませんでした。またお待たせしたにも関わらず、今回はエミヤ以外の人物に焦点を当ててばかりで、退屈に感じられた方もいらっしゃるのではないかと思います。誠に申し訳ございません。

次に感謝を。糞駄文量産機(産廃)様、忠邦(^◇^)様、rica様、410様、ミル(*^-^*)様、アウェイン様、もっさんⅡ様、セラ部長様、千歳飴なさはになゆなぬひや様、イベリコ豚29様、奈月様、a092476601様、イリヤ可愛い様、迫真一様、まりも7007様、はたて様、立花・無道様、@ほるひす様、ハミルカル様、ルーカス様、刹那零様、thoma様、太陽は出ているか?様、MA@Kinoko様、八号様、真碧様、zodiac12様、氷霞様、鳥、、、様、リルガルシュ様、nowshika様、ゼロインフィニティ様、赤身様、いたまえず様、サビキ様、塩肉様、唐揚げ が 大爆発様、特製プリン様、小野瀬芳乃様、黒猫のクロ様、クレラップ様、me-00様、赤原矢一様、爆弾人間15号様、コットンライフ様、d'Abruzzo様、Wbook様、びだるさすーん様、kopo306様、村雨紫苑様、弥未耶様、猫のシッポ様、キーアン様、うっかり属性様、frohe様、nearl様、ピザお様、ketsu様、アリサ様、佐波アギトV2様、ゴレム様、痴漢者トーマス様、神皇帝様、レグルスアウルム様、Sushiman91様、本中毒様、かたゆぅ様、めざ氷様、リオンハルト様、海の民の一番槍 みなと様、紅薔薇の夜様、OIGAMI様、高評価ありがとうございます。また感想を送ってくださった方、誤字報告をして頂きました方、読者の皆様にも大変励まされております。本当にありがとうございます。

さて次回からは新人戦が始まります。ようやくエミヤが少しだけ活躍します。作者も「やっと」といった感じですので、読者の皆様は余計にそう感じられる事と思います。

これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いいたします。


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九校戦編Ⅳ

<1>

 

 昨日の事故で、過保護な保護者からは九校戦自体の中止を求める声が上がったが、選手達は予定通り新人戦を迎えた。初日のプログラムではバトル・ボードの予選に光井が、男女スピード・シューティングに雫とエミヤが出場する。競技時間の違いのおかげか、誰一人試合の時間が重ならなかったのは運が良かったのかもしれない。

 

 朝食後、本部テントでは技術スタッフを含めた全員に市原が競技の注意事項を再度説明していた。昨日の事故の後に危険行為を試みる者はいないだろうが、念には念をという事なのだろう。解散を告げられ、エミヤ達と別れた雫と達也はスピード・シューティングの会場の選手控え室で競技用CADの最終チェックをしていた。

 

「何か違和感は無いか?」

「大丈夫。快適過ぎて怖いくらい」

 

 雫の言葉は偽りではない。雫が普段使っているCADよりも、達也が調整した競技用CADの方が使いやすい。まるで雫自身ですら気づいていない弱点、癖に合わせたかの様だ。雫はそれが達也に自身の全てを見透かされている様に思えて、少し怖かった。

 

「達也さん、CADの調整の仕方教えてくれない?」

「……意外だな。雫なら雇うぐらいは言い出しそうだが」

 

 達也は冗談のつもりで言ったのだろうが、雫は一度だけ達也に雇われないかと本当に口にしそうになった事がある。それは競技用CADの参考の為に、達也に自身のCADを見せた時の事。雫のCADは日本トップクラスの魔工師が調整しているため、高校生程度の知識では見たところで真似できるはずもない。しかし達也はCADの設定をコピーする訳ではなく、オリジナルの設定で競技用CADを自身のCAD以上の仕上りにして見せた。

 

「……目標が出来たから」

 

 それでも言い出さなかったのには理由がある。その直後に達也の監視のためにその場にいたエミヤに、五十里が複数の競技用CADを抱えて訪ねてきた。雫は何事かと二人に視線を向け、そして聞こえたのだ。CADの設定は自分でするので五十里は簡単な調整を、というエミヤの声が。前々から話は付いていたのか、五十里は素直に頷き部屋を出て行った。雫は思った。彼の横に立ちたいならば、今のままではダメだと。それ以降、嫌いだった魔法工学にも進んで取り組むようになった。

 

「分かった。……だけど時間がある時にだ」

 

 達也はディスプレイに表示された時間を確認すると腰を上げる。

 

「始まるな」

「うん」

 

 準備は疾うに出来ている。ならば後は全力を尽くすのみ。

 

「行ってくる!」

 

 雫の表情に憂いは無かった。

 

 ○ ○ ○

 

「あ、雫が出てきたわよ」

 

 エリカが反応したことで観客席で雑談に興じていた深雪達も口を閉ざし、ステージでCADを構えている雫に目を向けた。静寂に支配されている会場にカウントを告げる機械音が鳴り始める。最後の青のランプが点るとクレーが射出された。クレーは順調に有効得点エリアへ向かい、入ると同時に激しい音を立て砕けた。

 

「ほう……」

 

 エミヤは次々と粉砕されるクレーを眺めながら口角を僅かに上げる。彼の横で深雪と光井が解説している雫の魔法は、エミヤの魔法に似通っている部分がいくつかある。

 

「七草先輩とは真逆のスタイルですね」

「そうですね。精度より威力で物を言わせるのが雫のスタイルですから」

 

 派手に破砕されていくクレーに光井の言葉が説得力を増す。終了のブザーと共にクレーも姿を現さなくなる。結果はフルスコア。雫の予選通過は決まったようなものだった。

 

「にしても一気に試合があると、簡単に席も離れられねぇな」

「良い機会じゃない。アンタは落ち着きってモンを知りなさい」

「んだとぉ!」

 

 何も知らない者が見ればハラハラとするだろうが、エミヤ達は似たような遣り取りを何度も目にして居る。その頻度の多さに美月でさえ、またかといった顔をしている。

 

「……話を戻すけどよ、午前は良いとして午後はどうするんだ? 光井の試合を見に行ってる間に席取られたら、士郎の試合見れなくなっちまうぞ?」

「そっか、まだレオには話してなかったね。光井さんの試合には達也と深雪さんが途中で抜けて、見に行くんだ」

 

 いつもより早く立ち直ったレオの質問に幹比古が答える。状況からすると知らなかったのはエミヤとレオだけらしい。エミヤは光井に顔を向けると、光井もまたエミヤを見ていた。先に口を開いたのは光井だった。

 

「私がそう提案したんです。今日出場するのは飽くまで予選ですから」

「……悪いな」

 

 いつもの調子であればエミヤが「私の試合など」と言いそうだが、エミヤは光井の厚意を無下にしなかった。

 

「代わりにといっては何ですが、明日以降の競技は必ず見に来てくださいね!」

 

 エミヤ以外の面子も光井に返事をする。一科生と二科生の壁を越えて、彼等は良好な関係を築けている様だ。

 

 ○ ○ ○

 

 新人戦女子スピード・シューティングの準々決勝。雫とその相手選手を除いて準決勝へと進んだのは既に三人、内二人は一高の生徒だ。もし雫が勝てば上位四人に一高選手が三人も入ることになる。

 

「なんかドキドキしますね」

 

 その事が美月の興奮剤となっているらしい。先程から言葉の端々から昂りが感じ取れる。だが予選の結果で考えれば、雫は準決勝どころか決勝まで勝ち進むだろうとエミヤは予想していた。準々決勝でこの様子ならば、決勝ではどうなるか分かったものではない。

 

「美月……ちょっと興奮しすぎ」

 

 普段からストッパーの役目を果たしているであろうエリカが美月を落ち着かせる。この光景も随分と見慣れたものだ。エミヤはそんな事を思いながら、ステージへと階段を上る雫とそのCADを見つめる。

 

「お気づきになりましたか?」

「……あぁ」

 

 深雪が後ろの席にいるエミヤに問い掛ける。幹比古とその一端を知る光井以外は二人が何について話しているか分かっていないらしい。その幹比古が確かめるように言葉を発す。

 

「あれは……もしかして汎用型なのかい?」

「吉田くん、正解です。詳しく言うと、汎用型に特化型専用の照準補助装置を搭載したお兄様が試合の為に作ったオリジナルです」

「去年ドイツで発表されたばかりだったと思うんだけど……」

 

 幹比古を称賛するように深雪は小さく手を叩く。それに対し高校生が競技のためだけに最新技術を利用したCADを作るという事に、エリカ達E組のメンバーは絶句している。

 

「……始まるぞ」

 

 エミヤはそんな彼女らを余所にそう告げる。競技開始のカウントは既に始まっていた。

 

 ○ ○ ○

 

 新人戦女子スピード・シューティングは一高選手が一位から三位を独占するという快進撃を見せた。ちなみに優勝したのは雫だ。

 

 午前の競技時間が終わり深雪達と別れたエミヤは一旦部屋に戻り、スピード・シューティングの会場を再び訪れていた。ただ今回は観客としてではなく選手としてだ。控え室に向かっていると扉の前には花音が突っ立っていた。

 

「入らないのかね?」

 

 エミヤに気づいていなかったのか、声を掛けられた花音は驚いたように後ずさる。何か言おうとしているが、焦っているのか口をパクパクさせるだけで言葉に出来ていない。花音がはっきりと声が出た時にはエミヤが扉に手を掛けていた。

 

「待っ――!」

 

 だが漸く口にできた言葉も、中で作業をしていた五十里と目が合うことで途切れてしまった。

 

「……花音、僕は何て言ったっけ?」

「……衛宮くんの邪魔になるから控え室には来ちゃダメって」

「そうだね。なのに花音はどうしてここに居るんだい?」

 

 エミヤは何故花音が部屋に入らなかったのか理解した。五十里はエミヤに配慮してくれたようだが、エミヤにとってその様な気遣いは不用のものだ。

 

「気にするな。それに一昨日は私も居たのだから、お互い様だろう」

 

 花音の肩を軽く叩き部屋の中に入るよう促す。花音の時は単なる打ち合わせで今回は最終確認だと喉まで出掛かったが、五十里はぐっと飲み込んだ。

 

「……はぁ」

 

 代わりに大きな溜め息をつく五十里にビクリと花音の肩が跳ねあがる。普段は温厚な性格の彼でも怒った時は怖いのだろう。五十里の気を紛らわそうと花音が話題を変える。

 

「さっきから気になってたんだけどそれって?」

 

 花音が言っているのはエミヤが持ってきたケースの事だろう。エミヤはそれを持ってくる為に一旦部屋に戻ったのだ。

 

「その中に入っているのは衛宮君個人の汎用型CADだよ」

「え? いくら何でもデカ過ぎない?」

 

 花音の言う通りケースだけでも二メートル半位はある。ここまで持ってくる間に何人かとすれ違ったが、その全員がまじまじとエミヤとケースを見つめていた。それにスピード・シューティングで個人のCADを使用する選手はほとんど居ない。

 

「彼以外は参謀の市原しか知らないんだが……」

 

 エミヤが市原と言った事を花音達は言及しない。エミヤがゆっくりと開いたケースの中身に花音は目を奪われる。

 

「……これを使うの?」

「それが今のところは使わないみたいだよ」

 

 特化型でも大き過ぎるCADを食い入るように見つめていた花音は、不思議そうにエミヤへと顔を上げる。

 

「どうして?」

「私のこれは備えとして用意したものだ。相手選手の腕が相応のモノでなければ出番はないだろうよ」

 

 花音はエミヤがただの自信家とは思わない。彼は学年次席という実力者だし、五十里と市原がそれを認めている時点で判断としては妥当なのだろう。それに。

 

「……カッコいいじゃない」

 

 思ったことが口から溢れるほど、今の花音は心の底から沸き立つ興奮を抑えるのに必死だった。

 

 ○ ○ ○

 

 雫と達也がスピード・シューティングの観客席を訪れたのは競技開始の十分前だった。ほぼ満員の会場で達也は迷う事無く深雪達が居る方へと進む。

 

「雫、優勝おめでとう。お兄様もお疲れ様です」

「ありがと」

 

 達也達の気配に気づいていたのか深雪が笑顔で彼等を迎える。エリカ達も一足遅れて雫の優勝を祝福してくれた。そして偶然か深雪達の前の席に陣取っていた市原、渡辺、真由美の三年生トリオも。

 

「渡辺先輩、お体はもう宜しいんですか?」

「君まで私を重症扱いするのか……」

 

 達也は親切心でそう言ったのだが渡辺にとっては余計なお世話だったらしい。達也の認識では十分に重症なのだが、渡辺はちょっと怪我した程度にしか思っていないようだ。

 

「大丈夫だ。……それで肝心の主役はまだか?」

「渡辺委員長。この競技には他の一高の生徒も出ているんですから、特定の人物を主役と呼ぶのは如何なものかと」

 

 市原の言葉の通り、新人戦男子スピード・シューティングにはエミヤの他に森崎ともう一人が出場している。ただ渡辺のように多くの一高生がエミヤに期待しているのも事実で、三年生トリオも実質的にはエミヤの試合を見に来ているようなモノだった。

 

「その主役が出てきたみたいですよ」

 

 渡辺の期待に応えたかのように姿を現したエミヤに会場内の注目が集まる。当たり前ではあるがエミヤは今、一高の競技指定ユニフォームを着用している。ユニフォームの色は各校のイメージカラーであり、一高は緑と白がこれに当たる。つまり何が言いたいのかと言うと。

 

「ユニフォーム、全く似合ってないな」

 

 渡辺が漏らした言葉は達也達全員の気持ちを代弁していた。エリカに至っては笑いを堪えきれておらず、周囲の注目を一時的に集めたほどだ。その笑いが収まる頃には、エミヤがシューティングレンジへの階段を上り終えていた。

 

 騒がしかった会場も波が引いていくかのように静まり返る。無機質なブザー音と共にランプが点り始めると、エミヤが小銃型CADを構える。その構えに多くの者が既視感を覚えた。どことなく真由美の構えに似ているのだ。

 

 そして遂に青のランプが点りクレーが射出された。有効得点エリアに向かうそのスピードは本戦と何ら変わらず、新人戦ではスコアの半分程撃ち損なうのも珍しくはない。クレーが有効得点エリアに入った刹那、クレーはその形を失ってしまった。

 

「……え?」

 

 会場の所々で真由美と似たような反応が起こる。エミヤはクレーを打ち砕いたのだ。ドライアイスの亜音速弾で。それはスピード・シューティング始まって以来、遠隔視系の知覚魔法と驚異的な精度をもった真由美だけが取れた戦法。その筈だった。

 

 エミヤは一方向にではなく有効エリアを取り囲むように魔法を発動させ、炎の光に魅入られた虫の如く飛んでくるクレーを次々に破砕していく。射出されるクレーは残り少し。

 

「リンちゃん、士郎くんは知覚系の魔法を併用しているのよね?」

 

 こうは尋ねたが真由美の意図するところは知覚魔法の名称であり、市原もそれに気づいて答えをくれるものだと思っていた。しかし返ってきたのは質問自体の否定だった。

 

「残念ながら会長の考えは誤りです。彼が使用しているのは会長も使用したドライ・ブリザードのバリエーションのみです」

「あり得ないわ!」

 

 真由美は思わず大声を上げてしまう。雫達は真由美の気持ちが分からなくもなかった。速度は速いし同時に複数射出されたクレーを裸眼で全て把握するなど、とても人間業ではない。

 

「信じ難いでしょうが事実です」

「ですが会長の戦い方と酷似していませんか?」

 

 深雪の言う通り、何も知らないものが見ると真由美と全く同じように見えるだろう。そして人真似はあまり良い印象を与えない。それを懸念しての言葉だろう。

 

「司波さんの言わんとする事は分かりますが、戦法が同じというのは他の選手も同じでしょう。特にスピード・シューティングにおいては、ほとんどが振動魔法か移動魔法です。今回は珍しい戦法が偶々かぶり、その印象が強くなっただけでしょう」

 

 確かに正論だ。だが雫達がそれを理解していても、他の大多数の観客はやはり人真似と思うのではないのか。

 

 終了のブザーが鳴り、それ以上は質問が続かない。結果はパーフェクト。だが目の前で行われていた光景があまりに衝撃的で、会場に歓声が上がることはなかった。

 

 ○ ○ ○

 

 決勝トーナメントが始まって以降、エミヤについての様々な噂はその伝達速度を加速させた。予選後も本選で優勝したあの”妖精姫(エルフィンスナイパー)"と同じ戦い方なのだから、話題になるのは当たり前だろう。だがそれも人から人へと伝達される度に事実から懸け離れていき、エミヤが決勝進出を決めた頃には酷い内容になっていた。

 

「大丈夫だよ! 衛宮君が七草会長のCADとバイザーを使ったなんて話、誰も信じないさ!」

 

 五十里はそう言うが、大会実行委員には噂の事実確認を求める他校の男子生徒が来たらしい。高校生とは言え真由美は十師族の一員。その再現を魔法経験の浅い一年生が出来る筈がないというのが根拠。そして動機は優勝候補だった渡辺が退場を余儀無くされた事による焦燥感によるものらしい。大会委員は競技前のCAD検査では全く問題がなかったとして、この申し出を拒否した。

 

「と言うか一部の男子が衛宮君の実力に嫉妬してるだけでしょ? 女子は女子で騒いでるけど、こっちは好意的なモノよ」

 

 好意的という表現は控えめで、準決勝では前列で多くの女子がエミヤに向けて甲高い声を送っていた。花音が聞いた噂によると、女子の間では十師族である真由美の再現が出来るのはエミヤに同等以上の魔法力があるからという噂が主流らしい。

 

「二人とも気に掛けてくれるのは有り難いが、今は決勝の相手についてだ」

 

 だがエミヤにとって赤の他人がどう思おうがどうでも良かった。彼の意識はスクリーンに映されている試合にある。

 

「……森崎くん、負けちゃうわね」

 

 森崎の相手は三高の吉祥寺真紅朗という選手。彼もエミヤ同様、これまでの試合の結果は全てフルスコアだ。

 

「となると三高の彼が決勝の相手か……。決勝はスピード勝負になるね」

 

 エミヤも花音も、きっとここに居ない雫達も五十里と同じ様に考えているだろう。どちらが先に全てのクレーを撃ち終えるのか、決勝戦はその一点に尽きる。

 

「いやはや、本当にこれを使う事になるとは」

 

 エミヤは態とらしく口にすると、ケースの中から自身のCADを取り出す。五十里はまぁまぁとでも言いそうな笑みを浮かべ、花音は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。

 

「悪いが決勝戦のCADはこっちで登録しておいてくれ」

 

 五十里は大きく頷くと、エミヤの手にあったCADを両手で受け取った。

 

 ○ ○ ○

 

「噂をすれば」

 

 声を上げた雫に釣られてエリカ達も最寄りの出入口に視線を向ける。そこには競技を終えた光井とその観戦に行っていた達也と深雪の姿が。雫達はちょうど今まで、光井達がエミヤの決勝に間に合うか否か心配していたところだ。

 

「ほのか、本選出場おめでとう」

「ありがとう、雫」

 

 光井達は取ってもらっていた席に腰掛ける。

 

「それにしても、本当に多いですね」

「多いと言うよりも、この人数は既に会場のキャパを越えているんじゃないか?」

 

 達也は辺りを見渡す。競技を見るだけなら各校の本部テントで十分事足りるのだから、会場に足を運ぶ必要もない。おまけに観客は各競技に分散するのだから会場が満席になる事はあっても、立ち見客が出るなど思ってもいなかった。

 

「それだけ士郎くんが注目を集めているってことだ。どういう意味かは別としてな」

 

 渡辺は腕を組みながら目を閉じる。突然会場が沸いた。両選手が姿を現したのだ。そしてまたもエミヤは人目を集めることになる。

 

「あれは……弓よね?」

 

 真由美の口から漏れた言葉は自身の目を疑ってのものか。だがエミヤが手にしているのは紛れもなく弓である。

 

「自分に自信がないから弓に逃げたんだろ!弓に魔法は関係ないもんなー!」

「ここはアーチェリーの会場じゃないでちゅよー!」

 

 三高選手側の前列の方で起こった他校の男子によるエミヤに向けた罵倒と嘲笑。レオは力付くで黙らせてやろうかと立ち上がるが、エリカに腕を捕まれ阻まれた。

 

「確かにムカつくけど、アンタが行っても何も変わらないわよ」

「でもよっ!」

「落ち着け、西城。あぁ言う輩はどこにでも居るもんだ」

 

 いつになく息を合わせたエリカと渡辺に西城も冷静になる。見ると嘲るように笑っていた男子達は、エミヤを応援している女子達に睨まれ大人しくなっていた。その様子に何故か真由美が微笑む。

 

「どうした真由美?」

「いえ、士郎君にもファンがいるんだなって……」

「まぁ性格はともかく、見てくれは良い方だからな」

 

 達也は脱線し始めた話の舵を取る。 

 

「御二人とも、話を戻しませんか?」

「そうだな。どうなんだ市原?」

 

 渡辺は市原に丸投げする。

 

「どうと言われましても……。あの弓の事を仰っているのなら、衛宮君個人のCADとしか」

「あれがですか? 大き過ぎると思うんですけど」

 

 疑問を呈したのは光井だ。だが答えたのは市原ではなくエリカだった。

 

「弓にも種類があるの。士郎くんの場合は多分和弓をイメージしてるのね」

 

 そこまで分かっても何故携帯性に優れない和弓をモチーフにしているかは理解できない。エミヤを見ると相手選手と握手を交わしていた。

 

 ○ ○ ○

 

「三高の吉祥寺真紅朗です」

「……一高の衛宮士郎だ」

 

 突然差し出された手をエミヤは動じること無く握る。

 

「それにしても意外でした。噂に聞く贋作者さんがこんな人だったとは」

 

 動揺を誘うつもりなのだろう。小馬鹿にするような調子の声で真紅朗は話続ける。

 

「策を練ったようですが……。まぁ妖精姫(エルフィンスナイパー)の紛い物として頑張ってください」

 

 真紅朗はエミヤに背を向けCADを構える。贋作、紛い物。エミヤにとってはどれも懐かしい言葉だ。赤のランプが点る。エミヤは矢を番え、弓を引き分けた。

 

 ○ ○ ○

 

 青のシグナルが点るまでは見えていた矢も、クレーが射出されると目で捉えきれなくなってしまう。白いクレーが有効得点エリアに入った次の瞬間。クレーだったものが割れた皿のように砕けた。砕いたのは恐らくエミヤの放った矢だ。だが次なる矢は放たれていない。勝負を諦めたか。顔も知らない誰かがそう口にする。そして二つ目の白いクレーが有効エリアに入った刹那。

 

「嘘……」

 

 それは原型を留めていなかった。相手選手による妨害ではない。

 

「何が起こっているの……?」

 

 そう思っているのは真由美だけではない。分かっているのは市原と興味深そうな表情をしている達也、ここには居ない五十里の三人。そして真由美達に教えてくれたのは市原だった。

 

「簡単な事です。最初に放った矢が追い続けているんですよ」

 

 矢が追い続ける。つまり自然法則を無視しているという事だ。

 

「重力ベクトルとかを操作してるって事かしら?」

「それもあるみたいですが」

 

 真由美の推測を達也がより正確なものにしていく。

 

「士郎は仮想領域を構築しているのではありませんか?」

「正解です」

 

 市原が続きを引き継ぐ。

 

「衛宮君は有効エリア全体に一辺三メートルの正二十面体の仮想領域を構築しています。番号付けした各頂点は生成した疑似真空チューブで繋いでいます。頂点には矢の各ベクトルを操作する魔法が記録されており、衛宮君は番号を入力して矢の進行方向を操作しています。矢には硬化魔法の刻印が刻まれています」

「……なるほど。誘導弾というわけか」

 

 渡辺が納得した表情を見せても市原は口を閉ざさない。

 

「衛宮君と話をした時は仮想領域内全てが真空になるとの事でしたが、それでは大会の規定スペックをギリギリ越えるので各辺を真空チューブで結ぶことにしたそうです」

 

 一つのクレーにいちいち魔法を発動する必要はないが故に、クレーを破壊していくスピードは凄まじい。だがその分処理能力が要される。

 

「しかしそれだけでは相手選手のクレーも砕いてしまうのでは?」

 

 深雪のこの質問に市原は苦笑する。その表情で何か察したのか思ったことを渡辺が言葉にする。

 

「……まさかとは思うが自身の分だけでなく、相手のクレーの軌道まで把握しているのか?」

「そのまさかです」

 

 相手選手の分も含めると二百ものクレーの軌道を肉眼で把握し、同時に魔法を行使している事になる。

 

「これでは本当に同じ人間なのか疑ってしまうぞ」

 

 渡辺は頭痛がするのか片手で両目を覆っている。だが達也達は未だ肝心な事を聞いてない。

 

「魔法の名前は何と言うんですか?」

「《猟犬(ハウンド)》だそうです」

「……これはまた物騒な名前ね」

 

 空を舞っていた最後の白のクレーが砕かれる。決勝戦を制したのはエミヤ。見せつけられたエミヤの実力に会場には、耳を塞ぎたくなる程の大きな歓声が響いた。

 

 ○ ○ ○

 

 控え室で待っていた五十里達と本部テントに向かうとエミヤは拍手で迎えられた。

 

「……祝われるような事は何もないはずだが」

「また君はそう言う事を言う」

 

 エミヤに歩み出てきたのは渡辺。彼女の後ろには雫達もいる。

 

「君は(ろく)でもない噂に屈すること無く自身の実力を証明した。それは誇っていいことだ」

 

 渡辺はエミヤの背中をバシバシ叩く。その勢いは本当に怪我人なのか疑ってしまう。

 

「お疲れさま。今日はじっくり休むといい」

 

 自由気ままと言うべきか、エミヤの返事を待つこと無く彼女は本部テントを去っていく。残されたエミヤに雫が駆け寄る。

 

「優勝おめでとう」

「……雫も、おめでとう」

 

 お互いの瞳を見つめながら祝福の言葉を掛ける。だがそれは一瞬の事。秒針が三つ針を進めた頃には、エミヤの目はもう雫を映していなかった。

 

「おめでとうございます、衛宮くん」

「……ありがとう」

「今じゃ有名人だな、士郎」

「なに、少し悪目立ちしただけだ」

 

 冗談を交えて深雪と達也もエミヤと言葉を交わす。

 

「じっくり話したいが明日も新人戦だからな。今日はもう部屋に帰ろう」

 

 達也の一声が合図となりエミヤ達は揃ってテントを出る。

 

 日は既に半分程沈み空は赤に染まっている。地では影がその色を深め夜の訪れを感じさせる。その地を這う蛇が白髪の男をじっと見つめていた。




先ずはお礼を。累計ランキング入り、またお気に入り登録者が5000人を越えました!本当にありがとうございます!また高評価を頂きました、Sohya4869様、rica様、迷宮様、金獅子様、アーチ様、мiуa様、エクロ024様、金本様、武蔵国の住人様、わんこ熊鍋様、弓瑠斗様、まめ鈴様、ルピナス様、緋雫様、ばぶるす様、HANEKAWA-san様、zunda312様、ハルナ@霧の提督様、被子植物という名のおから様、近藤 大介様、Canno様、からあげ3号様、資源様、松江陸様、黒田りあ様、ケーガー様、あっこ様、kaiki様、羅玖熾阿@鄂爾多斯様、Type S様、小米様、SE.RA.PH様、モッチー様、たくやん様、Reiassk様、瑠歌様、レグルスアウルム様、奈々奈々。様、めざし様、咲やん様、MA@Kinoko様、かたゆぅ様、blank s様、kei2736様、HAL.HAL様、赤身様、感想を下さいました皆様、本当にありがとうございます!
感想や高評価を頂く度に作者も頑張らねばという気持ちになっています!

さて今回はエミヤ君が少しだけ活躍(?)しました。本当は投影とかバンバン使わせてEMIYATUEEE!ってしたいんですが……。まだまだ道は長そうです。

これからも魔法科高校の贋作者を宜しくお願いします!


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九校戦編Ⅴ

<1>

 

 九校戦が始まって以来、過去最大の会場動員数を記録したエミヤの試合。それは憧れや焦燥、嫉妬と様々な形で多くの人々の記憶に残される事となった。

 群を治める者は安堵を覚えた。自身等が学舎を去っても母校の優勝候補の地位は安泰のままだろうと。またある兄妹は迷想した。彼の力が調整体であるが故のモノならば、その技術力は四葉以上のものだろうと。そして彼に好意を持つ少女は――。

 

 ○ ○ ○

 

 目覚めの良い朝だったにも関わらず、北山雫は目の前の光景に少し嫌気が差していた。花の装飾がなされた皿の上で一人寂しく残っているウインナーにフォークの爪を沈み込ませる。

 

「じゃあまた今度ご飯でも!」

 

 エミヤへの用が済んだのか、手をヒラヒラと振りながら名前も知らない上級生達は空いている席に向かっていく。昨日の演出(パフォーマンス)が女子には大好評でその実力と男らしい容姿もあって、彼を異性として見る女子が今のように食事に誘っているのだ。それだけなら何も思わなかっただろう。同性としてエミヤの魅力は分かるし、何故か年上ばかりに誘われているという事も大した事ではない。

 

「朝から困ったものだ。……どうした雫? 」

「何も」

 

 雫は小さく開いた口にウインナーを運ぶ。では何がと問われれば口先ではこう言うくせに、全く困っていなかったという事が気に入らない。それに妙に女慣れしている感じがして、自分もその掌の上で踊る一人に過ぎないのではないかと思ってしまうのだ。交際している訳でもないのに勝手な考えだとは思う。それでも誘いを断る素振りを少しも見せなかった事に悋気するぐらいは彼女にも許されるだろう。

 

「……何で断らなかったの?」

「断っても素直に引いてくれそうになかったのでな。 また誘われても都合がつかないとでも言っておくさ」

 

 納得はできる。相手への心的被害を最小に抑える事のできる断り方だ。しかし真意を相手に悟られてしまえば、その優しさは時に人をも狂わす猛毒にもなりうる。

 

「……じゃあ私が誘っても同じように断る?」

 

 故に少女は知りたかった。彼にとって北山雫(わたし)がどれ程の人間なのか。上辺だけの優しさを与えられる彼女達と同じなのだろうかと。雫の質問に驚いたのか、珍しくエミヤは目を丸くしている。表情こそ変わらないが雫のその気迫がエミヤに世辞や曖昧な返事を許さない。だからこそエミヤはできるだけ優しく微笑む。

 

「……いいや雫の誘いは可能な限りは断らないよ。普段からの付き合いもあるからな」

「……そっか」

 

 友人としては大事にされているようだ。その事が分かっただけでも今はそれで良い。雫はいつの間にか上がっていた口角を隠すように手を合わせ「御馳走様でした」と口にする。エミヤも雫に続くが二人に席を立つ気配はない。

 

「ほのか、ゆっくりで良いよ」

 

 雫は珍しく自分より食事が遅い親友にそう言葉を掛けた。

 

 ○ ○ ○

 

 朝食を終えた雫達は宿泊しているホテルからピラーズ・ブレイクの会場に向かっている。雫がどうしても早く行きたいと言うので、他の生徒たちよりも早めに会場へ向かっているので人通りは少ない。おかげで光井と雫は此方に向かって来るその人物に直ぐに気づく事ができた。

 

「……お父さん」

 

 そう口にした雫の表情からは若干の羞恥が感じられる。一方で彼女の父親は愛娘に会えた事が余程嬉しいのか満面の笑みである。

 

「雫、ほのかちゃん、おはよう」

「おはようございます、小父様」

「……」

 

 挨拶を返してくれない娘に苦い笑みを浮かべたまま、彼はエミヤへと顔を向ける。

 

「初めまして、衛宮士郎君だったかな? 私は北山潮だ」

「……お初にお目にかかります。既にご存じの様ですが改めまして、衛宮士郎です」

「昨日の試合は素晴らしかったよ。息子なんかはすっかり君のファンになっていてね」

「光栄に存じます」

 

 相手は大実業家にして雫の父。対して今のエミヤは中身がどうであれ潮からすれば只の高校生だ。敬語を使わなければならないこの時ばかりは、エミヤも渡辺の普段の特訓(おあそび)に感謝した。

 

「雫は学校の事を話してくれなくてね。友達がいるか心配だったんだが、その必要はないようだ」

 

 潮は自分よりも身長が高いエミヤの顔を見ながら何か納得したように頷いている。そんな父に今まで黙りを決め込んでいた雫がようやく言葉を発した。

 

「来ないでって言ったのに」

 

 雫は高校生にもなって親が応援に来る事が恥ずかしいのか、顔を明後日の方向に向けている。そして恐らく愛娘の晴れ舞台を見たかったのであろう潮の気持ちも理解できなくもない。

 

「昨日の午前中まで近くに仕事が入っていて、その序でに来たんだ」

 

 潮は後頭部を押さえながら誤魔化すように笑っているが、雫達には嘘だとあっさり見抜かれていた。本当に仕事で来たのであれば息子なんか連れてない筈だし、九校戦の入場券も易々と手に入るわけが無い。どうやらビジネスでは凄腕であっても、プライベートでは子供に嘘をつくのが苦手な父親のようだ。

 

「……もう行くから」

 

 溜め息と一緒に吐き出した雫は会場に向かって足を動かす。潮に向けて慌ててお辞儀をした光井も彼女の元へと走って行き、その場に残されたのはエミヤと潮の二人だけとなった。

 

「……少し話せるかい?」

 

 潮は先程よりも落ち着きを感じさせる声でそう言うと、返事を聞かずに近くにあった木目のベンチへと腰を降ろす。エミヤは何も言わずに潮と少し間を空けて座る。

 

「初対面だというのに急に申し訳ない。ただ学校での娘の様子を知りたくてね」

「……私よりも光井さんの方が詳しいと思いますが?」

「ほのかちゃんは雫に口止めされているみたいなんだ。妻はそういう歳頃だと言うんだが、やはり心配でね」

 

 潮はエミヤの顔も見ず、ただ娘との思い出を懐かしむように虚空を見つめている。

 

「四月にあったテロを覚えているかい?」

「えぇ」

「あの時、痛感したよ。大金があれば家族を必ず守れるなんて自惚れだってね」

 

 潮は自嘲ぎみに笑う。

 

「勿論、お金で守れる時もある。ただテロのような脅威にはほとんど無意味だ」

 

 小悪党は金の為に、テロリストは自身の信条の為に事件を起こすという事はエミヤも理解している。だが潮は何故こんな話をするのか。

 

「何の影響か娘は小さい頃、正義の味方に憧れていてね。曲がった事が嫌いで、当時はほのかちゃんを虐めていた子達を言葉責めにして泣かした事もあった」

「……」

「今も憧れているかは分からないけどね」

 

 正義感が強く、感情をあまり面に出さない。そんな女性をエミヤは雫以外にも知っている。

 

「私はその正義感が雫の身を何時か危険に晒すのではないかと心配しているんだ。だからもし娘が無茶をしようとした時は止めてやってくれないか?」

「……分かりました」

「ありがとう」

 

 エミヤの返答に潮は安堵した様子だ。本来なら高校生のエミヤ相手に頼む事では無い。だが学校が襲われたという前例がある以上、事前に可能な手は打っておきたいのだろう。

 

「では自分はこれで」

「時間をとらせて悪かったね」

 

 上手く話を切り上げたエミヤは雫達を追うべく歩き始める。エミヤが去った後も潮は暫くベンチに座ったままだった。

 

 ○ ○ ○

 

 結局エミヤが光井に追い付いた頃にはアイス・ピラーズ・ブレイクの会場の出入口が目と鼻の先になっていた。選手である雫とは入場口が違うので彼女がいないのは当然の事なのだが、他の選手が朝食を取っている時間から控え室に向かうのはやはり早すぎたのではないだろうか。

 

「光井、雫はもう控え室に行ったのか?」

「それが十五分後に士郎さんと来てくれって言い残して小走りで行っちゃって……」

 

 エミヤと光井は関係者入場口に向けて歩き出す。競技前ともなれば人の行き来が多い入場口も今は光井とエミヤの二人だけ。光井と二人きりになるのはこれが初めてとエミヤが気づいたのも、それが原因かもしれない。

 

「小父様とは何を話していたんですか?」

「……雫についての話がほとんどだったな」

 

 エミヤが横を歩く光井を見ると、またかと言いたそうな顔をしていた。ただ呆れているといった感じではない。

 

「小父様は雫を溺愛しているんです。だから雫は最近小父様を面倒くさがってて……」

「なるほど」

 

 エミヤから見た潮は随分と娘思いの良い父親といった感じだったが、雫達にとって潮は親バカの部類に入るようだ。その話題も雫の控え室の前で足を止めると同時に終わり、光井がドアホンを鳴らす。

 

「雫、入っても大丈夫?」

「いいよ」

 

 室内から開かれた扉に光井に続いてエミヤも部屋の中に入る。そして部屋に居た雫は一高の制服ではなく、日本の正装とも言える装いをしていた。落ち着いた赤をベースにした振袖を上手く着こなしている雫。駒縫が用いられた手鞠や黒の枝垂桜が雫の落ち着いた雰囲気を一層醸し出し、蘇芳色で染め上げられた裾色が大人らしさを感じさせる。

 大人らしさばかりではなく、控えめに一輪だけ咲かせた乙女色の桜の髪飾りが可憐さを残していた。

 

「……良く似合ってるぞ」

「ありがと」

 

 エミヤが思った事を素直に口にすると雫ははにかんで頬を朱に染める。振袖が似合っていた事が余程嬉しいのだろうか。

 

「ピラーズ・ブレイクにはその衣装で出場するのか?」

「出る時には襷を使う」

 

 確かにそのままでは袂が邪魔になるだろう。そこまで分かっていて振袖を着るのにはファッションに対する美意識故のものかもしれない。

 

「そういえば何故こんなに早く来たんだ? 着付けに時間が掛かるといった訳ではなさそうだが」

「……士郎さんには最初に見てほしかったから。誰よりも先に」

 

 雫の発言は光井が開いた口を手で隠すのを忘れる程には随分と攻めたものだった。余程の唐変木でもなければ雫の心意に気づくはずなのだが。

 

「そうか。何処も可笑しな所はないし、このままステージに出ても何も問題無いだろう」

 

 彼の中の何かが邪魔をしているのか、エミヤは着付けの確認程度にしか思っていないようだ。これには雫も小さく頬を膨らませる。控え室には達也が来るまで気まずい空気が流れていた。

 

 ○ ○ ○

 

 結果からみればアイス・ピラーズ・ブレイク女子予選において一高は素晴らしい成績であった。一高選手全員の本選出場が決まり、試合内容も雫が何故か少し八つ当たり気味だった事を除けば何も問題なかった。

 

 そして日を跨ぎ大会六日目。新人戦三日目にあたる今日はアイス・ピラーズ・ブレイクの本選とバトル・ボードの本選があり深雪と光井の競技時間が被ってしまっている。ただ以前光井と交わした約束もあり、エンジニアである達也と選手の雫を除いた面々は光井の応援に来ている。

 

「それにしても変な光景よね~。全員がゴーグル掛けてるなんて」

「目眩ましの対策としては当然だろう。 まぁ対策したところで達也が他に策を講じていない筈もないだろうが」

 

 エリカの言う通り予選で光井が目眩ましを使った事で、選手達はスポーツサングラスにも見える色の濃いゴーグルを着けていた。

 

「他の策って?」

「幹比古。君はサングラスを掛けた事があるか?」

「夏とか特に日差しが強い日は掛けるけど」

「そう、サングラスは本来紫外線や光源等から目を保護する為のものだ。では暗い場所で使うとどうなる?」

 

 聞きに徹していたレオが幹比古よりも早く納得したような表情を浮かべる。 

 

「つまり夜にサングラスを掛けた状況を再現するってことだろ? でもよ、どうやるつもりなんだ?」

「何、見ていれば分かる」

 

 レースがスタートし光井が他の選手よりも少し遅れて加速していく。バトル・ボードはコーナーにおいてアウトインアウトが基本だ。しかし先頭を行く選手は第一コーナーで大きく弧を描いた。いや、そうせざるを得なかったという方が正しいかもしれない。それに影が先程よりも明らかに伸びている。

 

「どういう事ですか?」

「光井さんは光波振動系魔法でコースに影を落として、他の選手が内側を攻められないようにしているんだ。あんな分厚いゴーグルじゃ暗い所では何も見えないからね」

 

 美月と幹比古がそんなやり取りをしていると、第二コーナーで影を嫌ったトップの選手を光井がカーブの内側から追い抜いていた。

 

「でもそれじゃ、ほのかも他の選手と同じじゃないの?」

 

 幹比古達はコーナーから光井へと目を移す。光井も他の選手同様、聢とゴーグルを着けているが影の中でも不自由している様子はない。

 

「放課後は毎日達也と練習していたからな。身体が覚えているんだろう」

「……士郎くん、やっぱり知ってたんだ」

 

 エリカが拗ねた様に半眼で流し目を送ったが、レースが終盤に差し掛かった事もあり長くは続かなかった。光井が独走状態のまま最終コーナーに入る。二位の選手も諦めずにスピードを上げていたが、最後まで光井との差が埋まる事は無かった。

 

 ○ ○ ○

 

 時刻は正午を既に回っている。あと十五分もすれば再び競技が始まる。昼食を取りエリカ達と別れたエミヤはアイス・ピラーズ・ブレイクの会場に呼び出されていた。彼を呼んだのは雫。何やら電話が掛かってきたと思えば、雫はエミヤに用件を伝えると有無を言わさず直ぐ電話を切ってしまった。その用件もたった一言。

 

「今から控え室に来て」

 

 その声音は何時もより固かった。雫の控え室の前に着いたエミヤはドアホンのボタンを優しく押す。

 

「雫」

 

 声だけでエミヤだと分かったのか雫は無言で扉を開く。いつものポーカーフェイスには緊張が混ざっている。

 

「どうしたんだ?」

「……今から深雪との試合があるの」

「それで緊張しているのか」

 

 コクリと首を縦に振った雫はエミヤの右手を小さなその両手で包み込む。

 

「だから少しだけ士郎さんに会いたくて」

 

 例えるなら恋愛映画のワンシーン。一瞬だけそう思ったがエミヤは友人としての言葉だろうと受け流した。と言うのも雫の手が小刻みに震えているのだ。

 

「……策はあるんだろう?」

「うん。だけど、ちゃんとできるか……」

「心配するな」

 

 エミヤは雫の緊張を解すような口調で言葉を続ける。

 

「いいか、雫。イメージするのは常に最強の自分だ。そこに外敵など要らん。君にとって戦う相手は、自身のイメージに他ならない」

「……その先にどんな結果が待っていようとも?」

「……そうだ」

 

 雫はエミヤの目をじっと見つめているが、あと十分もすれば試合が始まる。そろそろ雫もステージに向かった方が良いだろう。彼女も気づいたのかエミヤの手をそっと放す。その顔つきは先程よりも決意を感じさせる。

 

「ありがとう」

「礼を言われる様な事はしてないさ」

 

 いつも通りの素直ではない返しに雫は安心感を覚える。控え室を出た二人はお互いに背を向けて歩き出す。自身が居るべき場所に向かって。

 

 

「隣は空いているかね?」

 

 観客席へと向かったエミヤは最前列で観戦している渡辺と真由美、そして達也を見つけた。偶々渡辺の横が空いていたのでこうして声を掛けたと言うわけだ。

 

「おっ、士郎くんじゃないか! 空いてるよ」

 

 渡辺の横の席に腰を落ち着かせ、フィールドで相対している二人を見る。どちらも戦う意志を感じさせる目をしている。始まるカウントが会場に静けさをもたらす。フィールドの張り詰めた空気が伝わり、カウント間の静寂を長く感じさせる。そして最後の灯りが点ると二人は同時にCADを操作した。

 

 両陣地に展開される二つの魔法式。深雪の陣地に展開されるのは『氷炎地獄(インフェルノ)』。一方、雫の陣地に展開されたのは氷柱を温度改変から守る為の『情報強化』。だが『情報強化』は魔法による干渉は防げても物理的な熱伝導は防げない。それは雫も理解している。何とか『共振破壊』で攻撃に転じようとするも深雪に阻止されている。ならばと雫は次の行動にでる。

 雫が袖から二つ目のCADを取り出し新たな魔法式を展開する。そして深雪の氷柱一つに穴が開いた。

 

「フォノンメーザーっ!?」

 

 真由美が声をあげる。『フォノンメーザー』は振動数を上げた超音波を量子化して熱線とする振動系魔法。エミヤはこの技を雫に授けたであろう男を横目で見るが、表情は変わらない。雫相手では自身の妹の勝利が揺るがないと思っているのだろうか。

 

 全試合で初めて氷柱を壊された深雪の動揺も刹那のものだった。深雪も新たな魔法を繰り出す。深雪の陣地を中心に起こる白霧。その霧はセンターラインを越え雫の陣地にまで足を伸ばす。

 

「氷炎地獄の次はニブルヘイムだと……?」

 

 渡辺の言う通り深雪が展開した魔法は『ニブルヘイム』。雫の陣地を通り過ぎた液体窒素の霧は雫の氷柱の根下に液体窒素の水溜まりを作っている。深雪は『ニブルヘイム』から再び氷炎地獄へと魔法を切り替える。達也も深雪も、他の観客もここで決着がつくと思っていた。エミヤと雫を除いて。――このタイミングで雫は(つるぎ)を抜いた。

 

「どういうこと……?」

 

 真由美と同じように他の観客にも戸惑が生まれる。達也は先程とは一変して驚きの表情を浮かべ、深雪の顔ははっきりと分かるくらい驚愕に染まっている。

 無理もないだろう。溶けたのは雫の氷柱ではなく、深雪の氷柱なのだから。それも最前列の氷柱が全て。却って雫の氷柱に熱が伝わっている様子はない。

 

「……これを教えたのは士郎か?」

 

 達也がエミヤに顔を向けると真由美達もエミヤに解説を求める。言葉から察するに達也は今の状況が理解できたのだろう。

 

「いいや、雫自身が気づいた事だろう」

「士郎くん、勿体ぶらず教えて」

 

 真由美は腰を浮かべ身を乗り出すように達也の肩に手を置いているが、達也の側頭部に胸を押し付ける形になってしまっている。達也が注意すると一瞬恥じらった様子を見せて漸く腰を元の位置に落ち着かせた。

 

「それで何が起こっているの?」

「説明する前に氷炎地獄について知っている事をもう一度確認してみるといい」

「対象エリアの片方の空間内にある全ての物質のエネルギーを減速して、もう片方のエリアにその余剰なエネルギーを逃がし加熱させる。これが一般解だと思うが」

 

 渡辺の回答は百点満点のモノだ。これがこの魔法のエントロピー逆転魔法と称される所以だ。

 

「そう。その結果、エネルギー収支の辻褄が合いエントロピーが逆転されるわけだ。だがそもそも熱というのは空気中の分子が振動するから伝導する。ではその二つのエリアの間に真空の壁があるとしたら?」

「熱は伝わらない……?」

 

 エミヤが今まで見せた魔法には真空状態を作るモノがある。『疑似瞬間移動』、そして『猟犬(ハウンド)』。雫はただエミヤを見ていた訳ではないようだ。だからこそ達也はエミヤに尋ねたのだ。

 

「でも何故深雪さんは氷炎地獄をキャンセルしたのに氷柱は崩れ続けているの?」

 

 真由美が目の前の光景に疑問を呈する。深雪の中央列の二本が崩れ、彼女に残された氷柱は六本となる。

 

「氷炎地獄は結果として特定エリアのエントロピーを逆転させるだけであって、他のエリアの自然に存在するエントロピーが無くなる訳ではない」

 

 エミヤの説明に聞き入っていた達也達は深雪と雫の表情に視線を注ぐ。深雪は先程では無いにしろ少し焦りが見える。雫も余裕のあるような表情ではなく干渉力で深雪に負けないようにと必死さが窺える。

 

「深雪さんだったら対応できそうだけど」

「恐らく雫が深雪の氷柱に情報強化を掛けているのでしょう。その所為でエネルギー収支の辻褄が合わなくなり、エイドスの復元力は中々戻らない深雪の氷柱に対して更に大きなエネルギーを加えているんです」

「それにエントロピーも働いているからな。いずれにせよ最初に雫の情報強化を無効化せねばならん」

 

 だが深雪の氷柱は残り三本となっている。対して雫の氷柱は未だ一つも倒れていない。この悪循環を断ち切るにはもはや時間がない。この自然法則とエイドスの復元力という魔法師にとって切っても切り離せない壁を逆手にとった戦略は、深雪のような自然干渉力の強い魔法師にこそ有効だ。

 

 深雪最後の氷柱が崩れ落ち、甲高い試合終了のブザーがなる。魔法師の中でも特に高度な魔法戦を見せた二人にスタンディングオベーションが起こった。

 

 ○ ○ ○

 

「雫、優勝おめでとう」

 

 会場からホテルへと向かう途中、深雪が最初に口にした言葉がそれだった。試合で負けても相手を素直に称賛する辺り流石と言うべきか。

 

「深雪も良く頑張っていたな」

 

 達也が深雪の頭を優しく撫でると深雪は気持ち良さそうに目を細める。それを見た雫はエミヤに何か言いたげな視線を送っていたが、直ぐに諦めたように視線を前に戻した。

 

「だが深雪、負けたからには帰ったら反省会だ」

「はい、お兄様!」

 

 本来反省会と聞いたら気落ちしそうなものだが、深雪の声はそれとは真逆で少し嬉しそうだった。

 

「……雫」

「なに?」

 

 エミヤに名前を呼ばれ、雫は体を捻り顔を覗かせる。

 

「頑張ったな」

 

 雫は頬が綻ぶのを抑えきれなかった。不意打ちに近かったがエミヤにその気が無い事は分かっている。だから自分も素直に思ったことを言おう。

 

「ありがとう、士郎さん」

 

 いとも簡単に壊れそうで、けれども百合のように穢れを知らない美しいその頬笑みがエミヤの中で彼女と重なる。

 

「あと達也さんに謝らないといけない事がある」

 

 思考が中断されエミヤ、そして会話をしていた兄妹も雫に視線を向ける。雫が達也に差し出したのは先程試合で使った二機のCAD。

 

「さっきの深雪との試合で壊れたみたい」

 

 ばつが悪いような表情の雫に「そんな事か」と達也。

 

「気にしなくていい。雫はCADのスペック以上の実力を出したんだ。壊れるのは無理もない。それに悪いのは雫の実力を把握していなかった俺だ」

 

 達也の一声に雫は安堵した表情を見せる。エミヤ達に再び和やかな雰囲気が戻っていった。

 

 この時エミヤは気づいていなかった。――自身の身に起こっている小さな異変に。




皆様、お久しぶりです。ききゅうです。

先ずは謝罪を。前話から期間が随分と開き、また報告連絡が遅くなった事をお詫び致します。申し訳ございませんでした。

次に謝辞を。高評価を頂きました永遠になれない刹那様、ガウリイ様、蒼月夜様、仁ノ二乗様、ザキノ海軍中佐様、Mark・Rain様、抹茶ワースト様、Sui.regia様、donponishi様、冬布様、巌窟王様、BQ3様、アルカミレス様、無知無学様、カスタネット様、全裸セスタスマン様、B_himura様、さな様、いずみずみずみ様、紅いきつね様、えいちび様、やまないし様、ポンポコ兄貴様、kaiki様、有馬さん様、みみっちーはうす様、青が欠けたキキ様、真紅の稲妻様、FALPAS様、血霧熾苑様、阿呆毛様、мiуa様、ルピナス様、ハミルカル様、空前絶後様、Sohya4869様、コンビニ=ブラック様、エテールネ様、ゼン・ノワール様、からあげ3号様、型破 優位様、EATY様、ぷにぷに餅様、黄昏るヒト様、みきすけ様、もけもけ〜様、アルシル様、ddhk様、MA@Kinoko様、弓瑠斗様、glasses様、CARA様、ゴマ麦茶様、Dark Killer Queen様、レグルスアウルム様、xxxSUZAKU様、XxtoshixX様、ケイショー様、ホリョ様、小米様、ゼオン様、棚ぼた様、ちはやしふう様、アロンアルファZ様、真碧様、UBW00様、鳥、、、様、ミカヅキ@Fate好き様、山原わたる様、七の名様、shio(city)様、餅大福様、九羅魔様、緋勇様、イルイル様、ゴレム様、にわかヲタクもどき(仮)の半非日常様、A.K様、サンテスト様、櫻木 晴様、デジール様、また感想と激励のの言葉を送っていただきました皆様、九校戦Vをお待ち頂きました読者の皆様、本当にありがとうございます!これからも頑張っていきます!

さて今回はエミヤ君より雫に焦点を当てた話となりました。エミヤモテモテルートも良いかなと思ってたりするんですが……。雫さんに刺されそうなので辞めておきます。

これからも魔法科高校の贋作者を宜しくお願いします!

次回の更新は10月22日頃を予定しています。


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九校戦編Ⅵ

<1>

 

 日が再び東から顔を出し大会七日目となった。新人戦四日目の今日からは花形競技であるモノリス・コードとミラージ・バットの新人戦が始まる。そのミラージ・バットは始まったその日に決勝戦まで終わってしまうのだが。

 

 新人戦ミラージ・バットに出場するのは光井と里見スバルの二人。そのエンジニアが担当した選手が負けなしの達也である辺り、本選出場どころかこのまま不敗神話を創り上げてしまうかもしれない。モノリス・コードも三高という強敵はいるがチームにはそれなりの実力を持った森崎がいる。上手く対処していけば良い所まで行くだろう。

 そんな事を思いながらエミヤは雫と二人でミラージ・バットの会場に向かっていた。時計が示す時刻は朝の七時半。ミラージ・バットは他の競技よりも一時間早い午前八時から第一試合が始まる。雫の話によれば光井は六時半に部屋を出て行ったそうだ。

 

「雫、眠くないか?」

「大丈夫。昨日はぐっすり眠れたから」

 

 エミヤは昨日の疲れが残っているのではないかと気を使ったのだが余計な心配だったようだ。一方雫としては今日からまたエミヤと一緒に観戦できる事が少し嬉しかった。中学生の頃の自分であれば単純な女だと思っているだろうが、好きな人が横に居ればという話は強ち嘘でもないらしい。

 

「士郎さんは朝に強そうだよね」

「普段からの習慣のせいか、何時も同じ時間に起きてしまうからな。苦労はないさ」

 

 会話をしながら二人は会場の入口を抜け最前列の席に座る。突然雫の胸ポケットで何かが振動する。震源の携帯端末をみると深雪からもうすぐ合流するとの連絡が来ていた。

 

「深雪、もうすぐ来るって」

「そうか」

 

 恐らくは達也の付き添いだろう。控え室から客席へ向かうだけなら五分と掛からない筈だ。雫とモノリスコードの試合の順位予想をしているとあっという間に五分が経ち、深雪が姿を現す。

 

「おはよう、深雪」

「おはよう、雫。衛宮くんもおはようございます」

「おはよう司波」

 

 この挨拶の流れも今や定型文に乗っ取ったモノとなった。エミヤと雫は九校戦では新人戦を除いて殆ど一緒に行動しているし、学校での席順も二人は前後。何時もと違う事があるとすれば光井がいない事なのだが、彼女は今ステージで最終確認をしている。一つの会場に集まるという点からすれば、やはり何時も通りなのかもしれない。

 埋まり始めた客席が間もなく競技が始まることを知らせる。そろそろ彼女達も来ていいはずなのだが。エミヤがそう思っていると(せわ)しく階段を駆ける音がした。

 

「ゴメン! 遅くなった!」

 

 肩で息をしながらエリカ達はエミヤ達の横に腰を下ろす。美月は苦しそうに脇腹を抑え、幹比古は呼吸を整えようと深呼吸をしていた。

 

「皆、走ってきたの?」

 

 深雪が尋ねると呼吸が落ち着いてきたエリカが首で答える。エリカにしろ幹比古にしろ、走らなければならなくなる程時間に余裕を持たない質ではない。

 

「何かあった?」

 

 雫の疑問に一番通路側の席で誰かが顔を背けたのをエミヤは見逃さなかった。

 

「レオ、何か知ってるのか?」

 

 薄々気づいていたがエミヤは態とらしく口にしてみせる。言葉を投げられ、振り返ったレオは居心地の悪そうな表情をしていた。

 

「いやー、ちょっと――」

「ちょっとどころか起こしに行っても中々起きなかったじゃない、このバカ!」

 

 言い逃れようとしたレオをエリカは目を吊り上げ睨みつけ、思いっきり足を踏みつける。ソールで踏んでいたのでヒールよりは増しのはずだが、レオが痛そうに足を擦っているのをみると余程エリカの力が強かったのだろう。

 

「何すんだ、このアマ!」

「それはこっちの台詞よ! アンタの所為で御飯は食べれなかったし、走らないといけなくなるし! 朝からもう散々よ!」

 

 エリカの言う事は尤もなのだが、レオは引き下がらずに「でもよ」と口にする。それがエリカの気に触れたのか、彼女は再び足を上げ。

 

「でも、じゃないっ!」

 

 そして今度はヒールでレオの足を踏む。レオは痛みのあまりに真面(まとも)に喋れないようで身悶えしている。本来原因を作ったレオが悪いのだが、流石にこの時はレオに同情が寄せられた。

 

 ○ ○ ○

 

 光井とスバルは他の追随を許さないスコアで予選を通過した。エミヤと雫、深雪はエリカ達と別れ一高の本部テントに戻っている。

 今から行われるのはモノリス・コードの第二試合。フィールドが近ければ観戦にも行けたのだが、一高の対戦フィールドは会場が最も遠い市街地。わざわざ会場に足を運ぶよりもモニター越しで見た方が色々と都合が良いという三人の総意で、一高の天幕を訪れたという次第である。

 

「森崎くん達は大丈夫でしょうか?」

「チームは成績上位者から集められているからな。心配ないだろう」

 

 クラスメイトであるエミヤは森崎の成績を知っている。先月行われた学期末試験では十位に入っていており、彼の友人達は森崎を祝っていたが当の本人が悔しげに下唇を噛んでいた姿が印象的だった。

 

「……成績上位者なら士郎さんもでしょ?」

 

 雫が思った事は当然と言える。「何故次席の士郎さんが出ていないの」といったニュアンスを含んでいる事は明らかなのだが、エミヤは何も答えずモニターに視線を固定している。普段しっかりとした受け答えをする分、何も語らないのが却って怪しい。

 

「士郎くんは断ったのよ、モノリス・コードのメンバー入り」

 

 優しく澄んだ声の持ち主は雫の横に座る。仕事が一段落ついたのか、このまま真由美もモノリス・コードを観戦するようだ。真由美は態とらしく頬に片手を当て如何にも困ったような仕草をしてみせる。

 

「最初は士郎くんが選ばれてたの。それを誰かさんが余計な事するから……」

「聞こえてるぞ、真由美」

 

 テントの奥から渡辺が出てくる。渡辺の怪我も大分良くなったようで完治したと本人は言い張っているが、達也からは未だ医者のゴーサインが出てないとエミヤ達は聞いていた。彼女はエミヤの背後に座ると、背中合わせにエミヤへと体重を預ける。

 

「あたしも士郎くんに脅されたんだ。俺をメンバーから外さないと……ってね」

「まぁ怖い!」

 

 真由美と渡辺は即席にも関わらず息ぴったりの茶番劇を披露する。思えばこの二人が揃う時は風紀委員会の勧誘にせよ、エガリテによる放送室占拠の時にせよ大抵陸でもない事が起きる。悪者に仕立てられたエミヤは白けた目を二人に向けるが真由美達がそれを気にする筈もない。

 

「……モノリス・コードは気が進まなくてね。辞退したんだ」

 

 渡辺達の茶番に付き合わずエミヤは深雪と雫の二人に自分の口から辞退した旨を伝える。エミヤが視線をモニターへと戻すとその横で桐原が腕を組んで面白そうに、服部は哀れむように此方を見ていた。これ以上見世物にされるのはエミヤの望むところではない。

 

「そういえば達也はどうしたんだ?」

「夜の決勝戦に向けて、少しお休みになるそうです」

 

 やや強引に話題を逸らしたエミヤに追撃は無い。雫が何処か消化しきれていない表情をしていたのは見間違いだろう。

 競技開始時刻となりスピーカーからサイレンが鳴る。その直後、森崎達のスタート地点である廃ビルが崩壊を始めた。予想さえしていなかった展開に一高のテントにも緊張が走る。たった今まで森崎達を映していたライブカメラも機能していない。

 モニターの映像が切り替わり、崩壊したビルに救助隊が乗り込むシーンが映し出される。

 

「皆、とりあえず落ち着いて。リンちゃん、運営委員会から何か連絡は?」

「映像の通り、一高のスタート地点として設定されていた廃ビルが崩壊したようです。三人とも救助されましたが重症。今から裾野基地の病院に緊急搬送すると」

 

 冷静な行動をとる真由美と市原に周囲の生徒も氷解したように動き出す。渡辺も詳しい状況を把握する為に運営委員会の本部へと向かうようだ。

 

「範蔵くん、私は病院に行くので少しの間此処は任せます」

 

 服部は彼女の言葉に頷くと周囲の生徒達の指揮を執る。一通りの指示を終えた真由美はエミヤを正面に見据えた。どうもエミヤに頼みたい事があるらしい。

 

「士郎くん、一緒に来てくれないかしら。森崎くん達の目が覚めた時に、誰か知り合いが居た方が良いと思うの」

「分かった」

「……私も行きます」

 

 横で立ち上がったエミヤに一息遅れて雫が名乗りを上げる。真由美は雫を一瞥するだけに止まり、天幕の外へと足早に身を進める。雫も彼女に続こうと足を出口に向けたが、振り返り深雪へと顔を向ける。

 

「深雪はどうするの?」

「……私はここでお兄様を待つわ」

「確かにその方が良いだろう」

 

 深雪の答酬を聞いた雫達は今度こそ出口へと歩を運ぶ。チラリと振り返った時に見えた深雪の表情が、稍冷たく感じたのは多分雫の勘違いだろう。

 

 

 森崎達の手術が終わったのはそれから二時間後の昼時の事だ。半世紀前の医療技術であれば二時間では済まなかっただろう。担当医師から簡単に説明を受けた真由美は、森崎達の介抱をエミヤ達に頼み本部テントに帰っている。

 その彼女からエミヤの端末にメッセージが届く。状況の整理がついたのだろう。テキストを開いたエミヤは雫を傍に呼び寄せ、彼女にも文面を見せる。

 

「ビル崩壊の原因は破城槌……? 破城槌は屋内使用が禁止されているはず」

「おまけに開始直後に使用されている事を考えれば、試合前から森崎達の位置を知っていたのだろう」

「でも四高の関係者全員がCADに破城槌は入れていないと主張してるって……」

 

 四高の主張が真実であるなら、誰が魔法式を展開したのかという話になってしまう。CADの補助無しで破城槌を発動した可能性もあるが、そんな事ができるなら元から最下位になどなっていない。

 

「士郎さん、これって渡辺先輩の時と――」

「あぁ、似ているな」

 

 バトル・ボードの決勝で渡辺が重症を負うことになった事故。原因は七高の選手の危険走行と処理されたが、七高の選手も四高の関係者と同様の発言をしていた。偶然と考えるのは軽忽だ。

 

「これって運営委員が関与しているんじゃない?」

「恐らくな。だが吹聴するのは控えた方が良い。証拠がない以上、疑心暗鬼や混乱を招くだけだからな」

 

 それに犯人に逃げられでもすれば、今年は良くとも来年以降また同じような事が起きないとも限らない。それにエミヤの考えが正しければ、今回の事件は単なる工作員ではなく魔法師によるものだ。反撃もあり得る相手に生徒が迂闊に手は出す事態は避けた方が良い。

 

「うっ……。こ、こは……?」

 

 病室にエミヤと雫以外の掠れた声が響く。森崎が目を覚ましたようだ。顔の半分を包帯で覆われ左目には眼帯をしている。右目だけで現状を把握しようと首を左右に捻ろうとするが激痛が森崎を襲った。

 

「会場近くの病院だ」

 

 エミヤはベッド脇のリモコンで僅かにリクライニングを起こす。森崎は焦点が合っていなかったのか目を細めては開いていたが、雫とエミヤの姿を認識すると直ぐに瞼を下ろした。

 

「何があったかは覚えてる?」

「……瓦礫の下敷きになった、としか」

 

 意識ははっきりしている。北山の問いにも答えられているし、心的外傷後ストレス障害(PTSD)にみられる吐き気やパニックといった症状も認められない。詳しく聞いても問題ないと判断したエミヤは、椅子ごと森崎の正面へと移動する。

 

「事故当時の話を聞きたいんだが、想子は直前まで感じられなかったという事で合っているか」

「あぁ、感知した時にはもう遅かった」

「他には何か気づかなかった? 試合開始前に四高選手が策敵したとか」

「いや、なにも……」

 

 森崎は沈んでいく夕日が眩しいのか目を眇める。聞きたい事はあるが、彼にも色々と考える時間が必要だろう。エミヤと雫は森崎に別れを告げ、音を立てず病室の戸を閉めた。

 

 真由美と森崎の話を鑑みるに、破城槌は座標があらかじめ指定されていたと考えられる。何者かが四高選手のCADに座標指定を終えた待機状態の破城槌を入れ、四高選手が想子を送ると発動し一高選手をリタイアに追い込む。これが今回の()()に対するエミヤの解だ。是が非でも無頭竜は一高の優勝を望んでいないのか。

 容易に工作員が判明するとは思っていないが、このまま蒲魚ぶるつもりもエミヤには無い。エミヤは携帯端末を出し、連絡帳からある人物にメールを送った。

 

 ○ ○ ○

 

 人命に関わる事故があったというのに、大会委員会はモノリス・コードを中止にはしなかった。委員会は選手による暴走と四高に責任転嫁しているが、入念な検査をしていれば未然に防げたという鋭い意見には未だ回答をしていない。ただ他校にとっては他人事でしかないようで、ミラージ・バットの決勝戦が近づくと後の対応を克人に任せる形となった。

 

 時刻は十九時を過ぎている。朝にも目にした衣装がより鮮やかに見えるのは目が疲れているせいなのか、将又照明のせいなのか。競技とはあまり関係のない事を考えていたエミヤは、ブレイクタイムのブザーでステージで跳躍していた友人へと意識を戻される。

 光井もスバルも汗は流しているが、他校の選手ほど疲れてはいない。これは他の選手の持久力が無いわけではなく二人が異常なのだ。光井たちの実力もあるのだろうが、サポートが達也という所が強く影響しているのだろう。

 

「光井、圧勝だな」

 

 レオは退屈なのか、それとも疲れが溜まっているのか欠伸交じりにそう漏らす。今回で二回目になるブレイクタイムだが既に半数が棄権し、残っているのは一高と三高の選手の四人。点差も残るラストピリオドでフルスコアでなければ逆転は無い。現時点で優勝校は確定しているが、多くの生徒が宿舎に帰らないのはステージで戦った選手達に敬意を表してだろう。

 

「どうしたんだ、雫?」

 

 雫が光井に慈愛の眼差しを向けている事に気づき、エミヤは不思議そうに尋ねる。

 

「ほのか、楽しそうだなって」

 

 二人の視線の先にいる光井の表情は確かに楽しそうで、そして嬉しそうだ。その横で達也が時々相槌を打ち、少し困ったような笑顔で彼女に何か話をしている。エミヤも薄々勘付いていたのだが、そういった事情なのだろう。

 

「……光井のエンジニアが達也で良かったな」

 

 エミヤが肘掛けに右手を乗せると雫の目がそれを捉え、その上に自身の左手を添えようとする。雫の中で導き出された答えは、”エミヤが自分の気持ちに気づかないのなら気づかせれば良い”だ。過度な接触は精神的に難しいが、手を繋いだり思わせ振りな行動を続ければ例え朴念人であろうと何時か気づくだろう。

 

 だが雫にとっては空気を読めていないタイミングで、エミヤの携帯端末が短い振動を繰り返す。彼女の行動が数秒早ければ重ねることのできた右手には、携帯端末が握られていた。雫は何事もなかったようにスッと手を引っ込める。

 エミヤはディスプレイに表示された二件の新着メールを開く。一つは予定通りのもので響子からで内容も急を要するものではない。そしてもう片方は克人からだった。

 

「悪いが会頭に呼び出された。試合が終わっても戻らなければ、皆とホテルに帰っておいてくれ」

「……モノリス・コードの件?」

「おそらくな」

 

 本文を見たエミヤは席から立ち階段を上る。エミヤは最終ピリオド開始のブザーを背に出口へと姿を消した。

 

 

 一高の作戦本部は天幕とは別に宿舎の十二階の会議室に設置されている。メッセージの内容が間違っていなければ克人はそこで待っているはずだ。扉の前に立ったエミヤは強めにドアをノックする。

 

「入れ」

「失礼……します」

 

 言葉の合間に少し時間があったのは中にいた人物が克人一人だけではなかったからだ。五十里や服部、桐原が窓際に立ち奥中央に克人が座っている。男子しかいないのは真由美達がミラージ・バットの決勝に行っているからだろう。

 

「まぁ座れ。服部達も遠慮するな」

 

 克人の一声にエミヤ達もそれぞれ着席する。克人と対面する形になったのはエミヤが無意識に下座を選んだせいだ。

 

「服部達には少し話したが、一高は新人戦モノリス・コードを棄権しない。選手を交代して出場する」

「選手の交代は――」

「それは例外的に認められた。……衛宮、いい加減腹を括れ」

 

 克人はエミヤがしらばっくれていると思ったのか途中で遮り、遠回しに言いたい事を伝える。エミヤもその意味を正しく理解していた。最初の選考の時にはエミヤが選ばれていたのだから、自分が代わりに選ばれるのは妥当だと彼自身も半ば諦めている。

 

「……了解した。それで他のメンバーは?」

「一人は考えている。お前にはその説得を頼みたい」

「その一人とは?」

 

 克人が話をすれば誰でも首を振りそうなものだが、エミヤは断りそうな人物に一人覚えがあった。エミヤが友人であるといっても彼の説得は容易ではない。それどころか理屈を並べて断るだろう。

 

「司波だ」

 

 克人の口から出た名前は、エミヤの予期した通りのモノだった。

 

 

 それから十五分後、達也を連れ立って真由美が会議室に顔を見せた。その十五分の間に渡辺や生徒会役員は顔を揃えていた。中央の長机を囲むように立っている上級生やエミヤを回視しながら、達也は室内に足を踏み入れる。

 室内には勝ち続けているにも関わらず緊張感が漂っている。ただ涼しそうな顔をしている同級生はそういった事には無頓着のようで、達也のアイコンタクトに彼は両肩をあげ、左の口端を鮮少上に曲げた。

 

「達也くん、今日はお疲れさまでした。選手達が存分に実力を発揮できたのは、達也くんのサポートがあってこそです」

「ありがとうございます」

 

 浅く頭を下げた達也に、真由美は中々本題を投げかけない。彼女が本題に入らないのは、達也にこれ以上負担を掛けても良いのかと彼女自身の中で躊躇いが有るからに他ならない。そんな彼女の心中を忖度したのかは定かではないが、代わりに克人が話を切り出した。

 

「疲れている時に悪いが、お前に頼みがある」

「……何でしょうか?」

 

 頼みという単語で何となく自分が呼び出された理由に見当がついてきた。自分の見込みが間違っていなければ、エミヤがこの場にいる事にも納得がいく。

 

「司波、お前には森崎達の代わりに新人戦に出てもらいたい」

「……選手が負傷しても交代は禁止されているはずですが?」

「大会委員会との協議の結果、特例として認められた」

 

 克人も達也も顔色を変えない。ただ無機質に言葉を交わすだけ。おかげで空気が先程よりも重くなったように感じる。

 

「何故、自分が抜擢されたのでしょうか? この場にいる衛宮を考慮しなくとも、一年には未だ選手がいるはずですが」

「試合に勝てる人選をしただけだ。不満か?」

 

 克人の刺々しい言葉に五十里や中条の顔が氷漬けにされたかの如く固まる。真由美もこうなる事を予期していたようで、克人に視線をぶつけていた。

 

「不満も何も自分は選手ではなくエンジニアです。他に選手がいるのに二科生の自分が選ばれるのは、一科生にとって不愉快な話だと思いますが」

 

 達也の言う通り、彼が試合に出れば一科生から其れなりの反発が起きる事は目に見えている。しかしこのままでは一科生よりも先に、達也と克人の間に確執が生まれそうだ。期せずして克人自身、こうなる事を分かった上でエミヤを説得役として置いたのかもしれない。

 

「どちらかというと彼等は達也が断ったという事の方が不愉快だろうな」

「……どういう意味だ?」

 

 エミヤの言葉に素朴な疑問を抱いたのか達也の口調が柔らかくなる。

 

「簡単なことだ。生徒会長達が頭を下げて頼んだが司波達也は断ったという話と、二科生の司波達也が負傷した選手の代わりにモノリス・コードで優勝したという話。一科生が憤慨するのは前者だろう?」

「……それは脅しか?」

「そんな仰々しいモノではない。後者にしろ元々一科が二科生の事を予備品(スペア)と言っているんだ。文句は言えまい」

 

 エミヤの言葉に服部は下を向き、渡辺は呆れたように笑みを浮かべる。だが出場しても達也には何の益もない。

 

「勿論良いこともある。優勝すれば君に向けられた蔑視も嫉妬に変わり、妹の気も大分落ち着くだろう」

 

 確かに入学してから達也は深雪に何度も肝を冷やされた。それに深雪の精神的健康面からも今の状況が続くのは、ストレスが溜まり悪影響だ。その回数が減ると言うのは達也にとって悪くない提案だ。

 

「正直に言えば私以外の選手は疲労が溜まっていて、競技に出るのは身体的に厳しいらしい」

「……俺には最初から一つしか選択肢が無かったということか」

 

 達也は態とらしく息を吐き出し、白旗を揚げる。

 

「分かりました。できる限りの力を尽くします」

 

 達也の了解を得て、会議室を支配していた緊張感が一気に和らぐ。中条と五十里は特に顕著で二人とも胸を撫で下ろしていた。

 

「それで、あと一人は誰ですか?」

 

 達也の声で再び克人へと視線が集中する。真由美達も知らないようで克人の言葉を待っている。

 

「衛宮、司波。お前達二人で決めろ」

「……私より達也の方が詳しいだろう。任せたぞ」

 

 エミヤが先手を打ったことにより達也に判断が委ねられる。第三者から見ればエミヤが達也に面倒事を押し付けているようにしか見えなかったが、達也はこれ幸いと口を開く。

 

「本当に自分が決めて宜しいんですね?」

「あぁ。頼んだ以上、我々もある程度譲歩せねばならんだろう」

 

 克人の返事に達也は僅かに頬を上げた。

 

「ではE組の吉田幹比古を」

「えっ……? チームメンバーからじゃないの?」

「構わん。説得は必要か?」

 

 真由美を制し、克人は達也達に協力的な姿勢を見せる。達也は首を横に振り、エミヤの方へと体を向ける。

 

「その必要はないでしょう。仮に自分の説得に応じなくとも、士郎が居ますから」

「……そうだな。士郎くんがいれば問題ないだろう」

 

 達也に続き渡辺も底意地の悪い笑みをエミヤに向ける。エミヤとしては何処か納得いかなかったが、克人達の表情から満場一致という雰囲気を感じると口から出てきたのは溜め息だけだった。




先ずは謝辞を。UAが30万を突破、お気に入り登録者数が6千人を越えました。嬉しさのあまり明日あたり因果逆転の槍に刺されに行きそうです。読者の皆様、本当にありがとうございます!

また高評価を頂きましたWSCXH1様、紅月鬼様、メガネ神様、rovelta様、神々 鏡様、二修羅和尚様、wise@幽様、幾年様、霊亀様、あさこ様、銀腕アラム様、ppoi様、asteion7様、小魚様、戦極凌馬様、明治ヨーグルト様、テルミア ジン様、十八代目山の翁 武術のハサン 愛終様、tono2077様、zabonmk2様、蒼風様、Mark・Rain様、じゃが豚様、thinker29様、霜降りポンタ様、ルピナス様、いおりん様、クマシュン様、這い寄る人間様、ゴレム様、ハルナ@霧の提督様、ペテ様、salafy様、ねこおじさん様、ユウ0802様、活字中毒気味様、タムタムの森の戦士様、小野瀬芳乃様、FGO ノッブ様、悪アリスト様、Nフォース様、晴輝様、果汁神様、UG-i様、小米様、シバヤ様、poipoi3様、誤字訂正をして頂きました皆様、感想を頂きました皆様、メッセージを送ってくださいました皆様、本当にありがとうございます!返信が追いついていない状態ですがお待ち頂ければ幸いです!

さて漸く九校戦も終わりが近づいて参りました。読者の皆様におかれましては「エミヤ無双まだかコラァ!」といった感じと存じますが、作者も「早く九校戦終われコラァ!」といった感じですので少々お時間を頂戴頂きたく。

これからも魔法科高校の贋作者を宜しくお願い致します!

次回は一週間後の10月29日頃を予定しております。


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九校戦編Ⅶ

<1>

 

 ふと外に目をやると分厚い雲が月光を遮り、九校戦会場を覆っていた闇がその色を一層深めていた。その所為かぽつぽつとしか設置されていない外灯も明るさが増したように感じてしまう。この部屋も外から見てしまえば数ある光源の一つにしか過ぎないのだろう。

 窓の外へと意識を移していたエミヤは、紅茶の香りを楽しんでいる目の前の女性へと視線を戻す。

 

「それで話って?」

 

 一通り香りを満喫した響子はカップをソーサーに戻すと、エミヤにそう訊ねた。

 

「事故のことだ」

 

 事故という言葉が今日のモノリス・コードの事だけを意味している訳ではない事は響子も理解している。怪我人がでる事は去年までの大会にもあったことだが、今大会のような人命に関わる事故は起きていなかった。大会実行委員や関係者の中にも今大会の事故を異質に感じている者はいる。事故に見せかけた何者かによる犯行ではないかと。だが響子が知っているのはここまでだ。それ故に響子の返しも早かった。

 

「悪いけど、答えられる事は何も無いと思うわよ」

「いやそうではない」

 

 エミヤの予想外の返事に響子は首を傾げる。では自分は何故呼び出されたのかと。

 

「今回の事故について、烈は何か言っていたか?」

「会ってないから分からないけど、多分何も言っていないと思う。……でも何故祖父の名前がでてくるの?」

 

 思ってもいなかった名前に眉間に皺が寄る。目の前の青年は自身の祖父が事故と関係していると疑っているのだろうか。無意識のうちに前傾姿勢になっていた響子は、エミヤに落ち着くように言われ居住まいを正した。

 

「今回の一件、烈なら原因が何か分かるかもしれん」

「どうしてそんな事が言えるの?」

 

 響子の質問にエミヤは椅子に深くもたれ掛かったまま目を伏せる。

 

「烈から今回の事故で四高や七高の選手が言っていた症状と似た話を聞いた事があったのでな。詳しい事は私には分らないが、烈なら知っているだろう」

「……そう」

 

 エミヤの話が本当だとすると烈はこの事態を看過している事になる。いや烈にまで事故の詳細が上がっていない可能性だってある。見逃していると考えるのは早計だろう。考えをまとめている響子を見つめていたエミヤは浅く息を吐き、椅子から腰を上げる。

 

「私はそろそろ部屋に戻らせてもらうぞ」

「待って」

 

 エミヤがドアノブに手を載せたところで響子が鋭い声を上げる。

 

「知っていることは本当にそれだけ?」

「……あぁ」

 

 思い過ごしであって欲しいと願いながら問い詰めるような口調で尋ねたが、響子の位置からエミヤの表情は分からなかった。エミヤが後ろ手に戸を閉めた事を確認すると、響子は情報端末を立ち上げ事故の報告書を開く。その日、響子の部屋から灯りが消えることはなかった。

 

 ○ ○ ○

 

 アラームが役目を果たすよりも早く雫は新人戦最終日の朝を迎えた。携帯端末を見ると時刻は間もなく六時をまわるところだ。朝食の時間まであと一時間以上はある。軽くシャワーでも浴びようかと考えていると、携帯端末が振動し二件のメッセージを受信する。一件はエミヤからで今日の朝食は一緒に光井と二人でとってくれという内容。もう片方は深雪からで新人戦モノリス・コードの交代選手に達也と幹比古、エミヤが選ばれ、もうすぐ一高の天幕に集合するという内容だった。

 

 早朝から送ってくるということは昨夜には決まっていたのだろう。メッセージを見た雫の動きが段々と素早いものになっていく。雫は横のベッドで寝ている光井の肩を揺らすが、幸せそうな寝言を言うだけで起きる様子が全くない。メモを残すことも考えたが達也が関わっている以上、後のことを考えれば今起こしておいた方が良い。

 

「ほのか、達也さんが来てるよ」

「う……達也さん?」

 

 少々大きな声でそう呼びかけると、光井の瞼がうっすらと開く。まさか“達也”という単語にここまで力があるとは思わなかったが、反応をみるところ効果はあるらしい。

 

「そう達也さんが来てる」

「達也さん……達也さん!?」

 

 光井は目をくわっと見開き、キョロキョロと部屋を見渡すが勿論達也はいない。ここまでのリアクションを見せられると、雫も罪悪感を多少感じなくもないが今は時間が惜しい。

 

「冗談だよ。達也さん達がモノリス・コードの選手に選ばれたんだって。今から天幕に集まる――」

「ま、待ってて!」

 

 雫の話を遮りベッドから飛び出した光井は慌ただしく準備を始める。乱暴に投げられた裏返しのパジャマを見て、雫は溜息を堪えきれなかった。

 

 

 結局、光井の支度が終わったのは六時半を少し過ぎた頃だった。二人で軽く朝食をとり、一高の本部テントに向かう。道中、エリカ達を見かけたが向かう方向が逆だったので挨拶だけに留まった。

 テントには少ないとは言え、真由美や服部といった生徒会役員や渡辺といったメンバーが揃っていた。奥の部屋から達也の声が聞こえるあたり、打ち合わせをしているに違いない。

 

 

「雫、ほのか」

 

 天幕の奥の方から深雪が歩いてくる。間違いなく達也の付き添いなのであろう。深雪本人は恋愛感情を否定していたが、本当に尊敬しているだけでここまで尽くせるものだろうか。最近、雫は深雪が兄妹以上の情を達也に抱いているのではないかと訝しんでいる。

 

「達也さん達は?」

「すぐに出てこられるわ」

 

 深雪が言ったとおり、一分も経たずに達也、幹比古、エミヤの順で出てきた。幹比古は雫達と挨拶を交わすと、朝食が未だ済んでいないらしくそのままテントを出ていく。

 

「最初は八高が相手?」

「そうだな。勝てば次の試合の相手は二高だ」

 

 昨日の予選で決勝リーグに出場できる四枠の内、一枠は一条将輝率いる三高で埋まっている。残りの三枠が一高の試合結果によって変わってくるのだ。一高は一勝さえすれば他校の試合結果に関らず、確実に決勝リーグへと駒を進める事ができる。

 

「勝てそう?」

 

 雫は少し明るい声でエミヤに声を掛ける。

 

「手を抜くつもりはないが、遠回しに優勝しろと脅されているからな。安々と負ければどうなることか」

 

 エミヤがわざとらしく困ったような声で口にすると、達也も同情したのか少し口角を上げる。

 

「渡辺先輩も士郎には期待しているんだろう」

「……私も期待してるから」

 

 雫が対抗するように呟いた言葉は横の光井の耳にはしっかり届いていた。何処か嬉しそうな目で光井が見ている事に雫は気づかない。仮に気づいたとしても何故そんな目で見られるのか不思議に思った程度だろう。

 それから二十分程話をしていると、競技エリアに移動するようにエミヤ達に指示がでる。八高との試合は森林ステージで行われるらしい。

 

「行ってくる」

「頑張ってください!」

 

 深雪は何も言わず軽く腰を曲げ、光井は激励を送る。雫も何か言おうと口を開いたが、結局出てきたのは飾り気のない素直な気持ちだった。

 

「頑張ってね」

 

 最近エミヤによく見せるようになった笑みを浮かべ、雫はそう言葉にした。

 

 ○ ○ ○

 

 雫達がエリカ達と合流して観客席に着いた時、一番最初に目に付いたのは他校の生徒の多さだ。本来であれば不戦敗になるはずだった一高が、特例により選手の交代が認められたのだ。他校、特に三高や二高の生徒は自校の代表と戦うのがどんな選手なのか気になっているのだろう。

 今まで黒一色だったモニターが八高と一高の出場選手を映す。そしてエミヤがアップで映されると、客席にどよめきが広がった。代わりの選手としてエミヤが出場するのは考えられた事とは言え、やはり他校からすれば好ましくない事なのだろう。

 

「そういえば何で最初から士郎君が選ばれなかったんだろ?」

 

 周囲の喧騒をものともせず、疑問に思ったエリカはそう口にする。エリカの隣の美月も同じことを思っていたようで頭を捻っている。

 

「確かに士郎の実力なら最初から選ばれても可笑しくねぇのにな」

「詳しくは知らないけれど、最初の選考の時に辞退したそうよ」

 

 深雪は自身も最近知った情報をエリカ達に教えると、エミヤについての話題は一先ず終わりを迎えた。

 

 

 歓声に溢れる観客席の影でモニターを見つめる二人の青年が居た。一人は日本の魔法師を代表する十師族、一条家の次期当主。片や魔法理論の分野において天才とまで言われる人物。そんな二人の眼に映っているのは二人の一高選手だった。

 

「出てきたね。それも二人とも」

「あぁ。衛宮の方は予想していたが、司波達也まで出てくるとはな」

 

 達也本人からはエンジニアと聞いていたので、選手として現れるとは予想だにしていなかった。二人の視線はエミヤ達のCADへと移る。エミヤが右手につけているのはブレスレット型の汎用型CAD。達也は二丁拳銃スタイルで、彼もまた右手にブレスレット型のCADをしている。特筆すべき点がないエミヤに対して、複数のデバイスを準備している達也の狙いは何なのだろうか。

 

「お手並み拝見といこうか」

 

 

 ○ ○ ○

 

 試合が始まった。エミヤは防衛の為にモノリスの前に立っているのだが、目を瞑ったままピクリとも動かない。試合前の打ち合わせの通り事が進んでいるのなら、ちょうど達也が敵陣のモノリスを開いた頃だろう。

 

 そんな事を考えているエミヤを木の陰から八高のオフェンスの選手が覗いていた。舐められているのか、それとも作戦なのかは判別がつかないがチャンスには違いない。急襲をかけ戦闘不能に追い込めば、勝利したも同然だ。スピード・シューティングの時には騒がれていたようだが、大したことはなさそうだ。

 勝利を収める自分のビジョンに頬が吊り上がるの感じながら勢いよく飛び出す。一歩目で起動式を読み込み、二歩目で魔法式を展開する。決まった。そう確信しながら、三歩目を踏み同時に魔法を発動するはずだった。

 

「は?」

 

 だが思い描いた未来はこなかった。右足が地面に着くと同時に地面が割れたのだ(・・・・・)。悲鳴を上げながら八高のオフェンスはそのまま割れ目に沈んでいく。勢いで頼みの綱であるCADも手から離れてしまった。一気に胸の辺りまで埋まった八高の選手は必死に這いずり出ようとするが、中々腰が上がらない。おまけに足がつかないので腕力だけで上がらなければならないのだ。

 

「い、嫌だぁ!」

 

 何処まで落ちるか分からない。そんな恐怖で喉から情けない声が出てきてしまう。剥がれそうな爪から血が出るのも構わずに何度も何度も砂を掴むが、砂の上に赤い線を描くだけだ。こんな筈じゃなかったのにと自然と涙が出てくる。だがそんな努力もむなしく足が着いたと気づいた時には、いくら手を伸ばしても這い上がれる深さではなかった。

 

「安心したまえ。モノの数分、大人しくしてもらうだけだ」

「やっ――」

 

 エミヤが独り言のように言葉をこぼすと、周囲の砂が八高選手を閉じ込めるかのように割れ目を塞いでいく。八高選手の世界から光が奪われていく。呼吸の為に開けられた穴からは鼻を啜る音以外、もう何も聞こえない。

 何事もなかったかのようにエミヤは試合開始時同様に目を瞑り腕を組んでいる。八高の選手が其処に居た事を証明するのは砂のキャンバスに残った血の跡だけだった。

 

 

「……ジョージ」

「分ってるよ、将輝。衛宮士郎の実力は本物だ。……それに多分彼は未だ本気なんか出してない」

 

 干渉力が必要とされる破城槌の応用であるだろう魔法。それに魔法の発動速度は並大抵の高校生のレベルではない。真紅郎は自身の敗北が決して慢心だけが原因ではなかったと改めて実感する。そして決勝戦の相手が彼等になる事も。

 

「……本部に戻ろう。作戦を練るぞ」

「最後まで見なくていいの?」

「あぁ、今から決勝まで嫌という位見るからな」

 

 それ以上は口を開かず二人は会場を後にする。試合が終わったのはそれから三分後の事だった。

 

 

 

 試合を終え本部に戻ってきたばかりのエミヤを真由美は直ぐに奥の部屋に呼び出した。何故か真由美に同席するように頼まれた渡辺も含めて部屋に居るのは三人。向かいの席に座ったエミヤに何と話を切り出すか迷った真由美だが、前置きなしで本題に入る事にした。

 

「八高との試合、やり過ぎだと思うの」

「そうか?あたしは八高選手が焦ってパニックを起こしただけだと思うが……」

 

 意図しない形で話の腰を折った渡辺だったが、真由美も彼女の言う事は理解している。だがそれでも過去二年間、モノリス・コードで血を見ることはなかった。この件だけであれば態々呼び出して注意する必要はないのだが、事故も重なり各校の保護者はあらゆる事に敏感になっている。火は大きくなる前に消しておくべきだろう。

 

「分かった、気を付けておこう」

 

 真由美はエミヤの反応に満足する。

 

「それにしても八高の選手が泣くとは思わなかったわ」

「あたしも試合中に泣いたのは驚いたよ。まさか士郎君、狙ってやったんじゃないのだろうな?」

 

 試合終了後も八高のフォワードの眼は赤く腫れており、大会委員に医療テントに行くように案内されていた。他校の生徒も可哀想だと思ったのか心配する声も多くはないがあった。

 

「まさか。私もそこまで陰険ではないよ」

 

 普段の様子から想像できなくもなかった二人だが、エミヤの口から出た言葉に安堵する。

 

「そろそろ行かせてもらうぞ」

「次の試合は廃ビルエリアよね。分かっているとは思うけど、加重系統の魔法は控えてね」

 

 背中に投げた真由美の言葉に返事はない。テントを出ていく姿を見届けた真由美は摩利に視線を向ける。

 

「士郎君の事、どう思う?」

「どうって実力もあるし、頭の回転も速い。心配する事ないんじゃないか?」

「そうじゃないの」

 

 真由美から帰ってきた否定の言葉に渡辺は首を捻る。渡辺に続きを促され、生唾を飲み込むと喉がゴクリと音を立てる。

 

「彼、百家なんじゃないかしら」

「考えられなくもないが……本気で思ってるのか?」

 

 渡辺の呆れた様な視線を受け、たじろぐ真由美。彼女も確証があって言っている訳ではない。

 

「でも他に士郎君の実力を説明できないでしょ?」

「百家以外にも優秀な魔法師はいるだろ。司波兄妹が良い例だ」

 

 確かに規格外という点においては今年の一年生は豊作だろう。しかしあの兄妹もエミヤも何か裏があるような気がしてならない。それとも自分の考えすぎだろうか。頭の整理がつかないままモニターへと目を移す。そこには丁度エミヤ達の姿が映っていた。

 

 ○ ○ ○

 

 結果から言えば一高の準決勝までの試合結果は圧勝だった。フォワードの達也と遊撃の幹比古が順序良く相手のモノリスを攻略する一方、エミヤは二戦とも移動魔法で相手を吹き飛ばし一撃で戦闘不能に持ち込んでいた。

 

「ジョージはどうみる?」

 

 将輝は左隣の席で試合を観戦していた真紅郎に目をやる。真紅郎は組んでいた手を口元まで持ってくると自分の予測を語り始めた。

 

「司波達也は戦闘技術の高さが目立つ一方で、肝心の魔法は初戦の術式解体以外目立った所がない。魔法力自体はそこまで高くないと思う」

「遊撃の吉田幹比古は直接的な戦闘を避けるような立ち回りにも見えたな」

 

 作戦本部のモニターに一高の試合の画像や動画をピックアップしていく。相手の死角からモノリスを開いたり、古式魔法で霧を発生させる結界を作り出し相手を彷徨わせるといった魔法を使用しているシーンが多い。そして中央に映し出された二本の動画。

 

「衛宮士郎についてはどうだ?」

「魔法力は高いね。だけどディフェンスという所を見ると、主に使えるのは遠距離型か(トラップ)型の魔法なんじゃないかな」

 

 エミヤが前衛に出て魔法を使ってくる可能性は低い。そう予測した真紅郎は話を締めくくり始める。

 

「援護に気を付けながら司波達也と吉田幹比古を先に倒して、最後に三人がかりで衛宮士郎を近距離の戦闘に持ち込み戦闘不能に追い込む。そうすれば僕等の勝ちだ」

 

 

 三高が対策を講じている時、一高の本部テントでは中央モニターが決勝戦が草原エリアで行われることを達也達に告げていた。

 

「司波、勝算はあるのか?」

「今まで通りの戦法であれば五分五分といったところでしょうが、そこは考えがあります」

 

 四月と比べれば服部も達也に対して大分丸くなったように感じる。服部の問いに簡単に答えた達也はエミヤ達を正面に見据え直した。幹比古にはインビジブル・ブリット対策用のローブを既に渡している。今回の作戦は三高が最も警戒しているであろうエミヤが主軸となる。そのためには相手に今までと同じポジションだと思い込ませる必要がある。

 

「問題がなければ一旦解散にしたいと思うが」

 

 達也の声に反発は起こらない。達也が集合時間を伝えると幹比古はテントを出ていく。達也は未だやるべき事があるようでテントに残るらしい。試合まで何もする事がないエミヤは部屋でゆっくりしようかと宿舎に向かって天幕を出ると、雫達と入れ違いになる。

 

「今から休憩?」

「そんなところだ」

 

 エミヤの反応を見た雫は深雪達と二言三言交わしエミヤの方へと戻ってくる。

 

「ちょっと歩かない?」

 

 どうせ部屋に戻ってもする事はないのだ。雫と散歩するのも良いかもしれないとエミヤは「あぁ」と短く答えた。一見、無愛想な返事だが雫にとっては十分だったようで頷くとエミヤに肩を並べて歩きだす。

 

 

「夏休みは何処か行ったりするの?」

 

 カレンダー上は夏休みになっているのだが、雫達は九校戦があるので実質的な休みは未だだ。エミヤは悩む素振りさえ見せずに答える。

 

「いや特に予定はないな」

「そう」

 

 雫は少し間を置き話を続ける。

 

「九校戦が終わったら何処か行かない?」

「……それも良いかもしれんな。だが大人数で行くとなると遠出は難しいぞ」

 

 エミヤの言葉に雫の表情が若干固まる。エミヤは達也達も一緒だと思っているらしい。それが嫌という訳ではないが雫が言っているのは二人でという意味でだ。普段から察しが良いのだから、こういう時もすぐに気づいてほしいものだ。

 

「誰か誘うのも良いけど、士郎さんと二人で行きたい」

「デートの誘いか?」

 

 自身の気持ちをストレートに言葉にしたというのに、エミヤは口端を上げ意地悪な笑みを浮かべている。雫をからかっているのだろう。少しムッとなるがここで引く訳にはいかない。

 

「そう、デートの誘い」

 

 真剣な表情で雫がそう言うと、一瞬意外そうな顔をしたエミヤも先程とは違う慈愛が感じられる笑みを見せる。

 

「……分かった。近い内にな」

「ん。約束」

 

 まるで幼子の様に嬉しげな雫はエミヤに小指を立て、エミヤは自身の小指をか細いそれに絡める。力を入れれば簡単に折れてしまいそうな少女の手を雫が満足するまでエミヤは優しく握っていた。

 

 ○ ○ ○

 

決勝戦前の会場は一高選手、正確に言うのなら幹比古の姿に騒めく観客達に埋め尽くされていた。大会規定のプロテクターの上に黒いローブを羽織っている幹比古は、恥ずかしさのあまりにフードを深く被り顔を隠す。

 

「何で僕だけ……」

「仕方ないだろう?俺と士郎は作戦上、どうしても邪魔になる」

 

 幹比古も達也の言うことは納得しているが、それでも自分一人がこうして群衆に曝されるというのは嫌なシチュエーションだ。観客席を見なくて済むように顔を明後日の方向に向けると、幹比古の肩にエミヤの手が置かれる。

 

「そう意識しなくとも、試合が始まれば気にしてられなくなる」

「……そうだね」

 

 目の前の二人が緊張という言葉とは無縁だと再認識した幹比古は深呼吸をする。試合に勝つために全力を尽くす。其処にかつての自信過剰な少年の面影はなかった。

 

 

 九校戦の会場には観客席とは別に来賓席が設置されている施設がある。普段はあまり人が来ないこの来賓席だが、今日は姿を見せた一人の老人の姿に人の出入りが頻繁だった。

 

「九島先生、何故このようなところに!?」

「此処で観戦するのも良いかと思ってな」

 

 役員は革張りの椅子へと案内し、何か御用でしたらお呼び下さいと言うと出入り口に控える。

 

「さて楽しませてもらうかの」

 

 純粋とは程遠い笑みを浮かべ、烈は独り言を漏らした。

 

 

 サイレンが新人戦最後の試合開始を告げる。同時に将輝がCADの引き金を引き魔法式を展開するが、達也が術式解体で魔法式を吹き飛ばす。達也も振動魔法を放つが将輝に豆鉄砲かのように簡単に防がれてしまう。両者、距離を詰めながら魔法を放っては防ぐことを繰り返す。

 観客は目の前で起こっている魔法戦に歓声を上げているが、三高の優勢にも思える試合展開に真紅郎と将輝は妙な突っかかりを覚えた。

 

 本来であれば遮蔽部のない草原フィールドでは遠距離魔法が重宝される。遠距離戦を得意とする筈のエミヤは援護どころか予選と同じくモノリスの前から全く動いていない。自分たちの読みが外れたのかとも思ったが、モノリスの前に誘き寄せる罠という可能性もある。作戦通り慎重に行動した方がいいだろう。

 

 ディフェンスに声を掛けると真紅郎は幹比古を戦闘不能に持ち込まんと草原を駆ける。そして幹比古を不可視の弾丸の射程に収めた時にそれは起こった。幹比古の姿が一人、二人と増えたのだ。

 

「くそっ」

 

 幻術だと分かってはいるが不可視の弾丸は対象を視認しなければ効果を発揮できない。一旦距離を取ろうと真紅郎はバックステップを踏むが、幹比古が乱れ髪を発動し絡みついた草が中々足を離さない。幹比古がCADを操作する姿を見て、真紅郎もこの状況を何とかしようとCADに指を置く。だがその時、CADに指を滑らせていた幹比古が空気の爆発によって横に吹き飛ばされた。

 

「助かった!」

 

 真紅郎は魔法を放ったであろう主に顔を向ける。真紅郎に会釈をすると将輝は此方に向かってきている達也に再び視線を戻し、目を見開いた。

 今まで此方に向かってきていた達也が後退しているのだ。その代わりに言葉もなく達也と視線を交わしたエミヤが一歩また一歩と足を前に進めている。

 

「あとは頼んだぞ」

 

 達也とすれ違う時そう声を掛けられた。エミヤは表情を変える事無く、ただ将輝たちとの距離を詰める。

 

「ジョージ、一旦下がれ!」

 

 将輝が叫んだ時には真紅郎は既にすぐ近く迄戻ってきていた。エミヤが前衛に出てくるのは将輝たちにとって予想外の事態だ。恐らく最初に達也が今まで同様前衛だったのは、エミヤがオフェンスに出てくることを悟らせないようにするためだろう。

 

「どうする?」

「散らばった方がいいだろう。順番は変わったが、連携を取って衛宮を戦闘不能に追い込む」

 

 将輝達は早口で作戦の変更をする。だが彼等が動き出そうとしたときには、エミヤとの距離が三十メートルを切っていた。

 将輝達とエミヤ、いや観客席を含んだ会場全体に静寂が訪れる。まるで時間が止まったかのようだ。

 

「これでも食らいやがれ!」

 

 そんな静けさに堪え切れなかったのか三高のディフェンスはエミヤに向かってエア・ブリットを放とうとするが後衛に下がった達也の援護によって失敗に終わる。そして刹那、目の前の光景に息を呑んだ。

 エミヤの背に展開される魔法式。その数が尋常ではない。数えずとも三十近くはある。その全てが将輝達を向いているのだ。脳が将輝に警鐘を鳴らす。

 

「避けっ――」

 

 咄嗟にでた言葉は地面を抉る豪音にかき消されてしまう。エミヤが放った魔法は将輝も使っていた圧縮空気弾。将輝は本能的に展開した魔法障壁で防ぐが、気を抜けばそのまま押し潰されてしまうと悟っていた。砂埃が晴れると漸くエミヤの魔法を防ぎ切ったと理解する。

 

「大丈夫か!?」

 

 崩れるように片足を着いた将輝は振り返って背後にいた真紅郎達を確認するが、少し離れた所で二人とも倒れている。意識があるかも定かではない。下唇に歯を立て、将輝はエミヤに向けて同じ圧縮空気弾を展開する。だがそれを達也が見逃すわけもなく不発に終わる。

 自分達は一高の読み通り行動していたのだろう。だがこのまま負ける事は将輝のプライドが許さなかった。一矢報いようと立ち上がるが、強制的に再び地面に這いつくばることになる。

 

(加重系統か!)

 

 そう判断した時には追い打ちをかけるようにエミヤから魔法が放たれた。

 

 

 三高の選手全員が戦闘不能と判断されると、会場には両者を称える温かい拍手に包まれる。事故やオーバーアタックを心配していた雫も、何事もなく終わりホッとしていた。頬が緩むのを感じながら、スタンドの方へと歩いてくるエミヤを見つめる。

 

「雫、手振ってあげなよ」

 

 光井に言われるがままに、控えめにけれどもエミヤの視界に入るように雫は手を上げる。エミヤも雫の姿に気づいたのか軽く手を振り返した。この時誰にでも分かるくらい、珍しく雫の頬は緩み切っていた。

 

 ○ ○ ○

 

「彼の演算処理の速さはすごかったな!」

 

 モノリス・コードの会場からの帰路で温度感が上がりっぱなしの同僚に響子は辟易していた。エミヤが大量の魔法式を展開した時にはそれはもう鼻息荒く邪気めいた表情で、まさに変態という言葉がお似合いだった。

 

「試合も終わったんですから少し落ち着いてはどうですか?」

 

 呆れ返っている響子を見て山中は咳払いをして落ち着いたふりをする。それでもなお響子に半信半疑の目を向けられ、居心地の悪さを感じたのか山中は話題の転換を図った。

 

「それにしても彼は何者なんだ?」

「……さぁ、PDには目立った所はなかったですけど」

 

 不測の山中の質問に言葉がすんなり出てこなかったが、ぎこちなくは無かった。響子が知らないはずがない。エミヤのPDは烈に頼まれた彼女自身が作ったモノなのだから。それも目立たないように、矛盾がないように家族構成も細部まで作り込んだ。響子がエミヤのPDを作る時期以前にデータを記録していない限りは、違和感どころか誰かが作ったなんて気づきもしないだろう。

 だが前方に顔を向けていた響子は知らない。山中が訝しむような視線を送っていたことを。

 

「……既にPDは見ていたのか。もしかして藤林女史は青少年がお好きなのかな?」

 

 だが山中は深く追及するつもりはないらしく、冷やかすような口調で尋ねる。響子は怒りも呆れも通り越しているのか疲れているように大きく息を吐くとゆっくりだった歩調を早める。少し言い過ぎたかと頭を押さえた山中は、翼がはためく音に背後を振り返る。

 

 縄張り争いだろうか。烏が大きく翼を広げ、尖った嘴で相手を傷つけようと互いに突き合っている。烏は相手の痛みなど分からないだろう。人間ですらそうなのだ。だが人間は予測できる生き物だ。片方の烏が苦しそうに鳴くのを聞いた山中は、響子の背中を追うように足を動かした。




 皆様、お久しぶりです。ききゅうです。投稿が年を越してしまい大変申し訳ありませんでした。また投稿をお待ちいただきました皆様、本当にありがとうございます!

 また高評価を頂きました仁ノ二乗様、龍葉様、正当な予言者の王様、戦極凌馬様、泣きそう様、士郎大好きマン様、AC6934様、フランベルン様、駆け出し始め様、クロロフィール様、ドラリオン様、草木狐様、nh1084様、四暗刻様、そんちの様、 落ちを着けたい程度の作者様、ハヤセ様、海苔海苔様、ロジオン様、かるたん様、Mark・Rain様、kikikomi様、死屍様、edit8様、ルピナス様、豚兵衛様、アオオニ様、自称オタクの高校生様、やたか様、カイアベル様、ゴレム様、ポン&コン様、真碧様、黒神九十九様、Y u K i兄さん様、imitation様、からあげ3号様、シュンSAN様、halchan様、烏瑠様、似非粋人ゆーた様、シエロティエラ様、糞駄文量産機(産廃)様、小米様、馬鹿犬様、黒服の一般人様、つかじー様、むちょ様、 sairant様、Air Ride様、ラーク08様、込む寸様、借金持ちの天秤座様、ザキノ海軍中佐様、nekoage1様、エルキドゥ様、黯戯様、狂嘩様、wscxh1様、感想を送っていただきました皆様、メッセージを送っていただきました皆様、そしてこの作品を読んでくださっている皆様には心より感謝いたします。皆様のおかげで私はこうして話を進めることができております。メッセージもゆっくりではありますが返信させていただきます。

 さた漸く新人戦が終わり、九校戦も終わりが近づいてきました。今回の話ではエミヤの活躍が少ないと感じられる方が多くいらっしゃると思いますが、後から支障をきたすと判断させていただきました。申し訳ございません。次回で九校戦編は終わりますが、まだこの物語の歯車は回ってもいませんので作者としては「あく横浜ぁ!」といった感じです。

 大変お待たせして申し訳ありませんが、魔法科高校の贋作者はこれからも続いていきます。お付き合いいただければ幸いです。
 これからも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いいたします!

 次回は三月の二週を予定しておりますが、分量が少ないため早めに投稿できるかもしれません。


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九校戦編Ⅷ

 夜の闇が支配する横浜の中華街。

 その一角で静寂を破るように怒りを露わにする男が居た。男は肥々とした体型からは想像もつかない素早い動作で、手元にあったグラスを叩きつける。

 それでも気は落ち着かなかったのか、男は胸ポケットから葉巻を取り出した。

 

 最近禁煙したと言っていた同僚に睨まれるが、存ぜぬ顔で背もたれに体重を預けゆっくりとふかす。そうでもしないと、気が狂ってしまいそうだった。

 

「落ち着いたか?」

「……少しな」

 

 男は宙に視線を泳がせながら、かすれた声で答えた。

 そして自分の怒りを頂点にした言葉が、聞き間違えでなかったか確認する。

 

「その情報は確かか?」

「あぁ。生まれは平凡、育った環境も親と親戚を亡くしたという事以外は普通。繰り返すようだが、本当にただのガキだ」

 

 返事に大きく溜息を吐きながら、新しいコップに水を注ぐ。それを一気に飲み干すと全員に向けて口を開いた。

 

「一高の優勝は既に決定したようなものだ。このままでは我々がどうなるか分かっているな?」

 

 全員の顔に一瞬絶望が浮かぶ。

 できることなら今直ぐにでもここから逃げ出したい事だろう。だが組織は決して許してはくれない。何処までも彼らを追い続け、最後には気の狂った道具として再び組織に迎えてくれる。

 

 予感としてではなく確信をもってそう明言できた。それはここに座っている全員が望んでいない。

 

「そこで提案がある」

 

 提案というワードに全員の視線が集中する。元々用意していた策は尽きているのだから、彼らも耳を傾けるほかない。

 

「優勝できないよう、大会そのものを中止にしてしまえばいい」

 

 大会を中止にすれば賭け自体無効になり、今期のノルマは達成できない。そうなれば一人二人は粛清されることになるが、其方の方がまだ生き残る見込みがある。

 

 他のメンバーから同意を示され、発案者は話の先を続けた。

 

「今年は事故(・・)のおかげで中止を求める声が多い。我々はそこに人殺しを送ってやればいい」

「思い切ったな」

「何か問題が?」

 

 同僚はニタッとした表情で首を横に振っている。他の顔ぶれも大分心に余裕ができたようだ。この雰囲気ならば大丈夫だろう。

 

「そこでだ。ジェネレーターにこのガキを殺らせる」

 

 思い出すだけでも再び怒りが沸いてくる。男達の計算を搔き乱し、崖っぷちに追いやった青年。奴さえいなければ自分たちがこうして苦悩する必要もなかった。

 

 青年への復讐を主張した男は他のメンバーの顔色を伺う。好感触な反応がほとんどだと感じた矢先、向かいの席で声が挙がった。

 

「それには反対だ」

「……何故だ?」

「あの試合はお前も見ていただろう? 奴は十師族を圧倒する力がある。確実性をとるなら、もっと別の人間を狙うべきだ」

 

 男も言われた事は理解している。

 だがその十師族の歳がまだ十五、六という事を踏まえれば、さほど警戒する必要はないと考えていた。

 

「圧倒したといっても相手は未だ子供だ。油断してたんだろう。どこにでもいるようなガキにジェネレーターが負けるはずない」

「だが!」

「まぁ落ち着け。お前がそこまで言うなら決を採る」

 

 採決の結果は賛成四に、反対一。男はするまでもなく、こうなる事が分かっていた。

 反対していた男は何も口にせず、大きく舌打ちをしたのみ。

 

「決まりだな……。我々が奴を家族と再会させてやろうではないか」

 

 組んだ手で歪んだ口を隠す。その視線の先にはモニターに白髪の男が映っていた。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 新人戦モノリス・コード決勝の翌朝。

 人の少ない食堂で、エミヤは雫達と一日ぶりに朝食をとっていた。雫はエミヤに合わせたのか和食を、光井は好きなものを軸にチョイスしている。

 

「今日はどうする?」

「どうするって、ミラージ・バットの観戦に行かないの?」

「そうじゃなくて」

 

 光井が首を傾ける。彼女は雫の意図を上手く汲み取れていなかった。

 

「お昼からの話だよ。予選はお昼で終わるし、夜の決勝まで暇になるでしょ」

 

 達也や深雪はミラージ・バットが残っているので邪魔するわけにもいかないし、エリカ達の都合も未だ分かっていない。

 結局何も思いつかなかったようで、光井は「分かんない」と言うと皿を持って席を外した。

 

「どうする?」

 

 光井と同じように雫は隣に座っていたエミヤに尋ねる。彼も雫同様、光井よりも先に食事を終えて、テーブルナプキンで丁寧に口を拭っていた。

 

「やりたい事も無いしな。雫に任せる」

 

 即答で何でも良いと伝えてくるエミヤに、雫は片頬をわずかに膨らませた。

 アイデアが無かったから相談したのに、考える素振りもみせずに丸投げされたら、雫がムッとしてしまうのも仕方ないだろう。

 澄まし顔でコーヒーを飲むエミヤに、彼女はちょっとした仕返しをする。

 

「じゃあランチは屋台で済ます」

「あそこは当たり外れの差が激しいと、エリカ達が言ってなかったか?」

「私に任せてくれるんじゃないの?」

「……」

「冗談だよ」

 

 クスっと微笑む雫は満足そうだ。

 

「一緒に考えてくれる?」

「あぁ」

 

 そんな彼女にエミヤは苦笑を浮かべて頷くしかない。結局エミヤは無難な提案しかできず、昼以降屋台に行くことが決定してしまった。

 

 それから一、二分してトレーを持った光井が戻ってきた。盆にはフルーツ系からスイーツ系まで、沢山のデザートをのせている。エミヤは朝からよく食べれるなといった感じで視線を飛ばし、雫は太るぞとジト目で訴えた。

 

 二人にじっと見られて、光井は両手を膝に挟み顔を俯かせる。雫の視線の意味を察したのか、それとも見詰められて恥ずかしいだけか判断の付きにくい反応だ。

 

「な、なに?」

「よく食べるね」

「お腹すいちゃって」

 

 雫は態とらしく溜息を吐く。

 光井は雫の皮肉の意図に気づかなかった。となると、はっきり伝えるほかない。

 

「太るよ?」

「え? ……大丈夫だよ! 朝に甘いものは痩せるって論文もあったんだから!」

 

 彼女もちゃんと調べていたようだ。エミヤも似た内容の論文を読んだことがある。だがそこまで都合のいい話ではなかったはずだ。

 

「光井。それはカロリー制限をしている人間が痩せるだけだ」

「してないほのかは太るだけ」

 

 二人の言葉に凍りつく光井。テーブルまで持ってきた以上、残すことは許されない。

 

「二人とも食べない?」

「……食べてあげる。士郎さんも良い?」

「仕方ないな」

 

 フルーツを光井に残し、雫はデザートカップに盛りつけられた生菓子を自身とエミヤの前に分ける。後々お腹にくる生クリームがなかったのは、不幸中の幸いだった。

 

 

 カップが置かれると受け皿が小さな金属音をたてた。烈はウエイターを下がらせ、コーヒーの酸味と芳醇な香りを楽しむ。

 VIPルームで遅めの朝食を楽しんでいた烈の元には響子が訪ねてきていた。

 

「お時間をいただいて、ありがとうございます」

 

 前の席で軽く頭を下げる孫娘に烈は表情を崩さない。九校戦中、一日の多くをこの部屋で過ごす烈にとって、時間などいくらでもある。

 

「構わんよ。朝食はもう摂ったのか?」

「はい、お先にいただきました」

「そうか」

 

 響子がカップの縁に唇をつけ、若干間が生まれる。口にしているのは烈と同じコーヒーだが、彼女はミルクより砂糖を入れた方が好みだったようだ。

 響子が容器を置くのを待って、烈は口火を切る。

 

「それで、何か話があるのではなかったかな?」

「……お祖父様、本年の事故については何処までご存知ですか?」

「詳細は聞いておらんが怪我人が出ているそうだな」

 

 口吻から響子には烈が学生達を本当に憂慮しているのだと思えた。何より重傷者が多いことを祖父も知っているのだろう。

 

「証言に共通点が多いと士郎君から相談を受けました。お祖父様なら原因が分かると」

「詳しく話してみなさい」

 

 士郎という言葉に、烈は休めていた背中をゆっくりと起こした。響子は手持ちの端末から報告書を開いてあらましを説明し始める。

 

「最初に起こったのはバトル・ボード本選での選手同士の接触事故です。七高選手の危険走行と処理されてますけど、七高選手は最後までCADの動作不良を訴えていました」

「ほう」

「次は新人戦モノリス・コード、一高対四高の試合。状況としては試合開始直後、一高のスポーン・ポイントである廃ビルに対し、四高が破城槌を使用。一高選手全員が瓦礫の下敷きに。四高側はCADに破城槌は登録していないと主張、選手も否定してます」

 

 報告書を読み上げた響子は端末から目を離し、顔を上げる。

 真表の烈は何故か不快感を表にしていた。何か癪に障るような真似をしてしまっただろうか。

 

「それで彼は他に何か言っていたかね?」

「いえ、なにも」

 

 烈は鼻で笑ってしまいそうだった。

 どう考えてもエミヤは原因を把握している。その上でこの件は烈が適任だと、彼に任せているのだ。

 

「分かった。後は私が対応しておく」

「お祖父様、原因をご存じなんですね?」

 

 彼女も乗りかかった船だ。原因ぐらいは知っておきたいのだろう。

 烈は椅子から動く気配のない響子を無理に追い出すことなく、彼女の知りたいことから順に述べていく。

 

「原因は大亜連合が大戦中に使っていた、CADの動作不良を発生させる魔法だろう。それを複数校のCADに紛れ込ませることができるのは、一か所しかない」

「……運営によるCADのレギュレーションチェック」

「運営委員会が恥を晒しおった。であれば私が対処すべきことだ」

 

 事態を理解した響子は、烈に一礼すると部屋から出ていった。

 

 この後の行動は決まっている。このまま部屋にいるわけにはいかないのだ。今から向かえば、第二試合のレギュレーションチェックには間に合うだろう。

 VIPルームのドアを開けて、烈は運営のテントに向かった。

 

 

 ○ ○ ○

 

 

 九校戦も早いもので残りの日数もあと二日。

 何事もなく終わってくれというエミヤの願いは、理性が出した答えの通り簡単に砕かれてしまった。

 

 ミラージ・バットの第一試合、選手である一高の小早川が言葉の通り空から落ちたのだ。魔法が発動しなかったのだろう。それはCADを操作していた小早川の必死な表情からも窺えた。

 小早川は大会委員によって救助され、一命は取り留めている。だが心には一生残り続ける傷を負ったに違いない。

 

「小早川先輩、大丈夫かな……」

「分からない」

 

 光井と雫のように他の観客が心配するのも無理はない。

 

 魔法への不信で魔法行使ができなくなる事例はよくあるのだ。今の小早川がその最たる例。彼女のように数秒で希望が絶望に変われば、相当な意志と努力がない限り再び魔法を使うことはできないだろう。

 担架で運ばれていく小早川をエミヤは気の毒に思った。

 

 だが刹那、エミヤの意識は斜向かいのゲートに移る。

 そこで男がまばたきもせずにエミヤを見つめていた。喜怒哀楽を浮かべることなく、ただ無機質に。

 

 眼鏡越しだったが間違いない。おまけに男は迷いのない足どりで此方へ歩いてくる。

 雫なら何となく想像もできるが、エミヤが目的というのは彼自身も心当たりがない。何が狙いかは分からないが、いずれにせよエミヤにとっては面倒な事に違いない。

 

 会場の放送によれば一旦休憩を挟んで、第一試合の最終ピリオドを行うようだ。抜け出すには丁度良いタイミングだろう。

 

「雫、悪いが少し席を離れる」

「どうしたの?」

 

 雫達は小早川のことで頭が一杯だったようで、幸い向かってくる男には気づいていない。

 エミヤとしても雫やその隣の光井を巻き込みたくはなかったので好都合だ。

 

「お手洗い」

 

 席を立ち、エミヤは近くのゲートからスタジアムの外にでる。男が会場に残ることを警戒していたが、やはりというかエミヤを追ってきていた。

 

 昨日の試合を見て何か話があるのか、将又知らぬ間に恨みでも買ったのか。どちらにせよエミヤにとっては迷惑な話だった。

 

 

 響子がミラージ・バット会場の防犯カメラで、不審な男を発見したのは小早川が落下した直後だった。知識ある者が見れば警戒せざるを得ない格好をしている男。服装だけはどこも可笑しくはない。男がかけていた物が問題なのだ。

 

 それは軍用の眼鏡型HMD(ヘッドマウントディスプレイ)。一般のアイウェアと違い、ヨロイからテンプルの分厚さが普通のサングラスの比ではないので、知っていればすぐに分かる。用途は通信から魔法や小銃等の弾道予測、AIによる攻撃対象の識別まで様々。

 

 そんな物騒なものを持ち込んでおいて、何もしないわけがない。

 

「お二人とも、火急の案件です」

 

 立ち上がった響子は待機していた柳と真田を呼び、状況を伝えながら会場に走る。HMDの名前をだすと、二人も事態の緊急性を把握したようだ。会場に近づくにつれて大きくなる喧騒が響子に不安を募らせる。

 

 三人が入退場のゲートの近くに着いた時には、チラホラと人が出てきていた。先頭にいた響子は出入口に背を向けて、柳達に振り返る。

 

「では説明した通り、私は西口と南口を巡回します。真田大尉は北口と東口を、柳大尉は場内をお願いします」

「了解した」

「……了解と言いたかったんだけどねぇ。その必要はなくなったようだよ」

 

 真田の視線をなぞると件の男がいた。

 場内で新たな騒ぎが起こった気配はないが、一応確認した方がいいだろう。響子は待機している部下に連絡し、会場に不審物がないか探すよう一方的に伝えた。

 

 その間も男は人気の少ない方へと進んでいっていた。柳達とアイコンタクトをとり、響子は男を追跡する。

 響子は男の目的が何か分からなかった。爆発物等を設置して出てきた可能性もあるが、事前に会場の図面を手に入れて設置箇所を決めておけばいいだけだ。警戒されるHMDは却って逆効果になるだけ。

 

 男の後を追って、人の少ない通りに入る。そして、響子はようやく気づいた。男の歩く先に()がいることに。

 無意識に拳に力が入る。握った掌はほんのり湿っていた。

 

 

 後ろから聞こえる足音で付いてくる人数が増えた事を察知したエミヤは、長嘆したくなった。

 

 エミヤは人がいないスピード・シューティングの会場へと続く道に入っていく。その際さり気無く背後の様子を覗き見た。後続しているのはストーカーの男と女性を先頭にした三人組の計四人。

 

 その中に見知った顔を見つけたエミヤは、疲労の波がどっと押し寄せてきたように感じた。

 

 目の疲れとも思いたかったが、パステルイエローのブラウスを着ているのを見て響子だと確信した。ならば他の男二人は軍の関係者の可能性が極めて高い。響子達がいなければ()()()()()()()()()()()()()()()()つもりだったが、この状況ではそれは無理だ。

 

 だが響子達も仕事で出てきているはずだ。それでいてエミヤの後ろを歩いているということは、彼女達の目的が後ろの男だと見当がつく。

 ならばこのまま押し付けてしまえばいい。

 

 周りに自分達以外誰もいないことを確認するとエミヤは足を止め、踵を軸に振り返る。それに呼応するように男はピタリと静止し、響子達も距離を詰めると歩みを止めた。

 

「……あの何か用ですか?」

 

 年相応の高校生らしく視線を空に彷徨わせ、不安そうに声を震わせてみる。自分がもう一人いればきっと大劇場の俳優顔負けの演技力と評価してくれるだろう。

 男は無言を貫いている。

 エミヤはストーカーからの返答を諦め、助けを求めるように響子たちに目を向けた。

 

「すみません。此方の方がずっとついて来るんですが……。怖いので警備の人を呼んでもらってもいいですか?」

 

 白々しいと響子は心の中で叫ぶ。普段の態度を見れば、エミヤがこの程度で怖いなどと毛ほども思ってないことは響子には分かる。

 ただ好都合な事に変わりないし、「じゃあ私たちが見張っておくから君が呼んできて」とでも言えば自然な流れだ。その後に響子たちが男に事情聴取等々すればいい。

 

 エミヤがそこまで計算しているのが無意識に分かってしまい、響子は面白くなかった。これは仕事だと自分に言い聞かせ、響子は口を開く──が言葉は続かない。

 

 それより早く男がエミヤに対して一気に距離を詰めた所為だ。エミヤは怯えたような顔をしまい、相手を冷めた目で観察する。

 

 自己加速術式を使っていたとしても、並の魔法師よりも十分速い速度だ。おそらく身体能力が普通の人間より桁違いに高い。構えからして男は右腕でエミヤの頭部を殴るつもりだ。

 

 相手が本当にただの高校生であれば一撃で意識を失わせ、二~三発で殺すこともできるだろう。だがエミヤの場合、殴られたとしても傷を負うかすら怪しい。

 ただ響子達の手前、エミヤは自身の体の異常性を見せるわけにはいかないのだ。

 

 男が殴りかかる直前、エミヤは相手の軸足を踏み両手で男の肩を勢いよく突く。少しではあったが力も込めたので、バランスを崩した男はそのまま後ろへ倒れこんだ。

 

 声を上げるわけでもなく、上半身を起こした男はエミヤを見上げる。

 だがそれも僅か。

 次の瞬間には男の体に何本もの針が刺さり、そこに流れた電流が男の意識を刈り取る。響子の被雷針だ。

 

 動こうとした響子を手で制し、柳がエミヤへと歩み寄っていく。

 

「大丈夫だったか?」

「助けて頂いて、ありがとうございます」

「気にしなくていい」

 

 好青年を演じ続けるエミヤにそう応じる柳。「それに」と彼は喋ることをやめない。

 

「俺達が手を出さなくても何とかできただろ?」

 

 薄く笑みを浮かべる柳の後ろで、響子の左頬が吊り上がったように動いたのが目にはいる。

 何かしら怪しまれているのか、それとも単に昨日の試合でエミヤを認知しているだけなのか。

 エミヤは柳と同じような笑みを浮かべ、言葉を返す。

 

「いえ、護身の心得が少しあるだけですよ」

 

 エミヤの謙遜に柳はそれ以上問を投げない。

 一息おいて彼の視線が目の前の青年から捕らえた男へと移ったタイミングで、後ろで様子見をしていた真田がようやく口を開いた。

 

「さて予定ではミラージ・バットの第二試合が始まるし、君は会場に帰りなさい」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべた真田に、エミヤは礼をしてその場を去る。

 響子がその姿を横目で追っていたことを柳は見逃さなかった。

 

 

 会場に戻ったエミヤは「おやっ?」と思った。

 予定通りならばスタートしている第二試合が、まだ開始されていなかったのだ。更に加えて出場するはずの深雪、そのエンジニアである達也が会場に姿を見せていない。それは他校の選手も同様で、少なからず会場にはどよめきが広がっている。

 

 席に近づくと、堅い表情を浮かべていた雫がエミヤに顔を向けた。

 

「帰りが遅かったから心配したんだよ?」

「すまん。……それで何かあったのか?」

「CADの検査で一校の生徒が暴れたって……。たぶん達也さんだと思う。心配したほのかが本部テントに確認しに行ってる」

 

 そこまで聞くと、エミヤの中である推測がたつ。

 その人物が本当に達也であれば原因は電子金蚕だろう。電子金蚕は第三次大戦期にも大亜連合が使用していたSB魔法の一種で、機器の電気信号そのものを改竄するというもの。エミヤはこの魔法が、今回の九校戦における全ての事故に関わっているとみていた。

 

 だがエミヤにとって気掛かりなのは、それがどのようにして暴かれたのか。

 可能性としては二つ。一つは響子から話を受けた烈が達也のいる場で電子金蚕を明かした可能性。もう一方は達也自身が電子金蚕に気づいた可能性だ。知識に富んだ達也だ。SB魔法の知識があってもおかしくはない。

 

 達也があの九島烈の前で暴挙に及ぶような人物か考慮すると、後者の方だろう。

 ならば前者はといわれば、それはエミヤが無意識下に烈へ期待を寄せてのものとしか言えない。

 

 何はともあれ不安がる雫にエミヤはカフェオレを買ってきて、光井の帰りを待つ。

 開始を二十分遅らせるとのアナウンスから十分が経ったころ、ようやく光井が肩を上下させて帰ってきた。雫が彼女の名前を零すと、光井は大丈夫という風に笑みを浮かべる。そんな彼女にエミヤは待ち時間に用意したスポーツドリンクを手渡した。

 

「それで何があったの?」

 

 光井が席に着くと雫がそう話を切り出した。

 

「チェックの時に深雪のCADに細工をした大会委員を達也さんが捕まえたんだって。九島閣下もその場にいらっしゃって、すごい騒ぎだったみたい」

「深雪と達也さんは?」

「二人とも問題ないみたい。もうすぐ出てくると思うけど」

 

 話の内容はともかく光井の表情は柔らかく、声音は明るい。事態は悪い方向へは向ってないのだろう。彼女の話を聞いた雫も安心した様で、先程まで全く口をつけていなかったカフェオレを口に含んだ。

 その際、さり気なく横にいる男を見る。エミヤは薄く笑みを浮かべ瞼をおろしていた。何度見てもその姿は様になっている──のだが。

 

「士郎さん、自分の分の飲み物は?」

「……必要になったら買いに行くさ」

 

 そうは言っているが買い忘れただけなのだろう。あくまで雫がそう思っただけで、本当は喉が渇いてなかったのかもしれない。

 だがこの際、そんな事は雫にとってどうでもいい。「んっ」と雫は自分のドリンクをエミヤの前に差し出す。

 

「買ってきてもらったのに、自分たちだけってのは気が引ける。だから」

 

 ほら、と催促した。

 嘘は言ってない。それがエミヤ以外の親しい異性、例えば達也とかが相手であっても雫はそう感じただろう。けれども何かしらの断りを入れるくらいで、自分が口をつけたものを差し出すなんて決してしない。エミヤを除いては。

 

 だから下心なんてないとは言わない。むしろ雫にとってはこちらがメインだ。エミヤが受け取ればよし。受け取らなければ別の機会にもう一度試みるだけ。

 

「悪い」

 

 一瞬の間があったがエミヤはカフェオレを受け取ると、恥じらったりせずに口をつける。

 

「甘いな」

「うん。私ももう少し控えめの方が好き」

「いつもこれじゃなかったか?」

「あれは関東限定。パッケージのここ、微妙に違うの。今度飲ませてあげる」

 

 共有したものの感想を言い合う雫とエミヤ。エミヤはその味に顔を少し顰めたが、雫の顔にはうっすらとえくぼが出来ている。彼女と付き合いの長いものであれば、それだけで今の雫の心情を理解することができるだろう。

 

 その筆頭である光井は──口を開けた埴輪と化し、恋路の方面で自分より遠くを走る姿を視界に収めるのに精一杯。

 

 その後現れた深雪は隠していた飛行魔法で他校との点差を広げ、順当に決勝に進んだ。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

「どういうことだ‼」

 

 九校戦の地から約一〇〇キロ離れた横浜中華街でダグラス=黄は自制を失っていた。破壊工作は実を結ばず、管理下にあると思っていた今回の九校戦は自分達が望まぬ未来へどんどん進んでいる。

 

「ジェネレーターは何をしている⁉ 現地の協力員もだ! 何故中止になっていない!」

「『一高の司波達也と九島烈によって電子金蚕を周知された』と連絡がきて、三時間が経った。連絡がつかないとはそういうことだろう」

 

 ジェームス=朱はテーブルの上で組んだ手で頭をかかえ、淡々と返す。黄以外のメンバーの様子も朱と似たり寄ったりで、これからどうするか考えあぐねている様子だ。そんなことを考えても無駄と知っていても。

 

 未来のことなど自分達に選ばせてもらえるわけない。文字通り、組織が黄達の心臓を握っているのだから。

 そして今のレールのままだと終着駅は死。運賃として自分だけではなく家族全員の命をも差し出すことになるだろう。

 

「まだだ! 明日ここにいるジェネレーターを全て投入する‼ 九校戦は今年が最後になるだろうが、知らん!」

 

 なりふり構っていられる場面ではない。どんな手を使っても今回の賭けをなかったことにしなければならない。

 一人を除いて朱達、他の三人も同意するように頷く。

 

「……そもそも衛宮とかいうガキを襲わせたのが原因だ! だから言っただろう!」

 

 纏まりつつあった雰囲気に呑まれず、賛同を寄せなかったグレモリー=白は黄達を責める。そもそも黄は状況を楽観視しすぎていた。

 ジェネレーターや協力者を失った時点で、彼らよりも力を持った何者かがいると判断するべきだ。そこへ闇雲に殺人マシーンを送ったところで、返り討ちにあうのは明白。

 

「グレゴリー。今さら言っても仕方ないだろう」

「あぁ、そうだな! だが慎重にやらねば今回も失敗する! 投入といってもここのジェネレーターには戦闘以外の複雑な思考はできない! 位置も把握できていないカメラをどうやって避けて富士まで送るつもりだ⁉ 運搬にさける人員はいないんだぞ! それに──」

「分かっているとも。先の失敗はお前の意見を聞かなかった我々四人に責任がある。……だから今度こそ、お前の知恵を貸してくれ」

 

 激昂する彼を朱はなんとか宥める。運命共同体である以上、内輪揉めは意味がない。

 朱の態度に白も何か言う事はなく、ただフンと鼻を鳴らすだけだった。話を進めて良さそうだと判断した朱は場を仕切る。

 

「では計画を練ろうか」

 

 彼らにこれ以上の失敗は許されない。

 しかしながらその計画が実行されることは遂になかった。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 空には星が散らばり上弦の月が昇っていた。

 終わってしまえばあっという間。エミヤはぼんやりと窓の外を眺めながら柄にもなくそう感じていた。

 

 彼が今いるのは一昨日に訪れた宿舎十二階の会議室だ。ただ前と違って堅苦しい呼び出しではなく、優勝の祝賀会さらにそのプレパーティーに連れてこられた次第。

 

 一口に優勝といっても新人戦優勝ではなく総合優勝。要はミラージ・バットで深雪が優勝し、最終日を残して総合成績で一高の優勝が確定したのだ。

 ミラージ・バット決勝は選手全員が飛行魔法を使うも、深雪以外の選手は最終ピリオドまで自分のペースを保てず。最後まで宙に残った深雪が一位という内容。

 

 ただモノリス・コード本戦が残っているので、この場にいる全員を代表して真由美が克人達に準備の手伝いを申し出ていた。

 克人の返事は真由美曰く「これ以上人手が増えても持て余すだけ」とのこと。

時間もあるし、それならということで決まったようだ。エミヤはそれでいいのかとも思ったが、彼女たちも克人に信頼を寄せているからプレパーティーを催せるのだろう。

 

 さて急遽決まったパーティーとはいえ、やる以上なぁなぁで済ますつもりはないらしく真由美と市原が真面目な挨拶をして音頭をとった。

 

「それじゃあ一高の総合優勝を祝して、乾杯!」

 

 エミヤは軽く上げていたコップを降ろすと、隣にいた雫がいなくなっていることに気づいた。

 いなくなったと言ってもいつの間にか女子の輪に入っていただけで、それを見たエミヤも同性の知り合いに歩み寄る。

 

「幹比古、レオ」

「お疲れ、士郎」

「俺だけ場違いな気がすんだけど、ホントに大丈夫か?」

 

 レオは選手でもスタッフでもない自分がこの場に居ていいのかと部屋を見まわし遠慮を口にする。

 

「レオ達は司波に連れてこられたんだろう?」

「あぁ」

「それなら気にしなくていい」

 

 深雪が真由美たちに許可も取らずに連れてくるはずもない。エミヤのその推察はあながち外れてはいないが、実際は真由美がせっかくだからと深雪にそう提案したのだ。

 そうでなくとも現にレオ達が部屋にいても何も言われないのだから問題ないと判断できる。

 

「士郎は北山さんに無理やり?」

「……どうだったかな」

「そうだよ」

 

 幹比古の問いを曖昧に流そうとしたエミヤとは別に、その背後から誰かが是を唱える。

 エミヤが振り返ると聞きなれた声の主は深雪達を伴って立っていた。

 

「雫」

 

 必要もないのにわざわざ名前を呼んだエミヤは、少し困ったような顔をする。そんな表情を見てエリカが何も感じないわけない。

 ニヤニヤと悪趣味な笑みを浮かべエリカはとぼけた声をだす。

 

「何かあったのー?」

「誘ったのに断られた」

 

 エリカはエミヤに訊ねたつもりだったが返事をしたのは雫だ。エリカも即答で、それも横から返ってくるとは思っていなかったのか少し驚いている。

 エミヤも言われっぱなしではなく、当時の状況を振り返ってささやかな抵抗をする。

 

「断ってないし、後から行くとも伝えただろう」

「連れてこなかったら来てなかったくせに」

「……」

「図星」

 

 こういう時の後からとか行けたら等の返事ほど信じられないものはない。「顔を出すだけでいいから」と雫はエミヤの腕を引っ張るように連れてきたのだ。もちろん筋力はエミヤが上なのだから解くこともできた。それをせずここで話しているということは、エミヤが雫に根気負けしたのだ。

 

 ただ勘違いしないでほしいのは傍目からでも、雫達は殺伐と言い争っているのではなく楽しんでいるということ。カップルが互いにからかいあって戯れる、そんな空気。控えめに言えば和やかであり、はっきり言うなら甘ったるい。

 

「まぁまぁ良いじゃない。こうして集まれたんだし」

 

 深雪達、特にエリカはまさか惚気が始まるとは思っていなかったので、もう十分といった感じで場を仕切り直す。ただ集まったといっても何時もの全員が揃っているわけではない。

 

「そういえば達也は何してんだ? 先に来てると思ってたんだけどよー」

 

 レオの発言の通り、この部屋に達也の姿はない。事情を知っているであろう人物は妹の深雪だけなので、彼女の方へ当然視線が集まる。

 

「随分とお疲れみたい。今日は先に休むって」

「今日まで気が抜けなかったんだろうね。無理もないよ」

 

 幹比古の言葉にほぼ全員が同調した。選手としてもスタッフとしても、達也は誰もが優秀な成績だと疑わない活躍を収めている。たしかに疲労も溜まるだろうと。

 

 ただそれはエミヤの知っている達也とは違う。エミヤも達也の全てを知っているわけではないが、疲れていても平気な顔をして深雪の傍にいる。それが達也だとエミヤは思っていた。だが怪しんだところで、出来ることなど高が知れている。

 例えば昼間の工作員から尋問するにしても、身柄はすでに響子達に移っているはず。いくら四葉の関係者とはいえ、彼女達と協力関係でもないかぎり情報の提供を強いるのは難しいだろう。

 

 故に意外だったとあっさり納得してしまい、それ以上気にすることもなくエミヤは友人たちとの会話を楽しんだ。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 エミヤが雫達との会話で盛り上がり、達也が横浜で無頭竜東日本総支部のメンバーを塵も残さず消している頃。

 

 九島烈は昔の部下との司波達也についての問答に一段落をつけた。

 どうやら風間玄信は達也の管理は個人に任せるべきではないが、四葉から引き抜くつもりはないらしい。達也が戦略級魔術師とも風間は陳じていた。

 

 それは烈にとって驚くことでもなかった。やはりと合点がいったまである。

 勿論四葉がそれほど迄の力を有しているというのは好ましい話ではない。このままでは四葉が十師族というシステムを崩し、日本全ての魔法師の上に君臨する将来もあり得るだろう。もしかしたら魔法師に兵器としての立ち振る舞いを押し付けるかもしれない。魔法師が戦争で有意義な資源である内は、四葉を頂点と戴くならばそんな未来だってあり得るのだ。

 

「閣下。自分からもお伺いしてよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「閣下は第一高校の生徒を随分と気にかけてらっしゃるようですが」

「話が抽象的すぎるな。はっきり言いたまえ」

 

 烈は表情を変えずに風間の言葉を待っていた。

 

「あの青年──衛宮士郎でしたか。閣下にとって彼は何なのですか?」

「彼は古い友人だよ」

 

 予想外の解答に風間は言葉を詰まらせる。古い友人というにはあまりに年が離れすぎているから、そのままの意味ではないだろう。

 気づけば烈は笑みを浮かべている。風間が何を言うか楽しみだといった感じで。

 

「……それは御友人の御子息ということでよろしいでしょうか?」

「そうではない。言葉通りだ」

 

 風間は余計に混乱した。言葉通りということは、古いという単語によって意識に差異が生まれているのかもしれない。そう見立てれば知り合ってから十数年経っているものだと風間も理解できた。

 

「閣下、自分はあの衛宮という青年がどのような人為かは存じ上げません。ただ知りたいのです。彼が達也を何処まで知っているのか。程度によっては──」

「なんだ、そんなことか」

 

 かいつまんで言えば、風間は達也が戦略級魔法師ということを口外されたくないということか。

 烈にとって今の話は期待外れで、興味を失ったというのが態度に出ていた。

 

「彼に教えたのはせいぜい、司波達也とその妹が四葉の関係者だということだ。響子と深夜の息子がつながっとることも、今回の話も聞かせるつもりはない。ただ彼が何を知っているかは私も把握しとらん」

「そうでしたか」

 

 風間はエミヤを司波兄妹の監視に烈が第一高校に潜らせた位の認識なのだろう。勿論烈はエミヤにもそう説明しているし、その役割が全くないわけではない。

 

 彼を第一高校に進学させた理由は単に十師族、特に権力闘争に明け暮れる四葉と七草を混乱させたかっただけだ。

 あそこには今いるだけでも四葉の他にも十文字家や七草家の縁者がいる。そこに十師族にも匹敵する魔法力のエミヤを投入すればどうなるか。当然彼が何者か探りを入れる。少し調べた程度では何も分からないが、彼の行動を逐一追えば烈に行きつけるようにしてある。

 

 そして烈、もしくは九島家が何か企てていると考えるのは言を俟たない。例え何もなかったとしても、エミヤの素性に辿りつくまでの苦労を考慮すれば無理もない。かくして誤想してくれれば、七草や四葉は慎重にしか行動できまい。

 

 というのが烈の希望的観測だ。最悪エミヤが手元を離れることになっても、彼が存在する限りはどうとでもなる。

 烈にとってエミヤの真価はそこにはないのだから。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 九校戦最終日。時刻は既に正午を過ぎ、残るモノリス・コードの試合も決勝のみ。

 運営から『決勝は渓谷ステージ』との連絡を受けた真由美は、それを口実に克人に会議室まで足を運んでもらった。

 

「時間もあるわけじゃないし早速本題ね。さっき父から連絡があったの。士郎君が一条君に勝った件で、師族会議からの通達」

 

 克人は相槌を打つこともなく黙って続きを促す。

 

「十師族は日本の魔法師の頂点。たとえ高校生の競技大会だろうと、これに疑いが掛かることは許されない」

「……理解した」

 

 自身が何を求められているのか把握したに違いない。克人の言葉は簡素だった。

 

 克人もあの試合の内容には思うところがある。

 いくら高校生とはいえ十師族の直系である将輝が手も出せずに、一方的に負かされるのは十師族で似たような位置に立つ者として愉快ではなかった。

 

 勿論誰が悪いという話ではない。チームの総合力という面から見て、一高にはエミヤと達也という規格外がいたことは事実。それでも十師族の次期当主が為すすべもなくというのは、不甲斐ないと感じてしまう。

 

 ただ見方を変えれば二人の異質さが際立った試合とも言える。

 あれほどの力が十師族、ましてや百家でない家系から生まれるものなのかと。

 

 極稀にそういう人物が現れることもある。そのほとんどは親が魔法力に恵まれていたというケースで。だが達也と深雪、エミヤの三人が揃いも揃って平凡な家庭で生まれ育ちましたなんてことは、克人には考えられなかった。

 

「ねぇ、十文字君。聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「達也君と深雪さん、それか士郎君。誰でもいいけど、昔あの子たちに会ったことない?」

 

 予想の斜め上をいく真由美の質問に克人は少し前のめりになる。

 

「どういうことだ?」

「私と十文字君みたいに」

 

 自身と克人を交互に指差した真由美に、なるほどと克人は腕を組んだ。

 二人は親が設けた席で出会っている。その際克人は七草邸に招待され、彼女の兄や妹も紹介された。真由美は同じように他の十師族から招待され、その際会ったことはないかと聞いているのだろう。

 彼女も克人同様、エミヤ達を十師族ではないかと怪しんでいるということか。

 

「いや、ないな。会っていたら顔を忘れるはずがない」

「そうよね……。じゃあ百家? ……まさかエクス──」

「七草」

 

 思考の海に潜りつつあった真由美を克人は引き留める。

 数字落ち(エクストラ)。彼らをそう呼称するのは褒められたことでない。それも彼らの犠牲の上に今の地位を得ている十師族(かれら)が。ふとしてしまって、で済んだのは相手が克人だったからだ。

 真由美も罪の意識があるのか、自身の小さい顔の下半分を手で隠していた。

 

「七草も疲れているんだろう。あとは任せて本部テントに戻れ。俺も決勝の準備に向かう」

「……そうさせてもらうわ」

 

 七草が会議室から足早に出ていく。部屋に残った克人は自分が為すべきことを再確認すると、取り出した携帯端末を耳にあてて二言三言呟いた。

 

 

〇 〇 〇

 

 

 モノリス・コード決勝戦。一高の相手は第三高校で新人戦決勝と同じカードになった。新人戦ではワンサイドゲームに終わっている。総合優勝は逃したが三高選手は後輩のリベンジをと息巻いていたことだろう。

 

 だが彼らは運に恵まれていなかった。

 

 モニター越しに観戦しているエミヤは三高選手が不憫に思えた。

 準決勝まで一高は服部が攻撃を務め、サポート兼防衛に克人と服部にまわっていた。それが今回、克人がオフェンスで服部たちのサポート無しで一人敵陣に乗り込んでいる。

 

 三高の選手たちも克人の進行を止めようと、三人がかりで魔法を放ち続けていた。それでも克人に魔法が届く前に『壁』によって阻まれる。

 

 『ファランクス』。

 四系統八種の壁をランダムに、いくつも生成し続ける多重移動防壁魔法。十文字家の代名詞であるこの魔法で、克人は敵の攻撃を防いでいるのだ。

 

 一歩また一歩と三高選手との距離を詰めていく。あと十歩で届くというところで克人は前屈みになり、一拍置いて飛んだ。ファランクスを展開したまま、敵選手に向かって。

 

 まさか飛んでくるとは思っていなかったのか、三高選手は回避行動をとれず吹き飛ばされる。克人の猛進は止まらない。方向転換すると次の標的に向かって突っ込んでいく。もう一度繰り返した時には、三高選手は誰も立っていなかった。

 

 

 試合終了のブザーが鳴り、観戦をしていた全員が拍手を送る。

 当然エミヤも横にいる雫と光井同様手を叩いている。だが考えているのは先程の試合だ。

 

「圧倒的だったね」

 

 エミヤの感想を雫も持っていたようだ。ただ高校生相手にあの力は過剰ではないかと思う。克人の振る舞いはまるで力を誇示するようだった。何の力かとは考えるまでもない。支配する者として、十師族としての力だ。しかしエミヤが九校戦を見たのは今回の大会が初めて。毎年のことかもしれない。

 

「雫。会頭は去年の試合もあんな感じだったのか?」

「ううん。十文字先輩は去年も一昨年も、ずっとディフェンスだったよ。オフェンスにいたのは初めて」

「……そうか」

 

 モノリス・コードのフリークである雫が初めてというのならその通りだ。となればやはり力を示したのだろう。

 将輝の敗北が十師族にどれほど影響を与えたのか、エミヤに興味はない。

 

「行くか」

 

 今以上に何らかの形で十師族と関わっていくことになるかもしれないと、エミヤはそんな予感がした。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 まさかこんなに早く勘が当たるとはエミヤも思っていなかった。

 あと十五分もすれば始まる後夜祭パーティーの会場を、エミヤは宿舎の庭から見上げていた。一人で散策ということではなく、克人に連れて来られてだ。

 

 入口が混む前に会場に入っておくよう雫に言われ、早めに部屋を出たのが失敗だった。エレベーターを使い会場である最上階まで昇ったエミヤは、運悪くもう片方のエレベーターから出てきた克人と目が合ってしまったのだ。

 無視するわけにもいかず、お疲れ様ですと声を掛けたエミヤ。「お前もな」と返した克人は突然腕を捲った。時間を確認していたのか、「話がある」と歩き出した克人の背を追ってきて現在に至る。

 

 そんな克人の歩みもようやく止まった。そこから二メートル離れたところでエミヤも足を前に動かすのをやめる。振り返った克人の表情はいつもと変わらない。しかしその瞳に普段以上の力が宿っていると感じた。

 

「会頭、話とは?」

 

 ここまで一言も口を開かなかった克人の代わりにエミヤが火付け役となる。人気のないところまで連れてきて、九校戦を振り返りたいわけではないはずだ。

 エミヤの中でも大方目星はついていた。一条将輝に勝ったことで、今後の身の振り方を考えるよう諭されるのだろうと。

 

「衛宮。お前は数字付き(ナンバーズ)、もしくは十師族の人間だな?」

 

 それだけに克人の問いはエミヤに多少の衝撃を与えた。分かりやすく驚きを顔にすることはなかったが、まさか自分を十師族かと聞いてくるとは読んでいなかった。

 

「まさか」

 

 裏付けがあったのか、鎌をかけたつもりだったのか。いずれにせよエミヤの答えはノーだ。本当のことなのだから、それ以外に答えようがない。

 ただ烈との接触を証拠と把握していたとしたら、根掘り葉掘り聞かれることは覚悟しておかなければならない。

 

「……ならば」

 

 しかし話はエミヤが予想だにしていなかった方向へと進み始める。

 

「衛宮。十文字家代表代理の立場として、お前に十師族との婚約を奨めておく」

「……は?」

「お前の性格からすると、そうだな。七草の次女がいいだろう」

「待て、待ってください会頭。なぜそんな話に?」

「お前自身がどう評価しているかは知らないが、十師族はお前の力を放っておけない。それは薄々気づいているだろう? ならば巻き込まれる前に、自分がどう接していくか考えるのが得策のはずだ」

 

 身の振り方の一つとして提案しているのではない。克人はこの道しかないと言っているのだ。

 けれどもエミヤと烈のような互いに協力し合う形だってあるはずだ。

 

「協力関係では駄目なのでしょうか?」

「他の国であればいいだろうが、日本は既に十師族が頂点というシステムが出来上がっている。その頂点がただの魔法師と対等な関係を築けば、その構造に疑問を抱くものが現れるだろう」

 

 あり得ない話ではない。

 かつて多くの偉人がそうだったように、それは歴史が証明している。

 だが今の時代に照らすと、十文字の言は過剰とも思える。

 

「勝ったとはいえ相手もまだ十六。少し大袈裟では」

「接戦だったなら俺もここまでしつこく言ってはいない。一条の次期当主に少しの抵抗も許さなかったというのは、それだけ影響が大きいということだ」

「急を要するほどですか?」

 

 エミヤが頑なに拒み続けるのをみて、克人は不思議そうな顔をして口を開く。

 

「衛宮、何をためらっている?」

 

 心からそう思っていると、そう感じさせる口調だった。

 

「お前の事情は知っている。それを考慮すればこそ、断るような悪い話ではないはずだ」

 

 克人が言っているのはPDの情報だろう。エミヤは三年前親族を失っていることになっていて、客観的にみると今のエミヤには守ってくれる家族も後ろ盾もない。

 克人なりにエミヤを気にかけて提案しているのだ。

 

「それとも恋人でもいるのか?」

 

 克人の言葉にエミヤは何故か、雫の顔が浮かんだ。

 恋人ではない。けれど雫が好意を寄せてくれているかもしれないと、エミヤ自身最近になって思い始めていた。

 

 エミヤにとって雫との時間は居心地が良い。それも非常に。彼女と行動する時間が長いせいかもしれないが、あれこれ世話を焼くのも焼かれるのも、何かを共有することも悪くないと思っている。

 

 されど、それは恋心かと聞かれると否定してしまう。

 

「……いえ」

 

 結局、雫がそうだなんて嘘は言えなかった。

 名前を出さずに「います」などと返す手もあるが、裏をとればすぐに虚言だと分かる。

 おそらくこれ以上の抗弁は無駄だ。

 

「心配するな。七草家当主には話を通しておくし、まだ縁談の段階ですらない。それに招待されれば嫌でも俺が同伴する」

 

 慰め程度に一言付け加えた克人は、制服の袖から時計を覗かせる。

 じきにパーティーが始まる頃合いだ。

 

「この話は後日連絡する。そろそろ戻るぞ」

 

 来た時と同じように克人はエミヤを背に歩いていく。

 烈が知ったらなんと言うだろうか。雫に話せばどんな顔をするだろう。

 断るつもりではある。ただ断っても拒否権が必ずしもあるとは言い切れない。

 エミヤは来た時より重くなった足で会場に戻っていった。

 

 

 〇 〇 〇

 

 

 会場に戻ったエミヤを迎えたのは芸能プロダクションを語る複数の男女だ。物腰こそ柔らかかったが、あまりに勢いよく喋るので適当に話を切り上げた。

 内容はそろってモデルの依頼。そういう方面は深雪に集まると思っていたが、彼女を探したら市原が追い払っている。どうせなら自分にもそうしてほしかったと、エミヤは思った。

 

 演奏が始まり、学生とスタッフだけになった会場を見渡してエミヤは知り合いを探す。

 光井や達也はすぐに見つかったが、人が多いこともあり、どうしても雫の姿が見当たらない。エミヤの知る限り、今夜を楽しみにしていたので居るはずなのだ。

 

 近くで摩利の相手をしていた達也が手隙になったのを見て、エミヤは声を掛ける。

 

「達也」

「士郎か。さっき雫が探していたぞ」

「……どこにいる」

「そこまでは俺も知らない。……エリカ!」

 

 達也は近くを通った給仕姿のエリカを呼び止める。エリカがエミヤをみて半目になったのは気のせいではないだろう。

 

「なにー、達也くん」

「士郎が雫を探しているんだが、どこにいるか分かるか?」

「あっちで男子に囲まれてる。雫、困ってたよ。あー誰か助けてあげないかなー」

 

 わざとらしい口調でエリカは『誰か』を強調する。

 居心地の悪い視線を感じたエミヤは二人に礼を言うと、エリカが指した方向へ歩いていく。

 

 達也がいた壁際とは反対側。そこで雫は他校の男子に巻かれていた。

 

「待たせたな」

 

 男たちの後ろから声を掛ける。これで雫に声が聞こえてなかったり、無視されていたらエミヤは恥ずかしい思いをしていただろう。

 

 男子を押しのけて雫が姿を現した。機嫌は、あまり良さそうではない。

 男子達はエミヤと雫を見ると、どこかへ散っていく。そのうち何人かは何を誤解したのか、彼に「悪い」と片手で謝る者もいた。

 

 二人になると雫は何かを要求するように、冷ややかな目をエミヤに向ける。

 

「遅れて悪かった」

 

 初手からとぼけるようなことはしない。

 雫がずっと待っていたのは達也たちと話して分かっている。だから「待っていてくれてありがとう」とも伝える。

 素直なエミヤの態度に多少気分が良くなったのか、雫は少し笑った。

 

「いいよ。許してあげる」

 

 普段通りの口調。どうやらご機嫌は直ったようだ。

 それでもまだ一安心とはいかない。

 

「それでなにしてたの?」

 

 流れで聞かれるだろうとはエミヤも思っていた。

事情が事情なだけに公の場で話すことはできない。しかしながらパーティーに人が集まっている今なら、雫を連れ出して二人きりにもなれる。

 

 ただエミヤはどう雫に伝えるか決めかねていた。それも後夜祭を楽しみにしていた彼女の気持ちを傷つけずに。

 

「会頭と少し話をしていた」

 

 エミヤは縁談の話を先延ばしにした。

 もしその間、雫との仲が深まり彼女の気持ちを知ることになれば、この手の話題はし辛くなる。

 それをエミヤも承知の上で下した判断だ。

 

「雫の方は随分と人気者だったな」

「誰かさんが遅いせい」

「その誰かを雫は待ってくれてたんだろ?」

「私くらい待ってあげないと可哀想だと思って」

 

 雫と軽口を叩きあう。

 彼女と過ごしたこの四ヵ月は、入学当初に想像したものよりもずっと濃密な時間だった。

 互いのことを知り、様々な共通の経験をした。知らないことの方が多いはずだと、言われるかもしれない。

 けれどそれは一緒に過ごした時間を否定することまではできない。

 

 だからエミヤは分かっている。雫が彼に何を求めているかを。

 

「私と踊っていただけませんか?」

「芝居がかりすぎ」

 

 文句を言いつつも、雫は微笑交じりに差し出されたエミヤの手をとる。

 目を合わせる雫とエミヤ。

 エミヤは改めて雫を誘う。

 

「雫、俺と踊ってくれるか?」

「喜んで」

 

 エミヤの瞳が映すのは雫だけ。雫の視界に映るのはエミヤだけ。

 見つめ合うこの時は雫とエミヤ、二人きりの世界。

 あるのは音楽と両者の存在のみ。

 二人はそこで動きを重ねる。

 

 ずっと、この時間が続けばいいのに。

 

 そう永遠を望んだのは雫か。それとも──

 




皆様、お久しぶりです。ききゅうです。二年ぶりですね。言い訳はしません。本当に申し訳ございませんでした。

 本当は「見えますか……? この文章は2017年から送っています」とか言いたかったんですが、皆さまを長く待たせたのに失礼だと思い、やめました。

 謝辞の前に先ずは注意というかお詫びを。開いた期間でかなり文調が変わってしまいました。
 初めて読んでいただいた方は九校戦編Ⅶまではかなり薄い内容なので、覚悟の準備をお願いします。もし前のように手ごろに読める方が好きだという事であれば、感想にてご意見お待ちしてます。
 

 さて、では謝辞を。高評価を頂きました、くるるるさん、むらさき君さん、Sinji3256さん、ヤコウさん、真碧さん、赤谷赤也さん、吾が輩はボッチである さん、蒼 点さん、ロベスピエールさん、niftyさん、梅矢さん、KAI1222さん、自由に生きたいさん、パーレクシィさん、はなたはなたさん、ウルブラさん、小鳥遊陣さん、渡部焔さん、貴方のファンさん、idiotさん、フォンバックさん、宝仙さん、このめさん、tubuyakiさん、yamaking917さん、正当な予言者の王さん、GREENver52.3さん、蕈野山子さん、gigapurinさん、イルさん さん、phu-sanさん、紗理奈さん、朱神姫さん、斎藤元さん、宴九段さん、kuufeさん、レオンハートさん、白き夜の魔王さん、ヒラタンさん、くらくらぴえろっとさん、陣海さん、ティーダさん、ビフロンズさん、ktkrtakisanさん、黒零 紗希さん、あべしさん、鯖ライトさん、外道麻婆今後ともヨロシクさん、Mark・Rainさん、東野丸さん、Kazuma@SBさん、Solidasさん、タッケーさん、さくら饅頭さん、ラノベ大好きさん、レグルスアウルムさん、まーろんzさん、砒素さん、脳筋さん、shopeiさん、城山恭介さん、TRIGUNさん、マーボー神父さん、ChaosUnicornさん、和人 桐ケ谷さん、緒方さん、ザキノ海軍中佐さん、噴門 無視樹さんtomo00さん、Krahideさん、masayasugitaniさん、小米さん、カレンはルルーシュの嫁さん、Ryo1104さん、絢都さん、わらふじさん、ゆる さん、sion1231さん、ゴレムさん、黒安さん、家畜魔法師さん、からあげ3号さん、(*ゝ`ω・)さん、クロスゼリアさん、赤椿さん、平田なごみさん、特急しなのさん、粉みかんさん、カキヨミさん、isaですさん、水面水面水面下さん、Alice マーガトロイドさん、アレッティオさん、Guilty Crowさん、Reiasskさん、巌窟王蒼魔オルタさん、紅城さん、abesiさん、MA@Kinokoさん、弄月さん、綿の鍋さん、ムリエル・オルタさん、颯颯さん、センリさん、感想を送っていただいた方、そしてこの作品を読んでくださる読者様に心より感謝申し上げます。言葉が乏しいですが、作者は皆様に本当に救われています。本当にありがとうございます。

 九校戦編Ⅷですが長くなってしまいました。前のあとがきで「短いから余裕ですわ」とか言ってた過去の作者をぶん殴りたいです。
 さて九校戦編が終わり、次回から夏休み編になります。雫視点で色々語ろうかなと。
 まぁこちらは今回ほど長くならないと思うので、1~2話で横浜編に入るでしょう。

 それと九校戦編Ⅶまでですが加筆を予定しています。我ながら良くこんなもので満足していたなと猛省しているところです。ただ物語の進行を優先させますので、ご心配には及びません。

 また頂戴しました感想も順次お返事させていただきますので、お待ちいただければと存じます。 

 最後に再三申し訳ございませんでした。再び皆様にこの作品を読んでいただいてること、また応援していただけていることに深く御礼申し上げます。

 近いうちにまたお会いしましょう。


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夏休み編
夏休み編I


 

 

 

 カーテンを開けると、陽光が私の視界を真っ白に染め上げた。

 

 

 

 おかげで窓際とは対照的な薄暗いベッド周りはよく見えてない。

 

 

 

 睡魔の残痕に私は視覚からの情報をシャットダウンして、寝城へと向かう。

 

 九校戦が終わって一週間。さすがに疲れているわけじゃない。だけどそれは精神的なモノを除けばの話。

 

 それに本格的な夏休みが始まってから毎日をだらだらと過ごしているのではないし、今日一日くらい早起きせずとも御天道様は許してくれるだろう。

 

 

 

 ひんやりした床をとぼとぼ歩いて私はマットレスに倒れ込む

 

 

 

「──っ!」

 

 

 

 ──よりも先に右足に激痛が広がった。あまりの痛みにその場にしゃがみ込まずにはいられない。

 

漸く暗さに慣れた目で見ると、小指と薬指の間が赤くなっていた。どうもサイドテーブルの脚にぶつけたよう。ぶつけたところを意識すると、足全体に広まっていた気がする痛みが一か所に集中してきた。サイドテーブルは何も悪くないけど、倒れもせず堂と立っているので少しイラっとする。

 

 だけどそれもすぐに落ち着いて、今度こそ身をベッドに転がした。

 

 

 

 瞼を降ろして眠ろうとしてみるけど、痛みのおかげで意識が覚醒してしまっている。これじゃあ眠れない。起きてすぐ課題をする気分でもないしシャワーを浴びて朝食でも、なんて思って今の時間が気になり始めた。

 

 壁にかけている時計を見ると短針がちょうど六時を指したところ。今起きてもリビングに居るのは出勤前のお父さんとメイドくらいだろう。

 

 

 

 北山 潮(おとうさん)。最近はよく士郎さんについて尋ねてくるようになった私の父親。

 

 顔を合わせれば、士郎君とはどうなんだと聞いてくる。最初は友達と答えていたけど、余りにしつこいから昨日、どうなんだって何って返してやった。お父さんは困った顔をみせて言葉を選び直しているようだったけど、お母さんが肩に手を置くと黙り込んでいた。

 

 

 

 北山 雫(わたし)衛宮 士郎(かれ)は友達。それ以下の可能性はないはずだけど、悲しいことにそれ以上という事もない。その事実を伝える度に苛立ちが募っていった。

 

半年前の私だったら、どうして苛立っているのか分からなかっただろう。いやそもそも苛ついていなかったに違いない。

 

 

 

 きっと私は変わりつつあるのだ。身体の成長とは不釣り合いに心だけが。何が媒体になっているかは私自身分かっているつもり。それでもこの成長を止める事も、そのつもりもない。

 

 これは私が大人になるために避けては通れない必要な変化のはずだから。少女から大人の女性になるには不可欠な恋こころだから。

 

 もっとこの気持ちを大事にしたい。

 

 

 

 でもそれと苛々するっていうのはまた別。

 

 幾ら私がそんな事を思って行動していたとしても、士郎さんからデートに誘われたり何時の間にか恋仲にはなっていたりはしない。

 

 だから、たとえメッセージの返信が半日か一日に一回の日があっても、電話口で横から女性の声が聞こえた時も。私は決して怒っていない。嫉妬のあまり枕に顔を埋めて叫ぶなんて事は、断じてしていなかったのだ。

 

 

 

 きっと私は現状を変えられない自分が腹立たしいんだ。

 

 九校戦で交わしたあの約束も、本来なら私から話を持ち掛けるべきなのだろう。

 

 その一方、心の何処かで士郎さんからって期待している自分が、察してほしい女の子の私が居る。

 

 

 

 けれどここ最近の士郎さんの反応は、彼からお出掛け(デート)に誘ってくれるような雰囲気ではない。ないとは思うが、彼が約束を忘れたんじゃないかって多少心配になっている。

 

 

 

 余計な事を考えようとしていた頭を振って、胸の辺りに溜まった不安を溜息と一緒に吐き出す。

 

 溜息は幸せが逃げるって聞いたことがあるけど、それなら沢山息を吸えば不幸にならないのって、最初に言い出した人に聞いてみたいものだ。

 

 

 

  寝返りを打った私の視線の先にあったのは、デジタルフォトフレーム。私が小学生の頃から中学校の卒業式まで、懐かしい思い出を次々に映していく。

 

 その全部と言って良い程私の隣に映るほのかに、私は口角が少し上がるのを感じた。

 

 

 

 高校生になるまで、ずっと横にいた感じがする。

 

 記憶が正しければ最初は会ったら挨拶するくらい程度の関係だったはず。それが何時の間にか親友になって、今では手のかかる妹みたいになった。ちなみに本人の前で言ったら自分の方が姉っぽいと言い張って引かなかったので、この手の話題はしないようにしている。

 

 

 

 それが高校生になった今では達也さんにべったり。隙あらば達也さんがーとメッセや電話を寄こしてきて、相談を持ち掛けてくる。

 

 

 

 最近の疲労の原因は正にこれ。

 

 九校戦が終わって想い人に中々会いづらいのは分かる。だが頻度を弁えてほしいのだ。一時間に五通、家で一緒に課題を進めている時は九割達也さんについて語っている。その間私は機械の様に相槌を打ち、話を聞いている振りをし続けなければならない。

 

 

 

 ほのかは可愛いし相談にもできるだけ乗ってあげたい。

 

 だけど似たような話ばかりだと流石に飽きて、最近は呼吸するくらいの感覚でへぇと喉から音を出す作業になっていた。

 

 

 

 会話であればそれだけだから良いけど、文面になると更に厄介。

 

あまり早く返事をすると着信が増えるのは目に見えてるから、適度な時宜で当たり障りのない内容を送る。そしてその二、三分後には私の苦労を知らずデジャブを感じさせる文章が送られてくるのだ。

 

それは宿題が終わらないと夏休みを繰り返す呪いにでも掛かった気分にさせる程。

 

 

 

 それでも私は強くは言わない。ほのか自身の問題ではあるけど、殊達也さんのことに関しては性格よりも遺伝的なモノが原因だろうから。

 

 

 ほのかも知識としては分かってはいるだろうけど、現状自覚しているかどうかはかなり怪しいところ。

 

 でも今はまだ言うタイミングではない気がする。だから言うべき時が来るまでは面倒くさくても話を聞いて上げよう。

 

 

 

 親友への思いを改めて確認した私がフォトフレームに意識を戻すと、そこには最も新しい春色の記憶が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 それは第一高校の入学式だった。

 

 

 

 ほのかと一緒に正門の前で写真を撮り、会場である講堂へと向かう。

 

 

 

 これからの学園生活へ心を弾ませ表情を綻ばせているほのかと、期待も不安も面には出さないように努める私。何が不安なのかって、周りで笑みを浮かべている新しい同級生たちが虐めっ子か虐められる子に分かれるってこと。つまり私がそのどちらかになるってことだ。

 

 

 

 虐め。何世紀から始まったか分からないそれは、三度の大戦を終えても尚消えることはなかった。

 

 それどころか第一高校ここでは目に見える形で根強く残っている。エンブレムに八弁花があれば大体虐めっ子で、無ければ虐められっ子。花がある私はこれから虐めっ子の仲間。

 

 

 

 かつて自分を虐めていた子達と同じ立場になろうとしてるなんて、純粋なほのかは気づいているのだろうか。

 

彼女が虐められていたことを知っている私は、一層意識せざるを得ない。でも昔ほのかを守った小さな私は鳴りを潜め、十六歳を目前にして社会に染まり赤の他人の為に正義を名乗る勇気はなくなってしまっていた。

 

 

 

 あぁ、これが大人になる事かって自分を納得させてたんだと思う。周りの空気に合わせて仕方ないって、私じゃ何もできないって諦める事が大人だと悟った気になっていた。

 

 

 

「雫、大丈夫?」

 

 

 

 私の憂患を感じ取ったのか、ほのかが心配そうな表情を浮かべていた。顔に出したつもりはないけど、付き合いの長さは伊達じゃないってことなのだろうか。

 

 

 

「ううん、何でもないよ」

 

 

 

 明るい声でそう返した私に、ほのかは安堵の吐息に混ぜて良かったと漏らす。

 

 そう、何でもない。虐めがあろうとなかろうと、ほのかさえ守れれば良い。あの時の私は確かにそう考えていたはず。

 

 

 

 そしてそれまでの私の考えに変化をもたらす切っ掛けになるのはこの後の出会いだ。

 

 

 

 講堂に入った私達は入学式が始まるまで席について話していた。話題は入りたい部活だったり学校行事だったり、そんなところだったと思う。兎に角、暇な時間を少しでも楽しいものにしようと私達は喋っていた。

 

 

 

 式が迫ってくるにつれ避けられていた前の方の席も埋まっていって、時間ぎりぎりで私の横の空席にも人が座る。

 

 今思い返してみても、何故横を向いたのかは分からない。多分好奇心に駆り立てられたんだろう。

 

 

 

 ふと隣を見れば浅黒い肌に白髪の青年が座っていた。ルックスは良いけれど、とても近寄りがたい雰囲気の彼。

 

 強調して言っておきたいのは、一目惚れじゃないって事。恋愛に興味がなかったと言えば嘘になるけど、理想の男性像があったわけでもない。だからこの鋭い目つきの男の子を好きになるなんて思ってもいなかった。

 

 

 

 それよりも頭の中を走り回っていたのは数々の疑問。髪が白かったり肌が黒かったりするのは留学生なのかなとか、だけど留学生はいないって話だからハーフなのかなとか。

 

 しまいには疑問の多さに処理が間に合わなくなったのか、私の唇は無意識に動いていた。

 

 

 

「……もしかしてハーフ?」

 

 

 

 私はどんな顔でこの言葉を口にしたのだろう。予想だけど間抜けな面持ちだったに違いない。タイムマシンがある訳じゃないから答え合わせはできないけど。

 

 

 

 聞かれた彼は不躾な質問だったにも関わらず嫌な顔を見せなかった。

 

 

 

「……いや正真正銘純血の日本人だ」

 

 

 

 おまけに少し間はあったけれどきちんと私の疑問にも答えてくれた。怖い人かとも思ったけど、そうでもないのかなと心中ほっとする私。そのままほのかのフォロー無しに会話が終わっていれば、彼の私への評価は最低だったかもしれない。

 

 

 

 先に謝ったほのかに便乗して私も名乗る。

 

 

 

「北山雫」

 

 

 

 短く名乗った私に僅かなタイムラグを起こして彼の唇が動いた。

 

 

 

「……衛宮士郎だ」

 

 

 

 私の口はエミヤシロウ、と青年の名を音もなくなぞる。それは私が生涯忘れる事のないだろう彼とその名前を知った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 幾許もなく始まった式はそのまま何事もなく終わっていった。

 

 印象的だったのは新入生代表の司波深雪が超をつけても足りないくらいの美少女で、横に居たほのかが「わぁ」と小さく感嘆の声を上げていたことくらい。

 

 IDカードを発行してもらってクラスを確認した後士郎さんと別れ、ほのかに連れまわされて私はようやく解放された。

 

 

 

 そしてその翌日、私が危惧していたことが早々に現実となった。

 

 

 

 昼食時に深雪との相席を狙っていたほのかとクラスメイト達に連れられ、食堂に向かったのが事の発端。

 

 どうやら深雪は達也さんと食べたかったようで、エリカ達二科生と一科生がにらみ合う状況になってしまったのだ。

 

 

 

「ウィードと相席なんて、止めるべきだ」

 

 

 

 森崎君の一言で一気に雰囲気が悪くなる。西城君なんかは怒りがこみ上げてきているといった感じで、いじめというよりは喧嘩の一歩手前。

 

 おまけに食堂という事もあって多くの視線が集まってる。

 

 

 

「そうそう、一科と二科のけじめはつけた方が良い」

 

 

 

 その瞬間私はひどいショックを受けた。例えるなら寝起きを鈍器で殴られたような感じ。言葉のせいではない。言葉に同調するように頷いたほのかを見たせいで、だ。

 

 

 

 人を虐めるほどほのかは気が強くない。むしろその方面では弱いとまで言える。

 

 だからほのかに虐めに加担しているつもりはないと信じ込んで、そうでありますようにと私は心の中で膝を折り祈っていた。

 

 

 

 後日改めてその時の事を尋ねたら、達也さんには一科の実力があるのに二科生の立場に甘んじている無精者と思い込んでいたらしい。その所為で当時は達也さんに敵意を向けていたんだとか。

 

 

 

 結局、達也さん達E組がその場を去ることで、一旦事態は収拾していった。

 

 

 

 ところがどっこい、私達は放課後に達也さん達E組と再び顔を合わせることになる。それも昼よりもずっと険悪なムードで。A組の森崎達は深雪さんと話したいけど、彼女は達也さん達E組と一緒に帰りたい。そんな些細な事が原因。

 

 

 

 最初は喧嘩腰の口論が続いていただけだったけど、話は段々と大きくなって話は別の方角へ向かい始めていた。

 

 

 

「同じ新入生のあなた達が、今の時点でどれほど優れてるって言うんです⁉」

 

「……どれだけ優れているのか、だって? 知りたいなら教えてやるぞ!」

 

 

 

 森崎君は余程頭に血が上っているのか、顔が若干赤くなっている。周りも周りで同じように怒りに支配されているのか誰も止めようとしない。

 

 

 

 かく言う私はおどおどしているほのかを見守っているだけ。

 

 本当は自分がどうすべきなのか、頭では分っていた。だけど私の足は釘打ちされたように張り付いたまま。

 

 

 

「ハッ! 教えてもらおうじゃねぇか、自称優等生様によぉ!」

 

「だったら見せてやる!」

 

 

 

 遂に森崎君は腰のCADに手を掛け、西城君に銃口を向けて魔法式を展開する。西城君も距離を詰めんと地面を蹴っていた。どう転んでも怪我人がでるのは避けられない。その筈だった。

 

 

 

「少し落ち着いたらどうだ?」

 

 

 

 つまらなさそうな声。呆れたような表情の彼は私達の前に現れた。まるで最初からそこに居たかのように。

 

 瞬きなんかしてない。にも関わらず、彼は右手で森崎君の腕を後ろ手に捻り、片手にはいつ取り上げたのか森崎君のCADを握っている。

 

突然のことで私達は何が起こった直ぐには理解できなかった。

 

 

 

「彼等に理があるのは明確だろう。君たちがまた日を改めるべきではないか?」

 

「……二科生の肩を持つのか?」

 

 

 

 痛みのせいか、それとも他の何かが原因なのか。森崎君は歯を剥き出しにして、苦しそうに言葉を吐いた。その唸りを聞いてやっとA組の子達は反応を見せ始める。

 

 

 

「肩を持つも何も、傍目から見れば君らは駄々を捏ねる子供のようだったが?」

 

 

 

 事務的な口調で諭された森崎君が口を閉じると、士郎さんも捻っていた手を放しCADを持たせる。

 

 

 

「知り合いが失礼したな。 そこの君も得物を収めてくれないか?」

 

「はーい」

 

 

 

 士郎さんはエリカ達に向き直り、フレンドリーな口調で詫びを入れる、

 

 その後すぐに騒ぎを聞いて駆けつけた七草会長が何か注意をされたが、私は心臓の高まりの所為で二割くらいしか内容が入ってこなかった。

 

 

 

 ──私は衛宮 士郎(かれ)に心を揺さぶられていた。

 

 

 

 一言で表すのなら彼は“正義の味方”だった。誰に媚を売るわけでも、傍観するわけでもない。一科生だろうが二科生だろうが関係なしに正しい行いをする。

 

 

 

 まさに私の憧れた姿だった。そして私とは真逆の振る舞いで、力がなくて諦めるしかなかった私の対極にいる人だった。

 

 好きになるきっかけになったのはおそらくここ。その時にはもう好きになり始めていたかもしれないし、憧憬が時間を掛けて恋心に変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 このトラブルが引き金になり、正義の味方に憧れていた私は再び目を覚ました。

 

 

 

 

 

 たった数ヵ月のことなのに随分と懐かしく感じる。

 

 学校が襲撃されたり、九校戦があったり。普通の高校生なら絶対に体験しないし、したくもない思い出。だけど楽しい思い出もいっぱいある。その思い出達も時間を掛けてセピア色に染まって、いつかは思い出せなくなるのだろう。

 

 

 

 そうなっても過去に思いを馳せることができるよう、私は記録として写真に残しているつもり。

 

 フォトフレームは小学生の私が経験した景色に戻って、スライドショーをリスタートする。

 

 

 

 ──何時の日か、士郎さんをこの額縁に飾れたら。私の願いは宙に出ることなく、心にとどめられる。

 

 

 

 ブルッと震える携帯端末に注意をひかれ、私は上半身を起こした。妹分の名前を表示する画面に、またかと苦い笑みを浮かべてしまう。

 

 

 

 窓から見える空模様は真っ青。今日もまた、夏休みが始まる。




皆さん、お久しぶりです。ききゅうです。

長いことお待たせして申し訳ございませんでした。
私が投稿しない間に感染力の強い黴菌が流行って
私たちの生活もいろいろと変わってしまいましたね。

私のほうも生活が一変しまして、筆を執る気も起きず
小説そっちのけであっという間に4年近くもたってしまいました。

それでも再びこのように投稿を始めることができるのは
偏に感想を送ってくださる皆様、高評価を付けてくださった皆様
そして読者の皆様のおかげです。

特に4年近くもの間、感想を送ってくださった方々やメッセをくださった
皆様のお言葉は私の強い原動力となっています。
本当にありがとうございます。

さて、再開にあたって一つお詫びを。
長いこと執筆活動から離れていたせいか、
文の質が落ちているやもしれません。
次第に戻っていくとは思っておりますが
言い訳にはなりますが、ご容赦頂ければ幸いです。

最後とはなりますが皆様、お待たせして申し訳ございませんでした。
今後とも魔法科高校の贋作者をよろしくお願いいたします。


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