このすば! 俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです (緋色の)
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第一話 こんにちは平行世界

はじめまして。

アニメなどを見て、好きになったので、書くことにしました。基本的には小説の方を基準にしていきます。

それでもいいという方はゆっくりしていってね。


 俺は今猛烈に泣きたかった。

 

 ジャイアントトードのクエストを達成して得た金で酒を飲む。

 

 いくら俺が弱いと言っても、爆裂魔法で魔王を倒しちゃったカズマさんなら蛙ぐらい何とかなる。

 

 今回はウィズの店でつけで購入した爆発するポーションを使って退治した。

 

「くそっ! あいつらのせいでえ!」

 

 そもそも俺はもう働かなくてもいいぐらいのお金を持っていたが、予想外の事態によりないも同然になった。幸いレベルやスキル及びポイントはそのままなのでクエストでお金は稼げる。

 

「何でまたやらなきゃいけねえんだよおおおお!」

 

 魔王を倒しちゃったカズマさんは、また魔王を倒さなくてはいけなくなった。ふざけんな。

 

 そもそも俺がまた魔王を倒すことになったのは本当にあいつらのせいなんだ。

 

 

 

 

 

 その日はよく晴れていた。

 

 俺はアクアたちとウィズの店に来て、世間話をしていた。

 

 平和になったからか、暇な時間も増えた。お金持ちの俺は働く必要はないのだが、暇さえあれば何かを作ってはウィズの店に持ち込んだりする。

 

 今日は何も持ち込まなかったが、バニルと別の街の流行の品を見て、この街でも通用するのか、もしくはどう改良するか、そんな話をした。

 

「むう、爆裂魔法を汚す悪しきものが売られているなんて」

 

 厳重に保存される形で、ダイナマイトは販売されている。今でも難色を示すめぐみんだが、これが工事などで活躍していて、職人に必要とされていることを聞いてからは少しは見逃すようになった。

 

 まあ、それでも難色を示すだけあって、見る度に文句を言っているが。

 

「そういえば面白いものを手に入れたんです! これなんですが、何と! 平行世界に行けるみたいです!」

 

「平行世界とは何だ?」

 

「平行世界とは、つまり……あの、その」

 

 言ったのはいいが、あまり理解してないらしいウィズに代わって説明をする。

 

「平行世界ってのは基本的にこの世界と同じだ。だけど違う所があるんだ。例えばこの街にはウィズの店がなかったり、俺たちはあの屋敷に住んでなかったり」

 

「何だかもしもの話みたいですね」

 

「そういう風に捉えていいぞ。平行世界ってのは、別の可能性の話だからな。今日、俺は暇だからウィズの店に来たけど、別の世界の俺は屋敷で寝てたり、ギルドに行ってたりってな」

 

「なるほど。その時計みたいなものを使えばその平行世界に行けるのか……。だが、もし行った先がみんなと会えていない未来だったら……」

 

「でもでも、私を誰もが崇め甘やかしてくれるような、そういう最高の未来もあるわけで」

 

 このばか!

 

「それならば私が求む最高のシチュエーションの世界が……!」

 

「爆裂魔法を好きなだけ使える世界も……!」

 

 それ見たことか!

 

 ダクネスとめぐみんがもしもの話を実現できるかもしれないと思い始めた。

 

「待て待て。神器でもないのにそんなのできるわけないだろ。それにウィズが仕入れたものだぞ」

 

「カズマさん、私だとそんなに信用なりませんか!?」

 

「貧乏店主、お前の何を信用しろというのだ。この前も我輩が出した稼ぎをガラクタに変えたばかりではないか」

 

「あれはガラクタではありませんってば! プリースト必須スキルのヒールを使えるようになるんですよ!」

 

「……プリーストしか使えないというオチつきだったろうが! 貴様、前にも同じようなのを買っていたではないか!」

 

「でも、ヒールのはプリーストが使う魔力と変わらない程度で使えます! ちょっと大きかったのが難点ですけど」

 

「余計な荷物を増やすぐらいなら習得するわ!」

 

 いつもの言い争いがはじまった所で、ガラクタを見ていたアクアが自信満々に言った。

 

「ウィズ、安心していいわ! これは紛れもなく神器よ!」

 

「ほら、聞きましたか!? 私だってちゃんと商品を仕入れられるんです!」

 

 ウィズは全身で喜びを表現しながら言った。その時に豊かな胸がダンスしたのでがっつり見た。

 

 

 

 

 ガラクタ改め時計みたいな神器をテーブルに置いた。

 

 バニルが切り出した。

 

「我輩の知識が確かなら、神器は認められた者でなければ力は発揮しないはずだ。一部は認められてなくとも使えるみたいだが、その場合は本来の力には及ばない」

 

「これは認められてなくても使えるわ。誰かが使ってたら使えないけど。あと行き先の指定はできないし、自由に行き来できないわ」

 

「それならだめですね」

 

「と思うのが素人の考えね。あくまで自由に行き来できなくなるだけよ。帰るための条件を決めてから使えば問題ないわ。それでも行き先の指定はできないけど」

 

「条件を満たさないと帰れないが、その条件も簡単なものにしておけば……」

 

 りんごを買う、これを条件にすれば帰れなくなることはない。つまり害のない神器だ。これなら平行世界に気軽に遊びに行くことができる。

 

「ふむ、これを上手く使えば毎月売上を確保できるな」

 

「はあ? 悪魔が何神器を利用しようとしてんのよ。これは私たちがつくったものなんだけど。薄汚い悪魔風情が使おうなんて烏滸がましいのよ」

 

「これは店主が仕入れたもの。ならば、当店で使っても問題なかろう。それとも買うか? これほどの商品だ。かなりの値がつくであろう。何せ簡単な条件をつければ、実質自由に行き来できるわけだからな!」

 

 平行世界に旅行できるとなれば、相当な金額をとっても問題ないだろう。行き先の指定こそできないが、もしかしたらそのランダム性も醍醐味になるかもしれない。

 

「使用者が帰ってくるまで使えないなら、使用者に使用期間中の代金をいただくまで。一日いくらにしてくれようか。五十万エリスが妥当か。ふむ、年一億エリスとして、十年使えば十億エリスの売上か。それほどのものを売るとなれば最低百億エリスになるぞ。ははははははははははははははは!!」

 

 バニルは最後に高笑いを決めた。

 

 話の内容からして売る気はないのだろう。

 

 ウィズが知らずに仕入れたとはいえ、この神器があれば確実に稼げる。しかも、神器の使用予約で来た客が店の商品を見て購入したり、使った客が誰かにこの店の話をするだろう。宣伝効果も考えれば妥当な売値とも言える。

 

 この神器を買い取ったあとは何代にも渡って使えば元手はとれる。

 

 神器で得た利益で何か商売をはじめることも可能だろうし、あるだけで巨万の富を築けそうだ。考えれば考えるほど百億エリスが安く思えてくる。

 

「ひゃっ!? あんた調子乗ってんじゃないわよ! カズマ、百億エリス出し」

 

「ふざけんな! 出せるわけねえだろ!」

 

 百億エリスを要求してきたアクアに怒鳴り返す。

 

 ここで怒鳴っておかないと、マジで神器を購入してきそうだ。

 

 神器があれば回収はできるかもしれないが、今でも十分すぎるほどの財産がある身としてはそこまで魅力的ではない。

 

「別にいいだろ。これはウィズがちゃんと仕入れたものだし、悪用はしないさ。そうだろ?」

 

「はい! 絶対に迷惑はかけません!」

 

 ウィズの言葉にアクアは渋々引き下がる。何だかんだでウィズはアクアにとって友達なんだと思う。

 

「それでは記念すべき一人目は私がやりましょう」

 

「いや、まずは私からだろ」

 

「使うのは女神の私が危険がないか確認してからよ」

 

 めぐみん、ダクネス、アクアが神器に手を伸ばし、そして相手に渡すまいと取り合う。

 

「ええい! 邪魔をするな!」

 

「ダクネスこそ! どうせろくでもないことを望んでるだけでしょうが! 無限爆裂魔法を望む私にこそ相応しいんです!」

 

「めぐみんこそろくでもないわよ! これは私が使うべきなのよ! 平行世界のアクシズ教を盛り上げるためにも!」

 

「あっ! アクア、魔力を込めるのは卑怯です! そちらがそうするなら……!」

 

「ふふ、貯まった所で奪ってやる」

 

「はあ。お前ら、ちょっと落ち着け。話し合って決め」

 

「騙されませんよ!! カズマはそう言って神器を取り上げて使うつもりなのでしょう! 中立に見せかけて自分に有利になるようにする、姑息なカズマらしいですね」

 

「はっ?」

 

「カズマさん、私たちがどれぐらいの付き合いだと思ってるの? あんたの考えぐらいお見通しよ!」

 

「お前が神器のことを聞いて大人しくしてるのはそれしかないだろ」

 

 わー、こいつら俺のこと全然信用してねえ。

 

 卑怯者と責める眼差しに俺の心は痛み、長年の仲間が信じてくれないという事実に泣きたくなった。

 

 俺ほど誠実な男をどうして信じてくれないのか。

 

「やめんか! そんな乱暴にして壊したらどうなるかわかってるのか!?」

 

 バニルの言葉に俺は背筋が寒くなる。そうだ、もしもあの神器を壊したら弁償することになるわけで、それを支払うのは当然……。

 

「お前ら、いいから一回それを置け! 百億エリスなんて弁償できないんだから!」

 

「「「他の二人が手をはなしたらはなす!」」」

 

「この駄々っ子どもが!」

 

 仕方なく俺は取り合いに参加する。

 

 真っ向勝負では勝てるわけがないので、ここはいつものやつを。

 

「『スティール』」

 

「「「あっ!」」」

 

「お前ら、いい」

 

〈異常感知。これより動作確認を行います〉

 

「はい?」

 

〈別の時間軸への移動を開始〉

 

「ちょ、ちょっと待て! 帰るための条件を決めてないぞ!」

 

〈動作確認の場合、条件は自動的に魔王討伐になります〉

 

「やめ、やめろおおお!」

 

 俺の質問に答えたのか、それともはじめからプログラムされていたことなのか、神器は無機質に告げて、無情に俺を平行世界に送りやがった。

 

 くそったれえ!

 

 

 

 

 

 あいつらの下らない喧嘩のせいで俺は、俺はまた魔王討伐なんて頭の悪いことをしなくてはいけなくなったのだ。

 

 あの異常だってめぐみんとアクアがバカみたいに魔力を注ぎ込んで、ダクネスが馬鹿力で掴んだから起きたんだ。

 

「あいつら、帰ったら覚えてろよ!」

 

 恨みのこもった声で言ったら、何でか周りの人たちが怯えた顔になったのだが、どうしてだ。

 

「魔王か……」

 

 あの恐ろしい魔王とまた戦うことを考えたら、いっそこの世界に住んでしまいたくなる。

 

 先を考えると頭が痛くなってくる。




途方に暮れるカズマの前に現れた謎の人物たち。

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、上級魔法を操る者! そして、やがては紅魔族の長になる者!」

「我が名はめぐみん!! アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者! そして、魔王を滅ぼす者!」

 その者たちとの出会いはカズマに何をもたらすのか。

 次回、めぐみんとゆんゆん仲間になる!

 何話で終わるかな……。

↓下のおまけは、短編集にしようと書いた最初のものです。知識不足感が出てます。



 魔王の討伐を道連れという形で俺は成し遂げた。

 そのおかげでレベルはとんでもない勢いで上がった。そうなるとスキルポイントは比例するわけで、何を覚えようか迷ってしまう。

 もう危険なことをする必要もない。魔王討伐の報酬で一生遊んで暮らせる。……レベルとスキルポイントは実はそんなに必要なかったりする。

 しかし、せっかく手に入れたものを使わないというのはもったいないというか。貧乏性が出た感じがするが、もったいないものはもったいない。

 クエストを請けることはもうないとはいえ……、もうない……、俺は思った。

 将来、子供ができて、その子が俺みたいな英雄になりたいと言った時、今のままでいいのだろうか。俺より子供が強くなることは別にいい。しかし、子供と一緒にモンスターを退治しに行き、まともに戦えないままというのはちょっと、その、父親として情けなさすぎるというか、せめて弱いモンスターぐらいは倒せないとね、うん。

 そんなわけで俺は上級魔法を覚えることにした。

 屋敷にウィズを呼んで、どんな魔法を覚えるか話をする。

「カズマさんの場合は覚えられても本職ほど威力は出ないでしょうから、使い勝手を重視した方がいいでしょうね」

「使い勝手か……。間違っても爆裂魔法は」

 魔王を倒すためとはいえ、スキルポイントを注ぎ込んで習得したが、

「ないですね。覚えてもそこまで活躍しないでしょうし、そもそも使い勝手悪いですよ」

「ですよねー。そうなると……」

 ウィズのはっきりとした否定を聞き、俺は何を習得するか考える。

 ふとゆんゆんが使っていた魔法を思い出した。あれならわりと使い勝手よさそうだ。

「何とかセイバーってのはどうだ?」

「『ライト・オブ・セイバー』ですか。そうですね、カズマさんの魔力でもゴブリンやジャイアントトードは簡単に切り裂けますよ。それより強いのも倒せると思えますし、間違いないですね」

 ウィズの反応はいいものだった。胸の前で手を合わせて、にこにこしているウィズに早速教えてもらおうとした所で、制止が入った。

「認めません、認めませんよ! カズマ、私より魔法使いらしくなってどうしようと言うのですか! 大体私の爆裂魔法があるのですから、カズマが上級魔法を覚える必要はありません」

 パーティの中でアークウィザードという上級職についているめぐみんが熱く語った。どうやら自分のアイデンティティーが脅かされるのではないかと思っているようだ。

「大丈夫だめぐみん。俺が上級魔法を覚えても、お前が頭のおかしい爆裂娘なのは変わらないから。だから安心してくれ」

 そう、俺が上級魔法を覚えても、こいつの他の追随を許さない爆裂道の前では霞むのみだ。むしろ、カズマってそんなのも覚えてたんだ知らなかったー、と言われるのが頭に浮かぶ。

「私のどこが頭おかしいのか問い質したい所ですが、今は置いておきましょう。……カズマ、私の爆裂魔法では不満ですか……?」

 不安げに、俺の服を掴んで見上げてきためぐみんは爆裂可愛かった。

 もしかしたらめぐみんは、俺が上級魔法を覚えることで、爆裂魔法しか使えない自分が必要とされなくなることが怖いのかもしれない。ダンジョンに潜る時はいらない子なのは言わないでおこう。

 全く、俺がどんな魔法を覚えても火力不足になるのは確実なんだから、こいつの超火力が不必要になるということはあり得ない。何より大事な仲間をそんなつまらない理由で切り捨てるほど俺はクズでない。

「お前の爆裂魔法は頼りにしてる。俺が上級魔法を覚えようと思ったのは別の理由だ」

「別の理由?」

「いいか。俺はこれでも、これでも魔王を倒した勇者だ。これでもな!」

「そんな卑屈にならなくても、カズマが倒したのはわかってますよ」

 めぐみんの言葉にウィズもうんうんと頷いた。

「例えば、将来俺に子供ができたとする」

 子供と聞いた時、めぐみんがぴくっと反応したが、無視して続けた。

「もしかしたら俺のような偉大な英雄になりたいと言うかもしれないだろ?」

「は、はあ……」

 何かウィズが軽く引いた気もしたが、やはり俺は無視して続けた。

「そうなると当然子供は俺が戦ってる所を見たいと言うに決まってる! その時! たかが! 蛙に! 苦戦! してるのを見た子供は何を思うかわかるか? わー、パパあんな雑魚モンスターにも勝てないの? って失望する。俺はそんな恥ずかしい親になりたくないんだよ!」

「り、理由は何であれ、積極的なのはいいことだと、思います、ええ」

 何だかウィズがどう反応したらいいのか困ってるように見える。俺の清純な想いはリッチーのウィズにはダメージ的な要素があったのかもしれない。

「なるほど、子供ですか。そうですね、少しはかっこいい所を見せてくれないと私も困りますね」

「あんっ?」

「カズマ、上級魔法覚えて、爆裂かっこよくなって下さいね」

 どうしたんだこいつ。

 急に満面の笑みを浮かべためぐみんに俺は戸惑うしかなかった。

 何だこいつ。

「あ、まあ……」

 ウィズは俺とめぐみんを見て、微笑ましそうにしている。ただ、その目には好奇の色もある。

 何なんだ。俺は状況を確認するためにめぐみんの言葉を思い出して――

「お、お前は何で……」

 爆裂言葉に俺はダウン寸前だ。何度も言うが、そういうのは本当にずるい。何なの、本当に……。

 俺が気づいたのを察しためぐみんが頬を赤らめて、何かを期待するように見上げてきた。

「お邪魔虫は去りますね」

 ウィズの言葉を聞いても、俺は何も言えずにいた。というか、めぐみんから目をはなせない。

 めぐみんは俺に何度も好きと言ってきた。それに一線を越えそうになったりもした。魔王討伐、アクアの連れ戻し、全部果たした今、一線を越えないで止まる理由は何処にもない。

 めぐみんに『ライト・オブ・セイバー』して、『エクスプロージョン』してもいいということだ。

 ごくりと唾を飲み込んで、俺は勇気を振り絞り、

「カズマ、はやく爆裂かっこよくなって下さいね」

 めぐみんは胸の前に手を置いて、期待するように言った。

 最後に爆裂綺麗な笑みを浮かべた。

 それに見惚れて、ぼーっとしてる間にめぐみんは立ち去った。残された俺はぽつりと言った。

「またお預けかよおおおおお!!」


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第二話 最強コンビとの出逢い

最近また暑くなってきましたね。

暑いのは苦手なので、はやく秋になってほしい。

冬でもいいです。


「ふひっ」

 

 固いベッドの上で目を覚ました。

 

 昨夜は久しぶりに荒れた。また魔王を退治しなくてはならないという現実を黙って受け止められるほど、俺の心は強くない。

 

 大体どうして俺はこうなるんだ。昨日だって、神器が壊れないように取り上げて、騒ぎを鎮めようとしただけで、こんな目にあう理由なんかない。

 

 ちょっと考えただけで、また酒を飲みたくなった。

 

 今夜もまた荒れることを予感して、俺は宿を出てギルドに行く。

 

 

 

 

 

 軽めの朝食をとった俺は掲示板の前に立っていた。

 

 金がないので、依頼で稼がないとならない。

 

 貧乏はするもんじゃねえ。

 

「また蛙……あっ」

 

 その時、俺は気がついた。気づいてしまった。どうして依頼をこなさなくてはならないのだろうか。

 

 元の世界で俺は日本にいた頃の知識を使って、様々なものを作り、それをバニルに売って富を築いた。

 

 それと同じことをすればいい。

 

「早速ウィズの店に行くか」

 

 振り返って歩くと、

 

「うぎゅ」

 

「おっと、すまない」

 

「こちらこそすみません」

 

「!」

 

 目の前にいる人……めぐみんを見て、俺は驚きの声を上げそうになったが、声を押し止めた。

 

 眼帯を着けている。無性に引っ張ってやりたくなったが、その欲求は今度にして、今はウィズの店に行かなくては。

 

「それじゃ、俺は急いでますんで」

 

「待ってもらおうか!」

 

 横を通り過ぎようとしたら、杖で邪魔をされた。

 

 めぐみんを見ると、不敵な笑みを浮かべている。

 

 たっぷりと間を置いて、自信満々に言った。

 

「あなたが低レベルなのはわかっています」

 

 いいえ、違います。

 

「長いことこの街にいる私は冒険者の顔を覚えています。あなたを見るのは今日がはじめて。つまりあなたは最近ここに来たのでしょう」

 

 合ってます。

 

「先ほどあなたはジャイアントトード討伐依頼の紙を取り、しかし諦めた様子で戻しました。そんなことをする理由はただ一つ!! あなたにこれができるようなレベルはなかったからです!」

 

 いいえ、大した稼ぎにならないからです。

 

 それと何をどう見たら諦めた様子だったのか教えて下さい。

 

「しかし、何も問題ありません!」

 

 問題しかありません。

 

 バサッと大袈裟にマントをはためかせて、めぐみんが自己紹介をはじめた。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者! その私が一緒に請けてあげます! ふっふっふ、喜びなさい。本来ならたかが蛙に私は役不足だというのに、我が友にして上級魔法を操りしアークウィザードも同行するのですから! 出でよ、ゆんゆん!」

 

「我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、上級魔法を操る者! やがては紅魔族の長になる者!」

 

 大人しく仕事して下さい。

 

 お前らだけで、普通に依頼をこなせますよね? お願いですから巻き込まないで下さい。

 

「ふっふっふ。驚きで声も出ない様子」

 

「いえ、呆れてるだけです」

 

「どんどん驚いて下さい。私とゆんゆんと言えば、アクセル最強コンビと名高いのですからっ! ……今、呆れてるって言いました?」

 

「言いました」

 

「……ま、まあ、駆け出し冒険者なら私達を知らなくても不思議ではありません。私達は紅魔族にして、一位二位を争うほどの才能の持ち主。その私達があなたの依頼に同行しましょう。何も遠慮することはありません! 私達先輩はあなたのような後輩を育てる義務があるのですから!」

 

「……目的は何です?」

 

 俺の言葉に、めぐみんはどこか満足げな様子でゆんゆんに話しかけた。

 

「ふっ、どうやら私の目に狂いはなかったようですよ、ゆんゆん」

 

「ええ、本当に? 怪しまれてるだけじゃ……」

 

「それはありませんよ。全く、ゆんゆんはいつまで経ってもだめですね」

 

「はよ」

 

「今日、私は神に夢で告げられたのです。昼前の掲示板の前で冴えない顔をした男がいる。その人はあなたたちにとってかけがえのない仲間になると!! そして、夢の通り! 冴えない顔をした男がいたのです!」

 

「いたのですじゃねえよ! 何だよ冴えない顔って! お前らふざけんなよ! こっちはネタ種族のネタに付き合ってる時間はねえんだよ!」

 

「な、何おう! ネタ種族とは何ですか! ネタ種族とは! 言ってくれますねえ! こっちが下手に出てればいい気になって!」

 

「お前がいつ下手に出たんだ! 少しは下手に出るってのがどういうことか教えてもらえ!」

 

「うぬぬっ。大体夢がなかったらあなたみたいな冴えない顔をした童貞に話しかけたりしませんよ!」

 

「ど、どどど童貞ちゃうわ!」

 

「その反応が童貞の証でしょうが! 童貞!」

 

 俺とめぐみんの口喧嘩にゆんゆんはおろおろとしていて、ギルドにいた少数の冒険者たちは酒を片手にこちらを眺めていた。

 

「この童貞! 童貞で恥ずかしくないんですか!」

 

「うるせえ! ネタ種族だけじゃ飽きたらず、ネタ魔法も習得してるネタみんに言われたくねえわ!」

 

「ネタ!? 紅魔族をばかにするのでは飽きたらず、我が爆裂魔法をネタ扱いとは! いいでしょう! そこまで言うのなら覚悟はできていますよね! 見せてあげますよ、我が爆裂魔法を!!」

 

「やべえ、頭のおかしいのが爆裂魔法使おうとしてるぞ!」

 

「そこの小僧、さっさと謝れ!」

 

「やめて、お願いだからやめてめぐみん!」

 

「謝るなら今の内ですよ」

 

 めぐみんは目を紅く輝かせ、杖を構える。

 

 職員の方も俺に謝れと言ってきている。

 

 ここで爆裂魔法を発動したらギルドは吹っ飛ぶし、周囲への被害も相当なものになるだろう。

 

 厄介なのはこの頭のおかしい爆裂娘はマジでやっちゃうタイプなのだ。

 

「私はやると言ったらやる女です」

 

 ニヤニヤとこっちを見ている。めぐみんは勝利を確信しているらしい。それもそうか、普通なら爆裂魔法を使うと脅されたら降参する。

 

「爆裂魔法は確かに最強の魔法だ。しかし、非常に大きな欠点があるのを忘れていないか?」

 

「はて、何のことでしょう」

 

 俺はめぐみんの肩に手を置いてドレインした。

 

「!?」

 

「爆裂魔法ってのはばかみたいに魔力を使う。だから一日に一回しか使えない」

 

「な、何をしたのですか……」

 

「これでお前は今日爆裂魔法は使えない」

 

 体力と魔力を結構奪ったので、めぐみんはふらふらしていて、杖を支えにして立っている状態だ。

 

 ゆんゆんも何が起こったのかわからないみたいで、戸惑った様子で俺とめぐみんを何度も見た。

 

「う、ううぅ……。これしきのことで我が爆裂魔法は、や、やめて下さい!」

 

 まだばかなことをしようとしてる様子なので、俺は眼帯を引っ張る。

 

 めぐみんが杖でぽかぽか叩いてきたので、俺はにやっと笑った。

 

「やめ、やめろおおお!」

 

 手をはなした。

 

 ビュンと空気を切り裂き、眼帯は在るべき場所へと帰っていく。

 

 ビシャン! と勢いよくめぐみんの目にぶつかった。

 

「いったぁい! 目があぁあ!」

 

 これまた大袈裟に目を押さえて、仰け反った。ギルドにめぐみんの叫びが響き渡る。

 

「へっ」

 

 俺は勝ち誇ったように笑った。

 

 

 

 

 

 ちょっとした騒ぎを起こした俺は迷惑料として、その場にいた冒険者に酒を一杯奢った。

 

「んぐっ、ごくっ」

 

 俺の目の前には一心不乱に蛙の唐揚げを食べるめぐみんと、申し訳なさそうにしつつ唐揚げを食べるゆんゆんがいた。

 

「ありがとうございます」

 

 ご飯を奢る前に聞いた二人の話に俺は呆れを隠せなかった。

 

 やはりめぐみんは問題児で、誰彼構わず喧嘩をするし、爆裂魔法のせいで依頼を達成してもお金を差し引かれたり、一部依頼はめぐみんを断ったり。めぐみんのしでかしたことに、ゆんゆんが上手いこと弁解したり、ごまかせたらいいのだが、それは無理だった。

 

 そういうわけでまともに依頼をこなせていなかった二人は二日間まともに食べれてなかったらしい。

 

 めぐみんを見捨てない所はゆんゆんのいい所であり、駄目な所だろう。

 

 食事が終わったのを見て、二人に聞いた。

 

「夢の話をでっち上げて、俺に依頼を請けさせる気だったのか?」 

 

「でっち上げとは失礼な。夢は本当です。銀髪の女神様が私に言ったのです」

 

「銀髪の女神……もしかしてエリス様のこと言ってんのか?」

 

「言われてみればエリス様とそっくりでしたね」

 

「めぐみん、いくらなんでも女神様を利用するのはどうかと思うよ」

 

「私がそんなことをするわけないでしょう。いくら生活が苦しくてもしませんよ」

 

 めぐみんの話は本当かもしれない。

 

 元の世界のアクアやエリス様が手を回していてもおかしくない。

 

 だけど、俺にコンタクトがないのはどうしてだろうか。いくら神器が関わっているとしても、連れ戻すことはできそうだが。

 

 そういえば、昨日は泥酔して寝た。サキュバスの夢も熟睡してたら駄目だと聞くし、ひょっとしたらそのせいで見れなかったのかもしれない。

 

 色々と疑問はあるが、今は置いておこう。

 

「もしかしたらお前らの生活を見かねて助言したのかもな」

 

「まるで私達が酷い生活をしているみたいではありませんか」

 

「そうなる一歩手前だったじゃない。お金ないから泊まる所なくて、今夜はギルドでこっそり寝ようって……」

 

「そんなことは言わなくていいんですよ!」

 

 馬小屋にすら泊まれないのは、相当酷い生活をしている証だ。

 

 俺は二人を見て、ぽろりと涙を流した。ここまで、ここまで酷い生活をするなんて……。

 

「や、やめろお! 私達を見て泣くんじゃない!」

 

「う、ううううううぅ……」

 

「俺は借金まみれになって最悪の人生と呪いもしたが、寝食はあった。めぐみん、ゆんゆん、お前らがナンバーワンだ」

 

「「うわああああああああ!!」」

 

 俺の憐れみに耐えられなくなった二人はとうとう顔を伏せて、うっうっと嗚咽をもらす。

 

 

 

 

 

 しばらくして落ち着いた二人は明らかに俺と目を合わせないようにしていた。

 

 目を合わせなくても、聞いてもらえたらそれでいいので、俺は話した。

 

「蛙を倒しに行くか」

 

 ジャイアントトード討伐。二人のためにやるようなものだ。

 

 依頼達成したら二人に譲ろう。俺は昨日の分が残っているので、今回のはもらえなくても大丈夫だ。

 

「……あの二人も連れていくんですか?」

 

 受付の人が不安そうに聞いてきたので、俺は安心させるように言った。

 

「何かやったら裸にひんむいて謝らせますんで」

 

「いや、それはそれで不安になるんですが!」

 

「楽しみにしてて下さい」

 

「何を!?」

 

 受付の人を安心させた俺は、入り口で待つ二人と合流して、蛙が確認された場所へ向かう。

 

「何かトラブル起こしたら、裸にひんむいてやるからな」

 

「「!?」」

 

 この二人がばかなことをしないために軽く脅すと、二人の顔は恐怖に染まった。

 

 これで今日の蛙討伐は問題なく終わらせられるだろう。

 

「めぐみん、本当にあの人大丈夫なの?」

 

「何かしそうだったら殺って構いません」

 

 後ろから不吉な言葉が聞こえたが、もしもそっちがその気ならこちらにも考えがある。

 

 俺のスティールが勝つか、ゆんゆんの上級魔法が勝つか、それは神のみぞ知る。

 

 ……ま、子供の裸には興味ないから頑張らないけど。

 

「めぐみんは魔法使えないし、ゆんゆんが上級魔法で一掃してくれ。俺が囮になってなるべく一ヶ所に集めるから」

 

「……私は何をすればいいんですか?」

 

「……ゆんゆん、俺も巻き込むなよ。合図を出したら使ってくれ」

 

「わかりました」

 

「私は何をすればいいんですか?」

 

「間違っても爆裂魔法みたいな広範囲魔法はやるなよ。それと俺に見向きもしない蛙がいたり、ゆんゆん達に向かったりしたら倒していいぞ」

 

「はい。あと私はめぐみんと違って爆裂魔法は使わないので安心していいですよ」

 

「おい、露骨に無視するのはやめてもらおうか」

 

「だってお前、爆裂魔法しか使えないんだろ?」

 

「そ、それはそうですが。しかし、ゆんゆんとカズマだけに任せるというのも気が引けるというか……」

 

「俺と囮やるか? その場合蛙に食われる可能性があるぞ。言っとくけど食われたら、蛙の粘液でぬるぬるになって、蛙臭くなるぞ」

 

「カズマ、ゆんゆん、頑張って下さい」

 

 めぐみんはとびっきりの笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

 驚くぐらいスムーズに蛙の討伐は完了した。

 

 語ることがないぐらいにあっさりと終わったものだから、俺は夢を見ているんじゃないかと思ったほどだ。

 

 俺が囮になって蛙を一ヶ所に集め、ゆんゆんが魔法で一掃。それが綺麗に決まったもんだから、ギルドへ帰るのもすぐだった。

 

「思ったよりはやく終わりましたね……」

 

 結果を聞いた受付の人がわなわなと震えていた。

 

「問題もないようですし、この調子で頑張って下さい。こちら、今回の報酬になります」

 

「ほら。これはお前達にやるよ」

 

「えっ、で、でも」

 

「そうですよ。私がもらえないならともなく、カズマがもらわないと言うのは」

 

「だったらご飯を奢ってくれたらいい」

 

 蛙討伐の報酬とは比べものにならないほどのお金を手に入れる方法があるので、そこまで欲張るつもりはない。

 

 別の世界とはいえ、めぐみんとゆんゆんが生活に困窮しているのを聞いたらお金を譲らなくてはと思う。

 

 それに魔王を倒した男が蛙の討伐報酬に執着するのはあまりにもださい。

 

「二人で宿をとったり、生活用品を買うのを考えたら必要になるだろ。またあとでな」

 

 二人が俺を尊敬の眼差しで見る。

 

 元の世界だったら何を企んでるんだと疑う所だが、ここまでの俺を考えれば当然のことだ。

 

 しかし、この二人の眼差しがクズを見る目になるのも時間の問題だ。

 

 どうせ理不尽にカスマとかクズマとか言われるだろう。

 

 二人と別れて、ギルドを出た俺はライターに必要なものを集めるために急ぎ足で移動する。

 

 蛙討伐が思ったよりはやく終わったとはいえ、それでも結構時間を食ったことには変わらない。

 

 はやめに集めて、ライターの製作を行い、明日にはウィズの店に納めたい。

 

 ライターは前にも作ったことがあるので、本気でやれば明日には完成させられるはずだ。

 

 ライターでお金を得たら、次のものを作って更にお金を得る。

 

 それを繰り返せばはやい段階で働かなくてよくなるはずだ。

 

 はやく楽な生活を送りたい!

 

 働くなんてばかなことしたくない!

 

 俺はゴロゴロしたいんだ!




ここからカズマのセクハラ異世界生活がはじまるかもしれません。

特にゆんゆんなんて、カズマさんにいいように言いくるめられて……。

その内子供が欲しいと言うかもしれません


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第三話 最強のクルセイダーとの出逢い

※前書きの話は本編と作者とは一切関係ありません。





カズマ「あー、何かこう、あれだあ! めぐみんの奴にいいように振り回されてる! いつもいつもいいところでお預け! もうやだあ!」

めぐみん(カズマの部屋の前を通ったら、悲痛な声が聞こえた。どうやら思ったよりも効いてるみたいですね……そろそろ進展させ)

カズマ「今日は適当な宿に泊まろう。それでサキュバスの夢サービスでめぐみんを出してやる!」

めぐみん(!?)

カズマ「夢でこの悶々やら何やら全部……スッキリしてやる!」

めぐみん(こ、この男……! 私というものがありなが、ら……この場合、どうしたらいいのでしょうか。夢に出るのは私で、他の女でありませんし……いや、でも……)






 ライターを作って、ウィズの店に持ち込んだ。

 

「これはいいものですね」

 

 ウィズの感想は上々だ。

 

 ライターさえあれば、ティンダーや火打ち石を使わなくても火を起こすことができるので、間違いなく売れる。

 

 元の世界では爆発的勢いで売れたので、今回もそうなる自信はある。

 

「これは間違いなく売れる。だけど、量産や発送ルートとか確保しないと大量販売はできないな……」

 

「しばらくはカズマさんの手作り分だけですね」

 

 元の世界ではバニルがその他を確保していたので、俺は商品制作だけで済んだのだ。

 

 ライターの制作を終えた時にそのことに気づき、俺はしばらく楽な生活ができないことを思い知った。

 

「商売上手な奴がいればなあ……。そうすれば俺の知識も生かせるんだけど」

 

「一人心当たりはありますけど……うーん、色々忙しいから無理でしょうし」

 

「そっか。それでも話を聞いたら少しは助言してくれるかもしれないから、時間があったら話してくれないか?」

 

「わかりました。話だけでもしてみますね」

 

「よろしく。お礼と言ってはなんだけど、近い内にこのライターを五個無料で納めるよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 確実に売れる商品を譲ってもらえると聞いたウィズは心底嬉しそうにしていた。

 

「忘れる所だった。これ昨日の代金ね」

 

 ライターも代金と一緒に渡す。

 

 ライターはまだ一つしかないので販売することはできないが、ウィズの知り合いに見せたり、宣伝ぐらいには使える。

 

 用事を終えたので、ウィズの店を出て、ギルドへ向かう。

 

 しばらく大金を得られないとなれば、ギルドで依頼を請けるしかない。

 

 ライターは可能な範囲で制作しよう。無理に多く作ろうとしてもいい結果にはならない。

 

 早々に大金持ちになるという計画が頓挫してしまったのは残念だ……。

 

 

 

 

 

 ギルドに来ると、二人はご飯を食べていた。

 

 俺は注文をしてから、二人と合流した。

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」

 

 めぐみん達の前に座って、二人に何かいい依頼がなかったか聞いてみる。

 

「蛙以外で何かあったか?」

 

「初心者殺しや一撃熊はありましたよ。私の爆裂魔法はもちろん、ゆんゆんの上級魔法ならいけますよ」

 

「何でそんな怖いのを推してきたんだよ。確かに稼ぎはいいだろうけど……」

 

「でも、蛙ももうありませんでしたよ。他にあったのはグリフォンとマンティコアの」

 

「もしかして報酬がやたら低くなかったか?」

 

「カズマさんも見たんですか。そう、報酬と依頼が見事に釣り合ってないのです」

 

 確かあの依頼はあまりに危険で、誰も請けないようにするために報酬が見合っていないものになっていたはずなので、請けなくていいだろう。

 

 ここで注文をしたものが来たので、俺はのんびりと食べる。

 

 食事を終えた二人は掲示板の前に行って、新しく追加されたのがないか確認してから、先ほど言った一撃熊と初心者殺しを持ってきた。

 

 …………えっ、何でやろうとしてんの?

 

 俺が静かに驚いていると、めぐみんが人差し指を立てながら言った。

 

「昨日カズマは借金があると言いましたし、ここは一つ大きなものをやりましょう」

 

「いや、もう返済してるぞ」

 

「……ここは一つ大きく稼いで、貯金を作りましょう。そうすれば依頼がなくても安心でしょう」

 

「とっさにしてはいい意見になったな」

 

 おそらく爆裂魔法を使いたいだけだろうが、めぐみんの意見には同意できるものがある。

 

 元の世界で冬を越す準備ができていなくて馬小屋で凍死しかけた経験があるので、それを避けるためにもはやめに準備を完了しておきたい。

 

「ちゃんと準備して、冬に備えないとな。馬小屋なんかで寝たら最悪凍死するからな」

 

「冬もクエストしたらいいんじゃ」

 

 ゆんゆんの疑問に俺は当然のように言った。

 

「寒い中頑張りたくねえ。それに危険な依頼しかないからやりたくない」

 

「えっ!?」

 

「雪に足をとられながら目的地まで行って、怖いモンスターと戦って、苦労して帰るって……罰ゲームに近いぞ」

 

「えええ……」

 

「ゆんゆん、みんながみんな上級魔法を使えるわけじゃない。俺はそんな強くないから、冬の危険な依頼をやったら死ぬかもしれない。というか死ぬ未来しか想像できない」

 

 俺のまともな意見も、罰ゲーム発言のせいで信じてもらえずに、二人はがっかりしたような目で俺を見てきた。

 

 その目は俺にとって見慣れたもので、今更そんなものでショックを受けることはない。

 

 ……慣れって怖いね。

 

「俺だけじゃないぞ。他の冒険者も同じようにする。冬は一撃熊みたいな強いのしかいないんだ。アクセルにいる冒険者には無茶だ」

 

「寒いからやりたくないだけじゃないんですか? カズマならやれるでしょう?」

 

「俺の職業は最弱職の冒険者だぞ。無理無理」

 

「えっ!? カズマさん冒険者だったんですか!?」

 

「むしろ、何だと思ってたんだよ……」

 

「そうですね。他の街では有名で、思わぬトラブルで心に傷を負い、アクセルに来たとばかり」

 

「ねえよ。俺は紛れもなく冒険者だ」

 

「……冒険カード見せてくれます?」

 

 ゆんゆんがおずおずとお願いしてきたので、俺はレベルを上手に隠して、二人に職業を見せた。

 

 すると二人は凄く驚いた顔になったので、そんなに俺が冒険者だったのは意外だったかと思っていたら予想外の言葉が出てきた。

 

「何ですか、このスキルポイントは!?」

 

「上級魔法を余裕でとれるよ!」

 

「へあっ!?」

 

「レベルは、レベルはいくつなんですか!?」

 

「と、とろうとすんじゃねえ!」

 

 賢い俺は見事にレベルを隠したが、僅かな油断からスキルポイントを見せてしまった。

 

 これ以上の失敗はしないためにも、俺はカードを取り上げようとしたが、こういう時のめぐみんは異様な強さを発揮する。

 

「見せ、見せろお!」

 

「断る!」

 

「仕方ない。ゆんゆん、あれをやりますよ!」

 

「ええっ! やりたくないんだけど!」

 

「カズマのレベルを見たくないんですか! 今を逃したらもう見れませんよ!」

 

「そ、それは……」

 

「ゆんゆん!!」

 

 めぐみんはキッとゆんゆんを見つめた。

 

 その表情は真剣で、ゆんゆんだけが頼りと伝えている。

 

「めぐみん、私……!」

 

 俺からカードを奪おうと奮闘しているめぐみんの何に同調したのか、それとも頼られたのがそんなに嬉しかったのか、ゆんゆんは弱気な表情を凛としたものに変えた。

 

 ばか二人は顔を見合わせて、こくりと頷いて、

 

「「お願い、お兄ちゃん」」

 

 上目遣いで、こちらを覗き込むように言ってきた。

 

「しょうがねえなあ!」

 

 二人の巧みな作戦に俺は思わずカードを渡してしまった!

 

 な、何て恐ろしく狡猾なんだ。

 

 こんなの俺でなくても渡してしまう。

 

「はあ!?」

 

「何これ、何なのこれ!!」

 

 俺のレベルを見た二人はただ驚きの声を上げるだけだった。

 

 二人の声に周りの冒険者がどうしたんだとばかりにこちらを見ているので、俺は静かにするよう言った。

 

「声がでかい! 静かにしろ、しないとパンツ剥ぐぞ」

 

 二人はビクッとして、自分の手で口を塞いだ。

 

 そこまでやれとは言ってないのに。

 

 二人は青ざめた顔で俺を見ている。

 

 そこまで怯えられると、逆にこっちが傷つくんだけど……と思ったが、昨日会ったばかりの男にパンツを剥ぐと脅されたら普通に怖いね、ごめん。

 

「まあ、俺のレベルは大したことじゃないから。よくあるものだから」

 

「ないですよ。何をしたらこんなレベルになるんですか?」

 

「レベルもそうだけど、おかしいよこれ」

 

「何がおかしいんですか?」

 

「だって、爆裂魔法を取ってて、他にも色々取ってるのにポイントがこんなにあるんだよ?」

 

「あっ、本当ですね」

 

 世の中にはスキルポーションという便利なものがあり、それを買い漁って魔王に備えた。

 

 それで大量のスキルポイントを得て、色々なスキルを習得し、更には爆裂魔法さえ習得した。

 

「カズマ、あなたはいったい……」

 

 めぐみんが俺をじっと見つめたので、

 

「何者だろうな。知りたいならついて来い」

 

「ふわあああ……」

 

 紅魔族が好みそうな口調で言ったら、見事にはまったみたいで、めぐみんは頬を赤らめて、憧れの人を見る目になった。

 

 ただゆんゆんは紅魔族では珍しい世間一般の感性の持ち主なので、今のでははまってくれない。

 

 白けた目で見てきたので、俺は右手をわきわきした。

 

 途端にゆんゆんは自分の体を抱き締めて、恐怖の表情になる。

 

 今にも泣き出しそうゆんゆんに、俺は罪悪感で思わぬダメージを負ってしまった。

 

「一撃熊、やるか」

 

 

 

 

 

 一撃熊をゆんゆんに任せたら簡単に終わるかもしれないが、めぐみんのレベル上げもしなくてはならないので、今回はめぐみんに倒させることにした。

 

「畑からはなれた場所に誘き寄せて、そこで爆裂魔法だ。合図はするから、それまで使うなよ」

 

「わかりました」

 

 めぐみんとゆんゆんを配置につかせて、俺はここに来る前に購入した弓矢を手に、畑へと駆け足で向かう。

 

 弓矢で一撃熊を倒すのは当然無理だ。

 

 いくら俺が高レベルと言っても、ただの弓矢ではゴブリンみたいに弱いモンスターしか倒せない。

 

 ……よく考えたら、元の世界ではどうして性能のいい弓矢を買わなかったんだ。

 

 金はあったんだから購入できたわけで、ここまで考えた所で、これ以上自分の愚かさを知りたくなくて思考を止めた。

 

 悲しみを胸に俺は畑に来た。

 

 見ると、一撃熊が畑を荒そうとしていた。

 

 俺は弓矢を構えて、後ろ足に矢を放つ。

 

 決めた場所まで誘き寄せるためには、こいつに追いつかれないように速度を落とす必要がある。

 

 深く刺さることはないが、狙い通りの部位に矢は立った。

 

「グガアアアアアア!!」

 

 怒りと敵意を露にした一撃熊が俺に向かって来たので、俺は走るようにして逃げる……こんな時に歩いて逃げる奴とかいねえよ、びびりすぎだ!!

 

「は、はええ!」

 

 一撃熊は足に矢が刺さってもはやく、追いつかれることはなさそうだが、油断ならなかった。

 

 一撃熊と俺の距離は二十メートルなさそうだ。

 

 これではめぐみんが爆裂魔法を使えないと思った時には決めていた場所の近くまで来ていた。

 

 俺は軽く体を捻って一撃熊の位置を確認して、

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

 水の初級魔法が顔にかかった一撃熊は驚いて立ち止まった。

 

 その隙に俺は距離をとることができ、一撃熊が再度俺を追いかけて走ると、

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 爆裂魔法が撃ち込まれた。

 

 背後から聞こえる爆音と、背面を焼くような熱風を感じて、俺はようやく足を止めて休むことができた。

 

「はあ、はあ……きっつ……」

 

「カズマさん、大丈夫ですか?」

 

 少しして、めぐみんを背負ったゆんゆんが来て、俺の顔を心配そうに見つめた。

 

「怪我してないぞ。全速力で走ったから、はあ、疲れて……」

 

「よかった。一撃熊も倒せましたし、休みましょうか」

 

 前回の蛙に続いて一撃熊の依頼も無事に達成できた俺は、喜びよりも何かとんでもないことが起こるんじゃないのかと不安になった。

 

 だって、こんなに上手くいくなんておかしいもん。

 

 ……アクア不在の今は死んだら生き返れないので、順調にいってもらった方がいいんだが。

 

「ふう。お金を貯めて、いい装備を買いたいな」

 

 より死亡率を下げるためにも、ここは俺を含むみんなの装備を一段階でもいいから上げたい。

 

「どうせ冬が来るんですから、装備品は後回しにしてもよさそうですが」

 

「春からの依頼を楽にしたいじゃん」

 

「……カズマさんって、面倒臭がりなのか真面目なのかわかんない時ありますね」

 

「楽をするために今頑張るだけだぞ」

 

 このあと少しだけ話をして、俺達は街への帰路についた。

 

 帰り道に俺はゆんゆんに敬語を使わないで、もっと気楽に話しかけていいと言ったら、凄く嬉しそうにしてくれた。

 

 めぐみんをゆんゆんに代わって背負い、街の入り口まで戻ってくると、何やらたくさんの冒険者が並んでいた。

 

 一番前にいた冒険者は俺たちを見つけると声をかけてきた。

 

「おっ、いい時に帰ってきたな!」

 

「みんな揃ってどうしたんだ?」

 

「キャベツの収穫だ」

 

「キャベツ狩りか……やるしかねえな」

 

「あの、私今日はもう爆裂魔法使ってしまったのですが」

 

「頑張るんだ。稼ぎ時だ!」

 

 めぐみんを下ろして、俺はキャベツが来るであろう方角に向きを変えた。

 

 ゆんゆんもキャベツの話を聞いて、

 

「今日は何もしてないから、ここで頑張らないと」

 

 やる気を見せた。

 

 そんなゆんゆんを見て、めぐみんは変なスイッチが入ったようで、爆裂魔法無しでも最強がどんなものか見せてあげましょう! とか言っていた。

 

「来たぞー!!」

 

 その誰かの叫びをきっかけに俺たちのキャベツ収穫ははじまった。

 

 ゆんゆんは手加減してキャベツが消し飛ばないようにし、めぐみんはゆんゆんが撃ち落としたキャベツを拾っていく。

 

 ゆんゆんの魔法でキャベツが凄い勢いで撃ち落とされていくので、俺とめぐみんで回収する。

 

 俺達だけでどれだけの金……じゃなくて、キャベツを集めただろうか。

 

 一撃熊の報酬より稼いでいそうだ。

 

 キャベツを回収しに戻った俺は、見てはいけないものを見てしまった。

 

 キャベツにボッコボコにやられている女性クルセイダー……、興奮したように息を荒くしている金髪の女性クルセイダー……、もしかしなくてもあれはド変態クルセイダー……。

 

「って、助けないと!」

 

 ダクネスの硬さは知っているが、あそこまでキャベツにボッコボコにされたら、やがて死んでしまう。

 

「『ウインドブレス』」

 

 初級の風魔法を何度も使ってダクネスの周りにいたキャベツを撃ち落とす。

 

「『ヒール』」

 

 ダクネスに回復魔法をかける。

 

「ありがとう。助かる」

 

「どういたしまして」

 

「カズマー! はやく戻って来て下さい!」

 

「わかった、今行く!」

 

 ダクネスにキャベツを任せて、俺は二人の下へ。

 

 

 

 

 

 キャベツの収穫が終わり、俺達はギルドで夕食をとっていた。

 

 キャベツ収穫の報酬は後日渡されるが、俺達が回収した量を考えると笑いが止まらないほどだ。

 

 一撃熊の報酬は二百万エリスで、それは仲良く三等分した。

 

「ここ、大丈夫だろうか?」

 

 俺の締まりのない顔にゆんゆんとめぐみんが呆れた顔になっていた時に、例のド変態クルセイダーが来た、来ちゃった、来てしまった。

 

「えーと、あんたは確かキャベツにやられてた」

 

「ダクネスだ。あの時は助かった……。キャベツにあそこまでいいようにされて、あまりに気持ちよくて我を忘れて」

 

「楽しんでんじゃねえよ!」

 

「楽しんでない」

 

「いや、今気持ちいいって」

 

「言ってない」

 

 キリッとした顔で俺の顔を見つめるダクネスを殴りたくなったが、そうしても喜ばれそうなので、俺は無言で目を逸らして、蛙の唐揚げを食べる。

 

「ダクネス、とりあえず座るといいです」

 

「わかった。えーと、あなたたちは」

 

 ダクネスの問いかけにめぐみんとゆんゆんは紅魔族特有の自己紹介をして、俺も軽く自己紹介をした。

 

 四人で夕食を食べながら、キャベツ収穫の話をしていく内にダクネスがクルセイダーであることが明かされ、それにめぐみんは食いついた。

 

「ダクネスは他のパーティーに加入しているんですか?」

 

「いや、していないぞ。そちらがよければ入れてもらいたいんだが」

 

「もちろんですよ! クルセイダーなら文句なしです! カズマ、このパーティーは凄いですよ! 上級職が三人もいますよ!」

 

 まともなのゆんゆんだけじゃねえの? と口にしたかったが、パーティー結成を祝して、

 

「ああ、最高のパーティーだな!」

 

 人生最大の嘘を吐いた。

 

 このあと無茶苦茶酒飲んだ。

 

 

 

 

 

 数日後、一撃熊とキャベツで大金を得た俺達は装備を新しくした。

 

 キャベツの報酬は四人でわけようとしたが、ダクネスはその時はパーティーじゃないという理由から受け取らなかった。

 

 俺だったら両手を上げて喜ぶのに、あいつと来たら頭が固い。硬いのは防御だけで十分だ。

 

 まあ、今は頭の固いダクネスより新しい杖を購入した変態だ。

 

「ああ、マナタイト製のこの色、艶……ああ、素敵です」

 

「めぐみん、変態みたいだね」

 

 そう言いながら、ゆんゆんもめぐみんには一瞥もくれずに新しいワンドを嬉しそうに見ている。

 

「カズマは何を買ったんだ?」

 

「俺は魔道具の弓矢をメインで、あとは片手剣とワンドだな」

 

「何だか色々と買ったな。お前が冒険者なのは知ってるが……、いや、むしろか」

 

「そうそう。ワンドあれば魔法の効果は上がるし、近くの敵には片手剣ってな」

 

「でも、カズマさんは本職じゃないからワンドがあってもそこまで見込めないんじゃ」

 

「いいの! ヒールとかそういうのの効果上昇が目的だから! 攻撃魔法はゆんゆんとめぐみんに任せるから、俺は支援するの!」

 

 ゆんゆんの思わぬ毒舌に俺は涙目になる。

 

 悪気ないのが余計に響く……。

 

「ゆ、ゆんゆん、あまりカズマをいじめるものではありませんよ」

 

「わかってるよ、俺がこのパーティーで一番いらない子……いらない子なのは!」

 

「カズマ、どうして私を見たんですか?」

 

「私も見られたが、理由を言ってもらおうか」

 

 俺は二人の言葉を聞き流した。

 

 ゆんゆんが椅子を倒す勢いで立ち上がったので、俺はびっくりして見つめた。

 

「ち、違うの! 私そんなつもりじゃなくて! カズマさん、色んな魔法覚えてるからそっちメインにするのかなって思って、その……本当に私カズマさんを傷つけるつもりはなかったの!」

 

 ゆんゆんは今にも泣きそうな顔になって、手を振りながら必死に弁解をした。

 

 目に浮かべた涙は今にも流れてしまいそうで、何だか俺がこれぐらいで傷ついてるのが悪いことのように思えてきた……。

 

 ゆんゆんは別の意味で危険だ。

 

「だ、大丈夫。大丈夫だから落ち着いてくれ。俺はあらゆる誹謗中傷を経験してるから!」

 

「それはそれでどうかと思うよ!」

 

「どんな人生を歩んできたんですか!」

 

「どんな風に言われたのか、詳しく頼む」

 

「お前、言われたいの?」

 

「そんなわけない」

 

 頬を赤くしながら言われても説得力ないんだけど。

 

 こいつの発言一つで今までの流れが台無しになるんだけど、誰か本当にこいつを何とかしてくれない? 何か俺がゆんゆんの毒舌で傷ついたのがばからしくなるんだけど。

 

「カズマ、その弓矢はどういうものなんですか?」

 

 めぐみんが空気を変えるように聞いてきたので、俺は渡りに舟とばかりに答えた。

 

「弓は魔力を込めれば、貫通力を上げてくれるんだ。矢は普通の矢、鉄製、銀製の三種類だ。もちろん魔力を込めなくても使えるし、使い勝手はかなりいいはずだ」

 

 弓の重量は増加して、大きさも増したが、扱うのに問題が出ることはない。

 

 試しに何度か使ってみたが、驚くほど手に馴染む感じがして使いやすかった。

 

 性能の良さに比例して値は張ったが、今後のことを考えれば安い買い物とも言える。

 

「もはやこのパーティーに隙はありませんね」

 

「あとはお前たちのレベルを上げて強くするだけだ」

 

 何だろうか。

 

 ここまで順調だと、何かをやることがそんなに苦痛ではないし、面倒でもない。

 

 そりゃあだらけたい気持ちは半分ほどあるけど、少しの間はこの順風満帆の生活を満喫したい。

 

 何か楽しくなってきた。

 

 そんなわけで、調子に乗った俺達は初心者殺しの依頼を請けることにした。

 

 依頼達成の報酬は二百万エリスと悪くない。

 

「初心者殺しは弱いモンスターの近くをうろついてたりするから、もしかしたら途中で遭遇するかもしれない。弱いのは多分群れてるから、固まっている所にめぐみんが爆裂魔法を撃ち込む。初心者殺しはゆんゆんが魔法で倒す。ダクネスは敵の攻撃を防いで、可能なら倒してくれ」

 

「わかった。カズマは何をするんだ?」

 

「敵感知とか色々」

 

 戦闘はダクネスたちに任せよう。

 

 俺は後ろで見守っていよう。

 

「さぼるんじゃないよな?」

 

「当然じゃないか。敵感知しながら進めば、それだけみんなの安全を確保できる。敵を倒させるのも、みんなにレベル上げをしてほしいからだ」

 

「そういうことにしておきますよ」

 

 めぐみんがあまり信じてない口振りだ。

 

 お酒をたくさん飲んだ時に、はやく金持ちになってぐうたらしてえ! と毎回のように言ってるのが原因かもしれない。

 

 冬になったらこたつむりになる予定なので、そこで本物のぐうたら人間であることが露見しそうだが、日本人は冬のこたつに抗えないようにできているので、どうしようもない。

 

 俺がそんなことを思っていると、敵感知に反応が出た。

 

「反応があった。一匹みたいだから、初心者殺しかもな。こっちに向かってくるぞ」

 

 俺の言葉に三人は歩くのをやめた。

 

 ダクネスは前に出て、初心者殺しを待ち構える。

 

 この中で初心者殺しの攻撃を耐えられるのはダクネスだけだ。

 

 ゆんゆんはいつでも上級魔法を使えるようにしてるが、敵が全速力で駆けてくる可能性を考えたら、万が一もあるだけに、ダクネスの重要性は非常に高い。

 

 ダクネスがデコイで敵を引き付ければ、その間にゆんゆんの魔法を決められる。

 

「ダクネス、敵が凄い速度で来てる!」

 

「『デコイ』!」

 

 臭いで俺達に気づいたであろう初心者殺しが突如として走り出した。

 

 その速度は一撃熊を圧倒している。

 

 タイミングを間違えた場合、初心者殺しの巨体で吹き飛ばされるので、そう考えたらダクネスは必要不可欠とも言える。

 

「グルルア!」

 

「うっ、ぐぅ……、はあ!!」

 

 衝突の瞬間、ダクネス以外の三人は左右に移動して巻き添えを食らわないようにした。

 

 流石はダクネスといった所か。

 

 初心者殺しの突進を食らっても吹き飛ばされずに受け止めた。

 

 しかし、その場でというのは無理な話で、数メートルほど押されてしまった。

 

 ダクネスは相当な力で踏ん張ったらしく、地面にはそれを証明するように、深さ数センチ、長さ数メートルほどの線が二本できていた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ゆんゆんの魔法が避けられないように、ダクネスは反撃するかのように初心者殺しの首に両手を回す。

 

 危険を察知した初心者殺しだったが、逃げることはできず、光る刃で一刀両断された。

 

 倒したのを見届けると、ダクネスは堪えきれなくなったように地面に両膝と両手をついて、荒く呼吸を繰り返す。

 

「はあ……、はあ……」

 

「ダクネスさん!」

 

「大丈夫ですか? ダクネス」

 

「あ、ああ、何とかな」

 

「今回復魔法をかけるからな『ヒール』」

 

 ここぞとばかりにワンドを取り出して、ダクネスに回復魔法かける。

 

「助かる。正直、初心者殺しの凄まじい突進の余韻をもう少し味わっていたかったが、それはレベルが上がってからにしよう」

 

「今、味わっていたかったって言ったか?」

 

「言ってない」

 

 決め顔で言ってきたド変態クルセイダーを捨てて帰りたい気持ちになりながらも、俺は手を差し出した。

 

「ありがとう」

 

 こんなんでも今回の初心者殺し討伐には大きく貢献しているのだ。ちょっとぐらい、目を瞑っておこう。

 

 休憩を挟んでから、俺達は街への帰路についた。

 

「カズマ、弱いモンスターは退治しないのですか?」

 

「面倒臭い」

 

「お前という奴は……」

 

 三人が呆れた顔になったので、俺はそれらしいことを並べ立てる。

 

「いや、だってさ、初心者殺しが弱いモンスターの近くをうろつくと言っても、可能性が高いだけで必ずじゃない。それに弱いモンスターの依頼を他の人が請けてたら迷惑かけちゃうだろ」

 

「そういうことにしとくから、そんなに頑張って言い訳しなくていいよ」

 

 ゆんゆんだけでなく、他の二人もうんうんと頷く。

 

 信じられていない感じがすっごいするし、納得いかない気持ちもあるんだけど、パーティーのリーダーだから大人しく引き下がる。

 

「この調子で依頼達成していけば、冬は問題なく越せるだろ」

 

「そうだな。冬の依頼は危険なものばかりで、最悪冬将軍に遭遇しかねないからな」

 

「冬将軍ですか……。そうでしたね。冬にはあれがいましたね」

 

「冬は出歩けないね」

 

「そうそう冬は危険だぞ。雪で足をとられるから逃げるのも難しくなる。よっぽど自信がない限り、やめた方がいい」

 

「テレポートがないと危険ですね」

 

「だから、冬はみんなでごろごろしようぜ」

 

 ここぞとばかりに俺は言った。

 

 このタイミングなら俺の発言は正当性がまし、みんなも同意してくれることだろう。

 

「カズマの言うごろごろはどんなものですか?」

 

「トイレとごはんと風呂の時以外はベッドでぐうたらする」

 

「しすぎだよ! ほら、ギルドに来て私達と会話をするとか、買い物したりとかあるでしょ!」

 

「寒いお外には出たくない」

 

「何という駄目人間なんだ……」

 

「えっ? お前ら何で同意しないの? 変わってるとは思ってたけどここまでとは……」

 

「何で私達が可哀想な子を見る目で見られてるの!?

 凄く不本意なんだけど! カズマさんが駄目人間なだけだから!」

 

「言うな、ゆんゆん。最近頼られてるからってちょっと調子に乗ってないか? めぐみんから聞いてるんだぞ。里ではよく一人でいたって!」

 

「やめてえええええええ! 思い出させないでええええええ!」

 

「ふははははははは! ぼっちが俺に勝とうなんざ百年はやいんだよ!」

 

 勝ち誇る俺だったが、このあとマジギレしたゆんゆんに無茶苦茶殴られた。




今の所、カズマは順調に過ごせてます。

上級魔法と爆裂魔法を上手く使えばこうなるだろうなって思いながら書いてます。

それでもカズマの評価は段々と落ちていってますが。

その内大きなトラブルが来るでしょうけど。


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第四話 ベルディア襲来

そろそろサブタイトルを省略しないといかんかもしれない。

そうなるとこれからのサブタイトルは俺魔王になるかな。




 一撃熊、初心者殺し、アクセルでは大物モンスターたちを倒した俺達は有名になってきた。

 

 ジャイアントトードの依頼を請けた俺はこの前買った弓矢でバンバン倒した。貫通力が凄まじく、木の矢でも蛙を余裕で貫通する。

 

 新しい弓の性能の高さを改めて知ってご満悦していると、後ろから不満の声が飛んできた。

 

「カズマ、一人だけ満足するのはどうかと思うんですが」

 

 爆裂魔法を使いたそうにそわそわしているめぐみんを見て、俺はお願いした。

 

「めぐみん、今の台詞もう一回」

 

「カズマ、一人だけ満足するのはどうかと思うんですが」

 

「もう一回」

 

「カズマ、一人だけ満足するのはどうかと思うんですが」

 

「もう一回」

 

「……か、カズマ、一人だけ満足するのはどうかと思うんですが……」

 

 ようやく意味がわかったらしく、めぐみんは顔を赤くして、恥ずかしそうに言った。

 

 わっしょい。

 

「もう一回」

 

「い、いい加減にして下さい!」

 

 真っ赤な顔で激昂した。目を紅く輝かせ、杖を俺に向けて構えた。

 

「怒るなよ。ちょっとからかっただけだろ。ほら、その怒りをあそこの蛙たちにぶつけていいから」

 

「あなたにぶつけたいんですよ!」

 

「そんな、めぐみんったら……大胆」

 

「エクス」

 

「ストップ! めぐみんストップ!」

 

 ゆんゆんがめぐみんの口を押さえて、魔法を止めた。

 

 ここで爆裂魔法を使われたら大変なこと、というよりもダクネス以外消し飛んでしまう。ゆんゆんが止めてくれたおかげで生き残れた。

 

「さっ、蛙退治するか」

 

 勢いに乗ってる俺は蛙を退治しようとして、敵が一ヶ所に集まってるのを見て、ゆんゆんにお願いした。

 

「ゆんゆん、手を」

 

「えっ、何する気?」

 

 疑いと恐れが混ざった表情で見てくる。

 

「何もしねえよ。ほら、蛙が集まってるから爆裂魔法で一掃するんだよ」

 

「使えばいいだろ」

 

「俺だけじゃ魔力足りないから、ゆんゆんから魔力を吸いとるんだよ」

 

「吸いとる……。まさか、ドレインタッチ?」

 

「あれ、使えるの言ってなかった?」

 

「はじめて聞いたよ。……だから、あの時めぐみんの爆裂魔法を防げたんだ」

 

 ゆんゆんは腕を組んで、納得した様子でうんうんと頷いた。腕を組んだことで十三歳にしては豊かなお胸が強調され、俺の視線はそこに向かうしかなかった。

 

 何て圧倒的なんだ……!

 

「ゆんゆん、手」

 

「あ、うん」

 

「さっ、爆裂魔法で蹴散ら」

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんが爆裂魔法で数匹の蛙を爆裂魔法で一掃した。

 

 めぐみんを見ると、いつもなら倒れてるのに、今はぷるぷるしながらも何とか立っていた。

 

「させません! させませんよ! あんな絶好のシチュエーションは譲りませんよ!!」

 

 言い終えると、めぐみんは力を失ったように倒れたので、俺はいつものように背負った。

 

「食われたらぬるぬるになると聞いたのに……詐欺だ」

 

 俺に小声で文句を言ってきたダクネスを冷たい目で見て、舌打ちをしてから顔を背ける。

 

「んっ、ふう……!」

 

 ジャイアントトードの討伐は完了したので、俺達は街への帰路についた。

 

「そうだめぐみん。今日のは七十点だ」

 

「なっ!? どうしてそんなに低いんですか!?」

 

「お前、俺よりはやくと焦って撃ったろ。そのせいで爆裂魔法の威力が出しきれてない。体に伝わる衝撃も、熱風もしょぼかった」

 

「うっ……。言われてみれば確かにそうですね。それにしてもカズマはどうしてそんなに正確に爆裂魔法を評価できるんですか?」

 

 めぐみんの爆裂散歩に数え切れない付き合ったことで身に付いたものだ。

 

 そういえばその爆裂散歩のせいで魔王軍の幹部ベルディアを怒らせてしまい、多くの冒険者と一緒に戦って、何とか勝利したけれど多額の借金を背負うことになった。

 

「ふふっ」

 

「な、何故笑うのですか?」

 

「いや、昔のことを思い出してさ。懐かしいなって思ったら何でか笑えたんだ。借金地獄で四苦八苦してたあの頃には戻りたくないのにな……不思議だ」

 

 あんな生活を二度としたくないのは本当だ。

 

 それなのに、本当に不思議なことだが、元の世界にいた時のように苦く思わない。

 

 この不思議な感覚に俺に戸惑いとかはなくて、自然と受け入れていた。

 

 おっと。めぐみんに爆裂魔法の評価をできる理由をちゃんと答えてねえ。文句言われる前に答えないと。

 

「脱線したな。俺が爆裂魔法の評価をできるのは腐るほど見たからだぞ」

 

「あ、そ、そうですか。……カズマは昔の方が楽しかったりしますか?」

 

「ん? そうだな……何だかんだで悪くなかったな。だからってまた借金地獄になるのは嫌だけど」

 

「そうですか」

 

 めぐみんの様子が変だ。

 

 不安そうにしている。こっちのめぐみんとは短い付き合いだが、元の世界では長年の仲間なので、こいつが不安そうにしていればわかったりする。

 

「なあ、カズマは前住んでた所に戻ったりするのか?」

 

 ダクネスも不安そうにしながら問いかけてきた。

 

 それに俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は魔王を倒したらこいつらを置いていく……?

 

「魔王を倒したら戻れることになってる」

 

 めぐみんのお尻を揉み揉みしながら、笑いながら言った。

 

「カズマ、下ろして下さい!」

 

「カズマさん、最低……」

 

「うはははは、胸はなくてもいいケツしてんじゃねえか!」

 

「この変態! 変態!」

 

 俺の背中でめぐみんは激しく暴れる。

 

 髪の毛を引っ張られたり、耳を引っ張られたり、叩かれたり、なかなか痛いので、俺はこの猛獣から手をぱっとはなして、お望み通り下ろしてやった。

 

「いったあ!」

 

 地面にお尻を強く打ち付けためぐみんが非難の目を向けてきた。

 

「どうしたどうした、そんな目をしても怖くないぞ。ねえ、今どんな気持ち? どんな気持ち?」

 

「ええい! こんな男いなくなればいいんですよ! セクハラを生き甲斐にしてるような男なんか追い出すべきです!」

 

「ふはははははは! 俺が怖いなら怖いと言えばいいじゃないか。カズマが怖くてたまらないので、もう勘弁して下さいと言ったらどうだ? この臆病者め!」

 

「何おう!? 臆病者、この私が臆病者!? 言ってくれますねえ! いいですよ! カズマとはここで決着をつけようじゃありませんか!」

 

 言い終えためぐみんは俺の鳩尾を全力で殴った。

 

「やりやがったな、クソガキ!」

 

 街の近くまで来た所で、俺とめぐみんの喧嘩ははじまった。

 

「ほーら、高い高い!」

 

「ぬあああああああ!」

 

 めぐみんが物理で来るならと、俺は小さい子供を扱うようにめぐみんを持ち上げて精神的に責めた。

 

 数分後。

 

 俺もめぐみんもお互い引き下がることはしなかったので、最終的にゆんゆんとダクネスが喧嘩を止めに入ったので引き分けに終わった。

 

「次は負かします」

 

「やれるものならやってみろ。いって……」

 

 めぐみんに結構やられたので、顔中傷だらけで、体もあちこち痛い。

 

「帰るか」

 

 

 

 

 

 次の日、俺はウィズの店に来ていた。

 

「ウィズ、この前約束したライターだ」

 

 ライターを五個納めると、ウィズはお礼を言いながら深々と頭を下げた。

 

「そうだ、この爆発するポーションをもらっていくかな」

 

「ありがとうございます!」

 

 これでダイナマイトを作れば、ベルディアとの戦いに役立つだろう。偽爆裂魔法を見たら、めぐみんは怒るかもしれないが、これも街を守るためだ。

 

「あっ、そういえば前に話した知人の件ですが」

 

「おお、どうなった?」

 

「ライターを見せて、カズマさんの話をしたら乗り気になってくれまして、少ししたら来るとのことです」

 

「おお! いい感じに話が進んでるな」

 

 来るにしてもどうやって来るのか気になる。

 

 バニルは幹部であるし、そう簡単にやめられるものではないが……、ひょっとしたら王都や紅魔の里を攻めてなんちゃって討伐されるつもりかもしれない。

 

 王都に行きそうだな……。

 

 あそこならバニル好みの悪感情を味わえそうだし、とことんからかってきそうだ。

 

「バニルによろしくな」

 

「わかりました…………んっ?」

 

 気分よくウィズの店を出た俺は軽い足取りで俺はギルドに向かう。

 

 もう少しだ、もう少しで俺は金持ちになれる!

 

 何て素晴らしいんだ!

 

 以前のような借金地獄はなく、はやい段階から裕福になれるなんて……、まるで夢のようだ。

 

 俺は上機嫌でギルドに入って、愛する仲間達に挨拶をした。

 

「よう」

 

「凄く機嫌いいね。何かあったの?」

 

「それは秘密だ。一つ言えるのはこのまま行けば俺は働かなくて済むほどのお金が手に入る」

 

「どんな犯罪をしでかしたんですか?」

 

「してねえよ。全うなことだよ」

 

「むしろ全うなことで大金という方が犯罪より恐ろしいものを思わせるのですが」

 

「お前は俺をどうしたいんだよ!」

 

 何をしても危険扱いしてくるめぐみんに俺はちょっと苛ついた。

 

 そりゃ、いきなり一生遊んで暮らせる金が手に入ると聞いたら、怪しく思えるだろけどさ、もっと俺を信じてくれていいじゃん。

 

 ダクネスとゆんゆんも俺がとうとうやったか、みたいな感じで見てくるしさ。二人も俺を信じてくれていないという事実に、俺は泣きそうなぐらいにショックを受けた。

 

「お前らが俺をどういう目で見てるかよーくわかった! そんなお前らに言ってやる! 最初の話とは別に法には触れないやり方で大金を得る方法がある。だけど、それをしないのはしちゃいけないってわかってるからだよ」

 

「……一応聞いとくが、お前の言うやり方と、最初の話は本当に関係ないんだよな?」

 

「そうだよ。さっきの話も、俺の国では有名な犯罪だけど、この国では犯罪でないってだけだ。……誤解されないように言っておくと、大金を得る手段というのは……、これを見たらはやい」

 

 俺は三人にライターを見せる。

 

「こうすると」

 

「わっ、火が出た!」

 

「何だこれは? 見たことがないぞ」

 

「なかなか便利なものですね。これがあれば野宿の時とか簡単に火を起こせますね」

 

「俺の知識で作ったものだ。他にも色々あるから、それを売ったりすれば……」

 

「それで稼ぐのね。はじめから言えばよかったのに」

 

「まだ確定してないから、濁したんだよ……。そしたらお前らが俺を、この犯罪者が! 底辺が! 社会の敵が! 人間のクズが! って目で見るんじゃねえか……」

 

 仲間からこんなに信用されないなんて、されないなんて……、よく考えたら元の世界でも全然信用されてなかったな。それなのにみんなにはいざという時に頼られてるとか意味わかんねえ……。

 

「そこまで酷い目で見てませんよ」

 

「そうだよ。カズマさんは隙あらばセクハラする人だけど、犯罪を平気でやれる人じゃないってのはわかってるもん」

 

「そうだな。こいつはセクハラとか、そういうのはできても大きな犯罪は無理だ。そうだな、よく考えたらカズマに大金を奪うような犯罪をやる度胸はない」

 

「おいおい、俺がへたれって言いたいのか?」

 

「そういえば前にカズマが酔って転んで、ゆんゆんを押し倒して胸を触って、ゆんゆんがえろい声を出したらマジでびびってはなれましたね」

 

「えろいって言わないで! それにあれは事故だから!」

 

「び、びびってねーし!」

 

 ゆんゆんの胸はすげえ柔らかいのに弾力があって……不思議なもんだった。できることならまた揉みたい。

 

 俺が蠱惑的感触を思い出していると、いたずらを企む子供のような表情をしためぐみんが言った。

 

「びびりでもへたれでも無いと言うなら、ゆんゆんの胸を揉んでみたらどうですか? ほら、ほら!」

 

「やめて! 私を使わないで!」

 

「大丈夫ですよ。カズマみたいなへたれは自分から触れるはずがありませんから!」

 

 悔しい! こいつにすっかりと見抜かれてるのが悔しい!

 

「やめてやれ、めぐみん。可哀想だろ」

 

 ダクネスのその言葉に俺は怒りを覚えた。

 

 こいつら、俺をへたれだ何だとばかにしてやがる。どうせ俺にはできないんだと、女の子のおっぱいも触れないへたれだと思ってやがる。

 

 いいのか、カズマ。こいつらからこんな辱しめを受けて、ただ黙って俯くだけなのか? 違う、違うだろ、それは。俺は……、俺はここで見せるべきなんだ!

 

「そうかそうか。お前ら、俺を散々ばかにして、覚悟はできてんだろうな?」

 

「か、カズマさん……? そんな、まさか、いや、いやああああ…………あれっ?」

 

「きゃああああああああ!? どうして私なんですか!?」

 

 そりゃ、ゆんゆんは関係ないし、煽ったのお前だし。いくら俺でもこの状況でゆんゆんはない。可哀想すぎるだろ。

 

 俺はめぐみんの慎ましいお胸をさわさわして、その素晴らしいかんしょ……?

 

「人の胸を触っといてその反応は何だ? どういうことか聞こうじゃないか!」

 

「ぺっ!」

 

「よろしい! 今度こそ決着をつけてあげますよ!」

 

 勇気なんか出すもんじゃない。

 

 

 

 

 

 俺はここ三日間、ベルディア対策に取り組んでいる。

 

 思ったよりも多くのダイナマイトを作ることができた。それと平行して俺はターンアンデッドを習得しようとして、何と上位版のセイクリッド・ターンアンデッドも習得できることが判明したので両方習得した。

 

 爆裂魔法を習得できたのもめぐみんが使う所を何回も見たからだ。それと同じでセイクリッドを習得できたのもアクアが使う所をたくさん見たからだろう。

 

 この勢いでアクアの持つスキルを習得して、いつでも追放できるようにしておこう。

 

「あとはミスリル合金のを買えば完了か」

 

 これでベルディアが来ても少しは戦えるだろう。

 

「んん?」

 

 ここで気づいたけど、何で俺ベルディアと戦う準備してるんだろ。よく考えたら戦う必要なんかないし、逃げることを優先すべきだ。

 

 俺は自らの愚かさに呆れ……かけた、その時だった。

 

 サキュバスのお姉さん達がこの街にいる!!

 

 馬鹿か俺は!? 守るべきものがあるのに、どうして逃げようとするんだ。戦う、戦ってベルディアを倒すんだ。

 

 誰よりも強い決意を胸に、俺は窓から街を眺めて、

 

「……つうか、爆裂魔法撃ち込んでないからベルディア来ねえだろ」

 

 元の世界でベルディアが来たのはあくまでも調査のためで、アクセルを襲うためではない。それがあんなことになったのは爆裂散歩のせいだ。

 

 そのことに気づいた俺は胸からそっと決意を消した。

 

 死にたい……。

 

 来るはずもない敵に備えてセイクリッドを無駄習得して、命をかける覚悟をして、この上ない決意までして、全部俺の早とちりって……。

 

 珍しくやる気出したらこれとかないわー。べたすぎてないわー。

 

 もう今日は何もしたくない!

 

 どういうことなの!

 

 こういうのがあるからやる気なんか出したくないんだよ。こうやって空回りしたらすげえ恥ずかしいし、悲しい。

 

 世の中くそだわ、マジで腐ってる!

 

 あー、もう、やってらんねえ。

 

 サキュバスのお姉さんに癒されに行こっと。

 

 この日は無茶苦茶夢を満喫した!

 

 

 

 

 

 俺が意味のないベルディア対策をしてから一週間が経過した。

 

 今、ギルドにはろくな依頼がない。一撃熊やら初心者殺しといった恐ろしいものはあるのに、ジャイアントトードのような弱いモンスター関連がなくなっているのだ。

 

 四日か五日ぐらい前からこの状況になり、そのせいで俺達のように一撃熊とかを倒せないパーティーは何らかのバイトをしている有り様だ。

 

 前にもこんな状況を体験した気がするのだが、どうにも思い出せない。

 

 こうやって思い出せないなら大したものじゃないことの方が多いので、俺はのんびりと飯を食べる。

 

 三日前に一撃熊を討伐してお金を稼いだので、バイトに出かける必要はなく、俺達はわりと余裕を持って過ごせていた。

 

 ちなみに一撃熊は、ギリギリまで弱らせて動けなくなった所をダクネスにやらせて経験値を稼がせた。動けない相手に何発も外すとは思わなかったけど。

 

「先ほど聞いた話では、どうやら魔王軍の幹部の一人が街の近くにある小城を乗っ取ったらしい」

 

「もしかして、それで弱いモンスターいないの?」

 

「魔王の幹部ともなれば相当な強者ですからね。怯えて隠れるのも無理ありません」

 

「迷惑な話だな。このままだと凶悪な依頼しかなくなるぞ」

 

 掲示板にある依頼で、難易度が一撃熊と同じぐらいのは言うほど多くない。自分の利益を優先するなら、それらの依頼をどんどんやればいいのだが、それだと他の冒険者に迷惑をかけるだけでなく、恨みや顰蹙を買うだけだ。

 

「毎日請けるのはよした方がいいな」

 

「そうだな。少ない依頼を一人占め、というのはいい顔はされない。私達は三日前に請けたから、浪費しなければしばらくは持つだろう」

 

「助け合いの精神って奴ね!」

 

 ゆんゆんがやけに嬉しそうにしている。里では一人でいることが多かったと聞いたので、こういう口に出さないで協力し合うことに喜びを覚えたのか。

 

 そんなゆんゆんにめぐみんは呆れていたが。

 

 一つ息を吐いて、めぐみんは問いかけた。

 

「しかし、幹部は何故来たのでしょうか?」

 

「そうだなあ。何でだ?」

 

「アクセルに高レベルの者はほぼいない。幹部が来るほどの理由はないはずだが」

 

「周辺モンスターも弱いのばかりだしね」

 

「そうなると謎はますます深まります……はうあ!!」

 

 突然大声を上げて仰け反っためぐみんに、俺達はびくんっとなった。

 

 めぐみんは立ち上がると、小さな笑い声をもらした。

 

「ふふふ、ふあーはっはっはっ! わかりました、わかりましたよ! 何故幹部が来たのかわかりましたよ!!」

 

 めぐみんは興奮した様子でテーブルを両手で力一杯叩いた。そのままの勢いでテーブルに足を乗せて、目を赤く輝かせた。パンツは黒か。

 

 ギルドにいる人みんながめぐみんを見てる。

 

 お願い、どうせあとで違うとか言われるだけだから、これ以上目立とうとしないで。

 

 俺の願いが届くわけもなく、めぐみんは腹の底からばかみたいな大声を出した。

 

「いいですか!? アクセルが無くなれば、弱いモンスターでレベル上げできる場所も無くなります! これが意味する所は……」

 

 誰かがごくりと唾を飲んだ。

 

 俺は止めることのできない無力な自分が憎くなった。この勘違い娘の口を塞ぎたいが、それはできそうにない。

 

 何を思ったのかギルドにいる人達はめぐみんの言葉を待っている。別の意味で不安になった。

 

 たっぷりと時間を置いてから、めぐみんは手を前に出した。

 

「人類滅亡への第一歩です!!」

 

「な、何だって!?」

 

「魔王は我々人類を滅ぼさんがため、私達駆け出し冒険者もろともアクセルを消すつもりです。アクセルが消えれば、他の街に行く冒険者もいなくなり、それは冒険者の減少に繋がります。そして、魔王は次に他の街を襲い、アクセルと同じ運命を辿らせるつもりです。すると今度は高レベルになるはずの冒険者もいなくなる……」

 

「そ、そんな、そんなことって……!」

 

「そうです! 奴らは初心者や中級者を皆殺しにすることで、冒険者という戦力の補給を絶とうとしています! しかも、アクセルやその他の街を魔族の陣地にして王都を挟み撃ちするつもりです!」

 

「め、めぐみん……!」

 

「ふっ。私でなければ見落としていましたね」

 

 すげえ! 何がすげえって筋が通ってることだよ。しかも、作戦として立派に機能するものだ。

 

 十中八九間違っているだろうけど。

 

 めぐみんの話通りなら幹部は小城を乗っ取らずに攻めてくるはずだ。アクセル程度なら幹部一人でも簡単に落とせるのだが、何かよくわかんないけど、今の話を聞いたみんなは盛り上がっていた。

 

 魔王軍の侵略だと騒いでいるみんなを見て、この街の先行きが不安になった。

 

 ギルドのお姉さんが王都の騎士団にこのことを報告しなきゃとか言ってたのを、俺は聞こえなかったことにして、気づかれないようにギルドから出た。

 

 この日は別の所で飲み食いして、帰った。

 

 次の日、俺はギルドに行きたくなくて、持ち物のチェックを行う。

 

 しばらくギルドに行くのは避けるべきかもしれない。

 

 昨日は途中で逃げたので、どんなことになったのかわからないが、アクセルの冒険者達のことを思うと、おかしな方向に転がってそうなので、関わりたくない。

 

『緊急警報! 緊急警報! 冒険者の皆様は装備を整えて街の正門までお願いします。街の住人は直ちに避難して下さい!』

 

 緊急警報? いくら冒険者達がばかばっかりとはいえ、昨日の内に何かしてきたとは思えない。

 

 となると、この警報は本当に突然のものだろう。

 

 まさか、めぐみんの予想通り、魔王軍の幹部がアクセルを滅ぼすために攻めてきたんじゃ……。

 

 ばかは俺だった!

 

 仲間の言葉をはじめから信じず、間違いと決めつけて……、俺は何様のつもりなんだ! 大人が子供をばかにして話を聞かないのと同じことをしてしまった。そうされるのがどんなに辛いか知っているはずなのに、俺って奴は!

 

 俺はダイナマイトなどの道具を持って、正門に向かう。

 

 ベルディアが来たら逃げようとか、そんな考えはなかった。

 

 サキュバスがどうこうではない。

 

 俺は、俺はあいつらと一緒に戦う。

 

 そして、ベルディアを倒したら、正直に言って謝るんだ。

 

 すまない、めぐみん。

 

 お前を信じようとしなくてごめん。

 

 魔王の企みを見事に見破っためぐみんに謝りながら、一秒でもはやくと全速力で正門に行く。

 

 正門には既に多くの冒険者がいて、先頭に仲間を見つけた俺は駆け寄って合流した。

 

「勢揃いか?」

 

 恐ろしい。

 

 やはり幹部は何度見ても慣れない恐ろしさがある。

 

 魔王の幹部ベルディア。剣の達人であり、神聖魔法に対して高い耐性力がある。

 

 ベルディアは単体で来たようで、部下の姿は見られない。

 

 俺は感じる恐怖を押し殺し、ベルディアを睨み付ける。

 

 アクセルは、仲間はやらせない!

 

「ふん。こいつらの中に本当にいるのか?」

 

 ん? んん? いる? ちょっと、お願い、ちょっと待って。

 

 もしかして、というか、やっぱりめぐみんは間違えてたんじゃ……。

 

「わけのわからないことを言って混乱させようとしているんですか!」

 

 めぐみんが前に出て、見当違いのことを言った。

 

「何だ貴様は……」

 

「我が名はめぐみん! この街随一の魔法の使い手にして、魔王の企みを看破せし者!」

 

「……めぐみんって何だ! ばかにしてるのか!」

 

「ち、ちがわい!」

 

「あっ、こいつ紅魔族だから、ふざけてるわけじゃないから」

 

「ああ、なるほど……」

 

 ベルディアは納得したように何度も頷く。

 

 納得いかない顔のめぐみんにゆんゆんが、今はそんなことより本題よ、と言って促した。その本題間違ってますよ。

 

「あなた達の目的はわかっています! ここアクセルを落として駆け出し冒険者のレベル上げポイントを減らし、更にここを起点にして他の街を落とし、初心者や中級者クラスの冒険者を根絶やしにすることで冒険者という戦力の補給を絶ち、そして攻め落とした街を陣地にして王都を攻めるという企みは既に見抜いています!」

 

 言っちゃった。

 

「……何だそれ? 何で我々が貴様らのような木っ端を……いや、それはいいな。貴様の話はそのまま魔王様に話すとしよう。きっと気に入っていただけるだろうな」

 

「え、えええ!?」

 

 余計なことをしてしまった。

 

 魔王軍によくできた作戦を与えてしまった。

 

 めぐみんは自分のしたことが間違っていたという事実に戸惑いを隠せずにいる。

 

「これでこの国を落とせそうだ。感謝するぞ、愚かな紅魔族の娘よ」

 

「あ、あああ……」

 

 めぐみんの顔がどんどん青ざめていく。

 

 周りの冒険者もどういう状況かわかってきたようで、みんながめぐみんに目を向ける。

 

 こうなったらめぐみんは脆い所があるので、自力での巻き返しは困難だろう。

 

 俺は頭をがりがりと掻いて、助けに出る。

 

「流石は魔王の幹部だな。作戦を見破られても、さも見破られてないようにするとは」

 

「はっ?」

 

 俺はビシッと指をさして、先ほどのめぐみん以上に堂々と言った。

 

「こんな駆け出し冒険者に魔族最大の作戦を見破られたと知られてみろ。魔王をはじめとした魔族は考えが浅いとかあほとか変態とか思われる。そうならないために、お前は見破られていないように見せ、しかも見破っためぐみんに責任が行くようにして、その頭脳を葬ろうとした……。今の一瞬でここまで考えるとは流石だ。俺じゃなかったら見逃してたな」

 

「か、カズマ……」

 

 めぐみんがお礼を言いたそうにしていたが、軽く頭を振って今はいいと伝えた。

 

 あとでたっぷりとお礼をしてもらおう。

 

「頭を手に持つモンスター、デュラハン。となれば、お前ベルディアだろ」

 

「そうだ。そこの娘はお前の仲間か?」

 

「ああ」

 

「ならば、その娘を憎むことになるだろうな。ばかなことを口走ったせいでこの街は滅ぶのだから」

 

 周りの冒険者を見れば、俺とベルディアの会話に少し混乱している。どっちを信用すればいいかわからないようなので、俺を信じられるようにする。

 

「そういえば昔、この街に来る前のことだ。俺は旅をしていて、その途中で二人の魔族を見つけたんだ。気づかれる前に隠れて、ついでに盗み聞きしたんだ」

 

「つまらん話ならはやく終わらせろ」

 

「その話を聞いて、俺は驚いた。何と女トイレに頭を置き忘れたり、女風呂に頭を置き忘れる奴がいるらしい」

 

「ま、待て! 頼む、待ってくれ!」

 

 わかりやすく慌てた変態にトドメをさす。

 

「しかもそいつは手が滑ったとか言って美人魔族のスカートの下に頭を転がしたり、転んだとか言って頭を投げて女性の胸に当てたりしたようだ」

 

「やめ、やめろおおおおお! 何でお前がそんなこと知って……はっ!?」

 

「サイテー!」

 

「ただの変態じゃねえか!」

 

「あいつの話なんか信じられるかっ! ぺっ!」

 

「あの人、凄く最低……」

 

「ち、違う! 俺は幹部だぞ! そんなことしなくても女なんぞ向こうから来る!」

 

「童貞はみんなそんなこと言うんだよ!」

 

「ど、どどど童貞ちゃうわ!」

 

 童貞だったんかい!

 

 おっと、そんなことはどうだっていい。

 

 今はこいつを倒さなくては。部下を引き連れてないのはチャンスだ。

 

「悪いな、ベルディア。お前はここで終わりだ」

 

「貴様が、貴様が余計なことを言わなければ! 貴様だけは今殺す!」

 

 ベルディアの手が動く前に俺は手を前に出す。

 

「『スティール』!」

 

 元の世界でこいつが、レベル差がなかったら危なかったと言ったのを俺は忘れていない。今の俺は最弱職とはいえ高レベルだ。

 

 手にずしりとした重さを感じる。

 

「えっ、俺ってスティールされるの? ……小僧、今すぐ俺を戻せ。さもなくば……」

 

「ベルディア。俺はお前の弱点を知っているんだ」

 

「「「ひいっ!」」」

 

 笑顔で言ったら、ベルディアだけでなく周りの冒険者も短い悲鳴を上げた。何故だ。

 

 ベルディアの顔を手で覆う。

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

「うぶっ! ごばっ! ぎゃ、めっ!?」

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

「げぼっ、きさっ、ころっ」

 

 おおっと、体の方が俺に向かってきているではないか。ここはダクネスに任せよう。

 

「ダクネス、あれを止めてこい。その間に俺はこいつを弱らせる!」

 

「う、うむ!」

 

 ダクネスの突進を受けたベルディアの体は後ろにぶっ飛んだ。

 

 攻撃を受けた所を見ると、頭がこうなってると見えないのか。これなら何とかなりそうだ。

 

「『クリエイト・ウォーター』! ダクネス、戻れ! ゆんゆん、あの体に上級魔法を撃ち込め!」

 

「う、うん! 『ライト・オブ・セイバー』」

 

「ダクネスは万が一に備えて、ゆんゆんを守ってくれ。めぐみんはいつでも爆裂魔法が使えるようにしてくれ」

 

 仲間に指示を出して、俺はベルディアを溺れさせるだけの簡単な仕事に戻る。

 

「『クリエイト・ウォーター』」

 

「ま、待て! うぼあ! おえっ! はあ……はあ……。は、話をしよう。見逃してくれたら、俺も何もしない」

 

「ははは『クリエイト・ウォーター』。相当参ってるみたいだな『クリエイト・ウォーター』。俺はお前を倒すつもりなんだよ『クリエイト・ウォーター』。見逃してもらえると思うなよ『クリエイト・ウォーター』」

 

「鬼畜すぎるだろ」

 

「悪魔だ……」

 

「こええ……」

 

 何故か周りの冒険者が恐怖の声を上げていた。

 

 ベルディアは何度も溺れさせられたせいで、はじめの威圧感は無くなっていた。結構弱っていそうだ。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』」

 

「ぎゃああああああああああああ!」

 

 あまり効かないと思われたが、意外と効果はあったようだ。それでも消滅させられないのは、やはり俺の弱さが原因だろう。

 

 ベルディアの顔を下に向けて、地面に置く。頭を囲むようにダイナマイトをあるだけ置いた。

 

「今度、は、何を!?」

 

「みんな、はなれろ。……はなれたな。よし、『ティンダー』」

 

 ダイナマイトに初級魔法を放つ。

 

「ぎゃあああああああああああああああ!!」

 

 あるだけ使ったせいで大爆発となった。火傷するかと思うような熱さが駆け抜け、爆風が俺や他の冒険者を吹っ飛ばした。

 

 地面に背中を打って、ごろごろと何回か転がった。

 

「けほっ、みんな、無事か?」

 

 あちこちから、何とか、という声が出てきたので、俺はほっと一息吐いて立ち上がる。

 

「ふっ、ははは、ははは! つい、に……戻った! よ、よくも、や、って、くれたなあ!」

 

 何てことだ!

 

 あの大爆発でもベルディアは死ななかった!

 

 それだけではなく、頭は体のある場所に戻った。

 

 何という悪運の強さだ!

 

 流石は魔王の幹部だ!

 

「『スティール』! 「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

 

「嘘だあああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 まあ、スティールしてセイクリッドするだけですけど。

 

 さっきのダイナマイトで頭は結構ボロボロになっていた。もう少しだな。

 

「カズマさん、もう結構上級魔法やりましたよ」

 

「おっ? 『セイクリッド・ターンアンデッド』」

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

 

 ゆんゆんに言われて、体をよく見ると、かなりダメージを負っているなと思えるぐらいにボロボロになっていた。何発上級魔法撃ち込まれたのやら。

 

「『クリエイト・ウォーター』。ほら、戻れ」

 

 頭を体の方に蹴り飛ばして、ワンドを手にし、

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』」

 

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 体もまとめてセイクリッドしたら、ここまでで一番のダメージを与えられた。

 

「行け、めぐみん!」

 

「この時を待っていましたよ! 幹部を討ち滅ぼせ! 『エクスプロージョン』!」

 

 トドメの爆裂魔法が撃ち込まれる。

 

「ばかなあああああああああああああああ!?」

 

 ベルディアの断末魔が響き渡った。

 

「めぐみん、カード見てみ」

 

「……ベルディア討伐とありますね。やりましたよカズマ! 私達、魔王の幹部を倒したんです!」

 

 めぐみんのその言葉にみんなは喜びの声を上げた。

 

「うおおおおおおお!」

 

「幹部をやっちまったぞ!」

 

「マジかよ!?」

 

「すげええええええええ!」

 

 あのベルディアを一方的に倒すことになるとは……。スティール強すぎだろ。

 

 俺は絡んでくる冒険者に適当に返しながら、みんなと一緒に街へと戻った。

 

 ……あいつ、マジで何しに来たんだよ。

 

 俺はまたしてもベルディアがここに来た理由を知ることはできなかった。




というわけでベルディアさん討伐されましたと。

スティールされて、散々溺れさせられて、上級魔法の的にされて、セイクリッドされて、爆裂魔法やられて、こうして見ると酷い話だ。

次の敵はデストロイヤーか。

無理ゲーや。

次の話は出せるかどうか不明です。

ベルディア討伐報酬の多くを費やせば可能にできるとか、テレポートで可能になるとか、そういうことはないですからね。

本当ですよ。


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第五話 デストロイヤー襲来

最近は暑くて辛い。

暑いのは苦手な緋色です。

三万文字いっちゃった(笑)

色々無駄に書いてしまった感がする。


 へんた……ベルディア討伐から数日後。

 

 ギルドでは昼前だというのに宴会が開かれ、できあがっている冒険者が見られた。

 

 人類最大の悲願は言うまでもなく魔王討伐だ。

 

 その魔王を倒すには、まず魔王が生息する城の結界を解除しなくてはならない。

 

 結界は八人の幹部が維持している。

 

 結界の解除には幹部の撃破が必須となるわけだ。

 

 今回俺達はベルディアを撃破したので、結界の解除を一歩進めたことになる。

 

 それは魔王討伐に一歩近づいたことを意味する。

 

 今日の宴会はそれを祝うために開かれているわけだが、他にも理由はあった。

 

 あの日正門に集まった人達は褒賞金をもらえたので、昼間から飲んでいる。

 

 俺達がベルディアを倒したとは言っても、あの警報を聞き、逃げずに正門まで来て、戦おうとした彼らの勇気ある行動を思えば当然のことだ。

 

 これで活躍してないからなんて理由で褒賞金を渡さなかったら、同じことが起きた時に街を守ってもらえなくなる。

 

「お待ちしておりました! では、カズマさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん、ダクネスさん、はじめにこちらからお渡しします」

 

 ギルドのお姉さんから今回の件の報酬が渡される。

 

 これで終わりじゃないのを俺は知っている。

 

「そして、カズマさんのパーティーには魔王の幹部ベルディア討伐による特別報酬が出ています。こちら金三億エリスとなります」

 

「「「さっ!?」」」

 

 お姉さんが俺に高級感あるケースを手渡す。

 

 金額を聞いてフリーズしてしまった三人を無視して、ケースを開けて中身を確認した。一枚百万エリスの魔銀貨三百枚が入っていたので、問題がないことをお姉さんに伝えた。

 

「よっしゃああああ! みんな、今日は俺の奢りだー!」

 

「「「カズマさん、サイコー!」」」

 

 この時の俺は最高の気分だった。

 

 前回はどっかの駄女神……じゃなくて、くそ領主のせいで借金を背負わされたからな。それを思えば涙が出るほどに喜ばしい。

 

 俺は空いてる席について、適当に注文する。

 

 ここでやっとめぐみん達は正気に戻り、どこか慌てた感じで俺と同じ席についた。

 

「カズマ、どうしてそんな風にしていられるんですか!?」

 

「そうよ! 三億、三億よ!?」

 

「まるで何事もなかったようにしているが、おかしいじゃないか!」

 

「ワインでいいか?」

 

「ああ、じゃなくて! お前はどうして平気なのだ!」

 

「落ち着け。ちゃんとわけるから」

 

「心配してるのはそこじゃないのですが……」

 

 二十億という大金を投げ出したことがある身としては、今更三億で動じるわけがない。

 

「カズマさん、もしかして三億見慣れてたりするの?」

 

「それはない。どれぐらいないかと言うと、ゆんゆんがお友達と買い物してるぐらいだ」

 

「それどういう意味よ!」

 

 キレたゆんゆんが掴みかかってきた。

 

 そんなにレベル高くないくせに、何で力強いんだよ。胸ぐらを掴むゆんゆんの手を剥がし、蛙の唐揚げを口に突っ込む。

 

「げほっ、ごほっ」

 

 唐揚げを口から吐き出して咳き込んだゆんゆんをそっとしておいた。

 

 俺は鳥の唐揚げを食べて、これからについて考える。

 

 次に来る敵はデストロイヤーだ。

 

 ベルディアの時は怪しまれずに済んだが、デストロイヤーは別だ。こいつと戦うのはともかく、準備を事前に済ませていたらおかしいと思われる。

 

 これからは周りに怪しまれないように気をつけなくては。

 

 酒で頭がハッピーになる前に考えをまとめた俺は宴会を楽しむことにした。

 

 

 

 俺達が宴会に参加してから一時間ほど経った。

 

「おい、めぐみん。ちゃっかり酒を飲もうとするんじゃない」

 

「今日ぐらいいいじゃないですか」

 

 めぐみんは酒を飲もうとして、ダクネスに止められた。

 

 子供に酒は、と思ったが、めぐみんの隣に座るゆんゆんを見て、試してみることにした。

 

「ゆんゆんと半分こするならいいぞ」

 

「カズマ!?」

 

「聞きましたか、ダクネス。パーティーのリーダーが許可しましたよ!」

 

「ゆんゆんも飲みたそうにしてるしな。この機会に二人がお酒に弱いか調べよう」

 

「むう……」

 

「見てないところで飲まれて倒れられても困るだろ? 今日は俺達がいるし、ちょっと試すだけだから大丈夫だって」

 

「しかし……、うーん、だが、……仕方ない。カズマの言う通り、見てない所で何かあっても困るからな。今回だけだぞ」

 

 ダクネスは渋々許可を出した。

 

 今日みたいにめでたい日なら少しぐらい羽目を外してもいいだろう。

 

 何かあったなら、そこで止めるまでだ。

 

 めぐみんはゆんゆんと酒をわけあう。

 

 ゆんゆんとめぐみんは酒が飲めることが嬉しいようで、二人とも期待に満ちた顔で酒の入ったグラスを見つめている。

 

「一気に飲むなよ。最初はゆっくりと慣らすように飲むんだ。量は少しずつ増やせ」

 

 俺の言葉を聞いた二人はちびりと、本当に少量だけ口にした。

 

 そこから量を増やしていって、

 

「むう、味は思ったようなものではありませんね」

 

「うん。もっと美味しいと思ってたのに」

 

 二人の感想はそれだった。

 

 まあ、二人が飲んだのは安さが取り柄のもので、味は無視してるからな。

 

 甘いお酒とか、高い酒とかだったら感想はまた違っていただろうが、はじめて飲む二人はそのことに気づいていない。

 

 結局、二人は手元の酒を飲みきると、ジュースを頼んだ。

 

 それを見て、ダクネスは安心したように息を吐いて、テーブルの上の料理に手を伸ばした。

 

「やっほー。何か今日は奢りって聞いたよ」

 

「クリス! 久しぶりだな。今日はそこのカズマの奢りだから何でも頼んでくれ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 クリスは早速シャワシャワを頼んだ。

 

 半分ほど飲んで、クリスは俺を見てにやりと笑った。

 

「カズマ君、スティール使えるんだよね。じゃ、私と勝負しない? 宴会の余興にさ」

 

 パンツ来た。

 

「お、おい。カズマは結構飲んでるんだぞ」

 

 ダクネスが不公平だとばかりに止めに入ったが、この俺がクリスを前にして撤退するわけがない。

 

 パンツ!

 

「ダクネス、大丈夫だ。クリスと言ったか、やってやろうじゃねえか。何があっても文句を言うんじゃねえぞ!」

 

「ふふっ。あとで泣かないでよね!」

 

 パンツ! パンツ! 

 

 ギルドの中心部に来た俺達を見て、周りは何だ何だと興味津々に見てくる。

 

「お互いにスティールを使って、どっちがいいものをとれるか勝負だよ。勝った方はとったものをもらえる、これでいいかい?」

 

「いいぞー。お前から来いや!」

 

 パンツ! パンツ! 女神のパンツ!!

 

「気前がいいんだね。それじゃ『スティール』……おっと中身がたっぷりと入った財布だ。これは僕の勝ちかな」

 

「やべえ、カズマやべえぞ」

 

「三億あるし、くれてやるんじゃねえよ?」

 

「いやいや、取り戻すつもりだぜ」

 

 パンツ! パンツ! 女神のパンツ! ヒロインのパンツ!!

 

 俺は右手をぎゅうと握り締め、低い声で言った。

 

「俺……、女相手だと九十九パーセント、パンツ盗るから……」

 

「へっ?」

 

「『スティール』!!」

 

「えっ、嘘……」

 

 クリスは困惑した様子で財布を落とし、

 

「いやあああああああああ! パンツ返してえええええええ!」

 

 状況を理解すると顔は赤く染まり、下半身を手で押さえて懇願した。

 

「ヒャッハー!!」

 

「「「ヒャッハー!」」」

 

 男性冒険者が興奮した様子で俺の雄叫びに続いた。

 

 お前ら最高だぜ。

 

 パンツ! パンツ! 女神のパンツ! ヒロインのパンツ! 極上パンツ!!

 

 俺はクリスの白いパンツを頭上で振り回した!

 

 女性達の視線が冷たいものに変わったが、俺は何も悪くない。

 

「お願い! 財布は返すから! 返しますから! パンツを返して下さい!」

 

「おいおい、布切れ一枚と俺のお金たっぷりの財布、どっちが価値高い? こんな布切れなんか数百エリスで買えるだろ」

 

「そんなこと言わないで返してえ!」

 

 俺の胸ぐらを掴んで、前後にがくがくと激しく揺らしてきた。

 

 やばい、結構飲んでるから激しく揺らされると吐き気が込み上げてくる。

 

 俺は吐くまいと堪えて、クリスを強めに押した。

 

「いたっ! ちょっと……」

 

「うぷっ……。やばいやばい……」

 

 口を手で覆って、必死に吐き気を堪える。

 

「大丈夫?」

 

 クリスの言葉に俺は首を横に振る。

 

「そっ。……これ以上揺らされたくなかったら返して。私も返すから」

 

 にやあ、と勝ち誇ったようにクリスは笑った。

 

 悪魔か!?

 

 俺は素直にパンツを返して、クリスから財布を受け取った。

 

 負けるとは思わなかった。

 

 席に戻った俺は、敗北を忘れるためにジュースを浴びるように飲んだ。

 

 

 

 

 

 翌日、お金を銀行に預けた。

 

 この大金があれば、当分依頼を請けなくていい。

 

 ベルディアの討伐報酬は俺が全額預かっている。

 

 彼女達は大金を持つのはちょっと怖いという理由から、俺に預けた。

 

 銀行から出た俺は近くの店で食事をして、宿へ戻ることにした。

 

 宿に戻ってきた俺はデストロイヤーとどう戦うか考える。

 

 デストロイヤーを倒すには、最初に結界を破壊する必要がある。

 

 その結界は爆裂魔法を二発、三発では破れないものだ。無駄に強力な結界をアクア抜きで破るにはどうしたらいいのか考える。

 

 セイクリッド・ブレイクスペルを使っても効果がないのは確実だ。そうなると結界を破る方法は一つに絞られる。

 

 爆裂魔法を三発以上撃ち込む。

 

 魔王の城の結界より頑丈というのは流石に考えられない。

 

 人の手で作られ、その後はデストロイヤーが単独で維持していると考えた場合、爆裂魔法を五発以上撃ち込めば破壊できるはずだ。

 

 次はコロナタイトだ。

 

 これは領主の館にテレポートしてもいいのだが、そんなことをしたらどっかのクルセイダーに迷惑がかかるので、避けざるを得ない。

 

 こいつの廃棄場所については決まっている。

 

 ごみ捨て場は魔王の城だ。

 

 しかし、ウィズにそのことを頼むのは無理があるので、自分でやるしかないのだが、問題が一つある。

 

 平行世界だからか、テレポートの登録欄は空白だ。元の世界では王都や紅魔の里を登録していたのだが……。

 

 そこで王都にはテレポート屋を使って行き、その王都で紅魔族を見つけたら、彼らにテレポートで魔王の城まで連れて行ってもらう。

 

 これで王都と魔王の城をテレポート先に登録できる。

 

 ざっくりとしているが、アクア抜きではこれが最善の戦略だ。

 

 あとは俺が王都に行っていても怪しまれないようにするには……、旅行だ。

 

 そうだ、仲間で王都に旅行すればいい。そうすればその時に登録したと言い張れる。

 

 ついでに最高品質のマナタイトも探して、デストロイヤー襲撃に備えておこう。ただし購入はせず、お店の場所を覚えているだけにしよう。

 

 我ながらよくできた作戦だと思う。

 

 みんなに怪しまれないようにしつつ、デストロイヤー討伐に必要な布石を打てる。

 

 仲間を騙す形にはなるが……、あいつらならいいだろ。

 

 俺は宿を出て、ギルドへ。

 

 ギルドにいなかったら、探すの面倒臭いから、周りの冒険者に王都に遊びに行ってくると伝えて、一人で行ってしまおうか……。

 

 そんな考えでギルドに行ってみると、普通に揃っていた。

 

 それはそれでつまらないが、揃っているなら探さないでいいのでよしとしよう。

 

「お前ら、王都に旅行に行くぞ」

 

「いきなりだな」

 

「旅行ですか。それはいいですね」

 

「幹部討伐でお金はたくさんあるから、色々買えるね」

 

「この機会に羽を伸ばすとしよう」

 

 俺の提案は快く受け入れられた。

 

 そういうわけで俺達は王都に行く前の準備として、王都のガイドブックを購入してきて、話し合いを開始した。

 

 この話し合いが終わったのは、日付が変わる直前だった。

 

 肝心の旅行は二日後からで、二泊三日の予定だ。

 

 明日は宿泊先の予約と旅行で使うものを買うことになっている。

 

 その買い物も男女にわかれるので、俺はすぐに終わらせるつもりだ。そして、はやめに王都に行って予約も済ませ、目的も済ませるという完璧なプランを立てている。

 

 そして、旅行は心から楽しもう。

 

 翌日、俺は買い物をさっさと済ませて、王都へ来ていた。

 

 みんなと決めたホテルも予約がとれたので、紅魔族を探す。

 

 どうたぶらかしたものか。

 

 あいつらはわかりやすい特徴があるので、そこを上手く利用すればいけるはずだ。

 

 めぐみんが仮面に食いついた時のことを思い出した。

 

 仮面か。適当にそれっぽいのを買って、紅魔族を見つけたら使おう。

 

 仮面を買うついでに近くで売ってた焼き鳥も買って、頬張りながら王都を歩き回る。

 

 よくも悪くも目立つから、すぐに見つかるだろうと思っていたが、そこまで甘くなかった。

 

 一時間、二時間では見つけることはできなかった。

 

 変な騒ぎを起こしているという俺の考えは間違いだったらしい。

 

 みんながみんなめぐみんのように騒ぎを起こすわけではないらしい。

 

 結局、俺が紅魔族を見つけたのは、庶民に愛されている料理店で満足するまで食べて、ベンチで一休みしてからだった。

 

 見つけた紅魔族は残念なことに男だった。

 

 俺は黒い仮面をつけた。この仮面は両目に穴があるのではなく、右目だけ穴がある。

 

 男のあとを気づかれないようについて行く。

 

 数分後、男が路地に入って、周囲に人がいなくなった所で声をかけた。

 

「見つけたぞ」

 

「むっ。その仮面は……」

 

 何もねえよ。思わずつっこみを入れたくなったが、俺はぐっと堪えて、茶番に付き合う。

 

「そうだ。これは俺の体を蝕む呪いを抑え込むための神器だ」

 

「やはり、か……。それほどのものでないと抑えられない呪いとは。貴様、いったい……」

 

「名乗るのが遅くなったな。我が名はカズマ! 最弱職の冒険者でありながら、魔王の幹部ベルディアを弄んだ者!」

 

「なん、だと……?」

 

 俺の挨拶を見て、男は驚愕した。

 

 紅魔族でもない俺がしたのはそれほど衝撃的だったようだ。

 

 普通、紅魔族が挨拶をしても、えー何なのこいつ、みたいな反応しかしてもらえない。

 

 紅魔族にしか通じないはずの挨拶を俺がしたことで、男は感動でぷるぷると震える。

 

 ネタ種族はどこまでいってもネタ種族なんだと思った。

 

「神に選ばれし種族……紅魔族の汝に命ずる。我を魔王の城へ連れていけ」

 

「! ……そうか。わかった、連れていこう『テレポート』!!」

 

 男は全てを悟った顔で、俺を目的地に連れて行ってくれた。

 

 こうして俺は、テレポート先に王都とごみ捨て場を登録することができた。

 

 ちなみに魔王の城の近くに着いたら、男は生きて帰ってこいよと残して王都に戻った。

 

 俺は結界に守られた魔王の城を一瞥してからアクセルに帰った。

 

 

 

 旅行当日。

 

 俺はギルドの前でみんなと合流した。

 

 当たり前のことだが、みんなキャリーバッグを持ってきている。

 

「それじゃ行くとするか」

 

 正門までみんなを連れて行く。

 

 前日、王都を登録したので、テレポート屋に高い金を払わなくてもいいのだ。

 

「忘れ物はないな?」

 

 俺の問いにみんなはこくりと頷いた。

 

 テレポートは初級魔法のように簡単にできるものではない。

 

 目を閉じ、集中力を高め……。

 

「『テレポート』!」

 

 気がつくと、目の前には王都の正門があった。

 

 正門前の数名の兵士達からすれば、俺達のようにテレポートで訪れるのはそれほど珍しい光景じゃないので、平然としていた。 

 

「本当にテレポートできたよ」

 

「おい!」

 

 ゆんゆんは慌てて口を両手で覆ったが、もう遅い。

 

「お前が俺をどういう目で見てるかよーくわかった。この、この」

 

「や、やめへ、ほおひっはらないで!」

 

 左右の頬を強めに引っ張ってお仕置きをする。

 

 ゆんゆんは目尻に涙を浮かべて、両手をばたばた振り回す。

 

 そんな俺達を見て、めぐみんとダクネスは呆れたように深く息を吐いた。

 

「ほら、ばかやってないで行きますよ。貴重な時間を無駄にしないべきです」

 

 めぐみんの正論に俺はそうだなと言って頷き、歩き出した。

 

「おねはい、ほうはなして!」

 

「しょうがねえなあ!」

 

 最後に頬をむにゅむにゅしてから手をはなす。

 

「うう、ひりひりする……」

 

 俺達は王都に歩を進めた。

 

 前日ホテルの予約に来ていたので、王都の人の多さは知っている。

 

 俺とダクネスに驚きはないが、めぐみんとゆんゆんは人の多さに驚いている。

 

 キョロキョロと周りを見るものだから、こいつら初旅行の田舎者だな、という目で見られている。

 

 中には、冒険者なのに旅行できるのか、と物珍しそうに見てくる人もいる。

 

「屋台がたくさんあるわね」

 

「王都では祭りじゃなくても並ぶようですね」

 

「これもちょっとした名物だな」

 

 それにも気づかないぐらいにダクネス含む女三人は楽しそうにしている。

 

 まだホテルに着いてないのにこれである。

 

「お前ら、まだ何もしてないのに何がそんなに楽しいんだよ」

 

「友達と旅行するのはじめてだから、その、えへへ」

 

「ゆんゆん、あなたが言うと悲しくなるからやめて下さい。私もはじめてですが、何というかあなただと本当に悲しくなるんですよ」

 

「何で!? 私達の年で、友達と旅行するのがはじめてというのはおかしくないでしょ」

 

 本当にどうでもいいことで口論をはじめた二人を見て、ダクネスはやれやれと首を振った。

 

「全く……。カズマは楽しくないのか。美女に囲まれて旅行というのは、男のお前からしたら嬉しいことのはずだが」

 

「違いますよ、ダクネス。カズマは余裕そうにしているだけです」

 

 俺は美女三人をじっくりと眺める。

 

「へっ」

 

「「「あっ!」」」

 

 見てくれは確かにいいが、全員中身に問題があるのを思うと素直に喜べなかった。

 

 

 

 ホテルに着くまで、俺が女に囲まれて喜ばないはずはないとした三人が何とかして証拠となる言葉を引き出そうとしたが、まだ楽しんでいないのは事実なので失敗に終わった。

 

 ホテルは俺とダクネスは一人用の部屋、めぐみんとゆんゆんは二人用の部屋と割り当てている。

 

 荷物を置いた俺達はホテルを出て、地図を手に歩く。

 

 最初はガイドブックでおすすめされている喫茶店に行く。そこでアップルパイを食べるつもりだ。

 

「この辺だな」

 

「あれじゃない? りんごのマークの看板の」

 

 ゆんゆんが指さした場所を見て、俺は違和感を覚えた。

 

 りんごのマークの看板がかけられているが、何かがおかしい。

 

 そう思って地図をよく確認すると。

 

「カズマ、どうしました? はやくしないと置いていきますよ。それとも置いていかれたいのですか? それならそうと言ってくれればいいものを。二人とも、カズマを置いていきましょう」

 

「違うわっ! ほら、地図と場所違うんだよ」

 

「おや、本当ですね」

 

「地図からすると……」

 

 ダクネスは俺から地図を取って、確認しながら歩いていく。

 

 りんごのマークの看板がかけられた店を通りすぎて。

 

「ここではないか?」

 

「ここ、だね……」

 

 建物三つほどはなれた場所に目的のお店はあった。

 

 この近さであの看板があるのを考えると、あのお店は客が間違って入店するようにしている。

 

「もしかして、あそこの店はわざとやっているのか?」

 

「客をとるための作戦だろ。悪質だけど、よくあるやり方だな」

 

「文句を言ってもお店は何も悪くないって言えるもんね」

 

 俺達はお店に入って、目的のアップルパイと好みの飲み物を注文する。

 

 少しして、店員は注文したものを運んできて、テーブルに並べた。

 

 食欲を刺激する香りに俺達は唾を飲み込んで、アップルパイに手を伸ばして。

 

「これは……」

 

「美味しい!」

 

「普段口にするアップルパイとは別格ですね」

 

「こりゃ人気出るわ」

 

 めぐみんの言う通り、今まで食べてきたアップルパイとはレベルが違う。めぐみんの胸とゆんゆんの胸ぐらい差がある。

 

「何か凄く失礼なことを考えませんでしたか?」

 

「別に。美人のみんなとこうして旅行できて嬉しいなーって思っただけだ」

 

「さっき、嬉しくないって言いましたよね?」

 

「言わせんな、恥ずかしい」

 

「棒読みすぎますよ」

 

「そんなことないよー。はい、あーん」

 

「やりませんよ!」

 

 自然にやったのだが、めぐみんは乗ってこなかった。

 

 乗ってきてたら、食われたアップルパイの分だけ取り返すつもりだったが。

 

 こんなに美味しいものを、こんなちんちくりんにあげるなんて考えられない。

 

「もう少し静かに食べられないのか」

 

「他の人が見てくるから、ねっ?」

 

 ダクネスとゆんゆんの言葉に、俺達はちらっと周りを見て、クスクス笑われていることに気付き、恥ずかしさから俯いた。

 

 ここで気づいた。

 

 何だかんだでいつもの調子でいられている。これなら旅行も存分に楽しめると思い、地図を見ながら次の予定を確認した。

 

 俺達の初旅行は極めて順調に進み、気づけば初日は終わりを迎えようとしていた。

 

 まるでエリス様が俺達の旅行を見守ってくれていると思えるほどに今日は一切トラブルがなかった。明日もこうであると助かる。

 

 ホテルに戻ってきた俺達はまた明日と言って、それぞれの部屋に。

 

 俺はパジャマに着替えて、ベッドに横たわる。

 

 明日もこうであればいいと思って、目を閉じた。

 

 順調すぎて逆に怖いとか、気持ち悪いとか、そういうことは全く思わずに眠りについた。

 

 

 

 二日目。

 

 この日は魔道具や装備品を見て回る。

 

 アクセルでは決して目にすることはできないものを見る。

 

 俺達の装備は言うほど悪いものではない。おそらく王都でもそこそこの価値はつくだろう。しかし、王都には俺達の持つ装備品よりも優れたものが多くある。そういうものと比べたら負ける。

 

 装備品をいいものにするのは、自分達の生存率を上げることに繋がる。だから、今回の旅行で新しい装備品を手にいれるつもりだ。

 

 しかし、ダクネスは鎧を大事にしているので、買い換えることはないだろう。

 

「ダクネス、お前は何を買うんだ。剣なんか買っても当たらないから意味ないだろ」

 

「んっ。少しは濁してくれ。そう言われたら、その、ふはっ、私が役に立たない子みたいじゃないか」

 

「こいつは……。もしかしたら防御力を上げる装備とかあるかもしれないし、見ておこう」

 

 神器なんてものが世の中にはあるのだから、防御力を上げる指輪とか腕輪みたいなのがあっても不思議ではない。

 

 俺達はまだ見ぬ装備に期待で胸を膨らませていた。

 

 気づけばいつもよりはやく歩いていた。

 

 それだけみんながこの時を楽しみにしているんだと思った。

 

 幹部を倒した俺達に相応しい装備を見つけるぞ!

 

 

 

 一時間後、俺達は最初のようにうきうきしていなかった。

 

 良いものは高い、それはよく理解しているのだが、まさか杖一本に億に近い値がつけられてるとは……。

 

 何だよあれ。

 

 どう考えたって物語の終盤、それこそ魔王の城に乗り込む前に入手するものじゃん。それか隠しボス倒してゲットするものだろ。

 

 もちろんそんなものが買えるはずもなく、諦めるしかなかった。

 

 他の杖を見ても、高価なものばかりで驚くしかない。

 

 数百万するものも結構あったし、数千万するものもあった。

 

 僕もうよくわかんない。

 

 高価なものを買うのは気が引けたのか、あのめぐみんでもこれを買って下さいとは言ってこなかった。

 

 何ていうか、装備の方からお断りと言われているような感じがして、俺達は諦めるしかなかった。

 

「あれは貴族でもそう簡単に買えないぞ……」

 

「何ていうか、俺達みたいな子供にはまだはやかったな」

 

「そうですね。もっと、もっと爆裂魔法を極めてから買いに来るべきでした」

 

「私ももっと強くなってからにするわ」

 

 魔王を倒しちゃったカズマさんでも気が引けたからな。

 

 俺が見たもので一番いいと思ったのは、二千五百万エリスの凄い弓だ。今装備してるのより大きいのに軽くて、三本同時に発射することができて、連発もできて、貫通性能も上がって、……とにかく凄い弓だ。

 

 そう、魔王を倒した俺に相応しい弓だ。

 

 だけど、購入するわけにはいかないのだ。

 

 凄く欲しいけど、まだまだはやいのだ。

 

 ……はやい?

 

 何で俺、はやいとか言ってんだ?

 

 めぐみん達はともかく、俺は魔王を倒してるから買っても問題ないよね。

 

 あの凄い弓欲しいんだよな。

 

 あの凄い弓欲しい。

 

 欲しい。

 

 

 

 

 出端を挫かれたような感じになったけれど、俺達は様々なものを見て回った。

 

「うわあ、あれ見て。最高品質のマナタイトだよ。値段すごっ……」

 

「あれなら爆裂魔法も使えそうですが……、使い捨て二千万エリスは流石に……いや、連発できるなら……悩ましい」

 

「悩まないで! 出費が凄いことになるし、何回も使えるようになったら爆裂魔法の価値が薄れるわよ!」

 

「むっ! 確かに我が爆裂魔法は一日一度だからこそ、その価値は高いのです。ありがとうゆんゆん、あなたのおかげで道を踏み外さずに済みました」

 

 元の世界のお前、爆裂魔法をいっぱい使える世界に行きたいとか言ってたけどな。

 

 それにしても二千万エリスか。使い捨てにしては……随分、と……。

 

 そこで俺ははっとなった。

 

 そういえば昨日、マナタイト探してなかった。

 

 あぶねえっ!

 

 すっかり忘れてたよ。テレポートの件で全部終わった気になってたし。

 

 ま、まあ、この俺の幸運をもってすればこんなミス巻き返せるわけで。

 

 俺は誰にも気づかれないように、額にびっしりと浮かんだ汗を拭った。

 

 お店の場所も覚えたし、デストロイヤーが来ても大丈夫のはず。

 

 いくら王都でも使い捨てのこれを購入する、変わった奴はいないはずだ。

 

 確信が持てないので、ちょっと不安になるが、あることを祈るしかない。

 

「カズマー、次行きますよ」

 

「今行くー」

 

 返事をして、急ぎ足で三人の下へ行く。

 

 そのあとはのんびりとしたものだった。

 

 装備から最高品質のマナタイトまでのインパクトが強すぎたのだろうが、数千から数万エリスぐらいの魔道具とか見ても驚きはなかった。

 

 何というか、可愛いもんだ。

 

 アクセルにはないものもたくさんあったが、中には使い道がわからない変なものもある。

 

 王都でも変なものを売っているのかと思ったが、もしかしたら話のネタに買っていく人がいるのかもしれない。

 

「ひょいざぶ」

 

「しっ! 今は言わないで下さい」

 

 俺達はご飯を食べるのも忘れて、様々なものを見て回った。

 

 気づくと、夜を迎えていた。

 

 この日はちょっとお高いレストランで夕食をとり、心から満足してホテルに戻った。

 

 何だか、旅行があっという間に終わっていく。

 

 明日はお土産を買って帰るだけだ。

 

 俺はベッドに横になって、寝ようとして。

 

 気のせいかな。

 

 俺とみんなの関係は接近してないんだけど。

 

 おかしくない?

 

 俺、幹部を倒したんだよ。

 

 それにさ、みんなで力合わせて倒したわけで、だったらもっとこう仲が深まってもいいと思うんだ。

 

 きゃー、カズマさん抱いて、とかそういう展開になってもいいと思うんだ。

 

「くそっ、何で何もないんだよ!」

 

 この残酷な世界に、俺はただ怒ることしかできなかった。

 

 

 

 三日目は知り合いへのお土産を購入して、昼食をとったら、アクセルへ戻った。

 

 俺は激辛煎餅、激辛饅頭、激辛チョコレート、激辛シャワシャワ、激辛カレー、激辛パン、真っ黒シチューなどといったネタ土産を大量購入した。

 

 めぐみん達が揃いも揃ってちゃんとしたのを買ってたので、俺までそうするわけにはいかないという義務感からネタ土産を大量購入しただけなのだが。

 

 正門からそのままギルドへと向かう。

 

 ギルドに入れば、冒険者達と職員の皆さんが、

 

「お帰りなさい」

 

「おー、帰ってきたかー」

 

「旅行はどうだった?」

 

「戻って来たのか。そりゃ全部土産か?」

 

 次から次へと挨拶してくる。

 

「今から土産配るぞー」

 

 ギルドでは、めぐみん達が土産を渡してから、ネタ土産を渡した。俺からの贈り物を見た冒険者や職員の皆さんはさもおかしそうに笑ってくれた。

 

 挨拶回りも済んだ所で、テーブルについて一息吐いた。

 

「納得いきません。どうしてカズマのお土産が一番反応がいいんですか!?」

 

「そうよ! 私達だっていいもの選んだのに」

 

「お前はこうなるのがわかってて、あれを買ったのか?」

 

「お前らが揃いも揃って普通なのしか買わないから買ったんだよ。それでも笑ってもらうために最後に渡したけど」

 

「この男! 評価を上げるために私達を利用するとは!」

 

 そうしないと嫌な反応しか返ってこないからな。

 

 まともなのも大事だけれど、変わったお土産もあった方が楽しい。

 

 それこそちょっとした子供心で。

 

「まあいいだろ。パーティーからのお土産として見たら成功したわけだし」

 

「それはそうかもしれませんが、しかし納得がいきません。何というか、そう、いいところを全部持っていかれたように思えます」

 

「そんなに気にするなよ。別に競ってたわけでないし。ほら、これやるから」

 

 めぐみんに究極辛い人でなしカレーを渡した。

 

 これはとんでもなく辛いみたいで、誰も完食できないと恐れられているぐらいだ。

 

「いや、いいです」

 

 返してこようとしたが、俺は返品不可と告げて、受け取らない姿勢を見せた。

 

 それにも関わらず、めぐみんは俺に渡そうとしてきたので、対抗した。

 

 しばらく互いに押し付け合い、最後は根負けした俺がもらうことになった。

 

 これ、食べきれるかな……。

 

 俺がカレーを見ていると、ダクネスが立ち上がった。

 

「ギルドでの用も終えたし、私は一度実家に戻る」

 

「私達も一度宿に戻るとします」

 

「カズマさんはこのまま残るんですか?」

 

「おう。宿に戻ってもやることないからな」

 

「あまり飲みすぎるなよ」

 

「わかってるって」

 

 俺がギルドに残ることが飲みまくることになるのはどういうことだろうか。

 

 三人に手を振りながら、こういうところでも信用されていないという事実にちょっぴり悲しくなった。

 

 もっと俺を信用してほしい。

 

 普段は次の日に影響が出そうなぐらい飲んだりしているが、今残ったのは酒を飲むためではない。

 

 三人が帰ったのをしっかりと確認してから、俺は銀行へと向かった。

 

 

 

 三日後、そんなになかった旅行の疲れをしっかりととった俺達はクエストを請けることにした。

 

 幹部討伐の報酬はまだたっぷりと残っているが、俺達冒険者は街の人を守るためにもモンスターと戦わなくてはいけない。

 

 意気衝天の勢いで掲示板から一撃熊の依頼をとり、意気衝天の勢いで受付に出して、意気衝天の勢いでギルドから出ようとした……時にめぐみんに肩を掴まれた。

 

「何だよ、はなせよ」

 

「一つよろしいでしょうか」

 

「お前はどこの警察だよ」

 

「何を言いたいのかわかりませんが、ごまかすのはやめてもらいましょうか」

 

「何もごまかしてない。何なんだよ」

 

 今の俺はこんなにもやる気に満ちているというのに、めぐみんは不満げに俺を見ている。

 

「なあ、カズマ。お前には色々と言いたいんだ」

 

「何だよ。俺が何をしたって言うんだ。おい、ゆんゆん、何だその目は」

 

「別に。でも、カズマさんはやっぱりカズマさんだなって思っただけよ」

 

 ゆんゆんはどう見ても俺に呆れていた。

 

 心当たりしかない俺は、ゆんゆんとダクネスに変顔をして見せた。

 

「「ぶはっ」」

 

 腹を抱えて笑うほどツボに入ったようだけど、俺の顔が笑われたんだと思うと、複雑な気持ちになる。

 

「「ふひゃははははははは」」

 

 ちょっと笑いすぎじゃないですかね。

 

 俺は泣きそうになって、二人に背を向けた。

 

「はあ……。カズマ、あなたの背中の凄そうな弓は何ですか。その大きな矢筒は何ですか」

 

「……新しい相棒」

 

「あなたって人は……」

 

 おや、めぐみんはガンガン怒ってくると思ったのだが、そうではなかった。

 

 めぐみんが不満そうにしているのは、俺だけが強い装備になったことによるものだと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。

 

「どうして一人だけ先に買うんですか。私は、みんなで一緒に強くなって、装備を買いに行きたかったのに」

 

 めぐみんが、眉尻を下げて、寂しげな顔で見上げて来た。

 

 ……すっげえ可愛い。

 

 俺は言葉を出せず、ただめぐみんを見つめていた。こいつは中身に難があるだけで、ちゃんとした美少女なのだ。

 

 今のこいつは何も意識していないんだろうが、男を惹き付ける何かを放っていた。

 

 魔性の女の気配が……。

 

 嘘だろ、こいつまだ十三だぞ。

 

「カズマ、どうして黙って見ているんですか?」

 

「お、おお、今可愛くて……、普段もそれぐらいならいいのに」

 

 危なかった。

 

 もうちょっとで全部言ってしまいそうだったが、俺は何とか言葉を飲み込み、皮肉を言うことに成功した。

 

 完璧だ。

 

「そ、そうですか。ふふ。カズマもとうとう私の魅力に気づいたみたいですね。…………一人で買ったのは許せないので、今夜はたっぷりと奢ってもらいます」

 

 失敗だった。

 

「もちろんダクネスとゆんゆんにもですよ」

 

 余計なことを付け足して、めぐみんは機嫌よさげに歩き出した。

 

 俺は鈍感主人公ではないので、めぐみんが嬉しそうにする理由がわからないとかは言わない。しかし、元の世界に比べて好感度上がるのはやくないか?

 

 強い装備で活躍できるのが凄い嬉しくて張り切ってた時もあったけど、まさかそんなんで……?

 

 俺は、ようやく笑うのをやめた二人に向き直る。

 

「なあ、上手いこと進めればヤらせてくれるかな」

 

「最低! カズマさん最低!」

 

 ゆんゆんの強烈な右ストレートが俺の頬に叩き込まれた。

 

 

 

 頬に手を当てて、一撃熊が目撃された林の中を進む。

 

「なあ、そんなに怒るなよ」

 

「怒るわよ! いくらなんでもデリカシーないから!」

 

 まあ、自分でもクズ発言したなとは思うけど、でも期待するなという方が無理がある。

 

 いつまでも童貞でいたくないので、できることなら今日にでも捨ててしまいたいのだが、それは無理なんだろう。

 

 考えたくもないが、この世界でも童貞のまま魔王を倒すのだろうか……、笑えないんだけど。

 

「いたぞ、カズマ」

 

 ダクネスの言葉に俺は気を持ち直して、木の根の辺りをくんくんと嗅いでいる一撃熊をじっと見つめる。

 

「見せてもらいましょうか。その弓の力を」

 

「前のより凄いんだよね」

 

「先ずは、と」

 

 背中から弓をとって、構えをとる。

 

「「「おお!」」」

 

 矢を数本手にとって、弓に当てる。すると、矢は淡い光に包まれて、弓の端の上側にまとめられる。

 

 弓に少しの魔力を込める。前のと同じで、これで貫通力は上がる。

 

 矢をゆっくりと引いて。

 

「『狙撃』」

 

 次の矢が即座にセットされる。

 

 自動でセットしてくれるので、連続で射ることができる。

 

 頭部を合計三回も射貫く。そこまでやられたら一撃熊も生きてはいられず、大地に倒れていた。

 

 一撃熊を貫いた矢は、熊が嗅いでいた木に深々と突き刺さっていた。

 

「うむ。これはいいものだ」

 

 いちいち矢をつがえる必要がなく、またその動作が省かれる分、敵を射貫くまでの時間は短縮される。

 

「あっという間でしたね」

 

「前のと比べたら、簡単に連発できていたな」

 

「正直、自動セットがここまで便利とは思わなかった。もうこいつでないと満足できない」

 

 最高の弓を手に入れてしまったものだ。

 

 今のだけでも十分すぎるというのに、こいつにはまだ能力が残されている。

 

「試すか『スリー』」

 

 弓に込められた魔法が発動して、矢が三本セットされる。

 

 俺が真ん中の矢を引くと、上下の矢も一緒に引かれる。

 

 今回は貫通力を上げない。

 

「『狙撃』」

 

 三本の矢は同時に発射され、前方の木に突き刺さる。

 

 矢の消費は三倍となるが、例えば胸を射貫きつつ、頭部も射貫くこともできるため、一撃で仕留められる可能性が上がる。

 

「よしよし。この弓の性能は申し分ないな」

 

「カズマがこうして強くなるのはいいことなのだが、その、何だ。私がモンスターに殴られる機会が減るのは困るというか……」

 

「黙ってろ」

 

「んんっ。突然の罵り、悪くない」

 

 せっかく弓の性能に満足して、気分もよかったのにダクネスの発言でぶち壊しになった。

 

 今度、こいつを的にしてやろうかと思ったが、そうしても喜ぶだけで、何の罰にならないことに気づいた。

 

 こいつの本名が明らかになった時にはとことん辱しめてやる。

 

 一撃熊の討伐を終えたので、アクセルへと帰る。

 

 その帰り道で。

 

「これからその弓を使うなら、前の弓は売り払うの?」

 

 ゆんゆんの質問に俺は首を横に振った。

 

「あっちは予備にするよ。いつ、どんなことが起こるかわからないしな」

 

 この弓より性能が低いと言っても、予備には十分使えるものなので、売り飛ばす必要はない。

 

 先を見据えて、慢心はしない。

 

 ああ、何だろうか。

 

 低ステータスで一流冒険者になりつつあるこの感じ、悪くない。

 

 攻撃が当たらないというポンコツ性能を抱えているが、最強クラスの硬さを誇るダクネス。

 

 一日一発だけとはいえ、最強の魔法を使えるめぐみん。

 

 強力な上級魔法を操るゆんゆん。

 

 多くのスキルを持ち、高性能の弓を使う俺。

 

「俺が筋力、防御、速度の支援魔法と悪魔退治の魔法を覚えたら、このパーティー凄いことになるんじゃないか?」

 

「カズマさん、そこまでいったらもう高レベル冒険者で済まなくなるけど」

 

「確かにカズマがそれらを覚えたら便利でしょうけど、魔力の問題も出てきますよ」

 

「そうなんだけど。ほら、俺程度なら高品質のマナタイトでなくても大丈夫だろうし、支援魔法ぐらいなら普通のマナタイトでも問題ない。場合によってはゆんゆんからわけてもらえばいい」

 

「確かにそれなら魔力の問題も解決できるな。ドレインタッチではゆんゆんの体力も吸われるが、私のをわければ解決する」

 

「そう。欠点は俺だと本職より効果は出ないこと。それでも支援のあるなしでは差は大きい」

 

 アクアはいないので、リザレクションのような強力な回復魔法は使えず、おまけに筋力強化をはじめとした支援魔法も使えない。

 

 そうなるとそれを埋める必要が出てくる。

 

 幸いにもゆんゆんという優秀なアークウィザードがいるので、パーティーの強さは落ちていない。むしろ、上級魔法が多くの敵に通用するのを考えたら格は上かも。

 

 とはいえ、今後のことを考えれば支援魔法は必要となってくる。お金を払うことになっても、誰かから教えてもらおう。

 

 ……あっ。

 

 この時、思い出した。

 

 自分はこういう冒険者になりたかったんだと。

 

 常日頃から強敵との戦いに備え、その時が来たら心強い仲間と力を合わせて戦う。

 

 そうだよ、これが本当のファンタジーだよ。

 

 俺が求めていた冒険がここにあった!

 

 このあと、めぐみんが目についた良さげな岩に爆裂魔法を使いたいと言ってきて、気分最高だった俺は何も考えずに許可した。

 

 めぐみんは爆裂魔法を使う、ここまでは何も問題なかったのだが、どうやら近くに多数のモンスターがいたようで、怒ったモンスター達は俺達に襲いかかってきた。

 

 さすがに数が多すぎるのと、めぐみんが役に立たない子だったため、逃げるしかなかった。

 

 めぐみんはダクネスに背負わせる。

 

 俺は走りながらもたまに振り返っては狙撃し、当たったか確認せずにすぐにまた走る。

 

 ゆんゆんは中級魔法を使いながら、基本的に俺と同じ行動をとっている。

 

 そうやって二人で少しずつ数を減らしていく。

 

「よし、もういいな。ダクネス、めぐみんをこっちに寄越して、お前はデコイで引き付けてくれ」

 

「ああ! 来い! モンスターども! 貴様らの汚らわしい欲望を私にぶつけてみろ!」

 

 ダクネスは張り切っていた。

 

 デコイでモンスターを引き付けて、俺はめぐみんを背負って距離をとり、ある程度はなれたら、めぐみんを下ろして狙撃を開始する。

 

 ゆんゆんは俺の隣に立って、上級魔法の詠唱をはじめた。

 

「ふんっ!」

 

 ダクネスは、自分の横を通り抜けようとした犬型のモンスターの尻尾を掴んで、力一杯投げ飛ばした。

 

 飛んできたモンスターを避けられず、何匹か巻き添えになった。

 

 犬型のモンスターと巻き添えを食った一部のモンスターはピクリとも動かなくなった。……ダクネスの奴、どんな力で投げたんだよ。

 

「ダクネスさん、下がって!」

 

 ゆんゆんの指示にダクネスは目の前の敵を振り払って、二歩、三歩と後退しながら相手の動きに注意を払う。

 

 俺はダクネスの逃走を助けるべく、狙撃で敵の目の前に矢を放つ。わざと地面に当てることで、動きを封じる。

 

 それを受けて、ダクネスは背を向けて走り出す。

 

 ダクネスを逃がすまいと動こうとした敵に俺はまた威嚇射撃する。

 

「『エナジー・イグニッション』!!」

 

 唱えられた魔法は、先頭から中心辺りまでの敵を青白い炎で包み込む。

 

 かなりの魔力が込められて放たれた魔法に、敵は抵抗すらできず、燃え尽きていく。

 

 今の一撃で俺が倒した数を上回ったろう。

 

 ゆんゆんの魔法を見たからか、それとも数が少なくなったからか、モンスター達はこちらに背を向けて、逃走した。

 

 それを確認して、俺は地面に座り込んだ。

 

「はあ、しんど……」

 

「はあ、はあ、もうこんなのは嫌。何なのよ、多すぎでしょ」

 

 ゆんゆんとダクネスも立っている気力がなくなったのか、その場に座り込んだ。

 

「まさか、あの場所にあれだけのモンスターがいるなんて……」

 

「運悪く集まっていたな。それに本格的に冬を迎える前というのも関係しているだろう」

 

「……すみません。私のせいで」

 

「めぐみんのせいじゃないだろ。勝手に撃ったわけでもないし」

 

 撃ってもいいと許可を出したのは俺だ。

 

 ここ最近上手く行ってるからって、油断しすぎだ。

 

 異世界ファンタジーらしさが出てきたから、結構、というか無茶苦茶浮かれていた。

 

 本当に考えが浅かった。

 

 次からは気をつけなくては。

 

 念のために周りを見ようと、視線を動かした時、俺は気づいた。

 

「むっ……」

 

「ど、どうしましたか……」

 

 めぐみんが不安そうにしたが、今はそれどころではなかった。

 

 ゆんゆんはモンスターとの戦いでかなり疲れたのだろう。

 

 無防備に膝を曲げて足を開いてて……生M時開脚だ!!

 

 神は、俺を見捨てていなかった。

 

 それとも、神はここにいたのだろうか。

 

 神の導きに従おう。

 

 俺は立ち上がろうとして、疲れからふらついて倒れたように見せかけて、ゆんゆんの前に、目的のものを見るために飛び込んだ。

 

「……えっ?」

 

「あー、悪いな。思ったより疲れてて、上手く立ってなかったんだ。ふう、あんなに頑張ったんだから疲れててもおかしくないよね。あー、疲れが酷くて立てないわー」

 

「あっ……あっ……」

 

「お構い無く」

 

「きゃあああああああああああああ!!」

 

 ゆんゆんは顔を真っ赤にして悲鳴を上げ、スカートを押さえながら立ち上がる。

 

「このすばっ!」

 

 ゆんゆんはスカートを押さえたまま、俺の顔を手加減せずに蹴った。

 

 鼻が折れなかったのは不幸中の幸いだったが、

 

「最低! 最低! 最低!」

 

 ガチギレしたゆんゆんは俺を何度も踏みつけた。

 

 頭をやられるのは危険なので、頭を抱えて丸くなる。

 

 俺はゆんゆんの攻撃を避けることはできなくて、終わるのを待つしかなかった。

 

「ゆんゆん、さ、流石にそれ以上はまずいのです。カズマが死んでしまいます!」

 

 ゆんゆんに何度も踏みつけられて、今度は本当に動けなくなった。

 

 頭がぼうっとする。

 

 いつものように考えられない。

 

 今にも気絶しそうだ。

 

「パンツ……」

 

 

 

「ギルドの天井だ……」

 

 目が覚めて、最初に入った光景はギルドの天井だ。

 

 体はもう痛くなかった。

 

 そうだ、俺はゆんゆんの聖域という名の絶景を堪能して、逆襲にあったんだ。

 

「起きたのか」

 

 声のした方を見れば、ダクネスがワインを片手に俺を見ていた。

 

「あっ、起きたんだ……」

 

 ゆんゆんは冷たい目で俺を見る。

 

 起きてほしくなさそうな口振りだったので、文句を言おうとしたら、ゆんゆんは背筋が冷たくなるほど恐ろしい目で睨んできた。

 

 何あの子、どうして俺の行動がわかるの。

 

「カズマも反省して下さい。あんな風にパンツを見るのはどうかと思いますよ」

 

「いや、見なかったら、まるでゆんゆんにそうする価値がないと言ってるみたいじゃないか。魅力的な女の子のパンツを覗こうとするのは男として当然の行動」

 

「カズマさん、少し黙ろっか」

 

「あっ、はい」

 

 包丁持たせたら普通に刺してきそうなんだけど。

 

 俺はゆんゆんの恐ろしさをはじめて知り、今度からはばれないように覗くことに決めた。

 

 ギルドの隅っこで音を立てずに夕食を食べて、高いお酒と高いおつまみを一人でひっそりと楽しんだ。

 

 ゆんゆん達の会計は俺持ちなので、伝票をテーブルに置かれた。

 

 めぐみんとダクネスは短く挨拶をして、ゆんゆんは俺を見るとふんと鼻を鳴らして、何も言わずに立ち去った。

 

 最後まで怖かった。

 

 味がわからなくなるほど恐怖した。

 

 俺は恐怖を忘れるように酒を次々と飲む。

 

「くそおっ! たかがパンツが何だ! あのぼっちめ!」

 

 可愛い白パンツごちそうさまでした!

 

 

 

 

 

 ゆんゆんのパンツを見た日からクエストはやっていない。

 

 冬を迎えたからだ。

 

 俺達のレベルならクエストはこなせるだろうが、冬を迎える前に比べたら危険性は上がっているので無理はしない。

 

 それに寒いから行きたくない。

 

 冬真っ只中なので、商品の開発に専念している。

 

 ぶっちゃけ、幹部の討伐報酬よりも稼げるので、やるしかない。

 

 めぐみん達の顔は何日も見ていないが、会っても世間話をするぐらいしかやることがないので、後回しにしている。

 

 今優先すべきなのは、数十億エリスを得るための下準備だ。

 

 今度はバニルに安く買い叩かせない。

 

「ふう。少し休憩するか」

 

 俺はテーブルの上のコップにコーヒーを淹れる。

 

 今俺が作業している場所は貸倉庫だ。

 

 この貸倉庫は建物の中にある内の一つで、貸倉庫は全部で六つある。

 

 借りている理由は作業場の確保と防犯性の高さだ。

 

 ここに入るには専用のカードと二つの鍵を使わなくてはならない。カードはスキルの解錠を使っても無理であるし、鍵の方も片方が鍵以外で開けられそうになったらもう片方は鍵穴が閉じるようになっている。

 

 防犯性の高さに比例して月の料金も高いが、商品を守るためと思えば安いものだ。

 

 完成した商品をそのままここに置いておけるのも魅力の一つである。

 

 コーヒーを飲み終えたら、作業を再開する。

 

 この日も商品の開発で一日を費やした。

 

 倉庫の戸締まりをして、建物から出て街の中を歩く。

 

 今日の夜空は星がよく見える。

 

 何を食べて帰ろうか。

 

 こうも寒いと、鍋物を食べたい。

 

 しかし、一人で二人前、三人前はある鍋物を食べきるのは厳しいものがある。

 

 久しぶりに食通ごっこをしようかと思って、あんなの一人でやるのはかなり恥ずかしいことに気づいて諦めた。

 

 ……一人じゃなくても恥ずかしいよな。

 

 気づかなくていいことに気づいた感がもの凄くするのはどうしてだろうか。

 

 これについては考えるのをやめよう。

 

 鍋物は諦めて、シチューでも食べるか。

 

 シチューの美味しい店はいくつか知っているので、今度はどこに行くかで悩むこととなった。

 

 悩みながら歩き、近くの店でいいかなと思ったころに。

 

「カズマではないですか」

 

 前から歩いてきためぐみんに声をかけられた。

 

「おー、めぐみん。久しぶりだな」

 

「本当ですよ。今まで何をしていたのですか?」

 

「商品開発だ」

 

「ああ、以前言っていたものですか。それならそれで一言下さい。毎日待っていたんですよ?」

 

 めぐみんは眉根を寄せる。

 

 世間話ぐらいしかやることがないからと、放っておいたのはまずかったか。

 

 何日も会わなければ、余計な心配をかけることになる。

 

 少し勝手がすぎたか。

 

「今度から気をつけるよ。で、他の二人はどうしてるんだ?」

 

「気になるなら私と一緒に来たらどうです。この先の鍋料理専門店で待ち合わせをしてて」

 

「ちょうど鍋食べたかったから行く。行きます。行かせて下さい」

 

「そ、そんなにお願いしなくても……。行きましょうか」

 

 話を聞けば、あの高級蟹、霜降り赤蟹を食べるみたいだ。

 

「もっとはやく誘えよ!」

 

「カズマがどっか行ってたんでしょうが!」

 

 そうだけど、そうだけど! あの蟹の美味しさを知っているから、誘われなかったことが許せなくなるんだよ!

 

「お前らだけで、あんな美味しいものを食おうなんて……お前ら人間じゃねえ!」

 

「ど、どれだけ好きなんですか……」

 

「お前、あの蟹を食べたことはないのか? あるならわかるはずだ、あの美味しさが……。例え俺が悪いとしても、誘わなかった方が悪いと言い張るぞ。話を聞いたらみんなも納得してくれるぞ!」

 

「そ、そんなに、そんなに美味しいんですか? それならますます期待してしまうというもの……!」

 

 あの蟹の素晴らしさたるや。

 

 あの素晴らしい蟹に祝福を!

 

 期待のあまり、めぐみんははや歩きになっていたので、俺もそれに合わせて目的の料理屋に向かう。

 

 それからほどなくして、俺達は目的の料理屋に到着し、店の前で待っていた二人と合流した。

 

「カズマじゃないか。めぐみん、どこで拾っ……見つけてきたんだ」

 

「おい、今何て言おうとした」

 

「気にするな。そんなことより元気そうで何よりだ」

 

「本当よかった。何ともなくて」

 

 や、やめてくれ! 俺が無事と知って、そんな安心しきった顔で笑うのはやめてくれ! そんなことをされたら何も言わずに商品開発してた俺が最低なクズ人間に思えてくるからやめろ!

 

 仲間にこうして想われていたという事実は、予想せぬ剣となって俺の心に深く突き刺さった。

 

 今度からちゃんと伝えよう。

 

「商品開発で引きこもっててな。今度みんなで見に来てもいいぞ」

 

「商品ってライターみたいなのよね。ちょっと興味があるかも」

 

「そういえば作っているところは一度も見たことがないな。今度見てみよう」

 

「おう。じゃ、中に入ろうぜ」

 

 話もそこそこに俺達は店の中に入る。

 

 店員に案内されて、四人用の個室へ。

 

 テーブルの上のメニューを見ながら、蟹があるかを確認して、確認して……、えっ、値段凄いんだけど。

 

 動揺を隠して霜降り赤蟹を頼んだら、店員は驚いて、間違いないですかと聞いてきたので、霜降り赤蟹で間違いないですと答えた。

 

「やっぱり冒険者が頼むのはないんだな」

 

「店員さん、本当に驚いてたわね」

 

「ここがアクセルというのも関係しているのかもしれません。高額の依頼をポンポンこなす冒険者はそういないですから」

 

 確かに、霜降り赤蟹の値段は異常だ。

 

 メニューに乗っている値段を見て、びっくりしたからな。

 

 何だよ、一人前七万エリスって……。

 

 鍋物は二人前からなので、最低でも十四万エリスになる。

 

 四人なら約三十万エリスになる。そりゃ、誰も頼まないわけだ。

 

 蟹が来るまで俺達は雑談をする。

 

 俺がいない間、三人は勝手に依頼を請けたということはなく、買い物などをして過ごしていたようだ。

 

「そういや何か依頼はあったか?」

 

「特にないな。危険な依頼は喜んでやりたいところだが、迷惑はかけれない」

 

「アクセルの冒険者にやらせるものじゃないのばかりですよ」

 

 やはりろくなものじゃないのが揃っているようだ。

 

 冬の過酷な世界を生き抜けるモンスターが依頼のメインになるのは自然な話だが、聞いてしまうとやる気をなくす。

 

「冬将軍なんて化け物もいるからな……。あいつとか下手したら魔王の幹部より強いぞ」

 

「賞金二億エリスだっけ? 危険性少ないのにこの金額って……」

 

「精霊達の王ですからね。私の爆裂魔法でも一撃で仕留めるのは厳しいでしょう」

 

「どんな不幸であの化け物を呼び出すかわからんからな。冬は大人しくしておくべきだ」

 

 元の世界で首を切り飛ばされた身としては二度と関わりたくない。

 

 冬将軍を思い出すと、つい首を触ってしまうのはトラウマになっているからだろう。

 

 ふざけた理由から生まれたのが、あんなに怖いんだもんな……。

 

「はやく蟹来ないかな……」

 

 あの恐怖を忘れるためにも霜降り赤蟹を食べたい。

 

 あれを食べたら、抱えてる恐怖なんかあっという間に吹っ飛んで、食べることに夢中になる。

 

「お待たせしました。こちら霜降り赤蟹の特製鍋になります」

 

 美人のお姉さんが運んできた。

 

 テーブルに置かれる鍋と皿に盛り付けられた蟹とその他の具材。俺達の前にはこの店秘伝のタレが置かれる。

 

 鍋の下には、熱を発する台が置かれている。

 

 店員が食べ方を教えてくれる。

 

 それを完璧に頭に叩き込んだ俺は箸を手にし、一息吐いた。

 

「ごゆっくりお召し上がり下さい」

 

 店員が去ったその瞬間、

 

「いただきます」

 

 俺は最初に食べるために全速力で蟹を取りにいく。

 

 鍋から蟹を取り出し、タレにつけて、口一杯に頬張る。

 

 濃縮された蟹の香りと味が口の中で広がる。

 

 これだ、これこそが霜降り赤蟹だ!

 

 三人がポカーンとなって俺を見ているので、その隙に蟹をいただく。

 

 止まらない、やめられない!

 

「ま、まずいですよ。このままだと全部持っていかれます!」

 

 俺の様子が本物とわかるや、三人も蟹を食べる。

 

 そして、三人も俺と同じように無言で蟹を頬張る。

 

 ああ、こんなに美味しいものがあるなんて……!

 

 この素晴らしい蟹鍋に祝福を!

 

 蟹味噌は臭みがなく、深く濃厚な味わいだ。これを知ったら、他の蟹の味噌なんか食えなくなるほどに美味しい。

 

 無我夢中になって食べた結果、あっという間に蟹鍋を完食した。

 

 もしかしたら、俺達はゆっくりと食べていたのだが、霜降り赤蟹というグレートな食材は時間を早送りしたのかもしれない。

 

 全く、こいつはとんでもねえ食材だ。

 

「「「「ふう……」」」」

 

 今の俺達は幸福感で満たされている。

 

 こんなに美味しいものがあっていいのだろうか。

 

 少しの間余韻に浸り、手元のお茶を飲み干したところで帰ることにした。

 

「ありがとうございましたー」

 

 帰り道はずっと蟹鍋の話をした。

 

 またみんなで食べに行きたい。

 

 

 

 

 

 蟹鍋から数日後。

 

『デストロイヤー警報! デストロイヤー警報! 機動要塞デストロイヤーが、現在この街へ接近中です! 冒険者の皆様は、装備を整えて冒険者ギルドへ! 街の住人は直ちに避難して下さい!』

 

 突然響き渡る警報を聞き、俺はギルドへと向かう。

 

 ついにこの日が来た。

 

 以前から計画していたことを“誰にも怪しまれず、しかも自然なことと思わせて実行”する。

 

 ギルドに到着すると、多くの冒険者が集まっていた。

 

「カズマ、やはり来たか!」

 

「お前なら来ると思ってたぜ」

 

 ベルディアを討伐したパーティーのリーダーなので、当然のように期待される……のと、例の店の常連仲間だから声をかけられたというのもある。

 

 倒す算段はあるが、あくまでも予想の範囲を出ないもので、最悪の場合は街の防衛を放棄して逃走することになる。

 

「カズマ、デストロイヤーですよ、デストロイヤー!」

 

「わかってるって。だから揺らさないでくれ」

 

 興奮した様子のめぐみんを宥めて、ギルドのお姉さんに視線を送る。

 

 俺の視線を受けて、お姉さんはこくりと頷いて、

 

「今からデストロイヤーについて説明します」

 

 あれについて知識のない人のために、ある限りの情報を出した。

 

 内容は元の世界のものと変わらない。

 

 そのあとに出てきた質問も変わらずで、俺は全部を黙って聞いていた。

 

 話し合いがはじまって早々に倒すための作戦をポンと出したら、ちょっとおかしくないかと疑われる。

 

 ゆんゆんのパンツを見た日に、少しの油断で危険な思いをするということを学んだ俺に死角はない。

 

 俺がポンと作戦を出したら怪しいというなら、話を聞いて立てたように見せかけるだけだ。

 

 長く続いた話し合いは平行線を辿るのみで、一向に光明は見出だせずにいた。

 

 やがて、一人の冒険者が俺を見て。

 

「おいカズマ、何かねえのか。幹部の時に見せた悪魔戦法を出してくれよ」

 

「悪魔ってなんだよ。敵の弱点を的確についた見事な戦術と言ってくれ。何とかねえ……。めぐみん、爆裂魔法でどうにかなんないか?」

 

「デストロイヤーの結界は、爆裂魔法一発二発では破れないと思われますので……」

 

「何者なんだよ……」

 

 めぐみんの話に、周りの冒険者も驚きを隠せずにいる。

 

 ネタ扱いされるが、爆裂魔法は紛れもなく最強の魔法だ。それが通用しない、そうなるとアクセルの冒険者程度の攻撃など無意味に等しい。

 

 それがわかってしまったから、みんなはどうすることもできないと絶望する。

 

「遅れてすみません!」

 

 ギルド内が暗い雰囲気になった時、ある意味有名な貧乏店主がやって来た。

 

「あれ、どうしてあの人が」

 

「お前知らないのか? あの人は引退して、今はお店を経営しているが、昔は高名なアークウィザードだったんだ」

 

 ここか、と思い、俺はウィズに質問する。

 

「昔アークウィザードってなら、爆裂魔法は使えないか?」

 

「使えますが……、もし爆裂魔法でどうこうしようと言うなら無理があるかと。そこのめぐみんさんと合わせても二発ですので、デストロイヤーの結界を破れないと思います。もっと撃てないと……、でも爆裂魔法はどんなに魔力が多くても日に一度しか使えません」

 

「もっと撃てないと……、いや、待てよ。もっと撃てたら壊せるのか?」

 

「え、ええ。おそらく五発か六発撃ち込めれば……。ですが、そんなに撃つのは不可能ですよ」

 

「……可能性ならあるぞ」

 

「「はっ?」」

 

 ギルド内の全員から、お前何言ってんの? という視線が送られた。

 

「爆裂魔法を何度も撃つ方法はある」

 

「カズマ、今更嘘でした、は通用しないぞ」

 

「安心しろって。つうか、ダクネス、ゆんゆん、めぐみんは俺と一緒に爆裂魔法を何度も撃てる魔法のアイテムを見てるんだぞ」

 

「一緒に……? あっ! もしかして、王都で売ってた最高品質のマナタイト!? そうよ! あれなら爆裂魔法を撃てるわ!」

 

「そうでした! 私としたことがどうしてあんな素敵アイテムを忘れていたのでしょう! あれならば我が爆裂魔法も!! 騒ぐ、騒ぎますよ! 偉大なる紅魔族の血が騒ぎますよ!」

 

「そういえばそんなことを言っていたな。しかし、あれは大金が必要だ。どうやって用意をする?」

 

「銀行から下ろすしかない。アクセルの銀行もまだ逃げる準備をしてるはずだ。だめなら王都でやる。俺の使ってる銀行は王都にもあるから、何とかなるはずだ」

 

「そうか……。私もついて行こう」

 

「ええっと……、その、もしかしてもしかしますか?」

 

 ギルドのお姉さんが期待するように聞いてきたので、俺は自信たっぷりに答える。

 

「マナタイトが買えたらもしかする」

 

「本当ですか!? 流石はカズマさんです! いつもセクハラしかしないけど、いざという時には頼りになると思ってました!」

 

「本当に思ってんの!?」

 

 どう聞いても思ってなさそうだったが、今はそんなことを問い詰める時間はない。

 

 俺はダクネスと一緒にギルドを出て、銀行に向かう。

 

 街の中は人影があまり見られない。

 

 荷物をまとめるのに時間がかかったであろう人が慌てて逃げているのを見かける程度なので、多くの人はもう避難を終えたのがわかった。

 

「たまに見かける人がいるから、銀行の人もいるかもな」

 

「いてもらわないと困る」

 

 銀行まではそう遠くない。これならすぐに到着する。

 

 怪しまれないようにするという条件があるので、事前に大金やマナタイトを用意することはできなかった。

 

 いてくれと願い、自分の運の良さにかけた。

 

 銀行に着くと、正面の扉は開け放たれていたので、俺達は中に入った。

 

「資料は全部まとめたな?」

 

「はい!」

 

「よし、それなら」

 

 ギリギリだったらしい。

 

 荷物をまとめた銀行の人を止めに入る。

 

「待ってくれ!」

 

「何だお前は!? 我々はもう逃げるんだ! さっさとそこをどけ!」

 

「だから待ってくれ。お金を下ろしてもらわないと困るんだよ!」

 

「知るかそんなこと! 冒険者なんて貧乏な輩の金なんざ知ったことか!」

 

 こいつ!

 

 殴ってでも話を聞かせようとした俺をダクネスは止めて、私に任せてくれと言って、銀行員の前に立った。

 

 胸元からペンダントを取り出し、

 

「私はダスティネス・フォード・ララティーナ。このペンダントはそれを証明するものだ」

 

 本名を名乗った。

 

 相手の男は驚いた様子になり、ペンダントを見て、嘘でないことを知ると、頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした! 知らぬこととはいえ」

 

「謝罪はいい。街を救うためにも、この男の言う額を下ろしてほしい」

 

「い、いくらで?」

 

 俺はここぞとばかりに通帳を開いて、

 

「二億だ!」

 

 額を突きつけた。

 

 通帳に記載された金額を見て、男はまたも驚いたようだが、いちいち構ってられない。

 

「緊急時だ。手続きはあとにしてくれ」

 

「仰せのままに! おい! さっさと二億エリスを!」

 

 そこからははやかった。数人の銀行員が協力して二億エリスを用意した。

 

 俺達はそれを持って、テレポートで王都に飛び、例のマナタイトが売られていた店に急ぐ。

 

 人が多い大通りは避け、それでいて目的地まで最短の道を選んで駆けていく。

 

「カズマ、次を右に」

 

「ああ! あとは売れ残ってることを祈るだけだ!」

 

 目的の店に飛び込むようにして入店した。

 

 店主はそんな俺達に目を丸くしたが、俺達は例のマナタイトを見つけて一安心した。

 

 よかった、売れ残ってた。

 

「この二億エリスで、あそこの最高品質のマナタイトを十個くれ!!」

 

「お客さん! ばか高いマナタイトを買ってくれるのはありがたいが」

 

「いいから! あのマナタイトが必要なんだ!」

 

「そ、そんなに言うなら」

 

 突然すぎて混乱を隠せない店主を急かして、マナタイトを持ってこさせる。

 

「本当にいいんだね?」

 

「ああ。これが欲しかったんだ」

 

 最高品質のマナタイトを見て、ダクネスは嬉しそうに言った。

 

「これでデストロイヤーを倒せる!」

 

「ああ。さっさと戻るぞ!」

 

 金を入れていた袋にマナタイトを入れて、店から飛び出す。

 

 さっきと同じ道を通って王都の外に出て、テレポートを使ってアクセルに戻り、一息吐く暇もなくギルドへと直行する。

 

 ギルドの扉を荒々しく開けて、急ぎ足でみんなのもとへ。

 

「カズマさん! ダクネスさん!」

 

「持ってきたぞ!」

 

 ウィズにマナタイトが入った袋を渡す。

 

 中身を見て、

 

「……間違いなく最高品質のマナタイトです! それも十個も! やれます、これならデストロイヤーの結界を破れますよ!」

 

 ウィズの希望に満ちた声に、周りの冒険者も希望を持ち、数秒後には鼓膜が破れんばかりの歓声を上げた。

 

「カズマ、やったな」

 

「ああ」

 

 俺とダクネスは互いに笑みを見せた。

 

 一つのことを達成できたと思ったら、疲れがどっと押し寄せてきた。

 

 ダクネスも同じだったようで、一緒にその場に座り込んだ。

 

 そんな俺達にめぐみんとゆんゆんは冷えたジュースを持ってきてくれた。

 

「うめえ!」

 

 一気に飲み干した。

 

 ジュースがこんなにも美味しいとは。

 

 ようやく一息吐けた時、一人の冒険者が俺達を見て、次に周りの冒険者を見て言った。

 

「カズマとダクネスがここまでやってくれたんだ。俺達もやんなきゃな!」

 

「そうね! 何がデストロイヤーよ!」

 

「野郎の伝説は今日で終わりだ!」

 

「行くぞ、野郎ども!」

 

「「「おおー!」」」

 

 冒険者の皆さんがやる気をみなぎらせ、走ってギルドから出ていった。

 

 残ったのは俺達と職員のみなさんだ。

 

「デストロイヤーが来るまでまだ時間はあるな」

 

「それまで休んでいて下さい」

 

「そうするけど、デストロイヤーが来たらどう進めるかだけ教えてくれ」

 

「わかりました。デストロイヤーが来たら、私とめぐみんさんで爆裂魔法を連発します。ここにあるマナタイトを使えば最大十二発放てるので、確実に結界と脚を破壊できます。そのあとは冒険者の皆さんで動力源の破壊などを行う……、このようになっています」

 

「ですが、問題もあります。爆裂魔法の扱いは全魔法で最も難しいものです。最初の一発は詠唱ありで使えますが、二発目からは詠唱なしで、しかも一息吐く間もなく撃ち続けることになります。それは制御を失敗しやすくなることを意味します」

 

 元の世界のめぐみんなら詠唱なしで連発しても問題ないほどに極めていたが、こっちのめぐみんはまだそこまでのレベルに達していない。

 

 めぐみんは爆裂魔法の失敗を不安に思っているようだ。自分がミスしたら、街の防衛の失敗に繋がると思っているんだろ。

 

 いつもみたいに撃つことだけを考えればいいのに。

 

「おい、めぐみん。不安になるなよ」

 

「ふ、不安になるなと言う方が無理ですよ! 私が失敗したら」

 

「お前の爆裂魔法に対する熱意や自信はそんなものなのか? こんなことで尻込みするんなら、世界最強の爆裂魔法の使い手にはなれねえぞ」

 

「世界最強……」

 

「まあ、お前がだめなら俺がやるだけだ。びびって何もできないのより」

 

「その必要はありません!」

 

 俺の言葉を強く遮り、一度深呼吸をして、

 

「我が名はめぐみん! アクセル最高の爆裂魔法の使い手にして、デストロイヤーを滅ぼす者!!」

 

 目を赤く輝かせ、いつもよりも力強さを感じさせる自己紹介をした。

 

「カズマなんかの爆裂魔法では私の足元にも及ばないというのを見せてあげましょう! さあ、行こうではありませんか!」

 

 すっかりと自信を取り戻しためぐみんは俺達を促し、一人先を歩く。

 

 これならデストロイヤーも何とかなりそうだ。

 

 

 

 正門の前では多くの冒険者がデストロイヤーの襲撃に備えている。そこには避難しなかった街の住人も交じっていた。

 

 ダクネスはみんなを見て、感慨深そうにし、両頬を叩いて気合いを入れていた。

 

 俺達はベルディアの時のように先頭に立ち、デストロイヤーを待ち構える。

 

 最高品質のマナタイトは五個ずつわけられ、それを使って爆裂魔法を連続で撃ち込む。

 

 撃ったら倒れるという爆裂魔法の欠点を避けるため、自分の魔力を使うのは最終手段だ。

 

 俺は千里眼を使い、デストロイヤーの接近をすぐに察知できるようにする。

 

 千里眼を使ってから、それほどの時間を置かずに、デストロイヤーが映った。

 

「来たぞ!!」

 

「デストロイヤーが来たぞー!!」

 

 俺の言葉を聞いたダクネスは剣を頭上で左右に振り、声を張って後ろの人達に教えた。

 

 めぐみんとウィズは詠唱をはじめ、デストロイヤーが射程に入る前に終わらせ、いつでも使えるようにする。

 

 機動要塞デストロイヤー、その大きさ故に途中からは千里眼を使わずとも姿を捉えることができた。

 

 ここからの爆裂魔法に全てかかっている。

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 一度目の爆裂魔法。

 

 結界がデストロイヤーを守りきる。向こうは一瞬だけ動きを止めたが、何事もなかったように動き出す。

 

 しかし、それ以上は進ませないとばかりに、

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 二度、

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 三度、

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 四度目の爆裂魔法、計八発撃ち込まれる。

 

 これだけやって、ようやくデストロイヤーの結界は壊せた。予想よりも二発多かったが、十分誤差の範囲だ。

 

「「『エクスプロージョン』!!」」

 

 そして、動きを完全に封じるために、脚に向けて爆裂魔法が放たれた。

 

 脚を失ったデストロイヤーは胴から地面にぶつかって、そのまま滑り、

 

「おおお……」

 

 俺達の目の前で停止した。

 

「やった、やったわよ、めぐみん!」

 

「ふふふ、我らの爆裂魔法の前では、いかにデストロイヤーと言えど、歯が立たないようですね!」

 

「やりましたね! これで街は助かりました!」

 

「うおおお! 頭のおかしい子がやったぜ!」

 

「何だよ、デストロイヤーって案外だらしねえのな!」

 

「あーあ、びびって損したぜ!」

 

 みんなが盛大にフラグを立てていく。

 

 ここからが本番なんですね、わかります。認めたくないけどわかります。

 

「な、何、何なの?」

 

 大地を震わすほどの震動は、明らかに目の前のデストロイヤーが出している。

 

 完全に終わったと思っていた冒険者は不安げな顔でデストロイヤーを見つめる。

 

「この機体は、機動を停止しました。排熱、及び機動エネルギーの消費ができなくなっています。搭乗員は速やかに、この機体からはなれ、避難して下さい。繰り返します」

 

「こ、これは、つまり、どういうことだ」

 

 あまりにも突然なことに、ダクネスは困惑した様子で喋った。

 

 勝利を確信してからすぐのことだったので、理解が追いつかないらしい。

 

 ダクネスに、みんなに言った。

 

「まあ、つまり、あれだ。このままだと爆発するってことじゃないか?」

 

「で、では、どうしますか!? 爆裂魔法をまたぶちこんでやりましょうか!」

 

「やめてくれ! あいつの動力源が何かわかってないんだぞ。つうか動力源をどうにかしたら止まるかも知れないだろ」

 

 そうは言っても、デストロイヤーの甲板にはゴーレムが配置されているので、突破は容易ではない……はず。

 

 なので、本当なら俺が、みんなが行かなくても俺は行くぜ、と言うべきなんだろうが、そこまで臭い台詞は言いたくない。

 

「街にはあるんだよな……」

 

 俺は低い声で、それだけを口にした。

 

 それだけで男どもには伝わる。

 

「そうだ。あそこにはあるんだよ」

 

「そうだった。レベル30なのに、まだここにいる理由を思い出したよ」

 

 守るべきものを思い出した男どもは、その目に決意を宿した。

 

 そして、デストロイヤーに近寄り、甲板へ向かって、フック付きロープの付いた矢を射る。

 

 巨大な要塞に放たれた矢は甲板部分の障害物に引っかかった。

 

 ロープをピンと張って、

 

「お前ら行くぞー!」

 

「「「うおおおー!」」」

 

 男どもは魂の叫びを上げて、次々とデストロイヤーへ乗り込んでいく。

 

 胸が燃えるように熱くなる展開に、女性陣はなぜか白けた顔になっていた。何であいつらは白けているのだろうか。

 

 やはりアクセルの女性は頭がおかしいようだ。

 

「俺も行ってくるけど、お前らはどうする?」

 

「私は疲れたので休もうと思います」

 

「私はカズマさんについて行きますよ。何か手助けできるかもしれませんので」

 

「私は鎧が重いから、登るのは厳しい。ここでめぐみんと待機していよう」

 

「私は行くわ」

 

「そうか。それじゃ行くぞ」

 

 俺達はロープを伝い、甲板を目指す。

 

 ここまで来たらあとは簡単だ。コロナタイトをゴミ捨て場に飛ばして、めぐみんに爆裂魔法を使わせるだけだ。

 

 甲板では、先に行った冒険者の手によってゴーレムが破壊されていた。

 

 本当にどっからどう見ても侵略者だな。

 

 砦のような建物の扉を数名の冒険者が破壊すべく、ハンマーを振り下ろしている。

 

 俺達はそちらへ駆け寄る。

 

「開いたぞー!」

 

 近くで待機すること数分。

 

 扉はハンマーで叩き壊された。

 

 冒険者が集まり、次々と中へ突入していく。

 

 俺達は最後尾につき、余計な戦闘は避ける。というか面倒臭い。

 

 中にいたゴーレムは先を走る冒険者の手でそれは見事なまでに破壊されていた。

 

 建物の奥に着くと、ある部屋の前で人だかりができていた。

 

 ああ、あれかと思い、あのばかな手記を読まなくてはならないのかと思うと頭が痛くなってくる。

 

「おっ、カズマ、これ見てくれよ」

 

 部屋の中央にいたテイラーは寂しげな浮かない顔をして、白骨化した人の骨を指差していた。

 

「一人で寂しく死んだのね……。ううっ、可哀想……」

 

「でも、不思議なことにこの人の魂らしいものはないんですよね」

 

 周りの冒険者も、どういうわけか、この研究者は何か事情あったんじゃないかと、同情の念を見せている。

 

 手記を読み上げた時の反応が楽しみだ。

 

「変な話もあるもんだな。とりあえず、動力源とかに関するものは……何だこれ」

 

 俺は手記を手に取る。

 

 みんなが空気を読んで静まり、俺を見守る。

 

 例の警告の声を聞きながら、手記を読み上げる。

 

 

 

 こっちは平行世界だから、少しはまともかもしれないと期待した俺がばかだった。

 

 内容は全く同じだ。平行世界でも、ふざけてる奴には変わらなかった。

 

「最低……」

 

 ゆんゆんがゴミを見るような目で白骨化した研究者を一瞥した。さっきまで一人で死んで、とか同情していたのに、今ではそんな様子は欠片もない。

 

 もうここに用はない。

 

 俺は手記をその場に捨てて、コロナタイトがある中枢部へ向かうことにした。

 

「えっ? これって……」

 

 後ろでゆんゆんが戸惑うような声を発したので、俺は振り返って聞いた。

 

「どうした、ゆんゆん?」

 

「え、ううん、何でもない! 行こ!」

 

「あ、ああ」

 

 ゆんゆんの様子は気になるが、今はコロナタイトを優先すべきなので、後回しにした。

 

 中枢部には、大勢で行っても意味ないという理由か冒険者の皆さんは来なかった。

 

 ゆんゆんとウィズの三人で来て、そこにあったコロナタイトという名の粗大ごみを眺める。

 

 鉄格子の中にある、燃えるように赤く光るこいつをどう取り出したものか。

 

 ゆんゆんの魔法で鉄格子を切り裂いてもらおうと思ったが、引火したりしたら困るので、諦めた。

 

「よし。こうしよう。スティールで取り出すから、ウィズはその瞬間に氷の魔法を使ってくれ」

 

「はい」

 

「『スティール』!!」

 

 多少の火傷は覚悟の上で、スティールを使ってコロナタイトを取り出す。

 

 俺の手の中におさまった瞬間にウィズはフリーズで冷やす。俺の手に焼きついたのは一瞬だけだったので、前よりは軽傷で済んだ。

 

 冷やされたコロナタイトは、すぐにまた赤く光り。

 

「そろそろ爆発しますよ。はやくどうにかしないと」

 

「テレポートで人のいないところに飛ばすか」

 

「どこか当てがあるんですか?」

 

「ああ。魔王の城に飛ばす。あいつ人類の敵だからいいだろ」

 

「確かに誰にも迷惑はかからないわね」

 

 ゆんゆんに反対する様子はない。

 

 ウィズは微妙な顔つきになっている。形だけとはいえ、魔王の幹部の一人なので両手を挙げて賛成できないのだろう。

 

「よし、やるぞ! 『テレポート』!!」

 

 俺は気合いを入れて、赤を通り越して白く輝きだしたコロナタイトを魔王の城に飛ばした。

 

 

 

 

 

「くそ親子め」

 

 俺は不機嫌だった。

 

 魔王とその娘にたまには外に出たらどうだと言われ、必要ないと言ったらヒキニート扱いしやがった。

 

 あの親子を泣かせてやろうかとも思ったが、それで根を持たれたら面倒なので、俺は引き下がって、こうして散歩に出ることにした。

 

「予言の通り、あの小娘は素っ裸にされてしまえ」

 

 先日、予言者が、魔王の娘が鬼畜冒険者の魔の手によって全裸にされる、という予言をした。

 

 それで変態……ベルディアが偵察に行ったのだが、どういうわけかやられてしまった。アクセルなんて街に高レベル冒険者がいるはずない。

 

 ちょっとした例外を除いて、だが。

 

 最近有名な魔剣使いが、アクセルにいたという情報がある。どうしてアクセルなんかにいたのかは不明であるが……、偶然いた魔剣使いにやられるとは、あいつも運が悪い。

 

「ふん、曇り空なんか見てもな」

 

 城の周辺で空を見上げて、文句を言った。

 

 すぐに帰っても例の親子を見るだけなので、気乗りしないが、ここで時間を潰すことにした。

 

 ん?

 

 何か、熱い。

 

 次の瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。

 

 気づくと、俺の目の前には女神エリスがいた。

 

 どうして、女神が……。

 

 いや、そもそもどうして俺はここにいる?

 

「神に反逆し、地に降り立った堕天使ルシフェルよ、あなたは死にました」

 

「死んだ? 俺が? えっ? マジでー?」

 

「ええ、死にました。テレポートで飛ばされたコロナタイトの爆発によって」

 

「えっ、ええええええええええ!?」

 

 あまりにも衝撃的だった。

 

 だ、だって、散歩行って、そしたら死ぬって……ええええええええええ……。

 

 このあと、女神が何か言ってたような気するし、天使どもに腕を掴まれて連れていかれた気もするけど、俺は何も考えたくなかった。

 

 散歩して死ぬって……。

 

「うわああああああああああああ!」

 

 

 

 

 コロナタイトをテレポートしたあとは、溜まりに溜まったデストロイヤーをめぐみんが爆裂魔法で破壊して、全てを終わらせた。

 

 戦いを終えた俺達は冒険者ギルドへ戻ってきて、飲み食いしている。ウィズは店の方へ戻ってしまったが。

 

「今日という日は伝説になりますよ。あのデストロイヤーを倒してしまったのですから!」

 

「そうね。難攻不落、大陸の全てを蹂躙したと言われるデストロイヤーを倒したわね。本当、昔じゃ考えられないわ……」

 

「誰にもできなかった偉業をやったのだと思うと、もはや何も言えなくなるな」

 

 デストロイヤーの動力源を無力化したのは俺なので、経験値も俺のものだろうと思ってカードを見ると、案の定レベルが上がっていた。

 

 ここまでは何も問題なかったが、

 

「しかも、私はデストロイヤーを倒したからレベルが上がりましたよ!」

 

「はあ!? 俺だろ。俺だってレベル上がってるんだぞ」

 

「そんなわけありませんよ。ほら、私のカードにあるじゃないですか」

 

「あれ、本当だ。じゃ、何で俺のレベルが……ああん? ルシフェル? 何だこいつ」

 

 聞き覚えのない名前に俺は困惑する。ルシフェルって誰だよ、本当に。

 

 元の世界でも聞いたことないので、本当にわからない。これだけの経験値を落とす奴だから……、んん? もしかしてこいつ。

 

「魔王の幹部か、ひょっとして」

 

「「「えっ?」」」

 

 それしか考えられない。

 

 倒すタイミングがあったとしたら、それは……。

 

「コロナタイトを飛ばした先にたまたまいたのか」

 

「何て不運な奴だ。それともカズマの強運が原因か。どちらにせよいい話だな」

 

「凄いわね。デストロイヤーを倒した日に魔王の幹部も倒しちゃうなんて」

 

「やばいですね。これは誰が何と言おうとやばいですね」

 

「ここまでついてると逆に怖いな。まあ、何はともあれ……今日という日にかんぱーい」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 俺達はこのとんでもない日を祝う。




次は一万文字目安で出します。

暑さにやられなければはやく出します。



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第六話 領主の悪事を暴け 前編

お気に入りが急増して、びっくりしてる緋色です。

増え方がそれまでと全然違うからびびりました。

デストロイヤー、そんなによかったのかな。

もしそうなら、今回は戦闘があるわけではないので、むしろ次に繋げるための話なので、退屈かもしれません。


 デストロイヤーとおまけの幹部を討伐してから数日後、俺達はギルドに集まっていた。

 

 前回は思わぬ不幸でテロリスト扱いされ、死刑寸前まで追い込まれたが、今回は迷惑がかからない場所に捨てたので、デストロイヤー討伐報酬が受け取れる。

 

「お待ちしておりました! では、まずはこちらからどうぞ」

 

 ベルディアの時にも、最初に特別報酬とは別の賞金が渡されたわけだが、その中身は以前よりも多い。

 

 それだけデストロイヤーが危険とされていた証だ。

 

 特別報酬は期待できそうだ。

 

「そして、こちらがデストロイヤー討伐の特別報酬……二十億エリスになります!」

 

「「「に、二十億!?」」」

 

 俺も額を聞いてびっくりした。

 

 えっ、ちょ、ちょっと待って。

 

 に、二十億? そ、そんなに賞金かけられてたの、デストロイヤーって?

 

「デストロイヤーは長い間、この大陸を荒らしてきました。それこそ破壊されていないものを探すのが難しいほどです。魔王に次ぐ脅威と言われるほどの宿敵ですので、この賞金になります」

 

 話を聞いて、納得した。

 

 そうだ。デストロイヤーは大陸全土を荒らしたと言われるほどの大物賞金首だ。危険度で言ったら、魔王の幹部より上かもしれない。

 

 二十億エリスの賞金がかかっていてもおかしくはない。

 

 でも、元の世界だと、そこまでのお金は戻ってこなかったんだよな……。

 

 もしかして、悪徳領主にごまかされたお金が存在する?

 

 そんな不正は悪徳領主一人ではできないので、確実に手伝った人がいるはずだ。

 

 帰ったら取り戻す、そう決めた時に気付いた。

 

 時間が経ちすぎてることに。

 

 俺がこのことで調査をはじめても、空振りで終わるように手を打たれていそうなんだけど……。

 

 手遅れだ。

 

 知りたくなかった……。

 

 俺が隠された真実に気づいて言葉を失っているのを、金額の大きさに驚きを隠せていないと勘違いしたルナさんが次の話をした。

 

「カズマさん、忘れていないですよね? あなたは魔王の幹部ルシフェルを討伐しています」

 

「へっ? ああ、コロナタイトの転送先にたまたまいて死んじゃった、会ったこともない可哀想な奴か」

 

「……そう聞くと、本当に可哀想な方ですね。本来なら激戦を繰り広げるはずたったんでしょうが……。まあ、その話は置いて。このルシフェルの討伐報酬もありまして、こちらが特別報酬五億エリスになります!」

 

「おお……、おお? ……ピンハネしてません?」

 

「そう言いたくなる気持ちもわかりますが、これがルシフェルの賞金です。ルシフェルはある時から見かけなくなりまして」

 

「それで賞金の額が落ちたと?」

 

「はい……」

 

 他にも危険な連中はいるから、姿を現さなくなった奴にお金をかけるわけにはいかない、そういうことだろう。

 

 ……まあ、おまけだから仕方ないか。

 

「あれ、特別報酬とは別の賞金は? デストロイヤーやベルディアにはあったのに、こいつにはなし?」

 

「いえ、それは最初にお渡しした分に含まれております」

 

「あっ、そうすか。ここでもおまけ扱いなのか、こいつは」

 

 ルシフェルはとことんおまけ扱いされるようだ。

 

 合計二十五億エリス。

 

 これだけのお金を手元に置いておくのは、恐怖しかないので、俺は仲間と一緒に銀行へ行くことにした。

 

 一人は怖い。

 

 この俺の行動を見て、他の冒険者は流石のカズマでも二十億エリスは怖いようだと笑ってきた。

 

 お前らの野獣のような目を見て、怖くならない奴がいるわけない。その目にダクネスが興奮していたのは……、もはや何も言うまい。

 

 ちなみにめぐみんとゆんゆんは俺の気持ちがわかるようで、はやく銀行へ行こうと急かしてきた。

 

 野獣達の視線を背中に受けて、ギルドを出る。

 

 俺達は細心の注意を払い、銀行へと向かう。

 

 な、何てことだ……!

 

 これが金の魔力とでも言うのか!?

 

 横を通った通行人が、ただの一般人にすぎない通行人が、まるで俺達の金を狙う盗賊に見える。

 

 疑いだしたらきりがない。俺達は駆け足で銀行へと向かう。

 

 ……あ、あそこのおばさん、今絶対に万引きしたって! あっ! 気づいた店員が追いかけた!

 

 こええ! やっぱり、泥棒は近くにいたんだ!

 

 となると、俺達の金を狙う輩が出てきてもおかしくない。

 

 最悪、俺の狙撃で……。

 

 全てが敵に見えかけてきた時、俺の目に救いの施設、銀行が映った。

 

 到着するのが、やけにはやくないか? 俺的には、それこそ一分経ったかどうかなんだが……。

 

 だけど、そんなことはどうだっていいんだ。

 

 やっと、やっと、お金を預けられるのだから。

 

 俺はお金の魔力から解放される喜びに身を震わせて、銀行へと入った。

 

 受付の人、デストロイヤーの時にお金数えた人だ。向こうも俺のことを覚えていたようで、討伐について褒め称えてきた。

 

 なぜかめぐみんが、全て私がやりましたとばかりの態度になった。文句を言っても、カードの記録を見せつけてくると思われるので、何も言わないことにした。

 

 英雄扱いも悪くないが、本来の目的を忘れてはならない。

 

 俺はデストロイヤー討伐で得た賞金を預けたいと言った。

 

 相手はそれを聞き、俺達を応接室へと案内した。

 

 金額が金額だけに、立場が上の人、前に俺に怒鳴ってきた野郎が対応した。大金を見ても、驚きで固まらずに、次から次にお世辞を言ってきたのは流石だと思う。

 

 少し時間はかかったが、無事に預けることができた時は、みんな揃ってほっと一息吐いた。

 

 デストロイヤーの一件で銀行を変更してもよかったのだが、あの時は緊急事態だったから、とダクネスに宥められたので、継続することに。

 

 まあ、街が壊滅するかもしれない時に金を下ろしたいと言われたら、俺なら殴ってるしな。

 

 金を下ろしたと言えば、あの時二億使ったんだよな。

 

「そういや、マナタイトのお金ってどうなるかな?」

 

「お前が自分から用意したようなものだからな……。そこが引っかかってくるな」

 

「あくまでも冒険者がモンスターを討伐した、という話で終わるのか」

 

 このことで話をしても、支払われることはないだろう。

 

 俺なら、あなた方冒険者はアンデッドを倒す時に聖水を使っても聖水の購入費用は請求しませんよね、と言って支払う義務はないと主張する。

 

 俺でも思いつくのだから、権力者が思いつかないわけがない。

 

 ダクネスは頼むように、それでいて諭すように言ってくる。

 

「金額が金額だから返してもらいたいと思うのはわかるが、ここは引いてくれないか? そのことを追求したら、税金を出されかねない。お前達はあまり知らないだろうが、冒険者は税金を免除されているんだ」

 

 税金、税金かあ。日本は結構高かったような気がするけど、こっちはどうなんだ?

 

「それは初耳ですね。……今回だと、どれぐらいとられるものなんですか?」

 

「額が額だから、最大の四十パーセントになるな」

 

「二十五億だから、十億が税金」

 

「まあ、何だ。マナタイトを用意したのは、百パーセント善意からで、後で返してもらおうと思ったわけじゃない。他の冒険者にも迷惑をかけるわけにはいかないからな。二億は寄付したと思って、諦めよう」

 

「お前……」

 

「この男、税金を知るや、あっさりと手のひらを返しましたよ!」

 

「二億が二十億になった、それだけの話じゃないか。それなのに経費として寄越せと言うのは、あまりにも横暴じゃないか。街は救われて平和、それでいいじゃないか」

 

「十億とられるよりも安上がりよね」

 

 そうだよ。

 

 十億も持っていかれたら、マナタイトも含めて十二億の損だよ。それなら免税される方を選ぶよ。

 

 俺の平和を愛する姿を見た三人は、それはそれは薄汚いものを見る目になったとさ。

 

 大人はみんな薄汚いんだよ。綺麗な奴は現実を知らないだけだ。

 

「それにしても、どうして免税なんかしてるんだ?」

 

「それはな、本来冒険者というのは貧乏だ。強い人達は別として、多くは不安定すぎる生活を送る。それなのに命をかけて討伐の依頼をこなしたりする。そこで国は感謝と支援の意味を込めて免税するように決めた」

 

「何ていい話なんだ……」

 

 涙が出そうになるほど、いい話だった。

 

 今の世の中に必要な優しさが詰まった話だ。

 

「もうね、あからさますぎて、何も言えないわ」

 

 ゆんゆんがとうとう呆れを通り越した目になった。

 

 

 

 ギルドに戻ってきた俺達はデストロイヤーとおまけ(ルシフェル)討伐記念宴会に参加した。

 

 さっき気づいたのだが、ギルドに置かれている酒が増えている。量ではなく、種類という意味で。増えた酒はどう見ても高級なものばかりだ。

 

 ここぞとばかりに、隠すことなく稼ぎにきてるギルドに俺は何とも言えない気持ちになった。

 

 思わぬ伏兵だよ。

 

 後日支払うことにして、俺は一番高いのをボトルで注文して、一口飲む。

 

 その味に感動する。

 

 興味が出たダクネスも一口飲んで、俺と同じように感動する。

 

 この酒、すげえ。

 

 きつくも、しつこくもなく、だからといって軽すぎることはなく、重厚と言えるものだ。飲み込めば、口内に素晴らしい香りと余韻を残して……。

 

「これは俺が知る中で一番だ!」

 

「これほどの酒を用意するとは……。このギルドも侮れないな」

 

「それな。ほら、ダクネス」

 

「ありがとう。何だ、カズマも空じゃないか」

 

「おお、サンキュー」

 

 注ぎあって、酒をゆっくりと味わって、つまみを食べて。まさに至福の時間だ。

 

 この日は大金が入ったこともあって、かなり騒いだ。

 

 

 

 

 

 本命とおまけの討伐報酬をもらってから三日が経過した。

 

 依頼を請けるわけではないが、俺はギルドに来ていた。

 

 めぐみん達に挨拶をして、雑談をする。

 

 一時間ほどして、数人の珍客が訪ねてきた。

 

 相手方の身なりは貴族ほどではないが、俺達冒険者よりはずっといい。

 

 農業関連の人達というのを聞き、俺は何かを思い出しかけた。何だっけ。もの凄く嫌な感じがするのだが。

 

「それで、俺に何の用ですか?」

 

「実は、資金援助をお願いしたいのです」

 

 あー、待って、待ってくれ。

 

 本当に嫌な感じしかしない、というか、くそ領主に関係してるんじゃないのか、これ。

 

「内容をお聞きしましょう」

 

「穀倉地帯が、先日のデストロイヤーで荒らされまして、我々は生活が困難になりました。そこでデストロイヤーで多くの報酬を得たあなたにお話を持ってきた次第です」

 

 知ってる、俺これ知ってる。

 

 くそ領主が責務を放棄したから起きてることだよ。思い出した。そのせいで面倒なことになったんだよ。

 

「それは領主がどうにかすることじゃないか?」

 

「そうなのですが……。領主様には、命が助かっただけでも儲けものだろうと罵られ、責任は穀倉地帯を守れなかった冒険者にあると言われ、そいつらに請求しろと言われたのです」

 

 ほらあ!

 

 やっぱり責務放棄だよ!

 

「ちなみに金額は?」

 

「二十億エリスです」

 

 知ってる、どっかのクルセイダーが背負った借金と同額だもん。

 

 でも、どうして今回はダクネスに行かないんだ? もしかして、ベルディアの時に建物の弁償がなかったからか?

 

 そういえばバニルが言ってたな。洪水で出た弁償金の大半を負担したダクネスに慈悲を求めたって。それであいつは借金したわけだが。

 

 なるほど。今回はベルディアの時の前例がないから、泣きつくようなことはできなかったのか。

 

「それは領主の責務で、果たさないとなれば責務放棄になるんだから、そこを出せば」

 

「それで領主様は出しません。お願いします! どうか援助を……!」

 

 何でそれで引き下がるんだ?

 

「国に報告すれば、解決するはずだ。領主の交代さえある」

 

「そんなことをしても無駄です。領主様の言われたように、冒険者から出してもらう他ありません」

 

「どうしてそんな滅茶苦茶を聞くんだよ」

 

 おかしすぎる。

 

 領主の言い分はあまりにも酷く、とても聞けるようなものじゃない。国に報告すれば、何らかの形で事態は解決するのに、こいつらはそれをしない。

 

 まるで催眠にかけられたような……催眠?

 

 そういえば、元の世界のダクネスも同じことを言ってたな。

 

 それに領主の言い分を一方的に聞くのは、裁判でもあった。

 

 領主が死刑にしろと命じた時、セナはそこまでしなくてもと反論したが、領主がじっと見つめたら意見をころっと変えた。

 

 あの時、セナは自分で言ったのに、困惑した様子で首を傾げていた。

 

 あまりにも強引すぎたことで、催眠は完全にかからず、結果として違和感を与えたのだろう。

 

 そのあとアクアは事実を曲げるような悪しき力を感じたと言った。

 

 ……くそ領主がやったのか? けどなあ、あいつに何かできるとは思えないんだけど。

 

 裁判中に一瞬で催眠にかけるという、かなり高度な催眠を使えるとは思えないし。

 

 そうなると領主以外の誰かがしたか、アクアのでたらめになるんだよな。

 

 催眠は確かにあるんだから、でたらめはない。

 

 そうなると見落としがあることに……。

 

 ん?

 

 待てよ。

 

 アクアはダクネスの親父を助けた時、こう言ってなかったか?

 

 かなりの悪魔に呪いをかけられていた、と。

 

 なぜか出てこなかった悪事の証拠といい、催眠といい、奇妙なことだらけだ。

 

 あの領主に全ての悪事を隠し、高度な催眠をかけるなんて芸当ができるとは思えない。

 

 でも、それらが全て、強い力を持った悪魔の仕業だとすれば、どうだ?

 

 元の世界ではバニルが黒幕とされたが、こっちではまだいないので白となる。

 

 それにバニルは理由はどうあれ人間を大事にしている。あいつがやったと言うよりは、弁解の時に言っていた、頭が壊れている大悪魔がやったんじゃないか?

 

 そういうことか。

 

 俺が答えを出した時、長考しているのを見かねたダクネスが話を進めようとしていた。

 

「私が全てを出そう」

 

「し、しかし、あなたは……」

 

「やめろ、ダクネス。出さなくていい」

 

「カズマ、そういうわけにはいかない。私には」

 

 ダクネスは俺を睨みながら、何かを言おうとした。それが何なのかわかったから、ダクネスの言葉を遮った。

 

「お前が何を言いたいのかわかる。だけど、ここは俺に任せてくれないか?」

 

「お前に?」

 

「ああ」

 

 領主との結婚とかいう誰得イベントをやられたらたまったものではない。

 

 前回と違って、ベルディアの時の弁償金がないので、回避はできるかもしれないが、知らない所でピンチになりそうな気がする。

 

 俺は彼らにお願いをした。

 

「少し時間をくれ」

 

「時間と言いますと、どれほどで……」

 

「一週間ぐらいかな。だめなら、その時は素直に二十億出す。だから、時間をくれ」

 

 俺の話に彼らが反対する理由はなく、聞き入れた。

 

 彼らが去ったあと、ダクネスは身を乗り出し、俺に問いかける。

 

「どういうことか説明しろ」

 

「まずは座って、落ち着いてくれ」

 

「そうですよ、ダクネス。カズマにも考えがあると思いますよ。二十億を支払わないようにする考えが」

 

「言い方! 誤解を招く言い方はやめろ!」

 

 まるで借金を踏み倒すような言い方だった。

 

 ダクネスは呆れたようにため息を吐いて、椅子に座った。

 

「話せ」

 

 無性に茶化したくなったが、やったら恐ろしい目にあいそうなので、ここは素直に話す。

 

「おかしいと思わないのか? 領主の言い分は滅茶苦茶そのもので、それこそ何らかの処分が与えられるものだ。この地を預かる者が民を守ろうとしていないんだぞ」

 

「この地の領主、アルダープの黒い噂は聞いたことがあるはずだ。守ろうとしなくて当然だ。だから、私がやらなくてはならないんだ」

 

「ま、待って下さい。何でダクネスがやるんですか? 関係ないじゃないですか!」

 

 そうか、めぐみんとゆんゆんはまだ知らないんだ。

 

 ここでダクネスのことを話すのは気が引ける。ダクネスも説明しにくそうにしている。

 

「場所を変えよう」

 

 俺の提案を三人は聞き入れた。ギルドから一番近いのはめぐみん達の宿だったので、そこに移動することになった。

 

 短い道を、俺達はシリアス全開で歩いたわけだが、どういうことなのか、俺が三股してるみたいに見られ、今から責任をとらされるんだと噂された。

 

 何でだよ!

 

 あらぬ疑いをかけられ、心に傷を負いながら、めぐみんとゆんゆんの部屋に到着した。

 

 帰りてえ。

 

 既に俺はシリアスモードをオフってるのだが、未だにシリアスしてるダクネスが、深呼吸をして、ゆっくりと名を明かす。

 

「私の本当の名はダスティネス・フォード・ララティーナという。……そこそこ大きな貴族の娘だ」

 

「だ、ダスティネス!? ダスティネスと言えば」

 

「王家の懐刀と言われるほどの貴族ですよね。まさか、ダクネスがそんな立派なお家の人とは……」

 

「やめてくれ。ダスティネス家の者なのは確かだが、ここにいる私は冒険者で、お前達の仲間のダクネスだ」

 

 寂しげに笑うダクネスを見て、性癖がなければなあ、と思ってしまった。今のこいつはどこから見ても美女そのものだ。本当、性癖がなければなあ……。

 

「私には民を守り、助ける義務がある。だからこそ、アルダープが放棄した役目を私はこなすつもりだ」

 

 ほら、また変なこと言ってる。

 

 本当にすべきなのは、アルダープに役目を果たさせることなのに、そうしようとしない。

 

「ダクネス、お前、自分がどんだけ頭の悪いこと言ってるかわかるか?」

 

「頭が悪いとは何だ!? 貴族として当然のことをしようとしてるまでだ!」

 

「それが頭悪いってんだ! めぐみんとゆんゆんはわかるよな!?」

 

「な、何を?」

 

「アルダープに責任をとらせることを優先するべきなのに、ダクネスはそうしないで自分がやると言い張ることだ」

 

 俺の話を聞いて、二人はわかったようだ。

 

「カズマの言いたいことはわかります。確かに領主に責任をとらせるべきです。しかし、時間がないというのもありますよ。あの人達を見た限り、とても余裕があるとは思えません」

 

「カズマさんの話は正しいと思うけど、こういう時の処分って時間がかかるものよね? 証拠を揃えたりしないといけないし」

 

「まずいな、証拠か……」

 

 問題が出た。

 

 悪魔がいる限り、証拠は出てこない。

 

 そもそも悪魔がいる限り催眠は続くので、説得をしても徒労に終わるだけだ。

 

「参ったな。証拠なんか絶対に出てこないぞ」

 

「えっ? どうして?」

 

「奴の悪事や不正の証拠はまだ見つかっていないが、絶対というのはない。必ず見つける。それまで彼らの生活を守らないと」

 

 悪魔の存在を知らないダクネスは、証拠は全て巧妙に隠されていると思っている。

 

 まともに探しても見つからないことを教えないと。

 

「ダクネス、よく聞け。どうやっても証拠は出ない。俺の予想が確かなら、領主の一件は簡単に片付くものじゃない」

 

「カズマ、それはどういうことだ?」

 

 ダクネスだけでなく、めぐみんとゆんゆんもわからなそうにしている。

 

 俺は、三人にほぼ限りなく事実に近い予想を話す。

 

「悪事などの証拠は発見されない。今日来た人達も、どういうわけか領主の責任は追求せず、素直に聞き入れる。ダクネスと協力すれば、問題の解決に繋がる可能性は高いのに。おっと、ダクネス、何も言うな。どうせ現実的でないとか、そんなことを言うんだろ? それなら俺の話を黙って聞け」

 

 図星だったようで、ダクネスは開きかけた口を閉ざして、何か言いたそうにしながらも俺の話に耳を貸す。

 

「証拠は出ない。誰も何もしない。どうしてか? それは……」

 

「それは?」

 

「アルダープが、強い力を持った悪魔を使って、自分に有利になるようにしているからだ!」

 

「「「!?」」」

 

 俺は自信たっぷりに、言い切った。

 

 この地を預かる領主が、裏で悪魔を使役していたなんてのは単なる不祥事で済まされない。

 

 領主ほどの地位の人物がしていたと知られれば、貴族全体の信用問題に発展しかねない。

 

 それほどの不祥事だ。

 

 ゆんゆんは話を信じきることができないまま、言ってくる。

 

「あ、悪魔なんて……」

 

「悪魔を使役できるほどの力があるとは考えにくいのですが……、しかし……」

 

 ダクネスは思案顔になる。

 

 こいつは何度も会っているから、あの領主に人間離れしたことができるとは思えないのだろう。それか、全ての証拠を上手く隠せるような男ではないと考えているのか。

 

 考えをまとめたダクネスは俺を見据えて、自分の意見を話す。

 

「仮にカズマの言う通りなら、悪魔の存在を公にすれば、アルダープは問答無用で牢獄送り、いや死刑の可能性が高い。当然奴の財産も没収になり、ダスティネス家が管理することになろう。そうなれば、今回の一件も解決できる。……しかし、それには悪魔の存在を示すものが必要だ」

 

「悪魔のことは否定しないんだな」

 

「信じがたい話ではあるが、あの男ならやりかねんからな……」

 

 いい噂を見つける方が難しい悪徳領主だからな。

 

 おかげでダクネスが信じてくれた。

 

 これが表向きまともな奴だったら、絶対に信じてもらえなかったんだろうな。

 

 相手が俺よりクズでよかった。

 

 ダクネスは真剣な眼差しを俺に送り、問いかける。

 

「カズマ、どうする?」

 

「考えはある。だから、少し時間をくれないか? 準備ができたら作戦を話す」

 

「わかった」

 

「それじゃ、少し待っててくれ」

 

 三人が、俺なら何かやってくれると信じて、疑いを持たずに了承してくれた。

 

 そんな三人の気持ちを裏切れねえよな。

 

 さっ、屋敷に侵入する準備するか。

 

 

 

 

 

 さてさて、いくら俺でも領主の館に一人で忍び込むのは怖い。

 

 大悪魔がいる可能性が極めて高い以上、仲間が欲しいわけで、その仲間に心当たりもあるわけで。

 

「というわけで、俺と一緒に来て下さい」

 

「どういうわけなの!? さっぱりなんだけど!」

 

 街中を歩いていたクリスを捕まえて、連れていこうとしたのだが、失敗した。

 

 俺はクリスの耳元に口を寄せて、囁く。

 

「義賊楽しいですか、エリス様?」

 

「や、やっぱり、やっぱり知ってたんですね!」

 

「そっちこそやっぱり知ってたんですね!」

 

 クリスもといエリス様の言葉を聞き、俺もつい言っちゃった。

 

 エリス様は、今の大声が原因で、周りからじろじろ見られていることに気づくと、羞恥から顔を赤らめた。

 

「こんなところで立ち話もなんだから、ね?」

 

 そんなわけで俺達はアクセルの街の外れにある、こじんまりとした喫茶店に来た。

 

 エリス様は紅茶を一口飲んでから、話をする。

 

「何から話すべきでしょうか。……あなたのことは、向こうの私から少しだけ聞いています。あなたをどうするか、話し合いました。この世界に来た理由がこちら側によるものならよかったのですが、あくまでも神器の力で一時的に来ているので、神々の力による帰還はなしとなりました」

 

 まあ、そんなことだろうとは思った。自分から来といて、甘えるんじゃねえってことか。

 

 厳しすぎるだろ。

 

 現実の厳しさに泣きたくなるが、残る疑問をぶつける。

 

「それでも、ほら、別の世界の俺がいたら、本来いない人物がいることで不具合が」

 

「カズマさん、あなたの理屈ですと、異世界転生そのものができなくなりますよ」

 

「ですよねー」

 

 そうだよ。平行世界も異世界みたいなもんだよ。転生通用してる時点で、平行世界への移動も影響ないですよねー。

 

 くそが。

 

 じゃあ、何だ、やっぱり魔王を倒さないといけないのかよ。

 

 とっくの昔にそうしないとだめなんだろうなと思っていたが、こうしてエリス様の口からはっきりと言い渡されると気が滅入る。

 

 そんな俺を見て、エリス様は申し訳なさそうに謝る。

 

「お役に立てなくてすみません」

 

「いえ、エリス様のせいではありませんよ。悪いのは全部、あいつらなんで」

 

 本当に嫌な事件だった。

 

 俺はコーヒーを飲んで、気分を変えるために尋ねる。

 

「俺のことを何て聞いたんですか?」

 

「異世界転生され、魔王を倒した方とだけ。教えてもらえたのはそれだけです」

 

 本当に少しだけだった。

 

 よく考えると、詳しく知ってたらスティール勝負なんて仕掛けてくるわけがない。それに俺がエリス様とクリスのことを知ってると教えられたなら、もっとはやくに接触してきたろう。

 

 あれ、でも、そうなると、めぐみんの夢に出たのは……。

 

「カズマさんは何をしようとしていたんですか?」

 

 夢のことは今度でいいか。今はくそ領主の件に集中しよう。

 

「領主の屋敷に忍び込もうとしてました」

 

「領主?」

 

「はい。まだ仮定の話なんですが」

 

 俺は悪魔が関わっている可能性と領主が神器を持っている可能性について話した。また、領主のせいで苦しんでいる人もいて、このままだとダクネスが何をしでかすかわからないこと。

 

 全てを聞いたエリス様は考えるように目を閉じて、数秒後かっと目を見開いた。

 

「いつ決行しますか?」

 

 雰囲気が様変わりした。

 

 普段の柔らかな、優しい雰囲気はどこへやら。今は恐ろしい殺意を感じさせる。

 

「下調べ」

 

「前々から候補に挙げていましたから、問題ありませんよ」

 

「打ち合わせをして、今晩早速」

 

「わかりました」

 

 あかん。

 

 はやく宿敵を滅ぼさせろと、圧力かけてきてる。

 

 アクアより容赦ないとは聞いていたが、まさかここまでとは……。

 

 帰りたくなってきた。

 

「ここから侵入をして、次は」

 

 こんな時に限って、この人は今まで見たこともないぐらい緻密に計画を立てていく。

 

 悪魔が関わっているから、エリス様の気合いの入れようが半端ない。

 

 打ち合わせはそこまで時間はかかってないはずだが、恐ろしい圧力のせいで長く感じられた。

 

「こんなものでしょうか。……ここがアクセルだからか、領主の警備も恐れるほどではありません」

 

 ようやく打ち合わせが終わり、俺は一安心した。

 

 これでやっと、エリス様に雰囲気のことを言える。

 

「そ、そうすか。あの、そろそろ普通になってくれません? ぶっちゃけ怖いです」

 

「えっ? いつも通りですよ? おかしなことを言いますね」

 

 マジかよ!

 

 駄目だこの人。自分がどんなに怖い雰囲気になってるかまるでわかっていない。

 

 もしかして、この状態のエリス様と仕事するの? ないわー! そんな神経すり減らすような状況ないわー!

 

 俺の気持ちなど欠片も理解してくれなかった女神様は、質問をしてくる。

 

「あの、向こうの私とあなたはどういう関係なのですか?」

 

 あっ、質問したら戻った。

 

 悪魔が絡まなければ怖くないのか。よかった、本当によかった。

 

 俺は一安心して、質問に答える。

 

「そうですね。あなたが隣にいないと、と言われるぐらいですよ」

 

「え、ええええ!? そ、そんなこと……でも、この人は……、あり得なくは……」

 

 エリス様が耳まで真っ赤にして、わかりやすすぎるぐらいに混乱したので、白状した。

 

「まあ、嘘ですけど。本当はたまに仕事を手伝うぐらいです」

 

「あな、あなたって人は!」

 

 真っ赤な顔のまま怒って、俺の頭をぽかぽかと叩いてきた。やっぱり、エリス様は可愛いのが一番だ。

 

「まあまあ、落ち着いて下さい。ちょっとしたジョークじゃないですか」

 

「むうう。ジョークだからって許されると思わないで下さいね」

 

 ふんっ、と顔を背けたエリス様に、俺は優しいジョークであったことを教える。

 

「まだ可愛いジョークですよ。俺の世界だと、あなたは胸パッドと噂されてますし」

 

「はあ!?」

 

「アクシズ教徒の中では揺るぎない事実にされていて、そのせいで巨乳のエリス教徒は胸パッド扱いされてますよ。ちなみにそれは世間にも漏れていて、胸パッドを理由にセクハラされたり」

 

「あなたの世界はどうなってるんですか!? そんな話いったいどこから出たんですか!?」

 

「こっちでは出てこないと思うから」

 

「そ、そういう問題じゃないんですよ! どうして私が胸パッドなんて……!」

 

 胸を手で隠して、冤罪を着せられてるばかりに言ってくるエリス様もといクリスの慎ましい胸を見て、

 

「とある女神様が、自分の信者がエリス様に傾いた時に、エリスの胸はパッドと吹き込んだもので」

 

「な、何て迷惑な……!」

 

 アクアの名前を出さなかったのは、仲間のよしみだ。

 

 エリス様は怒りでふるふると震えて、ぶつぶつと文句を言う。

 

 ちょっと面倒そうな空気が出てきたので、逃げることにした。

 

「それじゃ、あとで落ち合いましょう」

 

「は、はい。……カズマさん、わかってるとは思いますけれど、広めたら許しませんからね?」

 

 エリス様はそう言って、口に指を当てて、いたずらっぽく笑う。

 

 すっごく可愛い。これは紛れもない事実なんだけれど、それ以上に怖かった。

 

 広めたら何をされるかわからない。

 

 俺は恐怖で何も言えなくて、それでも了承を伝えなければと、必死に何度も首を縦に振った。

 

 エリス様、怖いです……。




次の話で、領主の一件は解決するはずです。

私が調子に乗って脱線しなければ……解決するはずです。

脱線しすぎて、屋敷の前に集まって終わりとかいう展開はないとは思いますのでご安心を。


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第六話 領主の悪事を暴け 中編

お知らせがあります。

この作品のタイトルを短編集っぽいものから、『俺はまた魔王を倒さなきゃいけないようです』に変更しようと思います。

理由は、ぶっちゃけ全然短編集してないからで、メインがもはや俺魔王なので。

二つ目はタイトル変更にあたり、短編集っぽいものの一話目を削除します。するとは言いましても、中にはわりと好きだと言う人もいると思いますので、こちらは俺魔王一話目のあとがきに移します。

小説情報も変更する予定です。

上記は一週間以内にするつもりですので、ご了承下さい。


 俺は準備をするため、自分が泊まっている宿に戻ってきた。

 

 俺の立てた予想は、悪行の限りを尽くした領主は悪魔を使役しているというものだ。

 

 領主が悪魔を使役しているという証拠を掴むため、俺はクリスことエリス様と屋敷に忍び込むことに決めた。

 

 俺は素顔を隠すため、かつて使った仮面を手にとり、

 

「これ左目も穴空けないといかんな」

 

 ちょいと改造した。

 

 今回の侵入では、王都で購入した凄い弓を持っていけない。あれ持っていったらすぐに特定されちゃう。

 

 予備の弓も特定される危険があるので使えない。

 

 そうなると、明日捨てようと思ってそのままにしていた、安い弓を持っていくしかない。

 

 まさか、こいつがここに来て役に立つとは。

 

 俺は謎の感動を覚えてしまった。

 

 今までだめだめだった奴が、勇気を出して強敵に立ち向かうところを見た気分だ。

 

 最後までとっとこう。

 

 寝て起きたら忘れてそうな気がするけど、それまではこの安物の弓を大事にする。

 

 弓以外にも、使うことになりそうな道具を持って、宿をあとにした。

 

 三人が待つ宿に戻る途中で、考える。

 

 屋敷に侵入すると聞いたら、ダクネスは反対する可能性がある。

 

 証拠を手に入れるために犯罪を犯すのは、と言ってくるかもしれない。

 

 それか、カズマにそんなことはさせられないと言ってくるか。

 

 どっちにしても、ダクネスを説得しないといけないのは面倒だ。

 

 ……何だか、ずっと面倒なことばかり起きてないか?

 

 ちょっと前にデストロイヤー討伐があって、それより前にベルディア討伐があって、更にそれより前にこの世界に飛ばされて……。

 

 どうして少ししたら面倒なことが起きるんだろ。

 

 その上魔王討伐とかいう頭のおかしいイベントを抱えているし……。

 

 魔王討伐はまだまだ先の話だが、でもさあ、少しはゆっくりしたいわけじゃん。

 

 デストロイヤー討伐という強制イベントをこなしたんだから、もうちょっとゆっくり休ませてくれよ。

 

 まさかとは思うが、こんな調子でこの先もやっていくことになるのか?

 

 ないわ、それだけはないわ。

 

 こんなハイペースでやるのって、特別な力や武器を持った主人公の役目でしょ。

 

 俺はそうじゃないから。

 

 俺はマイペースにやっていく主義で、そんなハイペースで物事を進めていくタイプじゃないし。

 

 つーか、ハイペースな奴とは相容れない可能性が十分にあるんだけど。

 

 そんな俺に、こんなペースでイベントをやらせたら過労死するに決まってる。

 

 今回の件が終わったら、一週間ぐらい例のサービスを堪能しよう。

 

 ああ、極上の時間が待ってると思うと、お父さん元気が出てきて、やる気もみなぎってくる。

 

 はっ!?

 

 今、俺はとんでもない真実に気付いた。

 

 面倒臭いだけで俺に何の得もないイベントが終われば、極上の時間が待っているわけだが、考えようによっては、くそイベントは悪くないのかもしれない。

 

 くそかすイベントが終わった時、俺は疲れきっている。

 

 解決したところで、お礼はされても、お金とかもらえるわけではない。

 

 俺が二十億失わずに済むだけで、本当に何も得しない、いや得しないも何も、領主がちゃんとした人だったなら、そもそもこんなことにはならなかったわけで。

 

 つまり、このくそかすごみイベントは、簡単に言うと、骨折り損のくたびれ儲け。

 

 それをわかってて、やる気を出せるのは、領主の悪事は許せない! とか真顔で言っちゃう正義感溢れる系の奴だけで、俺のようにある程度のメリットを求める現実主義者は手をつけない。

 

 手をつけたのは、領主の悪事は絶対に許せない! とかいう正義感からではなく、放置したら、あとで凄く面倒臭いことになるからであって、決して正義感からではない。

 

 まあ、正義感はともかくとして、俺は身心ともに疲れきってしまうのは確定している。

 

 そんな俺が、疲れるだけ疲れた状態で、極上の時間を迎えたらどうなるか。

 

 普段以上に極上の時間を楽しめるのではないか?

 

 全ての疲れを癒すことができるのではないか?

 

 極上の時間を、究極的なものにできるのではないか?

 

 そう。

 

 くそかすごみうざイベントを終えた後に、更なる高みに至った夢を見ることができるのだ。

 

 それがどれほどの威力を誇っているのかは、この俺の煩悩を持ってしても予想できない。

 

 一つ言えるのは、新たな歴史、伝説が生まれるということだけだ。

 

 待っていろ、大悪魔!

 

 貴様を倒し、俺は究極の夢を見る!

 

 そして、その時、俺は安らぎを得ることができる。

 

 俺は決意を胸に、あいつらが待つ宿へと走り出した。

 

 さあ、領主の悪事を終わらせよう!!

 

 一分後、俺は引き返した。

 

 気分が盛り上がっていたのは認めるけど、宿の前で走り出すとかまぬけもいいとこだ。

 

 顔が熱くなってるのを感じながら、俺は三人が待つ部屋へ戻った。

 

「今戻ったぞー」

 

 戻ってきたら、三人が着替えているというありがちな展開を期待したのだが、そんなことはあるはずもなかった。

 

 一言で言うと、がっかりした。

 

 戻ってきた俺に、ダクネスは紅茶を淹れてくれた。

 

 それを飲んで、やっぱり紅茶を淹れるのは上手なんだなと思った。

 

「下準備は終わった」

 

「そうか。で、どうするんだ?」

 

「正攻法に攻めてもだめなのはわかるな? だから、領主の屋敷に侵入して、証拠を掴んでこようと思う」

 

「侵入? いくらなんでも危険すぎる。何があるかわからないんだぞ。お前にそこまでさせるぐらいなら」

 

 あれ、予想と微妙に違う。

 

 犯罪、だめ、絶対! って言うと思ってたのに。

 

 俺の身を案じてくれている。

 

 予想と違ってて、調子が狂う。

 

 めぐみんとゆんゆんは、口を開こうとせず、ことの成り行きを見守ってる。

 

「お前は俺を信じてないのか?」

 

「お前はいざという時は誰よりも頼りになるとは思うが、その……、可愛いメイドを見たらミスをやらかしそうで」

 

「「ああ……」」

 

「おい! 今のは何だ! まさか、俺がメイドの着替えを見たりするのを優先すると言うのか!? いくら俺でも優先することがあれば、そっちからやるぞ!」

 

 俺の弁解を聞いたゆんゆんが、目を細めて、冷たく言った。

 

「誰も着替えなんて言ってないんだけど」

 

「あ、ああ……!」

 

 は、はめられた!

 

 こいつら何食わぬ顔で俺をはめやがった!

 

 何て巧妙の罠なんだ!

 

「カズマ、悪魔を口実にメイドの着替えを覗くつもりだったんですか?」

 

「こ」

 

「こ?」

 

「これは罠だ! ダクネスが俺を陥れるために仕組んだ罠だ!」

 

「い、いきなり何だ!?」

 

 いきなり悪者にされたダクネスは、理解が追い付かない様子であった。

 

 しかし、今は自分に向けられた疑惑を晴らすためにも、ダクネスを追い詰める。

 

「考えてみろ。領主が悪魔を使役してると露見されれば、貴族全体の信用に関わる。そして、ダクネスは貴族だ。それもただの貴族じゃない。わかるな? こいつは貴族連中を守るために、領主の悪事を隠し通すつもりなんだ!」

 

 不思議なことに、ダクネスは俺の話を聞いても動揺しなかった。

 

 めぐみんとゆんゆんの目が冷たくなってるんだけど、どういうことだよ。

 

 ダクネスは一息吐くと、胸に手を当てて、強い意志を感じさせる声で言った。

 

「私はダスティネスの名にかけて、今回の件は解決する。奴が悪魔を使役しているというなら、それを暴き、世に出すまでだ!」

 

「おお……、ダクネスがとても格好いいのですが」

 

「それに比べて……」

 

 くそお!

 

 ダクネスの奴が、今までで一番輝いてる!

 

 もう、本当に滅茶苦茶格好いいんだけど。勇者クラスの格好よさなんだけど。

 

 それに比べて俺はどうだ。

 

 仲間を悪者扱いして、しかもそれは自分の疑惑を晴らすためだけというクズ行為。

 

 勝てるビジョンが浮かんでこない。

 

 追い詰められていたのは俺の方だったようだ。

 

「降参だ。あとは全部任せた……」

 

 しゅうりょー。

 

 もう俺にできることは何もない。

 

 こいつらならどんな困難も乗り越えられるだろ。

 

「もう俺なんかいらないな。お前たちならどんな敵だって倒せる。俺は影ながら見守ってるよ」

 

 引退だ。

 

 冒険者をやめて商売人になろう。

 

 元々俺は商売人向きなんだ。

 

 これからは危険なことはせず、のんびりと生きよう。

 

「じゃあな」

 

 寂しさを胸に、三人に軽く笑って、俺は部屋から出るためにドアノブを握った。

 

 ダクネスに肩を強く掴まれる。

 

「そういうのいいから」

 

「あっ、はい」

 

 真面目にやろう。

 

 これ以上ばかなことに時間を使うわけにいかないので、というか使ったら作戦を話す時間がなくなるので、三人は俺の話を黙って聞く。

 

「今夜、領主の屋敷に侵入する。潜伏や敵感知を使えば、よほどのことがない限り、 問題は出ない。とはいえ、相手の悪魔は強いと思われるから見つかる危険もある。見つかったら逃走するが、場合によっては戦うことになる。そうなったらダクネス達の出番だ」

 

「ふむ。アルダープがどれだけ悪魔を使いこなせているかにもよるが、基本的には見つからずに済みそうだな」

 

「それでカズマさんは何をとってくるの?」

 

「悪魔関連のものだな。何を呼び出したか知らないけど、召喚したとなれば、何かを使ったのは確実だ」

 

「……なるほど。力がある悪魔ともなれば、有名の可能性もありますね。そうなると、資料も多く用意しているでしょうから……、しかし資料だけでは弱くありませんか?」

 

「そうだな。めぐみんの言う通り、資料だけでは弱すぎる。もっと強い証拠が欲しい」

 

 今回の侵入は、領主が危険な神器を隠し持っていることを前提にしているものだ。

 

 資料なんてものははじめから眼中にない。

 

 もちろんメイドの生着替えも興味ない……、興味なんかない。

 

 神器のことを隠しながら、でも何かを持っている可能性について触れることで、潜入捜査の見直しが起こらないようにする。

 

「領主がいつ悪魔を召喚したかはわからないが、噂が出てきた頃に召喚したと思う」

 

「そうだな。悪魔の力で証拠が出ないのだから、カズマの読み通りになるだろう。それがどうしたんだ?」

 

「噂そのものは、あいつが領主になる前からあったわけだが、俺の知識が確かなら、悪魔は代価を求めてくるはずだ」

 

「うん。悪魔は契約を守るけど、何かを叶えてもらうには代価を支払う必要があるわ」

 

「契約の内容はどうあれ、あいつは今日まで代価を支払ってきたことになるわけだが……、契約当時のあいつに代価を支払えたのか? 支払えたとしても、あいつみたいなのは増長していくんだから、その内絶対に支払えなくなるんだ」

 

「なるほど。だが、奴は今日まで無事にいるぞ」

 

「ですが、常に悪い噂がついて回る領主が大きなものを望まぬはずがありません。何度も叶えてもらってるはずです」

 

「悪魔が要求する代価を毎回用意できるとは思えない。考えられるのは、領主は悪魔を従えさせる類いのものを持っているんじゃないか?」

 

 俺の話に三人は腑に落ちたのか、否定してくることはなかった。

 

 悪魔の代価を長年問題なく支払えていることの方が不自然だからな。

 

 お金を無計画に借りまくっているのに破産しないようなものだ。

 

 そんなのは絶対におかしいとわかる。

 

「そんなものが出てきたら、大変な騒ぎになるだろうな」

 

 領主の不祥事が発覚したあとのことは予想できているくせに、ダクネスは何でもなさそうにしていた。

 

 俺はダクネスでよかったと思った。

 

 こいつ以外の貴族だったら、今回の件は闇に葬ろうとしていただろう。

 

 降りかかるものは火の粉なんてものではなく、激しく燃え盛る炎の可能性もある。

 

 炎を恐れ、事件が露見しないように隠す。

 

 それこそ、俺達の方を消して、アルダープの不祥事を見なかったことにする。

 

 だけど、ダクネスはそうじゃない。

 

 こいつは降りかかる炎で身を焦がすことを恐れちゃいないし、それどころか炎を纏う覚悟さえしている。

 

 今のこいつにはどんな脅しも通用しない。

 

 誰もが思い描く、強くて格好いい理想の勇者様みたいだ。

 

 ……いつもそうだといいんだけどなあ。

 

 

 

 

 

 日付が変わり、俺達は宿の前でクリスと合流した。

 

「おいっす」

 

 クリスは片手を上げて、やあ、と挨拶を返した。

 

「領主も眠りについてるだろうし、いい時間帯だと思うよ」

 

 クリスが参加するとは言ってなかったので、三人は驚きを隠せない。

 

 特にダクネスは驚きが大きく、口をぱくぱくさせて、俺を見てくる。

 

 どういうことだと聞いてくるダクネスに俺ははっきりと言った。

 

「クリスが一番信用できるから協力を頼んだ」

 

「そういうわけだよ。ていうか、カズマはあたしのこと話してないの?」

 

「その方が面白そうだったし」

 

「君って奴は……」

 

 クリスは呆れた様子で、額に手を当てて、首を左右に振る。

 

 俺の茶目っ気たっぷりの行動は、どうやら不発に終わってしまったようだ。

 

「それじゃ行くか」

 

「行くか、ではない。クリスが加わるなら言ってくれ。こんな直前になって」

 

「まあまあ。文句を言いたい気持ちもわかるけど、今は領主を優先しようよ」

 

 クリスが間に入って、ダクネスを宥める。

 

「詳しいことは、目的地に向かいながら話そうか」

 

「ああ、そうしよう」

 

 何か、クリス相手だとやけに素直じゃないか? これが俺だったら文句の一つや二つ言ってくるのに。

 

 ちょっとだけ、納得できない気持ちになった。

 

 いつもならこの気持ちを晴らすところだが、今は時間がないので見逃す。

 

「目的地まで、人と会わない道を調べてるよ」

 

 クリスの案内される形で、俺達は領主の屋敷へと向かう。

 

 その道すがら、ダクネスはクリスに質問した。

 

「お前たちはいつから仲がよくなったんだ? 会う機会なんてそんなになかったろうに」

 

「それは私も気になってました。二人が会ったのって、宴会の時だけだと思うのですが……、裏でこそこそ会っていたのですか?」

 

「ねえ、めぐみん。その言い方だと、あたしとカズマが、その……、まあ、ちょっとした関係みたいで困るんだけど。あたし達はそんな仲じゃないよ」

 

「それじゃ、何でこんな危険なことに手を貸すの? 普通なら断るわよ」

 

「えっと、それはね、そのね……」

 

 三人の質問されて、あっという間に追い詰められた。

 

 領主の屋敷に忍び込む前に、いきなりピンチになるとか、マジ勘弁してくれ。

 

 クリスが助けを求めるように、俺をちらちら見てくるので、三人に言ってやった。

 

「俺とクリスには、二人だけの秘密があるんだ」

 

「「「なっ!?」」」

 

「か、カズマ! 言い方ってのがあるでしょ」

 

「「「認めた!?」」」

 

「違う、違うの! 三人が思ってるのとは違うから! カズマなんか興味ないから!」

 

「そこまできっぱり言われると傷つくよ、俺でも。まあ、甘い関係でないのは確かだよ」

 

 俺の言葉に、めぐみんとゆんゆんとダクネスはじゃあ何なんだよ、とばかりに見てきた。

 

 クリスを見れば、こちらはもう余計なこと言わないでと目で伝えてくる。

 

 ふむ。

 

「人の話したくないことを話させようとするのはどうかと思いまーす」

 

 小学生がするような、生意気な言い方で言ったら、めぐみん達の目付きが怖くなった。

 

「そ、そんな目をしたって怖くないぞ」

 

 超怖いんだけど。

 

 クラスで多数の女子に睨まれたぐらいには怖いんだけど。

 

 こんな下らない流れで、命の危機を感じてしまった俺は、やはり下らない話で解決することにした。

 

「わかったよ、言うよ」

 

「カズマ!?」

 

「前の宴会でスティール対決したろ? クリスがあれで悔しい思いをしたからって、リベンジしてきてな、まあ、その時に俺のパンツを剥いだから痴女認定したんだ。それだけの話だよ、なあクリス」

 

「そ、そうそう。あたしが男のパンツを剥いだなんて知られるわけにはいかないからね」

 

「えっ、カズマさんに仕返しとかされなかったの? あのカズマさんが、仕返ししないわけがないと思うんだけど」

 

「しようとしたけど、パンツを剥いだことに凄いダメージ受けたのを見たら、流石に良心が痛んでな」

 

「「「「良心!?」」」」

 

 この時、俺は泣きかけた。

 

 いくら俺でも、そこまで酷いことはしないのに、どうしてみんな驚いているんだろ。

 

 おかしいな……。

 

 俺にだって良心あるのに。

 

 仲間のために頑張ったりしたのに、信用されていないのか……。

 

「帰りてえ……。うう、あいつらのところに帰りてえ……。はやく魔王倒して帰りてえ……」

 

 みんなは知らないと思うが、目から出る液体は汗じゃない。

 

 それは涙というものだ。

 

 右腕を両目に当てて、俺は泣いてるように見せるため、うっ、うっ、と呻きながら歩いた。

 

「おい、カズマが泣いてるぞ」

 

「あの男にも涙はあったのですね」

 

「涙なんか金にならないとか言って枯らしてそうよね」

 

 こいつら!

 

 俺が泣くことがそんなにおかしいのか?

 

 心外だ。

 

「お前らが俺をどう思ってるかよくわかった。アルダープの前にお前らからスティル!」

 

「ほら! やっぱり泣き真似でしたよ!」

 

「カズマさんが泣くとは思えないものね!」

 

「カズマ、むしろやってくれ! クリスのを見て、興味があるんだ!」

 

 他人には理解されない理由から、聖戦がはじまろうとした。

 

「さあ、来い! 容赦なくやってみろ! お前の非道を見せてみろ! この私を辱しめられるものなら辱しめてみせろ! むしろ、やってくれ!」

 

 両手を広げて、ばかなことを口走るダクネスに、俺は言葉を失った。

 

 ……ダクネス、お前、いい加減にその変な性癖を何とかしてくれ。

 

 俺だけじゃなくて、めぐみんとゆんゆんもドン引きしてるぞ。

 

 クリスに至っては、もはや可哀想な子を見る目になっている。

 

 今、クリスは何を思っているのだろうか。

 

 わざわざ願いを聞いて、お友達になったのに、肝心のダクネスはとんでもない変態だったわけで。

 

 性癖がなければ文句なしなんだが、肝心の性癖が全てを台無しにするレベルだからどうしようもない。

 

 例えるなら、物語に出てくるような格好いい勇者様が実は風俗マニアって感じかな。

 

 ……話は逸らせたろうし、いいかな。

 

「クリス、侵入してからのことなんだけど」

 

「何々?」

 

「領主が悪魔を従えさせる類いのものを持ってるかもしれないから、それを探そうと思ってるんだ」

 

「なるほどね。わかったよ」

 

 神器のことを口にしない俺を見て、クリスは意図を読んでくれた。

 

 これがどこぞの女神様なら、空気を読まずに全てを暴露していたことだろう。

 

 改めてクリスでよかったと思う。

 

 何か後ろから、ここで放置プレイとはわかってるな! って理解したくない言葉が聞こえたが、俺のパーティーにそんなことを大声で言う変態はいないので無視した。

 

「そういえば屋敷の下調べとかはどうなの?」

 

 ゆんゆんが今更すぎる質問をしてきたのは、ダクネスのことを見ないようにしているからなのか、それとも一応確認したいだけなのか、どちらかは定かでないが、これにはクリスが答えた。

 

「ばっちりだよ。悪魔のいる場所やカズマの言うような道具の在処も目星はついてるんだ」

 

「本当ですか? もう特定できてるなんて、やけに手回しがよくありませんか?」

 

「カズマが今日持ってきた話なのに、そこまで調べがつくというのはできすぎだな」

 

「そんなことないよ。あたしぐらいになれば、頼りになる情報屋ぐらいあるんだよ。言っとくけど、これは極秘だからね」

 

 情報屋からと聞いためぐみん達はそれ以上疑うことはなかった。

 

 質問攻めを簡単に切り抜けたクリスを見て、どうしてさっきは今のができなかったんだよと文句をつけたくなった。

 

 話を蒸し返して、ピンチになるわけにはいかないので、俺は無言を貫いた。

 

 ダクネスは、クリスに悪魔と道具の在処を尋ねる。

 

「それでどこにあるんだ?」

 

「地下だよ。寝室から行くみたいでね」

 

「寝室? おい、奴が寝ている可能性もあるんだぞ。見直した方が」

 

「その必要はねえ。ちゃんと考えはあるよ」

 

「そういうこと。ダクネス達は待ってていいよ」

 

 ドレインタッチで動けなくすればいい話だ。

 

 地下は人を寄せ付けたくない場所だろうから、騎士が来る可能性はかなり低いと見ていい。

 

 一番の問題は、悪魔にばったり遭遇した時に、クリスが悪魔滅ぼすべし! と暴走しないかが問題なのだ。

 

 打ち合わせの時、クリスはとてつもなく恐ろしい雰囲気になったほど、悪魔に嫌悪を抱いている。

 

 悪魔に対する容赦のなさは、確実にアクアを圧倒している。

 

 この分ならアンデッドにも容赦はなさそうだ。

 

 何か理由があってリッチーになった者、例えばキールのような人でも、お前の理由なんか知ったことではないと言って、滅する可能性が高い。

 

 義賊をしたり、危険な神器を回収したり、ひっそりと世界のために働いている人とは思えないほどだ。

 

 侵入する前に念を押しておこうかと思ったが、そんなことをしたら悪魔の味方をする気なの? とか言ってきそうだ。

 

 そうなったら、もはや屋敷に侵入とかそういう話ではなくなる。

 

 悪事を暴くために、些細な問題から目を背けることにした。

 

 

 

 屋敷が見えて、見張りの騎士に見つからないところまで来て、俺達は最後の確認をした。

 

「お前達三人はここで待機。万が一悪魔と戦闘することになったら、その時は派手に知らせる。俺とクリスは道具の回収を最優先だ」

 

 俺の話に四人は黙って頷いた。

 

 作戦そのものはシンプルだ。

 

 俺とクリスがへまをしなければ、戦闘もなく、安全に終わらせられる。

 

 俺が求めるものは安全だ。

 

 ドラマチックな展開とかそういうのはいらないから、安全に終わってほしい。

 

 そんな俺の願いは、隣で張り切っているクリスによって砕かれかけている。

 

 どうしようか、この人がやらかしそうな未来しか見えないんだけど。

 

 クリスは俺に顔を向けて、

 

「それじゃ、行こうか」

 

 胸の前に拳を作り、やる気を見せた。

 

 俺はエリス様に今回の件が無事に終わるように祈りを捧げた。




はい、やらかしましたよ。

悪魔さんは次になりますね。

悪気はないんですよ。

ただ、前の話のあとがきはフラグだと思うので、気づいたらやらかしました。

暑いのが悪いんです。


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第六話 領主の悪事を暴け 後編

3日ぐらい前
→お気に入り750前後 いいペース(*´ω`*)

今→1800 ファッ!?(゜ロ゜;ノ)ノ

前にも似たことありましたけど、何が起こってるんですか、これ。気合いも入るけど、怖くもなるんですけど。

今回のお話は独自解釈や独自設定入ります。ちょっとだけですけど


 屋敷の方に体を向けたら、

 

「無理だけはするなよ」

 

 ダクネスが俺達にそんなことを言ってきた。

 

 こいつは誰に向かって言っているのだろうか。

 

 こっちのクリスとははじめての窃盗になるけど、元の世界ではその名を知らぬ者はいないと言われるほど有名なコンビだ。

 

 だから、こっちのクリスも相性抜群のはずだ。

 

 俺は仮面をつけてから振り返る。

 

「無理はしないから安心し、な、何だめぐみん」

 

「何ですか、その仮面は! 中々そそるものがありますよ。そんな格好いい仮面を持っているとは……」

 

「は、はなれろ。この」

 

 紅魔族の独特な感性に触れてしまったらしい。

 

 めぐみんが俺の仮面をとろうとしてくる。

 

「めぐみん、邪魔しちゃだめでしょ」

 

 ゆんゆんが後ろから手を回して、引き剥がす。

 

「くう、はなして下さい。あれを手にしたいのです!」

 

「だめなものはだめなの!」

 

 あれ欲しいと駄々をこねる子供とそれをたしなめるお母さんに見えてきた。

 

 今から大事な仕事があるっていうのに、どうしてこの子は我慢できないのかしら。本当、困っちゃうわ。

 

「ゆんゆん、そこのお子様を任せた」

 

「おい! いったんぐお」

 

「静かにしろ。気づかれるだろうが」

 

 とうとうダクネスがめぐみんの口を手で塞いだ。

 

 クリスどうこうよりも、目の前のちっこい紅魔族のせいで作戦が台無しになりかけている。

 

 元の世界よりも恵まれた環境にいるはずなのに、実はそんなことないんじゃないかと思えてきた。

 

 借金やテロ容疑はないけど、ああ、そういうことか、元の世界でも借金などがなくなっても、苦労の連続だった。

 

 変わんねえのかよっ!!

 

「今の内に行こう」

 

「そうだな……」

 

 俺は隠された真実に気付き、やる気を失った。

 

 それでも仕事をしなくてはと、妙に重い体を動かして、屋敷へと向かう。

 

 これが連休明けのサラリーマンの気持ちなのかな?

 

 

 

 屋敷に侵入した。

 

 王都の警備よりぬるいとは聞いていたが、それにしても警備が薄いような気がする。

 

「騎士が少ないな」

 

「アクセルというのもあるかもしれないけど、やけに少ないね。あたしの調べではもう少しいるはずなんだけど」

 

「屋敷の中に配置してるとか?」

 

「かもしれないね。でも……」

 

 屋敷の中を、話しながら歩けるほど、警備は手薄だ。

 

 クリスもそれに気づいており、戸惑いを隠せずにいた。

 

 俺達からしたら、手薄なのは悪いことではない、むしろ歓迎するほどだ。

 

 しかし、領主の屋敷がこんなに手薄でいいのかと疑問を持ってしまう。

 

「もしかしたら、領主の部屋や周辺に固めているのかもしれないよ」

 

「面倒くせえな、それは」

 

 一ヶ所に固めるのは、侵入される危険性こそ高まるが、守るという点では強いものとなる。

 

 俺達のようにこそこそと侵入するのはとるに足らない賊と考え、守りを一ヶ所に固めれば簡単に撃退できると考えているのかもしれない。

 

「守りを固めたぐらいで俺達を撃退できると思ってるなら相当まぬけだな」

 

「やけに自信満々だね。まあ、あたし達を甘く見ているんだろうね、向こうは」

 

 クリスも俺のように好戦的な笑みを見せた。

 

 ここは一つ、領主様に痛い目にあってもらおう。

 

 ……暇だ。

 

 本当にやることなくて、色々準備した俺……凄くまぬけじゃねえか、って感じになるほど暇だ。

 

 適当に理由つけて、盛り上げないと持たない。

 

「時に」

 

「どうした?」

 

「君は向こうでもこういうことをやってたの?」

 

「ああ。クリスと一緒にな」

 

「そう。なら、神器の在処とか知ってたりするの?」

 

「少しだけ」

 

「そっか。うんうん、なるほどね」

 

 このあと何を言われるかわかった俺は、耳を手で覆った。

 

「それじゃ……、あっ! 何やってんのさ。話聞いてよ」

 

「や、やめろお。俺を誘うのはやめろお」

 

「わかってるなら尚更だよ」

 

 耳に当てた手を剥がしにくるクリスに抵抗しつつ、協力する意志はないことを伝えた。

 

 それでもクリスは引き下がらず、というか向こうのクリスみたいに協力させようとしてきた。

 

「……お願いです。あなたの力をお貸し下さい」

 

 押してもだめならと、クリスはやり方を変えてきた。

 

 胸の前で手を組み、上目遣いでお願いをしてきた。

 

 どうして世界が変わってもそんな卑怯なことができるんだよ……。

 

「しょうがねえなあ……」

 

 この人が世界のため、人のためにと、誰にも知られずに努力しているのを知っているので、断ることができなかった。

 

 それでこの人の負担が減らせるなら、女神に借りがつくれるなら、悪いことじゃないのかもしれない。

 

 とりあえずサキュバスの夢サービスではクリスとエリス様のコンビプレイを楽しもう、そうしよう。

 

「ありがとね」

 

 クリスは小さく笑って、お礼を口にした。

 

 たったそれだけなのに、それともこれが女神の持つ魅力なのか、俺はドキッとした。

 

 やっぱりこの人には敵わねえな。

 

 赤くなった頬を見られないように、せめてもの抵抗として顔を背ける。

 

 それからほどなくして。

 

「そろそろだよ」

 

 その一言で、俺達の意識は一変した。

 

 先ほどまでの気の抜けた、緩い姿勢ではなくなる。

 

 領主の部屋周辺ともなれば、多くの騎士が立っているはずで、ここをどう切り抜けるかが作戦の成功に大きく関わって……。

 

 関わって……。

 

 どうしよう。

 

 敵感知にまるで引っ掛からないんだけど。

 

 あっ。

 

「クリス、大変なことに気づいたんだけど」

 

「何?」

 

「寝室から行く地下に秘密があるならさ」

 

「うん」

 

「人を近づけないよな。万が一を考えたら」

 

 不測の事態に備え、寝室の地下は秘密にしていると思われる。

 

 告発されるのを防ぐためにも近寄らせない。

 

 寝室までの廊下で配置されている騎士は数人かもしれない。

 

 寝室の周辺に騎士が配置されているとは言ったが、その周辺も屋内ではなく、屋外である可能性が出てきた。

 

 そう考えると、侵入が簡単だったのも、ここまで騎士に遭遇せずに済んだのも納得がいく。

 

 自分の寝室以外、つまり使用人の部屋などはあいつにとってどうだっていいから手を抜く。

 

「楽にことが運ぶなら、それはそれでいいんじゃないかな?」

 

「だな」

 

 ここまでまぬけ警備なのは、やはりアクセルというのが大きいんだろうか。

 

 アクセルの冒険者で、領主の屋敷に侵入しようと企てる奴は普通はいない。

 

「『ドレインタッチ』」

 

 死角から騎士を襲い、気絶させて近くのトイレに寝かせた。

 

 少し進んだら敵感知に反応が出た。

 

「ほいっと」

 

 また騎士を気絶させて、先ほどのトイレに寝かせた。

 

 騎士も騎士で油断しきっており、この屋敷に賊が来るとは思ってなさそうだ。

 

 これなら簡単に寝室まで行けそうだ。

 

 それから遭遇した騎士は一人ぐらいで、楽々と寝室にたどり着いた。

 

 クリスは寝室の扉に手をかけて、俺を見て小さく頷き、扉を開くと同時に中へと入り込む。

 

 俺はクリスに続くようにして中へと飛び込む。

 

 俺が入ると、クリスは音を立てずに扉を閉める。

 

 入った時の勢いそのままに、ベッドへと近寄る。

 

 まだ起きていた領主は俺達を見ると、驚きを隠すように怒鳴ってきた。

 

「な、何だ貴様らは!」

 

「うっさい」

 

 領主の顔を手で覆ってドレインタッチをしようとして、しかしある理由から手をばっとはなした。

 

「ど、どうしたの?」

 

「こいつの顔脂まみれなんだけど。手べちゃべちゃになって、うっわ! くっさい、おえええ」

 

 触れたのは一瞬だけだったのに、俺の手は凄惨なことになっていた。

 

 思わぬ出来事で大ダメージを食らった。

 

 この手を今すぐ洗いたいんだけど……。

 

 やる気やら何やらが一気に落ちていく。

 

 どうにかしてモチベーションを上げられないものかと思い、こちらに憐憫の眼差しを送るクリスに手を伸ばす。

 

「ほうれー」

 

「や、やめ、くっさ! ちょっと、乙女にそんな穢らわしいもの近づけないでよ」

 

 クリスは心底嫌がり、怒った。

 

 その姿がとても可愛くて、手が凄惨なことになってるのを忘れてしまうほど可愛かった。

 

 ちょっとだけ気分が回復したので、今度こそ領主を気絶させることに。

 

「な、何なんだ貴様らは! ここが誰の屋敷か知っててこんなことをしているのか!」

 

「知ってるよ。あなたが地下に何を飼ってるかもね」

 

 クリスは殺意を言葉に乗せて、領主を睨んでいた。

 

 俺なら怖くて白状するところだが、一応領主というだけのことはあり、

 

「な、何の話だ? それよりもわしの屋敷に侵入した罪を教えてやる!」

 

 とぼけてみせた。

 

 それを聞いたクリスは、全身から殺意を静かに放ち、薄い笑みを浮かべて言った。

 

「悪魔飼ってるんでしょ? 神器もそこにあるんでしょ? 正直に言いなよ」

 

 今のクリスからはどす黒いオーラのようなものが見える。

 

 はじめて知った。

 

 殺意って、強くなるとこんな風にどす黒いオーラになるのか。

 

 幻覚かな、それとも本物かな、それさえもわかんないや。

 

 それにしても随分と寒いな。

 

 こんな部屋で寝たら凍死するぞ。

 

 隣にいる仲間の俺でも恐怖でどうにかなりそうなものを、敵の領主が平気なはずもなく、顔を真っ青にして歯をうるさく鳴らしていた。

 

 俺達が全て知っていることに領主は驚いたようにも見えたが、恐怖の色が濃すぎでよくわからん。

 

「き、貴様らはいったい……」

 

「それを知る必要はないよ。助手君、やっておしまい」

 

「ひいっ!? 頼む、殺さないでくれ!」

 

 今のクリスに俺が逆らえるわけもなく、文句を言われる前に素早くドレインタッチして気絶させる。

 

 うえっ……、手が、手があ……。

 

 こんな手でこのまま仕事をするのは耐えられないので、何かないかと室内を見回す。

 

 花瓶を見つけた。

 

 その中の水と、近くにあったタオルを使って念入りに手を拭いた。

 

 しかし、綺麗になってもあの脂のべちゃっとした感じと臭いは完全にはなくならなかった。

 

「こっちだよ」

 

 地下への入り口を見つけたクリスが、さあ早く! と雰囲気で言ってくる。

 

 手を綺麗にするのを待ってたくれたのは嬉しいけど、でもちょっとぐらいで休ませてほしい。

 

 精神的ダメージが半端ないんだけど。

 

 もちろん、俺にそんなことを言える度胸はないので指示に従う。

 

 ……さっさと証拠を見つけて帰ろう。

 

 秘密の地下室はカビ臭い。

 

 ヒュー、ヒュー、と喘息のような音が聞こえてきた。

 

 その音源は、異常なまでに整った顔をした男だ。

 

 この男が悪魔なのか?

 

「ん? 君達は誰?」

 

 表情はなかった。

 

 無表情に、俺達を見ている。

 

「ちょっと、悪魔のくせに話しかけないでくれない? 頭がおかしくなるでしょ。ここがこんなに臭いのも君のせいじゃないの?」

 

 悪魔と決めつけたクリスが毒舌を吐いた。

 

「僕のことを知ってるの? アルダープが何か教えたのかな?」

 

 悪魔なのは確定した。

 

 それにしても、クリスの毒舌にびくともしないどころか、恐ろしい雰囲気にも動じていない。

 

 こいつ、何者なんだ?

 

「あたしの言葉を無視するなんていい度胸だね。穢らわしくて、人の悪感情がなきゃ生きられない寄生虫の分際で」

 

 目の前の悪魔を睨み、毒舌を吐く。

 

 憤怒そのもので、何をしても怒りを買いそうだ。

 

 だからって、このまま放っておいても話が進むわけでもない。

 

 ……俺はなけなしの勇気を出して、話に割り込んだ。

 

「まあ落ち着け」

 

「はっ? 何、邪魔する」

 

「黙らないとスティルぞ。それともスティられたいのか?」

 

 右手をわきわきさせながら言うと、クリスは天敵を見たかのように怯え、後ろに下がった。

 

 宿敵の悪魔よりも怖がれている事実にショックを受けた。

 

 俺なんて気づいたら殺されるぐらい弱い冒険者なんだから、そんなに恐れなくていいのに。

 

「君達は何なの?」

 

「俺達はアルダープに頼まれて、ここに神器がないか探しに来たんだ」

 

「そうなの? 神器を落とすなんてアルダープもまぬけだなあ」

 

 驚くほど簡単に信じた悪魔に、これで余計な戦闘は避けられると思い、情報を引き出すことにした。

 

「ここになさそうだな。お前は何か心当たりないか?」

 

「そう言われてもね。アルダープから、他人には見つからないようにしろと言われてそうしてるし」

 

 それを聞いて、俺ははっとなった。

 

 どうして気づかなかったのか。

 

 重要な証拠となるものを悪魔の力で守らないはずはない。

 

 状況は逆転し、いくら探しても無駄になった。

 

 俺の完璧な作戦にはとんでもない穴があった。

 

「ちょっとどうすんのさ」

 

 どうしようか。

 

 ……。

 

「金持って逃げるか」

 

「ちょっと! 何ばかなこと言ってんのさ! 自分がどれだけ最低なこと言ってるかわかる!?」

 

「うるせえ! 俺の金を他人にあげるのは嫌だ! 絶対に嫌だ!」

 

「君は、君って奴は!」

 

 作戦が破綻したのはこの際しょうがないこととして、今は財産を守るために他の街へ移住するべきだ。

 

 何、俺達なら他の街でも上手くやっていけるさ。

 

「さっ、帰るか」

 

「帰るかじゃないって! ばかなこと言ってないでさっさと探すよ!」

 

「ええい! やるなら一人でやってくれ! 俺は帰らせてもらうぞ!」

 

 クリスが帰宅をさせまいと邪魔をしてきた。

 

 腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。

 

 俺は無視して進もうとしたが、クリスが全力で阻止してくるのでままならなかった。

 

「はなせ。はなさないと、アルダープを触った手がお前を襲うぞ、いいのか!」

 

「うげっ。……う、うう、嫌だけど、嫌だけど……。でも、君を行かせるわけには……!」

 

「ほうれ。脂で穢れた手だぞー。ふひひ」

 

「ひっ!」

 

 クリスの表情は恐怖一色になり、少しの刺激で泣き出してしまいそうだ。

 

「アルダープの脂を食らいたいようだな」

 

「くっさ……、やめて、お願い、本当にお願い、な、何でもするから、何でもするからやめて!」

 

「今、何でもするって言った?」

 

 中年男の脂は、俺に思わぬものをプレゼントした。

 

 夢と希望に満ちた妄想をしようとしたところで怒鳴り声が地下室に響く。

 

「貴様ら! こんなことをしてただで済むと思うなよ!」

 

「うげっ! もう起きたのかよ。どんだけ回復はやいんだよ」

 

 振り返れば、怒りで顔を真っ赤にする領主がいた。

 

 ここまで回復がはやいとは思わなかった。

 

 そうとわかってれば、もっとドレインして数時間は起きないようにしたのに。

 

「貴様らは殺してやる! ……ん? そこの奴は女か。……体は貧相だが、顔は悪くなさそうだな。むう、楽しめそうだな」

 

「ひっ!?」

 

 全身を舐めるように見る領主に、クリスは短い悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。

 

 神器の入手が困難となった今、ここに止まっている理由はなく、安全を優先するためにも脱出するべきだ。

 

 でも、ここまでやったのに何もできなかったというのは受け入れられなかった。

 

 いつもは無理なものは無理と諦めるのに、今はそうじゃなかった。

 

 にたにたと笑う領主がむかつく。

 

 俺は正義感が強いわけじゃないし、昼間相談に来た連中のために怒るわけじゃない。

 

 こんなにむかつくのは、後ろの人に腹立たしい言葉を浴びせられたからだ。

 

 このくそ野郎に地獄を味わわせたい。

 

 神器を手に入れられないならどうする。

 

 何かないのか?

 

 何か証拠となるものは……、悪魔が関連している証拠となるものはないか考えを巡らす。

 

「マクス、そいつらを捕まえろ!」

 

 悪魔に命じたのを聞き、俺は閃いた。

 

 証拠がないならつくればいい。

 

 逆転の発想だ。

 

「はーっはっはっはっは!」

 

「な、何だ!?」

 

「じょ、助手君?」

 

「アルダープ、貴様は終わりだ!」

 

 もはや俺に恐れるものはない。

 

 この男を地獄に落としてやる。

 

 二十億を支払うのはこいつだ。

 

「俺達がここから脱出するのは難しいことではない。ここから脱出したら、街に言いふらしてやる。領主は悪魔を使役しているってな!」

 

「そんな噂程度でどうにかな」

 

「あんたの評判で悪魔の使役を否定できる要素は一つもない。街全体で悪魔の話はされることになる。そうなったらこの地にいるダスティネス家も黙っていないだろ」

 

 ダスティネス家が話に出ると、アルダープはぎょっとした。

 

 こいつが領主と言っても、地位などは全てダスティネス家の方が上だ。

 

 ダスティネス家ならアークプリーストを何十人と雇い、悪魔対策を万全にした上で徹底的に捜査することができる。

 

「ダスティネス家は敬虔なエリス教徒であり、そこの令嬢は民を守り、愛する。悪魔が関わっていると知れば、ごまかすことはできない。力のあるアークプリーストに頼んで、悪魔の力を寄せ付けないようにするのも目に見えている」

 

「うっ」

 

「だからって、悪魔を隠しても無駄だ。そうしたって噂がなくなることはないからな。悪魔との契約を解除しても、今度は悪事の証拠が出るからこれもだめ」

 

 噂が街に広まった時点で終わりだと思ったのか、アルダープは苦々しい顔で俺を睨む。

 

 しかし、それも一瞬のこと。

 

「マクス、こいつらの記憶をねじ曲げろ!」

 

 勝ち誇った顔で悪魔に命令した。

 

 やべえ!

 

 クリスは女神の力がないし、俺に至っては説明する必要がない。

 

 こんなことなら……!

 

 ……。

 

 あれ、何もないぞ?

 

「これでわしの」

 

「ところがどっこい残念賞! 俺の記憶は変えられませんっと!」

 

「あたしも何もないんだけど。ぷぷっ。これだから悪魔は」

 

「なっ!? 何をしてる、マクス! さっさとやれ!」

 

「……無理だよ。できないよ」

 

「な、何を言ってる!? 今までもやって来ただろうがっ! いいからやれ!」

 

 命令を拒絶されたアルダープは腹を立てて悪魔に詰め寄り、怒鳴り散らす。

 

「言われた通りにしろ! こいつら相手なら都合よくねじ曲げ、辻褄を合わせるのは簡単だろうが! 何を手間取っている!」

 

 今、興味深いことを言ったぞ。

 

 都合よくねじ曲げ、辻褄を合わせる。

 

 ねじ曲げるというのは、何かを何かに変えるだけで、それ以上は変えられないってことなのか?

 

 そうなると俺達の記憶がねじ曲げられなかったことも説明ができる。

 

 曲げようがなかったのだ。

 

 俺達が“地下室にいる理由”を“他の理由”にすることはできない。

 

 悪魔がいるだけで他には何もない地下室に妥当な理由をつけられるわけもない。

 

 悪魔に関する証拠を探しに来た俺達が、理由もなく来たというのはあまりにも辻褄が合わない。

 

 記憶の改変だったらどうにかなったかもしれないが、ねじ曲げる力であったために無理が出た。

 

 それを理解していないアルダープは悪魔を蹴っていた。

 

「これは思わぬ収穫だな。その悪魔はねじ曲げる力を使うのか。証拠が出てこないのも説明ができる」

 

「うっ、ぐぐぐぐ……」

 

 俺の逆転の発想は、上手いこと悪魔を外に誘い出して、めぐみんの爆裂魔法で討伐して……、というものだったが、ここまで情報が得られたら必要ない。

 

 地下への入り口も悪魔の力で隠しておけばよかったのに、どうせ誰も知らない地下室で、注意してるから平気と思ってたんだろ。

 

 俺はクリスに顔を向ける。

 

 クリスはそれだけで俺の考えがわかったらしく、こくんと頷いた。

 

 俺達は一歩下がって、背を向けようとした時、

 

「マクス、奴らを殺せ! 何が何でも殺せ!」

 

「わかったよ、アルダープ。あいつらを殺すよ」

 

 アルダープは悪魔にとんでもない命令をした。

 

 相手は強力な悪魔で、しかも地下室なので俺達には不利だ。

 

 そんなわけで俺達は逃げ出した。

 

 ゴシャ! と背後から砕かれるような音がした。

 

 何らかの魔法で壁か何かを壊したのか。

 

 そんなのを確認する余裕はもちろんない。

 

 地下から寝室に戻り、足を止めずに寝室を出ると、クリスは俺に聞いてくる。

 

「どうする?」

 

「屋敷から出たら勝ちなんだから逃げる」

 

 廊下を走りながら答えた瞬間、背中が焼けるような熱さを感じ、次に鼓膜を破らんばかりの爆発音がした。

 

 俺達は突然の爆発になす術なく吹き飛ばされた。

 

 

 

「うっ、くっ……」

 

 耳鳴りがする中、体に乗っかる瓦礫をどかす。

 

 さっきの爆発のせいで、体のあちこちが痛む。

 

 その痛みは、鋭いもの、鈍いもの、ひりひりするもの、と何種類もある。

 

 あの爆発で火傷もしたのだろう。

 

 瓦礫をどかしたら、周りを確認する。

 

 どうやらさっきの爆発で外に追い出されたようで、無数の星が散らばる夜空と、庭が見える。

 

「クリス……クリス!」

 

 何が起きたのか理解するのはあとでいい。

 

 今はクリスを見つけなくては。

 

 立とうとしてもバランスがとれず、地に手をついてしまうので、このまま四つん這いで探す。

 

「いっつ!」

 

 地面に落ちていたガラスの破片が俺の手を切った。

 

 それだけで疲れが増した感じになり、体がやけに重くなり、動かせない。

 

「うっ、ん……」

 

 小さかったが、クリスの声が耳に入った。

 

 目の前から聞こえたと思う。

 

 進むために手を動かし、

 

「あつっ!」

 

 弱々しく燃えていた瓦礫を思いっきり触った。

 

 見ればわかるのに、焦りから気づかなかった。

 

 止まってる暇はないと動こうとした時。

 

「カズマ! クリス!」

 

 この声は……ダクネスか?

 

「カズマさん、クリスさん!」

 

「大丈夫……、ではありませんね」

 

「俺はいい。クリスを……」

 

 みんながいる。

 

 爆発からまだそんなに時間は経ってないのに、いや結構経ったのか。

 

 体に乗った瓦礫をどかすまで気絶していたのか、それともガラスで手を切った時に長いこと止まっていたのか、俺にはどちらかわからなかった。

 

「いたた……。助手君、大丈夫?」

 

「クリスこそ……」

 

「かなりだね」

 

 どうやらクリスは俺より軽傷で済んだらしく、少しきつそうにはしているが立てている。

 

「失礼するぞ」

 

 ダクネスが俺を背負った。

 

 俺はダクネスに体を預けて、安心してほっと一息吐けた。

 

「何があったんだ?」

 

「領主が悪魔をつ、くうう……」

 

「カズマ、無理をするな。今は休め」

 

 時間が経ったせいか、それとも感覚が戻ってきたからか、急に頭が痛んだ。

 

 左耳より上の辺りが強烈な痛みを放つ。

 

 思わず手で押さえると、べちゃりと濡れたので、顔の前に持ってきて確認すると、手が真っ赤だ。

 

「な、何じゃこりゃあ……」

 

 どうやら出血しているようだ。

 

 俺が血塗れの手をぼーっと見ていると、ダクネス達は走り出した。

 

 クリスが質問をする。

 

「ダクネス達はどうやってここに来たの? 騎士とかいたと思うんだけど」

 

「時間がなかったから家の名を出して黙らせた。それで悪魔はいたのか?」

 

「いたよ。そいつのせいでこんな目にあったんだよ。あの悪魔、今度見つけたら細切れにしてやる」

 

「そ、そうか……。今ははやく逃げよう」

 

 ああ、クリスの悪魔絶対許すまじを見て、ダクネスがびびっている。

 

「逃がさんぞ、虫けらどもー!」

 

 げっ、あのばか追いかけてきやがった。

 

「『バースト』」

 

「前に飛んで!」

 

 それにどれだけの効果があるのかは不明だが、少しでも爆発のダメージを減らそうと、みんなは一斉に前に飛んだ。

 

 俺はしっかりと掴まることはできず、ダクネスの背からはなれ、顔から着地した。

 

 他のみんなはごろごろと転がっただけで、顔面着地なんかしなかった。

 

 俺以外はすぐに立ち上がって、悪魔を見据える。

 

「あれは、まさか……」

 

「間違いなく爆発魔法よ! あんなのを使えるなんて、あの悪魔何なの!?」

 

 めぐみんとゆんゆんが驚愕している。

 

 爆発魔法って伝説的アークウィザードが使ってた魔法じゃなかったっけ?

 

 そう考えたら、俺とクリスよく生き残れたな。

 

「あんなものを使われては逃げることもできないな」

 

「うん。ここで倒すしかないね」

 

「ふふん。我が爆裂魔法で消し去ってやりますよ」

 

 今回は俺も賛成だ。

 

 あの爆発魔法の前で逃走するのは自殺行為に等しい。

 

 もはや戦うしか道はない。

 

 俺は自分にヒールを何度もかける。

 

 ゆんゆんが鋭い声で唱える。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 黒い稲妻が放たれる。

 

 貫通性がある強力な魔法は、マクスが少し横に動くだけでかわされた。

 

 距離もあるし、ここは仕方ないか。

 

 ヒールを何度もかけたことで、弓矢を扱えるぐらいには持ち直した。

 

 それでも立つのはまだきついものがあるので、膝立ちでマクスを狙撃する。

 

 しかし、俺の放った矢は外れた。

 

「カズマが外した?」

 

「まだ休んでていいんだぞ」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 狙撃は幸運が高いほど命中しやすいスキルで、俺が使えばほぼ当たると言えるほどのものになるのだが、ねじ曲げる力によってそれは覆された。

 

 あくまでほぼ当たるというだけで絶対に命中するわけではない、そこを突かれる形になった。

 

 本来は命中するはずの矢は、マクスによってねじ曲げられ、外れることになった。

 

「あいつの力は、都合よくねじ曲げて辻褄を合わせるものだ。弱らせるか何かしないと、爆裂魔法もかわされる」

 

「本当に何なのよ。そんなの上級……。……辻褄合わせの悪魔……? う、嘘でしょ!? どうしてそんな大物がいるのよ!!」

 

 辻褄合わせの悪魔というフレーズから何かを思い出したらしいゆんゆんが狼狽した。

 

 ゆんゆんの反応からすると、あの悪魔はかなりの大物のようだ。

 

 強力な悪魔なのは予想していたことだが、何だか俺の予想を上回りそうだ。

 

「ゆんゆん、あの悪魔は何なんですか?」

 

「辻褄合わせが本当なら、あの悪魔はマクスウェル。辻褄合わせのマクスウェル。公爵よ! 上級悪魔なんてものじゃないわ!」

 

「公爵!? ゆんゆん、それは確かなのか? 公爵となれば、魔王の幹部バニルと同格だぞ!」

 

 えっ、あいつバニル並みの強さなの?

 

 マクスウェルが魔王の幹部クラスというとんでもない事実が判明した。

 

 しかも爆発魔法とかいう凄い魔法使ってくる。

 

 ……これ、全滅あるぞ。

 

「おいおい。爆発魔法を使われまくったらどうしようもないぞ」

 

「爆裂魔法ほどではありませんが、爆発魔法も相当魔力を使います。数発が限界と言われるほどです」

 

 話してる間も、爆発魔法は使わせまいと狙撃し続けてるが、こんな安物の弓で放たれた矢なんかじゃダメージを与えられないだろう。

 

 マクスが矢を無視する前に、次の手はないか考え、

 

「マクス、もう一度やってやれ!」

 

「あっ、領主狙えばいいか」

 

「「「「!?」」」」

 

「くそ領主! 死ねやああああああああ!」

 

 領主へと狙いを変える。

 

 殺すつもりは当然ないので、適当に足を狙うと見事に外れて地面に刺さる。

 

「カズマ、お前!」

 

「仕方ねえだろ! こうしないと爆発魔法を連発されるんだから!」

 

「だからって」

 

「心配するな。あの悪魔が守るから。俺だって何も考えずにやってるわけじゃない」

 

「領主を人質にとるとは、流石カズマですね」

 

「おい、やめろ。その言い方だと俺が鬼畜みたいだろ。俺は……、仲間を守るためにやってるんだ」

 

 みんなは優しい顔でうんうんと頷いた。

 

 この信じられていない感じからして、あれだな、俺が我が身惜しさにやってると思ってやがる。

 

「『カースド・ライトニング』」

 

「カズマ! ふあああああああ! こ、これは、何という……!」

 

 ダクネスは俺の前に立って上級魔法を受け止める。

 

 ダクネスだからこそ今の一撃を凌げた。

 

 とはいえ、いくらダクネスでも上級魔法を何度も受けたら死んでしまう。

 

 ダクネスは俺の前から動けない。

 

 満足に移動できない俺はさっきみたいに狙われたら避けられず、一発でお陀仏だ。

 

 だからって、領主への狙撃をやめて、回復優先したら爆発魔法を撃ち込まれて終了。

 

 めぐみんの爆裂魔法は、回避される可能性が高い以上使わせるわけにはいかない。

 

 ゆんゆんの上級魔法は最初の一発のように避けられるだろうが、マクスも無視できないので、俺の狙撃と合わせれば爆発魔法を使わせないようにはできる。

 

 だけど、そこまでだ。

 

 エリス様ではないクリスでは、しかも盗賊なので悪魔に大きなダメージを与えることはできない。

 

「クリス、冒険者を呼んできてくれ」

 

「わかった。すぐに戻るよ!」

 

 クリスが冒険者を呼びに行く。

 

 俺より軽傷だったとはいえ、爆発魔法でのダメージはそれなりにあり、走るのは辛そうだ。

 

 戻るまで時間がかかりそうだな。

 

「みんなが来るまで耐え抜くぞ!」

 

「私達なら簡単にやれますよ」

 

「二度も爆発があった。騒ぎが好きな冒険者なら、何人かは近くに来ているはずだ。それまで耐えてやる」

 

「魔力が尽きるまで魔法を唱えるだけよ」

 

 先ほどマクスが上級魔法を使ったのは、爆発魔法より制御が簡単だからだろう。

 

 だから妨害をするだけで爆発魔法の発動を封じることができるわけだが、この妨害も領主がいるおかげで成り立っているようなものだ。

 

 あいつがこの場にいなかったら、あの悪魔は爆発魔法を何度も撃ち込んで来たろう。

 

「ダクネス、俺を背負ってくれ。散らばって動き回るぞ」

 

 三人ともすぐに理解した。

 

 いつまでも一ヶ所にいるのは危険だ。

 

 俺とゆんゆんで爆発魔法を封じられているとはいえ、無理をして撃ってくることも考えたら散らばって動き回った方が安全だ。

 

「蝿みたいに動きおって!」

 

「ぶーん、ぶーん」

 

「あああああ!」

 

 マクスの力で矢が命中しないので、煽ってやった。

 

 マクスは、領主を狙撃する俺が一番厄介なのか、こちらに視線を固定している。

 

 ゆんゆんとめぐみんは興味なしか。

 

 俺としてもそれは厄介だ。

 

「ダクネス、領主のところに行ってくれ」

 

「時間稼ぎか。わかった」

 

 爆発魔法の恐ろしさは威力の強さだけでなく、範囲の広さと何度も使用できるところにあり、言ってみれば……ミニ爆裂魔法だ。

 

 いや、爆裂魔法の欠点を解消できてるので、改良版と言っていいぐらいだ。

 

 その爆発魔法を使うマクスを援軍が来るまで押さえるために、ダクネスに頑張ってもらう。

 

 ダクネスは俺を背負ったまま、領主の顔が見える位置まで駆け寄る。

 

「アルダープ」

 

 ダクネスの声に、アルダープはぎょっとした。

 

 それもそのはずで、本来ここにいないはずの人物がいるのだ。

 

 近くまで来たことで、声の主が本当にダクネスであると知るや、領主は愕然となる。

 

「あなたは終わりだ。領主の地位にいながら、悪魔を使役するという大不祥事をしでかした。どう頑張っても死刑は免れられない」

 

「い、いや、これは誤解ですよ。そこの冒険者共が悪魔を呼び出して、私に責任を擦り付けようとしているわけでして」

 

「苦しいにもほどがある。お前が悪魔に命令しているところを見たんだ。どう言い訳しようと無駄だ」

 

 めぐみんとゆんゆんは余計な刺激を与えないよう、ダクネスと領主の会話を静かに聞いている。

 

「素直に罪を認め、投降することを勧める。これ以上騒ぎを大きくする必要はない」

 

「……そんなことできるわけがない。素直に罪を認める? わしなら真実を簡単に変えられるのだ! 冒険者共を一人残らず消し、全ての罪を押し付ければ解決するというのに、何ばかなことを言っているのだ!」

 

「そうか。ならば、私は……、いや、私達は貴様らを倒すだけのことだ!!」

 

 今のダクネスは、俺を背負っていなければ最高に格好よかったはずだ。

 

 俺を背負いながら領主を追い詰めるとかシュールでしかない。

 

「すまない、ダクネス。お前の数少ない見せ場を台無しにして」

 

「そんなことはどうだっていいだろうが! どうしてお前はそんなしょうもないことを言うんだ!」

 

 状況にそぐわないことを言った俺を、ダクネスは若干呆れた感じで怒鳴ってきた。

 

 空気を読んでくれと言いたいのだろう。

 

 でも、俺の中の良心が痛んだからしょうがないんだ。

 

 俺とダクネスがあほな会話をすると、領主は話は終わったという雰囲気を出したので、俺は話を長引かせるために声をかけた。

 

「おいおい、ダクネスまで殺すつもりか? ダクネスを殺したら大騒ぎになるぞ」

 

「貴様に言われなくともわかっている。大体わしがララティーナを殺すと思うのが間違いだ。ララティーナは地下室に幽閉し、永遠に飼ってやる! ふふ、ふは、ふっははははははは!」

 

「き、貴様のような男にこ、この私が屈服すると思っているのか! 例えこの体を好きにできたとしても、我が心まで好きにできるとは思うなよ! はあ、どうしようカズマ! あんな醜くて臭そうな男に幽閉され、調教されるというのは……、よく私が」

 

「黙れ! 少し油断すると、すぐに変態しやがって! どうして貴族ってのはまともなのがいないんだ!」

 

 何もかもがだめになった瞬間である。

 

 爆発魔法がかなりやばい、それなら……、みたいな緊迫感溢れた戦闘が、変態のせいで見事に終わった。

 

 もうさっきまでの緊張感戻ってこないよ。

 

「おい、あれじゃねえか?」

 

「あれだあれだ」

 

「マジで悪魔従えてんぞ!」

 

 そんな時に限ってアクセルの冒険者達はやって来た。

 

 もっとはやく来てくれよお!

 

 そうしたらいい感じに戦うことできたのに。

 

「な、何なんだ貴様らは!」

 

「おっ、あれカズマじゃね?」

 

「まだ生きてたみたいだなー!」

 

 あれはダストとキースか?

 

 まあ、あの二人が来ないわけないわな。

 

「当たり前だ! この俺がこんなところで死ぬわけねえだろ!」

 

「カズマ、プリーストらしいのが何人か見えるから戻るぞ」

 

「ああ」

 

 冒険者が少しずつだが増えていく。

 

 こんな夜中に、と思ったのも一瞬だけだ。

 

 夜中に二回も爆発があれば、よほどの奴でなければびっくりして起きる。

 

「あの悪魔を倒しゃいいんだろ!」

 

「気持ちよく寝てたところを、ふざっけんなよ!」

 

「んもう、肌が荒れるじゃない!」

 

「あれ悪徳領主だろ? 殴っていいのかな?」

 

「大丈夫じゃない? これ終わったら犯罪者になって、貴族じゃなくなるだろうし」

 

 こうなったらこっちのもんだ。

 

 数の暴力というものを見せてやる。

 

 俺は本職の方々のヒールのおかげで、走れるほどに回復できた。

 

「悪魔の方は爆発魔法を使うから気を付けろ! 領主は、領主……は」

 

「一発殴らせろおおお!」

 

「ひいっ! な、何なんだ貴様は! 下劣な冒険者の分際で!」

 

 ダストとかいうチンピラが領主を襲っていた。

 

 領主はチンピラから逃げ回り、少ししたらチンピラと一緒に戦場からいなくなっていた。

 

 領主がいれば爆発魔法を封じることができたのに……、ま、まあ、数の暴力で押さえられるだろ。

 

「全員、とにかく魔法なり矢なり撃ち込め! 爆発魔法だけは使わせるな! クルセイダーは上級魔法を何とかして防いでくれ! プリーストはクルセイダーの魔法耐性を上げて、状況を見てヒールなり使ってくれ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 瞬間、無数の攻撃がマクスに撃ち込まれる。

 

 普通ならかわせないこの猛攻をマクスは力を使うことで、少し動くだけで回避し続ける。

 

 ねじ曲げる力、とんでもないだろ。

 

 雨のように降り注ぐのにどうしてかわせるんだよ。

 

「めぐみん、いつでも爆裂魔法を使えるようにしておけ! ゆんゆんはとにかく上級魔法だ!」

 

 仲間にも指示を出していると、

 

「『インフェルノ』」

 

 マクスが上級魔法を唱えた。

 

 それは俺を狙ったもので、炎が俺と近くにいた冒険者を飲み込もうとして。

 

 ところが、それよりもはやく大量の水が俺達を包み込む。

 

 水と炎がぶつかり合うも、炎が俺達に触れることはなく、消滅した。

 

 炎が消えると水も包み込むのをやめた。

 

 びしょ濡れになって、地面に転がる俺達の後ろから気遣う声が。

 

「皆さん、大丈夫ですか?」

 

 ウィズが水の魔法で俺達を守ってくれたようだ。

 

 流石は元アークウィザードでリッチーなだけある。

 

 もはや怖いものなしだ。

 

「何かあってもウィズが守ってくれる! お前ら、どんどん行くぞー!」

 

「「「おおーっ!」」」

 

 ねじ曲げる力で完璧な回避を見せるマクスにどうにかしてダメージを与えたい。

 

 俺は何かないかとポケットの中を探って、お手製ダイナマイトを取り出す。

 

 ウィズの魔法で濡れてしまったが、中級魔法を当てたら爆発はするはずだ。

 

 これを上手く使えば。

 

「ウィズ、こいつをつけた矢があいつの近くに差し掛かったら、火の魔法を当ててくれ。中級でいい」

 

「わかりました」

 

 あいつの絶対的回避を崩すにはこれしかない。

 

 俺はあいつの動きをよく見て、予測して、ダイナマイトをつけた矢を放つ。

 

 当てるつもりはない。

 

 こいつがマクスの近くに行けばいい。

 

 あいつは力で避けたと思うはずだ。

 

 当然ウィズの魔法もだ。

 

 ねじ曲げる力に限界があるのは証明されている。

 

 すぐそばで爆発されたらどうなる。

 

 避けられるわけがない。

 

「!?」

 

 突然の爆発をマクスは回避できず、吹き飛ばされる。

 

 地面に倒れたところを狙い打つ。

 

 倒れているわけだから、外れることはあっても回避できるわけもなく、次々と矢や魔法が降り注ぐ。

 

 だが、魔法はあいつの高い耐性でそこまでダメージを与えられない上に、物理もそこまでといった感じで、はっきり言うと一発一発が軽すぎる。

 

 それを大量の攻撃でごまかしてるだけだ。

 

 だけど、攻撃の手を休めなければ、マクスの動きは押さえ込める。

 

「「『ライトニング・ストライク』!」」

 

 動けない悪魔に向けて、ゆんゆんとウィズが大量の魔力を込めた上級魔法を放った。

 

 二人が完璧に制御して狙い澄ました魔法が外れるわけもなく、天より落ちる二本の雷がマクスを貫き、

 

「『エクスプロージョン』!!」

 

 最強の破壊力を誇る魔法が撃ち込まれる。

 

 爆裂魔法はマクスと雨のように降り注いだ攻撃も飲み込み、その圧倒的な破壊力で全てを消し去る。

 

 地面にはクレーターができ、赤く煌々としていた。

 

 もちろんそこにマクスの姿はなく、俺達の戦いは勝利という形で終わりを告げた。

 

 全部終わったと思ったら、安心感からか脱力感を覚えた。

 

「あーっ、疲れたあ!」

 

 俺は愚痴りながら地面に座り込んだ。

 

 他の冒険者も俺に続くように座り、あの悪魔やばかったな、と笑いながら話す。

 

「カズマ、見ましたか? 我が爆裂魔法を!」

 

「ちょっと、暴れないでよめぐみん」

 

「本当にやってしまったな」

 

「カズマさん、お疲れ様です。ダイナマイトは見事でしたよ」

 

 俺のところにウィズを含むみんなが来たのだが、その中にクリスの姿はない。

 

「クリスは?」

 

「見ていないな。どこをほっつき歩いてるのやら」

 

 ダクネス同様に他のみんなも見ていないようだ。

 

 まだ冒険者を呼んでいるのだろうか。

 

 周りを見ていると、ウィズが少し言いにくそうにしながら言ってくる。

 

「あの、一足先に帰らせてもらいますね。仕事が少し残ってるもので」

 

「そうなのか? 何か悪いことしたな。今日はありがとな。あとでちゃんとお礼しに行くよ」

 

「いえ、こういう時は助け合うものですから。それじゃ」

 

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様です」

 

「気を付けてな」

 

 ウィズはぺこりと頭を下げて、店へと戻った。

 

 これからどうするかなと思ったら、

 

「おーい、くそ領主捕まえたぞー!」

 

 ダストが領主を連れて戻ってきた。

 

 何度も殴られたのか、領主の顔は痛々しいものになっていた。

 

「うぐぅ、き、貴様、こんなことして」

 

 ダストは領主を俺達の前まで連れてくると、乱暴に押した。

 

 領主は踏ん張る力も残っていないのか、地面に倒れた。

 

 今回の騒動を起こした領主を俺達は睨む。

 

 ここには悪徳領主を嫌う冒険者しかいない。

 

 それに気づいたのか、領主は怯え、ダクネスに助けを求める。

 

「ら、ララティーナ! わしを、わしを助けてくれ! こやつら何をするかわからん!」

 

 地面を這って、ダクネスの前に来ると、俺達を指差して非難するように言った。

 

 ダクネスが領主に向ける眼差しは、俺でもはじめて見るほどの怒りに満ちていた。

 

「貴様は、まだ自分のことしか考えられないのか。悪魔を使って悪行の限りを尽くし、それが露見しそうになれば口封じに殺そうとし、悪魔が消えれば助けろと言う。自分は悪くないと振る舞い……。貴様のような奴は私自ら裁いてくれる!」

 

 剣を抜いたダクネスを俺達は慌てて止める。

 

「やめて! こんな人に手を出さないで!」

 

「そうだぞ。こんな奴のために手を汚すな!」

 

「はなせ! どうせ誰かが処刑する! ならば、今ここで私が!」

 

 なんてばか力だ。

 

 数人で押さえ込んでるのに振りほどかれそうだ。

 

 もしかして、怒りでリミッターが外れるとかそんなことが起きてるのか?

 

 勘弁してくれよ。

 

 どうにかしてダクネスを押さえていると、後ろから困惑の声が上がる。

 

「えっ、嘘」

 

「えっ、えっ?」

 

「まさか……」

 

 何事かと思ってちらりと見て、

 

「ま、マジかよ……」

 

 ダクネスから手をはなして、その人を見つめた。

 

「エリス様、どうしてここに?」

 

 俺の言葉にダクネス達ははっ? となり、確認のために振り返る。

 

 振り返った先にいるのは当然女神エリスで、その姿を目の当たりにしたダクネス達は驚きから固まる。

 

 エリス様は俺を見て、小さく笑う。

 

 俺にはそれだけでわかった。

 

 このばかを止めに来てくれたんだと。

 

「ダクネス」

 

「ひゃい!」

 

 名前を呼ばれると、びくんとなり、姿勢を正した。

 

 敬虔なエリス教徒のダクネスにとって、エリス様に話しかけられるのはこの上なく嬉しいことだ。

 

 エリス様の話そうとしていることを聞き漏らさないように耳を傾ける。

 

「先ほどあなたは、誰かが処刑するなら私がすると言いましたね」

 

「え、ええ。貴族として、私がやるべきことだと思いますので」

 

「そうですか。私はあなたのことを知っていますが、しかしその話が正しいとは思えません」

 

「な、何故?」

 

「怒りで振り下ろす剣と、正義のために振り下ろされる剣が同じだと言えますか?」

 

 問いかけにダクネスは何も答えられない。

 

 とても簡単な質問だからこそ、何を言おうとしてるかわかったのだ。

 

 エリス様はダクネスをじっと見つめる。

 

「同じだと言えるなら、その剣を振るってみなさい。この女神エリスの前で」

 

 その言葉に、ダクネスは力を失ったように剣を手放した。

 

 剣は地面に落ちて、大きな音を鳴らした。

 

 ダクネスはその場に膝をついて、謝罪する。

 

「醜態を晒し、申し訳ありません」

 

 ダクネスが領主を裁こうとしたのは悪いことではない。

 

 同じ貴族として、民を守る貴族として、領主の最低な行為を許せなくなるのもわかる。

 

 エリス様もそこはわかっている。

 

 だからこそ、怒りで剣を振るってほしくない。

 

 怒りで振るったら、どんなに理由をつけても自分のために振るったことになる。

 

 大事な親友だからこそ、

 

「ダクネス」

 

 よく知るからこそ……。

 

 優しく微笑むその姿はまさに女神そのものだ。

 

「怒りではなく、あなた自身が罪を裁きなさい」

 

「はい……!」

 

 凄いな。

 

 女神がたった一人の友達のために降臨したのだ。

 

 素晴らしい人だとは思ってたけど、ここまで素晴らしいとは思わなかった。

 

 感動していると、それをぶち壊す声が上がる。

 

「女神、本当に女神なのだな! ならば、私を殺さぬよう言ってやってくれ! 人の命を軽々しく扱うなと!」

 

 豚が汚い手でエリス様のスカートを握ったので、俺は引き剥がそうとするが。

 

「カズマさん、大丈夫ですよ」

 

 エリス様からそう言われては引き下がるしかない。

 

 ダクネスが怒りに満ちた目で領主を見ている。

 

 ここにエリス様がいなかったら殺しに行きそうだ。

 

 エリス様の言葉に、領主は希望を持ったのか、次々と言葉を並べる。

 

「流石は女神様! わしのことをよくわかっておられる。あなたが考えている通り、わしがいなくてはこの国は困るというもの! この件が済みましたら、あなたの信者が増えるよう尽力しましょう!」

 

「その必要はありませんよ。あなたは法によって裁かれるでしょう。その時私はあなたを天国に送りましょう」

 

 何でそんな奴を天国に……、とみんなが訴えかけるようにエリス様に視線を送る。

 

 領主はエリス様の言葉に一瞬呆気に取られるが、みんなが想像する、素敵な天国を頭に浮かべたのか、機嫌をよくした。

 

 素敵な天国ならこの世よりも幸せに暮らせるだろうが。

 

「えぐっ……」

 

 天国がどんなものか知っている俺はエリス様がどんなに恐ろしいことを言ったかよくわかる。

 

 天国の真実を知らない領主は俺に噛みついてきた。

 

「何だ貴様! 女神様はこのわしを天国に送って下さると言ったのだぞ! この世界で生きられないことは残念だが、天国でこの世以上に幸せに暮らせると思えば、むしろ……!」

 

「ぷっ。あはははははは!」

 

 俺は腹を抱えて笑った。

 

 天国がこの世以上?

 

「な、何がおかしい!」

 

「何にも知らないんだな」

 

「あっ?」

 

「天国ってのは、世間が言ってるもんじゃないぞ。まず娯楽はない。一日中日向ぼっこして、他の人と世間話をするだけ。もちろん肉体なんてものはないから触れることはできない、つまりえっちなこととかそういうのは一切ない。一日をのんびりと過ごす場所だぞ」

 

「はあ? 貴様、何を言って」

 

「よくご存知ですね」

 

「旅をしてれば色々と知る機会はありますので」

 

「なるほど。……そろそろ時間ですね。では、カズマさん、ダクネス、この方をお願いしますね」

 

 そう言い残して、エリス様は帰還する。

 

 無数の光となって、天へと帰っていく。

 

 エリス様を掴んでいた領主の手は代わりに空を掴む。

 

 天国の真実を知り、女神に見捨てられたと理解した領主は絶望する。

 

「さてと、エリス様に言われた通りにするか。ダクネス、このおっさんどうする?」

 

「実家に連れて帰ろう。ところで、お前はどこで天国を知ったんだ?」

 

「詳しくは今度話すから、今はもうはやく終わらせようぜ」

 

「そうだな。後日にしよう」

 

「みんなも今日はありがとな。今度お礼に奢るからな」

 

 それを聞いた冒険者のみんなは嬉しそうに笑い、高い酒奢れよと残して、それぞれの宿へ帰っていく。

 

 俺達も疲れがかなり溜まっているので、このおっさんをダスティネス家に連行して、さっさと寝たい。

 

 本当、疲れた。




どうでしたか?

長かった領主編は終わりました。

次回は後日談からはじめる予定です。



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第七話 もしかして最強の敵? 前編

今回は短めにしています。
おそらく次が長くなると思われるので


 俺達は領主の悪事を暴き、逮捕した。

 

 悪魔を操っていたという話は、あの日戦いに参加した冒険者から広がり、三日ほど経つと、アクセルの住人は知ってて当然というほどになった。

 

 そして、当然のことながら、他の街から来ていた人々にも領主の一件は知られ、その人達から他の街へ話は運ばれて。

 

 一週間もすれば、国中が知るところとなった。

 

 今回の件はまさに激震と言うべきものだ。

 

 アクセルの領主が悪魔を使って様々な悪事を行っていた。

 

 領主はその地を預かる者だ。

 

 言い換えれば責任者であり、代表者とも言えるほどの立場だ。

 

 その人が起こしたとあって、他の領主並びに貴族にも飛び火している。

 

 貴族に対する信用はかつてないほどに揺らいだ。

 

 貴族達にとって救いなのは、今回の件を暴いて解決したのがダスティネス家ということ。

 

 ダスティネス家が解決したことになってるのは、俺がダクネスの親父さんにお願いされて、手柄を譲ったからだ。

 

 全てを公表し、領主を裁くと約束した親父さんを信じたのも理由の一つだが、もう一つ大きな理由がある。

 

 それは俺のような冒険者が解決したと知られれば、不快に思った貴族が暗殺を企てる恐れがあるからだ。

 

 そうなったらどれだけの貴族に狙われるかわかったものじゃないので、俺は喜んで譲った。

 

 ダスティネス家が解決したという事実から、貴族の皆さんは、アルダープのような悪徳領主もいるが、ダスティネス家のように国と民を守る貴族もいると主張できた。

 

 とはいっても、その主張も焼け石に水みたいなもので、そこまで信用されなかった。

 

 そんな時に動いたのがこの国の王女アイリスだ。

 

 アイリスは国民に宣言した。

 

 ダスティネス家と協力して、アルダープの悪事を全て調べあげ、またそれに関与した者全員を逮捕し、重い処分を下すと。

 

 今回の件を解決したとはいえ、貴族であるダスティネス家と協力するという発言は信用を意味している。

 

 王族がそこまで言うなら大丈夫だろう、と国民は納得した。

 

 貴族に対する信用は回復したわけではないが、とりあえずは決着がついた。

 

 

 

 アイリスが宣言してから一週間後。

 

 領主の件から大分時間が経ったが、俺はみんなと約束していた宴会を開くことにした。

 

 本当はもっとはやくに宴会を開こうとしたが、ダクネスがいなかったので延期した。

 

 領主の件ではダクネスが主導したという体なので、親父さんと一緒に王都へ行っていた。

 

 アクセルからしばらくはなれていたダクネスが戻ってきたのは三日ほど前だ。

 

 戻ってきて早々に宴会に参加させるのは流石に気が引けたので、三日後に宴会をするとだけ伝え、ダクネスをゆっくりと休ませた。

 

 夕方を迎える時間。

 

 ギルドには宴会に参加する冒険者が集まっている。

 

 俺がいくらでも奢ることになっているので、ここぞとばかりに来ている。

 

 ギルド側も結構高価なお酒を用意していたりと、金を巻き上げ……もとい稼ぐ姿勢を見せている。

 

「遅くなってすまない」

 

 ダクネスがギルドにやって来た。

 

 これで揃ったので、俺達は宴会をはじめようとしたのだが。

 

「待ってくれ。みんなに大事な話がある」

 

 ダクネスがこれから宴会するとは思えない真面目な顔で話しはじめる。

 

「おそらく既に私のことは知っているだろうが、改めて名乗らせてほしい。私の本当の名はダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家の者だ」

 

 それを聞いても誰も驚かない。

 

 領主がララティーナと呼びながら助けを求めたのを見たら、ダクネスが貴族なのではないかと疑問視する。

 

 疑問に思った冒険者は俺のところに来たので、しらばくれても無駄だと思い、本当のことを話した。

 

 そういうわけでダクネスが予想してた通り、みんなは知っているわけで、こうなることを予想していた俺はみんなの顔を見て。

 

「おい、ララティーナ。今から宴会やるんだから、堅苦しくするなよ、ララティーナ」

 

「そうだぞ、ララティーナ」

 

「ララティーナちゃん、名前可愛いね」

 

「ララティーナ、はやく終わらせろよ」

 

「酒が飲みたいんだよ、ララティーナ」

 

「ララティーナ可愛いよ、ララティーナ」

 

「ララティーナ、顔赤いけどどうした、ララティーナ」

 

 ダクネスは羞恥で顔を真っ赤にして、目尻に涙を溜めてプルプル震えていた。

 

 きっとダクネスとしては、お前が貴族でも関係ないさ! みたいなことを言われたかったのだと思うけど、そんなのは知ったことではないので、ララティーナという可愛い名前で呼んであげる。

 

「ララティーナ、酒を注げよ」

 

「ララティーナ、はやく座って乾杯しましょう」

 

「ララティーナさん、ほらここ」

 

「お、お願いしますから、ララティーナはやめて……」

 

 貴族のことが知られてもみんなに受け入れてもらえたのに、どうしてそんなに泣きそうにしているのだろうか? 変な奴だ。

 

「こんな迎えられ方は……くう……」

 

 泣きそうな顔で俺達の席に来て、プルプルと震える手で酒が入ったグラスを持った。

 

「「「ララティーナにかんぱーい!」」」

 

「うわあああああああ!」

 

 喜びのあまり立ち上がって叫んだダクネスを俺達はにやにやしながら見る。

 

 ああ、酒というものはこんなに美味しいものであったか!

 

 俺達は上機嫌で酒を飲んでいく。

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 飲み過ぎたせいなのか、昨日の記憶はほとんどない。

 

 しかも二日酔いで酷いことになっていた。

 

 食欲も全然ない。

 

 トイレ以外はベッドで寝て過ごそう。

 

 この日は体調を回復させるために一日中横になる。

 

 一日を無駄にした。

 

 次の日。

 

 昨日ずっと寝ていたおかげで、体調は大分よくなるも、今度は酷い空腹に襲われた。

 

 一日中食べてなかったからなあ、と思って、奮発して有名なステーキ屋に行ってたらふく食べた。

 

 少しするとムカムカしてきた。

 

 間違いなく胸焼けだ。

 

 時間が経つにつれて吐き気は強まっていく。

 

 高いものを食ったんだ、吐いてたまるか!

 

 宿に戻った俺は吐き気と激しい攻防を繰り広げる。

 

 吐き気はお前には負けたよとばかりに引き下がる時があるが、しかし少し時間が経つと再び襲いにくる。

 

 俺はその一撃を耐え、吐き気の勢いが弱まるのを待つ。

 

 高い金出して食った肉を吐くわけにはいかない。

 

 ベッドに横になり、なるべく動かないようにすることで吐き気を押さえる。

 

 ところが今回の吐き気は過去最大級で、数々の大物を倒してきた俺でも勝機を失いかけている。

 

 な、何て奴なんだ。

 

 ここまで、ここまで強いなんて……。

 

 この圧倒的な無力感。

 

 楽な方に流れてしまいたくなるほどだ。

 

 ……吐けば、楽になるのか。

 

 ば、ばか! 何弱気になってるんだ!

 

 ステーキの代金を思い出せ。

 

 五万、五万だぞ!

 

 そんなに高いものを食べておきながら吐くなんてもったいないことをするのか?

 

 そりゃ、あんなに酷かった二日酔いの次の日に脂っこいステーキを食べて胃は大丈夫なのかとか思ったりしたけども、我ながら消化に優しいものを食べればよかったなあとか思ってるけども!

 

 だけど俺は魔王を筆頭に多くの強敵を葬ってきた伝説的冒険者……佐藤和真だ。

 

 たかが、吐き気に負けるわけがない。

 

「ふっ、ふう……」

 

 いけない、これはいけない、

 

 吐き気はあろうことか尿意と手を組んだ。

 

 いくら俺が最強の冒険者……とは言っても、迫り来る尿意を追い払うことはできない。

 

 しかし、今トイレに行けば俺は……。

 

 だが、万が一にもお漏らしでもしようものなら。

 

 お漏らししたと知られれば、それこそ五万エリスの損失? 損害では済まないわけで。

 

 この宿屋も長い付き合いだ。

 

 迷惑はかけたくない。

 

 俺の名は佐藤和真。

 

 五万エリスぽっちで騒がない男だ。

 

 トイレまで来た俺は手始めに口からクリエイトウォーターを出した。

 

 全て出し切る。

 

「はあ、はあ……うぅ、五万エリス……」

 

 もうお腹に五万エリスはないのに、吐き気はあり、便器からはなれられない。

 

 結局、この日も一日無駄にした。

 

 

 

 三日後、俺は完全復活した。

 

 ちゃんと胃に優しいものをとり、その間酒は一滴も飲まず。

 

 健康って素晴らしい。

 

 こんなにも体が軽いなんて……。

 

 もう何も怖くない!

 

 軽い足取りで俺は冒険者ギルドに来て。

 

「カズマカズマ」

 

「カズマだよ」

 

「今ギルドのお姉さんから聞いたのですが、何と魔王の幹部バニルがキールのダンジョン付近で目撃されたみたいです」

 

 もうそんな時期か。

 

 俺の世界でも今ぐらいにバニルと会ったな。

 

 そういえばキールはどうなってるんだ? 俺の世界だとアクアが珍しく女神して浄化したけど、こっちは何もやってないよな。

 

「キールのダンジョンにはリッチーとなったキールがいたんだけど、王都から来たアークプリースト達によって倒されたのよ。それで問題が解決したと思ったらバニルよ。ルナさんとか泣きそうになってたわよ」

 

「そうだろうな」

 

 リッチーはかなりの大物だ。

 

 それが片付いて懸念がなくなったのに、幹部が来たのでは状況は変わっていない。

 

 それにしてもキールがいなくなってすぐにバニルか……、何か引っかかるな。

 

「ギルドも大変だな。ま、王都からまた誰か来て倒してくれるだろ」

 

「カズマ」

 

「んー。久しぶりに何かクエスト請けようかな。一撃熊でもやるか?」

 

「カズマさん、あのね」

 

「おっ、今日のゆんゆんはいつもに増して可愛いな」

 

「カズマ、バニル討伐を依頼されている」

 

「バニル討伐にいらないとされている? よかったあ、これでゆっくり酒が飲めるぜ」

 

「現実を見て下さい。私達が退治するんですよ!」

 

「嫌だあ! ついこの間マクス倒したばっかじゃねえか! 俺達運悪かったら死んでたんだぞ! 爆発魔法とかとんでもないの使われたんだぞ!」

 

 おかしい、おかしいって、絶対におかしい。

 

 ベルディア、デストロイヤー、マクスウェル。

 

 こいつら滅茶苦茶強いんだからな。

 

 それなのに俺達みたいなぽんこつパーティーが倒してるんだぞ。

 

 それって色々おかしいよ。

 

 で、そこにバニルも加えるんだぞ。頭がぶっ壊れてるんじゃねえのか? それって。

 

 ていうか、どうせめぐみんの爆裂魔法で倒すんだから、俺はいなくてもいいじゃん。

 

「めぐみん、お前の爆裂魔法で倒してこい」

 

「やはり言いましたよ。倒すのは構いませんが、カズマも一緒に行きますよ」

 

「めぐみん、唯一の取り柄の爆裂魔法で倒してこい」

 

「唯一!? 今唯一と言いましたか! 何の取り柄もないだめ男よりはマシですよ」

 

「だめ男!? お前は俺と出会わなかったらどん底人生歩んでたちんちくりんだろうが!」

 

「何をー! あれは時期が悪かっただけで、もう少ししたら凄く強い人とパーティー組めてましたよ! ええ! カズマと違ってセクハラしないし、イケメンの勇者様みたいな人とね!」

 

「それ見たことか! これだから女は! イケメンしか頭にないのか!? そんなに言うなら強いイケメンと組めばいいだろ! こんなパーティー、抜けてやる!」

 

 めぐみんに背を向けて、逃亡を図る俺の前にゆんゆんが立ちはだかる。

 

「行かせないからね。喧嘩したって感じにしても駄目よ」

 

「ゆんゆん! カズマなんか引き止めないでいいんですよ! どこへでも行けばいいんです!」

 

「ちょっとめぐみん! どうして本気になってるのよ! カズマさん逃げようとしてるだけだから」

 

「どけ、ゆんゆん! どかないなら……、全裸で床に転がることになるぞ!」

 

「ひっ!」

 

 俺が右手を前に出すと、ゆんゆんは恐怖で顔をひきつらせて逃げた。

 

 マジの反応だったんだけど。そんなに俺って危ないかね。

 

 いや、今はそんなことはいいんだ。今はギルドから逃げて、バニルとの対決を避けないと。

 

 俺はギルドから出て、

 

「誰かあの男を捕まえろ! 捕まえた者には一千万エリス払う!」

 

「「「うおおおおおお!」」」

 

 ダクネスが金で冒険者を動かしているのを聞いた。一千万エリスって本気じゃねえか……。

 

 しかし、そんなことをしても無駄だ。

 

 潜伏、敵感知、逃走、逃げるのに必要なものを俺は持っている。簡単に捕まえられると思ったら大間違いだ。

 

 アクセルの冒険者なんかじゃ捕まえることはできない。隠れる場所なんていくらでもあるんだ。

 

 しばらく走り、裏路地に行き、ものの陰に隠れる。

 

 正面からは見えず、横から覗かないと見つからないので、しばらくは時間が稼げそうだ。

 

 そこに潜伏ですよ。これでますます発見が困難になり、俺の身の安全は保証されるというもの!

 

 この魔王すら倒した俺に隙などない。

 

 

 

 

 次の日。

 

「は、はなせえ! 俺はもう戦いたくないんだ!」

 

「いいから来いよ」

 

「いやあ、読み通りだったな」

 

 サキュバスの店に行こうとしたら、待ち伏せしていたダストとキースとテイラーに捕まった。

 

 まさか、こいつらに捕まるなんて……。

 

「少し静かにしろ」

 

 テイラーは俺の口に布を当てて、布の端を頭に回してきゅっと結んだ。これでは喋れない。

 

 こんな、こんな奴らに捕まるなんて……。こんなの生き恥みたいなものだ。

 

 行きたくない。ギルドに行きたくない。こいつらに捕まったなんて知られたら、俺の評判はがた落ちだ。

 

 何とかして逃げたいが、後ろはテイラーに塞がれ、左右の腕はダストとキースにしっかり掴まれている。

 

 こいつらの力は俺より上だ。そもそも俺は高レベルとは言っても、そこまでステータスは高くない。

 

 自分で言うのも悲しくなるほどのステータスだ。

 

 元の世界のめぐみんの筋力に負ける程度のもので、アークウィザードにも勝てないというのはそれだけで筋力の低さを証明してるもんだ。

 

 俺は優れた頭脳で作戦を立て、敵の弱点を突くタイプだ。力が弱いのは当たり前だ。

 

 もはやどうにもならない。

 

 買収しようにも、口に巻かれた布のせいで上手く喋られないため、どうしようもない。

 

 そうこうしてる内にギルドが見えてきた。

 

 ギルドに連れていかれ、ダクネス達の前につき出される。

 

 仲間達の視線はとても痛く、冷たい。

 

 まるでバニルとの戦いから逃げたのを責めているような目をしている。だけど、俺みたいに特別なものを持っていない男には荷が重い。

 

 巻かれていた布は外された。

 

「お金いっぱいあるんだから危ない橋渡るのやめようぜ」

 

「おいやめろ。犯罪を犯すような言い方はやめろ」

 

「何で逃げるのよ。バニルが相手でも、いつもみたいに倒せるわよ」

 

「わざわざ危険な真似はしなくていいだろ。大体何で俺達なんだよ? もっと強いパーティーがいるだろ」

 

「それこそ私達が最も活躍しているからでしょう。幹部、デストロイヤー、大悪魔、これらを次々と倒していった我々に要請が来るのもある意味当然でしょう」

 

「だからってなあ……。マクスは動き封じてなんとかなったけど、バニルは大悪魔で幹部だぞ。全てを見通す悪魔だぞ。勝てるわけない」

 

 それにバニルとは戦いたくない。

 

 全てを見通されて、俺の秘密を暴露されては困る。

 

 あいつはそういうことをやってくる奴だ。そんなことをされたら最後、俺はこの街にいられなくなり、魔王討伐は諦めるしかない。

 

 そうなれば元の世界のあいつらに二度と会えない。それはつまり…………、つまり平和に生きていけるってことじゃないか? なーんだ、困ることなんか何もないな。

 

「もしかしたら、これが俺達の最後の戦いになるかもな。めぐみん、ゆんゆん、ダクネス、お前達と一緒に過ごした日々は俺の宝物だ」

 

「なあ、何でそんな優しい顔をしているんだ?」

 

「まるで本当に最後の戦いに挑む人みたいだからやめて! これからもずっと一緒に戦うんだから!」

 

「いったいどうなったらそういう考えになったのか聞きたいのですが」

 

「大丈夫だ。お前達ならすぐにいい奴を見つけて、魔王も倒すだろう。お前らは俺が知る限り最高の冒険者だ」

 

 この三人ならたくましく生きていける。

 

 俺みたいなレベルだけの冒険者にはもったいない。

 

 こいつらには可能性がある。その可能性を広げるためにももっと凄い奴と組んで、上を目指すべきだ。

 

「ギルドの中を見ろ。俺より強い冒険者は山ほどいるんだ。お前達三人と組んでくれる奴はごまんといるさ。なあ、みんな!」

 

 誰も俺達を見なかった。

 

 見てはいけないという雰囲気がギルドの中を支配している。

 

 おかしい、実におかしい。

 

 こいつらはこの街でかなり活躍している部類に入るのに、どうして誰も見ないのだろうか。

 

 俺が知る範囲では問題はあるけど、こうなるほどではないはずなのだが。

 

 見てくれだっていい。

 

 何が起きているというのか。

 

「カズマさん、私達は何回か他の人に頼まれて一緒に依頼を請けたことかあるの」

 

「そうか。お前らは実力はあるしな。上級、爆裂、耐久、全てが最高レベルだし、頼まれたりするよな」

 

 どうしてだろう。アクア達と組んで泣いたダストが思い出されるのは。

 

 こいつらはいったい何をやったのだろうか。

 

 三人は何も話さない。だけど、それだけで想像できてしまう。

 

 ところ構わず爆裂魔法を撃ち込む頭のおかしい娘、嬉しさのあまり睨み付けるぼっち、敵の集団に飛び込む変態。

 

 ギルドの職員が俺をじっと見ているのは、彼女達との解散は許さないと伝えるためだろう。

 

 えっ? 俺の知らないところで何やったの。

 

「お前ら、マジか……」

 

「ふっ。我々にはカズマしかいないということですよ」

 

「そ、そうね。私達を引っ張ることができるのはリーダーのカズマさんだけなのよ」

 

「誰からも必要とされない私達には、数々の大物を倒してきたお前しかいないということだ。さあ、共にバニルと戦おう」

 

 こいつらの言葉がこんなにも嬉しくないのは何故だろうか。

 

 聞けば聞くほど重くなってくる。

 

「はあ……」

 

 魔王より強いかもしれないバニルと戦うのか。

 

 めぐみんの爆裂魔法を撃ち込めば勝てるだろうけど、今回ばかりは分が悪すぎる。

 

 バニルのことを知っているというのを見抜かれてしまえば、相手もそれに応じた作戦を立てられるということだ。

 

 つまり今回に限定して言えば、俺の知識は勝率を下げる要因になる。

 

 それに倒したとしても残機があるからという理由で普通に復活するし。

 

 おそらくこの世で最も倒しがいのない相手だ。

 

 バニルとの戦いを前にして気合い十分といった様子の三人を見て、そもそも勝ち目があるのか疑問に思えた。




戦闘が絡むと一万文字超えやすいので、短めにしました。
それにバニルを出すわけですから、あの結構濃いキャラなら会話も多くなるでしょうし。
ゆんゆんとバニルの初遭遇か……友達っていいよね


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第七話 もしかして最強の敵? 後編

原作も結構前に新しいのが出ましたね。
バツネスをママと呼ぶ謎の幼女。
同じぐらいにダストを主役にしたものも出ましたね。
やはりダストは例の人で?

はやくアニメでアイリス見たいね。

あと今回から行間詰めていこうと思います。


 俺達はキールのダンジョンに向かっていた。

 確実に魔王より強いバニルさんと戦うためだ。

 普通に考えてあいつに勝てる見込みはない。

 というか、あいつは倒しても残機とかいうふざけたものを持ってるので、倒すとかそれ以前の問題だ。

 みんなは俺がいれば勝てるとか言ってたけど、むしろ俺の何を見てそう思ったのか問い質したい。

 もしかしてベルディアとか色んなの倒したから、バニルもいけると勘違いしたんだろうか。

 それはよくない。

 大体そういう時って、ぼっこぼこにやられたりするもんだ。で、そんな……私達の力が、とか言ったりする。

 

「ふう……。バニルか……」

「まだ嫌がるんですか?」

「見通す悪魔だからなあ。こっちの考えを見抜かれたりして思わぬ反撃もらいそうだし」

「そこは怖いけど、でも今までもやれたからいけるわよ」

 

 ゆんゆんの仲間を信じるその顔を見て、俺はこれ完全にぼっこぼこにやられるフラグじゃね? と思ったり思わなかったり。

 それにしても二回連続で大悪魔と戦うパーティーって、俺達ぐらいなもんじゃないか? もしかしたら史上初だぞ。

 まあ、ゆんゆんがマクスのことを知らなきゃ俺達は上位悪魔と勘違いしてたが。

 何でゆんゆん知って、た……まさか。

 

「話は変わるけど、ゆんゆんは何でマクスウェルのこと知ってたんだ?」

「えっ!? そ、それは里にいた時にどこかで読んで覚えてただけで、それだけよ!」

「ゆんゆん、まさかとは思うが、マクスの力でぼっち生活を変えようとはしてないよな?」

「そ、そんなわけないじゃない! 友達いない事実を変えたりしようと思ったことはあるけど! でも、儀式は直前でやめたわ!」

「やろうとしたんですか……。何てあほなんでしょうか」

「まあ、途中でやめたなら、な? それに今は私達がいる。ゆんゆんを一人にはしないさ」

「ダクネスさんの優しさが痛い! 私だって、私だって友達がいたらあんなばかなこと考えないわよ!」

 

 友達欲しさに大悪魔を呼び出そうとしたぼっちには明日から少し優しくしよう。

 

「友達と言えば、ゆんゆんはダストと友達なんだよな?」

「ねえ、待って。それはいくらなんでも酷いと思うわ。私にも友達を選ぶ権利ぐらいあるんだけど」

「でも、あいつと一緒にいるの目撃されたりしてるし。……ゆんゆんみたいなのは、ああいうのに言いくるめられて、最終的にビッチになるんだよ」

「ぼっちからビッチにジョブチェンジですか……。そうなったら私はどうしたらいいのでしょう」

「待って。いくら私でもダストさんだけはないから! それならまだカズマさんに騙される方がまだまし……?」

 

 まるで究極の選択とばかりにゆんゆんは真っ青な顔で悩んだ。それは俺に失礼だと思う。あんなチンピラと善良な市民を比べたらいけない。

 そりゃあ鬼畜のカズマさんと言われたりするけど、それは全部誤解であって、本当の俺は善良な市民だ。

 

「大体お前達の尻拭いは俺がしてるんだぞ。例えばめぐみん、お前だ」

「ほう。私が何をしたか言ってみるといいですよ。それがすぐに間違いだと教えてあげましょう」

「爆裂魔法のせいで狩りに支障が出てるので何とかして下さい。名前をからかわれて暴れた紅魔族を何とかして下さい」

「過去は……振り返らないものなんですよ」

「お前、俺が謝りに出てるんだからな。ダクネスはわりと問題ないけど、性癖を何とかしてくれとクレームは来てるな」

「性癖は仕方ない。性癖を隠せ云々は呼吸をするなと言ってるものだ」

「お前のは普通の下ネタよりえぐいから問題なんだよ。子供が聞いたら泣いちゃうからな」

「ああ……、確かにダクネスのあれは仲間の私でも青ざめる時がありますからね」

 

 思い出しためぐみんが遠い目をした。

 時々ダスティネス家のためにも、ダクネスをどっかの家に嫁に出した方がいいんじゃないかと思う。そうすればダクネスも少しは落ち着きを持つ……、持てるかなあ?

 どうやっても手遅れなんじゃないか?

 ダスティネス家の今後を心配していると、ゆんゆんに聞かれた。

 

「私は何もないの? それならめぐみんより上ってことになるわね」

「むっ! あなたみたいなのが何の問題もないとかあり得ませんから! さあカズマ、現実を突きつけて下さい!」

「ゆんゆんか……。ゆんゆんはなあ……、うん」

「ねえ、何でそんな顔になるの? ねえ、どうしてよ!?」

「確かに苦情はないんだよ。ないんだけど、俺と契約してアークウィザードになってくれないかな、どうやってパパって呼ばせようか、友達を口実にデートしてムフフ、とかそういうのが多くてなあ……」

「……」

 

 クレームより酷い欲望の塊発言にゆんゆんは言葉を失い、顔は引きつらせた。

 陰で何を言われてるか知ったゆんゆんは俯いて、とぼとぼと歩く。

 もしかしたらチンピラに絡まれてる方がまだましなんじゃないかと思うレベルだ。

 何と言うか、ゆんゆんはどうして変なのばかり引き寄せるのだろうか。この子にまともな友達ができる日が来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 ゆんゆんが暗いまま、問題のキールのダンジョンに到着した。

 記憶が確かなら、小さいバニルがいるはずだが。

 

「あれは何でしょうか?」

 

 ダンジョンの入り口から小さなバニルが出てきている。触れたら爆発するとんでもない人形だ。

 硬いことで有名なダクネスなら余裕で耐えられるが、俺達三人はきついものがある。

 

「あれは爆発するからな。ダクネス、お前盾になって進め」

「爆発? 何だその素敵仕様は。よし、早速楽しんでくる!」

「いや、楽しむなよ!」

 

 人形の前に飛び出るダクネスに俺は突っ込むが、もう遅い。

 人形は次々と飛び付いて爆発する。キールダンジョンにいる弱いモンスターを退治するのが目的でつくられた人形なのでそこまで爆発力はない。

 しかし、滅多に味わえない爆発を思う存分堪能できるからなのか、ダクネスは輝いた笑顔を俺達に見せていた。ばかか、あいつは。

 でもまあ、ダクネスのおかげで入り口周辺の人形は一掃? できた。

 

「俺とダクネスでダンジョンの中を調べてくるから、お前らは見張っててくれ」

「わかりました」

「気を付けてね」

 

 さーて、バニルに会いに行きますか。

 ダクネスと共にダンジョンに入り、人形を全て押しつけて、記憶にある通りに進む。

 そこまではもう経験したことをそのままなので、問題なくバニルのところまで行けた。

 

「むっ? 人間が何故ここに?」

「とりあえずその人形は迷惑だからやめてくれ。ダンジョンの外まで出てきてるんだよ」

「ダンジョン内のモンスターを倒すためにつくってたが、どうやら終わっていたようだな。なら、これはもうつくる必要もなかろうて」

 

 バニルは立ち上がり、俺達を、いや、俺をじっと見つめて……。

 

「ふっはははは! これは、これは何ということだ! 長く生きてきた我輩であるが、小僧、お前のような面白い人間ははじめてかもしれぬ。ふむふむ。なるほどな。実に面白い。ある意味では我輩よりも世界に詳しいのか」

「だからお前と会いたくなかったんだよ……」

「そう落ち込むな。故郷に帰れば、自分に好意を寄せてる娘達が寂しさから簡単にヤらせてくれるのではないかと期待してる男よ」

「やめろ! そんな嘘吐くんじゃねえ! な、何だよその目は。ダクネス、お前まさか信じてんのか!? 俺があいつの言ってること思ってるって!」

 

 ダクネスがごみを見るような目を向けてくる。

 くそお。あいつのせいで俺の秘めたる思いが明かされてしまった。こういうのがあるから戦いたくないんだよ。

 

「ふむ。中々の悪感情だ」

 

 勝てる気がしない。魔王と戦う方が楽なんじゃないかと思うほどに勝てる気がしない。

 こいつのペースを崩すには貧乏店主のスーパー浪費タイムか狂犬女神をぶつけるしかない。しかし、今はどちらも使えない。

 仕方ない。この戦いが終わったらあいつが苦労するように、ウィズの仕入れセンスを褒めまくろう。

 

「おい、危険なことを考えるでない。まだ話し合いの余地はある」

「話し合いって言ったって、何を話し合うんだよ」

「知っての通り、我輩は人間は殺さぬが信条でな。まあ、何だ、汝らが頑張って倒せばよい」

「他力本願かよ!」

「な、なあ、カズマ。さっきから何の話をしているんだ? お前とバニルは知り合いなのか?」

「最近腹筋が割れてきてるのを気にしてる娘よ、我輩はこの小僧とは初対面である」

「な、何で、そのことを……! いや、それこそが貴様の力とでもいうのか!?」

 

 ダクネスは顔を真っ赤にして慌てる。

 ちなみに俺も腹筋割れてるの知ってる。

 予想してた通り、バニルにいいようにされていた。

 この悪魔を倒すなんて本当にムリゲーなんじゃなかろうか。

 こいつをこのダンジョンで活動させて、アクシズ教徒をけしかけるか。

 

「だから、危ない考えはやめろと言うに。アクシズ教徒みたいな危険物を寄越そうとするな」

「お前でもアクシズ教徒は無理なのか……」

「むしろ、あれを何とかできる者がいるのか? 悪魔にとって神は敵なので構わぬが、他宗教、特にエリス教に対する奴らの活動は、見るだけでも手遅れなものを感じさせる」

「「ああ……」」

 

 貧しい人に配るパンを全て盗み、教会に石を投げ込み、信者をばかにし、あまつさえエリス様を冒涜する連中だからな。

 ある意味では魔王軍と同じぐらい脅威的だ。

 関わりたくないランキングトップスリーにできるぐらい厄介な連中だ。

 

「なあ、本当にお前達は知り合いではないんだよな? 見てて、知り合いとしか思えないのだが」

「さっきも言ったが、我輩はこの小僧とは初対面だ。見通す力で汝より詳しいことはわかっているが。それこそ小僧が抱える秘密もな」

 

 意味深に語るバニルに、ダクネスは戸惑うように俺を見つめる。

 そんなダクネスに俺は、俺は。

 

「人間、秘密ぐらいあるだろ。ダクネスだって腹筋のこと隠してたろ? それと同じだ」

「腹筋言うなっ!」

「むう。そう簡単に切り抜けられてはつまらんな」

 

 これでもバニルとはそこそこ長い付き合いなので、少しぐらいは対処できる。

 つまらなそうにこちらを見ていたバニルだったが、

 

「では、上で待つネタ種族をからかいに行くとしよう。あっちは小僧のように我輩を知らぬからな」

「めぐみん達のところには行かせん!」

 

 ダクネスは剣を抜いて、バニルに斬りかかる。のはいいんだけど、当たり前のように外した。

 俺にとっては見慣れたものであり、何だったら安心さえ覚えてしまうほどだ。……俺も俺でもうだめかもしれない。

 

「めぐみん達のところには行かせん! キリッとした娘よ、中々いいこうげ、ぷっ……!」

「わ、笑うなあ!」

 

 思わず吹き出したバニルにダクネスは真っ赤な顔で怒鳴りつける。

 剣を構えて、もう一度攻撃しようとしているが、さっきみたいに盛大に外すのが怖いのか、中々踏み出そうとしない。

 バニルはふっと笑うと、俺達に背を向けて走り出した。

 慌てて追いかけるも、流石は魔王より強いかもしれないバニルさんと言われるだけのことはあって、俺達よりずっとはやい。

 追いつくのは無理だ。

 それでも限界を超えるほどに走って、何とか食いつく。

 ゆんゆんやめぐみんなんて、バニルからしたら絶好の獲物だ。

 バニルが入り口に到着し、俺達も遅れて到着した。

 めぐみんとゆんゆんの二人は俺達とは反対の場所にいて、バニルを挟むことはできた。

 俺達の間にいるというのに、バニルは焦り一つ見せず、余裕たっぷりの態度でめぐみんをじっと見つめた。

 

「これが魔王の幹部バニルですか。あの超絶格好いい仮面はほしいですね」

「ほう、この仮面のセンスがわかるとは。貴様中々の美的センスの持ち主のようだな」

「それはもう! この私の卓越したセンスは他の追随を許しませんよ」

「ふむふむ。そんな貴様は寝る前にはバストアップ体操なるものを実行し、最後は胸に手を当ててエクスプロージョンエクスプロージョンと言っているみたいだな」

「!?」

 

 めぐみんが恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯いた。両手で顔を隠しているのを見ると、怒る余裕もないらしい。

 やるな。

 あのめぐみんをここまで追い詰めるとは……。

 

「大丈夫だめぐみん! 俺達は気にしないから! これからも遠慮なくエクスプロージョンしていいぞ!」

「ばかにしてるんですか、あなたは!」

「まさか!」

 

 からかうネタが増えて嬉しいだけだ。

 バニルはこれこれとばかりに嬉しそうにしている。めぐみんの悪感情がよほどよかったらしい。

 次にゆんゆんを見て……、何故か目を背けた。

 

「まあ、何だ。強く生きろ」

「何なの!? どうしてそんなことを言うの!?」

「汝の未来は我輩でも目を背けたくなる」

「何を見たの!? 本当に私の何を見たの!?」

 

 あのバニルでさえ目を背けたくなるって相当な未来じゃないか?

 涙目で食い下がるゆんゆんにバニルは首を横に振るのみで、何も言おうとしない。本当にどんな未来見たんだよ。

 ゆんゆんは「もしかして、私、みんなに捨て……」と呟き、ありもしない未来に頭を抱えて怯えている。

 やっぱこうなるのか……。

 

「ええい! もう何も言わせるな!」

 

 ダクネスはバニルに斬りかかる。

 あいつの言う通り、もう何も言わせないように攻撃しまくろう。

 

「『カースド・ライトニング』」

 

 意外なことに一番ダメージを受けたであろうゆんゆんが攻撃に転じた。

 俺は三人に当たらない位置に移動し、バニルの仮面を狙撃する。

 めぐみんは敵の位置が悪いため、爆裂魔法を撃つことはできないが、杖は構えている。

 

「フッハハハハ! どうした! こんなものでは我輩は倒せぬぞ!」

 

 えっ?

 ダクネスの攻撃はともかく、何で俺とゆんゆんの攻撃をあんな簡単に避けてんの?

 ぶっ壊れ性能とは思ってたけど、ええー……。

 もしかしたら見通して、それで回避してるんだろうけど……、どうしたらいいの、これ。

 やっぱりここはダクネスに憑依させて、爆裂魔法を撃ち込むべきか。

 しかし、それにはバニルがうっかり憑依してやられちゃったてへぺろ展開が必要になる。

 笑いながら攻撃を避ける悪魔に俺達は必死になって攻撃する。

 ゆんゆんもいつも以上のはやさで上級魔法を使っている。呪われた未来を覆さんがために戦っているように見えた。

 そして……、

 

「はあっ!」

「ま、まさか、貴様に……見事だ……冒険者よ」

 

 バニルの体がダクネスの剣で切り裂かれる。

 やった本人は信じられなさそうにしていた。

 滅多に攻撃が当たらないから、いざ大物を切り裂くと困惑してしまうのか。

 そのダクネスにゆんゆんとめぐみんが飛びつく。

 

「やりましたね、ダクネス!」

「あの大悪魔を倒せましたよ!」

 

 前にも見た気がする光景に俺は頭痛を覚えた。

 あのバニルがこれぐらいで死ぬんなら、誰も苦労しない。

 地面に残された仮面の下に土が集まり――。

 

「フハハハハ! 本当に我輩を倒せたと思ったか? 残念! この体はあくまでも土くれでな。仮面が本体になるのだ」

「「「…………」」」

「これはまた美味な悪感情をありがとう。空振りクルセイダーよ、中々の一撃であったぞ」

「うわあああああああ!」

「フハハハハ! フハハハハ!」

 

 キレたダクネスが闇雲に剣を振り回す。

 ダクネスの剣をバニルは高笑いしながら避けてるふりをする。

 あのバニルでも避けるのがやっとで反撃できない、そんな風にしている。ダクネスのことを何も知らない第三者が見たら、きっとダクネスを優秀な騎士と思うことだろう。

 見事な煽りに俺は流石だと思った。

 煽られてる本人は怒りの形相で、顔を真っ赤にして必死に斬りかかっている。

 

「よもや、この我輩に反撃する機会を与えないとは……。貴様、ただ者ではないな!」

「そこまでよ!」

 

 煽り続けるバニルの背後をゆんゆんはとり。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

「なん、だと……。まさか、この我輩を二度も……」

「またやんのかよ!」

 

 ゆんゆんの魔法で切り裂かれ、死んだふりをしようとしたバニルの仮面に矢を放つ。それもあっさりとかわされ、バニルは楽しげに俺達を見る。

 もう何したら勝てるのかわからない。しかも、ここまで怒濤のように攻撃したものだから、息が上がってきた。

 まともに戦ったらこうなるのか……。

 

「カズマさんなら何とかしてくれると思ってるぼっちよ、その男でも無理なものは無理だ」

「それはわからないわよ! 鬼畜なことに関してはアクセルどころか世界一と呼ばれてるカズマさんよ! きっと何とかしてくれるわ!」

「ちょっと待て。誰が俺をそう言ってんだ? 毎回思うけど、誰が言ってるんだ?」

 

 とうとう世界に飛び出した俺だが、だからってバニルをどうこうできるわけじゃない。

 色々反則すぎて、何をしても無駄に思える。

 爆裂魔法を叩き込めれば勝てるんだが……。

 この悪魔をどうにかするには……。

 やはりウィズの仕入れセンスを徹底的に褒めて、アクシズ教徒を店に通わせるしかないな。

 

「おい。我輩に勝てぬからって危険な考えはやめろ。貴様はどうしてそんなに人が嫌がることをピンポイントで突いてくるのだ」

「安心しろ。アクシズ教徒はウィズが困るからやらん」

「センスを褒めるのもやめろ! 何なんだ貴様は!」

「勝てないならこうやって嫌がらせするだけだ」

 

 こいつがその気になれば、精神的に破綻しそうなのがうちのパーティーには四人もいるんだから、勝てる見込みがないっていうか。

 俺の嫌がらせに腹を立てたのか、それとも悪魔としてプライドを見せたのか、バニルは俺をびしっと指差して言った。

 

「魔王を倒したら故郷に帰る男よ」

 

 俺がずっと隠してきたことをばらしやがった。

 けど、何か続きがあるような口振りだな。

 これでなかったらその時はガラクタしか載ってないカタログをウィズに何冊も渡してやる。

 俺の脅し……、嫌がらせにバニルは動じず。

 

「もう一度我輩のことを思い出すがよい」

 

 こいつのこと?

 いつも人を変なことで追い込む悪魔らしい悪魔としか思えないが。

 だけど、バニルがそんなことを言ってきたのには理由があるはず。

 問題は何のために言ってきたかだけど……。

 思い出すしかないのか。

 最初から思い出そう。

 こいつは夢のためにダンジョンを欲しがってる。

 こいつがこのダンジョンに来たのは、魔王に調査を頼まれたのに気紛れを起こしたからだ。このダンジョンでもいいやと。

 ダンジョンを欲しがる理由の一つに破滅願望なんてものがあった。

 自分のつくったダンジョンに挑んだ凄腕冒険者が、各部屋の手強い敵を倒し、最後にはバニル本人も倒す。褒美として現れた宝箱を期待しながら開く。しかし、中身はスカという紙。それを手にした時の冒険者の悪感情を食しながら滅びたいという迷惑なものだ。

 他に知ってるのはなんちゃって幹部ということ。

 で、その幹部をやめたがっていた。

 それぐらいしか知らないが……。

 もしかして倒されようとしているのか? まあ、倒されないとウィズのところで働けないからな。それならさっさと倒されてくれればいいものを。

 待て、こいつは得をするように動く。

 倒されれば当然残機は減る。その残機だって貴重なものだ。

 多分こいつは残機に釣り合うものを要求してる。

 つまり……、俺の体だ。

 

「そんなわけなかろうが!」

 

 バニルが怒鳴り散らした。

 凄くキレのある突っ込みでもあった。

 バニルがあまりにも突然に怒鳴るものだから、三人はビクッと体が跳ねるほど驚いた。

 気に障ったのか、バニルは俺を睨みつけている。

 冗談は置いて、あいつの要求してるものは何となくわかる。

 それは、俺の知識だ。

 あの野郎、倒されてやる代わりに無料で寄越せと言ってやがる。

 まさか、全て要求してんのか?

 

「うむ」

 

 こいつ!

 まさかの全部要求とか何言ってくれてんの!?

 あっ。

 キールが浄化されたのも、こいつが手を回したんじゃないのか?

 やけにタイミングがいいし。

 バニルは腕を組んで笑みを浮かべている。

 俺が条件を飲むと思っている感じだ。

 莫大な金になるものを全て明け渡すなど……。それこそ俺の持ってる財産と同じか、それ以上の価値があるものだぞ。

 

「汝、故郷にお兄様と呼んでくれる者がいる男よ」

 

 ……ああ。

 俺に選択権はなかったんだ。

 ここでバニルを倒さないと、アイリスに会う機会が失われる。

 最初から手のひらの上にいたんだ。

 バニルは右手を起こして、顎を触っている。

 小さな笑みを浮かべて俺を見ている。それは俺の葛藤を楽しんでるみたいで、あと今までの仕返しができて喜んでるようで。

 歯をぎりぎりと鳴らして、悪魔を睨みつける。

 俺の、俺の知的財産がこんな形で奪われるなんて。

 ……待てよ?

 まさかとは思うが、こいつ、ウィズに話を聞いた時から全部計画してたのか?

 ……何て恐ろしい奴なんだ。

 バニル討伐の報酬があるから、傷は浅くできるが……、くそお! 俺何も悪いことしてないのに!

 おかしい!

 こんなのおかしい! 間違ってる!

 地面を両手で叩いて、バニルを睨む。今なら血の涙が流れてても不思議じゃない!

 

「な、何が起こってるの?」

「わからん。よくわからないのだが、私はあの二人は知り合いではないかと考えてる。そうでないと色々おかしい」

「ま、まさか、カズマは魔王軍と繋がってる、そう言いたいのですか?」

「いや、それはないだろ。それならベルディアを嬉々として倒す理由がない」

「ふむ。何度も言ってるが、我輩は小僧とは初対面である。わかったら何度も同じことを言わせるでない。小僧に凄いことされたいと思ってる腹筋クルセイダーよ」

「貴様ああああああああ!!」

 

 ダクネスが顔を真っ赤にして斬りかかる。

 バニルは退屈そうに欠伸をして、攻撃を見ない。

 一歩も動かないバニルに攻撃を当てられず、それでもと次々攻撃するが、掠りすらしない。

 バニルは笑みを浮かべながら、手をぽんと叩いて煽る。

 

「ふむ。何であったか……。ああ、そうだ。騎士は守るべき者や弱き者に刃を向けないだったな。もしかして素振りをするのは、我輩がどちらかだからか?」

「あああああああああああああああああ!!」

 

 ダクネスが怒りの叫びを上げて、今まで以上に剣を振るが、悲しいほどに当たらない。

 バニルは何も起きてないかのようにのんびりとめぐみんに向き直る。

 エクスプロージョンのことを思い出したのか、めぐみんの表情は強張る。

 

「むう……。ネタ魔法並みのネタてんこ盛り娘め。どれにするか迷うではないか」

「てんこ盛りって何ですか! 私は常に至極真面目に生きてます!」

「なお悪いわ。妹にたかってたニートめ」

「たたたたたたかってませんから! ちゃんと仕事して、してましたから!」

 

 紅魔族随一の天才の意外な過去が明らかになった。

 あいつニートだったのか……。

 こめっこって小さかったよな? あいつがアクセルに来る前のことだから、それで考えると……、見事な穀潰しだな。

 しかし、こめっこもこめっこでどこからご飯を……。いや、あの子はあの子でかなりたくましい。それこそ姉よりたくましいかも。

 ニートが何か色々言っているが、その都度ゆんゆんに突っ込みを入れられていた。それにめぐみんは怒鳴り返してた。

 と、ここでダクネスの動きが止まる。

 

「やっと疲れたか、脳筋クルセイダーよ。それにしてもここまで当たらないとは……、逆に見事である」

 

 俺もそう思う。

 めぐみんをからかってる間もダクネスはずっと攻撃してた。素振りしてんのかと思うぐらい外してたけど。

 ダクネスは剣が振れなくなるほど疲れ、剣を支えにして休んでいる。

 バニルを自力で倒すのは諦めて、要求を飲んでしまおうか。

 考えを変えるんだ。アイリスに会うために知的財産を差し出したと思えばいい。

 別に……、討伐報酬は手に入るし? アイリスと会えるし? く、悔しくねえし……。

 

「わかったよ。俺の大事なものやるよ、もう……」

「カズマさんの」

「大事なもの?」

「「「…………体か!」」」

「「違うわ! このむっつりスケベどもが!」」

 

 何言ってんだこいつら。

 基本性能に難ありなのに、とうとう頭まで腐りやがったか……。

 

「む、むっつりスケベとは何ですか! 紛らわしい言い方をする方がいけないんですよ!」

「そうだそうだ!」

「むっつりスケベじゃないわよ!」

「やかましいわ! 夜な夜な誰かさんでいかがわしい妄想してる娘達よ、少し静かにしておれ」

「「「わあああああああああああ!!」」」

「な、何をする、やめろ!」

 

 誰かさんでいかがわしい妄想? まさか三人とも……、いや、待て、佐藤和真。これは罠だ。バニルが仕掛けた巧妙な罠だ。

 考えてもみろ。元の世界でももっと先になってめぐみんとダクネスに好かれたんだぞ。それなのにこんなはやくから三人に好かれるなんてあり得るか?

 つまり、この三人は他の男で妄想してる。相手は誰か知らないが、俺よりもはやくに三人を攻略した奴がいたのだ。

 何て、ことだ……。

 そうとも知らずに俺はこいつらとパーティーを組んでたのか。

 もしかしたら陰で俺のことをせせら笑っているんじゃないか? もしそうなら俺立ち直れないぞ。

 気になるのは相手だ。ひょっとしたら三人とも既にいただかれているんじゃないのか?

 ご馳走さまされてんじゃないのか?

 

「何てことだ! 三人とも男をつくってたとは。相手は誰なんだよ! ダストか、ダストなのか!?」

 

 あのチンピラなら三人を言葉巧みに騙してもおかしくはない。こいつらを利用して、俺から全財産巻き上げるつもりなんだ!

 今にも泣きそうになるが、俺はぐっと堪えて三人を見て、小便ちびりそうになった。

 何故か三人とも俺に怒りの眼差しを向けている。

 

「わ、悪かった。流石にダストは言いすぎた。そうだよな、お前らならもっといい男捕まえられ、る?」

 

 よく考えたら問題しかない三人と付き合おうとする男なんかいるのか?

 ゆんゆんはまだ良識あるけど、トランプとかの一人遊びは世界一認定されかねないほど極めてるし……。

 俺は三人を見て、わかった。

 男ができてるわけじゃない。

 

「片想いか。相手は貴族か? イケメンか? くそ、だから世の中クソゲーなんだよ!」

 

 人が必死になって頑張ってるのに、イケメンは横から持っていく。外見は大事だけどさ、でも俺は中身を重視するから。

 散々苦労させられた俺は中身の大切さをよくわかっている。外見で決めるような奴は苦労して泣けばいい。

 悔しくねえし!

 

「予想してないところからの悪感情、これもまた美味である。このまま味わいたいところではあるが、そろそろ幕引きとしよう」

「幕引き?」

「うむ。我輩は魔王に頼まれ、ベルディアを倒したのは誰か調べるためにこの地へ来た。先ほど脳筋クルセイダーが誰が倒したか教えてくれたし、もう十分であろう。……そこの小僧を手土産に帰るとしよう」

 

 バニルは仮面を手に取り、

 

「仮面の下はそんな顔だったのか!」

「カズマ、お前はどこに興味を持ってるんだ! こいつは何かをしようとしてるんだぞ!」

 

 バニルから俺を守るためにか、ダクネスは俺の隣に来て剣を構える。

 それを見て、つい思った。

 どうせ当てられないんだから、剣は構えなくてもいいよと。

 言わなかったのは我ながら偉いと思う。

 

「貧弱な体に憑依するのは我ながらリスキーであるが、まあぽんこつ娘三人なら何とかなろう」

 

 俺に向かって仮面を投げてきた。

 そして、それは俺を庇って前に出たダクネスに当たった。

 俺はさりげなくダクネスとバニルから距離をとり、様子を見る。

 憑依したバニルは体を震わせながら笑う。

 

「くっくっく……。小僧が貴様らを守るために命を差し出し」

「!? カズマがいつ……、まさかさっきの大事なものとは!?」

「うむ。その通りである。小僧が」

「これだから悪魔は信用できないのよ! 人の魂を奪うことしか頭にないんだわ!」

「くっく(めぐみん! 爆裂魔法を撃て!)」

「いくらダクネスでも爆裂魔法を受けたら!」

「それを聞いて我(構わん、撃て!)何、我輩のし」

「ダクネスさんが押さえてる。撃つなら今だけど……でも!」

「貴様らにで(信じろ。どんな攻撃にも耐えてきた私を)やれるもの」

「やれ、めぐみん! 仲間を信じろ!」

「やかましいわ! ええい、さっきから我輩の言葉を遮りおって……。爆裂魔法が撃たれると知って、我輩が黙ってると思ったか?」

 

 不機嫌そうにしながらも、流れを守っている。悪役っぽく笑いながら、仮面に手をかける。

 何だかんだでノリノリだ。

 長く生きた悪魔だけあって、演技は上手い。

 

「(させるかっ!)むっ。我が支配をまたしても上回るとは……。だが、支配に抗えば抗うほど激痛は、んっ? 待て、貴様どうして喜んでいる? (この私が痛みなどに屈すると思ったか? これほどの痛みはむしろご褒美だ! ばかめ!)ばかは貴様だ! ……世の中には貴様のような変態がいるのは知っているが、まさかここまで手遅れのド変態がいようとはな(私は手遅れでもド変態でもない! 誇り高い騎士だ!!)貴様のような騎士がいるわけなかろうが! 貴様はただの変態だ! (ふっ。そんなことを言われても私は、私は何ともないぞ!)くうう、何をしても喜びおって……」

 

 あっ、バニルが心底疲れた声を出した。

 そういえば憑依されたら激痛走るんだったな。その激痛はダクネスが大好物とするものだ。

 支配に抗えば、強い快感、じゃなくて激痛をもらえると知ったら、更に抗うことだろう。

 バニル特効兵器が誕生した瞬間である。

 

「(めぐみん、私を信じて撃て!)き、貴様、…………何を楽しみにしておる!! (撃て! めぐみん!)」

「……わかりました。私はダクネスを信じます」

 

 めぐみんが決意した。ダクネスを見据え、杖を構えて詠唱を開始した。

 バニルは動こうとするも、ダクネスが邪魔をしているのかその場から動けない。

 俺にはそれが演技なのか本気なのかわからない。

 どちらもあり得るだけに、断言ができない。

 

「ま、まさか、この我輩が、こ、こんな変態に……!」

 

 どうやらマジでバニルの支配に勝っているみたいだ。ダクネスの凄いのか凄くないのかよくわからない精神力に、バニルは悔しそうにする。

 何もかも自分の思い通りになるはずが、ダクネスの驚異的精神力によってぶち壊された。

 俺も勝てるとは思ってなかっただけに、このまさかの展開に胸がすっとなる。

 よっしゃあああああ!

 ざまあみろ!!

 

「こ、こんなことで! 我輩が負けるなど!」

「『エクスプロージョン』!」

 

 爆裂魔法が撃ち込まれる。

 轟音が駆け抜け、爆発が起きる。

 爆風で吹き飛ばされそうになるが、足に力を込めて耐える。

 爆裂魔法はダクネスとバニルの両者を飲み込んだ。

 爆風が晴れる。

 俺はダクネスの下に駆けつける。そばには砕けた仮面がある。

 辛そうに呼吸をするダクネスにヒールを何度もかける。本職に比べたら大したことないが、少しでも楽にしたい。

 ゆんゆんがめぐみんを背負って来たので、魔力を結構もらい、テレポートでアクセルに戻った。




猫って吐く生き物なんですよ。
で、見てると「あっ、こいつ吐くな」ってわかります。
猫可愛いです。
爆炎(誤字)のちょむすけも可愛い。
漫画だと、パンチラ、胸揺れ多いような気がする。
気のせいですかね?



あえて七話には触れない←


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第八話 三人をからかったらカウンターを受けた

どうも。
最近風邪を引いたり、財布を落としたりと不幸が続いてる緋色です。


 何とかバニルを討伐し、アクセルに平和を取り戻したわけだが……。

 俺は窮屈な思いをしていた。

 というのも、俺とバニルが知り合いなのではと疑いを持った、見た目だけは完璧な仲間達が俺を監視しているのだ。

 あいつらからしたら監視ではないかもしれないが、俺からしたら監視だ、プライバシーの侵害だ、濡れ衣だ。

 どうもこれまでの俺の輝かしい活躍も何か裏があるのではと疑っているようで、それに関しては元の世界のダクネスとめぐみんのせいだよ。

 俺悪くねえよ。

 はあ……。

 俺は欠伸をして、周りを見る。

 すると例のおばか三人が俺をつけていたようで、道に置かれた大きな看板に隠れた。

 俺は気づかないふりをして歩き出す。

 

「あ、危なかったー……」

「もう少しで気づかれてしまうところだったな」

「大丈夫ですよ。我々の尾行は完璧ですし、カズマは結構鈍いところがあるからばれませんよ」

 

 ばればれだよ。

 もっと言うとお前ら目立ってるからな。

 周りの人、お前らのことじろじろ見てるからな。

 毎日欠かさず俺のことを監視する三人に今日は驚かせてやる。

 そのために姿隠しの魔法が封じられたスクロールを持っているのだ。

 俺は近くの路地に入り、スクロールを使う。

 これで透明人間になれたはず。

 俺は三人が来る前に道を引き返し、どうなるかを観察する。

 少し慌てた様子で三人が走ってきて、さっき俺が入った路地を覗く。

 

「「「い、いない?」」」

「まさか私達の尾行が気づかれたのか?」

「しかし、ここの路地は長めですから走ってもいなくなることはないはずですよ。それに私達はすぐに駆けつけましたからそんな時間はありません」

「まさか、テレポート? でも詠唱もあるからやっぱり時間は足りないし……。カズマさん、あなたはいったい……」

 

 笑い死ぬかと思った。

 必死に笑いを堪えて、三人の会話を聞く。

 ヤバいよヤバいよ。

 俺のお腹が捩れてしまいそうなんだけど!

 ゆんゆん、ゆんゆん! カズマさん、あなたはいったい……、って! そんなシリアスな顔で言わんでくれ。それ以上は死んでしまいます。

 

「やはり何かあるようだな」

 

 お願いしますよララティーナ!

 拳をぎゅっと握って、真剣な顔をしないでくれ。

 俺を笑い殺す気か?

 笑いを我慢するため、その場に座り込む。

 これは危険だ。いつ大爆発するかわかったもんじゃない。

 ぷるぷると震えながらも、俺は爆弾を全身全霊で押さえ込もうとした。

 

「カズマ、私は信じていますからね」

「ぷふっ」

「誰ですか、今笑ったのは!? 出てきなさい! 売られた喧嘩は買いますよ!」

 

 彼女達が真面目なのはわかるけど、仕掛人の俺からしたら一つ一つが笑いのツボでしかない。

 我ながら、よくもまあここまで笑いを我慢できるもんだ。凄い根性だと思う。

 俺は三人に見つかる前に、立ち上がり、その場をあとにする。笑いで体が震えるものだから、普通に歩くのさえ大変だ。

 

 三人の姿が見えなくなり、路地裏に来た俺は気が済むまで笑った。

 まさか、あそこまで面白いことになるとは思わなかった。

 こんなに面白くなるとは……。

 これは明日以降もからかうしかない。

 やるにしても次はどうしようか。

 今日は路地に入って姿を消したという演出をしたわけだが、明日も同じことをするか。

 これから数日、同じ路地に入ったら消えるという演出をすれば、あの三人はどんな反応をするだろうか。

 多分、何にもないあの路地を疑い出すだろう。

 そうなればあの三人は路地に先回りするはず。

 そこへ俺が来て、何か意味深なことを言ってやれば……。

 でも、それだけだと物足りないな。

 ここは誰かに協力してもらうか。

 そいつにも意味深なことを言わせたり、俺と何かあるような会話をしてもらったり……。

 金を出せば協力してくれるだろう。

 俺を疑い、監視する三人には笑いのネタになってもらおう。

 そう決めた俺の行動は適切かつ素早い。

 金がねえと愚痴るダストに話を持ちかける。

 喋るだけでそこそこのお金が手に入る。そんな楽な仕事をやらないわけねえだろと大喜びだった。

 こいつは年中金に困ってるような奴なので、話を持ちかければ、このように簡単に乗る。

 そして、俺の物語ははじまった。

 

 ダストを仲間に引き入れた三日後、俺達は意味深な会話をすることにした。

 シチュエーションはこうだ。

 例の路地から少し慌てた様子で出てきたダストが俺に話しかけ、少し会話をしたら移動し、俺は例の路地に飛び込み姿を消す。

 掴みとしては申し分ない。

 後ろにいる例の三人がどんな顔をするのかと思うと、自然とにやけてしまう。

 

「ひいっ!?」

「鬼畜王が笑ってるぞ! 逃げろ!」

 

 にやけただけで怯え、逃げ惑う人が出てきたんだが……。

 そういえば世界に飛び出してたな、俺。

 誰が嘘八百を並べたのかわからないが、いくらなんでもこれは酷すぎると思う。

 俺は非力な冒険者で、人よりほんのちょっと頭が回るだけの、ごく普通の少年なんだが。

 そろそろ本格的に犯人を見つけようと思う俺だったが、例の路地が目に入ったことで、一度考えを置くことになった。

 例の路地から予定通りダストが出てきた。

 そして、辺りを気にしながら俺の所に。

 上手いな。

 まるで誰かに見張られていないか、或いは尾行されてないか気にしてるような感じが出ている。

 何も知らなければ信じてしまうほどだ。

 

「カズマ、ヤバいぞ。奴らが動こうとしてる」

「なん、だと……?」

「今はどうにか押さえられてるが、時間の問題だ! お前は加勢しに行ってくれ!」

「わかった!」

 

 ダストはどっかに行き、俺は例の路地に飛び込んで例の魔法で姿を消す。

 あとは前と同じように三人の会話をこそこそと聞くだけだ。

 

「いない……。カズマはどこに行ったんだ……」

「奴らと言ってましたが、奴らとは誰なんでしょうか?」

「ダストさんだけなら警察とか金貸しになるんだけど、カズマさんもとなると……。むしろ、カズマさんはお金を高利子で貸して儲けるタイプだし……」

 

 ゆんゆんの中の俺はどうなっているのだろうか。

 日本では一昔前にいたという暴力金貸しみたいなのを想像してるのか?

 人の家庭を壊してまで金を巻き上げるのは俺には到底できないんだが。

 しかし、金貸しか……。商売の候補には入れておこう。やらないけど、候補には入れておこう。やらないけど。

 

「やはり何かあるみたいだな」

「私達でも見抜けないものを持っているとは……」

 

 むしろお前らは節穴だから見抜けねえよ。

 めぐみんを見ていると、過大評価していそうな節がある。

 ……まあ、元の世界でも自分は破壊神とか世界最強の魔法使いとか最強最悪の大魔王とか豪語してるような奴だけどさ。

 もしかしたら破壊神の目を持ってしても見抜けぬとは……、とか思ってそうだな。

 めぐみんは右目を手で覆い。

 

「我が目を欺くとは……。やはりカズマはただ者ではありませんね」

 

 思ってました。

 俺はどこにでもいるごく普通の冒険者だ。しかし、俺には秘密があって、それは……カズマさんは魔王を倒した英雄だったのです。

 その程度の男だよ、俺は。

 

「前もここで姿を消したから、ここに何かあるのかも……」

 

 おっ。いい具合に運んでくれたな。

 そうしてくれるとこっちも楽しめるってもんよ。

 ゆんゆんが冷静に見てくれるから、思い通りになるわけだ。

 

「言われてみればそうだな。突然現れたダストと言い、ここには何かあるかもしれないな」

「テレポートは難しい魔法ですし、あの一瞬で使えるとは思えません。魔法陣も見たところありません」

「つまりテレポート以外で何かをやってるってことね。でも、テレポートみたいなものを一瞬で使うなんて……。それって現代の魔法技術でできることなの?」

「現代では無理……。つまり未来から来たってことか?」

 

 惜しい。いや、合ってるのか?

 平行世界の、未来から来てるようなものだし、半分正解ってところか。

 三人は難しい顔になり、種も仕掛けもない例の路地について話を続ける。

 

「思えば、ベルディアの弱点を知っていたり、しかも一瞬で優勢に持ち込んだことといい、未来説は間違いではなさそうだが」

「ですが、なぜカズマがここに……。それにどうして魔王の幹部を倒すんですか。未来から来たということは、魔王はこの時代で倒されたことになるんですよ」

「それはどうかな?」

「と言いますと?」

「魔王に負けた未来から来た可能性だってあるじゃない」

 

 その発言にめぐみんとダクネスは衝撃を受けたように、表情を固くした。

 よくある話だが、不幸な現実を変えるために過去へと行き、そうなった原因を解決する。

 俺がこの時代に来て魔王の幹部を倒す。

 一番妥当な理由はゆんゆんの言った可能性だ。

 でも、一つ言わせてほしい。

 俺は魔王を倒したくてこんな世界に来たわけじゃない。

 

「魔王に負けた世界……。……世の中にはカズマのように変わった名前で、活躍している冒険者達は多いと聞く。もしかすると彼らもカズマのように魔王討伐のために送り込まれたのかもしれないな」

 

 おおおおっ! 

 やべえ!

 ダクネスがかなりいいところ突いたお!

 駄女神がスナック菓子を食べながら、日本人に強力な武器や能力を持たせて転生させてるのは事実だ。

 俺がダクネスに感動していると、ゆんゆんは悪気のない一言を言った。

 

「でも、カズマさん弱いよ」

 

 うるせえっ!

 俺だって本当はチートしてるはずだったんだよ。

 それを、あんな、ムカついたからって駄女神を選ぶなんてよ……。

 何てばかなことをしたんだ。

 チートしたいよお……。

 俺が今更なことに後悔していると、めぐみんが動きを見せた。

 めぐみんは小さな笑みをゆんゆんに向ける。

 

「確かにカズマは弱いかもしれませんが、魔王の幹部を次々倒してるのは事実です。力はなくても、そういうことができる。それがカズマでしょう?」

「……うん。問題ばっかりのパーティーを文句言いながらまとめて、大物を倒して、不思議な人だよ」

「自分の手柄は自慢して回り、謙虚さは欠片も見せない。人の嫌がることばかりするのに、犯罪を犯すような度胸はない。とても凄いことをやれる奴には見えないのにやってしまう。変な奴だ、本当に……」

 

 えっ?

 予想外。

 急に俺がいい仲間みたいな空気になってる。

 ど、どういうことなの?

 何でみんなそんなに優しく笑ってるの?

 ちょっ、誰か、誰か教えて。

 ヘルプミー!

 大変なこと起こってるんだって!

 あああああ!

 背中がむずむずする!

 顔が、顔が熱くなってきた。

 やめろ! やめてくれ!

 その雰囲気を出すのはやめるんだ!

 さもなくば俺が恥ずか死ぬ!!

 あばばばばばばばばっ!

 

「ここしばらく監視みたいなことをしてしまったが、もうやめるとしよう。あいつを信じよう」

「うん。カズマさんが本当のことを言うのを待とう」

「どんな秘密を打ち明けてくるのか楽しみですね」

 

 秘密を打ち明けるなんて……。

 そんな、俺が本当に仲間になったみたいなイベントをやるのは恥ずかしいと言いますか。

 そういうイベントを起こしたら、魔王を倒して帰ることも話すことになるわけでして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王を倒さなければ元の世界の仲間を悲しませ。

 魔王を倒せばこの世界の仲間を悲しませ。

 俺はどちらかを泣かせるしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も話さなければ、彼女達に覚悟さえ持たせてやれない。

 ずっと前からわかっていたことなのに、どうして俺は今になって気づいたようにしてるのだろうか。

 どんなに鈍感な奴でも気づくことを、どうして今になって気づいたふりをしてるのだろうか。

 どうして俺は苦労しかかけてこない仲間のことでこんなに苦しむのだろうか。

 これがあの神器の呪いか。

 くそ!

 

「おごっ!?」

 

 逃げるように立ち去ろうとした俺に待っていたのは、いつの間にか止まっていた荷車で、それに気づかなかった俺は盛大に突っ込んだ。

 荷車に押し返されるように俺は尻餅をついた。

 顔を両手で覆う。

 ださすぎる!

 め、滅茶苦茶恥ずかしい!

 何これ!?

 何で自分でシリアスブレイクしてんの!?

 

「な、何だ!?」

 

 ヤバい。

 ダクネス達が警戒するように見てる。

 ここは落ち着け。落ち着くんだ、倒した魔王英雄。

 音を出さず、ゆっくり去ればいいんだ。

 俺はゆっくりと下がり。

 ドンガラガッシャーン! と二個か三個あった金属製のバケツを盛大に鳴らした。

 なぜか地面に置かれていたけだが、それを蹴ってしまったのが音が鳴った原因らしい。

 笑いの神様でも降りてんのか!?

 こうなっては仕方あるまい。

 俺はバケツを三人に投げつけて逃走する。

 

「ま、待て!」

「もしやカズマを追ってきた輩では!?」

「仕留めるわよ!」

 

 いけない、これはいけない。

 三人は武器を手にする。

 殺気立つ三人は俺を追いかけてきて……。

 

「何だあれ?」

 

 ダクネスおっそ!

 他の二人がダクネスを気にして全速力を出せないようだ。

 これなら逃げるのも簡単だ。

 あー、マジでダクネスさん最高。

 まさか、他の二人を引き止めてくれるとは。

 流石クルセイダーっすわ。

 もう逃げられたと考えたらしいめぐみんとゆんゆんが立ち止まって、悔しそうにこっちを睨んでいる。

 目が紅く輝いてる。凄く輝いてるから感情がどれだけ荒ぶってるのかよくわかる。

 捕まってたら本当に殺されてたな。

 通行人は例の三人を見ると、すぐに目を逸らして、怯えた様子で避けていく。

 気持ちはわかる。

 仲間の俺でも怖いもん。

 あんなの見たら、速攻で引き返し、その日は宿に引きこもるよ。

 ヤバいよ、あれは。

 殴り殺されても文句は言えん。

 俺はさっさと逃げる。

 体に穴が空くんじゃないかと思うほどに、殺気に満ち溢れた目で睨む三人から逃げる。

 ダストには三倍の金を出して口止めしとかなくては。

 ばれたら、何をされるかわかったもんじゃない。

 俺は踏み入れてはいけない領域に片足突っ込んでしまったんだ。

 死にたくない。

 俺は恐怖に駆られて、体力が限界を迎えても走り続けた。

 

 

 

 

 

 バニルを倒し、賞金を手に入れた俺だが、知的財産は全て奪われた。

 バニルの悪魔の所業に枕を濡らした俺だが、ウィズの店が繁盛してるのを見たら、これも悪くないかとも思わなかったり思ったり。

 例の日から仲間が少し優しくなった気がしなくもない今日この頃。

 ギルドでだらだらしてると、めぐみんが頭のおかしいことを口走った。

 

「水と温泉の都アルカンレティアに行きませんか?」

「行きません」

「えっ!?」

「アクシズ教徒が好き放題する街になんか行けるわけないだろ」

 

 忘れてはならないが、アルカンレティアは忌々しいアクシズ教徒が根城にしているところだ。

 そんなところに行けば勧誘の嵐、石鹸洗剤飲める、他にも色々。

 とにかく頭の狂った街に行こうなんて思わない。

 俺の答えにめぐみんは納得した顔になるも、アクシズ教徒に知り合いがいるからか、食い下がる。

 

「温泉がありますし、観光地としても名高いのですよ? ちょっとぐらいよろしいではありませんか」

「嫌だ。あのアクシズ教徒が支配する街になんか行けるわけないだろ」

「いやいや。アクシズ教徒とはいえ警察には勝てませんから」

「警察もアクシズ教徒なんじゃないか?」

 

 店員もアクシズ教徒かもしれん。

 通行人もアクシズ教徒かもしれん。

 むしろ街そのものがアクシズ教徒かもしれん。

 

「恐怖とアクシズ教徒の都アルカンレティアに行きたがるのは自殺願望としか思えん。紅魔族は頭がいいんだろ? ならあの街に一日滞在したら何日寿命が減るか計算してくれ」

「カズマさん、とことん嫌いなのね。変な人ばかりだからわかるけど……」

 

 過去に何かがあったらしいゆんゆんは目を閉じて、小さな溜め息を漏らす。

 俺とゆんゆんが乗り気でないのを見て、めぐみんはダクネスに話を振る。

 

「ダクネスはどうですか? 温泉ですよ、温泉」

「ふむ。温泉か。じっくりと堪能して、疲れをとりたいものだな」

「そうでしょうそうでしょう。魔王の幹部三体、デストロイヤー、これだけの大物を短期間で倒してきた我々には休養が必要だと思います。そこで温泉旅行ですよ」

 

 その温泉旅行で魔王の幹部と遭遇することになるから行きたくない。

 幹部について知られたら、こいつらは行こうと言い出すに決まってるから、俺はアクシズ教徒が原因で行きたくないと連呼する。

 バニルの時で学習したからな。

 アクシズ教徒は魔王の幹部より恐ろしいものがあるから、言い訳としては最適だ。

 

「というわけで行きますよ!」

 

 こいつはどうしてそんなに行きたがるんだ?

 恐怖とアクシズ教徒と悪夢の都アルカンレティアにどうしてそんなに……。

 待て、思い出せ、佐藤和真。

 めぐみんにはアクシズ教徒の知り合いがいたはず。

 ははーん。

 またお会いしましょうみたいなことを言ってるのか。

 で、こいつは久しぶりにみたいな感じなんだろう。

 そうはさせない。

 

「何でそんなに行き……。まさか、お前……アクシズ教徒なのか!?」

「ええっ!? め、めぐみんがアクシズ教徒!?」

「違いますよ! というかどうしてゆんゆんがそんなに驚いてるんですか! あなた、私とずっと一緒に行動していたではありませんか!」

「でも、めぐみんって食べ物出されたら入会してそうなところあるし……」

「そ、そこまでばかではありませんよ! 私は温泉旅行がしたいだけなんです!」

 

 テーブルをバンバンと叩いて、あくまでも温泉旅行がしたいだけだと主張する娘に俺は言い聞かせる。

 

「めぐみん、目を閉じろ」

「目を? まあいいですが」

「周りには自然がたくさんある」

「はい」

「そして、お前は自分だけが知る秘湯に入っている。ちょうどいいい湯加減より少し熱いんだが、時折吹く風がひんやりとしてて、それが妙に気持ちいいんだ」

「ふむふむ……」

「目を閉じれば、遠くから鳥の鳴き声が聞こえ、風が草や木の葉をカサカサと揺らす音と重なりあい、自然の音楽が湯に浸かるお前を包み込む」

「おお……」

「湯の熱さ、風の冷たさ、自然の音楽、目を閉じていたお前はいつの間にか自然と一つになっていて、疲れも悩みもどこかへ飛んでいき、ただその瞬間に酔いしれる」

「むむむ……」

「目を開けたお前は、この秘湯を知れたことを喜ぶと共に素晴らしい空間をつくってくれた自然に感謝するんだ」

 

 こいつなら俺の話だけで全て想像できるはずだ。

 そして、自然に囲まれているわけではなく、人が都合のいいようにつくった温泉への興味は薄れることだろう。

 確かに温泉はいいものだ。

 露天風呂なら空を見ることもできよう。

 しかし、周りを見れば壁に囲まれているわけだ。

 今話した自然の露天風呂に比べたら、魅力が薄れる。

 この俺の作戦に失敗はない。

 

「どうしよう! 温泉! 温泉に行きたくなっちゃったよ!」

「カズマの話を聞いてたら、いても立ってもいられなくなったんだが」

「もうこれは行くしかありませんよ! 行きましょう、水と温泉の都アルカンレティアへ!!」

 

 関係ない二人まで想像したらしく、温泉への思いを強めたようだ。

 この俺の作戦が失敗に終わった……。

 まだだ。

 まだ何か手はあるはずだ。

 考えが浮かぶまで時間稼ぎしよう。

 

「うちにそんな余裕はありません!」

「何でお母さんみたいなんですか。余裕も何も我々には何十億という大金があるではありませんか」

「寝言は寝て言いなさい。平民にそんな大金あるわけないでしょ」

「バニルの報酬すら国家予算並みだぞ? ないわけがなかろう。いいから温泉に行くぞ!」

「そうよ。温泉に行って、ゆっくり過ごしましょうよ。お風呂に入りながら冷たい飲み物を飲んだり、美味しいご飯を楽しんだり」

 

 ゆんゆんが余計なことを言ったおかげで、めぐみんとダクネスはそれもあったとばかりに手をぽんと叩いた。

 本当に余計なことを言いやがって……!

 

「一番いい宿に泊まって、他では味わえない最高の食事を楽しみ、メインの温泉も心ゆくまで堪能し、可能ならばレベルの高いマッサージも頼んで……」

「ちょっとめぐみん、そこまで言われたら何が何でもそういうところに行きたくなるじゃない!」

「想像するだけでも疲れがとれそうだ」

 

 こうなったら女だけで行ってこいよと言うか?

 いや、そうしたらこいつらハンスに殺される可能性もあるし……。

 俺も行くしかないのか……。

 話せば話すほど温泉への熱を高めるこいつらを鎮める術を俺は持っていない。

 もう諦めて温泉旅行にでも行くか。

 もしかしたらエッチなイベントが起きるかもしれん。

 サキュバスの夢サービスで見るようなエッチなことが起きるかもしれん。

 夢と希望の都アルカンレティアになるかもしれん。

 

「しょうがねえなあ。宿とかはお前らが決めろよ」

「いいですともいいですとも」

「間違ってもアクシズ教徒が運営する宿はやめろよ。寝ても覚めても勧誘されるのは嫌だからな」

「ええ。ちゃんと宿は選んでおきますよ」

 

 めぐみんがグッと親指を立てる。

 めぐみんはアクシズ教徒ではないようなので、連中の恐ろしさを考慮したら彼らが運営する宿なんか選ぶはずがない。

 問題はガイドブックにそのような情報が記載されているかどうかだ。

 もしもアルカンレティア一の宿屋がアクシズ教徒が運営するところだったなら、死ぬ危険さえある。

 できることならエリス教徒が運営する宿に泊まりたいものだ。

 不安しかないが、水と温泉の都アルカンレティアへ行くとしよう。




次はアルカンレティアです。
そこで起こる数々の怪異。
次々と消えていく住人。
仲間の裏切り。
ポロリもあるよ。
そして、最後に明かされる衝撃の真実とは。
嘘ですごめんなさい。


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第九話 俺に混浴を

コミック六巻で戦士っぽいのがファイアーボールを使ってましたね。
ミスなのか、それとも新たな要素として入れたのか……。


 温泉旅行。

 同行者は皆レベルの高い美女。

 これだけを聞けば、男性諸君なら夢のような時間を想像するが、内実を知る俺は溜め息しか出ない。

 向こうには魔王の幹部がいる。

 それを倒すためには当然のことだが、ウィズの協力が必要となる。

 なので、今回の温泉旅行にはウィズを連れて行こうと思い、バニルに言いに行ったら……。

 

「連れていってくれて構わん」

「そこそこ客いるのに大丈夫なのかよ」

「これぐらい我輩一人でもできる。問題は店主だ。奴め、利益が出たらすぐにガラクタにしてしまう。おかげで赤字が出ていてな。ぽんこつ店主がいない方が助かるのだ」

「それなら遠慮なく借りるけど……」

「うむ。連れていってくれ」

 

 こっちでもウィズは厄介者扱いされているみたいだ。

 ウィズの店に客がそこそこいるというのも変な話だが、しかし俺の知的財産を使ってるわりには少ないような……。

 もしかして小出しにしてるのか?

 こたつとか今売りに出してもしょうがないのもあるし、商売上手なこいつのことだから小出しにすることで常連客をつくろうとしているのだろう。

 あとは時期を見ているとか。

 考えが読めない悪魔の経営戦略を推測するのはやめておこう。

 こっちの頭がおかしくなるかもしれん。

 

 

 

 水と温泉の都アルカンレティア(理想)へは馬車で一日半ほどかかる。

 朝一番の馬車を使えば野宿は一日で済む。

 馬車は予約でとっていたので、元の世界とは違って五人分の席を確保できている。

 冒険者の俺達は護衛として雇われることもできたが、戦いたくない俺は一般人として乗り込んでいる。

 何だかデジャビュに思えたが、気のせいだろう。

 ゆんゆんが窓際の席に座りたそうにしていたので素直に譲った。

 俺は背もたれに体を預ける。

 朝はやくに起きたこともあり、まだ眠気はある。

 少し寝て、すっきりしたい。

 寝ることだけをみんなに伝えて、俺は眠りについた。

 

 夢?

 それにしてはやけにリアルというか。

 いや、夢だな。

 窓際にはゆんゆんが座っているのに、俺が座ってるし。

 というか、こんな感じになるのは夢だ。

 窓の外を見れば、砂煙が巻き上がって……。

 砂煙?

 モンスター来てる?

 そういえば道中でモンスターに遭遇したような。

 したな。

 モンスターに遭遇した。

 確か名前は…………走り鷹鳶だっけか?

 もしかして、こっちでも遭遇するのか?

 あいつら硬いのが好きと聞いてるし……。

 けど、俺の魔剣は……。

 違う!

 ダクネスだ。防御特化してる攻撃が当たらないクルセイダーのダクネスだよ!

 思い出した。

 ダクネスに釣られて走り鷹鳶が来るんだ。

 

「わっしょい!」

「「「「きゃあ!」」」」

 

 夢で全てを思い出した俺は窓の外を見るためにそっちに体を寄せる。

 するとゆんゆんが文句を言ってくる。

 

「ちょ、ちょっと! いきなり何なの!? 苦しいんだけど!」

「うるさい。文句言うとちゅっちゅっするぞ」

「ちゅっ!?」

 

 想像力と胸が豊かなゆんゆんは顔を真っ赤にした。何を想像したのか言わせたい気持ちになるが、それをしたら殺される予感がするので静かにする。

 微妙にゆんゆんのお胸がゆんゆんしてるが、夢サービスで鍛えられた俺が今更おっぱいぐらいで動揺するはずもない。

 いいおっぱいだ。

 ちょっと息がしにくくなってるけど、酸素足りてねえなこの馬車。

 何だか冷ややかな視線を感じるが、炎のように熱く火照る顔には通用しない。

 千里眼で遠くを見て、砂煙を確認する。

 

「走り鷹鳶か、あれ?」

「走り鷹鳶?」

「ああ。繁殖期になると、雄は硬いものにギリギリまで近づいて避けるという変わった求愛行動をとるんだ。普通はその辺の岩や木に向かうんだが……」

 

 話してる間にも、走り鷹鳶はこちらにどんどん近づいてくる。

 硬いものを求める奴らは、もしかしたらこの世で最も硬いダクネスを本能的に求めているのだろう。

 俺が何も言わずにダクネスを見ると、みんなも気づいた。

 

「私か。確かに私はアダマンタイトより硬い自信はある。奴らが私に目をつけるのは納得のいく話だ」

「倒さねえとな……」

「そうだな。ところで、奴らは私に向かって来るわけだが……、突撃とかはしないのか?」

「ミスをしない限りはしない」

「そうか……」

 

 しないと聞いたダクネスは残念そうにするが、あの数に突撃されたら流石のお前でも死ぬぞ。

 そろそろこいつの変態性癖をどうにかしないといけないな。

 などと危機感を抱くが、走り鷹鳶のこともあり、ダクネスのことは後回しに。

 さて、どうやって倒すか。

 

「こうなったらダクネスを囮に倒すしかないだろうな……」

「遠慮なく囮にするって言ったわね」

「馬車をダクネスから遠ざけて安全を確保。奴らはダクネスに向かって来るから、俺達は左右からひたすら攻撃する。単純だが、これが一番だろうな」

「護衛の冒険者も手を貸してくれるでしょうから、何とかなるでしょう」

「決まりだな」

 

 早速俺は御者のおっちゃんに話をする。

 

「おっちゃん、走り鷹鳶がこっちに来てる」

 

 俺の話におっちゃんは馬車の速度を落として、向こうの砂煙の正体を見極めようと目を細め。

 

「確かに走り鷹鳶ですね。しかし、その辺の石や木に向かうと思うので」

「いや、そうじゃない。俺の仲間には防御力が桁外れに高い奴がいるんだ。だから、奴らはこっちに来る」

「嘘、ではなさそうですね。どうしましょうか」

「作戦ならもうある。とりあえず他の馬車を停めてくれ。それでこの馬車はもう少し先で停めてほしい」

「わかりました!」

 

 おっちゃんは筒のようなものを取り出す。

 何だそれ? 見たことないんだけど。

 その筒をライターで火をつける。

 筒の先端が激しく燃え上がり、おっちゃんが手を横に伸ばす。

 遅れて赤い煙が流れ出る。

 まさかの発煙筒である。

 ライターは俺がつくらなきゃなかったのに、発煙筒はあるとかどういうことだよ。

 ライターや魔法なしだと発煙筒あんまり役に立たないだろ。

 いや、まあ、危険を知らせるには一番手っ取り早いのかもしれんが。

 俺は考えるのをやめた。

 発煙筒を受けて、後続の馬車は停車した。

 俺達の馬車は少し先で停車し、後続の馬車とそこそこ距離をとった。

 

「ウィズは後続の馬車に乗ってる護衛の冒険者に走り鷹鳶について言ってきてくれ」

「はい!」

「ダクネスは俺についてこい。めぐみんとゆんゆんは馬車から降りて待っててくれ」

 

 走り鷹鳶が来る前に済ませなくては。

 ダクネスは俺達の馬車と後続の馬車の間に待機させる。

 後続の馬車とは距離をとってあるから、ぶつかる心配もない。

 あとは俺達が左右からちまちまと走り鷹鳶の群れを攻撃するだけだ。

 問題なのは走り鷹鳶がとんでもなく多いことだ。

 あの数を相手にするのはかなりきついが、俺達が招いたことなので、俺達の手で解決しなくてはならない。

 アクアいないからこういうこと起きないと思ってたのになあ。

 これが油断というやつか……。

 

 

 

 

 

 俺の作戦は見事に決まり、走り鷹鳶の群れを討伐した。

 元の世界ではアクア目当てにアンデッドが来たものだが、今回はアクアがいないのでそれもなく。

 俺達は無事、目的地のアルカンレティアに到着した。

 ここが数多のアクシズ教徒が生息する、恐怖と絶望の都アルカンレティア(真実)だ。

 一度足を踏み入れれば、アクシズ教徒に身も心もズタズタにされる。

 水の都と言われるだけあって、街のあちこちに水路はあり、温泉が湧き出る山と美しい湖が隣接しているが、それに騙されてはいけない。

 

「いいか。ここは恐怖と絶望と悲劇の都アルカンレティアだ。いつアクシズ教徒が襲ってくるかわからないから、心は強く持っておけよ」

 

 俺は大事な仲間達に真剣そのものの気持ちで言った。

 俺の話に頭が足りないめぐみんは。

 

「カズマ、いくらなんでも言い過ぎですよ」

「ばか! ばかみん! いいか、断言してやる! 魔法禁止で素手で巨大スライムと戦う方がまだ生存率は高いからな! 魔王とレベル1で戦う方がまだ怖くないからな!」

「あの、カズマさんの中でアクシズ教徒はどんな存在なんですか?」

「はっきり言って魔王軍と和平交渉する方が現実的だと思えるからな」

 

 アクシズ教徒、危険、絶対。

 しかし、俺の話を聞いてもみんなは俺が大袈裟に言ってるだけと思ったのか、肩を竦めるのみだ。

 そうか、こいつらはまだ知らないのか。

 

「無知って幸せだな」

 

 俺は幸せなこいつらを見て、優しく微笑む。

 魔王軍ですら関わりたくないと言うほどのアクシズ教徒をわかっていない。

 俺は宿の場所を覚えているので、一足先に、逃げるようにして宿へと向かった。

 すまん、許してくれ。

 

 で。

 俺のあとにめぐみん達は来て、荷物を置いて散策しに行ったわけなのだが……。

 数時間後に戻ってきた彼女達は、何というか、見ていられなかった。

 ゆんゆんは暗い顔で俺の隣に座り。

 

「カズマさん、ごめんなさい」

「聞くけど、何があったんだ?」

「人とね、ぶつかったの」

「うん」

「その人が転んで、凄く痛そうにしながら叫んでね? 見物する人もできたりで大変だったの」

「うん」

「相手の人が骨折したとか言ってね? 私に名前とか住所とか紙に書けって怒鳴ってきたの」

「入信書か」

「うん。それでこれはアクシズ教徒の入信書だから別のをと言ったら相手の人が怒って、よくわかんないこと言ってきたの。でも、これはいい方なの」

「いい方?」

「見物の人が責任とるつもりないのかー! とか、アクシズ教徒だから差別してんかー! とか、色々言ってきて……、私、ダクネスさん達来なかったら、うう……」

 

 何て恐ろしい勧誘のやり方だ。

 もはや脅迫だ。

 警察は何やってんだよ……。

 ゆんゆんの心に深い傷ができてしまった。

 同じことされたら、大体の人はトラウマになると思う勧誘だ。

 酷すぎるな……。

 温泉旅行に来たばかりだが、もう帰ってもいいんじゃないか?

 このままここにいたら、いつか死ぬと思うんだけど。

 めぐみんとウィズも表情は暗いが、ゆんゆんほどではない。それでもアクシズ教徒は怖いと言っているから、それなりの目には遭ったんだろう。

 ダクネスは……、いつも通りか。

 

「とりあえず、みんな温泉行かないか? 入れば、少しは気分もすっきりするだろ」

 

 俺の提案を四人は快く受け入れてくれた。

 そんなわけで準備をして、温泉まで来たわけだが。

 

「お前ら揃いも揃って女湯かよ。一人ぐらい来いよ。一人ぼっちとか寂しすぎだろ」

 

 当然と言えば当然だが、めぐみん達は女湯に入ろうとしていた。

 俺としては今度こそ混浴を堪能したいので誰か一人は来てほしいのだが……。

 

「嫌ですよ。一緒に入ったらカズマに何をされるかわかったものではありません」

「安心しろ。俺はロリコンじゃない。おい、ゆんゆん。お前俺を一人ぼっちにするのか? 一人ぼっちがどんなに辛いかわかるだろ? お前らが女湯で楽しんでる中、俺は一人で温泉に浸かって。上がったら上がったで四人の会話についていけないから、部屋の隅で黙って聞いてるしかない。そのまま夕食になって、でもみんなの輪に入ることができなくて一人で泣きそうになりながらご飯を食べて、最後はみんなが楽しそうに遊んでいるのを見ながら、部屋を出て、自分の部屋に行き、敷かれた布団に潜り込んで枕を濡らすことになるんだぞ。朝になって変わるかと思ったら、みんなはとっくに街に散策に出てて、俺は冷たくなった朝ごはんを泣きながら食べて、このままじゃだめだと思い、街に出るんだけど、俺抜きでも凄く楽しそうにする姿を遠くから見て邪魔できないってなって、一人とぼとぼと宿に戻って布団に潜って泣き、話ができないまま最終日を迎え、みんなに忘れられて一人アルカンレティアに取り残される俺の気持ちを考えてみろよ!!」

「ごめんなさい! 私、私、そんな酷いことしようとしてたなんて……! そうよね、一人は寂しいもんね。わかった。カズマさんと一緒に入るわ!」

 

 俺の話を聞いたゆんゆんは泣きながら謝り、俺と混浴してくれると言ってくれた。

 

「前々から思ってたが、やっぱり最後に頼るのはゆんゆんだな。他がだめでもゆんゆんなら聞いてくれるって思うんだ」

「そ、そんなことないわよ。私だっていつもカズマさんに助けられてるし」

 

 上目遣いで、照れ臭そうにしながらそう言ってくるゆんゆんは可愛らしい顔立ちもあって、何というか凄かった。

 こんなんされたら並みの男は一撃で堕ちるな。

 だけどこの俺に隙は……!?

 ゆんゆんの頬はほんのりと赤く染まり、自分の言ったことが恥ずかしくなったのか、恥ずかしげに視線を外す。

 反則的に可愛い。

 こんな子と一緒に入浴できるのか。

 流石、水と温泉と夢と希望と愛の都アルカンレティア(現実)だけのことはある。

 ゆんゆんと一緒に混浴風呂に行こうとしたら。

 

「いやいや! ゆんゆん、何騙されてるんですか! その男は欲望を満たすために嘘を並べてるだけですから!」

「止めないでめぐみん! 私、カズマさんを一人にしないって決めたの!」

「あなたって本当におかしいところで頑固ですよね! しかし、友人が危険な目に遭うとわかってて行かせるわけにはいきません!」

「おい。危険な目って何だよ? お前ら隣にいるんだから何もできないだろ、普通に考えて。それともめぐみんは俺がそういうことをすると思ったのか? とんだ変態だな!」

「んなっ!?」

 

 図星をつかれためぐみんは顔を真っ赤にして、後ずさる。

 ゆんゆんのことを想像力豊かとか言うくせに、肝心のめぐみんもいやらしい妄想をする。それでよくゆんゆんのことを言えたもんだ。

 勝利を確認した俺はゆんゆんを連れて混浴風呂へ。

 滅茶苦茶高笑いしたいけど我慢した。

 脱ぐところを見てやろうかと思ったが、流石にまだ死にたくないのと、ここで逃がすわけにはいかないと思い、ここは我慢した。

 まあ、俺とゆんゆんの間には衣類を入れる棚があるから、振り返っても見えないんだけどな。

 扉の前に立つと、ゆんゆんは顔を真っ赤にする。

 俺を見ることはできないと、顔を反対に向ける。

 一枚のタオルで体を隠すが、しかしよく育った一部分は完璧に隠すことなどできない。

 どれだけ肥えているかよくわかる。

 というか、年齢に似合わずスタイルがいいな。

 あと数年したら、めぐみんをガチ泣きさせる体になるんじゃないか?

 ゆんゆんの将来に期待していると……!

 

「ふう。これでようやく忌々しいアクシズ教団を終わらせられる。秘湯での破壊工作は終わった。今のところどの温泉も上手く行っている。あとは待つだけだ。長い寿命を持つ俺達にとって十年、二十年待つのは大したことない」

 

 忘れてたー!!

 そうだよ!

 ばかが悪役の台詞言ってたんだった!

 

「カズマさん、今の……!」

「しっ」

 

 俺はゆんゆんと自分に静かにするように言った。

 ゆんゆんは緊張から俺の腕に抱きついた。

 本人はまるっきり気づいていないが、俺はしっかりと気づいていた。

 お胸柔らかいですね。

 落ち着け。気づかれてはいけない。

 心を鎮めろ、佐藤和真。

 俺はゆんゆんに気づかれないよう、扉の向こうから聞こえる会話に耳を傾ける。

 

「ハンス、そんなのいちいち報告しなくていいわよ。私を巻き込まないでちょうだい。私は湯治に来てるだけなんだから」

「そんなこと言うなよ。正攻法じゃどうにもならない教団を潰せるんだぞ。また何かあったら報告しに来るから、引き続き湯治しててくれよな」

 

 話を聞いたゆんゆんはどうしようって顔で俺を見るが、俺もどうしょうか悩む。

 そろそろ俺の正義が悪の誘いに乗ってしまいそうだ。

 もしばれたりしたら、ゆんゆんにどんなことをされるかわかったもんじゃない。

 ゆんゆんは大人しそうな見かけとは違い、暴力的一面を併せ持っている。

 正義を誘惑するのはいつも悪だというのに、そんなことになる正義が悪いと悪は怒るから困る。

 このままでは俺の正義は粉々に砕かれる!

 俺はそれを避けるために、悪がいる温泉に飛び込んだ。

 

「話は聞かせてもらったぞ! 魔王軍の幹部ハンス!」

「「「!?」」」

「めぐみん! そこにいるんだろ?」

「カズマ、今魔王軍の幹部と聞こえたのですが!」

 

 俺の後ろにゆんゆんは隠れているが、俺より強いんだから前に出てほしい。いや、そうしたら俺の正義が悪は許さないと叫びかねないからいいのか。

 突然のことに驚き固まる二人の魔王軍幹部を見ながら、俺はめぐみんに指示を出す。

 

「めぐみん! 魔法を撃て! 魔王軍の幹部を仕留めろ! 男湯にいる奴はすぐに逃げてくれ!!」

「ひいいっ!」

「あたし、こわーい」

「お前のが怖いよ」

 

 男湯にオカマがいたらしい。

 向こうからキレたオカマの怒号と男性の叫びが聞こえてくる。

 どうやら男湯では思わぬ被害が発生しているらしい。

 女湯じゃないなら問題ないので放置しよう。

 俺はめぐみんにもう一度指示を出す。

 

「やれめぐみん! 弁償代は幹部討伐報酬から出すから問題ない!」

「わ、わかりました!」

 

 壁の向こうから爆裂魔法の詠唱が聞こえてくる。

 時間を稼がなくては。

 ウォルバクの方は俺がガン見して動きを止める。

 

「ゆんゆん、男に大量の魔力でカースド・クリスタルプリズンを頼む。女の方は俺に見られると恥ずかしくて動けなくなるみたいだからガン見してやる!」

「最低なのに、最低なのに……、効果があるなんて……」

 

 敵の動きを止めるだけだからしょうがない。

 俺だってこんなことをしたくてしているわけではない。他にやり方があるならそっちをとる。

 あー、本当に厄介だなあ。

 こんな酷いことするなんて本当にやだなあ。

 ここまで俺達が一方的に全てを支配しているのが原因で敵は未だに固まっている。

 それを利用しなくては。

 

「ゆんゆん、はやく魔法を」

 

 俺は小声で指示を出す。

 ゆんゆんは小さくこくりと頷き、魔法の詠唱を早口に行う。

 ワンドがないから魔法の威力は落ちてしまうが、そこは大量の魔力でごまかすしかない。

 ゆんゆんからかつてないほどの膨大な魔力を感じると、ハンスはそれで正気に戻り、俺達を睨みつけて動きを見せるが――。 

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

「ぐおっ!?」

 

 それよりもはやくゆんゆんの魔法は決まり、ハンスは巨大な氷に閉じ込められる。

 流石ゆんゆんだ。杖がなくても凄まじいカースド・クリスタルプリズンをやってのけた。

 しかし、ハンスを完全に止めるためとはいえ、ゆんゆんはかなりの魔力を使った。そのせいで力を失ったように俺に寄りかかる。

 胸が凄いです……。

 ここぞとばかりに堪能したいが、爆裂魔法から逃げるためにも今の内に肩を貸さないと……。

 残念だ。

 何はともあれ、これで爆裂魔法までの時間は稼げたから、魔王の幹部を葬れるかもしれない。

 杖がないめぐみんの爆裂魔法がどれほどかは不明だが、少なくとも軽傷で済むことはないはずだ。

 

「あとは爆裂魔法が撃たれる前に逃げるだけだ。直前まで引き付けないとな」

「まさか、こんなあっさり幹部を倒せるとは思わなかった……」

「ダクネスはめぐみんを爆裂魔法で自滅しないように守ってくれ」

「わかった!」

 

 ウォルバクはめぐみんの爆裂魔法がもう少しとわかったのか、多少見られるぐらいならとばかりに動こうとした。

 俺の名は佐藤和真。油断も隙もない男だ。

 

「おっと。動いてみろ。俺のスティールがあんたのタオルを奪うことになるぞ!」

「ひっ!?」

「俺としては動いてもらっても構わんぞ! スティールで裸にしたあとは、あんたの信者にどれだけいい体してたか言い触らしてやる!」

 

 いやいや悪辣に笑いながら脅しつけた。

 

「な、何て男なの!? 悪魔なんて比じゃないんだけど! あなた本当に人間なの!?」

「か、カズマさん、良心はないの?」

「う、うるせえ! 二人の幹部を倒せるならいいんだよ! めぐみん、爆裂魔法はどうだ!?」

「間もなく撃てますよ! まさか、一度に二人の幹部を仕留められるとは……、今日ほど爆裂魔法を覚えてよかったと思う日はありませんよ! ふはははははははははは!」

 

 勝った。

 ハンスが真の姿を出す前なら、あの巨大なスライムに変身する前ならいくら魔法耐性が高くても、粉々になるはずだ。

 汚染の心配は出てくるが、そもそもハンスと戦って汚染なしで済ませるのは不可能だ。あとで浄化するしか道はない。

 俺の勝ちだ!

 確信した俺は言ってやった。

 

「ふははははは! 自分の半身と巡り会えぬまま滅び行くがいい!」

「あ、あなた本当に何者なの!? どうしてそんなことを知ってるの!?」

「なぜだろうな! 一つ教えてやれるのは、邪神ウォルバクは今日で消滅するということだ! めぐみんに爆裂魔法を教えたことを後悔するがいい!」

 

 その瞬間、爆裂魔法の気配が消え去る。

 何事だ?

 まさか、こいつらの手下がめぐみん達を襲ったのか? だが、俺の記憶にはそんなのいないんだが。

 もしかして平行世界特有の……。

 

「巨乳のお姉さんなんですね、そこにいるのは。私に爆裂魔法を教えてくれた……!」

「……まさかとは思ったけど、本当にあなたなんてね……」

 

 ばかあ!

 何で余計なこと言ったんだよ、ばかあ!

 めぐみんは戦意を失ったのか、爆裂魔法を撃とうとはせずにウォルバクと会話を続ける。

 

「私はあなたに爆裂魔法を見せるために今日まで鍛えてきました。いつか最高の爆裂魔法を見せるって誓ったから……」

 

 ウォルバクがハンスの方へ動かないように見張るが、ウォルバクはめぐみんとの会話を優先するようにハンスを見ない。

 とりあえず様子見だな。

 ウォルバクは懐かしそうにしながら、でも少し寂しげにめぐみんに問いかける。

 

「それでどうなの?」

「今は最高の爆裂魔法を見せることはできません。杖がなければ、本気の本気の本気の、本気の……、爆裂魔法を見せられません。あなたがそこにいるなら、私は爆裂魔法を使いません」

 

 めぐみんがウォルバクに対してどんな気持ちを抱いているのか、俺は知っている。

 だからこそ何も言えなかった。

 言ってもめぐみんは魔法を使わない。

 ミスったと思うと同時に俺はこれでよかったとも思った。

 ウォルバクとのことは、きちんと向き合ってやるべきなんだ。

 

「そう。……はあ。困ったわね」

 

 本来なら倒されていたかもしれないからか、ウォルバクは困った顔で考えていた。

 爆裂魔法の脅威がなくなれば、怖いものなんかないはずだ。

 ゆんゆんに魔法を使うほどの魔力はない。

 ゆんゆんを支えてる俺なんか簡単に倒せる。支えてなくても簡単に倒せるだろうけどさ。

 少しの間考え、決めたウォルバクは俺に手を向けて唱える。

 

「『ライトニング』」

「ぎゃあああああああああああああ!! 俺の足がああああああああああああ!!」

「カズマさん!?」

「ええっ!? ちょっと動けなくなる程度よ!? 大袈裟すぎよ!」

 

 俺の足にライトニングを撃ち、しばらく歩けなくしやがった。

 立つこともできず、ゆんゆんと一緒に倒れた。

 命に別状はないが、ムカつくから叫んだ。

 ウォルバクは俺を気にしながらも、ハンスのそばに寄る。

 火属性の魔法でも使ったのだろう。氷をブロック状に切り取る。

 今すぐ解かして助けないのは、逆上したハンスが俺達に襲いかからないようにするためか。

 ウォルバクは俺を見ると、軽く手を振る。

 

「また会いましょうね。あなたには半身について聞きたいわ。そして、おちびちゃん、今度は最高の爆裂魔法を見せてもらうわよ」

「……はい!! 絶対に見せます!」

 

 ウォルバクはめぐみんの返事に、敵なのに嬉しそうに笑った。

 きっと壁の向こうのめぐみんも笑っているんだろう。

 

「『テレポート』」

 

 いい雰囲気だが、足をやられた俺は腹いせに、テレポートで去ろうとするウォルバクに爆弾を投げた。

 

「あんたの半身の今の名はちょむすけ。俺達のペットとして可愛がられている」

「ちょっ、それ、どうい――」

 

 最後まで言うことはできず、ウォルバクはハンスを連れて逃げ去った。

 こうして俺達は死闘の末に魔王の幹部二人を撃退することに成功した。

 しかし……、無傷とは行かなかった。

 ゆんゆんは魔力の使いすぎで歩くこともままならず、俺も足に重傷を負い、立つこともできない。

 ゆんゆんは死闘を終え、安心したのか、それとも安心したいからなのか俺に身を寄せて尋ねる。

 

「どうしてカズマさんは色々なことを知ってるの?」

 

 その言葉を、俺はゆんゆんのお乳を感じながら、聞こえない振りをした。

 次にゆんゆんは不安げに、震える声で聞く。

 

「どうして誰も知らないことを知ってるの?」




ゆんゆん回でしたね。
後書き書いててゆんゆん回じゃんと思いました。
次はどうしましょうかね。


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第十話 助っ人求めて

そういえばアルカンレティアに転送屋ってあるのか?
ないと困るからあることにしとこう。
そんな感じのお話です。


「俺のことを話そう」

 

 幹部二人との熾烈極まる戦いのあと、仲間に俺のことを話すと決めた。

 めぐみん達の部屋で、ウィズも交えて話をする。

 みんな、緊張した様子で俺を見つめ、一言も逃すまいと耳を傾ける。

 

「二十年後、俺達人類は魔王軍との戦いに敗れ、大陸の片隅に追いやられたんだ」

 

 ウィズはそんな、と悲痛な声を漏らし、めぐみん達はやっぱりと呟く。

 

「だけど、希望もあった。爆裂魔法を改良し、一日に数発使えるようにした大魔法使いがいた。それはその人にしか使えないし、理解できない魔法だ」

「ま、まさか!」

「めぐみんだ。爆裂魔法を数発使えるのは大きかった。残る人間を排除しようと動く魔王軍を後退させ、人類最後の勇者と呼ばれるめぐみんは魔王軍と戦っている」

「ふふふ。我ならばむしろ納得!」

「すまん。嘘だ」

「……今、嘘と言いましたか?」

「ああ。ちょっとからかっただけだ」

 

 その瞬間、めぐみんは俺に殴りかかってきた!

 それを他の三人は自業自得と助けようとも、止めようともしなかった。

 ほんの少しからかっただけだ。

 あまりにも真剣に見てくるもんだから、ちょっとやっちまったんだよ。

 悪気はなかったんだ。

 猛犬のように唸るめぐみんを何とかして押し返し、今度こそ話をする。

 

「お前らは平行世界ってわかるか?」

 

 俺の言葉にみんなは首を傾げた。

 やっぱり最初から説明しなきゃいけないか。

 

「平行世界ってのは、言ってみればもしもの世界だな。例えば俺達は温泉旅行に行くと決めたけど、別の世界では旅行に行かなかったり、或いは別の場所に行っていたり。そういう別の道を歩んでるのが平行世界となる」

「へえ……! 私がもしもああしてたらって思ったことをしてる世界もあるってことよね?」

「そうなりますね。別の可能性なんて考えれば考えるほど出てきますから、無限と言っても過言ではありませんね」

「ん。カズマ、今その話をしたということは」

「そうだ。俺はその平行世界から来た」

 

 どこのと聞いてこなかったのは、無限に存在することを思い出したからだろう。

 次にみんなが俺に向けたのは、好奇心だった。

 俺がどんな世界から来たのか。

 どうしてここに来てしまったのか。

 俺は話す。

 

「俺は魔王を倒した世界から来たんだ」

「倒した? カズマさん、魔王倒したの!?」

「カズマの貧弱なステータスでどうやって!?」

「ゴブリンに囲まれたらそのまま死んでしまいそうなのにどうやって倒したんだ!?」

「カズマさんが魔王さんを? 想像できません」

「うるせえよ! こんなんでも倒したんだよ!」

 

 案の定、俺の貧弱なステータスが上げられた。

 そうだよ。

 元の世界で、城に残ろうと無茶をしたら、雑魚モンスターに袋叩きにされて死んだよ。

 でも、みんなして的確に攻めてくるなよ。

 泣いちゃうぞ。

 

「まあ、その時は色々やって、世界一深いダンジョンの最深部にテレポートで連れていって、最後は爆裂魔法で倒したんだよ」

「待って下さい。ダンジョンで爆裂魔法なんて使ったら崩落して生き埋めになりますよ」

「まさに自爆だ。それで魔王倒せた」

「死んでるならどうして……」

「魔王を倒した褒美に願いを叶えてもらって、生き返ったからな……」

 

 俺の話があまり信じられなさそうな顔をしてるめぐみん達を見て、俺は続けた。

 

「俺のパーティーにめぐみんとダクネスの二人はいた。ゆんゆんは入ってなかったな。代わりにスペックだけは本物のアークプリーストがいた」

「私いなかったの!?」

「こっちだと最初からいたけど、元の世界だとゆんゆんはデストロイヤー倒してから出会ったからな。その時には俺のパーティーは固定されてたし、ゆんゆんはソロでやってた」

「まあ、想像に難しくありませんね。人見知りとか発動して、パーティー組めない姿が浮かびます」

「やめて! 私が一番よく想像できるから言わないで! 向こうの私は何て恐ろしい思いをしてるの?」

 

 頭を抱えて自分のことのように胸を痛める。

 実際自分のことかもしれないが、まるで今自分に起きてるようにするのは、熱が入りすぎというか。

 そこは、向こうの私は負け組ね、ぐらい言ってもいいと思うんだ。

 

「話を戻そう。向こうでカズマが魔王を倒したってことは、その、私達は魔王討伐のパーティーってことになるのか?」

「そうなるな。それでお前は毎日のように見合いが来て、めぐみんは爆裂散歩をしてるし」

「あれ!? 私もちやほやされたりとかは?」

「活躍はしたが、貴族でもないし、頭のおかしい爆裂娘と来れば誰もちょっかいかけないだろ」

「何ですかそれは! もっと私を敬うべきですよ!」

 

 確かに大活躍はしたが、それまでの頭のおかしい行動がマイナスに持っていってるんだよな。

 めぐみんが理不尽なことに怒っている中で、私はどうしてるの? とゆんゆんが気にしていた。

 

「ゆんゆんは別のパーティーに一時的に入って、俺達と一緒に魔王の城に乗り込んだぞ。討伐後は……会ってないからわからんが」

「ええっ!? 一緒に倒したのに!?」

 

 あまり接点がないから。

 里に帰ったとか、こそこそ冒険者を助けてるとか、そんな噂は耳にするけど、事実は不明だ。

 ある種の都市伝説になりかけてるからな。

 いい意味でも悪い意味でも存在感ある。

 

「ま、俺はこっちでも向こうでも仲間に苦労かけられて、お守りやってるな」

 

 ウィズが何か言いたそうにしてたが、俺は軽く頷くだけで無言を貫く。

 大雑把だが、こんなもんでいいだろう。詳しく説明すると半年か一年は軽くかかる。

 それに今は俺の話よりも大事なことがある。

 

「さて、話は終わりだ。次はハンスだ。こいつはどう倒すか悩むな」

 

 ギルドには魔王の幹部がこの街に来ていて、温泉の破壊工作を進めていたことを包み隠さず話した。

 ダクネスの権力も利用することでより円滑に話を進められた。

 近頃温泉の質が理由もなく落ちていたのもあり、俺達の話は本当とされ、今アルカンレティアでは厳重な警戒体制が敷かれている。

 そして、俺の記憶を生かし、温泉の源泉には例え管理人であろうと通さないように警告した。また、管理人も身柄を保護しておくようにも言った。

 俺の話の意図を理解した職員はすぐに手配してくれた。

 残る問題はハンスが力で押し通るかもしれないということだ。

 はっきり言ってハンスは手強いどころか勝ち目が薄すぎる。

 

「デッドリーポイズンスライム。スライムは物理、魔法、どちらも耐性が高い。その上幹部級と来た。とんでもなく強いだろうな」

「おそらく私の爆裂魔法でも一撃で仕留めるのは困難でしょう」

「私は氷漬けにはできたけど、あれは人の形をしてたからよ。もしも巨大スライムにでもなられたら、無理があるわ」

 

 ハンスはベルディアなんかとは格が違う。

 あいつの欠片に当たるだけでも即死する可能性がある猛毒は脅威でしかない。

 倒すには、多くの冒険者が集まり、長期戦に持ち込む必要がある。

 しかし、それだけじゃ足りない。

 リッチーのウィズを埋めるだけの戦力が必要だ。

 ウィズは中立の立場であり、手を出すことができない。これは痛い。

 前回は管理人が食われたから力になってくれたが、今回は違う。

 ダクネス達には、ウィズにはお店があって、俺達と違って冒険者じゃないから強制はできないと言って、諦めさせた。

 しばらく話し合ったが、実りあるものにはならず。

 このまま粘っても妙案が出そうにないから、今日は寝ることにした。

 

 

 

 朝食を食べた俺は散歩に出た。

 ハンスの一件があるからか、アクシズ凶徒……教徒の姿は見られなかった。

 しかし、連中が朝起きるのは嫌だから昼まで活動しないという可能性も捨てきれない。

 俺は適当に歩いて、考える。

 この街の冒険者もみんな強い。だが、相手は幹部で、最も厄介なスライムだ。

 強い冒険者が多くいる。それだけでは不安だ。

 氷漬けにする。それが一番効果的だ。

 そして、欠片を飛ばしてくる事態も想定したら、魔法を使える冒険者が必要不可欠になる。前衛職よりも魔法強いの多さが勝敗を握る。

 そして、上級魔法を使えることが好ましい。

 

「上級魔法を使える強い魔法使い。しかもたくさん確保しなきゃいけない。無理ゲーじゃねえか!」

 

 十人、二十人は欲しい。

 もちろんそれほどの人材を集めることは不可能だ。

 王都をはじめとした様々な街に要請をかければ……、だめだ。時間が足りない。

 それにハンスが来るとも限らない。

 不確定要素が強い以上、派遣は望み薄だ。

 奇襲をかけたとはいえ、俺達が優勢になっていたから、それで怖じ気づいてくれたらいいんだが。

 どちらかと言うとハンスは怒りから復讐するタイプだろう。

 それにアクシズ教徒の猛威に晒されながらも活動を続け、崩壊まであと一歩のところまで来てるんだ。

 あいつは絶対に来る。

 そして、ウォルバクだ。

 半身の居場所を知ったからにはハンスと共に襲撃してきそうだけど、そうじゃない気がする。

 なぜなら半身を猫質にすればこっちが有利になるからだ。

 元の世界では時間をかけて攻めるなど忍耐強さを見せた。

 それを踏まえて考えると……。

 あの巨乳の邪神は確実に奪取できる方向で進めるはずだから、混戦が確定してしまう状況はつくらないだろう。しかも多数の冒険者がいる中でちょむすけを奪うのは危険が伴う。

 安全と確実を両立させた作戦をとるはずだ。

 つまりウォルバクがハンスと共に戦う可能性は低めになる。

 だからといって俺達が不利なのは変わらない。

 

「一人で何うんうん唸ってるんですか?」

「めぐみん。どうしてここに?」

「落ち着かないから散歩していたらカズマを見つけましてね。これどうぞ」

「おっ、気が利くな」

 

 めぐみんから飲み物が渡される。

 買ったばかりみたいで、地味に熱い。

 火傷しないように注意しつつ飲む。

 

「いつもみたいにパッと浮かばないんですか?」

「相手が悪いからな。めぐみんの爆裂魔法でも一発で仕留められない。ダクネスがみんなを守ることもできない。何より魔法使いも数が足りない。ゆんゆんクラスの魔法使いが十人以上必要だけど、そんな都合よく集めるのは無理だし、大体そんなにいるわけがない」

「? 何を言ってるのですか。紅魔族がいるではありませんか」

 

 めぐみんの言葉に俺はそういえばと思い出す。

 そうだ。

 紅魔族という優秀な種族がいたじゃないか。

 俺のところの紅魔族は頭のおかしい爆裂娘だったり、コミュ障だったりするから、すっかり忘れていた。

 俺が今求めるアークウィザード集団がいたじゃないか。

 彼らに頼み込めば、ハンス討伐も無理じゃない。

 

「よし! 本物の紅魔族に会いに行くとするか!」

「おい。その言い方だと偽物がいるみたいじゃないか。それが誰なのか教えてもらおうか」

「何て言って説得するかな」

 

 急に騒ぎ出しためぐみんを無視して考える。

 いくらなんでも幹部を倒したいから来てくれと言って……。

 紅魔族って独特の感性があるからな。

 嬉々として来そうだ。

 だけど、相手は魔法効きにくいスライムだ。

 紅魔族は知能が高いから、もしかしたら断られるかもしれない。

 

「まずは紅魔族の里に行くか」

「それなら私もついて行きますよ。カズマ一人よりも効果的でしょう」

 

 めぐみんもいるなら何とかなるか。

 同族がいるんだから、そう簡単に断るなんてできないはずだ。

 何ならめぐみんが死んだらお前らのせいだからと言ってやる。

 それもだめなら八つ当たりしてやる。

 ついでに混浴できなかったイライラもぶつけてやる。

 

「よし。みんなに言ったら、転送屋で行くぞ」

「はい」

 

 紅魔族をたぶらかす、か。

 前もやれたんだ。今回もやれるだろ。

 

 

 

 転送屋を使って、紅魔の里に来た。

 里の前で俺達は軽く打ち合わせをする。

 

「いくら紅魔族が目立ちたがりでも、ハンスが相手だと知ったら無駄に高い知能で正論言って拒否するかもしれん」

「我ら紅魔族は相手が誰でも引きませんよ」

「俺達に戦力を寄越せば、その分里が危険になるんだぞ。いくら紅魔族がいいところを取りたがる連中でもその辺の分別はつくだろ」

 

 この里も魔王軍の襲撃を受けている場所だ。

 戦力が一時的でも落ちるのは好ましくないはず。

 しかし、紅魔族は知能が高いと同時に、自分達を格好よく見せようとするネタ種族だ。

 優秀ではあるが、全力で生きるあまりネタになる稀有な種族だ。

 

「魔王の幹部を討伐でき、活躍できるとあれば来てくれますよ」

「何にせよ話をしないとな。案内頼む」

「わかりました。こういう時に適任の人がいますよ」

 

 めぐみんは自信たっぷりに言った。

 紅魔の里に住む人はみんながみんな濃いので、逆にうっすらしか覚えてない。

 めぐみんの家族はちゃんと覚えているが。はじめて紅魔の里に来た時、俺とめぐみんを一緒の部屋に閉じ込めたからな。

 おかげでムラムラして困った。

 それぐらいしか俺は覚えてない。

 めぐみんは誰を紹介する気なのか。

 俺を案内するめぐみんは久しぶりに故郷に戻ってきたことで、普段よりも安心してるように見えた。

 里の中を懐かしそうに見回し、嬉しそうに微笑む。いつもそうだといいのに。

 それなら本物の美少女なのに。

 

「姉ちゃん!」

 

 前方から小さい女の子が大きな声を上げ、こっちに走ってきた!

 めぐみんの妹のこめっこが現れた!

 こめっこは俺達の前に来て、めぐみんの隣の俺をじっと見つめ、めぐみんを見つめ、腕を組んで言い放った。

 

「姉ちゃんが男連れ込んだ!」

「違います! 違いますから!」

 

 こめっこの突然の言葉にめぐみんは動揺し、赤い顔で否定に入る。

 そんな姉の言葉にこめっこは不思議そうに首を傾げて。

 

「間男?」

「違います! こめっこ、それは本当に失礼だからやめなさい!」

「誰からそんな言葉教えてもらったんだよ……」

 

 まさか、こんな小さい子から間男なんて言葉を聞くことになろうとは……。

 聞きたくない言葉ベストスリーに入るぞ。

 

「ぶっころりー」

「あんの腐れニートですか! 本当にあのニートは!」

「こめっこ。間男は言うの禁止な」

「えーっ」

「えーっじゃありません! お父さんとお母さんも泣いてしまいますから。もう言ってはいけませんよ!」

「んー、うん」

 

 めぐみんがいない時に間男なんて言葉を教え込む奴は助っ人に来てほしくないな。

 それにしてもこめっこは里にいてもこんな感じなのか。我が道を行きすぎだ。

 

「姉ちゃん、何でいるの?」

 

 ようやくまともな会話ができる。

 どうして今更その質問をするんだろうとか思うけど、まともな会話ができるからいい。

 

「強敵と戦うので、みんなに協力を求めに来たんですよ。そういうわけですので、こめっこには悪いんですが、私達はすぐに戻ります」

「そっか! 姉ちゃん頑張って!」

「あれ!? こめっこ、他にも何かあるでしょ? もう少しいてとか」

「ない」

 

 一切の躊躇いなく放たれた言葉にめぐみんは言葉を失った。

 久しぶりに会ったのにドライな対応をされたんだから、しょうがないっちゃしょうがないが。

 見た目に反して随分とたくましい。

 これなら一人で暮らしても生きていけそうだ。

 

「姉ちゃん、用事いいの?」

「そそそそうですね。ささっと終わらせてしまいましょうかね」

「姉ちゃん変な顔」

 

 めぐみんの顔を指差したかと思えばそんなことを悪びれることもなく、半笑いで言った。

 

「こめっこ!」

 

 怒られると読んだこめっこはすぐさま逃げ出す。

 それをめぐみんは追いかけようとして。

 

「ふぎゅ!?」

 

 手前の石に躓いて転んだ。

 それを遠くから見ていたこめっこが。

 

「姉ちゃんださーい!」

 

 その声に、めぐみんは四つん這いになったまま、全身をぷるぷると震わせる。顔は真っ赤に染まり、恥ずかしさから顔を上げることができないようだ。

 相当恥ずかしいと思ってるんだろう。

 情けない姿のまま、しばらく動けずにいた。

 

 こめっこを連れて俺達は里の中を歩く。

 めぐみんが誰を紹介するのか気になるところではあるが、今の俺には些細なことだ。

 

「こめっこ、次は何が食べたい?」

「何でも!」

「じゃあ、あそこでご飯食べるか?」

「ひゃほう!」

 

 こめっこが美味しそうに串焼きを食べる姿を見ていたらお腹が減ってきた。

 そろそろ何か食べたい。

 

「カズマ、協力要請はどうするんですか?」

「ご飯が先でいいだろ。向こうに戻った時、下手したら何も食えない可能性もあるぞ」

「それは、まあ、あるかもしれませんが……」

「兄ちゃんはやく!」

 

 俺の手を引っ張るこめっこに慌てるなと言って笑いかける。

 貧乏な家で暮らすこめっこは普段からいいものを食べられない。

 いいものどころか普通の食事すらままならないみたいだが。

 

「こめっこ、そんなに急かさなくてもご飯は逃げませんから。ねっ?」

 

 そして、そのことをめぐみんはよく知ってるから、ここぞとばかりにご飯をねだるこめっこを強く注意できずにいた。

 まあ、何だ。

 数々の大物賞金首を倒してきた俺にはご飯を奢るのは大した痛手にはならない。

 こめっこが食べたいだけ食べさせよう。

 俺達はこめっこを連れてお店に入った。

 

 こめっこはお腹が破裂するんじゃないかというほどご飯を食べた上にデザートのプリンまで平らげた。

 俺より食べてたぞ、普通に。

 膨らんだお腹を擦りながらこめっこが言った。

 

「こんなにご飯食べたのはじめて」

 

 その言葉にほろりときた。

 普段、この子は何を食べているのだろうか。

 もっと色々食べさせてやりたい。

 

「めぐみん、こめっこをアクセルに呼んだらどうだ? こめっこまで姉と同じ道を歩ませなくていいだろ」

「私と同じとはどういう意味か教えてもらおうか!」

「言わせんな。悲しくなるだろ」

「いいでしょういいでしょう! その喧嘩買おうじゃありませんか!」

 

 めぐみんが体を乗り出して俺に掴みかかる。

 目を鮮やかに紅く輝かせ、俺を激しく揺さぶる。

 激しく揺さぶられることで、食後間もない俺はちょっとあぶなくなる。

 胃の中のものが、かけ上ってくるのを感じる。

 めぐみんの手を掴み、剥がす。

 

「おいおい。危うく口からクリエイト・ウォーターを出すところだったぜ」

「ほほう。少ししか揺らしてないというのに、随分と脆いですね」

「おいおい、そんなこと言っちゃうか? 俺はな指を使わなくても吐けるタイプだぞ」

「そ、それが何だと言うのですか?」

 

 俺はテーブルに乗り上げ、めぐみんの手を椅子の背に押しつけ、動けないように力を入れる。

 にやっと笑いながら、めぐみんをまっすぐ見下ろす。

 

「おえってえずいたりするだろ? 俺はそれが自分でできるタイプでな。何回かえずけば……」

「や、やめろお! 私にそんな汚ならしいものをかけようとするんじゃない!」

「ふははははははは! カズマ様、愚かな私をお許し下さいと言ったらやめてやろう! 言わなければぶちまけてやる!」

「ひぅ!? カズマ様、愚かな私をお許し下さい!!」

「へっ」

 

 めぐみんに敗北宣言させた俺は満足し、満面の笑みで席に戻る。

 こめっこはめぐみんの肩に手をぽんと置いた。

 おお、姉を慰めようというのか。

 何て、何て優しい子なんだろうか!

 

「姉ちゃん、どんまい」

「ううう、こめっこ……。あなただけですよ。私に優しくしてくれるのは」

 

 妹を優しく抱き締める。

 こめっこの優しさに触れて、感動のあまり涙ぐんでいる。

 何て美しい姉妹愛だ。

 

「もっと強くなろうね」

「おふっ!」

「………………ぶふっ」

「!?」

 

 我慢できずに笑うと、めぐみんが眉尻を上げて俺の首に手を伸ばしてきた!

 

 俺とめぐみんの喧嘩を、こめっこが楽しそうに観戦していたのは十分ほど前のこと。

 結果から言うと、めぐみんは俺に負けた。

 俺の圧倒的強さに為す術なく敗れためぐみんはこめっこに「姉ちゃん実は弱い?」と最後のトドメを刺された。

 そのめぐみんは妹と手を繋ぎながら、泣きそうな顔で歩いている。

 

「ふふっ。無理矢理押さえ込まれた上に汚ならしいものをかけられそうになりましたよ……」

「おい、誤解を招くようなことを言うなよ」

 

 傷ついたような顔で歩くもんだから、里の人達に何だ何だと見られている。

 ちなみにこめっこは新しく買ってあげたアイスをこれまた美味しそうに食べている。この子の食欲と胃袋はどうなっているのだろうか。

 

「あれひょいざぶろーさんとこの……」

「強気な子だったよな?」

「あの男、何をしたんだ?」

「まさか、妹を人質に!?」

 

 だから、何で俺はそういう方向に行くんだ。

 酷いこと言ったとか、そういうところで止まらず、どうして色々すっ飛ばして鬼畜になるんだ?

 元の世界でもそうだったが、おかしいと思う。

 俺だって心当たりがあったりするが、それにしてもおかしいと思う。

 それとも俺が気づかないだけで、そういうオーラみたいなものがあるのか?

 もしそうなら俺にそんなものをつけた神様に復讐してやるのに。

 

「めぐみん? めぐみんじゃないか! ……どうしたんだ、そんな顔をして」

 

 手を振りながら、何となく俺と同族っぽい雰囲気を出す男がこっちに来た。

 何というか、紅魔族だから強いんだろうけど、やっぱり俺と同族っぽい雰囲気があるというか……。

 めぐみんはその男を見ると。

 

「何でもありませんよ」

「何でもないようには見えないんだが」

「……何。そこの男に押さえつけられた上で、無理矢理……されただけですよ」

 

 めぐみんは俯く。

 男が、俺を見る目が途端に冷たく厳しいものになった。

 このくそアマ!

 見れば、めぐみんはにやにやと俺を見ている。

 にやけ顔を男に見られないように俯きやがったのか。このくそアマ!

 だが、落ち着け。

 この程度のことでいちいち動揺する俺ではなかろう。魔王すら倒した俺なら簡単に覆せる。

 

「お前から仕掛けてきたんだろ。それもこめっこの見てる前で」

「んなっ!? めぐみん! お前はいつからそんな変態プレイを求める淫乱ロリっ子になったんだ!」

「誰が淫乱ロリっ子ですか! それ以上ばかなことを言ったらぶん殴りますよ!」

 

 頭のおかしい淫乱爆裂ロリっ娘が誕生した瞬間である。

 こうして頭に浮かべてみると、何を言いたいのかよくわかんないけど、とりあえずヤバい奴ってのは伝わってくるな。

 顔を真っ赤にして男を怒鳴りつけるめぐみんを見て俺は、俺は……!

 

「わかったろ? 今のこいつは人を平気で貶める恐ろしい女だってことが」

「里を出てから変わったんだな、めぐみん……。安心しろ。こめっこは俺がちゃんと育てる」

「何ばかなこと言ってるんですか! 未だにニートやってるあなたに任せられるわけないでしょう!」

「ニートじゃない! 魔王軍遊撃部隊に所属してるからニートじゃない!」

 

 それを聞いて俺は昔のことを思い出す。

 ニート集団がそれっぽく見せてるんだっけ?

 おっ、目の前の男のことを何となく思い出してきたぞ。

 名前は確か……ぶっころりー……。

 ぶっころりー?

 …………。

 

「お前か! こめっこに変なこと教えてるのは!」

「へ、変なこと!? 俺は何もしてないぞ!」

「嘘つけ! こめっこに変な言葉教えてるだろうが! 例えば間男とか!」

 

 めぐみんはそういえばと思い出したようにぶっころりーを睨む。

 一方その頃、こめっこはちょむすけをよだれを垂らしながら見つめていた。

 

「ち、違うよ!」

「何が違うか教えてもらいましょうか」

「面白がってるわけじゃなく、適当に思いついた言葉を教えてるだけで、決して悪気があるわけじゃない」

「少しは考えて下さいよ! 一番質が悪いじゃないですかそれ!」

 

 言いわけにもならない言いわけに、めぐみんは頭を抱えながらしゃがみこんだ。

 自分がいない内に、大事な妹に変なことを教えるニートがいるんだから、こうなるのもわかる。

 このまま問い詰めてやりたいが、それは今度にしなくては。

 

「まあ、こめっこの話は置いて。今は他に用があるんだよ」

 

 忘れてはならないが、ハンス討伐に必要な戦力を集めるためにここまで来たんだ。

 ぶっころりーはどういうことだと見てくる。

 

「今アルカンレティアに魔王の幹部ハンスが来てるんだ。こいつを倒すには紅魔族の力が必要だ。協力してくれないか?」

「ハンス? デッドリーポイズンスライムのハンスか?」

「ああ。こいつを倒すには紅魔族の力が必要なんだ。頼む、協力してくれ!」

 

 俺は深々と頭を下げる。

 

「ぶっころりー、私からもお願いします!」

 

 めぐみんも俺の隣で深々と頭を下げる。

 チラッと見てみると、ぶっころりーは悩ましげに顎に手を当てて考え込んでいる。

 ぶっころりーは片目を閉じて、確認するように質問してくる。

 

「何人必要なんだ?」

 

 俺は顔を上げて答える。

 

「十人以上だな。他にも多くの冒険者は参加するが、ハンスの猛毒を完全に防ぐのを考えたらそれぐらいはほしい」

 

 それを聞いてぶっころりーはまたも考え込む。

 俺とめぐみんはぶっころりーをじっと見つめる。

 神様にお願いするような気分だ。

 どうか聞いてほしい。

 

「だめだ」

 

 しかし、俺達の願いは聞いてもらえなかった。

 めぐみんは何を言われたかわからないような顔になっていた。

 ぶっころりーは続ける。

 

「いくらなんでも危険すぎる。それにこの里も魔王軍の襲撃を受けている。よそに人を回すわけにはいかないんだ」

 

 それは俺が最も恐れていた正論だった。

 腕を組むぶっころりーは固い表情で俺達を見ていた。

 めぐみんがそんなくそニートに頼み込む。

 

「ぶっころりー! お願いしますよ! 私とゆんゆんだけでは足りないんですよ!」

「だめだ。すまないが、諦めてくれ」

「そんな……」

 

 くそニートの話は、判断は正しい。

 里を最優先するのは当然だ。

 しかし、めぐみんが悲しそうにするのを見ていたら、何よりこめっこに変なこと教えるくそニートにむかつかないほど俺は大人じゃない。

 

「何だ。めぐみんから紅魔族はどんな時でも引かないと聞いてたが、実際は魔法に強いスライムが相手と聞いたら逃げるのか」

「はっ?」

 

 なぜかくそニートがちょっと嬉しそうにしてるが、なぜなんだろうか。

 そのへらへらした態度が俺のイライラを刺激する。

 混浴できなかったイライラと融合し、クールで有名な俺は珍しく熱くなってしまった。

 

「俺の仲間のめぐみんはな、エリートの道を捨てて、ネタ魔法使いとばかにされるのを覚悟で、幼い頃の約束を守るために爆裂魔法を極めようとしてるんだよ。上級魔法覚えれば、すぐに凄腕アークウィザードになれんのにな……。どんなにばかにされても、傷ついても、それでも約束のために耐えて、耐えて、耐えて前に進んでるんだよ」

「カ、カズマ……」

 

 めぐみんが凄く嬉しそうに、照れ臭そうにしながら、潤んだ目で俺を見上げる。

 

「それがお前らはどうなんだ。ちょっと危険な思いをするとわかったら逃げる。めぐみんを見習えよ! 一人で覚悟を決め、決意を胸に里を出て、爆裂魔法に全力を注いでんだよ!」

 

 帽子を深く被って、めぐみんは表情を見られないようにするために俯く。

 俺はまだ続けた。

 

「ここにはいないけど、ゆんゆんはそんなめぐみんをばかと言いながら、呆れながらも支えてる。あいつだって大変なのにな。故郷でもろくに友達をつくれなかった奴が、里の外で上手くやっていくのは難しい。ゆんゆんにも悩みはあるのに、めぐみんみたいに諦めないで頑張ってる」

 

 あとで死にたくなるだろうが、そんなの知るか!

 今は言いたいこと言ってやる。

 

「お前にはがっかりだよ! ちょっと危ないってだけでむむむ無理です、怖いですってびびって逃げてんだからな。この臆病者が! もういいよ! わかったよ! お前ら紅魔族は自分より弱くて害がなくて、しかも大勢で戦えないと何もできない腰抜け族ってことがよーくわかったよ! その辺の駆け出し冒険者のがまだ紅魔族らしいよ!」

 

 ふう。

 昨日混浴できなかったイライラも晴らせた。

 怒鳴りまくったらスッキリした。

 

「めぐみん、帰るぞ! この里には腰抜け族しかいないようだからな!」

「そうですね! 我が偉大なる紅魔族はもう滅んだようですし、帰りましょうか!」

 

 俺達はくそニートに背を向けた。

 ちょむすけをかじるこめっこを家に送り届けてのち、アルカンレティアに戻った。

 ……どうしよ。




ぶっころりー。

 好きなだけ言って、その男は去っていった。
 本気で断ったわけじゃない。
 めぐみん達が危なくなり諦めかけた時に参上し、大感動させるために断ったんだ。
 それなのにあの男ときたら。

「外にあんな男がいるとはな。まだまだ捨てたもんじゃねえな」

 まるで物語に出てくる主人公のように、説得してんだか、八つ当たりしてんだかよくわかんないことしやがった。
 物語で言うなら、俺は勇者に協力を惜しむ国王ってとこだな。
 それにめぐみんとゆんゆんがどれだけ強く生きてるかも語って……。
 我ら紅魔族を腰抜け族と吐き捨てたことといい。

「あの男……できる……!」

 あそこまで盛り上げてくるとは思わなかった。
 これは負けていられない。
 めぐみんやゆんゆん以上に凄いところを、格好いいところを見せないと!





後書きですよー。
ここまでで一万文字行ったので、ハンスは次になります。
そして、次の話では……?


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第十一話 お家に帰るまでが旅行です

編集完了しました。
5000文字ぐらい増えました……。


 紅魔の里でイライラしてた俺はついつい怒鳴り散らしてしまい、助っ人を得ることができなかった。

 そんなわけでハンス討伐は自力でやるしかないので、数々の大物賞金首を討伐して財産がチートしてる俺はデストロイヤー戦の時みたいに金の力を振るうことにした。

 めぐみんと王都に行き、アイテムを購入する。

 最高品質マナタイトを五つ購入。一億エリス。

 高品質マナタイトを四十個購入。四千万エリス。

 合計一億四千万エリスだ。

 他にも何か買おうと思ったが、マナタイトが凄く重いから諦めた。

 ダクネス連れてくればよかった。

 両手が塞がった状態でアルカンレティアに戻り、宿屋へと進む。

 四十個も買うんじゃなかった。

 手が凄く痛い。

 指に食い込んで痛い。

 めぐみんには最高品質の方を持たせてるけど、俺がそっち持ちたい!

 交代してくれないかな?

 よく考えたらどうしてハンス倒そうとしてんだろうな。

 アクシズ教団が消えれば、それだけ苦しむ人は減るわけだし、悪いことないよな。

 アクシズ教徒が路頭に迷……う?

 いや、こいつらは解散せず、どうにかこうにか生き残るだろ。

 ゴキブリを圧倒するとんでも生命力を見せてくれることだろう。

 それなら、うん。

 

「なあ、めぐみん」

「何ですか? 重いなら少し持ちますよ」

「いや、ハンス討伐諦めて帰ろうぜ。アクシズ教徒なんて、デストロイヤーが通っても生き残るって言われるぐらい頑丈だし、今回の件があっても余裕で生き残ると思うんだ」

 

 めぐみんは呆れ返る。

 はあ、とわざと聞こえるように大きく溜め息を吐いて、半目で俺を見る。

 また溜め息を吐いて。

 

「はあ。アクシズ教徒は生き残れても、この街は壊滅しますよ。この街の目玉でもある温泉がなくなれば観光地としての魅力は失われるわけですから」

「それはあれだよ。アクシズ教徒がそれだけ魔王軍を怒らせたってことだろ」

 

 よく考えたら魔王軍はアクシズ教徒を狙って行動してるわけだ。

 ここは魔王軍の恐ろしさを思い知らせ、更正する機会を与えればいいと思う。

 

「そんなこと言わずお願いしますよ。里でのことをみんなに暴露しますよ」

 

 めぐみんが嬉しさとおかしさが混ざったような笑みを見せて脅してくる。

 少し熱くなったとはいえ、何であんな恥ずかしいこと言ったんだろ。

 冷静沈着で有名な俺らしからぬ行動だ。

 やはり混浴を直前でだめにされたのが影響しているのか?

 もうちょっとだったもんな。

 はあ……。

 

「俺達だけで何とかするか」

「他にもたくさんの冒険者が参加しますから大丈夫ですよ。ここの冒険者は高レベルですよ」

 

 アルカンレティアの周りには強力なモンスターばかりなので、アクセルと違ってレベル制限がかかっている。

 そのため高レベルの冒険者のみが活動できる。

 低レベルでは同行すらできないとか。

 高レベル冒険者が大勢参加してくれるのは救いなんだろうが……。

 

「ハンスの毒は触れたら即死もある。ダクネスだって危険なんだぞ。いくら高レベルでも危険には変わりない」

「それはわかってますが、今回も大丈夫ですよ」

「謎の自信を……」

「ふふっ。いつもやれてたじゃないですか。今回も何だかんだで倒せますよ」

 

 めぐみんの不安のない微笑みを見たら、何も言えなくなってしまう。

 ここまで来たんなら覚悟を決めるべきだよな。

 俺が魔王を倒すには、城の結界を解除する必要があるわけだし。

 それにここでハンスを倒しとけば楽になる。

 ウォルバクもめぐみんの爆裂魔法で倒せるし、シルビアは倒し方を覚えてる。

 魔王の娘は……剥いとけばいいだろ。

 

「宿に着きましたよ」

「やっとか。やっと着いたのか……」

 

 もはや手の感覚はない。

 しかし、それもようやく終わると思うと、思うと、謎の感動が押し寄せてきた。

 何だろうか。

 もの凄く大変なことをやり遂げたような感覚が俺を包み込んでいる。

 そうか、ここがゴールだったのか。

 俺はもう戦わなくていいよね?

 

「お帰りなさい」

 

 ゆんゆんが俺達を出迎えてくれた。

 ダクネスは俺を見ると、代わりに荷物を持って。

 そんな軽々と持ちますか? 俺が苦労したのまぬけみたいじゃないですかやだー。

 筋力の差が丸見えっすね。

 部屋の隅ではウィズがちょむすけと戯れている。

 ちょっと癒された。

 

「今はどうなってますか?」

 

 めぐみんが荷物を置いて二人に尋ねる。

 

「現在各温泉は閉鎖。源泉は最も重要だからこの街の冒険者が警備している。警察の方からも人が寄越された。どんな盗賊でもあの警備の中を見つからずに行くのは不可能だ」

「空を飛べるなら話は別だけど、スライムにそんなことはできないからね。だから、源泉に行くならごり押ししかないわ」

 

 この街の重要な施設を守るために総力を上げているようだ。

 それを見て、びびって逃げてもらいたいものだ。

 ゆんゆんは俺達の買ってきたものを見る。

 それが大量のマナタイトであると知ると、驚いたように覗き込む。

 そりゃそうだ。

 高品質マナタイトは魔法使いが欲する最高のアイテムの一つなんだ。

 それが四十個もあれば、驚愕するのも頷ける。

 

「カズマさん、これ!」

「ああ。デストロイヤーでやった、物量作戦だ」

「これだけあれば魔力切れはないな」

「それに最高品質のマナタイトまで! 確かにこれなら倒すことはできるわね」

 

 倒すことは。

 つまりそれは周囲への被害を“度外視”して戦えばということだ。

 要するに爆裂魔法を連続で撃ちまくって、強引にハンスを倒すやり方になる。

 しかし、それだと当然のことだが汚染はとんでもないことになる。

 破片でも、腕のいいプリーストが大勢いても浄化に数ヶ月かかるとのことだ。

 汚染による被害を防ぐのは不可能であるが、可能な限り抑えたいものだ。

 

「ハンスは源泉をどうにかしようとするだろうが、流石にこの規模の警備を見たら様子見はするだろ」

「そうだな」

「その間に手を打っておきたいな」

 

 爆裂魔法の爆風が来ても壊れない位置にバリケードを設置して……、地面への汚染を防ぐために厚い鉄の板か氷の魔法で地面を隠したり……。

 それに源泉からなるべく遠ざけて戦えば街への被害は格段に抑えられる。

 ふむ……。

 

「ギルドに行こう。ウィズ、ちょむすけを頼む」

「わかりました。ちゃんと守り通しますね」

 

 ウィズにちょむすけを任せて、俺達は荷物と装備を持ってギルドへと向かう。

 

 

 

 ギルドについたらハンスに対する話し合いをしたいと職員に伝え、ギルドにいた数十人の冒険者を交えて議論を開始する。

 

「ハンスとの戦いで俺達が気にするべきなのは周囲への汚染だ。辺りが滅茶苦茶に汚染されたら浄化もその分長引く」

 

 これに多くの人は頷き、ならどうするんだと視線で聞いてくる。

 俺はボードに貼りつけた街周辺の地図を細い棒で指して問いかける。

 

「俺達は街の周辺に詳しくないから教えてもらいたいが、街の周辺でいいところはないか?」

「いいところ?」

「源泉周辺で戦うと大変なことになる。それなら源泉からハンスを引きはなして戦うのが理想となる。ハンスによる汚染を抑えるために、何重にもバリケードを展開して飛び散る欠片を防ぎ、地面は鉄の板なり氷の魔法で守ることを勧めたい。そこで問題となるのは場所だ」

 

 なるほど、と冒険者や職員は呟き、あそこはどうだと話し合う。

 これに関しては俺達ではどうにもならないことなので、彼らに任せるしかない。

 俺は彼らの話し合いを見ながら、他にできることはないかを考える。

 マナタイトを新たに仕入れる。今度は高品質だけでなく、中品質も購入するか。そっちは地面を凍らせるように使えばいいだろ。

 ダイナマイトはどうだ? あれを矢につけて射れば、俺でもダメージを与えられる。有効な攻撃手段と言えよう。

 ハンスの体を少しでも削れるなら、積極的に使うべきかもな。そういえばウィズの店に大量にあったはずだ。あとで買いに行こう。

 

「場所が決まりましたよ」

 

 その場所は湖と源泉からはなれた位置にある林で、人もあまり行かない。

 今回の作戦では理想的なところみたいだ。

 これで汚染されても街への被害は減らせる。

 問題はハンスを誘い込めるかだが、人型の内に奇襲して凍らせてそこに運ぶか、挑発をしまくれば何とかなるかもしれない。

 挑発か……。あいつはウォルバクと混浴してたんだよな……よし。

 

「引きつける方法は何とかなるかもしれない。あとは時間の問題だな……」

 

 ハンスの目的は最終的に源泉の破壊だが、厳重な警戒がされてる時に来ることはないはずだ。

 不意打ちとはいえ氷漬けにされて爆裂魔法を撃ち込まれそうになったのだから、向こうも警戒ぐらいする。

 もしかしたらウォルバクに警告ぐらいされてることもある。

 それにあいつは“長い寿命を持つ俺達にとって十年ぐらい”と言うぐらいだから、警備が薄くなるまで待つことは十分にあり得る。

 そこで俺は逆手にとることにした。

 つまりあいつが気長に待つというなら、こちらは状況を見ながら警備を薄くしていくつもりだ。

 どんな警備も時間が経てば薄くなるものだ。

 ましてや警備してるのが冒険者となれば、解散する日もはやいと読むはず。

 数日は猶予ありそうだが、強行突破されるのも考えたら余裕はないと言える。

 バリケードをつくる時間は足りるか? その上地面を氷の魔法とか……待てよ? すぐにつくれるんじゃないか?

 

「ここは林なんだよな?」

「はい」

「それならバリケードはすぐにつくれるぞ」

「えっ!? どうやるんですか!?」

「木と木にロープか何かを結ぶんだ。そこに何でもいいから布をかけて水で濡らす。それを氷の魔法で凍らせればすぐに壁ができる」

 

 俺の意見に、確かにそれならはやいな、とみんなは口にする。

 

「でも、それだと薄いだろ」

「水をかけて凍らせる。これを何度もやれば解決するから気にしなくてもいいじゃないか。地面も同じようにやれば厚くなる」

 

 魔力の問題はマナタイトでどうにでもなる。

 それは俺の方で用意するから大丈夫だ。

 バリケードなどが完成すれば汚染の被害はある程度抑えられる。

 街に被害が出ないだけで、作戦区域を汚染させることには変わらない。

 そして、これを浄化するのはどれだけの時間が必要になるのか……。

 そのことをうれいた冒険者がみんなに問いかける。

 

「もっと汚染を防ぐ方法はないのか?」

「他には何ができそうだ?」

「木全体も凍らせるとかはどう?」

「戦場の足場をぎりぎりまで詰めるとか」

 

 破片を被害が出ないように凍結させるのは当然のこととして、他にできることはないか?

 しかし、いくら考えても出てこない。

 そもそも俺達が悩むのは、汚染の浄化に時間がかかるからだ。

 破片で数ヶ月なら、ハンスの体全体なら当然必要な時間は増える。それこそ俺達が生きてる間に終わるかどうかだ。

 だから汚染を少しでも抑えたいのだが、そんな都合のいいやり方なんてあるのか?

 悩む俺にめぐみんが言った。

 

「カズマ、戦闘後の破片はどうするんですか?」

「浄化するに決まってんだろ」

「もしかしたらしなくてもいいかもしれませんよ」

「どういうことだ?」

 

 浄化をしなくてもいいと言うめぐみんを俺だけでなくみんなが見つめる。

 めぐみんはそれに気づいてはおらず、突拍子もないことを口にする。

 

「デストロイヤーの時にコロナタイトをテレポートで魔王の城に飛ばしたではありませんか。今度も破片を魔王の城に飛ばしたらどうかと思いまして」

「それだと浄化の手間は省けるのか……」

「少しは浄化しないといけないだろうけど、でもテレポートで魔王の城に飛ばせば……」

「半分以上飛ばせたら浄化の時間も半分よ」

 

 少なくとも人類が生活するエリアではないから、汚染されようが構わない。そうか、その手があったか。

 

「めぐみんのハンスを魔王の城に廃棄しよう作戦に賛成の方は挙手をお願いします」

 

 みんなが手を挙げた。

 

 

 

 あれから三日の時が過ぎた。

 俺はテレポートを使える魔法使いを魔王の城に連れていって、テレポート先に登録させた。そして、登録した魔法使いが別の魔法使いを連れていって、と鼠算式に魔王の城を登録した魔法使いが増えた。

 最大懸念の汚染もテレポートというあまり使わないけど使う時は凄い役に立つ魔法によって最小限に抑えられそうだ。

 氷の魔法によるバリケードも順調で、魔導冷蔵庫に使われる魔法を併用することで解ける時間を遅らせるなど工夫がされている。今は定期的に魔法をかけ直して、バリケードが崩れないようにしている。

 地面を守る方法も同様のやり方で、ハンスの欠片が多くなりそうな近場は鉄の板を仕込んでいる。

 それとは別に林の中を戦場にするため、戦いやすいようにと木をある程度伐採して広場のようにし、倒した木は板にして地面に敷き詰めている。

 鉄も木もハンスの毒を完全に防げるとは思えないが、できることは少しでも多くやっておきたい。

 マナタイトはダクネスに任せている。ダクネスは他の冒険者と協力してマナタイトを王都や他の街から仕入れて、それを魔法使い連中に配っている。

 ハンス戦はもはや物量作戦となるが、最終手段として爆裂魔法を連発する。

 最終手段なので、よほど最悪の事態に陥らなければ使うことはない。

 俺の方は今日までダイナマイトなどをつくってきた。

 ハンス戦への備えも十分となり、俺達は次の段階に移った。

 そう。警備の人数を減らす。

 減らしたのはどうなるかと言うと、戦場に待機させるのだ。

 入り口と源泉の中間地点を基準に考え、入り口から中間地点までの人数を少しずつ減らしてハンスを誘い出す。

 それとは逆に中間地点から源泉までの警備は減らさずにそのままにする予定だ。例のポイントに誘い込めなかった時の保険としてだが、誘い込めた場合は警備の連中も集合する手筈になっている。

 警備が手薄になると思われがちだが、例えば俺達が敗北してハンスが源泉に向かえば、源泉周辺はどう戦っても汚染される。万が一倒せても被害は甚大となる。

 そうなるぐらいなら例のポイントで総力戦をはじめた方が、例え爆裂魔法を連発する事態に陥っても、源泉や湖から遠ざかってる分被害は抑えられる。

 作戦通り、時間とともに警備の人数を徐々に減らしていき……。

 数日後、とうとうハンスが姿を見せた。

 辺りを注意深く見回しているのは、ゆんゆんの魔法が飛んでこないか警戒しているからかもしれない。

 あの時氷漬けにされたのは思ったより効いていたのか。

 俺はハンスの後ろに立って話しかける。

 

「俺達を探してるのか? ハンス」

「やっぱりいやがったか。……他の奴らはどうした」

 

 めぐみん達は例のポイントで待機させている。

 そんな危険なことをするのには当然理由がある。

 そして、俺が一人なのは必要不可欠のことだ。

 あいつらには当然のように反対されたが、これが一番成功させやすいんだからやるしかない。

 

「お前を倒すための準備をしてるよ」

「ほう……。前回は奇襲で俺を氷漬けにできたってのを忘れてないか?」

「ウォルバクがいなければ爆裂魔法撃ち込まれて粉々になっていたのを忘れてないか?」

 

 俺の返しにハンスは大きく舌打ちした。

 やはりこいつにとって前回のことは黒歴史だったんだ。それならやりやすいってもんだ。

 まあ、あそこで爆裂魔法撃ってたら、人型とはいえそれなりに被害はあったろうから、むしろ好都合だったというか……。

 ハンスは俺を睨みつける。

 それに俺は今すぐ逃げ出したくなる気持ちに駆られるが、ここはぐっと耐えなくては。

 これでも世界を救ったんだ。精一杯の虚勢を張り、ハンスを睨み返す。

 

「ふん。てめえからは弱そうな感じしかしねえな」

「ほう。この俺が雑魚と言うか。まあ最弱職の冒険者だし、それは認めてやる」

「……最弱、冒険者? くそがっ! てめえみたいなのに遅れをとったのかよ!」

 

 失礼な。

 確かに最弱職だけど、そこまで言わなくてもいいだろう。

 俺のガラスのハートが砕け散るぞ。

 何はともあれ、ハンスの怒りと恨みを強めることには成功したな。

 よし次だ。

 

「だが、俺はベルディアを追い詰めた男だぞ」

「はっ?」

「あいつが水に弱いってのは知ってたからな。頭を奪ってひたすら水攻めして、爆破して、また水攻めして……」

「……少しは躊躇しろよ。敵とはいえ、そこまでしたら拷問だぞ」

 

 俺が悪辣に笑いながら語ると、ハンスは若干引いた様子で言ってきた。

 幹部すら引かせるのか、悪辣に笑うと。

 今度鏡でどんなものか見てみよう。

 ちょっと予定は狂ったが、まあいい。

 

「ベルディアの頭で遊ばなかっただけマシだろ」

「十分もてあそんでるだろ! てめえの頭の中はどうなってやがんだ!」

「敵に情けをかけて不利になるわけにはいかないだろ。だから徹底的に攻めただけだ」

「だけじゃねえよ! 少しは情けをかけろ! この人でなしが!」

 

 なぜ俺が人でなしと言われるのかさっぱりわからない。

 俺を混乱させようと適当なことを言ってるだけだな。

 なぜか俺に戦々恐々しているハンスに。

 

「さて、俺はアルカンレティアを守るためにお前を倒さなきゃいけないわけだが」

 

 俺の話にハンスは腰を落とした。

 真の姿を見せないのは、俺にそこまでする必要はないと考えているからだろう。

 舐められたものだ。

 

「お前が素直に諦めて撤退するなら見逃すつもりだ」

 

 それにハンスは顔に手を当てて笑い出す。

 

「ははははははははは! 何を言うのかと思ったら……。何だ、そんな下らないことか!」

 

 ハッタリと捉えたハンスは構えを解除して、俺をビシッと指差す。

 嘲笑うような表情を浮かべて。

 

「俺を倒す方法がねえんだろ。そりゃそうだ。てめえみたいな奴に思いつくとは思えねえ!」

「考える頭もない雑魚スライムなんかに言われたくないんだが。大体魔王軍なんて、女のことしか頭にない変態集団だろ」

「あっ?」

 

 俺が半目で、小ばかにするように言ったら、ハンスは気の抜けた声を発した。

 無策であるはずの俺が冷静にしかも挑発するもんだから、調子が狂ったのだろう。

 さて、はじめるか。

 

「お前達の親分の魔王なんて、大陸一変態プレイが大好きで、女なら幼女だろうと老婆だろうとお構いなし。女と見ればさらって変態凌辱プレイを楽しみまくるド変態魔王だろ!」

「な、な、何を言ってる! そんなことあるわけないだろ! ふざけんなっ!」

 

 根も葉もない暴言にハンスは激昂する。

 しかし、挑発があまりに予想外なものだったのか少し混乱しているように見える。

 一方で調子が出てきた俺は大袈裟に手を振り、熱く語る。

 

「お前達が戦争を仕掛ける本当の理由は魔王の趣味を満たすためだ! そして、そんなド変態魔王の部下のお前達に変態趣味がないはずもなく、誘拐した女を口にはできないプレイでもてあそんでいる! ド変態軍って改名したらどうだ!?」

「き、さま……! いい加減にしろ!」

 

 歯をぎりぎりと鳴らして、今にも食い殺しに来そうなハンスにびびって少し後退りしちゃうが、お口の調子は変わらず絶好調だ。

 このままハンスを感情的にさせよう。

 

「どうせお前は捕らえた女を『ふはは。スライムの俺が新しい境地と快楽を教えてやろう!』とか言いながらぬるぬる触手プレイを行い、その上『俺は人間の雌を強制的に発情させる分泌液を出せる。さあ、お前の浅ましい雌の顔を見せてみろ!』とか言って女をもてあそぶのだろう」

「…………ぶっ殺してやる!!」

「おっと図星か。だけどな、お前には隠された秘密もあるのを俺は知ってい、やべ!」

 

 ハンスが怒りで我を忘れて俺に向かってきた。

 全身から怒りと殺意を撒き散らしている。

 もちろん俺がとる行動は一つだ。

 

「逃がすか!」

 

 わりとはやめにキレさせることには成功した。

 俺を追いかけてくるハンスとの距離をいい感じに保ちながら例のポイントに向かう。

 俺には素早さを上げる支援魔法が前もってかけられているので、転んだりしなければ捕まることはない。

 しかも余裕が持てるので、あいつを挑発しながら逃走できる。

 

「この俺様をあそこまで虚仮にしてくれたのはてめえがはじめてだ! 何が何でも殺してやる!」

 

 相当お怒りのようだ。

 人型なのはスライムの状態よりはやく走れるからだろう。

 よしよし。

 それでいいんだ。

 そうやって俺を追いかけてくればいいんだ。

 お前はもう俺の手の中にある。

 精々踊るがいい!

 

「よし、ここらで」

 

 頃合いを見て、ハンスの頭に上った血をもう一度沸騰させるように愚弄する。

 

「追いかけっこは楽しいなあ、ハンス!」

「うるせえ! 雑魚の分際で名前を呼ぶんじゃねえ!」

「おお、怖い怖い。だけど、この俺様にそんな口を利いていいのか?」

 

 無視したのか、それかどんなことを言ってくるのか聞こうとしてるのか、ハンスは返事をしなかった。

 しようがしまいが、もはやハンスが浴びる言葉は決まっているから、何も変わらないんだけど。

 さっ、この俺の口から飛び出る言葉で奴を更に怒らせよう。

 

「お前が魔王の幹部ウォルバクと不倫旅行していたって世間に広めることもできるんだぞ」

「不倫、旅行?」

「そうだ! 魔王の幹部ハンス、不倫旅行中に気が抜けてしまい、冒険者に氷漬けにされる! 見出しはこんなものだな」

 

 と言って、俺はハンスに向けて紙束を投げつける。

 それを無警戒に掴み取り、書かれている内容を追いかけながら読んでいく。

 その時の様子がありありと再現された絵も見て、ハンスはぐしゃりと紙束を握る。

 

「くそったれええええええええええ!!」

「うははははははは!」

 

 紙束を真っ二つに破り、道端に捨てる。

 そして、それを華麗に哄笑する俺!

 

「だから、てめえら人間が嫌いなんだよ! てめえらはもっと尊重する心を持ちやがれ!」

「考える頭もないスライムに言われても。それに俺のはただの挑発だ」

「こんな挑発があってたまるか! てめえのは単なる誹謗中傷だ!」

 

 そう言われると俺が本当に酷いことを言ってるように聞こえてしまうから不思議だ。

 俺のは計画を遂行するための挑発だ。

 それをわからないからあいつは本能のままに生きるスライムなんだ。

 もはや頭に完全に血が上り、罠の可能性や誘い込まれていることに意識が向いていない。

 元の世界でも怒りっぽいところはあったが、まさかここまでちょろいとはな。

 女だったらちょろイン言われてるぞ。

 

 林の中を走る。目的地はすぐそこだが。

 ハンスは、罠とかそういうのはお構いなしに俺を殺しに来てるんじゃないかと思えるほどに怒り狂っている。

 途中でモモンガのおしっこが入った瓶を投げたのが原因かもしれない。

 いくらスライムでもモモンガのおしっこは許せなかったようだ。

 言葉による挑発があまり効果なさそうだった時に備えて用意したのだが、ついでだと思って投げたら見事にヒットした。

 あれは避けないあいつが悪い。

 だが、数々な誹謗中傷と嫌がらせのおかげでハンスを例のポイントに誘い込むことができた。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

「くっ!?」

 

 ハンスは飛んできた魔法を咄嗟に回避するも、右腕を凍らされ逃走できなくなる。

 これで正気に戻り、ハンスは周囲を見回して、冒険者が多くいることを知ると。

 

「まさか、本当に俺を倒しに来てるとはな……」

 

 少しだけ感心しているような声を発して。

 

「だが、てめえはなぶり殺す!」

 

 ハンスは右腕を切断して、真の姿を露にする。

 ハンスの正体、それは巨大なスライムだ。

 体から数本の触手らしきものを生やし、何より恐ろしいのはその巨大な口だろう。

 あの口なら大型のモンスターも軽々と飲み込めそうだ。

 ハンスの真の姿に息を飲むような音があちこちから聞こえる。

 接近戦は、全身が猛毒のハンスにはしてはならない戦法だ。そのため今回の戦いでは、斬撃を飛ばしたりできない前衛職は皆大きな盾を持ち、仲間を守るようにしている。一応いいものは用意したが、途中で盾がだめになる可能性は拭えないので予備も持たせてある。

 俺はハンスから即座に距離をとり、ゆんゆん達と合流する。

 

「作戦開始ー!!」

「「「おおおおおおおおお!」」」

 

 汚染されても被害が少ないということでここを選んだわけだが、もちろんなるべく汚染を抑えて戦う。

 とはいえ、ハンスのいる場所は既に汚染されてしまっているが……。

 ダイナマイトをつけた矢をつがえる。

 

「ゆんゆん!」

「はい!」

 

 導火線に火をつけて、射る。

 矢だけではハンスの体に突き刺さっても効果はないが、ダイナマイトが爆発すれば別だ。

 爆発がハンスの体を抉る。

 飛び散る破片をゆんゆんが凍らせる。

 汚染の被害を減らすためか、ゆんゆんは大きな氷をつくっていた。確かにあれなら飛び散った破片はほぼ凍結させられるな。

 ゆんゆんはマナタイトを手に詠唱を――。

 ハンスの体から生える数本ある触手の一つが俺達に狙いを定めた!

 俺達に向かって伸びてきた触手は、

 

「はあああっ!」

 

 大剣を持つ剣士が飛ばした斬撃によって真っ二つにされる。

 そこへ追い討ちをかけるようにして。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゆんゆんの魔法が炸裂する!

 触手は丸々氷漬けにされ、ハンスの体から触手が一本失われる。

 全体から見れば一部だが、しかしかなり大きな破片なのは確かだ。

 出だしは文句なしだ。

 ハンスを囲む冒険者達によって、ハンスの周りには氷漬けになった破片が少しずつ溜まっていく。

 

「本当に絶え間ねえな」

 

 ダクネスがどれだけマナタイトを買ってきたかは不明だが、多分とんでもない数を買ってきてる。

 そのおかげで魔法使いは遠慮せずにバンバンと魔法が使えるわけだが。

 ハンスははじめこそ俺に注意を向けていたが、俺達よりも周りの冒険者の方が与える被害のが大きいと判断すると、俺だけに注意を向けるのはやめた。

 触手で全体に攻撃を仕掛けるハンスだったが、見事に返り討ちに遭い、触手を本体と外された上で氷漬けにされていた。

 返り討ちで学習したのか、今度は触手を増やした上で攻撃を仕掛ける。

 流石に危険なため、反撃はせずに回避する。もしくは盾で防ぐか、魔法で氷の壁や岩の壁をつくり上げて防ぐ。

 

「これを使え!」

 

 仕方ないと、俺はゆんゆんに最高のマナタイトを手渡す。

 意図を読んだゆんゆんは詠唱を行う。それをダクネスが前に立ち、来るかもしれない攻撃から守る。

 

「ゆんゆん、合図したら全力で魔法を使え!」

「はい!」

 

 全体攻撃するハンスから、冒険者が臨機応変に対応する中で俺はタイミングを計る。

 これだけの触手をどうにかできたら……!

 最高のマナタイトは爆発魔法に使う魔力さえ肩代わりできるものだが、ならばゆんゆんが爆裂魔法に匹敵するほどの魔力でカースド・クリスタルプリズンを使っても肩代わりできるということだ。

 ハンスが一度攻撃をやめて、再度狙いを定めようと……ここだ!

 

「ダクネス、デコイだ!」

「わかった! 『デコイ』!」

 

 本能のままに行動するスライムは笑いが出るほど見事に反応し、ダクネスに向かって全ての触手を伸ばすも。

 

「行け!」

「『カースド・クリスタルプリズン』!!」

 

 ゆんゆんの全力の魔法が迎え撃ち、全ての触手を氷漬けにした!

 氷漬けになった部分を切りはなして、ハンスは短くなった触手を元の位置に戻す。

 これを見た冒険者が興奮と歓喜の声を上げる。

 

「うおおおお! やりやがった!」

「あの数を一発で!」

 

 既に多くの触手を失い、ハンスの体ははじめよりも縮小していた。

 それもそのはず。触手はハンスの体から生えているのだから失えば小さくなる。

 幸運にも先の攻撃で負傷したものはいない。流石、普段から凶悪なモンスターを相手にしてるだけのことはある。

 風は俺達に吹く。

 源泉にいた冒険者もここに来て合流する。

 人の数も増え、ますます有利になる。

 ハンスの触手で汚染された場所に触れないように注意しながら、取り囲む。

 ここまで来たら、あとは時間の問題だ。

 ハンスも、デストロイヤーのように金と物量で破れ去るのだ。

 いや本当に金の力は凄い。そもそもマナタイトを大量購入できたからこうして戦えるわけで、そうじゃなきゃどうしたらいいかわからなかったろう。

 俺は気を抜かず、ハンスを見据える。

 

「静かだな……」

 

 ハンスは触手を出すのをやめて、巨大な口を見せているだけだ。

 触手でのダメージが痛かったか。

 実は触手を出されている方が効率的にダメージを与えられると気づいたから、俺としては出してもらいたいのだが。

 巨大な体をちまちま削るのは魔力切れの心配も出てくるから触手を出してくれ。

 と思っていたら。

 

「な、何だ?」

 

 ハンスの体がぐねぐねと蠢く。

 それに俺は嫌な予感がした。

 アクアが、私に全て任せなさい! って言うぐらい嫌な予感がした。

 俺は自分の勘を信じて指示を出す。

 

「魔法使いは壁なんかをつくって攻撃に備えてくれ! 他のみんなはどんな攻撃が来てもいいように備えてくれ!」

「「「了解!」」」

 

 ハンスを囲んでいたので、俺達がつくった壁はハンスを閉じ込める形になる。

 壁もどんな攻撃が来てもいいようにと何重にも重ねられていて、俺を含む何人かがハンスの動きを注視し、他は壁に寄り添っている。

 ぐねぐねと蠢くハンスは、突然ぴたりと動きを止めた。

 何か来ると思い、いつでも壁に向かって走れるようにする。

 そして、ハンスの体から小さな破片が発射される。

 それを見て、俺達は慌てて壁際まで走る。

 スライムの体は柔らかいので、何重にも張られた壁を壊すことはできない。

 だが、こちらも何もできない。

 もしも壁を展開していなかったらと思うと、背中に冷たいものが走る。

 壁を越えて飛んでいく破片もいくつかあり、壁際も危なくなる。

 盾持ちが盾を掲げて、壁の上部に引っかかって落ちてくる破片からみんなを守る。

 魔法使い連中はこれを受けて、焦りを見せながらも氷の魔法で屋根のようなものをつくるなりして被害を減らそうとする。

 破片に触れないように注意しつつ、壁を越えた破片がどこに飛んでるか一応確認する俺は違和感を覚えた。

 というのも別の場所に氷の壁が見えたからだ。

 バリケードではなさそうだけど、何だあれ。

 もしかして誰かが汚染対策に用意したのか?

 それとも触手の時の残りか?

 それにしては変な場所にあるような……。明らかに触手が届かない位置にありそうだし。

 

「カズマ! 退くぞ!」

 

 ダクネスの声に視線を戻せば……!

 氷の壁の上部に見覚えのある触手が……。

 俺達はすぐに距離をとる。

 

「どうするか……」

 

 街を汚染から守るためにここまで連れてきたのだ。

 逃げてしまったら元も子もない。

 この林の中で解決しなくてはならない。

 ハンスはその大きさを利用して壁を越えようとしている。

 他の冒険者の攻撃は完全に無視している。

 受けたダメージの大きさと冒険者の多さから逃げようとしているのか、それとも一部を狙い撃ちしているのか。

 本能で動くモンスターとはいえ、魔王の幹部だ。普通のスライムよりは賢くてもおかしくはない。

 でも、何をするかは全く読めん。

 

「カズマ、どうしますか?」

 

 俺は難しい顔になる。

 もしも逃走を狙っていたら、ハンスを止めるのは困難を極めるだろう。

 物理と魔法に対する耐性は高いのだから、これを食い止めるのは簡単な話ではない。雑魚モンスターを止めるのとはわけが違う。

 そう、こいつは逃げてる最中に何でもかんでも飲み込んで腹を満たすだろう。それに通った跡は汚染される。

 ……おそらく今のハンスに爆裂魔法を撃ち、氷の魔法を全力で使えば討伐できる。

 飛び散る破片も、さっきの攻撃を凌いだ俺達なら防げる。何なら魔法使いが氷の魔法を使って凍結させてもいい。

 ここで逃走させては全ての作戦が無駄になる。

 被害が少なくなるからここで戦っているのを忘れるな。

 

「爆裂魔法を使う」

「お、おい、それは!」

「この林は汚染させても被害が少ないから選んだんだ。もしもあいつが逃走をしようとしていたら、俺達には止められない」

 

 俺の言葉に周りの冒険者は悔しそうにしながらも頷いた。

 あんなものを止めるとなれば、それこそ倒すしかないのだ。

 ゆんゆんが不安そうに手を合わせながら。

 

「でも爆裂魔法を使ったら……」

「破片は飛び散るが、バリケードをはじめとしたものが多く設置されている。それらが防いでくれるはずだ」

「ん。元々爆裂魔法は最終手段として組み込まれていた。何、連発するよりは遥かにいい」

 

 ゆんゆんの不安を取り除くようにダクネスは優しく笑いかけた。

 それを見て、少しは安心したのか、不安げな表情を和らげた。

 間もなく壁を乗り越えようとしているハンスを見ながら、俺は指示を出した。

 

「俺達はここに残るが、他のみんなは爆裂魔法のことを伝えてほしい。それで飛び散る破片は」

「全部言わなくても大丈夫だ。それよりあんたらこそ大丈夫なのか?」

「そーそー。爆裂魔法なんてネタ魔法で自爆したりしないでよね」

「おい。ネタ魔法と言うのはやめてもらおうか。さもなくば今ここで……!」

「やめろばか!」

 

 感情が高ぶっためぐみんは目を紅く輝かせて、杖をゆらゆらと動かして威嚇する。

 それに周りの冒険者はくっくっと笑い、安心したように笑いかける。

 

「死ぬなよ」

「お前らこそ」

 

 俺は近くの冒険者と拳をコツンとぶつけ――。

 

「なあ、ハンスの様子がおかしくはないか?」

 

 ダクネスの指摘に俺達はハンスを見る。

 

「どうしたんだ、あいつ」

 

 壁を乗り越えようとせず、何かを気にしている。

 まさか、他の冒険者が何か……。いや、攻撃は全部無視してたからそれはないか。

 じゃあ、いったいどうして。

 いや、待て、何だこの魔力?

 めぐみんの爆裂魔法を遥かに凌駕するほどの魔力を感じるぞ。

 ウォルバクか?

 いや、それなら上級魔法で俺達を攻撃する。

 

「魔力ない俺でもこれがやばいのはわかる」

「寒くなってきたな……」

 

 寒い、つまり氷の魔法か。

 だけど、こんな魔力は一人で出せるものじゃない。それこそ複数人が同じ魔法を使おうとしてるみたいな感じが……。

 その時だった。

 

「「「今こそ! 我ら紅魔族の力を知らしめる時……!」」」

「に、逃げよう、逃げよう!」

 

 俺の言葉にみんなは頷く。

 見れば他のところの冒険者も紅魔族という名の異常を察知して逃走を開始している。

 

「「「この世の全てを統べる我らの力を見るがいい!」」」

 

 何人で来たんだよ!

 ヤバいヤバいヤバい。

 あいつら一斉に魔法を唱える気だ。

 数えきれない人数で来ていそうな紅魔族の連中は。

 一番美味しいところを持っていく本能を持つ紅魔族の連中は。

 

「「「『カースド・クリスタルプリズン』!」」」

 

 いったい何人が唱えたのか知らないが、何を考えてやったのか知らないが、そいつらの魔法は氷の山をつくりあげた。

 何これ……。

 本当に何なんだろうな。

 俺、いやみんな決意したんだよ。

 そしたら氷の山ができてたよ。

 意味わかんね。

 呆然とする俺達のところに数十人の紅魔族がやって来る。

 氷の山があるから迂回してきたようだ。

 その内の一人、ぶっころりーが顔を見せる。

 またお前か。

 

「どうだい、俺達の力は。大量の魔力で氷の上級魔法を使い、ハンスを氷漬けにしたよ。いやあ、ゆんゆんも中々よかったけど、美味しいところを持っていく技術がまだまだだね」

「他に打つ手なしってところで私達が一撃で倒す。それもこの戦いに参加した冒険者より少ない人数で。見事だと思わない?」

 

 わかる。

 俺の周りの冒険者がキレかけてるのが。

 俺もキレかけてるからな。

 

「なあ、お前達が最初からいてくれたら、もっと楽に倒せたんじゃないのか?」

「わかってないな。格好よさを求める俺達は最高に格好よくなる瞬間を待ってたんだよ。君も中々だったけど、まあ俺達ほどじゃないね!」

 

 俺達は怒りを落ち着けようと深く息を吐いて、体をほぐすように動かして。

 でも、やっぱり無理だったわけで。

 

「「「ふざけんなっ!!」」」

「「「ひいっ!?」」」

 

 全力で怒鳴りました。

 

 

 

 ハンス討伐は不本意であれ達成された。

 ハンス討伐後は、朝になるまで冒険者と紅魔族が交代でハンスの破片を凍結させて汚染被害を抑える。

 朝になったら何をするのかと言うと、もちろん例の作業だ。

 

「紅魔族は遠慮なく使ってくれ。さあ、みんな、ハンスの破片を魔王の城にテレポートさせるぞ!」

「「「おおおお!」」」

 

 紅魔族も強制的に働かせて、春のテレポート祭りを開催する。

 凍結されたハンスの破片をテレポートで魔王の城に返品するだけで、浄化にかかる時間が大幅に減らせるんだぜ。

 この作業は高品質マナタイトを用いることで実にスムーズに行われ、僅か数日で破片や汚染されたものの撤去は完了した。

 残るのは汚染された地面とハンスの本体だ。

 ハンスだけは紅魔族の手で凍結されてきた。

 最初は氷の山のようだったが、紅魔族が上手く調整してきたので、今では元の大きさとあまり変わらない。

 こういうところが腹立つんだよな。

 少しイラっとしながらぶっころりーに頼む。

 

「これも紅魔族がテレポートで何とかしてくれよ。ほら凍らせた時みたいに力合わせてさ」

「無茶言わないでくれ! テレポートは複数人で発動しようとすれば、少しぶれるだけで失敗しかねないんだ。だから小さくしてからテレポートしよう」

 

 ぶっころりーの言葉に何人かの紅魔族がライト・オブ・セイバーで氷漬けのハンスを切り裂く。

 テレポートできる大きさまでカットしたら、それを魔王の城に送り届ける。

 飛び散った破片とハンスがこうして完全にテレポートされたことで、最初の浄化は完了した。

 残りは地面の汚染になるのだが……。

 ここで我々に対して、アクシズ教徒がとんでもないことを言い放った……!

 

「汚染されてる土もテレポートで飛ばしてしまえばいいと思います……!」

 

 その言葉にみんなは頷いた。

 

 残りの作業は街の冒険者だけでもやれるということで、俺達と紅魔族は残りを任せた。

 ハンスの討伐報酬は参加者全員に均等に支払われた。

 ただし紅魔族は報酬は受け取らないと最後まで格好つけて、里に帰還した。

 俺達は温泉宿で一日休んで、アルカンレティアをあとにした。

 ウィズのテレポートでアクセルまで戻り。

 

「グェゴ」

 

 三匹の蛙を発見した。

 見つけた以上倒すしかないよな……。

 面倒臭いけど、倒すか。

 

「ウィズは先に戻っていいぞ」

「ではお言葉に甘えさせていただきますね。皆さん、お気をつけて」

 

 頭を軽く下げて、ウィズはアクセルの街へ。

 ハンスを倒した俺達の敵ではない。

 というかゆんゆんがいるから楽勝だ。

 そんなわけで蛙はすぐに倒せた。

 

「これでやっと帰れるな」

「今回はどうなるかと思いましたよ」

「そうね。本当に恐ろしかったわ」

「しかし、カズマが紅魔族を説得したおかげで何とかなったな」

「あいつらも、来るならさっさと来いってんだ」

 

 ちょむすけを奪取する最高のタイミングはいつなのか。

 

「『パラライズ』」

「「「!?」」」

 

 それは簡単なことだった。

 考えればすぐにわかることだ。

 

「そこのお嬢さんは耐性が高いのね。『フリーズバインド』」

 

 ダクネスは首から下を氷漬けにされ、俺達はパラライズの魔法で体が麻痺して動かない。

 気づくべきだった。

 ウィズが来たのにどうして蛙は逃げないのかと。

 ハンスを倒して気が抜けていた。

 あの恐ろしい敵を倒し、死の危険から解放されたから張り詰めたものがなくなり、隙だらけになっていた。

 ずっと待っていたんだ。

 きっと短時間で俺達のことを調べ上げて、この街に帰って来る瞬間を。

 

「ああ……! 全身が氷漬けにされて動かない。こんな仕打ちははじめてだ……!」

 

 空耳だ!

 何もなかった。

 俺は何とか視線を動かしてウォルバクを見る。

 ウォルバクはちょむすけを抱いていた。

 

「返してもらうわね」




次の話にすぐとりかかります。


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第十二話 ゆんゆんに子供ほしいと言われた

カズマ「くそったれええええええええ!」


 ちょむすけを抱くウォルバクを見上げる。

 俺の記憶が正しければ、こいつは力を取り戻すためにちょむすけを殺そうとしていたはずだ。

 そんなことさせるかっ!

 

「ちょむすけをどうする気だ! そうか、わかったぞ! お前は邪神だからな。ちょむすけを殺すつもりなんだろ! 俺達からも絶望の感情を得るために、今ここで腹を裂きながらゆっくりと殺すつもりだな! 酷い流石邪神だ!」

 

 俺は捲し立てる。

 とにかくちょむすけを殺させないようにしなくては。

 身動きをとれない俺達では助けることはできない。しかし、ちょむすけが生きていたら取り戻せる。

 それに何だかんだでお姉さんは悪い人ではないから、多分……。

 

「ちょ、ちょっと! 人聞きの悪いことを言わないでくれる!? 殺さないから! そんな酷いことしないから!」

 

 かかったな!

 ウォルバクからしたら、そういう殺し方はしないと宣言したつもりなんだろうが、殺さないという言葉さえあれば他は必要ない!

 

「殺さないと言ったな!? この場にいる全員があんたはちょむすけを殺さないと宣言したのを聞いたからな! 邪神とはいえ神の端くれなんだから、宣言した以上守れよ!」

 

 はじめは何を言われてるかさっぱりわからないウォルバクだったが、話を理解すると、苦々しい顔になる。

 これでウォルバクの計画は潰せた。

 そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「少しはやるのね。ま、この子を消滅させなくても力を取り戻せるとは思うから別に構わないんだけどね」

 

 俺達がウォルバクを倒したのは女神エリス祭が終わってからだから、数ヵ月先のことか。

 つまりウォルバクはちょむすけがいなくても数ヵ月生き残れる計算になるから、その分の時間的余裕があるわけで。

 あれぇー?

 もしかして、一番面倒なルート選んだっぽい?

 封印解除して諸々する時間確保できるよね。

 

「この子の封印を解き、本来の私達に戻る時間はあるのよ。残念だったわね、口が回る坊や」

 

 そうだよね。

 だってあの時でもう時間ないって話してたんだから、今なら時間あるよね。

 どうする。

 ここでどうにかしないと……!

 その時だった。

 

「『ライトニング』!」

「もうそんなに時間が経ってたのね」

 

 ゆんゆんとめぐみんが立ち上がり、ウォルバクと対峙する。

 

「ふんっ!」

 

 それは二人だけではなく、ダクネスも同じで、薄くなった氷を筋肉に任せて砕いた。

 俺以外が戦線復帰した悲しい瞬間である。

 こういう時ステータスの差が出るんだよ……。

 俺が切ない気持ちになっている中で、三人は闘志を燃やしている。

 いや、俺も俺で一応手は動かせるんだ、一応……。

 ……チートさえあれば……!

 

「ちょむすけを返してもらいますよ」

「カズマさん、時間稼ぎありがとう! ここからは私達に任せて!」

「お前の努力は無駄にはしない」

 

 凄く、格好いいです。

 いつになく頼りになる雰囲気を出す三人に、ウォルバクは余裕のある笑みを崩さない。

 それだけのことなのに、俺達は表現しがたい恐怖を感じた。

 これが邪神の持つ雰囲気なのか?

 

「その子は私の使い魔です。いくらお姉さんでも、連れ去るのは許しませんよ!」

「残念だけど、そうはいかないの。あなたの使い魔である前にこの子は私の半身なのよ。私達は二人で一つの神。あなたのわがままは聞いてあげられないわ」

「わがままを言ってるのはそっちです! ゆんゆん、お姉さんを倒してしまいなさい!」

「私に振るの!?」

「当然ではないですか。私は爆裂魔法しか使えないのですよ。使ったらちょむすけもあの世行きです」

「そうだけど、そうだけどさ! 何だろ、この納得いかない気持ち!」

 

 ゆんゆんが理不尽なこと言われたとばかりに憤っているが、めぐみんの言ってることも正しいため、渋々受け入れた。

 自信満々の顔でウォルバクを見つめるめぐみんをゆんゆんは何か言いたげな顔で一瞥する。

 何でめぐみんが自信満々なんだよ。

 そんなめぐみんをウォルバクは申しわけなさそうな顔で見つめている。

 

「……まさかとは思ってたけど、あなた本当に爆裂魔法しかとらなかったのね。私、数年あれば考えは変わると思ってたんだけど……」

「爆裂魔法以外はちんけな魔法ですからね。覚える価値はありませんよ」

「お姉さんとしては覚えてほしかったなあ……」

「無理です。他の魔法はアレルギー反応を起こしますので。それにもし仮に覚えるとしたら、それは爆裂魔法を超える爆裂魔法ぐらいです。もしもそれが完成したら、私は『セイクリッド・エクスプロージョン』と名付けますよ」

 

 めぐみんの頭の悪い話にウォルバクはちょむすけを片手に、別の手で頭を抱えた。

 それだけでめぐみんのことを思っていることがわかる。まさか爆裂魔法を教えたら、それだけに傾倒する頭のおかしい子になるとは思わなかったのだろう。

 当の本人は何を当たり前のことをと言いたげな態度でウォルバクを見ているが、俺達は昔から頭のおかしい子だったのかと戦慄していた。

 

「と、とにかくだ。ちょむすけは返してもらおう。その子は我々にとって大事な家族だ」

 

 ダクネスがだめになりかけた空気を引き締めるような声で言い放ち、大剣の切っ先を突きつける。

 まるで凄く強そうな騎士に見える。

 ゆんゆんもいつでも魔法が使えるようにとワンドを構える。

 二人にウォルバクは笑みを崩さないが、警戒を露にする。

 

「どっちが有利か考えてのことかしら? 『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 氷の魔法を俺達に向けてではなく、互いの間に線引きするように放った。

 横に長くこれでは迂回するしか……?

 まずい!

 

「ダクネス、すぐに行け! 逃げられる!」

「えっ? ああっ!」

 

 遅れて気づいたダクネスが氷の壁を迂回する。

 ゆんゆんは氷の壁にワンドを向け、鋭い声で唱える。

 

「『インフェルノ』!」

 

 巨大な炎は氷の壁に直撃するが……。

 先にちょむすけがいることを考えると、火力を落とさざるを得ない。

 力を入れすぎたら……。

 ゆんゆんはその不安と恐怖に魔法を解除した。

 それはそれで別の不安が出てきそうであったが、それはすぐに解消された。

 見れば、氷の壁は体当たりをしたら壊せそうなほどに薄くなっていた。

 

「めぐみん!」

「わかってますよ!」

 

 二人は頷き合い、意を決して氷の壁に体当たりを――。

 

「「きゃふ!?」」

 

 意外な強度を見せた氷の壁に跳ね返された。

 薄いように見えて厚かったのか、それとも強度が高かったのかは定かではない。

 定かではないが……。

 …………。

 

「……………………ふふっ」

「「!?」」

 

 それを見た俺が笑ってしまうのは、これはもうどうしようもないことじゃないか?

 あんな、真剣な顔で、ばいーんと戻されたら笑ってしまうから。

 俺が声を出すまいとぷるぷると堪えていると、二つの影が降る。

 顔を上げれば、白のパンツをはいた二人の美少女がそこにはいた。

 二人とも腰に手を当てて、羞恥で顔を赤くしながらも、俺に怒りの眼差しを送ってくる。

 

「ど、どうした。ちょ、ちょむすけを助けに行けよ……っ……」

 

 話すだけでも笑い声が出てしまいそうになる。

 俺が笑いを堪えて、ぷるぷる震えると、二人も怒りからぷるぷる震える。

 しかし、ちょむすけのことがあるから、俺にはこれ以上構う時間はないと判断すると今度は迂回しようとするが……。

 

「だめだ! 逃げられた!」

 

 タイミング悪くダクネスが壁の向こうからウォルバクがいないことを伝えてきた。

 それを聞いた痴女二人が大急ぎで戻って……。

 

「ぶふっ……!」

「あー、笑った! 今絶対笑った!」

 

 何が面白いかはわからない。

 でも、収まりつつあった笑いは、怒りの形相で戻ってきた二人を見たらなぜか沸点を超えた。

 腹筋が崩壊した。

 

「ぎゃははははははははは!」

「この男! もう隠す気もないようですね!」

 

 俺を見下ろす二人はそれぞれの武器を手にして。

 

「カズマ、あなたのおかげでちょむすけはしばらく無事でしょう。では、覚悟はよろしいですか?」

 

 杖を手にしためぐみんがそれはそれはとてもいい笑顔で言ってきた。

 

 

 

 あのあと俺は二人の美少女に色々されていたところをダクネスに助けてもらった。

 ちょむすけを誘拐? 奪還? こそされてしまったが、俺の鮮やかなトーク力で殺さない約束はさせたので、しばらくは安心だろう。

 三人は予想していないが、俺は完全体ちょむすけがウォルバクとともに俺達の前に立ちはだかるのではないかと思ってる。

 だってあいつ邪神だからな。ひよこに追いかけ回されてたとはいえ、邪神だからな。

 俺の泊まる宿屋に集まって、ちょむすけを取り返すにはどうしたらいいのか話し合った。

 だけど、答えは出なかった。

 魔王の城に引きこもられたら、現状どうやっても助けられないからだ。

 居場所さえわからないのだから、助けに行こうにも行けない。

 だから俺達は今まで通り魔王の幹部を倒しつつ、ちょむすけとウォルバクの情報を探ることにした。

 みんなが帰ったあと、俺は一人、宿屋のベッドの上で考えていた。

 ウォルバクの強さは正直言って底が見えない。

 ウォルバクは元の世界では爆裂魔法を撃ったあとにテレポートで逃げるという手段を使っていたが、実はこれ冷静に考えるととんでもないことであり、リッチーのウィズでさえ爆裂魔法のあとはテレポートを使う魔力がなかったのに、ウォルバクは“不完全かつ時間がない”状況でやっていたのだ。

 つまりウォルバクはウィズよりも多くの魔力を持っていることに繋がる。

 もしも完全となれば、間違いなく魔力は増えるはずだ。それこそ爆裂魔法を二回使うことができるほどの莫大な魔力を持つかもしれない。

 そもそもめぐみんの魔力が消費魔力にいつまで経っても追いつかないのは、爆裂魔法に関連するものにポイントを振っているせいだ。

 それによって消費魔力は増え、結果めぐみんの魔力はいつまでも追いつかない。

 しかし、裏を返せば、ポイントを振らずにいれば消費魔力に追いつくということだ。追いついたあとはどうなるかというと“余る”のだ。

 当たり前の話だ。

 消費する魔力よりも多くの魔力を持っているのだから。

 もちろんそうなれば倒れないようになる。

 ということは、魔力の伸び次第では爆裂魔法を二発撃つことは可能ってことになる。

 人間にはできなくても神なら……。

 考えるだけでぞっとする。

 しかもそこに完全体ちょむすけがいるのだ。

 もはやラスボス倒したあとの隠しボスみたいではないか。

 …………。

 あっ……、俺、ラスボス倒してました。

 もっと言えば二週目です。

 もしかして二週目で出てくる隠しボスっすか?

 勘弁してくれ……。

 

 

 

 数日が過ぎた。

 ちょむすけ達の情報は皆無と、やはりウォルバクは魔王の城に引きこもったのかもしれない。

 魔王の城に乗り込むのはまだまだ先だろう。

 となれば、ウォルバクが動くのを待つしかない。

 いつまでもちょむすけのことを考えていてもしょうがない。

 今は目先のこと、つまりシルビアについて考えるとしよう。

 シルビアについて考え、る……?

 俺が苦労したのは、ばかがつくった魔術師殺しを奪われたからであり、ぶっちゃけバインド用にミスリル合金でできたロープを使えばシルビアとかね。

 あのヒュドラですら縛れるものをシルビアが破れるとは思えないし?

 バインド用のロープをたくさん持ってけば、シルビアをわりと簡単に倒せるような気がしてきた。

 よく考えたらウォルバクとバニルとハンスが飛び抜けてヤバいだけだよな。

 魔王の娘はどれだけ強いのかわからんけど、剥けばいいだけだし。

 シルビアは油断せずに向き合えば、バインドで縛り上げて紅魔族に進呈することができる。

 俺は魔王を倒した超一流冒険者だ。

 きちんと道具を揃えて紅魔の里に行くとしよう。

 テレポートがあるから、今回は暗黒領域を進まなくていいのは幸いだ。

 さて、問題は……。

 このあと来るであろう子供ほしい発言をどう撤回させないかだ。

 いい加減俺も童貞を捨てる時だと思うんだ。

 魔王倒したのに童貞はないない。

 俺の息子も立派な勇者にしないとな……。

 ここはやっぱり元の世界でも同じことがあったことにして、その時も抱いたっていう体で進めよう。

 それは仕方のないことなんだ。

 ゆんゆんが子供をつくらないと、世界が救えないから抱くのであって、下心があるからではない。

 これは世界を救うための立派な善行なんだ……!

 俺はその来る時に備えて、説得力のある話を考えるのに夢中になる。

 

 結論から言うと、めぐみんによって最初から勘違いは解消されていた。

 そうだよな。

 冷静に考えたらめぐみんにも話が行くよな。

 

 くそったれええええええええええええええ!!

 

 心の中で全力で叫んだ。

 俺が一晩考えた言葉は全て無駄になった。

 拗ねる俺を放置して、三人は話をする。

 

「一度里帰りしようと思うんだけど……」

「うむ。それがいいだろうな。魔王軍との戦いが熾烈化しているようであるし」

「場合によっては我々がその魔王軍を滅ぼす必要があります。私の爆裂魔法さえあればどんな相手も一発ですがね」

 

 三人はもう里帰りするつもりでいるらしい。

 しかし、記憶が確かなら熾烈化してる云々は、大袈裟に書いてただけのはずだが。

 紅魔族の挨拶みたいな感じじゃなかったか?

 行っても、実は平和というオチが待ってるだけなのだが……あえて何も言うまい。

 三人がどんな反応をするか見届けさせてもらうか。

 

「カズマ、どうしてニヤニヤしているのですか」

「べっつにー。何でもないよー」

「本当にどうしたんだ? とうとう頭がおかしくなったか?」

「現在進行形でおかしい奴に言われたくない」

「んんっ!」

 

 平常運転のダクネスを見てると、どうしてこいつはこうなったんだろうと思ってしまう。

 子供の頃はまともだったろうし、いつからこんな変態になってしまったのか。

 しかもそれを親父さんは知っている。

 何がきっかけで目覚めたのか。

 しかし、こいつの変態力を考えるに、家具に小指をぶつけたとかで目覚めたのだろう。

 ……自分の子供がダクネスみたいなのだったら、毎日苦労が絶えないだろうな……。

 

「何だ?」

「何でもない」

 

 同情します……。

 俺はダクネスから視線を外す。

 ダクネスは訝しげに俺を見るが、それをスルーさせてもらうと、めぐみんが俺に聞いてくる。

 

「いつ里に行きますか?」

「はやいほうがいいんじゃないか? テレポートならすぐ行けるだろ」

「アルカンレティアに行き、そこでテレポートね。そっちのが安全だからいいと思うわ」

「むう……。オークに会いたかったのに」

 

 心底残念そうにするダクネスに一言。

 

「オークの雄はほぼ絶滅してるからいないぞ」

「何だと!? なぜだ!?」

 

 とんでもない剣幕を見せて俺に詰め寄る変態。

 何でと言われてもなあ……。

 オークの雄の絶滅には、やはり男である俺には同情や恐怖が出てくる。

 答えろとばかりに俺の肩を、

 

「いだだだだだっ! はな、はなせっ! この筋肉ばか!」

「き、筋肉!? 私は筋肉じゃない!」

「つ、潰れる! 肩潰れるからはなせっ!」

 

 痛みのあまりビンタした。

 本気でやってしまった……!

 ダクネスを本気で叩いてしまった……!

 ダクネスが喜ぶ中、めぐみんとゆんゆん、それと女性冒険者と職員が俺に冷たい目を向ける中……!

 

「いってえええええええええ!」

 

 俺は手を押さえ、絶叫しながら立ち上がる。

 何だ今の!?

 壁殴るとか、鉄を思いっきり叩くとか、そんな柔なものじゃねえ!

 俺が泣きそうな顔で必死にヒールをかけるところを見て演技でないと知り、みんなはダクネスにドン引きの視線を送る。

 何で叩いた俺の方がダメージ受けてんだよ。

 

「なあ、カズマ。いくらなんでも大袈裟じゃないか? 失礼だぞ」

「お前の硬さに俺はドン引きだよ」

「……み、みんなまでそんな目で……。そんな、目で、んんっ……!」

 

 ぶるりと震える変態に俺は泣きたくなった。

 ダクネスを見て皆が戦慄く中で、変態はこれもまたよしと喜んでいた。

 

 

 

 俺達が紅魔の里に行くにはアルカンレティアを経由する必要がある。

 アルカンレティアを俺が登録してるはずもなく、里の方は登録するの忘れてたし。

 ウィズはどうだろうか。

 温泉を気に入ってたら登録してあるはずだけど。

 アクシズ教徒の恐ろしさを知ってしまった以上、登録してある可能性は元の世界よりも低い。

 だめだったら、その時は馬車で行けばいいだろ。

 そう思ってだめ元でウィズに尋ねてみたところ登録してあるとのこと。

 それにより俺達はアルカンレティア、紅魔な里、とテレポートでぽんぽんと移動できた。

 テレポートは本当に便利である。

 時間をかけずに移動できるのは本当に大きい。

 俺は何が起こっているか知ってるので、平和そのものの里を見ても動じることはない。

 紅魔の里は魔王軍に攻められているのかと問いたくなるほど平和で、道を歩く人達に不安な様子は一欠片もなかった。

 三人は戸惑った様子で周りを見ながら、族長の家、つまりゆんゆん宅へと向かう。

 そこで教えられるのは、この手紙が届く頃には……、の行はただの挨拶ということ。

 それにキレたゆんゆんが族長の頬に本気ではないビンタをしたのは言うまでもない。親だから手加減したのだろう。優しい子だ。

 それでも俺は、実はゆんゆんこそが暴虐を司っているのではないかと疑いを強めつつあるが、そこは内緒にしとこう。

 言えば殴られる。

 最初の頃の大人しいゆんゆんはどこに行ったのか。最近では何かあれば、その何かが問題すぎるのもあるけど、暴力を振るう。

 魔法でないだけよいのだが……。とあるチンピラに対してパーティーメンバーのリーンという子はファイアーボールをぶちかましたりする。

 アクセルの冒険者は大体おかしいが、それ以上にたくましいので厄介だったりする。

 なのでゆんゆんが暴力的になるのは、アクセルで暮らしてる以上当然であり、仕方のないことと言える。

 あの街で大人しい性格のままでいるというのは、呼吸をするなと言ってるようなものだ。

 

「ゆんゆん、昔のお前は叩いたりしなかったというのに……! いったい何があった!?」

「何もないわよ! あんなばかな手紙出されて私がどれだけ心配したと思ったの! 上級魔法撃たれないだけマシでしょ!」

「じょっ!? 本当にお前に何があったんだ! そいつか! その男がお前を変えたのか!? 確かにいつだって女を変えるのは男と決ま」

「ばばばばばばかなこと言わないで! そんなんじゃ、ないからー!」

 

 顔を真っ赤にして照れたゆんゆんが照れ隠しにテーブルをバンバンと何度も叩く。

 どうして俺をちらちらと見てくるのか。

 俺のせいで変わってしまったみたいな感じにとられるからやめてほしい。

 

「ゆんゆんは昔から暴力的でしたよ」

「!?」

 

 俺は族長に真実を教える。

 教えられた真実に族長は呻いた。

 どこの世界のパパさんも娘に幻想を抱きがちだが、年頃の娘なんて裏では何をやってるかわからないものだ。

 自分の娘がいい子という幻想は捨てた方がいい。

 ゆんゆんが隣に座る俺を不満げにぺしぺし叩く中で、ダクネスが族長に尋ねる。

 

「結局魔王軍の侵略はないということですか?」

「いえいえ、ありますよ。手紙の通り魔法に強い幹部も来てますよ」

「ダクネス、紅魔族は上級魔法を使う連中だぞ。そんなのがたくさんいたら攻めるのに苦労するだろ。というか、侵略そのものが過酷な罰ゲームだな」

 

 上級魔法がバンバン撃たれる光景は想像するだけで胃が痛くなってくる。

 あれは恐ろしい光景だった。

 基本的に紅魔族は変わった感性と名前を持ってるネタ種族であるが、性能は本物なのだ。

 少なくとも正面からやり合ってどうにかなる連中ではない。

 魔王軍と戦うよりもよっぽど勝ち目が薄い。

 上級魔法をどうもできないのであれば、奇襲をかけるとか、正面からの戦闘を避けるなど、工夫する必要が出てくる。

 戦いに関してはアクシズ教徒並みに厄介だ。

 

「ダクネス、紅魔族は放っといても大丈夫だ。むしろ滅びの危機を迎えてもこいつらは喜びはしゃぎ回るぞ」

「すまない。いくら我々でも流石に滅びの危機が来たらそれは」

「いやいや、どうせ『ふっ。我ら紅魔族もこれまでか……。だが、貴様だけは絶対に倒す……!』とか言い出すから」

「…………」

 

 俺の話に族長は顎に手を当ててそれもありだなって顔で頷いた。

 本当にこいつらはどうやったら慌てるというのか。

 世界の終末が来ても、こいつらはよくわからないことを言い出すのだろう。

 そして、盛り上がる。

 そんな紅魔族の姿は想像に難しくない。

 俺が少し難しい顔をすると、なぜかゆんゆんは気まずそうに目を逸らした。

 めぐみんは出された紅茶を一口飲む。

 

「今回は、まあ、里帰りしたと思えばいいでしょう。ゆんゆんも久しぶりに顔を合わせたことですし、今日は家族水入らずの時間を楽しむとよいかと。私も妹と両親に会ってこようと思います」

「めぐみん……」

 

 当初は魔王軍を倒すということで来たが、蓋を開けてみればこの通りだ。

 平和そのものなら、里帰りを楽しんだ方が得をするというもの。

 魔王軍のことは紅魔族に任せておこう。

 例の魔術師殺しが奪われなければ、紅魔族が追い詰められるということはないのだから。

 前回はミスって魔術師殺しが封印されている場所を解放してしまったが、今回はそんなミスはしない。

 パスワードを入れたらいけないとわかっているのだから、わからない振りをしてればいい。

 改めて考えてみて、やはり自分があの時のミスを犯すわけはないということを確信した。

 不利になるとわかってて解放するとか、よほど舐めてるか、縛りプレイしてるか、アクセル最強の冒険者の俺を屈服させるほどの何かがなければ封印を解くはずもない。

 そもそも日本語が読めない体でいれば、この世界の住人は日本語を誰にも読めない古代文字と認識しているので、口を滑らせなければ脅されることもないわけで。

 まあ、シルビアが里に侵入してダクネスと対峙してる時にバインドで捕らえて紅魔族に差し出せばそれで解決する。

 あのベルディアやデストロイヤーをわりと簡単に攻略した俺が、対処に困ったハンスもあっさり解決しちゃった俺が、シルビアに負けるわけない。

 フラグでも何でもなく、現実だ。

 そんな余裕たっぷりの俺には果たすべきことがある。

 それは……!

 めぐみん家で発生するイベントを今度こそ完璧にこなすのだ。

 明日からはきっと里の観光とか、そんなので時間をとられることになる。

 そこで今回出てくるイベントを巧みにこなすのだ。異世界転生して、ようやく俺にゴールが来たのだ。

 誰よりも息子を愛し、守ってきた俺だが、その役目を終える時が来た。

 子供はいつまでも子供ではない。

 いつかは自立するものなんだ。

 俺は息子を自立させる。

 俺はイベントを心から待っている!!




今回は短めでしたが、次回からは紅魔の里です。
謎の施設に入っていた三人をカズマが追いかけると、建物内は悪霊がたくさんいて、仲間は悪霊にとり憑かれてカズマを殺しに来るという話はないので安心して下さい。


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第十三話 この冒険者に苦しみを!

最近寒くなってきましたね。
心のすきま風に注意して下さいね。


 この世界には紅魔の里と呼ばれる場所がある。

 超一流冒険者パーティーと名高くなる予定の俺達はそこへ旅行と里帰りを兼ねて来ていた。

 俺とめぐみんは里の中を歩いている。

 ゆんゆんは自宅で家族と過ごし、ダクネスは腕のいい鍛冶屋へ。

 興奮して忘れていたが、テレポートで来てるから前回よりもはやめに到着しているのだ。

 魔王軍の襲撃がなかったのがいい例だ。

 こめっこにたくさんご飯を食べさせてあげよう。どうせまともなお昼はいただいていないだろうから。

 めぐみんも同じ気持ちだったのか、一緒に買い物をしている。

 

「お肉をたくさん買いましょう。我が家でお肉というのはほぼあり得ないので」

「それはいいが、こんなに肉を買って大丈夫か? 腐らせないか心配になるんだけど」

「私の家族なら腐っても食べますよ」

「食べさせるなよ」

 

 めぐみんの希望通り肉を大量に購入し、野菜やデザートも買い揃え、誕生日パーティーでもやるのかと問いたくなるほど大量かつ豪華になっていた。

 買い物を終えたらめぐみん家へ。

 木造の平屋はいつ見ても貧乏臭を漂わせているが、ご愛嬌だ。

 めぐみんは扉を開けて、俺を中へ招き入れる。

 

「こめっこ、いますか? 姉が帰ってきましたよ」

 

 大きめの声で呼びかけるが、返事はない。

 

「どっかに遊びに行ってるのか?」

「それか寝てるのかもしれません」

「荷物を台所に置いたら探してみましょう」

 

 台所へと二人で行くと……。

 何とそこには倒れているこめっこが!

 何事かと俺達は床でうつ伏せに倒れているこめっこのそばに駆け寄る。

 

「こめっこ! どうしたんですか!?」

 

 妹を抱き起こし、焦った表情を浮かべて問いかけるめぐみん。

 焦りから声が震えている。

 いったいこめっこに何があったんだ?

 俺は敵感知で、近くに敵がいないか探る。

 ……何も反応はない。

 こめっこは見る限り傷一つなく、外傷によってこうなっているのではないとわかった。

 とすれば誰かが魔法で何かをした?

 しかし誰が?

 この家は貧乏で、商売関連で恨みを買うこともなさそうだ。

 

「こめっこ、お願いですから目を覚まして下さい!」

 

 めぐみんの声が高くなる。

 不安で押し潰されそうになりながら妹を揺すり起こそうとしていた。

 目に涙を溜めて、見つめる。

 

「近くに敵はいなそうだ。とりあえず食べもの」

「食いもの!?」

 

 その辺に置いておくぞと言おうとしたら、こめっこが飛び起きた。

 呆然となる俺達を放って、こめっこは買いもの袋をに急ぎ足で近寄り、中身を見て目を輝かせた。

 

「すげー。見たことないぐらい食いもの入ってる」

 

 そんな悲しくなることをさらりと言って、キャベツを取り出すと、そのままかじりついた。

 調味料も何もなしに食べる幼女。

 

「おいしー」

 

 バリバリと食べ進める。

 何だこの子、たくましすぎる。

 しばらくキャベツを食べるこめっこを眺めていると。

 

「こめっこ! 勝手に食べてはいけません!」

 

 めぐみんははっとなり、こめっこからキャベツを取り上げるが、既に半分近く食べられていた。

 食べる速度がはやすぎる。

 というか、よくキャベツを調味料なしでここまで食べたものだ。

 普通ならすぐに辛くなるはずだが……。

 こめっこは両手を伸ばして、ぴょんぴょんと跳ねてキャベツをねだる。

 

「姉ちゃんちょうだい! 久しぶりに固いの食べたの!」

 

 そんな悲しい言葉を聞いた俺は袋からパンを取り出して、ジャムを塗ってこめっこに渡す。

 こめっこはそれを受け取り、その場にぺたんと座って、目を輝かせて食べ進める。

 調理してないキャベツなんかより美味しいからな。

 こめっこがパンを食べてる隙に俺達は冷蔵庫に食材を詰めていく。

 終わってからこめっこを見ると、もの欲しそうに俺達を見ていた。まだ食べ足りないのか。

 小さな体に似合わぬ貪欲なまでの食欲に俺は改めて驚かされる。

 

「こめっこ、何も言わずに食べてはいけませんよ。お腹が空いてるならご飯を用意しますから」

「本当!?」

「こんなことで嘘は吐きませんよ」

 

 ご飯が出てくると知ったこめっこは嬉しそうに笑った。それにめぐみんは優しく笑い返す。

 

 台所でめぐみんと一緒にご飯を用意する。

 

「凄い食欲だったな。まさかキャベツをバリバリ食べるとはな」

 

 こめっこは居間で絵本を読みながらご飯を待っている。

 俺の隣でキャベツを切っていためぐみんは手を止めて口を開く。

 

「我が家は貧乏ですから。父が売れないガラクタばかりつくる職人なので、苦労してきました」

「お金が足りないなら言えよ。どうせ使いきれないほどの大金があるんだ」

「ありがとうございます。しかし、結構ですよ。多く仕送りしても父がガラクタを余計につくるだけですので」

 

 そういえば元の世界のめぐみんも同じことを言ってたような。

 この世界でも父親が障害となってるのか。

 うーん、何とかならないか?

 流石に小さい子が台所で倒れてるのを見て、諦めるというのは後味悪いし……。

 

「わけて送ったらどうだ? 食費と製作費って風に」

「二つにわけるですか。どうでしょうね……。無駄な気もしますが、両親が帰ってきたら話してみましょうか」

「そうしとけ。次来た時にまたこめっこが倒れてたら嫌だからな」

 

 幼女が空腹に苦しんでいるというのは中々に胸が苦しくなるものがある。

 その原因が父親の浪費なのだから更に泣ける。

 ロールキャベツやら何やらをつくって、こめっこの待つ居間へと運ぶ。

 扉の開く音にこめっこは過剰に反応し、料理を持つ俺達のところに駆け寄ってきた。

 

「ご飯?」

「おう。ほら、熱いからゆっくり食べろよ」

「わかった!」

「言ってるそばから早食いじゃないですか……。ご飯は逃げたりしませんから、ゆっくりと食べなさい」

 

 めぐみんの優しい声に、ロールキャベツを夢中で食べていたこめっこが言い放つ……!

 

「でも、来ないものでもあるよ」

 

 あまりに切ない言葉に俺は何も言えなくなる。

 めぐみんはこめっこと同じ生活をしてきただけに言葉の重みがよくわかるようで、何も言わずに隣でご飯を頬張るこめっこを見つめる。

 俺もめぐみんの隣で美味しそうに食べるこめっこを眺める。

 ここまで美味しそうに食べてもらえたら俺としても満足だ。

 

「兄ちゃんこれ美味しい!」

「おっ、嬉しいこと言ってくれるな。それは特に力を入れて作ったからな」

「こめっこ、こっちもおすすめですよ。カズマの料理なんかとは比べものになりませんよ!」

「なんかとは失礼な」

 

 めぐみんが自信満々に出してきた料理を一口食べたこめっこは。

 

「普通」

「!?」

 

 めぐみんの料理に迷いなく評価を下し、姉を一瞬で涙目にさせたこめっこは俺特製のロールキャベツを食べる。

 俺はわざわざめぐみんの隣に座り、悲哀を感じさせるめぐみんの肩に手を乗せて、俺は勝ち誇った顔で喋る。

 

「格が違うんだよ、格が」

「ぬあああああああ!」

 

 めぐみんが俺を押し倒す!

 それでも俺は勝ち誇った笑みを崩さず、

 

「やめろよ。こめっこが見てるだろ」

「あなたこそ何を言ってるんですか! 相変わらず変態が服を着て歩いてるような人ですね!」

「その変態を押し倒すお前は何なんだ? 俺を超すほどの変態じゃないのか? んん?」

 

 めぐみん相手に、いつものようにセクハラもせず、むしろ無抵抗で受け止める。

 器の大きさをここぞとばかりに見せる。

 そうして俺のイベントは完遂されるはず。

 ここは憎まれ口を叩く程度で収めて、めぐみんの暴力は笑って受け入れよう。

 小さい子の前ではそういうことはしないのだと認識させとこう。

 近い内にアイリスとも会うからな。

 そうだ、その時は悪い印象を与えないようにして、上手いことやろう。

 軽く予定を立てて、めぐみんに意識を戻すと、なぜか扉の方を見て気まずそうな顔になっていた。

 何だと思ってそちらを見れば、何ということでしょう。

 そこには一組の夫婦がいるではありませんか。

 二人とも俺達をまっすぐに見ていて。

 俺が言うことは一つ。

 

「続きはアクセルに戻ってからな」

「あなたって人は! あなたって人は!」

 

 めぐみんが顔を真っ赤にして殴ってきた!

 

 ご飯を食べて満足したこめっこは眠りについた。

 居間には両親の前で正座する俺とめぐみんがいた。

 めぐみんの父のひょいざぶろーは、俺に対して警戒というか、威圧的な雰囲気を放ち。

 母のゆいゆいは静かに俺達を見ているが、その目は見定めるようであった。

 ひょいざぶろーが俺を軽く睨みながら、低い声で問いかける。

 

「娘とはどんな関係だ?」

「どんな……、どんな…………」

「なぜ今私を見たのですか。素直に言えばいいではありませんか」

 

 素直に。

 なるほど、それもそうだな。

 俺とめぐみんの少ない言葉でわかり合ってる感に、ゆいゆいは少し嬉しそうにし、ひょいざぶろーは怒りを滲ませた。

 俺は素直に話す。

 

「大事な冒険仲間であり、いつもめぐみんの苦情を言われる保護者みたいなものです」

「ちょっ!」

「「えっ?」」

 

 予想してなかった両親は気の抜けた声を発した。

 一方めぐみんは俺の腕と肩を掴んで、頭をぶんぶんと振ってきたが、見えなかったことにした。

 

「めぐみんは一日一爆裂と言い、毎日欠かさず爆裂魔法を撃っています。しかし、それで鳥を狩る人達からは決められた時間に撃ってくれと苦情を言われたりしたこともあります。それに些細なことで喧嘩するのでいつも俺に苦情が来て、謝りに行ってます」

「な、ななな何を言ってるのですか!? そんなこと言いますかあなたは! 保護者とか言いながらセクハラしたりするじゃないですか!」

「あっ、てめえ! よく自分の親の前で言えたものだな!」

「あなたからはじめたんでしょうが!」

 

 俺とめぐみんは掴み合いの喧嘩をはじめる。

 

「アクセルで鬼畜だの変態だの言われてるカズマにだけは言われたくないのですよ!」

「なにおう! 頭のおかしい爆裂娘って呼ばれ、最近では爆裂魔法と引き換えに人としての理性をなくしたと評判のお前には言われたくねえ!」

「誰ですか、それ言ってるの誰ですか!?」

 

 誰かは不明だ。

 気づいたら広まっていたし。

 俺の噂といい、どうやらアクセルには知られずに噂を広めることができる奴がいるらしい。

 もはや凄腕だが、アクセルの住人と考えたら納得できてしまう。

 それぐらいあそこには変人が多い。

 だから普通の冒険者はさっさとレベル上げて他の街に行く。

 頭に血が上っためぐみんは俺を押し倒す。

 

「カズマとは一度決着をつけるべきですね!」

「おいおい。めぐみんみたいなもんが何ができるんだ? そういえば今日はまだ爆裂魔法を撃ってなかったよな? 何かしたら魔力吸うぞ?」

「脅しとは最低ですね。実にカスマらしいですよ。しかし、私が爆裂魔法を撃てない、撃てないぐら、いで……。ぐうっ……!」

 

 爆裂魔法をこよなく愛するめぐみんにとって、爆裂魔法を撃たないというのはどうしようもなく辛く苦しいものなのだ。

 残念だが、めぐみんでは俺に勝てない。

 

「お前が殴った瞬間、俺はドレインタッチして魔力を吸うからな!」

「卑怯ですよ! もっと、こう、知略を尽くして戦うとかして下さいよ!」

「卑怯どうのこうのは負け犬が言うことなんだよ。俺は勝つためなら何だってする」

 

 めぐみんは怯み、振り上げた拳を下ろす。

 そうだ、それでいいんだ。

 お前は俺に屈するしかないんだ。

 他の手段で俺を倒そうとするめぐみんに。

 

「こほん。仲がいいのはいいことだけど、夜にやってくれると助かるわ」

「……はい」

 

 めぐみんは俺から下りて、正座する。

 俺もめぐみんと同じく正座をして、再びご両親と向き合う。

 ひょいざぶろーの顔が鬼のように恐ろしくなっていたので、俺は自然と見ないようにしていた。

 めぐみんのせいで話し合いが大幅に脱線してしまったので、俺は話を戻すことにした。

 

「えーっと、めぐみんが節約家なのは話しましたっけ?」

「いつそんな話をしていたんですか!?」

「えっ? めぐみんの財布がポイントカードとかそんなのでパンパンになってるって話だろ? あまり通わない店のは邪魔になるからつくるなよ」

「いいではありませんか! 例え一ヶ月に一度行くかどうかでも貯めておけば得をするのですから!」

 

 よく行くならともかく一ヶ月に一度ならつくらなくてもいいと思う。

 財布の中がかさばるし。

 それに俺達は遊んで暮らせるだけの大金があるのだから、たくさんつくらなくてもいいじゃん。

 めぐみんのポイントカードやらでパンパンになった財布を見ると妙に切なくなるから、少しはすっきりさせてほしい。

 またもや口論をはじめた俺達を見たゆいゆいは。

 

「二人が仲よしなのはよくわかったわ。他の仲間とはどうなの? めぐみんの手紙では」

「あーっと! カズマ、ダクネスを探しに行きましょう。ダクネスは我が家を存じ上げないことでしょうから!」

 

 なぜか慌てためぐみんは俺の手を引っ張って居間から飛び出した。

 顔は見えないが、さっきちらりと見た時は顔が赤かったような?

 ゆいゆいの言葉を思い出すが、特に変なことは言ってなかったし。

 どうしたんだこいつ。

 俺を押し倒しすぎて発情したか?

 心の準備をしとこう。

 

 甘い展開なんてなかった。

 

 

 

 里の中を歩いていたダクネスと合流して、ゆんゆんとも合流して。

 のんびりと歩いて、観光地を見ることにした。

 時間はそこまでないから、全部見ることはできないが、残りは明日にでも見ればいい。

 ここでゆんゆんが行きたい場所があると言ったので、俺達はそこへ行くことに。

 ゆんゆんが案内した場所、そこは……。

 ラブホ、ではなく地下格納庫だ。

 そこには世界を滅ぼしかねないほどの兵器が封印されている恐ろしい場所だ。

 そこでゆんゆんは扉の横の封印を俺に見てほしいと言ってきた。

 古代語改め日本語で書かれた謎解きとパスワード入れるタッチパネルがある。これ変わってないのな。

 何がしたいんだとめぐみんとダクネスはゆんゆんに視線で問いかける。

 ゆんゆんは真面目な顔で。

 

「カズマさんならわかるよね?」

「何を言ってる? 俺に古代語の解読なんてできるわけないだ、ろ……」

「これ覚えてるよね?」

 

 ゆんゆんが取り出したのはデストロイヤーの時に読んだ手記だ。

 それを見た俺は言葉を失う。

 まさかゆんゆんはわかっててここに連れてきたのか? なるほど最初から勝ち目はなかったというわけか。やられたな。

 

「これは古代文字で書かれてあるの。前にカズマさんはこれを読んだわ。カズマさんならこの封印も解けるはずよ」

「ま、まさかカズマが!? 紅魔族でさえ読めず解けない封印をカズマの知力で!?」

「セクハラしか頭にないようなこんな男が本当に読めたのか!?」

「うん。えろいことばかり考えてるけど、本当に読んでたわ」

「うるせえ! こんなの読めるわ! どいつもこいつもばかにしやがって!」

 

 解くことだってできる。

 だけど解いたら面倒なことになるから解かない。

 

「この中にあるのは危険なものなんだろ? なら封印を解くわけにはいかないな」

 

 俺がそんなことを言うと、三人は解けと言うわけにはいかなくなる。

 それでもダクネスは確認するように、俺の顔を覗きながら。

 

「解除の仕方は本当にわかるんだな?」

「ああ。わかるよ」

 

 こんなことを話してて大丈夫かと不安になったが、魔王軍はどうせびびって侵入してこないから、大丈夫だろ。

 紅魔族も紅魔族でここに来る理由はないだろうし、誰かが聞いてても世界を滅ぼしかねない兵器をわざわざ解放しないはずだ。

 紅魔族は実際は賢い。

 頭はおかしいが、自分達が危機に陥るようなことはしない。頭はおかしいが。

 それに脅されたとしても、封印解除には俺が必要になるから殺されることはない。

 しかも死ぬのにも慣れてるから何も怖くない。

 一流冒険者の俺は暴力にも慣れてるから平気だ。

 何も恐れることはない。

 俺の名は佐藤和真。

 油断も慢心もしない一流冒険者だ。

 それに世界を滅ぼしかねない兵器よりも、大人になりかねない現状の方が俺には大事だ。

 

 めぐみん家に俺達は戻ってきた。

 ゆんゆんは久しぶりに帰ってきたのもあったから実家へ戻ってしまったが、明日はそっちに泊まると言ってみたら、泣きそうな顔で喜ばれてしまった。

 友達が家に泊まりに来るのははじめてなのか。

 めぐみん家に戻ってきた俺達はのんびりと過ごしていた。

 俺とめぐみんが買ってきた豪華な食材にひょいざぶろー達は凄く喜んでいて、少し興奮しながら夕食を食べていた。

 あまり裕福でない家庭なので、きっと今日の料理を見たのははじめてなのかもしれない。

 そう思うと悲しい気持ちになってくる。

 俺とダクネスは顔を見合わせると。

 

 なるべく譲ろう。

 

 お互いに同じことを思い、野菜とかを中心に食べ進める。

 ちなみにめぐみんは家族と張り合って、美味しいものをどんどん食べていく。

 お前はこっち側だろうが。

 肉を取り合うめぐみん家を俺達は眺めるしかできなかった。

 夕食後、出されたお茶を飲みながら、魔王軍の襲撃がなかったことを不思議に思う。

 平行世界だから必ず全て同じになるわけでないのはわかっている。

 それに里の近くで魔王軍とも争っていない。

 魔王軍の襲撃も、もしかしたらあの争いが理由で起きたのかもしれない。

 今回のようにたまに違うところが出ることがあるが、それはアクアによる蘇生がない俺にとって一番怖いところだ。

 ここまで何とかやってこれたのは、魔王の幹部の攻略法を知っていて、ゆんゆんがパーティーに入ってるからだ。

 この世界で魔王を討伐するという目標を持っている俺にとってこれ以上の差異は心臓に悪いのでやめていただきたい。

 ただでさえウォルバクとかいう隠しボスが待ち構えているのだから、シルビアはそのままであってほしい。

 俺のバインドで全てが終わってしまう、そういう展開だけで十分なんです、本当。

 これ以上は望んでませんから。

 俺はそんなことを思い、めぐみんに促されてお風呂を借りることに。

 

 お風呂から上がり、居間へ戻る。

 前回はここでイベントが起きたんだけど……。

 確かダクネスとゆいゆいが言い争いをしていたんだよな。

 懐かしいな。

 最後は魔法で眠らされて終わったんだっけ?

 今回はどうなってんだろ?

 そう思って居間を覗くと、既に眠らされたひょいざぶろーとこめっことダクネスがいた。

 こめっこさえ眠らせますか……。

 ここは何食わぬ顔で、大人のイベントを体験するために、俺は何も知らぬ風に話しかける。

 

「みんなもう寝たんですか?」

「はい。疲れが溜まっていたようで。こめっこは子供だからはやく寝てるだけですが」

「そうなんですか。あっ、そういえば俺はどこで寝れば」

「ああ、カズマさんはこちらです」

 

 俺はゆいゆいの案内でめぐみんの部屋へ向かう途中、過去のことを思い出した。

 例えば我が最愛の妹アイリスにはじめて出会った時のこと。

 例えばアクアと一緒にギルドに向かった時のこと。

 例えばめぐみんと出会った時のこと。

 例えばダクネスと出会った時のこと。

 例えば幹部と戦った時のこと。

 例えば世間知らずの王子を騙した時のこと。

 例えばデストロイヤーを倒した時のこと。

 例えば魔王と無理心中した時のこと。

 例えば、この世の楽園を見つけ、サキュバスの夢サービスをこの身に受けた時のこと。

 今日俺は新時代を迎える……!

 そのあと俺はめぐみんの部屋に無事閉じ込められることに成功した。

 めぐみんの部屋には布団が一つしかない。

 めぐみんは不安そうに尋ねてくる。

 

「どうしましょう?」

「風邪を引かないためとかそういうのを考えたら一緒に寝るしかないだろ。まだ寒い中、布団もなしに寝るとか罰ゲームだぞ」

「ですよね」

「変なことするなよ?」

「それはこっちのセリフですよ!」

 

 部屋の明かりを消して、俺達は布団に潜る。

 今日は満月か……いいね。

 俺達は互いに背を向けて寝ている。

 よし、これから……どうしよう。

 本当にどうしたらいいんだ?

 こういう経験が皆無の俺はどうしたらいいのかわからず、テンパる。

 ここで欲望剥き出しにしたら逃げられるだけだ。

 つまり俺は雰囲気を高めてめぐみんの許しをもらうように行動する必要がある。

 …………。

 そんなのできるならとっくに童貞捨ててるわ!

 ふざけんじゃねえぞ、くそが!

 わああああああ! 本当にどうしたらいいんだよ。

 くそっ。

 心臓が痛いぐらいに高鳴ってやがる。

 魔王を倒した英雄も、所詮ただのうぶな少年ってわけか。

 俺が自虐していると、めぐみんが声をかけてきた。

 

「カズマは、元の世界ではどんな風に暮らしていたのですか?」

 

 そこにどんな意図があるのか考えず。

 緊張でどうにかなりそうだった俺は、めぐみんの出した話題に飛びついた。

 

「今と変わんないぞ。お前達の起こした問題に頭痛めて、解決しに行って、ドタバタと暮らしてるな」

「そうですか。ということはカズマのセクハラもあるというわけですね」

「迷惑料だ」

「普通に最低ですよそれ」

 

 めぐみんはおかしそうにくすくすと笑う。

 何だろう。

 こんな風に話を進めると、性欲が鎮まってしまうというか……。

 会話だけでも悪くないと思えてしまう自分のちょろさに泣きたくなった。

 

「ゆんゆんではなく、他の人がいると言ってましたが、その方はどんな人なんですか?」

「一言で言うと駄女神」

「だめ?」

「問題しか起こさないし、空気読まないし、わがままだし」

「よ、よくそんな人といますね」

 

 何度も追い出したくなったけどな。

 それでも俺達のパーティーはずっと変わらず、最後には魔王すら倒してしまった。

 駆け出しの街で結成したパーティーがずっとそのままというのは凄いことだろう。

 普通は他の街に行くとか、他のパーティーに声がかかったとか、そういうのでばらばらになるもんだ。

 俺達のパーティーがだめなのばかりというのもあったんだろうけど、むしろそれが一番の理由だけども、みんなでいるのが楽しかったから解散なんかしたくなかった。

 

「確かに問題ばかりだけど、プリーストとしての腕はピカ一だったしな。それに見てて飽きないし」

「そうなんですか。カズマがそう言うならきっと愉快な方なんでしょうね。その人と私達は仲がよいのですか?」

「仲よしだよ。お前達がそいつと一緒に問題起こしたりするほど仲よしだよ」

 

 どんなに喧嘩をしても最後には仲直りする。

 下らないことで一緒に騒ぐ。

 きっと俺達はこれからも面白おかしく生きていくんだろう。

 俺の話を聞いためぐみんはなぜか黙り込む。

 後ろで寝相を変えたのを感じると、俺の服をめぐみんはぎゅっと握って顔を押しつけてきた。

 そして震える声で……。

 

「……で」

「めぐみん?」

「……いかないで」

 

 背中にぽたぽたと冷たいものが落ちる。

 泣いてる……?

 

「置いていかないで……」

「おい、どうした! 何で」

「カズマが平行世界から来たと聞いた時から考えていたんです。いつか帰るんじゃないかって」

 

 考えていた?

 心の中が嫌な感じで満たされる。

 今すぐ逃げ出したくなるが、めぐみんに掴まれてるからそれはできなかった。

 めぐみんは弱々しい声で話す。

 

「カズマに世界を渡るような力はありません。なら、何らかの道具……神器と呼ばれるようなものを使ったのではないか。しかし、カズマは魔王を倒してるから名誉も財産もあるはずで、かけがえのない仲間もいる。そんな人がわざわざ平行世界に何かをしに来るとは思えませんから、きっと事故か何かで来たのでしょう。遊びで来たならとっくの昔に帰ってますし」

 

 紅魔族の知力を舐めていた。

 俺は何も言えなくなる。

 めぐみんはぎゅうと握る。

 

「カズマは弱っちいのに、どういうわけか魔王の幹部やデストロイヤーと戦ったりしてます。それも自分から。カズマの性格ではあり得ません」

 

 バニルの時は逃げたけどな。

 

「危ないとか言って逃げそうなものなのに。まるでそうしないといけないみたいに……、まるで魔王を倒そうとしてるかのように。魔王を倒したら元の世界に帰れる。だからカズマは……、今日まで戦ってきたんですよね? 元の世界の仲間のところに帰るために……」

 

 ついにめぐみんが全てを知った。

 漫画とかアニメとかさ、平行世界に行ってもわいわい楽しんだり、幸せになったりで、誰も悲しまないじゃん。

 全部嘘だよ。

 俺にどうしろっていうんだよ。

 どっちをとっても不幸にさせて……!

 どっちもかけがえのない仲間で……!

 

「めぐみんの言う通りだ。俺は魔王を倒したら帰ることになる」

「カズマ……。私達と一緒に暮らすのは嫌ですか? 魔王を倒せなくても誰もカズマを恨みませんよ。お金もたくさんあるんです。だから……」

 

 息ができなくなりそうなぐらいに苦しい。

 めぐみんの気持ちを俺はよくわかる。

 俺だって一緒にいたい。

 魔王討伐なんかやめて楽しく暮らしたい。

 だけど、それはだめだ。俺が許せない。

 

「それはだめなんだよ……」

「どうして!?」

「そうするってことは俺は仲間を捨てるってことだろ? 俺はクズとかカスとか言われるけど、苦しみたくないなんて自分勝手な理由で大事な仲間を捨てるほど俺はクズじゃない」

 

 だけど、この道を進めばどんなに苦しむことになるかわかってる。

 

「向こうのめぐみん達もきっと俺を待ってる。それを理解していながら、お前達の方がいいなんて言って捨てることなんかできない。それに小心者の俺は仲間を捨てたら絶対に後悔とか自責の念とかでどうしようもなくなる。それこそ俺じゃなくなる」

 

 俺は……。

 

「こっちの仲間も、あっちの仲間も、どっちも大事なんだよ。魔王を倒したら帰ることになるとしてもさ……、最後まで大事な仲間のために戦いたいんだ」

 

 決意した。

 歯を食いしばって、この残酷な現実と向き合って前に進むことを。

 チートなんかいらない。

 俺は、俺の力で立ち向かってやる。

 俺はぼろぼろと涙を流しながら、震えていた。

 どちらも幸せにできないなら、あとはもう大事にするしかないじゃないか。

 そんな俺をめぐみんは後ろから抱き締め。

 

「そうですよね。カズマが一番苦しいですよね」

 

 めぐみんだって苦しいはずなのに、俺が泣いてるからって自分を後回しにして、俺に優しくしてくれる。

 自分が情けなくて、ますます涙が出てくる。

 

「私も大事な仲間のために戦います」




カズマに救いはあるのだろうか?


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第十四話 世界を滅ぼしかねない兵器

雪が降りました。
積もりました。
真っ白です。
寒いです。


 起きた時には昼過ぎだった。

 隣にめぐみんはいない。温もりもないから結構前に起きたんだろう。

 昨夜は語るのが躊躇われるような展開になってしまった。

 結局俺は童貞のままか。

 あんなに泣いたから、お互い心を癒すために求めるかと思ったら、泣き疲れて寝ちまったからな俺。

 まさか、自分でムラムライベントぶち壊すとは思わなかった。

 それもこれもめぐみんが余計なことを言い出したのが悪いんだ。

 あいつがあんなこと言わなきゃ、多分人に話せないような展開になってたんだよ。

 あいつはもっと空気を読むべきだと思う。

 そんなことを思っていると、物凄く腹が減ってることに気づいた。俺はもそもそと起き上がって、顔を洗いに行く。

 

 めぐみん家に人の気配はなく、冷めきった朝食兼昼食を食べる。冷めてても美味しいけど、みんなで食べないと心が暖まらないな。

 ご飯を食べ終えた俺はこれからどうするか悩む。

 予定では、めぐみん家に来たシルビアをバインドで捕らえて紅魔族に提供するという、隙が全く見当たらない完璧な作戦を実行するつもりなのだが、よく考えたら絶対に来るという保証はないので、計画が破綻する恐れさえあった。

 来たら確実に捕らえてやるのに。

 いや、待てよ?

 前回はダクネスがいたわけだが、今回もそうであるとは限らないよな。もしかしたらめぐみん達と一緒に観光してる可能性が高いわけだし。

 既に元の世界とは色々と違ってるんだ。そこまで一緒と考えるのは短慮だ。

 ……。

 

「ちっ。何て運がいい奴なんだ」

 

 相手は魔王軍の幹部シルビアだ。

 あまりばかにして戦うのはやめておくべきだろう。

 ここは大事をとり、あまり挑発しないで、場の状況を見ながら行動しよう。

 幸いにも俺達がいるのは紅魔の里だ。シルビアもあまり騒ぎを起こしたくないだろうから、見つからないように慎重に動くはずだ。

 俺は潜伏を使いながら、シルビアの動きに注意を払えばいい。

 もしもあいつが危険な行為をしそうになったら、その時はじめてバインドを使えばいいんだ。

 奴が何をするつもりかは知ってる。何かをする場所に到着したら気を抜くだろうから、俺はその隙をついてバインドする。

 もし隙がなかったら帰ろう。

 幹部とか怖い連中と真っ正面から戦う必要はない。

 

「とりあえず外が見える場所まで移動するか」

 

 窓の近くに寄り、どこから来るかわからないシルビアを待ち構える。

 念のため、潜伏を使って気づかれないようにする。

 それからしばらくすると。

 シルビアが二人の部下を引き連れて現れた。

 きょろきょろと辺りを見回して、誰もいないかを確認している。

 いくら魔法耐性が高いとはいえ、紅魔族に上級魔法を連発されるのは厳しい。それに部下を見殺しにするわけにもいかないだろうから、余計に慎重になっている。

 どうにかしてシルビアを捕縛したいが、例えバインドが成功しても部下が俺の邪魔をするだろうから、ここで飛び出しても無駄死になりかねん。

 ここは様子を見よう。

 めぐみん達が戻ってきたなら、奇襲でバインドをかけてしまえばいい。戻ってこなかったら、気づかれないように尾行をする。

 この完璧な構えを崩せる者はいない。

 紅魔族を窮地に追い込んだ魔術師殺しだって、俺が封印を解けるってことをばらさなければ奪われることもない。

 部下と軽く打ち合わせをしてから、やはり例の場所に行こうとしたシルビア達の前に、観光を終えて戻ってきためぐみん達が現れる。

 何という絶好のシチュエーション。シチュエーション。

 俺は音を立てずに窓を開けて、静かに窓から出る。

 そして、シルビアをバインドで狙える位置まで移動する。挟み撃ちにしたら、俺が危険なのでそんな真似はしない。

 ここまで音を立ててないからばれていない。のだが、俺は落ちてた石を踏んでしまった。

 この石がまたいやらしい形をしていて、刺さるように痛かった。

 

「いってえ!」

「「「誰だ!」」」

 

 シルビアとその部下が過剰に反応して、突然現れた俺を警戒する。

 めぐみん達は何があったのか理解したようで、少し呆れた顔で俺を見つめる。

 石が悪いんだ。俺は悪くない。

 

「『バインド』!」

 

 動揺しているシルビアに俺はバインドを放つ!

 これでシルビアは縛られ、身動きはとれなくなる。そこを上手いこと生かせば……!

 

「危ない危ない」

 

 失敗した!

 シルビアは流石幹部というだけあって、動揺していても見事な対応を見せた。

 鞭で防いだのだ。結果、シルビアの鞭にバインドする形になり、俺の攻撃は不発に終わってしまう。

 

「これならどんな大型モンスターも捕縛できるし、時間が来るまで抜け出せそうにないわね」

 

 シルビアは縄を取り出すと……!

 

「『バインド』!」

 

 俺はバインドによって身動きをとれなくなる。

 まさか、逆にやられてしまうとは……。

 あの石さえなければ……。

 石を踏んだ痛みを我慢できなかった俺も俺だが、あんな都合のいい場所にあるのは駄目だと思う。

 こうなっては俺は何もできない。精々めぐみん達に守られるのがいいとこだ。

 ごろごろと転がる俺に。

 

「いい不意打ちね。声を出してなければ、やられていたでしょうね」

 

 まるで褒めるように言ってきた。

 確かに失敗したとはいえ、作戦そのものはよかった。ただ運がなかった。

 運がいいはずなのに駄目だった。いや、まあ、運が悪い日はあるものだから、たまたま今日が不運な日だったのかもしれないけど。

 タイミングおかしいだろ。

 

「貴様、何者だ!」

 

 ダクネスが大剣を構え、凛然たる態度を見せる。

 それを受けて、シルビアは俺を見るのをやめ、ダクネス達に視線を戻して名乗る。

 

「魔王軍幹部シルビア」

「魔王軍の幹部!?」

「なぜこんなところに?」

 

 ゆんゆんとダクネスは驚く中、同じく驚いていたはずのめぐみんは何かに気づくと、ハッとなった。

 そして、ビシッと指差す。

 

「わかりましたよ! 狙いはカズマですね!」

「あっ! そうか、カズマは古代文字が読めるから、封印を解かせるつもりか!」

「まさか、シルビアがそんなことを知ってるなんて。流石魔王の幹部だけのことはあるわね!」

 

 おい! おい!

 俺は背筋が凍る思いがした。

 不運な日だと思ってたけど、ここまで不幸とは思わなかったぞ!

 ああ……。

 仲間の顔が、私たちが守るから大丈夫、みたいになってるけど、むしろお前らのせいで酷いことになってるわけで。

 

「ばかっ! 古代文字については言わなきゃ何もわからなかったんだぞ!」

「「「えっ?」」」

 

 ばかしかいねえのかよ!

 仲間が余計なことを言ったせいで、この俺が封印を解ける唯一の男であることがシルビアに知られてしまった。

 こうなっては仕方ない。

 おそらくシルビアは俺を誘拐しようと躍起になるだろう。

 誘拐されないように最大限の努力はするが、万が一されてしまった場合は、どんな拷問にも耐えなくては……!

 

「へえ、そこの坊やがね……」

 

 シルビアは舐めるような視線で俺を見る。

 はやくも俺を狙っているか。

 そりゃそうか。あの封印が解ければ、魔王軍にとって忌々しい紅魔族を倒せるからな。

 シルビアは部下二人に指示を出そうとして、

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゆんゆんは俺とシルビア達の間に氷を走らせ、妨害する壁をつくり上げた。

 アルカンレティアで大活躍した氷の上級魔法だ。

 あの魔法、使い勝手よすぎだろ。

 攻防一体じゃん。

 ゆんゆんによって見事に邪魔をされたシルビアだが、苛立ちは見せないで、極めて冷静に対応する。

 

「可愛いお嬢ちゃんなのに、随分と立派な魔法を使うのね。流石は紅魔族と言ったところね」

「次はあなた達の番よ!」

「それは怖いわね。……ここは逃げさせてもらうわ」

 

 シルビアは部下とともに逃走する。

 それをダクネス達は追いかける真似はせず、すぐに俺のところに来た。

 シルビアが逃げると見せかけて、氷の壁を迂回する可能性もあったからありがたい。

 

「大丈夫か、カズマ!」

 

 バインドは時間が来るか、ブレイクスペル系で解除することができる。

 特に危険なこともないし、このまま放っておいても問題ないだろう。

 

「バインドかけられただけだから大丈夫だ。放っとけば解除される」

「そう。でも、これからが大変よ」

「カズマの秘密がばれてしまいましたからね」

「おそらく奴はお前を狙ってくるだろう。奴があの時、お前に向けた目は明らかに獲物を狙うものだった」

 

 凄く真剣な顔で言っているが、何でそんなに自分達は関係ない風にしてるんだ?

 

「いや、お前らがミスしたせいだろ」

「「「うっ!!」」」

 

 めぐみん達は痛いところをつかれ、気まずさのあまり俺から顔を背けた。

 こいつらがもっとしっかりしてたら、俺は余計な危険を負わなくて済んだのだ。

 余計なことをしたみんなに言ってやった。

 

「もし捕まったら拷問の限りを尽くされるだろうな」

「「「!?」」」

「みんなに助けられても、きっと恐怖のあまり何もかも忘れてるんだ」

「か、カズマ。それはいくらなんでもないと言いますか……」

「本当にそう言い切れるのか?」

「それは、その……」

 

 段々と声を小さくするめぐみんに俺は声を張り上げた。

 

「言い切れないだろ!? そうなったらお前達はどう責任をとってくれるんだ? ああん?」

 

 ここぞとばかりに責めてやる。

 立場は俺の方が上なんだ。

 今こそハーレムをつくる時だ。

 カズマハーレム帝国をつくろう、つくりたい、つくらせて。

 

「そうだな……。アクセルに帰ったら一週間ぐらいメイド服でご奉仕してもらうか!」

「んなっ!?」

「ちょ、カズマさん!?」

「この男、何を言うかと思えば……!」

「いいだろ! お前らのせいで俺は幹部に狙われる羽目になったんだぞ!? ああん!」

 

 強く言い返すことができない三人を責める。

 ここだ、ここでこいつらを屈服させられるかどうかでメイドにさせられるか決まるんだ!

 そうメイドになったこいつらにご奉仕を……?

 

「いや、その、すまん。やっぱりメイドはなしでいいや」

 

 ダクネス一人なら、めぐみん一人なら、ゆんゆん一人なら、おそらく問題はない。

 しかし、ついさっき三人で問題を起こしたこいつらを見て俺は気づいたのだ。全員にやらせたらとても大変なことになると。

 つーか、めぐみんは無理だろ。絶対に爆裂魔法を撃ちに行くので一緒に来て下さいとか言うし。撃ったあとは今日はもう働けませんとか言うんだよ。

 ダクネスなんて、セクハラしなかったら意味不明のキレ方してきそうだ。

 ゆんゆんは一番安心できそうだけど、こっちも何をするかわかんないからな。むしろ、俺が気を遣いまくることになりかねん。心労で倒れるかも。

 

「とりあえず置いておこう。シルビアがいつ襲って来てもいいように備えはしっかりしよう」

「いえ、そんなことよりどうして急に撤回したのですか? もしかして我々では何もできないと思いましたか?」

「仲間の失敗ぐらい目を瞑るだけだよ。お前達に悪気があったわけじゃないし、失敗したからってそれにつけこんで好き放題するのはどうかと思うしな」

 

 仲間の失敗ぐらい笑って水に流す男だからな俺は。

 

「ろくにできないと思って撤回したのね」

「全然。仲間の失敗を水に流すだけだよ。ゆんゆんは大事な仲間だからな」

「……カズマ、お前の言う通り、私達は大きな失敗をしてしまった。メイドが償いになるなら、私達は全力で取り組もう」

「ばかダクネス。仲間のお前達にそんなことさせられるかよ。過去のことを気にしてもしょうがない。前を向いて生きていこうぜ」

 

 俺の慈愛に溢れた言葉に、三人の視線は冷たいものになる。

 おそらく俺の本心が読めてきたのだろう。

 こういう時だけ頭の回転よくなるのやめろ。

 俺の胡散臭い笑みに、三人はにやっと笑い返す。

 

「日頃お世話になってますからメイド服着てお世話してあげますよ」

「そうだね。いつも迷惑ばかりかけてるから、たまにはお礼をしたいわ」

「遠慮するな。私達のささやかなお礼だ」

「そこまで思ってくれてるのはありがたい。なら、今度高い飯でも奢ってくれればいいさ」

「いえいえ、そんなことでは気が済みませんよ!」

 

 どうしてもメイドをしたいと申し出る三人に、俺は心底嫌な顔をしながら断る。

 

「いいつってんだろ! お前らがやったって、どうせろくでもないことにしかならねえんだから!」

「言った! とうとう言ったわよ!」

「言ったが何か? 事実だろうが!」

「この男! 私達にご奉仕されるのが嫌と言えるほどの男でもないのに!」

「少し調子に乗ってるな。こうなったら、この男に我々がどれだけ優秀か教える必要がありそうだな!」

「や、やめろお! 動けない人間に何をするつもりだよ!?」

 

 俺の汚れていない体に、男に飢えた三人の魔の手が襲いかかる!

 アッ―――――――!

 

 

 

 僕の名前は佐藤和真。

 どこにでもいるごく普通の少年さ。

 そんな僕だけど、元の世界では魔王を倒すなんて偉業もやってのけたんだ。もちろんそれは頼もしい仲間がいたからできたことだ。

 アクア、めぐみん、ダクネス、僕は君達のいる世界に帰るために今日も頑張るよ。

 ……でも、最近はちょっと困ったことがあるんだ。

 それはね? この世界でつくった仲間達のことさ。この世界ではダクネス、めぐみん、ゆんゆんと行動をともにしているんだけれど、みんな大事な仲間になってる。

 彼女達を残して、元の世界に帰るのは非常に心が痛むんだ。だけど、僕にはアクア達がいて……。

 ああ、どっちを選べばいいんだ。

 誰か、誰か教えてくれ!

 じゃないと夜も眠れない。

 神様、どうして僕にこんなにも辛く苦しい試練を与えるのですか?

 僕は誰も悲しませたくない……!

 それなのに神様は僕にどちらかを泣かせろと仰る! 僕は、僕は、みんなが幸せに暮らせる世界がほしいです!

 だからお願いです神様。

 全部都合よくいくチートアイテムを下さい。そうすれば誰も泣かずに済むんです。

 日頃から信じれば救われるとかほざいてるんですから、たまには願いを聞いて下さいよ。

 僕は窓から見える夜空を見上げながら手を組む。

 

「カズマさん、具合はどうです?」

 

 近くに座っていたゆんゆんさんが恐る恐る尋ねてきました。

 それに私は優しく返します。

 

「何も問題ありませんよ。ご心配されなくても、私は元気そのものですから」

「違う! 全然元気じゃない! ごめんなさい! 動けないのをいいことにジュース飲ませたり、おでん食べさせたり、羊羮一本食いさせて本当にごめんなさい! 階段から誤って落としたのも謝りますからいつものカズマさんに戻って下さい!」

 

 おやおや。

 ゆんゆんさんが妙に慌てていますね。

 いったいどうしたことでしょうか。いつもの彼女らしくありませんね。

 普段も普段でトランプとか使って一人遊びする可哀想な奴だが、おっと俺としたことが本音を言ってしまうとは。

 私はゆんゆんさんに優しい視線を向ける。

 

「これが本当の私ですよ。今までは悪魔か何かがとり憑いていたんですよ」

「今のがとり憑いてるわよ! お願い! 元に戻ってよ!」

「困りましたねえ……。めぐみんさん、ララティーナさん、ゆんゆんさんを説得してやって下さい」

 

 私はベッドに座るめぐみんさんとララティーナさんにお願いをする。

 しかし、肝心の二人はどういうわけか私を見て戦慄の表情を浮かべていました。

 どういうことでしょう?

 

「ま、まさかカズマが壊れるとは……」

「あああああ……。私達が意地にならなければ、カズマは、カズマは!」

 

 悲しげにされるお二人を見ると、私の胸が痛んでしまいます。メシウマ。

 私は戸惑いながら、お二方に話しかけます。

 

「いったいどうしたのですか。いつもの私でしょう? もしや、あの時シルビアさんに何かをされましたか? それなら皆さんの様子がおかしいのも納得がいきますけど」

「おかしいのはカズマですよ! いつもの横暴なあなたに戻って下さいよ!」

「や、やめて下さい。今の俺がいつもの私ですから、やめて下さい!」

 

 俺を正気に戻すべく、杖を振り回そうとしためぐみんから逃げる。くそ、何て面倒なロリッ子なんだ。

 昔はあんなにも可愛かったというのに。時の流れは残酷だ……。

 部屋を飛び出た俺は逃走を使って、めぐみん達に捕まるリスクを下げて逃げる。

 一階へと下りる階段を踏み外さないよう、全速力で駆け下りて、そのままの勢いで玄関へと向かう。

 

「待て! どうして逃げるんだ!」

 

 どうして……。

 男は時として、理由もなく何かをしようとするものだ。それこそ本当にばからしいことさえする。

 逃げるのに理由なんかいらない。

 とまあ、めぐみんが怖くて逃げてるのを格好よく言ってみた俺だ。

 ゆんゆんの家からも飛び出て、夜の闇に包まれた紅魔の里を走る。

 この時間にもなると、出歩く村人はいないのか、それなりの距離を走ってもすれ違うことはなかった。

 舗装らしい舗装がなされていない道を走る。

 しばらくして、俺は立ち止まって振り返る。そこにめぐみん達の姿はなかった。どうやら撒くのに成功したようだ。

 しかし、それも一時しのぎだ。

 ここまでほぼ一本道だったから、ここに止まっていれば、追いつかれるだろう。

 

「まあ、目が利く俺には勝てないだろうけど」

 

 そう、俺には様々なスキルがある。

 夜の舞台は、そんな俺のスキルが活躍する。昼の数倍は厄介と言われるカズマさんだからな。

 しかも敵感知もあるから、一度見失ってしまえば、俺を見つけるのも捕まえるのも無理と断言していい。

 

「敵感知はまだ平気か。もう少ししてからでいいか」

 

 めぐみん達の大体の位置は予想できる。

 それなのにスキルを使うのは無駄だ。

 紅魔の里の地理はそれなりに把握している。

 次はどこで使うか予定を立てて、走り出す。

 その瞬間、俺は何者かに襲われた。

 横手から誰かが飛び出て、俺を捕まえたのだ。

 

「やっぱり今日のあたしはラッキーみたいね」

 

 その声はシルビアのものだった。

 俺は後ろから羽交い締めにされ、抜け出すことができなかった。

 しまった。

 今日は不運な日だってのを忘れていた!

 ついてない日はとことんついてないと言うが、それにしても今日の俺は人生で一番か二番ぐらいに不運じゃねえか。

 ここまで運が悪いと、もはや笑いさえ出てくる。

 んなわけねえだろ。

 

「さあ、来てもらうわよ!」

「く、くそ! だ――」

 

 助けを呼ぼうとした俺をシルビアは強く殴った。

 

 

 

 どれほど気絶していただろうか。

 俺は目を覚ました。

 目の前には、迷惑なものが封印されてる地下格納庫があった。

 

「ようやく起きたわね。さあ、解いてもらうわよ」

 

 目覚めたばかりで頭が上手く回らないが、シルビアが何を要求してるかはわかった。

 逃がさないために俺の腕を掴んでいる。

 俺は頭をゆっくりと振り、ついでに呻き声みたいなのも出して、俺寝起きで頭回りませーんを華麗に演じる。

 しかし、これで時間を稼ぐのも数分が限度だ。

 俺は演技をやめると、シルビアをキッと睨む、

 

「ふふっ。いい目をするわね。目を見ればわかるわ。どんなことにも耐えてやるって言いたいのね」

「そうだ! 俺はバニルやデストロイヤーといった超大物を倒してきた男だ。それに何度も死んだことがあるんだ。どんな拷問も俺には通用しない……!」

 

 俺はシルビアに向き合い、言い放った。

 最強の冒険者の俺にとって拷問など恐ろしいものではない。

 いったい何回死んだと思ってやがる。

 俺はどうにかして逃げられないか、素早く目を動かして突破口を探す。

 しかし、シルビアは俺が盗賊スキルを持っているからか、逃げられるような隙を見せない。いくら逃走があると言っても、あれだって限界がある。

 そもそも腕を掴まれているから逃げようがない。

 あげくの果てには何の装備もない。

 詰んだ。

 

「どんな痛みにも屈しないと言うのね」

「そうだ! 俺をその辺の冒険者と一緒にするなよ」

 

 シルビアはようやく起きたと言っていた。

 つまり俺が誘拐されてから、それなりの時間が経過したことになる。三人で探しても見つからないなら協力を仰ぐだろうし、それに俺は錯乱してた風に見られていただろうからなおさらだ。

 時間さえ稼げれば俺の勝ちだ。

 

「でもねえ? 情報を引き出すのは、何も恐怖や暴力だけじゃないのよ」

 

 などと、妙に覚えのある台詞をシルビアは言ってくれやがりました。

 そういえばこいつは……。

 俺は驚愕の真実を思い出した。

 

「サキュバスのそれすら上回るというあたしのテクニックにどこまで耐えられるか」

「うっ、ぐあああああああ!!」

「!? ど、どうしたのよ!?」

 

 突然大声を上げた俺にシルビアは驚き戸惑う。

 

「な、何てことだ! 体が、俺の意思とは関係なく動いてしまう! くそ! 何て恐ろしい奴なんだ。まさか、お前にこんな能力があったなんて……! これは間違いなく魔眼の魔力だ!!」

 

 意思とは関係なく動く俺の体は扉のロックを解いてしまう。

 な、何てことなんだ!

 

「あなた、冒険者としてそれでいいの?」

「俺にもっと力があれば、シルビアの魔眼に抵抗できたのに……!」

 

 みんな、非力な俺を許してくれ!

 地下格納庫への入口は開かれた。

 この先に魔術師殺しがある。紅魔族の天敵であり、上級魔法すら弾くとんでもない兵器だ。

 それを破壊する武器の場所は知ってるから、全く対抗できないわけではないが、それでもこの事態は避けたかった。

 俺に何か言いたそうにしていたが、時間はかけてられないと、格納庫へと足を踏み込んだ。

 今です!

 

「そいやっ!」

 

 俺は駄目押しとばかりに、無防備な背を力一杯押して、シルビアを地下格納庫に閉じ込めた。

 

「――っ!?」

 

 扉の向こうから叫び声と扉を叩く音が聞こえた。

 やった、やってやった、やったんだ。

 シルビアを閉じ込めることには成功した。次は中の兵器を壊す。

 俺はこの場をはなれようとして、その時にちょうどめぐみん達が三人の紅魔族を連れてやって来た。

 

「カズマ! 大丈夫ですか?」

「何とかな。今シルビア閉じ込めたところだ」

「シルビアを閉じ込めた!?」

「ああ。奴は、俺が封印を解かないと見ると、よくわからないが、魔法で操り強引に……!」

 

 俺はありのままに起こったことを話す。

 めぐみん達は驚くほどあっさりと信じてくれた。そのまま俺は油断したシルビアを閉じ込めた経緯を話して、めぐみん達を納得させる。

 

「この中には兵器がある。シルビアはグロウキメラ。兵器でも取り込むことができる」

 

 そして、みんなの不安感を煽って深く考えないようにさせる。

 

「くっ……! 中の兵器は魔法を弾くものだ。今の内に逃げなくては……」

「みんなにはやく知らせないと!」

 

 やはりあれか。

 めぐみんの爆裂魔法ならダメージを与えられるだろうが、あの切り札さえあれば危険な賭けをしなくてもいい。

 俺達もここから逃走して、二手にわかれる。ゆんゆんとダクネスは族長の家へ、俺達はめぐみんの家へ。

 間もなく紅魔の里は炎に包まれる。そうなる前に避難を済ませなくては。

 

 紅魔族の多くはテレポートが使えることもあって、またシルビアが本格的に活動する前に避難できたことで人的被害はない。

 そんな中で俺は一人、切り札を探していた。

 シルビアが動く前に見つけるのは無理でも、発見さえすれば倒すことはできる。はやければはやいほど里への被害を抑えられる。

 確かレールガンは服屋にあったはず。

 物干し竿として扱ってたんじゃなかったか? 何でレールガンだけ外にあるんだよ。

 ちゃんと管理しろよ。

 文句は色々出てくるが、そのおかげで倒せるのだから不問にしよう。

 しばらく走っていた俺だったが、途中で足を止めた。疲れたわけではないが、何となくシルビアが気になり、地下格納庫の方に振り返った。

 空が赤く染まっていた。

 シルビアが格納庫から出て、手当たり次第に焼き払っているのだろう。

 急いだ方がよさそうだ。

 俺は再び走り出した。

 俺が戻る前にシルビアが出てきたら、紅魔族が注意を引きつける段取りになっている。

 ……最悪、みんなで逃亡するが。

 向こうが騒がしくなる。

 建物が壊れるような音や爆発音が聞こえてくる。

 向こうでは本格的にはじまったのか。

 おそらく紅魔族が色々と魔法をぶつけているのだろうが、シルビアが取り込んだものを考えれば効果はない。

 俺は背後から聞こえる騒音から逃げるように走り続けた。

 服屋に到着したら、元の世界の記憶を頼りにレールガンを探す。それほど時間はかからず、無事に見つけることができた。

 鈍い銀色を放つレールガンは俺の記憶そのままの姿で物干し台に鎮座していた。

 三メートルを超えるそれを持とうとして、いや持てることは持てたが、のろのろと歩くのがやっとだ。

 まさかの筋力不足。

 俺は冒険者カードを操作して、筋力アップの支援魔法を習得して、はじめての支援魔法を自分にかけた。

 よし。小走りできるぐらいには行けるぞ。

 筋力不足に軽い絶望を覚えたが、支援魔法の悪くはない性能に胸がすく。

 我ながら万能すぎるな。

 魔力さえ高ければ、爆裂魔法を習得できる俺ならそれなりに活躍できただろうに。

 天は二物を与えず、か……。

 ただでさえ世界を救うほどの冒険者の俺に多くを持たせるわけにはいかないよな。

 自分の性能に誇らしげになる俺は、数分後、疲れて一休みした。

 重いんだよ。

 

 

 

 どうにかこうにか、俺はカップル爆発しろで有名な魔神の丘に辿り着くことができた。

 里を見下ろしながら、みんなの下へのろのろと歩み寄る。

 

「持ってきたぞー」

「おおっ! それが……!」

「どうやって使うんだ!?」

 

 この兵器は魔法をチャージして発射する。

 その威力は山を削るほどで、正直魔王を倒す時に使いたい。いくらあいつでもこれは耐えられないだろ。

 魔術師殺しでも耐えられないものを耐えたら、何者だよってなるからな。

 使い方を教えると、早速紅魔族は魔法を唱え、レールガンに吸い込ませる。人数を考えたらすぐに終わるだろう。

 問題はシルビアに気づかれず、しかも上手いこと引きつけなければならない。

 そのシルビア、魔術師殺しを取り込んでいるのだが、兵器は元の世界で見たものよりでかい。

 魔術師殺しは蛇の姿をとっている。大蛇と言えるほどのもので、シルビアの上半身は蛇の頭から生えていた。

 魔術師殺しとしての性能は元の世界と変わりない。おそらくめぐみんの爆裂魔法ならダメージを通すことは可能だが、一撃というのは厳しそうである。

 

「撃つのは、狙撃ができる俺がやる」

「カズマは幸運が高いですからね」

「うん。狙撃は問題ないわね。けど……」

「あのシルビアをどう食い止めるかだ」

 

 元の世界で見た戦法で紅魔族はシルビアを翻弄している。今回はあれを利用するか。

 シルビアが呆気にとられてる内に……。いや、その前に爆裂魔法を撃ってもらおう。

 ほぼほぼ命中するだろうが、その前にダメージを与えていたら成功しやすくなる。

 あんなでかい兵器を壊し損ねるのは避けたい。

 元の世界の兵器より進化してそうな、凄く強そうな魔術師殺しを前に俺は軽くびびっている。

 シルビアの口から炎が吐かれ、大蛇の口から炎が吐かれる。

 パワーアップしてるなあれ。

 大蛇の口から、炎の玉が紅魔族に向けて放たれる。彼らは素早く動いて回避するが、続けて大蛇は炎の玉を放つ。

 移動速度そのものは巨体故に遅いのだが、攻撃の手は中々のものだ。魔法と違って詠唱を必要としない分、シルビアに分がある。

 ……ちょっと強すぎやしませんかね?

 上級魔法を無効化するだけでもとんでもないのに、どうしてあんなに強いんだよ。

 あのクソ科学者、何をそんなに頑張ってつくったんだよ。

 ここでもまた振り回されるのかと、泣きたい気持ちになってくる。

 

「めぐみん、いつでも爆裂魔法を撃てるように準備しとけ」

「わかりました! なんなら我が爆裂魔法で葬って差し上げますよ!」

「できるなら頼む。駄目でもレールガンでトドメを刺してやる」

 

 もう二度と直せないぐらいに破壊してやる。

 

「カズマ、私は何をやればいい?」

「お前はめぐみんに付き添ってくれ。爆裂魔法を撃ったら動けないからな。シルビアの攻撃からめぐみんを守れるのはダクネスだけだ」

「了解した」

 

 ダクネス以外でシルビアの炎を防げる奴はいない。俺は遠くから狙撃すれば、逃げ道も確保できるが、めぐみんはそうではないからダクネスに任せるしかない。

 俺は里に目を向ける。

 シルビアと戦う紅魔族は炎と魔術師殺しを警戒して、それなりに距離をとって戦っている。また入れ代わりながら戦うことで魔力切れを避けている。

 シルビアはまだ兵器の扱いに慣れていないからか鈍足だ。移動速度が上がる前に決着をつけたい。

 里を見下ろす俺の耳に声が届く。

 

「里が燃える……」

 

 うれいを秘めた目で、悲しそうに言った少女を俺はじっと見る。その子はめぐみんと同じ眼帯をしていた。

 こいつ……、俺は彼女が誰かわかった。元の世界で俺を苦しめた諸悪の根源だ。

 三日もあれば、里の復興はほとんど終わるのを知ってるから罪悪感なんて微塵も湧いてこない。

 むしろイラッとした。

 俺が過去の恨みを眼帯巨乳女に向けていると、レールガンをチャージしていた紅魔族の方から声が上がる。

 

「満タンになっ」

「ドーン!」

 

 シルビアの方を向いていたレールガンのトリガーをこめっこが引いた。どこかで見た光景である。

 レールガンから目も眩むような強烈な光が放たれる。反動で、レールガンを持っていた紅魔族が吹っ飛ぶが、こめっこは巻き込まれることはなかった。

 シルビアの近くにいた紅魔族の方達は、レールガンの光を見ると一目散に逃げ出した。

 シルビアが気づいて振り返る頃には、光は目と鼻の先まで来ていた。

 その光がどういうものであるのかを一瞬で理解したシルビアの顔が青ざめる。と同時に光はシルビアの右半身を吹き飛ばした。

 それだけでは終わらず、シルビアを貫いた光は後方の地面に直撃すると大爆発を起こし、周りの家屋を吹き飛ばして大地を揺らした。

 ……確かに誰も予想できないタイミングなら、敵に悟られることもない。しかも動きが鈍い時にやったから命中しやすい。

 いいところを持っていく紅魔族の本能がこめっこを突き動かし、またしてもシルビアを――。

 

「まだよ! まだ終わってないわ!」

 

 驚いたことに、右半身を失ったシルビアは憤怒の形相で憎悪に満ちた声を上げて、今までよりもはやい速度でこめっこに向かっていく!

 爆発による傷が魔術師殺しとシルビアには見られるが、それでは足りないようだ。

 

「絶対に、絶対に許さないわ! 八つ裂きにしてあげる!! あははははははははは!」

 

 背後から上級魔法を受けてもダメージは皆無だ。

 あんな傷でも死なないし、魔術師殺しは健在と来てはどうしていいかわからなくなる。

 

「こめっこを連れて逃げるぞ! そして、紅魔族はここでシルビアを撃退しろ!」

「ちょっ! 何一人で逃げようとしてんだ!」

「あんたが残りなさいよ!」

 

 パニックを起こす俺達の前で、めぐみんはこめっこの前に立って、杖の先を迫り来るシルビアに向ける。

 妹を背にしためぐみんはいつになく堂々とそれでいて頼もしく見えた。

 そして。

 

「こめっこ、よく見ておきなさい。大魔法使いが唱える最強の魔法を……『エクスプロージョン』!」

「嘘っ!?」

 

 最強の攻撃魔法、爆裂魔法がシルビアに突き刺さる。

 全てを消し飛ばさんばかりに爆発し、地面を強く揺らし、圧倒的な威力で地面に巨大なクレーターをつくる。

 この一撃で、シルビアの体は魔術師殺しと分離して地面に落ち、魔術師殺しの方は頭部が粉々になった。

 めぐみんは魔力切れで地面に倒れた。

 俺はめぐみんの隣に行き、膝をつく。

 

「倒れなきゃなあ……」

「それは言わないで下さいよ! 私だって格好悪いと思ってるんですから!」

 

 締まりがない。

 シルビアを倒したのはいいし、何だったらめぐみんも格好よかった。でも、最後まで立っててほしかったなあ。

 

 

 

 シルビアを討伐してから数日後。

 里はあいつの炎やレールガンで被害を受けたが、数日もあれば元通りで、シルビアの騒動ははじめからなかったように思える。

 魔術師殺しもろとも幹部を葬っためぐみんであったが、里での評価はネタ魔法使いで固定されている。

 事実だから否定できない。

 元の世界と違ってめぐみんが「カズマとの間に強い魔法使いがほしい……」とお願いしてくるイベントは消えていて、ぶっちゃけ何をしに来たのかわからないまま、俺達はアクセルの街に戻ってきた。

 ……本当に何しに行ったんだ?

 疑問は出てくるが、何だかんだで俺達は今回のシルビアをはじめ、ベルディア、バニル、ハンス、ルシフェル、合計で五人の幹部を討ちとった。

 ウォルバクを倒したら六人。

 場合によっては魔王の娘も倒す。俺、娘見たことないんだよな。可愛いといいな。

 そんなことを思いながら、俺は紅魔の里から持ち帰ったゲームガールで遊ぶ。

 

「ねえ、それやらせてよ」

「そうだぞ。一人占めはよくない」

「次は私、私ですよ!」

 

 俺にまとわりついてくるビッチを無視して、俺はアルティメットマリコをプレイする。

 このゲームは、最近彼氏に浮気されて別れを告げられた、美容院で働くマリコがさらわれた新店長を助けに行くストーリーだ。基本的にマリコは敵をはさみでカットして倒すが、中にはお助けアイテムもあり、はさみよりも攻撃範囲が広く熱湯をかけて敵を倒すシャワー、とると一定時間無敵になる週刊紙。

 このゲームはそれらを駆使して攻略するものだ。

 そして、ラスボスは意外にも……!

 

「おい、とるな! 今いいところなんだから!」

 

 俺は仲間にとられないようにしつつ、ゲームを楽しんだ。




幹部は五人撃破。
もう少しでこの小説も終わりかもしれませんね。
果たしてカズマは無事にハーレムエンドを迎えられるのか。それともセクハラエンドを迎えるのか。
それは読者の皆さんに委ねます。


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第十五話 妹からの手紙

最近、たまにぼけたりする。
あれ、この設定ってどれだっけ?となったりする。
頭の中で整理してるので、混乱したりします。
このすば作品を三つ出してる弊害ですな。
なので矛盾が出たら、とうとうやらかしたなこのハゲと罵って下さい。


 シルビアを倒してからというもの、俺はだらだらしていた。

 お金があるからとかではなく、平和だからのんびりしているだけだ。

 当然のことであるが、幹部をはじめとした大物賞金首と戦うのは一生に一度あるかないかだ。向こうから襲ってきた時は別として、普通は討伐に行こうとか考えない。

 特に俺みたいな貧弱冒険者は、本来なら蛙とか狩ってるものだ。それなのに……。

 はじめの頃はやる気満々だったけど、終わりが見えてきたら、別に今日ぐらいだらだらしてても大丈夫だろ、と思うようになった。

 毎回思うが、チート武器や能力もらった連中は何をやってるんだよ。

 貧弱ステータスの俺でも倒せてるのに……。

 嫉妬のあまり冤罪で社会的死を与えたくなるような連中が何もできてない。

 まあ、あれだな。

 世の中ステータスが全てではないってことだ。

 そんなことを思いながらぐうたらしていたが、飽きてきた。

 元の世界だと、中身はともかくとして外見だけはいい奴らと同居してたんだよな。

 それで騒がしい日々を過ごして。

 そうか。

 俺が暇を持て余すのは、一人だからだ。

 ギルドであいつらと合流して話でもするか。

 

 冒険者ギルド。

 そこは俺達冒険者を支え、街の住民を守る組織だ。俺達と冒険者ギルドの間に絆のようなものがあるのは確かだ。

 その冒険者ギルドは異様な熱気に包まれていた。

 それは人の心をひりつかせるものだ。

 多くの冒険者が集まり、彼らの中央では何かが行われていた。

 この熱気はそこから出ている。

 俺は何が起こってるか確かめるべく、彼らの間を縫って進み、文句を言って絡んできた奴はドレインタッチで気絶させて、中央が見える場所まで来た。

 そこで行われていたのは、麻雀だった。

 最近チンピラとダスト、どっちが本当の名前かわからなくなった男が下手くそなイカサマをして、すぐにバレて失格負けを食らっていた。

 どこぞの日本人が伝えたであろうものを、彼らは楽しそうに遊んでいた。

 もちろんお金を賭けてる。細かい計算は抜きで、二位から四位は順位に応じて一位にお金を支払う。

 わかりやすくていい。

 ルールだけなら知ってるので、後ろで見守る。

 どこの日本人が何の目的でこれを伝えたのかは不明だが、いい暇潰しなのは確かだ。

 見たところ、高レートでやってるわけじゃないし、俺が荒稼ぎしても問題ない。

 金はあって困るものじゃない。

 

「おや、カズマ、いつ来たのですか?」

「今来たとこだよ」

「あれは中々面白いですよ。運が重要なのですが、同時に相手の手を読んだり、自分の手を読ませないことも大事です」

「奥が深いよ」

「かと思えば運で全て決まったりするし。そういう理不尽を楽しむのも麻雀というものだな」

 

 麻雀はめぐみんが言った通り運が大事だが、不運な時も当然あり、その時は振り込まないようにしたりして耐えなくてはいけない。そのためには相手の手を予想する必要がある。

 そして、自分が勝つには相手を上手く騙して振り込ませたり。

 運で全てを片づけては、本当に強い人には勝てない。対戦数が少ない内は勝てても、数を重ねると最終的には負ける。

 ただし強運の俺には全て関係ない。

 ちょうど対戦が終わったので、俺は卓に着いた。

 そこにめぐみんが入り、さっきの対戦で勝った人とビリは続行。

 カモネギが三匹、俺の前に現れた!

 

「ロン! 32000!」

 

 俺は速攻を決めた。

 先ほど一位をとった冒険者にいきなり役満を決めて、飛び終了、予め決められた持ち点をマイナスにさせて対戦を終わらせた。

 金だ。

 

「さあて、稼がせてもらうか。安心しろ、生活できるだけの金は残しておいてやる」

 

 先日最も不幸な日を迎え、恐ろしい災難を乗り越えた俺に怖いものなどない。

 俺は近くから椅子を持ってきて、そこに今稼いだ金をポンと置く。

 

「イカサマはなし、協力もなし。それが守れる奴はかかってこい」

 

 俺の自信と挑発を受けて、血気盛んな冒険者は戦いを挑んだ。

 

「ロン! 12000!」

 

 それは。

 

「ロン! 36000!」

 

 戦いと言うには。

 

「ツモ! 32000オール!」

 

 あまりにも。

 

「ロン! 24000!」

 

 一方的だった。

 

「ロン! 8000!」

 

 彼らの姿はまさに。

 

「ロン! 16000!」

 

 カモネギ。

 俺は金をどんどん稼いだ。稼ぎまくった。

 こんなに簡単に稼げると笑いが止まらない。

 彼らが頑張って稼いだお金は、お金持ちである俺に回収される。

 彼らのお金が隣の椅子に乗る度に俺の心が痛む。どうしてこの世は裕福な人間を肥えさせるのだろうか。もっとみんなに優しくてもいいと思うんだ。

 俺が言ったわけではないが、熱くなった彼らはレートを上げていく。

 その結果、稼ぎは百万エリスを超え、お金を椅子からテーブルに移し替える。

 良心が痛くてしょうがない俺は……。

 

「俺に勝ったら、ここにある金を全てやるよ」

 

 彼らに逆転の目をあげた。

 目が血走る彼らの挑戦を逃げずに受け……。

 その結果、三百万エリスまで貯まった。

 麻雀の話を聞いた冒険者が次々と集まるが、皆等しく金を巻き上げてやった。

 とうとう六百万エリスまで貯まり、金はあるところに集まるという言葉は本当だと実感する。

 

「ば、化け物だ……」

「どうやったら勝てるんだよ!」

「あの金がなかったらお酒が飲めない!」

 

 いとも簡単に勝てるのは、それはそれでつまらないものがある。

 もうちょっと、こう、苦戦したりとか、最後の最後でみたいな展開をやりたい。

 あまりにも一方的すぎて飽きてきた。

 

「諦めろん。幸運のステータスが凄まじい俺に勝てるわけない。稼いだ金で何買うかな。腕時計か靴でも買うかな」

「くそお! 俺達の金がー!」

「モンスター倒してコツコツ稼いだのに!」

「うわああああああああああああ!」

 

 泣き叫ぶ冒険者達。

 自業自得だ。ギャンブルに手を出し、はまった時からこうなることは決まっていた。

 それがたまたま今日だっただけで俺は悪くない。

 勉強代と思って泣き寝入りしてもらう他ない。

 

「お酒でもいいんだよな。五百万エリスの酒買って、残りでいいつまみを買って、月見酒でもするかな」

「誰か、誰かあいつを倒してくれ!」

「俺のために稼いでくれてありがとう」

「くっそお! あいつを倒せる奴はいないのか!?」

 

 生活費までは失えないと多くの冒険者は挑むのを諦め、金もないのに、しかもイカサマしようとしたダストはギルドの片隅に寝かされ。

 彼らが絶望に包まれる中で、ダクネスが俺の肩に手を置いた。

 

「カズマ、半分ぐらいは返してやれないか? もう十分稼いだだろ?」

「おいおい。そうしたらこいつらは何のために挑んだんだよ。お前は、強敵と命懸けで戦った冒険者に勇者ならすぐに倒せたのに、とか言うのか? 言わないだろ?」

「それはそうだが……」

 

 それに俺は、負けてる彼らに一発逆転のチャンスは与えたが、それだけで無意味に煽ったりはしてない。悪いのはギャンブルにはまったこいつらだ。

 俺は六百万エリスを持って立ち去ろうとしたのだが、強敵の気配を感じとり、手を引っ込めてギルドの入口を見る。

 

「ふはははははははっ! 中々愉快なことになっているではないか!」

「バニル!」

「ちょっとやりすぎだと思うよ」

「まさかのクリス!」

「あのポンコツ店主が出した負債を埋めさせてもらうとしよう」

「……まさか」

「いや、流石に貴様からもらって得た利益は残っておるが、それでも赤字は補填はしておきたいのでな」

 

 お前がいない隙にウィズはまたガラクタを仕入れると思うが……言わないでおこう。

 クリスは女神として、彼らを救うためにやって来たのだろう。確かにこいつの幸運は俺より上だが、じゃんけんならともかく、麻雀は他の要素も絡むから一方的に勝つのは無理だ。

 俺と他の冒険者、それぐらいの差があるなら話は変わってくるが、流石にそこまであるわけじゃない。

 

「ふっふっふ。残る席はこの私が入りましょう」

 

 挙手したのはめぐみん。

 何げにこいつは頭がいいから、手を読んだりする。振り込み率は一番低かったと思う。

 俺達の戦いについてこれるかは別だけど。

 そして、俺達の戦いははじまった。

 

「ツモ! 1000・2000」

 

 最初に決めたのはクリスだ。

 

「おおっ! はじめてカズマより先にあがる奴が出たぞ!」

 

 無駄ヅモなくあがっている。

 流石の強運だ。

 女神に恥じぬ幸運に感心するが、そこまでだ。

 俺にとって一番怖いのはバニルだ。心を読む能力は反則というか、イカサマみたいなものだから禁止されているが。

 まあ、負けても痛くないので、俺がそこまでビクビクすることはない。

 元は俺の金じゃないし。

 こいつらと違って純粋に楽しめばいい。

 

「ツモだよ」

 

 クリスはまたあがりを決めたが、そこまで高くないから痛くない。バニルも考えは同じなのか「ふむ……」と呟くのみだ。

 次もあがろうとクリスは意気込むが、ここでバニルは動きを見せた。

 

「ポン」

 

 クリスのはやさに対抗するためにバニルは鳴いた。

 そのあとも二度鳴いて、最後はクリスからあがる。

 

「ロン。8000である!」

「ううっ……」

 

 俺以外があがるから、みんなは感嘆した声を上げる。やや興奮した様子で、クリス達を応援していた。

 まさに四面楚歌。

 やっぱりバニルが厄介だな。

 クリスはわりと素直というか、罠を仕掛ければ簡単に引っ掛かるが、バニルはそうではない。

 幸運こそクリスには負けているが、人を馬鹿にすることに関してはこの中で一番だ。能力なしでもそれなりに先読みするだろうし、俺が一位になる上で一番の壁はバニルだ。

 めぐみんは置きもの。

 次は俺とバニルの鳴き合戦になり、辛うじて俺が制した。

 そこからは熾烈な戦いと言っても過言ではなく、めぐみんを置き去りにして、互いの点数を奪い合った。

 そして、最終ゲーム。

 バニルはクリスからとった8000が生きて、一位で迎え、何をあがっても勝利。

 俺とクリスは3000点以上のあがりを決めれば一位。めぐみんは8000点以上だ。

 誰が一位になってもおかしくないが、ここまでついてこれなくて、心が折れて真っ白になってるめぐみんは間違いなくビリだ。

 ここまで来たら、お金のことはどうでもいい。こいつらに勝ちたい。

 その思いで俺は戦いに挑む。

 バニルを止めるため、そして勝つために俺は鳴いて手を進めるが、それはクリスとバニルも同じで、鳴きを入れて速攻を決めようとしていた。

 俺とクリスの幸運なら簡単にノルマの点数は達成できるし、バニルは点数に関係なくあがれればいい。

 そして、俺達三人はテンパイした。

 あがり牌が出たら勝利確定。

 

「誰が決めるかだな」

「うむ。そこの小娘は我々と違ってテンパイすらしておらぬ。この三人の誰が最初にあがり牌を掴むかだが……」

「あたしが一番運がいいから分があるね」

「面白くなってきたぜ……!」

 

 クリスがいるから、俺はこれ以前の対戦のように無双できてないし一方的に進めることはできてない。引いた牌にも無駄が多くなった。

 そうなるとクリスのが有利ではあるが、それでも俺とバニルがいるからそこまで一方的にやれていない。いなかったらこいつの独壇場だったろうが。

 正直流れとか考えたら、ここまで互角にやってきたわけだから誰が勝ってもおかしくない。

 自力でツモるか、それとも燃え尽きてるめぐみんがあがり牌を捨てるか、それしか考えられない。

 バニルが勝てば、赤字の補填に。

 クリスが勝てば……何すんだこいつ?

 恵まれない子供達に寄付するのか、それとも冒険者みんなに返すのか。

 まあいい。理由なんかどうでもいい。

 目の前のことに集中しよう。

 俺達は一向にあがれないまま、とうとう最後の牌まで到達した。

 それを掴むのはめぐみんで、こいつが捨てる牌で誰かが勝つのが決まった。

 ここまで来て誰もあがれないというのはない。あり得ない。

 

「さあ、今捨てられる牌で誰が勝つか決まる」

「待って下さい。何で私が振り込むと決まっているのですか!? 誰もあがれないこともあるでしょう!」

「ねえよ。むしろここまで引っ張って誰もあがれず終わりとか、一番駄目だろ」

「お約束という奴だ。お主が捨てた牌で誰かがあがり、栄光を手にする。さあ、はやく捨てて我輩を喜ばせよ!」

「な、何なんですか本当に! いいですよ、やってやりますよ! この私の優れた頭脳であなた方のあがり牌を読んで台無しにしてあげますよ!」

 

 と意気込んだめぐみんは時間をかけて予想をはじめた。それをクリスは苦笑しながら見守る。

 素晴らしいほどにフラグを建築しためぐみんは既に振り込むことが決まっている。

 日本人ならよく知っている死亡フラグ「俺、帰ったら結婚するんだ」と同じレベルの死亡フラグを立てたからあとは時間の問題だ。

 これか? これか? と悩んでいるが、時間が経つにつれて全てが危険に思えてきためぐみんは顔にびっしりと汗を浮かべて、カタカタと震え出す。

 

「あっ、あああ……」

 

 落ちたな。俺は確信した。

 長考の末にめぐみんは牌を捨てた。

 指がはなれる。

 その瞬間。

 

「「「ロン!!」」」

「ふにゃっ!?」

 

 トリプルロンが発動した。複数によるロンは無効になったりするが、この世界の麻雀にそんなルールは存在しない。

 このあがりで勝負を制したのはバニルだった。

 

「フハハハハハハハ! フハハハ!」

 

 勝利に酔い、ギルド内に響き渡る笑いを上げる。

 上機嫌で六百万エリスを袋に詰めて、悔しそうにする俺達を見て、また笑い声を上げる。

 

「ふむ。これで当店の赤字は帳消しだ。我輩のためにこつこつと貯めてくれた小僧には感謝しなくてはな!」

 

 腹立つ!

 こいつ腹立つ!

 俺を指差しながら笑うバニルに、拳をぎゅっと握って言い放った。

 

「お前がこうして遊んでるってことは、ウィズは自由なんだよな。もしかしたら変なものを注文してるんじゃないか?」

 

 バニルがピシッと固まる。

 手にしたお金の重さと、ウィズを自由にさせた重み、さてどちらの方が重いのか。

 固まっていたバニルはお金を片手に全速力でギルドを飛び出た。間に合うといいな。

 こうして第一回アクセル麻雀大会はバニルの大勝で幕を下ろした。

 

 金をとられた奴は泣きながらモンスター討伐クエストを請けて、ギルドから立ち去った。

 俺達は貸し切り状態になったギルドでのんびりとしていた。

 めぐみんは未だに立ち直れてないが、俺はダクネスと一緒に酒を楽しんでいた。

 そんな時だった。

 ダクネスのとこの執事が大急ぎでやって来たのは。

 それを見て、最新型のパソコンを上回る俺の頭脳は即座に答えを導き出した。

 

「お、おえ、おぜ、様大変です! このままだとダスティネス家が消えてなくなるかもしれません!」

「何だと!?」

 

 王族の懐刀と言われるほどのダスティネス家が消えてなくなるという話に俺以外は表情を固くして、息を飲んだ。

 執事は一旦呼吸を整えて、ダクネスに手紙を差し出す。そんなものにダスティネス家を消すほどのものがあるのかと一同が緊張する中、ダクネスは受け取り、内容に目を通す。

 そこに書かれている内容にダクネスは目を見開き、手をぶるぶると震わせた。

 そして、手紙を戻すと、何事もなかったかのように手紙をポケットにしまおうとしたところを俺は奪いとった。

 

「ああっ! か、返せカズマ!」

「えーと、何々?」

 

 それはアイリスからの手紙で、要約すると『冒険の話聞かせて』であった。

 内容を一字一句違わず、めぐみん達に伝える。

 

「ほう。とうとう我々の時代が来ましたか……」

「な、何かあったらしょ、処刑され……」

「お姫様に俺達の輝かしい話を聞かせるぞ……!」

 

 ダクネスが泣きながら止めに入るが、俺をはじめとしたメンバーはこの上なくやる気を出していた。

 待ってろアイリス……!

 俺がまた堅苦しい生活から解放してやるからな!

 ダクネスが泣きながらめぐみんとゆんゆんを止めるのを見ながら、俺は決意した。




締まりのない、ゆるゆるなお腹を見て、筋トレをはじめた緋色です。
プロテインも飲んでます。
やりはじめたら、ここの筋肉はどうトレーニングしたら? と調べたりしてます。
筋トレ楽しいです。
えっ? 次回予告?

アイリスがカズマをお兄様と呼ぶようになります。多分。


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第十六話 お姫様

遅くなってごめんなさい。
しかも短い。
本当にすみません。


 アイリスに話を聞かせる。

 これだけを抜きとると、何だとても簡単なことではないかと思われるだろう。そう思うのは当然だ。

 しかし、そのアイリスはこの国の王女というとんでもない身分にある。もうこうなったら簡単なことではなくなる。なぜなら、粗相一つで首が飛ぶ可能性があるからだ。

 そんな恐ろしい相手に話を聞かせる。元の世界ならどうってことはないのだが、流石に初対面という設定があると、アイリスを妹として愛する俺でも怖いものがある。というか怖さしかない。

 上手いことやるしかないが、まあ、何とかなるさ。

 話を盛るとあとで苦しくなるから、あくまでもありのままに話そう。流石に今回は控えないと色々とやばいもんな。やばいもんな。

 前回は調子に乗ったせいでスキルを見せてと言われた。あれは地味にやばかった。だから、今回は大人しくするつもりだ。

 決してびびってるわけじゃない。

 それに俺には元の世界に戻るという目的がある。……それを考えたら、お城に行ったり、盗賊女神にセクハラしたり、魔王軍と戦ったり、マツルギと戦ったり、スティールする暇はない。

 面白く話せる程度で済ませておけば、少し、いやもの凄く寂しいが、城に連れていかれることもないだろう。

 入れ替わりの神器もセクハラ女神が何とかしてくれるだろうから、任せておこう。

 そういう覚悟で、まさに身を切るような思いでこの俺佐藤和真はダスティネス家へと仲間とともに来て、アイリスの待つ部屋の前で深呼吸した。

 俺に倣って他の三人も深呼吸をして、俺とゆんゆんはめぐみんにしがみつき、動けないようにした!

 

「い、いきなりどうしたんですか! お姫様を前にしておかしくなるにしてもはやすぎますよ!」

「めぐみん。お前のことだ。何か隠し持っているんだろう?」

「そんなわけないじゃないですか。ダクネス、私達は仲間でしょう? 変なものは持っていませんよ。私を信じて下さい」

 

 堂々とそれでいて優しく言っためぐみんにダクネスはうっとなる。

 単純なダクネスのことだ。めぐみんの今の言葉に、心に来るものがあったんだろう。

 それに堂々としているから、やましいものは持っていないのもわかる。

 そう考えると俺達は突然ロリに襲いかかった紳士ということになる。

 しかし、俺はめぐみんの言葉の裏を読み切っていた。

 

「変なものは……か。それはめぐみんから見て、変なものなんじゃないか?」

「!?」

「本当のことを言え! さもなくばお前の魔力は俺のスティールとなる!」

「か、カズマさん最低……」

 

 ゆんゆんは恐怖で引きつった顔で俺を見て、ダクネスは額に手を当てて呆れた風に呟く。

 

「どういう脅しなんだ……」

 

 たまにはパンツを剥ぎたいから、とことん抵抗してくれていいぞ。むしろしろ。

 

「何もないからお好きにどうぞ」

 

 俺に完全に見抜かれていることを察してるはずだが、なぜか何も持ってないと言い切った。

 おそらく賭けに出たのだ。

 ここで、恐ろしい脅迫をされている状況で何もないと言うことで逆に信用を勝ちとるつもりだ。

 脅されても意見を変えなかったことで、あほ二人はめぐみんを信用しはじめる。

 これはいけない。

 仮に今ここでスティールしようものなら、間違いなく俺が責められまくる。

 これはシュレディンガーの猫と同じだ。

 今めぐみんは変なものを隠し持ってると言えるし、本当に何もないと言える。つまり二つの可能性が同時に重なりあってる。

 厄介。

 もちろん確認すれば済む話なのだが、何となく、やりにくい。それは仲間を信用してないと思われることへの抵抗なのか。

 それとも仲間を信用せずにそんなことをする自分への反発なのか。

 めぐみんめ……!

 そう。めぐみんは何もないということで、罪悪感すら刺激してきたのだ!

 見た目は幼女、頭脳は中二、その名もめぐみんなだけある。

 しかし。

 

「そうか。疑って悪かったな」

「わかればいいのですよ。わかれば」

「ああ。俺が馬鹿だったよ。よく考えたらめぐみんは仲間思いだからな」

「?」

「お姫様の前で奇妙なことをしたら、リーダーの俺は責任をとらされて打ち首もあるし、ダクネスはお怒りを受けてどうなることやら。ゆんゆんももしかしたら打ち首あるかもな」

「……」

「ま。めぐみんは何だかんだで頭いいから、そんなことになるようなおかしな真似はしないよな」

 

 だらだらと汗を流し、不自然に顔を逸らしためぐみんを俺達三人はじーっと見つめる。

 めぐみん、お前が罪悪感を刺激するなら俺もするからな。

 それから五分後、めぐみんは見事な土下座を決めた。

 

 

 

 茶番はあったが、指定された時刻を過ぎることなく、アイリスとの対面を果たすことに成功した。

 したんだけど、じろじろ見んなよこの野郎と付き人のクレアに言われてしまった。

 元の世界でも言われたし、予想してたからダメージはないんだけど、わかっててもむかつくものはむかつくわけで。

 

「帰っていい?」

「カズマ!?」

「平民に見られるの嫌みたいだし、話はお前がすればいいだろ」

 

 こっち見んなカスと言われたら、話す気も失せるわけで。

 俺はふいと顔を逸らす。

 ダクネスが驚きの悲鳴を上げる中で俺は内心で作戦が決まったと悲しむ。

 こうすればアイリス達に嫌われるから、城に連れていかれることはない……! これは確定的である。

 こういう器の小さいのをあからさまに見せてくるような男は嫌われるものである。

 泣きそうになる俺の耳に届いたのは。

 

「謝罪しますので、お話をしてもらえませんか?」

「「「アイリス様!?」」」

「彼はこの国最大の危機になりかねない例の一件を解決したり、魔王軍の幹部を次々と討ち取ってきた冒険者です。例え相手が王族だろうと、黙って屈することはしたくないのでしょう」

「ですが」

「そんな人だから、多くの強敵を倒せてきたのではありませんか?」

「それは……」

 

 何なのこれ。

 拗ねたら、何か勝手に評価あがったんだけど。

 あいつらの目は節穴か?

 俺が目の前の現実に愕然としている中、アイリスはふっと笑みを浮かべる。

 

「王族が相手でも恐れない冒険者の話、ますます聞きたくなりました」

 

 両手を合わせ、目を輝かせながらそんなことを言ったアイリスにクレアがハンカチで鼻を押さえた。

 ここでもかよ。

 俺の知ってる駄目駄目な姿になぜか安心感を覚えたが、多分同類だからだろう。

 クレアの気持ちはわかる。

 アイリス可愛いもんな。

 

「カズマ様、どうかお願いします」

 

 若干上目遣いで言ってくる。

 それがもう可愛いの何のその。

 アイリスのハイパーアルティメット超絶可愛いオーラに俺とクレアは気絶しそうになったが、何とか踏ん張ってみせた。

 アイリス、何ておそろ可愛い子……!

 

「お姫様にそこまで言われては……」

 

 決して、アイリスに見えないように俺に殺意を向けてたダクネスにびびったわけではない。

 さて、と。

 話をするにしても愚かなことはしない。

 最初の作戦通り、いつもみたいに誇張しないで話すのだ。俺は弱いけど、仲間が助けてくれたからみたいに進める。

 そう。

 俺一人では何もできないことを強めることで、なぜか上がった評価を下げるわけだ。

 文句のない、まさに完璧な作戦である。

 単純……、しかしそれこそが最強!

 その完璧かつ究極的作戦は。

 

「素晴らしいです! 自身の弱さを素直に認め、その上で仲間の力を生かすなんて」

 

 何でだよ!

 何で評価上がるんだよ!

 この世界おかしいだろ!

 普通下がるんだって。下がるように言ったもん。

 アイリスは凄く感動した様子で言った。

 

「弱さを認めることで、カズマ様は他の方とは違う強さを持てたのですね」

 

 まあ、悔しいけど、自分の弱さはよくわかってるよ。悲しくなるぐらいわかってるよ。

 ……それにしても、言い方次第でよく聞こえるんだな。俺がいい感じに仕上がってるし。

 ますます俺に興味を持ってしまったアイリスの表情は誰が見ても太陽のように眩しくて……。

 

「カズマさん、何だかんだ言って私達のこと認めてくれていたのね」

「正直カズマなら誇張しまくると思っていたのだが……、ふふっ」

「あんな風に思われてるとは。少し照れてしまいますね」

 

 お前らの評価も上がるんかい!

 何これ。

 本当に何これ!

 この流れには覚えがある。これは、これこそは……酒と宴会と借金と堕落の女神アクアが全てを台無しにするあの感じだ。

 あいつ、世界規模ではなれててもこういう流れを引き起こすのかよ!

 本当にどういうことなの。

 アクア菌が繁殖してこうなったの?

 予定では見込み違いでしたね、とか言われてスキルを見せずに済むはずだったんだけど。

 ……いや、待て。

 その時希望が芽吹く。

 弱いからいいスキルなんかないと主張すればいい。

 既に土台はあるのだから、改めて他人に弱いのを見せるのは恥ずかしいものがあるとでも言えば引き下がるだろ。アイリスはいい子だからな。

 まだだ。

 まだ終わってない。

 俺の名前は佐藤和真。魔王を倒した冒険者。

 二週目のプレイで詰むような真似はしない……!

 俺はまだ使ってないスプーンを小刻みに動かしてぐねぐねさせる。見せびらかしたい気持ちがあったわけではなく、無意識にやってた。

 気持ちを落ち着かせようとやったのかもしれない。

 しかし、それが。

 

「カズマ、何ですかそれは!」

「スキルとか使ってないんだよね!?」

「何だそれは?」

「へっ?」

「それはどうやってるんですか!?」

 

 仲間だけでなく、アイリス達の興味を引いた。

 この現象の名前はラバー・ペンシル・イリュージョン。目の錯覚で曲がったように見えるだけのものだ。

 しかし、ラバー・ペンシル・イリュージョンを知らないアイリス達は驚きと興奮の眼差しを俺に向けている。

 なので優しい俺は種も仕掛けもない簡単な小技であることを教える。すると、早速アイリス達は練習をはじめた。

 スプーンは先端が重くてバランスが悪いので、ペンでやることを勧めた。

 ラバー・ペンシル・イリュージョンそのものは難しくないので、それこそすぐにできてしまうものだ。

 事実アイリス達はすぐにできるようになる。

 これからラバー・ペンシル・イリュージョンはアイリス達によってこの世界に知れ渡るだろう。

 特に小さい子供にとってラバー・ペンシル・イリュージョンは面白いと気に入られる。

 そして、子供が大人になると、今度は彼らが子供にラバー・ペンシル・イリュージョンを教えるわけだ。

 俺はまた一つ、この世界に向こうの知識を輸出してしまった……。

 

「でも、これ何なの本当に」

「単純に目の錯覚だよ」

「あまりはやく動かすとぐねぐねしないですからね。いい感じのはやさでないとぐねぐねしてくれません」

 

 みんな楽しそうに、それでいて感動したようにペンをぐねぐねさせる。そんな中で一人可哀想な子がいた。

 

「ダクネス、お前って奴は……」

「そ、そんな目で見るな! 私だって好きでできないわけじゃない!」

 

 変なところで不器用なところを見せたダクネスに俺は憐れみを抱く。

 そんな俺にダクネスは涙目になるので、こいつでもできることを教えることにした。

 

「面白いものをみせてやろう」

「まだ何かあるんですか!?」

「目の錯覚は面白いんだ。例えばこれだ」

 

 紙に同じ長さの二本の線を横に引く。

 

「それをどうするおつもりで?」

「二つの線の左右にこれをつけるんだ」

 

 一つにはくの字と逆くの字をつけて内側を向くようにする。もう一つは外を向くようにすると、あら不思議。

 

「あれ? こっちのが長く見える!」

「同じ長さの線でしたのに!」

「カズマ、これも錯覚なのか?」

「ああ。俺のいたところだと目の錯覚の例として出されるものだぞ」

 

 こういう簡単なのはいくつか覚えてるけど、難しいのは流石にわからない。

 しかし、こんな簡単なものでもアイリス達には心を撃ち抜かれるほどのインパクトがあったようで。

 俺に次を求めてきた。

 アイリスが可愛いから覚えてるの全部出した。

 作戦とかもう知らね。

 今はただアイリスを喜ばせよう。




ごめんなさい。
短いし、中途半端ですけど、これで投稿します。


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