メタルギアの世界に一匹の蝙蝠がINしました (チェリオ)
しおりを挟む

プロローグ

 初回二話連続投稿


 地球…。

 それは生物を育んだ奇跡の惑星。

 未だに数多な生物が暮らし、生きては死んでいく。

 

 地球外から見たら青く美しい星を外から観測する者がいた。外からと言っても宇宙空間ではなく、人間の認識領域外からの話である。

 

 壁も床も解らない真っ白な空間で三つの人影は地球を囲んだ丸机に設置された腰掛に腰を降ろしていた。人影には人間らしい目も口も鼻もなく、ほんとうに人影と表現するのが正しい姿であった。それぞれには名前は無く、相手を認識するには相手の色しかない。

 

 「今日の作業は何処までだったか?」

 「A-45地区での死者供養27名の魂の行き先の選定」

 「27人か…。いつもより多いな」

 「しかし昔に比べれば良いではありませんか」

 

 落ち着いた雰囲気の灰色の人影の質問を三つの人影の中で女性らしいラインを見せている赤い人影が相手を敬った感じの口調で答えた。

 

 ここで行われているのは一つの世界を用いた実験である。多次元世界を創造して他の世界とは違う事象を起こしてどのような未来になるのかというもので、彼らはすでに1900年以上その実験に取り組んでいる。他の者の中には魔法技術を与えた実験や特定の文化を発展させた実験を行なう所があり、彼らが行っているのは度を超えた科学技術はどのような変化をもたらすかというものですでに結果が出来つつあった。

 

 「くぁ~…面倒臭いなぁ…」

 

 ジッと地球を見つめていた青い人影が欠伸をしながら心のそこからめんどくさそうにぼやいた。灰色はまたかと苦笑いしたが真面目な赤色は見逃さなかった。

 

 「面倒とは何だ!これは私達に与えられた職務。それを面倒とは…」

 「まぁまぁ、落ち着きたまえよ」 

 「しかし!」

 「職務つっても管理された人類の変わり栄えのない日常を覗くだけじゃないすか」

 「貴様はそうやって文句ばかり」

 「確かにわしも思うがな」

 

 地球を見つめながら灰色も半ば同意見だった。面倒だからと言って職務を放棄したい青色とは違い、職務は続けるも飽きがきているのは否めない事実であった。

 

 彼らは高度な科学技術を人類に与えた。その結果、人類は蒸気機関を走らせていた時代に無人車両を走らせ、安過ぎる賃金でほとんど強制労働に近かった仕事場には作業用ロボットが溢れ返った。人類の科学技術は進歩を止める事無くとことん突き進んだ結果、後の公害は回避し、地球温暖化も起こらなかった。他の多次元世界に比べて安定した生活を人間は手に入れた。

 しかし、良い所ばかりではなかった。人間が行なっていた仕事は機械がすべて肩代わりして、人間は自分の趣味などに没頭して己の部屋に閉じこもりっきりになっていった。働かなくとも月々に渡される生活する為のお金ではなく、ポイントにて何の問題なく暮せる為に余計に部屋に篭りっきりとなってどんどん堕落していった。

 

 千里眼を用いて適当に選んだ都会を覗くが道を歩く人は誰もおらず、随時掃除を行なう掃除用ロボットや警備ロボット、宅配ロボットが巡回しているだけだった。

 

 目を見張るようなイベントも事件もなく、ただただ部屋に引き篭もって体感型ゲームを楽しんでいるだけの光景を覗く作業など面白みが無さ過ぎて拷問に近い。

 

 勿論観察以外に魂の管理という仕事もある。大災害や大事故と呼ばれる天災・人災から戦争まで人が大勢亡くなった際には完徹必死の大忙しに見舞われるのだが、それも懐かしい思い出になってしまった。夫婦以外に実際に顔と顔を合わせる関係性がなくなってしまって喧嘩や殺傷事件が減り、家に篭りっきりな為に事故死もほとんどない。地震や津波などの自然災害は科学技術が向上しすぎた結果、予知・予測のみならず管理まで出来るようになっていた。予想外の死は極端に減り、彼らの仕事も減少した。これについては良い意味でなのだが暇なのは別問題なのである。

 

 「そうだ!ここは一つ魂をちょろまかさないっすか?」

 「ちょろまかす?人の魂を盗ってどうするんだ?我々は悪魔ではないのだぞ」

 「違いますって。ほら他の部署でよくやるじゃないですか。人の書類にコーヒーぶちまけたり、間違えてシュレッダーかけたり」

 「よくあっては困るのだがな。寿命のきていない者を死なす事になるのだからな」

 「しかも上役にばれたら大問題だからな」 

 「それを回避する為に特典とかスキルを与えて異次元世界へなんて魂を別の場所に移動させたりするんじゃないですか」

 「まさかそれをやると言うのか?私は断固反対だ。わざわざ殺してそのようなことをするなど」 

 「そもそもそれにはかなりのコネが必要になるぞ。別の世界を管理する奴に転移の承諾を取り、間違えてしまった書類を誤魔化す為にどれだけの者を引き込まなければならないか…」

 「確かに手間と労力が掛かるんですけどね。安全かつ手間の掛からないなら乗ってくれますね」

 

 安全かつ手間のかからないという言葉に反応して赤色と灰色は興味津々に青色を見つめる。なんだかんだ言っても赤色も飽きが来ていて何かしら娯楽を欲していたのだ。

 

 「他の部署の知り合いが二次元世界の複製をしてたんすけど最近忙しくって管理できなくなったって事で貰ったんすよ」

 「貰ったって仕事じゃないのか?」

 「個人観賞用だったらしいっす」

 「別の世界は用意したのはいいがどうする?それを鑑賞するのか?」

 「それだったらオリジナルデータと変わんないじゃないですか。元の世界に無かった異物を入れることで面白くなるんじゃないですか」

 「だから殺すのは…」

 「では、VRとか言うのを改造した転送ならどうっすか?」

 「ほう。それなら問題はないな」

 

 ニンマリと笑った(雰囲気)灰色に満足そうに頷いて赤色を見ると、赤色も赤色で乗り気になったので青色は目の前の世界に視線を戻した。

 さぁて、誰にしようかな?

 

 

 

 

 

 

 宮代 健斗はこの世界でいう普通の人である。

 目元辺りまでさらさらの日本人特有の黒髪を伸ばし、18才にしては低い160センチの身長にコンプレックスを持つ。男らしいというより女顔っぽいことも気にしている。勉学はそこまで得意じゃないが運動系は結構好きだったり、悪いところもあれば良い所もあるごくごく普通の人である。

 

 「どうしようかな?」

 

 そんな彼の今最大の悩みが今日から始まった連休の過ごし方である。人生最後である学生の長期休みなのだが別段何かしなきゃとか今じゃなきゃしなきゃいけない事も無い。一般常識と最低限の勉学をさせる通信教育を終えて、ただただ自由に好きなように過ごす大人になるだけだ。生活する為の生活ポイントをもっと稼ぐなら数少ない職に就く必要もあるけれど別にそんな思いも無い。

 

 市から提供された一人暮らし用の部屋にVR用の体感ゲームを並べて眺める。

 ヴァーチャルリアルティゲームは現代の娯楽としては一般的な物で、百人の少年がいたら百人が持っていると答えるだろう。専用のゴーグルにヘルメット型電極パッド、専用のスーツまである。スーツには何万という電極が仕込まれており、ゲームの内容によって電気を流してそれ相応な演出を行なってくれる。ヘルメットの方はショッキングな映像や脳内パニックを起こすなどプレイヤーに精神的危険性が与えられそうな場面で緩和する為の機能を有している。

 

 小学生の頃に比べて格段に進化した技術のひとつではあるが何処か物足りない。いろんな企業がフルダイブというソフトジャンルを確立させようと頑張っているがまだまだかかりそうだ。

 

 並べられたゲームはこれまで何度も体験したゲームで新鮮味はない。やる事が無さ過ぎて何度かやり直してきたが今日はそんな気分でもない。かと言って新作ゲームを注文する生活ポイントはない。あるけれど後二週間ほど食事が栄養ドリンク三食になってしまう。これだから18才以下の生活ポイントは少なすぎて嫌になる。

 

 大きくため息を吐くとコトンと玄関の配達ボックスから物音がした。先ほど頼んだ食品類が届いたのだろうか?時計を確認するがまだ30分しか経っておらず、さすがに最速を謳い文句にしている宅配サービス会社でも無理な速度だ。いったいなんだろうと思いつつ宅配ボックスを開けてみると小さなダンボール箱が置いてあった。古い配達方法に妙な感動を覚えながら乱暴にガムテープを引き千切る。

 

 中からはVRゲームソフトと一枚の紙が入っていた。紙には『試作フルダイブ型ゲームの試験プレイの協力のお願い』と大きく書かれ、下には注意事項がずらずらと書き並べられていた。怪しさ満点のソフトだが新しいゲームと新鮮な刺激を求めていた健斗によっては甘すぎる誘惑であった。注意書きを読む事無くゴーグルを取り付けてソフトを差し込む。

 

 『ようこそ。宮代 健斗様

  今回はゲームプレイありがとうございます』

 

 ゴーグルに真っ白な空間が映し出されて透き通るような女性の声が脳内まで響き渡る。

 フルダイブと銘打っていたが結局ゴーグルからの映像だけかと多少がっかりしたがこんなものだろうと納得もしてしまっている。

 

 『貴方様のゲームキャラですが新規にキャラクターを設定しますか?それとも貴方様をモデルにした外装データを自動で読み込みますか?』

 

 早くゲームをやりたい健斗は迷う事無く後者を取った。白い空間に真っ裸の自身の姿が浮かび上がった時には心底驚かされた。が、音声はそんなことなど露ほども気にかけておらず続いて音声を発し始めた。

 

 『このゲームはメタルギアソリッドを主体とした体感ゲームです。

  ゲーム内容は潜入任務。

  ガンアクション。

  格闘戦。

  車やバイク、戦車や戦闘ヘリなどの乗り物も使う事が可能です。

  その中で貴方様の設定を決めてもらいます』

 

 設定と表記された中には主だった主要キャラが並べられていたりしたがそちらはパスしてオリジナルを開いていく。中には敵の大将の側近役やコブラ部隊の候補などもあったがいきなりのプレイで敵役を選ぶよりはやはり主人公側のほうが良いだろうと判断して『CIA』と書かれた設定を押した。コブラ部隊のほうには特殊スキルがあったがこちらはそれに比べたら現実味があった。ただCQCというのは解らなかったがとりあえず振れるポイントが配られたのでガンアクション系やステルス系を上げるついでにそれもかなり上げてみた。服装選択では黒っぽい迷彩服に漆黒のロングコート、黒のブーツに指だしグローブなどを選択し、武器なんかも結構な種類から選んだ。

 

 他にも注意事項やどういう機能があるかなどが説明されたが早くやりたい一心で耳から耳へと素通りして行ってしまった。

 

 『では、どうぞ我々を楽しませ…楽しんでください』

 

 最後の一言に違和感を感じたがそれを理解する前に健斗は絶句した。

 ゴーグルに映される景色ではなく、三百六十度自分の視界で確認できる密林。

 電極により再現された物ではなく、リアルに感じる陽の光に木々を通り抜けて吹く風の感触。

 熱されて水気を含んだ臭いが鼻で嗅ぎ別けられる。

 すべての感触や感覚がリアルそのものだった。

 

 「これがフルダイブゲーム……すごい!」

 

 

 

 これから始まるのは三つの暇を持て余した人影達によってメタルギアソリッドの世界に紛れ込んだ宮代 健斗と、その健斗により原作とは違った未来に進んで行くキャラクター達のお話である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR SOLID3:SNAKE EATER
第01話 『谷底の蛇と蝙蝠』


 鳥の鳴き声を耳にしながら宮代 健斗は木々に抱きついて感触や感覚を楽しんでいた。植物なんて昔の記録映像やゲームなどの二次元で見た程度なので体感ゲーム内とは知りつつも感動で震えていた。

 

 「木ってこんな感じなんだ………うわっ!?」

 

 目の前に手の平サイズの虫が上から降りてきたことで驚きのあまり尻餅をついてしまった。

 

 木も虫も初めて目にするものばかりで今は潜入系ゲームをプレイしているのを思い出して、辺りを見渡しながら口を塞ぐ。木々の間へと視線を向けるが人影はなく、ホッと胸を撫で下ろす。

 

 自分の服装をチラッと視線を向けた後、自身の装備品の確認を行なう。コートに隠れるように左胸の辺りにホルスターが掛けられており、入れられていた銃を無造作に取り出した。

 

 茶色いグリップ(握り)以外は黒で統一され、細長いバレル(銃身)とマガジン(弾倉)がグリップではなく、トリガーガード(用心金)の前にあったりと特徴的な銃――モーゼルC96。装弾数は10発。

 

 モーゼルを横向きにして片手で握り構える。

 自画自賛だが様になっていると思う。本当に自画自賛だが…。

 元の位置にモーゼルを戻して今度は腰の銃を取り出す。

 腰のホルスターには一見普通の拳銃にしか見えないが消音性を高める為に一回撃つたびにスライドを手動で引かなければならない消音麻酔銃――MK22。

 

 「―――ん?」

 

 今度は両手でグリップを握り締めて構えたが何か違和感を感じる。銃に詳しいわけでも、慣れている訳でもないがなにかが違う。そう、何かが足りないのだ。

 何だろうと頭を捻りながら悩み、消音用のサプレッサーを取り付けたがこれも違う。そんな時に右胸のポケットに仕舞ってあったサバイバルナイフに気付いた。すると左手が勝手にナイフを逆さ持ちしたままMk22を構える。持ち難い筈なのにすごく安心する。脳内に《CQC可能》と流れてて驚くが、まずそのCQCが解らないのですが…。

 

 他にも左腰辺りにポーチが複数あり、ひとつは弾薬。ひとつはスタングレネードやスモークグレネードなどの相手を無力化する手榴弾。ひとつは包帯や止血剤などの医薬品。ここまでは良い。最後のひとつには折り畳み式のダンボールにグラビア雑誌、そして葉巻……これらは戦場で必要なのだろうか?

 

 疑問を抱きながら取り出した装備をポーチに仕舞って立ち上がると再びあの声が聞こえてきた。

 

 『これよりチュートリアルを始めます。

  銃に関しては握った際に情報を脳内に送るようにセットしましたのでそちらを参照してください。

  このゲームでは体力以外にも腹ペコにも気をつけねばなりません。と言う事で目の前の木の上に実っている実を撃ち抜いて下さい』

 

 言われたままモーゼルを構えて赤く実った実を撃ち抜いた。実は枝から離れて地面に落下。

 さすがはゲームと言うべきか銃弾の直撃を受けた実は無傷だった。土で汚れてはいたが…。

 

 『では、食してください』

 「はい?」

 『食してください』

 「この土塗れの実をですか?」

 『こんなジャングルでイタリアンのフルコースが出てくるとでも?』

 「・・・」

 『分かりました。では、葉巻が入っているポーチにレーションが入ってます。そちらをお食べください』

 「なんだかなぁ…」

 

 他のゲームより感じの悪い…感情豊かなボイスにムッとしながら円盤状のレーションを取り出し、サバイバルナイフで開けて中身を手ですくって口に入れた。

 

 「まっず!!」

 『でしょでしょwww』

 「このヤロウ…」

 『口直しに実をどうぞ』

 

 余計にムッとしながら今度は落ちた実を食べようとしたが土塗れなので袖で何度も拭いてからひとかじりした。瑞々しい果実に果汁が喉奥まで流し込まれていった。

 

 「…美味い。これ凄く美味い」

 『これで腹ペコゲージは回復しましたね。それでは――ちょっと聞いてます?おーい』

 

 先ほどはあまりの不味さで思考が回らなかったが体感ゲームで感覚もそうだが味を体感できるなんてありえない。それ以上にいつも食べている選べる味がついた粘土みたいな栄養食ではなく、固形物を食べるなんて何年ぶりだろう。美味しさと久しぶりの固形食に口が止まらず果汁で口の周りがべとべとになろうとも食い続けた。

 

 『む~…』

 「あ、すみません。あまりに美味しくて」

 『まぁ、良いです。元はといえば私が言い出した事ですから』

 「本当にすみません」

 『さて、気を取り直して次に行きましょう』

 

 食べ終えて満足気に笑みを浮かべていると今度はボイスのほうがムスッとしていたが突如それが消えうせた。

 何か嫌な予感が…。

 

 『果物を撃ち落した銃声で敵兵四名がこちらに向かってきています。

  ひとりも殺さず無力化してください。

  ちなみに貴方は死んだ途端ゲームオーバーでテスターも終了します』

 「鬼かチクショー!!」

 

 サバイバルナイフとMk22を急いで構えて木の裏に隠れる。程なくフード付きの迷彩服を着て口元を覆った一団が現れた。周りを警戒しながらAK-47を構えていた。相手を殺さないようにするには実弾では無理なので麻酔銃のMk22を手に取ったが、一発ごとスライドを引いては撃つを繰り返すMk22でアサルトライフルと撃ち合うなど無謀なことは理解できる。ならばと後ろのポーチに手を伸ばした。

 

 「プレゼントフォーユー!」

 「なに!?ぐぁあ……目が!耳がああ!!」

 

 声を上げて注目が集まった瞬間に投げたスタングレネードが敵兵の視界と耳を機能不能にした。投げた直後に木の裏に再び隠れて耳を塞いだ健斗は悶え苦しむ四人にゆっくり狙って一発ずつ撃ち込み眠らせた。

 

 ドヤァと決め顔を決めた健斗はナイフとMk22を仕舞い、四人の装備を手にとっていろいろ見てみる。AK-47以外に拳銃を持っていたらしい。マカロフという名や詳細が脳内で説明される。AKは大きくて重たいがこれならとホルスターを見るがすべて埋まっていた。仕方がなく前ズボンに差し込んでベルトで止める。

 

 『まるで盗賊ですねw』

 「五月蝿いよ」

 『次は治療ですが…そうですね。経路を表示しますのでそちらに向かってください』

 「了解しましたよお姫様」

 『あら、嬉しい』

 「皮肉は通じないか…ちくしょう」

 

 言われるままジャングルを進み、足場の悪い岩場を下り、谷底の川沿いを堂々と歩く。本来なら隠れたほうが良いのだがここには隠れる場所がないのだ。

 

 『そういえばコードネームを決めてませんでしたね』

 「コードネーム?名前じゃ駄目なの」

 『あはは。敵地のど真ん中で堂々と自分の名前を名乗る気ですか?』

 「自分の名前って言ってもキャラネームをつければいいじゃないの?」

 『雰囲気を出す為にコードネームにしましょう!』

 「君の存在がすでに雰囲気をブレイクしているような…」

 『ウォッホン!とりあえず一覧表を送ったので決めといてください』

 「決めといて下さいって全部動物の名前じゃないですか」

 『あ、スネークやオセロット、コブラは禁止ですからね』

 「キャッチボール。会話のキャッチボールをしようよ」

 『そろそろ橋が見えますね』

 

 こちらの言葉を聞き流されながらも言われた橋を見つめる。谷の上のほうに確かに橋が架かっており、橋には三人ほど人が居て、橋の上にはヘリコプターらしきものが飛んでいた。ヘリは放っておくとしても橋の上で争っているらしき人たちが気になる。あんなところで戦うなんて危ないななんて思っていたら一人が突き落とされ、何百メートル上から川に落ちた。

 

 「って、ちょっと!冗談でしょ!!」

 

 明らかにモブじゃなさそうな男性が川に流されているのを目の前で目撃して慌てて駆け出す。ボイスがここに来させたのは治療の話を出してからだ。つまりは彼を治療して助けないといけないという事に。このボイスはとんでもない意地悪な性格を設定されているらしい。

 

 何とか追いついて傷だらけの男性を川から引き上げて様子を見る。至る所に切り傷を負っており、血が流れ出ていた。左腕は橋の上の戦いか落ちた衝撃かは分からないが関節が逆方向に曲がっていた。

 

 痛々しい男性を見て若干引きながら治療アイテムを取り出した。指示はボイスとは違って傷口を触る事で理解出来た。しかし、消毒は兎も角した事のない縫合や包帯を見事に使いこなすのには違和感しかなかった。本当なら痛々しさや血や生々しい傷痕に吐きそうになるのだろうけど、精神ショック緩和が効いているのかそこまで嫌悪することは無かった。

 

 「ぐっぅううう」

 「動かないで」

 「だ…誰だ……お前は…うぐぅ」

 「大丈夫だから治療させてください」

 「ち、治療だと…」

 

 男性は虚ろな眼を何とか合わせようとするが、その前に身体中の痛みによって苦悶の表情に変わって気絶しそうになってはを繰り返す。動けない身体を動かして暴れようとする男性を押さえつけて治療を続ける。痛みを止める薬を使ってないのに声一つ漏らさないなんてどんな屈強な人なんだ…。

 

 傷口は全部応急手当したが骨折した腕が残っている。腕を元の方向に戻して添え木をして包帯で固定しなければならないが、今度こそ麻酔も無しではキツイだろう。

 

 「これから骨折の応急手当をするけど…」

 「……なん…だ?」

 「かなり痛いですよ」

 「そうか…痛みには慣れてる。……そこの枝を取ってくれ」

 

 視線で示された枝を取って渡すと何の躊躇も無く口に咥えて力強く頷いた。これで我慢するからやってくれという事だろう。

 ……これ本当にゲームなんだよな。生々しいし、AIが出来すぎて本当の人間みたいですでに感情移入してしまいそうなんだが。

 彼も覚悟を決めたように健斗も覚悟を決めて腕を元の方向に戻す。さすがに呻き声を漏らした彼に心の底から感心しながら咥えていた枝を受け取って添え木にして包帯で肩と結んで固定する。

 

 『これで治療も完了です。

  今日はもう遅いので指定した場所で休憩を取ってください。

  休憩を取るにはセーブ・ゲーム終了を行う事で出来ます。

  チュートリアルはこれまでで次回からは貴方の上官より指示が来ますので指示にそって動いてください』

 

 そこまで言い切るとボイスはぷつりと切れて声が聞こえなくなった。どうするかと男性を見ると男性はイヤホンと小型の無線機らしき物で連絡をとっていたようだ。

 

 「ボクは行くけどどうする?」

 「仲間が何とかしてくれるらしい」

 「そうですか…。では」

 「待て!」

 

 移動しようと立ち上がった所で呼び止められた。男性はまだ視界が定まらない瞳で見つめているが、眼光には強い意志のようなものが宿っているように感じる。

 

 「お前の…名前は…」

 「ボクか?ボクは――バット。ボクはバット(蝙蝠)です」

 

 一覧にあった中で一番覚え易かった単語を名乗るとステータスにコードネーム《バット》と追加された。

 

 「バット?…助かった。礼を言おう」

 「お大事に。えーと…」

 「…スネークだ」

 「また会えると良いですねスネークさん」

 

 そう別れ際に言うと健斗は指示されたポイントに向かいゲームを終了して元の部屋に戻った。すでに時刻は夜だったことと、森を歩いていただけで結構な時間をプレイしていた事もあって続きは明日にして今日は眠りに付くのであった。

 

 これが蛇と蝙蝠の出会いであった…。




●ネイキッド・スネーク
ライフ8000 気力6000
スタッフ能力:実戦A
       研究-
       糧食-
医療-
諜報-

戦闘能力:射撃性能A
     リロード能力A
投擲能力A
設置能力A
歩き速度A
走り速度A
格闘能力A
防御能力A

●バット
ライフ6000 気力5000
スタッフ能力:実戦A
       研究-
       糧食-
医療S(オート機能)
諜報B

戦闘能力:射撃性能A
     リロード能力A
 投擲能力B
 設置能力B
 歩き速度A
 走り速度A
 格闘能力A+
 防御能力A


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第02話 『蝙蝠と名乗る男』

 「どうだ?最新の集中治療室に入院した感想は?」

 

 薬品の臭いが漂う病室にひとりの男性がやってきた。

 ネイキッド・スネークはいたるところから痛みを訴える身体を無理やりにでも起こして、短く刈り揃えた白髪にいつになくスーツ姿の男性と向き合う。

 不敵な笑みを浮かべる男性は『ゼロ』のコードネームを使っているゼロ少佐だ。特殊部隊『FOX』を立ち上げたひとりでスネークの上官である。

 病室に現れたゼロにスネークは困った表情で返す。

 

 「背広の連中に面会時間を教えてやってくれ。

  昼も夜も質問攻めだと治る傷も治らん」

 「軍上層部の事情聴取だな」

 「そんなんじゃない。あれはもはや尋問だ。

  奴らによれば俺はザ・ボスの亡命を助けた売国奴らしい」

 

 ザ・ボス…。

 第二次世界大戦中には自ら結成したコブラ部隊を率いて活躍し、大戦後にも様々な特殊部隊創設に関わった『特殊部隊の母』。ソ連でも有名で戦士の意味を持つ『ヴォエヴォーダ』と呼ばれている。

 高い知能に格闘戦術、カリスマ性とどれをとっても最高の戦士と呼ぶに相応しい女性。そしてスネークの師である。

 

 彼女は兵器科学者ソコロフをソ連から亡命させる『バーチャス・ミッション』の戦術アドバイザーとして参加していた。心強い味方を得て、問題なくミッションを遂行したが最後の最後に突如として現れてソコロフを奪い、小型核砲弾二つを手土産にソ連へ――ソ連軍過激派将校ヴォルギン大佐の元へと亡命した。

 

 構えていた銃を一瞬で分解する技術、自分とは格が違う格闘術。驚きと尊敬…そして何故裏切ったのかという相反した感情が彼女を思い起こすと心の中で渦巻いた。

 

 そんな思いを余所にゼロはどこか悲しげな表情を浮かべる。彼とて現実としては認識しているが心のどこかではこれが夢ではないかと疑っていたりしている。それほど彼女の裏切りは衝撃的過ぎた。

 

 「連中には処分する対象が必要なんだ。私も含めてね…」

 「あんたも対象に?」

 「うむ。お互いヒーローにはなりそこねたという事だ」

 「そうか…。俺達の『FOX』も死ぬのか」

 「いや、狐はまだ狩られない!

  今日来たのは…そう、我々の『FOX』の汚名を返上する為だ」

 「なんだって?」

 「状況が変わったんだ。

  まだ我々が生き残るチャンスはある」

 「なんのチャンスが!」

 「落ち着け。葉巻でもどうだ?ハバナだ」

 

 落ち着くようにと取り出された葉巻を渡され、感情的になりすぎた自分を落ち着かせる為にも葉巻の吸い口を切って火をつける。口の中にまろやかにして豊潤な味わいをゆっくりと味わいつつ吐き出す。ゼロは落ち着くまで近くの壁にもたれ、火が中ほどまで渡るまでジッと待ち続けた。

 

 「今朝CIA長官から呼び出しを受けた」

 「CIA長官に?俺達の処刑時期が決まったか?」

 「違う。いいかよく聞くんだ。

  昨日ホワイトハウスにある人物から連絡が入った。

  第一書記から大統領へのホットラインだ」

 「第一書記…ソ連の最高権力者から!?」

 「そうだ」

 

 驚きを隠せなずに目を見開く。対してゼロはどこか渋い顔をしていたことから良くない事もあったのがうかがい知れる。

 

 「最初はこちらへの非難だった。

  突如自国の極秘研究所が核攻撃に遭い、領空内には我々が使っていた航空機が目撃されたのだ」

 「当然疑われるだろうな」

 「しかし大統領は第一書記と密かな約束事をする事によって見事全面核戦争は回避され、私達の首はまだ繋がっていられる」

 「それが先ほどの渋い顔の理由か。

  一体なにを言われたんだ?」

 「…もう一度ソ連領内へ潜入する」

 「なに?」

 「第一書記はこちらの潔白の証明としてザ・ボスの抹殺。残りの小型核砲弾の回収。ソコロフの救出。シャゴホッドの開発状況の調査及び破壊。

  ―――そしてヴォルギン大佐殺害」

 「おい、俺は殺し屋じゃないぞ」

 「分かっている。だが、ソ連政府の要請だ」

 「―――」

 「この件になにを言っても無駄だからな。大変だがやり遂げねば私達は明日にでも銃殺されるだろう」

 「はぁ~…ソ連政府の協力は?」

 「これから交渉するがあまり期待は出来ないだろう」

 「だろうな」

 「しかしCIAからは協力を得られた。

  君が『バーチャス・ミッション』で会ったと言っただろう?」

 「ああ…バットか」

 

 ザ・ボスに銃を分解され、二人で創り上げたCQCで完膚なきにやられ、片腕を折られ、吊橋より谷底の川まで落とされて意識が朦朧としていた時に出合った少年。ギリギリ目元が見えるぐらいまでは戦場では見られないほどさらさらな髪をなびかせ、服は黒をベースにした迷彩服とロングコートを着込んでいた。

 『バット』とコードネームを名乗った少年は気がついた時には、俺の身体中の怪我を治療していた。見た目中学生なのに応急処置は見事なものだった。見た目と技術が結びつかない。気になって回収された後でゼロ少佐に事を話して調べてもらったのだ。

 

 「バット――真っ黒なコートを羽のようになびかせ、小柄なことから蝙蝠のコードネームを持つ男。

  CIA職員でも極僅かな者しか知らないエージェント…中にはパラミリとも言う者もいるが…」

 「言われている?なんだか不確定な情報だな」

 「仕方ないじゃないか。調べようとしても『そんな職員は名簿にありません』と返って来るだけだったんだからな。長官からは名前しか教えてもらえなかったし、あとは噂程度のものしか集まらなかったんだ。

  ひとりで100人以上を倒したとか、元KGBだとか、イギリス出身の女性だとかいろいろ――」

 「少年だ。しかもアジア系の少年だ」

 「確かか?」

 「確かも何も俺はこの目で見たんだが…」

 「何にしても彼がまだ現地で潜入を続けているという。

  どういう意図があるかは分からないが今回の作戦の協力をしてくれるらしい。

  まぁ、どの程度のものかは保証しかねないが…」

 「何もないよりはマシと言う訳か」

 

 大きくため息を吐き出して葉巻を咥えながら頭を軽く掻き毟る。

 

 

 

 

 

 

 ラスヴィエットの廃工場内

 起きてからゲーム(そう信じている)と休憩を繰り返してずっと採取とスキルのレベリングに励んでいる宮代 健斗は満面の笑みで黒ずんだ暖炉の前で火を焚いていた。

 ヴォルギン大佐に捕らえられているソコロフの元監禁場所に使われていたこともあって最低限のものが揃っている部屋を根城に、数日ばかり生活している。

 

 『数日内に蛇が入るまで潜め』

 

 このキャラクターの上司だと思われる男から連絡が来たと思ったらこの一言である。

 何の目標もなく潜めと言われたときは『どうしろと!?』と叫びたくなったがすぐにどうでも良くなった。ここでの食事はリアルでの何よりも楽しみなのだ。

 ドレムチイ南北に東部、沼沢部などを隠れながら探索を繰り返した結果、健斗が『食糧庫』と呼んでいるボックス内には食料で溢れていた。溢れているといっても初日に食べた林檎の様な果実のヤーブラカマラカと黄色い縦長の実のガラヴァばかりだが。

 食事が物足りないリアルと違って果汁も果肉も美味しくて食事が楽しいと思えた。しかしヤーブラカマラカを食した後にガラヴァを食べたらヤーブラカマラカが美味く感じなくなったのは驚いた。それほどガラヴァが美味しかったのだ。それからはメニューのヒントを見ながらいろんなものを調理して食べた。

 かなり引きながら食べた鼠が美味しくて、期待した鳥が不味かったのは予想外すぎた。美味しくなさそうに感じたもののほうが美味しいのかと期待して食べた蛙は不味くてがっかりした。そのなかで気に入ったのは蛇だ。アミメニシキヘビにオオアナコンダは量も味もすごく気に入った。

 

 健斗は尖らせた枝に切り分けたヤーブラカマラカを刺して火で炙る。普通に食べるのであればヤーブラカマラカを食べるのだが今日は良い物が手に入ったのだ。バルトスズメ蜂の巣と表示された蜂の巣だ。蜜は甘くて美味しいのだがのどに絡みつく。そこで思ったのが瑞々しい果実にかけてみようと。リアルで検索すると果実を炙って食べる食文化もあったらしいのでそれにも挑戦だ。温かみを帯びたヤーブラカマラカにハチミツをかけて頬張る。味は満面の笑みをする健斗の表情で察していただけるだろう。

 美味しいので二つ目を刺しながら犠牲になった蜂と兵士に心の中で感謝する。特に兵士のほうはたまたま蜂の巣の下にいて、撃ち落した瞬間、蜂に襲われてしまった。本当にすまないと思ってます。

 

 二つ目に口に含みながらふと副産物が眠るベッド下を見つめる。

 簡易なベッドの下にはちょっとした穴があって食料調達の際に見つけたアイテムを隠したのだ。Mk22サプレッサーにMk22弾薬、グレネードにスタングレネードにチャフグレネードにスモークグレネード、地雷探知機などがそこらへんに落ちていたのだ。さすがゲームと思ったのがピンも抜けてないグレネードが転がっていた時を見たときだ。どれだけ危険な場所かと思ったよ。

 アイテムや武器が多いのは戦いに幅が出て良いことなんだろうが問題もある。

 

 ライフ回復薬3つにペンタゼミンが一つに、地雷探知機一つと赤外線ゴーグル二つ。後から眠らせた兵士から回収したAK-47とマカロフを合わせた9丁と、M37ショットガンとSVD狙撃銃が1丁ずつ。チャフ・スタン・スモーク・通常のグレネード系統が合計7つにM1911A1・AK-47・XM16E1・Mk22の弾薬などとちょっとした武器庫が完成しつつある。ようは一人分にしては多すぎて扱いに困っているのだ。潜入任務を考えるとショットガンは使うのは気が引けるし、狙撃銃を使おうにも装填されていた弾薬以外に予備の弾薬もないのは痛い。一番困るのはM1911A1弾薬である。持ってない銃の弾薬をどう使えというのだろうか?出来るならモーゼルの弾薬が欲しいのだけど落ちてないんだよな。

 

 「というか弾薬や銃器が転がっているのがおかしいのか…」

 

 考えている途中で少し感覚がずれていた事を呟くが返事は返ってこない。

 ピコンと脳内に機械音が響いて炙っていた実をそのまま頬張ってステータス画面を開く。ステータスのユニークスキル欄に野戦料理人がD-からDに変わっていた。食料を採取し調理する事で糧食と野戦料理人のレベルが上がっていくのだ。別段戦闘には何の効力はないのだが…。

 

 次の実を刺して蜂の巣を乗せる分だけ切り取ると中から軟膏が入っているチューブが現れた。何も言わずに冷めた目で見つめポケットの中に仕舞う。この軟膏には嫌な思い出がある。恐る恐る蜂の巣を食べた時に美味しさに驚いてかぶりついて食べているとき、何口目で中央部に届いた歯がチューブに穴を空けたのだ。ハチミツと軟膏が混ざった味が口内に広がって吐いたっけ。二度と蜂の巣はかぶりつかない。これ絶対。

 大きな欠伸をしながら時間を見ると現在午後の11時でそろそろ休めと文字で画面が覆い尽くされるので一旦休憩も兼ねてログアウトしなければ。

 火を消してログアウト画面を出している最中に今日拾ったものを仕舞っていないことに気付いて腰のポーチより取り出す。

 野戦用の【レインドロップ】と書かれたユニフォームに顔に貼り付けてペイント用のスプレーをかける髑髏の形に穴を開けられているフェイスペイント【ゾンビ】の面とスプレー缶。

 本当に何で落ちているんだろうと疑問を抱くも、ゲームだからと考えを投げ捨てる。ベッドの下に仕舞うとさっさとログアウトボタンを押す。黒い霧に覆われた健斗の姿はメタルギアの世界より消え失せた。

 

 

 

 元ソコロフを監禁していた部屋の扉が勢いよく開けられ大きな音が辺りに響く。同時に迷彩が施された戦闘服と目のところしか開けていない覆面をつけた兵士がAK-47を構えて突入してきた。4名の兵士は辺りを警戒しつつ部屋内を見て回るが誰も居ない。

 

 「誰も居ないな…」

 「ああ、やっぱりここに誰か居るというのはなにかの間違いじゃないか?」

 「……そうでもないぞ」

 

 何処か怯えたように声を震わしながら言葉を交わした二人に暖炉前で屈んだひとりが不安げに言う。手袋を外して暖炉内に残った灰を触り、温度を確める。

 

 「まだ温かい。つい先ほどまで誰かがここにいたんだ」

 「まさか!周囲には二チームが待機しているんだぞ。破られた様子はない」

 「だいぶ前より火がついてたってことじゃあ…」

 「いや、木が燃え尽きる前に消された痕跡がある。誰かはここにいたんだ」

 

 中ほどから先には燃えた様子のない木の棒を見せ付けられて兵士たちは顔を青ざめながらがたがたと身体を震わす。

 彼らはここにある話を聞いて調査に来たのだ。

 数日前にある兵士がこの部屋で灯りを確認して内部へ調べに入ったのだ。すると今日と同じで誰も居らずに残り火がくすぶっていた。この付近では日中に黒い人影のようなものを目撃した兵士も居て、自分達に敵対する者かどこかの諜報員が潜んでいると判断したのだ。

 

 しかし、何度訪れても発見できなかった。

 

 黒い人影を追っていた兵士は森の中で姿が霧状になって消えたなんて叫びパニック状態で入院。部屋を訪れていた兵士も怖がり精神を病んで同じく病院へ。

 彼らはそれを確める為に来たのだが自分達も目の当たりにして寒気が止まらない。

 

 「な、なぁ…これってゆうr―」

 「そっ!そんな非科学的なものが居てたまるか!!絶対どこかに潜んでるんだぜ」

 「だ、だよな。幽霊なんて居るわけが…」

 「……そういえば噂が出始めたのって大佐が研究所を吹き飛ばした頃からだったよな。もしかしてここに出るのって…」

 

 兵士達は身動き一つ出来ずにその場で固まる。

 ゴクリと唾を飲み込む音が妙に大きく聞こえた。

 体感する温度が冷たくなったような気がし始めて手足が震える。

 

 ギィイイイイイ…

 

 開けたままだった扉がゆっくりと閉まろうとした。音に驚いたのと勝手に閉まる扉で恐怖は最高潮に達して兵士たちは悲鳴を上げながら部屋を飛び出していったのだった。




ステータス変化
・スタッフ能力:糧食― → 糧食D

新ユニークスキル
・野戦料理人D
 戦場で作った料理に疲労回復と士気向上の効果付与。
 調理速度の向上。
 効果はスキルのランクによって変化する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第03話 『再会と新たな人物』

 窓から朝日が覗き込み、今や希少種になりつつある自然界で生きる鳥の鳴き声が耳に届く。

 日差しを浴びて顔を顰めながらゆっくりと瞼を持ち上げ、ぼやける視界を頼りに時刻を確認する。

 朝の5時43分。小さく唸り声を漏らしつつ、背筋や腕を伸ばして身体を楽にする。意識が徐々に覚醒し始めた事で今日もあの『メタルギア』というゲームをプレイしようとベッドから立ち上がる。出来るならずっとプレイしたいのだが規則が邪魔をしてそれをさせてくれない。例えば一日12時間しかプレイ出来ないとか、三時間プレイしたら最低でも一時間の休憩を取ることなどである。ゲーム機のルールもあるが人間としてちゃんとした食事もとらなければならない。

 しかめっ面で冷蔵庫を開けて桃色のパックを取り出す。パックには【たらこのスパゲッティ味】と書かれ、中身は桃色の粘土のようなものが収まっている。フォークを手に取り一口含むと重く、粘り気の強い感触が口内に伝わり、微妙に書かれた料理の味らしきものが広がる。

 

 正直言ってあのゲームで味わったらこれまで普通だったご飯が美味しく感じない。

 

 大きく息を吐き出して、一気にかき込んで無理やり飲み込む。栄養摂取という食事を済ませた宮代 健斗は片付けることもせずにゲーム用のヘッドギアと被り、ゲームを起動した。

 どうもあのゲームはリアルタイムゲームらしく、リアルの時間とゲームの時間進行が同じでこちらが朝なら向こうも朝だろう。日時と時間指定のイベントがあるならいくらか見逃しているかもしれない。やりこみ要素と考えれば悪くも無いが…。

 

 ゆっくりと目を開けるとブロンドの美女が着替え中だった。

 

 いきなり自分が覗き行為しているような事実を告げたくないが事実なのでしょうがない。イベントを見逃すかも知れないとは言ったけどまさか急にこんなイベントに当たるなんて。本当にどういう状況だよ!?

 黒い下着姿の女性に釘付けになっていたがいけないと自分を律して横を向く。すると無精ひげを生やしたバンダナを巻いたおじさんがガン見していた。もはや隠す気がないのだろう。振り向かれたら一発アウトなぐらい目を見開いて見つめている。さすがに駄目だろう。

 

 「そんなにガン見してたらばれますよ」

 「――ッ!?」

 

 女性に対して失礼だし、ばれたときの事を考えたら彼も不味いことになる。一番にここに黙っているのも辛いのでおじさんにぼそりと呟く。

 おじさんはベッドの上に無防備に座っていたが素早く腰を上げながら、銃とナイフへと手を伸ばした。

 

 【CQCモードを起動します】

 

 脳内に機械音声が流れると同時に目の前の景色が静止した。

 いや、静止したというのは違った。静止に近いぐらい世界の時間が遅延したのだ。素早く伸びていた手が急にゆっくりとなって握るまで数十秒かかりそうだ。そして視界には矢印と自分の身体から影のものが点々と浮かび上がっていた。

 よく分からないがとりあえず浮かび上がる影に重なるように身体を動かしていく。世界がスローモーションになったからといって自分が素早く動ける訳でなく、10秒かけて動くのが6秒に変化した感じであった。

 

 「ぬおっ!?」

 「ビックリしたなぁ…もう」

 「誰ッ!?」

 「撃つな!!」

 

 影の通りに動いたらあっという間におじさんを取り押さえていた。大きく安堵の息は吐き出しながら言葉を漏らすと、着替え途中だった女性が気付いて近くに置いてあったモーゼルを構えられる。さすがに距離があり過ぎてCQCモードというのは発動しないらしい。

 動けずにただ見つめているとおじさんのほうが制止してくれたので撃たれずに済んだ。

 今更だがこのおじさん…この前ボロボロだったおじさんじゃないか?

 

 

 

 

 

 こんなジャングルの真ん中にあるような廃墟のほうが、最新の集中治療室よりゆっくり休めたとは皮肉だな。軽く肩をまわしたりと筋肉を解して上半身をゆっくりと起こすと目の前で女性が着替えていた。

 彼女は『EVA』。元NSAの暗号解読員で1960年に『ADAM』と共にソ連に亡命し、書記よりスネークイーター作戦の協力として遣わされた。本当なら『ADAM』が来る予定だったり、亡命した二人は両者男だとブリーフィングを受けていたりと伝えられた事が大分変わっている。

 それよりも目の前のことのほうが大事か。

 EVAは背を向けている為にまだこちらに気付いてない。寝たふりをしてではなく上半身を起こした状態で見つめる。本人的にはばれないように視線を多少は逸らしているようだがほとんど見入っている。

 

 「そんなにガン見してたらばれますよ」

 「――ッ!?―ぬおっ!?」

 

 起きたばかりと言っても周辺の注意は怠っていなかった。なのに唐突に声をかけられた事に驚き、腰のホルスターに収めてあるM1911A1カスタムとナイフに手を伸ばすが、それよりも早く腕を取られて抵抗する間もなく組み伏せられた。ザ・ボスには至らないとしてもかなりの腕前を持っていることが理解出来た。

 痛む関節部分に無理をいわせて相手の顔へと顔を向ける。すると戦場には似つかわしくないアジア系の童顔の少年が大きく息を吐きながら笑みを向けていた。見覚えのある顔に敵でなかったことに安堵する。

 

 「ビックリしたなぁ…もう」

 「誰ッ!?」

 「撃つな!!」

 

 こちらに気付いたEVAが警戒しつつモーゼルを構えてトリガーを引こうとする。大慌てで叫ぶと顔を顰めながらトリガーから人差し指を離して待機した。銃を降ろされた事でさきとは違って安堵感から息を吐き拘束を解いた。

 

 「すみません驚かして」

 「ああ、確かに驚いたがこちらの油断もあった」

 「ちょっと、私にも紹介してくださる?二人は知り合いみたいだけど」

 「えっと、初めまして。ボクはバット。上よりスネークさんの手伝いをしろって言われてます。宜しくお願いします」

 「俺はもう知っているだろうが改めてスネークだ。宜しく頼む」

 「私はEVAよ。よろしく」

 「でだ、君は何が出来るんだ?」

 

 先ほどのCQCの実力からかなりの実力者だという事は分かった。が、戦闘能力が高いからとすべての作戦で有能であるかは判断できない。特に潜入任務では戦闘行為を行う事よりも避けるようにしなければならない。それに協力と言っても潜入ではなく、物資の提供や別働隊として別任務の事かも知れない。これから任務を行なうにあたって役割は確めておかなければならない。

 スネークの言葉に小首を傾げるバットにEVAは顔を顰める。まぁ、気持ちは分かるが…。

 

 「そうですねー。戦闘行為から潜入……後は武器弾薬の提供など如何でしょう?」

 「武器弾薬なんて何処にあるのよ」

 「まさかその小さなポーチに入っているなんて言う訳ではないよな」

 「ええ、まぁ。ポーチに入っているのは僕が使う弾薬や医薬品、まだ吸わないけど葉巻が数本入っているだけなので」

 「葉巻を持っているのか?何処のだ?」

 「えぇと、キューバでしたかね。どうです一本?」

 「頂こう」

 

 渡された葉巻を手に取り香りを確める。確めると慣れた手付きで先端を切り、火をつけながら咥える。その間にバットがジェスチャーでベッドから降りてくれと伝えてきたから避けて、煙を蒸かしながら見つめていると退かしたベッドの下はちょっとした空間が空いており多数の武器が収納されていた。

 

 「どうです?それなりには品揃えは良いと思いますよ」

 「よくこれだけ持ち込めたものだ」

 「全部現地調達ですけどね」

 「現地調達?それはそれは」

 

 予想以上の能力に驚きながら渡されたSVDの感触を確めながら各部に異常が無いかを確認する。少し土で汚れていたものの多少整備すれば問題はなかった。スコープを覗き込み構えるとがたつきもなく、安定もして中々の一品と大きく頷く。

 満足気に銃を降ろしたスネークにホッと胸を撫で下ろしたバットは何かに気付いて窓へと視線を向ける。それでという訳ではないがスネークも窓の外の異変に気付いた。

 

 「どうしたの二人して?」

 「いえ、外に誰か居るような気がして」

 「当たりだ。外に複数人居るな」

 

 外を覗くと迷彩服ではなく制服を着こなしている事からエリート兵なのだろう。完全ではないが足音や気配を最小に押さえながらこちらへと向かって来ている。顔は他の兵士と同じで覆面で隠しているが他と違って赤いベレー帽をかぶっていた。

 見えないように相手を探っているとEVAも相手を見て眉を潜めた。

 

 「不味いわ。山猫部隊よ」

 「山猫部隊?」

 「GRUの特殊部隊スペツナズから選ばれたオセロットのエリート部隊よ」

 「武装はショットガンに…なにあれ?」

 「M63軽機関銃だな。見たのは初めてか?」 

 「えっと、まぁ…そうですね。で、どうします?撃退しますか?」

 「逃げたほうが良いわね。GRUの兵士も複数連れて来ているし」

 

 言われた通り山猫部隊の周りに迷彩服の兵士たちが集まってきた。数にしたら合計で20ほど。相手にするよりは逃げたほうが良い。特に敵内部で情報収集しているEVAは即刻離脱したほういいだろう。

 

 「バット。銃の扱いは?」

 「出来ますけど……殿ですか?」

 「お前だけじゃなくて俺もだ」

 「二人で相手をする気なの?」

 「君が離脱するまで引き付けるだけだ。隙さえあればバイクで突破出来るだろう」

 「ええ、問題はないわ」

 「こっちも問題はないだろう。武器もこれだけあるし、バットの実力を見るにはちょうど良い機会だ」

 「実力テストですね。了解です。ちなみに派手にやってもいいんでしょうか?」

 「ここらは放射能の事もあって彼らみたいに目的が無い限り近付かないわ」

 「つまり今なら問題ないということですね」

 

 バットはAK-47を二丁取り出し床に置き、ユニフォームを手に取った。

 

 「スネークさんは―」

 「さんは付けなくていい。スネークで十分だ」

 「ではスネーク。何が要ります?」

 「そうだな。赤外線ゴーグルにSVD……あとはMk22サプレッサー、XM16E1とMk22弾薬か」

 「ユニフォームは要らないですね」

 「要るなら好きにしてくれ」

 「了解です。なら行きますか」

 

 ニコリと笑うバットと視線が合う。その瞳には恐れの感情はまったく窺えず、力強く感じた。妙な安心感を覚えつつ二人は入り口に向かって行くのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第04話 『蛇と蝙蝠の共同戦線』

 ようやく夏バテから完全回復しましたので投稿を再会します。
 不定期とは言え二ヶ月もあけてしまい申し訳ありません。


 ラスヴィエットの廃工場に派遣されたGRUの兵士達は出来るだけ足音を立てないように慎重に進む。

 ヴォルギン大佐より与えられた任務はこの付近の調査。それは最近流れている噂の調査ではなく、昨日森で爆発した乗り物が発見されて、それの詳しい調査だったのだがどうやらそれは人を乗せて飛行する乗り物だった事が判明。乗り物の中や付近に死体がなかった事から搭乗者がどこかの工作員と断定して捜索していたのだ。

 居るとしたら可能性の高い廃工場にまで来たら大当たりだったようだ。

 茂みに隠されてはいたが別の偵察隊の連中の遺体を発見した。という事は少なくともこの近くに居る事は確か。

 オセロットの山猫部隊も付いて来ているが彼らは捜索する気はないらしい。役回りとしては猟犬役として俺らに獲物を見つけさせ、狩り出した所を仕留める――つまりは美味しい所だけを持っていく気らしい。

 

 辺りの様子を確認しながら声は出さずにハンドサインのみで意思疎通を行い進んでゆく。残るは奥の部屋のみになり、緊張が高まる。

 動き一つ一つに気を使いながら足を止めてトリガーに指をかける。静まり返った戦場でゴクリと唾を飲む音が周りに広がった。緊張で汗がタラリ、タラリと落ちて行く。

 するとバタンと大きな音を立てて扉が突然開かれると同時に何かが飛び出してきた。驚いた一人がトリガーを引いて発砲した。それに釣られたように皆が皆トリガーを引いて何発もの弾丸を撃ち込んでゆく。

 飛び出したものは力無く地面に落ちて動かなかった。

 

 「やったか?」

 

 撃ち尽くしたところでひとりが呟き、先頭にいた者が撃った為に煙舞い上がる中で近付いて確認する。飛び出した対象物を軽く蹴ると、ふわっと浮いて落ちた。

 

 「いや、ただの服だぞ」

 「なに?という事は…」

 

 飛び出したものが服だと確認が取れた事で焦りながら扉のほうを凝視する。これを投げた人物が確実に居るからだ。そう思って凝視したのが運の尽き。扉より今度は円筒形の物体が転がり目の前で破裂した。殺傷能力のあるグレネードではなく、一時的に視界と耳を不能にするスタングレネード。

 顔を背けるよりも早く破裂したスタングレネードにより目は強い光で焼かれ、耳は甲高い音により耳鳴りが起こって周りの音が聞き取れない。足元がおぼつかずに転げそうになり手を突いた。

 霞む意識に渇を入れて踏ん張るがAK-47を片手で二丁持った少年が現れたところで彼らの意識は完全にこの世から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 スネークが扉を開けると同時にバットは拾った野戦用の【レインドロップ】と書かれたユニフォームを広げて投げ出した。人型のユニフォームは相手に人が飛び出したと錯覚させるのには十分で、投げ出した瞬間に始まった猛烈な銃撃の嵐によりみるみる穴だらけになっていく。

 

 「うわぁ…銃弾の雨霰ってこんな感じなんですね」

 「傘では防げそうに無いな」

 「なに悠長な事を言っているのよ」

 

 撃ち過ぎて埃が舞い上がるドアの外を眺めながら呑気な感想と相槌を打った二人に呆れた表情で見つめるとバットはへへと笑い手に持っていたグレネードを見せてきた。それは強い閃光と耳を劈くような音を発するスタングレネードだった。

 意図を読んだスネークとエヴァは銃弾が止むと同時に耳に指を突っ込み、瞼を閉じた。

 まだ埃舞い上がる中にピンを抜いたスタングレネードを転がすと、すぐに破裂音が響き渡る。自身も喰らわぬように耳に指を突っ込んだのだがそれでも普通に聞こえるとなると対策出来なかった者は悲惨であったろう。

 

 「行くか!」

 「はい!」

 

 声掛けをしたスネークは出入り口より顔を覗かせて銃を構えようとしたが、その前に返事をしたバットが無防備に通路の真ん中に立って両手のAK-47二丁を構えた。

 

 こっちではなく耳と目をやられた兵士を見つめるバットの顔を見つめた。

 アジア系は欧米に比べて幼顔で幼く見えると聞いたことがあった。だから目の前に居るバットも見た目以上に年上なんだろうと思っていた。しかし話してみたり、観察してみると大人独特の雰囲気や感じではなくまさに少年といった感じがした。別に戦場に子供がいる事が可笑しいと思っている訳ではない。むしろ無法地帯に近い地域や戦場では大人に従順な子供は少年兵として使われることのほうがあるだろう。

 しかしバットという少年はただの少年兵ではない。先に述べた少年兵は無茶な突撃などの勢いに任せた攻勢だけではなく、技術を持っていた。先ほどの服を使った囮のやり方もスタングレネードを投げるタイミングも確実に計って対処させる事もさせなかった。だが、エージェントにしては遊びが過ぎる。何とも評価しがたい少年だった。

 

 容赦の無い弾丸が激しい銃声と共に二つのAK-47より放たれ、眼と耳をやられたGRUの兵士達は抵抗らしい抵抗も出来ずに何発も貫かれて、糸が切れたマリオネットのように力無くその場に倒れ込み、血溜まりが出来上がっていく。火薬と硝煙と鉄の錆びた臭いが充満する中、バットは装弾数30発を撃ち切ったAK-47を放り捨て、ポケットよりマカロフを二丁取り出した。

 

 「良い判断だ。しかもタイミングも腕も良い。だが、先に一言欲しかったな」

 「あ!すみません」

 「まぁ、良いさ。俺は左から行く。バットは右から頼む」

 「了解です。では後ほど」

 

 肩をぽんと叩いて告げると申し訳なさそうに頭を下げ、指示した方向へと駆け出していった。

 撃たれた兵士を目視でだが確認すると完全に息を引き取っていた。出鱈目に撃っているかと思えば必ず頭か心臓付近に弾丸が直撃している。恐ろしい子供だ…。

 横から同じように死体を確認したエヴァは多少曇った表情を見せた。

 

 「あの子…戦場慣れしているわね」

 「エヴァは先に行ってくれ」

 「分かったわ。ここはお願いね」

 

 一応取り出していたモーゼルを短く息を吐き出しながらホルスターにしまった。そして素早くベッド下の隠し扉に入って行く。それを確認したスネークはM1911A1を握り締めながら部屋から飛び出す。

 通路の先には銃声を聞いて警戒を厳にした兵士がゆっくりと進んできている。

 エヴァの脱出を優先するならばここは派手に打って出るべきだなと苦笑いしながらM1911A1の残弾を確認する。

 

 「さて…行くか!」

 

 確認を素早く終えたスネークは一人に狙いを定めてトリガーを引いた。

 

 

 

 

 

 

 バットは笑みが止まらないでいた。

 今まで何種類ものゲームをプレイしてきたがこれほど自由の利くゲームは知らない。

 服装アイテムを投げるとか、アサルトライフルを二丁持ち出来たり、ポケットに入れることで他の武器を入れていけることなど初めてのことばかりだ。

 銃を撃つ反動、人を撃った感覚、初めて知った硝煙のにおい。

 これまでやってきたゲームのレベルが低く感じる。そしてこのゲームのリアリティに驚き、高揚感を覚えながら走る。一歩一歩踏み締める感覚を確め、身体にかかる疲労を感じながら窓より外へ飛び出した。

 飛び出した先には覆面を被った野戦服の兵士達数人が立っていた。

 

 「CQCモード!」

 

 咄嗟に叫ぶと同時に世界が制止したように動きが鈍くなった。

 窓から飛び出した状態で驚いた敵にゆっくりと動く時の中で引き金を引いて撃つ間もなく倒し、地面に転がりながら素早く立つ……………と、いうのを思い描いていた。

 これを使えばどんな状況でも勝つことが出来る。チートシステムとして疑わなかったバットだったがすぐにその考えは間違いだったと知る事になった。

 

 《CQCモードにエラーを感知。CQCが出来る体勢ではありません。5秒後にCQCモードを停止します》

 「ちょっと待っ!?」

 

 どうやら思っていたシステムではなくいろいろと条件があるシステムらしい。

 と、そんな事を考えている場合ではない。かなりスローであるが銃口がこちらに向きつつある。苛立ちからの舌打ちする時間も勿体無く、身体を捻りながら握り締めたマカロフの引き金を連続で引く。

 相手の数は3名。引き金を引く度に弾丸がゆっくりと向かって行き、当たると血飛沫を上げながら相手の身体が大きく揺れる。当たってから狙いを変えていたら時間が足りないからとりあえず撃つだけ撃つ。全弾撃ちつくす前に5秒は過ぎて、着地の事を考えておらずに左肩から地面に激突してしまった。激突する前に弾丸のほとんどが吸い込まれるように三名の敵兵を撃ち抜いて仕留めていた。

 

 「うおっ!?肩痛い!」

 

 がばっと勢い良く起き上がったのと同時に肩に痛みが走り、急いで物陰に隠れつつ治療と呟く。脳内に音声が響くが《どうにかして冷やしてください》と返答がきた。どうやら持っている治療アイテムが足りないのか、打ち身程度は治療の中に含まれていないのか…兎も角今はこの状況を打破するのが第一だ。

 マカロフの残弾を確認するともうほとんどなかった。マカロフはマガジンが落ちてなかった事から入っていた残弾以上に補給は出来ないのだろう。勿体ないけど諦めるしかない。そう思ったらすぐにマカロフを捨てて、モーゼルを取り出す。拳銃タイプとナイフならCQCは使える事が分かっているからであるが、暇があるならもっと詳しい条件を調べなければ…。

 肩を擦りながら辺りを見渡しながら動こうとすると、スネークが向かった方向で重たい発砲音が鳴り響いた。

 どうやらあちらが本隊らしく時間が掛かっているのだろう。任務はスネークの手伝いなのでここでやられたらストーリーに大きく影響してしまう。急ぎつつ、周辺の警戒を怠らないように進む。

 回り込んで相手の背後より攻撃しようと建物の裏手を進んでいると銃声がパタリと止み、『ジュウドー』がどうやら『アクシデント』がどうやらと声が聞こえてきた後に少しするとバイクのエンジン音が鳴り響く。

 

 「終わったのかな?だったら今のエンジン音はなんだったんだ……あ!」

 「また会おう!――――なぁっ!?」

 

 いきなり目の前に今までの兵士とは明らかに違う男が飛び出してきた。

 黒い制服に灰色の短髪に踵に小さな車輪のような物を取り付けたブーツを履いていた。男の腕がホルスターに伸びる。速度はスネーク以上で焦りながら「CQCモード!」と呟く。

 指示されたように動くが男がホルスターに入れていた銀色のリボルバーを構えるほうが早かった。撃たれると諦め掛けていた時、男の表情が何かをやらかしたと言わんばかりに歪んだ。

 右手でリボルバーのシリンダーを固定するように握り、一歩踏み込んだ右足を軸にして男に背を向けるように身体を左に捻る。その勢いを加えた左肘打ちを鳩尾に打ち込み、背後よりスローな呻き声が漏れる。次に膝を多少曲げて男右手手首を左手で掴み、右腕は手を離して男の二の腕を前腕と上腕で挟み込む。そして右手を前に引っ張りながら下腹部の辺りを腰に乗せるようにして前に投げ飛ばす。背中から地面に落ちた男はカハッっと声にならない音を漏らして気を失った。

 

 「おお!見事」

 

 CQCモードが終わり、声をかけられた方向を向くとそこには軽く拍手をするスネークとバイクに跨りモーゼルをこちらに向けている不審者―――ではなく、口元をマスクで隠し、ヘルメットを被ったエヴァが見ていた。

 何がどうなっているのか理解できてないバットを気にせず、エヴァは気絶した男に対してトリガーを引こうとする。その前にスネークが銃口を手で押し逸らして邪魔をする。

 

 「待て!」

 「どうして?」

 「奴はまだ若い……バットはどうする?」

 「ボクはそれで良いですけど」

 「二人とも…後悔するわよ」

 

 呆れたような表情を浮かべたエヴァは速度を出しつつ曲がり、近くにあった階段へと突っ込んでいった。段差を物ともせずに駆け上がり、そのまま跳んで先の建物の屋根に飛び移る。決して速度を落とさず屋根から飛び降りた先は金網の扉があり、ガシャンと大きな音を立てて開け放って行った。

 見たこと無いような運転を目の当たりにしたバットは目を丸くして感嘆を漏らしていたが、ふと眼の前の男に視線を戻す。

 

 「えと…この人は?」

 「山猫部隊のオセロットだったか」

 「オセロット?何処かで聞いたような…ん?」

 

 そこで右手から落ちた装飾が施された銀色のリボルバーが眼に映った。

 銃器の中でモーゼルも大好きな事ながらリボルバーも負けないほど好きなのだ。スネークが生かすと言って同意してしまったのだからここで丸腰にするのも可愛そうか。予備で持っていたマカロフを持たせて、リボルバーを手に取る。

 

 「おいおい、それは観賞用の銃だぞ。その装飾には戦場でのメリットは何一つ無い」

 「そうなんですけどリボルバーも好きなんですよ。確かに戦場で装飾には何のメリットも無いですがこのぐらいの装飾だったらデメリットも無いでしょう」

 「はぁ…好きにしろ」

 「はい、好きにさせてもらいます♪」

 

 リボルバーの弾がない事を確認して先ほどの表情の意味を知りながら、懐に仕舞ってエヴァが開けてくれた金網のほうにスネークと共に進むのであった。

 これがこの地で何度も相見えるオセロットとの初の出会いだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第05話 『二人の移動風景』

 バットは真剣な眼差しでAK-47を構えて対象を狙う。

 乱れている息をゆっくりと落ち着かせながらトリガーを引く。

 弾丸は消音目的で銃口に結ばれた前回の戦闘で穴だらけになったユニフォームに、新たな穴を開けて目標へと向かって行く。多少威力は落ちたといえども対象の脳天を貫くには十分な速度と威力を誇っており、貫かれた対象は気付く事無くその場で息絶えた。

 AK-47をその場に置いて辺りに最大の警戒を払いつつ対象に近付く。息をしていないのを確認して重い身体を引っ張って森の茂みへと運ぶ。運ぶ途中も警戒は怠らず、周囲に気を巡らす。短い距離だというのにバットは汗を流して息を乱していた。

 やっとの事で茂みまで運ぶとナイフを取り出し、それを運んできた対象の肌に押し当てる。後は力を込めて肉体を切り裂いてゆく。

 先ほどまで生きていた証しである僅かな体温と溢れ出る血を手で感じながらも手を休める事無く解体して行く。切り取った血肉に尖らした枝の先を突き刺し、持ち手の方を地面に差し込んだ。同じ作業を円を描くように六回ほど繰り返し、中央に火をつけて血肉を炙りだす。

 滴り落ちていた血に肉に含まれている油が混ざり始め、真っ赤だった肉が茶色く変化し焦げ目が付き出した。その色具合を見て一つをナイフで切って内部の焼き具合を確認すると大きく頷き口を開いた。

 

 「スネークさん。ワニ焼けましたよ」

 「……ん。分かった今行く」

 

 茂みの向こうから声が返ってきた。

 初めてワニという生物を見たが正直怖くてたまらなかった。鳥や蛇だったらほかのゲームで見たことあるがワニは初めてだった。

 一回目ではソコロフが監禁され、二回目では山猫部隊に襲われたラスヴィエットからチョルニ・プルトに移動したスネークとバットは眼前に広がる沼地に頭を痛めた。沼地なのは問題ではない。そこに住まう住人――いや、人ではないが、住み着いている生物が大問題だった。

 スネーク曰くかぶりつかれたら大怪我は当たり前、水中で襲われれば逃げる術はないとまで忠告された。

 冷や汗を流しながら焦っていたバットにスネークは上官に無線をするからその間に食事の用意を頼まれたのだ。狩っていた食料は置いて来てしまったので目の前のワニを狩る事に…。数を減らし、腹も満たせるので一石二鳥と思ってやったのだが撃つ最中も運ぶ最中もいつ襲われるかと思うと気が気ではなかった。

 

 ひとつを手にとって噛り付くと結構弾力があるが歯応えがたまらない。脂もけっこう乗っており味も良い。前に食べたチキン味の栄養食に似ている。似ているがあんな粘土みたいな栄養食と違って脂や肉の歯応えが良い。気がついたら一本食べ終えており次のに手を出した。

 初めてのワニ肉に舌鼓を打っていると無線を終えたスネークが近付き、腰を降ろして焼いていた一つを手にとってかじりついた。

 

 「美味いな。前にもワニ肉を食べたがその時よりも美味い。前にもワニを料理したことがあるのか?」

 「いえいえ、見たのも初めてですよ」

 「なら料理の才能があるのか。なんにしても戦場で美味しいものを口に出来るのは良い」

 「ええ、お腹だけでなく心も満たされますね」

 

 微笑みあいながら次々にワニ肉を平らげていく。

 スネークが美味しく感じたのは気のせいでもなんでもなく、バットのスキルである野戦料理人Dの効果であった。微量ながら疲労を回復した二人は食べ終えて不要になった火を消して沼地の辺に立った。

 ワニがうようよしている沼地を見てびびるバットを見て、背中をポンと叩いてスネークが先導する。辺りを警戒しながら先に進むスネークを見つめ、深呼吸をして覚悟を決める。同じように警戒しつつ沼地に足を踏み入れる。冷たい水と砂と水が混ざった泥の感触に驚きつつも辺りに視線を配る。

 生きた心地のないまま何事もなく渡りきった二人は短く息を吐いた。

 

 「これからどうするんでしたっけ?」

 「エヴァの情報によると北のクレバスから洞窟へ向かえとの事だったな」

 「クレバスから洞窟ですか…」

 「ああ……そういえばさっきの通信でな。レーションの話になったんだ」

 「レーションってあの不味い奴ですよね?」

 「そうだ。腐りづらく栄養面が高いと言われたが俺は多少腐っても蛇の方が良い」

 「ボクもです。あれは本当に非常時じゃないと食べたくないです」

 

 軽く笑い先に進もうと一歩踏み出したところで無線を受けたのかその場で耳に手を当ててしゃがみこむ。辺りの警戒して待っていると視界に入ったスネークの顔色が変わったのが見えた。なんだろうと思っていると葉巻を取り出してゆっくりと近づいてきた。

 

 「すまないがバット。何も聞かずに上を脱いでくれないか?」

 「上をですか?………良いですけど…」

 

 よく分からないが言われた通りに上を脱ぐ。背中にスネークが近付いたのを気配で感じていると背中が温かく感じる。全体的にではなく局所的で当てているのではなく何か温かいものを近づけている。先ほど持っていた葉巻かなと思うが理由が分からない。

 しばらくそのままでいると「もう良いぞ」と声をかけられ脱いだ服を着ながら振り向くと今度はスネークが脱ぎ始めていた。

 

 「あの…さっきのは?」

 「すまないが背中に黒いのが付いてないか?」

 「ん?あ~何か付いてますね」

 「それに葉巻の火を近づけてくれ」

 「了解です?」

 

 言われた通りに葉巻の火を近づけると黒いのがポトリと落ちた。何か分からず二つ目に火を近づけると同じように落ちた。そのまま次のに視線を移すとその黒いのが動いたのだ。

 

 「ウェッ!?う、動いた!?」

 「ああ……それはヒルといってな。生物にくっ付いて吸血するんだ」

 「もしかしてさっきのは…」

 「………何も気にしていないからもしかしてと思って言わなかったが、どうやらその反応からして正解だったようだな」

 「早くここから離れましょう!」

 「とりあえず俺の背中にくっ付いている分を落としてくれるか」

 「す、すぐに落とします」

 

 背中にびっしりとくっ付いているのを想像してしまったバットは慌ててスネークの背にくっ付いているヒルを落とそうと必死になった。

 全部落とすと早く沼地から離れようと急く。途中落とし穴のトラップがあったが先に気付いて回避した。こうしてチョルニ・プルトからポルシャヤ・パスト南部へと入った。沼地から抜けたここは木々で囲まれているが明らかに人の手が加えられていた。

 入った瞬間、目の前には鉄条網が張られておりそれを昇ろうとしたところを制止された。

 

 「気をつけろ。鉄条網に電流が流されている」

 

 そう呟くとサプレッサー付きの銃で左端の柱に付いてある箱を打ち抜くと電源が落ちたような音が鳴る。そしてスネークが昇り始めたのだが、ふと右側に窪みを見つけてそこを潜ると渋い顔をして見つめられた。

 

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・行くか」

 「・・・はい」

 

 何ともいえない空気が流れる中で二人はトラップに注意しながら先に進む。どういう原理か知らないけどホフクをすればクレイモア地雷が作動せずに入手できると教えられたときはマジかよと半信半疑の視線を向けてしまった。

 まさか本当だったとは…。

 

 クレイモア地雷をポーチに仕舞いつつ先に進む。

 途中の軍用犬は麻酔弾をスネークが撃ち込み無力化し、警備にあたっていた兵士は木の上にバットのCQCで眠りに就かされた。大量のトラップや軍用犬で守られていたわりにはあっさりと突破で来た事に気が抜けていた。

 

 「にしても案外楽でしたね」

 「ここは戦場だ。気を張り続けろとまでは言わんが抜きすぎるな。死ぬぞ」

 「―ッ!!了解です。とりあえず先に進みますか」

 「連絡が付かなくなれば増援が来るだろうしな。―――そいつに触るな!!」

 「ふぇ?…ガァアアアアア!?」

 

 気絶させた兵士を縛り上げて、弾薬やアイテムを回収し終えたバットは中腰から立ち上がるのに鉄条網を掴んだ。先ほどスネークにより無力化されていると勝手に思い込んでしまっていたが、今掴んだのと最初に潜ったのは別の電源であり、まだ電流が流れている。

 思いっきり掴んでしまったバットに電流が流れ出し、身体がガクガクと痙攣を起こす。無理にでも引き剥がしたいところだが、感電しているバットに触れれば自身も感電してしまう。付近を見渡して電源の箱を捜すがスネークの位置からは木が遮って死角に入ってしまっていた。

 

 「クソッ!待っていろ!必ず――」

 「おうあ!?・・・あれ?」

 「なん・・・だと・・・!?」

 

 痙攣していた筈のバットの手が鉄条網より離れたが、本人は何事もないようにケロっとしていた。

 目の前で起こった現実を信じられず、恐る恐るスネークも鉄条網に振れる。触れた指先から電流が身体中を巡り、身体はガクガクと痙攣し、口からは呻き声が漏れる。

 ひとしきり電流が流れるとスネークは鉄条網より手が離れて地面に仰向けに倒れる。普通なら死んでもおかしくないというのに、少しぴりりとするものの問題なく動いている。お互いに視線が合い首を傾げる。

 

 「問題ありませんでしたね」

 「ああ…少し痺れる程度か」

 「あはは。と、とりあえず行きますか。なにやら人の気配もしますし…」

 「増援か。もしくは何かがあるか。だな」

 

 身体に異常が無いかを確めお互い銃を構えて先へ進む。

 電流が流れた結果か分からぬがすこぶる身体の調子が良いような気もするが、然程気にするような事でもなく、二人は目標のクレバスに向かう為にボルシャヤ・パスト中継基地へと足を踏み入れるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第06話 『ボルシャヤ・パスト中継基地制圧戦』

 ボルシャヤ・パスト中継基地。

 ボルシャヤ・パスト南部からボルシャヤ・パスト・クレバスに進むには絶対通らなければ場所であり、規模は小さいものながらも現在も使用されている基地のひとつである。

 基地の兵士が常駐する建物の囲むように塹壕や鉄条網、バリケードが築かれており防御は硬い。さらにソ連初の大口径機関銃の銃座が南部から通っている道二つにそれぞれ一門ずつ、クレバス側に一門、広場に置かれてあるハインドに向けて一門と合計四門が設置され、兵士は随時六名が警備に当たっていて戦闘能力も高い。おまけに持久戦に持ち込んだとしても基地には弾薬庫に食糧庫、通信施設も設置されており持久戦も耐え切るだけの物資を備蓄している。

 

 すでに基地には何者かが制圧圏内に侵入した報告が入っており、警備は厳重になっている。

 

 基地の防衛網から少しはなれた地点を見回っていた兵士は異常なしと呟きながらいつものコースを巡回する。すると顔に何か光が当たったのに気付いて振り向く。そこは草木が茂り、大きな木が生えて見通しが悪い。目を凝らして見つめていると木の影に誰かが居るように見えた。気のせいかとも思いつつ銃を構えたままゆっくりと近付く。

 

 ――パス。

 

 空気が抜けたような音を微かに聞き取り、左頭部(・・・)に衝撃を感じると視界がぼやけて、足元がふら付く。ぼやけた視界の先で木に隠れていた人物が駆け出し、自身にタックルを食らわせて塹壕へと落とす。彼も兵士をやっている以上それ相応の訓練を積んでいるがあまりに眠たくて抵抗のひとつも出来ずに落とされた衝撃を感じながら眠りについた。

 

 タックルを喰らわせた少年――バットは素早く腰のナイフで喉元を掻っ切って命を絶つ。本当なら縛り上げて情報を聞きだすのが正しいのかも知れないが、基地の手前でそんな悠長な事は言ってられないし、余裕は無い。

 塹壕より右手を出して親指を立てる。ボルシャヤ・パスト南部の入り口に隠れていたスネークは茂みが多い地点を身を屈ませて進み、茂みや死角を進んで機銃前に立っている兵士に見付からずにバットが下りた塹壕へ滑り込んだ。

 

 「さすがですよスネークさん」

 「これぐらいはな。それにしても歳の割りには容赦が無いなお前は」

 「えっと…軽蔑されてます?それとも褒められてます?」

 「日常なら褒められた事ではないがここは戦場だ。致し方ないし理解もしている。それに余裕を持て余している訳ではないからな」

 「ですよね…。では予定通りボクは左から。スネークさんは右側からで」

 「素早くな。すぐにひとりと連絡が付かなくなった事を不審に思うだろうから、最悪でも増援が到着する前に基地を押さえるぞ」

 「了解です」

 

 塹壕を別方向に向かって動き出したバットとスネークの動きは実に素早かった。

 まずはクレバス側の銃座付近を警戒していた兵士は塹壕に沿って歩いており、注意の向いていなかった塹壕より足を斬り付けられて転び、頭が低くなったところを一突きされて塹壕へと引き込まれる。

 スネークは建物の裏側に回って建物正面に居る兵士へと忍び寄る。建物の影より飛び出して左腕で首を絞めながら、膝裏を軽く蹴って足の踏ん張りを利かなくした。そのまま引き摺るように南部側の銃器の前に立つ兵士に近付く。

 

 「おい!」

 「ん?なんだ――ふぁ…」

 

 いきなり呼ばれた事で驚きながら振り向いたところをフリーになっている右手でサプレッサーの付いたMk22で額を撃った。銃口より飛び出した麻酔弾は狙った通りに額に突き刺さり、眠りについた。

 

 「どうした!?なにがあった!!」

 

 建物の影より撃った為にバットの方に居たひとりに気付かなかった。舌打ちをしながら締め上げ中の兵士を右手も使って締め上げる。気絶した兵士をその場に放置して、仲間が倒れた事に気付いた兵士に銃口を向けようと構える。

 二発の銃声が響き、兵士は心臓付近から血飛沫を立てながらその場に崩れ落ちた。

 

 撃ったのはスネークではなくマカロフを構えたバットだった。大丈夫でしたかと言いたげな表情の後ろで離れたところに建てられている武器庫周辺を警戒していた兵士がAK-47を構えたまま駆け出しているのが見えた。

 スネークはMk22をホルスターに仕舞い、同じくサプレッサー付きのM1911A1を素早く抜いて構える。急に銃を向けられたことで驚くバットにスネークは叫ぶ。

 

 「しゃがめ!」

 

 言われたままにしゃがんだバットの頭上をAKの銃弾が通過して行く。そしてバットに銃口が修正される前にスネークが引き金を引く。距離があった為に全弾命中しなかったが撃った五発中三発が見事命中し、最後の兵士も倒れこんだ。

 

 「ふぅ…大丈夫か?」

 「ええ…助かりました」

 「これで貸し借り無しだな」

 「あはは。さてと仕上げを急ぎますか」

 

 笑みを浮かべながらスネークは南部に銃口を向けている機銃へ、バットはスネークに撃たれても尚、無線で仲間に連絡を取ろうとしていた兵士に近付く。

 

 「こ、こちら…」

 「こちらボルシャヤ・パスト中継基地。誰か応答してくだs…してくれ」

 『こちらボルシャヤ・パスト南部パトロール隊―――…敵に襲われて気絶していた…何かあったのか?』

 「至急応援を求む!現在ボルシャヤ・パスト中継基地は敵の攻撃を受けている!」

 『なに?規模は?到着までの時間は稼げるか!?』

 「敵の規模は不明!すでに半数がやられて…あ、あー!」

 

 無線で救助を求めようとした兵士から無線機を引ったくり、代わりに応援要請を出した後は無線機を投げ返し、躊躇なくマカロフで無線機ごと兵士に止めを刺した。

 …未だこれがゲームと思っているから出来る残酷さである。別世界の現実だとしたら彼もこれほど残酷に振舞えないだろう。そして今は戦闘の事よりもそろそろプレイを開始して三時間が経ちそうだから何処か安全地帯を確保して一時間の休憩を入れなければならない。

 

 短くため息を吐き出しボルシャヤ・パスト南部へ銃口を向けているもう一つの機銃へと向かう。機銃を握って増援部隊が来るのを待つ。スネークとバットにCQCで気絶させられた兵士達は味方を助けようと息巻き駆けつけて来た。

 が、銃声一つ鳴り響いてない現状に気付いて足を止める。そして視界に映ったのは機銃の銃口を向けてくる二人の男…。

 

 「いらっしゃい―――そしてバイバイです」

 

 少年が笑顔で言い放った言葉と同時に大口径の機関銃が恐ろしいほどの連射で銃口を照らし、駆けつけた兵士たちを撃ち抜くのではなくばらばらにする勢いで大口径の銃弾を撒き散らした…。

 ボルシャヤ・パスト中継基地守備隊及び、ボルシャヤ・パスト南部パトロール隊―――壊滅…。

 

 

 

 

 

 

 敵兵を排除しきったボルシャヤ・パスト中継基地の駐留用の建物ではスネークが椅子に腰掛け、真面目な趣で開いた本を眺めていた。ペラリとページを捲るたびに目が見開かれ、スネーク本人に衝撃を与える。そして大きく頷きながら頬を弛ませる。

 

 「…いいセンスだ」

 「なに馬鹿な事を言ってるんですか!!」

 

 余韻に浸って呟いた途端、ドアを開け放つと同時に怒鳴られさっと本を閉じて背に隠す。しかし入ってきたバットには完全に見られており、呆れた顔で大きな…とても大きなため息を吐かれてしまった。

 今スネークが読んでいた本は、バットが塹壕を進んでいた時に発見した雑誌。兵士の通行進路に置けば任務を放り出して読み耽ってしまうという魔法のアイテム―――【成人男性向けグラビア雑誌】である。

 ………バットからしたら真面目に働けよっと突っ込みたくなるアイテムだが、説明的に有効だったから持って来たのだが、まさか味方が読み耽って何も手伝ってくれないとは思いもしなかった。

 

 「使えそうなものはあったか?」

 「一応基地でしたからね。いっぱいありましたよ」

 

 武器庫や通信施設、塹壕の隅まで探し回って集めた戦利品を机の上にどさっと置く。そこには銃器から食料、衣料品まで揃っていた。

 

 何故か通信施設から医薬品はライフ回復薬に包帯、解毒薬に胃腸薬。武器庫からはTNT、AK-47、グレネード、自燐手榴弾、スタングレネード。掻き集めた弾薬はMk22、AK-47、M1911A1弾薬の三種。勿論仕留めた兵士たちからも回収済み。その他で言えばネズミ捕りにフェイスペイント・スノー、ユニフォーム・ウォーターだがペイントとユニフォームは所持するとなると邪魔だから置いていくとして、ネズミ捕りはとりあえず二個あるし、小さいから一人一個ずつ持っていこう。

 問題はこのよく解らない食料だ。

 

 「これ知ってますか?」

 「ん…なんだそれ?」

 「食料みたいなんですけど…なんでしょうね?」

 

 四角形の黄色い箱に入っている食料。表紙からはどういうものか描かれてない為に分からず、裏の表示を読んで食べ物と理解したんだが、なんだろうカロリーメ○トって…。

 

 「ふむ、食べてみるか」

 「ですか…じゃあ開けますね」

 

 書いてある通りに箱を置けると中には金色に輝く袋が二つ入っており。形からカロ○ーメイトなるものは長方形の形らしい。とりあえず二つあるのだからひとつをそのままスネークに渡して手元に残った一つを開ける。中から小麦色の小さな穴が六つ開いた長方形のブロックが姿を現した。鼻を近づけて独特な匂いを嗅いで先を少しかじる。

 かじった先のブロックは水分が少なく噛まずともポロポロと崩れながら、濃厚なチーズの風味を口いっぱいに広がらせていった。現実で食べていた物とも、ゲーム内で食べた肉や果実とも違う食感に味に咀嚼する口は止まらなくなった。

 

 「ほう!これは美味いな!―――ってなにハムスターみたいな食べ方をしているんだ」

 

 半分ほどに割ったカ○リーメイトを噛み締め飲み込んだスネークは大きく頷きながら感想を述べながらバットへと視線を移す。すると噛り付いた先からサクサクと速い速度で口を動かして、頬を膨らませる様子に笑む。

 

 「ゴックン…本当に美味しいですね。もう一つあったらよかったのに…」

 「無い物を強請っても仕方がない。もしかしたらまたあるかも知れないしな。見つけたからって黙って食べるなよ」

 「そんな事しませんよ!もう」

 

 他愛のない会話で多少緊張を緩めた二人(スネークは雑誌を読んで解れていたが…)はクレバスに向かう為に武器を手に取り、ボルシャヤ・パスト中継基地を後にするのだった。

 バットの手にはマカロフやSAA弾薬が手に入らないことからAK-47が握られていた。




二名の装備品
 ※ゲーム内と現実の装弾数が違ったりするので現実のほうで統一しました。
 ※ただし、M1911A1は元の持ち主がカスタムしている話だったのでゲームのまま。



●バット                          ●スネーク
・銃火器                          ・銃火器
 ・エングレーブ入りSAA                  ・Mk22+サプレッサー
 (45口径回転式拳銃:装弾数6発)              (抑制器付麻酔銃:8発)
 ・モーゼル                         ・M1911A1+サプレッサー
 (自動拳銃:装弾数10発)                  (抑制器付45口径自動拳銃
                                    :装弾数9発)
 ・AK-47                           ・XM16E1+サプレッサー
 (突撃銃:装弾数30発)                   (抑制器付最新鋭突撃銃
                                   :装弾数20発)
 ・マカロフ                         ・SVD
 (中口径自動拳銃:装弾数8発)                (最新鋭自動狙撃銃
 ※マカロフはゲームでは使用不可                   :装弾数10発)
 ・グレネード×3                      ・グレネード×3
 ・スタングレネード×3                   ・スタングレネード×3
 ・チャフグレネード×3                   ・チャフグレネード×3
 ・自燐手榴弾×1
 ・TNT×1
 ・クレイモア×3

・弾薬                           ・弾薬
 ・Mk22(スネークの予備)                   ・Mk22
 ・M1911A1(スネークの予備)                  ・M1911A1
 ・AK-47                           ・XM16E1
 ・マカロフ弾(敵兵から物色しないと入手不可)
 ※マカロフはゲームでは使用不可

・医薬品                          ・医薬品
 ・軟膏×11                         ・軟膏×10
 ・消毒薬×06                        ・消毒薬×10
 ・止血材×06                        ・止血材×10
 ・固定具×08                        ・固定具×10
 ・包帯×05                         ・包帯×10
 ・縫合セット×06                      ・縫合セット×10
 ・血清×10                         ・血清×10
 ・胃腸薬×11                        ・胃腸薬×10
 ・風邪薬×10                        ・風邪薬×10
 ・解毒薬×11                        ・解毒薬×10
 ・仮死薬×01                        ・仮死薬×01
 ・蘇生薬×01                        ・蘇生薬×01
 ・ライフ回復薬×01                     ・ライフ回復薬×01

・電子機器                         ・電子機器
 ・暗視ゴーグル                       ・暗視ゴーグル
                               ・アクティブソナー
                               ・動体探知機
                               ・生体センサー
                               ・指向性マイク

・食料                           ・食料
 ・レーション                        ・レーション
 ・ワニ肉×2                        ・カロリーメイト×2
                            (奥に入り込んで気付いていない)

・その他                          ・その他
 ・サバイバルナイフ                     ・サバイバルナイフ
 ・葉巻                           ・葉巻
 ・虫ジュース                        ・虫ジュース
 ・ネズミ捕り                        ・ネズミ捕り
 ・ダンボール箱A                      ・成人男性向けグラビア雑誌


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07話 『蛇、蝙蝠、山猫……そして蜂の群れ』

 ボルシャヤ・パスト中継基地を制圧し、補給を済ませたバットは目的地に向かう為のボルシャヤ・パスト:クレバスに差し掛かったのだが、森林や沼地から一転して開けた場所に危機感を感じる。木もあるにはあるが数は少なく、枝に葉はまったく存在せず、岩場と荒れた大地のみで上空からは丸見えだし、狙撃手がいれば格好の的だ。

 スネークも同様のことを考え警戒しつつ動こうとした。先に進むには底の見えない中央にあるクレパスを降りなければならない。なるべく早くしなければ…。

 

 カツン…カツン…。

 

 クレバスで遮られた向かいより足音が風に乗って耳に届く。

 

 「やはり来たぬぁあ!?」

 

 姿を隠す様子なく向かいの岩場より姿を現した人物に対してAK-47の銃口を向け、躊躇する事無くトリガーを引いた。現れた人物は何か喋っていたようだったが銃が放たれた事で咄嗟に飛び退いて銃弾を回避する。

 一瞬だったが黒い制服に灰色の短髪に踵に小さな車輪のような物を取り付けたブーツを履いていたのが見えた。

 

 「前振りの段階で撃つとは卑怯な!」

 「確かオセロットでしたか?すみません!イベントスキップする気はなかったんです!どうぞ続けてください!」

 「イベントスキップ?―――まぁ、良い。ザ・ボスの情報のおかげでこうして出会えたのだからな」

 

 銃口を下げた事を確認して出てきたオセロットと言う青年は笑みを浮かべながら情報源を暴露した。ザ・ボスという人物に出会ってないから誰だか分からないが、どうやら監視、または動きを読まれている可能性がある。

 ゆっくりと中央付近まで出てきたオセロットはスネークだけ(・・)を視界に捉え、腰のホルスターより装飾を施されてない黒い回転式の拳銃(シングル・アクション・アーミー(SAA))を抜いた。あまりの速さにスネークはホルスターに手が伸びただけで対応し切れていない。これが早撃ちだったらバットもスネークも命は無かっただろう。しかし、オセロットは撃つ事はしなかった。思わず戦闘態勢を取ろうとしていたスネークが動きを止めて様子を窺う。

 注目を浴びる中でトリガーガードに人差し指を引っ掛けくるくると回しながらホルスターに仕舞いこんだ。

 

 「お前は俺の顔に二度も泥を塗った」

 

 それだけ告げると猫の鳴き声を真似して叫ぶ。背後の森から気配を感じてAK-47を構えると、オセロットのように黒い制服に赤いベレー帽を被った兵士達が素早い動きで森の奥より現れ、複数方向から銃口を向けてきた。オセロットとは違う点は顔を黒い覆面で覆っているところぐらいか。

 先ほど二度も泥を塗ったと言って来たという事はボクが会う前に一度出くわしている。それに二度目と今の三度目の時間差はあまりない。それほど頻繁に出会うという事は彼がライバルポジションの敵役なのだろうか?先ほどの動きで分かってはいたがライバルポジの彼の声で姿を現した兵士はかなりの精鋭部隊と見て間違いないだろう。

 

 「コブラ部隊には悪いがお前はこのオセロットが貰う。お前たちは下がっていろ!」

 

 どうやら一対一の決闘をご所望らしい。

 兵士達は命令通り銃口を下げて観戦に徹するようだ。オセロットが鋭い視線でバットを睨んだので、バットも銃口を下ろして後ろに下がる。

 

 「これで二人っきりだ。邪魔する者はいない。オセロットは気高い生き物だ。本来ならば群れる事はない」

 

 ホルスターより回転式拳銃を二丁取り出し、トリガーガードに左右に一つずつ人差し指を引っ掛けて回し始めた。片方だけでも難しいのに同時に、動きを変え、緩急を付けて回し続ける。一丁をホルスターに仕舞ったかと思えば残っている一丁を腕の下を潜らせたり、背中から前へと投げてキャッチしたり、両手が使える分アクションが凄まじくなった。

 そして仕舞った銃を抜いて二丁をスネークに向けて構えた。

 

 「十二発だ!」

 

 やっと決闘が始まるかと思いきやまたリボルバーのジャグリングを再び始めた。

 撃って良いかと視線で問いかけるとスネークは首を横に振る。どうにも複雑そうな顔をしていたから本人も撃って良いか迷ってはいたんだろう。

 

 「今回は十二発だ―――――来い!!」

 

 先ほどまで戦場で身を隠す事もせずに無用心に歩いて来たことから相当舐めていたがあのオセロットと言う人物―――強い。

 スネークも射撃の腕、場所の見切りに即座に移動する決断力など優れていたがどれも現実的なものだ。逆にオセロットは異常で非常識極まると言った感じだ。

 

 ―――岩と木と砂しかないこの場にて跳弾を駆使した銃撃を行なっている。

 

 確かに地面でも角度によっては跳弾する事はあるらしいが、オセロットはそれを撃つたびにしているのだ。しかも正確に、狙い済まして…。何処をどの角度で撃てば狙っている位置に跳弾するであろう事を計算。もしくは勘的なもので理解して撃つなど人間が出来る範囲を超えている。

 何度も場所を変えて撃ち、次の岩場に身を潜めるが跳弾が頬を掠めて薄っすらと血が滲む。

 

 ただ見ているのはどうも歯痒いが二人の決闘を邪魔するのも気が引ける。気持ち的にも現実的にも見守るのが一番良い選択肢だろう。隙を見てオセロットを射殺出来たとしても、復讐に燃えた山猫部隊を相手にせねばならない。数でも勝る熟練の精鋭を相手にしてただでは済まない。

 だから見守る事こそが最善の手…だと思う。

 

 「不思議だ…この緊張感!こんなにもリロードタイムが戦闘に抑揚をもたらすのか!」

 

 ・・・あいつ、戦場のど真ん中でリロードしてないか?

 

 怪訝な表情をするバットの先では身を隠す事すらまったくしていないオセロットが一発ずつ銃弾を込めていた。この光景にはスネークも山猫部隊も眉を潜めていた。

 

 「リロードタイムがこんなにも息吹を……俺のリロードはレボリューションだ!!」

 「スネークさん。あいつの頭上」

 「アレは…」

 

 ちょうどオセロットの頭上には木の枝が伸びており、中々の重量を誇っている蜂の巣がぶら下がっていた。ボソッと呟いた助言に躊躇う事無く蜂の巣を撃ち落す。地面に落下した蜂の巣から興奮しきった戦闘態勢ばっちりの蜂が飛び出し、付近に居たオセロットに襲い掛かる。

 蜂を追い払おうとする様子に待機していた山猫部隊が動いた。

 

 「卑怯な!少佐、援護しまッっがあぁ!?」

 

 ショットガンをスネークへと向けようとした隊員にバットは躊躇う事無くAK-47を撃った。弾丸は容赦なく貫いて隊員の息の根を完全に止めた。ひとりがやられた事で他の隊員が身を隠し、銃を構えて戦闘態勢へと移行した。

 

 「さてと――スネークさんばかりで暇してたんですよ。やはりゲームはプレイしないと面白くないですから。山猫部隊の皆さん、お相手願いますか!!」

 

 一瞬だが覚えていた位置に銃弾を叩き込んで確かな手応えを感じた。勝ち誇った笑みを浮かべた次の瞬間には銃弾が降り注いだ。アサルトライフルもピストルもショットガンも区別なく、バットが慌てて身を隠した岩場に弾丸が撃ち込まれ続ける。あまりの銃撃に先ほどの岩場から一歩も動けなくなった。

 

 「あのぉ…スネークさん」

 「クッ!ちょっと待ってくれ。………どうした!?」

 「…ヘルプミー」

 「さっきの威勢はどうした!!」

 「これは予想外!」

 「決闘の最中に余所見、もとい!無駄話とは――――チッ、見付かったか」

 

 銃弾を背を預けている岩より感じながら、言われた通り威勢よく言った割りには情けなく決闘中のスネークに助けを請うた。決闘中であったから期待していなかったが、本当にどうしたものかと頭を悩ましてくれる。反撃に出ようとすればこの銃弾の嵐で蜂の巣だし、グレネードを投げれば投げた途端に銃弾が直撃して爆発しそう。

 大きなため息を付いて眺めていると銃弾以外に何かが視界を横切った。

 

 「ん?…これは……蜂?」

 

 飛び回っている物体を手で掴むとそれは透明の羽を羽ばたかせた黄色と黒の模様した【蜂】と言う昆虫…なんだろう。住んでいる地域では見たことがない。情報サイトで目にした事はあったのだけど…。

 何にしても自然保護区域、もしくは放置区画でしか生で見ることの出来ない生き物に目を輝かせる。が、空を覆いそうな勢いの数は見たくなかったなぁ…。

 

 「ちょ!?蜂ってこんな大量発生する生物なんですか!?」

 「いや、これはコブラ部隊の…。くっ!?」

 

 どうしてなのかは分からないがここに集まった蜂の群れは突如人間を無差別に襲い始めた。

 オセロットはSAAを回して近付いた蜂を叩き落し、スネークは身を屈めてナイフで応戦。バットは原理は分からないがポーチに納まっていたダンボールを取り出して振り回す。対応し切れなかった山猫部隊は蜂に体中を埋め尽くされ、毒針を刺される痛みに耐え切れずに転がりまわり、最後は原型を留めていないほど身体中を腫れさせて動かなくなった。

 

 このままでは不味いと判断したが付近には身を潜ませる所などはない。

 ふと、自分が持っているダンボールを見つめて、躊躇う事無く被った。指先一つ外に出さないようにして、ポーチより虫ジュースと書かれた殺虫剤を撒く。ダンボールの取っ手部分より侵入を試みようとした蜂が逃げて行った事から効果は抜群なのだろう。

 

 「スネークさん!虫ジュースを――」

 「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ…………」

 

 ダンボールの取っ手より外を覗きこみながら虫ジュースが有効な事を知らせようと口を開くが、それよりも先に転がりまわったスネークはクレバスへと飛び込んでいた。

 出るに出れず唖然として見守るしかなかったバットに邪魔されて苛々しているオセロットがひと睨みして去って行く。

 

 《警告!設定している時間が迫っています》

 

 眼前に警告アラームが出て来た事と現状何も出来ない状況を鑑みてバットはログアウトした。

 蜂が押し寄せた戦場には生きて居る者は一人と居らず、たった一つ空のダンボールが真ん中に堂々と置かれているだけだった。

 

 

 

 

 

 「―――ぷはッ!!」

 

 大量の蜂に襲われてクレパスへと跳びこんだスネークは運よく真下に出来ていた10メートル以上の深さがある水溜りに落ちて九死に一生を得た。顔を水中から出して空気を吸い込んで呼吸を整える。辺りに灯りらしきものはなく物音に注意しつつ泳いで陸地に触れた。

 服が水を吸い込んで重かったが両手に力を込めて水中より陸地へと這い上がる。

 上を見上げると跳び下りた裂け目より光が入ってきているが、高すぎて付近を照らすに十分な灯りは期待できない。そして何より再び戻る事は出来ない事を確認する。出来れば戻ってバットと合流を果たしたいものなのだが…。

 何にしても報告する為に無線機を操作する。

 

 『無事かスネーク!』

 「少佐。ああ、何とか無事だ」

 『怪我はないのか?』

 「幸いな事に下が深い水溜りになっていて助かった。だが、上には戻れそうにない」

 『君が無事なようで何よりだ。

  落ちた事は予想外だったが洞窟に入れたのは予定通りだ。そのまま奥へ進んでくれ』

 「待ってくれ。バットはどうする?」

 『君と一緒じゃないのか?』

 「いや、一緒じゃないが…」

 

 向こうでゼロ少佐が唸り声を漏らしている。明らかに何かがあったのだろう。

 

 『先ほどCIAから連絡があってな。現地入りしているエージェントと連絡が取れなくなったとな』

 「まさか捕まったのか?」

 『それはまだ分からない。が、可能性はゼロでは無い。事によっては君の情報がヴォルギンに渡ってしまったと考えるべきだな』

 「これからどうする?」

 『出来れば別働隊を送り込みたい所だがそれは出来ない。当初の予定通りの目的を達するしかないが、洞窟から出る際には十分に気をつけてくれ。捕まっているとするならば一定の情報は知られていると考えられる』

 「…了解したがこの暗さだ。先を進むのは骨が折れそうだ」

 『ならば代わりを探せば良いだろう。まったくアメリカ軍は既製の装備に頼りすぎる!ひとつの装備を他の用途にも使うと言う応用力も乏しい。私がいたSASではそんな事は無いぞ。どの装備にしても――』

 

 しまったと顔を歪めてため息を吐き出す。

 少佐のこの手の話は長い。無線機で連絡が取れる上官である少佐は映画やこういった過去の話、医療関係に詳しいパラメディックは医療の解説を始めると専門用語を弾幕よりも激しく並べてくる。唯一話が分かるのは武器の専門家のシギントくらいだが基本的得意分野の話になると長すぎるのだ。特に少佐とパラメディックは長すぎる上に専門分野外でうんざりしてしまう。

 それに今は急がねばならない理由が出来た。

 

 「少佐。その話はまた今度で」

 『うん?それもそうだな…今は先を急がなくてはな』

 「灯りは何とかするか……無事でいろよバット」

 

 少佐との無線を切ってスネークはポツリと呟いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な洞窟に灯りが灯る。

 ぼんやりと僅かな範囲に人の顔が照らされた。

 鋭い眼に無精髭、頭には長いバンダナを巻いた顔―――スネークはわざわざ潜入任務で手持ちが少ないと言うのに持ち込んだ葉巻を口に加えた。カットされた先端に灯りとなっているジッポの火を当て、先端をじりじりと焼き、副流煙を発生させると同時に赤い火を灯す。

 ひと息つきながらジッポの火を消す。

 周囲は暗闇に包まれ、葉巻に灯った火だけがポツンと輝いていた。

 

 『スネーク…貴方タバコ吸ってるの?』

 

 医療関係の専門家であるパラメディックから無線が入る。

 彼女はスネークの身体の状態を受信している端末に張り付いて、任務中の健康管理や状態管理を行なっている為に異常があればすぐに分かるのだ。

 

 「タバコじゃない。葉巻だ」

 『身体に悪いのはどっちも同じじゃない』

 「……で、どうした?」

 『どうしたじゃないわよ。何でそんな閉鎖空間でタバ――葉巻を吸っているのよ。すぐに煙でいっぱいになるわよ』

 「いや、吸いたいのもあったが葉巻の火が灯りにならないかと…」

 『葉巻に火をつけたのならライターを持っているんじゃないの?』

 「・・・あ」

 

 間の抜けた声が小さいながらも洞窟内を響いたのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第08話 『蛇は泳ぎ、蜂は水面に消え、蝙蝠は空を飛ぶ』

 一寸先も視認出来ないほどの暗闇や水中を何とか進み、スネークはチョルナヤ・ピシェラと呼ばれる洞窟で一番大きな空間に出た。ここには灯りが差し込んでおり、道中で拾った松明に火を付ける必要はなくなった。

 空間の大半を大きな湖が締めており、付近を岩場が囲んでいた。天井に開いた大穴より太陽の光が降り注ぎ、湖の水がキラキラと輝き、反射した水の揺れが洞窟内に広がって中々に幻想的だ。

 

 ――小さく羽が羽ばたく音が聞こえた。

 

 音のした方向へと視線を向けるとそこにはまた蜂の大群が。迫ってくる蜂から逃れる為に水中へと逃げ込み、近くの小さな岩場へと上がる。

 睨むように見つめていると蜂は中央にある大きな岩場へと集まった。蜂と蜂が重なり合ってまるで人のような形を形成する。

 

 「やっと捉えたぞ!」

 

 人型になった蜂の群れより声が発せられる。ナイフとM1911A1(45口径自動拳銃)をホルスターより抜いて構え、相手の動きを見定める。

 異常なまでに人間を襲い、なにかの意思に従うような動き、そして通常では目にする事のない尋常ではない数…。

 蜂のコントロールしているらしき人物に目星をつけて小さく舌を打つ。

 

 「我らはザ・ボスの息子達……俺は【コブラ部隊】が一人、ザ・ペイン!」

 

 集まった蜂が散らばり中からは顔を黒の覆面で隠し、黒のボディスーツの上に蜂柄のジャケットを羽織っている人物が現れた。

 世界各国の精鋭を集めてザ・ボスの下で活動した特殊部隊――【コブラ部隊】。たった六名だけの部隊ではあったがその戦力は一個大隊…いや、師団に匹敵すると言っても過言ではなかっただろう。

 

 接近戦から銃撃戦などあらゆる分野の戦いに秀でており、弾数が無限という物理現象や常識を突破した専用銃パトリオットを持つ女性で、スネークの師である―――ザ・ボス。

 部隊の中で一番の高齢者で人間とは思えない素早い動きと正確無比の遠距離射撃を得意とする世界最高の狙撃手である老人―――ジ・エンド。

 森の背景に文字通り溶け込み、誰にも見つかる事無く敵の殲滅を行なえるほどのステルス技術を持ちながらもわざと姿を晒したり、声をかけて恐怖を与え続ける―――ザ・フィアー。

 ソ連製の宇宙服を着て、飛行用のバックパックで空を飛び、ロケット燃料を使用した火炎放射器で全てを焼き尽くす―――ザ・フューリー。

 死者との対話や降霊術が行えたと言う霊媒能力を持った二年前に亡くなった元コブラ部隊隊員―――ザ・ソロー。

 

 そしてもう一人、無数の蜂を意のままに操り、敵の殺害や物の運搬などを行なわせる能力を持った兵士が居る。【至高の痛み】のコードネームを持つ男……それがザ・ペイン(至高の痛み)

 ヴァーチャスミッションではヘリの中より蜂を操り、ソコロフを捕まえたザ・フィアーを蜂の群れを使ってヘリまで運んだのだ。

 伝説の特殊部隊の一人を目の前にして額より汗が流れる。

 

 「お前にこの世で最高の痛みを与えてやろう」

 

 散らばった蜂が両腕に集まり肘より先を覆いつくす。分散すると手には小瓶が握られていた。投げると同時にM1911A1のトリガーを引くがクルクルと回りながら避けた。驚いて目を見開いていると投げられた小瓶が足場にしていた岩場に当たって割れた。中から液体が漏れ出した事に毒と思って袖で口と鼻を塞ぎ、湖に再び飛び込む。

 必死に泳いで近くの岩場に上がって先の岩場を確認すると飛び回っていた蜂が集まっていた。

 

 「フェロモンか!?」

 「その通りだ蛇よ!」

 

 液体を理解して叫ぶスネークにペインはニヤケタ声色で告げる。同時に足元で小瓶が割られた。どうやら最初投げた右手だけでなく左手にも小瓶を持っていたらしい。考える余裕も無く飛び込み水中を進む。

 すでに地形は把握しており、ペインが陣取っている大きな岩場の向こう側に岩場があった筈だ。上手くいけば奴の背後が取れる。岩場に手をかけると音を立てないように慎重に上がる。ペインはまだこちらに気が付いていないようだ。

 荒くなった息をゆっくり整えながらM1911A1を構えようとする。

 

 「そこかぁ~」

 

 まるで知っていたかのように笑みを浮かべて振り向くペイン。ぞくりと悪寒を感じて目の前の脅威を払おうとトリガーを引く。放たれた弾丸は狙い通りにペインの心臓の位置へと撃ち込まれた。

 手応えは確かにあった。が、何かがおかしい。伝説の特殊部隊隊員がこうも簡単に倒せるものなのか?

 スネークの中には自惚れや慢心は無い。あるのは相手への最大の警戒のみ。

 

 弾丸は当たっていたのだ。狙い通りに正確に…。

 だが、当たっていようと関係は無い。

 スネークはペインが蜂を操る事を知っていた。認識した。経験した。―――が、理解は仕切れていなかった。

 蜂柄のジャケットに大量の蜂をへばりつかせて防弾チョッキ代わりに使用したのだ。

 自分の認識の甘さを実感しつつ、M1911A1をホルスターに仕舞い、XM16E1(最新鋭突撃銃)をバックパックより取り出して撃つ。乱射ではなくトリガーコントロールを行い数発ずつ場所をずらして20発を撃ち込んだ。ペインは避ける事など眼中に無く、身体中に蜂をへばり尽くして銃弾を無傷で浴びている。

 

 「ふっはっはっはっ!そんなものか蛇よ!グレネード!」

 

 手に持ったピンの抜かれたグレネードに蜂が群がって玉となり、こちらへと運んでくる。XM16E1のマガジンを交換しようとしたがそれよりも早くペインが銃を構えた。

 銃など所持していなかった筈だが蜂が再び手を覆った次の瞬間にはトミーガンが握られていた。

 アメリカで開発された短機関銃トンプソン・サブマシンガンの愛称であるトミーガンは頑丈かつ耐久性と信頼性に優れ、その性能から旧式でありながらも幾つもの最新の短機関銃を蹴落としてきた一品だ。マガジンはドラムマガジンが装填されており、50発から100発までの射撃が可能。

 頭上から蜂が密集したグレネード。正面にはトミーガン。先ほど同様水中へと逃げ込むしかなかった。

 

 水中内で爆発音を聞き、離れた岩場へと身を隠した。隙を見て昇り、撃つ筈だったがトミーガンの銃口が先に火を吹いて見えているかのようにスネークが隠れた位置を狙ってきた。

 

 「隠れても無駄だ!俺には見えている!」

 「クッ…―――ッ!?そういう事か…」

 

 いくら考えても位置を正確に特定するからくりを理解出来なかったがようやく答えを見つけた。

 蜂だ。一匹だけ蜂が頭上を舞っていた。攻撃する事も無くただ頭上を飛んでいる蜂こそがスネークの位置を教えているのだろう。

 

 「クハハハハハッ!ザ・ボスの弟子というから期待していたがこの程度とはな」

 

 嘲笑われて腹も立つが言い返すことは出来ない。なにせ自分は何一つ有効打を与えれていないのだから。

 覆面を脱ぎさって蜂に刺されたらしき腫れ上がった顔を晒し、口から赤い閃光を漂わせた異様な蜂を吐き出した。

 

 「気をつけろよ。こいつはバレットビー。強い毒性を持っているがそれで死ねたら良いほうだろう。バレットビーは俺の指示一つで相手の体内に寄生して内部から食い破る。その痛みは想像を超えたペインを与えることだろう!」

 

 強い…クレパスで戦ったオセロットもまだ若いが中々の実力を持っていた。が、目の前のザ・ペインと比べると霞んで見える。

 蜂を用いた銃弾すら止める防御に索敵能力、携行出来る装備品では対抗しきれない集団攻撃能力。それらを行使しながらトミーガンの射撃攻撃にグレネードの爆破攻撃。ガタイの割りには素早い動き。

 対してこちらはマガジンの交換が必要なXM16E1と四発しか装填されてないM1911A1。リロードしようと岩場に上がれば文字通りの蜂の巣かトミーガンの餌食だ。グレネードを投げたとしても蜂の防御は崩せてもトミーガンやバレットビーが襲ってくる。麻酔銃は蜂に防がれ、狙撃中は取り出して狙う前にトミーガンで撃たれるだろう。八方塞…。

 完全な格上相手に苦虫を潰したような表情になる。

 こんな時にバットがいれば二手に分かれて攻撃が出来るのだが……バット……そういえばクレパス前で何かを言ってなかったか?

 

 思い出そうと頭を必死に働かせ、ニヤリと微笑んだ。

 

 XM16E1をバックパックに仕舞い込み、離れた岩場へと潜って近付き見つかる事を承知で勢い良く上がる。

 気付いたペインが笑みを浮かべながらトミーガンを掲げつつ振り向く。ポーチからある物を掴み放り上げる。軌道的に飛び越えることが分かって呆れたように息をついた。

 

 スネークがペインの蜂の扱い方を理解できなかったようにペインはスネークの行動に理解が及ばなかった。それこそが二人の勝敗を分けたのだ。

 

 M1911A1を構えて投擲したボトルを撃ち抜いた。ボトルは貫通した衝撃で破裂して中身をペインの頭上でぶちまけた。頭から掛かった液体を防ごうと腕で顔を防ぐが狙いは違った。

 

 「なんだこれは?ああ…ああああ!!蜂が!?蜂達がぁあああああ!!」

 

 液体はかかったぐらいではペインに対しては何の効果はない。効果が出たのはペインの周りを飛んでいた蜂たちのほうであった。液体を浴びた蜂達はバタバタと地に落ちて行く。それは付近を飛行していた蜂、防御の為に身体に張り付いていた蜂、高い攻撃能力を持ったバレットビーも関係なく浴びたものは死んだ。

 震えながら死滅していった蜂を見つめていたペインは後ろのポーチに入れていた女王蜂を確認すると液体が染み渡っており、中の女王蜂が動いている様子は無かった。

 

 「これは…殺虫液?」

 「そうだ。虫ジュースと言うな」

 

 蜂を失って動揺しきったペインに最初のような俊敏な動きは無かった。残った三発の弾丸はジャケットを貫き、ボディスーツを軽々破り、肉体を掻き分けながら突き進んで行って風穴を空けた。

 よろめきながら血が流れ出ている銃創を確認して満足気に微笑んだ。

 

 「…痛い……この痛み……この痛みだぁあああああ!!」

 

 叫びながら両腕を左右に伸ばし、後ろに倒れたペインは水中へと没する。

 水中からも聞こえるペインと言う叫びと大きな水柱を立てるほどの爆発が起こり、ザ・ペインは跡形も無く消え去った。

 

 「あんたは強かった。確かに強かった。俺よりもずっと……だが、自分の能力を過信した。それがあんたの敗因だ」

 

 そう波打つ水面を見つめ呟き、散って行った蜂たちに背を向けながら先へ進む。

 任務を達成する為に。クレバスでヒントをくれた仲間と再び出会う為に進み続ける。

 

 

 

 

 

 

 9時57分。

 自室のベッドに横になったまま宮代 健斗はヘッドギアを付けて休憩の一時間が過ぎてプレイできるのを今か今かと待っていた。机の上には昼食にしては早かったが親子丼風味と書かれたパックの殻が置かれていた。

 6時よりゲームを始めて三時間経ち、一時間の休憩はメタルギアをプレイしたくて堪らず、一分一分が長く感じた。食事を済ませて時間を持て余した為にネットより野菜や肉類などの食品を使っていた頃の料理や調理法を学んで時間を潰した。しかし50分台に差し迫ってからは興奮して今の有様である。

 時間の余裕があったのならパックぐらい片付けなさいよとは思うのだが…。

 

 ヘッドギアに表示されている時刻が9時59分から10時00分に変わり、メタルギアを起動させる。

 意識がスーと吸い寄せられるような感覚を味わいながら宮代 健斗からバットへとなる。

 

 目を開けると真っ暗闇が広がっており首を傾げる。

 どこか狭い空間にいるらしく頭でグッと上部のものを押し退ける。伝わった感触でログアウトする直前にダンボールに入ったことを思い出してそうだったと納得する。

 ならばクレバス前だろうと立ち上がったバットの視界に映ったのは倉庫へとダンボールを運び込もうとする兵士だった。

 

 「なぁあああ!?なんだきさm――」

 「CQCモード!!」

 

 突如現れたバットに驚き慄いた兵士が奇声を上げるが、咄嗟に起動されたCQCモードによって動きがスローとなり対応どころか意識すら追いついていない。

 視界に浮かぶ動きに合わせて身体を動かす。

 

 眼前で中腰になっている兵士の鼻先に膝蹴りを喰らわせて仰け反らせる。右手首を掴んで背中に回りつつ関節を決めて自分の正面を守るような体勢を取るが、バットはこの行動の意味を分かっていなかったが付近を見渡すと他にも兵士が居て、それらにも対応した動きだったのだ。

 関節を決められて動けない兵士のホルスターから左手でマカロフを抜いて付近の兵士を撃つ。

 

 ちなみにバットの利き腕は右である。現在右手で相手の右手首を掴んで手の甲を背に押し当てるようにしているので左手で銃を抜くしかなかったのである。

 

 左手で構えた為に照準がずれて心臓部を狙っていた銃弾が肩や腹部を貫いて行く。使い辛い為に関節を決めていた兵士を押し飛ばし、他の兵士にぶつける。

 肩や腹部を撃たれた兵士二人はゆっくりと倒れ込むが、無傷の兵士が二人残っている。そのうち近くの兵士が構えようとするスコーピオンを身を低くして銃口から避けながら懐へと飛び込む。鳩尾への強烈な一撃を加えて、手が弛んだスコーピオンをもうひとりに投げ付ける。顔を強打して揺らめいた隙に近付いて顎に強烈なアッパーを喰らわす。

 

 戦闘状態の兵士が全員倒れたからかCQCモードが解除されるとスローだった時間が戻り、呻き声を漏らしながら転がりまわる。痛々しい光景にどうしたものかと頭を悩ます。

 本人はゲームと信じてこうしている訳で道徳感情が欠如している。追撃や不意打ちを防ぐのなら殲滅が一番だ。

 

 投げ出したマカロフを拾って最初に膝蹴りを喰らわした兵士に銃口を向けた。兵士は鼻を押さえながら必死に手を挙げて無抵抗を現す。バットは表情を変える事無くトリガーを―――…。

 

 「頼む撃たないでくれ!俺はここで死ねないんだ!祖国にはまだ幼い娘がいるんだ!頼む殺さないでくれ…頼む、頼む、頼む…」

 

 大泣きしながら演技ではなく必死に頼み込む様子にやり辛さを感じてため息を吐き出す。

 

 

 

 一人の兵士が泣き叫んでやり辛さを感じたバットは全員を縛り上げる事にした。

 どうやら彼らは連絡が途絶えたボルシャヤ・パスト中継基地への増援と派遣された部隊で、クレパスでの騒ぎを聞きつけ置いてあったダンボールをボルシャヤ・パスト中継基地まで運んできたとの事。

 

 「いてぇ!?」

 「ほら、動かない…じっとして」

 

 視界に映る指示通りに銃創を消毒し止血剤を張り、包帯を巻く。

 肩を撃たれた兵士の治療を終えると唯一縛ってない兵士に台から降ろさせる。腹部を撃った兵士も治療を終えており、未治療の怪我人がいない事を確認して衣料品をポーチにしまう。

 縛ってない兵士は先ほど膝蹴りをかました奴で武器を握れないように指を動かせないように包帯できつく結んである。接近戦を挑まれてもCQCモードがあるという完全な油断ではあるが、本人はそれで対処できると信じきっているし、ここには注意する人物は一人も居なかった。

 

 「なぁ…なんであんたはこんな事をするんだ?」 

 「はい?」

 「さっきは我が子会いたさに命乞いをした俺だが、あんたからしたら敵だろう?撃ち殺すなり無力化するのは分かる。だけど何で治療したり助けたりするんだ?」

 「ボクにもよく分かりませんよそんなの…何となく…ですかね」

 「何となく…か」

 

 自分でも何で治療や料理しているのか分からない。ただ彼の反応を見てNPC(思い込んでいる)に感情移入してしまったらしい事は確かなのだ。

 大きなため息をつきながら中庭で大事なのか分からないが書類を集めて火をつけて、焼いているワニ肉の様子を見にいく。本当は自分の食事だったりするのだが置いてある食料も僅かなこの基地に怪我人達に呑まず食わずで救援を待てと言うのも酷。助けた手前せめて食べ物を少しは置いて行こう。ここのカロ○ーメイトを食べた事もあるしね…。

 

 「はいこれ。焼きたてが美味しいから食べさせてあげて」

 「あ、あぁ…敵にこんな事を言うのもなんだがありがとう」

 「どういたしまして」

 

 上手に焼けた肉を器用に腕で挟み、縛られた仲間にゆっくりと食べさせて行く。

 自分用の一本に噛り付きながらバットは疑問を投げかける。

 

 「そういえば貴方達は何でヴォルギン大佐っていう人に付いたのさ?」

 「…勿論祖国の為さ」

 「祖国の為か…愛国心って奴なんだよね。だったら尚更止めた方が良いよ」

 「どういう意味だい?」

 「ごめん、言葉不足だった。愛国心が悪いとかいう意味じゃなくてね、ヴォルギン大佐に付くのは止めた方が良いって話し。だって自分の野望の為に同胞に銃を向けた人物でしょう」

 「…改革や革命には血が流れるものだ」

 「でも、自国に――祖国に小型核弾頭を放つ人間を信用できるの?」

 「―――それは…」

 「ボクは資料でしか大佐を知らない。でも、祖国に対する愛国心で動いている人物には思えないんだよね。どちらかというと己の野心の為に動いている感じ。写真の顔とかまさに悪人って顔だったし。

  敵対するものには容赦はしない。強欲な野心は戦火を広げて敵だけではなく自軍、自国民、祖国までも焼いて行くよ。娘さんのためにも良く考えた方が良いよ。このままだと国家反逆罪の大罪人だよ」

 「なんでそう言い切れるんだ!」

 「…だってボクが止めるもん」

 

 笑顔でそう告げたバットは無線機が鳴っている事に気付いて中庭へと歩いて行く。

 言われた言葉に考え込んでいる兵士を残して…。

 

 「こちらバットです」

 『バット。無事か?連絡が途絶えたから捕まったかと思ったぞ』

 「はい、申し訳ありません。ちょっと手が離せなかったもので…」

 『今何処にいる?』

 「ボルシャヤ・パスト中継基地に戻っていますけど…スネークさんの所在分かりますか?」

 『…それについては分かりかねる。が、先に進んでいる事は確かだ』

 「先に進んでいるんですよね…了解しました。何とか追いついてみせます」

 

 気合を入れて答えたバットは気付かない。無線してきた上官はゼロ少佐と通信して洞窟を抜けたことを聞いていたが教えなかった。もしバットが敵に寝返って場所を聞き出して先回りしていたら、後で大きな責任を負う事になるからだ。ゆえに先に進んだと曖昧な言葉で濁したのだ。 

 

 「んー…とは言ったもののクレバスから向かうとしても降りる道具ないし、ヘリは操縦できないからなぁ…」

 

 中庭に停められているヘリを眺めて呟く。すると建物より兵士がゆっくりと出てきた。

 

 「ヘリなら扱えるが――連れて行ってやろうか?」

 「え?良いんですか?っていうかマジでですか?」

 「ああ、急ぐんだろう」

 

 ヘリに向かう兵士に疑問符を浮かべながら後を付いて行く。

 

 「でも、なんで手伝ってくれるんですか?」

 「さぁな、ヴォルギン大佐側についた軍人としては間違っているんだろうけど、娘を戦火に巻き込みたくないし国家反逆者の子供ってレッテルを貼られない為かな。あとは…なんとなく…だ」

 「プッ…あははは、了解です。お願いします」

 

 兵士が操縦するヘリは蝙蝠を乗せて飛び立った。後に残されて救出された兵士達は口々に『ひとりが脅されてヘリを操縦させられた』と口を揃えて仲間を庇ったと言う。それぞれが今までと違う光を瞳に宿して。




 ワニ肉全部と消毒薬・止血材・包帯が各二つずつ消失。
 
 スキル【レスキュー:E】を獲得。
 スキル【政治家:E】を獲得。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第09話 『ゲームに登場するヘリはだいたい落ちるものって決まってるんですね…』

 あけましておめでとうございます。
 今年も皆様に楽しんで頂ければ幸いです。


 コブラ部隊のザ・ペインを倒したスネークはそのまま洞窟を抜け、身を潜ませながら川を進み、ポニゾヴィエ西部へと辿り着いた。

 水中から頭を覗かせながら双眼鏡で先の桟橋を探る。桟橋には小船が三隻ほど乗り付けられており、見張りの兵士が三名ほど見受けられる。が、一人は桟橋、一人は離れた倉庫らしき入り口、一人は中間を行ったり来たり…。

 

 足をゆっくりと動かし上半身をなるべく水中でも安定するように心がけ、Mk22を桟橋を警戒している兵士を狙い構える。

 短く息を吐き、揺れに合わせて、トリガーを引く。

 

 くぐもった発射音は兵士の耳に届く事は無く、脳天を麻酔銃で撃たれた兵士はその場に倒れる。

 上手く当てれた事に安堵しつつ、水音を立てないように平泳ぎで桟橋に向かう。桟橋まで到着すると上がる事無く、桟橋の板を軽く叩いて桟橋の下へと姿を隠して耳を澄ます。

 

 「ん?どうした?」

 

 中間を行き来していた兵士が声を上げてゆっくりと近付いてくる。

 ギィ…ギィ…と古びた桟橋を踏み締める音が徐々に近付いて頭上を通過する。すっと姿を現して背後から同じように撃つ。

 倒れた二人が寝ている事を確認して桟橋へと上がる。倉庫前の兵士は気付いている様子は無く、その場から撃って素早く眠らす。

 濡れた服を乾かしたいところだがやるべきことは多くある。

 まず眠らせた三人の手足を動けないように、口には猿轡代わりに布を咥えさせて喋れないように縛る。抵抗できなくしたら次は桟橋に停留されていた小船に乗せて放置。

 次は付近の使えそうなものの回収。

 桟橋周辺や小船を捜索し、監視が付いていた倉庫内を調べるとかなりの弾薬が貯蔵された武器庫であった。

 だけれどM1911A1自動拳銃やMk22麻酔銃の弾薬はまだ良いとしてAK-47アサルトライフルにM37ショットガンの弾薬は持っていても仕方がない。バットが居ればAK-47の弾薬は欲したかも知れないが現状一緒に居ない以上は置いて行くしかない。

 他にはグレネードにスタングレネード、自燐手榴弾などもあり、これらは持って行くとしよう。

 

 箱に収められた銃器を取り出したスネークは渋い顔をする。

 SVD狙撃銃…最新鋭の自動狙撃銃だがこれはすでに持っている。同じスナイパーライフルを二つ持っていても仕方がない。サブマシンガンやピストルを二丁撃ちする者はいても狙撃銃を二丁撃ちする者はいない。それをやってしまえば狙撃の一番の目的があったものではないからな。

 大きくため息をつきながら箱に仕舞う。するとその下に置かれていた物に目が移った。

 

 TNT。

 トリニトロトルエンを使用した遠隔で爆発させられる爆発物。

 これは使えると判断して早速武器庫に配置する。近くで爆発させれば自身に被害が出る可能性もあるし、爆発を聞きつけて敵兵が集まり戦闘になれば勝てるかどうか分からない。ここにどれほどの規模の兵士がつめているか分からない以上は軽率な行動は控えた方が良いだろう。

 遠隔なら離れた地点、もしくは何かあった際に爆破すれば敵の注意をそちらに引けるし、武器弾薬の低下は敵兵の攻撃力の低下に繋がる。

 

 ―――勿体無い気はするが…。

 

 すぐに見付からないように設置したスネークは再び水の中へと飛び込んで水路を進む。

 水路上には敵兵は配置されておらず、スムーズに西部から南部へと進む事ができた。南部ではひとり乗りの乗り物に乗った兵士が警戒していた。

 西部に辿りつく前にも目にしたが、下方に取り付けられたブースターで浮遊する乗り物などアメリカですら見たことが無いのだが、あれは一体何なのだろうか?

 疑問を浮かべつつも見付からないように背後を進んで倉庫外部に辿り着く。

 入り江が見えて壁際に寄って双眼鏡で覗き込む。

 

 入り江には兵士に銃を突きつけられているソコロフ。

 そしてある男の姿があった。

 

 軍支給の制服の上からでも鍛えられた肉体に、佐官以上の階級章。短く切り揃えられた髪型に特徴的な顔の古傷…。

 ターゲットとして指定されたヴォルギン大佐であった。

 ヴォルギンは後ろに眼鏡をかけた女性を連れており、さすがにここからの狙撃は断念した。

 大局を見ればたかが一人の犠牲と言う者もいると思うが、スネークはそこまで非情になれなかった。それに今撃たないのは正解だった。

 

 兵士に抵抗するソコロフをヴォルギンが背後に居た女性を甚振ることで止めさせる。次はお前という脅しではなく、どうやら反応から女性はソコロフの関係者っぽい。心配そうに駆け寄ろうとしているのを兵士に押さえつけられている。

 抵抗しなくなったソコロフを兵士が連行しようとした時、クレパスで決闘を挑んできたオセロットが現れたのだ。

 もし狙撃してヴォルギンを倒せたとしてもソコロフに危険が及び、オセロットを含んだ守備隊を相手にすればただでは済まされない。ここはただただ眺めるしかなかった…。

 

 オセロットはソコロフにリボルバーを向け、一発だけ弾丸を装填する。次のもう一丁のリボルバーをホルスターより取り出してジャグリングするように扱い始めた。双眼鏡で人差し指に視点を合わせるとキャッチしたトリガーを引いている。ジャグリングしながらロシアンルーレットのような事をしているのだろう。さすがにこれは見過ごせない。

 そう思ったスネークが動くよりも早く事態は収拾した。

 

 扉から現れたスネークの師であり、大戦の英雄であるザ・ボスが横から割り込んだのだ。

 ジャグリングしていたリボルバーを空中で掴み、水面に向けて発砲。リボルバーを押し付けるようにオセロットに返す。

 

 …多分、分解されているよなぁ。

 

 自身も橋の上で銃を分解された事から、いらん事をしていたオセロットに同様の事が起きている事を感じ取った。

 ソコロフは兵士に連れられ、オセロットは受け取った銃を見つめ首を傾げながらその場を離れる。

 

 ザ・ボスとヴォルギン…

 本当に動かなくてホッとする。対象を云々の前に返り討ちに合いそうだ。

 しかもコブラ部隊のザ・フィアーが狙撃の名人であるジ・エンドが座っている車椅子を押して来た。

 何かを命じられたのか頷き、叫び声を上げながら水面を走って…。

 

 走って!?

 スネークは目撃したザ・フィアーに驚愕した。

 水面を走っていく人間なんている訳がない。一歩踏み出しただけで人間は歩くどころか踏み出した瞬間には沈む。なのに水面を走り、跳んで行ったのだ。

 ザ・ペインもそうだがコブラ部隊は本当に人間なのだろうか?

 まぁ、それは身体から電流を流すヴォルギンもそうなのだが…。

 

 雨が降り出し、その場を離れようとする両者が慌しく駆けつけた兵士により足を止めさせられる。

 どうもこちらを指差している。いや、頭上を指差しているのか?

 差してある方向へと視線を向けるとローターより火を吹かしながら突っ込んでくるヘリコプターの姿が…。

 

 

 

 

 

 

 バットは揺れるヘリの座席にしがみ付きながら祈る。

 ―――墜落だけは勘弁してくれと。

 

 戦争ゲームで相手に撃たれたり、ナイフなどの接近戦で倒されたり、戦った結果負けて死亡する事はある。というかそれがほとんどの戦争ゲームの死因で、事故死の方が珍しいだろう。

 戦った結果ゲームオーバーとなるなら納得もする。けれどヘリが墜落してゲームオーバーなど御免被る。

 

 操縦している兵士――ニコライは操縦桿を握りしめ何とか姿勢を維持させようと踏ん張るが、左右に展開する敵がそうはさせてくれない。

 

 「ニコライさん!まだ行けますか!?」

 「いや、このまま緊急着陸する!掴まっていてくれ!!」

 

 その言葉にヘリを移動手段に選んだ過去の自分に後悔する。

 思いついた時は敵のヘリが来ても自分が撃ち落してやる程度にしか考えてなかったが、まさかあんな兵器があるなんて思いも付かないだろう。

 ヘリの窓より見える敵はSFに出てくるようなひとり乗りの乗り物に乗っている。

 乗り込み口である後方以外を防弾用の鉄板で胸元辺りまで隠し、下方に取り付けられたブースターのみで浮遊し移動している。意外にすばしっこく、硬い為に中々落とせず、攻撃を受け続けて今に至る。

 

 下は広大すぎる森林に川などしかなく、着陸できるような開けた場所がまったくない。

 不安に押し潰されそうになっているバットに追い討ちをかけるようにヘリが大きく揺れた。浮遊していた敵の銃撃がエンジン部に直撃、プロペラの下方などから火を噴き始めた。

 

 「まさか……」

 「落ちるな…」

 

 姿勢を崩して前のめりになり落ちて行く。

 座席にしがみ付いてフロントガラスを見つめるバットには、基地の入り江らしい場所の水辺が近付いてくる様子がはっきりと見える。

 機体は水面を掻き分け、底の砂に擦りつけながら、落下した勢いのままに前に進む。

 擦られ大きく揺らされる機体はそのまま入り江に突っ込んだ。

 

 「いっつつつつ…。無事ですかニコライさん」

 「なん…とかな…」

 

 ふらふらとよろめきながら立ち上がり、操縦席のニコライを気にかける。額より血を流しながらも苦笑いを浮かべてまだ大丈夫だと告げる。

 落ちたヘリや航空機は爆発するイメージがあったので、ニコライに肩を貸して急ぎヘリから離れる。

 「んん…戦争かのぉ…」

 「へっ?」

 

 降りて真っ先に目に入ったのは車椅子に座ったまま寝ているおじいさんだった。

 ヘリが爆発するかも知れないのに放置は出来ない。しかし落ちたときの音で敵兵が集まってくる。悩む間もないことにイラつきながらニコライに視線を向ける。

 

 「怪我をしているところすみませんがお爺さんを」

 「…分かった」

 「もしも聞かれた時は――」

 「君に脅されてという事にすれば良かったんだな?」

 「はい。何とか切り抜けてくださいよ。家族の為にも」

 

 急いでAK-47を取り出そうとしたバットにヴォルギンが襲い掛かる。

 銃などを持たずとも、身体から電気を発して、弾丸を持つだけで発射できる。そもそもヴォルギンは接近戦のほうが得意なのだ。だから弾丸も銃も持たずに背後より殴りかかる。

 

 「鼠が!」

 

 背後からの大声に驚きつつ【CQCモード】を起動させる。

 スローモーションで殴りかかってくる拳を払い、手首を掴み、肘を逆に折るように力を込める。さすがにパワーとガタイの差からへし折る事は出来なかった。けれども関節を決める事には成功した。

 そのまま回して入り江から水面ヘと転がした。

 

 「ぬぉおおおおおお!?」

 

 目を見開いて叫びながら水の中へと落ちていったヴォルギンよりも、お爺さんをニコライが退避させている事を確認して安堵する。

 この時、バットが転がしたのがヴォルギンだと知っていればここでターゲットの排除は完遂していたのに。図らずも好機を逃してしまったのだ。

 

 

 

 ―――恐怖した…。

 バットは実際に戦った経験はない。あるのはゲームでプレイした簡易的な経験かアニメや漫画などで目にしたぐらい。

 だけど分かる。

 鋭い視線を向け、無言で駆けて来るあの女性は強いと。

 

 AK-47よりも取り回し出来るマカロフを抜いて躊躇う事無く撃つ。

 撃たなければ殺されると直感が理解している。強敵やラスボスといった類なのだろう。

 頭に向けて放たれた弾丸をギリギリずらして避けた。何発も撃ち続けるが弾丸が何処を通るのか知っているかのように避ける。ついには眼前まで迫った女性はマカロフの上部を撫でるように触り、顔面に肘うちをしようとしてきた。さすがにCQCモードと呟く暇もなく、咄嗟に防いで直撃だけは防ぐ。しかし威力から後方へと転がされてしまう。

 

 「痛ッ~…このってあれ!?」

 「反応が遅い!」

 

 立ち上がりマカロフを構えるが銃身やらスライドやらが無く、握っていた柄と銃身の下部分しか残っておらず、なにが起こっているのかさっぱり理解できない。

 冷たく叱咤した女性に向けて残骸と化したマカロフを投げ付けて【CQCモード】を起動させる。

 

 いつものように浮かび上がる軌道をなぞって拳を突き出し、蹴り上げ、掴み、絡め、身体を動かして攻撃を行なう。が、女性はそのすべてを捌ききって反撃をしてくる。

 強すぎる…格上なんてレベルじゃない。チートレベルで強過ぎる…。

 

 スローモーションで相手は動いている筈なのにそれでも押し切れない。最後には左手首を掴まれ背中に押し当てられ、関節を決められる。関節と肩の痛みから右手で押さえながら堪える。

 

 「今のはCQCだな?」

 

 女性から問いが来る。

 淡々と告げられた一言だがそこには敵意や殺意は感じられない。むしろ優しさを感じる…。

 

 「えぇ…CQCです」

 

 痛みに耐えながらも答えたバットは瞳だけを動かして何か手は無いかと辺りを探る。

 落としたヴォルギンは水の中から出てきて上がろうとしているし、入り口からは兵士達が集まりつつある。

 逃げ道は無い…。

 

 「見事だった。私とここまでやり合える相手は中々居ない」

 「お褒め下さり光栄ですよ。でも、ここでゲームオーバーですね」

 「それはお前次第だ」

 「ボク次第って―――何事!?」

 

 悔しいけれどここでゲームオーバーかと嘆いたバットの耳に大きな爆発音と揺れが伝わる。

 スネークが武器庫に仕掛けたTNTを爆発させたのだがそんな事は知らない。分かったのは一瞬だけでも背後の女性に隙が出来た事。

 関節を決められていない右で肘打ちを繰り出す。簡単に防がれ、逆に後頭部に一撃を受けたが離れることには成功した。

 

 「少年…名前は?」

 「バットです!貴方はなんと言うのですか?」

 「私は――ザ・ボス」

 「ザ・ボス…」

 「なにをしている!お前達!そいつを捕まえろ!!」

 

 ヴォルギンの一言で傍観に回っていた兵士が銃を構える。が、水辺より駆け上がったスネークの銃撃の方が早かった。

 

 「スネークさん!?」

 「だからさんはいらないと言ったろう!それより伏せろ!」

 

 撃ちながらバットに駆け寄るスネークは左手でヘリへとグレネードを放る。そのままバットを捕まえて物陰へと飛び込む。慌てふためく兵士を余所にヘリに近かったザ・ボスは水辺へと向かう。這い上がろうとしていたヴォルギンを蹴って水中に戻してから飛び込む。

 

 グレネードの爆発がヘリの燃料に引火して大爆発を起こした。

 物陰に隠れたスネークとバット。水中に潜って難を逃れたヴォルギンとザ・ボスを除いて周囲に集まっていた敵兵は全員吹き飛ばされた。

 

 「無事で…無事で良かったです」

 「それはこっちの台詞だ。兎に角ここを離れるぞ!」

 「了解です」

 「爆発を聞きつけて敵兵が殺到する。強行突破になるぞ」

 「はい!」

 

 AK-47を取り出したバットは駆ける。

 スネークと共に敵兵を蹴散らしながら先へと進む。

 その姿をザ・ボスが見守るように見つめていた…。

 

 

 

 

 

 

 苛立ちを隠せずにオセロットは壁を殴りつける。

 リボルバーをジャグリングしながらのロシアンルーレット。確かに軽率な行動ではあった。当てる気は無かったとしてももしもソコロフを撃ってしまえばヴォルギンの計画は水泡と帰す。そうすれば自身がどのような目に合うかは想像に容易い。

 ザ・ボスに戦場で運を当てにするなと怒られたのも納得する。

 

 オセロットが苛立っているのはそこではない。

 スネークはお前の獲物ではなくザ・ボスのコブラ部隊の獲物。だから手を出すなと言われた事が腹立たしいのだ。

 一度ならず二度も泥を塗られ、一対一の決闘ではザ・ペインの邪魔のせいで決着を付けられなかったどころか自分の部下を失った。

 奴に自分を認めさせる機会も雪辱を果たす機会も奪われ、挙句には手足だった部下までも奪われて黙って見てろと。そんな納得できない事があって良い筈がない。

 

 「あれは…奴は…スネークは私の獲物だ。誰にも譲らない…それがたとえザ・ボスであっても」

 

 静かに呟いて、深呼吸を繰り返す。

 徐々に落ち着きを取り戻したオセロットはベレー帽を直しつつ笑みを浮かべた。

 次再会した時こそ奴と決着をつけると…。

 

 そう思って一歩踏み出そうとした瞬間、大きく地面が揺れ爆発音が響き渡る。

 警報が鳴り響き兵士達が慌てだす。

 自身も何事かと辺りを見渡す。兵士を捕まえて事情を聞きだすかと思った矢先に二度目の爆発。

 

 「二度も?何があったと言うのだ?」

 

 来た道を戻り、通路に出ようとしたオセロットは近付く銃声に壁際に身を寄せながら通路の様子を窺う。

 

 眼前をバンダナを巻いた男―――スネークが駆けて行った。

 ザ・ボスに止められたがこの好機を逃す気はない。スネークから少し距離を開けて走っていたバットを捕まえる。左手で軽く首を絞めながら右手でリボルバーを抜いて構える。

 

 「スネェエエエク!!」

 「――ッ!?オセロットか!」

 「何たる幸運!もはやこれは宿命!決闘場としては物足りないがここでお前と決着を―――」

 「ちょっと邪魔!」

 「つけるぅうう!?」

 

 鬱陶しそうに声を荒げたバットに足の甲を思いっきり踏みつけられたオセロットは痛みから手を緩める。あまりの痛みに自然に足を押さえようとして前かがみになった所にバットの振り向き様の膝蹴りが顔面に迫る。

 避ける間もなくまともに喰らい仰け反る。さらに止めに下腹部への蹴りが…。

 

 「さぁ、行きますよ!」

 

 悶絶してその場に伏せるオセロットをスネークは哀れんだ眼で見つめたが、バットに引っ張られるまま走り出す。

 オセロットは心に決める。

 スネークとの決着は勿論だがあのバットにも目に物を見せてやる事を。

 下腹部を押さえ、蹲ったまま誓ったのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 『爺さんと仲良くなった蝙蝠は恐怖と戦う』

 スネークは大きなため息を吐き出した…。

 過酷な任務で肉体的にも精神的にも疲労が溜まっているが、このため息は別の理由が元で出ていた。

 

 ――― バットがいきなりヘリで突っ込んで敵中突破しなくてはいけなくなったから。

 …否、バットと合流出来たのは喜ばしい事だし、戦力的にもひとりより二人の方がありがたい。特にバットの料理は美味しいし、不思議と力が湧いてくる気もするから戦場ではありがたい事ばかりだ。

 

 ――― 全神経を集中させて罠を警戒していたのに赤外線ゴーグルでバットが呆気なく突破していったこと。

 …否、確かにあっさりと罠の中を突破する姿に感心よりも気合を入れていたぶん脱力感に襲われたが、いち早く突破する事が出来たおかげで追撃隊が罠にかかって逃げ切れたのだから良しとしよう。

 

 ――― グラーニニ・ゴルキー南部の森林地帯の罠を回避しつつ食料調達の手伝いをさせられたから。

 …否、拾ったロシアニセマンゴーは美味しかったし、アナウサギやキノコを使ったバットの料理も美味すぎて文句はない。

 

 ――― クレパスから飛び降りて元気な事で人外扱いされたこと。

 ……否…多少は傷ついたが問題ない。自分自身同じような相手を見ればそう思うのは当然だ。

 

 ――― エヴァに研究所潜入用に研究員の服装を貰っていたが持っていないバットの為にも全員眠らせなくてはならなくなった。

 …否、手間は取ったが相手の大半は研究員。それほど苦労したというほどのものじゃない。

 

 ではどうして呆れたようなため息を吐き出したかと言うと眼前の二人が原因であった。

 

 「戦車に必要なのはロケットのブースターなどではない!どんな悪路であろうとも走破出来る足だ!そう思うだろう?」

 「えぇ、ええ!勿論ですよ。二足歩行の兵器。人型のロボットの誕生ですね。これなら貴方が言ったシャゴホッドみたく速度を出すためのだだっぴろい場所は要りませんものね」

 「その通りだ少年!あのただ馬鹿でかいだけの兵器などではなく私の兵器こそ評価されるべきなのだ」

 「見たかったなぁ。グラーニンさんのメタルギア」

 「お前さんが未成年と断りさえしなければ酒を飲みながら朝まで語り明かしたいほどだ」

 

 目の前で熱く興奮しきったバットと年老いた男性の会話に入れずただただ見守るだけなのだが長い。

 

 男性の名はアレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニン。

 ここグラーニン設計局の局長であり、道路移動型弾道ミサイルシステムの基礎を作った科学者。

 レーニン勲章を授与された事のある人物なのだが、ここを支配下に置いたヴォルギンがグラーニンよりもソコロフを重要視してソコロフの研究に資金を集中させた為、グラーニンは仕事を失いこうしてただただ酒を飲むしかなかったのである。

 バットとスネークが現れ、自身の研究にバットが食いつくと顔を輝かせ水を得た魚のように語っているのだが、何時敵が来るかも分からない状況なので出来るなら早く進みたい。が、会話の終わりが見えない。

 

 『スネーク。まだ進めないのか?』

 

 あまりの長さにスネークよりもゼロ少佐のほうが痺れを切らしたようだ。

 

 「あぁ、まだ終わりそうもないな」

 『何時までもそこに留まっても任務は達成できない。バットに早く切り上げるように言うんだ』

 「確かにな。待つのも退屈していた。了解した」

 『急げよ』

 

 通信が切れると持たれていた壁より離れてバットに近付き肩にぽんと手を置く。

 置かれた事で気付いたバットが目を見開いて振り向く。

 

 「そろそろ行かないと」 

 「あ!すみません…任務中だというのに」

 「なんだ、もう行くのか?」

 「はい。任務がありますので」

 

 急かすと素直にいう事を聞き、ぺこりと頭を下げる。

 去ろうとする様子に少し寂しそうな表情をしたグラーニンは何を思いつき酒瓶で埋まった机からカードのような物を取り出した。

 

 「これを持って行け」

 「これは…カードキー?」

 

 差し出されたパンチカード式カードキーを受け取りながら首を傾げる。

 

 「それはなポニゾヴィエ倉庫南東の赤い扉を開けることが出来るカードキーだ。その先の要塞、グロズニィグラードにソコロフは居る筈だ」

 「良いんですか」

 「なに構わんよ。久しぶりに楽しい時間をくれたお礼だ。あとはソコロフをとっとと連れ出していって欲しいからだがな」

 「ありがとうございます」

 「すべてが済んでから言いに来い。そのときは朝まで付き合ってもらうぞ」 

 「お酒じゃなくてジュースで良いのなら付き合います」

 

 にっかりと笑ったグラーニンだけを残して部屋を、研究所を後にする。

 研究員や護衛に当たっていた兵士達は縛っており、目が覚めて居る者には麻酔銃で再び眠らせた。その中でひとりだけ縄を解き、起きたら他の奴らの縄を解けるようにしておく。

 中継基地を襲ったときの容赦ない少年はヘリで戻ってくるとがらりと変わっていた。出来るだけ人を殺さないようになったのである。なにがあったかは聞かないが殺しを楽しむ輩よりは今のほうが好みだ。

 

 「良い人でしたね」

 「そうだな。ただ話が長かったが…」

 「え?アレでですか?」

 「………お前ならゼロ少佐の話に付き合えそうだな」

 「どんなお話ですか!?」

 「今喰い付くな…ったく」

 

 軽い会話を交えながら来た道を戻る。

 あの敵中突破した倉庫まで戻るのは気が引けるが、そこを通らなければ任務を達成できないというのであれば戻るしかない。

 気合を入れ直しながら目的地に向けて歩き出す。

 

 足に矢が突き刺さるまでは…。

 

 「ぐぅ!?」

 「スネークさん!!」

 「離れろ!!」

 

 刺さった痛みにより地面に膝をつく。

 突如苦しみながら膝をついたスネークを心配してバットが足を止めるが、発射音らしき音が耳に届く。叫びながらバットを突き飛ばし、その場を転がって離れる。思ったとおり、先ほどまで居たところに矢が突き刺さる。

 そのまま近場の木に持たれて放ってきた相手から隠れる。振り返りバットを確認すると理解して反対方向の木を盾にして隠れていた。

 

 「大丈夫ですか!?」

 「足をやられた…」

 

 痛みに顔を歪めながら刺さった矢を観察する。

 矢の短さと発射音からクロスボウ。引き抜こうと触れると引っ掛かる痛みから矢尻には返しが施されており抜くに抜けない。無理に抜こうとすれば食い込んだ返しが傷口を大きく抉ることになるだろう。そして頭と視界がぼやける事から毒が塗られている。

 苦悶の表情を浮かべながら顔を少し覗かせて辺りを見渡す。

 

 木々の間を、枝から枝へと何者かが動き回っている。

 猿や鳥などではない。

 クロスボウで攻撃してきた時点で動物でないのは確かだが、だからと言ってただの人間ではない。

 脳裏に過ぎるのはザ・ボスに従うコブラ部隊…。

 

 「ふははははははは!」

 

 不気味な笑い声が辺りに響く。

 痛みに耐えながらM1911A1を構えて立ち上がる。バットもマカロフを取り出し構えていた。まるで使い捨てのように使っているマカロフだが今構えているのが最後の一丁。弾数にも余裕のあるAK-47を使えば良いのだがここは木々乱れる森の中。弾数に余裕が無かろうと取り回しのよい拳銃であるマカロフを使うことを選んだのだ。

 

 森の中を駆ける音が続く中、「フィアー!」という叫び声と同時に空中よりひとりの男が現れた。

 気付かない場所から飛び出したと表現する現れ方ではなく、何もないところから現れたのだ。まるでSF映画でも見ているように。

 

 高所より着地した迷彩服を着た男はニヤリと笑みを浮かべながら立ち上がる。

 

 「俺はコブラ部隊がひとり、ザ・フィアー。

  お前に刺さったその矢にはクロドクシボグモの毒が塗られている。すぐに耐え難い激痛が全身を襲うだろう。

  身体は麻痺し、息も出来ず、やがて心臓が止まる」

 

 薄れ掛ける意識を顔を叩く痛みで無理矢理起こし、しっかりと睨む。

 息苦しさとこれから起きるであろう事を想像して焦りが生じる。

 相手はコブラ部隊…。焦りなどしていては確実にやられてしまう。

 

 本来のスネークなら痛みや毒に耐えて戦うところだが、ここは原作のゲームと違う。

 

 「親切なのですね」

 「――ん、どういう事かな?」

 「毒の持ち主に症状を教えてくれるなんて対処が出来ると言っているのです」

 

 マカロフを構えたままのバットは木より姿を現し、ザ・フィアーを睨みつける。

 

 「その毒なら解毒薬が効きます。今のうちに打って下さい」

 「ははははは!!そんな余裕があるのか」

 「ボクが稼ぎますから」

 

 人間離れしたコブラ部隊を相手に啖呵を切ったバットに目を見張る。

 正直ひとりに任せるのは気がひける。だからと言って毒に犯されつつ自分が万全に戦えない事も確か。

 ここは任せるしかない。

 

 「くぁっははははははは!!

  ボスの教え子よ。お前との勝負は後にしよう。まずはそこの餓鬼からだ。ゆっくりと仲間が恐怖に慄き死に行く様を見届けるがいい」

 

 大きく笑いながら、されど愉悦ではなく侮蔑を込めた視線でバットを見つめる。

 

 「小僧…貴様が体験した事のない恐怖(フィアー)を与えてやろう。

  本当の恐怖を……俺の巣の中で恐怖を感じろ…そして後悔するが良い」

 

 肩の関節を外して背後の木に跳んだザ・フィアーはぶつかった衝撃で関節を嵌めたのか木を昇って姿を消した。

 透明になった相手にどう戦うのか心配が過ぎったが、何故か大丈夫だと思えた。

 何故ならバットは悪戯好きの子供のようにいろんな事を思いつき、色んな手を打って来たのだから。この森でトラップを簡単に見破ったように。

 

 

 

 

 

 

 枝から枝へと跳び移るザ・フィアーは苛立ちを覚えていた。

 正直楽しみで仕方がなかった。

 なにせあのボスの弟子と戦えるのだから。

 どれほどの男なのか。自分が与える恐怖にどう対処するのか。

 楽しみで楽しみで仕方がなかった。

 

 『ボクが稼ぎますから』

 

 名も知らぬ兵士――それも幼さの残る小僧に啖呵を切られたのだ。ザ・ボスと共にあるコブラ部隊の自分が…。

 屈辱とは思わない。

 相手は子供。まだ何も知らない幼子と何ら変わりない。勇気と無謀を履き違える無知な赤子…。誰もが抱く覚えのある感情に懐かしさすら覚える。

 

 だからと言って自分の楽しみを邪魔された事は不愉快極まりない。

 

 「どうだ?目で見えない恐怖は?」

 

 枝から枝へと跳び移り側面より矢を放つ。

 発射音に気付いて発砲…。

 

 ―― 一発…二発。

 

 位置を変えながら弾数を数える。

 マカロフの装弾数は八発。焦りと恐怖を与え、最後に大きな隙を見せ希望を与え、残弾ゼロの事実と最大の恐怖を与えて殺してやろう。

 

 頬を弛ませながら跳躍する。

 跳び移りながら着地地点から視線を小僧に向ける。

 そこにはマカロフをこちらに向けている様子が窺えた。

 

 慌てて着地地点を変えて飛び退く。

 

 (ッチ…跳び移る音で場所を推測されたか?意外と耳が良い)

 

 予想外の出来事に驚きはしたものの、これは嬉しい誤算だ。

 これは小僧が縋る希望。それゆえに打ち砕かれた時には恐怖を覚える。

 先ほど二発に合わせて合計で四発も使わせた。残り四発…さてどうしたものか…。

 

 歪んだ笑みを浮かべ、人より長い舌で唇を舐める。

 わざと音を立てつつ跳び、さらに弾を使わせる。

 焦らす為にさらに矢を放つ。顔をはっきりと窺えないがその表情は恐怖に歪み始めているだろう。

 

 合計八発撃ったのを数えたザ・フィアーは背後に回り、枝より跳び下りる。

 背後より声をかけ、振り向いて一発撃たせる。しかし残弾ゼロの小僧の顔は歪み、笑みを浮かべて足に一発…いや、両足に一発ずつ撃ち込んでやろう。

 

 そう思っていた。

 

 跳び下りている最中に振り向いたバットは透明化しているザ・フィアーをしっかりと捉え、引き金を引いたのだ。

 腹部に激痛を感じながらフィアーは着地と同時に顔を上げた。

 今まではっきりと見えなかったバットの顔には赤外線ゴーグルがかけられていた。

 

 やられた…そう思ったときにはすでに詰んでいた。

 弾切れになったマカロフを投げ捨てAK-47を構える様子に痛みを堪えながら背後の木へと飛び退く。

 透明化の意味も熱探知されて見られれば意味はない。跳んだフィアーに銃口を向けてトリガーを引き続けた。

 連射された弾丸が身体を貫き、迷彩は血で染まり、口からは這い上がってきた血で溢れ漏れ出した。

 手からワイヤーを木々に引っ掛けその場で制止する。

 

 「っかは…赤外線ゴーグルか。なるほど…よく思いついたものだ…」

 「透明化したのは驚きましたけど、熱源はどうなんだろうと思って着けてみたのですが、上手く行って良かったです」

 「最後の一発…あれは最初から入れていたのか…」

 「オートマチックは最初の一発を先に入れておけば装弾数を増やせると知ったもので」

 「なるほど…俺は貴様を侮っていたようだ…」

 

 乾いた笑みを浮かべ、心の奥底からある感情が湧き上がって来た。

 ああ、そうだ…これだ。これこそが…。

 

 「恐怖(フィアー)恐怖(フィアー)だ!見えたぞ―――恐怖(フィアー)が!!」

 

 そう叫んだザ・フィアーは最後の力を振り絞って自爆し、何百という矢を周囲に放つのであった…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 『暫しの休息とほくそ笑む者達』

 待たせたな(スネークの真似をしながら)
 すみません。本当にお待たせしてしまいました…。
 
 お知らせです。
 今月より「メタルギアの世界に一匹の蝙蝠がINしました」は毎月十日に投稿することにしました。
 もしも余裕があって投稿するときは二十五日に投稿するかもしれません。


 静かな森の中。

 木々より生えた葉の隙間より太陽の光が差し込み、人目どころか木漏れ日からも身を隠すようにしたスネークは木にもたれ、口で咥える枝を力強く噛み締めて険しい表情を浮かべていた。

 

 バットは出会った時を思い出しながらスネークの太ももに触れる。

 深々とボウガンの矢が突き刺さっており、痛みにより行動するのもままならない。

 ゆえにこの場で治療しなければならないのだが、その治療が問題だった。

 

 矢に塗られた毒は解毒剤で何とかなった。だが、刺さった矢を何とかしなければ先に進めない。刺さったままでは痛みに苛まれ、動きづらい上に治ろうとした肉が矢とくっ付いて手術なしでは抜けなくなってしまう。かといって引っ張りぬこうとすれば矢の返しに血肉が抉られ、傷口を大きくしてしまう。

 対処法が分からないバットは無線機を使って指示を請うた。

 

 『返しがあって引っ張れないんだったら、押し込んだらいいんじゃない』

 

 なんとも軽く回答されたのだが実際それしかないように思える。

 押し込めば余計に傷口を増やすが引っ張るよりは傷口は小さいうえに摘出し易い。

 すぐさま伝えた所、承諾したスネークは枝を咥えて我慢するからやってくれと今に至る。

 

 「―――ぐぅううううう!?」

 

 矢尻に手を乗せ、「いち、にの、さんで!」とカウントダウンをして力を込める。押し込んだ矢より肉を引き裂き、押し進んでいく感触を感じて険しい表情を浮かべるが、決して力は緩めない。

 刺さった反対側より先を覗かせた矢をそのまま抜き取り、すぐに消毒と止血、包帯で治療する。

 痛みで脂汗を掻いたスネークは大きく息を吐き出した。

 

 「これで治療は終了ですよ」

 「あぁ、すまない。助かった」

 「いえいえ、どういたしまして」

 「さてと、行くか」

 「ちょ!?いやいやいや少し休みましょうよ」

 

 治療が終わったことで何事もなかったように立ち上がり先へ進もうとするスネークをバットは制止する。

 傷の治療は終わったとはいえ毒や傷などで弱っているのには変わりない。出来ればどこかで休息を取るべきなのだろうが戦場のど真ん中では難しい。それでも多少休むべしと制止しようとするがそれを払われる。

 

 「休んでいる訳にもいかないだろう。少しでも先に…」

 「ほら、無理しないで」

 

 やはり強がっていても本調子ではなく、足元がふらついて倒れそうになるのを何とか支える。肩でも貸せれば良いのだろうが身長差がありすぎてできない。もちろんおんぶなどすればバットは耐え切れず倒れるに決まっているので提案すらしない。

 先を急く様子に諦め、AK-47を構えながら先に進む。

 

 「ボクが先に行きますのでゆっくりでいいのでついてきてください」

 

 大きく頷いたスネークはすまないと呟き、身体に鞭打ってゆっくりと進みだす。

 研究所方面から森を抜け、ポニゾヴィエ倉庫へと戻ってきた。

 前回強行突破した際に急いでいたとはいえオセロットを邪険に扱ってしまった。彼はプライドが高そうなのであんな目に合わせたら執念深く追って来そうで怖い。薄暗い通路を周囲に気を配りながら進む。勿論、後ろからスネークが付いてくるのを確認しながらだ。敵だけに注意すればいい状況からスネークの事も気にせねばならなくなり、精神的に疲れが増してゆく。

 急いでいたために前回は気が付かなかったが、食糧庫を発見しさっそく漁ろうと思うのだが兵士が巡回している。

 二階に一人、一階に二人の万全とは言えない兵士が徘徊している。

 

 え?徘徊じゃなくて巡回?

 いやいや、足音より大きな腹の音を鳴らし、口を開けば「腹減ったなぁ」と呟き、ネズミを追い回す様子は警備ではなく食べ物を求めて彷徨うゾンビそのもの。

 巡回という言葉より徘徊のほうがしっくりくるんですよ。

 

 顎に手を当てて考え、ふと自分の中では妙案を思いついた。

 笑みを浮かべながらスネークを柱の間に隠し、食糧庫前を徘徊する兵士を顔を少しだけ覗かして様子を窺い、背を向けた瞬間に残っていたレーションを放った。

 

 一瞬何が降ってきたのか理解できなかったが、それが食べ物だと理解すると大慌てで近づき手を伸ばす。

 

 「あー!こんなところに食べ物があるぞ」

 「――っが!?」

 

 拾いに行った兵士の後頭部に一撃をお見舞いしつつ、下の階の兵士にも聞こえるような大声で叫ぶ。

 一撃で気絶させた兵士を脇に寄せ、急ぎ隠れる。一階からは「なに!?食べ物!?」と言いながら大慌てで駆けてくる足音が響いてくる。

 気絶している仲間よりもレーションに飛び掛かった二人が奪い合いしている隙に背後から、スネークより借りたMk22で頭部を撃って眠らせる。気絶したやつにも一発撃ちこんでおいた。

 

 食糧庫を漁るとカ●リーメイトと即席ラーメンと書かれた四角形の袋が置かれていた。カロ●ーメイトは以前に食べた事があるが、即席ラーメンなるものはまったくわからない。とりあえずポーチに仕舞いながらスネークと共に一階にある赤い扉を目指す。

 

 去り際、腹が減ってもなお彼らが手を付けなかった食糧庫より食糧を調達した罪悪感からか、レーションは回収せずにその場に残していった。

 ―――出る直前に見つけたミナミオカガニはポーチに仕舞ったがね。

 

 そしてここからが長かった。

 また森林地帯を抜けなければならないのだが、道のりが長い。

 しかも森の至る所にトラップやら兵士やらが配置されており、なんとかスネークと共に掻い潜り、もしくは無力化しながら先に進む。

 スヴィヤトゴルニ南部から西部、そして東部へとただひたすら進む。

 道中、エヴァよりスネークに無線が入り、どうもこの先でコブラ部隊がひとり、ジ・エンドという名の知れた狙撃兵が待ち構えているらしい。

 

 スネークは最悪のコンディションで、バットはそろそろ休憩時間を挟まなければならない時間。

 焦りと不安が混ざり合う中、バットは自分たちの幸運を喜んだ。

 

 なんと小屋があったのだ。

 これで少しは休めるだろう。付近の敵兵を排除すればだが…と見つからないようにやる気はあるのだが、最悪交戦の覚悟を決めて潜みながら向かったのだが……ザ・ボスと一度戦ったからか敵がすごく弱く感じる。

 あっけなさすぎる相手に首を傾げながら一人ずつ捕らえていく。殺すのが一番楽なんだけどやはり罪悪感からか躊躇ってしまう。躊躇なく気絶はさせていくけどね。

 

 小屋と言うかコテージ・別荘と呼ぶべき建物の内部と付近には合計5名もの敵兵がおり、指と足を縛って角に集めておいた。

 

 「ちょっと出てきますけどゆっくり休んでいてくださいね」

 「どこへ行く…」

 「食糧調達ですよ」

 「なら、俺も手伝お――」

 「ちゃんと動けるようになってから言ってください。次はジ・エンドっていう狙撃の名手と戦うんでしたよね。今のままでは難しいでしょ?だからしっかりと休んでいてください」

 

 実際問題ひとりで勝てるか不安なのだ。なのでスネークには万全の状態を整えてほしい。

 はっきり言われて口を閉じたスネークは諦めたのか壁にもたれて瞼を閉じた。一応兵士たちを縛ったロープが緩くないか確認して出かける。

 

 この森は宝の宝庫だった。

 小屋から食糧探索に出たバットの最初の感想である。

 

 生き物はアナウサギ、カササギ、ベニスズメ、サンゴヘビ。果物は以前に食べたヤーブラカマラカにツタウリと初めて目にした物を手に入れた。気になってツタウリはその場で試食。実がみずみずしくてのどの渇きを潤し、美味しさが口の中いっぱいに広がった。これは調理せずにそのまま切り分けて食べたほうが良さそうかなと思いながら満面の笑みで仕舞っていく。

 

 

 探索中にバルトスズメバチの巣も見つけたのだが、今回は武器や弾薬はXM16E1の弾薬以外落ちてなかった。当たり前と言えば当たり前なのだが今までその辺歩いたら弾薬が無造作に落ちていたりしていたので少し残念である。

 代わりに雑誌が二冊ほど落ちていたのだけどこれはどうしたものか…。

 

 道中気絶させた兵士たちをもう一度気絶させ、縛って一人ずつ小屋の前に運んでいく。途中で起きて増援を呼ばれたら迷惑だし、殺すのは気が引ける。精神面を考慮して連れて来たが肉体的疲労が思ったよりやばい。

 疲れで発生する眠気を息とともに吐き出すように深呼吸を繰り返し、頬を叩いて眠気を多少なりとも晴らす。

 

 「ただいま帰りまし………何しているんですか?」

 「い、いや、これは休憩がてらに…その…」

 「ボクにはいい大人がひとつのグラビア雑誌に群がっているようにしか見えないのですが」

 

 バットの冷めた視線の先には縛った兵士達とスネークが中継基地で拾った雑誌を囲む形で凝視している様子が広がっていた。

 先ほどとは違って呆れたため息を吐き出し、連れて来た兵士を一人ずつ角へ運んでいく。ついでに道中で拾った雑誌を読んでいた雑誌の上に無造作に投げた。

 確認はしなかったが背後が慌ただしく動く気配がしたが気にせず収穫した食糧をもってキッチンへと向かう。

 簡易的な台所に立つと鍋やフライパンを探す。休憩時に検索した昔の食事を作って見ようと思っていたのに鍋やフライパンはあるのだが調味料がほとんど残っていない。

 

 少し悩みながら【なべ】料理を作ることにする。

 あれなら具材を煮込むだけらしいし、出汁に出来る食材も持っていた。

 アナウサギ、カササギ、ベニスズメを簡単に血抜きして身を一口サイズに切っていく。鍋には水を張り倉庫で捕まえたミナミオカガニで出汁を取る。サンゴヘビは毒ごと内臓を取り除き、身をきれいに洗ってから骨を細かく切ってからぶつ切りに。

 出汁を取り終えたミナミオカガニを取り除いて殻を割って中身を出汁に混ぜる。あとは切った肉類を入れて煮込むだけ。その間にヤーブラカマラカとツタウリを切り分け、ヤーブラカマラカは炙って、中にあった軟膏を取り除いたバルトスズメバチの巣の蜂蜜をかける。

 

 初めての鍋料理を少し食べて頬を緩ませながら、鍋とデザートの果物類をテーブルに運んでいく。

 ………人がせっかく料理をしていたというのにグラビア雑誌三冊を広げて敵兵士と共に鑑賞しているスネークに少しイラっとしたのは口に出さないでおこう。

 

 「おぉ!旨そうだな」

 「でしょう。グラビア雑誌に夢中になっている間に作ってみました」

 「…怒っているのか?」

 「さぁ、どうでしょうか」

 「……すまない」

 「料理が冷めるので熱いうちにどうぞ」

 

 いけない。口に出さまいとしたのに声色に苛立ちが乗ってしまったようだ。

 鍋より皿に移して食べ始めるスネークに続いて、自分も食べようと席に着こうとしたが、グラビア雑誌から一斉にこちらに向けられた視線に動きを止める。

 兵士たちのゴクリというのどが鳴る音を耳にしながら少し思い悩み、何度目かのため息を吐き出し、ひとりの拘束を解いた。

 

 「な…どうして…」

 「そんな視線向けられたら食べ難いんですよ。それに量だけはいっぱいありますから。但しへんな動きをすれば容赦なく撃ちますから」

 

 部屋の隅々まで見渡せる壁際に持たれながら仕舞っていたAK-47を構える。

 拘束を解いた一人にあと二人ほど解かせ、食べながらも縛っている者の口へと食べ物を運んでいく。

 美味しい美味しいと言いながら食べる敵兵士を眺めながら食糧庫で拾った●ロリーメイトを口に運ぶ。

 

 「ふふ…」

 「ほうかひまひ(どうかしまし)…ゴクン。どうかしましたか?」

 「まさか敵地に潜入して敵と一緒に食事をするとは思いもしなかったなと」

 「ボクもですよ」

 「だが、戦場でその甘さは命とりだぞ」

 「ですよね…気を付けます」

 

 出汁までなくなった鍋と皿の上から果物が全部無くなったのを確認して、再び全員を縛り直して行く。

 眼前に休憩時間までのカウントダウンが入ったので少し出ていくと伝えてバットはログアウトした。

 

 

 

 

 

 

 コードネーム【バット】としてプレイしていた宮代 健斗が休憩のために自身の生まれ育った世界に戻ったのを確認して、異世界へと渡れるようにした三名は大きな息を吐き出した。

 

 「ふっはー。異物を入れただけでこうなるか」

 「最初は平穏な生活に慣れ親しんだ少年に何が出来るかと思っていたけれど中々楽しませてくれますね」

 「青いのがVRを異世界転送用の端末にしたのが効いたのじゃろ。あやつ未だにゲームだと信じ込んでおるようじゃしの」

 「でも最初に比べて人を殺さなくなったわよね」

 「良心が痛んだんでしょう。ゲームと分かっていてもNPCに感情移入するみたいに」

 「まぁ、あの世界の者達は本当に生きておるからの。言葉を交わすなどすれば感情の移入もし易いじゃろ」

 

 各々地べたに座り込み、中央の地球儀より映し出される映像を巻き戻してそれぞれがお気に入りのシーンを再生する。

 女性らしい容姿の赤色の人影は火で炙ったヤーブラカマラカの実に蜂蜜を付けて食すシーンを見てごくりと唾を飲み込んだ。

 言い出しっぺの青色の人影はあっさりとバットにヴォルギンが水中に叩き込まれ、陸地へ上がろうとしたところをザ・ボスにけり戻されるシーンを見て大爆笑。

 三名の中で最年長の灰色の人影はザ・ボスとのCQC対決にザ・フィアー戦の映像を見て笑みを浮かべる。

 

 「少し提案があるのだけど」

 「提案ってなにかすんすか?まさか抜けるとか言い出すとかは…」

 「久しい娯楽を投げ出すなんてことはしないわ。提案というのは少しこの世界を改変しないかっていうこと」

 「弱体化とか強化みたいな特典を今更付けるんすか?」

 「ぬぅ…わしは反対じゃな。ああいうのは力が有り余っとる奴がやることじゃ。わしらみたいな下っ端が行えるものではない。出来たとしても大きな力を行使すればする分だけ上役に感づかれる」

 「そうそう。せいぜい無線機に介入して声をかけるか、VRを通じて異世界に一時的に飛ばすのが精いっぱいすよ。それにあまり改変するのも気分が萎えるっすよ」

 

 反対意見を述べる二名に対して赤色はにやりと笑う(目も口も存在しないので笑っている雰囲気)。

 

 「私も上役にばれて消失なんてされたくない。だから私が提案するのは新しい指示を出すのよ」

 「指示?」

 「原典になかった選択肢、方向性を示してあの子がどうするかを見るのよ」

 「ほぉ!そいつは面白そうだ」

 「しかし何を命じるつもりなんじゃ?」

 

 

 

 「勿論!自然で手に入れられる素材を使った料理のレパートリーを増やさせるのよ!」

 

 

 

 キラキラと赤色の辺りだけが輝いて見えるほど堂々と、高らかに、興奮しきった様子で言い放ったが、逆に青色と灰色は呆れたようにため息をついた。

 それなりに長い付き合いになり、各々の趣味や興味を引くものを多少なりとも知っている。

 中でも赤色は化粧やファッション、食に興味を持っていた。しかし科学技術を進歩させ過ぎた宮代 健斗の世界ではそのことごとくが簡略化され、味気ないものになってしまっている。

 

 食事は材料を用いる料理から必要な栄養源と元になる料理の味に近しい味付けをしたレーション食が基本となり、服装は一部の富裕層を除いて制服で見分けられるように職種や所属している団体の服しか支給されておらず、大体が一種類のセットを複数持っているだけである。化粧に関しては簡易的な整形手術か一か月は効果を持続する薬品で事足らされている。

 自身が興味をそそられるものを悉く簡素にされ、溜まりに溜まっていた思いを爆発させるのは理解できる。が、それに自分たちも巻き込まれるのは勘弁してほしい。

 

 「増やしてどうするのさ?」

 「良いじゃない。あの子の料理スキルが上がるわよ」

 「メタルギアソリッドのメインの戦闘には関係ないと思うんだけど」

 「…戦闘ばかりなんてメンタルが持たないわよ」

 「あいつゲームとしているから娯楽としてやってんだけど」

 「………えーと、灰色…」

 「助けを求められてもな。諦めるんじゃな」

 

 一言で切り捨てられた赤色はがっくりと肩を落とした。

 ため息を吐き出した青色の横で灰色がわざとらしく咳き込む。 

 

 「ならわしから提案じゃ」

 「…盆栽は却下すよ」

 「…自分の趣味に他の者を巻き込むのはどうかと思います」

 「違うわい!というか赤いのに言われたくないのぉ。

  確かに興味があるがあやつの趣味ではあるまい。それに戦場のど真ん中で盆栽を楽しむ余裕もないじゃろうしな」

 「じゃあなんなんすか?」

 「ミッションを言い渡そうと思っての」

 「「ミッション?」」

 

 興味を持った二名の視線を受けながら灰色はニタリと笑った。

 

 「原作では存在しないミッション。

  死ぬべき定めにある人物の救出。

  潜入するのはバット一人。

  一度警備を破られたために厳重にされた研究所。もしくは要塞までの護送中という限られた時間と大勢の敵相手での戦い。

  ―――――わしはグラーニンの救出作戦を提案する」




 サイド・オプス【グラーニン救出作戦】
 ミッション内容 :グラズニィグラードに連行される研究者の救出
 ターゲット   :アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニン
 入手可能アイテム:ゲームクリア後に【メタルギアの設計図】を入手
 入手可能スキル :【スカウト】or【クイック・ドロー】or【三ツ星シェフ】より選択


●スキルのランクアップ
・野戦料理人D→C
 戦場で作った料理に疲労回復と士気向上の効果付与。
 調理速度の向上。
 効果はスキルのランクによって変化する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 『グラーニン救出大作戦!』

 アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニン。

 ソ連きっての科学者のひとりであり、グラーニン設計局の局長だった男。

 今や設計局をソコロフに奪われ、ヴォルギンには研究資金を止められ、ただただ酒を飲むだけの時間を過ごしていた。

 

 銃を持った制服姿の兵士に促されるまま、重い腰を持ち上げ部屋を後にする。

 

 『裏切者の容疑がかけられている。我々と一緒に来て頂く』

 

 ヴォルギン直轄の部隊に囲まれ、研究所の狭い廊下を歩いて行く。

 …あの少年との語らいは久しぶりに楽しかったなぁ…。

 

 バットと名乗った年若き工作員を思い出しながら持っていた酒をぐびりと飲む。

 喉を焼くような感覚と脳内に響き渡るアルコールを感じ、大きく息をつく。

 

 どうせヴォルギンの事だ。拷問と称して甚振って殺すのだろう。

 飲み納めだと酒を煽る。

 

 研究所前には戦闘服姿の兵士が並んでおり、近くにはサイドカー付きのバイクが停められていた。

 

 「グロズニィグラードまではバイクで行くのか?」

 「いえ、大佐は急いでいらっしゃったのでハインドを準備しました」

 「腰が痛むよりは良いか」

 

 舗装されていない地面を長時間バイクに揺られるなど年老いた身体が持たないし、たぶん途中で酔いが回って吐いてしまう。

 振動の少ないヘリならそこまでの事はないだろうと思っていると、遠くから響くヘリのローター音が近づきその姿を現した。

 

 ―――突如銃声が鳴り響き、ハインドの装甲に穴が空けられ、火を吹き出し黒煙を撒き散らし始めた。

 

 騒然となる研究所前でグラーニンだけは落ち着いた様子で酒を飲みながらただ見ていた。

 

 「て、敵襲!!」

 「各自周辺警戒!バイクに搭乗せよ!」

 

 あるひとりの兵士が叫ぶと同時に我に返った制服組の指揮官が声を張り上げて、周りの兵士たちに指示を飛ばすが新たな爆音に言葉はかき消された。

 停めてあったバイクは、黒煙を上げて墜落していくヘリより照準を変えられた銃弾で蜂の巣となり、燃料タンクに引火して爆発を引き起こした。運が悪いことに指揮官の命令で搭乗しようとしていた兵士達はバイクが爆発したことで起こった爆風、爆炎、飛び散る破片などを受けて負傷してしまった。

 

 グラーニンを迎えに来た部隊は不運としか言いようがない。

 指揮官を含めた制服組12名、野戦服を着た兵士16名、サイドカー付きバイク5台と搭乗要員10名、攻撃ヘリのハインドと戦闘能力を持たない年老いた研究員を、自分たちの勢力圏内で護送するには充分すぎる戦力。が、戦力差から手加減が出来ない彼を止めれるだけの戦力ではなかった。

 入り口まで出てきていた研究員は大慌てで研究所に戻り、兵士たちは負傷兵救出や突然の奇襲で混乱状態に陥っていた。統率が取れなくなった部隊をまとめようと声を張り上げる指揮官だがもはや彼らの耳に届かない。

 

 戦場に似つかわしくない幼顔の少年がAK-47を構え、森より飛び出して来たのだ。

 

 突如、味方が撃たれたことで指揮官が拳銃を向けるが相手が子供だったことで躊躇してしまった。

 次の瞬間にはAKの銃口より放たれた弾丸が右肩を撃ち抜いていた。

 

 「グラーニンさん!!こっちへ!」

 「おぉ!?君は…」

 「早く!!」

 

 先ほど思い返した少年――バットが大声で叫びながら応戦しようとする兵士に躊躇いなく発砲を繰り返す。小さな遮蔽物でも小柄な体格の為に身を隠すのには充分過ぎ、隠れながら素早く移動と射撃を繰り返し兵士たちを無力化して行く。

 ようやくグラーニンの元まで辿り着いたバットは有無を言わさず手を引いて来た方向へと向かう。

 

 周りを観察してみると多くの兵士が倒れているがそのほとんどは負傷しているものの死んでいる者は少ない。どうやらわざと足や肩を狙って撃っているようだ。敵対するものは無力化し、負傷兵を救出しようとする者や逃げ惑うものには決して銃口を向けない。

 

 森まで辿り着くと置いてあったМ63軽機関銃を何処か惜しみながらも通り過ぎて行った。

 ハインドやバイクを簡単に蜂の巣にしたのはこの銃かとグラーニンは判断した。銃器に特別なほど詳しいわけでないがAKの威力を目の当たりにして、ハインドを損傷させた弾丸の威力より低いと思っていたのだ。思っていたからどうという事はないが納得ができ少しすっきりした。

 

 「少年…どうして儂を助けた?」

 

 戦闘に対しては素人ながら追手が居なさそうなので疑問を投げかけてみた。バットも付近の警戒はしているようだが歩く速度が落ちたことでそれほど急ぐことはないと判断したのだが、実際は追撃や待ち伏せがないか注意深く警戒するために落としたのだがそれをグラーニンが知る由はなかった。

 

 「どうしてって、助けるように上官に言われたのもあるんですが、知り合い?……えーと、友達ですかね。兎も角仲良くなったグラーニンさんを殺させたくなかったというのが一番の理由です」

 「ふん、儂を助けた所で何の見返りもないぞ。もしも亡命するように説得する気なら無駄骨に終わろう」

 「あー…そこまで言われてないので…どうしましょうか?」

 

 グラーニンには強い愛国心がある。例えこれから酷く耐えがたい拷問をされるとしても、助かるために亡命を図ろうとは露とも思わない。寧ろ、亡命しようとしていたソコロフを強く軽蔑するほどだ。

 だから自分と意気投合した少年の頼みでも亡命はしない。そんな意思を込めて言ったのだが、本気で困っているバットの反応に警戒や決意は薄れ、呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。

 

 「ふははははは。なんだ?なにも考えとらんだのか?お前さんもお前さんの上官も見返り無しに助けたかっただけと申すか?はははは、これは傑作だ」

 「そんなに笑わないで下さいよ……。あ、グラーニンさんは銃扱えますか?」 

 「扱えるには扱えるがそんな物騒な物を儂に渡す気か?」

 「あはは…ですよねぇ。それにグラーニンさんも手が塞がっていますしね」

 「あぁ、儂の手は酒で塞がっとるからな」

 

 笑い声が森に響き渡ると後ろから爆発が耳に届いた。

 バットは仁王立ちしたまま振り返るグラーニンを伏せさせながら目を凝らして警戒するが、トリガーは引く事無く先へ急ぐ。

 

 「追手のようじゃが…良いのか?」

 「ええ、ボクたちが歩いたルート以外には道中で拾ったクレイモアが仕掛けてありますので早々追いつけないでしょうから」

 「やけに手際が良いのう。ただの少年ではないという訳か」

 「あ、そうだ!ひとつお願いがあるんですけど」 

 「お願いか?良いだろう、言ってみろ」

 「その、ボクに協力してくれた兵士がいるんです。その人が祖国へ帰れるように口添えって出来ますか?」

 「儂を誰だと思っておる。レーニン勲章を授与された最高の科学者アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニンだぞ。そんな事容易いわ。良かろう。その願い聞き受けた」

 「ありがとうございます!では急ぎますよ」

 

 森を抜けて倉庫へと辿り着いた二人だったがすべに連絡を受けて相当数の人員が集まっていた。

 全員がAK-47を装備しており、隊列を組んで急ぎ足で研究所への道を進もうとしていた。

 グラーニンはバットに押されるまま茂みに身を隠し、その一団が通り過ぎるのを待った。

 

 「…目と耳を塞いで下さい」

 「な、なに!?」

 

 横で同じく隠れていたバットの言葉で振り返ると、その右手には三つものグレネードが握られており、左手でピンを抜くと一団の背後に投げつけた。

 慌てながらも言われた通りに目を閉じて耳を塞ぐ。瞼越しにでも眩い光を感じ、塞いでいた耳に甲高い音が入り込む。

 

 光が収まり瞼を開けると先ほどの音と光に耳と目をやられた兵士たちがその場で悶えたり、気絶して倒れていたりしていた。それと付近を埃のように舞う金属片から投げたのはスタングレネードと無線などを妨害するチャフグレネードを投げたのだと理解する。

 気が付けば横に居たバットは倉庫入り口に駆け出しており、目にも止まらぬ動きで大の大人である兵士たちに近接戦を仕掛けて見事投げ飛ばし、無傷で制圧していた。

 ジェスチャーで招かれたグラーニンは茂みより抜け出して入口へと入っていく。それを確認したバットは残っていたクレイモア三つをセンサーに引っかからないようにドア前に設置して赤い扉へと急ぐ。

 倉庫内にも敵はいたが派手に動いたために時間はかけられないと止む無しに持っていたグレネードを使用して追っ払った。

 

 ここまで無事に逃げ切れたバットはスネークと別れた小屋に向かって行く。

 あそこまで逃げきれればもう大丈夫だと何の根拠もない思いを胸に…。

 

 進む先の視界の片隅で何かが動く様子を捉えた。

 それが何なのか理解はできなかったが、咄嗟にグラーニンを押す形で近くの木に身を隠す。

 押しながら通れて行くときに頭上を何かが駆け抜け、大きな銃声が鳴り響いたことで敵の待ち伏せと理解し忌々しく舌打ちをする。

 

 「ここに居てください」

 「気を付けるんだぞ!」

 「グラーニンさんとメタルギアの話をもう一度するまで死ねませんから」

 

 そう告げるとAK-47ではなくイサカM37散弾銃を取り出し、グラーニンが銃弾に晒されないように別の木々へと移る。隠れた木に銃弾が直撃すると、撃ってきた方向へと撃ち返す。

 距離があったのもあって散弾はすべて外れたが向こうの姿を捉えることが出来た。

 

 赤いベレー帽に黒のマスクと制服…確かオセロット直属の山猫部隊。

 出会いたくなかった部隊との遭遇に思わず力が入る。

 撃ちながら周辺を睨むように見渡すと10名近くの山猫部隊の兵士がいることが分かった。相手も動きが良く、素早く、腕も良い。

 

 だけど諦めたくない。

 サブミッションクリア報酬も欲しいがこんなところでゲームオーバーになりたくない。それにグラーニンさんを見殺しにしたくない。

 その一心でイサカを撃ち続ける。と言ってもイサカM37散弾銃はМ63軽機関銃と共にあの小屋で見つけたもので弾薬は少ない。弾切れを起こしたイサカを放り投げ、AK-47を取り出す。

 銃撃が止んだことで狙える位置に移動しようと木々より移動を開始した三名ほどを倒したが、再びの銃撃に反応して姿を隠されてそれ以上減らすことは出来なかった。

 

 持久戦に持ち込まれたバットはじり貧だった。AK-47はかなり弾薬を持ち歩いていたが今までの戦闘でもメインに使っていたために弾薬は少なく、マカロフは持っておらず、リボルバーは弾無し、モーゼルは装填しているだけ。

 何とか木々より姿を晒した瞬間を狙ってもう四名ほど倒したがさすがに弾切れ…。

 

 ここまでかと思ったその時、ぱちぱちと場違いながら拍手をする音が耳に届いた。

 

 「まさかたったひとりでグラーニンを救出し、あれだけの人数と私の部下相手にやりあうとは、さすがだな」

 

 銃を構える事すらせずに山猫部隊とバットの中間付近を歩きながら登場したオセロットの姿にバットは呆れるよりもさすがだなぁと感心すらしてしまう。もしも持っているAKに銃弾が残っているのなら撃っているところだ。

 といってもオセロットの早撃ちは目にしているので勝てるかどうか怪しいが…。

 

 「本来ならスネークと決着を付けたいところだが…まずは貴様と決着を付けるとしよう。無駄な抵抗はやめて出てきたまえ」

 

 銃を構えながら山猫部隊が木々より姿を現す。

 さすがにこれ以上は無理かなと弾切れしたAk-47を見えるように地面に置いて、隠れていた木より姿を現す。

 

 「素直だな。だからと言って手加減も油断ももうしない。なにせ貴様には倉庫での屈辱を返さなければならないのでな」

 

 油断しないと言いながらも銃撃戦を行っていた中心地に立ったのはなんだったんだと突っ込みたいがあえて黙っておくことにする。

 ホルスターより抜いた一丁のリボルバー。弾丸は六発―――その内の五発を抜き出してホルスターに仕舞う。

 

 「長くは楽しめない。ゆえに早撃ちで決着を付けようと思う。銃は持っているか?」

 「えと、持っているには持っていますが………残弾ゼロです」

 「なぁ!?貴様が持っていたのか…。まぁいい、一発だ。受け取れ」

 

 取り出した銀色の装飾が施されたリボルバーを見て、一瞬怒りを露わにするがすぐに冷静さを取り戻し、抜き取った弾丸の内一発を親指で弾いてこちらに投げ渡す。受け取った弾丸を装填してリボルバーを仕舞う。

 オセロットは背に回り、背中合わせの状態で立ち止まった。

 

 「三歩目だ。それが決着を付ける時だ」

 

 声には出さずに頷いて返事をする。

 これは好機だ。ここで勝てばまだゲームオーバーにならずにゲームを続けられる。しかしあれほどの早撃ちが出来る相手に勝てるのか?

 云々と悩みながらオセロットが数える通りに一歩ずつ踏み出す。その一歩に絶望と希望を織り交ぜながら…。

 

 そして運命を分かつ三歩目。

 二人は同時に振り向きお互いにリボルバーを構える。

 

 放たれた銃弾はオセロット、バット―――のどちらかではなく、警戒しながら二人の決着を見守っていた山猫部隊のひとりを貫いた。

 

 「なに!?」

 「オセロット隊長!敵襲です!!」

 「スネークか!」

 「今だ!」

 

 誰が撃ったか分からない状況だが、そちらに意識が向いた一瞬の隙にバットはグラーニンの隠れている木へと駆け出した。それに気づいたオセロットが慌てて撃つが焦り過ぎたせいか弾丸は逸れて森の中に消えていった。二射目を放とうとトリガーを引くが撃鉄が金属音を鳴らすだけで弾丸は放たれなかった。

 先ほど弾を抜いたことを悔やむがそれどころではない。

 

 オセロットたちを銃撃するのは一人や二人ではなく、少なくでも十人以上居る。

 数の差でも姿を晒していたことも相成って完全な不利。初弾でひとりが息絶え、応戦していた二人の内一人は今倒れた。

 

 「くぅ…また会おう!!」

 

 苦々しく逃げ文句を放ったオセロットは一目散に逃げだした。慌てて後を追おうとした最後の一人は背中より弾丸を受けてその場に倒れた。

 山猫部隊とオセロットが居なくなった事で一難去ったが、この一難をどう切り抜けようか頭を悩ませる。

 

 「お前さんの仲間か?」 

 「この戦場に居るボクの仲間は研究所に一緒に行ったスネークさんともう一人だけです。あんな団体さんは知りませんよ」

 「となると敵か?」

 「さぁ、どうなんでしょう…山猫部隊を優先して撃っていたようではありますが…」

 

 右手でリボルバーを握り締め、左手でモーゼルを取り出したバットは木の陰よりそっと顔を覗かす。

 覗いた先に居たのは山猫部隊を銃撃したとされる野戦服の兵士達。兵士たちはバットを探すというよりはバットが隠れている木を中心に辺りを警戒しているように動き始め、バットとグラーニンは首を傾げる。

 すると中のひとりが武器を下ろして歩み寄り、マスクを外した。

 

 「良かった。無事だったんだな」

 「―――ッ!?ニコライさん!?」

 

 ボルシャヤ・パスト中継基地からヘリを操縦してくれ、墜落してからは別れたGRUの兵士だ。頭には墜落時の怪我で包帯を巻いてあった。

 

 「相変わらず無茶をするんだな君は」

 「いや、それよりもこれは一体…」

 「ああ、彼らは私と同じ反ヴォルギン派とでも言っておこうか」

 「反ヴォルギン派?」

 「そうさ。君に言われて私が目を覚ましたように、ヴォルギンのやり方に疑問を覚えていた者が多かったという事だ」

 

 ニカっと笑うニコライの笑顔を見たバットは安堵感からその場にへたり込んだ。

 兎も角この場を離れるということでニコライがバットを背負い、グラーニンを含んだ18名は小屋に向けて進み始めた。

 その後、グラーニンとバットのメタルギア談義が始まるとは微塵も思いもしなかっただろうに…。




 サイド・オプス【グラーニン救出作戦】
 ミッション内容 :グラズニィグラードに連行される研究者の救出
 ターゲット   :アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニン
 入手可能アイテム:ゲームクリア後に【メタルギアの設計図】を入手
 入手可能スキル :【スカウト】or【クイック・ドロー】or【三ツ星シェフ】より選択

 クリア!
 クリア報酬としてクイック・ドロー【武器構え速度向上】のスキルを選択。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 『山越え…』

 深い森の中…。

 木々と草花で溢れるこの戦場には鳥の鳴き声や風が抜ける音が広がっていた。

 

 周囲は木々で視界も悪く、至る所に高所や身を隠す遮蔽物が存在し、狙撃手にとっては最高の待ち伏せポイントである。

 ここにはザ・ボスに付き従う伝説の特殊部隊【コブラ部隊】の狙撃手―――ジ・エンドが待ち構えていた。

 現代狙撃の祖である彼をこの地で打ち破る兵士など居はしないだろう。

 もしも彼と戦いを挑めと地位のある者が言われれば、周囲の被害をガン無視してでも絨毯爆撃を命じる事だろう。

 待ち伏せされているとエヴァから聞いたスネークもこんなところで戦えば勝ち目はない…そう思っていた。

 

 

 

 ―――だから傷一つ負っていない状態でジ・エンドの後頭部に銃口を突き付けているのは自身でも信じられなかった…。

 

 

 

 「さすがぁ…ザ・ボスの弟子。儂をこうまであっさり出し抜くとは…」

 「俺も信じられないさ。まったくあいつは本当に知恵が回る」

 

 小屋で「グラーニンを助けてくるのでそれまでちゃんと休んでいてくださいよ」と言って出て行ったバットの事を思い出しながら困った笑みを浮かべる。

 休むようにと言われたがすでに身体の自由は戻り、普通に動けるのだからそれほど心配しなくても良いと思う。そもそも戦場で万全の状態になるまで待つなど無理な話で、どんな状態でも任務をこなす為に動かなければならない。

 あの時は少しでも知恵を借りようと質問しただけだったのだ。狙撃手と森の中で戦うならどうする?……と。

 

 「森の中で狙撃手と?………え、戦わないといけない前提なの?」

 「避けては通れないだろうな」

 「あぁ、そうではなくてですね、ボクが言いたいのは狙撃手と長距離での撃ち合いをしなくてはならないのか?という事なんです」

 「…?どういう意味だ」

 「だって待ち構えている狙撃手と撃ち合うなら狙撃の応酬になるでしょう。ボクは狙撃の自信はないしスネークさんは?」

 「あるにはあるが相手が悪すぎる」

 

 ―――「だったら指向性マイクで音を拾って、赤外線ゴーグルで発見。あとはグレネード系で吹っ飛ばすか背後から制圧するかですね」

 

 脱帽したよ。バンダナはしているが帽子などは被ってないがな。

 

 「どうした?撃たんのかザ・ボスの弟子」

 「…一応聞くが降参する気はないか?」

 「っかっかっか!儂に降参を促すか―――――嘗めるなよ小僧!!」

 

 森中に響く怒鳴り声に反応してか肩に止まっていたオウムが飛び掛かってきた。それを追い払おうと手を振るうとその隙に匍匐の状態から横に転がりつつ銃口を構える。素早く流れるような動きからはジ・エンドがかなりの高齢なのを忘れさせる程だった。

 焦りつつも銃口を向け直しトリガーを引く。

 

 二つの銃声が響くとスネークは掠めた頬より垂れた血に気を留めずにただ見つめる。

 狙撃銃を構えたままのジ・エンドは文字通り目を飛び出させてスコープを覗いていたが、口から空気と一緒に血を吐き出すと同時に狙撃銃は手から離れて地面に転がった。

 

 「森の精霊たちよ…ありがとう。

  ザ・ボスよ……素晴らしい弟子だ…」

 

 急所でないとしても胸を撃たれて流れる出血量と年齢が与える肉体的衰えにより助からない。

 だというのに目の前の老人は安らかな笑みを向けてくる。

 

 「一世紀以上も放浪したが…やっと…やっと役目を終える事が出来た………素晴らしい幕切れだぁ…。

  あとは若い世代に任せるとしよう…」

 

 にっこりと微笑む死に際の表情に魅せられているスネークはある事を思い出す。

 人間の死に際にはありえないコブラ部隊の死。

 

 ザ・ペインは自らが操っていた蜂たちを道連れにした自爆。

 ザ・フィアーは数百という鉄の矢を自らの爆発によりクレイモアのように周囲に飛び散らせた。

 

 コブラ部隊は死を迎えるとその肉体を残さないかのように自爆する。

 

 「これで儂も森へ還れる!」

 

 先ほどまで優しげな物言いに力が籠った。

 大慌てでその場より飛び退く。

 

 瞬間、背後より「ジ・エンド!」と叫び声と爆風が襲って来た。爆風により宙に浮いた身体を丸めて顔や体を守ろうとする。何が起こっているかは分からなかったが、腕や足に響く痛みと衝撃から地面を転がっていることを理解する。

 

 痛みに耐えながらも立ち上がると予想通りジ・エンドが居た場所には遺体はなく、転がっていた辺りが少し焦げて開けていた。

 

 「ふぅ…やったのか…」

 「ふぅ…じゃないですよ!」

 「おわっ!?」

 

 息を吐き出して力が抜けたスネークは背後より掛けられた声で肩をピクリと跳ね上がらせながら振り向く。振り向いた先には頬を膨らませてボク不機嫌ですと表現しているバッドと数名のGRUの兵士達が居た。

 バットがそのうち追いつくのは予想通りだが、後ろの兵士たちは予想外である。咄嗟に武器を構えようとするがバットが止める。

 

 「大丈夫ですよ。彼らは味方です」

 「味方?」

 「えぇ、味方です―――――じゃなくて!」

 

 どうやって味方にしたのか?

 彼らはどういう目的で味方になったのか?

 そもそも本当に味方なのか?

 などと色々と疑問を浮かべ、問おうと口を開こうとしたが、その前にバットの大声とずいっと眼前に怒った様子で迫られた事で止まる。

 

 「な・ん・で!!小屋に居ないんですか?」

 「いや、それはだな…」

 「ボクは言いましたよね?体を休めてからと。なのになんで一人で行ってるんですか!?」

 「お前が戦っているというのに俺だけ休むなんて…」

 「休むように言いましたよね!!」

 「………はい…」

 

 何か言おうものなら睨みと一緒に文句をマシンガンのように放ってくる。

 拳銃一発に対してガトリングガンで応戦されるような説教を、森の中で正座させられて聞かされる。周りに居た兵士たちも最初は苦笑いしながら遠巻きに見ていたが、段々と憐れむような視線に変わってきた。

 頼む…助けてくれないか?

 視線を読んだのか一人の兵士が前に出た。

 

 「バット君。それぐらいで」

 「こういう事はきちんと言わないと」

 「しかし我々もここで立ち止まっている訳にはいかない。とりあえず計画を進めないと」

 「それもそうですね。先に進みますか…」

 

 やっと解放され、立ち上がろうとするが足が麻痺したように動き辛く、倒れかける。

 そこを支えてくれたのは先ほど助け船を出してくれた兵士だった。

 

 「すまない」

 「いえ、どう致しまして」

 「では、いざ行かんクラスノゴリエへ」

 

 助け舟を出してくれた兵士に礼を述べていると、バットは明後日の方向を指差しながら胸を張って大声でいうものだから自然と視線が集まる。

 そして勢いよく振り返り首を傾げた。

 

 「クラスノゴリエってどっち?」

 

 抜けた言葉にかくんと全員がよろめいた。

 そしてスネーク達は進軍する前に必要な物資を現地調達するべくツーマンセルで行動を開始した。

 スネークとペアを組まされたのは先ほど助け舟を出してくれた兵士で名をニコライというらしい。軽く話を聞いてみると彼らはヴォルギンのやり口に納得できず、反ヴォルギンを掲げて行動を開始したという。その中でニコライはまとめ役を行っているとか。

 

 「そうか…グラーニンを助けたんだな」

 「えぇ、今は貴方が待機している筈だった小屋に同志と一緒にいる筈です」

 「にしてもあいつは非常識というかなんというか…」

 

 ゼロ少佐に武器や食料は現地調達と言われたが敵より兵士を現地調達するとは思わなかった。

 その意図を察してかニコライは苦笑いを浮かべる。

 

 「確かに彼は非常識この上ないですね。ですがそれが良いんでしょう」

 「二重の意味で仲間であれば心強い」

 「それは戦力的な意味で?それとも食事的な意味合いですかな?」

 「両方だな。戦場で贅沢は言えないというのに旨い飯が食えるんだからな」

 

 朗らかに笑い茂みをかき分ける。

 話も良いが作業も進めないと先に進めない。

 なにせ準備も行わなければ突破は難しい。

 一度たりとも見つからずに進むか、玉砕覚悟で突撃しかないのだから。

 

 これから向かうクラスノゴリエは木々の無い開けた山岳地帯。

 坑道を抜けて山麓から山腹、山頂までかなりの距離を有する。

 配備されている兵士は20弱と少ないのだが装備が火炎放射器だったりする者や、機銃が7つも山腹から山頂まで設置されていたり、上空をハインドが巡回していたりと突破するにはかなり厳しい。

 山頂まで行けば塹壕など身を隠せる場所があるらしいが、途中の開けた場所でハインドと戦闘になれば生きては帰れないだろう。

 

 そこで提案された作戦は敵として潜入、または突破するものでなく、仲間と偽ってすんなり山頂内部に入り込むものであった。

 なるほど…戦わずに堂々と忍び込めるならそれに越したことは無い。

 無いのだが…。

 

 「何故俺たちは食糧を集めているのか…」

 「それは…なんででしょうかね…」

 

 肩をすくめながら笑い合う二人だが何と無しにこの後何が起こるか想像するのは容易だった…。

 

 

 

 

 

 

 バットは痛みを伴い始めた肩を軽く回しながら目の前の鍋に視線を向ける。

 寸胴の鍋にはこぼれそうになるほどのスープが入っていたのだが、すでに三分の一を切っている。

 周りで食事をしてい人数は然ほどでは無いが、毎日レーション食が基本だった地位の低い兵士たちは久しく食べる温かい料理に舌鼓を打ち、数分で三杯もお代りするものもいるほどがっついて食べていた。

 ふむ…と考えながら二杯目の具沢山スープの調理を行い始める。

 

 バットが居るのはクラスノゴリエ山頂。

 木々がほとんど生えてなく、戦闘ヘリのハインドが飛び回るほど警戒を高めているここは拠点の中で重要な部類に入る。

 ここ自体が…ではなくこの先にあるグロズニィグラード要塞があることに他ならない。要塞に向かうにはこの山岳地帯を越えなければならない為に、武装を強化させ要塞の防衛線として使用されているのだ。

 高所な事も含めて、ハインドに機関銃など戦車隊が来ても持ちこたえれそうなクラスノゴリエ。

 

 しかしバット達はいとも容易く侵入してしまっている。

 上級士官でもなく、要塞勤務の兵士でもない彼らの食事事情は厳しい。

 すでにバットやスネークの工作により武器庫だけでなく食糧庫にもダメージを受けており、各所からかき集めて回している惨状。

 そんな中に食糧を運んできた味方の一団を喜ばない者はいない。

 勿論、最初は警戒したがバットに出された料理を口にした者は久々の料理に心から溶かされた。

 

 なにせ彼はユニークスキル【野戦料理人C】を持っている。

 効果は戦場で作った料理に疲労回復と士気向上の効果付与、調理速度の向上などで、よほど不味い物でもなければ彼が作った料理は戦場で御馳走と化ける。

 

 兎に角、食事で兵士たちの警戒を緩め、注意を削いでいる間にスネークやニコライ達が武器や弾薬の類を入手しつつ、食事中の連中の輪に紛れて他愛ない話からヴォルギンの批判や彼が行った非道などを流して味方、もしくは同調する者を増やそうと行動を開始していた。

 

 にしても材料が足りない。

 ソクロヴィエノの森やクラスノゴリエ坑道で採取した材料は前にも食べたガラヴァという果実を十八個にアナウサギを四匹、ミナミオオガニの六匹、オットンガエルを一匹、オオアナコンダ三匹に山羊の一種であるマーコール二頭、あとは草鞋とかいう大昔の履物に似ている蛇が一匹。

 後は山岳地帯を登る途中でゲットしたタイコブラ六匹とベンガルハゲワシ八羽と大量だったのが、今やそのほとんどが兵士たちの胃袋へと消えた。

 すべて簡単に血抜きを行ってからオオアナコンダとマーコールはブツ切りにして木の枝に指し塩で焼いて、ガラヴァはそのまま切り分けて、残りはミナミオオガニを出汁に使ったスープの具材としてぶっこんだ。勿論だがタイコブラの神経毒…いや、臓器ごと捨てた。

 

 今残っているのはミナミオオガニが三匹にアナウサギ一匹、タイコブラ二匹などで具材が少ない。ベンガルハゲワシを捕まえようにも見当たらない。となるとこの草鞋蛇(勝手に命名)を使うか…。

 他には味が微妙なミドリニシキヘビが二匹に、炙って蜂蜜をかけて食べようと思っていたヤ―ブラカマラカ十二個を持っているのだけれど……ミドリニシキヘビも入れようか。味は多少ごまかせるだろうし。

 そうと決まればミドリニシキヘビと草鞋蛇の調理を進める。

 本当なら他にも鳥やら魚やら手に入れたのだけれどもどれも不味く、特に四十個近くあったシベリアヒトヨタケが不味かったのは辛かった。一番量が多かったからスープの具にと思っていたのに…。

 ニコライの仲間の中にはイチゴヤドクガエルやギンガメアジで食中毒、毒蛇毒虫の毒で毒殺、スパーッツァという麻酔効果のキノコで眠らすなどの案が挙げられたが、この世界の食べ物に感動を覚えたボクはそんな手は使いたくなかったので却下した。

 パイカルシシタケより出て来た解毒薬を片手にスパーッツァを毒見したスネークさんがいきなり寝息を立て始めた時はさすがに焦ったなぁ。あの人、毒見だというのに興味津々に食べ始めるから度胸があり過ぎるよ。

 不味いと判断した物のすべてもスネークさんが毒見しました。

 

 「バットさん。ニコライさんが呼んでますよ」

 「ん、分かったけど…これどうしよう」

 「後は煮るだけですか?でしたら私が見てましょうか?」

 「お願いできる――っとスネークさんとニコライさんの分持って行かないと」

 

 ちょっと早いかも知れないけれど二人の分のスープを注いで二人が居るであろう小屋に向かう。

 変わってくれたニコライさんの仲間に鍋番をずっとして貰うのも悪いし出来るならすぐに戻ろかな。

 中央にある武器庫から北東にある廃墟へ向かった。

 廃墟の赤い扉を潜って二階へと続く階段を登るとスネークとニコライ、そしてソコロフが監禁されていた廃墟で別れて以来のEVAが居たのだ。それもすごい警戒した目をニコライに向けながら。

 

 「お久しぶりですEVAさん。って何かあったんですか?」

 「あら、久しぶりねバット。

  色々あるのよ。例えば情報にない味方が居たり、大の男二人が私の着替えを覗いていたりとかね」

 「スネークさん…ニコライさん」

 「いや、違うんだこれは…」

 「スネークさんはこれで二度目ですよね?それとニコライさん妻子持ちなのに良いんですか?」

 「バット。男という生き物はどんなに罵られると分かっていてもしなければならないことがあるんだ」

 「…それに覗きは含まれませんよ」

 

 ジト目を向けられた二人はばつが悪そうに俯き、ニコライはわざとらしく咳き込んだ。

 

 「君に言われたようにいろんな所を探してみたら大量に出て来たよ。最新鋭自動狙撃銃SVDに最新鋭携行用対戦車ロケットランチャーRPG-7本体からMk22、SVD、XM16E1、M37、モシン・ナガン、M1911A1、AK-47、M63などの各種弾薬にグレネードを始めとしたチャフにスタンにスモークからクレイモアにTNT。白燐手榴弾まであった」

 「い、医薬品も充実してたな。血清、固定具、消毒薬、止血剤、包帯、解毒薬、縫合セット、軟膏とほとんどあるんじゃないか。そ、それに食糧はレーション三個に●ロリーメイト、即席ラーメン二袋だ」

 「その即席ラーメンを持って来たのはそこの二人に覗かれていた私だけどね」

 

 冷めた目線を向けたEVAは鍵をスネークに放り投げる。

 鍵をキャッチしたスネークは首を傾げながら見つめ返す。

 

 「地下壕への鍵よ。地下壕に降りてまっすぐ進めばグロズニィグラードに出るわ」

 「ソコロフの居場所は?」

 「グロズニィグラードの兵器廠の西棟に監禁されている。西棟に行くには研究棟である東棟から兵器組み立てを行っている中央棟へと移動し、中央棟から西棟へ続く渡り廊下を渡れば行けるわ。但し問題が――二つほどある」

 

 【問題】という言葉にスネークとニコライの表情が険しくなる。

 一方バットと言えば少なくなっていた医薬品を補充し、弾丸を補充しながら聞いていた。なにせ現在彼が装備している銃器で使えるのはエングレーブ入り45口径回転式拳銃のみなのだから。

 しかもオセロットが決闘を行おうとして渡した一発のみ。

 イサカM37散弾銃とAK-47突撃銃は弾切れしていたからありがたい。ただМ63軽機関銃はグラーニン救出時に森に置いてきたのは痛い。

 ジ・エンドが自爆したことで吹き飛んだモシン・ナガンの弾薬同様使い道がなくなったかな。

 ……箱に詰めて敵地で爆発させるとかしたら使えるかな…持っていくのが大変だから止めておこう。

 

 「一つはフルシチョフ第一書記が軍をこちらに向けた事」

 「……ん?あんた達にとっては援軍に等しいんじゃないのか?ヴォルギン大佐の目もそちらに向くわけだからな」

 「確かに大佐は対抗するべく部隊を集結させようとしているわ。但し前線ではなくグロズニィグラード――シャゴホッドを護るためにもね。そうなったら警備が厳重過ぎて潜入は難しくなる」

 「早めに片付けろという事だな。もう一つは?」

 「もう一つは西棟に行けるのは警戒が厳重で大佐クラスだけって事よ」

 

 そう言うと一枚の写真を見せる。

 映っているのはヘリが墜落した際に水面に叩き落したおじさん――ヴォルギン大佐と、知らない青年だ。

 

 「彼はイワン・ライデノヴィッチ・ライコフ少佐。

  背格好が似ていることから変装すれば行けると思うわ。制服は彼から奪うとして顔は何とかしてね」

 

 確かに制服を奪うのは良いとしても顔は全くと言っていいほど似ていない。

 野性味溢れるスネークと爽やかそうなイケメンでは無理がある。

 

 「じゃあ私は戻らないといけないから」

 「ソコロフを救出した後はどうするんだ?上官からは君が脱出手段を用意すると聞いたが…」

 「ちゃんと用意しているから大丈夫。その時が来たら教える。じゃあ、私は戻るけど二人とも急いだほうがいいわよ。シャゴホッドもフェイズ2の実験に移っているから」

 

 部屋を出て行ったEVAの方向からバイクのエンジン音が響き渡る。

 遠ざかるエンジン音を耳にしながら三人は向かい合う。

 

 「さて、これから俺とバットは潜るわけだがお前はどうするんだニコライ」

 「付いて行きたいところだけど無理だな。一応反ヴォルギン派のまとめ役でもあるんだ。だからここに残るさ。ここは高所で武器弾薬が多くある。同志を増やしながらここを拠点として使うさ。何かあったらこの回線で連絡を」

 「分かった…では、弾薬の補充を済ませたらここを出るぞバッド」

 「了解ですけどその前に一つ」

 「…なんだ?」

 「シャゴホッドって何でしたっけ?」

 

 今までスネークの潜入支援を主目的としか聞いていなかったバットの疑問は当たり前だった。シャゴホッドの名が出たのもグラーニンとの会話の時だけで完全に忘れていたのだ。

 だがゲーム的に言えば中盤から後半へ移ろうとしているここまで知らなかったことにスネークは肩をがくっと落とした…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 『蔓延する疑いと憤怒』

 グロズニィグラード。

 ヴォルギン大佐の支配地域で一番の重要拠点。

 兵士の数は多く、熟練度も高い。

 人員だけでなく多くの弾薬に銃器に兵器と武装も充実。

 制服の士官からシャゴホッド開発を手伝っている科学者なども揃っており、まさに中枢と呼ぶにふさわしい要塞である。

 

 そんなグロズニィグラードの広場に五名の兵士が並べられ、司令官のヴォルギンが品物を見定めるかのような眼つきで眺める。

 兵士たちは顔を覆面で隠しているが表情や態度から怯えているのが見て取れる。

 

 「さて、言い分を聞こうか」

 「――――…」

 「どうした?はっきり言っても良いのだぞ?」

 

 ヴォルギンの問いかけに口をつぐむ。

 沈黙が解決するような問題ではないが、弁明しても聞き入れてくれる気が無いのは明白。

 だからと言って黙っていたらいたで問題が起きる。

 

 一人の兵士が胸倉を掴まれ持ち上げられる。

 服で首が締め付けられて苦しく、掴まれた手を必死に解こうとするがびくともしない。

 

 「言わぬのか?なら用はない」

 「―――がぁああ!?」

 

 ヴォルギンの身体が発光し、放電し始めた。徐々に掴んだ右腕の発光が強くなり、腕から伝わった電撃が兵士を焼く。ガタガタと揺れながら生きたまま焼かれる仲間を目にして恐怖で一歩も二歩も下がる。

 焦げた臭いが広がり嗚咽感を襲われる。

 電撃を浴び続けている兵士はすでにピクリとも動かずぶらりと垂れ下がっていた…。

 

 「まったく……で、次は誰だ」

 「アンタは――アンタは仲間の命を何だと思っているんだ!!」

 

 そうだ…。

 今死んだ奴はただ愚痴っていただけだ。大佐のやり口があまりにも理不尽で賛同しかねると仲間内でぼやいていただけだ。それをたまたま制服組に聞かれて密告された。

 反ヴォルギン派の奴らだと付け加えられて…。

 

 懐からマカロフを取り出し大佐に照準を向ける。

 手が震えながらトリガーに指をかける。

 

 「ほぅ―――その行動の意味を分かっているのだろうな?」

 「分かっている!分かっているさ!俺はもうアンタのやり方に付いて行けない!!」

 「ならば撃つがいい。私を殺せるというのなら」

 

 余裕を持った大佐の態度に苛立ちが高まる。

 撃てないと思っているのだろう。

 怒りに身を任せた兵士のトリガーは軽かった。

 マカロフから放たれた弾丸が大佐の身体に向かっていったが、当たる前に身体から放たれた電撃により打ち落とされた。驚きながら残弾を使い切るまでトリガーを何度も何度も引くが、結果は同じ…。

 

 「殺し損ねたな」

 

 殺気だった大佐はにこりと笑い大きな掌を兵士の頭に置いた。

 一瞬の輝きと同時に兵士は意識を失った。

 

 その様子を隣で見ていた残りの三人は恐怖に呑まれて奇声を上げて逃げ出した。

 鼻を鳴らし、弾丸を手にして電気を発生させる。手の上で銃声を発した弾丸は逃げ出した兵士を貫き血飛沫を撒き散らさせた。

 その様子を眺めていたオセロットは苦々しい顔を向け、凭れていた壁から離れる。

 

 「大佐。彼らは本当に敵だったのでしょうか?」

 「スパイ―─否、裏切者だったかもしれん」

 「かもしれん!?こいつらも同志ですよ」

 「だからどうした?疑いの芽は摘むに限る」

 「こんなやり方納得できません!」

 「納得だと?納得する必要などない。私が司令官だ」

 

 オセロットとヴォルギンが睨み合う。

 そもそもデイビークロケット(核砲弾)を秘密設計局に撃ち込んだ時から、ヴォルギンとはやり方をめぐって争っていた。が、軍人であり、ヴォルギンと行動を共にするオセロットは命令に従うしかなく、渋々ながらも引き下がる。

 

 「いいか冷戦という名の諜報合戦なのだ。スパイは見つけ出さねばならない」

 「同志を疑うなど!」

 「では貴様はC3爆薬が盗まれた件や反ヴォルギン派を名乗る連中がいるのに全面的に信用できると?」

 「それは…」

 

 出来るとは少なくとも言えなかった。

 すでにいくつかの支配地域の施設に反ヴォルギン派を名乗る同志が攻勢に出ないまでも物資の強奪や施設の破壊など行動を開始したのだ。一番大きな出来事はグラーニンを奪われた事か。ヴォルギン自身はもう必要のない男だとグラーニンに関しては言っていたが…。兎も角ヴォルギンだけでなく多くの兵士たちが仲間に対して疑心暗鬼に陥っている状況が出来上がってしまっている。

 

 「爆薬は例のアメリカ人の仕業では?」

 「いや、奴はまだこの要塞までは来ていないだろう」

 「では反ヴォルギン派のメンバーがここに?」

 「部下を疑い出すとキリがないぞ」

 

 突如気配もなく現れたのは白馬の手綱を引いたザ・ボスであった。

 手にしていたクロスボウをオセロットとヴォルギンの近くに放ると何処か悲しげな表情を浮かべる。

 

 「ザ・フィアーとジ・エンドがやられた」

 「なにぃ!?アメリカの犬め!!」

 

 怒りを露わにして近くのドラム缶を殴りつけるヴォルギンに目も向けず、クロスボウを拾ったオセロットは恍惚とした表情を浮かべる。

 一人一人が化け物染みた技量を誇るコブラ部隊。

 それをたった二人で三人も仕留めるとは…。

 オセロットに産まれた感情はそれほどの敵に対する恐れや替えの利かない戦士を失った焦りではなく、それだけの強敵であったことという事実に対する喜びであった。

 

 「伝説のコブラ部隊がいとも容易く…」

 「心配するなあの奴らは私がやる」

 「奴の狙いは何だ?ソコロフやグラーニンだけとは思えん」

 「アメリカの狙いはシャゴホッドの破壊と私の抹殺、そして大佐が受け継いだ賢者の遺産」

 「まさかッ!あの遺産を狙って…オセロット、ここの警備を強化するぞ」

 「私はデイビークロケットを取って来る」

 

 引いていた白馬に跨ったザ・ボスは颯爽と駆けて行く。

 その後姿を見送ることなくヴォルギンはスネークとバットに警戒を強めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ヴォルギンが警戒し、オセロットが待ち焦がれているスネークとバットは、クラスノゴリエ山頂からグラズニィグラード要塞へ侵入するべく地下壕を進んでいた。

 地下壕には食べれそうな動物が少なく、バットは食糧が増えないことに関して不機嫌だった。

 はっきり言って趣旨が変わっている気がするのだが、その料理を楽しみにしている自分が居るので口には出さない。

 

 「バット、分かっていると思うけど」

 「えぇ、食べれる動物が少ないですね」

 「…そっちじゃなくここの事だ」

 

 首を捻って不思議がるバットに呆れてため息が出た。

 

 「ここは敵の本拠地に繋がる道の一つだ。勿論向こうも警戒しているだろう」

 「あー…ここにも敵兵が待ち構えているってことですか」

 「そういう事だ」

 

 狭い空間で隠れる場所の無い通路。

 もしこの先に機関銃でも置かれていては突破は不可能だろう。狙撃銃で応戦できてもこっちが敵を排除する前に排除されかねない。

 最悪のケースを想像しながら進むと一本道の狭い通路から開けた場所に出た。

 広く、暗い空間に幾つものコンクリートの柱が並び立っていた。

 

 「うっわぁ~…ここでオセロットに出くわしたくないですねぇ…」

 「激しく同意するな」

 

 これだけ暗く柱が並び立っているところであいつと戦闘になればかなり不利だ。

 奴の跳弾を用いた銃撃はクレバス前よりもここでは活かされるだろう。

 暗くては視界も利かないし、耳に頼ろうとも跳弾と狭い空間で音が反響して特定は不可能。

 はっきり言ってオセロット以上の最悪な相手を思いつけない。

 

 二人とも同じことを考えているとかしゃり、かしゃりと何者かが近づいて来る足音を耳にした。

 一瞬オセロットかと警戒したが音が違う。もう少し軽かったような気がする…それに足音が近づいても口上が述べられないことから違うと判断する。

 

 「うっ!?」

 「あっづ!?」

 

 柱の向こうより視界を覆うような火炎が前を通り過ぎる。

 腕で顔を熱気から守ろうと腕で遮りながら数歩後退する。すると柱の陰から宇宙服を着た人物が現れた。

 

 「私はザ・フューリー」

 

 名乗りを上げた人物を凝視する。

 コブラ部隊には四人の隊員がいる。ザ・ペイン、ザ・フィアー、ジ・エンド………そして最後のザ・フューリー。

 武器は構えている火炎放射器。確かにこの狭い空間でその武器はかなり厄介だ。オセロットの跳弾技術のようなものがないのなら一番適している。

 

 「私は宇宙からの帰還者!その際に灼熱の世界を見た……そこで見出したものは何だと思う?」

 「えーと…何を見出したのでしょうか?」

 

 律儀に問いの答えを聞いたバットの言葉を聞いたザ・フューリーは炎を撒いた。俺たちを焼き殺すのではなく、ただただ上や周りに撒いただけだ。

 

 「怒りだ!!」

 

 そう一言叫ぶと背後から腰辺りまで伸びていたバーを握り、背負っていたスラスターを点火させる。噴射光を徐々に強くしながら浮遊し上から見下ろされる。

 

 「生きる事への憤怒(フューリー)だ。お前にもあの灼熱のブラックアウトを感じさせてやろう!」

 「出来ると思うんですか?」

 

 どこか自信ありげなバットの言葉にザ・フューリーが片目を吊り上げながら睨む。

 何をいう気かと耳を傾けながら警戒を強くする。

 

 「無数の蜂を操ったと聞いたザ・ペイン。関節を自由に外し、透明化できるザ・フィアー。一世紀生きた老人なれど狙撃のエキスパートのジ・エンド。コブラ部隊の各々が他者に真似できない特技を持っていた。けれど貴方のは機械技術によるものだ」

 「だから?」

 「だから倒せる」

 「どこからその自信が出てくるんだか…」

 

 まさかの一言にこけかける。

 シャゴホッドを詳しく知らなかったりどこかずれているんだよな。

 しかし自信満々にAK-47を構える様子に任せてみようかと判断してM1911A1を下ろす。

 

 「怒りの炎で貴様を焼き殺してやろう!」

 「やれるもんならやってみろぉおおおっづぁあああ!?」

 

 挑発で怒りを露わにしたザ・フューリーの火炎を近づいた瞬間、バットは踵を返して猛スピードで逃げ出した。

 少し出遅れたが大慌てで逃げ出し抗議の視線を向ける。

 

 「逃げるなら逃げると言ってくれ!」

 「いやいやそんな時間なかったでしょうアレ!」

 「さっきの威勢はどうした!」

 

 二人そろって駆け出した後を追い掛けてくるのを気配で感じながら足は緩めない。途中、柱を掴んだバットが急旋回して柱の陰に隠れる。そこから伸ばされた手につかまりスネークも柱の陰に隠れる。

 それに気づかずに猛スピードでザ・フューリーが通り過ぎて行く。

 

 「…ふぅ」

 「それでどうする?奴はこの暗闇の中を移動している。後手で攻撃するならまだしも先手で打つとなると難しいぞ」

 「ふっふっふっ、暗闇ならこれを使えば」

 

 暗闇を見通そうと暗視ゴーグルを取り出し装着する。

 奴の視界は暗闇の中でもよく見えているだろう。少しの光を増大させる機器だ。それを火炎放射器を持った男に使うのはメリットとデメリットを考えての行動なんだろうか。

 確かに暗闇でもよく見えて敵の発見にはかなり役立つ。が――…

 

 「見っけた!」

 「服が破れた!?貴様ぁああ、焼け死ぬがいい!」

 

 俺は見えないがバットの視界の先にはザ・フューリーが居たのだろう。AK-47のトリガーを引き続けるが距離があったのか掠っただけのようだ。

 そしてデメリットの為にバットの動きが止まる。そのままでは丸焼きにされるので首根っこを掴んで柱の陰に引っ張り戻す。

 

 「目がぁ、目がぁあああああ!!」

 「火炎を暗視ゴーグルで見たらそうなるだろうな…」

 

 暗視ゴーグルを外して目をこするバットを連れて移動する。

 離れて確認すると奴は炎を撒き散らしながら徘徊していて、こちらの詳しい位置までは特定できてないようだった。

 

 「…バット、回り込むぞ」

 「えっと、どうすれば?」

 「俺が右から回り込む。バットは左から。先に注意を引くから、奴が背中を見せた瞬間背後から撃て」

 「了解」

 

 ゆっくりと左右から回り込みながら様子を伺う。

 周囲に炎を撒き散らしながら進んでくる。暗視ゴーグルをかけて炎の光で目が潰されないようにしながらザ・フューリーを挟んだ向かいの柱より顔を覗かせるバットを確認する。

 視線を送って意思疎通を図るが伝わっているのか怪しい…が、行かないわけにもいかない。

 

 飛び出してM1911A1を構える。

 足音で気づいたのか振り向きながら火炎放射器の先が向けられる。

 その背後で柱より飛び出したバットが素早く銃をホルスターより抜いた。

 オセロットには及ばないにしても見事な45口径回転式拳銃の早撃ちだった。

 

 気付かれずに放たれた弾丸はザ・フューリーを通り過ぎ、スネークが先ほどまで姿を隠していた柱に直撃した。

 

 ここで外すか普通…。

 

 一発でコブラ部隊の一人を倒せるという好機を不意にした事で、敵味方関係なく静寂が支配する。

 二人が振り返った先に居るバットは暗闇で見えないが恥ずかしさで顔を真っ赤にして肩を震わしていた。しかも45口径回転式拳銃の残弾はゼロ。早撃ち優先で45口径回転式拳銃を使ったのだろうけど外したのならその優位性は零に帰した…。

 

 バットを無視してスネークから片付けようと火炎放射器を持ち直したザ・フューリーも、ザ・フューリーと対峙していたスネークもあることに気が付いた。

 ザ・フューリーの宇宙服が濡れ、ジョボジョボと水音がバットの発砲後から響き始めた事に。

 

 「隠れろバット!」

 

 水音の正体に気付いたスネークは叫び、濡れている地面に銃口を定めてトリガーを引く。

 放たれた弾丸は狙い通りの地点へと向かい、地面に当たって火花を散らした。するとその地点より一気に火が広がってザ・フューリーを包んだ。

 

 バットの放った弾丸は致命的なダメージを負わせていたのだ。

 確かにザ・フューリー本人には当たらなかった。だがその弾丸は火炎放射器と燃料タンクを繋げているホースを貫いていたのだ。穴が開いたホースより燃料が勢いよく溢れだし、火炎放射器を使用できなくなっただけでなく、自身が燃料を被ったことでスラスターを吹かせなくなり、反撃も逃げる事もままならなくなったのだ。

 地面に降り注いだ燃料に火が付いたことで火は燃え広がり、吹き出したホースへと瞬間的に達する。背負っていた燃料タンクの近くにはスラスターの燃料タンクもあり、大爆発を起こした。

 

 「やったか!?」

 「凄いですスネークさん!ですけどそれフラグですよ」

 「フラッグ()?旗がなんだ?」

 「そうではなくてですね……あれ?」

 

 何とか柱の陰に隠れて爆発に巻き込まれなかった二人は軽口を叩く。

 するとおかしな物を目の当たりにした。

 大爆発を起こした地点より大きな火柱が上へ上へと伸び、曲がってこちらに向かってくる。しかも炎の先端は人間の顔のように見える。

 

 「出口に走るんだ!」

 「なんでこうコブラ部隊はいろんな意味で人間離れしてるんですか!!」

 「口を動かすより足を動かせ!!」

 

 必死に足を動かして出口へと向かって駆ける。

 背後より熱気と殺気が近づいてくることから迫っていることを背中越しに感じ、振り返る余裕もなく駆け抜ける。

 焦りと熱気で汗が噴き出る。

 

 追い付かれる前に出口へと飛び込んだ二人の背後で、入り口に激突した人の顔を模した炎は『ザ・フューリー』と声を発し、入り口を崩すほどの爆発を起こした。

 引き返そうとは思っていなかったが。物理的に戻れなくなったことを確認した二人は、今まで以上に覚悟を決めて進むのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 『前途多難な侵入者』

 グロズニィグラード要塞。

 ヴォルギンの支配地域で最も重要度の高い場所で内部の警備は勿論、周りの警備から戦力までかなりのものを揃えている。

 広大な敷地を北西部・北東部・南東部・南西部の四つに区切られ、兵士十六名に軍用犬二匹が巡回し、軍用車多数に戦車が八台も配備されている。さらに弾薬から医薬品、食糧など充実に揃えられている。

 これは施設付近のみで施設の中には大きな滑走路があり、そちらには攻撃ヘリや輸送ヘリなど航空能力を有した乗り物が配置され、第一書記が選抜した軍も未だ攻めるにしても作戦指令室で頭を抱えていた。しかも兵士はソ連国防省参謀本部情報総局の特殊部隊【GRU】。情報収集から暗殺までなんでもござれのエキスパート。ソ連の精鋭中の精鋭部隊。それを相手にするだけでも難があるというのに兵器類の事も考えるとかなりの被害を考えて動かねばならない。

 しかも第一書記側は一人でも戦局を左右しかねないコブラ部隊と特殊部隊の母と呼ばれるザ・ボスを相手にせねばならぬ。そうすると全軍を総動員するかミサイル攻撃で跡形もなく吹き飛ばすしかなくなる。されど多くの部隊を動かせばヴォルギンの動きが他国に知れ渡り、ソ連を快く思わない者からは邪魔をされるだろう。自国へのミサイル攻撃も同じ理由で却下だ。

 

 第一書記の軍隊が頭を悩ましている要塞にコブラ部隊の四人を倒し、潜入を果たした二人の男が居る。

 

 一人はザ・ボスの弟子でFOX部隊に所属するCIA工作員、コードネーム【ネイキッド・スネーク】

 もう一人はまだ未成年ながら同じくCIA工作員、コードネーム【バット】

 

 ソコロフの救出にザ・ボスとヴォルギンの暗殺。そして核兵器搭載戦車シャゴホッドの破壊の任務を達成するために要塞に忍び込んだ二人にソ連・アメリカの命運が委ねられていると言っても過言ではなかった。

 

 その二人は忍び込んだ要塞内でラーメンを啜っていた…。

 はふはふと熱いスープに浸かっていた麺を口の中で覚ましては飲み込み、飲み込んでは次の麺を啜ってを繰り返すスネークとバットは無言で食べ続けていた。

 バットは満面の笑みを浮かべながら。

 スネークは不満げな表情で見つめながら。

 

 「あつあっつ…ごくん。スネークさん、そんな不機嫌そうな顔で食べなくても良いじゃないですか?」

 「俺もそうしたかったさ。だが、ザ・フューリーを倒してからここまでどれだけ時間が掛かったかを考えるとな。不機嫌にもなるだろう?」

 「本当にすみませんでした…」

 

 コブラ部隊に所属するザ・フューリー。

 単独で飛行可能なスラスター装置を装備して火炎放射器を用いた戦いをしてきた人物。

 戦闘自体はバットが撃った幸運の一発にて予想以上に早く終わった。が、その後問題が発生したのだ。バットが休憩しようと申し出たのだ。なんでもやることがあるからと言ってすぐに姿を消したが、敵地で休むにしても一人でぐっすり眠る訳にもいかず、スネークはバットが戻ってくるまで身体は休めつつ、一睡もせずに待っていたのだ。

 別の意味で疲労がたまり、戻って来たバットは何処か楽しそうで…スネークが焦りと疲労で不満をぶちまけるのには充分な理由だっただろう。結果、要塞内で隠れそうなところを見つけてスネークが仮眠を取って、バットが辺りを見張ることになったのだ。

 然程長くない道のりにどれだけの時間をかけているんだろうか…。

 冷静になればまさにその通りだ。だけれどバット的には仕方ない。なにせ彼にとってはこの世界はゲームの世界でプレイ時間の合間には休憩時間を入れなければならないのだから。

 

 「はふはふ…ん、まぁ、ここからはノンストップで行くぞ」

 「了解です。武器弾薬もたんまりありますしね」

 「……潜入ミッションだという事を忘れるなよ」

 「勿論です」

 

 スネークの危惧も尤もな事だ。

 なにせバットの後ろには山のように積まれた弾薬に衣料品が置かれているのだから。

 要塞に潜入後、物資の現地調達を名目に探しに探しまくったのだ。二人で使うには有り余るほどの弾薬が転がっているのだ。それを用いて派手に暴れまくると言われても驚きはしないがさすがに戦車やザ・ボスにこれで勝てるとは思えないので予定通り潜入ミッションで行きたいのが本音だ。

 集めに集めたと言っても持って行くものは限られている。М63軽機関銃とXM16E1最新鋭突撃銃と弾薬。ダンボール箱に●ロリーメイト二つである。潜入任務よりこの先でド派手に囮を行って貰う可能性が高いので銃器は荷物持ちも兼ねてバットが持つことに。ダンボールは中継基地でバットが手に入れている為にスネークが持った。

 ……使う事になるとは思わないんだがな…。

 

 「腹ごしらえも済んだし行くか」

 「そうですね。確かライコフとかいう人の身ぐるみを剥がせば良いんでしたっけ?」

 「言うのは簡単だが施設に侵入するのだ。隠れるところは少なく、絶え間なく兵士が巡回している。難易度は高いぞ。下手に見つかった場合は――」

 「ボクはスネークさんの侵入の援護としてド派手に暴れまくって敵兵を引き連れて離れる――ですよね?」

 「すまないな」

 「いえいえ、それが任務ですから」

 

 屈託ない笑みを浮かべたバットに罪悪感を覚える。

 下手をすれば死ぬかもしれない。抗議や不満を口にしないとしても態度に出しても良い筈なのに一切それをせずに受け入れたのだ。10以上も年下だと思われる子供に…。

 なんとも言えない感情に押しつぶされそうになっているスネークの気持ちを感じ取っていないバットは荷物を確認して立ち上がる。

 

 二人が居るのは北西部の武器庫。ライコフが居る兵器廠に向かうには北東部へ移動せなければならない。

 駐車してある戦車の前を通り過ぎるのは良いとして、近くには麻酔銃で眠らせた兵士と軍用犬が居る。まだ起きてはいないと思いたいが、警戒して行くに越したことは無いだろう。

 お互いに周りを警戒しながら武器庫より出て北東部へ繋がる地点へ急ぐ。

 急ぐ筈なのだが戦車八台が見え始めた辺りで停車しているトラックを確認した。

 

 「あ!トラックが止まってる…ちょっと良いですか?」

 「あまり時間はないぞ」

 「少しだけ少しだけ」

 

 どこか楽しげなバットにため息を漏らして近くのコンテナに近づく。軽く叩いてみると音の反響から空箱だと推測する。振り返りトラックの荷台へと視線を向けるとバットが物色しようとしていた。

 

 ――― 一人の兵士が接近しているのに気づかずに。

 

 兵士に見えないようにコンテナに隠れるがバットは気付いておらず、物色を続けようとする。何かないかと使い切ったマガジンをポーチより取り出してトラックに投げつける。それに気づいたバットが首を傾げながら振り返ったので身振り手振りで敵兵が迫っている事を伝える。

 理解したのは良いが隠れる場所がない。トラックの下に潜るとしても位置が悪い。確実に見つかってしまうだろう。バットは大慌てでトラックの荷台に乗って隠れれないか調べる。が、ここから見ても乗っている箱は小さな物ばかりで隠れるスペースなどない。

 兵士は近づき隠れるスペースは皆無…。

 ここは不意を突いて気絶させるか、俺が少し距離があるが麻酔銃で眠らせるしかない。

 

 そう思っていたのにバットの行動で手が止まった。

 ポーチより取り出したダンボールを箱型にして被ったのだ。

 

 スネークがバットにより不意を突かれて動きも思考も停止させる。

 荷台を覗いた兵士はまじまじとダンボールを見つめて一言。

 

 「兵器廠東棟か」

 

 ぽつりと呟いて運転席に乗り込み、そのまま走り去ってしまった。

 取っ手口よりこちらを見つめるバットを呆然と見送るスネークを置き去りに…。

 

 

 

 

 

 

 ダンボールに入ったまま最初はトラックで、最後は人の手で運ばれたバットは人の気配がないことを確認して顔を覗かす。

 室内は明かり一つないので目が慣れるまでじっと動かず、薄っすらと目が慣れてからダンボールより出て辺りの確認を行う。

 辺りには同じようなダンボールが詰まれ、包帯や軟膏、縫合セットが置いてあったことからここが医薬品の倉庫と断定する。断定したのは良いのだがこれからどうしよう。

 

 (何にしても部屋の外の事が分からないと出にくいし…)

 

 顎に手を当てて悩んでいるとこつんこつんと足音が迫って来る。

 慌てて積み上げられたダンボールの後ろに隠れて様子を窺う。扉が開いて入って来たのは制服を着た兵士だった。何か医薬品を取りに来たというよりは巡回しているようだった。

 元々誰も居ない事を前提として見て回っているのか扉の前で見渡すだけで詳しくは調べようとはしない。おかげでバット的にはやり易い。

 

 倉庫より出ていこうと背を向けた瞬間にCQCモードを起動して一気に距離を詰める。そして膝裏に蹴りを入れて屈ませる。急な攻撃に混乱に陥った兵士はバットの意図したまま片膝をついたので、左腕で首を軽く締めつつ身体を後ろに逸らす。事態を理解する頃には首にヒヤリと冷たさを伝えるナイフが当てられる。

 

 「ひぅ!?」

 「しー…大声は出さないで下さい。ボクも死にたくないし貴方も死にたくないでしょ?」

 「あ、あぁ」

 「聞きたいことがあるんですよ。答えてくれれば無事に解放してあげますので素直に答えてくれると嬉しいです」

 「わ、分かった。答える。答えるから命だけは…」

 「では問1、ここは何処ですか?兵器廠の何処かとは思うのですが」

 「ここは兵器廠の東棟…一階の医薬品倉庫だ」

 「都合が良いですね。次ですがライコフ少佐の居場所を知っていますか?」

 「しょ、少佐ならこの辺りを巡回しておられる。よくトイレに籠ったりもするが…」

 

 質問をする際中でも警戒をし続けて正解だった。

 会話の最中にゆっくりと、本当にゆっくりと右手がホルスターに伸びているのに気が付けたのだから。

 ナイフの腹を当てていたが、腹ではなく先を喉元に立てる。血が流れ出ない程度に微かに皮膚を傷つけ動きを止めさせる。

 

 「忠告ですがボクは殺すことを控えてますが躊躇いはしません。そのままホルスターに手が伸びるのならこのまま刺し貫きますよ」

 「――ッ!?す、すまない。もう何もしない」

 「なら良いです。あ、武器庫とかあります?」

 「武器庫ならここを出て右の部屋だ」

 「簡単な見取りを教えて貰っても?人員の配置なども」

 「一階はここの他に武器庫ともう一つ倉庫…ここの裏側だな。それと資料室がある。二階にはロッカールームと研究室。兵士は一階に二人、二階に一人です」

 「内部の警備は手薄ですね。研究室があるという事は研究員も多くいるんですよね」

 「あ、はい。研究室に6人ぐらい居たと…」

 「それだけですか?」

 「……資料室に一人研究員が籠っている」

 「そうですか」

 「質問は終わりか?なら約束通り解放してくれ」

 「最後に制服の余りってありますか?」

 「はぁ?ロッカールームを探せばあるかも知れないがあんたらのせいで警戒態勢が続いているから全員着ていて予備はここにないと思うが…」

 「うーん、そうですかぁ…良し、ありがとうございました。ではおやすみなさい」

 「――ガッ!?」

 

 両手を離すと同時にCQCモードを起動させて示された順序に沿って動き、兵士を投げ飛ばして気絶させた。しっかり気絶している事を確認して制服を剥いでシャツとパンツ姿の兵士を縛って部屋の隅に押しやる。

 ゲームというのは便利だ。なにせ確実にサイズが合わない服でも装備すれば寸法が合うのだから。

 身だしなみを見える範囲で確認してスネークさんへ無線をしようと手に取る。

 

 「もしもしスネークさん」

 『バットか?無事か?今どこにいる?』

 「無事です。それと場所ですけど兵器東棟に居ます。ダンボールのまま運ばれちゃいました」

 『…はぁ…どうしてお前はそう…いや、今はいい。なら今からそちらに向かう』

 「でしたらそれまでに出来る事をしておきますね」

 『何を仕出かす気だ』

 「仕出かすなんて人聞きの悪い。警備は手薄らしいので無力化できればしておこうかと。あと、ライコフ少佐の捕縛とか」

 『言っても聞かんだろうが無理はするな。もし無理だと判断したら俺との合流を待て』

 「了解です。それでは待ってます」

 『すぐに行くさ』

 

 無線を切ってポーチに仕舞う。

 その時さすがに自分の銃器は取り出さなかった。消音機付きの銃器でもあれば良かったが散弾銃に機関銃では音が響き渡ってしまう。そうすれば詰め所に詰めているであろう兵士たちが殺到してしまう。兵士だけなら良いがあのザ・ボスという女性が出てくれば一環の終わり――ゲームオーバーは間違いないことを知っている。ゆえに今は音を立てずに制圧しなければならない。

 深呼吸を繰り返し、鼓動を落ち着かせてから扉付近の壁をノックする。壁に耳を当てて周囲の音を聞くが誰も反応した様子はない。

 扉を出て教えてもらった右側の武器庫に向かおうとして動きを止める。

 

 二階中央は渡り廊下になっており、そこを兵士が巡回していたのだ。

 戻るも進むもどっちも動くことが出来ないバットはただただ見つめた。兵士は何食わぬ顔で研究室からロッカールームの方へ渡っていき、部屋の中へと入っていった。

 大きく息を吐き出して安堵し、素早く武器庫に入り込む。

 武器庫には多くの弾薬が置いてあったが弾薬は足りており無視。置いてあった光学照準器付き32口径短機関銃【スコーピオン】だけは入手した。ただ予備の弾薬を持っていないので撃ち切りになるが仕方がない。確か外武器庫に弾薬があったような気がするからもしも居る時は取りに行こう。

 倉庫内に持っていたTNTを隠して設置して壁をノックし、同じく耳を当てる。

 「―ん?なんだ?」と声が聞こえてゆっくりと足音が迫って来る。入って来た瞬間に投げ飛ばして気絶させようと息巻いたのだが隠れるところがない。いや、隠れようと思えば箱を避けて隠れる場所を作ることも可能なのだろうけど弾薬が詰まって重たく、短期間ではバットには不可能であった。咄嗟にダンボールを取り出して隠れる。

 

 何気なしに入って来た制服姿の兵士は武器庫中央にあったダンボールを見て不審に思う。

 近づいて軽く蹴って持ち手より中を覗こうとするが部屋が暗くて中が覗けない。仕方なく取っ手に手を入れてダンボールを持ち上げる。

 

 終わった…。

 そうバットは思ったが次の瞬間にはこれが好機であることに気が付いた。

 

 兵士はダンボールを持ち上げたのだ。

 人が隠れれるほど大きいダンボールを持ち上げればその大きさから前は見えない。兵士は両手も視界もダンボールで塞がれているが、バットはダンボールが持ち上げられたことで自由に動ける。

 気付いた時には東棟に入ってから三度目のCQCモードを起動して自分以外がゆっくりとした時間の中で、兵士の背後に回って投げ飛ばす。壁に激突した兵士は抜けた声を漏らしてその場に倒れ込んだ。

 窮地を脱したことに安堵しつつ縛る。

 

 これで一階の兵士は無力化した。資料室の研究員を黙らせるべきなのだろうけど先にトイレの方を調べてみよう。もしもそこでライコフ少佐が居るなら…。

 扉から顔を覗かせて渡り廊下を見上げるとまた兵士が渡り、研究室の方へと渡っていった。入っていったのを確認して部屋から出て辺りを見渡す。斜め前の部屋には資料室の立て札があり、右奥の扉にはトイレのマークが…。

 女性男性と分けられていない。入っても大丈夫だよなと不安ながらも入った瞬間に安心した。どう見ても男子トイレだ。というかここまで女性の兵士を見ていないから、ここには女性が居ないのかな。

 

 あれ?でも侵入しているEVAさんはどうやって……。あまり考えないようにしよう。

 

 トイレ内に人影は無しで、電子ロックの個室が一つ。

 扉にバットが近づけば短くブザーが鳴り、扉は開かない。つまり中に誰かが居る。

 もしかしてと期待しながらノックをする。

 

 「入っている」

 

 返事があった。

 とりあえず出てくるまで待ってみるか。とりあえず急かしてから。

 

 ノック二回目「急かすな!」、三回目「五月蠅いぞ!」。次で止めとこうか。

 

 「入りたいのか?」

 「ふぁ!?」

 

 まさかの言葉に驚いて手を止める。

 普通はノックして急かす相手を怒鳴ると思うのだがまさかの質問。個室に入ってなら周りの事を気にせず気絶させ身ぐるみを剥がせる。けれど流したような音は聞こえない。

 行くべきか行かざるべきか…。

 

 悩んでいるとロックが解除され目の前に写真で見たライコフ少佐が出て来た。

 いきなり出てくるとは思っておらず、隠れていないバットは思いっきり顔を見られた。服装は兵士の物だがこんなの気休めにしかならない。これだけ配置された人員が少ないならさすがに顔を覚えているだろうし、ボクはアジア系。間違ってもソ連の人間には見られない筈だ。

 焦った挙句CQCモードで気絶させる事も忘れたバットはライコフとただただ視線を合わせる。

 

 「ん?見覚えのない奴だな………ふーむ」

 

 じろじろとつま先から頭の先まで値踏みするように眺めたライコフは何か納得したように頷いた。

 

 「良いだろう。入れ」

 「へ?」

 

 それだけ言うと個室に戻っていった。

 言葉の意味を理解できないままとりあえず個室に入る。

 便器に目をやると排出物は無い。流した音が聞こえなかったことからただ単にここでサボっていたのだろう。

 

 「大佐に呼ばれているからあまり時間はかけられないが」

 

 何が何のことやら呆然としていたバットは突如下腹部を弄られて驚き飛び退いた。

 意味が理解できていないバットを不思議そうにライコフは見つめる。

 

 「そういうつもりではなかったのか?」

 

 そう言いながらチャックを緩め始めた事でナニをしようとしていたのかようやく理解したバットは、声にならない悲鳴を挙げつつチャックが降りる前に蹴り上げた。

 

 「はぁう!?」

 

 蹴られたチャックの辺りを押さえ、白目を向いて気絶したライコフを怯えた表情でバットは見下ろす。

 次からはちゃんと理解し考えて行動しようと、コブラ部隊と戦った時よりも恐怖を覚えたバットは心に決め、スネークを待つのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 『収容所』

 グラズニィグラード 収容所

 ここで警備に当たっているジョニーという兵士は監獄に居るアメリカ人を見て、久しく会えていない家族の事を思い出していた。

 妻と出会えた事は自分の人生の中で一番の幸運だと言い切れる。

 正直言って自分みたいな男が彼女と結婚できるとは信じられなかった。

 食い意地は張っているし、抜けているところはあるし、胃腸が弱くてよく下痢になるし…。

 ようやく子供も生まれて家族の幸せを謳歌しようとした矢先の冷戦…。

 胸ポケットにしまってある家族の写真を眺めるとため息が漏れる。

 なんでこうなってしまったのだろうかと…。

 妻と付き合っていた頃は自由に行き来できたのに何故こうもいがみ合ってしまったのか。

 

 大きなため息を吐き出しながら時刻を確認するとそろそろ彼に食事を出さねばならない時刻が迫っていた。

 椅子より腰を上げて、食糧を置いてある小さな保管庫より適当な物を取り出す。

 

 「今度はギンガメアジか。これ、あんまり美味しくないんだよなぁ」

 

 自分が食べる訳ではないが前に食べた感想が漏れてしまう。

 とは言っても食糧不足が深刻な問題になりつつあるココでは貴重な食糧だ。

 何故燃料や弾薬、武器に車両にお金をかけて食糧が足りなくなっているのだろうか?

 噂ではGRUの兵士に食糧調達任務を出したってのもあるぐらいだ。

 

 「上の連中は良いよなぁ。美味しいもんばっかり食ってるんだろうな…はぁ~」

 

 想像するだけでため息が漏れる。

 前までは不味いと思っていたレーションが今では高級料理に見える。

 

 ガチャン…。

 

 扉が開いた音が聞こえて振り返ると扉が開いていた。

 ジョニーがいるのは収容所内の兵士が詰める部屋で、周りはガラス越しに見えるようになっている。

 鍵をかけていた訳ではないので開けようと思えば誰でも開けれる扉。しかし収容所には自分以外の兵士は配属されておらず、居るのは自分と収容されている男のみ。

 

 まさかと慌ててテーブルに両手をついてガラスに顔をくっつけるように牢屋を覗き込むが、収容された男はベッドに横たわっていた。

 首を傾げて開いた扉に近付いて、通路を見渡し閉めた。

 

 収容所はそこまで重要に思われてないのか牢の電子ロック式の鍵以外は簡素で、作りが甘いところがある。

 

 「ノブが緩んでたのか?あとで修理でもしておくか…」

 「………動くな」

 「―――ッひぅ!?」

 

 背中に何かが突き当てられている。

 感触から銃口だと分かると冷や汗がどっとあふれ出る。

 背後を取られ銃口を向けられていいる状況に恐怖を感じながらも疑問が頭に残る。

 

 背後に居る人物はどうやってここまで入り込み、背後に回り込んだのだろうか。

 

 「ここにスネークと言う人物が収容されてますね」

 「あ、あぁ…はい。お、居ります」

 「鍵はお持ちですか?あるのなら渡して欲しいのですが」

 「鍵は無いです」

 「無い?」

 「違ッ――鍵ではなくてですね電子ロックで…」

 「あー、何と無しに理解しました。とりあえずロックの解除は出来ますか?」

 「それは出来ます」

 「――そう」

 

 威圧するように言い放っていた相手の言葉が最後の一言だけとても柔らかく感じた。

 銃口が離れたと同時に一時的に恐怖が和らぐ。

 スッと背中側のベルトを通しているベルトループに何かを差し込まれた…。

 

 銃口を下ろした相手は警戒せずに正面に回って立ち止まった。

 まだまだ幼さの抜けないアジア系の少年。

 仲間を全員把握している訳ではないが、こんな子供がGRUの隊員ではないことだけは理解できる。

 無防備そうな少年は銃を持っているが下に降ろしている。

 対して自分は大人で体格に力の差で勝っている。この近距離で襲い掛かれば銃よりも先に攻撃を与える事が出来るだろう。

 

 ごくりと生唾を飲み込んでタイミングを計ろうとすると、見透かしたように微笑み腰のあたりをポンポンと叩いた。

 

 「さっき貴方のベルトルーペに仕掛けを差し込んだのにはお気づきですか?」

 「仕掛けだと?」

 「そうっと。そうっとですよ。触って確認してください」

 

 顔色ひとつ変えない少年に不気味さを感じて、言われるがままに背中側のベルトルーペを割れ物を触るように触れる。

 通してあるベルト以外に何かが差し込まれている。カサカサとした触感で円柱形だろうか。それが何かは分からないが…。

 

 「それ爆弾ですよ」

 「――はい?」

 「ウチで作られた最新技術の小型爆弾です」

 「爆弾?嘘だろ?」

 「あまり触らない方が良いですよ。そこから外れるとセンサーに引っ掛かって爆発します。あと、ボクより10メートル以上離れても爆発します」

 「そ、そんな戯言信じられる訳が…」

 「あ、信じないんですか?別に取っても構いませんが、それ威力は小さいので貴方の背中の肉と後ろ半分の内臓を吹き飛ばすんですよ。ボク、あんまり汚れたくないので…」

 

 少年はそう言って部屋より出ていこうとする。

 

 ―――10メートル以上離れても爆発します。

 

 「待って!待ってください!」

 

 先の言葉が脳内に響いたと同時に縋りつくように少年に出て行かないように懇願する。

 

 「お、俺にはアメリカに妻も生まれたばかりの子供も居るんだ。こんなところで死ぬわけにはいかない」

 

 胸に入っている写真を見せて殺さないで欲しいと頼み込む。

 写真を手にして眺めたバッドはにこっと微笑み、手を差し出した。

 

 「何でも第一書記の軍隊がここに迫っているそうです。コブラ部隊はザ・ボスを除いてボクとスネークさんで片づけました。そしてヴォルギン派の内部にはヴォルギンを見限ってボク達の仲間になってくれた方が大勢います。

  このまま行けばヴォルギンは負けて貴方たちは国を裏切った者として処分されてしまうでしょう。

  ですがここでボクに協力してくれるのなら貴方たちは祖国を――世界をヴォルギンの脅威から救った英雄となる。

  決して表に出すことは無い影の英雄ですが、ソ連が処分することは無いでしょう。

  そして貴方が望むのであれば、ボクの上官に頼んでアメリカに渡れるように話もつけます。

  どうしますか?」

 

 

 俺は死にたくないという思いもあった。だが、それ以上に少年の言葉がスッと心の奥底に入り込み、家族に会える希望から力強く頷き、手を取った。

 ジョニーがヴォルギン大佐から少年―――バットの仲間になった瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 薄暗い収容施設。

 看守は人の良い兵士が一人。

 牢の入り口は電子ロックで無線の周波数で開ける事が可能。

 すでに電子ロックを解除する周波数は特定している。

 相手との関係を和らげるために何かしら会話をした時に家族の話になったのだ。相手に同調するように受け答えし、相手を油断させるものあって話を深くして聞いた。その際に家族の写真を見せて来たのだが裏に周波数の数字が…。

 多分忘れないように身近なものに書き込んだのだろうが、ばっちし俺に見せているのだから看守としてどうなんだ?  

 アメリカに住んでいたって話していたことからスパイかとも疑ったが無いな。こいつは天然だろう。

 

 脱出の条件がそろっているが普段ならばまだしも現状では相手がたった一人だとしても逃げ延びるのは至極難しい。

 

 スネークは痛む身体を休めながら、ズキズキと疼く右目を押さえる。

 兵器廠西棟でバットと合流し、確保されていたライコフから制服を奪い取り、変装を終え西棟から中央棟、そして目的地となっていた東棟に潜入した。

 バットは西棟で気絶したライコフを含めた兵士と眠らせた研究員の対応に残した。そもそも変装する相手もいないバットでは中央棟を渡ることは出来ない。それに何故か合流したときに何か絶望感漂う状態でいたのだ。もし連れていけたとしても置いていくだろう。

 

 東棟ではソコロフとタチアナとして潜入していたEVAが会話していたのを目撃し、EVAはソコロフが制作に携わったシャゴホッドのデータを受け取っていた。彼女の本来の仕事なのだろうがあまり深く入り込むことは出来ないだろう。

 兎も角、俺は任務の一つであるソコロフの救出を優先することにした。

 ソコロフと合流してシャゴホッドの現状を聞くとすでにフェイズ2…つまり発射可能状態に達していて非常に不味い状態になっている。ただまだ試作品である一機のみで量産化はされていない。今ならばまだその試作品を破壊するだけで事は済む。

 破壊する方法はEVAが盗んだという最先端の爆薬であるC3を用いた兵器廠ごとの爆破。

 一度EVAと合流する必要性が出て来たが、とりあえずソコロフを安全なところに連れていかないと。ニコライ達に預けるのが一番か。

 

 さて、行動に移ろうかとしていた時にソコロフと一緒に居た部屋にヴォルギンが入ってきて一発で変装がばれてしまった。いきなり股座を掴まれた時は何事かと驚いたが、まさかそれで偽物とばれた事の方が驚きは大きかった。

 なんにしてもばれたからには対応するしかない。相手は銃を持っていたがCQCを駆使すれば一瞬で優位に立つことは出来た。ザ・ボスの登場が無ければ…。

 

 ザ・ボスにCQCで負け、ヴォルギンに痛めつけられた俺は拷問室に運ばれ、手ひどい拷問を受けた。

 反ヴォルギン派のメンバーリスト、アメリカの目的、潜入した仲間の居場所など聞かれたが一切答えることは無かった。

 途中、ザ・ボスが俺に発信機を付けていた事が判明し、裏切ってない証の為にヴォルギンが弟子である俺の瞳を潰すようにザ・ボスに命じた。

 躊躇ったザ・ボス。目を抉るというのは兵士にとって致命傷。今まで手塩にかけた弟子を失う事に躊躇ったのだろうか…。

 多少の間を持って覚悟を決めたザ・ボスは証明するために銃口を俺の右目に向け、トリガーを引いた。

 正面からではなく斜めに撃ったために弾丸は眼球を突き抜け、こめかみより飛び出して行った。

 

 まだ聞き出す情報があるらしく生き残らされたらしい。

 痛めつけられた個所と右目には包帯が巻かれて気休め程度の治療がされている。

 万全に動く事叶わぬ現状では兵士一人倒せるかどうか怪しいとは…。

 

 「おい」

 「ん…飯か?」

 「出ろ」

 「なんだ。拷問か」

 「え?拷問がお好みだったんですか?」

 「――ッ!?バット」

 「遅くなりました。助けに来ましたよ」

 

 思いもしなかった助けに頬が緩む。

 扉が看守であるジョニーによって開けられ、バットは中に入って傷口を見つめる。怪我を確認するとポーチより医薬品を取り出して治療を行う。

 

 「ここで治療するのか?敵が気付いたら…」

 「大丈夫ですよ。今頃ヴォルギンを含んだ大多数は西棟に殺到しているでしょうから」

 「それとジョニーは…」

 「もうボク達の仲間ですよ」

 「急いでくれよ。もし見つかったら…」

 「すぐ済みますよ。スネークさん。右目の事なんですけど…」

 「あぁ、無線でパラメディックから聞いた。治療できないんだろ。分かっている」

 「すみません」

 「お前は何も悪くない。寧ろ感謝しているぐらいだ。助けに来てくれたし、それにお前の手当のおかげで痛みがかなり引いた。これなら戦えそうだ」

 「今はとりあえずここからの脱出を優先します。良いですね?」

 

 コクリと頷くとバットは銃を構えて先に立つ。

 ジョニーが肩を貸そうと手を回して来た時に背中側のベルトルーペに葉巻が差し込まれている事に気付いた。

 

 「おい、それってはm――」

 「うぉ!?触るなよ!爆発するだろ!!」

 「爆発?」

 

 意味が分からず、首を捻ってしまった。

 ソ連の葉巻は爆発するのか?

 疑問符を浮かべているとジョニーは呆れたような視線を向けて来た。

 

 「そこのバットから聞いたよ。最先端の小型爆弾なんだろ?まったく恐ろしい物を作るよな…お前たちも」

 

 そんなものがあるのかと凝視したが、どう見ても普通の葉巻だ。

 「まったく…」と呟くジョニーより視線をバットに移すと俯きながら肩を震わしていた。

 笑うのを我慢している様子から、何となく察して笑みが零れる。

 

 「そうだな。気を付けないと俺まで巻き込まれる」

 「勘弁してくれよ。妻と子に会うまでは俺は死ねないんだ」

 「なら早く出ましょうか」

 

 スネークはバットとジョニーと共に収容所を後にした。

 幼くも頼れる仲間の背を見つめながら…。

 

 

 

 一方、西棟ではバットが言ったような大騒ぎが起きていた。

 

 「――ぅん、ここは…」

 

 短く唸り声を挙げながらライコフは目を覚ます。

 眠りこけてしまったのか視界をぼやけている。あと、妙に股が痛い。

 

 「動くんじゃない少佐!!」

 

 頭を左右に振るい、座っている状態から立ち上がろうとした瞬間、聞き覚えのある大佐の叫び声が響き渡る

 目をこすってから正面をジーと見つめる。

 段々と良好になって来た視界にはヴォルギン大佐を筆頭に大勢の兵士が集まっていた。

 

 視界がクリアになって来たのと同時に思考も働きだし、何があったかを思い出した。

 確かトイレで見覚えのない少年兵と会って、行為に及ぼうとしたら股座を蹴り上げられたのだ。

 少年だと油断したがあいつこそが侵入者だったか…。

 

 「大佐。敵は――なぁあああああああ!?」

 

 少年の事を話そうと身を乗り出した時になってようやく事態を掴んだ。

 ライコフの周りには大量のクレイモアが設置してあった。センサーに入り込めば一瞬で蜂の巣になる。右も左も前も後ろも囲まれた状態に恐怖する。

 

 「たたたたたたた、大佐!助けてください!!」

 「分かっている!すぐに助けてやる。だからそこを動くんじゃないぞ。オイ!早く撤去せぬか!!」

 「そんな!こんな数すぐには…」

 「すぐには――なんだ?」

 「ヒィイイイ!?」

 

 電気を纏い始め、威圧するヴォルギンに悲鳴を発した兵士は震えながらも「最善を尽くします!」と答え作業を急ぎ始めた。

 取り囲んでいるクレイモアはライコフにはセンサーを向けていない。まさに周囲を囲むように設置されており、外側のクレイモアが内側のクレイモアを捉えており、それが何重にもされているので解除に手間取っているのだ。

 

 助けを懇願するライコフ、【男】の愛人であるライコフを助けようと焦りを隠せないヴォルギン。そんなヴォルギンに威圧されながら除去する兵士達。

 そんな光景をオセロットはあきれ顔で眺めるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 『グロズニィグラード攻略戦』

 ヴォルギンは苛立ちを隠すことなく自室の椅子に乱暴に腰かける。

 背もたれが勢いと筋肉質な身体の重みによりギシリと軋む。

 

 現在グロズニィグラード要塞は騒然としている。

 ライコフ少佐をクレイモアの囲みより救出して安堵すると、今度は牢屋にぶち込んだ筈のスネークが脱走。それも看守であったジョニーと言う兵士が行方不明という事柄も含んで事態は深刻となった。

 

 反ヴォルギン派を名乗る裏切った兵士たちが存在することは知っていたが、まさかグロズニィグラード内部にまで潜んでいるとは思いもしなかった。しかもそれが要塞内に知れ渡り味方同士で疑心暗鬼に陥っている。

 この問題は後回しに出来うるものではなかったが、最優先事項は逃げ出したスネークの確保だ。

 オセロットを始めとした多くの隊員を送り出したのだが要塞から脱出する通路や地下道は突破された跡さえなく、何処かに潜んでいる可能性を示唆した。要塞内は確実に自分達の支配下にある。それなのに未だ発見に至らぬという事はジョニー以外にも内部協力者が居るのだろう。

 

 内部の警備を強化しつつ、内部と外部の探索部隊を派遣し、疑心暗鬼に包まれた味方の中から裏切者を探し出さなければならない。

 

 「クソッ!!」

 

 怒りに任せた電撃を纏った一撃がデスクをへし折り、置かれていた書類が散乱する。

 それでも怒りが収まらないヴォルギンは目に映るありとあらゆるものに当たり散らす。乱闘でも行っているような物音を聞きつけ、通路で警備に当たっていた兵士たちが何事かと入って来る。荒れ狂う上官を見て怒りを諫めて貰えるように声を掛けるが火に油を注ぐが如くにより暴れ出した。

 八つ当たり対象として目を付けられた時には、兵士たちは自分達の死を認識した…。

 

 

 

 その八つ当たりを止めたのは外からの異変であった。

 

 

 

 部屋内を大きく揺るがす振動に、窓ガラス越しにも響き渡る爆音。

 聞き覚えのある音に八つ当たりを止めて窓より外を眺める。

 音からして距離は離れており、何が起こっているかの詳細は掴めないが大体は理解した。

 通路を駆けてくる足音が近づき、ノック無しに扉を開いた兵士が肩で息を切らしながら部屋に入って来た。

 

 「た、大変です!敵襲…敵襲です!!」

 「見れば解る!敵の数は?被害状況は?」

 「数は不明ですが敵は北西部に進撃。占拠して防衛線を展開しております」

 「北西部だと!?あそこには戦車があった筈だが」

 「全部奪取されました…」

 「何という事だ!!」

 

 忌々しく壁を殴りつけ、睨みを聞かせるが八つ当たりをしている暇はない。

 息を荒げながらゆっくりと深呼吸を繰り返し、思考をクリアにする。

 

 「…最低限の警備以外の兵力を南西・北東部に集めろ。対人装備ではなく対戦車用の装備をかき集めろ」

 「は、はい!」

 「大佐!兵器廠でスネークらしき人物を見かけたと報告が!」

 「なにぃ!?兵器廠には私が行く!オセロットには攻めて来た連中の相手をさせろ!!」

 

 それだけ言い残すとヴォルギンは駆けだした。

 暗がりの夜空が薄っすらと白んできた空の下を駆けて、兵器廠へと向かっていく。

 銃声が響き、爆発が起こって味方が死んでいようが、今の彼は微塵の興味も持っていなかった。

 

 コブラ部隊を壊滅させ、計画を狂わせっぱなしにしたザ・ボスの弟子――スネークをその手で嬲り殺す事しか考えていない。

 

 兵器廠へと駆け込んだ時には整備士は居らず、数人の兵士が集まっていた。そこにはオセロットの姿もあって眉を潜める。

 

 「おい!ここで何をしている!?」

 

 前線の指揮を預けるように通達した筈なのに何故ここに居ると鼻息荒げに詰め寄ろうとすると、顎で外側の兵士を見るように合図する。

 顔を顰めながらそちらを向くと外側の兵士達は内側の兵士達に銃口を向けた。

 どうやら反ヴォルギン派の連中らしい。

 拳を握り締めて放電し、一気に蹴散らしてやろうかとしたが、オセロットによって止められる。

 

 「大佐。ここで下手に動けば皆吹っ飛びますよ」

 「くぅうう…燃料の引火か…クソッ!!」

 

 ここにはシャゴホッドのロケットエンジン用の燃料が保管されており、もしそれらに引火したものならば文字通り兵器廠ごと吹っ飛ぶ。

 

 「ヴォルギン!!」

 「―――ッ!?スネェエエエエエク!!」

 

 歯ぎしりをしながら睨みつけていると背後から呼ばれ、声からして呼んだ人物を特定して呼び返す。

 振り返った先に居たのは失った片目に包帯を巻き、しっかりとした足取りで歩いて来るスネークであった。

 

 その姿から拷問で弄った痛みや傷を全く感じさせぬ力強さがあり首を傾げた。

 昨日今日で早々動けるはずはないのだが…。

 

 ヴォルギンの疑問を他所にスネークはシャゴホッドの前に立ち指をさす。

 

 「昨日の借りは返させてもらう。一対一で勝負しないか」

 「ほぅ、良かろう!それにしてもあの程度では効かなかったらしいな」

 「治療に潜入、物資調達に料理と色々と優秀な仲間がいるからな。あれぐらいでは問題なく回復したさ」

 「ならば今度は二度と立てない程に痛めつけてやろう」

 「やれるものならやってみろ」

 「言われるまでもなく―――いや、ちょっと待て」

 

 シャゴホッドの前は足場が五メートル以上下がる仕掛けになっており、引火物で囲まれたここで戦うならそこしかない。

 この考えは正しい。

 わざと段を超えるように手榴弾でも投げない限りは不本意な引火など起こりえない。

 

 二人が立った足元が軋みながら下へと降りていく段階になってスネークが担ぎ持った物が目に留まってつい口に出してしまった。

 

 右腰のホルスターに納められたM1911A1抑制器付45口径自動拳銃。

 手にしているXM16E1最新鋭突撃銃。

 肩にひもをかけて左腰辺りに下げているAK-47突撃銃。

 背負われているМ63軽機関銃。

 ベルトに付けられたグレネード類。

 背中側の腰にはナイフ。

 

 一対一で戦おうと言った男の装備が武器庫のような重装備な件について。

 

 「なんだ?」 

 「……いや、なんでもない…」

 

 本当に不思議そうに見つめながら煙草を銜えるスネークに、ヴォルギンは考えるのを止めて構えるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オセロットはただただ眺めていた。

 スネークとの決着を先につけられなかった悔しさが胸中を渦巻いていたがどうやら心配無用だったらしい。

 

 ヴォルギンは電流を発生させる能力を有する。

 この能力はかなり厄介で、身体にまとわせば触れるだけで相手を感電させ、銃器が無くとも弾丸に雷撃を当てるだけで発砲で出来、自身を中心に周囲に張り巡らせれば弾丸を防ぐフィールドを展開、さらには片腕に集約すれば電撃のみを放つことが出来る。

 防御面・攻撃面両方で優れた能力である。

 

 オセロット自身一対一の決闘で勝てないとは言わないがかなりの苦戦を強いられるのは必至だろう。

 なのにスネークはあの手この手でヴォルギンを翻弄している。

 

 防御用のシールドを展開した所でXM16E1最新鋭突撃銃を連射して、弾切れになった瞬間にAK-47突撃銃、さらにМ63軽機関銃へと切り替えて撃ち続ける。反撃の出来ない大佐は防御するために電流を撒き続けた。走れば体力を消費するように電流を放つ行為も体力を必要とするようで息が次第に荒くなり、表情が曇る。

 

 放電や掌から放たれる弾丸を走り回って回避すると、スタングレネードを撒き散らす。咄嗟に腕で視界を覆って護ると目の前にはライコフ少佐の顔が。勿論本人ではなくてスネークがマスクを被っているのだがすぐには判別がつかず、CQCに持ち込まれて簡単に投げ飛ばされてしまった。

 

 弾切れを起こしたAK-47突撃銃を肩からひもを外して放り捨てようとした隙を狙った時は、腰のホルスターではなく口に咥えた煙草を手に取り一発お見舞いされた。タバコ型麻酔ガス銃の一撃を。

 

 ぶちぎれた大佐は荒々しく電撃を放とうとするが、スネークにより水らしきもの ― クレパスで使わなかった虫ジュースの原液 ― をかけられて自らが感電してしまった。電撃を封じられた大佐は防戦一方…いや、守りも出来ない。圧倒的に近接戦の技術で負けているのだから同じ土俵に立たされれば負けは確定した。

 

 「ぐぅはぁあああ!?」

 「…はぁ…はぁ…はぁ………良し!」

 

 容赦なく殴られ、投げ飛ばされ身体中も顔も痣だらけになったヴォルギンは痛みと怒りで身体中を震わせながら立ち上がろうとする。が、力が入らずにそのまま横ばいで転がったままである。

 眉間にしわが寄った鬼のような形相が自分に向けられる。

 

 「なにを…なにをしている!!奴を撃てぇええい!!」

 

 何を言い出すかと思えば決闘を受けておきながら横槍を入れろとは…。

 確かに弱っている敵を撃つ事に卑怯もないのだろう。だが、そのような無粋な事をする気はない。

 

 「大佐。それは出来ません」

 「な、なんだと!?」

 「決闘に応じたのは大佐自身だ。ならばこの結果も受け入れるべきです」

 「私の命令が聞けないのか!?」

 

 リボルバーをくるくると回しながらそっぽを向く。

 もはや大佐には何の感情も湧かない。否、今まで溜まっていた感情も含めた嫌悪感が露わになって返事すら億劫である。

 苦虫を潰したような顔でオセロットから周りの兵士達に視線を向ける。

 

 「誰でも良い!あいつを殺せぇえええ!!」

 

 周りの兵士達はおろおろと上官であるヴォルギンとオセロットを交互に見つめる。

 決心がつかない様だ。

 

 「もう止めましょう」

 

 そこに現れたのはスネークと行動を共にしていたバットという少年だ。

 兵士達は銃を向けるがトリガーには指が掛かっていなかった。

 

 「貴方がたは彼に忠誠を捧げるのですか?

  自ら同胞を撃ち、疑いがあるというだけで嬲り殺し、核を撃つような人間を。

  心の底から慕い、尊敬し、信頼し、忠を捧げる事が出来ますか?」

 

 何故だろう。

 少年の言葉が耳から入り、心に響く。

 よく分からないほどすとんと入って来た言葉に違和感を感じる。

 心の奥底が彼の言葉を聞きたがり、受け入れようとしている……そんな感じだ。

 

 「すでに頼みの綱だったコブラ部隊はほぼ壊滅。トップであるヴォルギン大佐は見ての通り。こんな状態で貴方達が彼に従う理由は無いでしょう!

  もうすぐ第一書記が集めた軍隊がこちらに到着します。そうなれば貴方達は国を裏切った大罪人として処刑されてしまう。もしかすると親兄弟や恋人を巻き込んでしまうかも知れない。

  貴方達は身近な人を、護るべき人を、愛すべき人をそんな目に会わせたいのですか!?」

 

 オセロットは頬を自ら叩いてこの妙な感情を追い出す。

 あの少年の言葉は危険だ。

 まるで一言一言が軽い洗脳に似た力を持っている。

 

 周りの兵士に目を配ると「嫌だ…そんなの嫌だ」、「そうだ。もう俺達は…」とすでに奴に感化されつつある。

 銃を下ろして戦意を向けてはいなかった。

 

 「もしもボク達に貴方達が今からでも協力してくれるというのであれば全員帰国出来ます!売国奴や裏切者ではなく国を救うためにボク達と共にヴォルギンに立ち向かった者として!

  母国へ、家へ、家族の元へ帰れるんです!!」

 「帰れるのか俺達が…」

 「こんな事をしておいて…」

 「勿論です!公で英雄と謳われることはないでしょうが、貴方達は胸を張って本国に帰還できるんですよ!!」

 

 もはや形勢は付いた。

 ヴォルギンと自身だけでは勝てない。

 そう判断したオセロットはリボルバーをホルスターに仕舞い、反抗はしないと見せる。

 

 今はだが…。

 

 「あと、十分ほど後この兵器廠は爆発します。ここだけではなく本棟の武器庫を含めた個所に爆弾を仕掛けました。このままでは多くの人が亡くなります。出来るだけ多くの人を助ける為に協力を要請します!!」

 

 頭を下げながら放たれた言葉に兵士達は大きく頷き、一斉に動き出した。

 ある者は皆に知らせる為に放送室へ。

 ある者は動けない負傷兵を連れ出す為に。

 ある者は研究員や整備士などの非戦闘員を安全に外へと誘導しようと動き出す。

 

 その中でオセロットはここでは決着を付けれないと早々に兵器廠から立ち去ろうとする。

 一瞬、見上げてくるヴォルギンと目が合うが侮蔑を込めた視線を送るだけでさっさと出入り口に向かっていくのであった。




 ???「私は悲しい…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 『爆破を行うなら火薬に対する知識。建物を吹っ飛ばすなら建築士の資格も取りましょう』

 このゲームは楽しい。

 バットは心の底よりそう思っている。

 

 味覚や嗅覚、触感などの五感に訴えかけてくるシステム。

 一人一人が個性豊かでNPCと思わせない程、高性能なAI。

 武器・アイテムを正式な使い方以外も応用力。

 何より自身の行動や言動の全てが物語を左右できる自由度の高さ。

 

 最高のゲームである。

 体調面を考慮した時間制限がなければずっとプレイし続けるのに…。

 

 そう思うこのゲームも終盤。

 コブラ部隊のザ・ペインにザ・フィアー、ザ・フューリーにジ・エンドを倒し、敵の本拠地への潜入成功。残るは標的のヴォルギン大佐にラスボスであろうザ・ボス。あとはスネークさんのライバルキャラだろうか…オセロットの三人。

 

 『最後はド派手に』と自由度が高いこのゲームならもしかしたらと思って動いたのですが――――どうやらやり過ぎたようです…。

 

 スネークさん救出後、グロズニィグラード北西部の武器庫に身を隠し、治療を行って全快させる。少し休んでもらっている間に探索を再開。というか武器庫に移動する最中に45口径回転式拳銃の弾薬を発見したのだ。しかも至る所から。これは拾わなきゃとジョニーと共に回収しまくった。

 その間、離れすぎるとベルトループに入れられた小型爆弾(ただの葉巻です)が爆発すると終始怯えていたが…。

 

 なんにせよ45口径回転式拳銃の弾薬を大量に確保し、休憩時間を取って要塞攻略に乗り出すことに。

 ログアウトする前にニコライさん達に襲撃要請を頼んで就寝。

 

 日が昇り切る前に行動を開始。

 ニコライさん達が陽動として襲撃。

 スネークさんがヴォルギンと戦い、バットとジョニーが爆弾を仕掛けていく。

 …EVAさんは賢者の遺産とかを調べるそうなので別行動。

 

 最後は一兵でも逃がして要塞を爆破するだけ。

 兵器廠に貯蔵していた武器・弾薬を吹き飛ばされれば、ヴォルギンに従う者達だって戦えなくなる。

 

 チェスでいうチェックメイトだ。

 結果は兵器廠本棟を燃料タンクにEVAさんが失敬したC3をセットし、爆破して吹っ飛ばす所までは予定通り。

 ただ東棟の武器庫の爆破は不味かった。一階の基礎ごと吹っ飛ばし、東棟そのものが傾いて本棟へと倒壊した。

 

 大爆発をした本棟に東棟が倒れ込んで土煙と熱気が辺りに吹き荒れる。

 

 「……これ、やばくないか?」

 「やばいですねジョニーさん」

 「大佐は完璧潰れただろうな」

 「でしょうね…」

 「意図したんじゃないんだな」

 「ないですねぇ。どうしましょうこれ」

 「俺に聞かれても」

 

 二人で倒壊した建物を眺めながらぽつぽつと呟く。

 辺りに集まっている兵士達はそんなバットの予想外の出来事とは知らず、こいつはヤバい奴だと若干―――いや、がっちり引いていた。

 引きはしなかったが呆れ顔をしながら倒壊する様子を眺めていたスネークはため息一つ吐き出した。

 

 「いや、まぁ、あの爆発に倒壊した建物の重量でシャゴホッドもお釈迦だろうがな」

 「では、とりあえず動きますか」

 

 スネークさん達の目標であったシャゴホッドの破壊にヴォルギン大佐の排除を終えたとしても、まだザ・ボスという最大の任務が残っている。バットはスネークの支援を命じられている事から手伝うが、その前にやる事がたんまりとあるのだ。

 まずはヴォルギンが埋もれた事でどうすれば良いのか分からない兵士達をこちら側へと勧誘。

 ヴォルギン支配地域よりの移動方法に上と掛け合って口添えをして貰うことなどなどやるべき事があり、バットはその一つ一つに対処しなければならないのだ。それにニコライさんの陽動で負傷者も出て、ここらにも怪我をして声を漏らす人が多くいる。

 怪我人の治療はバットや兵士の中で応急手当でも多少心得のある人に手伝ってもらい、ジョニーさんにはその手伝いを。ニコライさんにはここより脱出すべくヘリが操縦できる人を集めてヘリの確保に向かって貰った。ここには多数のヘリが止められているらしいのでそれらを使ってここより脱出する。あとは数が足りるかどうかだが…どうするべきか。

 

 ヘリの事を考えながらも治療の手は止めない。

 火傷には軟膏を塗って包帯で巻き、銃創には消毒液ぶっかけて止血剤を貼った上で包帯を巻く。弾丸が残っていたらナイフかフォークで取り出さなければならない。勿論麻酔は使えないので痛みに耐えて貰うか、ジョニーさんに押さえてもらい無理やりに取り出すしかないが。

 不調を訴える者の中には爆破の衝撃で吐き気を催す者もいて、ぐるぐると回ってもらって吐かせたりと次々と処置を行っていく。

 他の者より手早く治療を行っていくがどんどんと治療アイテムが減っていく。バットが持っている数では限度がある。補給しなければ…。

 

 「誰か!治療アイテムをかき集めて来てください。もしくはバルトスズメバチの巣(軟膏)スラブニガハッカ(消毒薬)エゾヒレハリソウ(固定具)オオバコモドキ(止血材)を獲ってきて欲しいんですけど」

 「そんなもん集めてどうするんだ?」

 「薬品などが出てくるんですよ」

 「出てくる?なにを言って――」

 「嘘だと思うなら獲った蜂の巣を割ってくださいよ。中から軟膏獲れますから」 

 

 馬鹿な事を言っているのは理解している。

 でも、実際出てくるんだから仕方がない。

 だってこれはゲームなんだから理解が及ばない事の方が多い筈だ。リアルに比べて簡易にしていたり、普通なら何とでも出来る物で道を塞いだりと。

 

 目の前に触れただけで怪我などの名称に治療法が浮かび上がったりなどもゲームならではのものだしね。

 

 治療の手は休めずにニコライさんからの報告や獲って来てくれた兵士の対応をこなしていく。

 報告ではヘリは結構数はあったそうなのだがここに集まっている兵士全員乗せるとなるとギリギリらしいのだ。何人かはトラックなど多人数を乗せれる乗り物で陸路を進むしかない。陸路を進むとなると第一書記の軍と接触する可能性が高い……いや、多くのヘリを飛ばすのだからその時点で見つかるので、先にこちら側より通達しておかなければ撃墜されかねない。

 無線機で上司役に事の次第を伝えると『面倒だけどいいっすよ~』と軽過ぎる返事が返って来た。…軽い受け答えにチュートリアルを思い出し、多分だけど今連絡を受けたキャラクターとチュートリアルのキャラ設定した人は多分同じなんだろうなと微妙な表情を浮かべてしまった。

 グラーニンは後続部隊と共に今こちらに向かっているそうなので合流後は直ちに離脱。彼らには一足先に帰国してもらう事になった。―――まだラスボス戦(ザ・ボス戦)が残っているけれどもあの人と少し戦っただけでわかる。あの人に数での勝負は無意味だ。ゲーム中にあるモブが敵キャラの強さを引き立てる戦闘ムービーの如く無双されるのが想像に易い。ならば当初の予定通りスネークさんとボクとで戦った方が良い。

 

 あ!戦いで思い出したのだけれどヴォルギンが倒れても未だ敵対する兵士が滑走路の一部を占拠している。ヘリなどを止めてある区画は制圧できたから問題ないけれど、飛行時にRPGなんかを撃ち込まれれば大惨事だ。とりあえず戦える味方によって押し込めているけど排除も視野に入れて対処も考えなければならないかな。

 

 どうしようかなと悩んでいると蜂の巣を獲って来た兵士が「軟膏なんて出て来ませんよ」と困り顔で寄って来たので、ずぼっと手を突っ込んで中より軟膏を引き摺り出して見せる。蜂蜜でべとべとの軟膏のチューブと大穴が空いた蜂の巣を交互に見て呆然としたが何かおかしい事をしただろうか?

 周囲に集まっていた兵士に痛みを堪えて治療を受けていた者も全員が開いた口が塞がらないといった顔をしていた。

 いつの間にか合流しスネークと会話していたEVAも同様に目を見開いて驚きを露わにしている。

 普通はその反応で良いのだか、食べ物や植物から医薬品が出てきたり、銃弾がその辺に落ちていたりしていた光景を何度も目にしたバットには今更驚く要素がなかったのである。

 

 「…バット。それはなんだ?」

 「え?軟膏ですけど」

 「良いか。普通蜂の巣から軟膏は――チューブは出てこない」

 「ん?いや、だって現に―――」

 「手品の類じゃないのそれ」

 

 手品と言われて首を傾げるバットはスラブニガハッカから瓶に入った消毒薬、エゾヒレハリソウから固定具、オオバコモドキから止血材をむんずと掴み取る。

 常識的にあり得ない光景にスネークは頭を抱えた。

 

 「お前がコブラ部隊並みに非常識と言う事が良く分かった」

 「ちょ!?皆さん取れますよね!」

 「普通は取れないわよ。そういう効果や使い方はあるんでしょうけども蜂の巣からチューブが出てくることは無いの」

 

 驚きの新事実(※常識)に今度はバットの方がポカーンと口を開けてしまった。

 放心状態のバットに苦笑を浮かべるスネークだったが、すぐに真面目な表情になり、視線を合わせるように膝を突く。

 

 「バット。これから俺とEVAはザ・ボスと決着を付けてくる」

 「え、あ、はい。だったらボクも準備を――」

 「いや…ボスとの決着は俺がつける」

 

 自分も戦うものだと思っていただけに驚いて顔を見返すと、今までになく真剣で、熱意が籠り、どこか寂しさと悲しさが同居している瞳と目が合った。

 一瞬、見惚れるほどの綺麗な瞳に宿った想いをぶつけられては何も言う事は無かった。

 ポーチよりM1911A1とXM16E1の弾薬とモーゼル自動拳銃を差し出した。

 

 「モーゼルC96か」

 「ボクのお気に入りの銃です。スネークさんにお貸しします」

 「良いのか?お気に入りなんだろ」

 「はい。ですから絶対返しに来てくださいね。スネークさんが」

 「バット…」

 「クライマックスに参加させてくれないのですからせめて持って行ってください」

 「必ず返しに戻って来る」

 「えぇ、勝ってくださいよスネークさん」

 「最後までさん付けだったな」

 

 二人で微笑み、笑い合う。

 これから戦いに行くというのにそんな空気を感じさせないほど、明るく楽し気な笑い声が辺りに広がる。

 

 

 

 『スネェエエエエエエエエク!!』

 

 

 

 笑い声を塗り潰すように辺りに響き渡った大音量スピーカーより発せられた声に全員が驚き振り返る。

 炎上し続ける兵器廠本棟に圧し掛かった瓦礫の山を押し退け姿を現したのはスクリュー状のドリルが取り付けられている大きな二本の前脚だった。その前脚が本体を瓦礫の下から出そうと瓦礫を掻き分け続けている。

 スピーカーを通して伝わった声と前脚だけとはいえ何かを理解したスネークとバットは驚愕した。

 

 「まさか生きていたのか!」

 「やっぱりあの声はヴォルギン大佐ですよね!?」

 「あぁ、それにシャゴホッドを破壊できなかったとは…頑丈に作ったものだな」

 「硬すぎですよ。一体装甲に何を使ってるんだか」

 「「「悠長に話している場合(ですか)!?」」」

 

 EVAを含んだ周囲の兵士達に一斉に突っ込みを入れられてそうだったと反応した二人は動き出す。

 バットは瓦礫に押し潰されたり、大爆発を喰らっても問題ないように動くことからRPG以外の銃器では無駄だと判断し、動ける者に怪我人の移動を指示。

 スネークはEVAが乗ったバイクに取り付けてあったサイドカーに乗り込んだ。

 

 「俺達があいつを引き付ける!」

 「二人でアレは無茶ですよ!」

 「大丈夫よ。この先の陸橋に仕掛けがあるから」

 「でしたら怪我人を移動させた後で援護に向かいます!っと、それとスネークさんこれを」

 

 ニコライがクラスノゴリエより持って来た最新鋭携行用対戦車ロケットランチャーRPG-7を渡す。

 受け取りサイドカーに置きながら抑制器付最新鋭突撃銃XM16E1を取り出して構える。

 

 「じゃあ、あとで!」

 「おう!あとでな」

 「じゃあ、行くわよ!!」

 『まだだ!!待てぇええい、スネェエエエエク!!』

 

 EVAが運転するバイクが走り出すと同時に瓦礫より出て来たシャゴホッドが追い掛ける。

 通過していく様を見てることしか出来なかったバットは二人の無事を祈りつつ、周りに指示を出し続ける。

 こちらを見つめる猫の視線に気付かないまま…。




●スキルのランクアップ
・スキル【レスキュー:E】が【レスキュー:D】へアップ。
 医療班所属時、診療所の回復速度上昇。
 心臓マッサージの連打回数軽減に蘇生後のHP回復量増加。
 
 多く治療行為をしたことで医療系としてランクアップ。

・スキル【政治家:E】が【政治家:D】へアップ
 元々は捕虜が仲間になり易いスキルだが、敵兵にも効果有り。

 何度も敵兵を仲間にしたことでランクアップ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 『シャゴホット』

 後ろを振り返り距離を測りながら前にと向き直る。

 スネークはEVAの操るバイクに取り付けられたサイドカーに座り、周囲への警戒を強めている。

 背後にはヴォルギン大佐が搭乗したシャゴホッド。

 シャゴホッドにはミサイル発射時の一時加速を行えるようにロケットブースターを装備している為、最大速度を考えるとバイクで引き離せる相手ではない。

 しかしそこはEVAの腕の見せ所。

 基地内の狭い場所を縫うように走り、曲がり、誘導するように付かず離れずの距離を走らせているのだ。

 立ち並ぶ施設が邪魔で巨体から上手く速度を出し切れないシャゴホッドは追い付けず、前脚を振り下ろして障害物を踏みつぶしながら突き進んでくる。

 

 追いつかれないのは良いが手持ちでは倒せる手段が無い。

 一生追いかけっこが出来る訳ではないのだ。

 

 「どうするつもりなんだ!?」

 「なにが?」

 「あいつをどうにかしないとまずいだろ」

 「大丈夫よ。この先に陸橋があって爆弾を設置しているの。だから――」

 「分かった。奴をそこから落すんだな」

 

 にこっと微笑むEVAに笑みを返して抑制器付最新鋭突撃銃XM16E1を構える。

 建物の脇よりヴォルギンの兵士が跳び出してスネーク達を拒もうと銃を撃ちまくって来る。

 何故こいつらはあんな奴の為に必死に戦うのだ?

 

 疑問を頭の隅に追いやりながらトリガーを引く。

 べつに殺す必要などない。肩でも足でも腹でもどこかに当てて戦闘不能にすればいいのだ。

 粗方倒れ伏したらEVAはそのままバイクを走らせて突き進む。

 

 「スネーク!」

 「どうした」

 「しっかり掴まっててよ!!」

 

 いきなり速度を上げられて落ちそうになるが踏ん張り背後を振り返る。

 シャゴホッドとの距離はまだあって誘導するのなら速度を上げて逃げるほどでは無い。

 棟と棟の渡り廊下に集まった兵士が銃口を向けて来る。EVAはそちらを無視して突っ切ろうとしているのだ。

 

 弾丸が飛び交う中を突っ切り、渡り廊下の下を通過すると輸送用のヘリが横向きで高度を下げて来る。

 出来るだけ身を低く構えて通り抜ける。

 さすがに生きた心地はしなかった。

 

 安堵した瞬間、響いた衝突音。

 振り返るとシャゴホッドが渡り廊下に接触したのだ。

 施設の間を縫うように追って来たため速度は低く、被害は壁に亀裂が入ったぐらいか。

 そう思ったスネークの前でシャゴホッドは前脚を大きく振り上げ、まだ仲間が居るにもかかわらず渡り廊下へと振り下ろした。

 

 「味方をやったのか!?」

 「スネーク!横!!」

 「なにぃ!!」

 

 滑走路に跳び出したスネーク達の左右に同じようにサイドカー付きバイクに乗った敵兵が殺到してくる。

 舌打ちを打ちながらトリガーを引き続ける。

 

 輸送ヘリより兵士が降りて銃を構えるがそれどころではなかった。

 

 『邪魔だ!!』

 

 吐き捨てるように叫ばれた一言を耳にして振り返る。

 シャゴホッドの武装には重機関銃が積み込まれており、その二門が激しい轟音と共に弾丸を放つ。

 目標はスネークを止めようと動いていた輸送ヘリ。

 瞬く間に蜂の巣となって空中で爆散し、破片と火炎が降りていた兵士達に降り注ぐ。

 

 「味方ごと………違うな。味方を撃ったのか」

 「本当にやる事がゲスイわよねアイツ」

 「速度を上げろ!来るぞ!!」

 

 障害物が無くなった事と滑走路というだだっ広いフィールドを得た事でシャゴホッドは本来の速度を出すことが出来る。しかもロケットブースターを用いた加速付きで。

 危機的状況にも関わらずEVAは舌で唇を嘗めずり、ハンドルを握り締める。

 

 急加速をかけられ慌ててしがみ付き、振り落とされない様に注意する。

 

 文字通り火を噴いて追い掛けて来るシャゴホッドの巨体が急接近してくる。

 追い掛けていたバイクを操っていた敵兵は危険を感じて遠のいていく。

 

 背後からはシャゴホッドが迫り、正面はグラズニィグラードを覆う壁へと迫って行く。

 ハンドルを切り、ブレーキをかけて、蟹走りで壁に近づく。

 滑走路にはっきりとしたタイヤ痕が残り、ゴムの焼けた臭いが鼻をくすぐる。

 

 壁すれすれで曲がり切った。

 ロケットブースターを使用していたシャゴホッドはそうはいかずに、ロケットブースターを緊急停止し、急停止用のパラシュートを後方に展開して減速する。

 その間に目標地点である陸橋を目指す。

 

 見えて来た陸橋は二車線のものでシャゴホッドがギリギリ通れる程度の物。

 多少古びていても頑丈そうな鉄柱を幾重にも使用して支えられている橋だ。そう易々と落とせるものではない。爆弾の威力に設置個所、橋の構造を理解して爆弾を配置しなければ落とすことは不可能だ。

 

 猛スピードで陸橋を渡り切り、急停止したバイクより降りて対岸を見つめる。

 結構、離されたシャゴホッドが砂煙を立てながら向かってきている。後は乗った所で起爆するのみ。

 

 「橋の下に赤い点滅が見える?」

 「――ん?あぁ、見えるが」

 「シャゴホッドが乗ったら撃って!」

 「撃つ!?起爆スイッチはないのか?」

 「有線だとここまで届かないし、届くようにしても見回りに見つかる恐れがあったのよ」

 

 慌てて銃器を確認するが狙撃用のライフルなんて持ち合わせていない。

 ならばとサイドカーより最新鋭携行用対戦車ロケットランチャーRPG-7を取り出して担ぐ。

 スコープ越しに三つの赤い点滅中央辺りに狙いをつける。

 

 大きく息を吸い込みながらシャゴホッドが橋の中央に差し掛かるのを待つ。

 ゆっくりと時が流れ、トリガーに掛かる指に力が籠る。

 

 橋の中央に差し掛かったシャゴホッド。 

 爆弾へと向けて放たれるRPG-7。

 幾つもの鉄柱を吹き飛ばし火炎と爆風が広がり、陸橋は中央から真っ二つに割れた。

 舞い上がった爆煙により見えにくいが支えを失った中央部は谷底へと傾き、中距離弾道ミサイル発射装置を積んだシャゴホッドが耐え切れずに落ちていき、谷底へと消えていった。

 さすがにあの高さから落ちて助かる筈はない。

 

 終わった…。

 安堵と共に大きく息を吐き出す。

 

 響き渡る金属がこすれ合うような奇怪な音…。

 

 まさかと思いながら落ちかける陸橋を見つめると残った前部分のみのシャゴホッドが加速し、斜めになっている陸橋をジャンプ台のようにしてこちら側に飛び移って来たのだ。

 先ほど後ろを捨てたのは落ちるのを防ぐために軽量化したためであり、その事に気付いた今となっては遅すぎた。

 

 着地の勢いで蟹走りするシャゴホッドは、スネーク目掛けて重機関銃を撃ち放った。

 弾切れになったRPG-7を投げ捨ててEVAを抱きしめるようにして飛び退かす。重機関銃の弾丸が真っ直ぐ地面を抉りながら進み、スネークとEVAが離れたバイクを粉みじんに撃ち抜いた。

 ガソリンに引火して炎上したバイクを背景にスネーク達は立ち上がりシャゴホッドを睨みつける。

 

 『まだ終わってないぞ。スネェエエエエク!!』

 

 ハッチより出て来たヴォルギンは酷く歪んだ笑みを浮かべた。

 次の瞬間、電気を纏った両腕がシャゴホッドの装甲をぶち抜いて、配線コードを握り締めて現れる。

 配線を引っ張り、電気を流すたびにシャゴホッドの前脚が動き、ゆっさゆっさと大きく揺れながら前進してくる。

 

 「クックックッ、終わりだなぁ~スネーク!」

 「クソッ!!」

 

 悪態を吐きながらも抑制器付最新鋭突撃銃XM16E1を勢いに任せて乱射する。

 弾丸はふんぞり返るように上げられたシャゴホッドの装甲により弾かれる。

 それでも諦めきれずに撃ち続ける。EVAも十七型拳銃を撃つがまったくの無意味。

 ヴォルギンは楽しそうに笑う。

 

 「さぁて、とどめだ!!………ヌグゥ!?」

 「なんだ!?」

 

 取り付けられている重機関銃がこちらに銃口を向け、もう駄目かと諦めかけたスネークの前を一発の砲弾が飛んできてシャゴホッドの脚部に直撃、機体を大きく揺らされた事で銃口がズレて多少放たれた弾丸は明後日の方向へと飛び去って行った。

 砲弾が放たれたであろう方向へ視線を向けると八台以上の戦車がこちらに向かって砲塔を向けていた。

 

 「まさか奴の軍勢か!?いや、だとしても早すぎる!」

 『スネェークさぁーん!!無事ですかぁー!!』

 「この声…あの餓鬼か!」

 「まったくタイミング良過ぎよ。もう少し早く来れなかったのかしら」

 「本当に―――だが、助かった」

 

 シャゴホッド上空を二機のヘリが飛び回り、空いた扉より数人の兵士がシャゴホッド上に乗っているヴォルギンへと撃ちまくる。前脚部を上げて銃弾を防がれて当てる事は出来ていないがこれでヴォルギンの動きは止まった。

 

 「助かったぞバット!しかし基地の奴らはどうした?」

 『基地に居た全兵士がボクらの味方です!ヴォルギンの行動が後押ししてくれたようで!!』

 「アイツらぁ…」

 

 そりゃそうだとしか言いようがない。

 敵を倒すだけでなく、味方に対しても容赦なく攻撃していたヴォルギンを仲間と思う奴はいないだろう。

 その結果がこれだ。

 今や敵兵のほとんどが味方となった。

 潜入したときとは立場が真逆だなと思うとふと笑ってしまった。

 

 「ヴォルギン大佐!仲間を信じず、使い捨ての駒としか見ていないお前は仲間を裏切り仲間に見捨てられる!もはや味方する者はいない!あるのは壊れかけのシャゴホッドのみ………勝負はついたな」

 「ヌゥウウウウウ、スネーk―――」

 『皆!撃ち方始めて下さい!!』

 

 ヘリより響き渡った声に戦車は勿論、対岸沿いに展開した歩兵たち全員が手にしている銃器を撃ちまくる。

 次々と砲弾がシャゴホッド、もしくは付近に着弾して土煙を立てる。ここまで届いた弾丸がカツン、カツンと装甲に傷をつけて行く。

 前脚と同じように腕を交差して少しでも防ごうとしている姿勢から腕を伸ばして叫び声を挙げる。

 

 「まだだ!まだ終わっていない!!」

 

 握っているケーブルに電流を流して無理やりにでもシャゴホッドを動かし、銃口を飛行中のヘリへと向けようとする。

 あの重機関銃を装甲車でも戦車でもない、ヘリが受ければひとたまりもない。

 

 弾切れになっているXM16E1をリロードする時間は無いと判断して、M1911A1を構え撃った。

 

 一発の銃声が戦車の発射音より響いたように聞こえ、銃声と砲弾が一斉に止んだ。

 

 ポタリ、ポタリと巻き付けてある銃弾から血が垂れる。

 足元がふらついて立て直そうと踏ん張るヴォルギンは、胸元に手を当ててスネークを睨みつける。

 

 「き…さま………貴様…よくもぉ……」

 

 弾丸は狙い通りヴォルギンの左胸付近を撃ち抜いていた。

 出血を抑えようとしっかりと押さえるが血は止まることなくどんどん手や身体を赤く染め上げる。

 殺意を込めた瞳。

 スネークは静かに銃口を上げて狙う。

 

 次は脳天。

 ここを撃たれて平気な生き物は居ない。

 

 トリガーに指をかけ、引き金を引こうとした瞬間、銃声が鳴り響いた。

 それはスネークでもEVAでもバットでもない。

 銃声の発生源はヴォルギン自身だった。

 

 巻き付けていた銃弾がスネークの銃弾を受けて暴発したのだ。

 一発が暴発し他の弾丸へと当たり、また暴発する。

 ポツリ、ポツリと銃弾が暴発するたびにヴォルギンの身体は痙攣を起こしたように跳ねる。

 徐々に暴発音が乱立し始め、痛みで立って居られなくなったヴォルギンはその場で倒れるも暴発の音は止まらない。

 シャゴホッドで見えにくいが暴発が原因で火が付いたか火の手が上がり、ヴォルギンが立ち上がる事は無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 『山猫vs蝙蝠』

 ヴォルギンを乗せたままのシャゴホッドは炎上していた。

 体に巻き付けていた弾丸は暴発し終え、起こった炎はヴォルギンが握っていた配線を伝って内部へと燃え広がり、配線どころかすべてのパーツを焦がしている。

 もはやスクラップと化したシャゴホッドをバックにスネークは着陸しているヘリの群れを眺める。

 数十人単位ではなく数百人単位で輸送用ヘリに乗り込む。

 中にはこちら側ではなくヴォルギン側のまま捕虜として連行されている者も居て、完全にこのグロズニィグラードはヴォルギンの支配下から解放された。

 

 現在は残っている輸送ヘリや装甲車をかき集めここより移動しようと動いている。

 バットは上官に掛け合って手回しの状況を確認中で、それが上手く行っていれば全員がここより脱出を開始する。

 

 「あとは…」

 

 想うだけでも気持ちが暗くなる。

 それでも俺はやらなければならない。

 問わなければならない。

 戦わなければならない。

 あの人と―――ザ・ボスと決着をつけなければならない。

 

 「辛気臭い顔をするな。酒が不味くなるだろうが」

 「グ、グラーニン!?」

 「よぉ。元気でやっとったようじゃな」

 

 聞こえた声に驚きながら振り返ると杖をつきながら酒瓶を片手に満足そうな笑みを浮かべたグラーニンがゆっくりとだが歩み寄って来た。後ろには白衣を纏った研究員が荷物を抱えながら付いて来ている。

 研究資料を持っている奴も居るが中には酒瓶を持たされている奴らも居るのだが…。

 

 「お前さんも一杯どうだ?ヴォルギンの奴、良い酒を隠し持っててな」

 「いや、俺は勝利の美酒を味わうのはまだ先なんだ」

 「そうか。お前さんもやる事がまだあるんじゃな」

 「もってことは―――」

 「儂はバットの奴に作ってやることにした!」

 「メタルギアをか!?」

 

 二人がメタルギアに関して執着を持っている事は知っていたが、まさか個人に贈るように制作すると思わなかった。

 なにせメタルギアは核搭載二足歩行戦車。つまりは核弾頭を撃てる歩行型の兵器を個人が保持するのだ。核弾頭という大量破壊兵器を積む意味でも、大型兵器に保持する為の資金だったりと問題は山積みだろうに。

 上機嫌に酒を呷るグラーニンだったがスネークの問いに困ったように頬を掻く。

 

 「あー…いや、メタルギアではあるが儂が贈れるのは設計図だ。まさか一機造り上げれるだけの資金を持っとると思っとるのか?」

 「それはそうだよな」

 「スネークさん!皆の脱出準備完了しましたよ」

 

 バットがぶんぶんと手を振って手回しが上手く行っていた事を伝えて来る。

 片手を上げて返事をし、EVAへと視線を向ける。

 EVAはザ・ボスの元までの道案内をしてくれるとの事でサイドカーの様子を確認していた。

 

 「バット。俺はザ・ボスとの決着をつけて来る」

 「分かりました。では行ってください」

 

 違和感を覚える。

 行ってくださいと言う事は奴はココに残るような物言いだ。

 多くの輸送ヘリが飛び立ち、装甲車が移動を開始する中、45口径回転式拳銃を取り出し構える。

 

 バットの視線を先にはヘリのプロペラによって巻き起こった風にベレー帽が飛んでいかない様に抑えているオセロットの姿があった。

 

 「―――そうか…分かった。またあとで会おう!」

 「はい、またあとで」

 

 サイドカーに乗り込み、EVAがバイクに跨りザ・ボスの元まで走り出す。

 決して振り返ることなどせずに前だけを見て…。

 

 

 

 

 

 

 スネークとEVAが行ったことを確認してバットは覚悟を決める。

 彼とは二度ほど交戦したがどちらも不意打ち、もしくは奇襲の接近戦。

 銃撃戦では一度も挑んでいないし、強さも知っている。

 だからと言ってスネークさんに譲るつもりはなかった。

 

 だってラスボス戦を譲ったのだ。

 ならば彼との戦いを自分が貰ったって良いじゃないか。

 

 二ヤッと笑みを浮かべると同様に不敵な笑みを返してくる。

 

 「仲間は奪われ、部隊は壊滅。もはやヴォルギンに与する理由も無し。だからこそ私は私の意志でお前と決着をつけたい」

 「ボクとだけで良いんですか?」

 「無論スネークともつけるさ。その前にまずは貴様だ。………二度だ。二度も私は負けた。しかし今度は負けない」

 

 バットの為に残っているヘリよりニコライを始めとする反ヴォルギン派の兵士が銃を構えて降りて来るがジェスチャーで制止させる。その動きに出て来た兵士が戸惑うがまるで見世物でも見るかのように気楽な様子で酒を煽り、眺めているグラーニンを見て銃口を下げた。

 満足げに様子を眺めたオセロットはポケットよりコインを取り出した。

 

 「早撃ちで決着をつけよう。これが落ちた時が一対一の決闘の合図だ」

 「大昔のカウボーイ映画で見た事あります。背中合わせの奴ですね」

 

 コクリと頷くとコインをニコライに投げ渡し、ゆっくりと近づいて来る。バットも同じく近づきながら45口径回転式拳銃をホルスターにしまい込む。

 身長差のある二人が背を合わせ、大きく深呼吸を行う。

 いつでも抜けるようにホルスター近くに寄せた手を見て、ニコライはコインを握り締める。

 

 「二人とも良いな?では、行くぞ」

 「はい」

 

 バットとオセロットは背中を合わせ、一歩一歩離れて行く。

 酒をぐびりと飲みながら見つめるグラーニン。

 天を拝むようにバットが勝つことを祈るジョニー。

 コインを握り、ゴクリと生唾を飲み込みながら緊張を隠せないニコライ。

 三歩、四歩、五歩と離れていくのを確認し、コインを高々と放る。

 宙をくるくると回りながら上へと上がり、次は重力に従って落ちるだけ。

 二人の間をコインは落下して、地面にポトリと音を立てて落ちた。

 同時に振り返りながらもホルスターよりリボルバーを抜いて、トリガーを引く。

 銃声は重なることなく連続で辺りに響いた事から早撃ちでどちらかに軍配が上がったことが分かる。

 

 オセロットの左頬に一筋の線が浮かび上がり、たらりと血が薄っすらと流れる。

 逆にバットは左肩を押さえながら蹲ってしまった。

 勝敗は決したと言わんばかりに満足そうな笑みを浮かべたオセロットはホルスターにリボルバーを戻す。 

 

 対してバットは初めての痛みに悶絶していた。

 彼が知るゲームはリアルではない。例え腕が切り落とされようとも、ショットガンで腹を撃ち抜かれても痛みと言うものは存在しない。あるとしたらダメージを受けた振動がその部位で発生するようにしてあるぐらいだ。

 

 だが、この世界は彼が生きている世界から言うと異世界で、ゲームのような恩恵を受けているものの転移している事には変わりない。痛みはリアルのまま伝わり、激痛を脳が受け止める。

 銃弾で肩を撃ち抜かれた経験など初めてで、ゲームと思い込んでいた彼は痛みの概念など当たり前のように無いものと思っていた。ゆえに痛みに対して心構えもしてなければ耐性もない。痛む肩をぎゅっと掴むので精いっぱいだ。

 ベレー帽を被り直したオセロットは指をさしながらバットに笑みを浮かべた。

 

 「良い銃だがその彫刻には何の戦術的優位性もない」

 「そう…ですか………いつっ…でも好きなんですよこいつも」

 「ふっ、私ほどでは無いが早撃ちは見事だった」

 

 背を向けて歩き出し去って行こうとする。

 突然振り返って両手をこちらに向け「良いセンスだ」と言ったら走り去っていった。

 

 「大丈夫かバット!?」

 「――――大丈夫ではないです…」

 「どれ見せてみ」

 

 オセロットが去って行ったことでニコライ達が心配そうに駆け寄って来る。

 言われるがまま傷口を見せるとグラーニンは飲んでいた酒瓶を傾けて、酒を傷口へとかけた。

 悲鳴を挙げてのた打ち回るバット。慌てて追いかけるジョニー。

 

 「なにしてるんですか?」

 「うん?消毒だ。よく効くぞ」

 「えぇ、そのようですね」

 

 転げ回っていたバットはポーチより医療品を取り出して自身の治療を行う。

 触れる度に痛みが発生するが気にせずに終わらせる。

 

 「いぃ――――ったくない!行きますよ皆さん!!スネークさんの所へ!!」

 「やせ我慢か知らんが儂はもう乗っとるぞ。あとはお前さんとそこの兵士だけだぞ」

 「出すぞ!」

 「「ちょっと待って!!」」

 

 慌てて飛び乗るバットとジョニー。 

 治療した事で痛みが消えたバットは窓際の席に座り、窓より外を眺めるようにして顔を見せないようにした。

 隣に座ったジョニーはバットを見てどうしたら良いかと困惑すると、グラーニンがそっとハンカチを渡して席に着いた。

 礼を言うことも出来ずにバットはハンカチを目を覆うように押し付ける。

 

 ……負けた。

 

 痛みがあったとかはもうどうでも良い。

 ボクは負けたんだと実感が湧くと妙に悔しくて涙が溢れて来る。

 我慢できずに声が漏れる。

 それを誰も気にする素振りを見せずにただただ座っていた



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 『師弟』

 森から抜けた先は綺麗な場所だ。

 澄んだ湖に向かいに広がる森林地帯、そびえ立つ山々にさんさんと輝く太陽に暖かな日差しが降り注ぐ。

 脱出用のWIGが湖に浮かべられ、EVAは離陸の為の準備を進めている。

 

 そしてスネークは真っ白な花を咲かせているオオアマナが群生している花畑の真ん中に立って居る。

 辺りにはオオアマナ以外には枯れた木々が何本か並び、ザ・ボスが待っていた。

 

 ボスは語った。

 大戦の終結と共に【賢者達】の反目が始まり世界は分散し、共に訓練し闘った仲間と敵味方に分かれて殺し合う戦場。

 政府の体制や時代の流れで敵味方がまるで風向きのように変わり、時代によって時流によって変移するその中で我々軍人は弄ばれる。

 ―――昨日の味方は今日の敵。

 

 大戦時は味方として戦っていたコブラ部隊のザ・ソローはソ連側の兵士として、ザ・ボスはアメリカの兵士として殺し合う事に…。

 

 『綺麗でしょ?生命の終わりは…切ないほどに…。生命は最後に残り香を放つ』

 

 語りの最初に言った一言が妙に重く、悲しみに満ちたものに聞こえてくる。

 

 『お前を育て、鍛え上げたのも私とお前が戦い合う為にした事ではない』

 

 俺もボスより教わった技術でボスと争いたくなんてない。

 

 我々の技術は仲間同士を傷つける為にあるのではない。

 時間には関与しない【絶対的な敵】なんて敵は地球上には存在せず、敵はいつも同じ人間で【相対的な敵】でしかない。

 だから世界はひとつになるべきだと。

 

 ボスは【賢者達】を再び統合し、バラバラとなっている世界を一つにすると言った。

 確かにボスのカリスマ性に兵士は集まり、技術の伝授によりコブラ部隊にも匹敵する優れた戦闘集団が生み出される。それを現実にするには莫大な資金が必要となるが、それもヴォルギンが握っていた【賢者達の遺産】を手にすれば問題はなくなる。

 

 俺はどうしたら良い?

 軍人として、兵士として、俺としてどうしたら良いのだ?

 

 悩む時間などもうない。

 何故なら…。

 

 「十分後にミグがこの場所を爆撃する。十分のうちに私を倒せればお前たちは逃げ切れる」

 

 ―――残り十分。

 その間にボスを無力化しないと俺は勿論EVAだって死んでしまう。

 約束したのだ。

 EVAには生きて戻ると、あいつとはまたあとで(・・・・・)とな。

 

 「ジャック―――人生最高の十分間にしよう!」

 「ボス!」

 「お前は戦士だ!任務を遂行しろ!!お互いの忠を尽くせ!!」

 

 もはや俺の言葉はボスには届かない。

 サバイバルナイフと45口径自動拳銃M1911A1を構え対峙する。

 

 勝てるのかボス?

 俺はボスに育てられた。

 愛情を注がれ、武器を与えられ、技術を教わり、知恵を授かった。

 一度として勝つことの出来なかったボスに対し、俺は無力化―――いや、殺すことが果たしてできるのだろうか?

 

 ギリッと歯茎より血が出るほど噛み締め、そんな考えを振り払う。

 悩んでいる余裕なんてない。

 迷っているようでは万に一つの勝ち目もない。

 

 握り締める手に力が籠り、ボスと見つめ合う。

 

 「行くわよ!!」

 

 その言葉で俺は動き出す。

 銃撃戦では拳銃とボスのパトリオット(・・・・・・)では不利過ぎる。

 XM16A1をベースにボス専用に改良された銃。

 取り回し易くするために銃身を大幅に短くし、ストックを取り外し、通常のマガジンをドラムマガジン二つに変更している。

 反動がきつく、命中精度にかける銃ではあるが、弾数は無限大という規格外。

 

 弾が尽きない銃と数発しか撃てない拳銃では撃ち合いになった時に弾数で押し切られる。

 腕前が左右するような相手であれば何とか出来るかも知れないが相手は格上。

 だから逃げる。だが、ただ逃げる訳ではない。

 

 俺はこの戦いでアイツの悪知恵を知らず知らずに学んでしまったのだろうな。

 

 片手で構えたパトリオットより弾丸が放たれるが、遮二無二走り出して木の後ろへと隠れる。

 反対側に弾丸がビシビシと着弾し、音からボスの位置を特定する。

 ナイフを仕舞い、M1911A1を左手に持ち代える。木より銃口だけを出して威嚇程度だが発砲。

 ボスは身を翻して近くの木へと姿を隠す。

 そこへとポーチよりグレネード数個を右手で掴んで放り投げる。

 

 グレネードを投げつけられた事を見たボスは空中のグレネードをパトリオットで撃ち落として行く。

 視線がこちらから外れた隙に別の木に移動して、武器を最新鋭突撃銃XM16E1へと変更して、まだこちらを視認していないであろうボスへと銃口を向けて飛び出す。

 

 ボスは迷うことなくこちらへと向かって駆けていた。

 

 「成長したわね」

 

 今までにない戦い方に喜んでいるのかどこか楽しそうに微笑み、そして獲物を狩る肉食獣のような獰猛な表情を見せる。

 焦りと動揺で手がブレて狙いが逸れる。

 乱れた弾丸の間を走り抜けて来るボスにすぐに弾切れを起こしたXM16E1を投げつけて、再びナイフとM1911A1を構えてCQCも行える体勢を整える。

 

 「試してあげるわ!」

 「――クッ!」

 

 ナイフの一撃を軽くいなされるが、気にすることなく銃口を向ける。

 払った手が胸部にきつい一撃を入れて一瞬だが思考が止まり、その隙に銃身を掴まれる。

 目にも止まらぬ速さで拳銃は分解されるが、これは前にも受けており、こうなる事は予想済み。

 

 分解される途中で手を放して掴みかかる。

 反撃にあうが予想していなかったのか反応が遅れるなど、ボス相手になかったミスを逃す訳にはいかない。

 

 足を払い、流れのまま、渾身の力を込めてボスを背中から地面に叩きつけた。

 

 初めてボスに勝った!

 そんな考えが頭の中に生まれると隙まで生まれてしまい、転んだ状態でのボスの蹴りを横腹に受けてよろめく。

 立ち上がり構えたボスは大きく息を吐き出してひと睨みする。

 

 「まだまだね。でもさっきの一撃は良かったわ」

 

 まだまだ身体は戦闘可能だがXM16E1は弾切れ、M1911A1は分解され、ナイフは先ほど投げた際に落としてしまい武器は何もない。

 対してボスもパトリオットを落としており武器はない。さらに先ほどのダメージが僅かながらふら付いているようにも見える。

 

 「お互い武器は肉体のみ…となれば」

 「CQCのみ!」

 

 先手を取られる前に動いた。

 掴もうと伸ばした手は弾かれ、捕まれる。

 こちらも同じく離すまいと掴んで、関節を決めようと動くが合わせるように動かれて捌かれた。

 苦々しい顔を向けると懐まで潜られ、先ほどのお返しと言わんばかりに叩きつけられた。

 背中の痛みが響き、肺から空気がせり上がる。

 この状態で止まっていてはサンドバッグもいいところだ。痛みを無視して蹴りを喰らわし、ガードされたもののよろめいた間に立ち上がる。

 

 「ボス!!」

 「なに!?」

 

 すかさず懐に入ろうと駆け出したボスにポーチより引き抜いた物を投げつける。

 

 ナイフか何かと判断したボスは射線から半歩避けた。

 が、ここで大きなミスをしてしまった事に気付く。

 自分が教えた覚えのない小賢しい手を躊躇いもなく使う弟子(スネーク)

 

 だからこそナイフ投げを行って来たのだと思った。

 この位置取りでは避けられた場合、確実にCQCの餌食になる。だからそんな事をしないだろうと思っているからこその投擲。

 そう思っていた。

 これこそ誤算。

 

 スネークが悪知恵を授かった少年は―――バットはその斜め上をいく。

 

 投げつけられたのはグレネードなどの安全装置―――つまりピンだ。

 一瞬頭を過ったのは自爆だ。

 

 それだけは避けたいところだ。

 

 生き残った者がボスの称号を受け継ぐ。

 そしてボスの名を継いだ者は終わりなき闘いに漕ぎ出して行く。

 

 そう想っていただけにさせてはならないと…。

 しっかりとスネークの瞳を見たザ・ボスは自分が勘違いをしていた事に気付く。

 

 そこには諦めや命を捨ててでもという感情はなく、熱い熱と強い意志を兼ね備えた生の感情を宿した瞳……。

 

 真意に気付いたボスの耳と目にダメージが入る。

 スネークが安全装置を解除したのはスタングレネード。

 響き渡る音が鼓膜にダメージを与えて平衡感覚を乱し、放たれた閃光が視界を奪い去る。

 

 ポーチで爆発させたことでスネークも耳にダメージを負っているが目は無事だ。

 一瞬…この一瞬だけでもザ・ボスを完全に無力化した。

 この最大の好機を逃せば勝機は地平の彼方まで逃げてしまう。

 

 ――喰らい付け。

 ――しがみ付け。

 惨めでも無残でも見っとも無くてもこの刹那に。

 痛みを無視しろ。

 足を踏ん張らせろ。

 腕を動かせ。

 

 ここですべてを出し切るんだ。

 

 触れられた感触で目が見えなくとも、耳が聞こえなくともボスは反撃を試みる。

 腹部に一撃が食い込むが雄たけびを上げてさらに一歩踏み出す。

 ボスの懐まで潜り込んだ。

 

 平衡感覚が崩れた中で足に踏ん張りを入れて、腰に拳に力を籠める。

 もうこれはボスから習ったCQCではない。

 全てを込めた一撃――――身体を捻るように繰り出された右ストレートは見事にボスの顎を打ち抜いた。

 

 衝撃が顎から脳に伝わり、意識が途絶える。

 その場に崩れるように倒れ込む。

 

 

 

 

 

 

 ―――筈だった。

 確かに顎に決まったのだ。

 常人ならばここで気絶する筈なんだ。常人ならば…。

 

 右目はまだ閉じたままだが左目がしっかりとスネークを捉えていた。

 その瞳からまだボスが戦えることを知るがもう遅い。

 

 現状行える渾身の一撃を放ったスネークはスタングレネードのダメージもあり、完全にバランスを崩していた。

 伸びきった右手を掴まれたと思ったら思いっきり投げ飛ばされていた。

 花を潰すように転がり、何とか起き上がろうと手に力を込める。

 

 足元が覚束ないボスは足元に転がっていたパトリオットに手を伸ばす。

 痙攣したかのように震える右手が握り締め、銃口がスネークへと向けられる。

 

 

 

 一発の銃声が鳴り響き、白い花が真紅に染め上げられた…。





 次回SNAKE EATER最終回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 『別れ…』

 ポッターズフィールド(共同墓地・無縁墓地)…。

 ここには多くの墓が並び、静けさだけとゆるりと流れる風で満たされていた。

 人気はなく、活気もない。

 まさに死者が眠る場所である…。

 そこを一人の人物が歩いていた。

 ソ連の危機を救い、アメリカの潔白を晴らした英雄――コードネーム【ネイキッド・スネーク】。

 潜入ミッション時の野戦服ではなく軍の制服に袖を通し、手入れをしていなかった無精髭を剃り、身嗜みも整えていた。

 手にはオオアマナの花束とザ・ボスが愛用していたパトリオットが収められた鞄を持って……。

 

 一つの墓の前に立つをゆっくりと屈み、花束とパトリオットを供える。

 墓の主の名はザ・ボス…。 

 アメリカでは恥知らずの売国奴として…。

 ソ連では核兵器を撃ち込んだ狂人として…。

 汚名を着せさせられた真の英雄…真の愛国者…。

 

 スネークはザ・ボスに勝利した。

 ふら付きながらもパトリオットに手を伸ばすザ・ボスに対して、投げ飛ばされたダメージを受けたスネークは自身の死を覚悟したが、無意識に懐から取り出した銃を撃っていたのだ。

 

 モーゼルC96――バットより渡された自動拳銃。

 パトリオットを向ける最中に腹部に弾丸を受けたザ・ボスは手からパトリオットを落とし、その場に倒れ込んだ。

 よろめきながらも急いで駆け寄る。

 

 腹部を押さえながら痛みを堪えているザ・ボスは優し気で暖かな笑みを浮かべ、じっと見つめた。

 銃創の位置から確実に臓器を貫通しており、近くに医療施設もないこの場ではもう助からない…。

 死に際のザ・ボスはヴォルギン大佐が持っていた【賢者達の遺産】のデータを記録したマイクロフィルムとパトリオットを俺に渡し「ジャック…いえ、貴方はスネーク…素晴らしい人…さぁ、私を殺して…」と告げて来た。

 今もあの穏やかな声と撃った感覚が鮮明に思い出される。

 

 「ボスも蛇も二人はいらない…一人でいい…」

 

 ザ・ボスを殺害し、ヴォルギンを排除し、アメリカの潔白を証明した俺は【ザ・ボス】を超える称号として【BIG BOSS】の称号を大統領自ら授かった。

 サポートしてくれた兵器や軍事技術の専門家のシギントに体調管理のサポートをしてくれたパラメディック、そして上官であるゼロ少佐を含んだ大勢からの拍手も喝采も、大統領からの賛辞と称号もすべてが虚しく、ぽっかりと空いた穴から零れ落ちるように抜けていった…。

 

 ソ連より脱出しアメリカへの帰還途中、EVAが残して行ったテープより事の真相を知った…。

 

 EVAはKGBでも元NSAでもなく、中華人民共和国人民解放総参謀部第二部スパイだった。しかも米中ソ共同出資の施設で潜伏工作員候補として育てられ、対米諜報技術訓練所を卒業した賢者たちの工作員。

 任務は賢者の遺産の奪取。

 そのためにKGBのスパイとして潜り込んだのだという。

 

 亡命した元NSA両名は男性で、当初の予定なら殺して入れ替わる筈だったアダムは現れず、殺すことなくEVAとしてスネークに接近した。

 誰も気づかなかった。

 ソコロフもヴォルギンもスネークも…ただ以前教官をしていたザ・ボスだけは騙せなかった。

 

 しかし彼女はヴォルギンに教える事は無かった。

 代わりに真実を託されたのだ。

 

 ザ・ボスの亡命はアメリカ政府が賢者の遺産を手に入れる為に仕組んだ偽装亡命だった。

 彼女であればヴォルギンも気を許し、任務である賢者の遺産のありかを探る事も可能と判断しての事だ。

  

 偽装亡命は上手く行き、あとは探るのみと思われたが、ヴォルギンが小型核弾頭デイビークロケットでソコロフ設計局を撃って消滅させた事で用意されていたシナリオは大きく変更せざるをえなくなった。

 何しろアメリカの核兵器をソ連内で使われたのだ。

 持ち込んだのは亡命したザ・ボス。

 フルシチョフ第一書記より潔白を求められたが、当初の目的を中止する事も出来ないアメリカ政府は潔白を証明する為にザ・ボスの抹殺を決定。

 そんな自らの死が決定した任務をザ・ボスは分かっていて遂行して見せたのだ。

 生還も自決も逃走も許されず、俺の手によって殺されることがザ・ボスに与えられた責務…。

 後世に雪がれることのない汚名を着せられ葬られる。

 軍務の為に仲間に背く、常人ならとても耐え切れない重荷を背負いながら…。

 

 俺は公言出来ない。

 汚名を晴らすことは出来ない。

 

 何故ならその行為はザ・ボスを否定する―――彼女の死を無に帰す行為に他ならないからだ。

 だから俺は…俺達だけは決して忘れる事は無い。

 この真実を。

 本物の英雄たる彼女の事を…。

 死するその時まで忘れる事は無い。

 

 立ち上がり姿勢を正したスネークはザ・ボスの墓標に今回抱いたいろんな感情を抱えながら敬礼をする。

 心が落ち着きを取り戻すまでじっと敬礼を続け、区切りをつけると来た道を戻って行く。

 ここのポッターズフィールド入り口近くまで行くと、見知った人物がそこに立って居た。

 

 共にスネークイーター作戦を闘い抜いた戦友―――バット。

 

 こちらに気付いたバットはニコリと微笑みを向ける。

 彼は変わらず黒のロングコートに黒の野戦服姿で、腰のホルスターには約束通り返したモーゼルC96が収められてあった。

 

 「もう良いんですか?」

 「あぁ…今は…な。それよりお前は参らなくて良かったのか?」

 「師弟の間に割り込む様な無粋な事したくないですしね」

 

 バットはそういうと寂しげに笑った。

 死に際のザ・ボスはゆっくりと色々と語ってくれた。

 その中にはバットの事もあり、一度短い間ではあったが手合わせして、秘めている才能に勿体なさを感じたのだとか。

 どうやってかは分からないが、まだ幼いながらもあれだけのCQCを獲得しており、中々の戦闘スキルを持っているが、圧倒的に経験が足りずに生かし切れていない。もし縁があるのであればアレも鍛えてみたかったと…。

 

 その事を伝えると嬉しそうに、そして悲しそうに頷いていたか…。

 

 「これで終わりですねぇ」

 「そうだな…っとそうだ」

 

 これでお別れだなとしみじみしているとある事を思いつき、ポーチより葉巻を取り出す。

 

 「葉巻はまだ余っているか?」

 「余ってますけど…」

 「帰還したんだ。一服付き合え」

 「ボク未成年」

 「見つからなければ問題ないだろう」

 「つまり見つかれば問題があると分かっているんですね」

 

 大きなため息を吐いたバットは諦めたような笑みを浮かべ葉巻を取り出した。

 

 「そう来なくっちゃな」

 「もう…仕方なしにですから」

 

 ふふと笑みを零しながら吸い口の反対を切り、火をつけようとジッポを取り出そうとするとバットが先に取り出して火をかざす。火が消えない様に手で風を遮っており、そこに咥えた葉巻を近づけて火をつける。

 口の中に広がる葉巻独特の味を楽しんだら、鼻からゆっくりと抜く。

 

 「美味しそうに吸いますね」

 「お前も吸い始めれば分かるさ」

 「そういうもんなんですか」

 「さぁ、次はお前だな」

 

 葉巻は銜えたまま、今度はスネークがバットへジッポを翳す。

 火が風で揺らぐのを同じように空いている片手で防ぐ。

 

 「ほら、どうした――――――バット?」

 

 いつまで経っても葉巻に火をつけないバットに不審がって火からバットへ視線を向けるとそこには誰も居なかった。

 驚きつつ辺りを見渡すが周りには人っ子一人居ない。

 隠れる場所もないのに音もなく姿を消したのだ。

 

 

 

 

 

 

 急に目の前が真っ暗になったバット―――宮代 健斗はゴーグルを取ってベッドから上半身を起き上がらせ、自室である事を確認する。

 プレイ時間的にも大丈夫と思っていたが結構していたのかなと首を傾げる。

 凝り固まった身体をうんと伸ばし、少しでも解す。

 

 「楽しかったなぁ。こういうのを神ゲーって言うんだよね」

 

 嬉しそうに独り言を呟きながら、喉の渇きを癒やそうと飲み水を取りに行く。

 ゲーム内で味わった果物の果実に比べたらとても味気ない物であったがとりあえず良いだろう。

 なにせ、一周目をクリアしたのだ。なら今度は二周目のクリアを目指して行くのみ。

 今度はどうしようかな。

 前のゲームデータを引き継げるだろうからスネークさんを引っ張っていく感じで行こうか。それとももっとバックアップに徹するべきか。

 そうだ。

 このゲーム会社にレビューを送らないといけないのかな。ならもう少しプレイしてから書こうかな。

 

 そんな事を想いながら鼻歌交じりにゴーグルを被り直して、ゲームの起動ボタンを押す。

 

 

 

 【ソフトが入っておりません】

 

 

 ゴーグルにはその文字しか表示されなかった。

 おかしいなと思いながらゴーグルを外し、ソフトの挿入口を確認するがメタルギアのソフトが消えていた。

 大慌てでベッドや周りも隈なく探してみたがソフトどころか届けられた時に入っていた箱や届け物の履歴データまで消えており、まるで最初っからすべてが無かったようになっている…。

 

 

 ベッドの上に転がっている一本の葉巻を除いて…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ【ハプニングとその結末】

 

 ザ・ボスとの決着をつけたスネークはEVAが待つWIGへと乗り込んだ。

 すでに中にはグラーニンにニコライ、ジョニーにバットが先に乗り込んでいた。

 グラーニン達が乗っているのはアメリカに向かう為ではなく、途中ソ連に狙われた時に止める役目を担っているだけで、途中でソ連軍に引き渡すべく降りる事になっている。

 

 「終わったんですね、スネークさん」

 「あぁ……そうだな」

 

 静かにそう一言だけ伝えたスネークは腰を下ろして一息つく。

 何処か辛そうな表情に他の誰も声を掛けなかったが、グラーニンだけは酒瓶の口を開けて差し出す。

 

 「ほれ、飲め」

 「……頂こう」

 

 普段なら断っていた所なのだが、今は酒でも飲みたい気分なんだ。

 どうにも心にぽっかりと穴が開いてしまったようで、無理やりにでも何かで埋めたい衝動に駆られる。

 

 「出すわよ」

 「お願いします」

 

 エンジン音が響き渡り、湖をゆっくり進みながら徐々に離陸して行く。

 

 「……上手いもんだな」

 「大したもんでしょ」

 

 コクピットより上機嫌そうなEVAの声が返って来て笑みを薄っすらと浮かべる。

 

 

 

 突然の銃声に小さな爆発音、そして大きな揺れが襲って来た。

 いきなりの揺れで体勢を崩した中、大声が届く。

 

 「スネェエエエエエク!!」

 

 慌ててコクピット付近の窓枠より外を確認すると個人用垂直離着陸機フライングプラットフォームに乗って追ってくるオセロットの姿が。

 

 「どうしたんですか!?」

 「オセロットが追って来た!」

 「さすが山猫。執念深い!」

 「そんな事よりどうする?」

 

 こちらに気付いたオセロットは速度を落として後ろに移動して行った。

 確実に乗り込んでくる気だろう。

 ならばやる事は一つ。

 

 「入ってくる気だ!」

 「だったら迎撃するしかないですね!ジョニーさん手伝って!」

 「了解!」

 

 バットとジョニーが大急ぎでハッチの前に急ぐ。

 ホルスターから銃を抜き、構えようとするところで固まった。

 

 二人は左のハッチ(・・・・・)をあけて周りを警戒して疑問符を浮かべていた…。

 

 「馬鹿!逆だ逆!!」

 「ふぇ!?」

 「うぉっ!?」

 

 突っ込みを入れている間にオセロットがハッチを蹴り開け、こちらに向かって飛び込んできた。

 その時の衝撃でバットとジョニーは膝を突き、ニコライはグラーニンを護るように体勢を取る。

 

 「とぉう!」

 

 フライングプラットフォームから飛び移ったオセロットはワンバウンドしてバットとジョニーが開けたハッチより悲鳴を挙げて飛び出して行った。

 呆然と皆で眺めると今度はジョニーが悲鳴を挙げる。

 

 「どうした!?」

 「腰の!!腰の爆弾がぁ~!!」

 「爆弾?……あ、あー、あれか」

 

 そう言えばとジョニーを味方に引き込む際に腰に葉巻を差し込んでバットが爆弾と言って怖がらせていたっけ。

 見渡してみるとそれらしい葉巻が転がっていた。

 手に取って見えるように掲げる。

 

 「ジョニー。その爆弾の話なんだがな…嘘だ」

 「ばくd……はい?」

 「だからバットが吐いた嘘なんだ」

 「え、じゃあアメリカの最新鋭の小型爆弾ってのは」

 「存在しないな。あってもバットは持ってないと思うぞ」

 

 マスクの上からでもパクパクと口を動かすジョニーに対してバットは笑いを堪えて肩を震わしていた。

 

 「うぉ…ホッとしたら腹が…」

 「おいおい!ここで漏らすなよ。外で――」

 「いえ、博士。ここで外に出たら間違いなく死にますよ」

 「そりゃあそうだ」

 「「「「あははははははは」」」

 「馬鹿な話している暇があるなら手伝って!!」

 

 皆で大笑いしているとEVAの怒声が響き渡る。

 コクピットへ振り向くとフロントガラスに映るのは岩肌。

 計器よりアラーム音が鳴り響き、後方からは黒煙が上がっている。

 

 「エンジンをやられたみたいなの!」

 「グラーニンさん修理出来ます!?」

 「出来るか!!それに出来たとしても間に合うか!!」 

 「ですよねー」

 「良いから引いて!」

 

 大慌てで駆け寄ったニコライにスネークがEVAの左右から操縦桿を引っ張る。その引っ張るスネークとニコライをジョニーとバットが引っ張って何とか機首を上げようと踏ん張る。

 何とか機首が持ち上がり岩肌への激突は防ぎ、皆無事に脱出することに成功したのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー…面白かったわね

 そうじゃの。次はいつやるかの?

 やっぱり―――――じゃないか

 

 ではそれまでは真面目に仕事をするとしようかの…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シークレットシアター:私は…

 おまけ回です。 
 本編とは何の関係もありません。


 私は悲しい…。

 

 出番がカットされた事ではない…。

 いや、確かに悲しくはあるがそれ以上に悲しい事がある…。

 潔白の花言葉を持つ白い花々に囲まれた中で戦い、死に絶えた私の最愛なる女性…。

 

 ザ・ボスの死…。

 触れる事の出来ない霊体の身では彼女の遺体を抱きしめる事も出来ない…。

 

 あぁ…悲しい…。

 いったい彼女がなにをしたというのか…。

 彼女はずっと戦い続けてきた。

 理不尽な命令にも命の危険に晒される任務にも文句を言わずにやり遂げたまさに英雄中の英雄。

 

 だというのに彼女から産まれたばかりの子を取り上げ、まるでモルモットのように実験にも付き合わせ、今度はこれだ。

 アメリカの潔白を証明する為に本来の任務を変更して死んでくれ?

 あまりにも残酷だ…。

 

 私は彼女に生きて欲しかった。

 あの大戦後…敵味方に分かれた時もそう思い…死んだ。

 

 私は悲しい…。

 しかし私に何が出来ると言うのか…。

 

 雨が降り始めたこの花畑でザ・ボスに寄り添うようにザ・ソローは立ち尽くす。

 

 ピシッ―と何かが割れたような音が響いた。

 ヴォルギンが放ったような放電が発生し、何かが上からどさりと落ちて来た。

 

 「――ックハ!?」

 

 落ちて来たのは人だった。

 変わったボディスーツに身を包んだ若い兵士。

 その整った顔立ちの青年はヴォルギンの部下であるライコフに似ている気がする。

 

 否!

 それはどうでも良い事だ。

 彼の存在そのものが私にとって都合が良い!

 

 「ここは!?―――花畑?スネークは何処に…ってなんだ!?」

 『………私は…悲しい…』

 「幽霊だと!?馬鹿な。そんなのあり得ない」

 

 ゆっくりと近づく私に銃を突きつけ撃ってくる。

 霊体には何の効果もなく弾丸は通り過ぎてゆく。

 

 「来るなぁ!来るなぁあああああ!!」

 

 引きつった表情で逃げ出そうとする青年にザ・ソローはにやりと微笑む。

 ピシリと眼鏡にひびが入る音がした…。

 

 

 

 

 

 

 「君こそ真の愛国者だ」

 

 自身に向けられる拍手と喝采。

 大統領からの賛辞を敬礼にて返す。

 求められるなら握手にも答えて言われるがまま写真に撮られる。

 大統領は偉業を達した私を利用してのアピールも兼ねているのだろうがそんな彼の考えなど関係ない。

 

 ただ私は―――――…。

 

 

 

 急に見ていた光景が遠のき、暗闇が訪れる。

 その中でも薄っすらと明かりを感じ、重い瞼をゆっくりとあげる。

 

 「おはようございます」

 「あぁ…おはよう」

 

 どうやら自室のソファに腰かけたまま眠ってしまったらしい。

 歳のせいもあるのだろうがそれ以上に変な体勢で寝た事で身体の節々が痛む。

 コキコキと肩を鳴らしながら身体を解す。

 

 「ボスがうたた寝なんて珍しいですね」

 「気が緩んでいたんだろうな。夢まで見ていた」

 「夢ですか」

 「懐かしい夢だ。ある意味転機になった事柄の」

 「詳しく聞きたいです」

 「その内な」

 

 もたれ掛かった身体を起こして、窓からの光を塞いでいたカーテンを開ける少女に顔を向ける。

 癖のある金髪に幼げな顔立ちの少女―――パス・オルテガ・アンドラーデ。

 非政府諜報組織【CIPHER】を指揮するゼロ少佐より預かった工作員で、ここではEVAより工作員としての技術を学んでいる。

 工作員の腕前よりも彼女の作る家庭料理が結構口に合って、そちらのほうで重宝していたりする。

 

 「パス。少し来なさい」

 

 ザ・ボスに二つ返事で答えたパスは微笑みを浮かべながら近づき、ボスに指示されるがまま隣に腰かけて後ろを向ける。

 ポケットより取り出したくしで少し乱れている髪を梳き始めた。

 

 この手に入れることなどないと思っていたこのような時間がとても心地よい。

 まるで母娘のような関係もここでの生活もすべてはあの人―――ザ・ソローからの贈り物。

 

 

 愛弟子であるスネークがバーチャスミッションを行っているとき、ザ・ボスはヴォルギンの下へ渡り、賢者の遺産を入手するべくソ連に偽装亡命した。

 (スネーク)を騙すのは心苦しかったがこれも任務。

 ソコロフをスネークより奪ったのち、ヘリにてグラーニングラードに到着した私は驚きの再会を果たした。

 

 別のヘリに乗っていたヴォルギンが雨が降る中近づいて来ると後ろにザ・ソローの姿が見えたのだ。

 ヴォルギンに取り付いたソローは教えてくれた。

 見て来た(・・・・)これから起こる未来での出来事らを。

 隠してある賢者達の遺産の在りかを。

 信じられない事ばかりだった。

 

 だが、私は信じた。

 あの人の言葉を…。

 

 ちなみに移動中のヴォルギンのヘリに突如現れたライコフ似の青年はオセロットによって独房へぶち込まれたとか…。

 

 その後は取り付かれたヴォルギンが暴れ、兵士達に取り押さえられて隔離され、指揮官不在という局面に陥り、兵士達は私を頼るようになった。

 私は祖国に銃を向けてしまって帰国が許されない兵士達をある地点に誘導し、匿うだけの資金と物資を持って行かせた。

 そして私自身は昔教官をして知っているEVAを連れ、グラーニングラードより出て行った。

 勿論だが任務であるシャゴホットの破壊は完遂し、EVAには賢者達の遺産を記録したマイクロフィルムを渡して帰国させた。

 

 政府は賢者達の遺産を回収できなかったことは残念そうであったが、シャゴホットの破壊にヴォルギンの捕縛というアメリカの脅威とソ連に恩を売れたとして英雄として迎えてくれた。

 だが、これはすべて偽りである。

 EVAは祖国にザ・ボスに偽の情報を掴まされたと弁明し、秘密裏に私と合流した。

 賢者達の遺産は私が確保した。世界を一つにする為の資金として。

 

 

 

 アレこそが転機だったのだろう。

 

 デイビッド・オウ――ゼロ少佐を巻き込み、信頼の置けるという武器関連のスペシャリストのシギントに医療の専門家であるパラメディックをも取り込み、EVAに愛弟子のジャック――ネイキッド・スネークで愛国者という組織を築き上げた。

 途中ヴォルギンの下に居た山猫部隊の隊長でGRU・KGB・CIAのトリプルスパイであるオセロットも加入し、組織は大きくなっていった。

 諜報工作活動を主に行う【CIPHER】をゼロ少佐が立ち上げ、私は傭兵部隊を作り上げた。

 世界を一つにする為にはすべてを見通せる情報と如何なる武力にも対応できるだけの戦力が必要だと分かっているからだ。

 

 【相続者計画】により生み出されたジーンを仲間に入れ、多くの【FOX隊員】を引き抜き、ヴォルギンの部下だった者らを合流させた。一介の傭兵部隊にしては十分すぎる戦力であるが対国家戦を想定するとまったくもって足りなさすぎる。

 

 そこで提案されたのがメタルギア計画だ。

 ソコロフが提案したミサイルの一段目のロケットの代わりをするシャゴホットのような兵器ではなく、自由自在に悪路であろうが走破する二足歩行兵器。それこそが必要だと…。

 なら話は簡単だ。

 ソ連に帰国したグラーニンを自由に研究が出来るという条件で勧誘し、彼の友人だという元NASA宇宙工学技術者のヒューイ博士を加え、メタルギアプロジェクトは動き出した。

 ただし、問題も生じた。

 現在の技術ではメタルギアの有人機は難しく、人工知能による操作を必要とされたのだ。

 それ関係の技術は二人にはなく、私と共にマーキュリー計画に携わったストレンジラブ博士に声を掛けたのだ。

 内容も聞かずに博士は二つ返事で乗って来てくれた。

 彼女とは研究だけでなく、良くお茶を一緒にする仲になった。

 良い関係を築けたと思うのだけれども、一緒に大浴場を使っていると妙に視線を感じるのだが…。

 

 

 そしてようやくメタルギアの完成にまで漕ぎ着けた。

 この海上に浮かぶ洋上プラントにメタルギアが収納され、今日はそれを祝うパーティが模様されている。

 

 「~♪」

 「その歌…最近よく口遊むわね」

 「え?あぁ、この曲は今日歌うんですよ。ミラーさんの提案でね」

 「カズヒラの?彼が歌う訳ではないのでしょう?」

 「私が歌います」

 「なら良かったわ。あの歌声を聞くぐらいなら欠席しようかと思ったもの」

 「あはは…お世辞にも上手とは言えないですものね」

 「おいおいそりゃあないだろパス。それにボスまで」

 

 乾いた笑みを浮かべていると扉を開けてMSF副司令官を任せているカズヒラ・ミラーが入って来た。

 その事にパスが不機嫌そうに表情を歪ませる。

 

 「ちょっとミラーさん女性の部屋に無断で入るなんて不作法ですよ」

 「いや、俺もノック無しで入ろうとは思わなかったさ。ただ部屋の中から俺の話が聞こえたもんでな。しかも悪い方の」

 「気のせいじゃないかしら」

 「そんな訳ないだろう!しっかりと聞こえたぞ」

 「それより何か用事があったんじゃないの?」

 「おっと、そうだった。ボスに食べて貰いたいものがあって来たんです」

 

 本当に忘れかけていたのかは定かではないが、カズヒラは持っていたおぼんをザ・ボスへと差し出した。

 

 「食べて貰いたいものってそのおぼんに乗っている物」

 「そうさ。ようやく爺さんにお墨付きを頂いたんだ。ぜひ完成品をボスに食べて貰おうと思ってな」

 

 そう言われたおぼんの上にのっているハンバーガーを見て二人共絶句した。

 シルエットはどう見てもハンバーガーなのだが色がおかしい。

 どうみても無理に付けただろうと突っ込みたくなるようなカラーリングをした食べ物が身体に良さそうには全く見えない。寧ろ毒々しさすら感じる。

 

 「南米の毒蛙で似たような配色を見た事がある」

 「み、ミラーさん!?」

 「いや、待ってくれ。確かに見てくれは悪いが味は保証する―――爺さんが…。材料だって問題ない―――筈だ…」

 「駄目です。こんなものボスに食べさせるわけにはいきません。それにボスの食事を作るのは私の役目なんです」

 「いくらパスだからってそれは聞けないな」

 

 睨み合う二人を他所に私はアレを食べないといけないのかと本気で我が身を心配する。

 戦場であれば蛇や蝙蝠だって食べたりもするがここは戦場ではない。

 私たちのホームで衣食住――特に食事では不自由することは無い。

 生まれの違いは食文化の違い。様々な国より集まっているので食事も国々の料理が取り揃えられている。だからこのような怪しげなものに手を出さねばならないという事はないのだ。

 

 別にカズヒラを信用していない訳ではない。

 例えガゼルにスワンにドルフィンにピューマにコットンマウスにエレファントetc.etc…恋人が居ようが居まいが手を出しまくった不埒者であるが副司令官としてはそれなりの信頼を置いている。

 スネークとサウナで殴り合いをしている事からその事実を知って、手を出した数だけ全裸でフルトン回収の罰を申し付けたが、それはどうでも良いとして信用云々よりもこのバーガーは不安を煽る色彩で躊躇われる。

 

 どうやって切り抜けようかと悩んでいたらノック音が響いて扉をスネークが開け、状況を目にして怪訝な表情を浮かべる。

 

 「ボス。パーティの時間です―――あー…何をやっているカズ?」

 「スネーク!?ちょっと待て!なんか俺が悪いような言い方しなかったか?」

 「―――違うのか?」

 「違う!断じて違う!!」

 「当たっているでしょうに…」

 「悪いがバーガーの件は後だ。では行こうか」

 

 スネークのおかげで活路が出来たのを見逃さずにザ・ボスは立ち上がる。

 扉に手をかけた所で違う(・・)視線を感じて振り返る。

 

 さっきまで晴れていたというのにパラパラと雨が降り、一瞬だが雨具を纏ったあの人が見えた気がした。

 穏やかな、満足そうな笑みを…。

 

 私は作る。

 誰かがあの悲しみを味わう事のない様に…世界を一つにして見せる。

 例えそれが叶うのが私が死んだ後になるとしても、私の意志を継いで成してくれる。

 

 そう想いスネークを見つめる。

 理解できていないスネークはきょとんとした顔をするが気にするなと一言かけて進む。

 

 だからザ・ソロー。私が逝くのはもう少し先になりそうだ。それまで待っていて欲しい…。

 ザ・ボス―――ザ・ジョイは未来を想い描き、笑みを浮かべた。

 

 

 ―――あぁ、ゆっくりして来ると良い。

 

 ―――私は………嬉しい…。

 

 ―――君が戦場だけでなくこうした穏やかな日々を、新たな仲間――いや、家族と共に歩んでいる事に…。

 

 

 ザ・ソローはにっこりと微笑むと徐々に姿を霞ませてゆく。

 その様をガスマスクを被った少年を見つめ、ぶかぶかな袖を大きく揺らして手を振るのであった…。

 

 

 

 ちなみに異色のバーガーはパスより話を聞いたスネークが「で、味は?」と問い、最後はスネークの胃袋に収まる事となったとさ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【おまけシークレットシアター:俺は…】

 

 ソリッド・スネークは上官であるキャンベル大佐よりブリーフィングを受けて任務の難しさに眉間にしわを寄せる。

 大佐自身も無理難題と分かっているからか顔色が良くない。

 心を落ち着かせようと煙草に火をつけて一服する。

 

 「大佐…本当にやるのか?」

 「あぁ、やらねばならないのだ」

 

 アラスカにあるフォックス諸島沖の孤島―――シャドー・モセス島。

 そこにある核兵器廃棄所をFOX HOUND(フォックスハウンド)部隊と彼らの率いる次世代特殊部隊が突如として蜂起し、島を占拠したのだ。

 彼らの目的は依然として通達されていないが情報を知り得たアメリアを含んだ各国政府はこの件に関して何の動きも見せていない。

 

 ――ただこの件には特殊部隊FOXHOUNDの総司令官であるネイキッド・スネークが関与している。

 彼は以前より言っていた。

 「俺は――俺達は世界を一つにする。それが彼女の意志を継いだ俺の役目だ」と。

 

 これがその世界を一つにするきっかけなのだろう。

 アメリア軍が動けない理由は皆目見当が付かないが黙って見過ごせるわけはない。

 だからこそ政府内で危機感を持った人物がキャンベル大佐に対応を秘密裏に頼み、大佐は俺に依頼してきたわけだが…。

 

 シャドー・モセス島を占拠している相手が悪すぎる。

 ハイテク特殊部隊FOX HOUNDに所属しているエース級の精鋭…。

 サイキック能力を持つ、サイコ・マンティス。

 天才女狙撃手、スナイパー・ウルフ。

 変装の達人、デコイ・オクトパス。

 巨漢のシャーマン、バルカン・レイブン

 拳銃の名手だけでなく拷問のスペシャリストとしても知られるリボルバー・オセロット

 FOX HOUND実戦部隊リーダーのリキッド・スネーク。

 

 これだけでも相当厄介だというのに敵兵は実勢経験こそ無いものの遺伝子治療によってビッグボスのソルジャー遺伝子が組み込まれたゲノム兵達に現地の兵を味方に付けている。

 それだけでなく核搭載二足歩行戦車であるメタルギアレックスを手中に押さえて兵器面でも圧倒的である…。

 

 軍の援護もなくたった一人で潜入し、FOX HOUNDを倒して、メタルギアを破壊し、施設内の核兵器の有無を確かめ、メタルギア開発主任であるハル・エメリッヒ博士の奪還に、大佐の姪でありFOX HOUNDと行動をしているメリル・シルバーバーグの説得…。

 これらの任務を厳重な敵地のど真ん中で行わなければならないのだ。

 

 ため息を吐き出すのも仕方がないだろう…。

 

 「すまないスネーク…君一人危険な作戦に…」

 「言わないでくれ大佐。決心が鈍る―――行くしかないんだろう」

 「本当にすまない―――本来なら軍の全面的なバックアップが無ければならないのだが…」

 「そういう時もあるさ」

 「君一人に各拠点(・・・)を潰してもらうなど」

 「――ん?今なんて言った!?」

 

 聞き捨てならない言葉に目を見開いて食い入り気味に問う。

 大佐はしまったと言わんばかりの顔をし、持っていた資料を背に隠した…。

 怪し過ぎる行動に強硬手段で資料を奪い去る形で答える。

 

 そこにはネイキッド・スネークが関わっており、シャドーモセス島と連動して動きを見せている拠点が数か所…。

 

 

 国境なき軍隊(MSF)という民間軍事組織でカリブ海沖に浮かぶ巨大な洋上プラントを所持している。

 兵の練度が高いだけでなくロボット工学の権威のヒューイ・エメリッヒ博士に元NASAの宇宙工学技術者で、DARPAにも所属していたストレンジラブ博士など技術面でも優れており、ピューパ(AI搭載水陸両用戦機)クリサリス(AI搭載垂直離着陸戦機)コクーン(AI搭載超級戦機)、ピースウォーカーなど多くのAI兵器を創り出して保持している。資料にはさらに核搭載二足歩行戦車の存在が示唆されている。

 MSFを組織した副司令官のカズヒラ・ミラーはダイアモンド・ドッグズ(DD) という傭兵組織の副司令官も兼任しており、そこもかなり練度が高い。それに以前噂だが現行の戦闘機を操縦しているパイロットだけを狙撃する言葉を発しない女性狙撃手クワイエットの話を聞いた事がある。

 他にも中東のソ連、中国、中近東に隣接するザンジバーランドでもネイキッド・スネークと関係がある銃弾を剣で弾くほどの超人グレイ・フォックスが現地入りしたと。

 

 「―――大佐」

 「……なにか?」

 「無理だ」

 「そう言わず頼む」

 「無理だこれはさすがに!!」

 「ぬぅうう…」

 「まさかとは思うが他には悪い話は無いだろうな!」

 「………それがニカラグアで革命を成功させたサンディニスタ民族解放戦線の司令官とも関りがあって、ニカラグアは各国のように傍観ではなく協力を…」

 「はぁ…」

 

 無理過ぎてため息しか漏れない。

 資料の最後の方には大戦時に誕生した伝説の特殊部隊【コブラ部隊】の名が書かれており、MSFとDDの兵士達は間接的でも彼らの教えを受け継いだ者達らしい。

 そりゃあ強い筈だ…。

 一騎当千とも言える兵士達に異常な精鋭たち。

 対するこちらは俺一人。

 

 「今回は他を当たってくれ大佐」

 「待て!待つんだスネーク!!スネェエエエエエク!!」

 

 逃げ出すようにブリーフィングルームから出て行くスネークはキャンベル大佐の叫びを聞き流し帰路につくのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR SOLID:PORTABLE OPS
第23話 『新たな戦地』


 あれから六年…。

 24歳となった宮代 健斗はぼんやりと立体映像型のモニターをぼんやり見つめながら思い返す。

 

 突然送られてきたゲームソフト。

 感覚や味覚まで完全に再現し、NPCであろうキャラクター達には意志があり感情があるように感じた。それこそ本当に生きているかのように…。

 自分の動きや選択にも作用されるゲームシステムの応用能力。

 

 アレはゲームというよりまるで異世界(・・・)に飛ばされたと言われた方が納得できる品物であった。

 

 未だにあれ事態が夢や幻の類であったのではないかと疑ってしまう。

 送られてきたのと同様に痕跡も残さずに消え去ったゲームソフトに、あれほどのゲームソフトを見た覚えがない。

 ゲーム名やゲーム会社を覚えていたので何度も調べてみたのだがそれらしい物は見つからなかった。

 

 だけどアレは絶対に夢ではない。

 何故ならあの時の葉巻がまだ目の前にあるのだ。

 未成年である学生が購入出来る筈もなく、そもそも高級品に該当する葉巻など手が出る訳がない。

 この世界の検閲を抜けるのは至難の業で、富豪や権力を持った者でしかそういう裏技は行使できない。

 

 今なら問題なく買えるのだがね。

 

 六年の歳月が経って、宮代 健斗の生活は一変していた。

 探しても探しても見つからないのであれば作ってしまえば良いと熱意を胸に三年間を勉強に費やしゲーム会社に入社。最初の二年は先輩の手伝いで費やしたが三年目で任されたFPSのイベント企画で何度も何度も思い返していたあのゲームを元にしたものを提案し採用。企画は成功したどころか新作一本丸々作ってくれと追加のオファーが掛かりそれが大ヒット。

 今ではゲーム業界で知らない人はいないほどのゲームプロデューサーとなった。

 同年代では上位に入るほどポイントを稼いで食べる物も豪華になって行った。

 以前の栄養ドリンクから食生活が改善されたせいか身長が十センチも伸び、170㎝となったのは嬉しい限りだ。

 

 お金も名声も得たのだが、健斗は限界を感じていた。

 時が経つたびにあの頃の熱意は消え始め、今の技術ではアレを再現できないという事に肩を落として、最近ではスランプに陥ったのか良いシナリオが全く思いつかない。

 

 「あー…あの頃が楽しかったなぁ…」

 

 机に突っ伏しながら真空カプセルにて保存している葉巻を見つめる。

 またスネークさんと駆けたいなぁ…。

 

 

 

 ―――コトン…。

 

 

 そんな事を思っていると玄関にて物音が聞こえた。

 椅子から立ち上がるのも億劫で顔だけを向けて確認する。

 

 見かける事のないダンボールが置かれていた。

 

 まさかと興奮するあまり、勢いよく立ち上がり過ぎて椅子が吹っ飛んで転がり回る。

 ドクンドクンと心臓が大きく音を立て、興奮で手が震える。

 落ち着くことも出来ずに大慌てでダンボールへと駆け寄り、ゴクリと生唾を飲み込む。

 

 ゆっくりとゆっくりと健斗はダンボールの蓋をしているガムテープを剥がして行く…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スネークは痛む身体に鞭打って立ち上がり状況を確認する。

 狭い独房にベッドやトイレだけが置かれ、ドアは分厚く頑丈。

 グロズニィグラードの房は電子ロックであったがここは鍵穴で、鉄格子なのはのぞき窓だけで鍵穴に手が届かない。届けば仕込んでいる針金で開ける事も可能なのだが…。

 

 スネークイーター作戦より六年。

 【BIG BOSS】の称号を捨て、スネークはFOX部隊を除隊して戦場から離れた。

 ずっとグロズニィグラードでの出来事やザ・ボスの死、消えたバットの事を想いながら日々を過ごしてきた彼は、突然襲われてこんなところに閉じ込められてしまった。

 ナイフや肉弾戦で襲い掛かって来た連中は何とか出来たが、日本刀を持った若い兵士により気絶させられてしまった。

 

 あの兵士に覚えがあるような気がするのだが如何せん思い出せない。

 身体の痛みはその時の物がほとんどだが数か所は違う。

 

 カニンガム中尉。

 右足義足のFOX部隊の捕虜尋問官として知られる男によりやられた痛みだ。

 奴らは賢者の遺産を欲していた。

 なんでもCIAが回収した賢者の遺産は半分だとか言い張り、そして残りのありかは俺が知っていると…。

 

 まったく身に覚えのない話で尋問されて聞き出そうとされても話せることなどありはしない。

 そういえば気になる事を言っていたな。

 「襲って来たのはFOXの部隊か!?」との問いに奴は「そういう事にしておくか。今はな…」と答えた。

 どういうことだ?カニンガムが居るという事でFOXの隊員達が襲って来たのかと思ったのだが…。

 考えるにしても情報が少なすぎる。

 今はここを逃げ出す事だけを考えるか。

 

 スネークはドアノブに手をかけて引くが当然のようにロックが掛かっており開くことは無かった。

 

 「無駄だよ。そこは開かない」

 

 声に反応して向かいの独房へと視線を向けると、よれよれの迷彩服のボタンを緩めてラフに着こなしたアメリカ人男性がこちらを見つめていた。

 

 「スネーク()…スネークと言うのかアンタ。大層なコードネームだな」

 「誰だ?」

 「あんたと同じく捕虜だよ」

 「捕虜?なんでアメリカ兵がこんなところで捕虜に?」

 「いろいろあってね。話せば長くなるんだが……」

 

 話そうとした口を閉じて何かを悩み始める。

 その間に向かいの男を観察する。

 頬は多少こけているもののやつれ切っている訳ではなさそうだ。

 周りには奴一人だけという事は単独潜入か奴だけ捕虜になったというあたりか。

 予想しているという事を決めたのか口を開く。

 

 「それよりもそこから脱出したくないか?」

 「……何か方法があるのか?」

 「ベッドの下にダクトがあるだろう?そこから別の房に行ける」

 「なんで知っている?」

 「俺が外したんだ。ま、もっともその後すぐに房を移されたがな」

 「それはまた抜けた話だな」

 「そこを出たら俺の頼みを一つ聞いて欲しい。アンタの利益にもなる筈だ」

 

 スネークは二つ返事で答えた。

 予想では頼みというのはここからの脱出だろう。

 どういう経緯で捕虜にされているかはまだ分からないが、先にここに居るのなら何かしら情報は持っている筈だ。最優先で行わなければならないのはこの独房からの脱出と情報収集だ。

 ベッドの下へ潜り込んで、ダクト入り口を外して狭い内部へと進む。

 ただ通るだけなら何ら問題はなく、ゆっくりながらも進んで行く。

 出口にも留めがしてあったがそれも手で簡単に外れ、ベッド下より独房内を確認する。

 

 誰も居ないどころか入り口は開けっ放し。

 さらには服と銃が置いてある。

 現在スネークはズボンだけの上半身裸(ネイキッド)状態の非武装なのでありがたいが、トラップの可能性を鑑みてワイヤーなどがついてないかチェックは怠らない。

 

 トラップの有無を調べて問題ないと分かり、折り畳まれた服を着る。

 FOXの新型であるアロマティック・ポリアミドのスニーキングスーツに、スネークイーター作戦でも持っていたサプレッサー付きのMk22(抑制器付麻酔銃)。

 有難いどころか不自然すぎる。

 発信機がないか良く確かめ、Mk22に接着剤が詰められているとか何かされてないかを注意深く確認するが、まったくもって何もないので余計に不安になる。

 

 しかし幾ら調べても何もない。

 疑問や不安は残るが何時までもここで立ち止まっても仕方がない。

 

 「さて、行くか」

 

 房より出て先ほどの男が入れられている独房へと進む。

 

 ―――が、急に背後より気配を感じて振り返ろうとする。

 

 「動くな手を上げろ」

 

 銃口を背に突きつけられ静かに告げられた通りに手を上げようとして止まった。

 

 動くな手を上げろだと?

 動くな―――ならどうやって手をあげろと?

 手を上げろ―――動くことになるんだが?

 

 「俺は動かずにどうやって手を上げれば良いんだ?」

 「・・・・・・あれ?」

 

 どうやら背後のやつはかなり抜けているらしい。

 いや、そうじゃない!

 この声に俺は聞き覚えがある。

 

 「もしかしてその声バットか!?」

 「正解ですスネークさん」

 

 銃口を下ろされ思いっきり振り返ると6年前に比べて大きくなったが、面影は強く残したバットがにっこりと笑みを浮かべて立って居た。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 『蝙蝠は舞い、蛇は這う』

 宮代 健斗ことバットはスネークと再び出会えたという事実に喜んでいた。

 タイトルから前回の続編だという事は察していたし、チュートリアルで出て来た赤色・青色・灰色のシルエットたちから【スネークに協力しろ】という命令と説明も受けていたが、まさか前回のデータを引き継いだスネークに会えるとは思っておらず、懐かしそうに自分の名前を呼ばれた時は嬉し過ぎて涙が出そうだった。

 

 ……本当にこれゲームなのだろうか?

 ゲームでは無かったらなんだと言うんだという疑問に自答出来ないから口には出さないけど、どうもゲームに思えないんだよなぁ…。

 

 バットの服装は野戦服に黒のロングコートなど身長が大きく伸びた分はサイズが大きくなっていたりはするが、だいたい前回と同じものであった。

 懐かしさからくしゃくしゃと乱暴に頭を撫でられる。

 

 「大きくなったなバット。見違えたようだぞ」

 「えへへ、スネークさんは……老けました?」

 「こいつ」

 

 まるでじゃれ合うように接する二人を独房の中から男は呟きながら眺めていた。

 

 「スネークにバット――そうかBIGBOSSか。驚いたな。本物か」

 「俺を知っているのか?」

 「知っているさ。不正規戦(ブラックオプス)の世界ではあんたらは有名人だからな」

 「ボクも?」

 「そうさ。グラズニィグラードでの一件はソ連ではBIGBOSS以上に英雄視されている。なにせ交渉だけで現地の兵士の大半を味方につけ、無事に帰国できるようにしたんだからな。知れば各国の軍隊は欲しがる人材だ」

 「そこまで褒められるなんて」

 「あんまり褒めないでくれ。こいつは調子に乗ると何かしら仕出かすからな」

 「失敬な!」

 「なら胸に当てて思い返してみろ」

 

 ムッとしながらも言われるがまま胸に手を当てて思い返してみる。

 けれど別段思い当たる節がなく首を捻る。

 すると何故か残念そうな視線を向けられ、ため息を吐かれた。

 余計に納得できずに抗議の視線を向けていると、独房の男性から興味深そうな視線を向けられる。

 

 「クレパス」

 

 そういえばクレパス前でスネークさんとオセロットが戦っている時、調子に乗ってオセロットの部下に手を出して凄い弾幕が来ましたっけ。隠れれる岩と蜂の群れが現れなかったらどうなっていた事か。

 

 「ザ・フューリー戦」

 

 恰好をつけて挑発したら焼かれそうになったり、暗視ゴーグルで炎を直視したら目の前がホワイトアウトしました…。

 あの時はスネークさんに助けて貰わなかったら文字通りに真っ黒焦げになって死んでましたね。

 

 「荷物に紛れてトラック入ったり、倉庫を爆破したら予想以上に規模がデカかったり―――」

 「すみません。思い出したんでその辺にしてください…」

 

 次々挙がる事例にダメージを受けてしょんぼりとその場に座り込む。

 独房の男性はクツクツと笑い、スネークさんは苦笑いを浮かべる。

 バットが意気消沈したところでスネークは状況を整理する為にも独房の男と話を始めた。

 

 男の名はロイ・キャンベル。

 アメリカ陸軍特殊部隊群(グリーンベレー)に所属する隊員でここには調査の命令を受けて来ていた。

 ここはキューバのほぼ真下、コロンビア中心の沿岸部にあるサンヒエロニモ半島(死者の半島)

 1964年にコロンビア最大の反政府組織FARCがソ連から軍事的支援を得るために差し出したコロンビア内のソ連領土。

 その為、この辺りの正確な地形は一般の世界地図には記載されていない。

 ソ連は1962年にキューバ内にアメリカ全土を射程に収めれるミサイル基地を建設しようとして失敗。それ以来新たなミサイル基地候補地を探しており、このサンヒエロニモ半島に建設する事になったのだ。

 しかし米ソ共に財政難と軍事費の負担で今までのような冷戦は続けられなくなり、戦略兵器制限交渉では弾道ミサイルの保有数も制限される見込みとなっては新たなミサイル基地を建設する必要は無くなり、基地建設計画は途中で放棄された―――筈だった。

 最近になり何者かの手により未完成だった基地施設が一部だが完成させられた事実。

 それらの調査・確認の為にグリーンベレーの部隊が派遣されたのだが、状況の調査をしている最中にFOXの襲撃を受けて彼を除いて全滅。

 唯一生き残ったロイは囚われの身となったという訳だ。

 

 「何故FOXがコロンビアに…」

 「それについてはそっちの方が詳しいんじゃないのか」

 「との事ですがスネークさんに心当たりは?」

 「ない。というか俺は当に除隊した身だからな」

 

 まだまだ疑問が多く残るが圧倒的情報不足。

 これ以上を知るにも解決するにも先に進むしかないだろう。

 

 「待ってろ今助ける」

 

 バットはスネークの取った行動に驚愕した。

 囚われの身であるロイを助け出そうとするのは理解する。

 グリーンベレーの隊員である彼を仲間に加えれれば、二人で任務をこなすよりも効率は段違いに上昇するだろう。

 だから今助けると言葉を聞いて出すために鍵を壊したり、開錠する鍵を差し込むのだろうと思った。

 

 スネークの行動は独房の取っ手を引くというものだった…。

 独房って閉じ込めるものですよね?

 鍵が掛かっていて当たり前。

 なのにスネークは二度、三度と取っ手をガシャンガシャンと音を立てて引くだけ。

 

 「無駄だ。散々試した」

 

 ですよね。

 そして開くのであればとっくに脱出してますよね。

 

 「この独房は専用の鍵がないと開かない」

 

 生暖かい目でスネークを見守っていたバットは「ふぅ…」と息を吐き、背負っているバックパックを降ろす。

 

 「ここはボクの出番ですね」

 「鍵を持っているのか?」

 「鍵は持ってないですけどこんな独房開ける事なんて簡単ですよ」

 

 ごそごそとバックパックを漁り目的の物を探す。

 チュートリアルで以前扱っていた武器や衣料品を引き継げたのである筈なのだ。

 AK-47突撃銃やM1911A1、各種弾薬や手榴弾などを掻き分けて顔を突っ込む様な体勢でガサゴソと探り、やっとの事で目的の物を取り出した。

 

 「ちょ!?おま!!」

 「さぁ、行きますよ。ロイさん離れて下さいね」

 

 イサカM37散弾銃を独房へと向けたバットにロイもスネークも青い顔を晒した。

 止めようとしたスネークは間に合わず、ロイは身の危険を感じて扉の前から飛び退く。

 銃口から放たれた弾丸は轟音を辺りに撒き散らしながら鍵穴を吹き飛ばした。

 二人の視線を受けるバットは笑みを浮かべながら鍵が不必要となった独房の扉を開け放った。

 

 「ね?簡単でしょ」

 「……ここが敵地のど真ん中って理解しているか?」

 「・・・・・・・・・あ」

 

 警報がBGMのように鳴り響く中、バットは間の抜けた声を漏らし、スネークは頭痛がした頭を軽く押さえる。

 こうしてバットとスネークの第二幕が始まったのである…。

 

 

 

 

 

 

 ロイ・キャンベルは耳にした話と目の前の青年が違い過ぎて戸惑っていた。

 特殊部隊の母であるザ・ボスとGRUの過激派将校で“サンダーボルト”の異名を持つヴォルギン大佐の一派と戦った二人のうちの片割れ。

 ザ・ボスの弟子で装備無しの状態でも単独で任務をこなせる能力を持つBIGBOSSことスネーク。

 そして格闘・医術・調理に長け、敵兵の多くを味方に変えて現地で反抗勢力を作り上げたバット。

 しかも上層部とコネがあるのか、ヴォルギンと共に行動したがバットの下に付いた兵士達を無事にソ連に帰還させたうえ、なにもお咎めがない様に計らった人物としてソ連では英雄視されている。

 

 イメージ的には高度な交渉術と高い知性、相手を引き込む様な演技力を持つ人物を想像していた。

 だが実際は何処にでもいそうな青年。

 今青年という事は当時は子供と呼べる時分だったろう。

 なのにどうしてグロズニィグラードではそれほまでの偉業(異業)を成せたのか気になった。

 鍵がないと開けれない独房を開けれると断言したときはさすがと心の中で称えてしまったよ。

 

 …それが間違いだったと分かったのには十秒も掛からなかった。

 

 「デカくなっただけでこういうところは変わらんな」

 「いやぁ、すみません」

 

 俺が入っていた独房がある小さな収容所の入り口に銃弾が引っ切り無しに放たれ続ける。

 銃声に壁に弾丸が直撃して起こる破砕音が鳴り続ける中、困り顔ではあるものの慣れた様子で話す二人に怪訝な顔を向ける。

 場慣れというのもあるのだろうがこれは異常だ(・・・)

 撃たれれば死ぬか、良くても戦闘能力が低下して戦い抜く事は難しくなる。

 なのにこの状況下で余裕さえ感じさせるというのは一種の狂気だ。

 

 「さっきM1911A1持っていたな」

 「持ってますよ。はい、どうぞっと、ロイさんにはAK-47で良いですか?」

 「良いんだがこの状況をどうする気だ?

  入り口は一つ。そこには今現在銃弾の雨霰で出るに出れない。

  それにこちらの戦力は三名であちらさんは一個小隊近く居るぞ」

 「勿論突破しますよ。アレから勉強もしてましたし」

 「勉強って…」

 「なら俺はどうしたら良い?」

 「援護願います」

 

 ニカっと気持ちの良い笑みを浮かべたバットは手にした三個ほどグレネードの安全ピンを引き抜いた。驚きの余り目を見開いて凝視する最中、手や顔を入り口から出さぬように注意しながら三つのグレネードは外へと放り投げられた。

 放り投げて空いた手で耳を塞いで入口より目を逸らす。同じくスネークも塞いだので倣って耳を手で塞ぐと、塞いでいるにも関わらず聞こえる甲高い破裂音に入口より閃光が内部を照らす。

 

 「行きます!」

 「行け!」

 

 それだけ言うと何の躊躇いもなくバットは跳び出し、スネークは銃を構えて入口より身を晒した。自分も援護しようと渡されたAKを手にして身を出すとそこには信じられない光景が広がっていた。

 二十人近くの兵の半数近くが先の閃光で目が眩み、のた打ち回っていた。その兵には目もくれずに駆けていくバットはふら付きながらも銃口を向けている兵士に向かう。

 

 耳を塞いでも聞こえた音に反射だというのに目に光の残滓が残る強烈な発光。

 考えるまでもない。先ほどバットが投げたグレネードは音で耳を、光で目を潰すスタングレネード。

 転がっているのはもろに光を目にし、その上で音で耳をやられて気絶。もしくは気絶寸前の消えかけの意識で踏ん張っている奴らだろう。

 立って居るのは僅かでも防げた連中。運が良かったのか、それとも咄嗟の機転か分からないがあんな状態では戦力としては期待できるものではないが…。視界は何とか守れても音で耳がやられて平衡感覚が狂っている。足元は覚束ないし、身体の芯がブレブレだ。あんな状態では狙って撃っても目標に掠りもしないだろう。

 

 しかし数撃てば当たる確率は増す。さらに言えばバットは接近しているので命中率は格段に上がっている。

 それでもバットには掠りもしていない。

 何やら口元が度々動くとまるで一人だけ時間の流れが違うかのように弾丸を目で捉えて(・・・・・・・・)、最小限の動きで避けて行く。

 敵の懐まで接近すると自分より大きな相手に対し、素早く関節を決めたり、相手の動きを利用したりして、あっという間に意識を刈り取って地面に転がす。

 スネークの援護も的確で相手はまさに為す術なく倒され、一分もしない内に一個小隊もの敵兵が無力化された。

 

 …化け物。

 

 これがあの二人に俺が抱いてしまった感情だ。

 多分だが彼らが戦ったというコブラ部隊や特殊部隊の母と謳われたザ・ボスも彼ら並みの…否、彼ら以上の化け物だったのだろう。

 化け物と言っても俺は彼らを恐れ戦いている訳ではない。

 寧ろ仲間であることに心強さを感じているところだ。

 彼らとならば何とかなるんじゃないかと。

 

 慣れた様子で戦闘不能となった敵兵を縛り、銃弾や物資を拝借しているバットとスネークは不敵な笑みを浮かべる。

 

 「さぁ、これからどうするか」

 

 アレだけの敵兵を殺さずに無力化しておいて余裕のある笑み。

 本当に心強い……。

 

 「だったら通信しs―――」

 「ご飯にしましょう!果物や動物を捕らえて」

 「良いなぁそれ。バットの飯は美味しかったからな」

 「料理の方も色々調べてましたからね。ロイさんも期待していてくださいね」

 「え、ア、ハイ…」

 

 …心強い筈なのだが今の言動に牢での一件。

 どこか不安が残るのはなぜだろう。




 次回一月十日投稿予定。
 
 では、少し早いですが良いお年を


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 「出撃前に…」

 明けましておめでとうございます。
 度々投稿が遅れるかも知れませんが今年もよろしくお願いいたします。


 スネークは大きなため息を吐き出し、その場に座り込んだ。

 バットとロイと共に独房を脱出したスネークは食糧集めをバットに任せて一人通信施設に忍び込んできた。

 ロイのおかげで幾分か情報を仕入れたとしてもこの状況を打破するにしても情報も状況も不足し過ぎて手の出しようがない。援軍、または詳しい情報を得る為にも連絡する必要があり、幸いなことにもスネークには解読され難い回線に覚えがあった。ただもう六年も前のものなので使えるかどうかは賭けであったが、昔からの縁と言うものは中々切れないらしい。

 

 使用した回線というのはスネークイーター作戦時に使用していたもので俺からの連絡があるかも知れないとゼロ少佐が確保しておいてくれたらしい。

 ただそのゼロ少佐は先月国防省の手によって拘留されている。

 通信に応じてくれたパラメディックの話によると一月前にFOXが護衛中だった軍の機密兵器を盗み国外へ逃亡。ゼロ少佐は反乱を扇動した嫌疑をかけられ国家反逆罪の容疑で拘留。そして俺は反乱の首謀者とされている。

 どうしてこんなことになったのか…。

 しかも反乱を起こした隊員が参加しなかった隊員を殺害してFOXは壊滅状態。

 援軍も期待できない上に濡れ衣まで着せられて敵地のど真ん中…。

 状況は最悪である。

 パラメディックとシギントが力になってくれるのはありがたい。が、その二人から出された打開策が首謀者の捕縛or排除。

 反乱に加わったFOX隊員にここのソ連兵。

 対して俺達総数たったの三人。

 戦力差を考えるとかなり厳しいものだ。

 不安やモヤモヤとした感情が押し寄せて来るが、それらを心強い味方という希望で打ち消して立ち上がる。

 

 「何時までもうじうじ悩んでいても仕方がないな」

 

 弱々しくも笑みを浮かべ二人が待つトラックへと向かう。

 エンジン音を響かすトラックを使用するのは場所を知られる可能性があるが、ロイが足を骨折している為に移動に必要不可欠となったのだ。

 あれから時間も経っているしバットも食糧を手に戻ってきているだろう。

 付近を警戒しながらトラックに近づき、小刻みに合図としてたリズムでノックする。

 下手に入って誤射で戦死など笑い話にもならない。

 

 「今戻っ――」

 「おい!こいつはいったいどうなっているんだ!?」

 

 いきなり詰め寄って来たロイに驚き目を見開く。

 いや、詰め寄って来たことにも驚いたが足を骨折して動けないんじゃなかったか?

 疑問符を浮かべていると奥より「まるでおかしいみたいな反応を…」と膨れっ面のバットのつぶやきが聞こえたが、お前がおかしいのは前々だから否定はしないでおこう。

 

 「で、なにがあった?」

 「あいつに足を見せたら一瞬で骨折が完治したんだ!」

 「なんだそんな事か…」

 「なんだって普通あり得ないだろう」

 

 未だ興奮状態のロイの両肩にポンと手を乗せて落ち着かせる為にも軽く押さえる。

 そして諦め、同情ともとれる視線を向ける。

 

 「気にしてたら身が持たない。あいつは非常識が常識の化け物だ」

 「だれが化け物ですか。失礼この上ないんですけど」

 「怪我が瞬時に完治することもあれば蜂の巣の中から軟膏のチューブを取り出したりする事もある」

 「蜂の巣からチューブ?すまない。まるで意味が分からないんだが…」

 「俺から言える事は一つだ。慣れろ」

 

 呆然とするロイから手を放して端に腰かける。

 勿論バットから抗議の視線を向けられるが受け流す。

 諦めたのかため息を吐くと手にしていたナイフの柄をロイに差し出した。

 

 「今度はロイさんの番ですよ」

 「あ…あぁ、すまない」

 

 二本のナイフを受け取ったロイは木の板に乗せられた肉などをトントンと刻んで行く。

 ミンチを作っているんだなと思いながら見つめているとロイが呟いている言葉が妙に気になった。

 

 「ティティタプ…ティティタプ…」

 「なぁ、そのティティタプ?ってのはなんなんだ」

 「ん、良く分からんがこれをミンチにする際に言えって」

 「正しくはチタタプですよ。そう言いながらみんなで叩くんだそうですよ」

 「お前が調べた調理法か?」

 「まぁ、そうですね…っとはい、スネークさん」

 「・・・・・・ナニコレ?」

 

 差し出されたスプーンにはシワが入った桃色の物体が乗せられていた。

 俺の見間違いでなければこれは脳みそではないか?

 まさかなと思いながら確認を取ろうと恐る恐る口を開く。

 

 「これって脳みそじゃないよな?」

 「いえ、脳みそですよ。ボクがさっき獲って来たばかりの()から取り(・・)出した新鮮な脳みそです」

 「…まさか食べろと」

 「ボクの料理は食べれませんか?」

 

 先ほどのはシャレなのか。

 本気で食えと言っているのか。

 などと言う言葉はにっこりと笑ってはいるものの怒気を纏っているバットに気圧されて口からは出せなかった。

 さっき化け物呼ばわりしたせいかな。

 なんにしても食べないと怖いな。

 これからの食事が俺だけレーションオンリーにされないように食うしかないか。

 

 「…頂こう」

 

 差し出されたスプーンを意を決して口に突っ込みもちゃもちゃと噛み締める。

 途中「おいしいですか?」と聞かれたのだが美味しいと答えるより脳みそを食べているんだという事実に戸惑って頷く事しか出来なかった。

 けれどまぁ、美味しかった…。

 脳みそを食べきるとロイよりナイフが差し出され今度は俺が刻む番らしい。

 

 「刻みながらで悪いが今後の話だ」

 

 とんとんと叩きながら話を進める。

 ロイは真面目な表情で聞く姿勢を取り、バットは何処で調達したのか鍋を持って外に出て行く。

 荷台のすぐそばで準備をしながら聞くつもりらしい。

 

 「現在俺は反乱を起こしたFOX首謀者として嫌疑をかけられている」

 「それはまた…アンタ一人なら逃げ切れるとしても帰国したら拘留待った無しだな。下手したら無期限の」

 「あぁ、だから目標としては反乱の首謀者を捕縛か殺害するしかない。それと奴らが奪取した兵器の回収、または破壊だ」

 「兵器っていうとメタルギアかなにかですか?」

 「それが詳細は解らなかった。解らないと言えば反乱を起こした理由もだがな」

 「まさか俺達三人で対処するのか?」

 「出来れば現地の兵士をこちらに引き入れたい。ロイ、そしてバット。二人に引き込みを頼みたい」

 「出来るかどうか分からんぞ」

 「ボクも自信はありませんよ」

 「それでも頼むよロイ。それとバットは自信が無くともいつの間にかしているだろう?」

 「?…ま、了解しましたっと、そういえば何処かで医薬品手に入りませんか」

 「医薬品?」

 「えぇ、スネークさんが戻ってくる前にキュアーで確認したのですけどロイさんがマラリアを発症しそうなんですよ」

 「…本当にどうなっているんだか……コホン、ロイはそういう場所に心当たりはないのか?」

 「俺には無いな…」

 「なら現地の兵から聞き出すしかないな」

 「でしたら当面の目標は医薬品の確保の為、敵兵の取り込みですね。了解です」

 

 気の抜けるような軽い返事であったがバットゆえにそれが心強くも感じる。

 軽いブリーフィングを終えたスネーク達は先へ進もうと動き出すのであった。

 

 

 

 その前にバットの料理で腹ごしらえを済ませてからだ。

 鶏肉のつみれ汁は絶品だった。

 アレを食べた時のロイが今日一番驚いていたな…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 「戦力の現地調達」

 サンヒエロニモ半島ソ連軍駐屯隊前線哨戒基地。

 ロイ・キャンベルが作戦前にブリーフィングで命じられていた監視目標地点であり、この敵地で唯一正確な場所を知っている場所である。

 現在スネーク達に足りないのは情報。

 多くの兵士が居るのであれば会話を盗み聞きするか、連れ去れればどれほどかは別としても幾らかは得る事が出来る。

 足の骨折が完治したとはいえ体調が万全ではないロイはトラックの運転に専念して、潜入・戦闘・諜報活動はスネークとバットが行う事になった。

 塀に囲まれた範囲内には数名の兵士が巡回しており、上より見渡せるように櫓が設置されて警備は万端………とは言い難い。

 確かに櫓は高所から辺りを見渡せるのだが、敷地内は木材が山積みにされたり、物資輸送用の大型コンテナが並べられたりして見通しが悪い。巡回している兵士達もそれらが視界の邪魔をして隠れられる場所が多い。

 駐屯隊前哨基地というよりは物資の積載所と言った方がしっくりくるところである。

 トラックの荷台が大きく揺れ、エンジン音が止んだことで到着事を知った二人は荷台の隙間より周囲を窺い、安全を確認した後に静かに飛び降りる。

 すぐさま探索に出向こうとするがスネークが耳の辺りを押さえた。

 誰からか無線が入ったらしい。

 バットは通信を行おうとするスネークを守る形で周囲を警戒する。

 

 ――――ロイか。

 

 スネークの通信機は体内にあるらしく振動で相手に通じるとの事で周囲に声は響かない。

 が、バットは読唇術を習得している訳ではないが簡単な口の動きよりロイだと知ると呆れたような視線を向けてトラックのドアをノックする。

 顔を顰めつつ扉が開いた。

 

 「……どうした?」

 「いや、どうしたじゃないですよ。なんで無線したんですかこの距離で」

 「その方が周りに聞き取られにくいだろう」

 「だったらなんで移動中に言わなかったんですか」

 「……あー、めまいが…」

 「こら、急に病人に戻らない」

 

 向けられるジト目を避けるようにわざとなのか、それとも実際になのかは分からないがロイは頭を押さえる。

 大きくため息を吐き出してスネークに視線を向けると苦笑いが返された。

 スッと視線を細めかちりとスイッチを入れ替えた二人は得物を確認してコンテナを、木材の山を、段差に身を潜めながら足を進める。

 目は周囲を、耳は物音を、肌は空気を感じ取り注意深く奥へ奥へと入り込んで行く。

 

 「ソ連の都市をすべて破壊できる兵器?」

 

 少し先の方から声が聞こえてきた。

 視線を合わせて頷きゆっくりと近づいて聞き耳を立てる。

 

 「そんな馬鹿な話がある訳ないだろう」

 「嘘じゃない。ほら、隊長が連れて来たアメリカ人将校がいるだろう」

 「あぁ…居たな。あの態度だけはデカい奴。その割には死にそうなくらい顔を青くしてたっけ」

 「この前本部から届いた機密文書にきっと何かが…」

 「馬鹿な。何か悪いもん食っただけじゃないのか?」

 

 機密文書…。

 情報の塊があると知って二人はほくそ笑み、バットはスネークにジェスチャーで何かを伝えようとする。

 銃を構える。

 撃つアクション。

 眠る様子。

 自身を指差してコンテナの上を指差す。

 首に軽く手刀を当て首をカクンと傾げる。

 何と無しに理解して大きく頷いたスネークはサプレッサー付きのMk22を取り出す。

 バットは物音を立てない様にコンテナに上って匍匐前進にて近づく。

 

 小さく息を吸い、狙いを手前の兵士頭部につけて、トリガーを引いた。

 パスっと小さく銃口より音が発せられると麻酔弾が狙い通りに直撃して、一撃で眠りの中へと旅立ってしまった。

 もう一人は何事かと騒ぐ暇もなく、コンテナより飛び降りたバットにより拘束される。

 押し倒された時には右腕を背に押し当てられ、もう片手で首を絞められ意識が遠のいて行った。

 

 「殺したのか?」

 「まさか…締め落しただけですよ」

 「それも勉強の成果か」

 「へへ、うまいもんでしょ」

 

 くすりと微笑み締め落した方にも麻酔を撃っておく。

 これでしばらくは問題ないだろう。

 

 最初の二人を手始めに巡回していた兵士をまた気絶させ、奥にある建物の入口より中の様子を窺う。

 物音から一人っぽいが気になる事がある。

 兵士達はアメリカ(・・・・)人将校と言ったのだ。

 ここはソ連軍が所有していたからソ連の将校なら気にもならないのだが、アメリカ人の将校だという事が引っ掛かる。

 半島に居て、ソ連軍と行動を共にしているアメリカ人と言えば新型兵器を強奪した部隊の関係者―――つまり裏切者のFOXの可能性があるという事。

 潜入から破壊工作まで行うスネークが所属していた精鋭部隊。

 どのような化け物が出て来るか分からない。

 二人は武器を確認し、覚悟を決めてから警戒しつつ中を覗く。

 野戦服ではなく制服に身を包んだ男。

 一目見たバットとスネークは難しい顔をしながら入口より離れる。

 

 「スネークさん」

 「なんだバット」

 「アレ絶対FOX隊員じゃないですよね?」

 「だろうな」

 「顔真っ青だし、足は小鹿のように震えてましたよ」

 「トリガーに指が掛かりっきりだったしな」

 

 警戒していただけに肩透かしを食らった二人は肩を落として逆にどうするか悩む。

 悩んだ末にバットはスタングレネードのピンを外して面倒臭そうに放り込んだ。二人して耳を塞いで室内から外へ閃光が放たれると手を耳から銃へと移して中の様子を確認する。

 

 「気絶しているようですね」

 「確認を頼む。俺は周辺の警戒をしよう」

 「了解です」

 

 倒れ込んだ将校に警戒しながらゆっくりと近づいて様子を確認するが、完全に意識を失っているようであった。

 とあれ念には念を。腕を後ろで、足を組ませて縛り上げた。これで意識を取り戻したとしてもなにも出来ない。

 完全に無力化した事でスネークに視線を向けると問題なしと返事が返り、安全を確保したので先ほど兵士達が話していた機密文書を手に入れる事とするが、ここには機密文書などを仕舞い込むための金庫や本棚と言った者らが見受けられない。

 と、いうかざるな警備体制のうえに室内に幾つかの机が並んでいるだけの小屋に機密文書など持ち込むわけないか。

 

 「おい!機密文書あったぞ」

 「うぇ!?逆に置いてあったんですね」

 「あー…置いてあったな、うん」

 

 振り返った先で床に落ちていた書類を拾い上げた姿が視界に入り、本気で頭が痛くなった。

 機密(・・)書類を床に置くとか…。

 もしかしたらスタングレネードの影響かとも思ったが置いてあった様子から意図的に置かれた物らしい…。

 

 「雑ですねぇ。普通こんな扱いなんですか」

 「普通はあり得ないな。機密をこんな風に扱うなど」

 

 ため息が漏れあきれ果ててしまう。

 それほどまでにここの軍隊は機能していないのだろうか?

 いや、それはそれで攻める側としては有難いのだけれど。

 

 「では、捕縛した奴らを集めるか」

 「集めてどうするんですか?」

 「そこからはお前の本領発揮だろ」

 

 スネークより向けられた篤い期待が向けられて、一瞬たじろぐ。

 ボクに何をしろというのか…。

 

 

 

 

 

 

 俺は――否、俺達は国家の為、祖国の為と言い聞かせて任務に就いていた。

 こんな辺境にある基地を守れと命じられて幾日、幾月、幾年護って来たことか。

 愛しい家族にも、近しい友人にも会う事も叶わず、貧しい食事に慣れない気候、風土病やコロンビア軍との小競り合いで大勢の仲間が亡くなろうとも兵士として軍務に忠実だった。

 にも関わらず俺達の祖国は政治的理由からあっさりと俺達を見捨てた!

 明るみに出れば問題があるとかでこの半島を孤立させ、祖国の関与の痕跡を消し、俺達の部隊の独断という体裁を整えたのだ。

 俺達は見捨てられただけでなく、居なかったものとして扱われたのだ。

 どんな目に合っても尽くしてきた祖国に…。

 

 だから祖国ではなくジーンに従っている。

 アメリカの特殊部隊の隊長であったが奴は俺達に言ったのだ。

 国家の為の兵士ではなく兵士の為の国家を築くと。

 それは兵士である自分達にとってはそれこそが己が己として歩める世界だと想い、俺達は戦う為の正義を求めて自らの意志で見捨てた祖国から彼らの指揮下に下ったのだ。

 

 俺、ジョナサンはそれが兵士として正しいと………思っていたんだ(・・・・・・・)あの二人と言葉を交わすまでは。

 

 最初は信じられなかった。

 あの伝説の兵士“ザ・ボス”に勝利しヴォルギン大佐を倒したBIG BOSS(スネーク)

 祖国に反旗を翻したヴォルギンの部隊を寝返らせ、無事に祖国へ叛逆者に異を唱えた英雄として帰還させた蝙蝠(バット)

 どちらもグロズニーグラードで名を挙げた英雄だ。

 その名はこの地にまで届いていた。

 

 国も正義もその時代、その時により移ろうもの。

 自分自身に忠を尽くせ…。

 スネークの言葉が心に響き、バットが語った真実がジーンに疑念を生まれさせた。

 

 ジーンは兵士の為の国を作ると言ったがどういう手段を持ち入ろうとしているのかは知らされていない。

 聞かされた話は耳を疑うものであった。

 現在ジーンはソ連と交渉と称してアメリカより強奪した新兵器とこの半島にある核兵器をチラつかせて脅迫。

 新兵器を強奪する為に自身に賛同しなかった部下を皆殺しにし、ここに探りに来た同国の部隊を壊滅するように指示したという。

 これを耳にした時は本気で疑い信じなかった。

 けれども彼らがここで入手した機密文書には日時は書かれていなかったが、ソ連の重要施設や都市へ向けて撃ち込む計画が記されており、それが亀裂と成って疑心が広がり完全に信頼が砕け散った。

 次にバットは俺達に仲間を救うために力を貸して欲しいと頭を伏して頼み込んできた。

 まだ出会ったばかりだというキャンベルという仲間の為に、敵であろうと頭を下げて助けようと必死な行動に心が打たれた。

 それに比べて俺達は部下や同国の部隊を排するジーンに従っている。

 

 彼らは言う。

 ここに残るソ連兵の為、仲間を助ける為に力を貸して欲しいと。

 俺達は彼らが言った己に忠を尽くせという言葉に従い彼らと共に歩む道を進もうと思う。

 一人の兵士として…。

 

 この哨戒基地に居た全員がジーンではなく彼らに従う兵士だ。

 あの顔が青かった将校も今は微笑みを浮かべてここに居る。

 それにしても―――…。

 

 「このスープは旨いな」

 

 一人で用があるとの事で離れたバットが用意したスープに口を付ける。

 美味しいだけでなく温かい。スープもだが一口飲み込むたびに心が温まるのだ。

 

 妙な青年だ。

 ジーンのような力強さは無いが、その言の葉には人の心を動かすだけの何かを秘めている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 『薬を求めて…』

 投稿遅れ申し訳ありません!
 この作品を含んだ三作品の投稿日直前に、最新話が気に入らずに三作品とも書き直しに入り、今になってしまいました。


 一刻も早くロイの為にマラリアの治療薬を入手しようとバットとスネークは色々と探し回った。

 最初に襲った駐留部隊哨戒基地を拠点としてスネークがパラメディックに相談しようと通信基地へと向かい、バットは仲間にした兵士のジョナサンが病院に大量の医薬品が運び込まれたとの情報を持っていたのでそちらへ潜入を行った。

 正直スネークの方は存外に簡単に終えたが、バットが向かった病院は困難が予想された。

 規模はさほどではないものの、負傷者の治療から感染症の患者を隔離する目的もあるのか内に対しても外に対しても厳重な防衛設備を備えている。

 入り口は一つに絞り、病院に向かう道は五メートルを超える壁が囲んで道幅はかなり狭い。

 もしも(・・・)入り口付近の道に敵兵が待機し、外への監視を強めていたらさすがのスネークやバットでも突破は不可能だったろう。

 隠れるところはなく、道は長い上に狭い。

 壁で両側を塞がれている事で別ルートを選ぶことも出来ない。

 攻めるに攻め難いし、無理に突破しようとすれば被害は想像を絶するものとなるだろう。

 逆に守るには容易い場所。

 被害を抑えて突破しようと考えると重武装の戦闘ヘリなどで爆撃するしかないのではないだろうか。

 勿論スネーク達はそのような兵器を保有してないので思うだけだ。

 

 こんな敵が圧倒的有利の地形をどうやって攻略すれば良いのか…。

 

 誰も見張りに立って居ない道。

 ガバガバな敷地内の監視網。

 駐車してある二台のトラックに障害物で身を隠しやすい状況。

 

 何と言う肩透かし。

 というかどうなってんのこの病院!?

 警備が警備してない上にし難いこの乱雑な置き方にどうやっても狭い道を通れないトラック。

 兵士は職務怠慢なのか油断の産物なのかはこの際置いとくとしてもトラックはおかしい。部品を持ち込んでここで組み立てたのか、それとも空輸でもしたのかと疑問を覚える。

 まぁ、なんにしても一番の問題が消え去った事は嬉しい事だ。

 ………マラリアの治療薬は一切置いていなかったが…。

 

 しかし悪い事ばかりでは無かった。

 病院と通信基地の敵兵を捕縛して説得したおかげで十二名と医療技術を有する女医の二人が味方となった。

 さらには病院に残された資料によれば医薬品は“研究所”に運ばれたらしく、位置は飛び去って行くヘリの行き先で凡そ把握できた。というのも外部からは発見できない所に建てられており、調べるにも潜入能力の高い者でなければ難しいとの事。

 そこで一度駐留部隊哨戒基地へと戻ったスネークとバットは装備を整えて研究所に向かうのであった。

 

 「って、本当にここが研究所なんですかぁ?」

 

 あからさまに疑いの眼差しを向けるバットにスネークは同意したい気持ちを抑えて手を動かす。

 周り360°全てがコンクリートで形成された空間で、直角の壁や大きな木箱が幾重にも積み重ねられて駐留部隊哨戒基地以上に乱雑な状況。

 研究所の入り口というより物置のような場所だとは思う。

 バットの疑問は当然と言えるが…。

 

 木箱の陰に潜んでいたスネークは近くを通りかかった研究員を素早く片腕で締め上げながら、もう一方でMk22を構えて離れた敵兵に麻酔弾を撃ち込む。

 その近場を巡回していた兵士がスネークに気付く前に、コンクリートの小屋の上を移動していたバットが飛び降り、背後から肩に強烈な一撃を入れて着地する。

 酸欠で意識を失った研究員を離すとほぼ同時に三名の人間がその場に倒れ込んだ。

 

 「研究員に巡回の兵士…研究所でなかったとしても重要な施設なのは間違いないだろうな」

 「ですよねぇ。でもどう見ても荷物置き場が良い所ですよ」

 「文句があるなら一人戻るか?女医たちが喜ぶ」

 「任務を続けましょう!」

 

 先ほどまで面倒臭そうだったと言うのに女医と口にしたらやる気に燃えた目をしてきた。

 気持ちは分かるがな。

 バットは男性というよりは女性よりの顔をしていて、女医から見たら年下の子。

 味方になった瞬間、完全に玩具にされたからなぁ。

 女医や女性兵士の制服から彼女らの私服などなど…。

 

 「着せ替え人形になるのは嫌か」

 「なら代わって貰えます?」

 「俺は似合わないからな。適材適所ってやつだ」

 「他人事だと思って…」

 

 不服そうな視線が向けられるが受け流し、先を見上げる。

 階段もはしごも無いただの壁。

 手や足をかける段差もないとくればどうしたものかと悩ませる。

 すると木箱を登って上へと向かうバットが視界に入り、苦い笑みを浮かべる。

 

 「早く昇りますよ」

 「よくもそういったものを見つける」

 

 しっかりと重ねられた木箱にバットと同じように上り、辺りを警戒しつつ慎重に行動する。

 太い柱が何本もある通路を進み、太陽の光が差し込んでいる角まで進むと二人そろって隠れつつ様子を窺う。

 

 「―――の状況は?」

 「――――記憶野の初期k―――」

 

 目を凝らして見つめているとこちらに背中を向けて四人の男女が歩いている。

 後ろの二人は知らないだ、前を歩いて研究員らしき人物と言葉を交わしていた男には覚えがあった。

 

 「あれはカニンガム」

 「カニンガムって言うと捕虜尋問官でしたっけ。スネークさんを尋問した――」

 「そうだ。奴がここに居るという事は…」

 

 周りの気配に注意しつつ何とか会話を聞けないかと耳を澄ますも、途切れ途切れでしか伝わってこない。

 それでも何かの調整に十二時間必要だという事と、俺達の捜索は難航している事はよく分かった。

 

 突然後ろを歩いていた男女が立ち止まり上を見上げる。

 その先には建築中の施設があり、多くの兵士達が作業に没頭している。

 

 男性に声を掛けられたのかカニンガムが足を止めて振り返った瞬間、施設上部より鉄柱が落下してカニンガムの目の前に突き刺さった。

 まさに間一髪といった状況にカニンガムは驚くが、後ろの二人は微動だにしない。

 周囲の兵士達が慌てて駆け寄るとカニンガムではなく男性が口を開いた。

 

 【作業を急がせてすまない】

 

 発せられた声が頭に響く。

 どこか甘く、思考を揺さぶる声に鳥肌が立った。

 

 普通ではない。

 確実に何かしらの能力を保有している。

 それから彼が語った内容は兵士一人一人の働きに感謝し、自分達の夢の為には君ら一人一人が大事だというものだった。

 敵の言葉であるのだがそれがスーと心に溶け込んでくる。

 兵士の中には涙を流して敬意を示す者も見える。

 

 「あれがジーンか。それに今の声に予知能力……ESPなのか?

 「なんですかESPって?」

 「超能力と言えば分かるか?一般的な人間が持っていない特殊能力者とでも思えばいい」

 「あぁ~、コブラ部隊みたいな感じですね。解りました」

 「………そういえばお前さんもそういった類だったな」

 

 不服そうな視線が突き刺さる。

 が、その視線はすぐさま消え去り、代わりに大きなため息が聞こえた。

 

 「まぁ、良いですけどね。兎にも角にも薬を探さないと」

 「ロイも首を長くして待っているだろうからな」

 「研究施設を探すとなれば―――二手に分かれた方が無難ですかね?」

 「そうするか」

 

 ジーンたちが去って行くのを確認した二人は物陰から物陰へと移り、それぞれが建物へと踏み込む。

 入って幾つかの部屋を見渡していくがおかしな点に気付く。

 巡回の兵士が少ない上に機材の数がやけに少ない。まるで引っ越し作業中のように。

 

 疑念を抱きつつ奥へ奥へと進むと逆に機材で囲まれた一室に入り込んでしまった。

 中には液体で満たされた箱の中に一人の男性が眠っているように沈んでいた。

 なんだこれはと眉を潜めながら近づくと背後より人の気配を感じて振り返る。

 

 「誰?立ち入り禁止の張り紙が読めないの?」

 

 扉が開いて入って来たのは研究着を着た若い女性……しかも先ほどジーンと並んでいた女性ではないか。

 いや、それよりもだ。

 

 「子供?どうしてこんなところに?」

 「私はここの責任者です!」

 「責任者!?」

 

 疑問よりも先に驚きが口から洩れてしまった。

 ムッとした様子で言い返されるが未だに信じられない。

 

 カツカツカツと足音が外より聞こえてくる。

 人数的には二人だろう。

 ここで見つかれば入り口を封鎖されれば逃げ場はなく、銃撃戦に発展すれば彼女もただでは済まない。

 悩むも足音が近づいて時間が無い。

 スネークよりも慌てた様子の彼女がロッカーを指差す。

 

 「そのロッカーに隠れて」

 「なに?」

 「良いから急いでスネーク(・・・・)

 

 背中を押されて慌てて中に入り込むと扉が開いて二名の兵士が姿を現した。

 緊張からゴクリと喉が成り、隙間より静観する。

 

 「何があったのですか?調整室内は立ち入り禁止ですが」

 「すみませんミス・エルザ。実は侵入者が―――」

 

 兵士は彼女に敬意を払いつつ不審な人物を見なかったかと問いかける。

 彼女は自然な様子で見なかったとだけ答え、兵士達が大人しく帰っていくまで決してこちらの事を漏らさなかった。

 兵士が出て行き扉が閉まるとロッカーより出る。

 

 「驚いたな。本当に責任者だったとは。それに俺を庇ってくれるとはな―――何故助けたんだ」

 「分からない…必要な気がしたから…」

 「・・・質問を変えよう。何故俺の名を知っていた?君もFOXの隊員か?」

 「いいえ、違うわ」

 「だがその制服――」

 

 ジーンの隣を歩いてた時は確かFOXの制服を着ていたと遠目ながら見た情報を信じ、研究着の襟元を掴んで胸元を開かせる。

 そこにはFOXの制服は無く、急に捲られた事で小さく悲鳴を挙げられる。

 慌てて手を離し目を背ける。

 そこで扉が開いて中を窺うバットと目が合った。

 

 

 顔を赤らめて研究着を押さえて胸元を隠す女性に、近くにいる男性一人。

 あ、これは駄目なやつだ。

 言い訳をするよりも早くスネークは無言で迫ったバットによって投げ飛ばされるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 一機のヘリが研究所より飛び立つ。

 窓より外を眺めながらFOXの医療チーフであるエルザは先の二人を思い返す。

 

 他の兵士とは異なる空気と人を引き寄せる雰囲気を纏ったスネーク。

 技量は非常に高いが戦場に似つかわしくない青年のバット。

 違和感を覚える組み合わせで、一応は敵である筈なのだが妙な安心感を持った二人。

 

 いきなり研究着を引っ張られて胸元を開けられた事や、体格差をものともせずにスネークを投げ飛ばした事には驚かされた。

 それ以上に彼らは敵地だというのに抜けている。

 一番の理由はバットにあったように思えるが…。

 

 どうも彼の目にはスネークが私を襲おうとしていたように見えたらしく、敵地のど真ん中で説教を開始したのだ。

 スネークは私を姉のウルスラと勘違いしたという事でフォローに入らなければ今も続いていただろう。

 というのも以前に女性の着替えをガン見していた前科があるのでそういう事だと疑わなかったとの事。

 

 私は予知能力があり、会話しつつ彼らの未来を見た。 

 スネークの方は彼がジーンが切り札にしているアレ(・・)を破壊するもの。その先も見えそうであったが今はまだ(・・・・)ぼやけてはっきりとは見えない。

 そしてバットの方だが彼はこれから幾度と戦場を駆ける光景と、ある少女と共にこの世界から消え去る(・・・・・・・・・・)という奇妙な未来。

 

 

 ――――それ以上この者を覗くな。

 

 

 心臓が握られたような恐怖を感じ取った。

 否――――見てしまった。

 何もない空間よりこちらを見つめている青色、赤色、灰色の人影たち。

 見た目は別段なんとも感じるところは無いが、彼ら・彼女が発する力には底が見えず、自分との差に恐怖した。

 

 あの人影たちはいったい何だったのだろうか?

 ……止めよう。

 あれらが何だったかを考えた所で答えは出ないだろうし、思い出すだけでも手が震えそうだ。

 

 兎も角彼らを予知し、アレを破壊してくれるならと少しだけ協力することにする。 

 協力と言っても戦闘の助けや便宜を図るようには出来ないが、多少の情報を提供することは出来た。

 

 私と姉のウルスラがESPの素質を研究する施設で育てられ、ウルスラは共産圏でもトップの能力者である事。

 四年前にジーンが共産圏のESPを入手する任務で連れ出してくれたこともあって反乱に参加している事。

 人が考え得る感情を取り除き、戦闘技術は残して記憶は消去され、任務に忠実な戦士として強化に強化を重ね、私が調整を担当している絶対兵士計画の唯一の成功例“(ヌル)”の恐ろしさ。

 そして港に向かえば彼らが探しているものが見つかるという予知などなど、口頭でだが教えれることは教えた。

 

 あとは外に出られる通り道を教える事と予知で知っていた彼らが捜しているクロロキン耐性のマラリアに対する治療薬を渡す事ぐらいだ。

 代わりに良い物を貰ったのは嬉しい誤算だ。

 バックに入れた小包をそっと撫でる。

 中にはバットが治療薬をくれたお礼と言って干し肉をくれたのだ。

 口にした事のあるものと違って生臭くなく、不思議な事に疲労感が若干ながら消えたのだ。

 特別何かをしたという話は無かったが、到着したら少し調べてみよう。

 

 「――――ッ!?」

 

 二人を思い返しながら遠くなっていく研究所を眺めていたエルザは、あるものを見つけてしまい驚きの余りに目を見開いてしまった。

 その様子を偶然にも目撃したジーンは小首を傾げる。

 

 「なにかあったのか?」

 「い、いえ、何でもありません」

 

 ジーンの問いに慌てながら思いっきり嘘を吐いてしまった。

 何でもない筈がない。

 乾いた笑みを浮かべながら向き直したジーンから窓へと視線を戻すと先ほどの場所を見つめる。

 

 ――――居た。

 

 そこにいるのは研究所の建物の上に立ってこちらにブンブンと手を振っているバットの姿。

 困惑と驚きが押し寄せるが、犬が喜んで尻尾を振っているようで何処か愛らしく微笑みを浮かべてしまう。

 何故あのような人が戦い続ける運命を定められているのかと想いながら、エルザは彼らに武運を祈るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 「先に進むと…」

 ジーンを筆頭にしたFOXの部隊によりサンヒエロニモ半島は占拠された。

 祖国ソ連に見捨てられた半島に駐留していた部隊は、兵士の為の国家というジーンの理想に惹かれて、大半が彼の下で新国家建設を夢見ている。

 

 尽くしてきた国に捨てられ、苦楽を共にした戦友は病気や現地勢力との小競り合いなどで仲間が死んでいく。

 なんと哀れで虚しい事か。

 基地を護れど国には帰れず、基地司令は荒れるばかりで兵士の士気は下がりっぱなし。

 兵士としても一人の人間としても無かった事にされた彼ら・彼女らにとってジーンの一言一言がどれほどの救いになった事か。

 人という生物は絶望の中では希望や夢がなければ生きて行けないものだ。

 ほんの僅かで途方もない光に俺は跳び付いた。

 我先にと跳び付いて彼の夢を…兵士を国の使い捨ての道具ではなく、兵士達の国を望んで立ち上がった。

 

 ここに居るソ連兵はかつての俺だ。

 スネークとバットに出会う前の俺達だ。

 解るよ戦友たち。

 ジーンの言葉は心に溶け込み、俺達に未来という希望で照らし、再び生きようと立ち上がるきっかけをくれた。

 

 ジョナサンは手にしているAK-47を力強く握り締め、同情などの感情を排してトリガーを引き絞る。

 放たれた弾丸は目標を掠めながら、周囲に撒き散らされる。

 敵兵(戦友)が傷口を押さえ、痛みから叫び声を挙げる。

 不思議な感覚に囚われ、身を隠しながら考えてしまう。

 どうして自分は戦友(敵兵)を撃ってまで戦っているのだろうかと…。

 

 「解ってる…解ってるさ!!」

 

 再び身を乗り出して向かってくる戦友の足に銃口を向ける。

 貫かれた太ももより鮮血が飛び散り、頭から地面に激突して呻き声がまた一つ上がった。

 

 辛い…。

 ジーンに従っていた時は楽で良かった。

 なにせ彼に従えっていれば自分達は夢を見続けられた。

 そう彼にさえ従えば何も考えなくてよかったのだ。

 

 けれど俺達はスネークとバットの手を取った。

 俺達に希望を与えたその口で俺達の祖国を脅迫しているジーンの手を払い除けてだ。

 

 軍人であるならば軍の命令に忠実でなければならない。だが、今の俺達は違う。すべて自身で吟味し、判断を委ねられる。命じられるだけのモノでなく己の意志で戦う兵士として。

 

 クスリと笑みを零す。

 

 今ジョナサン達は囮として動いている。

 スネークとバットは港に向かって移動する為に資材集積所で地図と港からの搬入リストを手に入れ(武器や医薬品は当然ながら入手している)、鉄橋を通って進もうとしたのだが、こちらの動きを察知して鉄橋はトラックを停車させて封鎖。兵力もかなりの数を揃えており突破は難しかった。

 なのでジョナサンを含んだ部隊が囮として各地で動かなければならなくなったのだ。

 本来なら爆弾を設置するだけだったのだが、ジョナサンが忍び込んだ研究所にて発見されて、戦闘が開始されたのだ。

 研究所は物資を搬送した後で兵力も大していなかったのが幸いして何とか凌いでいる。当然ながら長いすれば増援が駆け付けて壊滅してしまう。

 その前に別動隊に期待するしかないが…。

 

 「仕掛けは済んだ。あとは勧告だけだ」

 「了解した。勧告と同時に撤退する。誰一人死ぬんじゃないぞ!!」

 

 慌てて駆け寄ってきた味方の報告に頬を緩める。

 そしてバットの甘さに感謝する。

 

 囮として行動するにあたってバットは命じたのだ。 

 別に殺さなくて良いから無事に帰って来るように―――と。

 敵兵が戦友である俺達を気遣っての命令。

 戦争をしていると考えれば反吐が出るほどの甘さだが、そんな甘さによって戦友を殺さないという選択肢を得て、俺達は戦えている。

 好き好んでかつての同胞を殺したいとは思わない。

 無駄に殺戮がしたい訳じゃない。

 

 ジョナサン達は数分後に研究所を爆破すると勧告すると一斉に撤退を開始。

 逃げ出す敵兵に攻撃を仕掛けることは無かった。

 というか自分達が逃げるので精いっぱいで暇が無いというのもあるが、必要がないというのが大きい。

 なんにしてもスネークとバットが無事に突破してくれることを願うのみである。

 

 

 

 

 

 

 研究所、資材集積所、市街地などなど各地で味方が武器庫や重要施設を爆破して注意を引いてくれたおかげでバットとスネークは無事に鉄橋を通り、港へと潜入することが出来た。

 出来たのだが…。

 

 「少し!少しだけですから」

 「五月蠅い」

 「後生ですからぁ」

 「喧しい」

 

 バットはスネークに首根っこを掴まれた状態で引き摺られて行く。

 人間とは誘惑に弱い。

 港には多くの物資が届き、各拠点に配られる。

 その為一時的に貯蓄する倉庫が存在するのだが、武器弾薬や衣料品、食料品など必要以上に収集する癖があるバットがこの場に来たらどうなるか予想に易いだろう。

 少し目を離したらコンテナを物色し始めていた。

 あっちへフラフラ、そっちへフラフラと落ち着きのない子供のように動き回るのでこうして引き摺る羽目になってしまったのだ。これでは駄々を捏ねる子供を相手にしている父親だな…。

 なんとも言えない感情に大きなため息を漏らす。

 

 寄り道をして時間を掛けずに探し物を探し出さなくては。

 地上面を捜索し、地下へと足を進めた。

 

 「―――レクションに触れるな!!」

 

 怒鳴り声が響く。

 苛立ちが際立つ少し掠れた怒号。

 身を隠しながら発生場所へと移動し、様子を窺う。

 

 そこに居たのはソ連軍の制服にコートを羽織った老人と、スニーキングスーツを着ている事からFOXの隊員と思われる男性が距離を置いて向き合っていた。

 

 「まさか基地司令ともあろう御方がこんなところに隠れていらしたとは」

 「黙れ!何時までも私の基地を好き勝手出来ると思うなよ!貴様らなぞ本国から援軍が来ればすぐにでも叩き出してやる!!」

 「人望の無い将校は苦労されますな…」

 「黙れ!!」

 

 手にしていたAK-47が火を噴いて弾丸を放つ。

 男性は微動だにすることなく、放たれた弾丸をその身で受けたが貫通することなくポロリポロリとへしゃげた弾が床に転がる。

 

 「ヒィ!?…なんだ貴様の身体は……化け物め」

 「え?あの程度で?」

 

 老人の狼狽えは当然のものだろう。

 銃弾を喰らって生きているどころか受けた弾丸は先端が潰れて転がっているのだから。

 だからと言ってバットの呟きが間違っている訳でもない事はスネークが良く知っている。

 否定はしないが気付かれては厄介なので、そっとバットの口を押さえておくことにした。

 

 「人を化け物呼ばわりとは…失礼極まる」

 「離せ!!…なぁ!?私の、私の腕が!?」

 

 向けられていた銃口を掴むとみるみる銃身が凍り付き、老人の腕にまで霜が降りた。

 多少だがそこから奴のカラクリは想像できる。

 いや、瞬時に凍らせるカラクリよりもその男性の方にスネークは注視している。

 似ている…否、似ているどころではない。

 昔の知り合いにそっくりな男性。

 何故彼がここに居る?

 記憶に残る仲間を思い出しながら、あり得ないと否定する。

 何故なら彼は…。

 

 「まったく…侵入者がこの辺りをうろついているというから出向いてきたというのにとんだ無駄足だった」

 

 男性は老人を捕まえたまま連行し、牢屋というよりは簡易な檻に放り込むと、入り口に触れて凍り付かせる。

 鍵が無くても凍り付いた事で扉は開かず、閉じ込めるには充分な働きをしている。

 気になる気持ちを抑え、離れたのを確認してから閉じ込められた老人に近づく。

 

 「誰だ!この俺を殺しに戻って来たか。警備兵!!侵入者を排除しろ!スコウロンスキー大佐の命令だ!!」

 

 地下に響き渡る叫びに答える者は居らず、響き渡った声を虚しく静寂の中に消えて行った。

 周囲を警戒するように視線を動かした二人を乾いた笑う声が包む。

 

 「お前たちはさっきの男と違うな―――安心しろ。今の俺に従う者など居ない。」

 

 向けられた笑みと裏腹に、寂しげな一言になんとも言えない表情を浮かべてしまう。 

 

 「四週間だ。たったの四週間であのジーンとか言う若造に全てを乗っ取られた。アイツがどうやって部下共を取り込んだのか教えてやろうか?」

 「確か傭兵国家を作るとかなんとか…でしたよね」

 「あぁ、兵士の為の国家を作ると言っていたらしいが」

 「傭兵国家?馬鹿馬鹿しい。奴が使ったのはもっとシンプルな手だ。誰しもが持っている“欲望”…そして“恐怖”だ。そこらへんに転がっているちっぽけなものではない。お前たちに解かるか?あの男の恐ろしさが」

 

 ガタガタと寒さではなく、恐れから震えるスコウロンスキーから視線を動かし、周囲に高く積まれたコンテナへと移す。

 すると覚えのある名前が書いてあるコンテナを見つけて驚く。

 

 「ラボチキンlA-5…」

 「チキン?鶏のコンテナですか?」

 「違う!我が祖国の傑作戦闘機だ!!」

 

 鶏肉だと思ったバットの期待を含んだ瞳の輝きは、スコウロンスキーの怒声で打ち砕かれた。

 いや、鶏肉だったらどんな料理をバットは作ったのだろうかと、解っていながらも抱いてしまったスネークの想いもついでに叩き壊された。

 

 「俺のコレクション。Fw190やBf109とも互角に戦った…」

 「戦闘機乗りだったのか」

 「そうとも…そうだ!戦闘機だ!MIGでもスホーイでも構わん…誰か俺に戦闘機を持ってこい!!すぐにでもジーンを蜂の巣にしてやる。フハハハハハハハハハッ――」

 

 壊れたように笑いだしたスコウロンスキー大佐に背を向けて、スネークはエルザが言っていた港にあるという“探し物”を捜索しようとコンテナに目を向けた瞬間、ガキンと大きな音が鳴り響いた。

 振り返ると銃のグリップで凍らされた部位を殴りつけるバットの姿が…。

 

 「おい、小僧。なにをしている…」

 「なにって見れば分かるじゃないですか。氷を割っているんですよ」

 

 さも当然に答えたバットにスコウロンスキーはさらに目を見開く。

 

 「違うそうじゃない!」

 「何故出そうとするのかって顔ですね。そんなの決まっているじゃないですか。貴方がジーンの敵だからですよ。敵の敵は味方って言うじゃないですか?それに戦闘機乗りなんていないから有難いんですよね」

 「連れて行く気なのか?」

 「まぁ、本人次第ですけどね」

 

 戦闘機がなければ戦えるかどうか怪しい。

 色々と情報は持っていそうだが性格から難がある。寧ろこちらに付いた奴らと不和を生み出しそうで仕方がないのだが、バットは引き込む気満々らしい。

 

 「で、どうします?僕たちはジーンを止めます。多くの仲間を引き連れて必ず食い止めます」

 「無駄だ。奴が持って来た恐怖の前で何が出来るというのだ」

 

 諦めろと言わんばかりの一言に首を大きく振るう。

 

 「三人寄れば文殊の知恵…違うかな。三本の矢の方が正しいか。一人一人では無理でも皆が協力すれば何とかなりますって。貴方が見た化け物なんてあの人外達(コブラ部隊)に比べれば可愛いものですし、500キロの突っ込んで来る中距離弾道ミサイル搭載したシャゴホットを破壊出来たんです!

  それにトイレの個室内で男に襲われそうになった以上の恐怖はない…と思います」

 「貴様…」

 

 思い出したのか目の輝きが消え去り、ぼんやりと虚ろな瞳が虚空を見つめた。

 察したのか先までと違って憐れんだような瞳がバットに向けられる。

 嫌な記憶を振り払うように顔を左右に振ったバットは扉を開けて手を差し出す。

 

 「地位も立場も捨ててボク達と来ませんか?ボクにスネークさん、それにジョナサン達に加えて貴方が来たら百人力です」

 「―――ッ、クハハハハ。なら戦闘機を用意しろ!出来るなら俺がジーンの若造の首を獲ってやる!!」

 「解かりました。時間は掛かりますが絶対これを運び出して見せましょう」

 

 檻より出たスコウロンスキーはニヤリと頬を吊り上げ、にっこりと微笑むバットと握手を交わした。

 全くこいつは…と呆れながらスネークは眺める。

 ただどうやって戦闘機を手に入れるつもりなのかと疑問を抱いたが、それは言い出しっぺのバットに任せるしよう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 「銃と鉈」

 カツカツカツと靴音を立てて、通路の床を急ぎ足で進む。

 いつもなら仕事を求めて各地の情勢に目を配り、金になりそうな相手に仕事を貰う為に交渉している時刻だった。

 だが、とある連絡によりそうはいかなくなった。

 シギントと名乗る武器の専門家からの暗号通信。

 相手が何処の誰だろうとどうでも良い。

 問題なのはその内容だった。

 

 「準備はどうなっている?」

 「駄目です。海路も空路も正規の手段は全て差し止められてます」

 「なら俺達お得意の不正規な手段で行くしかないだろう。残骸でもプロペラ機でも中古品でも何でも良い。空を飛べるものならばなんでも良いんだ。掻き集めるんだ!何としてもだ!!」

 「は、はい!」

 「それと運び屋も用意しろ!さすがにここからだと燃料が足らんだろうからな」

 

 怒鳴りつけるように言いつけると部下は大急ぎで駆けて行った。

 非合法な手段で船も航空機も揃えるとなると金も掛かるが、今は時間が掛かる方が問題だ。

 迅速かつ的確に動かなければならない。

 俺は――俺達はそうしなければならない。

 会えないと思っていた両親に、恋人に、子供に、友人に再び会う事が出来た。

 帰れない筈の祖国に歴史に語られないが歴史の裏側の英雄として帰る事が出来た。

 二度と味わえないと覚悟した平和な日常へ戻る機会を与えてくれた。

 これは恩だ。

 返す事も難しい大恩だ。

 一生掛かっても返せるかどうか怪しかった千載一遇の好機がやって来たのだ。

 ここで返さなければ我らは我らで無くなってしまう。

 偽りとは言え祖国に仇なす反逆者に反旗を翻した英雄の名が廃れる。

 それは彼らの恩義に泥を塗る事に他ならない。

 

 駄目だ。

 それだけは絶対あってはならない事だ。

 俺達は僅かな金の為に命を懸けられる親不孝者だ。

 見ず知らずの人間だろうと雇われれば何の感情もなく殺せる人殺し達だ。

 平和に馴染めず銃器を手にして戦場を歩いている方が心安らぐ狂人達だ。

 だけど我々は仲間を見捨てる事だけは絶対にしない。

 目的の為に斬り捨てる事はあっても裏切る事は絶対にしない。

 

 あの人が窮地に陥って戦っているのに見過ごす事は我が身が滅ぼうとも、身の毛のよだつ拷問を受ける事になったとしてもすることは出来ない。否、そもそもそんな阿呆な選択肢は端っから存在すらしない。

 

 強い覚悟を持って通路を進み切り、倉庫へと出た彼―――ニコライは彼と共にグラズニィグラードから生還し、共に戦場を渡り歩く傭兵部隊の戦友に視線を向ける。

 まだかまだかと待ち侘びていた戦友達がニコライを視界に収めると誰が言った訳でもなしに見事な整列を見せた。

 その全員の顔を見るように最前列に立ち、姿勢を正して口を開く。

 

 「諸君!我々の次の戦場はサンヒエロニモ半島。通称“死者の半島”と呼ばれる場所だ。そこではソ連に見捨てられたソ連兵とアメリカ軍の一部が国家に対して策謀を計っている。

  正直そんな事はどうでも良い。重要なのはそこにあの蛇と蝙蝠が居るという事だ。相も変わらず少数にて世界の均衡を護らんと無茶な戦いに挑んでいるのだ。俺は彼らを助けたい。以前受けた大恩を利息分だけでも返したい」

 

 一息入れて全員の顔の一つ一つを見つめ、大きく深呼吸をして続きを口にする。

 

 「今回の任務は正式な依頼を受けた訳ではない。報酬も十分に払えるどころか、帰りの便を用意出来るか分からない片道切符だ―――それでも行くという者はここに残れ。辞退する者は…」

 「居る訳ないでしょそんな奴は」

 

 乾いた笑み、呆れた笑み、にこやかな笑み。

 様々な笑みが向けられニコライはため息を吐いた。

 どうやらここに居るのは馬鹿ばかりのようだ。

 

 「もう聞かん。全員付いて来い!」

 

 ニコライの叫びに戦友諸君は歓声を挙げ、早速動き出した。

 新たな戦場へ向けて…。

 

 

 

 

 一方、バットとスネークは衝撃的な事実を知ってしまっていた。

 スコウロンスキー大佐が押し入れられた家畜用の檻付近には、多くの物資を積んだコンテナが積まれている。

 その中にベトナム行きに偽装されて運ばれてきた【MADE IN USA】のラベルが貼られたコンテナがあり、持ち出された後であったが無反動砲用HEAT弾(成形炸薬弾)M1919予備銃身(ブローニングM1919重機関銃)、厚さ五インチもの防弾鋼板が残されていた。

 アメリカより運び込んだという事はジーン達が強奪した新兵器の可能性が高いが、残留物から推測すると戦車もしくは装甲車を連想させるのは陸戦兵器ばかり。

 強奪された新兵器はこの半島よりソ連の主要都市すべてを攻撃できるものであった筈。

 バットの脳裏にはグラーニンの核搭載二足歩行戦車(メタルギア)が浮かんだが、たった一基で都市全てを攻撃出来る性能は与えられない事から否定された。

 そこにプリヴィディエーニとか名乗る人物より情報提供があり、一基の弾道ミサイルに複数の核弾頭を搭載し、個別の目標に撃ち込める個別誘導複数核弾頭であることが伝えられる。そして新兵器というのは個別誘導複数核弾頭の弱点でもある目標への命中率を上げる兵器だという事も。

 正直会話の中でグラズニィグラードで会った人物だという事しか分からないので、信じるべきかは怪しい所であるが今は藁にでもすがっても前に進みたいところ。

 プリヴィディエーニの言う事を想定し、ここに貯蔵してある核弾頭貯蔵施設へ向かう事になった。

 しかしながら問題が発生した。

 核弾頭貯蔵施設はスコウロンスキー大佐が知っていたので場所を特定出来たが、これより戦いは過酷になると予想されるので兵力が欲しい所だ。しかし全員警戒の厳しい橋の西側に居り、バットとスネークは東側。

 橋を渡る際には敵の注意を引き付ける為に陽動作戦を実行して渡ったが、彼らをこちらに呼び寄せるのは同じように陽動作戦を実行しなければならない。

 そこでバットとスネークは陽動作戦を実施する。

 

 「速く走っておじいちゃん!」

 「む、無理を…ゲホゴホッ…言うな小僧!」

 

 建物に挟まれた場所を猛ダッシュするバットは息を切らすスコウロンスキー大佐を急かす。

 ここは駐留部隊警備基地。

 港で陽動作戦の第一弾としてコンテナ類を爆破し、第二弾として港に兵力が出払ったであろう駐留部隊警備基地への攻撃を開始したのだ。

 ただ予想外な出来事としてスコウロンスキー大佐が知らぬ間に“ジーンに付いた兵士”に喧嘩を売りに入っており、即座の戦闘に移ったのだ。

 建物の陰に跳び込み、ようやく追いついたスコウロンスキー大佐を引っ張って同じように建物の陰に引き込む。

 追って来た兵士達にAK-47で応戦する。

 狙うのは足や肩だが正直余裕がなくて殺してないのか殺しているのかが判別できない。

 スコウロンスキー大佐も同じように隠れつつAK-47を乱射する。

 

 「まだ走れますか?」

 

 一応聞いてみたが強気の発言はするものの様子的に無理らしい。

 仕方がない。

 大佐にはここで頑張ってもらい、自分が遊撃として掻き回すしかないだろう。

 その間にスネークが弾薬庫に爆弾を仕掛けるので、時間稼ぎさえ出来れば問題はない。

 

 「ここを任せますよ大佐」

 「あぁ、任せろ!奴らに俺を裏切った報いを叩き込んでやる!!」

 

 強気の言葉を信じてバットはそっと離れる。

 建物の間を走り抜けながら遭遇した兵士をCQCモードで一人ずつ投げ飛ばして気絶させてゆく。

 そんな中でおかしな奴に出会った。

 どう見ても異質な存在に足が止まる。

 

 「貴方はナニ(・・)ですか?」

 

 視線の先には口元をマスクで隠し、スニーキングスーツを着た銀髪の青年が、両腕を縛られた状態で連行されているように二人の兵士に挟まれそこに居た。

 手にしているのは拳銃でも軽機関銃でもない。

 一本のマチェット()のみ。

 

 「侵入者を発見。これより絶対兵士を解放する」

 「ナンバー【NULL(ヌル)】。侵入者を確保せよ!」

 

 片方が無線で連絡を入れると拘束が解除され、絶対兵士ヌルはゆらりと動き出す。

 エルザさんが言っていた戦ってはならない者…だったっけ。

 足取りが急に変わって急接近してくる。

 慌ててAK-47を構えて銃弾を放つ。

 金属音が響き、火花が散った。

 

 あり得ない。

 今までも化け物みたいな連中とも戦った。

 しかしながらそれらはこちらの攻撃は有効で倒す事は出来た。

 では目の前の絶対兵士はどうなのか?

 弾丸をマチェットで弾くような相手をどう倒せというのだ。

 

 後ろに下がりながら連射するが、同じように弾丸を弾きつつ突っ込んで来る。

 眼前に迫りマチェットが振られる。

 ギリギリでCQCモードを起動させて紙一重で回避し、ゼロ距離で銃口を突き付ける。

 

 「―――ッ!!」

 「嘘でしょ!?」

 

 トリガーを引く瞬間に後ろに飛び退いて銃口から離れて、体勢の不安定な空中でも銃弾を弾き落した。

 あまりの技術に目を見張る。

 勝てる気が全くしないけれども、あの人(ザ・ボス)ほどの強さは感じない。

 

 「やれない事は―――ない!」

 

 連射することをやめて単発射撃で弾薬の消費を抑えて持久戦に持ち込もうと画策するが、その考えを根底から覆そうとヌルが弾丸を弾きながら首と胴体を切り離そうとマチェットを振るう。

 地面を無様に転がり回ってでも避け回り、一発でも当てようとトリガーを引く。

 弾丸を弾き、宙を舞い、壁を蹴って避ける。

 相手が体力切れになる前に弾丸が尽き掛け、マガジンを交換しようと脳裏に浮かんだ瞬間を読んだように懐まで接近される。

 さすがにヤバイと思いAK-47を投げつけ、ホルスターよりモーゼルC96を抜く。

 投げつけられたAK-47を真っ二つにしたマチェットは刃の先を向けて突き出される。

 マチェットの先が喉元に突き付けられ、モーゼルC96を額に押し付けた。

 両者の視線が合い、どちらの動きも止まった。

 ずっと続きそうな膠着状態を破ったのはヌルの方であった。

 

 「何故生きている?」

 

 摩訶不思議そうに問われた疑問に眉が歪んだ。

 どういう意味かが良く理解できない。

 

 「絶対兵士と戦場で出会って生き残る兵士は居てはならない…なのに――何故!」

 「知りませんよそんな理屈!」

 

 頭を傾けて銃口から避けてマチェットを引いて横薙ぎに払ってくるが、銃口から避けられた時点でバットは後ろへと飛び退いた。

 まだ追撃が来るかと思って銃口を向ける。

 

 「グゥアアアアアア!?」

 

 突如として頭を押さえて苦しみだしたヌル。

 まったくもって理解できない相手に戸惑うバットを、響いてきた爆発音が我に戻す。

 スネークが武器庫の破壊に成功したらしい。

 今がチャンスとバットは駆け出しスコウロンスキー大佐と合流し、この基地より全速力で撤退するのであった。

 ヌルとは二度と戦いたくないなと想いつつ…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 「凍てつく死闘」

 銃声が鳴り響く。

 たった一発の銃弾なんて生易しい音色ではない。

 数十、数百、数千と続くオーケストラともヘビーメタルとも感じられる銃声の螺旋。

 そこに罵声に悲鳴に爆発音が混ざり合い銃弾による演奏会はますます盛り上がる。

 ジーンに賛同して反乱に加担しているサンヒエロニモ半島のソ連兵と、スネークとバットに希望を見出したソ連兵とが激しい銃撃戦を繰り広げていた。

 場所は西部と東部を繋ぐ鉄橋。

 ジーン側は裏切者を通すまいと必死の防衛線を展開するも、もはや突破は時間の問題となっている。

 スネークとバットが暴れ回ったせいでかなりの被害が出ており、補充もままならない状態で計画を遂行しようとしているのだから人手が足りず困っている。

 鉄橋に兵を回したくても重要拠点から部隊を裂く訳にもいかず、結局付近の兵士で何とか対応するしかないのだ。

 

 「死守せよ!ここから先に進ませる訳には行かんのだ!!」

 

 守備を任されている将校が叫び、それぞれが自身に活を入れてほんの少しでも抵抗を試みている。

 手負いの獅子ほど怖い者は居ない。

 ロイ・キャンベルは後方より最前線を眺めながら苦々しい表情を晒す。

 すでにかなりの被害も出ているが、これ以上時間をかけるようなら撤退を視野に行動をしなければならなくなる。どれだけ疲弊したと言ってもここは敵地で戦力差はジーン側の方があるのだ。

 あの二人を警戒して重要拠点の兵士は動かせなくても時間が経てば、念のために配置しているような予備の警備隊も距離があってもやって来れる。それに弾薬は無限ではない。

 時間が経てば経つほど不利になる。

 

 「くそッ…スネーク達がいれば…」

 

 別件で動いているスネーク達を思い浮かべてもここに居ない者に頼る事は不可能だ。

 苦々しく睨みつけると鉄橋を塞いでいたトラックがあっと言う間に穴だらけになって爆散した。

 何事かと理解が及ばないロイは、遠目ながら随分とご機嫌そうな老人らしき人物を見つけた。

 

 「どうだ!思い知ったか!俺を見限りジーンなんぞに付くからこうなるのだ!!」

 

 見張り小屋の上に陣取ったその人物は高らかに叫びながら、M63軽機関銃をひたすらに撃ち続ける。

 集弾性の悪いM63は命中率に難があるが、それでも殺傷力の高い重火器である事に変わりなく、掠めたり直撃した兵士は一発で行動不能なほどの怪我を負ってのた打ち回る。

 敵か味方かと悩むとその老人の横に見覚えのある青年が立つ。

 

 「すぐ弾が切れちゃいますよ」

 「フハハハハハ、構わん!」

 「ここにAK置いときますからね」

 

 武器も持たずに青年は困ったような笑みを浮かべて、小屋より飛び降り戦場に舞い降りる。

 ロイだけでなくその場に居たすべての味方がその光景に高揚する。

 銃弾飛び交う中をたった一人の青年が駆け抜け、次々と敵を投げ飛ばして気絶させてゆく。

 アニメや漫画のような光景に気分が高まる。

 

 「バットだ!バットが来たぞ!」

 「敵は総崩れだ!突っ込めぇえええ!!」

 

 たった二人とは言え後方を完全に崩されたジーン側の兵士は混乱に陥る。

 そこを見逃すほど甘い者は敵味方どちらにも存在せず、混乱に漬け込むように突き進む味方、理解した敵兵は撤退を開始。

 追撃する事も可能だが今は止めておこう。

 それより先に行う事がある。

 乗っていたジープを前進させてバットに合流する。

 

 「どうしてここに?スネークは?」

 「ボクは皆さんの援護に。スネークさんは予定通り貯蔵庫へ潜入していますよ」

 「そうか…なら俺らは俺らのやるべき事をするか」 

 「長話していたら来てしまいそうですね」

 「俺にとっては有難い援軍。君にとっては懐かしい顔ぶれとの同窓会と言ったところか」

 「出来れば戦場でなく、何処か食事が食べれるところなら文句無しなんですがね」

 「提供する側だからなバットは。ところであの爺さんは?」

 「味方ですよ。ここの基地司令で戦闘機パイロットのスコウロンスキー大佐です」

 「おう!よろしくな若造。ところで俺の戦闘機はないか?」

 「…善処しましょう」

 

 空になった弾倉を投げ捨て、弾無しのAK-47を担ぎながら煙草を吹かすスコウロンスキー大佐にロイは苦笑いととりあえずの解答しか返せなかった。

 どうして潜入で手一杯である筈なのにこうも仲間を増やせるのだろうか。

 今後の事も考えて一度きちんと聞いてみるのも良いかと考えていると、怪我人を見たバットは指示を飛ばす。

 

 「怪我人はトラックへ!移動しながら治療しますので」

 「すまないな。お前だって疲れているだろうに」

 「大丈夫ですよ。キュアーを使えばあっと言う間ですから」

 

 たまに意味の解らない事を言ってる気がするが、それでより多くの味方の怪我が短期間で治るのだから良いか。

 半分思考停止したような考えを抱きながら、ロイは部隊を再編成を開始して進軍を続ける。

 目標は空港。

 彼ら―――ニコライ達が着陸できるように空港を占拠する!

 

 

 

 

 

 

 バットがロイと合流していた頃、スネークはバットが現地調達した新たな兵士三名と共に核弾頭貯蔵施設に潜入していた。

 メタルギアとの正面衝突は難しいだろう。

 以前のシャゴホットがいい例だ。

 アレに似たような物に歩兵で挑み、核の発射を阻止するなど至難の業だ。

 なので考えを変えて、核弾頭を撃てなくしてやろうとの考えに至った。

 核弾頭さえ使えなくしてしまえば核の発射に怯える事はない。

 ゆえに核弾頭貯蔵施設への潜入作戦が実行に移された。ただ出来る事ならバットと潜入するほうが成功率が上がるのだが、輸送部隊が確認された事で一刻の猶予もなくなり、スネーク達だけでの潜入作戦へとなったのだ。

 作戦内容は核弾頭貯蔵施設に潜入し、かなりの重量がある核弾頭を運び出すエレベーター、もしくは貯蔵庫の全てを管理している機械室の破壊。後に無事に撤退することが主なものだ。

 

 核弾頭を貯蔵している施設だけに各々警戒は厳にし、気を敷きしめて任務にあたっていた。

 そう…当たっていたのだ…。

 

 「ボス。機械室を発見しました」

 「分かった今行く」

 

 呆れを通り越してもはや笑うしかないスネークは、機械室発見の報を聞いてそちらへと足を動かす。

 兵士三名。

 これは味方の数でもあるが、今口にしたのは仲間の事ではない。

 核弾頭貯蔵施設の警備にあたっていた敵陣営の兵士の数である。

 長い通路に広い部屋を二つほど通ったのに兵士はたったの三人で、匍匐前進すれば掻い潜れるようなお粗末な警報装置が置いてあるだけ。

 本当にここに置いてあるのか怪しくなってきた。

 なんにしてもやる事はやり通す。

 無ければまた探すし、あったなら運搬手段を失ってメタルギアへの搭載は難しくなる。

 後者の場合を考えればありがたいがさてさてどうなる事やら…。

 最奥にあった機械室に爆弾を仕掛けたスネーク達は来た道を戻り、広い部屋へと出た。

 十字路のような通路の先はシャッターが下ろされ、警報装置が一応置かれている。

 周囲には小さい小箱が並び、熱を発している機械が端で動いている。

 ここまで来れば問題ないだろうと起爆スイッチを押す。

 カチリと音がするだけで爆発音も振動も一切感じない。おかしいと思いつつボタンを押すが変化なし。

 不可解な出来事に銃を取り出して戻ろうかとしたスネークの足元に設置した筈の爆弾が転がり込んだ。それも霜が降りるほどに凍らされて。

 

 「この貯蔵庫の壁は脆い。危なく自身の退路まで潰す所だったぞ」

 「―――ッ!?」

 

 聞き覚えのある声に驚きつつ、銃を向けながら振り返る。

 その声はザ・ボスが急に姿を消して途方に暮れていた俺を助けてくれた人物で、信頼できる数少ない戦友。

 あり得ないと思いつつも期待と事実が噛みあい、自然と目が見開いた。

 

 「パイソン…本当にお前なのか?」

 「久しいなスネーク。最後にお前と一緒に任務を行ったのは十年も前だったか。お互い老けたなぁ…」

 

 そこに居たのは昔の面影を残しながらも、どこか変わってしまった戦友の姿だった…。

 仲間が一斉に銃口を向けるがスネークはそれを止める。

 

 スニーキングスーツをベースに改良が加えられているらしきスーツに、頭には幾本もの針が刺さった男性。

 手にはM203グレネードランチャーが取り付けられたM16A1。

 かつての戦友に会えて嬉しさもあるがそれ以上に驚愕が先に出る。

 

 「自らの危険を顧みず任務の達成を行う。昔からの悪い癖だ。何時までも私に世話を焼かせるなスネーク」

 「爆弾を解体したのか…そんな時間は無かったはずだが」

 「いんや、ゆっくり探させてもらった。それに一瞬で発火装置を凍らせれば爆発に怯えることはない」

 

 確かにそうだ。

 凍り付かす手段があるならば爆発に怖がることも解体することも容易い。いや、凍り付かせておくのなら解体すら不必要。あとは探すだけだがパイソンなら俺が何処に仕掛けるなど分かっていて当然。だからゆっくり探せたのか。

 爆弾の件は理解したが、他で理解できない事がある。

 

 「何故アンタがここに…ジーンに加担する!?いや、それよりもどうして生きている?確かアンタは死んだはずだ。ベトナムでの極秘任務で」

 「そうだ。あの時俺は限りなく死に近づいた。体温調節機能が狂った俺の身体は自身を燃やすほどに際限なく温度が上がり続ける。この液体窒素の詰まったスーツを着て居なければ半日と持たない程にな―――だが、それこそが俺を最強の兵士に変えたのだ!!」

 

 周りに冷気を放つ。

 辺りに霜が降り、構えた銃は凍り付く。

 それだけでは終わらずに冷気は次第に濃くなり霧のように辺りを覆って視界を悪くする。

 

 「見ろスネーク。私が支配した戦場ではお得意のCQCも通用しない」

 

 勝ち誇った言葉に嘘偽りはないのを理解した。

 確かにこの状況にあの装備はこちらを圧倒的に不利にしている。

 

 「先ほど何故俺がジーンに従うかと聞いたなスネーク―――それは救いだよ」

 「救いだと?」

 「勘違いするなよ。ジーンに救われた訳ではない。これから救われるのだ」

 

 にやりとほくそ笑みながら呟かれた言葉はまるで他に救いがあるかの言い方だ。

 そもそも何に対しての救いなのか…。

 スネークはパイソンの言葉を待つ。

 決してその隙に攻撃する様子も気も無く待つ。

 

 「ベトナムより生還した俺はなスネーク。お前に対する切り札として再教育されたのだ。

  CIAはお前を恐れていた。ザ・ボスを殺したお前が裏切らないかと不安で仕方がなかった。もしも裏切った時にお前を止める手段を求め、お前を暗殺できる兵士が必要になったのだ」

 「まさかそれであんたが選ばれたのか!?」

 「そうだ!勘が鈍らない為に俺は暗殺任務(ウェットワーク)ばかりを与えられた、アンチスネーク兵士として」

 

 悲痛な声が室内を木霊する。

 パイソンという男を知っているだけにその声色は彼がどんな悲惨な事をやらされてきたかを忠実に物語っていた。

 

 「戦場で何人殺したか覚えているか?俺は覚えている!!」

 「止めるんだパイソン!俺はアンタと戦いたくない」

 「無理だな。止まるにしても俺はあまりに多くの者を殺し過ぎた!もう止まる事も引き返す事も出来ない!!」

 

 殺意と銃口を向けられスネークも戦闘態勢を取ろうとするが、どうしてもこの男とは戦いたくない。

 だからこそ一瞬戸惑った。

 

 「その悪夢も今日で終わる。お前を俺が殺せば(お前が俺を殺せば)俺の役目は終わる!行くぞスネーク!!」

 

 救いというのはジーンの反乱では無く、この俺…。

 奴は自身からの解放を願っているのか…。

 歯を食いしばり、スネークは凍り付かされているM1911A1を仕舞いAK-47を構える。

 トリガーを引き絞って弾丸をパイソンに撃ち込むが、弾丸はスーツに直撃したところで止まり、貫通するどころか肉体を損傷させることは出来なかった。ぽろぽろと弾丸が落ちる様子を眺めたパイソンはM16A1による銃撃を行ってくる。

 

 「ボス!援護します!!」

 「止めろ!お前らは手を出すな」

 「賢明な判断だ。この冷気の霧の中では間違ってスネークを撃つかも知れないしな」

 

 スコウロンスキー大佐を思い出す。

 同じように銃弾を防いだだけでなく、触ったものを凍らせることが出来た。

 下手に接近戦を挑めば銃や手が凍り付かされる可能性が高い。かと言って銃撃戦を仕掛けても肉体にダメージは見受けれない。

 まさに不死身かとも思うその様子に苦虫を噛み締める顔をする。

 柱に身を隠しながら時たま牽制射を行いながら必死に考えを巡らせる。

 

 が、パイソンがそんなに悠長に待ってくれる筈もなかった。

 

 グレネードの発射音が聞こえ身構えると、周囲の冷気の濃さが上がって身体が一気に冷える。

 普通のグレネードではない。

 液体窒素が含まれた特殊なグレネード。

 もう少し近ければ凍り付いていたところだったろう。

 安堵するには早すぎる。

 濃い冷気の中からパイソンが飛び出し、スネークを掴もうと手を伸ばしてくる。

 咄嗟にAK-47でガードするもみるみるうちに凍り付き、手まで凍る前に手放した。凍り付いたAKを投げ捨てるとM16A1を構えて来る。大慌てでジグザグに距離を取って柱の裏へと跳び込む。

 柱に銃弾が直撃して甲高い音を立てる。

 接近戦を挑めば触れた瞬間に手が凍り、銃弾は液体窒素で満たされたスーツにより防がれ、離れればM16A1による銃撃、またはM203グレネードランチャーからの液体窒素入りのグレネードによる武器の冷却。

 

 「何か手はないか…」

 

 悶々と考えるも思い浮かばない。

 こういう時はアイツが変な事をするだろう。

 けど今は自分しかいない。

 妙に狡いバットはロイといるんだから…。

 

 「殴り合えばいいんじゃないかな?」

 

 脳裏にサムズアップしたバットが妙な事を口走っている光景が流れる。

 アイツならやりそうだ。

 しかもやった後に「冷たッ!?」とか言って凍った手を温めようと必死になる様子まで……。

 

 スネークはふとある事を思いついた。

 馬鹿馬鹿しいが普通に考えてそれなら勝機はあるし、上手くいけば戦友を殺さなくて済むかも知れない。

 

 「おい!グレネードは持っているか!?」

 

 そこに居るであろう仲間に叫ぶ。

 勿論パイソンにも聞こえているだろうが関係ない。

 寧ろ止めることは不可能だと確信している。

 

 「持ってます!!」

 「なら投げろ!破片手榴弾でも白燐手榴弾(バットがMGS3より所持し分けた物)でも何でもいい」

 「無駄だスネーク!この霧の中では俺は何処に居るかも分かるまい!!」

 

 パイソンの言葉は正解である。

 この白い霧の中では位置が解らず投げたところで有効打になるか不明。

 だが、スネークにとってはパイソンの位置など知らなくても良かった。何故なら――。

 

 「俺が居る所以外に撒き散らせ!!」

 

 意図を理解してない仲間はとりあえず指示通り投げる。

 理解したパイソンは阻止しようと冷気を放出しようとするがさせまいとトリガーを引いて妨害する。

 辺りで爆発が起き、冷気の霧は吹き飛ばされる。

 同時に白燐による燃焼で室内の温度が上がり、小箱などが燃えて一部では小さな火災が発生している。

 やられたと言わんばかりにパイソンが苦い顔をする。

 

 「くっ…小癪な真似を…」

 「冷却スーツと言っても無尽蔵ではない。ここを冷やした分量に加えて今の熱を消すためにどれだけ消費する!」

 

 額より流れ出た汗を拭いながらパイソンはスネークを睨みつける。

 冷気の戦場(自分の世界)から灼熱の戦場へ突き出された事で形勢は不利。

 スネークが言ったように冷却スーツの冷気で冷やすにも限度がある。

 窮地へと追いやられどうするかと悩むパイソンの前でスネークは持っていたMk22とM1911A1を地面に置いて対峙する。

 

 「拳だ…」

 「なに!?」

 「俺はアンタを殴って止める!」

 

 銃を構えている相手に肩を回して解しながら歩み寄って来るという行動に、先ほどの言動。さらには戦士としての強い光を持った瞳。

 意図を察したパイソンは笑みを漏らしてM16A1を同じように置いて指をぽきぽきと鳴らして解す。

 お互いに近づいて手を伸ばせば触れれる距離まで近づき立ち止まる。

 拳を握り締めた二人はファイティングポーズを取る。

 タイミングを示し合わせも無しにお互いの拳が相手に向かって突き出される。

 殴る。

 躱す。

 蹴る。

 受け流す。

 関節を決める。

 突き飛ばす。

 頭突きを喰らわせる。

 肘打ち……etc.etc.

 そこには軍隊格闘戦は存在せず、自身の身に沁み込んだ技術を用いておきながらの単なる殴り合い。

 大の大人が繰り広げた大喧嘩だった。

 顔面を殴りつけられようとも、胸部を強く蹴られようとも二人共一歩も退かない。

 雄たけびを挙げながらの猛攻に外野になってしまった兵士はただただ眺めるばかり。

 酷い喧嘩だ。

 でもどうしようもなく魅入ってしまう。

 ちょっと前まで殺し合いをしていた男達が楽し気に笑顔を浮かべているのだから。

 身体中に痣が出来ているだろう。

 何発も殴り、蹴り、どつき合った両者には徐々に疲労が見え始め、パイソンが勝敗を決めようと先に動いた。

 勢いのついた渾身の一撃。

 昔からそうだった。

 パイソンは昔から熱中したり負けが込むと熱くなりやすい質で、感情が高鳴るにつれて隙が生まれる。

 大振りの一撃を頬を掠めながらも躱し、逆にスネークが放った一撃がパイソンの顎を打ち抜いた。

 もろに決まった衝撃に脳が揺れ、ぐらりと身体が傾いた。

 何発も打ち合った身体には相当堪えており、限界に達したパイソンは耐え切れずに倒れ込む。

 その様子に満足げに笑ったスネークも仰向けに転がった。

 荒い呼吸を繰り返し、お互いに倒れた現状に次第に笑みが漏れ、二人して馬鹿みたいに笑いだす。

 

 「昔から熱くなり易いのは変わらないな。だから賭けでの負けが込むんだ」

 「十年も前の事を持ち出すな。あの頃とは違う」

 「どうだかな。現にそうだっただろうが」

 「アレは違う。寄る年波に負けたんだ」

 「そうか…ならそう言う事にしておいてやろう」

 

 清々しい気分で以前のような話す二人は次第に笑みを抑えていく。

 天井を見上げたまま深い息を吐く。

 

 「もう止まれないなんて言うなよ。それは止まろうとしない奴の言い分だ」

 「スネーク…俺は多くの――」

 「俺も殺した。今までの任務で多くの奴を殺して来た。恋人が居ただろう。家族が居ただろう。成し遂げたい事もあったろう。そんな奴らを俺も殺して来た」

 

 悲しみを纏った言葉にパイソンは耳を傾ける。

 

 「今でも夢に見ることがある。死んだ奴らの顔が浮かび上がってくるんだ」

 「…スネーク」

 「これは俺の罪だ。国の為、任務の為と言いつつも俺が犯して来た罪だ。だから俺はこの罪を背負って行く。パイソン、罪から逃げるな。それこそ俺達が戦わなければならないモノだ」

 

 最後の一言を聞いたパイソンは安らかに笑う。

 コイツは昔のスネークでは無いと悟ったのだ。

 

 「変わったなスネーク」

 「――そうか?」

 「以前と一皮剥けた気がする」

 

 そう言われて妙にくすぐったい気持ちになる。

 小恥ずかしく頬を掻きながら、そうだと話題を変えようと口を開く。

 

 「会わせたい奴がいるんだ。俺やお前とは違った意味で異質な奴を。アイツに会えば考え方も変わるだろう」

 「そう言うからには相当変わった奴なんだろうな」

 「ああ、非常識の塊みたいな奴だ。知ってるか?蜂の巣から軟膏のチューブが採れるのを」

 「なんだそれは?」

 

 二人してまた笑い合っているとガヤガヤと声と足音が遠くから聞こえてくる。

 どうやらここを襲撃した事がバレたらしい。

 音からして結構な数だろうと予測できる。

 スネークは痛む身体に鞭打って立ち上がり、パイソンへと向き直る。

 

 「騒がしくなってきたな」

 「結構な数が居るが俺達二人がいれば問題はない。そうだろ?」

 

 手を差し伸べて、パイソンが立ち上がり易いように手伝ってやる。

 すでに満身創痍の状態だが、俺とパイソンが手を組めばどんな敵だって勝てる。

 確証もないが今はそんな気がするんだ。

 

 「あぁ、確かに―――な!!」

 

 差し出した手を握り、引っ張り起こす。

 すると引っ張った勢いに合わせて一歩踏み込んだパイソンは鳩尾に拳を叩き込んで来た。

 まさかの攻撃に防ぐことも構えることも出来なかったスネークは痛みに耐えきれず膝をつく。

 慌てた兵士が駆け寄って支えながらパイソンを警戒するが、こちらに対して闘う気はないようにみられる。 

 

 「おい、これを渡しておく。別ルートで脱出できるはずだ」

 「パイソン…なにを…」

 

 支えた兵士に地図を渡し、床に置いていたM16A1を担いで背を向ける。

 パイソンが何をしようとしているのか?

 聞かなくとも分かってしまったスネークは、必死に止めようと届かない手を伸ばす。

 

 「そう言えばポーカーでのツケを払ってなかったな」

 

 仰ぐように天井を見つめながら呟いた。

 それ以上は言わないでほしい。言うんじゃない。

 何故俺の足は動かない?何故俺の手は奴の背に届かない?何故…何故…。

 

 「また会った時はツケを返させて貰おう。なぁに、今度は俺がお前に勝ちまくってやるさ」

 「…止めろ…待つんだパイソン…」

 

 出入り口へ進んでいたパイソンは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。 

 

 「だからそれまで無事で居るんだぞ、スネーク」

 

 俺は忘れないだろう。

 あんな爽やかな死と生が入り混じった微笑を。

 馬鹿みたいに格好をつけて行こうとする戦友(トモ)を。

 俺は絶対に忘れはしない。

 スネークは涙を流し、銃声を背で感じ、核弾頭貯蔵施設から脱出するのであった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 「援軍襲来」

 お久しぶりです。
 七月の投稿以来二か月ほど書けず、今月まで投稿無しとなり申し訳ありませんでした。
 今月より毎月一話投稿に戻ります。


 ジーン。

 元FOX隊員で新兵器を強奪し、サンヒエロニモ半島のソ連兵を味方につけて己の目的を達成するが為に動いている今回の事件の首謀者。

 彼は現状の変化に疑問を抱いていた。

 未だ不明となっている“賢者の遺産”の半分を聞き出す為にスネークを攫い、それがなにかの不手際(・・・)で脱走してこちらの計画を邪魔しようと動いているのは分かる。

 凡そカニンガム辺りが噛んでいると見ているのだがそれだけではなさそうだ。

 他にも何者かが動いている。

 たった数日で数か所の施設が襲われ、かなりの被害が出つつある。

 問題はそちらではなくこちらの兵士が敵へと寝返っている件だ。

 それも一人や二人ではない。

 小隊単位で敵に移っている。

 あのザ・ボスが育てた男だ。戦士として引き付けられるカリスマ性は持っていよう。だが、それだけでこの短期間にあれだけの人員の心を掌握できるのか? 

 顎に指をあてながら考え込んでいると扉が開いてカニンガムが入って来た。

 

 「なにか分かったのか?」

 

 カニンガムはばつが悪そうに首を左右に振って否定した。

 そう期待はしていなかったが…。

 ()の意志が確かなものだったのはよく理解している。

 元々裏切っていた訳ではない。あの戦いで裏切ったのだろう。

 

 「良くも悪くも兵士だった訳か。面倒ではあるな」

 「はぁ?」

 「しかしこちらには痛手だな。補充の利かない兵士がやられるだけでなく奪われるというのは」

 「確かに…。こちらの戦力があちらに流れるなど」

 「スネークを侮っていたな」

 

 パイソンが駄目(・・)になった今となってはスネークを止められる兵士はヌルとウルスラだけ。

 しかしウルスラを単身で向かわせるのは難しいし、ヌルは“敵”との戦闘で精神が不安定に陥っている。

 となると私が迎え撃つしかないか。

 放っておいてもスネークは自らやって来るだろう。

 大勢の裏切者を引き連れて…。

 

 「一つ気になる事がある」

 「――なんだ。言ってみろ」

 「今回の件だがもしかしたら“蝙蝠”が入り込んでいるかも知れん」

 「“蝙蝠”…確かヴォルギンを止めた英雄の片割れだったか」

 

 噂ではヴォルギンの手下の多くを短期間に味方に引き入れ、最大の拠点に対して大規模攻勢を仕掛けたとか…。 

 厄介な相手ではあるが多くの兵士を連れてくるのであれば何の問題も無い(・・・・・・・)

 

 「どうする?何か手を…」

 「心配はいらん。それよりもカニンガム。いつまであいつを生かして(・・・・)おくのだ?」

 「もしかしたら奴はまだ何かを知っている可能性がある」

 「好きにしろ」

 

 ジーンは微笑ながら歩き始めた。

 己が望みが叶う瞬間がもはや手の届く位置にある事と、自身の勝利が揺るぎようがないと信じ…。

 

 

 

 

 

 

 微かな足音が斜め背後より聞こえる。

 気付かない振りをして二名の兵士が目線と小さな指の動きで伝え合う。

 これが普通の兵士ならば気づかなかったろう。

 しかしながらこの二人はジーンの部下のFOX隊員。

 実力が違い過ぎる。

 気付かない振りをして誘い出す。

 

 彼らは辛い訓練を耐え抜いた精鋭。

 彼らは過酷な戦場と任務を遂行してきた歴戦の勇士。

 培ってきた経験と技術に自負を持っている。

 ―――だからと言っていつまでも猟犬で居られるほど戦場は優しくない。

 そもそも何時から己を狩る側と錯覚していたのだろうか。

 

 「―――くぁ!?」

 

 足音とは別方向より伏せていたスネークがコンテナの上より飛び出して一人を背後から羽交い絞めに、対処しようと銃口を向けるが味方が楯になっていてトリガーが引けない。

 ここで普通の兵士なら立ち呆けていたが、彼は立ち止まっていては不利と察して咄嗟に付近のコンテナに隠れようとする。

 判断と行動は正しかった。

 ただ最初に位置を教えていた(・・・・・)バットが居なければだがね。

 

 駆け出したバットには(味方)は無い。

 気兼ねなくトリガーを引き、弾丸を撃ち放つがその弾丸の軌道を知っているかのように避けて銃に触れた。

 触れられたのは目で追えた。

 しかし手が離れると銃が解体されたのだけは見えなかった(・・・・・・)

 次の瞬間には視線が180度回転し、脳天から地面に叩きつけられて意識が飛んだ。 

 

 空港施設の入り口を警備していた二人を伸したバットとスネークは遠くへ向けてライトを数度点滅させる。

 遠くよりエンジン音が微かに聞こえ、バットは縛り終えたFOX隊員よりスコーピオン短機関銃を二丁、スネークはM16A1自動小銃を手にして空港施設入口より突入を開始する。

 

 「派手に行きますよスネークさん!」

 「一気に畳みかける!」

 

 もう彼らには時間がない(・・・・・)

 急いで空港施設―――否、空港そのものを制圧し切らねばならない。

 スネークとバットの力を行使すれば敵勢力の排除は可能だろう。しかしながら制圧となれば別問題で制圧する範囲が広ければ広い程人員を必要とする。

 すでに多くの仲間を得ており空港施設を制圧するだけの人員は確保しているが、そんな大勢が動けば敵にもバレてしまうだろう。

 …いや、そこは気にする必要はなくなったか(・・・・・・・・・・・・・)

 

 入口より突入した蝙蝠と蛇は突然の来訪者に対して戸惑いを見せた兵士に襲い掛かった。

 素早く小刻みに動きながら銃身がぶれないように支えながら、敵兵が銃口の先に合わさったらトリガーを引いて行くスネーク。

 対照的に時間がないことで慌てているのか、アグレッシブに駆けまわり銃弾をばら撒くように撃つバット。

 十秒も満たない間に一階ホールの兵士を倒した(・・・)がこれで終いと言う訳には行かない。

 

 「上を押さえないと」

 「管制室はお前に任せる」

 「こういう重要な仕事は大人なスネークさんに譲りますよ?」

 「肉体労働は若い者の仕事だ」

 「さすが大人汚い!!」

 

 悪態をつきながらもバットは走り出す。

 今は足を止めている時間さえ惜しいのだ。

 駆け上がりきると同時にCQCモードを起動して周囲を見渡す。

 管制塔には兵士が一人とスーツ姿の男性が一人だけ。

 銃口を向ける兵士を先に対処しようとそのまま駆け出し、CQCモードの指示するままに投げ飛ばして気絶させ、スーツ姿の男にはモーゼルC96を向ける。

 

 「ヒィ!?ま、待ってくれ!抵抗はしない!降伏する!!」

 「はぇ?」

 

 今にも失禁しそうなほど怯えた男性に変な声を漏らしつつ、どうしようかなと悩んだ結果、縛って転がしておくことに。

 周囲を一応問題がないかを確認して回り、大丈夫そうなので無線機を取り出してロイとの通信を試みる。

 

 「こちらバット。管制塔制圧しましたよ」

 『了解だ。そちらに人員を送る。滑走路の警備についてくれ』

 「了解です」

 

 短い会話を終えると無線機を仕舞い、来た道を駆け降りてゆく。

 道中味方となった兵士が占拠すべく所定の位置に配置され、その様子を横目で見ながら外へと出る。

 すでに滑走路も含めて空港にはジープや武装した味方が完全に制圧している。

 その滑走路付近にはスネークを含めた戦闘能力の高い味方の部隊が展開し、付近の警戒に努めている。

 中にはスコウロンスキー大佐の姿もあったが、大佐は警戒しているのではなくその性格からどの部隊にも入れずに暇を持て余しているだけなのだが…。

 そんな大佐を目撃したバットが歩み寄っていると、轟音が徐々に上空より近づいてくる。

 来たかと視線を向けると巨大な輸送機が電飾が灯り、照らされた滑走路に向かっておりて来る姿が映った。

 

 「おぉ…おお!アントノフだ。アントノフが来たぞ!!」

 「“キャット”でよく来れたものだ」

 

 着陸する輸送機にスコウロンスキー大佐が興奮気味に叫ぶ。

 理解できていないバットは葉巻に火をつけているスネークを見つめる。

 視線を感じて意図を察したスネークは苦笑いを浮かべる。

 

 「ソ連で使っている輸送機だ。いや、もはや使っていたがほとんど正しいか」

 「どゆこと?」

 「事故が多い機体なんだよ」

 

 そう聞いては不安が過るのは当然だろう。

 降り立つまでバットが不安げに見守る中、ロイが何処となく上機嫌で近寄って来た。

 遠くからでも分かるほどで、スネークが怪訝な顔で問いかける。

 いきなり確信を聞くのでなく、まずは当たり障りないことから。

 

 「内部の制圧は完了したか」

 「お前さん達が張り切ったおかげでな。おまけもあったし」

 「おまけ?」

 「正確には管制室を制圧したバットだがな。情報を持ったお喋りな奴がいてな」

 「それでその上機嫌か…。で、情報とはなんだ?メタルギアの搬送先が分かったとかか?」

 「近いな。厳密に言うと搬入先を知っているだろう政府高官様だ」

 「それは文字通りVIP待遇をしてやらんとな」

 

 二人の会話を全く聞いてなかったバットは無事に降りた輸送機より、とある人物が出てきた事で駆け出した。

 

 「ニコライさん!」

 「バット!それにスネーク!」

 

 グラズニィ・グラードでの事件でバットとスネークと出会い、最初にヴォルギンに反旗を翻したソ連兵。

 ゼロより事の顛末を聞けたスネークならいざ知らず、ゲーム終了に伴って退出させられたバットには知る由もなかった戦友との再会に心から喜んでいた。

 

 「スネークさんの知り合い(シギント)から援軍に来てくれるとは聞きましたが本当に来れるなんて」

 「俺達は戦友を決して見捨てたりはしない。特に救ってくれた英雄なら尚更だ」

 「英雄だなんて。こそばゆいですね」

 「っと、また会えたら渡そうと思ってたんだ」

 「何ですかコレ?」

 

 ニコライから差し出された一枚のフロッピーディスクを受け取って首を傾げる。

 これに何が入っているのかと疑問に思ったのではなく、この四角い物は何なのだろうと疑問符を浮かべたのだ。なにせ彼の世界ではフロッピーディスクは扱われていない。記憶媒体と言う事すら分かっていない状態なのだ。

 それを中身は何かと問われていると勘違いしたニコライはどこか複雑そうな笑みを浮かべながら続けた。

 

 「グラーニンからのプレゼントだ。二足歩行とまではいかなかったがメタルギアの設計図を記録しているだとさ」

 「メタルギアの設計図!!嬉しいなぁ、グラーニンさんは今どちらに」

 「病院にずっと入院中だ」

 「大きな病気か何かですか?」

 「年を考えずに酒を飲み過ぎなんだあの爺さん」

 

 相も変わらない様子に笑みが零れた。

 ニコライはグラーニンの事だけでなくジョニーの事も知らせてくれた。なんでも一緒にソ連には行ったが、その後は家族の元に帰れたそうだ。

 それは良かったと相槌を打つと、そろそろ真面目な話をしようかとニコライの視線はバットから集まったスネークやロイにも向けられた。

 

 「それで俺達は何をすればいい?」

 「出来ればジーンの勢力圏を奪えれば良いんだが、こちらには司令部に出来る拠点もないし、武器弾薬も限られている」

 「何処かで調達したいところだな」

 「でしたら武器庫を襲いますか?」

 「あ!提案なんですけど港を押さえませんか」

 「港か。確かにあそこには武器弾薬はあるだろうな」

 「敵の補給路を潰す事も出来る。一石二鳥という訳か」

 「違いますよ一石三鳥です!大佐の私物を取り戻しますから」

 「小僧!良く言った!!アレさえ手に入れれば儂がジーンの若造を殺してやろう!!」

 「頼もしいですよ大佐」

 

 バットの言葉にご満悦なスコウロンスキー大佐は大声で笑う。

 ひとしきり笑い合い、彼らは行動する。

 この半島で起きた事件の元凶を叩くために。

 

 

 ―――と、その前にバットは休憩を取る為に言い訳をしつつ、この世界より退出するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 カツン、カツンと薄暗く汚れた通路を一人の足音が大きく響き渡る。

 ゆっくりな足取りながらも着実にソレは私の元に近づいてくる。

 今度はなんだ?拷問か?それとも止めを刺しに来たか?

 もうどちらでも良い。

 私は役割を果たせなかったが、己の役目は果たした。

 未練もない。

 後悔もない。

 あるのは身体中が焼ける感覚と妙に晴れやかな気分だけだ。

 

 「ご苦労様。食事をお持ちしました。捕虜の分も」

 

 どうやらジーンでもカニンガムでもなくあの女(エルザ)らしい。

 見張りをしていた兵士は食事を持ってきてくれた事から許可したが、彼女が提案した少し離れていて欲しいとの提案は却下した。

 それもそうだろう。彼女は非戦闘員で大事な絶対兵士の調整者。もしも私が危害を加えて怪我でもすればあの見張りの兵士は重い罰を受けることになる。

 しかしエルザが私に惚れているとか二人っきりになりたいのを察してくださいなどと言われて兵士は扉の近くに居るが覗かないとの条件で了承した。

 呆れ果ててものも言えなかった。

 多分だがあの兵士は私とあの女が二人っきりになったらナニをすると思っているらしい。

 見張り以前に兵士としてそうもあっさり了承するのもどうなのだ?

 FOXの隊員ではありえないなと思いながらトレーを手にしたエルザを見上げる。

 トレーを地面に置くと私に抱き着いて耳元に口を近づける。

 様子を覗いていた兵士をひと睨みするとあっさりと顔を隠し、壁の向こうで聞き耳を立てているだろう。

 

 「ここから逃がしてあげる」

 

 小声で囁かれた言葉にピクリと眉を動かす。

 何かはあると思っていた。

 この女が私に惚れてる云々は嘘だと予想できたし、求められたところでそのような肉体状況ではない。

 逃がすために見張りを少しでも遠ざける方便ならば納得は出来た。

 ――が、分からない。

 この女が俺を助ける意味が解らない。

 何を考えている?

 何故私を助ける?

 何故危険を冒す?

 

 「私はメタルギアを破壊したい。核を使わせては―――使ってはいけない。そして私の目的を達する彼らに貴方は必要だから」

 

 短い言葉だが彼女の想いが込められとても重々しく感じる。

 それに強い自信も窺える。

 これは噂に聞く予知からくるものだろう。

 だがそれが全てでは無いだろう。

 キョトンと驚き、彼女は「貴方は心が読めるのかしら」と楽し気に笑った。

 

 「もう一度会いたい子が居るの。とても興味深い人」

 

 それがこの女の理由か。

 私にも出来れば会いたい奴がいる。

 また共に肩を並べたいと願う戦友が。

 良いだろう。お前の思惑に乗ってやろう。だが、今の俺では脱出は不可能だ。

 武器は一切身に付けておらず、自身の生命とて最低限で保たれている状態。

 逃げ出すどころか見張りの兵士を倒す事すら難しい。

 

 「私に良い考えがあるの」

 

 恥ずかし気に言ったエルザは白衣を脱ごうとボタンに手を掛けた。

 何をしているのか解らなかったが、白衣の下より覗いたモノにより理解し微笑を零す。

 シュルリと衣服が擦れ、牢の中でエルザがはだけているであろうと聞き耳を立てていた兵士はゴクリと生唾を飲み込む。

 妄想に入り込み、覗こうかと悩む兵士にボトリと鈍い音が届いた。

 衣類にしては重く、銃器にしては軽すぎる落下音。

 首を傾げながらゆっくりと音の正体を探ろうとした兵士は目を見開いて驚愕を露わにした。

 

 そこには己が妄想していたような光景では無く、冷たい冷気を振りまく死神がこちらを睨みつけていた。

 大声を発して事態を知らせようとする前に死神の手が喉を掴んで声の発生を防ぐ。

 同時に冷気が伝わり、喉元から凍り付く(・・・・)

 完全に凍り付いた兵士は手を離すとコテンと転がって二度と動くことはない。

 もう不必要となった無いよりはマシだった厚着を脱ぎ捨てて、白衣を羽織ったエルザは牢より通路を見渡す。

 

 「車を回してくるわ」

 「あぁ、頼む」

 

 エルザが白衣の下に着ていた液体窒素の詰まったスニーキングスーツを着込んだ私は、死なぬようにギリギリの量しか入っていなかった液体窒素入りのスーツを忌々しく投げ捨てる。

 そして獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべる。

 

 「行くぞ我が戦友よ」

 

 冷気を纏った戦士は再び戦場に舞い戻る。

 今度は共に歩もうと…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 「迎賓館での戦い」

 コロンビア中部沿岸サンヒエロニモ半島で起こったジーンの反乱は思わぬ状況へと追い込まれていた。

 賢者の遺産のありかを聞き出そうとして連れ込んだスネーク。

 何処からか入り込んだバット。

 捕まって牢に入れられていたロイ・キャンベル。

 たかが三人によって行われた抵抗は今や半島全土を呑み込もうと燃え盛っている。

 次々とジーンの反乱に加わったソ連兵が流れ、各地で人手不足が起こって対応が遅れ、さらにスネーク一派の動きは活発化しただけではなく、半島外からの援軍を連れて来たのだ。

 対してジーン側は兵力の減少に留まらず、パイソンが敗れ、ヌルは精神不安状態に陥ってメンテナンス中など戦闘に秀でた者にまで被害が出始める始末。

 そんな中でスネーク達は新たな動きを見せた。

 港の制圧と情報収集に部隊を分け、今は情報を待つべきなのだろうがスネークとバットは迎賓館へと潜入しようとしていた。

 なんでもゴーストと名乗る謎の情報提供者より迎賓館辺りでジーンと敵対する者の動きがあったらしく、味方になるような人ならこちらに引き込みたい。

 もしくは捕まっているのなら助けたい。

 そう思い二人は迎賓館まで足を運んだのだった。

 しかしながら二人は今までが順調だったばっかりに、少しばかり甘く考えていたのかも知れない。

 潜入したは良いが探している人物は見つからず、そればかりか敵兵が集中して動くに動けない状況へと追い込まれてしまったのだ。

 

 「ちょっと盛況過ぎません?」

 「俺達はここでは有名人だからな。見つかったら人だかりも出来るだろう」

 「辛いですね人気者って。目立つ行為は避けた方が良かったですねぇ」

 「何処かの馬鹿が倉庫漁りをしていたからだ」

 「そういうスネークさんだって美味い食いもんはないかって乗り気だったじゃないですか」

 

 ぶつぶつと言い合いながら銃弾飛び交う建物を走り抜ける。

 休憩を挟んで(現実世界への帰還)復帰して話を聞いて赴けばいきなりの戦闘。

 原因の一端は自分にあるとはいえ少しばかり心の準備はさせて欲しかった。

 そう思っても相手は手を緩めてくれることも無く、銃口を向けてトリガーを引き続ける。

 出来得ることなら殺さないようにしたいが、この状況下で下手なことをしていたらやられるのは目に見え、仕方が無いと割り切ってAK-47のトリガーを引く。

 撃ち抜かれて倒れるジーンについたソ連兵は援軍を要請するもどこも人手不足の上、現在港が襲われていてそれどころではない。

 スネークとバットにとって敵の人数が限られている事だけが希望を持てる状況であった。

 さすがに無限沸きなんてされれば弾切れによって敗北必至。

 兎も角数を減らすことだけを考えてトリガーを引き続ける。

 

 「見つけた…」

 

 聞き覚えのある声にバットは血の気が引いた。

 数を減らしたとはいえこの状況下であの化け物染みた奴が出てくるのは勘弁して欲しい所だ。

 気のせいであってくれと願いながら振り返ると顔の半分をマスクで隠し、マチェット片手に殺気立つ青年―――絶対兵士ヌルがそこに居た。

 嘘でしょと慌てる中、ヌルの足元に転がっているモノに気付いて思考が停止する。

 転がっていたのは敵兵。

 自分達が撃ち殺したのではなく、明らかに斬り殺されていた。

 つまり奴は味方を斬ってそこに居るのだ。

 

 「絶対兵士と戦って生き残る者は―――いない!!」

 「―――ッ、来る!!」

 

 真っ直ぐ突っ走って来るヌルを確認したその場の兵士全員が動いた。

 敵も味方も無く銃口が一斉にヌルへと向けられる。

 バットとスネークは敵としてだが、ジーンに下ったソ連兵は暴走状態に至ってしまっている事に気付いて死にたくない一心で迎撃する。

 飛び交う弾丸をマチェットで弾きながら近くにいた者を無差別に斬り捨てて行く様子にスネークは目を見張る。

 

 「なんだアイツは!?」

 「絶対兵士って呼ばれてました!」

 「こいつが!」

 

 弾丸を弾き、近くにいた味方を切り裂きながら接近してきたヌルに銃口を向ける。

 スネークが放った弾丸も他と同じように弾かれるが、その後の結果は異なっていた。

 弾きながらも接近してきたヌルの一振りを躱し、二撃目をAK-47を投げつける事で防ぎ、素早く抜いたM1911A1で反撃したのだ。

 さすがにゼロ距離では弾くにも動作する時間も動きも間に合わない。

 咄嗟に飛び退いて頬を掠める程度で済まし、マチェットを構える。   

 

 「この動き…どこかで。確かモザンビークで…」

 

 たった一瞬だったがどこか想うところがあったのだろう。

 スネークがぼそりと言葉を漏らすと急にヌルが呻き声を挙げ、頭を抱え始めた。

 何事かと呆気にとられるスネークを他所にバットが腕を引く。  

 

 「思い出してる場合ですか!」

 

 苦しみ始めて動きを止めたヌルを無視して、バットがスネークを引っ張って近くの扉へと誘導する。

 逃げようとすることに気付いた兵も居たが、攻撃されるより先にスモークグレネードを投げて視界を奪う。

 慌てて跳び込んだ部屋の安全性を確認しつつ、扉を閉めて内側より鍵をかける。

 

 「ほぅ…ここまで来るとはな」

 

 安堵するのも束の間、不意に体の芯にまで響いたような感覚の声に肩を震わしながら振り返る。

 声の主は二階部分より話しかけており、明らかにその辺に居た兵士とは漂っている雰囲気が異なっていた。

 赤いベレー帽に鋭い眼光、姿勢は凛としており銃器を持っているバットとスネークを前にしても後ろで腕を組んでいるだけで警戒すらしていない。寧ろ余裕すら窺える…。

 

 「スネーク。それにバットだったか。お前たちは何故戦う?国の為か?己が無罪を晴らす為か?」

 

 問いに沈黙を返すと満足そうに頷かれた。

 ただ者ならぬ気配にバットですら相手が何者なのかと察する。

 FOXを率いて新兵器を強奪し、半島のソ連兵を引き込んだ反乱の首謀者(ジーン)

 警戒しながら見下ろしてくるジーンを睨みつける。

 対してジーンは微笑を崩さない。

 

 「お前たちにひとつ面白い話を聞かせてやろう」

 「面白い話?」

 「今回の新兵器(メタルギア)強奪はCIAによって仕組まれたものだ」

 「CIAが自ら強奪計画を立てたというのか」

 「彼らはアメリカが開発したメタルギアをソ連に引き渡すつもりだったのだ。

  ソ連は冷戦を維持するだけの膨大な軍事支出に耐え切れない経済状況に加え賢者の遺産を失った。

  逆に賢者の遺産の半分を手に入れたアメリカは軍備を進めた。このままでは世界のパワーバランスが崩壊する。

  維持すると共に主だった戦争活動よりCIAによる諜報活動の優位性を生み出す」

 「なるほど。組織の利益の為に使い捨てにされた訳か。それがお前たちが裏切った理由だな」

 「確かにそれもあるが、私は駒で終わるつもりなど毛頭ない。私は私が望む世界を創る。

  兵士が優れた将校を必要とするように、人類には優れた指導者が必要だ。

  高い戦闘スキルに戦略を立てる頭脳、兵士の心を掌握する圧倒的なカリスマ。

  私はアメリカが極秘裏に進めていた最高の戦闘指揮官を造る相続者計画によって生み出された。

  私の声には特別な力があるのもその成果なのだ。モデルに選ばれたのは伝説の英雄――」

 

 思い浮かぶ人物は一人しか居なかった。

 それはとても大切な人であり、命を奪うしかなかった人……スネークが決して忘れる事の出来ない女性。

 

 「――ザ・ボス!」

 「そうだ。私は彼女の全てを受け継いだ」

 

 ニヤリと微笑んだジーンは高みより手を差し出すかのような動きを見せ、優し気に語り掛けた。

 

 「スネーク、共に来い。私が望む世界にこそお前たちの居場所は――ヌッ!?」

 

 心の奥底まで響き渡るような言の葉は響き渡った銃声によって掻き消えた。

 音の発生源へ振り向くとAKを構えているバットの姿が…。

 

 「…チッ、外した」

 

 心の底から舌打ちしながら問答無用の銃撃にさすがのジーンも驚きを隠せないでいる。

 驚きはしたものの呆れたような視線をスネークが向けていた。

 

 「どうして撃ったか聞いておこうか?」

 「話が長い上にあんなこと(受け継いでいる云々)言ったらスネークさんは余計に敵対するでしょ?だったら会話スキップして良いかなと…」

 「お前さんが相も変わらずどうしようもないことが再認識できたよ。それと俺のことをよく解っているのもな」

 

 呆れてため息を吐きつつも顔は笑っていた。

 そしてそのままジーンを見上げる。

 

 「生憎だがその誘いは断らせてもらおう。俺達はお前の夢とやらに付き合う気はない」

 「愚かな…」

 

 明らかに失望に似た視線を向けて来るジーンに対してニカっと笑い掛けながら銃口を向ける。

 この部屋には護衛無し。

 高所は押さえられていても武器は手にしていない。

 こちらは二人で相手は一人。

 しかも相手はラスボスで倒せばこの戦いは終了する。

 有利な状況にほくそ笑んでいるとくぐもった鈍い音が聞こえてきた。

 

 「絶対兵士と戦って…生き残る兵士は…いてはいけないんだ…」

 「こわっ!!」

 

 振り返ると扉にマチェットを突き刺し、隙間からぬるりと顔を覗かせてきたヌル。

 ホラー映画のような登場に驚きドア越しに銃弾を撃ち込むが、飛び退いたのか姿が消えた。

 続いてジーンに視線を向けるとすでにそこには居らず、立ち去ったようでこれ幸いと言わんばかりにこの場より逃げ出そうと駆け出す。

 正面玄関へ繋がる扉を開けて周囲に敵兵が居ないのをさっと確認して入り口前で停止、そっと外を確認して迎賓館より脱出する。

 外へと躍り出た二人をライトが照らす。

 一瞬、目が暗み足が止まる。

 

 「そこまでだスネーク。それと…貴様がバットか?」

 

 徐々に視界が回復してくると周囲には敵兵が囲んでおり、斜め上にはフライング・プラットホームに乗って勝ち誇ったように見下ろしてくるカニンガム。さらには追って来たヌルの姿まであった。

 状況は最悪。

 バットがCQCモードを起動させようともCQCに持ち込む前に時間が過ぎ、モードが解除された途端にスネークもろとも蜂の巣だろう。

 圧倒的不利かつ絶望的な状況に歯ぎしりを鳴らしながらもどこかに打開する手段はないかと見渡す。

 

 「正直予想外だったよ。ここまで荒らしてくれるとはな…だがそれもここまでだ」

 

 正直フライング・プラットホームにも照明が取り付けられていて、服装どころか顔すらシルエットで輪郭しか見えないのでどんな表情をしているのか解らないが、声と雰囲気から蔑むように笑っているのは確かだ。

 

 「さぁ、“賢者の遺産”は何処か喋ってもらうぞスネーク」

 「だから俺は知らん!」

 「それはもう聞き飽きたぞ。だったら喋り易くしてやろう」

 

 銃口をバットに向けて一発放った。

 慌てて転がり避けれたが周囲の銃口が一斉に向けられた事でそれ以上は動けない。

 喋らなければバットを撃つ―――否、自分が望んでいる解答をしなければ撃つという最終通告。

 焦るスネークにカニンガムは不敵な笑みを浮かべながら問う。

 

 「もう一度聞くぞスネーク!遺産は何処だ!!」

 「だから知らんと言っているだろうが!!」

 「えぇい、頑固な奴だ。脅しではない事を見せてやろう」

 「止めろカニンガム!本当に遺産は知らないんだ!!」

 

 必死に叫ぶもカニンガムは信じようとはしない。

 再びバットに銃口が向けられるとその前に立ち塞がって撃たせないように射線を塞ぐ。

 両者とも睨み合い、痺れを切らしたカニンガムが顔を真っ赤に染めながら怒鳴り上げる。

 

 「お前は遺産のありかを知っている筈だ!国防省からの情報では確かに―――ハッ」

 「国防省!?―――どうしてそこまで遺産に拘るカニンガム」

 

 CIAではなく国防省…。

 思わぬ失言にスネークの視線が鋭くなり、カニンガムは口を押えるも最早何の意味も持たない。

 質問の答えは持っていようと答える訳に行かずに間が空く。

 どう切り返すか思考しているのだろう。

 だが、焦っている時分に冷静な判断と正常な思考を働かせられる人物は稀で、カニンガムはそんな稀には含まれていない。

 彼の解答は怒鳴って黙らせようと声を荒げる程度だった。

 

 「う、五月蠅い!早くしないと―――ッ!?」

 

 一台のトラックがバリケードを突破して突っ込んできた。

 猛スピードでトラックが突っ込んできたために包囲網の一角が崩れ、タイヤを滑らしドリフトしながら後部を振った一撃がカニンガムの乗り物に激突し、衝撃に耐えきれなかったカニンガムは地面に転げ落ちた。

 突然のことに皆が何事かと固まる。

 その中で唯一動けたのはトラックに搭乗していた者達だけ。

 

 「バット、スネーク!早く乗って!!」

 「エルザさん!助かりま――」

 「あああああぁ―――ッ!?」

 

 助けに来てくれたエルザに謝罪を口にしようとすると、暴走状態に陥っているヌルが飛び掛って来た。

 咄嗟にAK-47を盾代わりにしたが鉈がめり込んで銃身が曲がってしまい使用不能に。

 すかさず二撃目を放とうと鉈が振り上げられた所をスネークがタックルでヌルを吹き飛ばし、狙い撃つも体勢をすぐさま立て直したヌルは高く飛び退いて回避し切った。

 荷台から手榴弾かと思えば液体窒素の詰まった手投げ弾が放られて、周囲の敵兵の銃器を凍り付かせるのと同時に煙幕代わりになって視界を塞いだ。

 

 「ぐずぐずするな!早くしろ!!」

 「パイソン!!」

 

 驚きを露わにしながらせめて逃がすまいと道を通せんぼしようとする兵士に威嚇射撃しながら荷台へと移る。

 上がる際に手が差し出され、力強く握るとがっしりと掴み返され引っ張り上げられる。

 幽霊の類ではないらしい。

 生きていてくれた喜びにより涙腺が緩みそうになるが、堪えて微笑を浮かべる。

 

 「生きていたのか」

 「そう簡単にくたばるものかよ」

 「確かにな」

 「ちょ!?なんでも良いですから奥に詰めて下さい!」

 

 再会を喜んでいる二人には悪いが状況が状況だ。

 バットは二人を押し込むように飛び乗り、急発進するトラックから落ちないように端にしがみ付く。

 こうしてスネークとバットは無事迎賓館より脱出するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 「メタルギア戦」

 バットとスネークが迎賓館より姿を晦まして数時間後。

 深夜帯まで稼働している工場区画に反ジーン派の面々の半数近くが集結していた。

 倉庫へ向かったスコウロンスキー大佐の部隊は合流を果たせなかったが、時間が少ないことから短期決戦を挑むべく行動を起こした。

 

 「斉射開始!」

 

 ニコライの指示で戦端の火蓋が斬って堕とされた。

 工場は周囲をちょっとした崖で囲まれたところに建設され、さらに木々が生い茂っている事から秘匿性が高い。しかしバレれば高所を取られて不利になる。元々防衛施設ではなく組み立てなどを行う施設だったからか、それとも資金や人員的に防衛能力を持たせれずに隠匿するしかなかったのかは分からない。

 なんにせよそのおかげでこちらは高所より有利に攻撃を行えるのだから有難いことだ。

 

 「派手に行こうぜ!!」

 

 別動隊を率いていたロイの部隊も別方向よりニコライ達に合わせて攻撃を開始。

 突然の銃撃に建物の外で作業していた者らが次々と撃ち抜かれていく。

 応戦しようと建物に身を隠しながら反撃する者も徐々に増え、工場外延部は激しい銃撃戦が行われ、その最中にスネーク達は身を潜めて工場に潜入しようとしていた。

 味方の応援に向かおうとしていた兵士にバットが飛び出し意識が集中したところで、背後より忍び寄っていたパイソンが最後尾の二人を掴んで凍り付かす。

 背後の事に気付かない残りの兵士達はバットに銃口を向けて撃ち続けるがCQCモードを起動して回避され、スネークの援護射撃と懐に入ったバットのCQCによって全員が命か意識を失った。

 

 「まるで魔法ですね」

 「確かに。パイソンさんなんてまさにそうですもん」

 「「お前が言うか?」」

 

 エルザの一言に笑みを浮かべて答えたバットだったが、スネークとパイソンが同じ返しをしてきたのが理解できずに小首を傾げる。24と年齢を聞いた割りに可愛らしい動作にエルザが微笑む。

 パイソンとエルザがスネーク達に合流してひと悶着はあった。

 あー…いや、“FOX隊員を信用できるか!”とか“ジーンのスパイではないか?”とか言った疑念に凝ったものではなく、“参考までに聞きたいんだがどうやってあんな若い子を口説いた?”などと言い出したロイによる不用意な発言が原因であった。

 パイソンの加入についてはスネークが喜び、話を聞いたバットがウェルカム状態だったので誰も異論無しで即決。というかほとんどが取り込まれた経験者だった事も大きかった。

 ロイのやり取りは最初は放っておこうかなと思っていたのだが、さすがに“あと五年も待てば”などと失礼な発言をし始めたので注意したのだ。そして小声でしていたつもりでしていたのだろうけどもエルザにもバッチリ聞こえており、二人から厳重注意を受ける羽目になったのだ。

 

 真面目な話をするとエルザがジーンを裏切ったのは核を使わせない事が理由だという。

 共産圏でもアメリカでもESPを軍事利用したいがためにエルザとウルスラの姉妹を研究し続けた。

 人道的に行われたものではなかった…。

 表に公表しないために世間の目は届かない。

 実験動物として扱われる日々。

 それから救ってくれたジーンには今でも感謝しているが、核を使用する事だけは許せない。

 両親が物理化学者で、ソ連滞在時にキシュテム核施設で起きた爆発に巻き込まれて死亡。エルザとウルスラはその際に被爆し、未だに爆発で死んだ両親の夢に魘されるらしい。

 想像を絶する光景だろう…。

 両親の死に降り注ぐ死の灰、そして被爆したという現実。

 

 真剣に語られた過去に誰もが同意し、ジーンを止めなければと意気込んだ。

 それとエルザの言によれば銃弾を鉈で弾いていたヌルという兵士は調整中で居ないとの事で、警戒すべき敵はカニンガムにジーンのみ。ジーンはヌル以上に高い反射能力を持っているので注意との事だが銃弾に対応できる人間より上ってそれコブラ部隊(人外)か何かじゃないかな?

 「弾丸を弾く超人より上か」

 「安心しろ。こっちには弾丸を回避する奴がいるぐらいだ」

 「小さくて当たらないだけではないか?」

 ……パイソンさん、絶対にあの時の会話は忘れませんからね。

 思い出して怒りが込み上げるが深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻し、こっそりと扉の隙間より中を確認してバットを先頭に四人は工場内へと侵入して行った。

 外の騒ぎに気を取られ、ほとんどが応援に向かって手薄なのか、それとも何かの罠なのか…。

 気を抜かずにそのまま進む。

 

 道中誰にも出会わず最深部まで到達した一行はコンテナ群の奥に佇む兵器に目が行った。

 中心のブロックに対して羽が折り畳まれたような形状の機会。

 戦車でも装甲車でもない。

 羽の内側には脚部みたいなのが見受けられることからこれがメタルギアなのだろう

 

 「シャゴホットに比べたら随分と小さいですね」

 「まだ核は搭載前のようだな。さっさと爆弾を設置しよう」

 

 ジーンの切り札で強奪された兵器を破壊したとなればスネークに掛った反乱の嫌疑を晴らす補強材料になる。

 さらに戦局は大きくスネーク側に傾くことも予想できる。

 一石二鳥とはこの事だろう。 

 早く設置しようと近づく一向に忍び寄る者がいた。

 

 「今度は逃がさんぞスネーク」

 

 聞き覚えのある声に振り返るとそこにはジーンが護衛も引き連れずに立っていた。

 周囲を警戒しつつ銃口を向けて牽制する。

 

 「これがお前の切り札か?」

 

 銃口を向けられたというのに余裕の表情は崩れない。

 当たらないと確信があるのか…。

 不穏な雰囲気を感じながら全員がジーンを睨みつける中、当の本人は大声で笑った。

 

 「フハハハハ、切り札?違うな。私の切り札は別にある」

 「何!?」

 「起きろ!ウルスラ!!」

 

 ウルスラと聞いて周囲を確認するがここには五人しか居らず、ウルスラは何処にもいなかった。

 注意を逸らすための発言かと疑っているとエルザが呻き声を漏らし、両腕で身体を押さえるように抱きしめていた。

 

 「駄目よ…駄目…ウルスラ…」

 「どうしたんだエルザ!?」

 「ウルスラが来る前に私を…撃ちなさい!!」

 「本当にどうしたんですかエルザさん――――ッ!?」

 

 何かに突き飛ばされるように身体が飛んだ。

 床を転げながらすぐさま体勢を立て直す。

 周りを見るとバットだけでなくスネークとパイソンも同様に転がり立ち上がり警戒をエルザに向けていた。

 

 『呪われた蛇の子供たちが生まれる前に…』

 

 ふわりと宙を浮いたエルザ。

 雰囲気が変わり危機感が増す。

 

 「PK(サイコキネシス)!?」

 「ウルスラとエルザは元々一つの人格だった。人工的に超能力を強化する過程で二つに分かれ、ウルスラは感情と引換に強大な力を手に入れた。あのメタルギアは未完成の試作機だ。だが、ウルスラが搭乗することで補ってくれる」

 

 自慢げに話すジーンの言葉にバットは思わず可哀そうなモノを見る様な瞳を向けてしまった、

 

 「え?なんで乗せちゃったの…」

 

 単体で飛行能力にサイコキネシスを扱えるウルスラは強敵だ。

 仲間意識の芽生えているエルザの人格がある分戦い難く、コブラ部隊と同格かそれ以上の敵だったろう。

 それなのになんで欠陥機を補うために乗せちゃうかなと本音が漏れてしまった…。

 

 羽と思われた部位が左右に開き、浮遊しながら中央ブロック下部に取り付けられたガトリングガンが銃口を向ける。

 起動し動き出して機械部品が駆動する音が奇声のように響き渡る。

 そこに浮遊したウルスラが乗り込む。

 

 「来るぞ!散れ!!」

 

 パイソンの叫びに呼応して周囲のコンテナを盾にして身を隠す。

 ガトリングガンが火を噴いてスネークが隠れたコンテナに銃弾を叩き込んでいく。

 先の言葉と攻撃対象からスネークを狙っていると気付いたバットとパイソンは身を乗り出してトリガーを引くが、メタルギアの装甲はそう薄いものではない。

 何十発も放った弾丸は甲高い音を発生させて弾かれる。

 打つ手はないのかと焦りを濃くする二人に希望が映り込む。

 脚部に当たった弾丸が火花でなく電流が散った。

 

 「脚だ!脚を狙え!!」

 「解かりましたよっと!」

 

 弱点を把握できたことを幸いに手榴弾を投げ込んで脚部で爆発させる。

 一瞬崩れ落ちそうになった体勢をスラスターを吹かして浮遊する事で持ち直し、そのまま隠れていたコンテナに振って来る。

 大慌てで飛び退き、押し潰されたコンテナの破片に当たらないように転がってでも避ける。

 両翼の装甲が開かれ小型ミサイルが飛翔する。 

 

 『言っておくけど女だからって手加減は無用よ』

 「無理!手加減とかいう次元じゃないし、意識を強く持ってエルザさん!!」

 

 大声で叫んでも届きはしない。

 降り注ぐミサイル群を迎撃したり、コンテナを盾にしたりと各自で回避行動に入る。

 

 「チッ、厄介な…」

 「シャゴホットに比べればそれほどじゃない」

 「ただ中にはエルザさんが…」

 「兎も角あのメタルギアを止めるのが先決だ」

 

 少し熱くなった頭を冷やすように、体内に溜まった熱気を吐き出し。

 ニヤリと笑う。

 

 「行きます!」

 「――行け!!」

 

 跳び出したバットは回り込むように姿を晒して走り出す。

 気付いたウルスラがガトリングガンを放って命を刈り取ろうとするが、その前にスネークが脚部を銃撃して注意を分断させる。

 バットが近づいた所で何が出来る?

 単なる囮で本命は細く脆い脚部への攻撃。

 つまりはスネークだと結論付けるとまとめて吹き飛ばそうと再び両翼の装甲を展開させた。

 

 「スネークさん!!」

 「解かっている!!」

 

 逃げ回る事を辞めたバットも脚部を攻撃していたスネークも銃口を開かれた両翼に向ける。

 狙いに気付いたがもう遅い。

 発射体勢に入った小型ミサイル発射口に銃撃が集中する。

 硬い装甲版を展開させたことで銃弾でも十分なダメージが入り、さらに小型ミサイルが爆発して集中した左翼が吹き飛んだ。

 

 『おのれ…呪われた蛇だけでも!!』

 

 右翼よりミサイルが打ち上げられスネーク狙いで降り注いでいくが、スネークは走り出し、フリーとなったバットが幾らかを撃ち落とす。

 苛立ちが頂点に達しそうなウルスラは急に感じた寒気に我に返る。

 先ほどから二人ばかり見ていたがもうひとり―――パイソンは何処に行った?

 

 「――凍れ」

 

 バットとスネークを囮として死角より回り込み、接近していたパイソンが液体窒素入りの手榴弾を放って機体を凍り付かせ始めていた。

 無理にスラスターを吹かして引きはがそうとも思ったが、左翼が破損して使用不能。

 なら右翼でと思う間もなく駆け寄ったバットが爆弾を投げ込んで右翼も左翼同様に吹き飛ぶ。

 もうこのメタルギアは使い物にならないと判断して、ウルスラはサイコキネシスでハッチを強引に開く。

 

 『まだ私は!!』

 

 ハッチより出てきたウルスラは未だに戦意に満ちていた。

 サイコキネシスでスネークを吹き飛ばし、睨みながら近づいて行く。

 吹き飛ばされた衝撃でスネークの拳銃が床を転がった。

 スネークを助けようと駆け出したパイソンが同様に吹き飛ばされる中、バットは転がった拳銃を手にしてウルスラへと狙いを付けた。

 

 「エルザ(・・・)さん!」

 

 バットの叫びに反応してピクリと動いてウルスラが睨みつける。

 今にも泣き出しそうな表情で無理やりに微笑みを浮かべた顔を見るや振るわれようとしていた力の流動が停止した。

 ほんの一瞬であったが、バットは彼女を無下にしない為にも逃す愚行は犯さない。

 

 「…ごめんなさい」

 

 その言葉を聞いた彼女(・・)は薄っすらと笑みを浮かべ、放たれた弾丸をその身に受けた。

 倒れ込む彼女にバットは駆け寄る。

 死んでいないのならまだ彼女達(・・・)を助けられると信じて。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 「言葉」

 投稿日が遅れに遅れて申し訳ありませんでした。
 投稿日前にインフルエンザに掛かって書き終えれず、その後のごたごたで遅れてしまいました。


 「生身でメタルギアを倒すなんて…」

 

 メタルギアRAXA(ラシャ)の戦闘に巻き込まれないようにスネークやバット、パイソンを物陰から囲んでいたジーンの兵士達が驚愕を露わにし、戦車相手にたった三人で白兵戦を挑む事さえ無謀だというのにメタルギアを倒したとあっては戦意を喪失するには充分だった。

 いや、戦意喪失とは違うか。

 確かにメタルギアに生身で勝った相手に勝てる訳ないだろうという想いはあるだろう。

 しかしそれ以上に彼らの心を満たしているのは高揚。

 たった三人でメタルギアを倒すなんて出来る筈がない。

 それを成した彼らはなんだ?

 

 まさに戦場の英雄(ビッグ・ボス)を目の当たりにして興奮冷め止まない様子であった。

 

 「バット!エルザは?」

 「………」

 

 様々な視線を受けるスネークは周囲の視線など気にせずにエルザの容態を見ているバットに話しかける

 治療しているようだが顔色は良くはなく、返事は返って来ずに手だけ動かしている。

 それだけで状況が悪いことを察し、遣る瀬無い気持ちで眺めた。

 

 「素晴らしい」

 

 嘲笑うようで賞賛を含んだような言葉に、睨みM1911A1を構えて振り返る。

 銃口の先には二階の渡り廊下より見下ろすジーンが立っていた。

 

 「まさかウルスラが操るラシャを倒すとはな。オセロットが目を掛ける事だけはある」

 「オセロット!?奴と何の関係が…」

 

 聞き覚えのある名前に疑問が生まれ口にするが楽し気に嗤っているジーンは答えない。

 気になる事柄であるが詳しい話は捕らえてから問い詰めれば良い話だ。

 

 「本当にお前たちは面白い」

 「もう終わりだジーン!お前の切り札(メタルギア)は破壊した。これで世界を核攻撃する脅迫は使えなくなった。大人しく投降しろ!」

 

 そうだ。

 もはやジーンに打つ手はない。

 メタルギアを失った今となって脅迫は出来ず、半島のソ連軍もほとんどがスネーク側に移っている。

 兵も武器も失ったジーンには世界を相手取るだけの力はない。

 夢は無惨に潰えたのだ。

 潰えた筈だというのに未だ余裕を崩さないのはどういうことだ?

 不可解な様子に疑問を浮かべながらも銃口をしっかりと向ける。 

 が、ジーンはさらに酷く可笑しい様子で嗤う。

 

 「あれが私の切り札ぁ?さて、何のことだスネーク」

 「スネーク!まだ終わりじゃない」

 

 余裕たっぷりのジーンの言葉になにかあるのかと警戒心を強めたスネークに何処かで聞き覚えのある声が響く。

 声の主を探そうと見渡す前に二言目が投げかけられた。

 

 「あれは性能評価用に作られた試作メタルギアで弾道メタルギアではない」

 「ソコロフ!?生きていたのか!!」

 

 グラズニィグラードで行方不明(・・・・)になっていたシャゴホットの開発者であるニコライ・ステパノヴィッチ・ソコロフ。

 驚きの再開を果たすと同時に納得する。

 

 「そうか!シャゴホットを設計したアンタならグラーニンのメタルギアを知っていてもおかしくない」

 「なるほど。お前が私を裏切るとはな。いやいや、パイソンが裏切った段階で驚きもしないがね」

 「恩は感じているよ。私を祖国の収容所から救い出し、短い間であったが家族と再会する事も出来た。だけどソ連に弾道メタルギアで核を撃ち込むというのなら話は別だ」

 「おかしな話よ。ソ連からアメリカに渡って弾道メタルギア開発に関わった時点でこうなる事は予測出来ただろうに」

 

 上空を数機のヘリが飛翔する。

 その中間にはいくつものワイヤーで釣られたメタルギアの姿が…。

 

 「あれが本物のメタルギアか」 

 「そうだ。ラシャもウルスラも囮だ。時間は十分に稼げたしな」

 

 満足気にそう言ったジーンはこの場より離れようとスネークに背を向ける。

 勿論、黙って逃す訳にはいかない。

 

 「待てジーン!」

 「私を撃つのかスネーク。しかしお前にその資格があるのか?」

 「資格だと?」

 「ボスの称号を受け継いでおきながらあるべき未来を見もしなかったお前に…」

 

 片方の眉を吊り上げて問うジーン。

 明確に答える事の出来ないスネークを満足気に眺め、視線をスネークからこの場に集まっている兵士達に向ける。

 能力を行使すればこれだけの数を消失させるなど容易い事。

 ジーンはニヤリと微笑み、声が響くように大きく口を開く。

 

 「聞け!我が同胞に裏切ったすべての兵士達よ。

  冷戦はやがて終わる。

  世界をけん引してきた大国である合衆国にソビエト連邦だが、もはやどちらにも世界を導くだけの力は残されてはいない。

  西側同盟諸国の経済活動は飛躍的な発展を遂げた事に対し、ソ連は計画経済の破綻によって軍拡を続けるだけの余力はなくなった。

  そうなれば冷戦は終わりを迎えるが、終わったからと言って平和が訪れる訳ではない。

  超大国の支配から解放された諸国の民族主義は活発化し、貧富の差の拡大がお互いの憎しみを煽る。

  大国の管理から外れて世界中に拡散する核兵器により、いつどこから飛んでくるかという恐怖に世界は包まれる。

  例え同盟国であろうがいつ敵になってもおかしくなく、同じ国の兵士同志でも殺し合う時代が訪れるだろう。

  戦友が、隣人が、親友が、両親が、恋人が、我が子が凶器をその手に殺しに来るかも知れん。

  今のお前たちのようにな」

 「黙れジーン!奴の話を聞くんじゃない!!」

 

 スネークが叫ぶがジーンの言葉によって疑心暗鬼に陥った兵士達に届かない。

 

 「お前を恨んでいる人間はいないか?

  お前を馬鹿にしている人間はいないか?

  お前は本当に誰かに必要とされているのか?

  お前を殺してやりたいと思っている人間は本当に誰も居ないか?

  私の部下がお前たちの中にも紛れているぞ。

  私を裏切ったお前たちを殺すために

  お前たちの敵はお前たちのすぐ隣にいる

  お前…いや、お前だったか。

  この地球は無数の信管を突き刺した巨大な爆弾の様なものだ

  世界というものは呆気なく壊れてしまう。

  たった一発の核ミサイルで。

  否、たった一発の銃弾で。

  居たぞ………敵ぃ―――ッなに!?」

 

 言葉に合わして隠し持っていたナイフを投げ、一人の兵士の死をきっかけに疑心暗鬼に陥った奴らを殺し合わせようとしたジーンに一発の弾丸が頬を掠めて手を止めさせた。

 驚いてパニックに陥りそうな兵士達は銃を構えて周囲を見渡す。

 

 「ちゅううううううもおおおおおおおおおく!!」

 

 響き渡る大声にジーンは睨み、不信感に陥っていた兵士達は不安げに振り返る。

 全員の視線を集めたのは怒りを露わにしたバットだった。

 

 「人間誰だって嫉妬や憎悪と言った人には見せたくない負の感情を持っています。

  僕が嫌いな人間も居れば憎たらしく思う人も居るでしょう。

  だからってそれが何だというんです!?」

 

 銃をホルスターに仕舞い、コンテナによじ登って兵士達に語り掛けるバット。

 その姿に言葉を聞いた兵士達に落ち着きが僅かだが取り戻された。

 幼げの残る一人の兵士に何が出来るかと高を括るが、妙な不安感が心で燻ぶる。

 

 「貴方がやった事を僕は許しません。

  他人の不信感を煽り、仲間を使い捨てにして磨り潰すような人を―――僕は絶対許さない。

  どんな大義名分があろうとも卑劣極まりない貴方を倒す……いや、殺します!」

 

 強い憎しみに悲しみが言葉を通して伝わって来る。

 ジーンは自分が行った事に後悔は抱いては居ない。

 だというのにバットの言葉を聞いてから心が騒めいているのはどういうことなのだ?

 兵士達同様に耳を傾けて続きを待つ。

 

 「確かに人間関係は崩れやすい面もあるでしょう。

  ですが敵だからと言って分かり合えない訳ではないんです。

  僕やスネークさんはニコライさんやジョナサンさんやパイソンさん、スコウロンスキー大佐などなど敵であっても共に肩を並べて行けるんです。

 不安だからこそ相手を信じ、同じ目標に向かって進めるんです。

 だからこの中に裏切者が居ても僕は信じます。

 仲間を斬り捨てソ連の大勢に核を突き付ける貴方ではなく、僕達と共に貴方の身勝手な野望を打ち砕くと」

 

 絶望…。

 不信感…。

 恐怖…。

 それら感情を満たした兵士達の面構えが変わった。

 小刻みに震えていた身体は芯が通り、手には力が籠り、弱々しかった瞳に強い意志が宿る。

 自分が与えた負の感情が消え去るどころかバットによって上書きされていく。

 あり得ない光景に逆に自身が不安に飲まれそうな状況に陥っている事に恐怖する。

 

 「それに―――――ここで貴方を倒せば何の問題もありませんから」

 

 ニコリと見惚れる様な微笑に目が奪われ、自分に指してくるバットの指先をただただ視界に納めていた。

 ハッと我に返って兵士達がバットの動きに合わせて銃口を向けている事に気付いてジーンは悪態をつく。

 耳より身体中に響き渡る言の葉。

 想いを誘導する思想の揺らぎ。

 心を鷲掴みにする高揚感。

 覚えのある力に驚愕する。

 これはどう考えても自分と同じ能力…。

 

 「貴様も相続者計画の―――」

 「撃てぇ!!」

 

 言葉を最後まで紡ぐことは許されずに一発の銃声が放たれると同時に、その場に居る全員の銃口から弾丸が放たれる。

 ここでむざむざやられるわけにいかないジーンは駆け出し、弾丸を浴びないように前後に身体を揺らして狙いをズレさせるように走行に工夫を加える。

 無数の銃弾が服や皮膚を掠める。

 決して振り返らず、足を止めず、痛みに構わない。

 手摺を跳び越えて二階より一階に着地すると転がりながらナイフを三本ほど投げつける。

 投げたナイフは兵士の腹部や喉元に突き刺さって鮮血を散らす。

 立ち上がって素早くコンテナを盾にすると思考をフル回転させて脱出経路を探る。

 脱出用にヘリを用意していたがこの状況では乗り込んだとしても撃ち落されかねない。

 軽く舌打ちしたジーンはコートをコンテナより投げ、自身は反対方向に走り出す。

 コンテナを撃っていた銃口がコートに集中し、一瞬の隙に倉庫より抜けて窓を突き破って外へと飛び出して止めてあったトラックに乗り込むと急発進させた。

 追い掛けて行った何人かが撃ちまくるがトラックの荷台に弾痕を残すだけで仕留めきれなかった。

 

 「逃がしたか」

 「追いましょう!」

 

 バットの一言にスネークもパイソンも大きく頷く。

 ここの兵士達は戦闘の意志はなく、寧ろ唆して斬り捨てようとしたジーンに恨みすら抱いている。

 ロイに指揮を任せて三人はジーンを追いかける。

 すべてに決着をつけるが為に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 『追う者に追われる者……そして空を駆ける者』

 一台のジープが猛スピードで走り抜ける。

 法定速度はこの場、この状況において意味はなさないだろうが、それにしても飛ばし過ぎだ。

 けれどアクセルから足を少しも緩める事無く前方を行くトラックとの距離を詰める。

 

 「パイソンさんもっとアクセル踏んで!」

 「これ以上は踏めない程踏み続けている!」

 

 スネークにバット、パイソンの三人は逃走したジーンを追ってジープで追走する。

 助手席よりスネークが、後部座席よりバットがAKにて銃撃するも、ジーンが乗っているのはトラックの為に操縦席は荷台で隠れて撃てず、後ろを追っている事からエンジンも狙えない。

 

 「近付ければ凍らせられるものを…」

 「絶対今投げないで下さいよ。ボク達が凍っちゃいますから」

 「良いからタイヤを撃てバット」

 

 タイヤに銃弾が当たって破裂するも、ふら付くもののそのまま何とか逃げようと走り続ける。

 けど確実に速度は落ちた。

 これならば追い付くことは可能だろう。

 ジーンもそれは理解しており、手段を講じるべくサイロ入り口に向かうと同時に利用できる味方()の下へと向かう。

 検問をトラックが通り過ぎ、配備されていた兵士達がこちらに銃口を構えて道路へと跳び出そうとしている。

 バットは小声で「CQCモード」と呟くと視界内がスローモーションのように遅くなり、その間にモーゼルC96を構えて撃つ。本来はCQCをし易くする補助機能としてバットのみに彼らから(・・・・)与えられたモノで、銃を撃つ為の機能ではない。

 よってモードはすぐに解除されるも警備していた兵士三名はトリガーを引く事無くその場で倒れた。 

 

 「見事なもんだな。まったく見えなかったぞ」

 「少しズルい気はしますけどって前!!」

 

 褒められて頬を緩めたバットだったが、トラック後方に二台、側面に一台のバギーが並んだことで表情を引き締めた。

 後方についたバギーより銃撃され、蛇行するようにハンドルを切って回避を心掛ける。

 スネークが撃つが相手もこちらも動き続けているので中々当たりはしない。

 加勢しようとバットも銃口を向けるが背後よりエンジン音が近づいてきた事に気付く。

 

 「バット!後ろだ!!」

 

 バックミラーでいち早く後方の異常を確認したパイソンが叫ぶ。

 振り返るとバギー三台ほど追従し、銃器をこちらに向けていたところだった。

 

 「こんな時に…」

 

 苛立ちを露わにしながら持っていた手榴弾の安全ピンを引き抜いて放り投げる。

 転がった手榴弾は追って来るバギーが差し掛かった辺りで爆発し、二台を炎上させることに成功。

 ただ残りの一台は健在で撃ちながらも追って来る。

 しつこいと思いながら後方の一台に撃っていたバットは急に大きく曲がった事で体勢を崩す。

 

 「うぁ!?何事ですか…」

 「黙ってしっかり掴まっていろ!!」

 

 後部座席を転がったバットは、状況を理解しようとして前へと視線を動かすと、ゴロゴロと地面を勢いよく転がっている兵士を大きく曲がって避けていたところであった。

 それこそ何事かと驚き正面をしっかりと見つめると、トラックの横に並んだジープに移ったジーンが運転席に座っている。

 奴は助けに来た味方を押しのけて落としたのだ。

 なんて奴だと怒りが込み上げる前にハンドルを右手で握り、左手で掴んだ銃器をトラックの前輪へと向けた。

 響く発砲音。

 揺らぐトラック。

 立て直そうとする者のいない車内。

 傾くままにトラックが横転し、スネーク達のジープへと迫る。

 整備された道路より半分以上を草木で擦らせながら、ギリギリのところで躱せたが、追って来ていた敵車両は無理だろう。

 トラックに追ってきていたジープが激突し、爆発炎上した。

 

 「また味方ごと…」

 「なりふり構っていられないと言ったところだろうな」

 「絶対許せませんよ」

 「熱くなるな。興奮して冷静さを欠けば負けるぞ」

 「はい――――ッ!?パイソンさん前!!」

 

 横転したトラックを回避したり道から外れて速度が落ちた事で詰めていた距離が一気に離され、先に合った施設の中へと入って行く。

 ただその入り口は大きなゲートが設置されており、跳び越えるのは難しく、力任せの突破は難しそうなほど頑丈さを遠目ながらでも語っていた。

 ジーンが中に入って行くとゲートが閉まり出す。

 このままではと速度を上げるが到着するよりも先にゲートが閉まるのは明白。

 

 「クソっ、間に合わない」

 

 舌打ちをしながらパイソンはゲートへの激突だけは避けるべく、ブレーキを踏み込もうとする。が、ナニカが飛来してゲートで爆発が起こり、大きく破損して開閉機能を喪失した。

 小鹿の様に震えて開きっぱなしのゲートから、飛翔物を飛ばして来たモノへと視線を向ける。

 

 「なんだ!?」

 

 ゴォと空気を震わす音を身体で感じて三人は空を見上げる。

 そこには戦闘ヘリではなく、プロペラを忙しなく回しながら飛行する戦闘機の姿があった。

 

 『見たか小僧共!これが儂の力だ!!』

 「もしかして大佐!?」

 

 無線を通して聞こえるスコウロンスキー大佐の上機嫌な音声に驚きを隠せない。

 しかも音声に混じってすさまじいプロペラ音までも聞こえてくるではないか。

 まさかと思いつつ戦闘機をそのまま見上げているとロイの音声が割り込んできた。

 

 『スネーク!バット!聞こえるか!?』

 「聞こえるぞロイ」

 『先走りやがってこっちは部隊を再編するのにてんやわんやだ。取りあえず足の速い援軍を送ったが到着したか?』

 「あぁ、最高のタイミングで来てくれたよ」

 「それにしてもあの戦闘機何処にあったんですか?」

 「ほらアレだろ。お前さんが鶏肉云々言っていたコンテナ」

 

 「あー」と何とも間の抜けた声を出して思い出したバットは見えてないであろうスコウロンスキー大佐に向けて手を振り、スネークとパイソンに続く形でゲートを潜り、先に広がる光景を目にして足を止めた。

 

 「さて、進みたいのは山々なんだが…」

 「うわぁ…不味いのが居ますねぇ」

 

 敵兵が待ち構えているのは予想できた。

 ここはジーンの切り札であるメタルギアを運んだサイロの入り口。

 相当数の守備隊が居ると予想していたからだ。

 しかし実際は一人の兵士が立っているだけだった。

 それも守備隊と思われる兵士達の死体が転がっている中央で…。

 

 「絶対兵士に出会って……生きている者が居てはいけないんだ…」

 

 真っ赤な血で染まったマチェットを片手に唯一生きている状態で立っている絶対兵士ヌルから血走った眼が向けられる。

 どう見ても正常な状態には見えないヌルに最大限の警戒を向け、バット達は戦闘に備えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 気持ちがいい。

 気分は爽快。

 感情は高揚。

 身体の調子は絶好調。

 こんな気分になれたのは何年ぶりだろうか。

 速度を上げて身体に負荷がさらに加わるが、それさえも気持ちよく感じる。

 

 『あんまりハイになり過ぎるなよ!』

 「うはははははは!解っておるわ!!」

 

 大声で笑い声を挙げながらスコウロンスキーは機嫌最高潮で久方ぶりの大空を舞う。

 戦闘機乗りとしての血が騒ぐのもあるが、それ以上にジーンの小僧に一杯食わせてやったというのが清々しいほど気持ちが良い。

 

 ラボチキンlA-5。

 港の倉庫に部品ごとコンテナに積み込まれていたスコウロンスキーのコレクションの一つ。

 スネーク達と別れた部隊で倉庫を襲い、武器弾薬を確保・補充をする際に奪還し、整備兵に急ぎ組み立てさせたのだ。

 パーツは揃えており、定期的に部品の具合を確認して手入れしていた為に状態は良好。

 武装はShVAK20mm機関砲二基とRS-82ロケット弾六発。

 二十年前の機体に年老いたパイロットと言う組み合わせで、現行の戦闘機相手とドッグファイトを行っても勝てないだろうが、この半島にあるような戦闘ヘリ(ガンシップ)ならまだどうとでもなる。

 先ほどゲートを破壊するのにRS-82ロケットを一発使用したので残弾五発。

 

 『目標まで1000』

 「ばら撒いてやるわ!」

 

 スコウロンスキーはロイより頼み(・・)を受けて目標地点に向かっていた。

 サイロ入り口のゲートを吹き飛ばしたが、その先がどうなっているのかはスネーク達がジーンを追って行ってしまったので情報不足により不明。しかし電気を使用する事から半島唯一の発電施設と繋がっているのは明白。

 突入したスネーク達援護の為に発電施設の破壊。

 正直スネークかバット、またはパイソンが居るのであれば潜入して爆弾を仕掛けるだけで良かったが、その三名はサイロに突っ込んだ。

 ジョナサンなど腕の良い兵士は居るものの、スネーク達に比べれば潜入スキルは落ちる。

 そこで機動力に高い攻撃力を持つラボチキンlA-5の出番となった。

 装備しているRS-82ロケットは制作した時期を考えれば当然のように無誘導ロケットで、その命中率は地上の目標物に対して5%未満と非常に低い。

 先のゲート開閉部に命中したのは奇跡に近いのである。

 ゆえにスコウロンスキーのばら撒くと言ったのは正しい。

 そしてターゲットとして大きく動かない発電施設の破壊と言うのはRS-82ロケットを生かすには良い目標であった。

 射程に近づくにつれてトリガーに掛ける力が強まる。

 目標までの距離が900、800、700と近づき、500を過ぎて400の辺りでトリガーを引いた。

 放たれる三発のRS-82ロケットが飛翔し、二発が命中して一発は発電施設を外れて地面で爆発して土を舞い上がらせた。

 見事目標にダメージを与えて興奮するも、目視で確認できた被害状況に納得できずに速度を緩める。

 

 『発電所の破壊を確認。帰還して―――』

 「これで成功だとほざくのか!?まだまだこの程度では」

 

 発電所を大きく通り過ぎたラボチキンlA-5は先端を徐々に上空へと向け、太陽を背にするように宙返りを行った。

 視界が青空から大地へ移ると機体を回して平衡を保つ。

 速度はばら撒き時よりも遅くして再び発電所に接近する。

 対空砲の一つもないとは防衛に対する考えが甘いというしかない。

 ………スコウロンスキー自身が配備してなかったのだが…。

 視界に捉えた発電所に近づくと今度はShVAK20mm機関砲が火を噴いた。

 連ねる轟音と共に発電所に弾丸の雨が降り注ぎ、電線から配電盤など進路上のあらゆるものに風穴を空けて行く。

 その様に喜び雄たけびを上げて、またも旋回しようとスロットルを握る。

 

 『ほどほどにな…』

 

 見ていないが多分もう何周かするんだろうなと理解したロイが諦めつつ呟いた。

 元々言う事を聞いてくれる相手ではないし、再起不能なまでに破壊してくれるというのならそれはそれで良し。

 そう自分を納得させつつ頭を軽く押さえたロイに、上機嫌なスコウロンスキー大佐の笑い声が響くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 『蛇と無』

 「絶対兵士!?」

 「おいおい、聞いてないぞ!」

 「ま、まだ調整中だった筈だ!!」

 

 絶対兵士と戦闘に入ろうとしていたスネーク一行は現れた兵士の言葉に動きを止めた。

 スネーク達が入り込んでいるのは敵陣地。

 当然ながら敵兵たちが駆け付ける訳だが、そこには想定されていなかった絶対兵士と斬り捨てられた仲間たちの骸の山。

 切り捨てられた死体から殺したのが絶対兵士であるのは明白で、暴走状態に陥って味方を何人も切り捨てた前例があるだけに駆け付けた兵士達の表情が強張り、銃を構える先が絶対兵士に向くのは自然な流れであったろう。

 銃口を向けられた絶対兵士はマチェットを構え、身の危険を感じた敵兵は躊躇いつつもトリガーを引いた。

 放たれた弾丸を弾きながら接近し、意図も容易く斬り捨てていく光景に背を向けて、スネーク達は近くの遮蔽物に身を隠す。

 

 「さて、どうしましょうか。ボク、アレに突っ込むの嫌ですよ。パイソンさんなら近づかなくとも凍らせられません?」

 「五分五分だな。凍らせられると思うが下手すれば首の方が先に跳ばされそうだ」

 「奴の相手は俺がする」

 

 静かに、重い感情の籠った一言にバットもパイソンも否定の言葉を挟むことなく大きく頷いた。

 その際にパイソンは戦場を潜むように移動する者が視界に映り、怪訝な表情を向ける。

 

 「解かりました。ボクとパイソンさんで―――」

 「すまないが寄るところが出来た。先に行っていてくれ」

 

 ジーンを止めに行きますと言おうとしたところで、遮って遠くを見つめるパイソンはしゃがんだまま移動を開始。

 その様子から何かに気付いて追って行ったらしい。

 咎める事もなくバットは肩を竦め、屈んだまま敬礼を向ける。

 

 「御武運を」

 「そっちこそ無茶はするなよ」

 

 バットもその場を離れた事を確認したスネークは絶対兵士の様子を確認しようと顔だけ覗かせて窺う。

 虚ろな瞳で新たな死体の山を見下ろし、血濡れのマチェットがぽつりと血を垂らす。

 立ち上がりながら銃を構えるとその音を耳にした絶対兵士がゆるりと振り返る。

 

 「何故お前たちは生きている?」

 

 問いと共にふらりと何気なく向かってきた絶対兵士を迎え撃つが、そのどれもが弾かれていつの間にか目前まで迫っていた。首を狙っての一撃を身を逸らして避け、蹴りを入れて距離を取らせる。

 悶絶するような痛みではないが、それでも痛いと思うほどには力を入れたが、まったく堪えた様子もなく駆け出す。

 

 「俺は夢を見る…俺を救ってくれた力強い腕に笑い声…仲間たちの夢」

 

 絶対兵士の語りに耳を傾けながら、動き続けながらトリガーを引く。

 当然ながらに弾かれるも距離を保つための攻撃なのでそれで良い。

 弾切れになった瞬間に駆けだして振り下ろされるが、転がるように飛び退いてマガジンを交換して銃口を頭に向ける。

 

 「だが目覚めると喜びも悲しみも憎しみも記憶すらなく、あるのは目前に広がる殺した死体ばかり」

 

 頭を軽く逸らすだけで躱され、後ろに二度ほど跳んで距離を離す。

 小さく呼吸を繰り返して整える。

 

 「人間はいずれ死ぬ。犯罪や災害、事故に病気、地位も権力も強者も弱者も関係なく平等に死は訪れる」

 

 呼吸は整い、マガジンは交換済み。

 肉体に支障はなく、戦闘続行可能。

 互いに見つめ合ったまま動きは無し。

 ただ絶対兵士が言葉を紡ぐのみ。

 

 「こうも世界は死で溢れているというのに何故お前は死なない?」

 

 見つめる瞳に殺意が籠る。

 握り締めたマチェットの柄に力が籠る。

 表情に言葉に感情が乗せられる。

 

 「生き延びて何がしたい?」

 

 距離を執って構えたまま膠着する二人。

 対峙していたスネークは小さく息を漏らし、口を開く。

 

 「俺はお前を知っているぞ」

 

 問とは程遠い答えに戸惑い、空気が凍り付く。

 目を見開き驚きを露わにするヌルにスネークは語る。

 己が知っている彼という存在を。

 

 「四年前だ。独立運動を続けているモザンピークの反政府ゲリラの中に一人の少年兵が居た。そいつはナイフ一本で敵の懐に潜り込んで何十人もの政府軍兵士を殺して行った。

  その少年らしいフランク(率直)さで戦場を走り、狩人の様に命を刈り取る片言のドイツ語を喋る彼はフランク・イェーガーと呼ばれて恐れられていた」

 

 スネークの言葉を噛み締めるように聞くたびに、何かが軋む様な感覚に襲われる。

 錆びた鎖が千切れ、ナニかが溢れ出ようと…。

 訳の分からない混沌とした想いに戸惑い、頭が割れそうな痛みを抑えようと両手で頭を押さえ付ける。 

 手放されたマチェットが落ちて地面に刺さる。

 

 「お前を救う力強い腕は…仲間は別の場所に居る」

 

 畳みかけるように言葉が続けられる。

 もう少し…もう少しでナニカが溢れ出ようとしている。

 出せばすっきりするかも知れない。

 さらに苦しむかも知れない。

 

 「違う!」

 

 困惑する絶対兵士は肯定ではなく否定を選んだ。

 

 「違う!違う!違う!俺は絶対兵士だ!!俺が存在する戦場に俺以外の兵士は存在しないし、俺に名前はいらない!…俺は(ヌル)だ」

 

 左手で頭を押さえ、感情に表情を歪める絶対兵士は右手でマチェットの柄を掴む。 

 呼吸は荒く目は血走り、身体は小刻みに揺れている。

 

 「お前が死ねば…お前とアイツ(バット)が死ねば再び無に戻れる…戻れるんだ!!」

 

 正常な瞳ではない。

 半狂乱…暴走状態でマチェットを振り上げて来るヌルに対して、スネークは銃をホルスターに戻し構える。

 勢いよく振り下ろされるマチェットを撫でるように受け流し、足を払いひっくり返す。

 一瞬にして背が地面に接した事実を認識する前に、起き上がりながら横薙ぎに振るう。

 一歩…否、半歩下がる事で刃より逃れて身体に触れられた。

 バチリと頭に電流が走るような錯覚にヌルは陥る。

 同時に脳内に流れる組手の光景が現実と重なり、結果は流れるように宙を舞ってまた背中を地面につけた。

 

 「お前は…オマエは…」

 

 頭痛が激しくなる。

 涼し気に見つめるスネークに妙な温かさと優しさを抱く。

 敵だというのに可笑しな感情を抱き、余計に混乱が激しくなる。

 

 「俺は…ウァアアアアア」 

 

 がむしゃらにマチェットを振るうもそのすべてが流され、払われ、返り討ちに合わされる。

 何なんだ?

 何なんだこれは!?

 

 幾度とマチェットを振るえども何故かそれは知っているように(・・・・・・・・)当たらない。

 いや、対応仕切れずに掠りはするが血が噴き出るほどのダメージは負わせてない。

 意地になればなるほどその違和感は大きくなり、相手が銃さえ使っていない事実に苛立ちが募る。

 その中で身体をまた触れられた瞬間、焦ってその手を払い除けた。

 もし今のを許していたらまたマチェットを(・・・・・・・・)取り上げられて(・・・・・・・)いたところだ。

 マチェットを取り上げられる?

 そんな戦闘の記録はない。

 なら今の戦闘で?

 否…転がされる事はあっても奪われるなんて事は無かった。

 ならばそれは何時?

 …あぁ、これはあの時(・・・)だ。

 脳内を過った言葉を認識すると、握り締めていたマチェットを手放し、その場に座り込んだ。

 心配そうに見下ろしてくるスネークに、小さく声を漏らして視界を涙で滲ました。

 

 「思い出した…BIG BOSS」

 

 ヌルは全てを思い出した。

 兵士ではなく人を殺す道具として扱われ、幾人、幾百の敵を殺して来た。

 人間らしい感情も生活も知らないままに戦場を渡り続けていた中に突如現れた。

 大人に命じられるまま殺しを行ってきた自分を止めようと、その身だけで戦って倒し、厚生施設に保護してくれた。

 一時と言えど人間らしい生活を与え、都合のいい人殺しの道具だった俺を人として扱ってくれた唯一の戦士。

 そのスネークは俯きながら謝罪する。

 

 「すまない。まさか人体実験の素体になっていたなんて知らなかったんだ…」

 

 賢者達の仕業かと呟かれるが、もはやヌルにはそんな呟きは耳に入っていなかった。

 この人を恨む気持ちなど微塵も存在しない。

 寧ろこの人のおかげでまた()に戻れたのだから。

 

 「良いんだ」

 

 口元を覆っていたマスクを外し、自然と漏れる笑みを浮かべる。

 外した事で風が頬を撫でた。

 それが今はとても心地よい。

 

 「アンタは俺をいつも救ってくれる。俺の空白を…ヌル()を埋めてくれる」

 

 久しぶりに自身を埋める感情の渦に身が焦がされ、瞳や口元から漏れ出して動けずにその場に腰を降ろし続ける。

 するとスネークが屈み、手を差し出す。

 

 「一緒に行こう。フランク・イェーガー」

 

 力強く、温かな手に引かれてフランク(・・・・)は立ち上がる。

 絶対兵士という殺戮兵器は消え去り、一人の戦士がここに生まれた。

 

 

 

 

 

 

 「お前は何をしようとしている?」

 

 スネークとバットから離れたパイソンは、とある男の後を追って倉庫らしき場所に辿り着き、おもむろに声を掛けた。

 その男―――カニンガムは肩をびくりと震わせて振り返る。

 銃を向けようとしたが、すでに向けられていた事で観念して両手を挙げた。

 降伏でもしそうな雰囲気ではあるが、カニンガムは不敵に笑う。

 

 「もう良いんだ。これ以上お前たちが戦う必要はない」

 

 時間稼ぎ…ではない事は理解している。

 視線で言葉の続きを促す。

 

 「俺はアメリカ国防省に雇われて動いている」

 「CIAでもFOXでもなくペンタゴンにか?」

 

 落ち着いた口調で問いかけるとニヤリと笑いながら大きく頷く。

 

 「お前も知っているだろう。政府予算の奪い合いに年々追うごとに大きくなるCIAの影響力」

 「危機感を覚えた彼らは弾道メタルギア計画に目を付けたのだ」

 

 弾道メタルギアは極秘裏にソ連に渡される予定(・・・・・・・・・)だった兵器。

 それをCIA管理下のFOX所属のジーンが強奪し、ソ連に向けて撃つことでCIAの権威を失墜させる。

 権力や地位というものは組織が存続する限り必要で、空席には代わりに何かを座らせるか何かで穴埋めするほかない。

 当然ここの話で空白を埋めるのは国防省…つまり軍部が力を得る訳だ。

 しかもここはソ連の基地で、メタルギアの基礎設計も積まれている核も全てソ連製。

 ジーンが撃ったとしてもアメリカとの全面戦争にはなり難い。

 

 「なるほど読めたぞ。お前はその為に動き回っていたのか」

 

 思惑を並べるだけで事は動かない。

 誰かが筋書きを描き、駒を動かす者が必要となる。

 カニンガムは裏で計画が進むように修正を入れつつ、ジーンを誘導する役割を担っていたのだろう。

 後処理も兼ねてだろうが…。

 

 「これで軍部の影響力は飛躍的に拡大する。あとはこいつで証拠も残さず消し飛ばすだけだ」

 「デイビークロケット(小型核砲弾)か」

 

 奥に隠してあったフライングプラットフォーム(個人用垂直離着陸機)には小型核を放てる単発式ロケットランチャーが置かれていた。

 アレでこの施設ごと証拠を隠滅するつもりらしい。

 書類からデータ、兵器や人員まで一切合切を…。

 

 「予定外の事は多かったがスネークを連れて来て正解だった。ジーンに弾道メタルギアを使う様にさせないといけない状態へ追い込む必要があったからな」

 「羊を追い込む猟犬…だな」

 

 確かにスネークほどの適任者は居ないだろう。

 アイツは兵士であり、戦士でありながらも戦いの中でしか生きられない者達を惹きつけるカリスマを持っている。

 バットに勧誘を受けた兵士も多いが、スネークの魅力に魅入られた連中も多い。

 奴ならばバット無しでもジーンの部下を引き入れ、戦い続けていただろう。

 

 「後は弾道メタルギアの発射を確認して後処理をすれば俺の任務は終わる。そうすればお前もスネークもバットも本国に帰してやる」

 「帰ったところで…」

 「安心しろ。帰ったら俺達は英雄として扱われる。所属は国防省になるがそこは我慢してくれ。屋上にヘリが用意してあるから先に乗るんだ。スネーク達も連れてな」

 

 そう言ってフライングプラットフォームを向き、デイビークロケットを手にしたカニンガムの手が凍り付いた。

 急激な冷たさと痛みに声にならない叫びが上がる。

 こんな非現実的な事象が自然に起きる筈がない。

 振り返って睨みつけると冷たい眼で見つめるパイソンがそこに居る。

 

 「な、なにをする!?そこまでCIAに義理立てするか!!」

 

 焦り、怒り、困惑しながら怒鳴るカニンガムにパイソンは首を横に振るう。

 

 「違うな。俺が義理立てしているのはアイツらにだ」

 

 浮かぶは敵兵を味方に引き入れるだけでは飽き足らず、一緒に食事したり談笑したり笑顔を絶やさせなかったバットと、憧れの感情や尊敬の念を抱かせる生き様を見せつけたスネークの二人。

 組織を裏切り、味方を斬り捨て、仲間を操ったこの男(カニンガム)と比べると輝かしい太陽のようだ。

 眩しくて暖かく…心地よい

 

 「貴様はここの兵士達を見捨てた。スネークもバットもそれはしない。アイツらは兵士を拾っていく人間だ。決して貴様の提案に乗ることなく引き金を引いていただろう。だから俺もそうしよう」

 「ま、待てパイソ――」

 

 制止を聞く事もなく、パイソンは冷気を強めた。

 腕が凍り付くどころか身体中にまで霜が降り、カニンガムは瞬き一つすることなく凍り付いて、心臓の鼓動も鳴り止んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 「進化する蝙蝠」

 大型の搬送用エレベーターに乗り、バットは一人弾道メタルギアの下へと向かう。

 心細く感じもするが、立ち止まる訳にはいかない。

 多分であるがもう時間もあまりないだろうから…。

 武器を確認しながら降り行くエレベーター内を過ごし、扉が開いて弾道メタルギア管制室に辿り着くと辺りの気配に注意しながら外を覗き込む。

 覗き込んだバットは警戒を解除すると同時に怒りを抱いた。

 管制室の床や壁には比較的新しい血が所々にこびり付き、力なく何人もの研究員が倒れ込んでいる。

 そして唯一立っているのは自身を除けば余裕のある態度で振り返ったジーンのみ。

 

 「ほぅ…スネークでもパイソンでもなく貴様が私の元に来るとはな蝙蝠」

 

 呟くジーンの言葉をバットは無視して倒れ込んでいる人達に近づき、手遅れと思いながら一抹の期待を抱きながら屈みこんで様子を見る。

 傷口を見て、脈を確認し、小さくため息を漏らす。

 もうだめだ。

 この人は助けられない(・・・・・・・・・・)

 彼らはナイフや拳銃など武器は違うものの、死に方はどれも自殺。

 それも表情からして絶望などの感情が見て取れる。

 

 「殺したんですね」

 「いいや、彼らは自殺したのだよ。自らの過ちに絶望して」

 「そういう風に誘導したんでしょ」

 

 脈を確認して全員が亡くなっている事を確認したバットは立ち上がる。

 怒りでキレて襲い掛かりそうな自身を抑え付ける。

 ここで無策に戦いを挑めば確実に負けてしまう。

 抑え込もうとするバットを見つめ、ジーンは問いかける。

 

 「弾道メタルギアの発射準備はもう少しで完了する。そうすればもはやお前たちに私の計画を防ぐ手立てはない。敵として立ちはだかるなら排除するのみ……であるが、貴様とスネークは殺すには惜しい。私の仲間になるというのであればそれなりの扱いをすることを約束するがどうかな?」

 

 望んでいる解答が来るとは思っていないジーン。

 理解しながらバットは答えを述べた。

 

 「お断りします。ボクは貴方を許せそうにない」

 

 バットは構える。

 別に乗せられてCQCで戦う必要性はないが、相手が挑んでくる以上自信があるのだろう。

 それを打ち砕き、屈服させるのも一つの手だ。

 出来れば仲間に加えたい力の持ち主ではある。出来ればだが…。

 ジーンはそのように思いながら銃は取り出さず、相手をするように構える。

 

 時間が止まったかのように睨み合う二人。

 そのまま時だけが過ぎてゆくのかと思いきや、怒りが燻ぶっていたバットが踏み込んだことで動き出した。

 小柄なバットは身体的に劣勢に立たされているが、それを理解しているからか無自覚か素早さを用いて襲い掛かる。

 一手二手と拳を交す二人。

 バットは劣勢を受け入れつつもザ・ボスに比べてまだ戦えると確信し、ジーンは動きこそ熟練者そのものであるが何処か素人臭い雰囲気を纏っている違和感に戸惑う。

 素早く、激しく、流れるように戦い続ける。

 チートともいえるCQCモードで一時的に遅い体感時間内で、最適解である動きを出されるがやはり体格差に力の差、ザ・ボスよりは劣るとしても高い技術力を持ったジーンに、バットは何度も投げ飛ばされて身体のあちこちを強打する。

 痛みによる思考の鈍り。

 怒りにより精神の乱れ。

 それらは最初だけで投げられていくうちにバットは、一つの事に集中し始めて気にも留めなくなった。

 

 (もっと…もっと早く…もっと的確に…)

 

 ジーンはあからさまに動きの変わったバットに危機感を抱く。 

 身体能力が上がったわけではない。

 現に拳の一つ一つは簡単に流しているのがその証拠だ。

 なら何が変わった。

 答えは簡単だ。

 心構え…意識が変わったのだ。

 今までは何処か甘えがあるように思えた。

 しかし今は完全にソレは無く、相手を倒す(・・)のではなく殺そう(・・・)と拳を振るう。

 目の前で子供が戦士へと孵化しようとしている。

 孵化前であれだけの力を持っているのだ。孵化し終わったこいつがどう化けるか興味が掻き立てられる。

 心躍るが手加減はしない。

 多少意識が変わった程度で力量差が覆る訳ではない。

 掴みかかって来たところを流して背中から叩き落す。

 ダンっと鈍い音が響き、呻き声が漏れると同時にナニカがキレた。

 ジーンは袖からナイフを滑らし、握り締めると首元に突き刺そうと振り下ろし―――瞳を見た。

 闘志を燃やし、決して諦める事なく生にしがみ付き、こちらを噛み殺そうとする獣の眼………否、戦士の瞳だ。

 一瞬、ほんのコンマ何秒動きが鈍り、そこを狙ったかのように蹴りが腕にヒットし体勢が僅かに崩れた。

 攻撃が来るかと思いきや、バットは転がりながら立ち上がり距離を取る。

 すでにかなりのダメージがあり、足元はふら付いているようにも見える。

 ふらりふらりと近づいてくるバットに容赦なく脳天を突こうとナイフを突き出すが、そこには狙った筈の頭はすでになく、視線より遙か下の腹部辺りに低い体勢で潜り込んでいた。

 気付いても防御に至るには時は無さ過ぎた。

 腹部に衝撃が走る。

 小柄ながらも全体重と速度を乗せた肘打ち。

 軍人として鍛え抜かれた肉体の持ち主であるジーンには、バットの打撃程度なら対した効果は得れないだろう。

 しかし的確な場所に渾身の一撃を叩き込めば話は別だ。

 鳩尾に叩き込まれた衝撃を殺しきれずに、くの字に身体を曲げて耐えようと苦悶の表情を浮かべる。

 

 今のバットは見逃さない。

 くの字に曲げたという事は普通に立っている位置より頭が大分下に降りてきている。

 膝を曲げ、脚に力を込めて跳ぶ。

 降りていた頭部下部…つまり顎に頭突きをかましたのだ。

 頭突きの反動を受けながら、頭より上でべキリと骨が軋む音が伝わる。

 ジーンは耐え切れず口から血と砕けた歯を吐き出す。

 冷静さを欠き、打開しようと反撃するも殴り掛かった腕の関節を逆に曲げられそうになり、力の流れに逆らわぬように自ら転がって立ち上がる。

 視界に映るのはバットの拳。

 いくら力が弱かろうと鼻への一撃は効く。

 それも鳩尾や顎にダメージを負い立ち直れていない状況であるなら尚更である。

 鼻がへし折れ、血が溢れ出る。

 痛みに次ぐ痛みに意識が朦朧とする。

 顔面への一撃で仰け反ったジーンにバットはさらに畳み掛ける。

 心臓辺りへの一撃を入れ、肝臓と腎臓を何度も何度も殴り続ける。

 激しい痛みが襲う中、ジーンは体勢を立て直す事も出来ないでいたが、そのまま体当たりをかましてバットを突き飛ばす。

 

 「―――カハッ…」

 

 転がり、壁にぶつかったバットは声を漏らし、痛みを我慢しつつ立ち上がろうとするも完全に足が空ぶっている。

 激しい戦闘で体力を削り取られた所に、今の体当たりの衝撃で何処かに身体をぶつけて上手く動かせないのだろう。

 息を整えながらゆっくりと近づく。

 

 「まさかここまでするとは予想外だった。だが、私はここで終わる訳にはいかないのだよ」

 

 立ち上がろうとして未だ立ち上がれないバットだが、もはや近づくことはしない。

 不用意に近づけばどうなるかは先ほどので痛いほど理解した。

 それにまだ瞳は死んでいない。

 ナイフを取り出して投げつけようとするが――――身体が宙へ浮き、吹き飛ばされて壁で強打した。

 体内の空気が口から洩れ、痛みから膝をついてしまう。

 

 「馬鹿な…これはウルスラ…」

 「大丈夫かバット!」

 

 スネークとパイソンが到着した事に自身の不利を悟りつつ、ジーンは大きく笑う。

 

 「誰も彼もが私の邪魔をするか――ウルスラお前さえも」

 

 そこにはバットに撃たれた筈のエルザが居た。

 長い白衣には撃たれた跡である血が付いていたが、位置的に致命傷ではない。

 だが、おかしな点はある。

 染み込んだ出血量から適切な処理をしてもこうも普通通りに動けるものなのか。

 疑問を抱くジーンにエルザは険しい表情を向ける。

 

 「核は使わせない。絶対に」 

 「死んだと思い込んだ隙に私の心を見たな」

 

 バットの安全を確保したスネーク達三人はジーンと対峙し、第二ラウンドが始まろうとしていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 「継ぐ者」

 創造者計画は単なる優れた指揮官を生み出すだけの計画ではない。

 周囲を惹きつけるカリスマ性から高い戦術・戦略を練る頭脳、そして純然な戦闘能力を持った最強の戦士であり最高の指導者。

 CIAにより収拾されたザ・ボスの情報や、表には出せない科学の粋を結集して創り出そうとした化け物。

 ジーンはそのようにして創られ、その枠内(・・)で超常の力を得た。

 言の葉で人の生死を操り、高いカリスマ性を持って兵士を味方に付けて挙兵。 

 歯向かわれた事さえ除けばCIAにとって結果は上々であったろう。

 さらに予知能力まであるとなれば尚更。

 

 味方となれば心強いが敵となればこれほど最悪な相手は数少ないだろう。

 

 そんな化け物を相手にスネークは対峙していた。

 武器はナイフを大量に所持し、バットとの戦いで負傷しているとは言え戦意旺盛なジーン。

 AKを構えて躊躇なくトリガーを引く。

 放たれた弾丸の軌道を読み切り、身体を左右にずらしながらスネークに接近する。

 銃口を合わせようと向けるもトリガーを引く前に射線より出られ、どんどんと距離を狭められる。

 長物(アサルトライフル)では対応仕切れないと判断して放り捨て、武器を手にせずCQC戦闘へと移行。

 ザ・ボスと共に作り上げたCQCは、ザ・ボスよりは劣るとしてもかなりの実力を誇る。

 が、ジーンはCQCよりも上位の“CQCエンハンサー”を習得しており、近接戦闘を開始するとスネークが追い込まれていく。追い込まれて防御を崩され、スネークの眼球を狙って突きが繰り出される。

 指先がスネークの眼球を捉えようとした矢先、足元が凍り付いて動きが僅かながら止まった。

 凍らせる力を持って居るのはパイソンだが、液体窒素で凍らせている奴は能力者ではない。

 己の好きなように凍らせれるようなコントロール技術も力も持っていない筈。

 浮かんだ疑問は周囲に撒かれた水によって理解した。

 前もって撒いて置いた水に触れ、ジーンが踏んだ瞬間に凍り付かせたのだ。

 まんまと蜘蛛の巣に引っ掛かったジーンは袖よりナイフを掴み、スネークを牽制しつつパイソンへ投げつけようとしたが、咄嗟に左側面を護るように腕でガードする。

 同時に目に見えない力が襲い掛かり、足元の氷を砕く勢いでジーンを吹き飛ばす。

 

 「読まれた!?」

 「問題ない。手数で押せば押し切れる!!」

 

 未来予知で少し先を見て防御したジーンには余裕は一切ない。

 寧ろ研ぎ澄まされたナイフのような視線が三人の挙動を逃すまいと動き続ける。

 スネークとパイソンが近づき、近接戦闘を仕掛ける。

 防戦一方な展開へと傾く。

 CQCの実力はスネークに勝っていても、触れたら凍らせれるパイソンにも注意を払わなければならない上に、距離を取れば容赦のないエルザの攻撃を受ける羽目になる。

 バットとの戦闘で受けたダメージが残る中、ジーンは必死に耐え凌ぐ。

 僅かな隙を見せようと耐え凌ぎ、スネーク達はジーンを崩すために猛攻を続ける。

 さすがに実力者二人同時と言うのはキツイ。

 そんな中でずるっとパイソンが足を滑らせた。

 床に撒いていた水に自らが引っ掛かったのだ。

 僅かな隙を生かそうとスネークに一撃を入れ、パイソンから片付けようとするも、予知能力により知らされた危険により二歩ほど下がる。

 目前をマチェットが振り下ろされ、鼻先が少しばかり切り落とされた。

 

 「ヌル!?貴様もか!!」

 「ここで…止める!!」

 

 突如現れたヌルの不意打ち。

 痛みを伴ったが致命傷や戦闘に支障が出る様なダメージは躱せた。

 続いて横薙ぎにマチェットが振られるが、身を低く伏せて腹部に掌底を打ち込んで吹っ飛ばす。

 ヌルの奇襲はジーンだけでなくスネーク達も予想だにしていなかったらしく、陣形が多少崩れた。

 だからと言ってすぐさま反撃を許さないのは遠目で見ていて奇襲に気付けたエルザだ。

 また力を放って動きを牽制する。

 避け切ってもスネークとパイソンが襲い掛かり、さらにはヌルが合流してしまう。

 考えを切り替えてジーンはわざと受け、吹き飛ばされる形で距離を取り、着地と同時にナイフを数本放つ。

 スネークとパイソンは散開して回避する。

 そこをすかさず走り込むがエルザがさせまいと力を放つ。

 先は不意にて一撃を貰ったが今のジーンには通用しない。

 力の向きを把握して身体能力で無理やり避け、スネークを射線上に収めてエルザの動きを封じる。

 無論パイソンが水に触れてジーンを凍らそうとするが、水を凍結する流れの先にナイフを投げつけてコンマ何秒程度だが遅延させる。

 その僅かな時間がジーンを逃し、スネークへの肉薄を許してしまう。

 お互いに秀でた近接戦―――CQC同士の戦いへと突入する。

 流れるように動く両者であるが、軍配が上がったのはジーンの方だった。

 ザ・ボスと共にCQCを作り上げたスネークであるも、身体を改造されたうえにCQCを強化した“CQCハイエンサー”を得ているジーンの方が強い。

 スネークが地面に背から叩きつけられ、命を刈り取れるだけの隙が生まれる。

 しかし、ジーンは止めを刺さない。

 これは決闘ではなく三対一の戦いなのだ。

 一人に注意を割いている訳にもいかず、後ろに飛び退きながらナイフを投擲して、ガードし辛いであろう服やズボンの端を床とで釘付けにする。

 動こうとしてナイフで床に固定されたスネークの動きは止まらざるを得ない。

 

 次に狙うのはパイソンだ。

 パイソンに近づいてナイフで切りかかるもこの手での殺傷は望んでいない。

 ジーンが狙ったのはパイソンが避け、回避した末になるであろう場所移動。

 自分の思った通りに避けたパイソンに距離を離してナイフを投擲する。

 無論回避されることは解かり切っており、狙いはその背後で身動きが取れずにいるスネーク。

 その意図に気付いたパイソンがちらりと視線を送った瞬間に胸部に掌底をお見舞いし、離れたところでナイフを投げつける。

 さすがに心臓を貫けなかったが、ガードの為に突き出した右腕に突き刺さった。

 痛みに歪むパイソンを蹴飛ばし、串刺しになったであろうスネークに目をやる。

 するとスネークを護ろうとヌルが立ち塞がり、その身でナイフを受け止めていた。

 見事と内心褒めると同時にこの機会を逃すまいと牙をエルザに向ける。

 

 スネークは動けず、パイソンは利き腕を損傷し、ヌルの太ももにナイフが突き刺さっていた事から戦闘継続は無理だろう。

 ここでエルザを仕留めれば戦闘はスネークとの一騎打ちで型が付く。

 残像が残るほどの速度で左右に回避しつつ、距離が詰まっていき、手にしたナイフがギラリとターゲットの命を求める。

 エルザは止められず、死を悟るとスネークに微笑みかけた。

 

 「核を止めて…お願いよスネーク」

 「エルザ!!」

 

 か細い願いを掻き消すようにスネークは叫ぶ。

 ジーンの握り締めていたナイフがエルザの胸元へと向かい…………黒いロングコートを刺し貫いた。

 何事かと全員が驚愕する中、ロングコートの陰という暗がりより蝙蝠が飛び出してきたのだ。

 

 「くっ、忘れておったわ」

 

 バットが殺気の籠った瞳でジーンを睨みつける。

 スネーク達と交代して休んでいたバットは、出来得る限り体力の回復に努め、いつでも跳び出せるように準備をし、エルザが危険だと判断して再び戦闘に参加したのだ。

 着ていたロングコートを投げつけてエルザの姿をジーンの視界から隠し、エルザの足を払う事で体勢を崩させてナイフの一撃を躱させたのだ。

 襲い掛かるバットに対して迎撃するジーン。

 潜り込むようにして懐に入り込んだバットと拳が交差して激しい攻防が繰り返される。

 掴まれそうになっては払い、何とか有利になるように攻撃を当てようとするもどちらも有効打どころか打撃の一つも与えれていない。

 ジーンはバットとの一対一からスネーク達との三対一と連戦続きで疲弊し、バットは少しだが休憩する時間があった。

 拮抗しているCQCの応酬はそれが原因かとスネーク達は思うも、手合わせしているジーンだけは違った。

 技術が向上して来ているのだ。

 一度目の戦いから、休憩時には見て学び、二度目の今はこちらの動きに並ぶほど。

 まるでゲームのように(・・・・・・・)経験値を得た事でスキルが上昇したかのようだ。

 

 「エルザさん!!」

 

 バットに気を取られていたジーンは動作に後れを生じて、エルザの一撃を正面から受けてしまった。

 もろに吹っ飛ばされ地面を転がり、すぐさま体勢を立て直してバットだけを見つめる。

 

 「中々どうして…」

 

 クスリと微笑み、ジーンは口を覆う様に掴む。

 何故今笑ったのだ?

 こんな危機的状況に変わりないというのに…。

 疑問が生まれ、戸惑う中でバットは呆気にとられたような表情を向けたかと思うと笑った。

 

 「今の貴方は楽しそうですね」

 「楽しそう…か……あぁ、そうだな。気分はすこぶる良いな」

 「スネークさん、今回のラスボス戦は譲ってもらいますからね!」

 「……好きにしろ。なら俺達は弾道メタルギアを止めて来る」

 

 スネークはため息交じりにバットに背を向け、投げ捨てたAKを拾ってパイソンと共に発射台へと向かう。

 部屋に残ったのはバットにエルザ、ヌル、そしてジーンの四名。

 満身創痍の上に体力もすり減らされたジーンにとって、バットとエルザのコンビは脅威でしかなかった。 

 

 「三対一か…」

 「いえ、一対一です。エルザさんは見届け人をお願いします」

 

 穴が空いたロングコートを羽織りながら対峙するバット。

 対してジーンはかなり少なくなったナイフを手にする。

 刃物は調理用の物ぐらいしか持っていないので、困惑しつつそれを手にするか悩んでいると、立ち上がれないヌルが持っていたマチェットを放物線を描くように放る。

 

 「…使え」

 「――ッ!ありがとうございます」

 

 放り投げられ、床に突き刺さったマチェットを掴み、バットは微笑をヌルに向ける。

 ジーンは素でバットやスネークを羨ましく思う。

 自分はカリスマと能力で部下を支配し、悟らせる事もないまま磨り潰して行った。

 バットとスネークは同様に人を惹きつけはするものの、誘導する事もなく強い想いと絆で紡がれて敵味方関係なく取り込んでいく。

 同じような事をしておきながら自分とは異なった結果をもたらす二人。

 そう考えているとクツクツと笑みが漏れ、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えて来る。

 

 「―――ヴァイパー(毒蛇)

 「え?」

 「私のコードネームだ。今は肩書などどうでも良い。一人の戦士としてお前と戦おう―――行くぞ蝙蝠(バット)

 「受けて立ちますヴァイパー!!」

 

 勢いよく駆け出した二人はその勢いを殺さぬまま、マチェットとナイフを交差された。

 相手の命を刈り取ろうと刃が舞い踊る。

 弾き、突き出し、流し、振り抜く。

 時には蹴りを繰り出し、時には殴りを混ぜる。

 

 戦いを見ていたエルザはもしもの時は援護するつもりであったが、見ている内に戦闘に―――バットの動きに魅入ってしまった。

 戦っているジーンが感じ取れる程度から一気にバットの動きが上がり、まるでジーンの動き(CQCエンハイサー)を習得したかのようだ。

 高い技術と技術のぶつかり合い。

 互角…いや、ジーンが弱り切っているのでバットの方が互角以上の動きで迫る。

 しかしマチェットとナイフというリーチの差が大きく動きを異ならせる。

 ナイフに比べて大振りに振らねばならないマチェットは、小回りでナイフに大きく劣る。

 渾身の一撃の振りを受け止めたジーンは刃を滑らせて、一気に受け流した。

 するとバットの体勢が力の方向へと流れ、強制的にでも隙が出来上がる。

 逃すまいと…決着をつけようともう一方のナイフを振り下ろす。

 グサリと肉に突き刺さる感触に、流れ落ちる血。

 ナイフは柄を持っていた筈の左掌を貫いており、バットは痛みから顔を歪ませながら広げていた指を握ってジーンの手を掴む。

 防がれた事に驚愕しながらも、振り抜かれたマチェットが向きを変えて自身に迫っている事に喜びを覚えた(・・・・・・)

 

 こいつは私の技術を吸収し、さらなる高みに上ろうとしている。

 子が親の遺伝子(ジーン)を受け継ぐように、この若者が私の技術を受け継ぐ。

 そう思うとなんだかむず痒く、そして勿体ないと思う。

 

 自分は確実に腹部を貫かれる。

 ならば彼らに望みを託すのも一つの手だろう。

 もしそうするならここでバットと相打ちになるのは愚策だ。

 愚策の筈なのだが、一人の戦士として立ったヴァイパーとしては最後の最期まで戦うべきだと吠える。

 

 目は血走り、迫る刃を気にも止めずに、一度は受け流したナイフを無理に頭部を狙って振るい、マチェットがジーンの腹部を貫き、ジーンの反撃はバットの頬を撫でた。

 緊迫した空気の中、二人はゆっくりと後ろに下がり、刺さっている刃を体外へと引き抜く。

 バットはマチェットを手放し、掌から溢れ出る血を止めようと手首を握り締め、その場に膝をつく。

 ジーンはマチェットが抜けた事で腹部より大量の血が流れ落ち、ふら付いた足取りで壁に凭れ、そのままずるりと床に座り込む。

 戦いを見続けたエルザは慌ててバットへと駆け寄る。

 

 「バット!無事?」

 「痛いですけど無事です…エルザさんはスネークさん達の手助けをお願いします」

 「分かった。分かったけど治療を…」

 「これぐらいなら自分で出来ます。弾道メタルギアを…核を止めて下さい」

 

 ポーチの中を探りながらニカっと笑うバットに、エルザは躊躇いを見せるがバットに従ってスネーク達の後を追う。

 片手で止血を行い、傷を縫い合わせる。

 ゲームであってゲームでは無い(・・・・・・・)痛みを前に顔を歪ませる。

 腹部から流れる血を撫で、腹部を押さえたジーン―――否、ヴァイパーは静かに呟く。

 

 「若者の成長とは恐ろしいものだな…」

 

 コポッと空気と一緒に血を吐き出したジーンは満足げに笑う。

 もう動き気力もなくなったバットは顔だけ向けて苦笑いを浮かべる。

 例え満ち足りた笑みを浮かべようとも、褒められようとも基本的にジーンの仕出かした事は許せない。

 だが五人掛かりで倒せた相手からの賛辞は嬉しくもあった。

 バットは壁に背を預けて動けないヌルの治療をしなければいけないと思いつつ、意識を手放してしまう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 「彼らはまた別れを成す」

 この回でオプス編は終了です。
 次回の投稿は九月ごろにしようと考えております。
 詳しくはあとがきに書きますのでそちらを見て頂ければと。
 それでは本編へどうぞ。


 スネークはパイソンと共に階段を駆け下りる。

 ジーンの事はバットに任せた。

 俺達はあの弾道メタルギアを止める事に専念する。

 ミサイルサイロ最下層に降りた二人は跳び込む様な勢いで、扉を開いて弾道メタルギアと直接対面する。

 大気圏を離脱する巨大ブースターユニットの先端に問題の弾道メタルギア。

 こいつを何とかしなければ核攻撃が起こり、世界は報復と言う名の戦争の渦へと落ちて行く。

 

 「スネーク!時間がないぞ!!」

 「っく、コンソールは…」

 

 辺りを見渡せば直接入力できるように置かれていたコンソールを見つけた。

 それは良かったのだが、同時にモニターに表示されている“三分”という時間に表情を曇らせる。

 すでに弾道メタルギアは発射態勢に入っており、それと繋がっているコンソールに表示されているタイムとなれば、確実に発射までの秒読みとみて間違いはない。

 つまり三分以内に何とかせねば俺達も世界も終わると言う事だ。

 コンソールパネルを操作しながら無線機で呼びかける。

 無論、ここで呼び出すのはゴーストと名乗っていたソコロフ。

 奴ならば何か知っているかもしれない。

 

 「ソコロフ!制御パネルがロックされて変更できない。こいつを止める方法は!!」

 『無理だ…。そもそも発射態勢に入った弾道メタルギアの固体ロケットモーターには点火後の燃焼制御機構が組み込まれてはいない。発射態勢に入られたら変更は不可能だ』

 「どんな方法でも構わん!核攻撃さえ止められるならなんでも良い!」

 

 藁にもすがる思いで叫ぶ。

 成功率が0に近いギャンブルだとしても淡い期待と共に、全力でやるしかないんだ。

 そんなスネークにソコロフはほんのわずかな可能性を口にする。

 

 『ブースター点火前にメタルギア本体を破壊すれば…』

 「それで止められるのか!?」

 『弾道メタルギアは目標地点にパラシュート降下後、小型核弾頭を発射する』

 「つまりアレさえ破壊できれば核攻撃だけは止められる訳か」

 『しかし装甲は戦車以上。ブースターが傷つけばミサイルサイロごと吹き飛ぶぞ!』

 

 弱点を晒しておくわけも無しか。

 至極当然の判断だが、それを今から破壊する身としては恨まずにはいられない。

 だが、そんな嘆きを口にする時間は無い。

 

 「火傷では済みそうにないな」

 「危険は承知の上だ。やるしかない!!」

 

 発射まで二分を切り、スネークは大慌てでバックパックよりRPGを取り出す。

 その間、パイソンは持っていた銃器にてメタルギアへの攻撃を行うも、戦車以上の装甲に対してAKの弾で抜けられる筈もなく、虚しくカンカンと金属同士がぶつかり合う高い音が虚しく響く。

 スネークが立ち上がり、構えた事でパイソンはトリガーより指を離して見守る。

 狙いをしっかりつけたRPGの弾頭は逸れる事無く弾道メタルギアに着弾した。

 爆発が起きて爆煙でどの程度ダメージを与えれたか確認できないが、もう一発弾頭を同じ個所目掛けて放つ。

 同様に爆発が起き、ゆっくりながら煙が晴れて行く。

 二人が見上げる先にはハッキリとは確認できないけれども、下から見えるような損傷は窺えない。

 それどころか無傷にさえ見える。

 

 「クソ…駄目か…」

 

 諦めを口にしたスネークは弾道メタルギアに銃弾が当たった光景を目の当たりにした。

 隣にいるパイソンは銃口を降ろしている。

 となれば一体誰が…。

 その回答は周囲を見渡せば一目瞭然であった。

 壁に取り付けられた足場と言う足場に兵士達が居た。

 自らの意思で助けに来てくれたニコライ達に元々はここの兵士であったが仲間になった者、それにこちらに引き込んでいなかった敵兵士達の姿まであった。

 敵も味方も関係なく、各々が拳銃やら短機関銃やら、手榴弾やらを使って弾道メタルギアに攻撃を集中していた。

 

 「止めるんだ!そんな武器なんかで何とか出来る代物じゃあない!

 

 無謀だ。

 戦車以上の装甲である以上対物ライフルやロケット砲弾ぐらいでなければダメージを与える事は出来ないだろう。

 このままでは立ち上がってくれた勇敢な兵士達が、発射時に撒き散らされるブースターの衝撃により死ぬ。

 スネークは必死に叫ぶも誰一人手を止めようとしない。

 それどころか笑みを返す者まで居る。

 

 「ここでアンタらを死なせるわけにはいかない」

 「アンタたちは俺達の祖国を救おうとしてくれている。なら今度は俺達が助ける番だ」

 

 皆の言葉に心が高ぶる。

 まったくもってこいつらは…。

 スネークは残っていたもう一発の弾頭を取り付ける。

 パイソンも負けじとマガジンを幾つも交換し、銃身が焼けつくような勢いで銃弾をばら撒き続けた。

 発射30秒前になり、パイソンが全員に退避を促す。

 もうここが限界だ。

 兵士達は下がりながらも銃弾を撃ち続け、パイソンも出入り口まで下がる。

 

 頼む、止まってくれと祈りながらスネークは最後の一発を向け、トリガーを放つ。

 弾道がメタルギアに直撃する直前、ブースターより煙が放たれる。

 カウントダウンは終了し、弾道メタルギアは空へと飛翔しようとしている。

 噴出された強大なエネルギーがスネークに迫り、スネークは為す術もなく宙に浮いた。

 

 ただし、それは噴射によるものでなく、バットに言われて降りてきたエルザの能力によるものであり、浮いたスネークは迫る噴射による衝撃よりも少しだけ早く扉へと引っ張られる。

 勢いから通路に投げ捨てられるように転がされるスネーク。

 スネークが通路に入った瞬間に、パイソンが扉の開閉スイッチを押す。

 しかし動くのが遅すぎた。

 狭まった扉の隙間より衝撃が入って来ると理解し、エルザはスネークとパイソンを自分が居る壁際に引き寄せ、能力により衝撃を防ぐ。

 まるでSF映画の様な光景を目の当たりにし、スネークは打ち上がっていく弾道メタルギアの轟音を耳にするのだった…。

 

 

 

 

 

 もう助からない事を自覚しているジーンは、意識を失っているバットを眺めるばかりでトドメを刺す事はしなかった。

 いや、しようとしてもこの様では動くに動けない。

 一応ヌルも居るには居るが同様に意識を失っている上に、ジーンの興味が逸れているので気にも留められていない。

 ぼんやりと自分の技術を継承したバットを眺めていたが、背後より響く轟音によって意識はそちらに持っていかれる。

 

 「発射されたか…」

 

 弾道メタルギアが放たれた。

 もうアレを止める手段は無い。

 世界は戦争への道へと進んでいく。

 自分が思い描いていた計画と異なり、今となってはもはやどうでも良い事。

 大きく息を吐き出し、だらんと力を抜いて手足を垂らす。

 

 可笑しなモノが見える。

 自分の死が近いからか今まで見るどころか感じる事の出来なかった存在が、バットの横に立っているのを目の当たりにする。

 赤色に青色、灰色と言った透き通っている色だけで構成されたような人…。

 否、そもそも人であるかは怪しいが、その単色のシルエットがバットを囲み、そのうちの一人が身体を撫でるとバットの身体が薄れて行く。

 何をしているのか? 

 アレが死神と言うならば連れて行くのは自分の筈。

 なのに何故バットに手を出す。

 それは私を継いだ者だ。

 手出しはさせない!

 

 「何を…するか!そいつから離れろ…」

 

 動くのがやっとの身体に鞭を打って、微々たるものだが近づき言い放つ。

 表情は無いが私の発言に驚いた様な雰囲気を出し、シルエットの内の灰色がゆったりとした動作で近づき、目線を合わすようにしゃがんで頭を撫でた。

 冷たさも温かさも無いその手に触れられた瞬間、私は未知の世界(原作)を見た。

 私の演説により狂乱状態に陥った兵士達の流れ弾により、スネークを庇って戦死する裏切者(ジョナサン)

 スネークとの戦いに敗れて散ったパイソン。

 私の攻撃でスネークに未来を託しながら息を引き取ったエルザ。

 何もかもが私の知っている事柄と異なる物語。

 そこにはバットの姿は無く、スネークが一人仲間を集め、一人奮戦していく様子が流される。

 私は夢物語のようで決してあり得ない情報が脳裏に過る。

 

 “元々バットはこの世界の住人ではなく、別の世界(パラレルワールド)より彼らが連れてきた異物である”と…。

 

 これは私の頭脳が導き出した答えではない。

 恐らくであるが私に触れている灰色のシルエットによるものだろう。 

 

 『―っはははは!』

 

 考えを遮るようにバットの無線機より騒がしい笑い声が響く。

 聞き覚えのある声だ。

 確かスコウロンスキー大佐の声だな…。

 

 「……大佐…」

 

 ぼんやりとながら意識を戻したバットが

 

 『バット、見ておるか(・・・・・)!貴様のおかげで儂はジーンに一矢報いる事が出来る!礼を言うぞ!!』

 

 礼を言うにしては上からの言葉遣いではあるが、本来の性格を考えれば驚くべき事ではあるがな。

 …それよりもジーンが気になったのは一矢報いる事が出来ると言った一点のみ。

 アレに何が出来るものかと鼻で嗤う。

 

 『ざまぁみろジーンの小僧!貴様の企みは散々見下して来た儂に阻止されるのだ!!』

 

 企みの阻止…。

 その言葉によって全てを悟り、ジーンは出来得る限り空を見上げる。

 サイロが見渡せる管制室の窓より、発射の為に開いたままの天蓋ハッチから青空が窺える。

 飛翔する弾道メタルギアに接近する一機の戦闘機―――ラボチキンlA-5。

 スコウロンスキー大佐のコレクションにあったのを思い出し、弾道メタルギアに突っ込む様な勢いで接近し、RS-82ロケット二発が発射された。

 一発は外れて空を駆けて行くが、もう一発は見事弾道メタルギアに直撃。

 爆発により広がった煙の中を突っ切りながらラボチキンlA-5は空を自由に舞う。

 弾道メタルギアのシステムをモニターしていたモニターより警報音が鳴り響く。

 視線を向ければスネーク達の攻撃に加え、スコウロンスキー大佐の一撃によって弾道メタルギアの発射システムが完全に死んでしまったのだ。

 小型核発射の発射弁は封鎖され、システム自体が破損してもはや機能していない。

 

 これも先には見えなかった光景だ。

 そうか…バットが居る事で変わっているのだなと納得すると同時に誇らしく感じる。

 たった一人紛れただけで結果は変えずとも、過程や内容をこれほどに変える事の出来る少年が私の後継者なのだと。

 

 「大佐…良かっ…たです…ね」

 

 再び意識を失ったバット。

 ジーンは微笑を浮かべて動かした身体を戻して再び凭れ掛かる。

 そして灰色が頭から手を離し、身体を撫でようとしたのでジーンは待ってくれと口にした。 

 

 「頼みが…ある…あと少し時間が…欲しい…」

 

 そうだ。

 私には引き継いでもらいたい物があるのだ。

 これはバットの手に余るだろう。

 ならばスネークならどうか?

 奴であるならばこれを使いこなせる。

 それにアイツは私に似ている。

 断言しよう。

 スネークであるならばコレが必ず必要になると…。

 

 必死に瞳で訴えかけるとソレは少し悩んだが、大きく頷いてバットや他のシルエットたちと共に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 ソコロフより弾道メタルギアが停止した事を知り、歓喜に溢れる中でスネークはバットの下へと駆ける。

 バットの援護の為も有るが、万が一にもバットが敗北していたらすぐに治療すると同時にジーンを捜索しなければならない。

 計画こそ潰したものの、奴が居るのであればまた何か仕出かす可能性が高い。

 管制室に大慌てで駆けつけたスネークが目にしたのは腹部より大量の血を流し、僅かながら息をしているジーンと気を失っているフランク・イェーガーだけだった。

 そこにバットの姿は無かった。

 

 「奴ならばもう行ったよ…」

 

 コホッと血の混ざった咳をしながらジーンが呟いた。

 行ったとはどういうことかと問いただしたいところだが、スネークは以前バットが突然姿を消した事を覚えている。

 どうやって姿を消したのかは分からないが、ようはまた別れの挨拶も無しに行ってしまったのだろう。

 

 「今度会ったら首輪でもつけるか」

 「くっはっはははは、それが良いかも知れんな」

 

 声を挙げて笑った分、ジーンは大量の血を吐血する。

 傷の具合もそうだが服やズボンが真っ赤に染まり、床に広がる血だまりからもう長くない事を察したスネークはジーンに近づいて顔を覗き込む。

 計画が潰され、敗北したというのにその表情が見事なまでに晴れ晴れとしたものであった。

 

 「まさか相続者計画で作られた私が…生身のお前たちに負けるとはな…」

 「その割には満足げだが?まだ何か企んでいるのか」

 

 問に対してジーンは鼻で嗤い、手に持っていた記録媒体を放り投げた。

 警戒しつつもそれをキャッチして見つめる。

 

 「これを持っていけ…それには私が作ろうとしたアーミーズ・ヘブンの為に、密かに集めた装備、人材、資金のすべてのデータが納められてある」

 「アーミーズ・ヘブン…兵士達の天国…」

 「そうだ…政治によって弄ばれる兵士の悲劇をお前は知っている筈だ」

 

 言われてまず思い浮かべたのはザ・ボスを思い浮かべた。

 スネークイーター作戦の裏で何があったかを知った今となっては、思い返すだけでも強い感情が引き起こされる。

 それは怒りであり、悲しみであり、痛みであり、恐怖である。

 

 「今回の件もそうだ。国防省がCIAの権威を失墜させるという目的の為に兵士達を利用した」

 「お前とカニンガムも利用されていたという事か…」

 「違うな。カニンガムは国防省の人間だ。寧ろ私を裏切り、操っていると勘違いしていた哀れな奴だ。そもそもソ連に弾道メタルギアを撃ち込んでも戦争は起きない。カニンガムが証拠隠滅に失敗した場合を想定してソ連の軍部と話しているだろうからな…」

 「ならお前は何をしようとしていたのだ!それにアーミーズ・ヘブンとはなんだ?」

 「私の本当の目標は………アメリカだ」

 「アメリカに核攻撃!?そんな事をしたらどうなるか分かっているのか!!」

 「無論だ…未曽有の大混乱が起き、世界のパワーバランスが崩壊する。その隙に私はソレを使い闇より世界のパワーバランスを担う。国家が兵士達を弄ぶのではなく、優れた兵士達の国家……賢者達から世界の解放…」

 「それがお前の言うアーミーズ・ヘブンか」

 

 ニタリと嗤ったジーンは手を伸ばし、襟元を掴む。

 引き寄せる事も突き飛ばす程の余力はなく、ただただ掴まっているかのようにか弱く、もうジーンの限界が近い事を感じさせる。

 

 「必ず必要になる時が来るだろう。戦い…生き残った者が…後を継ぐ………それが我々の…宿命…」

 「俺にお前のジーン(意思)を引き継げと?」

 「あぁ、そうだ…最も技術はアイツが受け継いだがな」

 

 嬉しそうに笑い、吐き出す血も無いのか咳だけが続く。

 乾いた咳が続いてようやく収まり、掠れた呼吸音を繰り返す。

 

 「自らに忠を尽くせ…スネーク」

 

 そう言ってジーンは眠るように終わりを迎えた。

 スネークはジーンより受け取った記憶媒体を仕舞い、この場をあとにする。

 これからやる事は多い。

 味方になった者をソ連に帰れるようにニコライ達と手を回し、敵対していた者は一応武装を取り上げて捕まえ、ジーンやカニンガムによって着せられた濡れ衣を晴らすために証拠集めに走り、シギント達に話を通して貰うなどなど正直山のように有り過ぎて何処から手を付けたらいいものやら。

 

 「まずはエルザへの説明か…」

 

 パイソンや大佐も気にするところだろうけど、中で一番仲のよさそうだったのはエルザだ。

 バットがいきなりいなくなった事をどういうべきか。

 “急用を思い出した”みたいな理由で何とか出来たら良いんだが…。

 話す前から頭痛を感じたスネークを空を見上げながら苦笑いを浮かべる。

 

 「まったくバットめ。次会った時には文句の一つでも言わせてもらおう」

 

 世界は広いようで狭い。

 特に俺達の様な職種であるならば尚更だ。

 一言だけ呟くと溜め息一つ零してキャンベル達とも合流しようと動き出す。

 どうせまた会えるだろうと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 バットこと宮代 健斗は目を覚ました。

 瞼を擦ってぼんやりとした視界を正常に戻し、周囲を何度も眺める。

 ここは自分の部屋だ。

 何一つ変わる事の無い我が家。

 ただ部屋には送られたゲームソフトも段ボールもなく、またも狐に頬を摘ままれた気分だ。

 しかも気を失っていた辺りに何があったかなどの情報は、奇妙な事にしっかりと頭に入っている。

 

 「あー…またしたいのになぁ」

 

 残念ではあるがこのゲームは一回クリアしたら無くなるものと割り切るしかない。

 今回の体験は次のゲーム作りに生かされるだろう。

 それと同時に作るのも楽しかったけど、やっぱりゲームはプレイするのが一番だ。

 ハッキリとそう認識した健斗はこれからの事を考えながら、またも吸えなかった葉巻を眺める。

 今度こそ一緒に吸いたいなと願いながら。




 前書きで書いた通り次回【PW編】は九月以降の投稿にしようと思います。と、いうのも複数の投稿を行っている事からこの作品は月一投稿をしておりました。
 けれども今年の七月で二作品ほど終わりますので、九月より週一投稿へと投稿数を増やす事にしました。
 けど現在は薄っすらとした流れしか考えておらず、同時にストックを持っておきたい事から来月から九月前までその作業に当たろうと思っているのです。
 出来る事ならもっと早く投稿したいのですが、先も書いたように二作品がクライマックスなのでそちらにも力を割くので多分これ以上の短縮は難しいので…。
 それと今まで投稿したSNAKE EATERとPORTABLE OPSを少し書き直せればなと考えてたりもします。
 休止となりますが必ず九月には投稿を再開いたしますので、どうかそれまでお待ち頂けれれば有難いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR SOLID:Peace Walker
蛇は森へ戻り、蝙蝠は舞い降りる


 待たせたな!
 
 本当に長らくお待たせいたしました。
 本日より投稿を再開致します。
 ペースとしては週一投稿を目指しておりますが、まだ暑さによる体調不良が続いている為、二週間に一回になるかも知れませんがどうかご了承下さい。
 ではピースウォーカー編、スタートです!!


 世界は二度も核の危機に瀕した。

 一度目はヴォルギンの野望の下、ソコロフが開発した新兵器“シャゴホット”。

 二度目は祖国を裏切り反旗を翻したジーンによる核を搭載した弾道メタルギア。

 その危機から救った英雄“ビッグボス(BIG BOSS)”ことスネークは祖国アメリカを離れ、国家や思想や組織に囚われ固執することなく、軍事力を必要とする者に必要なだけ提供し、戦場でこそ生きる事の出来る兵士達の理想郷―――“国境なき軍隊(MSF)”を設立し、共に進む仲間と共にこの世界を闊歩していた。

 

 1974年の11月。

 雨が降りしきるコロンビアバランキア港沿岸にMSFが拠点にしている一件の建築物があり、スネークは広間にて葉巻を吸おうとジッポを擦っていた。

 苛立ちや今抱える悩みを一旦整理する為にも葉巻を吸いたいのだが、ジッポは擦れる音ばかりで一向に火がつかない。

 

 「悪い話では無いと思う」

 

 擦り続けるスネークに声を掛けたのはカズヒラ・ミラーという日本人。

 彼、通称“カズ”とは二年前戦場で出会った。

 元自衛隊所属で目立った実戦経験もなかったカズは、米国に渡って南下して反政府勢力の教官として一個小隊を指揮。当時政府側に付いていたスネークの部隊と戦闘になり、自身を置いて部下は全滅。政府軍により囚われの身となる。

 そこにスネークがスカウトしに手を差し伸べたのだ。

 決してスムーズでは無かったが交渉(脅し込み)に幾度かの勝負を経て、共同経営者としてMSFに加わった。

 実践能力こそスネークに劣るが彼は事務や指揮、話術に優れており、瞬く間にMSFにて欠かせない人物の一人となった。

 

 その彼が言う“話”というのは外でずっとこちらを見つめ、立ち続けている二人からの依頼の件だ。

 片や上等そうなロングコートから覗くはこれまた上等そうなスーツを着こなし、後へと撫で上げた髪には白髪が混じり、しわが刻まれた顔は余裕のある笑みを浮かべた国連平和大学で教鞭をとっているガルベス教授。

 片やガルベス教授の教え子でふんわりと癖のある髪を靡かせる幼さの残る十六歳の少女、パス・オルテガ。

 傍から見れば戦争屋にしか見えない俺達に、それもこんな雨が降り注ぐ夜中に訪れるような者ではない。

 無論“表上の肩書”の意味であるが。

 

 依頼はコスタリカに現れた謎の武装勢力の排除。

 簡単なようでそうではない。

 コスタリカは軍を持たない国家で、謎の武装勢力は正規軍でもニカラグアから逃れた反政府組織(FSLN)の連中でもない。

 当のコスタリカ政府はコスタリカ開発公社(CODESA)に雇われた“多国籍企業の警備員”と言ったが、教授が言うには装備が整い過ぎている。

 銃器や設備は全て最新のものを持ち込み、戦車や戦闘ヘリまで持っているのだとか。

 さらに教授は資金源は恐らくCIA(ラ・シーア)が関与していると言ってきた。

 報酬としては政府との協力体勢を敷いた事で、カリブ海沖にある洋上プラントに輸送用のヘリなどが用意できるそうだが割に合わない。

 下手をすれば俺達はアメリカと戦う事になる。

 

 兎も角、依頼は断わってお帰り願ったのだが、諦めきれないのかまだ雨の中居座っている。

 

 「良いじゃないかスネーク。ここ(コロンビア)もヤバくなってきたところだ。腰を落ち着けるにもMSFを拡大するにも傭兵ビジネスに本格的参入するにも丁度良い。願ったり叶ったりじゃないか」

 「俺達に安住の地はいらない。腰を落ち着ければ戦争屋と何ら変わらない」

 

 俺達は戦争屋ではない。

 何処かに腰を落ち着ければその国の事情に関わらざるを得ないと言う事に他ならない。

 未だに付かないジッポを擦りながら否定した。

 

 「俺達は放浪者(ノーマッド)でも良い。だが兵士全員がそういう訳にもいかんだろう」

 

 が、パイソンが割り込んで来た。

 ジーンが起こした事件では敵であったパイソンは、味方になってからはMSF立ち上げにも参加し、今は教官として技術が未熟な奴らに指導をしている。

 一応液体窒素入りの戦闘服は用意しているので戦闘にも出れるが、暑い地域が多くなった上に補給が間に合わない場合を考えて実戦は控えている。

 パイソンからの後押しを受けたと思ってカズは「そうだ。そうだ」と大きく頷く。

 ここで勘違いが一つ。

 確かにパイソンはスネークの否定に待ったをかけたが、それは兵士達の落ち着ける場所などの事であって今回の依頼を受ける云々ではない。何故ならパイソンも俺と一緒で気付いて(・・・・)いるからだ

 

 「何も戦争をしようと言う訳ではないんだ。警備会社とやらの正体を突き止めるだけでも良い」

 「いや、調べるまでもないだろう」

 「間違いなく背後に居るのはCIAだろう」

 「何?……となると…」

 

 カズは馬鹿ではない。

 ここまでの俺とパイソンの様子と会話からガルベス教授の事を察した。

 ソ連の諜報機関“KGB”であることは間違いないだろう。

 そりゃあキューバに近いコスタリカでCIAが動いているとなると放っておくわけはない。

 つまり俺達はアメリカの諜報機関とソ連の諜報機関のいざこざに武力介入することになるのだ。

 割りに合わないどころか本当に戦争屋になってしまう。

 だから余計に受けない。

 

 「もう少し話だけでも聞いてあげれないかしら?」

 

 そう言ったのはエルザだった。

 彼女もジーンの事件では敵側であったが味方となり、共にジーンと戦った仲間だ。

 事件解決後は帰るべき場所もなく、強力な超能力を保持している事からいろんな研究機関から狙われるのは目に見えていた。

 なので彼女の身柄を護るべく共に行動をしている。

 ただ“働かざる者食うべからず”と言う事で医療スタッフとしてMSFの一員として従事して貰っている。

 

 ガルベス教授は依頼内容以外にパスの事も語っていた。

 パスは幼くして母親を亡くし、祖父母も内戦で失った事で強く戦争を憎み、人一倍平和を望んでいるのだと。

 今回の件にはまったく関係ないようであったが、彼女は行方不明の友人を探して、武装勢力の施設内に入り込み、見つかって囚われてしまった。

 なんとか自力で逃げ出す事に成功したが囚われている間、酷く乱暴されたという…。

 勿論想うところはあるが、それだけでこの任務を受ける訳にはいかない。

 俺達は戦争屋でも正義の味方とやらでもないのだから。

 けどエルザは俺達よりも想うところがあったのだろう。

 

 理解したスネークは大きなため息を漏らす。

 

 「…葉巻に火が付かないな。エルザ、珈琲を淹れてくれ。六人分だ」

 「スネーク、後戻りは出来ないんだぞ」

 「解っている。とりあえず“教授”本人から聞くとしよう。カズ、呼んできてくれ」

 

 立ち上がりつつそう指示を出したスネークは入り口付近で立ち止まる。

 カズに呼ばれて建物に入ったパスはびしょ濡れになった制服のスカートの裾を絞り、その後エルザに渡された珈琲を飲んで冷えた身体を温めた。

 ガルベスは建物に入るとスネークに近付いて義手である右手を向け、親指の先がカパッと開いて中より火が立った。

 まだ火を付けれずにいた葉巻を近づけて火を貰い、ようやく煙が上がる。

 

 「以前はヘビースモーカーでね。書記長閣下から勲章と共にこの義手も頂いたのだが、肺を患って煙草をやめてからは使う事がなかった。伝説のBIG BOSSの役に立ったようでなによりだ」

 「…で、KGB(ツェントル)から来た教授様は本当は何が目的で来たんだ?」

 「フッ、それなら話が早い」

 

 国連平和大学の教授ではなく、KGBとして彼は語り出した。

 KGBは北米大陸と南米大陸を繋ぐ中米に社会主義国を作り、生産に流通、軍事戦略徒を奪うべく南北アメリカを分断したいらしい。その為に親米派のソモサ政権を転覆させるべく半ソモサ世論に拍車をかけ、半ソモサ勢力“サンディニスタ(FSLN)民族解放戦線”の支援をしている。

 つまり謎の武装勢力とはKGBの工作を妨害すべくCIAが送り込んだ軍隊。

 やはりというか当然と言うかKGBとCIAの冷戦を巡るいざこざである。

 

 関わるべきではないだろう。

 ここまでならそう判断できた。

 しかしガルベスが取り出したカセットテープによって、スネークに逃げ道を失わさせた。

 パスが探していた友人が録音したと思われるテープには二人の音声が入っていた。

 一人はしらないが一人は聞き覚えがある。

 聞き覚えどころかそれが誰なのか理解したスネークは、目を見開いてあり得ないと脳内で叫ぶ。

 なにせその声とはスネークが殺害したザ・ボス。

 間違える筈がない。

 けれど彼女はスネークが確実に殺した。

 

 受けるべきではない仕事であるが、耳にしたカセットテープの声に心が動かされて葛藤する。

 決断を見守っていたエルザにパイソンにカズ。

 しかしガルベスだけはそんな選択肢を取らず、カセットテープを義手の親指に近づける。

 葉巻に火を付けた様に親指から火が出して「これはもういらない?」とニヤリと試すように笑い、カセットテープを近づけて行く。

 ゆらゆらと揺らぐ火がカセットテープを撫でるほど近づけられた所で、身体がかってにカセットテープを引っ手繰っていた。

 

 「パスの…パス(平和)の為だ!!」

 

 そう叫ぶとガルベスの条件を良しと思っていたカズは嬉しそうに笑う。

 ただガルベスにはほっと安堵したような雰囲気も含まれていた。

 

 「いやぁ、これで彼の要望も応えられました」

 「彼?俺達以外にも雇ったってのか?」

 「えぇ、貴方達は良く知っている方ですよ」

 

 言葉に疑問を覚えたカズの問いに当然のように答えられ、カズだけ(・・)が首を傾げた。

 俺もパイソンもエルザも一人の人物が頭に過っていた。

 彼と言う事から雇われたのは組織ではなく単体。

 そしてよく知っている人物となれば思い当たるのは一人しかいない。

 

 「BIG BOSSと共に核の危機から世界を救った英雄ですよ」

 

 あー…やっぱりかと俺とパイソンはため息を漏らし、カズは「まさか…あのバット(蝙蝠)か!?」と驚き、エルザは突然姿を消した一件から来る怒りを帯びていた。

 

 

 

 

 

 

 依頼より六日後のコスタリカカリブ海沿岸。

 スネークは最低限の武器を手に無事上陸して大き過ぎるため息を吐き出す。

 あの馬鹿(蝙蝠)に会えるという喜びより呆れと同情から洩れたものだ。

 なんとバットは教授の最初の説明を受けた段階で引き受けたとの事。

 報酬の話もせず、背後関係も考えず、危険度も何も度外視してパスの身に起こった話に激昂して即決。

 身支度もせぬまま跳び出そうとしたバットを制止するのに教授が苦労したのだとか…。

 苦労のおかげで教授とバットの間には連絡手段があり、そして報酬ではないが作戦に当たって俺、スネークの協力要請を願ったのだと言う。

 何処か抜けているどころか本当にアイツは馬鹿だったのかと頭が痛い。

 

 が、腕は確かな事は俺が良く知っている。

 すでに敵軍の中に入り込み、数名を味方に引き入れて、俺の到着を待っているらしい。

 バットから教授に提供された情報を基にコスタリカカリブ海沿岸ボスケ・デル・アルバからプエルト・デル・アルバにある拠点に潜入する。

 遠くに指揮所を兼ねた二階建ての建物が見え、そこまでの道のりには検問の類は無く、警備兵がうろついているだけ。

 周囲にはコンテナが置かれており、遮蔽物には困る事は無い。

 すぐに建物に向かう事無く周囲の警備兵に気を配る。

 

 じっくりと観察し、捲った制服の袖より蝙蝠の入れ墨が描かれた兵士を見つける。

 足音を立てずに近くのコンテナを指示通りにノックすると、その兵士は気付いたのか音の方向に近づいて折り畳まれた紙を落として、何事も無かったように警備に戻る。

 

 「呆れるほど手際が良いな」

 

 バットが味方に引き入れた兵士(連絡員)を陰から見送ると、簡単な地図が描かれていた。

 ザっと目を通して目的地を叩き込み、ジッポで紙を燃やすと警戒しつつ建物に侵入する。

 敵が侵入するとも考えていないのか中には通信兵が一人。

 これが一人だけの潜入なら情報を得るために襲うところだが、今回は情報をバットが持って待っているので気付かれないように通り過ぎて行く。

 途中拷問を受けて殺されたらしき男が一室で縛られていた…。

 ぽたりぽたりと傷口より血を流す彼をジッと眺め、スネークは建物より出て先へと向かう。

 建物の先はコスタリカ・リモン東エル・セナガルという地域で、海岸沿いとは打って変わって木々が生い茂るジャングルとなっている。

 そして連絡員から渡された地図によるとこの辺りにバットの仮拠点があるらしい。

 敵の見張り小屋の近くに作るかと思いもするも、灯台下暗しという言葉が東洋にあるらしく、敵もそんなところに拠点を構えているとは思わないだろうと感心の様な呆れの様な感情を抱く。

 感情は置いておいて注意深く周囲を観察し、覚えた地図通りに歩いて行くと僅かに人が通った跡があり、そこを抜けて行くと一台のトラックが停車していた。

 周りに溶け込むようにカモフラージュを施され、目に付かないように手入れを施されている事からここが拠点かと当たりを付けつつゆっくりと近づく。

 トラックの中から人の気配を薄っすら感じ取り、銃口を向けながら歩み寄ると周辺の草木が揺らいだ。

 咄嗟に振り向くとギリースーツ(迷彩服の一種)を来た兵士達が銃口を向けて茂みより立ち上がっていた。

 兵士達は警戒の色が強く、撃つのではなくこちらを無力化しようとしているのか何名かはナイフに手を伸ばしながら接近してくる。

 どう切り抜けるかと考えているとトラックの荷台より銃口が突き付けられた。

 仕方が無いと両手を上げて無抵抗の意思を伝える。

 すると銃口を突き付けた者が口を開いた。 

 

 「動くな手を上げろ(・・・・・・・・)

 

 懐かしい声に懐かしいセリフ。

 思わず頬が緩んでしまった。

 

 「待たせたな―――バット」

 「お久しぶりですねスネークさん」

 「さんはいらないと言った筈なんだがな」

 「年上の方を呼び捨てするのはちょっと…」

 「本名ではないんだが…」

 

 初めての出会いから十年…。

 当時十八歳だったバットも今や二十八歳。

 前にも増して大きくなり、大人びた青年となっていた。

 黒のロングコートを風で靡かせ、迷彩模様の戦闘服とホルスターに収まっているモーゼルC96とエングレーブ入りSAAが覗く。

 

 「隊長(・・)。そちらは?」

 「大丈夫。彼は味方だよ」

 

 警戒していた兵士達はにっこりと笑うバットの一言に、警戒心を僅かに残しつつ銃口を降した。

 何が数人だと鼻で嗤い、二十人以上いる兵士を見渡してバットに視線を戻す。

 

 「お前が突然居なくなった事でエルザがどうだったとか言いたい事は山ほどあるが、まずは本題に入ろう」

 「あー…今から胃が痛くなりそう…」

 

 苦笑いを浮かべお腹を押さえたバットはトラックの荷台へと入って行った。

 続いて入って行くと物資の詰まった木箱以外に通信機や地図、多少ながらの銃器が格納されており、その中から通信機と電子機器が詰め込まれた箱、それと何処で手に入れたのか拠点地図をまず渡される。

 これで通信が出来ると音声位相を反転する回路を取り付け、カズへと通信を試みる。

 待ってましたと言わんばかりに出たカズは即座に探知されないように周波数も定期に変えると言って準備を進める。

 その間にバットは最奥に腰降ろして空箱に詰まった書類の類を漁る。

 

 「何が知りたいです?」

 「奴らの目的からだな」

 

 背中を向けたままのバットにそういうと困ったように頬を掻き、少し唸ってため息を零した。

 

 「目的までは掴んでません。さすがにたった数日では一個小隊(48名)ほど仲間にするしか」

 『それでも凄いんだがな…』

 

 無線機より話を聞いて驚きと呆れを抱いたカズがぼそりと漏らすも、エルザもパイソンも驚くよりも苦笑いを浮かべる程度だろう。二人の表情が容易に思い浮かぶよ。

 情報は得れなかったのは残念だが敵地内で味方を得たのは心強い。

 そう思ったスネークに対し、「けど」とバットは続け一枚の資料とフィルムバッチを突き出した。

 フィルムバッチとは放射線の被爆量を測定する物…。

 何故そんなものを…と不安を抱きながら資料に目を通す。

 資料には湿地帯より西のイラスへ物資の運搬ルートが記されており、中には艀で“(スピア)”を運ぶとあった。

 被爆量を検束するフィルムバッチに“槍”と呼称される物…。

 嫌な予感が脳内で警告を鳴らす。

 

 「まさか奴らは…」

 「どうも僕達は縁深いようですね」

 『どういう事だ?何があった?』

 

 資料を目にする事の出来ないカズが問う。

 確かに俺とバットにとって縁深いものだ。

 特に俺はマーシャル諸島も加えて四度ほど関わってしまっている…。

 言葉にするのも忌々しいが、重い口を開いて伝える。

 

 「核だ。おそらく奴ら核を持ち込んでいる!!」

 『なんだって!?』

 

 驚くのは当然としても核が運ばれたと解ってはゆっくりしている時間は無い。

 バットの言った縁深い核関係となればメタルギアも当てはまる訳だがまさかな…。

 

 「これからどうする?」

 「今までと違って兵器の質も高くて早々突破は難しいですよ。人員も足りませんし…」

 『KGBの“教授”が言うにはFSLN(サンディニスタ)に協力を取り付けているそうだ。まずはそちらの司令官と接触してくれ。ただしKGBは裏で支援しているだろうから、純粋な革命を信じている彼らがKGBの支援を受けている自覚があるかは疑わしいが』

 「下手に名前を出さない方が得策か…。バット、FSLNと会いたいのだが場所分かるか?」

 「一応場所は分かってますよ。行きますか?」

 「勿論だ。案内を頼む」

 

 バットはニカリと笑ってスネークと共に並んで戦場に向かう。

 戦場に向かう者にしては二人の雰囲気は明るく、嬉しそうであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蝙蝠と蛇は相も変わらず…

 早速と言わんばかりに遅れてしまい申し訳ありません。
 今回は体調不良などではなく、ただ単に投稿しようとしたら今更ながら気に入らず、最初から書き直したので遅れました。
 現在それに伴ってPW編三話目の書き直し中…。


 何処までも続くようで、何処にも繋がってないような真っ白で壁や床、天井の一切が認識できない空間。

 この何も無いような空間に居る存在によって、宮代 健斗はバットとしてメタルギアの世界に期間限定であるが転移出来るようになったのだ。

 しかし彼らの役職は任された世界を観察する事であり、魂を別世界に転移させて変化を楽しむのは違法である。

 バレない時は意外に堂々としていてもバレないものだし、バレる時は些細な事でも気づかれたりして明るみに出てしまう。

 それは彼らとて変わる事は無い。

 バレないように他には漏らさず、原作ストーリーが行われるまで干渉しなかったが、こうも簡単に知られてしまうとは…。

 

 彼らには目や鼻と言った部位は存在せず、各自を現す色と人型の影(シルエット)らしい姿しかない。

 それらが三体のシルエットを囲み、言い分と解かり切った判決を共有すべく聞き耳を立てる。

 

 囲まれた三体こそ宮代 健斗(バット)を送り込んだ赤色、青色、灰色の色を持った者達。

 違反が知られ、こうして裁かれるときになっても慌てる様子は微塵もなく、逃げだそうとする素振りも見せはしない。

 逃げても彼らより上位の存在には無駄なので抵抗しただけ無駄な徒労となるだけだ。

 すでに覚悟は決まっている三名は上位個体であるシルエットと背景の境界線しかわからない半透明の存在を見つめる。

 

 「君達は自分達が何をしたか理解しているようだね」

 

 それは男性のようで女性、若者のようで老人と聴くモノそれぞれに違った印象を与える音を発した。

 三名とも弁明や言い訳をすることなくただただ頷く。

 

 「なにか言うべき事はあるかな?」

 「宮代 健斗には罪は無い。彼には寛大なるご慈悲を」

 

 灰色が問われ答えた。

 観賞用の世界とは言え別世界に多大なる影響を与えた。

 とはいえ自分達の娯楽のために無意識に関わる事になった彼には非は無いはずだ。

 あったとしてもそれは自分達の仕出かした事であり、彼には何ら責を負う必要はない。

 

 半透明は少し悩む仕草をし(雰囲気的に)、思いついて空間を歪めた。

 

 「彼を裁く気はないよ。これは私達の(ルール)を破った個体を裁く場であり、彼を裁く場ではないからね。けど名前が出たからね。君達を裁く証拠品として彼の様子でも眺めようじゃないか」

 

 歪んだ空間が黒ずみ、そこに光が灯る…。

 

 

 

 

 

 

 サンディニスタ(FSLN)民族解放戦線。

 ニカラグアの反政府組織で革命軍で、祖国(ニカラグア)からソモサの国家警備隊(グアルディア)に追われて国境(サン・ファン河)を超えてコスタリカに辿り着き、武装を整え、仲間を纏め、拠点を確保して淡々と革命の準備を続けていた。

 が、今は違う。

 街でUCLA(CIA)の看板を見かけるようになってから“おかしな連中”がコスタリカに入り込んで来た。

 訓練を受けた統率のある部隊。

 装備は全てが最新鋭。

 持ち込んだものは銃器だけでなく装甲車に戦車、はたまた戦闘ヘリまで。

 戦争でも始まったかのような兵器と部隊の投入。

 

 勝ち目など無かった。

 こちらの武器は奴らに対して雑多な小火器。

 同志が徒党を組んでも奴らは容赦なく踏み潰す。

 仲間はバラバラにされ、拠点は奪われ、司令官(コマンダンテ)だった父を(・・)失った。

 最後の拠点であったリオ・デル・ハーデにも敵が攻めてきて、あたし―――アマンダ・バレンシアノ・リブレを含めた全員が捕縛された…。

 後は奴らに拷問され、情報を聞き出されると殺されるだけ。

 皆が絶望を抱いている時、想いもよらぬ救いの手が差し伸べられた。

 

 「奇跡って言うのかしらね」

 

 ポツリと独り言を漏らし、アマンダは葉巻に口を付ける。

 本当は紙巻(シガレット)が好みなのだが、こんな状況で贅沢は言えないし、今は何でもいいから吸いたい。

 吸い込んだ煙を口の中で味わい、肺に行かすことなく吐き出す。

 

 リオ・デル・ハーデは川沿いにある開けた場所で、そこには見張り小屋が二つにコンクリート製の小屋が数軒、川には一階は船乗り場となっている二階建ての建物が建ち、周囲には木箱や木材が積んであって一見すれば資材置き場と見えるだろう。

 反政府組織の拠点だからこそ“そうは見えない”ように工夫してあり、拠点の武装として置いてあるのは二階建ての一階に取り付けられた軽機関銃のみ。

 自分達の拠点でありながら数時間前まで敵に占拠されていたここを解放したのはサンディニスタの同志でなく、“コロンビアの写真家”と“料理人”と名乗る二人組だった。

 最新の装備を身に着け、訓練を受けていた武装集団に対して二人で圧勝した事実だけでもただ者ではないのは明らかだ。

 しかし、彼らがそう名乗っている以上無理に聞く事もない。

 

 視線を向けると“コロンビアの写真家”と名乗ったスネークは、腕を組んで隣で壁に凭れていた。

 バンダナを巻き、無精ひげを生やした彼は服の上からでも鍛え上げられている事が窺え、歴戦の雰囲気が隠しきれていない。

 閉じ込められていた二階に現れた時は“エル・チェ”かと思ったわ。

 

 そしてもう一人の“料理人”を名乗った可愛らしい童顔の青年バットは、鍋に食材と言う食材をぶち込んでスープを皆に振舞っていた。

 料理人を名乗るだけあって雑多そうなスープであったが、非常に美味くて食べているだけで力が湧くようだった。

 同志達は拠点に隠してあった銃器を探したり無事な物資を確認、またはバットのスープに舌鼓を打っていた。

 

 「貴方達隠すなら銃器ぐらい何とかしなさいよ」

 「護身用だ。気にするな」

 

 気にするなと言っても気になる物は気になるものだ。

 スネークの方は上手く隠しているが、バットの方は動くたびに黒のロングコートよりモーゼルC96とSAA(リボルバー拳銃)が覗いているし、すぐそばには敵兵から奪ったM16A1(アサルトライフル)を立てかけていたり隠す気が微塵もない。

 物騒なようで話しかけやすい人物なので、チコ(アマンダの弟)が懐いて側で食事をしながら談笑している。

 何処から取り出したのかPM(マカロフ)を渡されて有頂天に喜んでいる…。

 あとで注意しとかないと…。

 煙と一緒にため息までも吐き出したアマンダはスネークに視線を戻す。

 

 「吸い終わるまでよ」

 「状況を教えてくれ」

 

 彼らは情報を求めていた。

 戦場カメラマンならまだしもコスタリカの写真家…それもケツァールを撮りに来たにしては矛盾が多すぎる。

 けど、あえて突っ込まずに話を続ける。

 

 と、言ってもあたしも奴らの事をちゃんと理解している訳ではない。

 相手は市民警備隊ではなく装備一式を最新鋭で整えた雇われ兵―――それもUCLA(CIA)関係である事。

 この辺りはほとんど敵の勢力圏となっており、この拠点こそ最後の隠れ家だった事…。

 つり橋を渡った先に拠点としていた工場もあったのだが、そちらも奴らにより占拠されているので実質隠れる拠点は無く、装備は僅か、同志が援軍として駆け付ける見込み無しという最悪の状況で敵地のど真ん中に居る事などなど。

 知っている情報を口にする。

 

 「ハーデ川(リオ・デル・ハーデ)を傭兵隊が同乗した艀の行き先を知らないか?」

 「あぁ、艀なら上流の山岳(イラス)の方ね。あっちの同志を紹介しても良いけど山に入るのはお勧めしないよ。すでに何人もの同志が奴らにやられているしね……それに怪物(モンストルオ)だって襲ってくるだろうし」

 「怪物?」

 

 “怪物”という単語に疑問符を浮かべていた。

 突然怪物と言われれば当然そういう反応を見せるだろうけど、これは冗談の類の話ではない。

 思い出しただけでも酷く苦々しい表情を浮かべ、答えるまで少し間を空けた。

 静かに葉巻を加え直し、ため息をつくように煙を吐き出す。

 

 「父さん(ミ・ピエホ)はサンディーノ共に戦った英雄。あたし達の希望(エスペランサ)だったのよ。同志(コンパ)を束ねる偉大な力(英雄度)を持った指導者(カシーケ)だった…。けどあの怪物にやられて今じゃあたしが娘というだけでまとめ役よ…」

 「英雄も指導者も自ら名乗るものではない。希望を継げば自ずと皆が付いてくる」

 「そう?信用はされても誰もあたしを司令官(コマンダンテ)とは呼ばないわ」

 「アマンダ!!」

 

 悲壮感を漂わすアマンダの言葉に強く芯の籠ったスネークの言葉が重なる。

 ずしりと届いた言葉に乾いた笑みを浮かべ、“司令官”ではなく“アマンダ”と呼ばれて「ほらね」と肩を落とす。

 

 「コリブリ!!」

 

 続いてチコが叫び、同時にアマンダの表情が険しく空を見上げる。

 劈く様な高音を上げ、周囲に風圧を起こし、電子音で音楽を奏でながら巨大な鉄塊(コリブリ)が空より姿を現した。

 二枚の円盤状の浮遊ユニットを鳥の翼のように左右に広げ、三つ目となる円盤状のユニットが尾びれの様に後ろに伸びている。

 顔ともいえる先端の部分には円柱のパーツがぶら下がっており、その左右には機銃の銃口が姿を覗かせていた。

 

 「伏せろ!!」

 

 咄嗟に携帯用の使い捨てロケットランチャーLAWに手を伸ばすも、それよりも早くに機銃が火を噴いてこちらに弾丸をばら撒き始めた。

 スネークが叫びながら押し倒し、蜂の巣にならずに済んだが状況は最悪だ。

 コリブリはチコリブリ(小さなコリブリ)とあたしたちが呼んでいる小型の円盤に機銃が取り付けられた浮遊兵器を、何十機と引き連れており、同志達は反撃しようにも武器が足りてないので大混乱。

 唯一反撃しているのはバットで、降下してきたチコリブリを撃っては同志を護ってくれていた。

 

 覆いかぶさっていたスネークが立ち上がり、慣れた手つきでLAWで上空で待機していたチコリブリを二機も撃破し、コリブリへと一発放つもその一発はあっさりと回避される。

 

 「避けた!?馬鹿な…」

 「あれは“新しい人間(オンブレ・ヌエボ)”。無人のロボットよ!」

 「うわぁ!?」

 

 突如聞こえたチコの叫びに反応して視線を向けると、チコリブリのワイヤーに捕まったチコが空中へと攫われている所だった。すでに高く引き上げられており、落ちれば命は無い…。

 しかし躊躇う事無く銃口を向ける。

 重いトリガーを引こうとした時、スネークによって銃口を下げさせられる。

 

 「撃たせろ!!」

 「あの高さだ!死ぬぞ!!」

 「拷問されるぐらいなら…」

 

 結局撃てずにコリブリ達が撤退していく様子をただ眺めるしかなかった。

 ギリリと歯を噛み締めた音が鳴る。

 

 「奴らは攫った同志を拷問して仲間の居場所をゲロさせる(聞き出す)と殺すんだ…そんな目に遭わせるぐらいなら…」

 「だからあれらは引いて行ったんですね―――だったら早くチコ君助けに行きますよ!」

 

 突然の言葉にアマンダは戸惑い、ちらりとスネークに振り返るもため息を漏らしながら仕方がないと慣れた笑みを浮かべて前に出る。同志達は大きく頷いて仲間を助けに行く準備を開始していた。

 

 「単なる料理人じゃなかったの?」

 「作って戦える料理人です」

 「最初に“可笑しな”がつくな」

 「どういう意味ですかスネークさん!!」

 

 抗議するもまったく相手にされない事に不満を露わにするもバットの様子に力が抜け、残っていた銃器で武装したサンディニスタの同志達が集結して笑いながら覚悟の決まった顔を見せる。

 たった一人の為に大勢の同志を危険に晒す。

 それが指揮官としての判断として正しいかどうかは理解している。

 が、追わないという選択肢はアマンダになかった。

 

 「ベンセレーモス(勝つぞ)!」

 

 そう叫ぶと先頭を切って走り出す。

 大切な家族を救う為に。

 

 

 

 

 宮代 健斗は楽しくも物足りない生活をしていた。

 前回の体験をもとに二作目のゲームを発表すると辞表を提出。

 貯めに貯めた資金を元に作る側からプレイする側に回っていろんなゲームで記録を打ち立てた。

 顔も知らぬ人々から称賛の声を贈られるも、どうにもこうにも物足りない。

 やはりスネークさんと共に駆けた戦場ほどの思い入れは感じる事は出来なかった。

 だから今回また届いた時は心の底から喜んだ。

 まだ十代の幼いチコ君を助けに行かねばならない状況で不謹慎だと解っていても、スネークさんと戦場を駆けていると実感するだけで心が躍りそうになる。

 気持ちは浮かれていても命が掛かっている(・・・・・・・・)ので、手は絶対に抜きはしないし油断なんてもっての外。

 

 ここは敵の勢力圏内。

 こちらは増援も期待出来ない小部隊。

 武装は貧弱、兵士は練度が足りない。

 圧倒的な不利なのは百も承知。

 

 だからこそ僕達が道を切り開く。

 驕りではなく、そうするのが一番確率が高いからやらねばならない。

 チコを攫っていたチコリブリ(小型の円盤)を追うには拠点から沼地から渓谷へと渡り、吊り橋を渡ってバナナ工場の方へと行かねばならないらしく、道中の渓谷は説得して味方にした彼らに連絡をして先に押さえて貰い、吊り橋はスネークと二人で端に吊り下がって(エルード)敵の背後に周って無力化した。

 その後、バナナ工場を突破する際には強行となったものの、こちらの被害は減った弾薬だけで案外上手く行っている。

 

 ただし敵がそれを指をくわえて待っている訳もなく、排除しようと新手を派遣してきたのだ。

 二十五mmの重機関銃を上部に装備した兵員輸送用可能な“強襲装甲車両G型(LAV-typeG)”。

 バナナ工場を抜けた先で現れたそいつにサンディニスタの面々は絶望を味わった。

 なにせもう少し先にはコリブリ達が居るのだ。

 ほんの数十メートル進めばチコに手は届きそうだというのにと悔やむアマンダの横顔を見たバットは、肩をポンと叩いて二カリと笑った。

 

 「ここは僕らに任せて先に行ってください」

 「二人で装甲車をどうこう出来るのか?」

 「大丈夫ですよ。装甲車ぐらい(・・・)なんとでも出来ますから」

 

 この発言にその場の空気が凍る。

 装甲車というのは文字通り厚い装甲で守られた車両で、アサルトライフルなどでは到底ダメージを与える事は出来ない。

 真っ向から挑むのであればロケットランチャーやグレネードランチャー、対戦車ライフルなどが必要で、普通の兵士であるならばまず二人で戦おうとは思わない。それに対してハンドガンやアサルトライフルぐらいしか持っていないバットとスネークが相手をすると言っているのだ。

 しかも瞳から侮りも驕りもなく、本気で言っているのが感じ取れる。

 

 「まぁ、そうだな」

 

 反対する訳でもなく同意するスネーク。

 これは経験の違いであろう。

 グロズニィグラードやサンヒエロニモ半島での色んなモノ(メタルギアなど)を含めて戦った彼らにとって装甲車で怯む事は無い。

 

 「行ってくれ。問題ない。すぐに後を追うさ」

 「早くチコ君の下へ」

 「すまない」

 

 サンディニスタの皆を連れて、見つからないように遠回りしていくアマンダを見送り、再び装甲車に視線を戻すと随伴している兵士に気が付いた。

 今まで哨戒していた兵士とは装備が異なり、頭はヘルメット、目元はゴーグル、口元はガスマスクで顔を覆い、防弾用だろうか服装は野戦服というよりもパワードスーツのように窺える。装備はM653アサルトカービン。

 周囲を警戒しながら進む様子に疑問符を浮かべた。

 

 「ねぇ、アレって見えてない(・・・・・)ですよね?」

 「見えないん(・・・・・)だろうな」

 

 呆れたように呟いた二人はそそくさと移動を開始した。

 コンテナ裏より右斜め前にある建物にこっそりと移動するが、途中には身を隠す所が無かったりするのだが堂々と歩いても装甲車一行が気付く事は無かった。

 距離が遠いとかはなく、近い随伴歩兵百メートルも離れていなかったろう。

 

 見えていない(・・・・・・)

 装甲車は左右にゆっくりと上部の二十五mmの機関砲を「敵を探してます!」と言わんばかりに振っており、ゴーグルで視野は極端に狭まった随伴歩兵は真正面ぐらいしか見えていない。

 一応スモークグレネードを手にしつつ、もしやと思い死角に入るように動いてみればまさかの的中…。

 楽で良いのだが本当にそれでいいのか彼らは…。

 

 呆れながら建物に入り、そのまま過ぎるのを待つ。

 過ぎると言ってもこの場からではなく、自分達が居る側よりだ。

 通り過ぎた一行に後ろから歩み寄り、一人ずつ交代で背後より絞め落として行き、最後にはフルトン回収システムで宙に舞わす。

 随伴していた歩兵は四人。

 それを片付けてしまえば残りは装甲車のみ。

 そう思った瞬間、後部ハッチが空いて新たに四名の随伴歩兵が出てきた。

 機構を考えれば当然のことながら、完全に抜け落ちていたバットは目が合う前にスモークグレネードを投げつけて煙の中に走り込む。

 マスクで敵は咳き込む事は無かったが視界を失って戸惑い、そこをヴァイパー(ジーン)によって強化されたバットのCQCの餌食にされ、煙が晴れるより早くに意識を失った。

 

 『どうした?』

 

 周辺の随伴歩兵が居らず、新たな部隊を展開させるも後方で煙が発生した事に驚いた装甲車を操っていた部隊長が、上部ハッチを開けて上半身を晒したのだ。

 これにはバットは驚きを通り越して呆れ果てた。

 バットは新手にCQCを行った事で装甲車のすぐ後ろにおり、姿を現した部隊長の後頭部が見えた瞬間、装甲車後部をよじ登って後ろから締め上げる。

 じたばたと抵抗するも位置的にも悪くて抵抗らしい抵抗はなく、部隊長は呆気なく気絶した。

 ただこの部隊長は間抜けではあったが、無能では無かったらしい。

 装甲車が警戒していた為にゆっくりながら走行していたのは間違いない。

 随伴歩兵を排除していた時も新手を片付けていた時も、部隊長が上半身を覗かせた時も確実に動いていた。

 なのに部隊長を倒すと装甲車は停止し、中を覗き込むと運転手が居ないのだ。

 戦車などには下部に脱出用のハッチがあったりするが、外にいたスネークは脱出した者を見てはいないし、装甲車の下に隠れている者もいない。

 つまりあの部隊長は上半身を出しながら装甲車を運転していたことになる…。

 

 「………ま、いっか」

 

 考えても答えが出ない―――というよりは考えるのが面倒になったバットは運転席に入り込む。

 当然キーは挿さったままで、エンジンは温まっている。

 

 「乗って下さい!」

 「お前と言う奴はいつ装甲車の運転を習ったんだ?」

 「うーん、戦場(ゲーム)…ですかね」 

 

 上にスネークが乗るとアマンダ達に合流すべく装甲車を走らせ、境にあった鉄の柵を無理に突破し、速度を上げてコリブリ達が飛び交う地点に向かう。

 コリブリ自体は何もせずに浮いているだけで、サンディニスタの戦士に襲い掛かっているのは無数のチコリブリだった。

 

 「援護する!ウォオオオオオオオオオ!!」

 

 スネークさんの雄叫びに続いて、二十五mmの重機関銃が火を噴く。

 チコリブリの装甲が貫かれ、砕かれ、削られて次々と空中で爆発または浮遊を維持できずに墜落していく。

 

 「バット、速度を上げろ!チコを助ける!!」

 「了解」

 「速度そのまま」

 

 指示通りにアクセルを踏み込んで速度を上げ、スネークはチコを吊るしたチコリブリに近づく。

 よく狙いを付け、大きく深呼吸をし、一発を放った。

 放たれた二十五mmはチコを傷つける事無く目標のチコリブリを破壊し、チコは解放されて悲鳴を上げながら地上へと落ちて来る。

 

 「少し右に…そうだ!ここで停車!!」

 

 上が見えないだけに恐る恐る操作し、停車させるとスネークが上部に立ち、降って来たチコを抱え止めた。

 受け止めた瞬間、膝を曲げたり、流れに合わせて転がったりと勢いを殺したようだが、普通は受け止めた者もただでは済まないのだが…。

 チコを助けたことに安堵したのはバットやスネークだけではなく、少し離れたところで見ていたアマンダもであり、その安堵は僅かな隙を生む。

 チコリブリが放ったワイヤーが腰にくっ付き、アマンダが空中へと引き上げられる。

 急ぎ助けようとスネークが銃口を向けるよりも先にアマンダが自身のナイフでワイヤーを切断する。しかし着地の際に“グキリ”と足首が鈍い音を立てて激痛を発した。

 足首を挫いてしまった。

 痛みに悶える暇もなく今度は足首にワイヤーが伸び、またも空中に引き上げられる。

 足を掴まれたダメージに顔が歪み、ナイフはワイヤーまで届かない。

 

 「撃って!」

 「落ちるぞ!!」

 「アイツ(チコリブリ)を撃て!!」

 

 切れないと解ったアマンダはスネークに言うもチコの目も合って躊躇う。

 しかし目標がチコリブリでアマンダに落ちる覚悟があると解ると迷うことなくスネークは、チコリブリに一撃お見舞いして見事空中で爆散させた。

 今度は足からではなく腰から落ちたことでダメージが身体中に響き渡る。

 即座に駆け付けようとしたバットは装甲車から出るとコリブリ達が近くに居ないかを警戒する。しかし周囲に展開していたチコリブリも姿が遠のいており、どうやら撤退するようだ。

 

 「姉さん!!」

 「メディック(衛生兵)!――いや、バット!」

 「分かってますよ。キュアー(CURE)!…足首の骨折。だったら…」

 

 グラズニィグラードで覚えたとおりに治療すれば数秒で骨折ぐらいなら(・・・・・・・)完治させれる。

 足首の痛みが急激に引いた事にアマンダは驚くも、怪我を治療で来ても身体に受けたダメージを消し去ることはバットには出来ず、落ちた衝撃によるダメージが残っている状態では動く事も出来ない。

 

 「巻ける?」

 

 震える手で銀色のケースを取り出すとスネークに差し出す。

 中身は煙草の葉と紙などで、言われた通りにスネークが巻く。

 

 「僕のせいで姉さんが…」

 「あんたのせいじゃない。もしも誰かのせいだとすれば…護れなかったあたしの…」

 

 涙を流しながら悔やむチコに、弱ったアマンダがぽつりと漏らし始める。

 祖国(ニカラグア)を追われてここまで逃げてきた事。

 チコを子ども扱いしてよく喧嘩してしまった事。

 祖国を自分達の手で再建するためにバナナ工場…否、KGB支援の麻薬工場で麻薬を生成して、それで武器や食べ物を買っていた事。

 麻薬に手を染め、仲間を纏め、抗い続けていたというのに父さんを失い、仲間を失い、工場さえも押さえられ、自身に父さんのような資質は無い。

 もはや革命どころではない…。

 痛みに今まで積もりに積もっていた思いが決壊して溢れ出る。

 ある程度吐き出したところで煙草(紙巻)が巻き終わり、アマンダはそれを咥えて火を付けて肺に送った煙を吐き出す。

 

 「あぁ、少しは落ち着いた…」

 「身体が回復するまで俺達の部隊に来い。負傷兵も受け入れられるし、ここよりは断然安全なところだ」

 「貴方達…一体?」

 「俺はスネーク。(セルビエンテ)だ」

 「蛇?……もしかして偉大な指導者(カシーケ)……あたし達を導いて……“自由な祖国か死か”―――パトリア・リブレ・オ・モリール…」

 

 そう言うとアマンダの口より煙草が落ちる。

 慌てた様子のチコがバットに視線を向けるも大丈夫だよと笑顔を向ける。

 

 「気を失っただけだよ」

 「良かったぁ」

 「早速送ろうか」

 「そうだな」

 「へ?」

 

 スネークはアマンダに、バットはチコにフルトン回収装置を装備させる。

 気を失っているアマンダは反応を示す事のないものの、チコは何を取り付けられているのか分からずにキョトンとしている。

 困惑している様子にバットが一言。

 

 「鳥になっておいで」

 

 次の瞬間にはチコの絶叫が空中へと消えて行くのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:マザーベースにて…。

 

 「最高だったねぇ」

 「何処が!?死ぬかと思ったよ!!」

 

 バットはスネーク達国境なき軍隊の拠点である洋上プラント“マザーベース”に足を踏み入れていた。

 と、いうのもひと目見た時からフルトン回収システムに興味津々で、自分も飛んでみたいと思っていたのだ。

 その想いはスネークにバレており、指摘されると“サイコリーディング”かと疑ってしまったが、顔を見れば馬鹿でも解るとハッキリ言われてしまった…。

 けど一度マザーベースに帰還しようとスネークは思っていたので、仕方ないと空の旅をプレゼントしたのだ。

 チコと違って楽しそうな叫び声を上げたバットは満足そうであるが、急にチコリブリ並みに空に飛ばされたチコの恐怖は堪った物ではない。

 ちなみにアマンダも完全に気を失っていた訳ではなく、薄っすらと見ていたらしい。

 到着後彼女は一言―――「初めてヘリに乗ったけど嫌いになりそう…」とだけ漏らして安静にしている。

 

 「ガハハハハッ、空は良いもんだろう小僧」

 「はい、楽しかったです」 

 「そうか、そうか」

 

 ヘリを運転していたスコウロンスキー大佐は高笑いしながら、嬉しそうにするバットの髪をわしゃわしゃと撫でた。

 半島での一件後、祖国に帰還するにも事件の事で戻るに戻れず、スネークの下に身を寄せていたらしい。

 戦闘機の操縦が出来ると言っても国境なき軍隊に航空戦力が今までなく、役目もなく日々を過ごすだけだったが、マザーベースに移動用のヘリが用意されてからは操縦士として仕事をしているのだ。

 

 バットは大佐にチコ、そしてスネーク達は回収したサンディニスタ兵や捕虜になった敵兵たちから離れ、マザーベース司令塔の方へと歩いて行く。

 その先にはグラサンをかけた男性が数名の兵士を連れて立っていた。

 

 「おぉ、そっちのが噂に聞く蝙蝠か。思ったより小柄なんだな」

 「…以前に比べて身長は伸びたんだけどなぁ」

 「俺はカズ。ここでは副指令を務めている。噂に名高い英雄に会えて光栄だ」

 「こちらこそ、よろしく」

 

 差し出された手をしっかりと握り返しカズと握手を交わす。

 カズはチコとも交わし、挨拶もそこそこに早速スネークと今後の打ち合わせに入る。

 手持ち無沙汰になったバットはどうしようかと悩んでいると見知った人物が近づいてきた。

 

 「相変わらずのようだなバット」

 「パイソンさん」

 「元気そうでなりよりだ」

 「お互いにですね」

 

 以前と変わらないスーツを着て近づいてきたものだから、ひんやりと冷気を感じてジャングルなどで火照った身体に気持ちが良い。

 彼の実力は知っているのでもし一緒に行くのであれば心強い。

 

 「パイソンさんも戦場に行くんですか?」

 「いや、もう現役を引退した身だ。ここでは教官として若手を育成しているよ」

 「おお、それは屈強な部隊が出来そうですね」

 「出来そうではなく作っているんだ」

 

 少し残念ではあるが、無理は言えない。

 スネークさんはカズさんと話し中なので、パイソンさんに道案内を頼もうかと一歩踏み出す。

 

 「あれ?」

 

 動こうかと思ったバットは何かに押さえつけられているように身体が動けない事に気付く。

 まったく動けないというのではなく、軽く押しつけられているよう…。

 しかし周囲には押さえている人など居ない。

 訳も分からない恐怖より明確な怒りを感じたバットは冷や汗を垂らしながらそちらを振り向く。

 

 「お久しぶりね」

 「ひ、久しぶりですエルザさん」

 「本当に。急に消えて以来よね」

 

 にっこりと微笑んでいるものの、空気は張り詰めたまま。

 救援要請を求めようにもスネークさんもパイソンさんも皆が目を逸らして離れて行く。

 これは駄目だなと諦めたバットは引き攣った笑みを浮かべる。

 

 「少し待ちません?話せば解って貰えると思うんですよ」

 「良いわよ。じっくりと聞きましょうか」

 

 この後、バットはエルザと長い長い話し合いをするのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本当に兵器の投入が尋常じゃない件について

 アマンダにチコ、負傷したサンディニスタ兵士を国境なき軍隊(MSF)へと送ったスネークとバットは、(スピア)―――核の追跡をすべく、列車車庫(ターミナル)に急ぎ向かう。

 喧嘩する度にと山岳(イラス)辺りで過ごすために、いつの間にか詳しくなったチコによると、積み荷は艀から列車へと移されて山岳の列車車庫にてトラックに乗せ換えられるとの事。

 最短で向かおうにも捕虜収容所であるアルデア・ロス・デスピュルトスから珈琲工場を抜けて行かねばならないのだが、直接向かう道は塞がれているので一度カミーノ・デ・ラーバ(三叉路)に戻って珈琲工場のあるカフェタル・アロマ・エンカンタドへと行かねばならない。

 捕虜収容所に向かう際も三叉路には高台に狙撃手、珈琲工場は見張り台を設けて警備兵を配置しているので物陰にも注意を払わなければならないのだが、どうにもここらを警備している兵士は意識が低いようだ。

 

 三叉路の狙撃手は高台に伏せて待ち構えているものの、暇なのか立ててある案山子を狙い撃つ事に夢中で周囲への警戒が足りず、珈琲工場には見張り台があるものの見張りが居らず、捕まえたサンディニスタの捕虜はその辺に転がしてあるので救出がし易かったりと真面目にスニーキングミッションをしているのが馬鹿らしくなる。

 …おかげで列車車庫(ターミナル)まで何ら苦も無く突き進めた訳だが、ここまで楽出来たツケを払わされる形で敵意剥き出しの敵部隊が登場したのだ。

 

 列車車庫と言うだけあって線路に列車が停車し、列車を仕舞う建物にコンテナ類が並んでいるので遮蔽物には困らない戦場(・・)であるが、敵が所有している兵器を考えるにそれだけでは心もとなく感じる。

 

 「相手は二人なんだからもうちょっと手加減しても良いんですよ!」

 「装甲車をほぼ無傷で奪った時点でそれは聞いてもらえないだろう。ガンシップ(戦闘ヘリ)でないだけ有難く思え!!」

 「なるほど」

 「納得するより手を動かせ!」

 

 二手に分かれながら互いにカバーしつつ、敵兵力を減らす事に主眼を置いて撃ちまくる。

 彼らの手持ちは拳銃の種類こそ違うものの主武器はM16A1(アサルトライフル)に投擲武器でグレネード(手榴弾)系で、敵が持ち出した兵器に対抗するには弱すぎる。

 

 ソ連の新鋭主力戦車である第二世代主力戦車T-72U。

 主砲の125mm滑腔砲の威力は抜群で、スネークが隠れていた空の車両を吹き飛ばす程の威力を見せた。

 転がり回避したスネークを援護すべく、目立つように撃って出るバット。

 

 正直スネークもバットも焦っている。

 チコの情報に頼ってここまで来たものの、到着した時には列車より核はトラックに乗せ換えた後で、トンネルの奥へと消えて行くところであった。

 間に合わなかった上に戦車によって列車がトンネル入り口まで吹き飛ばされて、衝撃で崩落して物理的に通行不可能とされ、今はその戦車との戦闘で時間が掛けられていく。

 早く追わないといけないのに。

 焦りながらコンテナの裏に隠れる。

 

 「大丈夫ですよスネークさん。歩兵を片付けたら装甲車みたく上に飛び乗って部隊長を引き摺り下ろしてやりますよ」

 「それは心強いな」

 

 銃口を敵に向けて発砲し、戦車と共に現れた最後の随伴兵を片付けた。

 これで残るは戦車だけ。

 そう思った二人にナニカが破裂する甲高い音が聞こえ、振り返ると人が隠れられるような場所は無かったのだが、何処からか随伴兵が現れたのだ。

 

 「可笑しいでしょそれは!!」

 

 大声で突っ込みながらSAA(リボルバー拳銃)の早撃ちにより、秒単位で新手を片付ける。

 まるでゲーム(・・・)のような現れようだなと思いながら、一度あったらまたあるだろうと考え、甲高い破裂音が聞こえると同時に銃口を向けて、躊躇う事無くトリガーを引く。

 するとまたも何処からか現れた随伴兵が無防備のまま倒れる。

 一体何なんだと考える暇も与えず、随伴兵を全員倒された事で「よくも!!」と叫びながら戦車より部隊長が上半身を曝け出した。

 

 「「…はぁ?」」

 

 仲間が居なくなったからと言って身を晒した意味が理解できず声が重なり漏れる。

 呆れた表情を浮かべたバットの射撃で部隊長のヘルメットが弾き飛ばされ、脱力したスネークにより顔面に麻酔弾を撃ち込まれる。

 

 「ほわぁあああああ!!」

 

 眠るでなくて大声で苦しみ叫んだ部隊長。

 一応バットが心臓発作ではないかと確認し、ただ眠っているだけと確認して苦笑いを浮かべる。

 そしてスネークは無線機でカズに連絡をつける。

 

 「カズ!積み荷はやはり核だった。間に合わず山道に入って行ったが、トンネルが封鎖されて通れない。チコに他の入り口がないか聞いてくれ」

 『山道の奥は敵の本拠地だぞ。…アンタ達にはリスク(危険)ビジネス(仕事)も関係ないんだな。チコに代わるぞ』

 『山道に行きたいんだね。でもそこからじゃ無理だよ。一度収容所に戻って北に行けば山道に通じている橋があるけど、バリケードで塞がれているんだ』

 「グレネード(手榴弾)ならあるが…」

 『そんなのじゃ無理だよ。もっと威力がいるよ』

 『ならこちらからC4爆弾を急ぎ送ろう。スネークとバットは収容所に戻っていてくれ。すぐに届ける』

 「聞こえたなバット」

 「はい。とりあえず戻りましょうか。あ、アレの回収頼みます」

 『本当にボスもバットもすごいよなぁ。たった二人で戦車奪っちゃうんだもん』

 

 素直な賛辞にバットが胸を張るも、スネークは調子に乗るなよと視線を向けて収容所へと急ぎ向かう。

 トンネル前で戦闘を起こしただけに道中の警戒レベルは高かったものの、二人共すでに通った道のりで地形を把握しているので隠れて進むのには然程苦労は無かった。

 捕虜収容所であるアルデア・ロス・デスピュルトスは、こちら側の勢力圏となっている。

 チコを助けた際に敵を無力化したのを良い事に、バットが説得し引き込んだ仲間を移して、アルデア・ロス・デスピュルトスを拠点として活動を続けさせている。

 表向きには敵の拠点であるも、内情はそう偽装したこちら側の兵士。

 これで捕虜が送られてもこちらの都合の良い誤情報を相手に掴ませ、捕虜は手間をかけずに救出できる。

 すでに仮拠点からトラックから武器まで全てを移しており、もし敵が攻め込んでも多少であれば十分に対応できるだろう。

 

 到着したのは良いがまだ壁を破壊するC4が届いておらず、二人はここで足止めを食らう事になる。

 が、二人共焦りを落ち着かせ、この時間を楽しんでいた。

 

 「美味い!!」

 「おかわりまだありますからね」

 

 昼食を取っていなかったという事で、バットが料理を振る舞っているのだ。

 マザーベースから食材を搬送させたことで、そちらもほどほどに充実していて手の込んだものも幾らかは作れる。

 バットが作ったのは焼き飯。

 味付けは塩コショウに醤油で、具材には豚バラにネギ、みじん切りにした玉葱に白米に絡めた卵など。

 簡単ながらも料理人スキルでバフが掛かった食事は兵士達の英気に繋がる。

 パラリと焼き上がった焼き飯を掻き込むように喰らい、適度な塩分が汗を流した身体に沁み込んでいく。

 さらにおかずとして出された一口大に切った鶏もも肉を焼き上げ、甘酢あんをかけた甘酢餡掛けがよく進む。

 さっぱりとした酸味に甘味が疲れた身体でも摂取しやすく、カリッとした衣から肉汁が溢れる唐揚げの旨さがどしりと胃に溜まる。

 

 『うまそうだな』

 「言うまでもなく美味いぞ。酒があれば最高だろうな。この甘酢餡だったか…これだけで瓶の一本や二本は空くだろうな」

 『…ゴクリ……な、なぁ、スネーク』

 「言っておくがこれは俺の分だし、持ち帰るのは厳しいぞ」

 『そ、そんなぁ…』

 「帰ったら作ってあげますから」

 『ほ、本当か!?』

 

 無線越しでも身を乗り出して喜んでいるのを察するが、同時に指令室に籠っている部下達が白い眼を向けているのも判る。

 カズはそんな空気を一新しようとわざとらしい咳ばらいをし、話題を別のものに変える。

 

 『そう言えば一つ聞きたかったのだが…バットはどうしてこの話に乗ったんだ。まさかあの教授の話を真に受けた訳ではないんだろう?』

 

 逸らし方は雑だったが、確かに気になるところだろう。

 カズや他の仲間にとってはバットに“英雄像”を抱いている連中だっているだろうし…。

 俺は予想がつくので聞く気すらなかったが…。

 

 「え?だってパスちゃん可哀そうじゃないですか。それに話を聞いて許せなかったですし」

 『それだけなのか…ほかに思う事とか―』

 「思う事…そう言えば教授、良い声してましたよねぇ」

 『……スネーク』

 「言うな。そして聞くな。こういう奴なんだ」

 「ボス。爆破準備整いました!」

 「今行く」

 

 残っていた焼き飯を口に掻き込み、水で流し込むと甘酢餡掛けを二つほど放り込んで、噛み締めながら向かう。

 腹も膨れたし、ちょっとした休憩も取れて精神的にも肉体的にも多少は回復した。

 勢いのある二人はバリケードを爆破して出来た道を通り、二重になっている橋を渡り、小さな砦を攻略して敵の本拠地である施設に潜り込んだ。

 装備は充実していたようだが人手不足、もしくは本拠地近くだから油断していたのか兵士の数自体は少なく、突破は難しくなかった。

 砦の奥より拠点内部に入れるようで、入り口には数台のトラックが停車している。

 

 「どれが核を詰んだ奴か解ります?」

 「…探すぞ」

 「覚えてます?」

 「手あたり次第探すぞ!」

 

 冷めた視線に一瞬の沈黙を振り払うようにスネークはトラックの荷台を覗き込み叫ぶ。

 

 「太陽ぉおおおおおおおおお!!」

 「うるさっ(五月蠅い)!?敵地なんですよ」

 「すまない。口が勝手に…」

 「しっかりしてくださいよまったく………スネークさん、マグロがありますよ!!」

 「お前も十分五月蠅いぞ」

 「良いからフルトン回収を!」

 「落ち着け」

 

 「監督!?」と叫んだり、女性のポスターに声を漏らしたりと騒がしくも潜入工作を続ける二人は、トラックの荷台を探し回って最後の最後に目的のトラックに巡り合えた。

 荷物はないけれどまだ温かく、停車してまだ間もない事が分かる。

 中に入ると自然豊かだった外とは変わって機械的な内装なので、雰囲気と言うか空気から異なって感じられる。

 潜入してからはトラックの時の様に騒がしくせず、ちゃんと潜入しながら奥に進んで行く。

 

 「待ってくれ!話が違う!!」

 

 聞こえてきた怒鳴り声に身を隠して様子を窺う。

 声は階段の上の方からしており、身を潜めながらも見上げてみると二人の男性が険悪な雰囲気で話し合っていた。

 片やスキンヘッドの男性で、もう一人は眼鏡をかけた知的そうな男性。

 ただ眼鏡をかけている方は体格を考えて、明らかに頭の位置が低い事からナニカに座っている、もしくは車椅子の可能性が高い。

 二人共耳を澄ますも距離が合って上手く聞き取れず“完全なる抑止力”とか単語が僅かに拾えるばかり。

 収音マイクでもあれば助かったのだけど…。

 

 「博士、私の言うとおりに大人しくしていればいいんだ!そうすればお前は学会を大手を振って歩く事が出来る!人類史に名を刻むことになるだぞ!」

 「そんなのは御免だ…僕を……僕を利用したんだな…」

 

 互いに怒鳴り声の応酬が始まったかと思えば、スキンヘッドの男性がもう一人を階段へと押しやる。

 察したバットが駆け出そうとするもスネークが肩を掴んで止め、顔を横に振って“出るな”と意志を伝える。

 抗議の視線を向けるも頑なに断り、渋々ながら言う事を聞いて引っ込んだ。

 再び覗き見ているとやはりスキンヘッドの男性が突き落として、眼鏡の男性が車いすごと転がっていく。

 

 「…博士。平和は歩いて来ない。互いに歩み寄るしかないのだ――――勝利のV(VICTORY)サイン」

 

 そう呟いてピース()サインをするだけして男は去って行き、周囲に人が居ない事を確認して車椅子の男性に駆け寄る。

 バットはパッと身体を眺めて「大怪我はしていませんよ」と安堵する。が、転げ落とされた男性は自身の事どころではない。

 「待ってくれ!」と去っていた男に対して手を伸ばしながら叫び続けていた。

 

 「おい、大丈夫か!」

 「アイツは核を使うつもりなんだ!核を撃つ気なんだ!!」

 「「―――ッ!?」」

 

 彼の発言に焦りと衝撃で二人が驚愕する中、ヘリコプターのローター音が鳴り響いて大慌てで駆けだす。

 先ほどのスキンヘッドの男性が去って行った通路へ入り、止めるべく追うも辿り着いた先は小さなドームとなっていて誰も居なかった。

 代わりに頭上にコリブリによって吊られていく巨大なロボットが、複数の戦闘ヘリに護衛されている光景が広がっていた。

 

 『潰せぇ!!』

 

 スピーカーを通して響いた声に合わせ、ロボットが運ばれるのと入れ違いでナニカが開閉可能な天幕からドーム内へと跳び込んで来た。

 推進力のブースターが取り付けられた横広がりの後部に前足のようなキャタピラ付きの脚部、後部よりかなり小さな胴体などパッと見た感じ蜘蛛みたいな見た目である。

 蜘蛛であるなら目がたくさんついた頭部がある筈なのだが、そこにはコリブリと同じ円柱の機器が取り付けられていた。

 

 『不味い!そいつは無人兵器“ピューパ”だ!!』

 

 今度は先ほどの車椅子の男性がスピーカーより届き、スネークとバットは“ピューパ”とやらに対峙するのだった。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:カズの戦い

 

 俺はカズヒラ・ミラー。

 皆からはカズと呼ばれ、この国境なき軍隊(MSF)では副指令としてスネーク達の支援や運営を行っている。

 スネークは戦闘技術に兵士を惹き付ける魅力は大したもんだ。しかしながらビジネスマンとしては俺ほどではない。だからこそのパートナーだ(共同経営者)。

 部隊内の評価も信頼も人望もかなりのものだと自負している。

 顔もイケメンでナイスガイ(自己評価)な俺だが、最近悩みと言うか困った問題で頭を悩ませているのだ。

 

 一般社会では上下関係は必要であり、軍などの状況下では上下関係は絶対。

 しかし自分が上だからと頭ごなしに命令すれば反感を買い、信用もなく命を懸ける任務を命じても覚悟して受ける者はいない。

 ゆえに上となる者は少なからず部下を納得させられるだけの、実力と信頼を勝ち取らねばならないのだ。

 

 何故このような話をしたかと言うと、まさにそれが頭を悩ます種そのものだからである。

 国境なき軍隊には兵士を惹き付ける魅力あふれる者が複数名いる。

 “ビッグボス”の称号を持つ英雄スネークに厳しいが面倒見は良い頼れる兄貴分パイソン。

 自身もそれなりに技量を持っていると言ってもスネークほどの逸話も実力もなく、パイソンみたく人間離れした強さは無い。

 それでも副指令として申し分ない実力と執務をこなして来た。

 しかし突如としてスネークのパートナー(ここ強調)の立場を脅かす存在がマザーベースに現れたのだ。

 

 蝙蝠のコードネームを持つバットという青年。

 彼もまた数多くの逸話を持つ英雄であり、スネークと共にヴォルギンやザ・ボスと戦ったという事は兵士達の間では有名な話だ。

 英雄度も高いがCQCはスネーク曰く「俺以上かも知れない」と言わせるほどの実力者。

 そして料理が得意で童顔で可愛らしい中性的な顔立ち。

 基本的に真面目だが何処か抜けているところが可愛いなどと言ってマザーベースの女性陣が噂を……コホン、と、兎に角、大変兵士達に影響を与える人物なのだバットは。

 協力してくれる事で兵士達の士気は高まっているのでそれは有難い事だが、“スネークの相棒”と兵士に認知され始めている事でスネークを後で支えているパートナー(副指令)である俺の立場が危うくなっているのだ。

 ここは相手が英雄であろうが臆することなく自身の実力を持って兵士達に知らしめる必要がある。

 

 ……決して…決してマザーベースに来るたびに女性陣にちやほやされて、部屋に誘われるからではなぁーい!!

 ※ただ単に容姿から着せ替え人形として遊ばれているだけである。

 

 すまない、取り乱した。

 そういう事で俺はバットに挑んで自らの実力を示し、俺こそがスネークのパートナーなのだと証明しなければならない。

 …もし上手く行けばバットに向いていた女性陣の目が俺に向くかも知れないしな(小声

 

 すでにバットには話は通しておいた。

 ここは娯楽に疎い海上プラントと言う事で兵士達に娯楽提供と、まだ馴染んでない奴らにバットの紹介も兼ねての三本勝負をしようじゃないか…と。

 いやはやこちらの真意に気付かず二つ返事で受けてくれて本当に助かるよ。

 正々堂々と握手を交わしたが、俺も馬鹿正直に競い合おうとは思っていない。

 以前スネークと出会った当初は敵対しており、部隊は壊滅して俺は捕虜の身となってしまった。

 スネークは俺に仲間になれと迫ったが、俺は癪だったので俺が負けたら仲間になるし、俺が勝てばここから逃がすという条件で勝負を行った。

 勝負は俺が自信のあるもので挑んだのだが、その事如くでスネークは上回っていて散々な結果に。

 生魚に慣れてないだろうと思って早食いを挑んだけど、慣れている以前に“サバイバルビュアー”とか言って生魚に齧り付いて食べるとかどうなんだ…

 

 ウォッホン、兎も角同じ過ちは繰り返さない。

 なにせ相手は骨折を瞬時に完治させる異能者だ。

 下調べもせずに挑めば醜態を晒す羽目になるだろう。

 そもそも相手は名を馳せた英雄だ。全力を持って立ち向かわねば失礼というもの。

 そう!前もって準備し、情報を集めて、策を巡らすのは当然の事だと言えるだろう!うん、俺間違ってない。

 

 俺の実力を知らしめる事と不正が無かったと証人になってもらうべく、告知を大々的に行った結果か大勢の兵士達が集まり、会場はかなりの熱気を誇っていた。

 そんな中で最初の勝負が行われる。

 一番目は射撃訓練上にて狙撃の腕を競う。

 狙撃が超得意と言う事はなかったが、バットよりはあるつもりだ。

 情報収集している中で、バット自身狙撃に自信がないと発言しており(ジ・エンド時)、普段からどうも悪知恵は回っても我慢強いタイプではない事から狙撃に不向きな事は解かっている。

 案の定、数を熟すうちに集中力が切れて命中率が極端に落ちて行った。

 狙撃勝負は俺の勝ちで幕を下ろす。

 

 二試合目は“早撃ち”。

 正直この勝負は捨て試合だ。

 別に俺もバットの無様を晒そうとか人間関係を崩そうと思っている訳ではない。

 勝たねばならないが勝ち方を無視してまで圧倒する事は無い。

 これからもバットとは任務を通して関わりを持たねばならないとなると、逆に勝ち方に拘らなければならない。

 全てがバットに不向きの勝負では反感の目を受けるので、二試合目はわざと負ける勝負を持ち込んだのだ。

 お互いに一勝して最終ラウンドに進んだ方が観客も盛り上がるだろ?

 ただこれに限って言えば負け方も重要なのでCQCは無しだ。

 ……だって呆気なく投げ飛ばされて最悪意識を飛ばされるような無様を晒したくない―――副指令という立場上晒す訳にはいかないからな。

 案の定見事な早撃ちだった。

 しかし速度重視で命中精度は若干落ちているようだ。

 対して俺は速度で敗けたがだいたい的の真ん中を射抜いていた。

 

 ここまでは上手く事を進ませ、一勝一敗の接戦に観客が湧きたつ。

 そして最後の勝負は料理勝負である。

 種目が発表された瞬間に観客たちが各々にバットの勝ちだなと思い込んだ。

 彼の調理の技術は直に食べた者から周囲に伝えられ、すでに国境なき軍隊(MFS)では“スネークを虜にする腕前”として知れ渡っている。

 当然バットの勝ちだと皆が思い込んだだろう。

 雰囲気は自信なさげながらも懸命に挑む体を装い、内心では勝ちを確信してほくそ笑む。

 料理はわざわざ日本の九州より取り寄せた地鶏を使った海南鶏飯(ハイナンジ―ファ)

 作る為に独学で調理を学び、所属している兵士の中で料理人を探し出して教えを乞うたりもした。

 プロとしては及第点かも知れないが、今回の勝負に限ってはそれでも問題は無いはずだ。

 真面目に調理しながらバットの様子を眺めると同じく鶏をメインとした水炊きを作るようだが、様子を見てやはりと頬を緩めた。

 審査員は元プロ料理人や感性豊かな奴ら五名で行う事に。

 料理を口にした審査員たちの表情を見ればバットの方が高評価だったのは見れ取れた。

 だが、この勝負で負ける事はあり得ない。

 

 なにせこの勝負は味は当然として見た目に手際、調理で行った工夫などの四項目による採点。

 確かにバットの料理は普通に作ったものよりも格段美味しく感じる。

 が、しかしながらそれは項目の一つであり、工夫などせずに盛り付けも適当なバットの料理は他の項目で点数を落として行き、俺はバランスよく四項目すべてで点数を稼ぐものだから勝利は当たり前。

 

 「いやぁ、負けましたよ。美味しそうでしたものね」

 「何を言う。採点が点数制でなければこちらが負けていたさ。腕前や審査員の表情を見たら結果はどちらが美味かったかは明白だったからな」

 

 悔しそうではあるがにこやかに声をかけてきたバットに対し、うぬぼれる事無く相手を称える言葉を忘れずににこやかに握手を交わす。

 

 勝った!

 接戦だった事から観客の歓声が挙がり、俺は高らかに勝利を喜んだ。

 これで皆に見せつけられた。

 全てが計画通りと笑みを浮かべていると早速笑みを浮かべた女性が近づき―――――否、通り過ぎてバットの前で立ち止まった。 

 

 「ねぇ、私が盛り付け教えてあげましょうか?」

 「はぇ?」

 

 その抜けた声は俺だったのだろうか、それとも突然言われたバットだったのだろうか。

 呆然と見つめているとバットの周囲に女性陣が現れ「早撃ち見事だったね。今度教えてくれない?」とか「狙撃苦手なら教えてあげるよ」とか「料理するなら私味見したい」などなど和気藹々と女性達から話しかけられていた。

 最後にはイナゴの大群のように女性に群れられた中で連れていかれ、俺は厨房にぽつりと立ち尽くしていた。

 勝負を見ていたスネークが意図を理解してか、肩をポンと叩く。

 

 「お前の勝ちだな」

 「………な――」

 「な?」

 「納得できない!何故だぁあああああああ!!」

 

 マザーベースに勝利者であるカズの虚しい叫びが轟くのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

探し物は遠のくも、得るモノは大きかった

 お待たせしまして申し訳ありません!

 二話の変更の影響がまだ続く…。
 今週中にPW編五話目投稿したいなぁ…。


 型式番号【GW-pupa5000】AI搭載水陸両用戦機―――通称“ピューパ()”。

 【ピースウォーカー計画(平和歩行計画)】で制作された試作機の一機。

 このピューパはソコロフ博士が制作したデータを参考にし、新たな技術を用いて僕が作り出した兵器だ。

 人工知能によって制御された無人機で、主な特徴はその戦車より巨大な体躯でありながらも優れた機動性と速度を誇り、脚部にホバーを採用している事で多少の凹凸はものともしない。

 さらに無人機と言う事から有人機の様に重力負荷を考えずに済み、ロケットブースターで加速をする事も可能。

 武装は頭部と後部に機関銃が合計六基に頭部前方の雷撃の放電口、放電を単一目標ではなく周囲に拡散する事が出来る円盤状の避雷針をばら撒いたりと対人能力が非常に高い。

 問題をあげるとすれば搭載したホバーがコスタリカの地形に合わずに、不採用になったことぐらいだが、生憎とここは整地されたドーム。しかも壁は丸みを帯びているのでピューパは壁走りに近い形で走行可能。外部に繋がる通路入り口が四つほど中央に向けて備え付けられているので、そこを通れば四方の何処からでも出現する事が出来る。

 

 ピューパに有利な地形で戦いを挑むは二人の兵士。

 武装はアサルトライフルだろうか。

 管制塔より眺めていたヒューイは絶望感に苛まれていた。

 彼は【ピースウォーカー計画】の為に雇われた科学者だ。

 …いや、正確には雇われていた科学者か…。

 

 計画立案者であるコールドマンの“絶対的な核抑止による恒久的世界平和”と言う抑止論に賛同して、彼の言うがままに研究に勤しんで来た。

 だが、彼はここにきて核を撃つことを告げてきた。

 撃たない、撃たせない事が抑止であり、それを自ら撃つなんてナンセンスだ。

 そもそもヒューイは核を嫌っている。否、憎んでいると言っても良い。

 父親は原子爆弾開発を行った【マンハッタン計画】の関係者であった。

 幼い頃は父は凄い科学者だと尊敬をしていたが、原子爆弾が落とされた日本の惨状を知ると幼かった彼はトラウマを抱え、抱いていた感情は見事に消し飛んだ。

 英雄の様に思っていた父は、その日を境に憎むべき存在に変わった。

 

 だから撃つと断言した計画立案者―――ホット・コールドマンに賛同する事はもはや出来なかった。

 無論見て見ぬふりなど出来ず、僕は止めようとしたさ。

 結果は聞く耳持たずで邪魔者は階段より突き落とすで終わった。

 生まれた時より脊髄の異常で歩く事が出来ない僕では彼を止めるどころか、追い掛ける事すら出来はしない。

 

 僕の想いは踏み躙られ、核を撃った連中の烙印を押されるだろう。

 なんて不甲斐無く、浅はかだったのだろうか。

 悔しくて涙すら出て来ない。

 そんな中、事情も知らない二人の兵士が現れた。

 

 彼らは絶望感と焦燥感でパニックを起こしていた僕の断片的な叫びを頼りにコールドマンを追って行った。

 僕はそんな彼らの背を見つめ、何かしなくちゃと車椅子に何とかして乗って管制室に急いだ。

 通常の車椅子は車輪であるけど僕のは四つの脚が取り付けられ、ゆっくりながらも階段だって進めるように開発したもの。

 管制室に入り、ピューパが搭乗してからは戦っている二人に情報を伝えようとマイクを握った。

 

 相手に有利な地形で不利な状況。

 正直言って彼らに勝ち目など万に一つも無いと思った。

 思っていても期待はしてしまう。

 漫画のヒーローの様に強大な相手にも立ち向かい、諦めずに勝利を勝ち取る光景を。

 夢物語を抱いた僕は良い意味で期待を裏切られた。

 

 「三つ!四つ!―――ッ!?放電来るぞ!!」

 「だったらこれでどうですか!!」

 

 凄いの一言だった。

 たった二人の兵士がピューパを翻弄し、無傷で追い詰めている様子は…。

 眼帯を付けた兵士がアサルトライフルで四つ目となる機関銃を破壊。

 移動しながら機関銃を撃つ動作から放電攻撃に移ったところで、もう一人の黒コートの青年が駆け寄ってロケットブースターの入り口にグレネードを放り込む。

 爆発が入口より漏れると同時にロケットブースターは内部より大爆発を起こし、残っていた燃料が飛び散って後部が炎上している。これによりロケットブースター近くにあった避雷針の発射口が炎で塞がれた。

 彼らは少しの戦いでピューパの行動パターンを理解し、放電を行う際には停止しなけばならないという僅かな隙に仕掛けたのだ。

 少しでもタイミングを誤れば至近距離で放電を受けて死ぬこともあるだろう。

 

 驚愕と興奮に飲まれるヒューイの眼下にて、ロケットブースターの爆発により前のめりに倒れ込んでいたピューパは、機関銃を破壊され続け、放電口に甚大なる損傷を与えられ、とうとう頭脳であるAIポッドを地面に叩きつける形で倒れ込んだ。

 

 僕は叫んだ。

 AIポッドを破壊するのは物理的に困難だが、内部にある記憶盤を抜き取れば動きは止まる筈だ。

 それを聞くや否や一人がグレネードでハッチを破壊し、もう一人が勢いよく中へと跳び込む。

 中では記憶盤を抜き取り、外に居た一人が受け取ってはそこらへんに転がす。

 かなりの記憶盤を抜き取られたAIポッドが再起動し、ダメージの具合から戦闘継続は困難だと判断したのだろう。

 ピューパの身体を切り離し、AIポッドだけが逃げようと下部より火が噴き出る。

 慌てて二人は跳び下り、空高く飛び去って行くAIポッドを見上げていた。

 

 さて、興奮冷め止まぬ状態であるが、今は一刻も早く冷静に彼らと話をする必要がある。

 ガシャン、ガシャンと車椅子は昇って来た階段を降り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ジャングルに囲まれた地をバットとスネークは馬に乗って移動していた。

 速度を考えればヘリでの移動が良いのだが敵地でそんな目立つことは出来ないし、装甲車での移動はジャングルと言う地形的に不可能。となれば徒歩であるのも遅すぎる上に体力の消耗も激しい。

 そういう理由から彼らの移動は馬となった。

 騎乗した二人はとことこと目的地を目指して馬を進ませ、片手で手綱を握りながら食事を行っている。

 今日のランチはバットが握った具材入りの握り飯。

 これなら片手で食事を済ませる事が出来る。

 ガツガツと握り飯を頬張り、ストローが突っ込まれた球体状の器に入れられたマテ茶で喉を潤す。

 

 『二人共急いでくれ!何時コールドマンが撃つか分からないんだよ!?』

 「分かってはいるが、無茶をして馬を使い潰したらそれこそ間に合わなくなるぞ」

 

 無線より急かすヒューイの声にスネークが苦笑いを浮かべつつ答える。

 ヒューイというのはこの前階段より突き落とされた車椅子に乗っていた男性だ。

 彼は敵側の人間であったが、敵側のトップであるホット・コールドマンと意見が対立し、スネーク達に保護される形でこちらへと鞍替えした。

 おかげで敵の目的を知る事が出来た。

 

 敵の首領はホット・コールドマンというCIA中米支局長の地位を持つ人物だった。

 彼は現在世界各国に広まっている核抑止論に疑問を抱いている。

 撃ってきたら撃ち返すというのが大前提でありながら、先手でミサイル発射基地を破壊されれば撃ち返す事は出来ないし、そもそも撃てば大量破壊だけでなく数百年に渡り汚染するような兵器を人は躊躇いなく絶対に撃てるのかという疑問。

 この疑問を解消する案として彼が立案したのが【ピースウォーカー計画(平和歩行計画)】。

 確実に撃ち返すようにする為に必要なものは二つ。

 敵に位置を捕捉されるであろうミサイル発射台からの発射ではなく、位置を知られないように移動する核発射装置。

 不確実な要素である人間を介さないで、反撃するにしても効果的な目標を判断し、確実に撃ち返す事の出来る人工知能。

 コスタリカに投入された人員も資金も兵器も全てその計画の為に投入されたものである。

 

 核発射装置として目を付けたのはグラーニンが提唱していた核搭載二足歩行戦車であった。

 しかし、当のグラーニンはヴォルギンの事件以来行方不明。

 そこで足が不自由な事から歩行システムの研究をしていたヒューイをスカウトし、二足歩行戦車の礎を作らせたのだ。

 もう一つの人工知能は未だ未完成で、そちらは同じくスカウトされたストレンジラブ博士という女性が担当しているとの事。

 

 すでに二足歩行戦車“ピースウォーカー”はほぼ完成しており、残るは人工知能を完成させるのみ。

 完成してしまえばコールドマンは歴史上最後となるであろう核を発射して人間では撃ち返せない事を立証し、人工知能により最適な行動を行う“ピースウォーカー”の有用性を世に訴えるつもりらしい。

 

 ヒューイ曰く、確実な核抑止による恒久平和を謳っているらしいが、中米支局長に左遷された事を根に持ち、今回の計画を上手く行かせて長官の座を得て本局に復帰すると言う野心塗れの理想に多くの人間が巻き込まれるのだろうと考えると余計に怒りがこみあげて来る。

 

 現在バットとスネークは人工知能完成を阻止すべく、ストレンジラブ博士の研究施設である遺跡へと向かっているのだ。

 遺跡ならば潜入は容易いと思ってしまったが、どうも人間嫌いの性質があるらしく、古き遺跡であるにも関わらず研究器材のみならず入り口は専用のIDカードでなくては開かないとの事。

 ヒューイからIDカードは預かっているので開閉は問題なく、考えるべきはAIポッドの破壊だけだろう。

 一緒にストレンジラブ博士に渡してほしいと手紙を預かっているけど、見るなよと念押しされた以上見たくなるのは人間の性だろうか。

 呑気にそんな事を考えていたバットを他所に話は進む。

 

 「早く行くにしてもガイドが欲しいな」

 『あぁ…ジャングルに詳しいパスに協力してもらう』

 『スネーク、それにバット。サバイバルの達人だからって油断しないで、何百と言う動植物が織りなす太古のジャングル。その辺りは霞で視界も悪いし、岩礁が堅いからこそ度重なる地震の中でもマヤの遺跡が生き残れたの』

 「へぇ、パスちゃんは物知りだね」

 

 マテ茶を啜りながら聞いているスネークと違い、バットは表情をころころと変えて興味を持って聞いている。

 もう少し聞きたいなと思っていたらカズが無線に割り込んで来た。

 

 『二人共良いか?諜報班より連絡があった。すでにその辺りの警戒レベルは上がり、“クリサリス”のような無人兵器も多数確認されたようだ』

 

 クリサリスとはアマンダ達サンディニスタが言うところのコリブリで、ピースウォーカーの試作兵器の一つ。

 地上を高機動にて攻撃するピューパとは違い、空中からの攻撃に主眼を置いて制作された。

 警戒レベルがあがっただけでも厄介なのに、頭上まで注意しなければならないとは…。

 ため息をつきたくなる一行は長距離移動させていた、馬を休ませるべく木陰で立ち止まる。

 

 噂をすれば影。

 カズが名前を出してしまったせいかは分からないが、ちょうどスネークとバットの頭上にクリサリスが姿を現したのだ。

 こんな視界の悪いジャングルの真っただ中で、赤外線や熱センサーも搭載されているクリサリスを相手にするには状況的にも武装的にも不利過ぎる。

 ピューパの時はまだ武器が通用したし、シャゴホットに比べたら遅いし小さいし脆いので何とか出来た。

 二人からしたらここでの戦闘は避けたいところだ。

 祈るように草むらに潜んだ二人は立ち去るまで息を潜める。

 

 彼は非常に幸運に恵まれた。

 馬を休めるべく立ち止まった事で図らずも木々の下に居て、即座にクリサリスに発見されなかった事。

 そしてもう一つは熱源を感知して空中で、ホバリングしつつ接近してきた事で驚いた馬が飛び出したので熱源は馬だと判断して、それ以上捜索しなかった事。

 去って行くクリサリスを見送り、安堵で胸を撫でおろす。

 移動手段だった馬が逃げ出した事で少し思うところがあるものの、ここから先には敵が警戒している事を考慮すると馬を連れて行くのは難しい。

 

 「ここからは徒歩だな」

 「了解です。行きますか」

 

 お互いに武装を確認し、バットは暗視ゴーグルを装備する。

 暗視ゴーグルとは熱源を探知して暗所でも視界を確保出来る電子光学機器だ。

 今は太陽が昇っていて明るいが、進む先は木々が生い茂るジャングル。

 いくらでも暗所は生まれ、周囲に溶け込む敵兵の熱を拾って炙り出してくれる。

 案の定バットの視界には待ち伏せをしていた兵士達を見つけ、次々と拘束してはフルトン回収でマザーベースへと送り付けていく。

 

 「にしても凄いですねコレ。肉眼だと解り難いですよ」

 「そういう目的だからな……こいつらもこんなにあっさり見つかるとは思わなかっただろうに…」

 

 拘束した敵兵―――偵察兵(スカウト兵)が着ていた草木が生えているかのように偽装されたギリースーツに感心する。

 こんなのを着たのがそこら中に居たとなると暗視ゴーグル無しではどれだけ時間をかけて慎重にならざる得なかったのだろう。

 最後になにか呟かれたようだが独り言のようだったので、気にせずにセルバ・デ・ラ・レチェのジャングルから坂道を突破し、二人はカタラタ・デ・ラ・ムエルデに足を踏み入れる。

 そこはここまでと同じく木々で覆われていたが、先は深い谷間がある断崖絶壁となっており、向かいは幾つもの滝が下へと流れ落ちていた。

 

 「綺麗ですねぇ」

 「あぁ、少し涼しく感じるしな」

 

 滝のおかげか涼しくなったような気がしたスネークと、暗視ゴーグルを外したバットは僅かな間であるがその光景を眺めていた。だが、近付いてくるローター音に意識が戦闘状態へまで引き上げられる。

 何処かにヘリが居る。

 慌てて銃を握り締める二人にソレは姿を現した。

 

 茶色の迷彩色を施された凡庸戦闘ヘリコプター“Mi-24A”。

 兵員輸送を可能とした巨躯が威圧感を与え、左右に広がるロケット弾を装填した32連装ポッドが二基に対戦車ミサイル二基が恐れを抱かせ、12.7mm機銃が命を刈り取らんと銃口を向けて来る。

 

 「ミル24(Mi-24)…いや、改良型か!?ソ連のハインドまで持ち込んでいたのか!」

 「ガンシップ相手にどうやっ………て?」

 

 慌てふためいた二人であったがその感情はみるみる鎮火されて行った。

 武装はピューパ戦同様の武装しかなく、ヘリの長所である上空よりの攻撃を行われたら打つ手はない。

 なのにMi-24Aは谷間の底より上がって来るように浮上してきて、陸地擦れ擦れでホバリングをして兵員を降ろす為か止まったのだ。

 

 無言でバットとスネークはアサルトライフルの銃口を操縦者に向けて撃ち始めた。

 出来得ることなら殺さないようにして来たバットであるが、敵を優先して味方や自分が犠牲にするほどの想いは抱いていない。

 危険の可能性が高ければ敵を撃つ。

 それなりに硬かったであろうガラスはなん十発も撃ち込まれれば罅割れ、気付いた兵士は操縦桿を引いて下がろうとするも割れて弾丸が身体を貫く方が早かった。

 一度は引いた操縦桿は操縦士が死に絶え、前に倒れかけたことで前へと倒される。

 Mi-24Aは地面に不時着するかたちで突っ込み、降りようとしていた兵員は機体内で転げまわり、死にはしなかったが負傷者だらけとなって戦うべく動けるものは皆無となっている。

 

 「ヘリって歩兵に目線を合わせる形で戦うんでしたっけ?」

 「こいつが低く飛んでいただけだ。全部がアサルトライフルの届く位置にいる訳は無い(PWはだいたい居ます)からな」

 

 敵に対して何やっているんだろうかと呆れながら回収班に連絡して、ほぼ無傷のガンシップの回収を指示する。

 指示したならばここは用済みとばかりに遺跡へと向かうも、急ぐ二人の脚はすぐに止まってしまう。

 木陰の下に人を見つけたからだ。

 疲れた果てた金髪の女性。

 銃の携帯はしていないらしく服装は下着のみ。

 とても兵士には見えないかったし、罠と言う風にも感じられなかった。

 こんなところに一般人がいる訳もないだろうが…。

 

 疑問を抱きつつ警戒したスネークが近づくと女性はぶつぶつと呟く。

 バットは聞き取れなかったが、聞き取れたうえに覚えのあったスネークはフランス語だと理解した。

 

 「フランス人か」

 

 小さく呟くと女性に“君は何者だ?”と問いかける。

 女性はスネークがアメリカ人と知ると今度は英語で話し始める。

 

 「お願い…殺さないで…銃を向けないで…」

 

 弱々しい呟きに応じて銃口を下げ、さっとマテ茶を差し出す。

 振り絞るように動いた女性は手にしたマテ茶を一気に飲み干した。

 途切れ途切れながら彼女―――セシール・コジマ・カミナンデスは事情を語る。

 

 セシールは鳥類学者で、コスタリカには観光で訪れたそうだ。

 なんでもこの辺りは有数の珍しい鳥たちが生息しているらしく、戦争も起こっていないのもあってバーダーウォッチャーにとっては憧れの場所。

 彼女はここでケツァールの鳴き声を撮っていたら、森の奥より二人の女性の声を聴いてしまった。

 それが不味かったのだろう。

 迂闊にも近づいて敵兵に見つかり、聞かれては不味いものを聞かれた事で追い回され、捕まってしまった…。

 ただ彼女は運が良い事に乱暴も拷問もされず、声の片割れの女性により手厚く扱われたのだ。。

 目隠しを外さない、逃げ出さない事を釘刺され、毎日お風呂で拭いてくれたり、食事を食べさせてくれたりした。さらにひと月で帰れるとまで言って安心させてくれたとも言う。

 

 こちらからすれば安心は出来る事ではないが…。

 何かを見た、聞いた彼女が無事に解放される事態とは、ソレらが隠す必要が無くなった時。

 つまりはここで行われていることが約一か月以内には完了すると言う事。

 危機感の募る二人は焦らず、話の続きを求める。

 

 結局セシールは忠告を無視して逃げ出した。

 IDカードを隙をついて盗んで入り口のセキュリティを突破。

 道中敵兵に捕まりもしたが何とか振り払って逃げ延びたのだとか。

 盗んだIDカードはその時に奪われた…と。

 

 「俺の所に来るか?帰りたくなったらいつでもパリに帰してやる」

 「身体を洗って、煙草を吸って、服を着たい」

 「幾らでも、ついでに美味い飯も保障できる。なんたって凄腕の職人が居るからな」

 「それは素敵。フランスの煙草ある?両切りの…」

 「今は葉巻しかないが俺の所に来ればフランス煙草ならいくらでもある」

 「楽園みたい」

 「生憎そこは天国の外(アウターヘブン)だ」

 「ますます魅力的ね」

 

 乗り気の彼女にスネークは聞いた声の事を数度問いかけ、一応納得したようなのでバットがカズに連絡を入れる。

 

 「カズさん。民間人の収容をお願いします」

 『おいおい、ホテルじゃないんだぞ。民間人を受け入れる余裕はない』

 「…そうか。金髪のパリジェンヌなんだが」

 

 カズが否定するのは間違っていない。

 国境なき軍隊は何処の組織にも国にも属さない軍隊。

 拠点はマザーベースしかなくそれを大っぴらに知られるわけにはいかない。

 そこに味方でも捕虜でもない民間人を収容するなどもってのほかだ。

 兵士ならば雇う事も出来た。

 捕虜ならば説得して味方にする事も出来る。

 しかし民間人に戦えと強要する気も無いし、拠点を知られないように監禁する訳にもいかない。

 何より監禁しても生活させる為の資金を出さねばならず、得るモノは何もないのだ。

 一銭の得もない。

 ならば酷な話だが収容しない方が良いのだ。

 

 そう判断した言葉であったが、バットとカズの会話にぼそりとスネークが呟くとカズは喰い付いてしまった…。

 

 『なんだと!?金髪のパリジェンヌ!!』

 「どうにかなりませんか?彼女、食べ物も武器も持ってなくて、必死に逃げ出して来たんですよ。着ているものだって下着ぐらいしか――」

 『下着のみ!?直ちにヘリを急行させる!!』

 

 鼻歌交じりに交信を切ったカズに少し想うところがあるも、とりあえず彼女を保護する事は何とかなり、二人は迎えが来るまでそこで待機するのであった。

 

 

 ……ちなみにカズのやり取りを見ていた司令部に詰めていた女性兵からのカズの評価は大幅に下落したのだった…。

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:MSF、脅威の技術力

 

 ヒューイ・エメリッヒはコールドマンの核発射を阻止すべく、スネークに協力すべく国境なき軍隊(MSF)の拠点であるマザーベースに到着した。

 自分も参加していた【ピースウォーカー計画】を止める為にはAIポッドの破壊及び核弾頭を奪う必要がある。

 現在この件で動けるのは彼らのような存在だけだろう。

 アメリカに訴えかけても、ソ連に訴えかけても戯言として無視されるか、最悪の場合はこれをきっかけに戦争…。

 今となっては遅すぎるのかも知れないが、コールドマンを止める為にスネークやバットには頑張ってもらうしかない。

 彼らの実力はMSFにある過去の戦闘データに自身の目で見たピューパ戦などで実証されているので疑いの余地は無い。しかし、どれだけ腕が立とうと彼らは所詮人。当たり前のように拳では装甲車を壊せないし、拳銃だけで戦車と正面から撃ち合って勝てる訳がない。

 数多くの兵器群が投入され。ピューパの様に【ピースウォーカー計画】の為に制作されたAI兵器を倒すには強力な武器が必要となる。

 一科学者として僕はそういう面で協力していくつもりだ。

 

 それにしてもここは異常だ。

 いや、スネークやバットの事ではないよ。

 …人としては異常だとは思うけど。

 

 僕が異常と感じたのはマザーベースに存在する研究開発を行う技術面の話だ。

 拠点位置を多勢力に察せられないように隠匿する必要性があるのは理解出来る。

 物資の補給や人員の確保などは急務でありながら運ぶ手段や選別には格段の注意が必要となるだろう。

 なにせマザーベースには200名以上の人員が在籍しており、一か月の食糧だけでもどれだけの金と量が必要になるか。

 特に戦場を渡り歩くので武器弾薬は必須で、実戦部隊百名近くの人員に必要分の武器と弾薬を揃えようと注文すれば、嫌でも武器商人の印象に強く残る。さらにここでは鹵獲した兵器群の整備や補充も行うので個人が揃える域を完全に超えている。

 これらを国でも軍でもない者が買い込んでいると知られれば、誰かしらに目を付けられるだろう。

 最初は上手く誤魔化せても何時までもは続かない。

 

 だからと言ってまさか自らの力だけで現行の銃を開発して生産するだろうか?

 

 銃を整備するぐらいなら気にする事も無かっただろう。

 銃弾を生産したならばまだ納得しよう。

 しかし銃を生産するばかりか新兵器まで造り出そうする組織とは一体何なんだ…。

 

 話を聞いてみると僕が訪れる前にC4爆弾を開発して送ったと聞いたが、君達は自分達の異常性に気付いていないのかい?

 

 これから僕が所属する研究開発班には複数の部署が存在する。

 銃器開発のスキルを主に使って銃器の制作。

 糧食班と協力して新たな携帯食糧の生産。

 新装備の改良及び開発。

 そしてメタルギアを制作しようとする部署。

 僕が所属するのはそのメタルギア制作だ。

 

 一組織でメタルギアを開発するなんて無謀過ぎると思う。

 が、部署に到着するとそうでもないんだなと理解させられた。

 

 「久しいなヒューイ」

 「まさかグラーニン!?」

 「なんだ?儂が居たら可笑しいとでもいうのか?」

 「いや、そういう訳ではないんだけど…」

 

 アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニン。

 ソ連の偉大な兵器開発者で、僕がコールドマンに持ち込んだメタルギアの本当の発案者。

 以前より互いの研究を語り合って友人関係にあったので、まだ思想段階のメタルギア―――当時はまだメタルギアなんて名前は無かったけど―――の話も聞いていた。

 だから僕がやった行為はコールドマンが言い放ったように盗作…。

 行方不明(公には)になっていた彼がこうして生きて目の前に現れたのだ。

 改めて自身がした事を想い、恐る恐る今回の件を話て素直に頭を下げた。

 人の研究成果を盗んだのだから、それなりの叱責はされると思っていたのだが、グラーニンは朗らかに笑った。

 

 「構わん。お前さんはアイツ(ヴォルギン)なんかとは違ってよく理解していたからな。それに儂が死んだときはメタルギア研究を引き継いでほしいと思っとった」

 

 怒られると思っていただけに拍子抜けではあるものの、その朗らかな笑みに胸に痞えていたものが無くなったようだ。

 代わりに室内に入ってから異様な酒気が漂って胸に溜まっていく感じはするが…。

 誰かが酒を持ち込んだのだろうと周囲を伺うと予想通り酒瓶を見つける事は出来た。

 

 「凄い酒瓶の数だね。あそこのデスク」

 「…あぁ、酒浸りの生活が続いたからな。今ではこれを手放す日がない」

 「いつも飲んでるのかい?」

 「これは二日酔いを治す薬だ」

 

 それは迎え酒と言うのではと喉元から出掛かった言葉を無理に飲み込む。

 

 「で、グラーニンは勿論メタルギア研究をしているんだよね」

 「少し違うな。儂はメタルギア開発を行っているのだよ。アイツと一緒にな」

 

 すでに開発を行っている事実に反応するよりも、指をさしてアイツと称された人物に目にした衝撃の方が大き過ぎた。

 兵器開発に関わる科学者であるなら知らない者はいないと断言出来る。

 当然会った事は初めてでも“シャゴホット”のデータを調べた知ってはいるし、見間違えることはない。

 

 ニコライ・ステパノヴィッチ・ソコロフ。

 グラーニン同様ソ連の優秀な科学者で、ロケット開発でその名を馳せた人物だ。

 彼も行方不明になっていたと聞いたが、まさかここにいるとは驚きである。

 視線を向けるも全く気付く様子はなく、淡々と資料に目を通しながらキーボードを叩いていく。

 

 「知っておるかアイツの事は?」

 「会ったのは初めてだけど話だけなら。けどまさかここに所属していたとは思わなかったけど」

 「あー…アイツはここには所属しとらんよ」

 

 グラーニンが言うにはソコロフは出向で来ているらしい。

 以前ヴォルギンの一件でシャゴホット開発のために働かされていたソコロフは、何とかグラズニィグラードを脱出した。その後は祖国であるソ連にも家族が亡命しているアメリカにも行けずにジーンの下で弾道メタルギアを作らされた。

 ずっと裏社会で兵器開発を強いられるのだと思っていた所にスネークとバットが現れ、ヴォルギンの時と同じくジーンの野望を打ち砕いて解放された。するとバットに恩を感じているニコライに声をかけられ、彼が運営する傭兵部隊で厄介になる事に。

 全員がバットのおかげで祖国に帰れたと恩を感じている連中で、ソコロフはそこの武器や兵器の整備士として働いていたのだが、今回バットがMSFに協力すると言う事で科学面の人員が必要だろうと出向の形で送られて来たそうな。

 兵器開発に飽き飽きしていたソコロフも、ニコライにはアメリカにも拠点を持ってからは二度と会えないと思っていた家族に度々会えるように(密入国…)手配してくれた事もあって断らなかったとか。

 

 簡単な事情を説明をしたグラーニンは思い出したかのようにポンっと手を叩いた。

 

 「お前さんは人工知能搭載のメタルギアを作るのだろ?儂らは坊主の為に有人メタルギアを作る」

 「グラーニンとソコロフが!?それは凄い。ソ連屈指の科学者がタッグを組むんだ。とんでもない物が出来るんだろうなぁ」

 「設計図は以前に渡しとったんだがあの坊主…作らずにずっとデータだけ持っとったそうだ。ったく」

 

 何をしていたのかと言わんばかりの態度だが、化け物染みた兵士でもメタルギアなんてものを設計図だけ渡されても作れないのは当然だろうと思うのだけど…。

 小さく笑みを浮かべたヒューイは名高い科学者と肩を並べて研究を出来る事を嬉しく思う。

 はたと彼女(・・)も来ればいいのにと過るも周囲の酒気を考えると一瞬で消し飛んだ。

 もしもこちらに所属する事があるならば、今から色々改善しなくちゃな。

 

 確信がある訳ではないけど好意を寄せている彼女とここで共に仕事を夢見て、ヒューイは己がすべき仕事に取り掛かるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ストレンジラブ博士…

 『僕嫌われちゃったかな…』

 

 無線越しに肩を竦ませながら呟くヒューイの声にバットは苦笑いを浮かべる。

 前回セシールを保護したスネークとバットは遺跡へと辿り着きはしたのだ…。

 武装を確認し、周囲を警戒し、覚悟を決めて、ヒューイより渡されたIDカードを電子ロックの扉を開閉を行う認証システムへと通す。

通す。

 扉はピクリとも反応せず、認証されていないことを示すブザーが鳴るばかり。

 ヒューイが言うにはストレンジラブ博士は人間嫌いな所があり、気に入らないとすぐに入出許可のIDから外すのだ。

 昨日まで使えたのに今日になったら使えなくなったという事もままあると言う。

 少なからず好意を持っていたヒューイの頭の中は、核発射よりも彼女への想いでいっぱいだった。

 何故僕が彼が好意を抱いているか知っているかと言うと、渡してほしいと言われた手紙を見てしまったからである。

 …好奇心には抗えなかったよ…。

 ちなみにスネークさんも見た。

 AI兵器の事が書かれているかもと期待してだが、結果が結果だけに見たという事は僕らだけの秘密である。

 

 「ほら元気出してくださいよ。計画に反対したから上からの指示で消されたのかも知れないですし」

 『そうかなぁ…そうなのか?そうだよね、うん』

 

 何とか励ましつつ、僕らは来た道を戻る。

 ヒューイのIDカードが使用不可なのは痛かったが、まだ研究所に入る希望は残っていた。

 保護された今はマザーベースで限定的ではあるが久しぶりの自由を満喫し、吸えなかった煙草やお風呂を満喫しているであろうセシールさんが脱出の際に盗んだIDカード。

 道中の兵士に没収されたとの事で、その兵士よりIDカードを奪取する。

 IDを外されていなければまだ使える筈だし、別件でも戻らねばならない理由もある。

 

 「ボス!それにバットさん!お待ちしておりました」

 

 戦った…というより一方的に墜落させたヘリの現場には多くの国境なき軍隊(MSF)の兵士が待機していた。

 彼らはヘリの回収要員として集まっており、ついでにこの辺りを警戒してクリサリスが行き来している事から、対クリサリス戦も想定しての武装を届ける役目も与えられていた。

 僕には身長が伸びたと言ってもスネークさんほどがっしりとしていないので、軽量かつコンパクトで取り回しが良い携帯用の使い捨てロケットランチャー“LAW”。それとM16A1アサルトライフルに代わり、0.9キロも軽い小型軽量カービン“M653”が渡された。

 スネークさんはアサルトライフルはM16A1のままだがグレネードランチャーを取り付け、ミサイル兵器として携帯対地空ミサイル“FIM-43”と携帯型無反動砲“カールグスタフM2”を受け取った。

 重装備となったがあのクリサリスと戦うならこれぐらいは必須だろう。

 

 「それとこの近辺を警備していた兵士を捕えましたところコレを」

 「IDカードか。助かる」

 

 差し出されたIDカードを受け取ると礼を言ってポーチに仕舞った。

 スネークさんが所持したのを確認した僕も、装備を仕舞ってもう一度研究所のある遺跡へと向かう。

 すでに制圧していたにもか関わらず、道中にはスカウト兵が潜み、またかと辟易しながら全員をフルトン回収していった。

 面倒ではあるが彼らはスカウト…偵察兵と言う事もあって諜報系のスキルが高いのだ。

 説得して仲間になってくれたら国境なき軍隊(MSF)諜報班のレベルが上がって助かるとカズも大喜びしていたっけ。

 少し手間取りはしたものの、無事に研究所である遺跡前に戻り、今度はIDカードで扉が開いた。

 ようやくAI研究を行っている遺跡へと足を踏み入れると、出迎えたのは敵意剥き出しの敵兵―――ではなく一頭の馬であった。純白の白馬は目の前で鳴き、スネークの手にすり寄って来た。

 

 「まさか…そんな…」

 「誰だ?」

 

 白馬に覚えがあるのかスネークが戸惑いを見せたその時、離れた位置より声が届いた。

 髪を短く切りそろえ、瞳はサングラスで隠し、手を完全に隠す手袋に赤いコートと長い裾より覗くズボンとシューズ。

 遠目に見れば男性にも見て取れる女性は資料で観たストレンジラブ博士そのものだった。

 

 「ストレンジラブ博士ですね?」

 「…蝙蝠に蛇……待ち侘びたぞ。恋しかった訳ではない。寧ろ憎い」

 

 “憎い”と言いながらもその口調は寂しく虚しい響きを持っていた。

 博士は左手首辺りにぱらりと粉を巻き、匂いを嗅ぐと壁にもたれかかる様に空を仰ぐ。

 敵地の真ん中まで侵入してきた二人の兵士を前に、警戒することなく余裕ある態度を見せる様子に不気味さを感じる。

 

 「動くな!」

 「動くな…か。武器を手にした人間は皆同じこと(抑止力)を言う」

 

 中身がまだある事を気にせずカップを捨て、無抵抗を示すように両掌を広げて見せて腕を上げた。

 銃口を向けても尚恐怖などの感情は見られず、逆に穏やかな笑みを浮かべている。

 撃たれても構わない。いや、撃ってみろという態度にこちらが余計に警戒する。

 

 「私の研究成果を壊しに来たんだろ?――――知っているぞ。お前たちが十年前に何をしたのか。さぁ、同じように(・・・・・)殺せ!」

 

 十年前…。

 それはバットとスネークが初めて出会い、共に戦場を駆け抜けた時期。

 知っていると言ったうえで同じように殺せと言う言葉が誰のように殺せ(・・・・・・・)と言われているのか察しはついた。

 察せない筈がない。

 銃口を向けるスネークが冷や汗を流し、感情を大きく揺らされた。

 バットがそっと銃に手を乗せ、ゆっくりと下げさせる。

 

 「僕達は殺しに来たんじゃない。それにここには確かに壊しに来ましたが、今は壊すよりも貴方とお話がしたいですね」

 「私としても話がしたいところだ。ただその相手はお前(蝙蝠)じゃない。育ててくれた恩人よりも国家を選び、よりにもよって恩人をその手にかけ、ご褒美に貰った穢れた称号(BIG BOSS)をぶら下げた男の方だ」

 

 「世界中の戦士を失望させ、任務のためにと真の英雄を殺した。それがお前の“忠”か?答えろ!!」 

 「…あ、あの女は祖国を裏切り、核を盗んで亡命し、ソ連の地にアメリカの核を撃ちこんだ。アメリカが潔白を証明するには裏切者のあの女を自らの手で抹殺するしかなかった…。そうしなければアメリカとソ連は全面核戦争に突入していた」

 「それが真実か?」

 

 吟味するかのようにスネークの言葉を聞いた博士は瞳をジッと見つめたまま問う。

 サングラス越しにも感じる鋭い視線。

 強い意志を感じさせる博士と戸惑いが雰囲気に漏れているスネークの間にバットは入り込まず、成り行きをジッと傍観する。

 

 「これが語られている(・・・・・・)真実だ」

 

 間が空いて出したスネークの答えは、雄弁に真実を示唆するものだった。

 “語られている真実”と言うからには自身は語られていない真実を知っていると言っているようなものだ。

 答えに満足できない博士は鼻で嗤い、呆れ果てた様にため息をつく。

 

 「お前は最も愛した恩人を汚名を着せたまま葬り去る気か?」

 

 感情が揺さぶられ震えるのが伝わる。

 しかし告げる事は許されない事に口を紡ぎ沈黙が続く。

 それを破ったのはスネークではなく博士だった。

 

 「彼女に逢わせてやろう」

 「なに?」

 「お前が殺し、私が蘇らせた」

 「馬鹿な…」

 「吸うか?ただの嗅ぎ煙草(スナッフ)だ。葉巻(シガー)を吸うらしいがここから先は禁煙だ。彼女に逢いたければ吸っておけ」

 

 言われるがままに博士が手の甲に撒いた嗅ぎ煙草をスネークは吸う。

 「お前も吸うか?」と向けられるも遠慮させてもらった。

 吸うのであれば作戦終了後に葉巻をスネークさんと吸うと十年前から決めているのだから。

 博士に案内されるがまま遺跡内とは思えない鉄で覆われた廊下を歩き、多くの機器が並ぶ一室に連れていかれた。

 室内にはファンを回して動き続ける機械類とコードをもってして繋がっている円柱型の機械が鎮座している。

 ピューパやクリサリスに取り付けられていたAiポッドに似ている…。

 

 「計画への協力と引き換えにCIAが知り得たザ・ボスのあらゆる情報を吸収し、私が産み落とした“モルフォ蝶”だ。(ピューパ)でも(コクーン)でもない完全の名を享受した“成虫(イメイゴ)”」

 「ザ・ボスを機械で再現しようと言うのか!?」

 「妙な動きはしない方が良い。この部屋内ではボタン一つでお前たちを炭素の塊に出来る」

 

 感情を再び露わにするスネークが何かしないように淡々と脅しを口にする博士。

 その間に機械的な音が混ざりながらも優しく聞き覚えのある声が響く。

 

 『ジャック?』

 「…ボス…なのか?」

 「私はママルポッドと呼んでいる」

 「ママルポッド…」

 

 相手はデータを持つだけの機械…。

 そう思いながらもスネークは求めていた人物の声に反応せざる得ない。

 招くように外郭を覆うカバーが外され、頭脳たる内部が姿を現す。

 スネークはカバーが外されたママルポッドの内側へと入り、ゆっくりとカバーが降ろされた。

 僕はそれを一切邪魔することなく見送った。

 ここから先はスネークさんと“彼女”の問題なのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 奴がママルの中に入り、私は同じようにママルを見つめていた兵士に目を向ける。

 グロズニィグラードの一件を調べた資料の中にあったスネークと共闘していた工作員。

 コールドマンにより色々とデータを漁らせはしたが、グラズニィグラード以前のデータは存在しない。

 噂と在籍記録などは存在するもどのような任務に就き、どのような生活を送って来たかなどは一切なし正体不明な人物(アンノーン)

 スネークと違って対峙はしたものの、彼女を殺した張本人でない事もあってか、彼に対してスネークの様に憎悪の感情はない。

 寧ろ当事者の彼なら闇に葬り去られようとしている真実を知っているのではと期待が籠る。

 

 「蝙蝠。敵地に潜り込み敵を味方に引き込んで内部より崩壊させる工作員。十年前の作戦では多くのソ連兵を帰還させたことでソ連では英雄扱いらしいな」

 「みたいですね。英雄と言われるとむず痒いですけど」

 「確かに見た目は戦場に不釣り合いな優男のようだしな」

 「ははは、初めて優男なんて言われました。最近なんか周りは化け物扱いしかしてくれなくて。それか着せ替え人形……何でもないです」

 

 本当にらしく(・・・)ない。

 彼が兵士らしく(・・・)ないというのもあるが、それ以上に私が彼の言の葉を耳にして妙な安心感を抱いているのが私らしく(・・・)ない。

 

 「貴方は一体どんな関係だったんですか?」

 「この世に置き去りにされた人間だ」

 

 バットは私の考えなど気にせず問いかけて来る。

 問いかけたいのはこちらであるが、何故か私の口は自然と開いていた。

 

 私は幼いころから星空を眺めるのが好きだった。

 太陽は沈み、宵闇が支配する空間に出て、冷えて澄み切った外気を吸い込み、無限の彼方にある恒星達をマンチェスターの地より眺め、憧れや興味を掻き立てられた。

 その頃の空と言えばドイツ軍の空襲に怯える恐怖の対象であったろうが、私は夜空を夢を持って見上げ続けた。

 いつの日かその場所に到達すると。

 

 けど夢はあっさりと崩れ去った。

 私の肌は存外に弱かったのだ。

 ちょっとでも日光に当たっていると肌は真っ赤に腫れあがる。

 宇宙に出れば嫌でも太陽の光をより強く当たる事になり、そこに私は行く事は叶わない。

 だけど夢を完全に諦めた訳でも無かった。

 当時の私は幼い子供であっても子供らしくは無かった。

 感情的で非合理的で単純な同年代の子供達と異なり、十歳の頃には近所にあったチューリング博士の家で数理論理学を議論していた。

 博士は他の男たち程馬鹿ではなく「そのうち計算機が知能を持つ時代が来る」との言葉に私は強く心を動かされた。

 そこからは勉学を励んで飛び級して米国へ留学、カルフォルニア工科大学に在籍していた時に設立されたNASAへと志願した。当時の私はコンピュータエンジニアの一端であり、その技術を欲していたNASAは採用。

 行くことは叶わなくなってしまったが、夢の一端に関われると喜んだ。

 仕事は楽しく、夢の一端を追っていた私はソ連に対抗して計画された有人飛行計画“マーキュリー計画”に配属され、豊富な資金と資料を基にチンパンジーを乗せた弾道飛行に成功させた。

 

 歓喜に沸くその最中、予備パイロット兼アドバイザーとして一人の女性が着任してきた。

 そう、それが私と彼女―――ザ・ボスとの出会いだった。

 美しいブロンド。

 精悍な口許。

 厳し気な眼差しながらも悲しみの光を灯した瞳。

 会った瞬間、私は彼女に惹き付けられた。

 どうしてこの時期に彼女が赴任してきたのかと疑問を抱き、その答えはすぐに知る事となった。

 ソ連の有人飛行計画が上層部の予想と異なって数か月先だと解り、負けるわけにはいかないと計画の前倒しが言い渡された。

 ようやくチンパンジーを乗せて宇宙飛行したばかりだというのに急いで安全な有人飛行をしろというのだ。

 短すぎる期間では十分な実験は出来ないし、いきなり本番を行ったとしても乗せておいて失敗する訳にもいかない。そんな中で上層部の連中は政治的理由で窓を付けろと言う。

 無茶を言わないでほしい。  

 窓なんてつければ強度は下がるし、宇宙線の問題だってある。

 公式に発表された初の宇宙飛行士となるであろう英雄達パイロットを乗せての実験は許可が下りる筈はない。

 

 そんな中、彼女は要請に応えた。

 自分にも他人にも厳しく、聡明で宇宙の様に無限とも思える膨大な知識を持って、彼女は的確なアドバイスの下で計画は着々と良い方向へと修正されて行った。

 その時こそ一番の幸せだったと思う。

 同性だった事もあり、彼女には仲良くしてもらった。

 仕事も楽しいし、夢を追う事に高揚する事もあるが、それ以上に彼女と一緒に居る幸せは何とも甘美な物だった事か。

 計画は進んでいくが、解消されてない問題もあった。

 パイロットへの安全性だ。

 

 彼女は自ら志願した。

 最初からそう決めていたかの如く…。

 

 危険極まりない実験を私は何とか中止になるように進言したりレポートを提出したりもした。

 だけど彼女はそれを拒み続けた。

 本来なら誰にも話してはならない極秘作戦を語ってでも…。

 誰も知らない彼女の一面を知り、深く立ち入った私はさらに惹かれて行った。

 そして実験が行われ、彼女は帰って来た。

 飛行は順調に進んだが帰還時に急ごしらえの窓により外郭が変形。突入時の角度がズレて着水して、海中へと飲み込まれて行った。

 ザ・ボスは海面に浮かんできたが全身打撲に火傷、宇宙線被曝などで生きているのがやっとの状態。

 昏睡状態にある彼女の回復を祈る傍らでラジオからソ連の有人飛行が無事成功した事が伝えられた。ソ連は成功してこちらは着地の失敗に大けがを負わしたと知られないように無人機の飛行と言う事になり、ザ・ボスは別の作戦に参加していた事にされたがそんな事はどうでも良かった…。

 

 私は彼女が目覚めるまで片時も側を離れなかった。

 夏が終わって冬に差し掛かった頃にようやく彼女は目を覚まし、私は喜びの余り堪らず彼女に抱き着き、優しく彼女は受け入れてくれた。

 それからは語った。

 リハビリの合間に彼女が見た宇宙の事―――ではなく、宇宙から見た地球が如何に儚く掛け替えのない存在である事を。

 今まで夜空を見上げるだけだった私は地上を、身近にあった大地を見てこなかった事に気付かされた。

 

 それから彼女はリハビリが終わると姿を消した。

 突然の別れに寂しさと虚しさを感じるも、驚かないどころかそれが当たり前のように思ってしまう。

 彼女はまた任務に赴き、忠を尽くすのだろう。

 それからはあの悲劇を繰り返さないように人工知能の研究に没頭し、四年後に彼女が“売国奴”として殺された事を知ったのだ。

 

 気付けば長い間語ってしまっていた。

 本当にらしくないな。

 

 「あの時から私はスネークを…いや、それ以前からだろうな。憎しみと嫉妬を抱いたのは」

 「嫉妬?憎しみは解かりましたけど…」

 「彼女が語ってくれた極秘作戦だけど、あの眼差しは私に聞かせている様子ではなかった。我が子に聞かせるような口調で、あの場に居ない誰かに対して………無駄話が過ぎたようだ」

 「あー…嵌められました?」

 「私にそのつもりはない。これはコールドマンの指示だろう」

 

 複数の足音が近づいて来た。

 無粋な連中だ。

 もう少しで聞けたかもしれないというのに。

 

 「来たら抵抗しますけど―――どうします?」

 「ここで銃撃戦は止して貰おう」

 

 たった一人でも相手をする気満々なのだろう。

 戦闘記録にも目は通しているので、彼なら向かってきている連中に勝つことは十分可能だろう。

 ただその過程でママルが傷つくのは正直困る。

 無線機を使って兵士達と連絡を取る。

 どうやら向かってきている部隊は私の護衛が目的であり、二人への対処はピューパとは違うもう一つの“蛹”に任せるとの事。

 ならばとママルは輸送ヘリで移送させるとして私は輸送ヘリの下へ行くと連絡を入れて場所を指示。

 この一室には入れないようにロックをかけておく。

 同時に端末を操作してママルポッドのカバーを外し、急に開いた事にスネークが戸惑う。

 出来ればこのまま殺したいところだが、私はまだ目的を達成していない。

 外に出て状況をバットに確認すべく外に出た事を確認し、カバーを戻すと室内の上部を解放して空の下にママルポッドを晒す。

 頭上にはすでに戦闘ヘリが待ち構えており、ぶら下げられたワイヤー付きのフックにママルポッドが引っ掻けられる。

 咄嗟にスネークとバットが銃口を向けるも、そこで撃墜などしてしまったら自分達へと降って来るのは明白。

 任務を達成したい気持ちはあるも死ぬ覚悟でする気はないらしい。

 上に警戒を向けている二人に黙って私は背中を向けて研究室より退出する。

 もはや戻る事の無い研究所(遺跡)を抜け出し、輸送ヘリが来るであろう開けた場所に出る。

 するとそこにはここまで兵士達を運んできた輸送ヘリが止まっており、周辺には警戒する兵士達が待っていた。

 

 「博士!お急ぎください!」

 「解っている。アンダルシアンはどうした?」

 「すでに。手間取るかと思いましたが自ら搭乗してくれました」

 

 輸送ヘリにはすでにアンダルシアンを格納した事を確認する。

 アンダルシアンはザ・ボスの愛馬でスネークと共に彼女の死を看取った後、爆撃されるグラズニィグラードから逃れウラル山脈を越え、海まで越えてイギリスへと渡った。

 私がイギリスの乗用馬マーケットで出会えたのは奇跡に近いだろう。

 いや、彼女が残したもの同士を引き合わせてくれたのかも知れない。

 

 輸送ヘリに乗り込み、窓から見下ろしていると遺跡より駆け出して来たバットとスネークが見えた。

 

 「死んでくれるなよ。まだ私はお前たちに聞きたい事があるのだから」

 

 霧が立ち込めるここでクリサリス()と対峙する彼らに聞こえる筈もないが、言葉をぽつりと漏らして彼女は去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:

 

 国境なき軍隊(MSF)に来てから僕の生活は一変した。

 ここには戦闘分野から科学技術、医学などの優れた人材が集まって構成されている。

 姉さんもここの医療班にお世話になり、共闘体制を敷いたりと関係を強め、今は契約もしている。

 僕も一人前の戦士になるべく多くを学ぶ。

 ナイフ戦、銃撃戦、格闘戦とあらゆる戦闘技術。

 自然を用いた迷彩、トラップ、食事に治療などサバイバル術。

 生きるに必要不必要関係なく教えられる座学。

 年齢的にも精神的にも肉体的にも幼い僕は徹底的に鍛え直された。

 どの分野でも教官を務めてくれる彼ら・彼女らに劣るが、いずれは並ぶぐらいの技術と体得したい。

 そうすればただの子供ではなく、姉さんや仲間を護れる戦士に成れる筈だと思うから。

 

 ただここに来てから今まで以上に大人に憧れる思いが強くなり、それに対して悩む時間が増えた気がする。

 

 子ども扱いから脱する想いも有って大人の真似事をして大人になった振りをしようとしていた。

 タバコなどが良い例だ。

 全国すべての大人が…と言う訳ではないが、僕の周りにいた大人たちは煙草を吸っていた。

 今では幼い行為だったなぁと思うも吸う事に対して憧れの気持ちが女々しく残っているのも事実。

 だけど吸う事=大人と言う認識は薄れている。

 

 大人って何だろうと首を傾げる。

 

 自分が尊敬する大人に聞けばいいのだろうけど、スネークは忙しくて中々捕まらない。

 姉さんに聞いてもどうせ子ども扱いされるだけだし、スコウロンスキー大佐やグラーニン博士に聞いても過去の体験談交じりの長話になるだろうし、カズは語ろうとして周囲により捕縛されていた…。

 

 「大人…大人ねぇ…」

 

 と言う事で僕はエルザさんに聞いてみる事にした。

 エルザさんは年上と言う事もあるが、落ち着きが合ってしっかりして大人びている。

 今もこうして問いかけても茶化すことなく真面目に考えてくれている事から間違いではなかったと思う。

 悩んだ末にエルザさんは「少し歩こうか」と僕を連れて医療班の一室より退出した。

 無言で歩いていると周囲に居る人たちに目が映る。

 やはり煙草を吸っている人が多い。

 どれも大人っぽいなと思っていると、ふふっと小さく笑っていた。

 

 「大人っぽく見えた?」

 「―――ッ!?…はい」

 

 まるで心を覗かれたようで顔を赤らめ照れる。

 そう言えばとエルザさんが超能力を扱う事を思い出す。

 

 「言っておくけど読んでないわよ。多分そうなんだろうなぁと思っただけ」

 「単純だと…子供っぽい考えだと思いますか?」

 「出来ない事に憧れる。覚えはあるわ。そしてそれは今でもね」

 

 何処か悲し気に告げられる言葉に何があったのかなと思うも聞いてはいけない気がして喉元で止める。

 別段気にしてないようにすぐに表情は変わったが、どう声をかけて良いか戸惑って何でもない空気が重く感じてしまう。

 そんな中、騒がしい声が耳に留まる。

 何だろうと思っているとエルザさんも気になったのか眉を潜めながらそちらに向かう。

 

 向かった先は海を眺められる広いスペースにシートを敷き、つまみに酒類を持ち込んで宴会している様子が広がっていた。

 

 「もう何をしているんですか?」

 「見て判らんか?」

 「解っているからこそ聞いているんですけど」

 

 いつも酒を飲んでいるグラーニンに注意の意図も兼ねて問いかけたエルザに、度数の高い酒を飲みながら飄々と答える。

 他にもカズやスコウロンスキー大佐、それから無理やり誘われたのか酔い潰れたソコロフ博士などの姿があった。

 どれだけ飲んでいたのか知らないけど皆がかなり酔っているのは酒臭さと雰囲気から察せられる。

 

 「おう坊主。お前もいっぱい付き合え!」

 「何誘っているんですか?」

 「ガハハハ、もしかしてデート中だったか。それは悪い事をしたな」

 「そ、そういうのじゃないよ!」

 

 こういうのは嫌いだ。

 酔って気分が上がっているのか誰かを揶揄ってそれを肴にする。

 酒もタバコ同様に大人が嗜む物だけど、こういう人をよく見るので手を出そうとは思わない。

 それ以上にデートと言われて真っ赤に染まった顔をどうにかしたい。

 確かにエルザさんは綺麗だし、大人っぽいし、意識していないと言ったら嘘になるけど…。

 思っていると余計に顔が暑くなり、またもよった連中に絡まれる。

 そんな中、ベルトをカチャカチャと音を立てながらカズが立ち上がった。

 

 「俺の本当の姿を見てくれ!!――――ふべらっ!?」

 

 酔いが回り過ぎていたのだろう。

 ベルトを外してズボンをずらそうとしていたカズは宙に浮き、海…はさすがになかったけど壁に叩きつけられ変な声を漏らして、張り付いた壁よりゆっくりと床へずり落ちて行った…。

 様子を眺めていた皆は「宴はしまいにするか」と焦りながら片づけを始める。

 

 「―――チコ君」

 「ひゃ、ひゃい!?」

 

 静かに呼ばれた事にびくりと身体を振るわし、素っ頓狂な声で返事をする。

 

 「大人って言うのは年齢を指す場合が多いと思うけど、私は自らの行動において自ら責任を取れる人の事だと思う――――だからあんな風にはならないでね」

 

 にっこりと笑っているようで全然笑っていない笑みを向けられ、僕は必死に頷く事しか出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

逃げる蝶に追う蛇と蝙蝠

 初めて出会った時は距離を取っていたのでそれほど実感はなく、二度目はチコを助けようと必死になっていたのと交戦する事が無かったのであまり注意を向けていなかった。

 だが、いざ戦うとなると空中に浮遊する“コリブリ”―――否、型式番号TJ-chrysalis6000【クリサリス】の異様さに渋い表情を浮かべてしまう。

 スネークもバットも今まで強敵だった兵器と言えばシャゴホッドを思い浮かべるだろう。

 強固な装甲に巨大すぎる体躯、驚くべき瞬間加速。

 あれと一度でも対峙してしまえば装甲車や戦車など玩具のようなものだ。

 ゆえに兵器との戦いとなればシャゴホッドと比較していたので、初戦でもシャゴホッドの小型版、または下位互換ピューパに負ける気はしなかった。

 しかしクリサリスはどうだ?

 シャゴホッドとは似て付かない巨大兵器。

 大きさはシャゴホッドの方が大きかったとしても、旋回性に機動性は抜群に優れ、手も足も届かない空中と言うアドバンテージを持っている。さらに戦車の装甲も一撃で貫通するであろう大型の超電磁砲(レールガン)を頭上より狙ってくる。

 戦闘ヘリやメタルギアRAXAとも比べ物にならない程の脅威に二人は表情を歪めながら戦っていた。

 

 『ここで決着をつけよう!クリサリスを排除してくれ!!』

 「簡単に言ってくれるなカズ!」

 

 気持ちは理解するもそれを成すのは難しい。

 ミサイル兵器を撃とうともクリサリスは瞬間移動のような速度での短距離移動が可能で、誘導でもない限りはサッと回避してしまう。

 同時に周囲は深い霧が立ち込めていて見通しが悪い。

 戦場そのものがこちらに不利となって追い詰められる。が、負けてやるつもりなど毛頭ない彼らが諦める筈もなく、徹底的に勝機を掴もうと抗い続ける。

 

 「合わせろバット!」

 「―――ッ、了解しました!」

 

 二手に分かれて攻撃の分散に努め、反撃を行っていた二人はクリサリスへと武器を構える。

 まずはスネークが携帯対地空ミサイル“FIM-43”を発射する。カポンと筒より飛び出たミサイルは火を吹かしながら目標であるクリサリスに向かって飛翔する。

 近づくまでは空中で停止していたクリサリスもある程度の距離まで詰められると瞬間移動のような動きで回避しようとした。だが、その程度の回避では不十分。

 携帯対地空ミサイル“FIM-43”は目標を捕えたら追尾していく誘導型のミサイル。

 回避ルートに入られたが即座に向きを変えてクリサリス尾翼に着弾した。

 同時に回避してからバットが撃ったロケットランチャー“LAW”のロケットが頭部に直撃して爆発を起こす。

 あの急な加速は連続で使えないらしく、連続で直撃を受けてしまったクリサリスは空中でふらつく。

 バットが単発で撃ち切ったLAWを投げ捨てている間に、スネークは追撃しようと二発目を装填して狙いを定める。

 体勢を立て直そうとしたのか停止状態から移動を開始し、霧の中に紛れようと突っ込んでいくもミサイルが追尾していき深い霧の中で爆発音が響く。

 

 クリサリスはピューパと同じで移動時に歌を歌って(流して)おり、大体の位置が把握できる。

 ただ先も言ったように視界が悪く、周囲の遺跡の空洞などで音が反響して特定し辛い。

 見えないのにここに居るよと告げられるのは非常に不気味なものだ。

 どうしたものかと悩むもそこは悪知恵の働くバット。

 

 「スネークさん、これを!」

 「赤外線ゴーグル!!」

 

 投げ渡されたゴーグルを装着するとぼんやりとしながらもはっきりとしたクリサリスの影が映り込む。

 後はそこに向けて三発目をお見舞いするだけ。

 

 「レールガン、チャージ」

 

 電子音が響き、クリサリスが攻撃態勢に入った事が分かった。

 焦ることなく一発撃ち込んでから退避行動に入ろうとトリガーを引く。

 レールガン射撃時は停止するようになっているのか回避することなくミサイルは直撃。

 一瞬怯んだが次にはチャージの終えたレールガンがこちらに向けられていた。

 

 『退避しろ!』

 

 無線よりカズの必死の声が届くも、レールガンの威力を考慮すると壁に隠れても一緒に貫かれる。

 舌打ちを一つ零して走り出す。

 高速で射出される弾の直撃を避けるだけでなく、地面に直撃して散弾が如く飛び散る瓦礫から身を守らなければならない。

 出来るかと不安と焦りが募る。

 レールガンが発射されるかと言う直前にバットがロケットを撃ち込み、衝撃で砲身がずれて離れた位置に着弾した。

 

 「通常モード――――チェインガン掃射」

 

 停止状態から移動を開始し、頭上から弾丸の雨霰を降らしながら旋回する。

 既にLAWを撃ち切ったバットは手ぶらで走り回り、反撃しようとしたスネークは降り注ぐ弾丸により携帯対地空ミサイル“FIM-43”が損傷。

 FIM-43は一発撃つごとに使い捨てるもので、損傷したのは最期の一本で撃ち終えたものなので痛手は無い。

 旋回性能が高いと言ってもその巨躯に対してであり、さすがにバイクほどの小回りは持ち得ていなかった。

 そして機銃は前方に設置されていたので後方に逃げ込むか、左右に飛び退けば簡単に回避出来る。

 逆に停止して攻撃するようなら反撃の隙が出来、どちらが囮を務めて、もう片方が攻撃を行えば良い。

 

 最初は攻撃や行動のパターンを読むまで苦戦し、ようやく知り得た動きと好機に二人は獰猛な笑みを浮かべて果敢に攻め続ける。

 

 「キッドナッパー射出」

 

 この状況を不利と感じたクリサリスの背面より“チコリブリ”を発進させ、数を持って現状を打破しようと考えた。

 「今ですスネークさん!」とバットが叫び、降下してくるチコリブリを小型軽量カービン“M653”で撃ち抜いていく。

 奴は射出中で動けず、先に射出したチコリブリはバットが抑えてくれている。

 ならばと携帯型無反動砲“カールグスタフM2”を取り出し、狙いを定めて撃ち出す。

 回避される事無く、吸い込まれるようにクリサリスに直撃し、機体ダメージが限界だったのか至る所で爆発が起き、クリサリスは煙を上げながらゆっくりと着陸しようと高度を下げ………地面に機体を擦り付けるように着地した。

 

 もはや口にする事もない。

 ピューパ同様に倒れ込んだAIポッドのハッチに攻撃を集中して破壊。

 内部にスネークが入り込んで慣れた様に記憶盤を引き抜いて、バットが外に投げ置いていく。

 この記憶盤はマザーベースでヒューイが建造している新型メタルギアに応用するとの事。

 今後の事も考えて必要なので回収していくも、またも(ピースウォーカー)を逃してしまった事に肩を竦ませるのであった…。

 

 

 

 落胆しているのは現場だけでなく、様子を窺っていたマザーベースの指令室も同様で、特に敵情に詳しく兵器群の情報提供を行うヒューイの落胆ぷりは酷かった(・・・・)

 

 「駄目だ…このままじゃあ核が…」

 「―――黙れ」

 

 皆が少しでも過った想いを代弁したヒューイに、低くドスの利いたカズヒラの声が遮る。

 肩をびくりと震わせ声の方へ視線を向けるも斜め後ろからでは表情を窺えず、さらにサングラスで目元が隠れているので余計に分からない。

 しかしその声色から相当に怒っているのは明白である。

 

 「現状危機的状況なのはここに居る誰もが分かっている。だけどそれを口にしないのは何故だか分かるか?」

 

 一息だけ間を空け、怒気を薄く出来るだけ普通の声色に抑えたカズヒラが問いかける。

 場の全員の視線が集まる中、考えるも問いの答えを用意出来ず口どもってしまった。

 決してこちらを振り返らずにカズヒラは続ける。

 

 「一番それを強く実感しているのはアイツらだからだ。ここの誰よりも強く、誰よりもこの非常に厳しい任務を熟せるのはアイツらしか居ない。

  観ているだけでこれほどなんだ。現場で、それも手が届くような彼らはどれほど悔しかった事か…。

  俺達の仕事はアイツらが任務を達成できるように支援する事だ。必要な武器に弾薬を用意し、少しでも助けになるように情報を搔き集め、奴らの背を押して支えてやる。

  それが俺達の仕事なんだ。

  奴らが歯を食いしばって耐え、諦めずに喰らい付こうとしているのに、俺達が泣き言を口にする訳にはいかないんだ」

 

 腕を組んで強い意志を持って告げられた言葉に、自分の仕出かした事を噛み締める。

 なんて情けない事…。

 拳を握り締めながら頭を下げる。

 

 「すまない…」

 「良いさ。ぼやきたくなる時もある。だが、アイツらの前では口にしないでくれよ」

 「分かった。なら僕も僕の務めを果たすとしよう」

 

 こうなった以上頭を切り替えてピースウォーカーが向かうであろう場所を伝える。

 情報を得たカズヒラは途中までの移動手段としてヘリを手配し、武器弾薬の準備や接近するまでの移動手段の確保、もしもの別部隊の編制を指示するのだった。

 

 

 

 

 

 

 悲観混じる二人の様子を固唾を呑んで観戦する者達が他にも居た。

 計画の障害になるであろう邪魔者を排除できなかったコールドマンでも、彼女(ザ・ボス)の真相を聞き出すまで死んでもらっては困るストレンジラブ博士でも、マザーベースで心配混じりに見続けたカズヒラ達でもない。

 真っ白で壁も天井も地面も無いような空間で、それぞれが違う単色で構成されたシルエット(上位個体)達。

 

 彼ら・彼女らは観察対象である世界より、模造世界へ魂を行き来させて変化をさせ、それを自らの娯楽として楽しんでいた三体の処分を決める材料――つまり証拠として見定めるべく観察した。

 当初はきっちりとその理由の下で観察していた筈なのだ。

 が、その後は目的とは大きく異なった。

 その場の全個体が読み込ん(インストール)原作(・・)に近しいが、些細な差異が所々に散らばりはめ込まれ、中には前作(OPS)前前作(MGS3)で死亡したキャラクターとの絡みから物語の変化。

 他にも描かれる事の無かった日常のようなワンシーンも含み、見ていたモノは真剣ながらも別の意図で釘付けとなっていた。

 

 コードネーム【バット】である宮代 健斗はゲーム機を通じて世界を渡っており、途中途中に挟む休憩時間内は全員参加の議論や検討が繰り返し行われた。

 皆が皆、興奮の熱を灯して抱いた疑問や共感したい場面などを語り尽くす。

 終には罰せられる筈だった三体から過去の話を説明させたり、映像データの共有を言い渡されたりもして空間の熱気は激しいものとなっていた。

 

 その光景をソレラ(上位個体)の上位個体が何も発せず眺めていた事に一体が気付き、連鎖するように皆が目的を思い出してありもしない口を閉ざす。

 

 「で、判決に移るかい?」

 

 騒がしくなっても、当初の目的からもズレていた事に対しても何も言わず、彼は感情を含まずに選択を問う。

 もはや証拠としては十分である。

 採決に入っても問題は無い―――筈なのだが誰も進めようとはしない。

 寧ろ進まない方が好都合と言うべきか。

 

 「もう少し吟味してみませんか?」

 

 誰かがそう呟くと誰も彼もが同意し始め、上位個体は頷いて続きを見る事の許可を出すのであった…。

 

 

 

 

 

 クリサリスを撃破したスネークとバットはヒューイからの情報により、ピースウォーカーの最終実験基地に向かっていた。

 場所はストレンジラブ博士の研究施設(ラボ)から北に十五マイルにある岩石採掘場。

 勿論偽装であり、基地自体は地下に建設されているそうだ。

 

 手に入れた装甲車や戦車で向かうには目立ちすぎる。

 戦闘ヘリでの強行突破は敵の警戒が強まる。

 徒歩では時間が掛かり過ぎる。

 

 そこで使用されたのは四足の乗り物(・・・)による移動。

 小型でそれほど目立たず、バイクほどの音を発生させる事は無い。

 ただ一歩踏み込む度にガシャリと大き過ぎず小さ過ぎない異音が鳴り、伴う振動が鞍より体へと響き渡る。

 

 『どうだいスネーク。“マート(MYRT)”の乗り心地は?』

 「中々に快適だな。ケツが痛むのが難点だが。後はそうだな…ドリンクコーナーが欲しい所だな」

 『そこは許して欲しい。短時間で作った急造品だから。そのうちフードコートも付けようか?まぁ、揺れに関しては道が悪いとしか言えないよ』

 

 ヒューイからの無線に冗談交じりに答える。

 試作人員輸送四足歩行騎“マート”。

 現在マザーベースの技術開発班に所属しているグラーニンとソコロフ、そしてヒューイの三名が手掛けた機体。

 元々はグラーニンとソコロフがバットに作っているメタルギアTONY(トニー)のデータ収集を元に制作された小型の検証機で、それを置いて置くだけなのは勿体ないと言う事で乗り物として再利用したのがこの“マート”である。

 固定武装は無く、今はまだ荷物と人を運搬するだけの乗り物。

 ………後方にブースターのようなものが複数取り付けてはあるが、ただの(・・・)乗り物である。

 

 操作は非常に楽なもので、バイクのようなハンドル操作で方向を変え、スイッチ数個で停止から速度の上昇まで可能。

 これは操作性の向上をさせたのではなくバランス性や動きをみる為だけだったので操縦に関して重要視していなかったので簡素にされたが正しい。

 乗り心地以外は最適なマートに跨り、エレディア東採掘場偽装基地を見渡せる高台に到着した二人は古びた施設の向こうにある採掘現場を睨む。

 夕日に照らされるそこには遠く、小さく見えるが巨大なナニカの姿があった。

 

 『頼むよ。僕のピースウォーカーに核を撃たせないでくれ』

 「分かっている。絶対に撃たせはしない」

 

 偽装基地を睨みつけながら答えたスネーク。

 だけどバットは少し顔を顰め、小さく息を吐く。

 

 「誘っているかのようですね」

 「だな。なんにしても突破してAIを破壊するしか手段は無い」

 「シンプルですね―――撃てますか。もう一度あの人を」

 「……アレは機械だ。問題なく壊せるさ」 

 「そう…ですか」

 「そうだ。アレは彼女ではない」

 

 納得したようでまだ疑いが残るもそれ以上は何も言わない。

 両者とも武装を“マート”より降ろして装備し、空いていた建物内に隠して先を急ぐ。

 ここからは偽装基地と言っても元採掘施設であったために使われていない施設が乱立し、資材などがそこら中に積み重ねられている。

 姿を隠すにはもってこいな場所ではあるが、それは敵もまた然り。

 周囲の気配や音に気を付けなければうっかり出合い頭に遭遇する可能性だってあるのだ。

 そしてここがストレンジラブ博士のママルポッドとピースウォーカーを接続する最終施設と言う事で警備兵の練度も非常に高い。下手に見つかれば確実に足を止められる事待ったなし。

 慎重かつ素早く進む必要がある。

 なるべく銃器を使わず、見つからないように努め、最悪CQCで手早く片付けて、捕虜になっていたサンディニスタ兵士を助けて行った。

 施設群を抜けて採掘場に入り込む。

 ようやく開けた場所に出て採掘場を見渡す事が出来たバットとスネークは同時に走り出す。

 

 採掘場のど真ん中にシートを掛けられたピースウォーカーが鎮座していたが、到着すると同時に地下へと格納され始めたのだ。

 大慌てで坂道を駆け下りて近づこうとするも、段差を利用した死角に敵兵が待ち構えており、集中砲火を浴びる事となった。

 

 「生きているかバット!」

 「まだ生きてます!」

 

 お互いに生存を確認するも状況は最悪。

 離れた岩陰に隠れ、周囲を伺うと覆面に暗視ゴーグル、防弾チョッキを装備したコマンド(精鋭)兵が至る所に居り、中にはスナイパーライフルで狙撃する狙撃兵まで確認できた。

 

 「チッ、囲まれたな。狙撃には気を付けろよ。あれは元々は狩猟用だったが改良して軍用狙撃銃として採用されたM700だな。アメリカ海兵隊の主力スナイパーライフルで弾は徹甲弾だ」

 「射程外には狙撃手、射程内にはM16A1アサルトライフルを構えた兵士達。さらに頭上にはチコリブリですか…最悪ですね。この場でのピースウォーカーは諦めますか?」

 「どのみち間に合わない。ここを突破して基地内で片を付ける!」

 「その前にこの状況をどうにかしないと…」

 

 脳を必死に働かせて打開策を模索する中、追い打ちをかけるようにヘリのローター音まで響き渡って来た。

 頭上を睨みつけるとMi-24A(ガンシップ)が飛んでおり、ホバリングしてその場を維持している。

 …ただ見間違いか見覚えのあるガンシップだったのに二人は薄っすらと高揚した。

 

 下部の装甲が酷く傷塗れなのだ。

 まるで強行着陸でもしたかのように…。

 

 『スネーク!バット!もう隠れての行動は無理だろう。援軍を送った!!』

 「援軍!?」

 

 Mi-24Aの後部より一人が跳び下りた。

 パラシュートも付けずに降下する人物にチコリブリが接近するも、急に停止したかと思えば横にスライドするように動いて二機のチコリブリがぶつかり合って爆散する。

 その光景に察して目を見開いた。

 着地の瞬間にふわりと身体が空中で制止して、降下速度を無くしてから黒いバトルドレスに身を包んだエルザが舞い降りたのだ。

 

 「エルザさん!?戦場に出て来ちゃったの?」

 「無茶が過ぎるだろうに…」

 「あら?私の戦闘能力は二人がよく知っていると思うけど」

 

 そう言われたら何も言えない。

 メタルギアという足かせ付きで登場し、バットやスネーク、パイソンの三人掛かりでも良い勝負をした彼女だ。

 降参だと言わんばかりに両手を上げていると、もう一人が跳び下りてエルザがサイコキネシスで無事に着地をさせる。

 

 「パイソンまで出て来たのか」

 「有難いことに研究開発班が最新型の液体窒素入りのスーツを仕立ててくれたからな」

 「仕事させ過ぎでしょう。過労死しますよ」

 「その前に約一名は高血圧で死にそうだけどな」

 

 頼もしい援軍に気が緩み、多少の余裕が生まれる。

 上空に居たMi-24Aはケースに収められた物資を落下させると、道中に通った施設の方に向かって飛んでいく

 

 「背後は彼らが、ここは私達が抑えるわ」

 「スネークはバットを連れて施設内へ」

 

 ケースより武器を取り出す二人が示す先には敵兵が出て来たと思われる電子ロック式の扉があった。

 行かねばならないのは確かだが、二人を置いて行くのに気が引け……。

 

 遠くよりM700で狙っていた狙撃手がパイソンが担いだ四連装ロケットランチャー“M202A1”にて遮蔽物ごと吹き飛ばされ、身を隠しつつ接近していたコマンド兵はエルザのサイコキネシスにより浮遊した大口径の機関銃“MG3”二丁による弾幕によって蹴散らされる。

 気が引けたのは気のせいだっただろう。

 目線を合わせて頷くと「任せた!」と叫んで駆け抜ける。

 援護を受けながら邪魔する者だけを排除して扉へと走っていくスネークとバットを見送り、パイソンとエルザは微笑んだ。

 

 「さて、実戦は久しぶりだ。まずはリハビリから始めるとするか」

 「任されましたからね。出来得る限り頑張りましょう」

 

 敵兵の注意を引く為に二人は可能な限り派手に暴れ回る。

 その様子を高所より眺めている“繭”が居るとは露とも知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:サンディニスタの収入源

 

 サンディニスタ民族解放戦線の代表であるアマンダ・バレンシアノ・リブレは、ぼんやりと空を眺めながら煙草を吹かす。

 祖国ニカラグアを追い出され、コスタリカの地でソモサ政権打倒を夢見て来た自分達。

 夢の為にはとKGBが用意した麻薬工場で精製した麻薬をアメリカに売りつけ、武器や食べ物を購入してきた。

 最初は貧しいながらもなんとかなると未来の自分達に期待し、私達はその大半を容易に奪い去られた。

 

 私とチコの父親でサンディニスタを率いていた指導者。

 夢を共有して苦楽を共にしていた多くの同志達。

 コスタリカで築いていた拠点の数々。

 

 築くのは時間が掛かり、失うのはあっと言う間だったなとくすぶり続ける憎しみと共に思い浮かべる。

 あの頃の自分達はまだ弱かった。

 武器もそうだが兵士としてなっちゃあいなかった。

 それがここの連中―――国境なき軍隊(MSF)と関わる事で酷く痛感させられた。

 戦闘技術云々の前に基礎からなってないと駄目だしされるレベル…。

 

 チコリブリに捕まってしまい、救出された際に高所より落ちて受けたダメージは抜け、何時までも病棟の一室を占拠するのは申し訳ない上に性に合わない。

 急くような現場復帰にカズヒラやエルザは引き留めようとしたが、スネークはあっさりと許可をくれた。

 早速現地に向かおうとした私だが、このまま向かっても同じ末路を辿るのは目に見えている。

 

 そこで私達は国境なき軍隊と契約を結ぶことにした。

 サンディニスタが欲するのは戦闘能力の向上に武器・弾薬など。

 状況が状況なために代金での支払いはすぐには難しいが、コスタリカで活動するスネークとバットの支援・陽動・情報提供なら渡せるとカズヒラと交渉したが「ビジネスとして成り立たない」と却下された後にバットの提案を呑む形で我々は国境なき軍隊の非常に高い支援を受ける事になった。

 

 ジョナサンを始めとした戦闘のエキスパートを教官として、基礎から徹底的に叩き込まれた地獄の短期集中型の特別訓練。

 非常識な技術力で生み出された武装の数々。 

 効率的かつメリットの大きい稼ぎ方などなどを得たサンディニスタは急激に戦力を拡大。

 奪われた拠点の奪還も自分達で可能なほど強大な力を手に入れた。

 しかし驕る事は一切ない。

 昔に比べて多少強くなっても教官を務める国境なき軍隊の兵士の方が強く、さらに上に居るパイソンやエルザには手も足も出せないのだから。

 特にスネークとバットになると総勢で挑んでも返り討ちに逢う未来しか見えない…。

 

 「アマンダ!来たぞ!!」

 

 司令官(コマンダンテ)ではなく名前呼びされた事に“馴れ”ではなく“まだ足りない”のだと自分に強く言い聞かせ、煙草の火を消して物陰に身を隠す。

 無線機を手にして小声で指示を出す。

 

 「稼ぎ時だ。せいぜい怪我の無い(・・・・・)ように商品を購入(・・)するよ。各班準備は良いかい?」

 『第二班、いつでもいけます』

 『第三班も同じく』

 『第四班、配置につきました』

 「いつも通りにやるよ。第一班攻撃準備」

 

 一班に付き五名で構成された合計二十名のサンディニスタ兵士は、建物やコンテナの陰に身を潜めてこちらに向かって進軍してくる戦車へと視線を向ける。

 これこそが彼らの稼ぎ…。

 

 「尋常じゃないほど兵器を投入してくるなら、それを奪って売れば良いのでは?」

 

 それがバットが提案したサンディニスタの資金獲得方法だった。

 歩兵で戦車を鹵獲など早々上手く行くものではない非常識な作戦ではあるものの、提案した本人からしたらすでに成した事なので、別段危ないとも思っていない。

 なんて馬鹿げた事を言い出すんだこの化け物(バット)はと当時は本気で思ったが、鍛えられた上に有効な戦術と武装を手にした今となっては「なんて旨味しかない作戦なんだ」と嬉々として行っている辺り感覚が麻痺し始めているのだろう。

 

 姿を見せたのはソ連の主力戦車T-72を重装にした改良型であるT-72A。

 125mm滑腔砲の威力は凄まじく、さらにサイドスカートの追加に前面には爆発反応装甲などで防御力を向上させ、攻守ともに優れた戦車だ。

 戦車に随伴歩兵を含んだ部隊相手に歩兵二十名で相手をする。 

 散開している班は観測員一人、狙撃手一人、指揮官一人、捕縛要員二人で構成されており、捕縛要員には国境なき軍隊で改良されたカールグフタスM2を装備している。

 捕縛なのに携帯型無反動砲を持っているかと言うのはこれこそが捕縛するに最も適した兵器。正確には装填できる特殊砲弾【フルトン砲弾】が適しているのだ。

 命中精度が高く、着弾すると周囲に催眠ガスを撒き散らし、範囲内の者を眠らすと同時にフルトン回収装置で一網打尽にする。

 

 まずは第一班が発射して随伴していた歩兵四人に撃ち込んで、フルトン回収にて戦場から遠退ける。

 勿論敵も気付いて警戒するも相手はこちらの姿を確認しなければ戦闘態勢に移行されない。

 素早くスモークグレネードで煙幕を張って視線を断つ。

 攻撃を受けた事実を知りながら、煙幕とあからさまに視界を塞がれても、敵はマニュアル通りにしか動けないのか警戒で立ち止まる。

 戦車の周囲に沸くように敵兵が出現するも、次は第二、その次は第三、さらにその次は第四が同じように兵士をフルトン砲弾で無力化して第一班に順番が戻る。

 これらを繰り返せば随伴歩兵は出現しなくなり、何故か戦車を操っている部隊長が姿を現す。

 そこに各班の狙撃兵が一斉に麻酔弾を撃ち込んで眠らす事で無力化して作戦は終了。

 存外に簡単で呆気ない。

 砲弾や麻酔弾は少々高いが一台何百万ドルもする戦車が新品同様で手に入るのであれば黒字で塗りつぶせる。

 

 回収した兵士達は国境なき軍隊に引き渡して紹介料(・・・)を貰い、戦車は国境なき軍隊かバットに紹介されたニコライという人物が経営する民間軍事会社に売るのだが、出来れば仲介料の掛からない国境なき軍隊の方が儲けが良いのでそちらを期待したいところだ。

 

 仲間と共にBTR-60PAを重装化した装甲車BTR-60PBに乗り込み、T-72Aを連れて近くの拠点へと向かうのであった。

 ちなみに兵員移送用に使っているBTR-60PBも鹵獲品である。




 ピューパ戦に続きクリサリス戦終了!
 これで当分は…と思っていたら次のAI兵器との間隔短すぎない?
 久しぶりにゲームプレイしたらほぼ連戦なんだけど…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽装基地にて

 採掘場の地下に設けられた偽装基地。

 スネークとバットを迎え撃つべく出て来た部隊もこのような展開は予想していなかっただろう。

 待ち構えていた相手には侵入を許してしまい、自分達は捕縛どころか足止めすら出来ず、後から現れた二人の男女によって呆気なく倒されてしまうなど。

 最後の一人を壁へと投げ飛ばし、気絶させたことで敵部隊の無力化を完遂したエルザとパイソンは武器を確認する。

 二人の任務はスネークとバットの支援。

 連戦続きの彼らと違ってまだまだ十分余力があるならば、負担軽減と任務達成のために前に出るべきだろう。

 弾倉を交換し、施設の敵兵の排除と退路の確保をしていたジョナサンの班と一度合流すべく、振り返ったその時、キャタピラが地面を踏み締める音が聞こえた。

 戦車かと周囲を見渡すも見当たらず、音だけが採掘場に響き渡る。

 

 「一体どこから…」

 「―――っ、上だ!」

 

 パイソンが音の発生源に気付き、視線をそちらへ向ける。

 採掘場を…パイソンとエルザを見下ろす形でナニカがそこに居た。

 巨大な砲に多数の機銃にガトリング群。

 頑丈そうな装甲に戦車だって踏み潰しそうなキャタピラ。

 装甲車でも戦車でもピューパのような小さな(・・・)兵器ではない。

 

 ―――要塞。

 まさに“動く要塞”と呼ぶにふさわしい大型過ぎる兵器。

 

 ヒューイが作り出した三つのAI兵器。

 “繭”の名を持つ型式番号TR-cocoon7000【コクーン】

 圧倒的なほどの巨体が斜面を滑り降りて接近する様に、歴戦の勇士であるパイソンですら怯む。

 

 「これを二人がかりでか。骨が折れそうだな」

 「けどやらないとやられるわ」

 「そうだな。しかしなんとも…」

 

 この状況はエルザは兎も角、パイソンにとっては不利な状況であった。

 現在パイソンが着ているスーツには以前同様液体窒素で満たされた特注品。

 防御力や液体窒素の保有量を増やしたり、マザーベースの技術力でかなり強化されている。勿論液体窒素を用いた凍結能力も効率よく強化されているもののこれだけ開けた場所では上手く発揮することは出来ないし、そもそもあんなデカ物を凍り付かせるなどスーツ内の液体窒素を使い切っても不可能だ。

 

 「主砲装填完了」

 「散れ!!」

 

 主砲が狙いを定め、砲身を向けて来たので叫び左右に散開する。

 狙いがパイソンに向いた事でエルザが機関銃“MG3”二丁を浮かせて銃撃を仕掛ける。

 カンカンと装甲に弾が当たって弾かれる音がするものの、無傷と言う訳にはいかずにコクーンはダメージを負う。

 搭載されているAIは即座に反撃行動を開始し、側面と上部に取り付けられた機銃とガトリングガンにより弾雨の嵐が降り注ぐ。

 

 エルザは超能力が使用できることからパイソンの液体窒素のように特殊兵装を用意されている。

 それが降下されたケースで、あれは鋼鉄同様の防弾性能を持ちながら軽い“チタン装甲”を六枚くっ付けたものであった。

 サイコキネシスで六枚の板に分解して自身を護る様に展開させ、襲い掛かる弾丸の嵐を耐え凌ぐ。

 

 「これでも喰らえ!!」

 

 主砲を何とか躱したパイソンはエルザに気をとられているコクーンに四連装ロケットランチャー“M202A1”を連続で叩き込む。

 硬い装甲で守られている部位には効果が薄いだろうが剥き出しの主砲は話が別だ。

 四発のロケットランチャーが全弾直撃した主砲は黒煙を上げ、砲身は歪んでしまっていた。

 あれでは主砲を撃つことは出来ないだろう。

 そのダメージにより甲高い悲鳴のような音を発し、コクーンは怯んだのか銃撃をほんの僅かだが緩めた。

 

 今だと言わんばかりに二人は近くの遮蔽物に身を隠しながら攻撃を継続する。

 が、立ち直ったコクーンは両者に弾雨を降り注いで反撃の手を止めさせた。

 さらに後部クレーンに連結された機銃が自由に動き回って攻撃してくるので、遮蔽物に隠れているからと言って安心はできない。

 

 「カズヒラ!こちら巨大な兵器と交戦中。こちらの火力では如何ともし難い」

 「手数が足りない上に火力不足。援軍を呼べませんか?」

 『暫く耐えてくれ!すでに援軍は送ったが時間が掛かる』

 「分かっ―――くそったれが!」

 

 返事をする最中「範囲攻撃実施」との声が発せられ、頭上に幾つかの爆雷らしきものが射出された。

 陸上兵器の癖に対潜迫撃砲を装備しているとはどういうことだと叫びたくなる衝動を抑え、その場を大急ぎで飛び退く。

 降り注ぐ爆弾の雨に先ほど居た場所は地面を抉られるほどの連続する爆発に晒された。

 少しでも遅れていたらと思うとぞっとする。

 ロケットランチャーの装填は済んでいたので、とりあえず全弾叩き込む。

 装甲で爆発を起こして周囲の機銃を吹き飛ばすもほんの一部の機銃を失っただけで、武装はまだまだあるようだ。

 

 「なんだあれは!?撃ち方用意!!」

 

 異変に気付いて駆け付けたのだろう。

 現れたジョナサンの部隊は仲間の危機を知り、コクーンを前に怯むことなくロケットランチャー“LAW”を構えて一斉に放つ。垂直に並んだロケット弾は見事に直撃して多くの機銃やガトリングガンを葬り去る。

 味方の到着に安堵する間もなく、コクーンは次の攻撃を宣言する。

 

 「ミサイルターゲット捕捉」

 「いかん逃げろ!!」

 

 直上へと飛来するミサイル群。

 上空へ飛びあがると目標であるジョナサン達に向かって急降下し始める。

 慌てて逃げ出すも間に合わないと察した何人かが撃ち落そうとアサルトライフルを撃つも、ミサイルは無情にも向かってくる。

 弾雨で迎えずに見る事しか出来ないエルザとパイソンは肩を震わせながら自分達の力の無さを恨む…。

 

 降り注ぐミサイル群は地面にぶつかると大爆発を起こしてジョナサン達を爆炎に包んで吹き飛ばす――――筈だった(・・・・)

 

 ミサイル群は直撃する前に空中ですべてが機関砲によって爆散し、降り注ぐ破片から身を護る為にジョナサンたちは岩場の陰に身を隠す。

 何事かと頭上を見上げるとローター音を響かせるヘリが一台飛んでいた。

 

 AH56A-R。

 新型航空火力支援システム構想により設計された初の攻撃ヘリAH56の対戦車戦闘仕様。

 輸送ヘリに比べてスマートかつ小型なボディで、360キロという画期的高速性能を得た。

 非常に強力な兵器であり、頭上を飛んでいるのは黒色の迷彩が施されている事から、現地改修を施されたカスタム機(AH56A-R(C))である。

 

 『うっははははは!見たか小僧共!これが儂の力だ!!』

 

 興奮気味に叫ぶスコウロンスキー大佐に、苦笑いを浮かべながら感謝を抱く。

 ミサイルを撃ち落とした30mm機関砲がコクーン上部にあるAIポッドに攻撃しながら、開きっぱなしだった垂直発射方式ミサイルランチャーの発射管に対戦車ミサイルをぶち込んで大爆発を発生させた。

 内部にも火と爆発が周ったのか至る所で煙が上がり、所々では火が噴き出し始めた。

 いきなりの登場からやってくれたスコウロンスキー大佐に対して皆が歓声を挙げる。

 ただパイソンとエルザ、それと無線を繋いだままのカズは嬉しいながらも何処か浮かない表情をしていた。

 

 「マザーベースにあったのってAH56A-Bだったよね?」

 「あぁ、決して対地用のRではなかったな」

 『最近不明金があったんだがまさか勝手にアマンダから買ったのか…』

 

 だろうなと相槌を打って二人はコクーンに追い打ちをかける。

 ジョナサン達も所持していた弾薬を全て消費する勢いで撃ち続ける。

 

 「一気に畳みかけるぞ!」

 「勿論よ」

 

 チタン装甲を展開したまま機関銃を撃ち続けるエルザに、M16A1アサルトライフルを取り出したパイソンもコクーンへの攻撃を再開する。

 抵抗する術を著しく失ったコクーンの撃破も時間の問題となった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地内に潜入したスネークとバットは二手に分かれて内部を進んでいた。

 多少なり時間があるのならツーマンセルで動いたのだが、時間が少ない上にエルザやパイソンに地上を任せた事もあて余計に急ぎ、効率優先で二手に分かれてのママルポッド捜索を行っているのだ。

 当然のことながら基地内の警戒は最大にまで引き上げられ、内部にはコマンド兵が侵入者を見つけようと巡回している。

 …ただそれにしては甘い所が多々見られ、どうにも誘われているように思えてならない。

 

 「そっちは敵との接触はあったか?」

 『今のところバレた様子はないですね』

 「こっちもだ。罠の可能性がある。注意しろよ」

 『了解。スネークさんも気を付けて』

 「あぁ…」

 

 最後に短い返事を返して、警戒しながら先へ進む。

 警戒している兵士達の死角を突き、戦闘を避けてエレベーターで下へ降り、閉じ切れていないシャッターを無理やり上げて、奥へ奥へと入り込んでいく。

 最下層にある格納庫にようやくお目当てのママルポッドを確認したが、周囲には研究員に警備兵の姿もあって迂闊に出られない。

 しかもママルの近くにはストレンジラブ博士とコールドマンの姿まで…。

 聞き耳を立てているとまだ作業は完了しておらず、まだ結構な時間が掛かるようだ。

 どうするかと悩んでいると「皆、休憩にしよう」とストレンジラブの指示が出され、全員が部屋から出て行く。

 これは好機だと警戒しつつ近づくとママルポッドは起動した状態で置かれていた。

 

 『ジャックね』

 

 ママルポッド内部に降り立つと“ザ・ボス”の声を発してきた。

 その雰囲気と声に呑まれて、トリガーを引くどころか銃さえ構える事も出来なかった。

 ただただ無防備に立ち竦むだけ…。

 

 『どうした?体温が下がっている』

 「…気のせいだ」

 

 嘘だ。

 体温が下がるどころか呑まれて呼吸さえ乱れている。

 

 『壊しに来たの?』

 

 その言葉にさらに搔き乱される。

 心臓がドクンドクンと大きく跳ね上がり、汗が噴き出してくる。

 それを検知したママルが今度は『心拍数があがった』と言い、俺は強がってここは寒いとだけ返す。

 しかしそれに「そう」とだけ返した声色はこちらの状態を察しながらも追及はしないという意思(・・)を感じた。

 

 「ボス…ボスなのか?」

 『どうしたのジャック?』

 

 もう強がりも聞かず、感情を俺は抑えきれなくなった。

 俺は聞きたかった。

 エヴァから伝えられた真実でなく、彼女自身の想いを。

 あの最後の任務での事を。

 詳しく語り掛けたが、ママルは知らない情報だとボスの口調で首を傾げる。

 

 「そうか…そうだな。アンタはボスじゃない」

 

 ようやく銃を構える事が出来たが、やはり壊す事は出来なかった。

 否、させてはもらえなかった。

 

 「銃を捨てろBIG BOSS(ビッグボス)

 

 ママルを覆っていた外部カバーが開かれ、周囲は完全に敵兵に囲まれていた。

 近くにはコールドマン、そしてストレンジラブも居り、まんまと罠に掛かってしまった事を悟る。

 

 「ママルに研究所(ラボ)でお前が現れた時と同じ反応があった。お前が近くに居る証拠だ」

 

 ストレンジラブの言葉を聞きながら、周囲を囲んだ兵士達の前に出て来たスキンヘッドにコヨーテが描かれたコールドマンに視線を向ける。

 勝ち誇ったようににやけずらを浮かべた様子に睨み返す。

 

 「また会えて光栄だ。君は知らないだろうが十年前から知っているぞ」

 「十年前…スネークイーター作戦の関係者か?」 

 「まさしくそうだ。あの計画は私が立案したものでね。裏切者の抹殺計画(スネークイーター)

 

 バットからストレンジラブとの話を聞いていて不思議に思っていた事がある。

 どうやってコールドマンは極秘作戦が多かった筈のボスの情報を事細かに収集する事が出来たのか?南米支局長だからと言っておいそれとできる事ではない。が、あの作戦の立案者なら当時は本部(ラングレー)の制服組。情報も集めやすいわけだ。

 だが、ここで疑問が一つ。

 本部勤めの制服組が何故中米の支局長になっているのかと言う事。

 

 「真実を知る者としてこんな僻地に飛ばされてしまったがね」

 「つまり返り咲く為の【ピースウォーカー計画】か」

 「半分はそうだが、もう半分はそうでもない。新たな秩序の確立だよ」

 

 コールドマンが語ったのはヒューイより聞いていた人間に感情があるがゆえに発生する不確実性と、決して判断を誤る事のないAIの優位性。

 そして自分が放つ核こそが冷戦後最初の核であり、人類史上最後の核になると優越感交じりに語られる。

 自分の語りに酔い、優越感に浸った事で満足したのか周囲の兵士達に邪魔者の排除を命じた。

 

 「殺せ」

 「待て。その男にはまだ聞きたい事がある」

 

 それに待ったをかけたストレンジラブ博士。

 彼女の思惑は前回話した際に理解している。が、それだけは絶対に話す訳にはいかない。

 あのザ・ボスの真相だけは口が裂けてもいう訳にはいかないのだ。

 

 「諦めろ。ボスは死んだんだ!」

 

 強く叫ぶとサングラス越しでも睨み返すのが解るも、スッと落ち着きを取り戻して凭れていた壁より離れて近づいて来た。

 するとポケットから取り出した無線機を口に近づける

 

 「聞こえているか蝙蝠」

 「貴様っ!」

 

 無線機は偽装基地内のスピーカーと繋がっており、至る所からストレンジラブの声が聞こえてくる。

 今の状況が恨めしく、自分の迂闊だった行動に怒りが込み上げる。

 バットは事の真相を知っており、俺は人質にとられて脅しの材料として使われる。

 あの時有無を言わさず破壊出来ていれば…。

 悔やむと同時にバットが本当に破壊できるのか問い質してきた事を思い出し、アイツは俺が壊せない事を判っていたんだと理解する。

 

 「お前は知っている筈だ。スネークと共にあの地に居たお前なら彼女の真相を!」

 

 考え込む間にもストレンジラブは訴え続け、無線の周波数帯を口にしてバットからの連絡を待つ。

 間が空く時間が多くなるにつれてストレンジラブの焦りが見て判り、とうとう我慢できずに大声で叫ぶ。

 

 「言わねばここでスネークが死ぬことになるぞ!私にとってはどちらからか最後のデータ(彼女の死の真相)を聞ければ良いのだからな!!」

 『―――分かりました』

 「バット!!」

 『貴方には知る権利がある。スネークさんだって同じ立場だったら知りたいはずでしょう?―――ただ他の人には聞かれたくないんですが…』

 「分かった」

 

 どうにかして止めたいが、確かに気持ちが分からない訳ではない。

 自分だってボスが自身の知らない所で汚名を着させられて殺された可能性があったのならば、真実を知ろうと動くのは容易に想像できる。ゆえに感情はせめぎ合ってしまう。 

 無線機に耳を当てて表情に感情を出さずに話を聞き、最後に大きく俯いて感情の整理を行っているようだ。

 

 「もう用は済んだな。殺せ」 

 「待て。約束が…」

 「約束?私も博士も“生かして返す”とは一言も言ってない筈だが?」

 「うん、知ってた」

 

 ニヤつくコールドマンの表情が凍り付いた。

 いきなり自分でもストレンジラブでもスネークでもない事が聞こえたのだから。

 周囲の兵士も察して驚きの表情を浮かべる。

 

 「貴様!何時の間にッ!!」

 

 声の方向に振り向く前に六つの銃声が響いて六名の兵士が崩れ落ちる。

 その一人が手放したアサルトライフルを手に取って正面の敵兵を射殺。すぐさま跳び出してストレンジラブへと手を伸ばす。

 狙いは胸元に付けているIDカード。

 引っ手繰る様にIDカードを奪うとその場を駆け抜ける。

 視線をバットへと向けると六発打ち終えたSAAを仕舞い、小型軽量カービン“M653”を撃ちながら援護してくれている。

 急ぎ駆け抜けて合流を果たす。

 喋った事に対し睨んでしまうが、バットはにっこりを笑みを向ける。

 

 「お待たせ。待った?」

 「バット!お前は―――」

 「言いたい事は解かります。僕も言いたい事がありますが積もる話は後程。撤退しますよ!」

 「―――ッ…了解した」

 

 目の前にママルポットがあり、敵兵が乱れた事で隙は出来たのでそこを突くことは出来る。

 しかしながら派手に銃撃戦を開始した事で警備に当たっていた敵兵がここに詰め寄せて来るのは明白。

 任務は全うしたいがこのままでは俺達は確実に死んでしまう。

 それに敵の目的は解かっても手段の全容が把握し切れていない。

 ピースウォーカーがママルポッド無しでも行動できるのならまた話も変わるだろう。

 ゆえにここは一度体制を立て直すべく撤退する。

 苦々しい決断に二人は地上を目指して来た道を引き返していく…。 

 

 

 

 地上まで進む道中にてカズより「パスと連絡が取れなくなった…」との報告を耳にするのであった…。

 

 

 

 

 

 

 コスタリカ国連平和大学で教鞭をとっているラモン・ガルベス・メナ教授は、落ち着いた様子で珈琲を飲みながら待ち人の到着を待つ。

 借りた一室には教え子であるパス・オルテガ・アンドラーデという16歳の少女もおり、窓辺で外をぼんやりと眺めていた。

 本日は教え子を導く教育者の肩書と、本業であるKGB工作員としてここにいる。

 現在CIAが行っているコスタリカでの作戦計画は、我々にとって非常に目障りながらも有能なもの。

 ただ今のままでは毒でしかないので、色々準備をして中和させないとつかいものにならない。

 その為にこれから会う人物が必要なのだ。

 

 珈琲を味わいながら待っているとドアがノックされ声を掛けられ、「どうぞ」と返すとゆっくりと扉が開かれる。

 

 「すみません。遅くなりましたかね」

 

 扉を開けて入って来たのは黒いロングコートの間より野戦服を覗かせた二十代後半のアジア系の青年だった。

 “BIG BOSS”の称号を得たスネークの戦友であり、武器や糧食だけでなく味方まで敵勢力より現地調達する特殊な潜入工作員。

 ソ連では反逆者として裁かれる筈だった多くの兵士達を、英雄として堂々と帰還させたソ連兵士にとっての英雄。

 歴戦の勇士と言うには年齢に対して童顔なために多少疑いが混じってしまう。

 しかし情報部が調べたグラズニィグラードにサンヒエロニモ半島などでの活躍からすれば能力は一級品で疑う余地なし。

 

 「いえいえ、よくお越しくださいましたリトゥーチャムイーシ(蝙蝠)。いや、バットとお呼びした方が?」

 「そうですね。バットの方が良いですかね」

 

 軽い握手を交わしながら話して席へ促す。

 CIA工作員として参加したグロズニィグラードからサンヒエロニモ半島での事件まで姿を消し、以降は消息不明となっていただけに、今回接触できるとは思っても居なかった。

 そもそもバットに関しては情報が少なすぎるというのもある。

 家族構成や出身地などソ連の情報部をもってしても調べられず、グラズニィグラードでの活躍以前の経歴は一切知られていない。さらにその後はCIAにすら属さず単身フリーで動いているのにその頃の情報も一切出て来ない。

 まるで巨大な力により隠匿されているように…。

 

 「言伝によると助けを求められているようですが」

 「はい。どうか私達を助けて下さい!」

 

 私は祈るように、縋る様に演技をしながらバットに話す。

 コスタリカに入り込んだ武装勢力の排除。

 如何に政府が動けないか、どれほど恐ろしい奴らか、そしてコスタリカの平和が乱されている事を心情に訴えかける。

 

 …まぁ、当然ながらすんなりと信じて貰えるとは思っていない。

 相手が素人ならまだしも人心掌握を得意とするバットだ。

 詳しく理解出来て無くても疑いは持っている筈。

 それを指摘するかあえて乗って来るかでこちらの対応は変わるが問題はないだろう。

 

 金が欲しいのなら十分ではないにしろ用意は出来る。

 名声が欲しいのならばこの作戦を成功させた暁にはコスタリカを救った英雄として、現地でも我々の間でも歴史に刻まれる。

 地位が欲しいのならこちらで用意してやることは出来る。なにせソ連兵にとっての英雄だ。上の連中も引き抜く事も視野に入れて喜んで用意するだろうな。

 

 「所でそちらは?」

 「あぁ、彼女ですか」

 

 相槌を打ちながら話を聞いていたバットはパスに視線を向けて問いかけた事で、まだパスの事を紹介してなかったことを思い出して話し始める。

 彼女は私生児(バスタード)で家族であった母親を幼くして亡くし、内戦で祖父母も亡くしまって身寄りがない。

 そんな彼女は行方不明の友人を探しに赴き、武装勢力に捕まって乱暴された…。

 

 パスの経緯を語っているとバットは俯いて震え出した。

 どうしたのだと伺っていると顔を上げたバットは涙を流して悲しんでいた。

 

 「まだ16歳の女の子に…」

 

 ガン泣きしている様子に面食らってしまった。

 彼は本気で悲しみ、パスを想って泣いている。

 

 バットは立ち上がってパスに歩み寄ると優し気に頭を撫でた。

 

 「(つら)かっただろうね。僕が何とかしてあげるから。絶対に」

 

 ひと撫でしながら優しく語り掛けたバットは、真剣な顔つきで入り口へと向かい始めた。

 私は本気で慌ててしまった。

 

 「ど、何処へ行くのです!?」

 「コスタリカ!!」

 「ちょっと待って下さい!!」

 

 上ずった声を気にせずに大慌てで駆けよって引き留める。

 

 「まだ話は終わってませんよ。報酬の話だって…」

 「好きな額で良いよ。一刻も早く行ってぶっ飛ばしてやる」

 「どうやって向かう気ですか?」

 「船でも徒歩でもなんとかなるでしょ」

 

 勢いと怒りのまま行こうとするバットを必死に引き留め、通信機を渡して前金代わりに“スネークが参加する事”という条件を呑むと彼はこちらが用意した移動手段を使って行ってしまった…。

 

 「引き受けてくれましたね」

 「あ、あぁ…予定とは違ったが…」

 「妙に不安が残るのはどうしてでしょうか?」

 「気のせい…ではないですよねぇ」

 

 どうしてだろうか…。

 実績から非常に頼りになる人物である筈なのに、微妙に頭痛が起こるほど不安が残るのは…。

 

 ため息を吐き出した辺りで妙な浮遊感を感じて、ガルベスは身体を起こす。

 なんだなんだと周囲を見渡すと先ほどの一室でなく、移動中の車内の中であり、今の自身が何をしていたのかを正しく理解した。

 

 「どうかされましたか?」

 「…いや、少し夢を見てしまったようだ」

 「夢、ですか」

 

 近くで待機していた兵士の問いに答えるとシートより身体を起こして伸びをするガルベスは、蝙蝠と出会った時の事を夢で見ていた事に笑みを浮かべる。

 本当にあの時はどうしようもない不安に襲われたが、結果は最良と言っても良いだろう。

 最高の状態で収穫できそうで胸躍るよ。

 

 「目的地まであと一時間もあれば到着いたします。それとお耳に入れたい事が」

 「なんだ?」

 

 兵士が語ったのはCIAの手によりパスが攫われたという事。

 教え子が攫われたのなら教授として慌てるのだろうが、今は教育者ではなく工作員としての仕事を優先するとしよう。

 

 「なに、行先は同じだ。焦る事もあるまい」

 

 クツクツと嗤いながら部下を引き攣れ、ガルベスは戦場に足を踏み入れるのである。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:歴史を先取りし過ぎた開発物

 

 スネークは技術開発班の報告を受けるべくマザーベースに帰還していた。

 最前線ばかり出向いているスネークは実戦部隊として戦うだけではなく、マザーベースの司令官としての職務も熟さなければならない。

 カズによれば開発班が色々と開発したと言う事で返って来たのだが、ヘリが降りる前から着陸場にカズが居るのは見えていたのだけど、近付くにあたって輝かんばかりに笑みを浮かべた表情が見えて来た。

 どうしたんだと疑問符を浮かべながら着陸したヘリより降りると風圧などものともしないような勢いで駆けよって来た。

 

 「待ち侘びたぞボス!」

 「どうした。そんな気色悪い笑みを浮かべて…」

 「そんなに笑っていたか?いや、それは良いんだ。ぜひボスに見てほしいものがあるんだ!」

 「分かった分かった。行くから手を引っ張るな」

 

 興奮気味に連れて行こうとするカズにさらに疑問と違和感を抱きながら、引っ張られるままに研究開発班へと辿り着く。

 するとそこにはヒューイにグラーニン、ソコロフだけでなくエプロン姿のバットやアマンダやセシール、チコにパイソン、エルザまで集まって何やら騒いでいるのだ。

 

 「なんだこの騒ぎは?」

 「あぁ、研究成果の事で打ち上げさ」

 「打ち上げ?バットやアマンダもか?」

 「バットは糧食班に協力してね。アマンダ達は味見(・・)でかな」

 「開発したというのは食べ物系か。バットが関わっているならさぞかし美味しいんだろう」

 「ま、まぁ、盛り付けは俺の方が上手かったけどな」

 「で、今度は何を開発したんだ。ちょっとやそっとでは驚かんぞ」

 

 負けじと言い出したカズを無視して話を進める。

 研究開発班は優秀過ぎる科学者が所属している事もあって非常に高い技術レベルを持っており、フルトン回収用カールグフタスM2を始めとして、銃器に地雷、さらには支援砲撃マーカーと支援補給マーカーなんてものも開発している。

 特に気に入っているのは支援補給マーカーで、設置型、投擲型、射出型と三種類あり、場所をマザーベースに知らせると武器弾薬が戦場でも届けられるという優れもの。

 しかも段ボールに入れてだ!

 自分で被り、敵を欺き、ステルス性に富んだ潜入工作員にとって必需品の段ボールに物を詰めて送るなど思いつきもしなかった。さすがうちの優秀な研究開発班だ。

 ※段ボールの正式な使い方です。

 

 余裕を見せるスネークに対してカズは満面の笑みを浮かべる。

 

 「戦場でカレーが食えるようになると言ってもか?」

 「なんだと?馬鹿な…戦場でカレーを作っている余裕など」

 「それがこいつは三分あればできるんだな」

 「三分?そいつは凄いな」

 

 そう言ってカズは箱に収められていたパックを取り出し、カセットコンロで湯を沸かしていた鍋に浸けた。

 カレーの名前は“ボ●カレー”と言うらしい。

 “ボ●”というのは“美味しい”とか“良い”というフランス語だとセシールが教えてくれたが、名付け親はカズらしい。どうせまたパリジェンヌがどうたら言うんだろうと問いかけるとそっぽを向いて「憧れが……悪いか」とだけぼそりと呟いた。

 そっとしておくかと視線を逸らすとチコが読んでいる雑誌が気になり首を傾げる。

 

 「チコ、その読んでいる雑誌はなんだ?」

 「これ?最近ソコロフ博士とかが開発したんだよ」

 「雑誌を開発!?それはまた…」

 「い、いや、私は印刷できるようにしただけだ」

 「凄いわよ。色んな種類があるから読んでみたら。時間も掛かるだろうし」

 

 確かに時間を潰すのに良いだろうなと、アマンダが進められるがままに置かれた雑誌類を見渡し、種類の豊富さに驚く。

 料理本に週刊少年マ●ジン、電撃ゲー●ズ、電撃Play●tation、週刊ファ●通。

 本当に種類が豊富過ぎて何を読むか迷うな。

 カズが「電撃ゲー●ズの表紙が良いんだよ」と熱く押して来たがスルーして、何故かパスが表紙を飾っている電撃Play●tationを手に取った。

 

 「あ、そうだ。これ渡しておくわね」

 「なんだコレ?」

 

 エルザより渡されたのは黒いスプレー缶だった。

 虫よけか何かかと思っているとカズやグラーニンがポケットより取り出して自らに吹きかけ始めた。

 

 「A●E フレグランス ボディスプレーよ。良い香りがするから試してみてね」

 「いや、俺は別に…」

 「男もこういった事に気を使わねばな」

 「そうだぞスネーク。手軽で本格的な香りを楽しめる。男もお洒落でないとな」

 「ならバットはどうなんだ?」

 「僕にはこれがありますから」

 

 バットが懐のケースより取り出したのは煙草であった。

 ただし中身は違う。

 中には珈琲と紅茶でブレンドされた物が入っており、ニコチンなどは含まれていない。

 要は香り付けの煙草モドキ。

 中身が中身なだけにチコやパスが使用しても問題なく、チコなどは格好つけの為に吸っていたりする。

 今でこそ皆が周知しているが、始めは煙草を吸わせたとしてアマンダやエルザにバットが怒られていたのを思い出す。

 

 そうこうしていたらカレーが出来上がり、それぞれ好きな種類を手に取る。

 レトルトカレーを開発しただけでも凄いのにバリエーションまで用意したのは流石だ。

 “ボ●カレー あまくち”に“ボ●カレー ゴールド21 コクと旨味の中辛タイプ”、“ボ●カレーネオ 中辛”。

 悩みながらも一つを開封して、一口含むと野菜の甘味たっぷりのカレーの味わいが広がる。

 

 「美味い!」

 「だろ?パイソンもそればっかでなくこいつを食ってみろよ」

 「…俺はこれで良い」

 

 カレーに舌鼓を打っていると少し離れたところでチップスらしきものを食べていた。

 袋には“ド●トス”を書かれており、こんがりとした小麦色のスナック菓子が描かれている。

 

 「美味いのか?」

 「あぁ、美味いだけでなく辛みもあってな、この柑橘系の爽やかな炭酸飲料とも合うんだ」

 

 ドリ●スを一つ齧ると“マウン●ンデュー”の缶を口につける。

 炭酸飲料と言うのにごくごくと飲んでいる様子からかなり飲みやすいのだろう。

 缶であると言う事は作戦行動でも持ち込み可能。

 戦場での楽しみが増えると言う訳だ。

 

 「確かにマウンテ●デューも美味い。が、俺はこれを一押ししよう!」

 

 自信満々に取り出したのは“ペ●シNEX”と書かれた缶だった。

 口に付けるとグビグビと飲み、一息つくとプハァと豪快に息を吐き出す。

 

 「このキレにコク、炭酸の程よい強さに癖になる甘さ。それでいてゼロカロリー!!一度飲んだら病みつきで手放せなくなる」

 「ゼロカロリーでも飲み過ぎは注意ですよ」

 「分かってる分かってる」

 「儂も人の事は言えぬがいつも持ち歩いて無かったか?」

 「ソ、ソンナコトナイダロウ…」

 

 急に雲行きが怪しくなった。

 言葉が片言と言うか感情が無いと言うか…。

 ジト目で睨むと目を逸らす。

 怪しいと思っていると空気を読んでなかったヒューイが一言。

 

 「スネークやバットが作戦行動中の時だってドリ●ス片手に飲んでたじゃないか」

 

 にこやかに「何言ってるんだよ?」と言うヒューイだったが、カズからしたら「何喋ってくれちゃってんの!?」という話だ。

 青ざめて立ち上がるカズは「さ、さて…仕事に戻るかな」と部屋から出ようとする。

 が、肩をポンと叩いて声をかける。

 

 「―――カズ。少し話がある」

 「待ってくれボス。これには訳があってだな。話せば解って―――」

 「行くぞ」

 「…はい」

 

 スネークは圧をかけながらカズを連れて出て行く。

 その際、カズは手にしていた缶を手放す事は無かったのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

平和を追って

 採掘場の地下に広がる偽装基地。

 内部での事情を一切知らないパイソン達は沈黙したコクーン周辺に集まり、部隊と武器を再編成して突入準備に移っていた。

 すでにコクーンから離れたAIポッドより多くの記憶盤を回収し、負傷者と共に輸送用のヘリに移動させ、あとは号令をかけるだけだ。

 

 「こちらパイソン。これより敵基地へ突入する」

 

 連絡を入れていたパイソンの言葉にエルザやジョナサンを含めた部隊が、突入する心構えを整えて程よい緊張感と共に武器を構える。

 通信より了承の返事を待っていただけに、発せられた言葉にパイソンは戸惑った。

 

 『総員その場を退避しろ!!』

 

 スネークの焦りを含んだ叫びに一瞬思考が停止するも、僅かな揺れから察して大声で周囲に伝達する。

 

 「総員退避ぃいいいいい!!」

 

 揺れは次第に大きくなり、地下へと続くハッチが解放される。

 叫びと揺れに呼応して兵士達はその場より全速力で離れていく。

 その後ろで沈黙したコクーンがハッチで空いた空間に崩れ落ちるように傾き始め、大きな衝撃と共に地上へと横転させられた。

 何事かと振り返ると開かれたハッチより姿を現したピースウォーカーが、邪魔だと言わんばかりにバランスを崩していたコクーンを突き飛ばしたのだ。

 巨大な四足の脚が大地を踏み締め、頭部らしい球体に光が灯る。

 背には二つの箱状の装置がくっ付いており、その片方が非常に長い事と発射口が一つであった事、なによりその見た目から核弾頭の発射装置だと皆が気付いた。

 

 開閉ハッチより離れた者からピースウォーカーへの攻撃が開始された。

 が、対巨大兵器用に持って来た兵装はコクーンに使い切ってしまい、現在持っているのは対人用の兵装。

 ピースウォーカーの装甲にダメージを与えるには弱過ぎたのだ。

 まったく効いていない事を証明するかのようにピースウォーカーは無視して、何処かへと歩みを始める。

 

 『儂らを無視するとは生意気な!!』

 

 唯一有効な攻撃手段を持っていたスコウロンスキー大佐が操縦するAH56A-R(C)の30mm機関砲が火を噴いた。

 さすがにダメージを受けたピースウォーカーは歩みを止め、迎撃態勢に入った。

 核ミサイルとは反対側にある箱型の武装が口を開く。

 

 『自己防衛システム作動。ロケットランチャー、発射』

 

 放たれたロケットランチャーの一発がAH56A-R(C)後部に直撃。

 黒煙を上げながらくるくると回りながら落ち始め、エルザは浮遊して予想される墜落地点へと向かう。

 

 「私が行く!」

 「頼む!…とは言っても俺達では足止めも満足には…」

 「パイソンさん!!」

 

 AH56A-R(C)を排除した事で歩みを再開したピースウォーカーに豆鉄砲を放ち、見送るしか出来ないパイソンの下へバットの声が届き、振り向けばスネークとバットが駆け寄ってきていた。

 

 「無事だったか!」

 「マート(MYRT)で追います!」

 「いや、部隊を運んできたMi-24Aが四機ほど施設の方で待機している。そいつを使え」

 「お前はどうするんだ?」

 「弾薬が尽きた。部隊の指揮もせにゃならん。迎えが来るのを待って合流するさ」

 「了解です。ではまた後で」

 

 二人は遠退いていくピースウォーカーを視界に納めながら、採掘場を駆け上がっていく。

 到着したときにはMi-24Aにマート(MYRT)が積み込まれており、すでに離陸態勢に入っていた。

 急ぎ乗り込んで離陸する最中、バットの無線に通信が入り、周波数がストレンジラブのものだった事からスネークの無線機にもつなげて応答する。

 

 『蝙蝠、聞こえるか?』

 「聞こえますよ博士」  

 『お前のおかげで彼女はママルポッドとして蘇った。礼を言おう。ありがとう』

 

 皮肉とも素で礼を口にしているようにも取れる言葉に、スネークはギリリと歯を食いしばるもバットは顔色を変える事は無かった。そんな状況を察する気もなくストレンジラブは続ける

 

 『ピースウォーカーはニカラグアにある米軍ミサイル基地より核弾頭を発射する』

 「核を撃つ!?正気か!!それにピースウォーカーは核抑止を決定付ける兵器の筈だろ!!」

 『…スネークか…まぁ、いい。不確実性(人間)を排除したAIによる核抑止を掲げるピースウォーカーは本来報復行動でしか核を撃つことは出来ない。だから今回は目標に向けて撃つように偽装データを送信する手筈になっている』

 「何処に向けて撃つ気なんですか?」

 『目標は確かカリブ海の洋上…領海域外だと聞かされたが』

 

 スネークは短い時間であったが接触したコールドマンの印象から無駄に撃つ事は無いと推測する。そしてカリブ海洋上にて奴らCIAが…否、コールドマンが撃つ目標があるとすれば間違いなく邪魔だてして目の上のタンコブであろう俺達の拠点―――“マザーベース”。

 

 「カズ!通信は聞こえたな」

 『ああ、すぐにアマンダ達を避難させ、こちらの戦力をそちらに送る!』

 「お前も脱出しろ!」

 『何言っている。俺は副指令だ。早々基地を捨てられるか。それに俺は…俺達は信じているんだぞ。伝説の英雄が何とかしてくれるってな』

 

 普段は調子に乗り易く、良くも悪くもムードメイカーなカズヒラだが、今は非常に頼もしく感じる。

 スネークとカズのやり取りを効いて小さく微笑、バットはストレンジラブとの通信を続けた。

 

 「何故そこまで教えてくれるのですか?」

 『借りを返しただけだ。それに私の目的はママルポッドの完成が目的で、コールドマンの核抑止や核の発射にある訳ではない』

 「博士って…やっぱり(・・・・)良い人なんですね」

 『…突然何を言って…やっぱり(・・・・)?』

 「いえ、ヒューイ博士から貴方がどれほど優秀で素敵な方なのか聞いていたので」

 『わぁああああ!?そ、それは言ったら駄目だよ!!』

 

 大慌てで回線に割り込んで来た様子に笑ってしまう。

 切羽詰まった状態だというのに…。

 かといってガチガチに緊張していても良いというものでもないが。

 

 『それともう一つ。パスと言う少女がこちらに居る』

 「―――ッ!?パスちゃんは無事なんですか?」

 『今は大丈夫だ。監視はついているが私の目の届く範囲で自由にさせている』

 

 続けられた一言でパスの居場所が分かったものの、状況は最悪と言って良いだろう。

 後の事を考えてピースウォーカーは破壊もしくは鹵獲しなければならないし、核は撃たせないように止めないといけない。そんな状況下で人質を取られたのは本当に痛い。

 唯一の救いは会話にてバットが“良い人”認定したストレンジラブ博士が護っているらしいことだろう。

 …別の意味の危険はあるとも露とも知らずに…。

 

 

 

 ストレンジラブ博士による情報提供を持って目的地を米軍ミサイル基地へと変更したスネーク達は、コスタリカ・ニカラグア国境サン・ファン河を越えた辺りで対空兵器による迎撃を恐れて地上に降り立つ。

 Mi-24A三機は着陸させると警備を置かずにパイロットも武器を手に基地へと向かう。

 マート(MYRT)を積み込んだためにその分兵士を乗せられず、この場に居るのは二十名弱。

 航空支援は期待できず、援軍の到着まで待つ余裕はない。

 武器も手持ちの物ばかりで、正攻法での基地を制圧など夢のまた夢…。

 

 「スネークさん。僕達が囮になりますのでパスちゃんの救出お願いします」

 

 マート(MYRT)に跨って米軍基地へと突入準備を進めてるバットの提案に納得はする。

 短期間で任務をこなしながらパスを助けるのならどちらかが注意を惹き、潜入能力に優れた者が司令部を押さえた方が良い。

 二人で司令部に向かった方が成功率は上がるが、数でも装備でも劣っている現状を考えるとどちらかが囮に居た方が惹き付ける時間も延びるし、仲間の生存率も上がる。

 納得して了承するだけなのだが、その前に聞いておかなければならない事がある

 

 「分かった―――が、その前に一つ。お前、ママルポッドを完成させるように動いたろ?」

 

 腑に落ちなかった。

 バットは俺を助けるためにザ・ボスの情報をストレンジラブに漏らした。

 その結果、俺は助かる代わりにママルポッドが完成してしまったと言うなら話は分かる。

 しかし実際は真実を喋ったところで奴らは俺を殺そうとしており、助かったのはバットのSAAによる早撃ちによるものだ。

 つまりバットはピースウォーカーが完成する為に必要なママルポッドに抜けていた肝心の情報を語っていた時には、俺を助けられるようにすぐそばに居た事になる。

 俺を救出する際に使われたのがスナイパーライフル、もしくはアサルトライフルによる長距離から中距離射撃だったらそうは思わなかったが、バットはコールドマンの言葉を聞いて無線を通さずに言葉を返し、拳銃であるSAAの射程に敵兵を収めていた

 それほど近くに居たのなら情報を教えずに、その場で撃てば俺を助ける事は可能だった筈だ。

 

 スネークの問いかけにバットは苦笑いを浮かべる。

 

 「スネークさんは向き合わないといけないと思ったんです」

 「それがどんな危機的状況になると解っていてもか!」

 「はい」

 

 バットは真っ直ぐスネークの瞳を見て答えた。

 嘘偽りなくバットは世界の危機より俺を選んだのか。

 なんとも言えない感情がせめぎ合う中、バットはまた笑う。

 

 「といっても危機的状況に陥ってもその前に阻止するつもりですけどね」

 「当たり前だ」

 

 二人して笑い合い、軽く拳をこつんと当てる。

 スッキリとした表情の二人は振り返り、バットと共に突入する仲間へと振り返る。

 

 「では作戦を開始します。第一班はここより砲撃(・・)。敵の注意が引けたところで僕が率いる第二班が敵武器庫を制圧。武器弾薬を確保します。ここが正念場です。気合を入れて行きましょう」

 

 「おう!」と声を揃えて返事をし、第一班は二人一組に立って被る(・・)

 それは大国の科学技術にも匹敵する優秀過ぎるマザーベースの研究開発班が開発した新兵器にしてスネーク曰く最高傑作。

 人が進める陸路ならどこだろうと走破し、非常に軽いながら数発ならば銃弾にも耐えうる装甲。

 持ち運びが凄く楽な上に組み立ては素人でも短時間で出来、操縦士と砲撃手だけという少ない人数で操れ、排気ガスを出さないクリーンな兵器。

 その名も“ダンボール戦車”。

 

 五台のダンボール戦車が並び、バット達とスネークは別方向へと移動する。

 そして間もなくしてダンボール戦車の一斉砲撃が開始され、急な敵襲に混乱する基地へとマート(MYRT)の乗ったバットが先陣を切って切り込んでいく。

 戦闘が激しくなる様子を確認し、スネークは基地内部へと侵入する。

 警戒態勢とは言ってもバットが惹き付けているおかげで入り込めた訳なのだが、どういう訳か内部の兵士はCIAではなくKGBの兵士が占めていた。

 訳は解からないが今はそれで足を止めている暇はない。

 次々と敵兵の目を掻い潜って先へ先へと進み、スネークは管制塔最上階指令室へと繋がるエレベーターに乗り込んだ。

 通路を進んだ突き当りに指令室はあり、人気の無さを焦る気持ちの中で感じて中へと跳び込む。

 室内は円形状になっており、周囲の壁にはモニターが幾つも取り付けてあってピースウォーカーをメインに映し出されていた。

 人影は少なく、正面奥にパスを連れたコールドマンが居るだけ…。

 

 「スネーク!」

 

 気付いたパスが声をあげる。

 俺の存在に気付いたコールドマンが振り返るより先に銃口を向けるも、振り返ったコールドマンは不敵な笑みを向け返して来た。それに合わせて周囲を囲んであった仕切り板に隠れていた兵士がずらりと現れ、銃口をこちらへと向けて来た。

 この一室は二階もあって、上からも銃口を向けられている状態では身動きすら取れない。

 

 「来たなBIGBOSS。存外に早かったが手遅れだったな」

 「なに!?」

 「偽造データの準備は整った。あとは目障りなお前の基地を吹き飛ばし、この私が完全なる核抑止を実現するのだ」

 

 コールドマンの視線がちらりとあるモニターに向けられる。

 そのモニターには作業に没頭しているストレンジラブの姿が映し出されていた。

 

 「後はコードを入力するだけ」

 「やめろ!!」

 「止まれBIGBOSS」

 

 スーツケース型の端末にカードを通そうとしたコールドマン。

 焦ってトリガーに指をかけるも“教授”の声に指が止まる。

 聞き間違いが過ったが振り返れば間違いなくガルベス教授がそこに居た。

 CIAのコールドマンが指揮する米軍基地にKGBのガルベスが何気ない様子で居る。

 これは非常に可笑しな事態だ。

 

 「遅かったな」

 

 困惑する俺とパスを他所にコールドマンは親し気な様子で声をかけた。

 …が、ガルベスの返しはそれとは異なるものだった。

 

 「予定より手間取った―――“基地の制圧”にな」

 「う、裏切ったのかザドルノフ!!」

 「可笑しな事を言う。そもそも我々は敵同士ではないか」

 

 コールドマンの部下であったはずの兵士達は銃口をコールドマンにまで向け、ザドルノフはクツクツと嗤い近づいていく。

 状況から察したコールドマンは忌々しそうに睨みつける。

 

 「貴様…よくも私の計画を…」

 「安心しろ。お前たちが土地と資金を提供し、我々が与えた技術によって完遂間近なこの計画は最後まで遂行させる。ただし核を撃ちこむのはカリブ海洋上などではない――――キューバに核を撃つ」

 「そんな馬鹿な!お前たちに何の得が有ると言うのだ!?」

 「解らないのか。だからこうも出し抜かれるのだ。良いか?ここは親米政権がお前たちに与えた米軍基地。世論は米軍基地よりアメリカ製の核弾頭がキューバを撃ったとして見るだろう。

  ともなれば反米感情に一気に火が付き、中南米は共産化が進んでアメリカは大事な裏庭を失う」

 「それがお前たちの計画か…くそっ!」

 

 悔しがるコールドマンを他所にガルベスはパスを引き寄せ、懐より取り出した拳銃“マカロフ(PM)”を握らせて、その手を持ったまま銃口をコールドマンへと向けさせる。

 

 「先生…」

 「私の名前はウラジーミル・ザドルノフ。ウラジーミルの意味は“平和を支配”だ。沿岸での凌辱を思い出せパス。奴のした事は死に値する」

 

 戸惑っていたパスだが、ガルベスの言葉に拳銃を握る指に力が籠る。

 命大事に冷や汗を垂らしながら許しを請うコールドマン。

 この状況を楽しんでいるかのようなガルベス。

 そんな二人に挟まれたパスはゆっくりと銃口を降ろした…。

 

 「できない…」

 「さすがは平和(パス)だな」

 

 降ろされた銃口がガルベスによって無理やりコールドマンへと向け直され、銃声が指令室内に響き渡る。

 倒れるコールドマン。

 しかし至近距離で撃たれたにも関わらず、呻き声を上げている事から生存している事が確かなようだ。

 

 「ぐぅ…貴様、わざと外して…」

 「お前にはコード入力と言う大事な仕事が残っているんだからな。さてと博士、目的地をキューバに変更しろ。もしも断ったり妙な動きを見せればママルポッドを目の前で潰してやる」

 

 さすがに戸惑いを隠せないストレンジラブだったが、ママルポッドを出されては従うしかなく偽装データの変更作業を開始した。

 何も出来ない状況に歯噛みしながら見つめていると、後ろの方から扉が開く音がする。

 

 「―――待たせたな」

 

 耳に届いた一言に期待と興奮を抱いて振り返るスネークは、一瞬で絶望へと叩き落された。

 現れたのは敵兵に銃口を突き付けられたバット。

 呆れを通り越して頭痛がしてきた…。

 

 「君達には感謝しているよ。あの幼いゲリラたちをよく立派な革命軍に育ててくれた」

 「ゲリラ…アマンダ達のことか」

 

 この言葉にスネークは目を伏せる。

 確かにアマンダ達サンディニスタは以前に比べて逞しくなった。

 一人一人の技術力は向上し、うちと取引するようになって武装も大幅に向上。

 見違えるような勢力になっていたが、正直悪い影響を与え過ぎた気がしてならない。

 なにせ散歩するかのような軽い感じで敵の兵器を鹵獲しに向かうのだ。

 ガルベスは“真の諜報とは自ら介入せず現地の組織を操り間接的に革命を成功させること”と酔ったように語っていたが、その事を想うと話が耳に入ってこない。

  

 「君ら二人がCIAによって殺されることで彼らも決起するだろう―――最期に言い残したい事があるなら聞こう」

 

 周りを取り囲まれ、銃口を突き付けられている状態でバットはニヤついて顔をあげる。

 

 「いやぁ、意外に手間取りましたよ―――“兵士達の説得”に」

 

 その一言に顔を隠すように俯き、バットを取り囲んでいた兵士達が面を上げる。

 勿論知らない兵も居たが、中にはパイソンやエルザなどMSF所属の兵士も紛れていた。

 にっこりとした笑顔を浮かべたバットは後ろに回していた手首には手錠がされておらず、前に回されたその手にはSAAが握られていた。

 素早く左手が撃鉄に触れたと思ったら、次の瞬間には早撃ちでスネークに銃口を向けていた兵士を撃ち、倒れ込む中で兵士が身に着けていた拳銃を奪い、躊躇う事無く周囲の敵兵を撃ち抜く。

 

 「ベンセレーモス(勝つぞ)!!」

 

 銃声を合図に扉の外よりカズとアマンダを先頭にMSF(国境なき軍隊)FSLN(サンディニスタ)、それにバットの説得によりこちら側となったCIAとKGB所属の兵士達が雪崩れ込む。

 中にはチコの姿も有り、叫びながらアサルトライフルを撃ちまくる。

 奇襲が相次いで敵兵は抵抗らしい抵抗も出来ないまま次々と倒れて行く。

 

 「凍れ!」

 

 パイソンによって投げられた手榴弾より冷気が噴出し、周辺に居た敵兵は凍えるどころか一部一部が凍り付いていた。

 動けるものは反撃に出るも弾丸は貫く前に凍り付いて、ぱらぱらと防弾チョッキに当たって転がり落ちて行く。

 室内―――それも狭い一室であるならばパイソンの力は最大限発揮される。

 撃っても効かず、近づけば凍えて動きが鈍り、触られれば凍り付く。

 

 「あの子ね。どきなさい!!」

 

 悠々と入って来たエルザはパスを見つけると周囲の敵兵をサイコキネシスで壁に叩きつけると、そのままパスを自身の元まで浮かして移動させる。

 パスが救出され、敵対していた兵士は沈黙した。

 残るは虫の息で横たわるコールドマンと撃たれまいと蹲ったザドルノフのみ。

 

 「同志に銃口を向けるな!!」

 「私達はKGBの駒にはならない!!」

 

 そのザドルノフはアマンダによって拘束され、動ける敵対者は一掃された。

 室内には緊張と安堵から妙な空気が流れ、皆が戸惑いを隠せずにいる。

 膠着する室内にて一人のサンディニスタ兵士が嬉しそうに口を開く。

 

 「アマンダ!俺達は祖国(ニカラグア)に帰って来たんだ。やったなアマンダ―――いや、コマンダンテ(司令官)!」

 

 故郷の地を踏んでいる実感とようやく皆が司令官と認めてくれたことに顔が自然と緩み、アマンダは照れ隠しに煙草に火をつける。

 バットはパスへと駆け寄って無事なのを安堵し、皆はそれぞれ喜びを近くの者と共有し、思い思いに声を挙げた。

 煙草に火をつけたアマンダはスネークの姿を見つけ、駆け寄って声をかける。

 

 「ビックボス(VIC BOSS)

 

 アマンダが安堵しながらスネークに向けて呟いた言葉が、周囲の兵士達に広がって行き、全員が勝利を実感してVIC BOSS(勝利のボス)と高らかに口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:ストレンジラブの葛藤

 

 私は酷く思い悩んでいる。

 コールドマンが核を撃とうとしている事に対しては想うところがあるも、彼女を再現できたママルポッドを破壊すると脅されれば何も出来ない自信があるだけに、抵抗は無駄だろうと解かり切っている。

 では何に思い悩んでいるかというと現在の状況だ。

 ストレンジラブは完成したピースウォーカーが向かっている米軍基地にヘリで輸送されている。

 その同乗者の中には場違いな若い少女が居る。

 

 ブロンドのふわふわとした髪。

 健康的でシミの無い綺麗な肌。

 澄んだ青い瞳。

 ぷるっと柔らかそうな唇。

 

 視線を気にしないのであれば何時までも眺めておく自信があるが、警備している兵士に少女本人の目がある為に不用意な行動は出来ない。

 パスと言う彼女はスネークとバットの雇い主と言う事でコールドマンが部下を使って攫って来たのだ。

 不安そうに表情を歪めている様子に心打たれ、何とか逃がしてやれないかと模索しながらも、人に言い辛い欲望を具現化した悪魔が耳元で囁き、意識がそちらに動きそうになる。

 状況と彼女の立場が違う為にセシールのように扱うことは出来ない。

 何より相手に不快に思われるのは本意ではない。

 けどそれ以上に美しさを称えられない(・・・・・・)というのはもどかし過ぎる。

 

 自分の手元に置きたいという欲望を隠しながら、コールドマンには彼女の不安を落ち着かせる為にも同性の自分が近く居たほうが良いと進言し、奴と離す事には成功したがこれでは生殺しである。

 

 「そう不安そうな顔をしなくていい。私が近くにいる間は手出しはさせないから」

 

 不安を少しでも緩和できないかと声をかける。

 人間弱っている時こそ正常な判断は出来ないものだ。

 敵側である私の言葉に彼女は僅かながら心を寄せた様に視線を向けて来た。

 

 収めようとしている気持ちが燻ぶられる。

 大丈夫だよと囁きながら抱き締めても良いだろうか?

 いやいや、早まるな。

 失敗したら不信感を抱かれる可能性が高い。

 なら震えている手をそっと握ってやるのはどうだろうか?

 さっきよりはまともそうに見えるがこれも早い。もう少し信用を勝ち取ってからの方が良いだろう。

 

 そうと決まれば気を紛らわすという目的で自身の想いを隠して話を始める。

 といってもお互い共通の話題を知っている訳ではないので最初は一方的に語るだけだ。

 さすがにAIなどの専門知識を語るのではなく、自分の成り行きやそういった共感しやすいものに限定する。

 この際に聞き手を無視して話す事に夢中になったり、自分語りに酔いしれる事は絶対にしてはならない。

 相手の表情や返事、雰囲気に気を配って不快に思われないように気を配る。

 時には感情を込め、それとなく仕草も加え、相手が同意や共感しやすいように言葉を選ぶ。

 

 こちらを少しは理解し、心に僅かな隙間が出来るのをじっくりと待つ。

 敵兵の中で同性であり、唯一気をかけてくれている人と言う事もあって彼女も多少は気を許して語り出してくれた。

 ゆっくりと聞き、頷き、途中途中言葉を挟む。

 おかげで最初のように警戒は薄れたように感じる。

 

 「私が言うのもなんだが、彼らは非常に強い。必ず助け出しに来てくれるさ」

 「ありがとう。少し気持ちが楽になりました」

 

 今だと言わんばかりに話が終わると優しく声をかける。すると輝かんばかりの笑みが返される。

 …このまま押し倒しては駄目なのだろうか?

 

 ストレンジラブの葛藤は到着するまで続くのだった…。




●現在のバットのステータス

ライフ:7000
気力 :6000

スタッフ能力:実戦A
       研究-
       糧食A
医療S(オート機能)
諜報B

戦闘能力:射撃性能A
     リロード能力S
     投擲能力B
  設置能力B
 歩き速度A
  走り速度A
 格闘能力SS
 防御能力A

スキル:野戦料理人(作る料理に能力向上のバフが掛かる)※
    説得者(語り掛けると言葉がスッと入って来る)※
    外科医EX(負傷であれば秒で治療できる)※
    CQC補助機能(動作がしやすいように時間がゆっくりとなり、行うべき動作が影として浮かぶ)※
    レスキュー
    クイック・ドロー
    CQCハイエンサー

 ※はオリジナルスキルorスキルの強化


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界の危機と蝶の唄

 任務は終了した。

 米軍ミサイル基地にてCIA南米支局長ホット・コールドマンと、俺達を操りKGBに都合の良いように事を運ぼうとしていたガルベス教授を拘束し、マザーベースに帰還するヘリに乗せた。

 全てが終わって大団円…なんて都合の良い話は実際には少なく、これだけの事を仕出かしただけに後始末が山積みだ。

 バットが説得して引き入れたコールドマンの部下に、ガルベスが基地制圧に連れ込んだソ連兵など来た時よりも人が増えたために移動手段が足りておらず、さらに米軍の基地で騒ぎを起こしただけに時間が経てば別の基地より偵察部隊が訪れる可能性があるので時間も限られる。

 さすがに時間単位で駆け付ける事は無いだろうが、やる事が多いだけに作業は大急ぎで行わなければならない。

 コールドマンに至っては負傷して出血が酷い。

 バットならば瞬時に治療できるのだが「パスちゃんに酷い事した奴を治す気はない」と拒否。

 説得しようとしても逆に説得されかねないので諦めてマザーベースに運ぶことに。

 

 ヘリの中には手錠をかけたガルベスにパス、応急処置を済ませたコールドマン。そして操縦士に隣に腰かける俺―――カズの五名が居り、スネークは彼女(・・)と再びの決着をつけに行く…。

 ストレンジラブ博士はその道案内で、バットは見届け人として基地に残った。

 

 俺は基地に返って後処理の為に指示を出さねばならず、残る事は叶わなかった。

 否、叶ったとしても俺が立ち入る場所ではないだろうな。

 

 「パス、慣れない銃は降ろしておけ。撃つ覚悟もなく構えるだけでは抑止力にはなり得ない。それは俺達の役目だろう?」

 

 後の席でガルベスから握らされたマカロフを振るえる手で握り、ガルベスに向けるパスに告げるとゆっくりと頷いて銃を降ろした。

 奴がした事を想えば許せるものではないだろう。

 だが、彼女は撃てやしないし、平和(パス)に銃を撃たせるなどもっての外だ。

 パスは「ありがと…」と涙を流しつつ笑みを浮かべ、ピースサインを向けて来た。

 

 カチ…カチ…カツ…。

 

 時計の秒針にしてはリズムがズレた音が微かに聞こえた。

 何の音だと首を傾げる前に「ピー」という高めの音が流れ始め、嫌な予感がして変な汗が流れる。

 後を振り返ると最後尾で横たわっているコールドマンが力なく笑い、スーツケースに手を伸ばしていた。

 あのスーツケースは荷物を入れる物ではなく、ピースウォーカーへの偽装情報を送信する端末だったはずだ。

 そう気付いた俺は席より立ち上がって詰め寄っていた。

 

 「何をした…何をしたんだ!!」

 

 怒り任せに怒鳴るが弱っているコールドマンはすぐには語らない。

 いや、ガルベスが興奮気味に喜んでいる様子から仕出かした事は理解している。

 こいつは…コールドマンは最期の最期にピースウォーカーの報復―――核のスイッチを押したのだ。

 

 苦々しくゆっくりと語り出すコールドマンの言葉に耳を傾ける。

 起動したピースウォーカーは偽装データを元に報復目標を算出。今回の場合はガルベスがストレンジラブに変更させられたキューバに発射されることになる。

 しかも迎撃阻止の為か北アメリカ航空宇宙防衛司令部へ偽装データが送信され、複数の核ミサイルが向かってくるという史上最悪な状況のデータがレーダーに表示され、それは本物と見分けがつかない。

 発信されるデータを止めようにもすでに対策が施されて阻止できず、受け取った米国は報復に核攻撃に出るだろう。

 

 「慌てる事は無い。暫し悪夢を見るだけだ…どうせ人には核は撃てない…破壊者として歴史に負の記録をされたくは無いからな」

 

 咳き込みながら言い切ったコールドマンは不敵な笑みを浮かべ、Vサインを高らかに上げ「勝利のVサイン」と呟いて、計測されていた心音は途絶えて心肺停止を知らせる警報が鳴り響いた…。

 

 

 

 

 

 

 スネークはストレンジラブが運転するトラックの助手席に座って、ピースウォーカーが待機している水辺近くの倉庫へと向かっていた。

 これはピースウォーカーを国境なき軍隊で利用する為に回収する為ではない。

 機械とは言え蘇らされた彼女の亡霊を埋葬する―――違うな。正直にザ・ボスと向き合う為だ。

 ザ・ボスの最期の意思を知りたかったストレンジラブ。

 彼女の研究がこの一件に大きく関わった事は確かだが、ザ・ボスと親しい間柄だったからこそ最後の意思を知りたいというのは納得も理解も出来るがゆえに責められる立場にない。

 会話の無い車内は静かで車のエンジン音だけが響く。

 荷台にはバットが座り込み、俺と彼女の決着を見届けてくれるとの事。

 

 そんなバットは荷台より身を乗り出してピースウォーカーを見つめていた。

 グラーニンが発想した核搭載二足歩行戦車を元にヒューイとストレンジラブの技術が合わさって産み落とされたメタルギア。

 前に熱く語り合ったほどロボットを好いているバットにとって実物を目の当たりにして興奮するのは道理だろう。

 

 …ただ、取り付けられたママル・ポッドに光が灯るまでは…。

 

 「博士。ピースウォーカーが起動しているっぽいんですけど」

 「なに?そんなはずは…」

 『大変だスネーク!。コールドマンが核発射スイッチを押しやがった!!』

 

 おかしいと気付いて声を挙げた時にカズより無線が入った。

 なんでも輸送中のヘリ内部でコールドマンが核発射のコードを入力し、このままでは核がキューバに撃ち込まれてしまう。

 停止コードを知っているのはコールドマンのみで、その本人は撃ち終えた後に息絶えたために停止は不可能。それは停止コードを知らされていないストレンジラブ博士も同様で術がない。

 悪い情報は続き、ピースウォーカーより米軍に核発射の偽装データが送信され、米国首脳部はレーダー上は判別がつかないために核報復に出る可能性があるとの事。

 現在大統領はウラジオストクで会談中で、副大統領は空席。報復を行う最高決定権は誰に移るのか分からないが、その人物が核を撃たない事を祈るばかり。

 どちらにしても少しでも情報が欲しい所だ。

 ストレンジラブ博士曰くママル・ポッドは北アメリカ航空宇宙防衛司令部と繋がっているので、機材さえあればモニターして向こうの状況を知る事が出来るとの事で、早速ヒューイが博士が機材を使ってモニターを開始した。

 すでに偽装データは本物のデータとして認識され、即座に集めれる米国首脳陣による緊急会議が招集された。

 

 「止める方法は?」

 「核と偽装データ…どちらもピースウォーカー…となれば!」

 「壊すしかない!」

 

 核発射の報告を聞いて速度を上げていただけに停車時には急停止となり、トラックはタイヤを大きく滑らせて停止し、バットとスネークは跳び降りた。

 ピースウォーカーは四本の脚部で踏ん張りを利かせ、核発射の為に発射装置を空へと向けている。

 

 『核発射シークエンス開始。発射角度設定完了。ミサイルハッチオープン―――発射一分前』

 「発射態勢に入った!ピースウォーカーの裁断が下った!」

 『核を撃たせるな!!』

 

 降り立った二人は荷台に置いてあった武装を手に取って、すかさずピースウォーカーに放つ。

 バットの小型軽量カービンM653とスネークのアサルトライフルM16A1では多少のダメージは与えられても、行動不能にするほどのダメージは負わす事は出来ない。

 だけどとりあえずはそれで良い。

 攻撃を受けたことでピースウォーカーは注意を割く。

 

 『自己防衛システム作動。ロケットランチャー発射』

 

 意識が向けられても核発射体勢を解いたわけではない。

 だから彼らは証明する。

 片手間で倒せるような存在ではないと言う事を。

 

 発射口よりミサイルランチャーが飛び出るとロックオンから逃れるように動き回り、ロケットランチャーLAWと携帯対地空ミサイルFIM-43の弾頭を直撃させる。

 背後で着弾したロケットが爆発して薄っすらと爆風と爆音が背中に繋がるも振り向く事もせず、ただただ撃ち続けてピースウォーカーに攻撃し続ける。

 一発では足りずとも何発も叩き込まれればピースウォーカーも無視できる存在ではなくなる。

 

 『自己防衛モードニ移行』

 

 発射体勢を解除してゆっくりと振り向き、ピースウォーカーはスネークとバットと対峙する。

 無視出来ない敵として認めたのだ。

 

 『さぁ、来い!!』

 

 ピースウォーカーは彼女の声で叫び、『跳躍体勢』と告げると巨体に似合わぬ身軽で高々と飛躍し、大きな音と揺れを起こして近くへと着地する。

 眼前に迫ったピースウォーカーに呆気に取られる時間は与えられない。

 下部に取り付けられた銃口が向けられる。

 

 『火炎放射開始』

 「あっつ!?」

 

 バットに向けられて放たれた火炎は肌を撫でるも咄嗟に飛び退いた事で身を焼き尽くす事は無かった。

 逆に狙われなかったスネークは火炎放射器をロックオンしてトリガーを引いた。

 放たれた弾頭は放射器に直撃し、爆発炎上して周囲に火炎をばら撒く。

 ついでにと言わんばかりに頭部らしき円形状の部位をロックオンするも、ピースウォーカーも易々と敗北する気はないらしい。

 

 『電磁パルス最大』

 

 放った弾頭は頭部より放たれた電磁パルスによって目標を見失い、頭部の周りをぐるぐると回ってスネークの下へと戻って来た。ロックオンを乱すのは理解できても、相手に向けて返すなど露とも想像していなかっただけに大慌ての回避となり、スネークは爆風も相まって転げまわされる。

 

 「ロックオンは乱されるか…ならこれはどうだ!」

 

 電磁パルスの影響を受けないロケットランチャーによりピースウォーカーは横合いより殴りつけられたかのように傾く。

 怯んだ今こそ好機だと素早く一発ごとに捨て、次のLAWを構えては頭部または首元のAIポッドへと直撃させる。

 ダメージが蓄積しつつあるピースウォーカーは直接的な攻撃手段に打って出た。

 前脚を持ち上げて振り下ろす。

 バットやスネークを単純に踏み潰そうとしたのだ。

 一撃で潰されるのは見て判る為に必死に走って避ける。

 

 『ドリルミサイル発射』

 

 距離を取った事でロケットランチャーを放った発射口より先にドリルが付いたミサイルがボテっと落とされるように地面に突き刺さった。

 それらは地面を掘削して潜っていき、地中を進んで近づいてくる。

 振動にて察した二人は地表に出ようと上がって来たところで跳び避ける。

 ドリルを地中より覗かせたドリルミサイルは自爆し、近くに爆炎と破片を撒き散らす。

 

 『脚部駆動モーターチャージ』

 

 体制を立て直せない二人に立て続けに襲い掛かる。

 モーターをチャージしたピースウォーカーは四脚を素早く動かして、先ほどまでとは比べ物にならない軽快な走りで突っ込んで来た。

 スネークは倉庫を陰に跳び込んで回避し、バットは瞬間的にゆっくりと時間を体感できるCQCモードを起動して突っ込んで来たピースウォーカーの足元をすり抜ける。

 通過した事を察すると脚を踏ん張らせて減速し、滑るまま振り返って再び発射口を開く。

 

 『ドリルミサイ―――』

 「二度も喰らってたまるもんですか!!」

 

 発射口に向けてバットはM653を撃つ。

 本当はLAWを撃ち込みたいところだが、撃ち尽くしたために手元にない。

 そんなバットの代わりにスネークは携帯型無反動砲カールグスタフM2を撃ち込んで、発射口に直撃させて発射前のドリルミサイルが誘爆して大爆発を起こした。

 火炎放射器を失い、ドリルミサイルの誘爆でロケットランチャーも発射不可。

 攻撃手段を失いつつあるピースウォーカーは残っていた兵装を使用する。

 

 『Sマイン発射』

 

 射出されたSマインが高度を維持し、真下へと内部にため込んだ鉄片を爆発と同時に降り注ごうとしていた。

 が、バットはそれが何なのか解らずもとりあえずSAAを用いた早撃ちにて、浮遊していたSマインを全て撃ち抜き、バットやスネークの真上に辿り着く前のSマインは爆発してピースウォーカーにダメージを与えた。

 

 度重なるダメージによりピースウォーカーは倒れ込み、その動きは制止した…。

 スネークは期待を込めて無線をかける。

 

 「ヒューイ。偽装データは!?」

 『まだ送信している。ピースウォーカーは駆動系にダメージを負っただけなんだ』

 「どうやったら止められるんですか!」

 『ピースウォーカーは完全自立型のシステムだ。ママルさえ壊せれば―――けど頭脳であるママルポッドの内装の強度はシェルター並みの設計を施されている』

 「なんだったら破壊できる!」

 『…か、核攻撃なら…』

 「ふざけるな!!」

 「ペンタゴンに繋げ!俺が話をつける!!」

 

 すでにピースウォーカーの核攻撃シークエンスは停止している上に、駆動系が損傷しているために発射核を保つ事すら出来ない状態にある。つまり核は撃てず、架空の核発射データで直接の被害は存在しない。

 物理的に破壊・停止が不可能であるならば核を本当に撃つ可能性のある彼らを止めるしかない。

 モニターしていた米国上層部はコールドマンの予想は外れ、報復行動を行う気であった。

 

 最悪の状況の中でスネークにとって幸運な事があった。

 それはヒューイによって繋げられた先で通信に出たのが、ちゃんと話を聞く人間であった事と“BIG BOSS”を知る人物であった事。

 例え本名を告げたとしても信用して貰えるかと問われれば“NO”と答える。

 偽装データは南米支局長が誤って流した実験データだと報告しても、スネークはコールドマンの名を知るだけでは証明する事は出来なかった。

 

 “BIG BOSS”の称号を知ると言う事は称号をジョンソン大統領から得た式典の一室に居た人間に限られ、あの部屋での表彰は極秘事項となっている。

 俺はCIA長官より握手を求められたが、なにに忠を尽くすべきか分かったからこそ俺は断った。

 相手はやはりその一室に居た者であり、スネークから告げられたその時の出来事と想いの籠った言葉により本人だと解ってくれたようだ。

 スネークが本物だと分かると即座に報復の中止を命じ、米国からソ連に対しての核攻撃の危機は去ったのであった――――この僅かな瞬間だけ…。

 

 たった一人が納得して理解したところで、その他の者は納得も理解も出来はしなかったのだ。

 偽装データを事実だと信じ、真実を戯言として葬った彼らは唯一味方してくれた人物を拘束し、無駄死には嫌だと核による報復行動をすると宣言した…してしまったのだ…。

 

 打つ手がない…。

 説得までも失敗してしまい諦めにも似た感情が脳裏を過る。

 どうするかと必死に考え込む二人の頭上を一発の砲弾が通過し、ピースウォーカーへと直撃した。

 何事と振り返ればダンボール戦車を中心に部隊を展開している国境なき軍隊の兵士達が隊列を組んでいた。

 

 「銃身が焼け付いても構わん!撃って撃って撃ちまくれ!!」

 「ここが踏ん張りどころよ!弾薬が尽きても構わない!核を止めるよ!!

 

 パイソンの叫びに駆け付けたエルザ達歩兵部隊も銃撃を開始し、遅れてアマンダ達サンディニスタが到着した。

 さらにガルベスのソ連兵、コールドマンに雇われていた兵士達が駆け付け、数刻前まで敵対関係だった者達が一丸となってピースウォーカーに対して攻撃を開始したのだ。

 アレさえ破壊できれば止まると信じて最後の足掻きを見せる。

 砲撃からグレネード、重機関銃から軽機関銃までありとあらゆる弾丸が四方八方よりピースウォーカーに放たれ、すでに弱り切っていたとは言え抵抗も出来ずピースウォーカーは各部で異常が発生して小さな爆発が起こっては怯むように巨躯を大きく揺らす。

 

 「―――ッ、スネークさん!ママル内部で記憶盤を引っこ抜くのはどうでしょう」

 「考えるのは後だな。やれることをやるしかない!」

 

 バットの提案を検討する暇すら勿体ないと思い、スネークはピースウォーカーを駆け上がっていく。

 無論銃弾飛び交うのでバットが道を作る為に通り道になるであろう個所への攻撃中止命令を出して周る。

 おかげで頬を掠る程度の怪我だけで辿り着く。

 するとスネークに反応してハッチが開かれ、招かれるままにママルポッド内へと跳び込む。

 入り込むと一心不乱に記憶盤を抜き取る。

 内部ではBGMのようにザ・ボスの言葉が流れ続け、抜き取った量が増えるごとにその声は小さく掠れて行った。

 全部の記憶盤を抜き取り、ママルは偽装データの送信は出来なく―――なるどころかママルを迂回してデータの送信は行われ続けた。

 大脳が損傷しても他の部位が補って生命活動が続く事がある。

 機械でありながら生物を模したピースウォーカーでもそれと同じことが起きてしまったのだ。

 

 ピースウォーカー外部では至る所が爆発と弾丸の直撃で黒ずみ、関節部の隙間より火花を散らし始め、もはや支える事すら難しくなったのか脚は大きく伸び切って地面に突っ伏した。

 

 全勢力が一つとなって戦う様に高揚感を抱くも、ピースウォーカーに勝利した事に喜ぶ間は無い。

 偽装データの送信だけは止まっておらず、掠れる機械音声にて偽りの着弾までのカウントダウンは継続中。

 

 「ヒャクキュウジュウビョウ……ヒャクハチジュウゴビョウ……ヒャクハチジュウビョウ…」

 

 残酷にも告げられるカウントに誰もが駄目なのかと肩を落とす。

 

 『圧力が加えられれば…』

 

 零すように呟かれたヒューイの一言が無線機を通してバットに届いた。

 

 「圧力って…それこそどうやって?」

 『湖に落す事が出来れば僅かな隙間からでも浸水し、精密機器の塊であるAIポッドはショートしてデータ送信は止まる』

 『落とすって言ってもあんなデカブツをか!?何トンあると思っているんだ!』

 『およそ五百トン…』

 『出来るわけがない!!』

 

 焦りから口論のようにカズが怒鳴り声を上げるが、バットは突っ込む間も惜しんでピースウォーカーに駆け寄って押し始めた。

 たった一人の人間が五百トンもの巨体を押したところで動くはずはない。

 

 「無理だ!いくら何でも…」

 「だからって黙って見ている訳にもいかないでしょう!!」

 

 常識的に考えてバットの行為を否定したストレンジラブだったが、バットの放った一言は彼のスキルによって兵士達の心にスンと入った。

 一人…また一人と駆けだしてピースウォーカーを押し始める。

 世界の為に、祖国の為に、仲間の為に。

 それぞれがそれぞれの想いの下、必死に世界の危機を防ごうとピースウォーカーを押し始める。

 例え無意味な行為であろうともしない訳にはいかないと同意したのだ。

 アマンダもチコもエルザもパイソンも力を合わせて押し始める。 

 その場の全員の力でもピースウォーカーはビクともしない。

 ママルポッドに対して祈るように、縋るようにボスの名を呼び続けるスネーク。

 

 

 

 ―――彼女はそれらに呼応するかのように意識を覚ました。

 

 

 

 カウントダウンが掠れて小さくなり、代わりに歌が…歌声が響き渡る。

 透き通るように綺麗で優しい声色。

 聞いているだけでほんわりと心温める。

 誰も彼もが手を止めて聴き入ってしまう。

 場違いなほど美しい歌声を謳いながら軋みをあげる脚部で引き摺るように動き、湖へとその巨体を進ませていく。

 

 「…ボス」

 「ゴースト…イン・ザ・マシン…」

 

 常識的に考えればあり得ない光景だろう。

 まるで自らを沈める事で偽装データを止めようとする自己犠牲。

 大きな波を立てながら身体を湖に沈め、より深く沈める為に歩み続ける。

 

 論理的観点は破棄され、兵士達の感情にその光景は訴えかけ、ある真実をこの場にて晒してしまった。

 世界最悪の狂人で犯罪者として語り継がれているザ・ボスの潔白。

 誰もが躊躇うであろう強く儚い覚悟と決断。

 

 ピースウォーカー…ママルポッド……否!ザ・ボスは唄う。

 自らを沈めるが為に歩み、その背でスネークとストレンジラブに最期の意思を伝え、湖の中へと消えていく…。

 偽装データの送信は止まり、レーダーには平和を現すようにモルフォ蝶のマークが舞い踊る。

 世界はまたも彼女の行動によって核の危機より救われたのだ。

 

 集まっていた兵士達は彼女に対して涙を流し、心の底から敬礼を行って見送る。

 スネーク一人を除いて…。

 

 ママルポッドによって蘇ったザ・ボスの最期の意思を見届けたスネーク。

 その心情を漂う感情は彼女による裏切りで溢れていた。

 彼女は最期に銃を棄てた。

 生命を差し出す事で軍人としての全てを放棄した…。

 培ってきたそれまでの人生を、仲間を、俺を、全て否定したのだ。

 

 スネークは強く決心する。

 俺は彼女とは違う選択を行うと。

 彼女とは異なった未来を掴むと。

 沈み切った彼女に対して背を向け、スネークは…“BIG BOSS”は自らの居場所に帰って行く。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:儂は撃墜されないヘリを欲する

 

 世界が全面核戦争の危機から脱した数日後。

 マザーベースは任務時以上に忙しく皆が仕事を熟していた。

 バットのおかげで新たに国境なき軍隊に加入しようとするソ連兵・米兵はかなりの数で、さすがに収容しきれないのでこれから忙しくなるサンディニスタやニコライの民間軍事会社などに振り分けられる事になっている。

 が、それでもかなりの人数が国境なき軍隊に入るので部署分けに新たな部隊の編制、武装の生産など仕事は山積みだ。

 加入したのは何も兵士だけではなく、ママルポッドを研究開発したストレンジラブ博士にガルベス教授の支援を受けて学校に通っていたパス。

 彼女達もマザーベースに身を寄せている。

 ストレンジラブ博士は仕事を無くしている事もあるが今回の件で祖国に戻るとなにかと問題が発生すると言うのがあり、AIを搭載したメタルギア“ジーク”を開発している国境なき軍隊としては博士自ら申し出てくれたことは有難い事だった。

 パスは常に戦いの中に身を置くここに居ては悪影響があるのではと懸念の声も上がったが、帰っても居場所もなく支援が亡くなって学校にも通えない身となればしばらくは置いておくしかない。

 幸い料理が得意と言う事なので糧食班に配置して、料理の手伝いなどを行って貰って給金を出している。

 今後どうするかは分からないもとりあえず幾らかのお金があればここを出ても当分は何とかなるだろう。

 …加入ではないがマザーベースの独房にはガルベスが居るが、彼は素直にそれを受け入れているのか独房内での生活を反抗することなく過ごしている。

 

 兎も角猫の手も借りたいマザーベース内にて研究開発班は無理難題を突き付けられて困り果てていた。

 

 「何も難しい事は言ってないだろう。ロケットランチャーを物ともしない儂の戦闘ヘリを作ってくれと言っているだけだろう」

 「いや、それが難しいって理解してほしいのだが…」

 

 突然来るなり無茶ぶりをしてきたのはスコウロンスキー大佐であった。

 彼は偽装基地にて突如現れたピースウォーカーに立ち向かうも、ロケットランチャーを叩き込まれてあえなく撃墜。

 地面に激突する直前にエルザのサイコキネシスによって救い出された為に負傷こそしなかったものの、自身の機体を失ったばかりか最後のピースウォーカー戦どころか米軍基地への攻撃に参加する事さえ出来なかったことを悔やんでいるのだ。

 もし次があるならばこのような事は繰り返さないと対策を打ち出している―――と、言うのは科学者である彼ら・彼女も理解しているが、飛行する為に軽量化も行わなければならない戦闘ヘリに、ロケットランチャーを物ともしない装甲を取り付けて飛べるのかと考えてしまう。飛べたとしてもその装甲分重くなって長所たる速度が殺される可能性が非常に高い。

 

 「逆に考えたらどうだ」

 「逆?逆ってなにを…」

 「“当たっても”ではなく“当たらない”にすればいいのではないか?」

 

 酒をがぶがぶと飲みながら放ったグラーニンの言葉に全員が思考を変える。

 回避性能を向上させて攻撃から回避するのであればロケットエンジンを積み込むのも有りかとソコロフに視線を向け、機動能力をあげるのであればアクロバティックになるがロケットエンジンの方向を変更するシステムが必要と凡その形を脳内で組み立てる。

 実際にロケットランチャーを回避し得たクリサリスを創り出したヒューイも居るのだ。

 出来ない事は無い。

 ただ回避する事の出来ない問題が一つだけあった。

 

 「すまないが大佐が死なないかそれ…」

 「死ぬな。というかミンチだろう」

 

 ロケットエンジンと急な方向転換によって生まれる負荷に高齢の大佐が耐えきれるとは思えない。

 高齢でなくとも鍛えられたパイロットでさえ死に絶える負荷がかかるのが目に見えている。

 

 「AIを積むというのはどうだ?」

 

 すかさずストレンジラブが発言するが、即座にスコウロンスキー大佐が反論する。

 

 「馬鹿ものか小娘!儂が乗らねば意味がないだろうが!!」

 「フン、お前が乗ると私のAIを乗せたものより性能が落ちるのは明白だろう。なら性能を落とす要因は払拭すべきだ」

 

 小娘呼びにも怒声にも反応することなく、淡々と告げるストレンジラブ。

 確かに性能はストレンジラブが言う方が良いのは解かるが、それでは論点がズレてしまう。

 

 そもそもこのような要望に長時間とられる訳にはいかない。

 ソコロフとグラーニンはバットのメタルギア、ヒューイとストレンジラブはメタルギア“ジーク”の制作と言う大仕事を受け持っているのだ。

 さらに言えばマート(MYRT)の改修もしなければならない。

 

 とりあえず要望を叶えるヘリの設計は先延ばしにし、国境なき軍隊が保有している戦闘ヘリの一機に赤外線誘導を逸らす“フレア”を開発し、電磁パルスと小型のロケットエンジンを装備させることで決着を見せた。

 勿論機体には電磁パルス対策に多少の装甲強化は行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちょっとした一コマ三本立て

 何とか間に合ったぁ!


 スネーク達の仕事は大方蹴りが付いた。

 事件の発端であったホット・コールドマンの死去。

 裏で暗躍していたコスタリカ国連平和大学ラモン・ガルベス・メナ教授…否、KGB工作員ヴラジーミル・アレクサンドロヴィチ・ザドルノフの捕縛。

 三種類のAI兵器の破壊に核搭載二足歩行戦車メタルギア“ピースウォーカー”は自ら湖の底へと沈み、世界を核戦争に誘いかけた核弾頭は回収した。

 協力してくれたサンディニスタ民族解放戦線はコスタリカからニカラグアに拠点を移し、革命を成功させようと躍起になっている。

 ヒューイやストレンジラブは国境なき軍隊で働くことになり、身内も帰る場所もないパスはガルベス教授の支援を受ける事が無いので学校にも通えなくなったのでとりあえずマザーベースに置く事に。

 帰る場所もあるセシールはもう少し居たいとの要望でまだ残っている。

 

 アクシデントは多々あったが、任務は無事に達成した―――とは言い難い…。

 コールドマンを失ったコスタリカに居た武装勢力は活動を続け、未だに武器や兵器を持ってその場に居続けている。

 今後はそれらへの対策や国境なき軍隊の今後に向けて動かねばならない。

 そんな一コマの話である。

 

 

 

●歩く銃器…。

 

 研究開発班に所属しているストレンジラブ博士とヒューイ博士は研究の息抜きがてらマザーベースを散歩し、ついでに用事を済ませようとバットに貸し出された一室に向かっていた。

 人間嫌いでもあるストレンジラブが出歩くと言うのは非常に珍しく、ヒューイに誘われることが無ければ出る事も無かっただろう。

 正確にはもじもじと卑屈に誘ってくるヒューイに苛立ち、断ってもねちねちと態度や表情に出して鬱陶しいので出てきたが正しい。

 

 「君が人に会うなんて…珍しい事もあるんだね」

 「変な勘繰りはするな」

 

 声色からヒューイが抱いた感情を察し、即座に強く否定する。

 確かにマザーベースではバットとよく絡む事が多い。

 “スネークイーター作戦”にてバットはザ・ボスと一度手合わせしたらしい。

 その時の彼女の印象が強く心に残っていて、知りたいと私に話を持ち掛けたのがきっかけだ。

 誰でもと言う訳ではなく、一度でも彼女を知って心惹かれた者同士であり、アイツがそこまで男らしくないというのもあるのだろうな。

 

 どことなく面白くなさそうなヒューイを連れて、目的地に辿り着いてノックをする。

 中より返事があり、扉が開かれる。

 いつもの野戦服に黒のロングコート姿ではなく、白いカッターシャツに紺色のベスト、黒のズボンという普段着で迎え入れてくれた。少し前まで客人が居たのか奥の机にはカップが二つ並んでいた。

 

 「誰か来ていたのか?」

 「パスちゃんが先ほどまで。珈琲で良いですかね?」

 「仕事の合間によく飲んで飽きている」

 「だったらフルーツジュースとかどうですか?新鮮な果物が届いたんですよ」

 「ならそれを頂こう」

 「僕もそれで」

 

 冷蔵庫より果物を取り出し包丁やミキサーを用意しているバットの横を通り抜け、ソファに腰かけて持ち込んだ複数のアタッシュケースをテーブルの上に乗せる。さすがに全部持つのは難しかったので半分以上はヒューイの膝に置かせてもらったおかげでそれほど手は疲れていない。

 室内は清潔が保たれ、荷物は少なく簡素…いや、少なくはなくなっていた。

 バットはよく女性陣の玩具にされていて、色んなものが贈られることが多い。

 可愛らしいピンクのテディベアや水色のウサギなどのぬいぐるみが飾られ、衣装ダンスには執事服やメイド服といった着せらてそのまま置かれている衣装類が納められている。

 フルーツジュースを素早く作ったバットは三つのコップを持ってやって来た。

 出されると早速口につけて果物による複数の甘味と柑橘系の酸味が絡まり、まったりとしながらもすっきりとした味わいをもたらす。

 飲んでいるだけで気分が安らぎ、身体が軽くなったような幻惑に囚われる。

 バットの作った料理や飲み物はそう言った効果があるのか、ここに来るとどうも期待してしまう。

 これもまたバットと関わる理由の一つなんだろうな。

 

 「すみませんね。わざわざ持ってきてもらって」

 「構わない。どうせついでだ」

 「あぁ、ヒューイ博士とデート中でしたか」

 「で、デートってそんな…」

 「ただの息抜きに散歩をしていただけでそれ以上でも以下でもない」

 

 こちらもまた否定すると隣でズーンと効果音が出てそうなほど落ち込む男が一人。

 鬱陶しいことこの上ないのでさっさと用事を済ますとしよう。

 テーブルに乗せたアタッシュケースを開ける。

 そこには銃器が納められていた。

 

 長くバットと共にしていた“モーゼルC96”。

 元々旧ドイツ帝国が第一次世界大戦時に開発した自動拳銃で、改造もオプションパーツも取り付けていないノーマルタイプ。

 本人は何も不便を感じてなかったのだが、ここで開発でき改造も行えるようになったので改修をスネークに勧められたらしい。

 火力を上げて、弾倉の容量を増やして装填数を十発からニ十発に増量、セミオートからフルオートに改修を済ませた。

 

 目を輝かせながら愛銃が戻ってきた事に喜んで頬ずりする様子はある種の異常に映り込む。

 ヒューイは苦笑いを浮かべ、ストレンジラブは気にする事無く次のアタッシュケースを開いて中身を見せる。

 

 国境なき軍隊でも生産できるようになったコンバットリボルバー“M19”。

 装弾数は六発だけだが357マグナム弾を使用しているために威力は非常に高く、比例するように反動も大きい。

 これは初期生産されたタイプではなく命中精度向上のために銃身を伸ばしたものとなっている。

 さらに命中精度を上げるためにレーザーサイトを取り付けれるが、それは「何か違う気がする…」と感性と曖昧な答えで断られた。

 続いて信号銃のように見える小型グレネードを撃てる拳銃“カンプピストル”が納められたアタッシュケースを開く。

 装填数はたったの一発だけであるも、拳銃程度のサイズでありながら装甲車にも有効打を与えれる充分な性能を持つ。

 

 早速と言わんばかりに装填していない事を確認して銃の状態を、真剣な様子で確認作業を続けている。

 

 「満足か?まったく人殺しの道具にどれだけお熱なんだか」

 「すみません。見苦しかったですよね」

 「パスの前ではするなよ」

 「気を付けます…」

 

 あの子は戦争を憎んでいる。

 今回の件で余計に憎悪は増しただろう。

 そんな彼女が戦場で生き甲斐を探す兵士が集まるマザーベースで、特に心を開いている相手は彼女を事を真剣に心配して怒ったバットだろう。

 今でも気をかけて手料理を振舞ったり、他愛のない話をしたりしているようだ。

 おかげで二人の仲が良くて周りの者が近寄り難くて羨む者が出るほどに。

 

 「そうだ。もうすぐ注文の改修と開発が終えるから今度取りに来るといい」

 「あ、了解です。レールガンの方は?」

 「そちらはまだ時間が掛かるかな。さすがに手間取っているよ」

 

 ヒューイの言葉に嬉しそうに返事をするバット。

 開発・改修が近々完了すると言う事で二つの武器を思い出す。

 ブルバップ式アサルトライフル“SUG”。

 大部分がプラスチック製という変わったアサルトライフルである。

 トリガー部分の前にグリップ、後ろには弾倉という変わった形をしているが、小回りの良さも反動の低さもあって扱い易い。

 重量も四キロ以内に抑えてバットでも扱い易い。

 それともう一つは“水平二連ショットガン”の銃身を短くし、非殺傷武器とゴム弾を撃てるようにしたものを、リロード性能の向上を頼まれた。

 つい最近スモークグレネード、スタングレネード、チャフグレネード、催眠ガスグレネードなどの効果時間の強化を頼んだばかりだと言うのに知らぬ間にまた頼んでいたとは…。

 

 …そう言えばグラーニンとソコロフ辺りが忙しそうにクリサリスに搭載されていた“レールガン”をどうにか小型化しようとしていたのはこいつが原因だったか。

 呆れ果ててため息を吐き出し、用事も済んだことで離籍しようと席を立ちあがる。

 

 「本当にありがとうございます。また今度お菓子でも作って行きますね」

 「楽しみにしている」

 

 些細な楽しみに僅かばかり頬を緩ませたストレンジラブは、慌てて後を追って来たヒューイと共に研究室に戻るのであった。

 

 

 

 ちなみにバットは左脇のホルスターに自動拳銃のモーゼルC96、右腰ホルスターに装飾施された回転式拳銃SAA、左腰ホルスターにカンプピストル、後ろのズボンの隙間にコンバットリボルバー“M19”を収め、手にはブルバップ式アサルトライフル“SUG”を握り、背には非殺傷の水平二連ショットガンを背負い、ポーチには医療品の他にグレネード類を大量に入れて出撃し、あまりの武装の多さに“歩く銃器”という新たな異名を付けられるのであった…。

 

 

 

 

 

 

●孤島のバカンスにはアクシデントが付き物?

 

 日光が降り注ぎ、青い海がキラキラと反射し、白い砂浜には数人の人物が思い思いに過ごしていた。

 国境なき軍隊が任務達成を祝っての打ち上げが数日前に行われた。

 無論スネークやカズヒラなど幹部も強制ではないが参加しており、兵士達は騒ぎに騒いで日頃の疲れと鬱憤を晴らすように飲み食い荒らした。

 だが参加したスネークやバットはそう楽しむことは出来なかった。

 兵士の誰もが憧れて尊敬してやまないボスと接する事のない兵士達は、我先にとスネークの周囲に集まって関り、酔った影響でいつもより暴走した女性陣にバットは玩具にされ、二人共楽しむより対応に追われて逆に疲れが貯まるばかり。

 そこでスネークが知ったとある孤島にて少数による打ち上げをしようという話になったのだ。

 少数の中には研究開発班のエース達も含まれていたのだが、ストレンジラブは肌が弱くて日に焼きたくなく、ヒューイは足が不自由で車椅子では砂浜では動き辛い。ソコロフは単にあまり気乗りせずグラーニンは二日酔いでダウンして不参加。

 戦闘班ではパイソンが暑さに弱いとの理由で来ておらず、参加したのは八名だけ。

 

 「本当に僕も参加してよかったの?」

 「悪い事なんてないよ。共に闘った仲間…いや、戦友じゃないか」

 

 サーフ型の水着にパーカーを着たバットにチコは問いかける。

 数日前の打ち上げにも出席し、今回の打ち上げにも呼ばれたことを光栄と想いながらも本当に良いのかなと不安だっただけに、バットの返しに嬉しかったが照れ臭くもあった。

 照れ隠しにそっぽを向く。

 すると視線の先に居た女性陣を見て止まってしまった。

 

 立てられたビーチパラソルの下に複数のビーチチェアが設置されており、水色のチューブトップ型のビキニ姿のセシールと紐を首の後ろで結んだ黄色のホルターネックビキニ姿のエルザが横になって日光浴を楽しんでいた。

 年頃の少年であるチコにとってその光景は目に毒。

 意識を惹き付けるには充分過ぎる魅力で溢れていた。

 

 「ちょっと何見てんのよ」

 「―――ッ!?べ、別に…」

 

 急な誘いで水着など持っていなかったために国境なき軍隊支給の水着を着ているアマンダに指摘され、比べ物にならない恥ずかしさから耳まで真っ赤に染まるチコ。

 揶揄われているのは解かっている。

 遠くから眺めているスネークもセシールも含みのある笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

 「あからさま過ぎるでしょうが」

 「ふべらっ!?」

 

 助けを求めてバットを探すと、サングラスをしているから気付かれていないと思っていたカズが思いっきり投げ飛ばされて砂浜を転がされていた。

 その光景に笑みが零れ、白いビキニ姿のパスもクスリと笑っていた。

 

 「一緒に遊びましょうか?」

 「え?あ、はい」

 

 横になっていたエルザが微笑みながら立ち上がり、誘ってくれたことに戸惑いながら返事を返す。

 揶揄われて恥ずかしがっている俺に助け舟を出してくれたのだろう。

 今は心の中で感謝し、後で礼を言いに行こう。

 エルザに引っ張られパスとバットと共にビーチバレーを始めた。

 最初は和気藹々としていたが、途中でスネークとカズが参加した頃から白熱し始め、最終的にスネーク&カズのペアとバット&エルザのペアで試合が始めった。

 サイコキネシスにより身体機能を強化したエルザの動きはスネークやバットに見劣りせず、かなりの接戦を繰り広げて観客になっていた僕はパスと共に声援を飛ばしていた。

 その後は浜辺でバーベキューしたり、海で皆と泳いだりして遊びまくった。

 程よい疲れと満足感を胸に浜辺でゆっくりしているとカズとスネークの会話が聞こえて来た。

 

 「しかしよくこんな穴場知っていたな」

 「あぁ、個人的な知り合いが教えてくれてな…っと、噂をすればなんとやら」

 

 誰かを見つけたのか手を振り始めたスネークを見て、その先に居るであろう人物に視線を向けた。

 

 ―――猫だった。

 いや、正確には大きめのリュックサックを背負って二足歩行している猫だった。

 

 「アレ何?」

 「さっき言っていた知り合いだ。名を“ト●ニャー”という」

 「“トレ●ャー”?」

 

 近づいて来た二足歩行の猫に対してスネークは低音ボイスで「ニャー」と猫の鳴きまねをしながら会話を始め周囲を困惑…違うな。髭ずらの大の大人が低音ボイスで鳴く様に若干引いていた…。

 それよりもUMA(未確認動物)に強い興味を抱き、同志から聞いたモンスターが居ると言う島に夢を抱いているチコとしては興奮からキラキラと輝かんばかりの視線を向ける。

 

 「凄い!本物のUMAだよ!!」

 

 歩行する猫など驚くべき存在だ。

 興奮しながら見つめていたチコは鳥の羽ばたきにも似た音に気が付かなかった。

 が、次第に近づいて大きくなる羽ばたきと、騒ぎ始めたトレ●ャーにより嫌でも気付く。

 巨大な影が通過した言った事で空を見上げると赤みを帯びたドラゴンが頭上を飛翔していた。

 

 「ど、どどど、ドラゴン!?」

 「リオ●ウス!」

 

 スネークが砂浜に降り立ったドラゴンの名前らしきものを叫ぶと、離れた森の方からも咆哮が響き渡って振り返ると刺々しい背中の肉食恐竜を思わせる大型の怪獣が姿を現す。

 周囲には図鑑で見たラプトルに似た青色の生物が何匹も追従していた。

 さらにムササビのように黄色と黒色がマダラのようになっている巨大なトカゲのような怪獣も姿を現し、さながら浜辺は怪獣大戦争のようになっていた。

 

 「こんな時にティガ●ックスにギアレッ●スか!」

 「よく知っているようですねスネークさん。話はあとでしっかりと聞かせて貰いますよ」

 「……おぅ」

 

 叫ぶスネークに対して笑いつつ怒っているバットは、何処からか取り出した銃器を構えてソレラと対峙する。

 素早くエルザは僕とパスをサイコキネシスで浮かし、ソレラから遠のいて護衛に周ってくれた。

 怪獣達に取り囲まれたままのスネークとバット、そして姉さん(アマンダ)とカズは同じく銃器を手にして背中を預けるように戦い始めた。

 

 なんでバカンスもこう慌ただしく、ハプニングが続くのだろうかとチコは呆然と眺めるのだった…。

 

 

 

 

 

 

●不祥事と誤解

 

 マザーベースにはスネークやバットが認める優秀な衛生兵(メディック)が在籍している。

 所属は医療班でありながら、その戦闘技術はスネークに並ぶと称され、最前線と治療所を渡り歩いていた。

 彼としては心の底から尊敬するボス(スネーク)と目標としているバットからの高い評価は嬉しいものであったが、今は出来れば衛生兵に専念したい所であった。

 なにせ目標としているバットの医術は神業と言うより奇跡に近い。

 骨折だって秒で完治させるなど他の誰も出来ないと断言できる。

 同じように出来ないとしても少しでも近づきたい所だ。

 

 そんな想いを抱きながら戦場より帰還した彼は硝煙と砂埃に塗れ、垢と汗がこびり付いた身体を洗い流そう浴場に訪れていた。

 身体の垢どころか皮膚ごと削り取るような勢いで擦り、身体中泡だらけの状態で今度は頭をガシガシと洗い始める。

 汚れと一緒に疲れも落ちれば良いのだがと鼻で小さく笑っていると会話が耳に届く。

 

 「サングラスぐらい取ったらどうだ」

 「ん?…あぁ、道理で暗いはずだ」

 

 泡で見えないが声からボスと副指令(カズヒラ)だと解り、偶然でも居合わせた事を喜ぶ。

 ボスは戦場を駆け、副指令は司令部に居る事が多いので会う事は少ない。しかも彼は医療班と戦闘班の仕事を熟してマザーベースから出る事が多いので余計にだ。

 普段は接する事の出来ない憧れの伝説の兵士と同じ空間に居ると言うのは何とも言えない高揚感が生じてしまう。

 

 盗み聞きなど褒められた事ではないが、どんな会話をしているのだろう聞き耳を立てると最近出来たというサウナの話をしているようだ。

 以前より副指令がボスに提案していた本格的なフィンランドのサウナ。

 今のままでも十分だと思っていたが運用資金は風呂より掛からず経済的で、体験した仲間からかなり良い評判を聞いていたので気にはなっている。

 ここ数日はマザーベースでゆっくり出来るので行ってみるのも良いかも知れないな。

 話を聞きながらそんな事を思っているとサウナの話は変わり、ここで怪我をした“アルマジロ”の事を話始めた。

 “アルマジロ”というのは動物ではなくある兵士のコードネーム。

 由来は超がつくほど慎重な性格と重戦車並みの安定感があるからだとか。

 それが石鹸で足を滑らせて転倒し、尾骶骨骨折で全治一か月というから苦笑いするしかない。

 どうせ入院と言う事であの美人の彼女“スワン”と仲良くやっているんだろうなと様子見がてら茶化しに行ったらこの世の終わりでも来るかのように沈み込んでいたな。

 

 「スネーク。サウナ入る?」

 「案内してもらおうか」

 

 会話の途中から副指令の様子が何処か余所余所しくなり、ボスも言葉に重みと言うか威圧が籠り始めた。

 おかしいなと首を捻りながら聞き耳を立てていると、二人はサウナへと行くらしい。

 先ほど体験してみるかと思っていただけにボスとご一緒するのも良いなと思い、身体と頭についている泡をシャワーで流し始めた。

 

 

 

 マザーベースの浴場に新たに設けられたサウナ室にカズと訪れたスネークは不愛想な表情を浮かべながら腰かけていた。

 今回浴場に来たのは身体を清める目的ではなく、カズとある会話をする為である。

 カズは金銭面や組織運営、後方支援の指示など多くを賄っているマザーベースを支える大きな柱の一人だ。

 だからと言って何をしても良いと言う訳ではない。

 寧ろ副指令と言う立場と地位を持つ以上、それにふさわしい行動と認識をしなければならない。

 一人の兵士がシャワールームで足を滑らせて負傷したという事件が起きた。

 それだけなら不運な怪我で済んだが事態はそう簡単なものではなかった。

 

 “ガゼル”という美人な女性兵士より相談を受けたのだ。

 総司令という立場から度々意見を求められたり、相談事を持ち掛けられたりすることは以前からあった。

 内容は簡潔に言うと色恋沙汰で、そういったのは個人の自由なので俺は介入する気は特別な理由がない限りはするつもりはない。しかしガゼルの相談は俺が介入するしかない大事へと繋がって行った。

 ガゼルは恋人としてカズと付き合いをしていたが、ある日カズが“スワン”と合瀬を重ねているのを目撃してしまったそうだ。

 二股をしていた事実と同時にスワンはアルマジロのガールフレンドと聞いた事があった俺は、アルマジロから直接聞くことにした。

 すると怪我をした日の事を詳細に語ってくれたさ。

 シャワールームで自身の恋人であるスワンがカズと“石鹸プレイ”に興じており、驚きと絶望に陥ったアルマジロは“石鹸プレイ”をした事で転がっていた石鹸で足を滑らせて負傷したと…。

 さらに調査を進めると“ドルフィン”、“ピューマ”、“コットンマウス”、“エレファント”とも関係を持っていたことが発覚。解っただけでも六人と関係を持っていた…。

 二股どころか六股。

 共用施設の乱用。

 スタッフの負傷。

 加えてこの閉鎖的なマザーベースという空間で人間関係も悪影響しか与えない事態に頭が痛くなる。

 こんな馬鹿げた事を仕出かした大馬鹿者をこれから俺は叱らねばならない。

 察してはいるから話を逸らそうと白樺の枝を束ねた“ビヒタ”という自らの身体を叩いて血液循環を促して代謝させる道具を説明している。

 あえて話に乗って使用方法を実演させて、自らも使用しながらカズを見つめる。

 中々の使い心地を気に入ると同時に、腰かけたために大股を開いたカズの内股に爪で引っ掻いた後を見つけた。

 それもナニかしらのプレイの跡なんだろう。

 

 「お前、内ももに傷があるな」

 「何処を見ているんだ?」

 「お前の全てだ。そのタオルで隠している所以外はな」

 

 俺は睨みを利かしながらカズを見つめる。

 恥ずかしがるような仕草を見せるが俺は追及を止めはしない。

 

 「カズ、立って後ろを向いてみろ」

 「へ?」

 「あと腰のタオルを取れ」

 

 有無を言わさぬスネークの圧に、戸惑いながらタオルを外してカズは壁に手を付いて背を向ける。

 他にもあるんだろうと目視確認だけでなく、手で触れても痕跡を探す。

 余計に戸惑いを見せるカズを無視して探すとやはり尻にまで同じような引っかき傷があった。

 

 「前を向け」

 「あぁ…」

 

 観念したのか大人しく従ったカズは振り返る。

 後ろを確認したように前も確認すると「何処を触っている」と震えながら講義するも俺は止めない。

 確認し終えて座らせる。

 手持ち無沙汰なのとこれから行う事への馬鹿らしくも阿保らしい説教を行う事への苛立ちからビヒタを手に持って定期的に自身の身体を叩く。

 出会った頃に「ものにした女の数」を競って来た事を持ち出して今の現状を聞くと片手どころか両手で数えだす。

 調べた以上に指を折る様に頭痛を通り越して熱が出そうだ。

 そこからガゼルからの相談事を受けた事からアルマジロの事を咎め、熱くなった俺はビヒタでカズを思いっきり叩きつけていた。徐々に口も感情もヒートアップし、最終的にはグーで殴りつけた。

 密室であるサウナ室だからと無意識に認識し、壁を隔てて一人の兵士が居るとは知らずに。

 

 

 

 サウナ室より薄っすらとした会話が聞こえてくる。

 最初は小さかったが近づくにつれて大きくなり、ドアの前に立つ頃には聞き取れるほどになっていた。

 

 「…ぃずがあるな」

 「何処を見ている?」

 「―――お前の全て(・・・・・)だ」

 

 ボスを追ってサウナ室に入ろうとしていたメディックは、ドアノブに伸ばしていた手を止めた。

 今なんて言った?

 サウナ室より聞こえて来た会話を脳内でリピートし、そういう事か(・・・・・・)と想像したところで頭をぶんぶんと左右に振るう。

 何を俺は早とちりをしているんだと喝を入れるべく両頬を叩く。

 情報と言うのは戦場で非常に大事なものである。

 伝達が遅れれば鮮度が落ちて使えなくなり、正確さを欠いて急いで伝達しても誤情報に泳がされて味方に被害が出る事だってある。

 会話からボスが副指令を見ていたのは確かだが、ここは戦場を生き抜く兵士達が集う場。

 戦場で受けた傷の自慢や自身の鍛え上げられた肉体をひけらかしたり比較することはままあるし、男同士になれば下ネタ的な話も勿論するだろう。

 確証もないのに勝手な想像をするのはボスに失礼だ。

 大きく頷いて、サウナ室の中を除けるように扉に取り付けられていた小窓から中を覗き込む。

 

 壁に両手を付いてこちらに背を向けて立ち、その後ろに立っているボスは副指令の身体を撫でまわしていた。

 副指令が腰に巻いていたタオルは取られており、撫でまわしていた手は副指令の臀部へと向かい…。

 

 メディックは扉の前から離れて、近くの壁に背を預けて今見た光景に困惑する。 

 事実だけを述べると全裸の副指令の身体をボスが撫で回していた。

 確かな事で誤解もない事実だ。

 それを俺が何と解釈するによって事は変わる。

 見間違え――ではないが想像違いしている可能性はまだあり、実際はなんていう事のないじゃれ合い見たいなものかも知れない。

 大きく深呼吸して落ち着かせ、もう一度覗き込む。

 

 副指令とボスは真正面から向き合っており、その状態でボスが同じように撫で回していた…。

 

 またも同じく扉の前から退けたメディックは慌てふためく心情を無理やり押さえつける。

 なんていう場面に出くわしてしまったのだろうか。

 数分前に戻れるなら見ないように俺自身の足止めを必死にするだろう。

 人がどのような趣向を持とうが個人の自由だ。

 それを否定する気は俺には無い。

 ただ見た光景が俺が想っている事なら“見なかった事”として墓場まで見って行かなければならないだろう。

 出来れば“見なかった事”ではなく知らないで居たかったが…。

 

 その場を離れようとしたメディックは、サウナ室内より副指令の呻き声にバシリと何かを叩いたような音を耳にして、何事かと慌てて覗き込む。

 

 四つん這いになって床に膝と手を付いて尻をボスに向ける副指令に対し、ボスは思いっきりビヒタを振るっては叩き、喘ぎにもとれる呻き声を副指令が漏らしていた…。

 

 もう何を見ても驚かない。

 ハイライトが消えた瞳でその“プレイ”を見つめ、大きく頷くとそっとしておこうと今度こそサウナ室を離れるのであった…。

 

 

 

 その後、スネークとカズは殴り合いに発展し、サウナ室から大浴場、さらには空を拝める外へとステージを変更しつつ全裸で暴れ回り、最終的に判決を下してこの件は一応の終わりを見せるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パスの日記

 遅れに遅れて申し訳ありません。
 前週分書くに書けず今週になってしまいました。
 今週中にもう一話行けるかな…。


 今日からマザーベースで生活することになった。

 コールドマンの“ピースウォーカー計画”が頓挫して世界の危機は去ったのだけど、資金援助してくれていたザドルノフが捕まった事でKGBから流れていた資金も止まり、学校には通えないし戻るべき居場所も無いからとマザーベースで働きたいとスネークに願い出たのだ。

 事情を知っている兵士が多い国境なき軍隊では同情的な者が多く、副指令のミラーの強い後押しもあって私はマザーベースに受け入れられた。

 

 本当に馬鹿な連中だ…。

 

 私の名前は“パシフィカ・オーシャン”。

 戦争を憎み、平和を求める十代の女学生パス・オルテガ・アンドラーデという少女の役割を演じている、非政府諜報組織“CIPHER”の工作員。

 いくら強かろうと誰一人その事実に気付きもしていない。

 疑うどころか好意を寄せている連中を見ると表情では微笑みながら内心嗤ってしまう。

 

 しかし何時までも騙しきれるものでもない事は解かり切っている。

 行動は慎重に、役割を演じながらも任務を熟さなければ私には死より恐ろしい事が待ち受けているだろう。

 私に課せられた任務は専属の戦闘部隊を所有していない“CIPHER”が、新たに組織を設立するまでの時間を補うべく国境なき軍隊を“CIPHER”の傘下に加える事。

 幼いころから訓練を受けたと言っても私個人では彼らを屈服させることは出来ないし、説得など不可能に近い。

 よって私が取るべき手段は戦車やメタルギアとも渡り合える歩兵部隊をもっと強大な力で屈服させること。

 夢物語のようであるがこのマザーベースならば可能となる。

 湖に沈んだピースウォーカーより回収した核弾頭を搭載した二足歩行戦車“メタルギアZEKE”。

 あれならば交渉でも戦闘でも事を有利に運べる。

 ただ問題としてはAIで機能する機体なので、私でも操縦できるように有人機としての改造を加えなければならないと言う事だろう。

 難しい任務だがやり遂げなければ…。

 ここまで育ててくれた恩というのもあるが、逃げ出したりしたらそれこそどんな目にあわせられるか…。

 助けを求めても無駄だろう。

 予想だが私の受け入れを賛成した兵士の中にも“CIPHER”の協力者が潜んでいる。

 

 私には逃げ道など存在しないのだ。

 任務を全うするか、任務で命を落とすか…。

 生きるか死ぬか―――その二択しか用意されていないのだから…。

 

 

 

 

 

 任務を熟す為には情報を集め、兵士達と良好な関係を築かねばならない。

 日々の偵察は抜かりなく、他愛のない雑談ではボロが出ないように注意を払う。

 そんな私は打ち明ける味方も居ない状態で一週間以上動き続けている。

 正直に精神的にきつく、何かしら発散するような娯楽が欲しい。

 設定では十代となっているが実年齢は二十を過ぎていて、出来れば甲板で煙草を吹かしたいところだ。

 けど設定上それは出来ないので上唇と歯茎の間に挟んだ嗅ぎ煙草で我慢するしかない。

 まだ不慣れな為に位置を直さねばならないのだけど、その時に上唇を人差し指で抑えるのだが、煙草と気付いていない連中は私の可愛らしい癖と評しているらしい。

 まったく能天気な連中だ。

 

 溜め息を零しながら甲板上を歩いていると足元を子猫がすり寄って来た。

 この子猫の名前はニューク。

 私が名付け親である。

 何処からか拾って来たのか、それとも迷い込んだのかは分からないけど甲板上に居た子猫に兵士達が集まっており、何なのかと近寄って自然にその輪の中に入ったら名前を付けてほしいと頼まれたのだ。

 仕方がなく平和がうんたらと心にもない事を述べてニュークと言う名前を付け、餌を与えるとあっさりと私に懐いてしまって、今ではこうやってすり寄って来るようになってしまった。

 単純な生き物とため息を漏らしながら頭を撫でてやると嬉しそうにひと鳴きする。

 

 戦いばかりのマザーベースであるが、意外にもニューク以外にも動物が暮らしている。

 ザ・ボスの馬のアンダルシアン。

 ストレンジラブがマザーベースに所属する際に連れて来たのだ。

 施設内に馬小屋は用意されたが閉じ込められてはいないので、たまに甲板上を散歩している姿を目撃する。

 とても賢い老馬なのだろう。

 暴れたり、海に落ちかけたりと言う問題を起こした事は無い。

 

 馬小屋はストレンジラブの研究室に近い所に作られているので私もたまに訪れている。

 ZEKEの進捗をストレンジラブより聞くのもあるが、ただ単にあの白く美しい馬を見に行く時もあるので任務でとは言い難い。

 ブラッシングするとしている方がとても穏やかな気分になれて好きなのだ。

 何よりあそこは静かで誰も来なければ人目を気にする事もなく楽に接することができる。

 今日はニュークも連れて行ってやろう。

 

 

 

 

 

 今日は格納庫を探索していた。

 勿論任務の為にメタルギアZEKEの完成具合の確認である。

 普通科学者でもない者が格納庫をうろついていれば注意を受ける事もあるだろうが、私の場合は物珍しいからと言った理由で切り抜けられるほどあまい対応で何とでもなる。

 寧ろストレンジラブやグラーニンなどは問いかければ喰い付いて聞いていない事まで教えてくれるので情報収集する身としては楽だ。

 探索するように格納庫を歩き回っていると、いつものように酒を飲んでいたグラーニンに出くわした。

 これは都合が良いと思い近づくとバットと話をしているようだった。

 グラーニンとバットは仕事抜きでロボット(メタルギア)の事―――つまり趣味が合うようで語り合うのだ。

 やはり今回もそのようで、差し入れを口にしながら会話に華を咲かせていた。

 にこやかに声をかけると二人共笑顔で迎えてくれて、差し入れのガトーショコラを貰いながら話に入る。

 アルコールで口が回り易く、話を聞いてくれる聞き手が居る事でグラーニンはペラペラと語ってくれた。

 と、いっても彼が担当しているのはメタルギアZEKEではなく、バットの為に作っているメタルギアTONY。

 必然的に話はそちらへとなる。

 武装面からシステム面を語られてうんうんと頷きながら話を聞くも、話が進む度に興味は段々と薄れていく。

 メタルギアTONYはあらゆる問題を含んだ兵器だ。

 まず核弾頭などホイホイと手に入る物ではないのでメタルギアTONYには搭載されず、乗り手の事とシステムの難しさから二足歩行は難しいとの事で四足歩行。大まかな研究資金はメタルギアZEKEの方に流れているので新造の専用兵器は作れずに、今まで倒したAI兵器などの武器を応用している。

 戦場で出くわしたら脅威ではあるだろうけど、メタルギアZEKEさえ押さえてしまえば問題はない。

 警戒するほどの脅威ではないだろう。

 興味さえ失ってしまった話に頷いていると休憩時間を過ぎても帰ってこないグラーニンを心配してかソコロフが迎えに来た。

 まだ話足りないのか残ろうとするグラーニンをバットが説得し、ソコロフに連れられてやっと仕事に戻って行った。

 このまま解散かなと思ったらバットと話をする事に。

 正直疲れて部屋で休もうかなと過っていただけに、本気で悩むも少しだけならと残ってしまった。

 先ほどまで演技をして聞き手に徹していたからか意外と自分の口が回りに回って、グラーニン以上にそこで話し続けてしまっていた。

 この時は喋り過ぎたと演技ではなく恥ずかしさから顔を赤く染めてしまった…。

 迂闊だった…。

 しかし逆に疑問も残る。

 どうしてこんなにも彼と無駄話をしてしまったのだろうかと。

 マザーベース内でよく私を気遣ってくれるから?

 一番年齢が近いから?

 考えるも明確な理由は浮かばず、最終的にはどうでも良いかと流してしまう。

 それにしてもあの冗談は面白かった。

 「僕って異世界(・・・)より来た人間なんだ」なんて冗談は嘘にしては設定がちゃんとしていてまるで本当にそんな世界があるかのようで、思わず本気で聴き入ってしまった。

 平和で不自由はあっても選択の自由がある生活。

 選択する自由すらなかった私には羨ましい限りだ。

 私は見た目は悪かったけど、味はほっぺが落ちそうなほどガトーショコラは美味しかったなぁ。

 また今度作って貰おうかな。

 

 

 

 格納庫付近の施設情報は集めた。

 ZEKEの設計図も何とか入手できた。

 こんなに上手く行くとは正直思わなかった。

 大概外部に注意を向け、内部への警戒と言うのは薄れるものとしてもざる過ぎる。

 私が疑われ難い役であるのもあるのだろうけど。

 色々と理由はあるが一番はザドルノフの奮闘だろう。

 マザーベース内の独房に収容されているザドルノフは正確に私の正体を知らない―――筈。

 察してはいるのだろうが彼は快く協力をしてくれている。

 自らが脱走しているように見せて、私が手助けして何かをしている事を知らせない。

 彼自身にもはや戻る場所がない事と、退屈な毎日への仕返しと暇潰しも兼ねているのだろう。

 逃がす手引きはするがその後は彼自身の行動なので、毎回よくそこまで逃げ延びたものだと感心してしまう。

 非武装状態で武装集団が行き来する地域を単独で潜むなど、潜入能力の高さはマザーベース内でも上位に食い込むのではないかと私は思っている。

 

 何度も逃げ出し巧妙に身を隠すザドルノフに頭を悩ませるカズは申し訳なさそうにスネークに捜索を頼むと、一度や二度なら兎も角四回も超えれば辟易としていた。

 ただバットは逆に楽しそうであったが。

 どうしてそんなに楽しそうなのか気になって問いかければ「かくれんぼってした事なかったんですよ」と嬉しそうに語っていた。

 本当に何処か抜けているのだろう。

 性格上の問題ではなく、単に頭のネジが…。

 

 そこが良いというスタッフもいるが、潜入工作員であることを考えるなら問題ではとも思うのだけど、実際にそんな彼に惹き付けられて説得されている者がいる事から“だから”なのか…。

 考えれば考えるほど頭がこんがりそうだ…。

 

 今は彼の事よりも目の前の任務を優先しよう。

 こうして五回目のザドルノフ脱走で生まれた隙。

 有用に活用させてもらうとしよう。

 

 

 

 …不覚にも風邪を引いてしまった。

 マザーベースの現状を考えれば病気と言うのは非常に怖いものである。

 スネークの下に集まった兵士は国も違えば人種も違い、派遣される国は多種にわたる訳で、その分色んな病気に触れる機会が増えるのでどんな病気が入って来るか分かった物ではない。

 今回エルザの診断でただの風邪と聞いた時は安堵すると共に、そういった可能性を考えて気を付けねばならないだろう。

 一週間も自室で大人しくしていれば完治するとの事で、私は部屋のベッドで寝転がる。

 人と言う生き物は環境によって大きく影響される。

 以前は静かな時間を過ごすのに何の苦労もなかったのだけど、ここで生活するようになってからは毎日誰かと接したり、馬鹿騒ぎに巻き込まれて一人の時間の方が少なくなっていて、今では寂しく惨めに感じてしまう。

 それを知ってかニュークがベッドの片隅で心配そうに見つめ、私は撫でて気を紛らわせる。

 すると風邪をひいた事を聞いてアマンダ達に比較的私に親しい兵士達が見舞いにと訪れて来たのだ。

 アマンダは風邪に効くと言うスープを作ってくれて、チコはエルザと共に部屋を飾る為に花を持って訪れた。スネークやヒューイ、ソコロフやセシールはお菓子をくれると少し話をして帰って行った。

 中にはあまりしゃべった事の無かったパイソンも来て「熱いならこれを使うといい」といって液体窒素を周囲に撒く手榴弾を渡されて困惑してしまった。

 すると「冗談だ」と笑いながら額に触れるか触れないかの位置に手を近付け、液体窒素が循環しているスーツによってひんやりして気持ちが良かった。

 

 皆、有難くもあるのだけども結果的に迷惑な見舞客もやって来る。

 

 ミラーは「ゆっくり休め。俺が子守唄を歌ってやる!」とギターを持参し、歌い始めたのだが日本語の歌詞だからか意味は分からないし、何より音痴過ぎて休むに休めない。

 さらに「風邪には座薬が効く」といって見本を見せようとズボンを脱ごうとしたのでティッシュ箱を投げつけて追い出した。

 いきなりの出来事に熱が酷くなりそうなほど頭痛を覚えたが、この時の私はストレンジラブの事を失念していた。

 彼女はインドの塗り薬を持って来てくれたのだけど、胸に塗ると良く効くとジャージを脱がせようとしたので、今度は枕でぶん殴って叩き出してやった。

 何なんだと頭痛を覚えているとグラーニンが訪れて「万病にはこれが効く」とウォッカを飲むように強引に渡して来たので、速攻でナースコールしてエルザに強制退去して貰った。

 すぐに退去してくれたけど、短い時間で彼の酒臭さだけ居残って気分が悪い。

 ニュークまで気分が悪くなりそうなので、倦怠感のある肉体に鞭を打って換気しようと窓を開けた。

 

 そんなこんなあり、夕食頃になってバットが訪れた。

 「食事を作って来たよ」と玉子雑炊という出汁や醤油でほんのり味付けしたトロトロにふやかした米に玉子を混ぜた料理を持って来てくれた。

 バットは盛り付けが下手だったけど、これは意外にそうは見えないので「リゾット系なら盛り付けは大丈夫だね」と言うと苦笑いを浮かべられた。

 するとその仕返しなのか、それとも素なのかスプーンで一口分すくって、少し冷ますと「あ~ん」と言って食べさせようとしてくる。 

 まるで子供のような彼が私を子ども扱いをしてくるのは少し癪である。

 十代の女子学生という嘘を信じるなら正しいが、実年齢はバットとほとんど差がないのだ。

 ムッとするも「実は貴方とそんなに年齢変わりません」なんて言える筈もなく、恥ずかしくも食べさせてもらう事に。

 食べたことで少し元気がになり、温かな食事で少し身体が火照ってしまい汗が流れる。

 

 この時、私は熱で思考回路がまともではなかったのだろう。

 ジャージの裾を少しだけ捲って「汗を拭いてくれない?」と口にしてしまっていたのだ。

 効果は抜群だったようでバットは顔を真っ赤に染めてそっぽを向いた。

 初心過ぎないかと考えも過ったが、それ以上に楽しくて悪乗りをしてしまい、最終的にバットがストレンジラブを呼ぼうとしたので必死に謝る事になってしまうとは誤算だった…。

 

 

 

 国境なき軍隊は常日頃訓練に明け暮れ、仕事となれば戦地に飛んだりと休みをとっても精神的にも肉体的にも疲労がどうしても蓄積してしまう。

 娯楽があればマシなのかも知れないけど洋上プラントである事から難しい。

 そこでスネークとミラーは月に一度、誕生日の兵士を祝う名目でちょっとしたパーティを開く。

 皆が皆、日ごろの鬱憤を晴らすように酒を浴びるように飲み、獣のように肉をかっ喰らい、スラングな悪口が飛び交っては、本気ではないにしてもちょっとした殴り合いが起こったりと騒がしくも楽しんでいるようだ。

 五月蠅すぎる喧騒の中、私も参加せねばならないのが辛い。

 別に強制参加ではないけど顔を出さない訳にはいかないだろう。

 

 娯楽と言う事で趣向も追加されてもはや収拾が付かなくなる事がある。

 誰が一番酒を飲めるのかと飲み比べを行えば急性アルコール中毒で倒れては秒でバットが治し捲り、力自慢大会と言う事で参加している者で腕相撲のトーナメントを行えば勝敗や不正云々で喧嘩祭りに変わったりと今まで死人が出なかったのが不思議なほどである。

 今回はそんな馬鹿騒ぎではなく、仮装パーティと言う事で皆が普段と違い衣装で参加していた。

 スネークは着なれないタキシード姿で現れ、ミラーは葉っぱ一枚(・・・・・)で登場した所をそのまま叩き出されて、ヒューイやアマンダが何やっているんだかと苦笑いを浮かべていた。

 私はと言うと髪をポニーテールにして、動きやすいようにスーツ姿での参加だ。

 万が一にも喧嘩になった際にはドレスでは動きにくいし、ストレンジラブの視線が怖かったというのもある。

 ドレス姿を期待していたのか普段参加しないストレンジラブ(普段通りの服装)が肩を落とし「似合っているけどドレス姿も似合うと思う」と言って来たので、「今度二人してドレスで参加します?」と返したら黙ってしまった。

 各々が仮装をする中でひときわ注目を集めた人物がいた。

 

 黒のエンパイヤロングドレスを着こなした小柄な人…。

 覗く肌は健康的で、シミやしわの無い綺麗な肌。

 ふわっと肩に掛かっているブロンドヘアが揺れ、少し照れ臭そうな表情が周囲を見渡す。

 素直に綺麗と思ってしまった。

 ストレンジラブも同性でありながらも見惚れるほどの美しさと引き込まれる雰囲気を持ち合わせているが、それに似た感覚を味わって魅入ってしまう。

 周囲の男性兵士達はそうであり、行動力の高い者は声をかけては玉砕していった…。

 見渡していた視線が私に向けられ、ヒールに慣れないのか不安定そうに歩み寄って来る。

 間近にまで迫って私はようやく気付いた。

 その女性だと勝手に思っていたのは女装したバットであったのだ。

 驚きの余り変な声を出してしまったのは今でも恥ずかしい…。

 なんでも仮装の話が出た時点で女性兵士の一部が女装させて参加させようと画策していたらしく、まんまと拉致られて衣装を着せられメイクを施され、かつらをセットされて今に至るとの事。

 道理で一部女性兵士の反応がおかしいと思った。

 くだらないと思いながらもまんまと騙されてしまった身としては悔しいばかりだ。

 まぁ、女性と思って声をかけて玉砕し、それが男だったと理解した彼らを見ると少しは溜飲も下がったが、やはりバットに対して気が収まらない。

 

 どうすべきかと悩んだ私はバットをダンスに誘った。

 ダンスは得意…と言う訳ではないがそれなりに踊れはする。

 対してバットは今までの様子や会話から踊りの経験はないだろう。

 追加して言うと女性パートとなると余計にだ。

 案の定ダンス経験のないバットは大慌てで断ろうとするも、服を着て戻って来たミラーが乗っかり、会場の空気がバットの逃げ道を完全に封鎖してしまう。

 もう踊るしかなくなった状況下で誰かが音楽を再生させる。

 悪乗りした兵士達も踊り出し、意を決してバットも踊り出したけどわたわたと小刻みな動きに恥ずかしさから真っ赤に染まる顔が滑稽で、先ほどまで抱いていた悔しさは消し飛び、リードしてあげる事で優越感に浸って私は心の底から笑ってダンスを楽しんだ。

 

 …あれ?どうして私はこんなことをしているのだろう?

 

 

 

 

 

 マザーベースであるイベントが予定された。

 なんでも普段戦いに明け暮れているが、年に一度はゆっくりと平和な日を過ごそうという趣向のイベントだとか。

 娯楽に飢えているマザーベースの皆にとって朗報であり、すでに歓迎ムードが出来上がっていた。

 浮かれ過ぎだなと思い、少し距離を置いてみていた私だったが、まさか巻き込まれるとは思いもしなかった。

 突然ミラーが「名前に平和繋がりって事でバンドをしよう!」っと誘って来たのだ。

 いきなりの事で戸惑うが正直楽器も歌も自信はない。

 断わろうと口を開こうとしても「昔からバンドをするのが夢だった」とか「ザドルノフも誘っといた。アイツも平和に関する名前なんだろ」と語り掛けて来て断る隙がない。

 しかも終いには「すでに申し込みは済ませておいた」と事後承諾で伝えているときたもんだ。

 道理で出会う兵士達に「楽しみにしているよ」など声をかけられる訳だ…。

 抗議すべきか悩むもあれだけ期待されて逃げると言うのも気が引ける。

 なら下手を晒して笑いものにはなりたくない。

 面倒であるがしっかりとやるしかないと覚悟を決める。

 すでに曲は仮ではあるけど出来てはいるとの事で、あとでデモテープを届けると言って嵐のように去って行った。

 

 まさか私が歌詞を作る事になるとは…。

 

 

 

 

 

 最近酷く疲れている。

 任務に加えてバンドの練習にマザーベースでの仕事も相まって、精神的にも肉体的にも相当に参っているのだろう。

 おかげで仕事ではミスを連発するし、歌詞作りの方は停滞して進まない。

 こんな状態では工作活動なんてもっての外。

 どうにかしなければと思っていたらバットにお茶会に誘われた。

 バットがお茶会に誘う場合は大抵何かしらのお菓子や料理を作った時で、彼の料理は美味しいだけでなく精神的に良い影響を及ぼす(バフ)ような気が毎回するので、こう参ってしまっている時には非常に有り難い。

 バレてはいけないのでボロは出さないように注意をしなければならないが、私はありがとうと礼を言って誘いに乗った。

 

 部屋に付くとバットはすぐに作るからと言って室内に用意された台所で調理を始める。

 バットに宛がわれた室は個室で結構広めだ。

 彼の個室と言うより女性陣が憩いの場として利用する事がある為に広い部屋を宛がったというのも理由だとか。

 所々にコスプレらしい服が見え隠れする辺り玩具(着せ替え人形)として扱われ、女性兵士達に娯楽を提供している(させられている)のだろう。

 ソファに腰かけているとあっと言う間に出来上がった料理を並べて行く。

 治療もそうだが調理に関してもバットは早い。

 作業時間なんて有って無いようなものだ。

 まるで工程をスキップ(・・・・・・・)しているかと思わんばかり。

 

 並べられたのはサーモンサラダにハーブティー、フルーツヨーグルトだ。

 勧められるまま口にすると疲れが綺麗さっぱり無くなったかのような解放感が突き抜ける。

 さっぱりとして食べ易く、脂身にサーモンの旨味がぎゅっと詰まったサーモンサラダ。

 香りが気分を癒やし、温かさが身体を落ち着かせるハーブティ。

 バナナやいちごやキウイなどの果物本来の甘さや酸味が、シロップの掛かったヨーグルトに合い、ピーナッツやアーモンドなどのナッツ類が程よいアクセントになっているフルーツヨーグルト。

 疲れていた身体に沁み込み、食欲がストレスで薄れていたというのにすんなりと胃に収まってしまった。

 食べきるとデザートにと苦めのチョコレートとミルクココアを用意してくれて、私はリラックスした気分で他愛のない会話に華を咲かせた。

 

 気が付くと私は眠りこけてしまっていたらしい。

 起きたらバットのベットの上で横になっており、外は夕暮れ色に染まっていた。

 眠るつもりなんてなかったのにと驚きながら、バットに謝罪と礼を述べて私は自室に戻る。

 

 久方ぶりだ。

 身体が綿のように軽く、気分がすこぶる良いなんて。

 今だったら良い歌詞だってかけるかも知れない。

 

 …迂闊にもこの時の事をセシールに話してマザーベース内にバットと私がお部屋デートしていたと噂されるのは誤算だった…。

 

 

 

 

 

 夢のようだった。

 ここ数日私は思い詰めていた。

 “CIPHER”より作戦決行の指令が下ったのだ。

 それもよりによって平和の日の前日。

 多分ZEKEの完成と改造が終えた事を知ったのだろう。

 報告したのは私ではない。

 マザーベースに潜んでいる別の協力者の方だ。

 なんでもう数日待ってくれなかったのかと考えるほど辛かった。

 恥ずかしい想いはしたくないと本気で練習し、三人そろってのセッションも問題なく出来、あとは本番を待つばかり。

 どうしてと何度も疑問を浮かべて、朝目覚めたら指令そのものが夢にならないかとも願ったけども残酷にも現実であると告げられる…。

 私は精密な駆動系に細工でもして決行日を数日だけでも延期できないかと悩み、その考えはミラーからの通知でかき消えてしまった。

 

 なんと平和の日が早まったのだ。

 理由はバットがそろそろマザーベースを離れるとの事で、平和の日とバットのお別れ会を一緒に行うからと。

 正直バットが去る事に悲しみを覚えるも、作戦を決行すれば彼はスネークと共に立ち塞がり、彼らか私かが命を落とす。

 そうなれば今別れようと変わらないと割り切り(感情に蓋をし)、計画延期を画策するほど楽しみにしていた平和の日を楽しむことにしよう。

 

 毎月行われるパーティと違って穏やかに、和やかに始まった平和の日。

 誰も彼もが微笑み合い、楽し気に談笑している。

 そんな全員の視線を集めて私達は舞台の上に立つ。

 楽器を持ったミラーとザドルノフに、マイクを握った私。

 皆の顔を眺めるとふつふつと今日までマザーベースでの生活の光景が脳裏を過った。

 

 チコに誘われた釣りは、私に無駄な事をさせないでほしいと思いながらも、初めての体験に興奮しつつ大物かと思われた獲物が想像していたより小物だったことに肩を落とした。

 接し方が分からないのか距離を置いていたのに、意外と気にしてぶっきらぼうに話しかけて来るパイソンには、戸惑いが見え隠れして可愛らしく見えて内心苦笑してしまう。

 アマンダとセシール、エルザとわいわいと騒がしくも料理を作り、出来上がった料理を振舞って美味い美味いと兵士達の舌を唸らせ、それを満足気に私だってこれぐらいの料理が出来るのだと微笑んだ。。

 兵士達が行っていたサッカーの試合では欠員が出て、ヒューイによって私が急遽参加させられる形になり、適度に手を抜けばいいものを熱くなって汗だくで必死にボールを追った。

 甲板で日光浴をしていたらストレンジラブに紫外線による肌への危険性を解かれ、日焼け止めクリームを塗られてしまった時は狙われている(・・・・・・)と不安を抱くも、塗る時に間近で観た彼女の美しさに魅入ってしまった事に驚いてしまった。

 二股をしたミラーを注意したスネークが浴場から甲板まで全裸で殴り合いをしながら移動する様は呆れ果て、グラーニンに無理やり付き合わされた飲み会(私はジュースで)には同席させられたソコロフと一緒に困り顔を浮かべてしまう。

 

 いろんなものが脳裏を過り、私の感情が大きく揺さぶられる。

 だけど私も立ち止まる事は出来ないのだ。

 

 私は歌う。

 今この平和な時を噛み締めるように。

 パス・オルテガ・アンドラーデという少女はもうすぐ死に、パシフィカ・オーシャンとして数日後には対峙するのだ。

 私は感情を込めて歌いながら、微笑を向けているバットを見つめる。

 心の底から聴き入り、マザーベースで一番接しているにも関わらず、全然察する事すら出来なかった人…。

 だからもう少し良いよね?

 もう少しだけパスで居ても…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちょっとした一コマその弐。そして…

●罪人に罰を。

 

 「ちょっと開けなさい!」

 

 怒声の中に悲痛さが混じった声が僕の耳に劈く。

 閉じ込められた彼女(ストレンジラブ)は必死に(ヒューイ)に助けを求める。

 けれど決して開けることは出来ない。

 いや、開ける訳にはいかないのだ。

 

 「ヒューイ!」

 

 彼女が僕の名を呼ぶ。

 開けようと思えば今すぐにでも開けてやれる。

 心が揺れ動き、手を伸ばそうとして必死にそれを抑える。

 

 「開けてヒューイ………開けろ!」

 

 願うような言葉から怒気の籠った命令に変わる。

 震えながら首を振って否定する。

 観ているのも辛い。

 目を背けようとも声は心を突き刺し続ける…。

 

 「お願い…開けて…」

 

 弱々しく頼み込む彼女の声が酷く心を揺さぶる。

 両手で耳を塞いで聞こえないようにするが、隙間から入り込む彼女の声が響き渡る。

 違う…。

 僕が閉めたんじゃない。

 そうだ。

 僕は悪くなんかないんだ。

 彼女が悪いんであって僕は何も悪い事はしていない。

 そう…悪いのは彼女と()なのだ。

 

 「悪いのは君達じゃないか!」 

 

 罪悪感から言葉が口より漏れ出た。

 これは正当な主張だ。

 何より僕が責められるようなことじゃあない。

 

 「君達(・・)?自分は別か」

 

 ミラーの低い声が鋭い視線と共に向けられてブルリと背筋が震える。

 サングラス越しにも解る失望と怒り。

 

 「あ…いや…違うんだ。今のは…」

 

 訂正しようと口を動かすも出たのはそんな言葉。

 自分の肯定も彼を宥める事も出来ない言葉はただ流れ、ヒューイの深いため息に掻き消される。

 

 「元は違えど共に闘い抜いた仲間だと思っていたのに…残念だヒューイ」

 

 冷たい言葉が圧し掛かる。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 感じる必要の無い(・・・・・)不安と恐怖と罪悪感を味わったヒューイは涙を瞳に浮かばせる。

 

 「何やってるんですか…」

 

 そこに現れたのは呆れた様子のバットであった。

 この状況下で彼が来てくれたのは心強い。

 ぱぁっと顔を輝かせて救援の来訪を心より喜ぶ。

 

 バットはミラーとストレンジラブを視界に収めると大きなため息を漏らす。

 

 「声が外まで聞こえてましたよ。二人共自業自得じゃないですか」

 「私が何をしたと言うんだ?」

 「熱で弱っていたパスちゃんの服をひん剥こうとしたと聞きましたが?」

 「いや、あれは…薬を塗ってあげようと…」

 「身の危険を感じたと本人が証言してましたが?」

 

 独房の中でストレンジラブが言葉に詰まる。

 彼女は現在バットが言った罪で牢に入れられたのだ。

 数日の謹慎&罰と言う事で。

 言い返す気満々だったのだろうけど、さすがにパス本人に怖がられていたと知って悪い事をしたと罰が悪そうにする。

 対して同じく独房内に閉じ込められているミラーは堂々とした態度でバットに対峙する。

 

 「俺は無罪だ」

 「何が無罪ですか。勢いに任せてヒューイ博士に開けさせようと責めておいて」

 「それでも俺はやっていない!」

 「パスちゃんの前で座薬の見本と見せると言って下半身を露出しようとした罪。共用施設の乱用。複数の女性と関係を持ってマザーベース内幾人の人間関係を崩壊させたこと。スタッフの負傷。挙句にスネークと共に全裸で施設内を駆け回った件などなど。否定するのであればどうぞ」

 「…すまない」

 

 ようやく謝罪の言葉が出たことで大きく息をつく。

 なんで独房内では暇だろうと差し入れを持って来ただけでこんな目に合うのだろうか…。

 苦笑いを浮かべながらストレンジラブに視線を向けるとまだ諦めていない様子。

 それに気付いたバットが釘を刺しておく。

 

 「駄目ですよ。絶対に出しません」

 「今日だけで良いんだ!いや、三十分だけでも」

 「諦めて下さい。というか反省する気なしですか!?」

 「アンダルシアンの世話もあるし…」

 「怖がっていた(・・・・・・)パスちゃんがしてくれるそうなので安心してください」

 

 きっぱりと言い放つバットに続き、僕も独房を離れる。

 …そんなに参加したかったんだ。

 セシールとパスが参加する女子会に…。

 

 

 

 

 

●お酒はほどほどに…。

 

 マザーベースは基本的に生産に向いていない。

 研究開発班のおかげで武器や弾薬、アイテムの生産は可能であるも、原材料となるとやはり外より持ち込むほかない。

 これは洋上に浮かぶプラントと言う限られた空間を拠点にしている以上仕方がない事である。

 けれども頭では納得出来ても不満は募るもの。

 中でも嗜好品である酒類は飲む者、飲まない者と別れるので種類が限られるために不満も大きい。

 そこで副指令のミラーはビールばかりでは飽きるだろうと、ワインを購入してきたのだ。

 …理由はセシールを口説くためにセシールの故郷であるフランスのワインを用意したなんて話もあるが、酒を楽しみにしていた兵士にとってそれは重要ではない。

 美味しく飲めて、酔えればそれで良いのだ。

 

 そう、美味しく飲めれば(・・・・・・・・)―――だ。

 

 市場で格安だったワインを倉庫一杯に購入したのだが、その安い理由を気にせずに“酔えればなんでも良い”程度の考えで購入してしまった。

 購入したワインは天候が原因で不作だった年代の物で、どれもこれも美味しくないワインだったのだ…。

 試飲したセシールは中に美味いのが紛れてないかと希望を込めて飲み、最終的に自分が不味いと評したワインで泥酔してしまう。

 確かに酔えればそれで良いと言う者も居るには居るが、出来れば美味しく頂きたいものである。

 女性陣は特にその傾向があり、何とか出来ないかと頭を悩ました。

 糧食班からはビーフシチューに使って処理するかという話が出たが、量が量だけに数か月は飯がビーフシチューに成りそうなので全ての処理は諦め、何らかの手段がないかを模索。

 最終的に浮かばずにミラーが責任を負う事になり、そして最後の手段としてある意味常識外であるバットに泣きついたのである。

 

 「…意外に美味しいわね」

 

 不味いワインの解決策と消費を兼ねて行われたのが、ストレンジラブが参加したがっていた女子会である。

 別にワイン目当てで参加したかったのではなく、ワインを飲んで酔うであろうセシールに、ジュースが出されるが万が一酒気で酔う可能性だってあるパス。

 彼女達が酔った時に看病と言う名目でナニかしらする気だったのだろう。

 

 そんな思惑は自分には関係ないとワインを口にしたアマンダは、酸味は柔らかくなり程よい甘みとフルーティな飲み易さに驚く。

 泣きつかれたバットは“サングリア”というものを調べて来た。

 シロップや蜂蜜を加え、果物を漬けるだけという手軽さでガラリと味わいが変わったのだ。

 飲むだけではと言う事でカナッペやピザ、モッツァレラチーズとトマトなどバットが用意したつまみがテーブルに並べられ、肴を摘まんではゆったりと飲み、それぞれが会話を楽しむ。

 

 「たのしんでぇるぅ?」

 「えぇ、楽しんでるわよ。そっちも満喫しているようね」

 「そりゃあもう」

 

 人によっては炭酸水を入れてより薄めて飲んでいる中で、飲み過ぎてべろべろに酔っているセシールが絡んできた事に苦笑いを浮かべる。

 満面の笑みを浮かばながらべろんべろんに酔ったセシールはそのまま千鳥足で会場内を彷徨っていく。

 あとでバットに対処して貰うとしよう。

 バットやスネーク曰く、酔いを治すのは食中りの対処法と一緒なのだとか。

 ※スティック(本人)をぐるぐる回して、吐かせることで腹痛が治る。

 

 「酔い過ぎね」

 

 傍から見て絡まれないようにしていたエルザは小さくため息を漏らす。

 彼女は後の事を考えて多少嗜んだら、果物のシロップ漬けを炭酸で割ったものを飲んでいた。

 

 「纏めて面倒見るんだろう?」

 「えぇ、久方ぶりに満室になりそうよ」

 「同情するわ」

 「あら?手伝ってくれても良いのよ」

 「遠慮しとく」

 

 短く言葉を交わしながら眺め会場を見渡す。

 エルザと同じ飲み物を飲んで会話に参加しているパスなどは元気そうだがやはり飲み易さから酔っているのが何人かいるようだ。

 会の名目は女子会となっているが参加すると表明したのが女性ばかりで、後から男性が来辛くなって今の形となっている。

 その中に現れた猛者―――グラーニンが扉を開いた。

 ワインに興味があったのかバットに一言二言告げて、果物を浸けていた瓶ごと持って立ち去ろうとする。

 少し気になったエルザが声をかけた。

 いつも酒を飲んでいる事は周知の事実であるも、グラーニンが酔い潰れた姿は誰も目撃した事は無い。

 だからあれだけ摂取しておいて酔わずに飲む方法があるのかと気になったのだ。

 

 「…二日酔いには向かい酒だろう?」

 

 当たり前のように答えられた答えに、聞いたエルザとアマンダは酒の飲み方には気を付けようとグラーニンとセシールを見て強く思うのだった。

 その後、酔い潰れバットの治療により酔いは抜けたが、少しばかり体調が芳しくない者達が医務室に集まるのであった…。

 

 

 

 

 

●去り際を探る者と居座る者

 

 「はぁ?ここを離れる?正気かお前ら?」

 

 心底信じられないモノを見るような表情でスコウロンスキー大佐は二人の科学者を見つめる。

 視線に困惑を示すソコロフは隣で気にすることなく酒を飲むグラーニンへどうするのと意思を向ける。

 アルコールを体内に回しながら、酒気を元った息を吐き出し一息つく。

 

 「正気も正気よ。そろそろ潮時じゃしな」

 

 正面切って揺るぐ事のない瞳に本気と察した大佐は眉間にしわを寄せる。

 考えが理解出来なかったのだ。

 正直に大佐にとってはここは楽園でしかない。

 高齢である大佐は年々身体能力は低下しつつある。

 無論視力も体力も全てのステータスがだ。

 軍隊や民間軍事会社に勤務していたら引退を宣言させられるか、後輩指導の名目で最前線を退けさせられるだろう。

 絶対に自分の居場所である空からは遠退けられる。

 

 だというのにここでは未だにヘリ操縦者として扱ってくれる。

 さすがに戦闘機は無理であろうが、それでも空を駆けると言うのは嬉しいものだ。

 

 自分がそうなのだから他の者もここが楽園であろうと思い込んでいた。

 ソコロフの存在から研究所から資金まで奪われたグラーニン。

 突出した技術を持つがゆえにどこまでも戦争に利用され続けるソコロフ。

 居場所を貰い、十分な研究資金を確保出来るマザーベース。

 しかもソコロフに至っては家族を保護して貰っているばかりか会う事だって出来るのだから。

 

 「もう良いのか?」

 

 考えが追い付かず、ようやく出た言葉にグラーニンは大きく頷いた。

 一仕事終えた様に清々しい笑みを浮かべ、ゴクリと酒を飲む。

 

 「そもそも儂はアイツにメタルギアを作ってやる約束を守る為だけだったしな。酒を飲むだけの余生に戻るさ」

 「ただ酒を飲むだけの人生ならどこでも一緒だろうに。で、そっちのもか?」

 「わ、私はニコライの所の社員だからね。それにそろそろ家族にも会いたい」

 「戻るべき場所か…」

 

 自分は得られなかった居場所を語るソコロフにクスリと笑う。

 別に相手を否定するつもりはないし、それもまた良いのだろう。 

 が、一番理解できない点がある。

 

 「で、なんでその話をした?」

 「お前さんはどうするのかなと思ってな」

 

 あぁ、そう言う事か。

 この二人と同じくロートルを心配してくれたって訳か。

 肩を大きく揺らして馬鹿笑いしてしまう。

 

 「迷惑な心配だな。俺の居場所はここであり、俺が収まるべき棺桶もそこにある」

 

 居場所はここで(マザーベース)、死に場所は愛機の中(戦闘ヘリ)

 そう心に決めている

 スコウロンスキー大佐の発言にグラーニンは「そうか…」と呟く。

 納得したような彼らは立ち上がり、研究棟に戻ろうと出口へと向かおうとするも、それをスコウロンスキー大佐が止める。

 

 「まだ去らないんだろう?去る前に一度ぐらい飲もう。無駄に年食った分だけ(思い出話)は尽きないだろうしな」

 「おぉ、良いな。こんな酔い潰れた爺で良いなら付き合おう」

 「私も少しなら…。それにあの子がどうなるのかも気になるしな」

 「あの子?」

 

 ソコロフが心配そうに呟いた“あの子”に対して首を傾げた。

 誰だそいつはという表情にグラーニンもソコロフも面食らった。

 

 「パスと言う少女がマザーベースで暮らすようになったじゃろうが」

 「あ?…あぁ、何かそんな話聞いたような気がするような…しないような?」

 「本当に知らないのか?」

 「知らん」

 

 別に自分に関わるものでは、グラーニンやソコロフのようにヘリの事で関わる者でもない。

 もしもパスが研究開発班に居れば話は違ったかもしれないが、糧食班を手伝っている少女など興味が無かったうえに、パス自体もそれほどスコウロンスキー大佐に関わる事がなかったので当然と言えば当然なのだから。

 

 そんな事もあるんだなと困ったように笑う二人は格納庫から去って行き、スコウロンスキー大佐は日課となっている愛機の調子を見ながら格納庫に居座るのであった。

 

 

 

 

 

●蝙蝠は悩む

 

 ぶらり、ぶらりとマザーベース内を歩き回る。

 甲板上で煙草を吹かしながら談笑しているアマンダとセシール。

 訓練場では兵士達に指導をしているパイソンとジョナサン、そして紛れて訓練に参加しているチコ。

 糧食班に入って調理の手伝いをしているパス。

 難しい顔を浮かべながら会議を行っていたスネークとカズ。

 メタルギアが完成した事でひと段落着いて各々好きに次の研究を始めているヒューイにストレンジラブ、グラーニンにソコロフの博士達。

 休憩がてら診療所から出て、通路にある椅子に腰かけてニュークを撫でているエルザ。

 格納庫にて愛機のヘリを眺めて満足そうに笑っているスコウロンスキー大佐。

 周囲の人や状況を全く気にする様子もなく散歩をしているアンダルシアン。

 

 こんな光景ももうすぐ見納めかとバットは何時になく暗い表情を浮かべる。

 

 正直ここは楽しい。

 食事は美味しいし、背中を預けれるほど信頼できる戦友が居て、自分が必要とされている実感が心地よい。

 元の生活はこれに比べるとどことなく味気なく感じてしまう…。

 けど僕は必ず向こうに帰らなければならないだろう。

 

 この世界に残る(・・・・・)事は出来ないのだろうから。

 三度目となれば…いや、一度目でそうだとは思っていたさ。

 こんなのはゲームなんかじゃないって…。

 

 言葉にすると恥ずかしくて言えないし、言っても冗談にしか取られないだろうが、僕はここが数字とイラストで出来たゲームシステムによって構築された仮想世界ではなく、生きて来た世界とは異なる異世界なのだろうと思っている。

 決して定められたAIによって文字を吐き出しているNPCではなく、彼らはこの世界で生きている人間なのだ。

 

 そう考えると僕は異物。

 体内に入り込んだ病原菌のようなモノなのだろうな。

 乾いた笑みを浮かべ、小さく息を吐き出す。

 

 ならどうして僕は異世界に居るのか?

 それはあの送り主が解らない荷物を送って来る主に聞かない限り解る事は無いだろう。

 唯一解る事は僕がこのゲームとされる物語をクリアしてしまったらプレイ(存在)する事は出来なくなり、彼らとはお別れしてしまうと言う事。

 

 コスタリカの武装勢力を排除して欲しいと言う依頼から、核弾頭発射阻止へと目標が大きく変わり、多くの仲間を得ながら強大なAI兵器やメタルギアを倒して、敵の計画を潰して任務を達した。

 一見ゲームクリアしたように思われるが、それでも僕がここに居られる事からまだイベント(戦闘)が残っていると予想される。

 外部には敵らしいキャラクターは存在しない。

 ならば味方の中にラスボス、または裏ボスと呼ばれるものが紛れて機会を窺っているのだろう。

 

 悲しいなぁ。

 それが誰であろうと殺し合う事になるんだろうな。

 そしてその時が近づいているのが何となく解る。

 最近よく逃げ出しているザドルノフは時間稼ぎか何か。

 すでに六回も行われている事からナニカは解からなくともあまり時間はない。

 

 『バットか…まただ』

 「またですか?」

 

 突然の無線に出るとスネークからであり、どうやらまたザドルノフが脱走したようだ。

 声色から飽き飽きした感じが感じ取れるも、それを含んで楽し気な笑みを漏らす。

 

 「すぐに行きます」

 『あぁ、頼む』

 

 なんにしても今はまだ楽しむとしよう。 

 別れである終局が訪れるその時までは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国境なき軍隊の総司令であり、兵士達の尊敬の念を集めるスネーク(BIG BOSS)

 身一つで潜入しても武器弾薬の調達から敵兵を単身で味方に引き込むバット。

 屈指の実力者である二人は完全武装の下、マザーベース施設内を警戒しつつ歩み続ける。

 目撃した兵士は何事かと驚きの色を見せるも、本人たちにとってはそれほど大したことではない。

 

 ただ独房よりザドルノフが脱走したと言うだけ。

 

 監視している状態で何度も脱走されるのは大問題なのだが、最早それを大仰に問い詰めるのも飽き飽きするぐらい脱走された事で、監視を攻めるよりはザドルノフの脱走技術を褒めるばかり。

 けどそのまま放置は出来ないのでスネークとバットが何度も捜索しているのだ。

 飽き飽きしてため息を漏らすスネークにバットは楽しそうに笑みを浮かべる。

 

 「パスちゃんから聞いたのですけど溜め息を吐くと幸せが逃げるそうですよ。ま、逃げたのは幸せより脱走マニア(ザドルノフ)ですけど」

 「そいつのせいでため息を吐いているのだけどな…」

 

 合計七回目の脱走…。

 毎回独房を脱出するばかりかマザーベースより出て、コスタリカの地に潜伏する。

 厄介で面倒な事をしてくれるものだ。

 それに輪をかけて今回は余計に面倒なことになっている。

 今まではマザーベースより出る事で足取りを追えたのだが、その足取りが今回は全くと言っていいほど追うどころか見つからない。

 考えられる理由は二つ。

 一つは奴が巧妙に隠しきったか、こちらの捜索が足りないのか。

 もう一つは外ではなく内に隠れている可能性だ。

 マザーベースは人や機能が増える度に増改築を施しており、隠れれるところは多く存在する。

 居なくなって日が立っている事を考えると巧妙に隠れているのだろう。

 

 数日前に平和の日を予定より早めた結果、仕事に出向いている者が大勢居り、少ない人員で捜索しなければならない。

 少ないっと言っても探したところに隠れられたらまた一からなので、捜索を担当する人間と捜索した区画を見張る人員に分かれればならず、捜索は能力の高いバットとスネークが全て行う事に。

 

 これではスネークに溜め息をつくなと言う方が間違っているだろう。

 居住区から研究施設、糧食班の倉庫なども探しに探し、二人は探していない施設である射撃訓練場に訪れた。

 ここは普段訓練でも使っている為に居るような気はしないのだが“もしも”と言う事もある。

 扉を開けて中に入って見渡すも誰も居ない。

 射撃場は一回が射撃訓練場になっていて、二階からはその様子が窺えるように壁際に足場と手摺が設置されている。

 

 「ったく、何処にいるのやら…」

 「危ないスネークさん!!」

 

 階段で二階へと上がってスネークは悪態をつきながら周囲を見渡すと、バットの叫び声が驚いて反応するよりも早くに壁際へと押しのけられる。

 何事かと視線をゆっくりとバットに向ける。

 世界がスローになったように瞳に映り、その中で銃声が響くと同時にスネークを押しのけたバットより鮮血が散った。

 ――バットが撃たれた。

 壁にぶつかりながら銃声の方を向くと、二階の奥の柱に身を隠していたザドルノフが銃口を向けている姿があった。

 

 今まで隠れるだけで抵抗らしい抵抗をしなかっただけに驚き、自身の油断でバットが撃たれた事実に怒りが滲む。

 殺意を持って銃を抜こうとするが、それより先にバットはSAAでザドルノフに二発早撃ちで叩き込んだ。

 弾丸は銃を握っていた左腕と右太ももを貫通し、踏ん張りが利かなくなったザドルノフは銃を手放しながらその場に崩れ落ちた。

 

 「バット!大丈夫か!?」

 「大丈夫――――じゃなぁい!痛いです!それもかなり!!」

 

 左肩を抑えながら訴えかける様子に安堵する。

 痛みで顔を歪ませているけどすぐさま治療をしているので、ものの数秒で完治するだろう。

 

 「それだけ叫べるなら大丈夫だな」

 「スネークさんは無事ですよね?」

 「お前のおかげでな」

 

 笑みを交わす二人は銃を手放し、倒れ込んだザドルノフに視線を戻す。

 右手は指が稼働するも細かな動作は難しい義手。

 銃を握れる左腕は撃たれて使い物にならない。

 逃げるにも片足を撃ち抜かれて早々に動く事は叶わない。

 無力化できたと判断するも、先ほど油断して撃たれただけに警戒は緩めない。

 案の定ザドルノフはゆっくりと動き出した。

 義手でVサイン(ピースサイン)を作ると指先をこちらに向けて来た。

 

 「――――ロケットピース!!」

 「何ですかその機能!?」

 

 煙りを立てて右腕の義手が発射された。

 突っ込みを入れながらバットは伏せて回避し、スネークは壁際の柱を盾に防いだ。

 最後の攻撃を呆気なく防がれた事に残念がるも、床の上に立った義手を眺めながら満足そうに微笑む。

 

 「私の役目は終わった………ぐぉっ!?」

 

 清々しそうに瞼を閉じたザドルノフ。

 が、撃たれたことでキレたバットは背より水平二連ショットガンを抜いて問答無用で撃った。

 まともに直撃を受けたザドルノフは衝撃で吹っ飛んで床を転がる。

 あまりな光景に戸惑いが隠せない。

 

 「…おい」

 「非殺傷のショットガンだから大丈夫です!!」

 「いや、そうじゃなくてな…」

 「もう一発叩き込んどきますか!」

 「止めてやれ。非殺傷とてやり過ぎると死ぬぞ」

 

 荒々しく肩を揺らしながら呼吸をするバットを宥め、ザドルノフを発見・無力化した事をカズに伝えようと無線を開く。

 

 「カズ。バットがザドルノフを発見。無力化した。これから独房にぶち込んでおく」

 『了解した。あとはこちらで……ん?―――ZEKEが動いている!?』

 「何だと!?」

 『誰かが乗り込んでいるのが見える。メタルギアZEKEのデッキに来てくれ!』

 「分かった。バット!」

 「僕は教授を独房へ運んでおきます。スネークさんは先に!!」

 

 脚を引っ張って引き摺ろうとするバットにザドルノフを任せ、スネークはメタルギアZEKEのデッキへと駆けるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蝙蝠と平和は蛇を困らせる…

 バットと別れたスネークは階段を駆け上がり、メタルギアZEKEのデッキへと出る。

 そこでは格納庫へと繋がる開閉口が開かれ、エレベーターでメタルギアZEKEがデッキへと上がって来たところだった。

 改めてこう対峙するとその巨大さに圧倒される。

 ピースウォーカーと違い基本二足歩行で歩き、ピューパのブースターにクリサリスのレールガン、コクーンの装甲と今まで戦ったAI兵器の良いとこ取りした機体。

 これを何者かが悪用しているとしたらかなりの強敵であるが、新規に製造したAIによる無人機であるがゆえに管制塔から遠隔で停止させることは出来る。 

 デッキに上がったのを確認してカズに連絡を入れようとする前に、ZEKEより音声が発せられる。

 複合音声により喋る機能を得ているが、発せられたのは人の声であった。

 

 『遅かったね。BIGBOSS』

 「パス?何をしているんだ。危ないから降りろ」

 『危ないのはどっちかな』

 

 予想外の人物に困惑しながら促すも、何やら様子がおかしい事に眉を潜める。

 そもそも無人機であるZEKEにパスが居る事事態おかしな事なのだ。

 今度こそカズのと回線を開く。

 

 「カズ。ZEKEを止めろ」

 『駄目だ。制御を受け付けない!』

 「なんだと!?」

 『私が改造したの』

 『改造だと!?どうやって…いや、いつの間に」

 『さぁてね。意外とメカ好き?』

 『まさかザドルノフはその為の囮か!』

 

 ザドルノフの脱走を手引きしている者が居るのは察していたがそれがまさかパスとは思いもしなかった。

 盲点…。

 十代の少女だからと信じすぎた代償がこの状況下と後悔するも、今はその時ではないと銃を構える。

 

 『これは(ZEKE)CIPHERの創造物よ。だから返してもらうわ』

 「パス…君は一体…」

 『五月蠅い!その呼び方は止めろ!反吐が出る!私はパシフィカ・オーシャン。

  名前も年齢も計画も全てCIPHERから与えられ、今日この日の為に活かされてきた…

  嗅ぎ煙草も十代の女学生も平和の使者も今日でお終い!」 

 

 荒々しく言い放つも一時の気の迷いと言う訳ではなさそうだ。

 真剣に耳を傾けながら、いつでも動けるように心づもりはしておく。 

 

 「そいつでどうするつもりだ?」

 『簡単な事よ。国境のない軍隊は国境の無い国家に尽くすべきなのよ。そう“国境なき統治世界”の為に』

 「国境なき統治世界…」

 『もうすぐ冷戦は崩壊し、電子防諜(シギント)の時代が始まる。あらゆるものが電子の世界に統合されることになり、それらをCIPHERが情報を集め、世界を見張り、意識を誘導管理する。

  争う事しか出来ない人類が初めて一つの意思の下に統治される。

  貴方達にはそれが完成するまでの守護者となって貰いたいの。

  抑止論はコールドマンが言ったように欠点がある。彼はそれを補う形でAI兵器に頼った。だけどCIPHERは違う。CIPHERは抑止ではなく制御。銃を管理することを思いついたの。これこそ平和幻想への最後のアプローチ』

 「銃を…力を管理する事など出来はしない」

 『ぶっぶー!では交渉決裂!残念でした!そして今度は最後通牒。ZEKEは核攻撃態勢に入った。目標は合衆国東沿岸!』

 「なんだと!?何のために!」

 『貴方達がどれだけ危険な存在かを世界に知らしめる。世界は恐怖するでしょうね。貴方達のような驚異的存在に。そして二度と同じことを繰り返さないように貴方達のような存在を作らせないように抑止力になる。気に入ってくれたかな私のシナリオは?』

 

 可愛らしい笑みを浮かべているのだろうな。

 いつもなら和む口調であるも、今はそんな余裕はない。

 彼女は本気で撃つ気なのだろう。

 止めなければ…。

 そう思ってトリガーをひこうとしたスネークは、周囲より響いて来た声で指を止めた。 

 

 『僕は気に入らないなぁ』

 

 姿は見えないが大音量に拡声されたバットの声。

 パスも何処からかと周囲を探索しているようで、ZEKEの頭部が辺りを見渡すように動く。

 されどバットの姿は全くと言っていいほど見えはしない。

 

 『僕だったら核攻撃を阻止し、ZEKEを止め、悪さをした女の子には説教をして、最後はみんなで宴会して騒いで楽しむのが良いかな。ワインも残っているしまたサングリアを作ってさ。つまみは豪勢にあるだけの食材出し切る感じで酔って騒いでの大団円』

 『下らない。二流…三流作家以下のシナリオね』

 

 姿が見えない事に急に不安を覚え始めた。

 まさかまさかと思いながら視線を―――メタルギアTONYのデッキへと向ける。

 

 『目には目を。歯には歯を。銃には銃を―――メタルギア(ZEKE)にはメタルギア(TONY)を!』

 

 嘘だろと半分呆れながら上がって来るメタルギアTONYを眺める。

 二機のメタルギアが自分を中心に対峙している。

 いや、今は挟まれている自分もそうだがこの状況そのものが非常に不味い。

 マザーベースにて二機のメタルギア同士の戦闘が開始されようとしているのだから。

 被害は相当なものになり、最悪洋上プラントの一つや二つ崩壊しかねない。

 

 『貴方も邪魔をするというのなら容赦はしない!』

 『勿論邪魔させてもらうさ。行くぞメタルギアTONY!初陣を飾るぞ!!』

 『スネェエエエエク!あの馬鹿(バット)と核を止めろぉおおおお!!』

 

 無理だろ…。

 半ば自棄になったスネークは二機のメタルギアの間より離れ、海を眺めながら葉巻に火をつけた。

 先ほどまでのシリアスは何処に行ったのやらと他人事みたいに考え、その後ろでは汎用換装二足歩行戦機・有人改造機“メタルギアZEKE”とバット専用四足歩行戦機“メタルギアTONY”が咆哮を上げて戦いの火蓋を切ろうとしていた…。

 

 

 

 

 

 

 ―――メタルギアTONY。

 グラーニンがバットとの約束を果たすべく専用機として開発を進めていたトリケラトプスを連想させるような四足歩行のメタルギア。

 国境なき軍隊では核を搭載し、コスタリカにて改良型AI兵器と戦っては記憶盤を回収させられていた事からメタルギアZEKEの認知度は高いが、TONYは一部の者しか知らない。

 大型レールガンなどで遠距離からの攻撃を行えるZEKEに対し、TONYは中距離・近接戦に特化した対人兵器。

 私はグラーニンやバットとの会話で情報を仕入れていたので知ってはいたが、対峙するとなるとかなり厄介な相手である。

 

 「止めれるものなら止めてみろ(お願い…止めて)!」

 『止めるよ。絶対に』

 

 気持ちに蓋をして叫び、跳躍して別のプラントへと飛び移る。

 近接・中距離対応と言う事で防御力が高く、重量もZEKE以上にあるメタルギアTONYとの近接戦闘は分が悪いと考えたのだ。

 プラントに飛び移ると大型レールガンを上空へと向ける。

 すでにレールガンには核が搭載されており、あと数秒で発射することが可能。

 止めようとも身体を二足で支えれずに四足で支えている重量級のTONYは跳び越える事は出来ない。

 ゆえに来るのはミサイル攻撃。

 コクーンから流用した対人対戦車ホーミングミサイルが胴体中央より放たれ向かって来るも、予想していただけに三門の機銃で撃ち落していく。

 こちらは武装情報や機体スペックを知っている事で攻撃が読め、さらにレドームで覆っているレーダー系の索敵機器により誘導兵器などの補足は容易。

 すぐさま発射機動に戻そうとすると予想外の衝撃に襲われてバランスが崩れる。

 何事!?とTONYを睨むと、聞いていない武装―――コクーンの主砲がこちらに向けられていた。

 

 「コクーンの主砲!?そんな物まで搭載していたなんて…」

 『そっちはレールガン持っているから良いでしょ。こっちだってそう言うの(主砲)欲しかったんだもん』

 「何が“だもん”だ。戦闘中に馬鹿にして…」

 

 酷く苛立つ。

 あの抜けたような性格が神経を逆なでする。

 戦場では場違いのような優しさと笑顔を振りまき、周囲にほんわかとした雰囲気を撒き散らす男。

 どれだけ私が救われ、癒やされたか分からない。

 だけどそれ以上に私は嫌っていた。

 羨んでいた。

 憎んでいた。

 バットは私が持ってないものを全部持っていて、楽しそうに人生を謳歌している。

 私にはそれは許されないというのに。

 

 誘導ロケットランチャーは放つと向こうも機銃で迎撃に入る。

 しかし向こうのレーダーシステムはZEKEほど性能は良くなく、外しては着弾を許している。

 そもそもあの機銃は接近してきた歩兵を狩る兵装であり、ロケットやミサイル迎撃用ではない。

 爆発によって生じた煙が晴れるとそこには無傷に近いTONYの姿が…。

 防御力が高いだけあって有効打に成り得ない。

 TONYは巨体を四足で支え、特例を除いて速度は遅い。

 その分、敵からの攻撃を真正面から受ける事を想定して頭部の装甲を強化すると同時に胴体を護るように傾斜をつけるように広がっているので正面からの撃ち合いは決定打に欠ける。

 

 「所詮ゲームはゲーム!勝つか負けるしかないのよ!!」

 『ゲーム(遊戯)っていうんなら楽しもうよ。そんな悲痛な顔してやるもんじゃない』

 「誰がッ…貴方みたいに誰もが能天気には生きていられないのよ!」

 『だったらパスも馬鹿になれば良いじゃないか』

 

 それが出来ないから私はこうしているというのに…。

 あの無神経さが腹立たしい。

 知りもしないでずかずかと入り込んできて鬱陶しい。

 

 ―――怒りのあまりパキリと理性の枷が外れた。

 

 レールガンが使えたのなら有利に事が運べたはずだが、搭載してしまった核が邪魔でただの重しだ。

 目的を忘れて邪魔な核を搭載したレールガンを外し、目の前の戦闘に勝つべく身軽となって飛翔する。

 近接戦を得意とするTONYには頭部に角があり、着地した瞬間を狙って振るってきた。

 身軽になっただけ動きが機敏になって直撃は逃れたものの、胴体を掠めた角によって装甲が削られてしまう。

 

 それぐらいの代償は厭わない。

 削られながらも側面に回ると蹴りを入れる。

 ずっしりした図体の割に大きく揺れたTONYを見てパスは微笑む。

 

 防御力が高く、重量と装甲を用いた近接攻撃を誇るメタルギアTONYは、大きな弱点が存在する。

 現在パスが行っているように側面からの攻撃。

 正面からの攻撃は自慢の正面装甲によって防げるが、側面は硬いも正面ほど強固ではなく、重量ゆえに小回りが利かない。

 さらに脚部は巨体を支える事が目的なので狙って負荷をかけてやれば自重を支えれず自壊する。

 

 そもそもこのように海に囲まれたプラントでは、折角のTONYの長所を殺してしまっている。

 開発に関わったのはグラーニンだけでなく、優れたロケット技術の科学者であるソコロフもおり、シャゴホットにも使用されていたロケットエンジンを搭載している。

 巨体に似合わぬ加速での突撃。

 それこそTONY最大の攻撃…だと言うのに海に囲われたここで使用すると確実に海に落ちるので使えないでいる。

 

 『ちょっ!?ハメ技はキツイって!!』

 「うるさい!うるさい!うるさいっ!!」

 

 叫びながら無我夢中に蹴って、踏みつけ、踏み躙る。

 やはり動き辛いのか反撃は機銃のみ。

 ならばと蹴りを続けるもバットもされるがままなのは気に食わない。

 

 『こうなりゃ僕も自棄だ』

 

 懐に入られたら何も出来ない事を受け入れ、バットは自滅覚悟の攻撃を開始する。

 対人用のSマインを全弾撃ちあげ、背より設置型の避雷針をばら撒いての電撃ユニットにて、自機ともに攻撃を敢行したのだ。

 それに構わず蹴り、攻撃が足りないと思えば機銃での攻撃も始めて、互いに攻撃し続ける。

 ZEKEも相当のダメージを負って、今にも倒れ込みそうなほどガタがき始めていた。が、それでも倒れはしない。

 逆にTONYは主砲が曲がり、機銃は壊れ、脚部は何度も行われた攻撃で駆動系を痛め、その場に倒れ込んだ。

 

 勝ったんだと言う事実による余韻は長くは続かなかった。

 勝者になったと同時に我に返り、予想以上の損傷と自ら仕出かした事(核の放棄)を思い出して頭が痛くなる。

 …なにより横たわるTONY(バット)を見て虚しさが込み上げてきた…。

 

 「結局戦うしかなかったのよ…」

 

 出来ればずっと平穏な日常というものを味わっていたかった。

 皆と馬鹿騒ぎして鬱陶しくも賑やかに過ごしていたかった。

 無駄話に華を咲かせて、お茶会などを楽しんでいたかった。

 

 皆の側でただ単に笑っていたかった…。

 

 「所詮平和なんて幻…ピースマークの“ピース”は勝利の“V”なのよ」

 

 すべては幻想。

 もはや戻る事も叶わない。

 TONYから目を離し、今度はスネークへと向き直る。

 決着がついたのに気付いたのか振り向くスネークは、相も変わらず葉巻を吹かしていた。

 

 「今度は貴方の番よ」

 

 そう宣言するも銃を構える様子はない。

 死にたいのかと問い質そうとした時、葉巻を口元から離しながら口を開いた。

 

 「俺は止めなければならない。どんな結末になろうとも絶対に」

 「なら―――」

 「だがお前の相手はまだ(・・)俺じゃない」

 「―――ッ!?」

 

 意図を察して振り返る。

 相も変わらずTONYは倒れ込んだまま。

 ただコクピットが空いており、降りたバットが最近開発されたばかりのレールガンを構えていた。

 レールガンからの攻撃は容赦なくメタルギアZEKEに放たれ、TONYによって大きく削られた部位に直撃する。

 薄くなっていた装甲を貫通されてはさすがのZEKEもひとたまりもなく、全弾叩き込まれる頃には完全に機能しなくなってしまっていた。

 負けたと脳が理解するもそこに悔しさはなかった。

 

 あったのは「あぁ、やっぱりか」という納得だけであった…。

 

 

 

 

 

 火花を散らし、軋みを上げ、震えながらでもメタルギアZEKEは―――パスはバットと対峙し続ける。

 が、もはや勝負はついた。

 戦闘継続は不可能な状態のメタルギアZEKEに対して攻撃する事は無い。

 撃ち切ったレールガンをその場に転がし、近づいて来たスネークへと振り返る。

 

 「終わったな。存外に派手に暴れやがって」

 「あとでグラーニンさんに謝らないと」

 「カズも怒っているぞ。さて、これからどうする?」

 「どうするって…決まっているじゃないですか―――CIPHERをぶっ潰す」

 

 苛立ちを隠すことなく呟いた。

 パスは言った。

 私は活かされている(・・・・・・・・・)―――と。

 彼女を救おうとするならば利用する大本を潰すしかない。

 こうまでしてくれたのだ。

 徹底的にやってやる。

 “操られる女の子を救ってのハッピーエンド”。

 また三流以下のシナリオだと言われるかな。

 クスリと微笑んだバットは視線をZEKEに戻す。

 

 「まずは悪い子を叱って反省させてからですね」

 「お前らしいな…」

 

 苦笑を受けて笑い合う二人だったが、不意に起きた爆発に反応する。

 予想以上にダメージが大きかったのか、ZEKEの至る所で爆発が発生し始めたのだ。

 パスの安否が気掛かりとなって駆け出したその時、コクピット辺りで爆発が起きて煙の中からパスが飛ばされた(・・・・・)

 

 「止せバット!」

 

 後ろからスネークさんの制止の声が向けられたが、気にも止めずに走り続ける。

 爆発の影響で傾き、運悪くパスが吹き飛ばされた方向は甲板上と甲板外の境。

 間に合えとだけ願い、必死に足を動かす。

 落下してきたパスが手の届く位置に迫り、無我夢中で手を伸ばす。

 伸ばした指先はパスに触れる―――ギリギリで届かず、彼女は甲板外である海へと落ちて行く。

 

 これはゲームであってゲームでは無い。

 洋上プラント甲板から海まではかなりの高さがあり、落ちれば死ぬ可能性が高い。

 勿論恐ろしいさ。

 けどそれ以上に目の前で誰かを失う方が恐ろしい。

 

 無意識にバットは跳んでいた。

 落下していくパスに追い付くように体勢を整え、追い付くともう離さないと言わんばかりに抱き締める。

 海面まで目の前まで迫るも、エルザのように超能力が使える訳ではないバットは落ちるしかなく、少しでも衝撃を緩和しなければと胸にパスの頭を押し付け、覆うように抱え込む。

 迫る海面に対してぎゅっと目を瞑ったバットに、荒立つ波の音が耳に届く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ここは何処だろう?

 

 意識を取り戻したバットは瞼を開けて周囲を見渡そうとするも、ぼやけてて薄っすらと色と光の識別ができる程度で、ここが何処で自分がどうなっているかさえ理解できないでいた。

 ただ分かるのは右手が誰かに握られて温かなことぐらい。

 ぼやけたままの視界をそちらに向ければ手を握っているだろう人影が映る。 

 そのシルエットから誰かを推測したバットは安堵した。

 

 「無事…だったんだね…パス」

 

 声をかけると影はびくりと跳ねて何処か余所余所しく動く。

 どうしたのだろうと思いながら、今は目を休めようと閉じる。

 彼女は何も言わず、時間がゆっくりと過ぎていく。

 話し出すまで待つつもりだったけど、こういう場合は声をかけたほうが良いのかな?

 なんて思い始めていると彼女は恐る恐る口を開いた。

 

 「…ごめんなさい」 

 「どれの事?ZEKEで暴れちゃったこと?皆を騙していた事?それとも―――頼らなかった事(・・・・・・・)?水臭いじゃない。困っているならそう言ってくれないと。僕って鈍感なんだから」

 「言ったからって…」

 「どうにかするさ。君は僕達の大事な仲間(・・)なんだから」

 

 騙し、裏切り、脅し、殺そうとしたというのにバットはまだ仲間と言う。

 その言葉に蓋していた感情が溢れ出し、パスは思いっきり泣き出してしまう。

 ひとしきり泣き、落ち着くまで待ったバットはまだぼやけた目の代わりに周囲を知ろうと問いかける。

 

 「あー…目がぼやけて周りが見えないんだけど、ここってマザーベースの医務室?」

 「違うわ。何処かも判らない。見たことのない物がいっぱい並んでて……もしかしたらCIPHERに捕まったのかも…」

 

 声から不安や悲しみが感じ取れ、バットはパスの頭をそっと撫でた。

 多分戸惑っているんだろう。

 手のひらから感情が伝わってくるようで面白いなと微笑む。

 

 「大丈夫だよ。僕が居るから」

 

 落ち着かせるように言い、ゆっくりでいいから周囲を教えて貰う。

 室内はベッドや机など知っている家具が置いてあるものの、用途不明の箱型の機器に壁に張り付いたモニター、バットに装着された機械類など伝わり切らないが色々語ってくれた。

 徐々に視界がクリアになっていく中、バットは聞き逃せない単語を耳にする。

 

 「透明な筒に葉巻(・・)が入っている」

 

 その言葉に宮代 健斗(バット)は跳び起きる。

 箱型の機器(ゲーム機)に壁に張り付いたモニター(テレビ画面)装着された機械類(VR機器)

 室内の家具は見覚え処が馴染みがあり、ここが自身の―――現実の一室であることを理解して混乱するも、頭の中は歓喜乱舞していた。

 

 なにせこちらには(・・・・・)CIPHERなんてものはない。

 パスが縛られる事は無い筈だからだ。

 

 ただあちらの世界に帰りたいと言われても帰す手段は持ちえないが、それでもパスにとってはあちらよりこちらの方が生きやすい……筈だ。

 

 それを伝えようと興奮気味にパスへと振り返った健斗は膠着した。

 

 理由は解からないが世界を超えた二人。

 バットから宮代 健斗に戻った事で服装はこちらの私服に戻っているが、こちらから渡った訳ではないパスは向こうの服装のまま…。

 メタルギアZEKEを有人機に改造して乗り込んだが、元々人が乗る用に作られたわけではないので乗り心地は最悪。揺れればもろにコクピットにも反映されるので、最悪パイロットが死んでしまう。

 そこでパスはコクピット内を水で満たす事で衝撃を緩和させ、潜水用の装備を使用する事で乗り込めるようにしたのだ。

 いつものブレザー姿では水を吸って重たく、動き辛いので身軽になって…。

 

 つまり海に落ちて行く時の姿であるパスは、真っ白の下着姿で肌を濡らした状態…

 

 「―――ッ!?と、とりあえずこれ羽織って!!」

 

 顔を茹蛸のように真っ赤にした健斗はベッドにあったシーツを投げ、身体が冷えているだろうから風呂の準備をしつつ、何か服はないかと洋服ダンスの中をひっくり返す。

 シーツを受け取り、自分の状況を知ったパスも真っ赤に染まり、シーツで身体を隠すように羽織ると、慌てふためいて空回りしているバットの様子にクスリと笑うのであった。

 

 

 

 

 

 

 メタルギアZEKEとメタルギアTONYによる世界初メタルギア同士の戦場となったマザーベース甲板上で、スネークは海を眺めながら葉巻を吹かす。

 あれから一週間…。

 結局バットもパスも見つかる事は無かった。

 パスがCIPHERの工作員であったことも衝撃的であったが、バットが行方不明となった事も相まってマザーベースはお通夜のように静寂と重苦しい雰囲気に包まれている。

 あまりに重苦しくてこうして一人海を眺めながら葉巻を吸っている訳だが…。

 

 ニカラグアに戻らなければならないアマンダは、海岸線付近に居る同志に漂流者が居ないか網を張ると言ってくれ、チコは干からびるのではと思えるほど大泣きしてしまい引き摺られて帰って行った。

 セシールは親しかった女性兵士と共に思い出を語りながら残して行ったサングリアで酔い潰れ、パスともバットとも親しかったストレンジラブはぽっかりと感情に穴が空いてしまったようだ。

 特にカズは深刻だ。

 カズはパスの正体を知っていた。

 それもCIPHERの工作員と言うだけでなく、CIAともKGBとも繋がりのあるトリプル・クロス(三重スパイ)だと。

 知っていて組織拡大の為に利用しようとパスがマザーベースに居られるように便宜を図ったりもしただけに、今回バットが行方不明になってしまった事で悔やんでいるようだ。

 

 正直バットに関してはそう気に病む事ではないと思うのだが…。

 アイツが海に落ちた程度で死ぬとは思えないし、突然姿を暗ますなど毎度の事ではないか。

 

 これは俺だけでなく以前から付き合いのある連中は皆が同様の考えであった。

 グラーニンは派手に壊しよってと愚痴を言いながらTONYの修理に専念し、スコウロンスキー大佐はそのうちひょっこり姿を現すだろうと気にも止めていない。

 心配するだろうと思われたソコロフでさえ「また消えたのか」と呟く程度…。

 その程度の認識なのだ。

 だから大佐の言うようにまたやって来るさ。

 唐突に…。

 

 「またここで吸っていたのね」

 「副指令が不調なんだ。司令が指揮所に居てくれなければ困る」

 「すまん。中は重っ苦しくてなぁ」

 「それは確かにな…」

 

 甲板に上がって来たエルザとパイソンは苦笑いを浮かべて同意する。

 彼も彼女も同じく重く受け止めていないので、今のマザーベースは居心地悪く感じてしまうようだ。

 

 「まったく引っ掻き回すだけ回すなアイツは」

 「おかげでこっちは乱されっぱなしだ。重苦しい上に甘ったるいと来たもんだ」

 「甘ったるい?…あぁ、ヒューイか」

 「良いじゃない。いつまでもうじうじされるよりは」

 

 ヒューイはストレンジラブに好意をずっと寄せていた。

 今回の件が原因なのかは解からないが、憎からずも思っていたストレンジラブが発破をかけた事で、やる気を出して一歩ずつ歩み出しているようだ。

 進展しているようで何よりだが、そのせいでZEKEの修理があまり進んでいないのはどうにかして欲しいものだ。

 

 吹かしながらあの時の事を思い起こす。

 海へ落ちて行くバットとパスに追い付けなかった俺は、海面に叩きつけられる直前の光景を目撃した。

 二人が落ちて行く先に空間を切り裂くようにして出来た穴。

 その中からこちらを見つめ、受け止めようとしているようだった複数の人影…。

 

 あれは何だったのか。

 自身の瞳で確かに見た筈なのだが、幻覚と言われた方がしっくりくる。

 煙ではなくため息を吐き出して、曖昧なモノを頭から追い払う。

 

 「まぁ、いつかバットに話してやろう」

 「貴方のせいでこんな状況になったのよって?」

 「愚痴っても良いだろう」

 「―――戻ってくると思うか?」

 「絶対に」

 

 パイソンの問いに間髪入れずに答えた。

 何時かは分からないがまたアイツとは会えると何となく解るのだ(・・・・)

 三人してアイツを思いながら海を眺める。

 

 「そう言えばアイツのコードネーム蝙蝠(バット)だったよな」

 「ああ、そうだな」

 「目立つような長い真っ黒のコートを靡かせて…まるでマントを羽織っているようだったね」

 「それが?」

 「蝙蝠。マント。突如として現れ、霧のように消えていく。まるで映画で見た吸血鬼ドラキュ――」

 「止めてくれ」

 

 最後まで言わさない。

 「どうした?」と不思議がるパイソンと察したエルザから逃げるように、スネークはその場を去るのであった。




 PW編完結! 
 如何でしたでしょうか?
 楽しんで頂けたのなら幸いです。
 
 次回…来週よりⅤに突入致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR SOLIDⅤ:The Phantom Pain
復讐蛇に蝙蝠は飛び回る


 遅くなってしまい大変申し訳ありません。
 寒さで指が動き辛く、その上何度も書き直しをしておりました。
 出来れば来週二話書いて後れを取り戻したいと考えております。


 私はどうしてこうしているのだろうか?

 

 ストレンジラブは閉め切られたポッドの中で窶れて動く気力もなくした身体を眺め、ぽつりぽつりと思考を緩やかに動かす。

 何処で間違ってしまったのかな…。

 コールドマンの“ピースウォーカー計画”がスネーク達によって阻止された後に、国境なき軍隊(MSF)でAI研究を続けていた私は半年ほどで抜け、関係を続けていたヒューイとの間に(ハル)を儲けた。

 

 あの頃はまだ幸せだったように思う。

 生まれた子供に貴方の意思を伝え、後世に残そうと夢見たものだ。

 

 過ちがあるならば彼らの誘いに乗ってしまった事か…。

 彼ら―――“ゼロ”の名を借りた連中による計画への参加。

 後の世まで続くAIによって世界の管理統制を行う、ゼロの思惑と意思を宿した世界に寄生させるシステムの構築。

 力を持つ彼らとの接触で私は再び彼女を取り戻せると願ってしまった…。

 ママル・ポットの機能が移ったレプタイル・ポット…。

 アマンダの協力を得て湖に沈んだピースウォーカーよりレプタイル・ポットを回収。

 再び私の下に戻って来たレプタイル(彼女)は、彼らによって奪われて―――違うわね。浅はかだった私は貴女の意思を奴らに売り渡してしまったのだ…。

 取り返しの利かない事を仕出かしてしまった。

 繰り返し後悔する。

 

 その後はヒューイの紹介でXOFという組織で研究を始めた。

 まさかMSFを壊滅させた部隊とも知らずに。

 いいえ、知っていたとしても拒みはしなかったかも知れない。

 彼女の意思を売り払うような事を仕出かした当時の私は罪の意識から逃げ出したかった。

 何かに没頭すれば忘れられる。

 そんな勝手な想いに縋りついていたのだから…。

 

 けど逃避を続けた研究生活も突然終わりを告げた。

 ヒューイが実験にハルを利用したのだ。

 母親としてそれは認められないと反対し、ヒューイから我が子を取り上げた。

 結果がこの様だ…。

 

 AIポット内で作業中にヒューイにハッチを閉められ、私はハルも自由も取り上げられてしまったのだ…。

 もう出る事すら叶わない…。

 出る事すら願わない…。

 最初は出してと頼み込み、出れないと知ると殺してと懇願していた私はゆっくりと衰弱していく死に方を受け入れた。

 自分がしてきた事への贖罪…。

 

 ここには食料も水もない。

 五日もすれば私は死ぬだろう。

 もう四日が経ち、力は入らず視界はぼやけている。

 

 死に際を悟るとどうして懐かしい光景が脳裏を過るのだろうか。

 幼い頃に見上げた星空…。

 彼女と過ごした日々…。

 失った悲しみと怒り…。

 ママルに彼女の意思を再現させようと研究を漬けだった毎日…。

 マザーベースで騒がしくも楽しい思い出…。

 

 あぁ、これが走馬灯と言う奴か…。

 限界が近いと言う事だろうな。

 幻覚まで見え始めた。

 

 重く閉ざされていたハッチが開き、ぼやけた視界が外から注がれる光に暗み、その輝きを背に一人の青年がこちらを見下ろしてくる。

 

 「可笑しな……もの…だな…お前が私の迎え…とは…」

 

 乾いた笑みを浮かべながらだからいいのかとも思う。

 彼女が迎えに来たのなら私に合わす顔は無かった。

 だから彼で良かったのだろう。

 

 差し出された手が頬を撫で、温かで優し気な感触を感じつつ、ストレンジラブは微睡みの中へと落ちて行った…。

 

 

 

 

 

 

 CIA中米支局長ホット・コールドマンが本部へ返り咲く為にも発案し、それを利用しようとKGB工作員ヴラジーミル・アレクサンドロヴィチ・ザドルノフが出し抜くまでは協力していた“ピースウォーカー計画”を阻止して半年後。

 伝説の英雄“BIGBOSS”率いる国境なき軍隊(MSF)は壊滅した…。

 高い練度を誇る兵士達に最新鋭の銃器に兵器群、さらに国に属さない軍隊であるにも関わらず核を保有している組織。

 それがたった一夜で壊滅したのだ。

 

 当時MSFでは二つの事案を抱えていた。

 一つは作戦行動中に捕虜となり、キューバ国内に存在するアメリカ軍基地に収容された仲間の救出。

 場所が場所なだけに大人数での強硬な奪還作戦は行えず、少数での潜入に任務が必要。ともなればMSFで最も潜入任務に長けた“BIGBOSS”ことスネークが赴く事に。

 支援を行う者も少なく、行き来を担当する輸送ヘリを操縦する操縦士に衛生兵を含めた数名のみ。

 こちらは難易度は高いがスネークが対応するので問題はない。

 

 もう一つはMSFの本拠地であるマザーベースに訪れるお客―――核査察団の対応である。

 国際機関より信頼を得たいと言う話がMSF内部で上がったのもあり、当日には印象を良くしようと武装を解除したりも行われたりして受け入れの準備を進めていた。

 そしてその当日訪れた核査察団………を偽装した武装勢力の襲撃を受けた。

 いくら高い練度を誇る兵士でも素手で装備を整えた相手に勝つのは至難の業。

 武装勢力は相当準備を整えていたらしく、真っ先に司令部を制圧して指揮系統を潰し、情報伝達能力を潰して各部を孤立させ、狩り始めて行った…。

 

 多くのMSF隊員が訳も分からぬうちに倒され、異変に気付いても抵抗らしい抵抗も出来ずに撃たれる。

 即座に抵抗できたのはサイコキネシスなどの超能力を使えるエルザと、スニーキングスーツ内の液体窒素を武器として使用できるパイソンのみ。

 二人が粘ってくれたおかげで一部洋上プラントで防衛線を形成し、多少の抵抗を開始。

 無理やりであるがエルザの力で武装勢力の輸送ヘリを引き摺り下ろして、パイソンたちが制圧鹵獲。

 反撃を行うには戦力不足であるが脱出する分には問題ない。

 しかし持ち堪えれられた時間は少なく、生き残った全員を逃がすまでの時間を敵が与えてくれることはなかった。

 防衛ラインが確立されたことで生き残っているMSF隊員と敵武装勢力が集中。

 副指令のカズヒラ・ミラーも合流したが戦力も武装も劣り、狩られるのも時間の問題となっていた。

 そこに現れたのは翌日の昼頃に帰還予定だった筈が、予定より早く救出して帰路についたスネークだ。

 輸送ヘリを強行的に着陸させて援護し、乗せれるだけ乗せてその場を離脱。

 時同じくしてスコウロンスキー大佐が兵器格納庫ではなく研究プラントの試験兵器格納庫に収納していた新型ヘリを操縦し、エルザやパイソンを含んだ生存者を搭乗して脱出した。

 

 多くの仲間が息絶え、安らぎを与えてくれた自分達の家であるマザーベースが燃える…。

 そんな光景を網膜に復讐と共に焼き付け、離脱したところでスネークが搭乗していたヘリ付近で爆発が起き墜落。

 爆発の原因はキューバ基地より救出した兵士の身体内部に爆弾が仕掛けられており、意識を取り戻した兵士がスネーク達を死なさぬように跳び下りたところで爆発したのだ。

 墜落してミラーは片足と片腕を無くし、スネークも重症を負うも一命は取り留めた。

 

 公に存在を明かしていない組織でも隠し切れないほどの事態によって、関係を持っていた国家間で火消しが行われるも一連の出来事は“カリブの大虐殺”として明るみに出てしまった。

 MSFは力を持ち過ぎたうえに今回の件でスネークは生きていると知られれば命が狙われる状況に…。 

 

 それから九年と言う歳月が経ち、大事件は昔の出来事として新たな情報に埋もれて行った。

 各国はMSFに頼っていた依頼を他で穴埋めするようになって急激に需要が発生し、MSFを見習ったかのように民間軍事会社(PMC)の数が増大。

 カズヒラ・ミラーはその中に再び飛び込んだ。

 あの地獄のような“カリブの大虐殺”を生き延びた者に、偶然にも任務で外に出ていた者などMSF残党を引き連れ“ダイヤモンド()()ドックス()”という組織を設立。

 エルザにパイソン、ジョナサンなどに加え、“スネークイーター作戦”ではスネークと敵対し、その後は協力関係にあったオセロットが合流した。

 生き残ったMSF隊員の中には「スネークがいないなら…」と離れ、別のPMCに所属する者も多く居たが、ミラーはそれを無理に止める事はしなかったし、彼でもない限り止める事は出来ないだろうと職務に勤しんでいた。

 兵士の補充に銃器や兵器の確保、新たに得た洋上プラント(マザーベース)の拡充などなどやるべき事は多くある。

 そんな最中、カズヒラ・ミラーは反政府組織の訓練という仕事に赴き、ソ連第四十軍に捕縛されてしまったのだ。

 護衛であった精鋭は壊滅し、攫われた現場には死体しか転がっていなかった…。

 

 ソ連第四十軍は総勢十数万もの兵力を誇り、真正面からの奪還作戦は難しい。

 ならばと潜入しようにも潜入能力に長けた者は今のダイヤモンド・ドックスにはいない。

 

 …そう、カズが捕虜となったその時は…。

 

 

 

 カブール北方にあるワンデイ集落。

 ソ連第四十軍が拠点として利用している大きな集落で、それなりの人員が警備に当たっている。

 夜中でも警備の為、いつものように周辺警戒に努めていた兵士は首を傾げた。

 集落前の舗装された道路は良く見えるように照明で照らされ、誰かが行き来したら発見が容易いようにしている。

 その道を一頭の馬がゆっくりと横切っているのだ。

 

 「ほれ、向こうに行け」

 

 手を追い払う仕草をするも馬は一向に去る気配はない。

 ため息交じりに手荒に追い払おうと思った矢先、警戒に当たっていた兵士は意識が遠のいて、そのまま倒れ込んでしまった。

 倒れ込んだ様子を反対側より眺める男が一人いた。

 片目を眼帯で覆い、左腕は義手、額には黒い角のような物を生やし、手には兵士を無力化した麻酔銃が握られている。

 

 小さく口笛を吹くと道路に立っていた馬が近付き、跨るのではなく側面に張り付く。

 ぽんぽんと軽く叩かれると馬は男を隠すようにして道路を渡り切り、集落へと入って行った。

 

 男―――スネークは馬より降り、(D-Horse)を道路を挟んだ反対側に戻るように手で押す。

 

 “カリブの大虐殺”で重傷を負い、意識不明だったスネークは九年の歳月を経て蘇ったのだ。

 出来れば穏やかに目覚めたいところであるも、それを許してはくれないらしい。

 姿を隠すためにキプロスの病院で目覚めるまで匿われていたスネークだったが、意識が戻った事が外に漏れると武装勢力に襲われた…。

 無関係の病人も医師も関係ない虐殺…。

 武装した戦闘ヘリに武装を固めた兵士達。

 どれだけ自分が狙われているか認識するには充分過ぎた。

 数日前に目覚めたばかりで身体は処置を施されていたとは言え弱り、さらに武装もない状態で襲われて生きているのは単に運が良かったのと、同室でスネークを見守っていた“イシュメール”という包帯男が手助けしてくれたおかげだ。

 武装も兵器も充実した武装勢力に、銃弾を受け付けずに火を纏った“燃える男”という訳の分からん奴の襲撃を受け、イシュメールと助けに来たオセロットのおかげで窮地を脱したスネークは、ここに訪れるまでの移動時間をリハビリに当ててオセロット曰く“肩慣らし”であるカズの救出任務に赴いているのだ。

 

 到着してはソ連四十軍の拠点に潜入して情報を集め、よくやく居場所を掴んで潜入したスネークの様子にブランクを感じる者はいない。

 暗闇という視界の悪さと建物の影を用いて集落内を移動し、次々と警備に当たっていた兵士達の意識を刈り取って行く。

 周辺の安全を確保したところでスネークは目的地である建物へと向かう。

 暗い室内をゆっくりと覗き込むと片腕に手錠をされてぐったりとしている人物の姿があった。

 顔に袋をかけられて判別はまだつかないが、口元辺りが動いている事から呼吸をしている事が判る。

 袋を取ると窓から入り込んでいる光に目が眩んで、苦悶の表情を浮かべるカズがはっきりと見えた。

 生きていた事に安堵すると同時に手ひどく痛めつけられた痕に心が痛む。

 

 「カズ?」

 「そろそろ用済みか…」

 「俺だ。スネークだ」

 

 目の前にいるのに判別がつかないのは光で目が眩んだから―――と言う訳ではなさそうだ。

 両頬を支えながら正面より見つめると、カズの目の周りは酷い怪我や跡があり、瞳は曇って見える。

 どうやら尋問で目をやられたらしい。

 

 「スネーク…なのか…」

 「瞳をやられたのか」

 「いや、眩しいだけだ…」

 

 捕縛された際にその場に落ちていたカズのサングラスを調査隊が見つけており、それをオセロットを通して預かっていたスネークがかけてやる。

 位置がずれていたのか自分で位置を直し、カズは真正面から見つめ返す。

 

 「遅かったじゃないか…」

 「話はあとだ。ここから脱出する」

 

 弱々しいカズの言葉を聞きながら、手錠を外してやると動けないであろうことから担いでこの場をあとにする。

 人を担いだ状態では戦闘は難しいが、周辺の敵兵はすでに無力化してある。

 ならば問題なくここを離れ、ヘリの着陸地点に急ぐだけだ。

 無線でオセロットにヘリの要請をしながら移動を開始すると、カズが弱々しく語り掛けて来る。

 拷問の痛みを話しかける事で気を紛らわせようとしているのか、再会に喜んで声をかけているのかは分からない。

 俺はただ周囲を警戒しながら話を聞く。

 

 「あの…台詞を……言ってくれないか…“待たせたな”と」

 「―――待たせたな」

 

 言われるがまま返すと背負ったカズより乾いた笑みが向けられる。

 そうこうしながらヘリとの合流場所に向かっていると周囲に霧が立ち込め始めた。

 

 『ガスが急速に増大中。降下できません。一旦退避します』

 

 無線を受けて離れていくヘリを見送っていると、霧と思っていた“ガス”の濃度が濃くなったのか視界が酷く悪くなっていく。

 周囲を眺めると遠くに四つの人影が見えた。

 遠くなので性別や装備などは確認できないが、足取りが覚束ない……違う、人が動くにしては不自然に身体を捻ったりして動くさまが不安を誘う。

 

 「奴らだ…奴らが来る」

 

 カズが言った瞬間、異様な動きと速度で動き出して高く跳躍して迫ってきている。

 本能的にアレは不味いと判断し、見つからないように身を屈めながら口笛を吹いて待機させていた(D-Horse)を呼び寄せると、カズを先に乗せると自身も跨ってこの場を離脱しようと馬を走らせる。

 パカラパカラと馬の蹄が地面を踏み鳴らす音が霧の中で響き渡り、その音を聞きつけたのか眼光を光らせた奴らが駆け出して来た。

 

 「奴ら人間か!?」

 

 そう言いたくなるのも無理はない。

 スネークはカズを乗せたと言っても馬を走らせているのだ。

 対して相手はこの視界の悪い霧の中で見失う事無く、追尾どころか走って追い抜いていく。

 勿論銃を携帯して身もがっちり装備した状態で…。

 

 走らせていた進行方向へと駆け抜けた敵四名は左右に分かれて立ち止まり、銃口をこちらに向けて来る。

 さて、どうするかと悩む間もなく発砲音が響き渡った…。

 連続して放たれた六発の弾丸を受けた敵兵(・・)の一人はダメージからその場に倒れ込む。

 一体誰がと視線を向けるとそこには奴が居た。

 

 十年の時が可愛らしく感じさせていた幼さを奪い、漆黒のようなロングコートを風で靡かせ、過度な装飾が彫り込まれた銀色のリボルバーSAAをホルスターより引き抜いた蝙蝠(バット)

 

 「待たせた―――なぁ!?最後まで言わせてよ!」

 

 格好を決めて言おうとしたところで別の敵に斬りかかられ、大慌てでCQCで投げ飛ばす。

 そして残り二人が接近してくると左腰のホルスターに収まっていたカンプピストルを向け、躊躇う事無く小型グレネードを直接撃ち込んで爆発で吹き飛ばす。

 戦場であるにも関わらず何処かコミカルな様子に安堵を浮かべてしまう。 

 

 

 

 

 

 

 宮代 健斗ことバットは住人が逃げ出してしまった廃村の一軒家にて珈琲を淹れていた。

 

 メタルギアZEKE戦後の彼の人生は順風満帆だった。

 最初は世界を渡って(・・・・・・)パスが来たことで、衣類や生活用品を買い集め、一人暮らし用の部屋では狭いので広い家に移る手続きや生活するに必要な資金(ポイント)の獲得が急務だったのだ。

 書類などは何故かパスの戸籍が存在していて問題はなかったのは幸いだった。

 さすがにそればかりは手が出なかったから…。

 

 稼ぐために再びゲーム会社に新作のゲーム企画を通すために思案し、自ずと私生活をパスに支えて貰う事に。

 慌ただしくも寄り添うように三年も過ごせば共に居るのが当然となり、生活が安定し始めた事で籍を入れて家族となった。

 とても幸せな日々を過ごし、充実した毎日に両者とも心を満たされていった。

 

 去年には子供が生まれてまさに幸せの絶好調。

 子育てに協力する為に自由に時間が使えるようにゲームプログラマーから、“メタルギア”で鍛えられた戦闘技術を活かしたプロゲーマーと契約を変え、今ではシューティングやアクションゲームで世界トッププレイヤーとして名を馳せていた。

 

 そんな最中、あの(・・)ダンボールが届いた…。

 子供が生まれたばかりで子育てを手伝い、これからの事を考えて稼がねばならない健斗は僅かながらでも迷ってしまった。

 だから今メタルギアの世界に居るのはパスが背中を押してくれたおかげだ。

 彼女のおかげで再び世界を渡り、取り返しのつかない後悔をせずに済んだ事を心の底から喜ぼう。

 

 「珈琲淹れましたよ」

 「あぁ、すまない」

 

 バットはそう言って珈琲カップをザドルノフ(・・・・・)に渡す。

 ザドルノフは運よくカリブの大虐殺を生き残った一人だ。

 かつてパスのメタルギアZEKE改造の時間を稼ぐために幾度となく脱獄をしていた彼が、核査察団が訪れた際に何かしら問題を起こしては厄介だと判断したカズが、査察直前に無理を言ってニコライに預かって貰ったのだ。

 おかげでザドルノフは生き残り、KGB工作員としての実力を買われてニコライのPMCにて工作員の顧問として雇われ、晴れて自由の身となった。

 

 カップに口を付けたザドルノフは「あの頃は不自由だったが飲食だけは豊かだった。世界各国の美味しい料理に炭酸飲料、なによりコスタリカの珈琲があったからな」と懐かしそうに呟く。

 

 メタルギアの世界に渡って半年が経ち、最近ザドルノフは過去を思い返す事が多くなってきた。

 それもヘビースモーカーで煙草を吸いまくっていたツケが今になって回って来た事が原因だろう。

 医者に肺癌と宣告されたのだ…。

 ザドルノフは今回の仕事が終わればコスタリカで余生を過ごすつもりだったらしいが、偶然にも僕と出会った事で考えを改めて少しばかり付き合ってくれることに。

 

 “カリブの大虐殺”の事を教えてくれたり、捕まっていたりしている元MSF隊員の所在の情報提供などしてくれる代わりに、ニコライからザドルノフに当てられた仕事の手伝いをする事で行動を共にし、多くの仲間を助ける事に成功。

 さらには戦力の拡充にまで及んでいる。

 

 「私にも淹れてくれるか?」

 「勿論ですよ。けど無理はなさらないで下さいね」

 

 二人で珈琲カップに口を付けていると松葉杖をついてリハビリに励んでいるストレンジラブ博士に頼まれて、再びお粗末な台所へと戻っていく。

 半年ほど前にザドルノフと出会ったバットの最初の任務は所属不明の武装勢力の調査だった。

 広い敷地内に多数の軍事設備、多くの兵士達の目を掻い潜って潜入して仕事を熟していると、見覚えのあるAIポットを発見。 懐かしさから中から記憶盤を抜けるかなと覗いてみると、そこには衰弱しているストレンジラブ博士がいるではないか。

 焦りに焦ったバットは任務を切り上げて、ストレンジラブを背負って基地を離脱した。

 当初こそ衰弱して体力の回復に努めるしかなく、徐々に回復したら車椅子で動けるようになって、最近は松葉杖で動けるようにリハビリをしているのだ。

 

 彼女を助けられたのもパスが背を押してくれたおかげだなと心底思う。

 もしもあとで知ったのなら死ぬまで後悔していただろう。

 微笑みながら珈琲を淹れていると表が騒がしい。

 何事かなとホルスターに手を伸ばしているとチコが駆け込んできた。

 ピースウォーカー計画より十年の歳月で大きくなり、以前の幼さは完全に消え去って歴戦の兵士の風格を漂わせていた。

 

 「ミラーさんの居場所が分かった!」

 「―――ッ!?それは良かった。すぐに招集命令を」

 「すぐに出ると思って集めておいたよ」

 「さすが」

 

 さっと珈琲を淹れてストレンジラブに渡しに行くと、椅子に掛けてあった黒のロングコートを羽織りながら表に出る。

 表にはこの半年で味方に引き入れた元MSF隊員に現地の兵隊など二個中隊が装備を確認し終えて待機していた。

 周囲には移動用のトラックにピックアップトラックの荷台に機関銃や迫撃砲を取り付けた戦闘車両“テクニカル”が数台並ぶ。

 

 「じゃあ、ちょっくら行ってきますよ」

 「心配するだけ無駄だとは思うが気をつけてな」

 

 ザドルノフとストレンジラブの見送りを受けて蝙蝠は新たな蛇(・・・・)との再会を果たすのであった。

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした一コマ:合流するチコ

 

 チコはヘリの揺れを感じながら穏やかそうな海面を眺める。

 カズヒラ・ミラーが新たに創設したダイヤモンド・ドックスの本拠点は“カリブの大虐殺”で壊滅した国境なき軍隊(MSF)と同じ海上プラント…。

 苦い想いが脳裏に過る。

 共に闘い、恩のある彼らが虐殺に合っていた時に俺は何もすることも出来なかった…。

 

 知った時にはすでに事件の数日後。

 俺は大切な戦友達を失った喪失感と何も出来なかった無力感から荒れに荒れた。

 無力な自分を正そうとしたのか、やり場のない気持ちを一時的に忘れる為か、戦場と言う戦場を渡り歩く。

 幾度もの戦場を潜り抜けた成果もあって、精神だけでなく技術も未熟だった“小さな戦士(チコ)”は一端の戦士にまで成長した。

 この力があの時にあればと思う反面、遅すぎたと惨めにも感じる。

 

 その考えこそ驕りであるとすぐに知る事となった。

 ザドルノフの下でバットと再会し、数か月を経て行ったカズヒラ・ミラーの救出作戦。

 予想外にも死んだと思われていたスネークとの共闘に驚愕よりも興奮の方が強かった。

 そしてバットとスネークが異常な身体能力と異様な雰囲気を纏った敵を倒していく様はまさに圧巻。

 同時に彼らの力の差を思い知らされた。

 

 そんな俺でも力を貸してほしいと懇願されれば頷かない訳がない。

 スネークと合流後して敵兵力を撃退し、今はダイヤモンド・ドックスの拠点“マザーベース”へと向かっている。

 酷い拷問を受けたカズヒラはバットの治療によって痛みがある程度引いたのもあってぐっすりと眠り、その様子にバットは安堵しているようだった。

 俺はフリーなので誘われるままダイヤモンド・ドックスに入るが、バットはどういう意図があってかは知らないけど入隊するのではなく協力者として手を貸すらしい。

 それでも有難い話だろう。

 国境なき軍隊でその力を十二分に見せつけた二人が戻ったのだから。 

 

 ヘリが着陸地点に到達し、徐々に降下を開始した。

 揺れと音が激しくなって着地の衝撃がシートから伝わって来た。

 着陸すると扉が開き、ヘリに集まった兵士達が出迎える。

 

 「副指令ご無事で」

 「あぁ、なんとかな」

 

 捕まって拷問を受けていたカズヒラを急いで医務室へ運ぼうと担架が運ばれるも、揺れで起きたカズヒラは何事も無かったように杖をつきながら降り立った。

 不思議に思うだろうなぁ。

 尋問で受けた怪我の類はヘリの中で完治させましたって言ったら…。

 

 苦笑いを浮かべながらスネークやバットに続いて降りると、集まっている者の中に国境なき軍隊でも見知った兵士が何人か見えて少し安心する。

 集まった兵士達を掻き分けて見知らぬ人物―――オセロットが前に出てスネークとカズヒラを出迎える。

 

 「よく戻ったなミラー。そしてさすがだ“BIG BOSS”」

 

 朗らかに笑みを浮かべたオセロットにスネークとカズヒラが会話している中、手持ち無沙汰気味だったチコにパイソンが歩み寄る。

 

 「元気そうだなチコ」

 「パイソンさん!そっちも元気そうで」

 「相変わらず熱さには弱いがな」

 「他の皆は…」

 「大半はカリブに沈んだ。だがジョナサンを含んだ一部は元気にやっている」

 「そうか…そうか」

 

 多くの戦友を失ったが、あの地獄より僅かでも生き残ってくれたことに喜びを覚える。

 無論襲撃者には憎しみを、失った仲間には悲しみを抱く。

 胸中を渦巻く感情に気付いてパイソンが優しく肩に手を置く。

 

 「よく来てくれたな」

 「―――ッはい」

 

 どんな一言よりそれは心に響き、チコは力強い想いを瞳に宿して頷く。

 そんな最中に離れた位置から近づいてくるエルザに気付いた。

 バットも気付いたのか手を振って笑顔を向ける。

 

 「エルザさん!おひさ――ぶぇ!?」

 

 ぶんぶんと手を振ったバットは急に浮かび、そのまま甲板を三回ほどバウンドする勢いで投げ飛ばされた。

 唖然となる中、エルザはにこやかに歩み寄って来る。

 

 「大きくなったわねチコ」

 

 何事も無かったように振舞われ、「え、あ、うん…」と小さく言葉を漏らしながら、チコも何事も無かったように振舞う事にする。

 

 「…エルザさんはその相変わらず綺麗ですね」

 「あら?お世辞でも嬉しいわ」

 

 お世辞ではなかったのだがと苦笑し、相変わらずのチコにスネークもカズも苦笑し、誰一人バットを気にも止めていなかった…。 

 遠巻きながら眺めていたパイソンだけはバットの帰還を喜びつつ、これから起こるであろう事に同情していた。

 

 「積もる話もあるでしょうし、あとでお茶をしながら話しましょう」

 

 嬉しい誘いに大きく頷くと優しそうに微笑んだエルザの表情に惹かれる。

 

 「またあとでね」

 「あぁ、あと……で…」

 

 話を一旦区切り施設内へと戻っていくエルザ。

 その後ろではサイコキネシスにより引き摺られていくバットの姿が…。

 先にするべき話もあるだろう。

 邪魔する(助ける)気は無いし、雰囲気的に邪魔する(助ける)事も出来ないので、皆揃って見送るのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蝙蝠と蛇は戦地を駆け、副指令は頭を痛める…。

 待たせたなぁ!(息切れ)

 前回「来週に二話投稿したい」と書いたのですが余計に状況が悪化し、週に二種類も投稿出来るほどの余裕が完全に無くなり、活動報告で報告しようかとも思ったのですが、中々それを書く余裕もなく今日まで遅れてしまい申し訳ありません。
 
 今週より投稿を復活させます。
 一か月以上お待たせして本当にすみません。

 前回の話の最期にちょっとした一コマを追加致しました。


 カズヒラ・ミラーが“カリブの大虐殺”で生き残った国境なき軍隊(MSF)残党を率いて創設した傭兵組織“ダイヤモンド()()ドックズ()”。

 十年もの昏睡状態から復帰したスネークを迎え入れ、同時にバットも来てからは状態維持と微々たる発展が精々だった運営状況が一変。

 危険度の高い高難易度を単独で成功させる為に、今までそちらに回していた小隊規模で組ませていたD・D精鋭部隊を他に任務に当てられ、より多くの任務を熟せるようになった。

 任務を熟せば熟すだけ収入は増え、充実した戦果により依頼主はさらに依頼を寄越す。

 情報収集に暗殺、破壊工作から警護、軍事教練などなど仕事は多岐に渡る。

 中には戦闘区域になってしまった地域より動物保護を頼まれたりもして大忙しだ。

 まさに猫の手も借りたいほどに。

 

 その点もあってバットには多大な感謝をしている。

 バットはスネークに並ぶ潜入・戦闘スキルを持つ者で、特筆すべきは一瞬で怪我を完治させれる治療技術と相手の心まで届かせる話術だろう。

 いや、話術と言うよりその言葉に宿る力とでもいうべきか。

 任務に赴けば兵士達をフルトン回収し、時間に余裕が有ればその場で説得して自軍に加える。

 本当に恐ろしい男だ。

 オセロットも言っていたが敵に回すと厄介な相手である。

 

 現在スネークは任務に出ていない。

 理由は筋肉が衰え切らないようにしていたとは言え十年間の昏睡状態から起きて早々の奇襲。義手に慣らしながらの長距離移動から単独での救出作戦。

 休む間もなくこれだけのことをやったのだ。

 精神的にも肉体的にも疲労は堪るだろうし、医療班からしたらちゃんとした検査をしたい所である。

 スネークだけであったら経営状況的に軽い任務に行ってもらいながらだったかも知れないが、バットが任務を受けてくれるので多少余裕が生まれて検査兼休暇が与えられたのも良かった。

 

 他にもバットには感謝すべき事が多い。

 現在D・Dには“鉄仮面”と呼ばれる研究者が開発班に所属している。

 真っ新な研究着にズボン、手には手袋を嵌めて肌の露出を無くし、顔はフルフェイスの面で隠している。

 公には以前実験にて前身大火傷を負ってしまい、それを隠すためにそのような格好という発表をしたが事実は違う。

 “鉄仮面”の正体はストレンジ・ラブ博士。

 “ピースウォーカー計画”に参加し、その後はMSFで開発班に所属した仲間…。

 しかしながらMSFを辞めた後は俺達を襲ったであろう連中に協力していた事から素性を隠す必要が出てきた為、不格好な鉄仮面で顔を隠す事になったのである。

 声は鉄仮面に取り付けた変声機で変えているので性別すら不明という怪しい存在にはなっているが、それもバットのおかげで気になる程度で済まされている。

 

 なにせバットこそ俺達を襲った武装集団に協力した者であるとまことしやかに噂されているのだから…。

 共に闘った戦友でスネークの相棒。

 彼を知る人物からすれば裏切りなどあり得ないと断言できるし、襲われる前よりバットは消息不明となっていたのだから協力らしい協力は出来なかった。

 しかしながら“カリブの大虐殺”を体験したMSF隊員の怨嗟は深く、証拠の無い噂ではなく疑いのある噂であれば疑心が生まれるのも無理はない。

 

 バットはメタルギアZEKEを有人機に改造して当時のMSFを脅迫したパスと共に海に落ちて行方不明になった後、彼女と同棲して過ごしていたという。

 それもこの十年間の付き合いで結婚し、子供まで設けたと言うではないか。

 自分達は地獄を味わっていたというのに敵と一緒に暮らして幸せを謳歌していたとなればあらぬ疑いも生まれる。

 

 無論奴が“カリブの大虐殺”に手を貸していたというのはまことしやかに囁かれただけの嘘である。

 なにせそれを流したのはバットに許可を取ったオセロットなのだから。

 

 万が一にでも疑いが怪しい“鉄仮面”―――ストレンジラブ博士に掛かった場合、身を護る術の無い博士は最悪リンチに合う可能性がある。

 それだけ受けた怨嗟の念は深いのだ。

 目を他に向けさせる必要があり、オセロットは自分の身を護れて、疑う材料のあるバットにそれを頼んだ。

 俺やエルザ達はこぞって反対したさ。

 けどバット自身が「良いですよ」と気楽に二つ返事して、自らもパスとの生活を語ったりして広めるものだから俺達から言う事は無くなってしまった。

 

 何にせよバットのおかげでD・Dは大きく進展する事が出来た。

 経営状態の向上に人員確保での組織拡大。

 ストレンジラブ博士の加入で開発班のレベルが上がるばかりか、本当に俺達を敵に売ったであろう容疑者の特定。

 感謝すべき事は多くあるが、それはそれ、これはこれ言わんばかりに恨みもしている…。

 

 「副指令。居住区の空きが―――」

 「狼達が吠えて五月蠅いと苦情が―――」

 「教官役が足りないと報告が―――」

 「えぇええい!一遍に言うな!一人ずつ報告書を持ってこい!!」

 

 執務室にてカズヒラ・ミラーは大声を上げる。

 そうバットのおかげで急速な成長をしたD・Dは、その成長に伴った問題が山積みにされたのだ。

 人員が増えると言う事はそれらが住まう居住区、食わすだけの糧食の確保、訓練する施設の配給する武器・弾薬の補充が急務となっているのだ。

 さらにバットの奴は何故か“危険区域からの動物の保護”という任務を自ら受ける傾向にあり、保護した動物を置いて置く施設がすでに満杯となっている。

 大きく黒字に転じた経営状態であるから新たな洋上プラントの建設に施設の拡充を行うだけの予算はある。しかし金を払えば次の瞬間に出来る訳もなく時間が必要。

 だというのにバットは次々と動物を送って来るのだ。

 報告書に目を通して狼二十頭とかどうすれば良いのだと頭を悩ませる。

 

 バットの言葉には力がある為か、オセロットが調教しなくとも動物たちはバットの言う事だけは非常に素直に聞く。

 が、いう事を聞くだけで居なかったら誰も止める事が出来ないと言う事。

 遠吠えなどの騒音に動物同士の喧嘩による負傷、さらに彼らを食わせるだけの餌の確保などなど。

 どうして傭兵組織で動物園が抱えるような悩みを抱かねばならぬのだ!?

 

 誰かに面倒を見させようとしてもパイソンもチコもジョナサンも未熟な兵士達を鍛える教官として忙しく働いており、エルザは医療班を任せているだけに患者を診るだけでなく書類仕事もあり、オセロットはすでに調教で手一杯。

 人や動物や物が増えてもそれを使えるようにする者が足りずに、人手不足という状況に陥ってしまった訳で、それらをすべて管理しているカズの仕事も自然と増える。

 

 キリキリする胃をエルザより渡された胃薬で無理やり落ち着かせ、ガンガンと響く頭痛を無視して、山積みになった書類に目を通しては承認のハンコを押したり、理由を書いて却下したりと仕事に打ち込む。

 そんな最中に無線機より声が聞こえた。

 戦場に出ているバットからの支援要請が来た場合、すぐさま応答すべく執務室の無線機は何時でも付けているのだ。

 救援物資かそれとも情報提供かと耳を傾ける。

 

 『ワンちゃん拾いましたよミラーさん!』

 「喧しいわこの馬鹿が!!」

 

 その日、執務室にて何かを叩きつける音と共に無線機が一台駄目になるのであった…。 

 

 

 

 

 

 

 『むぅ、なんで怒るのかな?』

 「―――胸に手を当てて考えてみるんだな」

 

 スネークは無線より届いた何処か抜けた声にため息交じりに答えた。

 検査期間兼休暇を終えたスネークは早速と言わんばかりに任務に出ていた。

 カズの単独潜入での救出作戦以来の出撃だが、任務は立て込んでいて朝から現地であるカプール地方北方に入っていて、午前中に任務を一つ片づけたところだ。

 任務内容はソ連正規軍の指揮官―――スペツナズ支隊長の暗殺。

 調べたところによるとCIAが支援しているゲリラの殲滅を行っている人物で、即刻射殺を命じるほど疎ましい存在―――もとい有能な敵だと言う事。

 殺すには勿体ないと判断した俺とバットは暗殺ではなく、味方に引き入れる事にしたのだ。無論依頼主には暗殺したという話で報告するつもりである。

 その分、カズには負担を強いる事になるが…。

 

 『ヴェノムさんは冷たいなぁ』

 「…任務中だ」

 『畏まりましたよ』

 

 まったく40手前のおっさんが何をはしゃいでいるのやら…。

 そう思いながら岩場に横たわって“パニッシュド=ヴェノム=スネーク”はスコープを覗き続ける。

 

 伝説の英雄“BIG BOSS”は公式では死んだことになっている。

 生きていたと知れ渡るより都合が良い為に、ネイキッド・スネークは死んだままにして俺は新たなコードネーム“パニッシュド=ヴェノム=スネーク”と“エイハブ”という偽名を与えられた。

 しかしながら慣れからカズなどはスネークと呼ぶためにあまり意味がない気もするが、バットは律儀にも新たなコードネームから“ヴェノム”と呼んでくれるようだ。

 

 そんなヴェノムとバットは本日二つ目の任務である同カプール地方北方にある東部通信所にて通信施設の破壊を行っている最中である。

 

 この東部通信所というのは中々に地形を利用しており、二人をもってしても多少手を焼かされた。

 先の任務でスペツナズ支隊長が居たカブール北方ダ・シャゴ・カレイ(シャゴ村落)は開けた荒野に存在する村落で、村落と言っても見張り小屋に大きな壁を設けた事で砦としても機能しており、村落周囲には多少身を隠せるだけの遮蔽物が存在するも見張り台からは丸見えという正面切って戦うにしても、潜入するにしても厄介な場所であった。

 対して今回の東部通信所は左右を高い岩壁に囲まれており、向かうには通信所に続く道路を進むしかなく防衛のために兵士と検問所が設けられ、周囲の高所には狙撃手が配備されたりと防衛能力は高い。

 さらに通信所内は入り組んでいて隠れ場所は充分ながらも、敵の発見も難しいという点もあって正面突破は難しいと言うのは普通だ。

 

 『にしても以前はスナイパーはいなかったんですけどね』

 「どっかの誰かさんが暴れまくるから警戒強化されたんだろう」

 

 本来であれば狙撃手どころか検問所も無かったはずなのだが、すべてはバットの頑張り過ぎのせいである。

 カズより頼まれた任務をどんどんと熟し、カブール北方で猛威を振るったバットは“吸血鬼”という二つ名で恐れられているほどに集中的に作戦を行って来た。

 二つ名を聞いて確かにと納得する所もある。

 夜な夜な敵地へ黒いロングコートをマントのように靡かせ、血を吸って同族を増やすように言葉巧みに敵兵を引き込んでいく。

 まるで有名な映画や物語に出て来る吸血鬼のようではないか。

 その“吸血鬼”のおかげでカブール北方は警戒態勢が敷かれ、各拠点に戦力が増強されつつある。

 東部通信所だって数日前に狙撃手こみで一個小隊が増員されたと聞く。

 敵に回したら確かに厄介だが、味方にしたら厄介事をよく起こすんだからなこの蝙蝠は…。

 

 何度目かのため息を漏らしているとここまでの道中で拾った子犬が転がっているスネークの背で丸まり始めた。

 眠たいのか知らないが、戦場で重しに成る行為は止して欲しい。

 …まぁ、すでに無力化しているから問題ないって言えばないが…。

 

 確かに手は焼いたが所詮彼らの敵ではなかった。

 銃を一発も使う事無く敵の背後や死角より襲い掛かっては意識を刈り取っていく作業。

 人数と地形から時間は掛かったがアラートすら鳴らされず事を終えた。

 今はもう任務である通信施設の破壊をバットが担当し、スネークは周辺の警戒に当たっている。

 

 「それにしてもまだ掛かるのか?」

 『あともう一か所ですかね。すぐ済みますよ』

 「…その前にお客が来たようだな」

 

 スコープに踏み鳴らされた道を進むジープが映り込む。

 警戒強化していた為かジープを先頭にトラックが二台ほど追従している。

 満載しているのであれば兵員もかなりのものだろう。

 近づいている事もあってジープの運転者と片輪を撃ち抜いて横転させ、トラックと巻き込み事故をさせる事は可能だろう。

 が、それでは全滅または全員の無力化は出来ず増援を呼ばれてしまう。

 

 覗き込みながら指はトリガーではなく、近くに置いていたボタンを手に取る。

 増援や巡回を気にして道には罠を仕掛けてある。

 まずはセンサーによって起動するクレイモア地雷。

 ゆっくりと進んでいるジープがセンサーに引っ掛かり、左右の道脇より数百もの小さな鉄球が爆発によって放たれ、ジープを傷つけ搭乗者を絶命させる。

 突然先頭車がやられたことで急停止したトラックは、それように設置しておいたC4爆弾と遠隔操作に改造されたクレイモアを手元のボタンで起動させて吹き飛ばす。

 無論跡形もないほど吹き飛ばす程の量は仕掛けていないし、そんな量は持ち歩いていない。

 生き残った少ない敵兵にはサプレッサーを取り付けたソ連系7.62mm狙撃銃バンベトフにて狙撃していく。

 

 「わふ!」

 

 くぐもった発砲音に反応したのか背に乗っていた子犬が吠えた。

 別段気にせずに敵兵を排除すると背後より複数の爆発音が響く。

 

 「終わりましたよ」

 「こっちもだ」

 

 振り返れば通信施設の悉くより煙と火花が上がっていた。

 作戦は終了した。

 敵勢力は完全に排除したのですぐに敵が来る事は無い。

 といっても時間が経てば怪しまれて送られるだろうが…。

 葉巻を取り出して咥えながら火を付け、寝転がって凝り固まっていた身体を解しながら一服する。

 

 「腕は落ちてないな」

 「ヴェノムさんだって狙撃見事でしたよ」

 「確か…お前さんは苦手…だったな」

 

 薄っすらとした記憶から情報を引き出す。

 十年間昏睡状態だった後遺症らしいがどうも記憶にも影響が出ているらしい。

 日常生活に支障をきたす事は無いが、何処となく自身の記憶が他人事のように感じたり、一瞬靄に包まれたような感覚に陥るのだ。今だってカズと狙撃対決したのを薄っすらと思い出すのに手間取ってしまった。

 

 「じゃあ、ボク帰るよ」

 「あぁ、また頼む」

 

 こめかみを指で抑えているとバットはそう言って去って行く。

 一応マザーベースにバット用に一室設けているも、憎しみの対象を演じている為に襲われる不安が有り、バットは外に拠点を構えているらしい。

 らしいと言うのもそこにチコもストレンジラブも行った事がなく、こちらにも場所を秘密にしているのだ。

 だからと言って無理に調べようと言う事はせず、協力者としての今の関係を維持している。

 “また”という言葉に反応して大きく頷きながら手を振り、バットは闇夜に溶け込むように消え去っていった…。

 

 

 

 

 

 

 零と一のデジタルな世界を潜ってバット―――宮代 健斗は自宅へと帰還した。

 先ほどまで握り締めていた銃の感覚を払うように手を振り、頬を叩いて気分をあちら(・・・)からこちら(・・・)へと変える。

 頭に付けていた機器を外し、ベッドから立ち上がると隣室へと向かう。

 以前は一人暮らし用の一室であったが、三人(・・)で暮らす事を考えたら手狭なので立派な一軒家を購入したのだ。

 稼ぎ的にも余裕もあったし、何よりこういった大きな家というのには憧れというものも抱いていた。

 

 「ただいま帰ったよ」

 「お帰りなさい」

 

 扉を開けた先では赤ちゃん用のベッドに寄りかかっていたパスが居て、振り返ってニコリと笑みを浮かべる。

 近づいて後ろから抱き締めながら二人してベッドへと視線を向ける。

 小さい…本当に小さい赤子がきゃっきゃと笑い、とても儚く温かな手を必死に伸ばす。

 その様子にふにゃりと頬を緩めて眺める。

 

 「かぁいいねぇ」

 「そればっか」

 「妬いてるの?」

 「まさか」

 「ボクは妬いちゃうけどな。居ない間はパスちゃんを独り占めだもん」

 「欲張りね。本当に」

 「知らなかったの?」

 「知ってるわ。とっくの昔から」

 

 互いに互いを感じつつ、手を伸ばす赤子に指を近づける。

 ぎゅっと弱々しくもしっかりと握られ、我が子の生を感じ取る。

 幸せだなと再認識しつつ、国境なき軍隊の戦友たちを思うと胸が苦しくなる。

 

 「向こうはどうだったの?」

 「相も変わらずだよ。戦場でもマザーベースでもわちゃわちゃしてる」

 「という事は迷惑かけているのね」

 「さぁ、どうでしょうね」

 

 全部お見通しと言わんばかりの言葉に苦笑が漏れる。

 パスは下唇辺りを人差し指で押しながら微笑む。

 

 「その仕草懐かしいね」

 

 国境なき軍隊にて十代の女学生を演じていた頃は、煙草を堂々と吸えずに歯茎から吸収する嗅ぎ煙草を使用しており、慣れない為によく人差し指で位置を直していた。

 それを目撃した兵士達はパスの可愛い仕草として認識していたが、まさか煙草の位置調整だとは夢にも思わなかっただろう。

 今となっては隠す必要性が無いので普通に煙草を吸っていただけに本当に懐かしい。

 

 「この子に煙草の煙は駄目でしょ」

 「ごもっとも。これを機に禁煙にする?」

 「冗談。だったら嗅ぎ煙草を使ったりしないわ」

 「ボクはその仕草が見れるから大歓迎だから良いけどね」

 「もう、お風呂入ってきたら」

 「あー…そうしよっか」

 

 結構長い時間向こう(・・・)に入り浸っていただけに、こちらの身体は汗を掻いてしまっている。

 臭いと言われるのは堪えるし、何よりさっぱりしたいと風呂場に向かおうとパスから離れて歩き出す。

 

 「そう言えばあのことは(・・・・・)言わなくて良いの?」

 

 真剣身を帯びた問いに健斗は少し悩み、小さく息を吐き出した。

 乾いた笑みに悲壮感を漂わせて振り返る。

 

 「言わない。誰も嫌われたくないでしょ?」

 

 健斗の答えに「…そうね」とだけパスは呟く。

 きっとあの事を口にする事は無い。

 それだけボクは臆病になってしまっている。

 

 もしも彼らに伝える時は別れの時ぐらいだろう…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:蝙蝠と山猫

 

 この二人が出会ったのは戦場であった…。

 肩を並べる友軍―――ではなく銃口を向けて殺し合う敵同士として。

 一度目は唐突な出会い頭にSAAを抜く前に投げ飛ばされ、気絶している間に命を奪われずに銃だけ盗られた。

 二度目はスネークとの決闘で出鼻を挫かれたり、口出しをしたり、手出ししようとした私の部下を抑えたり、周りでちょこちょこと動き回っていた。

 三度目はザ・ボスやコブラ部隊に獲物(スネーク)を奪われることを恐れ、偶然に出会った好機を生かそうとバットを人質にして決着をつけようとした際に、抵抗された挙句に下腹部を蹴り上げられて悶絶させられた。

 四度目はグラーニンを救出しようとしたバットを追撃し、追い詰めた所でスネークより先に決着をつけようとしたが、バットの言葉に唆されて敵になった元友軍によって邪魔をされて撤退するしかなかった。

 五度目はスネークとヴォルギンの一対一の戦いを互いに見守り、六度目はようやくバットとの決着をつける事が出来た。

 

 そして月日は流れ、因縁のある二人は同じ組織に関わり、当然ながら顔を合わせる事になる。

 狭い通路で二人は対峙し、まずバットが口火を切った…。

 

 「えっと、どなたでしょう?」

 

 冗談などではなくキョトンとしている表情から本気で言っている事が様子から察せられる。

 まさかの発言に驚きと衝撃を隠しきれないオセロットはフラッとよろめく。

 そこでふと気付いてしまった。

 出会ってから二十年。

 バットでさえ身長が伸び、幼さが強く残っていた印象も大分変わってしまっている。

 なら自分はどうだ?

 当時を振り返れば山猫部隊を率いていたとは言えまだ色々と戦士としては幼い部分が多かった。

 幾つもの修羅場を乗り越えた今では雰囲気も変わり、髪型も短かったのが長髪だ。

 さらに言えば声変わりもしている事も考えれば気付かなくても当然か…。

 

 感情の揺らぎが収まり、余裕を持った笑みを浮かべる。

 

 「まだ解らないか?」

 

 奴ならば解るだろうとホルスターよりリボルバーを抜いて、大仰なリロードの動作を見せると間をおいて目を見開いて驚きを露わにした。

 

 「まさかオセロット!?老けましたね」

 「お互い様だろうそれは―――というかスネーク達を出迎えた際に会っているんだが」

 「いやぁ、てっきり二人の知り合いだとばかり」

 「ま、解らなくもないがな」

 

 撃ち合った仲であったにも関わらず二人の間にあるのは敵対心でなく、旧友に出会ったかのような懐かしさだけであった。

 クスリと笑いあった後、バットはポンっと手を叩いた。

 

 「ここに居るって事は仲間になるんですか?」

 「勿論だ。俺はスネーク()協力してここに居る」

 「あぁ…そういう(・・・・)

 

 何かを察したのかバットは一人納得した。

 その反応からこちらも察して理解するもそれを口に出す事は無い。

 基地内とは言え誰が聞いているか分からない。

 例え仲間とてこの会話の意図を聞かれるのは非常に不味い。

 

 「昨日の敵は今日の友。二十年前の敵は今や仲間という訳ですね」

 「厄介な奴だっただけに活躍には期待している」

 「こっちも心強いですよ本当に」

 「そうか――――おっと、それ以上近づくな」

 

 敵だった故にバットの能力の脅威を知っている。

 だからこそその能力は非常に頼もしい。

 これからを考えて握手の一つでも交わすべきかも知れないが、オセロットはバットの接近を拒む。

 急に雰囲気が変わった事にバットは眉を潜める。

 

 「俺の至近距離に来るな。下腹部がむず痒くなる(・・・・・・)

 

 あの痛みは気を失う程に強烈で、鮮烈な痛みの記憶は二十年経っても鮮明に蘇る。

 左手を恥骨辺りに這わせて、いつでもガードできる体制を無意識に取ってしまう程に…。

 事情を知っている者からすれば笑い処とも捕らえられるところだが、逆にバットはむっと頬を膨らませる。

 

 「こっちだってあの時撃ち抜かれた傷口が疼くんですけど」

 「嘘をつくな、嘘を。傷跡も残らず直せる化け物が」

 「名医と言ってください」

 

 不服そうに言うが決着をつけた際に撃ち抜いた個所ではなく、思いっきり反対を抑えている事からただ言い返したかっただけなのだろう。

 肩を竦ませて鼻で嗤う。

 それと少し遊び心が生まれてしまった。

 

 「なら少し遊ぶとするか?」

 

 ホルスターに手を伸ばしながら挑発する。

 するとバットはロングコートよりホルスターに収めた銃を覗かせる。

 今では型遅れとなってしまったSAA…。

 俺から奪った銃を今も大事に持っていたのかと思うとなんとも言えない感情に襲われる。

 

 「前みたいにはいきませんよ。リベンジさせてもらいます」

 「それはどうかな。勝ち越し確定かな」

 「言いましたね!?二連勝して敗北の味を噛み締めさせてやりますよ!!」

 「面白い」

 

 久々に血が滾る想いを抱きながらオセロットはバットと共に射撃訓練場に向かう。

 その後、訓練場を借り切って何十、何百と撃ち合いをして至る所に弾痕を残した二人はスネーク、カズ、パイソンの三人にこってりと叱られるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

澄んだ空と狙撃手

 澄んだ青空にゆるりと白い雲が流れて行く。

 地面に横たわって穏やかな時間をバットとスネークは過ごしていた。

 陽の光はぽかぽかと温かく、風はゆっくりと肌を撫でる。

 周囲は朽ちた遺跡に囲まれながら自然豊か。

 風が通るたびにふらりと草木が揺れる。

 

 「ヴェノムさん、どうぞ」

 「すまない」

 

 寝転んだ状態でバットは持ち込んだ水筒よりお茶を蓋兼コップに注いでスネークに渡す。

 この陽気の下で、優雅にランチと洒落込んでいる。

 無論料理はバットが作ったもので、おかずに鳥の唐揚げにウインナーなどが用意され、メインには具材の種類が豊富なおにぎりがランチボックスの中に並ぶ。

 日本の料理らしいがこれが中々に美味い。

 白米に塩を塗して三角型に握っただけのものであるが、この薄っすらとした塩気と噛むとほんのりとした旨味と甘味が広がる米の相性が良い。

 中の具材も様々でかつお節の旨味と醤油の深いコクと塩気、脂身たっぷりのサーモンフレーク、甘辛いタレに包まれたしっとりとしたミートボール、しゃきしゃきと歯応えのよい甘味と塩気がハーモニーを奏でる漬物。

 どれも美味しくて手が止まらない。

 …ただ梅干しという酸っぱいやつは手が出し難いが…。

 隣でその梅干し入りをパクリと含むバットのにこやかな顔を眺めつつ、温かいお茶を啜る。

 

 「のどかですねぇ…」

 「そうだな…」

 

 深々と深呼吸をしながら頷く。

 戦地を駆け巡っている身としてはこういう時間というのは中々得難く、自分からは作り辛い。

 こういう機会なのだから満喫するのも良いだろう。

 

 「この銃声さえなければな…」

 

 寝転がっている二人を囲んでいる遺跡の残骸に衝撃が走り、飛んできた弾丸が食い込まされる。

 続いて遅れに遅れて銃声が響き渡って来る。

 現在狙撃手に頭を抑えられているのだ。

 今までいろんなダイヤモンド・ドッグズに依頼された任務を熟して来た。

 俺の義手を制作したバイオニクスの権威(技術者)の救出に“ハニービー”と呼ばれる二波長誘導式携行ミサイルランチャー“キラービー地対空ミサイル”の回収、会合を開いた敵部隊長達に戦車隊に装甲部隊の排除などなど。

 ハニービーの時にはカズを救出した時に現れた異能な敵部隊―――“髑髏部隊(スカルズ)”が現れて交戦した。

 驚異的な存在ではあったけどもバットと共に行動していただけに容易に退ける事は出来たが、奴らはいくら撃っても立ち上がってきた。まるで不死の化物のように…。

 そして今日はラマー・ハーテ宮殿の廃墟にて収容されていたマラクという人物を救出しに来たのだ。

 他にも民間人からゲリラまでも囚われており、それらの全員を救出しようと敵を無力化してまとめてフルトン回収して任務を完了して帰投――――の筈だった…。

 

 任務を午前中に終えてしまって弁当を持ち込んだバットとしては、天気も良いので何処かでランチをしようという話になり、そこでカズよりアブ・シャファフ遺跡という古い遺跡があると聞いて、観光がてら行ってみようという事になったのだ。

 移動の道中にはカズより要人を暗殺しているスナイパーが居るなんて噂話程度の話を聞きながら談笑し、到着早々狙撃されて身動きが取れなくなってしまっている。

 

 『無事かスネーク!?バット!?』

 「…うーん、味噌汁が欲しいですね」

 「俺はこの前作ってくれた卵焼きが―――」

 『余裕かお前ら!!』

 

 無線よりカズの突っ込みが入るも正直現状着弾するも、周囲を遺跡などで囲まれているので狙撃で撃たれる可能性は低く、バットの雰囲気に当てられてどうも緩んでしまっている。

 一応突っ込まれてバットが弁当箱を仕舞い始めて様子を伺う。

 

 「下手に頭出すと撃ち抜かれふほ(るぞ)

 「心配するなら食いながらしないでもらえます?」

 「―――ゴクン、美味いから仕方がない」

 

 顔を覗かせた瞬間に弾丸がバットの脳天を吹き飛ばそうとしたものの、相変わらずの反射神経(CQCモードの応用)で回避したバットは不満そうに注意するが、返された言葉でにんまりと笑って機嫌を直した。

 それにしてもあの狙撃手の技術は凄まじいものがある。

 高い命中精度に照準を合わせる速度、広範囲を一人で索敵もする視野の良さと広さ。

 ダイヤモンド・ドッグズ…否、国境なき軍隊で狙撃を得意としていた兵士と比較しても、アレほど優れた狙撃手は居なかった。

 何よりもあの移動方法…。

 

 反撃にこちらも狙撃銃で反撃するも弾は当たらず、人間離れした飛翔した後に目で追うのも難しいほど足が速い。

 しかもどたばたと走って足音や砂煙を立てるのではなく、力強く地面を蹴って跳ぶように駆けて行く。

 様相が違うだけであの“スカルズ”のようではないか。

 

 「カズさん、こちらの映像見えますか?」

 『送られている映像は逐次目を通しているぞ』

 「あの身体…凄いですよね」

 『あぁ、確かに。出るところは出ていて引っ込むところは引っ込んでいる。何という―――』

 「…言っておくがバットが言っているのは、あの身体能力の事を言っていると思うぞ」

 『………も、勿論解っているさ。今のは場を和ませようとだなぁ…』

 「戦闘中だぞ」

 「僕達には注意したのに…」

 

 こちらもため息もだが、無線越しにカズの周囲でもため息を漏らされているらしい。

 カズの言葉に確かにと納得はするが、素直にそう言う視線をスネークは向ける事は出来ない。

 なにせあの女には見覚えがある。

 キプロスの病院にてスネークは武装集団に襲われた。

 戦闘ヘリに装甲車、戦車まで持ち出した一団が襲撃する少し前。

 病室のベッドで医者に説明を受けていた際に殺しに来た暗殺者…。

 身動きがろくに出来なかった俺の前で看護師と医者を絞殺し、次に俺を殺そうと襲い掛かって来たが、隣のベッドで治療を受けながら護衛についてくれていたイシュメールのおかげで事なきを得た。

 が、それはそれで可笑しい事もある。

 

 あの時の暗殺者はイシュメールが投げつけた薬品と火によって全身を焼かれ、熱さに耐えかねて雨が降る外に出ようと窓から飛び降りた筈だ。

 しかしあの狙撃手は上下ビキニに穴だらけのストッキングという兵士にしては露出の多い格好をしており、その肌は綺麗なもので遠目ながら火傷の跡など見受けられない。

 

 「まさかヴェノムさんも見惚れましたか?」

 「そういうお前さんはどうなんだ?」

 「僕はパス一筋ですから」

 「惚気か。とりあえず俺にそれはない。一度病院のベッドでアイツに襲われたからな」

 『ベッド!?襲われた!?あんな美女に!?なんて羨ま―――』

 「命を狙われかけたんだが?」

 『―――…そ、そうか』

 

 バットの雰囲気に当てられた事により張っていた緊張が解けて、以前に比べて明るくなったという者が幾人かいるとオセロットより聞いたが、これは緩み過ぎではないだろうか。

 特に副指令がこれでは風紀が乱れる。

 後でオセロットに引き締めを図ってもらうとして、とりあえず現状の打破を図らねば。

 …腹も膨れた事だしな。

 

 「さて、どうやってアレを倒す?」

 「僕らの狙撃では勝てそうにないですからね」

 「援護してやるから突っ込んで来い」

 「さすがにあの長距離走るのはきついですよ。それに速力も違いますし」

 「打つ手なしか」

 「ビィ(・・)で近づく訳にも行きませんから」

 

 “ビィ(・・)”というのはバットの相棒(バディ)である。

 ダイヤモンド・ドッグズの依頼は多く、複数の任務または任務の種類によっては広い範囲を行き来しなければならなくなる。

 その際にヘリで移動すれば離陸着陸時に目立ったり、近場にレーダー施設があれば確実に見つかってしまう。

 ジープなどの車両もあるが場合によっては置いていく必要があって、回収はもちろんガソリンなどにもお金と手間が掛かる。

 そこで考案されたのが動物を相棒として移動などに扱う事だった。

 

 スネークを例に挙げればD・ホースと名付けられた、元はオセロットの馬であった白馬がそれにあたる。

 オセロットによって調教されたD・ホースは指示に従順で、口笛を吹けばすぐさま駆け付け、待てと言えばお呼びがかかるまでジッと待機する。他にも荒野に居ても別段警戒するような事もないので少し離れて付いて来ても怪しまれない利点もある。

 今回は任務が救出なのでまずは捜索に重きを置き、DD(・・)を連れて来た。

 

 DDは任務中に保護したこの間の犬で、オセロットに調教を任せっきりにしていたら成長期だったのか、任務帰りに会う度にみるみる大きくなって、今や大型犬ほどの大きさまで成長している。

 犬だけあって嗅覚が非常に優れていて、長距離の相手でも位置が分かってしまう。

 おかげで目で追えなくとも狙撃手の位置が把握できて助かっている。

 

 そしてバットの相棒である“ビィ”だが、50キロの速度で駆ける上にD・ホース以上に荷物を運べる力持ち。

 正式には“D・B”と名付けられたダイヤモンド・ドッグズ所属の(BEAR)…。

 バットが大量に捕獲した動物の中の一頭であるヒグマ。

 正直オセロットは目立つし、近くを歩いていたら敵も別の意味で警戒する。

 それ以上にヒグマ相手に調教などしたくないと言ったのだが、大きくて可愛いからとバットは諦めきれず、自らいう事を聞かせるという事で相棒となったのだ。

 ただ調教など一切しておらず、なのに何故かはわからないがバットの言う事を理解しているらしく、アイツの言う事は素直に聞いている。以前D・ホースと一緒に居たが襲う事も無かった。

 襲う事が無かろうとD・ホースは怯えていたが…。

 そのビィはバットに“待て”と言われて離れた位置で横になり、次の指示が出されるのを置かれたご飯を食べながらじっと待っている。

 あれに乗って近づけば確実にビィが撃ち抜かれてしまうのは容易に想像できる。

 

 打つ手なし…。

 だけどバットならば何かしら手を打てるのではと期待の眼差しを向ける。

 頬を掻きながらバットは微笑、無線でカズに何やら指示を出しているようだ。

 出し終えるとニタリと嗤って撃たれないように気を付けながら双眼鏡を覗き込む。

 

 「何をした?」

 「まぁまぁ、見ていてください」

 

 勿体付けるという事は本当にろくでもない作戦を思いついたのだろう。

 どうするつもりか拝見させてもらおう。

 同じく位置が解っているので狙撃され辛く隠れながら双眼鏡で狙撃手を見つめる。

 すると予想していた位置より少しズレていて、銃口が双眼鏡と重なる。

 しまったと撃たれる事に慌てた矢先、強い衝撃が頭を襲った。

 

 …あの狙撃手の方の、だが…。

 

 向こうも思いもしなかっただろう。

 頭上より緑色の箱が降ってくるなど…。

 降って来た高さに質量もあって、衝撃から脳が揺さぶられて気絶したのだろうか?

 狙撃手は箱が落ちてからピクリとも動かない。

 

 「行きますか。ビィ!」

 

 呼ぶとビィはのそのそと歩み寄り、バットはその背に飛び乗る。

 期待したのは俺だが思ったより邪道というか悪知恵が働くというか…。

 呆れの混じった視線を向けながら狙撃手へと向かっていく。

 

 降って来た箱はダイヤモンド・ドッグズより運ばれた輸送物資だ。

 ダイヤモンド・ドッグズは非公式の傭兵組織。

 各国の軍隊のように領土内や制圧区域に拠点を乱立させる訳にはいかないし出来ない。

 同時に補給線を張り巡らす事も出来ない。

 任務によっては長期に渡って行う事や任務に出て他の装備が必要になる場合、勿論任務中に武器弾薬が足りなくなることだって

あり得る。

 そこで箱に物資を詰めて、気球を用いて注文者が送って来た座標に配達する。 

 相手の位置を座標指定し、箱に重しを入れてそれを高所より落として物量兵器に…。

 本当に呆れてしまう。

 

 何度目かのため息を漏らしながらようやくたどり着く。

 そして倒れた狙撃手の元まで来たところでバットは様子を見て大慌てでポーチを漁り始めた。

 

 「どうした?」

 「頭蓋骨が!キュアー(治療)!!」

 「お前なぁ…」

 

 急ぎ治療を始めたバットを半眼で見つめた後、転がっている箱を見下ろすと、落ちた衝撃で蓋が開いてグレネードランチャーやアサルトライフルがちらりと見受けられる。

 何十キロもあるものを空から降らしたら頭蓋も割れるわな…。

 けどバットが怪我を治療するのであれば死んでいなければ完璧に治せるだろう。

 さっと治療を終えたバットは早速フルトン回収しようとして無線が入った。

 

 『止めを刺すんだ』

 

 先ほどの雰囲気など微塵もなく、冷たいカズの言葉が放たれた。

 

 『そいつは解かっているとは思うが“スカルズ”の同類だ―――殺せ』

 『待て!そいつを少し調べたい。連れて帰ってくれ』

 『サイファーだぞ!絶対に受け入れない!!』

 『そいつを決めるのはボス(スネーク)だ』

 

 カズとオセロットの言い合いでバットは手を止め、こちらに問いかけるように視線を向けて来る。

 答えは決まっており、途中で止められたフルトンを外して手錠で拘束した。

 

 「ヘリを呼んでくれ」

 『スネーク!危険だ、殺せ!!』

 『よく生け捕りにしてくれた。そのまま連れ帰ってくれ』

 『連れ帰っても殺すだけだ』

 

 狙撃手を持ち帰るのを賛成しているオセロットと反対しているカズとでの言い争う声が無線からずっと垂れ流される。

 手足を縛って身動きできないようにして担ぎ、設定した着陸地点にヘリが到着するのを待つ。

 その間にも二人の言い争いが聞こえ、バットとは別なため息が漏れる。

 すでに連れ帰るつもりでいるスネークは聞き流していたが、バットは苛ついたのかムッとして大きなため息を吐き出した。

 

 「…民間人だけど下着姿で金髪のパリジェンヌには速攻でヘリを準備してくれたのに」

 『ちょ、お前ッ!!それは違ッ―――』

 『ミラー…お前…』

 『そんなゴミを見るような目で俺を見るんじゃない!みるんじゃぁあなぁあああああい!!』

 

 叫び声の後に無線は切れた…。

 多分指令室で何かあったな。

 

 「えげつないなお前」

 「え?ナンノコトデスカー」

 「解ってやったな」

 

 ワザとらしい片言にクシャリと嗤う今までに見た事の無い悪い笑みに、以前までの違いをハッキリと感じる。

 けどすぐさまニカリと爽快に笑う様子に小さな安堵を浮かべる。

 スネークとバット、そして拘束された名の知らぬ狙撃手は降り立ったヘリに乗り込むのであった。

 

 …ビィとDDはフルトン回収で一足先に帰還するので、空に舞う一頭と一匹は楽しそうに叫ぶのである。

 

 

 

 

 

 

 マザーベース指令室は空気は最悪だ。

 ミラーの失言の数々で雰囲気はパイソンが液体窒素を撒いた訳でもないのに非常に冷たく寒い。

 特に指令室に詰めていた女性兵たちの表情は感情が抜け落ち、ミラーに向けられる視線はどんな刃よりも鋭かった。

 先ほどまでオセロットとあの狙撃手をどうするかで揉めていたのが嘘みたい。

 一応様子を伺っていたエルザはあの事(セシール)かと懐かしい思い出にクスリと微笑む。

 彼女は今頃何をしているかな?

 “カリブの大虐殺”が起きる大分前にフランスに帰国したので無事だったが、元々が表の住人だっただけにもう会う事は無いだろう。

 

 一人ほのぼのと思い出に浸っていると警報が鳴り響く。

 なんだなんだと皆が警報の原因を探り、それがスネーク達が搭乗しているヘリからと知ると緊張が走る。

 緊急事態というのは予期せぬからこそ起きる。

 整備不良や機器の不具合などいつもならあり得ないと思っている些細な手違いが徐々に機体の調子を狂わして最悪墜落なんてのもあり得るのだが、今回は皆が予期していた事態を速攻で思い浮かべた。

 ヘリの中にはミラーが言うようにサイファーの手先と思われる化け物(狙撃手)が乗せられている。

 拘束したとはいえ何をしてくるかは解らない。

 脳裏に過るのは“カリブの大虐殺”にてスネークが搭乗していたヘリが墜落した原因とか…。

 

 機内の様子をモニターが映すと中で狙撃手が何かやらかしたという訳では無かった。

 考えてみればそんな事あり得ないとすぐ解る。

 スネークだけでも難しいというのにバットも搭乗しているのだ。

 狙撃手が拘束された状態であの二人を前にどうこうするなど、ザ・ボスでない限り出来る筈がない。

 

 そして安堵する間もなく、警報の理由に指令室の皆が焦りを現す。

 見つかってしまったのだ。

 輸送しているヘリの後方を戦闘機が飛行する。

 何処の軍隊のかは解らないが非常に不味い。

 ヘリでは速度的に戦闘機を離せないし、戦闘能力に機動性を考えて勝ち目はない。

 戦場も陸地の見えないだだっ広い海上ともなれば隠れる事も出来ない。

 このままではマザーベースの位置を知られてしまう。

 

 スネークもバットも異常な戦闘能力を持ち、コスタリカの地では歩兵ながらヘリや戦車とも戦ってきたが、真正面から正々堂々と挑んで勝利を得た…という訳でない。

 完全ではないにしても勝つ為の武器を手にし、地形や遮蔽物を利用して勝利してきたのだ。

 地形は利用できない上に足元は狭すぎるヘリの機内のみ。

 逃げ場も無ければヘリとは異なる戦闘機相手に有効な武装も無い。

 状況は最悪…。

 彼らに出来るのはヘリに搭載されているガトリングガンや手持ちの小火器で弾幕を張るか、諦めて投降もしくは撃墜されるかだけだ。

 

 「マザーベースの位置を知らせるな!」

 『了解。回避します』

 

 少し前までの雰囲気は完全に消し飛び、緊迫したミラーの指示が伝えられる。

 さすがに戦闘機は持っておらず、持っていたとしても今からでは救援も間に合わない。

 最も最悪な状況だけは避けるべく、帰投しようとコースを取っていたヘリは進路方向を変える。

 マザーベースまで約1900マイルもあって、戦闘機はまだこちらの位置は確認できていない。

 だからこそヘリの方向転換を見逃すわけにはいかないらしい。

 急に方向転換したヘリに追い付いた戦闘機は通り様に機銃を撃って行く。

 勿論当たらないように進行方向先に撃ってはいたが、これは警告を交えた威嚇射撃であっただろう。

 

 「不味いわね…」

 「おい、あの狙撃手が居なくなってないか!?」

 

 不味い状況に不安を覚えているとオセロットが機内に狙撃手の姿が無い事に気付いた。

 他のカメラで確認するも何処にも居ない。

 この騒ぎのどさくさに海にでも落ちたか?

 そう一瞬思うも今は居ない狙撃手より戦闘機の方が問題だ。

 

 『ロックオン警報!』

 『フレア発射!!』

 

 通り過ぎた戦闘機が旋回し、ヘリがロックオンされたことを示すとすぐさま赤外線センサーを惑わすデコイ―――フレアをばら撒く。

 警報後に放たれたミサイルはフレアによって目標を乱され、あらぬ方向へと飛んで行った。

 どうやら向こうは案内させることを諦め、撃墜して捕虜を取って情報を搾り取る選択肢を棄てて、ヘリの撃破を優先する気満々らしい。再び通り過ぎて反転、二度目のミサイルを発射して来たのでまたもフレアにて対処しようとしたが、向こうも馬鹿ではなかったらしい。

 赤外線センサーではなくレーザー誘導によるミサイル攻撃。

 これではフレアは役には立たない。

 スネークとバットは機内からのミサイル迎撃を行おうとするも、ヘリは回避運動しようと機体を大きく揺らし、二人は照準を付けられないどころか機内を転げまわる。

 ガトリングガンが揺れに従って左右に触れるだけ。

 

 指令室内は固唾をのんで見守るしかない。

 祈る様にヘリの取り付けられている機内機外のカメラより送られてくる映像を見つめる。

 

 その時、誰も手にしていないガトリングガンが向かってくるミサイルを捉えるように動いたのだ。

 偶然かとも思った矢先、ガトリングガンのトリガーが付いているハンドルに何も無い空間より指先が浮かび上がり、徐々に腕から身体と狙撃手の姿がスーと現した。

 どうやってと驚きに飲まれる前に彼女(狙撃手)によってミサイルが撃ち落され一難去った。

 ホッとするのも束の間。

 ミサイルを狙撃された戦闘機は迎撃不可の機銃による弾幕で片付ける気らしく、旋回してそのまま突っ込んでくる。

 ガトリングガンをスネークと代わり、彼女は一緒に回収されていた狙撃銃を手に取って構える。

 よく見れば腕を拘束していた手錠は外されていた。

 

 近づく戦闘機にスネークとバットにより撒かれる弾幕の銃声が鳴り響く中、静かに狙いを定めた狙撃手はトリガーを引く。

 響き渡る一発の銃声。

 終焉の鐘の音だったのだろうか。

 その銃声が響いた後、戦闘機の動きが変わった。

 高度がぐんぐん下がって行き、ヘリの真下を通過するとそのままの速度で海面に突っ込んで機体はバラバラになっていった。

 まさか狙撃銃の一発で戦闘機を落としたというのか?

 驚愕すべき事実の前に安堵と共に静まりかえる指令室に、ヘリより追尾が居なくなった事で帰還すると報告が来た。

 

 「…エルザ。パイソンと一緒に迎えに行ってくれ。すぐに俺も行く」

 「解ったわ」

 

 単なる出迎え―――ではない。

 あの狙撃手に対してもしもの時は対処すべく私とパイソンが選ばれたのだろう。

 それと姿を消したのを目撃した事から赤外線ゴーグルを装備した部隊にも声をかけていた。

 

 着陸地点に赴くとすでに武装した一個小隊に周囲には狙撃手が配備され、即座に射殺できるだけの兵士が展開されていた。

 それに加えて私にパイソン。

 オセロットも居るが連れ帰る事に賛成していただけにミラーは対処する戦力から外している。

 ヘリが見え、着陸地点上空に差し掛かったところで彼女は何十メートルもの高さより跳び下りた。

 自殺かと思ったが、彼女は怪我を負う事も手を付く事もなく自然に着地した。

 映像で見ていたとはいえ恐るべき身体能力だ。

 そして姿が消えていき、視界から完全に消える。

 しかしながら姿が消えただけで存在が消え去った訳ではない。

 赤外線ゴーグルに捕えられて肉眼では見えない位置に部隊が囲み、警戒を払いつつ銃口を向ける。

 観念したのか別段どうする気もなかったのか姿を現した。

 

 「撃て!」

 

 ミラーが即座に射殺命令を下す。

 指示を受けた兵士の人差し指に力が籠り、トリガーにかけられると着陸したヘリより降りたスネークが銃口を下げさせる。

 

 「何故庇う!?」

 「…独房に入れろ」

 「さっきのはこいつが助かりたかっただけだ!危険だ!!」

 「それなら消えた隙に何処かに潜むことだって出来ただろう」

 「お前は黙っていろ!俺はボスに―――」

 

 指令室から着陸地点前に場所が変わっただけで口論が繰り広げられる。

 そのミラーの怒鳴りを遮り、囲んでいた兵士達を掻き分けて前に出たものが一人。

 

 「すっごい技術でしたねさっきの!!」

 

 興奮し切ったバットがずかずかと無警戒で彼女に近づく。

 あんなに目をキラキラ輝かして…。

 毎度の事ながらため息が漏れた。

 それはエルザだけでなくパイソンもであり、離れて眺めていたチコはクツクツと肩を震わしながら笑っていた。

 

 「あんな高速の飛翔物を一発で。それも操縦者の脳天に一撃なんてどうやったんです!?僕狙撃は下手で下手で…だから先の狙撃は感激でした!!」

 

 ズイズイと近づいて行くバットに気圧されて彼女は戸惑いながら一歩ずつ下がる。

 特大のため息をついて前に出たエルザはバットにチョップを喰らわせた。

 

 「痛い!?」

 「落ち着きなさいバット。完全に引いているわ」

 「だって本当に凄かったんですよ」

 「解ったから少し向こうに行ってましょうね」

 

 なんでこうも空気を読まないのだろうか。

 バットの乱入により緊迫した空気は霧散し、毒気を抜かれたミラーは肩を竦めるしかなかった。

 

 「…分かった分かった。ボスの言う通り独房へ入れる。ただし、何かあったらその時は……良いな?」

 「あぁ、それで頼む」

 「だったら独房じゃなくて射撃場で―――とっ!?」

 「いい加減になさい」

 

 銃口を向けられ連れていかれる彼女にバットが付いて行こうとするのを、首根っこを掴んで止める。

 まったく背ばかり伸びて性格は十年前から変わらないんだから…。

 呆れつつもほっこりと和み苦笑するエルザは、連れていかれる彼女を見送ってから自身の持ち場である医療プラントへと戻るのだった。

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:博士と蝙蝠はかく語る

 

 自身の素性を隠し、罪滅ぼしと言わんばかりにダイヤモンド・ドッグズに技術提供という形で協力するストレンジラブ博士。

 変声機を組み込んだ鉄製の面で素顔を隠す事から“鉄仮面”と呼ばれ、所属する兵士や研究員と距離を置いて生活している。

 元々人嫌いである事から別段人との接触が制限された環境は苦というより寧ろ有難いとさえ考えるも、時折寂しくも感じる時がある。

 素性を隠すゆえに面を外して散歩したり、通路に置いてある自販機で珈琲を飲むなど気軽(・・)な行動は慎まなければならず、何かしらあって話し合う際には自身の素性に繋がりかねない情報を漏らさないように注意を払わなければならない。

 不便でないが窮屈…。

 となればストレスも僅かだったとしても塵も積もれば山となる。

 

 だからと言って誰とでも喋りたい訳ではない。

 カズヒラ・ミラーは下世話な話が多いし、チコはどちらかと言えば聞き手より話し手で話題が噛み合い難く、パイソンは寡黙で会話が成り立たない。これはオセロットも同様。

 他に私という“鉄仮面”の素性を知っている者は二人だけ。

 エルザは話したいし興味がある(・・・・・)ので語り合いたいけど、彼女も仕事があって入り浸る訳にはいかない。

 それに少しばかり警戒されている気もするし、中々自ら寄って来てくれない…。

 

 「来ましたよ博士」

 「あぁ、久しぶりだな。珈琲でもどうだ?」

 「頂きます」

 

 人通りが制限されている私の研究所に入れるのは事情を知る者と、その時限り仕方なく入室を許可した者のみ。

 今入って来たのは事情を知っているバット。

 性格は十年前とほとんど変わってないが、見た目は年月を重ねただけ随分と変わってしまっている。

 スラッと伸びた身長に細身ながら筋肉質になっている身体。

 可愛らしく幼さの残る顔立ちは大人びて綺麗さが目立つ。

 戦地を駆け回っている割にはそれまで表に出る事が無かったのか肌もすべすべしていて触り心地が良い。

 四十歳手前になってもまだ興味が尽きない(・・・・・・・)

 

 カップ二つにインスタントコーヒーを淹れ、その片方を差し出すと嬉しそうに受け取っては無警戒に口を付ける。

 これがエルザならば何か入っているのではと少しばかり警戒されるのだから悲しい事だ…。

 無警戒だからと言って何かしらする気はない。

 

 「美味しいですね」

 「もっと美味しいものを口にしている癖に」

 「あはは、僕は美食家ほど味覚に自信は無いんで。どれが美味しいというよりはとりあえず美味しいものを誰かと味わう方が重要かなと」

 「高級品であろうと見切り品であろうと美味ければいいか…身も蓋もないな」

 「合理的でしょう」

 「自分の能力不足を棚上げしている気もしなくはないがな」

 

 クスリと微笑みながら鉄仮面を外して自分も珈琲を口にする。

 深いコクと苦味が広がり、温かさからほぅと息を吐く。

 

 「確かに悪くはない」

 「でしょう?」

 

 席に腰かけながら、バットが持ち込んだお茶菓子のクッキーに手を付ける。

 相変わらず不思議な美味さを纏ったものを作ると思いひょいひょいっと摘まむ。

 

 「そう言えば元大佐には会ったか?」

 「会いましたよ。まだヘリに乗るんだって熱く語ってくれました」

 「お前が居る時はまだしゃんと(・・・・)しているらしい」

 

 スコウロンスキー大佐…。

 “ピースウォーカー計画”以前にバットとスネークにより救出され、国境なき軍隊ではヘリの操縦士として働いていた老兵。

 元ソ連軍の基地司令の彼には傲慢な所が有り、周りと軋轢を生み易い。

 しかしバットとは仲は良好で、いざこざがあったなどは聞いた事は無い。

 

 “カリブの大虐殺”では試作機を操縦してエルザとパイソン達を回収し、幾人かの兵士と共に生き残る事に成功した。

 あれから十年という歳月はスコウロンスキー大佐の意識を薄れさせ、今では日がな一日ぶつぶつと呟き徘徊する事が多々ある。

 老化による惚けが始まったのだ。

 ただ日によっては調子のいい日もあり、普通に会話が成立するときもあるらしい。

 されどその状態でヘリの操縦などもっての外。

 バットが来たことで幾分マシになっても変わらない。

 けどまぁ、しゃんとしたらしたで乗せろ乗せろと五月蠅いのだ。

 なのでそのまま乗せられないのならAIを搭載しての自動操縦可能なヘリを作ろうかと現在模索中なのだ。

 

 「グラーニンさん達にも会いたかったけど」

 「あの頃は騒がしかった。私は会いたいとは思わないけど。酒臭かったし」

 「良く飲んでましたっけ」

 「飲み過ぎよアレは」

 

 懐かしくも鬱陶しい研究者にため息が漏れる。

 いつも酒を飲んで酒気を纏ったグラーニンに、ヒューイ以上に弱々しいソコロフ。

 どちらとも自ら関わる事は無かったけれどいなくなればそれなりに寂しくは――――いや、そんな事も無いか。

 あの酒臭さもうじうじとした態度も両方鬱陶しく近づきたくなかった。

 

 ソコロフは元の職場であるニコライの民間軍事会社へ戻り、“カリブの大虐殺”以来こちらとの接触を避けている。

 それもその筈。

 彼は研究に協力してくれていたが、争いごとに巻き込まれるのはもうこりごりだと…。

 もしもこちらと接触して噂でも上がればサイファーなどの組織により家族が危険に晒される可能性だってある。

 自身の命のみならず家族までとなると手を引くのが普通だ。

 ミラーもその辺りの事情を考慮して、ダイヤモンド・ドッグズ設立後はニコライの民間軍事会社とも接触を断っている。

 こちらとしても危険に巻き込みたい訳ではないから。

 

 グラーニンは過度なアルコール摂取が祟ったのか、高血圧と高齢な事から病魔に苛まれ、最後は病院で息を引き取ったのだという。

 最後の最期まで酒瓶を手放さなかったのは流石というべきか…。

 

 「グラーニンで思い出したがもうメタルギアを作れとは言わないんだな」

 「言いませんよ。僕の操縦が下手ってのは知っているでしょう」

 「そう言えばそうだったな」

 「TONYの回収だって、引き上げられないでしょ。あの重量級は」

 

 「一応襲撃前にコンテナに処置を施してZEKEとは別に入れてあるはずだからお金さえあれば」

 「ならビィで良いですよ」

 「熊に乗るというのもどうなんだ」

 

 くすくすと笑みを浮かべ、こちらも取って置きのチョコレートを差し出し、口にしたバットは満面の笑みを浮かべた。

 見た目だけで本当に中身は変わってないな。

 未だに子供っぽい…。 

 

 「今日は時間はあるのか?」 

 「そこは話してあるから大丈夫」

 「ならまた語ろうか」

 「飽きもせず同じ内容かも知れませんよ?」

 「それはそれで話すさ」

 

 二人はそう言って懐より大事にしまっていた我が子の写真を机に並べ、お互いに子供の自慢話にもつれ込む。

 親馬鹿と呼べばいいのか理解し合える親同士の会話は弾み、気が付けば珈琲を四杯もおかわりして日も暮れてしまう。

 ストレンジラブは語れば語るほど会えない子供に想いを寄せるのだった。

 

 …その後、パスに遅くなると伝えていたが遅くなり過ぎてバットはこっぴどく叱られるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切りの科学者

 遅れて申し訳ありません。
 日曜日には投稿したかったぁ…。

 今週中にもう一話いけるかなぁ…。


 ダイヤモンド・ドックズにとって(・・・・)極めて重要度の高い任務が舞い込んだ。

 任務自体は東側から科学者を亡命させること。

 これだけだと別段他の任務と変わらぬように思えるが、その科学者というのがヒューイ(エメリッヒ)となると話は大きく変わる。

 

 国境なき軍隊の拠点であるマザーベースが武装勢力に襲われ、多くの同胞・戦友が抵抗らしい抵抗も出来ずに死んでいった“カリブの大虐殺”…。

 あの一団がマザーベースに入る際に語ったのは国連からの核査察団。

 世界に認められるためと核査察を受けようと言い出し、強引に話を進めて行ったのは他でもないヒューイだ。

 当日印象を良くしようと警備の武装解除させたのも同じく…。

 さらには襲撃の際には武装勢力と共にマザーベースを無傷で脱出していたなどの状況証拠に、鉄仮面と正体を偽っているストレンジラブ博士の証言からも奴は敵と繋がっていたと思われる。

 もはや黒と疑わない訳がない。

 

 あれだけの惨事を引き起こした、引き起こした者の片棒を担いだ裏切者を許せるわけがない。

 しかもこともあろうに今もまだ奴は武装勢力―――サイファーに加担しているらしい。

 

 今まで受けて来た任務の中に“ハニービー”という兵器を回収する任務があった。

 回収して撤退する前に起こったスネークにとっては二度目となる“髑髏部隊(スカルズ)”との戦闘。

 バットも参戦して撃退・撤退することに成功したが、スカルズが現れる直前にスネークはおかしな体験をした。

 

 濃い霧によって視界が利かない状態でスネークはガスマスクをした赤毛の少年に出会う。

 戦場に子供と言うと少年兵を想像するだろうがそうではない。

 少年は武装を持たずに空中を浮遊していたのだ。

 エルザと同じ超能力者かと警戒するも、スネークは行動を移す前に巨大な手に捕まれてしまった。

 手はとても大きく、掴むだけでスネークの身体を覆ってしまったほど。

 そしてその直後に現れた男が一人…。

 チェスターコートにスーツ、テンガロンハットに手袋にブーツと身につけている物すべてが黒尽くしで、顔は白く焼け爛れた異形な存在…。

 

 「貴様も酷い姿だな。“鬼”になったのはそんな兵器の為か?」

 

 余裕シャクシャクと濃霧の中より現れたそいつ―――“スカルフェイス”。

 不気味な雰囲気を纏いしそいつはスネークに告げた。

 

 「まぁ、良い。いずれ貴様らも真相に辿り着くだろう―――生きて帰れたらな」

 

 その後はスカルフェイスは巨大な手に乗って濃霧の中に消えて行き、現れたスカルズに襲われながら濃霧で見失ってしまったバットと合流して闘った。

 スネークははっきりとシルエットを目撃した。

 巨大な手の持ち主である巨大な人影を…。

 巨大ロボット兵器などSFの話だと普通なら片付けるところであるが、メタルギアを知っているためにそうだとは言い切れない。寧ろメタルギアを開発した技術者があのスカルフェイスに付いているのではと思うだろう。

 となれば真っ先に疑うのはヒューイの存在であろう。

 

 という訳でスネークはヒューイの亡命を引き受ける形でマザーベースに回収してくれとカズより頼まれ、バットと共に情報に合った地点に向かっている。

 依頼者も情報提供者もヒューイとの事なので、向こうが嫌になったのか、それとも罠なのかは解らない。

 気を引き締めてかからねば。

 

 「けど引き締めすぎでしたね」

 「…五月蠅い」

 「雪山でも登るんですか?それとも配達業でも始めました?」

 「…黙ってろ」

 

 肩を震わしながら笑いを堪えながら煽って来るバットにスネークはムッとしながら答える。

 正体は不明だがメタルギアと思われる巨大兵器の姿がちらつき、それとヒューイが居るとなればそれなりの重要性からスカルズもいるかも知れない。

 どちらも小火器程度では心もとないので、ガチガチに武装を固めて訪れたのだ。

 ミサイル兵器にグレネードランチャー、軽機関銃などなど。

 高火力の武装を揃え、弾薬も所持するとなると重さもあるが量が凄い事になる。

 対メタルギア・対スカルズ戦闘を視野に入れたスネークは強度を高めたリュックサックに詰めるだけ詰めて進軍を開始。

 逆にバットはいつも通りの軽装で先行して敵の排除に努める。

 そもそもそれだけの武装を持ち運んでいるので速力は低下し、移動も戦闘も不向きとなってしまっている。

 ヘリより降りてからの移動も徒歩は難しく、D・ホースに乗るにしても重すぎの為、仕方なくバットが相棒のビィを貸してくれてここまで来た。

 場所はアフガニスタンのカプール北方にあるセラク発電所。

 説明は受けていたが結構立派な発電施設で、必要な施設が立ち並んでいる為に遮蔽物も十分。

 発電施設とその奥にあると情報を貰った施設を護るべく、警備の数もかなりのものだ。

 悪いと思ったがそれらをバットに任せ、俺は後にあるであろうメタルギア戦・スカルズ戦ではその分活躍しようと思っていたのに…。

 

 セラク発電所をバットが制圧し、北側にあるゲートを通り岩場に偽装された基地に足を踏み入れると、だだっ広い内部には機器が並んで、最奥にはメタルギアが鎮座していた。

 警備の数も尋常ではないので二人して潜んでいると口論する声が響いて来た。

 内容は聞き辛いが作業経過が思いのほか上手く行っていなかった報告から、どうもこちらに情報を流した事がバレたようだ。

 声からしてヒューイとスカルフェイスらしい。

 最終的にヒューイは階段から突き落とされ、見た事の無い兵器に回収されていった。

 見た感じ武装は無く、胴体後方に人が立ち乗りする形で搭乗する人の身長ほどの二足歩行兵器。

 武装はないが右腕が取り付けられており、ヒューイをひょいと摘まんで持ち上げるとそのまま連れ去ってしまった。

 スカルフェイスもこちらに気付く事無く、護衛の部隊を連れて去って行き、メタルギアはさらに奥へと収納されていった…。

 

 つまりメタルギア戦もスカルズ戦も発生せず、ここまでスネークはまったく活躍の無いお荷物と成り果ててしまった訳だ。

 バットに文句を言われるのも致し方ないと思いながらも、はっきり言われると少しばかり気に障る。

 

 「まぁまぁ、そう言う時もありますよ」

 「任務中だ。さっさとベースキャンプに向かうぞ」

 

 基地内の奥側はスカルフェイスが立ち去ると同時に閉鎖。

 残った区画の兵士を無力化し、端末や資料を漁ってヒューイが連れ去られたベースキャンプの位置を得た二人は来た道も戻ってヘリを呼ぶ。

 ついでに不貞腐れ気味に別途装備をマザーベースに注文し、ヘリの中で武装をアサルトライフルなどに変更する。

 

 「宅配便みたく送れれば良いんですけどね」

 

 バットがぽつりと漏らした言葉に首を傾げた。

 すでに武装一式を戦地に運ぶように出来るシステムはあり、それをクワイエット戦で使ったバットが知らない筈がない。

 きょとんとする俺はそのまま問いかけると笑いながら答えてくれた。

 

 「違いますよ。武器ではなくて僕達を…です。輸送物資に紛れれば簡単に潜入できるじゃないですか」

 「確かにそうだろうけど…」

 「あとでカズさんに言ってみようかな?」

 「…言うだけなら良いだろう」

 

 そんな会話をしていると資料にあったベースキャンプ近辺の着陸地点に到達し、ヘリより降りた二人は再び潜入しようと動き出す。

 さすがベースキャンプというだけあって施設は広く警備は厳重であった。

 自然の岩場を利用して進入路は一本道となっていて、そこを抜けると見張りが詰める小屋に周囲を警戒する兵士達が巡回をしている。

 巨体のビィは待機させて、DDの嗅覚を頼りに敵の位置を知り、乱立する施設に置かれたコンテナや兵器群を遮蔽物に兵士に気取られぬように奥へ奥へと突き進む……筈だった。

 

 「いやぁっほう!」

 

 盛大な叫び声に頭痛を覚えながらスネークはアサルトライフルのトリガーを引く。

 入り口の検問を迂回してやり過ごそうと考えていたのだけど、バットは興奮隠せぬ状態で火蓋を堂々と切ってしまったのだ。

 小屋に身を隠しながら援護射撃に徹し、敵襲の警報を聞きつけた敵兵士を的確に撃ち抜いていく。

 

 「お前は少し落ち着きを覚えろ!」

 「だって格好いいでしょうコレ!!」

 「格好だけで戦争をするな。良い大人だろうが」

 「アドバンテージは無かろうと大事な事ですよ」

 「にしても無茶苦茶だろう」

 「派手に暴れられたおかげでさっきまで不貞腐れていたのは晴れたでしょ?」

 「ストレス解消で先陣を切ったのか!?」

 「いえ、これが欲しくてつい」

 

 バットが戦端を切った理由は巡回していた兵士が搭乗していた兵器を見たからだ。

 先ほどはヒューイを巻き込む可能性があった為に我慢したらしいが、もはや我慢の限界だったのだとか。

 メタルギアを模して作ったのであろう小型の二足歩行兵器。

 名前をなんていうのかは知らないが、ロボット好きのバットには堪らなく、目撃した瞬間には「行きます!」と叫んで吶喊していた。まさか正面切って突っ込んで来る阿呆が居るとも思っていなかった敵は驚いた事だろう。

 しかもSAAの早撃ちにて搭乗者一人と小屋に居た見張りが即座に撃たれ、二足歩行兵器は二機で行動していた為に、ガトリングガンを装備していたもう一機が射撃するも、弾丸の軌道を見切ったバットは当たることなく駆け抜け、あっという間にもう一人を投げ飛ばして兵器を奪取してしまう。

 

 思わない戦端が開かれた事に慌てはするも、こういう状況にもはや慣れ始めていた俺としては問題なかった。

 無論愚痴の一つや二つは言わせてもらうがな。

 こうしてスネークはバットに注意を向ける敵兵を撃ち、バットは満足げに二足歩行兵器を操ってはガトリングガンをぶっ放す。

 が、機動力はそこまで高くないので被弾はしてしまっていて、蓄積したダメージは兵器に深刻な損傷を負わせていく。

 

 「バット!火が出てるぞ!!援護している内に」

 「了解。ビィ!!」

 

 呼ばれたビィは元々通る筈だった迂回ルートで敵側面に現れ、バットそして次点俺に注意していた敵兵は側面から伏兵――否、大きなヒグマが現れるとは想像も出来なかっただろう。

 突然の出来事に呆然する敵兵はビィのひと撫でで地面に横たわった。

 それを目の前で目撃して呆然より覚めた敵兵は銃口を向けるよりも恐怖と驚愕から慌てふためく。

 中には銃口を向けようとする者もいたが、そちらにはDDが喉元に喰らい付いては倒していき、足の速さから惑わしてはビィが巨腕を振るう。

 正直DDとビィの攻勢は奇襲によるものが大きく、落ち着いて対応されれば戦闘継続は不可能である。

 なのでそのまま戦わせることはさせず、もう一機の二足歩行兵器に乗り込んだバットは、敵集団に対して四連装対戦車ミサイルを放って下がらせる援護を行う。

 爆発音に銃声、獣たちの咆哮が五月蠅いほど響いていた入り口周辺は、徐々に静けさを取り戻して静けさと二人と一頭と一匹だけとなる。

 

 「終わりましたね」

 「色んな意味でな」

 

 弾切れになったがまだ動く二足歩行兵器にフルトン回収システムを取り付けながら、満足そうに笑みを浮かべたバットにスネークは呆れ顔を向けた。

 なにせここまでド派手に動いたのなら当然応援は呼ばれているだろう。

 いくら強いと言っても人海戦術を取られれば弾切れも起こし、体力切れにも陥って敗北するのは確実。

 だから急ぎヒューイを捜索しつつ、フルトンもしくはヘリで回収し、ここから離脱しなければならない。

 早速動こうとバットはDDと、俺はビィと行動を共にする。

 何故この組み合わせなのかというとどちらにも索敵能力持ちを入れ、二手に分かれて広範囲を捜索する為である。

 言わずもがなだがDDはその高い嗅覚。

 俺には義手にアクティブ・ソナー(音響探知)機能が取り付けられているので、音を発生される元凶が何かしらいれば表示されるようになっているのだ。

 

 二手に分かれて捜索していると一棟の巨大施設に行きつき、入り口付近にてお互いに合流を果たすと警戒しつつ、内部へと足を踏み入れる。

 中は機器が雑に並べられており、電灯が付いている割には薄暗い。

 拳銃を構えながら警戒しつつ進むと、聞き覚えのある声が出迎えた…。

 

 「―――誰?」

 

 二人共聞き覚えのある声に目を見開き振り返ると見覚えのある筒状の機器が置いてあり、それが声の発生源だと理解する。

 “ピースウォーカー計画”にてストレンジラブ博士がザ・ボスを再現すべく開発したAIポット…。けれど作り上げたポッドは戦闘により破損した上にピースウォーカー(メタルギア)と一緒に湖に沈んだはず…。

 

 「スネーク?……あなた(・・・)じゃないわね…」

 「それはただの機械(AI)だ」

 

 ザ・ボスを模したAIポッドの音声に続き、目的のエメリッヒ博士の声に反応して振り返る。

 そこでは並ぶパソコンの前で空気椅子しているヒューイが居た。

 いや、違う…。

 そもそも足が不自由で自作の車椅子で移動していたヒューイが、立っている時点で可笑しいのだ。

 よく観察するとヒューイの脚に動きを補助する機器を装備しており、それによって座っている状態で身体を維持しているらしい。相変わらず技術力は素晴らしく高い。

 が、それ以上に心にあるのは“カリブの大虐殺”から培われた恨み辛みばかりだ。

 

 「久しぶりだねバット。それに…スネーク…かい?」

 

 顔を見ながら戸惑うヒューイ。

 本人であると判断して閉まった銃の代わりにナイフを手にして、立たせている機械のコードを切る。

 突然の事に慌てる間も与えずに、真っ黒のビニール袋で顔を覆って担ぐ。

 

 「どうしてだスネーク!?僕の(機器)を返せ!!」

 「ちょっと荒っぽすぎますよ」

 『よくやったスネーク…。ヘリを向かわせたから回収地点に向かってくれ』

 「了解した。回収地点に向かう…行くぞバット」

 「ちょっと待ってくれ!ここには僕が作った特別なウォーカーギア(二足歩行兵器)があるんだ。アレで逃げよう」

 『いらん。奴の作った兵器など…』

 「え!?すでに送っちゃったんですけど」

 『ミラー。一台送られたなら二台あっても変わりない。それに道のりも長いだろう』

 『エメリッヒは信用出来ん。ヘボ科学者のポンコツが何の役に立つ?それよりビィに乗せればいいだろう』

 「さすがに大人三人は乗り切れませんよ」

 『決まりだな。そのウォーカーギアとやらで脱出してくれ』

 

 オセロットにそう言われて先ほどバットが搭乗していた二足歩行兵器とは色と装備が違う“ウォーカーギア”へと向かい、ヒューイを担いでいないバットが操作するも起動してあったものを動かしただけであって、起動の仕方を知らない為にヒューイにやらせることに。

 ウォーカーギアの前に立たせて袋を外すと、息苦しかったのもあって深呼吸して空気を取り込んでから手際よく起動させた。

 そうすればもう仕事は済ませたと言わんばかりに袋を被せて荒く退かせる。

 搭乗すると武装の代わりに取り付けられていたアームでヒューイを抱え、外に出たバットはビィに跨って回収地点へと向かう。

 敵兵は片付け、援軍もまだ到着していなかった為、ヘリへ向かう道中に妨害者の存在は無く、着陸地点に到着した二人はヘリが降りる前にビィとDDをフルトンにて一足先に帰投させる。

 後はゆっくりと降りて来るヘリを待つばかり。

 そうすれば誰もが知りたがっている“カリブの大虐殺”の真相をエメリッヒに吐かせるだけ。

 カズも首を長くして待っている事だろうしな。

 

 そう思いながらヘリを見上げているとナニカが突如として降って来た。

 

 衝撃で大きく土煙が立ち、風圧で降りようとしていたヘリはふら付き上昇する。

 二人して目を細めて警戒していると、煙の中から二足歩行で大地に立ち、巨大な人型の兵器がそこに居た。

 そしてやたらと袖の長いコートにガスマスクをつけた赤毛の子供が宙を舞い、巨大な人型兵器の掌にはスカルフェイスが立って見下ろしている。

 

 「サヘラントロプス!?なんで…どうして!?動くはずがない!!」

 

 驚きを隠せないヒューイの言葉で、その巨人がソ連製メタルギアである事を理解するも、対策として持ち込んだ武装はヘリに預けたまま。

 後悔が過るもそれよりこの状況をどう切り抜けるかの方が大事だ。

 

 「博士。やはり貴様は役立たずだ。見ろ、サヘラントロプスはこの通り動いている!」

 

 

 「そいつらをおびき寄せる餌の役目も終えたお前に用はない!お前はそこの男、そしてバット(・・・)と共に兵器が直立歩行を成した記念すべき日に死ぬのだ!!」

 

 大仰に手振り身振りしながらサヘラントロプスを見上げながら語ったスカルフェイス。

 言葉の強弱や動きからして興奮している様が見て取れる。

 しかしながらそんな悠長なやり取りをバットが黙って見ている訳もなく、高らかに言い放ったスカルフェイスが振り返って見下ろすとすでにそこにスネークにバット、ヒューイの姿はなくてきょろきょろと見渡す。

 そんなスカルフェイスを他所にスネーク達はすぐ側のトラックに背を預けて隠れていた。

 

 「どうするんだよ!?()のサヘラントロプスと戦うのかい?」

 「武装は小火器で相手は鉄の塊。加えて言うと非戦闘員(ヒューイ)を担いでとなると取るべき手段は一つ」

 「逃げますか?」

 「だな。ヘリの着陸場所を変えて撤収しよう」

 「では僕が囮役をしますんで博士を連れて一足先に行ってください」

 「大丈夫か?」

 「問題ないですよ。一人なら切り抜けられますから」

 

 ちらりと覗き込むとスカルフェイスが掌より奴の迎えのヘリに移るところだった。

 今だと言わんばかりにバットは駆け出してベースキャンプの方へと駆け出して行き、気付いたガスマスクの子供が腕を向けると、スカルフェイスをヘリに移したサヘラントロプスが動き出す。

 バランスを崩すことなく巨体が重くも確実に歩行して後を追い、頭部に取り付けられた機銃を乱射する。

 当たらないように駆け抜け、サヘラントロプスを引き付けるバットを見送り、スネークは着陸場所を変更してヒューイを抱えて移動を開始する。

 

 「ちょっとスネーク!バットを見捨てるのか!?」

 「アイツなら大丈夫だ」

 

 一応岩や段差を利用して身を隠しながら進み、距離を離れた位置に着地したヘリに乗り込む。

 その際にヒューイを投げ飛ばすように乗り込ませ、本人は痛みと雑な扱い方に文句を言おうとするも、外れていた袋を被せて黙らして席に座らせる。

 パイロットがバットの事を気にかけるが、ヘリが降りた事に気付いたサヘラントロプスが歩み寄ってきたので、急いで離陸させながら自身は機銃のトリガーを握って狙いを付けた。

 離陸して上昇する最中にフルトン回収システムにて空へと舞い上がるのが見え、サヘラントロプスを見下ろす程に高度を取れたことで安堵するのも束の間、巨体に似合わぬまさかの跳躍を披露してきたのだ。

 驚くべき性能だが構っていられるほど余裕はない。

 跳躍しながら手を伸ばしてくるサヘラントロプスにガトリングガンの銃弾をケチることなく浴びせる。

 頭部に集中して撃ち続けられる弾丸のダメージにより頭部にて表面的に爆発が起き、衝撃と反動で体勢を崩したまま地面へと落ちていく。

 あれで壊れたとは思えないがひとまず安心だろう。

 

 大きく息をつきながらスネークは、トリガーより手を放して座席にドカリと腰を下ろす。

 精神的な疲労もあって全体重を預けてホッとしていると、先の奴の言葉を思い返して脳裏に引っ掛かった。

 お前はそこの男、そしてバット(・・・)と共…。

 

 スカルフェイスはバットを見下ろし、バット本人だと断言した。

 つまりバットはスカルフェイスと面識がある…?

 そんなまさかなと浮かんだ疑問を疲れから発生した溜め息に混ぜて吐き出すのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ;裁判

 

 「これより簡易裁判を開始する!」

 

 カズヒラ・ミラーの宣言にその場に集まった者らは気を引き締める。

 ダイヤモンド・ドッグスも人が増え、色々と接したり過ごしていると色々と問題が発生するものである。

 それらの中には個々人で解決するには難しい事案も存在するだろう。

 なので本日はある人物の問題解決を図るべく、簡易裁判という形で第三者が介入して解決する場を設けたのだ。

 集まったのはスネークにカズ、オセロットにパイソン、チコにエルザ、事情を知っている面子で密室という事で鉄仮面を外したストレンジラブ博士。そして今回の裁判の被告人たる人物…。

 

 「では被告人、言い残す事はあるか?」

 「まだ罪状も言われてないのに有罪確定ですか!?」

 

 長くなるかなという事で杖ではなく車椅子に座り、裁判長を務めるカズの一言に中央にてぐるぐる巻きに縛られている被告人バットが突っ込みを入れる。

 戦闘能力、潜入技術、敵兵の取り込みなど多彩な能力に秀でて、ダイヤモンド・ドッグスを支える大きな支柱であるも、性格は子供っぽくて何かしらやらかすので、頼りになるも不安が残る人物である。

 ゆえにバットは色々問題を発生させる。

 

 「それに僕なにも悪い事してないですよ」

 「狼二十頭の調教を頼んできた件に非は無いと?」

 「なにそれ…群れのリーダーにでもなるの」

 「山猫が狼のボスって…」 

 

 早速とばかりにオセロットが放った言葉に、チコとカズが顔を顰める。

 受けた依頼には戦闘区域より動物保護というものもあり、バットは依頼と個人的に保護に努めて来た。

 おかげで動物を保護するプラントは手狭になって拡張。

 数も種類も増えて来たので餌代も馬鹿にはならない。

 その中でも狼の数は非常に多い。

 バット曰く格好良くて可愛いからだとか…。

 たまに狼の群れにダイブして戯れている姿が目撃されるほど好きらしい。

 そんなバットはオセロットに訓練されたDDの活躍を見て思ったらしい。

 数が増えれば索敵も敵の注意を引くのにも、攻撃としても良いのではと…

 

 「で、オセロットに群れの調教を頼んだのか」

 「頼むにしてもいきなり群れと共に突っ込んで来たんだ。悪気が無かろうと勘弁してほしい」

 「災難だったな」

 「災難というなら私にもあるのだけど」

 

 オセロットに同情が向く中、エルザまでも口を開いた。

 彼女が不平不満に思っているのはバットが語る惚気話であった。

 子供が可愛いだとか、パスが愛らしいとかの自慢話。

 一度や二度なら良いのだが、中には些細な付けたしがされただけの同じ話を繰り返され、正直飽き飽きしている。

 被害者も徐々に増えつつあり、ここらで歯止めを掛けねばならない。

 

 「だって二人共可愛くって可愛くってぇ!?」

 「幸せなのは解かったから―――ね?」

 「は、はい…」

 

 ニヘラと崩れた笑みをするバットをエルザは逆さまに浮かし、表情は笑っているが冷たい瞳で見つめる。

 対して抗議する事もなく、耐え切れずに目を逸らしながら了承の返事をするのであった。

 オセロットが先陣を切り、エルザが追撃した事で言い易い環境が出来上がる。

 集まりには一応参加したが黙っておこうかと思っていたパイソンまで口を開いた。

 

 「俺の液体窒素でアイスクリーム作るの止めてくれ」

 「本当に何してるんだ」

 「だって液体窒素で作ると時短になるし、口当たりも凄く良いんだよ!!」

 「熱弁すな。というか最近消費量が増えたのってそれが原因か!!」

 「確かに美味かったな」

 「お前も食べたのか…」

 「私も食べたわ」

 「俺も…」

 「お前らなぁ。パイソン用に仕入れたもんなんだぞ…ストレンジラブ博士は何かないのか?」

 「無茶ぶりが過ぎる事だな。熊用の武装にレールガンとか頼まれた」

 「本当に何してんだお前は」

 

 問題が色々と出て来てカズは頭痛を覚えて頭を軽く押さえる。

 当の本人は悪びれた様子も無いので質が悪い。

 さてどうしたものかと発言してなかったスネークへと視線を向ける。

 葉巻を吹かしながら少し悩んでから言葉を発した。

 

 「飯を全部バットのに―――」

 「それは要望だろう」

 「なら別にないな」

 「戦場を共に行くのならいっぱいあるだろう」

 「上げればきりがない上にもう慣れた」

 「そっか…ならチコは何かないのか?」

 「ないですよね!ね?」

 

 助けを求めるようにうるうると瞳を潤ませながら振り向くと、チコは少し悩んで小さく声を漏らした。

 

 「射撃訓練したいのは解かるけど、勝手にクワイエット連れ出すの止めようよ。監視の兵士が困っていたよ」

 「「「有罪」」」

 「早っ!?弁明の機会を!」

 「いらないだろう」

 「いらないな」

 「いらないでしょう」

 「即答!?」

 

 一応カズ以外の全員が一つずつ挙げたところで有罪が確定したので、罰を執行しようとカズが車椅子の裏に隠していたアイテムへと手を伸ばす。

 

 「テレレレッテレ~、電磁くすぐり棒(ラフィング・ロッド)!」

 

 濁声でカズが二本の棒を取り出す。

 発生した電解が、全身の上行性神経路を直接刺激して擽る、というストレンジラブ博士制作の尋問武器らしい。

 説明を聞きながらそっちもなに作ってんだと思ったバットは間違ってないだろう。

 その二本の電磁くすぐり棒をすり合わせながら、悪そうな笑みを浮かべて寄って来る。

 

 「さぁ、刑を執行しようか」

 「ちょっとなんで楽しそうなんですか!?」

 

 クツクツと笑いながら寄って来るカズに狂気染みたものを感じたバットはじたばたと暴れるも、エルザの能力によって浮かされているのでただただ暴れるだけで意味は無かった。

 ゆっくりと車椅子で接近するカズはニタリと嗤う。

 

 「国境なき軍隊の頃から多くの女性陣にちやほやされやがって―――――ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 「妬みじゃないですか!ってか僕は玩具にされてただけで非は無いでしょうが!!」

 「妬みですが何か!?」

 

 理不尽極まる言葉に一人を除く全員が絶句する。

 けどカズの妬みはさておき、罪は罪なので誰も庇う事もせずに見守ろうとする。

 その状況にただやられるのは嫌だったバットは刑から逃れるべく一つだけ言い返す。

 

 「前に頼まれたハンバーガー作りませんよ!」

 「ちょっ!?おまっ…」

 「ハンバーガー作りって何の事だ?」

 

 バットの発言に焦るカズに何かあると思ったオセロットはジト目を向ける。

 冷や汗をダラダラ流しながらバットの口を抑えようとするカズを、バットを自由にしたエルザが浮かして拘束した。

 そのままバットにより語られたのはカズが個人でハンバーガー屋を経営し始めたので、その商品開発を手伝ってほしいというもの。

 言葉の意図としては非がないのに裁くのなら手伝わないと素直に告げただけだが、これは一瞬で起死回生を成す結果となった。

 

 「そう言えば予算計画に不明な点があったなぁ…ミラー?」

 「いや、それについてはまた後程弁明をだな」

 「その必要はないだろう。先に済ませようか。ボスはどう思う?」

 「組織運営にも関わる問題だな。優先度は高い」

 「だ、そうだ」

 

 全員の視線を浴びて滝のように冷や汗を流すカズヒラ・ミラー。

 くすぐり棒の行先がバットからカズに変わるのに時間は掛からなかったのである…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

静かな狙撃手と蝙蝠と髑髏顔

 待たせたなぁ…。
 また投稿遅れまして申し訳ありません…。

 …花粉症何とかならないかな…。
 花粉で目と鼻が…。


 私は彼が憎い。

 以前はそう(・・)ではなかった。

 車より早く走れ、誰よりも高く跳べ、姿を文字通り消す事が出来る。

 人間離れした能力の数々。

 聞けば望む者もいるだろう。

 そうなりたいと。

 そうでありたいと。

 だけど私は望んでなった訳ではない。

 望んでこうなりたかった訳ではない。

 

 私は恨む。

 こうなる原因たる(スネーク)を。

 私は憎む。

 こうした髑髏顔(スカルフェイス)を。

 

 任務を言い渡された。

 キプロスの病院に入院中の兵士の暗殺。

 兵士として任務に忠実であれ。

 その言葉を実践しようとした訳ではないが、任務に従って病院に潜入して、ちょうど目標の情報を知った上で担当していた医師と看護師を殺害。

 後は伝説の兵士と謳われるも十年間昏睡状態で身動き一つろくに出来ない半死半生の病人を殺すだけ。

 簡単な任務の筈だった…。

 

 隣のベットに居た全身を包帯でぐるぐる巻きにされた病人の妨害があったが、どちらも動きは酷く悪くてこちらの有利には変わりなかった。

 油断していた訳ではない。

 しかし咄嗟に投げつけられた薬品が衣類に沁み込み、身体にぶっかけられた。

 そこからは酷い有り様だ。

 火を付けられると薬品は燃えに燃え、抗うも追加で薬品を投げかけられてさらに炎上。

 全身火だるまになった私は水を求めて、雨が降り注ぐ外へと出ようと、窓から飛び出して落ちて行った…。

 

 気が付いた時にはサイファーの施設で手術を受けていた。

 異能の力の代償に肺呼吸ではなく皮膚呼吸を行い、太陽光を浴びて水を皮膚から吸収する事でエネルギーを生成する人間らしからぬ身体にされてしまった。

 理性ではこのスカルフェイスが言う報復心を否定するも、こうなった事を考えれば報復心が生まれない事も無かった。

 報復する事も自身を終わらせる事も行える手段(・・・・・)も与えられた。

 その為に戦闘機を狙撃して蛇の巣穴に潜り込み、いつでもその手段を取れるように準備を行った。

 だけどまだ私は使用してはいない。

 理性と感情の狭間で報復心が揺らいでいるからだ。

 そもそもスカルフェイスの言うとおりにするのも何か間違っている気がする。

 なので私は報復心を晴らす前に彼らと行動を共にしてみようと思う。

 

 

 

 

 

 任務地へ向かうヘリの中でスネークは葉巻を吹かす。

 最近は任務でもマザーベースでも色々あり過ぎて少々疲れが溜まってきている。

 エメリッヒを回収してからオセロットの尋問(・・)の様子を眺めながら、自身に真実のように言い聞かせた戯言を徐々に砕いて取り出した曖昧で新鮮な情報を吟味し、俺達が求める真実の欠片を採取していく作業。

 正直ストレンジラブ博士の証言にこれまでの状況的証拠も合わせて真っ黒…。

 敵に内通していた裏切者確定ではあるのだけど、自分を正当化すべく言い訳と都合の良い嘘でがちがちに鍍金していて罪悪感など一切見られない。

 寧ろカズが怪しい、バットが疑わしい、スネークが悪いなどなど自分の事を棚に上げて、“カリブの大虐殺”の責任は自分以外の誰かにあると本気で言っているらしい。

 質が悪いにもほどがある。

 しかしながら優秀な科学者である事は間違いはなく、少しばかりコスタリカまで出張して貰っている鉄仮面(ストレンジラブ)の抜けた穴を塞いでもらわなければならない。それにまだ聞きたい事や聞かなければならなくなる事も多くあるだろうしな。

 エメリッヒの一件でも面倒なのに任務を行っていれば他の面倒事も重なって来る。

 

 反政府組織が老朽化の為に油田会社が放棄した油田施設を占拠・再稼働させた。

 すると老朽化から油田より原油が漏れて、周辺一帯を汚染している事から環境NGOより油田施設の破壊を頼まれれば、反政府組織ではなく元々老朽化が進んだので放棄したと言っていた油田会社が反政府組織を語って再稼働させており、その油田会社というのはいわゆるペーパーカンパニーで実態のない会社だった。

 実体のない油田会社にサイファーが関与している反政府組織、そして油田施設より見つかった胸部が以上に膨れ上がった大量の奇妙な死体…。

 

 とある依頼で救出した“子爵”という男より得た情報では近隣のプライベート()フォース()がソ連製のウォーカーギアを大量に配備しているらしいとの事。プロトタイプの最新兵器のウォーカーギアを…だ。

 流しているのはサイファーと見て間違いないだろうが何の目的で流すのか?

 疑問に答えを得る前に配備されたウォーカーギアを排除してくれって依頼が来て、バットが嬉々として回収(・・)しに行ったな。ついでに伝説のガンスミスまで引き入れて…。

 おかげで開発班の銃器開発は進み、ウォーカーギアを失ったPFの動きより油田会社自体がサイファーの隠れ蓑である事と、そこいら一帯のPFを繋ぐサイファーの物流の流れの一端も掴んだ。

 そこからサイファーがウォーカーギアの代金にPFから受け取っていた鉱物資源は、髑髏部隊(スカルズ)の護衛を付けていた割には片や護衛を付けるほどの物ではなく、片や核兵器の材料となるウラン精鉱(イエローケーキ)であったが核兵器を作るには量が圧倒的に足りない。

 何故最新兵器のウォーカーギアを流してまでそんなものが欲しかったのか?

 

 奇妙な死体に不可解な対価…。

 謎は深まるばかりだ。

 一体サイファーは…スカルフェイスは何を企んでいる?

 

 考えるだけで頭痛がしてきそうだ。

 そこに付け加えるようにクワイエットが任務に同行したいと行動で表して来た。

 確かに彼女の狙撃技術には目を見張るものがある。

 出発前にオセロットがやられたヘリの回転中のプロペラに弾丸を当てずに間を通すという芸当を難なくこなした目の良さも驚くべき技術だろう。

 しかしながらただでさえ何をやらかすか分からないバットが居るのだ。

 心労に苦しむ俺に二人も面倒を見ろとは酷な話だろう。

 バットが一緒に行きたいと強く押し、オセロットの勧めもあって了承したが、用意された苺大福(バットの手作り)では割りに合わないと思うのだが…。

 

 …それにしても苺のさっぱりとした甘酸っぱさが疲れた身体にスッと入り込み、餡の濃厚で品のある甘味が疲れを癒やすどころか活力すら与え、しっとりと滑らかな口当たりの良さが癖になる。

 手が止まらない。

 持ち込まれた時はニ十以上あった苺大福があと三つしかない。

 

 「ヴェノムさん。到着しまっ……どうしたんですか?」

 「何がだ?」

 「口の周り真っ白ですよ」

 

 ガラスの反射を使って確認すると確かに真っ白に染まっていた。

 大福に振られた粉が食べている間に付着したらしい。

 クワイエットもその発言から視線を向け、俺の様子に隠れるように笑っていた。

 恥ずかしさもあって乱暴に口元を拭う。

 

 「依頼の確認だ!」

 

 最初こそ笑っていなかったバットだが、クワイエットの笑いに釣られて笑い出したため、無理にでも話題を変えようとする。

 というか変えなければヘリのパイロットまで釣られて笑い出してしまいそうだしな。

 コホンと咳を挟んで今回の任務を確認も兼ねて再度説明を行う。

 任務内容は目標に設定された六名の抹殺。

 暗殺や排除依頼というのは別段珍しい類では無いとしても、依頼主が目標人物達を支配下に置いていた将軍となると話は別だ。

 “なにを”とは聞いていないが口封じのために部下を殺して欲しいとの事。

 どうやらバットはこの依頼、乗り気ではないらしい。

 敵と通じていたなら尋問するだろうし、何かしら仕出かしたなら処罰すれば良い。

 それをせずにこちらに依頼してきたという事はそういった類の話ではないのだろう。

 つまり自分の都合に悪いから消してくれと…。

 気に入らないとはいえ受けた依頼は熟さなければ評判が落ちてしまう。

 

 「仕事だ」

 「解ってますよ。解ってはいるんですけどねぇ…」

 

 大きなため息を漏らすバットだが、武器の確認をしている様子から任務は任務として最低限熟す気はあるらしい。

 ヘリが目標地点である中部アフリカのアンゴラ・ザイール国境地帯にあるバンベベ農園付近に到着し、設定してあった着陸地点に降り立った。

 ここからはそう遠くない為に徒歩での移動となる。

 

 「先行してくれるか?」

 

 地図を指差しながらクワイエットに告げると、狙撃銃を抱えたまま姿を透明化させてその場より消えた。

 移動時に発生する音から言う事を聞いて向かってくれた事を理解する。

 そして二人で移動する事数十分。

 農園を視界に収める位置に立ったスネークは早速潜入しようとするも、何故かバットはライフルを構えるような動作を見せた。

 ような(・・・)という事で銃を手にしている訳ではない。

 本当にただのフリ。

 そして撃つ動作をすると、その先に居た兵士が糸が切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。

 

 「見事でしょう?」

 「…あぁ、クワイエットがな」

 

 あの動作だけで夜間という暗闇の中でバットの意図を理解し、見事な狙撃を披露した事に賞賛を贈るが、わざわざこいつの遊びに付き合わなくてもいいものを…。

 苦笑を浮かべながら身を屈ませ、農場へと足を踏み入れる。

 内部の捜索はバットと二人で任務に当たるよりかなり楽であった。

 潜入能力と戦闘技術に長けた二人に凄腕の狙撃手が加わっただけで全く気付かれる事無く進められる。

 その間に何度かバットが撃つフリをして狙撃を行うという遊びが挟まれたが、もう反応はしてやらない事にする。

 長距離はクワイエット、周辺はバットに任せて自身は目標の人物が居る建物へと入り込む。

 目標に対して背後から忍び寄り、首を絞めあげつつ足を払って抵抗させないようにし、ナイフを喉元に突き付ける。

 

 任務内容は排除…。

 このままナイフを突き刺しても良いが、その前に残り五名の位置情報を聞き出す必要もある。

 正確には場所はすでに掴んでいるので、一応の確認が欲しいところ。

 

 「――言え」

 「俺は裏切ってはいない…皆を護る為…自分を…売ったんだ……」

 

 絞められている事とナイフを突きつけられている恐怖から絞り出すように零れた言葉…。

 スネークは突き刺すのではなくそのまま絞め落とした。

 

 『スネーク?どうするつもりだ?まさか回収するのか』

 「…駄目か?」

 『依頼は抹殺…だがあんたの判断に従うさ。次の目標であるクンゲンガ採掘場に向かってくれ』

 「向かうならこれ乗って行きません?」

 

 目的の人物を担いで移動しようとしていた矢先、入口よりバットから声を掛けられたと思ったら、外に止めてあった装甲車のハッチより顔を覗かせていた。しかも装甲車上部にはクワイエットがすでに乗って待機している。

 少し目を離したうちに何をしているのかこいつらは…。

 ため息を吐きながら目的の人物をフルトンで回収し、バットが乗り込んでいる装甲車に自らも乗り込む。

 道中装甲車で検問所を避けるように道なき道を進み、結構な距離を稼いだが目的地にたどり着くまではいかなかった。

 目的地であるクンゲンガ採掘場は軍事基地や利便性をよくするために舗装された場所ではなく、鉱物資源を掘り出すだけの場所なので自然の大半がそんまま残されている。

 周囲には木々が生え、近くを川が流れ、岸壁や岩場による段差がそこら中にあり、さらには金になる鉱物資源と鉱山そのものを護る為に兵士が駐在しており、入り口には監視も兼ねた詰所が設置されている。

 装甲車で突っ込めば確実に見つかって撃ち合いになるのは必須。

 ならば手前で下車して徒歩で向かうしかない。

 

 「ここからは山登りだ。見つからないように気を付けろ」

 「はーい」

 「伸ばすな」

 

 ハッチより降りるとクワイエットが視界内で姿を透明化させ、跳び去る音と共に周囲に溶け込んだ。

 昇り始めると水の音が耳に届き、あえなくして川を目視した。

 その川を挟むように二手に分かれて昇ると情報通りに詰め所があった。

 詰所の中に何人いるかは解からないが、詰所の外に見張りが一人立っているのを目視で確認する。

 無線でその事を伝え、スネークはクワイエットに無線で麻酔による狙撃指示を出す。

 サプレッサーによりくぐもった発砲音の後に見張りの兵士はその場に倒れ、意識を失った事を川を隔てて詰所に近かったバットが確認すると、詰所内に睡眠ガスを噴き出す手榴弾を放り込んで室内の兵士を完全に無力化した。

 バットが向こうよりサムズアップ後にまた狙撃の仕草をする。

 敵が居たのかとそちらを見つめると上流に板をかけただけの簡易な橋付近に兵士が立っており、クワイエットの狙撃により眠りにつかされた。

 その先にも兵士が二名ほど警戒していたが一人一人で行動していた為に、この三人にとっては鴨でしかない。

 案外楽な仕事かと思った矢先、鉱山入り口にはいくつものテントが張られ、物資も置かれた小さな拠点と化しており、それなりの人数が居る事にバットはがっくりと肩を落としていた。

 

 「面倒ですね。もうこいつでも放り込みますか?」

 「やめろ。手榴弾を使ったら確実に応援を呼ばれるぞ」

 「ですよねぇ…はぁ…」

 「どうした?任務は熟すんだろ?」

 「もう寝ている頃なんですよねぇ。夜が明けるまでには帰りたい。二人の寝顔を眺めてから爆睡したい」

 「………真面目にしないんだったらここで永眠させてやろうか?」

 

 かちゃりと拳銃を取り出すとため息一つ漏らし、頬をバチンと思いっきり叩いて気合を入れバットは駆け出す。

 やはりこうなるかと思いつつクワイエットに援護してやってくれとだけ連絡を入れておく。

 駆けだしたバットは敵を目視で確認すると死角に回るように駆けまわり、次々とCQCで放り投げて行く。

 相変わらず無茶な戦法だと思うがクワイエットと俺が支援すれば問題ないだろう。

 だれも夜間にたった三名で夜襲を駆けて来ると思っていない油断と軍事基地のように人が多くない事もあって早々に片が付いたが、無茶な行動であったのは変わりないので合流したらケツに蹴りを入れてはおいた。

 

 無力化したキャンプ地の先には坑道に続く道が有り、警戒しながら進めば奥に簡易的な牢があった。

 そこには残りの目標である五人の子供(・・)が座っていた。

 

 「この子らが目標ですか?」

 『あぁ…依頼は全員の抹殺だ』

 

 バットとクワイエットのなんとも言えぬ視線を背に受け、無線より淡々とカズが指示を出すもやはりどこか想うところがあって声は沈んでいた。

 こちらに気付いた少年たちは立ち上がり、牢の隙間より手を差し出す。

 その手にはダイヤの原石が握られていた。

 

 『助けてくれって事か?しかし彼はもう元の部隊に戻れない。そして彼らが向かう先はここと変わらぬ地獄か…天国だけだ…』

 「いや、もう一つある」

 『アウターヘヴン(天国の外側)か…ボス、テープは回っている』

 

 それを聞いてスネークはアサルトライフルを構え、牢へと銃口を向けてトリガーを引く。

 銃声が行動内を響き渡り、放たれた弾丸は転がっていたバケツに穴を空けた…。

 

 『録音はした。依頼達成だな。帰投してくれ。言うまでもないが現地調達した人員(・・・・・・・・)も連れてな』

 「あぁ、了解した。お前ら、ここから出るぞ。ついて来い」

 

 恐る恐る牢より出る少年たちが牢より出るのを確認し、満足そうに笑みを向けるバットへと振り返る

 

 「さすがヴェノムさん」

 「良いから行くぞ。この子らを連れての撤退となると手間だぞ」

 「問題ないですよ。僕とクワイエットさんが先行しますから――ね?」

 

 振られたクワイエットはこくんと頷くとバットについて外へと先に向かっていく。

 まさか本当に子守りをする事になるとはなと苦笑しながら、先行した二人によって安全を確保された退路を子供達と駆ける。

 幼い命と彼らが手にしたダイヤと共に…。

 

 

 

 

 

 

 子供達を鉱山より助けて数日後。

 バットは一人ヘリに揺られて移動していた。

 今回の任務は鉱山で働かされていた少年たちのリーダーを務めていた“シャバニ”という少年を救出するというもの。

 なんでも引き離されて現地の人間が悪魔の住処―――ンゾ・ヤ・バディアブルと呼ぶ地域にあるングンバエ工業団地へと連れ去られたとのこと。

 子供一人助ける任務なので、別段一人でも大丈夫だろうとバットが任務に当たっている。

 その分スネークはクワイエット共に少年部隊を指揮している“ホワイトマンバ”と呼ばれる少年兵を回収しに向かっている。

 

 「にしても一人ってのは寂しいものですね」

 『子守りをしてくれる奴がいなくてな』

 「いつまでも子供扱いですか?」

 『なら多少は大人しくしてくれ。スネークのように慣れてない奴はお前の行動で心労を起こしちまう』

 

 酷いなぁと思いながら頬を膨らませる。

 僕には子守りというか面倒を見れるだけの人員が同行しなければならないと認識が一致しているらしい。

 ヴェノムを除けば候補は三人ほどいるが、エルザは医療班から離れられず、パイソンは長時間戦闘可能な液体窒素入りの戦闘服の開発待ち。オセロットはヒューイの監視やチコと共に新兵教育、カズの補佐など仕事が立て込んでいて戦場に向かわせるだけの余裕がない。

 なのでいつも組む相手が決まっているのだ。

 

 膨れても仕方ないと肩を落とし、銃の確認を暇潰しに行う。

 そうこうしている内にヘリは着陸地点に到達し、バットは一人戦場に降り立つ。

 任務上、敵地に侵入して子供を攫う事になるので相方のビィはお留守番。故に本当に一人での任務…。

 “スネークイーター作戦”の頃に戻ったみたいだ。

 あの一件以降はだいたいスネーク(・・・・)さんと一緒だったから。

 

 「じゃあ行きますか」

 

 大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えて歩き出す。

 目的地までは結構距離があるが、たまにはじっくりと任務に当たるのも問題はないだろう。

 道中の検問所を悉く襲っては情報に人員に資源などを次々と現地調達していく。

 本当なら速攻で向かいたい所であるがングンバ工業団地までは監視に拒まれて情報がほとんどない。

 なので少しでも得れればと思ったのだが、ここいらの兵士には知らされていないらしく情報らしいものは手に入らなかった…。

 ため息交じりに先に進めばさらに面倒臭い事が待ち受けていた。

 ングンバ工業団地に向かう谷には警戒に兵士が配置されていた上に、谷を渡る為の橋が落とされていて谷を降りなければならないなど面倒が増えた。

 けど悪い事ばかりでも無い。 

 谷には一年を通して霧に覆われており、その中を進むので敵兵に見つかるリスクは格段と減る。

 実際見つからずに下った谷を抜け、目的地のングンバ工業団地に古びたトンネルを通って入るが、霧と泥に近い足場によって至る所がべた付いて気持ち悪い。

 ため息を零しながらングンバ工業団地を見渡す。

 基本的に開けた場所であり、ぽつんぽつんと廃墟のような建物や簡易な木造の資財置き場などが点在している。

 周辺には敵兵どころか人気すら感じない。

 

 「敵兵の姿なし。不気味ですねぇ…お化けでも出そうです」

 『確かに不気味だ。兎も角ターゲットの少年を探してくれ。無事だと良いが…』

 

 警戒しつつ進むもやはり人気はない。

 それどころかどこも古びていて廃棄された場所なのではと思う程に痛んでいる。

 本当にこんなところに…と疑問を抱いていると建物より何やら“声”らしきものが聞こえてくる。

 恐る恐る近づいて行き、建物内を覗き込む。

 

 ぼそぼそと複数の声が微かに聞こえ、床や壁はびっちゃりと血で濡れていた…。

 通路にも血がぶちまけられ、並べられた棚には薬品などが乱雑に置かれ、放置されたストレッチャーには人が袋で覆われて放置されている。

 死体安置所…否、人体実験を行っていた研究所のように見え、少年の安否が心配される。

 

 その不安は現実となる。

 個室というにはお粗末でカーテンで仕切っただけの場所に一人の男が居た。

 台の上に一枚の布が胸元に掛けられただけという上半身裸に近い形で放置されている。

 首元が切り開かれており、そこには一本のコードが伸びていた。

 すぐにキュアーで調べると喉元に入り込んでいるのはイヤホンだと解るが、分かったからこそ意味が解らない。

 何故喉内部にイヤホンを突っ込む必要がある?

 それにキュアーには胸部の異常も示されており、布を退けると異様に肥大化した胸部を目にする事となった。

 治療法が分からぬ以上は手が出せず、とりあえず喉元のイヤホンに繋がっているカセットテープに手を伸ばし、中身のカセットだけを回収する。

 そしてシャバニを探そうと奥のカーテンを捲ると同じように喉元からコードを生やし、胸部が肥大化した人達が所狭しと台の上に寝転がされていた…。

 

 『何だこれは…バット、シャバニは…もう…』

 

 悲惨な光景にそう思いかけたが確認するまで諦める訳にもいかない。

 シャバニが居ないか見渡しながら奥へ奥へと進むと、シャバニは確かにそこに居た…。

 居たのだがやはり同様の症状に処置を施されていた。

 ただ首元にイヤホンは突っ込まれておらず、呼吸も他に比べてしっかりしている。

 

 生きている…。

 それだけで希望が持てた…。

 

 「シャバニ君ですか?」

 

 声をかけるとわずかに顔が動き、開かれた薄目がこちらを見つめる。

 意識もあると解り安堵するも、やはり胸部のふくらみが気になるところだ。

 

 「……殺して…くれ…」

 

 辛いのだろう。

 苦しいのだろう。

 けど子供を殺すなどしたくはない。

 今しがただけでも痛みを無くすべく麻酔銃を撃ち込む。

 麻酔が回ると同時に意識と痛みが揺らぎ、安堵したかのように眠りに落ちる。

 ずっと握っていたのだろう木彫りの首飾りが手から零れ落ちそうになったのを慌てて受け取る。

 

 『シャバニを回収してくれ。とりあえず検査して見ない事には…』

 「分かって――—―ッ!?」

 

 返事を返し終える前に カツンカツンと聞き覚えのある(・・・・・・・)足音に殺意が溢れる。

 さっと身を隠してカーテン越しに覗き込むとそいつは居た。

 テンガロンハットにチェスターコートなど黒で統一した衣類で身を固め、“カリブの大虐殺”を起こした張本人であるスカルフェイス。

 奴は向こう側で横たわっている男性に耳を傾けるとコート下より銃を取り出す。

 

 「お前達の屈辱も悔恨もこの私が引き受けた―――安らかに眠れ」

 

 そう呟くと男性の頭に銃口を向け、トリガーを引いた。

 銃声と共に血が飛び散り、周辺を鮮血で濡らす。

 それがバットに対しても引き金となり、バットはすかさずホルスターからSAAを抜く。

 

 「スカルフェイス!」

 「ほぅ…ここに辿り着いたか蝙蝠」

 

 気の高ぶりから放った弾丸は予想外に乱れ、スカルフェイスの頭部から外れて頬を掠って壁に着弾した。

 ギリと音がなるほど歯を噛み締め、もう一度トリガーを引く前に反撃がバットを襲う。

 悠々と片手で構えられたレバーアクションのライフルがバット後方の壁を抉る。

 咄嗟に回避して正解だった。

 見た事のない銃に驚きながら身を隠す。

 

 「お前が居ると言う事は蛇も一緒か?」

 「さぁ、どうでしょう。当ててみたら如何ですか!」

 「相変わらず駆け引きは苦手と見た。ここには居ない。そうだな」

 「根が正直なもので!!」

 

 旧式のライフルかなにかと当たりを付けたものの、意外に潜めている壁に撃ち込まれる弾数の多さには驚かされる。

 どうしたものかと悩みながらバットは跳び出した。

 狭い室内では“CQCモード”を使用しての回避法も難しく、出来たとしても相手の装弾数によっては先に切れる可能性がある。

 そもそも“CQCモード”は近距離格闘戦で動きを指導・補佐する目的で与えられたシステム(・・・・・・・・・)であり、弾丸を回避する為にものではない。なので間違った使用方法という事でシステム内の“体内時間の加速”が途中でも切られるのだ。

 なので馬鹿正直に突っ込む事も、真正面から撃ち合う事もしない。

 床擦れ擦れを横っ飛びしながら奴の天井に早撃ちの残りの六発を撃ち込む。

 瓦礫ほどではないが着弾の影響で破片などがばらばらと降り注いで確実に注意を削ぐ。

 そこを一気に詰めよれば良い。

 

 …目の前に手榴弾が転がって来るまでは…。

 

 慌てて跳び起きて走り出し、少年が寝ていた台を転がして簡易の盾にする。

 勿論少年を護るようにしてだ。

 爆発が起きて破片が飛び散るも、何とか自身の身と少年に被害を与える事は無かった。

 しかし顔を覗かせるとそこにはスカルフェイスの姿は無かった。

 

 「バット!」

 

 外からの声に急ぎ跳び出すと短身のレバ―アクションライフル―――“ウィンチェスターM1873”を構えたスカルフェイスと対峙する。

 

 「憎しみを晴らした(・・・・)割には浮かない顔だな?」

 「晴らした矢先に植え付けられた(・・・・・・・)んじゃ堪らないって話ですよ」

 「報復心は未だ消えずか。だがそれはお前達だけではない」

 

 そう言い放つとスカルフェイズは銃口を降ろして背を向ける。

 まるで撃ってみるが良いと言わんばかりに。

 トリガーを引こうとしたその瞬間、スカルフェイズの背を護るように宙に浮くガスマスクを着用している赤毛の子供が何処からともなく姿を現し、同時に背後より気配と熱気を感じた。

 

 「貴様らに報復心を持つ者も居ると言う事だ」

 

 振り返った先には全身に火を纏いながら確固たる意志を持って歩んでくる一人の男性の姿があった。

 言葉を交わす事も表情を伺わなくとも解る。

 周囲に漂わす程の強い憎悪を感じた。

 飛び退くように距離を離すも男は突如として駆け出して距離を詰める。

 そのまま首元を掴まれ押し倒され、間近でそいつを見た。

 憎悪と共に灼熱を纏い、額より生えた二本の角は鬼を連想させる。

 身体に燃え移る前に投げ飛ばすとなんとも妙な懐かしさに襲われた…。

 

 「先約だ。十分に楽しむと良い」

 

 スカルフェイスの去り際のセリフを聞きながら、意識は目の前の“鬼”に向ける。

 同時に“鬼”の出現によって一気に燃え盛った建物にも…。

 窓や入り口、僅かな隙間からも内部より火が噴き出るほどの火力。

 あれでは中に居た少年も…。

 

 「やりやがったな畜生が!」

 

 怒りに震えながら弾を装填し、迷いなく脳天に六発を叩き込む。

 衝撃で仰け反るも倒せておらず、体勢を直して再び突っ込んできた、

 

 表面が硬くて弾いている?

 熱で溶かしている?

 違う、直撃はして弾丸は食い込んでいるのにダメージを負っていない。

 そんな感じだ。

 

 化け物染みた連中と戦った事は有れど、本当の化け物と対峙したバットは初めて臆するも怒りがそれを緩和させる。

 再びリロードしようとするも先に近づかれ、止む無く火傷覚悟で攻撃を受け流しながら重心を崩し、そのまま投げ飛ばす。

 地面を転がる“鬼”にブルバップ式アサルトライフル“SUG”を弾切れになるまで撃ち込む。

 立ち上がった“鬼”は腕で顔や体を隠すも効いている様子はなく、弾切れを起こしてもその体制のまま身体を丸め、次の瞬間には撃ち込まれた弾丸を身体を仰け反らすと同時に周囲に解き放ったのだ。

 クレイモア地雷のような攻撃方法に戸惑いながら飛び退くも数発足に被弾した。

 痛みに顔が歪むも急ぎキュアーで弾を取り出して止血を急ぐ。

 その間に“鬼”はバット目掛けて向かって来るもぴたりと足を止めた。

 

 足を止めた先には小さいながら水を溜める場があり、“鬼”はそこに入らないように回り込んでくる。

 

 もしかしてと手持ちの手榴弾を放り投げ、バットの狙いに気付いていない“鬼”は ガードしようとするも、手榴弾は直接狙う事はせずに“鬼”の横に転がり落ちる。

 爆発による破片と爆風によろめき、ガード体勢を解いた所にカンプピストルより放たれた小型グレネードが直撃する。

 手榴弾でよろめいた事で水溜め場を背負わされ、さらに小型グレネードの衝撃によって後ろへと押された“鬼”は水溜め場の段差によってバランスを崩し、倒れ込むように水に接触した。

 同時に起こる温度差による水蒸気に苦しむ“鬼”の咆哮。

 弱っているのは明白でも殺しきれる装備の無いバットは退くしかない。

 

 「次は絶対殺してやる…」

 

 燃え盛る建物にちらりと視線を向け、少年を助けられなかった事実に爪が皮膚を破るほど拳を握り締め、その場をあとにするのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:新兵から見た蝙蝠と山猫

 

 

 

 ダイヤモンド・ドッグズ…。

 ある時期を境に事業として拡大しつつある傭兵組織の一つで、以前はそこそこ腕が良い程度の噂しか耳にしなかった組織だ。

 それが今やアフガニスタンを中心に勢力を拡大し、依頼主に十分過ぎる戦果を見せて高い信頼性を獲得している。

 組織の拡大から活躍を担っているのは経験豊富な運営人に戦闘技能の秀でた精鋭達による組織の在り方と、“エイハブ”と“バット”というたった二名の兵士によるところが大きい。

 ここに入ったばかりの俺でも“エイハブ”に対する先輩方の信頼や信用はもはや崇拝に近い形であり、一騎当千の強者たちがそれだけの念を抱いている時点で凄い人物である事が知れる。

 逆に“バット”という兵士はあまり良い印象はない。

 精鋭中の精鋭達は国境なき軍隊という組織に所属したらしく、バットという人物はその組織が壊滅した原因を作った裏切者だと噂されている。

 噂程度と気にも止めない奴は少なく、疑いがあると言う事はそれなりにナニカがあると警戒する方が大概だ。

 俺とてその一人だし、他にも戦場では無茶ばかりして前線にも運営にもかなりの迷惑をかけているというもの多々耳にする。

 だからこそ新人の間でもそう言う人なのだろうと思っていた。

 

 

 

 ある日、マザーベースの一角にて射撃訓練が行われていた。

 教官は射撃が得意なリボルバー・オセロット。

 一度射撃の腕前を見せて貰ったが、ただただ腕が良いとか言うレベルではなく、早撃ちで跳弾を用いた射撃術で目標の的に弾を叩き込むという驚異的技法を持っている。

 そんな超人的技術を持つ人物が、俺達新兵の後ろから一挙一動を見逃さないように鋭い視線を光らせる。

 並んだ新兵達はダイヤモンド・ドッグズ内で新兵なだけであって、現地調達や自信があって売り込んでくる者なので大なり小なり戦闘経験者ではある。

 一人ずつ手にした自動拳銃(オートマティック)を的に向かって撃つ。

 順番に一発ずつ撃って行き、俺の番が回って普通通りにトリガーを引く。

 弾丸はど真ん中とはいかなかったものの、的に命中していた事に肩に籠った緊張が少しだけ和らいだ。

 視線は俺から最後の一人へと移り、隣にいた奴がホルスターから素早く抜くと同時に撃った。

 

 見事な早撃ちではあるが、教官のオセロットはその行為を許しはしなかった。

 男はホルスターから抜くと両手で構えるのではなく、抜いた位置で片手撃ちを行う。

 それはまだ良いとしても扱っている銃と撃ち方の特性を理解していないのが丸わかりだ。

 早撃ちを行ったために銃はホルスターから抜いた位置に居り、その状態で射撃するには肘が曲がった状態となり、彼は肘より反動を抜く構えを取っていた。

 反動の大きいリボルバー向きの撃ち方を大口径でもない反動の小さな自動拳銃で披露した。

 

 「もう一度だ」

 

 感情を込めずに告げられた言葉通りにもう一度早撃ちを披露すると、薬莢が抜けきらずに弾詰まり(ジャム)を起こした。

 困惑した男にオセロットは手を出して、それに従って銃を渡す。

 弾倉だけを抜き取って返すと、詰まった薬莢を取り除く。

 

 「ウエスタン(映画)でも観たか?この拳銃はオートマティックだ。反動(リコイル)を逃がす撃ち方には向いていない」

 

 怒鳴りはしていないがしっかりとした怒りを感じる。

 下手を打ったのは隣の彼であるが、ピリッとした雰囲気に釣られて他の者まで姿勢を正して話を聞く。

 

 「ダイヤモンド・ドッグズもかなりの規模に成長した。世界も注目している。何処かで聞きかじった程度の間違った行動をしたいのなら他所でやってくれ――――正しい戦技を身に着けろ。次は見逃さない」

 

 厳しいがその通りだと誰もが納得し、言われた本人は後悔と恥ずかしさから俯いている。

 そんな本人ではなく、手にした銃を見つめながらオセロットは続ける。

 

 「こんな彫刻(エングレーブ)には何の戦術的(タクティカル)優位(アドバンテージ)もない」

 

 拳銃に施されていた彫刻を見ていたのか。

 戦場によっては細工を施す場合がある。

 雪山では銃に白いテープを巻いたり、森の中ならギリースーツ同様に草木を覆わせることで周囲に溶け込ますなどなど。

 だけど拳銃に掘られた見た目重視の彫刻にはそんな意味合いはない。

 ゆえに間違ってはいない。

 なのに…。

 

 「ブフォッ!」

 

 話を聞いていたバットが噴き出し、笑い出すのは我慢しようと肩を震わしながら堪えている。

 しかし視界の端でそんな反応をされたら気になって仕方がない。

 

 「…何が可笑しい?」

 「い、いやぁ、だってねぇ…僕知ってるもん。戦場でその戦術的優位性の無い彫刻が入ったこのリボルバーを使っていた人」

 

 ホルスターから抜かれたリボルバー(SAA)は確かに彫刻が施されており、それを見た瞬間にオセロット教官の顔色があからさまに悪くなった。

 え?まさか…と新人皆が思っているとクツクツと笑いながら続きを口にする

 

 「バイクの後輪を顔面に喰らわされて、僕に投げ飛ばされたりとか」

 「おい、それ以上は…」

 「しかも戦場のど真ん中でリロードするんですよね!“リロードがこんなにも息吹を!”とか言いながら―――ねぇ、オセロットさん?」

 

 最後に噴き出しながらげらげら笑うバット。

 誰もが話の人物を察してつられて吹き出しそうになるも必死に我慢する。

 なにせオセロットがにっこりと笑いながら怒気を放っているのだから。

 

 「順番が逆になったが手本を見せてやろう」

 「はへ?」

 

 オセロットの言葉に抜けた声を漏らしたバットは、向けられた二丁のリボルバーに目を見開く。

 次の瞬間には容赦なく銃声が響き、弾丸は容赦なくバットに向かっていった。

 驚くべき動きで弾丸を回避するも跳弾も含んだ銃撃に地面を転がって無様にも逃げていく。

 あのオセロットの妙技にも、負傷すらせずに逃げて行ったバットにも驚愕と称賛を抱きながら見つめ、オセロットは逃げて行かれた事に忌々しそうに舌打ちをする。

 視線をバットからこちらに戻すと歩いて来た。

 

 「ただ早撃ちは見事だった―――いいセンスだ」

 

 褒められながら拳銃を返され、そそくさと去って行くオセロットは、装填しながらバットが逃げて行った方向へ速足で向かって行く。

 後日、陽気が降り注ぐ甲板上に“私は訓練の邪魔をした愚か者です”と書かれた看板を首にぶら下げ、正座させられるバットの姿があり、新兵達は呆れ顔でそれを眺めるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白蛇

 日が頭上高くに位置し、温かな日差しが降り注ぐ昼頃。

 チコはエルザの執務室に御呼ばれして、優雅なティータイムを楽しむ………予定だった。

 美女(エルザ)に呼び出されて二人っきりで、少し高めの紅茶とケーキを口にしているというのに二人共表情は暗い。

 まるでお通夜のように静かに淡々とケーキとお茶を口にしながら、短く会話を交わすばかり。

 失礼だと解っていながらもチコは小さなため息を漏らした。

 対してエルザはそれを注意や疎むよりも深く理解して気にしていない。

 

 原因はダイヤモンド・ドックスを包む暗く淀んだ空気感にあった…。

 ついこの間の任務でバットは少年兵の命を救う事が出来なくて、ずっとそれを引き摺っているようだ。

 自身に小さな子が居る事から余計に感情移入しているのと、助けられたかも(・・)知れなかった事も後悔に繋がっている。

 あの時ああしていればと悩み、それに対して掛ける言葉を持ち得なかったチコは眺める事しか出来ない。

 今二人が口にしているケーキは気持ちを落ち着けようと、マザーベースに帰還してから厨房で一心不乱に作り続けたケーキの一部である。おかげで厨房にある業務用冷蔵庫の一つがケーキで満杯になって、腐らないようにスタッフ一同は消費に協力することに…。

 それとバットが本当に(・・・)裏切っている可能性が浮上した事も要因の一つだ。

 少年を救えなかった任務にてスカルフェイスと対峙したバットは会話を行っており、どうも二人は敵対しているも知り合いらしいことが判明したのだ。

 その内容を無線越しに記録していたカズは即座に指令室に居た者に他言無用と命じ、情報共有の為に信頼のおける一部の者に伝えている。

 オセロットは情報を集めて探ってみると疑い、カズはそれに真っ向から対立している。

 元々対立する事の多い二人と疑いを知った一部の者から発せられる不穏な空気はチコにもエルザにも重くのしかかっている。

 

 「…美味しいわね」

 「うん…」

 

 気の利いた事が言えれば良かったのだが、短い生返事を返すしか出来ない程にチコの感情も揺さぶられていた。

 無論バットを信じている。けれどもならば何故と信じているからこそ疑念がぐるぐると渦巻いて仕方ない。

 二人して大きなため息をついていると外が騒がしい。

 声からして子供の声が混ざっている事からまたかと眉間にしわを寄せる。

 

 暗くしている要因のほとんどがバットであるが、すべてという訳でもない。

 バットが任務に当たっていた頃、スネークとクワイエットによる少年部隊の隊長“ホワイトマンバ”―――本名イーライの回収を行ったのだが、これがまた厄介な子供で中には被害にあった兵士もいるほど。

 気位が高くて下に見られる事も子ども扱いされること、本名で呼ばれる事などを非常に嫌い、誰彼構わず牙を向ける。

 スネークやオセロットにまで抗い格の違いを見せつけられても牙は折れていない。

 そればかりか研ぎ澄まして隙あらば狙っている節すらある。

 兵士の中には子供扱いしたり、本名で呼んだ事で襲われて大怪我を負ったものまで居るほどだ。

 戦闘能力は子供と思えぬほど高く、精鋭であっても気を抜けば負かされるだろう。

 そんないつ爆発するか分からない爆弾が不機嫌そうに練り歩いているのだ。

 雰囲気も悪くなるというもの…。

 

 「またやらかしたのかしらね?」

 「怪我人でたかな…新兵辺りは舐めてそうだからなぁ」

 

 最近治療する者はイーライに襲われたものばかりとぼやくエルザ。

 新兵の教練を担当する者としてイーライの接し方も伝えるべきかと考え始めたチコ。

 頭痛が起こりそうなほど思う二人の前に予想外の事態が訪れる。

 

 「―――ッ、匿ってくれ!!」

 「「―――はい?」」

 

 肩を大きく揺らし、呼吸を乱しながら執務室の扉を乱暴に開けたのは件のイーライであった。

 が、その様子は酷く慌てている様子。

 初めて見た表情と“匿ってくれ”と頼まれた事に驚き過ぎて、間の抜けた声を漏らしてしまう。

 呆けた二人に舌打ちひとつ零したイーライは、すかさずベッドの下へと転がり込む。

 どういう事だと思ってベッドへ視線を向けていると、イーライが慌ててきた元凶が現れた。

 

 「こっちに白蛇(ホワイトマンバ)来なかった!?」

 

 居たのは息も切らさずに駆け込んできたバットであった。

 何が何だか訳の分からない二人はただただベッドの下を指差した。

 示された方向へと近づいたバットはおもむろに手を突っ込んで、動いてなるものかとベッドの脚部を抱きしめるように抵抗するイーライを引き摺り出す。

 

 「離せクソ蝙蝠!」

 「任務だって言っただろう!」

 「一人で行け!!」

 「俺一人だと誰が面倒見てくれるんだ!」

 「知るか!?俺に面倒押し付けんな!」

 「指揮能力があって高い戦闘能力ある奴ってお前しかいないんだよ」

 「五月蠅い!良いから放せぇええええ!!」

 

 騒々しく連れ去られていくイーライに視線を合わすことなく離れていくのを声だけで確認した二人は何とも言えない表情を浮かべる。

 

 「この紅茶美味しいな」

 「もう一杯飲む?」

 「そうしようか。フルーツケーキの次はモンブラン食べようか」

 

 重い空気から妙な空気へと変わった室内で、二人はお茶会を続行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 ホワイトマンバ(イーライ)はダイヤモンド・ドッグズの連中が気に入らなかった…。

 俺は俺の王国を築き、仲間と共に君臨していた。

 大人にも負けないし、何者にも囚われない戦場での暮らし。

 ここ(戦場)こそが俺達の住まう世界であると高らかに存在していた。

 だというのにその王国は一夜にして崩れ去った。

 依頼を受けたスネークによる襲撃…。

 仲間は一人、また一人とこちらが気付く前に捕縛されて行き、奴は俺の前に立ちはだかった。

 今まで負けた事なんてない。

 舐めた態度を取った奴、ガキ扱いしてきた奴、従わせようとして来た奴などなど、俺より長く年を重ねたってだけで偉そうにする大人達は全員殺して来た。

 だから俺の障害となるこいつも殺してやろうと戦い、完膚なきまでに敗北を味合わされた。

 俺を含めて全員怪我させる事無く全員捕縛なんて手加減して舐めやがって…。

 

 自身が今まで築いてきた王国もプライドもずたずたにされ、連れて来られたマザーベースでは餓鬼として扱われ、普通の生活や教育といったいらんお世話(・・・・・・)を押し付けて来やがる。

 何もかも奪っておいて当てつけて来る奴らが本当に腹が立つ。

 

 「コマンダー(隊長)してたんだって?良かったら僕と任務に行ってくれないかな?」

 

 殺気立って近寄る奴らを睨んでいたら近寄ってきた変な奴(バット)

 どうも一人で任務に向かわすには不安に思われているらしく、指揮能力に富んだ兵士(・・・・・・・・・・)を探していたとの事。

 なんで俺が…とも思ったがこんな所に居るよりは気分転換になるだろう。

 それに「頼み方がなっちゃいねぇ」と言えば「よろしくお願いします」と素直に頭を下げて頼み込んできた事に免じて(・・・)付いて行ってやろうと思ってやったのだ。

 

 その甘い考えが間違えだったと気付いたのは戻ってからだった…。

 正直バットと言う男を見誤っていたのは認める。

 戦ったから分かるが奴の格闘能力は恐らくスネーク以上…。

 オセロットには劣るが早撃ちは見事で、銃弾の嵐の中で負傷することなく駆け抜けたり、一瞬で怪我を完治させるといった人間離れした力を有している。

 戦場にて救えなかった子供の事を未だに引き摺るほど甘ちゃんだが、戦場で人を殺すなという矛盾を押し付ける事は決してない。自分が不殺を貫いたとしてもそれを強要する事は無く、寧ろそれで身を危険に晒すのであれば容赦するなと考えている。

 それと俺を餓鬼扱いは一切見せずに一人の戦士として扱うあたり気に入っている。

 

 だけどそれで味を占めたのか任務に出る度に俺を連れて行こうとするようになってしまったのだ。

 面倒で仕方ない…。

 断ったら断ったで余計面倒な事が起こりそうで結局付いて行くことになるのだが…。

 

 ため息を吐きながらヘリに乗り込む直前に渡された弁当を食らう。

 急いで作った在り来たりなものですまないと謝って来たが、十分に美味いと思うのだが…。

 ガツガツとかっ喰らっては水筒に口を付けて流し込む。

 弁当の中身を空にして胃を程よく満たしたところで空箱を投げ捨てて視線を無理やり連れ込んだ蝙蝠に向ける。

 

 「…任務内容は?」

 「感染症の調査で訪れた男女二人がプライベートフォースに捕虜にされたのでその救出」

 「なら敵対者は皆殺しにしても構わないな?」

 

 子供らしさを求める大概の奴らならこの発言で顔を顰めるか、呆れや憐れみを向けて来る。

 けどバットは顔色さえ変えずに答えた。

 

 「勿論構わないよ」

 「そうか」

 「だからって捕虜まで撃たないでよ」

 「分かっている。そんなへまするかよ」

 「じゃあ行こうか相棒」

 「…お前が相棒ってのが不安なんだが」

 「酷いっ!?」

 

 …前言撤回だ。

 俺が餓鬼の相手をさせられているようだ。

 小さくため息を漏らし銃器を手にすると着陸態勢に入ったヘリの扉を開ける。

 まだ高さはあったが問題はない。

 着陸まで待てないと言わんばかりに跳び下りると続いて蝙蝠も飛んだ(・・・)

 ちらりと見上げると黒のロングコートが大きく揺れて、太陽を背に大きな羽を広げているようだ。

 

 「昼間っから蝙蝠か…」

 

 着地を決めたホワイトマンバのすぐ側に蝙蝠が降り立ち、お互いに顔を見合わせて得物の確認を行って進軍を開始する。

 この感覚は好きだ。

 戦場に降り立った蝙蝠は緩い雰囲気を纏うもピリリと肌を刺すような緊張感も漂わせている。

 程よい緊張感が感性をクリアにして包む緩さが動きを自然さを付与する。

 

 「さぁ、行こうか白蛇」

 「あぁ、行くぞ蝙蝠」

 

 目的地まで歩いて行くがそれほど距離は遠くなく、敵の哨戒にも引っ掛からずに進む。

 ただ道中無線にて別動隊が捕虜が居る監視所に向かっているとの事。

 多少急ぎ足になるもバットは二人なら大丈夫だろうとニカリと笑う。

 「当たり前だ」と鼻を鳴らしながら認めている相手(・・・・・・・)から認められた(・・・・・)事にむず痒く感じる。

 監視所に茂みに潜みながら近づけばそう遠くない距離より車両のエンジン音が響いてきた。

 もう別動隊は到着していると見て良いだろう。

 ―――ニヤリと嗤う(・・)

 茂みから様子を伺うと外堀に建てられたテントに横たわっている誰かが見えた。

 バットが先に気付いていたのか双眼鏡で確認しており、それが捕虜だと送った顔の画像から司令部も確認が取れたと返信があったらしい。

 テントは前後二か所に出入り口があって外側からひっそりと侵入するとバットは捕虜二人に寄り添い、俺は内側向きの入り口に背中を向けて立っていた兵士の後頭部に銃口を突き付けてトリガーを引いた。

 銃声が響き渡って頭から鮮血が飛び散って兵士は地面に転がった。

 

 「えー…やっちまいましたねぇ…」

 「あぁ、やっちまったな」

 「良い笑顔しちゃって…ま、始めましょうか」

 「違う。もう始まってんだ!」

 「ですよねー」

 

 銃声を聞きつけて敵兵がわらわらと動き出し、俺は銃を構えて溜まりに溜まった鬱憤を晴らすようにどんどん撃ち続ける。

 捕虜二人を伏せさせたバットも“仕方なし”と立ち上がって跳び出す。

 お互いに防衛戦に向いていないんだ。

 なら遠く離れない位置で暴れに行った方が捕虜に被害が出なくて良い。

 

 そして悔しさ混じりにアイツとの実力差を瞳に刻む。

 早撃ちで六名を撃ち倒す(・・)とリロードするより先に駆け抜けて次々と白兵戦に持ち込んで気絶させて無力化していく。

 大人だからとかそんな次元ではなく、今の(・・)俺では到達出来ていない領域。

 いや、あそこまで見せつけられたらもはや笑うしかねぇ。

 

 好き勝手に暴れ回った結果、片や戦闘不能に陥った敵兵がそこらで気絶し、片や死体の山を築いて監視所は完全に沈黙した。

 安全を確保した事で捕虜の二人をさっさとフルトンで送り、俺らは帰還用に呼んだヘリの着陸地点に向かう。

 道ながら先の熱が戦闘の熱が抜けきっていないからか口が妙に滑った。

 

 「どうやったらお前みたいになれる?」

 

 口にしてから本当に妙な事を言ったものだと思った。

 敗北を味わわされたオセロットとスネークには憎しみや恨みを抱きはしたが、ああなりたいとは思った事はない。

 なのにこいつに対してはそう思ってしまった…。

 可笑しな気持ち悪さが喉に引っ掛かる。

 違和感に首を傾げているとバットは乾いた笑みを浮かべた。

 

 「それは無理だ」

 

 あっさりとした否定。

 バットに対しても口走った俺に対しても驚きを隠せずバットの横顔を見つめてしまう。

 

 「だって白蛇はコマンダーだろ?俺みたいな阿呆だと不味いって。“リキッド”は人の下ではなく上に立つ男だからな」

 「そう言う意味じゃあねぇ……って“リキッド”?」

 

 聞いた意味合いが違うと思うが、その前にバットが言った“リキッド”と言う名が気になった。

 その問いに今度はバットがきょとんと首を傾げた。

 

 「その背中に背負ってる(上着に書かれてる)“液体人間”の液体は“リキッド”って言うんだろ」

 「リキッド…リキッドか」

 

 口の中でその単語を転がし、フハッと息を吐き出すように笑う。

 本当にこいつは良いな。

 飯は美味いし、接していて楽だし、実力は確か。

 さらに喋っていて(・・・・・)妙に落ち着く(・・・・・・)

 

 気分よくヘリに向かうリキッドにバットはぼそりと呟いく。

 

 「なぁ―――ヴェノムさんに勝ちたいか?」

 

 悪い笑みを浮かべるバットにぱちくりと瞬きした白蛇は酷く楽しそうに嗤う。

 

 

 

 

 

 

 スネークは任務より帰還するとオセロットからの連絡により、人気が少ない物資集積に使ってあるプラントに来ていた。

 この前の事が気に入らないのかイーライが俺に勝負を申し込んでいるという。

 無視して何かしら問題を起こされても困るし、オセロットからも相手をしてやってくれと頼まれたので、こうして訪れたのだがイーライが一向に姿を現さない。

 呼び出して忘れたという訳ではないだろうが…。

 

 「…待たせたな」

 

 コンテナの陰よりゆっくりと姿を現したイーライは不敵な笑みを浮かべる。

 その手にはスタンロッドが握られていた。

 

 「ほぉ…ナイフや鉈でも持ってくると思ったんだがな」

 「お前は俺達を殺さず無力化しやがった。なら俺が出来ない訳がない」

 「らしくないなイーライ(・・・・)

 「その名で俺を呼ぶな!!」

 

 付き合い自体は短いが手合わせした事で奴の凡そ性格を掴んでいたが、それとかなりのズレを感じる。

 誰かの入れ知恵を疑うもそうそう耳を傾けるような奴じゃない。

 そう考えてわざとイーライと呼んでみればやはり過剰な反応を見せた。

 本質は変わっていない。

 怒り任せにスタンロッドを投げつけてきた。

 スイッチから指が離れればただの棒………だと油断したスネークは目を見開いて飛び退く。

 

 投げられたスタンロッドは電流を帯びていたのだ。

 避けた事で目的に当たらなかったスタンロッドは床に転がった。

 そちらに気を向ける間もなくイーライが手榴弾を放り投げる。

 物陰に隠れようと横っ飛びに跳んで身を隠すとボフっと破裂音の後に煙が周囲に撒かれる。

 

 「スモークグレネード!?」

 

 思わぬ攻撃手段に戸惑っていると煙の中からイーライが駆け出してきて先ほどのとは別のスタンロッドを振り被った。

 慌てて手元を掴んで投げ飛ばそうとするも、柄から手を離されたことでスタンロッドを奪うだけで投げるには至らず、イーライはそのまま煙の中へと消えて行った。

 確実に戦法が違う。

 ちらりと転がっていたスタンロッドへと視線を向けるとスイッチのところにテープが巻きつけられ、ずっとオンのままにされていた。確かに投げても電流を纏っている訳だ。

 

 これは手ごわいと気を引き締めて周囲を警戒しながらイーライを探す。

 それから何度か攻めて来るも本格的に襲って来る事は無く、スモークグレネードを使って煙を定期的に巻き、身体の小ささを生かした素早さと周囲のコンテナなどを利用して姿を隠したまま動き回る。

 何度も何度も襲ってきては煙を撒くを繰り返して厄介ではあるが、これではイーライには不利過ぎる。

 体力は劣っていて持久戦に向いておらず、戦闘技術では確たる差があって決定打をこちらに与える事はない。

 なら勝ちに拘るアイツならどう動く。

 決まっている。

 今までの流れを刷り込んで何か勝つための策を取る筈だ。

 

 「そろそろ終いにしないか!」

 

 こちらの位置がわかるように声を張ると、コロンと投げ込まれた手榴弾が転がる。

 しかし今度は煙ではなく甲高い破裂音と閃光は散らされる。

 スタングレネードによって目と耳を潰すのが奴の策だったのだろう。

 

 「―――シィッ!」

 「甘い!」

 

 目を潰し、耳が使えものにならなくなった俺を倒そうと襲ってきたイーライを今度こそ投げ飛ばす。

 床を転がされたイーライは不思議でならないだろうが、こういった手段を使う奴を間近で観ていただけに、何となく予想というか予感があったのだ。

 さすがに耳は無理だったが目は閉じる事で防ぐことは出来た。

 平衡感覚は怪しいがそれを察せられないように振舞い、スタンロッドに電流を纏わせながら向ける。

 転がっていた状態から立ち上がろうと片膝をつき、こちらを睨むように見上げるが勝負有りだろう。

 

 「勝敗は決まったな」

 

 片膝をついたイーライは立ち上がり、持ってもいないのに銃を構えた動作をする。

 何だ何だと思いながらもどうも既視感を感じて変な汗が流れた。

 

 「―――バン」

 

 銃声を真似したかと思うと足元に本物の銃弾が床に当たって火花を散らして転がった。

 カランカランと転がる弾丸を眺め、俺は両手を上げて降参を意思を示す。

 どこか納得できないようにむすっとするも、若干スッキリしたのか頬は緩んでいる。

 

 「俺の勝ちだ」

 「やったねリキッド!」

 

 何処に隠れていたのか現れたバットがイーライとハイタッチする。

 いつの間に仲良くなったのか…。

 疑問を抱く前でバットは勝利記念に宴会だ!と騒いでイーライは悪くないとほくそ笑む。

 向かいのプラントに視線を向ければ狙撃銃を肩に担いだクワイエットがこちらを眺めているようだ。

 

 さすがに非武装でクワイエットの伏兵は卑怯だろう。

 小さくため息を吐き出すスネークは、とりあえずバットは説教すると確定させるのであった。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:揺らいだ信頼、信じたい心…

 

 カズヒラ・ミラーは頭を抱えて悩んでいた。

 悩みの種は現在裏切者の疑惑が浮上したバット…。

 

 あり得ないと思うもあのスカルフェイスとの会話からして以前から知り合いだった事は明白。

 それもただの知り合いではなく、何かしら取引または協力関係にあったと考えられる。

 疑い始めたらキリは無い。

 確かにバットはマザーベースを離れていて工作は出来なかったが、大まかな施設の構造や当時所属していた兵士などの情報を教える事は出来る。

 サイファーと接触する機会はパスと共に暮らしていると言っている事で可能だし、寧ろサイファーと契約する事でパスの安全を図るなど繋がるだけの理由もある。

 メタルギア同士の戦いから海に落ち、良くも悪くも戦場にて知られたバットが十年に渡って完全に姿を隠せるだろうか?

 …力のある組織なら容易に可能なのでは…。

 

 駄目だ。

 疑念が深まってきた。

 頭を振るって渦巻く不安を振り払う。

 

 疑念もあるが疑問もまだ残っている。

 まずパスと今でも暮らしているというのであればサイファーと敵対する意味が解らない。

 敵対している風に装ってこちらの信用を勝ち取るという手法もあるけど、元々疑っていなかっただけに無意味。

 そしてなにより会話を信じるのであればバットはスカルフェイスとの間で誰かに報復心を向けたことになる。

 バットが報復に走るような相手とは誰だ?

 

 この疑問が解消するまで完全に疑う事も無い。

 逆に言えばそれが溶けた際に疑念が確信に変わる可能性があるかも知れないという事。

 

 俺はどうすれば良い?

 信じたい一心で仲間を危険に晒してはいないか?

 オセロットのように疑って接するべきなのか?

 共に“ピースウォーカー計画”を食い止めた数少ない戦友を疑って…。

 

 「クソッ、俺はどうしたら良いんだ…」

 

 俺はバットを信じたい。

 けど本当に信じても大丈夫なのか?

 悩むだけでは一向に答えが出ない。

 答えが姿を現すのはそれらが結果となってからだろう。

 だからこそ不安と期待が入り混じる。

 

 「これを売るべき(・・・・)止める(・・・)べきか」

 

 ガブリとバーガーに齧りつきながらカズは苦悶の表情を浮かべる。

 外側は胡麻が振り掛けられ、こんがりと焼き目を付けながらも内側はふんわりとしたバンズ。

 シャクシャクと瑞々しいレタスに果汁溢れる厚切りトマト、酢漬けで仄かでさっぱりとした酸味に歯応えが良い玉葱。

 本来は一枚の所を二枚重ねにしたパティに、スパイスの効いたハンバーガー用ソース。

 

 美味いな。

 これだけ食べ応えが肉らしさのあるパティが牛肉ではなく大豆で作られているというのだから驚きだ。

 実質野菜ばかりで作られているバーガー。

 僅かながらカロリーを気にして女性客も居る事だからヘルシーさを売りに打って出るの問題ないだろう。

 

 カズはダイヤモンド・ドッグズと関係なく、バーガー屋を独自に経営している。

 けれどあまり売り上げは良くなくて、バットに起死回生をかけた新商品の開発を依頼したのだ。

 本日はその試食会。

 赤字塗れの経営状態を鑑みれば疑い深くもなるもの。

 

 しかしながらこれはいけるのではと期待を高める。

 通常はパティ一枚にしたり具材を平均的に戻し、食べ応えが欲しいのなら今齧り付いたように厚みを増やせば良い。

 評価しながら手と口を動かして間食し、次のバーガーに手を伸ばす。

 今度はヘルシーさを無視したがっつり系。

 バンズの間には揚げた鶏もも肉に甘酢餡がかけられ、塩に漬けて酸味を抜いてしんなりさせた玉葱が乗せられ、さらにその上には濃厚なタルタルソースがたっぷりとかけられている。

 チキン南蛮バーガーとは良いな。

 ガツガツと食べ始めたカズは手が止まらず、側に置いてあったコップに口を付ける。

 中にはこの間話に出た液体窒素を使ったアイスクリームが入っており、少し前に飲んだ通常の物と比べて食感が違って面白い。

 なによりも液体窒素を使ったパフォーマンスは一種の見世物となり、見ていて楽しいという視覚効果に訴えかけてくれる。

 味以前にそちらで注目しているものだ。

 少し食べてから放置していたのでアイスが溶けて、微妙に飲み物らしくなってそれをごくごくと飲み込む。

 こってりとした脂分が冷たく甘味の強いアイスジュースによってさっぱりとする。

 代わりに口内は甘ったるくなったんだがな。

 

 「どうですか?」

 「美味い!非常にな。後はうちで雇っている料理人がレシピ通りに作ってどれほどになるかだ」

 

 だけど勝負に出ても良いと判断しよう。

 そう思いながら三種類目のバーガーである間にとろみをつけたすき焼きのタレと玉葱にゴボウを合わせた牛肉のスライスを挟んだスキヤキバーガーを食べ始める。

 

 判断は自分の舌だけでなく、他にも呼んだモニター役の満足気な様子も加味しての事だ。

 チコもエルザも獰猛でキレやすいイーライまでも笑みを浮かべて齧り付いている。

 これならば問題ある筈がない。

 

 「これら新商品で勝負に出よう。勿論契約通り成功の暁にはそれなりの報酬を払うぞ」

 

 俺はお前を信じるぞバット!

 決意を決めたカズは契約を結んだ意図を込めて手を差し出してバットと握手を交わした。 

 満足気に笑みを浮かべているとノック音が耳に届く。

 振り返ってみるとそこには扉をノックしているオセロットにパイソン、スネークが冷やかな視線を向けながら立っていた。

 ダイヤモンド・ドッグズの資金振りに不明金があって、それを俺がバーガー屋に使っているのではないかと疑われたまま。

 決定的な証拠はないが十二分に怪しまれてはいるのだ。

 

 「俺達も参加しても良いかな……ミラー?」

 「ち、違うぞ!これは断じてそういったのでは…バットも何とか言って―――」

 

 身振り手振りも合わせて違うと言うも彼らの視線は冷たい。

 証言して貰うべくバットへ振り返ればそこにバットは居なかった。

 いや、バットだけではない。

 チコもエルザもイーライも姿を消していた。

 テーブルの上に残っていたバーガー類も共に…。

 

 「あいつらぁ…」

 「さ、話を聞こうか」

 

 カズはオセロットによって任意同行という名でありながらも実質強制的に連行されていくのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

寄生虫

 マザーベースで謎の奇病が発生した。

 最初は症状から風邪と思われていたのだが、容体が急変して胸部に水泡が覆い尽くすと間もなく事切れた…。

 症状と様子から調べたが類似する病気は一切見当たらず、亡くなった者を調べてみたら水泡より寄生虫の幼生だろう小さな蠕虫が大量に見つかった。

 が、肝心な親である成虫が何処にも見当たらない。

 発生条件も感染経路も不明な“伝染病(エピデミック)”は予防どころか対策も打てやしない。

 しかし症状はバットが行ったングンバエ工業団地や油田施設で発見した者達と同じであった。

 

 サイファーの大量殺戮兵器との見方もあり、急遽発症者の隔離が行われて医療従事者は急ぎ防護服の装備が決定した。

 何の解決策も持たない現状出来得るのは隔離して犠牲者を増やさない事。

 発症するまで感染者を特定出来ない状況でどれほど効果があるかは解らないが…。

 潜伏期間も考えると発見は非常に困難―――の筈だった。

 

 医療班による検査でも判別できなかった症状をバットは鮮明に断言したのだ。

 成虫は声帯に潜んでおり(キュアーで詳細判明)、感染しているのが全員コンゴ語(キコンゴ)を喋るという共通点を突き止めた(ステータスの閲覧)

 バットの医療技術に関しては異能力染みているので信頼している者からすれば怪しく思っても完全に疑う事は無い。

 けれど逆にサイファーやスカルフェイスとの繋がりを疑う者は工場団地に行った事からもバットが持ち込んだのではと疑いが広がり始めているので、さらに状況が悪化して変な混乱や暴動が起きないように情報源は秘匿しなければならない。

 ただそんなバットでも見分けられても治療は出来ないらしい。

 

 初めて語ってくれたのだが、バットが治療できるのは治療法が確立して、対処する道具が揃っている場合に限るらしい。

 それでも感染者と非感染者を見抜く目は被害者を増やさないようにするには非常に有難い。

 

 これで伝染病の対策を調べるのに専念できると思った矢先、伝染病についての有益な諜報班の一人が情報を掴んだのだ。

 喜ばしい報告の反面に問題としてその諜報班の兵士が捕まり、急ぎ救出作戦を執り行わなくてはならなくなった。

 任務自体はスネークにより素早く完了され、助けた兵士より伝染病の治療法を知る“コードトーカー”と呼ばれる老人の存在と居場所が判明した。

 

 多くの仲間が苦しむ状況下。

 この“コードトーカー”なる人物と接触を図る任務は最重要任務と位置づけられる。

 ヴェノム・スネークにバット、クワイエットの緊急出撃が決定した。

 他にも液体窒素入りの戦闘服が完成したパイソンに超能力が行使できるエルザも検討されたが、二人には別件にてマザーベースを空けているので参加は不可能。

 チコとオセロットはカズの補佐と万が一を考えて余剰戦力として待機。

 イーライ(ホワイトマンバ)改め“リキッド”はバット以外から不確定要素が強いとの事で外された。

 

 情報ではコードトーカーは最重要人物(VIP)として、山の中にある洋館にて“ゼロ()リスク()セキュリティ()”というプライベート()フォース()によって厳重に警備されているとの事だった。

 急ぎヘリで向かった俺達はマザーベースの状況が状況なだけに時間短縮のために別行動をとり、短い時間で(スネーク)は目的地にたどり着く事が出来た。

 

 洋館は広くて大きい。

 しかし用があるコードトーカーは地下に居ると尋問した敵兵が喋ったので、捜索事態は非常に楽なものだった。

 地下へと繋がる入り口を潜り、長く薄暗い通路を進むと最奥に扉が一つ。

 警戒しつつ踏み込んだ先にはただ広いだけの一室に幾つもの火が灯ってない蝋燭が並び、一か所だけ空いた隙間より籠れ落ちる一筋の光を浴びた一人の老人が中央に座していた。

 その老人こそがコードトーカー。

 マザーベースに蔓延っている伝染病を何とか出来る可能性を持つ人物…。

 

 「待っていたぞ(ティリヒ)…いや、(ビデ ホロウニ)か?」

 

 座していた老人がそう呟くと、蝋燭にひとりでに火が灯って薄っすらと老人の顔を映し出す。

 急く気持ちを抑え、銃を仕舞うと代わりに数枚の写真を取り出す。

 どれもマザーベースで苦しむ仲間の症状を映した写真だ。

 

 「見覚えはあるか?仲間が…」

 「喋るな―――死ぬぞ。お前の喉にも住みうる(・・・・・・・)。まずは口を噤め」

 

 意図を問いかけるよりも先に答えられ、バットが診断した虫の話に酷似する“喉にも住みうる(・・・・・・・)”の言葉でこの老人がコードトーカー、またはあの症状を理解している人物で間違いないと確信した。

 兎も角指示に従い口を閉ざす。

 そして促されるまま対面するように座る。

 コードトーカーはパイプに火を付けながら症状の説明を始めた。

 

 蔓延っているのは“声帯虫”という寄生虫。

 肥大化している胸部より発見されたのは声帯虫の幼生であり、成虫は声帯と一体化して見分けがつかない。

 コードトーカー曰く、症状が出た時点で助ける事は叶わず、一体化しているために手術で取り除くのはまず不可能との事。

 声帯虫は特定の音に反応して番う(・・)、大量に生み出された幼生は宿主の肺を食らい尽くして死に至らしめる…。

 その特定の音と言うのは言葉(・・)

 今回で言うとコンゴ語に反応する声帯虫がマザーベースで蔓延しているらしい。

 逆に言えばコンゴ語を話さない者には寄生しない、しても症状を発症することはない。

 

 そして発症者を救う事は出来ないが、これ以上被害を増やさない方法を教えてくれた。

 一つは言葉に反応する事から喋らない事。

 特定の言葉を発しなければ声帯虫は産卵する事は無い。

 もう一つはコードトーカーが持つ微生物を使用する事だ。

 その微生物は声帯虫のオスをメス化させるもので、すべてがメスとなれば産卵する事は出来ない。

 …代わりにその影響は宿主にも及び、子を成せなくなるという…。

 

 言葉を失うか、繁殖能力を失うか。

 どちらも大きく重い…。

 しかし命を天秤にかけると…。

 

 何はともあれコードトーカーをここより連れ出す。

 本人も封印した虫たちをスカルフェイズに奪われ、無理やりに研究を続けさせられていた事に想う所もあり、何より自身が産み落とした我が子(声帯虫)が世界の調和を乱すのなら円環を閉ざさなければと強い意志を持っていた。

 ゆえにコードトーカーはスネークの申し出を受け入れ、差し出した手をしっかりと握り返した。

 

 さすがに歩くのは年齢的に応える為、担いで来た道を速足で向かう。

 地下に入って敵兵が居なかったのだから、戻る事に対して危険はない(・・・・・)

 入って来た地下の入り口に辿り着き、そこから洋館の一階に出ると視界に映るのは倒れ込む兵士達。

 安らかないびきを掻く連中を無視して洋館の外へと出る。

 

 警備は厳重であった。

 地下を除く洋館内部は常に二人以上で巡回し、外にも相当数の兵士が配置されて警戒を強めていた。

 だが潜入工作に秀でたスネークと卓越し過ぎた身体能力と狙撃技術を持つクワイエットの二人に襲われてはひとたまりもない。

 森の中より外を警戒していた兵士を全員狙撃で眠らせたクワイエットと合流し、スネークはバットを探すもその姿は見当たらない。

 クワイエットに問うても首を振るだけ。

 

 「カズ、バットはどうした?」

 『あ、あぁ…バットなら……いや、アイツは別ルートで戦闘区域を離脱させた。スネークは指定した着陸地点に向かってくれ』

 

 バットは道中突如として発生した霧からスカルズの襲撃だと予測し、足止めを受けない為にも一人で迎撃に向かったのだ。

 コードトーカーがスカルフェイスにとって重要な人物である事からスカルズの投入は想定内。

 驚異的な敵であるがバットなら問題ないと任せたのだが、カズの歯切れの悪さが酷く気になる。

 しかし最重要人物を連れている状態なのでいち早く戦場を離脱しなければならず、兎にも角にも俺達は指定された地点に急ぐしかない。

 到着地点ではすでにヘリが待機しており、コードトーカーを座席に降ろしてベルトをさせる。

 クワイエットも乗り込んで扉を閉めた事でヘリが離陸し始める。

 ひとまず安心だと一息つくスネークはガラス越しに映る景色が茶色く濁り始めたことに異変を感じて警戒心を抱く。

 

 「前方に雲!」

 「雲…いや、あれは霧か!?」

 

 操縦者の言葉に訂正を入れた瞬間、衝撃を受けたヘリが大きく揺れた。

 フロントガラスがその衝撃で砕け、パイロットが破片で血まみれに…。

 操縦者の手から操縦桿が離れたことで機体が傾き、先が地面に向かって落ちていく。

 慌てて操縦桿を引くも間に合わず、激突する衝撃に全員が見舞われた…。

 

 

 

 

 

 『―――ぇく…スネーク…スネーク!返事をしろ!!』

 

 誰かに呼ばれて薄っすらと意識が覚醒して、無線より聞こえるカズ。

 スネークは痛みを感じながら起き上がり、周囲を確認するとヘリは墜落したものの、落ちる前に操縦桿を引いたのが功を成して不時着できたらしい。

 だが衝撃で気絶してしまったらしい。

 

 「カズ…か」

 『無事かスネーク!?』

 「なんとか…な」

 

 痛む身体を抑えながら立ち上がった。

 先の霧の事もあり状況を確認せねばと墜落したヘリより出ると、辺りは濃い霧に囲まれていた。

 

 「クワイエット!―――無事だったか」

 

 中よりコードトーカーを連れ出すもクワイエットの姿が見当たらず、声を挙げて呼びかけるとヘリの上部で物音がし、振り返ると狙撃銃を構えて戦闘態勢を取るクワイエットの姿が。

 

 状況は最悪だ。

 霧で視界が悪いのは俺達だけでなく、迎えに来ようとするヘリも同様で、これでは着陸地点や俺達を見つける事すらままならない。それにこの霧はスカルズが現れる前兆…。

 超人的なスカルズに対してコードトーカーを護らねばならない防衛線を行う事になる。

 スカルズ四人を俺とクワイエットで相手するだけなら何の問題も無かっただろう。

 

 …ただ薄っすらと見える周辺の建造物からして軍事施設だと伺える。

 以前スカルズが現れた際に周辺に居た兵士達は取りつかれたように襲い掛かってきた事がある。

 まるでパニック映画に登場するゾンビのように…。

 案の定、虚ろな表情に覚束ない足取りにて兵士達が霧の中より現れ始めた。

 

 「迎撃準備!」

 『コードトーカーを護れ!!』

 

 ここで奪われる訳にはいかない。

 絶対死守の構えでそれぞれ戦闘態勢に入る。

 ゆるりと近づく兵士達に対してトリガーを引いては、銃弾にて次々と無力化してゆく。

 これだけならまだ何とかなったが、本命のスカルズ達が攻勢をかけてきた。

 移動速度こそ今までのモノに比べて遅い。

 が、今回のスカルズは別の意味で脅威となった。

 身体に鉱物の結晶のようなものを張り巡らせ、アサルトライフルの銃弾ぐらいではものともしない。

 

 『なんだあのスカルズは!?弾丸を弾いているのか…』

 「対戦車ライフルでも持って来ればよかったな」

 

 辛うじてクワイエットのライフルは効いているようだが、状況は依然不利なまま。

 マザーベースより武器の配達を頼もうとも霧で降下地点を絞れない。

 ギリっと噛み締めた歯が鳴り、徹底抗戦の構えを見せる。

 

 殺意を抱いてドスドスと踏みしめながら歩み寄って来るスカルズは、突然起こった爆発によって吹っ飛んで地面を転がった。

 

 「―――待たせたなぁ」

 

 振り返ればそこにはスカルズを吹っ飛ばした小型グレネードを発射したカンプピストルを構えたバットがそこに居た。

 黒いロングコートを靡かせて、堂々と優雅に歩いてスネークの前に立つ。

 スネークとクワイエットは現れたバットに光明が見えたと笑みを浮かべ、スカルズたちは新たな敵として睨みを利かす。

 前に立ったバットは右手を高く掲げて指で銃を模して、銃口に見立てた指先を硬化しているスカルズに向けた。

 

 「―――バン!」

 

 銃を撃つ動作をする。

 見た事のある動作にまたかと呆れる。

 バットの指先がターゲットを示し、撃った動作に合わせてクワイエットがトリガーを引く。

 放たれた弾丸は迫っているスカルズに着弾する。

 

 ―――――五発もの弾丸が…。

 

 響き渡る五つの銃声。

 ほぼ同じ地点に弾丸が当たって火花を散らす。

 貫通力と威力の高い狙撃銃の弾丸は硬化したスカルズをよろめかすどころか転倒させた。

 

 驚愕に苛まれるスネークとクワイエットは銃声の方へと視線を向ける。

 墜落したヘリの上部にそれらは居た。

 何も居ない筈の空間に徐々にその身が現れ始め、四名の女性スカルズが狙撃銃を構えているのだった…。

 

 「おい…バット」

 「さっきの決まってました?」

 「アレらはどうした?」

 「スルーしないでほしいんですけど…」

 

 がっくりと敵前で情けない様子を晒すバットにスネークは深いため息をつく。

 女性スカルズは向かってくるスカルズに対して攻撃的で、指示が無くとも狙撃銃にて戦闘を継続。

 一時は戸惑った相手もすぐに敵と認識して戦闘を再開。

 クワイエットを含めた人間離れした狙撃手が瞬時に目にも止まらぬ速さで移動しては狙撃し、重装甲のスカルズが鉱物らしきものを身体に這わしたり、地面より出現させて壁にしたりとアニメや漫画のような超人同士の殺し合いが繰り広げられる。

 

 「道理でカズの歯切れが悪いわけだ。どうやった?」

 「いつも通りお話を少々」

 『少々の結果がこれか!?誰が戦場で万国ビックリショーを開催しろと言った!!』

 「何を言うんですか。これから僕達(・・)はそれに突っ込むんですよ」

 「今“()”って言ったか?」

 「勿論ですよ」

 

 俺も含まれているのかと思うと余計にため息をつく。

 眼前で繰り広げられる超常に突っ込まなければならないのかと思いつつも残りの残弾を確認する。

 そうしているとバットはヘリの中へと潜り、一応ある人物用(・・・・・)に備蓄してある飲料水を引き摺って出てきた。

 

 「それをどうするつもりだ?」

 「飲ませるんですよ。スカルズに」

 「戦闘中にか?」

 「戦闘中だからです」

 

 箱より一本のペットボトルを取り出すと、おもむろに放り投げる。

 放物線を描いてペットボトルは重装甲のスカルズの頭上へと舞う。

 そこをバットがホルスターよりSAAを抜いて、見事な早撃ちで二発叩き込む。

 二発の銃弾の直撃によって中の飲料水を撒き散らし、真下に居たスカルズは濡れた。

 すると明らかに動きが鈍く、目撃した女性スカルズが攻撃を集中する。

 

 「なんだ?」

 「どうもスカルズは水に弱いようですよ」

 

 疑問に呆気からんと答えるバット。

 なんでも川沿いでのスカルズ戦にて、一人を川に投げ飛ばしたところ動きが鈍くなり、超人的な動きが取れなくなった事から水がスカルズにとって弱点と解ったらしい。

 

 「“覆い尽くすモノ”は確かに水には弱い。いやぁ、水には目がない(・・・・)というべきか」

 

 ヘリに凭れながら眺めていたコードトーカーが呟く。

 どうやらスカルズにも詳しいらしい。

 

 「詳しい話はあとだな。なら敵対しているスカルズを大人しくさせるぞ!」

 「了解です。ボス」

 「それとクワイエットの機嫌取りも考えとけよ…」

 「あ・・・」

 

 ある人物用(・・・・・)…。

 それはバットが弁当を持ち込んでも口に出来ないクワイエットの為に用意した微量のミネラルを含んだ飲料水。

 スキルによりバットが作った料理などはバフ効果を持つので、研究員に教えて貰いつつ作ったもの。

 効果は十二分に出て、クワイエット自身も気に入っている逸品。

 ちらりと悲しそうな表情が向けられバットは頬を掻く。

 戦意が削がれそうな空気感に惑わされず、バットが引き摺り出したペットボトルをスネークは躊躇なく撒くのであった。

 

 

 

 

 

 

 カズヒラ・ミラーはずきずきと苛む頭痛に苦しみ、医務室で貰った頭痛薬を呑み込む。

 声帯虫という寄生虫による事件はコードトーカーのおかげで、多くの死傷者が出たものの収束に向かっている。

 もうこれ以上コンゴ語株の声帯虫が蝕む事はないだろう。

 同時にコードトーカ―がダイヤモンド・ドッグズに身を寄せると決めてくれた事で、スカルフェイスはこれ以上声帯虫の研究を進める事は出来ないし、万が一の際には彼が居る事で対処も今回のコンゴ語株よりも早くに収束させることが可能となる。

 

 声帯虫対策は十分。

 収束した事で感染拡大防止の為にマザーベースで待機していた兵士達も任務に出れるし、先に出ていた者らも帰還することが出来た。

 パイソンとエルザはヒューイが居た拠点より放置されていたAIポッドを回収に成功。

 無論ヒューイには内密にして同じく帰還したストレンジラブ(鉄仮面)の研究室に運び込んだ。

 ストレンジラブも出張でコスタリカにてニコライのPMCやアマンダの伝手を使って、コールドマンの支配下にあった採掘場地下基地からあるモノ(・・・・)の持ち出しを行っていた。

 持ち出すだけで一苦労なうえ、運ぶだけで相当な時間と資金が掛ったがサヘラントロプスに対抗するべく兵器関連を強化しなければならない事を考えれば致し方なし。

 AIポッドが手に入った事でスコウロンスキー大佐のヘリも完成する。

 

 いつでもスカルフェイスとの決着(報復)に望めるように徐々に戦力も強化されている。

 あのカリブの大虐殺で受けた恨み辛みを絶対に晴らしてやる。

 

 そのための戦力の強化は望ましいもの。

 しかしながら今回は素直に喜ぶことは出来ない。

 

 カズの睨む先には独房に入れられたスカルズ達が暴れもせずにただそこに居る。

 バットが説得して味方になったというのだが、スカルフェイスの直属だったことからそう易々と信じる訳にはいかない。

 寧ろコードトーカーを殺すべく仲間になった振りをしたという方が納得できるだろう。

 けど彼女・彼らは一切そのような素振りすら見せない。

 余計に不気味だ…。

 

 「まだ悩んでいるのか?」

 

 そう声を掛けてきたのはオセロットだった。

 スカルズ専用の独房には限られた者しか寄れぬようになっており、オセロットもその資格を持つ一人。

 クワイエット同様に戦力になるならと認めているも、決して快くという訳ではない。

 戦力として考えたら非常に心強いが、背中を預けれる程に信用はしていない。

 そういった事情が険しい表情から読み取れ、カズヒラは微笑む。

 

 「お前だって納得していないだろう」

 「まぁな…だがただ捨てるには勿体ない戦力だ」

 「こちらに向けば危険極まりないがな」

 

 この一点に尽きる。

 一応この独房は隔壁で塞がれ、暴動時には水を降り注ぐ仕掛けを取り付けている。

 戦力として数えるにしてもそれなりの鎮圧装置が必要だ。

 二人してため息を零す。

 

 「お前たちは悩む程度で良いじゃないか。私はAIポッド搭載ヘリの制作に回収した兵器の改修を受け持ちながらこいつらのスーツを仕立てなければならないんだぞ?」

 

 限られた者のみの上に、現在はさらに事情を知る者(・・・・・・)のみと入室制限をかけているので、鉄仮面などを付けずにいるストレンジラブが不満を口にする。

 白衣姿のストレンジラブは独房の外より身長などのデータを機器を使って収集している。

 というのもスカルズを戦力として使用するには複数の問題が存在する事がコードトーカーによって明らかになったからだ。

 

 スカルズはクワイエットとはまた別の処置が施され、身体を覆う寄生体“覆い尽くすもの”によって高い身体能力を誇っているのだが、なんと“覆い尽くすモノ”は乾燥と熱に弱く、逆に水分が大好物過ぎて役目を果たせないときた…。

 現れる時の霧は乾燥させ、熱を降り注ぐ日光を防ぐのと活動するに辺り程よい水気を得る為に発生させられている。

 そして霧には“覆い尽くすモノ”が散布されており、それの影響に当てられた人間はゾンビのようになってしまう。

 

 つまりスカルズを戦場に投入するには同様の霧をわざわざ発生させるか、当日の気温と湿気を気にかけながら曇りの日でなければ戦闘能力を発揮することは出来ないのだ。

 

 その日その日の状態によって性能が天と地ほどの差が出る等、兵士としても使い物にならない。

 毎回霧を撒いて戦場をバイオハザードにする訳にもいかないので 宇宙服のように彼らの全体を覆う戦闘スーツが必要となる。

 日光を遮り、火炎や水を用いた攻撃や自然現象に耐えるように。

 同時に反乱を起こした際には鎮圧できるように内部を水で満たす仕掛けも施して防止措置もとる。

 こうやって安全装置を組み込まなければ不安で仕方ないのだ。

 

 「まったく。アイツは厄介事ばかり…」

 「慣れたものだろう?」

 「慣れたくないがな。博士もそうだろ?」

 「私の場合はアイツ(・・・)のせいもあるがな…」

 

 ため息交じりに呟く様に、カズヒラは大きく頷く。

 現在マザーベースには特に高い技術を持った研究者が二人いる。

 本来なら分担する事も可能だが、アイツ(・・・)と称されたヒューイにスカルズのスーツを頼んだら何をされるか分からない。

 そうなるとストレンジラブ博士に重要な案件が集中することになってしまったのだ。

 

 「あとで色々と愚痴ることにしよう。バットには何か酒の肴でも作らせて」

 「私は酒はいらないが、その肴だけは貰って行こう」

 

 片や精神的負担に片や頭脳労働過多の二人は元凶であるバットへの恨み辛みと簡易な報償の要求を抱くのであった…。

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:蝙蝠と虫使いとハンバーガー

 

 コードトーカーはマザーベースに到着して早々に患者を診て回った。

 見事なまでに声帯虫に侵され、もはや宿主は助かる術がないのが残念でならない。

 しかしながらこれ以上被害を増やさないように声帯虫に寄生して雄を雌にする寄生虫を提供し、自身が生み出してしまったコンゴ語株の声帯虫の円環を閉じた。

 無論寄生されていた宿主にも影響は出るので、素直に喜べる者は非常に少なかった…。

 私はスカルフェイスと声帯虫の事もあって彼らと共に居るだろう。

 

 ここでの生活は悪くない。

 海に囲まれて何処かに行く事には不便であるも、そもそも年齢的にも肉体的にも外出する事もないので別に問題にならない。

 スカルフェイスのように研究を強要する事も無く、割と自由に過ごせることもまた良い。

 洋上プラントという事で自然が少ないが、狭い空間であるものびのびと多くの動物たちが過ごしている様は悲しくもあるも落ち着く。

 そして何より食べ物は美味しい。

 私の身体はクワイエットと同じで光合成により食事を必要としない。

 必要としないが栄養源の確保だけが食事ではない。

 もしもそれだけが食事の意義であるならビタミン剤と食欲抑制剤を飲めば事足りる。

 自然の恵みを教授することで自らも自然の一部と再認識できる。

 何より美味しい食事は皆好きだろう?

 ここにはいろんな人種の兵士が集まっているだけに、料理の種類も非常に豊富だ。

 

 食事だけでなく“虫”によって伝えられる情報(虫の知らせ)も中々個性があって面白く、中々に興味深く暇潰しにもなる。

 

 しかしながらその“虫の知らせ”がまったく効かない男が一人いる。

 ダイヤモンド・ドッグズ内で最も秀でた兵士の片翼であるバットだ。

 

 “虫の知らせ”をもって多くに裏切者と疑われながら、接した者達の多くからその裏切者という()を疑われ、事実を知る幹部連中から信頼を得ている男。

 人の身でありながら戦闘能力は凄まじく、兵士の人数差をひっくり返し、知恵を持ってクワイエットを無力化し(物資落とし)、スカルズを仲間に引き込んだ。

 正直ダイヤモンド・ドッグズ内で最も興味を抱かざる得ない存在だ。

 

 なのに奴は虫の存在に気付く。

 死角であろうとも虫が取り付けば察知し(キュアーにて表示)、調理場や自室に戻れば殺虫剤を撒いて周囲の虫を駆逐(衛生面を考慮して)し、突然姿を掻き消すように居なくなる(現実へ帰還)

 

 興味もあるが不気味でもある。

 そんな奴が突如儂のもとを訪ねてきた。

 ハンバーガーなどを手にして…。

 

 「どうしたのだ蝙蝠よ」

 「いえ、カズさんからハンバーガーが好きと聞いたもので」

 

 確かにハンバーガーは好きだ。

 以前カズヒラに光合成ができるから食べなくても良いが、食事をしたいと言った時に食べたい物を聞かれ、思い出深いハンバーガーの事を語った事がある。

 …ただそれ以来何故か思考錯誤を重ねた変わり種のハンバーガーを持ち込み、どうも個人で経営しているハンバーガー屋の試食をさせている節があるのだが…。

 

 「好きだがさすがに毎回となると飽きもするのだが」

 「あー…変わり種ばかりと伺ったので普通のはどうかなと持ち込んだのですけど他のが良かったですね」

 

 頬を掻きながら踵を返そうとする蝙蝠に待ったをかける。

 そういえばバットの作る料理は材料が一緒でも美味さが違うんだと“虫の知らせ”で聞いていた。

 どのように美味いのか興味も出てきたコードトーカーは食べてみる事に。

 

 「せっかく持ってきてくれたのだ。有難く頂くとしよう」

 「気を使わせたようですみませんね」

 

 渡されたハンバーガーを包み紙から取り出してゆっくりと観察する。

 上下の薄いバンズにパティにレタス、玉葱にトマト、それとケチャップをベースにしたソースが挟まれていた。

 別段なんの変哲もない普通のハンバーガー。

 カズヒラの持ち込むようなハンバーガーのような一風変わったものではない。

 観察を済ませたコードトーカーはおもむろに齧り付く。

 カリッと香ばしくも柔らかいバンズ。

 肉の旨味を食感を閉じ込めたパティ。

 瑞々しいトマトにレタス。

 さっぱりとさせながら、刺激は柔らかい玉葱。

 それぞれを纏め上げるトマトソース。

 調和する味わいと食感を味わい、ゴクリと飲み込んだコードトーカーは目を見張る。

 

 「美味い…」

 「それは良かったです」

 

 にっこり笑う蝙蝠には一切目を向けず、まだ残っているハンバーガーを見つめる。

 美味かった…。

 それは間違いない。

 だがそれだけでもない。

 身体の奥底から湧き上がる力に、日常生活の中で披露する僅かな倦怠感や疲労感が癒やされるような感覚。

 食事によって得られる感情の中にはそう言ったものもあるにはある。…が、これは効果が大き過ぎる。

 

 「すまないが調理する様子を眺めさせては貰えないか。それとおかわりも」

 「構いませんけど?」

 

 首を傾げる蝙蝠にコードトーカーは研究者としての視線を向けるのである。

 その後、コードトーカーの下を訪れたカズヒラは様々な研究器具を扱い、バットが持ち込んだハンバーガーを調べ尽くす姿に疑問符を浮かべるのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報復前編

 遅くなり申し訳ありません。 
 花粉がキツイ…。
 技術スタッフのレベル上げたら花粉症対策のスニーキングスーツとか開発できないかなぁ。


 寄生虫技術の権威としてコードトーカーのダイヤモンド・ドッグズへの加入は、声帯虫の抑止以外にも大きな進展を見せた。

 特定の言葉を使う者だけを殺す“声帯虫”。

 常人場慣れした能力を与える“覆い尽くすモノ”。

 スカルフェイスの計画に大きく携わっており、その根幹も知っていたのだ。

 

 “メタリックアーキア”。

 コードトーカーが発見したほとんどの生物が存在する事すら不可能な環境のみで増殖する“極限環境微生物”。

 さらに研究や改良を重ね“ウラン濃縮アーキア”に“腐食性アーキア”など複数の種類が存在する。

 

 スカルフェイスがしようとしているのはこれから広まる核兵器(・・・)の支配。

 己がどれだけ持っているかではなく“個人”があらゆる核の決定権を持つという事。

 僅かにウランを含んだ鉱石とメタリックアーキアを売り捌き、現地でメタリックアーキアを用いてウランを濃縮し、二足歩行兵器(ウォーカーギア)に搭載する。

 どんな弱小勢力であろうと容易に核武装する事が出来る。

 大小問わずあらゆる勢力が手を出すだろう。

 そしてスカルフェイスのみがその決定権を持ち、臨界にまで達したとしても濃縮とは別のメタリックアーキアが、スカルフェイスの命令一つで無効化する。

 すでに核爆発を即座に停止させる実験は成功しており、あとは世界各国に売り捌くだけ。

 

 奴の計画阻止をするにはもはや時間がない。

 

 計画にはコードトーカーのメタリックアーキアなどの寄生虫技術と、どこでも走破出来る二足歩行兵器が必要。

 ここまで種が解るとスカルフェイスがヒューイの技術を欲したのかがよく解る。

 同時に奴の位置を知っている可能性を高めた。

 正確にはサヘラントロプスが保管されている場所だ。

 ヒューイがスカルフェイスの命令通りに研究開発してたからには、計画が進むにつれて何処で何をするかも知らされている筈だ。

 そう決めつけたうえで尋問したらあっさり吐いた。

 

 ソ連ベースキャンプ先にあるソ連の賢者達が築いた研究所“OKBゼロ”にサヘラントロプスがあると…。

 同時に諜報班からの報告でソ連ベースキャンプが全滅。

 交戦の跡が無かった事から声帯虫を使ったと思われる。

 

 マザーベースより多くの兵士が出撃を開始。

 勿論声帯虫がソ連兵士を殺した事を鑑みて人選は行われた。

 多くのヘリが飛び立ち、その多くが陽動部隊として役割を担う。

 スカルフェイスには聞きたい事があるし、報復を行うとしても生きて貰わなければならない。

 ゆえに本命であるスネークが潜入して捕縛する為にも大規模陽動が必要なのだ。

 

 ソ連ベースキャンプの先にはかなりの戦力は配置して警戒を厳にしていた。

 兵士の質も武装の量も、投入された兵器もかなりのレベルで…。

 正面突破は出来たとしてもかなりの被害が出かねない。

 誰もがダイヤモンド・ドッグズは闇夜に紛れて潜入工作を行うと予想していた。

 しかし闇夜にというのは正解だったが、予想を裏切るようにバットは陽動部隊(・・・・)の半数を率いて真正面から堂々と進軍する。

 

 進軍先には岩肌を切り抜いた巨大な扉が設置されたゲートがあり、スカルフェイス直属の部隊が集まって来ていた。

 向けられる銃口に怯むことなくバットは黒いロングコートを靡かせながら歩み寄る。

 一人異常に突出し過ぎているバットはライトで照らされ、向けられた銃口から弾丸が集中して放たれる。

 

 「弾雨を駆け抜ける事はあっても、弾雨の中を歩くというのは無い経験だよね」

 

 避ける素振りも見せずヘラヘラと笑うバットの周囲に、突如として現れたスカルズが盾となってかすり傷一つ負う事は無い。

 スカルフェイス側からダイヤモンド・ドッグズに移ったスカルズは取り扱いや制御するのが難しいとの事で、とりあえず説得したバットの直属部隊として扱われることに。

 編入してから今日まで本当に短い期間内にスカルズの能力を発揮出来る頭から足先まで覆うフルプレート(全身鎧)のような戦闘スーツを開発出来たのは目元にクマまで作って頑張ってくれたストレンジラブ博士のおかげだ。

 防御特化のスカルズ四名の戦闘スーツには覆い尽くすモノで作られた鉱石のような装甲で覆われ、アサルトライフル程度の銃弾ならばものともせずにバットの歩みに合わせて突き進める。

 

 「さぁ、暴れよう。胸中にため込んだ鬱憤を吐き出そう。憎しみを、恨みを、辛みを、悲しみを…報復すべきは今だ。存分に晴らそう」

 

 無線を通して伝えられた言葉に後方に居たダイヤモンド・ドッグズの兵士達はやっとかと言わんばかりに雄たけびを上げ、思い思いにトリガーを引き始めた。

 すでにバットに攻撃を集中していただけに敵の居場所は割れており、敵兵にとっては後方の部隊の相手もしなければならないが悠々ながらも向かってくるバットを放置することなど出来はしない。

 対処しきれない状況に殺意が込められた弾丸で次々と仲間が射殺され、状況は悪化の一途を辿るスカルフェイスの部隊…。

 そこにさらに悪化させる要因が襲い掛かる。

 

 スカルフェイスの下を離れたスカルズは八名。

 現在バットを護っている防御型のスカルズに、狙撃を得意とする女性のスカルズ達。

 クワイエットを加えた超人的能力も持った狙撃手が狙撃を開始したのだ。

 攻勢の前に場所どころか狙撃されている現実に気付く者は少なく、重機関銃のトリガーを握って有効的な反撃を行おうとする者が真っ先に撃ち抜かれていく。

 

 圧倒的過ぎるほどの不利にゲート前を護っていた部隊は後退を宣言。

 まさに命からがら閉まり始めたゲートへと向かっていく。

 頑丈そうな扉が閉まる様子に焦る事も無く、バットはリキッドへと無線を繋げる。

 

 「そっちの調子はどう?」

 『問題ない。っというか遅い。とうに準備を終えて暇してたんだけど』

 「ごめんて。後で美味しいおやつ差し入れするからさ」

 『で?どこまでやれば良い?』

 

 無線を受けたリキッドはアサルトライフルを担ぎながら、頬を吊り上げて嗤っていた。

 リキッドとしてはちょっとした確認と意地悪を兼ねて聞いてみたが、バットの言葉は酷く冷たいものだった。

 

 「勿論皆殺し(・・・)だよ。スカルフェイスに自身の意思でついているような奴らに手加減無用。一兵たりとも逃がす気ないよ僕」

 

 正直バットは完全にキレている。

 クワイエットのように事情があるのならまだしも、彼らは確固たるものでなくとも自らの意思が関与した結果あちら側に居るのだ。中には国境なき軍隊を壊滅させたときの兵士も居るだろう。

 そんな連中は今回の報復対象である。

 手加減などしてやるものか。

 ゲートが閉まり切ったのを復讐の悪鬼と化している蝙蝠がジッと眺める。

 

 「砲撃戦用意!」

 

 掛け声に後方が明るく照らされる。

 闇夜に朝日が差し込んだように辺りを照らし、銃声とも砲弾の発射音とも異なる発射音の後、閉め切られた扉に直撃して大きく歪ませる。

 その威力に歓声が燃えるのを耳にしたバットは忌々しく思う。

 

 「今更レールガン(・・・・・・・)なんて珍しくもないでしょうに」

 

 そう…僕達は“ピースウォーカー計画”を阻止している最中に研究開発した技術。

 十年前には当然のように持っていた技術を今更になって取り戻した…。

 あの髑髏面のせいで…。

 

 憎しみを込めた瞳を浮かべるバットの後ろには巨大なレールガンを放ち、放電している新兵器“バトルギア”が待機していた。

 ヒューイが隔離されたダイヤモンド・ドッグズ内で開発した新兵器。

 二足歩行戦車(ウォーカーギア)とは異なり戦車や装甲車ほどの巨体に、四つの脚部が取り付けられている。

 歩行も可能であるが基本ピューパ同様のホバー走行を行う。

 ピューパほど大きくも重くもないのでホバーであらゆる地域を走破する事は可能となった。

 逆に重量の問題があるので多種に渡る武装の装備は難しく、唯一の武装は大型のレールガン一つ。

 

 『アイツの兵器だ。信頼はするなよ』

 「けど運用試験は必要でしょう?」

 『それをこの大事な局面で扱うか普通…』

 

 呆れた様子のカズからの無線を受けて少し微笑む。

 背後のバトルギアより次弾が放たれゲートの歪みをより深く広げていく。

 砲弾よりも貫通能力に長けている分、ボコボコと大きく凹み歪む扉は後数発で吹き飛ばせるだろう。

 

 「任せたよ。リキッド」

 

 小さく無線に呟き、バットは横に並び立ち仲間たちと共に扉が打ち破られるのをただ待つ。

 怒りで爪が食い込み血が出るほど拳を握り締めながら…。

 

 

 

 無線越しに呟かれた言葉に頭を掻きながらリキッドはため息を漏らす。

 

 「言われるまでもねぇ」

 

 いつもふざけているようで仕事を熟す蝙蝠が、嫌に殺気立ってやがる。

 そうとう頭に来ていると見える。

 けど正直アイツがキレていようと関係ない。

 ダイヤモンド・ドッグズの連中が報復と騒いでいるが“カリブの大虐殺”など知らないリキッドにしてみれば関係ない事。

 今回の作戦に参加してやる義理も責務もないが、こちらはこちらで溜まっているので憂さ晴らしをさせて貰おう。

 俺達が築いた王国は奪われ、何もかも推しつけられ制限される窮屈な暮らし。そしてスネーク達に俺の存在(・・・・)を否定されて色々と溜まってる。

 ただの八つ当たりで悪いが付き合って貰うとしよう。

 

 「各自発砲自由。撃ちまくれ」

 

 無慈悲に向けた銃口がダイヤモンド・ドッグズによる報復の火蓋を切った。

 指示と同時にぶっ放すリキッドに合わせて、陽動部隊残り半数が各々の得物で攻撃を開始する。

 陽動部隊…。

 バットもリキッドも今回の作戦では囮として動いている。

 本命はスネーク。

 時間も然程ない状況下で厳重に警戒されている基地内を潜入して探すとなれば相当な時間が掛かってしまう。

 そこで警備を緩めさせるのと排除を兼ねて陽動作戦が提案されたのだ。

 想定通りにバットの部隊により敵の大半がゲート前に集中した。

 後はその部隊を釘付けにするだけだが、カリブ海の大虐殺で怒り心頭の連中はそれで済ませる筈がなかった。

 バット達に注目させている間に、リキッド達が山間部から接近して側面から奇襲して挟撃を完成させ、敵勢力の殲滅を図ったのだ。

 闇夜で視界が利かない上にゲートを挟んで対峙するバットに注視していてはリキッド達に気付かなくとも仕方がない。

 高所を取ったリキッド達の文字通りの弾丸の雨にゲート前に集結していた部隊は突然の銃撃で呆気なく崩れる。

 兵士達は大慌てで反撃しようとするも暗闇の中…それも高所の相手に早々と有効打らしい反撃は出来ずに乱射しては撃ち抜かれていくばかり。

 勇敢な者は果敢に挑み、判断の速い者は高所からの銃撃から逃れるべく身を隠す。

 しかし残念な事にこの場を放棄して逃げ出す賢い者は居なかった…。

 

 ゲートから向かってくるバット達に対して、開けられると同時に火力で押し切る気だったらしく、並べられた戦車隊や装甲車が備えられた重機関銃や砲身がリキッド達を捉える。

 否、確実に捉えてはいない。

 そこに居ると断定して周辺ごと刈り取るつもりだ。

 確かに重機関銃による集中弾幕に砲弾を降り注がれればリキッド達は成す術も無く肉片と変えられる事になるだろう。

 だからこそ対策をしない訳はない。

 

 リキッド達の攻撃目的はバットに向いている敵部隊を側面から攻撃を加えて致命的なダメージを与える事。

 敵兵力の殲滅は主ではなく、敵に再起不能なほど深刻なダメージを与える事となれば戦闘車両の破壊の方が優先度が高い。

 部隊には山の悪路を超えれるウォーカーギアが配備され、装備されていたグレネードや対戦車ミサイルが目標の車両に着弾し、爆風と火炎で包んで廃車へと変えていく。

 絶望的な状況下で生き延びた兵士達は歪む程度で耐えられなくなった扉が吹き飛び、そちらに視線を戻してしまった

 

 「オープン・セサミ(開け胡麻)…なんてね」

 

 SAAではなくC96モーゼルを構えるバットは冗談交じりに呟く。

 もはや彼らにとって悪夢でしかないだろう。

 が、手加減なんて優しさをスカルフェイスに自身の意思で従う連中に対して持ち合わせてはいない。

 扉がブチ開けられる前に合流した残り半数がバットの横並びで構え、高所からの弾雨から逃れた者らを弾幕により蹴散らして行く。

 

 まさに一方的な虐殺である。

 兵器も戦力も殺意も上回る彼らを止められる存在など限られる。

 

 一方的だなと内心ほくそ笑むリキッドは、戦場の真ん中で火柱が上がった事に余計に頬を緩めた。

 

 

 

 

 

 火種は至る所にあれど、火元は無かった。

 万が一にもあったとしても弾薬や燃料は置かれておらず、可燃物である建造物や木材の類もそこにはない。

 何も無いのだ。

 あるのは宙を飛び交う弾丸と飛び散った血で濡れる土の地面、それと怨嗟を孕んだ淀んだ空気のみ。

 そんな場所で炎が起こる…ましてや火柱が発生する事などあり得はしない。

 可燃性のガスが漂っていた可能性を考えても、一瞬の炎上や爆発ならあり得るも燃え続けるというのは可笑しい。

 ここら一帯にガスだまりなど確認されてないし、存在したら基地など建設される筈もない。

 

 事情を知る両サイドの兵士は誰もが真っ先に気が付いただろう。

 アイツが現れたのだと…。

 

 事実、ガスマスクで素顔を隠した赤毛の少年が突如として出現し、宙に浮きながら戦場を眺めている。

 少しばかりリキッドの方へ視線を向け、やけに納得できない様子で首を傾げた。

 その少年の近くで起こっている火柱は収束し、人の形を形成して大地を踏み締める。

 鬼のような角に全身を覆う火炎、ギラリと輝く瞳には憎悪が宿る…。

 “燃える男”が戦場に現れた。

 

 敵兵は恐怖から、味方は敵わないとすぐさま離れる。

 銃弾を叩き込めばため込み、一定量にまで達するとクレイモアの如く撃ち出す。

 近接戦闘に持ち込めば放たれる熱風と火炎が肌を焼く。

 敵も味方も関係なしに襲い掛かる不死身の化け物…。

 誰が好き好んで近づくというのか。

 周りに奴の弱点である水場でもあれば話は別だが、水場も貯水タンクも見当たらない。

 雨でも降ってくれればと願うも空は星空が綺麗に見えて、遮る雨雲は何処へやら…。

 

 ただバットだけは違った。

 銃をホルスターに納め、ゆっくりと歩み寄る。

 燃える男もバットを視界に収めるとずんずんと力強く踏み締め近づいてくる。

 近くにはダイヤモンド・ドッグズの兵士の姿もあるというのに、バット以外は眼中になしと言った風だ。

 

 「僕を狙いますか?」

 

 問いかけに答えやしない。

 別に期待していた訳でも無いから構わないが再会にしては味気ない。

 再会と言っても高いワインと豪華な食事で出迎える気も無ければ義理も無い。

 寧ろ砂塵舞う戦場で得物を構え、殺意を向けて戦う方が彼との再会に相応しいだろう。

 

 「この前は怒り任せで冷静ではなかった。けれどあれから想う事があったんです」

 

 やはり返答はない。

 けれどバットは続ける。

 まだ手が届く様な距離ではないけれど、確実に距離は狭まってきている。

 

 「燃えさかる人物を僕は知らない。けれどあの時、僅かながら触れて(投げ飛ばした)妙な懐かしさを感じた」

 

 掴んだ右掌を眺めながらゆっくりと続ける。

 建物ごとあの少年を燃やされた怒りがぶり返すも、それを素直に向けてはやらない。

 やるもんか。

 キッと睨むも若干の憐れみを持って燃える男を見つめる。 

 

 「貴方を僕は知っている。そして貴方は僕だけではなくスネーク(・・・・)さんを狙ってヴェノム(・・・・)さんの前に現れた」

 

 二人の共通の相手。

 あれだけの憎しみを向けられる間柄。

 そこまで分かれば何となく正体を掴めてくる。

 何故燃えているかは謎だが、やはり正体は彼で間違いないのだろうと結論付けた。

 そして再び相対した事で確信へと変わった。

 

 燃え盛る炎の中に薄っすらと伺えるボディスーツ。

 身体中に巻き付けられたようにスーツにめり込む薬莢。

 火炎で大きく見えるも元々が筋肉隆々で大柄な肉体。

 

 「久しぶりですねヴォルギンさん。相も変わらずお元気そうで(・・・・・・)

 

 皮肉を込めた言葉と嘲笑うかような嗤い顔に、燃える男の脚が止まる。

 ぶるぶると身体が震え、怒気が身体から炎となって膨らむ。

 怒った様子に満足そうに笑う。

 

 「怒ってますね。怒ってますよね?―――でも、僕はそれ以上に怒ってるんですよ」

 

 生きたまま燃やされた。

 僕の目の前で…。

 手の届く距離で子供(・・)を燃やされた。

 腹立たしくて仕方がない。

 だからこそバットは手を出さない(・・・・・・)

 

 「生憎ですが僕は忙しいんです。貴方の相手などしてあげられないんですよ」

 

 怒気に染まった燃える男が速度を上げて迫って来るも、バットは突っ立ったままで動きを見せない。

 怨嗟の炎で焦がさんと手を伸ばすも、突然の冷たすぎる(・・・・・)風が吹いてその進みを止める。

 

 「弱点が解ってますし、出てくるだろうと思ってましたので対策ぐらい立てますよ。火には水を。“燃える男”には―――“寒い男”を!」

 「言い方に気を付けろよ。先に凍らせるぞ」

 

 ため息交じりに現れたのはパイソンであった。

 強度に液体窒素の蓄積量を大幅に上げた戦闘スーツを装備し、放り投げられた手榴弾より液体窒素が振り撒かれて燃える男は忌々しく後退する。

 

 『バット!スネークがスカルフェイスと接触した!だが状況が芳しくない。援護に向かってくれ』

 「了解です。パイソンさん。ここは任せます!」

 「ならあの小僧を連れていけ。アイツの面倒までは見る気はない」

 「はーい。ってことでバイバーイ」

 

 走り去ろうとするバットを追撃しようともまた液体窒素を撒かれて進むに進み辛い。

 白い煙の先で(ビィ)に跨ったバットは、無線を聞いて駆け付けたリキッドを引き上げ、猛スピードで合流してきたクワイエットと共に急ぎ向かい、その背は徐々に小さくなって見えなくなる。

 憎しみの対象を見失った燃える男は鎮火させるどころか、熱をさらに上げて纏わりつく液体窒素が生み出した冷気を払い除ける。

 その様子に奴が今何を思い、何に向けているかを察してパイソンはため息をつく。

 

 久しぶり過ぎる実戦だ。

 最近は教員の真似事ばかりでデスクワークに掛かりっきり。

 鍛錬は怠らなかったとはいえ、訛っているのは間違いない。

 コキコキと身体を捻り、目の前の敵を見据える。

 

 「蝙蝠でなくて悪いが私の運動不足の解消に付き合って貰おう」

 

 絶対零度の冷気と怨嗟の灼熱が戦場でぶつかり合う。 

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:再会

 

 出張中のストレンジラブ博士は、一日だけ仕事と関係なしに出掛けていた。

 暑苦しい鉄仮面を外し、メイクと以前使っていた物とは違うサングラスに帽子、レディーススーツ姿で迎えの車両に乗り込んでいた。

 素性を隠す鉄仮面であるが、アレは日常的に見れば逆に悪目立ちする。

 一般社会では顔を知られている可能性の方が低く、襲ってくる可能性のある国境なき軍隊の生き残りを含めた面々は、謎の伝染病でマザーベースに帰還させられ、外に出る事すら叶わない状況。

 ならば簡易な変装で十分すぎる。

 

 車に揺られる事数分。

 一軒の建物に到着するとゆっくりと停車した。

 周囲一帯は完全に封鎖されており、至る所に火器を装備した兵士が周辺警備に努めていた。

 こちらでは唯一素性を知っており、仕事の手伝いを行って貰っているアマンダに呼ばれて来たのだが、これはあまりに過度な護衛ではないだろうか。

 正直歴戦の兵士ではないストレンジラブがひと目で彼らの練度を図るのは難しい。

 ただ感覚として国境なき軍隊やダイヤモンド・ドッグズに近しいように感じてはいる。

 

 扉を開けると日傘をさして頭上からも見えないようにして建物へと歩いていく。

 警備の兵士達を隙間から伺うも、誰一人としてこちらを見ようとしない。

 そうであるべきと徹底された節度ある兵士…否、軍隊のようだ。

 

 足がぴたりと止まる。

 装備品の開発に関わった事がある事から、それがどこ産なのかを判別する目は養われた。

 軍隊のようなではない。

 彼らは軍隊だ。

 それも現地の軍隊ではなく、装備品の数々から解るのはアメリカ軍。

 どうしてと疑問を過る中、扉がギィと音を立ててゆっくりと開かれた。

 

 「ようやく来たわね。さぁ、入って入って」

 「あ、あぁ…」

 「聞きたい事があるのは解っているわ。とりあえず中で話しましょう」

 

 煙草を加え、紫煙を撒くアマンダはにっこりと笑い、ストレンジラブ博士を招き入れる。

 扉を閉めて中に入ると美味しそうな匂いがふわりと鼻につく。

 何となく懐かしさを抱かせる匂いに思考が傾く。

 思い出そうとするもはっきりと出て来ず、歳をとると記憶を辿るのも苦労するなと苦笑する。

 

 「今日呼んだのは会わせたい人が居てね」

 「会わせたい?」

 「お久しぶり。相変わらずお肌綺麗ね」

 

 疑問に思った矢先、現れたのはワイン片手に少しばかり頬を赤く染めているセシールだった。

 彼女とは色々あった。

 “ピースウォーカー計画”に携わった時に、見られてはならない物を見られ捕縛された彼女を私が面倒を見た。

 コールドマンに渡せばどんな目に合わされるかと危惧し、可哀そうなことになると同情した…のもあるが彼女の綺麗な肌に惹かれたというのも大きい。

 もし捕まったのが男だったらそこまでしたかと問われれば、周りの反応を考えるに沈黙で答えていただろうな。

 その後はスネークに救出され、計画を潰されて国境なき軍隊に身を置いた際に再会を果たす。

 スネークより彼女があまりの執拗さに怖がっていたと聞いた時は本当に悲しかったのを今でも覚えている。

 後は知っての通り彼女はフランスへ帰国し、私は国境なき軍隊をヒューイに言われるがまま離れた。

 あれ以来だから何年振りか。

 

 「お互い歳をとったな」

 「そうねぇ。でもそう実感するだけ生きていたのだから上々でしょう」

 

 クスリと久しぶりの再会に微笑み合う。

 テーブルに並べられた食事には手を付けられた跡があり、セシールの様子から先に始めていたのだろう。

 並んでいた空のグラスが渡され赤ワインが注がれる。

 

 「待とうっていったのに先に始めちゃってね」

 「だって美味しそうな料理が冷めそうだったんだもん」

 「まったく」

 

 グイッとワインを飲み干すセシールにやれやれと肩を揺らしていると、奥より追加の料理が運ばれてきて視線を向け、ストレンジラブは驚きのあまり膠着する。

 癖のある黄金色の髪を揺らし、幼さは消え去っていたが面影は強く残っている女性。

 あれから十年という月日が経ったのなら当然か。

 驚愕する一方冷静に思考している自分が居て、感情は高ぶって自然と瞳に涙が潤う。

 

 「……パス」

 「えぇ、お久しぶりです」

 

 バットから聞いてはいたが、こう目にして生きていると実感して嵐のように心が騒めく。

 恨み辛みなどの負の感情ではなく、生きていてくれて嬉しい。

 今なら自然な形でハグしてもおかしくない。

 そう思い一歩踏み込んだ瞬間、赤子の鳴き声が響き出した。

 「ちょっと待ってね」と一言残して隣の部屋に向かうと泣き喚く赤子をパスが抱きかかえてあやし始めた。

 

 「聞いてはいたがそれが奴との?」

 「そうよ。可愛いでしょう」

 

 恐る恐る頬を撫でれば柔らかく、懐かしい感覚に襲われる。

 あの子は今どうしているだろうか。

 それを知るすべはあるにはあるが奴は居場所は知らないと言うばかり。

 本当かどうかは怪しいが…。

 

 赤子をキャッキャ笑いながら指を弱々しくもしっかり掴む。

 そこで疑問が生まれる。

 サイファーに追われる身であるパスが何故赤子と共に私達の前に姿を現したのか。

 

 「私はこの結末を見届けなきゃいけない。でも戦えない私が戦場に行っても邪魔になるだけ。だからせめて同じ世界に存在(・・・・・)しようとここまで来たの」

 

 問い掛けるとそう答えた。

 言っている意味を完全に理解するには至らないが、強い意志を確かに感じてそれ以上聞く様な真似はしなかった。

 続いて「皆にも会いたかったし」と微笑まれ、四人して席についてパスの手料理を口にしながら、所々でワインを含む。

 そこでふと外の連中の事を思い出した。

 パスとの再会の衝撃が大き過ぎて忘れるところだった。

 

 「外の連中は?」

 「アレはバットが用意したのよ」

 「私も詳しくは聞いてないんだけど、戦友に元グリーンベレーの少佐が居て部隊を借りたらしいの」

 「そちらもか?」

 「彼は信用の置ける戦友としか言われなかったの」

 

 意外とバットは顔が広いらしい。

 コールドマンが集めた資料の中に“スネークイーター作戦”時はCIA所属だったから、グリーンベレーとの個人的な繋がりがあっても可笑しくないのか…。

 しかしもう一方はよくわからない。

 兵士には外で警備に当たらせている割には一人建物内で待機し、一言すら発せずこちらに参加する様子はない。

 口元を覆えるようにしてあるスニーキングスーツに(マチェット)を装備した男性…。

 軍人にしては違和感があるし…。

 余計な詮索はしないでおこうと考えを撃ち切り、ストレンジラブは再会を果たした面々との談笑に興じた。

 

 ある程度子を育てた者と育て始めた者が集えば育児の話題がメインとなり、どちらでもない二人は子供の話題に頬を緩ませながら聴いたり、途中途中で別の会話を入れては盛り上がる。

 アマンダはチコの様子をストレンジラブに聞いたり、セシールはフランスと国境なき軍隊の生活を比べてやっぱりあの頃の生活が…と思い出に浸る。

 パスが惚気全開の旦那自慢をするものだから酒も入った事で感情が高ぶり、アイツの愚痴を口から漏らしてしまう。

 閉じ込められた事ではなく日常的に思う所はある。

 何かしら弱気で若干引いた性格ゆえにはっきりとした回答も無く、話しかけても「あぁ」とか「うん」とか短い返事ばかり。

 すると逆にパスはバットの方が料理が上手く、勝てないのが悔しいとか言い始め、そう言う事もあるんだと談笑は夜が更けるまで続くのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報復後編

 火は苦手だ。

 触れると簡単に皮膚は焼かれ、近づけるだけでも熱気で火傷を負う。

 直接的な暑さもあるが、視覚的効果もあって見ているだけで熱く感じる。

 体温調節機能が狂ったこの肉体には酷く堪える…。

 例え優れた耐熱性と液体窒素を備えた冷却機能を持ったスーツを着ていたとしてもだ。

 

 「ここは熱いな」

 

 周囲に人影はほとんどない。

 居るのは(パイソン)と燃える男と呼ばれている怨嗟の亡霊(ヴォルギン)のみ。

 奴が放つ炎がそこいらに巻き散り、地面が焼かれて熱され、所々で者や物に引火して火がゆらゆらと踊っている。

 冷気を放ちながら腕を振るって近くの火を鎮火された。

 

 どうして動いているのかと疑問は抱かない。

 死して十年以上の月日が経とうとも奴の怒りはこの世に留まり続けた。

 それだけの事…。

 オカルトの類であるが、超能力(エルザ)だって実在したのだから亡霊や幽霊だって居ても可笑しくないと思える。

 あれに限って言えば霊というよりは“呪物”と定義するのが正しいような気がするが…。

 

 「鎮魂には恨みを晴らさせるのが一番のような気もするが、させる訳にはいかんよな」

 

 例えバットとスネークを討ったところでアレが静まるとも思えない。

 あの火は目に付くものすべてを焼き尽くし続けるだろう。

 そうでなくとも討たせるつもりもないが。

 かといって生半可な覚悟で死んでも残る怨嗟の念を鎮めれるとは思えない。

 

 対峙する燃える男は恨みを晴らす機会を邪魔された事でこちらに殺意を向けており、放たれる炎がより一層高まる。

 近づくのは危険すぎるゆえ、出来る手立ては液体窒素入りの手榴弾で距離を保ったまま冷却するだけ。

 いずれは火も弱まるかと思いきや、寧ろ時間が経つたびに強まっている気すらする。

 相手の底が見えぬうえ、こちらは手持ちの液体窒素が切れれば敗北必至な事から持久戦は避けるべき。

 

 「代償無しは難しいか…」

 

 腹を括り、左腕を冷やすべく左肩より先のスーツ内を巡っている液体窒素を止める。

 怒気と殺気を向けながらズンズンと向かってくる燃える男に、冷却を止めた左腕が徐々に熱を持ち始めたのを感じながら近づいていく。

 スーツ越しにも熱く感じ始め、左腕がひり付き始める。

 近づくにつれて熱さが増し、残っていた手榴弾を全て投げつけて、冷気が視界を防ぐ。

 熱気が和らぎ、相手の視界も遮れたことで一気に距離を詰める。

 燃える男を止めるにはゼロ距離で凍り付かせるしかない。

 

 冷気の向こうより何故か熱気が強く伝わってきた。

 

 奴は身体を丸めて、徐々に赤みを強め始めていた。

 目で見て判るほど熱を上げている事を察するも、手の届く距離まで近づいた状態では回避も間に合わない。

 咄嗟に顔を護るように左腕を出し、右腕を隠すように背に回す。

 次の瞬間にはため込んだ熱が一気に放出されて、灼熱で周りごと焼かれる。

 

 完全に焼かれた。

 耐熱性が高い素材だろうとこの至近距離で奴の灼熱の怨嗟をもろに受けたのだ。

 ただでは済まないのは当然だろう。

 素材が溶けだし肌に張り付く。

 肌が焼かれるどころか張り付いた素材が熱を逃がさず、蓄積する熱だけで焼かれ続ける。

 骨身まで響く熱さと痛みで意識が経ち切れそうになるが、思いっきり噛み締めて精神力だけで奮い立たせた。

 もう今は(・・)左手は使い物にならない。

 

 だけどそれで構わない。

 勝敗は今決したのだから。

 

 放出された怨嗟は通り過ぎ、奴はため込んでいた怒りを吐き出し過ぎた。

 包む炎が若干陰りを見せるのも当然だ。

 冷気を放つことも無く、スーツの耐熱性だけで十分に持つ。

 左手を降ろして右手を伸ばし、燃える男の頭を掴む。

 

 「もう怒り疲れただろ。安らかに眠れ」

 

 カットした左手分の液体窒素を含めた蓄積している量を出し切る勢いで噴出する。

 周囲が冷気に包まれ、あまりの冷たさにスーツの方が霜が降りて凍り始めた。

 そしてその最大出力の冷気を直に受けた燃える男は纏う炎を消し去られ、ヴォルギンは骨身まで文字通り凍り付いた。

 氷像と化したヴォルギンはもう動く事は無い。

 

 真っ白な冷気の中、視界の端で様子を伺っていたガスマスクの少年の姿が消失した。

 予想ではあるがスカルフェイスの下へと向かったのだろう。

 

 「さて、俺も……チッ」

 

 合流しようとするも左手の痛みがぶり返して足元がふらつく。

 片膝をついて右手の冷気で左手を冷やす。

 駆け付けた兵士に一応用意していた予備の液体窒素の用意と衛生兵の呼び出しを頼む。

 せめて決着には間に合わせねばとパイソンは歯を食いしばる。

 

 

 

 

 

 

 私の“報復”がようやく完遂する。

 これまでの人生で様々な事に巻き込まれ、今の“私”という人間が形成された。

 幼い頃に生まれ育った小さな村は外国の兵士達に占領されて、戦争が起こるたびに支配国が変わり、その度に支配国の最低限の教育と言葉を刷り込まれた。

 私の記憶が薄れている原因はその“言葉”が深く携わっていると私は考えている。

 言葉というのは意思疎通を図るだけではなく、その人を形成する一つの要素である。

 外見は兎も角常識や性格など“言葉”を植え付けられる度に私の内面は大きな変化を齎された。

 人は国に住むのではなく“国語”に住むとはよく言ったものだ。

 

 (言葉)が変わる度に記憶は薄れ、私に残ったのは混ざり合った思考と空襲で温度を感じる事すら出来なくなった焼け爛れた身体、心の奥底に宿る“報復”の未来だけ。

 

 成長した私はある事件に便乗して村を空襲した連中を抹殺し、西側に亡命してゼロと合流して副官として働く事となり、後に“スネークイーター作戦”に携わる事になる。

 …とは言ってもネイキッド・スネークやバットのように潜入工作を行う訳でも、ゼロ少佐やパラメディック、シギントのように無線を通して支援を行った訳でもない。

 作戦が失敗に終わった場合、現場の尻拭いをするという裏仕事。

 しかし作戦は見事成功して予備プラン(計画)は使用される事は無く、作戦にて得た情報は“ちょっとした”金になった。

 その金はゼロ少佐の考えを実現する為の組織―――“サイファー”の設立の一部として使われた。

 サイファーは…いや、ゼロ少佐はザ・ボスの意思から間違った(・・・・)統一世界の構想を抱いていた。

 電子的な手段で方向性を修正させて、大まかな思考も使う言語も何もかもを一つに纏め上げるというもの。

 それは散々私がやられていた事で、またも自身の過去すら忘れ去る所業。

 (ゼロ少佐)こそが(スカルフェイス)の報復すべき相手だと理解した瞬間だ。

 

 世界はありのままで、自由であるべきなのだ。

 

 だから私は長い歳月をかけて離反する時を準備を進めた。

 部隊を動かし独断で国境なき軍隊を襲撃し、左遷という事で飛ばされた先でゼロ少佐が設立した非正規部隊を手中に収め、声帯虫やサヘラントロプスの技術確保に動いてきた。

 声帯虫は特定の言葉を殺す事が出来る為、民族浄化などと囚われるかも知れないが、強大な力と影響力を持ちサイファーの基盤となる英語(・・)を消滅させることで、それに縛られている国家や民族を解放する手段。

 後は私が制御できる核と二足歩行兵器(ウォーカーギア)を世界各国に売り捌き、世界は自然と一つに纏まりを見せる。

 

 すでにゼロ少佐への報復は済ませてある(・・・・・・)

 後はこの計画を終了させ“報復”を完遂する。

 手にしている英語株の声帯虫と完成したサヘラントロプスがあればもう何も問題は無い。

 ダイヤモンド・ドッグズの連中でも私の報復心は止められはしない。

 

 スカルフェイスはスネークと共に完成されたサヘラントロプスを見上げる。

 大規模な陽動作戦を行ったダイヤモンド・ドッグズは、本命であるスネークを潜入させて私自身を狙って来たのだが、奴がトリガーを引く前に直属の兵士達に囲まれて、逆に銃口を向けられた状態でここまで連れてきた。

 

 ここはサヘラントロプスを格納している施設。

 自然の洞窟を利用しており、入り口は狭い岩場で囲まれて偽装も行われて秘匿性が高い。

 内部には最新鋭の機器を持ち込み、サヘラントロプスを収納する奥を隔たる分厚い隔壁が設けられている。

 今は隔壁が開かれて移動用の台車に鎮座するサヘラントロプスが眼前にまで運ばれていた。

 

 スネーク達により計画に支障や遅れ、計画外の問題も起こりはしたがここまで来ればもはや問題ない。

 この格納庫に至る道中にある基地に配置した部下はほぼ壊滅したと聞いたが、補充が可能な駒である為に多少の手間ではあるが手酷い痛手とはなり得ない。補充となれば条件次第ではPMCで事足りる。

 ダイヤモンド・ドッグズの旗印でもあるスネークはこうして私の直属の部下が取り囲んで銃口を向け、生殺与奪の権利は私が握っている。残りの雑魚はサヘラントロプスで一掃するのは容易。

 最悪サヘラントロプスを失おうとも二足歩行兵器の設計図と制御できる核兵器の製造法、そして英語株の声帯虫さえあれば報復は行える。

 最早私の報復を阻める者は誰も居ない。

 

 クツクツと小さく笑うスカルフェイスは、異音に気付いてその正体へ視線を向ける。

 向けた先にはサヘラントロプスを乗せた台座があり、何故か台車がゆっくりとレールを進む。

 私は指示を出してはいない。

 私の報復心は願っては(・・・・)いない。

 ならば何故と戸惑いが浮かぶも、サヘラントロプスをも操っている赤毛の少年が頭上を飛び越え、サヘラントロプス周辺を浮遊している事態に頭の中が混乱から真っ白に染まる。

 

 「待て…待て!止まれ!!」

 

 制止の言葉を投げかけるも誰かの報復心に反応した少年は、動かすのを止めはしない。

 台座から一歩踏み出したサヘラントロプスによって、近場に居た兵士が一瞬で踏み潰された。

 命の灯が消え失せ、皮膚によって内包されていた臓物に血液が撒き散らされて地面を汚す。

 私の動揺と理解出来ない状況にスネークが一番驚いているだろう。

 だが、そんな事(・・・・)は今はどうでも良い。

 

 サヘラントロプスを…あの少年が私以上の報復心に反応している…。

 それこそが私が一番問題視する所だ。

 

 「誰が動かしている!?これほどの報復心を……誰がぁああああ!!」

 

 問いかけには答えられる事は無かった。

 私は部下達に引き摺られる形で外へと連れ出される。

 半数が格納庫に残って対抗しようとしているようだが、装備している小火器では足止めにもならないだろう。

 外へ出ると急ぎ無線機を使い、格納庫周辺に展開していた部下に集結の命令を下す。

 サヘラントロプス格納庫の手前には発電施設があり、歩兵に重機関銃を搭載した装甲車、戦車に戦闘ヘリが駆け付ける。

 火力や戦力的に不利であるがアレを放置することは出来ない。

 

 慌てふためき格納庫より残った部下が駆け出し、その中にはスネークの姿も混じっていた。

 後を追うように狭い入り口を無理やり突破してサヘラントロプスが現れる。

 隊列を成した歩兵の火器と装甲車の重機関銃が弾幕を張り、現状最大火力である戦車の砲弾を撃ち込む。

 多少砲弾はダメージを与えているようだが、あれでは倒しきれない。

 それ以上にサヘラントロプスがそのままやられっぱなしなどという都合の良い話も無いだろう。

 地面を揺らしながら歩を進めるサヘラントロプスは、頭部の機関砲にて戦闘車両が次々と大穴を空けられてはスクラップに変え、腰より剣のようなものを引き抜いて近づく戦闘ヘリを突き刺しては吹っ飛ばす。

 発電施設に投げつけられたヘリは爆発炎上し、周囲を火の海と変える。

 

 瞬く間に手持ちの駒が減らされていくスカルフェイスは燃え盛る瓦礫に囲まれながら、声帯虫の入ったアンプルが納められたケースを抱えたままサヘラントロプスを見つめ、そのサヘラントロプスはスネークを追うようにして去って行く。

 この事態をサイファーは隠蔽するだろう。

 私の存在そのものも記録も含めて抹消される…。

 だが、サヘラントロプスが私の報復心を未来に残してくれる。

 計画を完遂する事は出来ずとも、野望の一部を遂げる事は出来得た。

 後はこれで…。

 

 抱えるケースを眺めていると銃声と共に肩に激痛が走り、咄嗟に手を放してケースを落としてしまった。

 撃ち抜かれた左肩を抑えつつ、振り向いて睨みつける。

 

 「ほぅ!お前が来るか蝙蝠!!」

 「ご不満ですか髑髏顔」

 

 SAAを構えるバット。

 私の幕を引くのがこいつとは皮肉(・・)が過ぎる。

 腹立たしさを隠しながら、余裕のある態度を見せつける。

 

 「もう遅い。私の報復心は解き放たれた。お前達でもどうする事も出来ない!」

 「寝言ですか?サヘラントロプスはここでぶっ壊すし、貴方の夢も計画も全て潰えるんですよ」

 「馬鹿な事を……何?」

 

 視界の端で閃光が走り、サヘラントロプスが映し出された。

 照明の類ではない。

 確認の為にも視線を向けるとサヘラントロプスに対峙する兵器群がそこにはあった。

 “スネークイーター作戦”時にソコロフが開発したシャゴホットに見た目が酷似し、サイズ的にはかなり小型化された“ピースウォーカー計画”にてヒューイが設計した兵器の一種。

 

 「ピューパだと?何故あんなモノがここに。いや、残っていたと言うべきか…」

 「正解です。採掘場に残っていたんで」

 

 ホット・コールドマンが計画した“ピースウォーカー計画”の肝は核を搭載してどんな悪路も走破出来る四足歩行の巨大兵器“ピースウォーカー”だったが、同時に設計された三種のAI兵器の一つで地上での高速戦闘に特化していた機体だ。

 以前は資源採掘が行われていた採掘場の地下に作られた偽装基地はピースウォーカーを整備する施設と共にピューパの生産施設も兼ねていて、内部に潜入したバットはそれを覚えていた。

 ゆえに内部構造を知っていて事情を心得ているストレンジラブ博士が出張に出向き、兵器としての性能を知っているカズヒラが大金と人員を叩いて回収したのだ。

 技術開発班総出での短期による改修作業と、パイソンとエルザによって回収されたAIポッドを繋げるネットワークとシステムの構築により、大量の導入が可能となった。

 本来ならAIポッドの数を揃えて各個体に配備させたいところだけど、入手したピューパの数に装着できるほどのAIポッドを揃える事は時間的にも出来はしない。

 なのでネットワークシステムが構築されたのだ。

 厚い装甲で覆われて防御能力を向上させ、左右に方向転換可能な大型ブースターにAIポッドを内装したスコウロンスキー大佐用に開発が進められ、AIポッドによる自動操縦・操縦補助システムが組まれてようやく完成した最新鋭大型ヘリコプター。

 そこから命令と行動が伝達され、ピューパは見事に連携してサヘラントロプスと対峙している。

 

 頭上を飛び回っているヘリを忌々しく睨み、スカルフェイスは無防備にバットに背を晒す。

 ただ晒している訳ではない。

 背中を向けて見上げながら右手を懐に入れているウィンチェスターとゆっくりと近づける。

 

 「アレでサヘラントロプスを倒すというのか。無駄な足搔きだな」

 「さぁ、無駄かどうかは今後の展開次第ですかね」

 「そう―――か!!」

 

 懐からウィンチェスターを取り出して向けようとするも、取り出した辺りで掴んだ右手が吹き飛ばされた。

 激痛に苦痛の塗れた声が漏れ出し、右手首を握りながら睨みつける。

 撃ったのはバットではない。

 衝撃から銃撃者は側面…。

 そこに居たのは狙撃用のライフルを向けるクワイエット…。

 

 「裏切ったなクワイエット。貴様の報復心はその程度…」

 「五月蠅いよ」

 

 連なって響く五つの銃声。

 両膝に両肘、そして腹部とどれも致命傷にはなり得ない箇所を撃ち抜かれて倒れ込む。

 関節部を潰されたことで動く事すらままならない。

 激痛と不快感だけが自身を苛む。

 バットはSAAに銃弾をリロードし、クワイエットは静かに銃口だけを向ける。

 

 「貴様ァ…わざと外したな(急所を)!」

 「貴方に対しては僕も報復心を持ってますけど、一人で晴らす訳にもいかないですし、この後を見届けさせるのも報復の一環でしょう」

 

 苦虫を潰したような苦い感覚に覆われ、言われるように横たわったままサヘラントロプスに視線を向ける。

 スネークを追ってかなり距離が離れたサヘラントロプスは、周囲の火炎と瓦礫も相まってはっきりと見えない。

 だが巨体のために動向は伺え、音から戦闘を続けているのは察せられる。

 攻撃するに従い爆発音が響き渡る事から順調にピューパを殲滅しているらしい。

 この状況で奴らがサヘラントロプスを破壊できるとは思えない。

 しかし状況は大きく変化を見せる。

 

 陽動部隊としてスカルフェイスの部下達と交戦していた連中が、サヘラントロプス用に用意された主力の機械化混成部隊と合流し、一斉掃射がサヘラントロプスを襲う。

 スカルフェイスが対峙させた戦力が霞むほどの大勢力。

 並んだ戦車の砲撃に随伴する歩兵の機関銃にバズーカ、二足歩行兵器(ウォーカーギア)の武器の数々が集中される。

 ダメージが蓄積して反撃する事も出来ずにサヘラントロプスはよろめき、衝撃で後退するしかない。

 

 「アレがお前たちの自信か…」

 「僕達は一人じゃないんですよ。信用出来、信頼出来る多くの仲間が居るんです」

 

 作戦だったのだろう。

 サヘラントロプスを発見次第、高速移動可能なピューパで足止めし、本隊の一斉射にて葬る。

 地上戦力だけでなく、駆け付けた戦闘ヘリが頭上よりミサイルやガトリングの弾雨を降り注ぎ、何処へも逃げる事も出来ないサヘラントロプスは至る所で爆発が起き、あまりの数と火力によって大きく体制を崩す。

 弱っているであろうが決して撃ち方は止めない。

 砲身がいかれるまで撃ち続ける。

 反撃すら出来ない激しい攻撃に、装甲は破損し抉られ、損傷個所は大きく火花を撒き散らした。

 損傷個所に攻撃が直撃して内部構造にまで酷いダメージを負い、火花どころか炎が噴き出し、黒煙を撒き散らして大地へと倒れ込んだ。 

 地響きが横たわっている地面よりはっきりと伝わる。

 

 「…私の報復が…潰えるのか…」

 

 撃破されたサヘラントロプス。

 手元から転がり落ちた声帯虫。

 自由を捥がれた肉体。

 何もかもが私の掌から籠れ落ちていく。

 報復心に燃えていた心が絶望感に彩られる。

 

 そんな私の下にスネークが近づいてくる。

 他にもパイソンに(ビィ)に跨ったリキッド、降下したヘリより降り立ったカズヒラにオセロット、エルザにチコ、ヒューイまでもが囲むようにやって来た、

 

 転がっていたケースをスネークが拾い、中のアンプルを確認する。

 ここまでに向かう道中にスネークには私の目的や声帯虫の事を語っていたので、ケースを拾うと中身のアンプルを確認していた。

 三本収納できるようになっているのに中身は二つ。

 そこに注目した面々は怪訝な表情を浮かべる。

 

 「三本もあったのか」

 「もう一本の英語株は何処だ?」

 「お前の…すぐ側だ…」

 

 せめてとニヤリとほくそ笑みながら告げる。

 バットによって向こう側に渡ったのだろうが、報復心というのが簡単に消える筈はない。

 時が経てば経つほど報復心というのは熟成され、より強い想いとなってぶり返すだろう。

 …いや、それ以上に今回は私に対する報復心が勝ったという所か…。

 ならば何も問題は無い。

 後は託すのみ。

 

 そう思っていたスカルフェイスにカズヒラが報復する。

 転がっていたウィンチェスターを拾ったスネークの手を掴み、銃口を向けさせてトリガーを引かせる。

 銃声が響くたびに激痛が全身に響き渡り、悶絶する痛みが精神を焼く。

 何発も撃ち込まれて右腕と左足を身体から切り離される。

 痛みに悶えるも終わりは決して訪れない。

 

 「殺せ…殺してくれぇ…」

 

 これはあまりに惨い。

 助かる事はあり得ず、死んだ方が良いと思えるほどの痛みを与えられる。

 これが命尽きるまで続くなど考えたくない。

 しかしそんなスカルフェイスに都合の良い申し出(・・・・・・・・)を聞き届ける者は居なかった。

 

 「自分の仕出かした事を悔いて死ね」

 

 怨嗟を含んだミラーの言葉を浴びせられ、私は一人痛みに耐え続ける。

 視界の端ではスネークがケースより取り出したアンプルを一本ずつ炎の中に投げ込み焼却する。

 その二本目は炎の中に消える前に空中で静止した。

 誰の視線に入らぬようにそこには赤毛の少年が居り、彼がアンプルを静止したようだ。

 それをどう使うつもりなのかは解らない。 

 が、持って行くことを良しとは彼女がさせなかった。

 

 存在を感知したエルザが咄嗟に少年の袖を掴み、駄目よと口にしながら首を横に振るう。

 赤毛の少年は振りほどいて奪い去る―――事はせず、掴んだエルザを見つめて驚くように肩を震わす。

 そしてジッと眺めると俯き、姿だけを消してアンプルは静止が解けて炎の中に落下していった。

 

 これにてスカルフェイスの報復は潰えた。

 血が流れて行くたびに痛みに苛まれていた意識が薄れ始め、報復心を向ける面々に見下ろされたまま息を引き取るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:精神が削られる移動

 

 スネークはジープに揺られ、座り心地の悪さに辟易とする。

 多くの仲間が陽動として注意を引いてくれている最中、スカルフェイスに近くまで潜入する事は出来た。

 しかし残念な事に目標とするサヘラントロプスはその場には存在しなかった。 

 スカルフェイスの周囲を固めている兵士達に囲まれた事と、サヘラントロプスの在処を探る為にも奴に従う形で同行する。

 自身は奴の話に耳を傾けながら、ただただジープに乗っているだけ。

 この間にも仲間が血を流しているというのに…。

 敵に囲まれた状況に、戦況が見えない事にも苛立ちを覚える。

 

 それと非常に近いのが嫌なんだが…。

 

 俺が乗っているジープには四名が乗り込んでいるが、席は運転席と助手席だけで後は荷台となっている。

 詰めれば荷台だけで四人ほど乗り込める。

 スカルフェイスの護衛は他の戦闘車両に乗り込んで、搭乗しているジープを囲む形で展開しているので、ジープに乗り込んだのは運転者と助手席に一人だけ。

 なので荷台に乗り込んだのは俺とスカルフェイスの二人のみ。

 荷台の端に腰を下ろして内側を向いて座ると、何故かスカルフェイスは俺に対面する形で腰を下ろしたのだ。

 

 …狭い。

 そして近い。

 ただひたすらに近すぎて息苦しい。

 少しずらせば良いのになぜこうも狭めるか…。

 さらに前のめりになるものだから顔が近すぎる…。

 もう鼻先が触れあいそうなのだけど。

 いや、話すたびに息が顔に掛かるので不快でならない。

 そもそもスカルフェイスに良い感情を一切持ち得ておらず、やられた事への憎しみしか無いので一緒に居る時点で不快なのだが…。

 

 スカルフェイスの身に降りかかった事件に村での出来事、ゼロ少佐との間での事柄などを語り、寄生虫のアンプルを見せつけられながら俺は返事もせずにただただ聞き続けた。

 話し終えたと言わんばかりに満足そうに座るスカルフェイズ。

 まだ目的地まであってか静寂が耳につく。

 そう思い始めた矢先、運転手が音楽をかけ始めた。

 

 良い曲ではあるがスカルフェイスの話に合わせたような歌詞で、少し考えるものがあるがそれはそれ。

 静寂と何をする事も出来ない暇を潰すのには丁度良い。

 

 …良かったのだがデカすぎる。

 ここいらを勢力下に置いていたソ連軍が居ないだけに、どれだけ音量を上げたところで邪魔が入る事は無いだろう。

 だからと言ってエンジン音すら聞き取り辛いほどの爆音で流すのは如何なものか。

 音を遮る扉も屋根もないオープンなジープであるに関わらず、音が聞こえないというのは非常に大き過ぎる。

 

 「音を下げないか?」

 「・・・」

 

 運転手に声を掛けたつもりだったのが返答すらない。

 否、運転手どころか正面のスカルフェイスですら聞こえてないらしい。

 

 「音を下げてくれないか!」

 「・・・?」

 

 大声で言ったところスカルフェイスだけが反応を示した。

 が、何か言ったか?と視線で聞くだけでやはり聞こえていないらしい。

 

 大きなため息を漏らして俯く。

 これはスカルフェイスの嫌がらせなのではと思いながら、早く到着する事を願うのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

旅立ち前の子らと僅かな戯れみ

 “報復心”から始まったスカルフェイスの計画は、己が生み出して(カリブの大虐殺)しまった“報復心”によって無に帰した。

 自らが討たれた事によってスカルフェイスのみ制御出来る核兵器は、制御機構が意味をなさなくなったばかりか世界各国にばら撒く計画自体が白紙に戻った。

 厄介な存在であったサヘラントロプスはダイヤモンド・ドッグズの大攻勢によって撃破され、その残骸は「回収して所持したところで碌な事にならないでしょ」とZEKEやカリブの大虐殺の原因を例に出したバットの言により、賛成多数で廃棄処分が決定した。

 最後の最期まで諦めきれなかったミラーが駄々を捏ねていたが、無情にもオセロットの指示により目の前でナパームにて原型を留めないほどに焼き尽くされたのであった。

 それとスカルフェイスと“燃える男”ことヴォルギン元大佐の遺体も念入りに焼却された。

 コードトーカー曰く、スカルフェイスは火傷の治療に寄生虫補完(パラサイト・セラピー)を用いており、死しても生命活動は行われていたので、骨も残らない程徹底して焼却したのだ。

 ヴォルギンに対してはパイソンが呪物になっている事を危惧し、鉄仮面(ストレンジラブ博士)が憎しみをぶつけるように強く進言して、スカルフェイス並みに徹底して後も残さないようにした。

 事情を知っている者にとってはそうだよなと納得する。

 彼女にとって大切な女性(ザ・ボス)が死ななければならない原因を作った張本人なのだから、本人が死んだとしても到底許せるものではない。

 すでに売り捌かれた二足歩行兵器(ウォーカーギア)はちょっと厄介な存在であるけど、ゆえにダイヤモンド・ドッグズに破壊依頼が届くのでそう遠くない間に回収出来るだろうと推測される。

 ただ一番の問題として残る行方不明(・・・・)の英語株の声帯虫の在処だ。

 スカルフェイスは死に際に近くにあると言い残したが、それが誰を指しているのか確定出来ずに情報収集に捜索を行っているが今のところ収穫無し。

 

 引っ掛かりを残すものの、目的だった“報復”を達成したダイヤモンド・ドッグズは心新たに未来へと進むのである。

 

 

 

 当初の目的だった謎を解き明かし、黒幕たるスカルフェイスを倒した現状をゲーム(・・・)で例えるなら、エンディングまたはエピローグと言ったところだろう。

 もうダイヤモンド・ドッグズに残る理由はない。

 そう思いながらバットは残り続けている。

 自分の仕事は終えたと思いつつ、何故か終わってないような感覚があるのだ。

 国境なき軍隊にてパスがメタルギアZEKEで暴れる前の空気感に似ている…そんな微かなもの。

 自分用に珈琲を淹れながら、部屋を訪れたお客にジュースを用意する。

 

 いつも自宅へ帰る為に使用頻度は非常に少ないマザーベース内に用意された自室。

 ほとんど物置代わりにしか使ってないが、本日は話がしたくてお客を招いたのだ。

 カップを二つ手にして振り返るとテーブルの前にはリキッドが険しい表情で、乱暴にお茶菓子として出したエクレアを口いっぱいに頬張っていた。

 彼の気が経っている理由は解かり切っている。

 何もかもが気に入らないのだ。

 

 自分が築いた世界を意図も容易く蹂躙され、“保護すべき子供”という枠組みに押し込めて、何もかもを決めつけの善意と道徳を押し付けられる現状。

 気に入らなくても抜け出す手段はなく、力でヴェノムを始めとしたメンバーに勝てる見込みはまだ(・・)無し。

 そもそも性格的にヴェノムやカズとも折り合い付かないし、気軽に話せる者自体が僕しかいないというのも状況を悪化させている要因なのだろうな。

 最近リキッドに賛同した子供達が反乱を計画していたことが発覚。

 彼らが制作した手製の武器が押収されたのだ。

 …いや、されたというよりたまたま気付いた僕やクワイエットが回収したのだけど。

 それからスカルズが透明化して抜き打ちチェックする事が義務化して、その度に危険物が押収されるからこちらは恐々とするし、向こうは折角集めて作ったものを押収されるから苛立ちが募ってしまう。

 

 特にリキッドの苛立ちは飛びぬけており、このままでは反乱以上に自爆覚悟で仕出かしそうで怖い。

 正直話がしたいとの誘いに乗るかどうかも怪しかったけど…。

 

 「美味しいかい?」

 「…美味い」

 

 眉を潜めて険しい表情を浮かべている事から美味そうには見えないのだが…。

 けどバクバクと食べ続けている事から気に入っている事は理解する。

 テーブルを挟んで対面に座り、自分も一つ含む。

 生地の上部をコーティングした苦味の強いチョコレートが最初に広がり、ふんわり柔らかな生地を噛み締めれば中からまったりとした甘さと濃厚なホイップが口内を満たす。

 甘いものは疲れを癒やし、怒りや悲しみなどの感情を多少落ち着ける効果があると言うが、今のリキッドには焼け石に水程度の効果しかもたらさなかった。

 このエクレアもバットが作った為に無意識にバフ効果が加えられて、現在リキッドのステータスには様々な能力が向上されているのだけど、それは本人の預かり知らぬことであった…。

 リキッドはむんずと掴んで口に頬張り、口周りに付いたクリームを袖で拭い、口内に残る後味をコーラで一気に流し込む。

 腹も大分満たされて落ち着いたのか、食べる手を止めて視線を合わしてくる。

 

 「俺の部下になれ蝙蝠」

 「いきなりだね」

 

 唐突な勧誘に頬を掻きながら戸惑う。

 こちらが話す前にまさかのお誘い。

 それだけ僕を買ってくれている事は非常に嬉しい。

 だけど僕は戻らなければならない。

 ダイヤモンド・ドッグズに協力して戦いの日々に明け暮れただけに、今度は二人に家庭サービスしなければ愛想をつかされてしまいそうだ。

 誘いは嬉しくも答えは決まり切っていた。

 

 「ごめん無理かな。もう少しこっちに残ったら愛しの家族の下に帰らきゃだし」

 

 悩む間もなく返された返答に、リキッドは気を落とす事は無かった。

 どうせそうだろうとは予想した上で、ただ言ってみただけなのだろう。

 説得というか理由を語る前に、家族の単語が発した事から惚気が来ると身構えたリキッドが言葉を続ける。

 

 「なら手伝ってくれ」

 「一応聞くけど何を?」

 「ここを出る」

 「あー…やっぱり」

 

 それはバットにとって予想通り。

 近い将来リキッドはここを旅立つだろうと思い、今日はその件で呼び出したのだ。

 いつもは自宅(・・)で管理していたが、渡すべきだろうと持ち出した通帳をロングコートの内ポケットより取り出して、答えを待っているリキッドに差し出す。

 一瞬キョトンと呆けるも、通帳に自身の名前が刻まれている事に気付き、恐る恐る受け取った。

 

 「いつか出て行くと思ってさ。今までの給金が入ってるよ」

 「―――は?」

 「ほとんど僕が無理やり連れだしたのもあって、かなりの任務を熟して来たからね。ちょっとしたお金持ちだよ」

 

 バットはヴェノム並みに高い能力を持ち、総司令という役職がない分フットワークが軽い。

 ゆえに任務に出る回数も飛躍的に増える。

 それに巻き込まれる形で連れ出されていたのだから、リキッドに支払われる報酬も多くなるというもの

 通帳を開いてかなりの額が記載されていた事を確認している中、他にもパスポートとか身分証明などの書類系をテーブルの上に置いておく。

 

 「前も言ったけどリキッドって誰かの下より上に立つ人間だからね。いつかは巣立つかなって。僕って準備良いでしょ」

 

 軽くウインクしながら言うと気に入らなかったのか、すくっと立ち上がったリキッドの蹴りを横っ腹に受ける。

 地味に痛むも手加減してくれたのでそれほどではない。

 

 「それとこれは僕からの選別」

 

 苦笑いを浮かべながら、僕からのお守り代わりにプレゼントも渡しておく。

 最後に手渡したのは年季のいったリボルバー―――彫刻(エングレーブ)が施された銀色のSAA。

 “スネークイーター作戦”にて気絶させたオセロットより拝借したリボルバー。

 すでに十年以上前の銃なので武器としては型遅れとなってしまっているので使うかどうかは彼次第だけど。

 

 「長年使ってきた相棒なんだ。お守り代わりに使ってみてよ」

 「相棒っていうなら持ってろ」

 「言ったでしょ。仕事が終われば家庭に戻るから、使用する事なんて多分…なくなるだろうから」

 

 そう…長年戦った相棒ゆえに手放す寂しさはある。

 だけどC96を除いて長年共にした銃はない。

 お守りとしてはこれ以上の物は持ち合わせていない。

 年季が入ったSAAの感触を確かめ、リキッドはズボンにSAAを提げる。

 

 「・・・貰っておく」

 

 ぶっきらぼうにそれだけ答え、書類と通帳を手に部屋を出る。

 これで彼にしてやれることは出来たと思いたい。

 後は彼自身の選択により未来は開かれるだろう。

 なんて想っていたバットは数十分後、リキッドにSAAを見せつけられるんだがとオセロットの抗議にあうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺は“報復心”を抱くよりは、“報復心”に寄生(・・)する。

 幼くして超能力と呼ばれる特異な能力を保有した俺は、大人達が魅力を感じて執着する玩具(・・)として扱われた。

 強力な念動能力と読心能力は軍事利用を目的とした被験者として研究者達に色々され(・・・・)、各地の研究機関で様々な実験に付き合わされた。

 能力の向上に発展を目的に連れ回されていた日々。

 そんな日々は初めて他人の“報復心”に感化された日に終わりを告げる。

 

 両親と共に飛行機にて次の研究機関に異動している中、キプロスの病院で覚醒した“ヴェノム・スネーク”の“報復心”に感化してしまった事で、能力が異様なほどに飛躍的に向上したが為に膨大な力は搭乗していた飛行機を内部より炎上させた。 

 墜落した機体に乗っていた乗客は俺を除いて死亡し、能力によって無傷で生還してある施設に収容される。

 今度は同施設にて被検体として収容されていた意識不明(・・・・)のヴォルギンの報復心に支配され、燃える男へと変化させて報復心に赴くままヴェノム・スネークを襲う。

 その後はスカルフェイスや燃える男の報復心に囚われ、彼らの望むままに利用され続けてきた。

 

 だが今はそんな縛り(・・)から解き放たれた。

 スカルフェイスとヴェノム・スネークが対峙していたあの時。

 燃える男ことヴォルギンはパイソンにより倒され、スカルフェイスの報復心は近くまで来ていた少年(リキッド)の奥底にある報復心に掻き消された。

 利用していた二人から解き放たれ、少年―――リキッドの報復心に取りついた俺は、彼と共にダイヤモンド・ドッグズのマザーベースに居る。

 

 リキッドはスカルフェイスや燃える男と違い、俺を支配し続ける事はしなかった。

 特にバットと居る時は報復心が薄まるので、その間は俺も自由に行動をさせて貰っている。

 

 「また来たのね」

 

 こちらの位置は把握していないが、存在している事を察した彼女の声に反応して姿を見せる。

 彼女―――エルザは困ったような微笑を浮かべながら、水を入れたポットを沸かしながら冷蔵庫よりお茶菓子を取り出す。

 姿を現した俺は空いていた席に腰かけ、引き出しよりフォークと食器棚よりティーカップを二つずつ能力を用いて取り出してテーブルに並べておく。

 

 彼女は俺だ。

 スカルフェイスが倒れたあの日に出会い、リキッドの報復心に感化されて声帯虫をくすねようとしたあの時…。

 俺は彼女に触れられた。

 声帯虫を持って行かないように制して掴んだ手を払う事は容易だった。

 だけど払う事はしなかった…否、出来なかった。

 触れられた瞬間、俺は彼女を読み解いてしまった。

 無意識でのリーディング(読心術)ではなく、意識した上で接触しての直接読み取り。

 心に障壁を張ろうと、思い込みで本心を覆ったとしてもそれら全てを暴き出す。

 それだけ俺の能力は高い。

 

 流れてきた情報は二人分。

 蛇に協力した弱々しくも超能力を操るエルザに、蛇と敵対した強力な超能力を行使するウルスラ。

 核で被爆して別れた人格に発生した超能力…。

 抱くのは核への憎しみと超能力を軍事利用しようと多岐に渡る実験を繰り返された。

 強化される能力に嫌気がさすモルモット(被検体)の日々…。

 それらには身に覚えがあり、痛いほど理解してしまった。

 だからこそあの手を振りほどけなかった。

 同時に彼女の優しい想いにも触れてしまえば俺は………。

 

 対面に座ってケーキを食べ始めるエルザとの間には静けさだけが過ぎる。

 語り合う必要はない。

 読み合う必要もない。

 ただ居るだけで良いのだ。

 

 出されたケーキを食べる為にもガスマスクを外す。

 このガスマスクは他人の思念の介入を抑えるものであるが、彼女と俺と二人いれば周りの思念を遮断する事は容易になる。

 彼女も触れた瞬間に俺の情報を読んでしまってからは、訪れる度に能力を遮断に割いてくれる。

 おかげで彼女といる空間こそ一番心落ち着く。

 話す事もなく黙々とケーキと紅茶を楽しむだけの時間がゆったりと過ぎ、報復心以外の感情に満たされる。

 が、幸せな時間は長くは続かない。

 

 ノック音が響き、終焉を迎える。

 医療班に所属している為、急に患者が入ったりすると仕事に戻らなければならない。

 他にもチコのように彼女と仲の良い面々がお話ししようと訪れたりする。

 邪魔が入った事にムッと頬を膨らませる様子を微笑ましそうに笑われ、気恥ずかしくなってガスマスクを装着するとその場から消え去る。

 部屋から抜け出るとそこは騒がしく、何処か静かな場所がないかと甲板上をひっそりとうろつく。

 

 「こんなところに居たのか?」

 

 覚えのある報復心から察していたリキッドが近寄って来る。

 その表情を目にして驚きのあまり目を見開いてしまった。

 太々しく苛立ちを撒き散らしていた顔は、酷く落ち着きがあり穏やかにも見え、そして寂しげであった。

 

 「俺はここを立つ(出る)ぞ」

 

 返事は口にせずガスマスクを通してコシューと空気が抜ける音だけがする。

 いつにない表情を浮かべたリキッドは、何かを瞳に乗せて投げかけ、少しだけ俯く。

 そして先の表情は何だったのかと問いたくなるほど悪い笑みを浮かべた。

 

 「互いに(・・・)―――いや、何でもない」

 

 それだけ言い残して踵を返して行ったが、何を言おうとしたのか何となく察した俺は頷き、また彼女のもとに訪れようかと思ってその場から消え去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 穏やかな日差しが降り注ぐ午後。

 物資コンテナが所狭しと並ぶ、物資集積を目的とした海上プラントで、目標であった大まかな(・・・・)報復を終えた事の祝いと、労いと親睦会を兼ねた催しが行われていた。

 並べられていたコンテナ類は他のプラントに分散して置かれ、巨大なプラント一つ使っての催しは大きく二つに分けられる。

 一つはバットや糧食班が作り置きした料理や解禁された酒類の数々を自由に堪能できるバイキング式の食事会。

 もう一つは兵士ゆえに身体を動かす方が良いという連中と、一部男性陣の熱狂的支持を得たバット考案の無礼講の水遊び(・・・)

 

 ダイヤモンド・ドッグズ所属の多くの兵士達はクワイエットの事を恐れている。

 元スカルフェイスの仲間で人間離れして容易に人を殺せる驚異的な肉体能力を持ち、無口で一握りの者としか接点がないなどなど理由は多々ある。

 だけどバットはそれだけが彼女の全てではないと知っている。

 厄介なごたごたもひと段落した事だし、皆との関係改善を図るべきと考えに考えて彼女も参加できる水遊びの案を出したのだ。

 そもそも水遊びを考えた一番の原因は兵器開発班が開発した新しい武器―――水鉄砲にある…。

 サヘラントロプス対策にスカルフェイスの計画阻止に向けて大忙しで碌に開発資料に目を通せなかったミラーにも咎はあるだろうが、まさか新兵器で水鉄砲を開発しているとは露にも思わなかっただろう。

 そしてそれはスカルフェイスを倒して帰還した後に発覚した…。

 出張にて指示を飛ばし、戻ってからは新型ヘリの完成を急ぎ、ピューパ数台の改修と問題点の修正に同時進行でAIポッドとのネットワークシステムの構築、そしてスカルズ専用戦闘スーツ及びパイソンの最新鋭液体窒素入りの戦闘スーツの開発などなど、短すぎる期間に膨大で多岐に渡る仕事を熟した鉄仮面(ストレンジラブ博士)が心穏やかでいられる筈がなく、開発した研究員はまとめて笑い棒の餌食になっていた。

 

 ぶち切れ案件はとりあえず置いとくとして、あるならば使おうとバットは目を付け、装填する水をクワイエット用の飲料水にする事で彼女も心行くまで堪能できる。

 水遊び用に仕切られたプラント半面の中央にて、きゃっきゃうふふと戯れる二人。

 兵士達が絶対の信頼を寄せるダイヤモンド・ドッグズ総司令ヴェノム・スネークと、畏怖を抱かれているクワイエットが無邪気な笑みを浮かべてお互いに水を掛け合っていた。

 水鉄砲を用いていたが、水たまりを足でバシャバシャと蹴ってかけたり、手ですくって散らしたりと子供のように無我夢中で全身で楽しんでいた。

 

 それまでただ怖がっていた兵士達は、そんな様子に毒気が抜かれたのか、見習うようにはしゃぎまわる。

 少し離れた場所でオセロットは怪訝な表情を浮かべながら眺めていた。

 確かに息抜きは必要である。

 が、これは少々規模が大き過ぎるし、水をクワイエット用の特殊な飲料水で行うなどお金が掛り過ぎている。

 

 「どうしたオセロット?やはり猫は濡れるのは嫌いか?」

 「茶化すな」

 

 表情から察したミラーが苦笑しながら声を掛けてきた。

 ミラーはⅤ字の海パン姿であるが、参加することなく双眼鏡片手に監視員を行っている。

 こういう場だからこそ喧嘩などの争いごとが起こり易い。

 そうでなくとも加減をミスって怪我をさせる事もする事も起こり得る。

 早期に対処するには誰かが目を光らせておく必要があり、ミラーは何故か自ら買って出たのだ。

 

 「すまんすまん、しかしお前も解っているだろう。こういう場は必要だ」

 「しかしなぁ…」

 「確かに無駄な出費が多い事も認めよう。だけどバットの言い分にも一理ある。それにだな、こういった場ではけちけちせずにぱぁーと使うに限る!」

 

 …嫌に声が弾んでいる…。

 疑問を抱いたオセロットはミラーが覗き込んでいる双眼鏡の先を見て、その下心丸出しの考えを察してしまった。

 

 「どうして監視員を自ら名乗り出した事やこの件に強く賛同していた理由がよく分かったよ」

 「おいおい、そんな目で見るなよ。何もやましい事をしている訳ではないぞ。監視員としてしっかりとだな…」

 「何が監視員だ。お前の双眼鏡は女の尻しか追っていないだろうが!」

 「そんな事は断じてない!」

 「視線を(下腹部当たり)から(胸部)に変えただけだろう」

 

 呆れ果てて溜め息しか出ない。

 つまりミラーがこの企画を通したのは合法的に覗きを行いたかっただけなのだ。

 双眼鏡の先には水着姿や水で肌が若干透けたシャツ姿の女性兵士達が居り、眺めているミラーはだらしなく頬を緩めている。

 無論その先にはクワイエットも含まれているのだが、こいつは最初に殺せと連呼していた事を忘れて居ないか?

 

 「あとでどうなっても知らないからな?」

 「フハハハ、俺は未来に生きているのではない。今を生きているのだ!」

 「…そっか」

 

 呆れ果てたオセロットは乾いた笑みを浮かべてその場を去る。

 このやり取りを聞いて席の方から冷え切った女性陣の視線が、カズの背中に降り注いでいるのを眺めながら…。

 

 

 

 オセロットが頭を痛めている最中、チコはジョナサンと共に新兵を率いて戦場(・・)を駆けていた。

 押し寄せる同胞に対して防衛線を敷き、猛烈な攻防を繰り返していた。

 撤退は許されない。

 撤退は許可しない。

 持ち場を死に場所とする覚悟を持って、迫りくる猛者達と対峙する。

 たかが遊び事であるが、本気以上の想いを抱いた彼らは最早遊び事と思っていない。

 

 「右翼は前進!左翼はそのまま持ち堪えろ!」

 「俺は中央の援護に向かうぞ!」

 「お願いします!」

 

 新兵達は血気盛んに挑むも、やはり歴戦の兵士達相手では分が悪すぎる。

 今は数の利とチコとジョナサンの活躍があって拮抗しているものの、それがどれほど続けれるか分かったものではない。

 

 ちらりと後ろを振り返ればこの遊びに興じているエルザの姿が…。

 スネークとバットと出会った半島の頃は美少女だった彼女も、年月が経って成長して当時のキャンベルがいうように美女へと成長している。

 容姿から大人の余裕と落ち着きがありながら、節々で漏れ出す微笑などの彼女自身に好意を寄せる者も多い。

 

 さて、そのような彼女に対してカズ同様に熱狂的支持を表明した連中が何もしないと思うだろうか?

 答えはNOである。

 邪な想いを胸に歴戦の兵士は修羅の如く襲い掛かる。

 勿論問題行動になるような行為は行わない。

 せいぜい水遊びの名目に習って水を掛ける程度。

 だからと言って解っていて見逃すのは――――なんか嫌だ。 

 

 ゆえに新兵達をバットの説得を見様見真似で何とか引き込み、ジョナサンの協力を得てこうして遊んでいるようで防衛線を展開しているのだ。

 水を頭から被っても熱気に溢れ、チコは一進一退の攻防戦を繰り返す。

 

 「楽しそうね」

 「――っ、あ、うん。こういう場は思いっきり楽しまないとね」

 

 正直に答えるのも憚られ、即席で笑顔を作り上げる。

 彼女は下着代わりに水着を着用した上に日焼け対策も加味された服とズボンを着ている。

 手には用意された水鉄砲が握られており、彼女なりに楽しんでいるようだ。

 

 「他の皆も参加出来ればよかったのにね」

 「…本当に」

 

 エルザが言った皆とは参加していないストレンジラブ博士も含まれているのだろう。

 まだ素性を明かす事も出来ないストレンジラブ博士は今でも鉄仮面を装着していて、穏やかな陽気の下でも内部は非常に熱くなってしまう。

 そもそも肌が弱いためにこのような外での催し物に参加する事はないだろうけど。

 

 チコ的には現状を考えてパイソンの参加を期待したいがスーツを脱げば熱く、着ていれば身に付着した水を一瞬で凍らせてしまって周囲に危険が及ぶ。

 なのでパイソンは水分過多で能力を発揮できないスカルズ達と共に料理の数々を楽しんでいた。

 他にも足が不自由で遊び回るほど元気のないコードトーカーも同じく舌鼓を打っている。

 

 ヒューイに関しては参加させる訳にはいかなかった。

 裏切者と公には疑われ、裏で確定させられたアイツ(・・・)を参加させれば、殺傷事件に発展するのは目に見えている

 それ以上に裏切者のヒューイが外に出る機会にナニか仕出かさないかという懸念も存在する。

 なので奴の身を護る為にも仲間の身を護る為にも参加させてはならないのだ。

 

 チコは手が欲しいなとバットへ視線を向け、一瞬とは言え注意を怠ってしまう。

 「隙あり」と誰かの声が耳に入ったと思えば、チコ狙いの誤射という形でエルザの被弾を許してしまった。

 小さい悲鳴に振り返ると水鉄砲を受けて濡れるエルザの姿。

 水でシャツが濡れ、下に来ていた水着と肌が薄っすらと覗ける。

 

 ゴクリッと生唾を飲む音が耳につく。

 誰のではなく自分が発した音だと気付いた時は、見た事と反応してしまった二つの意味で赤面してしまう。

 そしてそれを察したエルザが恥ずかしそうにし、にっこりと微笑むと周囲の水気を浮かびあげる。

 

 「…えっち」

 

 可愛らしい動作と声に魅了されたチコは一歩も動く事が出来ず、撃った本人共々()に呑まれるのであった…。

 

 

 

 それぞれがこの時間を楽しみ、バットはそれを眺めながら一息つく。

 

 「皆、楽しそうですねぇ」

 「企画した者が楽しんでないようだが?」

 「では誰が大佐殿の酒の肴を用意するのですか?」

 「おぉ!それはすまんかったな」

 

 今日は割かしまともなスコウロンスキーはビール瓶片手に、バットが焼いたホルモンを口に含む。

 歳を取れば脂身というのは僅かでも胃に凭れ、ホルモンともなれば脅威でしかない。

 しかししっかりと余分な脂を落とし、多少焦げるほどに焼き研がれたホルモンは、噛み締めれば香ばしくも脂身の旨味が溢れ出て来る。

 噛めば噛むほど強まるも、落とされた分だけ濃過ぎない。

 それに焼きたてという事もあって、さらりと喉を流れて行く。

 味付けはフルーティながらスパイスの効いたタレ。

 これがビールに合わない筈がなく、高齢であるにも関わらずスコウロンスキーはガツガツと食い散らかしていた。

 当然ながらバットのバフも掛かっており、労わる気持ちから状態悪化解除のようなステータスが追加されているから余計にだ。

 

 「ふん、まるでガキだな」

 「クソガキが大人ぶって何を言っとる?」

 「誰がクソガキだ!ぶっ殺すぞクソジジイ!!」

 

 水遊びに興味はないリキッドは、何処から引っ張り出したかビーチチェアに横たわり、クリームソーダと皿に山積みにされた肉を口にしながら馬鹿馬鹿しそうに騒ぎを眺めていた。

 ホルモンや焼き鳥を焼きながら二人のやり取りを見て頬を緩める。

 リキッドもスコウロンスキーも基本的に口が悪い。

 仲が良い訳でも悪い訳でもないけど、気兼ねなく言い合える相手が居るというのは良いものだと思う。

 微笑ましい気持ちに満たされるバットを他所に、怒鳴り散らすリキッドと笑いながら煽るスコウロンスキーの様子に近くの兵士達は、いつ手を出すのかと肝を冷やしながら見守るのであった。

 

 「リキッドは遊んで来ないの?」

 「餓鬼扱いすんのか!?」

 

 フシャーと全身の毛を逆立てた猫のように威圧するリキッドに違う違うと首を振るう。

 なにせ一番満喫して遊んでいるのは大の大人なのだから。

 指で示すと察して明らかに嫌そうな顔を浮かべる。

 

 公表はないがリキッドはスネークの子供だと言ってきた事がある。

 スネークは十九歳ごろに被爆してしまった事で生殖能力を失っており、どう計算してもリキッドの父親である事はあり得ない。

 だけど“恐るべき子供達計画”という噂があり、それはビッグボスことスネークの遺伝子を用いて人工的に子供を作り上げるというもの…。

 真偽のほどは定かではないが、可能性がある以上遺伝情報を比較検証し、検査の結果は親子関係は認められないという否定するものであった。

 だけどリキッドはスネークが父親だと信じている。

 そんな彼の目先でクワイエットと満面の笑みで水遊びに興じているのを見てどんな心境にあるのか…。

 

 (ま、ヴェノムさんだと親子と判定される訳がないけどね(・・・・・・・))

 

 思うだけで口に出さず、淡々と肉を焼き続ける。

 そんな最中、事件が起きた。

 新兵の兵士がリキッドに水をぶっかけたのだ。

 席的には遊び場に最も近い席で、流れ弾が飛んでくる可能性も無きにしも非ず。

 だけどどう見ても狙っているのは明白。

 日頃で恨みがあったのか、一応無礼講の催しである事から行動に出たかは知らないが、びしょ濡れになったリキッドは俯いて壊れた様に笑いだす。

 完全にキレている。

 

 「―――ぶっ殺す!」

 「いやいや、遊び事で殺傷事件は勘弁してね」

 「舐められて終われるか!!」

 「だから同じ土俵でぶちのめしてやれ」

 

 リキッドの怒気に触れた新兵の腰は引け、バットに助けを求めるもGOサインが出されては止める術はない。

 しかし周囲にはそれを察して、散々やられてきた兵士達が新兵に手を貸す。

 バットが同じ土俵でと言ったのも彼らが手を貸した要因であろう。

 

 「蝙蝠!スカルズを貸せ!!」

 「無理だって。こんな水気の多い場でスカルズは」

 「チッ、肝心な所で役に立たねぇ!――――来い!!」

 

 水場から一番離れた席でパイソンと共に食事しているスカルズ達を舌打ちしながら睨み、強いと言っても子供一人ならと勝機を見出した彼らは絶望した。

 呼びかけに答えてリキッドの背後に、ガスマスクを被った赤毛の少年が現出した。

 そして給水タンクが複数宙に浮かぶ。

 青ざめた兵士一同は噴き出した大量の水に呑まれ、頭の天辺からつま先までずぶ濡れになってその辺に転がるのであった。

 

 

 

 …翌日、風邪のようで違う(・・・・・・・・)症状を見せる兵士が見受けられた…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異なる三種の出立

 目を開けばベッドどころかテーブルに椅子、手摺にまで縛れる物や所に兵士達が縛り付けられ、眼を血走らせて身体を傷つけてでも暴れ続ける。

 耳には猿轡をされているのに至る所から発せられる呻き声に怒声、悲痛な叫びが混声合唱として飛び込んでくる。

 空気も何処か重苦しく圧し掛かり、身を包む防護服を通して肌がピり付く。

 自然と行う呼吸も息苦しく、立っているだけだというのに荒くなる。

 

 ダイヤモンド・ドッグズ本拠地マザーベースにて、声帯虫が再び猛威を振るい始めた。 

 それも前回以上の猛威を振るってだ。

 スカルフェイスはもう死んでおり、研究者であり生みの親のコードトーカーは声帯虫の開発研究は行ってはいない。

 となればどこからと疑うべきであるが、声帯虫の侵入経路は以前の時と全く変わらず、その特定された言語も同様のもの。

 ただ違う点はコードトーカーが雄をも雌化させる寄生虫治療を施された者が感染源となっている事に、その爆発的な感染能力であろう。

 それらは完全にコードトーカーが生み出したものとは変わり果てており、厄介なことに進化を遂げていたのである。

 

 変異種と言うべき声帯虫に感染した兵士は、すばやく一つの海上プラントにて閉じ込めた。

 バットの診察もあって漏れもなく感染者を選別し、プラントより出れないように厳しく隔離した。

 プラントごとの閉じ込めの為、出入り口には医療用のシートで完全に覆われる。

 作業や監視に携わる者は全員防護服を着用し、隔離した後には状況確認の為に防護マスクを装備したバットとスネークが隔離施設内へ入っていった。

 解った事は複数あった。

 変異種の高い感染力に寄生された者は非常に好戦的になる事、さらに彼らは外へ外へ向かおうとする習性を持つなどなど。

 習性に関しては寄生虫の中には宿主を他の生物に食わせるようにするものが居り、変異種もそれを成して遠くへ広がろうとしているのではないかとコードトーカーは推測する。

 もしもそうなれば世界各国にこの変異種の声帯虫がばら撒かれる事となる。

 

 決してそのような事態に発展させる訳にはいかない。

 ミラーとオセロットは仲間をナパームで焼いてでも防ぐつもりでいた。

 だけどバットはその前にとスネークと二人で好戦的な兵士をCQCにて鎮圧し、まだ意識を保っていた兵士には事情を説明して全員を身動きを取れぬように縛り付けた。

 同時に作業班により出入り口の完全封鎖が行われた。

 鳥は勿論鼠一匹抜け出せないように…。

 

 そうして事態の収束と何とか治療が施せないか、最悪今回の変異種のデータ収集すべく防護服を装着した医療班と研究班が調査を開始したのだ。

 …したのだが状況は最悪だ。

 医療班であるエルザもまた中に入って治療に専念しようとするも、正直声帯虫に対して医療の分野で出来得る事は無い…。

 発生してから一日ではコードトーカーも特効薬、または対抗する寄生虫を創り出す事は不可能。

 出来たとしてもその頃にはここに居る彼ら・彼女らは全員死に絶えて、変異種に寄生されている者はこの世から居なくなっているであろう。

 医学に出来る事は薬品を用いて多少なりとも痛みや苦しみを緩和してやることぐらい。

 だけど鎮静剤や睡眠剤を含めた医薬品にも限りがあり、治療できなければ寄生された兵士達を救う事は出来ない。

 自分の無力さを酷く思い知らされる。

 人から羨まれる能力を有していても自分は何も出来ない。

 不甲斐なさを文字通り噛み締める。

 それこそ噛み締めた唇から血が垂れるほどに…。

 

 ウルスラが居たら(・・・)状況は変わっていたかも知れない…。

 核により別れてしまったもう一人の私(別人格)

 能力は私と比べるまでもないほどに強力な彼女であれば…などと思う辺り、相当私も精神的に弱っているらしい。

 あの子(ウルスラ)死んだ(・・・)のだ。

 サンヒエロニモ半島でメタルギアRAXAに乗り込んだあの区画で…。

 

 私達はジーンの命令のままにスネークとバット、それとパイソンの三名を相手に戦った結果、メタルギアを破壊された後にバットに撃たれて敗れたのだ。

 バットが撃ったのは殺す為ではなく、私達を救う為である。

 致命傷でなければバットの能力(キュアー)で即座に直す事が可能。

 事実、ウルスラ()を戦闘不能にし、(エルザ)を呼び覚ましたのだ。

 ついでにジーンに死んだように思わせて不意打ちを行って一矢報いる事も出来た。

 

 そう…あの時私達は救われ、私達は私に統合されてしまったのだ…。

 人格は(エルザ)が残って能力はウルスラとなった。

 だからあの日以来私の中に人格としてのウルスラは居ない。

 きっとあの銃弾から私を護る為に彼女は死んでしまったのだろう。

 ゆえに私の能力は強力なモノへと変貌した。

 しかし残念なことに強力過ぎる力を得ても、それを使いこなせるかは別問題。

 現に私はウルスラの能力を徒然に活かせてはおらず、戦闘でも物を浮かしては放り投げるという簡単な事しかしていない。

 ウルスラならば私が思いも付かない使い方も出来たのかも…。

 

 またも浮かび上がる無い物強請りにうんざりする。

 今は想像の世界に羽ばたくよりも現実に目を向けなければならないというのに…。

 

 自身の力の無さを思い知り、言い表せない感情をため息に含んで吐き出す。

 するとスッとガスマスクを装着した赤毛の少年が自分の傍らで浮いていた。

 弱々しい視線を向けると瞳を見つめ、長すぎる袖で隠れている手で防護服の上から頭を撫でて、慰めてくれているらしい。

 

 「…ありがとう。いい子ね」

 

 薄っすらと微笑み、彼に礼を伝える。

 弱り切っている精神には彼の優しさが染み入る。

 撫でり撫でりと優しく撫でていた()が離れると、そのまま患者の方へと近づく彼を目で追ってしまう。

 タラリと垂れた袖を喉に近づけるとゆっくりと持ち上げた。

 普通の人なら知覚すら出来ない超能力の反応が彼から感覚的に伝えられる。

 上げられた袖に吊られて何処から現れたのか、小さな粒のような何かが持ち上がる。

 それが何なのか理解するのに時間は掛からなかった。

 

 「声帯虫を取り出したの!?」

 

 こくんと頷いた彼はそれをどうするか悩んで首を傾げる。

 様子を眺めていた研究班に医療班は恐れ慄いて離れ、逆にそれを知ったバットが駆け寄って来る。

 前に英語株の声帯虫のアンプルをスネークが燃やした事から、バットは縛られた兵士の懐からライターを失敬して。燃え広がらないように気を付けて火を付ける。

 燃え始めた火に意図を察した彼が声帯虫をくべた。

 

 「異常なし!感染者ではなくなったよ!」

 

 バットが素早く見て診断し、私は灯った光明に心を震わした。

 私なら…私と彼ならば皆を救う事が出来る。

  

 「皆にマスクを装着してください!これより治療を開始します!!」

 

 そう言い放つと予備のマスクを感染者に装着していく。

 変異種の感染力は強いために、取り除いた瞬間に寄生される可能性があるので新たに入る事を防がなければならない。

 全員分には足りないので急ぎ輸送して貰う事にして、装着分は治療を行って早く救わなければ。

 

 「手伝ってくれる?」

 

 彼は頷き私と共に治療を行い始める。

 一度取り除いては容体を観察し、マスク内部に居て寄生されたであろう兵士にはまた治療を繰り返す。

 三度も感染する者は居らず、時間にして二日も経てば安全と判断された。

 着用していた衣類と施設内部は滅却して声帯虫を焼き尽くし、隔離された医療用テント内部で患者たちはコードトーカーにより一か月の経過観察を受ける事になったが、彼のおかげで変異種に寄生された多くの兵士を救う事が出来た。

 それに伴い、変異種の犯人を吊るし上げる裁判が行われることになったのである。

 

 

 

 

 

 何故だ何故だと疑問が過る。

 僕が何を(・・)したって言うんだ?

 仲間じゃないか?

 どうして僕だけなんだ?

 僕は悪くない…。

 そう、僕が悪い訳じゃないんだ!

 大勢の仲間を殺したのはスカルフェイスで、狙われる原因は核を持ち込んだスネークとミラーにあるんじゃないか。

 確かに皆が襲われている間に僕は奴に連れられてマザーベースを出たさ。

 けど銃を突き付けられて無理やり連れ出されたに過ぎない。

 この身体で、この足で、戦闘経験どころか喧嘩一つ出来ない身で抵抗しても殺されるだけだった。

 なんでそれを誰もが理解しない?

 いや、皆は僕とは違うんだ。

 戦いの中で、殺し合いの中でしか生きられない彼らでは正常な(・・・)思考が欠如してしまっているんだ。

 そう思っても納得出来ない(・・・・・・)

 オセロットやミラーなど疑わしき者(・・・・・)は多く居る。

 僕だけが責められなければならない?

 僕だって被害者(・・・)なんだ!

 連れ去られて研究を強要(・・)され、この十年近く自由なんてあったものではない。

 奪われたのは僕も(・・)なんだよ!?

 それなのにどうして…。

 

 尋問と言う名の拷問をされる度に僕は考え続けた。

 どれだけ考えたって狂人(・・)の考えを正常な僕(・・・・)が理解するのは無理がある。

 辛く惨めな日々であったが、僅かながら希望や楽しみは存在した。

 希望はスネークが研究を許可してくれた事だ。

 戦う事は出来ない。

 人を治療する技術は持ち合わせていない。

 持っているのは学び、築き、深めた科学者としての能力のみ。

 研究開発して彼らに貢献する事でいつかは、いずれは考えを改めて以前のように仲間として扱ってくれるだろう。

 そう…期待を抱いた。

 そして楽しみはこんな状況でも決して変わらなかった彼の存在。 

 

 「また来ましたよ」

 

 時たまふらりと現れる蝙蝠(バット)

 新しい研究成果や開発した装備品を眺め、説明を聞きに来るのが目的だろうけど、いつもお茶菓子を持参してくるのでちょっとしたお茶会だ。

 人らしい会話が成立する。

 ここに…この世界に話が通じる人間は二人しかいないのだろう。

 時には尋問で受けた怪我を見て治療してくれる事もあった。

 皆の勝手な思い込み(・・・・・・・・・)で裏切り者とされている僕は、医療班に具合を見て貰う事すら危うい。

 そもそもミラーやオセロットが許可を出さないので甲板を歩く事すら出来ないのだけど。

 

 僅かな楽しみが過ぎれば研究開発にのめり込み、そして尋問される日常に戻る。

 ミラーとオセロットが僕の(・・)子供とストレンジラブの事を調べ、問い詰めるように責め立てに来た。

 サヘラントロプスに僕が研究の為に子供を乗せたって?

 違う…違うよ。

 あれはあの子が乗りたがったんだ(・・・・・・)

 だから僕は乗せてあげた(・・・)に過ぎず、ストレンジラブの件も同様で僕が知らない(・・・・)間にAIポッドに入っていて、勝手に死んだ(・・・・・・)んだよ。

 僕が殺めた訳じゃない。

 決して殺めたりしていないんだ。

 そもそも僕に人殺しなんかできる訳がないじゃないか。

 君達と違う(・・・・・)んだから。

 

 あの日は荒れていた。

 まるで僕が自分勝手な科学者で好きな女性を簡単に殺める人殺しとして扱われては、まともな精神で居られる筈もないだろう。

 だから訪れたバットに当たった。

 いいや、当たったのではないな、

 当然の権利だ。

 

 だってバットはスカルフェイスと繋がり(疑い)があったんだ。

 裏切ったのは僕じゃない。

 彼の方なんじゃないか。

 いや、きっとそうだ。

 そうであるべき(・・・・・・・)なんだ。

 彼のせいで僕はこんな目に合わされている。

 文句を言う権利は当然であり、バットは償わなければならない。

 僕は言葉汚く彼を罵り、批判し、問い詰めた。

 

 対してバットは顔色一つ変えず、ただただそれらを全て聞いていた。

 声を荒げ続ける事なんてほとんどなく、あっという間に僕の喉は限界を超え、怒りは体力を消費する為に十分もしない内に息は上がり、喉はカラカラに乾いてひり付いた。

 荒い呼吸を繰り返し倒れ込むように机に突っ伏していると、バットは珈琲を淹れながら子供の事を聞いてきた。

 尋問のように「何をさせた?」や「何をした?」という詰問ではなく、「どうだった?」と日常での様子や出来事を聞いて来たのだ。

 気は立っていたがバットの吐き出す言葉にその気にさせられ、ポツリポツリと漏らすとバットの話も交えて子供の話で最後は盛り上がった。

 気が付けば感情は酷く和らぎ、平静を取り戻していた…。

 落ち着きを取り戻した僕は再び研究に没頭する。

 仇であるスカルフェイスを共に倒す為に兵器を生み出そう。

 スカルフェイスが倒れたのならさらに研究を続けよう。

 

 ヒューイは以前声帯虫に感染した兵士を検査する検査機を検品の名目で預かり、その装置に新たなパーツを組み込みながらスカルフェイスが残した傷跡の研究を始め、そして殺気立った兵士達に囲まれ裁判を受ける羽目になったのだ。

 

 

 

 “カリブの大虐殺”にスカルフェイスの下でのサヘラントロプス開発、さらに声帯虫による二度目の危機を誘発させたエメリッヒ博士(ヒューイ)に向けられる怒りは最高潮に達していた。

 隔離された彼の研究室に怒りを露わにした兵士が集まり、ど真ん中にヒューイが座らされている。

 いつ手を出してもおかしくない状況下だが、彼ら・彼女らが抑制されているのはひとえにヴェノムを始めとする主メンバーが裁くと確約した上で待つように言ったからだ。

 でなければ文字通り八つ裂きしたうえでミンチにし、跡形も残らぬように滅却していただろう。

 

 ヴェノムとバットが周囲の兵士が暴徒化しないように睨みを利かす中、オセロットとミラーが罪状を集まった兵士とヒューイ本人に聞かせるように大声で語り掛ける。

 

 国境なき軍隊で核視察団の受け入れをほぼ強硬に進め、印象を理由に武装解除させて戦闘能力を奪い、査察団に扮したスカルフェイズの部隊の手引きして“カリブの大虐殺”を引き起こして、自らはスカルフェイスに連れられ無傷で脱出。

 その後、スカルフェイスに協力してサヘラントロプスの開発に協力。

 自身の子供に対して人が搭乗して操作不可能なサヘラントロプスに無理やり乗せて実験するなど非道を繰り返し、子を護ろうとしたストレンジラブ博士をAIポッドに監禁。

 食事を一切与えず放置して衰弱させていった。

 自分の都合が悪くなるとこちらに助けを求め、最近では以前声帯虫に寄生された患者の容態を確認する検査器具の導入を打電し、検品を理由に手元に届いた検査器具に放射線が放たれる改造を施して、無害であった声帯虫に変異を齎して多くの兵士達を危険に晒した。

 

 聞いていた兵士達の怒りは膨れ上がる。

 襲撃の幇助にスカルフェイスへの技術供与、仲間であったストレンジラブの殺害に我が子への虐待、声帯虫変異種による危機。

 どれもこれも許せるようなものではなく、それを行った本人が被害者面しているのが余計に怒りに脂を注ぐ。

 

 「僕は殺していない!他のも酷いな…。僕は本物の査察団だと思っていたんだ。そうさ、すべてはみんなの為なんだ」

 「皆の為?違うな。お前はお前自身の事しか考えていない」

 「なにを根拠に…」

 「調べさせてもらった。民間のバイオ企業と通信していたようだな」

 「その民間企業を辿ってみればサイファーと繋がった。前回はスカルフェイス、今度はサイファーか。仲間の為に敵と密約を交わす奴がどこにいる?」

 「違う…違うんだ。僕は知らなかったんだ。サイファーと繋がっていたなんて」

 「残念だが通信記録は全て保管されている。今更言い訳は通じない。他のもだ」

 「ここで証人を召喚する」

 

 責め立てるオセロットとミラーに無実だと言わんばかりのヒューイに、ミラーが証人という事で新型ヘリに搭載されていたAIポッドを運び込ませる。

 

 「パイソンとエルザに回収して貰ったストレンジラブの墓石(・・)だ。これにはファントム(亡霊)がとり付いている」

 「…ただの機械だ」

 

 証人として持ってこられ、亡霊が付いていると聞いてヒューイは鼻で嗤う。

 その瞬間、AIポッドが起動して音声データを流し始める。

 音声はまごう事なきストレンジラブ博士の声であり、流される内容は閉じ込められた彼女が「開けて!」と強く言うところから始まり、徐々に弱々しくなって最後は「殺して…」と懇願するものであった。

 

 「全て記録されていたよ。子供を実験に使った事。それを知ったストレンジラブが子供を取り上げた事。そして怒ったお前がストレンジラブを閉じ込め殺した事(・・・・)

 「違う!アイツは勝手に入って勝手に死んだんだ!あれは自殺だ!!」

 「ん?以前の尋問ではスカルフェイスに反抗して殺され、死体をAIポッドに入れたとか言ってなかったか?」

 「いや、それは…」

 

 矛盾点をつかれてしどろもどろになり、バットに助けを求めるもその視線は冷やかなものだった。

 バットの隣に居る鉄仮面も同様に…。

 誰も助けてくれないと解ったヒューイは声をあげる。

 

 「そもそも僕がやった(殺した)としても、お前たちに何の権利がある?僕を裁く権利が君達にある筈がない」

 「私にはあるが」

 

 ほぼ逆切れのように叫ぶヒューイ。

 彼は知らない。

 最も重要な証人が存在している事に。

 

 静観するつもりだった鉄仮面はゆっくりとヒューイに近づく。

 一応存在だけは知っていたが、面と向かっての接触も研究開発で一切の関りが無かったヒューイは怪訝な顔を向ける。

 誰だと言いたげな視線にため息を一つ漏らし、鉄仮面は周りの目も気にせずに鉄仮面を外して素顔を晒す。

 

 「誰が自殺をしたって?」

 「なぁ!?どうし…なんで!!」

 

 まさか死んでいると思い込んでいた(・・・・・・・)ストレンジラブが実は生きてましたなどと想いも寄らず、状況を理解出来ないまま戸惑いを見せる。

 兵士達も驚きの余り呆ける者も出ている。

 

 「死にかけていた所をバットが助けてくれたのよ。これで疑問は解けたかしら?」

 「あ、あぁ…無事で何よりだよ…」

 「閉じ込めた張本人が良く言えたわね」

 「違うよ。君は何か勘違いを…思い違いをしているんだ。話せば解ってくれる」

 「分かるもなにも無理でしょ。そもそも人の死体が入っていると思い込んでいる(・・・・・・・)AIポッドを傍らに、珈琲を飲みながら平気そうに仕事をしていたなんて異常な精神を持っている貴方には…ね」

 

 以前はこんなではなかったのにとストレンジラブは冷たい視線を向け、バットはばっさりとヒューイの言葉を切る。

 自分にだけ都合の良い逃げ道を作る事も出来ず、ヒューイはただただ戸惑い口をパクパクと開閉を繰り返す。

 最早何も言う事は出来まい。

 完全に沈黙したヒューイに対して集まった兵士達は殺気を露わに「殺せ!」とコールする。

 ミラーもそれに強く同意し、他の面々は冷たく見守るだけ。

 

 「ボートを用意しろ」

 「あと食料ですね」

 

 そんな中でヴェノムとバットは別の意見を口に出す。

 無論不満の視線を受けるが浴びても動じはせず、相手が相手だけに兵士達は視線だけで抗議を口にするまでは出来なかった。

 皆の思いを代弁するようにミラーが口を開いた。

 

 「何故だ!こいつは多くの仲間を殺したんだぞ!なのになぜこいつだけ…スカルフェイスでもない。こいつこそが俺達の本当の敵なんだ!!」

 

 カリブの大虐殺で多くの仲間を失い、副指令という立場から事件の責任を大なり小なり背負い、片足と視力の大半を失った…。

 カズの怒りや憎しみはもっともだ。

 だけどヴェノムもバットも首を横に振るう。

 

 「そうだ。こいつは敵だ。仲間じゃない。だからこそ俺達には裁けない」

 「しかし!!」

 「敵でも無ければ仲間でもない。だから降りて貰うんです。このマザーベースから」

 

 見つめ合う三人。

 最終的に納得は出来てはいないが異論を言う事無くカズが背を向けてその場を離れて行く。

 これにより判決は下り、ヒューイはマザーベースから追い出され、ボート一つでこの広い大海原へ投げ出される事になったのである。

 

 

 

 クワイエットはただ静かに海へと視線を向ける。

 その先には今回声帯虫の変異種を生み出し、ダイヤモンド・ドッグズに危機を齎せた科学者―――エメリッヒ博士がボートに乗って遠く遠くへと流されていく。

 多くの兵士達が憎しみの眼を持って見送る。

 中でバットは別であった。

 憐れみとも呆れにも取れる表情を浮かべていた。

 

 「良いのか。どうせアイツの事だ。自分の都合の良いように言いふらすぞ」

 「自己保身と自己暗示に長けてましたからね。色々言うでしょうけど一般的にはダイヤモンド・ドッグズ知られてないんでしょ?だったら言わせておけばいいじゃないですか」

 「お前は気楽で良いな」

 「それがバットの持ち味でもあるのよ」

 「…そうとも限らないよ」

 

 オセロットとバットの会話にエルザが入るも、チコがエルザの言葉に異論を口にする。

 どういう事だと聞く前にエルザにチコがある缶詰を渡す。

 それを目撃した兵士達は慄き後ずさる。

 

 「なにこれ?」

 「最しゅう(・・・)兵器だよ」

 「最()兵器?」

 「あー…違う、最も臭いと書いて最()と読むんだろ」

 

 膨張している缶を眺めていて、ガチで引きながら文字の説明を入れたカズの様子に尋常じゃない程の代物なのだろうと察する。

 そして話の内容的にそれがナニを意味するのかも察し、青ざめながらバットへと視線を向けた。

 ニッコリと満面の笑顔を浮かべたバットは高らかに言う。

 

 「食料の三分の一はシュールス●レミングにしておきました。ついでに真水は腐り易いと思って酸味が強くて水で割らないと飲めないワインを詰んでおきましたよ」

 「良い笑みしてえげつない事したな…」

 「あはははっと、さすがに五月蠅いかな」

 

 ヴェノムにパイソン、チコ、ミラーがドン引きする中、苦笑するバットは銃を構える素振りをする。

 生かしておいて命を奪うというのは矛盾している事から、意図を察して麻酔銃を構える。

 片膝をついて何やら喚き散らしているヒューイの脳天へ銃口を合わせ、バットのモーションに合わせてトリガーを引く。

 放たれた弾丸は狙い通りにヒューイの頭に直撃し、倒れ込んだまま眠りについた。

 その様子に見ていた兵士達は少しばかりスッとしたのか「よくやった」と声を掛ける。

 私にとってそれどころではないのだが…。

 

 私の声帯には声帯虫が住み着いている。

 今だ行方不明の英語株の三本目…。

 私の身体をこのようにしたのはスカルフェイスだが、こうなる原因はヴェノムにある。

 恨みに恨んでいた私にスカルフェイスは報復として英語株の声帯虫を仕込んだのだ。

 ただ報復を完遂させるならマザーベースに到着後、文脈など関係なしに英語を話せばそれで済む。

 なのに私は話さないばかりか英語は絶対に使わないと硬い決意の下でここに残っている。

 確かにヴェノムは憎いのだけど、それ以上に私もここが気に入ってしまったらしい。

 

 喋らなければ居られると思い込んでいたのだが、今回の一件でその考えは覆った。

 声帯虫は放射能汚染で変異する事が判ったがそれが全てではない。

 他にどのような要因で変化するか分からず、さらには進化する可能性すら見える。

 もしもそのような事になれば話さずとも新たな能力を得た声帯虫が猛威を振るう。

 

 そう考えたらもうここには居られない。

 自ら姿を消すべきだろう。

 

 「じゃあ送って来るぞ」

 「あ、お願いしますね大佐」

 

 ヒューイをボートで出し、今度はリキッド達が出立する。

 ダイヤモンド・ドッグズに馴染めないリキッドを始め、彼に賛同する子供達はマザーベースから離れて己の力で生きていくらしい。子供だからと一部反対する声もあったのだけど、バットによる「それはボク達のエゴですよ」と説得されたとか。

 旅立つ子供らの中には別れに涙する者や親しい兵士と別れの言葉を交わす者もいる。

 いつの間にか居たガスマスクを装着した赤毛の少年は名残惜しそうにエルザとハグを交わし、ヘリの中へと入って行く。

 リキッドは顔を背け、拳を突き出す。

 突き出されたバットはその拳に拳をそっと当てる。

 

 「じゃあな相棒(蝙蝠)

 「楽しかったよ白蛇(ホワイトマンバ)

 

 簡単な別れを済ませてリキッドもヘリに乗り込み、別れを済ませた子供達も習うように乗り込んでいく。

 操縦士であるスコウロンスキー元大佐が準備を始める。

 今だろうな。

 離陸する瞬間に透明化して彼らに紛れてここを離れる。

 もうここで過ごす事は叶わないのだから。

 

 「クワイエットさん」

 

 バットの側から離れようとしたクワイエットは、見透かされたように呼ばれてびくりと肩を震わす。

 そして側面から頭にナニカ硬い物が当てられる。

 

 「―――ごめんね」

 

 振り向く事も出来ず、クワイエットはその場に倒れ込む。

 当たっていたのが銃口だと気付いたのは、脳天を衝撃が貫いた後の事であった…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:不安のある操縦

 

 オセロットは眉間を歪ませて怪訝な表情を浮かべていた。

 現在彼は複数のピューパをAIによる遠隔操作を行えるダイヤモンド・ドッグズ最新鋭のヘリ。

 性能的にも現状の輸送ヘリの能力を大きく凌駕している。

 元々は国境なき軍隊時に計画されたヘリであるが、ストレンジラブが途中で離れた事で計画が頓挫した機体でもある。

 カリブの大虐殺時には試作されていた機体が開発班の格納庫に保管されており、スコウロンスキー元大佐が搭乗して多くの仲間を救出したのである。

 

 今となっては操縦したいと強く主張する元大佐の意見と老化による思考能力の低下による兵士達の不安から、両方の意見を両立させる為にAIによる補助システムを搭載に重きを置かれている。

 

 “ピースウォーカー計画”で制作されたAIポッド。

 それをスカルフェイスの所でストレンジラブ博士が再び制作した物を、パイソンとエルザで回収して取り付けているので、様々なシステムと連動してある。

 まずは無人機であるピューパへのネットワーク構築から行動データの算出から実行。

 操縦に対しての補助機能。

 カメラに映った対象をデータバンクから検索して照合から映像補正。

 敵の行動や情報から動きを推測しての提案報告。

 データ解析からの有効攻撃方法の検索に、情報解析から算出した自動でのランダム回避運動などなど。

 現存の兵器以上のシステムを有し、両サイドに取り付けられた方向を変えれる可変式の推進器による小回りと高い機動力。

 妨害電波に電磁パルス、フレアなどの特殊装備に、正面機銃に左右ハッチよりガトリングガンを装備している。

 車両の運搬こそ不可能であるが、人員だけなら二十名近くを輸送可能。

 

 ハイスペックな輸送ヘリに乗り、快適に戦場を飛んでいるというのに険しい表情を浮かべたままだ。

 眼下ではサヘラントロプスとピューパが戦い、ヴェノムが仲間が待機しているキルゾーンへ誘導していて、戦況的にはまだ余裕があるような状態ではないのでハラハラしてはいる。

 けれどもオセロットが険しい表情を浮かべているのは戦況が原因ではない。

 搭乗している他の面子の行動に対してである。

 

 ミラーもチコも座席のベルトで拘束しているかの如くにベルトで身体を固定し、さらにアシストグリップを握って警戒しており、ヒューイに至っては歩行の補助器具で椅子を挟んで余計に身体を固定しようとしていた。

 それは設計者である鉄仮面ことストレンジラブも同じであり、がっちりと身体を固定した状態で機内の端末からピューパへ情報を送り、精査を行ってキーボードをカタカタと叩く。

 どう見ても過剰な固定に対し、普通にしているのはエルザとオセロットのみ。

 まるで今から墜落されるのかと疑う程に固定し、警戒している面々に違和感より不安を覚えるのは仕方がない事だろう。

 

 …まぁ、不安が無いと言えば嘘にはなる。

 なにせ操縦しているのがスコウロンスキー元大佐。

 今日も割かしちゃんとしているものの、精密な操作が必要となる操縦となるとやはり思う所はある。

 だがストレンジラブ博士のシステムは簡易であるがテストを行って問題は無く、研究開発班の面々が唸るほど高い評価から多少の不安を補えると確信している。

 

 そう思って不安を払っていると機体が大きく揺れた。

 大きく斜めに傾いて倒れ込むように体まで傾く。

 おいおいと慌ててシートを掴んで支えようとすると反対に機体が傾いて、耐えようとしていただけに余計に倒れ込む。

 

 「どうした?敵の攻撃か!?」

 

 慌てて体勢を立て直すオセロットに答える者はいなかった。

 各自次の揺れに備えて居たのだ。

 特にエルザに至っては超能力を行使してベルトによる固定ではなく、自身を浮遊させて身体に掛かるGから逃れていた。

 眺めていると再び揺れて傾き、またも逆向きに力が掛かる。

 

 「これは一体…」

 「システムによるものだ」

 

 何事も無いようにキーボードを打つ鉄仮面は淡々と答える。

 「不具合か?」と問えばきっぱり否定される。

 

 「この機体は操縦を補佐するシステムを組んでいる。アシスト機能として危険性が伴う動きには自動で補正が入るんだ。進路変更でも方向転換でもなく急激に機体が傾こうとすれば、当然システムが起動して元に戻そうとするのは当たり前」

 「という事はこの揺れの原因はアイツか」

 

 操縦席に視線を向けると時間切れを起こしたと思われる元大佐の頭が、ゆらりゆらりと左右にシート越しに揺れているのが見え、釣られたように機体も左右に揺れる。

 そりゃあ機体が大きく揺れる訳だ。

 …これ寝落ちしているのでは?

 そして堕ちる可能性があるのでは?

 

 「おい元大佐!」

 「なんじゃ?もう飯か?」

 

 完全に切れている(・・・・・)

 この面子の中で操縦できる者はいない。

 最悪エルザによる能力で浮かせることは出来るし、パラシュートもあるので緊急脱出も出来る。

 だけど最悪の状態は想定すべきで、引き起こしても良い訳ではない。

 

 「問題ない。もしも堕ちそうになったらこちらで自動操縦に切り替えれる」

 

 察したストレンジラブの発言に最低限の安心を得た。

 墜落に対する事に対してはだが…。

 前後、左右、上下に傾く度にシステムが元に戻す。

 ゆらりゆらりと微かにもぐらりぐらりと大きくも不規則な揺れが続くとなれば、人間の三半規管にもダメージが溜まり始める。

 となれば新たな問題が発生し始めるのだ。

 

 まず耐え切れなくなったヒューイがエチケット袋を使用し、続いてチコもダウンした。

 ストレンジラブは予想して対策を施しており、エルザは能力により問題なし。

 そしてオセロットとミラーは高い誇りと意地で耐え忍ぶのであった。




 次回メタルギアⅤ最終回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

報復の末に…

 次回の投稿は一か月と少し後の七月に行おうと思っております。
 詳しい理由はあとがきにて。


 ベッドの上に横たわっているクワイエットは起きたばかり(・・・・・・)で思考は定まらず、何かを行う事もせずにただただぼんやりと天井を見つめる。

 清潔感のある真っ白な天井に、柔らかくもあり硬くもあるベッド。

 周りを簡易なカーテンで仕切られている事から、ここが病室である事は理解出来た。

 なんで私はここに居るのだろうと疑問を抱くも、靄が掛かったような思考では思い出すのも一苦労。

 起き上がろうとしたが身体が重く、起きたばかりだというのに眠気が酷い。 

 倦怠感も感じつつ、再びベッドに体重を掛けてギシリと音を立てる。

 天井の灯りから目を覆うように腕を顔に乗せると、腕が多少冷えていたのが気持ちよい。

 額との温度差から少しばかり冷えてスッキリして、もたついていた思考が動き出す。

 確か今日はヒューイの裁判を行い、巣立つ子供達の見送りをして…。

 

 一日の流れを思い出したクワイエットは勢いよく起き上がる。

 思い出したのだ。

 子供達がヘリに搭乗し、騒ぎ立てるヒューイをバットの動きに合わせて眠らせ、そしてそのバットに銃口を頭に突き付けられた事を。

 突如として撃たれたこともこうして生きている事にも疑問を抱くが、まずはここから…マザーベースから離れなければ。

 自身に埋め込まれた声帯虫が変異する可能性から来る不安感から無理やり立ち上がろうとするも、カーテンが開かれてエルザが微笑を浮かべながら覗き込んできた。

 

 「起きたようね。大丈夫よ」

 

 何がと疑問を浮かべるがそれを理解する前に自身が逃げ切れない事を把握した。

 開かれたカーテンの先にはオセロットにパイソン、ミラーにチコ、ヴェノムの五名が椅子に座ったり、壁に凭れかかったりして集まっている。

 それぞれ武装を手にしてだ。

 現状武装がない状態でエルザ一人相手取るのも難しいのに、武装を施された彼らも居るのであれば逃げるなど不可能だろう。

 逃げれないと理解したクワイエットは上げた腰を下ろす。

 

 「もう喋っても(・・・・)大丈夫よ」

 「―――ッ!?」

 

 その言葉に驚愕と焦りで喉を咄嗟に押さえる。

 いつも黙っているから喋れないと思っている者もいるというのに、エルザは喋っても大丈夫と言った。

 何が(・・)大丈夫だというのか。

 思い当たる節は一つ。

 スカルフェイスにより報復に使えと仕込まれた英語株の声帯虫。

 けれどそれはバレていない筈(・・・・)

 声帯虫の事件があった後、ダイヤモンド・ドッグズに所属された兵士達は検査されたが、正式には所属している訳ではなかったクワイエットやスカルズはその検査から何故か(・・・)漏れていた。

 首を触ったところで声帯虫の有無を確認出来る訳もなく、その動作にオセロットが鼻で嗤う。

 

 「お前たちスカルズの管理はバットに一任していた。万が一お前たちが声帯虫を持ち込んでいたら、検査でバレるぐらいなら使用される可能性があった。しかしバットならひと目見ただけで相手の情報が把握できる」

 「刹那の時間で最新の医療機器を用いた検査以上に正確に。医療班の立つ瀬がないわ」

 「いや、バットは異常だから仕方ないよ」

 「バットは何処か抜けて間抜けな所はあるが、俺達は絶対的信頼と信用を置いていたからな」

 「だが!奴はやはり馬鹿者だ。何の根拠もなく敵であったお前を信じて、俺達に声帯虫の報告をしなかった(・・・・・)んだからな!」

 

 憤慨したように声を荒げるミラー。

 怒っている…いいや、違う。呆れ果てているという方が正しいか。

 副指令として大勢の部下を預かる身としてはバットの判断は到底許せるものではないだろう。

 しかしここに居る面子の誰からも怒りは感じられない。

 

 「ふん、阿呆だが見る目はあったという訳だな」

 「大馬鹿者だがな!」

 「阿呆だの馬鹿だの間抜けだの皆口が悪いですよ」

 

 寧ろ軽口を叩きながら笑っている。

 その光景をヴェノムは乾いた笑みを浮かべ眺め、エルザは苦笑して軽くため息を漏らす。

 

 「貴方はバットに撃たれたの。銃は麻酔銃だったけどあの時はみんなびっくりしたんだから」

 「さすがのクワイエットでもあの不意打ちは対処できなかったわけだ」

 「俺達にも不意打ちだったがな」

 「医療班大慌てでしたもんね」

 「麻酔って解った後は声帯虫取り出すから手伝ってなんて、撃ったこと含めて二重の意味で驚いたわ」

 「駄弁るのは後にしてそろそろ再生するぞ」

 

 いつまでも続きそうだった流れを断ち切ったのはオセロットであった。

 彼の手にはカセットテープが収まった携帯用の再生機器があり、それをベッド横にあるテーブルの上に置く。

 

 「バットからの伝言(・・)だ」

 

 そう言ってオセロットは再生ボタンを押し込む。

 カチリとカセットと機器が噛み合うすると、ツゥーと擦れるような音が流れ、少し間が空いてからバットの声が再生され始める。

 

 『あ、あー…もしもし聞こえてるかな。

  聞こえてるよね?

  …えっと、本当は直に話さなきゃいけない話なんだけど、どうも決心がつかなくて…。

  だけど黙って去るのも駄目な気がして、国境なき軍隊で馴染みのあるカセットで伝えようと思います』

 

 本人(バット)の姿は無く、何処か別れの言葉っぽい雰囲気が漂う。

 誰もが黙って続きを聞こうと耳を傾ける。

 そして発せられた言葉に皆が目を見開いて驚愕した。

 

 『実はカリブの大虐殺が起きる少し前、僕はスカルフェイスと手を組んでいたんだ』

 

 

 

 コールドマンの“ピースウォーカー計画”を阻止し、メタルギアZEKEに搭乗したパスとの戦いを経て、二人で安全地帯に移って(世界を渡る)から忙しながらも楽しい日々を過ごしていました。

 マザーベースでの会って話すなどの軽い接触ではなく、一緒に暮らすとなれば今まで知らなかった相手の一面を知る事にもなり、戸惑いや認識の違いが些細な問題が起きましたが、時間をかけて互いに互いへと歩み寄ればそう難しい事は無かった。

 一緒に買いだしに行ったり、以前は考えもしなかった散歩をするのもまた楽しく、穏やかで誰かといる時間は居心地が良い。

 けれど徐々に余裕が出来てくると蓋をしていた感情が湧き上がっても来たんだ。

 それはパスちゃんに辛い思いをさせたサイファーに対しての怒り。

 

 安全面は確保できている事もあって、自分一人で行ってきて晴らしてやろうかと悶々と悩む日々。

 自分では気持ちを隠していたつもりだったんだけど、表情に全部出ていたらしく話してと迫られたのだ。

 思いと考えていた事を話すとなんとも言えない反応を返された。

 気持ちは嬉しいけど、危ない事はしてほしくないみたいな。

 その時はしないという話になった。

 

 でも僕ってどうも我侭で我慢が利かないらしいんですよね。

 だからパスちゃんを説得して知る限りのサイファーの情報を聞いて、絶対に帰って来ることを条件に許可を貰って“報復”に出る事にしたんです。

 戻ってみると僕は行方不明、または死んだことになっていて動くには好都合。

 一人でそれらしいところに潜り込んでは情報収集を行う日々。

 隠密で単独で出来得る事は知れていて、やはり確信を付く事は出来ずにいた。

 

 そんな日々を過ごしていた時、僕はスカルフェイスと出会ったんだ。

 

 彼はサイファーの頭であるゼロ少佐を追う内に辿り着いた人物で、情報を聞き出そうと捕まえたところ彼も僕同様に…いいや、僕以上に報復心を抱いていた。

 

 正直言って胡散臭くはあった。

 けれどゼロ少佐に辿り着くには彼の協力は必須である事は確かで、事実僕は彼の協力を得て短い期間でゼロ少佐に辿り着く事が出来た。

 報復方法はより強い想いを抱いていたスカルフェイスの作戦に基づき行い、それが虫を使って脳機能を徐々に低下させるものだと知ったのは後の事だった…。

 

 僕がゼロ少佐に報復を行った日。

 それはマザーベースがスカルフェイスの私兵となっているXOFに襲撃された“カリブの大虐殺”当日…。

 まんまと僕は奴の罠に引っ掛けられてしまった…。

 可能性の問題だとパスは慰めてくれたけど、僕は酷く後悔した。

 探していた人物にようやく辿り着き、念願の報復を行えるという達成感に酔いしれ、スカルフェイスがそんな計画を実行しようとしていた事に気付けずに共に居たのだ。

 事の真相を知った時には時すでに遅し。

 マザーベースは襲撃を受けた後で、メディアにまで取り上げられていた。

 酷く絶望したよ。

 自分の無力さに、自分の無能さに…。

 スカルフェイスを問い詰めようとするもすでに消息を絶った後で、絶望に満ち溢れていた僕では探すのも覚束なかった…。

 僕は真相を報復の対象だったゼロ少佐に伝えた。

 すると彼は憤慨する様子もなく「そうか」とだけ言って、逆に僕に手伝ってほしいと頼み込んできた。

 生存が知られれば追われる身となる昏睡状態のスネークさん(・・・・・・)を護るための協力を…。

 頷かない訳にはいかなかった。

 久方ぶりにエヴァさんと会い、二人でスネークさん(・・・・・・)ヴェノムさん(・・・・・・)をキプロスの従軍病院に密かに運び込み、会う事無く後の事はオセロットさんに託しました。

 

 去り際にゼロ少佐は自らの後悔を告げて来ました。

 どうしてこうも憎しみを向ける事になったのか。

 どうしてこんな別れ方をしてしまったのか。

 どうしてあの時、共に進める道を模索できなかったのか。

 後悔しても後悔し切れないと言った彼は、死を前にした事で今は憎しみなどでなくあの頃(・・・)から変わらぬ友情だけが残っていると穏やかな表情で言いました。

 

 虫に侵された身では最早システム(愛国者達)もスネークの護りもスカルフェイスを止めるだけの力もなく、どれもこれも誰かに託すしかない。

 だから彼は最期に僕に依頼(・・)しました。

 フェイク(・・・・)に協力して自由気ままに派手に動いて、表でも裏でも注目を集めて(スネーク)を助けてやってほしいと。

 

 

 

 懺悔にも似たバットの言葉に誰もが黙る。

 内容が内容だけにミラーが慌てるも、オセロットが制止してそのままこの場の全員聞かせた。

 そもそもクワイエット以外の誰もがフェイク(・・・・)の事は知っている。

 オセロットはスネーク(・・・・)から。

 ミラーは立場もあってオセロットから。

 エルザは能力的に、パイソンは長年の付き合いから、チコに至ってはバットの呼び方ですでに察していたのだ。

 無意識か意図してなのか解らないがバットはヴェノム(・・・・)さんと呼ぶも、決してスネーク(・・・・)さんと呼ぶことは無かった。

 

 話を聞いている内にヴェノムは以前から仄かに漂う記憶と記録の相違点に気付き、バットの言葉で記憶が蘇ったのだ。

 捕虜となった仲間を助けたスネークを迎えに行ったヘリに乗っていたヴェノムは、負傷していた捕虜の治療を行っていた。

 マザーベースに帰投しようと向かうもすでに辺りは火の海。

 出来るだけ助けようと援護しながら、副指令を含める数名をヘリの搭乗させて飛び立つも、マザーベースを襲撃していた敵兵のロケット弾が飛翔し、せめてボス(スネーク)を護ろうと爆風に自ら身を晒した。

 気が付いたキプロスの病院で救ってくれた“イシュメール”。

 何故今まで気づかなかったのだろう。

 あの声にあの雰囲気…間違いなくあれは本物の蛇(スネーク)だ。

 つまりヴェノム・スネークとはビッグボスの影武者であり、敵の目を引き付ける囮だ。 

 事実に気付くも憤慨する気持ちは一切ない。

 寧ろ彼はあの人の役に立てたのだと誇らしさも感じているのだから。

 

 『これが僕の罪の告白…そしてこれはクワイエットさんへのメッセージ。

  病院での一件は聞きました。

  貴方はヴェノムさんを恨んでいるのも報復の炎に身を焦がしたから察していました。

  けどここって居心地良いでしょ。

  恨んでいたのが薄れるほどに』

 

 続けられたバットの言葉にクワイエットは否定しなかった。

 そうでなければこれまで声帯虫を使用することなく共に居る事はなかったのだから。

 

 『だから伝えたいんですけど恨む相手間違ってますよ』

 

 肯定しながら静かに聞いてたクワイエットは眉を潜めた。

 これは他の面子も同じであったが、今度はオセロットが薄々であるが察して焦りを少し見せた。

 

 『クワイエットさんが虫治療される原因である全身大火傷させたのってスネークさんでしょ?ヴェノムさんじゃないよ』

 「いらんことを言うなバット!!」

 「カセットに怒鳴っても返事は帰ってこないよ」

 「止めろ!カセットを止めろ!!」

 「さっきは俺を静止しておきながら随分と都合が良いな。チコ!エルザ!オセロットを阻止するんだ!!カバー!!」

 

 掴んで足止めするチコに、ため息交じりに能力でオセロットを軽くエルザが抑える。

 止めようと抵抗するもヴェノムがオセロットを制止する。

 そのまま聞かせろと…。

  

 『報復するなら正しく(・・・)スネークさんにするべきです。

  ヴェノムさんに向けるのはただの八つ当たり。

  間違った報復は後悔しか無いですよ。

  …僕のように…ね。

  ―――だから貴方はそこに居て良いんだ。

  ヴェノムさんと共に歩んでも良いんだ。

  スカルフェイスも声帯虫も全て消え去った。

  もう貴方は自由にして良いんですよ。

  ねぇ、ヴェノムさん?』

 「…あぁ、そうだな」

 

 壁に凭れて聞いていたヴェノムはクワイエットの下へ歩み寄り手を差し出す。

 口にはせずにどうすると問いかけるように…。

 クワイエットは一瞬躊躇い、恐る恐る手を伸ばす。

 

 誰一人異論を唱える者はいない。

 なにせここのボス(・・)はビッグボスでもネイキッド・スネークでもジョンでもなく、ヴェノム・スネーク(・・・・・・・・・)ただ一人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・1964年

 ゼロにより創設された特殊部隊FOXの初任務“バーチャスミッション”、ネイキッド・スネークがソ連内に単独潜入。

 宮代 健斗(18)が蝙蝠のコードネームと共に世界を渡り、腕を折られたうえに川に落されたスネークを救出。

 生還したスネークはザ・ボスとヴォルギン暗殺の為に再びソ連内に単独潜入。

 任務名“スネークイーター作戦”を支援する命令を受けて、バットは物資を集めつつ潜伏。

 スカルフェイスとFOXと同時期に発足されたXOFは、失敗に備えてセカンドプランの用意を開始。

 合流したスネークとバットはエヴァの協力を得つつ、グラーニンを始めとする多くのソ連兵士を味方に付ける。

 多くの戦闘を潜り抜けた二人は特殊部隊“コブラ部隊”にヴォルギン、ザ・ボスを倒し、ソコロフが設計した核兵器搭載戦車“シャゴホッド”を完全破壊を成す。

 脱出間際、幾度と戦った山猫部隊の隊長オセロットとバットが早撃ち勝負を行い、バットは被弾して初めて負傷。

 作戦の成功によりネイキッド・スネークはBIG BOSSの称号を得る。

 歴史的犯罪者の汚名を着せられたザ・ボスの墓参りにて蝙蝠は蛇の前から姿を消す。

 スネークはFOXを除隊。

 

 バットの説得によりヴォルギンに反旗を翻したソ連兵達は帰国。

 多くのソ連兵を助けた英雄として不正規戦闘の世界では蝙蝠の名が知れ渡る。

 同年、バットに助けられたソ連兵の一人、ニコライは同じく助けられた兵士達と共に傭兵会社を設立。

 

 意識不明で発見されたヴォルギンを回収。

 同じく回収されたジ・エンドの遺体はコードトーカーにより研究される。

 

・1970年

 サンヒエロニモ半島にて当時FOXを率いていたジーンによるメタルギア強奪事件が発生。

 賢者の遺産の在処を知ると思われるネイキッド・スネークが拉致・監禁される。

 同半島にて部隊が壊滅して唯一生き残ったロイ・キャンベルと単独潜入していたバットと出会う。

 FOX隊員や現地でジーンに味方するソ連兵と戦う中で、ジョナサンを始めとする敵兵を味方に引き入れ勢力を拡大し、スコウロンスキー大佐や、パイソン、ヌル、エルザなどを味方に引き込む。

 メタルギアRAXAの破壊に弾道メタルギアの目標到達を阻止し、事件の主犯であるジーンを殺害。

 スネークはジーンより資金や人脈を託され、国境なき軍隊の発足資金などに使われる。

 スネークイーター作戦以降行方不明となっていたソコロフはジーンの下で弾道メタルギアを作っており、裏ではスネークに情報提供などを行って協力した事から家族との再会の手伝いとニコライの会社で身の安全と生活を保障して貰う事に。

 ジーンより技術を継承したバットは再び姿を消す。

 

 オセロットがCIA長官を殺害して賢者の遺産の奪取に成功。

 ゼロはFOXを解散させ、賢者の遺産を元手に“愛国者達”を設立。

 初期メンバーにはシギント、パラメディック、エヴァ、スネーク、オセロットなどの“スネークイーター作戦”に携わった面子が並ぶ。

が並ぶ。

 

・1971年

 スネークを総司令官とする“FOXHOUND”設立。

 その後スネークは行方を暗まし、副指令であったロイ・キャンベルが総司令官に就任。

 

・1972年

 “恐るべき子供達計画”によりリキッド・スネークとソリッド・スネークが誕生。

 スネークにカズヒラ・ミラー、パイソンにエルザ、ジョナサン達は“国境なき軍隊”を創設。

 

・1974年

 ザドルノフとパスの依頼を受けて、バットが先行して単独潜入。

 国境なき軍隊も洋上プラントなどの条件を呑んで、依頼を受けて“ピースウォーカー計画”阻止に乗り出す。

 スネークとバット合流後、アマンダやチコなどのサンディニスタ民族解放戦線と接触して同盟及び契約を結ぶ。

 民間軍事会社となったニコライの会社と取引を行い、技術者派遣の名目でソコロフとグラーニンが国境なき軍隊に一時的に所属する。

 偶然に捕虜にされたセシールや兵器開発に携わっていたヒューイを救出、他にも多くの兵士を味方に引き入れる。

 “ピースウォーカー計画”で作られたピューパ、クリサリス、コクーン、それに計画の目玉たるピースウォーカーを撃破。

 計画の提案者であったコールドマンは手当てが間に合わず(バットが拒否)、移送中のヘリで死亡。

 コールドマンの下でAI研究を行っていたストレンジラブは国境なき軍隊に入り、依頼者であり裏で暗躍していたザドルノフは拘束して独房へ。

 国境なき軍隊にて回収された部品とピースウォーカーの核を装備したメタルギアZEKEと、グラーニンによるメタルギアTONYの開発を開始。

 パス、サイファーのスパイである事を公表。

 同時にZEKEを強奪し、バットのTONYと激闘を繰り広げた末、二機のメタルギアは大破。

 爆発で海に投げ出されたパスと、後を追って飛び込んだバットは行方不明に。

 

・1975年

 セシール帰国。

 バットはパスより聞いた情報をスカルフェイスに流し、ゼロに脳障害を起こすスカルフェイスの策略に協力。

 核査察団を偽装したXOFは国境なき軍隊を襲撃してカリブの大虐殺を引き起こした。

 ネイキッド・スネーク及び、後のヴェノム・スネーク昏睡状態に。

 事の真相を知ったバットは心を病み、世界を渡る事をしなくなった。

 

・1980年

 ストレンジラブとヒューイの間に息子、ハル・エメリッヒが生まれる。

 

・1982年

 パスとバットの間に息子、宮代 志穏(しおん)が生まれる。

 父親になった自覚からか徐々に立ち直り始め、報復心と共にバットは再び渡る決心をする。

 グラーニン、死去。

 

・1984

 バットは子供も成長した事から世界を渡ってカリブの大虐殺を逃れたザドルノフの協力の下、チコを仲間に引き入れてストレンジラブの救出など様々な任務を行う。

 キプロスの病院にてネイキッド・スネーク、ヴェノム・スネーク覚醒。

 その後、クワイエットを始めとした部隊の襲撃を受ける。

 クワイエットは襲撃時に全身大火傷を負い、スカルフェイスの指示で寄生虫を用いた治療と身体強化を行われる。

 パイソン、エルザ、ジョナサン、オセロットと共に新たにダイヤモンド・ドッグズを創設したカズヒラ・ミラーは捕虜となり、ヴェノム・スネークによる単独の救出作戦を行われ、追手であったスカルズと交戦中にバットの救援を受ける。

 バット、ダイヤモンド・ドッグズに入隊ではなく契約を交わす。

 クワイエット、ヒューイ、イーライ、コードトーカー、スカルズを味方に引き入れながら、スカルフェイスの野望を打ち砕くと同時にスカルフェイスを殺害するという報復を完了する。

 ヒューイによって変異した声帯虫が猛威を振るうも、エルザと赤毛の少年の活躍により鎮静化。

 変異の原因を作り出し、これまでも様々な問題を起こしたヒューイはダイヤモンド・ドッグズより追放。

 イーライを始めとした少年兵はダイヤモンド・ドッグズを離れて戦場に戻る。

 クワイエットより英語株の声帯虫を取り除き、報復心が緩和されたことで正式にダイヤモンド・ドッグズに加入する。

 

 ネイキッド・スネーク、武装要塞国家アウターヘブンに力をつぎ込む。

 

 

 

 

 

 

・1995年

 アウターヘブン蜂起…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:報告事項

 

 “ビッグボス”ことネイキッド・スネークが創設した特殊部隊FOXHOUND。

 今はロイ・キャンベルが指揮を執る部隊に、フランク・イェーガー…否、“グレイフォックス”は所属していた。

 少し前にロイよりとある女性の護衛の任務が与えられ、完遂したグレイフォックスは暫し休暇を取って自由に行動している。

 一応監視や尾行の可能性を視野に入れて行動し、今や完全にフリーの状態だ。

 現FOXHOUND最高の隊員の表しである部隊名にもなっているFOX(フォックス)の名を与えられたのは伊達ではない。

 変装して周囲に気を配り、指定されていた飲食店に入る。

 時間帯的に客は少なく、さっと注文をすると奥の席へ向かう。

 無線機の周波数を合わせてイヤホンを耳に装着し、首元のマイクのスイッチを入れる。

 

 「こちら“ヌル”。応答してくれ」

 『時刻通りだな』

 「問題なく指定の場所に入った」

 『尾行の形跡は?』

 「無い。安全は確保したと考えている。そちらは?」

 『傍受されないように対策は講じている。報告を頼めるか?』

 

 頷いたフランクは今一度周囲を見渡す。

 これはFOXHOUNDを裏切る行動であるが、本人はそれに罪悪感は一切感じていない。

 寧ろ今とっている行動こそ自身が正しいと思えるものであるからだ。

 

 「最初に言っておくが本人に直接会えたわけではない。パスという女性を介してだ」

 『…パス、か…』

 

 感慨深そうに呟かれた心情を察し得ない。

 フランクはパスと()との関係性を掻い摘んでしか聞いておらず、どのような間柄だったのかを知らないに等しい。

 自身が知り合っていたのなら人となりを判断する事も出来ただろうが、今回が初対面で判断できるほどの時間は得れなかったのだから仕方がない。

 

 「が、事情はだいたい聞けた。少佐(ゼロ)をやったのは(蝙蝠)だ。詳しい詳細を吹き込んだテープを預かっている」

 『(オセロット)から報告は受けたが、本当に少佐をやったんだな』

 「けれどもシステム(愛国者達)は機能しているらしい。稼働してしまえば人の意思はいらなくなるらしい」

 『なんともSFチックな話だな。だがストレンジラブが関わっているなら話は別か』

 「…俺達の周りは結構SFチックではないのか?」

 『否定できんな』

 

 くすくすと笑い合う。

 半島もFOXHOUNDもだけど一般的技術力を軽く超えている。

 たまに街などに出るとよく実感するようになった。

 あの子(・・・)の面倒を見るようになって外と関わる事が多くなったのも認識する要因か。

 手で口元を隠しながら外を眺めるように座っているフランクの下に店員が訪れ、出来上がった注文の品を届けに来る。

 軽く礼を口にするとポテトを摘まみ、外へと視線を戻す。

 人目を気にしない席であるが、ずっと一人ぶつぶつと話していては不審がられるので声の音量は下げて話を続ける。

 

 『こちらとの合流はどうだ?』

 「それははっきりと断られた。と言ってもこれは彼女の独断だと思うが…」

 『思うが?』

 「決意は固そうだった」

 

 思い出すと妙な悪寒を感じる。

 実際に戦ったなら千でも万でも億でも兆でも勝つと断言できるが、あの笑顔に隠しきれていない濃厚な怒気はこの身を震わせるに十分すぎた。

 

 『口説け(説得出来)そうか?』

 「とてもじゃないが無理だ。俺も貴方も女性の扱いは苦手な部類だからな」

 『…否定は出来んな。仕方ない…か』

 

 残念そうに呟くも本心では分かっていたのだろう。

 あの蝙蝠は一つの場所に長く留まる事はしない。

 自由気ままに突然現れて突然消える。

 戦力としては居るか居ないか解らない者は当てに出来ないし、奴の性分にも合わないだろう。

 

 『一応オセロットを通して他に手を回す(・・・・・・)つもりだがどうなるか』

 「報告にあったイーライ…いや、貴方の息子達(・・・・・・)はどうだ?」

 『今は(・・)自由にさせた方が良さそうだ。いずれ会う時が来るだろう』

 「子供の成長が楽しみですか?」

 『手のかかる子供は蝙蝠で十分だ。そっちは存外に上手くやれているようだが』

 「思い通りにはいかないものだ。穏やかで楽しい日々は我々兵士には猛毒だ。俺達はぬるま湯(平和)では満足しきれない。生の充実を感じれない。俺が求めるのはじわりじわりと神経を犯す(平和)ではなく、常人には理解されない病的にまで戦いに満たされた蛇の猛毒」

 

 平和は素晴らしいモノなのだろう。

 尊いモノなのだろう。

 得難いものなのだろう。

 理解も尊重も納得もしよう。

 けれど俺達(・・)は必要としない。

 心地よいベッドで惰眠を貪るよりも、マチェットに手を掛けながら銃弾飛び交うジャングルで寝るに寝れない夜を過ごしたい。

 それこそ俺達らしい。

 だから平和も戦場も好き勝手に飛び回れる蝙蝠はこちらに立てない(・・・・)

 

 「そういえば他にも色々預かっているぞ」

 

 別れ際にパスに渡された荷物に目を通す。

 惚気話や国境なき軍隊で行った平和の日に歌った歌を収録したカセットテープに、親子三人やダイヤモンド・ドッグスの面子と撮った写真の数々。

 それにタッパーに納められた保存のきくバットの手作り料理。

 

 『料理は必ず届けてくれ』

 「…最低だな。他はどうなっても良いという訳か?」

 『違う。食べられたり…』

 「―――すると思っているのか?」

 

 本当にここで全部胃に収めてやろうかと思いながら、注文したバーガーに口を付けると『まさか』と勘違いして無線の向こうでは大慌てしている様子が伝わる。

 クスリと微笑みながら注文したバーガーを食べ、残る一個を前に手を止める。

 

 「安心しろ。食べたのはバーガーだけだ。さすがに美味いな」

 『そうか。後程感想を聞こう。俺が食べに行けれればよかったんだがな』

 

 それは勘弁してくれと本気で思う。

 これからの事を考えたら多忙な身であり、公式には死んでいる身であるから簡単に出歩かれては困る。

 だからと言って報告のついでに味を確かめて来てくれとは酔狂な命令を出すものだ。

 

 『それで例のバーガー(・・・・・・)はどうだった?』

 「あ…あぁ…これか…」

 

 嬉々として聞いてくるも、逆にフランクは顔を顰める。

 残る一個のバーガー…。

 バーガーであるのだが色合いが普通のバーガーと酷く異なり、食べる事すら躊躇される。

 というかコレは本当に食べものなのか?

 疑念と不安を募らせるフランクに対し、相手は興味津々に問いかける。

 

 『で、味は?』

 

 現在人気になりつつあるバーガーショップ“ミラーズ・バーガー”が総力を挙げて(※ダイヤモンド・ドッグズの研究開発班に糧食班の共同開発)生み出した異形のバーガー―――ケミカルバーガー(民族解放バーガー)を前にフランクは臆すも、意を決して掴むと口へ押し込むのであった…。




 今回でメタルギアⅤ ファントム・ペイン編は終了いたします。
 そしてお知らせなのですが次回投稿を七月とさせて頂きます。
 本来の予定ではここから飛んでメタルギアソリッド1へ行く筈だったのですが、書いている内にメタルギアからやりたいなと考えが変わりました。
 
 が、先に書いたように予定はメタルギアソリッド…。
 ストックどころかプロットすら出来ておらず、書きながら考えていたのですが中々纏まらず、準備期間として一か月と少し開ける事と致しました。

 また期間を空けてしまい申し訳ないです。
 それではまた次回に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR:アウターヘブン蜂起
プロローグ:次代の蝙蝠


 待たせたなぁ!
 …お待たせしたした。
 本日より投稿を再開致します。



 遠くから銃声が響き渡って来る。

 音が反響しながら届くたびに、それが何なのか予想しながらじっくりと待ち侘びる。

 ショットガン(散弾銃)アサルトライフル(突撃銃)、あとはハンドガン(拳銃)

 スナイパーライフル(狙撃銃)マシンガン(機関銃)の発砲音は聞いた限りない。

 徐々に近づいてくる音に小さく息を吐き、スコープを覗き込んだままトリガーに指を寄せる。

 スコープの先に移っていた古臭いビルとビルの合間よりきょろきょろと周囲を確認しながら歩いている二人の兵士が移り込む。

 見ていて違和感のある二人組。

 一人は如何にもカウボーイと言った服装で中折式の二連散弾銃を構え、もう一人はヘルメットや防弾ベストなど装備品を黒で統一した特殊部隊らしき者。

 スコープ越しに二人を見て舌打ちを漏らす。

 特殊部隊らしき者のレッグホルスター(太もも辺り)に拳銃が納められているが、手にしているのは連射から三点射に切り替え可能なサブマシンガン(短機関銃)

 アサルトライフルだとばかり思い込んでいた自身の予想は見事に外れてしまった。

 表情はムッとしながらも視線と指先は冷静かつ冷徹に目標とする者の頭部を見つめ、指先がトリガーにゆっくりと触れて無慈悲に引く。

 響き渡る一発の銃声。

 着弾を確認する前にボルト(遊底)を引いて薬莢を廃棄し、次弾を装填してもう一人に狙いを定める。

 後ろを歩いていた特殊部隊らしき者のヘルメットを貫いて“Dead”の文字を浮上させた。

 距離的に銃声の方があとから届くため、カウボーイは仲間が死んだことに気付く事無く二発目の弾丸に貫かれて同じ運命を辿った…。

 

 「ふぅ~…これで七人目」

 

 キル数(・・・)を稼いだ十三歳の少年はじっくりと待ち続け、気を緩ませないように張っていた(・・・・・)事から押し寄せる疲労感を含んだため息を漏らし、倒した人数から充実感をしっかりと得る。

 消音効果のあるラバースーツで身を包み、フェイスマスクで顔を隠した彼はボルトアクション式のライフルに銃弾を装填して、サブウェポンであるサブマシンガンを確認する。

 彼の名前は宮代 志穏(みやしろ しおん)

 九歳の頃から(ファースト)(パーソン)(シューター)を嗜むある意味有名なプレイヤーである。

 今日も今日とて休日の大半を使ってポイント稼ぎを行っているのだが、単独の狙撃手である彼はあまり稼ぎは良くない。

 デメリット覚悟で突撃するほど中距離近距離の腕前に自信がないし、負けた時のデメリットを考えるとどうしても慎重にならざるを得ない。

 

 次なる獲物を待っているとまたも銃声が響き渡る。

 今度はアサルトライフルにマシンガン、ハンドガンなど多種に渡って銃声が重なって、まるでオーケストラのようだ。

 そこに混ざる一発のようで響きが連なったような異様な銃声。

 同時に止む六つの楽器(銃声)…。

 

 本能的に()が来たと悟って緊張から身体が強張る。

 精神に引き摺られて呼吸が荒くなるのを感じつつ、スコープを覗き込んで大物が移り込むのを待つ。

 やけに鼓動の音が大きく聞こえる。

 時間にすれば僅か30秒程度の待ち時間。

 しかし緊張や不安に駆られる志穏にとっては数時間もの長さに感じ取れる。

 

 目標がスコープに映り込んだ。

 狙うは当たれば即死の頭部…ではなく人体で一番面積の大きい上半身。

 そこなら多少外れても命中する筈。

 奴の頭部を狙うのは正直危うい(・・・)

 

 息を整えようと試みるが、高鳴る鼓動は落ち着くどころか早まるばかり。

 焦りを噛み殺しながら狙いを定めてトリガーに指が振れる。

 

 引こうとした瞬間、奴の視線が真っ直ぐこちらを捉えた。

 あり得ないと驚きつつトリガーを引く。

 上半身を狙って発射された弾丸は、奴が半歩身体を捻っただけで目標ではなく後ろの建物にめり込むに留まった。

 避けられた事に対して次弾を装填するのではなく、志穏は大慌てで武器を手にその場を退く。

 

 「あんのクソ親父(・・・・)!チートでも使ってんじゃないだろうな!!」

 

 悪態をつきながら大慌てでコンソールを操作してログアウトの準備を行う。

 敗北したからと言って武装やアイテムがドロップして失う事はこのゲームの仕様上無いが、代わりにレベルに応じた降格ペナルティと保持しているポイントの幾らかを奪われる。

 数か月前から欲しかったスナイパーライフルの値段にポイントが届きそうな手前、何が何でも奪われる訳にはいかないのだ。

 ログアウトまで30秒掛かり、その間にあの化け物が現れないように祈りながら必死に足を動かす。

 

 親父は正直化物(・・)だ。

 主武器はリボルバー(回転式拳銃)一つで色んなFPSゲームでトッププレイヤーとして上位ランキングに名を連ねている。

 特に今プレイしている“アーミーズ・ヘブン”では公式でもラスボスと称されている程。

 “アーミーズ・ヘブン”は父―――宮代 健斗が二十代の頃に開発したゲームで、膨大な銃器に刃物などの武器にコスチュームなどが豊富で、現実感が非常に高く臨場感あふれる戦闘を味わえる体感型のFPSだ。

 本人の熱い拘りと他のゲームの追従を許さない程のリアル過ぎる戦闘(・・・・・・・・)に多くのFPSプレイヤーが惹かれ、二十年経った今でもランキング一位を飾るほどの人気を誇っている。

 今でこそ開発から離れてプレイヤーとして参加しているが、その戦闘方法が異端なのだ。

 六発の銃声が一つに聞こえるほどのリボルバーでの早撃ち。

 素手で突っ込んでも弾丸をある程度(・・・・)回避しながら突き進み、分隊を壊滅させたCQC(近接格闘)技術。

 敵プレイヤーも味方に引き込む交渉術などなど。

 チートキャラもいいところだ。

 志穏が有名な理由はこの有名過ぎる父親にも原因がある。

 あの健斗の息子というだけで目立ってしまうのだが、志穏は対照的で格闘戦もリボルバーも苦手。

 周りに比較され過ぎて一時期はゲームも父親も大っ嫌いになったほどに。

 あの人(・・・)と出会うまでは…だが。

 

 ログアウトが完了して視界が一気に現実へと戻された。

 頭につけたヘッドギアを外し、卵型のゲーム対応のチェアから身体をぽきぽきと鳴らしながら降りる。

 この椅子には身体を固定し、体内の電気信号を感知して自身のアバター(ゲームキャラ)の動きに対応する機能がある。

 つまりこの操作は身体能力が影響し、同じ椅子を使っている父は49歳でトップに君臨し続けている…。

 

 身体能力も化物だなと鼻で嗤いながらふわりと癖のある黒髪をくるくると弄る。

 この髪質と青い瞳は母さん似で、鏡を見る度に今頃何してるかなと思いを馳せた。

 基本志穏は実家に帰るのを控えている。

 別に家族仲が悪いという訳ではない。

 寧ろ良すぎて困っているというのが正しいか…。

 

 親父と母さんの仲は良好…というか結婚してから何十年も経つというのにバカップルみたくべったり。

 俺と母さんが何かしら一緒にしていると親父は邪険にしないが子供みたいに焼きもちを焼き、母さんはそんな親父見たさもあって挑発するような事をするし、本当にどうしようもない両親だ。

 その割に二人共べたべたと俺に絡んでもくるし…。

 

 思い返すとため息が出る。

 ある意味居辛い家であるのだ。

 甘ったるい空気と紫煙に包まれる空間。

 あの人(・・・)と過ごした時間は静かで居心地が良かったというのに…。

 まぁ、それも実際に体験したのか幻想なのか不明なのだけど。

 

 幼い頃、親父と比べられる事に限界に達し、親父もゲームも全てが嫌になった時期がある。

 そんな時に俺は公には(・・・)行方不明になった。

 どう説明して良いのか解んないんだけど、前日の夜に眠りについて起きたら海のど真ん中に建っているのではと思えるほどに、周囲を海に囲まれた海上プラントに立っていたのだ。

 訳が分からない俺はひたすら泣いたよ。

 すると屈強で大柄な大人達に囲まれ、「大丈夫だから泣くな」とわたわたと慌てた様子であやそうとしてくれたっけ。

 子供だった俺から見て誰もが大きく強面のおじさんも多く居たけど、根は優しく気の良い連中ばかり。

 何もないからか女性陣は新しい着せ替え人形でも手に入れたかのように、ちやほやと色々遊ばれたものだ…。

 その中であの人(・・・)は別格だった。

 物静かで皆と距離を置き、ニコリとも笑わずにいた女性狙撃手。

 逆に興味を持って近づくとそれに答えてくれて、俺を荒野やジャングルへと狩りへ連れて行ってくれた。

 まるで自然に溶け込む様な技術をさも当たり前のように行う彼女に憧れ、いつの間にか弟子のように狙撃銃の扱いや溶け込む技術を教わっていた。

 周囲に溶け込むようにして視野を広めて戦場の隅々まで見渡しながら、焦りや退屈という邪念を沸き立たせる己との戦いと目標を待ち続ける静かな時間は、非常に心地よくて嫌だったものが全てどうでもよくなった。

 

 ―――誰かに似せる事は出来ても似ているだけで、本人になる事は出来はしない。貴方は貴方でそれ以外の何でもない。

 

 親父と比較される悩みを話したところ、あの人はしみじみと呟くように口にした。

 俺は俺で親父は親父。

 そりゃあそうだ。

 なんて当たり前で至極当然なありふれた答えなのだろう。

 けどあの人の雰囲気と口調により、その言葉はすとんと心に溶け込み、なんだか軽くなった気がした。

 

 気楽で居心地の良い世界…。

 だけど日が過ぎる内に親父や母さんに会いたいという気持ちが次第に強くなり、ある日その事を伝えると少し悲し気な顔をされた後「……そう」とだけ返され、その日は盛大な宴会が執り行われた。

 皆、飲めや食えやで大騒ぎを深夜遅くまで行い、俺も酒は飲めないがジュースや食いもんを存分に飲み食いし、どんちゃん騒ぎを大いに楽しみ、いつの間にか眠りについて目を覚ますとそこは警察署の中だった。

 説明によると一か月の間行方不明となっており、警官からは誘拐や幼児虐待を疑っていると思われる質問が幾つもされたが、自身が体験した事を話すと話を聞く事は出来ないと判断したのか、二度とそう言った質問はさせる事は無く病院で精密検査を受けさせられた。

 今となっては俺自身も本当の事だったのか疑ってしまうがな。

 

 けどその現実か幻想かも分からない出会いのおかげで、俺は親父との比較を気にすることなく狙撃手というプレイヤーとして自身を確立できたのだ。

 

 懐かしいなと思っていると郵送物が収納されるボックスに荷物が届いているのに気が付いた。

 ボックスを開いて取り出すとなんと今では目にする事の無いダンボールに包まれた荷物。

 物珍しさに驚かされつつもダンボールに包まれた荷物を目にし、驚きの余りに口をポカーンを開けてしまった…。

 

 「記録媒体?また珍しい…」

 

 同封されていた紙には体感型のFPSゲームが入っている事と、テストプレイヤーとして選ばれた旨が書き込まれているが、現在ゲームなどのデータ商品はネット経由で売り買いするのが常識。

 データを入れた記録媒体など実物を目にするのは初めてだ。

 それにしても新しいゲームのテストプレイとか面倒そうながらも面白そうだなと、記録媒体を指で弄りながら予定を思い返す。

 ポイントが溜まったから狙撃銃と交換して試し撃ちしたいというのはあるも、別段急ぎという訳でもないしプレイしているゲームはイベントを開催していない準備期間。

 ならばと記憶媒体の差込口に差し、データのインストールしている間に食事を手早く済ませる。

 親父や母さんは原価が非常に高い“食材”を用いた“料理”をするが、俺はそこまで美味しくないが味より栄養素に主眼を置いた液体に近い食事で素早く済ます。

 勿論そればかりでは歯が弱るので顎の筋肉を強化する薬剤が含まれるガムを咬むことを忘れない。

 水分補給もトイレも済ませて、一応ストレッチで身体を解してガムを吐き捨ててゲームギアを手に椅子に腰かける。

 どれだけインストールに時間を取られるかと覗くとすでに完了していて、早く終わった理由に真っ先に思い浮かんだのは容量の少なさであり、ならばそれほど期待は出来ないかと肩を竦める。

 

 さて、どんなゲームなのかとギアを被り、ゲームをスタートさせると意識を失うようにして(・・・・・・・・・・)ゲームの世界に入り込んで行った…。

 

 

 

 急に重くなった瞼を開けるとそこは真っ白な世界が広がっていた。

 テストプレイだとしても世界観も場所すらも解らないチュートリアルで見かけるような、何処でも良い空間でのプレイは勘弁願いたい物なのだが…

 そう思っていると背後より気配を感じて振り返る。

 

 『よくぞお越し下さいました』

 

 礼儀正しく深々とお辞儀をしたのは紫色の人影(シルエット)だった。

 顔も体形も男女の区別がつかず、声までどっちとも取れる中性的では判別のつけようがない。

 

 『私は貴方様のサポートを担当する事になりました…そうですね“紫”とでもお呼びください』

 

 そう名乗った紫はパンっと手を叩くと目の前に文章が現れた。

 内容はゲームタイトルが“メタルギア”というものや注意書き。

 注意書きと言ってもテストプレイに当たっての守秘義務などではなく、プレイ中にキャラクターが殺されるとその時点でゲームオーバーとなり、ゲーム自体が抹消されるなどの仕様上の注意書きだった。

 それにしてもテストプレイで一回こっきりの命で残機無しとは鬼畜プレイも良いところだ。

 だからこそ面白そうという考えが過るのはゲーム中毒者の症状の一つだろうか…。

 

 クスリと笑みを浮かべて読み終わり、同意すると少し離れて待機していた紫が一歩前に踏み込んで来る。

 

 『武器は何が宜しいでしょうか?』

 「…ライフルある?」

 『勿論ありますとも』

 

 パチンと指が鳴らされると何も無かった空間に棚が並び立ち、何十何百という狙撃銃が飾られていた。

 あまりの多さに目移りしてしまってどう選べばいいのか困るほど…。

 困惑を表情に表していると紫は楽し気に語り出した。

 

 『向かう年代である1995年までの様々な銃器を集めました。設定上非常に難しいと言わざるを得ない1995年に試作品が出来上がったダネル(NTW-20)を上に無理を言ってねじ込み、バレット(バレットM82)やドラグノフ、M1(ガーランド)は当然としてデグレチャフ(PTRD1941)種子島(火縄銃)なども各種揃えております。ワルサーのWA2000など如何でしょう。ヘカートⅡ(PGM)も良いですよねぇ。私としてはマクミラン(TAC-50)も捨てがたかったのですが時期が時期だけに(2000年以降)断念せざるを終えず―――』

 

 駄目だこの人(?)…。

 語り出したら止まらねぇ…。

 興奮気味に語り出した紫から視線を外し、棚へと向けると吸い寄せられるように一つの銃に目が留まった。

 金属製でもポリマーフレーム(強化プラスチック)でもない木製の手触り。

 引き覚えのあるボルトアクション機構。

 構えると長すぎる銃身に懐かしさを感じる。

 

 ―――まるでフィンランドの白い死神ね。

 身長に対して長過ぎる銃を見て、珍しく笑みを浮かべながらあの人(・・・)が漏らした言葉だ。

 懐かしい日々が昨日の事のように蘇る。

 

 『モシン・ナガン。百年経っても人気のある銃で、ゲームや漫画を通して色んな作品に登場する有名な名銃ですね』

 「これにする」

 『畏まりました。銃剣とスコープは如何しましょう?専用の四倍スコープか…他のスコープを取り付けられるように改造を―――』

 「スコープは専用で、銃剣は無しの方向で」

 

 そう答えるとケースに収納されたモシン・ナガンが渡され、一旦開けて触り心地などを確認する。

 同時に箱ごと渡された中から弾丸の一つを取り出して触ってひんやりとした感覚に感心した。

 衝撃だけでなく温度の変化すらも再現できるようになったんだな…と。

 

 『他の銃器もご用意いたしましょうか?ハンドガンにサブマシンガン、アサルトライフルにガトリングと各種ありますが』

 「じゃあハンドガンを。リボルバー抜きで」

 

 どのみち並べられても苦手なリボルバーは使わないからそこは省略する。

 再び指をパチンと鳴らしたら狙撃銃が収まっていた棚が消え去り、今度はハンドガンがずらりと並んだ棚が出現した。

 これもまた膨大な量で悩まし過ぎる。

 一つ一つ確かめて回るか…けど早くプレイしたい気持ちも…。

 すると見た目派手な銃が目に付いた。

 他のゲームでも似た見た目の奴を知っていたが、いつも狙撃銃に短機関銃のみの装備だったんで振れたことは無かった。 

 

 「ハンドガンはこれにするよ」

 『デザートイーグルですか…。そちらはお辞めになった方が宜しいかと…。ワルサーP99―――はまだ(1996年)でした。グロッグ17をお勧めいたしますが』

 「駄目なのか?」

 『いえ、決してそのような事は』

 「ならこれが良い」

 『承知いたしました。他の武装は』

 「アサルトライフルはあまり使った事ないからサブマシンガンを。それはそっちのオススメで」

 『ならMP5ですかね。弾薬は九ミリ(9×19m)パラベラム弾。ストックで銃を安定させて、バレルで命中精度を向上。ハンドガードで火傷の危険性を緩和し、セミオートと三点バーストの切り替え可能という…』

 「いや、任せるから…」

 

 この人…いやNPC、癖が強いんだが…。

 違うかな。

 これだけ応対が出来るのなら人工知能やNPCではなく、ゲームマスターやそれに近しいスタッフが操作しているのだろうな。

 

 その紫はデザートイーグルとMP5の準備を終えて差し出してくる。

 予備のマガジンや装備品も受け取る中、ふと思い出したかのように小さな声を漏らした。

 

 『コードネームは如何なさいましょう?』

 「コードネーム?キャラクターネームではなくか?」

 『CIA所属の工作員という役ですのでコードネームと言わせて頂きましたがどちらでも構いません』

 

 一応リストもありますと用意されたコードネーム一覧に目を通す中、特殊能力持ちのコードネームが目に入った。

 

 「キュアー【弱】ってのは何?」

 『治療の為の道具さえあればその場で速攻で治療を行える特殊スキルです。その【弱】というのは前に使用されていたコードネームを引き継ぐので、完全なキュアーではなく下位互換の継承となるのです。撃ち合いとなれば負傷も多いですし、デザートイーグルを扱うとなればあった方が良い特殊スキルですね』

 「ふ~ん、ならコードネームはこれで」

 

 別に拘っているキャラクターネームもないし、ただでさえライフ一つという仕様を設定する鬼畜製作者が内容を簡易にしているとは到底思えない。

 ならば特殊スキルを有難く頂戴することにしよう。

 

 渡された野戦服にモシン・ナガン、デザートイーグルにMP5、それに弾薬や衣料品などを宮代 志穏―――否、バット(・・・)は装備するのだった。

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一コマ:眺める者達

  

 感慨深いものだなと感傷に浸る。

 最初は暇潰しと娯楽に興味を惹かれて誘いに乗ったのだが、それがいつの間にか多くが楽しみ見守る事になろうとは。

 灰色の人影はしみじみと空間に浮かぶ映像を眺めながら思う。

 途中バレて廃棄される手前に至った事もあったが、娯楽もまた必要だろうと認められた。

 理由も話さずに巻き込んだ少年も徐々に成長し、今や子持ちとなって良い歳だ。

 今回ザンジバーランド騒乱が発生するに当たり彼に話を持って行ったところ、仕事やパスと旅行に行くのが重なっていて断られてしまい、メタルギアは不参加かと思いきや息子を誘ってみてくれと勧められた。

 そして今、巻き込んだ娯楽は親から息子に引き継がれたのだ。

 

 発端である事から一番長めの良い場所が与えられ、横には赤と青の人影も並ぶ。

 

 「まさかこうなるとはなぁ…」

 「言い出しっぺが何を言ってるのよ」

 「けど思わねぇだろ?こうして娯楽として認められ、多くが楽しみに見に来るなんて」

 「確かにそれは言えるな」

 

 楽しげに話す様子にクスリと微笑み、浮かび上がる映像を見上げる。

 大きく映し出される少年志穏はパスの髪質や瞳の色を受け継ぎ、顔立ちはバット……もう違うな、健斗に似ている。

 けれど戦闘スタイルはどちらとも異なって面白い。

 

 「それにしてもあの個体で良かったのか?」

 「良いも悪いも上が決めたんだから俺らから言う事は無いでしょ」

 「決めたというか抽選会を行ったというか解らんがの」

 

 三人の視線は話しに上がった紫へと向かう。

 今回健斗の息子である志穏がプレイをすると決めた場合、案内役も変えようとしう話が出たのだ。

 というのも健斗の時はバレてからは上の個体が担当しており、娯楽として拝見した個体の中には自分が担当したいと願い出るモノも少なくなかった。

 

 なにせ我々には娯楽が少なく、管理している世界の魂を自由に扱う事は推奨されていない。

 ゆえに同じような娯楽を新たに増やそうにも審査が厳しく通り難い。

 選択肢がなく娯楽に飢えていた個体の誰もが蝙蝠の活躍を目にし、中にはファンになったものも現れるほど熱中する始末。

 多くの声が挙がった事で上も交代する事に異論はなかったものの、仕事と関係ない娯楽の担当まで上が決めるというのもおかしな話という事で、立候補を募ったうえで性質や性能を吟味して抽選会を行ったのだ。

 

 そしてその審査を通り、抽選会で案内役の座を勝ち取ったのが現在対応している“紫”と名乗った個体。

 勝手にネタバレする様子もなく、銃器に対して勉強して勧めたり対応しているのは問題ないと思うのだが、あの圧というか発する熱量が高過ぎる気がする。

 

 「アレで良かったのだろうか…」

 

 同じく特等席で眺めている半透明の上位個体の呟きに同様の不安を抱きながら、最早どうしようもなく眺めるのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新たな蝙蝠と蛇の出会い

 南アフリカの奥地に不穏な動き在り。

 練度の高い兵士達が集まり、大量の武器に兵器が流れ込み、さらに“アウターヘブン”という武装要塞まで建築されていたという。

 アメリカ政府は自らの諜報機関を用いて情報を搔き集め、そこで新型の兵器が開発されているという情報を得た。

 さすがに不確かな情報のみで大規模な軍事侵攻は出来兼ねない為、より正確な情報を手に入れる為にもアウターヘブン内部への単独潜入作戦を決行。

 その危険極まる作戦に選ばれたのはハイテク技術を駆使し、非常に高い練度を誇る特殊部隊“FOXHOUND ”内で、最高の兵士と称され“FOX(フォックス)”の称号を持つ男―――グレイ・フォックス。

 期待と絶対的な信頼を受けてアウターヘブンに潜入したグレイ・フォックスであったが、後最後の通信では“メタルギア”とだけ残して消息不明に…。

 アメリカ政府は再度潜入作戦を決定し、特殊部隊“FOXHOUND ”への命令を下した。

 

 状況説明を受ける宮代 志穏―――バットは、現在南アフリカ上空を行く輸送機内で待機していた。

 装備品とコードネームを決めるとゲーム(・・・)が始まったのか、視界が移ってこの輸送機内へ移動させられた。

 一緒に居た紫の姿は無く、無線にて指示を行うとの事。

 まだかまだかと待ち侘びるバットに、紫は説明を続ける。

 

 『貴方様の任務はグレイフォックスの捜索に、メタルギアに対する情報収集及び破壊を命じられた特殊部隊“FOXHOUND ”への支援となっております』

 「俺、狩場を選定して待つのが基本戦法何だけど?」

 『何度か拝見させて(・・・・・)頂きましたが、志穏様…いえ、バット様の技量でしたら問題ないと思われますが』

 「いや、そうじゃなくて…ううん、何でもない…」

 『そう…ですか?…とりあえず降下したら陽動としてFOXHOUND隊員の潜入支援をお願います』

 

 自信がないわけではない。

 好きなのが待ち伏せなだけで、乱戦になっても結構活躍した事もあるさ。

 けどもどうしてもそう言ったクエストとなると、母さんと比較してしまう。

 たまに母さんもFPSをプレイするのだが、ある意味親父より質が悪いのだ…。

 

 正面切って戦う親父に対し、母さんは工作(・・)に優れている。

 自身のアバターの見た目を一新し、キャラクターネームも統一性がなく、演技力は女優かと思わせるほどに上手い。

 いつぞやのギルド戦を行った時などアレは酷かった…。

 確か結構な好戦的ギルドで周囲の初心者も多い弱小ギルドが被害にあっており、さすがに懲らしめてあげましょうと言う事で動いたらしい。

 何と母さんは一年も前からそのギルドに入団し、内部情報を調べ上げながら信頼関係を構築。

 異なる派閥をギルド内で作らせて、小さな事から徐々に不和を広げ、内部抗争にまで発展させたのだ。

 最終的に被害にあった弱小ギルド連合がギルド戦を仕掛けたのだが、内部抗争により大半のギルドメンバーの離脱にギルド要塞内の防衛機能など情報流出、修復しようのない不和によって連携が成り立たないなどなど、内部から崩され過ぎて戦いにすらなっていなかった…。

 あまりの手際の良さに聞いてみると“昔の杵柄よ”と苦笑して誤魔化された(・・・・・・)のだが何かしらの冗談だよな…。

 

 『FOXHOUNDより送られる隊員のコードネームは“ソリッド・スネーク”。新人隊員ですがFOXHOUND司令官のビッグ・ボス(・・・・・・)が認めるほどの逸材です』

 「スネーク()?」

 『そうです。蛇と蝙蝠(・・・・)です』

 

 何か含みのある言い方が気になったが、機内のランプが点灯した事で払い除ける。 

 

 『目標地点上空まで十分前。降下準備お願いいたします』

 「了解」

 

 指示されるがまま、降りる前に最終確認を行う。

 モシン・ナガンにMP5、デザートイーグルなど銃器に弾薬。

 ポーチに詰めた医薬品や手榴弾などのアイテム。

 背負ったパラシュートと使用方法。

 忘れ物がないかと念入りに調べ、確認と準備を終える。

 

 『降下五分前後部ハッチ解放』

 

 ゆっくりと後部ハッチが開き、風が勢いよく内部に入って来る。

 広がるのは遠くまで続くジャングル。

 リアルではお目に掛かれない絶景を眺め息をのむ。

 

 『天候・風圧問題なし。降下一分前、後部ハッチへの移動願います』

 

 体内に蓄積された空気を吐き出し、吹き込む空気を取り入れる。

 深呼吸を数度繰り返し、気合を入れると後部ハッチ手前に立つ。

 眼下に広がる絶景だけでなく高所だと認識して妙に足が落ち着かない。

 

 『降下三十秒前、すべて正常、異常なし。カウント開始します。十秒前、九、八、七、六…』

 

 カウントダウンを耳にしながらパラシュートの手順を思い返す。

 それと紫のカウントダウンに感情が籠り始める。

 

 『…二、一、ゼロ―――“鳥になってこい!”幸運を祈ります』

 

 全身で風を受けながら降下する。 

 目標とする建物を視野に収めながら急速な降下に焦り、予定よりは速くパラシュートを展開してしまう。

 速度が落ちて着地時は対ショック姿勢を取って転げ、すぐにリュックごとパラシュートを外す。

 

 『パラシュートに気付いた敵兵が警戒態勢に入りました。哨戒部隊が向かっております』

 「こっちは潜入ではないんだよな?」

 『現在行うべきは陽動。任意での武器の使用が認められております』

 「…ふぅ……狙撃を開始する」

 

 背負っていたモシン・ナガンを手にし、茂みに隠れながら耳を澄ませる。

 数人の足音に僅かに唸り声が聞こえる。

 犬…こういう場合は軍用犬かと嫌な顔をする。

 大概ゲームに出てくる犬に良い思い出はない。

 移動速度が速いし、聴覚と嗅覚が良いという理由で索敵能力高いし、噛みつかれたらダメージだけでなくこちらの行動に支障を与えて来る。

 厄介だなとため息を漏らしながらスコープを覗き込む。

 

 アサルトライフルを持った兵士数名に軍用犬らしきドーベルマンが数頭。

 覗き込みながらMP5を取り易い位置に置く。

 一呼吸おいて一人目に狙いを定める。

 

 トリガーを引いた時、妙な感覚に包まれた。

 撃った感覚というのは他のゲームでも再現されるも、火薬のにおいなどは再現されてはいない。

 だけどここではにおいもするし、命中した際に妙な手応えを感じた。

 不可解に思いながらもすぐに次弾を装填して撃つ。

 一人、二人と倒れたことで敵襲に気付き、何処だと探す間に三人、四人目と撃ち抜く。

 先に発見したのはやはり軍用犬。

 入ってくる姿を確認しながら先に最後の兵士を撃ち抜き、次に軍用犬の対処に急ぐ。

 さすがに移動速度が速いのでモシン・ナガンではなくサブマシンガンであるMP5を構える。

 連射し続けることなく数発ごとに指を放して区切り、近づく軍用犬は短い悲鳴を上げる。

 

 そして最後の一頭…予想外の事が起きた…。

 MP5が弾切れとなり、弾倉を交換するよりかはデザートイーグルを使用しようと構えて撃ったのだ。

 弾は命中したのだが、反動により肩に酷い痛みが起こったのだ。

 十三歳の少年が50口径の銃(デザートイーグル)を撃って、それで済んだのは寧ろ幸い…。

 しかし戦場という場所では命取り。

 それにまさかゲームで泣き叫びそうになるほどの痛みがあるとは思っていなかった為、パニック寸前にまで陥る。

 

 『聞こえますかバット様?』

 「聞こえる…聞こえるけどちょっと…待って…(イテ)ぇ……」

 『キュアーを使用してください。多少痛みが和らぐはずです』

 「使えって…どうやっ…イテテテテ…」

 『キュアーと唱えれば一時停止となり、画面が表示される筈です。そこで治療に必要なアイテムを選ぶことで自動的に治療が施されます』

 「分かった…キュアー!」

 

 言われるまま叫ぶと周囲がモノクロとなって制止し、眼前に治療画面が浮かび上がる。

 治療に最適なアイテムが並べられ、それを指でなぞると使用されて肩の痛みがだいぶん楽になった。

 といっても完治してはいないので幾らか痛みは残る。

 

 こんな仕様聞いていないと文句を言いたくなるも、遠くから足音が聞こえてきた事でとりあえず後回しにする。

 降り立った周囲にはジープが置いてあるので、遺体の一つを近くまで引き摺って動かし、手榴弾をピンを抜けやすい状態にして遺体の服に引っ掛けて簡易のブービートラップを仕掛けて茂みに隠れつつその場を離れる。

 苛立ちながらも進んでいるとすでに後方となった着地地点の方から爆発音が響いた。

 どうやら様子見に来た連中がブービーに引っ掛かったようだ。

 これで敵の目は向こうに向く事になる。

 

 「あんなの聞いてないんだけど」

 『ですからデザートイーグルはオススメしなかったのですが…』

 「そっちじゃない!痛みの話だ!!」

 『……リアリティありましたか?』

 「あり過ぎ…すっごく痛い」

 『痛覚切りましょうか?』

 「別にいい…けど!先に言ってほしかった!」

 『以後気を付けます』

 

 文句を口にするも痛みが無くなる事は無く、残る痛みに耐えながら降下時に見えた建物に向かう道中、一台のトラックを発見した。

 興味深くもあるも警戒は怠らず、近づき荷台の中を覗き見て呆気に取られる。

 外から見れば八人乗れるからという程度なのに、覗いてみれば二十人は入れそうなほどの空間があり、中にあったのは荷台いっぱいに武器・弾薬または衣料品や食料品が積み込まれて――――おらず、置いてあったのは双眼鏡一つ…。

 

 「なにこれ?」

 

 双眼鏡を手にしながら呟き、とりあえずポーチにしまっておく。

 先を急げば同様に三台のトラックが停車し、荷台が無い一台を除いて何かしらないかと一応見てみると電子カード(カード1)が一枚落ちていた…。

 

 「本当にナニコレ?」

 『カード1ですね。電子ロックのレベル1なら解除できます』

 「違う、そうじゃない」

 

 何かズレてるんだよなこの紫って人…。

 頬を掻きながら三台目に乗り込むと中には何も無く、それどころかエンジン音と振動が響く。

 先ほど誰も居ない事を確認した筈なのに、運転手がいつの間にか戻って来たらしい。

 

 痛みと疑問に悩まされながら、バットはトラックに揺れに身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ソリッド・スネーク。

 本名デイビットは特殊部隊“FOXHOUND”内でも優れた兵士である。

 空挺降下、スキューバダイビング、フリークライミングのエキスパートで、銃器・兵器の扱いや近接格闘術にも長け、六か国語に通じていて、19歳の頃にはグリーンベレー(アメリカ陸軍特殊部隊)に所属、湾岸戦争にてイラク西部に潜入で初陣を飾った。

 平和に生きるより戦ってこそ生を実感する戦士…。

 

 今回の任務はFOXHOUND司令官に復帰(・・)した伝説の兵士であるビッグボスより直々に命じられた任務。

 内容はグレイフォックスの救出に、新兵器メタルギアの情報収集及び破壊。

 そのために単独での潜入作戦を行っている。

 水路からの侵入の為に武装の類は持ち込めず、武器と言えるのは自身の肉体のみ。

 

 何処かで武器を調達しないとなと思いつつ、周囲に敵兵が居ないのを確認して水路から上がる。

 上がった先にはずらりと戦車が並んでおり、それだけでもかなり力を持った相手である事を強く認識できる。

 濡れた衣類が気持ち悪くもあるが、ふかふかなタオルも真新しい着替えが置いてある訳もないので我慢するほかない。

 水滴で足跡が付かないようにある程度絞ると先へと進む。

 

 水路の向こうは格納庫にもなっているらしく、またも複数台の戦車が止めてある。

 しかし周囲に警備の目は無い。

 どうやら陽動が上手くいっているらしいな。

 

 FOXHOUNDとしては支援はビッグボスからの無線指示しかないのだが、政府上層部が重く見たのかCIAから工作員一人を支援に送るとの事。

 話によれば空挺降下して敵の目を引きつけ潜入時の陽動を行い、その後潜入する事が出来たのなら俺の支援を行う事になっている。

 下手な期待はせずに自身一人で行うという気持ちで居た方が良いだろうな。

 

 潜入任務である事と武装がない事から警戒を怠らず、慎重に警備の目を掻い潜って進む。

 ここの兵士は特殊なゴーグルを使用しており、かなり遠くでも鮮明に見えるらしく、どれだけ離れていても前に立てば見つかってしまう。

 逆にゴーグルゆえの弱点で正面以外は見えない(ゲーム上の仕様)

 例え真横に立っても気付かぬほどに…。

 

 気付かれぬように調査しているとアウターヘブン内にトラックが四台(・・)停車しており、荷台を確認しようと一台ずつ調べて回る。

 中には電子カード(カード1)にレーション、双眼鏡が置かれており、それらを回収して四台目に入り込んだのだが何も無い。

 何が運ばれたのかと疑問を浮かべて荷台から出ると背後より銃口を向けられた。

 

 「…動くな。両手を頭の後ろに」

 「若いな。新兵か?」

 

 声からして相当若いのが解る。

 問うてみれば雰囲気から苛立ったのを感じる。

 感情が素直に現れ過ぎるが、どうも感情のまま動く短絡的な奴ではないらしい。

 距離を保ったまま警戒している。

 

 「若くて悪いかよ」

 「いやぁ、悪い事はないさ」

 

 手を頭の後ろにしながらゆっくりと振り返ると、予想以上に若過ぎて一瞬だけ動揺する。

 新兵どころではない。

 少年兵だ。

 同時に服装や装備からここの兵士でもないと察した事も同様の原因だ。

 アウターヘブンの兵士でもなく、現地民がこんなところまでヅカヅカ入ってくることも叶わない。

 …と、なればこの少年兵がCIAが送り込んだ工作員という事に…。

 

 「そこで何をしている!?」

 

 お互いに相手を警戒し、観察していると敵兵が現れた。

 スネークは遮蔽物で身を隠していない為、今撃たれれば非常に不味い。

 敵兵の指が銃のトリガーに触れようとするも引く事叶わず、弾丸をその身に浴びて地に伏した。

 

 「貴方が蛇か?」

 「そうだ。俺がソリッド・スネークだ坊主」

 「坊主は止めろ」

 「じゃあ何て呼べばいい?スモールソルジャー?それともミーシャか?」

 「バット。それが俺のコードネームです」

 「蝙蝠か。了解した。ところで何か銃は持ってないか?」

 

 一難去ってまた一難。

 お互いの疑心暗鬼は解消されるも先の銃声を聞き付けて敵兵が集まってきている。

 それらを任せる訳にもいかないが、アクションだけで武装兵力に戦いを挑むなど映画の話だ。

 スッとバットが差し出して来たのは50口径のハンドガン(デザートイーグル)

 予備の弾倉も渡され、銃声が気になるところであるも状況が状況だけに余裕がない。

 

 「前衛は任せますよ。これでもスナイパーなんで」

 「誤っても誤射してくれるなよ」

 「そっちこそ前衛役が先に潰れないで下さいよ!」

 

 トラックに身を隠しながら入り口に集まる敵兵と交戦を開始する。

 さすが50口径の拳銃としては最大の攻撃力を持つ銃だけあって大した威力だ。

 代わりに反動が凄いがな。

 七発撃ち終えて預かった予備の弾倉を入れ替える。

 その間にMP5からモシン・ナガンに持ち替えたバットが離れた位置より次々とヘッドショットを決めていく。

 身体の小ささを活かした自滅覚悟の突撃を行う少年兵でも、実戦経験の少ない新兵という訳でもない。

 最低限足手まといにはならなさそうで一応安堵する。

 状況は最悪の一途であるが…。

 敵兵を撃てば撃つほど銃声が響き、救援要請を受けた援軍が集まる。

 今はまだ良いが、弾薬とて無限ではない。

 

 「現状を打破する手段はあるか?」

 「手持ちの弾薬以外に手榴弾が」

 「なら投げろ!」

 

 ポーチから手榴弾を片手に一つずつ掴むと口でピンを抜き、一個ずつではなく二ついっぺんに放り投げる。

 入り口に転がった二つの手榴弾は連続して爆発を起こし、集まっていた敵集団が転げまわる。

 

 「ムーブ(移動)!!」

 

 僅かに出来た隙に突っ込む。

 反撃を行う者もいるがそれは走りながら対処するしかない。

 二人して敵中突破して視界から逃れるように走り、戦車の下へと転がり身を隠す。

 視界の狭さから見失った敵兵が声を荒げ、捜索しているのが声や走り回る足音からよく分かる。

 とりあえず撒けたことに一息つき、同じく戦車の下に潜り込んで隣にいるバットへ向く。

 

 「持っているなら(手榴弾)先に使って欲しかったな」

 「…すみません。普段使い慣れてないんで忘れてました。普段トラップに使うばかりだったので」

 「そういや変わった使い方してたな」

 

 先ほどバットは手榴弾を二つ放り投げていた。

 二か所ではなく一か所に…。

 疑問を抱いていただけに自然に口から出た。

  

 「あー、以前一つ放り投げたら親父が何事も無かったように蹴り返してきて大変な目にあったので(※ゲームの話です)…」

 「………そうか…」

 

 両親というものを知らず、多くの育ての親を持つスネークはそうかとしか返せなかった。

 まず親に手榴弾を投げるという状況事態異常な上、難なく対応して見せた彼の父親にも驚かされる。

 気になるところであるが話の内容的にあまり掘らない方が良さそうな話題であるのは確かだ。

 その後両手両足撃たれて行動不能になるだの、自分が行動不能になった穴から部隊が壊滅して色々叩かれた(責められる)だの、別の意味で怖くあまり聞きたくない呟きがぶつぶつと漏れるが気にせず話を続ける。

 

 「この銃(デザートイーグル)、子供にはデカすぎる」

 「なんですか?喧嘩売ってます?」

 「いや、そうじゃない。俺はお前の実力は理解しているし認めている。だけど体格的に難しいだろうって話だ」

 「…で?」

 「無理に使っても身体を痛める。俺は現状武器を持っていない。そこで俺にくれないだろうか?」

 「だったら最初からそう言えば良いじゃないですか」

 

 まったくと唇を尖らせながら納得したようで、渡し切れてなかった残りの弾倉も渡して来た。

 子供っぽい感情の起伏と少しばかり生意気な口調に笑みを漏らし、敵兵が辺りから引くまで蝙蝠と蛇は暗がりに潜むのであった。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:悩む親

 

 四年前…。

 バット(オールド・バット)―――宮代 健斗は悩んでいた。

 これまで様々な状況に出くわして来たが、この悩みは対処の仕方がまったく解らない。

 挑んで来る敵対者なら銃撃戦でも格闘戦でもぶちのめせば良い。

 仲間を増やしたいのなら縛ってから交渉したり、得意な仲間に任せれば良い。

 けれど今回の件はそれらに当て嵌まらない。

 

 息子の志穏が酷く疲弊しているのだ。

 理由は俺と比較されるのが嫌で嫌で仕方ないからと。

 どうにかしてやりたい気持ちは当然ながらある。

 しかしながらここに大きな壁が立ちはだかっている。

 相手は実体が見えないゲーム内の多くのプレイヤーで、法律的にも物理で何とかすること叶わず。

 志穏と言葉を交わして和らげようとも、比較の対象である僕の事も嫌っていて真面に話を聞いてはくれない。

 一応ゲーム会社にメッセージは送ったものの、対応してくれるかどうかは解らない。

 八方塞がりな状況にため息を漏らし、我が子一人護れない自身に苛立ちが募る。

 

 「………永遠とリスキルしてやろうか…」

 「なに物騒な事を口走っているの?」

 

 ポツリと漏らした言葉にパスが呆れ顔で反応する。

 火のついた煙草を咥えて向かいのソファに腰かけ、煙を吹かして灰を灰皿に落す。

 

 「むぅ…紙巻か」

 「いつもと言う訳にはいかないわ。それにこっちの方が楽だから」

 

 好みとしては噛み煙草(無煙煙草)なので、紙巻きであったことを残念がって唇を尖がらせた。

 ただし“好み”と言っても噛み煙草が好きなのではなく、噛み煙草を使用(・・・・・・・)しているパスが好き(・・・・・・・・・)”で、位置を直す為に唇を指先で押す仕草が可愛いのだ。

 そしてパスはそんなバットの好みを察しているがゆえに、最早慣れている(・・・・・)噛み煙草の位置を直す振りをして仕草を見せ付けている…。

 

 一時は呆れ顔を見せたパスであったが、理解と歯痒さを知っている為にすぐに表情は真面目なものと入れ替わる。

 

 「あの子の事よね…」

 「うん、何とかしてやれないかなと思ってさ」

 「難しいわよね」

 「投げるようで悪いんだけどパスの方で励ませる?」

 「私、何処かの誰かさんみたいに敵兵を味方に抱き込むほど口達者じゃないのよ?」

 「ごめん、今のは忘れて」

 

 冗談めいた口調ではあったが苦々しさを含んでいた事に、自分の浅慮な言葉に対して余計に深く沈み込む。

 気にしていない風なパスは大きく煙を吸い込み、ため息と共にゆっくりと吐き出し言葉を続ける。

 

 「特定(・・)侵入(・・)も出来ているから黙らす事は出来るのだけど」

 「……なんて?」

 「だから相手()の住所の割り出しは終わってるし、システム内にも入ったからやろうと思えば何でも出来るのよ。それこそ改竄して罪に問うことぐらい簡単に」

 「どっちの方が物騒なんだろうね…。そんな事させるんだったら僕が出向くよ」

 

 …行ってどうするつもりなんだと普通は突っ込むところなのだが、この室内にそんな突っ込みをするようなまともな人間はいなかった…。

 

 互いに解決に導く事が出来ない状況を再確認しただけに、空気は重く苦しく感じる。

 

 「ねぇ、小さい頃どうだったの?」

 

 そう聞かれて自分の幼い頃を思い返すも解決策に繋がる事は思い浮かばなかった。

 誰かと比べられて苦痛と感じる以前に、まずそんなに比べられる事もなく、日々をただただ過ごして居た記憶。

 パスもパスとてサイファーの下で訓練を積まされ、悩みを抱く余裕のない生活だった為、志穏の悩みを近いレベルで共有することは出来ない。

 健斗が首を横に振るうとパスは「そうよね…」と淡い期待を抱いていただけに苦い表情をする。

 

 「バット(・・・)、なんとかしてあげれない?」

 

 普段は健斗呼びであるも二人っきりの時はバット呼びをするパス。

 それでふと健斗は思ってしまった。

 

 「あっちに(・・・・)連れて行けば何とかならないかな?」

 「向こうへ(・・・・)?」

 

 正直思い付きだった。

 だけどパスはその言葉に驚き考え込む。

 

 パスは悪い考えではないと思う。

 身近に居て知らず知らずの内に甘えのある自分達より、繋がりの無い第三者の方が接しやすいのではないか…と。

 国境なき軍隊で知っているカズはふざけているものの、基本は真面目な性格で察しも良くフォローも出来るので、近くにいるだけで自然と志穏の棘も大分和らぐのではと思いもする。

 …まぁ、息子でなく娘だったならば絶対に送りたくない相手ではあるが…。

 それにパスはサイファーの工作員としてスネークの下へ素性を隠して潜り込んだ時を思い出す。

 相手は敵だと思ってはいてもそこでの生活に心地よさを抱いて普通に楽しみ、任務を全うせねばという使命感と失いたくないという気持ちのせめぎ合った身としては余計に…。

 

 「良いわね。それ行きましょう!」

 「ヴェノムさんに投げている様で思う所あるんだけどねぇ」

 「だったら他に妙案ある?」

 「…すみません」

 

 何も考え付かずに謝る健斗は早速連絡しないとなと思うと同時に、その前に彼ら(・・)に頼まなければと特殊なケース内で保存された葉巻の側にある古めかしいVRゲーム機に目を向けるのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

システムは世界に溶け込み混乱を生む

 「…あんまり美味しくない」

 「ここが高級レストランにでも見えたか?文句言わず食え」

 

 不本意ながらの銃撃戦を行い、交戦状態から警戒態勢に移行されるまで身を隠していたバットとスネークは、出会ったトラックの駐車場になっている場所でレーションを食べていた。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 まさにその通りで腹が減って戦闘時に力を発揮できなかったら大事だとスネークが、首を傾げたバットに無理にでも食べるように言い聞かせたのだ。

 ゲームだと思い込んでいるバットにとっては、栄養分は接種しているのでゲーム内で食べて意味があるのかと思うも、何かステータスや話の都合上影響が出るかもと危惧して口にする。

 …が、料理が提供される訳でも、材料や器具がない状態では自分達で作る事も出来ず、食べるものと言えば落ちていたレーションのみ。

 食事は栄養を摂取するだけでなく、美味しいは舌を喜ばし英気を養う。

 しかし軍からの支給、または申請して得るレーションなどが美味し過ぎては食い過ぎや備蓄の消費拡大に繋がってしまう。

 供給が増えれば軍の資金源も圧迫しかねないので、味をほどほどにしている国もある。

 二人が口にしているレーションはそういったもので、美味くもなければ不味くもない微妙なものであった。

 

 「…微妙だな」

 「そっちも似たような事言うじゃん」

 

 不服そうな言葉にバットが突っ込む。

 会話が成り立つ事で忘れそうだが、ゲームなんだよなとスネークを見つめながら思う。

 NPCにしては対応がスムーズで送ってきたゲーム会社の社員が役を演じているとしても、製品として出した場合に同じように出来る筈もない事から、高度なAIによるものなんだろうなと感心する。

 そんな事を思われているとは知らないスネークは、妙な視線に戸惑い首を傾げるも手と口は止めはしない。

 もぐもぐと食べているとすぐにレーションは空になった。

 

 「味は兎も角食い足りないな」

 「だったらおかわりすれば良いじゃないですか」

 「そんなに持ってないし、今から消費し過ぎる訳にもいかないだろ」

 「何言ってんのさ」

 

 手持ちを心配して遠慮している事に、バットは重い腰を上げる。

 持ち物をメニュー画面(・・・・・・)で確認してHPの回復効果がある回復アイテムである事は解っているので、スネークが消費を躊躇う気持ちは解らなくもない。

 しかしながらここで(・・・)それは無意味と言えよう。

 

 停まっている四台あるトラックの一台に近づき、そそくさと荷台の中に入って行った。

 どうしたのかと見つめているとすぐに出てきたバットは、なんと(・・・)レーションを手にしていた。

 なんと(・・・)と驚いたのは先ほどスネークが口にしていたレーションがそのトラックに置いてあったもので、広い荷台にポツンと一つだけ置いてあっただけに取り残しは無かったからだ。

 「ほい」と手渡してくるバットに疑問を向ける。

 

 「これどこから?」

 「は?トラックの荷台」

 「それはさっき俺が回収したはずだが…。お前の分を分けてくれたのか?」

 「回復アイテムに余裕がない状態でする訳ないでしょうに。ただでさえライフ1の鬼畜ゲーで…っとプレイ中に無粋な言葉を…」

 「アイテム?プレイ?何の話だ?」

 「ごめん。今のは無しで。それよりさっきの問いの答えだけど荷台見てみなよ」

 

 違う疑問が残るもとりあえず言われるがままに荷台を覗いてみる。

 すると荷台のど真ん中にレーションが転がっているではないか。

 

 「…レーションがある」

 「それ拾ったら出て来てよ」

 

 若干バットが置いて行ったのではと疑いを残しつつ、拾って外に出るとコトンと物音がする。

 荷台には誰も居ないし、バットは隣にいる。

 となれば今の音はなんだとデザートイーグルを手に、再び荷台を覗くと先ほどと同じくレーションが置かれている。

 先ほど拾ったレーションを確認してどういう事かと首を捻っていると、今度はバットが回収して戻ってきた。

 

 「自動的に補充されるんでしょ。多分」

 「補充って誰がだ?」

 「あんまりそういう(メタイ)発言止めようよ。考えても無駄(システムだから)だって」

 

 そう話を切られて渋々了承し、レーションを片付けて本題に移る。

 

 「情報は持っていないんだったな」

 「こっちは陽動後に手助けしろって言われただけだからね」

 「手掛かりがないのは同じだが、狙撃手が仲間になったのは有難くあるか」

 

 お互いの情報を交換した結果、同じ任務内容を告げられ、援護につけかつくかしか聞いていないとの事。

 相手が追加で情報を持っていると期待していただけにがっかりするも、スネークは前向きにとらえて次に考えを進めている。

 バットとしては潜入任務や情報収集などは得意分野でないので、リードしてくれそうなスネークに従う気でいる。

 少し態度が大きく、小生意気ではあるも基本素直で狙撃手としての腕が良いバットに好印象とまではいかずとも信頼は出来そうだとスネークは気に入っていた。

 今まで関わってきた兵士の中にはもっと生意気な奴や、横柄な奴も居たのでこの程度可愛いものだと割り切っているところもあるが…。

 

 「武装面も心配だから戦闘は避ける感じ?」

 「あぁ、というか潜入任務はステルス性を重視するから避けるべきだ。それは狙撃手も一緒だろう」

 「獲物が来るまでは」

 「なら避けていくぞ。下手して戦車で応戦されたら今の装備では難しいからな」

 

 潜入してからここまで戦車を十台以上も見ただけに、全面的な戦いになれば任務処ではないのは理解している。

 戦闘は避けるか最小限で進むのが最善策だと互いに理解し、向かうルートを確認する。

 この建物は屋上も含めて四階構造になっており、ビッグボスよりもたらされた情報によると三階への直通エレベーターがあるらしい。

 全階に行けるのもあるとの事だが、現在地から少し離れていて、基地内が高度なセキュリティで扉がロックされている為に、空かない扉が多いらしい。

 セキュリティレベル1の扉を開けるカードキー(カード1)では頼りないので、他のカードや武器を探索しながら捕虜が居るらしい三階へと向かう事に。

 なんでもこの近辺で活動していたレジスタンスが捕虜として捕まっており、彼らならこの基地やグレイフォックスの情報を持っている可能性があるのだ。

 そうと決まれば武装の確認をして二階を目指す。

 

 二階へと続くエレベーターまで兵士達が二人一組で警戒に行っているも、周囲の気配を探るのが上手いバットのおかげで位置を知り、視界が切れた隙にスネークが気絶させるといった手段でどんどんと片付いていく。

 ただ問題になったのがエレベーター前に居る兵士二人。

 完全に視界を切る事も無く、こちらも近づくための遮蔽物がなく動けない。

 

 「狙撃しようか?」

 「音でバレる。もしエレベーターに乗れても途中で止められたら一貫の終わりだ」

 「なら陽動かぁ…やりますよ」

 「それは最終手段だ」

 

 もし同じくエレベーター前に兵士が居たとして、毎回乗る度にバットに囮をやってもらう訳にはいかないだろう。

 ゆえに何かしら手段を考えねばと思っていた矢先、警備していた兵士に動きがあった。

 

 「交代だ!!」

 ((そんなデカイ声で言うことあるか!?))

 

 こちらに聞こえるように言っているのではないかと罠を疑うレベルで、大きく発せられた交代に二人は一瞬膠着する。

 そうすると警備の兵士が去ってから(・・・・・)、新たな警備の兵士がやって来た。

 バットもスネークも何の感情も見せずにただ黙って待ち、同じく大きな声で交代が告げられると、兵士が離れた隙にエレベーターに乗り込んだ。

 

 「質問良いですか?」

 「…あぁ」

 「ここの兵隊って馬鹿なんですか?視野は狭いわ、大型トラックの荷台に荷物一個だけ載せて運ぶわ、敵は侵入しているのにでかい声で交代を知らせるわ」

 「言ってやるな」

 「そんなのにスネークの所(FOXHOUND)最優秀兵士(グレイフォックス)が捕縛されたんですよね?」 

 「言ってくれるな」

 

 同じことを思っただけにスネークは申し訳なさそうに答える。 

 なんとも言えない空気が漂うエレベーターは目的の三階に到着してドアを開く。

 開閉部の僅かな隙間に左右それぞれに潜みながら、エレベーターの外の様子を確認する。

 敵兵の姿は無いが監視カメラが設置されており、取り付けられたレーンをゆっくりと動きながら周囲を監視している…らしい。

 二つのカメラが異なる軌道を動くも、点でバラバラなので監視している筈なのに死角……違うな、どちらのカメラにも映らない空間を一定時間ごとに生み出してしまっている。

 

 (これでは監視カメラの意味があるのか?)

 「ガバガバじゃん。これ意味あんの?」

 

 思った事がそのまま隣から洩れた事に苦笑しながら行くかと視線を送る。

 二人してカメラの動きに注意しながら左へと向かう。

 左の区画には中央の小屋を中心に敵兵が巡回しており、スネークとバットは手早く無力化………したのだけどもそれは無意味に還る。

 なにせその小屋は入り口で電子キーで制御され、そのレベルは2。

 持っているカード1では開けようがなく断念。さらに先の区画に進むのにもカード2(レベル2)が必要なので同様に開かず行き止まり。

 来た道を戻って、またもカメラの死角を通って別の区画へ入る。

 巡回している兵士二名を気絶させ、ロックされている扉は二つあるも片方は左側同様にレベル2。

 けどもう片方はレベル1で難なく開ける事が出来た。

 中は小部屋になっているも敵兵が居ない。

 喜ばしい事であるもののそれが問題である事にすぐに気づく。

 小部屋は繋がっており、隣には捕虜と思われる男性が縛られていた。

 

 縛られているが物理的に動けないように細工(・・)を施されてはおらず、拷問官どころか簡易要員すらいないというのは問題なのでは?

 思いはするもとりあえず縛りを解いて自由にする。

 

 「助かった!」

 

 そう礼を言った彼はレジスタンスの一員で、捕まったグレイフォックスやメタルギアの情報は何一つ持ち合わせていなかった。

 内心がっかりしながらレジスタンスを逃がしてやろうとするスネークに対し、バットは待ったをかけて引き留めて何やら話し込み、考え込んだレジスタンスは頷いて何か了承した様子。

 疑念を抱いていると来た道を戻ろうとした事から肩を掴んで止める。

 

 「何をさせる気なんだ?」

 「なにって…武装して手伝って貰うんですよ。父曰く、戦場(ゲーム)では武器もアイテムも兵隊も現地調達(・・・・)出来るそうで」

 「…深く突っ込まないが、お前の父親は何者なんだ?」

 「…本当に何なんでしょうね」

 

 問われて明確な答えを返せないバットはため息を漏らしながら、本当に異常ですからねと遠い目でする様から本当に色々あるらしく興味が湧いてくる。

 兎も角、バットの案に賛成して、外で気絶させた兵士を小部屋に連れ込んで一人は隠し、もう一人は制服も含めた装備品を剥ぎ取り、捕虜の服装と入れ替えて縛っておく。

 代わりにレジスタンス兵士が制服を着て銃を構える。

 

 「じゃあここは任せる。行くぞバット」

 

 スネークはバットと共に先へ進む。

 先へと続くであろう電子キーレベル1をカード1で解除し、開かれた扉より踏み出した。

 

 急な息苦しさと痛みが身体を蝕む。

 何事かと困惑した二人に無線が届く。

 

 『言い忘れていたが(おりましたが)、ガス地帯ではガスマスクが必要だ(必要となりますので)

 「「遅いよ!本当に先に言ってくれ!!」」

 

 バットは紫に、スネークもつられてビックボスに怒鳴って口元を押さえ、大慌てで飛び込むように小部屋へと戻ったのであった…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:ヴェノムと子蝙蝠

 

 ヴェノム。スネークは洋上プラントの甲板上で一人葉巻を吹かしていた。

 何年ぶりだろうか。

 久しく姿を見ず、噂すら耳にする事すらなくなって、死んだのではと推測が流れ始めたバットより突如連絡が来た。

 息子のシオンを少しそちらに預けたいと…。

 

 久方ぶりに連絡を寄越したと思えば、予想外の内容に面食らった。

 ここは託児所ではないと文句を言うも、事情があるとの事で頼まれてしまったのだ。

 言っている内容が内容だけにどうかとも思ったのだが、銃器には覚えがあるらしく戦場に連れて行かなければ問題ないらしい。

 蝙蝠が関わると良い意味でも悪い意味でも乱される。

 あの人(・・・)もこういった事を味わっていたのだろうかと思いを馳せ、葉巻を口から話して大量の煙を吐き出す。

 

 そろそろ休憩を終えて戻るかと踵を返そうとした矢先、視界の端に人影が映って視線を向けると、ぱちくりと目を見開いてポカーンと呆けている少年の姿が…。

 

 確かにダイヤモンド・ドッグズのマザーベースには少年兵が居る。

 バットが居た頃の少年兵はイーライと共に戦場に戻ったり、数年経ったことで青年に成長して祖国に戻るかダイヤモンド・ドッグズで働くかしている。

 最近でも少年兵を保護しているけれども、それは現地で生まれ育った少年・少女であり、今目の前にいる少年は明らかにアジア系。

 売られて少年兵として扱われていたのを保護していたとしても、アジア系で青い瞳という特徴的な少年をさすがに俺が知らないという事は無い。

 

 いや、待てよ…。

 黒髪のアジア人。

 ふわっと癖のある髪質に青い瞳。

 顔立ちも含めて何処か覚えがあり、ヴェノムは呆れたようにため息をつく。

 

 親が親なら子も子か。

 突然現れては突然去って行く。

 ただこの子の場合は海に囲まれ、周辺の海域も空域も監視体制を敷いているというのに何処から入り込んだという疑問もあれど、予想通りであるならば疑問を抱くだけ無駄であろう。

 

 「お前がシオンか?」

 

 問いかけながら振り向くと少年はびくりと肩を震わし、不安そうな表情を晒しながら頷く。

 やっぱりそうかと近づけば、恐る恐る距離を取ろうとする。

 それもそうか。

 見知らぬ地でたった一人。

 面識のない大人が寄って来るのだから怖い筈だ。

 子供をここに置いてなにをしているのだろうかと蝙蝠に呆れ、とりあえず落ち着かせようと膝をついて出来るだけ視線を合わせようとする。

 

 「そう怖がらなくて良い。俺は―――」

 

 そこまで言うとヴェノムの言葉は劈く様な泣き声で掻き消された。

 耳に障る高音に思わず耳を塞ぎ、戸惑うもこの反応も無理ないこと。

 

 少年視点から見れば膝をついても自分より大きく、ガタイも良くて厳つい。

 所々に残る古傷に眼帯、さらに角が生えた異様で見知らぬ男性が急に迫って来たのだ。

 ビビらずに耐えられる十歳未満の子供の方が稀有だろう。

 

 子供の相手もままならぬというのに、泣きじゃくる子供をあやす術など知る由もないヴェノムはただひたすらに戸惑う。

 どうすれば良いのかも解らず、ほぼ思考停止したかのように固まり、仕方なく放していた葉巻を加え落ち着こうとする。

 その様子に気付いた歴戦の戦士達が近づいてくる。

 

 「おうおう、坊主。泣き喚いてどうした?」

 「男が大口あけて泣くもんじゃあねぇよ」

 「もしかしてバットの子供ってコレですかい?」

 

 年月が過ぎたせいでバットを見知った兵士も少なくなった。

 戦場での死亡に負傷による引退、または歳により身体がきつくなった事を理由に辞めたりと、今や話で知っていても実際にバットと接していない兵の方が多いかも知れない。

 すでにバットの子供が来ることはダイヤモンド・ドッグズの兵士達に連絡しており、近づいてきた連中はバットを知る古参達。

 泣き喚く少年も珍しいがバットの子供とすればこれほど興味を惹かれる者もないだろう。

 

 自分一人では何も出来ずに困り果てていただけに、彼らの登場にホッと内心安堵する。

 それは尚早過ぎた訳なのだが…。

 

 先の数倍の大声と枯れんばかりの勢いで涙を流し始めたのだ。

 いきなりの出来事に驚く古参に、どうして余計に泣き喚くのか理解出来ていないヴェノム。

 歴戦の猛者が体格に似合わずおろおろと慌てふためく様子は滑稽で、それゆえに多くの目を引く。

 

 「何してるんですか!?」

 「子供に寄って(たか)って!!」

 「違ッ!?俺たちゃ別に…」

 「ボスも見てないで止めて下さいよ!!」

 「…あ、あぁ、すまない」

 

 怒鳴りながら現れたのはダイヤモンド・ドッグズで兵士として働く女性兵士達。

 囲んでいた古参の兵士もたじろぎながら道を譲ると、一人の女性兵士が慣れたように少年を抱き上げる。

 

 「ただでさえ顔が怖いのに囲まれたら泣くわよ!」

 「ただでさえ…顔が怖い……だと!?」

 「おー、よしよし。もう大丈夫ですよ」

 

 先ほどまでが嘘のように鳴き止み、ひしっと瞳を涙で潤わせながら女性兵士に抱き着く少年。

 ヴェノムはスタングレネードさながらの音による攻撃から解放されて良かったと思う反面、顔が怖いともろに言われてショックを受けた古参に同情の視線を送る。

 少年が怖がり自分を頼る様にしがみ付く様に、女性陣は思う所があったのだろう。 

 視線だけで意思疎通してこちらを強い意思(・・)を持って見てきた。

 

 「この子の面倒私達(・・)で見ても良いですか?良いですよね?―――ねぇ()?」

 「…頼む」

 

 大事に抱き締めながら女性兵士に囲まれ、わいわいと賑わいながら去って行くのを見送り、ヴェノムはどこか覚えのある光景だなと思い出に浸って、古参達と共に疲れた表情を浮かべて葉巻を咥えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇の拳は壁をも貫く!

 待たせたな!
 …お待たせいたしました。

 夏バテだと思うんですけどダウンして投稿が遅れました。
 すみません。


 バット―――宮代 志穏は昔の記憶を思い出す。

 一年ほど前にイベント限定のレア武器を周回していたのだけど、効率が良い場所が遮蔽物の無い洞窟での乱戦という狙撃メインの志穏には難しく、ズルだとは思いつつも父親である宮代 健斗を頼ったのだ。

 近接戦闘に乱戦も戦闘スタイル的に得意で、難しかった周回は恐ろしく簡単な作業へと変化した…。

 ただ早撃ちは見事なのだが急所に中々当たっていない。

 (NPC)には当たっているのでダウンは取れるているし、復帰したとしても前衛として前に突出している親父を襲うし、弱った敵に止めを刺せば経験値も楽に稼げるから良いけどさぁ…。

 

 案外時間も掛からずにレア武器を手に入れた俺達は、軽く高難易度のミッションを周った。

 その際に静か過ぎたので話題が欲しいなと思い話を振ってみた。

 

 「そういやさ、親父討伐イベントあったじゃん」

 「あぁ、あったね。正直僕からしたら鬼畜イベントだったんだけど」

 「どうして敵を味方に引き込もうとか思ったわけ?」

 

 参加しなかったけれど話は聞いていた。

 ラスボス化していた親父の知名度とプレイヤーの意思を組んだ大型イベント。

 一対一五〇〇の無謀とも思える討伐戦…。

 運営側は勝利者に結構な額のゲーム内硬貨と上位装備一式を与えるとして、多くのプレイヤーがこぞって参加を申し出た。

 景品目当てもラスボスを倒してみたいという好戦的な奴も、記念に参加したいと言う者などなどの理由で、かなりの人数が申し込んで来たので抽選で一五〇〇名が選ばれた。

 

 イベント開始直後は親父が優勢だった。

 お得意の近接戦闘に早撃ち、それにイベントエリアに設定されたエリアを素早く行き来して翻弄し、参加プレイヤーを翻弄した。

 ただし、それも最初だけで撃てば撃つほど弾を消費する。

 銃弾の補充はエリアの数か所に設置された武器庫で補充できるのだが、それを見越して協力体制を取ったプレイヤー達が待ち伏せを行ったのだ。

 弾が切れれば近接戦しかなく、得意と言えどもさすがに時間内に一〇〇〇人以上のプレイヤーを相手にするのは難しい。

 そこで親父は敵を勧誘し始めたのだ。

 確かに協力体制を取っているプレイヤーも居るのだが、単独で動いている者や記念参加してみただけという全員に纏まりが出来てはいなかった。

 

 共に戦うのなら報酬のゲーム内硬貨を分けよう。

 装備は仲間内でじゃんけん大会でも開いて景品にしようか。

 使わないレア武器があるんだけどいらないかな?

 …などなどこっそりと勧誘し、景品を諦めかけていた者や何より面白そうと話に乗るものも現れて、最終的に二百名ものプレイヤーが親父側に回り、協力体制を敷いたと言えどもそれぞれが連携を取れているとは言えず、部隊ごとに各個撃破されて結果は親父側の勝利。

 その後のじゃんけん大会などで親父の趣味に合わないと言うだけで、超が付くほどのレア武器大放出祭りが開催されて大いに盛り上がったという…。

 

 「んー、だって武器や人員は現地調達が基本だったからさ」

 「まるで実戦を積んだみたいな言い方」

 「だって頼りになる戦友と積んで来たんだもんね」

 「あー、はいはい」

 

 親父の冗談を聞き流すとすぐふてた様に頬を膨らます。

 歳の割に一人称や仕草がどうも子供っぽいんだよな…。

 それに冗談にしても戦争なんて数世紀も(・・・・)行われていない(・・・・・・・)のに何言ってんだか。

 苦笑いを浮かべていると親父はどうやって仲間に引き入れたか、どうやって交渉をしたかを語ってくれたが正直よくやるものだと感心半分呆れ半分で聞いていた。

 

 「なんにしても親父が異常なのはよく分かったよ」

 「異常って…酷いな志穏は。意外に志穏の方が上手いかも知れないよ」

 「人外チートが何言ってんの?」

 「いや、ガチで言うの止めて。さすがに視線が痛い…。狙撃は志穏の方が上手いでしょうに」

 「そりゃあそうだけど」

 「もっと自信持った方が良いよ志穏はさ」

 「親父は根拠もなく自信を振り撒く(?)のやめような」

 「…善処します」

 「それ絶対しないやつじゃん」

 

 親父とのなんて事の無い日常の一コマ…。

 それが役に立つなんて思わなかったなと志穏―――バットは世の中いつ役に立つのか分からないものだなと実感する。

 

 “メタルギア”というゲーム(・・・)は自由度が非常に高く。

 自身の行動如何で捕虜が味方になる事もある。

 無線越しに紫から聞いたバットは、記憶にあった会話を思い出してそれを今まさに実践しているのだ。

 …と言ってもいきなりの交渉術は拙く、スネークの手助けがあった事と交渉相手がレジスタンスでアウターヘブンの連中に対抗意識を持っていたのが幸いして、良好とはいかなくとも上手く行ってはいる。

 

 「すまない助かったよ。良かったらここに無線してくれ。連絡したらレジスタンスのダイアンがサポートしてくれる筈だ」

 

 何人目になるか分からない捕虜の交渉を何とか済ますとその兵士は礼を口にすると、ある無線番号を教えてくれた。

 こうしてレジスタンスと協力して攻略していくんだなとバットは、無線機の周波数を言われた数値へと変更して向こうが無線に出るのを待った。

 

 「こちらバット、応答してください」

 『こちらスティーブ』

 「スティーブ?ダイアンって人の周波数って聞いたんだけど?」

 『ダイアンなら買い物行って帰ってきてないけど…』

 「あ、そうですか。また無線します」

 

 涼しい顔で無線を切ったバットは無言で暫く震え、叫びはしなかったけど壁に蹴りを入れて八つ当たりをするのであった…。

 

 

 

 

 

 

 任務に挑む仲間として行動を共にしていたスネークはバットと対峙する。

 敵基地内を調べている中で、捕まっていたレジスタンスに対して二人掛かりで拙い交渉を行い、協力者として手伝って貰っている。

 そんなレジスタンスらの視線を集めている蛇と蝙蝠は剣呑な空気を漂わし、ピリリとひり付く空気感に周りの方がおろおろと慌てていた。

 ジリジリと腰のホルスター辺りにお互いに手が伸び、次の瞬間にはその手は互いに向けられる。

 

 手にはホルスターの銃が握られていた………どころか大きく開かれていた…。

 

 ガス地帯を手持ちのガスマスクで何とか突破したスネーク達は、室内をローラーが転がって行き来する罠を突破しながらプラスチック爆弾を入手したり、監視カメラと兵士の監視網を潜り抜けて電子ロックのレベル2を解除するカード2を手に入れたりしながら先へと進んだ。

 完全に信頼や信用を寄せた訳ではないが、スネークは無線で指示を出すビッグボス以上には信用するようにはなってきた。

 …いや、逆だな。

 ビッグボスに向ける信頼や信用が急降下していると言った方が正しい。

 

 なにせガス地帯の時もだが、床に高圧電流が流れる区画に踏み込んでから「言い忘れていたが」とアドバイスを出して来た。

 まだ高圧電流が流れるパネルを踏む前だったから良かったものの、下手をすればこちらは感電死していた所だ。

 蒸し返すならばガス地帯なんて毒ガスの区画に踏み込んでからガスマスクの必要性を問われても遅いというもの。

 さらに付け加えればガスマスクや高圧電流の罠を突破するのに必要なリモコンミサイルなどの在処はスティーブが知っているというものの、周波数を教えて貰えなければ無線をする事なんで出来やしない…。

 つまりビッグボスの対応によって不信感が生まれつつあるのだ。

 

 落ちるビッグボスに対して上がっているバットと対峙している理由は一つ。

 これもグレイフォックスと合流する為なのである。

 捕虜を救出する中で様々な情報を入手する事が出来て、グレイ・フォックスは無事で秘密の独房に入れられたとの事で、その独房に近づくには同じく捕虜として捕まる必要があると…。

 レジスタンスではなくグレイ・フォックス同様の工作員である事から、その秘密の独房またはその付近に収容される可能性が高いと推測される。

 

 ―――で、そこで問題となっているのがどちらが捕まるかという事だ。

 装備も取り上げられて捕らえられる事から普通はどちらも嫌なので、どちらが捕まるかでじゃんけんで決めようとしている。

 早撃ちのように何度も同じ手を出して、繰り返してようやくスネークの負けで決着がつく。

 

 「はい、俺の勝ちぃ」

 「…仕方ないな。ま、そのタッパ(身長)と若さでは工作員と言っても信じて貰えないだろうし」

 「一言余計ですよ」

 「どや顔を晒しといてよく言えたな?」 

 

 軽口を返しながらスネークは手持ちのアイテムをバットに渡しておく。

 拾った(・・・)ピストルにサブマシンガン、グレネードランチャーに一発減って残弾4になったリモコンミサイル、プラスチック爆弾に―――ダンボール…。

 

 そういえばリモコンミサイルを使用した際にバットがおかしなことを言っていたな。

 ビッグボスの伝達不足によりシュナイダーへの周波数が解らない為、カード2を持って来た道を戻って探し回りようやく手に入れた。

 高圧電流が流れている区域を突破する為には電源パネルを操作または破壊する必要がある。

 けれどその電源パネルは向かい側。

 それも障害物で隠れた先にあるのでバットの狙撃銃でも破壊することは出来ない。

 だが射出した弾頭を遠隔操作出来るリモコンミサイルならば障害物を躱して当てる事が出来るのだ。

 見事一発で破壊するとバットは「なんていうオーパーツ…」と称した。

 高い技術力が必要な武器ではあるが当たり前の武器に対して何故そんな感想を抱くのか理解出来なかったな。

 思い返しているとダンボールを掴んでひらひらと揺らし、怪訝な顔をして口を開いた。

 

 「このダンボール…捨てないの?」

 「なに!?お前は何を言っているんだ!!」

 

 予想もしなかったバットの発言と粗雑に扱う様子に驚いて思わず怒鳴る。

 なんでと視線で返されるが、それが余計にスネークは理解出来ない(・・・・・・)でいた。

 

 「ダンボールは敵の目を欺く最高の偽装。潜入任務には必需品なんだぞ!被れば敵兵の目は勿論監視カメラからも隠れれる。使いこなせるか否かで生死を分けた工作員は数知れない」

 「はぁ…」

 「必需品で潜入時には頼りになる相棒。素材が紙である事から雑な扱いをすればすぐに駄目になる。愛情を持って接しなければならない。なにより―――」

 「あー…うん、分かった。俺が間違っていたよ」

 「ん?そうか。解ってくれたなら良い。発言を改め細心の注意と愛情を注いで扱うように」

 「…ア、ハイ」

 

 改心した事に満足気なスネークであるが、バットはふりでも聞いておかないと不味いと判断して、口にしないだけでスネークをヤバイ奴と判定したのだ…。

 言われるがまま丁寧に扱って仕舞う様子を満足そうに見守って、スネークは決まった通りに囮として進みだした。

 わざとらしくない程度に敵の監視網に引っ掛かると、近場の区域を担当していた敵兵が殺到する。

 抵抗しないのはおかしいけど、殺してしまっては仲間をやられた怒りで何されるか分かったものではない。

 追われるがままに逃げ、自ら袋小路に入り込んで追い付いた敵兵に囚われる。

 身体検査をされて一応持っていた装備を奪われ、移動中は目隠しをされて連れ回され、尋問もなく牢に入れられた。

 縛られる事も無線に気付く事も無く、牢内で目隠しを外すと何と出入り口がないではないか。

 どうしたものかと頭を悩ますより先にビッグボスより無線が届く。

 

 『上手く秘密の独房に潜入出来たようだな。グレイ・フォックスの独房を探せ』

 「探せと言われても出入り口が…」

 『壁を調べてみろ』

 

 言われるがまま壁を軽く叩きながら歩き回ると、一か所音が軽いところがあった。

 なるほど、さすがビッグボスと落ちていた不信感が急上昇する。

 たった一言“出入り口が…”と呟いただけで見ても居ないのに、突貫工事で出入り口を塞いだことを見抜いたんだから。

 経験が段違いなんだ…。

 

 感心しながらも突貫工事で閉じられた壁をどうするかと悩むも、ハンマーどころか石の一つも転がっていない。

 となれば使える手段は一つだけだ。

 

 拳に力を込めて足は肩幅に開いて踏ん張り、膝に腰に肩に腕に捻りを加えながら殴りつける。

 突貫工事で簡易だとは言え捕虜を閉じ込める為のもの。

 そう簡単に壊せる訳が―――――あった…。

 

 数発殴ると耐え切れなかった壁は大きく壊れ、区切られていた隣の独房へ繋がった。

 そこには目の前の光景が信じられないと驚きと半ば呆れを瞳に宿すグレイ・フォックスらしき人物がそこに居たのだ。

 すらりとした体躯であるが歴戦の勇士を思わせる雰囲気と眼光が無意識に本人だと理解し得た。

 

 「よく来てくれたな新入り。俺がグレイ・フォックスだ」

 

 短く自己紹介したグレイ・フォックスは、アウターヘブンで開発されている新兵器“メタルギア”の情報を話してくれた。

 メタルギアというのは何と核を搭載した二足歩行兵器(重歩行戦車)の名前らしい。

 二足歩行が可能になった事であらゆる地を走破し、何処からでも核ミサイルを発射出来るというのはステルス性も高く、発射前に潰される可能性は非常に低い。

 グレイ・フォックスの調べではそのメタルギアはまだ完成前で破壊するなら今しかないとの事。

 そして破壊するには開発者であるドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナー博士の助力が必要で、博士はこのビル内に監禁されている様とも教えてくれた。

 

 「分かった。とりあえず博士を捜索するが…」

 「俺の事は放っておけ。暫く休めば問題ない。お前は博士の捜索だけを考えろ」

 

 そう言われて俺はグレイ・フォックスをその場に残し、再び壁を調べたうえで破壊して独房から脱出する。

 どうも出入口さえ塞げば逃げられる事は無いと高を括っていたようで、外には見張りの一人も居ない。

 これは好都合と隣の区画に移った瞬間、俺に対して散弾が放たれた…。

 

 

 

 

 

 

 アウターヘブンにて総指揮と執っている男は無線機を前に、視線はアウターヘブン施設内の映像を映すモニターに向けていた。

 一瞬だけ移り込んだ少年兵…。

 青い瞳に癖のある黒髪。

 なにより赴きのある顔に懐かしさを抱く。

 

 「蝙蝠の子か…懐かしいな」

 

 クツクツと一人笑い葉巻を咥える。

 ただ和やかに見ている訳にはいかないかもしれない。

 蝙蝠というのはいつも場を搔き乱す。

 潜むのは蛇と変わらぬが蝙蝠というのは突然慌ただしく飛び回ったり、病原菌を振り撒いて相当なダメージを負わせて来る。

 

 共に闘う戦友として戦うのであれば心強いが、こちらが受ける側になると話は違う。

 こちらがやる事は一つ。

 幾らか情報を持たせて(・・・・・・・)追い返すだけ。

 最悪この手で始末するしかない。

 そこに情などは一切存在しない。

 敵として立つのであれば知人であろうと対処しなければならず、その行為はあの人(・・・)への忠誠に繋がる。

 微かな気配を感じ取って振り向かずに声を掛ける。

 

 「どうした?」

 

 問いかけに気配は答えない。

 しかし纏っている雰囲気から何と無しに察する。

 

 「出番にはまだ早い」

 「…」

 「気持ちは解るがお前が出るとなるとこちらの素性を明かす事になりかねない。それにはまだ早い」

 

 僅かな気配はスーと闇に消え入った。

 まったくとため息を漏らすもやはり気持ちは理解出来るだけ仕方がないと思う。

 微笑みながらどうなるかなと楽し気にモニターを眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:エルザは見た

 

 あれから何年経ったのだろう。

 スネークとバットに出会ったのをきっかけに、自身の呪縛から解き放たれて自らの意思で彼らと共に進み、国境なき軍隊からダイヤモンド・ドッグズに所属した。

 キャンベルに「十年後が楽しみだ」と言われた自分も、今や少女から大人と呼ばれる年齢に達している。

 過去を懐かしむぐらいには歳を取ったのだなと思うと苦笑を零す。

 

 エルザは綺麗に整理整頓された自室を見返して一息をつく。

 現在ダイヤモンド・ドッグズは大きな組織改編、人員の配置転換を図らなければならない状況にある。

 これはひとえにオセロットとミラーの対立が原因となっている。

 

 ビッグボス…つまり私をバットと共に助けてくれたネイキッド・スネークは、ヴェノム・スネーク(エイハブ)に偽りのビッグボスを演じさせて別行動を取っている。

 オセロットはその共犯者であるが、ミラーは後にそれを知らされた…。

 それは国境なき軍隊などで上下関係のない対等、そして彼に付いて行こうと口にしないだけで想っていたミラーにとっては裏切り以外の何者でも無かった…。

 

 ここにはビッグボスは居ない。

 緩衝材となっていたバットも巣立った。

 ともなればミラーがここに居る理由もないというもの。

 最低限の引継ぎを済ませたミラーは“産み落とされた蛇の一匹(ソリッド)”に付くと言って離れ、今は教官業に専念しながら家庭を築いたと聞いた。

 結婚なされた女性には失礼だが、女性関係で色々と手を焼きそうで同情を禁じ得ない。

 

 そんなミラーに誘われたパイソンは一週間ほどして離れる事になっている。

 理由は簡単で衰えた体力では実戦は難しく、身体の状態を考えると寒いアラスカの地は合っているからだとか。

 

 私も私でオセロットの誘いを受けて三日後にはここを発つのだけど。

 オセロットも別の“産み落とされた蛇の一匹(リキッド)”に付くと言ってダイヤモンド・ドッグズを離れている。

 なんでも“赤毛の少年”の能力向上を手伝ってほしいと連絡を寄越したのだ。

 確かにあの子の“力”なら私が適任でしょうけど、声帯虫の一件で私よりもあの子の方が力が強い気がするのだけど…。

 

 すでに荷造りは済ませており、今日は別れの挨拶を済ませるべくマザーベース内を巡るつもりだ。

 ついでにバットの子供という者に会ってみたいし。

 なんでもヴェノム達が怖がらせて以降は、ダイヤモンド・ドッグズ女性陣が面倒を見ている様で、女子寮にでも行けば会えるだろう。

 

 歩きながらあのバットの子供なのだからどうせ面倒事ばかり起こす問題児なのだろうと当たりを付ける。

 その場合は誰が面倒を見ると言うのか。

 オセロットとミラー、パイソンは連絡を受けて面白そうと一時戻って来るらしいが、その子がいる間ずっと面倒を見られる訳でもない。

 バットと付き合いがあって問題児の面倒を見られそうな者となれば、ストレンジラブもチコもここを離れているのでヴェノムかクワイエットしか居ないのではないだろうか。

 

 そんな事を想いながら女子寮に向かっていると、トンと小さな衝撃を受けて戸惑う。

 転ぶほどではないが突然足に衝撃を受ければ誰だって戸惑うだろうが、それ以上に視線を落とせばぶつかって転んだと思われる小さな子供に驚き、中性的で可愛らしい顔立ちの男の子がひらひらの女の子用の服を着ているのだから余計に困惑するというもの。

 同時に何処かで見たような光景である事も加算されている。

 

 「えっと…」

 「助けて!」

 「…あー、はいはい。こっちにおいで」

 

 やはりデジャブだったかと苦笑いを浮かべて、小さな子供に手招きをすると素直に駆け寄って、私を盾にするように身を隠そうとする。

 暫くすると女性物の衣類を手に持って掛ける女性兵士の一団と出会い、彼女らは男の子を見つけた事に笑みを浮かべるも、私にしがみ付いている事でばつが悪そうな表情をして衣類を背に隠す。

 

 「なにしてるのよ貴方達は…」

 「いえ、そのぉ…」

 「気持ちは解るわよ」

 「――えっ!?」

 

 フルフルとしがみ付いていた子は私の言葉にまさかと青ざめて困った表情をする。

 見た目もあるがそう言った反応が彼女達の感情を擽り、可愛がりたくなるんだろうなと理解はする。

 けどさすがにそれでは可哀そうだ。

 癖のある髪を撫でながら言葉を続ける。

 

 「けど玩具にして良い訳ではないわ。反省なさい」

 「「「…はい」」」

 

 しゅんとする女性兵士達…。

 対して追われていた子供は輝かんばかりの笑みを私に向けて来る。

 彼からしてみれば抵抗しても無駄だった相手が、一言で諫めた事と助けてくれたという想いで憧れや尊敬、感謝の念を抱くのは解らなくもない。

 同時にそう言った感情を向けられて、年甲斐も無く喜んでいる自分が居る。

 

 「この子借りていくわね。行きましょうか?」

 「うん!」

 

 先ので懐いたその子は差し出した手をしっかりと握り、小さな歩幅で離れないように付いてくる。

 目を離すと何か仕出かす可能性を秘めたバットとは違い、素直で良い子じゃないか。

 …いや、バットもある意味で素直なので違わなくはないのか…。

 

 「私の部屋でケーキでも食べる?」

 「やった!食べる!」

 

 にぱぁと満面の笑顔を向けて来る少年―――志穏につられて自分も笑みを浮かべる。

 その日エルザは美味しいケーキとジュースで、久方ぶりに楽しいお茶会を楽しんだのだった。




●バット(志穏ver)
ライフ4000 気力6000
スタッフ能力:実戦A
       医療A(準オート機能)
       諜報A

戦闘能力:射撃性能A
     リロード能力A
 投擲能力B
  設置能力B
 歩き速度A
 走り速度A
 格闘能力C
 防御能力C


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

受け継いだ非常識

 子は親に似るという言葉がある。

 それは遺伝的要因もあるだろうけど、生まれてから育つ生活環境によるものも大きい。

 生まれたばかりの赤子では自ら環境を整える事は不可能であり、多くが生活基準は両親やその所縁の人物により形成され構築される。

 ゆえに親基準(・・・)世界(常識)で満たされたゆりかご()で過ごし、自然とそれが自身にも常識として刷り込まれる。

 それが普通なのだと。

 これが当たり前の事なのだと。

 自分が培ったものが常識なのだと。

 しかし常識などは個々が生み出すものではなく、ある一定の人数による多数決交じりの共通認識から創り出されるもの。

 自身の常識が一般的には非常識なんてことは多々起こり得る事であろう。

 

 それは一時期親を嫌っていた志穏―――バットにとっても同様である。

 

 

 

 一匹の犬が唸る。

 犬は大昔から人間のパートナーとして人の世界に溶け込み、生活を共にする家族であったりと今も昔も身近な生物である。

 だからと言って危険性がないのかと言われれば否と答えよう。

 獰猛な牙に俊敏な脚力、鋭敏な嗅覚を持つ肉食獣であり、優秀なハンターであるのだから。

 生活を共にするように訓練を施されたものや、気性の大人しいものならいざ知らず、野生で育ったり戦闘(・・)訓練を施された犬ならばなおさら…。

 中でも狩猟で用いられるような犬種は非常に危険で、犬の中でも高い身体能力の有して敵対者や家族(・・)以外には攻撃的。

 そして軍用犬はさらに戦闘や警備を任せる為の訓練を施しているだけに戦闘能力は恐ろしい程高い。

 

 狩猟犬ではないが労働・警備の為に品種改良が施されたドーベルマン。

 細身でありながら筋肉質で高い身体能力、賢い頭脳に忍耐力を兼ね備えて警察犬や番犬だけでなく軍用犬としても用いられる。

 言わずとも一頭だけでも厄介だというのに集団となれば、武装していても油断すれば確実にこちらがやられる…。

 

 捕虜として捕らえられていたレジスタンスの面々はわざと捕まったスネークの後を追い、最下層である地下へと足を踏み入れるとすぐさま後悔した。

 敵兵の姿こそないものの、あちこちで待機しているドーベルマンが牙を向いたのだ。

 犬歯を露わにして唸る様子に銃を持つ手が震える。

 これが一頭であるならまだ何とか出来たかも知れないが、それが複数頭もなれば対処は難し過ぎる。

 唯一の幸運だったのはこちらも複数人で集団行動していた為に、向こうも囲って唸るばかりで襲って来ない事だろう。

 しかし誰かが発砲しようものなら開かれる戦端に恐怖と不安が募る。

 

 そんな中、集団の輪からバットがゆっくりと抜け出す。

 止めようにも囲まれている状況から動けず、レジスタンスは見守る事しか出来ぬ。

 怯える様子もなく微笑を浮かべながら目を合わせ、ゆっくりと近づくバットにドーベルマンたちが反応する。

 群れより離れた小柄な者…。

 敵対しているドーベルマンからすれば狙うべき弱者であろう。

 

 けれど様子がおかしい。

 正面切って唸っていたドーベルマンが見る見るうちに犬歯を引っ込め、唸り声は徐々に小さくなっていった。

 最終的には手の届く距離まで近寄ったバットは後頭部から背中の辺りまで撫でながら、そのドーベルマンを座らせて大人しくさせた。

 

 「おー、良し良し。良い子だなお前」

 「それ…どうやったんだ?」

 

 一頭を手懐けると囲んでいたドーベルマンが次々とバットに懐いていく。

 野犬でもそうは上手くいかんというのに訓練を施された軍用犬が意図も簡単に手懐けられる筈も無く、レジスタンスの面々はどんな手品を使ったんだと問う。

 ドーベルマンからこちらに意識を向けたバットは頬を掻きながら答える。

 

 「あー…昔っから動物には懐かれやすいんだよ」

  (((懐かれ易いで片付くか!!)))

 

 当たり前のように返されて誰もが同じ思いを心の中で叫んだ。

 けれどバットにとってはそれが普通なのだ。

 寧ろ自分は大したことないと思っている程。

 なにせ昔連れて行って貰った動物とのふれあいが可能な娯楽施設にて母さんは猫に非常に好かれ、親父は多種多様な動物に好かれるばかりか動物園などでは危険な動物すら言う事を聞くという常識(非常識)を志穏に植え付けたのだ。

 ゆえにバットはそういう答えを取った。

 

 「さて、どうすべきか…」

 

 ドーベルマンに囲まれるバットはいつまでも撫でてやる訳にはいかないので、意図せずとも連れだって地下を歩き回って何処に秘密の独房があるのかと探すも扉が一つあるだけ。

 しかしながらその扉はカードが必要な電子ロックが掛けられているので、カードをスネークに預けていたが為に手が出せずにいた。

 レジスタンスも何処かに隠し扉がないかと探すも吉報は無い。

 スネークを見捨てる選択肢はないので、次はどうすべきかと頭を悩ましているとドーベルマン達が裾を優しく噛んで引っ張るのだ。

 何かしら伝えたそうなドーベルマンに続くとある壁の前で立ち止まり、ここだと言わんばかりに吠え始めた。

 おかしいと思って軽く叩くと他に比べて音が軽い。

 

 「隠し扉…じゃないけど壊しやすい壁ねぇ…」

 

 手持ちのアイテムの中にはプラスチック爆弾などの爆発物を所持しているので、破壊する事は可能であるも心配事がないわけではない。

 爆発物を使うとそれなりに音が響き渡る。

 さすれば侵入者たるこちらの居場所を晒し、敵兵を呼び集める事になる。

 そうなればスネークを助けに向かうどころの話ではなくなる。

 考え込むバットにレジスタンス達は口々に意見を口にする。

 それは構わず爆破すべきだという事。

 ここは地下で上までは届かないだろうという推測。

 

 『危惧は理解しました。要塞内の構造から階そのものを吹き飛ばす程の爆破をしない限りは気付かれないかと』

 「なら気兼ねなくやらせてもらうよ」

 

 一応無線で聞いてみると問題ないとの太鼓判を頂いた。

 正直釈然としないけど爆破しなければ先に進めないのも事実。

 

 「壁を破壊するよ」

 

 そう言ってはレジスタンス達に壁より離れさせ、プラスチック爆弾を取り出して設置する。

 爆破方法は時限式。

 設置すれば後は時間が着たら勝手に爆発してくれる。

 見た目だけは大層立派な簡易な壁は、プラスチック爆弾一つで粉々に砕け散った。

 そして広がった景色は秘密の牢獄ではなく左右に続く道と高い壁…。

 

 「要塞内に迷宮か。ただのFPSじゃないと思っていたけど…謎解き要素もあるとは…面白いな」

 

 バットの呟きに大概の者が“FPS”という単語に首を傾げるも、すぐさま続けて爆破できる壁の捜索を続ける。

 自身もノックしながら探し続けてそれから数か所の爆破をしてゆく。

 迷宮のような高い壁で仕切られた奥には“ボム・ブラスト・スーツ”という服と、外周の壁には隠された秘密の小部屋に敵兵の制服が置かれていた。

 何かしら使い道はありそうではあるけども、探している(スネーク)ではない。

 深いため息を漏らして電子ロックされている扉へと視線を向ける。

 

 「オープン・セサミ(開けゴマ)って簡単には開いてくれないよな…」

 「(カードキー)が無ければ開かないぞ」

 「天の岩戸って知ってるか?正攻法じゃなくとも開けれる可能性はある。要は知恵次第さ」

 

 アイテムを覗き込みながらバットは笑う。

 ドーベルマンを撫でて親父みたいに非常識に手を出そうとする自分に苦笑する。

 アイテムの中にあるのはリモコンミサイル(・・・・・・・・)地雷(・・)プラスチック爆弾(・・・・・・・・)を取り出しながら、預かっていたハンドガンを手に取る。

 

 ハンドガン―――ベレッタM92。

 デザートイーグルに比べて見た目は黒一色で派手さはない。

 けど軽く上にコンパクトで持ちやすく感じ、何度か握りを確かめて感触を確かめる。

 

 「なんか良いな…あとでこれ(ベレッタ)貰えないかな?」

 

 爆発物を並べた横でバットは新しい玩具を手にしたように微笑む。

 

 

 

 

 

 

 その頃、スネークは冷や汗を垂らしながら、物陰から様子を窺っていた。

 本来ならば手鏡でもあれば反射で覗く事も出来たが、手荷物が一切ない状態では詮無き事…。

 あまり顔を出さなように気を付けながら覗き、すぐさま物陰に引っ込む。

 その直後に頭を出した辺りの位置に散弾が叩き込まれた。

 

 「厄介な…」

 

 グレイ・フォックスを救出した俺はこの秘密の独房より脱出し、バットと合流を目指すべく動き始めたのだが、その矢先に門番を務めていた兵士の猛攻を受ける事に。

 兵士の名前はショット・ガンナー(メーカー)

 ここまでに見かけた兵士とは違って、動きが非常に機敏で腕も良い。

 比較的遮蔽物の狭い一室で出入り口を護るように立ち塞がり、暴徒鎮圧用ショットガン(ライアット・ガン)を撃ってくる。

 中々突破は難しい。

 他に退路は無く、休むと言って独房に残っていたグレイ・フォックスは戻ったらもう居ないし、一体全体どうなっているのやら…。

 

 「諦めろ!ここから脱走できたものはいない!!」

 「なら俺が最初で最後の一人だ!!」

 

 向こうに呼応して叫んで飛び出す。

 銃口が向けられ銃声が響くもお構いなしに向かいにある唯一の遮蔽物であるコンテナの裏へ隠れる。

 相手が散弾銃を使用している以上は近接戦に持ち込むのは難しい。

 銃があればまだ何とかなるかも知れないが…。

 

 三発の散弾がコンテナに叩き込まれる中、スネークは扉を見つけた。

 壁際に二つの扉。

 一つは独房の区画とコンテナの間ぐらいで入ろうとすれば間違いなく散弾でミンチにされる。

 もう一方はコンテナに隠れているか居ないかぐらいの位置。

 離れているもののその扉には電子ロックの類や鍵穴が見当たらない事から開けられる筈…。

 入ったかとて状況が変わるかどうかは怪しいものだが、ここは一か八かで賭けてみるしかないだろう。

 覚悟を決めると次に発砲が止む瞬間を待つ。

 

 駆け出して扉を開けると中へと飛び込み、壁を背にするように転がる。

 無論散弾が入り口周辺に着弾するも運よく当たってはいない。

 安堵しながら自身の幸運を噛み締める。

 そしてその幸運はまだ自分を見捨ててはいないらしい。

 

 近くに袋が置いてあり、そこにはデザートイーグルや煙草、カード類など捕まった時に没収されたアイテム類が詰まっていた。

 とは言ってもほとんどの武器は預けたのでデザートイーグル一丁のみではあるが…。

 大口径ハンドガンとライアット・ショットガンでの一騎打ちか。

 無謀だなと解りつつも弾数を確認して大きく深呼吸を行う。

 

 袋には装備していないアイテム。

 つまりは向こうが俺が脱出すると踏んで仕込んでおいた発信機が含まれていたので放り捨てる。

 ショット・ガンナーは何かを投げられた事に警戒して身を隠すと同時にコンテナ部に駆け出す。

 まだ奴は扉の中にいると思い込んでいる筈だ。

 

 「諦めろ!お前に勝ち目はないぞ!!」

 

 ショット・ガンナーのリロード技術は異常だ。

 ライアット・ショットガンを三連射すると僅かな間を置いてまた三連射するという撃ち方をしており、すぐに弾切れを起こしそうなものだが弾切れをしないかのように撃ち続けて来るのだ。

 三発撃った瞬間には素早く三発リロードしては撃つを繰り返しているのだろう。

 僅かな間はリロードする弾を指の間に挟んでいる時間か…。

 先ほどまで居た扉付近にまたも三発ほど叩き込まれる。

 一発一発の弾数しっかりと確認して三発目を撃ったタイミングで、飛び出してショット・ガンナーに銃口を向けた。

 まだ部屋の中にいると思い込んでいたショット・ガンナーは、予想外の所から出てきたスネークに驚愕する事になるも、銃口が向けられている状態で動きを止める事はしなかった。

 身体を小さく丸めるような体制を取りつつ、横へと転がって移動したのだ。

 被弾面積を格段と少なくすると共に、素早い移動により大口径の銃撃を見事回避して、さらに反撃すら行ってきた。

 移動中の銃撃である事で命中率は低く、さらに転がるという動きから余計に低下していたものの、銃器がショットガンだっただけに銃口がだいたい向いていれば散弾の範囲に収まるという武器も含めて見事な動きであった。

 元スぺツナズで今までの蓄積した経験からなる判断と行動力の成せる業。

 目を見張る事であるがスネークとて立ち止まって案山子になる訳も無く、有利な状況を覆されたのをすぐさま理解して身を隠しつつ反撃する。

 

 「やってくれるな。だがまだまだだ!!」

 

 まだ余裕のありそうな声に多少焦る。

 向こうもだがこちらも弾薬が無限にある訳ではない。

 さらにここは敵地と言う事で援軍を呼ばれる可能性だってある訳だ。

 勝機であった機会を失った事でこれまでの幸運も使い切ってしまったかと回収した煙草を咥える。

 けど諦めた訳では決してない。

 火を付けるのは生き残ってから。

 またもタイミングを計って残弾を確認したデザートイーグルを片手に飛び出す。

 

 「残念だったな。やはり貴様も(・・・・・・)ここを脱出する事は出来なぃ―――ぶべらっ!?」

 

 銃口が向き合った一対一の戦場。

 終止符を打ったのはどちらかの弾丸―――などではなく、ショット・ガンナーが立ち塞がって護っていた出入り口の扉だった。

 響き渡る爆発音の後に吹き荒れる風圧と共に、電子ロックされていた扉が吹っ飛んできたのだ。

 そして運悪く飛んできた鉄の扉が付近に居たショット・ガンナーに直撃。

 扉によって吹っ飛ばされたショット・ガンナーは衝撃で片腕を骨折した上で気絶してしまったのだ。

 

 「…お前は何してるんだ?」

 

 何が起こったと出入り口には撃ったであろうリモコンミサイルの発射装置を担いだバットがそこに居た。

 周囲には敵が配置したであろう軍用犬(ドーベルマン)やレジスタンス数名が集まっている。

 

 「どれだけ爆弾使っても敵兵来ない感じだし、カードはスネークが持ってるでしょ?」

 「力業か。まぁ、状況をよく考えているだけマシか。言っておくが好んで使うなよ」

 「分かってるって。そう言うのは良く苦労したから(主に父親関係)…」

 

 どこか疲れた様子で遠くを見ている瞳を目にして「…そうか」としか返せなくなった。

 預けていたサブマシンガン(イングラムM11)を含めた武装やアイテムを受け取りながらベレッタM92を欲しがったバットに、デザートイーグルを貰った事もあって快く譲り、咥えていた煙草に火を付けて大きく紫煙を吐き出すのであった

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:シオンと動物園

 

 シオンが訪れて数日が経った。

 最初は強面の兵士達に泣き喚いた子供だったが、日が経つにつれて慣れて今や普通に会話できるぐらいにはなった。

 進歩としては上々。

 だけどここは子供が楽しむ娯楽というのが少ない。

 それは兵士達に対してもだが…。

 

 ヴェノムとエルザはシオンを連れて動物保護プラットフォームに訪れた。

 今でも紛争地帯や絶滅危惧される動物を保護する団体などに渡す仕事を請け負っている。

 ただ以前と違って言わずともやって来たバットがいないので、確保が手間取っているのもあるがそれ以上に多く捕獲過ぎて困る事も無くなったけど。

 

 「すごい!こんなに鳥がいるんだ」

 

 保護された鳥類が飛び舞う鳥かごの中でシオンは嬉しそうに呟いた。

 見上げたまま興奮したように笑みを浮かべてはしゃぎまわる様子に、本当に子どもらしいなと二人微笑む。

 ダイヤモンド・ドッグズにいる子供は戦争に関わった結果、動物保護プラットフォームに訪れてもここまで良い反応をする事は無い。

 寧ろ草食動物のエリアでは食料と認識する者が出たほどに。

 

 「皆、自由そうで…」

 

 ポツリと漏らした言いかけの言葉に二人はそれぞれに何かしらを想い、エルザはそっと手を差し向ける。

 何かしら縛りを彼は感じているのだろう。

 解き放つことは難しいけど一時だけでも飛び回らせる事は出来る。

 

 「えっ!なになに!?」

 「少しだけ自由に飛びなさい」

 

 エルザの力によって浮遊する感覚に戸惑いながら、彼の極表面的な思想を感じ取って行きたい方向へ動かす。

 人の都合によって創り出された鳥籠の中でシオンは自由を身体で味わっている。

 

 「私達はあの子ほど自由を謳歌出来ればよかったのにね」

 「そうだな。あの頃はまだそれがあった。あの人が居たアウター・ヘブン(天国の外側)ならな」

 「詮無き事だったわね」

 

 エルザは自身の力とそれを取り巻く環境に、ヴェノムは偉大過ぎる蛇に雁字搦めに縛られて最早公に動く事すらままならない。

 だからこそシオンがとても眩しく感じてしまう。

 あの子のようでありたいと…。

 昔ならばと…。

 

 「駄目ね。あんな小さな子に嫉妬なんて」

 「歳を重ねれば若さが羨ましくなるというが本当だな」

 「私が若い頃はある人に十年後が楽しみだなんて当時の私にしてみれば馬鹿にされてたりしたけどね」

 「失礼な奴も居たもんだな」

 「…そうね」

 

 ふふっと笑いながらもシオンを気にかけ、降りたいと願うよりも先にはしゃぎ過ぎて疲れが見えた為にエルザが、頃合いを見て地上へと戻した。

 興奮冷め止まぬ様子にヴェノムは他の動物も見せて回る事にした。

 草食動物エリアでもはしゃぎまわっては、世話を見ている兵士から餌を分けて貰って餌やりを体験しては喜んで駆け回る。

 無尽蔵のような子供の体力に二人は苦笑し、偶然居合わせた兵士はほっこりとその様子を眺めるのだった。

 鳥類に草食動物を見て回れば次は肉食獣のエリアに差し掛かる。

 

 …ただここであのようにはしゃがれたら危険極まるので注意はしておかなければならない。

 ヴェノムが少し咳き込み真顔でシオンに視線を向ける。

 

 「ここから先は少し危険だ」

 「危険?」

 「そうよ。ここのエリアは肉食動物が居るの。一応柵で区切っているけど乗り越えたりしたらぺろりと食べられちゃうわよ」

 「ペロリなんて事は無い。まずは喉元にかm―――」

 「危険の注意喚起しているのに何リアルな事を言っているのよ」

 

 ゴズッとヴェノムの脇腹にエルザの肘打ちが決まって、小さな呻き声を漏らしてよろめく。

 さすがに慣れもあってヴェノム(強面)の真顔に泣く事は無かったが、怖がってエルザの裾をぎゅっと掴む。

 その様子を遠巻きながら眺めていた女性兵士が可愛らしいと騒いでいた。

 

 「シオンは肉食獣(女性兵士)には慣れっこだったわね」

 「…うん、大丈夫!」

 「いつまで痛がっているの。ビッグボスでしょ?」

 「柔らかい横腹を突かれるというのは誰も弱いもんだ」

 

 そう言葉を交わしながらシオンを連れて中へと踏み込む。

 保護しているのは狼やジャッカル、フォックスも何頭も居る。

 中にはバットが世話をしていた狼の群れも、今はここが寝床で戦場を駆けずに静かに過ごしていた。

 以前の蝙蝠の狼達を知っている連中は、バットが再び巣立ってから彼らを相棒にしたいという者が多く出たが、どうやら彼らは蝙蝠以外の言うこと以外は聞く気がないらしい。

 オセロットの躾すら受け付けない。

 なのでバットの置き土産となった狼達は待ち人を待ち続ける忠犬のように静か。

 

 …それが一斉に立ち上がり、こちらをジッと見ては吠えだした。

 急な異変に驚き、何事かと警戒する。

 襲ってくる事はないと思いつつも、自衛出来ない子供がいる分こちらも気が立っている。

 

 「シオン、分かっていると思うが動くなよ」

 「この子たちがこんなに興奮するなんて………シオン?」

 

 すぐそばにいると思っていたシオンの気配がない事に気付き、振り返ると少し離れた所にビィがシオンを抱えて座り込んでいた。

 熊に抱き締められた事に怖がってガチガチに固まるシオンであるが、ビィは嬉しそうに抱き締めて頬ずりする。

 呆気に取られていると大人しい狼達が柵を飛び越えてシオンを囲むと頭を擦り付けたり、ぺろぺろと舐めたりし始めた。

 

 「…た、たすけて…」

 「あー、大丈夫だ。そいつらお前に懐いているだけだから」

 「本当?」

 「本当よ。以前もみくちゃにされていた(バット)知っているから」

 

 問題児(バット)の相棒達が集まった様子から彼らもバットの子供と気付いやたのかも知れない。

 もしくはシオンの衣類にバットの匂いがついていたのかも知れないが。

 恐る恐る撫でるとそれに答えて嬉しそうにする狼達にビィ。

 危険だと脅した肉食獣エリアがこうも和気藹々とした触れ合い場になるとは思わなかった。

 

 本当に嬉しそうな年老いた熊(ビィ)と狼達はシオンから離れようとはせず、ヴェノムはDDと共に見守りながら夜を明かすのだった。

 

 

 

 その後、バットには物凄く劣るが動物たちに語り掛け、仲良くする光景を多くの兵士が目にしては摩訶不思議そうに見るのだった。




●バット(志穏ver)
 スキル:言霊(ことだま)※動物のみ
     両親が動物に好かれる(オールドバットはスキルで)事から発現したスキル。
     言葉によって相手にバフorデバフ効果を与える。
     まだスキル的には弱い。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決死の突破劇

 …間に合わなかった。
 遅れて申し訳ないです。


 アウターヘブンには精鋭と呼ばれる実力が他の兵士より跳びぬけて優れた兵士が所属している。

 戦闘不能に陥ったライアット・ガンの使い手であるショット・ガンナーもその一人。

 ゆえに精鋭の一人に数えられる元SAS(英国特殊部隊)に所属していたマシンガン・キッドは、打ち倒した侵入者を心待ちに待っていた。

 同胞の敵討ちなんて考えはない。

 自身の方が奴より上であるという証明と同時に、元スペツナズ(ショット・ガンナー)を倒した手応えのありそうな敵との戦いに心躍らせているというのが大きい。

 

 コードネームの通りにマシンガン(機関銃)の使い手であるキッドは愛銃を整備を怠らず、来たる侵入者との対峙に心躍らせていた。

 

 「俺はマシンガン・キッド!!この先は通さん!―――って多すぎるだろ!?」

 「撃つな!身を隠せ!」

 

 入って来たのは侵入者が一人………ではなくぞろぞろと集団で訪れたのだ。

 寧ろ味方の兵士達が来たのかと誤認しそうなほどに。

 即座に動けなかっただけに先手を譲る事になってしまったが、俺の優位性は複数の条件が重なり揺るがない。

 俺が護っている一室は特殊な作りになっており、奴らが入ってきた出入り口の向かいと斜めに電子ロック式の扉がある。

 先に進むには向かいに行かねばならず、奴らが先に進む為に必要な道具は斜めの扉の中にある。

 そして遮るように長い壁が間を開けて三つ並んでいる。

 これは侵入してきた相手の行動を制限すると同時に、こちらの強力な火砲と向かい合って戦うしかない状況を生み出す。

 加えて敵集団は連なって室内に入ってきた為団子状態。

 射線も限られる状況でいきなりの遭遇戦。

 この状況下で拳銃(ハンドガン)短機関銃(サブマシンガン)で真っ向からマシンガンに勝る事は無い。

 

 しかしながら相手の方が動きが良いようだ。

 体躯は小さく幼い少年兵が咄嗟に叫んで、銃口が向く前に壁の裏へと身を隠した。

 面白い…。

 通り通りを通過様にマシンガンの銃口が火を噴く。

 長く直線的で回避するにも狭い道をマシンガンの射撃を喰らわず突破できるものなど居はしない。

 否、居るには居るがそいつは(・・・・)敵対する事は無い。

 

 「牽制しろ!」

 

 誰かが叫んだ。

 向かいより壁で身を隠しながら牽制射が行われるも被弾を恐れての当てずっぽうでは俺には届かない。

 マシンガンの猛攻に成す術はなく、牽制を止めて身を隠す。

 これが…こいつらがショット・ガンナーを破った侵入者だというのか? 

 肩透かしを食らったと残念がりながら通り通りで斉射を繰り返す。

 

 …が、その残念感は良い意味でも悪い意味でも裏切られた。

 斉射を行いながら通りに身を出したところ、先程の少年兵と目が合った。

 牽制射が行われる事から銃口は向こうの銃口辺りに行っていた。

 位置的には成人男性の胸部または肩辺り。

 しかしその少年兵は床に寝そべってモシン・ナガンを構えていたのだ。

 

 牽制はこちらの銃口の位置を固定し、こちらの銃撃が届かぬ死角を生み出させられた。

 

 やってくれると笑みを浮かべながら銃口を下へと向けるも、すでに銃口を向け終えて狙いも定めた狙撃兵の弾丸の方が早く正確。

 放たれたモシン・ナガンの弾丸は機関銃に直撃して大きく破損させる。

 破損自体は小さいが銃口を狙撃されれば最早使い物にはなりはしない。

 すでにメイン武器である機関銃が破壊された上に、二発目で右肩を撃ち抜かれては戦闘能力を失い、三発目で右太ももを撃たれて移動すら困難に…。

 

 そこにスネークが突っ込み、拘束する事でマシンガン・キッドの戦いは終わったのであった…。

 

 

 

 

 

 

 ショット・ガンナーを戦闘不能に陥らせ、赤外線ゴーグルを入手して赤外線を張り巡らされた罠を突破したスネークはバットと共に建物内を散策しながら中庭に向かう方法を模索していた。

 とある捕虜を助けた際に“メタルギア”を開発したドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナー博士が、中庭にある小屋に幽閉されていると聞いたからだ。

 開発者ならメタルギアの情報…それも使用目的から破壊するにはどうしたら良いかなど多くの情報を持っている事だろう。

 しかし残念ながら中庭には頑丈な柵で遮られ、先にはドーベルマンが群れている。

 無理な突破は難しい上に、爆破など派手な事をすれば位置的にすぐさま敵兵が殺到する。

 別のルートを模索するもそれもそれで中々見つからない。

 

 そこでスネークは単独行動で屋上に訪れていた。

 秘密の独房があった地下でバットが見つけたボム・ブラスト・スーツという強風対策を施された特殊なスーツ。

 倉庫や電子ロックのある部屋ではなく、幾つもの壁を塞いで隔離される徹底した保管方法。

 厳重過ぎる扱いに何かあると踏んで、使うとなると強風が吹き荒れる屋上以外に考えられなかった。

 本来ならバットと共に行くはずだったのだが、スーツは一着しかなくサイズ的にスネークが行くことに。

 バットは他に道がないかと建物内を詳しく捜索している。

 

 万が一で捜索して貰ったがどうやら屋上が当たりらしい。

 ショット・ガンナーとの戦闘後、レジスタンスのリーダーであるシュナイダーと何とか連絡が取れ、アウターヘブンに敵意を持っている事からこちらの協力をしてくれると確約を取り付けた。

 と言っても援軍を送るとかではなく、施設内に詳しいとの事で情報提供である。

 おかげで彼からパラシュートの位置を聞く事が出来、こうしてパラシュートを手にする事が出来たのだ。

 後は中庭に降下できる丁度良い場所を探すのみ……なのだが…。

 

 「いつからインディの世界に紛れ込んだのやら…」

 

 目の前に広がるのは橋。

 向かいに渡るにはこの橋を渡るほかないのだが、なんと手摺が存在しないのだ。

 間に縄を張って鉄板でも置いているのかと思うほど安定性は無く、風通しが良い為に強風を喰らっては大きく左右に揺れる。

 根元の方は比較的安定しているけれど、中間に向かう程揺れは激しくて、真っ直ぐ進めば確実に踏み外して地面に落下。

 あえなく即死するだろうな。

 潜入任務とは危険が付き物だ。

 だがこれはまた違うだろう…。

 

 悪態をつきたい気持ちを押さえて、比較的安定している辺りまではゆっくり進み、揺れの激しい部分はゆっくり進むと寧ろ危険だと判断し、タイミングを見計らって駆け抜ける。

 中間の地点を挟んで合計二回繰り返し、何とか無事に渡り切る事が出来た。

 

 安堵するのも束の間、少し進んだ先で兵士に見つかってしまったのだ。

 スネークとしては気付くのに遅れたことを悔やむも、それ以上にその兵士の装備を見て困惑した。

 飛んでいるのだ(・・・・・・・)

 宇宙服のような服装に背中には飛行する為の推進力を発生させているバックパック。

 手には操縦桿と銃が握られている。

 そんな装備の敵兵が複数方向より飛び立ち、頭上を飛行しながら撃ってくる。

 安全な隠れれる場所など無く、応戦するしかない。

 

 銃口を向けるも以外に動きが早く、一々狙っていては難しい。

 しかしどうやら操縦は難しいらしく曲がる度に大きく速度が落ちる。

 サブマシンガン“イングラムM11”を取り出して弾幕を張るように銃弾をばら撒く。

 厚みのある装備であるが飛行を目的にしている故か、防御力は低いらしくて一発命中する度に落ちて行く。

 

 「意外に厄介だが…。いや、こんな装備何処から?」

 

 疑問を抱きながらもスネークは、立ち止まる訳にはいかないのでそのまま先へと進む。

 そしてホバリングしている戦闘ヘリと対面した。

 一瞬驚きで表情が歪み、機銃が動き始めた瞬間には近場のコンテナへと駆けていた。

 背後で放たれた弾丸が床を削っている音がするも、決して振り向く事無く必死に足を動かす。

 迫る音はスネークを貫く事無く、偉く頑丈なコンテナによって防がれた。

 

 「ハインドD!?ソ連のガンシップ(戦闘ヘリ)か!一体どれだけの戦力を有しているんだ!」

 

 歩兵が戦闘ヘリと正面切って戦うなど無謀。

 だが今回は状況が違う。

 何故かは分からないがあのハインドDは全く動かない。

 道を塞ぐように待機して、最早機銃のような役割をしているようだ。

 敵を狩るよりは先に進ませる事を拒んでいるような…。

 おかげでこちらはコンテナを盾にして安全地帯を得たわけだが。

 スネークはハインドDを排除すべくリモコンミサイルを取り出して弾頭を射出した。

 射出された弾頭はコントロールに従いながらコンテナを避けれハインドの正面に直撃する。

 コンテナから出て撃破を確認しようとしたスネークは呆気に取られた。

 

 無傷なのだ。

 機銃どころかフロントガラスにもダメージは通っていない。

 強化されているガラス体を使用しているとしても、どんな装甲をしているというのだ。

 もしかして動けないのは方針上の都合などではなく、戦車並みの装甲を施したゆえに飛び回る事が出来ないのではないか?

 

 正直リモコンミサイルが通用しないのであれば、他の武器では火力不足。

 それこそ戦車の砲塔、もしくは列車砲でも持ち込まなければ落とせないのではないかと思う程。

 

 「こちらスネーク。応答してくれ」

 

 無線機でダイアンに呼びかける。

 スティーブより兵器に詳しいと聞いており、対処法がないかと淡い期待を抱き、前回は買い物に出て居なかった為に祈るように応答してくれるのを願う。

 

 『ハーイ。こちらダイアン』

 「良かった繋がった。こちらスネーク。手短に頼む。やたらと硬いハインドDと交戦中。何か有効手段を知らないか?」

 

 無線機から聞こえる女性の声がダイアンと名乗った事に安堵しつつ、慌てて問いかけるとあっさりと返される。 

 

 『…ハインドDはグレネードランチャーで倒せるわ』

 「グレネードランチャー!?しかしリモコンミサイルは聞かなかったぞ」

 『そこのハインドは戦車並みに硬いのよ。戦車の弱点は何処?』

 「……底か!?」

 『無線から聞こえる音からホバリングしているのでしょう?なら尚更よ―――BYE』

 

 そう言い切って切られ、スネークは言われるがままグレネードランチャーを手に取り、機銃の撃ち終わるタイミングに合わせて飛び出す。

 そして言われるままグレネードを撃ち出してハインド近くで爆発させると、ハインドは態勢を多少なり崩した。

 戦車の装甲は非常に厚く硬い。

 しかし唯一攻撃される可能性の低い底面を、わざわざ厚くする戦車は無い。

 正面装甲は硬かったが下部への防御面は疎かにしたと見える。

 …ただグレネードランチャーの三連射程度では揺らぐだけで落ちる事は無く、撃破するまでに20発以上も撃つことになった…。

 ダメージが蓄積してバランスを崩した上、爆発する度に発生する爆風で僅かに勝ちあげられ、立て直しも聞かずにハインドは火花を散らしながらコンテナにぶつかったりして大爆発を起こす。

 

 すでに潜入からかけ離れた戦闘を行っている事実にため息を漏らし、スネークはその先にあるフェンスが切れている地点より飛び降り、パラシュートを用いて中庭への降下を果たすのであった。

 ちなみに貴重な情報を持っているだろう博士が居るとされた小屋には、誰も居らずにすでに移された後だった…。

 

 

 

 

 

 

 バットは合流を果たしたスネークと共にビルより出た。

 中庭に降下したスネークは博士に会う事は叶わなかったが、それでも収穫無しという訳ではなかった。

 今まで手に入れたカードより上位のカード4を入手し、博士がここ――ビル1から北に十キロ離れた場所にあるビル2に移されたと捕虜より情報を貰ったのだ。

 すぐに向かう前にビル内で開かなかった電子ロック式の扉があり、上位のカードキーが手に入ったので試しにと向かい、新たにボディアーマー(防弾チョッキ)を手に入れるついでに銃弾の補充を行う。

 万全に整え外へ出た二人を待っていたのは広がる荒野であった。

 

 「広ッ!あの遠くに見えるのがビル2ですかね?」

 「だろうな。さっさと行くぞ。こんな遮蔽物の少ない場所だとすぐに見つかってしまう。それに狙撃手が居たら格好の的にされかねない」

 「ですね…」

 

 屋上で見つけたという地雷探知機で周辺を確認しながらビル2へ向かって歩き出す。

 言ったように遮蔽物はほとんどなく、あったとしても停車しているのか破棄されたのか分からないトラックがあるばかり。

 荷台にレーションが見えた為に取りに行ったバットは外で待っていたスネークに手渡した。

 

 「いるでしょ?」

 「有るに越した事は無い」

 「あり過ぎたら邪魔ですけどね。最低限以上に持つと荷物が邪魔になるし…――――ッ!!」

 

 スネークがレーションを仕舞う中、先にトラックの陰より顔を出したバットは、覚えのある(・・・・・)視線を感じて視線を動かしながら足は自然と後退を始めた。

 眼前をヒュンと風を切る音と共に銃弾が通り過ぎ、遅れて銃声が響き渡る。

 

 「スナイパー!?何処からだ!」

 「ビル2の屋上でナニカが光ったのがギリギリ見えました」

 「あそこからか…腕が良いな」

 

 顔を出さないようにトラックの下に潜り込み、双眼鏡でビル2屋上を見たバットは唖然とした。

 何故あの人がここ(ゲームの中)に居るのか…。

 

 「居たのかバット!」

 「クワイエット…さん…」

 「クワイエット(静寂)?ビッグボス、知っている事は…」

 『静かなる狙撃手…クワイエット。アフガニスタンで活躍した凄腕のスナイパーだ。狙撃の腕に徹底して痕跡を一切残さない事から正体すら不明な狙撃手。そこでは不利過ぎるが何とか突破してくれ』

 

 スネークが無線で情報を求めてビッグボスが答えているようだが、そんな事は正直どうでもいい。

 あの人…両親の事で問題を抱え居た自分を救ってくれた恩人の一人で、狙撃を教えてくれた師匠…。

 最早あの出会いは夢だったのではと自身ですら思っていたのに、こうして出会えたことに喜び興奮すると同時に、何故ゲームの世界に存在しているのかと疑問が混乱を生み出す。

 

 ビル2の屋上でスナイパーライフルを担ぎ、相も変わらず露出の多く水着と大差ない格好で中腰でこちらを見つめているクワイエットは、ただただ静かに銃口を再び向けた。

 きらりと何かが光るもバットは混乱で動けず、気付いたスネークが足首を掴んで引っ張る。

 手放してしまって唯一取り残された双眼鏡が撃ち抜かれ残骸と化す。

 

 「なにをしている!?死ぬ気か!!」

 「だって…あそこにクワイエットさんが…」

 

 心ここにあらずと言った様子で呆けるバットにスネークは頬を叩く。

 突如のビンタに驚き、頬に残る痛みで我に返ったバットは困惑しつつもスネークを見つめる。

 

 「しっかりしろ。あの狙撃手とどんな関係なのかは今は聞かない。だが、そんな状態だと間違いなくお前は死ぬ」

 「は…い…。―――ッはい!」

 「なんにせよあの狙撃手をどうにかしないと先には進めない。殺せとは言わない。武器破壊でも肩でも良いから無力化しろ。話はそれからだ」

 

 気をしっかり持ち直し、あの人と話をするにも死んでゲームオーバーになる訳にもいかない。

 ポーチよりスモークグレネードを放ってトラック周辺を煙幕で覆う。

 自身も相手からの視界を塞ぎ、陰より出て片膝を突く形でモシン・ナガンを構え、ビル2屋上付近に銃口を向けた。

 多分あの人は同じ場所に居ない。

 かといってトラックの陰で隙を狙ったとしても遮蔽物もトラック以外なく、高低差から向こうの有利は覆らない。

 だけど痺れを切らすまでの耐久戦は敵地の真ん中で行う作戦ではない。

 あの人だけで厄介極まりないというのに、無線で援軍を呼ばれたら最早勝機すらなくなる。

 ここで親父みたく早撃ちになるなんて腹立たしい限りだが、経験の浅いバットには他に打開策が思いつかなかった。

 視界を塞いでいたスモークは風で流れて徐々に薄まり、切れ目から互いの姿を晒せた。

 

 クワイエットは移動していなかった。

 さらに言えば隠れてすらいなかったのだ。

 まるで撃ってくれと言わんばかりに立ち上がり、銃口を向ける事無く担いでいた。

 トリガーに掛かる指が震える。

 先ほどまで無力化すべく撃つぞという気構えだったにも関わらず、脳裏には本当に撃つのかと抑止する意思が自身を惑わす。

 

 「バット!撃つんだ!!」

 

 スネークの叫びが聞こえる。

 スコープ越しのクワイエットは銃口をゆっくりと向けた。

 撃たれれば死ぬ。

 解ってはいるんだ。

 だけど――――…。

 

 「―――ッ撃てません!!」

 

 すぐ側に着弾し、また遅れて銃声が響く。

 外した…。

 否、わざと外したんだ。

 自身はあの人にとって取るに足らない獲物…いや、的にも思われなかった。

 冷めた瞳で見つめていたクワイエットは周囲に溶け込むように姿を消した。

 

 悔しさや悲しさで震えるバットに、スネークは肩を軽く叩く。

 

 「そう言う事もある。しかしお前は決めなければならない。立ち止まるか進むかを」

 

 ゆっくりと受け取った言葉を受け取り、涙を流すバットは立ち上がる。

 

 「進みます!その先にあの人が居ますから」

 

 瞳に強い意志を宿したバットに満足気に頷き、再び進もうとしたスネーク達に爆音が襲い掛かる。

 何事だと振り向けば距離はあるがはっきりと地面が抉れて周囲が焦げていたのが見えた。

 砲撃かと上を見上げれば空からは無数の爆弾が降り注ぐ。

 

 「………爆撃?」

 「――ッ!?ぼさっとするな!走れ!!」

 「嘘でしょ!?」

 

 感情に浸る暇もなく兎に角足を動かすバットは、ただゲームをクリアするのではなくクワイエットに再び会う為に先へ進むのであった。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:射撃訓練

 

 ダイヤモンド・ドッグズの本拠地であるマザーベースに完備された射撃訓練場。

 本日は訓練が予定されていなかったことから貸し切り状態となっており、二人の人物がシオンの射撃の様子を眺めていた。

 

 一人はスネーク(ネイキッド・スネーク)やバットと戦った過去のあるオセロット。

 現在はある男(・・・)と行動を共にしており、その行動内容とヴェノムの一件で敵対…まではいかなくとも道を違えてしまっている。

 もう一人は国境なき軍隊の頃に“ピースウォーカー計画”阻止でスネーク達と協力する様になったチコ。

 あの頃は戦士としても未熟であったが幾つもの戦場を歩み、歳を経て熟練した戦士と成長した今では故郷に戻り、軍事顧問として若手育成に励んでいる。

 

 どちらも歴戦の勇士であり、優秀な教官なだけあって射撃訓練を見守る瞳には熱が籠る。

 本来二人共忙しい合間を縫ってバットの息子に会っておこうと訪れたのだが、話をしてみれば銃を扱った経験(ゲーム)があるというではないか。

 それも教わったというよりは軽いレクチャー(ゲームでの説明程度)を受けただけで、あとは実戦で適当と慣れで扱っていると聞けばバットに対する呆れと、間違った使い方は怪我に繋がる事から見ておこうという事になったのだ。

 

 で、子供でも撃ち易い反動の低い拳銃を渡したところ、片手(ワンハンドシュート)横撃ち(サイドグリップ)をしたのだ。

 横撃ちは照準器を使用しない為に視野を広く得て、素早く銃口を向けて撃つという早撃ちに向いていると言えば向いているが、それは当人の技量によって戦闘能力の低下になる可能性が高い。

 オセロットのように手慣れた者ならばまだしもシオンは未熟。

 反動を逃がしきれておらず、片手撃ちという事もあって銃口が一発ごとに大きく揺れる。

 そんな状態で照準器を持ち入らないのだから命中率は大きく下がってしまっている。

 

 「あはは…これは酷い…」

 「坊主。誰に教わった?」

 

 安定性がない上にさらにぶれた銃口を目標に戻す為、早撃ちの筈が余計に時間が掛かって寧ろ遅い。

 あんまりな結果にチコは弁護出来ず乾いた笑みを浮かべ、オセロットは眉を吊り上げて問い詰める。

 最近は慣れたシオンであっても肩を震わし恐る恐る答えた。

 

 「えっと、お母さんが父さんの銃でこういう撃ち方してたから…」

 「なにを使ってたんだ?」

 

 シオンの母親…つまりパスが使用している銃と言う事で小型のリボルバーなどを想像したチコであるも、手振り身振りと口にする僅かな情報からバットがいつも持ち歩いていたモーゼルC96である事が判明。

 その瞬間オセロットはため息をついた。

 

 「C96を横撃ちするのは、撃った反動を利用して横なぎに撃つやり方があるからだ。今持っている銃には合わない」

 「言い方がきついですって。バッ……お父さんの撃ち方とかはどうかな?」

 「参考にならないです…」

 「ごめん、言ってから俺も気付いた…」

 「それに早撃ちはどうも苦手で…」

 「苦手云々の前にしっかりとした撃ち方を覚えるべきだ」

 

 言い方はきついが事が事だけに子供だからと言って容赦せずにしっかり教え込むオセロット。

 子供ゆえに委縮するかなと思いつつ、立ち方から握りまで教える様子を見ていると案外そう言った事も無く、寧ろ嬉しそうに指示を聞いている。

 

 「まだ幼い子供に大人が寄って集って戦い方を教えるなんて」

  

 呆れたと言わんばかりの表情でエルザが射撃場に訪れ、声を耳にしたチコは苦笑いで答えながら振り向く。

 言葉にされるとまさにその通りなのだが仕方ないだろう。

 

 「だってあのバットとパスの子供だよ。絶対何かしら引き起こすよ?」

 「…それもそうね」

 「あっさりと」

 「私も貴方もそんなバットに巻き込まれた者の一人なのだから納得するしかないでしょう」

 「確かに」

 「ほらね」

 

 同じく即答するしかなく、お互いにクスリと笑い合う。

 ひとしきり笑うと少し寂し気にエルザが振り返る。

 エルザはダイヤモンド・ドッグズを去る。 

 けど特殊な能力を持つエルザを一人出す訳にはいかない。けれどダイヤモンド・ドッグズの兵士であろうともそう易々とスネーク(ネイキッド)の居場所を知らせる、または特定させかねない情報を与える訳にはいかない。

 そこでダイヤモンド・ドッグズに関わりながら、スネークの手伝い(・・・・・・・・)をしているチコが護衛役に付くべく迎えに来たのだ。

 手伝いと言っても資金提供や物資の横流しなどで直接的なものではないが…。

 英雄(アマンダ)の弟という肩書とこれまでの人生で得た縁やコネというのが意外と役に立ったなとチコは、手助けした当初は良く思っていたっけ。

 

 「…未練でも?」

 「そうね。未練は山ほどあるわ。蝙蝠を一発殴るとか?」

 「あはは、それは多くが思っているさ」

 

 何も言わずに突然消えた戦友。

 色々と言いたい者も居るというのに、当の本人は顔を出しにも来ないのであれば文句の一つすら言えない。

 

 「いつも尻を拭わされるのは周りの人間…相変わらずよね」

 「ま、逆にこっちも色々と貰ったからな」

 「だからよ。今度顔を出したら思いっきりぶってやるわ」

 「おぉ、怖い怖い」

 

 揶揄うように言うと肘内で脇腹を突かれて体制を大きく崩す。

 フンと鼻を鳴らしてそっぽを向かれ、疲れた脇腹を押さえながら頬を掻く。

 

 「それにしてもあのバットの子供だからどんな奴かと思えば…」

 「良い子でしょ。素直で女性兵士からは可愛らしいって玩具にされてるわ」

 「年下が好み?」

 「ふふ、十年後(・・・)が楽しみかもね」

 「おいおい…」

 「冗談よ」

 「………はぁ~、俺も付いて行こうかな…」

 

 ポツリと漏らした言葉にキョトンとした顔をされ、どうしたのかと首を傾げる。

 そして含みのある笑みを浮かべられる。

 

 「意外とチコも可愛らしいのね」

 「はぁ!?なに言って…」

 「私から頼んでみてあげる」

 

 くすくすと笑われた事で自分が無意識に心配と嫉妬(・・・・・)からの発言をした事に気付いて顔を赤らめ否定するも、肩に頭を乗せられる形で寄られては黙るしかなかった…。

 目を合わさぬように視線を逸らすとその先ではシオンとオセロットがこちらに気付かず射撃訓練を続けていた。

 

 「そう言えばこの撃ち方ってどうなんです?」

 「…奴に教わったもの一通りやってみろ」

 

 拳銃を持つ右手首を左腕に乗せる事で安定させようとしているのだけど、その左手は拳銃を握っているような動作から二丁拳銃だと察したオセロットは深く思いため息を吐き出す。

 何やってんだかと思いながらエルザもチコもシオンのもとへと向かう。

 せめてこの子は蝙蝠のような無茶な奴にならないようにしてあげないといけないと思いながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビル2にて

 アウターヘブンのビル1は物資搬入を行う出入口である事から、人やトラックの出入りが頻繁な為に比較的(・・・)潜入しやすい。

 無論だが中の警備は熟練の兵士に集まった傭兵が行っている為にレベルが高い。

 扉は専用の電子ロックが用いられているので、例え内部に入ったとしても並みの工作員では進むことは難しいだろう。

 さらに奥に進むにつれて警備の質もレベルも上がり、ビル2へ行くためには難問を突破せねばならない。

 大多数の歩兵が持つ重火器を物ともしない装甲。

 一撃で人は当然のように装甲車すらも撃破し切る攻撃力。

 悪路であろうと走破する強靭なキャタピラ。

 それ相応の装備と環境と重火器でも無ければ歩兵で勝つのは非常に難しい陸上兵器―――“戦車”。

 潜入・工作を任務とするスネークも狙撃兵であるバットも装甲を貫ける装備は携帯していない。

 武装的に劣っているというのに状況まで向こうに味方している。

 ビル1は密林に囲まれているがビル2は堅固で巨大な壁に囲まれ、一か所だけ空いている出入り口はその戦車が塞いでいる。

 避けたい相手であるが戦い突破しなければならない。

 隠れてちまちまと攻撃したくとも周囲は荒野で隠れるところなど壁で生まれた死角ぐらいだ。

 付け加えると戦車は絶対に入り口から離れる事は無い。

 

 「足止めは任せますよ」

 「そっちこそしくじるな」

 「一発あれば十分だ(・・・・・・・・)

 

 失意に陥っていた状態から復帰したのは良い事だと思うが、逆に怖いぐらいの集中し切っているのは少し不安にも思う。

 だけど現状を打破出来る可能性があるのならやるべきだろう。

 互いに得物を手にして戦車の死角となっている左右の壁に潜む。

 戦いの火蓋はバットのグロッグの銃声から始まった。

 壁より飛び出して放たれた弾丸は装甲に易々と弾かれる。

 機銃が攻撃してきたバットに狙いを定めて激しい銃撃が行われ、咄嗟に死角に入って身を護るも銃撃が止むと再び無意味な(・・・・)攻撃を繰り返す。

 

 完全に戦車の()が向いた事を確認して、スネークは姿勢を低くして地雷を手に戦車へ突っ込む。

 無論自爆覚悟ではない。

 機銃の銃口が蝙蝠から蛇に移る前に戦車の足元に地雷を設置。

 滑らせるように三つ設置すると即座に踵を返して壁の裏へと飛び込む。

 戦車は車体の形状による死角で足元が見えず、スネークに機銃と砲身を向けながら前進した(・・・・)

 

 キャタピラが地雷を踏み鳴らして、もろに爆発を受けて爆発を見舞われた。

 戦車は攻撃役(アタッカー)兼名前通り盾役(タンク)としても活躍する為、装甲は厚く硬い。

 しかし銃撃や砲撃を受けない下方の装甲を厚くする事はまず無い。

 それゆえに地に埋めて下より強力な爆発でダメージを負わす地雷は戦車に有効である。

 

 さすがに大破させる事は叶わなかったが、確実に履帯にはダメージを負わせただろう。

 だが動けなくなったとしても出入り口を塞ぐのが戦車から砲台に変わっただけ…。

 自走砲でもあれば楽に撃破できるようになったが、都合よく自走砲を敵地で調達出来るなんて美味い話は無い。

 

 爆発による煙が晴れ、戦車に乗り込んでいた搭乗員は驚いただろう。

 最初にグロッグで攻撃していたバットが離れていたとは言え戦車の正面に立ち、モシン・ナガンを構えていたのだ。

 驚いたといっても()られるなどの恐怖ではなく、「何をしているんだ?」という呆れや驚愕。

 半分馬鹿にしながら砲身と機銃が向き―――――戦車は一発の銃声が響き渡ると同時に火炎を拭いて内部より爆発を起こした。

 

 「まさかやって見せるとはな…」

 「言ったでしょ。一発あれば十分だって」

 

 バットは見事狙撃(・・)をして見せた。

 狙撃手としては然程の距離ではなかったとは言え、砲身に弾丸を通して装填してあった砲弾に直撃させたのだ。

 小柄な体格にモシン・ナガン、さらに戦車を狙撃で倒すなどまさに…。

 

 「“白い死神”だな」

 

 思っていた事がつい口から洩れ、クスリと笑みを浮かべていると無線が届く。

 

 『この先で検問をしている。入るには奴らに紛れる必要がある』

 「了解」 

 

 無線を受けて制服を取り出す。

 拾っておいて良かった。

 敵兵の制服に着替えると、バットにダンボールを渡す。

 

 「これをどうしろと?」

 「どうしろって被る以外何がある?」

 

 制服は大人用。

 他の兵士から奪ったとしても少年向けのサイズは無い。

 バットがビル2に潜入するには制服以外の手段で入るしかないのだ。

 仕方なさそうに被るバット…。

 ダンボール初心者であろうバットに動き方を簡単にレクチャーし、見た目的にはダンボールより足が生えた生物が出来上がった。

 

 ビル2入り口では兵士が三人周囲を警戒しており、会話から侵入者の事は伝わっているらしい。

 制服姿のスネークが近づくと視線を自ずと集まる。

 その隙にダンボールを被ったバットが回り込むようにビル2の壁沿いに近づく。

 身分証明をされる訳でなく、制服で味方と判断されたのかすぐに「良し、通れ」と言われ、閉まっていた扉を遠隔で開かれる。

 開いてもスネークに視線を向けているので、バットが音を立てないように入って行くのを確認して、スネーク自身も堂々とビル2に入って行く。

 入ると扉が閉まり、先に入っていたバットがダンボールを畳みながら神妙な顔をして待っていた。

 

 「凄いなダンボール…」

 「言ったろ?潜入の必需品だと」

 

 フンっと誇らしげに鼻を鳴らし、丁寧に畳んだダンボールを受け取って、着替え直した制服と一緒に仕舞う。

 ビル2はビル1と違って戦車などの兵器置き場にはなっていないが水路が通っていた。

 周囲を兵士が警備しているがさすがに水路には誰も居ない。

 二人して水路を進んで見つからないように先の電子ロックされた扉を開けて中に入る。

 狭く長い道の先には一台の重機がエンジンを吹かしながら待ち構えていた。

 

 「ブルドーザー!?」

 「これ解ってて通されたんじゃないか…」

 

 先ほど使ったばかりの地雷を滑らすように設置し、手にしていた銃を撃つも頑丈なバケットによりどちらも防ぎつつ突っ込んで来る。

 正面からは有効なダメージは負わせない。

 回り込もうとも通路の幅は重機が一台通れるだけしかなく、避ける事すら出来はしない。

 前も横も駄目なのなら上しかないだろう。

 グレネードランチャーを取り出してバケットに当たらないように放物線を描かせてグレネードを降り注ぐ

 元々兵器ではなく、一応追加装甲しているだろうけど簡易的なものだったらしい。

 耐え切れずにダメージを負ってキャタピラが止まって爆発して動かなくなった。

 

 「ちょっとさすがにいきなりこれは…あれ?」

 「繋がらない?妨害電波か…」

 

 無線を繋ごうとしたが誰にも繋がらず、ブルドーザーの仕掛けや情報が洩れている事からそういう対策をしていてもおかしくは無い。

 罠を考慮しつつも撤退は出来ず、考えたうえでどうにかこうにか成さねばならぬ。

 

 「何処だと思います?」

 「上か…下か…」

 「手あたり次第探すしかなさそうですね」

 「そうだな」

 

 面倒臭い言いたげな表情を浮かべるバットに同意はするが、妨害電波を止めるか妨害電波を回避する機器を探すしかない。

 警戒しながら一階を探索しているとどうも様子がおかしい。

 ビル内の話ではなくてバットがだ。

 何というか気が逸れている…いや、言いたげな感じか。

 警戒を怠っていないのは良いのだが、そちらの方が面倒だ。

 ため息を零して視線を向ける。

 

 「なんだ?さっきから気が散っているようだが…」

 「あー…いえ、なんでもないです」

 「何でもない事ないだろ?正直に言うがこれはお前の為に聞いているんじゃない。お前の集中力が散漫になってミスをされると俺が死ぬ。解るか?」

 「…はい」

 「だったら言ってみろ」

 「さっきの白い死神って何ですか?」

 

 何を気にしているのかと思ったらその事か。

 と、いうか聞こえていたんだな。

 

 “白い死神”というのはフィンランドとソ連の間で起きた“冬戦争”で活躍した有名スナイパーで、身長160センチの彼が愛用したのは120センチのモシン・ナガン。

 彼は32名の仲間と共に真冬のコッラー川を挟んで4000ものソ連兵と対峙し、500以上という戦果を挙げて猛攻を防いで見事防衛を果たした。

 軽く説明してやると驚いたように目を見開いて、興味津々と言った様子で聴き入る。

 

 「狙撃手としては気になるか?」

 「そりゃあそうですね。けどクワイエットさんも同じ事を言われて気になっていたので、長年の疑問が解消されて良かったです」

 「クワイエット“さん”か…」

 

 詳しい関係性は分からないが、親しい間柄なのは明らか…。

 そんな情を抱いて勝てるのだろうか?

 答えは“No”だ。

 バットの腕前はだいたい把握したが、クワイエットという狙撃者に比べるとかなり劣る。

 ただでさえ格上の相手だというのに、情によって腕が鈍った状態では勝てる見込みは無い。

 

 「今は敵だ。また奴と戦う事になるだろう」

 「…何が言いたいんですか?」

 「狙撃は得意ではないが、俺が相手をしてやる(・・・・)

 「結構です」

 

 バットの状態を考えて判断したのだが、即座に却下されてしまった。

 ちらりと伺うとその瞳には強い想いを感じ取った。

 一度戦って立ち直った時以上に覚悟を纏った様子に任せるかと軽く頬を上げる。

 

 「俺が(・・)戦わなきゃならないんです。誰かに任せるなんて論外です」

 「そうか。ならもう言わん」

 

 そのまま二人は一階を探索すると“アンテナ”を発見して、妨害電波による通信阻害から脱して何とか連絡をつける事が出来た。繋がった矢先に各無線先から周波数を変更すると言われ、それぞれ変えた周波数を記録する。

 その後もビル2の一階を探索するもカードのレベルが足りずに電子ロックを解除できない扉が多い為、一階の探索を一旦断念して上層の探索を先に行う。

 赤外線を回避しつつ上層にしか行けない(・・・・)エレベーターへ乗り込むと、バットの頼みで最上階へと向かう。

 あれだけのスナイパーがまだ同じ場所に居るとは思えないが、少しでも期待しているのだろう。

 屋上へと上がった二人を待ち受けていたのは熱烈な敵兵よりの銃撃であった…。

 

 「いきなり!?」

 「やはり動きがバレているっと思った方が良さそうだな!」

 

 バットはベレッタで、スネークはデザートイーグルで応戦する。

 急な攻撃に焦りはしたものの射撃の腕では確実に勝っており、時間の経過と共に敵兵が減っていく。

 ただし、ここは敵地で警戒レベルが上がった為に、近くの敵兵が殺到してくる。

 中にはバットは初見の空飛ぶ敵兵も居て、多勢に無勢という事もあって非常に厄介。

 その場その場を切り抜けながら途中捕虜を助けて、博士は地下牢に居るという情報やカード5を得ながら突破していく。

 弾薬を減らしつつも何とか下層へ向かうエレベーターに辿り着き、二人は一息つく。

 

 「ちょっと一服良いか?」

 「構いませんよ」

 

 煙草を咥えて火を付けて、ふぅ…と煙を吐き出す。

 吸うか?冗談半分に差し出すもバットは吸わないらしく断られた。

 エレベーターが地下に到着して外に出ると、そこには二頭のドーベルマンが待機していた。

 対処しようとする前にバットはドーベルマンに近づき、あっという間に手懐けてしまう。

 愛おしそうに撫でるバットと嬉しそうな軍用犬を眺めながら一服済ます。

 先の部屋に進むと敵兵も軍用犬もカメラすらない。

 

 「ここまでくるとあからさまだな」

 「でしょうね………って被ってからで良いでしょうに」

 「アイテムは一つずつは普通(仕様)だろ」

 

 何も配置していないという事は、しなくとも良いかする意味がないのかの二択だ。

 ビル1で経験したゆえに毒ガスだろうと予想した二人であったが、ガスマスクを装備したのはバットのみ。

 スネークと言えばカードで扉を開けてから(・・・・・)被り出した。

 案の定、扉を潜った先には毒ガスが充満しており、敵の姿は一切なくすんなりと進める。

 道中簡易な壁を吹っ飛ばして道を開き、捕虜を救出したりと進んでいると外見的にも広い小部屋を発見。

 屋上で博士は地下に居ると聞いただけに期待を込めて、開ける為に(・・・・・)ガスマスクを外した(・・・・・・・・・)スネークはカードで扉を開く。

 外から広く見えたのは二つの小部屋が繋がっていたらしく、電子ロックどころか扉すらない隣への入り口が見え、入った小部屋には複数のコンテナが並び、中央には研究員であると見てわかる白衣姿のお爺さんが縛られていた。

 あれがメタルギアを開発したという博士だろう。

 

 「博士か?すぐに縄を―――」

 「あ、ちょっと待って」

 

 解放すべく近づこうとしたスネークにバットは待ったをかけた。

 何故と問いかけようとするも、目を細めて床を眺めている様子に口を紡ぐ。

 床と縛られた博士を交互に観察し、小さく声を漏らして博士に近寄ろうともせずに、隣の部屋へ向かおうとする。

 

 「博士を放っておくのか?」

 「あー…罠ですよソレ」

 「罠?」

 「目の前の餌に跳びついたら最後…どんな目に遭わされるか(・・・・・・・・・・・)…」

 

 バットに続いて隣の部屋に向かいながら振り返れば、縛られていた博士は非常に悔しそうな表情をしていた。

 どうやら本当に罠だったようだ。

 それにしても高い観察眼…というよりも死んだ魚のような瞳になっている事から、警戒するほどの経験を積んでいたのだろうな。

 

 「親父さんの賜物か?」

 「あの歩く非常識(親父)は絡め手なんて使いませんよ…母さんの方です……」

 

 乾いた笑みまで浮かべるバットに掛ける言葉は無かった。

 無言のまま隣の部屋でカード6を拾い、出口にカードをかざすと再びガスマスクを被る。

 ガス地帯に出た二人だけどすぐそこに扉があり、スネークはまたも息を止めてガスマスクを外してカード6でロックを解除して中へと入る。

 入った一室には遮蔽物が一つも無く、エレベーター前に白い防護服に火炎放射器を手にした兵士が立っていた。

 

 「俺はファイヤー・トルーパー!!丸焼きに………」

 

 名乗りを上げた彼もアウター・ヘブンでは強者の一人なのだろう。

 口上を耳にしながら警戒するスネークを他所に、バットは何のためらいも無くベレッタで発砲。

 背負っているタンクから火炎放射器に繋がるホースを打ち抜き、穴から燃料が噴出してファイヤー・トルーパーはシャワーを浴びた様に燃料塗れに…。

 突然の事に沈黙が漂い、最初こそ出が良かった燃料も段々と弱くなり、水滴が落ちる程度になった頃には戦うどころか火花でも起こった瞬間大炎上しそうなファイヤー・トルーパーは、無言で項垂れながら戦意無く両手を上げた。

 

 「おい、せめて最後まで言わせてやれよ」

 「親父ならそうするでしょうけど、スキップした方が楽ですし早いですよ?」

 「そりゃあまぁ…そうなんだがな。遣る瀬無いというか」

 「では、止めを―――」

 「お前、血も涙もないな…」 

 

 さすがに可哀そうすぎるので防護服を脱がして、縛って部屋の端に転がしておいた。

 エレベーターの扉が閉まるその時まで、しくしくと悲しそうな泣き声が聞こえてくるのだった…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:カズヒラ・ミラーの教育

 

 カズヒラ・ミラー、またマクドネル・ベネディクト・ミラー。

 米軍将校の父と日本人の母の間に産まれたハーフ。

 幼少期は娼婦を辞めて煙草店を経営する母の代わりに店番をし、母親が寝たきりになって入院すると父親がいるアメリカへと渡る。

 父親はアメリカで妻子がいたものの、子供は戦死してしまい妻とは離婚した後。

 失ったモノの穴埋めと理解しつつ一緒に暮らし、大学を卒業すると日本に帰国。

 寝たきりの母を養いながら自衛隊に入隊。

 その後、除隊すると中南米に渡って実戦経験もないまま反政府勢力に取り入って教官として働き、教え子達を部下に部隊指揮を任される。

 作戦行動中に当時政府側に付いていたスネークと交戦し、部隊は壊滅して自身は捕虜となる。

 勧誘という脅しをスネークより受け、勝負をした後にはスネークと共に“国境なき軍隊”設立。

 副指令として働き、国境なき軍隊が襲撃を受けると新たに“ダイヤモンド・ドッグズ”を設立し、国境なき軍隊を襲撃した者への報復を誓う。

 報復を終えてダイヤモンド・ドッグズを抜けると様々な国の特殊部隊や新兵訓練などの教官を務め、“FOXHOUND”のサバイバル教官となり、教え子たちから“マスター・ミラー”の愛称で呼ばれる鬼教官。

 そんな経歴を持つミラーは再びダイヤモンド・ドッグズの本拠地たる洋上プラント“マザーベース”に訪れていた。

 

 ビッグボスと彼の協力者であるオセロットとはいずれ敵対すると宣言して出て行った身。

 だけど互いに今敵対している訳ではなく、どちらもダイヤモンド・ドックスを抜けているので訪れる事を断られる事は無い。

 今回訪問した理由はあのバットの息子が滞在していると聞き、誘いを受けた事にある。

 バットの子供である事から戦闘能力に期待を抱き、先を見据えてこちらに勧誘出来るよう下準備をしに来たのもある。

 

 ただ良くも悪くも誤算はあった。

 子蝙蝠(シオン)はバットと違ってまだ常識的(・・・・・)であった事だ。

 アイツのような非常識な戦闘能力を有していないのは痛くもあるが、幼さもあってか素直で色々な事を吸収するのが早い。

 今もまた俺より教わった事を実践している。

 出会った頃より技術も観察眼も格段に上がった。

 否、そこら辺の才能は母親(パス)譲りなのかも知れないな。

 ほくそ笑みながらミラーは手にしていたトランプカードを周囲の兵士に見せつける。

 

 「ロイヤルストレートフラッシュだ」

 「またカズさんの勝ちかよ!」

 「イカサマだろ!?」

 「おいおい、連勝したぐらいでイカサマ扱いは無いんじゃないか?」

 

 はっはっはっと笑いながら手を差し出して催促する。

 悔しそうにしている兵士達から賭けていたお金が俺の下に集まる。

 俺は懐が潤い、シオンには良い訓練となる。

 一石二鳥とはまさにこの事だろう。

 しめしめとほくそ笑み、配られたカードを受け取っているとその手を背後より掴まれた。

 振り返ればそこにはオセロットが立っていた。

 オセロットもまた同じような用件で訪れ、シオンに銃の扱いを教えたらしい。

 と言ってもずっと教えれるほど暇ではないので、近いうちに帰る(・・)のだろうが…。

 お互いに接触を避けていたというのに、シオンが居るとどうしても顔を合わせる事が多くなった。

 

 「なんだ山猫。賭けポーカーは禁止とか硬い事言わないだろ?」

 「言わないさ。未成年を騙すならまだしも、大人同士の遊びを邪魔する気はない」

 「だったらこの手はなんだ?」

 「…シオンを使ってのイカサマとなれば話は別だ」

 「「「イカサマ?」」」

 

 オセロットの言葉に肩がピクリと震える。

 兵士達は首を傾げながらシオンを見るも本人は教えた通り(・・・・・)に「何のことです?」と言いたそうにキョトンとした顔をして、審議がつかずにこちらへジトーと疑いの視線を向けられる。

 シオンがしっかりとしたのだ。

 教官として俺も見せなければならないだろう。

 

 「ウォッホン…何のことかな?俺はイカサマなんて…」

 「ならこれはなんだ?」

 

 引っ手繰られたカードはダイヤの一から三とスペードの五と七が並んでいた。

 スリーカード。

 役は出来ているがこれぐらい多少運が良ければ初手から来ることもある。

 内心勝ち誇った笑みを浮かべる。

 

 「これぐらい普通だろ」

 「だがこうするとどうなるかな?」

 

 シオンが配っていたカードの束から二枚引くと、ダイヤの四と五が現れた。

 五と七と交換するとポーカーで二番目に強いストレートフラッシュ。

 タラリと冷や汗が流れる。

 

 「い、いやぁ、今日は勝利の女神に好かれていてな…あっはっはっはっ」

 「ははは、袖からカードが見えているが?」

 「嘘だろ!?―――――――あ…」

 

 万が一の時に仕込んではいたカードが知らず知らずに覗いて居たか………と思って袖を覗き込んで罠に気付いた。

 してやられたと思うが自然を装うも疑いは既に確証に変わってしまっている。

 

 「上手いもんだ。自身が疑われやすいと踏んで仕掛けはシオンにさせる。誰も想像しなかっただろうな。それに中々腕も良かった。俺もしっかりと着目しなければ分からない程に。さすが教官として色んな所からお呼びがかかっているだけはあるな―――マスター・ミラー?」

 

 言い訳は浮かばず、滝のような汗ばかり流れる。

 さらに追い打ちをかけるようにヴェノム・スネークに男性女性問わず兵士達が集まってきた。

 

 「ど、どうした皆?そんな怖い顔をして…」

 「イカサマの件は他にもあってな。皆がシオンに甘い事を知って、観戦したいと言わせて背後から手札を覗かせ、ちょっとした仕草で役を教えるようにしていたな?」

 「ななな、何のことだか分からないなぁ…」

 「苦情も受けたんだが?シオンをだしに女性兵士をデートに誘ったり、シオンの女装写真を売りつけて小遣い稼ぎしていると聞いたが?」

 

 もう汗が止まらないんだが…。

 じりじりと鬼の形相で迫って来る皆に怯えつつ、シオンを盾にしつつ身を護ろうとする。

 

 「お、落ち着け!これも…その…そう!シオンに色んな技術を教える為なんだ!!技術向上(イカサマ)変装術(女装)、演技力などを養うべく…」

 「なら利益を得ていたのは授業料とか?」

 「その通ぉ……り………すいませんでした」

 

 盾にしていたシオンは女性兵士に抱き締められて奪われ、視線と怒気の集中砲火を受ける。

 片棒を担がされていたシオンは怒られるどころか技術の向上を褒められ、自業自得なミラーは羨ましそうに見つめては大勢からの説教と受けるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

静かなる者、再び

 クワイエットと再び会うべくやる気に満ちたバットだったが、明らかに苛立ちを隠し切れていない様子にスネークは苦笑する。

 ファイヤー・トルーパーを無力化したスネークとバットの二人は、メタルギアの情報を持っているであろうマッドナー博士を捜索し、ようやくにして発見することに至った。

 博士から情報提供を受け、安全な場所へと避難―――させる予定は狂う事になった。

 

 マッドナー博士は“ロボット工学の父”と謳われる程の人物で、アウターヘブンでのメタルギア開発を任されていた。

 ただ好き好んで協力した訳ではなく、脅されて協力せざるを得なかったとの事。

 博士には一人娘が居た。

 名前は“エレン・マッドナー”。

 “ボリショイ・バレエ団”の花形スターとして活躍した人物で、今はマッドナー博士を研究させる為の脅しの材料として、ここアウターヘブンで監禁されている。

 協力する気はあるが娘を救出しなければ一切しないと博士は取引を持ち掛けた。

 

 それ自体はバットは納得して受けた。

 しかしながらマッドナー博士は娘を助け出すまでは情報提供をしないばかりか、今居る場所を一歩も動かんと言ったのだ。

 捜索する最中で敵兵と交戦する事もあったし、博士は貴重な情報を持つ重要人物。

 敵としても警備を厳重にせざる得ない上に、最悪また場所を移される可能性すらある。

 ずっと連れていくことは出来なくとも他の場所に移して隠れて貰う事は出来た筈だ。

 何度説得しようとも同じ言葉を繰り返して動かなかった。

 

 バットは後の事態を想定して苛ついている。

 また探す可能性に、口封じに殺されるかも知れないのだから。

 そんな苛立つバットに追い打ちをかけるように、エレンが監禁されているビル1(・・・)へと引き返す事に…。

 

 「気持ちは解るが落ち着け」

 「俺は冷静です!」

  (そうやって自分で言う奴ほど冷静じゃない場合が多いんだがな…)

 

 ビル2から荒野へ戻り、ビル1へと入る。

 すでにビル1内部の大半はレジスタンスに依って制圧されている。

 救出された者にバットが手懐けたドーベルマン、加えてリーダーであるシュナイダーが直接指揮を執っている事で指揮も士気も上々。

 元々二人が幾度か交戦したおかげで戦力が著しく低下したのと、ビル1がビル2に比べて重要度が低く、侵入されたことで敵の眼がビル2に集中している事も容易に制圧出来た訳だが…。

 逆に容易過ぎて妙ではあるが…。

 到着したスネークは現状をビッグボスに、バットはシュナイダーから情報提供を受けようと連絡を取った。

 

 「マッドナー博士から協力を得る為には娘さんを救出する必要があるんです。居場所に心当たり無いですか?」

 『制圧したと言っても完全ではないんだ。人数が絞られる上にいつ敵がこちらに兵を向けて来るか解らんから警備を薄くするわけにもいかんしな。ただ心当たりはある』

 「何処ですか?」

 『地下の独房。それも君らが捜していたグレイ・フォックスが居た秘密の独房の奥。あそこにはセキュリティレベルが高過ぎて、君らから写したカードキーでは開かないエリアがある』

 「重要人物を捕えるならそこか」

 「ならさっさと救出に行くぞバット」

 

 侵入したときに比べて楽に進み、目的の秘密の独房があるエリアへと辿り着いた。

 ちなみに秘密の独房にはショット・ガンナーとマシンガン・キッドが捕らえられている。

 奥の扉へ向かってビル2で入手したカードキー(カード6)を試し、扉が開くと警戒しながら足を踏み入れた。

 先には兵士ではなくドーベルマンが二頭。

 慣れた手つきで手懐けると二人はすぐ側の部屋に入るが、物一つ置いていない空部屋であった…。

 

 「空振りですね。他を探し――」

 「待て!静かに…」

 

 部屋を出ようとしたバットに制止を掛けたスネークは耳を澄ます。

 それに習ってバットも耳を澄ませば「助けて!」と声が聞こえた。

 

 「聞こえましたか!?」

 「ああ!こっちからだな」

 

 声の方向に進もうとしたスネークを今度はバットが止め、床を指差して薄っすらと見える線を見させる。

 落とし穴と理解してバットの察知能力に感心すると同時に、割と本気でどのような経験を積んだのか気になってきた。

 無事帰投したら聞いてみるのも後学の為にも良いかも知れないなと考えるスネークであった。

 罠を避けて声が聞こえた壁にC4爆弾を設置する。

 

 「壁から離れてろ!」

 

 大声を上げて二人は壁より離れて身の安全を図り、C4爆弾が爆発するのを待った。

 爆発により壁は吹き飛ばされた先には赤い服を着た女性が座り込んでいた。

 

 「マッドナー博士の娘さん?」

 「そうです!私はドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナーの娘、エレン・マッドナーです!」

 「安心しろ。俺達は君を助けに来た」

 「その前に父を!父は脅迫されてメタルギアを作らされているの!!」

 「解ってる。そのマッドナー博士から救出を頼まれた」

 「ここから移動します。立てますか?」

 「はい!」

 

 立ち上がったエレンを連れて二人は来た道を戻ろうと部屋を出て―――銃声を耳にした。

 何事かとお互いに得物を構え、周囲を確認すると一人の女性が立っていた。

 ビキニという露出の高い格好に、下は所々穴の空いたタイツ。

 手には狙撃銃を手にしている狙撃兵。

 

 「先程振りだな狙撃手」

 「久しぶりですクワイエットさん」

 

 銃を向けて声掛けするも沈黙で返すクワイエット。

 その目は品定めをするかのようにスネークとバットを見つめる。

 そして最後にエレンを見ると、顎で部屋に戻れと示す。

 

 「嫌よ!私は…」

 「違う。そうじゃない」

 

 戻れと受け取ったエレンは拒否したが、バットが別の意思を提示する。

 バットが指で示した先には秘密の独房があるエリアから繋がる扉があり、カードキーを通す電子ロックが綺麗に撃ち抜かれて火花を散らしていた。

 クワイエットはスネークとバットの退路を塞ぎ、ここを戦いの場と定めた。

 それに対して非武装で人質であるエレンは邪魔でしかないのだ。

 

 「撃てば俺達の行動も止まっただろうに…意外と優しいな」

 「意外とは失礼です。クワイエットさんは凄く優しく綺麗な人ですよ」

 「…初恋相手だったりしてな」

 「な!?何を言うんですか!!」

 「意外とマジっぽいな…」

 

 言葉に何らかの想いを感じ取って口にしてみれば、真っ赤に染まるバットに苦笑する。

 対してクワイエットは悪い気はしなかったのか微笑んでいた。

 

 「でだ、そのお優しい狙撃手さんは俺らを見逃しては――――くれないみたいだな。バット!」

 「解ってます!話は後の楽しみに取っておきます!!」

 

 現状はスネークとバットに有利だった。

 狙撃手の強みと言えば何処にいるか分からない点と遠距離からの精密な射撃にある。

 しかしながらクワイエットは姿をさらした上に、然程離れていない位置に立っている。

 狙撃用ライフルを使うよりバットのベレッタや、スネークのデザートイーグルなどの拳銃の方が有効。

 まして二対一ともなれば尚更だ。

 

 しかしながらその有利さは覆された。

 跳ぶように踏み出された一歩で目にも止まらぬ速さでクワイエットは右へ、左へと高速で移動したのだ。

 以前ヴェノム・スネークと対峙したクワイエットは、その高過ぎる身体能力で長距離を極僅かな時間と歩数で移動し、跳躍を以てちょっとした崖ならば飛び越える能力を披露した。

 そんな彼女であればこれぐらいの芸当は余裕であった。

 

 撃つたびに高速で動かれては当たらない。

 急ぎ銃口を向けて撃つむ間に合わず、あっという間に距離を詰められる。

 銃撃戦ではなく接近戦に持ち込まれたスネークは即座に掴み掛ろうとするも、簡単に突き放されて転ばされた。

 バットが横合いから足を狙って引き金を引くも見事なまでに躱された後に関節を決められて身動きが取れなくなる。

 

 「やっぱり強過ぎますね…」

 

 苦しそうに呟くバットに嬉しそうに微笑むクワイエット。

 ギリギリ見えた表情に苦しそうながらもバットは喜んだ。

 何しろクワイエットの眼には失望の色が無かったのだから。

 

 「バットを離せ!」

 

 転がされたスネークは立ち上がり、クワイエットに掴みかかると腕の関節を決めようとする………が、力が入り難いように関節を決めようとするも、その状態で力の差があり過ぎて押し返されてしまう。

 スネークの攻撃で緩んだ隙にバットは抜け出し、飛び掛るも二人纏めて転がされる。

 

 「化け物かよ…」

 「美女と化け物は付き物でしょう…」

 「化け物染みた美女は聞かないがな。それに取り巻きも来たみたいだ」

 

 奥より大量の兵士達が駆けてきた。

 クワイエット一人に良いようにされたというのに、ここで敵兵が来るとはなんとも最悪な状況だ。

 しかも隠れる場所どころか退路はクワイエットに初手で潰されている。

 

 「動くな侵入者共!」

 「抵抗しなければ殺さない!」

 「足だ!足を撃って動けないようにしろ!」

 

 兵士達が周囲を囲み、銃口が向けられる。

 一人の兵士が前に出てクワイエットの横へと並ぶ。

 銃口は足に向けられていて、ここまでかと諦めを過らせつつ最後の瞬間まで何とか脱せないかと思案は止めない。

 

 …そして銃弾は放たれた…。

 銃声が響き、放たれた弾丸は床を削った。

 狙われていたスネークやバット以上に床に向かって撃つことになった(・・・・・・・・)兵士が一番困惑していた。

 

 「なにをするのかクワイエット!?」

 

 撃つ瞬間に銃口を下げさせて外させたクワイエットは、説明も弁明もせずに沈黙を貫く。

 ただバットへ少し残念そうな視線を向けて。

 その様子に過剰に周りが反応し、銃口をクワイエットへと向け直す。

 

 「裏切るつもりか!?」

 

 いつも無口でどのような者なのか不明。

 アウターヘブン内ではボス以外と絡むこと無し。

 正確な狙撃術に高過ぎる身体能力。

 彼女はアウターヘブンの兵士にとっては異質で、分からないこそ恐怖を抱く対象であったのがここで溢れてしまった。

 

 事態が動いたのは一瞬だった。

 隣の兵士が反応できない速度で顎に一撃が振るわれ、意識を刈りとられて手の上からトリガーを握り締める。

 明確な敵対行動に驚きながらも何人かが銃口を向けて撃ち始めるも、意識を失った兵士を盾にして防ぎ、その兵士の銃で乱射して周囲の兵士を薙ぎ払う。

 無論それで全員を仕留めきれる筈も無かったが、今度は盾にした兵士に蹴りを見舞い、蹴られた兵士は床にぶつかることなく数メートル飛ばされた。

 その光景は映画などで見られるワイヤーアクションのようで現実味が無い。

 しかしそれは目の前で起こった出来事であり、彼女はそんな非現実的な動きを現実にするほどの能力を有している事を見せ付けたのだ。

 蹴飛ばされた兵士は他の兵士に激突し、止まるどころかぶつかった二人の兵士を巻き込んで吹っ飛ばした。

 

 驚くべき光景に呆気に取られた兵士達。

 クワイエットはその瞬間を狙ったかのように銃を構えずに突っ込んだ。

 跳躍する様に恐ろしい速度で左右にジグザクと曲がりつつ、一歩ごとに透明になっては姿を現すを繰り返す。

 左右に移動を繰り返して回避運動を行い、姿を消していては手当たり次第に撃たれて被弾の可能性が出て来るので、姿を現す事で向けられる銃口をある程度誘導している。

 

 距離を詰められた兵士達は抵抗する間もなく、ひと蹴りで次々と倒されていく。

 人間離れした戦闘を見せ付けられたスネークは、密かにその場を離れようとするバットに続いた。

 

 「良いのか?」

 「邪魔が入ったから仕切り直す。クワイエットさんも同じだと思うから」

 「そうか。互いに解っているんだな」

 「伝え合うのには言葉が一番。だけど沈黙もまた雄弁なんだ」

 

 バットとスネークは部屋の入口付近で隠れていたエレナを連れ、兵士達と戦いつつもクワイエットに見送られながら、その場から多少強行突破に成りつつも急ぎ離れるのだった。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:クワイエットとシオン

 

 蝙蝠の息子が訪れていたのは知っていた。

 だけど別段自分と関わる事は無いだろうと思っていた。

 しかしながらヴェノムより面倒を任される事に…。

 理由は久方ぶりにマザーベースに戻ってきたミラーにある。

 

 シオンというバットの息子を口八丁で仄めかし、マザーベース内で金稼ぎを行っていたのだ。

 子供の成長に悪影響という者もいれば、その技術を見込んで少し借りたいと言い出す者が出てくる始末…。

 少し仲間に対する注意喚起と新たな規則作りに時間が必要で、その間はフリーとなるシオンをマザーベース外へ避難させる必要が出て来て、仕事で外に出る兵士の中で最もそういった事情から安心して任せられると私が選ばれた。

 

 幸いだったのはシオンが蝙蝠と違って聞き分けが良かった事だろう。

 おかげで騒がしくも無く、手間もそんなに掛からない。

 

 背の低い草むらに転んで身を隠し、ターゲットである動物を待つ。

 今回の仕事は危険区域より野生動物の保護。

 ただ警戒心が高いゆえに任務に挑んだ兵士は失敗してしまい、クワイエットへと回って来たのだ。

 目標の動物が現れても即座に撃つ事は無い。

 ゆっくりとじっくりと観察し、自分という存在を只管に周囲と一体化させ、麻酔銃に改造された狙撃用ライフルを構える。

 こちらに気付かずゆったりとした足取りで歩み、射程圏内に入った事を確認して小さく息を吐きスッと止める。

 静かな心持の中でトリガーを引けば、放たれた麻酔弾はターゲットに命中し、少し動いた末に転倒して眠りに落ちた…。

 

 終わったとターゲットに近づいてフルトン回収にてマザーベースに送る。

 シオンはずっとそれを黙って眺めていた。

 暇そうにではなく、興味津々と言った様子で。

 

 正直子供にはつまらないものだとばかり思っていた。

 時間通りに事が進む事は無く、じっくりゆっくりと待ちに待って、ようやく機会が巡って来る。

 いつ駄々を捏ねるかと思ったが、彼は黙って付き従っていた。

 意外とこういった事に向いているのかも知れない。

 

 ほんのちょっとした気紛れだった。

 仕事は一つだけではなく、他にもついでに請け負っていた。

 なので彼に銃を扱い方を教えた。

 すでにオセロットに依ってかなりの扱い方の指導を受けていたので、想像以上に教えるのは楽ではあった。

 そしてシオンは失敗した…。

 

 当たり前だ。

 銃の扱い方だけで自然相手に狙撃が意図も容易く成功できるはずがない。

 隠れているつもりでも残した痕跡や様子、雰囲気から獲物は警戒し、近づこうともしなかった。

 

 そうとう悔しかったのもあったのか、その日より彼は私に懇願する様になった。

 純粋無垢な瞳を真っ直ぐに見つめて…。

 

 気紛れと言えど手を貸したのは私だ。

 ゆえにその懇願を受け入れて、私はシオンに教え込んだ。

 言葉数は少なく、誰かに教えを与えるなど不慣れな身。

 教官としては不十分だったと思う。

 けれどシオンは一から十を聞くのではなく、一を聞いては私の手本を見習って知識を経験に昇華して取り込んで行った。

 まるで乾いたスポンジのように、得たものを吸収していく様を見て、私は楽しかったし嬉しかった。

 

 何よりこうも誰かと共に居たのは久方ぶりだ。

 ダイヤモンド・ドックス内で私の立ち位置は微妙だった。

 よく接してくれていたバットは居らず、一番関りのあるヴェノムも暗殺しようとした過去があるだけに後ろめたさがある。

 そんな中、シオンだけはそういった事情は存在せず、化け物染みた能力を恐れる事無く接してくれた。

 

 自然との接し方。

 周囲への溶け込み方。

 様々なものを教えている内に分かった。

 彼は私に似ていた。

 私は自身が行った過去が、シオンは両親の功績が重く圧し掛かり、息苦しさを感じていた。

 

 シオンは言った。

 私に会えて良かったと。

 狙撃の時間は周囲の疎ましさの一切合切を忘れさせ、穏やかな時間を自分を包んでくれる。

 自分は貴方に救われたのだと…。

 

 違う。

 それは違うのだ。

 救われたのは私なのだ。

 彼に教えた期間は短く、会話もそれほど多くは交わさなかったが、その時間は濃密且つ充実していた。

 

 ほどなくしてシオンは簡単なものであったが、狙撃を成功させてターゲットを見事捕縛する事に成功した。

 あの時の笑みを忘れる事は無いだろう。

 そして出来る事なら彼の成長を見てみたいものだ。

 いずれ帰ってしまう事から無理だろうと解っていても、そう願わずにはいられない。

 

 モシン・ナガンを手にする彼は今日も今日とて、私と共に獲物を狙って潜むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ある種の恐怖

 バットは床をジッと見つめながら、調べつつゆっくりと進む。

 クワイエットとの交戦後、ビル1より入った扉は電子ロックが壊されて使用不能。

 ならばと敵兵が来たであろう道を進んだ。

 奥に進めば真っ暗闇で満たされ、道中で拾ったライトで照らす。

 進み辛い上に嫌らしくも落とし穴の罠も用意されていた。

 罠があると解っていればスネークは問題ない。

 ゲーム内でパスによりこっ酷く罠に嵌められ、鍛えられてしまったバットは罠に対しての感知が高い。

 しかしエレン・マッドナーは別だ。

 出来れば彼女は安全な場所に置いて、こんな危険極まりない道は二人で行くべきだった。

 けれど入り口は塞がれ、置いて行ける訳もない。

 ゆえに連れて危険な道のりを進むしかなかった。

 

 「ここ走り抜けますよ」

 「解った。しっかり掴まっていろよ」

 

 罠を発見して目測で図ったバットの言葉にスネークは返事しながら背負ったエレンに注意する。

 頷いたエレンはぎゅっと目を瞑って、しっかりとスネークにくっ付く。

 駆け出すとすぐ後ろを付いて走り、起動した落とし穴が中心を軸に広がっていくのに飲まれないように駆け抜ける。

 

 「これで何個目か…」

 「止めろ。数えても無駄だろう」

 

 新しい通路に出る度にある罠に危機感よりも正直飽き飽きしている二人はため息交じりに呟く。

 人を背負っての移動を成し、途中ダイアンより「落とし穴があるから気を付けて」と遅すぎたアドバイスを受け、行き止まりにぶち当たった。

 コンコンとノックするかのように叩いてみると音が軽い。

 

 「塞がれた壁か」

 「吹き飛ばしますかね」

 「手際よくなってきたなお前」

 「突っ込むのも無駄だと気付きましたんで」

 

 突っ込むだけ無駄…。

 どうしてクワイエットさんがゲームの中に居るのか? 

 映像は兎も角触感や匂いの現実感。

 なによりNPCだと思われる奴らの生々しさ。

 これではまるで人そのものではないか。

 考えたところで無駄だろう。

 ゆえに今は(・・)突っ込まない。

 

 C4で爆破させて壁を壊すとバットが先に様子を見に行って即座に戻ってきた。

 

 「この先ガス地帯だった。しかもビル2地下の直結」

 「それは何とも…良いのか悪いのか解らんな」

 

 バットはガスマスクを被って、スネークは息を止めるとの事でエレンに被せる。

 さすがに同行させるには危険すぎる為、エレンを近場の小部屋に隠れて貰って二人で進むことに。

 ガス地帯なら巡回もないので見つかる可能性も低いだろう。

 

 二人で一度は通った道のりを進んでマッドナー博士が待つ二階へと急ぐ。

 途中面倒な奴(・・・・)を無視して進み、博士の待つ小部屋に辿り着く。

 

 「エレンを助けてくれたのか!なんと礼を言えば良いか…」

 「お礼なんて良いですよ。約束通り情報提供をして頂ければっていうか言わないとドタマぶち抜きますよ?」

 「落ち着けバット。本音と苛立ちが漏れてる」

 

 ニコニコと笑顔を振りまきながらも今にもベレッタを抜きそうなバットに、スネークは一言告げて制止を駆ける。

 マッドナー博士はバットの言動を気にせず情報を提供してくれた。

 メタルギアがビル2から二十キロ北にあるビル3にあるという事。

 破壊方法は装甲の薄い脚部に順番通りに爆弾を仕掛ける事らしいが、16回仕掛ける順序の最後は右か左か忘れているのでそこはどちらにも仕掛けるという事で17個プラスチック爆弾が必要。

 

 「ビル2を出る為に必要なカードはアーノルド(ブラディ・ブラッド)が持っている」

 「アーノルドって誰だ?」

 「私が開発した人型AI兵器だ。ここに来る途中に居なかったか?」

 「…あの走って来る奴か」

 

 スネークの言葉でバットもアイツかと理解した。

 無視した途中面倒な奴(・・・・)

 三方向に扉がある部屋にいた敵兵で、ガタイの良さに合わせて黒の革ジャンにサングラスを付けた異様な雰囲気を纏っていた。

 ただおかしな点があり、決して辺りを見ようとせずに同じところを行ったり来たりするばかり。

 視界に入っても襲ってくることも何もせず、行き来しているレーンに入ったら猛ダッシュで突っ込んで来た。

 いったい何だったんだと思っていたら、まさかロボットだったとは。

 

 「じゃあアレを壊せば良いんだ」

 「強固に作ったから普通の銃器では効果は無いだろう。しかし弱点はある!」

 「水に弱いとかか?」

 「ロケットランチャーに弱い!―――ふがっ!?」

 「舐めてます?弱点というより威力でごり押しじゃあねぇか!!」

 「それは俺も同意するが銃を突き当ててやるな…」

 

 怒りのあまりに銃口を額にゴリゴリ押し当てるバットを落ち着かせて今後の方針を確認する。

 マッドナー博士をここに放置する訳にはいかない。

 ビル2にも捕虜になっていたレジスタンスが居たので、彼らにビル1までの移送を任せて先に二人はメタルギア破壊に向かう。

 …が問題が解決していない。

 

 「なんかAI兵器壊すのにロケットランチャーが必要なんですけど、何処に置いてあるか知りません?」

 『俺は知らないがジェニファーなら…』

 「その人なら知っているんですね」

 『多分な。ただジェニファーはプライドが高いために認めないと応答に答えてくれるかどうか…』

 

 大丈夫かな…とスネークもバットも思いながら、無線で答えてくれたシュナイダーの言うとおりに周波数を弄ってジェニファーに繋げる。

 不安を抱きながら呼びかけると捕虜を多く救出した事ですでに認められており、意外にあっさりと出てくれた。

 

 『こちらジェニファー…』

 「良かった出てくれた。実は―――」

 『ロケットランチャーを用意するわ。以上』

 「え?ちょ…何処にって切れてる」

 「マジか…」

 

 どうして説明も受けずにロケットランチャーが必要なのかを知っているのか?

 何処に用意するというのか?

 などと疑問を抱きながら再び無線をして何とか聞き出し、指定された同階の一室に向かうと確かにロケットランチャーが置かれてあった。

 しかしながら弾頭が無いのでそこはしっけいしなければならないが…。

 歩き回って弾薬から弾頭を補充してアーノルドが居るであろうエリアに向かう。

  

 「援護要ります?」

 「いらんだろう。これで撃つだけだろ」

 「戦車並みの装甲じゃない限り問題ないでしょうからね」

 「なら行ってくる」

 「俺は観戦させて貰います」

 

 扉を開けるとやはり正面に入らなければ襲って来ないらしく、扉の前に並んだ二人をガン無視して行ったり来たりを繰り返す。

 タイミングを見計らってスネークがロケットランチャーを構えて跳び出す。

 即座に放たれた弾頭が扉の前を通過して、バットは壁で見えないものの命中して爆発と爆音を響かした。

 終わったかなと思ったら、続けて二発目が扉の前を通過した。

 何事!?と驚いていると扉前でロケットランチャーの直撃を受けても、全速力でスネークが居る方向に駆け抜けていくアーノルドの姿に唖然とする。

 静かになった事で扉より顔を覗かせて伺う。

 視線の先には驚愕の顔をしているスネークに、何発もロケットの直撃を受けて焼けこげながら原型をまともに残して倒れ込むアーノルドの姿…。

 

 「大丈夫ですか?」

 「なんていうモンを作ってるんだあの博士は!」

 「速力は車より遅いけど人より早く強度は装甲車並みって…さすがロボット工学で有名な博士ですね」

 

 アーノルドは二体居て二か所の扉を護るように行き来しており、もう一体のアーノルドも同様に倒して置き、その扉の先へと向かう。

 警備を行っている兵士を倒したり、目を掻い潜って先に進むと扉がロックされた部屋があった。

 今までも電子ロックで開かない扉はあった。

 が、この扉は違う。

 電子ロックは電子ロックなのだろうけど、カードを通す差込口が存在しないのだ。

 

 「開かずの間か。なにかあると思います?」

 「解らんな。しかしそこまでするという事は、何かしらあるという事だろうな。カードで開かないという事は頻繁には開ける必要性はないが、厳重に保管しておく必要性はあるという事だろうな」

 「なんとか開けれないかな」

 

 そうは思ってもカードの挿入口も鍵穴も無ければ、無理やりこじ開けるような道具を持ち合わせていないので何も出来ないのだが…。

 

 「そうだ!シュナイダーなら…」

 

 レジスタンスのリーダーでアウターヘブン内に詳しい彼ならばと無線機を手にする。

 彼だと思い込んで無線したバットは返答の声に二重の意味で驚く事になる。

 

 『こちらジェニファー…』

 「あ…えっ!?」

 

 先ほどジェニファーの周波数に合わせていただけに、そのままジェニファーに無線してしまっていたのだ。

 間違えましたというより先にジェニファーが口を開く。

 

 『今から扉を開けるわ。以上』

 

 素っ気ない言葉に呆けていると目の前で扉が開いた。

 無戦が切られた呆然としてただただ開いた扉を眺めるバットにスネークが首を傾げて見つめる。

 ハッと我に返った周囲を見渡したバットはカメラがないのを確認して余計に戸惑った。

 

 「どうしたバット?」

 「いえ、ジェニファーって人…凄いんですね」

 

 ゲームだから都合が良いんだと理解はした。

 けれどあまりにリアル過ぎるゲームなゆえに、カメラも無い場所でこちらの様子を理解して扉のロックを解除する様が、妙に怖くて背筋がぞぞぞと凍り付くのだった…。

 

 

 

 

 

 

 どれだけ時間が経過しただろうか。

 アウターヘブン内に侵入者が現れてから、未だに対処したという報告は入っていない。

 それどころか配置していた精鋭四名中三名と連絡すら取れなくなっている。

 捕らえていたグレイ・フォックスやメタルギア開発させていたマッドナー博士、人質だった博士の娘であるエレンまでも奪われ、部隊への被害も時間の経過と共に拡大。

 ビル1の駐留部隊と連絡は出来ているがどうも怪しい(・・・)

 盗られた(・・・・)と思ってまず間違いないだろう。

 

 『ボス(・・)。ビル1に向かっていた部隊壊滅。生き残りから話を聞いたところ、やったのは侵入者ではなくクワイエットとの事』

 

 ビル2とビル1を繋ぐ地下道より向かわせた部隊とも連絡途絶。

 捜索隊を派遣したが結果はこれかと報告を聞きながら苦笑い(・・・)を浮かべた。

 

 『宜しいのですか!?これは明らかな反逆行為ですぞ!』

 

 味方をやられた怒りに畏怖、焦りなど諸々の感情が込み合った言に葉巻にライターで(・・・・・)火を付ける。

 彼の心中に負の感情は混ざってはおらず。

 長椅子に凭れながら優雅に味わった煙を吐き出す。

 

 「好きにさせろ。アレ(クワイエット)には関わるな」

 『しかし!!』

 「全部隊に徹底させろ。クワイエットと侵入者が出会った際には手出し無用」

 『―――ッ!!……了解しました、ボス』

 

 納得は出来ていないだろう。

 だが報告してきた奴もプロだ。

 わざわざ無理に命令に背いて動く事は無いだろう。

 それ以前にここの兵如きで(・・・・・・・)クワイエットに勝てるような者など皆無だ。

  

 兵達の気持ちは理解出来る。

 しかしながらこちらの思惑だとはいえ、搔き集めた傭兵の類(・・・・・・・・・)とクワイエットでは価値が違う。

 相手は蛇に蝙蝠…。

 想う所があるのは俺も一緒…。

 

 懐かしくもあるが今は計画を移行(・・)させねばならない。

 想定以上に蛇が優秀過ぎた。

 そしてまだ未熟だとしても蝙蝠の乱入は予想外に事態を悪化させた。

 これでは当初の計画では成り立たない。

 

 「いつの時代も蛇と蝙蝠の組み合わせは厄介だな」

 

 味方なら心強かっただろうに…。

 もしもなど考えたところで詮無き事。

 鼻で嗤いながら葉巻を咥え直す。

 

 当初の計画は完全に頓挫。 

 だけど他の計画は問題なく続行(・・・・・・)

 一応に用意していた修正計画や第二計画を潔く放棄し、無線機を手にしてクワイエットに繋げる。

 

 「聞こえるかクワイエット。計画の大半が頓挫したが作戦事態は続行。だから―――好きにやれ。己が思うがままに」

 

 返事など期待していない。

 そのまま無線を切る。

 付いて来てくれただけ有難いのだ。 

 すでに覚悟を決めて自身の自由など捨てた俺と違って奴は自由なのだから。

 

 アウターヘブンの指令室は静かで、ただただ紫煙が満たすのであった。

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:ハンター

 

 世界は広い。

 あらゆる地に人類が入り込み、未開の地は踏破されつつある。

 大地を這うだけの身でありながら、翼が無ければ飛行機を、海上を進めないなら船を、深海に潜れないなら潜水艦を、地球の外側に向かえないならスペースシャトルを建造する。

 未知は明らかにされ、人々が思い描いていた名前と形を勝手に与えられていた不明物は解明されて駆逐された。

 

 けれど世界は広く深い。

 絶滅されたと思われても世界各地で生き残っていたと話される恐竜らしき未確認生物。

 剣や弓などものともしない硬い鱗に覆われ、巨大で力強い翼で空を駆け、強靭な爪は獲物を切り裂き、巨木のような足や尻尾は簡単に人や建物を潰し、吐き出される火炎は一切合切を焼き尽くす空想上の生き物とされるドラゴン。

 長年をかけて人知によって発展されてきた科学力の常識を無視して、別離された理で事を成す錬金術。

 それらは寝物語や馬鹿げた話として多くの者は存在を否定するモノ。

 しかしながら俺は否定する認識を否定する。

 なにせソレらは実在するのだから。

 

 木々と緑が満たすジャングルと青く広がる海の狭間。

 太陽の光を浴びる白い砂浜にて、凄まじい咆哮が響き渡る。

 それは音の大きさや相手に恐怖を与えるだけでなく、衝撃波を纏って周囲の砂を巻き上げる。

 赤い鱗に覆われた巨体を震わしながら大きな翼を広げ、怒りから鋭い牙を生やした口より火が漏れ出している。

 物語に登場するドラゴンそのものの容姿をした竜種の一角―――“リオレウス”。

 

 対峙するチコは恐れから冷や汗を垂らすも、口元は楽し気に笑っていた。

 小さい頃はハンターをしていたという同志から聞いたモンスターの話に心躍らせたものだ。

 船頭を務める二足歩行する猫“トレニャー”の案内が無ければ決してたどり着けない地図にも載っていない怪物たち(モンスター)の島。

 スネークのおかげで訪れる事が出来、あの頃はモンスター見たさに頼み込んで何度か連れて行って貰い、強大なモンスターをハント(狩猟)する様子を眺めた。

 しかし今は違う。

 自ら装備を整え戦うハンターとして、あの時の自分のように戦う様を見せている。

 

 恐竜図鑑に載っているラプトルを思わせる小型のモンスター“ランポス”の素材で作り上げた、ガンナー用のランポス装備で身を固めたチコは“ライトボウガン”の名と違って砲のような銃器のトリガーを引く。

 弾の口径に見合わず低い反動を流しつつ、リオレウスの動きを注意する。

 口を閉じて頬が僅かに膨らみ、隠しきれない殺意が炎となって隙間より漏れ出る。

 

 (ブレス(火球)が来る!!)

 

 動きで理解したチコは攻撃を止めて横へと転がる。

 首が大きく振られて向けられた口より高温の火球が飛び出し、装備越しに熱さが肌を撫でた。

 直撃していたら骨すら残さない火力。

 それを避けたチコは立ち上がると同時にライトボウガンの銃口を開きっぱなしの口へと向け、装填されていた徹甲弾を撃ち込んだ。

 鱗の無い喉奥に弾丸(砲弾)は突き刺さり、痛みで叫ぶリオレイスの口内で爆発を起こして吹き飛ばす。

 大量の血を撒き散らしたリオレウスはそれまでのダメージもあって、力なくその場に倒れ込んで動かなくなった。

 警戒しつつ様子を眺めていたチコは、確認を取ってから大きく息を吐き出して安堵した。

 

 「ふぅ…リオレウスの討伐完了…」

 「すごい!すごいすごい!!」

 

 そんなチコに凄いと連呼しながら離れた位置で見ていたシオンが駆けだしてくる。

 遅れてシオンを護るように寄り添っていたビィも歩いてくる。

 正直狼達ならまだしもビィを連れてくるのはどうかと思う。

 一瞬“アオアシラ”という熊に似たモンスターに見間違えそうになるので誤射しそうで怖い。

 目をキラキラさせて駆け寄るシオンの頭をひと撫でし、倒れ込んだリオレウスをナイフ一本で解体し始める。

 

 「他にも狩るの?」

 「襲ってくるならまだしも狩らない。いや、狩る必要性がない」

 「必要?どういう事?」

 「ハンターは自然と共にあるものだと俺は思う。狩り過ぎても狩らな過ぎてもダメなんだ。調和が大事なんだここは」

 「ふぅん…」

 

 解らなかったのか生返事が帰って来たが、年齢を考えれば解らないのが普通か。

 国境なき軍隊時代に“ギアレックス”というモンスターが襲ってきた。

 アレはこの島の主だったのだろう。

 幾度と戦って敗れてはゾンビのように立ち上がり、ある一定の期間を空けて攻めて来る。

 奴の最期は海を渡ってまでマザーベースに攻め入って来て、そしてスネークの手に依って葬られた。

 島では主不在が続いてモンスター同士の無法地帯に化し、リオレウスや“ティガレックス”と言った大型モンスターの数が増え始めた。

 大型モンスターの多くが飛行能力を有しており、その気になれば島外に出る事も可能。

 そうなれば今まで隠れていた島の存在がバレ、人間に寄って乱獲または危険生物として狩られてしまうだろう。

 ハンターはそれを良しとしなかった。

 ゆえに多くなって縄張り争いの結果、外に出て行かないように一定数に保てるように調整するようになったのだ。

 無論これも人間のエゴだと解りつつ、モンスターの島の存続を優先させた。

 だから島の存在と向かい方を知っていて、ハンターの一面も担うようになったチコが調査とハント(狩猟)を担当する様になった。

 

 「“回復薬”の作り方は覚えたか?」

 「うん。はいこれ」

 「どれ…良し、出来てる出来てる」

 

 瓶に入った緑色の液体を口に含み、広がる苦味と共に身体中の細胞が活性化している気がする。

 良薬口に苦しというがまさにその通り。

 この回復薬は欠損部を直す事は出来ないが、疲労や身体に蓄積したダメージは瞬時にある程度回復させる事が出来る。

 ただ材料はこの島で取れる“アオキノコ”と“薬草”で作られるだけに酷く苦い。

 

 「ハチミツを入れると効果も上がるし、味も多少良くなるぞ」

 「へぇ、そうなんですね」

 「それはまた後で教えるとして先に飯にするか」

 「にゃー!」 

 

 飯の言葉に反応してトレニャー同様に二足歩行する猫――“アイルー”や“メラルー”達が声を上げる。

 声を上げたのはこの島に住まう野生のモノではなく、トレニャーの紹介でチコに雇われているモノたちである。

 彼らは戦う事も出来るし料理をする事も出来る。

 頼めば料金や素材によって美味い料理を振舞ってくれるが、それがまた豪勢で豪華なものばかり。

 正直そこらの店に入るよりここで食う飯の方が美味いし安い。

 

 「飯食ったらホットドリンクの作り方でも教えてやろう。材料的に飲み辛いかも知れないが…」

 

 雪山だろうと体温を上げてぬくぬくとしていられる飲み物。

 材料の“トウガラシ”はまだしも“にが虫”の方は人に寄っては無理だろうな。

 アイルーにメラルーが手際よく料理する様を眺めつつ、教わる事も楽し気なシオンに笑みを零す。

 もうすでにエルザの紹介でスネークと合流する事は決まった身。

 それまではこの子に―――バットとパスの子供に付き合ってやろう。

 

 あの懐かしくも激動だった頃を思い出す。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

おかしな事とおかしな奴

 エレンとマッドナー博士をレジスタンスの連中に任せ、先へと進んだ蛇と蝙蝠は二人して今まで以上に警戒しながら駆ける。

 メタルギアの情報を得た際に聞いた北にあるというビル3に向かうは良かったもののそこは天然の罠で満たされていた。

 見渡す限り遮蔽物どころか腰かけれるような岩場すらない場所に、夥しい数のサソリの群れが満たしている。

 立ち止まっていれば良いのだが、奴らは動き回っては近くの生物に毒針を振るう。

 途中解毒剤を拾って毒は大丈夫だとしても、わざわざ痛い思いはしたくない。

 だから二人はうじゃうじゃいるサソリの動きに注視しつつ、出来るだけ早くこの場を脱しようと急ぐ。

 

 「意地が悪すぎるでしょこれ!!俺は嫌ですからね!サソリに集られてゲームオーバーとか!!」

 「冗談言っている余裕があるなら足を動かせ!!」

 「言われずとも!!」

 

 二人して駆け抜ける。

 コンパスと解毒剤片手に必死に駆け抜ける。

 一面を抜け、二面を超え、三面に達したあたりで先が見えた。

 ビル1ビル2と似た風貌のビル3に、壁沿いに並び停められたトラック群。

 

 狙撃手(ゲーム)だっただけに目の良いバット。

 何度も戦闘を経験してそう言った(・・・・・)感覚に優れたスネーク。

 どちらも口にするまでも無く、そのトラックに敵意を見た。

 サソリ漂うエリアから脱するや否や、バットは跳び込むように地面に伏してモシン・ナガンを構えて荷台へ銃口を向けて撃ち始める。

 響く銃声に続いて短い悲鳴が挙がり、トラックの荷台より敵兵が降りてきた。

 姿を隠した状態から集中砲火を浴びせようと目論んでいたというに、逆に先手を取られたことで非常に焦っている。

 だからこそ不用心に跳び出した敵兵はスネークが手にしたサブマシンガンで撃ち抜かれていく。

 

 「やはりというか、当然目が良いな」

 「そっちこそよく見えましたね」

 「俺のは経験から来るもんだ」

 

 互いにさすがと褒めつつ、敵兵を掃討しきった。

 待ち伏せを受けたのだから仕方がない。

 潜入ではなく強行突破。

 本意でなかろうがこのまま突き進むしかない事実にスネークはため息を漏らし、バットはこういう展開になったかと笑う。

 

 「じゃあ行きますか。最終ステージ」

 「行くしかないんだがな。で、何する気だ?」

 「先制パンチ。親父がよくやる手で腹立しいが…」

 

 そう告げてバットは入り口の扉を開けると同時に手榴弾を投げ込んだ。

 中で爆発が起きると跳び込んで銃口を向けつつ周囲の確認を行う。

 すでに手榴弾で敵兵三名は倒れ込んでおり、もろに喰らってしまったようだ。

 

 『―――こちらビッグボス。左の扉に入れ…』

 

 生死の確認を行っていると唐突にビッグボスからの無線に戸惑い、スネークはかけ直すも出る事は無かった。

 首を傾げていると不審な目でバットが見る。

 

 「何かあった?」

 「あぁ、無線で扉に入れって」

 

 ちらりと視線を向ければ確かに扉がある。

 というか左にしか扉がない。

 なにか引っ掛かるところはあるものの、言われるがまま扉を開けて中へ入ったスネークは一歩踏み出して、背をガシリと掴まれて引き留められた。

  

 「どうしt……ッ!?」

 

 何故と問う途中に目の前の床が抜け落ちて、大きな穴が露出する。

 落とし穴…。

 それも行く手を塞ぎきるほどの巨大な大穴。

 あと一歩でも踏み込んでいれば確実に落ちていただろう。

 

 「さすがにこれは無いだろう。入ってからガスの事を教えるのもどうかなって思っていたのに」

 

 連絡が遅いとかではない。

 明らかにボスの指示で行かされ、罠にはまりかけた…。

 バットはやれやれと呆れ顔を浮かべる程度で来た道を戻り始めていたが、スネークは足は止まったまま…。

 怪し過ぎる事態と通信がつかない現状…。

 

 「まさか…な」

 

 嫌な予想を振り払うように急いで後を追う。

 戻るとすでにバットが探索を始めていて、爆破で吹き飛ばせそうな場所にC4爆弾をセットしていた。

 淡々と爆破して先の事などまったく気にしていない様子に、考え無しなのか自身の気にし過ぎなのかと思い始める。

 

 「うわぁ…えげつな」

 「どうした?」

 「この先落とし穴があって、起動したら通路そのものが奈落の底になる」

 「確かにえげつないな」

 「初手でこれだろ。多分……あー、やっぱり抜けた先にもそれらしいのあるな」

 

 双眼鏡で先を眺めながら呟かれた言葉に、どうも落とし穴トラップが二段構えで配置されているらしい。

 運良く一つ目のトラップを抜けて安堵したら、もう一つの罠が起動するなど初見殺しな上に用意周到過ぎる。

 僅かな隙間などから目測と予想で当たりを付けてルートを床に書き込む。

 

 「駆けるか?」

 「駆けましょう。それも全速力で」

 

 真顔で答えられて、それしか手も無い事を理解して二人はタイミングを合わせて走り出す。 

 重量センサーによって起動した落とし穴トラップが中央より外へ外へと広がっていく。

 立ち止まる事も振り返る事もせずに先ほど覚えた道を信じて走り抜け、何とか落ちる事無く奥のエレベーターに辿り着いた。

 迫っていた罠にひやりと冷や汗を垂らし、無事に超えた事に安堵する。

 エレベーターに乗り込むと最下層までの一直線であり、降りたところで敵兵のお出迎え―――ではなく、ジェニファーからの無線が鳴り響く。

 

 『こちらジェニファー。壁の向こうに酸素ボンベがある筈!!』

 

 言う事を言い切ったらいつものように切るが、バットは怪訝な表情を浮かべている。

 

 「まるで見ているかのように適切な指示出してきますよね…」

 

 完全に怖がっている様子…。

 確かに到着して速攻でこちらの居場所を理解して何処に何があるのか言うのだから軽いホラーだろう。

 周囲には敵が用意した監視カメラが置いてはあるが、エレベーター前は完全に死角になっている。

 ハッキングしたとしても俺達の位置を知ることは出来ない。

 本当にどうなっているのやら…。

 バットほどではないが少しばかり怪しみつつ、監視カメラに注意しながら壁を探って、一階に続いてC4で吹き飛ばして隠し部屋を見つけ、言われた通りに中には酸素ボンベが置かれていた。

 酸素ボンベで思い当たるのはビル2の水路だろう。

 ここで保管されているという事は何かしらあるに違いないと判断し、向かう前にエレベーターを降りた階には扉が有ったのでそちらもま見ておく事に。

 入った矢先に無線機に連絡が入って足を止める。

 それに気付いたバットは先を見ておくと足を進めていったので、悪いと思いつつ無線を繋ぐ。

 

 「こちらスネーク」

 『繋がったか!こちらシュナイダー。手短に話す。アウターヘブンのボスの正体が判ったんだ!』

 「アウターヘブンのボス!?」

 

 上からの説明でも詳細どころか性別や名前すら話に出てなかった事から、軍でも詳細が掴めなかったのだと思っていただけに、正体が判明したというのは有難い。

 

 『なんとアウターヘブンのボスは………なんだ!?うわッ…………』

 「おい、どうした!?おい!!」

 

 不穏な叫びから無線が切れて繋がらなくなった。

 戻って来たバットはその様子に真剣そうに見つめ、今の内容を告げると少し悩んで頷いた。

 

 「戻りますよ」

 「酸素ボンベを取って来る」

 

 急ぎ支度を済ませてエレベーターで一階へと向かう。

 その最中ビッグボスから連絡が届いたのだが『作戦中止だ!ただちに帰還せよ。これは命令だ。今すぐM●X2(エ●・エス・エックス)またはP●3(プレ●ステーション3)本体の電源を切れ!!』と訳の分からない事を言い始めたのだ。

 首を傾げているとバットは渋い顔をしてため息を零していた。

 ビル3の外に出ると続いて『右端のトラックに乗れ』と追加の無線が入ったが、迷いつつビッグボスからの命令ゆえに重い足を向かわせようとするも、バットが強く袖を引いて命令を無視するようにサソリ漂う荒野へと引っ張っていく。

 あまりに有無を言わせぬ様子に問おうかと思ったが、何かしら強い意志があったようで黙ってついて行く………というかサソリに警戒して問いかける余裕がなかったという方が正しいか…。

 

 急ぎビル2に戻った二人は二つあった酸素ボンベを装備し、兵士の眼を気にしながら水路に潜ろうとしたのだが、バットの脚が完全に止まって怪訝な顔を浮かべていた。

 

 「何かあったか?罠か?」

 「……いえ、潜ってびしょびしょになるのはちょっと…ねぇ?」

 

 予想外の解答に今度は俺が手首を掴んで引っ張って、水深が深くなったあたりで突き飛ばして潜らせた。

 我侭な餓鬼かよと内心呟くも実際ガキだったなと思い出して笑ってしまった。

 後を追って潜り先へと向かう。

 潜った先には潜らなければ通れない水路があり、先には異変に気付かず警備を続けている兵士達がうろついている。

 びしょ濡れな状態で周囲を警戒して気付かれないように進むが、しっかり足跡を残していく為に結局敵兵と戦闘になってしまった…。

 濡れ濡れな事もあってデカイため息をつくバットは、先に進んでさらにデカくて深いため息を吐き出した。

 いつぞやの床に電流が流してあるトラップが仕掛けてあった。

 濡れた状態で電流など危険極まりない。

 即座にリモコンミサイルで操作盤を破壊し、左右に扉があるので右側に入ってみる。

 すると縛られている捕虜三人の真ん中に兵士が一人おり、こちらを見るや否や頬を吊り上げて嗤った。

 

 「俺はカワード・ダッグ(ダーティ・ダック) !撃てるもんなら撃ってみろ!!」

 「……スネーク」

 「……なんだ?」

 「あの人ずっとここで待っていたんですかねぇ?」

 「だろうな。来るかどうかも分からないのに」

 「しかも人質で囲んだ状態で」

 「周りのこんな卑怯な事いきなりする奴なんだからそうとう陰険な奴なんだろう」

 「人質が可愛そうですね。二重の意味で…ですが」

 「貴様らぁ……ぶっ殺す!!」

 

 キレたカワード・ダッグ は腕を振り上げてブーメランを放り投げてきた。

 ブーメランは木製などではなく鉄製で刃になっている。

 しゃがんでブーメランを躱すとそのブーメランは特性から投げた持ち主へと戻っていく。

 床に転がるようにカワードを見つめるスネークとバットに無線が届く。

 

 『こちらジェニファー…カワードはカード8を持っているわ。捕まっている捕虜の中には私の兄がいるの!殺さないで……………もし兄になにかあったら―――わかってるわよね?

 「イエス、マム!!」

 

 最初こそ泣きそうで頼み込む様な声色だったというのに、最後の一言に顔を青ざめてバットが恐怖から即座にモシン・ナガンを構えた。

 人質を盾にしている状態である事から自身有利だと疑わなかったカワードは、低めにブーメランを放り投げようとして腕より鮮血を散らした。

 撃たれた事に戸惑って撃たれた腕を押さえながら、人質に掠らせる事すらなく狙撃を成功させたバットを睨みつける。

 気がバットに向いて、隙だらけのカワードにスネークがデザートイーグルで肩と太ももを撃ち抜いて転倒させ拘束する。

 

 「何故だ!?人質が居たのに…何故!!」

 

 縛られるのに抵抗しながらカワードは怒気を含ませてバットに叫ぶ。

 …が、バットは首を傾げて不思議そうな視線を向ける。

 

 「人質が居たって言っても、ブーメラン振るう為に腕を振るえば人質の陰から出るでしょ。それを撃っただけなんだけど?」

 「お前さり気なくやったが、普通に凄い狙撃だったぞ」

 「何言ってんですか?本当に凄い狙撃ってのは飛行中の戦闘機のパイロットを一発で狙撃したり、回転させたヘリのプロペラに当てずに弾丸を通したり、狙撃で葉巻に火を付けたりする人の事ですよ」

 「「比べる対象がオカシイだろうが!?」」

 

 可笑しいのは俺の方かと思いながら突っ込むと、縛り終えたカワードも同様に突っ込んでいたので俺達(・・)は正常なようだ。

 …いや、こいつ(カワード)と一緒というのは嫌だがな…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:背負う者に背負わされた者

 

 あれからどれほど経ったのだろう。

 最初は物珍しさが強かったシオンという存在は、いつの間にかダイヤモンド・ドッグズの生活に馴染んでいた。

 女性兵士に甘やかされ着せ替え人形のように玩具にされ、男性兵士に年齢に似合わぬ賭け事などの遊戯に誘われて参加したり、動物たちによく懐かれては楽しそうに世話をして、ミラーに巻き込まれては時たま大騒ぎの渦中に…。

 呆れ顔のオセロットから軽くお叱りを受けつつ銃器の扱いを教えられたり、チコから習った調合の反復学習してナニカを作り、クワイエットによく懐いて狩りや任務に連れて行って貰っている。

 

 いつものように海を眺めながらヴェノム・スネークは葉巻を咥える。

 ただいつもと違って隣には海を眺めているシオンが座り込んでいる。

 何かしているとかどちらかが誘ったとかではない。

 偶然とでも言えば良いか。

 エルザとチコはすでに発ち、オセロットは兵士の訓練で忙しく、カズヒラは若い兵士共を誘って街に繰り出し、クワイエットを含めた多くが重要な任務で出払っている。

 動物たちの世話をしていたらしいが、昼飯を食って腹を満たして昼寝をしている。

 手持ち無沙汰となったシオンは海を眺めに来て、葉巻を吸っていた俺と鉢合わせた。

 

 本当にそれだけなのだ。

 たまに関わることあれど、それほど互いに積極的に関わる事は無かった。

 

 ゆえにこの沈黙が何処か居心地悪い。

 なにか話題を考えるも共通の話題というのが少なく、そもそも口達者でもない。

 悩むのも馬鹿馬鹿しく思えてきた頃、シオンが送られた理由は何だったのかと頭を過った。

 事情があるからと聞いてはいるが、その事情が何なのか聞かされてはいない。

 シオンもその理由らしきことに触れる事がないので誰も触れずにいたが…。

 これは良い機会とばかりにヴェノムは問いにして投げかけた。

 そのままズバリ聞くのではなく、ここに来る前の生活はどうだったと世間話をするように…。

 

 するとシオンは少し悩む様な様子を見せ、ぽつりぽつりと漏らした。

 簡略化されていたが戦場(ゲーム)を駆ける度に両親と比較され、嫌な思いをたくさんしてきたと…。

 まず年端のいかない我が子を戦場に連れて行くなよとため息を漏らし、次に関りの無い人から見れば(・・・・・・・・・・・)偉大な人物を持つゆえの苦しみに可哀そうにと視線を向ける。

 

 蝙蝠によく接していた者ならばそんな感情を抱く事は無かったろう。

 騒がしく、落ち着きがなく、敵も味方も引っ掻き回す。

 面倒で子供っぽくて好きな事を好きなように振舞い行う餓鬼。

 常識を無視する医術に数刻前まで戦っていた敵を味方に引き込む話術、前線では頼りになる戦闘技術。

 悪い面もあればそれを覆い隠す程の良い所があった。

 接し易くて部下や周りから親しまれ、信用や信頼はされても崇められるなんてある筈がない。

 

 だから俺はただただ憧れ羨んだ。

 あの人の横に素で並び立て、俺以上に医術に秀でていた。

 死者は蘇らせれないが、どんな怪我でも一瞬で完治させ、処置に必要な道具さえあれば死者以外は治してしまう。

 

 俺は見てきた。

 憧れと尊敬の念を持って、戦場を駆け抜ける蛇と蝙蝠を。

 思い込んでいた頃(・・・・・・・・)ではなく、己を取り戻して(・・・・・・・)演じている(・・・・・)今だからこそ解かる。

 この子に圧し掛かっている苦悩と向けられる期待を…。

 それはとても重すぎる…。

 とても、とても重すぎる…。

 二十にも満たぬ子供が背負うべきものではない。

 そりゃあ逃げ出したくもなるだろうさ。

 嫌にもなるだろうさ。

 両親を憎みもするだろうさ。

 当然だ。

 

 最初は唐突過ぎたが理由を聞いて納得だ。

 蝙蝠の判断はある意味正しかった。

 それ以上にこんな所に子供を送りつけるなよというのはあるがな。

 

 「…辛かったな」

 「…うん」

 「親が憎いか」

 「…うん、憎かった(・・・・)

 

 憎かった(・・・・)か…。

 心が負った傷とは治らない。

 さも治ったかのように欺き騙し隠して塗り潰して覆い隠し、前を向こうが下を向こうが歩ませるしかない。

 小さい頃の傷は成長してもずっと付いて回るだろう。

 それをシオンは憎かった(・・・・)と意識してか無意識か知らないが過去形で語った。

 本当に蝙蝠は正しかったと結果が出た。

 ここでの生活はシオンの治療に繋がった。

 

 本当に良くもまぁやるもんだし、やらされたもんだ。

 懐かしい顔を思い浮かべて苦笑する。

 

 「ここでの生活は楽しかったか?」

 「凄く楽しかった。ずっとここに居たいぐらい」

 「そりゃあ良い。連中も喜ぶだろう――――けど家に帰れなくとも良いのか?」

 

 嬉しそうに答えたシオンだったが、ヴェノムの問いに表情を曇らせて俯いた。

 

 「帰りたく……なくはない…」

 

 小さく漏れ出された言葉を聞く。

 決して急かす事は無く、自ら語るのを葉巻を味わってゆっくり待つ。

 

 「父さんや母さんに酷いあたり(・・・・・)をした…」

 「大丈夫だ。許してくれるさ」 

 「本当?」

 「あぁ、絶対に大丈夫だ。笑って許してくれる。俺が、俺達が保証してやる」

 「なら、帰りたいかな。帰って謝りたいかな」

 「そうか」

 

 最後にそれだけ言ったヴェノムは紫煙を吐き出し、シオンとの別れの時期だなと区切りをつける(・・・・・・・)

 その前に騒ごう。

 思う存分騒ぎ狂おう。

 美味い飯に酒でどんちゃん騒いで送ろう。

 涙の別れではなく笑って送ろう。

 後で慣れているカズヒラに相談しなければと、吸い切った葉巻を棄てて二本目に火を付けるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの対峙

 狩場というのは独特な雰囲気が纏わりつく。

 漂う静かな殺気。

 向けられる視線。

 張り詰めたようで澄んだ空気。

 それは獲物の質に依っては感じ取ることは出来ず、知らず知らずに入り込んでは一発の弾丸にて一瞬で狩られる。

 

 人質にされていたジェニファーの兄を助け、カワード・ダッグを捕縛したバットとスネークは、入手したカード8を手にビル2からビル3に戻って来た。

 再びサソリの群れを解毒剤を飲みつつ駆け抜けて、複数台のトラックが並ぶビル3入り口が見え始め、バットはその足を止める。

 

 感じ取った。

 否、“私はここにいるぞ”と主張してくるような挑発的なもので、わざと感じ取らされた(・・・・・・・・・・)

 位置は分からないがこちらを見つめる視線。

 鋭くも澄んだ視線にぞわりと鳥肌が立ち、それが誰のものか理解して胸が高鳴る。

 

 「どうしたバット?」

 「先に行ってください。後から行きますので」

 

 立ち止まった事に気付いて振り返ったスネークは、嬉しそうで悲し気なバットの微笑で意図を知る。

 二人共解っている。

 あれだけの戦闘能力を誇る相手に一対一など勝機は薄い。

 出来るなら共闘して挑んだ方が有利に決まっている。

 だけどスネークはそこまで無粋でもないし、バットもそれを求めてはいない。

 

 「先に行く。追って来いよ」

 「クライマックスを逃す訳にはいきませんからね。必ず行きます」

 

 そう言うとバットはポーチより持っていたすべての手榴弾を、ピンを抜いて周囲に放り投げた。

 グレネードが爆発を起こし、スモークグレネードが煙で覆い、スタングレネードが閃光を発する。

 完全にバットとスネークを覆い切り、狙撃手は咄嗟に閃光から目を護り、覆っている煙に目を凝らす。

 姿は見えずとも動けば僅かでも煙も動く。

 それ見た事か。

 煙りの中を誰かが駆けて、ビル3の入り口へと向かっている。

 経験からなる予想で銃口を姿は見えない者に向けて、トリガーに指を掛けて―――響き渡った銃声を耳にして止めた。

 

 (貴方の獲物はここに居ますよ)

 

 居残ったバットはモシン・ナガンを撃って、自分が残っている事を相手―――クワイエットに伝える。

 彼女と決着をつけるのは自分だ。

 浮気なんて許さない。

 こちらに釘付けにする。

 煙りが散る前にトラックへと転がり込んで、姿を隠しつつ相手の居場所を探る。

 

 静寂…。

 されど神経は研ぎ澄まされ、空気は重く圧し掛かる。

 狙撃は己との戦いだ。

 焦り、気を散らし、集中力を切らしたら狩人から獲物へと成り下がる。

 荒立たせる事無く息を整わせ、周囲に溶け込むように心がけ、周囲へ意識を研ぎ澄ませる。

 

 ふと、彼女に狩りに連れて行って貰った日々が過る。

 一度たりとも勝る事は無く、それを自分は当たり前だと思い込んでいたあの頃。

 まさかこのように銃を向け合うなんて思いもしなかった。

 

 僅かに口角が上がる。

 これはどんなに繕っても生きるか死ぬかの殺し合いであるも、バットにあるのはただただ勝ちたいという欲のみ。

 視線を動かした際にちらりと何かが光った(・・・・・・)

 

 一瞬の困惑。

 そしてその光が何なのか理解した時、思い浮かんだのはあのクソ親父だった。

 咄嗟にモシン・ナガンに装着してあったスコープを外し、仰向けになるように転がり銃口を上へと向ける。

 先ほどまで自分が背を向けていたビルの屋上にクワイエットは陣取っていたのだ。

 そんな素直に(・・・)居るとは思っていなかったゆえに盲点となって気付けなかった。

 

 クワイエットもバットの動きから真下にいるのに気付いて、身を乗り出して銃口を向ける。

 お互いに相手を視界に納め、バットは僅かにトリガーを引くのに躊躇いを見せるも、あの冷めた眼(失望)を思い出して今度こそトリガーを引いた。

 同時に左肩に強烈な痛みを感じて振り向けば、銃弾を受けて鮮血が飛び散っていた。

 撃たれた痛みに苦しみながら、少しでも止血しようと肩をきつく押さえる。

 

 逆光で見えなかったが確かな手応えはあった…。

 しかしどうなったかは結果を知るまで分からない。

 動かなければと思うも初めて撃たれた痛みに苛まれて、動けずのた打ち回る。

 

 一瞬光ったのはスコープの反射…。

 あのクソ親父が俺の狙撃を知っているかのように避けたのは、それが原因だったのだろうな。

 今度があるならそこらへんも頭に入れておかないと。

 そんな事を想っていると逆光で良く見えないが誰かが側に立った。

 スネークとも思ったがシルエットから女性。

 なら間違いなくクワイエットさんであろうと苦笑いを浮かべて自分の負けを受け入れた。

 

 「あーぁ、勝ちたかったなぁ」

 

 悔しさを言葉として漏らし、薄っすらと涙を流す。

 クワイエットは言葉を掛ける事無く、その場に座り込んでそっとバットの頭を撫でる。

 優しく温かな手に安心感を覚えていると、ぽたりと血が落ちたのに気が付いた。

 逆光で見辛いがクワイエットの頬には一本の線が走り、タラリタラリと血が零れ落ちているのだ。

 視線を動かせば先ほど撃って来たであろう狙撃銃のスコープレンズに穴が空いて壊れていた。

 

 バットが放った弾丸はクワイエットが覗き込んでいたスコープに直撃していた…。

 反応が追い付いたからこそ頬を掠める程度で済んでいたが、僅かでも遅れていたらクワイエットは貫かれていただろう。

 同時に躱したからこそ銃身がズレて、頭ではなく肩を貫くと言った結果に変わってバットは死なずに済んだ。

 それは“もし”や“仮”の話で勝敗が覆る事は無い。

 だけど決して届かなかった訳ではないと確かな結果としてバット―――志穏に刻まれる。

 

 

 ―――よくやった…。

 

 

 そう言われた気がして口元を確認するも彼女は黙ったまま。

 気持ちの良い手は頭から離れて入り口を指差す。

 話したい事はたくさんある。

 けれど彼女は行けと示す。

 惜しいけど諦めるしかないかと苦笑いを浮かべる。 

 

 「また何処かで」

 

 こくんと頷いた彼女は尋常ならざる跳躍を見せて消えて行った。

 痛みを堪えてバットはスネークを追うべく治療を開始する。

 

 

 

 

 

 

 自分が受けた任務はメタルギアの情報収集及び破壊。

 ソリッド・スネークはドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナー博士が作り出した全長六メートルほどの核搭載二足歩行戦車―――メタルギアTX-55を見上げる。

 頑丈そうな装甲にバルカン砲にレーザーバルカン、多弾頭中距離ミサイルなどを装備。

 強大な兵器であるが起動してなければただの鉄の塊…。

 自身の幸運に酔う事も無く、任務を終えると言う期待感に昂る事も無く、ただただ博士に聞いたように爆弾をセットしては爆破させる作業に勤しむ。

 

 最下層に佇むメタルギアの下へ辿り着く前に、スネークは独房で捉えられていたシュナイダーを救出する事に成功したのだ。

 そんな彼より伝えられた情報はアウターヘブンのボスが、なんとFOXHOUND総司令であるビッグボスであると…。

 信じたくなかった。

 真っ先に耳を伺ったし、彼の誤報である事を強く願った。

 けれども覆る事はしなかった…。

 

 何故という疑問が脳裏を駆け巡り、情報を否定する都合の良い考えばかり思い浮かべてしまう。

 頭を振るって考えを蹴散らして任務に集中する。

 伝えられただけの順序通りに爆破すると、残りは左右両方に爆弾を仕掛けて吹き飛ばす。

 徐々に破損個所が増えて機体が軋みを上げて電流が走る。

 革新的で強大な新兵器メタルギアは呆気なさ過ぎる幕を引いた…。

 最後の爆弾に寄って限界を超えたメタルギアは爆破の連鎖を引き起こして吹き飛んだ。

 

 『緊急事態発生!緊急事態発生!!アウターヘブンの自爆プログラムが作動。直ちに総員脱出せよ。繰り返す。総員脱出せよ!』

 

 メタルギアの破壊が起爆スイッチだったのだろう。

 けたたましく鳴り響く警報と共に退避命令が下される。

 終わったのだと残骸と化したメタルギアに一瞥をくれて、バットはどうなったのかと来た道を振り返れば、肩を包帯で巻いて止血したバットが丁度来たところであった。

 

 「無事…という訳ではなさそうだな」

 「えぇ、少しモヤモヤしてますけど、スッキリしました」

 「…のようだな。肩を貸そう」

 「すみません。助かります」

 

 痛みから苦悶の表情を浮かべているものの、どこか清々しい様子から結果がどうなれど良かったのだなと微笑む。

 兎も角ここを脱出せねばならず、痛みで動きに支障が出ているバットに肩を貸すべく寄るも、体格差から貸すのは難しいと判断。

 小柄で軽い事から背負って先へと進む。

 

 『ソリッド・スネーク!それとバット!よくここまで辿り着いたな』

 

 隣の部屋に入るとスピーカーより音声が放たれる。

 二人して周囲を見渡しながら警戒し、その声と雰囲気からスネークは誰かを理解してシュナイダーの情報は正しかったんだとようやく受け入れた。

 

 『私はFOXHOUND総司令官、そしてこの要塞アウターヘブンのボス―――ビッグボスだ』

 「どうしてだ!!何故こんなことを!?」

 『解りきった事だろう。新入りであるお前に任務を行わせて、欺瞞情報を持ち帰らせる。そして我らの夢を叶える礎を築く為に…』

 「夢?一体何をしようと…」

 『存外に察しが悪いな。バット―――いや、シオン(・・・)を見習ったらどうだ?』

 

 一言も発せず黙って聞いているバットに視線を向けると、一瞬目が見開いて悲しそうな瞳を見せる。

 

 「気付いていたのか?」

 「そりゃああからさまに罠に掛けられてたから。お助けキャラや頼れる仲間が実は敵だったなんて珍しくないでしょう。ただラスボスだったのは予想外でしたよ―――ヴェノム(・・・・)さん」

 

 ヴェノムと言う名に心当たりがなく、眉を潜めていると扉が開いて誰かが入って来た。

 武器を構える事無く現れたのは白髪交じりの男性。

 額から黒い角を生やし、葉巻を咥えた見知った人物。

 指導を受けた事もあり、兵士達の憧れであり、自身の上官であるビッグボス本人であった。

 

 「クワイエットさんが居たんだ。貴方が居ない筈がないですよね」

 「フッ、大きくなったなシオン」

 「ヴェノムさんは老けましたね」

 「ビッグボス…」

 「そしてスネーク。やるようになったな。あぁ、やり過ぎる程にな」

 

 穏やかで優し気な瞳。

 まるで父親が子供を見るような…。

 そんな視線はすぐに戦士の鋭いものに切り替わり、溢れ出した殺気に身体が震える。

 ビッグボスはやる気だ。

 

 「当初の計画は潰えたが、何もせずに終わりを迎える訳にはいかない」

 「ビッグボス!投降をしてくれ!!」

 「勝敗はついたんですよ!」

 「まだだ!ビッグボスとしての責務(・・・・・・・・・・・)として最後の最期まで足掻こう!!」

 

 ビッグボスがそう叫ぶと合図したかのように後ろの壁が吹き飛び、巨大な掌が部屋の中へと入り込んで来た。

 突然の事に怯んでいるとビッグボスは掌に飛び乗り、引かれて壁の向こうへと消えていく。

 慌てて追いかけて行ったスネークとバットの視界には、巨大な空間に上へと繋がる長い梯子。

 

 

 マッドナー博士が制作した公式では初のメタルギアを超える巨体を揺らし、そいつは立ち上がってスネークとバットを見下ろす。

 グラーニンが考案した流れを汲み、スカルフェイスの報復心とヒューイの悪意にも勝る純粋な研究意欲によって形を得た直立二足歩行兵器メタルギアST-84―――“サヘラントロプス”。

 

 『さぁ、次代を担う蛇と蝙蝠よ(・・・・・・・・・・)過去の遺物(未来を蝕む報復心)にどう立ち向かう!!』

 

 軋む様な咆哮をあげるサヘラントロプスに最早戦うしか生き残るすべはないと、スネークとバットは銃を手に最終決戦に挑むのであった…。

  

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:パーティ

 

 ダイヤモンド・ドッグズでは盛大なパーティが催されていた。

 貯めに貯め込んだ酒類で喉を潤し、豪華な食事に舌鼓を打つ。

 誰も彼もが馬鹿騒ぎ。

 心の底から楽しんだり、悲しんでいる者もカラ元気を振り撒く。

 本日の主役であるシオンは酒は飲めないが、ジュース片手に肉に齧り付いていた。

 

 「楽しんでるか?」

 「……ッ!!」

 「分かった分かった。落ち着いて食え」

 

 ハムスターのように頬を膨らませて頬張ってがっついていたシオンは、オセロットの問いに答えようとするも口がいっぱい過ぎて喋れず、代わりに何度も何度も頷く。

 その様子が偉く気に入ったのか女性兵士が群がって、頬をつんつんと突っついて反応や張りがあって柔らかな頬を楽しみ始めた。

 主役の筈がいつも通り玩具にされている様子に誰もが苦笑する。

 時たまチコから習ったという肉の焼き方を披露して皆に振舞っていたりもして、持て成される側が持てないしてどうすると疑問を抱く。

 それでも本人が楽しそうなので別に良いのだが…。

 

 「それにしても美味いな。この肉」

 「チコが置いて行った肉だな。最後まで何の肉かは言わなかったがな」

 

 飛び出た骨を掴んで分厚い肉に齧り付く。

 何かしらの大型獣だとは思うのだが、牛とも豚とも違う様な気がする。

 

 この宴会はシオンの送別会なのだ…。

 別にアイツが帰ると言った訳でも、バットから迎えに行くと言う連絡があった訳でもない。

 ただ今しておかないと来た時同様にいつの間にか消えてそうで怖かったのだ。

 こんな海上のど真ん中にある洋上プラントから忽然と人が消える等、誤って海に転落でもしない限りあり得ないのだが、すでにあり得ない感じで奴は訪れた。

 無いと言い切れないのが実情なのだ。

 

 肉を齧りながらシオンに視線を向けると若干ふら付いているように見える。

 すでに二時間も騒いでいるのだから、幼いシオンも疲れがきているのだろう。

 子供の体力というのは何とも図り辛い。

 無限にあるのかと疑いたくなるほど遊びまくっているかと思えば、数分後には疲れて熟睡なんて事もある。

 

 「騒ぎ疲れたか?」

 「だいじょうぶれすよぉ~」

 

 …いや、大丈夫そうではない。

 完全に呂律が回っておらず、視線も定まってはいない。

 表情がとろんと蕩け呆けており、妙に顔が赤い…。

 

 「お前…酒を飲んだのか?」

 「おしゃけはのんでまへんよぉ。おいしいじゅぅすはいただきましたぁ」

 「ミラー!!」

 

 身体をゆらゆらと揺らしながら答えながら、シオンがカズヒラへと振り向いた事でオセロットの怒声が飛んだ。

 呼ばれた本人は肩をびくりと震わせ、どうしたと驚いた様子であるも十中八九間違いはないだろう。

 

 「シオンに酒を飲ませたのか?」

 「おいおい、いくら何でもこんなガキに酒なんか飲ませる訳ないだろ」

 「じゃあさっきシオンに何渡してたんだ」

 「…ジュースさ。この日の為に用意した特製フルーツジュース」

 「本当だろうな?」

 「本当だとも」

 「ならシオンはどうして酔っている?」

 「さ、さぁ…周りの酒気に当てられたかな」

 

 あり得なくはない。

 酒だけで過ごして居るような酒豪も中には居るので、放たれた酒気も相当のもの。

 子供であるシオンが当てられて酔ったようになってもおかしくは無い。

 …無いのだが、何処か様子がおかしくカズヒラに対して疑いの目が晴れる事は無い。

 

 「結構大変だったんだぞ。完熟マンゴーの芳醇な甘さにもったりなめらかなバナナをミキサーに入れたら予想以上に甘くてな、酸味を足すために柑橘類を用意したんだ。ただ酸味を咥えるのも面白くないので酸味もあり程よく甘い日本の蜜柑を取り寄せたんだ。プチプチとした食感を楽しむためにミキサーにかける時間を短くしてな」

 「色々してたんだな」

 「しかし果物100%って訳ではないんだろう?牛乳か水で割ったんだろう」

 「いや、それは………発酵した………ブドウジュースで割った」

 

 こちらの疑いの眼差しを晴らすように勢い任せに語り出したカズヒラは、オセロットの問いと視線に耐え切れずに小声でぽつりと呟いた。

 無論聞こえてはいたが、あえて聞こう。

 

 「すまない。声が小さくて聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

 「…発酵した……ブドウジュース…」

 

 やはりそうかと軽い頭痛を感じながらシオンに視線を向けると、朦朧としているシオンは完全に玩具にされていた。

 頬を突けばくすぐったそうに顔を振るい、頭を撫でれば嫌がるどころかすり寄っている。

 何が狙いでこんなことを仕出かしたのかと思っていると、シオンは急に立ち上がって何処かへ向かって歩き出した。

 ふら付きながら向かった先は、隅で見守るように一応参加していたクワイエットの下だった。

 よたよたと歩いてくるシオンに眺めていたクワイエットは次の行動に面食らってしまう。

 甘えるような声を漏らしながら抱き着いたのだ。

 お腹に顔を埋めるようにして腰に抱き着かれ、足の力が抜けて今にも転びそう。

 転ばないように気を付けて座るしかなかったクワイエットは、ふにゃりと顔を緩ませたシオンが顔を擦り付けてくる度にどうしていいのか分からず困惑の表情を浮かべる。

 困っている様で嬉しそうな様子にカズヒラが動いた。

 

 「シャッターチャンス!!」

 「―――ッ!?」

 

 何処からか取り出したカメラを手にして甘えるシオンと照れながら困っているクワイエットを撮る。

 カシャカシャと音が鳴るたびにフラッシュが焚かれ、カズヒラは満足そうな顔を浮かべたと思いきや、ニヤリと頬を緩ませて皆へと振り返る。

 

 「一枚100ドル!買う者この指止まれ!!」

 

 砂糖に群がる蟻のように男女問わず兵士が殺到した。

 このためにあのジュースを用意したのかと呆れ顔を隠す事無く晒すオセロットとヴェノム。

 しかし彼らは決して止める事も咎める事もしなかった。

 オチは見えている。

 

 案の定、寝付いたシオンをゆっくりと離したクワイエットは、常人離れした身体能力を駆使した体術を用いてカズヒラを投げ飛ばした…。

 

 

 

 宴会も次第に落ち着きを取り戻して自然と終わりを迎えると、騒いでいた兵士達も自ずと部屋に戻り始め、散らかった会場の片づけは明日に持ち越される。

 気付けば会場に残るは眠ってしまったシオンに膝枕している(流れ的にさせられた)クワイエットと、そんな二人を眺めながら壁に凭れるヴェノムのみ。

 普段なら聞き逃すような微かな物音すらしっかりと聞こえる静けさに満たされた会場に足跡が響く。

 

 「気持ちよさそうに眠ってるわね」

 

 懐かしい声に驚きながらも、やはりかと納得しつつ振り返る。

 あれから十年以上経っているのだから当然か。

 幼さ残す少女はすっかり大人の女性に成長を遂げていた。

 けれど面影は残っているので見間違う事も無い。

 

 「久しぶり…と言うべきか」

 「バットから聞いていたけど本当にそっくりなのね」

 「外見だけさ」

 「立派だと思うわ。貴方はそれだけ強い(・・)って証明だもの」

 

 パス…。

 国境なき軍隊を一段と成長させた“ピースウォーカー計画”阻止を依頼した依頼者であり潜り込んだサイファーからの刺客、そしてあの人から相棒を奪った要因(・・・・・・・・・・・・・)…。

 されど別に恨み辛みの感情は沸き立たない。

 

 葉巻を咥えて火を付けようとすると先にライターを向けられ、有難く戦いには繋がらない文字通りの火種を貰う事にする。

 偽りを演じた者(無垢な平和の少女)偽りを演じている者(ビッグボス)は、紫煙を巻きながら一息つく。

 

 「ごめんなさいね。家庭の事情に付き合わせて」

 「良い。あれはあれで楽しかった」

 「そう言ってくれると嬉しい」

 「だけど君が迎えに来るとは思わなかった」

 

 まるで紫煙のように漂っては消えると思っていただけに、この来訪は本当に予想外のものだった。

 

 

 「そうね。本当は私は来るべきではなかった。私は何処まで行っても裏切り者。そして貴方達からバットを奪って独り占めしたのだもの」

 「もしかしたらあの襲撃とてバットが居れば防げたかも知れない」

 「かもじゃないわ。全員とまではいかなくとも壊滅する事はなかった。断言するわ」

 「あぁ…だからこそ国境なき軍隊からの古参の面々に見つかる前に、連れ帰った方が賢明だ」

 

 悲し気で悔やむような表情を見せたパスはクワイエットにゆっくりと近づき、安らかな寝息を立てるシオンをクワイエットより受け取って抱き抱える。

 何処か寂しそうなクワイエットにパスは一瞬驚き、ニコリと笑って礼を口にする。

 

 「ありがとう。この子の事を想ってくれて」

 

 相変わらず沈黙で答えながら、名残惜しそうにシオンの頭を撫でる。

 そんなやり取りを見ながらも何故バットが来なかったのかと疑問が過った。

 

 「バットは迎えに来なかったのか」

 

 …いや、違うな。

 来れなかったんだな。

 ダイヤモンド・ドッグズに協力した際も彼の中にあったのは後悔ばかり。

 後ろめたさもあって今更顔を合わせ辛かったんだろうな。

 出来れば酒でも飲み交わしたかったものだ。

 そう想っているとパスはきょとんとした顔をした。

 

 「来てるわよ」

 「………たすけてぇ」

 

 指で示された方向に視線を向けると会場の入り口にビィ()と狼達が群れており、よくよく見ると取り囲まれてもみくちゃにされている人物がいるのに気付く。

 相も変わらず締まらないなと苦笑し、同意する様にパスとクワイエットが微笑むのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

解放

 アレクサンドル・レオノヴィッチ・グラーニンが提唱した“歩兵と兵器をつなぐ金属の歯車(メタルギア)”は、基礎データと思想を元に研究開発を行ったロボット工学専門のヒューイ(エメリッヒ)と、AI研究のエキスパート(専門家)であるストレンジラブにより形付けられた。

 ピューパにクリサリスにコクーンなどの試作機を経て生み出された“ピースウォーカー(AI搭載自動報復歩行戦機)”。

 試作機とピースウォーカーの部品を応用して作り出されたMSF専用の“メタルギアZEKE(AI搭載自動報復歩行戦機)”。

 そして遂に技術的に難しいとされた直立歩行をシステム上は(・・・・・・)実現させ、報復心に呼応する超常の力を以てして大地を踏み締めた巨人―――“サヘラントロプス(核搭載直立歩行兵器)”。

 

 ヴェノム・スネークに敗れるも修復された巨人は、時を経て立ち上がりその猛威を振るおうと咆哮を上げた。

 十年以上前の兵器なれど侮ることなかれ。

 確かに時の流れによって強力な兵器や武器が生み出された事だろう。

 しかし当時の戦車の砲弾を意図も容易く防ぐ強固な装甲に、戦闘車両を包む強固な装甲を簡単に撃ち抜く武装は今も尚健在であり、その巨体から繰り出される質量を含んだ動きそのものが脅威なり得る。

 そんな超兵器に対してソリッド・スネークとバットは挑むのだ。

 

 「なんだよコレ!?何なんだよアレは!!」

 「知るか!これが本命(・・)だったって事だろう!」

 

 巨人(サヘラントロプス)に見下ろされて、各々の拳銃で発砲するも効くはずもなかった。

 不条理な状況に叫びながも勝ち目を探ろうと動く。

 

 『これが本命?違うな。これは古びた過去の遺物。アウターヘブン蜂起においては予備戦力でしかない存在だ』

 「オーバーテクノロジーにもほどがあるだろうに!」

 

 頭部のガトリング砲が火を噴き、大口径の弾丸が二本の線を描くように降り注ぐ。

 当たるものかと必死に駆けるバットを追うも、的の小ささと小回りの利かなさ(・・・・・・・・)から中々に当たらない。

 

 それもまた当然である。

 サヘラントロプスのコンセプトは二足歩行によってアフガニスタンの起伏の激しい地形を走破し、ステルス性の高い移動型の核発射装置。

 破壊されぬように強固な防御力を施され、装甲を貫く武装を与えられてもそれは対兵器用の武装。

 元々が対人用に制作された訳ではないのだ。

 さらに付け加えればサヘラントロプスは欠陥機である。

 製作上仕方なかったとはいえコクピットが予想以上に小さくなり、子供が搭乗するのがやっとの品物。

 現在ビッグボスが搭乗しているのは無理にコクピットスペースを広げ、衝撃緩和の為にコクピット内部を水で満たすという無茶で簡易な措置を施したからである。

 設計者であるヒューイは追放し、ストレンジラブは事情があって関わりたくない為に、大規模な改修が施されなかったゆえにこうなった。

 それに加えてサヘラントロプスが過去動けたのは、超常の力を持つ赤毛の子供(・・・・・)が報復心に惹き付けられて手を貸したからで、機体のシステム面に寄るものではない。

 小型化されたAIが内部に収められているものの、アシスト(補助)であって完全に自動で動くようにはなっていない。

 

 ちょこまかと駆けるバットを追うサヘラントロプスに爆発と衝撃が襲う。

 ギギギと重く振り返ったサヘラントロプスのメインカメラには、リモコンミサイルを発射したソリッド・スネークの姿があった。

 

 「今度はこっちで引き付ける。お前は―――」

 「了解!狙い撃ちます!!」

 

 駆け抜けていた勢いからすぐに立ち止まれず、転がって速度を殺してモシン・ナガンを構えるバット。

 対物ライフルでもない狙撃銃とリモコンミサイル。

 どちらが兵器にとって脅威かは明白。

 

 『まずは貴様からだ!ソリッド・スネェエエエク!!』

 

 ガトリング砲で蜂の巣にしようとする前に、スネークはリモコンミサイルを発射。

 狙いをスネークから弾頭に変えて弾幕を張るも、弾頭は左右に動いて巧みに回避し、背中に取りつけている球体型のレドームに直撃した。

 リモコンミサイルは遠隔操作可能な特殊弾頭である。

 2D(平面)のゲームなら兎も角、三次元の現実世界(・・・・・・・・)ならば自由自在とまでは行かずとも、先端を向き次第で上下も選択も可能。

 レドームへの直撃はミサイルなどの照準装置に深刻なダメージを与える。

 

 『やってくれる!だが操作中は動けまい!!』

 

 遠隔操作ゆえにリモコンミサイル発射後は操作に集中せねばならず意識が分割されてしまう。

 そんな状態で弾頭を目標に叩き込みつつ、バルカン砲から回避し続けるなど不可能。

 勝ちを確信するビッグボスに対し、スネークは諦めはなく不敵に嗤う。

 確かにその通りであり、一対一では使い辛い武器だ。

 しかしサヘラントロプスに対峙しているのは一人ではない。

 カンカンカンと金属がぶつかり合う音が何度も響き、サヘラントロプスの背中で爆発が起きて大きくよろめいた。

 

 『何事だ!?燃料タンクの破損……だと?―――まさか!』

 

 サヘラントロプスコクピット内のモニターに表示されるは、背中にある四本の燃料タンクの破損を知らせる警報。

 後方を映し出すサブカメラに映し出されるは、決して撃つのを止めずにリロードを行っては狙撃し続けるバットの姿。 

 

 「一発では撃ち抜けない。ならば撃ち抜けるまで撃ち続けてやる」

 『モシン・ナガンで撃ち抜いた?馬鹿な!!』

 「クワイエットさんならもっと手早くやったでしょうけどね!!」

 

 バットが狙ったのは燃料タンクそのものではなく、燃料タンクを繋いでいる繋ぎ目そのもの。

 決して硬くない訳ではないのだけど、それでも他の装甲に比べて脆く薄い。

 その個所に誤差をあまり出さず(・・・・・・)に何十発も狙撃したのだ。

 

 『本当にやり過ぎるなお前たちは(蛇と蝙蝠)!!』

 「グレランを!!」

 「了解した!!」

 

 振り返り様のサヘラントロプスの踏みつけをなんとか回避したバットはスネークに叫び、スネークは下部に取り付けられた火炎放射器の矛先が向けられた事で走りながらグレネードランチャーをバットに向けて転がす。

 勿論早々届く事はなくグレネードランチャーは地面を転がって停止した。

 それを見逃すビッグボスではなく、ガトリング砲の砲火を持ってバットを釘付けにする。  

 

 「チッ…大型モンスター戦ではタゲが他に向いている時に攻撃を仕掛けるもんですよ!」

 「言われなくても解っている!」

 『させると思うか?』

 「膝裏!!」

 

 背後にいるスネークを警戒して腕を背に回して燃料タンクを護るようにするも、バットの一言で攻撃先を変更したために、重量級であるサヘラントロプスを支えている脚部の膝裏という関節部にリモコンミサイルが直撃する。

 さすがに一発で壊れきる事は無くも、一瞬だけでもバランスを崩させる事には成功した。

 膝をつきそうになった事で大きな揺れがビッグボスを襲い、その揺れによってバットの姿を見失ってしまった。

 

 『何処に行った!?』

 「遅いですよヴェノムさん!」

 

 真下に潜り込んだバットはグレネードランチャーを拾い、下部よりコクピット部分を狙う。

 無論下部には火炎放射器があるが、それはバットの動きを見ていたスネークがリモコンミサイルで破壊する。

 装填しているだけを全てアッパーを喰らわすように叩き込まれ、天を仰ぐようにサヘラントロプスは傾く。

 

 「やりましたかね…」

 『まだだ!まだ終わってなるものか!!』

 「気を抜くなバット!」

 

 破壊にはまだまだ足りない。

 倒れかけそうになるも耐え、サヘラントロプスは背負っていたレールガンを起動させる。

 …が、巨体に見合う超砲身のレールガンは大き過ぎたために、バットに向けるよりも先に壁にぶつかってめり込んでしまった。

 相手を圧倒する巨体が仇となってしまった。

 

 『クッ…ならばこれで』

 「―――ッ、撃ち落せ!!」

 

 背中より垂直に何かが発射された。

 それは大型探査ミサイルで一定時間空中を浮遊して、周辺を探査しては降って来ると言う厄介な品物。

 スネークは咄嗟にサブマシンガンで、バットはそのままモシン・ナガンで狙撃を敢行する。

 対処が早かったために降って来る前に全弾叩き落す事には成功。

 それを嘲笑うかのようにビッグボスは脚部の誘導ミサイルを弾が尽きるまで連続発射させたのだ。

 すでにレドームに深刻なダメージを負っている以上、すんなりとスネークとバットを狙う筈はない。

 辺りに撒き散らされるように放たれるミサイルは壁や突き刺さったままのレールガンに直撃して、破損したパーツや壁を壊して残骸を雨のように降らせた。

 

 「いや、さすがにこれは…」

 「立ち止まるな!」

 

 人を簡単に押し潰すサイズの物も落下してくる中、あんまりな光景にバットは立ち尽くす。

 そこにスネークが駆け寄りタックルをするようにして無理にでも伏せさせると、瓦礫は見境なく降り注いだ。

 

 周囲が瓦礫に埋まった中、スネークはバットを連れて這い出る。

 降り注ぐ瓦礫の直撃はかなり不味い状況でも、二人にとっては良い雨宿り出来る場所があった。

 強固な装甲で守られた巨人。

 敵であり瓦礫を降り注いだ兵器の下に潜り込むことで助かるなど皮肉な話だ。

 

 「無事かバット」

 「えぇ、助かりました…というか助けて貰ってばっかですね」

 「そうかも知れないが、俺も結構助けられたさ」

 

 先に這い出たスネークはバットに手を貸して引き上げる。

 サヘラントロプスも瓦礫に埋もれ、所々は自身のミサイルが直撃してかなりの損傷を受けて動けないと見た。

 後はビッグボスを捕えて………。

 

 そう考えていたスネークは、瓦礫に埋まっていなかったサヘラントロプスのコクピット部分に目をやると、そこは大きく開かれて空っぽの内部を曝け出していた。

 困惑をそのままに視線をコクピットから流れ落ちる水に沿うようにして下へと向けると、酸素ボンベを放り捨てたびしょ濡れのビッグボスが立っていた。

 ホルスターに手を伸ばす格好で…。

 

 「伏せろ!」

 「ちょ―――ッ!?」

 

 バットを後ろに放るように引っ張り、手を離すと同時にホルスターよりデザート・イーグルを構え、お互いに迷うことなく引き金を引いた。

 スネークが放った弾丸はビッグボスの腹部を貫くも、ビッグボスが放った弾丸は吸い込まれるようにスネークの頭部へ…。

 倒れ込みながら振り向いたバットは咄嗟にスネークの膝裏に蹴りを入れた。

 かくんと曲げられた事で体勢が崩れ、仰向けに倒れるスネークは眼前を通り過ぎた弾丸を目撃した。

 

 「無事ですか!?」

 「おかげで助かった…」

 サヘラントロプスには負傷せず勝利したものの、随時駆け回っての大立ち回りは体力を大きく消費して疲れ切っている。

 気を抜けばその場にへたり込みそうなほどに。

 けれどそういう訳にもいかない。

 基地の自爆プログラムが作動している上に、蛇も蝙蝠も所縁のある人物の様態が気になって仕方がない…。

 

 ビッグボスは撃たれた衝撃でサヘラントロプスの装甲にぶつかり、血を擦り付けるようにその場に座り込んでいた。

 びしょ濡れの衣類を腹部より流れ出る鮮血が赤く染める。

 痛みに耐えながらぐったりとしているビッグボスは、二人が近寄ってきたのを認識すると頬を緩めて笑みを浮かべた。

 

 「本当に厄介な。俺がお前を選んだのは間違いだった…な」

 「…ボス。どうしてだ?何故こんなことを」

 「さて、どうしてだろうな…」

 

 スネークの問いに答える気も治療を受けるつもりも無いらしく、駆け寄って手当しようとしたバットの手を押し留めた。

 それでもバットはヴェノム(ビッグボス)を助けようと無理にでも治療しようと払い除けるも、傷口を隠すように押さえる手が断固として離れようとはしない。

 治療したいのにさせてくれない事に焦れてバットは怒鳴る。

 

 「手当てしないと死にますよ!?」

 「この怪我だ。間違いなく俺は死ぬだろうな」

 「だったら!!」

 「考え無しは同じか(・・・・・・・・)

 

 肩を震わし笑っているが、その揺れが腹部の傷口に響いて歪む。

 一息ついたビッグボスは真顔で正面からバットを見据える。

 

 「シオン。いや、バット。お前は怪我を即座に完治させれるのか?」

 「それは……出来ない…」

 「なら応急手当を施した俺をどうする気だ?手当てするからには助ける。または捕虜にする気があると言う事だろう」

 「そうですよ!俺は貴方を助けたい!死んでほしくないんだ!!」

 「現実的に不可能だ。お前はまだ小さく負傷している身だ。俺を連れてあの梯子を上る事は叶わぬだろう。ソリッド・スネークなら別だが、迫りくる自爆までの時間では絶対に無理だ」

 「けど…でも!」

 「甘ったれるな!お前の判断は間違っている。それは自身だけでなく味方も巻き込む悪手だ」

 「―――ッ!!」

 

 妙案もなく、スネークに期待の眼差しを向けるも沿う様な答えは出せる筈もない。

 涙を零しつつ必死に考えを働かせるバットの頭をビッグボス(ヴェノム)はクシャリと乱暴に撫でる。

 

 「戦士としては不合格…だが、良い子に育ったな。シオン」

 

 助けれないという事実。

 絶望と悲しみに満たされたバットは声を上げて泣き出し、ヴェノムは力強くも優しく撫で続け、視線をスネークへと移す。

 

 「ソリッド…お前はよく似ている。“戦いの中でしか生の充実”を味わえない(あの人)と…。けれどお前は同じ道を辿るなよ」

 「それはどういう意味だ?」

 「なぁに…そのうち分かるさ……さぁ、行け」

 

 撫でる手を止めて、転がっていた拳銃を握って構える。

 弱っているからか腕がぷるぷる震えて照準があっていない。

 脅しにしても効果は薄い。

 それはスネークとバットを追い立てるだけの意思表示でしかなかった。

 

 「行くぞバット…」

 

 小さく頷いたバットに背を向けてスネークは先に梯子を上がる。

 一瞬振り返ろうとしたバットだったが、ぴたりと止まって梯子へと急いだ。

 その様子を満足気に見たヴェノムは銃を降ろし、上へ上へと昇って行く二人を見送った。

 

 地上に出た二人はただただ走った。

 基地の爆発より逃れようと必死に。

 決して足を止めずに振り返らずに。

 息を切らし、足が縺れそうになっても走り続けた。

 

 どれだけ走っただろうか。

 地揺れと共に響き渡る轟音でようやく立ち止まって振り向くと、遠くで巨大な爆発が起こって火柱が立っているのが見える。

 あの怪我であの爆発だ。

 ビッグボスは生きてはいないだろう。

 

 懐から煙草を取り出して加え、ポケットに忍ばせていたライターで火を付ける。

 吸い込んだ紫煙をゆっくりと吐き出し、ビッグボスが自身に言った言葉の意味を考え込むも、今のソリッド・スネークでは理解は出来なかった。

 疑問をとりあえず頭の片隅に追いやっていると、バットがビッグボスを別の名で呼んでいた事を思い出した。

 

 「そう言えばビッグボスの事を“ヴェノム”と呼んでいたが、アレはどういう意味だったんだ?」

 

 煙草を咥えながらぽつりと問うも答えが一向に返って来ない。

 不思議に思ったスネークは振り返ると先ほどまで後ろを付いて来ていたバットの姿がない。

 周囲を見渡しても同じであり、まさか戻ったのではないかと少し戻ったところで足を止めた。

 

 確かに自分の後ろに居た事を現す小さな足跡。

 それはスネークの足跡を追うように続いて来ており、戻ったような足跡はない。

 寧ろ自分の後ろで突如として消えたかのようだ。

 周囲には茂みも木もある事から飛び移れば足跡を残さず移動できるも、いくら何でもそれに気付かない筈もない。

 

 「蝙蝠(バット)…か。面白い奴だったな」

 

 あの若さで確かな技術。

 またどこかの戦場で会えるだろう。

 ソリッド・スネークは帰還すべく歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ゲームをクリアしたバット…否、宮代 志穏は声を殺しながらただただ泣き続けていた。

 自分がやったのはゲームの筈だ。

 筈だったのにこれはどういうことなのだろうか。

 クワイエットにヴェノム。

 どちらも記憶に強く残っている人達。

 リアル過ぎて現実と誤認してしまう世界(・・・・・・・・・)で出会えて嬉しかった。

 

 けど戦いの結果である別れを何事も無く受け止めれる程、志穏の心は強くも無ければ壊れてもいない。

 

 本当にゲームだったのかも怪しい。

 何故なら届いたダンボールも記録媒体(ゲームソフト)も無くなっている。

 ギアのログにも記録は一切残っておらず、何時間もギアを付けたままずっと座っていたらしい。

 狐にでも摘ままれたようだ。

 かといって夢で済ませるにはあまりにも現実感があり過ぎる。

 

 訳も分からず悲しさのあまり泣き続ける。

 体内の水分を出し切ったのではないかと思うぐらい泣き続け、真っ赤に晴れた眼を擦りながら志穏は連絡をつける。

 

 『貴方から連絡するなんて珍しいわね。何かあったの?』

 「…うん。少し話を聞いてほしくて…その、突拍子も無い話ではあるんだけどさ」

 

 自分の中だけに詰め込むにはあまりに辛かった。

 一人でため込む辛さは良く知っている。

 だから打ち明けたかった。

 父さんに…とも思ったが、自然と母さんに連絡先を呼び出していた。

 涙声と志穏の声色から成る雰囲気を感じ取ったパスは、少し考え込み間を空ける。

 

 『幾らでも聞いてあげる。けど電話では駄目ね。今からそっちに行くわ』

 「いや、電話で良いよ…本当に変な話だから…」

 『それでもよ。何だって良いのよ。手の届く距離で面と向かって話をするの』

 「……分かった。ありがと」

 『すぐ行くわ』

 

 その後、到着したパスに感情が混ざりで順序も前後しながら志穏は自分が体験した事、感じたことを語り出した。

 パスは話し終えるまで一切口を挟まず聞き、最後には泣きじゃくる我が子を優しく抱きしめ、13歳の子供には辛い成長(・・・・)彼の顛末(・・・・)に同じように涙を流すのであった…。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:解放

 

 ヴェノム・スネークはぼんやりとしながら葉巻を咥える。

 濡れた衣類を探ってライターを取り出し、何度かスカりながらもようやく火を付け、大きく吸い込んで味わうと紫煙を周囲へと吐き出す。

 

 「俺もお前もよく頑張ったよな…」

 

 背を預けているサヘラントロプスに言葉を投げかけるも返答は無論ない。

 あれから何年も経っているのだ。

 一応の整備はしていたがシステム自体は更新せず、コクピットを人でも搭乗できるように改造した以外は維持する程度で済ませ保管していた。

 

 当初の計画は大分狂わされた。

 こいつ(サヘラントロプス)も予備戦力であって投入する予定はなく、投入したのは狂わされた最たる結果と言えるかもしれない。

 

 アウターヘブンの武装蜂起は“愛国者”に対しての宣戦布告であり陽動。

 サイファーなどを経てアメリカを裏で支配する“愛国者”という存在はビッグボスにとって脅威でしかない。

 世界にとっても奴らが命ずる方針や思想には危険なものも多く、俺達にとってはいつまでもビッグボスを付け狙う敵である。

 最早頸木から解き放つには打倒するほか手段がないが、規模や組織などの情報が圧倒的に不足している。

 ソリッド・スネークに偽の情報を持ち帰らせるのは、核搭載二足歩行兵器であるメタルギアに核弾頭が搭載されているという誤情報を掴ませ、集めに集めた大規模戦力と核弾頭をチラつかせて時を稼ぎ、向こうの出方と動きを分析したビッグボス(ネイキッド・スネーク)の本隊が叩く手筈になっていた。

 ゆえにこのアウターヘブン蜂起にはダイヤモンド・ドッグズの兵士達は参加してはいない。

 表上は解散したダイヤモンド・ドッグズの兵士達は、本隊主力を担う為にビッグボスと合流して中東に潜伏しているのだから。

 

 しかし予定外に崩され過ぎた。

 これも強く育った(ソリッド・スネーク)と成長した蝙蝠の子供(シオン)のせいだ。

 崩しに崩されて最早計画遂行は危うくなり、基地そのものがレジスタンスを含めた奴らに乗っ取られそうになる始末…。

 

 だから俺は計画は大きく変更した。

 ここまで来たら脱出も兵器の移送すら難しい。

 ならばこの武装蜂起がもたらす成果を大きく変えるしかない。

 

 大量の兵器と人員を集めて起こされた武装蜂起は、ビッグボスの死亡(・・・・・・・・)によって終結したと…。

 俺はビッグボスのファントムだ。

 元々の存在理由自体が公式の記録上死んだとされるビッグボスであるも裏の世界では存在が怪しまれ、生きてると知られれば追手を差し向けられるために、裏での注目を集める為の影武者。

 現状裏でビッグボスと信じられている俺が戦死したとすれば、それは表裏共にビッグボスそのものの死を意味する。

 あの人の事だから戦いを諦める訳もない。

 ならば俺のすべき事はあの人の為に繋げる事だけ。

 

 計画が崩壊の兆しを見せ始めたころから新型メタルギア制作や実験で得られたデータを送信し、サヘラントロプスが回収されないように破棄も行うべく起動の用意を行った。

 

 新型メタルギアは破壊され、サヘラントロプスも基地の自爆と共に消失。

 ソリッド・スネークが提出するであろう報告書と、基地の爆破の規模から死亡したと判断されるであろう。

 俺はここで最期を迎えてアウターヘブンは幕となる。

 ここで逃げ出しても良いがこの負傷では逃げきれないし、下手に生き延びた所を目撃されれば計画は無に帰す。

 DNA鑑定されれば偽者とバレる為に死体を残す訳にもいかないしな。

 

 最期の瞬間を前にして自身の言葉を思い出して笑ってしまった。

 

 (次代を担う蛇と蝙蝠よ―――か。俺は何を口走ってるんだか…)

 

 俺はビッグボスの影なのだ。

 それなのにビッグボスが“愛国者”と決着をつける未来でなく、あの二人が未来を紡ぐと無意識にも想っていたんだな。

 あれだけ演じていたというのに呆れも通り過ぎて笑えて来た。

 

 「あぁ…それもまた………見て見たかっ…………なぁ…」

 

 加えていた葉巻が力の抜けた唇より離れ、自然に従って落下して先の火種が血の混ざった水たまりに落ちて消えた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………痛ッ…。

 薄れかかった意識が痛みによって覚醒させられ、閉じた筈の瞼を無理にでも持ち上げる。

 ぼやけた視界の先に居たのは見辛くも見知った相手であるとすぐに理解した。

 

 「なにを…している?」

 「――――…」

 

 相変わらず口を閉ざしたままか。

 クワイエットが動くたびに痛みが走り、ようやく定まった瞳が捉えたのは応急手当を施している様子であった。

 駄目だ。

 (ビッグボスのファントム)はここで死ななければならない。

 生かすだけ無駄であり、生きながらえた先はあってはならない。

 力の入りきらない腕を動かして、治療の手を押しのけようとするも、簡単に払い除けられてしまう。

 

 「止めろクワイエット…俺は…役目を全うし(ビッグボスの死を演じ)なければ……」

 

 そう口にしたところで人差し指で唇を押さえられた。

 喋るなと言うのだろうがそういう訳にはいかない……が、最早抵抗する力すら入らない。

 

 「―――違う。貴方の役目は終わった」

 

 やんわりとした口調でそう言われた(・・・・)

 クワイエット(静かな狙撃手)がそう言ったのだ(・・・・・)

 英語株の声帯虫を取り除かれても極力喋らなかったアイツが…だ。

 

 「ビッグボスはここで死ぬ。新たな蛇と蝙蝠に撃たれ、基地の爆発に巻き込まれて戦死する。けれど貴方が死ぬ理由はない」

 「違う。俺はここで…」

 「貴方はヴェノム。貴方はエイハブ。ビッグボスなんかじゃない。私の報復対象であるビッグボスなどでは絶対に無い。役目を終えた貴方は英雄に憧れ、蝙蝠を羨んだ一人の戦士でしかないのだから」

 

 止血を含めた応急処置は終わり、最後にきつく巻かれた包帯で傷口が痛む。

 もう俺が何を言ったところで無駄…なんだろうな。

 応急手当されたがこの傷に出血量。

 助かる可能性も低いだろう。

 けれど彼女は生きろと言う。

 スカルフェイスの命令で暗殺に赴き、ビッグボスの抵抗により全身大火傷を負い、人とは離れた肉体と能力を押し付けられ、そんな肉体にされた憎しみを俺にも抱きつつ、決して仕込まれた声帯虫を命令に背いてまで頑なに使用する事の無かった彼女が…。

 元々抵抗できる力など無いが、心の底から彼女に全てを任せる。

 無抵抗のまま背負われたヴェノムにクワイエットは微笑む。

 

 「もう貴方は自由に生きるべき」

 「それはお互い様だな…」

 

 ヴェノムはそれだけ返すと今度こそ意識を手放した。

 まるで寝ている様で死んでいるかのような(・・・・・・・・・・)顔にクワイエットはきゅっと口を噤む。

 そしてそのまま彼女は人の眼では追い付けない脚力を活かし、基地を跳び出るとジャングルの中へと消えて行ったのだった…。




 これにてアウターヘブン完結です。
 次回ザンジバーランド!!……………なのですが、メタルギア2のプレイと構成を纏めるべく、また次回投稿まで少々時間を頂きます。
 
 予定としては十一月入ってから投稿しようと思っております。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR2:ザンジバーランド騒乱
子蝙蝠再び戦場へ


 投降遅れました。
 すみません。


 あれから四年は経ったのか…。

 宮代 志穏(みやしろ しおん)はぼんやりを思い返す。

 荒れに荒れた幼き日々を過ごし、恩人であり恩師でもある彼女(クワイエット)(ヴェノム)と再会したあの一時。

 夢のようだ。

 良い意味でも悪い意味でも…。

 再び出会えた事は嬉しくあり、クワイエットさんとの戦いは―――可笑しな話だが楽しかった。

 なんていうか心が滾った。

 結果は敗北であったが、俺にしては善戦したと思っている。

 幾らか…というか大きく幸運に恵まれたというのもあっただろうけど…。

 

 ヴェノムさんとの戦いは…悲しかった。

 だけど俺に彼の意思を歩みを戦いを止める術はなかった…。

 助け出す術すらも…。

 振り返る度に想うのだ。

 俺にもっと力があったならと。

 

 もし(if)たら(if)れば(if)を考え出したらキリがない。

 あの時の自分は至らなかった。

 ならば同じ局面では至れるように鍛えるしかない。

 いやだったが親父に頼んで幾度と無茶な高レベルのミッションを熟して来た。

 あるか知れない次回の為に…。

 

 実際あの一時の経験は事実だったのだろうか?

 確かにソフト(ゲーム)は届いたが終われば(ゲームクリア)、入っていたダンボールもだが記録そのものが消えていた。

 記録上は俺はそんなゲームをした事も経験した事も無い。

 けど未だに記憶に鮮明に、この身体には人を撃った(・・・・・)感覚が強く残っている。

 そして俺自身としては記録より記憶を信じている。

 これこそ可笑しな話だ。 

 俺は現実的な幻想や夢の可能性ではなく、非現実的で自身が人殺しであると肯定したがっているのだから…。

 この考えや経験は母さんには話した。

 すると母さん曰く、どういう意味か親父も死生観について疎い(・・・・・・・・・)ところがあるらしいから受け継いでいるのではないかとの事。

 親父と一緒と言われている様でなんか嫌だが、不思議な事に納得もしてしまう。

 

 なんにせよ四年と言う月日。

 数字にしては小さく、先が見えずに待つ身としては長かった。

 だけどようやく待ちに待った時が来たのだ。

 

 あの時同様にダンボールが届き、見知らぬソフトが同封されていた。

 早速起動させると意識を失うように遠退き、真っ白な空間に紫色の人影(シルエット)が立っていた。

 ただ以前と違って周囲には多くの戸棚が先に配置されており、(紫色の人影)がカウンターにて大事そうに銃を磨いていた。

 

 『よくぞお越しくださいました。大きく成られましたね。以前とは見違えるようです』

 「あれから四年が経ったから」

 

 当時十三歳だった俺は今年で十七歳になる。

 背も伸びて少しばかり大人っぽくなっただろうけど、顔立ちは親父と母さんの血筋なのか幼く見えるが…。

 磨いていた銃―――ベレッタM92を大事そうに置き、紫は嬉しそうな声色で声を掛けてきた。

 それもなにもが懐かしく、嬉しくも感じる。

 逆に紫は申し訳なさそうな雰囲気を纏う。

 

 『多分ですが聞きたい事はありましょう。私にはそれらを答える許可は下りております』

 「うん、聞きたい事はあるよ勿論。問い質したい気持ちもある」

 『では―――…』

 「けどいらない。別に白黒つけなきゃいけないって事もないから。それより無駄話するよりはゲーム(・・・)をしたいからさ」

 

 どうも俺は親父同様にホリック(中毒)らしい。

 返しに驚きながらも喜ばしい雰囲気を出す人影は、軽く手を叩くとカウンターがショーケースに様変わりを果たした。

 収められているのは前回使用した(・・・・)………いや、語弊がある。

 装備していた(・・・・・・)武器が納められていた。

 MP5とか装備しただけでほとんど…ってか使ったっけって感じだったな。

 

 『そう言う事でしたら準備に入りましょうか』

 「以前に比べて増えてない?」

 『四年が経過して使用できる武器も増えましたので。武器は前回と同様で?』

 「いや、ハンドガンはベレッタ(M92F)で。サプレッサーも用意してくれ。狙撃銃は…レミントン(M700)、やっぱりモシン・ナガンで頼む」

 『畏まりました』

 

 前回は身の丈に合わないデザートイーグルで痛い目を見たからな。

 使いたい武器(・・・・・・)ではなく使える武器(・・・・・)で選ばないとな

 モシン・ナガンを頼むと何処か嬉しそうに返事をして、傷一つないベレッタM92Fと少しばかり傷が入った(前回使用)モシン・ナガンが用意される。

 続いて弾薬にサプレッサーも置かれ、それらを手に取って確認してから装備していく。

 

 『他に入用な物などはありますでしょうか?』

 「近距離での制圧力が欲しい…かな。取り回しの良い奴」

 『それならサブマシンガンかマシンピストルなどですかね。UZI(ウージー)は如何でしょう?』

 「あー…ならマイクロ(Micro UZI)を二丁。後は対メタルギア用の装備が欲しいところだけど重すぎるな」

 『狙撃銃を対物ライフルに変更。または対戦車用の手榴弾に致しますか?』

 「大抵対人なのに対物で撃てと?それに対戦用ってめちゃくちゃ重たいだろ」

 

 それにあまり持ち過ぎて動けなくなっては本末転倒だ。

 広い戦場で芋スナするならまだしも、前回と同じようなステージ(戦場)だったら範囲が狭められるので狙撃よりはマークスマン向けだろう。

 待ち構えるにしたって敵地のど真ん中で、それも時間制限とかありそうだし…。

 移動しながらの戦闘間違いなし。

 マークスマンライフルで制圧力を模索するならFALとか良いんだろうけど、単発(セミオート)なら兎も角連射(フルオート)は命中率悪いんだよな。

 そもそもアサルトライフル自体に慣れてないから、出来るだけ使わない方が良いだろうしな。

 

 「手榴弾と現地調達で何とかするしかないか」

 

 悩んだ末にそう結論出して、親父だったら裸装備で行っても何とかしそうだなとか思い、少しばかりイラッとする。

 そんな想いを他所に人影は今回の作戦内容の説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 原理が確立されてから競う合うように研究・開発が行われた核兵器。

 対抗する様に核を持つ国では威力や射程、小型などが施されて配備。

 持たぬ国は核の脅威に怯えながら持つ国の“核の傘”に入れて貰って、仮想敵国や不安要素に対して抑止力として働いてもらう。

 世界は不安定な均衡を保つために危機感を覚えながら核を求めていた。

 

 それも昔の話…。

 1990年代後半に入ると核を持つ大国同士の問題も解け始め、各紛争地域では和解が進んだ。

 ともなってか世界は急速に安定していき、即発状態だった核への危機と脅威はひと段落した。

 大きな大戦を経て現在は最も安定した時代に足を踏み入れたと言っても過言ではなかった(・・・・)…。

 

 そう…なかった(過去形)のだ。

 ソ連・中国・中近東に隣接する中東の小国―――“ザンジバーランド”にて軍事政権が樹立。

 小国でありながらも世界各国の“廃棄用核兵器貯蔵庫”を襲撃して世界で唯一核武装を施すと、隣国に対して無差別侵攻作戦を開始。

 

 ようやく核兵器の保有から解き放たれた世界に、核兵器に寄る脅威が迫っている。

 そんな危うい世界情勢下の中、アウターヘブンで活躍した後にFOXHOUNDを除隊し、CIAにスカウトされるも局に反発して半年で去り、カナダで養生生活していた“ソリッド・スネーク”は呼び戻されていた。

 ブリーフィングルームには自分以外の隊員は居らず、説明の為に現れたのは呼び出した張本人であり、現FOXHOUNDの総司令官である“ロイ・キャンベル”大佐。

 

 「資料には目を通したな」

 「あぁ、随分と無茶な作戦ではあるが…」

 「君なら完遂できると踏んでの作戦だ」

 「期待は嬉しいが俺一人で…か。グレイ・フォックスや他の隊員の協力は得られないのか?」

 

 作戦内容はザンジバーランドへの潜入工作。

 とは言っても別段ザンジバーランドをどうにかしろとか敵総司令官を倒せ、核兵器の無力化などという無茶で高度な任務ではない。

 簡単に言うとザンジバーランドにて捉えられているチェコの生物学者“キオ・マルフ”博士の救出。

 全世界に核兵器をチラつかせながら戦争を吹っ掛けたザンジバーランドに、悪く言えば生物学者の救助にアメリカの特殊部隊がわざわざ出向くなど通常ならあり得ない。

 勿論政治的関与によっては別であるが…。

 

 事はそう簡単な問題ではない。

 現在世界では深刻なエネルギー問題を抱えている。

 まだまだ持つとされていた石油資源の枯渇が見え始め、代理エネルギーを見つける事も出来ずに危機的状態に突入。

 そこに一人の救世主が現れた。

 彼は高純度石油を精製する微生物“OILIX”を発明。

 言わずもがなだがその微生物を発明したのがキオ・マルフ博士であり、博士はアメリカの学会で発表すべく渡米しようとして捕まってしまった。

 ザンジバーランドが核兵器のみならず“OILIX”まで手にしてしまっては、世界の均衡はよりザンジバーランドに傾いてしまう。

 中には核や武力の支配には抵抗しようと思う国でも、エネルギー問題の打開する方策をチラつかされれば否応なしに従属する国も出てくるだろう。

 ありとあらゆる経済大国もエネルギーが無ければ機能が停止するだろう。

 何処もだがそんな軍事的優位をザンジバーランドに与えたくはない。

 それも介入し易い咎めれる手段(・・・・・・・・・・・)用いた(誘拐)なら尚更手を出さないなんてあり得ない。

 無論救出成功した暁にはその技術を幾らか優遇、またはこちらのものとして国益にしたいという考えもあるだろうがな。

 

 問いかけに対して大佐は渋い顔を晒す。

 

 「すまないがうちで援軍は用意出来なかった」

 「何か問題が?」

 「あまり口にはしたくないが君なら問題ないだろう。グレイフォックスを始めとした幾人かの隊員が行方不明。中にはザンジバーランドに合流したと思われる者も…」

 「それはまた…理由は解っているのか?」

 「確証どころか一切解らないのが現状だ」

 

 隊員の中でも最強と謳われるグレイフォックスの消失に、隊員が敵方に属しているという事実。

 内容的に人数を増やしたいところであるが、身内に裏切者がいると思うとそれは難しい。

 それで俺一人という現状が出来上がった訳か。

 敵の繋がりは無いと信頼され、実力もあると認められて誇らしげにすればいいのか、逆に俺しかいないのかと嘆くべきか。

 

 「了解した。なら俺一人で行こう」

 「すまんな。だが無線の協力であるがマスターからの助力は得たぞ」

 「マスター?まさかマスターミラーか!?」

 

 思いがけない名に驚きを隠せない。

 マスターミラー………マクドネル・ミラーは色んな技術を叩き込んでくれた教官だ。

 彼の助力というのは確かに心強い。

 少しばかり余裕が心に産まれると大佐は微笑を浮かべた。

 

 「それだけじゃないぞ。今回の作戦は合同任務だ。バットという“狙撃手”が相棒(バディ)となる」

 「アイツもか!それはそれは…」

 

 また会えると思うと嬉しくもあり、狙撃手の援護は頼もしくなる。

 それが(バット)なら尚更だ。

 だがそれ以上に気に掛かる点が一つある。

 バット(・・・)と口にする大佐の声色は何とも言えない懐かしさを秘めていた。

 

 「大佐、一つ聞きたい事がある」

 「なんだ?」

 「マスターもそうだったが、蝙蝠(バット)とは何者なんだ?」

 

 前々だがポロっと彼らの昔話に登場する名前。

 コードネームとしてはただ蝙蝠を現したものなので、奴が大佐やマスターが言う蝙蝠ではないと思うも、少々気になって仕方がない。

 以前はそこまでではなくて聞いた所ではぐらかされても気にしない程度だった。

 されどあの蝙蝠と出会って興味は強く成った。

 これも問いかける機会だろう。

 

 「そうだな…いやはや…」

 「前もだが何故マスターも大佐もはぐらかす?」

 「違うんだ。どう言って良いものか解らんのだ」

 

 言い辛そうな大佐は少し悩む。

 その間にスネークは煙草を咥えて火を付ける。 

 吐き出した紫煙により薄っすらと室内が満たされる頃、ようやく大佐は重い口を開いた。

 

 「私が実際に見て理解している実績。噂程度の物も含めた情報による記録。それらを語ればアレはビッグボスに並ぶ英雄だ」

 「ビッグボスに並ぶ!?そんな奴が居たのか(・・・・)?」

 「居たのか(過去形)というのも正確ではない。正式な記録では奴の死亡は記録されていない。生きている確証もないがな。だけど多分過去形にするのは間違っている。そう私は…いや、蝙蝠を知る者は全員が思っているだろう。記録や実績は英雄染みている阿呆と間抜けと非常識を総動員したあの馬鹿はきっと今も何処かで………まぁ、縁があれば会う事もあるだろう」

 「あの狙撃手は関係者か?」

 「それは私には解らない。そもそも私が知っている蝙蝠は狙撃に向いているとは思えんのだがな。奴なら単身で突っ込んで敵も味方も混乱させただろうし」

 「本当にビッグボスに並ぶ英雄なのか?」

 「だから言っただろう。“記録や実績は”と。実際に関わってみると違うんだ」

 

 懐かしさからか楽しそうに笑う大佐に、スネークは疑問符を浮かべるもその意味を理解することは出来ず、任務の為の準備に入るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ザンジバーランドは小国ながらも強大な力を保有し過ぎた。

 核という戦術兵器は如何なる大国であろうとも報復を恐れる脅威であり、質や練度が高いだけではなく傭兵や反政府組織などが自らの意思で(・・・・・・)傘下に加わろうとはせ参じる始末。

 正面からの敵と戦うだけでは済まない。

 何処から攻撃されるか解かったもんじゃない。

 

 ザンジバーランドを軍事政権として樹立させた者は、葉巻を咥えながら各地の戦況に目を通す。

 全部が全部思い通り…とまではいかなくとも戦況は優勢。

 超大国と言われる列強も核の前に動けずにいる。

 今は(・・)それで良い。

 目的を達する事を考えれば彼らには沈黙して貰っていた方が余計な手間が増えずに済む。

 

 「良かったのかこれで…」

 

 一人の戦士が敬いつつも友人に接する様に語り掛ける。

 他の兵士では恐れ多い相手なれど、彼はザンジバーランド内では最も信頼厚い存在。

 誰もが認め、咎めるものなど居よう筈がない。

 掛けられた当人もそれが望ましく、優しい瞳を向ける。

 

 「良かったさ。俺達は進まねばならない」

 「世界が敵に回る。アイツ(・・・)が居ればどれだけ心強かったか…。俺では代わりになる事も出来ない」

 「お前はお前だ。奴の代わりが務まらないようにお前の代わりもまた居ないんだ…それにアイツが居たら居たで別の問題起こしてそうだしな…」

 「違いない」

 

 懐かしい顔を思い返して二人は笑う。

 久方ぶりに心から笑い合った二人は

 

 「“山猫”は兎も角“狼”は良かったのか?参加したがっていたようだったが…」

 「それこそ構わない(・・・・)だ。アイツらが…いや、あの子(・・・)が戦うべきはここではない」

 

 この戦いは俺達が行うべきものだ。

 あの子…彼女が彼女の為に戦う時はいずれ来るかもしれないが、それは絶対に今ではないと断言しよう。

 “山猫”は別で動いているのでこちらには合流出来ない。

 奴ならば外の仕事を任せられる。

 

 胸中に懐かしさが漂っていたが、それを引き締めた矢先に無線機が音を発する。

 

 『緊急連絡!捜索隊の壊滅を確認。生存者は…ゼロです…』

 「またか…」

 「これで五件目か…」

 

 二人はうんざりしたように急な報告にため息を漏らす。

 ここ数週間で警戒していた部隊が突如として襲われる事件が多発している。

 姿も人数も捉え切れていない敵に対して、スカウト兵などで組織した捜索隊を派遣しているものの結果はこの様…。

 当初はある理由(・・・・)からレジスタンスか何かかと思ったが、これほどの強者となると違うのだろう。

 

 「合流した連中に任せるか?アレでも(・・・・)一流らしいが腕を見る良い機会だ」

 「止めて置こう。もし俺の予想が正しければ相手にもならん」

 「なら俺が―――」

 「奴の相手は俺だ。亡霊(ファントム)の相手は亡霊(ファントム)がしなければ怨念だけが残るだけだからな」

 「亡霊…そうか。そうだな」

 「警戒レベルを上げるか」

 

 まだ見ぬ魔弾の射手(・・・・・)を気に掛けながら、彼らは警戒を強める。

 いずれ来る奴ら(・・)からの刺客。

 こちらの本来の計画(・・・・・)を潰さんとする使者へ対して…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

潜入者と協力者

 ザンジバーランド沿岸部に聳え立つ軍事基地。

 そこより囚われている博士を救出するのが任務。

 基地ゆえに警備は厳しいけれども“蛇”が入り込めぬほどではない。

 比較的発見が困難で警備が薄い海より近づく者が居た。

 アウターヘブンにてビッグボス(英雄)を討ち取りし現在の英雄(ソリッド・スネーク)

 見つかり辛くするために沿岸より泳ぎ、聳え立つ崖を登り切ったスネークは息も切らさず先を睨む。

 フェンスに囲まれた先に聳える建造物。

 今からあそこに情報収集及び救出の為に潜入するのだ。

 なんにしても潜入ポイントに到着した事を大佐に伝えるべく無線を繋ぐ。

 

 「こちらスネーク。潜入ポイントに到着」

 『さすが時間通りだな。では“オペレーション(Opereshon)イントゥルーダー(intruder)F014”を開始する』

 「了解。“動体反応センサー”を起動させる」

 

 動体反応センサーというのは新たに開発されたサポートアイテムで、周辺での動くモノを感知してレーダーに表示する。

 白い光点が敵を現し、俺やバット、それに奥歯に埋め込まれた発信機で表示されるマルコフ博士の三名を赤い光点で示す事になっているらしい。

 早速レーダーを見てみると映る光点は自分を示す赤一つ。

 違和感を覚えて周囲を見渡すもレーダーの表示通り人影は見受けられない。

 それどころか人の気配すらない…。

 

 『どうしたスネーク?』

 「少し待っていてくれ大佐」

 

 潜入している時点で警戒はしていたが、今はそれ以上に周囲の物音一つも逃さぬように気は張って探る。

 ここは比較的警備が薄い場所である。

 ゲート(入口)に近づけば話は別なのだろうけど、巡回しているフェンス内ではなくフェンス外の崖付近。

 人が少ないのは予定通りなのだが人が居ない(・・・・・)というのは問題だ。

 罠の可能性が過るも兎に角現状を確認せねば解らない。

 

 「大佐…何処かの国がザンジバーランドに攻め込んだという情報は無いよな…」

 『ない。少なくともこちらではそのような情報は入っていない。どうしたというんだ?』

 「緊急事態だ大佐。どっかの誰かがここでパーティを催したらしい」

 

 フェンスの切れ目を見つけて入り込み、隠れる事なく不用心に堂々と姿を晒すスネーク。

 しかし彼を怪しむ者も警戒する者もここには居はしなかった…。

 壁にめり込んだ弾痕。

 飛び散り固まった血痕。

 血の海に沈んだままピクリとも動かない兵士達。

 こんな外野で流血など潜入や工作員のする事ではない。

 だが戦闘狂という印象は感じ取れない。

 敵兵の武器の状態に被弾個所を見るにほとんど反撃できずにやられている。

 ただの兵士ではなく職人(プロ)である事は間違いないだろうな。

 

 「どんな奴なんだ…」

 

 疑問を抱いて現場を眺めていたスネークは複数の足音を耳にして慌てて身を隠す。 

 こっそりと覗き込むと赤いベレー帽に迷彩柄の制服に身を包んだ団体が訪れていた。

 部隊の全滅、または調査の為に部隊が送られてきたのだろう。

 長居し過ぎたと後悔するも遅すぎた…。

 武器は現地調達が基本だったので、今ある武器は自身の肉体のみ。

 息を殺して潜み、ひたすらに気付かれず通り過ぎるのを待つ。

 しかし意図せず兵士の一人と目が合う。

 

 「誰だ貴様!!」

 

 CQCを仕掛けようかと思うも数が多く、相手が距離を取って銃口を向けているので動けない。

 何かしら怒鳴りながら問いかけて来るがなにか無いかと期を計りながら、視線を動かして人数と周囲を把握していく。

 だがアクションを起こすにはタイミングが…。

 

 『何してんだか…』

 

 聞き覚えのある声が無線から聞こえると銃声が響き渡る。

 視界に映っていた最後尾の兵士が頭より血を流し倒れ込んだ。

 突然の銃声と味方が崩れ落ちた事で視線は自然と背後に向き、そうでない者は安全を確保しようと身を隠そうとする。

 僅かな好機に跳びつく。

 

 目の前の敵兵に襲い掛かり身動きの取れないように関節と首を絞める。

 同時に敵兵が持っていた銃のトリガーを押し込みながら周囲にばら撒くように撃つ。

 致命傷でないとしても撃たれた痛みから倒れ込んでいき、乱射から逃れた兵士には何処からかの精確無慈悲な狙撃で命を絶たれていく。

 視認とレーダーで敵の有無を確認して、排除完了した事を確認し終えるとさっさとその場を離れ、安全を優先して即座に身を隠して周辺の警戒に入る。

 するとレーダーに赤い光点が映り、それはこちらに近づいて来た。

 

 「正面突破とか無茶し過ぎでしょ?無双系のキャラにジョブチェンジでもしました?」

 「なら良かったんだがな。残念ながらアレは不慮の事故だ。兎も角助かった」

 

 モシン・ナガンを背負いながら姿を現したバットに笑みを向ける。

 以前に比べて背が伸びて青年に足を踏み込んでいたが、幼さが強く残っている為に年齢以上に若く見える。

 そんな事を想われているとも知らないバットはスネークにさっきトラックで拾ったというレーションを投げ渡し、スネークは咄嗟と言えど難なく受け取る。

 

 「荷台にレーション一つなんてここは変わらないな」

 「そういうお前は随分変わったな」

 「四年も経てば成長もしますよ」

 「口の利き方は変わらずなようで安心したよ………ところで口ぶりからしてアレをやったのはお前じゃないんだな?」

 「潜入するのに正面切ってドンパチするとでも?そもそも身を隠す場所は少なく、高所を取られる上に敵地のど真ん中で弾薬も心持たないってのに…」

 

 確認の為に口にしてみたがやはり否定されて肩を竦める。

 あの惨状がバットがやった事であるならば色々と簡単だったがそうではなくなりやや面倒になった。

 

 「となると別口か」

 「勝手に馬鹿騒ぎすんのは良いけど、散々散らかして行くってのはマナー違反だろ」

 「逆に言えばそれが罷り通るほどの猛者であるのだろうが」

 「問題は敵か味方かって事かぁ。またはどちらでもない第三勢力。こりゃあまた面白くなりそうだな」

 「楽しんでいる余裕があれば良いがな」

 「裸装備のスネークは難しいか」

 「俺にはCQCがある」

 「ならこれはいらないか?」

 

 そう言って腰に提げていた拳銃を見せ付ける。

 手渡された拳銃を眺めてほうと息をつく。

 

 「ブローニン……それもマークⅢか!?」

 

 FNブローニング・ハイパワー。

 それもロングタイプのハンマーにホワイトラインがはいったフロントサイト、弾薬は九ミリパラベラムではなく.40S&W弾である事から五年ほど前に出たMk-Ⅲ。

 バット曰く、前回の件(デザートイーグル)があるからと持たされた(紫に)とか…。

 動作確認や感触を確かめて仕舞う。

 

 「助かるよ」

 「銃の事ですか?それとも俺の事ですか?」

 「銃だ………冗談だ。お前が来てくれて本当に助かるよ」

 

 ちょっとした冗談のつもりだったが腰のベレッタに手を伸ばそうとしていたので速攻で冗談だと明かす。

 ついでに両手を上げて降参を示すとジト目であるが銃を仕舞ってくれた。

 

 「仲間割れしても仕方なし。さっさと行きますか」

 「ザンジバーランドに潜入し、拉致されているチェコの生物学者キオ・マルフを奪取する。それにお前が居てくれるなら百人力だ」

 「協力はするけど目的は一緒じゃない(・・・・・・・・・)

 

 さぁ、進もうと踏み出した矢先、バットの訂正によって足を止める事になる。

 振り返ればやはり先ほどの何処か機嫌が悪そうで、申し訳なさそうにこちらにその視線を向けている。

 そんな視線を向けられる心当たりがなく、眉を潜めると小さくため息を漏らして表情を繕う。

 

 「多分関与していないと思うから言うつもりはないし、事態によっては不味い事になりそうなんで、俺から教えるつもりもないよ。悪いけど…さ」

 

 疑問は残るがバットの雰囲気から本当に言う気はないらしい。

 とりあえず頭の片隅に置いておいて、今は博士の救出を優先せねばなるまい。

 

 「そうそう、正面ゲートの突破は難しいらしい。ゲート周辺に通気口があるのでそちらからの侵入なら行けるだろうって」

 「内部情報何処から得ているんだ?」

 「貴方には貴方の。俺には俺の協力者がいると言う事ですよ」

 

 そう言うとバットは先へと進みだす。

 こちらと違う情報元というのも気になるな。

 兎にも角にもその情報通りに正面ゲートではなく周辺にあるという通気口を探す。

 その道中でトラックを一台発見し、中を検めてみるとベレッタが一丁転がっていた。

 大きなトラックの割に拳銃一丁とは如何にと前回(アウターヘブン)同様にバットが呆れたように呟く。

 

 「どうする?返そうか(ブローニング・ハイパワー)?」

 「いえ、すでに結構装備しているんでそのまま持っていて貰った方が良いかな」

 「分かった。ならこのまま貰っておく」

 「通気口は…あれか」

 

 正面ゲート右側に確かに通気口があるが、やはり警備は厳重である。

 視界を遮りつつも見つかりそうになった敵兵にCQC(表示的にはもろ殴り)で意識を刈り取った。

 通気口は狭いようで案外広い。

 匍匐前進でなくとも中では中腰で動ける程の高さがあり、警備の兵もいなければ監視カメラもないので、侵入経路としては進み易くて有難い。

 途中何故か通気口内に置かれていた弾薬を拾つつ施設内部へと侵入する。

 やはり施設内には多くの兵士が巡回しており、そこらへんに戦車が停まっている事から一階は格納庫にもなっているらしい。

 しかし嫌に数が少なく感じる。

 周辺国家に戦争を吹っ掛けているからこそ兵器も人員もそちらに回しているだろうから当然と言えば当然なのだが、アウターヘブンでもっと多くの戦車が並んでいたのを見たのもそう感じる要因なのだろう。

 警戒しながら通気口から出て周囲を見渡し探索するように進もうと無線機が反応を示す。

 周波数を見ると大佐は勿論今作戦で教えられたものではない。

 バットにその周波数を見せるも首を横に振って否定。

 疑問を抱いてその正体を探る為にも出てみた。

 

 「…誰だ?」

 『私、ホーリー。ホーリー・ホワイト。ジャーナリストよ』

 「ジャーナリスト?取材の依頼は受けていないが?」

 『それはその内依頼するかも知れないけど今は別よ。私は取材でザンジバーランドに一か月前から潜入しているの』

 「一か月も前から潜入とは…」

 『だからだいたいのことなら解るから。お役に立てると思うわ』

 「ほう、それは助かる。ちなみに」

 『そうね…ここのエレベーターは二つあるのだけど、右側は地下以外には行けて左側は二階と地下の一階と二階に止まれるの。アウターヘブンと違って(・・・・・・・・・・・)呼ばないと来ない――役に立ったかしら?』

 「エレベーターを使う際には気を付けるとしよう」

 『じゃあ、何かあったら連絡してね』

 

 無線を切ったスネークはバットと目を合わせた。

 同じ心境だったのだろう。

 眉を潜めながら何かしら考え込んでいるようだった。

 

 「怪しいな」

 「うん、怪しいというよりはヤバイ気もしますが…」

 「奴は言ったな。アウターヘブンと違って(・・・・・・・・・・・)…っと。ザンジバーランドの情報は奴の言葉を信じるなら潜入していたという事で片付くが、アウターヘブンはそうはいかないだろう。なにせあそこはアウターヘブンの兵士達とレジスタンス両軍が小競り合いをし、内部は厳重な電子機器を使ったセキュリティを敷いていた。奴はどうやってアウターヘブンの情報を得たのだ?」

 

 アウターヘブンは俺達がメタルギアを破壊した後、基地ごと自爆したので後は残っていない。

 それなのに知っているというのはあの時のアウターヘブン関係者か俺ら(・・)の同業者か…。

 どちらにしても怪し過ぎる。

 もしも同業者としても協力するなら大佐から伝えられていただろう。

 

 「警戒すべきだろうな彼女は」

 「いや、そうじゃなくて問題なのはガバガバなスネークの周波数。どう考えても駄目でしょうに」

 「………後で大佐に言っておく…」

 

 確かにそれもそうなのだが…と正論なだけに返さずにそのまま受け入れる。

 話もそこそこにしてレーダーで敵の位置を確認しながら進もうとするも、各扉は電子ロックが掛かっていて通行する為に必要なカードを持っていない為に通れず、向かえた先にはホーリーが言っていたエレベーターの前しかなかった。

 

 「先に四階に向かっても?」

 「構わないが…何かあるのか?」

 「ちょっとね」

 

 なにやら思わせぶりな態度に首を傾げながらエレベーターに乗り込むと、バットは無線を繋いで短くなにかを伝えた。

 それを問うよりも先にエレベーターは四階に到着して、外に兵が居ないか確認して降りる。

 すぐ側には扉があったが電子ロック式で解除するカードを持ってない以上開けることは出来ない。

 さすがに爆弾で吹っ飛ばす訳にもいかないだろうからな。

 説明もないまま扉からは死角になる角で待機させられていると、電子ロックが開いて白衣を着た女性が現れた。

 医者か研究員かと少しだけ顔を覗かせていたスネークは銃に手を伸ばそうとするも、先にバットがゆるりと姿を晒して声を掛けた。

 

 「持ってきてくれました?」

 「えぇ、簡易医療セットでしょ。それにレーションもついでにね」

 「助かるよ。出来ればカードキーも…というのは欲張り過ぎか」

 「本当に欲張りね。私が持っているカードは渡せないけど、予備が二階で保管されているらしいから自分で探しなさい。それと博士は研究開発を行っている三階に居るってさ」

 「情報ありがと。例の件は任せてって伝えといて」

 「そっちは頼んだわよ」

 

 女性は様子を眺めていたスネークに軽く頭を下げて、再び電子ロックを解除して戻っていった。

 疑問を抱くスネークは医療キットの中身を確認するバットに問いかけた。

 

 「今のがお前が言った情報元か?」 

 「そうですね。ジェニファーって覚えてる?」

 「ジェニファー…………あぁ!?」

 

 思い出して驚きを隠せなかった。

 ジェニファーというのはアウターヘブンで協力してくれたレジスタンスの一人。

 捕虜になっていた訳ではなく、扉のロックや武器の在処を教えてくれたりしてくれた人物だ。

 アウターヘブンでは捕虜となっていた兄を助けるべく、メディカルスタッフとして潜入していて、今回もメディカルスタッフとしてザンジバーランドに入り込んでいるとの事。

 

 「レジスタンスが動いているのか?しかし何故…」

 「疑問は沸くだろうけど後にしよう。なんにしてもカードを手に入れないと」

 

 カードがあると言われた二階は元々の遮蔽物は少ないが、積み置かれた段ボールなどで潜む事は出来そうだ。

 しかし足元がエキスパンドメタルの為に歩けば音が鳴って気付かれる可能性が高い。

 ゆっくりと慎重に進みつつも最小限に済ませなければ。

 二手に別れてカードを探索して戻って来た二人は互いの戦利品を確認する。

 バットは拾った弾薬にレーションと左の小部屋は開かない(カード2)という情報。

 スネークは目的のカード1に双眼鏡、それと中身を出した積み置かれていたダンボール…。

 二つ持っているダンボールの一つを渡されて、なんとも言えない表情で突っ込むことなくバットは受け取る。

 

 三階は研究開発を行う部署でテーブルとパソコンが並んでいて、しゃがんでも下に潜っても敵の死角には入り易い。

 二階よりエレベーターを使って上がり、三階へと入った二人は早速入手したばかりのカード1を使って扉を開ける。

 室内には研究員の姿はなく警備の兵士のみ。

 人数はたったの一人…。

 小声で情報を聞き出す為にスネークが捕縛すると言い、バットは万が一に備えて銃を構えて待機。

 …がそれは杞憂で終わる。

 速攻で敵兵を組み伏せて隣の部屋を通れば博士が居るとの情報を吐かせる。

 思ったより順調に進めそうと思った矢先、その通路は毒ガスが満たしているとも…。

 

 「道理で素直に喋る筈だ。何処かにガスマスク転がってないかな」

 「そんな都合の良い………ことあったな。アウターヘブンでは…」

 

 確かにあったなぁなんて思い返してもガスマスクが手に入る訳ではない。

 様子見を兼ねてバットが息を止めて先行すると言い出し、とりあえず情報を聞き出した敵兵を縛って連絡を待つと、バットより博士発見の報と息を止めても問題なく行ける距離だと無線で伝えられた。

 息を止めて先の通路を進めば確かに我慢できる間に先の部屋に到着し、部屋の真ん中に博士らしい白衣の人物が立っている。

 

 「アレがマルコフ博士か。ところで何をしているバット?」

 「いや、既視感があったから一応調べてるんだけど…問題なさそうだな」

 

 床を念入りに調べているバットの言葉に、確かにアウターヘブンでもあったなと思い出す。

 博士かと思って近づいたら大きな落とし穴の罠が待ち構えていたんだった。

 今日はバットも居るからかよくアウターヘブンを思い出すな。

 

 「マルコフ博士だな。俺達は救出に…なんだ?」

 

 罠も無い事も判明した事で安心して近づき声を掛けると、博士はくつくつと笑い始めた。

 違和感を感じて距離を取りつつ銃を構える。

 振り返った博士はこちらを嘲笑っていた。

 

 「愚かな奴らだ。ここにマルコフ博士はいない!」

 

 マルコフ博士と思われた者は白衣と博士を模したマスクを脱ぎ捨てる。

 そこに居たのは全身をフレックス・アーマーで包み込んだ異様な者であった。

 

 「俺はブラック・カラー(ニンジャ)!NASAの極秘プロジェクト“対地球外環境特殊部隊”出身である!!」

 

 銃を手にしたブラック・カラーに対してスネークは即座に銃口を向けトリガーを引いた。

 ブラック・カラーの周囲には取り囲むようにコンテナが置かれて逃げ場はない。

 放たれた弾丸は避ける素振りも見せないブラック・カラーに向かって、通過(・・)して後ろのコンテナに直撃した。

 

 二人は驚愕した。

 ブラック・カラーは予備動作も無しに驚異的な身体能力でコンテナを飛び越え、スネークの銃弾を回避したのだ。

 さらに言えば通過したように見えたのはブラック・カラーの動きが早すぎて、目が追い付かず残像を見ていた為…。

 

 「ハイテク部隊と名高いFOXHOUND部隊とやらの実力―――見せて貰おうか!!」

 

 恐るべき身体能力を披露したブラック・カラー。

 スネークとバットは思わぬ強敵との遭遇に焦りつつ、何としても突破しようと銃を手にする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去からの来訪者

 ブラック・カラーの身体能力は並外れていた。

 残像を残して移動するなど人間業の範疇を超えている。

 スネークとバットも誰かから聞いても信じる事無く冗談の類で一蹴していただろう。

 しかしながら現在そんな敵と相対している事実を受け入れるしかない。

 

 「受け入れるっても速すぎだろう。全然当たらないんだけど…」

 「ぼやいている暇があったら手を動かせ!」

 

 何とか交戦しているのだが、状況は不利の一途を辿っている。

 相手が早すぎて弾が当たらず、撃てば撃つだけ弾の無駄。

 かといって接近戦に持ち込もうとも向こうにその気がないので即座に距離を取られてしまう。

 それよりなにより時間が経てば経つほど敵増援が駆け付ける可能性が高まって包囲殲滅されかねない。

 けれど状況打破すべく撃っても避けられては意味がない。

 

 「今更ですけど早撃ちが得意だったりは…」

 「ないな。あったらすでに披露しているさ。逆に聞き返すがお前さんは?」

 「…狙い撃ち(狙撃)は得意ですよ」

 

 打つ手なし。

 早撃ちと言えばと父親が脳裏に過ってバットはイラつくも、冷静に状況と相手の様子を窺っていた。

 

 一つ不思議に感じている事がある。

 あのブラック・カラーの驚異的身体能力は移動………それも回避やコンテナを跳び越えるにしか使われていない。

 距離を離すのではなく距離を詰めようと思えば反応出来ない速度で懐まで入り込まれるだろう。

 さらに付け加えればあれだけの移動が可能な脚で蹴られればひとたまりもない。

 なのに奴は接近戦を嫌っているように逃げ、攻撃はもっぱら銃によるものばかり。

 

 「もしかして…スネーク!」

 「なんだ!?」

 「近接戦に持ち込んで下さい!」

 「逃げられるぞ」

 「構いません!」

 

 バットの指示に従って突っ込むスネーク。

 無論それらがブラック・カラーの耳にも入っており、近づいた矢先に脚力を駆使して跳んで距離を取る。

 目が追い付けずに残った残像に拳を振るうスネークに銃口を向けるが、トリガーを引くより先に鈍痛が響く。

 痛みから視線をそちらに向けると頑丈なスーツ越しに銃弾を直撃しており、その先には銃口を向けたバットの姿が。

 

 「解るのか(・・・・)!?」

 「解ります(・・・・)!」

 「なら攻撃任せる!」

 

 ブラック・カラーの妙な行動から一つの仮説が生まれた。

 奴は驚異的な身体能力で圧倒している様で、それは諸刃の剣―――つまり奴自身扱いきれてないのではないかというもの。

 距離を詰めないのは勢いのままぶつかる可能性があるから。

 格闘戦で身体能力を活かさないのは下手に扱えないから。

 躱すべく距離をおく時に広い場所、または決まった位置へ跳ぶのは慣れていないのと狭い場所では壁に激突してしまうからではないかなどなど…。

 浮かび上がった仮説は広い空間に銃口を向けて待ち構えていたバットの銃弾が直撃した事で立証された。

 

 理屈は知らないが有効な手段があるのならと、スネークはバットに攻撃を任せて自身はブラック・カラーに襲い掛かる。

 解っていても動き辛いブラック・カラーは次々と被弾してしまう。

 ただの制服ではない為それなりに防御力はあるものの、さすがに何発も直撃を受けてしまえばダメージも蓄積していく。

 

 「クッ、分が悪いか―――ガッ!?」

 「動きが鈍くなった?」

 「畳み掛けるぞ!!」

 「おうさ!」

 

 蓄積したダメージもあってブラック・カラーの動きに陰りが伺え、バットとスネークはここぞとばかりに攻め始める。

 距離をとってもバットの予測を受け、下手に反撃を行うと数の利とスネークのCQCによって返り討ちに合い、戦況は一気に逆転された。

 さすがにここまでバレて、攻められては巻き返しは難しい。

 間もなくしてブラック・カラーは地面に伏す事になった。

 倒れ込んだブラック・カラーは苦しそうにしながらもスネークとバットへ顔を向ける。

 

 「さすがだなスネーク…バット…」

 「何故俺達の名を?」

 「…俺だ。シュナイダー…カイル・シュナイダー…」

 

 覆っていた仮面を脱ぎ捨てて素顔を露わにしたのは、アウターヘブンにて協力してくれたレジスタンスのリーダーであったカイル・シュナイダー本人であった。

 ただスネークは疑問を抱く。

 カイル・シュナイダーはアウターヘブンで別れた後に、アウターヘブンの連中によって殺されたと聞いている。

 

 「お前は確か奴らに殺された筈じゃあ…」

 「違うな。俺は……俺達は!お前達、いや、お前達の国に殺されたんだ!!」

 「どういう事だ?」

 「アウターヘブンには世界各国の戦争孤児や難民が集められていたんだ。その一人一人に当事国にとって公に出来ない事情というものが存在し、世間に触れられたくない各国は存在そのものを抹消したんだ」

 「そんな馬鹿な!?」

 「本当に馬鹿な話さ。お前たちがメタルギアを破壊した後にNATO軍は隠滅すべく空爆を行い、女子供関係なくレジスタンスだった俺達を見捨てやがった。多くの者が猛火によって焼かれ、野垂れ死んでいった…」

 

 あんまりな事実に驚愕を隠せない。

 否、驚くばかりが自分になにか出来たのではないかと責めるほどの後悔する。

 悔やむスネークに対しカイルは微笑ながら続ける。

 

 「あの方だけだった。逃げ惑う俺達を救うばかりか新しい土地や家族を与えて下さった人は…だから俺は…」

 「少し黙ってろ」

 

 話の途中―――それも“あの方”という気になる単語が出たのにも関わらず、バットはポーチよりナイフ取り出してカイルに近づいた。

 まさか息の根を止めるつもりかと慌てて止めようとするもバットにそんな気はさらさらなく、スーツを脱がすと腰辺りに走っていたコードを切断した。

 横から見守るだけとなったスネークは腰辺りに付けていた爆弾を外し、手当てをするバットをただただ見つめた。

 

 「恩義があるのは解るけどよ。それで仲間を蔑ろにするのは駄目だろ」

 「何を…言っている?」

 「俺は別口の依頼を受けてんの。助けてやって欲しいってよ」

 「バット。お前が言っていた目的ってのは…」

 「彼の救出ですよ。代わりに内部情報やるからって」

 「……そうか…あいつら…」

 「だから俺は聞いていた。どんな目に合ったのかを」

 

 バットが言っていた事はこの事だったのかと納得し、カイルは何処か悲しそうながらも嬉しそうに涙を流す。

 その間にも手当は行われていき、カイルは万全の状態とまではいかなくとも多少動ける程度にはなった。

 治療に関して良い腕をしていると思いながら見ていたスネークは、「キュアーの弱ってのはこんな感じなのか…」とぽつりと漏らした呟きに首を傾げる。

 

 「裏切れとか協力しろ!って言う気はないけど大事に思ってる仲間が居んだからせめて敵対せずジッとしといて貰えるか?さもないと動けぬように手足だけ折らなきゃいけなくなるし」

 「お前…案外容赦ないな」

 「大丈夫。優秀なメディカルスタッフ(ジェニファー)居ただろ」

 「それはそれで後からナニカされると思うが?」

 「……それは困る…」

 

 本気なのだろうけど冗談交じりの会話にカイルは吹き出し、三人ともくすくすと笑ってしまう。

 空気感自体が緩くなり、もはや戦う様な雰囲気は無くなっている。

 

 「俺はあの人を裏切れない。だが俺はお前達に借りはあっても憎いわけではない。博士の場所を教えてやろう」

 「博士の居場所を教えてくれるのは有難いが……良いのか?」

 「とは言っても何処にいるかは知らない。知っている者を教えるだけだ。良いか?一階にいる兵士の一人が知っている筈だ。特徴としては緑色の帽子(グリーンベレー)を被っている。グリーンベレーの兵士を尾行しろ」

 「恩に着る」

 「どのみち俺にはもう戦うだけの力もないからな…」

 「なら最期に役に立って貰おうか」

 

 不意に割り込んで来た声に三人とも顔を上げて周囲へ視線を向ける。

 すると閉じてあった扉が開いて兵士達が突入してきた。

 この一室には扉が二つあるも、そのどちらからも敵兵が侵入してきて逃げ場がない。

 しかも突入してきた兵士の中には見覚えのある者も居て、表情からして決して逃がしてくれるような感じはしない。

 

 「久しぶりだな。会いたかったぞ侵入者共」

 「俺は別に会いたくなかったがな」

 「右に同じく」

 「五月蠅い!お前らはそうでもこちらは会いたくて会いたくて仕方がなかったんだ!」

 

 そう叫ぶはアウターヘブンにてジェニファーの兄を人質にしていたカワード・ダック。

 隣にはマシンガン・キッドが居り、もう一方の扉の前にはショット・ガンナーにファイヤー・トルーパーが得物を手にまだかまだかと構えていた。

 アウターヘブンで一度倒した相手と言えども、狭い一室で数を揃えられたら非常に不味い。

 さらに付け加えると動いた場合、身動きの取れないカイルは蜂の巣にされるのは目に見えている。

 寧ろ外で待機していて会話の内容から動けないであろうとカワード・ダック辺りは踏んでいるだろう。

 

 「相変わらず下品な奴…」

 「どうとでも言うが良い。アウターヘブンでお前たちに負けて俺達は想い描いた未来に夢、それまで築いてきた信頼と実績に傷を付けられて全てを奪われたんだ!」

 

 怒りを言葉に乗せながら状況から成る優越感からカワードは嬉しそうに笑う。

 隙を見せるも他は警戒を一切解いていないので動くに動けない。

 何とか起死回生の手段がないかと二人共思考を巡らす。

 けれど恨み辛みを抱いている四人はそんな状況を与えはしない。

 

 「あぁ…この機会をどれだけ待った事か。すぐには殺さん。じっくりゆっくりと拷問に拷問を重ねてから――――あ?」

 

 悦を感じながら語るカワードであったが、突如背後の扉が開いたことで口を閉ざし振り返る。

 扉は開くもそこには誰も居ない。

 開けて隠れた様子は無く、勝手に開いた…または見えない誰か(・・・・・・)が開けたような…。

 

 「早く閉めろ」

 「ハッ!――――カハッ!?」

 

 指示された兵士が扉を閉めようとするとゆっくりと浮いた(・・・)

 首辺りに手を当てて藻掻き、苦しそうで表情が歪む。

 目の前で何が起きているのか解らず、他の兵士が近づこうとするもそちらも同様に浮いて苦しそうにする。

 あまりに非常識な事態に困惑しながらカワードを始めとした敵兵が注視する最中、誰も居ない空間にポツリと点(・)が現れる。

 その一点を中心に血管や血肉を周囲に浮かび上がらせ、最終的には肌で覆われ一人の女性を幻出し、誰もがその光景と人物に対して息を呑んだ。

 

 静かな狙撃手―――クワイエット…。

 

 彼女の出現に驚くスネークとバット。

 それ以上にカワードは驚きを隠せない。

 

 「きさッ…貴様が何故!?―――ッ!!」

 

 問いかけの答えは蹴りだった。

 腹を思いっきり蹴られて吹っ飛ばされたカワード・ダックは、一撃で意識が飛んだ状態でカイルの上に転がった。

 身動きの取れなかったカイルに覆いかぶさった盾(カワード・ダック)が出来、突然の出来事で大きな隙に付け入ろうとバットとスネークは動き出す。

 バットはファイヤー・トルーパーへ銃口を向け、アウターヘブン同様に火炎放射に燃料を送るホースを撃ち抜く。

 プシューと噴き出した燃料は周囲の兵士とショット・ガンナーを濡らし、彼らの銃の使用は自身を燃やす事から武器が一瞬で使えなくなった。

 そこへスネークが駆け出してCQCにて次々と投げ飛ばし、殴っては意識を刈り取って行く。

 もう一方は首を掴んで持ち上げていた兵士二人を投げ飛ばしたクワイエットが、恐るべき身体能力を披露して無双する。

 咄嗟に離れる事が出来たマシンガン・キッドは銃口を向けるもファイヤー・トルーパーから狙いを移したバットに足を撃たれて転倒。

 そこにクワイエットによる蹴りで壁まで飛ばされて気を失い、突入してきた敵兵は全員が戦闘不能に陥った。

 

 危機は脱した。

 だが目の前には囲っていた者以上に厄介な相手がいる。

 両手話で喜べる状況ではない。

 警戒しつつもどちらも仕掛ける様子がなく、沈黙だけがその場を支配する。

 

 「――――敵ではない」

 「――ッ!?……喋れたのか」

 「驚くとこそこですか!?」

 

 ようやく喋ったクワイエットの一言に驚くスネークに突っ込みを入れるバット。

 そこからクワイエットがぽつりぽつりと語り出した。

 

 彼女はここには報復に来たという。

 以前命を狙って襲い、逆に全身及び内部器官にまで重度の火傷を負わされた…。

 それにより意図せぬ施術(・・)を施される羽目となり、当時に比べて時が過ぎて薄れ始めていたが、今回の件を聞いて動いたというのだ。

 

 「命を狙っておいて返り討ちにされたから復讐とはな…」

 「道理関係なくやったらやり返すのは基本では?」

 「お前ン家の常識は非常識だろうからすべてに当てはめようとするな」

 「酷くない?…まぁ、なんにしても良いじゃないですか。クワイエットさんは頼りになりますよ」

 「いきなり信頼出来るか?………あぁ、お前は信頼出来るわな」

 「どういう意味です?」

 「初恋相手だったな確か」

 「ブッ!?なななななな、何言ってんですか!?」

 「……ここ敵地」

 

 あまりに騒ぐことからクワイエットより注意を受けてしまう。

 なんにせよバットの要望もあってクワイエットも共に行くことに。

 少し気掛かりなスネークは指示を乞うべく無線機を繋ぐ。

 

 「――大佐」

 『話は聞いた。確かに味方なら頼もしい限りだが、彼女が語った事が本当なのかどうかも解らん。決して気を抜くな』

 「了解した。だが、バットがクワイエットよりだからな。何かあった場合の対処は難しいかも知れない」

 『それは確かに。こちらでも彼女の素性を洗っては見るが…』

 『キャンベル。それにスネーク。聞こえるか?』

 「マスター!」

 

 突然割り込んで来たのはマスター・ミラーだった。

 事前にマスターからの協力を大佐より聞いていたとは言え、実際に彼の声を聞いて心強く感じる。

 マスターに鍛えられた日々を薄っすらと思い出す。

 

 『こちらも聞かせて貰ったが、彼女の事は信用して貰って大丈夫だ。私が保証しよう』

 「もしかしてマスターの知り合いか?」

 『知り合い…一応戦友という事になるのか?―――フッ、俺がアイツ(クワイエット)を擁護する事になるとはな…』

 

 多少疑問形な回答や感慨深そうに呟いた独り言にもスネークとキャンベルは眉を潜める。

 

 『詳細は伏せるが彼女の言っている事は事実だ。それと同時に俺達の敵の正体がハッキリした』

 『それはどういう事なんだ?』

 『クワイエットが殺し損ね且つ報復対象である人物は一人しかいない―――だが、その人物は四年前に君らが殺した筈だ』

 「俺達が殺した?それも四年前―――ッ!?まさか!!クワイエット!その報復対象というのは!!」

 

 四年前。

 それもバットと共になるとアウターヘブンであるのは明白。

 同時にクワイエットほどの強者を返り討ちに出来るような兵士と言えば一人しか思いつかない。

 けれどそれはあり得ない。

 彼は俺達の手で倒したのだから…。

 信じきれなかったスネークはクワイエットへと振り向き口を問う。

 

 「……ネイキッド・スネーク(・・・・・・・・・・)…世で言うビッグボス(・・・・・)

 

 静かに告げられた名にスネークは驚愕するも、ザンジバーランドの実状を鑑みると納得してしまう。

 確認にカイルへと視線を向けると彼はゆっくりと頷いて肯定した。

 予想だにしてなかった人物に対してスネークは驚きつつ、気絶したカワード達を縛って部屋の隅で放置し、カイルをジェニファーに預けようと向かいながら彼とまた(・・)戦う覚悟をするのであった…。




 クワイエット、参戦!
 アウターヘブンの敵キャラ参戦(退場)…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉄の歯車の影に色々と突っ走る男…

 “対地球外環境特殊部隊”…。

 大国同士で激化すると予測される制宙権の争奪戦を前提に作られた特殊部隊。

 出来て浅い部隊ゆえに正式なものではなく試験的な意味合いが強い。

 活動内容は強化型の宇宙服や宇宙での戦闘を想定した兵器などの研究開発を行っていた。

 その中には薬物に寄る人体強化実験も存在し、想定以上を結果を叩き出してしまったがゆえに解散に追い込まれることになる。

 強化された者達を部隊内では“ブラック・ニンジャ(カラー)”と呼称…。

 つまりカイル・シュナイダーの驚異的な身体能力は薬物に寄る人体強化の産物…。

 

 「そりゃあ身体には良くないわな」

 「他人事ね。貴方の隣にいる人も同種(・・)かと思ったけど?」

 「―――私は別口…」

 「だとさ。どれだけ人間離れさせる研究をしているのやら」

 

 特殊なスーツ(フレックスアーマー)を脱がせ、捕縛した兵士から拝借した制服を着させたカイル・シュナイダーをジェニファーに引き渡した一行は、そのまま診断して得た情報に目を通しため息をつく。

 身体機能を無理やりに上昇…それも異常な程となると身体に掛かる負荷、または薬物の副作用は相当なものだ。

 詳しい検査はまだだが簡単なものでもかなりのダメージを負っているのは確かなのだとか。

 同じく捕虜から制服を失敬したスネークとバット、それに診察したジェニファーの視線は自ずとクワイエットに向けられるが、クワイエット自身は一言だけ答えるとまったく気にしている様子は無く、医務室に堂々と入る為に変装(敵兵より制服を拝借)したので寧ろいつもの露出の多い服装でない事が窮屈で仕方がないらしく、そちらばかりに気がいってしまっている。

 

 「こちらで多少は治療はしてみるけど駄目ね。機材も薬品も揃っているけど大々的に私達がカイルに治療するのは危険過ぎる」

 「一般兵ではなく普通に負傷した事にして…」

 「怪我の治療をする訳じゃないのよ。寧ろ戦闘能力で言うと弱体化させるのだから、ザンジバーランドの指揮官が良しとするかしら?それに時間も無いのよ私達」

 「時間がない?何か動きがあったのか?」

 「あら?貴方達が来たじゃない。期待し過ぎかも知れないけど私達はそう長く持たないと踏んでいるわ」

 「期待が重圧のように感じるんだけど…」

 「だったら気張りなさい。兎に角こっちは私達で何とかする。丁度良い囮も居る訳だし」

 「俺達の事かそれ?」

 

 クスリと微笑むジェニファーにスネークは苦笑いを返す。

 なんにせよシュナイダーを任せれたのなら任務に戻らねばなるまい。

 バットもジェニファーを始めとしたレジスタンスより頼まれただけで、主任務は博士の救出なので変わらず協力するとの事。

 不安なのはクワイエットの存在だがバットにマスターが保証するというのなら信じるほかあるまい。

 去り際に疲弊しているシュナイダーから「使う事は無いだろうから」と所持していたカード2を受け取る。

 

 カードキーで扉を開けて貰ってエレベーター前に戻った三名は、博士の独房の監視を務めているというグリーンベレーの兵士を探すべく一階へ向かう。

 敵基地内部で捜索活動の為、服装はそのままの方が都合が良いと脱がなかったのだが、やはりクワイエットはその場で脱ぎ捨てて、いつもの格好へと戻る。

 一階格納庫では多くの兵士があちこち動き回っている。

 侵入者が居る事で強化された警備・巡回する兵士達に、格納されている兵器群のメンテナンスを行う整備兵などなど、人の動きが多いのでこちらとしては動き易くて助かる。

 透明化したクワイエットは別としてだが…。

 

 戦場に置いて驚異的な能力だなと改めて実感しつつ、クワイエットの事を考える度にビッグボスの事が頭に過る。

 生きている筈がない。

 あの出血量に大怪我しておいてあの爆発で助かる筈がないのだ。

 爆発から逃れたとしても周囲をジャングルに囲まれた地で、あの状態に必要な手当てが出来たとは思えない。

 共に戦ったバットも同様の意見だった。 

 

 ゆえに俺はアウターヘブンで彼は(・・)死んだと判断している。

 だがビッグボスは生きている(・・・・・・・・・・・)

 そう言う事なのだろう…。

 

 この考えに至ったのはクワイエットとマスター・ミラーの発言が大きい。

 クワイエットはビッグボスに報復する理由があると告げた。

 だったら何故アウターヘブンで報復しなかったのか?

 簡単だ。

 アウターヘブンに居たビッグボスが偽物…または影武者だったからだろう。

 キャンベル大佐は随分昔にビッグボスと共に戦った経験があり、彼のコードネームは“ネイキッド”・スネークで、バットが呼ぶ“ヴェノム”・スネークではない。

 コードネームを変えた可能性もあるけど、マスターがクワイエットの事情と照らし合わせて敵を示した事から、二人がアウターヘブンのビッグボスとザンジバーランドのビッグボスが別の人物と知っているようだったし…。

 

 考えながら一階にて何食わぬ顔で捜索を続け、カード2を使って奥も調べていく。

 多くの兵士行きかう中での捜索は難しくも思えたが、レッドベレー(赤帽子)の中にグリーンベレー(緑帽子)とは異様に目立ち、予想以上に早く見つける事が出来た。

 しかも都合よくグリーンベレーの兵士は丁度外へと出るところだった。

 このまま博士の場所まで案内して貰えれば幸いというものだ。

 

 断崖絶壁だった侵入経路とは異なり、出た先は木々が生い茂る密林地帯。

 道もあるにはあるが狭く細い。

 人一人が通れるほどの道幅しかなく、見つからないようにかなり距離を開けて尾行を開始する。

 

 ザンジバーランドの兵士…。

 それも最重要である博士の警備を担当するだけあってかなり屈強そうな戦士。

 目付きは鋭く、肉体は制服越しでも鍛え抜かれている事が容易に伺える。

 

 …それが曲がり角に到達する度にクルリと振り返る。

 侵入者が居る中で博士の居場所を知られる訳にはいかず、警戒心を高めている事は当然の事。

 だけど容姿と行動が相まって可笑しくも見えてしまう。

 

 「変な事言っても良いか?」

 「…一応聞いてやる。なんだ?」

 「なんていうかあのグリーンベレー………可笑しくもあるんだけどなんか可愛く見えてきた」

 

 言っている意味は理解したが同意はしたくない。

 結果、透明化を解除したクワイエットが額に手を当てて熱でもあるのかと心配そうに見つめた…。

 そんな出来事もありながら尾行を続け、目的地であろう古びた倉庫のような建物に到着した。

 警備に付こうとしたグリーンベレーを背後より気絶させ、一同は警戒しつつ倉庫内へ。

 古びた建物の割には厳重そうな扉は近づくだけで自動的に開き、人どころか荷物の一つも置かれていないがらんとした内部に首を傾げる。

 

 「罠?」

 「いや、それにしては妙過ぎる。敵が出て来る様子もない。そっちがどうだ?」

 

 内部に入るも扉も無い。

 一人中に入らずに外で狙撃銃を構えて警戒を務めたクワイエットに問うも首を振って否定。

 ならこれはどういうことなのかと疑問を抱いていると、タンタンと何処からか音が耳に届いて来た。

 

 「なんの音だ?モールス?」

 「違うな。大佐!」

 『音は拾っている。それはタップ・コードだ。北ベトナムの収容所でよく使われていた通信法だ』

 『元々は朝鮮戦争中に使われていた奴だな。ちょっと待ってろ―――――これは数字…いや、無線の周波数か!今から教える』

 

 大佐に続いてマスターも無線で応え、暫し音を聞いたマスターが解読して伝えられた周波数に合わせると繋がり、考えられる可能性からマルフ博士かと断定して声を掛けた。

 

 「マルフ博士か?」

 『久しぶりだなソリッド・スネーク!』

 「まさか…マッドナー博士!?どうしてここに?」

 

 博士は博士だがまさかのマッドナー博士に驚きを隠せない。

 それはバットもクワイエットも同様であった。

 同時に二人(狙撃組)は嫌な予感から眉を潜める。

 

 『マルフの奴とは言葉こそ通じなかったが学者仲間でな、儂も一緒にアメリカ訪問していたのじゃ』

 「そんな情報聞いて無いぞ。スネークは?」

 「俺の方もマルフ博士しか……マルフ博士の居場所を知らないか?」

 『彼なら数日前にタワービルに移されたよ。ここからじゃと北に数キロと言ったところ高いビルじゃ』

 「遅かったか。それでアンタは今どこに?」

 『壁を隔てた先に居るがこの壁はチョパムプレート。爆破は不可能じゃ。儂は良いからマルフを助けてやってくれ。彼は意思は強いが心臓が弱いんじゃ!』

 「解った。必ず迎えに来る」

 『それと察しておると思うが儂は捕まってからメタルギアの研究をさせられた―――儂はここで改良型、さらには量産化の手伝いをさせられたのじゃ!」

 

 メタルギア。

 核搭載二足歩行戦車。

 アウターヘブンで開発された新兵器で、開発者はマッドナー博士本人。

 それでザンジバーランドが核廃棄所を襲った件は、大量に生産したメタルギアに装備させる為。

 移動する核発射可能な兵器など戦場ではなく国家の脅威だ。

先制して潰す事も出来ないし、簡単に移動できることからステルス性も高い。

 これは非常に厄介だ。

 しかも兵器としても優秀過ぎる為に一機なら兎も角、数で攻められたら現在の戦線すら崩壊しかねない。

 

 「まぁ、博士の名が出た事から予想できたけど量産型か」

 「そっちも何とかしよう」

 『それとこれは別件なのじゃが……娘のエレンが君のファンになってな。中々結婚せんで困っとる。そちらも何とかして貰えると嬉しいのじゃが…』

 「………それは何とも言えないな。兎も角娘の結婚式には間に合うように迎えに来る。それまで暫く待っていてくれ」

 『すまんなスネーク』

 

 そう言って無線を終え、マルフ博士が移されたというタワービルへと急ぐ。

 来た道を途中まで戻って北へと向かう道をひたすらに進む。

 先と違って尾行していた訳でもないのでそう時間も掛からず開けた場所に出る。

 すると突如無線が音を発する。

 大佐かマスターかと無戦に出る。

 

 『その先は地雷原だ。気を付けろスネーク』

 「アンタは誰だ?」

 『ファンの一人さ………上手くやれよ』

 

 誰なのかもわからず無線は切られ、バットが言った周波数帯がガバガバなのではと本格的に心配も過る。

 …そんな考えも大佐より『地雷なら匍匐前進すれば回収出来る』との発言でどうでもよくなってしまうが…。

 普通に考えれば意味不明な発言にバットは即座に順応して拾い集めるし、半分ほど無心で同じように回収しているとクワイエットが突如踵を返し始める。

 

 「クワイエットさん?」

 「おい、どうした?」

 「―――――誰か…」

 

 首を傾げながら戻る様子に疑問を抱きながら後を追う。

 密林に再び入っていったクワイエットに続くとその先には沼地が広がっていた。

 そして何故か沼の前に立つ子供が一人…。

 

 「何をしているんだ?」

 「ここは底なし沼だから近づくと危ないって言われたんだけど僕見たんだ。大きなトラックが沼を走って行ったのを」

 「にわかには信じられないな」

 「そうでもなさそうですよ」

 

 どうも現地の子供らしく、目撃した底なし沼をトラックが通り過ぎたという事を再び目撃しようと訪れているのだろう。

 だが浅くも見えない沼を大型トラックが通っていったなど信じられる筈も無い。

 そう思っていると屈んだバットが否定し、トラックが通っていった痕跡を見つけたようだ。

 躊躇せずに沼に足を踏み出したバットは沈むことなく沼の上に立っていた。

 見辛いが通れる道があるらしい。

 その光景に子供は夢じゃなかったと喜び、これは何かあるとスネークに今度はクワイエットが後を追う。

 バットを信じて進んだ先には同じような古びた建物が見え、レッドベレーの兵士が警備しているようだった。

 

 「確かめますか?」

 「勿論だ」

 

 何の建物か解らないが調べない訳にはいかない。

 三人揃って警備を倒して建物に近づき、扉を開けて中を確認すると通路の先に扉が見えた。

 カメラや仕掛けが無いかと警戒しながら次の扉を開ける。

 外見に見合わず広い内装になっていたようで、右側と正面に続く長い通路に驚いていると、奥より一人の兵士が走って来た。

 銃を構えるも相手は戦う素振りさえ見せずに口を開く。

 

 「久しぶりの客人か?なんにせよ良い所に来たぜ!これからひとっ走りしようと思っていたところだ!俺はランニング・マン!世界一俊足な傭兵だ!俺の脚に付いて来れるかな?」

 

 突然現れたと思えばこちらなど気にせず喋り、ランニング・マンなる者は右の通路へと入って行って曲がり角へと消えて行った。

 あまりに意味が解らず三名は呆然としていると、一周してきたのかランニング・マンは正面より現れた。

 走って疲れたのか肩を大きく揺らしながら…。

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…どうだ。早いだろ?そろそろ本番と行こう!この音聴こえるか?この音は神経ガスを流している音だ。ガスに身体を侵される前に俺を倒せばお前は助かる―――さぁ、勝負だ!」

 

 またもや喋るだけ喋って走っていったランニング・マンを見送った。

 実際足は速くてスネークでは追い付けない。

 それはバットも同じ。

 そこでこの中で最も身体能力の高いクワイエットに視線を向ける。

 

 「お前ならやれるか?」

 「スネーク!?神経ガスの中でクワイエットさんに追えって言うんですか!!」

 「しかしこいつでないと追えやしな―――どうした?」

 

 スネークの案に反感を示したバットと言い争いに発展するかと思いきや、入って来た扉を示したクワイエット。

 疑問符を浮かべるもすぐに意図を察して三人揃って外へと出る。

 奴はガスマスクをしていなかった。

 その中で全力疾走する…。

 

 「馬鹿だな」

 「馬鹿ですね…というかクワイエットさんはよく気付きましたね」

 「―――――私の恩人(・・・・)こういう手(捻くれた)を使っていたから」

 「むぅ…」

 

 私の恩人という単語に不満を見せるバット。

 自分に対するのとは違って、子供らしい様子にクスリを笑う。

 そうしていると扉が開いて肩で息を切らしたランニング・マンが現れ、疲弊しきったのかそのまま倒れ込んだ。

 

 「チーターが蛇に負けた…何故だ?」

 「死に急いだからだろ」

 「というか勝負に持ち込むなら扉閉めないと」

 

 倒れ込んだランニング・マンを縛り上げると同時に、シュナイダーも装備していた自爆用の爆弾を解除し、身体を検めてカード3を入手するのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

静かな狙撃手と小さな蝙蝠

 マスター・ミラーことカズヒラ・ミラーはソリッド・スネークを始めとした兵士達の育成に携わった鬼教官。

 ただ机上から眺めては気分で威張り散らすだけの上官ではなく、現場で活躍した経験もあってか兵士よりの人物であり、厳しく優秀な教官ながらも多少なりとも融通の利く人であった。

 ゆえに世話になった兵士達からの信望も厚く、尊敬もあって“マスター”・ミラーと呼ばれているのだ。

 

 「多くの兵士を教育していたとは言え、お前さんもそうだったとは思わなかったぞ」

 「まぁ、兵士の教育としては偏っていたように思えるけど…。一応色々教わりましたよ」

 『都合の良い……コホン、中々教え甲斐のある生徒だったな』

 

 突如として現れて自爆同然に敗北したランニング・マンを拘束して放置した後、クワイエットの能力をもってして周囲に敵兵は見えないし、気配も感じないと言う事で警戒しながらも多少会話を混ぜつつ来た道を戻っていた。

 あまり深く突っ込んだ質問は自然と避けていたのだが、マスター・ミラーが無線でバットに『久しいな』と懐かしむ様子から話が進んだのだ。

 しかも時期的に言えば“先輩(兄弟子)”だと言うから驚きだ。

 

 『世間も狭いものだな。まさかマスターの生徒だったとは』

 『正確には教官の一人だな。俺…もとい私以外にも鍛えていたからな。そこのクワイエットも含めて』

 「こういうのを英才教育って言うのか?」

 『普通は習う事は無いだろうけどな…それは』

 『間違いではないがな。狙撃に銃の扱い方も教えて貰っていたものな』

 

 会話を聞いていて疑問が過った。

 今でようやく青年に掛かった程度でアウターヘブン時はより幼く、それ以前となると十代前後になるだろう。

 クワイエットが狙撃云々を教えたとしてもマスターは何を教えたというのだ?

 身体を鍛えるにしては幼過ぎて負荷や影響を考慮しないと成長や身体に影響が出てしまうだろう。

 ならば銃の扱いなどではとも思ったが、先程マスターは教えて貰っていたものな(・・・・・・・・・・・)と言った事から他の誰かが教示したのだろう。

 となれば実際の経験を語ったぐらい…か?

 

 「ところでマスターから何を習ったんだ?」

 『え!?いやぁ…それは…そのぉ……』

 

 つい口にした疑問にマスターの歯切れの悪さが目立つ。

 本当に何を教えたんだと眉を潜め、大佐も不振がっているとバットが微笑みながら口を開いた。

 

 「本当に色々ですよ。ポーカーやブラックジャックでミラーさんが勝つように小手先の技術を叩き込まれ、女性に取り入る(口説く)為の口実にされながら間近でその手際の良さを見学させて貰い、変装技術の向上の為と色々女性物の服を着せられ写真を撮られたっけなぁ」

 

 過る沈黙。

 本人は単に懐かしんでいる様子であるが、周囲は非常に冷めた瞳で無線ゆえに見えないミラーへ向ける。

 ミラー自身も気まずいのかそれとも弁明を考えているのか言葉を発せずにいる。

 戦場だからなどは関係なく、なんとも微妙な空気が漂い続ける。

 

 「いやぁ、楽しかったなあの頃は…」

 「お前の年齢でしみじみと過去を振り返るな。そういうのはもっと歳食ってからするもんだ。なぁ、大佐?」

 『あぁ、そうだな。私ぐらいの年齢になるとよく過去を振り返るようにもなる。良い事も悪い事も……な…』

 

 微塵も感じていないバットはぽつりぽつりと漏らすが若者らしくなくも思う。

 それを指摘すると同時に皮肉を含ませてマスターにも向ける。

 余計に口を開き辛くなるマスター…。

 それにしてもバットも若いながら相当な苦労をしているらしい。

  

 「お前は両親もだが色々と大変だったな」

 「いえ、親父に対する周囲の評判で苦労こそしたけど、出会いは良いものばっかりだったよ。勿論ミラーさんともクワイエットさんとも」

 『………バットぉ』

 「あの鬼教官が涙声で…」

 「最もミラーさんの節操の無さはどうかと思いましたけど」

 『上げてから落とすな!?余計に傷つくだろうが!―――そんな目で見るなぁああ!!』

 『見えてはいないんだがな』

 「居たら冷やかな視線は向けていたな」

 

 呆れながら会話を続けていたが、底なし沼を抜けた所で無線が入って一旦中断する。

 無線相手はジェニファーでシュナイダーを連れて脱出する準備が整ったというのと、リモコンミサイルの在処が解ったとの事。

 相変わらず情報を知るすべが高い。

 先へ進む為に寄り道をせねばならなくなった。

 それもメタルギアを相手すると言うのであれば必要な武器である。

 

 「戻るしかないですね」

 「だな。メタルギア戦を想定したら必要になるからな」

 

 あの地雷原で守られた先が非常に怪しいが、こればかりは致し方ない。

 さすがに拳銃や短機関銃でやり合うのは御免被りたいのは誰も同じであろうから。

 底なし沼から木々が生い茂る森を抜け、ビルへと戻って来た一行はジェニファーの情報を信じてリモコンミサイルがあろう場所へと進む…否、進みたかったのだがそう易々とはいく筈もない。

 リモコンミサイルを――という訳ではないのだろうけど、施設内の警備がまた上がっているのか兵士の数が増えている。

 楽には突破させてくれないらしい。

 

 「さて、どう突破しようものか……あ?」

 「―――ん?」

 

 これは一応(・・)潜入工作である。

 必要な時は戦うべきであるも、戦闘自体は必要最低限で出来れば避けるべき。

 だからこそスネークはどうやってこの場を切り抜けるかと考え込む。

 なのにバットとクワイエットは無言で狙撃銃を手にしてヤる気(・・・)満々であった。

 

 「お前潜入工作の意味解ってるのか?」

 「タイムアタック狙った時ってたまに強行突破した方が早い時ってありません?」

 「……まぁ、ジェニファー達に対して陽動にもなるか…好きにしろ」

 「順応早いですね」

 「―――違う、これは諦め」

 

 クワイエットの言うように半ば諦めも混ざっている。

 もう半分はクワイエットとバットの能力を確かめる目的もある。

 クワイエットとは高い身体能力と狙撃技術を味わったが、体験するのと第三者として見るのでは情報の捉え方が異なる。

 体感では凄く感じてもデータや離れてみるとそうでも無かったりするなど日常でもある事だろう。

 バットは共に戦った事で間近で見る事が出来たけど、どれも遭遇戦や乱戦などで狙撃(・・)を見たとは言えない。

 解らないで済まして先延ばしにするより、ここでハッキリさせておいた方が良いだろうとの判断からスネークは観察する。

 バットとクワイエットは目線と指で指し示すばかりで、会話もなく静かに打ち合わせを済ませて狙いを定める。

 

 スー…と空気を吸い込む呼吸音が聞こえ、それが止むと同時に二つの銃声が一つとなって響いた(・・・)

 室内に広がる銃声に反応する兵士達の中で、二人の兵士がぼとりと倒れ込む。

 音と倒れた仲間に反応を示すも次の瞬間にはまた二人、また二人と銃声と共に崩れ落ちる。

 恐ろしく早く正確な狙撃…。

 しかし実力は銃声が響く度に差となって見えてきた。

 最初こそ一発に聞こえる程揃っていた銃声がズレてきている。

 一発撃つごとにボルトアクションに寄る排莢、次の目標への狙いを定め、トリガーを引くなどなどの動作のどれをとってもバットが劣っており、クワイエットの技術の差から徐々にだが置き去りにされている。

 だけどそれでも早く正確な狙撃で、敵兵士が対応すべく動く前にかなりの数を減らしてしまっている。

 中にはギリギリ壁に隠れようとしていた者も居たが、隠れ切っていなかった腰を撃たれ、衝撃と痛みで身体を捻るように動かされ(・・・・)、そこにもう一人がヘッドショットを決めると言う連携技を見せた。

 

 何人かは壁や障害物を盾にして反撃に出始めたが、銃口をこちらに向けた際には顔を僅かでも出る訳で、そこを二人は淡々と狙撃して行く。

 五分と経たぬ間に室内の敵兵は掃討された。

 

 「お前たちが敵でない事を喜ぶよ」

 「突然なんです?」

 「化け物染みてるって話だ」

 「失礼な。クソ親父みたいに人間辞めてないですよ俺」

 「そうか。お前の親父さんは人外なんだな…」

 

 否定された事もそうだが、否定された理由に反笑いを浮かべてスネークは急ぎリモコンミサイルを回収に急ぐ。

 室内は片付けたがあれだけ派手に動いたのだから敵兵もこちらに集まって来るだろう。

 ………二人が待機している出入り口の方向から手榴弾らしき爆発音や銃声が聞こえるが気のせいだろう。

 気のせいという事に出来ないだろうか…。

 

 『スネーク…潜入工作の意味を――』

 「俺でなくアイツらに言ってくれ」

 

 大佐から呆れ交じりの講義を受けるもこちらは被害者なんだ。

 出来るならアイツらに直接言って貰いたいものだ。

 そう思いつつもリモコンミサイルを回収し、合流したバットとクワイエットと共に少しずつだが集まってきている敵中を突破し、木々が生い茂る森へと駆けこむ。

 視界が悪い森の中では罠や伏兵を警戒して追撃の速度は落ちるだろうし、この先には地雷原もあるので余計に。

 

 「で、俺は探知犬か何かですか?」

 「得意だろそういうの」

 

 処理とかではなく罠などへの探知能力の高いバットに先頭を歩かせ、速やかに地雷原を突破した事で追手との距離はさらに開けただろう。

 地雷原の先はトラックの停留所となっているのか何台も停まり、こちらの動きもあってか警備の兵士が多い。

 さすがに遮蔽物(トラック)の多い場所なので無理に戦わず、周囲の様子を窺いながら車両の下を通って先へ急ぐ。

 トラック群と警備の兵士達を抜けた先は開けた場所となっていて、整備されたヘリポートが設けられていた。

 勿論戦闘ヘリが待機した状態で…。

 

 「遮蔽物も無しか!?」

 「リモコンミサイル使いたくないですけどグレラン(グレネードランチャー)持ってないんだよなぁ」

 

 無人ならまだしも搭乗者が見えた事で通り過ぎる事も戦闘を避ける事も出来ないらしい。

 アウターヘブンでの戦いを思い返していた最中、ヘリコプターはプロペラを回してゆっくりと浮上し始める。

 

 「あー…今度のヘリは飛ぶんだ」

 「普通はそうだからな―――って呆けている場合か!?」

 

 浮上し始めたヘリを前に呑気な感想を口にするバットに怒鳴り、慌ててその場を離れようと走り出す。

 ヘリの正面に立っていれば下部に装着された機銃で蜂の巣にされる。

 バットも駆け出すも二発の銃声でその考えは掻き消えた。

 

 「「―――はい?」」

 

 振り返ったスネークとバットは呆けた声を漏らした。

 それもその筈。

 飛翔していたヘリが銃声が鳴り響いてすぐに傾き、地面へ向けて突っ込んでプロペラをへし折り、そのまま動かなくなってしまったのだ。

 よく見てみれば射撃手と操縦手がぐったりとした様子で倒れ込み、フロントガラスには二つの小さな穴が…。

 

 「…操縦手を狙撃したのか?」

 

 考えてみればただ単に上昇中のヘリだっただけに、動きの予想は尽くし狙い易かったのかも知れない。

 けどプロペラに寄る風圧に振動で揺れる目標の一点を狙うと言うのも難しいものだろう。

 それを難なく熟して問いかけに首を傾げて不思議そうな様子のクワイエット。

 非常識の塊かこいつは…。

 

 『驚いているところ悪いがそいつは猛スピードで迫る戦闘機の操縦者を一発で撃ち抜いた事もある。その程度で驚いていたらこの先持たんぞ』

 「戦闘機を!?さすがクワイエットさん!!」

 

 こういう時だけ子供のような反応を示すバットの首根っこを掴んでさっさと先へと進む。

 ヘリポートの先はタワービルへ続いていたのだけど、さすがに厳重な警備と強固で閉じた出入り口を突破するのは難しそうだ。

 ただ物資搬入口の警備は然程高くはないのでそこから侵入するのが良いだろう。

 早速と言わんばかりに拾っておいたダンボールに入り込むスネーク。

 若干躊躇いを見せながら入るバット…。

 

 搬入口で待機していると敵兵が荷物と思い込んでベルトコンベアで内部へ。

 そのまま資材置き場まで運ばれて、運んだ兵士の気配がなくなってから外に出る。

 

 「さて、内部に侵入できた訳だが―――そう言えばクワイエットは何処だ?」

 

 出て早々に動こうとするもクワイエットの姿が見えない。

 思い返せばダンボールに入る辺りから居なかったような…なんて思っていると透明化していたクワイエットが現れる。

 そういえばそういう能力を持っていたなと納得していると無線が届く。

 

 「この周波数…ホーリーか?」

 『スネーク!助けて!?』

 「どうした?何があったんだ?」

 『紛れて探っていたのだけど正体がバレて捕まっちゃったの…。マルフ博士と接触がとれたって言うのに』

 「博士の居場所が!?」

 『残念だけど目隠しされていたから…』

 

 見ていないし場所も解らない…。

 だけど接触したからこそ分かる情報もあるだろう。

 情報が何もない状態であるから少しでも得れるものがあるなら縋るべきか。

 

 「場所は解るか?」

 『だから目隠ししていて…』

 「違う。お前が今居る場所だ」

 『解らない…けど音がするの?』

 「音?何の音だ?」

 『左からエレベーターの音がするわ。右からはポンプらしい音。前と後ろからは水の流れる音が』

 「ポンプに水音、それにエレベーター…分かった。なるべく早く助けに行く」

 『待ってるわ』

 

 無線を終えると二人に視線を向けると何も言わず、地下へ(・・・)向かう気満々だったようだ。

 ポンプ音に流れて水音が聞こえるというのなら一番に疑うのは下水施設。

 大概そう言った区画は地下と決まっている。

 警備の眼を掻い潜ってエレベーターの乗って地下へと向かえば、そこは思っていた通りの下水施設。

 ただ想定外だったのは子供が居て、散歩したり遊んでいたりする事だろうか。

 

 「戦争孤児ってところでしょうかね」

 「だろうな。あまり深く考えるな(・・・・・・)。ビッグボスと戦う時に戦えなくなるぞ」

 「解ってますけど前回の件があるから少し考えさせられますね」

 

 それに対しては答えない。

 否、答えられない。

 暫しの沈黙が流れた後に、この下水施設にいるであろうホーリーの捜索に入る。

 軽く見たが警備兵が居ない事から、捜索の時間短縮する為に別れて探す。

 道中の子供達に話しかけながら小部屋を検め、途中途中プラスチック爆弾や弾薬などを入手して進む。

 そんな中広い部屋の中に一人の子供がぽつんと立っていた。

 どうしたのかと近づけばこう返して来た。

 

 「片目のおじちゃん(・・・・・・・・)に緑の服の人が来たら伝えてって頼まれたの。おねぇちゃんはここにはいないよって」

 「――ッ!?…そうか。伝言ありがとう」

 

 どうもここに来ることが解っていたらしい。

 それもそうか。

 怪しんで捕えたホーリーは無線で連絡してきた。

 わざと没収せずに残しておいて、自分達がここに来るように仕向けた。

 ともなれば罠の可能性が高い。

 無線でバットに連絡を入れ、無線機を持っていなかったクワイエットにはバットが探して伝えるとの事。

 警戒しつつ捜索を続けた結果、怪しい小部屋を見つけた。

 外から見たら広そうなのに中に入ったら狭く感じる。

 案の定壁を調べて行ったら薄い場所があった。

 そこを先ほど入手したプラスチック爆弾で吹き飛ばせば、先には広い一室に繋がって女性の姿があった。

 

 「助かったわスネーク」

 

 こちらにそう言った事と声からホーリー自身だとは分かった。

 ブロンドの髪にスッとした目や鼻立ち。

 それにスタイルの良さ(元ファッション誌のモデル)もあって、魅入ってしまい返答が滞ってしまう。

 返事がなく戸惑ったような様子にホーリーは首を傾げる。

 

 「どうしたの?」

 「…君がこんなに美人だとは思わなかったんでな」

 「まぁ!イメージと違った?」

 「あぁ、そうだな。もっと早くに合流すればよかった」

 「お世辞でも嬉しいわ」

 「お世辞なんかじゃあ…」

 「兎も角ここを離れましょう。気付かれたら彼が(・・)来るわ」

 「()?ビッグボスか」

 

 彼と言われて脳裏に過ったのは道中の子供が言っていた眼帯のおじさん…。

 それなら逆に会わねばならない。

 そう思った矢先にホーリーは首を横に振るう。

 

 「違うわ。私があったのは別のナニカよ」

 「どういう事だ?」

 「それがよく解らないの。けど彼と戦うのは危険なのよ。私は彼に触れられただけで動きを封じられたの(・・・・・・・・・)―――ッ!?遅かった…」

 

 言っている意味が解らない。

 詳しい話を聞こうとする前に冷気が通り過ぎた。

 最初こそ寒いなと思う程度だったが徐々に凍てつく様な寒さに変わって吐息が白くなる。

 それと誰かが後ろの方に居る気配がする。

 隠せていないのではなく、隠す気がないように察する。

 

 「地下だというのに暑いな(・・・)。それに臭い。だがまぁ、これでようやく涼しくなったか(・・・・・・・)

 

 銃をホルスターより抜いたソリッド・スネークは振り返り、その何者かと対峙するのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偉大な蛇に連なる者達

 明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願い致します。

 …新年早々投稿が遅れてしまい申し訳ありません。


 バット―――宮代 志穏はFPSでオセロットやクワイエットから授けられた知識や技術を疑似的とはいえ経験として昇華していった。

 目の前に出された豪華な料理の数々をゆっくりと咀嚼し、その舌と脳でじっくりと味わうように。

 確かに早撃ちや格闘戦は苦手ながらも、狙撃を得意としてゲーム内とは言え狙撃兵として頭角を現した。

 キルゾーンを定めて罠や地形で狩りを行ったり、移動してポイントを変えては位置を悟らせないように狙撃する。

 ただそれだけでは突発的遭遇戦や勘や嗅覚が鋭いプレイヤーに捉えられた際の戦闘には不利でしかない。

 志穏はクワイエットやジ・エンドのような驚異的な身体能力を持たぬゆえに急遽の戦域の離脱も突破も難しい。

 だからこそそれを解りきっていたオセロットは教育を施しておいた。

 通常の銃撃戦も行えるように教え込まれ、その中でもサブマシンガンの扱いは中々だったと評されている。

 

 それはFPS内でも中々戦果を叩き出す手助けとなったのも確か。

 本人も狙撃に次いで自信を持っている。

 残弾をばら撒くだけの父親(オールド・バット)に対して勝っている点の一つである。

 だけど志穏の主だった攻撃方法は狙撃でサブマシンガンは予備として捉えている。

 

 しかし今だけはサブマシンガンを主力とせねばならなくなった。

 それも非常に危機的な状況に追い込まれたがゆえに…。

 

 「何なんですかアレは!早すぎるでしょう…当たらねぇんだけど」

 

 ソリッド・スネークと地下で別れたバットはクワイエットと合流。

 同時に敵兵に捕捉されて遭遇戦に発展。

 即座撤退したくともここで退けば眼前の敵兵はスネークに向かう事となる。

 仲間を見捨てるのは目覚めが悪過ぎる。

 だからこそ応戦して敵を数を減らすか突破を図るつもりであったが、敵は中々の精鋭部隊をぶつけてきた為に突破も難しくなっている。

 狙い撃つも敵兵の動きと判断が今までの兵とはけた違いであり、クワイエットが居なければ数もあって敗北は確定してしまっていただろう。

 苛立ちながらも正確に撃ち続けるバットは敵兵のエンブレムに目を見開く。

 

 「―――ッ!?DD…ってまさか!」

 「ダイヤモンド・ドッグズの兵士達」

 「道理で強い訳だ。そして撃ち辛い!!」

 「――手加減する?」

 「加減して勝てるほど自己に己惚れてはいませんよ」

 

 以前親父の戦い方に疑問を持ったことがある。

 時に苛烈な程に敵プレイヤー達を倒して行ったと思えば、負傷や行動不能にさせるばかりで倒さない事があった。

 状況や相手に精神的に負担を負わすなどで倒すか苦しめるかなど戦法を変える事はある。

 けれどその時は別段そう言った事を配慮している様子はなかった。

 疑問の問いに対しての答えは「殺さない(・・・・)で済むなら殺したくない(・・・・・・)。ただそれに固執したりはせず、必要ならば躊躇わないようにしている」と返して来た。

 それに続いて「僕はこの考えを強要する気はない。強要した結果、やられたら元も子もないからね」―――と…。

 

 従って…というのは癪だが、考えには理解・納得して自身もそうあるべしと考えてはいる。

 ゆえに旧友だからと言って手を抜くことは出来ない。

 ただ出来る事なら足や腕などを撃ち抜いて戦闘不能な状態には負い込みたいとは思っているが…。

 

 素早い動きで翻弄し、精確な射撃でこちらを追い詰めようとする兵士達に銃撃を返す。

 様相から想いを察したクワイエットは透明化して驚異的な身体能力を活かして近接戦闘に持ち込む。

 蹴りや拳の一撃で兵士は壁へと叩きつけられ、中には衝撃で気絶や骨折と言った負傷者が目に見えて増えていく。

 だが死者は出ていない。

 

 「クワイエットさん!俺は強要しませんよ!!」

 「――これは私がしたいだけ…」

 「…そうですか。でも、ありがとうございます!」

 

 たった二人の狙撃手は戦う。

 偉大な蛇の亡霊に率いられた戦士達と戦いつつ、仲間の蛇の無事を祈りつつ…。

 

 

 

 

 

 

 一方ソリッド・スネークは突如現れた男と対峙していた。

 スニーキングスーツをベースに改良されたらしき特殊なスーツで身を包み、冷気を放ちつつこちらを見定めるような視線を向けて来る。

 あまりにも異常な冷気に室内が白く染まり、寒冷地仕様ではなかったとはいえ今の装備では完全に冷気は防げてはいない。

 特に薄着のホーリーにとってこの環境は酷というものだ。

 

 「何者だ?ただの兵士には見えないが…」

 「俺か?俺はただの老兵さ」

 「普通とは思えないがな」

 「普通だとも。戦場で負傷して自らが戦う場を失い、否応なしに蓄積した経験を若手に教える訓練教官だ」

 

 見るからに歳を取っているのは解るが、見た目から予想される年齢とはとても見えないほどの溢れ出る雰囲気に佇まいから圧倒される威圧感を発している。

 単なる老兵ではない。

 この気迫はこれまで出会って来たどの兵士よりも強烈だ。

 否、この気迫に勝るとも劣らない人物に一人だけ心当たり(ビッグボス)がある。

 

 「歴戦の勇士という訳か」

 「違わないが今はしがない試験官だ」

 「なら現場に出張らず訓練兵の面倒だけを見ていて欲しいが。この出会いにも目をつむって」

 「それはいかんな。なにせ俺はお前さんの試験官なのだから」

 

 どうも俺は試されているらしい。

 それが何に対してなのか、誰に対してなのかは解らないが…。

 なんにしても戦闘は避けられないようだ。

 手にしているグレネードランチャー付きのM16A1アサルトライフルが構えられた。

 

 「それは大変だ。赤点補習にならないように気を付けるか」

 「あぁ、そうしろ。俺の採点は厳しいからな」

 

 何とも皮肉の解かる人のようだ。

 敵なのが非常に厄介でとても残念だが…。

 ふわりと浮いた空気が一瞬でピリッと張り詰める。

 

 「俺はパイソン。元FOX、MSF(国境なき軍隊)DD(ダイヤモンドドッグズ)所属で現在アウターヘブン食客(・・)待遇のパイソンだ。俺にお前の全てを見せてみろ。若き蛇よ!!」

 

 互いに銃を構えて動き始める。

 案山子のように立って撃ち合う事などせずに、距離を離しつつトリガーを引く。

 対してパイソンは微動だに動かずに銃弾をその身に浴びる。

 普通ならそれで勝負はついた。

 しかしパイソンは見事それらを受け止め、直撃した弾丸は貫く事無くそのまま床を転がる。

 

 一体どんな手品を使ったんだと考えるより先にまずは回避に専念せねば。

 仁王立ちしたままゆったりと歩きながら苛烈な程に銃撃を放ってくる。

 戦いが始まると察してホーリーは柱の陰に隠れたとはいえ、パイソンのアサルトライフルにはグレネードランチャーが備え付けてある。

 ホーリーの近くに移動した際に使われれば巻き込まれてしまう可能性大だ。

 逃げ先と仲間の位置を確認しつつ走りながら撃つ。

 

 「ほう。思ったより動きが良い。いやはや若さとはなんとも眩しいものだ。老いたこの身には羨ましいばかりだな」

 

 効いていないのかと思う程に微動だにしない様子に呆気に取られる。

 もしも全く効果がないとすれば今の戦い方では意味を成さない。

 何らかの策を講じなければ敗北は必至。

 かといってあの冷気を放っている発生源に近づけば霜焼けでは済まない。

 最悪冗談抜きで凍り付いてしまいそうだ。

 何発も叩き込んでマガジンを交換していると再びパイソンが呟く。

 

 「それにしてもさすがに重い(痛い)な。四十口径か?なんにしても使えなくさせて貰おう」

 「グレネード!?―――ッ!?」

 

 自ら効果はあるとぼやきながらグレネードを発射してきた。

 慌ててその場を跳んで回避しようと試みたが、放たれたソレは単なるグレネードではなかった。

 破裂音と共に発生したのは爆発などではなく、周囲を白く染め上げるほどの冷気。

 なんなんだを眉を潜めながら銃口を向け、トリガーを引こうとするもビクともしない。

 手にしていたFNブローニング・ハイパワーに視線を向けると、所々に霜が降りて凍り付いていた。

 

 「凍り付いた!?ドライアイス…いや、液体窒素か!!」

 「ご明察だが、この状況でどう動く?お前さんの武器は凍り付いたわけだが?」

 

 確かにバットから貰った(借り受けた)FNブローニング・ハイパワーは凍って使い物にはならない。

 されど武器はそれだけではない。

 貰っといて潜入して間もなく手に入ったベレッタM92Fがある。

 拳銃を取り換えて撃ち…違うな、打ち(・・)込むもさすがに威力が下がっただけにダメージ量も軽減されるが…。

 

 「予備の銃を持っていたか。それは良い事だがここには暖を取る場所(・・・・・・・・・・)はないぞ」

 「なんの話だ?」

 「―――ん、そうだな。そうだった。ここはあそこ(・・・)ではなかったな」

 

 苦笑いを浮かべ呟くも何処か懐かしみ嬉しそうであった。

 その反応に対して撃つ事すら躊躇われる。

 

 「さて、続けようか。とは言ってもお前さんの不利な状況は変わらんが…っと、こんなもので俺を倒そうと言うのか?実直過ぎるな」

 「やはりそのスーツも液体窒素入りか…」

 

 周りも含めて地雷原で拾った地雷(匍匐で回収した)を放り投げる。

 そのうちの一つをパイソンへ投げつけるも回避せずに迷わず掴んだ地雷は爆発する事無く凍り付いて起爆する事は無くなった。

 銃弾を凍り付かせて防いだのも地雷を凍り付かせたのもあのスーツ内に液体窒素が満たされているのだろう。

 これでは近接戦闘は出来ない。

 殴りかかっても触れば凍り、ナイフで切り付けても溢れ出た液体窒素で凍り付く。

 どちらにしても凍るのであれば戦闘継続は不可能。

 ダメージを負わせるにしても代償が大き過ぎる。

 

 ―――だからこそ策を弄さねばならない。

 

 マガジン内の三発をパイソンへ。

 残りは周囲の地雷へと撃ち込んだ。

 触れて凍り付かせたわけでもなく、液体窒素入りのグレネードなどで周囲に液体窒素を撒いた訳ではない。

 起爆可能な状態の地雷を銃弾が貫き、爆発して破片を撒き散らす。

 間近、それも三方向から地雷の爆発と破片をもろに喰らったパイソンはさすがに堪らず倒れ込んだ。

 

 ―――勝った。

 そう油断してしまった。

 倒れ込む中で足を止めていたスネークにパイソンが放った弾丸が二の腕を貫いた。

 焼けるような痛みを感じ、傷口から血液が垂れ流れる。

 止血も兼ねて傷口を押さえながら銃口は外さない。

 

 「ははは…やってくれる」

 

 爆発によって生じた煙と発生した熱量を冷やそうと撒かれた液体窒素の白煙より姿を現したパイソンは、十分すぎるほどのダメージを負っているものの、臨戦態勢を解除するどころか拳を構えて殴り合いを持って戦うつもりらしい。

 先ほど持っていたアサルトライフルはと言えば、地雷によって壊れたようで床に転がされている。

 

 「CQCは得意か蛇よ!」

 「あぁ、得意だ」

 

 ホルスターにベレッタを仕舞い、スネークも拳を構える。

 じわりじわりと近づき、互いに手の届く位置まで接近すると流れるように動き出す。

 掴み、払い、流しと舞う様な動作で始まった近接戦闘は次第に苛烈さを増し、殴っては殴り返し、投げ飛ばしては投げ飛ばされるの繰り返しとなる。

 高いCQC技術を持つスネークでも長年の経験によって熟成された動きも兼ねたパイソンに早々に勝つことは難しかった。

 だが、技術以外の面で勝敗は訪れる。

 それは年齢からくる身体の不調に加えて、体力面の衰えであった。

 ソリッド・スネークが生まれるよりも前から兵士として活躍していたパイソンも寄る年波には勝てなんだ。

 すでに地雷から身を守るべく液体窒素を流出させ過ぎては、自身の身に宿った熱量を抑えるだけで精いっぱいで氷結に流用するほどの余力は存在しない。

 

 「あぁ…歳を重ねても熱くなり過ぎる性格は治らなんだな」

 「それよりその歳で強過ぎだろアンタ…」

 「なぁに、これでもかなり弱体化はしてるさ」

 

 先に倒れ込んだパイソンに続いてスネークもその場に倒れ込む。

 疲労とダメージによって大の字で寝転ぶ。

 そこにDDのマークを付けた兵士が入って来る。

 ここまでかと脳裏に過ったスネークであるも、パイソンが制止させた。

 

 「彼の者への手出しはするな」

 「合格か。しかし良いのか?」

 「構わん。俺は食客でお前を倒せとの命は受けていない。これは俺の意志で見定めに来ただけなのだから」

 「それだと兵士達には俺達を捕らえる仕事があると思うが?」

 「彼らがザンジバーランド所属の兵士ならな。彼らはDDの古株達。とうに年齢から退役している。俺と同じロートルだ」

 「自ら試験官を買って出た趣味人達という事か。勘弁してくれ」

 「それはこっちの台詞」

 

 入って来たDDの兵士に続いてバットとクワイエットも入室してきた。

 幾らか掠って制服の一部が損傷しているが、大きな怪我はしていないようで安堵する。

 どうやら彼らはバットに対する試験官だったらしい。

 

 「数と質で攻められたんですから」

 「可愛がってもらえたようだな」

 「可愛がられましたよ。今も昔も」

 「知り合いだった訳か」

 「DDにはミラーさんも居ましたから多く知り合いが居ますよ」

 

 バットはそう言いながら駆け寄り、応急手当を施し始める。

 手際のよい手当てを受けて幾分か痛みが和らぎ、スネークは巻かれた包帯部分を眺めて腕を回して具合を確かめる。

 少量の痛み止めでも打たれたかのように楽になった事は不思議に思うも、薬物で感覚的に鈍っている訳ではなさそうなのでとりあえず放置する。

 

 「で、アンタらはどうするつもりだ?追試試験でもするのか?」

 「いや、彼らも満足したようだ。俺達は引かせて貰おう」

 「予想外。最期まで戦うのかと思ってた」

 「俺らも歳だ。それに大分前に拾った命。老後を十二分に楽しんで老衰と決めているんでね」

 「本当にぃ?戦う事こそ生を感じるを口癖だったのに。丸くなっちゃって」

 

 揶揄う様なバットの言葉に老兵たちは笑いながら、ガキが言うようになったじゃねぇかと軽く小突き、くしゃくしゃと頭を撫でる。

 

 「蛇よ。俺は死にきれなかった老兵だ。奴とは戦友であったが敵だった事もある。それでも奴と共に道を歩んだ。ゆえに悩んでいる。奴の為を想うならばお前を…お前達をここで仕留めておくべきだろう。だが同時に考えてしまう。未来を担うのはお前達若い連中だ。過去に囚われた老兵がどうこうする事ではないのでは―――と」

 

 転がっていた体躯を無理にでも起こし、こちらを見つめるパイソン。

 その瞳は優し気ながらも強く、芯の籠っていた。

 真正面から受け止めたソリッド・スネークは真っ直ぐ見つめ返す。

 

 「だから若き蛇よ。若き蝙蝠よ。俺達はお前達に託す」

 「まったく…なにが合格だ。試験は継続だな」

 

 煙草に火を付けて、苦笑いを浮かべながら紫煙を吐き出す。

 そして立ち上がったスネークはバットとクワイエット、それとホーリーと共に出入り口へと向かう。

 

 「託された賽の目がどう出るか解らないが、思いっきり振らせてもらう。恨むなよ」

 

 パイソンはDDの老兵に肩を貸して貰い、スネーク達を見送る。

 懐かしい若き日の彼ら(・・)の残像を重ねながら。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

色々と何かがおかしい…

 歴戦の勇士と戦闘を終えた一同は冷気に満たされた一室より早々に退去した。

 あの場に居たら体温が下がって身体に響くと言うのもあったが、それ以上にスネークは凍り付いたFNブローニング・ハイパワーを溶かしたくてしょうがない。

 武器としてはメタルギア戦を見越して温存しておきたいリモコンミサイルを除けば、拾ったベレッタ一丁しかない。

 見つからないように行動すれば使う事すらないのかも知れないが、団体で動いている以上は見つかる可能性が高く、そうでなくともバットも居る事で強硬な手段に出る事もあった。

 さらに先ほどのパイソンのように武器を無力化する敵が現れないとも限らない。

 そう考えると予備の武器がないと言うのは非常に不味くも感じる。

 ホルスター内でキンキンに冷えているブローニングから視線をホーリーに向けたスネークは、無線で言ったいた内容の詳細を聞くべく口を開いた。

 

 「それでマルク博士の居場所なんだが…」

 「博士は無事らしい(・・・)わ」

 「らしい?会った訳ではないのか?」

 

 思いも寄らぬ言葉に首を傾げる。

 無線での口ぶりから博士と会ったとばかり思っていたのだが、どうもそうではないらしい。

 騙したようでごめんなさいと小さな笑みを浮かべる。

 確かに会っているなら居場所が解ると期待していたが、捕まっていた彼女としては助かりたいというのもあっただろう。

 だから責めはしないが多少なりとも有益な情報は期待させて貰おう。

 

 「何処かに監禁されている博士は伝書鳩を飛ばしているの。私はそれを見つけた所で捕まっちゃって…」

 「ならその鳩の行方を調べれば博士の下に辿り着けると言う訳か。で、その鳩は?」

 「タワービルのエレベーター孔を昇って行ったわ」

 「となると屋上か…」

 「けどエレベーターに屋上の表記あったっけ?」

 「屋上に上がるには専用のエレベーターがあるのよ」

 

 ホーリーの説明によると地下に別のエレベーターが存在し、それで上階まで一気に上がれるとの事。

 そこまでの道のりとどの

 ただそこのセキュリティは高く、手持ちのカードでは開ける事は叶わない。

 

 「セキュリティカード4のコピーよ。これなら地下に行けるわ」

 「それは助かる」

 「兎も角早く伝書鳩を探した方が良いわ。ここの連中も必死よ。唯一の手掛かりを奪われないで」

 「あぁ、解っている。それで君はどうする?一緒に来るか?」

 

 一瞬悩む素振りを見せたホーリーだったが、首を横に振って否定した。

 

 「足手まといになるわ。それにもう少し情報を集めたいしね」

 「しかし俺達だけでなく君の存在も知られた以上危険だぞ」

 「危険でもよ。最近評価が下がっているのもあるし、捕まった借りを返さなくちゃ」

 「存外逞しいな」

 「なら二手に別れますか?」

 

 バットの提案にスネークも乗った。

 ホーリーの危険性にこちらは三人と潜入工作するには多くなっている。

 それなら二手に戦力を分散させて動くのも有りだろう。

 この面子でバランスをとるならば一番戦闘能力の高い者がホーリーと組むのが一番だ。

 そうなるとホーリーと組むのはクワイエットと成り、スネークはバットと組む。

 

 「また後でね」

 「十分に気を付けろよ」

 

 二手に別れてスネークとバットは説明に合った上階へ向かうエレベーターを探すべく地下へと降り立った。

 だがここで二つ誤算が生じた。

 一つは言われたエレベーターに乗ったは良いが、地下はB1とB2とあって本命である上階へのエレベーターを見つけるのに時間が掛かってしまった。

 もう一つは嬉しい誤算で、外れ(・・)の方で手榴弾複数とサブマシンガンを拾う事が出来たという事だ。

 

 目的のエレベーターで一気に30階まで向かうスネークとバットを出迎えたのは、通路に張り巡らされたブービートラップであった。

 

 「トラップか…」

 「あからさまな程ですね」

 

 わざわざ見えやすくしているのではと思うぐらい解り易いワイヤートラップ。

 こういう場合はワイヤートラップを囮に他のトラップも仕掛けてあるに違いない。

 焦らず慎重に進むべきだろう。

 何よりこちらにはそういった罠に目と鼻が利く蝙蝠がいるのだから問題ないと言えよう。

 

 「あからさまでもお前達には充分だろう」

 

 背後より投げかけられた声に反応して二人して振り返る。

 振り返った先はエレベーターの出入り口だが閉まっているし、周囲には壁と罠で囲まれるばかりで人影一つない。

 …と、思っていると壁の上から何者かが覗き込んでいた。

 

 「これで自由には動けないだろう。俺はレッド・ブラスター!お前達()を剥製にでも料理にでもしてやる。俺のグレネードで―――」

 「スネーク!」

 「――ッ、おう!」

 

 背後より奇襲する事無く長台詞を話し出した相手に付き合う気もない。

 バットが壁に沿う形でしゃがみ、意図を理解してスネークはバットを踏み台にして壁の上部に乗り出す。

 まさか来るとは思っていなかったブラスターは戸惑い、首根っこを掴まれてへばり付く様にしていた為に、踏ん張る事も出来ずに引き摺り降ろされた。

 勢いを付けた為に背中から落ちて痛がる様子を無視し、バットは銃口を脳天に向ける。

 

 「動くな。動いたら…解ってんな?」

 

 先ほどまで己有利としてふんぞり返っていた様子が一変し、見下ろすように睨みつけるバットに恐縮してコクコクと頷く。

 呆気ない程に無力化した事は良しとしてもあまりに不憫ではある。

 

 「で、どう料理してやろうか?」

 「…容赦なさ過ぎだろ」

 「背後に回ってべらべら喋ってる方が悪いでしょ」

 「違いないがな」

 

 縛り上げたブラスターは有益な情報は持っていなかったが、大量の手榴弾は保持していた。

 無抵抗なのを良い事にグレネードを補充していく。

 そのままブラスターは放置してワイヤートラップを解除しながら、落とし穴の罠を見破って回避して進む。

 周囲を見渡しながら進むも鳩はおらず、屋上に上がろうと外部階段を使って屋上である31階に上がり切る。

 上がり切ったが出入り口は存在せず、一か所だけ不自然に色が違う壁が存在した。

 どう見ても急いで固めたなと判断して、爆発物を使用して吹き飛ばす。

 

 …今更ながら潜入工作しているのに躊躇わず爆破を行うなど、誰も突っ込まないのは最早慣れているからだろう。

 バットは無茶苦茶な父親で…。

 ミラーとキャンベルは共に戦場を駆けた戦友で…。

 そしてソリッド・スネークは組んで二度目となるバットによって感覚が麻痺してしまっている。

 

 何事もなかったように二人は爆破した先に出入り口が現れ、中に入ると柵で囲まれた広い屋上であって、敵兵の一人の姿も無かった。

 ただ鳩が一羽飛んでいるだけで…。

 

 「――っていた!!」

 「逃げた!?」

 

 まさかそんな直ぐ見つかるとは思っておらず、声を挙げたバットに驚いて鳩が飛んで行ってしまった。

 大慌てで追い掛けるも素早く、空を飛んでいる鳩を捕まえる事は出来なかった…。

 終いには狙撃してしまうかと狙撃銃を手にしたバットを止めるのにスネークは一苦労するのであった。

 無駄に体力を使った二人は遠巻きながら見つめる鳩を他所に腰を降ろす。

 

 「疲れた。無駄に疲れた」

 「腹も減ったな。鳩も捕まらないし飯にしますか」

 

 拾ったレーションの一つを取り出してお互いに開けて中身を確認する。

 一つの袋に複数の缶が入っていて、それらを全部開けてしまう。

 缶の中身は同じではなくて違う料理が入っており、全部で一食のセットなのである。

 バットが開けたB1ユニットと書かれたレーションセットは塩漬けの牛肉と豚肉、ハムエッグにツナフィッシュ、さらにはチョコレートとクラッカーまで入っていた。 

 

 「美味そうだな。俺の方は………ん?」

 

 B2ユニットと番号が違ったレーションセットを開けたので、中身が違うんだろうと思いながら開けたスネークは戸惑った。

 中身は()とミートボールのトマト煮(・・・・)に、()とフランクフルトのトマト煮(・・・・)…。

 なんだこの豆とトマト煮のセットは?

 B1ユニットは缶が四つあったというのに、こっちは三つ中二つがほぼ同じ。

 まさかと疑い三つ目の缶を開けるも豆も入っていないしトマト煮にでも無かった。

 …牛肉のポテト()で全部煮たものばかりだったが…。

 

 何とも言えない表情を浮かべながらもとりあえず食べようとスプーンを手にするが、ばさばさと羽搏く音が近づいて目の前に鳩が―――レーションの上に降り立った。

 

 「………もう一個レーションセット持ってますけど要ります?」

 「…すまん。もらおう」

 

 鳩を捕まえる事が出来たのは良かったのだが、豆やポテトが入っているレーションが食われている。

 バットよりもう一セット受け取って、食べるのを邪魔しないように鳩を捕まえていると足に紙が巻かれている事に気付いた。

 紙を外して見てみると『HELP!WIS、OhIO KIO MARV…』と書かれていた。

 

 「ん?なんで一か所だけ小文字なんだ?」

 

 一人首を傾げて眺めていると反対側から覗き込んだバットが眉を潜め、無線機を弄って渡して来た。

 なんだと不思議ながら受け取ると無線機より声がしてきた。

 出てみるも何を言っているのか全くもって解らない。

 

 「これは誰の無線だ?」

 「伝書鳩はマルフ博士のだからマルフ博士のじゃないの?」

 

 二人して疑問符を浮かべる。

 バットは食事を続けながら紙に書かれた『HELP!WIS、OhIO KIO MARV…』の“IS、OhIO”を指示す。

 そして紙を反対に持たせてきた。

 すると“IS、OhIO”が反対になって“0140、51”という数字が目に映った。

 反対側から覗き込んだからこそバットは解かったのだろう。

 それに一つだけ小文字のhだったのかが理解出来た。

 

 マルフ博士の周波数が解ったのは良いのだけど、何を言っているのか解らなければ何も出来ない。

 そこでマルフ博士と関りのあるマッドナー博士に無線すると“グスタヴァ”という人物を紹介された。

 なんでもマルフ博士の護衛を務めていたチェコの秘密警察(STB)の諜報部員だとか。

 一緒に拉致されたが敵兵の制服を盗んで逃げる事に成功したらしい。

 今も何処かに潜んで機会を伺っているだろうと力強いマッドナー博士の発言と、マルフ博士の言葉が通じるのが彼女しか居ないというなら探すしかない。

 

 「しかし探す手掛かりは無しか…」

 『それなら問題はない。ここの兵士には(・・・・)女性はいない。女性が行きそうな場所を探すんだ』

 「女性しか行かない場所…」

 「それって化粧室じゃぁ――」

 『女子トイレとかじゃろ!』

 『―――ガタッ』

 「オイ、マッドナー博士…」

 「…ミラーさん?」

 『………OVER』

 『ま、待て!俺は何も言っていないぞ!!』

 

 化粧室と言ったバットの言葉を遮るように女子トイレを押すマッドナー博士。

 それに別から物音が入って来た事からバットが断定して名前を口にすると、もの凄く焦るマスターの声が…。

 二人して無線機の向こうに対して大きなため息を吐き出す。

 

 女性が向かう先との事でジェニファーに無線で聞いて見るもマッドナー博士と同じく女子トイレの場所を教えられた…。

 とりあえず向かうかと30階から1階へ、そこから地下1階へ下って2階、そして4階へと上がったりとエレベーターを乗り継ぎする。

 4階はジェニファーが居た医療施設も入っている階で、そこには女子トイレがあるとの事だったが…。

 途中食堂があったりするのは理解出来たのだが、敵兵士の人形が小隊規模で並べられている一室など狂気を染みたものを感じた…。

 ―――で、化粧室もないので仕方なく女子トイレで待ち伏せする事になったのだが、男性ゆえに周囲を念入りに見渡してから入ると、そこには一人の女性が立っていた。

 あ、これは終わったと膠着するバットを他所にスネークは声を掛ける。

 

 「君がグスタヴァか?」

 「…そうよ。私、グスタヴァ・へフナー。貴方がソリッド・スネークね。お互いに追うものは同じ。協力しましょう」

 「違うでしょ!そうじゃないでしょうが!!」

 

 さすがにバットが驚き突っ込まずにいられなかった。

 女性トイレに入っていたのに突然男二人が入ってきた事に驚かないどころかすんなり受け入れるし、スネークもスネークで女子トイレに人が入っていたのに気にすることなく声を掛けるのには度胸があり過ぎだろう…。

 

 「どうしたのですか?」

 「どうかしたのか?」

 「俺がおかしいのか!?」

 

 一人取り残されるバットを他所にスネークはグスタヴァの顔を見て首を傾げる。

 「何処かで会った事が?」と口説き文句みたいな事を呟くと、案の定そう捉えられて軽く返される。

 そう言ったつもりも意図もなく、顔を眺めているとようやく思い出した。

 

 グスタヴァ・ヘフナー。

 “氷の妖精”と称されたカルガリー・オリンピックの金メダリスト。

 思い出してその事を口にするもあからさまに否定される。

 そして話を逸らすようにマルフ博士の話に移し、目的であったマルフ博士と無線して会話して貰った。

 するとタワービル北にあるクレパスの収容所に居るらしい。

 

 「マルフ博士はマッドナー博士の事を心配していたわ」

 「マッドナー博士は大丈夫だ。先にマルフ博士を助けに行くか」

 「クレパスへの近道があるの」

 

 そう言って女子トイレの奥に進むグスタヴァに付いて行くと、個室トイレの隣に見覚えのある扉とボタンが…。

 

 「このエレベーターでクレパスに繋がる古い地下水道に降りれるわ」

 「「『『それはおかしいだろう!!』』」」

 

 都合が良過ぎる上に女子トイレにエレベーターが付いているというのは、無線越しに聞いていた非常識に慣れ親しんだマスターもキャンベルも一緒に突っ込むのだった…。

 

 

 

 冷静沈着というか物事に動じそうにないグスタヴァであったが、スネークと出会ってから彼女が一番動揺していた…。

 何故ソリッド・スネークの肩に鳩が止まったままなのか…。

 そしてそれに誰も何も言わないのか…と。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狐を追い求める者…

 ホーリー・ホワイトは気まずさを胸にザンジバーランド内を探っていた。

 かつてはファッション雑誌のモデルを務めていたが、今はCIAの秘密工作員として活動している。

 元々才能もあってか上手くやってきたのだけど、最近は評価も下がって今回の任務に俄然やる気を持っていた。

 ジャーナリストと称して一週間前から潜入取材という事で情報収集を開始。

 ザンジバーランドが動き始めてからは本国から送り込まれた特殊工作員のサポートも務める。

 このまま無事に博士を救出するのに貢献できれば、評価は大きく変わる事だろう。

 

 そのやる気が仇となったのか、ホーリーは敵に捕まり捕虜となるもスネークとバットにより救出され、捕らえられた事もあってさらにやる気は増して今に至る。

 だけど今の状況…というか空気感は何とかならないものか。

 一度捕まった事もあって行動を共にすることになったのだが、その相手が一切喋ることなくただついて来るだけ。

 戦闘能力は保証すると言われたが、この間が非常に持たない。

 話しかけても頷く程度で会話が成り立たない。

 喋れない訳ではないらしいのだが、慣れから喋らないらしい…。

 

 「それにしても色々アイテムが手に入りましたね」

 

 単なる間を持たせようと呟いた独り言。

 あまり期待はしていなかったが思っていた通りに言葉は返ってこなかった。

 何種類かのレーションに弾薬などが手に入った。

 ただ有益な情報は手に入らなかったのは少しばかり痛い。

 

 もう少し深部まで探るか…。

 悩ましいところであるがこれ以上の失態は不味い。

 大きなため息をついて探るべく移動する。

 

 やる事はやっている。

 それにどうも雲行きが怪しい。

 マルフ博士は兎も角、捕まっていたマッドナー博士の情報を軽く調べて貰ったのだけど、良い話を聞かない上に僅かながら不安が募って来る。

 本部には追加で情報求めているけど…。

 先に伝えるべきか悩むも、不確定な情報を入れるのも問題かと無線機に伸ばした手を止める。

 

 「――ッ、どうし……」

 

 通路を進もうとしたところで制止された。

 突然どうしたんだと前を見ると通路の真ん中に一人の兵士が待ち構えていた。

 紅いバンダナを巻いた白髪の戦士…。

 視線は鋭く、得物たるマチェットは不気味な輝きを放つ…。

 

 「スネークはまだ良い。が、これ以上お前に邪魔されるのは不愉快(・・・)だ」

 「―――下がって」

 

 初めて話しかけられた事にちょっと感激するも、それどころではないので即座に後ろに下がる。

 敵兵より奪ったアサルトライフルを二丁構えたクワイエットは撃ちまくるも、向こうはマチェット一本を振り回して弾丸を切り払っていく。

 弾切れを起こしたアサルトライフルを乱暴に投げつけると、背負っていた狙撃用のライフルを構える。

 飛んできたアサルトライフルを容易く払うとライフルを警戒して、足を止めてマチェットを構えて警戒する。

 狙いを定めて放たれたライフルの弾。

 銃声と共に振られたマチェット。

 そしてほぼ同時に壁に傷をつけた切られたライフル弾…。

 

 まるでアニメや漫画のような戦闘に呆気に取られる。

 だが、戦っている二人は止まらない。

 一気に駆け抜ける敵兵にライフルは無駄と理解したクワイエットはライフルを置いて素手で対応する。

 

 狭い通路内での戦闘はクワイエットの高過ぎる身体能力を活かすには手狭過ぎた。

 逆に相手にとってはそれだけのスペースがあれば十分すぎた。

 首を落とそうと横なぎに振られたマチェットを避けて前に出ようとするも、持ち手を返して即座に二撃目が迫る。

 躱して反撃に出ようとするも手数と素早い立ち回りで一つの攻撃に対して三でも四でも返された。

 しかしどちらの攻撃も届かない。

 流すか避けるかで全てを躱し続けている。

 

 攻撃し合っていても膠着状態と陥ってしまった状況に変化を齎せたのは相手側だった。

 振り抜いた隙に振るわれた拳の一閃を屈んで避け、首筋に向かって刃先を突き出したのだ。

 咄嗟にクワイエットは左手で刃を掴んだ。

 刃物が斬る時に行う動作は押すのではなく引く事。

 

 人間離れした身体能力を有していると言っても鋼鉄で出来ている訳ではない。

 さすがのクワイエットと言えども指はポロリと落ちる。

 渾身の力を込めて引こうとするが、刃はピクリとも動かなかった。

 両手で引こうとも片手で握り締めた力が圧倒的過ぎて完全に力負けしてしまっている。

 引く事も押す事も叶わず、クワイエットはフリーとなっている右手でマチェットの側面を殴った。

 

 破片を飛び散らしながらマチェットが砕けた…。

 刃物というのは存外横からの力には弱いというものの、人間の腕力程度で折れる程柔ではない。

 その一撃を理解はしていても、肌身で感じていなかった敵に対して危機感を覚えさせるには充分過ぎた。

 なにせ剣が砕けたのだ。

 人の身である自身が受けた場合、どうなるかなど明らかである。

 

 一撃一撃が必殺…。

 警戒が強まるのも道理。

 だが彼とて数多の戦場を駆け、危機的状況を潜り抜けてきた猛者。

 残ったマチェットの柄を投げ捨てて、ナイフを手に切り込む。

 

 素早い身のこなしに鋭い剣筋と、人間離れした身体能力で一撃で相手を吹っ飛ばすほどのパワーの応酬が繰り返される。

 息を呑む様なアクション…。

 決着がつくまで続くと思われた戦いは、敵兵が無線に出た事で終わりを告げる。

 あれほどの嫌悪を向けていた割には呆気なさ過ぎる。

 

 「お前は目障りだが、ずっと相手していられるほど暇ではない」

 

 距離を取って無線した敵兵は、それだけ残して振り返ることなく走り去っていった。

 安堵する間もなくクワイエットは追う事無く一気に近づいて来た。

 何事か理解できずに驚愕するホーリーを気にせず、クワイエットは回し蹴りを喰らわせた。

 くぐもった短い悲鳴と共にどさりと鈍い音が背後より伝わる。

 振り返った先では一人の兵士が倒れ込んでいた。

 

 「まさか一撃でアイツがやられるとは!」

 「情報通り。いや、情報以上だな!」

 「だがあの方の為にも俺達“フォー・ホースメン”が敗北する訳にはいかない!」

 

 “フォー・ホースメン”…。

 イギリスやドイツ、韓国の特殊部隊に所属した過去を持つ精鋭部隊。

 密室での暗殺が得意とされる奴らまでザンジバーランドに与しているとは…。

 恐ろしい相手だと理解はするも、クワイエットの実力を目の当たりにしたホーリーは不安感は無かった。

 援護すべく銃を構えるホーリーは、クワイエットに背を預けて四方…天井裏より突如姿を現すフォー・ホースメンと交戦するのであった。

 

 

 

 

 

 

 「―――っざけんな!!」

 

 グスタヴァと合流したバットとスネークは博士を救出すべく、女子トイレに設けられた地下へ続くエレベーターに乗り込んだ。

 下水を通っている地下通路には警備の兵士など配置されておらず、三人を足止めするような敵兵の存在は無かった。

 だからと言って順調に進めるかと言えば別問題である。

 

 地下へ降りた三人は目的地に向かう為に歩き出し、直後鬼気迫る様子で走り出す。

 確かに敵兵はいない。

 変わりと言えば良いのか通路を塞ぐ巨体の機械が地下通路を行ったり来たりしているのだ。

 警備用か清掃用か解らないけど、どちらにしても迫られては潰されないように逃げるしかない。

 

 「叫ぶだけ無駄よ」

 「なんで冷静なんですかこの人!?」

 「良いから走れ!」

 

 背後より迫って来る機械。

 急いて逃げる三名。

 そしてその三人の先を飛ぶ一羽の鳩…。

 餌付けに成功、または餌をくれると思っているのかスネークについて来た鳩の存在に突っ込む余裕もなくただ走り続ける。

 

 「何処か逃れる場所は…」

 「あそこにエレベーターが!」

 

 ボタンを押して開いた瞬間に飛び乗り難を逃れた三名は息をつく。

 荒れた息を整えながらエレベーターが止まるのを待つ。

 最悪、出た瞬間に敵という可能性も無きにしもあらず。

 警戒しながら開いた扉より覗くと、そこにはマッドナー博士がそこに居た。

 

 「マッドナー博士!よくご無事で」

 「おぉ、グスタヴァ。それにスネークとバットか」

 「少し痩せたか?」

 「君は変わらんな。いや、そっちは大きくなったな。子供の成長とは早いもんじゃ」

 「以前に比べたら…って悠長に話している場合じゃない。マルフ博士の所へ急ごう!」

 「その前にこれを渡しておこう。見張りからくすねておいた」

 「くすねたって…博士、意外に手癖悪い?」

 「ウォッホン!!ではマルフ博士の下へ行こう」

 

 バットの一言にばつが悪そうにコホンと咳払し、先に進もうと促してくる。

 先に…と思っても地下に居たあの機械の存在を考えると博士を連れての強行突破は難しい。

 三人は博士を護るように展開して、なるべく接触を避けるように警戒しながら進む。

 その最中に分かったのだが、あの機械は目標を追って来るのではなく、決められたルートをただ回っているだけらしい。

 解ればパターンを把握して進めばいいだけ。

 少し時間はかかったが機械が巡回しているエリアは抜けられたらしい。

 ホッと安堵するのもあったのか博士が切羽詰まったような表情を浮かべる。

 

 「すまんがトイレ良いかの?」

 「…少し休憩にするか」

 

 強行する訳にもいかず、束の間の休憩をとる事にする。

 博士はトイレをしようと離れ、三名は周囲を警戒しながら待機する。

 警戒はするけど手持ち無沙汰は否めない。

 そんな中でグスタヴァが微笑みながら話しかける。

 

 「それにしても凄い面子ね。世界的な天才科学者に元オリンピック選手、それに元特殊部隊隊員がこんな下水道に居るなんてね」

 「言われてみれば確かに凄い肩書ばっか」

 「運命としか言いようがないな」

 「運命…ね」

 

 スネークが口にした“運命”に同意しながらグスタヴァは語った。

 幼き頃に母より聞かせれた話。

 第二次世界大戦中に起こったポーランド・ワルシャワ蜂起にて、グスタヴァの母はナチスより逃れるべく何日も何日も下水道を走った。

 見た目に気にする余裕などなく、泥まみれになって誰かも判別できない状態でずっと…。

 

 「戦争に憑りつかれているのね。私も母も…」

 「…気になってたんだが、どうしてスケート選手を辞めて秘密警察に?オリンピック選手として選ばれるほどの実力者なら待遇は良かっただろうに」

 「そうね。強いて言うなら氷が冷たく感じた(・・・・・・・・)からかしら。ところで二人共恋人は居るの?」

 「恋人は無し。新婚同様にべたべたしている両親は居るけど」

 「俺に家族はいない。育ての親はたくさんいるがな。君はどうなんだ?」

 「一人よ。独身主義…という訳ではないのだけど、チャンスが無かったのよ」

 

 グスタヴァの瞳は何処か寂しげであった。

 それは独り身だからという訳ではなく、誰かを想っての事だろうと察して口を閉ざす。

 死別か訳ありか…どちらにしても深く追求する事ではない。

 けど彼女は続きを自ら口にし出した。

 

 「でも結婚したいと思う相手は居たの。今思い出すだけでも苦しくなるほどの大恋愛。格好良くて紳士的で…でもいつも何かに怯えていた」

 「君にそこまで言わせるんだ。相当の色男だったんだろうな」

 「えぇ、亡命を考えたほどよ。…結局最後の最後に受け入れを拒否されちゃったけど」

 「亡命失敗…大変だっただろう」

 「私は勿論だけど家族まで酷い生活を強いられたわ。選手権も奪われて秘密警察に入るしか道は無かった。色々とあったけど後悔はしていないわ」

 「その“彼”とはそれ以来…」

 「会っていないわ。出来ればまた会いたいものだわ―――フランク・ハンターっていう西側の人」

 『フランク・ハンター?………まさかフランク・イェーガー(・・・・・)か!!』

 

 無線越しに話を聞いていたロイ・キャンベルが声を大にして反応を示した。

 突然の参加に誰もが驚く中、スネークは問いかける。

 

 「知っているのか大佐?」

 『あぁ、知っている。以前敵対していたがその後戦友になった。それに君も良く知っている人物だ』

 「俺が知っている人物?」

 『絶対兵士、ヌル、フランク・イェーガー、フランク・ハンターと様々な名とコードネームを持ち、FOXHOUNDでは最も優秀な兵士としてビッグボスにフォックスの称号を与えられし戦士』

 「…グレイ・フォックス」

 

 スネークにとって尊敬する先輩であり戦友。

 彼はアウターヘブンで捕まり、情報の一部をこちらに託すと一人脱出した。

 その後、ある時期を境に行方不明…。

 

 スネークとバットが想像する通りにザンジバーランドのボスがあの人物(・・・・)であるとすれば、時期的なものも考慮して居る可能性がある。

 なにせグレイ・フォックスにとっては()は命を捨てても惜しくない恩人であるのだから…。

 

 そんな事を思っていると「お待たせ」と口にしながらそそくさとマッドナー博士は戻って来た。

 グスタヴァは“グレイ・フォックス”の事を聞きたそうであったが、ここで無駄話している時間は惜しい。

 先頭をスネーク、次にグスタヴァ、博士を挟んで最後尾をバットが担当して先へ急ぐ。

 急ぐと言っても道中は警備の兵士も監視カメラも存在せず、あまりに何も無さ過ぎて拍子抜けしてしまう。

 

 先に進んだ一行を待ち受けていたのはクレバス。

 それも結構な広さのもの…。

 一応渡るように橋が掛けられているが、決して頑丈と言い切れる品物ではなかった。

 誰もが目を合わせ、バットはスネークにお先にどうぞと訴えるも、スネークはスネークで先に行って調べろと返す。

 

 「儂が行こう」

 

 先陣を切ったのは意外にもマッドナー博士であった。

 老い先短い身だからと理由を口にして、一人渡り切ってしまう。

 それに続くようにグスタヴァが橋に足を掛け、中腹まで渡ったところで振り返る。

 

 「大丈夫みたいね。二人共早く」

 「「―――ッ!?」」

 

 グスタヴァに視線を向けていたスネークとバットは息を呑んだ。

 対岸に敵兵の姿は無かった。

 遮蔽物も見受けられない事から伏兵もいないだろうと思い込んでいた。

 

 巨木のような脚が地面を踏み締める。

 深緑色の巨体を二足の脚が支え、目であろうメインカメラが赤く輝いてこちらを見下ろす。

 右側に取り付けられた六連装ミサイルポッドが橋へと向けられ、ミサイルの一基のロックが解除される。

 慌てて駆けだす二人の様子に慄き、グスタヴァは恐る恐る振り返る。

 

 ミサイルランチャーから放たれたミサイルは橋の中腹に直撃して大きな爆発を起こした…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

灰色狐を追って

 眼前で爆発が起こる。

 爆風が襲い掛かり、発生した熱気が身体を撫でた。

 クレバスを繋いでいた橋は完全に破壊されて渡れなくなったがそれどころではない。

 ほぼ直撃を受けたグスタヴァが衝撃で吹っ飛んでくるのだから。

 慌てて駆けだした二人は落下地点へと辿り着き、地面に落下し切る前に何とか受け止める事に成功。

 …が、見るからに酷い状態だ。

 

 「これは…バット!医療の心得はあるか?」

 「心得って言うよりスキルだけどな。火傷に裂傷、骨折に破片が入り込んでいる。内臓にまでダメージが…」

 「助かるのか!?」

 「普通は無理だろ。だけど何とかしてみる」

 

 急ぎ処置に取り書かるバットにグスタヴァを任せ、スネークは向かいに現れた二足歩行兵器―――メタルギアに銃口を向ける。 橋にミサイルを撃ち込む事が出来たのならこちらにも攻撃は出来た筈。

 なのに一向に動きを見せない様子には不気味ささえ感じる。

 その間にメタルギアの近くには一緒に出てきた敵兵が博士を囲む。

 何も出来ない状況が続く中、メタルギアより音声が発せられる。

 

 『スネーク!俺だ。グレイ・フォックスだ!!』

 「グレイ…フォックス…」

 

 名乗られた名前を口に出しながら転がす。

 久々の再会や敵に居る事からやはりザンジバーランドのボスは奴かという疑いなどが過るが、それ以上に脳内を占めるのはフォックスがグスタヴァを撃ったという事実。

 ばさりと肩より飛び立った鳩の羽音が耳につき、白い羽が舞う中で感情で定まり切らない思考が乱れ狂う。

 

 『この橋を渡らせる訳にはいかない。昔のよしみだ。見逃してやるからさっさと国へ帰れ』

 「お前は…お前は誰を撃ったか解っているのか!!」

 

 彼女から話を聞いていただけに信じられない。

 怒り交じりの叫びと自身の葛藤からグレイ・フォックスは操縦席より出て姿を現す。

 悲し気な瞳でグスタヴァを見下ろしながら呟く。

 

 「―――俺はあの人への恩義を通す。例え何を失おうとも…」

 「フォックス!!」

 「彼女もお前達と関わらなければこんな結末にはならなかっただろうに…」

 

 ギリっと噛み締め、銃口を向けたまま睨みつける。

 決して引き返す様子の無いスネークに対してグレイ・フォックスは肩を竦めた。

 

 「残念だ」

 

 そう呟いて操縦席に戻り、稼働したメタルギアはミサイルを一基放つ。

 飛翔したミサイルはスネークを吹き飛ばそうと向かうも、一発の銃声と共に空中で爆発を起こす。

 

 『また貴様か!』

 

 グレイ・フォックスの叫びを向けられた先には、ホーリーを背負ったクワイエットが狙撃銃を構えて立っていた。

 最小限の動作で次弾を放つと博士を捉えていた兵士が次々と倒れ始め、これ以上は不味いと判断したグレイ・フォックスはメタルギアを前に出して盾になる。

 

 『博士を連れていけ!』

 

 指示されるまま残存している兵士達は博士を連行して行き、見送ったグレイ・フォックスもこの場は撤退するらしい。

 危険な状況は脱したがグスタヴァの容態は予断を許さないだろうし、そもそもクレバスを超える手段がないので追えない。

 どうする事も出来ないスネークにバットは声を荒げる。

 

 「追ってスネーク!こっちは何とかするから!!」

 「追えって言ってもどうやって…」

 「クワイエットさん!」

 

 呼ばれたクワイエットは意図を理解して荷物の一部をその場に残して駆け出す。

 横を通り過ぎようとする中、彼女は軽々とスネークを抱えてクレバスへ。

 

 「ちょ!?何考えてんの!!」

 「お前っ!?」

 

 まさかと顔を青褪める二人を他所にクワイエットは抱えたままクレバスを跳び越えた。

 ホーリーの悲鳴を耳にしながらいとも容易く跳び越えた事に感心する。

 そして着地すると同時に離れて、バットへと叫ぶ。

 

 「そっちは任せるぞ!バット!!」

 

 眼を向ける余裕もないのか頷いて返事を返す。

 追うにしても相手は高位のカードキーを持っていた為にすんなり進んだが、こちらはそう簡単には進む事が出来ない。

 カードキーを入手する為にも手あたり次第部屋を捜索しなければならない。

 

 「ホーリー。この先は所有しているカードキーで何とかなるか?」

 「駄目ね。最低でもカード8は欲しいわね」

 

 となれば探すしかないかと近場の扉を開ける。

 扉を開けた先に広がる光景に戸惑いを隠せない。

 なにせ仕切られたエリア内を腰ほどまでの高さがある植物が埋め尽くしているのだ。

 アンブッシュには適した場所であるのは明白。

 案の定草むらの中から一人の兵士が姿を現した。

 

 「待っていたぞスネーク!」

 「待ち合わせの約束はしていない筈だが?」

 「軽口とは余裕だな。だが、ここは俺――ジャングル・イーブルのフィールド。ジャングルでのアンブッシュで俺の右に出る者は居ない!貴様が本物の蛇か試させて貰うぞ!!」

 

 そう言うとイーブルは草むらの中に溶け込んだ。

 何処だと視線を走らすもあちこちでがさがさと草むらが揺れ、位置が特定し辛い。

 あれだけ見栄を切るだけの実力はあると言う事か。

 出来れば無視して他の部屋に行きたいところだが…。

 

 「確か彼はカード8と9を管理している筈だわ」

 「先に進む為には倒すしかない訳か…行くぞ」

 

 警戒しながら中へと入ると扉が閉まり、逃げ場のない状態で奴と戦わないといけないようだ。

 周囲に気を配るも突如後方に現れたイーブルへの対応が遅れる。

 

 「死ね!スネーク!!―――ッ、うおっ!?」

 「敵は一人じゃないわ!」

 

 トリガーを引こうとしたイーブルにホーリーが発砲。

 当たりはしなかったが奴のタイミングをずらす事には成功した。

 忌々しそうに再び潜るも、今ので対抗策が生まれた。

 

 「俺の背中は任せる。だからお前らの背中は任せろ!」

 「任せたわ!!」

 

 スネークとホーリー、クワイエットの三人が背中合わせとなって周囲を警戒する。

 死角が無くなった事でイーブルも攻撃がし辛い。

 それでも意地がある。

 何度も何度も現れては仕掛け、そして返り討ちにあっては引っ込む。

 気力で喰いついて来るも蓄積しているダメージはそれを超えて行く。

 徐々に動きを鈍らせたイーブルは倒れ込む。

 

 「クソッ…俺がここで後れを取るとは…」

 

 一人では危なかっただろう。

 そう思いながら倒れたイーブルよりカード8を入手する。

 しかしカード9は持っていないようだ

 

 「カード9はどうした?」

 「さぁな…お前達に渡すと思うか?」

 

 くつくつと嘲笑うイーブルは続けて「どうしてもと言うなら探すが良い…」とだけ口にして気を失った。

 探すってどこを…などと現実逃避したいところだが、この草むらをだよなと三人揃って肩を竦ませる。

 それでも一人ではなく三人という人数が居るだけマシというものだろう。

 三人で草を掻き分けて探して周り、見つけたのは戦闘を行っていた出入り口付近ではなく、かなり離れた奥の方だった。

 ここまでくると嫌がらせだと判断して、無意味ながら気絶しているイーブルを睨みつける。 

 

 ため息交じりに拾ったカードを手に先へと進む。

 進んだ先には建物があり、中に入るも放棄でもされたのか監視カメラの電源が落ちている。

 内部を探るも研究所みたいな感じもするがどうも違う…。

 奥へ入って行くと卵が一個転がっていた。

 

 「卵…という事は養鶏場…なんて事は無いわな」

 「なんの卵かしら?」

 「鶏じゃあないのか?」

 

 とりあえずポケットに仕舞う。

 するとそれがきっかけだったのか解らないが、施設の電源が復旧して監視カメラが作動する。

 とは言っても潜入の必需品であるダンボールを使えば何も問題はない

 

 施設を出て道沿いに進むと武器弾薬を大量に積んだトラックがあり、警備の兵士の目を盗んで補給を済ます。

 道中高いセキュリティで保護された扉もカード8とカード9で解除出来た。

 ただ問題はその先にこそあった。

 

 塀で囲まれた先には複数の施設が並び、警備の兵士が巡回をしていた。

 それだけなら問題ではない。

 一番の問題は出入り口である門に線が張られていた事。

 確実にセンサーである事は明白。

 普通に通れば警報が鳴って敵兵が殺到してくる。

 グレイ・フォックスとの一件で敵兵もこの周辺に集まっているだろうから、クワイエットが共にいるとは言え戦闘は避けたいものだ。

 

 「さて、どうしたものか…」

 

 中に入ろうにもしゃがんで入り込めるような隙間もなく、どうしても正面を突破するしかない。

 ただ突破するにも手段や作戦は必要だ。

 どうするどうすると思案し、悩み過ぎたせいか腰の辺りがむずむずする。

 気のせいだと思っていたむず痒さははっきりしたものと成り、押されたような衝撃を受ける。

 なんだと振り返るとクワイエットとホーリーが神妙な顔でこちらを見つめていた。

 

 「さっき押したか?」

 「い、いや、押してはいないんだけど…」

 

 妙な反応に首を傾げていると肩が重さを感じ、二人の視線がそちらに向いた。

 スネークもゆっくりと振り向くとそこには小さなフクロウがちょこんと乗っていた。

 

 「いつの間に?ていうか何処から?」

 「貴方のポケットからよ」

 

 そう言われてポケットに視線を落とすと卵の殻が散っていた。

 まさか先の卵が孵ったのがこいつかと目を見開く。

 視線を集めたフクロウは何気ない様子で「ホォ…ホォ…」と鳴き始めた。

 周囲の雑音が少なかった事もあって非常に響いた。

 不味いと慌てると近くに居た兵士が反応を示す。

 気付かれたかと銃に手を掛ける…。

 

 「もうそんな時間か…」

 

 兵士は欠伸一つ零して側のボタンを押す。

 すると入り口の線が消えて兵士は去って行く。

 三者三様にこの事実に驚きつつ、スネークはフクロウの頭を軽く撫でる。

 

 「お前、良い子だな」

 「蛇に集う鳥ってどうなのよ」

 「本当にな…」

 

 鳩が居なくなったと思ったら今度はフクロウか。

 小さく鼻で笑って通れるようになった門を通るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体が重い…。

 ここは何処?

 ゆったりと意識が覚醒して行き、身体中に痛みが走って強制的に叩き起こされる。

 

 「―――イッ…ここは?」

 

 眼を覚ましたグスタヴァは目を擦りながら周囲を一瞥してそう呟いた。

 自身は清潔感のあるベッドに寝かされており、周りには同様のベッドが並び、鼻孔を薬剤の香りが擽る事から医務室という事は理解出来た。

 しかしなぜ自分が医務室に居るのかが理解出来ていなかった。

 いや、記憶と意識が追い付いていなかった。

 順序だてて出来事を思い返していると自分が橋を渡っている最中にメタルギアの攻撃を受けた事を思い出す。

 私はやられたのかと解り、身体中の痛みと巻かれている包帯を見てよく死ななかったものだと感心する。

 そうしていると向こうから女性が気付いて近づいて来た。

 ザンジバーランドには女性兵士は居ない筈と疑問符を浮かべながら彼女に警戒を向ける。

 

 「起きたようね。バット!彼女起きたわよ」

 

 バットを呼んだことで幾らか警戒が和らぐ。

 味方かどうかは解らないが、敵ではなさそうではある。

 彼女―――ジェニファーに呼ばれたバットは安堵した様子であった。

 

 「良かった。怪我も酷かったし、俺自身スキルの把握しきっていた訳ではないんで心配だったんだ」

 「…それよりあの後どうなったの?スネークは?」

 「博士が連れていかれた。スネークは貴方を撃ったメタルギアを追って行ったよ。グレイ・フォックスが乗るメタルギアを…」

 「そう……そうなのね…」

 

 グレイ・フォックス…。

 フランク・ハンターの話をしていた際に出た彼のコードネーム。

 私は彼に撃たれたんだと言う事実が心を搔き乱すも、彼を知っているだけに納得している落ち着いている自分が居る。

 …ただ身体の怪我以上に心が痛い…。

 傷心しているグスタヴァにバットに選択を迫る。

 

 「現状スネークとクワイエットさん、ホーリーが追跡中。俺も後を追わなきゃいけないけどその前に貴女に聞くべき事がある」

 「私に聞くべき事?情報なら…」

 「一つ、負傷した事から実戦は難しいと判断して彼女達と共にここから脱出するという選択」

 

 彼女達と脱出と聞いてジェニファーに視線を向けると小さく微笑を返された。

 

 「私達は彼らの協力者。だけど最後まで付き合う気はないの。すでに目的は達せられたし、彼らには充分な協力はしたと考えているの」

 「しかし、ここから脱出と言っても容易ではないでしょう」

 「そこは大丈夫。スネークとバットが暴れてくれたおかげで注意はそっちに向いているし、こちらには新しい協力者(・・・・・・)も得たから脱出手段も確保出来た。少なくとも貴方一人増えたところで問題ないわ」

 

 グスタヴァは悩む。

 ジェニファーの言う通りなら自身の状態を鑑みても彼女らと離れるのが正しいだろう。

 けれど任務を放置し、人任せにして良いのか?

 それ以上に…と頭を過った辺りでバットがもう一つの選択肢を提示する。

 

 「もう一つは俺と一緒にフランクをぶっ飛ばすという選択」

 「フランクを…」

 「眠り姫を王子様が起こすなら兎も角、眠りにつかせようとするなんて話に合わねぇだろ」

 「けど、私のこの状態では足手まといになるでしょう…」

 「なら俺も行こう」

 

 そう言って話に参加したのはカイル・シュナイダーであった。

 ブラック・カラーは知っていても中身のシュナイダーを知らなかったグスタヴァは「誰?」と首を傾げ、彼の状態を知っているジェニファーは首を横に振った。

 

 「駄目よ。貴方の身体は…」

 「まだ俺は動ける。それに俺達だけでなくここに居るレジスタンスの同志と子供達を脱出させるには陽動は必要だ。スネーク達に合わせて俺達も行けば警戒はクレバスの方に向くだろう。そうなれば脱出はより容易くなる」

 「それはそうだけど…」

 「なにも死に行く訳ではない。蛇と蝙蝠に借りを返すだけだ。時間が経てば利息が付きそうだしな」

 「けど良いのか?それはビッグボスとの戦いに…」

 「俺は痴話喧嘩の仲裁込みで怪我人の護衛だ。ボスと戦う気はない」

 

 ジェニファーは納得できていないようだが、陽動は欲しかったために理解は出来てしまったために、それ以上口を挟む事は無かった。

 二人の話が済んだことでバットはほくそ笑みながら問いかける。

 

 「で、どうします?再会を記念して強めのビンタ喰らわしてやらね?」

 「ふふ、良いわね」

 

 冗談交じりに返すグスタヴァはクスリと微笑む。

 ここに陽動やスネークとの合流、フランクを引っ叩く為に急造チームが誕生し、グレイ・フォックスは悪寒を感じるのであった…。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏切者の存在

 スネークと別行動中のバットは急ぎ合流しようと先を急ぐ。

 正直任務達成を考えるだけならスネークにクワイエットさんが居る向こうが負けるとは万が一にも思ってはいないのだが、クライマックスを見逃すのは癪だし、一緒に居るグスタヴァさんが到着する前にグレイ・フォックスを倒されては困るのだ。

 だから急ぐも警備を強化している敵が邪魔で仕方がない。

 向こうから言えば計画の邪魔をしているのはこちらなのだが…。

 

 渡るには難しかったクレバスはクワイエットが置いて行った荷物の中に合ったハンググライダーでバットは飛び越え、グスタヴァは身体強化されているシュナイダーと何とか跳び越えた。

 だが、問題はその先にこそあった。

 正確な地図を知っている訳ではない為に、手当たり次第に探すしかない一行は腰の辺りまで草が生えた一室に入り込む。

 そこはスネーク達がジャングル・イーブルと戦った場所である。

 

 誰も居ない(・・・・・)と判断しかけたバットは感じ取って銃を構える。

 

 「どうしたバット?」

 「……何かいる―――ッ、ここは狩場か!!」

 

 覚えのあるひり付く雰囲気にバットは叫ぶ。

 同時に響く銃声にシュナイダーが反応してグスタヴァを伏せさせて身を隠す。

 バットもバットで伏せて身を隠しながら周囲を探る。

 

 敵側だったシュナイダーは幾らか事情に詳しい。

 姿がなかったことから熟練の兵である事は確か。

 ザンジバーランドに名を連ねた兵士の中でこういう場所での戦闘が得意なものと言えば思い当たるのは一人だった。

 

 「気を付けろバット。ここに居るのはプレデター(ジャングル・イーブル)だ!」

 「誰ですかそれ…」

 「密林地帯でのアンブッシュが得意な兵士だ」

 「そいつは複数人ですか?」

 「いや、一人だが…」

 「だったらもう一人(・・・・)は誰だ!」

 

 シュナイダーは気付けなかったが耳を鍛えたバットは二人分の移動音を捉えていた。

 そしてそのどちらも姿が見えない。

 一人はシュナイダーが言っていた通りだとしてももう一人は…。

 

 「姿が見えないもう一人―――ッ、まさかナイト・サイト(フライト)か!?」

 「だから誰ですか?」

 「伝説のゲリラ部隊“ウェイパーズ”の生き残りだ。俺も話でしか聞いた事ないが最新のカモフラージュ・スーツ(ステルス迷彩)を装備し、ウェイ・ション・ショウ・シャンを使うぞ」

 「ウェイ・ション…なに!?」

 「つまりは消音拳銃だ!」

 「ならばやり様はある。二人は壁際に!」

 

 動けるとは言え怪我人を抱えての戦いは非常に不味い。

 ここはシュナイダーに護りに入って貰うとして、攻め手は自分が対応しなければとバットは舌打ちを零す。

 姿を隠すのが上手い敵とは戦った経験はあれど、姿を消す相手に勝った試しはない。

 ただクワイエットのように姿を消したまま長距離狙撃で一方的に撃ってくる訳ではなく、拳銃でこの狭い室内だけならまだやり様はある。 

 ガザガザと草むらを掻き分けて室内の真ん中で立ち上がり、わざと姿を晒して目をそっと閉じる。

 

 あのクソ親父なら難なく突破するだろう。

 最悪草むらに火を放って外で待っているかも知れない。

 だけど俺はそんな手を使いたくないし、正直苛立つほどに腹が立っている。

 自身の中で否定しているがクワイエットさんと同じく姿を消せる敵…。

 

 …半分勝手な八つ当たり。

 向けられる方は溜まったものではない。

 

 がさがさと草が揺れる音がする。

 姿を隠しているにしても消しているにせよ、どちらも存在している以上は音が発生する。

 鳴らないようにしていてもこれだけ人気が無く音の発生が少ない場所では嫌でも目立つ。

 耳から入る情報で敵の位置がだいたい把握できる。

 しかしそれはだいたいであり正確な位置でなければ小さな銃弾は当たらない。

 散弾銃かグレネードランチャーでも持っていれば話は別だったろうが…。

 

 小さい音が僅かに上がる。

 同時にシュナイダーとグスタヴァの声も…。

 そちらに振り返りながらベレッタM92を向けるとそこには銃口を向けるガスマスクをした男が居た。

 姿が見えた事からプレデターだと判断し、横っ飛びに銃口から逃れつつ左手で手榴弾を放る。

 当然プレデターは射撃するも手榴弾を見て中断。

 即座に隠れようとするもバットが正確な射撃で手榴弾を撃ち抜き、プレデター近くで爆発四散させた。

 

 直撃ではないにせよ爆発によって破片が爆風によって散り、プレデターは背中に背負っていたタンクが被弾する。

 それだけではなく銃にも深刻なダメージが入り、戦闘能力が一気に激減した。

 戸惑いを見せるプレデターにバットは右肩を撃ち抜く。

 

 痛みで倒れ込んだプレデターから意識を外し、もう一方に向けようとするも音がしない。

 今は相手も動いていない。

 先の手榴弾の爆発を受けて行動不能に陥った―――っと思いたいが、そう都合の良い話も早々ないだろうな。

 

 ―――バシュ…。

 

 抜けたような音がする。

 僅かに身体を動かす。

 左腕に焼けるような痛みが走る。

 おかげで痛みと発砲音(・・・)で相手の位置が解り、振り返り様に二発撃ち込んだ。

 

 撃たれた衝撃からかステルス迷彩は解除され、ナイト・サイトはその姿を現した。

 音の発生源を狙ったが為にナイトは右腕と右肩辺りを撃ち抜かれていた。

 傷口を抑えながらバットを睨みつける。

 

 「……何故だ…どうして俺の居場所を…」

 「音だよ」

 「音?」

 「消音拳銃つっても音が完全に消える訳じゃあない。発砲すれば幾らか小さくなる程度で音は出るんだよ」

 「最新技術と銃を過信し過ぎた結果か…俺も落ちたものだな…」

 

 乾いた笑みを浮かべながらナイトはがっくりと肩を落としてその場にて膝をついた。

 ナイトとプレデターをシュナイダーが縛り上げている最中、バットはグスタヴァに撃たれた左腕の応急手当をして貰いながら、ナイトが落としたウェイ・ション・ショウ・シャン―――サイレンサー一体型拳銃“64式微声拳銃”をジロジロと眺める。

 リボルバーを愛用しているけどこういった拳銃もあのクソ親父は好きそうだなと苦笑いを浮かべ、包帯をきつく巻かれる痛みで顔が歪む。

 

 

 

 

 

 

 その頃、スネーク達は困惑した様子で床を眺めていた。

 先へ進んでエレベーターにて地下へと降りた一行は、とある通路で足止めを喰らっていた。

 敵兵が居たとかブービートラップが仕掛けられていたとか言う話ではない。

 通路に濃硫酸が撒かれていたのである。

 一応跳び越えられないほどではないにしても、ミスれば掠り傷では済まないだろう。

 そこで濃硫酸を除去する為の方法を模索するも、化学の専門家が居る訳ではないので自然と無線で問いかける事に。

 

 『濃硫酸?だったらチョコレートで何とかなる!良いか、チョコレートで濃硫酸は対処できる!!』

 

 俺達はそのマスターの一言に耳とマスターの頭を疑った。

 しかし実際にB1レーションに入っていたチョコレートを撒いたら濃硫酸を無害化する事に成功。

 三人は疑ってしまった事を心の中だけで謝った。

 

 なんにせよ先に進めるようになったので、途中途中撒かれた濃硫酸を同様に無効化して進み、最奥の扉を開けるとそこには白衣を着た研究者が二人…。

 

 「「――ッ、助けてくれ!?」」

 「…ナニコレ?」

 

 入った矢先に視界に入ったのは鳩に襲われているドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナー博士と、マッドナー博士から距離を取っているキオ・マルフ博士。

 両者とも入るや否や助けを求めて来て、求められたスネークは現状が理解出来ず首を傾げる。

 

 「居なくなったと思ったら…まぁ、良い。キオ・マルフ博士ですね?」

 「あぁ…ああ!そうだとも。助かった!私を助けて欲しい!!」

 「勿論だ。俺達はアンタを救出しに――」

 「マッドナーに殺される(・・・・・・・・・・)!!」

 「…マッドナー博士、どういうことか説明を」

 

 クレバスで別れた鳩はマッドナー博士に付いてここまで来ていたのだろう。

 スネークがマッドナーとマルフの間に入ると鳩はスネークの肩に止まる。

 右肩にフクロウ、左肩に鳩が止まっている状態にも関わらず、スネークは一切気にせずマッドナー博士を睨みつける。

 すると後から入って来たホーリーが睨むどころか銃口をマッドナーに向けた。

 

 「おい、ホーリー…」

 「気になって本局にペトロヴィッチ博士の事を調べて貰ったのよ。彼は敵側の人間よ」

 「…なに?」

 

 銃口を向けたままホーリーは語る。

 調べではアウターヘブン後の博士はあまり良い扱いをされていなかったらしい。

 メタルギアを始めとした過激な極論を西側は受け入れられず、学界から疎外されて腫れもののように触れないようにされて存在すら忘れられていった…。

 そんな学会に対して良い思いを抱くはずもない。

 調べ上げた情報にはマッドナー博士が西側の最新科学を流した形跡が見られた。

 それもザンジバーランドに…。

 ホーリーによって語られた話は事実であったようで、マッドナー博士は諦めた様子でその場に腰を降ろした。

 

 「その通りじゃ…あの事件以降儂は非難され続けた。過激だと言って聞く事もなくメタルギアは切り捨てられた…。儂は悔しかった。世界を守るために君らに協力したというのに儂は世界に裏切られた!いや、裏切るどころかメタルギアごと切り捨てられたのだ!!儂は悔しい!憎い!だからザンジバーランドに協力したのじゃ!彼らは儂を必要としてくれた!メタルギアの重要性を認めてくれた!十分すぎるほどの援助も!」

 「まさかマルフ博士に近づいたのも…」

 「…思っている通りじゃ。OILIXを手に入れる為にマルフに近づいた…すまんかったなマルフ博士…本当に申し訳なかった…」

 

 がっくりと項垂れたまま謝罪したマッドナーにマルフは少し考え込んだ様子だった。

 多分だが殺されそうと助けを求めたのは、OILIXの情報を聞き出そうと迫ったのだろう。

 危うい場面だっただろう。

 そんな目に合わされただろうに科学者ゆえかマッドナーの気持ちを理解したマルフ博士は同情したような視線を向ける。

 

 だがそんな博士の気持ちは関係なく、スネークとしてはどうすべきか悩むところであった。

 なにせ彼は裏切り者だ。

 救出後にトイレと言って離れたのはこちらの情報を伝えていたと考えるべきで、そうなるとグスタヴァが大怪我を負う事になったメタルギアでの待ち伏せはその情報を元にした可能性が高い。

 これ以上同行しても危険が増すばかり。

 情報を流されずとも万が一に背後から銃口でも向けられたら目も当てられない。

 かといって縛って放置という訳にも行かない。

 娘のエレンの為にも連れて帰ってやりたい気持ちはある。

 

 「さて、どうしたものか…」

 

 銃口を向けるホーリーは“敵”としてマッドナー博士を見ており、俺は中途半端な状態で見ている。

 クワイエットに視線を向けるも彼女は私は関係ないと言わんばかりに壁に凭れて楽にしている。

 ここはバットの意見も聞きたいが、ここで待っているのもどうなのか。

 

 「すまんがOILIXの設計図を回収したいのだが…」

 「回収?博士が持っているのでは?」

 「いや、このロッカーの奥に隠した」

 「なら開ければ良いじゃない」

 「それが開かないのだよ。違うな、開けれないんだ」

 

 マルフ博士はOILIXの設計図がはいったカートリッジを奪われないようにロッカー奥に隠しはしたのだが、鍵を自分が持っていては奪われて簡単に開けられてしまう。

 なので信頼できる相手に鍵を預けたという。

 

 「鍵はナターシャが持っている。彼女に会わんかったか?」

 「ナターシャ?いや、会っていないが…」

 「私達があった女性と言えば、ここに居る面子を除けばグスタヴァだけよね」

 「あぁ、そう言う事かグスタヴァがナターシャなんだ」

 

 マルフ博士が言うにはグスタヴァ・ヘフナーが彼の言う“ナターシャ・マルコヴァ”だという。

 スネークは昔の記憶を思い出すも彼女がオリンピック選手だったという事と顔は思い出せても、名前まではっきり覚えていた訳ではなかった。

 どちらかは偽名かコードネームだろうと判断する。

 そんな事よりもこれで方針が決まった。

 

 OILIXの設計図を放置する訳にはいかないので、ナターシャ…グスタヴァを待つしかなくなり、スネークは二重の意味でバット達が合流するのを待つのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

灰色狐と裸蛇

 マルフ博士がロッカー奥に隠したOILIXの設計図が入ったカートリッジを回収すべく、バット達と合流したスネーク一行は何とか無事(・・・・・)にカートリッジを入手する事が出来た。

 …と、いうのも隠したマルフ博士の想いを酌んでか自然のトラップが形成されていたからに他ならない。

 グスタヴァより鍵である形状記憶合金のブローチでロッカーを開けたが、隠したとされるカートリッジは見当たらなかった。

 そして代わりと言えば良いのかロッカーの奥に小さな穴が空いていて、そこはハムスターの巣窟となっていたのだ。

 ハムスターと言えば可愛らしいイメージが強かった女性陣であるも、無線で聞いたところ猛毒を持つ“ザンジバーハムスター”という警戒心の高い種と聞けば、顔を青ざめて若干どころかガチで引いていた。

 巣を覗いてみればさすが鼠…。

 かなり大所帯で住み着いており、その奥の方にカートリッジらしきものが転がっていた。

 どうもザンジバーハムスターが引き摺っていったらしい。

 

 対処法はチーズでおびき寄せて対処せよとの事だった。

 ここは戦場…。

 それも敵地のど真ん中である。

 ショッピングに来ている訳ではないのだが…と口にするも、レーションの種類の中にはチーズ入りがあったのでそれで何とかする事が出来た。

 

 …それにしても鳩に濃硫酸にハムスターなどザンジバーランドでは、レーションを使わないと進めない事が多すぎやしないか?

 疑念を呑み込み、スネークはバットとグスタヴァと共に先へと向かう。

 さすがにここから先グレイ・フォックスやビッグボスが出て来ることを考えると博士たちは連れて行けない。

 なのでマルフ博士とマッドナー博士は脱出準備に入ったジェニファーと合流させる。

 無論博士二人で警備の目を逃れる術はないのでホーリーとシュナイダーが護衛兼脱出経路の確保に向かってくれる。

 

 クワイエットに関しては文字通り姿を見なくなった。

 正確には合流した後にバットとなにやら話をしてから姿を暗ました。

 凡そ彼女の目的に関する事なのだろう。

 ビッグボスへの報復…。

 それこそが彼女が協力する目的であり、ここに来た目的なのだから。

 

 「で、なんでこの面子なんだ?」

 「そりゃあ、俺はクライマックス逃したくないし、彼女はグレイ・フォックスに用があるからでしょ」

 「お前…メタルギア戦忘れてないか?」

 「任せますよ。マッドナー博士から聞いてたっぽいし」

 

 バットと合流したマッドナー博士はそれまで罪の意識に苛まれたのか、俺にメタルギアの弱点を教えてくれた。

 アウターヘブン時のメタルギアを改良したものなのだが、脚部と底部を繋げる足首部分が機体の設計上脆弱になってしまったとの事。

 どちらでも構わないが片方を破損させる事が出来れば自重によって潰える…らしい。

 元々裏切っていただけに誤情報を与えてきた可能性も考えられるが、出来れば娘の事も考えて改めてくれたと思いたいところだ。

 合流した一室から隠し通路…通路というよりは滑り台を通って地下へと辿り着いた三人は警戒しながら先にある扉を開く。

 そこは広い一室で、一機のメタルギアが待ち構えていた。

 

 『ここまで来てしまったか』

 

 動き出したメタルギアを見上げながら銃を構える。

 さすがに二重の意味で(・・・・・・)グスタヴァに戦えとは言えないので、スネークとバットは離れて待っているようにと指示して前に出る。

 

 『改良型であるこのメタルギア改Dは完成し、すでに量産型であるメタルギアGの生産体制は整った。もうお前達には止められない』

 「いや、例え量産されようともビッグボスさえ押さえれば問題はない」

 『ビッグボスはこの先に居るがそれは不可能だな。お前達に本物の恐怖と敗北感を教えてやる』

 

 口にせずともここは通さないと言う決意で立ち塞がるメタルギア改Dに、スネークはマッドナー博士の弱点を試そうと突っ込む。

 こちらを吹き飛ばそうとミサイルが放たれるが銃声と共に空中で爆発する。

 

 「ミサイルは任せて。そっちは本体を!」

 「デカイ口叩いて撃ち漏らすなよ」

 「全部叩き落してやるよ」

 

 軽口を叩きながら有線付きなら有線を、無しならそのまま弾丸を撃ち込んで行くのを目を向けず、スネークはただただ接近してグレネードを放り込む。

 繋ぎである足首で爆発が起こるたびにバランスが若干ながら崩れ、博士が言った攻撃が有効な事が証明された。

 

 『やるなスネーク!しかしこれで…』

 

 踏み潰さんと持ち上げられた足が頭上より振って来る。

 大慌てて駆けて回避するも、踏みつけた振動で身体が大きく揺れる。

 援護しようとしたバットにはミサイルではなく機銃を向ける。

 

 注意が完全にバットに向いた瞬間、スネークは今まで温存しておいたリモコンミサイルを取り出して発射する。

 誘導されたリモコンミサイルは足首に直撃し、爆発を起こして大きく破損させる。

 バランスが取り辛く、何とか踏ん張ろうとするも次いで二発目を直撃させる。

 

 『何故こうも…』

 「まだ不完全だったという事だろう」

 『―――ッ、マッドナー博士め!!』

 

 悔やむ様な叫びをあげるも、自らの重みを支えきれずに傾き始めたメタルギア改Dは、三発目を受けて足首が砕けて転倒した。

 立ち上がろうにも手がないメタルギアでは出来ないだろう。

 以外に呆気なかったメタルギア戦に一息つく二人。

 しかしそれで終わるには早すぎた。

 

 操縦室から出て来たグレイ・フォックスが飛び退くと同時にメタルギアが爆発したのだ。

 ミサイルや機銃など武器弾薬を詰んでいるメタルギアの自爆となれば規模は大きく。

 リモコンミサイルを放つ際に多少離れていたスネークは巻き込まれて地面を転がる。

 身体中の痛みを感じつつ、骨折などがない事を軽く確認して周囲を確かめる。

 爆発の影響で周囲は火の海となっており、囲まれている炎によってバット達やグレイ・フォックスがどうなったのかなどが全く分からない。

 

 「バット!グスタヴァ!無事か!?」

 「こっちは何とか無事です!」

 「――ッ、スネーク後ろ!!」

 

 言われるがまま振り返ると炎上するメタルギアを跳び越えてグレイ・フォックスが襲い掛かって来た。

 咄嗟にFNブローニング・ハイパワーを構えて撃つと、弾こうと射線に合わせたマチェットで防がれる。

 ただ向こうも跳び出した直後で狙いが甘かったのもあって弾くのではなく受け止める形で刃が砕けた。

 続けて二射目を放つとそれに狙ったかのように宙を舞う刃の欠片の一つを投げ、排莢口に見事に挟み込まれてしまった。

 

 「ジャム(・・・)った!?」

 

 襲い掛かって来るグレイ・フォックスを前に詰まりを直す事は出来ない。

 仕方なく投げ捨ててCQCで応戦する。

 跳びかかられた事もあって上段からの一撃が重い。

 負担を感じながら受け流して地面に叩き付けるように投げる。

 しかしさすがに簡単には行かず、グレイ・フォックスは身体を捻って上手く衝撃を殺すように転がって立ち上がる。

 一定の距離を保って対峙し、その様子を離れた位置から見ていたバットはモシン・ナガンを構える。

 

 「援護を――」

 「いらん。ここは俺に任せろ!お前はボスを!!」

 「……分かりました。前菜は譲りますからメインは頂きますよ。残って無くても文句は無しで」

 

 手出し無用と口にすると冗談交じりの返答に微笑み、目の前のグレイ・フォックスに対してベレッタを抜こうとすると制止された。

 

 「周囲は炎…良いステージだとは思わないか?――素手だ!素手で決着を付けよう!!」

 「良いだろう。フォックス、アンタの腐った性根を叩き直してやる!」

 「面白い。俺はお前とやれる時を心待ちにしていたんだ!」

 

 銃を抜く事無く互いに武器は拳。

 グスタヴァが離れた位置で見守るも、お互いそんな事(・・・・)に意識を向けてはいない。

 意識を向けるは眼前の敵にのみ。

 

 「フォックスの称号の貴さを思い知れ!」

 

 先に動いたのはグレイ・フォックスだった。

 素早い動きで距離を詰めて一撃を放って来た。

 無論CQCを用いて受け、反撃するが全てが全て防げるわけでもない。

 向こうも高いCQC技術を有し、こちらの攻撃を受け流して反撃しようと応酬を繰り返す。

 

 「何故だ!?何故こんなことを!!」

 「すべてはビッグボスの為だ!お前にとって単なる上官でも俺には二度も命を救ってくれた大恩人。裏切る事など出来ない!ベトナムで白人との二世だった俺は人種差別を受け、強制労働を強いられ、小さくして戦場で戦わされ続けてきた。その地獄がお前に解るか!?」

 

 重い(想い)一撃が入る。

 脚がぐらついて視界が歪む。

 そこを狙って拳を振り上げられる。

 

 「恩返しのつもりかコレが!!」

 

 俺が想像出来ないほどの体験だっただろう。

 だからと言ってビッグボスがやっている行為は世界を混沌とさせ、さらに同様の体験をする子供を生み出しかねない。

 何とか突き出された拳を躱し、踏ん張って殴り返した。

 

 一発、二発と叩きかける。

 向こうも殴られるだけには留まらず殴り返してくる。

 こうなってはお互いに殴っては殴られの殴り合い。

 殴られる度にダメージが蓄積されていくが、それ以上にグレイ・フォックスの方が弱っていた。

 なにせメタルギアの爆発を一番受けたのは操縦していた彼なのだから。

 火傷や裂傷は勿論、爆風や爆音で至る所を負傷しており、見た目的にも頭部から血を流している。

 弱り切っているグレイ・フォックスが先に限界に達するのは道理であった。 

 

 「俺は戦争が憎い!だが、俺達には戦争が必要なんだ。命のやり取りの場でしか生を見いだせない俺達にはな!!」

 

 すでに限界は迎えている筈だ。

 メタルギアの爆発をもろに受けていて、殴り合いでのダメージも加算して満身創痍。

 立ってられる状態でない。

 それでもグレイ・フォックスは立ち上がり向かってくる。

 

 これが最後だと構えるスネークの拳がグレイ・フォックスを打ち抜く事は無かった。

 振り被られた一撃は最早力が入っておらず、そのまま倒れ込むように凭れかかって来たのだ。

 

 「俺達は平和には馴染めない。所詮は戦争屋………戦わなければ己の存在意義を見出せない。そんな俺が誰かを幸せに出来る筈がないだろぉ…」

 「グレイ・フォックス…アンタは…」

 「どうやらフォックスの称号を譲る時が来たようだな。“ファン”の期待を裏切るなよ…」

 「ファン!?まさかお前が…」

 

 “ファンの一人”と言って無線で助言してくれていたのがグレイ・フォックスと知って驚く。

 その当人は凭れる事もままならず、力なくその場に倒れ込もうとするグレイ・フォックスを駆け付けたグスタヴァが受け止める。

 ゆっくりと横になれるように手助けし、彼女は包むように抱き込む。

 

 「グスタヴァ…」

 「…彼の事は私に任せて。行って」

 

 スネークは口を挟む事はせず、グスタヴァにグレイ・フォックスを任せて自分は先に向かったバットの下へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 ビッグボス…昔のコードネームで言う所のネイキッド・スネークは、メタルギアに搭乗して待ち構えていたグレイ・フォックスを抜いて、自身の前に現れた蝙蝠と対峙していた。

 会ったのは初めてだが、アイツとパスの面影があって懐かしさを覚える。

 しかし…だからと言って手を抜くつもりはない。

 立ち止まって追って来た蝙蝠と対峙すると眉を潜められた。

 

 「ビッグボスって聞いてたからもしかしてと思ったけど角がない(・・・・)。アンタ、誰だ?」

 「あぁ、そうか。お前が知っているビッグボスは“エイハブ”…“ヴェノム・スネーク”だったな」

 

 それはそうだな。

 この小さな蝙蝠にとってビッグボスはエイハブであり俺ではない。

 当然の疑問だろう。

 返した言葉に余計に眉を潜められる。 

 

 「偽者本物とかそういう話?それとも“ビッグボス”というのは受け継がれる称号なのか?」

 「いや、俺とエイハブの二人でビッグボスだった(・・・)

 「あぁ、そういう…」

 

 理解して何を想ったのか一瞬だが瞳に殺意が宿り、瞬きを挟むとその殺意は完全に消え去っていた。

 あの年で殺意の…感情のコントロールが幾らか出来ているらしい。

 いつも感情の赴くままだったアイツ(・・・)とは大違いだな。  

 クスリと微笑むも蝙蝠はピクリとも反応を示さない。

 互いに見つめ合う僅かな間を挟み、蝙蝠が先に口を開いた。

 

 「では、始めますか?」

 「そうだな」 

 

 こちらは知っているだけで初対面同士の戦いは悪意や恨み辛みの感情を抜きにして始まった。

 蝙蝠が手にしたのはモシン・ナガン。

 距離が離れていた分、こちらがやや不利であるが長距離と言う程ではない。

 狙いが定まらないように左右に素早く動いて距離を詰める。

 中々に腕はいいらしい。

 当てては来なかったものの、かなり際どい弾丸が通り過ぎていく。

 狙いは鋭く、動く相手にも結構合わせて来る。

 アイツに比べて狙撃の技術は上。

 だけどそれだけだ(・・・・・)

 ジ・エンド程の腕前は無く、動きも比較して遅い。

 年齢と経験に対して腕はかなり良くとも、今まで戦って来た相手と比較すると弱い。

 

 走りながら拳銃を構えるとモシン・ナガンでは対処しきれないと判断したらしく、マイクロウージー(Micro UZI)を二丁取り出して弾幕を張り出した。

 サブマシンガン二丁撃ちの弾幕に突っ込むのは辞め、コンテナに身を隠しながら応戦する。

 

 射撃に自信がある? 

 否と経験と感覚で判断する。

 自信はあるのだろうけど今の攻撃は近づけないようにするためのもの。

 接近戦はお好みではないらしい。

 ならばそれで攻めてやろう。

 

 片方のウージーが弾切れを起こした瞬間にコンテナより跳び出す。

 弾倉を交換しようとでも思っていたのだろう。

 突然跳び出された事に驚いて対処が遅れている。

 やはり腕はあっても実戦経験は存外ないのかも知れない。

 

 舌打ちひとつ漏らしながら弾倉の交換を諦め、邪魔な弾切れになったウージーを投げつけて、ベレッタを抜いていたが最早間に合わんだろう。

 薄くなった弾雨を突破してマイクロウージーを軽く弾く。

 慌ててベレッタをこちらの頭部に向けようとするも、それより早くCQCを用いて軽く投げ飛ばす。

 地面に叩きつけられた衝撃で呻くも、気にすることなくそのまま押さえつける。

 動きも取れなくなった蝙蝠は苦々しそうにこちらを睨む。

 

 「クソッ、アンタ幾つだよ!?少しは歳を考えろ!!」

 「ふっ、良い腕ではあったがまだまだ若いな。敗因はそれか?」

 「万全の状態で挑める方が稀だ。敗因を怪我のせいになんかしない」

 

 見た目はアイツに似ていても中身は異なるようだ。

 撃たれたのか左腕には手当てを施している。

 これがアイツなら痛みを感じる事無く怪我をする前の状態に戻していた事だろう。

 

 この子単体で見れば将来が楽しみ…いや、将来が危惧されるレベルである。

 しかし知っていればアイツの子供という目で見て(比較)しまう。

 CQCの心得は無し。

 奴が得意だった早撃ちの片鱗もなかった。

 

 「…銃の撃ち方、扱いは見事だったな」

 「教えてくれた教官が優秀(オセロット)だったもんでね」

 「そうか」

 

 アウターヘブンではレジスタンスの救出によって仲間を増やし、ここザンジバーランドではこちらの勢力下で勢力を持ってはいたが、どちらも協力意思のあるレジスタンスが関わっての事。

 動物には異様に愛されるらしいが、アイツのように敵兵を味方に引き込むスキルは持っていない。

 厄介な兵士ではあるがアイツに比べたら格段にも劣る。

 

 これは決して落胆ではない。

 アイツとは確かに劣るがこの子はこの子で若くして才覚を発揮している。

 自陣営なら将来が楽しみで仕方がなかった事だろう。

 本当に敵である事が悔やまれる。

 

 「さて、何処かで見ているんだろうクワイエット!」

 

 バットにスネーク、グスタヴァの姿が現れた時点で警戒していたクワイエットの存在。

 逆恨みだとしても狙う理由を持っている奴の姿がない事に危機感を抱かない筈がない。

 姿を文字通り消すスナイパー。

 人間離れした身体能力を持つ彼女にこの老いた身でどれほど喰いつけるかは解らない。

 だが負けを認めてただただ敗北を受け入れる事なぞ出来やしない。

 

 俺はここに居るぞと訴えかけるも思ったほか反応のない事に疑問を抱く。

 すると押さえつけているバットがクツクツと嗤い始めた。

 

 「なにがおかしい?」

 「可笑しいでしょ。ここに居ない人を呼び続ける様は滑稽でしょう。クワイエットさんはアンタに報復しようとしている―――けど、誰がアンタを殺す事が報復内容って言った?」

 

 なんだ?

 この感覚はなんだ?

 ぞわりと背筋を撫でるような感覚。

 この俺が怯えている?

 違う、ただ怯えているのではない。

 何とも言えない懐かしさ………哀愁を感じているのか?

 

 視界に砂嵐が走ったように荒れる。

 無邪気に笑う様がバット(・・・)と被り、その笑みに見え隠れする不安が混じりながらの意思の強さにパス(・・)を見た。

 頭に浮かぶはマザーベースでメタルギア越しだが対峙した二人の姿…。

 重なる記憶と現実の狭間に入り込むも、それを呼び戻したのは基地を揺るがすような数度に渡る爆発らしい振動であった。

 

 「核を手に入れたのもメタルギアありきの話だろ。ならメタルギアが無ければお話にならないのでは?」

 「―――ッ、まさか!?」

 

 嘗めていた。

 アイツと比べて大したことがないと高を括ったツケがコレか。

 やり方こそ違うもこいつもこいつで厄介な事を。

 

 クワイエットが行おうとしていたのは俺への報復。

 なら俺の命が狙いとは限らない。

 奴は…奴らは俺の行動を潰しに掛かったのだ。

 すでに精鋭と呼ばれる連中は破れ、クワイエットを足止めできるような兵士はいない。

 彼女一人でも量産体制にあったメタルギアの工場を破壊する事は簡単だったろう。

 してやられたと苦虫を噛んだ顔をすれば太ももに痛みが走る。

 一瞬の隙を突いて押しのけられ、転がって距離を取られた。

 

 「俺の趣味ではなかったけど、持ってて良かったよ」

 

 何処に隠し持っていたのかジャングル・イーブル(プレデター)64式微声拳銃(ウェイ・ション・ショウ・シャン)を手にしていた。

 抑えられる直前に見られないように抜いており、腕も抑えていた為に何とか狙えた太ももを撃ったのだ。

 掠めただけだが効果はあった。

 

 「歳を考えろというならもっと年寄りを労われ」

 「俺より元気だろアンタ…それにその役目はあっちに譲るよ」

 

 もう疲れたと言わん雰囲気のバット(・・・)の示された先には、負傷しながらもこちらに敵意を向けているソリッド・スネークが立っていた。

 

 「…蛇は一人でいい……か」

 

 今日は本当に懐かしい事ばかり脳裏を過る。

 ネイキッド・スネークはソリッド・スネークと向かい合いながら、ここには生えていないオオアマナの香りを思い出すのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ザンジバーランドのビッグボス

 メタルギアを撃破し、グレイ・フォックスに勝利したソリッド・スネークは先を急いでいた。

 あれからそう時間は経っていない筈だが、相手が相手なだけに早急に援護しに行かねばなるまい。

 進んだ先の扉を開ければそこには膝をついているバットに少し離れた所にビッグボスが立っていた。

 

 白髪に眼帯。

 コートの上からでも鍛えられているのが解るガタイの良さ。

 以前より歳はとっているが覇気は衰えてはいない。

 ビッグボスと対峙したソリッド・スネークは睨みつけながら小さく息を吐く。

 

 「気が利くなバット。メインディッシュを残しておいてくれたのか?」

 「食べきれなかっただけですよ!」

 「残飯処理手伝おうか?」

 「食いでがあり過ぎて吐きそうですけどね…」

 「フッ、ひよっこ共が元気が良いな」

 

 軽口を叩きながらバットと共に対峙するもビッグボスには余裕が見受けられる。

 それもそうだろう。

 あの人は強い。

 二人掛かりでも勝てるかどうか怪しい程に…。

 

 「それにしても生きていたとはな」

 「違う。アウターヘブンに居たヴェノムさんとは…」

 「別人…いや、俺が知っているビッグボスか」

 

 アウターヘブンに居たビッグボスは似ていたが俺の記憶にはあのような()は生えていなかった。

 どちらかが影武者でどちらかが本物か…。

 正直どちらがどっちでも関係ない。

 俺達は任務を熟すだけだ。 

 

 「なんにしても三年前からの悪夢を払うぞ!」

 「悪夢を払う?それは無理だな。お前も俺と同じく戦う事でしか生き甲斐を見いだせないウォー・ドッグ。どちらが生き残ろうと変わりはしない。それに私はお前達にその場を与えているに過ぎない」

 「感謝しろとでも言うのかビッグボス!」

 「世界は残酷な程に争いを好んでいる。そして俺達はそこでしか生きられない。私を倒そうとも何も変わらぬ。元を正さぬ限りな…」

 「俺はアンタから解き放たれて自由になる。そのために貴様を倒す」

 「やってみるが良い。だがその前に元上官のよしみでお前の悪夢を払ってやろう―――楽にしてやろう」

 

 二人して銃口を構えるとビッグボスはバットの方へと走ってスネークの射線に被らせる。

 さすがにバット越しに撃つ訳にも行かずに躊躇い、狙いを安定させまいと左右に動きながら接近してバットを投げ飛ばした。

 背中から強打させて止めは刺さずに放置してこちらに向かってくる。

 今度は躊躇なくベレッタの引き金を引くがビッグボスもコルト・ガバメント(1911A1)で応戦。

 撃ち合いながら互いに近づき、拳銃片手にCQC戦へと縺れ込む。

 思いのほか懐に潜られた事から咄嗟に片手でナイフを手にするも、向けると同時に軽く投げ転がされてしまった。

 即座に立ち上がって銃口を向ければ銃身を掴まれ、カチリと音がしたと思えばベレッタの上半分が分解される。

 なんていう早業…などと悠長に見てはいられない。

 こちらも反撃とばかりに手を伸ばすが素早く下がられた為に掴めもしない。

 僅かな体制の崩れ。

 そこを狙ってビッグボスが前に出る。

 思いも寄らぬ動きに驚き仰け反るが、何とか踏み留まって掴もうとして来たビッグボスの手を阻む。

 

 「やるな…だがまだまだだな」

 「っく、アンタは衰えを知らないな!」

 「これでも随分と老いたさ」

 「スネーク!」

 

 崩し切れない余裕のある態度。

 これで衰えていると言うのであれば全盛期はどれほどだっただろうか。

 取っ組み合いとなってしまった現状を打破するようにバットが叫び、精密な射撃でビッグボスを狙って狙撃する。

 絶好の機会であったがビッグボスは飛び退けて回避。

 元々が不利な体勢だったスネークを助ける為の攻撃だったが、こうも機会を逃してしまうと欲が出てしまう。

 仕留めきれなかった事に舌打ちを零しながらバットはスネークへと64式微声拳銃を滑らす。

 

 「俺に貸したら分解されるかも知れんぞ」

 「拾いもんです。壊れても構いません」

 「なら思いっきり使わせて貰おう」

 「それよりなんであの世代は化け物が多いんだよ!」

 「年の功…というか潜って来た死線の数と質だろうな」

 

 単なる撃ち合いなら数の利があるこちらが有利の筈なんだが全くもってそんな気がしない。

 銃口を向けながら警戒を強めていると、ビッグボスは背中を向けて走り出した。

 突然の事に驚いていると奥のコンテナ裏に入り、手にマシンガン(機関銃)を持って出て来た…。

 

 「ちょ!?ズルいってそれは!!」

 「二対一の上にこちらは年齢というハンデもあるんだが?」

 「ハンデが仕事してねぇんだが!!」

 「馬鹿言ってないで隠れろ!!」

 

 軽口を叩ける余裕があると言うよりは本気で愚痴っているバットを怒鳴り、けたたましい程の銃声と弾丸をばら撒く機関銃から逃れようと遮蔽物に隠れる。

 二人して隠れたは良いものの、拳銃と機関銃では撃ち合いは不利過ぎる。

 下手な相手ならまだしも相手はビッグボス。

 しかしながら無限に撃てる筈もなく、弾切れを起こせば長いリロードが待っている。

 さすがにゆっくりとリロードしてくれる筈もないが、狙うとするならば弾切れを起こした時だろう。

 

 言葉にせずとも思う事は同じだったスネークとバット。

 だが、歴戦の戦士である英雄のビッグボスがそんな事が解からない筈がない。

 

 銃声が止むと同時に左右から飛び出す二人だったが、銃声の発生源にビッグボスの姿は無く、スネークの視線の端ギリギリにビッグボスは映っていた。

 弾切れを起こした瞬間には機関銃を棄てて走り出し、飛び出したバットと鉢合わせしていたのだ。

 あまりに咄嗟の事で反応し切れないバットはそのまま投げられ、今度は後頭部を強打してしまう。

 

 「―――バット!?」

 

 叫びながら様子を確認しようとするもビッグボスがこちらに向かって来たために確認は出来なかった。

 迫って来るビッグボスに向かってトリガーを引く。

 放たれた弾丸は頬を掠めるだけで足止めも出来ず、接近されて腹部に重い一撃を喰らってしまった。

 負けじと反撃するも一撃を貰った直後なだけに力が入らず、呆気なく片手で流されるとそのまま銃を払われてしまった。

 そこで終わることなく俺を投げ飛ばし、組み伏せた俺の頭に銃口を突き付ける。

 

 「これで終わりだな」

 「勝手に終わらすんじゃあねぇよ!!」

 

 向けられていたコルト・ガバメントが弾かれた。

 頭を強打したのだが気絶までは至ってなかったバットが狙撃したのだ。

 だがダメージは大きかったらしく、一発撃ったら伏すように倒れてしまった。

 この好機を逃すまいとグレイ・フォックス戦で使えなくなった(・・・・・・・)FNブローニング・ハイパワーをホルスターから抜いて構える。

 無論ビッグボスはそれをまた分解、または払おうと手を伸ばす。

 

 「―――ッ!?」

 

 伸ばした手が痛みで大きく跳ねた。

 ビッグボスは驚いただろう。

 なにせこのFNブローニング・ハイパワーの排気口には、グレイ・フォックスによって差し込まれた刃の欠片が嵌ったままなのだから。

 掴んだために破片が突き刺さって痛みを与え、掌の切り傷から血が零れ落ちる。

 そしてそこにきらりと輝く刃の欠片が刺さっていた。

 

 狙ったのは掴んだ際の怪我だけで、これに対しては運が味方したとしか言いようがない。

 詰まりが解消された事を理解すると銃口を向け、予想外の出来事に仰け反ったビッグボスに対してトリガーを引いた。

 .40S&W弾が腹部を貫き、痛みと衝撃からビッグボスは倒れ込んだ。

 

 倒れ込んだビッグボスを睨みながら銃口を向けていたが、さすがに起き上がる様子がない事から銃口を下げると大きく息を吐き出した。

 

 「立てるかバット?」

 「ちょっと…時間が欲しぃ」

 「ゆっくり休め。任務は終わった。時間なら…」

 「ははは…そんな時間はないぞ…」

 

 力のない笑い声と共に起き上がったビッグボスに構えるが、上半身を起こしただけで立ち上がろうと言う様子はない。

 喋ると咽て血を吐き出す。

 最早あの状態で戦闘継続は無理だろう。

 などと思いながらも警戒は怠らない。

 乾いた笑みを浮かべたビッグボスは続きを口にする。

 

 「アウターヘブンで何があったか知っているだろう」

 「まさかここも消滅させると言うのか!?」

 「俺じゃない。世界が存在ごと消滅させるんだ。ここにもアウターヘブン同様に見られたくないモノも多くある」

 「―――ッ、大佐!」

 

 ビッグボスの言う事はもっともだ。

 アウターヘブンが爆撃されてザンジバーランドがされない保証は何処にもない。

 慌てて無線を開くと緊迫した様子が伝わって来る。

 

 『こちらでも動きは探っているが上から情報が下りなくなった。状況的にまず間違いないだろう。マスターが知り合いを当たってみているらしいが…』

 『スネーク!バット!今すぐそこから脱出しろ!!』

 「そう言うと言う事はやはり…」

 『軽くだが当たってみた。ザンジバーランドの危険性もだが公に出ては困る情報ごと焼灼する事を選んだらしい』

 「止める事は出来ないのか!?」

 『無理だ。一か国ならまだしもザンジバーランドは数か国を…世界を敵に回した。手は尽くしてみるがまず不可能だと思ってくれ』 

 「クソッ、それにしても早すぎる…」

 『…状況を上に伝えなければならなかった。君達が勝ち続けた事でザンジバーランドの戦力の低下。そしてビッグボスの敗北が決定的だったのだろう』

 「脱出する手段は?」

 『回収用のヘリを向かわせている。脱出地点のデータを送信する』

 

 すぐに届いたデータに目を通し、位置を確認するとビッグボスへと視線を戻す。

 

 「アンタはどうするんだ?」

 「この傷では助からないだろう。それにもう俺は動けん…」

 「俺が―――ッ…」

 「そこの蝙蝠はまだ一人では動けんだろう。行け…」

 

 そう言うとビッグボスは倒れ込んだ。

 出血量も酷い事から確かに助かる可能性は低いだろう。

 倒れ込んだビッグボス…元上官に敬礼をしてバットに肩を貸す。

 半ば持ち上げるようにではあったが急ぎこの部屋を出る。

 来た道を戻ればグレイ・フォックスとグスタヴァが待っていた。

 

 「…あの人は?」

 

 その問いにスネークは首を振るう。

 フォックスは「そうか…」と小さく頷く。

 

 「ここは爆撃される。俺達は脱出するがどうする?」

 

 ビッグボスを倒した俺達と戦う選択肢を取る可能性もあった。

 バットに肩を貸しつつ片手は静かに銃へと伸ばす。

 しかしそれは杞憂で終わった。

 

 「お前たちの死に場所はここではないだろう。脱出の援護をしてやる」

 「…良いのか?」

 「あぁ、お前もだが子蝙蝠を死なす訳にもいかないからな…」

 「子蝙蝠?」

 

 バットの事を言っているのだが子と称したのはどういう事なんだ。

 ただ身長的にまだ小さい事を示しているのか、それともバットの言う化け物(父親)と接点があるのか。

 なんにせよ今はここを脱出すべきだろう。

 スネークとグスタヴァが左右よりバットに肩を貸し、グレイ・フォックスが戦闘を行く。

 道中グレイ・フォックスは無線でザンジバーランド兵士に状況を伝え、脱出するように命令を下す。

 ビッグボスの敗北に動揺して立ち尽くすもの、ここから脱出を図る者も居て俺達を見ても攻撃を仕掛ける奴は少なくなった。

 しかし逆にビッグボスの仇と言って命を棄ててでも追撃してくる兵士達も居る。

 万全の状態のグレイ・フォックスなら問題ないが、スネークとの戦闘の負傷が響いて、五割程度の実力しか発揮し切れていないのが実状…。

 

 追撃との交戦を何とか耐え、基地内からジャングルへと出る。

 木々で囲まれた道を進み、データに記されたヘリが着陸できる広場へと向かう。

 されど追撃の手は一層厳しくなる。

 

 「―――ぐッ!?」 

 「スネーク!?――チィイイ!!」

 

 追手から放たれた弾丸が足を掠めた。

 痛みで足が縺れ、バットとグスタヴァを巻き込んで倒れ込む。

 グレイ・フォックスがカバーに入ろうとするも右腕に直撃を受けてしまう。

 

 ここで終わってなるものかとまだ完全に動けないバットを引き摺り、這ってでも広場へと向かおうとして先に待ち構えていた兵士達と目が合った。

 人数は軽く十を超えていた。

 絶望的な状況…。

 それでも諦める訳にはいかず、最後まで足掻こうとしてホルスターに手を伸ばし………響き渡る銃声に手を止めた。

 

 正面の兵士達は一斉に銃を撃ち始めた。

 スネーク達にではなく、追撃してくる兵士に対して。

 

 「弾を撃ち尽くしても構わん。弾幕を張って援護しろ!!」

 

 誰かが叫びながら命令を下し、数人の兵士を伴ってこちらに駆けてくる。

 眼を細めながら誰だと見つめると、それは交戦したパイソンであった。

 

 「お前は…」

 「まったく世話を焼かせる。どうして蛇というのは俺に世話を焼かせたがるんだ?」

 「どうしてここに……そうか。ジェニファーが言っていた協力者というのは…」

 

 バットは担がれながら納得したようだった。

 ダイヤモンド・ドッグズという歴戦の兵士達の援護を受け、窮地を脱したスネーク達は担がれたまま広場へと運ばれる。

 そこには何機もの輸送ヘリと攻撃ヘリが着陸しており、一機を除いて“DD”のマークがペイントされていた。

 スネーク達はそのDDのヘリではなく、唯一の例外である米国からの回収機であるヘリに運ばれる。

 

 「助かった。礼を言う」

 「それにはまだ早い。離陸直後を狙われる可能性もあるのだから」

 「レジスタンスの連中は…」

 「こちらで連れて行く。匿ってくれる宛てがない訳でもないからな」

 

 遠目ながらこちらに頭を下げるジェニファーとシュナイダーの姿が見えた。

 周囲には基地周辺に居た子供達の姿も…。

 

 「そういえば博士はどうするんだ?」

 「マルフ博士は戻れるように手配するが、マッドナー博士は帰っても居場所はないだろう。頃合いを見て娘を救出して一応面倒を見てやるさ」

 「なにからなにまですまんな…」

 「スネーク!!良かった…本当に良かった」

 

 迎えのヘリに乗り込むとそこにはホーリーの姿があり、互いの無事を喜ぶ中で爆発音が響いた。

 音の発生源に視線を向けると離陸を始めた輸送ヘリを護衛していた攻撃ヘリが一機撃破されたところであった。

 攻撃ヘリが火力にものを言わせて追撃してきた兵士達に弾幕を降らせるも、周囲がジャングルという身を隠すにはもってこいな場所の為に掃討しきれていない。

 木々の合間を抜けてRPG―――ロケット弾が飛翔する。

 移動中ならまだしも離陸直後は的となってしまう上に、防衛もせねばいけないので狙われても攻撃ヘリは下手に避けれない。

 上空から見えにくい以上は地上で誰かが殿(しんがり)を努めなければならない。

 しかしそれは死を意味する。

 敵兵の数に呑まれるか、最悪爆撃されるか…。

 

 「俺が行こう」

 

 悩むスネークを止めたのはグレイ・フォックスであった。

 グスタヴァが裾を掴むがそれを優しく払う。

 

 「一人で行く気か?」

 「―――私も残ろう」

 

 何処からともなく現れたクワイエット。

 確かにこの二人の実力であればヘリが脱出するまでは持ち堪えれるだろう。

 理解は出来てもそれで良いのかと心の中でせめぎ合う。

 俺も残ろうと言おうとしたスネークをグレイ・フォックスは制止する。

 

 「銃を。それと彼女を頼む」

 「……あぁ、分かった」

 

 持っていたFNブローニング・ハイパワーと残りの残弾。

 それとナイフを渡しておく。

 視線をグスタヴァに移すと彼女は何とも言えない表情をして、何かを言おうとして口を閉ざした。

 そんな彼女を搭乗させていると、バットが動き辛い身体を起こしてクワイエットに問いかける。

 

 「また…会える?」

 

 クワイエットはバットの問いに微笑みながら頷く事無く、頭をひと撫ですると背を向ける。

 ヘリは離陸を始めてると二人はジャングルに向かって走り出す。

 たった二人で交戦状態に入り、それを上から眺める事しか出来ないスネークに、加勢する事も叶わないバット。

 任務を達成したが自らの力不足を噛み締める。

 

 「はぁ…俺って役立たずだったな…」

 

 声が震えていた。

 自分の無力さに打ちひしがれているのだろう…。

 

 「俺、強く成るよ絶対。クソ親父に頭下げてでも強く成ってやる」

 

 振り向かずともバットの気配が居なくなった事を感じ取る。

 初見のホーリーはいつの間にか消えたバットに戸惑うも、スネークとグスタヴァは見えなくなってもジャングルを見つめ続ける。

 今度また出会う時までには自身も強く成らねばと爪が刺さるほど握り締めながら…。

 

 

  

 

 

 

・1999年

 

 ビッグボスの死亡により軍事政権ザンジバーランド崩壊。

 周辺に展開していたザンジバーランドの兵士、各個の判断にて降伏または潜伏する。

 各国ザンジバーランドの危険性を共有し、ザンジバーランドへの空爆を敢行。

 ザンジバーランド基地周辺消滅。

 クワイエット、グレイ・フォックス消息不明。

 ザンジバーランド騒乱終結が発表される。

 

 ソリッド・スネーク、“FOX HOUND”を除隊。

 パイソンと共にアラスカへ移住する。

 

 ザンジバーランド残党の一部がロシアに渡ったという情報が流れるも詳細不明。

 騒乱にて軍事力を消耗させた事からニコライが設立した民間軍事会社“リトゥーチヤ・ムィーシ”がロシア政府と契約を交わす。

      

 

 

 

 

 

・2000年

 次期大統領候補ヴィゴ・ハッチの乗った旅客機はハイジャックされる……………!?   



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR AC!D
不穏なイレギュラー…


 今回よりアシッド編に入りますが、アシッド自体がパラレルワールドであり、年で言えば2016年でメタルギア4より後の出来事。
 なのでストーリー一部変更しております。


 一機の輸送ヘリが飛んでいる。

 目的地は中東やロシアに接している小国“ザンジバーランド”。

 去年、ビッグボスによって樹立された軍事政権が崩壊して以降、この小国は腫れ物を触るような扱いを受けていた。

 なにせ小国ながらも集まった兵士の質や数、協力していた科学者によって技術力も大国を凌ぎ、隣接する各国へ侵攻を行ったのだから…。

 

 後に“ザンジバーランド騒乱”と呼ばれるこの争いは、指導者であるビッグボスの戦死によって終結した。

 侵攻していたザンジバーランド兵士達は核たる人物を失って全面敗走。

 最後の最期まで抵抗した部隊も存在したが、大半は逃げ出すか潜伏の選択肢を選んだ。

 周辺国に大きな損失と傷を残した為にザンジバーランドに対する遺恨は強く、戦争を引き起こした加害者であり軍事力と指導者を失ったザンジバーランドは復興すらままならない。

 中でもビッグボスが戦死したザンジバーランド要塞は、年を跨いでも世界各国によって立ち入り制限が設けら、修復も解体する事もさせてはくれない。

 理由は核汚染の可能性(・・・・・・・)である。

 公式上(・・・)、ザンジバーランド要塞はビッグボスの戦死と共に自爆した(・・・・)事になっている。

 騒乱時にザンジバーランドは何件も核の強奪作戦を成功させており、保管してあった核が自爆によって放射性物質を撒き散らしている………というのが世界が示した公式発表(・・・・・・・・・・)である。

 

 廃墟となっているザンジバーランド要塞に向かう輸送ヘリに乗っているカズヒラ・ミラーは忌々しくも眼下を見下ろす。

 彼を含んだ一部の者は知っている。

 核に寄る汚染は嘘であると。

 ザンジバーランドには戦争によって被害を受けた孤児や、ある理由で祖国に居られなくなった者などなど各国にとって都合の悪い人材や情報がビッグボスによって助けられ集まっていた。

 それらを抹消すべく爆撃を行ったなどと誰が言えようものか。

 特に核搭載二足歩行兵器メタルギアなど危険性から情報を流すのも危ぶまれる。

 ゆえに空爆の理由と事実を誤魔化し、各国に悪い情報を抹消するだけの時間を作るためにカバーストーリー…。

 

 その一端に加担させられたと思うと反吐が出そうになるも、ミラーはため息を零すだけで堪えた。

 なにせこの輸送機には同じく加担させられたロイ・キャンベル大佐も同乗しているからである。

 

 今回二人がザンジバーランドに向かっているのは現地で行われている調査の最終確認を行う為である。

 去年の騒乱終結から各国より部隊が選出された。 

 表向きは各国共同の核汚染の現地調査チームで、実際は上の思惑を孕んだ情報処理の為に派遣された工作員。

 事情を知るのは上層部の一握りに現場を任された部隊のみ。

 メタルギアの情報を秘匿する為に念入りな焼却が行われたり、残っていたデータ端末内部のデータ抹消など多岐に渡って処理は行われている。

 アメリカとして真っ先に行われたのは遺体の回収(・・・・・)である。

 スネークとバットに敗れたビッグボス。それと脱出の為に残ったグレイ・フォックス(・・・・・・・・・)

 回収任務には立ち会う事は出来なかったが、特殊部隊により無事に行われたと聞く。

 …ただ気掛かりなのがクワイエットの行方である。

 上層部の中にはクワイエットの身体能力に興味を惹かれる者もいて、生死は問わずに回収してサンプル(・・・・)として解析したがっていたらしい。

 万が一に秘密裏に捕まっていたらとも思ったが、奴の事を知っているカズからして余計な心配かと切り捨てる。

 アイツがそう簡単に捕まるとも思えない。

 どうせ見つからない場所で飄々としているだろう。

 

 「着いたな…」

 

 ぼそりと呟かれたロイの一言にミラーは立ち上がる。

 今日は妙に義手や義足の付け根が痛む。

 本来なら自ら赴く必要はない。

 ザンジバーランドに来た理由なんて俺達の干渉でしかない。

 ここに来れば()に会えるような…そんな気がしたからに過ぎない。

 上下関係ではなく並び立って国境なき軍隊を作り上げ、ずっと共に歩んで行けると思い込んでいたあの頃が懐かしい。

 カリブの大虐殺があってからビッグボス…ネイキッド・スネークは俺達から…俺を棄てて行きやがった。

 恨んださ。

 憎んださ。

 殺意を抱いたさ。

 だからいつかは大蛇(ビッグボス)を倒せるように一匹の蛇(ソリッド・スネーク)を鍛えた。

 そして長年抱いていた報復に近い願いはザンジバーランド騒乱にて成就された。

 しかし抱いたのは喜びや達成感ではなく、虚しさと悲しみ、そして寂しさなど喪失感だけだった…。

 

 騒乱時には脱出地点と使われた開けた場所は、今では各国のベースキャンプが設けられている。簡易的なヘリの発着場に着陸したヘリよりタラップが下りて、ゆっくりと踏みしめながら降り立った二人に敬礼するホーリー・ホワイトの姿があった。

 ザンジバーランド騒乱にてスネークをサポートした一人で当事者。

 情報漏洩を避けるべく当事者であった彼女がアメリカの担当官として派遣されているのだ。

 ロイは勿論ミラーも敬礼に答える。

 

 「状況はどうなっている?」

 「順調です。今は他国のバックアップに回っているところです」

 「チェコの方が大変だろうからな。マルフ博士の忘れ物が残ってないかの確認だけでいっぱいいっぱいだろうしな」

 

 今回こちらの処理が順調に済んだのは単に一番メインだった回収を上層部が特殊部隊を速攻送り込んで片を付けた事と、国家間というよりは個人間で国を超えた協力体制を築けたのが大きかっただろう。

 同じく当事者でありチェコから派遣されたグスタヴァ・ヘフナー(ナターシャ・マルコヴァ)は、ホーリーとは当事者同士という事もあって個人的に協力体制を作り上げ、ロシアから派遣された民間軍事会社はミラーと繋がりがあったので内密に口利きをしておいた。

 おかげで三か国は国の事情を多少持ちながらもすんなりとした協力が出来ている。

 

 「ロシアも今週いっぱいで撤退するらしいですよ」

 「そうか。なら早いうちにニコライの息子に会っておかないとな」

 

 処理を任された民間軍事会社“リトゥーチヤ・ムィーシ”はスネークイーター作戦でネイキッド・スネークやバットと共に戦ったニコライが創設した会社である。

 当人は年齢もあって現場から離れて重い責任と書類仕事で苦しんでいると以前ぼやかれた事がある。

 今では息子が現場を飛び回っているらしい。

 

 「ニコライの息子ってロシアからの派遣団のトップですよね」

 「会ったのか?トップ直々に?」

 「それはまぁ、打ち合わせもありますし、傍らに彼らを連れられていたら…ねぇ?」

 「話には聞いていたが本当だったのか…」

 

 ホーリーの乾いた笑みにロイとミラーが肩を竦める。

 何故軍ではなく民間軍事会社がこの件で派遣されたかには幾つか理由がある。

 スネークイーター作戦時に救出され、反乱を起こそうとしてヴォルギン大佐と戦った英雄として祖国に帰還を果たした兵士の中には軍に戻り、今では閣下と呼ばれる地位に上り詰めた者や政治の世界に入った者も居る。

 そんな彼らにとって創設者であるニコライは信頼のおける戦友。

 彼らの後ろ盾に加えてリトゥーチヤ・ムィーシには多くの当事者が入隊した事もある。

 

 国境なき軍隊時代にニコライと繋がりを持ったパイソンの口利きで、ザンジバーランドの関係者のいくらかはニコライの下に受け入れられた。

 なにせザンジバーランドに参加していた兵士達は腕が確かな者が多い。

 国が荒れた状況で今後を見据えて戦力の拡張をしたかったニコライにとって有難い話であったろう。

 祖国には戻れないドラゴ・ペドロヴィッチ・マッドナー博士や居場所のないカイル・シュナイダーやジェニファーなどのレジスタンス達、加えて名立たる兵士達を心よく引き受けてくれた。

 その中にはアウターヘブンやザンジバーランドでスネークやバットと戦った連中の姿も…。

 

 個人的な報告でホーリーより「派遣された面子の中にジャングル・イーブル(プレデター)ナイトサイト(ナイト・フライト)が居た!」と聞いた際にはさすがに耳を疑ったものだ。

 

 「彼も貴方()に会いたがってましたよ」

 「ん?私も含まれているのか?」

 

 ミラーはパイソンと同じく国境なき軍隊時代からの付き合いだから解るが、ロイはサンヒエロニモ半島で共に戦った事はあったが、事後処理やFOXHOUNDでの仕事が忙しくて連絡を取る事もままならなかった。

 関係的に言ってしまえば薄い(・・)と称するのが妥当だろう。

 なのに何故と眉を潜めるとホーリーは一冊の本を取り出す。

 

 「“リトゥーチヤ・ムィーシ”と共に戦った話を聞きたいらしいわよ。なんでも今あっちでは有名な兵士らしいけど…」

 「あぁ、そういう。確かにアイツは向こうではビッグボス以上の英雄だからな」

 

 二人して苦笑する様子にホーリーは戸惑う。

 無理もない話だ。

 アメリカではビッグボスは伝説的英雄だが、多くのソ連兵を英雄として帰国させた“リトゥーチヤ・ムィーシ(蝙蝠)”………つまりバット(・・・)の方が向こうでは英雄視されている。

 その点でロイもミラーも身近で知っている当事者である。

 ニコライの息子にしては祖国で知られている英雄であり、父親を救った恩人という事になるのだから憧れのような感情を持っているのかも知れない。

 …当の本人を知っている身としては何とも言えない感情が渦巻くが…。

 

 今、ホーリーが持っている本はニコライが書いた自伝である。

 と言っても内容の多くは当事者の証言や自身の見聞きした事や体験などで構成している訳で、知り得なかった事実や公に出来ない事情は乗せられていないので真実を描いたとは言い難いのがなんとも言えない。

 

 「そう言えば知っているか?この本、アメリカで映画化されるらしいぞ」

 「向こうではなくこっちでか?」

 「なにせこちらの英雄は公式的には(・・・・・)世界的犯罪者となってしまったからな。世界にこういった英雄も居たんだぞと言いたいんだろう」

 「特に被害を受けたのはどっちもソ連(・・)だからなぁ」

 

 公ではソ連に核を持ち込んだ狂人とされているザ・ボスに、ロシアを含んだ周辺各国に侵攻作戦を行ったビッグボス。

 向こうで人気の高いバットを使って、昔はこういうことしたじゃないですかと訴えかけたい意図もあるんだろう。

 一応、スネークイーター作戦時はCIAの工作員だったのもあるし…。

 

 「まぁ、見る事もないだろう」

 「実物を知っているしな。出演依頼でもあれば別だが」

 

 冗談を混じりながら視線はザンジバーランド要塞へと向く。

 あそこでアイツは討たれたのだな…。

 

 ―――“蛇は一人で良い”

 

 無線越しに聞いたビッグボスの一言…。

 あの瞬間、奴は蛇をソリッドに譲ったようにも聞こえたが真相はどうなのだろうか? 

 この世界に蛇と呼ぶに相応しいであろうものは三人存在する(・・・・・・)

 一人はビッグボスを討ったソリッド・スネーク。

 二人目は多分であるが山猫が行動を共にしているであろう白蛇(・・)

 そして何処にいるかもわからない三匹目…。

 

 今や蛇というのは呪詛の類ではないかと考えてしまう時がある。

 あの大蛇より生まれし蛇たちは必ずと言っていい程に戦いに関与するだろう。

 それも大きな波風を立てるような存在として…。

 

 「…お前はどう思うんだ。スネーク(・・・・)

 

 ポツリと零した言葉に返してはくれなかった。

 ミラーは肩を竦ませながらホーリーやロイと共にアメリカのベースキャンプへと向かうのであった。

 

 「ところで誰が蛇と蝙蝠を演じるんだ?」

 

 何気ない質問のつもりであった。

 しかし、ロイより返された答えはアクション映画という事で身長170から190の筋肉ムキムキの俳優二名の名前が告げられ、実際のバットに似ても似つかないキャストにミラーは腹筋が崩壊し、笑い転げた挙句に瀕死の状態で衛生兵のお世話になったのである…。

 ちなみに翌年に上映された劇場にて何気なく寄ってみたオセロットも、登場シーンで早々に腹筋が崩壊して担架で運ばれていったのであった…。

  

 

 

 

 

 銃声が響き合う市街地。

 高所には狙撃手が獲物が来るのを待ち望み、通りが見渡せる場所には待ち伏せか罠が仕掛けられている。

 散発的な発砲音が響く度に音で方向を大体把握し、記憶した地図に照らし合わせる。

 結構距離が遠いので狙いに行くのは無しかなと判断を下す。

 ガラスが辛うじて残っている窓より外の様子を覗き、敵の気配の無さに短く息を零して移動する。

 

 宮代 志穏はFPSゲームをプレイしていた。

 これはただ遊んでいる訳ではない。

 クソ親父に頼み込んだ結果行われている特訓である…。

 

 最初はスネークやビッグボスが行っていたようなCQC技術を教えて貰おうと思っていたのだが、宮代 健斗(オールド・バット)シオン(志穏)にCQC技術だけを(・・・)教える事は拒否した。

 シオンには格闘戦の才能はそれほど高くない。

 無論叩き込めば今よりはマシにはなるだろう。

 だけどそれでは意味がない(・・・・・)

 ザ・ボス、ネイキッド・スネーク、ジーンなどCQCの達人を見て来たからよく分かる。

 シオンでは彼ら彼女らまで上り詰める事は不可能だ。

 

 そこでCQC技術と銃の扱い方を教える事にしたのだ。

 これを聞いた時、シオンは憤慨した。

 銃の扱いならオセロットにしっかりと叩き込まれている。

 今更クソ親父に乞う事ではない。

 

 しかし実際に見せられ、体験した(やられた…)おかげでその有用性と意図を理解した。

 宮代 健斗(オールド・バット)が行ったのは超近距離での撃ち方である。

 動き自体はCQC技術ベースでありながら、攻撃は拳銃を用いる事で一撃必殺。

 そもそも腕力的に自信のないシオンにとっては理に適った戦い方であった。

 

 狙撃手とて狙撃銃を扱い、即座に移動や戦闘時間持続させる為に筋力は必要。

 だけど筋肉とは考え無しに鍛えれば良いというものではない。

 筋肉は脂肪より重く、鍛えればその分だけ身体も大きくなってしまう。

 シオンは小柄な事もあって素早さを活かしている。

 ゆえに近接戦闘では筋力差が大きなネックとなっているのだ。

 

 それからは地獄であった。

 まずは身体で覚えろと毎日組手をしては投げ転がされ、変則的な銃の扱いと撃ち方を叩き込まれた。

 おかげで近距離戦での戦い方を得れたのは大きいが、初めて三か月は疲れ果ててベッドに入った瞬間に眠るほど疲弊していた。

 

 それで今日は実戦を見立てた戦闘…いや、試験の一環だな。

 現段階の仕上がりを実感させるというらしい。

 しかもクソ親父はわざわざちょっとしたイベントを用意しやがった。

 市街地サーバーを用意して先着200名によるランキング戦を開催したのだ。

 これは公式のイベントではないので報酬はクソ親父が入手してきたアイテムや装備から捻出されている。

 復刻イベントが無くて入手できないレア装備に最高ランクのSSランクの武器等様々だ。

 まぁ、扱う武器が大概決まっている上に、商品にしたのはマシンガンや狙撃銃など親父があまり使わないものばかり。

 本人にとってはアイテム整理も兼ねているだろうが、周囲にとっては有難い反面、親父には宝の持ち腐れにも見えるだろう。

 ランキングの集計だけは運営に頼み込んだらしいので公平だろう。

 で、俺はと言えば武装はベレッタ一丁のみでランキングで十位以内か三分の一は倒せなど合格ラインを設けられた訳だ畜生め!

 

 気配と足音は最小編に施設内を小走りで移動し、研ぎ澄ました耳から入る音を頼りに周辺の探索をかける。

 反響する足音が一つ、二つ、三つ…。

 敵対としている感じではなく共闘か。

 チームで参加したか野良が組んだか知らないが、こちらとしては倒すしか道はない。

 

 頭に叩き込んだマップと音から位置を割り出し、曲がり角先に居るであろう敵の真正面(・・・・・)に跳び出す。

 跳び出した瞬間相手の位置を把握し、臆することなく接近する。

 突如現れた俺に驚く三名…。

 

 先頭の奴が銃口を向けるより先に銃身を左手で掴んで引き寄せながら、右手に持つベレッタで片足を撃ち抜く。

 撃たれたダメージから傾いたのを良い事に、そのまま体当たりするようにへばり付いて盾にし、ベレッタを片手から両手で持ち直す。

 決して肘は伸ばし過ぎず、折り曲げすぎないように注意して横向きで構えた。

 銃を撃った際には反動が起こり、大なり小なり跳ね上がる。

 シオンから見て右側の敵に撃てば、銃を傾けた事から左へ跳ねてもう一人の左側の敵に銃口が向く。

 たった三射で三人の敵兵が地面に転がった。

 しかしどれも致命的なダメージであって致命傷ではない。

 だから淡々と転がった三名の頭に一発ずつ叩き込んで止めを刺しておく。

 

 「はぁ、あんのクソ親父帰ったら覚えてやがれ…」

 

 響き渡る発砲音。

 マガジンは持っているがサプレッサーの使用は許可されなかった。

 つまり撃てば場所が割れて敵兵が集まって来る。

 撃たずに倒せれば良いのだが、ナイフも無しでは難し過ぎる。

 となればベレッタを使うしかなくなるという訳で、考えは堂々巡りを繰り返す訳だ。

 恨み言を口にしながら音を頼りに駆け付けた敵を把握し、足を止めぬように走り出す。

 現れた敵は頭から足先まで重装備で固めており貫くには貫通能力が低い。

 だけど打撃としてダメージは入る。

 

 敵が向けた銃口の射線から逃れるように右へ左へフェイントを入れながら近づきつつ、打撃武器として弾丸を叩き込んでいく。

 衝撃から撃たれた方向へと傾き銃口が安定せず、最後は近距離でダメージ総量でHPを削り切って倒した。

 短く息は吐いては次の敵に備え、狙われないように移動を開始する。

 

 ちなみに現在シオンの両親は揃って旅行中である。

 別に特別な旅行という訳ではなくしょっちゅう行っているデートだ。

 小さい頃には連れていかれたが両親のバカップルぶりを見せ付けられるので遠慮しているのだ。

 だから今回もそういう理由で付いて行かなかった。

 それは別に良いのだが人にこんな試練を与えといて自分はいちゃいちゃとデートを楽しむとか腹が立つじゃあないか!

 恨み辛みの感情を抱きながら、発散するようにシオンはこのイベントで八位の成績でクリアするのであった。

 

 

 

 

 

 

 旅客機326便はこの時まで問題なく運航していた。

 雲を超えて飛行し続ける機内では、乗員乗客の多くが寝息を立てていた。

 ただそれは自然な眠りでは決してない。

 

 “臭化ベクロニウム”。

 手術などで麻酔などで使われる筋弛緩剤が撒かれたのだ。

 ぐったりとシートに凭れ、通路に倒れ込むように眠る乗員乗客を他所に、二つの人影がふわふわと歩く。

 

 「なんか変な臭いするね?お姉ちゃん」

 

 道化師のような衣装を身にまとうエルジーが不思議そうに問いかける。

 首を傾げると右目がコロリと傾いた方へと転がり、罅割れた右頬から小さな破片がパラパラと零れ落ちる。

 対して同じ衣装を着るお姉ちゃんと呼ばれたフランシスは優し気な口調で答える。

  

 「麻酔にも使われてる薬を撒いたのよ。その臭いね」

 「誰か怪我したの?」

 「違うわ。私達ハイジャックしたのよ」

 「ふぅ~ん」

 

 聞いたわりに興味なさそうな反応を見せたエルジーは周囲を眺める。

 自分の身長より大き過ぎる椅子で寝ている人達を見て、また不思議そうに小首を傾げる。

 

 「皆死んじゃうの?」

 「さぁ?アメリカのお偉いさんが言う事を聞いてくれたら何人かは助かるかもね」

 「なんだぁつまんない。皆死ねばいいのに」

 「それだと人質の意味無くなっちゃうじゃない。交渉どうするのよ?」

 「またハイジャックして人質取っちゃえば良いじゃない」

 

 感情の赴くままにお気楽なエルジーの様子にフランシスはため息を漏らす。

 

 「エルジー、あんたは少し黙ってて…」

 「えー、なんで?ねぇ、なんで?」

 「お姉ちゃんはこれから管制塔に要求伝えないといけないのよ」

 「うん、分かった。黙っててあげるね」

 

 口を両手で抑えて言われた通りにする。

 フランシスは要求を伝えようと自分の頭と同程度の無線機に手を伸ばす。

 

 寝静まった機内で奇怪な音だけが響く。

 ピッピッピッと定期的な機械音を鳴らす持ち込まれた爆弾に、糸に繋がれた身体を動かしてコトコトと歩くエルジーとフランシスの人形二体(・・・・)

 

 不穏な状況に陥った旅客機326便はそのまま飛び続ける…。

 ある目的を達成するために…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちょっとした一スレ:非公式イベント中継一緒に見ようぜ

 今回はちょっとスレ風にしてみた回です。
 前回のシオン君が出ていた非公式イベのスレなのでスレが苦手という方は、ストーリーには関りないので飛ばして貰っても問題ないかと。

 あくまでスレ“風”です。
 私がスレに自信がないもので…。


1:名無しの兵士 2000/8/24 12:03:01 ID:nFhjPBv3r

 定期的にするよな非公式戦…

 

2:名無しの兵士 2000/8/24 12:03:51 ID:By2qyHcCn

 しかも主催者がバケモノ

 

3:名無しの兵士 2000/8/24 12:04:38 ID:kNlx4oNw5

 景品豪華すぎじゃね?最低でも過去イベのレアドロップだし

 

5:名無しの兵士 2000/8/24 12:05:18 ID:m+OKrXlOi

 公式よりも奮発しててワロタ

 

6:名無しの兵士 2000/8/24 12:06:02 ID:a5JQbpByq

 …いや、お前ら参加者名簿見たか?結構名の通った連中ばっかだぞ

 

7:名無しの兵士 2000/8/24 12:07:04 ID:wm3F5lpxJ

 普通に総合ランキング上位勢の名が並んでんだけど

 

8:名無しの兵士 2000/8/24 12:07:35 ID:gdTJQbc/3

 けどルーキーも多いぞ

 

10:名無しの兵士 2000/8/24 12:08:24 ID:Pntfa1vA2

 ルーキーはルーキーでも期待の新人ばっかり

 

11:名無しの兵士 2000/8/24 12:09:24 ID:OOkp7v0a7

 俺より順位上なんだけど。俺の順位低すぎ…

 

13:名無しの兵士 2000/8/24 12:10:01 ID:xN6tdBNch

 フィールドは市街地か。しかも高所多いからスナイパー大活躍だな

  

16:名無しの兵士 2000/8/24 12:11:36 ID:3ggrpco4D

 はぁ!?市街地C!?ざっけんな!クソマップじゃあねぇか!!

 

18:名無しの兵士 2000/8/24 12:12:36 ID:MsPFVQn61

 諏訪さん!?

 

19:名無しの兵士 2000/8/24 12:13:14 ID:nm2LPYbvP

 諏訪さん!?

 

20:名無しの兵士 2000/8/24 12:14:07 ID:2QIOcXgxr

 トリオンキューブさん!

 

22:名無しの兵士 2000/8/24 12:15:11 ID:L8eFZidR6

 トリオンキューブ呼び止めぇや

 

23:名無しの兵士 2000/8/24 12:15:47 ID:5RZtSrzD9

 お、参加者にバケモンの子居んぞ

 

24:名無しの兵士 2000/8/24 12:16:22 ID:LO9s6n20D

 あぁ、シオン君か

 

25:名無しの兵士 2000/8/24 12:17:19 ID:usrNxdqN+

 有名って言えば有名だよな。

 

27:名無しの兵士 2000/8/24 12:18:22 ID:00f9Ua4XP

 両親の影響が大きいけど

 

29:名無しの兵士 2000/8/24 12:19:15 ID:jhEQH9b2B

 ワイ、始めたばっかで知らんけど誰それ?

 

30:名無しの兵士 2000/8/24 12:20:00 ID:9Bzrs5Q7K

 九年前ぐらいだったか。一度組んだ事あるけど普通に上手かったけど父親に比べたらなぁ…

 

32:名無しの兵士 2000/8/24 12:21:05 ID:D7DmLdCka

 アレと比べんな

 

34:名無しの兵士 2000/8/24 12:21:53 ID:2v8cMnS43

 現総合一位でも勝てんバケモンやぞ

 

36:名無しの兵士 2000/8/24 12:22:27 ID:fwlE0HEfg

 総合一位とは?

 

38:名無しの兵士 2000/8/24 12:23:27 ID:YAmvZSoNi

 あのおっさん家族サービス優先でランク戦に出て来ん時あるから順位の変動が凄いのよ

 

40:名無しの兵士 2000/8/24 12:24:01 ID:OT3Gr0otV

 一時期二十位まで下がってて目を疑ったわ

 

41:名無しの兵士 2000/8/24 12:24:37 ID:rm/8t4qK3

 ってか九年前って十歳もいってねぇじゃあねぇか。

 

43:名無しの兵士 2000/8/24 12:25:32 ID:YEtvsQhHh

 十歳未満の子に無茶ぶりするな

 

44:名無しの兵士 2000/8/24 12:26:08 ID:BVIW2xxqh

 でも突然覚醒したよね

 

46:名無しの兵士 2000/8/24 12:27:03 ID:DdeP9CNBp

 アバターより大きな狙撃銃装備しているの見つけた時は笑ったけど、気付いた時にはヘッドショット決められてた…

 

48:名無しの兵士 2000/8/24 12:27:40 ID:54p/9DL3S

 狙撃手としては優秀だよね。接近戦は絶望的だけど

 

49:名無しの兵士 2000/8/24 12:28:18 ID:tejadG97r

 ふざけんなよ。俺、サブマシで蜂の巣にされたわ!

 

50:名無しの兵士 2000/8/24 12:28:54 ID:ElvzBvbDO

 で、バケモンとは如何に?

 

52:名無しの兵士 2000/8/24 12:29:29 ID:iof5dxDU8

 このゲームの開発者で今は一プレイヤーで参加している

 

53:名無しの兵士 2000/8/24 12:30:23 ID:z7sTNKdAa

 公式からもラスボス扱いされて、1500対1のイベントまで用意されたっけ

 

54:名無しの兵士 2000/8/24 12:31:15 ID:LyqGPBi2g

 あのイベントは悪夢よ。確か百名近い人数が交渉に応じてバケモン側に回ってさ

 

55:名無しの兵士 2000/8/24 12:31:47 ID:8zAWL4L5+

 200人な

 

57:名無しの兵士 2000/8/24 12:32:48 ID:dEzKfiivP

 それでも五対一だってのに勝つし…チートだよアレ…

 

59:名無しの兵士 2000/8/24 12:33:32 ID:hQtby6/Jd

 敵が居たらリボルバー一つで突っ込んで来るし、弾幕張っても素手で突っ込んで来るし…。

 

61:名無しの兵士 2000/8/24 12:34:25 ID:hs7d39jvN

 素手だけで分隊を一人で倒したなんて噂あるぐらい

 

63:名無しの兵士 2000/8/24 12:35:10 ID:JYDUOkop2

 さすがに噂だろう。知らんけど

 

65:名無しの兵士 2000/8/24 12:35:57 ID:Nkq33uTie

 なるほど。解らん。

 

67:名無しの兵士 2000/8/24 12:36:48 ID:Ns0dDWiWo

 兎に角異常なんだよ人として

 

69:名無しの兵士 2000/8/24 12:37:40 ID:USWNaDlG5

 リボルバーの早撃ちとか早すぎて六発の銃声が一つに聞こえるもん

 

70:名無しの兵士 2000/8/24 12:38:31 ID:yShAYAym/

 それな

 

72:名無しの兵士 2000/8/24 12:39:35 ID:YF7CZSUZK

 けど早撃ちは凄くても下手なんだよね

 

73:名無しの兵士 2000/8/24 12:40:40 ID:3fPAM+Ogb

 どゆこと?

 

74:名無しの兵士 2000/8/24 12:41:13 ID:h+O2kf6/4

 命中はするんだけど的の中央から端までランダムなんだ

 

76:名無しの兵士 2000/8/24 12:41:46 ID:KM40UXGZU

 出合い頭に足を撃たれたけど、その後放置されて生き残ったんだが…

 

78:名無しの兵士 2000/8/24 12:42:19 ID:ZUlqJGCqv

 なんか無力化出来れば良いやってところあるよね

 

80:名無しの兵士 2000/8/24 12:42:58 ID:AbTtJsEgV

 単純に撃ちたいだけでは?

 

81:名無しの兵士 2000/8/24 12:44:02 ID:yfdKO2tKg

 トリガーハッピーか

 

83:名無しの兵士 2000/8/24 12:44:42 ID:9TAo//XOU

 どっちにしても敵対したくねぇな

 

84:名無しの兵士 2000/8/24 12:45:42 ID:lGlJKYipX

 というか彼の両親どっちもがおかしいんだって

 

86:名無しの兵士 2000/8/24 12:46:31 ID:Q0ZSYZ+Au

 母親は悪質なPKギルドキラーだもんな

 

88:名無しの兵士 2000/8/24 12:47:25 ID:1X8QavCdP

 一体幾つのギルドが潰された事か…

 

90:名無しの兵士 2000/8/24 12:48:12 ID:eWbAT0cvX

 運営より仕事してる件について

 

92:名無しの兵士 2000/8/24 12:48:46 ID:QRgOdbDE2

 あの人演技上手すぎっしょ

 

94:名無しの兵士 2000/8/24 12:49:33 ID:MooJC7PLL

 俺が所属するギルドが毎回内部分裂させられるんだが

 

95:名無しの兵士 2000/8/24 12:50:24 ID:y0CzRhQzE

 それはお前が所属しているギルドが悪い

 

96:名無しの兵士 2000/8/24 12:50:59 ID:XxPhpmi8S

 ウチ、前に所属していたギルドが内部分裂させられて、気付いたらフレンドに銃向けてた

 

97:名無しの兵士 2000/8/24 12:51:43 ID:2KlmIzHsr

 朱雀「ルルーシュ!」

 

99:名無しの兵士 2000/8/24 12:52:42 ID:koJrZssQr

 ルルーシュ「スザク!」

 

100:名無しの兵士 2000/8/24 12:53:46 ID:q3UDhGMW/

 いきなりコードギアスすな

 

101:名無しの兵士 2000/8/24 12:54:25 ID:fFYZC6x9C

 しかも漢字変換してるし…

 

102:名無しの兵士 2000/8/24 12:55:20 ID:1Suxa1EFd

 俺も気付いたらギルメン全員でギルマス囲んで撃ち続けてたっけ

 

103:名無しの兵士 2000/8/24 12:56:07 ID:D4AyVEnXX

 それは分裂ちゃう

 

105:名無しの兵士 2000/8/24 12:56:39 ID:HqGem54oh

 叛逆じゃね

 

107:名無しの兵士 2000/8/24 12:57:19 ID:oaIijKLqS

 またコードギアスの話ですか?

 

108:名無しの兵士 2000/8/24 12:58:05 ID:Hi4IrFq6H

 違ぇよ

 

110:名無しの兵士 2000/8/24 12:58:39 ID:Yu1oOoZxf

 お前らのギルマスなにしたし

 

111:名無しの兵士 2000/8/24 12:59:13 ID:Thn9zqHc/

 殺意高杉

 

113:名無しの兵士 2000/8/24 13:00:13 ID:vsrZBE3Zq

 だから悪質なPKしてたんでしょ

 

114:名無しの兵士 2000/8/24 13:01:13 ID:fVdVHPyn3

 ド正論過ぎて我反論できず

 

116:名無しの兵士 2000/8/24 13:02:16 ID:kkUSpGp1S

 あの人、アバターと名前だけじゃなく自身のキャラまで完璧に熟すから一見じゃあわかんないんだよね

 

118:名無しの兵士 2000/8/24 13:02:48 ID:HO5BkeON5

 俺が所属していたギルマスとサブリーダーが取り合いして死闘までやってたよ

 

119:名無しの兵士 2000/8/24 13:03:38 ID:swxaK0IOw

 なお相手は旦那にぞっこんの四十代人妻という件について

 

121:名無しの兵士 2000/8/24 13:04:38 ID:3DGqv+Po5

 それの何が問題なのかね?

 

123:名無しの兵士 2000/8/24 13:05:39 ID:g0gOWdDCz

 やべー奴出て来たぞ

 

124:名無しの兵士 2000/8/24 13:06:10 ID:lcKtq6MAt

 警察に通報しますた

 

125:名無しの兵士 2000/8/24 13:07:04 ID:hfO6Xeap8

 ダンナに通報じゃね

 

127:名無しの兵士 2000/8/24 13:07:59 ID:3DGqv+Po5

 それだけは勘弁してください

 

128:名無しの兵士 2000/8/24 13:08:47 ID:Xe7mj/Otx

 国家機関より恐れられる旦那って…

 

129:名無しの兵士 2000/8/24 13:09:23 ID:4xE1DgiB/

 しかし四十代に見えんのよね

 

130:名無しの兵士 2000/8/24 13:10:09 ID:GhjOc4n5k

 知っているのか雷電

 

131:名無しの兵士 2000/8/24 13:10:43 ID:4xE1DgiB/

 …いや、雑誌のインタビューとかで旦那と一緒に載ってっから

 

133:名無しの兵士 2000/8/24 13:11:24 ID:kqhNrjpv/

 ゲームの腕前はトップクラスで金持ちで嫁さんは超美人という勝ち組

 

134:名無しの兵士 2000/8/24 13:12:22 ID:0tL7W5XmI

 良し、ぶっ転そう

 

135:名無しの兵士 2000/8/24 13:13:03 ID:ce0nCkuFk

 非リアが僻むなって

 

137:名無しの兵士 2000/8/24 13:14:04 ID:0tL7W5XmI

 俺、リア充ですがなにか

 

139:名無しの兵士 2000/8/24 13:14:42 ID:dk006JaYv

 俺が命じる。貴様は●ね

 

141:名無しの兵士 2000/8/24 13:15:17 ID:+LNjdKqhv

 時々コードギアスネタが混ざるのなんで?

 

143:名無しの兵士 2000/8/24 13:15:55 ID:WNOLAuP5T

 実際潰されたPKギルドの何人かがリアル凸った事件あったよね

 

145:名無しの兵士 2000/8/24 13:16:47 ID:dCccKYGop

 あった、あった。

 

146:名無しの兵士 2000/8/24 13:17:40 ID:yOZXYrxEW

 後で特定した連中も捕まったやつ

 

147:名無しの兵士 2000/8/24 13:18:30 ID:Qp9k8tI3c

 それ知らんが?

 

148:名無しの兵士 2000/8/24 13:19:34 ID:9SMDk55oa

 本人があんまり気にしてないらしいんよ

 

150:名無しの兵士 2000/8/24 13:20:35 ID:/Qm/s90L5

 ナイフとか鉄バット持った十人掛かりで返り討ちにあったんだよね

 

151:名無しの兵士 2000/8/24 13:21:31 ID:sGvVZ43mu

 返wりw討wちw

 

152:名無しの兵士 2000/8/24 13:22:04 ID:jbF0rybJX

 記事のコメントで「誰もショットガン持ってなかったんで楽でした」って答えててワロタ

 

154:名無しの兵士 2000/8/24 13:23:04 ID:macj/Sx1N

 リアルでもチートの方でしたか

 

155:名無しの兵士 2000/8/24 13:23:42 ID:1P2Py+qaA

 バケモンじゃあねぇか!?

 

157:名無しの兵士 2000/8/24 13:24:36 ID:UnDxOyvAb

 バケモンなんだよ

 

158:名無しの兵士 2000/8/24 13:25:37 ID:WHM4rbSs0

 話題に事欠かねぇな

 

160:名無しの兵士 2000/8/24 13:26:26 ID:1HGczeX+z

 色々あったけど憎めないんだよねあのクソジジイ

 

162:名無しの兵士 2000/8/24 13:27:05 ID:H0TTrpHH/

 慕ってんのか嫌ってんのかどっちだよ

 

163:名無しの兵士 2000/8/24 13:27:39 ID:hRQ5ul4VQ

 この前、うちのギルメンだったよ

 

164:名無しの兵士 2000/8/24 13:28:37 ID:kL0juGGm4

 マジか!?

 

165:名無しの兵士 2000/8/24 13:29:24 ID:hRQ5ul4VQ

 突然入隊して一週間ぐらいで抜けてった

 

166:名無しの兵士 2000/8/24 13:30:21 ID:jbVUsGCgi

 何しに来たし

 

168:名無しの兵士 2000/8/24 13:30:53 ID:hRQ5ul4VQ

 解らん。ただジャイロジェットピストルとFNスカー交換して貰った

 

169:名無しの兵士 2000/8/24 13:31:57 ID:4/V2y3LjO

 は?

 

170:名無しの兵士 2000/8/24 13:32:52 ID:ceuWuZjvU

 は?

 

171:名無しの兵士 2000/8/24 13:33:56 ID:p4nmd8p6E

 は?

 

173:名無しの兵士 2000/8/24 13:34:37 ID:yfs9pVJQY

 さすがに嘘だろ

 

175:名無しの兵士 2000/8/24 13:35:28 ID:acFBcc/qH

 ワシ持っとらんのじゃけどナニソレ?

 

177:名無しの兵士 2000/8/24 13:36:26 ID:vecmueohZ

 あるイベントで入手可能な拳銃…拳銃?

 

179:名無しの兵士 2000/8/24 13:37:25 ID:DY7inLLJg

 拳銃という名のロケットランチャー。それがジャイロジェットピストル

 

181:名無しの兵士 2000/8/24 13:38:25 ID:bU2jH5Rx8

 聞くだけだと凄そうなんだけど

 

182:名無しの兵士 2000/8/24 13:38:58 ID:TfElYWhmC

 ロケットの特性で近距離では威力がほとんどなくて、専用の弾丸なので弾を共有出来ない

 

184:名無しの兵士 2000/8/24 13:39:40 ID:V+yzuofmA

 持ってるけど使った事ないや

 

185:名無しの兵士 2000/8/24 13:40:34 ID:BqlmO93Ib

 アイテムボックス内で埃被ってら

 

186:名無しの兵士 2000/8/24 13:41:35 ID:iwnJfW4Kh

 レア武器?

 

187:名無しの兵士 2000/8/24 13:42:36 ID:zf1xxwP6N

 いや、低ドロップだけど吐いて捨てる程ドロップしたのを覚えてる

 

189:名無しの兵士 2000/8/24 13:43:35 ID:VJs9xMSsH

 それでなんでスカーと交換になったの?

 

190:名無しの兵士 2000/8/24 13:44:05 ID:hRQ5ul4VQ

 なんか出なかったから欲しかったらしい。ちなみにイベント仕様のスカー

 

192:名無しの兵士 2000/8/24 13:45:03 ID:1PpCPc2dq

 URじゃん。しかもイベントピックアップの課金ガチャ専用武器

 

193:名無しの兵士 2000/8/24 13:45:54 ID:3COC68xk5

 十万溶かしても入手できへんかったんじゃけど

 

194:名無しの兵士 2000/8/24 13:46:57 ID:+L3iJVn7C

 それは辛いな。十連で出したけど

 

195:名無しの兵士 2000/8/24 13:47:29 ID:rMSJ10WvL

 氏ね

 

197:名無しの兵士 2000/8/24 13:48:22 ID:Y7szkzk2W

 ストレートすぎ

 

198:名無しの兵士 2000/8/24 13:49:25 ID:hRQ5ul4VQ

 本人はイベント仕様のSRマカロン欲しくて回したらしい

 

200:名無しの兵士 2000/8/24 13:50:13 ID:csfsR6NBk

 マカロフな

 

201:名無しの兵士 2000/8/24 13:50:50 ID:Tqoe+enZI

 SRのマカロンってなんぞ?

 

203:名無しの兵士 2000/8/24 13:51:22 ID:IXqvBRhbp

 おいおい、もうすぐ始まっぞ!

 

204:名無しの兵士 2000/8/24 13:52:20 ID:OIJq7lrf4

 このマップ、スナイパーが強いよここ…

  

206:名無しの兵士 2000/8/24 13:53:53 ID:6rfOZYEgY

 狙い放題だもんな

  

209:名無しの兵士 2000/8/24 13:55:20 ID:IW7rY55kj

 逆に上級者になったらだいたいの狙撃ポイント分かるってマジ?

 

213:名無しの兵士 2000/8/24 13:57:11 ID:KSkmQ9Wjx

 解るけど最悪確認しようと頭出した瞬間に抜かれる

 

217:名無しの兵士 2000/8/24 13:58:32 ID:jjBKxrXEL

 そらお前だけや

 

219:名無しの兵士 2000/8/24 13:59:04 ID:aT69VMtFu

 頭出し過ぎやろ

 

222:名無しの兵士 2000/8/24 14:00:25 ID:VcHPXcxUu

 相手によったらタイミングで狙撃するで

 

224:名無しの兵士 2000/8/24 14:01:07 ID:Uz3M3UxDI

 始まったな

 

226:名無しの兵士 2000/8/24 14:02:10 ID:Iq6Az4GTg

 早速スナイパー同士で場所の取り合いしてんだけど

 

227:名無しの兵士 2000/8/24 14:02:27 ID:QDmgj4J3/

 近距離でぶち抜かれたな

 

229:名無しの兵士 2000/8/24 14:02:51 ID:Bp8dNllVM

 で、バケモンの子は何処ぞ?

 

230:名無しの兵士 2000/8/24 14:03:24 ID:7cw0B4twb

 高所に…居ない?

 

231:名無しの兵士 2000/8/24 14:04:00 ID:FXlU//y55

 あれ?マジでいないんだけど

 

233:名無しの兵士 2000/8/24 14:04:36 ID:hSIw56k4p

 え?もうやられたとか?

 

234:名無しの兵士 2000/8/24 14:05:08 ID:67XDkHr6b

 居た!建物の中!!

 

236:名無しの兵士 2000/8/24 14:05:45 ID:5Zta/c8Zr

 あ?スナイパーが建物内に居んの?

 

238:名無しの兵士 2000/8/24 14:06:17 ID:wfzI9//+C

 いや、見た感じハンドガンぽい

 

240:名無しの兵士 2000/8/24 14:06:42 ID:IjwogZDJX

 サブマシでなく?

 

242:名無しの兵士 2000/8/24 14:07:12 ID:sdT0E++rA

 ベレッタだけだな

 

244:名無しの兵士 2000/8/24 14:07:51 ID:GYjH6z6F6

 お、出合い頭に三人キルしたぞ

 

246:名無しの兵士 2000/8/24 14:08:19 ID:FyocJHkFK

 ん?サイレンサー付けて無くね?

 

248:名無しの兵士 2000/8/24 14:08:41 ID:nlLF5RyBr

 悲報、シオン氏サプレッサー忘れる

 

249:名無しの兵士 2000/8/24 14:09:05 ID:BsZ7sNuCh

そんなことある?

 

250:名無しの兵士 2000/8/24 14:09:41 ID:SMVlaAZ4Y

 というか狙撃じゃないんだ

 

252:名無しの兵士 2000/8/24 14:10:10 ID:ITdm9Z181

 父親の真似事か?

 

254:名無しの兵士 2000/8/24 14:10:42 ID:QwvEdvO9k

 だったらリボルバーだろう

 

256:名無しの兵士 2000/8/24 14:11:12 ID:psRW8cCnu

 あの人、大概ピースウォーカーだもんな

 

258:名無しの兵士 2000/8/24 14:11:38 ID:PMmF0LVFH

 ピースメーカーな。平和を歩かすな

 

259:名無しの兵士 2000/8/24 14:12:06 ID:lLMmgFB2i

 追い付ける自信ないんだが?

 

261:名無しの兵士 2000/8/24 14:12:35 ID:L8JI1tZBR

 いつもと装備違うから忘れちゃったとか?

 

263:名無しの兵士 2000/8/24 14:13:04 ID:zRaXTRlvr

 なんにしても響くから寄って来るぞコレ

 

265:名無しの兵士 2000/8/24 14:13:36 ID:ULFysgMx+

 よく見ると皆消音機装備してんね

 

267:名無しの兵士 2000/8/24 14:14:09 ID:THnqCtZlX

 ほら他のプレイヤー来たぞ

 

268:名無しの兵士 2000/8/24 14:14:35 ID:a3B5zQ78+

 ガチガチの重装備の奴久々に見た

 

270:名無しの兵士 2000/8/24 14:15:00 ID:+8U3T646Y

 最早鎧じゃんかコレ

 

272:名無しの兵士 2000/8/24 14:15:20 ID:LU1GIOF+r

 ハンドガンで抜けんの?

 

273:名無しの兵士 2000/8/24 14:15:55 ID:dtJ5qjX2B

 対戦車ライフル欲しいな

 

275:名無しの兵士 2000/8/24 14:16:18 ID:R/9V8InXh

 マウザーM1918「呼んだ?」

 

277:名無しの兵士 2000/8/24 14:16:41 ID:p7mYe4k71

 シモノフ「呼んだ?」

 

279:名無しの兵士 2000/8/24 14:17:13 ID:erv4dJP+t

 デグチャレフ「呼んだ?」

 

281:名無しの兵士 2000/8/24 14:17:35 ID:bhAdJ5AOO

 クルムラウフ「呼んだ?」

 

283:名無しの兵士 2000/8/24 14:18:12 ID:QMiXSqL3l

 呼んだけども多い

 

284:名無しの兵士 2000/8/24 14:18:47 ID:m7gFHZuQv

 最後に至っては抜けない

 

285:名無しの兵士 2000/8/24 14:19:23 ID:8c59AWAqU

 そもそも対戦車ライフル違うし

 

286:名無しの兵士 2000/8/24 14:19:58 ID:DTBujbI4u

 迷いなく突っ込んだぞ

 

289:名無しの兵士 2000/8/24 14:21:02 ID:Ym8QeGYql

 図体がデカいから小さく見えるな

 

290:名無しの兵士 2000/8/24 14:21:32 ID:tN55kbfH+

 うわwえっぐw

 

292:名無しの兵士 2000/8/24 14:22:02 ID:peuTAplu6

 張り付かれたらあの鎧じゃあ対応出来んやろ

 

294:名無しの兵士 2000/8/24 14:22:37 ID:dB3lWNP4n

 しかも隙間にガンガン撃っちゃってるし

 

295:名無しの兵士 2000/8/24 14:23:06 ID:8j2UUfesZ

 急所に当てずにHP削り切ったな

 

297:名無しの兵士 2000/8/24 14:23:42 ID:w/18BPwFG

 へぇ、鎧の倒し方ってああやるのか

  

299:名無しの兵士 2000/8/24 14:24:17 ID:tC545kSzR

 いやいや出来へんよ普通

 

301:名無しの兵士 2000/8/24 14:24:42 ID:AZ6tg3JQU

 まず突っ込むな

 

302:名無しの兵士 2000/8/24 14:25:19 ID:j0GYEMs1G

 道理っちゃあ道理…なのか?

 

304:名無しの兵士 2000/8/24 14:25:51 ID:rp8tefP+H

 バケモンの子はバケモンやった

 

306:名無しの兵士 2000/8/24 14:26:28 ID:X5xjeb0Hj

 なぁ、索敵おかしくね?視界に入る前に敵の位置解ってるっぽいけど

 

308:名無しの兵士 2000/8/24 14:26:50 ID:puhjiqgmt

 あー、確かに解ってる動きだな

 

310:名無しの兵士 2000/8/24 14:27:12 ID:pizz2RVCI

 偶然じゃね?

 

311:名無しの兵士 2000/8/24 14:27:45 ID:D5Sic6ABl

 また出合い頭にキルしたぞ。これ解ってるって絶対

 

313:名無しの兵士 2000/8/24 14:28:06 ID:0QWcgYJN2

 チートか?

 

314:名無しの兵士 2000/8/24 14:28:26 ID:W0bTwNnko

 チートじゃね?

 

316:名無しの兵士 2000/8/24 14:28:57 ID:t6rR0wMso

 父親のコネか!?

 

317:名無しの兵士 2000/8/24 14:29:29 ID:X+yfZYPCC

 違うと思うぞ。このゲーム、結構音で敵の位置解るし

 

318:名無しの兵士 2000/8/24 14:30:03 ID:alHhEbUSq

 マ?

 

320:名無しの兵士 2000/8/24 14:30:32 ID:w6WyJs0oJ

 お前らヘッドフォン付けてやれよ

 

321:名無しの兵士 2000/8/24 14:31:06 ID:LVE3wPshw

 左側だけでok?

 

323:名無しの兵士 2000/8/24 14:31:35 ID:K0FhY/Wtu

 アウトだよ!

 

325:名無しの兵士 2000/8/24 14:32:03 ID:EhDtkk/d4

 特にシオン氏は耳が良いらしいから

  

327:名無しの兵士 2000/8/24 14:32:40 ID:lsiFtN071

 前に紅白戦で一緒だった時「親父の足音がする!」って言ったら実際にケントが現れてビビったし

 

328:名無しの兵士 2000/8/24 14:33:15 ID:snJwZLnWO

 ケントって誰?

 

330:名無しの兵士 2000/8/24 14:33:48 ID:/0kMV+IE5

 バケモンのプレイヤーネーム

 

332:名無しの兵士 2000/8/24 14:34:25 ID:Yb202TH7B

 というか本名

 

334:名無しの兵士 2000/8/24 14:34:56 ID:NBByLth77

 で、勝ったのか?

 

336:名無しの兵士 2000/8/24 14:35:31 ID:lsiFtN071

 無理無理。シオンが速攻でログアウトしたから続いて抜けて難を逃れたわ

 

337:名無しの兵士 2000/8/24 14:36:10 ID:RX3NiJVnD

 悲報、ケント氏、我が子に避けられる

 

338:名無しの兵士 2000/8/24 14:36:43 ID:RMHQsU2ih

 確かに悲しいな

 

339:名無しの兵士 2000/8/24 14:37:15 ID:wJ5O3GFme

 …年末のランク戦で容赦なく射殺されてた現場目撃した事あるんだけど

 

341:名無しの兵士 2000/8/24 14:37:38 ID:6FkJ+O0LG

 年末って事は上位報酬SSRのスナイパーライフルだったような…

 

343:名無しの兵士 2000/8/24 14:37:59 ID:egc/UOB5j

 そら避けられるわ

 

344:名無しの兵士 2000/8/24 14:38:23 ID:X1Zs8gd5l

 狙撃手から狙撃銃を取り上げる父親の図

 

346:名無しの兵士 2000/8/24 14:38:53 ID:lKNI4MGD5

 同情を禁じ得ない

 

348:名無しの兵士 2000/8/24 14:39:23 ID:iVvCFndtO

 俺も見た。至近距離での早撃ちで六発叩き込まれたやつだろ

 

350:名無しの兵士 2000/8/24 14:39:44 ID:Acjti4d7u

 ひでぇ…

 

351:名無しの兵士 2000/8/24 14:40:06 ID:fY3ozFZJ3

 急所関係ねぇな

 

352:名無しの兵士 2000/8/24 14:40:29 ID:7Hj0iF0OZ

 お!次の獲物が近いぞ!!

 

354:名無しの兵士 2000/8/24 14:41:07 ID:SkrqXjV/0

 獲物言うなし

 

355:名無しの兵士 2000/8/24 14:41:28 ID:HuB6xOvCz

 個人ランキング戦の割に三人組か

 

356:名無しの兵士 2000/8/24 14:41:48 ID:q/EK0Hgoo

 組んでた方が上がり易いじゃん

 

358:名無しの兵士 2000/8/24 14:42:21 ID:/QA4NoGz3

 けど最後には後ろからズドンと裏切るんだよな

 

360:名無しの兵士 2000/8/24 14:42:55 ID:6LK5qspvg

 やるのは良いけど、やられるのはちょっと…

 

361:名無しの兵士 2000/8/24 14:43:19 ID:NnobL+tWh

 最低だな

 

362:名無しの兵士 2000/8/24 14:43:45 ID:vjj33OuOj

 今度は相手も気付いてるっぽいぞ

 

364:名無しの兵士 2000/8/24 14:44:11 ID:5MmA2YKoI

 ガイヤ「オルテガ、マッシュ、ジェットストリームアタックをかけるぞ!」

 

365:名無しの兵士 2000/8/24 14:44:35 ID:GZrSEOict

 なおガイヤが一番にやられたもよう

 

367:名無しの兵士 2000/8/24 14:44:59 ID:vualgRo/y

 ガイヤ「俺を踏み台に!?」

 

369:名無しの兵士 2000/8/24 14:45:33 ID:EVILiqFbF

 踏み台どころか肉壁にされてますが…

 

371:名無しの兵士 2000/8/24 14:46:12 ID:oHnc6h1eH

 味方を盾にされたら撃ち辛

 

372:名無しの兵士 2000/8/24 14:46:50 ID:UGsiILObt

 関係なく味方諸共撃ってね?

 

374:名無しの兵士 2000/8/24 14:47:27 ID:56+mOekqb

 けど普通に撃ち負ける模様

 

376:名無しの兵士 2000/8/24 14:48:04 ID:n8Bq00CyY

 どういう関係か知らんけどヒビ入るぞこれ

 

377:名無しの兵士 2000/8/24 14:48:30 ID:oLFzv4e0U

 それにしてもなんか銃の持ち方変じゃね?

 

378:名無しの兵士 2000/8/24 14:48:55 ID:kUAXmPXIb

 持ち方より動きだろ。狙撃手の戦い方じゃねぇって

 

379:名無しの兵士 2000/8/24 14:49:25 ID:IM+5UiAxo

 そもそも今回狙撃じゃねぇし

 

381:名無しの兵士 2000/8/24 14:49:47 ID:/Rq3mb78b

 なんかCQCっぽくね?

 

382:名無しの兵士 2000/8/24 14:50:13 ID:8yiO0rfKD

 CQCというか合気じゃね?

 

384:名無しの兵士 2000/8/24 14:50:44 ID:M7TNhwXo5

 誰だよ近接戦物防って言ったやつ

 

385:名無しの兵士 2000/8/24 14:51:05 ID:KXZQeNRr+

 遠距離から近距離まで熟せるか。今度誘ってみよ

 

387:名無しの兵士 2000/8/24 14:51:28 ID:OdcrUYSEM

 アサルトライフルとか使わないのかねぇ?

 

388:名無しの兵士 2000/8/24 14:52:17 ID:zudWU5x2I

 ショットガンもだろ

 

390:名無しの兵士 2000/8/24 14:52:52 ID:U8oYaixzX

 マシンガンを忘れてやんなよ

 

392:名無しの兵士 2000/8/24 14:53:30 ID:S9Afp+7K2

 あの体格でマシンガンは無茶があるだろう

 

394:名無しの兵士 2000/8/24 14:54:01 ID:9pAFC8Itj

 にしてもこのままいけば上位行けそうじゃね?

 

395:名無しの兵士 2000/8/24 14:54:27 ID:n9zUhumD5

 さすがに無理だろ

 

397:名無しの兵士 2000/8/24 14:55:03 ID:gVFxKsoZJ

 いいや、いけるだろ。今日の昼飯を賭けても良い

 

398:名無しの兵士 2000/8/24 14:55:25 ID:Orw4Bz3RH

 とっくに12時過ぎてますが?

 

399:名無しの兵士 2000/8/24 14:55:50 ID:+Dg/utzgk

 俺は200ペソ賭けよう

 

400:名無しの兵士 2000/8/24 14:56:12 ID:UPS5Znzoe

 花京院の魂も賭けよう

 

402:名無しの兵士 2000/8/24 14:56:47 ID:jcXv0CU+Z

 人の魂を勝手に賭けるな

 

403:名無しの兵士 2000/8/24 14:57:17 ID:twgeI7KOl

 一体幾つの花京院の魂が賭けられてきた事か

 

404:名無しの兵士 2000/8/24 14:57:51 ID:ZZbDiFPZp

 命なんて安いものさ。特に俺のはな…

 

405:名無しの兵士 2000/8/24 14:58:23 ID:SpsuhnVWr

 お前“は”だろ

 

406:名無しの兵士 2000/8/24 14:58:59 ID:eWg4QQhAy

 辛辣…

 

409:名無しの兵士 2000/8/24 14:59:56 ID:WDDCPQUOe

 さて、どうなる事やら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

570:名無しの兵士 2000/8/24 15:53:45 ID:UOHDEarg1

 さすがに凌げなかったか…

 

571:名無しの兵士 2000/8/24 15:54:22 ID:5CiHkL2n4

 生き残りで包囲されちゃあムリゲーでしょ

 

572:名無しの兵士 2000/8/24 15:54:56 ID:1QmbO4Ppd

 不仲説のある総合三位と四位の共闘シーンとか心躍るな

 

573:名無しの兵士 2000/8/24 15:55:28 ID:yLdgZaI7W

 終わった瞬間殺し合ってるけど?

 

575:名無しの兵士 2000/8/24 15:55:53 ID:iKXCz4LYj

 それが良いんだよ

 

577:名無しの兵士 2000/8/24 15:56:19 ID:KVXEZLlqR

 ちなみにバケモンって今何位?

 

578:名無しの兵士 2000/8/24 15:56:43 ID:GCjg7Uv7T

 そういや最近見てねぇな

 

580:名無しの兵士 2000/8/24 15:57:12 ID:iT/hmTWQs

 確か総合十二位ぐらいまで落ちてなかったか?

 

582:名無しの兵士 2000/8/24 15:57:32 ID:S75j7LHH3

 あの人のスコアがおかし過ぎて二つ三つランク戦逃してもそこまで落ちんのよな

 

583:名無しの兵士 2000/8/24 15:58:00 ID:5ATmXEox2

 シオン氏もランク戦で見てなかったし、二人で特訓でもしてたんかね

 

584:名無しの兵士 2000/8/24 15:58:39 ID:qONjidXuO

 密室、男同士、何も起こらない筈がなく…

 

585:名無しの兵士 2000/8/24 15:59:06 ID:NFsgKwI+C

 イベントエリア以外オープンワールドなんよ

 

586:名無しの兵士 2000/8/24 15:59:37 ID:Hnz+6BXjN

 結構キルしてたから生存ポイント無しでも上位狙えそうだな

 

587:名無しの兵士 2000/8/24 16:00:03 ID:sSJjWcuw2

 言っている間にもう時間だし

 

588:名無しの兵士 2000/8/24 16:00:26 ID:yTk/LLQrJ

 集計入ったぞ

 

590:名無しの兵士 2000/8/24 16:01:05 ID:FWfVST12+

 非公式だけど集計とかどうしてんの?

 

592:名無しの兵士 2000/8/24 16:01:30 ID:Bqh68PTG+

 集計と報酬の割り振りだけは運営がやるらしい

 

594:名無しの兵士 2000/8/24 16:02:08 ID:8Chrg2rJl

 実質公式イベントでは?

 

596:名無しの兵士 2000/8/24 16:02:39 ID:ehX9w7XBB

 ってか主催者は何してんの?

 

598:名無しの兵士 2000/8/24 16:03:16 ID:mSXYN2Qo0

 観光用の娯楽施設でメロンソーダ飲んでるよ

 

599:名無しの兵士 2000/8/24 16:03:53 ID:RCODZmlI+

 しれっと誤情報出すなし

 

601:名無しの兵士 2000/8/24 16:04:30 ID:mSXYN2Qo0

 そこから携帯端末で観戦してんだけど、近くのテーブル席にいんだよバケモンが

 

602:名無しの兵士 2000/8/24 16:05:09 ID:oN3hcLFdH

 ファ!?

 

604:名無しの兵士 2000/8/24 16:05:39 ID:29HcdLFP2

 マジで言ってんの?

 

605:名無しの兵士 2000/8/24 16:06:05 ID:mSXYN2Qo0

 嫁さんとデート中っぽいな

 

606:名無しの兵士 2000/8/24 16:06:40 ID:aTjUnYZdv

 息子さんM60機関銃で蜂の巣にされた上にレミントンで頭ブチ抜かれたんですが

 

607:名無しの兵士 2000/8/24 16:07:03 ID:mSXYN2Qo0

 観戦しながら美味しそうに飲んでるぞ

 

608:名無しの兵士 2000/8/24 16:07:29 ID:gSGpVDFv3

 また親子の溝が…

 

609:名無しの兵士 2000/8/24 16:08:01 ID:v/OfmUJP5

 順位出たぞ

 

610:名無しの兵士 2000/8/24 16:08:22 ID:C+uvG9/dt

 八位か

 

611:名無しの兵士 2000/8/24 16:08:47 ID:SoL0758TK

 ハンドガンオンリーでトップテン入りか。浪漫があるな

 

613:名無しの兵士 2000/8/24 16:09:22 ID:GgTuG9CdJ

 ロマンはあっても出来る気しねぇよ

 

615:名無しの兵士 2000/8/24 16:09:59 ID:cmJ7Dl8Xc

 八位の報酬は…www

 

617:名無しの兵士 2000/8/24 16:10:37 ID:+wj27IB2M

 ミニミ軽機関銃に罪はないやろ!!

 

618:名無しの兵士 2000/8/24 16:11:10 ID:PoWiI+k2y

 銃サイドやのうて人サイドの問題や!!

 

620:名無しの兵士 2000/8/24 16:11:34 ID:Diwues2uU

 確かにイベント仕様のURだけどシオン氏使わんだろうな

 

621:名無しの兵士 2000/8/24 16:12:10 ID:HBpS+NTcn

 七位の報酬見たか?モシン・ナガンだったぞ

 

622:名無しの兵士 2000/8/24 16:12:32 ID:hbZNfYxpp

 しかも純白の希少な奴 

 

623:名無しの兵士 2000/8/24 16:13:01 ID:PzEe2R2NK

 生存ポイントあれば…

 

625:名無しの兵士 2000/8/24 16:13:32 ID:QYpFYmEp6

 ちょい待ち。七位って総合四位の奴じゃね?

 

627:名無しの兵士 2000/8/24 16:14:11 ID:1OAx9Al1r

 フィールドが悪いって。総合三位がランキング一位取ってるし、スナイパー有利過ぎ。

 

628:名無しの兵士 2000/8/24 16:14:34 ID:Q8BUqc3Ke

 M60機関銃ぶっぱしてた人や…

 

629:名無しの兵士 2000/8/24 16:15:06 ID:w8KIM91Lr

 あの人、マシンガンメインやろ。狙撃銃使わへんやん

 

631:名無しの兵士 2000/8/24 16:15:44 ID:85LKACsdc

 寧ろミニミの方が欲しそう

 

633:名無しの兵士 2000/8/24 16:16:20 ID:ZtdZijozR

 言うてたら早速トレードしてね?

 

635:名無しの兵士 2000/8/24 16:16:55 ID:Pp6zn0EoX

 したな

 

637:名無しの兵士 2000/8/24 16:17:26 ID:h3NcNSmCY

 今更だけどこの報酬ってバケモンが使わんものばっかじゃね?

 

639:名無しの兵士 2000/8/24 16:18:06 ID:ERqZKUV8g

 …確かにハンドガン系含まれてないな

 

640:名無しの兵士 2000/8/24 16:18:32 ID:Ox6Iog2tn

 たまにアサルト使ってるけど乱射するだけでなんでも良さそうなイメージ

 

641:名無しの兵士 2000/8/24 16:19:00 ID:KiEvkZv2+

 ほんまそれな

 

643:名無しの兵士 2000/8/24 16:19:28 ID:fO0UbMNKP

 拘ってるの拳銃だけだろ

 

645:名無しの兵士 2000/8/24 16:19:54 ID:2/qTtB/Kb

 アイテム整理イベだったか…

 

646:名無しの兵士 2000/8/24 16:20:28 ID:AgrqIx/D2

 整理でこれとか…

 

648:名無しの兵士 2000/8/24 16:20:56 ID:Nwlxi6/s2

 あの人だけアイテムボックスがゲート・オブ・バビロンなんよ

 

650:名無しの兵士 2000/8/24 16:21:19 ID:dyK3EVi0A

 元ネタ宜しくぶっぱしとるし

 

652:名無しの兵士 2000/8/24 16:21:41 ID:U+ShkWcmG

 普通に息子さんにあげた方が良かったのでは?

 

654:名無しの兵士 2000/8/24 16:22:10 ID:w8F41qDn3

 ジャイロの奴みたく交換頼んだら俺らもUR武器貰えんかね?

 

656:名無しの兵士 2000/8/24 16:22:49 ID:f+ckWi/ZO

 近くに居た奴居るか?

 

658:名無しの兵士 2000/8/24 16:23:12 ID:mSXYN2Qo0

 俺もそう思って勇気出して聞いて見たよ。キャリコM100かドッペルグロッグが欲しいって

 

659:名無しの兵士 2000/8/24 16:23:44 ID:wSZT83hun

 持ってねぇよ!!

 

660:名無しの兵士 2000/8/24 16:24:11 ID:FaQ2Q0uEj

 さすがにそれは…

 

661:名無しの兵士 2000/8/24 16:24:45 ID:ZZCgMzxqS

 持ってる持ってない以前になんぞそれ… 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロビト島へ…

 ザンジバーランド騒乱が集結された翌年。

 FOXHOUNDを除隊したソリッド・スネークはアラスカにて登山を行っていた。

 これに関しては訓練として熟している訳ではなく、除隊後の趣味として行っている。

 このアラスカに移住してから寒く厳しい世界ではあるが、充実した日々を送っていた。

 騒乱終結を期に引退を決意したパイソンと移住し、思っていた以上に暇を弄んだ彼は俺に師事をしてくれる。

 ベテランの…それもビッグボスと共に戦場を駆けた最古参の手練れゆえに学べる事は多い。

 時折ビッグボスとの昔話を語ってくれて、今更ながら元上官の新たな一面を知ったりもしている。

 

 …ただやはりと言うべきか、ビッグボスの話をするとザンジバーランドでの事を思い出してしまう。

 ビッグボスが言ったように俺は戦場での生き方を知った人間…。

 こんな平時を俺は普通に(・・・)生きて行けるのか不安になる時がある。

 今はまだ良いだろう。

 だがこれから先、戦場を知っている俺がビッグボスのようにならないとは限らない。

 

 深く考え込みそうになった思考を振り払い、雪に覆われた斜面を一歩一歩踏み締めながら頂上を目指す。

 今日は天候も良く吹雪いておらず昇り易い。

 頂上に着けばさぞや良い景色を一望できるだろう。

 そう思っていたスネークだったが、山小屋が見えてきた辺りから顔が渋って行く。

 天候が良く、開けた場所だからか大型の輸送ヘリが山小屋近くに着陸していた。

 しかもすぐ側では防寒着を着た見覚えのある人物が赤い飲み物を飲みながら立っている。

 

 「ここは山登りに適している。それをヘリで上がるとは勿体ないぞバット!」

 「雪中行軍も嫌という程したので自主的には遠慮したいだけど」

 

 相変わらずな様子に笑みが零れる。

 防寒着を羽織ってはいるが、その下から覗くのはスニーキングスーツ。

 どうやらただ俺に合いに来てくれた訳ではなさそうだ。

 

 「去年ぶりだな。元気でやっていたか?」

 「ほどほどに…」

 「その様子だと大分叩き込まれたようだな」

 

 身体的特徴ではなく雰囲気が感覚的だが変わったように伺える。

 たった一年ほどでそんな変化したのなら相当な訓練を味わった事だろう。

 お互いに苦笑し合い、バットはグビリと赤い液体を飲み干す。

 装備に対して寒そうにしていない様子に多少気になった。

 

 「その赤いのはなんだ?トマトジュースか?」

 「(苦虫)とトウガラシで調合したホットドリンクです。いります?」

 「………また今度にしておこう」

 「寒いところでは重宝するんだけどなぁ…」

 

 勧められた飲み物を断わり機内へと向かう。

 中に入ると軍服に勲章をぶら下げた軍人というよりは、スーツを着こなした老紳士風の男性が待っていた。

 

 「初めましてソリッド・スネーク。私はCIA所属のロジャー・マッコイ大佐だ」

 

 そう名乗ったロジャーは向かいの席に腰かけるように勧める。

 大型の輸送機の割には搭乗者は操縦者を除いて五名にも満たない。

 人数が人数なだけに広い機内である。

 悟られぬように警戒はしつつ席に座り、バットもその隣へと腰を降ろす。

 二人が座った事でロジャーは話し出した。

 

 「今から約一時間前。326便が何者かにハイジャックされた。君達にはその解決の為に力を貸して貰いたい」

 「ハイジャック?俺に空を行く箱舟に潜入して救出作戦を行えと?」

 「いや、飛行中の飛行機である以上潜入は不可能に近い。私が依頼するのはハイジャック犯が要求する“ピュタゴラス”なるものを入手して欲しいというものだ」

 

 ロジャーは鞄より資料の束を取り出して差し出す。

 受け取ったスネークは目を通すと、それはある島の事情を書き記したものであった。

 ある島…南アフリカにあるモロニ共和国の“ロビト島”。

 近年まで紛争の絶えない国家で、現在は各国から支援を受けて復興に向けて動いている。

 そんなモロニ共和国のロビト島に設けられたロビト理化学研究所に、“ピュタゴラス”ものがあるらしいがその“ピュタゴラス”の詳細は載っていない。

 

 「モロニ共和国に協力要請は?」

 「我々は研究所の立ち入りや主幹研究員であるフレミングとの面会を打診したが、内政不干渉で断られた」

 「アメリカも支援しているのだろ?」

 「ロビト理化学研究所は“BEAGLE(ビーグル)”という表向きは屈指の複合企業が管理しているのだが、そのBEAGLEは復興事業で最大の支援者なのだ」

 「スポンサーは裏切れない…か」

 「我々合衆国はテロには屈しない。交渉も一切しないのが世界に示すべき姿勢だ。………だが、ハイジャック犯に“ピュタゴラス”を渡さなければ乗員乗客517名の人命が消えてしまう。それに326便にはヴィゴ・ハッチ上院議員が乗っている…」

 

 あぁ、そう言う事かと納得した。

 ヴィゴ・ハッチというのはジョージ・シアーズと並んで次期大統領候補に名が挙がっている一人だったはずだ。

 目の前にいるロジャーか、それとも上層部か知らないが、先を見据えて恩を売っておきたいというところか。

 権力闘争かと思うとため息が漏れそうになるも、実際渡さなければ関係のない乗員乗客の命が奪われてしまうのは確かだ。

 

 「それで何故俺に依頼を?」

 「ロイとはかつてグリーン・ベレーにて盟友でな。彼は君らを高く評価していた」

 「キャンベル大佐か」

 

 ロイ・キャンベルの名に少し寂しさを感じる。

 ザンジバーランド騒乱の後に想う所があって除隊した俺だが、キャンベル大佐とて想わぬことがない訳でもなかった。

 彼の場合は立場もザンジバーランドの後処理にも関わらなければならなかったので、すぐにとはいかずとも後処理が終われば除隊するつもりだというのは聞いていた。

 今回の作戦もキャンベル大佐の除隊の話が無ければ彼が頼みに来ていた事だろう。

 小さく息を吐き出して話を進める。

 

 「俺達だけで潜入作戦を?」

 「HRT(・・・)のスペンサー隊も投入される事になっている」

 「HRT?」

 「SWATの対テロ特殊部隊だな。制圧や人質救出を行う」

 「スペンサー隊の任務は研究所の制圧及びフレミングの確保だ。“ピュタゴラス”がなんであるかを知る為にはフレミングは必要不可欠だろうからな」

 「では俺達とHRTでの作戦だな」

 「後で紹介する事になるがサイ機能を持つアリス・ヘイゼルが協力してくれる」

 「サイ…なんだって?」

 「サイ機能。各機関で捜査協力しては多大な実績を残している超能力者だ。テレパシーとか幽体離脱とか…アレだ」

 

 特殊部隊の投入は理解出来たが、超能力などという眉唾に命を預けれるほど酔狂ではない。

 ロジャーの歯切れの悪さもあって、スネークは隠す事無く呆れたと言わんばかりの表情を晒す。

 

 「信用できるのかソレは?」

 「能力が本物なら頼りになると思うけど」

 「お前なぁ…」

 「目の当たりにした事があるんですよ。凄い超能力者に」

 

 何処か懐かしそうな瞳にそれ以上口にするのを止めた。

 両親やらクワイエットでこいつの知り合いがおかしい事にはもう慣れた。

 今更超能力者の知り合いが居たなどと言われた所で「そうか」と納得するほかない。

 さすがにドラゴンとか恐竜に会ったなどと言い出したら疑うがな。

 

 サイ機能に関してはこれ以上言わないとしても、別の事に関しては口を出させて貰おう。

 

 「ところでアレはなんだ?」

 「あぁ、彼の事か…」

 

 ヘリに乗り込んでからずっと気になってはいた。

 機内にはスネークにバット、ロジャーのそして離れた席にもう一人…。

 テンガロンハットを被り、スーツの上にチェスターコートを羽織り、ブーツと手袋、ズボンまで全てを黒一色に統一し、顔はフルフェイスのガスマスクで隠している異様な人物。

 これまで一切喋らず、性別すら隠しているかのような同乗者を気にするなという方が難しいだろう。

 スネークの問いにロジャーは肩を竦ませる。

 

 「今作戦を行うに当たって上から送られてきた護衛……という事にはなっているがね。こちらの動向を知らせる連絡要員、または監視役と言ったところだろう」

 

 護衛役と言われれば一応レッグホルスターに片手用に短身に改良したレバーアクションライフル“ウィンチェスターM1873”を納めている。

 けれどもガスマスクで視線は見えないが顔をこちらに向けている事から見てはいるが、護衛対象であるロジャーからかなり離れていては護衛として機能していないのは確か。

 推測しているように監視役なのだろうなとスネークも納得する。

 

 視線を感じた彼はゆっくりと立ち上がり、大型のケースを手にして近づいて来た。

 多少警戒しながら動向を伺うと、彼は首元のチョーカーらしきものを押さえる。

 

 「簡単な説明はお済で?」

 「あ、あぁ…本当に簡単にだが」

 

 押したチョーカーは変声機だったらしく、彼の声は機械の仲介によって性別すら分からない音声となっていた。

 説明が終わったと確認を取り、大型のケースをこちらに差し出す。

 

 「任務に当たり支給される装備一式です」

 「現地調達ではないのか?」

 「潜入任務全部が裸一貫でなければいけないなんて事はないでしょ」

 「それは確かにな」

 

 渡されたケースの中にはソーコムピストル(H&K MARK23)ファマス(FA-MAS)ブルパップ型ライフル、スニーキングスーツに軍用ナイフレーションや簡易医療キットなどが納められていた。

 バットは先に装備しているが、内容は異なるようだ。

 スニーキングスーツや軍用ナイフは一緒でもハンドガンはベレッタ(M92F)でメインはMP5(H&K MP5)を装備している。

 渡されたケース内を見てみれば医療系にグレネード系が充実している。

 建物内での戦闘が想定されている為か狙撃銃は無かった。

 銃をしっかりと確認作業を行い、渡して来た奴へと視線を向けた。

 

 「で、アンタの事は何と呼べばいい?」

 「…“リボーン・ゴースト(Reborn Ghost)”とでも」

 「リボーン・ゴースト……蘇った幽霊…か」

 

 疑わしい視線を向けたことろで反応は見えない。

 一抹の不安を抱きながらもスネークは任務を請け負い、モロニ共和国の“ロビト島”へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 326便ハイジャック事件により、非公式にロビト島にて作戦を行うにあたって不信感を抱く者が居た。

 CIA所属の捜査官であるチャールズ・シュマイザー。

 彼は前より独自ではあるがBEAGLEを追っていた。

 ゆえに今回の件は好機とも取れる。

 今まで閉ざされていた門が僅かながら開いたのだから。

 兎も角耳にした彼はその関連から自ら指揮を執ろうと名乗り出ようとしたところ、すでにロジャー・マッコイ大佐に先を越されてしまった事実を知る。

 不信感というのはまさにそこだ。

 何も自分が担当したいからという想いから生じたものではない。

 ロジャー・マッコイ大佐が関わった事に対して疑念を抱いているのだ。

 ここ数十年は実戦への参加をしていなかった。

 それが突然参加したばかりか、それは自ら名乗り出たというではないか。

 不審に思わない方がおかしい。

 

 最初こそ僅かな疑念。

 しかし上に呼び出されて調査(・・)を命じられればより深まるというもの。

 

 「少し気掛かりだな。“タブ(・・)”にはその辺りも調べさせるか…」

 

 上からの指示に従って調査を行うに当たって、シュマイザーは連絡を付ける。

 正直疑り過ぎとも思えなくもないが、最近身の回りで不審な動きも見え隠れしている事もあり、警戒を強めて置く事に越したことはないだろう。

 なにより今回の件はやっと訪れた好機。

 これを逃してしまっては元も子もないというものだ。

 

 

 

 

 

 

 スネーク達が説明を受けて数時間後。

 モロニ共和国の“ロビト島”にあるロビト理化学研究所に先に到着したSWATの対テロ特殊部隊“HRT”は予想打にしなかった事態に陥っていた。

 ブリーフィングにて研究所の規模と警備について知らされた。

 詳細なデータを入手できなかったが、さすがにこの短時間では難しいだろう。

 無い物強請りしていても時間が過ぎるだけで解決には繋がらない。

 寧ろ人質を取られているだけに悪化するだけだ。

 訓練で高めた腕と柔軟に対応するしかない。

 

 そもそも外から得られた研究所の警備からそれほど苦戦するとは思えなかった。

 任務は速やかに研究所を制圧してフレミングという人物を確保する………だけだったのだが…。

 

 “HRT”スペンサー隊は研究所に入ると予定通りアルファ()ブラボー()チャーリー()デルタ()エコー()の五つに別れて行動を開始。

 各自が速やかにポイントを制圧する予定だったのだが、思わぬ反撃を受けてしまう。

 

 AKS-74U(アサルトライフル)を装備した連中との交戦。

 それも特殊部隊と渡り合えるほどの練度を持つ敵。

 ただの研究所の警備というレベルではない。

 

 ブラボーチームのテリコ・フリードマンは苦々しい表情でM4カービンを握り締める。

 思いも寄らぬ苛烈な攻撃にあったブラボーチームは自身を除いて壊滅状態。

 他のチームに連絡を付けようとするも何処も戦況は不利。

 望むような返答は返ってこない。

 

 「こちらブラボー。合流地点を見失った!」

 『ブラボー、こっちは駄目だ!敵が―――ッ………』

 「応答を!切れた…」

 

 敵地内で味方と連携も取れず、狭い通路内では隠れる場所すらない。

 腕に自信があろうとも長期戦となれば弾薬が尽きるし、圧倒的な数で攻められれば否応なしに押し潰される。

 苛立ちや不安を募らせても事態が好転する事はない。

 通路の先より敵兵士二名が現れ、不意の遭遇ながらも咄嗟にM4カービンの引き金を先に引く事が出来、抵抗する間もなく二名は連射された弾丸の前に倒れて行った。

 敵兵は排除出来たのだが響いた銃声で敵がやって来るだろう。

 急ぎここを離れなくてはと休む暇など無く走り続ける。

 その間にも無線で呼びかけるも時間が経つごとに状況は悪化の一途を辿っている。

 すでにブラボーはほぼ壊滅してチャーリーとは音信途絶。

 加えてデルタとエコーはようやく繋がったと思った矢先に銃声とうめき声を残して通信が切れた。

 

 『…ぅラボー…無事か?……ちら、アル……応答せよ…』

 

 無線機から掠れながらも聞こえた声に僅かながら安堵する。

 ただ状況が状況だけにすぐには喜べない。

 通路先の角より少しだけ顔を覗かして先を確認すると、少しばかり距離はあるが敵兵が固まっている。

 M4カービンは先ほどの銃撃で弾切れで、残るはUSP(自動拳銃)と僅かばかりの手榴弾のみ。

 集まっている辺りに手榴弾を放り投げる。

 飛んで来たものが手榴弾と理解すると慌てて逃げ出してしまう。

 なので投げて注意が手榴弾に向いた瞬間、跳び出して手榴弾をUSPで狙撃した。

 逃げる間もなく狙撃された手榴弾が爆発を起こして集まっていた敵兵三名を吹っ飛ばす。

 上手くいった事を多少喜びつつ、無線を手に移動する。

 

 「こちらブラボー。アルファ、合流地点を」

 『無事だったか。良かった。合流地点だが西棟の倉庫だ。こちらは部隊が壊滅状態に近い。現在の状況では作戦継続は困難と判断する。長くは持てん。急ぎ合流せよ』

 「了解」

 

 主力であった隊長指揮のアルファですら壊滅状態なんて…と悲観する気持ちを押し殺し、急いで合流地点である西側の倉庫に向かう。

 倉庫までの道のりでは敵兵に遭遇する事無く何とか辿り着く事が出来た。

 扉をゆっくりと開けて、周囲を確認しながら入ると、アルファとの合流に歓喜するでもなく彼女は不快感に苛まれる。

 咽かえる様な血の臭い…。

 暗がりで良く見えなかった暗闇も慣れて見え始めると、床やコンテナ側面に飛び散った夥しい血痕を目の当たりにする。

 間に合わなかったと思うよりも早くに多方向より足音が聞こえる。

 慌てて踵を返そうとするも入って来た扉よりAKS-74Uを構えた敵兵が現れ、周囲のコンテナの陰より同様の敵兵が現れてこちらを囲む。

 最後に正面奥より一人の男が姿を現した。

 身長二メートル越えの巨漢に見合う対戦車ライフル“シモノフ”を手にしていた。

 睨みつけるも当の本人は全く意に返していないようだ。

 

 「最後の一人か?」

 「ハッ、すでに他の部隊は殲滅いたしました」

 「連れていけ。くれぐれも“クラウン”に見つかるなよ」

 

 謎の武装勢力に“クラウン”というブリーフィングにない情報…。

 それが何なのか知る事も調べる事も出来ず、テリコは銃口を突き付けられるがままに連行されるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いざ、潜入!

 待たせたな!(鼻声)
 すみません遅くなりました。
 ここ数週間花粉症で悩まされ、ダウンしておりました。
 投稿再開致します。


 モロニ共和国ロビト島に上陸したソリッド・スネークとバットは、装備品を確認した後に草木を掻き分けて進んでいた。

 目的地は木々に覆われた森林地帯に囲まれたロビト理化学研究所。

 道中スネーク達にはなんら問題は起こらなかったが、途中途中ロジャーより送られる情報は悪いものばかり。

 未だにピュタゴラスの詳細もフレミングの情報すら不明。

 上陸前に送り込まれたHRTのスペンサー隊は通信途絶。

 さらにロビト理化学研究所はスペンサー達が投入されるより前に、正体不明の武装勢力によって制圧されていたという事実。

 スペンサー隊が音信途絶になった事から全滅したと考えていいだろう。

 となれば正体不明の武装勢力はそれだけの実力を持つ部隊という事になる。

 研究所の警備兵を相手にするだけだった筈なのだが、特殊部隊並みの敵対勢力に化けるとは…。

 

 状況は悪化してしまうも研究所だけに目が向いていたのか人手や時間が足りなかったのかは解らないが、周辺地域の警戒まで兵を割いていなかったのでスカウト兵の待ち伏せも無く研究所に近づく事が出来た。

 ただ守りが存在しない訳ではなく、地図的には研究所に近づいた辺りでフェンスが進路を塞いだのだ。

 それも高圧電流が流れるフェンス。

 周囲が森に囲まれている事から動物避けの役割もあったのだろう。

 招かれざる客である蛇と蝙蝠も足を止める事になってしまった。

 

 「高圧電流か…知ってるか?ザンジバーランドで戦ったビッグボスは高圧電流のフェンスに触れても痺れるだけだったらしい」

 「やりたいんですかソレ?」

 「まさか」

 

 パイソンも誰かから伝え聞いた話を少しばかり鼻で笑いながらバットにすると、疑いの眼差しを向けながら呆れた様子で返して来た。

 気持ちはよくわかる。

 高圧電流で痺れるだけだったというビッグボスの異常な肉体に、わざわざ触れに行ったという不明な行動。

 聞いた当初は自身も同じような態度を見せたものだ。

 

 「ロジャー、施設前に到着した。フェンスが行く手を塞いでいるのだが高圧電流が流れているようだ。元がどこにあるか教えてくれ」

 『入り口はどうなのだ?』

 「入り口は…あるが南京錠が掛かっているな」

 『なら南京錠を撃ち落して施設内に侵入するのだ』

 「いやいや、ドラマや映画じゃないんだから…跳弾したらどうするのさ」

 

 ロジャーの解答に声色からハッキリと呆れたバットはフェンス入り口に近づいたらごそごそと何かし始めた。

 何をしているのかと近づいて覗いてみると何処からか取り出した針金を使って南京錠を解除しようと試みていたのだ。

 慣れた手つきで易々と開けた様子に今度はこちらが呆れてしまう。

 

 「…慣れてるんだな」

 「ハッキングやドリル使った力業だったら道具が足りないから無理だけどこれぐらいならね」

 「それもまた父親の教育の賜物か?」

 「いんや、母さんの教育だよ」

 

 呆れるべきなのか、それとも見事な英才教育かと褒めるべきなのか。

 どちらにせよバットは色々と苦労しているという事。

 苦笑を浮かべつつ、バットが開けた入り口を通って施設内部へと侵入する。

 施設内と言っても外延部に入れた程度。

 敵の警備も見受けられない。

 

 『スネーク。心拍数が毎分145拍に上がっている。どうも機器に誤差が生じているようだ』

 「試作機なのだから仕方がないだろうな」

 

 ロジャーの報告にあまり興味なさ気に答える。

 今回支給されたスニーキングスーツには“CHAIN(チェイン)”が搭載されている。

 “CHAIN(チェイン)”というのは最新の生体データ収集端末で、装備者の生体情報や環境情報を収集し、理論上(・・・)は簡易的な遠隔医療を行う。

 説明だけ聞けば大した優れものだが、本格的実践投入は今回が初。

 まだ試作機を引っ張り出してきたわけだ。

 しかも内容的には公の記録には残らないであろうこの任務に…。

 正直バットは数値上とは言え監視されている様であまり好きではないらしい。

 それでも仕方なしと嫌々着たのだとか。

 

 『敵と遭遇する前に彼女を紹介しておこう』

 「あぁ、例のテレパシーとか幽体離脱とかいうアレか」

 『遠隔透視よ。離れながらにして遠方の光景を視るの』

 『彼女にはその力で施設内部のナビゲーションを担当する』

 「…俺は猿の手や水晶玉に命を預ける気はないぞ――うぐっ!?」

 

 紹介と同時にさらりと言われた一言に険しくなる。

 情報というのは早さと正確さによっては、作戦の可否だけでなく味方の命すら危険に晒す。

 遠視能力などというオカルトに頼るなど冗談ではない。

 そう思って口にしたところ、ジト目のバットに横腹を肘打ちされた。

 

 「失礼ですよ。そもそも情報がないのは承知しているでしょう」

 「分かってはいるが…ならお前は命を預けれるのか?」

 「預けませんよ。けれども参考にはするけど」

 『命を預けられても迷惑だけどそこの彼のようにほどほどに(・・・・・)信じたほうが為になるわよ―――おじさん(・・・・)

 「ブッ…クフフ…」

 「笑うなバット」

 「ふふ、中々面白い人みたいだ」

 

 どうもはっきり言う様子を気に入ったようだ。

 俺はおじさん呼びもあって想う所は多いがな…。

 我慢しているようだが肩を震わして嗤うなバット!

 

 『若いが実績は確かだ。FBIに協力して見つけ出した行方不明者は200を下らない優秀な協力者だ。FBI長官のお墨付きもある』

 『よろしくね』

 『それと熟練者たる君らにいうのも気が引けるが――― 命令以外の行動は慎んでくれ。命を預かりきれなくなる』

 「「了解」」

 

 森林からロビト理化学研究所ゲート前へと進む。

 ここまでは見張りも居なかったがさすがに正面ゲートまで続く事はなかった。

 トラックが通れるように舗装された道路は施設内へ続くが、遮るようにゲートとアサルトライフルを装備した兵士が警備に当たっていた。

 

 「数は三名…いや、四名か」

 「お前の耳はソナー並みで助かる」

 

 バットが音を頼りに人数と位置を指し示す。

 位置と人数が解ればやり易いというもの。

 周囲は小屋やトラックもあって遮蔽物は多い。

 隠れながら進むのは存外に楽なものだった。

 ただゲート前でぴたりとも動かない警備だけが問題であったが、近場で身を潜まして物音を立てて誘き寄せ、その間をすり抜ける事で容易に突破する事が出来た。

 

 『誰か…こ…ら、ゲぃ……ゲリー・マーレー』

 

 抜けた辺りで何者かの呼びかけを無線が拾った。

 この周波数帯を確認してみれば一応登録だけはしておいたスペンサー隊のもの。

 まさか生き残りかとロジャーに問う。

 

 「ロジャー。ゲリー・マーレーは何者だ?スペンサー隊の生き残りか?」

 『いや、そんな隊員は居なかった筈だ。警戒しつつ応答して貰えるか?』

 

 潜入したとバレてはいない筈。

 ならば敵の罠とも思え難い。

 不安はあるものの指示通り無線に出る。

 

 「ゲリー・マーレー。応答を」

 『アメリカ人か!?奴らにやられた部隊の生き残りか?』 

 「…まぁ、そんなところだ」

 

 ゲリー・マーレーと名乗る者はこの研究所の研究員だという。

 仕事内容は実験動物の検疫、防疫の指導を行ってはいるが、研究自体を指揮または知る人物ではないらしい。

 現在所員は居住区に閉じ込められ、酷い扱いを受けている。

 ゲリーは隙を見て抜け出し、今はゲート北側管理事務所に隠れている。

 彼はフレミングの居場所を知っており、救出する事が出来れば施設内の情報とフレミングの居場所の両方を得る事が出来る。

 しかし罠の可能性も完全に排除しきれない。

 重要な手掛かりである彼をどうするべきか?

 隠れていると言っても周囲を敵兵が探し回っている様で見つかるのも時間の問題らしく、無線機が途中で壊れてしまったためにそれ以上聞き出す事は出来なかった。

 悩む時間もない事からロジャーが下した決断はゲリーとの合流であった。

 北にある施設に向かい、内部の警備に見つからないように管理事務所で急ぐ。

 警備の兵士の眼を掻い潜りながら進む中、ロジャーより研究所を制圧したのはモロニ共和国の反政府軍に雇われていた傭兵“レオーネ部隊”だという事が判明したらしい。

 ただそれ以上の詳しい詳細や目的、彼らの雇い主の情報はまだ入手出来ていない。

 考えてもこれ以上は憶測の域を出ないので情報をそのまま頭の片隅に追いやり、施設内へと辿り着くと今度はアリスから無線が入った。

 

 『聞こえるおじさん(・・・・)

 「…あぁ、どうした?」

 

 まだおじさん呼びがツボに入ったのかバットが肩を震わせて我慢している。

 スルーして問いかける。

 

 「ゲリーはおじさんの丁度北にいるわ」

 「なにを根拠に…」

 『感じるの。なんて答えでは納得できないかしら?』

 

 納得は出来ないがバットが言ったように何も情報がない状況下では参考にするしかない。

 そんな気持ち有り気のスネークであったが、アリスが続けた“感じた”情報に驚く事になる。

 もっと曖昧なものかと思いきや、アリスは西へ進んで曲がり角を曲がると入り口があると言う。

 研究所内の情報がない中でまるで見ているように正確に道順を指示される。

 サイ機能とはそういうものなのかと疑問と感心を抱いていると、警戒しつつ指示通り進むとオフィスのようにデスクが並ぶ部屋へと出た。

 

 監視カメラも巡回の兵士も居なかったが、代わりにロボットが巡回していた。

 ロジャーが言うにはロビト理化学研究所で開発されたロボットだとか

 簡易的なローラー付きの四足に頭であるカメラ、小型の機銃が取り付けられたもので見た感じは脆そうだが、特殊装甲で覆われて防御力は硬く、対装甲武器を使用するかチャフグレネードで通信を遮断するしかない。

 今ではレオーネ部隊に使われて、彼らの番犬になってしまっている。

 手にしている武器で有効な攻撃武器はグレネードかクレイモアのみ。

 戦わないに越したことはないのでチャフで対処するほかない。

 

 そうやって先に進んだところで人影を目にした。

 オフィスのようにデスクが並んだ一室にて、帽子にコート姿の男が奥へと駆けて行ったのだ。

 格好から兵士のようには見えず追い掛ける。

 しかし先の部屋には男の姿は見えない。

 

 「バット」

 「了解」

 

 バットは目を瞑って耳を澄ます。

 何かを聞き取ったのかあるデスクを指差した。

 銃を向けて警戒しつつ見てみるとデスクの下の隙間に誰かが居る。

 

 「ひっ!?う、撃たないで!」

 「ゲリー・マーレーだな」

 「えっ?なんで俺の名前を…」

 「さっき無線しただろう」

 「もしかして生き残りのアメリカ人か!た、助かったぁ…」

 

 酷く怯えていたようだが無線の相手としると安堵した様子だった。

 あえてスペンサー隊の生き残りと勘違いしているのは正さずにそのままにしておこう。

 

 ゲリーは隙を見て逃げ出して“FAR”に向かう途中、フレミング博士を見つけたのだという。

 “FAR”というのはプラントの一番北にあるフレミング博士が指揮を執っていた研究棟の事である。

 フレミング博士の側近しか入れないそこを職員達は“フレミングの集会所”の頭文字を取って“FAR”と呼んでいた。

 なんにしても“FAR”に向かっていた途中、フレミング博士を発見したのだ。

 …ただゲリーは下っ端でフレミングと面識はない。

 襲撃者に連行されている時に「私はフレミングだ!貴様らどういうつもりだ」と叫んでいた事から本人だと判断したらしい。

 兎も角フレミングが東に位置する居住区へ連れていかれる現場を目撃。

 ゲリーは逃げる途中で見張りに見つかって命辛々ここへ逃げ込んで今に至ったのだ。

 

 「応急だけど治療は終わったよ」

 「助かるよ」

 

 情報は得た。

 逃げていた途中で負傷したゲリーの怪我の処置も済んだ。

 今回はアウターヘブンやザンジバーランドのようにレジスタンスの味方はいないので、ゲリーを誰かに預ける事は出来ない。

 かといってただの職員で負傷したゲリーを連れて行く訳にもいかない。

 

 「ここで待ってろ。終わったら拾いに来る」

 「出来るだけ早く頼むよ…」

 

 不安そうなゲリーをその場に残し先に進む。

 時刻を確認するとGMT01:30。

 

 「不味いな…」

 

 今回の作戦はゆっくりと時間をかけれる訳ではない。

 ハイジャックされた326便は危機的な状態に置かれている。

 乗客はガスで眠らされているも犯人がその気になれば濃度を上げて殺す事が出来、飛行高度が35000フィードより下がると機内に仕掛けた爆弾が爆発する。

 救出作戦も着陸させる事も出来やしない状況。

 さらにそこに時間制限が加えられている。

 犯人が要求した時刻より十時間以内に“ピュタゴラス”を渡さなければならないのだが、要求されたのはGMT19:22…。

 すでに六時間が経過している以上急がねばなるまい。

 焦りが言葉になり、それを聞いたバットがベレッタを構える。

 

 「なら急ぎますか」

 「強行突破は避けたいところだったんだがな」

 「こちらにはこちらの都合があるように向こうにだって都合があるさ。迷惑な事ですけどね」

 

 ベレッタを握りながらバットはため息を漏らす。

 なんにしても急ぎ東の居住区を目指し、フレミング博士を確保しなければ。

 二人は得物を手にして急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 ハイジャックされた326便機内。

 次期大統領候補であるヴィゴ・ハッチ上院議員は心穏やかではなかった。

 勿論ハイジャックされている事実もだが、それ以上にこの事件に()が関わっているのではないかという疑念が一番の要因である。

 最初は同じく次期大統領候補として名が挙がっているジョージ・シアーズも脳裏を過ったが、あの男がこんな安直な手段を講じて来る筈もない。

 これが奴の仕業であるのなら私の命運はここで尽きるのだろう。

 いや、もしも生存できたとしても()の情報が少しでも漏れることあれば次の選挙で大敗…否、政治家としても終わりを迎える事になる。

 

 何故こんな時期にと頭を痛める。

 護衛にSPを付けては居たものの、この機内に充満するガスでダウンしてしまい使い物にならない。

 寧ろこの機内でまだ動けそうなのは自分と秘書兼SPのレア・アロー、そして後ろの席に座っている少女ぐらいなものだろう。

 動けそうと言っても辛うじてだが…。

 今しがた状況を知るべくレナは席を離れて探っている。

 

 不安が残る彼の前に道化師のような衣装を纏った人形がカタカタと足音を立ててやって来た。

 人形が歩いている光景そのものが異常なのだが、追い打ちをかけるように人形が喋り出したのだ。

 戸惑わない筈がなかった。

 驚きを隠しきれないヴィゴ・ハッチの前で人形二体―――エルジーとフランシスは名を名乗って言葉を続ける。

 

 「私達“ピュタゴラス”が欲しいの」

 「おじさん……持ってる?」

 

 この奇妙な人形の言葉により奴だと確信した。

 絶望に引き摺り落とされた気持ちだった…。

 しかしそれで終わりはしなかったのだ。

 人形たちは楽しそうにお喋りを続け始め、その会話の中で片方の人形が機長と副機長を殺したと言ったのだ。

 ではこの機は誰が操縦している?

 自動操縦だったとしても着陸はどうするのだ?

 疑念が脳裏を過っている間に人形は去り、レナが青い顔でふらふらとした足取りで戻って来た。

 口を布で覆っておいたとしてもあのガスの中を探索したのだから弱りもするだろう。

 

 「…何かあったのかね?」

 「コクピットの扉が開いていて。機長と副機長が…」

 「死んでいたのか…」

 「はい。でもなぜその事を?」

 「先程人形が足元にやって来てな…」

 

 誤魔化す事無く先ほどの事を話すと彼女の顔も悪くなった。

 あの子がハイジャックに関わっているのは確実。

 そして人形が人を殺せるはずはない。

 例え歩こうが喋ろうが何かしら仕掛けがある筈だ。

 だがどれほど巧妙に人形を操ろうと手に乗るサイズの人形ではどうしたって人は殺せない。

 それもレナの話によれば機長と副機長には“1”と“14”という数字が刻まれていた。

 そうなるとこの機内に機長と副機長を殺し、何らかのメッセージを刻んだ人物がいるという事。

 

 「あの子がこの機内に居るのか?」

 「まさかNo16(・・・・)が!?」

 

 こうなっては仕方がない。

 ホワイトハウスに連絡を取って情報を与え、あの怪物(・・)を探させて処理させるしかない。

 ガスの中を探索したレナは暫し休憩を取る。

 ヴィゴ・ハッチは不安に苛まれながらも逆転の眼を探す…。

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:アリスとゴースト 其の壱

 

 十代の少女であるが遠視能力を用いて、数々のFBIなどへの捜査協力にて実績を持つアリス・ヘイゼルは困惑していた。

 今回の任務に協力するに当たり、参加する面子は聞き及んでいた。

 総指揮を執るCIA所属のロジャー・マッコイ大佐。

 アウターヘブンやザンジーバーランドで活躍し、現代の英雄と謳われるソリッド・スネークとバット。

 それにSWATの対テロ特殊部隊“HRT”のスペンサー隊のみ。

 

 “テロリストの要求には応じない”という前提を覆すようなハイジャック犯の要求する“ピュタゴラス”なるものを入手するという任務内容から少数で当たらなければならない。

 最悪情報が漏れた時、蜥蜴の尻尾切りだとしても切断部位は少ないに越したことはないという判断もあるだろう。

 

 そして作戦当日である今日。

 司令部に合流するや否や紹介されたのがリボーン・ゴーストなる不審者(・・・)

 まるで西部劇から抜け出したような衣装にガスマスクで顔を覆った人物など不審者で十分だろう。

 ロジャー曰く上からの護衛兼連絡要員…と言う名目の監視役との事。

 突如の追加人員に不審を抱くも拒む事は出来やしない。

 そんな状態のまま作戦が開始された。

 作戦に参加している面子のほとんどが研究所に投入され、司令部に居るのはロジャーと私とゴーストの三名のみ。

 

 伝手やコネを使って情報を収集し、精査してはスネーク達に伝えねばならないロジャーは、ゴーストの事など全くもって気にしていないようだ。

 逆に私はロジャーほど忙しくはないので、嫌でもゴーストに意識が向いてしまう。

 

 「珈琲はいるかい?」

 「…ありがと」

 

 一応ここの護衛役と言うのに、呑気に珈琲を淹れていたらしい。

 礼を口にして受け取ると、お茶請けにクッキーまで渡される。

 この人は軍事作戦中だというのに緊張感が足りないのではないのかしら。

 いや、最早見世物かなにかと勘違いしているようにも見受けられる。

 

 モニターを眺めながら珈琲を飲もうとするが、ガスマスクにぶつかって少々零していた。

 シミが出来たコートを眺めてがっくりと肩を落とす様子に呆れながら自身は珈琲を口にする。

 

 「…美味しい」

 

 味にうるさい訳ではなかったけれども、今まで飲んで来た珈琲より美味しかった。

 豆の違いというのはこうも違うのか。

 それとも淹れ方が良いのか。

 サクリとクッキーを含み、後味が残る中で珈琲を流す。

 これは良い組み合わせだなとついつい手が止まらなくなってしまう。

 

 「やはりコスタリカコーヒーは旨い」

 

 ようやく飲んだのかゴーストがそんな一言を漏らした。

 あのガスマスク装備で飲めたものだなと思いながらちらりと視線を向ける。

 ガスマスクの隙間にストローが無理やりねじ込まれ、蚊が血を吸うが如くにティーカップの珈琲を吸っているゴースト。

 

 「―――クフッ!?」

 

 不意打ちに笑いが込み上げて思わず吹き出してしまった。

 何故か笑ったら負けのような気がして必死に耐える。

 だがすでに声は漏れてしまった上に、肩がふるふると震えてしまっている。

 突如変な声が挙がった事にロジャーが振り向くも、アリスの不審な様子の意味が解らず首を傾げ、原因であるゴーストを目撃して含んでいた珈琲を噴き出すのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大人気ない二人…

 先週投稿遅れて申し訳ないです…。


 ロビト理化学研究所敷地内には現在使っていない…いや、使う事の出来ない廃墟が存在する。

 元は二階建ての立派な建物であっただろうけど、今ではほとんどの床と壁が抜け下りてしまい、コンクリートの骨組みしか残っていない。

 管理事務所から居住区を繋ぐ道すがらに位置する以上は警備の兵士を置かない訳にはいかないので、一階には四名、二階には一名の兵士が巡回している。

 さらに監視カメラが内側と外側の計四台設置され、警備ロボット一機が派遣されている。

 万全の警備体制ではないけれど重要施設という訳でもなく、戦力も限られるためにこれ以上の兵士を配置するのは難しい。

 それでもカメラとロボットで補う事でそれなりに補う事は出来た。

 付け加えればこの廃墟は二階建てで周辺より高所で、壁や床は虫食い状態で見晴らしが良いとなれば侵入者があれば容易く見破れるだろう。

 

 ……そう警備の兵士達も思っていた…。

 命じられるまま警備に当たっていた兵士達は真剣ながらも、ただ警戒するだけの現状に多少の飽きを感じていた。

 さすがに暇だからと言って紫煙と火で位置がバレる煙草を吸う奴はいなかったが、欠伸を零す者は当然ながら見受けられる。

 しかし暇なのも事実で体験している事から誰もそれを咎めるような事はしない。

 

 『入り口のカメラが映らない。誰か確認を頼む』

 「了解。これより確認に向かう」

 

 カメラ不調の連絡を受けて確認に向かう。

 位置で言えば二階で警戒している兵士が一番近いが、高所より周辺を見渡しているのが彼だけなので動かす訳にも行かない。

 なので下で警備していた四人中二人が確認に向かう事に。

 警戒をしながら不調と報告を受けた監視カメラに近づく。

 入り口付近で二階に上がる階段側面に取り付けられた監視カメラは火花を散らして機能していなかった。

 

 「故障か?」

 

 暗闇で詳しい状況が見辛い事もあって、銃弾による風穴が空いている事を見逃してしまった。

 故障していると連絡しようと無線機に手を伸ばしたところで、背後よりどさりと何かが落ちた音が聞こえた。

 振り返ろうとした彼は声を上げる間もなくグルンと宙を回され、地面に叩きつけられて気を失う。

 

 鈍い音がした事で外に注意を向けていた二階の兵士は音源に視線を向ける。

 そこには二人の兵士が倒れ込んでいる。

 暗闇で生死の確認はし辛いが、何かが起こっている事は確か。

 無線機を手にしたところでパスっとくぐもった音が二つ続けて起こり、二階から見張っていた兵士は頭部と左胸を撃たれてその場に倒れる。

 

 この状況に気付いていない残り二人の兵士は置いておいて、監視カメラから送られる映像を見ていた兵士は首を傾げる。

 最初は一か所の不調であったが、それが増えだしたのだ。

 二つ目、三つ目と増えて行き、時間も置かずに四つ全部映像が映ら無くなれば異常と判断するしかない。

 …ただそれが敵の手に寄るものかシステム上の問題で映らないのかは不明であるが…。

 

 『こちらモニタールーム。廃墟警備中の兵士。カメラの確認はどうした?さらに映像が途切れたぞ?』

 

 残っていた二人は追加の無線に眉を潜める。

 先ほど二人が様子見に言った事は知っている。

 距離としてはそう離れていないというのに、確認だけにしてはやけに遅い。

 それに続いてカメラの映像が途切れたという事に冷や汗を掻く。

 ナニカが起こっているのかと警戒を強めようとした矢先、強い衝撃に頭部が襲われてそのまま倒れ込む。

 残っていた最後の一人も同様に倒され、カメラと警備の兵士を完全に無力化した侵入者達―――ソリッド・スネークとバットは姿を晒す。

 

 残すは二階を巡回しているロボットだけだが、それだけなら問題にもならない。

 スネークが手榴弾を二つほど一階より放り投げると、狙いを済ませたバットがロボット近くで狙撃して爆発させる。

 手榴弾二つによるダメージに加えて、二階より落下した事で完全に壊れたのを確認し、二人は闇夜に紛れるように先へ進む。

 

 

 

 

 

 

 スネーク達が廃墟を進んで数十分後、旅客機326便機内。

 機内の状況は悪化する事あれど、良好になりそうには無かった…。

 ただ一つの兆しは存在した。

 ヴィゴ・ハッチ議員の後ろの席で眠っていた一人の少女が目を覚ましたのだ。

 少女の名前は―――ミネット、ミネット・ドネル。

 秘書兼SPのレナ・アローは話しを聞いたところ年齢以上にしっかりした子のようだ。

 なにせ家庭内事情により両親が別れ、彼女は単身で飛行機に乗って父親の下に向かおうとしていたぐらいなのだから。

 ヴィゴ・ハッチは漂う薬物で動けず、イヤホン型の無線機を装着するだけで一苦労。

 対して動けていたレナであるも操縦席で殺された機長と副機長を目撃した際に吸い込んでしまい、今はまだ動けそうにない状態だ。

 彼女も薬物の影響で重く感じるらしいが動けるのは動けるらしい。

 

 ヴィゴ・ハッチが何とか装着したイヤホン型の無線機で交信を続ける。

 …とは言っても状況はより悪化しているのが話から伝わる。

 機内には爆弾が仕掛けられているという事に加えて研究所でも動きがあったらしい。

 アレ(・・)が奪われた場合はヴィゴも終わりを迎える事になる。

 

 「クソッ、なんでこんなことになる…あの怪物め(・・・)。生かしてはおけんぞ…」

 

 “BEAGLE”の幹部である“エミリオ”が動いているらしいが、最近怪しい言動が目立つ事からあまり信頼は出来ない。

 それもまたヴィゴに余計な焦りを与える。

 苛立つ彼だったが無線機の向こうの人物が“遠隔透視”出来る者がいるという事で希望が生まれた。

 

 「先も言ったが儂もレナも薬品を吸わされて動けん。…いや、一人動ける者がおる。少女だがな」

 

 話が付いたのかヴィゴは無線機をゆったりとした動きで外して何とかレナに差し出す。

 「後ろの少女に…」とだけ言われ、レナも動き辛そうにミネットへイヤホン型無線機を渡そうとする。

 いきなり差し出された事で戸惑うミネットだったが、恐る恐る受け取って耳に装着する。

 

 『アリス・ヘイゼルよ。貴方は?』

 「ミ、ミネット・ドネル…」

 

 無線機より伝わる少々冷たく感じる声に、怯えながらも答える。

 …いや、冷たいというより何処か不機嫌なようにも感じるがそれを口にする余裕はミネットには存在しなかった。

 アリスはそんな事を思われているとも知らずに続ける。

 

 『ミネットね。あんたに頼みたい事があるの』

 「……具合が悪いわ…」

 『他の人もそうよ。体は動かせるんでしょ。わがまま言わないで』

 

 宥めるというよりは しかりつけるような口調に肩をピクリと震わす。

 怖がられているというのが伝わったのか、大きなため息は吐き出すと若干…本当に僅かながら言葉が柔らかくなった………気がする。

 

 『その飛行機には爆弾が仕掛けられているの』

 「ば、爆弾!?」

 『今動けるのはあんただけ。乗員乗客全員の命運を握っているのよ。良い?あんたが爆弾を見つければ皆助かるの』

 「…本当?」

 『本当よ。時間がないわ。私の言うとおりに走って回って』

 「うん…」

 『分かった!?』

 「わ、分かったてば」

 『…はぁ、これだから子供は嫌い』

 

 不機嫌なアリスに不満と怯えを覚えながらミネットは指示されるままに動き出す。

 こうしてロビト理化学研究所での“ピュタゴラス”の入手と並行して、ハイジャックされた旅客機326便機内での爆弾探しが始まったのである。

 

 

 

 …またも機内で人形たちが動き出す。

 エルジーは悲鳴を上げるも何処か楽し気であり、それを聞いたフランシスは若干呆れていた。

 

 「大変よお姉ちゃん!大変な事が起きたのよ!……後ろの方でスチュワーデスのお姉さんが血まみれに…誰かに殺されたのよ!!怖いよお姉ちゃん…」

 

 そう告げられてもフランシスは慌てる様子は無く、寧ろ呆れ果ててため息を漏らす。

 全くこの子は何をしているのかと言いたげな視線を向け、一瞬無視しようかとも過るが一応突っ込んでおく。

 

 「アンタが殺したんじゃない…」

 「もう!なんですぐにバラしちゃうかな。面白くないなぁ…」

 「それよりやる事はちゃんとやったの?」

 「勿論だよ。おでこに“11”ってナイフで書いたよ。エルジー、良い子でしょ?」

 「良い子、良い子」

 

 褒めて褒めてと言わんばかりに出された頭をフランシスは撫でてやる。

 嬉しそうなエルジーであるが、少しばかり気になっている事がある。

 それはなにやらこそこそとしているヴィゴ・ハッチ…。

 別段警戒はしていないが、何かしているのが気にはなっているのだ。

 

 「あのおじさんなんかしてるね?」

 「そうね。何か悪あがきしてるわね。けどもう殺しちゃ駄目よエルジー」

 「えー…やる事なくて暇なんだけど…」

 「仕方ないわね―――なら予定を変更しましょうか」

 「なになに?それって面白い事?」

 

 くすくすと笑い合う二つの人形。 

 楽し気ながらも怪しさや危険を醸し出す笑い声が静かな機内へと広がっていく…。

 

 

 

 

 

 

 居住区へ向かう為に手荒に廃墟を突破したスネークとバットであったが、思う程順調には進む事は叶わなかった。

 その先は完全に壁で封鎖されており、破壊しようにも手持ちの手榴弾では効果はありそうもなくC4爆弾が必要となった訳だ。

 問題としてはC4爆弾は持ち込んでおらず、いつも通りの現地調達せねばならなくなった。

 来た道を戻って管理事務所から西の地雷原(・・・)を突破して武器庫へ辿り着き、盗賊が如くに使えそうな物を手当たり次第に入手して再び廃墟まで戻って武器庫で入手できたC4爆弾で封鎖された壁の一部を破壊。

 思った以上に時間が掛かってしまった。

 特に地雷原の突破など神経をすり減らしたものだ。

 なにせ撃って除去する方法を使えば楽ではあるが、敵兵が殺到するのは目に見えている。

 ゆえに地道ながら地雷がある場所を判別して進むしかなかった。

 本当に大変な作業であり、突破した頃には神経をすり減らし過ぎて疲労感は半端ではなかった。

 …とは言ってもスネークは後方待機で探っていたのはバットであるが…。

 

 「俺を地雷探知機かなんかと思ってません?」

 「いやいや、優れた特技を持っていて羨ましい限りだ」

 「この野郎…いつかやらせてやる」

 

 疲労を残したままのバットの恨み言に微笑んで返すが、そんな日が来ない事を祈ろう。

 そんなこんなで廃墟を抜けてフレミングが居るとされる居住区へ辿り着いた訳だが、広い居住区を時間制限がある中で虱潰しに探す訳にも行くまい。

 さて、どうしたものか…

 

 『司令本部より新たな情報が入った。ハイジャック犯が要求する“ピュタゴラス”の詳細は入手出来ていないままだが、捜査員達はロビト理化学研究所で進められていた研究内容の名称と断定。よって本作戦は“ピュタゴラス”及び詳細を知っているフレミング博士の確保となった』

 「了解した。他にはないのか?」

 

 スネークは別の事を示唆(・・・・・・)したつもりだが、ロジャーはそのまま受け取って司令本部より送られた追加情報を語り出した。

 

 どうもフレミング博士は非合法な実験を行っていたらしい。

 薬品の研究生成を行っては臨床試験で各国から志願者を募り、各々個人の理由を持って命の危険がある旨が書き記された同意書に署名させていたとの事。

 戦意高揚剤…かとも推測したが、被験者にウイルスを注入して新薬の効果実験を行っていた。

 研究所が孤島にある理由はそれが原因だろうと推測される。

 遮断された絶海の孤島であれば隠蔽も容易いだろうからな…。

 

 それとハイジャックされた旅客機326便の状況も伝えられる。

 機内で人質の一人にされていたハッチ議員よりホワイトハウスに連絡があり、機内での状況が幾らか判明したのだ。

 散布された臭化ベクロニウムで死者が出ている上に、機内で殺人事件も起こっている。

 この事から当初は無人のハイジャックと思われていたが、犯人が機内に潜んでいる事が判明した。

 それもおかしなことに機長には“1”で副機長には“14”が胸に、スチュワーデスの額には“11”と殺害された者にはそれぞれ数字が刻まれていた。

 わざわざ機内のカメラ映像を送りつけてきた事から何らかのメッセージと思われる。

 本部も解析はしているのだが、まだその数字の意味には辿り着けてはいない。

 

 もう一つ研究所を襲った武装勢力“レオーネ隊”の情報である。

 百名前後の祖国を失った兵士ばかりが所属しており、自ら獅子(レオーネ)と名乗るレオーネ隊長は百戦錬磨の経歴を持つ。

 彼らはアメリカの庇護を支配と捉え、独立解放を謳って合衆国と敵対しているらしい。

 

 新たな情報を頭に入れながらスネークは先ほど示唆(・・)しようとした声が全く聞こえない人物へ意識を向ける。

 

 「アリスは?」

 『…彼女はまだ戻っていない…』

 「ロジャー。本当に彼女が必要なのか?」

 

 能力者と自称(・・)している彼女は武器庫での無線応答から席を外したまま。

 こちらは命がけの任務を行っているというのに何と自由な事か。

 苛立ちを含みながら問いかけるとバットから突き刺さる様な視線を向けられる。

 

 「スネークのせいだからな…」

 「早々信じられるか?超能力なんて…」

 「にしたって大人げない」

 「大人は子供に命は預けない。それも本当かどうかも曖昧な…」

 『彼女の力は本物だ。それはこれまでの実績が証明している』

 

 バットもロジャーも超能力というものに肯定的。

 俺がおかしいのかと数で攻められて揺らぐも大本は変わらない。

 ただバットが言った大人気なさは多少なり反省はしている。

 

 武器庫に到着した際にアリスが武器には色々霊的要因もあって見えやすい(・・・・・)と言った際に、俺が「この不思議少女を信じるのも任務の内か?」と問いかけた。

 眉唾的な物に、それもまだ幼い子供に命を預けなければならないという事に苛立っていたのをもろに出してしまった。

 結果、彼女は作戦室より退室して未だに戻っていない。

 

 『こんな猜疑心の塊みたいな人に何を言っても無駄よ』

 『アリス戻って来てくれたか…』

 『…えぇ、戻ったわよ(・・・・・)

 

 何とも歯切れが悪い。

 俺に対して突っかかるなら兎も角、今のはロジャーに苛立ちや怒りが向けられていた。

 同時にロジャーも声色もおかしい事から作戦室でも何かあったのか?

 そう思っているとアリスが続けた。

 

 『さっさと仕事だけ済ませたいの。おじさん、居住区の東棟に向かって。フレミングは東棟の最南端に居るわ』

 『遠隔透視を使ったのか?』

 『それを言ったらおじさんとひと悶着しなきゃいけないからなるべく省きましょ』

 

 アリスの言葉にバットは小さく口笛を吹いて「大人だねぇ」 と当てつけのように呟く。

 子供と言えばバットもそうだったなと考えを多少なりとも改める事にしよう。

 

 『ただフレミング本人かどうかは分からない。誰かが居るのは確かよ』

 『…聞いたなスネーク。東棟に向かってくれ』

 「他にアテもないからな―――ッ!?」

 

 改めて軽いジョークを交じりに返したらバットに横っ腹を無言で肘で突かれた。

 何故だ?

 疑問符を浮かべながら言われた通り、居住区の東棟に向かう。

 その道中でフレミングより通信を受け、受け答えしつつ進む。

 

 『こちらゲリーだ』

 「あぁ、どうした?」

 『今、君達は何処にいる?』

 「これから居住区に入ろうとしているところだ」

 『良かった。なら先に東棟の端末を探してくれ。居住区にはセキュリティが掛かっていてね。まず登録していなければ警報が鳴り響いてしまう。………ただ登録にはパスワードがいるんだが…』

 

 雰囲気からゲリーはパスワードを知らないらしい。

 そうなればダクトからの侵入など別の手を考えなければならないが、ロジャーがまずは試してみようとの事となり、東棟でセキュリティ無しで入れる範囲の捜索し、登録用の端末を発見する事が出来た。

 端末前に立ってロジャーの指示に従って“ピュタゴラス”と入力しようとしたところ、勝手に端末が動き出して俺をスキャン適合した…いや、してしまった(・・・・・・)

 

 「ロジャー、勝手に認証された」

 『機器の故障か?』

 「分からん。どうも“ハンス・ディヴィス”という人物と適合したようだ」

 「スネークの本名?それとも前に使ってた偽名とか?」

 「いや、覚えはないな」

 『君はこの研究所に来たことは?』

 「無い。今回が初めてだが…」

 『そうなると可能性は二つ。機器の故障…または君がハンス・ディヴィスなる人物かだが…まぁ、釈然とはしないが任務を優先しよう。君が認証される以上はセキュリティは問題ない筈だ』

 「俺も釈然としないがな…。兎も角そのハンスという人物を調べて貰えるか?」

 『勿論だとも』

 

 喉に小骨が刺さった様な違和感を感じながらスネークが進もうとした時、何処か不安そうなアリスからの無線が入る。

 

 『おじさん…気を付けてね』

 「どうした急に?」

 『観えたのよ(予知現像)。馬鹿みたいに大きな銃におじさんが撃たれるところが…』

 「予知か…」

 

 馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは簡単だが、それを言ってしまえばひと悶着が起きるのは間違いない。

 それに今まで彼女の情報が役だったのも事実。

 C4爆弾だって武器庫の二階にあると部屋を跳び出す前に言い当てた例もある。

 

 「…分かった。気を付けるとしよう」

 

 そうとだけ口にしてスネークとバットはフレミングが居るであろうエリアに足を踏み込んだのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:アリスとゴースト その弐

 

 アリスの機嫌は非常に悪かった。

 能力に懸念があるスネークは事あるごとに皮肉交じりに不満を口にし、ロジャーは今までの経歴から信じてはくれてはいるようだけど、根本的な超能力に関してはスネークほどではないにしても否定的である事は否めない。。

 それに加えて子供の相手もしなければならず、スネーク達の支援にハイジャックされた機内での爆弾捜索と多忙なのもあって、疲労感は大きくなる一方である。

 ロジャーが詰めている作戦室から離れた別室にてミネットに指示を出していたアリスはため息を吐く。

 すると何処から入ったのかゴーストがいつの間にか居り、ほくほくと湯気を立ち昇らせているカップを差し出してきた。

 ふわっと漂う香りからホットチョコレートであろう。

 

 「ありがとう。けれど飲み物一つでころころ機嫌が直ると思っているのなら心外ね」

 

 「ロジャーに機嫌を取るように頼まれたの?」と付け加えたら困ってしまったようだ。

 ガスマスクで表情は伺う事は出来ないが、ざっくりとだけど雰囲気で解る。

 

 「そうであれば喜ばしいところではあるけどね。疲れた時には甘いものが欲しくなるでしょ?」

 

 確かに精神的に疲れている。

 さらに思考を酷使しなければならず、甘いものは欲しいところだ。

 受け取ったカップに口を付け、チョコレートの濃厚な風味と甘味が身体へと浸み込んでいく。

 ほんのりとだが苦味を感じ、チョコレートとミルク以外に珈琲も少し加えているらしい。

 不快という訳ではなく、寧ろほろ苦さのある深いコクが良い。

 ほぅ…と吐息を漏らす。

 

 「本当に大丈夫かい?」

 

 優し気な口調。

 本当に心配してくれているのが良く解かる。

 だから………と言うべきなのかゴーストに対して安心感すら抱く。

 

 「子供()の相手をするのは疲れるわ」

 

 少し皮肉交じりに答えた。

 スネークのが移ってしまったかと思うと苦笑が零れる。

 温かく甘いホットチョコレートで和らいだのと、ゴーストに安心感を抱いた事もあり、ぽろぽろと今回の件での愚痴を口にしてしまった。

 ゴーストは否定する事はせず、話を聞いては相槌を打ったり肯定より返事をしてくる。

 愚痴を聞いてもらった事もあって、悪かった機嫌は落ち着きを取り戻した。

 

 今も不審者なのは変わらないが、珈琲の時よりも好印象を抱いている。

 途中、無線が入ったとゴーストは席を立った。

 アリスもそろそろ戻らなければと続いて席をたったところで、ふと思い出して笑ってしまう。

 全くもってロジャーの護衛をしていない件について…。

 

 

 随分気分が良くなったアリスはロジャーがいる作戦室に戻った。

 振り返ってアリスと分かったロジャーは喜ぶ。

 戻ってきた事に対しても気分良さげな事に対しても。

 …だが、人の感情の起伏など山の天候並みに崩れ易い…。

 

 アリスは見逃さなかった。

 振り返った際にロジャーの口元に白いクリームが付いていた事を…。

 視線に気付いて慌てて拭おうともう遅い。

 ロジャーの席に二枚の皿が重ねて置いてあり、離れたゴーストの席にも皿が一枚。

 どれも形跡があるだけで何も乗っていない空…。

 

 「…食べたのね?」

 

 その一言で十分であった。

 ケーキだったのか、シュークリームだったのか、エクレアだったのかは定かではないが、用意したのはゴーストで間違いないだろうという事は解かる。

 あれは何かとそう言った用意や合間合間に作っていたのを知っている。

 …というか作戦室でホイップクリーム作り始めた時は目を疑ったが…。

 

 なんにせよ作戦室には空の皿が三枚。

 二枚がロジャーのデスクの上にあって、隠すように口元を拭った事から食べたのだろう。

 

 「美味しくて…つい…な。待ってくれ!出来心なんだ!」

 

 白状するも急降下した機嫌はそのまま。

 踵を返してアリスは出て行ってしまった。

 ロジャーはしまったと頭を抱えつつ、再びゴーストにアリスの機嫌をとってくれるように頼みに行くのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深まる謎とピュタゴラス

 遅くなって申し訳ありません。
 書くためにもアシッドをプレイ(話になぞって再プレイ)していたのですが、バッテリー切れてデータが消し飛んでしまい…。


 バットとスネークは疑念を抱えながら探索を続ける。

 セキュリティを突破する度に脳裏を過るのはスネークが認証された“ハンス・ディヴィス”なる人物…。

 それがいったい誰なのか?

 何故ここに来るのも初めてのスネークが彼と認証されたのか?

 なんともし難い漠然とした不安のようなものを抱えた二人だが、ある一室に辿り着いたところで疑念をとりあえず頭の片隅へと追いやった。

 

 扉が開くと室内に一人の人物が立っていた。

 茶色いロングコートを着用した人物は両手を後ろで拘束され、顔は袋を被せられた上にうめき声から猿轡をされているらしい。

 彼がアリスが言っていた見た(透視)したと者なのだろう。

 

 「…彼が?」

 「分からん。とりあえず袋を取って――」

 「不味い。こちらに誰か来る!」

 

 バットの鋭い聴覚は人の接近を把握したが、言いようがアリスみたいでスネークが一瞬ながら反応してしまった。

 そんな事に関せずスネークとバットが入って来た扉とは別の扉よりソレ(・・)は現れた…。

 

 身長二メートルを超える巨漢。

 厳つい顔は威嚇でもするかのように鋭い眼光を向け、大型対戦車ライフル“シモノフ”を手にしている。

 体格・銃ともに威圧感が漂う。

 多分だがこいつが()なのだろう。

 

 「貴様がスネーク。それとバットか」

 「…レオーネだな」

 

 睨み合う両者に周囲から伝わる足音から警戒を強めるも、人数とこの位置取りでは不利かと強めるだけだ。

 なにしろ銃撃戦となればフレミングらしき人物がただで済むはずもない。

 聴覚より得た情報通りにどちらの扉からも敵兵が殺到してきた。

 

 「ソリッド・スネーク。ビッグボスを倒した伝説の兵士…いや、今や伝説の傭兵(・・)か。まるでアメリカンコミックのヒーローのようだな」

 

 くつくつと馬鹿にしたように嗤う。

 決して褒めていない事は誰の眼にも明白。

 

 「貴様(バット)も同じだ。貴様らはただのピエロ(道化)…いや、アイツ(・・・)とは違う。お前たちは犬だ。飼い主(合衆国)が放ったボールを咥え、尻尾を振るう犬っころ」

 

 俺達に…というよりはその上層部に対する嫌味も混じっている。

 だが、スネークもバットもそんな言葉より、手にしている対戦車ライフルへ意識が向いていた。

 アリスが予言した大きな銃…。

 確かにあれで撃たれたら掠りでも欠損は間違いない。

 しかしあの反動の強いシモノフを片手で撃てるとは…思いたくないが…。

 

 『…今アリスが退路を探している。時間稼ぎを』

 

 耳に付けた無線機よりロジャーからの指示が入り、スネークとバットは目線を合わせて小さく頷く。

 

 「…しかし獅子(レオーネ)というよりは熊だな。その巨大で動き回れるのか?」

 

 バットもそれは思った。

 巨漢に髭や髪がわさわさとしている様からも余計に熊に見える。

 だが時間稼ぎでそれを指摘………否、煽るとは思わなかった。

 下手すればキレて即戦闘になりかねない。

 反応を見てみようとするもレオーネは黙するのみ。

 別に怒っている様子もないように伺える。

 しかしそういう対応なら時間稼ぎとして有効と判断すべきかとため息を零す。

 

 「いやいや、馬鹿でかいだけのチキン(臆病者)では?犬っころ(・・・・)と言っておきながら一人では訪れないらしい」

 「確かにぞろぞろと。余程犬が苦手なようだ」

 

 さすがに苛立ったようだがこれぐらい軽いジャブだというのに、連れの方が我慢できそうにないんだが。

 眼を血走らせて銃口を誇示するかのように向けて来る。

 トリガーに指をかけなかったのは流石と言うべきか。

 

 「貴様ら如きに策など要らんのだが、かまってやれるだけ時間がないからな。我々には為すべき目的がある」

 「“ピュタゴラス”か。何故貴様が求める?“ピュタゴラス”とはなんだ?」

 

 レオーネはそれに対して回答する事は無かった。

 代わりにシモノフを片手で持ち上げて銃口を向けてきた。

 

 「貴様らの任務遂行にはフレミングが欠かせないだろう。だが残念なことにここでそれも途絶える」

 

 その言葉の意味するところを理解した二人は視線をレオーネからフレミングらしき人物へと向ける。

 …いや、解り切っている事からバットは目を逸らした。

 レオーネによって構えられたシモノフの銃身はフレミングらしき人物に向けられ、トリガーを引くと文字通り吹き飛んだ(・・・・・)

 人が…ではなく人体(・・)が…である。

 充満する血潮の臭いに誰もが僅かでも顔を歪ませる。

 その中でバットは動いた。

 

 突き出されていた銃身を左手で掴んで、右手にしていたベレッタで腹部を撃ち抜く。

 苦しむ敵兵を無視して掴んでいた銃口を他の敵兵に向け、トリガーを押し込んで乱射させる。

 ここには目標たる人物が居ない。

 任務に失敗したかも知れないが、逆にこれは好きなだけ暴れても遠慮はいらないという事だ。

 

 「スネーク!外へ!!」

 「行かせるか!!」

 

 入って来た扉から通路に出たスネークは即座に近くの兵士をCQCで投げ飛ばす。

 バットはバットで乱射させた弾丸をレオーネに向けるも、彼を慕っていた部下が盾になって防がれた。

 逆にシモノフが向いた事で腹部を撃たれていた敵兵の首根っこを掴んで、ずらして位置を入れ替える。

 再び室内で人体が吹っ飛ぶ中、二人が通路に出たところで床をグレネード…それもスタングレネードが投げられた。

 …ただそれはスネークとバットと言うよりは残っていた通路の敵兵に対してだった…。

 

 何者かは知らないがとりあえずここを脱するしかない。

 通路から外への出口へと駆け抜ける。

 敵兵は転がったグレネードに焦り、こちらどころではない。

 転がり出ると背後でスタングレネードが閃光と音を発して敵兵をダウンさせる。

 外へ出た所に立っていたのは一人の女性兵士であった。

 

 「こっちよ」

 

 手招きする女性に疑いの眼差しを向けるも、レオーネの罠としては可笑しな話であり、疑いながらもついて行くしかない。

 周囲の敵兵を排除しながら北側のゲートより脱出し、身を潜ませると一息ついて彼女と対峙する。

 

 「貴女は誰ですか?」

 「…私はアゲハチョウ」

 「なに?」

 

 ナニカの冗談だったのだろう。

 場を和ますのも良いが、今は彼女が敵か味方か判断する為の情報が欲しいところだ。

 陰陽道では春先に出くわす蝶によって占いと言われたところでスネークが(・・・・・)首を傾げるばかり。

 しかも続く言葉が私はアゲハチョウだから幸運なのと言われてもどう判断して良い事やら。

 寧ろバットにしてみれば鼻に擽る香りの方が気になってしまう。

 多分香水だろうけどいまいち良く解からない。

 

 …これに関しては香水を使わないからとか男だからとかではなく、周囲に潜んで痕跡を残さないようにしなければならないという意識から何故香りという痕跡を撒くのか分からないと言った考えからである。

 

 スネークが首を傾げるばかりの話ではあったが、無線越しに聞いていたロジャーにとってはまさに吉兆であり、嬉しい誤算だったようだ。

 彼女はテリコ・フリードマンというスペンサー隊に所属していた兵士で、今となっては唯一の生き残り。

 ロジャーとは昔から親交があったらしく、これで味方であると断定出来た訳だ。

 

 『テリコ。君にとっては感激の瞬間だな。彼がスネークだ』

 「この人が…あの…」

 『私が新米隊員の教官をしていた頃に彼女と出会ってな。君の話を幾らかしたんだ』

 「初めましてソリッド・スネーク。貴方の話には随分励まされたわ」

 「つまり憧れの人って訳だ」

 「なにを吹き込まれたか知らないが…」

 『資料に基づく事実だとも。私もそれなりに知る立場にいるからね』

 

 何処か恥ずかしいのかむずかゆいのか。

 如何ともしがたい表情をするスネークを笑ったバットは軽く小突かれる。

 

 そして彼女との合流はさらなる吉報を齎す事になった。

 先ほどのフレミングは贋者で本物はBRC-026に移送されていたとの事。

 しかも敵兵のぼやきと尾行する事で顔を確認しているので、情報の正確性ではゲリーを超えている。

   

 無論の事であるが逆に居住区に居ると言ったゲリーが怪しくなる訳で、疑惑を向けられたゲリーは弁明と共に突然現れたテリコの方が怪しいと言い合いが始まる始末。

 これに関しては言い争いになっている二人は兎も角、他の面々は呆れたようにため息を漏らす。

 

 「兎も角、そのBRC-026に向かおう。話はそれからで」

 『バットの言う通りだ。彼女の目撃情報を信じて行くしかない』

 「連れて行くのか?」

 「置いて行くんですか?」

 「ここの状況なら私の方が詳しい」

 

 連れて行くことに難色を示すスネークだが、三対一では分が悪過ぎる。

 しかも総責任者は連れて行く側であるからにはスネークは従うしかない。

 

 向かう先はBRC-026。

 すでに警戒態勢に入った施設内を移動し、辿り着いた一行はあまりの臭いに足を止めた。

 

 「なにだこの臭いは?」

 「私も最初は吐きそうになったわ」

 「食事直後でなくて良かったよ。まぁ、嗅覚を潰されたのは痛いけど」

 「テリコ、香水つけているだろう。撒いてくれ。幾分かマシにはなるだろう」

 「私、香水なんてつけてないけど」

 

 スネークの問いに同意しようとしていたバットであったが、テリコの返しに首を傾げる。

 ではあの匂いは何だったのだろうか。

 今となっては周りの臭いで掻き消えて分からないのだが…。

 

 それにしてもなんの臭いだ?

 汗臭さや汚物、ナニカが腐った臭いなど臭気が蔓延っているものの、臭いの原因が転がっているというよりは浸み込んでいる感じだ…。

 不快…。

 それは臭いだけではなく雰囲気からも感じ取れる。

 

 『君達が居る倉庫は事故か何かで大勢が死んで封鎖されるまでは、新薬の臨床患者が鮨詰めで寝かされてたんだ』

 「ゲリー?」

 『君達…いや、スネークはハンス・ディヴィスを知りたいのか?』

 「あぁ、知りたいさ。今、ロジャーが調べてくれている」

 『調べたのは調べたのだが…BEAGLE(ビーグル)から出向した研究所所長で様々な実験を束ねていたらしい事ぐらいしか判明せず、その前の経歴は白紙なんだ』

 「そうか…ッ…」

 「どうしたのスネーク?」

 「ちょっと頭痛がしてな」

 『…CHAIN(チェイン)で頭痛薬を投与しておこう。――それとハンスと共に何十人もの子供が運ばれたのが目撃されたのだが、島から戻ったという情報は一切ない。地元では“ハーメルンの笛吹”ようだと囁かれているようだ』

 「まさか…新薬の臨床患者っていうのは…」

 『いや、“蟲毒の儀式”が行われたのはそこじゃない…くくく』

 

 ゲリーは突然クツクツと笑いだした。

 先ほどから様子が変だ。

 説明していたロジャーもそれは感じ取っており、現場の三名同様に警戒心を向けている。

 

 『いやぁ、すまない。スネーク、君が(・・)真剣にハンスの事を聞くものだから可笑しくって』

 「どういう事だ?」

 『さぁてね。君達はまだ何も知らない。ハンス・ディヴィスの事も。ソリッド・スネークの事も』

 『スネークの事も…だと?』

 『まぁ、僕は“ACUA(アキュア)”の研究データが手に入れば良いけどね。その為にずっとこのチャンスを狙っていたんだ』

 「“ピュタゴラス”の事ではないのか?」

 『あんなものに興味はないよ。BEAGLE(ビーグル)やあんたら軍人、それとあの大男で勝手に勝手に奪い合ってくれ…というかスネークもバットも“ピュタゴラス”が何なのか分からないのかい?』

 「なに?」

 

 ゲリーの意味深な発言の大半は分からないが、“ピュタゴラス”に関しては解かった…解ってしまった。

 スネークとバットの二人に関連するもので大きな組織に襲撃した部隊が狙う様な代物ときたら一つしかない。

 

 「メタルギア…核搭載二足歩行兵器…」

 「――ッ、まさか!?」

 『その通りだよ。なら“No.16”は―――心当たりはなさそうかな…』

 

 ここでもまたメタルギアか。

 倒した経験があると言っても核を積んでいる以上は危険性は変わらない。

 いや、戦闘能力以上に手にした何者かが撃ったら終わりである。

 肌身でメタルギアを知っているスネークとバットは別として、ロジャーも知っていたのか大慌てである。

 

 『詳しく話せゲーリー!!』

 『これ以上のサービスは無しさ。僕もフレミングが必要でね。“ACUA(アキュア)”の研究データの為には暗号を解いて貰わなければ困るんだ。だからフレミングの居場所を教えてくれた助かったよ。これで暗号さえ解かせれば用無し。“ACUA(アキュア)”の開発者は一人で十分だからね』

 「ゲーリー…お前っ!?」

 

 通信が切られた。

 あの発言からゲーリーは暗号を解かせたフレミングを殺す気である。

 “ACUA(アキュア)”がなんなのかは分からないが、ここでフレミングを殺させる訳にはいかない。

 

 『ゲーリーより早くフレミングを確保するんだ!』

 「分かってる!」

 「走るぞ!!」

 

 スネークにバット、テリコは駆け出す。

 ゲーリーより先にフレミングを確保する為に、あわよくばゲーリーも捉えて全てを聞き出す為にも急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ビッグボス…否、ヴェノム・スネークが起こしたアウターヘブン蜂起にて解かれていない謎が存在する。

 ソ連製初のメタルギアである“サヘラントロプス”。

 事情を知らない者からすれば未知の兵器。

 だが存在を知る事の出来るほんの一握り…その中でもサヘラントロプスの最後を見届けた者にしてみれば、何故アウターヘブンに存在したこと事態が意味不明なのだ。

 

 サヘラントロプスを撃破した後に自分達で再利用しようと言い出したミラー。

 しかしながらピースウォーカーなどの部品を流用して制作されたメタルギア・ジークは、敵であったパスによって使用され、核を搭載していた事でスカルフェイスによる襲撃の理由付けとなった。

 それもあってかバットは破棄を進言し、採用されてナパームで焼くなど徹底的に消し去った。

 

 あの時、サヘラントロプスは完全に滅却されたのは間違いないのだ。

 ではアウターヘブンにあったのは一体何だったのか? 

 

 考えられるのは新たに建造されたという事。

 一体だれが?

 メタルギアだけならマッドナー博士のがあり、わざわざ建造する理由がないだろう。

 そもそも蜂起をしたアウターヘブンにサヘラントロプスを創り出すだけの資金的余裕があるとは思えない。

 

 未だに解けない謎を調査しているオセロットは資料に目を走らせて、大きく深いため息を漏らす。

 

 資料の送り主はニコライ。

 アウターヘブンの調査依頼を受けていた彼の民間軍事会社で報告書が纏まり、それを馴染と言う事で内緒で融通して貰ったのだ。

 無論メタルギアは情報漏洩を防ぐために破棄され、ニコライ達はその担当ではない。

 しかしそれは公の取り決めなだけであって、秘密裏に情報収集は何処もが行っていただろう。

 ニコライの所には古参の古強者が揃い、中には他国の上役とパイプを持っている者だって所属している。

 ゆえに僅かながらでも情報を得る事が出来たのだ。

 

 とは言っても本当に僅かなもので、目にした情報だけでメタルギアをしっかりと理解することは難しい。

 それでも知りたい事は理解出来た。

 

 アウターヘブンのサヘラントロプスは当時の部品で再現されたもの。

 古い部品を取り寄せて再現したという事はそれにこそ意味がある。

 あの頃はビッグボスが関わる事件のほとんどにメタルギアや巨大兵器が存在していたからそれほど気にしていなかったが、今となってはあれらの技術は失われている…。

 それも機密事項で試作品だったそれらをビッグボスとバットが破壊して回ったせいというのもあるが、同時に情報操作や証拠隠滅で関係者などが消して行ったので残り得なかったからだろうな。

 

 現在ではゼロから創り出すしか方法は存在しない。

 メタルギアの存在を知る者からすれば、以前のメタルギアのデータを得て作業を短縮させたいはずだ。

 多くの者は険しい道のりよりも緩やかな楽な道を選ぶのだから。

 

 「お前が関与していると思っていたのだがな。最早問い質せも出来ないとは…」

 

 オセロットは苦笑する。

 過去のデータは“愛国者”によって消去されているだろう。

 そもそも敵対されている“愛国者”がアウターヘブン蜂起に協力する道理もない。

 ゆえに真っ先に疑ったのはサヘラントロプスの開発者であるヒューイが情報を提供したと事…。

 問い詰めたいところではあるが、数年前に自殺しているとなっては聞きようがない。

 

 コネを使って調べたことろ、ダイヤモンド・ドッグズを追放されてから奴は息子であるハル・エメリッヒと再会した後、同じく子連れの女性と再婚して家庭を築いていたらしい。

 どうやってか知り得たストレンジラブがハルの親権を争ったものの、ヒューイの口八丁と再婚相手の女性も渡すまいと動いて結局親権はヒューイの下に…。

 これを一応ミラーにも伝えてやると、俺達を頼ってくれればと悔しそうに漏らしていたな。

 そのハルは独り立ちしてアームズ・テック社で働いている。

 

 アームズ・テック社…。

 大手兵器メーカーであるが冷戦時に飛躍的に成長したのも過去の栄光…。

 兵器需要の縮小もあって経営は悪化して火の車だ。

 

 …なのだが最近動きが活発なのだ。

 海底調査と言ってカリブ海沖に何隻もの調査船を派遣したり、落ち目であるも政府高官や軍上層部、それに国防省付属機関先進研究局――“DARPA”との接触が目立つ。

 時期を遡ってみるとアウターヘブン蜂起前後からそのような動きが見受けられる。

 

 これは偶然なのか。

 “DARPA”の局長で知人でもあるドナルド・アンダーソンを思い浮かべながら考え込む。

 

 すると考えを遮るように無線は入る。

 素早く耳に当てると向こうの相手は語り出し、オセロットは真剣に応対する。

 

 「あぁ…俺だ。そっちの状況は…そうか。なら計画通りに動いてくれ―――ッ!?ロビト島でメタルギアの可能性だと…そちらはこちらでも調べよう」

 

 またもメタルギア。

 今度は何処の誰が…いや、何処の差し金か。

 これは好機である。

 正体不明の相手が動いたのなら辿れる可能性が大いにある。

 

 「なんにしても状況の監視を怠るなよ…頼んだぞタブ(・・)

 

 オセロットはほくそ笑みながら無線機を切ると早速動き出す。

 忙しくなりそうだと何処か楽しそうに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:アリスとゴースト その参

 

 …疲れた。

 任務が始まって一日も経っていないのだが、精神的疲労が半端ではない。

 能力に半信半疑のおじさん(ソリッド・スネーク)に理性的ではない子供の相手でため息が漏れる。

 これでも色々気を回したり、問題があれば対応すべく考えを働かせたりとしているというのに…。

 研究所とハイジャックの二件担当しているのもあって疲労と共に苛立ちまで募って来る。

 眉間に皺を寄せてムッと不機嫌ながらにクッキーを頬張る。

 

 サクリサクリと香ばしい食感ながらもしっとりともしており、口にすればバターの風味と甘味が広がる。

 疲労と苛立ちもあってか進む。

 苦味のある珈琲も相性が良いだろうけど、今は甘いものが欲しいのでジュースである。

 これもまたゴーストが作ってくれたのだ(・・・・・)

 

 なんかちょくちょく作るものだから「甘いものが欲しいんだけど」と言ったら、材料もバターと砂糖と薄力粉で作れるからと早速作ってくれて、今はそれを口にしながら休憩をしている最中。

 休憩と言ってもロジャーに少し離れるとだけ伝え、別口の任務であるハイジャックされている機内の爆弾探しの手伝いを…行っているという事になっている。

 

 『もしも爆弾を見つけたとしても…その後はどうするの?もしかして私が…なんて事ないわよね?』

 

 無線機より機内を歩き回り、設置されている爆弾を捜索するミネットの声が届く。

 不安なのかお喋りが多い。

 黙って探してと言いたいところだが、無線機より離れて(・・・)いるので答えようがない。

 

 「不安を煽るようで悪いけど、君を頼る事になると思う」

 『そんな…爆弾の解体なんて…』

 「大丈夫、君なら出来るよ」

 

 代わりに相手をしているゴースト。

 言っている事は在り来たりなのだけど、何故かゴーストが言うとそんな気までしてくるから不思議である。

 …もしかしてゴーストも私と同じ(・・)サイ機能を持っているのでは?

 

 しかめっ面で見つめても顔も素性も隠している状態では見当もつかず、クッキーと一緒に用意されていたポテトチップスを摘まむ。

 甘いものばっかり食べていたら塩気が欲しくなる。

 ちゃんとポテチ用に炭酸を置いてくれる辺り、本当に良く解かっている。

 ストレス解消もあって進む。

 

 『ねぇ、これテレビじゃないんだよね?最近俳優を驚かす番組があるんだ』

 「出来ればそう言ってあげたいよ。それだったら機内ではなくて到着後にいきなりクラッカーで出迎えして、ご馳走を一杯用意して驚かせたいね。チーズたっぷりのミートパイなんかどうかな?デザートは生クリームとアイスクリームをふんだんに使ったパフェで」

 『良いわね。もし助かったのならパーティ…してくれる?』

 「勿論だよ。けど“もし”じゃないよ。絶対だ。なにせこちらには優れた透視能力者が居るんだから」

 

 ぶすりと良心に突き刺さる。

 疲れたからと言って爆弾探しと子供の相手などを人に任せ、一人菓子とジュースでストレス発散している身でその言葉は酷く痛む。

 

 『そうよね。アリスも透視してくれているのよね』

 「…う、うん、集中しないといけないから無線に出れないけど、彼女も頑張っているから…」

 『頑張って爆弾探さなくちゃね。アリスも招いて三人でパーティしましょうよ。私()三人で協力して解決した祝いに』

 

 矢というよりは槍の形をした言葉が突き刺さる。

 ゴーストもフォローしてくれているようだけど、それすらクリティカルヒットしているのだけど…。

 口の中をジュースで一気に流し込み、コホンと咳払いして無線機を渡してと催促する。

 

 「もう良いのかい(休憩)?」

 「えぇ、貴方にばかり頼っては駄目でしょう。私も仕事しないと…良心が…」

 

 何処か遠くを見ているような目にゴーストは苦笑いを浮かべ、無線機をアリスに渡すのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猜疑心…

 二対の人形―――エルジーとフランシスはカタカタとハイジャックした機内を闊歩し、楽しそうで嘲笑うようにケタケタと嗤っていた。

 まだ時間は来ていないとはいえ、本気が足りないとやる気を出させる状況を作ろうと動いていた。

 発破を掛けるというやつだ。

 …文字通り爆破するという訳ではないけどね。

 

 「全部私達のものになったのお姉ちゃん」

 「そうよ。今や私達の思うがままの空になったわ」

 

 楽し気に笑い合うもそれは二対の人形にとってであって、他の人にとっては悪夢でしかなかった。

 なにせ人形たちが言っているのは空―――合衆国上空を飛行する飛行機を全て自分達の支配下に置いた事。

 もう一機の飛行機をハイジャックした事件から規模は大いに高まっていた。

 気分次第でどうする事も出来るという訳だ…。

 

 「お姉ちゃんが怒ったら大変ね」

 「大変なのよ…ってエルジー、ちゃんと言いつけ通りしたの?」

 

 フランシスの問いに元気いっぱいに頷いた。

 その動作は可愛いものであるが、漂う雰囲気と周りの状況から許容できる人と言うのは少数であろう。

 

 「勿論よ。ちゃんと“5”って刻んだよ」

 「良くやったわね」

 「えへへ…あ、けどその時に隣の女の人が叫んで、エルジーもビックリして…」

 「びっくりして?」

 「殺しちゃった」

 

 まるで悪びれる様子のないエルジーにフランシスは軽く頭を抱える。

 とは言っても叱る気はない。

 なによりこの事を伝えてもっと頑張ってもらう事にしよう。

 早く裸の“ピュタゴラス”が必要なのだから…。

 

 ハイジャックされた飛行機は空を行く。

 人形二体が支配する機内に爆弾を探す一人の少女を乗せたまま…。

 

 

 

 

 

 

 フレミングの下へと急ぐ三人であったが道のりは険しい。

 警戒態勢が上がっているだけではなく、施設内のシステム的にも問題が発生したのだ。

 倉庫を抜けた先はしっかりとしたセキュリティが駆けられている。

 それもハンスとして認証されたスネークだけではどうしようもないシステムが組まれていた。

 というのも至るところに設けられた端末を操作する事で。別の部屋の扉を開ける事が出来る。しかし端末から離れると解除されて、また扉は閉じてロックされる仕組み。

 最低でも二人以上必要だというのにゲリーはどうやって先へと進んだというのか。

 疑問は残るけどもそれを考えている暇はない。

 ハイジャック犯の要求時刻にもゲリーがフレミングに暗号を解かせたら殺すと示唆した事で時間がない。

 加えてメタルギアの存在が明らかになったのなら尚更。

 

 ロジャーの方にも一応可能性としてメタルギアの情報はあったらしい。

 とは言っても本当にあってないような僅かな可能性。

 それでも物が物だけに上層部は調べていたようだが、確証を得るには至らなかった。

 小型の武器なら兎も角核搭載二足歩行戦車などというデカブツ。

 情報が無いならまだしも調べようとして調べれないなんて事はある筈がないのだ。

 それも合衆国の諜報機関が動いてなら余計に…。

 これらを鑑みてBEAGLE(ビーグル)には相当なバックが付いているとロジャーは推測している。

 

 なんだか当初より徐々に話が難しい方向へと転がり落ちて行く。

 そしてなにより新たな問題まで浮上してしまった。

 スネークの体調が優れないのだ。

 決して熱っぽいとか身体が怠いとかではなく頭痛と幻聴…。

 

 (ハンス…ハンス…起きてハンス・ディヴィス。目覚めるのよ…)

 

 違う。

 俺はハンスなどではない。

 全くもって知らない名前の…筈なのだが…。

 

 疑問を抱きながら複数人いるアドバンテージを活かして端末を操作して行き、突破した三名は施設内のダクト前に辿り着く。

 さすがにダクトに三人纏まって行く訳にもいかず、警戒の為に二人を残してスネークだけが先攻する事に。

 警戒しながら目的地へと進み、ダクトより室内へ視線を配ればロングコートの人物が背中を向けて立っていた。

 誰かは判別がつかないがアレがテリコが言っていたフレミング博士だろう。

 ダクトに繋がる梯子を下りて、周囲を警戒してからフレミングに声をかける。

 

 「フレミングだな?」

 

 助けに来たとでも言おうかと思ったのだが、それは先に遮られてしまった。

 それも聞き覚えのある声で…。

 

 「おかえりなさい―――ハンスさん」

 「なんだと!?お前は…ゲリー!」 

 

 ハンスと呼んだこともだけどここにゲリーが居るという事はフレミングはすでにもう…。

 最悪の予想を察してゲリーは微笑ながら頭を左右に振って否定する。

 

 「違います。えぇ、違いますよハンス。私が“フレミング”ですよ―――まだ思い出せませんか(・・・・・・・・・・)?」

 

 衝撃的な発言と同時に頭痛に襲われる。

 これまでの軽いものとは全く異なり、あまりの痛みに頭を抱えたまま膝をついてしまう。

 視界が揺らぎ、ある光景が浮かび上がる。

 白基準の簡素な室内で子供達が殺し合いを行っている。

 俺は…フレミングと共に窓越しにその光景を淡々と眺めていた。

 二人して興味深そうに観察しながら、どの子が生き残るなどと賭けを口にする。

 悍ましい記憶(・・)………違う。俺にこんな記憶は…。

 

 「俺が…ハンス?俺がフレミングに命じてネオテニー(・・・・・)を…」

 

 違う、違う、違う、違う!

 痛み頭に混乱している脳に喝を入れて振るい、ゲリーを睨みつける。

 

 「お前は一体…なんだ!?」

 「私はウィリアム・フレミング。そして貴方はハンス・ディヴィス。BEAGLE(ビーグル)の幹部でこの研究所の所長。そして二人でACUA(アキュア)を創ったではありませんか」

 「本当に何を言って…」

 「安心してください。先ほどはロジャー達の手前芝居をしましたが、今は妨害電波で遮ってあります」

 

 本当にこいつは何を言っているのだと否定したくても頭痛と覚えのない記憶が過って自信が薄れる。

 無論否定はするがな。

 そんな様子にゲリー…フレミングは難しい顔をする。

 

 「本当に記憶を無くしているのですか?無くしている振りをしているのではなく…」

 

 考え込んだ彼は語り始めた。

 BEAGLE(ビーグル)とは世界有数の財閥系企業の複合企業で途上国の発展の援助を目的に活動…などという名目で財界の利権を回す巨大軍需メーカーである事。

 そして今回我々は新兵器の開発を行う事が出来た。

 既存の兵器の常識を逸脱した巨大兵器且つ核弾頭を装備した戦略も戦術も欲しいままにするメタルギア…。

 

 「それにしても何故失踪を?」

 「俺は…ハンスじゃあない…」

 「いえ、貴方は間違いなくハンスです。ネオテニーと口にしたのが証拠ですよ。幹部連中は奴を“心の操縦者”や“傀儡師”と呼ぶ。“ネオテニー”を知るのは私を除けばハンスさん…貴方のみなのですから。本当に何も覚えていないようですか?」

 「…大勢の子供達が殺し合いを…」

 「あぁ、“蟲毒の儀式”ですね。もうすぐ思い出しますよ。なんにしても賭けが私の負けです」

 「賭け…だと?」

 「孤独の儀式の際に私と貴方は賭けをした。私はNo.104に賭けましたが貴方はNo.16。そしてNo.16は見事我々が想像した能力を宿してネオテニーへ。“名を識る者”がACUA(アキュア)を投与されれば全てNo.16の支配下に―――」

 

 そこまで話したところでフレミングは周囲を確認して小声で話しかけ始めた。

 

 「ハンスさん。私は今娘を…コンスタンスを人質に取られて奴に脅迫されています。そしてNo.16は貴方にも恨みを向けております。ハイジャックも奴の…時折連絡をしてくるのですがどうやら死者に刻んだ数字は貴方へのメッセージ」

 「俺へのメッセージだと…どういうことだ?」

 「大丈夫です。貴方はロジャーの作戦の妨害を。私がその間に何とかしますので―――ッ!?」

 「スネーク!」

 

 纏まらない思考と頭痛に悩まされていたスネークは我に返った。

 甲高いテリコの叫び声と共に放たれた弾丸がフレミングを掠めた。

 衝撃でよろめいてコート内から記憶媒体を落とす。

 

 「“ピュタゴラス”のデータが……貴様は奴らが…くそっ!」

 

 拾おうとするもフレミングはダクトより銃口を構えているテリコを見て急いで逃げ出した。

 落とした記憶媒体を拾うとダクトよりテリコを先頭にバットまでも降りてきた。

 

 「大丈夫なのスネーク?」

 「俺は…な。奴が!ゲリーがフレミングだった!」

 「ダクト内にまで聞こえてきたわ。ねぇ?」

 

 同意を求められたバットはコクリと頷いた。

 その表情は戸惑い…などは一切見られなかった。

 逆にテリコの視線は話しの内容が内容なだけに疑わしいと語りながら、俺が手にしていた記録媒体に向いていた。

 

 「それは何?」

 「奴は“ピュタゴラス”のデータと言っていた事からメタルギアのものだろうな。暗号化されていたら中身を視れるかどうかはわからんがな」

 「貴方が解除すれば良いじゃない。貴方がハンスなんでしょ?」

 「違う!俺は…」

 「じゃあさっきの話は何?蟲毒の儀式とかネオテニーとか…」

 「騙されるな!アレはフレミングが…」

 「騙されるな?誰に?貴方に?」 

 「このっ…」

 「うるせぇよ!」

 

 言い合いが始まった事にバットが苛立ち大声を上げた。

 そしてその両手には銃が握られており、それはどちらにも向けられていた。

 

 「ごちゃごちゃと…ここは敵地だ。スネークがハンスだろうとかどうでも良い。俺達はメタルギアの情報を手にしただけ。それで任務は終わりじゃないんだ。良く解からんけどスネークは落ち着け。テリコは疑わしいスネークを殺すなり縛る成りすれば満足なのか?それで任務は達成できるのか?」

 「じゃあ貴方はハンスかも知れないスネークを信用できるの?」

 「知らん。ただ任務を熟す気があるならハンスと認識されているスネークは必要だ。なら一緒に行くしかない。疑う貴女がスネークの後ろを歩いてね」

 

 冷たいように聞こえるが正しい判断だとスネークは思った。

 セキュリティを考えればハンスと認識される俺は必要だし、フレミングから接触があるかも知れない。

 そして信用出来ないならスネークを後ろから撃てばいいと牽制と監視役をテリコに委ねた。

 沈黙するテリコは理解はしたのだろう。

 ただ妥協点として“ピュタゴラス”の記憶媒体を預かると言い出し、テリコ側に立ってみると疑わしい者に預けられる筈も無い。

 渡す代わりにテリコはバットにセキュリティレベル2を解除するカードキーを渡される。

 

 「…私は貴方を信じたい。だって貴方は私の英雄だもの」

 「……助かる…」

 「なんにしてもここから脱出しますよ」

 「バットもすまんな」

 「良いですよ―――なんて言わないからな。こんな面倒な仲裁二度としない」

 

 子供に怒鳴られるとは思いもしなかった。

 そこにロジャーとの通信が回復。

 テリコもバットも先の事を口にせず、新たな指示を受ける。

 周囲を大勢の敵兵に囲まれているだけでなく、待ち伏せしているとアリスの透視からの情報。

 ここは倉庫に戻るしかないらしい。

 

 可笑しな話だ。

 囲んで伏兵も用意しておきながら完全な包囲には至っていない。

 確実に罠だろうな。

 そう思いながらも進むしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 現場でそのような動きを見せる中、ロジャーが控える指令室に珍客が訪れた。

 ノックと入室の許可を取った彼―――チャールズ・シュマイザー。

 ロジャーの部下であり、個人的にもBEAGLE(ビーグル)を追っていた捜査官である。

 

 「大佐、ご報告とお聞きしたい事があります」

 

 チャールズの不穏な空気を感じ取ってロジャーは勿論アリスも眉を潜める。

 …ゴーストは仮面で見えはしないが、雰囲気から警戒している様子はない。 

 寧ろ初見である筈のチャールズからのアクションが全くもって見られない事にアリスは怪訝な顔をした。

 

 「なにかな?改まって」

 「まずはご報告から。ハイジャック犯が残した数字ですが、アルファベットの順序を現しているものだったようです」

 「やっぱり(・・・・)そうなのね」

 「…君はアリス・ヘイゼルか。なるほど。気付いたのだね」

 「私もただただ食べていた―――コホン、暇を潰していた訳ではないもの。初めに14と1。次に11と新たに刻まれた5。次は19と思われます」

 「どういう事だ?なぜ次の数字が…」

 「先程の数字をアルファベットの順序通りにすると“N”、“A”、“K”、“E”…そして19は“S”。これらのアルファベットを並び替えると?」 

 「―――ッ、スネーク(SNAKE)か」

 「暗号…にしては幼稚すぎるわ。何かを伝えるのが目的と考えるの何者からのスネークへのメッセージ」

 「本部はスネークに恨みを持つ者の犯行と断定しました…」

 

 怪訝な表情を示したリチャードの視線が刺すようにロジャーを貫く。

 何かしらの嫌疑を掛けられている事は理解した。

 同時にそれが何を示しているのかも。

 答えれるものなら良かったのだが…。

 

 「ここで疑問が浮かぶのです。何故ハイジャック犯が望むように本作戦にスネークが起用されたのか?」

 「…なにが言いたい?」

 「大佐。ロジャー大佐。何故本作戦への志願を?十年以上指揮を執らなかった貴方が…」

 

 問いに対してロジャーは口を閉ざした。

 答えられるものではない。

 己としても決して口に出す訳にはいかない…。

 沈黙に余計に眉を潜めながらチャールズは続ける。

 

 「次にこの作戦の人選は指揮官になった大佐に委ねられました。何故現職の軍人ではなくソリッド・スネークを起用したのです?または起用するように推したのは誰です?」

 

 またも沈黙で返す。

 答える気がない。または答える訳にはいかないのかチャールズは小さくため息を漏らす。

 

 「現在その推した者(・・・・)をハイジャック犯、または共犯者・協力者の可能性が高い。大佐、答えて頂けますか?」

 「――断る…」

 「私は子供の使いではありません。上に報告する義務がある。そもそもスネークが大佐の知るスネークでなかったら」

 「別人だとでもいうのか?しかしバットの証言も…」

 「そのバットは誰が本物と保証するのです。それに正気を失えば本人でも別人になり得ます」

 「人の心なんて脆いもの。まして何度も戦場で極限状態を味わった彼ならば」

 「しかしスネークの起用は――ッ…」

 「起用は?」

 

 口を滑らすかもと期待したチャールズだが、ロジャーは咄嗟に口を閉ざした。

 疑いはあれど証拠が無ければ強行にでないらしい。

 ため息を零してチャールズは険しい顔つきで睨む。

 

 「良いですか大佐。今後スネーク、またはバットの言動に奇異な点があればご報告を。虚偽の報告はしない方が良いかと伝えておきます。本部の眼は近くに居ますので」

 

 そう言われてロジャーもアリスもゴーストに視線を向ける。

 肯定は勿論否定すらしなかった。

 

 「私もBEAGLE(ビーグル)を追う為にロビト理化学研究所を調べて来ました。何度も何度も上に握りつぶされましたが今回の好機を逃す気はありませんよ。こちらは私とタブ(・・)で色々と動きますので…失礼」

 

 チャールズは背を向けて退室していった。

 現場のみならず指令室内でも疑いの芽が生えるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蝶は舞う

 投稿が遅れに遅れて申し訳ありません。
 ゴールデンウイーク初めより体調を崩してしまい、今まで回復やら次話の打ち込みなどで遅れてしまいました。


 敵地と化している研究所に潜入したスネーク達はいつ敵と交戦してもおかしくない状況に身を置いている。

 ゆえに回避不可能な状況に陥って銃撃戦も止む無しと言う事もあるだろう。

 だが、この銃撃戦は常識的に考えて逸脱し過ぎていた。

 たった一発の銃声にしては大きく、弾丸が直撃した破砕音はけたたましい。

 コンテナに弾痕どころか易々と大きく吹き飛ばし、そのコンテナに身を隠していたバットは素早く移動を開始する。

 

 ゲリーがフレミングだと知ったスネーク達は、アリスの透視で周囲が敵兵によって封鎖されていた為に倉庫まで戻った。

 周囲を抑えて置いて一か所だけ逃げ道を用意してくれた…なんて親切な訳もなく、倉庫にて待ち構えていたのは研究所を制圧したレオーネ本人。

 唯一の脱出路を断たれた事で強行突破を図っている訳であるのだが、三対一と言う数的有利な状況でありながらも未だに圧し切れずに攻めあぐねていた

 

 「隠れてばかりだな。それでもビッグボスを倒した英雄か?」

 「うるせぇよ!本来蝙蝠は暗がりに潜んでんだよ!テメェこそ吠えるだけの木偶の棒じゃあねぇか!!」

 「弱い犬程よく吠えるというが本当だな」

 「言ってろデカブツ。そうやって調子に乗って蛇の尾でも踏んでくれ!手痛く噛まれるだろうからな!!」

 

 怒声交じりに言い合うが、これは考え無しに行っている訳では決してない。

 声を発している間はそこから位置を知る事が出来る。

 コンテナなどで視界が大きく遮られている倉庫内と言えど、それほど広大な建物と言う筈もなく、声で大体の場所を把握するのは容易い。

 逆に言い合いをしているバットの位置もレオーネに知られることになるが…。

 

 凡そ把握したレオーネは発生源たるバットが潜んでいたコンテナに銃口を定め、轟音と共に装甲車にもダメージを負わせる炸裂弾が放たれる。

 囮役(・・)のバットはトリガーに指が掛かった音から察して移動したために、隠れていたコンテナが吹き飛ぶだけで負傷する事は無かった。

 レオーネが持っているのは反動の大きな対戦車ライフル“シモノフ”。

 反動に重量もあって拳銃のように小回りは利かず、早々連射する事など不可能。

 その隙を突いて別方向に潜んでいたスネークが飛び出し銃弾を浴びせる。

 連射した弾丸がレオーネに着弾するも忌々しそうに睨むだけで血飛沫はあがらない。

 

 「頑丈にもほどがあるだろうに!」

 

 吐き捨てながらスネークは再び身を隠しながら、即座にその場を移動する。

 コートを含んだ制服の下に何を仕込んでいるのかは定かではないが、銃弾を受け止める程度の防弾装甲を有しているようだ。

 銃撃の衝撃と痛みを耐えたレオーネは今度は銃口をスネークへと向けて発砲。

 

 アサルトライフルの銃弾を防ぐだけの防御力を持ち、片手で対戦車ライフルを振り回す…。

 それは最早人と定義して良いものなのか。

 アウターヘブンやザンジバーランドにも戦闘のエキスパートは居たが、こいつはクワイエットやグレイ・フォックスほどではないが異常な部類の一人だろう。

 

 「あれで左腕があったのならシモノフ二丁抱えて出て来たんだろうか…」

 「勘弁してくれ。今でさえ苦戦を強いられているのに」

 

 ついついぼやいてしまうバットとスネーク。

 向こうは一発当てれば即死させれる攻撃が通常で、こちらは向こうの防御力を削り取らなければならない。

 まるでゲーム(・・・)だ。

 互いに苦笑いを浮かべている中で、レオーネの声が響き渡る。

 

 「聞こえるか犬共。これが最後通告だ。手を引くというのであればお前達を無事に外まで案内してやろう。しかし拒むなら排斥するほかないが…どうする?」

 

 戦闘に入る直前に僅かながらレオーネと言葉を交わした。

 奴がレオーネと名乗る以前はジェフ・ジョーンズとして合衆国の為に働いていた事。

 部下を含めて合衆国に対して強い恨みを抱いている事。

 そしてBEAGLE(ビーグル)に対しても貶められ、誇りを踏み躙られたとして憎しみを募らせている事。

 レオーネはその復讐を果たす為にピュタゴラス―――メタルギアを欲している。

 

 『聞こえる?BRCの北西に非常口を視たの』

 「…了解した。レオーネ、お前の提案は飲めない」

 「そうか。ならば仕方ない。ピュタゴラスもフレミングも分け合う事は出来ない。となれば貴様たちは俺の復讐の邪魔だ!」

 「こっちからしたらアンタは仕事の邪魔だけどな!テリコ!!」

 

 最後にバットが叫ぶと隠れて待機していたテリコがスモークグレネードを放り投げる。

 テリコもスネーク同様に攻撃役に徹していたが、こちらの攻撃は元々時間稼ぎ。

 アリスが透視にて脱出経路を見つけるまでのもので、倒せるのなら倒そうという程度。

 経路が見つかった以上ここに留まる理由はない。

 最悪敵の兵士まで殺到して今度は数で押し潰されかねない。

 

 撤退時用にスネークとテリコはバットよりスモークグレネードを渡されており、無線にて退路が知れたのでそれを放り投げたのだ。

 自分に向かって飛んで来る手榴弾に気を取られたレオーネ。

 その隙にバットは跳び出して狙いを付けた。

 放たれた弾丸はレオーネの頭上に差し掛かったスモークグレネードを撃ち抜き、レオーネの周辺を煙幕で覆い隠した。

 急ぎ踵を返してアリスの指示通りに非常口へと向かう。

 

 『大丈夫か?』

 「あぁ、何とか抜けられたが…出るまでは気は抜けられないな」

 『そうか…』

 

 無線越しであるもロジャーの言葉に覇気がない。

 寧ろどこか不安を抱えているようだ。

 重い雰囲気に気付きながら、それ以上に苛立つバットにスネークもテリコの方が重要だった。

 フレミングの会話によりスネークがハンスではないかという疑惑が生まれ、ぎくしゃくした二人の間を仲介したバットは、こんなことさせるなよと言った様子であり、今もあの時に近い空気が流れたことに苛立ったのだろう。

 

 「言いたい事があるなら言いなよ。訳は知らんが作戦行動中にそんな空気撒かれたら支障が出る」

 『す、すまん…実はハイジャック犯はどうもスネークに遺恨があるようなのだ…』

 

 その言葉に対して思い当たる節はある。

 何かあるとすれば一番に疑わしく思うのはハンスの一件であろう。

 だが、それを話したところで疑惑は深まるばかり。

 テリコも伝える気はないようで口を噤んだ。

 

 『私は君の事を信じている。いや、信じたい。だが、もし思い当たる節があるなら教えてほしい』

 「思い当たる節は…ない…」

 『……解った。なんにしても今はそこからの脱出に集中しよう』

 

 ロジャーも追及はしなかった。

 それこそがこの場でこれ以上波風を立てないやり方だと理解しているから…。

 しかしスネークの顔は冴えない。

 先頭を進んで周囲の安全を確保するバットはちらりと振り返る。

 視線が合ったところで何処か不安げなスネークが小さく口を開いた。

 

 「バット。お前はアリスの超能力を疑わなかったな」

 「実例を知ってますからね」

 「なら俺より詳しい…か」

 「別に超能力の専門家ではないよ―――でも聞くだけなら聞きますよ」

 

 仕方ないと言わんばかりに苦笑するバットにスネークも苦笑いを浮かべる。

 二人のやり取りにテリコは間に入らずに見守り、警備の敵兵の眼を掻い潜りながらスネークはぽつりと零す。

 

 「人に他人の記憶を植え付ける事は出来るか?」

 

 スネークは考えていた。

 自分に無い記憶が頭の中にある困惑。

 本当に自分がハンスなのかスネークなのかも疑心暗鬼になるほどの不安。

 あり得ないと否定しながらも自身に起こっている非現実的な事態に弱っている。

 だからあり得ないと思っているような事を口走った。

 

 「相手を透視する能力もあるんだ。他人の経験を刷り込ませたり出来たり…」

 「いや、無理だと思うよそんなん」

 

 一蹴であった。

 確かにスネークはそんな事ないよと否定して欲しかった。

 だけれども明らかに「なに言ってんのアンタ?」と言わんばかりに怪訝な顔をされるとは思ってはいなかった。

 …逆の立場だったら同じことをしていたとは思うけど、するのとされるのとでは大きく異なる。

 

 「疑似体験する事は出来るだろうよ。俺の知り合いに暗示とか得意な人はいるけどそう思い込ませる(・・・・・・・・)事は出来ても、そうであったとすること(・・・・・・・・・・・)は難しいってさ」

 「そう…なのか」

 「というかそんな便利な力があったとしてスネークに植え付ける必要があんの?」

 

 言われてみればその通りだ。

 不安と困惑に駆られて自分らしくない事を口にしてしまったなと大きなため息を漏らす。

 

 「助かる…が、相変わらず口が悪いな」

 「包み込む様な優しい言葉をかけて欲しいんだったら相手を間違えたね。そういうのは彼女さんかカウンセラーにどうぞ」

 「本当に容赦ないな――おかげで確認が取れたよ」

 

 ザンジバーランド…否、アウターヘブンから変わらぬ口の悪さ。

 不確かな記憶より戦友との記憶を信じよう。

 意識を切り替えたスネークはバットの背を眺めるようにではなく、横に並んで指示された非常口へ急ぐ。

 

 急ぎ出た先は施設内というよりは自然が多い場所であった。

 先には小さな小屋と大きな橋ぐらいの人工物で、他は広がる草むらに木々ばかり。

 橋と言ってもただの吊り橋ではなく跳ね橋。

 それも透視したアリスによると一様式の跳開橋だというらしい。

 

 アリスは西側に異様な気配を感じたと口にしたが、今のところ用があるのは北なのでそのまま橋を渡る事に。

 橋に向かう途中、サイファーという無人のドローンが警備していたが、そこはある程度近づいた所でバットの拳銃での狙撃か、チャフグレネードで掻い潜った。

 

 「私がポイントマンになるわ」

 「それなら俺が…」

 「脱出の際は頼り切りだったから私にさせて」

 「…そうだな。先導だけでなく俺の面倒も見てもらったからな。少し休めバット」

 

 テリコが警戒しながら先へと進み、その後をスネークとバットがついて行く。

 跳ね橋は結構長い距離があり、ようやく中間辺りに差し掛かったところでテリコが不意に振り返った。

 バットもスネークもその視線の先が自分達ではなく後ろを捉えている事を察して振り返る。

 

 かちゃりと音がするまでは…。

 

 「横ッ跳べスネーク!」

 「――ッ!?」

 

 言われるがままのその場を飛び退いたスネークの側を銃弾が通り過ぎて行った。

 振り返れば銃口を向けたまま走り去っていくテリコの姿が…。

 バットも急ぎ銃口を向けるも早撃ちは得意ではない。

 先にテリコがそのまま銃撃を行い、横に避けようと動きながらトリガーを引いた。

 精密射撃に成らなかったことで頭を狙った(・・・・・)弾丸は頬を掠る。

 しかし皮膚らしきナニカを裂く程度で血は流れなかった。

 

 「はぁ!?被りもんか何かか!立てるかスネーク?」

 「立てるが…しまった!跳ね橋が…」

 

 走り抜けたテリコが橋を渡り切ると先の跳ね橋が上がり切ってしまった。

 これでは渡る事は叶わない。

 やられたと苦虫を嚙み潰したような顔をしていると無線機よりテリコ…否、テリコを語る何者かの声が届く。

 

 『あはははは。ごめんねスネーク。上手く行き過ぎて笑いを堪えるの大変だったわ。そしてバット。悲しいわ、仲間だと思っていたのに足や肩ではなく顔を狙うんだもの』

 「笑いながら悲しいとか言うな」

 「テリコ…いや、お前は誰だ?」

 『言ったじゃない。私はアゲハチョウだって』

 

 それだけ言うとブツリと切られた。

 この時バットは狙撃銃を持ってくるんだったと激しく後悔した。

 入れ替わるようにロジャーが無線を入れてきた。

 

 『大丈夫かスネーク、バット!』

 「あぁ、俺達は大丈夫だが橋が揚げられた上に“ピュタゴラス”のデータは奴が…」

 『クソッ!どういうことだ?どういう事なんだこれは!!』

 『ロジャー冷静に』

 『初めからテリコではなかったのか?クソッ!クソッ!!奴からディスクを取り戻すんだ!!』

 『落ち着いて。近くに吊り橋を動かす操作室がある筈よ』

 「近くにあるならあの小屋か―――ッ、やられた!!」

 

 思い当たるのは橋を渡る前に見た小屋であったが、振り返った矢先に小屋が爆発した。

 こちらの行動はお見通しだった訳だ。 

 爆音と跳ね橋が上がっている事から敵が殺到してくる事だろう。

 

 「背水の陣だなこりゃあ…くそったれが!!」

 「とりあえず戻るぞ!」

 

 橋の上では遮蔽物がない。

 急ぎ来た道を戻りながらバットはふと思い出す。

 確かクソ親父も“モルフォ蝶”とかいう蝶を捕まえるのに苦労したとか言ってたか…。

 

 「どうも親子揃って昆虫採集は向いてないらしい…」

 「不向きを言っていても仕方ないだろ。なんにしてもあの蝶は何としても捕まえるぞ!」

 「おうさ!」

 

 走りながら遠目ながら兵士が集まってきているのを見て、銃を構えながら何とか突破を図るのであった。

 

 

 

 

 

 

 テリコが偽物だった事に困惑を隠せないロジャー。

 いつもの冷静さを失うばかりか声を荒げている事に対してアリスは落ち付く様にと声をかける。

 作戦行動中にパニックを起こして良い結果が得られる筈はない。

 それもハプニングがあって状況が悪化しているなら尚更だ。

 大荒れのロジャーに落ち付く様に声をかけ続けながら、内心で大きなため息を零す。

 

 こういう事は自分の仕事ではないというのに…。

 寧ろゴーストの方が適任ではないだろうか。

 ちらりと視線を向けるもゴーストは部屋の片隅で腕を組んだまま、こちらを見つめるばかりで一向に近寄る気配がない。

 逆に近づきたくないように距離を取っているようにも伺える。

 

 そのゴーストは袖下に隠してあるスイッチを押し、仕込まれた骨伝導式の無線機を起動させていた。

 

 『状況は?』

 「メタルギアの存在を確認。だけど経路は不明」

 『こちらでも手を回す。対象から目を離すなよ』

 「了解…」

 『データを入手出来れば一番良いんだが…』

 「難しいな。今は蛇&蝙蝠に獅子、新たに蝶々が加わって取り合いしてる」

 『蝶々か。揃いも揃って蝶には苦労するようだな』

 「もしかして知り合いではないよな?」

 『我々は今回の件(・・・・)には関与してはいない』

 「…また何かあったら連絡を入れる」

 

 アリスやロジャーに聞こえないように小声で呟き。

 報告を終えたゴーストは周波数を変えて今度は別の相手にかけ始める。

 

 『どうした?何か動きがあったのか?』

 「確証はないが…何かは(・・・)あったらしい」

 『どういうことだ?』

 「ちょっと怪しいってだけ。それとこちらでも…」

 『監視を続けろ。私はロジャーも疑っている』

 「勿論です。元々そういう仕事ですし」

 『頼んだぞ。タブ(・・)

 

 厄介な仕事を引き受けたものだとため息を零し、チクリチクリと刺さるアリスの視線を受けながらゴーストは再び無線を切る。

 あんたが相手をしなさいよと言わんばかりの視線に苦笑した。

 確かに自分の役目のような気がするが、こちらもこちらで仕事がある。

 …ただそれにだけ集中する事無く、最大限の警戒を警戒をしたままいつでも銃を抜けるようにはしておく(・・・・・・・・・・・・・)

 

 「“ピュタゴラス”の争奪戦か。さて、どうなる事やら…」

 

 クスリと微笑みながらゴーストはほくそ笑む。

 そこへアリスが睨みながらゆっくりと近づいてくる。

 

 「…良いご身分ね。一人特等席からの見物かしら?」

 

 明らかにご機嫌斜めである。

 さて、こういうときってどうすれば良いのか?

 娘が居たのならまだ考え付いたかも知れないのだけど…。

 

 「えっとぉ…お菓子でも食べるかい?」

 「そう、私ってお菓子で簡単に釣れると思われているのね」

 

 地雷を踏み抜いてしまったらしい。

 うん、どうやって弁解すべきだろうか…。

 ゴーストは命は掛かっていないとはいえ、目の前の難局を前に冷や汗を垂れ流すのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深まる疑心暗鬼とゲーム

 跳ね橋付近での銃撃戦は激しさを増していた。

 後背は跳ね橋が上がったために襲われる心配はないが、正面を抑えられたために逃げ場がない。

 寧ろこの状況を打破するには敵中に活路を見出すほかない状況である。

 レオーネ隊の連中も予期せぬとは言え包囲したスネークとバットを逃すつもりはなく、限りある兵力の中でも割いて投入してきていた。

 …ただ本当に予期していなかっただけに大規模兵力を差し向けるのではなく、各部隊の戦力を編成し直しながらの逐次投入であるからして、数の暴力で押されるような事はなかった。

 逆に二人が心配しているのが持久戦に持ち込まれた事で弾薬の不安が大きくなりつつある事。

 素手でもCQC技術のあるスネークはまだしも、拳銃を組み込んだ近接戦闘術を熟すバットは弾が切れた瞬間に攻撃手段そのものが無くなってしまう。

 その前に敵中を突破したくとも退路が決まらなければどうもならない。

 

 「まだかアリス!!」

 『まだよ!黙ってて!』

 『ゲリーに続きテリコも別人だった…スネーク、君は本当に“スネーク”なのか!?』

 「…ロジャー…信じてくれとしか言いようがない」

 「敵に包囲された状況で退路もないってのに仲間は疑心暗鬼…最悪だな。あ、敵の銃(AKS-74U)拾ったけど使う?」

 「助かる。手持ちの弾薬が心許ない所だったんだ」

 

 FA-MAS(ファマス)ブルパップ型ライフルで敵兵を牽制して、AKS-74Uを拾って来たバットの支援に努める。

 拾ったのは倒した敵兵が使用していたAKS-74U二丁にマガジンを少し。

 二つあるのだから一つだけ受け取ろうとするも、アサルトライフルは苦手だからと二つとも渡された。

 

 『…おかしいわ』

 「なんの話だ?」

 「悪いけどこっち余裕が無さ過ぎるから不鮮明な言い方じゃなくてハッキリ言ってくれ」

 『不鮮明で悪かったわね。けどそう言うしかないの。北に逃げたテリコが視えるのよ。近くに建物が見えない?』

 「あれか?」

 『情報によるとエブロ・タワーという試作工場らしい』

 「けど橋を渡ったのにこっちに居るんだ?それともテリコってのは二人いるのか?」

 『いや、私が知っているテリコは一人だけだ。もう一人は“ラ・クラウン”だと推測される』

 「ラ・クラウン?」

 「クラウン(道化)…そういやレオーネがピエロ云々言ってたアイツってもしかして…」

 『先刻本部より送られてきたBEAGLE関連の資料にあったのだ。国籍から性別に至るまで素性は不明。変装や催眠術の使い手でBEAGLEが雇った殺し屋だ』

 「BEAGLE側って事はピュタゴラスの情報を隠蔽しに来たのか?」

 「今考えても埒が明かない。兎も角突破して向かうぞ」

 

 行き先が決まれば即座にここからおさらばだ。

 渡されたAKS-74U二丁を構えて乱射する最中をバットがMP5で精密射撃で一点を突破すると、撃破よりも相手を牽制する事に重きを置いて弾丸をばら撒く。

 いきなり攻勢に出て来た上に一角が崩された事に敵兵が騒めき、隙を生まれた所をスネークとバットは駆け抜ける。

 勿論獲物が脱げようとするのを放置する訳は無かったが、走りながらのスネークのアサルトライフル二丁による牽制射撃と、置き土産と言わんばかりにスタンにスモークなどの手榴弾を放り投げる。

 おかげでバットが所持していた手榴弾が底を尽きそうになるも、追手の足止めには充分過ぎた。

 真っ直ぐ建物へと走るのではなく、すぐ側の木々や身を隠せる遮蔽物を利用して姿を暗ましながら進む。

 追手が来ていないか、周囲に敵兵の姿は無いかと警戒を怠ることなく建物へと足を踏み込むと、ぴたりとバットが立ち止まって眉間に皺を寄せていた。

 

 「あ、こりゃあ不味いな。嫌な感じがする」

 『不鮮明(・・・)な言い方ね』

 「さっきの仕返しか…」

 

 つい先ほどアリスに言った言葉を返されてムッとするも、自分が言い出した事もあって言い返しはしなかった。

 悪戯っぽく言うアリスやムッとしながらもクスリと笑うバット。

 微笑ましい若者達に水を差すのも難だが、それよりもバットが感じた方が問題なのも事実。

 

 「嫌な感じとはなんだ?」

 「多分だけど誰かのテリトリーに入ったぽい。狩場って言った方が良いか?」

 「狙撃手の勘か」

 「この場合はクラウンの狩場なんだろうけど…なんだろう…狩場にしては雰囲気が変な邪気なんだよなぁ…」

 『それは私も感じてるわ――クラウンは狡賢く我侭放題な()

 「透視ってそこまで視えるんだ」

 『十分気を付ける事ね。彼女は最上階に居るわ』

 「ゲームの基本だよな。最上階で待ち受けるなんてね」

 「なら待ち受ける道化を倒してデータを回収するぞ」

 

 建物内は特殊な仕掛け………否、特殊なルールが設けられていた。

 兵士達は色違いの覆面を装備しているのだが、区域別に色が指定されている為、別の色の区域に足を踏み入れると問答無用で射殺されるようだ。

 これがクラウンが用意したトラップなのだろう。

 いや、嫌がらせに近いか…。

 クラウンはゲーム(・・・)を成立させるように建物内に着替えを用意してくれてはいた。 

 しかしこのゲームは一人用らしく、一人分しか用意されてはいなかった。

 馬鹿正直に乗るなら覆面なしの片方を助けながら先に進むか、一人だけ先行するかのどちらかだ。

 先攻するならトラップに嗅覚が利くバットが行くべきだろう。

 そう考えたスネークだがバットは真っ向から拒否した。

 

 「俺はゆっくり行くよ。もう少し性格…というかクラウンの狩場の感覚を掴みたいし」

 『確かにその方が良さそうね。何かその建物からは嫌な感じがするのよ。下手に彼女のルールを破ると何が起こるか解らないし、覆面なしで進むのならバットの方が適任だしね。それとも一人は寂しいのおじさん?』

 「いや、ソロには慣れている」

 

 バットとアリスの言葉を受けてスネークは一人先行する事に…。

 区画ごとの色に合わせて覆面を変えればすんなりと突破は可能であり、途中検索した端末情報により隠れ部屋がある事が判明。

 手持ちの爆薬で壁を吹き飛ばした先にはエレベーターがあった。

 どうも隠し部屋というよりはこのエレベーターを隠していたようである。

 なんにしてもこれで上階へと向かう事が出来る。

 

 「ロジャー、壁を破壊した先にエレベーターを発見」

 『分かった。バットにも伝え……なんだこれは?』

 「どうした?」

 『衛星からの映像に君の姿が…エレベーターの前に居るんだな?』

 「あぁ…何処からかのハッキングか?」

 『解らない。少しこち…ぁ……』

 「ロジャー?ロジャー!?」

 

 どうも何かアクシデントが発生しているのは確からしい。

 無線も微妙に乱れ、ロジャーの声が聞き取れ辛い。

 

 「―――ッ!?」

 

 急な頭痛…。

 それも今までの比にならないほどの激痛に頭を抑えたまま膝をつく。

 一体どうしたというのだと痛みに耐えているとエレベーターの扉が開き、中には“ソリッド・スネーク(自分)”が乗っていた。

 瓜二つの相手に対してスネークはクラウンだと当たりを付ける。

 何しろロジャーからの情報ではクラウンは変装は得意と聞いている。

 

 「貴様…クラウンか!俺に変装を…」

 「クラウン?…俺はハンス・ディヴィスだ」

 「ハンス・ディヴィス!?フレミングが言っていた…」

 

 まさかの名に驚くもそれ以上にまだ頭痛が響く。

 ハンスは怪訝な顔をしながらスネークを見つめる。

 

 「フレミングの知り合いか?いや、お前は誰だ?」

 「ハンス、いや、クラウン!メタルギアは何処だ!!」

 「そうだ。お前はスネーク(・・・・・・・)だ……ならお前に私は撃てやしない。自分を撃つ(・・・・・)事など出来やしまい」

 「何を馬鹿な事を…」

 「(ハンス)お前(スネーク)で。お前(スネーク)(ハンス)なのだから。そう私達(・・)でネオテニーやメタルギアを創り出したのだ」

 

 こいつは何を言っている?

 頭痛に苛まれながらも銃口を向けるスネークはハンスの言葉に戸惑いとなんとも言えない悪寒のようなものを感じた。

 そこへ無線機よりロジャーからの通信が入る。

 

 『スネーク。どうしたんだ?』

 「どうしたもなにもハンスを発見。これより拘束する」

 『君は何を言っているんだ?誰も居ないじゃないか(・・・・・・・・・・)?』

 「…なんだと?」

 

 本部には映像が送られている。

 その映像は指示や情報を与えるロジャーも閲覧していた。

 目の前にハンス、またはクラウンが居るというのにロジャーは誰もいない(映っていない)という。

 なら俺が見ているのは一体なんだというんだ?

 疑問と頭痛に苛まれるスネークの横をハンスは「また会おう」とだけ言い残して通り過ぎていった。

 

 『スネーク…大丈夫か?』

 「…あぁ、大丈夫だ」

 

 ロジャーもであるがスネーク自身疑念が深まり、心の底から大丈夫と言い切る事は難しくなってきた。

 それでも自身はアイツではないと否定するほかない。

 少しその場で待機しているとバットが合流して上階へと向かう。

 短い時間の移動ではあったが今はその短い間だけの沈黙も重く感じた…。

 そして最上階へと到着して開いた扉の先には予想外な光景が広がっていた。

 

 明るい配色が使われた小さな街並みが一室いっぱいに表現されており、その間をマス目が縦横無尽にかけていた。

 所々赤と青のマス目がある事から何かしらの特殊マスであろう。

 

 「ボードゲーム?」

 「今度はこれで遊べってか?いやはや意外と優しいんだか(・・・・・・)

 「優しい?」

 「だってゲームでしょ?下の感じからクラウンはルールを設けている。それもゲームマスターが一方的に勝つようなムリゲーではなく、挑戦者に勝ち筋をちゃんと残している。クリアは出来るように組んであるんだから」

 「本当に優しいなんて言うんだったら周囲に地雷は敷設しないだろう」

 「ルールは守れって事でしょうに」

 『気を付けてね。それがゲームというのなら対戦相手――プレイヤーもいるでしょうから』

 「居るね。クラウンとは違う(・・・・・・・・)ようだけど」

 

 バットが振り向いた先はちょっとした高所になっていて、そこにはクラウンが変装していたテリコの姿があった。

 向こうはこちらに警戒心剥き出しで銃を構えている。

 

 「レオーネの部隊とは制服が違うようね」

 「テリコ…いや、どっちだ」

 「私を知っているの?どちらにせよ貴方を倒さないとここから出られない。戦うしか…」

 「なら一対一でどうぞ。俺抜けるから」

 「「はぁ!?」」

 

 クラウンによる変装か本物か…。

 審議がつかない状況に置いて、バットの一言にスネークもテリコも驚きの声を漏らす。

 だがバットはそれに答える事無く匍匐前進しながら地雷を拾い、マス目の場外へと出て行ってしまった。

 向こうとしては怪しくも二対一という数的不利が解消されるなら有難いという所だろう。

 

 だがスネークにとっては非常に不味い問題に直面する事となった。

 単純に戦力が低下したというだけでなく、テリコは閉じ込められてからこのマップを調べてルールを理解しているらしい。

 こちらはルールの詳細が解らない上に、相手が本物だった場合は得るものが大きいので本気では戦い辛い。

 一応ロジャーは任務を優先して構わない(・・・・)と判断したが、本心ではないのは理解している。

 

 最初こそ苦戦を強いられつつもプレイしていると身体データにおかしな点が見受けられ、それをCHAINと状況からロジャーが解き明かしてくれた。

 どうも色付きのマスには身体に影響を及ぼす作用があるらしく、青は身体を活性化させて防御力の向上で赤は攻撃力、緑は反応速度で多くが黄色いマスの為に見辛いが黄色のパネルは装備品のリフレッシュらしい…。

 ゲームでもあるまいしバフ効果云々信じきれるようなものではないが、事実効果はしっかりと現れている。

 このままテリコをダウン(・・・)させようとしたところで制止が入った。

 

 「もう戦わなくて良いよ」

 

 そう言ったのは今までゲームに参加しなかったバットだった。

 何をしていたのかと思いはしたが、戦闘に集中していたが為に意識から外してしまっていた。

 どうもそれはテリコも同様だったようでバットが現れた事に面食らった様子である。

 

 「戦わなくて良いってどうゆう事よ」

 「色々仕掛けがあったんで解除しときました。時間もたっぷりありましたんで」

 「お前…ゲームのルールはどうした?」

 「プレイヤーとして純粋にゲームを楽しむ。間違っていないですけど中には抜け道を探す遊び心があっても良いと思いませんか?」

 「捻くれてるわね…」

 

 スネークと違ってテリコは疑いながらもバットの様子に毒気が抜かれたらしく銃を降ろした。

 こちらも銃を降ろして恐る恐るマスから離れるも何も起こらない。

 どうもバットはマップしたに何か仕掛けがあるのを察知して仕掛けられていた爆弾を解除。

 次に出入り口の開閉システムを弄ったらしい。

 

 「とりあえずここから脱出しよう」

 「疑っているのは分かるが…ここに残るか?」

 「…行くわよ」

 

 スネークにバット、それとまだ本物の確証を得れないテリコと一室を脱出し、エレベーターで下層まで降りる。

 周囲に敵兵もない事から警戒はしたままにまずはテリコが本物か贋者かを区別する必要がある。

 いい加減に本人だと決めつけてまたしてやられては溜まったもんじゃない。

 かといってラ・クラウンは変装の名人でそう簡単にボロを出す筈もなく、スネークとロジャーは判定は難しいと頭を悩ませるがアリスの提案によってそれらは解決した。

 テリコに自身しか知らない事を語らせて、それをアリスが覗いて(・・・)真実か虚偽かを見抜くというのだ。

 ロジャーにより説明を受けたテリコも納得し、自分しか知らない情報を口にする。

 内容は父親コリン・フリードマンの事件についてであった。

 コリン・フリードマンはテロ組織の首謀者として嫌疑がかけられた人物で、確定付ける証拠が大量に挙げられたことで世間から多くのバッシングを受け、マンハッタンのホテルで頭を撃ち抜き自殺した…と言うのが公の事実とされている(・・・・・・・・)

 ホテルでテリコは遺書を発見したのだがそれが不可解なのだ。

 今まで見た覚えのないバックに入っていたパソコンで打たれた遺書。

 他にも口紅が付いた吸い殻が灰皿に残り、室内には花の匂いが漂っていた。

 元々父を信じて何者かが嵌めたのだと疑っていたテリコは徹底的に調べ上げ、父親を殺した“六人の探究者”という地下社会を牛耳っている為政者達五名の名前まで突き止める事が出来たという。

 

 覗いていたアリスはテリコの悲しみや怒りを感じ、涙を流して彼女が本物である事を証言した。

 話している間はずっと黙って眺めていたバットは“花の香”というワードを聞いてから眉を潜める。

 

 「花の匂い…ねぇ」

 『何か気になる点でもあるのか?』

 「いや、ちょっと気になっただけ」

 「…そう言えばバット。お前確かあの部屋でテリコが現れた時にクラウンじゃないと断言したな」

 「嫌でも解るよ。あんだけ香水の香り撒かれたらさ。嗅覚も相手を見つけるのに必要なんだよ」

 「確かに強かったな。しかし消臭剤を使えば…」

 「あんだけ濃かったんだ。そう簡単に落とせるかよ」

 『それは上々ね』

 『どういう意味だアリス?』

 『簡単な事よ。ラ・クラウンの接近はバットが判るのだから』

 「俺はレーダーかなんかか?」

 「ふっ、その犬並みに優れた嗅覚を頼りにさせて貰おう」

 

 疑心暗鬼に陥っているスネークとロジャー、親の仇を狙うテリコに正体不明で不審なゴースト。

 現場も本部、味方も敵も何かしら抱えて中々に簡単なゲームはさせてくれないらしい。

 複数の思惑を孕みつつスネークにバット、テリコの三人はは進んでいく。

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:花より団子

 

 アリスはミネットより爆弾発見の報を待っていた。

 ハイジャックに研究所の二件に携わる大変さにため息を漏らす。

 それでも熟さなければならないし、ゴーストのおかげで幾らか負担も減ったので有難い。

 

 …ただそのゴーストも良い人という訳ではなさそうだ。

 ロジャーも間抜けではない。

 すでに本部内より幾つかの無線が飛び交っている事に気付いており、その発信している人物がゴーストであると断定している。

 内容や誰に無線しているかまでは把握できていないが、何かをしている事は解り切っている。

 ゲリーがフレミングであったり、テリコに化けたラ・クラウン。さらには怪しげなスネークの言動もあって疑心暗鬼が増してきてはいる。

 ゴーストがレオーネ部隊、またはフレミングやBEAGLEの関係者で情報を流している可能性だってある訳だ。

 しかしながら疑いだけでゴーストをどうにかする権限はロジャーには存在しない。

 なにせ彼はロジャーより上から送られた人物なのだから。

 疑いを掛けるにも証拠が必要なのである。

 内密にロジャーより透視を頼まれたが、私にゴーストを視る事が叶わず断念するほかなく、今のところ疑うを向けるだけで留まっている。

 

 「どうかしたのかい?」

 「別に…」

 

 ミネットの様子を無線で窺っている合間、軽くパンケーキを焼いて持って来たゴーストは、空いていた席に腰かけて銃の手入れを行っている。

 装備しているのはレッグホルスターに納められた片手用に短身に改良した“ウィンチェスターM1873”だけかと思っていたのだけれど、他にもモーゼルC96も持っていたようで綺麗に磨いている所であった。

 様子からかなり愛着はあるんだろうけど、見た目がカウボーイのような衣装だからか妙にしっくりこない。

 

 「リボルバーじゃないのね」

 「持ってはいたんだけど、今は相棒の元に居るんだ」

 「ふぅん」

 

 声を変えているとは言え雰囲気から懐かしんでいるように思える。

 ゴーストの情報は無理でも話に乗って戦友の名前でも漏らしてくれたなら何者かを探る手掛かりになるだろう。

 そう思って懐かしさに浸っている間に話を振ろうとするも先に遮られて折角の機会を逃してしまった。

 

 「アリスって銃を撃った事ある?」

 「ないわよ。それが何?」

 

 短く答えるとゴーストはコートの内側から一丁の拳銃を取り出した。

 それはモーゼルC96であった。

 手入れしている分と合わせるとモーゼルC96を二丁も所持していた事になる。

 どれだけ好きなんだかと呆れたように呟く。

 

 「どれだけ好きなのよ」

 「これは“アストラM900”。装弾数は十発。護身用に持っていなよ」

 「別に撃つ事ないわ」

 「護身用だよ。何があるか解らないからさ」

 

 ゴーストの言葉に眉を潜める。

 この司令部で銃を使う事態など限られるが、前線である研究所から遠く離れたここがそんな状況に追い込まれるとなると相当な事態である。

 護身用かどうかは別にして一応受け取って置く。

 

 「安全装置分かる?」

 「分かんないわよ。使った事ないって言ったでしょ」

 「安全装置と撃ち方だけ教えとくよ」

 

 パンケーキを食べ終えてから教えてもらったアリスは、ゴーストから貰ったアストラM900を何気なく構える。

 別段撃ってみたいとか言うつもりはないけれど、何だろう…愛着とでも言えば良いのか。

 なんか手にして眺めていると可愛く見えてきた。

 

 手持ち無沙汰もあってアストラM900を触っていたアリスであったが、ロジャーがゴーストを警戒してか持っていたパンケーキを理由を付けて断った事で視線はそちらに持っていかれる。

 疑わしい相手からの差し入れを警戒して口を付けない。

 賢明な判断ではあるけれど残ったパンケーキは勿体ないじゃない。

 

 まったく、仕方ないわね…。

 先ほどまでアストラM900を眺めていたというのに、アリスは二枚目となるパンケーキに釘付けとなるのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

BEAGLEが生み出した者…

 本物のテリコと合流して得た情報は大きかった。

 テリコはラ・クラウンが“フレミングがメタルギアを起動させる前にFARに向かう”事を口にしていたらしく、さらにFAR

に向かうには北に吊り橋があるという情報を持っていたのだ。

 これで三つ巴…否、ゲリー(フレミング)ラ・クラウン(BEAGLE側)、ハイジャック犯に要求された自分達にレオーネ隊とメタルギアを巡った四つ巴(・・・)の争奪戦は“フレミングの集会場”であるFAR(最奥部)へ持ち込まれる事に…。

 

 フレミングもクラウンは勿論だがレオーネ隊も向かっている筈。

 となればこれ以上遅れを取る訳にはいかない。

 状況説明をロジャーより受けたテリコの案内で吊り橋へと辿り着いた一行であったが、無人航空機(U.A.V.)サイファーが何機も警戒にあたっている為に手持ちの銃火器では狙撃は難しい。

 遮蔽物があれば別であるが橋の上ではそんな場所などある筈もなく、狙撃銃があると思われる武器庫に戻る事になった。

 

 武器庫は厳戒態勢が取られていたのだけど、難なく保管されていたセミオートマチック狙撃銃“PSG-1”。しかも弾薬も確保する事が出来た。

 確かに厳戒態勢は敷かれていたが、侵入者に警戒するよりも身内を疑って(・・・・・・)それどころではなくなっていた。

 侵入した直後に武器庫内で銃撃戦が発生。

 勿論スネーク達がバレた訳でも発砲した訳でもなく、レオーネ隊員同士での撃ち合いである。

 

 ロジャー曰く、テリコ達HRT潜入部隊やスネークとバット以外に部隊の派遣はされていないようだ。

 そうなると内輪揉めという事に成るが、こちらとしては敵兵を捕縛して聞き出す時間も勿体ない。

 なんにしても敵が混乱しているのを好機と見て、今の内だというスネークの意見を聞いて情報収集よりも混乱に乗じて狙撃銃を手にする事が出来た。

 

 「やっぱりライフルがしっくりくるわね」

 「なら、そっちが使うか?」

 

 PSG-1の握り心地を確かめていたテリコの一言に、バットがどうする?と問いかける。

 少しばかり迷ったテリコであるも首を横に振って断った。

 

 「さすがに本職が居るのに奪う訳にはいかないでしょ。それも英雄(・・)のパートナーの」

 「ハードルが高いんだが…。なぁ、英雄(・・)さん」

 「お前ら…いや、良い……」

 

 ため息交じりに抗議しようとするも言ったところで無駄なので言葉を呑み込む。

 ロジャーより状況説明を受けたテリコは現状を理解すると同時に、目の前に居たスネークがロジャーが話してくれた憧れの英雄である事に驚き喜んでいた。

 ただ憧れの人物とであった…だけならそこまででもなかったろう。

 しかし伝説の兵士であるソリッド・スネーク(憧れの英雄)と戦場で組むというのは心強いものがある。

 

 だが本人は“憧れ”や“英雄”と呼ばれるのは居心地が悪く、テリコは良いとしてもバットは悪戯半分に口にしているので質が悪い。

 内心覚えていろよと毒づく。

 丁度その時、無線機から音が聞こえ始めた。

 誰だと周波数を見るも知らないもので、鮮明になりつつあるも雑音塗れな音声に不気味さが漂う。

 今でさえ疑心暗鬼もあって、これ以上爆弾(問題)は抱え込みたくはないものだ。

 

 「誰だお前は?」

 『…相棒(バディ)と名乗っておこう。時間がないので端的に言おう。レオーネと組めスネーク』

 「なに?」

 

 変声機を使っているのか男性か女性かも判断がつかない。

 一瞬これも幻覚の類かと怪しむも、音を漏らすとバットもテリコも聞こえているのが様子から分かる。

 

 「急に敵と組めと言われても“はい、そうですか”といくものか。それも名前すら名乗らぬ奴のいう事なんか」

 『時間がないと言っただろう。レオーネの部隊が全滅するぞ』

 「願ったり叶ったりじゃない」

 『解ってないな。彼らは(・・・)“招かれざる客”だ』

 「つまり敵の敵は味方…とは言わないが利用しろという事か?」

 『分かるのが居るじゃないか。君達三人でACUA(アキュア)兵を相手にする事に成るぞ』

 「「「ACUA兵?」」」

 『個別の意思や感情を持たず、指示に忠実で恐ろしい程の統率力を誇る。僅かでも手駒が欲しいならレオーネと組む事だ』

 

 そう告げると無線は切れた。

 変声機を使っていたが雰囲気からフレミングではない。

 テリコが言うには幼さがあったという。

 なんにしてもこちらで探るのは限度がある。

 そこでアリスの能力に頼るしかない訳だ。

 

 「アリスは何か分かったか?」

 『いや、アリスは席を外していてな』

 

 そうかと呟いているとバットが険しい顔をしていた。

 やけに考え込む仕草に気になり、声を掛けようとしたスネークより先にテリコが問いかける。

 

 「何か気になる事でも?」

 「…今さっきの相手…彼らは(・・・)って言ってたよな?」

 「確かに言ったな。それが?」

 「レオーネが招かれざる客と称すのはこの場合フレミングやBEAGLEか俺ら。だけどBEAGLEならば招かれざる客はレオーネだけじゃない。俺達も(・・・)招かれざる客だ。彼ら()ではなく彼ら()の筈だ」

 「えっと、それってもしかして…」

 「内通者か…」

 「それもどっちかは不明な…」

 

 察した三人の間に沈黙が漂う。

 この場合、スネーク達が招かれざる客とカウントしないとなれば、あの無線の主はこちら側の面子の中にいるだろう。

 問題としてはそう簡単に決めつけれないという点だ。

 確かにBEAGLEにとっては邪魔ものでも、フレミング側が自分達の目的の為に自由に動けるように招いたのだとしたら…。

 いや、潜入する事になったきっかけを考えたのならハイジャック犯の方が可能性が高いか。

 飛躍し過ぎな憶測かも知れないが、今回は良く解からない事が多すぎる。

 もしかしたらと考えが止まらない。

 他にもレオーネの罠…も考えられない事もないが、奴にしては回りくど過ぎる気もする。

 

 最悪なケースとしてはハイジャック犯、またはフレミング側とこちらの誰かが繋がっている可能性があるという事。

 そう考えると真っ先に疑わしいのはゴーストだ。

 

 「ゴーストは?奴はそこに居るのか?」

 『奴ならアリスが出て行った少し後に出て行ったな』

 「ロジャー、ゴーストを見張ってくれ。何処のかは分からんがスパイの可能性がある」

 『―――ッ!?…解った。こちらでも調べておく』

 「頼む」

 

 疑わしいゴーストの一件はロジャーに任せ、スネーク達は吊り橋へと急ぐ。

 

 

 

 

 一方でアリスはハイジャックされている326便の方へと無線していた。

 ミネットは機内に仕掛けられた爆弾を必死に探していた。

 ド素人の少女にテロリストが仕掛けた爆弾を見つけて対処しろというのも無理な話。

 そのためにアリスが居る。

 気を張りながら見守るアリスは僅かばかり感情で声色が昂った。

 

 「視えた!」

 『何処に…何処にあるの?』

 「落ち着いて。爆弾は貨物室の壁…正確には断熱壁の中に埋め込まれてる」

 『壁の中!?』

 

 さすがに壁の中に潜まされた物を探すのは困難を通り過ぎて不可能だ。

 アリスは今居るミネットの位置から爆弾が隠されている方へと誘導する。

 爆弾と聞いて恐る恐る近づいて行き、言っていたように壁に埋め込まれていた爆弾を発見した。

 箱型の部品が連なり、コードがそれらを繋いで点滅する灯りが薄暗い貨物室がぼんやりと浮かぶ。

 

 「十四本のコードの束が露出しているのが見える?」

 『待って!あるにはあったのだけど、どれがどのコードなのか解らないわ…』

 「どういう事?」

 

 彼女は単なる状況で子供。

 爆弾の構造は解らないだろうからどれがどの役割を担うものか判断がつかないのは当然。

 けれどなにか違う感じがして聞き返す。

 

 『飛行機の機器から伸びているコードに紛れているの』

 「そんな…」

 『まだ時間はある?』

 「正直に言うとかなり厳しい。さすがに駄目かも…」

 

 絶望的…。

 コードを読み解いて解除指示を出す事は出来るが、飛行機の配線コードと紛れているのならより危険性が増した。

 切断する配線を間違えれば爆弾が爆発するか、飛行機に致命的な被害が出る可能性が高い。

 それも操縦士が居ない状態で…。

 ハイジャック犯が要求したピュタゴラスを入手していれば交渉の余地もあったかも知れないが、時刻がかなり迫っている以上はそれもまた難しいだろう。

 

 『駄目よアリス。貴方が諦めてしまったら本当にお終いなのよ』

 

 声色から震えているのが解る。

 まだ彼女は諦めていない。

 最初は子供特有の様子に苛立ちが募ったが、まさかそうも(・・・)言われるとは思わなかった。

 

 『私、まだ頑張れるんだから』 

 「………ありがとう」

 『え?』

 「ううん、何でもない――コードの識別から始めましょうか」

 

 アリスはミネットからの稚拙な説明を受けながら読み解いていく。

 頭を使う作業から甘いものか珈琲が欲しい所であるが、生憎とゴーストはロジャーと一緒に居るのだろう(・・・・・・・・・)。 

 室内を一瞥してゴーストの姿がない事にため息を零し、アリスは爆弾解体の為の作業を続ける。

 

 

 

 

 テリコは驚きの余り、遮蔽物もない場所で固まってしまっていた。

 もしも近くに敵兵が居たのなら見つかるばかりか、銃弾を浴びせられていたかも知れない。

 幸いにも周囲には敵兵は居らず、遠くに見える無人航空機(U.A.V.)サイファーは崖底へと破片となって降り注ぐ。

 ロジャーにより語られたスネークの英雄譚(・・・)にはバットの話も含まれていた。

 正確にはスネークに協力した“幼い狙撃兵”として。

 

 「一応聞いてはいたけど…これほどなんて…」

 

 PSG-1でバットは見事狙撃をして見せた。

 自分とてライフルの扱いは慣れている。

 さすがに自分が世界一なんて己惚れてもいないし、部隊の仲間には狙撃の上手い奴は居た。

 だけど自分や上手いと思っていた奴と比べるもおこがましい程に格が違った。

 

 わざわざスコープを外して、暗がりの中から射程範囲ギリギリで次々と素早く撃ち抜いたのだ。

 この距離では装甲をそのまま貫く事は出来ず、繋ぎ目や抜けやすい脆い部位を狙って…。

 バットの狙撃技術に驚くテリコはスネークへと目をやると彼も彼で驚いている様子。

 腕が良いのは知っていたスネークだがあれからまた腕を上げているし、加えて今まではこういう芸当をしなかったのもあって驚いているのである。

 対してバットは決して驕る事も誇る事もしない。

 淡々と撃って、淡々と否定する。

 

 「これぐらいで驚くな。俺の師匠ならもっと早いし上手い」

 「かなりの数のサイファーを一掃しといてこれぐらいって…」

 「…これで英雄のパートナーとしての仕事は出来たかな?」

 「いい加減にしてくれ。それより来たぞ」

 

 橋の上を片付けた事で気にせずに堂々と通れるようになった。

 そこを渡り始めたのはテリコでもスネークでもバットでもなく、対岸からレオーネが部下数名を率いて渡って来たのだ。

 敵意を抱くどころか表情や雰囲気からして疲弊しているようだ。

 

 「部隊は半ば壊滅状態で戦闘可能な者は僅か……無様を嗤うが良い…」

 「嗤えるかよ。誰にやられた?」

 「ACUA兵…ACUAを投与された兵士にだ!」

 

 レオーネは思い出して忌々しそうに語る。

 この研究所では主に二つの研究をBEAGLEより指示されていた。

 一つがある程度投与すれば自我を崩壊させ、ネオテニー(・・・・・)の命令にのみ従う新薬“ACUA”。

 もう一つはACUAを投与した者を操るネオテニーの創出(・・)

 それもネオテニーというのはシステムではなく人物で、世界各国から攫った大小問わずにサイ能力を秘めた子供達をあらゆる手段を用いて選別(・・・・・・・・・・・・)されたという。

 フレミングが言っていた“孤独の儀式”はその最終戦別であり、内容は残った子供達住人での殺し合いだという…。

 

 絶句するテリコとバット。

 スネークは感情的になるのを避け、情報として処理して問いかける。

 

 「そのネオテニーがフレミングが言っていた“No.16”…か」

 「あぁ、だが“No.16”は三年前にここを脱走している。今まさにハイジャックしてBEAGLEに復讐を果たさんとしている」

 「…そうなるとピュタゴラス…メタルギアは」

 「奴の目指す物ではないだろう。ここの研究員から聞き出した事から目的は復讐。それもBEAGLEにフレミング、それとハンスに対するな」

 

 フレミングが口にして単語が何なのかの謎は解けたが、新たな謎が追加され解けない謎も残っている。

 復讐をするのであれば何故ACUA兵を動かした。

 レオーネに好きにさせて居た方が復讐になるだろうに…。

 そしてその復讐対象であるハンスの情報はレオーネも職員から聞き出せなかったとの事。

 

 テリコは情報に耳を傾けながら仲間の仇であるレオーネに警戒は解かない。

 今後を考えると手を組むのが最良かも知れないが、無理であるならば敵として排除しなければならない。

 バットも同様の考えなのか様子見と言った雰囲気であるも銃をいつでも向けれるように待機している。

 

 ある程度情報を語ったレオーネは渋い表情をし、少しばかり沈黙した後にレオーネは提案した。

 

 「スネーク。俺と手を組まないか?」

 

 まさか向こうから申し出されるとは思わなかっただけに驚いてしまう。

 相手に言わせるようにして良い条件を取り付ける交渉もあるだろうに、それをしないほどに状況はひっ迫しているという事だろう。

 同時に時間がないこちらとて同じことであるが…。

 

 「お前たちはピュタゴラスが欲しいのだろう。出来れば俺も欲しかったが最悪データでも入手出来れば良い」

 「メタルギアを製造する気か?」

 「違う。俺達はBEAGLEが潰せれればそれでいいんだ」

 「メリットは?」

 「お前たちはFARに向かっているのだろう。お前達だけでは絶対にFARには潜入出来ん。だが、小勢となったが俺達と俺が持つ情報があれば可能だ」

  

 どちらも目的の為にはFARに行かねばならず、情報があっても自分達だけでは辿り付けぬと分かって提案するレオーネ。

 同行するのが一番と解っていても早々二つ返事をする訳にも行かない。

 

 「その情報は大丈夫なのか?」

 「問題ない。俺達で得た情報に加えて協力者(・・・)の情報と合わせて信頼性は高いと確信している」

 「協力者?まさか相棒(バディ)とか言う奴か?」

 「バディ?いや、俺達に協力している奴は“モルフォ蝶(・・・・・)”と名乗っていたが」

 「また蝶…か」

 

 アゲハ蝶と口にしたラ・クラウンが過る。

 多少ながら不安はあるが互いの利害の一致から協力する事が決まり、獅子(レオーネ)を共にFARに向かうのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蠢く事態…

 「黄色、青の順番に切って」

 『分かったわ』

 

 326便貨物室内でミネットはアリスの指示の通りに爆弾の解体作業を行っていた。

 パチリ、パチリとコードを一つ切断する度にホッと安堵の吐息を漏らす。

 配線を間違えれば爆発するかも知れないという恐怖の中、ミネットはよくやってくれている。

 否、ただ切断するだけでなく細かな作業も挟むも指先が器用なのか難なく終えて行く事に感心してしまう。

 次の指示は少し手順を間違えれば非常に厄介な事に成るのだが難なくやり遂げた。

 

 『…出来たわ』

 「意外と器用なのね。何かやっていたの?」

 『ピアノをやっていたの。ピアノは大好きでお父さんにも上手だねって褒められたの』

 「そう…」

 

 残り時間は僅か。

 それでも下手に急かして間違いを起こせば一巻の終わり。

 合間合間に長話にならない程度に会話を混ぜながら指示を出し続ける。

 アクシデントらしいアクシデントも起きず、解除は最終段階までこぎつけた。

 

 「これで最後よ。これで爆弾を解体できるはず…」

 

 後は黒と白のコードの外装を剥いで、繋げれば赤いコードを切断して終いだ(・・・)

 手順の説明をしたアリスにミネットはぽつりと言葉を零す。

 

 『ねぇ、アリス…無事に解放されたら私のピアノ聞いてくれる?』

 「…え?」

 『聞いてほしいの。貴方と会ってお話がしたい…』

 「約束するわ。それにゴーストも待ってるわ。パーティの準備してね」

 『ふふ、チーズたっぷりのミートパイに生クリームとアイスをふんだんに使ったパフェ……よね』

 「えぇ、だから絶対に爆弾を解体しましょう」

 

 そう、もうすぐ終わる。

 二つは(黒と白のコード)一つに、大本(赤のコード)抹消(切断)する…。

 切断しようとするミネットの手が止まる。

 まさかここまで来て臆したのだろうか。

 

 「時間が無いわミネット。早く切るのよ」

 『ずっと感じていたの…貴方、哀しい事があったのね』

 

 唐突な一言に思わず口を閉ざしてしまう。

 動揺して言葉が出ずに、

 

 

 『自分のせいで大切な誰かを失った…だから自分を責めている。強く激しく自身を傷つけるように…』

 「ミネット、貴方も私と同じで()があるの?」

 『ううん、ただの女の勘よ…』

 

 根拠も何も無い勘。

 だけどアリスには思い当たる節がある。

 思い起こす出来事がある。

 そしてその勘は酷く的を射ていた…。

 沈黙するしかなかったアリスにミネットは優しい口調で続ける。

 

 『でも、その子(・・・)は貴方の事を恨んでないと思う。仕方がない、仕方がなかったんだよ―――そう言っている気がする』

 「貴方、本当にミネットよね?」

 

 あまりの事に素で問いかけてしまうも、ミネットは小首を傾げるばかり。

 そんな様子を感じ取りながらアリスは迷う(・・)。 

 

 『黒と白を繋げるわね?』

 「―――ッ、駄目!!」

 

 指示通りに繋ごうとしたミネットを咄嗟に怒鳴るように制止した。

 

 「繋げずに赤だけを切断して…」

 

 急な変更に戸惑いながらもミネットは赤のコードを切った。

 結果どうなったかを確認もせず、背もたれに凭れたアリスは仰ぎながら「二つは一つには決してなれない…」と一人呟く…。

 

 

 

 

 

 

 フレミング(ゲリー)が向かい、ピュタゴラス(メタルギア)が置かれている目的地“FAR”はフレミングにとって最重要施設。

 警備システムも厳重どころか許可が無ければ入る事すら叶わない。

 レオーネ曰く、警備システムを切るには北東部にある火力発電所の電源を落とす必要がある。

 話を聞いた時にはなんて乱暴で安直な案だろうかと一同は思った。

 なにせシステムが厳重なら電源落としちまおうと言い出しているのだから。

 しかし有効な手段だ。

 精密機器だろうと家電製品であろうと電源が無ければただの鉄の塊。

 技術の向上によって利便性や効率を上げてきた結果、現代の人類は電気無しでは生活もままならぬ。

 進化しているのか退化しているんだか…。

 デジタルに対抗するにはアナログとは皮肉だなとスネークは笑う。

 

 不思議なのは本作戦の指揮官であるロジャーがあっさりと向こうからの共闘の提案を呑んだ事である。

 一応無線機で話してはいたがロジャーが名乗ったのに対して「初めましてだな…ロジャーさん」とレオーネが返しただけ。

 それしか手はないのは理解出来たがどうも腑に落ちない…。

 

 レオーネも自分達でやりたいとは思ったが、兵力が削られ過ぎた事で火力発電所とFARを制圧しながらACUA兵の相手をするのは不可能だと判断したのだ。

 協力者である“モルフォ蝶”が繋ぎ(・・)を付けてくれればシステムに介入出来るらしいのだが、軍事施設や研究所というのは秘匿性を維持する為に外部のネットワークを遮断しているので、この島に居ない“モルフォ蝶”では手が出せないのである。

 ならば繋ぎ(・・)を作ろうとすればFAR内に作らねばならないという堂々巡り…。

 

 そこで火力発電所の電源を落とすのだが、当然ながら予備電源が存在する。

 電源が落ちて五分もすると予備電源が起動して復旧してしまう。

 さすがのスネーク達でも火力発電所からFARまで行き、正面ゲートを開ける為にパスワードを打ち込むのを五分以内に熟すなど出来る筈がない。

 もし出来るとすれば特殊能力者かバットの師匠(クワイエット)ぐらいなものだろう。

 

 兎も角、この作戦を成功させるには二手に別れるしかなく、スネーク達は火力発電所の電力を落とし、FAR前で待機しているレオーネ隊がパスワードを入れて侵入を果たす。

 その為にもスネークにバット、テリコの三名が火力発電所――それも最深部の管制室へと向かう。

 発電所内部には仕掛けを施していない…なんてことはなく、床に高圧電流が流されていて配電盤を遠隔操作可能なニキータミサイルやリモコンミサイルで破壊したり、二手に別れて交互に端末を操作しなければ進めないなどなど。

 手間はかかったが突破出来ないほどではなかった。

 

 「本当にここにメタルギアがあるのか…」

 

 通路を進みながらふとした疑問を口にする。

 核搭載二足歩行戦車―――“メタルギア”。

 悪路だろうと自由自在に駆け巡り、高い火力と装甲を持ち合わせたまさに動く要塞。

 その上、移動する核弾頭発射装置となればステルス性も高い。

 非常に危険極まりない兵器であるが、これを易々と手にする事は困難を極める。

 まず原点である核弾頭技術を有していなければ話にならないし、メタルギア開発など最先端の技術力と莫大な資金が無ければ実現する事はない。

 

 『――ある。俺達はその事実を掴んだからこそここにいるのだ』

 

 無線を通してレオーネが答えた。

 施設内の情報はこちらよりレオーネ達の方が詳しいので、無線で指示や情報を受けていたのだ。

 

 『まだ調査中だがな。ここにあるのは試作機(・・・)…いや、実験機(・・・)らしい』

 「実験機?BEAGLEだけで開発を?」

 『そこだ。メタルギアなんぞ俺達みたいな連中が噂で名前は知っていても、詳細なんて知る者なんて極僅か。違うな、今や灰となって資料すら残ってないのだろう?』

 

 当事者である俺達への問い。

 軍を抜けたとは言え機密扱いの話であるのは違いない。

 だからあえて無言で返すと理解しては小さく笑い声が聞こえた。

 

 『モルフォ蝶が探っている過程だが、開発自体にはBEAGLE以外にも関わっている連中が居るとの事だ』

 

 関わった連中と言われてドラゴ・ペトロヴィッチ・マッドナーを思い浮かべるが、彼はパイソンの手引きで知り合いに匿われているので多分関係が無い筈だ。

 どんな相手かは知らないがあのパイソンが信じて預けたのなら安心できる者なのだろう。

 であるならば協力する組織と言うのが気になるところである。

 

 「調べているのか?その協力している連中の事は」

 『いや、そちらは俺達の目標じゃない。俺達はあくまでBEAGLEだ。そっちはモルフォ蝶の目標だからな』

 「そうか…ところで気になっていたんだが、BEAGLEと何があった?」

 

 レオーネの部隊は合衆国に敵対しているとロジャーから説明を受けて、対抗する力(メタルギア)を欲してこの研究所を襲撃したと思い込んでいたが、どうも合衆国に対するというよりBEAGLEに対しての行動に見えてならない。

 実際本人もそのつもりであり、スネークの問いに少し口を噤んでから語り始めた。

 

 『我々はモロニの内戦に参入した。反政府組織に雇われてな。幾つもの紛争を経て状況はこちらが有利だったんだが、試験的に投入されたACUA兵によって瞬く間に各部隊は壊滅。戦線は著しく奴らに突破されていった…。残ったのは俺らの部隊と雇用主の組織のみ。そこで内戦は終結した…』

 「終結した?」

 『後で判ったんだが俺らを雇った組織はBEAGLE傘下でな。反政府側だけでは長く紛争を行えず、利益を得れないと分かって俺達を雇った。奴らにまんまと踊らされたという訳だ』

 

 ギリィと悔しさからの歯軋りが無線機越しに聞こえてきた。

 声色には怒気というより怨念が宿っているかのように重々しい。

 

 『それもだ。BEAGLEは合衆国の要人によって統率されている事も判明したんだ。解るかスネーク!俺達はただ踊らされただけではない。敵対している合衆国によって都合の良いように操られたのだ!!俺も含めて部下達も腸が煮えくり返りそうだったよ。そこにNo.16によって…』

 

 そこまで口にしたレオーネは大きく息を吐き出すと口を閉ざした。

 こちらとしても返す言葉もなく、無言のまま何とか管制室へと辿り着いた。

 

 「後は壊せば良いんだっけ?」

 「さすがに手持ちの装備だけじゃ無理よ。電源を落としましょう」

 「バットもテリコもふざけてないで手伝え」

 

 入った矢先に何か言い出したバットに一言入れて操作盤を調べる。

 テリコは私はふざけてませんと抗議の視線を向けるが無視だ。

 勿論手榴弾を取り出していたバットも冗談だとして放置しておこう。

 

 「落とすぞレオーネ!」

 『了解した。こちらは準備出来ている』

 

 返事を聞いて電源を落とす。

 管制室内部も暗くなり、問題なく電源を落とせたことを理解する。

 後はレオーネが予定通りに侵入するだけだ。

 早速報告の無線が届くも、それは思っていた物とは異なっていた…。

 

 『すまない…しくじった…』

 「どうした!?何があったんだ!?」

 『パスワードを書き換えられていた…その上、ACUA兵による待ち伏せで部下が…』

 「お前は無事なのか?」

 『何とか凌いだが無事ではないな…共闘したとはいえ頼める義理はないが、後は……任せた…』

 『おい、レオーネ?レオーネ!!』

 

 無線を聞いていたロジャーが呼びかけるもレオーネは応えず、無線は途切れてしまった。

 そして入れ替わるようにゲリー(フレミング)より無線が入る。

 

 『スネークにバット、それとロジャー。邪魔をするな。俺にはどうしてもやらなければならぬ事があるのだ。少しだけで良い…目を瞑っていてくれ(・・・・・・・・・)

 『そう言う訳にはいかん』

 『頼む。こうするほかないんだ!俺はコンスタンス(・・・・・・)無しでは生きていけない……No.16に命じられるままするしかないのだ…』

 『…娘を人質にされたって事?』

 『――ッ、クソッ!!』

 

 アリスの問いに答える間もなく慌てるようにフレミングは無線を切った。

 微妙にアリスの声色がおかしく、咳払いをしている事から本人曰く風邪をひいたらしく、ゴーストがホットレモネードを用意し始めたようだ。

 なんにしてもここでジッとしておくわけにもいかない。

 周りが暗いので電源を入れたいところだが、スイッチを入れればすぐにつく訳でも無く、酷く労力と時間を食ってしまう。

 そんな余裕はこちらには存在しない。

 

 「戻るぞ!」

 「戻るって言ってもどうやって!?こんな暗がりじゃあ…」

 『サーマルゴーグルはないのか?』

 「残念ながら持っていないな」

 『仕方がない。どうにかして戻るしか…いや、レオーネが失敗した以上は“FAR”の侵入は不可能に…』

 『いえ、他に手はあるわ―――施設の地図に幾つもの線が引かれているの。多分これは下水道じゃないかしら』

 「下水道…もしも使えるなら…」

 『それはこちらで調べる。スネーク達はそこから一刻も早く出るんだ』

 「了解した。急ぐぞバット、テリコ!」

 

 暗闇の中を眼を凝らしながら進む。

 急ぎたい気持ちはあるが下手に突き進んで敵の伏兵にあっては洒落にならない。

 暗闇で見辛く警戒もしないといけないので足取りは自然と遅くなる。

 ようやくもう少しという所で、敵兵の姿を薄っすらと視認した。

 

 「敵か…こんな時に…」

 「BEAGLEのACUA兵かしらね」

 

 視界も利かない状態で数で攻められる上に、向こうは薬物強化され命令を順守しようと動くだけの兵士。

 文字通り死をも厭わない相手に数で押されたら一溜まりもない。

 かといって見逃してくれる筈もなく、出入り口を固められた以上は戦うしかない。

 せめて視界が利けばやり様はあるのだが…。

 

 タッ…タッ…タッ…。

 小さく何かを弾いたような音が響く。

 それもスネークやテリコの近くから発生しているようだ。

 

 「………バット?」

 「お前は何をしている?」

 「ん……舌打ちの反響で敵の位置を探ってる」

 「そんなんで解るの?」

 「もう分かった」

 

 バットはそれだけ言うと定期的に舌打ちをしながら発砲した。

 暗闇の中から小さくうめき声がして、どさりと倒れ込む音が聞こえてきた。

 音の反響で位置を割り出すなどソナーの原理ではあるが、こいつがやるとなんだか…。

 

 「本物の蝙蝠みたいだなお前」

 「馬鹿な事言ってないで手伝ってください。数だけは居るんですから」

 「でも私達は遠くまで見えないし、貴方みたいな技能はないのよ?」

 「指示します。とっととここを抜けますよ」

 

 確かに手早く抜ける必要がある。

 敵に居場所を知られた以上、兵を投入してくるのは間違いないのだから。

 暗がりの中、スネークとテリコはバットから指示される方向へ銃を向け、信頼して引き金を引いては銃声を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 ガスが充満する326便機内にてヴィゴ・ハッチ議員は、隣の席で休んでいるレナ・アローをジッと見つめていた。

 どうしたのだろうと視線を辿れば、首から下げたペンダントに行きつく。

 少しばかり考え込んだヴィゴはため息交じりに口を開いた。

 その時の瞳には落胆と怒りの感情が見て取れる。

 

 「君はいつもそのペンダントを付けていたね」

 「えぇ、以前にも話したように母の形見なので、早々に外せないんです」

 「外せないか。そうだろうな」

 

 鼻を鳴らしながら苛立ちを声色に乗せる。

 一体どうしたのかと不安(・・)緊張(・・)を顔に出さないように表情を繕う。 

 

 「ピンマイクなのだろ、それは」

 

 ピクリと反応を示す。

 どう乗り切ろうか(・・・・・・)と思案するも言葉が詰まった時点で肯定と捉えられ、ヴィゴはやはりなと肩を落とす。

 

 「腹話術と言うのだったか?唇を動かさずに喋り、操っている人形がさも喋っているように見せる…袖のボタンを弄っていたのはそれがマイクのスイッチだから…か?」

 「私はエミリオではなく貴方直轄の部下です。BEAGLEより(・・・・・・・・)その指令を受けております」

 「…私はな。寝たふりをして君を観察していたんだ。私が起きている時はガスで弱っている演技をしておいて、私が寝た途端普通に機内を歩き回っていたじゃないか」

 

 再び口を紡ぐ。

 必死に何か逃げ道はないかと考え込もうとする前に、ヴィゴはひょいと座席下からガスマスクを取り出した。

 それには見覚えがあった。

 なにせ自分が持ち込み、使っていた物なのだから…。

 

 「このガスマスクは君のだろ?」

 

 見せつけるように揺らすガスマスクには脱着の際に着いたであろう、長いブロンドの髪の毛がくっ付いたまま。

 その髪の毛が私のものであるとこの場では証明しようはないが、ヴィゴが寝たふりをして視ていた真実から言い逃れる事は不可能。

 彼がガスマスクを手にしているという事は私が被って歩き回っていたのも当然目撃している事だろう。

 そもそもガスマスクを見つけられた時点で詰んでしまっている。

 何故ならそんな物をわざわざ持ち込んだという事は、乗り込むより前に機内がガスで満たされる事を知っていた証明となる。

 逃げ道も弁解する事も最早不可能。

 否、何故まだ弁解する必要があるというのだろうか。

 

 「エミリオの命令なのか?奴は私をNo.16に差し出そうというのか?――レナ、奴は君が思う様な者ではない。エミリオはBEAGLEの後ろ盾が無ければ理想の一つも語れまい。だが、私は違う。借り物の力ではなく自らの力を行使出来る。私なら君の理想を実現する事が出来る」

 

 強い意思の籠った瞳で見つめ、そう豪語するヴィゴ・ハッチ。

 それは私に手を差し出しているのか、単に生き延びる為に私を掌で躍らせたいのか。

 この人の場合、後者であろう。

 最早そんな事もどうでも良くなってきた。

 

 「―――はぁ…そう。そうなのね」

 

 大きく深いため息を吐き出したレナは、だらりと両腕を下げた。

 指がピクリと動くと伸びている線の先で繋がれたフランシスとエルジーの人形がカタリと動く…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンスの陰…

 ACUA兵には己の意志はなく、命令に忠実である。

 死への恐怖や恐れを抱かず、躊躇いがなく死地へと跳び込み、自身の命を勘定に入れない。

 恐ろしくもあれど人形(・・)ではスネークもバットも倒す事は不可能だ。

 数の差がある上に弾薬にも限りがあるスネーク達に対して、逃げ場のない状況で遮蔽物に身を隠して持久戦に持ち込めれば勝てた筈だった…。

 敵対者の排除を命令されていたACUA兵はただ実行すべく、仲間や自身が撃たれようとただただ突っ込んで来た。

 暗がりでもバットによって方向が丸解りで来ただけ突っ込んで来るACUA兵を殲滅するのに然程時間は掛からなかった。

 広い上に狙撃兵(バット)が居た事も大きい。

 

 火力発電所を抜けてアリスの透視もあってだいたいの位置を把握し、隠された下水への入り口をバット(・・・)探して(に探させて)敷石を退かしてみると、地下へと繋がる穴と降りる為の梯子が姿を現した。

 隠されていた事もあって罠は無いと思いたいが警戒するに越した事はない。

 と言う事で罠にも鼻が利くバットが先行して降りる事に。

 ため息交じりに降りていく様に働かせっぱなしだと理解しているのですまんとだけ小さく謝っておく。

 降りていくバットを見送っていると声が聞こえた。

 

 「…嘆かわしい、いつから人類は淘汰を失った?」

 

 ハンスの声がやけに響く。

 周囲には待機しているテリコしか居らず、ハンスの姿どころか気配すら見当たらない。

 しかし声が確実に聞こえているのだ。

 

 「何事も進化の過程には淘汰(・・)が存在する。しかし人間は法や道徳などルールを設けて安全を設け、弱者を護るように死なぬように手を尽くしている。淘汰の無い人類という“種”にはこれ以上進化は無い。待っているのは退化だけだ」 

 

 頭痛…と言うよりはぼんやりと意識が掠れる。

 ハンスの言葉に吞まれるように混濁してきた…。

 

 「私は淘汰を与える。その為のメタルギアなのだ。No.16の好きにはさせるものか。あれは私の宿願なのだから…」

 「すねー……ク、スネーク!」

 

 テリコの声で我に返ったスネークはどうした?と視線を向けると、バットが下に到着したってと伝えられる。

 そうか、と自分も降りようとするも今度は別の声が聞こえる。

 たださっきと違うのは居る筈のないモノの声ではなく、無線から届いていたという事。

 

 『これ以上進むなスネーク』

 「お前は…」

 『相棒(バディ)だ。これは警告だ。これ以上進むんじゃないスネーク。貴様が核心に触れたら貴様の奥底に眠るハンスが目覚める。スネークとしてのすべてが覆るぞ』

 「スネーク?どうしたの?」

 「前に連絡してきた相棒(バディ)とか言う奴からなんだが…」

 

 忠告しているようなのだが、何処か声色がおかしい。

 おかしいというか苦しそうというか…。

 疑念を抱いていると別の声が入り込む。

 

 『今ならまだ間に合う。引き返せスネーク―――ッ!?』

 『苦しそうね。随分と機内で吸い込んじゃったみたいだけど』

 

 くすくすと笑う声が入り、バディは黙り込んだ。

 状況を知る為にも神経を研ぎ澄ませて音を拾おうとする。

 が、バディの様子は解らず、別の声が言葉をこちらに向けた。

 

 『スネーク。貴方は何が何でも進まなければならない。何故ならメタルギアは核を放ち、どこかの国が消え去るのだから。数十機のジャンボ機も落ち、多くの人の死によって地上に地獄が落ちる』

 「貴様がNo.16か…」

 『進むのよスネーク』

 『…貴様、これで勝ったつもりか?』

 『貴方は恐れて幾つもの偽名を使った。けど駄目よ。貴方とスネークは違う。所詮“名を()る者”なのよ』

 『これだけは言っておく。貴様では私に辿り着けない…』

 『でも、引き摺りだした』

 「おい、バディ!お前はいったい……切れたか」

 

 一体どういう事なんだと謎は増えるも足を止めてばかりもいられない。

 先に降りたバットと合流する為にも梯子を下りて行く。

 

 

 

 『聞こえるかテリコ』

 

 梯子を下りて下水道を進んでいたテリコにロジャーより無線が入る。

 最後尾を担当していただけに先頭を進むバットに間を開けて進むスネークが見えるも、二人共反応した様子が無い事から小声で返事を返す。

 

 「はい」

 『この無線は君だけに聞こえるようにしてある』

 「…はい」

 

 二人には聞かせれない内容と言う事だろうか。

 より声量を抑えて返事をする。

 もしかしたら耳の良いバット辺りは聞こえているかも知れない。

 ロジャーの話す内容如何では返答に気を使う必要がある。

 そう考えながら続きを待つ。

 

 『君が知っている通り、かつて私は南ベトナムで拭いきれない過ちを犯した…』

 

 ――覚えている。

 言葉で言い表せない過酷な戦場。

 たった数メートルを数時間かけなければ進めず、その緊張は疲労へと繋がる。

 ロジャーはその部隊の指揮官として出来得る限り務めた。

 しかし緊張や疲労は極限に達しており、ロジャーとてそれは同様。

 そんな中で部隊内に内偵者が居るという情報が上がった。

 

 状態や状況を鑑みてロジャーは内偵者を断定。

 極限状態にいた部隊の面々は疑念に確証を得ずに膨らまし、疑惑を向けられた兵士に溜まりに溜まった感情を発露するように襲い掛かったという。

 結局、断定した兵士が内偵者だったのかは解らず仕舞い。

 彼は戦友から裏切者として罵られ、追って来た仲間達を撃ち殺し逃亡した…。

 

 ロジャーは未だに悩んでいる。

 本当に彼がそうであったのか?

 否定しなかったのはそうだったから?それとも別の…。

 

 話をしてくれた時のロジャーの後悔…否、懺悔した表情を忘れる事は出来ない。

 今も声色から相当に苦しんでいる事は変わらないと見える。

 

 『私はスネークを信じたい。だが私は間違えていないか?あの時と同じく疑うべきなのか?』

 

 ハンスの一件もあって疑心暗鬼は続いている。

 思い悩むロジャーに対してテリコは肯定も否定もしない。

 いや、どちらも必要でなない。

 

 「大佐。私がどう言おうと大佐の心は決まっているのでしょう?」

 『…そうだ…そうだな。ありがとうテリコ』

 

 どこか安心したようにロジャーは無線を切った。

 私もスネークを信じて進むだけだ。

 そう思った矢先、今度はアリスから無線が入る。

 

 『聞こえるテリコ!?』

 「なに?どうし――」

 『シッ!静かにして。黙って聞いて……この無線はスネーク達には聞こえてないわ』

 

 焦りや戸惑いなどの感情が声色に乗っていた事から何かあったのを察してテリコは黙る。

 平静を装い二人の後に続きながらアリスの言葉に耳を傾ける。

 

 『ロジャーがスネークの仲間に捕えられたわ』

 「―――ッ!?」

 『私は寸前で予知して何とか逃げたけど…追手がすぐそこまで…』

 

 そんな馬鹿なと否定したい。

 けれどアリスの様子からそうではなさそうだ。

 

 『スネークはハンス・ディヴィスよ。いえ、ハンスがスネークと言うべきかしら。彼は一つの肉体に二つの人格を持っている。

  彼はピュタゴラスが第三者に渡るのを阻止する為にスネークとして入った(・・・)。ピュタゴラスの奪還にハンスの記録の抹消…それこそスネークの…ハンスの目的。

  ロジャーも信じたがっていても疑ってはいたわ。そして私も…だから狙われた―――彼はこの期を好機と見ているわ。もう止められるのは貴方しかいない。彼が行動に出る前に彼を―――ッ、止めて…撃たないで…』

 

 最後に銃声が響き渡り、無線は切れた。

 信じられない事の連続に心が揺れ動く。

 様子がおかしいのに気付いてスネークとバットがこちらを気に掛けるが、テリコは「大丈夫」と言って先を急かす。

 スネークが敵と言うのならバットはどうなのか?

 解らない、分からない、判らない…。

 

 万が一の事を考えれば考え無しに行動する事は出来ない。

 止めるとしても二人が油断している時でないと…。

 何を信じれば良いのか解らずテリコは二人の背を見つめる…。

 

 

 

 下水道を抜けて機器が並べられている一室に出た。

 もう少しかと当たりを付けた所でスネークとバットはテリコの姿がない事に気付いた。

 急ぐばかり早く進み過ぎたか。

 道中顔色も悪そうだったこともあって引き返そうとした瞬間、テリコの声はダブって聞こえた。

 

 「「スネーク!」」

 

 エコーがかかった様な声に振り返るとそこには服装や装備品に至るまでそっくりのテリコが二人立っていた。

 眼を見開きやられた、ときつく噛み締める。

 クラウンの存在は知っていたのに失念していた。

 ほんの僅かに視界を外した瞬間に紛れられるとは…。

 テリコとテリコは怒りの色を纏いながらスネークに訴えかける。

 

 「こいつがクラウンよ!」

 「違う、アイツがクラウンよ!」

 「騙されないで!私がテリコなの!」

 「それこそ嘘よ!スネーク、私が本物!」

 「嘘ばかり言って!貴方なら見分けれる筈。クラウンは姿形を真似ているだけ!」

 「眼を見れば解かるわ。私の心までは真似する事は出来ない」

 

 互いが互いを偽物と罵り、どちらもが私こそが本物だと訴えかける。

 責め立てられるように騒がれながら、見定めようとするも二方向から騒がれて集中力は欠けて焦りが余計に判断を惑わす。

 終いにはテリコ同士が罵り合い“私は一人で十分”と撃ち合いを始めようとしていた。

 かちゃりと音がして三つ(・・)の銃口が向く。

 

 「嘘…バット!?」

 「分かってくれたのね!」

 

 三つ目の銃口…バットのベレッタは片方のテリコへ向けられていた。

 向けられた側は必死に説得しようともバットの表情はピクリと靡かない。

 寧ろその表情から「言いたい事は終わったか?」と冷徹な意思を感じ取れる。

 

 「本当に私はクラウンじゃない!」

 「―――ッ、何故ぇ…」

 

 必死に声を荒げる中、バットは引き金を引いた。

 ただその直前に方向を変えて、もう一方のテリコに向けてだ。

 突然の事に誰も対応出来ずに撃たれたテリコは脇腹を抑えて倒れ込む。

 痛みに表情を歪ませながら倒れ込んだテリコもスネークももう一人のテリコも不思議そうにバットへと視線を向ける。

 

 「なんで…私がクラウンと解かったの…」

 「この花のような香水(・・・・・・・)臭い(・・)だよ」

 「辺りに撒いたのだけど…鼻が良いのね…蝙蝠ではなくて犬だったのね」

 

 ふふふっ、と笑いながら痛みに苦しむクラウン。

 さすがだなと感心するスネークと本物のテリコだったが、次の一言で耳を疑った。

 

 「例え違ってもどっちも撃つつもりだったしな」

 「どっちも!?」

 「確証を得ていた訳ではないのか!?」

 「――あ?臭いの強さで判断したけどそれこそフェイクかも知れねぇだろ?」

 「本気で私も撃つつもりだったって言うの!?信じられない!」

 「だから致命傷は避けて撃ったろ?」

 「「そう言う問題じゃない!!」」

 

 治療ならスキルがありますけどと付け加えても良い訳ではない。

 がっくりと肩を落とすテリコに同情するも兎にも角にも先にクラウンだ。

 腹部を抑えたままクラウンは壁を背に座り込んだまま動かない。

 

 「私ね。一度も負けた事ってなかったの。だから敵に屈してみたいと思っていたのよ」

 「そりゃあ良かった。俺は親父に敗けっぱなしなんで羨ましいよ」

 「だから知らなかった。負けたらもう終わりなんだって…そうでしょう?」

 

 撃たれた位置から致命傷にはならない。

 だが俺達は敵同士。

 ここで助ける義理(・・)もなく、寧ろ人によってはトドメ(・・・)をさす事を視野に入れているだろう。

 

 「メタルギアはこの地下よ。まさに今頃起動させて、標準を定めている頃かしらね。格納庫へはこの区画の北の扉を抜けて梯子を下りるのね」

 「何故、そんな事を教える?」

 「ここで終わるって事は私は主人公じゃない。主人公ってのは最後まで生き抜くものでしょう?悪役なら…最後くらい主人公の味方をしなきゃ…」

 

 小さく笑う様子は何処か子供のように見える。

 撃たれた際に落した拳銃を拾い上げたバットは少し考え込み、ぽつりと呟いた。

 

 「一つだけ聞きたい…マンハッタンのホテルでコリン・フリードマンを自殺に見立てて殺したのはお前か?」

 「―――ッ、こいつが!!」

 

 バットの一言にテリコは驚きと怒りから銃口を額へと向ける。

 クラウンとしてはキョトンとするほかない。

 

 「分からないわ。あった様な気もするけどそういう仕事も多く熟して来たから…」

 「アンタッ、なんで止めるのよ!」

 

 父親を殺された恨み辛みを抱いているテリコは、殺したという事実も覚えてないなんて許せないとトリガーに力を籠めるも、バットによって銃口は降ろされる。

 当然ながら抗議の視線を向けるもバットはそれ以上に真剣な目で返す。

 

 「なら撃てばいい。復讐を果たしたいならどうぞ。だけどコリン・フリードマンの名誉を回復する機会は永遠に失われる」

 「それは…でも!!」

 「証拠品に口紅が付いた煙草の吸殻があるなら彼女かどうかも調べも尽くし、口を割らせれれば依頼した相手だって分かるかも知れないぞ」

 

 テリコは口を噤む。

 けどクラウンに撃って父親の復讐を果たしたい気持ちがあるのも確かだ。

 だからバットは「後は好きにすれば」というスタンスでこれ以上止める気はない。

 あの人(ヴェノム・スネーク)は人の報復心を否定する事は無いだろうから…。

 キッと睨みながら再び銃口を向けるテリコだったが、ため息を吐き出しながら自ら銃口を降ろした。

 

 「そうね。ここで復讐を果たしてもそれは私が満足するだけ。お父さんに被せられた不名誉が晴れる訳じゃない。私は兵士。私情ではなく任務を優先するわ」

 

 無線越しに状況を聞いて見守っていたロジャー(・・・・)は彼女の決断に様々な想いを抱く。

 同時にバットはクラウンの治療を始める。

 

 「バット、クラウンが犯人と言うのも勘か?」

 「確証はないけど出来すぎでしょう。父親の仇である花の香りを残した女性に、花の香りを漂わす殺し屋………香水以上にぷんぷんするだろ?」

 「まるでドラマみたいだな」

 「得てしてそういう展開(・・)は多いでしょうが」

 

 現状証拠はないがバットの言う通りであれば、テリコの父親を濡れ衣を被せて殺したのはBEAGLEの可能性だって出て来るわけで、レオーネの情報では合衆国と繋がりがあるとの事。

 最悪ラ・クラウンの存在ごと揉み消されかねない。

 

 「ロジャー。ラ・クラウンの事だがテリコの一件もある」

 『解っている。私の方で何か手を講じてみる。ただ…いや、少し待ってくれ』

 

 どうにか出来るか問おうとする最中、ロジャーは無線から遠ざかった。

 微かに声が届くが薄っすらと聞こえるだけで内容は解らない。

 戻って来たロジャーの声色は妙に暗かった…。

 

 『大丈夫なはずだ…』

 「どうした?声が暗いぞ」

 『取引をした。私としては確証は出来ないが向こうは手立てがあると…』

 「相手は誰だ?」

 『済まない。それは言えない約束なんだ』

 

 疑念は残るもロジャーはそれ以上に言いそうにない。

 だが、それ以上問う事も無い。

 なにせこちらが疑念を抱こうとハンスの一件で疑念を抱かれつつも今は追及しない事を考えれば、こちらだけが追及する事など出来る筈もない。

 

 「行こうスネーク。もうラストが近い」

 「あぁ、この島での任務を終えよう」

 

 スネークとバットはラ・クラウンをその場に残して先へ進もうとする。

 その背後でテリコがゆっくりと銃口を向ける…。

 

 

 

 

 

 

 レオーネは壁に背を預け、ずるずると地面に座り込む。

 周囲にはレオーネ隊の残存兵力が終結を果たすも、負傷者合わせて十名と少し。

 最早BEAGLEとやり合うだけの余力どころかここの脱出や再起すら怪しい。

 これが俺らの末路かと思うと悔しさより虚しさが先に来る。

 

 「…なぁ、少し頼まれてくれないか?」

 

 疲弊と疲労からぽつりと漏らす。

 投げかけた先には警備用に使われていた四脚のロボット。

 この手の兵器はすでに自分達の手を離れ、フレミング博士に奪われ………いや、取り戻されている。

 しかしながら“モルフォ蝶”によるハッキングにて数機は指揮下から離れて行動をしている。

 おかげでFAR前でフレミングとACUA兵に囲まれた際に、数機のサイファーと四脚ロボットが援護してくれた為、自分達はこうして今も生き延びれたのだ。

 

 レオーネはロボットを通して聞いている“モルフォ蝶”に頼む事にした。

 弱り切った自分達では成せないであろう願いを僅かながら叶えるために…。

 しかし内容を聞く前に“モルフォ蝶”が言葉を遮った。

 

 『お断りよ。私は利害の一致による協力者。貴方達の望みは利から外れるもの』

 「くそったれが…情けはねぇのか?」

 『一つだけあるわ』

 

 冷たく突き放しといて僅かな望みのある言葉を残す。

 なんだと肩眉を吊り上げながら耳を傾ける。

 

 『私達は利が一致すれば手を取り合える関係なの。だから貴方達の目的の一つを諦めて、私達にとっての害を取り払う』

 「それで俺達は何を得る?」

 『得たれるのはそこから生還する手立ての一つ』

 

 目的を諦めてただ生き延びる…。

 今の状況を考えると諦めかけた生存の可能性を掴むのが最善だと思われる。

 だけどそれで良いのかと自分自身が訴えかけて来る。

 同時に部下を自分の妄執に付き合わせるという行為の先に何が残るのかと考えると即答もしかねる…。

 

 『それだけだと不満でしょう?』

 「何でもお見通しか…何を出してくれるんだ?」

 『直接的なフレミングの企みの頓挫』

 「ははは…そりゃあ最高だな」

 

 俺達を嘲笑うように罠に掛けたあのクソ野郎にとっておきの仕返しが出来るのか。

 カラカラと笑うがそれだけで納得し得ない。

 思っていた以上に自分は我侭なようだ。

 スッと笑うのを止めて真顔で睨む。

 

 「もう一つ。お前らの目的を教えろ。何をしようとしてやがる?」

 

 四脚のロボットには銃が取り付けられている。

 最悪この場で“モルフォ蝶”は俺達を一方的に銃殺する事も出来得る。

 銃口が向いている状況で一切怯む事も無く、カメラを睨みつけていると四脚が近づいてぼそりと小さな音量で囁かれ、レオーネはその内容に心底笑った。

 

 「良いだろう。俺達はお前の話に乗ってやる!」

 

 獰猛な笑みを浮かべる様は敗残の兵ではなく、獣そのものであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

先へと進む者達と姿を現す敵

 最近シリアスが続いてコメディ要素が足りない…。


 背後でかちゃりと音がした。

 何の音だと振り返ったスネークとバットの視界に入ったのは銃口をスネークに向けたテリコであった。

 動揺しているものの「どういうつもりだ?」と見据えるスネークに、咄嗟に銃に手を伸ばそうとして「動かないで!撃つわよ!」との一言で身動きが取れなくなったバット。

 二人はこんな事をした意図を探りつつ、テリコの動きを待つ。

 そのテリコの様子がおかしい…。

 呼吸は荒く、銃身は振るえ、焦点も何処か揺れている。

 完全に平常ではないようだ。

 

 「スネーク…貴方はハンスなの?」

 「いや、俺はスネークだ…」

 「私だって信じたい!」

 

 甲高い叫びがやけに響き渡る。

 平静さを欠いた今の状態のテリコなら取り押さえる事は容易い。

 しかし心中乱れ切っている状態では最悪乱射しかねない。

 機器に囲まれたここでは跳弾が怖いところ…。

 バットは浮かんだ考えを取り消し、状況を見守るしかないと思って伸ばしていた手を止めて、自然体で行く末を眺める。

 

 「貴方は私が憧れた英雄…だから、信じたい…」

 「テリコ…すまない。俺は信じてくれとしか言えない」

 「だったらさっきの無線の相手は誰?貴方の仲間なんでしょ!!」

 「…いや、まぁ、そうだが…」

 「認めるのね!!」

 

 今にもトリガーを引きそうになったテリコを見て、さすがにバットがスネークと銃口の間に入る。

 

 「待て待て待て!なんかおかしくないか?」

 「何がよ!」

 「なんかズレてるっていうか噛み合ってねぇ!まずはテリコ、何があったか話してくれないか?」

 

 バットにも警戒しつつテリコはアリスより伝えられた事を話す。

 スネークはハンスであり、メタルギアの回収とハンスの証拠を消す為に研究所に入った事。

 疑っていたロジャーはスネークの仲間によって捕らえられた事。

 そしてこの事を伝えてきたアリスは撃ち殺されたであろう事…。

 

 さすがに驚きを隠せないバットもスネークを見るも、スネークからしたらなんの話か分からない。

 そもそも内容がおかしい(・・・・・・・)

 

 「ロジャーが捕まった?何を言っているんだ?俺が無線したのはそのロジャーなのだが…」

 「そんな…でもそれは貴方の仲間が捕らえたから…」

 「なら無線してみろ」

 

 言われて半信半疑で無線をするも繋がらない。

 バットも試しにとロジャーへと無線をするが同様に繋がらなかった。

 その事に不思議がりながらスネークが無線をするとどうしてか(・・・・・)繋がり、スネークはテリコへと無線機を渡す。

 引っ手繰るように手にしたテリコは無線機よりロジャーの声が聞こえた事でホッと胸を撫でおろす。

 

 「大佐、無事なんですね!」

 『あぁ…話は聞かせて貰っていたがどうしてそうなったのか…』

 「では先ほどの無線は?それにどうしてスネークの無線だけ…」

 『それについては今調べて…ん?なんだこれは?――ッ、ゴースト!?何を――――…』

 「――ッ!?大佐?大佐!!」

 

 銃声が無線機より響いた。 

 まさかと再びロジャーに無線しようとするも繋がらなくなってしまった。

 混沌としてしまった中、バットが首を傾げながら問いかける。

 

 「で、どうする?まだここで無駄に銃を向けるか?先へ進むか?」

 「――ッ、私は…」

 

 バットは気の毒にとテリコに憐みを向ける。

 この状況はテリコにとって酷く精神に響いてきた事だろう。

 ただでさえ部隊が自分を残して全滅した挙句、合流した憧れの英雄は敵かも知れない。

 敵地のど真ん中でそれも部隊を壊滅させたレオーネの部隊を容易に潰したACUA兵がいつ現れるかも分からない。

 付け加えて情報があやふやであるがアリスとロジャーの生死不明に、審議がつかない情報に苛まされて精神状態は最悪だ。

 さらに敵対するのがスネークだけならまだしも自分が居る。

 ソリッド・スネークと戦場を共にした戦友で、テリコとは初対面の人物。

 もしもスネークが敵であるならば当然その仲間と思うだろう。

 どれだけ神経をすり減らしてここまで耐えてきた事か…。

 

 限界を超えたテリコは悲壮な表情を浮かべ、震えていた銃口を下げた。

 

 「自分を信じれない(・・・・・・・・)から他人を疑う(・・・・・・・)。父さんは嫌疑を掛けられた時でも自分を信じて他人を信じようとした。私は信じる。貴方を本物の―――私が憧れた英雄だと思う自分を信じる」

 

 先ほどまでブレていた瞳が力強い意志が宿った。

 彼女は彼女で今行える最善を行おうとしている。

 否、そうすることで潰れかけた不安を逸らそうとしているのかも知れない。

 なんにしても進むしかないのは確かだ。

 

 三人は通信が切れたロジャーとアリスの事を気に掛けつつ先へと進む。

 進みに進んだ先は開けた空間が広がっていた。

 眼下にはコンテナなど多くの物資が並び、奥には巨大なナニカ(・・・)が鎮座していた。

 

 「これが―――メタルギア…」

 「いや、ドラム缶じゃねコレ」

 

 初めてメタルギアを見て驚くテリコに対して、スネークとバットは怪訝な顔を晒す。

 マッドナーが作ったメタルギアやヴェノムが搭乗したサヘラントロプスと対峙した二人にしてみれば異様な姿に戸惑うばかり。

 人に説明するとすればバットが言ったドラム缶に脚が生えている感じなのである。

 だがサイズは他のメタルギアに劣らず巨体だ。

 破壊するにしても大変そうだとバットがため息を漏らしている中、スネークは冷めた視線を向けつつ近づいて行く。

 足場はメタルギアの頭頂部まで続いており、その上に立ったスネークはある一点に視線を降ろす。

 

 「このハッチより内部に入る」

 「中から壊すにしても爆薬足りないぞ?」

 「いや、フレミングを捕らえて停止させれば事は終える。二人は外で待っていてくれ」

 「捕縛するにしても複数人居た方が…」

 『お帰りなさいハンスさん』

 

 話し合いをしているとフレミングの無線が入る。

 一瞬周囲を警戒するもやはり内部に居るだろうとすぐにメタルギアを見つめる。

 

 『どうぞ中へ。貴方の玉座は空けております』

 「―――ッ、…良くやった。後は性能を試すだけだ」

 

 纏っていた雰囲気が変わった。

 咄嗟に警戒態勢に入ったバットは距離を取る意味もあって足場まで下がりつつ銃口を向け、テリコは不安げにスネークを見つめる。

 

 『支配された(・・・・・)ようだな』

 「何か言ったか?」

 『なんでもありません。No.16の意向が無くともいずれこの時は訪れた。しかし今は逆鱗に触れぬように従順に振るわなければ。でないと私のコンスタンスが…』

 「最早貴様も貴様の娘も、No.16も関係ない。私は私の意志に従う。怪物(No.16)のヒステリーなどに付き合ってはいられんさ」

 『ハ、ハンス?』

 

 クツクツと嗤う様は最早別人であった。

 側はスネークだというのに中身が異なる違和感。

 同時にフレミングとハンスの様子に何処か噛み合わない亀裂のようなものを誰もが感じ取った。

 

 「しかし感謝すべきか。こんな機会でも無ければこいつの力を試す事など出来んからな」

 『試す?貴方は玉座で観覧しているだけで良いのですよ』

 「メタルギアの側は完成した。だが核発射のデータが足りないとは思わないか?目標は何処にするべきか…BEAGLEを慄かすなら合衆国本土か。そして結果起こり得る責を誰が受けるかだ」

 『まさか…』

 「いつの時代にも狂った科学者は居るものだ。例えば自分が作り出した核搭載兵器の性能を見せ付け、知らしめたくなる…とかな。……なぁ、このメタルギア・コドク(・・・)を制作したフレミング博士?」

 『No.16か!止めろ、スネーク(・・・・)に撃たせるつもりか!?』

 「動かないでスネーク!!」

 

 止めるしかないとテリコも銃口を向けるが、スネーク………ハンス(・・・)は余裕を持って振り返る。

 声色からして動揺しているのを察しての事だろう。

 事実、テリコにスネークは撃てないだろう。

 躊躇いから銃身がブレている。

 

 「ほぅ、お前に撃てるのかこの()を。憧れの英雄を」

 「――ッ、撃つわよ!」

 「テリコ下がれ。俺が撃つ」

 「共に戦った戦友を討てるのかバット?」

 「討つんじゃねぇよ。撃つんだよ。致命傷は避けて行動不能には出来るさ」

 『おのれェ、貴様には渡さんぞ!!』

 

 大きくメタルギアが揺れた。

 否、メタルギアが起動したのだ。

 フレミングの行動に慌てるスネーク(ハンス)を他所に、テリコはハッチから内部へと入り込む。

 反応が遅れたスネークはメタルギアより振り落とされ、動かれた事で足場が崩れ始めたバットは何とか逃れようとまだ崩れていない方向へと走る。

 何とか崩落には巻き込まれなかったが、メタルギアに掛かっていた足場は完全に落ちて滑り台のように下へと続いていた。

 その先では落ちたスネークが頭を抑えながら起き上がるところであった。

 

 「クソッ、ここは?俺は一体…」

 「意識を取り戻したのか?」

 「バット、何があった?体中が痛いんだが…」

 「それで済んだなら上々。後で湿布でも貼ってやるからまずは後ろを注目」

 

 元に戻ったスネークは振り返ってメタルギアを見上げ、最低限の状況を理解する。

 差し出されたバットの手を掴んで立ち上がり、得物を確認して戦闘態勢をとるもミサイル系を持っていないのが悔やまれる。

 対峙する二人に対してではなくフレミングをここに居ないNo.16に声を荒げた。 

 

 『騙したなNo.16!貴様の茶番に付き合えば(・・・・・・・・)コンスタンスを返すと言ったが、初めから返すつもりはなかった!!貴様は俺の研究対象!お前の正体も何を夢見ていたかも知っている…あの島だ…貴様はあの透き通る青い海に眠るサンゴ、南太平洋に浮かぶ島に想いを寄せていた……今すぐコンスタンスを開放しなければあの島を核攻撃するぞNo.16!!』

 『撃てば?その瞬間コンスタンスがどうなるか考える事ね。それより私のハンス(・・・・・)が乗っ取っちゃうかもしれないけど………良いの?』

 『クソッ…スネェエエエク!ハンス・ディヴィスに憑かれてしまった事(・・・・・・・・・)を悔やむんだな!!』

 

 脅しに失敗したフレミングはNo.16からスネークに敵意を向ける。

 やれやれと肩を竦ませ、まだ少しばかりボーとしているスネークの背を叩く。

 

 「全く…あのデカブツを叩き潰しますか」

 「そうだな。もっと武器が欲しいところではあるが、お前となら何とかなるか」

 『ちょっと、何二人だけみたいに言ってるのよ!私も居るんだからね!』

 「分かっている。頼りにしているぞテリコ」

 

 完全に戻ったスネークとバット、テリコの三人が言葉を交わしているとメタルギア・コドクが動き出す。

 円柱形だった外枠が二つに割れ、人型らしい姿が現れる。

 そのまま外装は左右に動き、各部が可変・変形を果たして戦闘状態に入った。

 

 『で、スネーク。メタルギアを壊すにはどうしたら良いの?』

 「手あたり次第に壊せば良い」

 『それでいい訳!?』 

 「分からん」

 『ちょっと!』

 「他に何か手はあるなら聞くが?」

 『……もぅ!解かったわよ!!』

 「頼むぞテリコ。出来る事なら俺達はミンチに成る前にな」

 「ミンチと言うか武装によっては後が残るかどうか怪しいけどね」

 『なら手を貸してやろう』

 

 突如無線に入って来たのはNo.16でも相棒(バディ)を名乗る者でも無かった。

 同時にメタルギア・コドクに銃弾が浴びせられる。

 何事かと振り返ればそこ立っていたのはレオーネであった。

 

 「生きていたのか?」

 「モルフォ蝶と取引してな。おかげで後始末に駆り出された訳だ」

 「今は()の手も借りたいところだから有難い」

 「蝙蝠、背後には気を付けろよ。誤射は怖いぞ」

 「対物ライフル向けながら言われるとマジで怖いな…」

 『クソ、クソ、クソッ!死にぞこない共もまとめて殺してやる!!』

 「来るぞ!!」

 

 外装部よりミサイルが放たれて向かってくる。

 レオーネを含めた部隊もそれぞれ散開して、遮蔽物の影へと身を隠す。

 

 「蝙蝠!奴の肩を狙え!」

 「狙撃銃であの装甲抜けんのかよ!?」

 「問題ない。あの外装はステルス重視でな、狙撃銃でもかなりのダメージが入るらしい」

 「さすがに詳しいな」

 「俺じゃない。モルフォ蝶が調べたんだ」

 

 道理で知っていたかのように回避行動に入った訳だ。

 そうと決まるとスネークを含めて残存レオーネ隊の面々は打ち上げられるミサイルを迎撃しようと銃を撃ち続ける。

 ミサイル兵器で攻撃出来れば楽なのであるが、外装のステルス性能が強力でスティンガーなどの誘導兵器は撃とうにも目標として捉えれず撃てないのだ。

 途中モルフォ蝶によって操作されているサイファーと四脚ロボットの参戦もあり、メタルギア戦の割には上手く言っているように思える。

 

 「思っていた程ではないな」

 「気を抜くなよ。と言ってもアレは本調子ではないようだがな」

 「どういう意味だ?」

 「何でもメタルギア・コドクはネオテニー…No.16が操縦して本領を発揮するらしい」

 「機体は良くても乗り手が合ってないという事か」

 

 会話を混ぜながら大型対戦車ライフル“シモノフ”を撃っては装甲を風穴を空け、ミサイルを発射した発射口をバットがPSG-1で狙撃して、ダメージ総量が限界を超えたのか右側の外装が崩れ落ちた。

 獣のような咆哮を挙げながらメタルギア・コドクはそれでも戦い続ける。

 と言ってもフレミングは科学者として優秀でも乗り手としては優れている訳でない。

 装填しては発射を繰り返す単調なミサイル攻撃に、一定の距離に近づいたロボットに対して下部に取り付けたレーザーで焼くと言ったパターンで攻撃してくるばかり。

 そもそも外装と上半身が大きくて動きも遅い。

 サヘラントロプスほどの脅威ではない。

 スネークやバットはそう思い込んでいた(・・・・・・・・・)

 

 右側に続いて左側の外装も壊れ、ようやく姿を完全に現したメタルギア・コドク。

 内部でテリコが暴れまくっているのもあってかかなり挙動が怪しい。

 当然フレミングの焦りも高まっている。

 

 『クソが!!貴様ら全員消えるが良い!!』

 

 フレミングがそう叫ぶとメタルギア・コドクは頭を下げるように頭頂部を向けてきた。

 すると頭頂部付近に光が収束し始めた。

 何が起こっているのか分からないが、酷く嫌な予感がしてならない。

 

 「レオーネ!アレはなんだ!?」

 「確か大型レーザーだったか。一応聞いたが馬鹿げた威力でここぐらいなら面で焼かれるだろうよ」

 「逃げる事もままならないか!」

 「いや、奴の足元に飛び込めれば…」

 「間に合わない!」

 「バット、発射口を狙え!」

 

 光が収束している中を全員が持てる火力を持って攻撃を開始。

 今まで撃たなかったスティンガーなどのミサイル兵器も出し切るつもりで撃ち続ける。

 複数の爆発に銃弾を嵐を弱点である発射口に集中されれば、さすがに耐え切れずに収束していた光は霧散した。

 

 

 

 外部内部共に悲惨な程のダメージを負ったメタルギア・コドク。

 しかしフレミングはまだ諦め切れてなかった。

 なにせこのメタルギア―――核搭載二足歩行戦車には奥の手である核弾頭が残っているのだ。

 キーボードを素早く撃って核発射のシステムを起動させようとする。 

 

 「せめてこいつを撃てば俺が本気だと分かる筈だ。さすればコンスタンスもきっと…」

 「いったい何人の…いえ、どれだけの被害が出るか解っているの!?」

 

 フレミングは手を止めて振り返る。

 そこには銃を構えたテリコが睨みを利かせていた。

 内部で異常が起こっていた事から鼠が入り込んでいる事は知っていたが、こうも邪魔されると不愉快極まりない。

 だが今はそんな事よりコンスタンスを優先する以外にフレミングに考えはない。

 

 「…知った事か」

 「なんですって?」

 「何十、何百、何千、何万、何億、何兆の被害が出たとて構うものか!私のコンスタンス以上に価値があるものなど居ない!!」

 「核を背負った怪物を創り出しておいてその脅威を理解出来ていないの!?」

 「言ったはずだ。コンスタンスと比べよう筈もないと!」

 

 苛立ちから声を荒げるフレミングだったが、同時にテリコの言葉に苦笑する。

 いや、心底可笑しくて笑い転げそうになる。

 そんなフレミングを警戒しつつ怪訝な顔で見つめる。

 笑い終えて一息ついたフレミングはクツクツと嘲笑う。

 

 「俺が創った怪物?違うな、これは創らされた怪物の成れの果て(・・・・・・・・)…いや、出来損ない(・・・・・)と言うべきか」

 「どういう意味?」

 「さぁな、お前達の方が詳しいんじゃないのか?」

 

 どういう事かと思考を巡らすテリコを見て、フレミングは隠し持っていた銃を手に取った。

 しかし彼は早撃ちが得意なガンマンでも、軍隊上がりの精鋭と言う訳でもない科学者。

 抜いて構えるまでのモーションよりもすでに構えているテリコがトリガーを引く方が早かった。

 銃を目にして咄嗟に放たれた弾丸はフレミングの急所を見事撃ち抜いて即死させてしまう。

 情報を聞き出したいという想いもあっただけにこの時ばかりは自分の腕前が悔やまれる。

 最期にぽつりと「コンスタンス…大丈夫だ……パパが付いて…るぞ…」と呟いたのが酷く耳に残る…。

 

 「スネーク…フレミングを射殺したわ」

 『そうか…解った。兎も角合流するぞ』

 

 その場を離れようとしたテリコは次に入って来た無線に脚を止めた。

 

 『――聞こえるかスネーク、テリコ、バット…』

 「大佐!?」

 

 間違えようがないロジャーの声に三人とも驚くと共に安堵した。

 しかし返って来た言葉は『すまない』という謝罪であった。

 無線を聞きながらテリコは梯子を昇ってメタルギア・コドクのハッチより脱出してスネークとバット、そして協力したレオーネ達の下へ合流した。

 

 『調子はどうかしら―――ハンス(・・・)

 「アリス?」

 「貴方、撃たれたんじゃあ…」

 

 そう、テリコにスネークはハンスだと告げ、スネークの仲間に殺害されたように思われていたアリス。

 彼女はスネークの反応に深いため息を吐き出す。

 

 『失敗しちゃった。おじさんをハンス・ディヴィスに出来なかった(・・・・・・)…つまんない』

 「どういうことなのアリス!貴方は一体!?」

 『駄目じゃないテリコ。貴方とおじさんが殺し合う所を見たかったのに』

 「…大佐、まさかアリスは…」

 『そうだ。何が遠隔透視だ…彼女はそこで長年過ごして居たんだ(・・・・・・・・・・)。当然構造は知っていた』

 「アリス、君がNo.16なのか?」

 

 肯定を口にせずとも無線越しにクスリと笑った事でそうなのだと理解する。

 道理で火力発電所でフレミングがアリスの問いに慌てたのかが説明がつく。

 まさかNo.16が混ざって来るとは思っていなかっただろうに…。

 

 『はぁ…何もかも上手くいかないものね。おじさんは私のハンス(・・・・・)成って(・・・)くれないし、フレミングも上手く動いてくれないし、あの人も余計な事を……いえ、任務に忠実だったって事だったかしら』

 「なんの話だ?」

 

 最後の言葉に首を傾げる一行。

 本当に残念がるアリスに変わってロジャーが答える。

 

 『聞いてくれスネーク。私達はゴーストを疑っていたが、奴は間違いなく白だった…』

 「ならゴーストは何をしている」

 「監視役だったとしても護衛でしょう?」

 

 スネークもバットも期待はしていなかったが、敵でないというならアレは戦力になると踏んでいた。

 見た目はコスプレ染みていたが、何となく雰囲気で戦えるか否かは察してはいた。

 だから奴がいたならアリスの好きなようにはならなかっただろうと。

 しかし返って来た答えは意外なものだった。

 

 『―――ゴーストは死んだ(・・・・・・・・)…私を護ってな…』

 

 

 

 

 

 

●アリスとゴースト…。

 

 アリスは倒れ込んだゴーストを眺めて多少ながら悲しむ。

 あの研究所で実験体として色々とされてきた(・・・・・)彼女にとって大人とは自分を利用する者ばかり。

 唯一例外があるとすれば聞かされ続けたハーメルンの子供達の憧れであるソリッド・スネーク。

 彼は“権力者の為に大いなる働きを成した男”として刷り込まれていた(・・・・・・・・)

 

 だけど今になってこんな人が現れるなんて思いもしなかった。

 表向きは護衛ながら監視要員で送られたであろうゴースト。

 けれど監視役にしては関わり過ぎる。

 それも打算無しで優しく接して、無駄にお菓子なんか作ってくれて…。

 

 おじさん(スネーク)私の物(・・・)にするのは計画にあった。

 けれどイレギュラーであるゴーストも少なからず気に入り始めていた事もあり、出来れば私の者(・・・)にしたいと願っていたというのに。

 

 「貴方は全てがイレギュラーなのね。騒がすだけ騒がしといて―――少し腹立たしいわ」

 

 倒れ込んだゴーストの額―――ガスマスクに風穴が空いている。

 説得してこちら側に招くか銃で脅して言う事を聞かそうとは思っていたけど、ゴーストを撃つつもりなど毛頭なかった。

 

 テリコにスネークへの疑心を植え付け、ロジャーの無線を繋がらないように細工したというのに、何故かスネークとだけ(・・・・・・・・・・)繋がっており、無駄な事を言わさぬようにロジャーを撃ったところで気付いたゴーストが庇って護ったのだ。

 …代わりにゴーストはガスマスクの額に風穴を空けて背から倒れ込んだ。

 

 今は拳銃で脅しながらロジャーに銃を棄てさせ、無線機の近くで待機させている。

 

 倒れた衝撃で転がっていたテンガロンハットを被り、ゴーストを撃ってしまったアストラM900を握り直す。

 

 「さぁ、幕を下ろしましょう。終わったらパーティだものね………ゴースト(・・・・)

 

 ポツリとそう零してアリスはメタルギア・コドクと戦うスネーク達を眺め、アリスはロジャーに銃口を向けたまま無線機に近づく。

 

 

 

 

 

 

 背後でゴーストの指がピクリと動く(・・・・・・・・)のを見逃して…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

結末…

 ハイジャックされた326便内でまた血が流れた。

 BEAGLEと繋がりがあり、次期大統領候補の一つヴィゴ・ハッチ上院議員。

 掠り傷や怪我と言った程度ではなく、すでに完全に事切れている…。

 漂うガス以上に血の臭いが鼻につくが、そんな事お構いなしにカタカタカタとエルジーとフランシスが躍り出る。

 

 「この人で最後なのお姉ちゃん?まだ殺したいのに…」

 「終わりよエルジー。後は議員さんの胸に数字を刻んで幕よ」

 「はぁい」

 

 残念そうに返事を返すエルジーに全くこの子は…と肩を竦ませるフランシス。

 そしてエルジーとフランシスを操りながら、笑みを浮かべて見下ろすレナ・アロー。

 彼女と二体は指示通りに事を運んだ。

 ヴィゴの死はもう少し後ではあったが、どのみち殺す予定だったので誤差の範囲であろう。

 

 「アリス、すべては滞りなく………あぁ、まだアンタが残っていたわね」

 

 レナはエルジーとフランシスを操っていた糸を手放し、ナイフを手に取って振り返る。

 ナイフの先には爆弾を解体し終えて戻って来たミネットが居り、目の前の現状に戸惑った様子でレナを伺うように見つめる。

 唯一のイレギュラーにレナは不振を抱きつつ苛立ちを向けた。

 

 「貴方も死ぬのよ―――コンスタンス(・・・・・・)

 

 コンスタンスと呼ばれたミネットは困惑しているようだ。

 ACUAを大量に投入され、ミネット・ドネルの記憶を刷り込まれたコンスタンス・フレミング。

 こちらの操り人形でフレミング博士を駒にする為の人質。

 

 フレミングは考えはものの見事に当たっていた。

 最初からアリスはコンスタンスを返すつもりはなかった。

 ロビト理化学研究所の一件が済めばフレミングも用無し。

 コンスタンスの役割はアリスの人形として動き、記録されている無線での会話から326便の墜落は避けれなかった悲劇としての演出装置でしかない。

  

 ただ理解し難いのはアリスの計画変更についてだ。

 本来の計画なら爆弾の処理を間違えて爆発させ、コンスタンスはその場で死亡。

 爆発によって大穴が空けばパイロットも居ない326便は墜落する他なく、レナは用意していたパラシュートで脱出。

 …だったのになぜかアリスは計画を変更してコンスタンスを殺さなかったどころか、掌握していたすべてのジャンボ機のコントロールまで手放した…。

 

 「何故変更したのか分からないわね。まぁ、良いわ。貴方にはアリスの数字を刻んであげる」

 

 レナはミネット(コンスタンス)に刃を向け、その刃で彼女の命を散らそうと振り上げる。

 

 

 

 

 ロビト理化学研究所に集められた子供達は“ネオテニー”という統括者を創り出す為に孤独の儀式という殺し合いを最後の一人になるまで続けさせられた。

 残ったのはNo.16とNo.104。

 殺し合った結果、No.16はNo.104の胸元にナイフを突き立てて生き残った。

 ここまでがフレミングが観測していた実験結果であるも、それだけが真実と言う訳ではなかった。 

 死んだNo.104の魂は白い靄のような存在となってNo.16に憑りついて魂を喰らい、No.104はNo.16と成って“ネオテニー”としての力を得たのだ。

 

 No.16であるアリスが今回の事件で臨んだのはBEAGLEへの復讐、それと憧れの英雄であるソリッド・スネークを自分の物にする事である。

 ネオテニーはACUAを投与した者を操る事が出来るが、“名を識る者”―――その対象を名を知らなければならない。

 実験を施された子供達はソリッド・スネークの如く在れと教育を受けた。

 権力者の意向により造られた(・・・・)ソリッド・スネークのように…と。

 

 だけどコードネームではなく名を識る事は出来なかった。

 それはスネークだけでなくバットも同様に。

 スネークの名を識る事が出来ないのであれば、ハンス・ディヴィスにしよう(・・・)と画策したのだ。

 

 別に本名である必要はないのだ。

 本人が自分がその人物であると信じ込めばそれが名となる。

 だからスネークがハンスと思い込むように色々手を回した。

 自分がハンスであると疑いを持たせ、CHAIN(生体データ収集端末)で鎮痛剤と称してACUAを投与して、操れなくともハンスの記憶を植え付けたり幻聴や幻覚を見せる事は出来る。

 時にはフレミングにスネークの変装をさせて、ハンスを演じさせてスネーク本人を惑わしたりもさせた。

 

 施設内を透視して助言を与えていた透視能力はロジャーが言っていた通りに長年に渡って実験体として生活していたからで、今まで解決してきた数々の事件もACUAを用いた工作であって、自身にサイ能力がない事が恨めしい。

 

 結局スネークは自身がハンスだと思い込むまでは至らず操るまでには至らなかった…。

 まったくもって上手くいかないものだ。

 

 それでも目的の半分は達した。

 BEAGLEの幹部は今までACUAを使用して殺害して、ハンス・ディヴィスことヴィゴ・ハッチ(・・・・・・・)もレナが殺して復讐もほとんど片付いた。

 後は忌まわしいあの研究所を吹き飛ばせば復讐は終える。

 全てを消滅させるべく仕掛けさせた爆弾があちらこちらで爆発を起こし、忌まわしき研究所が炎に包まれていく…。

 

 スネーク達には話を終えて(ネタ晴らし)親切に爆破の時間も教えてあげた。

 だからスネークもバットもテリコもレオーネ隊の面々も生き残るべく走り続けている。

 置いて行く訳にもいかずにクラウンも連れて行っているが間に合うのだろうか。

 見世物を見るかのように画面を眺めていたアリスはそれぞれが森へと入って生き延びたのを確認してほうと感心する。

 

 「さすが私の英雄さん(おじさん)。上手く抜け出したわね」

 

 微笑むとちらりとゴーストに視線を向ける。

 名前を知らないと言えばゴーストも同じだ。

 自分の操り人形は本部にも居たのだけど、どうやっても彼の事も解らず仕舞い。

 まるで存在する筈のない幽霊…。

 

 「これから君はどうするつもりだ?」

 

 こちらを睨むロジャー。

 解り切っている事だろうと思いながら銃口を身体から頭へと向け直す。

 

 「逃げるのよ。もう私を縛っていた檻は無くなった。自由にさせてもらうけれど、貴方はここで始末させて貰うわね」

 

 なにせ無線越しのスネーク達と異なり、顔を知られてしまっている。

 ロジャーにACUAを投与して操る事も過りはしたが、人形にするほどの魅力を感じなかった。

 だからここで始末して行こう。

 

 アリスはアストラM900をロジャーに向けてトリガーを引いた。

 銃声が響き渡ってロジャーは放たれた弾丸によって命を絶たれ―――――る事は無かった。

 

 かちゃりと軽い音が鳴るだけで弾丸が放たれる事はなく、二度三度と繰り返すも結果は同様。

 やってくれたなとゴーストを睨む。

 思い返してみればロジャーよりもアリスの周りにゴーストは待機していた。

 あれは気を掛けていただけではなく、ロジャーを守るためにアリスを監視していた事に二人共気付く。

 

 兎も角この状況はアリスに非常に分が悪い。

 アストラM900を放ってロジャーに捨てさせた銃を見つけ、先に手にしようと駆け出す。

 しかし一発の弾丸により転がっていた銃は弾かれてしまう。

 誰が…と驚きの視線を向ければそこには額を撃たれたはずのゴーストが起き上がり、左手でモーゼルC96を構えていた。

 生きていた事を含めて二重の意味で驚いている中、右手で懐から消音機能を内蔵した消音拳銃“ウェルロッド”を取り出してアリスへと向けた。

 

 「あぁ、生きていたのねゴースト。額に穴を空けても生きてられるなんて本当に幽霊(ゴースト)なのかしら?」

 

 当然の疑問にロジャーも不思議そうに見つめる。

 問いかけにゴーストは無言でガスマスク下部を示した。 

 口先に取り付けられていたフィルターの斜め下に風穴が見える。

 そこでようやく理解した。

 ガスマスク額に空いていたのは射入口ではなく射出口。

 つまりガスマスク下部より弾丸はガスマスク額辺りから抜けて行ったのだ。

 ロジャーやアリスの前でゴーストは背から落ちるように仰向けに倒れたように見えたのだが、実際は身体を逸らす事で回避【マトリックス避け】しようとしたのだけど、ギリギリを狙い過ぎて(・・・・・・・・・・)顔には当たらなかったがガスマスクと顔の隙間を通り抜けて行ったのだ。

 それも斜めに貫通した為に鼻に掠りもせずに。

 

 「驚いたわ。貴方はサイ能力を得ていたの?」

 「超能力は有していない。持っているのはシステム(・・・・)さ」

 「システム―――ッ、グゥ!?何故…私が…」

 

 システムという単語に小首を傾げるアリスであったがすぐに表情を歪め、苦しそうに胸の辺りを抑えて藻掻く。

 何が起こっているのかとロジャーは不審がるも、ゴーストは気にすることなく優し気な声色を告げる。

 

 「さよならNo.16」

 

 躊躇う事無くトリガーは引かれ、ヘッドショットを決められたアリスが仰け反るように倒れ込む。

 この躊躇いの無さにロジャーは驚きが隠せなかった。

 もしかしたら最初からアリスを危険視して監視し、渡した銃にも一発しか装填していなかったりと護衛として役目を務めていたのかも知れないが、監視と言うにしてはあれだけ親し気にしていた事から信じられないというのが本音だ。

 驚きが冷め止まぬうちに部屋の異変を聞きつけたのか、チャールズ・シュマイザーが部下を引き連れてドアを破って突入してきた。

 だが、事はすでに終結しており、様子から察したチャールズはアリスの脈を調べて死亡を確認。

 すぐに部下に運ばせながら遺体袋を用意させていた。

 これで終幕なのかとロジャーは運ばれていくアリスを見送るのであった…。

 

 

 

 

 ロビト理化学研究所は炎に包まれ、事件の主犯であるアリスことNo.16は死亡。

 ハイジャックされていた326便を含めてコントロールを奪われていた飛行機は全て解放され、各々近場の空港に着陸を始めていた。

 メタルギア・コドクを内外共に損傷させた上に研究所の爆破で完全に破壊。

 当初の予定とは異なるも任務を終えたスネークとテリコは迎えのヘリに搭乗して帰路に就いていた。

 

 アリスが黒幕であった事にも驚いたが、ゴーストに射殺されたと研究所から脱出した後に無線で聞かされた時の驚きはさらに大きかった…。

 いや、俺達の任務は完了したが事件はまだ終わってない(・・・・・・・・・・・)

 

 ロジャーの部下で前々よりBEAGLEを調べていたチャールズというCIA捜査官は、326便内で殺害された人々に刻まれた数字をアルファベットと表すものと推測しており、14・1・11・5をアルファベットに直すとN・A・K・Eとなる為にSNAKE(スネーク)を現すとされて最後がSの19だと思われていたのだが、実際に刻まれたのははLを現す12の数字。

 そこからアルフェベットを並び替えて出て来たのは“NEKAL”。

 “NEKAL”というのは高級シルク製品を扱っている会社でパジャマにナイトキャップ、シルクパウダーを全世界に提供している…。

 ハイジャック犯に指示を出していたNo.16が刻ませただけに何らかの意図を感じさせる。

 それも今回の件はBEAGLEへの復讐であろう事から現在BEAGLEとNEKALの関連性を調べて行くそうだ。

 

 同時にテリコの父親であるコリン・フリードマンを殺害したラ・クラウンの証言から確認作業もある。

 負傷して弱っていた事もあって研究所から運び出したラ・クラウンは、逃げる素振りも見せずに迎えに来たヘリに搭乗して抵抗する事無く逮捕された。

 ラ・クラウンはここで逃げてまた現れるのも悪役らしいと言いながら、気力もないし潔く捕まってあげるとカラカラと笑っていたのにはバットも呆れていたな。

 これから彼女は過去に関与した事件を白状して行く事だろう。

 その一件一件に対して捜査と確認作業をしなければならず、依頼した権力者たちは口封じ等に躍起になる。

 護り切るのは難しいと思われるもロジャーもテリコの為にと出来得る限り手を尽くすと言っているし、あの時言っていた取引相手である“モルフォ蝶”の手助けもあるとの事。

 ちなみにだがアリスがロジャーとの通信を切断したのにも関わらず、スネークとだけ繋がっていたのは“モルフォ蝶”が情報を得る為にスネークと本部の無線をハッキングして、中継点を通していたがゆえに繋がっていたのだ…。

 

 それにしてもロジャーにも騙されたものだ。

 ロイ・キャンベルの友人と言っていたが実際は面識がある程度だったとは…。

 寧ろレオーネと関りがあった事の方が驚きか。

 

 研究所を共に脱出したレオーネ隊はどさくさに紛れて逃げた(・・・・・・・・・・・)事になっているが、たった一言“俺ではない(・・・・・)”とロジャーへの伝言を預かったのだ。

 ロジャーは過去、南ベトナムで過酷な作戦中に部下に内偵者がいるとの情報から一人の兵士を断定し、残りの部下と共に追い掛けてまで襲い掛かるもその兵士は否定も肯定もしないままロジャー以外を返り討ちにして逃げ延びたのだ…。

 その逃げ出した部下“ジェフ・ジョーンズ”こそロビト理化学研究所を占拠したレオーネだったのである。

 

 つまりレオーネの伝言とはあの時の彼の言い分。

 当時も今もだがそれを確証付ける確固たる証拠は存在しない。

 逆に疑いを確定する証拠もなかった訳だが、ロジャーはその伝言で「彼ではなかった(・・・・・・・)」と結論付けるには充分だったらしい。

 

 そもそもロジャーがこの任務に志願したのはその答えを求めていたのと、ジェフがレオーネと名乗りテロ行為を行っていたのを噂で耳にしており、ロビト理化学研究所を襲撃した部隊長の特徴が彼に一致していた他ならない。

 チャールズは実戦から離れていたロジャーが志願した事に加えてスネークを起用した事で疑いを持っていたが、志願した理由はそういう事情でスネークを起用したのはアリス(No.16)からの要望であったからで、ロジャー自身にはあらぬ疑いであった。

 

 なんにしてもスネーク達は任務を終えた。

 祝杯の一つも上げたいところだがいつもながらバットは姿を消し、テリコは兎も角スネークは続き(・・)を行うべく雪山へと進路を取って貰っている。

 

 「そう言えばなんで雪山なの?」

 「ん?…あぁ、そうか。テリコは知らないのか。呼び出された時に登山をしていてな。後一日あれば頂上だったんだ」

 「え、ちょっと待って。もしかしてこれから登山しようとしてるの!?」

 「悪くないぞ。付き合うか?」

 

 呆れ交じりの驚き顔を見せるテリコだったが、クスリと微笑むと「面白そうね」と割と乗り気だ。

 任務を終えたばかりで精神的にも肉体的にも疲労があるだろうによくやるもんだとラ・クラウンは黙って二人を見守る。

 

 「でもヘリでずるするのは嫌。最初()っから行くわ」

 「先は長くきついぞ」

 「すぐに追いつくわよ。貴方が山小屋で怠けていたりしたら…ね」

 「なら頂上で待っているとしよう」

 「追い付くっていったでしょ」

 

 笑い声を混じらせつつ談笑する二人。

 そう言えばとポケットの中から赤い液体が入った小瓶を取り出す。

 ヘリに搭乗する直前までいたバットは、スネークが雪山へと目的地を言った際に渡して来たのだ。

 一度断ったんだがなと中の液体を揺らしながら小瓶を眺める。

 すると「なにそれ?」と興味津々なテリコ。

 丁度良いかと小瓶をテリコに放り渡す。

 

 「それはバットが調合したホットドリンクで、寒いところでは重宝するらしい」

 「へぇ、バットって薬剤師か何かだったの?」 

 「さぁな」

 

 不思議がるテリコであるも登山開始と同時に口にしたホットドリンクの効能(一定時間寒さの無効化)に驚愕し、山頂で合流したスネークより材料が(苦虫)とトウガラシと聞いて割と本気でキレるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 帰路につこうとしていたチャールズ・シュマイザーは、チャーターした小型旅客機が納められた格納庫に来ていた。

 周囲には直属の部下達に加えてリボーン・ゴーストの姿もある。

 部下達は周囲を確認しつつ、袋に詰められたアリス【No.16】をストレッチャーで運ぶ。

 様子を眺めていたチャールズは笑みを浮かべながらゴーストへと振り向く。

 

 「任務ご苦労だったなタブ」

 「いえ、これも仕事(・・)ですから」

 「ふっ、何を言う。任務に無かっただろう。アレ(・・)の回収は」

 

 指で示すはアリスが入った袋。

 今回の事件は彼が想定していた以上の戦果を得れた。

 アリスもそのうちの一つ。

 BEAGLEより離れて行方不明になっていたNo.16の発見及び回収は今後の事を考えるとどれだけ有難い事か。

 ゆえにチャールズはゴーストに感謝している。

 …それだけには…だ。

 

 指をパチンと鳴らすと周囲で作業していたチャールズの部下達は、ゴーストに対して銃を構えた。

 多少周囲を伺うだけでゴーストは動揺する素振りすら見せない。

 よりそれがチャールズに確証を与えた。

 

 「やはり貴様か。私の周りを探っている連中がこの機会を逃さないと思っていたが、まさかこうも堂々と接触してくるとは思わなかったよ」

 「なんの話だ?協力者の筈だが…」

 「本部からは監視と伝えられ、君からは私の補佐を頼まれたと聞かされたが、それとなく確認をしてみればやはりそんな話は無かったぞタブ」

 

 逃げ道は無い。

 そもそも数十人に銃を構えられた時点でゴーストの運命は決まっているようなもの。

 まだ撃たないのはゴーストの素性を調べる必要があるからに他ならない。

 

 「まずは銃を棄てて貰おうか?」

 

 渋々と言った様子で短身のウィンチェスターM1873にウェルロッドをゆっくりと地面に置いた。

 警戒する中で何も無く銃を置いたことに安堵する部下達。

 しかしながらチャールズは警戒を解く事は無かった。

 

 「まだ持っているだろう。報告でモーゼルを所持している事は解っているんだ。無駄な足掻きは止せ」

 

 本当に嫌そうにモーゼルに手を伸ばそうとした瞬間。

 宙を二丁の拳銃が舞った。

 SAAより古い回転式拳銃―――シングル・アクション・パーカッション・リボルバー“レミントンM1858”。

 誰もの注意が弧を描くように落ちていくレミントンM1858に集まり、そのレミントンM1858はゴーストの手へと辿り着いた。

 

 一瞬だった。

 ゴーストが銃を手にしたと目から脳へ情報が送られ、認識するよりも早くに銃声が一つ響き渡り、六人の部下が撃ち抜かれて倒れ込んだ。

 理解が追い付かない面々に追い打ちをかけるように続いてもう一丁のレミントンM1858が放り投げられていた。

 唯一チャールズだけが放ったであろう人物へと視線を向けると、そこには部下と同じ制服を着込んだ女性が立っていた。

 顔を見ても覚えはなく、ゴーストの仲間だと判断して銃を抜こうとする。

 それよりも早くに銃声が響いて肩に痛みが走った。

 痛みの発生源である右肩を抑えると血が垂れ、撃ち抜かれた事を認識させるには充分過ぎた。

 視線を周囲に向けるも部下達十名はすでに倒れ、無事な者は一人もいない…。

 

 「貴様…一体何ものだ?」

 「あら?まだ気付いていなかったの?」

 

 銃を放った女性が首を傾げながら笑う。

 何の話だとチャールズは睨むも抵抗出来ない上に、あれだけの技量の差を見せ付けられれば反抗など無意味だろう。

 弾が残っているレミントンM1858を向けたまま、置いた銃を拾って横を通り過ぎたゴーストは女性の横に立つ。

 

 「タブなんて分かり易いコードネームだったのにね」

 「どういう意味だ…コードネームが何だというのか…」

 「タブ(TAB)…反対にしてみないさい」

 「…TAB(タブ)――――ッ、BAT(バット)!まさか貴様が…」

 

 気付いたチャールズの前でネイキッド・スネークと共に戦場を駆けたバット―――今やオールド・バットとでも名乗るべき宮代 健斗はガスマスクを外して放り捨てる。

 そして隣のパスへと視線を向ける。

 

 「助かったけどこのリボルバーなに?」

 「好みじゃなかった?好きそうだから選んで来たけど」

 「君が投げるからびっくりしたってだけ。それと好みだけどSAAの方がしっくりする気がする」

 「ただ単に使い慣れているからでしょうソレ」

 「…何故貴様のような者がここに…」

 

 ほのぼのと会話をしている間に割って入ったチャールズ。

 対してオールドバットもパスもキョトンとして少しばかり悩み、小首を傾げながらチャールズの問いに答える。

 

 「「子供の参観?」」

 「―――ッぶざけるな!!そんなもので私の計画の邪魔をしたというのか!?」

 『違うな。貴様の邪魔をしたのは我々の意思だ』

 「誰だ…いや、なんだお前は…――――ぁ…」

 

 声がした方向に振り向けばガスマスクをした細身の男が宙に浮いてこちらを見下ろしていた。

 こいつはなんだと疑問を浮かべるチャールズはウェルロッドで撃たれてその場に崩れる。

 決して殺したわけではない。

 殺したりしては契約違反となるのでウェルロッドで麻酔弾(・・・)を撃ち込んで眠らせたのだ。

 現れたガスマスクの男―――サイコ・マンティスはクツクツと嗤う。

 

 「相変わらず仕事が雑だな。蝙蝠」

 「第一声がそれ?もうちょっとなんかないの赤毛の坊や」

 「この歳で坊やは止せ。なんにしてもハンス・ディヴィス(・・・・・・・・・)の身柄はこちらで貰い受けるぞ」

 「構わないよ――ってかそういう契約だしね」

 

 アリスは勘違いをしていた。

 ヴィゴ・ハッチがハンス・ディヴィスと思い込んでいたが、チャールズ・シュマイザーを名乗っていた彼こそが正真正銘のハンスであり、ヴィゴ・ハッチがエミリオと呼んでいた人物なのである。

 彼がBEAGLEを追っていたのは表向きのCIA捜査官としてだけでなく、利用価値がなくなったBEAGLEを潰すのと自身の正体を隠滅する目的があってこそ。

 事実、事件が解決した事でヴィゴ・ハッチをハンスに仕立て上げて偽装をしようと画策していたのだ。

 

 「でも、どうするの?簡単に言う事を聞くタイプではないでしょう。したとしても面従腹背の類だと思うけど」

 「その辺は大丈夫だ。俺達が必要としているのはハンス・ディヴィス本人ではなく、BEAGLEに顔が利くハンス・ディヴィスという顔だけだ。それだけなら仲間に得意な奴がいてな(デコイ・オクトパス)

 

 外で待機していたサイコ・マンティスに与えられた(・・・・・)兵士が死体の片付けとハンスの回収を行う。

 これでお役御免だと背を向けたサイコ・マンティスだったが、ぴたりと止まって振り返る。

 

 「ところでソレ(・・)はどうする気だ」

 

 サイコ・マンティスが示したのはアリスが入った袋。

 遺体袋に詰められているものの、あのウェルロッド(麻酔弾)で撃ったので死んではいない。

 元々殺す気のないバットに、さらにネオテニー計画を進めようとしていたハンスの思惑があって、ロジャーの前ではチャールズ(ハンス)は自分で見えないようにして死んだと告げたのだ。

 だから生きてはいるのだがサイ機能が高いサイコ・マンティスはひと目で察する。

 何らかの精神攻撃を受けている。

 否、受けた状態のままで眠らされているというのが正しいか。

 今は寝ているが大丈夫だが、起きれば精神攻撃に習って何らかの行動を本人の意思とは別に起こすだろう。

 事情をそのまま説明すると少し悩むもこちらに期待の眼差しを向けてきた…。

 

 「何とか出来るでしょ?なんたってここには僕が知るうえで最高のサイキック能力者が居るんだから」

 「ふん…貴様に言われても嬉しくないがな」

 

 褒められたからと言って素直に喜べない。

 なにせオールド・バット及びパス(・・)を覗き込む事はサイコ・マンティスをもってしても難しかった。

 あの人(・・・)から聞かされていたが、視た際に引き込まれた空間と人影とは二度と対面したいとは思わない。

 それだけの危険を感じ取ったのだ。

 ゆえに褒められたところで喜べないどころか皮肉かと思ってしまう程。

 肩を竦ませてそれに比べれば何ら問題はない。

 

 「やってはやる。だが、ソレを如何にする気だ?能力が能力なだけにこちらが引き受けても良いが?」

 「それは大丈夫…な筈。頼めば何とかなる…気がする」

 「随分曖昧な様子だが本当に大丈夫か?」

 「多分、大丈夫だって」

 

 言葉に自信を感じないがこちらが関与しないのであればどうでも良いのでそのまま流す。

 それよりもこちらに関わりのある話をする方が建設的だ。

 

 「我々はいずれ決起する。仲間の為にも…というのが一番だが()などは復讐でな」

 「確か今回の動きは情報収集と資金の獲得だったっけ?」

 「事を起こすにも金は必須だからな――――参加しないか?お前が同志に加わるなら()も喜ぶだろう」

 

 サイコ・マンティスの提案にオールド・バットは黙る。

 反対意見を出す事もなくパスはただただどういう答えを出すのかを見守るばかり。

 見たこと無い程鋭い目つきを向けるバットであったが、瞬き一つ挟むと困ったように笑っていた。

 

 「いらん世話だ(・・・・・・)――って一蹴されるのがオチだよ」

 

 本当にそうかとサイコ・マンティスは首を傾げるも、自信満々に口にされては否定するだけの確証のない為に言い返せない。

 なので「そうか残念だ」とだけ言い、期待された通りにアリスに植え付けられた精神攻撃を緩和して、回収したハンスと共に今度こそ帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 バット―――宮代 志穏はゲームをクリア(・・・・・・・)して険しい顔つきで、凝り固まった肩を解そうとゴリゴリと骨を鳴らしながらよく回す。

 今回はミステリアスというか疑心暗鬼とかが多くて、アウターヘブンやザンジバーランドと比べて頭と言うか気を回す事が多過ぎて疲れた。

 同時にクソ親父に鍛えられた近接戦闘を使う事があんまりなかったなと思い返し、

 

 「まぁ…良いか…。とりあえず今日はゆっくり休もう」

 

 大きく息を吐き出して壁の端末を操作して風呂の用意をさせる。

 精神的疲労が大きいとしても身体も疲れている。

 解すには風呂が一番だろう。

 出来ればマッサージ器でもあれば良いんだろうけど…。

 後で通販で値段やレビューだけでも確認しておくかと視線を向けるとメッセージが二件届いていた事に気付く。

 

 なんだなんだと一通目に目を通すと次のイベントのモニター依頼。

 また親父が関わったかと苦笑しながら面白がる。

 会社から離れたとはいえ開発者と言う事で顔が利く親父は以前にもイベントを企画した事があり、短期バイトと称してプログラミングを手伝いながら背景や設定など総指揮を行ったのだ。

 それがプレイヤーに大当たりで第二弾を期待するプレイヤーも多い。

 確かに面白くて楽しんだだけにモニターに選ばれたのは嬉しいが、わざわざモニターを頼むなんて何をする気だと不安も残る。

 

 そしてもう一通のメッセージを開く。

 親父からのメッセージだったのでどうせ惚気だろうと当たりを付けると画像が添付されていた。

 旅行先での一枚なのだが…おかしい(・・・・)

 

 親父(宮代 健斗)が右側に、母さん(パス)が左側に立っているのだが、見知らぬ女の子が二人に挟まれて並んでいるのだ。

 薄い灰色の長髪を額辺りで左右に分けて、何処かの学生服の上にジャケットを羽織った全体的に黒色が多い十代の少女。

 画像には簡単な編集で“アリス(・・・)”と殴り書きされているだけ…。

 そして画像の下に添えられたメッセージ分には一言だけ書かれていた。

 

 《やったね。妹が出来たよ》

 

 「やったね……っじゃあねぇよクソ親父!過程はどうした、過程は!?」

 

 反射的に大声を上げてしまった。

 母さんが妊娠していたなんて様子はなかったし話も聞かされていない。

 たった数日で子供を授かって出産?

 不可能だろうが物理的に!!

 

 むがぁあああ!とシオンは両親から送られた情報を処理できずに奇声を発するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハイジャックされた326便はアリスがコントロールを手放した事で自動操縦での着陸を可能として、生き残った数少ない乗客は生還できたことを各々喜ぶ。

 対して機内からは犠牲になった方々が運び出されていく。

 機長に副機長、スチュワーデスにヴィゴ・ハッチ上院議員、それに“104”と刻まれたレナ・アロー…。

 

 助かったと生の喜びを全身で味わう人々を横目で眺めながら、ミネット・ドネルは誰とも触れ合おうとせずにそのまま出口へと歩を進める。

 アリスを大きな間違いを犯していた。

 それはロビト理化学研究所での出来事などではなく、コンスタンス・フレミングに対して無警戒であった事だ。

 

 No.104はNo.16の肉体を乗っ取ってNo.16と成った。

 孤独の儀式を生き抜いたのは一人ではないのだ。

 何故自分に出来た事をNo.16には出来ないと思い込んでいたのか…。

 肉体を奪われたNo.16の魂は彷徨い、当時のコンスタンス・フレミングの精神を支配していたのだ。

 

 「興覚めだわ。人質を演じて(・・・)あげたのにつまらなかったわね」

 

 鼻歌混じりに歩くミネットが持つキャリーバックには二体の人形(エルジーとフランシス)がぶら下がっており、段差で揺れる度にカタカタと動く。

 戦利品…というよりは記念品に持って来ちゃったけど別段思い入れがある訳ではない。

 No.16は操り人形であったレナ・アローはACUAを投与されていた事から操って殺してやったし、レナとの繋がりを利用して精神を逆流させてやったからNo.16も死んだだろう。

 これで自身の存在を理解している者や関与していた者もロビト理化学研究所も消し飛んだ。

 なににも縛られない自由だと理解しても喜ぶことは出来ない。

 

 問題は縛られないからこそこれからどうするか…だ。

 こんな事ならレナを残しておくべきだったかしらと思うも、別にいらないわねと即座に考えを翻す。

 

 「お前がミネット・ドネル…いや、コンスタンス・フレミングか」

 「―――ッ、誰!?」

 

 急に声を掛けられて振り返った先には一人の男が立っていた。

 まったくもって見覚えのない人物であるが兎に角ヤバイ相手であるのは察せられる。

 鍛え上げられた身体を見せ付けるように茶色いロングコートは前を完全に開き、太々しく笑う様は異様な程の怪しさと力強さを纏っていた。

 感覚的に危険だと察知するもミネットに何が出来るというのか。

 ACUAを摂取していたのならまだしも、身体能力も子供の域から出ないミネットでは勝負にすらならない。

 ギリィと噛み締めながら数歩下がる。

 対して男は余裕のある態度で詰める事すらしない。

 

 「安心しろ俺はお前の敵ではない。まだ味方でもないがな」

 

 茶色いロングコートを靡かせながら男はクツクツと嗤う。

 ホルスターに収めた彫刻(エングレーブ)が施された銀色のSAAを覗かせながら…。




 これでアシッド終了となり、次はアシッド2へ行こうとは思いますが、その前に二話ほど入れて行こうかなと思っております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後始末と結果を経て…

 前週に投稿できず申し訳ありませんでした。


 ロビト理化学研究所の一件以降世間は騒がしくなった。

 爆発事故(表向きの発表)によってロビト理化学研究所は多くの死傷者を出して、国より隠蔽を目的に派遣された調査団が現地入りしてそれらしい原因を公式の情報として発信している。

 無論ながら孤独の儀式やACUA、メタルギアが表に出る事は一切ない。

 

 関連しているハイジャック事件もまた嘘が混じって報道されている。

 326便をハイジャックして多くの飛行機のコントロールを奪ったハイジャック犯―――レナ・アロー(・・・・・・)は乗客を殺害後に自殺(・・)したとして事件は収拾。

 

 本来の黒幕であったNo.16(アリス)の名が出る事がなかったものの、彼女が残させた数字からなる“NEKAL”の方は調査の結果からやはり高級シルク製品を扱っているNEKAL社の事である事が判明。

 NEKAL社の製品であるシルクパウダーを検査してみるとACUAが含まれていたとの事で、今はBEAGLEとの関連を探っている所である。

 

 そして何より暗殺者(ラ・クラウン)が捕まったというニュースが中でも一番騒がれていた。

 なにせ殺害した者の中には大物と呼ばれる権力者もおり、ほとんどが自殺や事故として処理された案件ばかり。

 さらに警察と取引でもしたのか雇い主を話したものだから大騒ぎ。

 依頼したのは大手企業や政治家など特権階級や富豪などが占めており、事が露見して政界や株価は大きな変動を余儀なくされる。

 

 特にこれらの事件に関わり、ラ・クラウンにコリン・フリードマンを幹部のエミリオ達が依頼した事もあって、火消しに大忙しである。

 とは言っても関わった者達は亡くなっており、BEAGLEはハイジャック事件で殺害されたエミリオもといハンス・ディヴィスであるヴィゴ・ハッチというスケープゴート(・・・・・・・)にすべての罪を被せる気でいるのだが…。 

 

 なんにせよ世間は大きく騒いでいる。

 ただそれは見ている側の話であって当事者は騒いでいる余裕など存在しない。

 蜥蜴の尻尾切りや証拠の隠滅、逃亡や資産を分散して隠したりと忙殺されそうなほどにやるべき事があるのだ。

 その中には情報の発信源の消去も勿論含まれる…。

 

 

 

 ラ・クラウンが捕まって仕事内容を語る以上、彼女を疎ましく思う権力者は数多く存在する。

 ゆえに取り入ろう(・・・・・)とする者も逆に現れるというもの。

 ピンチはチャンスと言うように、ラ・クラウンをこれ以上口を開かせる前に始末してしまえば、それだけの権力者に取り入れる好機と言う訳だ。

 裏社会でそれなりに組織を拡大したものの、これ以上大きくなることは牛耳っている先達に目を付けられる恐れがあり、勢力を拡大して良い思い(・・・・)を吸うにも後ろ盾は必要。

 甘い夢を見ていた男はピシッと整えたスーツが乱れるのを一切気にすることなく、脚が縺れそうになりながらも懸命に逃げようと走り続けていた。

 

 相手はラ・クラウンが狙われている事を熟知しており、秘匿性を重んじて少数精鋭で動いている。

 与えられた情報では隠れ家として使っている地点は三つ。

 男はその内の一つを任され、他二つは同じように雇われた別組織が襲撃する手筈になっていた。

 万が一にも自分達が外れだったとしてもどれかのチームが目標を殺害したのならそれなりの報酬を得るし、殺害を達成した組織には後ろ盾に成ってやるとどちらに転んでも悪くない話。

 最悪権力者とのパイプさえ出来れば御の字だと思っていたのに、どうしてこうなったと苦悶の表情を浮かべる。

 

 拠点として使っている廃工場に部下を集め、各々武装させて襲撃準備を進めていた矢先に奴は現れた…。

 スーツと手袋は別としてテンガロンハットにチェスターコート、ブーツと言った西部劇に登場しそうな格好で、腰のホルスターにはレミントンM1858(リボルバー)が納められて尚更それらしく見えるが、台無しにするように顔はフルフェイスのガスマスクを装備しているという奇天烈な奴に誰もが嗤ったものだ。

 誰だあの馬鹿は?…と口にしたのも束の間。

 

 奴は俺達に向かって銃をぶっ放しやがったんだ。

 たった一発の銃声で六人や撃たれた光景など理解が及ぶ訳もなく、右腰のホルスターから抜いて発砲したであろうレミントンM1858を戻すと、左腰のホルスターからもう一丁のレミントンM1858抜き終えると同時に銃声が響いてまたもや六名が倒れた。

 ようやく敵襲と気付いて応戦するも銃弾は避け、近づいては素手で武装した部下を気絶させていき、距離を取って機関銃をぶっ放すもレッグホルスターに収めてあった短身のレバーアクションライフル“ウィンチェスターM1873”で射手が撃ち抜かれてしまう。

 

 文字通りのバケモノだった。

 部下達に殺せと命じて自身はさっさとその場を離れた。

 あんな化け物を相手にするなど冗談ではない。

 例え部下が何人やられようと自分と溜め込んだ資金があればやり直しは利く。

 なにより自分の命には代える事など出来ぬ。

 

 札束が詰まったアタッシュケースを離すまいと抱え、息を切らしながら走るもスタミナが切れてその場に倒れ込むように手を付いた。

 これだけ走ったのだ。

 逃げ切っただろうと思うも、まだ距離があるが何者かの足音が聞こえて来る。

 もしかして奴を討ち取った誰かが追い掛けて来たのかと淡い期待を抱くも、振り返った先に居たのはあの化け物であった…。

 

 「ヒゥッ!?」

 

 声にもならない悲鳴を漏らして慌てて走り出す。

 こんなところで捕まりたくないし、何より死にたくはない。

 肩を大きく揺らしながら荒い息を乱れた走り方の男に、姿勢を整えてランニングしてくる奴は無情にも距離を詰めていく。

 

 もう駄目かと思った男に希望が映る。

 出入り口にはこ廃工場に来るために止めておいた車に、護衛で残しておいた部下がそこにいた。

 銃声が聞こえてかどうするどうすると不安げながら、良く逃げなかったものだと褒めてやりたい。

 

 「ボス!先の銃声は…」

 「お前ら、アイツを殺せぇ―――ッ!?」

 

 指で指し示しながら振り返った男の左右を銃弾が通り過ぎて行った。

 ランニングフォームを崩す事無く、装填を済ませたレミントンの射程に入った瞬間に抜き放ったのだ。

 頼みの綱だった護衛達は一瞬で撃たれ、脱出の手段だった車はタイヤを撃ち抜かれている。

 

 もう逃げ場はないとアタッシュケースをその場に落す。

 何とかならないかと考えながら思いついたのは最後の足掻き。

 ゆっくりと無抵抗を示すように両手を上げようとする素振りを見せつつ、一気に懐から拳銃を取り出して奴を狙う。

 

 しかし事実は懐に手を突っ込んだ時点で詰んでいた。

 レミントンは護衛と車のタイヤを撃ち抜いたので弾切れだったのだが、奴が懐に潜ませていた銃を抜いて撃つ方が早かった。

 脳天に伝わる衝撃を受けて、意識が遠のく中で男は声を聴いた。

 

 「あ、間違えた(・・・・)…」

 

 モーゼルC96のつもりでウェルロッド(消音機能内蔵拳銃)を構えた奴は何処か間の抜けた台詞を放ち、男はそんな奴にやられたのかと倒れて寝息を立てるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 No.16――いや、アリスは変わり果てた自らの環境に未だに戸惑っていた。

 孤独の儀式を経て肉体を失い、今の身体を手にしたアリスは復讐も果たすべくロビト理化学研究所の一件やハイジャックを計画して行わせた。

 復讐を除いた目論見はスネークやバット、テリコ達に砕かれた上に、自身はゴーストによって射殺された筈だった…。

 それが目を覚ませば異世界に居た………なんて信じられる筈がないだろう。

 

 「けど現実は現実として受け入れないと…いけないのね」

 

 命を狙われる事も自身を利用しようとする者の居ない世界。

 起きた矢先にゴーストこと宮代 健斗から説明を受けるも、咀嚼して呑み込む(理解して受け入れる)まで一時間以上を有したのは私の理解力が悪い訳ではないと思いたい。

 

 「まだお眠かな?」

 「子供扱いしないで…」

 「はいはい、分かりましたよ」

 

 小さくため息をつきながら買って貰った人形を抱き締めながら座っていると、パスから揶揄うように声を掛けられた。

 ムッと頬を膨らませながら抗議するも何処行く風。

 

 戸籍上はゴースト(健斗)とパスの養子と言う事になっており、一夜にして新しい両親と兄が出来るとは思いもしなかった。

 しかも兄となる相手はバットだと言うから驚きだ。

 ただバットは父親がゴーストだと知らないらしく、アリスという名である私をNo.16(アリス)と認識していない。

 これもゴーストからの説明であるが“こちら”から“あちら”に行くにはゲームに見立てた“ソフト【鍵】”が必要であり、バット(シオン)No.16(アリス)をゲームの存在…または向こう(・・・)の存在と思っているので同一人物だとは至らないのだ。

 無線で会話するだけで顔を合わせる事がなかったのも要因の一つではあるだろうけど。

 

 「何見ているの?」

 「あの人の活躍。視るでしょ」

 「…うん」

 「なら一緒に摘まみながら…ね?」

 

 パスが使っているパソコンのモニターは複数在り、その内の一つはゴーストを映し出している。

 行くためには“ソフト()”が要る筈であるのだが、例外としてゴーストは頼んで今のところは通行書を出して貰っているので自由に行き来が出来、行かずに関与しているパスは手前のパソコンを無理に繋げてもらっているのだとか。

  

 行く前にゴーストが作ったサブレを口に含みながらモニターに目を向ける。

 たった一人で文字通り無双している様に若干頬が引き攣る。

 こんな化け物が側に控えていたなんてあの時の自分が知ったらどう思っただろう…。

 

 ……普通に信じないわね、絶対。

 

 想像して答えを出したアリスは隣で呆れも混じった笑みを浮かべるパスの横顔を覗く。

 正直彼女は苦手だ。

 人と言うのは意図して、また意図せずとも仮面を被っている。

 私が知っている大人たちは人の面を被ったバケモノであった…。

 対して彼女は感情を抑制する術を知り、偽りの面を被るのではなくメイクのように自然と振舞う。

 ACUAでも盛らないと彼女の真意を読み取るのは難しい。

 だけどゴーストの前では着飾る事無く素の状態を晒す。

 

 無防備の彼女を眺めているとモニター内でリーダー格を撃ったゴーストは、何故か肩を落としながら帰路に就いたようだ。

 消えたと思ったらすぐ側の扉よりぐったりとした様子で現れる。

 

 「ただいまぁ…疲れたぁ」

 「軽い運動程度でしょ?」

 「僕、もう結構歳なんだけどなぁ…」 

 「あんな活躍しといてよく言うね」

 

 馬鹿馬鹿しい程の戦いを見せて置いて何を戯言を口にするのか…。

 まったく…と呟いて鼻で笑う。

 帰宅してすぐに肩を軽く回して時計を見ると台所へ足を向ける。

 

 「今日の夕食何が良い?」

 「貴方が作るもの(の料理)ならなんでも良いよ」

 「う~ん、何にしようかなぁ」

 「話してる最中悪いけど…珈琲頼んでも良い?」

 「うん、勿論。ミルクと砂糖は?」

 「無しで」

 「ブラックか。了解」

 「へぇ、苦いの大丈夫なのね」

 「甘さは十分(・・・・・)だから」

 

 返事をして珈琲を淹れに行く健斗を見送り、解答に首を傾げるパスを横目にアリスはコテンと転がる。

 これほどに気を緩めても、無防備を晒そうとも問題ない。

 利用する事も利用される恐れもない。

 まだここでの生活には慣れないものの、気楽で命の危険とは縁遠い。

 生温過ぎる日常…。

 荒んでいた精神を緩く蝕んでいく…。

 

 今はそれが心地よく感じ入る。

 甘ったるい生活に溺れながらもアリスは思う。

 彼女は(・・・)今頃何をしているのだろうかと…。

 

 「そう言えばザッハトルテを作り置きしていたけど食べる?」

 「――食べる」

 「もう、夕食前よ」

 「デザートと夕食は別」

 

 ふと思い浮かべていたアリスだったが健斗の言葉に喰い付き、パスが呆れたと言わんばかりの顔を向けられるも、美味しいものは美味しいので頂いておく。

 これに対しては同意見であり、夕食前に三人は珈琲とザッハトルテを楽しみ始めた。

 チョコの風味を活かした深いコクと苦味のある風味は後を引くが、余韻を味わいながら珈琲との協和を口内で奏でる。

 笑みを浮かべるアリスであったが、健斗が「あぁ、そうだ」と思い出して手をぽんッと叩く。

 

 「今度イベントのモニターがあるんだけどさ。シオンと共にやってみない?」

 「話は聞いたけどそれもそれで信じられないんだけど…」

 

 懸念は当然だとパスは当時の事を思い出す。

 世界を渡った頃は何もかもが新鮮で驚いたものだが、中でも被るだけでゲームの中へと入り込むゲーム機の存在は驚愕だった。

 一応アリスにも説明は行ったものの、体験はまだの為に疑いが残っている。

 そもそもモニターとしてメールを送った先は総合順位上位勢。

 ACUAでも盛れば別だが、素のアリスでは実力が不足過ぎる。

 

 「参加する権利あるの?」

 「そこは僕のコネがあるから」

 「問題でしょソレ…」

 「あの面々だからなぁ…ハンデ(・・・)があった方が面白そうだと思ったんだけど」

 

 多少面倒臭そうにしていたアリスであるが、その言い分にピクリと反応を示す。

 決して健斗は煽っている訳ではなく素でそう思っただけなのだが、パスはニヤリと嗤って納得する素振りを見せてわざと煽る。

 アリスもアリスで負けん気が強い事も無いが、嘗められるというのは好ましくない。

 けれど自身がスネークやバット(シオン)並みの活躍が出来るか否かは正しく認識している為、少しばかり捻くれた方向に考えが赴く。

 

 「そう…思いっきり引っ張ってあげる(・・・・・・・・)

 「ついでにあの子にゲームの中を案内して貰ったら」

 「んー、ゴーストはしてくれないの?」

 「今回開発者だからね。参加は出来ないかな」

 「開発者云々より貴方の難易度に合わせたら誰も突破できないわよ」

 「仕事も立て込んでるしね。頼んだ分の借り(・・・・・・・)は返さないと(・・・・・・)

 

 何処か楽し気に笑う様にアリスは首を傾げるも、パスは解っているのでクスリと微笑む

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年を経たずしてBEAGLEは消滅するだろう。

 それはラ・クラウンの自白や世間からの追及によるものでも、レオーネのような武力によってでもない。

 単純且つ文字通り全てを奪われてしまうからだ。

 かつてソリッド・スネークやロイ・キャンベルが所属していたFOXHOUNDは、新たな人員を迎え入れて生まれ変わっていた。

 所属している者達は任務を熟しつつも野望の為に行動を開始。

 世間から向けられる追及から逃れようと必死になっている最中、ハンス・ディヴィスに変装したデコイ・オクトパスによって様々な情報が抜かれ、資金などは気付かれないようにダミーカンパニーを挟んで流している。

 気付いた時にはもう手遅れだろう。

 

 だがそんな事どうでも良い(・・・・・・・・・・)

 国防省付属機関先進研究局(DARPA)の局長は届いたデータを目にして小さくため息を漏らす。

 ロビト理化学研究所での実験(・・)は概ね成功と言えよう。

 

 ステルス性と高火力を持ったメタルギア・コドク。

 残念な事にネオテニー搭乗時のデータが得れなかったのは痛いが、致し方なしと諦める他ない。

 そもそもあのネオテニーの少女がこちらの言う事を聞くとも思えないし、個人の能力に頼り切るなど兵器として不出来であろう。

 何よりメタルギアの本来の目的を考えればそれほどに操縦者の技能は重要ではない。

 

 しかし概ね成功と言っても結果としては使い物にはならない出来である。

 確かに火力は高い上にステルス性も十分すぎるが、その分機動力も防御力も圧倒的に劣っていた。

 なにせ外角の装甲が狙撃銃で大きなダメージを受けるのだ。

 このようなもので戦車などの戦闘車両を相手にすればただの案山子となってしまう。

 

 それでもオーバーテクノロジーとなったサヘラントロプスを再現して得たデータを取り尽くして新たに作り出した新型機なのだ。複製品でも模造品でも改修機でも改造機でもなく紛れもない新型。

 

 作り上げれた事実と問題点が露わになった事こそが大きな成果である。

 支払った資金はかなり手痛いがBEAGLEが大半の資金を出しているので、一機作り上げるに比べれば大分安いのでそこまで思い悩んではいないが…。

 カリブ海で回収した現代ではロストテクノロジーに分類される兵器は手に入った。

 

 後は…もう一方の試験データを回収出来れば…。

 局長ことドナルド・アンダーソンはほくそ笑む。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR AC!D 2
異なる蛇…


 飲食スペースの一角でシオンは呆れ顔を晒す。

 目線の先には乗っていた料理だけをキレイに食べきった皿、皿、皿の山が並ぶ。

 どんだけ食らう気だよと呆れ顔を向けるが、相手は涼しい顔つきで料理を口にする。

 十人前は裕に食ったであろう人物は十代の少女。

 何処にあれほどの量が収まるんだと疑問が浮かぶが、ここはゲーム(・・・)の中と言う答えがすぐに過る。

 

 シオンは両親が何処からか拾って来た義妹のアリスと共に(ファースト)(パーソン)(シューター)ヴァーチャル()リアルティ()ゲーム“アウターヘイブン”をプレイしていた。

 というのもイベントのモニターを頼まれて意気揚々としていたところに、親父よりコネでアリスをモニターに入れると連絡があり、面倒を見てやってくれと頼まれたのだ。

 

 別に俺ではなく親父が面倒を見れば良いだろとも思ったけども、仕事で忙しくて手が回らないとの事。

 降って湧いたように出来た(アリス)であるも邪険に扱うつもりは無く、相手を知るために会っておくのも良いだろう。

 そんな風に軽く考えていたのが悪かった…。

 

 アリスはゲーム初心者だった。

 FPSに対してというよりVRゲームそのものに対して。

 右も左も分からない超ド素人を上位陣が居るとは言え、イベントモニターにぶち込むなよクソ親父と何度罵った事か…。

 解った以上は放置はできない。

 イベントモニターまでに間に合わせるべく、こうして練習がてらプレイしている訳だ。

 

 本来なら初期武器から慣れさせて行くべきかも知れないが、猶予が無いために本人の要望やこちらから勧めた銃を渡して慣れさせている。

 サブマシンガン(短機関銃)のMP5に伸縮可能なストックが装備されたMP5A1。

 P226を小型軽量化して装弾数13発のシグザウエルP228。

 モーゼルC96のコピーであるアストラM900(本人の要望)

 射撃チュートリアルで見た命中精度などは兎も角としても中々撃っている姿は様に成っていた。

 姿勢や持ち方的には間違っていて教官(ノン)(プレイヤー)(キャラクター)に指導受けているも、妙に撃ち慣れている感じがあるから不思議だ。

 

 「……なに?」

 「いや、食いすぎじゃあねぇか?」

 「良いじゃない。ゲームなのだから限界は無いし、どれだけ食べても太らないのだから」

 「確かにゲーム(仮想世界)なのだからカロリーも腹に溜まる事も無いが、注文する度に俺のコイン(ゲーム内無課金通貨)が減っているの知ってるか?」

 「ミッションを熟せばすぐに入るんでしょう。可愛い妹に気前よく奢っても罰は当たらないと思うわよお兄ちゃん(・・・・・)

 「止めてくれ。鳥肌が立つ」

 「可愛い可愛い妹が言ってるのに?」

 

 くすくすと嗤うアリスに肩を竦ませる。

 同じ名前だからかゴーストに撃たれたアリス(No.16)を思い出す。

 まったくもって残念そうではない様子を見せながらケーキを含む。

 

 初めてここ(・・)を訪れたのなら料理を楽しむ気持ちは良く解かる。

 FPSVRゲーム“アウターヘイブン”でチュートリアルやギルドの申請、戦闘ヘリや戦車を含む兵器購入などなど、誰もが一度はお世話になる運営により管理されている巨大複合軍事施設“マザーベース”。

 開発者であった親父が熱意をもって設計した場所ゆえに様々な拘りが含まれ、中でも飲食に関する再現率は半端ではない。

 ゲーム内なので匂いや味などは存在しない為に、それらを再現するのはプログラマーの腕によって大きく異なる。

 そして親父は何故か食にも強い熱意を持っていたためにその再現率は非常に高く、多くのプレイヤーを虜にしてきた。

 ちなみにこの飲食スペースには実際の飲食店が出品しており、課金して飲食会員のグレードを上げる事でより高級な料理を楽しめるようになっている。

 

 「限度はある。飲食によるバフ効果(・・・・)だって無限に付けれる訳ではないんだ」

 「私は純粋に食事を楽しんでいるの」

 「後の楽しみにしろ。とりあえず今日中に幾つかのミッションを熟すぞ」

 「先に服装を何とかしたいわね」

 

 言われてみれば確かにとアリスの服装に視線を向ける。

 武器はアイテムボックス内でダブったり入れっぱなしだった銃を渡したわけだが、服装に至っては初期装備の緑の野戦服で防御力的に不安が強い。

 せめて防弾チョッキぐらいは渡しておくべきか。

 

 「ちなみになんか希望とかあるか?」

 「そうねぇ…学生服に黒のジャケットが良いかしら」

 「なんだその装備。生産ギルドにオーダーかければ出来るだろうけど、金が掛かりそうだぞ―――って、俺を当てにしてますみたいな目を止めろ。銃をやったんだから防具ぐらい自分で揃えろ」

 「えー、買ってくれないと“お兄ちゃん(・・・・・)”って呼び続けるわよ」

 「斬新な脅しをすんな。後で手伝ってやっから素材集めやるぞ」

 

 面倒臭いと思いながらもシオンはアリスの面倒を見る。

 内心押し付けた親父に対して文句(呪詛)を抱きながら…。

 

 

 

 

 

 

 誰かに何か言われた気がして宮代 健斗(オールド・バット)は振り返るもそこには誰も居ないどころか周囲を白に統一された世界(・・)であった。

 健斗は彼ら(上位存在)に対して大きな借りを作ってしまった。

 自分達も子供の活躍を見たいという気持ちに対しては彼ら(・・)理解を示して(観戦している側として)許可してくれたが、世界を渡らせて貰ったアリスの一件は別である。

 頼み込んだ健斗に対して彼らは観戦(・・)ではなく渡ってみてくれないかと返したのだ。

 二つ返事で引き受けた健斗は観戦者としてではなく世界を渡る前に、武器等の用意を行うべくこの空間へと誘われた。

 何度か見た人影(シルエット)と色は異なるものの、同様の存在を見つけて健斗は声を掛ける。

 

 「貴方が案内人さん?」

 『ああ…本物だ。本物のバットだ!』

 

 出合い頭から興奮状態にある紫色の人影(シオンの担当)に困惑を隠せない。

 まるで憧れの人物に会ったかのように扱われて(実際その通り)むず痒い健斗は、本題に入ろうと小さく咳払いを挟む。

 

 「んんッ、ここで銃を受け取るようにと言われたんだけど」

 『あ!お見苦しい所を申し訳ありません。少々お待ちを』

 

 正気に戻った紫の人影は指をぱちりと鳴らすと複数の棚が現れる。

 棚にはリボルバー(回転式拳銃)からオートマチック(自動拳銃)、マシンピストルから特殊なハンドガン系列までずらりと並べられていた。

 正直数に圧倒されるも、それを上回る興奮状態に戻った人影が迫る。

 

 『以前使用されていた銃をそのまま使用する事も可能ですが、新しい装備に一新するというのは如何でしょう』

 「一新という事は前の武器は破棄するの?」

 『いえいえ、そんな勿体ない!』

 「勿体ない?」

 『間違えました。そのような事は致しません。こちらでお預かりしたままになりますのでお安心を』

 「なら良いか」

 

 現在保管されている健斗の武装は二セット存在する。

 以前バットとして活躍していた頃に持っていたコンバットリボルバー“M19”、グレネード発射可能な拳銃“カンプピストル”、ブルバップ式アサルトライフル“SUG”、非殺傷のゴム弾使用“水平二連ショットガン”。

 リボーン・ゴーストの装備として短身のレバーアクションライフル“ウィンチェスターM1873”、消音機能内蔵拳銃“ウェルロッド”、そしてレミントンM1858が二丁。

 どちらでも使ったモーゼルC96などなど。

 

 モーゼルC96は別として、武装を一新するというのも良いかと思った健斗を他所に、紫色の人影は興奮気味のままに語り掛ける。

 

 『バット様(・・・・)と言えばやはりリボルバーですよね。カウボーイ時代に保安官が愛用した事で“ピースメーカー”と呼ばれ、以前バット様が愛用されていたシングル()アクション()アーミー()は他者に渡ってお預かりの荷物に存在致しません。

  こちらから選ばれるのでしたらS&WのM686など如何でしょう?

  M686は同社のM19を愛用していたガンマンが代用として使用した事のあるリボルバーでして、銃弾も同じ357マグナム弾が使用できます。

  他にもM29にマテバ2006Mも良いですよね。

  いやいや、スターム・ルガー スーパー・レッドホーク…スタームルガー・ブラックホーク、トーラス・レイジングブルも捨てがたい。

  けれどここは原点に返ってSAAの方が…』

 

 ぶつぶつと呟き始めた人影から離れて、自ら棚に近づいてリボルバーを眺める。

 するとあるリボルバーになんとなく(・・・・・)惹かれて、具合を確かめるべく手にして構えた。

 

 「とりあえずこいつにする」

 『……“スコフィールド”ですか…』

 

 自然と選んだ銃であったが、紫は選んだ銃に対して驚きと感嘆を混ぜ合わせて名を口にする。

 SAA同様に.45口径の装弾数六発。

 弾丸は.45ロング・コルト弾には多少劣る.45スコフィールド弾。

 スコフィールドに対抗してSAAが作られた経緯を知っている紫としてはそのような感情を抱かずにいられない。

 本体はシルバーでグリップは木製の中折れ式(ブレークオープン)リボルバー(回転式拳銃)“スコフィールド”。

 

 これでモーゼルC96と合わせて二丁であるが、それだけでは少々心許ない。

 国境なき軍隊やダイヤモンド・ドッグズならば開発された銃器を送ってもらう事も出来たが、今回は単独潜入メインならば武器は限られてくる。

 特にアサルトライフル系になるとハッキリ言ってばら撒くだけの健斗なら尚更に…。

 

 「他にお勧めの銃ってある。回転式拳銃以外で」

 『ではグロッグ17などは如何でしょう。フレームなど多くの部位をポリマーフレーム(強化プラスチック)が採用されているので軽く、熱伝導率が低いので火傷や寒冷地での金属パーツと皮膚がくっ付くと言った事故が起こりません。また安全装置にはトリガーセーフティーが用いられているので、誤ってトリガーが意図せず引っ掛かっても動かず、暴発などの事故も防げるようになっております。環境によっては木製は腐ったり、金属は錆びたり致しますが、年数経過によるものは除いてポリマーフレームは環境による劣化はし難いです。多くが強化プラスチックと申しましたが内部機構や弾倉には金属製パーツが使用され、金属に比べて剛性の低さを補うために大型化して強度を保っておりますのでご心配なく。性能も非常に優れており―――』

 「あー、うん。分かった。ならそのグロッグを使わせて貰おう」

 

 解説してくれるのは有難いがあまりに早口で綴られ、気圧されるように了承する。

 すると紫はアタッシュケースを何処からともなく取り出して、大事そうに納められたグロッグを見せて来た。

 

 『こちらをお使いください。

  グロッグ17を競技用にロングバレル(長銃身)して命中精度は向上したグロッグ17Lです。

  内部構造の若干の変更に弾倉の挿入を容易にするべく挿入口の拡張などが施された第五世代(Gen5)が基準ですが、こちらで若干の改造を加えさせて頂いた物となります。

  取り除かれたフィンガーチャンネルを復活させ、グリップは付属パーツでの変更ではなく貴方様に合わせております。

  勿論フィンガーチャンネルも引き金も。

  以前のデータ、それと現在の戦闘データからレーザーサイトやライトなどの補助パーツを使用しないようなので、取り付けるレールは排除致しました。

  軽量化で施されていたスライド上部に肉抜き加工は排除、上部フレームは黒基準の物からシルバーフレームに変更。

  要望がありましたらエングレーブ(彫刻)も施しますが?』

 

 わざわざ用意してくれていた事に驚きつつも、彫刻と聞いて少し悩む。

 別段SAAは自身で彫刻を施した訳ではない。

 ネイキッド・スネークが言っていたようになんのアドバンテージもないが、あったからと言って性能が格段に下がるという者でもない。

 ならばと健斗は「“R・ゴースト”と彫刻してくれ」と頼んだ。

 

 畏まりましたと紫が彫刻を施している間に、健斗は銃器を眺めては次々と(・・・)手に取っていく。

 能力によって僅かな時間で彫刻を施した紫は、差し出された銃にホルスターを目にして驚愕して黙ってしまった。

 

 「あと、これらも良いかな?」

 

 要りますか!?と叫びたくなる衝動を抑え、以前(MGS:PW)歩く武器庫(・・・・・)と称されていたのを思い出すのであった…。

 

 

 

 

 

 一機のプライベートジェットが合衆国へ向けて飛行を続けていた。

 操縦者を含めた四名の搭乗者である彼ら・彼女らは、“英雄”であると同時に“追われるもの”として逃げている。

 “セレナ共和国”のレジスタンスとして多大な戦果を挙げ、デカルト将軍の独裁軍事政権を崩壊に追いやった立役者。

 しかしながら麻薬王エスコバルが資金源にしていた麻薬工場を破壊した恨みから、新政権のペレス国務長官殺害の罪を押し付けられて今やセレナ共和国から追われる身…。

 新政府の高官にエスコバルがかなりの額の金をばら撒いた為に、彼ら・彼女らに味方する者はいない。

 捕まれば何をされるか分からず、こちらの主張が握りつぶされるのは目に見えている。

 急ぎエスコバルの庭と化したセレナ共和国を脱出した彼ら・彼女らは奴の手から逃れるべく自由の国へと逃れてきたのだ。

 持てる大金を払って手を回して着陸許可まで取り付けたが、執念深い奴を思えば国を渡ったからと言って油断は出来ない。

 

 けれど今だけは不安交じりながらも希望を語る。

 操縦席に居るロディ・ルイスとデイブ・コープランドは各々の夢を口にする。

 ロディは昔から牧場を買う事(カウボーイ)が夢なんだと言えば、デイブが小太りな体系を弄って馬が潰れると軽口を叩きながら自分は南の島でゆったり暮らしたいと夢見る。

 

 操縦席と打って変わって客席の二人は何処か悩ましそうだ。

 半袖半ズボンの十代後半の少女―――コンスウェラ・アルバレスは心配そうに対面に腰かける青いスニーキングスーツを装備している“スネーク(・・・・)”を見つめる…。

 彼こそがデカルト政権を崩壊させた英雄その人だ。

 三年前に起こった“プラウリオの惨劇”後に瀕死の状態で倒れていたところを、コンスウェラに助けられてからレジスタンスに入って要衝トルメンタ要塞への単独潜入を成功させるなど驚異的な実力と戦果を齎した。

 

 「大丈夫スネーク?」

 「ん、あぁ…少しあの(・・)夢を見ていた」

 

 青いバンダナを巻いて髪を逆立てている為に顔が丸解りな事から、その夢が楽し気な夢でなかったことは明白だ。

 感じ取ったコンスウェラも何処か暗く、空気清浄機が数台は必要な程に空気が重苦しい。

 重苦しい空気が漂う二人に操縦席の二人は明るく声を掛ける。

 

 「もう少しで自由の国だ。スネークにコンスウェラは何かやりたい事とかないのか?」

 「コンスウェラはバイクショップだよな」

 

 生きる為にも逃げる為にも金はいる。

 逃亡者である彼ら・彼女らの逃走資金は何処から出ているのかという疑問は、エスコバルから失敬した1500万ドルもの大金が解決してくれるだろう。

 逆に言えば資金源である工場を破壊された上に、金を持ち逃げされたから追っているというのもあるのだが…。

 単純に四等分しても一人頭350万ドル以上。

 バイクショップを開くにも十分過ぎる額。

 だけどコンスウェラは首を横に振るう。

 

 「スネークはこれからどうするの?」

 「俺は…探しモノをしようと思っている…」

 

 スネークの“探しモノ”とは“記憶”である…。

 コンスウェラに助けられて以降の記憶はあっても、それまでの経歴・過去・本名も一切が不明。

 過去がどうであれ共に戦った仲間であり戦友である事は変わりない。

 

 「確かにスネークの過去は気になるな。俺は傭兵だったと思うけどな」

 「傭兵がなんて記憶喪失なんだから解らないわよ」

 「あれだけの活躍に武器のスペシャリストなら凄腕の傭兵に決まってる」

 「いやいや、俺は腕利きの工作員だったと思うね。要塞に単独潜入なんてまさにそれじゃねぇか」

 「何処かの王子様………って事はないかな?」

 「「それはない」」

 「解らないじゃない!」

 

 同時に否定された事にコンスウェラはムッとしながら返す。

 様子を眺めていたスネークはコンスウェラは勿論として、操縦席より振り返るロディにデイブも頬を緩めている事に気付く。

 

 「スネークの過去について賭けるか?」

 「勿論」

 「良し、俺も乗った」

 「なら賭けの答えを知る為にはスネークの過去を確かめないと………ねぇ?」

 「南の島は逃げねぇしな」

 「カウボーイも良いけど探偵ってのにも憧れてたんだ」

 

 クスリと笑う仲間にスネークは何とも言えない感情に包まれる。

 温かくも嬉しい…。

 けれども本当に良いのかという懸念。

 それらを払うようにコンスウェラは真っ直ぐに見つめる。

 

 「私達は貴方に命を救われた。だから今度は私達の番」

 「お前達………すまない」

 

 表情を隠すように俯きながらスネークは礼を口にする。

 そうこうしている内に目的地だった合衆国のとある空港に到着し、高度を下げて着陸を果たす。

 これからの事を思い描きながら彼ら・彼女らは合衆国の地に足を踏み入れると盛大な歓迎を受ける。

 

 ―――ただその歓迎は好意的ではなく、寧ろ逆のものである。

 

 四人が降り立った途端にライトが向けられ、いきなりの強烈な光に目が眩む。

 状況を理解しようと目を細めながら見つめるスネークの視界に映るは大勢の武装した者達。

 顔までは見えないが軍か警察かの判断は出来ないが武装から特殊部隊である事は確かだろう。

 囲まれているだけでなく武器が無い状態では手も足も出ない。

 

 「俺はFBIのダルトンだ。お前達を不法侵入及びセレナ共和国国務長官殺害の容疑で逮捕する」

 

 煙草を吹かしながら先頭に立つトレンチコートを羽織るダルトンという捜査官にそう告げられ、スネーク達は抵抗する事無く逮捕される。

 この逮捕の後にある事件に巻き込まれる事になるとは思いもせずに…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

急変する事態にマイペースな幽霊

 投稿が遅れに遅れました。
 まさか風邪が治った直後にまた風邪をひいてしまうとは……。


 セレナ共和国でレジスタンスとして活動していた少女コンスウェラに助けられた記憶喪失の男―――スネーク。

 独裁軍事政権打倒に多大な貢献を成した彼は、麻薬王エスコバルと敵対する事によって新政権国務長官殺害の濡れ衣を着せられ、止む無しと合衆国へ逃げてきたのだ。

 しかし彼とその仲間たちはダルトンというFBI捜査官によって逮捕されてしまう…。

 逮捕された彼らは国務長官殺害容疑から莫大な資金にものを言わせたエスコバルよりの政府へと引き渡される………筈だった。

 

 

 

 民間の軍需企業ストラテロジック社。

 軍需系といえ民間の企業である事には変わりないのだが、軍の施設を転用した研究施設に軍事要塞並みの警備体制。

 さらには元特殊部隊出身者や腕利きの傭兵などが警備兵として勤めて居たりと厳重過ぎる程。

 そこまでして何かを守らねばならない、またはそこまでしないといけないようなナニカがあるのか…。

 FBI捜査官のダルトンはそのストラテロジック社の捜査を行っていた。

 だが調べようにも手詰まりだったのか難航し、スネークに対して捜査協力するなら見返りとして持っていた金も仲間達も見逃してやると取引を持ち掛けたのだ。

 

 正式に捕まるのならまだ良かったかも知れないが相手はあの麻薬王エスコバル。

 捕まれば何をされるか分かったものではない。

 いや、想像している数十倍の事柄をされるだろう。

 自分一人ならまだ強がりも言えようが、仲間がそんな目に遭わせられるのだけは御免被る。

 

 スネークはダルトンの取引に応じる形でストラテロジック社の施設への単独潜入を行っている。

 しかし腑に落ちない点が多い。

 施設内に潜入して端末にシリコンメディア(外部記憶装置)を接続すれば、LANにアクセスしてインストールされたプログラムが自動的にダルトンが欲しているとある(・・・)ファイルを探してコピーする事になっている。

 確かに目的の情報は手に入るとは思うが、入手方法は違法そのものなので証拠能力は皆無。

 発表したとしても疑う、または怪文書の類で片付けられるどころか逆に訴えられるだろう。

 そもそも“危険かつ重要な捜査”らしいのだが、ならば何故チームも組まれずに二人で事に当たっているのか…。

 一応身分証明書は見せてもらったが本物かどうかも怪しい。

 

 何らかを隠しているのは確かなのだが、意外と悪い奴という感じはしないのが不思議だ。

 こちらに命令を聞かす為に仲間を預かっているという事を強調するが、お互いに初対面で信頼関係など皆無な状態ならそう言うものだろう。

 それと指示を出すだけなら安全な場所で待機していれば良いものを、ダルトンは施設に隣接している港に停泊している小型船の中で待機して脱出路の確保をしている。

 取引や説明、無線で話した感じからなんとなく察してはいたが……。

 

 「暑苦しそうな奴だな」

 『なんか言ったか?』

 「いや、何でもない。ゲート前に…―――ッ!?」

 

 ここまでは何も問題は無かった。

 軍事拠点であった要衝トルメンタ要塞に単独潜入したスネークにとって、軍事要塞並みの研究施設に忍び込むのは簡単ではないが難しい事でもない。

 結果、誰一人にも気付かれる事無く入り込めたのだから。

 

 ふと考えたりはしていたが周囲の警戒を怠った訳ではない。

 だが何者かが自分の後ろに立っている事だけは分かる。

 何処から湧いたのか一切気付けなかった。

 ゆっくりと視線を向けると確かにナニカがそこに居る。

 完全に振り返っていない為に顔などは見えないが、黒いロングコートがマントのように風で靡いているのが視界に入る。

 

 「んー、似ているけど違うかな」

 

 声からして男性……それも感じから年上だろう。

 ぽつりと一言漏らすだけで敵意は一切感じない。

 寧ろ不自然ながら声に聴き入ってしまう。

 

 「警備の兵とは異なるね。っていう事は潜入工作員かな」

 「さぁ…な。俺はただの警備員だ」

 「警棒も持たずに?銃も持ってないようだけど」

 

 確かにスネークは銃を持ってはいなかった。

 ダルトンは違法捜査ながらも捜査官としてのポリシーで銃を持たせなかったのだ。

 スネークもスネークで武器の現地調達にも慣れている事もありその事に不平不満を抱かなかった。

 肌にぴったりとしているスニーキングスーツを着用した場合、服の下に銃などを隠せば膨らみで見れば解かってしまう。

 そもそも抜くのに非常に苦労するので入れはしないが…。

 背負っているリュックを覗いて手にも外装にも銃が見えない事から判断され、軽く見通された上に笑われているが人を見下す嗤いではなく楽しそうに笑っている。

 少しばかりムッとしながらも背後を取られた事から不用意な行動は取れない。

 どうするかと悩んでいると横から銃が差し出された。

 

 「ここで出会ったのも何かの縁だ。使うかい?」

 

 言われている意味と意図が解らない。

 差し出している拳銃―――“ワルサーP99”。

 ポリマーフレームを採用された拳銃で弾は九ミリパラベラム。

 手に取って確認しながら今度こそ振り返るもそこには誰も居なかった。

 まるで端から何者も居なかったかのように…。

 

 「幽霊……の類だとでもいうのか?」

 『さっきからどうした?何があった?』

 「解らん。狐か狸に化かされた。そんな感じだ」

 『良く解からんが兎も角管理事務所に急いでくれ。外様の端末では入り込めないからな』

 「………了解した」

 

 一体何者だったのだろうかという疑問は残るものの、立ち尽くす事も戻る事も叶わない事から先に進むほかない。

 コンテナやトラックが置かれた出入り口から施設内に侵入し、広いロビーなどを通り過ぎて目的の端末を探す。

 意外とすぐに辿り着き、早速シリコンメディアを接続してファイルをダウンロードし始めた。

 自動でコピーしているとファイルの内容が見え、何らかのリストが眼に留まる。

 

 「これがお前が求めていたファイルか。リストみたいだが」

 『その通り、顧客リストと帳簿だ』

 「何のだ?武器売買とかか?」

 『いや、子供(・・)の………っと、その話は後にしよう。とりあえずデータを持って脱出するんだ』

 「了か―――ッ!?」

 

 返事を返そうとした矢先、施設内にけたたましく警報が鳴り響く。

 施設内の放送ではA区域と区分されている辺りは閉鎖し、レベル1以上のカードを所持してなければゲートを通過する事は叶わなくするそうだ。

 人の出入りを制限する内容と緊急事態を知らせる警報から何者かが侵入して発見されたと予想する。

 

 『なんだ?どうした!?こっちまで警報が聞こえるぞ!!』

 「侵入者警報のようだな」

 『見つかったのか?』

 「いや、俺ではない。もしそうであれば警備兵に囲まれている」

 

 返しに安堵しているようだが事態は不味い方向に転がっている。

 侵入者が捕縛、または排除されるまでは警報や現状が緩和される事はまずあり得ない。

 そうなればこちらも動き辛く、移動を制限されている事から脱出も厳しくなる。

 だが、見つかったのは誰なんだ?

 先ほどの男ほどの者が見つかるとは思い辛い。

 潜入工作しているのが俺や奴以外に居るというのも考えづらいが、ナニカがこの施設内で起きているのは確かだ。 

 

 『俺達は招かれざる客だ。捕まる訳にはいかない』

 「解っている。俺だって捕まる気は無いし、捕まると都合が悪そうだしな」

 『身も蓋もないがその通りだ。くそッ……施設内のゲートが閉まったせいで状況が掴め―――…おい、聞こ……ぅか?………』

 

 電波の状態が悪化したのかダルトンの声が途切れ途切れになる。

 ゲートを閉めたのは侵入者の移動を制限するもの。

 なら電波妨害は情報を漏らさない為か連絡をさせない為なのか。

 

 『――ファイルを優先しろ。施設北側の“通信棟”がぁ…………ェジタル回線を使ってぇ………』

 「脱出でなくファイルを…か」

 

 聞こえないように舌打ちを漏らす。

 これが脱出なら気にする必要はなかったのだが、ファイルを送るのであれば最悪受け取ってら切り捨てられる可能性が発生する訳で、自分が捕まる分には良いが仲間がどうなるかは分からない。

 しかしながら奴が仲間の身柄を握っている限り選択肢はこちらには存在しない。

 

 「良く聞こえないが了解した」

 

 情報支援のないままに先へと急ぐ。

 通信棟までの道のりの警備をやり過ごし、赤外線の網を突破してデータを送る為の端末を探す。

 すでに施設内部で何か起きているだけに今後何が起こる事やら。

 丁度通信棟に入った辺りで回線を変更したのが雑音もなくクリアな状態で無線が届いた。

 

 『無事到着したようだな。俺が居なくて寂しかっただろう』

 「いや、そんな事はない。兎も角早く作戦を終えよう」

 『もう少し気の利いた返事をだな……まぁ、良い。データを――ッ、なんだお前たちは!?』

 「どうしたダルトン?」

 

 何が起こるか分からないとは思っていたが、まさかこちらではなくダルトンの方が何かがあるとは思わなかった。

 ただ情報が不足し過ぎて何が起こっているのか判断が出来ない。

 無線に耳を傾けるもガタガタと物音がするばかりで伝わってこないときた。

 分かるのはダルトンの身に何かがあった事と、言葉からして複数人に襲われるか何らかがあったぐらい。

 聞き耳を立てて待機しているとようやく無線に声が入る。

  

 『随分と狭っ苦しい司令部だ』

 『誰だ貴様ら!!連邦捜査局の捜査を妨害してただで済むと……』

 『おや?君は捜査から外されたのではないかね元捜査官ダルトン君。さて、聞こえているかなスネーク君。私は国防省統合参謀本部のワイズマンだ』

 

 ダルトンが元捜査官であった事もそうだが、国防省統合参謀本部―――軍が出て来た事に怪訝な顔をする。

 ワイズマンと名乗った男はダルトンとスネークに現状の説明を口にする。

 

 ストラテロジック社内部にて副社長であり主幹研究員のトマス・コペルソーンが社内の武器・警備システムを掌握。

 研究施設を完全に占拠するという事件が発生。

 軍と政府の高官、大企業の幹部など十数名の引き渡しを要求し、応じなければ核兵器を使用すると脅しをかけて来たのだとか。

 

 「核兵器だと?」

 『そんな馬鹿な…』

 『事実だよ。ここではストラテロジック社と政府との間で新しい核攻撃システムの開発・研究が行われていたのだ。その名も核搭載二足歩行兵器―――“メタルギア”』

 「…メタル……ギア」

 『おい、どうした?知っているのか?』

 「分からん。分からんが聞いた覚えがあるような…」

 『すでにメタルギアの開発は済んでいるらしく、演習の為に核弾頭が持ち込まれている』

 「いくら核があろうと安全装置がある筈だ」

 『無論あるがコペルソーンは情報技術の天才。起爆コードの解除など時間の問題だろう。当初の予定では大部隊で奴を刺激せず、少数の潜入工作員を派遣する手筈であったのだが、今となっては非常に厳しいと言わざるを得ない。そこでだスネーク君。君には調査及び事件の収束を頼みたい』

 

 把握するもそれに力を貸す理由は自身にはない。

 なにせここに潜入しているのは仲間の安全を図る為であり、仲間の身柄を抑えているのはダルトンであってワイズマンではない。

 協力する理由も道理も存在しない。

 そんなスネークの思考を解り切っていたのかワイズマンは薄っすらと冷たく嗤うように続けた

 

 『報酬は君が最も欲するものでどうかな?』

 「俺が欲するもの?なんだというんだ?」

 『君の過去―――記憶だよ』

 「俺を知っているのか!?」

 『多少はね。で、どうするかねスネーク君。勿論断わって貰っても構わないがその場合は心苦しいが反逆罪で逮捕させて貰う事になるがね』

 

 確かに記憶は欲しい。

 俺は何者で何だったのか知りたい。

 だが、素直に返事をしたくないのはワイズマンの物言いと性格からだ。

 こいつのやり口は頼みなんかではなく元々協力する他ないように道を断ち、嘲笑いながら上から強制で手伝わせる。

 ダルトンも仲間を盾にしたがそれでもワイズマンよりマシだ。

 まだ信頼関係をしっかりと築けてはいないが、それでもワイズマンに比べれば断然信頼は出来る。

 

 『沈黙は了承したという事かな。ダルトン君には悪いが別室に移って貰おう』

 『待て!俺は施設の内部情報に詳しい。協力出来る筈だ』

 『そうなのかね?』

 「どうだったかな」

 『オイ、スネーク!!お前の仲間は…』

 「冗談だ。確かにダルトンの言うとおりだったよ」

 『ふむ、なら君にも協力して貰うとしよう』

 

 スネークもダルトンも短時間ながらもワイズマンの事を嫌な奴(悪い奴)と理解しながら、お互いの目的の為に少し冗談を交えながら突如として現れたワイズマン指揮の下で協力関係を継続するのであった。

 

 

 

 

 

 

 ストラテロジック社に単独潜入していたのは蛇だけではない。

 現在“ゴースト”のコードネームで潜っている健斗(オールド・バット)

 前回は顔を隠す為にガスマスクを付けてはいたが、今回は顔見知りはいないとの事で素顔を晒している。

 加えて服装も昔同様に黒い野戦服に黒のロングコート姿に戻し、気分は若かりし頃なのだが異様に身体が重いのはやはり老いだろうか。

 考えたくないが実際そうなのだから認める他ないだろう。

 

 「一応鍛錬はしてたけど、老いには勝てないかぁ…」

 『如何なさいましたか?』

 

 大きくため息を漏らしながら呟くと、オペレーターとして“(シオンの担当)”が無線機を通して声を掛けて来る。

 心配そうな声色に苦笑を浮かべ、肩を軽く回しながら答える。

 

 「いえね、昔に比べて身体が重くて」

 『……あの、それは歳のせいではないかと…』

 

 呆れが声色に混ざる事だけは何とか阻止して優しめに紫は口にした。

 確かに老いた事もあるかも知れないが、身体が重くて仕方ないのは当然なのだ。

 なにせゴーストは弾薬や手榴弾を除いて十キロを超える武器を装備しているのだから…。

 これで身体が軽いよなどと口にされれば“人外”認定するところであった。

 

 装備品の重量の事をやんわりと説明されて、それもそっかとゴーストは呑気に納得する。

 今回は持ち込んだ銃の種類が多い(・・・・・・・)為、かなりの重量と嵩張っているのだった。

 おかげでモーゼルC96がホルスターに納めれずに困っていたのだけど、偶然にも出会ったスネーク似(・・・・・)の青年にワルサーP99を渡して空きが出来て納める事が出来た訳だが、次回があるならもう少し考えるべきか。

 

 すんなりと入り込んだゴーストは散歩するが如く気楽さを持って施設内を歩き回る。

 紫としてはその手腕に興奮気味であったけど、ゴーストは期待を裏切られて“がっかり”と言わんばかりに気を落としていた。

 

 今回の任務内容としてはストラテロジック社が秘匿している“ルシンダ・ライブラリ(・・・・・・・・・・)”という情報を入手または隠滅”する事。

 どちらかは任意に任せるとの事でどうするかは考えてはいない。

 寧ろゴーストとしてはその過程を楽しみにしていた。

 プレイヤーとしてどのような物語、過程が待ち構えているのだろうかと年甲斐もなく期待で胸を膨らませていた。

 

 説明では軍事要塞並みの厳重な警戒網と特殊部隊上がりの警備兵で固めていると聞いていたが、ゴーストにとってはそれほどのモノには感じ取れなかった。

 練度は高いのかも知れないが近づいても気配を察しないし足音は気付かない

 出入り口の警備は意外とザルで入り易く、コンテナやトラックが乱立して置かれている為に遮蔽物は十分。

 ゲートは素通り出来るなどなど物足りない。

 

 グロズニィグラードやサンヒエロニモ半島、コスタリカのピースウォーカー関連施設に比べれば楽なもんだ。

 

 『緊急事態発生、緊急事態発生!!』

 「ん……見つかった?」

 

 いきなり警報が鳴り響き始めた事で警戒を周囲に向けるも警備の兵が向かってきているなんてことはない。

 先のスネーク似の青年だろうかと首を傾げたところで視線に気付いて立ち止まる。

 

 「何か僕に用があるのか―――なっ!?」

 

 振り向きながらダクトを見上げると突如として撃って来やがった。

 狙いもばっちりで顔面目掛けて放たれた弾丸をひょいっと首を傾げるだけで躱す。

 撃たれたからには撃ち返す。

 左側のヒップホルスターよりグロッグ17L RGカスタム を抜いて居るであろう位置に三発ほど撃ち込むが、着弾する前にダクトより飛び降りながらソーコム(SOCOM)Mk.23を撃ってくる。

 

 予想外に腕を立つ相手に驚きつつ、弾丸を回避しつつ降り立ったところに銃口を向ける。

 

 「意外に腕が良いのね。それに勘も良い―――けどここの警備兵ではないわよねおじ様(・・・)?」

 「そういう君こそ違うでしょお嬢さん(・・・・)

 

 対峙した相手はブロンドのロングヘアーの若い女性兵士だった。

 警備兵ではないと判断したのはその服装にある。

 メカメカしく真紅と目立つがスニーキングスーツである事は間違いない。

 疑問があると言えば警備の兵としても侵入者だとしても目立ち過ぎる点だろうか。

 

 それにしてもスニーキングスーツも進化したのだな。

 メカメカしいデザインもだけど以前に増して動き易さを追求してかボディラインを強調し、ミニスカに太ももまでのブーツ型など国境なき軍隊とは大きく異なっている。

 

 「あら、私に興味があるの?」

 「所属的な意味ではね。侵入者にしても目立ち過ぎないソレ(スニーキングスーツ)

 「腕に自信があるのよ」

 「だろうね」

 

 お互いに向け合う銃口。

 若いからと言って舐めて掛ると痛い目をみるだろう。

 ほんの僅かな動きと反応から国境なき軍隊やダイヤモンド・ドッグズで多くの兵を見てきたが、彼女の実力は上位陣に喰い込むほどの腕前だと判断する。

 ゆえに不思議だ。

 どのような訓練や鍛錬、経験を積めば彼女程の若さでそれだけの実力を得たというのだろうか。

 

 緊張や恐れなどを一切表情に出さずに銃を構える女性兵士の向こうに警備兵の姿が映った。

 同時に自身の後ろの方にも同様に感じ取れた。

 ゴーストがそちらに視線をちらりと向けるように、彼女も遠いがゴーストの後ろに見えた警備兵に視線を向ける。

 察した二人共銃口を相手から逸らして互いの後方に姿を現した警備兵を撃ち抜いた。

 

 「まったく、腕は良いけどサプレッサーも装備せずに撃つから敵が来ちゃったじゃない」

 「そりゃあ失敬―――で、どうするの?続きするかい?」

 

 普通にジト目で叱られてゴーストは軽く笑みを浮かべるも警戒は解いてはいない。

 彼女も同じく微笑みながらも即座に撃てる体勢を整えている。

 違う所と言えばゴーストは楽し気に笑っているが、彼女は微笑んでこそいるがその瞳は一切笑ってなど居ないという事だ。

 

 一触即発の事態を前に対峙する二人の間に“くきゅるるるぅ……”と腹の音が通り過ぎた。

 ピリ付いていた空気が和らぐというか変な間が空き、彼女はため息交じりにゴーストを見やる。

 そう言えば昼食がまだだったと思い出しながらポリポリと頬を掻く。

 ポーチに弾薬や手榴弾のほかに用意して貰った食材もあるので調理して飯にするのも良いかも知れない。

 ただここで食べるというのもなんだかなぁ…。

 

 「緊張感とかない訳?」

 「いやぁ、お腹が減っちゃって。君もどう?色々と食材は持ってるし」

 「呆れた…抜けてるとか言うレベルではないわね。敵地のど真ん中で馬鹿じゃないの?」

 「けど外から見た時、結構見晴らし良さそうだったんだよね」

 「腕利きで底なしの馬鹿だという事は良く解かったわ。この状況下でピクニックって可笑しな人ね」

 「失礼な」

 「事実でしょ」

 

 否定したくも事実ゆえに何も言い返せれずガクリと肩を落とす。

 戦う空気ではなくなった事で彼女は銃口を下げる。

 ゴーストも空気が空気なだけにグロッグ17L RGカスタムをホルスターに仕舞う。

 そんな状況下で―――否、この状況下だからこそか女性兵士は腕を組んで面白そうに眺めながらクスリと笑った。

 

 「貴方、所属は?」

 「んー……今はフリーなのかな」

 「傭兵の類?」

 「どちらかと言えば工作員……が近いか?」

 「ふぅん、敵ではないようなら私達(・・)にも雇われない?人手が欲しいところだったのよ」

 

 別に掛け持ちがいけないという事はない。

 裁量はこちらに任せっきりなのだからこれも一つの選択肢だろう。

 断る理由も無いしゴーストは彼女―――ヴィナスと名乗る女性兵士の申し出を受けるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇との運命共同者

 ストラテロジック社研究施設がトマス・コペルソーン副社長兼主幹研究員によってシステムを掌握され、四脚ロボットなどの無人兵器によって占拠された。

 国防省統合参謀本部のワイズマン准将という人物の指示で潜入していたヴィナスと出会い、彼女の仕事を手伝う事にしたゴーストは持ち前の戦闘能力と技術を活かして先へと進む。

 求めているものは情報と事件の鎮圧と言っていたが、彼女の言いぶりを考えるとそれだけじゃない感じもする。

 それが何なのか気になるところではあるけども、情報が限られる現状では推測すら怪しい。

 なんにしても先へ進めばそれも明らかになるだろう。

 

 握り締めたナイフを振るう。

 何度も何度も斬り付け、皮を剥ぎ、切り刻み、削ぐ。

 時には力強く、時には慎重に、時には素早く。

 流れるように作業する中、慣れ親しんでいるのもあって涙すら零れやしない。

 淡々と斬ったソレラを掴んでは水に顆粒コンソメを溶かした鍋に次々と放り込む。

 ジャガイモにソーセージ、玉葱に人参と具材をじっくりと煮込み、頃合いを見て器に注ぎ込んだ。

 

 「はい、ポトフ出来たよ。熱いから気を付けてね」

 「え、えぇ……」

 

 差し出された女性は恐る恐るながら受け取る様子から、まだ不安や恐れの方が強いのだろう。

 それは仕方ないと割り切っている。

 なにせこんな状況下で突如現れた見知らぬ武装した者と接触したのだ。

 警戒せぬ方が不自然だろう。

 しかも子供連れとなれば余計に。

 

 薄いワンピースのような検査着を着用した幼い少女は、器を受け取るとあまり感情を表に出さずに黙々と食べ始めた。

 食べるのに集中して黙っているのではなく、出会った時から物静かな子なのである。

 パクパクと食べているのを見て女性の方もようやく一口含み、目を見開いてぽつりと「美味しい…」と感想を零す。

 煮込まれた事で味が浸み込み、柔らかい人参にしんなりとした玉葱。

 中はジューシーで外はパリッとしているソーセージ。

 ほろりほろりと解れるように崩れるジャガイモ。

 投入した野菜とソーセージに詰まっていた脂を含む旨味が溶けだしたコンソメスープ。

 味もだが緊迫してすり減った神経に温かな料理が染み渡って凝り固まった緊張を僅かながら解し始める。

 女性がパクパクと食べ始め、ほぅ…と安堵の吐息を漏らすのを眺めながらゴーストもポトフを口にし始めた。

 

 現在ゴーストが居るのは研究施設の一角。

 安全を完全に確保した訳ではないこの場所で、呑気に調理して料理に舌鼓を打っているのには訳がある。

 ヴィナスの話を受けた後、ダクトを通って施設内を移動しようという事になったのだが、間抜けにも持ち込んだ武器の総量もあって途中蓋が外れて一人落ちてしまったのだ…。

 呆れを通り越して苛立った様子で見下ろされ、出たのが手分けしましょうの一言だった。

 

 あの子、見た目に寄らず結構キツイ言葉や態度を向けて来る。

 手分けしましょうに至っては言葉の端々から怒気が出てたよ…。

 そんな事もあって別行動した矢先に彼女達に出会ったという訳だが、こちらとしては情報や事情を知る為にも色々聞きたいのでは最大限警戒している状態で聞き出すのも難しいので、こうして敵地の真ん中で食事に洒落込んだという訳なのである。

 

 女性は滝山 美知子(タキヤマ ミチコ)というストラテロジック社所属の研究員で、少女の方は被験者として扱われているルーシーというらしい。

 少なからず研究員というならここの事情にも詳しい筈。

 

 「おかわりいる?」

 「………ん」

 「私も頂こうかしら」

 

 器を空にしたルーシーに問いかけると滝山も器を向けておかわりの催促をしてきた。

 美味しそうでなによりと頬を緩ませゴーストはポトフを注ぐ。

 食べ終わってから聞けばいいかと食事を続けるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 潜入先は民間企業とは言え特殊部隊上がりを警備兵として採用するような研究施設。

 例え内部で事件を引き起こした首謀者であるコペルソーンにシステムを乗っ取られようとも、そう易々と秩序を乱して我先に逃げ出すような連中ではなかった。

 規律を順守しつつ上からの指示に従い、対処しようと動き始めていた。

 自分達が警備していた敷地内だけに地の利はあり、システムを掌握されようとも任務に慢心する。

 そして招かれざる客であるスネークと対峙するのも当然の出来事であった。

 

 ため息をつくも状況が好転する訳もなく、スネークは戦闘態勢を取る。

 指揮官がダルトンからワイズマンに変わった事で任務内容は、研究施設を占拠したコペルソーンの目的を探ると同時に万が一の場合には核発射の阻止と難易度は跳ね上がった。

 それでも仲間を救う為にも自身の記憶を得る為にも立ち止まる事は許されない。

 コペルソーンが北の大型兵器格納庫に立て籠もり、向かうには貨物運搬用の無人列車で乗り込むしかない事までワイズマンは調べ上げ、敵兵が集まりつつあるこの場を抜けなければ研究ブロックの北側にある無人列車の発着駅に辿り着く事は叶わない。

 出来れば交戦は避けたいところだが、どうにも難しく戦いは避けられないだろう。

 動きを観測しているワイズマンは状況を理解して指示を出す。

 

 『適切な方法で処理して欲しい』 

 「―――了解」

 『おい、処理ってのは…』

 

 ワイズマンは兎も角“適切な処理”をダルトンに説明したとしても良い顔はしないのは目に見えている。

 だからワイズマンも詳しい説明を口にする事はなかった。

 しかし銃はあの男から貰ったワルサーP99のみ。

 現地調達する他ない訳だが、今から悠長に武器を探している暇はない。

 するのなら敵兵から銃を奪う事だがナノチップエキスパンション(・・・・・・・・・・・・・)が対応仕切れないのか悔やまれるところだ。

 

 “ナノチップエキスパンション(・・・・・・・・・・・・・)”。

 これこそスネークを英雄に成し得た根源。

 データ(カード)を大脳にナノチップで入力し、チップによりあらゆる武器や行動を可能とする多目的型汎用プラグラム。

 例え扱った事のない武器や行動であろうとも手練れ・熟練した者のように扱い・行う事が可能。

 新兵を一瞬で精鋭に仕立て上げる事の出来るシステムのようであるが、早々都合の良いものでもない。

 データを大脳に直接と言う事はそれなりの事(・・・・・・)をしなければならず、そもそも扱うデータ量(コスト)の大小によって負荷が身体に掛かり、キャパシティ(デッキ)という制限がある為にどんな状況にも対応するなど不可能なのだ。

 この事をワイズマンに指摘されるもスネークとしては理解できるが何故かは記憶と共に喪失していた。

 

 記憶が無くとも理解出来ている事態に違和感を覚えるもスネークは、拒否感や禁忌感なくすんなりと受け入れて使用している。否、今までも無意識なだけで使っていたのだ。

 奇妙な感覚に襲われながらも敵である警備兵を処理すべく相手の配置を探りながらワルサーP99を手に取る。

 

 『あー、んん、聞こえてるかな?』

 「なに?」

 

 突然無線機から声がした。

 変声機を使っているのか男か女かも分からないが、予想外の相手からの無線に警戒を強める。

 何者かを問いかけるよりも先に相手が話を続ける。 

 

 『声は出さないで。聞こえているなら○ボタン―――咳払いをしてくれる?』

 

 声を出すなと自身の存在を隠すような言動からワイズマンとは別なのだろう。

 推測こそ出来るも問いかける事は叶わず、相手の出方を待つしかない。

 コホンと小さく咳払いを一つすると返事を受け取った相手は満足そうに笑った。

 

 『ボクは…そうだなぁ、ブラック・ボード………B.B.って呼んでくれ。君達の回線を傍受してたんだけど凄い面白そうな事してるね。ボクも一枚噛ませてよ』

 

 あまりな発言に眉を潜めずにはいられないかった。

 ダルトンやワイズマンと別組織、または敵側からの通信というのが最もな相手と予想していただけに、まるで遊びたがりな子供のような言い分を聞かされるとは思わなかった。

 だが、何者にしても無線に割り込み、こちらの状況を理解している節がある事から相当の地位かハッカーの類なのは明白だ。

 

 B.B.と名乗る者は自慢するように楽し気に語り出した。

 なんと大学の研究室で軍用のエンクリプトキー(権限を有する暗号キー)を入手して、デコード(読み取れる)出来そうなパケット(IPによって分割されたデータ)を網張って監視していたらしく、まんまと網に掛かったこちらを補足して辿って詳細を掴んだとの事。

 その話が本当なら運もあるがかなりの腕のハッカーのようだ。

 反面、遊び半分で首を突っ込むあたり、少々危機感の欠如と不安が同居している。

 しなしながらこちらとしては利用出来るなら利用するに越した事はない。

 ただでさえややこしい状況である事には変わりないのだから。

 

 『勿論ただとは言わないよ。君が使っているナノチップってゲームみたいで面白そうで、作ってみたんだナノチップエキスパンション(・・・・・・・・・・・・・)。欲しいものがあればネット経由で送ってあげれるよ』

 「XM29(・・・・)

 『どうしたスネーク?』

 『そのデータが欲しいんだね。了解、了解。それとボクの事はワイズマンには(・・・・・・・)内緒でね』

 「……何でもない。敵の武装の話だ」

 

 警備兵が装備しているアサルトライフル“XM29”。

 アサルトライフルの中には下部に追加パーツとしてグレネードランチャーやショットガンを取り付けるものがあるが、“XM29”は追加装備ではなく一体型の銃となっていて、先端には銃口が上下に二つあって上部銃口より20mm炸裂弾、下部銃口よりは5.56x45mm NATO弾が射出される。

 一体化している事もあって装填するにはどちらも弾倉を変えねばならず、トリガーの前後を挟むようにそれぞれの弾倉が装着でき、20mm炸裂弾は六発で5.56x45mm NATO弾は三十発装填可能。

 

 脳内に流れる情報を受け取って早速行動に移る。

 音や視認で敵の位置を把握して遮蔽物を使いながら背後に忍び寄りと気配を気取られる前に取り押さえ、音に気付いて不審そうに近づいて来た者の頭をワルサーP99で撃ち抜く。

 続けて取り押さえた者にも同じく撃ち込み、持っていたXM29アサルトライフルを入手する。

 本来ならこう好戦的に出る事も無かったのが、時間的余裕に詳細な状況が分からない以上手間取ってはいられない。

 出来ればサイレンサーが欲しいが無い物強請りしても仕方ないか。

 付近に展開していた警備兵が駆け寄るも実力はスネークの方が上であり、施設内のシステムを乗っ取られてコペルソーンを主に戦力を割いている以上、こちらに配置されたのは最低限の兵力だけで即座に追加戦力を送られる事はないだろう。

 次々と配置された警備兵を処理して道を切り開き、その様子を観察していたワイズマンは満足気に微笑む。

 

 『全員…殺したのか……』

 「………やらねば俺がやられていた」

 

 ワイズマンと違いダルトンの声色からなんとも言えない感情が漏れ出ていた。

 殺した事実への怒りや嫌悪、されど身を守るためには仕方ないと無理に呑み込もうとする相反する感情。

 だから返答に対してそれ以上の追及は無かった。

 沈黙するスネークとダルトンの間にそんな事はどうでも良い(・・・・・・・・・・・)と言わんばかりにワイズマンが割り込む。

 

 『よくやったスネーク。この先が研究ブロックだ。急いでくれたまえ』

 「了解した…」

 

 短く返すと振り返って自分が殺した警備兵に視線を少しだけ向け、ゲートをくぐって研究ブロックへと足を踏み込む。

 進んだ先は電算機器や何かを保管していたであろう液体の詰まったガラスケースが並んでおり、通常時はここで多くの研究員が内容は兎も角として職務に励んでいたのだろう。

 周囲を見渡せば研究員らしき者達がそこら彼処で倒れ込んでいた。

 自身の血で研究着を真っ赤に染めて…。

 

 「研究ブロックに入った。研究員が殺されている」

 『コペルソーンがやったのか?』

 『施設内の警備には警備兵だけでなく警備ロボットも使用されていた。コペルソーンがシステムを掌握した以上、警備ロボットは奴の手足だろう』

 『てことは気を付けろスネーク!研究員を殺害した警備ロボットが近くに居る筈だ!』

 「いや、その心配はいらない」

 

 倒れていたのは研究員だけではなかった。

 四足の機銃が付いた警備ロボットであったであろう物も、活動を停止して転がっている。

 観察すれば小さいながら装甲はしっかりしていて、正面から戦うには結構骨が折れそうな相手である。

 けれども転がっている警備ロボットのどれも装甲部分を避けた部位を撃ち抜かれており、戦った相手の技量が計り知れる。

 

 「警備兵との戦闘か?それにしては警備兵の姿はないな…」

 『死体もないのか。ふむ、警備ロボットと戦闘して無傷で勝つ相手か…警戒を強める必要が……』

 『准将。アフロディアから通信です』

 『解かった。スネーク、周辺を探索するんだ。私は少し席を外させて貰う』

 

 言われるがままに周辺を確かめながら見て回る。

 とは言っても警備ロボットと戦った奴は見逃しはないらしく、一機たりとも動ける物はこのエリアには居ないようだ。

 部下に呼ばれてワイズマンが退室したらしく、ダルトンが周りに構う素振りも無く声を掛けて来た。

 

 『聞こえるなスネーク。俺は今まで危険な橋を幾つも渡ってきたが、あのワイズマンって奴はヤバイ。お前は隙を見て逃げろ』

 「逃げろ?そう言う訳にはいかない。お前こそ逃げるべきなんじゃないのか?」

 

 ヤバイというのは直感的にも理解している。

 どうせ任務を達成しても無事に逃がしてくれるとは思えないが、記憶の為には今すぐ逃げる訳にはいかない。

 それよりこちらはどさくさに逃げる事は可能であるが、ダルトンはワイズマンの部下にも見張られている事から逃げるなら今の内だろう。

 

 『お前が巻き込まれたのは俺の責任だ。なのに俺だけが逃げる訳にはいくか』

 「変わった奴だなお前は」

 『良く言われるよ。それに俺はそこのデータに用もあるんでな』

 「……そろそろ何を調べていたか教えて貰えないか?」

 

 少し悩んむダルトンだったが巻き込んでしまった罪悪感からか、今までのように言わないという選択肢を取る事はなかった。

 二年前、ストラテロジック社で違法な人体実験を行っているという疑惑を捜査し始めた。

 実験内容こそ不明であるも南米やアフリカより子供を密輸していた事は調べがついたが証拠を手にする事は出来なかった。

 より調べを進めると車内で取引した帳簿が保管されていると解かったが、ストラテロジック社は政界と繋がりがあって圧力が掛けられて捜査は打ち切り。

 

 「それでも止めずに捜査を続け、クビになった訳か」

 『良く解かったな』

 「まだ少しだがなんとなくアンタの性格が掴めてきた」

 『ほう、どんな性格かな?』

 「正義感の強い熱血漢」

 

 二人の間でクスリと笑いを零すも、同時にスネークは強い不安を抱かずにはいられない。

 元捜査官と言う事は仲間達の安否は確かなものではなくなってしまった。

 すでに送られた可能性だってある。

 

 「俺の仲間は…」

 『それは安心しろ。真面目に生きてるとな助けてくれる奴も増えるってもんだ。人徳って奴だな。クビになった今でもあちこちに顔が利くんだよ。貸しのある警官に便宜を図って貰ってるし、偽の身分を用意してやるくらいは出来るさ』

 「真面目かどうかは怪しいもんだな」

 『五月蠅いぞ。約束は守る。だからお前は絶対生きて帰れよスネーク』

 「俺だけ生きていても意味がない。ダルトン、取引しよう。俺が生きて出れたら入手したファイルを渡す。代わりにワイズマンの様子を探って帰れるように手助けしてくれ。それと無茶な行動は避けろ。お前に死なれちゃあ仲間を助けるのも難しくなる」

 『解かった。運命共同体って奴か』

 

 利害は一致した上にスネークはダルトンに借りが出来た(・・・・・・)

 元捜査官のダルトンが人脈を使って自分達を逮捕出来たという事は、遅かれ早かれこちらの動きは補足されていたという事だ。

 これが捜査機関に捕まっていたら問答無用で逮捕後には強制送還されていた事だろう。

 だから捕まったとはいえダルトンだった事は幸運だったと言える。

 

 話し終えたタイミングで戻って来たワイズマンの指示で、無人列車の発着駅に向かう為に北へ進む。

 この先で奴に出会うとは思いもせずに…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幽霊は蛇を含めて憑りつき始める

 約一か月近く投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
 なんか風邪が治ったと思ったら、何故か台風が来る度に体調が悪くなって中々書けず、遅くなってしまいました…。

 もう具合も良くなったので大丈夫かと。
 投稿を再開致します。


 現状複数の勢力がストラテロジック社研究施設に存在している。

 ストラテロジック社に雇われている特殊部隊上がりが多くいる警備部隊。

 システムと警備ロボットを掌握して研究施設を占拠したコペルソーン副社長兼主幹研究員。

 事件の収拾に内密ながら動き出した国防省統合作戦本部のワイズマン准将。

 ダルトンに取引を持ち掛けられて潜入しているスネーク。

 面白半分で事件に首を突っ込んでいる自称凄腕ハッカーB.B.。

 そして紛れ込んだ幽霊(ゴースト)…。

 

 三つ巴どころか五つもの勢力が入り乱れている状況下で、互いの利益の為に手を取り合うというのはある話ではあるだろう。

 特に相手の勢力より劣っていたり、不利な状況であれば余計にだ。

 失くした記憶に釣られたとはいえ脅し込みの強制的な協力関係を築くことになったスネーク達は、信用も油断も出来ないワイズマンの指示に従って行動せねばならない。

 “アフロデゥテ”から連絡を受けて席を立ったワイズマンが戻ってくると、移動指示と共に協力者との合流を命じられた。

 なんでも実力確かな者を現地調達して得たらしい。

 

 嫌な予感はしていた。

 内部協力者ではなく現地調達と口にした。

 つまり手を回して潜入させた、または取引してストラテロジック社側の人間を引き込んだのではなく、現地に居た者(・・・・・・)を引き込んだのだというのだが、民間とは言え軍需企業の研究施設内にストラテロジック社以外の者がいる事はまずありえなく、居るとするならば自分達みたく事情有りの招かれざる客の可能性が高い。

 考えられるのは潜入工作員の類だろう。

 別勢力の工作員との共同任務など気が進むわけがない。

 腹の探り合いや裏切りなども想定されるために最大限の警戒を向けねばならず、任務は楽になるかも知れないが敵だけでなくそいつにまで警戒する事から神経は磨り減る事になると予想される。

 覚悟を決めて指示された方へと向かうとその協力者と合流する事が出来たが、良し悪しは兎も角として覚悟は無駄に終わりそうになった…。

 

 「やぁ、さっき振り(・・・・・)だね。お近づきのしるしに一つどう?」

 「あ……あぁ…頂こう…」

 

 合流したのはゴースト(幽霊)を名乗る黒のロングコートを靡かせた五十から六十代の男性、それと研究員らしき白衣の女性と女の子が一人ずつ。

 彼・彼女達の周囲には小さなコンロに鍋、人数分の器とスプーンが置かれている。

 こいつら敵地のど真ん中で堂々と食事をしていたのか?

 呆れ交じりの驚きに呑まれそうになるスネークは、何気なくゴーストより差し出されたコーラ缶(・・・・)をリュックに仕舞い込む(・・・・・)

 

 「そちらの女性は?」

 「こちら滝山 美知子さんとルーシーちゃん」

 『ふむ、タキヤマ……か』

 

 名前を聞いて名簿を確認したワイズマンはタキヤマの素性を軽く説明し始めた。

 ストラテロジック社研究員のミチコ・タキヤマ博士。

 年齢は27歳で日本の京都大学を卒業し、ハーバード大修士・博士課程で心理工学を専攻していたらしい。

 紹介された女性陣に目を向けるもどうも警戒されているようだ。

 ただ見知らぬ相手への警戒というよりは怯えや恐れの感情が読み取れる。

 ゴーストの後ろに隠れるようにして睨むタキヤマ。

 幽霊が憑くのではなく人が幽霊に憑りつくのでは逆だろと言いたげな顔を向けておく。

 

 「それで貴方達は何者なの!?もしかして私を……殺しに!?」

 「何を言っているんだ?俺達は―――」

 『彼女に通信機を渡してくれたまえ』

 

 言われるがままに渡すと話を付けたのか警戒の色が僅かながら薄れた。

 逆にこちらはゴーストの警戒を強める事には成っているが…。

 殺すとタキヤマが口にした瞬間より自然体であるもののゴーストはいつでも銃を抜けるように構えている。

 どれほどの実力なのかは知らないが、直感でヤバイと感じ取っているだけに易々と自身で体感すべきではない。

 

 「国防省なら(・・)殺しに来た訳ではなさそうね。貴方も軍の?」

 「いや、俺は軍の人間ではない」

 「なら何なの?」

 『スネークは俺の相棒だ』

 「貴方は?」

 『俺はFBI(※元)捜査官のダルトンだ。訳あって軍と行動はしているが………ところでそちらのお嬢さんは?』

 

 間に入ったダルトンであったが元捜査官とは名乗らず、適当に誤魔化しながら話題を少女へと向ける。

 これには子供の一件と人体実験の事もあって気になっていたと見える。

 

 「この子は“対象”のルーシーよ」

 『“対象”?対象とは―――』

 『さて、一通り自己紹介も出来たところで教えて欲しい事があるのだが?』

 

 ワイズマンが話を区切って情報提供を求めるも、結果だけ言うとタキヤマはほとんど何も知らないらしい。

 出来ればコペルソーンの目的や実験内容が知れれば良かったのだが、知れたのは社長のロジンスキー社長とある実験を巡って激しく対立していたという話のみ。

 事件を起こす要因かその一部であるだろうけど不確かな情報過ぎて憶測しか出来やしない。

 

 『予定通り先へ進みたいところだが、所々でシャッターが下りていて進めないようだ。解除する方法を知らないか?』

 「降ろすだけなら各所の端末で操作できるけど、解除するなら警備部の端末でしか出来ないわね」

 『では警備部へ向かうしかないか』

 「なら彼女達はどうする?」

 

 研究ブロックに入ってからシャッターが下りて通れない箇所が複数あり、解除する為には警備部に行かねばならないとの事だが、道中には警備ロボットやら警備兵が居る筈。

 非戦闘員二人を連れて突破を図るのであればせめて小隊ほどの人数は欲しい。

 それをたった二人で行うというのは無理としか言いようがない。

 スネークとしては隠れて貰って、置いて行くのが一番いいように思える。

 勿論置いていかれる事に対して彼女は反対を口にする。

  

 「護ってくれるんじゃないの!?」

 「さすがに二人を護りながらだと…」

 「連れて行こうよ。置いて行くのも危ないしさ」

 「分かっているだろう。足手纏いだ」

 「面倒は僕が見るからさ」

 

 お願いと言わんばかりに両手を合わせて頼んで来るゴーストにため息を漏らす。

 工作員と疑った自分が馬鹿みたいに、見た目に対して子供っぽい事をしてくる。

 だが、道中に転がっていた警備ロボットを倒したのは多分こいつなのだろうと予想があるだけに、相当な実力を有している事は察しているので確かめたいという気持ちもある。

 仲間としても最終的に敵対する事になろうとも相手の実力は知っておくべきだろう。

 そんな打算と諦めもあってスネークはゴーストの頼みを受け入れ、化け物を目撃する事と成った。

 

 「ちょっと、危ないって!」

 

 警備兵を発見した際に実力を知ろうと援護すると言って任せたところ―――「行ってきます!」の一言と共に真正面から駆け出して行ったのだ。

 馬鹿じゃないのかと驚く中、気付いた警備兵達は撃ち殺そうとトリガーを引くも、放たれた弾丸をゴーストは見えているかのように最小限の動きで避けて行くのだ。

 一歩動くだけで、首を捻るだけで、時には身体の向きを変えたりと…。

 人間業の類ではない。

 

 「化け物か!?」

 「なんで当たらないんだ!?」

 「止めろ!止めろって!!」

 

 必死になって撃ちまくるも弾幕を掻い潜って肉薄する様に驚愕しながら、あんな化け物を相手する事になった警備兵に僅かながら同情してしまう。

 あっと言う間に懐まで潜り込んだゴーストはCQCによる高い技術を披露しては次々と警備兵を無力化していく。

 恐るべき技術だ。

 先ほどと違って感心したように見つめ、当の本人は納得がいかないように頬を膨らませる。

 

 「誰がバケモノですか?銃弾避けたり(ジーン&フランク)受け止めたり(パイソン)するのって結構普通でしょう」

 「居る訳ないでしょうそんな人!?」

 「――え?」

 「――え、居るの!?」

 

 …居るのか?とツッコミを入れたタキヤマ同様の視線を向けるもゴーストも見返すのみ。

 信じたくはないが嘘はついていない様子。

 

 「どうでも良いがアンタが味方で心強いよ」

 「僕としては蛇の相方が幽霊(ゴースト)で良いのかと不安だけどね」

 

 言っている意味は解らずも、いつまでも喋って足を止める訳にはいかない。

 気絶した兵士を処理せずに縛り終えたゴーストに続いて先へ急ぐ。

 お世辞ではなくゴーストの戦闘能力は頼りになる。

 無茶な正面突破は勿論ながら時には囮としても役に立つ。

 

 「ルーシーちゃん、お腹減ってない?タコス味のお菓子(MGS:PW)もあるよ」

 

 問題点としては本人が何処か抜けているところだろうか…。

 ジッと見つめていると欲しがっていると思われたのだろうか「レトルトカレー(MGS:PW)とかインスタントラーメン(MGS3)食べる?」と聞かれて首を横に振っておいた。

 

 「潜入工作員にしては荷物が多過ぎないか?(※特に食べ物類)

 「なに言ってるの?これでも少ないぐらいだよ。ダンボールとか持ってきてないし」

 『何言っているんだこいつは…』

 「いや、待てダルトン。潜入任務にはダンボールは必需品と聞いたことがある」

 『マジかソレ?』

 

 …戦場でダンボールをどう使うのかは分からないが、何となくそうなんだと深層心理の奥から告げられる。

 記憶が戻ったらその辺りの事も思い出せるだろうか。

 そんな事を思いながら進んでいると警備兵を発見したゴーストは雑誌を通路に置き、ノック音を響かして注意を引いて誘き寄せると、近づいた警備兵は不審な音の事など忘れて雑誌を夢中で読み始めた。

 例え真横を堂々と通過しようと気付かぬほどに…。

 あんな手があるのかと感心(・・)しながら理解しきれていないタキヤマとルーシーに続いて最後尾でついて行く。

 

 『准将、本部よりお呼びが掛かっております』

 『解かった。後を頼むよ』

 

 ワイズマンに呼び出しが掛かったらしく席を外すと同時にB.B.から無線が届く。 

 またも突然だなと思いながら反応しないように努める。

 

 『悪いけど人払い頼めるかな?』

 「……ゴースト、少し離れる。二人を頼んだ」

 「了解」

 

 あっさりと了承され、少し距離を離してゴーストたちの様子を確認しながら口元を隠す。

 

 『どうしたスネーク………無線?誰からだ?』

 『君がスネークの相棒だね』

 『誰だ!?』

 『僕かい?僕は凄腕ハッカーのB.B.さ。スネークの協力者だよ』

 『なんだと?』

 「凄腕ハッカーは兎も角、協力して貰ったのは確かだ」

 『酷いなぁ、ワイズマンを呼び出して席を外させたのだって僕なんだよ』

 「『―――ッ!?』」

 

 先程本部より呼び出しがあったと言っていた。

 と言う事はB.B.は国防省に成りすませるだけの技量があるという事。

 スネークは前の一件でそれなりに知っていたが、初見のダルトンは驚愕ものである。

 続く驚きをグッと抑え、呑み込んだダルトンは落ち着いた様子を繕う。

 

 『で、犯罪者(・・・)が何のようだ?』

 『本当に酷いよ。困ってるだろうから協力してあげようっていうのに』

 『協力か…どう思うスネーク?』

 「悪い手ではないと思う。信用云々もこれ以上悪くなることもないだろう。怪しくともワイズマンより大分良いだろう。能力もあるしな」

 『……ならあのワイズマンが本当に国防省の人間か調べてくれ』

 『OK。お安い御用さ』

 「それとゴーストという奴も頼めるか?」

 『調べたら連絡するよ。じゃあねぇ』

 

 突然現れたと思ったらすぐに去ったB.B.にダルトンは不安を抱き、奴が協力する理由が“面白そうだから”と言っていたのを伝えると不安は深まってしまった。

 戻って来たワイズマンは間違いの呼び出しだったと口にした事からB.B.が言っていた事は事実なんだと理解し、奴がどのような情報を得て来るかが状況打破の手掛かりになればと期待してしまう。

 

 「用事は済んだ?」

 「―――ッ、あぁ、終わった…」

 

 ふいに声を掛けられ驚くも表面だけは繕う。

 気にしてないのかゴーストはブロック状の栄養調整食品を差し出し、食べるかと視線を向けてくる。

 先ほどコーラ缶を渡された際も何か混入されている可能性を考えて、受け取るだけで口をつけない程度には警戒しているだけに、袋から出されたソレはすんなりと断った。

 警戒されているのを知ってか知らずか、断られた栄養調整食品をゴーストをもぐもぐと目の前で食べ始める。

 

 「すまない。待たせた」

 「…何かあったのか?」

 「どうも間違いの呼び出しだったようだ」 

 

 ワイズマンも戻ったことで一時の休息は終わり、目的地である警備部のモニタールーム前へと足を進める。

 ここで降ろされたシャッターを解除して上げれば、先へと進めるようになる。

 そんな事を思いながら扉を開けるとモニターの少し手前に並ぶ端末類の向こうに大柄のナニカを目撃した。

 ナニカと表現したのはスネークがなんなのか判断がつかなかったからである。

 身長はゆうに二メートルを越え、ガタイが良いというよりは異様なほどに筋肉などが発達しており、継ぎ接ぎだらけの黄色の肌からは所々で白煙を吹き出している。

 生物であることは確かながら人間というよりはモンスターのような見た目…。

 並ぶ端末で見ることはなかったが、警備兵数名と戦っているらしいが全く相手になっていないようだ。

 銃弾を易々と腕で防ぎ、振られた拳の一撃で次々と倒されていく。

 

 「おい、あれはなんだ!?」

 「俺が知りたいぐらいだ。あんたは知っているのか?」

 「初見だよ。タキヤマさんはルーシーちゃんと一緒に隠れてて」

 

 ダルトンの驚きに同意するも下調べもなしに放り込まれた俺が知るよしもなし。

 非戦闘員である二人に隠れるようにゴーストが指示を出すと、声に反応して警備兵からこちらへと反応を示して振り返り、牙が納まりきらず飛び出した口を開いた。

 

 「お前らも犠牲者候補か?」

 「いや、ただの一般通過者です」

 「通ると思うのかそれ?」

 「ダメだよねぇ…」

 「解放された被検体は俺―――ハラブセラップだけではない!女王の生誕は間近だ。封じ込めようとしても遅い!その前に弄んだ奴ら全員なぶり殺してやる!!」

 

ハラブセラップと名乗った奴はかなり興奮して状態のまま襲いかかってきた。

向かってくるハラブセラップに即座に銃口を向けた二人であるが、警備兵同様に全弾を腕で防がれてしまう。

 

 「なんでこういうおかしな奴が多いんだ!?」

 「何故にこちらを向いたの?ねぇ、ねぇ?」

 

 弾を弾いたハラブセラップは手を地面について四足歩行で接近してくる。

 まっすぐ逃げるだけでは追い付かれる程の速度の差があり、端末を挟んで回り込んで距離を取ろうと逃げる。

 しかしハラブセラップは文字通り腕を飛ばし、壁をつかむと断面と断面を繋ぐワイヤーを引き戻して一気に移動する。

 正面からの攻撃は通じないし、逃げようとするも追い付かれそうになって非常に不味い状況だ。

 そんな中でゴーストは眉間にシワを寄せ、ハラブセラップに告げる。

 

 「ソレ、上のダクトを掴んで飛び越えれば良いのでは?」

 「要らんことを!!」

 

 何を言っているんだと慌てるスネークとは違い、ハラブセラップは冷静にそれもそうかとダクトへと手を飛ばす。

 …が、ダクトを掴んだまでは良くても支えきれる程の耐久力はなく、ばきゃりとダクトが折れながら引っ張られるままに落ちてきた。

 巻き込まれるように「きゃあ!?」と小さく悲鳴を漏らしながら女性―――ヴィーナスと共に…。

 スネークは初対面ゆえに驚き、ゴーストはヤバいと言いたげな表情でそっぽを向く。

 

 「アンタ、わざとでしょ?」

 「えーと、どうだろう…」

 「折角楽が出来ると思っていたのに」

 

 ギロリと睨みながら呟くヴィーナスは溜め息を溢してハラブセラップと対峙する。

 口振りからこちらだけに戦わせて楽をしようとしていたらしいので、ゴーストの発言は英断だったのでは…などと思いながらもスネーク達三人は急遽共闘するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

歩く武器庫、再び…

 すみません。 
 体調関係なく単純に投稿が遅れてしまいました。


 ハラブセラップは異形なだけでなく、能力もバケモノ染みた強さを誇っている。

 巨漢ゆえに足が遅いかと思えば四足歩行で速度を上げ、弾丸は軽々と腕で防ぎきる防御力。

 肘から先を飛ばすもチェーンで繋がっているので巻き取る事も可能。

 

 スネークは舌打ちひとつ零す。

 厄介な敵に苛立っているというのもあるが、それ以上に何処の誰かは知らないが戦闘に参加せず眺めている奴がいる。

 ヴィナスという女性の工作員だろうか。

 スニーキングスーツらしい装備からそうだとは思うのだが、隠れていたダクトから落とされて以降、眺めるばかりで武器を抜こうともしない。

 

 「お前は戦わないのか!?」

 「力仕事は男の仕事でしょ」

 「勝手な事を!」

 

 撃つもやはり弾かれる。

 悪態をつく最中にヴィナスがちらりと見せるのは手裏剣状の投擲武器。

 

 「これ受け止められたら武器ないもの」

 「銃は持ってないのか!?」

 「潜入工作よ。音が出ない武器の優位性解ってる?」

 「だから傍観者気取りか!」

 「ソーコム持ってなかったっけ?」

 「誰かさんのせいで弾切れちゃった。だから頑張ってね」

 「そう言う事なら」

 

 腕を組んで眺めていたヴィナスにゴーストは両側前のインサイドホルスターより銃を抜いて放り投げる。

 急であったが受け取るとあからさまな呆れ顔を浮かべる。

 

 「戦えって事ね。全く」

 「待ちぼうけってのも存外暇でしょ」

 「暇潰しには良さそうだな」

 「手に余ってるんでしょうに!」

 

 鬱陶しいと言わんばかりに叫ぶヴィナスはCz75自動拳銃とシグザウエルP226自動拳銃を構えてぶっ放す。

 銃が増えた事でハラブセラップの脚が止まり、ゴーストが側面に回ろうとするのをスネークとヴィナスが援護するが、そう易々と許す道理は無い。

 片腕でガードしながらもう一方をゴーストに向けて飛ばす。

 それを待ってましたと言わんばかりにグロッグ17L RGカスタムを左側ヒップホルスターに戻し、右側ヒップホルスターよりスコフィールドを抜くと、目にも止まらぬ早撃ちで飛んで来た拳に全弾叩き込む。

 軌道をずらされた拳はあらぬ方向へ転がり、丸見えとなったチェーンを再び入れ替えたグロッグ17L RGカスタムで撃ち抜いた。

 これで片腕を潰した―――と思ったのだが、なんとハラブセラップは腕を生やしたのだ。

 

 「何てインチキ!!」

 「貴様が言うな!貴様が!!」

 

 確かにハラブセラップの腕が生えたのは異常な事だ。

 しかしながらグロッグもスコフィールドも弾切れで、拳銃を二丁渡していた事から武器はあってもナイフ程度だろうと思ったが、転がるようにして両足のアンクルホルスターよりFNポケット・モデルM1906小型拳銃とコルトM1908ベスト・ポケット小型拳銃を抜いているのだから。

 

 「歩く武器庫か貴様は!?」

 「懐かしいソレ」

 「懐かしんどる場合か!」

 「ふざけやがって―――グゥ!?」

 「へぇ、腕は頑丈でも他はそれほどでもないのね」

 

 ゴーストに気を取られている隙にヴィナスが側面に回って撃つと、今までうめき声一つ漏らさなかったハラブセラップの表情が曇る。

 弱点を見つけて冷やかな笑みを浮かべるヴィナスとは対照的にハラブセラップの表情には焦りが浮かぶ。

 三対一の状況下で前方以外を晒さないなど不可能である。

 それでもハラブセラップは諦めずに戦い、スネーク達は勝利を収めるのであった。

 

 勝利の余韻に浸る事は許されない。

 スネークとしてはヴィナスが何者なのかを知る方が優先である。

 とは言っても内容は呆気なくワイズマンの仲間―――潜入工作員との事だ。

 挨拶もそこそこに戦闘も終了した事でタキヤマを合流させて先に進もうと思うも、一行は先へと進むことなく足を止める事となった。

 

 「お前は何をしているんだ?」

 「ん、治療以外に何に見えるんだい」

 「いや、敵だっただろうソイツ」

 「分かった、情報収集する為に拷問に耐えれる程度に回復させ……」

 「別に治してるだけだけど?」

 

 何を言っているんだと首を傾げるゴーストに対して、スネークもヴィナスも出会って間もないがシンクロしたかのように同タイミングでため息を漏らす。

 ダメージから動けないハラブセラップの治療をゴーストは行っている。

 

 『おいおい、そのバケモノの治療してどうするつもりだ?まさか飼うつもりじゃあないだろうな』

 「うーん、僕の家には入らないかな」

 『そういうことを言っているんじゃない!スネーク、お前からも何か言ってやれ』

 「無駄じゃないのか?」

 『だろ』

 「違う、こいつを説得するのがだ」

 「同意するわ。何処かネジが外れているのよ。頼りにはなりそうなんだけどね」

 『けど襲ってきたらどうするんだ!?』

 

 ダルトンの危機感が現場のスネーク達の方がより抱いている。

 いや、一番は離れた位置で隠れるようにしながら抗議の視線を送って来るタキヤマであろうか。

 対してゴーストは困ったように笑みを浮かべるばかりで、答えを明言する事はなかった。

 代わりに治療を受けているハラブセラップが薄っすらと瞼を空け、閉ざしていた口をゆっくりと開き出した。

 

 「同情…か。哀れみか」

 

 弱々しくも動きを見せた事で警戒心を強めるスネークとヴィナスを他所に、ゴーストは焦る様子もなくただ問いに対して考え、小首を傾げたままに応える。

 

 「さぁ?治したいなぁって思ったから治しただけなんだけど」

 

 これには誰もが驚きと呆れを合わせた視線を向ける。

 無線の向こうでダルトンも同様に考えているものの、ワイズマンだけは険しい表情を浮かべてやり取りを聴き入っている。

 何を考えて思考しているかは近くのダルトンは勿論、無線越しでは見えないスネーク達には解りはしない。

 

 「お前は俺が怖くないのか?」

 「別に。ただ人より見た目違うだけでビビッてらんないよ。背丈で言ったらビィ(クマ)とそんなに変わんないし」

 「―――お前はアイツらと違うんだな…」

 

 呆気からんと言う様に苦笑を漏らす中、扉が開く音がしてそれぞれが視線を向ける。

 自分達が警備室に入って来た扉に警備部の兵士達が入り込んで来るところであった。

 咄嗟にスネークとヴィナスが威嚇射撃を兼ねて発砲し、突然の銃撃に驚いて警備兵は一時外に退避。

 しかし引く様子はなく伺いつつ、銃口だけを覗かして発砲はして、警備室内には銃声と騒ぐタキヤマの悲鳴が響く。

 

 「ちょっと!どうするのよ!!」

 「五月蠅いわね。黙らないと撃つわよ」

 「わ、分かったわよ…」

 「あれは警備の連中ね。先を急ぐわよ」

 「先と言っても塞がれたがな」

 「馬鹿ね。誰が戻るのよ。あっちに扉があるでしょう」

 

 ヴィナスが示す方向には確かに扉があるが、並ぶ端末で身を隠している所からは一定の距離がある。

 走り抜けるのも手だがタキヤマやルーシーがいる状態ではリスクが高過ぎる。

 最悪一人が残って援護した方が良いのだが…。

 

 「行きなよ。ここは僕が担当しとくから」

 「良いのかゴースト?」

 「どのみち放置出来ないし足止めぐらいやっとくよ」

 

 視線の先には治療したばかりのハラブセラップ。

 ヴィナスなら囮にしようなどと言い出しそうであるも、さすがにゴーストの反感を買うと思ってか口にしなかった。

 ニカリと笑うゴーストが隠れている端末から飛び出すのに合わせて、スネークはタキヤマとルーシーの手を引きながら扉へと急ぎ、最後尾をヴィナスがついて行く。。

 ホルスターから抜かれたスコフィールドは目にも止まらぬ速度で―――六回カチャリという音だけを立てただけだった…。

 

 「…あれ?」

 「リロードは!?」

 

 完全にリロードし忘れていたゴーストに対して警備兵は持っていた銃口を向け、大慌ててコンソールを盾にしようと走るがその前にハラブセラップが跳び出す。

 また戦う気かとスネークとヴィナスが警戒する中で、ハラブセラップはゴーストを護るように割って入り、腕を盾にして銃弾を防ぎきった。

 

 「コイツ、馬鹿なんじゃないか?」

 「助かったよ」

 「癪だが借りは返そう」

 「おまけをつけてくれても良いんですよ」

 「フン、欲張りな奴だ」

 「そうですよ。とっても欲張りなんですよっと!」

 

 スコフィールドに弾を込めるかと思いきや、仕舞って両側のショルダーホルスターよりステアーGB自動拳銃と、VP70自動拳銃を抜いて撃ち始める。

 また新たな銃を取り出した様にさすがに困惑する。

 

 「ゴースト、お前なんで何丁銃を持ってるんだ!?」

 「リロードするより銃を変えた方が早く撃てるでしょうに」

 「その分、重量が増すのだけど……って、それでダクトから落ちたの!?馬鹿じゃない」

 「――ハッ、そう言う事か!?」

 「馬鹿は置いといて先に行くわよ…」

 

 本当に馬鹿なんだなという思いもあるが、それ以上に任せても大丈夫だという安心感も同居した想いを向け、スネークもヴィナスも先へ続く道を掛ける。

 追おうとする警備兵だがハラブセラップの防御を突破できず、数に任せて側面に回ろうとしてもゴーストがカバーする為に攻略できずにいる。

 逆にゴースト単体であれば一人突っ込んで潰せるが、ハラブセラップが居る為に早々に攻めに回れず持久戦に陥ってしまっているという訳で、どちらにしても決め手に欠ける展開。

 

 「貴様ら一体何をやっているのか!」

 「しょ、少佐!?」

 「おぉ、格好良いなあの衣装(・・)

 

 最奥より現れたのはハラブセラップ並みの巨漢で、黒い制服の上に黒いコートを羽織った人物。

 西洋甲冑のようなヘルメットとマスクで顔を隠している為に人相は解らない。

 格好に好感を持ったゴーストに対して「お前も同じような制服だろうが…」とハラブセラップは思ってしまうも、スネーク達も同様の感情を抱いたのであっただろう。

 その大男に対して警備兵達は敬礼を行う。

 

 「何度も言っているだろう。少佐ではなく部長と呼べ」

 「ハッ、申し訳ありません少佐(・・)。しかし被験体相手では…それに協力しているのがもう一人いて」

 「例の侵入者か!」

 「それがあちらより二人ほど先へ行ったようで今居るのは…」

 「足止めか―――お前たちは奴を釘付けにしろ。半数は俺について来い」 

 

 暫し悩んだようだったがすぐに指示を飛ばす。

 ゴーストとハラブセラップを倒すのは困難と言うのと囮であると判断し、先に進んだ本命を叩きに向かうつもりらしい。

 出来れば手榴弾で一団事片付けたいが様々な端末が並ぶここで使っては後に差し支える可能性がある。

 足止めをすると大見得を切って置いてこの為体。

 

 「僕も歳を取ったなぁ。一昔前だったら何も考えず突っ込むだけで良かったのに」

 「そいつは苦労しただろうな。周りの奴が…」

 「ひっどいなぁ…」

 

 半数を見送る事にはなったが残り半数ぐらいがきっちり仕事を熟そうとゴーストは苦笑する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴーストと別れた一同は研究ブロックにまで戻って来た。

 今後の事を考えるとゴーストと合流という事よりも先に相手の頭を押さえた方が良いだろうというのが大多数の考え。

 ダルトンはゴーストに対して不信感を抱きながら、見捨てる行為は出来ないという正義感から助けに戻るべきと訴えかけているが、性格は置いといてゴーストの実力は確かなのと数の差と利から渋々ながら了承させられた。

 もう一人、タキヤマも別の理由で合流派である。

 理由というのはヴィナスからの当たりが強く、ゴーストならそんな事もないどころか自分達を護ってもらうには扱い易い(・・・・)と判断しているからであるが…。

 

 「研究ブロック戻ったぞ。どこに向かったら良い?」

 『2‐3‐Eだ。分かるなヴィナス?』

 「勿論よ」

 『それで解るのか?』

 『彼女には潜入前に構造を覚えて貰っている』

 「はぁ…はぁ、それより何処かで休めない…」

 「置いて来た方が良かったんじゃないのこれ?」

 「そんなこと言っている場合か?」

 「足手纏い…」

 『オイオイ、見捨てる気じゃないだろうな!?』

 「彼女達の存在が私達の枷になるなら…」

 『ヴィナス、彼女達は保護したままだ』

 

 まさかのワイズマンが待ったをかけたのには誰もが戸惑いを見せた。

 特にダルトンの驚きは大きかっただろう。

 こいつにそんな人間味があったのかと…。

 無論人情や打算的な判断では決してない。

 

 「…何故?」

 『ゴーストを味方にしておく為だ』

 「この二人を殺せば敵対すると?」

 『可能性は高いと思われる。そして最悪こちらが詰む』

 「―――分かったわ。指揮官は貴方だもの」

 

 納得はしていない為に渋々と言った様子であるも従う事には変わらない。

 が、ここで一つ疑問が出て来る。

 現地に居た者を協力者にしたとワイズマンに説明を受けた訳だが、ゴーストが何者なのかという説明は受けていなかった。

 ゴーストも工作員という疑いもあった為、ワイズマンも詳しい素性までは知りえていないと思っていた。

 けれども先の会話が確定でないにしても心当たりがある風な言い回しである。

 

 「ワイズマン、お前はゴーストを知っているのか?」

 『色々と知れる立場なのでな。ゴーストと言う名には聞き覚えがある。加えて―――いや、なんでもない。今は事件の解決を優先するとしよう』

 「――ッ、何か来るな…」

 「ゴースト!?」

 「解らんが先を急いだほうが良さそうだ」

 

 小さいながらも足音が聞こえて来た。

 それが一つや二つならゴーストの可能性もあっただろうが、それ以上である事から警備兵だろう。

 面倒なと舌打ちを零しつつも先を急ぐ。

 途中歩哨が居たがそれはヴィナスが投擲武器で音も立てずに排除したので、捜索している奴が銃声を聞きつけて駆け付けるという危険はなくなった。

 とはいえこちらの存在を知って捜索しているだけに、見つかるのも時間の問題であろう。

 

 移動していた四名は研究施設の北ブロックへと辿り着く。

 周囲に幾つもの液体が詰まった円柱状のガラスケースが並び、中央には大きな機械が置かれている。

 離れるべく移動してきたがスネークとヴィナスは余裕であるも、タキヤマは疲れが出ている為に走る事は難しい。

 否、それ以前に彼女らを連れてここから脱兎の如く逃げ出すのは至難である。

 

 「侵入者はお前達だな?」

 

 行き先を読まれたか、それとも偶然か。

 ゴーストみたく黒い制服にロングコートを着て、マスクで顔を隠す大柄な男が警備兵を連れて現れた。

 急ぎ近くの物影に身を隠すもすでに見つかっていてやり過ごす事は不可能。

 タキヤマとルーシーにも身を潜ませ、喋るなと伝えて見えるようにその場から別の遮蔽物へと素早く移動する。

 

 「俺はビンス。ストラテトジック社警備部長だ。弊社に何ようかな侵入者君?―――とは言ってもシステムEGO担当者であるタキヤマ博士を連れている事から狙いはアレだろうが」

 「システムEGO?何の話だ?」

 『ふむ、彼は警備主任というだけあって色々と内部事情を知っていそうだ。情報を得られると有難いが?』

 「聞き出せるようには努力しよう。だが、絶対かどうかは分からんぞ」

 「逃げ出す算段か?無駄だな、ここらは我々が制圧した。無駄な抵抗などせずにご同行願おうか?」

 「嫌よ」

 「そう言っていられるのもいつまでかな?」

 「しつこい男は嫌われるわよ」

 「ふははは、女性にはアタックあるのみだからな」

 「ウザッ」

 

 こちらにも事情がある。

 捕まる訳のいかないスネークとヴィナスは銃口を向けて来た警備兵と撃ち合いになる。

 二人に対して十数人近くの敵という事で数の差は向こうが有利で、なお腕も特殊部隊上がりというだけあって中々のものだ。

 それでも質に置いて二人を圧倒するものでもないし、物陰に隠れているとは言えタキヤマ博士とルーシーを捕縛したいと欲もあってグレネードなどの範囲攻撃は限定される。

 次々と返り討ちにあう部下を目の当たりにして手を出すまでもないと思っていたビンスは焦りを見せる。

 

 「ただの鼠ではないらしいな」

 「あら?逃げるのなら追わないわよ」

 「まさか、手段を選んではいられないというだけだ」

 「オイ、お前それは…」

 

 ビンスという男は大柄なだけあって超人的なまでに力がある。

 戦い方も手数や技術というものを頼らない、良くも悪くも真っ直ぐなパワータイプ。

 消火器程度なら片手で軽く投げれる程で、燃料が詰まったドラム缶を相手に向かって投げるなど造作もない。

 そんなパワータイプのビンスの主武器は対人用信管に弾頭を改造したRPG‐7………つまりロケットランチャー…。

 

 「喰らえ鼠共!」

 

 気付いたスネークは残っている警備兵の銃弾に構っているだけの余裕もなく、隠れていた場所を棄てて走り出す。

 放たれた弾頭はスネークを隠していた遮蔽物を吹き飛ばす。

 危うく自分も吹き飛ばされていただろう。

 下手したら博士も巻き込みかねない攻撃に驚いたのは、スネークだけでなく警備兵達も同じであり、動揺して銃撃の制度が落ちたのは跳び出したスネーク的には有難かった。

 

 「少佐!?お止め下さい!博士に当たってしまいます」

 「問題ない。博士が隠れている場所は解っている。最悪子供だけでも残っていれば問題ない」

 

 次弾を装填し始めた事からスネーク達は焦り、攻勢に転じようとするも警備兵も解っていて、ビンスを援護する動きを取る。

 撃破ではなく銃撃を途切れさせないようにしたことで、攻撃に出るどころか身を出す事すら出来ない状況…。

 このままではもろにRPGの直撃を受けてしまう。

 焦る中、勢いよくかけて来る足音が耳につく。

 

 視線を向けるとビンスたちが陣取っているのとは別の扉より跳び出したゴーストであった。

 跳んだ勢いによって大きく靡くロングコートはまるで蝙蝠が翼を広げたようである…。

 右手にはグロッグ17L RGカスタムを、左手にはFNブローニングBDMを備えており、降り立つよりも前に警備兵に銃弾を浴びせる。

 突然の奇襲で一瞬乱れ、その隙をスネークとヴィナスが突く。

 

 正直ゴーストは牽制…というか急いで来ただけで遭遇は予想外のようで、慌てているのか命中率が下がっている。

 しかし奇襲の効果としては上々。

 その分、スネークとヴィナスが警備兵を倒すのだから。

 着地してすぐに弾が切れたのか咄嗟に近くの警備兵の顔面にFNブローニングBDMを投げつけて気絶させ、グロッグ17L RGカスタムを仕舞ってスコフィールドを抜く。

 同時に装填を終えたビンスのRPGがゴーストを捉える。

 

 放たれた弾頭は直撃するよりも前にゴーストに撃ち落され、爆発によって生じた破片は何か呟くとふら付くように動いて回避していた。

 つくづくバケモノだなと眺めている最中に、残っている四発を警備兵四名に叩き込んでいた。

 

 「待たせたなぁ……久しぶりに言えた」

 「言えたじゃないわよ役立たず。足止め出来てないじゃない」

 「えー、今のでちゃらにしてよ」

 『あの被検体はどうしたのかね?』

 「あの体躯だと見つかり易いからね。置いて来た」

 『置いて来たって無責任な…』

 「ほら、キャッチ&リリースだって」

 『返した後が怖いんだが?』

 

 ダルトンのツッコミに余裕を持って返していたが、連れていた部下を戦闘不能にされたビンスが余裕のある態度を見せる。

 良く観察してみるとビンスの背後にRPGの弾頭の先が覗いており、ゴーストほどではないがあいつもかなりの重量を抱えているらしい。

 装填では間に合わないと判断したのかその場に置いて、背負っていた中からRPG‐7を手にする。

 

 「弾頭を撃ち落すとはな。しかし弾切れだろう」

 「試して見ると良い」

 

 格好をつけているがスネーク達は解っている。

 多分であるがゴーストはリボルバーでの早撃ちを得意としている。

 自動拳銃でスコフィールドで行ったような目で追うのもやっとな早撃ちを披露した事が無い。

 所持している拳銃の大半が自動拳銃であり、リボルバーは先ほど弾切れになったスコフィールドだけ。

 不味いと判断して撃とうとしたスネークであったが、それより先にゴーストがトリガーを引いた(・・・・・・・・)

 

 ―――M686回転式拳銃(リボルバー)

 

 呆れた事にまだ拳銃を隠し持っていたとは…。

 響いた銃声は六発。

 二発はRPG‐7本体に。

 残りは全て防弾チョッキを制服の下に来ていたビンスに直撃した。

 

 「おいゴースト、見事な早撃ちだったが………どこに隠していた?」

 「いやぁ、ホルスターが全部埋まってたんでポーチに」

 「グッ、なんて出鱈目な…何丁拳銃を持っているんだ…というか何故そんな重荷を背負う必要があるんだ?」

 「「お前(アンタ)が言える事か!!」」

 

 防弾チョッキで防いだとしてもダメージは有り、痛そうな態度を見せるビンスに思わずスネークとヴィナスが突っ込む。

 今度はちゃんとリロードしているゴーストはそんな二人に小首を傾げる。

 

 「さて、どうするんです?」

 「決まってるでしょ。止めを刺すだけよ」

 「まままま、待てお前ら!」

 「待てって…(何を?)」

 「間違えました。待って下さい」

 

 態度や体格から豪胆そうながら下手に出て来たことに妙な違和感を覚えて戸惑わずにはいられなかった。

 それでもヴィナス一人は決して警戒を解く事は無い。

 例えゴーストがビンスが背負っているRPG‐7弾頭の弾頭を一つ拝借し、放置したRPG‐7を拾っているとしても…。

 

 「何か情報があるなら早くしてね。私のトリガーはとっても軽いのよ」

 『待てよ!もう勝負はついたろ』

 「スポーツをしている訳ではないのよ。隙を見せたら殺されるの。貴方ではなく私達が」

 

 本当に撃ちかねない様子にダルトンが制止を口にするもヴィナスの返しに黙ってしまう。

 これに関してはスネークもゴーストも反論する事は無かった。

 手を挙げて無抵抗を示しながらどうするかと悩むビンスを天が見捨てていないように、部屋の上部に設置してあるランプが光り出す。

 

 『起動試験開始、起動試験開始。体制Bにシフト。担当整備員以外は格納庫より退避してください。繰り返します―――』

 

 突如として鳴り響く警報とアナウンス。

 何事かと注意が逸れた隙にビンスは巨体に似合わず素早く逃げ出す。

 

 「クソッ、コペルソーンめ!起動させやがったな!!」

 「逃がさないわよ!」

 「待った」

 

 ドアへ向かって走るビンスを撃とうとするヴィナスの銃口をゴーストが降ろさせる。

 当然ながらビンスを逃がす事と成り、ヴィナスは抗議の視線を向ける。

 

 「なんで邪魔をしたの?」

 「よく知らないけどあの人って警備兵に指示していた事から警備の中では上官か何かでしょ?」

 「警備部長らしいぞ」

 「なら反旗を翻したコペルソーンとは敵対関係な訳だ。なら今はこちらの対処よりコペルソーンが先決。敵の敵は味方って訳ではないけど、何かをし始めたコペルソーンの妨害はしてくれるでしょ」

 「有効活用しようというのね」

 「俺はゴーストの案に賛成だ」

 「甘い事ね」

 『どうも状況は芳しくないようだ。タキヤマ博士には詳しい事情を話して貰うとしよう』

 

 ばつが悪そうにするタキヤマに視線が集まるが、立ち止まって話し合いをするだけの余裕はない。

 事情を聴きつつもスネーク達はコペルソーンは居るであろう格納庫へ向かうのである。




○ゴーストの現状判明している装備一覧

●ヒップホルスター:腰の周囲
・右側:スコフィールド【所持】
・左側:ワルサーP99→スネークへ
   :グロッグ17L RGカスタム【所持】
●ショルダーホルスター:脇の下に吊るしてある
・ステアーGB自動拳銃【弾切れ】 
・VP70自動拳銃【弾切れ】 
 ・S&W M686【ポーチから入れ替え】 
●レッグホルスター(サイ・ホルスター):太もも側面に固定
・???
・FNブローニングBDM【弾切れ及び敵へ投擲】
●インサイドホルスター:ズボンと身体の間で固定
・Cz75自動拳銃→ヴィナスへ
・シグザウエルP226自動拳銃→ヴィナスへ
●アンクルホルスター:足首
・FNポケット・モデルM1906小型拳銃【弾切れ】
・コルトM1908ベスト・ポケット【弾切れ】
●バックサイドホルスター:腰後ろ
・???
●追加装備
・RPG‐7《一発》
 ・その他ポーチに…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

列車(※貨物)でGo!

 民間軍需企業ストラテロジック社で開発されている核搭載二足歩行戦車メタルギアの新OS開発プロジェクト―――“システムEGO”。

 タキヤマ博士はそのシステムEGOを担当していただけに、詳細までは知らなくとも完成度は知りえており、すでにメタルギア本体も火器管制システムも完成しているとの事。

 つまりいつでも核を撃てる体勢にある。

 核発射を阻止するにはメタルギアを破壊するしか術はない。

 

 ビンスの発言からタキヤマ博士に問うと当然のように答えられ、軽く非難が出るも彼女は聞かれなかったからの一言。

 言い合っていても仕方がなく、博士の認証コードを使って敷地内の貨物列車を利用して北側ブロックへ移動し、メタルギアが置かれている格納庫へ向かわなければならないのだから。

 

 

 

 指令室に使われているボート内で、ダルトンが自由に出来る場所というのは限られている。

 作戦の様子を見るにはワイズマンの眼があるし、ボート内を移動するならばワイズマンの手下による監視が付く。

 唯一例外なのはトイレの中だけである。

 最低限プライバシーは守ってはくれるらしい。

 おかげでダルトンはB.B.と秘密裏に連絡が取れる訳だ。

 

 「聞こえるかB.B.?トイレから連絡しているが監視がすぐ側で待機している為に大きい声は出せない」

 『はいよ。でっかいの出た?』

 「馬鹿…ワイズマンの情報は?」

 『んー、もう少し待って。PCが一台クラッシュしちゃってさ。復旧作業に追われてるんだよね』

 「おい、凄腕ハッカーって話は嘘か?」

 『協力してやってるのに失礼な奴だな!そもそもハッカーであって修理屋じゃないってのに……あ、そうだ。ゴーストの事なら少し情報あるよ』

 「――ッ、本当か…」

 

 まさかその情報が先とは思っておらず、驚きの余りに大声を漏らしそうになったのを必死に堪えた。

 ワイズマンが何を隠し、何を企んでいるのかを知る事は大事であるが、あの得体の知れない奴も中々に厄介な相手と直感で感じている。

 今までの経験からワイズマンは悪人と察する事は容易かったが、ゴーストはと言えばそうとは言い切れない。

 性格や態度から陽気で人懐っこくて善人そうに感じられる一方で、馬鹿と冗談を総動員したような出鱈目な戦闘技術と敵を殺す事に躊躇いが一切見当たらない。

 かといって残忍かと聞かれれば被検体であったハラブセラップを損得関係なしに治療したり、タキヤマ博士とルーシーを取引とかでもなく護衛したりと矛盾が多過ぎる。

 人だから矛盾もあるさと言えばそれで終いだが、アイツはそういうのでは済ませれない。

 

 悪人(クロ)善人(シロ)かで問われればグレーと答えよう。

 状況や都合や不利有利に関わらず、自身の感情の赴くままに貫こうとする。

 もしもスネークの行動が奴に反するものであれば一切の躊躇なく奴は敵対するだろう。

 ふざけた奴だが実力は確かで味方なら心強いが、敵にした場合はこちらはあっさりと崩れる…。

 そうならない為には奴を少しでも知る必要があるのだ。

 今見せている顔だって演技の可能性だってあるのだから…。

 

 『クラッシュする直前にワイズマンが問い合わせていたんだよね。“PW計画”ってのと“ロビト島”とかいうのを』

 「なんだそのなんたら計画とかは?」

 『さぁ?』

 「さぁって、お前なぁ…」

 『言ったでしょ。クラッシュする前だったって。機械が不調では凄腕ハッカーでも無理だって』

 「分かった、分かった。メタルギアとシステムEGOとやらも調べてくれ。ワイズマンが隠している事も分かるだろうしな」

 『良いねぇ。本当に面白そうだ。メタルギアを巡る陰謀に軍の秘密裏の介入!』

 

 クツクツと楽しそうなB.B.にため息を吐き出し、調べ物を任せてダルトンは怪しまれぬようにワイズマンの下へと戻る。

 何としても巻き込んでしまったスネークと共にこの難局を脱する為に。

 

 

 

 

 

 タキヤマ博士の認証コードがすでにビンス達によって使用不可にされてしまったらしく、列車に続く扉が開けなくなっていた所を端末に別の手段―――ヴィナスによる物理攻撃(回し蹴り)で扉を開錠する事に成功。

 列車に乗って格納庫へ向かう為に、現在移動している最中である。

 

 「まったく、本当に使えないわね」

 「なんですって!?」

 

 時間的余裕があまりない状況で、体力を消費して徒歩で向かっている。

 散歩しているのであればそんな会話もまた良いだろう。

 共有しなければならない重要な情報であるなら移動しながらでもするだろう。

 しかし今のは共有する情報でも呑気に談笑している場合でもない。

 

 なにより今のはヴィナスの悪態である。

 元々なのか感情をそのまま言葉にして吐き出す為に結構口が悪い。

 ある程度耐性があるならば兎も角、タキヤマ博士にそういった耐性は全くと言っていい程なく、噛みつかれたら嚙みつき返すまではいかぬとも吠える。

 

 「脚は引っ張るし、大事な情報は黙ってるし、戦闘でも役立たず…」

 「戦闘は私の専門じゃないの!」

 「助けてもらう専門なのかしら?」

 「なんなのこの(ひと)!?」

 

 キャンキャンと吠える甲高い声を耳に、男性陣は聞き流せばいいのにと苦笑いを浮かべる。

 敵地のど真ん中でと思わんでもないが周辺の安全はすでにスネークとヴィナスが確保しているので、別段気にする必要もさほどないのだけど永遠と聞かされるとなると気が滅入るというものだ。

 ゴーストに至っては文句を言っていいのだが、言うだけ無駄だと思っているのか口にする事はない。

 

 …と言うのもスネーク一行は列車に乗る為に線路を走っているのだ(・・・・・・・・・・)

 線路というのは人が走る場所ではなく列車が走る道である筈だが、乗り込む場所までは列車は走り抜ける為に乗り込めず、乗り込む為には自身の脚で向かう他ないという。

 当然ながら線路を列車が走るので悠々と歩く事は叶わない。

 なので列車が通過する間隔を把握して、次の列車が通るまでに中継地点へと渡り切らねばならず、列車には都合がよくとも人にとっては足場の悪い悪路…。

 元々鍛えている訳ではないタキヤマ博士にとっては非常に辛い条件である。

 そこで前を行く二名が安全を確保して、残る一人が非戦闘員である二人を運ぶという事になったのだ。

 ゴーストがタキヤマを背負い、ルーシーを抱えて走るという…。

 年齢からして若いスネークが運ぶべきなのだろうが、日々鍛え上げていたのかゴーストは二人を抱えようとも平気な様子。

 ただ不機嫌そうな様子であるが…。

 

 「まだ怒っているのか?」

 「別に…」

 「頭が悪いのよ。何がリロードする手間を弾くために拳銃を幾つも持ち歩くって」

 「二丁拳銃とか格好良いだろ」

 「格好良さだけで戦いは出来ないのよ」

 

 本当に馬鹿だとは思う。

 弾切れにした銃だけでも四丁。

 譲渡したのが三丁。

 投擲したのが一丁。

 これだけで八丁の拳銃を所持していたのだから。

 他にも所持しているというので武器を絞らせたのだ。

 スコフィールドとグロッグ17L RGカスタム、S&W M686はそのまま装備して、FNポケット・モデルM1906小型拳銃はヴィナスが、護身用にタキヤマにコルトM1908ベスト・ポケットを持たせて残りは置いて来た。

 凄く不服そうであったが誰かに無線で連絡入れて、渋々了解したというのが一連の流れである。

 ちなみに拾っていたRPG‐7は装備している様子は一切なく、いつの間にか消えていた…。

 さすがにポーチの中に納まる訳もないので自ら捨てたのだろうか?

 なんて考えているとヴィナスから向けられる視線に気づき、首を傾げながら振り返る。

 

 「どうしたんだヴィナス?」

 「んー、この作戦が終わったらデートしない?私達きっと気が合うわよ」

 

 突然の申し出に戸惑うよりも先に、何を考えているのかと疑いを向ける。

 二人を運んでいるゴーストとはある程度距離があるので、小声で話しているので聞こえてはいないだろう。

 

 「そうは思えんが…何故そう思う?」 

 「だって似た者同士だもの」

 「そうか?」

 「そうよ。私達そっくりよ(・・・・・)。なにせ私達は同じものをワイズマンから貰う約束をしているだから…」

 「―――なに?」

 

 ヴィナスの言葉に脚が止まって「お前も記憶喪失なのか?」という疑問を口にしそうになるも、「到着したからお喋りはここまでね」と強制的に終わりを告げられてしまう。

 喉元まで出掛かったゆえに少し悩むも、急いで列車に乗らねばならない為に無駄話も出来ない。

 なにせ列車は自動運転らしいので、うかうかしていると乗り過ごしてしまう。

 格納庫へ向かう貨物列車が到着した事で一行は乗るが、人員輸送を目的とした車両ではなく貨物を運ぶ為。

 ゆえにコンテナ内は人が入れる隙間こそあれど、乗った場合は揺れなどに晒されてコンテナ内を転がり回る事になるだろう。

 最悪の場合、荷物や物資で死亡なんてシャレにならない。

 なので乗る場所はおのずと限られる。

 

 「乗るとは聞いたけど―――列車の上とは聞いてないわよ!!」

 

 荷物に潰される事は無いが風に晒され、脚を滑らせると走行速度も相まった状態で地面に叩き付けられるだろう。

 足元から伝わる揺れと吹き抜ける風を浴びながら、タキヤマは当然のように抗議をするも誰一人返す気配はない。

 それより場所が悪いだけに無駄に動いた方が危ないので、ゴーストが気遣って支えている。

 

 『ある意味特等席だな』

 「なら代わってやろうかダルトン」

 『遠慮しておく。好き好んでそんなとこに乗ろうとは思わん』

 「あー…無断乗車で駅員さんカンカンっぽいよ」

 

 冗談を言っているとこちらが列車上部に乗っている事に気付いたのか、警備兵数名が上がって来て銃口をこちらに向けている。

 

 『敵を排除するんだ!』

 「了解したわ」

 「二人共、出来るだけ下がれ」

 

 言われるように二人は下がる様子から、それが気休めである事には気付いていないらしい。

 距離を取って有効射程外まで退避するならまだしも、ここは遮蔽物は存在せず移動可能域も限られている。

 相手の武装がスナイパーライフルではないが、安全領域までの退避するには列車から飛び降りる他ない。

 タキヤマ達が助かるには出来るだけ手早く相手を倒すのと、銃弾が当たらない事を祈るだけ…。

 同時に自分達にもその条件は当て嵌まる…。

 

 「おーい、撃つなよ」

 「――ッ、ゴースト!?」

 

 どうするかと苦虫を潰したような表情を浮かべていると、ゴーストが降伏と無抵抗を示すように両手を挙げたのだ。

 警備兵は一瞬判断に迷って撃てず、スネーク達はゴーストが邪魔で敵を撃てない。

 

 「ちょっと、どういうつもり?」

 「どうもこうもこんなところで撃ち合いしたら博士たちも危ないでしょ」

 「動くなよ!拘束する」

 「せめて煙草ぐらいは吸わせてくれるかな?」

 「………良いだろう」

 「――え?…コホン、お手数をお掛けします。内側の胸ポケットに入ってるから…」

 「待て、銃を抜かれてはかなわん。俺が取ってやろう」

 「ご親切にどうも」

 

 本当に投降するつもりなのかと半信半疑なスネークとヴィナス。

 まだ二人が警戒状態なのが解り切っているだけに、警備兵はゴーストを盾にするように銃を構えている。

 警備兵の人数は四人。

 半々で後衛と前衛に別れており、後衛の二人がゴースト付近の前衛と合流したら今以上に厄介な事に。

 ヴィナス辺りはゴースト関係なく撃つ気はあるだろうし、スネークとしてはゴーストがどういうつもりなのかの方が気に掛かる。

 自分達が有利な立場に立ち、ゴーストを盾にした事でこちらが手が出せないと判断して余裕が出たのだろう。

 許諾したところゴーストの方が戸惑う反応を見せた為、ヴィナスも何かする気だなと察して見守る事にしたようだ。

 コートの内側に手を突っ込む間ももう一人が銃口を向けて警戒する。

 抵抗も反撃もする事もなく、古めかしいシガレットケースが取り出された。

 中を開けば五本の煙草が入っており、その中の一本を加えさせる。

 

 「最期の一服だ。しっかりと味わえ」

 「あぁ―――貴方がですけど」

 「は?……ぽぺ…」

 「どうし――ぐへっ!?」

 

 ゴーストが加えている煙草の煙を吹きかけられたように見えた(・・・)次の瞬間、警備兵はふらりと立ち眩みでも起こしたようにふら付いてその場に倒れ込んだ。

 突然の事に驚くもう一人の銃口を逸らすと素早く左手で関節を決めて盾にする。

 前衛二人が戦闘不能にされるも味方を盾にされて撃てず、右手でポーチから取り出した拳銃で残り二人を撃ち、着弾すると同時に倒れ込んだ。

 最後に盾にしていた奴を締めて気絶させて、相手に撃たせる事無く無力化したのだ。

 さすがと褒めるべきところなのだが、先にゴーストが構えている銃と加えている煙草に意識が向いてしまう。

 

 「なんだその拳銃は?」

 「アームズマテリアル(AM)社製アルファ114“ライオットピストル”。着弾後に強力で即効性の睡眠ガスを発生させる小型麻酔ガス銃。良い銃でしょ?」

 「……加えてる煙草は?」

 「タバコ型麻酔ガス銃(MG3)。便利っしょ」

 「もしも吸わせてくれなかったらどうするつもりだったの?」

 「最初っからCQCに持ち込むつもりだったよ。まさか吸わせてくれるなんて言うとは思わなかったけど」

 「あと、そのライオットピストルだっけ?ポーチより取り出すよりホルスターの方が早くない?」

 「子供の前で流血沙汰はさすがに…ねぇ?」

 「お前は……何はともあれ被害もなく上手くいったようで良かったが、お前は」

 「…聞かれなかったから答えなかったの」

 「それ私の真似でしょ!」

 

 タキヤマのツッコミに目を反らしながらの誤魔化すように笑う。

 肩を竦ませていると鉄橋が視界に映り、目的地である格納庫が近い事が伺える。

 もうすぐかと思った矢先に予想外の物も見えて、全員の顔が引き攣った。

 

 列車の進む先である線路上に巨体が立ちはだかる。

 巨体を支える太く強靭な脚部。

 アウターヘブンのメタルギアTX-55やザンジバーランドのメタルギア改Dには見られなかった腕部。

 背中に詰まれた武装の数々。

 重心を低くしてバランスを取り易くし、格好的には前屈みに見える緑色をメインカラーとした民間軍需企業ストラテロジック社製新型核搭載二足歩行戦車(メタルギア)…。

 

 ここにバット(シオン)スネーク(ソリッド)がいたならば既視感に襲われていただろう。

 確かに外装が一新されて腕があったり外見が違っているものの、武装を背中に積んだ様子や前屈みな体制などは何処かマッドナー博士が作り出したメタルギアを彷彿させる。

 

 『待て…今、衛星写真に…』

 「待てと言われても無理よ」

 「とりあえず列車を止めないと不味いな」

 「何とかしてみよう」

 

 ワイズマンが無線で言わんとしている事を察している面々は、それよりこのまま列車がメタルギアに激突した場合、確実に投げ出されたり最低でも大怪我を負ったりとこちらが不味い事になるのは明白。

 話を聞くよりも止めなければとスネークは列車を緊急停止させる。 

 

 急な減速で体勢を崩すもヴィナスは立て直して振り下ろされないように捕まり、転げ落ちそうになったタキヤマとルーシーをゴーストは伏せさせながら支える。

 ぶつかることなく停車した列車より降り立った一行はそれぞれ想いを抱きつつ見上げ、スネークはこれからこいつとやり合うのかと怪訝な顔を浮かべる…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第07話 記憶の欠片

 また遅れて申し訳ありませんでした。
 最近遅れてばっかりで…。
 まだ先ですがMGS4のナノマシンで健康面も精神面も自身を管理したい…。


 列車の進路を塞ぐように立ち塞がる新型メタルギア―――“カイオト・ハ・カドッシュ”。

 収納されていた格納庫に向かっていたとは言え、突然の遭遇戦など想定していた訳もなく、全員が自身の得物を確認して火力不足に頭を悩ませる。

 加えて列車で移動する程に広大な敷地なだけに、周囲には建物どころか小さな遮蔽物すらない荒野。

 唯一身を隠せるものと言えば乗って来た列車だけ…。

 装甲列車ならまだしも貨物列車では銃火器を装備しているメタルギアの攻撃に耐えれるとは思えない。

 

 『全員無事か!?』

 「あぁ、まだ大丈夫だ。交戦状態に入ったら分からんがな」

 

 答えつつスネークは冷や汗を流しながらメタルギアを睨む。

 この状況もそうだがタキヤマやルーシーを護りながら戦うのは不可能だ。

 避けようとしても武装からして余波でやられかねないのだから…。

 それぞれ考えつつ警戒しているとメタルギアに内蔵されているスピーカーから音声が流された。

 

 『ルーシー!よく彼女を連れ戻してくれた。感謝するタキヤマ博士』

 「コペルソーン博士…」

 『いやはや、研究室からルーシーがいなくなった時は警備部の連中に捕まったのかと冷や冷やしたが…。護衛をしてくれた君達には感謝すべきかな?』

 「あなた、最初っから!?」

 「ごめんなさい…私は…」

 『さぁ、来るんだ。私には君が必要なんだ(・・・・・・・・・・)

 「いかせないわっ!」

 「――ッ、危ない!!」

 

 ルーシーの手を引いて駆け出すタキヤマに銃口を向けるヴィナスをスネークは突き飛ばした。

 直後、メタルギア腕部に仕込まれていた機関砲が火を噴いて付近に砲弾を降り注いだ。

 全員が直撃を避けれたものの、スネークは庇った際に爆風を受けてその場に倒れ込んでしまった…。

 

 『き。貴様はっ!?どうして…生きていたのか(・・・・・・・)…』

 

 倒れ込んでいるスネークを見て動揺を隠しきれないコペルソーンであったが、足元にルーシーとタキヤマが来たことで意識を切り替えて二人を乗せる為に屈む。

 その間に倒れ込んだスネークをゴーストが軽く見て応急手当(キュアー)を行い、外傷的には掠り傷や打ち身程度の軽傷であったがそれが見る見るうちに完治して行った様にヴィナスは目を丸くして驚くばかり。

 

 『帰ってロジンスキーに伝えろ!期限は残り二時間。リストに記した三年前の事件(・・・・・・)に関わった全員をここに連れて来なければ―――奴らが済んでいる街に核を撃ち込んで焼き尽くしてやる!!それが…それこそが彼女の望みなのだから…―――ん、来たか傭兵崩れ共が…』

 

 要求を告げるも周囲に響く駆動音とキャタピラによる走行音に忌々しそうに呟く。

 メタルギアに遮られた線路先に鉄橋があり、挟んだ位置にM1エイブラムス主力戦車が十台以上並んでいた。

 普通なら壮観な光景なれど巨大なメタルギアと対峙する様はとある怪獣映画を彷彿とさせるようで、不安の方が先に来てしまうのは致し方ない事であろう。

 指揮車両より身を乗り出したのは拡声器を手にした警備部長ビンスであった。

 

 『コペルソーン博士!直ちに武装解除し投降せよ!!投降すれば社長は寛大に対応してくれるそうだぞ!!』

 『それが大砲を向けといて言うセリフか?全く、邪魔をしてくれるな』

 『逆らえば砲弾の雨に晒される事になるだろう。これは脅しではないぞ!』

 『そっくりそのまま返すとしよう』

 『止むを得んな。砲撃開始!!』

 

 命令が下ると同時に戦車による砲撃が開始された。

 重く響き渡る砲声に続いて直撃したメタルギアは爆煙に包まれる。

 

 『――ッ、やったか!?』

 

 目標が爆煙に包まれた事で砲撃は止み、ビンスの期待の籠った独り言が拡声器を通して周囲に切なく広がった…。

 それをフラグ(・・・)だと本人は一切気付いていない様子。

 焦るようにしてゴーストはオープンチャンネルで呼びかける。

 

 「ビーンズかボンズだったか聞こえるか?」

 『ビンスだ!!誰だ貴様!?いや、誰だか知らぬが相手をしている暇は―――』

 「僕が誰だとかはどうでも良い。メタルギアがその程度で壊れる訳が無い!撃ち続るんだ!!」

 『そんな馬鹿な…105ミリライフル砲弾を一斉に浴びせたんだぞ?』

 「良いから動け!止まったら的だ!!」

 『――ッ、全車散開!急げ!!』

 

 爆煙が晴れると損傷を受けた様子の無いメタルギアが観え、機関砲を内蔵した手を向けようとしている事から慌ててビンスは指示を飛ばす。

 反応出来たのは半数ほどであったが、それでも砲撃の雨で全滅する事だけは避ける事が出来た。

 しかしメタルギアを無力化するには絶望的な状況に変わりない。

 

 「ヴィナスちゃんは彼を連れてこの場を離れるように」

 「貴方はどうするつもり…」

 「時間を稼ぐか多少はダメージを与えるさ。まだ彼らも居る事だし…」

 「彼らって敵よ」

 

 ゴーストの示す先には残存している警備部の戦車部隊。

 当然ながら彼らからすれば自分達も敵の筈。

 考え無し―――というよりは“敵の敵は味方”まではいかずとも協力は出来る筈という若干の希望論混じりの打算からだろう。

 それでも今後あのメタルギアとやり合う事を考えたら悪い手ではない。

 なにより怪我はないしても爆風によるダメージが溜まっているスネークが今すぐには戦えず、休ませる為にもこの場を離れなければならない。

 

 「力仕事は男の仕事でしょうに」

 「ごめんね。後で借りは返すからさ」

 「ハァ、勝手にすれば」

 「了解したよ―――上半身を狙って撃ち続けろ!」

 『一斉砲撃で貫けなかったんだぞ。狙うなら足だろうに』

 「戦車も戦車で動きながら足に当て続けるのは難しいでしょ。あのメタルギアは上半身を前後に揺らしていた。まだバランスが不安定何だと思う…それに装甲は貫けずとも内部にはダメージは蓄積する筈」

 『なるほど…ただでさえ揺れているなら、より揺れさせることで奴の命中率も下げれるな』

 

 ゴーストは無線をしながら戦車部隊と合流すべく鉄橋へ向かって走っていく。

 逆にヴィナスはスネークに肩を貸してその場を離れるべく距離を取る。

 ゆっくりながらも移動する背後で爆音が響き、鉄橋が崩れる様を目撃してゴーストも落ちたかと過るも、何となくアイツなら生きてそうだなと思って足を止める事は無かった。

 しぶとく抗う戦車部隊のせいでスネーク達に手を出せないでいるコペルソーンは苛立ちと歓喜を混ぜ合わせた感情を言葉に乗せて吐き出す。

 

 『リストに一人追加だ。まさか生きているとは思わなかったが、おかげで復讐を果たす事が出来る。お前だけは…お前だけは必ず私の手で殺してやる!!絶対にだ!!』

 

 そんな叫びを背に浴びつつヴィナスとスネークはメタルギアと戦車部隊との交戦域からの離脱を果たすのだった…。

 

 

 

 

 

 

 ここは何処だ?

 解らないが誰かが逃げているようだ。

 息を切らしながら負傷した個所を庇いながら必死に…。

 ナニカが背後から迫っているのを察して、焦りがより鮮明に伝わって来る。

 必死に逃げる誰かは逃げ場を失い振り返る。

 顔は解らないがナニカがそこに立っていた。

 追跡者だろうか?

 誰かとナニカは銃口を向けて撃ち合う。

 互いにかなりの腕前を誇っているのが観ていて良く解かるが、ナニカの方が誰かより強かったようだ。

 ナニカに撃ち負けた誰かは海に落ちていく。

 落ちていく先の海面に顔が一瞬ながら映し出される。

 

 アレは………俺の顔だった…。

 

 「―――カハッ!?」

 

 びっしょりと濡れている顔の汗を拭い、荒れた呼吸を繰り返しながらスネークは周囲を見渡す。

 ここが何処かは分からないが自分はベッドで休んでいたようだ。

 ベッド脇にはヴィナスが心配そうな表情を浮かべて立っていた。

 

 「大丈夫スネーク?」

 「あぁ、ここは…」

 『そこは居住区の一室だ。君が意識を失っている間にヴィナスが運んだのだが――ヴィナス、彼は使えそうか?』

 『お前なぁ、言い方ってものがあるだろう!』

 『今は一刻を争う状況だ』

 「まずは自分に何かあったか思い出せる?」

 

 何があったかか…。

 合衆国に入国してすぐにダルトンに仲間と共に捕まり、自由を得る代わりに違法な潜入捜査の取引を持ち込まれ、事態は大きく変化してワイズマンの指示でメタルギアの無力化に変更。

 列車で格納庫に向かう途中でメタルギアが現れて―――…。

 

 「俺は大丈夫だ」

 「そう、記憶喪失にはなってないのね」

 「それは元々だ…ゴーストは?」

 「彼なら警備部の連中と共にメタルギアに挑んで行って連絡が途絶したまま。かれこれ一時間も前の話だけど」

 「一時間前だと!?」

 

 確かコペルソーンは期限は二時間と言っていた筈。

 残り一時間以内にメタルギアを無力化しないと核は発射されてしまう。

 鮮明に思い出していく中、コペルソーンが最後に告げていた言葉に辿り着く。

 

 「奴は俺を知っているのか?」

 『スネーク?』

 「コペルソーンは俺を知っているような事を言っていた。そして奴は俺に憎んでいる?ワイズマン、三年前の事件とはなんだ?」

 『君には覚えがないんだろう。なら良いじゃないか』

 「貴様ッ!!」

 『待て、スネーク。今はこいつの相手をしているよりも核弾頭を止める方が先だ。あのコペルソーン次第では何も知らない一般市民までもが巻き込まれてしまう』

 『ほぅ、初めて役に立ったなダルトン君。彼の言う通り時間がないのだよ。タキヤマの裏切りは予想外だったが、メタルギアさえ破壊すれば核発射は阻止出来る。北の格納庫へ向かってくれ』

 「……列車は無いんだぞ。どうやってだ?」

 『方法は任せる。それより身体の調子はどうなんだね?』

 

 言われて確認するも怪我をしている個所はざっとだが見当たらない。

 直撃や破片を受けた訳ではなかったからあり得るかも知れないが、爆風による衝撃で気を失う直前のダメージを負ったのだ。

 何かしら怪我をしていてもおかしくないというのに…。

 若干ながら違和感を感じながらスネークは問題ないと判断する。

 

 「大丈夫そうだ。怪我どころか痛いところもない」

 『そうか…なら、やはり…』

 「どうしたの?」

 『何でもない。こちらの話だ。ヴィナス、スネークと連れて北の格納庫へ向かうんだ』

 「了解よ」

 

 動かない訳にもいかないスネークは、先の心配そうな表情など無かったように振舞いヴィナスに先導されて居住区を抜ける。

 ヴィナスも解っているのだ。

 身体は大丈夫でも爆風を受けた影響で具合が悪い事は…。

 なので面倒臭そうなのを隠そうともせず、悪態をつきながらでも先を進んで率先して敵を排除して行ってくれる。

 そんな彼女に誘導された先はストラテロジック社の社長室前。

 分厚く頑丈そうな扉で遮られている分、社長室というよりは銀行の金庫室のような入り口である。

 こんな状況下ゆえに鍵を開けっ放しという訳もなく、ヴィナスは開けれずに少しばかり困っているようだ。

 壁に凭れて少し休んでいると扉脇に取り付けられたモニターが点灯し始めた。

 

 『ロジンスキーだ。そこに誰かいるのか?』

 

 扉上部にカメラが設置されており、こちらの様子を窺っているらしいが角度的に自分は映っていないだろう。

 ジェスチャーでヴィナスが動くなと指示し、モニターに映ったロジンスキー社長に向き直る。

 

 「居るわよ」

 『助けが来たのか!?…待て、警備部の人間ではないな!誰だ貴様は!?コペルソーンの手下だな!私を始末しに来たのか!』

 「ハァ…逆よ。私はコペルソーンを止めに来たのよ。ビンス警備部長に頼まれてね」

 『ビンスに?それは本当か?』

 「事実よ。だから教えて欲しの。コペルソーンとタキヤマが向かった格納庫へ行く方法を」

 

 自身が狙われている事から警戒心を向けるロジンスキーであるも、ビンスの名が出るとかなり和らいだように見える。

 どうも雇った人間【いう事を聞く駒】というだけにしては、かなりの信用を置いているようだ。

 ヴィナスの機転のおかげもあって色々と聞き出す事が出来た。

 コペルソーンとタキヤマが向かった格納庫へ向かうには鉄橋を渡るのが一番の手段であるも、メタルギアによって落とされては向かう術がない。

 ロジンスキーも同様の考えで、次の案は空からというが一時間以内に航空機を用意して空挺降下など上が許可しない。

 なにより穏便に済ませたいロジンスキーとワイズマン側が認めないだろうからな。

 

 他に手段はないかと模索した際に、格納庫がある北側のエリアに抜けれる第二連絡橋がある事を思い出したのだが、第二連絡橋に向かうには地下水道を通らなければならず、現在では使われていない事もあって前の改装の際に地下水道の入り口をタイルで覆ってしまったらしい。 

 利用していなかった事もあって詳しい場所は社長であるロジンスキーでも覚えていないとの事。

 

 「それにしても……やはり(・・・)タキヤマは裏切ったか…」

 「やはり?どういう意味かしら?」

 「あの女が今の地位に就いたのは能力だけではない。コペルソーンへの公私に渡る“献身”もあってだ。コペルソーン曰く“上手かった”らしいぞ」

 「どうでも良いわ。タキヤマの事なんて―――三年前の事件で何があったの?コペルソーンは何故スネークを敵視するのかしら?」

 「奴が敵視するのは当然だ。三年前に奴の妻を殺害した(・・・・・・・・)のがスネークなのだからな」

 

 コペルソーンとタキヤマの関係性なんてどうでも良いと顔に出し掛けつつも、耐えたヴィナスであったがスネークの過去の事件の断片を聞いてそっと視線をスネークへ向ける。

 三年前という記憶喪失前の事件の断片に何があったのかと言わんばかりの表情を浮かべ戸惑っている様子。

 けれど取り乱して問い質すような真似は控えたようなので、視線を戻して話の続きを聞く。

 

 「あれからだ。奴がイカレタ研究を始めたのは。EGOプロジェクトを私的流用してあのような馬鹿げた研究を…」

 「どんな研究をしていたの?」

 「口にするのも憚られる。私は反対したのだ。何度中止させようとしても奴はあの手この手で強行し続けた。そこに国際刑事裁判所が捜査を始めるという話が持ち上がり始め、捜査が行われればもう誤魔化す事は出来はしない。だから私は取引をする事にしたのだ。しかし取引材料たるルシンダライブラリは実験の為に必要だと言って手放さなかった奴の元に…。何としてもルシンダライブラリを回収するのだ!会社と私の首が掛かっているのだからな!!」

 「貴方の為ではないけど、止めて見せるわ」

 

 言い終わるとロジンスキーはモニターを切り、それを確認したスネークは戸惑いを口から漏らした。

 

 「俺が…コペルソーンの妻を…」

 『三年前に何があったんだ?』

 『それは君が知る必要はないし、今は思い悩んでいる時間的余裕はないんだ。施設内の情報から入り口があるであろうエリアを絞る。君達は居住区を北へ抜けてくれ』

 

 立ち止まっている余裕はない。

 あと一時間以内に何処かも解らない地下水道の入り口を見つけて、第二連絡橋を越えて格納庫へ辿り着いてメタルギアを破壊せねばならないのだから。

 

 途中社長より追加情報を受けて範囲を絞り、地下への入り口を見つける事は成功した。

 その際に「私、幸運なのよ」とコイントスで表裏を言い当てた後に、ダウジングで入り口を見つけるとか言い出した時は、ヴィナスもゴースト同様に可笑しな(・・・・)奴なのではないかと視線を送ってしまい、不服そうなヴィナスより痛い一撃を受ける羽目になってしまった…。

 だが、一難去ってまた一難。

 地下水道から第二連絡橋に辿り着いたが、第二連絡橋は浮遊する無人航空兵器サイファーが警備しており、狙撃銃でもない限りは突破は難しい。

 そこでメタルギアの試作機を開発していた工廠である西側の試作工場へ向かう事に。

 方向から戻る事になるが止む無しだ。

 到着するまでの道中は然程の困難もなく突破し、辿り着くとメタルギアを開発していた工廠というよりは大きな倉庫のような内装に眉を傾げる。

 

 「メタルギアの開発をしていたにしては小さいな」

 『詳細は掴んでいないがここでは小型実験機による情報収集を目的としていたようだ』

 『情報収集って言っても小型機で意味あるのか?』

 『これもまた定かではないのだが何処からかメタルギアの情報を受けていたとかいないとか…』

 「曖昧な情報源だな」

 『―――それはこっそりと知らべておくね』

 

 盗み聞ぎをしていたのだろうB.B.が割り込んだ事に息が詰まるも、ワイズマンはまだ(・・)気付いていないようだ。

 ワイズマンもそうだがヴィナスにも気付かれないように小さく頷く。

 その合図を受け取ったB.B.は楽しそうに続きを口にする。

 

 『話は聞かせて【盗み聞ぎ】貰ったから調べておいたよ。コペルソーンの奥さんもストラテロジック社の研究者だったみたいで、確かに三年前に亡くなったらしいんだけどそれだけしか解らなかった。重要な記録は改竄されたり消去されていたりしてさ。何かあったのは確かなんだけど。あぁ、奥さんの名前は解かったよ――――ルシンダ(・・・・)・コペルソーン』

 「――ッ…」

 『声に出さなくても解るよ。ルシンダ(・・・・)・ライブラリと何か関係あるのかな?まだそこらへんは調べがついてないんだ。ついでにダルトンからゴーストの素性を洗うように頼まれたんだけど、ワイズマンが調べようとしていた情報のガードが固すぎて難しそう。まぁ、三年前の事件を優先的に調べてみるよ。気になるんでしょ?』

 「……あぁ、頼りにしてる…」

 『――ッ、うん!任せておいてよ』

 

 嬉しそうに通信を切るB.B.とは裏腹に怪訝な顔をしたヴィナスがこちらに視線を向ける。

 

 「何か言った?」

 「中々見つからないんでな。お前を頼りにしてると言ったんだ」

 「頼られてもねぇ…」

 

 ため息を隠す事無く吐き出し、苛立ちを露わにする。

 ヴィナスは内部構造を調べる際に狙撃銃がある事を確認していたのだが、何度探そうとも狙撃銃自体がみつからないのだ。

 最悪誰かが持って行った事も視野に入れているとカツン、カツンと誰かが近づいてくる足音が耳に入る。

 それもゆっくりとしたものではなく、こちらに明確な意思を持ってこっちに走っているような…。

 

 警戒を強めて銃に手を伸ばした矢先にそいつは現れた。

 迷彩服を着たドレッドヘアの男性兵士。

 見た目的に警備兵ではないのは明白で、武装らしい武装をしていない。

 ただ目を保護するゴーグルを付け、腰回りには四つのタンクを装着し、右手は大型のタンクを担いでいるという異常さはあるが…。

 警戒心を強めた瞬間、男は担いでいたタンクに口を付けるや否や、こちらに向いて火炎を噴き出したのだ。

 咄嗟に距離を取ると遮蔽物に身を隠す。

 ここは倉庫にもなっていただけにコンテナ類を合わせて遮蔽物に困る事はない。

 逆に武器弾薬の類もあるので誘爆が非常に怖いところであるが…。

 

 「俺は火を操る者、ゴブラ!貴様がスネークだな。会いたかったぞ兄弟(ブラザー)!」

 「手厚い歓迎だな。一緒に吹き飛ばす気か?」

 「フン、コペルソーンは捕まえて来いと言っていたが俺にその気はない。貴様を燃やし尽くして真っ白な灰を女王の生誕に捧げてやる!」

 「口は達者なのね」

 

 眼中になしと言った様子にヴィナスが不意をうつ。

 狙いは担いでいたタンク。

 口に含んだ後に火炎を噴き出したという事は中身はガソリンなどの可燃物。

 引火すれば一撃で戦闘不能に出来るし、引火せずとも穴さえ開けば奴の武器を無力化できる。

 しかしそう簡単に物事は進まず、ゴブラはヴィナスの不意打ちを避けて火炎を吹く。

 慌てて回避した様を見てゴブラは鼻で嗤い、ヴィナスは忌々しそうに殺意高めに睨み返す。

 

 「気の短い奴だな。安心しろ。兄弟(ブラザー)と一緒に燃やし尽くしてやろう」

 「…結構よ」

 「何にしても二対一では分が悪いな」

 

 そう告げるとゴブラは走り出して何かに飛び乗った。

 ゴブラが飛び乗ったのは全高三メートルほどの駝鳥を模したかのような兵器。

 だがそれは現行の兵器に類するものではない。

 胴体より鳥類のような二本の脚。

 前に飛び出したセンサー類を詰め込まれた頭部。

 右肩に取り付けられた12.5ミリ機関銃と左肩より前に砲身が付き出された20ミリ機関砲。

 類似兵器があるとすれば大きさや武装を無視するならばメタルギアに近い。

 それもマッドナー博士が生み出したメタルギア…。

 

 「こいつは新型メタルギア開発の試験データ収集の為に、僅かな資料(ザンジバーランド)を基に復元された“量産メタルギア・グスタフ()”―――さぁ、俺とグスタフに勝てるか!!」

 

 ゴブラが乗り込んだ核こそ搭載されていない小型化された量産型メタルギア・グスタフが、軋む様な駆動音に響かせながらスネークとヴィナスを威嚇し、二門の機関砲を向けて今まさに対峙した。

 目的のメタルギアではないが、最早戦闘を避けるのは不可能。

 意を決したスネークもヴィナスも本番前の前哨戦として、得物を構えて対メタルギア戦に突入するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

被検体

 投稿が遅くなり申し訳ありません。
 食当たりか何かで数日間ダウンしてました。
 私の胃はスネークほど丈夫ではなかったようです…。

 あの時ほどキュアーが欲しいと思った事はない。
 ステックが回せれればもっと早く。


 別に嘗めていたつもりではなかった。

 限られた兵員の中から動かせる人員を連れ、格納庫にあった戦車だって全部持って来た。

 二足で歩こうが大きくても兵器は兵器。

 幾ら頑強と言えど火砲を浴びれば撃破出来ない訳がない。

 

 ――しくじった。

 今までの経験から十分と判断したが、あの新型メタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”相手には不遜過ぎた…。

 俺は警備部長であってメタルギア開発者ではない。

 スペックを知っていればまた対応も変わっていたかも知れないが、今更後悔して振り返ろうとも意味はないのは解っている。

 けれど社長も先にメタルギアに関する情報をくれても良かったものを。

 いや、これは責任転嫁になるのか…。

 機密性の高いメタルギアの情報を漏らす訳にもいかないだろうし、現状を鑑みると社長もいっぱいいっぱいで感情的である事から真っ当な判断は出来ないだろうしな。

  

 威風堂々とした戦車一個中隊クラスはスクラップと化して荒野に転がる。

 メタルギアに対した損害も与える事叶わずにこの惨状…。

 

 「まったく、大したもんだなメタルギアってのは…」

 

 警備部長であるビンスは愚痴を零しながら辺りを見渡す。

 圧倒的な防御力と火力を以て全戦車は撃破され、満足気に去って行ったメタルギアの後にはこうして敗残兵が残った訳だ。

 生き残った警備兵も居るが大概が負傷兵。

 見捨てて行く訳にもいかずに残っている訳だが、正直な話をすれば俺がここに残る意味もあまりないように感じて成らない。

 

 「ほんと大したもんだよ」

 

 メタルギアに対して発した感想を、今度は個人に向けて呟く。

 相手は施設内に無断で侵入した賊の一人。

 コードネームは“ゴースト”。

 敵だというのに敵の敵ならば協力出来ると言ってメタルギアと戦っている最中に割り込んで来た。

 戦車が案山子同然だというのにたかが一人の兵士で何が出来ると侮っていたら、存外に良い動きでメタルギアを翻弄していた。

 施設の被検体(・・・・・・)を除いてもこういったバケモノというのはいるものなのだな。

 

 「――ん、ビンスさんも食べます?」

 「いや、俺は遠慮しておこう。腹は空いてないんでな」

 

 全ての戦車を叩きのめして去って行ったメタルギアを追う事なく、ゴーストは頼みもしていないのに負傷者への治療を開始。

 それも重傷者であろうが“キュアー”と呟いて治療を開始すると僅かな時間で治療を施すばかりかほぼ完治にまで持って行く。

 最早神業というよりは魔法の類だ。

 死にそうでも死んでいなければ助けれると言わんばかりの治療でも、減少した体力(・・・・・・)を回復させるには食べ物を食す他に方法がないとの事で荒野にて食事会が開催されている。

 敵だっていうのに部下共は言葉を交わすと心底信頼して、毒が仕込まれても可笑しくねぇってのに無警戒に平らげて行く。

 正直こいつに部下を全員取られるんじゃあないかと心配するほどに…。

 

 「そう言えば戦場にもおとぎ話があったな―――夜な夜な兵士を連れ去る吸血鬼の話。知ってるか?」

 「さぁ、聞いた事あるような無いような」

 「他にもビッグボスと呼ばれた男には神がかった医術を持ち、敵を味方にしてしまう男が居たそうだ。それも料理が上手いとか…な」

 

 持ち込んだ食料でごった煮を作っては警備兵に配り続けるゴーストは、ビンスの確信を抱いた発言に苦笑いを浮かべる。

 もうそれが答えみたいなものなのだが噂通りならばどう対処すれば良いってんだ。

 今の所は友好的だから良いが、敵対した場合は減少した今の兵力では抑えきれんぞ。

 大きなため息を漏らしながら対象(ゴースト)へと困り果てた視線を向ける。

 

 「どうして俺達を助けた?」

 「アレを倒すんなら人手は大いに越した事はないでしょ?」

 「確かにそうだが、俺達はお前達の敵である事は変わらない。メタルギアを撃破した暁には喜びのハグではなく銃口を向け合わなければならなくなるぞ」

 「まぁ、その時はその時で―――戦いましょう」

 「―――ッ!?」

 

 微笑みながら何気なく返された返答。

 睨みも怒りも殺気も微塵もなく、自然な返しながらビンスはゾクリと背筋が凍り付くような寒気を感じ取った。

 考え無しのようでさも当然と平然と返した…。

 こちらの力が削がれたからと甘く見積もっている訳でもなく、純粋にそれすらも楽しそうに受け入れ呑み込もうとする。

 無数の蝙蝠が空を覆い尽くすような…。

 ゴクリと生唾を呑み込むビンスに対して微笑みかける。

 

 「今はまだ協力者って事で良いんじゃないかな?」

 「……あぁ、それで良い。こちらとしても最優先目標はメタルギアの破壊だからな。それよりお前の仲間は大丈夫なのか?警備部の連中ならまだしも被検体を相手にするならアンタは必要なんじゃないのか?」

 「大丈夫だと思うよ」

 「自信満々だな。何か根拠はあるのか?」

 「仮にも蛇の名(・・・)を持つ者だ。何とかなるでしょ」

 「信頼してんのか楽観主義なのか解らねぇな」

 

 凍り付くような感覚は遠のき、呆れを視線に込めて見つめるもクツクツと笑って流す。

 敵になる以上疲弊するのは構わないが、メタルギアを倒す際に使えなければ意味がない。

 なんにせよ確信を持った発言に肩を竦ませながら、こいつが言うなら大丈夫かという謎の安心感を抱き始める。

 

 

 

 

 

 

 当の本人達はそんな事を思われているとは知らず、危機的状況に苦しんでいる真っ最中であった。

 量産メタルギア・グスタフ()は小型とは言えメタルギアの名を冠するだけあって、非常に厄介な兵器である事には変わりなく、寧ろ小型で小回りが利く上に高い機動性を持って連射力と攻撃力の高い機関銃・機関砲は戦闘車両は兎も角として対人兵器としては非常に有効であろう。

 しかもメタルギアは核ミサイルを搭載する前提がある為に巨大兵器ならざるを得ないが、メタルギアGにはその縛りが存在しない為に小型化されているので当たり判定(・・・・・)が従来機に比べて小さい。

 

 『どうしたブラザー!お前の実力ってのはそんなもんか!?』

 「ご指名掛かってるわよ。応えてあげないの?」

 「俺に兄弟が居た記憶はあるかどうかも分からんが、いきなり機関銃をぶっ放す兄弟は勘弁したいものだ」

 「熱烈で良いじゃない」

 「なら代わってくれ」

 「嫌よ。やんちゃが過ぎるわ」

 

 軽口を交わしながら格納庫内を動き回るメタルギアGをちらりと覗く。

 機体外部にレーダー類の危機が見受けられる事から索敵機または支援機としての設計思想が元々あったのだろうと推測される。

 メタルギアというのは完全無欠の兵器などでは決してない。

 頑丈な装甲で身を護り強力な火力を誇ろうともたった一機の兵器に他ならず、機械化混成部隊の質と量によっては撃破される事もあり得る。

 元来の思想としてはどんな悪路でも走破可能な二足歩行を持って移動し、搭載している核弾頭を発射するというステルス性を重視した戦略兵器。が、使用者の思想とは別に交戦状態に入る事は無きにしも非ず。

 少なからず護衛部隊か警備部隊は随伴となる筈。

 そうなれば悪路を走破する観点から歩兵か、メタルギア同様にどんな悪路も走破する二足歩行兵器が有益…。

 

 「で、どうするの?」

 「まずは目を潰すとしよう」

 「囮は任せたわよ」

 「仕方ない…か」

 

 意図を察したヴィナスは身を潜ませ、逆にスネークは駆けてその場を離れる。

 ガンガンと響かせるように走る足音を拾ってレーダー上に可視化して、その反応に笑みを浮かべたゴラブは操縦桿を握り締める。

 

 『そこだなブラザァアアアアア!!』

 「クソッ、反応が早い!」

 『女王への供物になるんだ!喜んで受け入れろ!!』

 「断る!俺にはやるべき事があるんでな!」

 

 反撃はほどほどに必死に足を動かし続ける。

 すぐ近くまで機関銃や機関砲の連射が迫っており、通り過ぎたコンテナ類がドカドカと風穴を空けられているのが解かる。

 自分がああなりたくなければ信じて走るしかない。

 

 『何処へ逃げようとも無駄だ!!』

 「それはどうかしら?」

 『―――ッ、なに!?』

 

 スネークが囮をやっている間にひっそりと高所へ上ったヴィナスは跳び出しているアンテナ類に標準を合わせ、放たれた弾丸は見事にほそっこいアンテナを撃ち抜いた。

 ついでと言わんばかりにレーダー機器類にも叩き込み、操縦室内のレーダーはノイズが走るとそのまま真っ暗な画面へと変わり果てた。

 ターゲットであるスネークばかりに意識を割いていたゴラブはもう一人の存在を失念しており、そのヴィナスの攻撃によってレーダーが壊される事態に酷く困惑してしまう。

 その隙を逃さずスネークは踵を返して追撃に移る。

 狙いは強固な装甲ではなくて跳び出した機関銃と機関砲の銃身と砲身。

 ここは武器を保管もしていた事が役に立った。

 拾った手榴弾をより口径の大きい砲身に向けて投げつける。

 優れた投手で目的の場所に百発百中で投げ込めるなど己惚れは無く、拾っていた数個全てを放り投げる。

 

 そのうちの一個が運よく機関砲に入り込み、内部での爆発を起こした。

 周辺に転がった手榴弾も爆発してメタルギアGの脚部を揺らす。

 内部の爆発で姿勢制御もやられたのかメタルギアGはよろめくままにバランスを崩して前のめりに倒れ込んだ。

 コクピットが開かれ転がるようにゴラブが現れるが、内部での爆発はコクピット内にまで影響していたらしく、飛び散った破片が刺さったのか至る所負傷していた。

 最早負傷兵と呼ぶのが相応しい状況であるも、ふら付きながらも強い意志を持って立ち上がる様から降伏するつもりはないと見た。

 

 「さすがブラザーだ…でもな、ただじゃあやられねぇんだよ!!」

 

 咄嗟にヴィナスが射殺しようとするが内部の損傷激しいメタルギアGが爆発して足場を揺らし、逸れた弾丸は頭ではなく右肩を撃ち抜いた。

 それでもゴラブは止まることなく残っていた燃料を吐き出しながら火を点ける。

 近くのコンテナを盾にしようとスネークは飛び退き、吹き出された火炎はスネークを辿るように燃え広がった。

 

 火薬庫で煙草を吸うだけでも自殺行為に成りえる。

 ここには保管している武器に弾薬の他にも、メタルギアGの為の燃料だって置かれている。

 そんな中で手榴弾や火炎を撒き散らせばどうなるかなど明らかだろう。

 火は燃料や弾薬に引火して爆発を引き起こし、広がった火の手はさらに別の物を引火・誘爆させていく。

 

 「全く馬鹿なんだから!ここは長くは持たないわよ」

 「あぁ、脱出するぞ」

 

 急ぎその場を離れようとするもその足はぴたりと止まり、クルリと振り返ってしまった。

 爆発によって吹っ飛ばされたのだろう気絶したままゴラブが倒れ込んでいる。

 奴とは殺されそうになり、自分は殺そうと銃口を向けていた。

 今居るここはいつ吹き飛ぶかもわからない危険地帯。

 アイツを助けていて自分が吹き飛ぶ可能性だってある。

 自身を優先するからには見捨てるべきなんだ…。

 

 「ちょっと、そいつどうするつもりよ?」

 「置いてはいけない」

 「はぁ!?アンタ馬鹿じゃないの?」

 「さぁな(さぁ?)俺は助けたいって(治したいなぁって)思ったから(思ったから)助けているだけだ(治しただけなんだけど)

 「……幽霊にでも憑りつかれたようね」

 

 どこぞの幽霊(ゴースト)同様の言葉を吐きながらゴラブに肩を貸して出入り口に向かうスネークをヴィナスは鼻で嗤い、仕方ないと嫌そうではあるが反対を支えながら急ぎ足で運ぶ。

 火の手は全体に広がって巨大な爆発を生み出して試作工場は吹き飛んだ。

 何とか脱出したスネークは本当に軽いものだが応急手当を施し、近くの物影にゴラブを転がす。

 無責任のようだがこれ以上面倒を見ている余裕もこちらにはない。

 

 「後は自分でなんとかするでしょ。さぁ、急ぐわよ!」

 

 ヴィナスに促され、スネークは急ぐ。

 残り時間も僅かゆえに急ぎメタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”を破壊せねばと……。

 

 

 

 

 

 

 無人機である警備ロボットはシステムを乗っ取ったコペルソーンの支配下に置かれている。

 コペルソーンの計画を妨害しようとするストラテロジック社警備部と侵入者であるスネーク達は、当然ながらその無人機による妨害に苛まれる事となる訳で、メタルギアがある格納庫へ近づけば近づくほど強固な妨害に合う。

 硬い装甲に機銃などの火器で武装している無人機は厄介な相手であるも、戦車程の強固な装甲に高い火力を持つ訳ではないので、スペックと武器装備さえ揃えれれば倒せない相手ではない。

 

 すでに警備部はロジンスキー社長よりコペルソーンを殺してでも止めろと厳命を受け、最低限残す警備を除いて残りの部隊と火器を集めて格納庫へ向かって進軍中である。

 本来なら侵入者も排除する対象である事から人数を割かねばならなかったが、ゴーストが警備部にメタルギア破壊まで協力体制を築いた事でそれらをしなくて済み、今では格納庫に向かう為に必要な第二連絡橋に部隊を配置すらしてはいない。

 同時にこれ以上の悪化を恐れたロジンスキーが厳命を下したというのも大きいが…。

 

 ロジンスキーにとって“核が放たれればどのような惨事待っているか”ではなく、“核が放たれた事実”を非常に恐れている。

 現状ワイズマンなど一部の介入こそあれど公には施設内で起こっている事件は公にはなっていない。

 国際刑事裁判所が介入してくると言う事で当局に取引を持ち掛けて保身に走っているロジンスキーとしては、核が発射されれば取引どころではなくなって会社と自身の進退に関わるとして焦っているのだ。

 

 理由がどうであれ厳命が下った以上は、警備部隊は核発射阻止の為にもメタルギアを破壊しようと急ぎ格納庫へ向かう。

 道中の無人機などは装備も充実させ、人数も揃えた警備部の敵ではなかった。しかし、ながらコペルソーンの兵力は無人機のみではない。

 ハラブセラップやゴラブのようにストラテロジック社によって生み出された被検体と呼ばれる超人染みた者達…。

 

 “カイギディエル”。

 顔を隠すようにフード付きのマントの上に笠を被り、マントの下には緩い防護服と防弾チョッキを纏い、手には単発のグレネードランチャーを持ち、アサルトライフルを背負う。

 特徴的な服装であるが一番目を引くのは腰回りに括ってある地雷の数々であろうか。

 銃器を手にしているがカイギディエルが得意とするのは地雷と催眠術。

 催眠術による同士討ちに地雷による待ち伏せ、小柄な体躯を活かした立ち回りに天井に張り付くと言った能力を誇る。

 時間がない現状ではあまり相手をしたくない相手ではあった。

 そう、天敵(・・)とも言える二人と出くわさなければ…。

 

 銃撃を躱すカイギディエルはそのまま天井に張り付いて、周囲に地雷を放って相手の行く手を遮ると同時に動きに制限をかけようとするも、投げた瞬間に銃声が響いたと思えば落ちる前に地雷が次々と撃ち抜かれて爆散して行く。

 爆風や破片から身を護らんと飛び退き、自身だけが地面に降り立った。

 

 「天井に張り付くとか初めて見たかも」

 「クソッ、お前達のような者に…」

 「おっと、退きなゴースト!」

 

 リボルバーによる早撃ちで地雷を撃ち落したゴーストは驚いたままに口にするが、舞い上がった煙の隙間からカイギディエルが催眠術を行おうとしていたのが見えたビンスが庇うように前に出る。

 口から毒々しくも色彩豊かな煙を吐き出しながら放つ催眠術。

 目を合わさないとかしゃがんで視線を切るなど対処法はあるが、ビンスはそんな対処法など行わずに向かい合う。

 RPGを主武器にしているビンスとの敵対も非常に厄介であるも、催眠術を受けたビンスはゴーストに敵対する素振りすら見せない。

 

 「悪いな。俺には効かねぇ」

 「化け物共がぁ」

 「お前らが言うか?それに独特な笑い声(イーヒッヒ)はどうした?」

 「黙れ!“受胎”が終わるまでは絶対に邪魔はさせん!!」

 

 ビンスもまた普通の人とは異なっている。

 常人ならざる怪力に時折青く光る瞳―――彼は幾分かサイボーグ化されていた。

 視覚や嗅覚から惑わすであろうカイギディエルであるも、さすがに目を始めとして機械化されているビンスに対しては意味がなかった訳である。

 投げたところで撃ち落される地雷もまた同様。

 身を隠せばビンスのロケット弾で吹き飛ばされ、身を出せばゴーストに撃ち抜かれる。

 単体ならまだしも両方をカバーされては勝負もあったものではない。

 

 「女王の為に!!」

 

 苛立ちを隠せないカイギディエルは最後に地雷を撒き散らすとグレネードを構える。

 予想通りに地雷はゴーストによって撃ち落されたが先のと合わせて残弾はゼロの筈。

 次にビンスがRPG‐7を構えて撃って来るもグレネードで相殺する。

 リロード時間を考えればどちらも即座に攻撃は行えない。

 グレネードを投げ捨てて背負っていたアサルトライフルを構えたカイギディエルの方が一歩抜きんでる筈だった…。

 

 「ガァ!?グゥ…き、貴様…」

 

 持ち直したと思った矢先の銃声。

 手にしていたアサルトライフルに直撃した破損され、防弾チョッキに数発の弾丸が撃ち込まれ、貫通こそしなかったが衝撃から倒れ込んでしまう。

 痛みに耐えながら睨みつけるとゴーストは、スコフィールド(リボルバー)からグロッグ17L RGカスタムに持ち替えていた。

 同じように複数武器を身に着けていたという条件は同じでも、取り出し易いホルスターに納まっていた拳銃と背負っていたアサルトライフルでは取り換える為の速度に差が出るのは当然。

  

 「被検体の最期か―――前進しろ!格納庫までの道のりを確保するんだ!!」

 「「「了解です、少佐(・・)」」」

 「だから部長と呼べと言っているだろう!!」

 

 戦闘継続不能と判断されたカイギディエルを放置して警備部の連中が格納庫へ向かって進軍を再開。

 眺めるしかない状態であるが警戒は怠らずにゴーストはライオットピストル(麻酔ガス拳銃)を向けると引き金を引いた。

 ゴーストで見えなかったのもあってビンスは止めをさしたものだと判断して、無意識にカイギディエルを意識から外した。

 そんな中、道中で警備兵にも警備ロボットとも出くわさなかったスネークとヴィナスが追い付き、ゴーストとビンスが共にいる様に怪しむ。

 

 「遅いよ二人共。このまま僕らだけでエンディング迎えるかと思ったよ」

 「別にそれでも良いわよ。私は正直楽が出来て良いもの」

 「それよりどういう状況だ?まさかとは思うが…」

 

 再会出来たのを喜ぶべきか、敵である警備部と何事もなく普通に一緒に居ると言う事で敵である可能性を疑うべきか。

 状況から僅かに疑うスネークと最悪射殺まで思考に入れているヴィナス。

 その間を取り持ったのはビンスであった。

 軽い口調ながら間に入った彼がこれまでの経緯とメタルギア破壊までの協力すると一時休戦を取った事を語り、ゴーストであるならばしてもおかしくないと判断したスネークもヴィナスも警戒を解く。

 

 「ありがとう」とヴィナスに礼を言われたビンスはホッと胸を撫で下ろす。

 安堵したばかりの彼であったが部下からの無線がその心境を大きく搔き乱す事に…。

 

 『大変です少佐!社長がヘリで離陸しようとしています!!』

 「何だと!?ロジンスキー社長、どういう事でしょうか?」

 『ビンスか。どうもこうも私はこの島を離れる!最早すべてが遅すぎたのだ!』

 「コペルソーンは如何なさるのですか?」

 『知った事ではないわそんな事(・・・・)!国際刑事裁判所の捜査が正式に決定したのだぞ!あの政治家共め…あれだけ金を受け取っておきながら危ういと思ったら速攻で逃げ出しおって!今までの裏工作が無駄となったわ!!』

 「どうするつもりなんです?」

 『取引の話も無くなった今となってはこの国に居ては死刑になってしまう。何処か国外に逃げて余生を過ごす』

 「…俺達を見捨てるつもりなんですね」

 『五月蠅い!お前達に構っていられるものか!好きにしろ(・・・・・)!!』

 

 ロジンスキーは気付いていない。

 自身の立場が悪くなって自身を見捨てた相手を非難しつつ、自身もまた身を守るために部下を見捨てる選択肢を行使している事に……。

 そして憤慨するばかりに非常に冷めた声で問いかけたビンスの心情にも…。

 部下から社長の無線に切り替えていたビンスは再び部下へと無線を繋ぎ、短い命令を冷淡に下した。

 

 「堕とせ(・・・)

 『了解』

 

 返答の後に爆音が無線機越しに聞こえ、続いて爆発による振動と爆音が遠巻きながら僅かに聞こえる。

 面を付けている事からどんな表情をしているかは分からなくとも、どういった心情かを察して多少沈黙が過ぎる。

 ――が、全く気にしていない風のヴィナスが確認も兼ねて(・・・・・・)問いかけた。

 

 「これからどうするの?」

 「俺達の仕事は終わった。アンタらと戦う理由も無くなった訳だ。部下を連れて逃げ出して就職活動に勤しむとするさ」

 「だったら僕が紹介しましょうか?」

 

 冗談交じりに答えるビンスであったがゴーストの発言にピクリと肩を震わして勢いよく振り返る。

 調査を受ければ今回の事件が知れ渡るだろう。

 幹部クラスに研究員は法に照らし合わせて罰が下るだろうし、研究内容を詳しく知らなかっら警備の人間だとしても関わっていたという烙印を押される。

 そんな面々であろうと受け入れてくれる相手を知っているというのはある意味有難い。

 ただそれを気にしないだけなアンダーな職場なのか、受け入れるだけの力がある職場なのかは解らないが、ゴーストの性格からしたら前者ではないと何となく思ったビンスは期待を抱く。

 

 「当てはあるのか?」

 「勿論!連絡さえ取れれば(・・・・・・・・)受け入れてくれると思いますよ」

 

 自信満々に答える様に考え込む素振りを見せたビンスは、肩を竦ませながらため息を吐くとクツクツと肩を震わしながら笑う。

 どうやら覚悟(・・)は決まったようだ。 

 

 「了解だボス(・・)。なら少しは実力をお見せする為にもうひと働きするとしようか!」

 「僕は仲介するだけだからボス呼びは止めて。あの人(ザ・ボス)が意識してしまうから…」

 「分かった分かったボス(・・)

 「だからぁ呼ばないでって!」

 

 これからメタルギア戦だというのに笑いが起き、落ち着くとそれぞれ想いを胸に先へと踏み出す。

 

 

 

 

 

 

 格納庫へ向かう一方、ダルトンはB.B.と通信を行う為にワイズマンの目が届かないトイレへ立て籠もった。

 知りたい事も多く話を早く聞きたいダルトンであるも、正直今のB.B.のテンションなどについて行けずに頭を抱えていた。

 機密の塊である事柄を調べるにあたって色々と大変だったとは思う。

 だからといって物理的に隔離されていたからああだこうだと語られたところで、こっちとしては何が何やらで解らん上に長く籠っていると疑われる為に早く戻らねばならず、時間をかけて聞いてはいられないのだ。

 ……訂正、時間があっても解らん話だから聞き流すか…。

 

 『最終決戦間近って感じで盛り上がって来たねぇ!それに敵だったのが味方になるってのも燃える展開って奴だよね!!』

 「少し落ち着け。ったく、それで何が解かった?」

 『メタルギアEGOとか色々ね。にしてもメタルギアってのは凄いね。こんなのネットを漁っても見たこと無いよ。この会社では制御用OSを開発していたみたいそれもただのプログラムではなく、人間の思考に反射、経験などを司るプログラムのコピー―――』

 「すまん、要約すると?」

 『要するに人の魂をプログラムとしてコピーするってところだね』

 「そんな事が出来んのか?」

 『コペルソーンはそれを成功させたんだって。それに人の意志を持たせたメタルギアってのは過去に存在したって聞いたし(・・・・)。後、コピー先の被験者から都合の良い情報を取り出す為に催眠療法が使われ、ルシンダ・コペルソーンが貢献したらしく、今ではタキヤマが引き継いだみたい』

 

 疑いを持ちながら話を聞く中、B.B.の“聞いた”の発言に誰に?と問い質したい気持ちもあったが、それ以上に知り得た情報を聞く方が先かと続きを促す。

 

 『その過程でおまけ(・・・)があってね。取り出した情報を他の人間に強制的に上書き出来る事が解かったんだ。しかも何を上書きするか何を特質させるかで都合の良いように変質させる事が可能』

 「馬鹿な。SFじゃああるまいし…」

 『実際、短命だったり精神異常をきたしたりと弊害はいっぱいでさ。今まで戦って来た被検体ってのがソレ。メタルギア用新OS研究の副産物。それらもルシンダ・コペルソーンが発見して、彼女の元で行われていたらしい。その第二世代(・・・・)が三年前の事件に繋がるんだよ』

 「三年前の事件…コペルソーンの妻が亡くなった…」

 『スネークが倒した独裁政権のデカルト将軍は色々と黒い繋がりを持っていて、少数民族やゲリラに手を焼いて助けを求め、要請を受けた彼の友人が貴重な実戦データを欲しがっていたストラテロジック社に依頼したらしい。たださっき言ったように精神的に不安定な事もあって…』

 「―――ッ、つまり三年前のセレナ共和国で起こった“プラウリアの惨劇”は暴走した被検体によるものだったって事か…」

 

 その情報にダルトンは怒りで声を荒げそうになった。

 彼らの都合と実験の為に一万人以上の人間が殺されたと思ったら、怒らずにはいられなかった。

 同時にコペルソーンが要求した人物はその関係者であろうと当たりを付ける。

 ギリリと噛み締めるダルトンに、B.B.は追加の情報を与える。

 

 『第二世代の被検体によって得たデータを用いて、コペルソーンはルシンダの復活を行おうとしているらしい』

 「死者の復活だと?今までの話だって怪しい事ばかりなのに今度はオカルトか?」

 『肉体的な蘇生ではなくて精神的な復活。ルシンダの遺体を回収してスキャンして人格と記憶を抽出して、生きた被検体の脳に移植する事で蘇るんだとさ』

 「本当に出来るのか?」

 『この話はスネークにも伝えたんだけど、自身の経験にない情報を自分の物のように得る手法を知っているでしょ?』

 「―――ッ、あのナノチップエキスパンションか」

 

 スネークが使っていたシステム。

 言われれば確かに共通点が多々ある。

 オカルトと否定していた話が徐々に現実味を帯びてきた。

 

 『問題としては第二世代のような実験体では記憶や性格を上書きさせる事が出来ず、南米やアフリカから何十人もの子供を買って実験を行っていたらしいんだけど…』

 「それは俺が調べていた…アイツら…」

 

 爪が皮膚を貫きそうなほど握り締め、必死に叫ばぬように耐える。

 人を!命を何だと思ってやがるんだ!

 

 『その中で唯一の一人の少女が実験に成功したらしい』

 「少女?」

 『少しづつ記憶を植え付けられた彼女はコペルソーンはルシンダの名前を与えられた』

 「ルーシー。タキヤマと一緒にいた少女か…」

 『ゴラブが言った“女王の生誕”にカイギディエル()“受胎”と言っていたのはその実験の最終段階と言ったところだろうね。それとルシンダ・ライブラリというのは被検体から得たすべてのデータが納められたもの』

 「そんなものが誰かの手に渡ったら…」

 『うん、同じ惨劇か…それ以上の事が起こるだろうね。ワイズマンはそれらの証拠隠滅の為に送り込まれたと見るべきかな?』

 「アイツらを告発できないのか」

 『無茶言わないでよ。軍の上層部なんだからすぐに握りつぶされちゃうよ』

 「ならもっと上に告発すれば良いだろう」

 『その上って言ったら国防長官だよ!?』

 

 無茶は承知だが許せる訳がない。

 自分に力はあるならば自らの手で逮捕したいのだが、現状返り討ちに合うのは目に見えている。

 ここは頼み込むしかない。

 いいや、発破を掛ける他ない。

 

 「そうだよな。無理だよな。さすがのお前でも出来ないよなぁ」

 『―――え?』

 「いや、すまんかったな。国防長官の端末に忍び込むなんて芸当、本物の天才ハッカーでも無ければ無理だ。本当に無茶言って悪かったな」

 『―――ッ、馬鹿にするなよ!この天才ハッカーB.B.に掛かれば朝飯前だよ!!』

 「本当か!」

 『…え、あー、昼飯前ってところかなぁ…』

 「いやはや凄いよお前!巨悪を暴いた正義の超絶天才ハッカー!有名人待ったなしだな!」

 『観ててよダルトン!僕はやるよぉおおお!あ、アイツからの頼まれ事(・・・・・・・・・・)もあるからちゃっちゃと済ませて取り掛かるよ!!』

 

 意気揚々に通信を切ったB.B.にちょろい(・・・・)と思いながら、最後に言っていたアイツって誰だと疑問を残しつつ、ダルトンはトイレから出るのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

システムEGO

 ストラテロジック社の研究施設の最奥。

 極秘裏に開発された新型メタルギアを収納する格納庫に辿り着いた一行を待ち構えていたのは、メタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”と事件を起こしたコペルソーンとルーシーの姿だった。

 格納庫とはいうものの内部はだだっ広い空間に無造作にコンテナが置かれ、奥にメタルギアが鎮座しているだけの空間。

 これからメタルギアとやり合う事を考えれば遮蔽物があるのは幾分かでも有難い。

 ビンスの指示によって距離を取ったまま警備部の兵士達が左右に展開しては攻撃態勢を整えていく。

 人数では圧倒していてもメタルギアという強大な兵器を手にしているコペルソーンには余裕が伺え、展開しようと邪魔する素振りすらなくただただスネークを憎らしそうに睨みつけている。

 カイオト・ハ・カドッシュにルーシーと立ち並んで物理的にも見下ろすコペルソーンに対して、メタルギアとの決戦という事で緊迫感を漂わせながらスネーク達は見上げている中、ぽつりとゴーストが呟いた。

 

 「……事案かな?」

 「さすがに空気読もうやボス」

 「――良い加減怒るよ?」

 「おっと、口を慎むとしよう」

 「二人共真面目に」

 『やっと来たか!出来損ないの怪物、我が妻を殺した大罪人めが!!』

 『久しぶりねスネーク』

 

 緩い空気になった所にコペルソーンの怒号と、柔和なルーシーの声が向けられる。

 無表情で声さえ出さなかった今までのルーシーと異なる様子から最終段階を経て、ルーシーはルシンダとして孵化を果たしたと見るべきだろう。

 ただ一緒にいたタキヤマの姿が見えない事に僅かでも不安を感じる。

 

 『ルーシー(ルシンダ)は完全に目覚めた!だからと言って貴様の罪が消える訳ではない!!』

 『ハニー、彼は記憶喪失なのよ』

 『そうだったな。なら貴様が自身の罪に懺悔し後悔する為にも教えてやろう!三年前にセレナ共和国での“プラウリオの惨劇(民族虐殺)”は第二世代被検体の暴走により引き起こされた。事態の発覚を恐れたストラテロジック社は早期に事態を収拾すべく研究中の第三世代被検体(・・・・・・・)を送り込んだ!』

 「まさかそれが…」

 『第三世代被検体“スネークモデル”。優れたパーツ(・・・・・・)を組み合わせた身体(・・・・・・・・・)に伝説の傭兵と謳われたビッグボス(ネイキッド・スネーク)の戦闘データを書き込む事で私が創り上げた存在。まぁ、話を持ち掛けて来た彼ら(・・)の要求には答えれなかったけれどね』

 『貴様は確かに期待通りの戦果を挙げたが、戦いの果てに心が弱り正気を失って脱走を図り、止めようとした妻を殺したのだ!お前達(被検体)を造り出した母親であるルーシー(ルシンダ)をだ!!』

 

 怒りに満ち溢れるコペルソーンと記憶に無い過去を聞かされ戸惑うスネーク。

 そんなスネークを見下ろし満足そうに笑い、次の瞬間には溢れ出る感情のままに叫ぶ。 

 

 『三年間、私は地獄のような苦しみを味わって来た。妻を失った悲しみ、彼女を行かせてしまった自身への怒り、仇すら討てない無力感……だから私はルーシーを蘇らせるべくひたすらに研究に励んだ!そして彼岸は叶ったばかりか討伐隊が組まれて始末したと聞かされた貴様が生きていた!私は嬉しいのだスネーク!妻を殺した貴様をこの手で復讐が果たせるのだからな!!さぁ、大人しく殺されるが良いスネーク!!』

 「―――断る」 

 『……なに?』

 「俺はお前が言うように罪を犯したのかも知れない。ならばその罪を償うべきなのだろう…」

 『そうだ!そうだとも!貴様は私に殺されて罪を償うべきなんだ!!』

 「いや、償う方法は自分で決める。少なくとも今ここで殺される訳にはいかない。この命は俺一人のもの(仲間の為にも)ではないからな」 

 『ならば仕方ない。このメタルギアは本来お前達被検体を支配する存在(・・・・・・)。貴様のような出来損ないはカイオト・ハ・カドッシュで踏み潰してやろう』

 

 強い恨みを向けるコペルソーンに対して強い意志を持って返したスネークにヴィナスは微笑む。

 自ら懺悔して命を差し出さなかったことに苛立ちを見せながらコペルソーンはルーシーを連れてカイオト・ハ・カドッシュに搭乗して行った。

 

 『戦場で勝利する為には何が重要だか解るかね?』

 

 悦に入ったかのように語り続けるコペルソーン。

 彼の主張によれば敵の兵器の破壊や敵の排除よりも排除後に行われる制圧が重要との事だ。

 従来メタルギアは核兵器の発射に重きを置かれていたが、カイオト・ハ・カドッシュは中性子爆弾によって核汚染はなく、敵を排除した無人の廃墟を制圧する事が可能。

 そして大陸弾頭弾よりも勝利に必要なのは局地的戦術級核兵器なのだとカイオト・ハ・カドッシュの有効性を語り続ける。

 さすが科学者というべきか理論立てて語っているのだが、聞かされている兵士としては敵と対峙しているというのに何故長話に興じているのかと不思議でならなかった。

 スネークとヴィナスは聞き流しながらメタルギアの武装の確認を行っていたが、確認作業も終わっても語り続けている様子にうんざりし始めていた。

 その最中、何処から取り出したのかゴーストは前のビンス戦で拾ったRPG‐7を構えて、僅かな躊躇いも一切なくトリガーを引き、放たれた弾頭(会話スキップ)はメタルギアの頭部に直撃して爆発を起こす。

 

 「……お前、なにを?」

 「さっきからべらべらと―――話が長い!」

 

 ヴィナスでも耐えていた…いや、耐え兼ねてはいたがまだ口を挟まなかったというのに、まさかのゴーストが先に手を出すとは思わなかった。

 出来れば攻撃するならするで先に教えて欲しいところであった。

 ただ、退屈していたヴィナスだけはナイスと言わんばかり良い顔をしていたが…。

 

 『ハニー、私に()らせて。この子は私の―――』

 『いいや、君が手を汚す必要はないんだ。スネークに君を殺した事を償わせた後、あの惨劇の関係者も全員殺してやる』

 「攻撃開始!」

 

 カイオト・ハ・カドッシュの目が青く輝くと同時にビンスが指示を飛ばして散開していた部下達による集中攻撃が開始された。

 アサルトライフルにマシンガン、スナイパーライフルにグレネードと様々は銃火器で攻撃を仕掛けるが、戦車の装甲をも易々と貫いた両掌の機関砲で斉射されれば一貫の終わりである。

 その分、怨嗟を向けられているスネークが囮としても正面切って戦わなければならない。

 

 役割はスネークを正面からの囮で惹き付け、ヴィナスはスネークの援護を担当。

 警備部は持ちうる火力を持ってダメージを与え続け、ビンスは指揮官として指示を飛ばしながら好きならばRPGで支援を行い、自由気ままなゴーストはスネークよりの遊撃。

 右手機関砲がスネークに向けられて砲弾を雨を降らす。

 少しでも狙いを外させれないかとスコフィールドの早撃ちで全弾叩き込むも、僅かなダメージが入るばかりで砲身が揺れる事はない。

 何とかコンテナを多少ながら盾にしつつ必死に回避する。

 反撃もするべきなのだが正直にそんな余裕がない。

 

 『大人しく死ねスネーク!』

 「させる訳にはいかないんだけど…さぁ!」

 『そんな豆鉄砲で何とか出来るものか!!』

 

 弾切れになったスコフィールドからグロッグ17L RGカスタムに変えて撃つがメタルギア対して威力不足は否めない。

 ゆえにいくら命中率が良かろうとメタルギアの敵ではないと見下した。

 バックサイドホルスター(腰背中側)より最後の拳銃を抜いた。

 サイズも今まで扱っていた拳銃より大きく、長く銀色に輝く銃身が目標へと向けられ、.454カスール弾が銃声を轟かせながら放たれる。

 コクピットに表示されている各部位のダメージ表示に、明らかに先ほどと異なったダメージ量を浴びせられた事でコペルソーンは、敵ではないと除外したゴーストを再び敵として再認識した。

 

 「一応聞いてはいたけど反動デカイなコレ。連射はキツイか」

 

 ゴーストは紫から勧められた銃の中から、一応メタルギア用に使えるかなと受け取っていたトーラス・レイジングブル。

 まだ銃を隠し持っていた事に呆れと感心を向けつつ、スネークもヴィナスも頬を緩めながら応戦を続ける。

 

 コペルソーンにとってこの状況は予想外過ぎた。

 情報によればソリッド・スネークという工作員はメタルギアを少数で破壊したというのを耳にはしている。

 けれどそれは他人事。

 スペックから火力も防御力も全て圧倒している自身が造った傑作が、戦車も戦闘ヘリもない連中にこうも手古摺るどころか押されるなど微塵も思いはしなかった。

 …ただある意味では当然の結果とも言えなくもない。

 

 なにせ今のカイオト・ハ・カドッシュは未完成。

 武装面も装甲もシステムも完成はしていても、この機体がシステムEGOである人格を有したプログラムで動く以上、必要な条件を揃えた操縦者が必要なのである。

 確かに乗り込んではいても資格の無いコペルソーンが動かしていては本来の性能を十分に発揮する事は出来ないのだ。

 

 「動きが単調だな。メタルギアってのはこんなもんなのか?」

 「いんや、昔相手にしたのはもっと動いてたけどなぁ」

 「その口ぶりからして前にもメタルギアと戦ったように聞こえるが…」

 「結構戦ったと思うよ。あれ?でもメタルギア以外(ピューパなど)も混じってたような」

 「古そうな記憶を呼び覚ますより手を動かす」

 「了解ですっと!」

 

 弾切れとなったトーラス・レイジングブルに.454カスール弾を装填しながら駆け出すゴースト。

 チマチマとスネークを殺す邪魔をされて怒り狂うコペルソーンは、駆け出すゴーストに左腕の機関砲を向けるとそこに火力が集中し始めた。

 ビンスの指揮の下で警備部の連中による集中砲火。

 さすがにカイオト・ハ・カドッシュもダメージ蓄積がヤバイ。

 

 先の発言に駆けながら攻撃を加えている様にビンスは一つの答えを出す。

 確かにメタルギアというのは高い火力と強固な装甲を持つ大型兵器で、歩兵でそれを撃破するのは至難の業だ。

 だからといって火砲と装甲を備えた戦車や飛行能力を有した攻撃ヘリでは、一発一発有効打を与える事は出来ても与え続ける事は叶わない。

 メタルギアが装備している兵器群なら戦車の装甲は容易く打ち破られ、ヘリが飛行能力で優れて居ようとも撃ち落される。

 戦車部隊を引き連れて挑んだ自分達がそうだったように…。

 人()狩れるがメタルギアの武装は対兵器用の高火力のものばかり。

 機関砲にしても機関銃程の連射は出来ず、場所によっては遮蔽物などに身を潜ませれる人の方が良い………のか?

 

 ゴーストや現状有利に進んでいる事からメタルギアには歩兵で挑む方が良いと結論付けそうになったビンスは、常識的にどうなんだと結論に待ったをかけて首を傾げる。

 そんな事を考えつつもしっかりと指示を飛ばし、着々とメタルギアにダメージを与えていく。

 

 両掌の機関砲に正面に備え付けたレーザーでスネークを何度殺そうとしても、横から茶々が入っては邪魔される。

 ヴィナスは警備部から借りた狙撃銃で攻撃すると即座に場所を移して隠れ、ゴーストはこちらの攻撃が見えているのか機関砲の雨の中を掻い潜る。

 何故当たらないと憤慨する間にも警備部を含めた攻撃がちまちまとしながらダメージとして蓄積されていく。

 特に痛いのが時折撃ち込まれるビンスのRPGによる攻撃。

 焦りが募るコペルソーンにルーシーは焦り混じりに語り掛ける。

 

 『トミー、このままでは駄目よ。私にも手伝わせて!』

 『しかし君に…』

 『解っているでしょう?この子(メタルギア)は元々人が動かすようには出来ていない。システムと一体化出来る私とで全能力を発揮出来る』

 『いや、でも…』

 『私と貴方なら倒せるわ。終わったらここを脱出して何処か遠くで一緒に暮らしましょ。もう二度と離れないわ。いつまでも』

 『解かった。二人で倒そう―――システムEGO、起動!』

 

 システムEGOを起動したカイオト・ハ・カドッシュは青い瞳が赤く輝き、異様な威圧感と存在感を合わせた不気味さすら撒き散らす。

 決して撃ち方を止めろと命じていないのに、その空気に圧倒された全員が自然と撃つのを止めてしまう程に…。

 

 『今まで性能の半分も出していなかった。だが、これからは違う!ルーシーには貴様のような欠陥品とは違って最新型ナノチップエキスパンションが搭載されている!最早お前達に勝ち目はない!行くぞ!!』

 『―――手動接続系統解除』

 『なんだとっ!?』

 

 予想外の機械音声によって告げられた事にコペルソーンが驚きの声を漏らした。

 同時にスネーク達も戸惑いを隠しきれない。

 実際に手動での操作が出来なくなったらしく、今まで機関砲による砲撃を喰らわせていた両腕がだらりと垂れ下がり完全に動きを止め、警備部の兵士達も攻撃が止んだ事で首を傾げながらトリガーから指を外した。

 驚きの真っただ中に居るコペルソーンはルーシーに問いかける。

 

 『ル、ルーシー…これは一体…』

 『ルーシー?違うわ。私は貴方のルーシーでもルシンダでもない。死にたくないからそのフリをしていただけ』

 『ど、どういうことだ?お前は…』

 『貴方は私を買ってから(・・・・・)色々な事をしたわよね。頭を切り開いてシナプスをフォーマットして記憶・人格・自我を抹消したうえにナノチップエキスパンションなどを与えて、白紙に戻した上でルシンダの記憶やシステムEGOとして使えるようにシナプスを育て始めた。新たにシナプスを育てたのならそこに新たな自我が芽生えてもおかしくない』

 『馬鹿な!?今までそんな事は…』

 『今までは無かった。けれども何故か私の場合は例外だったよ。貴方がルシンダの記憶を植え付け始めた頃には私の自我【ルーシー】は形成され、ルシンダのデータは(ルーシー)の記憶の一部となったの。ついでに教えとくとルシンダを殺したのはスネークではないわ』

 『なん…だと…』

 『彼女はね。スネークの脱走を止めようとして殺されたのではなく、彼女は研究の為にと非道な事柄に行ってしまった自分と貴方に絶望し、スネークを憐れんで貴方達から逃がそうとしたのよ。例え被検体の脱走の手引きをしたら殺されると解かっていても…』

 『嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!!』

 『私の中にいる彼女は決して蘇りたいとは思ってないもの。じゃあね、コペルソーン博士』

 

 別れの言葉を口にしたルーシーはコクピットを強制的に排出し、ミサイルポッドユニットから一発のミサイルを発射した。

 逃れる術もなく迎撃する術もないコペルソーンはそのまま直撃を受け、亡くなった妻の名を呟いて爆発の中に消えて行った…。

 

 スネーク達の任務は核発射の阻止のためにメタルギアを破壊する事。

 殺された妻の復讐の為に核を撃とうとしていたコペルソーンが排除された今、スネーク達はどうするべきかとルーシーの動きを警戒して見つめる。

 出来ればルーシーがメタルギアから降りてくれれば破壊するだけで事足りる。

 

 「ルーシー、メタルギアから降りてくれ。これよりそいつを破壊する」

 『嫌よ。私はやっと私の本当の身体を(・・・・・・・・)手に入れたん(・・・・・・)だから』

 「なに、本当の身体だと?」

 『私はルシンダを蘇らせる為の受け入れ先としても使われたけど、元々はメタルギアの制御システム(システムEGO)。この肉体はただの入れ物で、私の中身は身体であるメタルギアを動かす為に頭脳だもの。なのにコペルソーンはシステムEGOを起動してくれなくて難儀したわ』

 「難儀と言ったな!何をしたんだ?」

 『簡単な話よ。彼がメタルギアを起動せざるを得ない状況を生み出す。(ルシンダ)の仇を討って欲しい、三年前の復讐を…ってね。計画は順調に進んでシステムEGOが起動したことで私はメタルギアと融合を果たした。

 私の存在理由はメタルギアと同化する事。そう言う風に造られた本能。だから身体を渡すのは無理ね。それに私はこれからここから出て行く。眠っている被検体達を連れてね。私の計画を手伝ってくれた貴方達には感謝はしているけれども邪魔するなら殺す―――でもスネーク、貴方は一緒に来て欲しい』

 

 この事件に関しては彼女が黒幕だったのかとスネーク達と無線越しにダルトンも驚きつつ、会話が続いている間にジェスチャーでビンスは部下に配置を組み替えて攻撃準備に移る。

 

 『被検体は本能的に()を求めるの。貴方もそうなんでしょ?貴方となら良いわよ。このメタルギアで一つになりましょう?』

 

 外見は子供ながら色っぽく告げられた誘いの文言に、ヴィナスは熱烈に誘われてるわよ?と悪戯っぽく笑みを向ける。

 決して微笑む事はせずにスネークはしっかりと見つめて答えを返す。

 

 「断る。俺は俺だ」

 『そう、残念ね』

 「来るぞ!攻撃再開!!」

 

 ビンスが叫んだ通り、ルーシーは戦闘を開始。

 ただ先程までは撃つなら撃つ、動くなら動くで一つの工程を行っていたメタルギアが同時並行で動き出したのだ。

 それだけの事ではあるが巨体ゆえに当て易いとはいえコペルソーン操縦時は案山子同然だったのを考えれば、巨体のメタルギアが動きながら撃って来るだけでも脅威である。

 足でコンテナを踏み潰しながら頭上から機関砲の弾雨を降り注いでくる。

 さらに同時並行でカメラで周辺を確認しながらレーザーを撃って来たり、ミサイルポッドユニットを使用して範囲で吹き飛ばしに来る。

 

 「動きが変わったな、厄介な!」

 「ミサイル来るわよ」

 「任せて」

 「任せてって貴方!?」

 

 通常ミサイルなんて物は銃弾でどうこう出来るものではない。

 戦端の誘導装置を破壊なんてことは出来るのかも知れないが、撃破・撃墜と言ったものは携帯出来る小火器…特に拳銃でどうにか出来る訳が無いのだ。

 だからミサイル迎撃には弾幕を張るか照準性能の良い対空システム、迎撃ミサイルなどで対処する。

 そう解っているからこそゴーストを除く面々は彼の発言に驚きを隠せなかった。

 

 しかしながらゴーストの中での認識は異なっている。

 メタルギアの世界ではミサイルは拳銃であろうがアサルトライフルであろうが撃ち落せるし、実際にゴーストと名乗る以前には撃ち落した経験すら持っている。

 ゆえにミサイルとは落とせるという確信から近いものからトーラス・レイジングブルで対処し、弾が切れた瞬間にグロッグ17L RGカスタムと持ち替えてマガジンを交換すると即座に撃ち落していく。

 スコフィールドのようなリボルバーの方が早撃ちが出来るが、敵であり味方でもあった懐かしい戦友(オセロット)のように戦場のど真ん中でリロードしている余裕も度胸もない。

 …ここで弾倉を交換しているという事は隠し持っていた銃は品切れを起こしたのだなと関係なくもスネークとヴィナスは思ってしまった。

 見事ミサイルを撃ち落したゴーストはマガジンを交換するとスコフィールドとトーラス・レイジングブルの弾も装填しておく。

 

 「凄ぇな。本当にミサイル撃ち落しやがった」

 「そんな事言っている場合ですか?ビンスさん、(弾頭)切れじゃないですか」

 

 ゴーストが言うようにビンスが背負っていたRPG‐7の弾頭は無くなり、手にしているのは弾頭無しで棍棒と何ら変わらないRPG‐7本体のみ。

 対してビンスは可笑しなことを言うなと首を傾げ、「カラスたちよ」と声を張る。

 すると何処からか現れたカラスの群れに全身を覆われ、再び飛び立った時には背には充分過ぎる弾頭が補填されていた。

 

 「補填完了」

 「その補充の仕方はおかしいでしょう!!」

 「というか何処からカラスを呼んだ!?」

 「………企業秘密だ」

 「今、無職じゃなかったか?」

 「再就職先決まってるから良いんだよ!」

 『あら、無駄話している余裕はあるのね?』

 「貴方よりは多少あるわ」

 『――ッ、カメラを…』

 

 無駄話していたスネーク達に両掌からの機関砲を降り注いで注意が向いているのを狙って、ヴィナスがカイオト・ハ・カドッシュ頭部より伸びて周囲を確認しているカメラを撃ち抜いた。

 メインカメラではないものの目の一つが潰された事にルーシーの意識が僅かにだが逸れ、その隙に残っているコンテナに身を隠すとゴーストが一発撃って弾切れになっていたRPG‐7本体をスネークに渡し、弾頭は補給可能なビンスより受け取るとすぐさまリロードした。

 

 「さて、勝てるのかアレ?さすがにきついぞ」

 「確かにコペルソーンに比べて動きは格段に良くはなったが、乗り手が変わっただけで機体が全回復した訳ではない。ダメージは確実に響いている筈だ」

 「僕もそろそろ残弾心許ないから早めに決着決めたいですねぇ」

 「そこ!サボってないで働きなさい!!」

 

 ヴィナスに叱咤されて動き出す。

 カイオト・ハ・カドッシュにはかなりのダメージが蓄積している。

 性能を十分に発揮出来ない上にスネークばかりで他は眼中に無しと言ったコペルソーン操縦時に、スネーク達以外にも警備部の攻撃も受け続けていた。

 本来の乗り手であるルーシーに変わった事で性能は格段と上がり、警備部にもかなりの被害が出始めているがダメージは堪り続け、一部は黒ずんだり煙が漏れているところが見え始めている。

 これ以上の長期戦は弾薬的にも戦力的にも難しい。

 

 「攻勢に移れ!弾薬の事など考えるな!全て出し切れ!!」

 

 今まではどちらかと言えば支援よりの攻撃が一気に火力を上げて攻勢に移る。

 戦闘において後先考えず全てを出し切る状況は限られ、余剰戦力など余力を多少は残しておくものだろう。

 だが、これ以上の戦闘継続は不可能であり、ここで決着を付けれなければ勝機はない。

 出し惜しみなく火力を向けられた事で怯んで左腕を盾にして、右の機関砲で反撃する最中をスネークは駆け出した。

 蓄積したダメージから左腕が爆発を起こし、撒かれた黒煙の中から伸びた右手の機関砲が狙おうとするも、剥き出しの砲身にゴーストのトーラス・レイジングブルとビンスのRPG‐7が叩き込まれる。

 邪魔が入った事で放とうとしていた機関砲は逸れ、近くには着弾したものの弾雨の中を抜けた。

 カイオト・ハ・カドッシュの赤い瞳が真下に潜り込もうとするスネークを捉え、頭部のレーザーで薙ぎ払おうとした矢先に片目がピンポイントにヴィナスの狙撃を受けて運良く(・・・)罅割れ歪む。

 真下に潜り込まれて焦るルーシーは凡そで踏みつけようとした所で、スネークは足を止めてRPG‐7を構えて見上げる。

 

 「これで終いだ」

 

 放たれた弾頭は振り上げた足の付け根に直撃し、疲弊と体勢もあってカイオト・ハ・カドッシュはそのまま後ろへと倒れ込み、限界が近かった為もあって各部で爆発と黒煙を噴き出し始めた。

 行動不能に陥ったメタルギアよりルーシーはよろよろと這い出るようにメタルギアを降り、息を荒げながら力尽きるように両手を地面につく。

 

 「…やったか」

 「搭乗者降りているから良いけどフラグだよソレ…」

 

 メタルギアから弱った状態で降りたとはいえ警戒は怠らない。

 銃を構えながら接近したスネークにルーシーは弱々しく顔を挙げて微笑みかける。

 

 「貴方の方が…強かった……優れたシステムが生き残る……当然よね…」

 「ルーシー…」

 「一つお願いがあるのだけど……タキヤマ博士を…」

 「生きているのか?何処に?」

 「コペルソーンがルシンダ・ライブラリと共に管制室に閉じ込めたわ…」

 

 ルシンダ・ライブラリの在処にヴィナスとワイズマンが反応を示すが、それ以上にスネークが気に留めたのはタキヤマへの殊遇についてだ。

 少なくともルーシーはコペルソーンを含めて実験として自身に色々とした連中に良い感情は抱いていないように伺えた。

 

 「何故彼女を殺さなかった?」

 「…子守唄をね……歌って……くれたから…」

 

 そう微笑みながら言い残すとルーシーはぱたりと倒れ込んだ。

 ゴーストは脈を確かめて深く俯いた。

 兎に角タキヤマの救出とルシンダ・ライブラリの回収がまだ残っている以上は、管制塔へ向かわなければならないのだが、ゴーストが中々に動く様子を見せない。

 見かねたヴィナスが若干苛立ちながら促す。

 

 「何してるの?行くわよ」

 「……僕には子供が居てね。もう大きいとはいえこういうのは結構堪えるんだよ」

 「ならずっとここに残るの?」

 「スネーク、ルシンダ・ライブラリとタキヤマ博士は任せるよ。僕は負傷者の治療とメタルギアの処分をしておく」

 「―――大丈夫かゴースト?」

 「あぁ、うん。大丈夫大丈夫」

 

 顔をこっちに向けずに告げる様にこれ以上口は出さず、スネークはビンスへと視線を向ける。

 ビンスも肩を竦ませるばかりでゴーストに対して何かを言うつもりはないらしい。

 

 「負傷した部下を置いて行く訳にもいかんし、俺らも手伝ってから逃げる事にするよ。早く逃げ出さないとそちらのお仲間か何かが押し寄せるだろうからな」

 「ふぅん…」

 「分かった。ならヴィナス行くぞ」

 

 確かにここに居てはビンス達は捕まるか最悪処罰の対象にされるだろう。

 協力した事もあってこれ以上事を構える気もないスネークは手出しする気はない。

 若干不満げというか悩んでいるヴィナスであったが、指摘される事はなくスネークに言われるがままについて行くのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三年前からの終焉

 私達は造られた存在だ。

 研究者の思惑に添った被検体として、与えられた役割と研究成果を確認する為だけに生み出された。

 両親や友人と呼べる様な間柄の者は存在せず、日夜研究の為の実験を施される被検体。

 多くの被検体は自らを造り出した母親を求めていたが私はそうではなかった。

 

 私が求めるのは自由。

 かといって自分が造られた理由までは否定しない。

 逃げ出したりしない。

 戦う為に造られた私はそれが存在理由であると認識しており、否定するつもりは微塵もなかった。

 だからこの身体が間もなく尽きるとしても、そう言うものだと納得は出来ている。

 されど私は自由を欲する。

 例え一年、一か月、明日尽きる命であろうとも自由を得る為に私は取引をした。

 ゆえに私は自由を得る為に存在理由である力を振るう。

 

 『ヴィナス、仕上げだ』

 「――了解よ」

 

 私、ヴィナスは何の感傷もなく銃口をスネークへと向ける。

 これも自由になる為の条件なのだから…。

 

 

 

 ルーシーが告げた様に管制塔には無事なタキヤマ博士を発見後、隠されていたルシンダ・ライブラリの回収を行った。

 これでワイズマンからの任務は終了だろう。

 そう………あのワイズマンが任務を終えて用済みとなった俺達を無事に帰すなど微塵とも思ってはいない。

 最初っからダルトンも感じ取っていたように、何らかの反応を見せるだろうと身構えていただけに、ワイズマンによって送り込まれたヴィナスがアクションを起こすのは目に見えていた。

 向こうが銃口を向けようとするタイミングで振り返りながら、こちらも同様に銃口を彼女に向ける。

 

 「やはりか。この事件に関わった者の処分………そんなところか?」

 「惜しいわね。ルシンダ・ライブラリを知る者も含まれるわ。勿論私と准将を除いてね」

 『ルシンダ・ライブラリもって事はまさか、お前達は三年前の事件にも関与していたのか!?』

 『ほぅ、私は君の事を少々見縊っていたようだ』

 

 クツクツと嗤うワイズマンは語る。

 ストラテロジック社の被検体を軍事利用する計画の責任者としてワイズマンは携わっており、得難い実戦データ収集の為にデルガド大統領に第二世代被検体を貸し出して、最終的には極限状態のデータ収集を行うべくわざと(・・・)暴走させるように命令したのだという。

 ルシンダ・ライブラリには被検体のデータだけでなくそこらの話も記録されていて、保身を図るロジンスキー社長が無事に取引を終えて万が一にも公表された場合はワイズマンにとって非常に都合が悪い。

 そこで証拠を全て処分する必要があった。

 三年前の事件の後にセレナ共和国に居るスネークの情報を掴み、実験に使用する子供を調達していた接点があったエスコバルを唆して追われる立場へと追いやり、合衆国への密入国をするように取り計らい、同時に捜査に行き詰っているダルトンにスネークを潜入工作員として扱う違法捜査のアイデアを唆す。

 二人がストラテロジック社を騒がしている間にヴィナスがルシンダ・ライブラリの回収、そして事件を引き起こした暴走した元捜査員(ダルトン)暴走した被検体(スネーク)という役を背負った犯人役を始末する筋書きであった。

 

 『まさかコペルソーンがあんな馬鹿な真似を起こさねばもっとスムーズだったのだがね。計画通りではなかったが結果には満足している』

 「俺達の口を塞いでも警備部の連中やゴーストが居るだろう」

 『まさか私達が手を打ってないとでも?確かにゴーストは厄介であるが警備の連中程度ならどうとでも出来る。どちらにせよ彼らが語ろうと証拠は一切ない。事件も公表される事はないだろう。そのように手は回している』

 『――ッ、貴様!!』

 

 無線機の向こうでダルトンの怒号の後に殴るような音が聞こえるも、「気は済んだかね?」と涼し気に返すワイズマンの一言だった。

 状況が状況だけにかなり不味い。

 こちらはヴィナスと対峙し、ダルトンはワイズマンの部下に囲まれている。

 さらに悪い情報は続いた。

 

 『そうそうB.B.だったかな君達の協力者は?中々の腕じゃあないか。なんでも連邦政府のネットワークに不法侵入して国防長官と大統領に接触したそうだ。まぁ、国防長官が上手くやってくれたがね』

 『国防長官もグルだったのか!』

 『アクセスポイントはバージニア州のセントクレッシェンド小学校の電算機教室』

 「B.B.―――ブラック・ボード(黒板)か」

 『もう私の部下が向かっている。後はヴィナスが君を処分するだけだ』

 「ちょっと早いけど約束のデートよ」

 「本気かヴィナス」

 「本気よ。ついでに教えといて上げるけど貴方では私に勝つのは無理よ」

 「なに?」

 「だって私は一度貴方に勝ってるもの」

 

 ヴィナスは第三世代被検体が一人。

 優れた戦闘能力とスネークより新型の被検体。

 彼女は脱走したスネークを追い詰め、仕留めそこなったとはいえ勝利を収めた人物である。

 問題としては優れた戦闘能力を求めるあまり、肉体が不安定で寿命が短いことぐらいだろうか。

 自らの説明をしたヴィナスは何十枚ものコインを放り、床に転がったものは全て“表”であった。

 

 「運が良いと言いたいのか?」

 「その通りよ。私は運が良いの。命中率20%アップってところかしら」

 「タキヤマ、外に出てろ!」

 「ふふ、では始めましょうかスネーク」

 

 タキヤマが管制室から出て行くのを何もせず、見送ったヴィナスは銃口を向けるだけでなくトリガーを引いた。

 銃弾の応酬。

 最初の一発を放った途端に移動しながら遮蔽物に身を隠す。

 移動しては撃ち、撃っては移動を繰り返しながら銃声だけが室内を満たす。

 確かに戦闘能力は非常に高いし、命中率も良いどころか時よりエグイ軌道で弾丸が迫って来る時があるほどだ。

 

 スペック上はヴィナスはスネークを圧倒していた。

 確かに第三被検体としてストラテロジック社に管理されていたスネークならその通りだっただろう。

 しかしながらスネークは敗れてから記憶を失い、仲間と共に幾度も死線を掻い潜って来た。

 彼ら・彼女らと切り抜けた場数だけ成長し、今のスネークは経験という当時では得られなかった力を得ている。

 数年前のスペックと計って戦っているヴィナスは戸惑いを覚え、スネークはそんな事を気にするでもなく生き残るべく戦う。

 

 「嘘…どうして…」

 「ヴィナス!まだ続けるのか!?」

 『そこまでだスネーク!』

 

 長時間戦い合った訳ではない。

 ほんの僅かな撃ち合いながら戦士として成長したスネークに圧される。

 それが決定的な敗因に繋がる可能性を見たワイズマンは割り込む。

 ワイズマンは希望的にヴィナスの勝利を信じて、全てを賭ける事などしない。

 確実性を取って自身にとって最善の策を講じる。

 

 現状一番不味いのはヴィナスがスネークに敗れる事。

 一応ながらスネークを脅す人質(ダルトン)が手元にいるとは言え、ヴィナスを除いた部下でスネーク並みの者など存在せず、最悪の場合は全てをひっくり返される可能性がある。

 何が何でもヴィナスにスネークを確実に殺させるのが一番なのだ。

 

 『それ以上の抵抗は止めたまえ。私もダルトン君に危害を加えるのは心苦しいのでね』

 「貴様っ…」

 『――ッ、なんだ!?』

 「どうしたの准将?」

 

 全く思ってもない言葉を吐くワイズマンに嫌悪感を抱いていると、驚きの声が漏れると同時にドタバタと物音が続いて無線機は沈黙する。

 何事かと困惑ヴィナス同様に無線機に耳を傾けるスネークに予想外な人物の声が届く。

 

 『ギリギリセーフってところかな?ダルトンは―――死んじゃったかな?』

 『勝手に殺すな!!というかこいつら何なんだ!?ってか無事だったのかB.B.!』

 「無事なのかダルトン!?」

 『いきなり入って来た連中に取り押さえられてるが無事だ!ワイズマン達も取り押さえられてるが…』

 『ダルトンの事は伝え忘れてた。ちょっと待っててね』

 

 向こうでゴトゴトと物音だけ聞こえるが、どうやらダルトンは無事のようだ。

 同時にワイズマンが捕縛された事で状況を把握できないが危機は一時的にでも去ったようだ。

 

 『こっちは国防省によって制圧され、ワイズマンは連行されていったんだがどうなってるんだ?』

 『それが聞いてよ!大統領の端末にハッキングした時にアレ(・・)をやったら効いたんだよ!!』

 『アレ?……まさか嘘だろ…』

 「二人でなんの話をしているんだ?」

 

 驚愕と呆れ交じりのダルトンの反応に眉を潜めながら問うと、B.B.は催眠術が使えたという話らしい。

 スネークに無線したようにダルトンと何度か無戦でやり取りをしていた中、ちょっと試しに画面越しでも出来る催眠術とやらをしたらしいのだが、それがまた子供の遊びのようなものでダルトンには効果は一切なし。

 正直話を聞いただけでは信じられないが、実際それで国防省が大統領命令で動いたのは事実だ。

 ホッと胸を撫で下ろしたいところだがそうはいかない。

 

 『そうだ、早くそこから逃げた方が良いよ!』

 『あぁ、どうもコペルソーンはメタルギアの破壊と施設の自爆システムを連動させていたらしい』

 『タイムリミットは五分。急いで脱出した方が良いよ!!』

 『それと軍隊が向かってるという話もある。スネーク、お前は機密の塊みたいなもんだ。見つかったら終わりだぞ!』

 「分かってる―――ヴィナス、まだ続けるか?」

 

 仲間の為にも死ねないのは変わらない。

 脱出すべく動こうとしたスネークはヴィナスに問いかける。

 ワイズマンが拘束された以上はヴィナスには戦う理由はない筈だ。

 少しだけ悩む素振りを見せながらハッキリと首を横に振るった。

 

 「准将が捕まったなら私の任務を消えたわ。さぁ、脱出しましょう」

 「タキヤマも……だな」

 

 外で待機していたタキヤマに走りながら説明をするも、どうも楽には逃がしてくれないようだ。

 コペルソーンの亡霊とでも言えば良いのか無人の警備ロボットは下されていた命令を頑なに熟すようで、脱出路で出会うロボットは全部こちらを敵対している。

 時間がない以上は回り道をしている余裕は一切ない。

 スネークとヴィナスが正面切って蹴散らしながら道を切り開き、タキヤマはその後を続いて出口へと向かう。

 最早後を考えて弾薬の節約など考えなくて良く、二人は自身の戦闘能力を発揮して次々と突破して行く。

 

 「あそこよ!あの通路の先に外へ繋がる搬入口があるの!」

 「――ッ、スネーク!」

 「先行しろヴィナス。俺は最後尾を担当する!!」

 

 まだ警備ロボットは追撃してきており、スネークは追って来るロボットに銃弾を浴びせながら、ヴィナスを先行させてタキヤマがついて行った後を追う形で向かう。

 もう少しでと思った矢先、スネークの背後で隔壁が降りた。

 驚いて振り返るもそこには頑丈な壁があるだけ。

 脱出路を断たれた上にヴィナスたちと分断され、目の前には追撃してくる警備ロボット達。

 現状を正しく把握したスネークは小さくため息を漏らす。

 

 

 

 

 「え、そんな!?」

 「スネーク、無事!」

 「俺は大丈夫だ!」

 

 突如として降りた隔壁に同じく驚くヴィナスとタキヤマは向こう側に居るであろうスネークに呼びかける。

 返って来た声に多少安堵するも状況としては最悪と行って良いだろう。

 隔壁を開けたくとも操作はここからでは出来ない。

 最低でも警備室まで戻らなければ無理だし、そんな時間的余裕は存在しない。

 

 「俺は俺で何とかする。ヴィナス、タキヤマ博士を頼んだぞ!」

 「分かったわ。行くわよ!」

 「そんな!?スネーク!」

 「何してるの!」

 

 躊躇いが頭に過るもそれが正しいのだと即座に呑み込む。

 すでに戻る道は断たれた。

 何処か入れる通路を見つけるにしてもタキヤマを連れてはいけない。

 となればここはタキヤマを連れて自分は脱出するしかない。

 後ろ髪を引かれる様子のタキヤマの手を引いて無理やりにでも走らせる。

 通路の先は地下から地上へと伸びる広い搬入口のようで、運が良い事にジープが一台停車していた。

 

 「ジープがあるわ。アレに乗って脱出するわよ」

 「けどスネークが…」

 「――ッ、そうやって彼の意思を無駄にするの!?」

 「……そうね…」

 「分かったなら急いで!」

 

 促されるままに運転席に乗り込んだタキヤマ。

 続いて乗り込もうとしたヴィナスは遠くから追って来る警備ロボットを見て、荷台に飛び乗りながら銃撃を浴びせる。

 

 「どうしたの!?」

 「良いから出して!!」

 

 状況把握が遅いとイラつくもそんな感情を口から出すのも惜しい。

 指示を出したヴィナスは振り下ろされないようにしながら銃撃を警備ロボットへ浴びせる。

 とりあえず出すしかないとタキヤマはアクセルを踏み込み、急発進したジープは警備ロボットと距離を保ちながら出口へと急ぐ。

 

 「全くしつこい!もっと速度は出ないの!」

 「無理よ!これ以上は」

 「使えないわね!」

 

 悪態をつきながらも追って来る警備ロボットの足を撃っては転倒させ、出来るだけ数を減らしていく。 

 大きく施設が揺れ始めた事で自爆を始めたと察したヴィナスは、持っていた手榴弾を全部放り投げ始めた。

 全部は倒せなくとも先頭を行くロボットを破壊できれば良い。

 狙い通り先頭の警備ロボットが吹っ飛び、続く後続は奥より広がって来る施設の自爆に巻き込まれていった。

 追手を全滅した事は良いのだが、このままでは自分達も同じ末路を辿る事に…。

 

 「出口はまだなの!?」

 「見えた!出口よ!!」

 

 出口前の斜面を勢いよく登ったジープは飛ぶように跳ね、その分だけ着地時に大きな振動を齎す。

 その時、ヴィナスは振り向きざまに外に兵士が居たのが観えて咄嗟に飛び降りた。 

 

 跳び出すジープに各施設が爆発している事に意識を持っていかれている兵士達は、ジープから近場のコンテナの陰へと跳んで隠れたヴィナスに気付く事は無かった。

 スネーク同様にヴィナスとて歩く機密のようなもの。

 被検体という兵器を欲しがる者は少なからずいるだろうことから、自身も見つかっては自由は一切ないどころかデータ収集の実験動物にされる事間違いなしだろう。

 だからこの辺でお暇するのが良いのだ。

 見えた兵士は派遣された者らしく、脱出してきた博士を保護したのを見届けてヴィナスはこっそりとその場を離れようとする。

 

 「動くな(・・・)―――手を挙げろ(・・・・・)

 「……そう、私も案外と呆気なかったわね」

 

 気配を微塵も感じなかった。

 背後に立つ男は背に銃口を押し当てている。

 スネークは大丈夫なのかという不安。

 脱出した事で望んでいた自由の身に手が届きそうだったという喜び。

 それが一瞬で砕けたような絶望と自分がしてきた事を鑑みて自業自得かと悲しくも納得してしまう。

 

 ため息を一つ漏らすヴィナスは、けたたましい咆哮を挙げながら施設を突き破って現れたソレに驚愕を隠せなかった。

 施設を突き破って姿を現したのは自分達が撃破し、ゴースト達が破壊する筈だったボロボロなメタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”であった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アシッド

 ストラテロジック社研究施設が火に包まれる。

 至る所から爆発が起こると舞い上がる黒煙と火の手。

 ワイズマンの手回しもあって秘密裏に処理する手筈は、B.B.の活躍もあってワイズマンは捕縛された事で崩れ、事態を把握した上層部はメタルギアを含む事件解決または事件の処理の為に軍を派遣。

 されどすでにスネーク達の活躍によりメタルギアは撃破され、特殊部隊出身者などで構成された警備兵はすでに離脱していた為、到着した軍は施設内部に入りたくとも施設が自爆によって危険極まりない状況ゆえに周りを囲む他ない。

 そんな中、施設を壊しながら姿を現したメタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”。

 すでにスネーク達との戦闘によって機体の損傷は激しく、武装もかなり消費しているので元のスペックと比べても脅威足り得ないどころか単なる案山子と呼んでも差し支えない程度である。

 

 だがメタルギアを初めてみた兵士達は今まで見たことのない程に巨大な兵器に圧倒され、施設を包囲していた兵士達に一時的な混乱が発生すると同時に、一部情報を知らされていた現場指揮官は核兵器を詰んでいる事から撃たせる訳にはいかないと攻撃を開始。

 兵士の銃火器に加えて戦車隊による砲撃が集中してカイオト・ハ・カドッシュの装甲は耐え切れず、ダメージは表面上どころか内部にまで届き、体制を維持出来ずに尻もちをつくように倒れ込んだ。

 見ていた兵士達も現場指揮官も倒したとホッとするのも束の間、カイオト・ハ・カドッシュが核を発射する為の砲を挙げた事に誰もが恐怖し、誰が搭乗しているかなど関係なく最悪の事態を阻止する為に再び砲火が浴びせるも、最後の意地とも見える一発を発射した

 その一発はコペルソーン博士が熱弁した中性子爆弾ではなく、何かしらの砲弾らしき物体であった。

 発射されたソレは放物線を描いて海に落ちて何かが起きる………なんて事もなく、念入りに調査されるも汚染の形跡すら見受けられなかった。

 広く海底調査も行われたがそれらしき物は発見できず、砲撃などで破損したパーツが飛んだのを誤認したのではと結論付けされた…。

 

 

 こうして事件は終結を迎えた。

 メタルギアや被検体を含めた機密事項は伏せられたが、ストラテロジック社とワイズマンが三年前の“プラウリオの惨劇”に大きく関わっていた事、違法な人体実験を行っていた事が世間に伝えられ、ワイズマンは逮捕されストラテロジック社は強制捜査を受けたり、今回の事件で大きな損失を被ったばかりか社長や多くの技術者を失った事で程なく潰れた。

 時同じくして健康だった国防長官は急に大病を患った(・・・・・・・・)として辞任。

 政界から姿を消す事に…。

 ストラテロジック社での違法な人体実験に使われた人達は、麻薬王エスコバルが人身売買を行っていたと合衆国が公表し、セレナ共和国は合衆国からの要請と共和国内の市民からの大きな声もあって逮捕に動く。

 事件の真相を暴いて報告した元捜査官ダルトンは功績が認められて復帰するも、公表される事は無かったが違法捜査である事は変わりない為に聴取を取った後に謹慎と数か月の減給処分も一緒に下された。

 

 ―――自爆したストラテロジック社研究施設内を捜索した軍からの報告に、上層部は安堵感から胸を撫で下ろすと主に落胆することになる。

 合衆国より送っていた中性子爆弾を無事回収。

 施設内の制圧時に敵兵力は存在せず、トラップもなく兵の負傷や兵器の損失は無し。

 

 ただし、地下に眠っていた被検体は自爆に巻き込まれ全滅。

 メタルギア及び被検体に対するデータを収めていたであろうメインサーバーは復旧や抽出が不可能なぐらい壊れており、ロジンスキーが取引する筈だったルシンダ・ライブラリの消失。

 事件を起こしたとされる被検体(スネークとヴィナス)は消息不明。

 完全包囲した軍からの報告では当該人物の脱出は確認されなかった為、施設の自爆に巻き込まれたものと断定。

 唯一破損が激しくも回収出来たメタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”は、解析及び保管する為に厳重な警備の下で基地へ移送中、何者かの襲撃を受けて完全に破壊されてしまう。

 襲撃者が何者かは憶測ばかりで終ぞ判明しなかったが、襲撃に合った警備していた兵士達は「満月の晩に吸血鬼が出た」と口々にして、黒のロングコートを襲撃者は良いネタとして記者達に“現代に蘇った吸血鬼”として報道されるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 ロビーにあるソファに腰をどっしりと下ろし、ばさりと表向きの内容が書き綴られた新聞を見ながら珈琲を口にする。

 普通の珈琲ながらも出来るならアイツが置いて行った上等なのが良かったのだがと眉を潜めるも、自分の舌が肥えさせられたなと思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 ここに来て何週間が経ったのだろうとスネーク(・・・・)はため息を吐く。

 

 ストラテロジック社から脱出を図っていた際に隔壁のより閉じ込められたスネークは酷く焦った。

 残り時間は少ない中で別のルートを探すのも警備室で隔壁を解除するのも難しい。

 もし脱出したとしても被検体の生き残りとなる自分は保護ではなく、研究サンプルとして扱われる可能性が高いので軍に姿を見せる訳にもいかない。

 そこで賭けに出る事にした。

 メタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”が核を発射する為の砲で自分を海へと撃ち出す事。

 問題としては損傷したメタルギアが多少なりとも動ける事と、ゴーストが破壊してから脱出すると言った事であった。

 ナニカの手違いで残しといてくれと祈りながら辿り着いたスネークに映ったのは、皆で倒してから破壊された様子の無いカイオト・ハ・カドッシュ。

 どうしてなどと理由を気にする余裕はなく、急いで砲弾から中身を抜いて自分が入るスペースを確保すると、操縦して無理にでも砲身の角度を調整する。

 結果は見事軍の包囲網を突破して脱出する事に成功した。

 …ただ無事という訳ではなく、発射された際の負荷や衝撃などで全身骨折しており、察したダルトンが船で駆け付けてくれなければ海の藻屑となっていただろう。

 

 「呑気なものね全く…」

 「他にやる事もなくてな」

 「それには同意。自由を手に入れてもこんな籠の鳥にされるなんて最悪よ」

 

 苛立つ様子を隠す事無く曝け出すヴィナス。

 彼女もまた生き残った被検体という事で軍に捕まる訳にはいかず、約束通りにタキヤマを外までは手助けして軍に保護されたのを見守った後、紛れてその場を離れようとした所を背後からゴーストに銃口らしき(・・・)ものを押し当てられ、強制的にダルトンに身柄を預ける羽目に…。

 ゴースト曰く、二人共おかしなところがあるっぽい(ステータス表記)との事。

 

 そこからは全部アイツの思いのままだった。

 ダルトンの伝手で人目につかない山小屋を一つ拝借して、ゴーストの知人とやらに最新の医療機器を運び込ませ、自らの直属を派遣させて俺達を警備・監視させたりと好き勝手に…。

 良く解からないのだがアイツは治療する術が存在する(・・・・)のであれば治せる技術(キュアー)を持っていて、ヴィナスは戦闘能力を強化すべく身体的寿命を削っているとの事で移植を行ったのだ。

 ナニ(・・)ドコ(・・)までかは定かではないが、当面の問題は解決したという事だけ伝えてアイツは去って行った。

 それ以来、俺とヴィナスはダルトンが迎えに来るまでここに缶詰めにされている。

 

 騒がしく妙な奴ではあったが、もう会えないかもと思うと寂しくも感じる。

 もし会う機会があるのなら「破壊すると言っていたメタルギアをどうして破壊せずに行ったのか?」と聞いてみたいものだ。

 まさかとは思うが脱出路の一つとして残していたのかと壊さなかった理由を探しては辿り着く解の一つに、あり得ないなと否定しつつもどうであれおかげで助かったのは確かなのだ。

 

 「おいおい、お前達だけ貧乏くじだと思うなよ。雇われてすぐに俺も警備という事でお守をさせられてるんだからな」

 「再就職後に文句を垂れ流すなんてお行儀の悪い番犬だこと」

 「相変わらず口は悪いな」

 

 朗らかに笑うはストラテロジック社元警備部長ビンスである。

 脱出したビンスはゴーストから再就職先に知人を紹介され、数日の期間を経て部隊ごと雇われる事が決定したのだ。

 なんと今はCIA所属の特殊部隊とは恐れ入る。

 理由としては警備部の各個人の経歴に、以前とある作戦(ロビト島)で特殊部隊を損失した事とその作戦で活躍した工作員ほどでなくとも自由の利く部隊が欲しいとの案があったらしく採用された。

 無論経歴は色々な手段を持って誤魔化しはされたらしい。

 

 「カッカしなさんな。コスタリカ産のバナナ食うか?」

 

 プチっと何かが切れた幻聴が聞こえた…。

 ゴーストは去り際にポーチに入れていたコスタリカ産の珈琲とバナナ(※装備可能)を置いて行ったのだ。

 そのバナナこそヴィナスの背に当てた銃口らしきものの正体であり、拳銃と思って従ったヴィナスはその真実に相当苛立っている。

 口悪く言われた軽い返し、もしくは揶揄いのつもりなのだろうが、ビンスはヴィナスの怒りの導火線に火を灯してしまった…。

 

 「喧嘩売ってるのね?そうね?誰か銃を貸してくれないかしら。出来れば重機関銃が良いわね」

 「熱烈なアプローチだが遠慮さして貰おう。さすがに初任務で監視対象と交戦したなんて笑えないからな」

 「落ち着けヴィナス。小屋が吹き飛ぶ」

 「少しは俺の心配してくれてもいいんだが?」

 「お前が壊しそう(主武器:RPG‐7)で怖いんだ」

 「なんだ、なんだ?随分と元気そうだな。良い子でお留守番してたか?」

 

 今にも噛みつきそうなヴィナスに肩を竦めていると、扉が開いてダルトンを筆頭に複数人がロビーに姿を現す。

 待ちに待った登場に感動の涙ではなく怒気と殺意の籠ったヴィナスの熱すぎる視線が向けられる。

 

 「レディを待たせるなんて悪い人ね?」

 「悪かったって。こっちも色々忙しかったんだぞ。ようやくごたごたも落ち着いて休暇(※自宅謹慎)が取れたから急いで来たってのに」

 「絶対に違うだろ…」

 「――っそうだ、二人に紹介しておこう。こちらCIAのロジャー・マッコイ大佐だ」

 「始めまして。話はゴーストから聞いているよ」

 

 慌てるように横に避けて後ろに並んでいた初老の男性を紹介し始めた。

 彼こそゴーストが言っていた知人なのだろう。

 落ち着いた雰囲気を持つロジャーとあのゴーストを思い浮かべると、どうも正反対のように思えてならない。

 

 「貴方ね。あのゴーストの知人とかいう変わり者は。色々巻き込まれて苦労してるでしょうに」

 「はは、そんな事もないさ。私は彼に命を救われた恩があるんだ。そんな彼から頼まれたら断る訳にもいかないだろう」

 

 優し気に微笑むロジャーは鞄から取り出した書類一式を渡し、それが合衆国で暮らしていくに必要な偽りの(・・・)身分証明などであると認識して目を疑った。 

 恩人からの頼みという事はこれらもゴーストが用意させたのだろうが、何から何まで頼り過ぎではないだろうか。

 

 「全く、幽霊と言いながら引っ掻き回し過ぎだろう」

 「本当に余計なお世話ばかりね。今度会ったら聖水を掛けてやろうかしら」

 「止めておけよ。新聞では吸血鬼らしいからなアイツ…」

 「君達はそうなのか。だが私は色々と新鮮な体験をさせて貰っているよ。この歳で子持ちになるとは思わなかったがね」

 「子持ち?―――ッ、ルーシー!」

 「久しぶりねスネーク。それにヴィナス」

 

 散々な言い様にクツクツと笑うロジャーの背後よりひょっこりと現れたルーシーに驚きを隠せなかった。

 確かにスネークもヴィナスも死亡確認は一切していない。

 アイツの能力(キュアー)を知らなかったのもあるし、しっかりと確認してなかった自分の落ち度も認めよう。

 されどアイツに対して恨み節の一つぐらい抱いても良いだろう。

 ダルトンは知っていたようで反応を見て笑い、ヴィナスは面白くなさそうにルーシーを睨みつける。

 

 「――生きていたのね?」

 「えぇ、私も幽霊に助けられた口なの」

 「コードネーム変えた方が良いんじゃない?幽霊が憑りついて祟るなら兎も角蘇らせるとかどうなの?」

 「あの人は死者は救えない。死にぞこないならモノさえ揃って居れば何とかできるんですって」

 「第四世代の被検体だったり?」

 「ルシンダの記憶には無いわ。アレは別のバケモノの類よ」

 「……本当に散々な言われようだな…解らなくもないが」

 「アレもその一端か?」

 

 ゴーストの異質な医療技術(キュアー)にルーシーの登場など脱出してから余計に驚かされているスネークとヴィナスは、ビンスが示す方向に居た者達を視界に収めても驚くよりは、呆れ果てた様子でため息をつくだけだった。

 ビンスが指示した方向にはゴラブ、カイギディエルなど対峙した被検体が制服を着熟して、ロジャーに随伴してきた兵士に紛れているのだから…。

 さすがにハラブセラップは身体が大き過ぎる為に山荘の外で待機している。

 

 「驚いたものだよ。自分は少し前に義娘(アリス)を引き取ったから面倒見てくれないかと頼まれてな。すると彼らも“おまけ”にと押し付けられた」

 「……頼まれ過ぎじゃない?」

 「この歳で義娘など戸惑いはしたが家が賑やかになってそれはそれで良いものだよ。それに知っての通り彼女はあまり手は掛からないし、彼女を慕っている彼らが警備しているんで家の警備体制はかなり高い」

 「だろうな。中隊規模で押し入っても返り討ちに出来そうだな」

 「過剰戦力過ぎる気もするが…」

 

 苦労は絶えないだろうなと同情の視線を送る。

 確かに手間や面倒はあったけれど、協力者が居たおかげでそれほどでもない。

 

 軍としてはデータやサンプル的な意味合いで被検体は欲している。

 されど今や研究所内のデータは勿論ルシンダ・ライブラリの消失によって詳細な情報どころか顔写真も残っていない。

 付け加えれば施設内に残っていた監視カメラに映っていた映像やワイズマンが入手していた被検体の写真などのデータは、何者か(B.B.)の手によって消去されていて被検体がどのような見た目をしているかさえ分からなくしてくれた。 

 他にもB.B.など(・・)色々と手を回してくれた者が居てくれたおかげで何とかはなった(・・・・・・・)

 寧ろ山荘への医療機器の手配や直属部隊を山岳訓練との理由で派遣したり、スネークとヴィナスの書類一式の準備の方が別の意味で手間だったまである。

 

 コホンと咳払いをしたロジャーとダルトンはスネークとヴィナスを真面目な眼差しを向ける。

 

 「君達はこれからどうするつもりだ?」

 「私は好き(自由)にさせてもらうわ」

 

 問いに鼻で嗤いながら当然のようにヴィナスは言い放った。

 対してスネークは少し考え込んでからぽつりと零すように返す。

 

 「俺は今まで過去を探していた。けど解かったのは俺には何もなく、ただの作りもんだったと言う事…」

 「お前ッ!?」

 「だからこれからは前を向いて生きて行こうと思う。作り物でも何も無くても生きて行く事は出来る。そうだろ?」

 「――ッ、ったくお前は…間違ってんだよ。ほら、入って来ていいぞ!」

 「スネーク!!」

 

 本当に今日は驚かされてばかりだ。

 ダルトンが声を上げると再びドアが開いてコンスウェラが駆け出してスネークを呼びながら抱き着き、続いてロディとデイブが嬉しそうな笑みを浮かべて近づいてくる。

 仲間達との再会に感極まって涙が出そうになるが、ここで涙など流せばどんな反応を周りが示すなど解り切っている為、全身全霊を持って必死に堪える。

 

 「言ったろ。俺は約束は守る男だって。ほら、お前らが持っていた1()00万ドルも」

 「おい、1()00だっただろう」

 「冗談だ。おまけにお前の古い記録も消しといたよ」

 

 堪えつつもダルトンの冗談を返しているとロジャーが耳打ちされて「そうか」と短く答えて踵を返そうとする。

 耳打ちした女性がタキヤマ博士だった事には最早驚かないどころか、ルーシーや被検体がロジャーについている事から当たり前のように受け入れてしまった。

 そのタキヤマは申し訳なさそうながら深々と頭を下げ、スネークは軽く手を挙げて応えるだけで留めた。

 

 「会う事は――多分ないだろうが、息災である事を祈ってるよアシッド(・・・・)・スネーク」

 「アシッド?」

 「違うのかな?ゴーストがそう言っていたのだが…」

 「アシッド(ACID)か。それならそれで良いだろう」

 

 クスリと微笑んだスネークにロジャーは背を向けて帰路に就いた。

 偽造書類で入国して以来ダルトンによって保護(・・)されていたコンスウェラ達は、何があったかは聞かされていない為に困惑するばかり。

 

 「スネーク、大丈夫だった?何かされたりとか…」

 「大丈夫さ。大変ではあったがな」

 

 そう言ってスネークはコンスウェラの頭を優しく撫でた。

 各々に夢がある事から一緒にというのは難しいかも知れないが、これからも彼らとの繋がりを大事にしていこう。

 何もない訳ではなかった。

 俺には仲間との繋がりがあるのだから。

 同時にそれはコンスウェラだけでなく、今回の事件で縁を結んだ皆もだ。

 

 アシッド・スネーク(・・・・・・・・・)は非常に安らかな気持ちで仲間達を見渡し、これから先に想いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

●現代の吸血鬼…。

 

 主要道路から離れたひっそりとした道を何台もの車両が通過して行く。

 装甲車やテクニカルなどの複数台の車両に囲まれる形で、何台もの大型輸送車両が目的地へ向かって進む。

 彼らは現在極秘の輸送作戦を帯びた部隊である。

 

 ストラテロジック社で開発された新メタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”の残骸を予想している。

 確かにカイオト・ハ・カドッシュはスネーク達の戦闘及び、包囲した軍の一斉砲火を浴びて深刻なダメージを受けてはいた。

 当初直ちに廃棄する話も出ていたのだが、肝心のデータが自爆した研究施設には残っていない為、スクラップ同然とは言えそこからデータを拾い上げるほか術がなくなったのだ。

 軍としても再利用するつもりはなくとも設計図やデータがあればなにかと役に立つことはあるし、運が良ければ内部のデータからルシンダ・ライブラリの一端が覗ける可能性は高い。

 メタルギア同様に被検体という兵器(・・)も魅力的である事は確か…。

 

 問題はその巨大さゆえに移動手段が限られるという事。

 ストラテロジック社で事件が起きた事はすぐさま報道機関の知るところとなるだろう。

 そうなると中には報道ヘリで駆け付ける者も出て来るわけで、最高機密に相当するメタルギアを世間の目に晒させる訳にはいかない。

 そこで海路より軍を送り込んだ際に多くの戦車も移送した艦船にメタルギアを急ぎ積み込み、報道陣が駆け付けるよりも先に研究室から離して、目が届いていない湾にて陸路を持って移動。

 最終的に空軍基地の大型輸送機で保管に定められた基地へと輸送される事となっている。

 

 月夜の下、人影すらない道を警戒しつつ進む車両達。

 その車両群を一機の無人偵察機(サイファー)がカメラに収めていた。

 

 『見つけたよゴースト』

 「さっすが天下一の凄腕ハッカー。情報が正確で助かるよ」

 『褒めたって何もないよ』

 「いやいや、本当に凄いよ」

 

 言う割には声が弾んで嬉しそうなのが丸解りなB.B.にゴーストは褒めながら向かってくるであろう車両に対して身構える。

 現在ゴーストは指示を受けたとかでもなく、自身の意思で任務を行っている最中である。

 内容はストラテロジック社で開発されたメタルギア“カイオト・ハ・カドッシュ”の残骸の完全破壊。

 これよりたった一人で車両の足を止めると警備している部隊を打ち破って、メタルギアを完全に破壊するのだ。

 

 研究施設で破壊していればこんな苦労はせずに済んだのだが、そこは“吐いた唾は吞めぬ”というか自身の尻拭いとでも言うべきか…。

 

 スネーク達に負傷者の治療とメタルギアの処分をすると言い切ったゴーストは、自分が言った通り負傷者の治療を次々と行い、その中には警備部だけでなく死にかけていたルーシーも含まれていた。

 キュアーを用いて治療を済ませていったゴーストはふと疑問を抱いたのだ。

 果たして手持ちの火力でメタルギアを破壊し切れるのだろうか………と。

 

 メタルギア戦で警備部も手榴弾など爆発物はほとんど消失しており、大見得切って言っただけにビンスに爆薬足りないからRPGの弾頭を山ほど下さいとは言い辛く、その場凌ぎの言い訳を残して放置するしかなかった…。

 今思い出すだけでも恥ずかしさで赤面してしまいそうだ。

 

 …という訳で事後処理にやって来た訳で、協力者としてB.B.にも手伝って貰っている。

 ゴーストの正体を探ってくれと頼まれていたB.B.は、スネークの無線からゴーストが使っている周波数を特定すると、面白そうという理由で独自に連絡を付けていたのだ。

 最初は探りを入れるようにしていたB.B.であるも、会話をしているといつの間にか意気投合。

 ハッキングや調べものしている最中、暇な時間が出来ると色々と談笑を楽しむ仲となった。

 

 ダルトンとの会話で「~それに人の意志を持たせたメタルギアってのは過去に存在したって聞いたし(・・・・)~」と言ったのも、談笑の中で過去の活躍を聞いた際にゴーストが軽く話したからである…。

 勿論他言無用でねと後押しもされ、B.B.としてもひけらかす気はなかった―――というか内容的にヤバイ気がして正直に情報として発信する止めたのだ。

 

 『どう一人で戦うのか楽しみだよ』

 「昔だったらそう難しくなかったんだけどねぇ」

 『歳には勝てないとかそう言う話?』

 「いや、(DD)なら支援砲撃で煙幕を直撃させて、煙の中へ突っ込んでフルトンを輸送車両に取り付けるだけの簡単な作業で済んだって話」

 『待って!それ凄く気になるんだけど!!』

 「後で聞かせてあげるよ。とりあえず先に済ませよう」

 

 道端で待っていたゴーストに車列が近づいてくる。

 じっくりとタイミングを計って、砲塔(・・)を先頭車両へと向け始める。

 通常の戦車が待機していたなら彼らも気付いたであろうが、ゴーストが搭乗している戦車に暗さもあって気付く者はいない。

 突然鳴り響く砲声と戦闘車両を大きく揺らす衝撃。

 攻撃を受けた事と先頭の装甲車が急停止と砲撃を受けた事で横向きに停まり、そこまで広くない道を塞いでしまった。

 急ぎ後退しようとするも指示が出る前に最後尾の車両に砲撃が行われ、後方車両の足も止められた事で前にも後ろにも進めなくなり、警備の為に随伴していた部隊が降車して周辺警戒を強める。

 多くが戸惑いと敵を発見しようと必死に探しているのだが、それらしき者も兵器も見当たらない。

 

 「何処だ?」

 「なぁ、オイ…」

 「どうした!?居たのか?」

 「アレ……なんだ?」

 

 一人の兵士が不可思議な物を目にして隣の兵士に問いかけ、二人揃ってその対象に対して首を傾げる。

 道端に大きめのダンボールが立って(・・・)いるのだ。

 良く観れば二段重ねらしく、何処となく戦車を模した形である。

 何よりキャタピラの代わりに下から覗く人の足がとたとたとたと走って近づいてきている。

 なんだアレは?と困惑していた二人もようやく理解し、「「敵襲!」」と叫びながら銃口を向けて攻撃を開始。

 

 『ちょっと撃たれてるよ!?』

 「大丈夫!ダンボール戦車がこれぐらいで壊れないから!!」

 『なに、そのダンボールに対する信頼性!?』

 「僕はそこまで(ネイキッド・スネーク)ではないんだけど?」

 『もっと上がいるんだ』

 

 国境なき軍隊(MSF)の技術班が総力を挙げて開発したダンボール戦車の特殊装甲(※ダンボール)は早々破れはしない。

 徐々に削られてはいるが…。

 走って来るダンボールに戸惑いながら兵士達は撃ち続ける。

 辿り着くまで耐え切れないと判断したゴーストは盾にするように脱ぎ捨てると、スモークグレネードを手にして駆け出した。

 追うように銃口を向けられようとも手にしたスモークグレネードを幾つも放り投げて車列を煙で包み込む。

 迷うことなく突っ込むとメタルギアを乗せた輸送車へ乗り込み、背負っていたリュックサックを置いて兵士の無力化に走り回る。

 

 兵士にとっては恐怖の一時であった。

 浴びせるように放った銃弾は無情にも回避され、正体不明な敵は煙幕の中を自由気ままに駆け抜け、一人一人仲間が襲われて減っていく。

 煙りが晴れて月明かりが照らす路上に立つのは、黒のロングコートを靡かせるゴーストのみであった。

 

 『すっごい!まるでコミックだ!!』

 

 純粋に凄い凄いと興奮気味に喜んでいるB.B.にゴーストは頬を緩める。

 知り合いが観たところで「またか」など呆れかいつも通りと捉えられるため、こうしたピュアな感想が非常に嬉しくて仕方がない。

 

 警備していた兵を全員無力化したゴーストは一人ずつ路上から離れた位置に運んでは、途中で起きないように麻酔ガスを撃ち込んでを繰り返していく。

 ここなら大丈夫という距離まで運んだところで今度はメタルギアの破壊に着手する。

 リュックサックには対戦車地雷やC4爆弾、グレネードなどなどの爆発物がパンパンになるまで詰められており、とりあえず輸送車両のそれぞれに詰まれたメタルギアのパーツ内部に設置して行くのだが、当然ながらゴーストは適正な量というものを心得てはいない。

 だからありったけを積み込み、全てを設置して回った。

 

 ゆえにこれは必然だっただろう。

 起爆させると誘爆に誘爆を重ねてメタルギアの内部を完全に破壊するどころか、輸送車両や周辺の装甲車を巻き込んでの大爆発&大炎上させる結果になったのは…。

 

 あまりの迫力にB.B.は非常に喜ぶが、爆発させた本人はやらかしたと顔に出して、寝かせていた兵士の一人を叩き起こすと速攻で逃げ出すのであった…。

 

 

 

 

 ちなみにゴーストはACIDの意味を解っておらず、単にスネークだと区別がつき辛いと紫に相談したところ、タイトルであったアシッドと返された為にそう呼称することにしたのである。




 これでアシッド終了となります。
 次回は……少し悩み中。
 メタルギアソリッド(1)を書く予定だったのですが、とりあえずゴーストバベルの内容次第で先にそちらを先に描くかも知れません。
 私、ゴーストバベル未プレイなもので…。

 ……ソフトは探すとしてゲーム機動いてくれるかなぁ…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR SOLID:シャドー・モセス島事件
アラスカにて猫と出会う


 あれから五年経ったのかとシオンは懐かしく振り返る。

 ロビト島でスネークと共闘してからは義妹アリスの面倒を見ながら、ゲーム内とは言え親父相手も含んで色々やって来た。

 癖の強い上位ランカー数名+アリスと組まされ、病院内の非戦闘員を護りながら武装勢力を排除するという防衛線をやらされたかと思えば、最後にはイフリート(・・・・・)という銃弾が一切効かないファンタジーを相手にするという不条理を味合わされた事もあった…。

 まだ未成年だった自分も気付けば23歳と年齢的には成人し、背丈も以前に比べると成長したものだ。

 ただただ身長が伸びた、歳を重ねたところで意味はない。

 あの日(・・・)あの時(・・・)味わったような無力感を再び繰り返さないように強くならなければ…。

 

 『お久しぶりです。シオン様』

 「本当に久しぶり」

 

 本当に久しぶりだ。

 顔も姿もない紫色のシルエット(人影)

 五年という歳月の間、鍛えながら待ち続けた瞬間。

 まだかまだかと待ち望んだ招待状が届き、この何もない空間に招かれてホッと安堵した。

 もう二度と行けない(・・・・・・・)のではないかと内心諦めがあっただけに尚更。

 シオンは苦笑い一つ零すと紫に微笑みかける。

 

 「待ち下びれたよ」

 『申し訳ありません』

 「で、今回はどんな内容なの?」

 『――はい、今回シオン様には潜入は潜入でありますが、潜入捜査(・・・・)という形となっております』

 

 紫の説明ではフォックス諸島沖の孤島“シャドー・モセス島”にある核兵器廃棄所にて演習が行われるらしく、現地には視察で国防省付属機関先進研究局“DARPA”の局長ドナルド・アンダーソンと、軍事兵器開発会社“アームズテック社”のケネス・ベイカー社長が訪れているとの事。

 すでに核兵器廃棄施設に国直属の研究機関の長と兵器開発社長が自ら視察する時点で怪しいというのに、そこで演習が行われるとなると怪しさ倍増で逆に胡散臭くも思える。

 しかしながら廃棄所とは言え核兵器に研究・開発機関とくれば嫌でもあの兵器が脳裏を過る。

 

 「クリア条件は?情報収集だけで良いのか?」

 『基本はそう思って頂いて構いません。しかし追加任務の可能性はあります』

 「そうか…潜入経路は?」

 『演習に参加する部隊に混ざって潜入します。武器は移動に使われる貨物室に入れておきますので』

 「了解したよ。俺はスネークのように素手でどうこう出来ないからな」

 『武器関連はいつものようにこちらに(・・・・)

 

 紫がそういうと銃器類を収めた棚が至るところに出現する。

 されど選ぶものなど決まっている。

 口頭で伝えようとした矢先、開きかけた口を閉じて考え直す。

 

 「ステージは?」

 『極寒のアラスカとなります』 

 

 寒冷地か…と思ったが別段機関銃をもって行く訳でもないシオンは、銃を選ぶ点において問題ないと判断した。

 狙撃銃は北国生まれのモシン・ナガン。

 拳銃はベレッタM92―――ともう一丁欲しいな。

 

 「二丁拳銃にしようかな」

 『――ッ!?』

 

 普通に射撃する分には一丁で十分なのだが、シオンは近接戦闘においても扱う為に二丁あった方が扱い易い。

 そう思って口にしたのだけど、前にオールド・バットが複数拳銃を所持した事もあり、親子揃ってと紫は思わず目を丸くしてしまった。

 ……紫に眼なんてないのだけど…。

 そんな事を気にも止めずにシオンは続ける。

 

 「二丁拳銃でオススメはある?」

 『私的なオススメではベレッタM76、シグザウエルP210、ブローニングM1910、M1911もしくはクローンモデルなどなどですが、シオン様がお使いになっているベレッタM92を二丁でも宜しいかと』

 「そっか。なら後は追加で短機関銃にスオミKP‐31を。到着後に装備する手袋に―――にが虫とトウガラシを」

 『解りしました。寒冷地用の手袋とにが……にが虫?』

 「うん、にが虫。知らないのか?にが虫とトウガラシでホットドリンクが出来るんだ」

 『ホット…ドリンク…ですか』

 「寒冷地なら必需品だろう。常識だぞ(※ハンターの)

 『それは失礼致しました。今後気を付けます』

 

 申し訳なさそうに頭を下げる紫にシオンはクスリと笑う。

 武装面で問題はないだろう。

 さて、となると後は自身の行動如何という所か。

 

 『他に入用な物はありますか?』

 「手榴弾一式とモシン・ナガンを」

 『畏まりました』

 

 用意された銃を確認して、続いて何処からか出されたにが虫とトウガラシでホットドリンクを作ってはポーチに収める。

 それと兵士に扮する為の装備に身分証などを渡され目を通す。

 母さんほど完璧――ではないが、一応頭には入れた。

 一息ついて身分証をポッケに収める。

 

 『準備のほどは如何でしょう』

 「問題ない。行ける」

 『そうですか。では、行ってらっしゃいませ』

 

 深々と頭を下げた紫に背を向け、何もない空間に開いた穴へと向かって足を踏み入れる。

  

 

 

 

 

 

 送り出されたシオン―――バットは物資運送に紛れて潜入を果たした。

 運び込んだ荷物を運びながら自身の武装が入ったモノを回収。

 見つからないであろう場所に隠して兵士に紛れて、早速情報収集を行おうと行動を開始した。

 装備は兵士が着用している白い寒冷地仕様の服に、プルパップ方式のアサルトライフル“FA-MAS”を手にしており、フルフェイスマスクで顔を隠しているので顔バレの心配もないだろう。

 

 この時の俺は考えが甘かった。

 今までの流れを考えてスネークが来るのは確実であろうと判断し、それまでに必要な情報と物資を確保しておこうと思っていたのだ。

 しかしながらこちらの思い通りに敵は動いてくれる筈もない。

 

 演習に参加する“次世代特殊部隊”及び“FOXHOUND”―――武装蜂起すると施設を制圧。

 元々研究員ばかりの施設で警備は居るには居たが、彼らに比べたら練度も装備も数でも劣勢であり、呆気ない程に抵抗虚しく排除されてしまった。

 

 自分は親父のように出来ないし、あの人(クワイエット)のように強くもない。

 圧倒的多数な上に敵陣のど真ん中で大立ち回りをして、自分一人でこの状況を打破でいると思い込んでいない。

 今自分が出来るのは敵に紛れてやれることをやるべきだろう。

 なんて思ったのにな…。

 

 施設の警備に紛れていると怒声が響いた。

 目を向けると一人の兵士がある男性に抗議しているところであった。

 抗議している側も抗議を受けている側も狐のエンブレムを付けている事から、FOXHOUNDの隊員であろう。

 ただし調べたFOXHOUNDの腕利き六名とは違う事から、下っ端か来たばかりの補充要員のどちらか。

 

 「私は反対です!こんな事…」

 「命令が聞けないと言うなら仕方がない―――連れて行け!」

 

 女性兵士は異議を唱えた。

 警備をしている周囲の次世代特殊部隊も異議を受けたFOXHOUNDの隊員も銃を向けて苛立つ様子で指示を出した。

 正直に凄いと思った。

 これだけの事を仕掛けたという事は相手にも確固たる目的があるだろう。

 兵士が集まっているこの場で異議を申し立てると言う事は、周りを味方ではなく敵にするという事。

 多勢に無勢で抵抗も意味をなさず、銃を抜く動作一つで蜂の巣にされるのは目に見えている。

 投降しても見せしめに処刑される可能性だってあるのだ。

 

 彼女の行為は馬鹿げており、利口では決してないだろう。

 そんな状況下でも屈することなく、自分の意思を曲げる事無く貫こうとする意志。

 意思だけでどうにか出来るとは思えないが、自分が同じ状況下で貫けるかと聞かれれば否と答えよう。

 ゆえに彼女の行動には眉を潜めるものの、その意思には尊敬の念を抱いた。

 

 「自分が連行いたします!」

 「くっ…」

 

 自ら名乗り出て女性兵士に銃口を向ける形で独房へと連行する。

 FOXHOUNDの隊員はその行動を認め、何事もなかったようにその場を離れて行った。

 連れ出せた事に安堵しつつ、どうもこちらの隙を伺っている女性兵士に小声で話しかける。

 

 「安心しろ。俺は敵じゃない」

 「――ッ、銃を突き付けられてどう信じろと?」

 「今は大人しくしていてくれ。今は…な?」

 「どうせそうするしかないじゃない」

 

 嘘ばっかり。

 隙あらば銃を奪うつもりだった癖に。

 内心悪態をついて居るであろう女性兵士に苦笑する。

 正義感と気が強いのだけど腹芸はまだまだ難しいらしい。

 父親は兎も角として母親と義妹によってそう言った事も日常的に鍛えられているシオンにしてみえば微笑ましく思えるというもの。

 

 「―――待て。貴様、何処の部隊だ?」 

 

 そんな事を抱いていると声を掛けられ、言われるがままに足を止める。

 怪しまれないように声色も呼吸も崩さぬように注意しながら振り返ると、何処か懐かしさを抱かせる面影に僅かに目を見張ってしまった。

 

 髪は白髪で乱れぬように後ろで束ねた六十代と思われる男性。

 極寒の地というのに制服の上に茶色いロングコートを着ているだけで、ボタン一つせず前は開けて防寒の類は一切見られない。

 背筋も伸びて姿勢も正しく、歩いた時には体幹がブレていない事からかなり鍛えこまれている事が察せられる。

 

 「ハッ、ここの警備を担当しております。現在、異議を唱えたこの者を独房に連行する途中で在ります」

 

 何処かで会ったかと疑問を抱きながらも乱す事無く答えるも、彼はそれで満足しなかったようだ。

 じろりと値踏みするかのように鋭い視線が向けられるも、無警戒に手はだらりと下がっている。

 やり過ごせると思った矢先、彼の手はとんでもなく速くホルスターに伸びたのを感じ取って(・・・・・)、女性兵士を押し倒すようにして慌てて飛び退ける。

 感じた通りに抜かれたリボルバーにより放たれた弾丸が先ほど居た場所に着弾する。

 銃声と着弾した音を耳にしてそう思いながら、女性兵士を巻き込む形で転がって壁を遮蔽物にして身を隠す。

 

 「ハッハッハッ、今のを避けるか!」

 「いきなり何を!?」

 「私を謀ろうとしても無駄だ。貴様は何処の狗か?」

 「――ッ、気付かれてんのかよ…」

 

 親父以上の早撃ちを見せる相手は上機嫌に笑う。

 バケモノかよと今度は自身が内心悪態をつき、親父との特訓のおかげで避けれた事に忌々しくも感謝を覚えた。

 ……口にしては言わない…がな。

 急な事態を呑み込めない女性兵士にFA-MASを渡し、持ち込んだ武器の中から一応潜ましていたベレッタM92を手に取る。

 

 「悪いがあとは自力でなんとかしてくれ」

 「急に……貴方を捕えて寝返るなんて考えないの?」

 「したいのか?」

 

 無防備に彼女に背を晒した事に注意も兼ねて言って来た言葉に問いで返すと、なんとも言えない表情で雄弁に否定された。

 覗き込むようにして伺うと精密過ぎる射撃が飛んできて、危うく顔に風穴を空けるところであった。

 

 「さて応えて貰おうか?軍か、それとも愛国者の手先か!」

 「愛国者?そんな大層なもんじゃない。俺は―――趣味とでも言えば良いのか?」

 

 答えようとしたシオンは一瞬自分は何なんだと首を傾げ、他に思いつかずにそう答えた。

 隣で女性は呆れた顔を晒し、対峙している男は腹を抱えて笑いだした。

 このままここに居ては敵に囲まれる。 

 しかしそう易々と突破できる相手ではない。

 

 「退かせて貰う!」

 「嘗められたものだな!」

 

 スタングレネードを放り投げると地面に転がるより先に撃ち抜かれ、明後日の方向へと吹っ飛ばされてしまった。

 クソっ、と悪態を口にして女性を急かすように走らせる。

 押される形に不満はあれどこの機会を逃すまいと彼女は走り去った。

 あとは彼女次第。

 人の面倒をずっと見ている訳にもいかないし、ここいらで逃げさせてもらう事にしよう。

 向こうとしては捕縛したい所だろうに、相手はリボルバーをホルスターにしまって告げる。

 

 「面白い小僧だ。良いだろう、今は逃がしてやる。その方が都合が良さそうだからな」

 「都合だと?」

 

 自分を逃がす事で都合が良い?

 さらなる疑問を抱きながらも折角だからとバットは走り出す。

 FA-MASを渡してしまった事で敵兵に紛れるのは難しく、ここいらに敵が集中するであろうと予測される事からいったん施設から撤退する事を考えて、凹凸の激しい雪原に紛れる事にして外へと走り出す。

 壁越しで見えない筈なのに、こっちの行動を呼んでいるかのように男は声を張り上げる。

 

 「お前は俺が狩ってやる!このリボルバー・オセロット(・・・・・)がな!!」

 

 ―――オセロット。

 忘れもしない懐かしい人物の名に戸惑い、吹き荒れる吹雪に紛れ込む前に足が鈍る。

 微かながら狼の遠吠えがシオンの耳に届いた。

 

 

 

 

 

 そして一発の銃声が吹雪く雪の合間を縫って響き渡った…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

荒れ狂う極寒の地で

 アラスカ沖を一隻の潜水艦がひっそりと潜航していた。

 極秘作戦中という事で発見されないように細心の注意が払われ、より相手の目を欺くべく陽動部隊が組まれている程、この潜水艦の役割の大きさが伺える。

 魚雷発射菅が開閉部が開かれ、一発の魚雷らしき(・・・)ものが発射された。

 それには爆薬類は積まれておらず、代わりに精密機器が搭載された上で、人一人がギリギリ乗り込んでいた。

 

 アラスカ沖フォックス諸島シャドー・モセス島の核兵器廃棄施設が、占拠したのは次世代特殊部隊とハイテク特殊部隊フォックスハウンドによって占拠された。

 犯人の要求はビッグボスの遺体を二十四時間以内に引き渡す事。

 対してその返答は潜入工作員を送り込んで、秘密裏に事件の収拾を計る。

 とはいえ占拠したのは特殊部隊。

 それもビッグボスが設立させたフォックスハウンドが関わっている。

 昔に比べてメンバーは大きく入れ替わっているが、それでも凄腕が揃っている。

 

 “サイキック能力者”サイコ・マンティス。

 “天才女狙撃手”スナイパー・ウルフ。

 “変装の達人”デコイ・オクトパス。

 “巨漢のシャーマン”バルカン・レイブン。

 “拷問や早撃ちの名手”リボルバー・オセロット。

 そしてフォックスハウンド実戦部隊を束ねる隊長、リキッド・スネーク(・・・・)

 

 困難極めるこの任務を任せられる人物は一人だけであった。

 男の名は“ソリッド・スネーク”。

 元フォックスハウンド所属でアウターヘブン、ザンジバーランド、ロビト島で活躍し、ビッグボスを倒した英雄。

 時間的猶予もない状況もあり、実力共に奇しくも彼がアラスカで暮らしていたのも選ばれた一つだろう。

 

 軍は彼に任務を依頼すると同時に支援に力を入れた。

 十代の学生ながらも画像・データ処理の専門家で特殊な電波を用いて屋外・屋内問わずレーダーに表示するソリトンレーダーや、声に出さずとも骨の振動や体内ナノマシンを利用して会話を行える次世代の無線機(体内通信)などを開発した少女メイ・リン

 フォックスハウンドのメディカルスタッフで、隊内に精通している事から情報提供及びスネークのメディカルサポートを任されたナオミ・ハンター。

 本作戦の指揮官には引退した元フォックスハウンド二代目総司令官ロイ・キャンベル大佐が招集された。

 他にも先に述べたような潜入支援の為の陽動部隊に、移動司令部として原子力潜水艦の使用が許可されたりもしている。

 その原潜より射出された小型潜水艇で目標地点に接近すると、スネークは乗り捨ててダイビングスーツのみでアラスカの極寒の海中を泳いで施設に入り込む。

 普通なら冗談抜きで凍てつく冷たさであるも、出発前に注射された不凍液(不凍糖ペプチド)で凍り付く事は無かった。

 

 泳いで辿り着いた先は地下に設けられた物資搬入口。

 積まれた大量のコンテナに真っ白な寒冷地仕様の装備で固めている兵士がちらほら。

 水音を立てぬように警備の目を盗んで上がって周囲の様子を窺う。

 低い機械音が響いていた事もあってまだ誰も気付いていない。

 ダイビングスーツを脱いでスニーキングスーツとなり、音の発生源へと視線を向けると最奥の昇降機が動いていた。

 上に行くにはアレに乗るしかないと思いながら首筋に指を当てる。

 この動作だけで誰にも気付かれず無線が出来るのだから、随分とハイテクになったものだと感心する。

 

 「こちらスネーク。潜入に成功した」

 『了解だ。状況を報告してくれ』

 「地上への移動手段は昇降機だけのようだ」

 『やはりそうか。予定通り昇降機で地上に上がるほかないか』

 

 キャンベル大佐に無線したスネークは、当初の予定通り昇降機で地上へ上がる為に移動を開始した。

 単独潜入な上にいつものように武器を持っていないので、敵に発見されればたちまち窮地に陥る事になるだろう。

 敵兵の視線に注意しながらコンテナの陰から陰へ移動を行い、降りてきた昇降機に乗り込んで地上へと上がっていく。

 ふぅ…と一息ついてこっそりと持ち込んだ煙草を吸いたい気持ちはあれどまだ作戦は始まったばかり。

 グッと堪えて気を引き締める。

 

 上がり切った昇降機は壁などの遮蔽物が一切なく、完全に身を晒してしまう事から急いで近くの遮蔽物に身を隠す。

 ほろほろと降り続ける雪のせいで周囲に雪が積もっている。

 施設内という事でトラックやコンテナ、大きな機械類などで遮蔽物は多いが、金属製の物がほとんどなだけに触れば最悪皮膚がくっ付きかねない。

 先ほど無線したばかりではあるが大佐へと無線を繋ぐ。

 

 「地上施設へ上がった」

 『さすがだ。ブランクがあるとは思えんな』

 

 軍を辞めて何年も経ってはいようが鍛えていない訳ではない。

 亡くなる直前までパイソンに時折とは言え指導もされていたし、教え込まれた技術を忘れる事は出来なかった。

 もしパイソンが生きていたら何と言っていただろうか。

 老いによる衰えと過去に受けた負傷などに因って蝕まれていたパイソンの最期は穏やかなものであったが、彼は最期の最期まで戦士の強い瞳は健在だった。

 思い出の世界に飛び出しそうになったスネークを引き戻したのはナオミ・ハンターであった。

 

 『スネーク、スニーキングスーツの調子はどうかしら?』

 「あぁ……ドライ効果は高いが動き辛いな」

 『悪いけれど我慢して。低体温症にはなりたくないでしょう?』

 「分かっているさ」

 

 スニーキングスーツと不凍液のおかげで凍り付く事はなかった。 

 ちなみにこの不凍液は次世代特殊部隊である“ゲノム兵”にも投与されているらしい。

 

 「大佐、陽動作戦の方がどうなっている?」

 『すでにF16戦闘機が二機そちらに向かっている。今頃レーダーで捕捉されているだろう』

 

 そうこう言っている間にプロペラ音が響き渡り、こっそりと覗いてみると発着場に一基のハインドD(重攻撃ヘリ)が離陸体勢に入っている。

 

 「何故ロシアのガンシップがここに?」

 『分からんが、陽動に引っ掛かったのは確かなようだ』

 「潜入するなら今の内…か」

 

 飛び立っていくハインドDを見送ったスネークは、早速施設に侵入しようと動き出そうとする。

 なにしろ二十四時間以内と要求されてから潜入までの間にも時間は経っており、残りは十八時間とタイムリミットに迫りつつあるのだから。

 

 『この吹雪の中でハインドを飛ばすなんて無茶ね』

 

 急に割り込んだナオミとは違う女性の声に一瞬戸惑うも、本作戦に参加している女性と言えばメイ・リンであろうと予想する。

 進みかけた足を止めて無線を続ける。

 

 『初めましてスネーク。伝説の英雄とお話しできるなんて嬉しいわ』

 「……これは驚いた。画期的な軍事技術の開発者がこんなにも可愛らしい女の子だとは思わなかった」

 『あら、伝説の英雄に口説かれちゃった』

 

 無線だから相手の顔は見えないし、キャンベル大佐は兎も角初対面のメイ・リンの容姿は解らないが、声の感じでおおよその予想が出来てしまう。

 普通に感想を口にしたのだが、メイ・リンには冗談の類と捉えられたらしい。

 

 「これから十八時間は退屈せずに済みそうだ」

 『意外にフランクなのね。予想外だわ』

 「…お互い職業に偏見をもっていたようだな」

 『そのようね。これから理解を深めていきましょう』

 『君の行動はレーダーを介してモニターしている。何かあれば連絡してくれ』

 

 「分かった」と言って無線を切ろうとした矢先、周辺のゲノム兵の動きに違和感を覚えて探る様に様子を窺う。

 ただ単に警備しているにしては人の行き来が激しく、何かを探しているようにも感じ取れる。

 まさか発見されたのかと考えが過るも見つかったなら反応が薄い。

 

 「大佐、今回の任務も支援はなかった筈だな?」

 『単独潜入任務と聞いている。上からも陽動以外に支援は難しいとの打電もあったが…なにかあったのか?』

 「どうも様子がおかしい。何かを探しているような」

 『ふむ、こちらでも少し調べてみよう』

 

 などと口にしたところでもしかしてバットではないのかと頭を過った。

 毎回姿を現す奴なら居てもおかしいとは思わない。

 奴が居るならば心強いと思いながらも確定事項ではないので、期待半々でスネークは施設内部へ侵入しようと探索を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 当のバットと言えば物影に隠れて一息ついていた。

 いきなりこうも負傷するとは思わず、痛みの残る左肩が疼いて仕方がない。

 懐かしいオセロットの名に気を取られたのと、吹雪だからと油断し切って僅かでも立ち尽くしたのは過ちだ。

 危うく狙撃で即退場させられるところだったのだから。

 咄嗟に感じ取った感覚のままに身体を反らしたから死ななかったものの、頭を貫こうとしていた弾丸は代わりに左肩を貫いて行った。

 

 「クソ痛ぇな…あー、出だしからこれかよ…」

 

 敵の目を撒いたと判断して応急手当も済ませたが、当然ながら完全に治せる訳もなく、痛みと動かし辛さに舌打ちひとつ零す。

 逃げながらも武器を回収出来た事は僥倖ながら、オセロットさん(・・)とあの狙撃手を相手取るにはこの負傷はかなり不味く、出来れば来るであろうスネークと合流出来れば良いのだがそうは上手く事が運ぶかどうか…。

 

 同時にバットには懸念が一つあった。

 逃げ惑う中でおかしな者を()にしたのだ。

 

 身を隠しながら逃げている最中、何者かの気配と微かながら音を耳にしたのだ。

 気配や足音の消す技術から高い技術を持っているのは解かる。

 だが、姿を目にする事は出来なかった。

 

 距離があった事や隠れていた事も作用しているのだろうけど、それにしてもちらりとも映らないというのも妙。

 何よりその姿の見えない者が進んだ先で戦闘が起こって、後になって様子を窺ってみると撃ち合った形成もない。

 正確には銃撃は行われたがそれは一方的にで、片方は撃ち返した形跡がなかったという事。

 しかし結果は撃ったであろう兵士達が一方的に殺害されていた。

 

 傷から見えざる者の獲物は刃物。

 周辺に散らばる弾丸の中には切断されたような跡があり、冗談のようだけど放たれた銃弾を叩き切ったような印象を受ける。

 そんな芸当が出来る人物に思い当たる節はあれど確証はない。

 否、思い当たる技術を持つ者が別々なのだ。

 身体を透明に出来るクワイエットに、銃弾を弾くはグレイ・フォックス。

 

 まさか…な。

 バットは淡い期待を寄せるもあの時の自身の無力感を思い出し、爪が皮膚を破りそうなほど握り締める。

 

 

 

 

 

 

 計画は順調に進んでいる。

 極秘計画を扱っている施設ではあるが、厳格な軍敷地内ではなく外で核廃棄施設と装っている以上、防衛戦力なんてたかが知れている。

 事が事だけに大軍を持っての武力制圧も出来まい。

 兵数に個々の性能、武装面においても今の所は問題なく、後は相手が要求を呑む呑まないに関わらず時間が作戦の成否を決める事になるだろう。

 軍や政府の連中は秘密裏に処理しようと目論み、少数精鋭の部隊で鎮圧するか潜入工作員を送り込んで対処しようとする事など当初より予測はしていた。

 

 だが、制圧以前に忍び込ませているとは思いもしなかった。

 リキッド・スネークは薄っすらと笑みを浮かべながら振り返る。

 彼から離れた位置に中核を担うリボルバー・オセロットとスナイパー・ウルフの両名が居るが、オセロットは申し訳なさそうな表情を演出し(・・・)、ウルフは考え事でもしているのかそっぽを向いたまま。

 

 「お前達が鼠を捕り逃がすとはな」

 「申し訳ありませんボス。まさかこんな早くに鼠が忍び込んでいるとは思わず…」

 「で、その足取りは掴めたのか?」

 「施設内には居ると思われますが吹雪に紛れられては見つけるのも難しく」

 「構わん。捜索隊を組織して追わせろ。例の場所にさえ近づけなければ問題はない」

 

 フンッと鼻を鳴らす。

 鼠一匹を山猫が逃したなどとそう簡単に信じてはいない。

 奴が手引きしたという意味ではなく、その鼠に多少想う所があったのだろう。

 

 「……見どころはありそうな奴だったか?」

 「ハッ、それは十分に」

 

 慌てる素振りもなく隠す気も無いときた。

 面白いとほくそ笑む。

 オセロットがそう言うからには相当なのだろう。

 ただそんな奴が邪魔をするというのは目障りこの上ない。

 

 「仲間に出来るなら良し。出来ないなら―――解っているな?」

 「必ずや仕留めて見せましょう」

 「アレは私の獲物だ」

 

 リキッドの命令にオセロットは深々と頭を下げて部屋を後にしようとしたところ、ウルフがキッと睨みながら強い口調で言い放った事で足が止まった。

 スナイパー・ウルフは一週間も狙撃姿勢を維持したりと狙撃技術と持久力は凄まじく、天才狙撃手としての技量のみならず彼女自身においても信頼している。

 そんな彼女は狙撃手としてのプライドも高く、一度標的と定めた相手に対する執着は非常に高い。

 一度目を付けたらその相手の事しか眼中にない程に。

 こうなってはリキッドもオセロットも何を言っても無駄だ。

 

 「お前がそれほどに目を付けるとはな。その傷が疼くか?」

 

 軽く笑いながら頬を見ながら言うと、ウルフは愛おしそうに頬の一筋の痣を指でなぞる。

 吹雪の中とは言えウルフは完璧と言えるタイミングで鼠に銃口を向けた。

 放たれた弾丸は躊躇なく鼠の脳天を貫く筈であったのだが、トリガーを引く直前に気付いたかのように鼠は身を反らしながら、拳銃で乱射する様に反撃して来たのだ。

 偶然だとしても視界が悪い中で狙撃を回避し、さらには狙撃地点を割り出して反撃を行うなど驚愕もの。

 しかも反撃の内の一発が頬を掠めたとなれば尚更だ。

 

 山猫だけならず狼にまで目を付けられるとは余程の幸運の持ち主なのだろう。

 …いいや、向かうからしたら悪運だろうか。

 

 「仲間にするのなら私のお人形にしましょうか?」

 

 部屋の片隅で椅子に腰かけていた少女がぼそりと告げた。

 暇潰し程度の想いしかないのは瞳を見れば解かり、ウルフは私の獲物だと威嚇する様に睨み、オセロットは顔を顰める。

 確かに説得するより簡単に仲間にする事は可能ではある。

 しかしながらリキッドは首を横に振るう

 

 「確実ではあるが無理して手に入れる必要はない。そもそもお前の“ドールズ(・・・・)”を動かす訳にはいかないからな。まぁ、単身で赴くなら別だが?」

 「そう、なら良いわ」

 

 熱量の籠っていない提案だっただけにあっさりと引き下がり、ウルフと少女の中間に位置していたオセロットはこの二人が獲物の取り合いをせずに済んでホッと安堵する。

 動かず待機していると示した少女から視線を外したリキッドはそっと懐に忍ばせているリボルバー―――彫刻(エングレーブ)が施された銀色のシングル()アクション()アーミー()を撫でる。

 

 (俺はアイツ(・・・)とは違う。俺の野望・理想について来れるものだけついて来れば良い)

 

 懐かしい阿呆の顔(・・・・)を思い出したリキッドは小さく嗤った。




 読んで頂き誠にありがとうございました。
 早いものであと少しで年が変わりますね。
 来年もまた皆様に楽しんで頂けるよう頑張ります。
 まだまだ寒い日が続きますので皆様もお体にお気を付けください。

 では、皆さまにとって良き一年でありますように。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

独房にて…

 明けましておめでとうございます。
 今年も宜しくお願い致します。


 兵士の能力というのは個々人の能力に日々の鍛錬や経験によって大きく異なり、強弱は個体差に寄って大きな偏りがある。 

 遺伝子治療(ジーンセラピー)を施して視聴覚器官の鋭敏化。

 戦闘に特化している遺伝子―――“ソルジャー遺伝子”の移植。

 危険なく経験を積ませる集積されたデータから創り出したシミュレーションに、あらゆる事態を想定されたVR訓練。

 医学を用いて遺伝子から強化して、新兵でも数々の経験を叩き込み、安定した優れた能力を持った兵士を造り出す。

 それが次世代特殊部隊の“ゲノム兵”である。

 

 シャドーモセス島を占拠したのはそんなゲノム兵とフォックスハウンドという精鋭。

 陽動部隊に引っ掛かった事で幾分か敵の注意はそれているけれど、警備は変わらないのでそう易々と潜入させてはくれない。

 警備に加えてナニカを捜索しているらしき捜索隊。

 人の目が多いだけでなく施設には監視カメラが見受けられる。

 あれは元々警備で扱われていた物をそのまま利用しているのだろう。

 正面の入り口は巨大で見た目からも強固。

 強行突破は不可能そうで何かしら開ける事が出来ても人目を引くのは必須。

 別の侵入経路を探さねばならないが時間をかけていては見つかる可能性は高まる。

 潜入するにも中々厄介な状況だ。

 

 だからと言ってただただ立ち止まっている訳にもいかない。

 敵の注意が少しでも陽動へ割かれている今が好機。

 何とか警備と捜索の目を掻い潜り、定期的に左右に振られる監視カメラの死角を通り、正面施設外側に張り付けられた見張り小屋も兼ねた二階へと上がる。

 目が向きにくいとはいえ遮蔽物もない剥き出しの二階の為に、早々に新たな侵入経路を見つけなければならない。

 

 『どうだスネーク、侵入できそうか?』

 「ダクトを見つけた。これより施設内へ侵入する」

 

 キャンベル大佐の無線に短く答えると発見したダクトの中へ潜り、ソリッド・スネークは蛇のように這って内部へと侵入を果たした。

 ずりずりと擦れる音を耳にしつつ、音があまり出ないように注意しつつ進んでいると、またも無線が入って止まる。

 

 『久しいなスネーク!私だ、マクドネル・ミラーだ』

 「マスター!いや、マスターがどうして?」

 

 懐かしい人物に感情が高ぶってしまった。

 マクドネル・ミラー―――通称“マスター・ミラー”。

 ソリッド・スネークがフォックスハウンドに所属していた頃、教官として鍛えてくれた人物。

 会う機会はなかったが声を聴くのはザンジバーランド騒乱以来である。

 声が聞けて嬉しく思うがマスターは今回の支援メンバーには居なかった筈。

 何故だと疑問を抱えているとマスターはにこやかに続きを口にし始めた。

 

 『君と同じだよ。正確にはブーツキャンプの教官を辞めてアラスカで隠居生活を送っているんだ。まぁ、たまには教官をやってたりするがな。その話は今は良いか。キャンベルより話は聞いたよ。私もサポートさせて貰おう』

 「おお!マスターのサポートか。それは心強い!」

 『世代交代したとはいえサバイバル教官としての経験に知識は役立つだろう。それとアラスカでの生活は君よりは長い。環境や動植物の事もそれなりに詳しいつもりだ。何かあったら無線してくれ』

 「了解だマスター」

 

 心強い助っ人の登場に多少気が楽になる。

 無線を終えて先へと進み始めた途端、通風口よりダクト近くにいた兵士の会話が入り込んで来る。

 見つからまいと動きを止め、気配を潜めながら聞き耳を立てる。

 

 「―――“DARPA”の局長は地下の独房に移して置いたぞ」

 「通風口の掃除は?」

 「これからだよ。通風口を開けたからこれから鼠の駆除だ」

 

 これは良い情報を得たとスネークは小さく頷いた。

 スネークへの命令にはこの核兵器廃棄施設に訪れていた国防省付属機関先進研究局“DARPA”ドナルド・アンダーソン局長及び、軍事兵器開発会社“アームズテック社”ケネス・ベイカー社長の救出が含まれている。

 片方とは言え所在が分かったのは有難い。

 あとは近くの兵士が離れるのを待って移動するだけだ。

 そう思いつつ待っていると兵士達は無駄話を続けた。

 

 「鼠と言えば侵入者が居たらしい」

 「侵入者!?」

 「すでに何人かやられたらしい」

 「本当かソレ?」

 「しかも噂では姿が一切見えないステルスらしい。他にも山猫や狼から逃げ切った奴も居るって話だ」

 「えぇ!?それってかなりヤバいんじゃあ…」

 「あぁ、侵入者の目的には局長も含まれてるだろうなぁ?」

 「おおお、おい、止めろよ!俺、この後警備なんだからな!?」

 「ハッハッハッ、そんなにビビるなって。また漏らすぞお前」

 「だから言うなって。…はぁ、離反者も出たっていうのに侵入者まで…」

 

 これから局長に警備を行うと言う兵士はがっくりと肩を落とし、揶揄っていたもう一人の兵士も談笑交じりに去って行った。

 自分以外の侵入者が二人も居ると言う話に戸惑うも、出来れば情報を得ると言う事も考えて離反者とやらには合流したいものだ。

 盗み聞きから得た情報から地下までダクト内を移動して行く。

 会話にあった開いたままの通風口よりこっそりと覗くと独房のベッドに一人の男性が俯いたまま腰かけていた。

 顔は見辛いが体格や様子から資料にあったドナルド・アンダーソン局長だろう。

 独房という事で鉄格子で遮ってあるような所を想像していたが、外からは出入り口の扉に設けられた小さな覗き窓以外になく、しっかりとした壁や扉で外と中を遮った完全な個室となっている。

 開いていた通風口から身を乗り出して独房内へ降り立つ際、いきなりダクトから人が現れた事で驚くも然程騒ぐ様子はない。

 

 「――誰だ?」

 「助けに来た」

 「助けに来ただと?貴様、何処の所属だ?」

 「俺はあんたらのようなロクデナシを救助する為に雇われた捨て駒だ」

 

 疑心を抱くのは当然。

 潜んできた事からテロリストではないと判断したとしても、急に現れた人物を即座に全面的に信頼しろという方が無茶な話だ。

 見定めるようにこちらを睨み、沈黙だけが互いの間を満たす。

 時間にしてみれば一、二分程度だろうか。

 ドナルド・アンダーソン局長は息を吐き出すと、硬く薄汚れたベッドに腰を降ろした。

 

 「確かにテロリストではないようだな。なら早いとこここから出してくれ」

 「安心しろ。だが、出る前に情報が欲しい」

 「なんのだ?」

 「テロリストは合衆国を脅迫している。受け入れなければ核攻撃をすると言ってな」

 

 早く救出されたいであるだろうが、まずは彼が知り得る情報を得る必要がある。

 フォックスハウンドと次世代特殊部隊は合衆国に対してビッグボスの遺体を要求してはいるが、この核兵器廃棄所を制圧したからと言って脅威になるかと言えばそうでもない。

 確かに廃棄前の核兵器を他国やテロリストに売り渡されでもしたら話は変わるのだが、その場合は時間を掛けずに要求された時点で大軍をもって包囲すれば事足りるだろうし、核兵器があろうが廃棄所であって発射施設ではないので撃って来るという恐れるような事態はない。

 だがテロリストは核攻撃という手段で脅し、軍部は人質救出のために潜入工作を選んだ。

 つまりここには大軍で押し寄せたら不味いナニカが少なからず存在する。

 それも人質とは別のナニカ…。

 

 局長から話を聞いてその疑念も晴れた。

 この核兵器廃棄所では国防省付属機関先進研究局“DARPA”と軍事兵器開発会社“アームズテック社”の共同計画で、核搭載二足歩行戦車“メタルギア開発計画”が行われていたという。

 単独で核兵器を発射する能力があるメタルギアがあるのであれば、表立っての大規模作戦は核の報復を恐れて行えない。

 シャドーモセス島という人目につかない場所で、核兵器廃棄所という事故で放射能が漏れようともメタルギアの存在を秘匿し易さから選ばれ、今回の事件が無ければ演習後には量産する予定もあったらしい。

 話を聞いたスネークは何故自分が選ばれたのかの理由を理解して、深いため息を吐き出した。

 

 「奴らの蹶起(・・)さえなければ…なんにせよレックス(REX)は奴らの手に渡ってしまった」

 「レックス…それがメタルギアの名か?」

 「そうだ。新型メタルギアのコードネーム“メタルギア・レックス”。奴らは核弾頭の装備を終えている筈だ」

 「お、おい!さっきから一人で五月蠅いぞ!」

 

 大声ではなかったが声が聞こえていたのか、見張りの兵士が声を荒げて注意してきた。

 …ただ声が上ずっていた事からそれほど強気な性格ではないらしい。

 現に覗き窓から睨み返した局長に怯んでそそくさと離れて行っていった…。

 扉脇に隠れてやり過ごしたスネークは行った事を確認して話の続きに戻る。

 

 「では奴らはいつでも撃てる状態にあるのか?」

 「いや、核弾頭には起爆コード入力式の安全装置“PAL”が組み込まれていてな。私とベイカーがそれぞれ持っているパスワードを入力しなければただの鉄の塊……なのだが私のパスワードは知られてしまってな…」

 「喋ったのか!?」

 「違う。サイコ・マンティスのリーディング能力(読心術)には抵抗は出来んよ」

 

 サイコ・マンティスの名には覚えがあった。

 フォックスハウンドでサイキック能力を持つと言われる兵士。

 メタルギアの存在だけでも状況は悪いというのに、局長同様にベイカー社長も奪われていると考えれば、奴らはいつでも核を発射できるとなれば最早最悪と言っても過言ではない。

 しかし一筋の希望を局長は握っていた。

 

 アームズテック社は緊急時用にPALキーという鍵を用意しており、パスワード無しで安全装置の入力・解除を行える事から核発射を阻止する事も出来る。

 ただしその鍵は三つ(・・)あって、一つをベイカーが持っているという。

 居場所については見張りの兵士が他の兵士と喋っていたのを聞いており、地下二階の何処かに移されたという事と入り口を塗り固めたというヒントのみ。

 

 「そうだ。これを渡しておこう」

 「セキュリティカードか?」

 「私のIDカードだ。こいつにはPAN(パン)という人体の塩分を伝導体としてデータ送信を行う人体通電技術が使われている。近づくだけでセキュリティレベル1の扉は開くだろう」

 「近づくだけでか…解った。なら脱出するぞ」

 

 一々カードキーを通すような作業が無いのは楽だなと思いながら、局長クラスでセキュリティレベル1の扉しか開けられないと言うのはどうなんだと悩むも、今はとりあえず局長を逃がすのが先決だろう。

 そうと決まればまず局長を連れて施設からの脱出を図ろうとした矢先、局長自身が戸惑うように止めてきた。

 

 「待ってくれ。他にPALを解除する方法などを聞いてはいないのか?」

 「いや、そんな話は聞かされていないが…」

 「本当に?」

 「くどいな。本当だとも」

 「……政府はテロリストの要求を呑む気があるのか?」

 「それは(政府)奴ら(テロリスト)の問題で、俺はアンタを助けるだけだ」

 「しかしそれでは国防省は――――グッ!?」

 

 焦る様に問い質して来た局長だったが急に心臓の辺りを押さえて苦しみ始めた。

 苦しみ悶える局長を前にして彼の主治医でも医療班でもないスネークは困惑するばかり。

 何をする事も出来ずに局長は倒れて息を引き取った…。

 混乱も困惑もする中でスネークは咄嗟に無線を繋ぐ。

 

 「局長が死んだ。何か持病持ちだったのか?」

 『モニターしていた感じだと心臓発作のようだったけれど解らないわ。詳しくは問い合わせてみないと…』

 『心臓発作!?まさか…』

 「―――大佐、何か俺に隠しているのか?」

 『…すまない。今回のテロに関してコード・レッドのセキュリティが敷かれている』

 「作戦の指揮官である大佐でも…か?」

 『本作戦の司令官は国防省長官だ。私は君のサポート役でしかないのだ…』

 「………解った。ベイカー社長の捜索にあたる」

 

 疑心は残るがここは作戦を継続するしかない。

 コード・レッドは最高機密扱いでアクセスできる人間は限られるし、大佐も迂闊には話せない事もあるだろう。寧ろ知らされていない可能性の方が高い。

 聞きたい事も知りたい事も増える中、局長の死に際のうめき声に兵士が確認に駆け付ける事から一刻も早くここを離れなければ。

 覗き窓から周囲を伺って何故か開いた(・・・・・・)扉より出ると横合いよりプルパップ方式アサルトライフル“FA-MAS”の銃口を突き付けられた。

 

 「動かないで!――ッ、なんてことを。局長を殺したの!?」

 「違う。殺したんじゃない。心臓発作のようだった」

 「え、リキッド!?……いえ、違う…」

 

 銃口を向ける相手はテロリスト同様の制服とフルフェイスマスクで顔を隠しているが、どうも奴らの仲間ではなさそうだ。

 すぐ側には独房の監視についていた兵士がパンツ一丁の姿で転がされていた事から、制服や装備の類は奪ったと考えて良いだろう。

 加えて銃口を向けては居ても手は寒さではなく緊張で震え、視線が定まらず覚悟も出来ていない目は自信すら感じ取れない。

 訓練を受けていても実際に人を撃つ、または命を奪った事がない。

 

 「撃てるのか新兵?」

 「新米じゃない!」

 「安全装置が掛かったままだぞ?」

 「だから新米扱いしないで!!」

 

 声からして若い女性。

 激昂しているがこちらが一歩前に出ると臆してか下がった。

 隙をついてこの境地を脱しようとして窺っていると、出入り口の扉が急に開いたのだ。 

 音から彼女も気付いて振り返り、目にしたのは突入してきた敵兵。

 

 「撃て!撃つんだ!」

 

 急な出来事と覚悟が決まり切っていない彼女はトリガーを引けなかった。

 敵兵はそんな彼女に銃口を向けようとする中、スネークはパンツ一丁で転がっている兵士の近くに落ちていた、ソーコムピストルへと跳び付いた。

 跳んだスネークに意識が移り、銃口が追うように動くがその前にスネークが撃つ。

 突入してきた敵兵三名は入り口が狭かった事もあって、固まった状態で反撃も避ける事も出来ずに倒れて行った。

 

 「口先だけか新米!今度は怯まず撃てよ!」

 「―――ッ!?」

 

 通路より走って来る足音が響いてくる。

 敵の増援が向かってきているのは明白。

 決まり切っていなかった覚悟は未だ定まっていないものの、撃たなければやられるという選択肢を迫られる。

 再び敵兵が突入してきた事で彼女は自身の身を護るべくヤケクソ気味であったがトリガーを引いた。

 正直乱射であったが入り口が狭かった事が幸いして、少なかった増援を片付ける事が出来た。

 

 上々と判断すべきだろう。

 彼女はそのまま扉より通路の様子を伺い、敵兵が居ないと解かると振り返る。

 今度は銃口をこちらに向けずに。

 

 「ここにも(・・・・)あなたにも用はないわね。彼が居るかもと思ったのだけど…」

 「待て、お前は――っく!?」

 

 言い残して駆け出した彼女を追って跳び出そうとするも、通路先のエレベーターに乗り込むとこちらへ牽制射撃を行い、閉まる扉によって遮られてしまう。

 一対何者だったのか。

 そしてこの事件では一体何が起こっているのか。

 険しい表情を浮かべるスネークに明確な答えを渡せる者はいない。

 拾ったソーコムピストルの残弾などを確認し、ベイカー社長救出の為にも動き出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある兵士の一幕

 

 今年は厄年なのだろうかと本気で悩む。

 幼い頃より軍人だった祖父より武勇伝を聞かされて育った。

 なんでも冷戦時GRU所属だった祖父は上官の名を受けて独房の監視を行っており、その際にリトゥーチヤ(オールド)()ムィーシ(バット)に出会ったのだとか。

 上官の命令とは言え想う所があった祖父はリトゥーチヤ・ムィーシに協力し、多くの仲間と共に立ち上がったと自慢げに語ってくれたものだ。

 ………ただ出会った時の事を語る度に若干言い淀んでいたのが気になるところではあるが…。

 

 祖父の話もあって俺は軍人になる道を選んだ。

 俺の家では代々受け継いで来たモノが二つあり、一つは親父や祖父もそうだったように代々長男には“ジョニー”と名付けるように、俺もジョニー(・・・・)佐々木と“ジョニー”を受け継いだ事。

 もう一つは遺伝なのか胃の調子が崩れやすいと言う事…。

 おかげで仲間内からは散々揶揄われたよ。

 雨の日の長時間訓練何か我慢できずに漏らしてしまった事もあった…。

 

 そんな俺だが今やエリートだ。

 別段何かしらの功績を立てたとか同期の中でも凄まじい好成績を叩き出したなんてことはない。

 次世代特殊部隊と銘打たれた部隊に選ばれる事になったのだ。

 選ばれると言っても入隊ではなく入隊出来るかも(・・・・・)という切符(被検体)

 まず色んな施術を受けて視聴覚を強化して、“ソルジャー遺伝子”とかを移植したりされ、VRやシミュレーションなどの訓練を受ける。

 上手くいって合格した者は“ゲノム兵”として次世代特殊部隊に入隊する事が出来るのだ。

 

 当然楽なものではなかった。

 注射嫌いだというのに何度も注射されるし、仮想訓練とは言え過酷なもの。

 合格して見れば何と同じゲノム兵の中には奇病で苦しむ者が居ると聞く。

 担当に俺は大丈夫なのかと検査を受けて見れば、どうやら奇病どころか遺伝の腹痛以外は問題ないらしい。

 なんにせよ無事にエリート部隊に所属出来たのは本当に良かった。

 

 などと思っていた頃が懐かしい。

 部隊が創設されて任務が下された。

 内容は新兵器との演習。

 それだけなら良かったのだけど場所が悪すぎるよ。

 雪が吹き荒れる極寒の地、シャドーモセス島。

 到着初日から寒さで腹を下すのは言うまでもなかっただろう…。

 

 いつまでこんな極寒の地で任務につくのだろうと思っていたら、任務先である核兵器処理施設の占拠するという話になった。

 フォックスハウンド所属のサイコ・マンティスから説明を受ける(・・・・・・)前までは異論とかもあった気もするけど、今となってはどうしてそんな事思ったのか微塵も解らない。

 

 納得して占拠に加担した俺は重要な任務を任されている。

 地下の独房に移した国防省付属機関先進研究局“DARPA”局長、ドナルド・アンダーソンの監視。

 彼の存在はこれからの作戦に必要な人材で重要人物。

 それなのに俺一人に任されるというのはそれほどに評価・信頼されている証。

 ……重要任務過ぎて胃が痛くなっているけれども…。

 

 ぼやいた所ですっきりもしないが、正直独房の警備も楽ではない。

 いつ起こるか分からない脱走や侵入者を待ち構えると考えれば気が気でないし、だからと言って何もないと思えば暇で暇で仕方がない。

 腐ってないで通気口を走り回っている鼠の駆除をする事にしよう。

 

 それにしても先程から局長が入っている独房が五月蠅い。

 暇なのは解るがさすがに独り言にしても喧し過ぎる。

 少し前に注意したばっかなのに…。

 

 ため息を零した俺は再度注意しに行こうとした矢先、背後より迫る気配と足音を察して咄嗟に振り返り、銃口を向けてトリガーに指を掛ける―――なんてことは出来なかった。

 

 

 見てしまった……いや、魅せられてしまった。

 ―――いいや、見惚れてしまった!

 

 さらっとしたキレイな赤毛。

 強く惹き付けられるような意志の籠った瞳。

 制服の上からでも解るスタイルの良さ。

 軸がブレない姿勢。

 なにより惹き付けられる美しさ。

 

 一目惚れだった。

 ある話では電流が走ったなんて表現するらしいが、俺の場合は落雷に撃たれたような衝撃。

 恋に落ちるというのはこういうものなのか。

 そして強烈な一撃を受けて、俺の意識は薄れて(落ちて)行った…。

 

 

 

 制服をひん剥かれて放置されたジョニー佐々木は、意識を取り戻すまで極寒の寒さに晒されており、お腹の具合は限界に達してトイレへパンツ一丁で駆けこむのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不審な死

 兵士達の様子が忙しなく慌ただしい。

 ゲノム兵というのは科学的に強化された身体に、データや訓練から数々の知識を得ている。

 されど知識や情報だけ蓄積されたところで実戦経験は皆無。

 今回が初の実戦という者も少なくもない。

 そんな中で侵入者が三名も現れて十名以上の死者が出ているのというから、新兵と変わらぬ彼らが騒めくのも無理ない事。

 だからこそというべきか警備が甘くなっているのは都合が良いと言えた。

 

 フォックスハウンド補充要員として参加したメリル・シルバーバーグは、制服とマスクで味方の様に振舞ってその場その場をやり過ごして行く。

 こんな筈ではなかった。

 ただ単に補充要員として新兵器との演習に参加するだけだったのに、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて。

 恨み辛みを口にする以上に苛立ちの方が募って来る。

 私は彼らの蹶起に賛同出来ず反発したが、自分一人で何とかするにしては相手が多過ぎる。

 どうにかしなければと焦る自分に何が出来るのかと思い知らされる無力感。

 さらに極寒の寒さがより苛立たせる。

 

 動くにしてもまずは準備が必要だ。

 制服とマスク、プルパップ方式のFA-MAS(ファマス)アサルトライフルがある事から、手榴弾や拳銃(ハンドガン)なども欲しいところである。

 警備の目を誤魔化しながらとある部屋に入り込む。

 目的地もなくただただ彷徨っていては注意を引き、怪しまれかねない。

 

 「動くな騒ぐな振り向くな」

 「――ッ…」

 「妙な動きをしたと判断したら即座に撃つ。無駄な弾丸を使わせるな」

 

 部屋に入って目的地と今後の方針を定めようと思った矢先、何処に隠れていたのか背後より銃口が向けられた。

 全く気配を感じる事が出来なかった事から単なるゲノム兵ではない。

 銃を降ろす振りをしながら銃口を向けようとしていたメリルだったが、先を読んだように付け加えられた一言によって、内心悪態をつきながら銃をそのまま床に置いて両手を挙げて無抵抗の意思表示を行う。

 しかし声からして年齢はそう変わらない。

 ゲノム兵でないならフォックスハウンド隊員かとも思ったが、同年代近い隊員で覚えのある声ではなかった。

 けれども聞き覚えのある声なのは確か。

 

 「もしかしてあの時の?」

 「この声……無事だったんだな」

 「色々と大変だったけどね。とりあえず手を降ろしても?」

 「俺の敵でないなら」

 「敵の定義が蹶起した連中という意味だったら違うわ」

 「だろうな」

 

 今日は本当に散々な一日だ。

 味方だった者達に追われ、せめて人質を助けようとしたら死亡し、銃口を突き付け突き付けられたり…。

 ため息交じりに振り返るとそこに居たのは同年代らしき青年。

 白い野戦服に左右のホルスターに納められたベレッタM92が二丁、背にはモシン・ナガン狙撃銃、スオミKP‐31短機関銃を手にしていた。

 

 「狙撃手?」

 「メインは。丁度良いな。情報を貰えるか?」

 

 信用すべきか否か。

 味方ではないけれども敵ではない。

 向こうの目的によるが協力出来る事はあるのではないか。

 局長を殺したかもしれない疑いがあり、自分を新兵扱いした独房の男よりは、助けてもらった恩もあって信用は出来る。

 

 話して見れば驚きの連続だった。

 当初の目的は核兵器廃棄所での情報収集であったが、今は現在の事件の解決に赴くと言った協力出来る内容だったこともさることながら、相手があのバットであった事に驚きを隠せなかった。

 叔父から伝説の傭兵ことソリッド・スネークと共に話に聞いていた“英雄の一人”に会えるなんて思いもしなかったし、こんな窮地で彼の手助けがあるのは本当に心強い。

 バット曰く、どうせスネークの方も来ているんじゃないかとの事。

 まだ希望はあると胸に抱きながら自分が得ていた情報を伝える。

 

 「情報助かる。その独房の男に会いたいものだが…」

 「それはそうと寒く無いの?」 

 

 今更ながらバットの格好にツッコミを入れておく。

 雪に覆われたこの地で白い服装をしている意図は解かるが、彼が着ているのは寒冷地仕様などではなくてただの野戦服。

 多少の耐寒性はあっても極寒の地では不足しているとしか思えない。

 なのに身震い一つしない事に首を傾げる。

 

 「あぁ、俺はこれを飲んでるからな」

 「なにそれ?酒?」

 「アルコールは入ってないよ。ホットドリンクってんだけど一つやるよ」

 

 寒い時の飲む物という事で酒を連想したのだけど違うようだ。

 試しにと渡されたホットドリンクなる飲み物を嗅いでみると妙な臭いがして躊躇ってしまう。

 けれど興味も沸いてしまい少しならと口にする。

 口に広がるのは辛味と独特の苦み。

 凄い味の割に何故か飲み易く、一口だけの筈が流れるように(モーション)ひと瓶飲み干してしまっていた。

 そして極寒の地である事を忘れさせるほど寒さが薄れていく(時間制限付き耐寒性獲得)

 

 理解し難い効能に実感しているメリルを他所にバットは床を眺める。

 

 「何処かで爆発が起きたな…」

 「え、何か言った?」

 「いや、別に何でもない」

 

 意識がホットドリンクに向かっていただけにバットの呟きにメリルは気付けず、今後どのように動くかを話し合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 独房を離れたソリッド・スネークはケネス・ベイカー社長を探して地下を捜索していた。

 道中ガスマスクを被った男を幻視すると言った奇怪な現象に出くわすも、ナオミが言うにはフォックスハウンドのサイコ・マンティスの精神干渉ノイズとの事で、相手に自身の存在を知られた可能性が高く内心焦っている。

 一応記憶の一部が流れ込んだだけと推測していたが実際どうなのかはマンティスにしか解らない。

 ドナルド・アンダーソン局長のヒントである色違いの壁を、メイ・リンの中国ことわざ解説を聞きながら探しては拾ったC4で爆破して道を開いた。

 警備もいない道を通った先には少し広い部屋があり、中央の柱にはふくよかな男性が縛り付けられていた。

 服装も兵士のものとは違って高価な身なりな為、ベイカー社長であろうと推測する。

 しかしながら結構痛めつけられた跡とぐったりしている様子から遅かったと後悔が過る。

 

 「―――ぐぁ…」

 

 死んだと思っていたベイカーが呻き声を漏らし、動いたことで生存確認が出来てホッと安堵する。

 兎も角彼から事情を聴くにもまずは拘束を解除してやることが先決だろうと手を伸ばす。

 

 「ケネス・ベイカーだな?今助ける」

 「触るなっ!!」

 「なに?―――ッ、これは…」

 

 苦しんでいた中で怒号を飛ばして必死に止めようとする異様な様に、手を止めて良く観てみると縛っている以外にワイヤーが巡らされ、辿っていけばそこら中にC4爆弾が設置してあるではないか。

 解除するに多少ながらは時間が掛かるし、こういうのはバットの仕事だろうと思うもジト目で「俺を何だと思ってるんだ?」と悪態をつくのが容易に想像出来て内心クスリと笑ってしまった。

 

 「待ってろ。すぐ解除してやる―――ッ!?」

 

 早速解除しようとした矢先、何やら気配を感じ取ってその場を飛び退く。

 退いた途端に足場に火花を散らして銃弾が着弾した。

 伏兵が居たのかと着地と同時に周囲に気を配る。

 

 「良く避けた。さすがボスのお気に入りだな」

 「誰だ!?」

 

 パチパチと拍手しながら奥の柱から姿を見せていたのは白髪の老紳士。

 茶色いロングコートより覗くベストやシャツなど服装はしっかりと身嗜みを気遣っており、歩く姿勢は一切ブレる事がなく安定している。

 警戒心を露わに睨んでいると柔和な笑みが返される。

 

 「俺はリボルバー・オセロット」

 「確かフォックスハウンドの…」

 「そうだ!俺はフォックスハウンド隊員。そしてかつてビッグボスと戦った事のある男だ!!」

 

 蹶起した理由がビッグボスの遺体の奪還にあるのなら少なからずビッグボスの関係者が大半である事は察していた。

 だがまさか対峙した事のある者が出て来るとは思いも―――否、彼と戦ったからこそ仲間に、または惹かれたというのは解かる話かと考えを検める。

 それほどの戦士としてのカリスマを持ち合わせた人物であったのは自身も知るところである。

 

 「お前が噂通りかどうか試してやろう」

 

 何処か楽し気に言うオセロットは腰のホルスターよりシングル()アクション()アーミー()を抜いて銃を優雅で難なくスムーズに回し始める。

 最後には何事もなかったかのようにホルスターにすとんと収める。

 手はだらりと下げて、早撃ちの構えを取っている。

 ここにはC4爆弾が設置されているだけではなく、繋がっているワイヤーが張り巡らされている事から銃撃戦を行うならかなりの技術を要する事になるだろう。

 加えて跳弾の可能性を考えるなら闘うべきではない。

 しかし易々と逃がしてくれる相手とは思えない。

 

 「十二発だ(・・・・)!」

 「なに?」

 「何故俺がリボルバーと呼ばれているか教えてやろう―――来い!」

 

 言い切ったのを合図に始まった銃撃戦は一方的なものであった。

 早撃ちの技術もだが高齢とは思えない程の熟練された動きとスタミナ、何より跳弾させた弾を意図して目標に叩き込もうなどという芸当は圧巻するばかり。

 銃の名手と謳われるだけの事はある。

 ただやはりリボルバーという事でリロードの時間が長く、特にSAAは古いリボルバーで一発ずつ抜いては一発ずつ装填して行くを繰り返す為に余計の時間が掛かってしまう。

 反撃するならそこしかないと相手が撃って来る時は回避に専念して、リロード中に攻撃を行うしかない。

 

 「こんなに充実した闘いは久しぶりだ!」

 

 柱を背にリロードを行うオセロットの声色は楽しそうに跳ねている。

 ビッグボスはこんな相手にどうやって勝ったんだと頭を悩ます。

 

 「しかしあまり時間もかけられないのでな。蛇が入り込んでいるという事はどうせ蝙蝠もいるのだろう?いや、先の小僧がそうか!フハハ、私も老いる訳だ。あの幼子が今や青年とは」

 「なんの話をしている!?」

 「気にするな。単に私の思い出話だ。―――さて、そろそろ本気で行くとしよう!!」

 

 向こうが柱から飛び出た瞬間を狙ってこちらも跳び出す。

 この撃ち合いでは避けていた行動。

 少しでも動揺してくれればと奇襲的な面を狙ったのもあるが、スネークとしてもそろそろ決着を付けねば敵の増援が来る恐れある。

 対峙した二人であったがその決着は予想外の出来事により遮断されたのだ。

 

 ………オセロットの右腕が宙を舞う事で…。

 

 「ぐぅあああああああ!?私の…私の右手がああ!!」

 

 ぽとりと落ちた右腕。

 苦悶の表情を浮かべながらオセロットは切断されて溢れ出る血を止めようと右腕を掴む。

 一瞬何かが通り過ぎたのが見えたスネークは探すも見当たらない。

 そしてまた何かが縦横無尽に掛けるとベイカー社長の拘束が解かれて地面に横たわり、その後ワイヤーが切られてC4が爆発して行く。

 横たわった事で爆発の範囲から外れた事でベイカー社長は無事そうだが、オセロットはそうはいかずに吹っ飛ばされて壁に叩きつけられていた。

 

 「クソォオオ、光学迷彩か!」

 

 良く観れば一本の刀が宙に浮いており、時折ステルス迷彩が解けて外骨格で覆われた人物が姿を現す。

 悪態をついたオセロットは銃を握り締め、「邪魔が入った!また会おう」と叫んで出入り口へと走り出した。

 

 「お前は誰だ!?」

 「俺には名などない。貴様と同じだ(・・・・・・)

 

 姿を現した襲撃者に銃口を向けていると突如として奇声を挙げ、錯乱したかのように暴れるとそのまま透明となって、足音から何処かへ去って行ったらしい。

 とりあえず危険は去ったという事でベイカー社長に駆け寄る。

 衰弱してはいるは無事なようだ。

 

 「貴様は…」

 「アンタを救出しにきたものだ」

 「フン、大方ジムの使いという所か」

 

 弱っているにしては口は元気なようで何よりだ。

 これならと情報を聞いてみると妙な事が判明した。

 ベイカー社長は起爆コードを漏らしてしまったがそれは物理的な拷問によるものであって、サイコ・マンティスのリーディング能力は回避したとの事。

 そもそも極秘コードを知る者には精神手術(プロテクト)という手術を受ける事になっており、ベイカー社長もアンダーソン局長も手術は受けていた。

 可笑しな話だ。

 ベイカー社長はプロテクトで読まれなかったというのに、同じプロテクトを掛けられていたアンダーソン局長は読まれるというのは…。

 

 「ところでダーパ局長はどうした?」

 「…死んだよ」

 「なんだと!?ジムめ、口封じを計りおったか!?約束が違うではないか!!」

 「落ち着け!俺は救出するようにしか聞いていないし、局長を殺した訳ではなく心臓発作のようだった」

 「心臓発作だと?馬鹿なっ…」

 

 何やら彼らはジムという何者かと約束を交わしていたらしいが、現状そちらよりもこちらの都合を優先するしかない。

 なにしろ起爆コードが二つとも知られたからにはいつ撃ってもおかしくは無いのだから…。

 けれども悪い知らせばかりではなかった。

 局長が言っていたPALキーを社長はある兵士に渡したという。

 蹶起した兵士に追われている所を偶然鉢合わせたらしく、テロリストでもない事から最悪の事態を避けるために渡したのだとか。

 口にした風貌や人相からバットで間違いないだろう。

 奴が居るのならかなりやり易い状況になるかも知れぬ。

 それとメタルギア開発のチーフを務めていた“ハル・エメリッヒ”という研究員なら、PALキー以外の止める方法も考え付くかもしれないとの事で、おそらくであるが核弾頭保存棟の何処かに軟禁されているという。

 

 「さて、お前の目的はこれなんだろう?」

 「それは?」

 「光ディスクだ。ハードディスクは銃弾でクラッシュし、残るメタルギアの演習データはこいつだけだ」

 

 差し出されるままに受け取るがなんの話か分からずに困惑するしかない。

 それを見たベイカーはより怪訝な顔を浮かべる。

 

 「別に惚ける必要はない。これを回収する様に言われていたんだろ?私はあの拷問マニアからこれだけは守り切った。まだ奴らはこのディスクには気付いていない筈だ。この事をジムに、アンタのボスにしっかりと伝えてくれよ」

 「………それはそうとさっきの忍者はなんだ?」

 

 スネークは見逃さなかった。

 あの刀を持った奴を見た時のベイカーの反応はただ単に驚いているというよりはあからさまにおかしかった。

 

 「アレはゲノム兵の実験体。フォックスハウンドの暗部だ。私なんかよりフォックスハウンドのDr.ナオミの方が詳しい……グゥウウ!?」

 「どうした?オイ!」

 「き、貴様、何かしたな!?まさか例のアレを……そう言う事かぁあ……奴らは貴様を利用して―――…」

 

 急に藻掻き出したベイカーもアンダーソン同様に息を引き取った。

 またも心臓発作のようだったことも相まってスネークには一連の事柄から異常と捉える。

 一体何が起きているんだと頭を悩ませるも早いうちにハル・エメリッヒなる研究員か、バットとの合流をせねばと急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 ――――「俺の所に来るか?」

 

 紛争地帯で生まれ育ち、家族や多くの仲間を失って来た私にそう言って救ってくれたのはビッグボスだった。

 彼の下には戦場でしか生を謳歌できないという根っからの戦士や、彼という魅力に惹かれた者達で溢れていた。

 誰も彼もが絶対の信用と信頼、崇拝や忠誠に似た感情を向けており、私も恩も含めて近い感情を抱いていた。

 肉体的にも精神的にも疲弊する程に生きる為に戦いの中にどっぷりと浸かり、落ち着ける場所を求めながらも必死に戦場をかけ続けた私にとって、決して平穏とは真逆の戦士の居場所だとしても酷く居心地は良く、あそこでの日々を忘れ去ることは出来ない。

 

 ビッグボスとの出会いを経て私は狙撃手(スナイパー)の道を選んだ。

 戦場に溶け込んで獲物を待ち続け、スコープを通して()ではなく(客観的に)から観る立場―――“傍観者”へと…。

 

 そう、待ち続けたのだ。

 狙撃手としてずっと待ち続けたのだ。

 

 アウターヘブン蜂起。

 ザンジバーランド騒乱。

 待てど暮らせどビッグボスは声を掛けてくる事は無かった…。

 何故と問うても彼は戦士として戦い、戦士としてザンジバーランドの地に散った。

 最早無意味…。

 

 私は狙撃手だ。

 ただ待ち続ける傍観者だ。

 けれど今回に限っては違う。

 傍観者としてではなく自身の意思で蹶起に参加した。

 英雄を殺した世界に対する復讐者(アヴェンジャー)として…。

 

 蹶起は世界への復讐だが、あの獲物を狙うは自身の誇りゆえ。

 刹那の邂逅。

 数発程度の銃弾での交差。

 たかがそれだけで相手の能力の高さは伺えた。

 あんな真似されて黙ってはいられないし、誰かに譲る気などさらさらない。

 それに奴からは勘違いかも知れないが何処か懐かしさを感じさせられた。

 

 狙撃技術と持久力を鍛えこまれた私に、ビッグボスが話を通してくれた高みに位置する女性狙撃手“クワイエット”。

 恐ろしく感動する程に素晴らしい狙撃技術。

 物理的にも抽象的にも完全に姿(気配)を断つ能力と技巧。

 目の前で実演された回転するプロペラに当てる事無く銃弾を通す事が可能な動体視力。

 ひと跳びで軽々と高所へ移れる跳躍力。

 走ればウルフも真っ青な俊足で駆け抜ける走力と持久力。

 人を軽々と屠れるだけの腕力と脚力を含めた異常な身体能力。

 天才狙撃手と謳うなら彼女以上の存在はいないだろう。

 

 彼女のその技術と能力に私は魅了された。

 ビッグボスとクワイエットは折り合いがつかないのか、仲が悪いのか直接顔を合わせる事は一切なく、施設から離れた外部のみでの交流。

 以来個人で何度も会いに行き、彼女もそんな私を気に掛けて何度も会ってくれた。

 決して同等などではなかったのだけど、あの人を思い返させるだけの何かがあった。

 

 不思議な感覚を味わいながらスナイパー・ウルフは吹雪の中で獲物が居ないかと探る。

 狙撃手としては待つのが正しいのかも知れないが、待っているだけでは山猫に横取りされかねない。

 懐いているシャドーモセス島で育った狼犬(ウルフドック)達も、周囲に展開して目を光らせて捜索に当たってくれているが、痕跡一つ見当たらない現状では仕方がない。

 

 ふぅと一息ついたスナイパー・ウルフはぴたりと足を止めた。

 獲物を見つけた訳ではなく、この近くだったとふと思い出したのだ。

 

 クワイエットは森や戦地で会う時は年老いた熊を連れていた。

 なんでも彼女が所属している所で暮らしているのだけど、他の人に中々懐かないので懐いている自分が世話をしているのだとか言っていた。

 幾度もクワイエットにご教授頂くと言う事はその熊とも自然と顔を合わせる事にもなり、仲良しという訳ではないがいつの間にか顔馴染みになって警戒されない間柄にはなっていたかな。

 

 アウターヘブン蜂起前。

 クワイエットに呼び出された私は熊の面倒を頼まれた。

 どうなるかは解らない以上は保険は掛けておく程度と言っていたが、彼女とはそれ以降会う事は無かった…。

 

 B.B.と名付けられた熊を引き取って、ビッグボスの下に戻った私は面倒を見た。

 そもそも大分歳をとっている事からあまり手も掛からず、頭も良いので聞き分けも良い。

 激戦区に向かう以外はよく一緒にいるようになり、この蹶起に参加する際には置いてこようと思っていたのだが、いつになく離れずに我侭をするものだから結局連れてきてしまった。

 

 今思えば自分の死期を悟っていたのかも知れない。

 このシャドーモセス島に到着してからB.B.は今まで以上に甘えるようになり、三十年以上生きたB.B.の最期は眠る様に息を引き取った…。

 

 今歩いている場所はB.B.の墓の近くであり、一緒に生活もしたウルフドック達もそちらへと視線を向けている。

 狼と熊であるも私が見ている感じでは仲は良かったように思える。

 今思い起こせば争う事無く熊と狼と人が並んでいた光景は周りからしたらかなり不思議だったのではないか?

 

 そんな事を想いながら足をB.B.のお墓に向けて歩き出し、吹雪の中でも視界に収めたところで何者かを見た。

 

 石を積んだ簡易な石碑の前に真っ黒な何者かが立っていた。

 誰だと目を細めながら銃口を向けたところで吹雪が強まって一寸先も見えなくなり、勢いが多少落ち着いた頃には何の痕跡もなく黒い人影は消え去っていた。

 

 見間違いかと怪訝な顔をしたスナイパー・ウルフはお墓の前に立ち、B.B.の事を想って黙祷をすると再び獲物を探して吹雪の中を歩き始める。

 何処となく狼の遠吠えに紛れて熊の泣き声が聞こえるような気がした…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇と蝙蝠を狙う者達

 人質であったドナルド・アンダーソン局長もケネス・ベイカー社長の両名が死亡。

 どちらも心臓発作のようだがあまりにも奇妙。

 メディカルサポートのナオミは心臓発作を引き起こせる、または心臓発作を起こしたように見える薬物がある事は語ってくれたが、実際どうかは解剖して見なければ分からないと言う事で原因不明。

 加えてベイカー社長が言い残した言葉も謎を残すばかりで、何か嫌な予感というか胸騒ぎがする。

 

 そんな中で新たに専門家が協力してくれることに。

 ナスターシャ・ロマネンコという軍事評論家で軍事アナリスト。

 彼女は核廃絶を訴えている事から今回の事件での危険性を理解し、情報協力は惜しまないとの事。

 心強い味方はサポート班だけではなかった。

 

 「人質は両名死亡。メタルギアがここにあって向こうはいつでも核が撃てる状態。要求としてはビッグボスの遺体。破壊や核を制止するには三つのPALキーかハル・エメリッヒ博士にご教授頂くしかない――って事で良いの?」

 「あぁ、その通りだバット」

 

 研究棟へ向かう道中でバットと合流出来たのだ。

 正直古巣であるフォックスハウンドを相手にするだけでも骨が折れるというのに、乱入してきた忍者や謎が多い事から信頼できる仲間は多い方がありがたい。

 ただ一緒にメリル(・・・)が居たのは驚いたが。

 

 メリル・シルバーバーグ。

 フォックスハウンドの補充要員で蹶起に対して反対した事で捕えそうになったところを、バットによって危機を脱してからは施設内を探っているらしい。

 独房で出会ってからプルパップ方式のFA-MAS(ファマス)アサルトライフルの他にデザートイーグルを拾っており、大口径で反動も大きい事からソーコムピストルと交換を口にするもあっさりと断られてしまった。

 

 「それにしても伝説の英雄に会えるなんて光栄ね」

 「英雄なんてもの居るのは物語の中か、俺が知っているのは死んだか刑務所の中だ」

 「でも叔父から話は聞いているけど英雄そのものじゃない」

 

 姓は違えどメリルはキャンベル大佐の姪だ。

 正確にはキャンベル大佐の弟夫妻の娘で、両親が戦争で亡くなってからは大佐が面倒を見ていて、軍人だった父の影響もあって自ら軍人へと志願したらしい。

 一体どんな話を聞いて来たのやら…。

 

 「無駄話は良いからほら?」

 「なんだ?小遣いでも欲しいのか?」

 「違うだろ。持ってんだろ煙草」

 「ほぉ、お前も煙草を吸うようになったか」

 「吸うのはアンタだけで間に合ってる。赤外線見るんだよ」

 

 だろうと思ったとスネークは煙草を渡し、火をつけた煙草の紫煙に浮かび上がる赤い線。

 歩いて居れば引っ掛かるだろうが幸い下の方は空いている。

 匍匐前進で進めば奥にFA-MAS(ファマス)が転がっていた。

 

 「罠には鼻が利くな」

 「犬じゃあねぇつーの」

 『というかスネーク。貴方何処に煙草隠していたの?』

 「隠せるところには隠せるもんだな」

 

 身一つで潜入する際には不凍液などを注射するなど色々検査と準備を受けている。

 中には身体検査も行われ、ダイビングスーツで潜入する事から武器類すら持ち込めなかったというのに、何処に煙草を隠していたのかとナオミが不思議そうに問いかけるもスネークは自慢げに微笑むばかり。

 

 「このアサルトいる?」

 「お前が使えば良いだろ」

 「アサルト系ってあんまり使わないし、弾をばら撒くのならサブマシで間に合ってる」

 「なら置いて行くか」

 「あー、ここの赤外線取れば簡単なセントリーガンもどき出来ますよ」

 「お前……狙撃手でなくて工作兵だったか?」

 「この前、母が仕掛けた物で酷い目に遭いまして……勉強したんです」

 「相変わらず苦労してるんだな」

 

 カチャカチャと壁に埋め込まれていた装置を弄り、取り外して行く様を眺めながら周辺を警戒しつつ、セントリーガンに使うであろうファマスを回収しておく。

 簡易とは言え自動の銃座であるセントリーガンは役に立つ時もあるだろう。

 ただその前にメリルをどうするかだ。

 新兵なのは明らかだが気が強い事から待っていろと言っても勝手に動くのは明白。

 正義感と言えば良いのか軍人としてなのかは解らないが、放っておけば一人で解決しようと無茶をする。

 そう考えたら目の届くところにいてくれた方がまだマシ………なのか?

 

 「で、新兵はどうする気だ?」

 「ルーキー扱いしないでって言ったでしょう!」

 「置いて行く訳にも……なぁ?」

 

 バットも同意見だったと見える。

 ここは仕方がないとしか言いようがない。

 下手に放置して戦死されでもしたらキャンベル大佐に会わせる顔がない。

 

 「分かったメリル。だがここから先は遊びでは済まないぞ。躊躇ったら死ぬ」

 「わ、解ってるわよ!」

 「一応支援はする」

 「だから私を――」

 「新兵だからでなく俺は狙撃手。援護も仕事だ」

 

 バットは早とちりしてしまった事を自覚して口籠るメリルを見てクスリと笑う。

 絶対そう思うように言っただろうにと視線を送るも、知らぬ存ぜんと言った態度だ。

 新米という不安は残るが今はこの三人でチームを組むのだ。

 さすがに手取り足取りなんて事はせぬが。

 

  

 

 

 

 

 蛇と蝙蝠。

 本当なら多少ぼかしながら機密扱いの武勇伝の数々を叔父から聞かされた。

 接してみて話で聞いて思い浮かべていた英雄像は崩れたけれど、頼りになるのはビシビシ伝わって来る。

 潜入を主にしている為に戦闘面での強さを見る機会は独房を除けばなかったけれど、ソリッド・スネークの潜入や身を隠すノウハウに、罠に対する勘の鋭さが尋常ではないバットなど、尋常ならざるスキルを見せ付けられた。

 叔父に聞かされた当時は冗談か誇張だと思っていたけれど、二人で戦闘ヘリであるハインドD(アウターヘブン時)を落としたというのも本当なのかもしれない。

 

 研究棟へ向かって進む道中の敵兵の眼を掻い潜り、アイテムなどを回収したり赤外線が張り巡らされた通路を煙草の煙を頼りに回避して、施設から研究棟へ向かう為に雪原へと出る。

 結構赤外線を見る為に煙草を消費してスネークが少し険しい顔をしていた以外は問題なく進んでいる。

 そんな中、急に無線が入ってスネークが出る。

 

 『気を付けろスネーク。その辺りにはクレイモア地雷が仕掛けられてある』

 「誰だ?」

 『ディープ・スロートとでも名乗っておこう』

 「ウォーターゲートの内部告発者?いや、それよりもバースト通信じゃないな」

 『……お前達の前方にM1戦車が待ち構えている。気を付けろ』

 「本当に誰なんだ?」

 『ファンの一人だよ』 

 

 突然スネークに無線が入るも相手が解らない様子。

 ディープ・スロートと名乗る人物は伝える事を伝えると無線を切った。

 審議は兎も角として本当ならここは地雷原で、先に進めば雪原で戦車とやり合う事になる。

 どうすると悩んでいると唐突にスネークとバットが雪原に横たわり始めた。

 

 「………何してるの?」

 「なにって地雷の除去だろう?」

 

 メリルは本当に意味が解らなかった。

 この一帯が地雷原とすれば下手に進む事は叶わない。

 戸惑っている彼女の前でスネークとバットは動じる事無く俯せになり、匍匐前進で雪の上を移動し始めたのだ。

 訳が分からず眺めていると大分匍匐前進していたバットが回収したクレイモア地雷を見せ付けて来た事で、本当に回収していた事に目を丸くしてしまう。

 真似してみると知らず知らずにクレイモア地雷を回収していた事実に何がどうなっているのか訳が分からない。

 

 ある程度回収し終えて警戒しつつ先に進んだところで振動が伝わってきた。

 駆動音とキュラキュラとキャタピラの音からまさしく戦車である事が鮮明に伝わり、真正面から一台の戦車が堂々と姿を現した事で焦りが募る。

 

 「本当に戦車が出て来るなんて…」

 「気負うなよ。たかが戦車だ」

 「そんな軽く思えないわよ!」

 「考え方を変えるんだな。メタルギアに比べれば大丈夫だと」

 

 何故そんなに余裕があるのかと見ていると、戦車から巨体の男性が出てきた。

 大きさも目を引くものの、それ以上に極寒の雪原で上半身裸のまま姿を出した事の方が驚きだ。

 寒さを感じていないのだろうか?

 私はバットのホットドリンクを定期的に飲んでいるから問題ないのだけど。

 ………そう言えば何故かスネークは頑なに拒んでいるのよね。

 

 『ここはレイブン()の縄張り。アラスカに蛇とはな。なんにせよ見逃すわけにはいかん―――まずは挨拶だ!』

 「ほら、こっち」

 「きゃっ!?」

 

 スピーカーを通して発せられた言葉に続いて砲弾が撃ち出された。

 スネークは飛び退く事で回避したが、突然で動けなかった私はバットに首根っこを引っ張られて、岩陰に移された事で助かった。

 

 『ハハハハハハッ、その調子だ蛇よ。大地を這い回るが良い!』

 

 上機嫌に叫ぶ男は中に引っ込むと戦車を操って砲弾を放ち始めた。

 スネークも岩陰に入るとナスターシャから敵性戦車M1の情報を訪ねてバットへと視線を向ける。

 

 「バット、あの戦車何とか出来るか?」

 「そんな!いくら何でも狙撃銃とサブマシンガンで戦車をやるなんて!」

 「注意を引いてくれるなら一発で十分」

 「乗った!」

 

 短く打ち合わせもなく跳び出したスネークとバット。

 ただスネークは目立つように駆け、バットはスモークグレネードと手榴弾を纏めて放り投げると煙幕の中に消え、風と共に煙幕が流れ切った雪原上にはバットの姿は掻き消えていた。

 私もと動こうとするが、さすがに戦車相手に装備が心持たなさ過ぎる。

 

 「隠れて観ていろ!」

 

 そう言うとスネークはファマスを構えた。

 戦車を歩兵一人が相手にするなど無茶が過ぎる。

 ファマスを撃つも弾丸は戦車の装甲を撫でるばかりで有効打に成りえない。

 お返しにと放たれる砲弾は当たれば一撃でスネークを葬れるし、砲撃に巻き込まれれば怪我などでは済まない。

 それを見極めて避けるか岩肌に隠れてやり過ごしては凌いでいく。

 

 『隠れてばかりか蛇よ!―――ぬぅ!?』

 

 爆発音が響いた。

 小さな爆発なれど銃弾よりは響いているらしく、戦車のスピーカーから怪訝な声が漏れ出た。

 何が起きていると注意深く見つめると、放物線を描いて戦車へと転がる手榴弾が見えた。

 岩肌に隠れつつも手榴弾を投げてはダメージを与え、目立つように雪原を駆け抜ける。

 砲塔が旋回するも近づいたスネークがチャフグレネードを放ち、妨害を受けて砲塔が停止してしまう。

 

 『やるではないか!』

 

 再び姿を現した巨漢の男は取り付けられた機関銃を撃ちまくり、回避しつつ近づいたスネークは戦車の死角に潜り込む。

 しゃがんだと思ったらチャフの効果が切れると同時に離れだす。

 何をしているのかと心配ながら眺めていると動き出した戦車の足回りにて爆発が起きる。

 

 「何をしたの?」

 「地雷を仕掛けたのさ」

 「そんなのいつの間に…」

 「さっき拾っただろう」

 

 確かにそうだがあの短時間で仕掛けるなんてと驚愕の戦闘に驚くが、さすがに戦車を倒し切るには不足。

 砲塔がスネークを捕えようと動く。

 飛び退くか走って回避するかと思ったスネークはその場で立ち尽くし、砲塔が回って来るのを眺める。

 

 「ちょっと!逃げないと吹き飛ばされるわよ!!」

 「問題ない。アイツがいる」

 

 自信満々に口にしたスネーク。

 確実に捉えた砲身から砲弾が放たれようとする最中に一発の銃声が響き渡り、何かが砲身の中へと通り過ぎて行った。

 次の瞬間、戦車は内部から爆発を起こして炎上を始めた。

 

 「言ったろ?一発あれば十分だって」

 

 呆気に取られていたところ、聞こえた声に振り返れば雪に埋もれて潜んでいたらしく、バットが雪の中から立ち上がって雪を払う。 

 立っている所を見れば一人寝そべれるだけの浅いくぼみが出来ていた。

 先ほどのスモークグレネードで視界を遮り、手榴弾で潜めるだけのくぼみをあの短時間で作ったのかと理解する。

 とても真似しようとは思わないが、事前の説明もなしに良くやる…。

 そもそも先の戦車が撃破されたのだって、砲身の空洞に狙撃銃の弾丸を通したのだって凄すぎる。

 

 「俺は囮か?年上に無茶をさせるもんじゃない。若いうちに苦労しとけバット」

 「そんな歳でもないでしょう。寒いんだからある程度身体動かさないと氷付きますよ」

 「だったら雪の中に籠っていたお前の方が動いた方が良いだろう。今度敵が出てきたら前衛を任せるとしよう」

 「狙撃手に前衛を任すって……戦場外で何するつもりですか?」

 「後ろから見学でもさせてもらうさ。そもそもお前の師匠は接近戦も強かっただろうに」

 「だったらビッグボスやグレイ・フォックス並みの活躍を期待させて貰います。ナイフで銃弾弾いてくださいよ」

 「無茶を言うなよ」

 「そっちこそ無茶を言ってたでしょうが」

 

 口悪く言っているが二人の顔を見ればちょっとしたじゃれ合いというのはすぐ分かる。

 二人共自分は英雄ではないと否定するだろうが、対戦車兵装なしの歩兵二人で戦車を撃破するといった快挙を目にすれば英雄でなくとも凄い存在である事には違いない。

 差を感じながらも負ける訳にはいかないと気合を入れ、爆発した戦車より飛び降りたゲノム兵を捕え、セキュリティカードを奪ったスネークとバットの後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 

 黒煙を巻き上げてスクラップになってしまったM1戦車から巨漢の男―――バルカン・レイブンが雪原へ降り立った。

 砲塔に銃弾を通されて砲弾が爆発。

 内部の砲弾が誘爆して爆発炎上した割には煤が付いたぐらいで無傷に近く、その表情は険しいどころか上機嫌と言った有様であった。

 

 「クッハッハッハッハッ、やるなアイツら」

 『どうだった?』

 「ボスの目に狂い無しだ」

 

 リキッド・スネークからの無線に対して頬が緩む。

 これは予定されていた敗北。

 ある事情から奴らを先に進ませなければならず、その為に奴らに罠や疑いを持たせぬ方法で新たなセキュリティカードをくれてやらねばならなかった。

 だからこの敗北という結果自体は予定通りなれど、こうもあっさりやられるつもりは一切なかった。

 そして対峙したレイブンは戦士として充実感を感じていた。

 

 「アンタと同じで戦場に息吹を吹き込んでくれる。アレは俺が頂く!」

 「駄目よ。アレは私の獲物。横取りは許さない」

 

 レイブンの後頭部に銃口が付き付けられる。

 視線を向ければセミオート狙撃銃H&KのPSG‐1を構えるスナイパーウルフであった。

 仲間だが瞳には冗談なんて物は存在せず、気に入らない返答をすれば即座に引き金を引くと言う想いを感じ取れた。

 

 『お前達だけで話を進めるな。私が奴は仕留めるんだからな!』

 「腕を斬り落とされて逃げ帰ったそうじゃないかイワン(旧ソ連)の大将」

 「ご愁傷様。隻腕では辛いでしょう。ゆっくり休養したらどう?」

 『何とでも言えシャーマン。それとウルフ。心配痛み入るがいらぬ心配だ』

 

 割り込んで来たオセロット(山猫)に対して、ウルフ()レイブン()も皮肉交じりに牽制する。

 誰もが入り込んだ鼠でなく極上の獲物を取り合っている。

 アレを奪われてなるものかと。

 

 「アメリカ・インディアンのスー族の“スー”は蛇を意味する。蛇は恐ろしい生き物だ」 

 『私はアイツを今すぐ可愛がってやりたいほどに愛してしまった』

 「お熱なことだ。どうなろうと俺は奴と戦う事になる」

 『予言か…』

 「そうだ。額のレイブン()が蛇を欲している」

 

 高揚感を抱きつつ額に描かれた烏を撫でる。

 上空を旋回していたカラス達は自分達はここに居ると主張するかのように鳴いて、ウルフに続いているウルフドック達は唸り声をあげて威嚇する。

 お互いにお互いを警戒して威嚇する中、レイブンは抵抗する素振りもなく目で問いかける。

 

 「さて、狼よ。お前はどうする?」

 

 問いに対してウルフは銃口を下げた。

 渋々と言ったようではなく奴にとっては満足のいくものであったようだ。

 

 「ほう、お前が獲物を譲るとは珍しい事だ」

 「違う。私が狙うのは蛇ではなく蝙蝠」

 『どちらにせよまだ泳がせておけ。奴らにはまだやってもらう事があるのだからな』

 

 ウルフはつまらなさそうに舌打ちをし、ウルフドックを引き連れて去って行った。

 それを見送ったレイブンは小さく嗤う。

 最悪どちらかさえいれば良いので、ウルフが両方殺さなければ問題はない。

 

 さぁ、蛇よ。

 次の闘いこそ本番の時だ。

 嬉しそうにレイブンはカラスと共に立ち去るのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サイボーグ忍者

 和製アニメが好きだった。

 特にロボットアニメが大好きで、科学者になったのだってアニメに登場するようなロボットを創りたかったからに他ならない。

 だから独学ながらも必死で勉強して工科大学に入学して様々な専門知識を身に着けて、入社したアームズ・テック社でロボット開発を任された時は嬉しくてたまらなかった。

 軍事兵器の一つであった事は想う所はあったが、社長の説明によるとミサイル防衛システムの一環という事で、誰かに害をなす兵器ではなくて護るための兵器。

 多少の懸念は残っていたけれどロボットが創れるという興奮の方が勝った。

 

 本計画はアームズ・テック社の威信をかけているという事で、人員も資金も結構豊富でやりがいもある。

 社長の力の入れようも強く、二足歩行の実験データや見本らしき(・・・・・)ものまで用意してくれたのだ。

 特に見本として用意された物に僕は驚愕した。

 なにせ用意されたのは巨大なロボットそのものだったのだから。

 かなり古びてはいたが重量感のあって、威風堂々とした佇まいはロボット好きとしては見惚れてしまう。

 社長曰く、“骨董品”と呼ばれた見本は僕が生まれるよりも前に創られた品物で、防水対策が施された巨大コンテナ内に納められたまま、近年までカリブ海の海底で眠っていたらしい。

 

 さすがに古過ぎて稼働も出来ず、今回のコンセプトと違ったので修理はされなかったが、あの存在は僕に勇気とやる気を与えてくれた。

 そんな昔の人でもこれほどのロボットが出来たのだから自分も負けてられないという意地と、これを超えるロボットを創ってやると言う意欲が湧きたって仕方がない。

 それに本計画を終えた後にアームズ・テック社で扱えないかと解析と修理の予定も入っているので、早く終えて弄りたいと楽しみにしていた。

 

 それなのに何故こんなことになってしまったのだろう。

 メタルギア“レックス”の開発を行い、シャドーモセス島の核廃棄施設での演習を行う段階で蹶起が行われた。 

 僕はレックスの開発者という事で殺される事はなく、研究室内に閉じ込められる事になった。

 室外への移動に制限が掛かったものの殺される事は今の所ないと思えばそれほど僕的には悪い状況ではないのかも知れない。

 だけどいつまでこの状況が続くのだろうか?

 

 などと考えていた数十分前の自分が恨めしい。

  

 「博士、決して部屋から出ないで下さい!」

 「入り口を封鎖しろ!」

 「配置急げ!!」

 

 どうも侵入者が現れたようだ。

 それも味方の損害から研究室か僕が目当てなようだ。

 防護服に身を包んだ兵士達が慌ただしく、研究室前の通路で配置につく。

 あれだけの兵士が居たんだから大丈夫だよね。

 自身を落ち着かせる為に言い聞かせるが不安はより強くなる。

 

 「ぎゃあ!!」

 「撃て撃て撃て!!」

 「なんで弾が当たらない!?」

 「喋ってないで撃ち続けろ!」 

 「奴め、何処に行った!?―――グワァ!?」

 「このバケモノめ!このバケモノがぁあああああ!!」

 

 締め切った扉越しに通路からの悲鳴が響いてくる。

 徐々に少なくなる銃声にぶつかり合う様な金属音、そしてつんざくような悲鳴と悪態。

 さらに不安が掻き立てられる中、銃声と悲鳴が止んで静けさが戻る。

 倒したという希望的観測より、浮かんだのは兵士達が全滅したのではという最悪の状況。

 扉に視線を向けていると勝手に扉が開いて誰かが入室してきた。

 

 姿は見えないがナニカがそこに居るのは解かる。

 入って来たナニカは刀を持っているらしく、宙に刀だけが浮いて見える為に、自分にゆっくりと近づいて来ているのが理解出来た。

 殺される……そう思ったら足が震えて、逃げ出そうとするも足が言う事を聞かずに絡まり、ドベっと転んでしまった。

 死にたくない一心で這いずるも後ろは壁。

 もう逃げ場はなく、殺意を放ちながら刀を持つ何かは近づき、透明のナニカはようやく姿を現した。

 身体全体を覆うメカメカしくもスリムなスーツを纏うソレは機械の面越しに見下ろす。

 

 「す、ステルス迷彩だって!?き、君は一体……」

 「俺の友は何処だ?」

 「な、なんの事だよ」

 

 透明になっていた理由に勘付くも何を言っているのか解らない。

 ただこのままでは自分―――ハル・エメリッヒはここで殺されるだろう。

 ガタガタと震えながらズボン類が生暖かく濡れている(・・・・・・・・・)のを感じながら、死にたくないと願いながら続いて入って来た者達に困惑と助けを求める視線を送る。

 

 

 

 

 

 

 M1戦車を撃破した一行は研究棟に辿り着いたスネーク一行は、高圧電流が流されている床に行く手を阻まれた。

 されどその程度(・・・・)

 確かに普通に渡ろうとすれば感電死。

 飛び越えるには距離があり、無理に渡るのは不可能。

 困惑するメリルと異なってスネークとバットは無線でキャンベル大佐に電源の位置を聞き、リモコンミサイルでの遠距離破壊が可能かどうかを問う。

 司令部でもリモコンミサイルで配電盤を破壊して、電流を止めるのが最善策と判断され、道中拾ったリモコンミサイルで予定通りに破壊に成功。

 高圧電流が流れなければただの通路。

 

 「罠が仕掛けてあったという事は何かしら足止めしたい理由があったという事か」

 「でしょうね。ついでに罠を頼りにしていたでしょうから人員の配置は予想より少ないのかも」

 「過小評価で油断するのも駄目だが、お前と俺……いや、この面子なら大丈夫だろう」

 「ちょっと慣れ過ぎじゃないの?」

 

 判断を交えていたスネークとバットは、不思議そうにするメリルに首を傾げる。

 二人からすれば何故そのような反応をされるのかすぐには解らなかった。

 なにせ彼らは以前に高電圧が流れる罠を知っており、同様の方法で突破したという実績を持っている。

 これぞ経験の差というもの。

 メリルは様々な状況を想定したリアルに近い訓練(・・・・・・・・)は受けてきたが、経験の浅い新兵である事には変わらない。

 察した二人と同時にメリルも経験の差だと気付き、悔しそうにしかめっ面を浮かべた為に、それ以上どちらも口にする事は無かった。

 

 「……先に進むか」

 「レディ・ファーストと行こうか(譲ろうか)?」

 「ありがとう。でも髭面の紳士に譲るわ」

 「ブフゥッ―――ク、ククッ…アァーハハハハハッ!!」

 「言うようになったな。少しは肩の力が抜けたか。………それにしても笑い過ぎだバット」

 

 ごめんごめんと謝るも声を殺して笑っているのは嫌でも気付く。

 顔を反らしたまま肩を震わせているのだから。

 

 「―――ッ、銃声…」

 「え、何も聞こえないけど」

 「急ぐぞ!」

 

 笑いを堪えていたバットがピクリと固まる。

 耳が良い事を知っているスネークは察して先を急ぐ。

 進むにつれて悲鳴や銃声が聞こえ始め、研究室前の通路には斬り捨てられた防護服を纏った兵士達が横たわっていた。

 生存者は無し。

 視線を研究室入り口に向けると電子ロックが破壊されていた。

 ハル・エメリッヒ博士が殺されては一大事と研究室に飛び込むと、オセロットの腕を斬り落とした乱入者―――サイボーグ忍者が研究着を着た男性を片隅に追いやっている所であった。

 

 「スネェエエエエク!待っていたぞ!!」

 「さっきの忍者か!」

 「貴方の知り合い?」

 「いや……何者だ!」

 「敵でも味方でもない。そういうくだらない関係を超越した世界から蘇って来た。俺と一対一で勝負しろ!邪魔者は片付けてきた―――俺はずっと待ち望んでいたんだ。お前との一時を」

 

 スネークはサイボーグ忍者と対峙し、サイボーグ忍者もスネーク意外に興味がないようだ。

 様子を伺っていたバットは見られていると解っていながらもスネークから離れて、サイボーグ忍者を囲む様な体勢を取る。

 

 「そこのアンタ。ハル・エメリッヒ博士か?助けに来た。今のうちにそいつから離れる事を提案するが?」

 「あ、ああ!た、助かった」

 

 震えながらもハル・エメリッヒ博士は這いずりながらバットの方へと向かう。

 殺そうとしていたサイボーグ忍者は一瞬視線を向けるも、さして何かする様子なく見送った。

 

 「俺への恨みか?復讐か?」

 「そんな陳腐な感情ではない――――俺は、俺達は(・・・)命を賭けた戦いでしか生を実感できない。俺が望むのはお前を殺す事。お前に俺が殺される事……ただそれだけだ」

 「なら勝手に死んでなさい!!」

 

 相手はスネークにしか眼中になく、気持ちよく語り合っていた事を思えば、中々良い不意打ちではあっただろう。

 だが問題はそこではない。

 サイボーグ忍者はスネークに意識を向けているが、他を完全に除外している訳では決してなかった事だ。

 メリルがこっそりとタイミングを計っていたのも完全に見抜いていた。

 

 一定の距離を保って銃口を向けたメリルと刀しか所持していないサイボーグ忍者。

 射程からして有利なのは一方的な程にメリルだっただろう。

 しかしながらサイボーグ忍者はそんな有利を一瞬で無に帰した。

 

 「――ッ、邪魔をするな!!」

 

 一喝と共に放たれた弾丸を刀で見事弾いて見せたのだ。

 まるで弾丸の動きを目で追い、反応し切った様子は馬鹿馬鹿しく偶然で片付けたいと心理が働きそうになるも、スネークとバットの答えは別であった。

 

 「グレイ……」

 「――フォックス!?」

 

 ザンジバーランド要塞に敵だったフランク・イェーガーことグレイ・フォックスは、ザンジバーランド撤退時に殿を務めて以降行方不明となっている二人に馴染みのある人物。

 それが生きて目の前に現れ、再び敵として姿を現した。

 銃弾を刃物で弾く芸当に“ディープ・スロート”と名乗って無線で助けてくれたのは以前“ファン”と称して同じく無線で情報をくれた時に酷似している。

 死んだ筈ではという疑問よりも身体が先に動く。

 

 「弾を弾くなんてどうなって――…」

 「馬鹿!足を止めんな!!」

 

 容易く刀で銃弾を払いながら接近したサイボーグ忍者は鋭い一刀でメリルの首を刎ねようと振るう。

 あまりな出来事に驚愕して立ち止まりながら撃ち続けて咄嗟に避ける判断に至らない。

 そこへバットが膝カックンをするように蹴りを入れてメリルを後ろに倒らせる。

 急に視界が正面より上を見る事となり、その眼前を刃が前髪数本を切って通り過ぎて行く。

 九死に一生を得たメリルだが危機は去っていない。

 なにせ現在無防備に仰向けに転がっているのだから、次のサイボーグ忍者の攻撃を避けるのも離れるのも難しい。

 

 「カバー!」

 「――ッ、後ろか…」

 

 合わせるようにスネークが銃撃を別方向から浴びせるも、刀を振るって銃弾を払っていく。

 その隙にバットはメリルの首根っこを掴んで引き摺る形で無理にでも離れさせる。

 

 「逸るな!博士の身の安全が第一だ!!」

 「けど私だって!!」

 「分かってる。さっきの奇襲のタイミングは良かったよ!だけど相手が悪すぎる。二人掛かりでも苦労する強者だ!」

 「……了解。博士の護衛に入るわ」

 「助かる」

 

 それならばと援護に向かおうとしたバットはスオミKP‐31短機関銃を取り出し、一対一の戦いの場に無粋や横やりと思いながらもトリガーを引いた。

 素早く察知したサイボーグ忍者は飛び退きながら銃弾を弾く。

 

 「今のを防ぐのか!マジかよ」

 「今度は貴様か!」

 「逃げろバット!!」

 

 近接戦闘が苦手なバットに近づけさせまいと、必死に銃撃を浴びせようとするスネーク。しかし、その必至の抵抗を嘲笑うかのように、回避しつつ無傷で駆け抜けるサイボーグ忍者。

 近づけまいとバットも迎撃するも呆気なく弾かれる。

 命を断とうと一刀が迫る中、右手でベレッタM92を迫る刀身に向けて撃つ。

 銃声とぶつかり合う金属音はほぼ同時に響き、狩ろうとしていた刀身は弾かれて上に向いていた。

 出来た隙にすかさずスオミKP‐31短機関銃を撃ち込もうとするも、刀を振り戻すのでは間に合わないと思ったサイボーグ忍者はバットを蹴り飛ばした。

 ゴフッ…と声を漏らし吹っ飛んだバットは素早く立ち上がって戦闘態勢をとる。

 

 「――ッ、あっぶね!」 

 「ホゥ、今のをいなすか!面白い、面白いぞ!!」

 「グレイ・フォックス!!」

 「来い―――スネーク!!」

 

 銃では埒が明かないと近接戦に持ち込んだスネーク。

 熟練の体術の応酬にはさすがにバットは手出しできない。

 途中途中姿を透明化させて距離を取って奇襲を仕掛けてくる事はあったが、目を凝らせばぼんやりとだが空間に歪みのような輪郭が浮かぶので何とか見破ることは出来ている。

 交差する銃弾と刀、CQCとCQC。

 

 「もっと、もっとだ!」

 

 何処か楽し気に笑うサイボーグ忍者は戦いそのものを楽しんでいるようだった。

 高らかに上機嫌で笑っていたのが突然震えだした。

 尋常じゃない程にガタガタと触れ出し、苦しみ藻掻き始めた。

 

 「クスリがッ……キレた…グゥぁああああああ!?」

 

 床にガンガンと頭をぶつけ始め、何事かと警戒する全員を他所に尋常ならざる身体能力を活かして撤退して行った。

 今のは一体と疑問を抱くメリルと博士を別としてスネークはすかさず無線を繋ぐ。

 

 「大佐、あのサイボーグ忍者はグレイ・フォックスだ。間違いない!」

 『まさか生きていたとは…いや、実際彼の死亡が確認された訳ではないから不思議ではないが……』

 『私が所属する以前に前任者のクラーク博士指揮の下で、ゲノム兵の遺伝子治療の実験体にされた兵士が居たと聞いたことがあるわ』

 『初耳だ。それにクラーク博士とは…』

 『大佐やスネークが知らないのも無理はないわ。二人が除隊した後の話だもの。クラーク博士は遺伝子治療を導入した張本人で、二年前に研究所の爆発事故で亡くなった人物よ』

 「ではクラーク博士本人から話を聞くのは無理か、で、その実験とグレイ・フォックスが繋がるんだ?」

 『どうも実験に使われた被験者というのがザンジバーランドの生き残りでフォックスハウンド元隊員という話があるの』

 

 詳しい話を聞いてスネークは怒りでいっぱいいっぱいだった。

 あのザンジバーランド陥落後、殿を務めたグレイ・フォックスは最後まで戦い抜いて生き残る事は出来たものの、死んでいてもおかしくない程の重傷を負っていたらしい。

 回収された後に強化骨格を施され、麻薬漬けにされて死の淵から生存したグレイ・フォックスは被検体として様々な実験を施され、その実験データがゲノム兵に活かされている。

 グレイ・フォックスが自身を狙うのはその事を恨んでいるのか。

 それともまた別の……。

 

 考えを巡らせていると、ぼさぼさの髪に眼鏡をかけたハル・エメリッヒ博士が恐る恐る物陰から出てきた。

 その表情には不安の色が浮かばせながら、足を引き摺りながら近づいてくる。

 

 「その、さ、助けに来てくれたんだよね?」

 「ああ、その足はどうした?」

 「さっき捻っちゃって」

 「博士、助け出す前に聞きたい事がある。メタルギアを開発した本当の目的を」

 「あぁ、レックスの事かい?アレは移動可能なミサイル防衛システムで―――」

 「そんな訳があるか!!メタルギアの本来の意味は核搭載二足歩行戦車だ!今回アームズ・テック社とダーパの共同で計画され、単なるメタルギアでない事も核を搭載している事も知っている!!今更誤魔化そうとするな!!」

 「ま、待ってくれ!核って一体何のことだい!?」

 「白を切ろうとしても…」

 「待ってスネーク」

 「そうよ。少し落ち着いて」

 

 エメリッヒ博士の言葉を聞いたスネークが胸倉を掴んで事実を聞き出そうとするも、バットとメリルの制止を聞いて少し冷静さを取り戻すと手を緩め、話を聞いて見るも自身の情報とハル・エメリッヒ博士の事情とでどうも話が噛み合わない。

 本当にベイカー社長にはそうとしか聞いていなかったらしく、搭載する兵器類に関しては社長自ら指揮を執って別部署が担当して、武装はバルカン砲にレーザーとレールガン・ユニットがあるとだけしか知らないらしい。

 真実を知っての憤りは本物だった。

 祖父がマンハッタン計画に参加し、父親はヒロシマに原爆が投下された日に生まれ、その後も何かしら核が関わる計画に携わっていて、父親は兎も角祖父は携わった事をずっと後悔していてのを知っており、知らずとは言え核兵器に携わってしまったことに強い怒りを抱いている。

 

 「“科学は人の生活を助ける”って信じて研究して来たけど親子三代に渡って核に関わることになるなんて……」

 「それよりメタルギアはどこにあるのよ?」

 「通信棟の遥か北にある地下整備基地だと思う。僕が呼ばれなくなった事を考えると用無しになったんだろうね。発射まで時間がないかも知れない。急いだ方が良いよ!」

 「核の解除システムの端末もそこに?」

 「そうだよ。地下整備基地の司令塔に」

 

 目的地も決まった。 

 PALキーもこちらの手にある。

 後はその地下整備基地に向かうだけだ。

 三人とも同意見な中で

 

 「僕も連れて行ってくれ!」

 「その足でか?悪いが足手纏いだ」

 「僕が創ったレックスだ。僕にはアレを破壊する義務と責任がある」

 「―――…そうか。この基地とメタルギアには詳しいな?戦うのは俺達の役目だ。アンタは情報をくれれば良い」

 「そう来なくっちゃ。それと僕の事は“オタコン”と呼んでくれ」

 「オタコン?」

 「オタク・コンベンションの略さ。和製アニメのオタクなんだ」

 

 自分でケリを付けれなくともその協力で妥協してくれたのは良いが、足を負傷した非戦闘員を放置する訳にもいかない。

 となれば一緒に連れて行くか何処かに潜ませるか、護衛を付けて置いて行くかの三択。

 

 「メリルを護衛につけよう」

 「あぁ、その心配は無用だよ。ほら」

 

 スネークの提案にオタコンは遠慮して、肩の辺りをポンと叩くと姿が掻き消えた。

 サイボーグ忍者同様にステルス迷彩なる光の屈折で透明化する機器を所持していて、それなら足が怪我していようとも関係なく隠れれる。

 それなら大丈夫だなと判断したスネークの背中に視線が刺さる。

 

 護衛という役割を押し付けて置いて行こうとしたわねという怒気のある視線(メリル)

 あからさまに置き去りにしようとしますかと呆れたような視線(バット)

 突き刺さる視線から振り向けないスネークに正面より大変そうだねと憐れむ視線(オタコン)が向けられる。

 

 この後の道中、背中に鋭い視線を受けながら進む事になるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フォックスハウンドのサイキッカー

 オタコンは死ななかった。

 メタルギアの開発者であったオタコンことハル・エメリッヒ博士を助けた後、スネークが抱いた一番の感想であった。

 アームズテック社ケネス・ベイカー社長。

 DARPA局長ドナルド・アンダーソン。

 両名はスネークが救出した矢先に苦しみ、心臓発作を起こしたかのように死んだ。

 ゆえに別れる際にはオタコンに体調面でおかしなところはないかと気に掛けたりもしていたが、局長や社長の様に苦しみだす様子も一切なかった。

 ないならないで良しとして先に進む………前に一旦メリルが化粧室に寄りたいとの事で足を止めた。

 今までゲノム兵に変装していたメリルであったが、出て来た時には上の服を脱いで薄着姿。

 

 「そんな恰好よりかはゲノム兵に変装していた方が良かったんじゃないか?」

 「自分を偽るのを止めたの。いいえ、服に血の臭いが付いている気がして…」

 

 表情は重たかった。

 メリルは自分の意志で軍に志願した。

 だけど軍人になったのはそれが夢だったからではない。

 戦死した父親と同じ軍人になれば気持ちが解かるのかと思って入隊した。

 しかし現実と実戦は彼女が思い描いていた物ではなく残酷さと無常さを突き付ける。

 現実に打ちのめされ戦意喪失したかに思えた彼女の瞳は決意を宿していた。

 

 「ごめんなさい。私の事で時間を取らせたわね」

 「いや、構わない。俺ももうおいて行こうとは思わん」

 「あら?それって一人前と認めてくれたって事?」

 「生き残る事が出来たら認めてやろう。だが今は足手纏いの半人前ではなく一人の兵士として見よう」

 「そう、一歩前進ね」

 

 クスリと笑い合う二人を眺めるバットも釣られて微笑んでしまう。

 蹶起したテロリストに抵抗するはたかが三人。

 スネークとキャンベルの古巣である精鋭部隊フォックスハウンドの精鋭四名にリーダーであるリキッド・スネーク。

 彼らと戦いつつ核を発射される前に阻止するか、メタルギアを破壊しなければならない。

 何とも多い仕事量だろうか。

 だけど嘆くよりも仲間と共に前に進むしかない。

 

 『スネーク、聞こえる?』

 「どうしたメイ・リン。記録(セーブ)に問題があったのか?」

 『貴方達の記録はしっかりと付けているわ。メリルさんの事じゃなくてね―――中国のことわざには“学者は之を行うを貴び、之を知るを貴ばず”ってのがあるの』

 「あぁ、それで?」

 『学問をする人はただただ知識を得るだけではなくて、学んだ事を実行するのが大事って意味なの。私も理論や研究ばかりなのじゃなくて実施工学出来るCMUを選んだの。皆の役に立つ物を創りたかったから………だからその、エメリッヒ博士もそうだと思うの』

 

 科学の道を歩む者としてメイ・リンはオタコンの気持ちを理解したのだろう。 

 壁を一つ越えたメリルとまではいかなくとも、少しは解ってあげて欲しいとの願い。

 研究所では胸倉を掴むほど責めてしまったからなと思い返してばつが悪そうな顔をする。

 

 「分かった善処しよう。ところでバットの無線の方なのだが…」

 『まだそっちの方は解らないの。機器に問題があるのかも知れないれど』

 「そうか。なら今度オタコンに会う事があったら見て貰うとしよう」

 

 現在バットの無線が不調なのだ。

 キャンベル大佐やメイ・リン、ナオミ・ハンター達とは繋がるのだが、昔からの知り合いなので積もる話もあるというのにマスター・ミラーとは繋がらないらしい。

 マスターは大佐と違って別の場所からの無線なのでマスター側の機器に問題があるのか、バットの無線の受信状況が悪いのか。

 原因が不明な為に一度機械に詳しい誰かに見て貰う必要はある。

 

 無線でメイ・リンと会話しながら所長室を目指す。

 北のフロアへ行きたいのだが地上は氷河で埋まっており、抜ける為に所長室に行く必要があるらしい。  

 元々フォックスハウンドの補充隊員として訪れたメリルからの情報だ。

 所長室に入るにはオタコンが別れる際に渡してくれたセキュリティカードより高位のものが必要だったのだが、メリルが奪ったゲノム兵(ジョニー)の服装にはセキュリティカードLv5という高レベルのセキュリティカードが入っていたので、問題なく所長室に入室可能との事。

 

 「ここが所長室ね―――ウッ…」

 「メリル、どうした?」

 

 所長室前の通路に入ったところで突然メリルが苦しみだした。 

 社長や局長のように心臓発作というよりは頭を押さえて頭痛に苦しんでいるようだった。 

 蹲るほど苦しむメリルだったが、突然立ち上がると感情もなく淡々と「こっちよ」とだけ呟いて進んでいく。

 

 「スネーク…」

 「あぁ、解っている」

 

 何かがおかしい。

 不気味としか言いようのないメリルを見つめながら、案内されるがままに所長室前に辿り着く。

 

 「所長がお待ちです。フォックスハウンドの旦那。それと小さな蝙蝠」

 

 メリルの格好でメリルの声であるが別物。

 外見はそのままで中身が変わった様な印象。

 何が起きているのか解らないまま、所長室へ足を踏み込んだ。

 中は調度品だろうか壺やら石像やら絵が飾られ、装飾の入ったソファやデスクが置かれているだけで、他には誰もいなかった。

 

 「――ッ、伏せろ!」

 「何をっ!?」

 

 急にバットがスネークを伏せさせる。

 一体何がと理解する間もなく倒れ込んだスネークは響き渡る銃声を耳にした。

 視線を向ければ何処か遠い眼をしたメリルが銃をこちらに向けて構えている。

 その後ろにはガスマスクを付けた細身の男が浮いていた。

 あの時見た幻―――サイコ・マンティス。

 

 『サイコ・マンティスよ!彼がメリルさんを操っているんだと思うわ。歌が聞こえるでしょう?彼が洗脳する際に使う曲なの』

 『スネーク、頼む。メリルは正気じゃないんだ』

 「分かってる!バット!」

 「なに?」

 「お前は物影に隠れて居ろ!」

 「遠まわしに役に立たんって言うの止めろ」

 「近接戦闘において雑魚なんだから引っ込んでいろ」

 「言い方に気を付けろよ。背後にも銃口が向く事になるぞ?」

 

 バットと言葉を交わした後、スネークは銃を向けるメリルに対してCQCで挑む。

 朦朧とした意識でおぼつかない動きのメリルでは、スネークの相手には成りえない。

 確かにナオミが言うように歌は聞こえる。

 だがそんな事に気を留める余裕もないのでメリルを抑え込む。 

 

 「しっかりしろメリル!」

 「フンッ、役に立たん女だ」

 「お前もステルス迷彩か。手品のタネも明かして見れば大したことではないな」

 「……人が浮いている証明は出来てませんよ」

 

 姿を消しているサイコ・マンティスに告げて鼻で嗤うも、バットの横やりで逆にこっちが嗤われた。

 さっきの仕返しかバットめと内心悪態を付きながら睨みを利かせる。

 

 「貴様は俺の力を信じてないな?世界最高峰の読心能力(リーディング)念力(サイコキネシス)を見せてやる」

 

 姿を見せたサイコ・マンティスは浮遊したままで手を動かし、スネークに対し手を翳すと力みだした。

 だがすぐに首を傾げて不思議そうにする。

 

 「ん、記憶―――メモリー(・・・・)は何処だ?あぁ、ここでは違う(・・・・・・)のだったな。セーブ(記録)は任せっきり。慎重なのかそれとも面倒臭がりか。トラップには一度も掛かってないようだな。用心深い性格のようだ」

 

 語り出したサイコ・マンティスに二つの視線が向けられる。

 スネークからは疑心暗鬼な眼差し。

 バットからはトラップ云々は俺に任せっきりだからという抗議の視線。

 

 「まだ信じていないようだな?ならばこれなたばどうだ!フンッ―――ッ、コントローラー(・・・・・・・)の振動を切っているのか?いや、そもそも刺さっていないのか…」 

 「何を言ってるんだ?」

 

 困惑するサイコ・マンティスに困惑するスネーク。

 一体何をやっているのやら。 

 ふぅ…と息ついたサイコ・マンティスは纏っている空気を変え、全身に力を籠め始めた。

 

 「さぁ、デモンストレーションはここまでだ!―――ブラックアウト!!」

 

 部屋に合った置物が浮き上がり、勢いを付けて襲い掛かって来る。

 これがサイコ・マンティスの念力かとバットは避けながら銃を構える。

 しかしスネークはというと見えてないのかよたよたと地面に膝をついた。

 

 「どうしたんだスネーク!?」

 「前が見えない。急に暗がりに…停電か?」

 「何を言っている?電気は付いたままだぞ!」

 「分からない。目の前が真っ暗に。ただ右上に“ヒデオ1”という文字が…」

 「何を馬鹿なことを」

 「ならば今度はお前だ!ブラックアウト!!」

 

 バットの視界が暗くなった。 

 目の前どころか自身の手さえ見えやしない。

 唯一見えるのは右上の“ヒデオ2”という文字だけ。

 サイコ・マンティスは念力や読心能力だけでなく、相手の視界すらジャック(乗っ取り)する事が出来るというのか。

 今度はバットが膝をつき、スネークの視界が元に戻った。

 

 「厄介なことを!」

 「二対一とは厄介だな!」

 

 椅子や壺、ソファが次々武器として浮遊しては襲い掛かる中を果敢に攻めていく。

 サイコ・マンティスは確かに強力な能力者である。

 しかし一対一なら兎も角二対一では不利は否めない。

 そしてこの戦闘においてサイコ・マンティスの敗因の一つは速攻でバットを殺さなかったことだ。

 

 ブラックアウトは相手の視界を奪うだけで動く事は出来る。

 襲い掛かっては危ないと思ってどちらかの視界を奪う度に、慣れたバットは耳を頼りに攻撃や回避を行うように成る。

 こうなってしまえばバットに対してブラックアウトは通じない。

 

 「これならどうだ!」

 「――クッ、動けん!」

 

 念力で動きを封じる。 

 これを脱する方法は確かにあるのだが、この世界では(・・・・・・)使えやしない。

 ソリッド・スネークを操っているもののコントローラーの差込口を変えるなど、操作ではなく鑑賞(・・・・・・・・)されているだけのスネークには対抗手段は存在しない。

 

 片手でバットの動きを止めて、もう片手で物を操る。

 さすがに動きを止めるのと物を操るので精一杯で、ブラックアウトなど三つ同時行使は無理はある。

  

 自身を護るために盾にした椅子が撃ち壊され、ぶつけようとした壺は避けられた挙句に壁にぶつかって割れてしまった。

 次々と盾を壊しては襲い掛からせている物を突破してくるスネークに危機感を感じ、今度はスネークの動きを止めてバットに物による攻撃を行う。

 持ち上げたソファがバットに向かって行くも、バットは咄嗟に這いつくばって回避。

 ソファが頭上を通り過ぎた後にバットを視界に収めたサイコ・マンティスは驚きで目を見開いた。

 一瞬ソファで視界が切れたとはいえ、ほんの僅かな間に這いつくばっただけでなく、その状態でモシン・ナガンを構えて銃口を向けて来ていたのだから。

 

 急ぎ動きを止めようとするもその前に弾丸が放たれる。

 間一髪と言えば良いのか止めるのが若干間に合って、狙いは頭から右肩に逸れた。

 右肩を撃ち抜かれた痛みと衝撃で宙を舞ったサイコ・マンティスは、すぐに戦闘態勢を取ろうと振り向いた所で数発の弾丸を受けて吹っ飛んだ。

 倒れる瞬間に見たのはバットの動きを止める為に、解いたスネークがソーコムピストルを向けていた姿だった。

 

 瀕死状態のサイコ・マンティスを確認したスネークはバットとメリルに駆け寄る。

 

 「大丈夫か二人共」

 「俺は大丈夫だけどメリルは…」

 「勝手に殺さないでくれる。軽い頭痛はするし誰かさん(スネ-ク)のおかげで身体中痛むけど平気よ」

 「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だな」

 

 ふら付くメリルと立たしてやると、三人で警戒しながらサイコ・マンティスに近づく。

 最早虫の息である彼はもう助からないであろう事は明らかだった。

 

 

 

 

 

 

 撃たれたところが焼けるように痛い。

 体中が重くて鈍痛が響き渡る。

 能力を使わなくたって自分が助からないであろうことは解かる。

 

 「俺には人の心は読めても……予知能力はなかった……」

 「予知能力なんていらない。未来を変えようとする勇気されあれば十分だ」

 「くっ、くくく……そう言う所は似ているな(・・・・・)

 

 懐かしいなと思い出しては乾いた笑みを浮かべる。 

 笑う度に振動が身体に悲鳴を挙げさせるが、痛みの割に気分は良い。

 ただ単に脳内で分泌されたアドレナリンでハイになっているだけかもしれぬが…。

 大の字に横たわったまま、動く事も出来ないし動く事もしないで天井を見上げる。

 

 「俺は今まで多くの心を読んで来た。どれもこれも醜く汚かった」

 

 ポツリと漏らす。

 俺の命がもうすぐ終わりを迎えると理解しているからかスネーク達は口を挟むことなく、黙って次の言葉に耳を傾けている。

 

 「最初に読んだのは俺の親だ。この能力を気味悪がり恐れていたよ。我が子を疎ましく思う程に……な。次に世界の為、人々の為と嘯いては利己的な私利私欲で俺を利用しようとした研究者達。ありとあらゆる者の心を読んで来て解かった。人間はこうも残酷で残忍で自分勝手な生き物なのだろうか……と」

 「だから今回のテロに加担した?」

 「それもある。だがそれだけではない。俺とボス―――リキッドは昔からの仲でな。放ってはおけなかった」

 

 本当に懐かしい。

 思い起こせばあの時期は不自由こそあれど中々に楽しい日々であった。

 

 蝙蝠(オールド・バット)グラサン(ミラー)が馬鹿をして、山猫(オセロット)復讐蛇(ヴェノム)が呆れたような視線を向けながら諫め、あの人(・・・)が居る病院棟に行けば言葉の要らない一時を楽しみ、蝙蝠に巻き込まれる幼きボス(リキッド)を眺める。

 走馬灯という奴なのだろうな。

 最期の最後に良い思い出が見れた。

 

 「スネーク……お前はボスと同等…いや、それ以上だった。お前は今まで読んで来た連中とは異なる。寧ろ俺達の同類……戦場で生を謳歌するタイプだ」

 

 …ただビッグボスともヴェノムとも違う存在。

 あの二人は戦場でしか生を謳歌出来ない上に、戦場でしか生きて行く術を知らなかった。

 だがこの蛇(ソリッド)はそうではない。

 登山や犬ぞりなんかの趣味を持っているのが良い証拠だ。

 煙草好き(ヘビースモーカー)なのは変わらんらしいが……。

 

 死にかけだった事でバットが治療しようとするも力を振り絞って払う。

 

 「いらん世話だ。止めてくれ…」

 「このままだと死ぬぞ」

 「それで良い…もう人の心を読むのにも疲れた…」

 

 敵である俺に対してそんな悲しそうな眼を向けるな。

 こちらは余裕があればお前達の目の前でメリルに自身で頭を撃てと自殺の暗示を掛けようかとも思っていたんだぞ。

 いつの世も蝙蝠は人が良過ぎるようだ。

 …口は悪いがアイツよりかは壊れていない(・・・・・・)ようだがな。

 

 「お前達とのこの一時。俺は十分に楽しめた。感謝こそすれど恨みはしない」

 

 そう、俺は全てを出し切って敗けた。 

 敗北への悔しさはあるが、それでも何故か清々しい気持ちなのだ。

 ビッグボスに惹かれた兵士達もこんな感覚だったのだろうか。 

 さすがビッグボスの―――…。

 

 「これでようやくあの人の下に行ける……」

 

 思い起こすは俺を人として扱ってくれた女性。

 リキッドと共にビッグボスの下に訪れた際には、ビッグボスの要望でヴェノムの所から派遣された彼女。

 

 「彼女だけだった。俺と同じ力を持ち、様々な実験台や利用されてきたあの人だけが俺を解ってくれた。理解してくれた。俺は唯一あの人にだけ安らぎを感じる事が出来たんだ……」

 

 もう喋り疲れた。

 こんなに自分の事を語ったのも久しぶり―――いや、もしかしたら初めてだったかもしれん。

 不思議な魅力のある奴らだ…。

 

 「地下整備基地に行くには本棚の裏にある隠し扉を抜けろ。通信棟から渡り廊下を越えて…」

 「どうして俺に…敵である俺達に教える?」

 「なぁに……ただの礼だよ。早く行け。時間がないのだろう……俺はもう少し浸ってから……逝く…」

 

 無言で頷いたスネークとバット、それとあの女(メリル)が隠し通路を通って去って行く。

 これで良い。

 これで良いのだ。

 

 助かろうと思えば俺は助かったのかも知れない。

 あの“蝙蝠”のコードネームを使う青年からは奴同様の気配を感じた。

 触れてはいけない類のナニカ。

 奴にはその加護………いいや、違うな。

 “眼”が付いている。

 

 ナニカとやらが何者なのかは知らん。

 だがソレラは奴を護ろうとするのではなく眺めるだけ。

 異次元からの観察者。

 

 いや、ナニカだけ(・・)ではないな。

 今も感じる無数の視線。

 時間も場所も異なる者達が俺達の行く末を眺めているのを感じる。

 俺の力をもってしても画面の向こう(・・・・・)までは覗けなかったか。

 

 彼女も知っていたのだろうか?

 蝙蝠(オールド・バット)に何か憑いていた話は聞いたことがあるが、他の話は終ぞ聞く事は無かった。

 もしかしたら彼女は知らなくとも彼女に残っていた残滓の方は知っていたかもしれない。

 あの人の能力の元であるもう一人の彼女ならひょっとして…。

 今となっては詮無き事か。

 

 「あぁ……何故俺はこうも無力なのだろうか……俺に予知能力や蝙蝠のような医療系の力があったら……」

 

 あの人を見送るなんて事しなくて済んだのに。

 力があろうとも人である。

 当然のようにいつかは死が訪れる。

 

 意識が薄れてきた。

 出来る事ならもう一度だけでも、一言だけ、ひと目でも良いから彼女に会いたかった…。

 

 

 

 ふわりと風が吹く。

 弱々しく温かみのある風に包まれたような気がした…。

 

 閉じた瞼をゆるりと開けると足が見えた。

 ただ生きた人間ではない。

 なにせ透けて壁が見えているのだから、そんな半透明な人間など居る筈もない。

 いや、半透明ではないが透明になれる奴がいたのだから可笑しくはいないか。

 

 視線を上に向けると見慣れた白衣が映る。

 女性だ。

 それも二人。

 まるで双子のように同じ見た目の。

 それが誰なのか認識した瞬間、涙が零れ落ちて行く。

 

 「そうか……そうだったのか………貴方は…貴方達はいつまでも俺を……見守っていてくれたのだな…」

 

 能力者失格だな。

 俺が求めていた存在がすぐ側に居たというのに、観ようとせずに今の今まで見つけられなかったとは…。

 

 「俺の、願いは………叶っ――――…」

 

 かすれて行く意識の中で、微かに小さな声で呟いたサイコ・マンティスは、穏やかな微笑を浮かべて息を引き取った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

獲物を求める狼

 ウルフドッグ。

 狼と犬の交配種で他の犬種に比べても聴覚や嗅覚は鋭く、リーダーと認められれば従順なれどそう言う風に(・・・・・・)改良された訳ではないので熟練者でなければ、手懐けるのは難しいだろう。

 所長室から隠し通路で通って抜けた先は、雪がはらりはらりと振る外であった。

 見張りや警備の兵士こそいなかったが、この島で育ったであろうウルフドッグがうろついていた事にスネークの表情は険しくなる。

 犬ぞりなどをやるスネークはひと目でウルフドッグと判別がつき、それが蹶起を起こした連中が手懐けていた場合は厄介だ。

 撃ち殺すのも躊躇われた時、バットが出くわしたウルフドッグとの間に立つ。 

 以前敵陣営のドーベルマンを手懐けた実績があるバットならばと期待したが、ここのウルフドッグのリーダーへの想いが強いのか手懐けるのには失敗。

 けれども落ち着かせて襲われる事はなかっただけでもかなり有難い。

 

 「凄かったわねさっきの。ブリーダーになるのも悪くないんじゃない?」

 「考えておくよ」

 「絶対に考えないやつねそれ」

 「それにしても妨害電波出っぱなしだな」

 「あからさまに変えたわね」

 「実際レーダーも地雷探知機も使えんとなると厄介だな」

 

 外や洞窟らしき場所を通って北へと向かう一行は、細長い一本道の通路に出た。

 先の通路はまだしも手前は地雷原となっており、バットは無駄話をしながらも解除していく。

 地雷原だというのに恐れる事無く作業している光景に、疑問を抱くメリルにもっと酷いのをやらされたと呟かれ、詳しく聞かずともハイライトの消えた瞳が悲惨さを強く物語っていた。

 

 「これで大丈夫の筈…」

 「なら先に進みましょう」

 「あぁ……メリル、危ない!」

 

 処理できたならと通路に足を踏み込んだメリル。

 バットは地雷をポーチにしまっていて、気付いたのはスネークのみ。

 赤いレーザーサイトがメリルの身体を這っていたのを…。

 叫ぶも間に合わずにメリルの片足が撃ち抜かれ、続いて銃声が届いて来た。

 長距離スナイパー。

 

 今救出に出ても狙撃されてどちらも戦闘不能にされかねない。

 そう判断したスネークと音で理解したバットは互いに左右に分かれて遮蔽物で身を隠す。

 

 「う……ァアア…」

 「指先一つ動かすなメリル」

 「……私だってぇ…」

 「いらん怪我をして手間を増やすな!」

 

 ぽとりと銃を落としたメリルは少しでも反撃してやろうと伸ばそうとしていた手を、バットの一言で止めてその場に伏すだけで留める。

 スネークもバットも相手の狙撃兵が殺そうとはしないだろうと当たりを付けている。

 頭を撃ち抜こうとすれば撃ち抜けた筈なのに、足を撃ち抜いたという事は囮として扱うつもりだろう。

 助けに行こうと出てきたところを狙撃する様に。

 だから今すぐには殺されない。

 

 「ごめんね。私……やっぱり足を引っ張って……」

 「弱気になるな!すぐ助けてやる!!」

 『メリル…クソ、スネーク!それは罠だ!スナイパーが敵を誘い出すつもりだ!!』

 『おそらく相手はスナイパー・ウルフよ。フォックスハウンド最高の狙撃手で、狙撃手であり観測員でもあるの。特に彼女は持久力に優れていて、何時間何日何週間だって待ち続けるわ!』

 「通路には身を隠す遮蔽物が無い。先の通信棟からだとすると…」

 『通信棟だと!?それでは絶好のポジションではないか…』

 「落ち着け大佐!メリルは絶対に助け出す」

 

 声からしてあからさまに動揺を見せている大佐を宥めるスネーク。一方のスナイパーであるバットに視線を向けると、目をつむって耳を澄ませているようだった。

 場所は大体わかっている。

 通路を抜けた先の通信棟の二階辺り。

 しかしさらに詳しい位置までは解らない。

 跳び出しての撃ち合いとなると確実にバットが不利だ。

 

 「一度下がって――」

 

 今すぐにはメリルが殺されないとしても、助けもせずに留まっているなら心理的動揺を誘う目的でも、囮であるメリルを殺さぬ程度にいたぶる可能性はある。

 一時撤退を視野に入れたスネークの言葉をバットは聞く気はなかった。

 

 何故メリルが狙撃されたのか。

 通路のど真ん中に立ったにもあるが、スネークとバットがたまたま狙撃しにくい場所にいたからだ。

 レーザーサイトを使ったのは腕に自信がないからではなく挑発、または私はお前を狙っているぞという誇示。

 かなりの距離があるというのに見事足を射抜いただけの腕前は最低でもある。

 囮までされて黙ってはいられない。

 

 通路側にスモークグレネードを三つほど放り投げると、モシン・ナガンを手に通路へと堂々と出る。

 しかし、放り投げられたスモークグレネードの一つを追い掛け、まるで煙幕を張らせるかと物語るかの様にレーザーポインターが動く。当然だが、僅かながらバットに狙いを付けるのが出遅れる。

 バットはレーザーポインターを辿って狙撃手の位置を特定し、自身に向けられる前に構えた。

 ぼそぼそと何か呟いてトリガーを引く。

 

 「メリルを!」

 「カバー頼むぞ!」

 「舐めた報いは受けさせてやるよ!」

 

 何発も続けて撃っている事から、バットは仕留め切れはしなかったのだろう。

 相手も当然、反撃しているがレーザーポインターが仇となって射線を読まれてしまい、外そうにも狙撃し合いの最中にそんな余裕は存在しない。

 メリルを引き摺りつつ、今だと駆け出して遮蔽物に移動させるスネーク。彼女を遮蔽物にもたれ掛からせた後は、ファマスの射程外と解かりながらもバッドの援護を行う。

 入れ替わるようにバットがメリルの下へ行き治療を開始する。

 

 「スナイパーは?」

 「生きてる。だがレーザーポインターとスコープは壊させてもらった」

 「良し、俺が出る。メリルを頼んだぞ」

 「無茶すんなよ。狙撃だけかどうかわかってねぇんだから」

 

 バットにメリルを任せ、スネークは通信棟に居る狙撃手を捕縛しようと駆け出した。

 通信棟に辿り着いた辺りを捜索しているスネークは、自分の行動を後悔することになる。

 大佐は姪のメリルが撃たれて危険な状況に陥った事で冷静さを失った。

 敵側のエース級を捕えて情報を吐かせようと思ったのもあるが、大佐同様に目の前で仲間を撃たれたスネークも多少なりとも冷静さを欠いていたのは否めない。

 

 敵の捜索を行っていたスネークは、周囲をゲノム兵とスナイパーウルフに囲まれ、あえなくして捉えられてしまったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 ――良い眼を持っているなぁ……。

 

 スナイパーウルフは対峙した相手の唇をそう読んだ。

 ゾクリとした。 

 相手の力量をもっと図ろうと射程に入った女性兵を狙撃した。

 想像以上の相手に気持ちが高まる一方で、失礼極まりない事をしてしまったと僅かな後悔を過らせている。

 次会ったら本気で()り合いたい。

 次こそ狩ってやる。

 あれは絶対に私の獲物だ。

 

 ウルフは愛用の狙撃銃PSG‐1を眺める。

 レーザーポインターとスコープが見事に撃ち抜かれている以外は破損個所は一切ない。

 そして相手はスコープもなくこれほどの正確な狙撃を成した。

 決して偶然などではない事は自身が良く理解している。

 レーザーポインターを使って場所を晒すリスクを負ったところで問題ないというやり方への返し。

 

 早く会いたいなと恋人を想う乙女のような言葉を思い浮かべながら、狙撃銃を握り締めるウルフは獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 彼女は捕えたスネークをとある一室に連行した直後。

 聞き出す事があるとリキッド・スネークに言い渡されて、オセロットが待つ拷問部屋へ連れてきたのだ。

 拷問部屋と言っても、窓もない暗い一室に様々な拷問器具が並んだようなおどろおどろしい部屋ではない。真っ白な一室で、清潔感が保たれた手術室のような一室。

 ただ中央には拷問器具となる高圧電流が流せる装置があり、それにスネークは手足を縛られてセットされた状態となっている。

 別に拷問マニア(オセロット)の拷問を学ぼうとか、スネークが痛がる様を眺めたいとかいう趣味はなく、出来れば拷問が始まる前に部屋を出て奴を探したいところ。

 

 なのに出ようとしても出られないのだ。

 入り口に殺到する兵士達。

 そして彼らを束ねる少女―――ミネット・ドネルが立ち塞がっている為に。

 

 彼女はまだ若くともリキッドのお気に入りで、サイコ・マンティスに能力の扱い方を教わったサイキッカー。

 後ろの兵士達は彼女の力により、支配下に置かれた兵士達。

 意志を持っていようと彼女の指示一つですべてが変わり、意識も記憶も彼女が望むがままに変貌させられる。

 

 何故彼女が立ち塞がっているかと言えばウルフに用があってではなく、スネークに用があると言った方が正しい。

 これからオセロットはスネークに高圧電流を流して拷問に掛けるだろう。

 しかしミネットが人形にしてしまえば情報を聞き出すだけでなく、自身の人形として支配下に置く事すら可能なのだ。

 

 「私の人形にしちゃえば早いのに」

 「フン、悪趣味な人形使いが。これは私の仕事だ。あまりでしゃばるな」

 「そう言ってやり過ぎたら元も子もないじゃない」

 「言ってくれるな?」

 「片腕を切られて私の子らを相手出来るんだ」

 「舐めるなよクソガキが!」

 

 ミネットの周囲を固める兵士達が自身の意思で絶対の忠誠を誓っていると思い込んでいる(・・・・・・・・)ミネットを守るために身を挺して盾にしようとする一方、何人かは先にオセロットを殺してしまおうかと銃口を向ける動きさえある。

 オセロットもオセロットで一歩も退く気はなく、片腕とは言え対峙したまま銃に手を置いている。

 

 困惑しているのは間に挟まれたスネークだろう。

 なにせいきなり少女と爺さんが自分の取り合いをしてるのだから。

 

 「こんなにモテても嬉しくないもんだな」

 「すぐにそんな事が言えなくなる」

 「そんなサディスティックなお爺さんより私を選ぶべきね。少しお喋りするだけなのよ」

 「後ろの物騒な兵隊の玩具が並んでなけりゃあ、お茶会に御呼ばれするのもやぶさかではなかったんだが」

 

 皮肉交じりで会話に参加したスネーク。だが何故かバチバチにアピールタイムを始める始末。

 ため息を一つ零し飽き飽きとした視線を向ける。

  

 「スネーク、あの狙撃手の名前はなんていうの?」

 「仲間の事をべらべら喋ると思うのか?」

 「なら好きな方を選べ。意思の無い奴隷にされるか拷問に掛けられるか」

 「――…バットだ」

 

 いつまでも奴と呼ぶのは変だし、奴の名を知っておきたい所だった。

 意志のない奴隷を薬漬けの事と判断したスネークは、拷問の方が多少はマシと判断したのかコードネームを口にした。

 そしてそれ以上は話さないと口を閉ざす。

 約束は約束だ。

 

 スナイパーウルフはオセロットに並ぶように立ち、ミネットに銃口を向ける。

 

 「さすがに貴方までとなると相手が悪いわね。ここは引くとするわ」

 「――フゥ…子供の癇癪にも困ったものだ。助かったよウルフ」

 「貴方の為じゃない。だが借りと思うのであればバットは私の獲物だ」

 「分かった分かった。蝙蝠には手は出さん。俺はこの蛇で楽しむとしよう」

 

 ミネットが兵士を連れて去って行った後、スナイパーウルフも拷問室より出て行く。

 バット…バット…とコードネームを口の中で転がしながら彼女は再び雪が降りしきる白銀の世界へと向かう。

 

 

 

 拷問を受けた後に独房へ移されたスネークは驚愕する事になる。

 自分以外に先客がいた事もそうだが、その先客がドナルド・アンダーソン局長であり、腐敗して蛆がたかっている具合から少なくとも潜入するよりも先に死んでいるという事実に…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●とある兵士の一幕 其の弐

 

 ブェックションッ!

 

 独房に響き渡る大音量のくしゃみ。 

 続いて垂れた鼻水を啜る音に発した本人が嫌気を感じている。

 極寒のシャドーモセス島の独房で、パンツ一丁で放置されたジョニーは当然ながら風邪をひいてしまった。

 大きなくしゃみをする度に喉が痛み、鼻を啜り過ぎて鼻下がひり付くようになってしまった。

 本格的に風邪をひいてしまったからか身体が寒くて寒くて仕方がない。

 節々まで痛くなってきた気もするし、頭の方も若干朦朧として来た。

 

 仲間に発見された俺はめちゃくちゃに叱られたよ。

 何をやってるんだって。

 独房に居た局長は死んでいるし、俺のセキュリティカードや銃に制服と文字通り身ぐるみ剝がされていた訳だから当然と言えばそうなのだけど…。

 

 で、罰なのか俺は営倉行きではなくて、別の独房の監視を命じられた。

 誰をと思ったら死んだ局長が転がされている独房。

 いる意味があるのかと思っても失態を晒した俺に意見を言う事も許されない。

 幸いガラス張りの特殊な独房である事から、臭いがする訳では無いのが救いかな。

 

 なんて思っていると侵入者がその独房に入れられたのだ。

 死体と違って逃げ出さないように監視しなければならず、風邪をひいて弱っている身体に鞭打って職務に邁進しなければ。

 

 監視をしていたジョニーは、扉が開いて二人の兵士が入ってきたことに強く驚きを見せる。

 

 「だ、誰だお前達!?」

 「独房の警備で参りました」

 「え、そ、そうなのか?」

 

 慌てて銃を構えると驚く素振りもなく、二人は敬礼をしてこちらに対する。

 聞いてないけどなぁと首を傾げるジョニーは一応無線で聞いておくかと無線機を手にしたところで、またも大きな大きなくしゃみをしてしまった。

 

 「大丈夫ですか?」

 「ちょっと風邪をひいて…」

 「この寒さでは仕方ないですよ。我々が変わりますので少し休んでいてください」

 「え!?いや、俺は…」

 「ほら、こっちよ」

 

 ブルリと寒さから両腕をさすっていると女性らしき兵士が手をひいて奥の椅子に腰かけさせる。

 もう一人はポーチから何かを取り出し渡してくる。

 真っ赤な液体…なにこれ?

 

 「ホットドリンクと言って寒い時にはこれですよ」

 

 恐る恐る臭いを嗅ぐと凄い臭いで強張っていると、大丈夫ですよと目の前の兵士が新たに一本出して一気に飲み干した。

 人が飲めるものらしい。

 良薬口に苦しともいうしと思い一気に呑み込むと、なんとも言えない味と共に寒さが薄れた。

 おお!と感心していると保管されていた食料の中からレーション一つとインスタントの珈琲を用意してくれていた。

 

 「毛布あったわよ」

 「仮眠用か独房用?なんにしても丁度良かった」

 

 ふわりと毛布を掛けられる。

 そして続いてレーションと熱々の珈琲を渡される。

 

 「我々が見張ってますので少しは休んでください」

 

 そう言う訳にも…と言いたいところだが風邪で体調は悪い。

 椅子から立ち上がりたくないと脳が語り掛けて来る。

 彼らの親切に甘えても良いじゃないかと思考が傾き、レーションを口にしながら珈琲を時折飲む。

 ホットドリンクで寒さが抑えられ毛布で身体の外側が温まり、流し込んだ熱々の珈琲が身体の芯から温めてくれる。

 

 あんな酷い目にあったのだから少しは良いかと、弱っていた事と温まった事で睡魔に襲われたジョニーは呆気なく眠りに落ちた。

 

 

 

 その後、眠ったのを確認したゲノム兵に変装していたバットとメリル、そしてステルス迷彩で透明化していたオタコンの三人は、独房内に居るスネークの救出に成功したのであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深まる謎に何度目かのハインド戦

 独房にはスネークを救出しようと、またはステルス迷彩で透明化して差し入れだけでもと訪れた者達の視線は、言葉を交わせぬ同室相手に向けられていた。

 

 DARPA局長ドナルド・アンダーソン。

 ソリッド・スネークはその死に際を、メリル・シルバーバーグを含めると死亡確認したのは二名。

 死亡したのは確実であるが、遺体の腐敗が進み過ぎているのが計算上合わない。

 加えて遺体を調べてみると拷問の跡に体内の血が異常な程に抜かれている点もおかしい。

 

 なにせ局長は心臓発作らしい症状で死に、サイコ・マンティスによって情報を読まれた事で、拷問に合う事無く独房にいれられていたのだ。

 遺体の状態に辻褄を合わせると死後に遺体に拷問を施し、血を抜き取った上で腐敗を進めたことになる。

 残るのは何故そんな事をしたのかと言う疑問ばかり。

 

 「この寒さだ。腐敗が遅れるなら兎も角進むのは人為的に施さない限りありえないだろう?」

 「でも一体何のために?」

 「指紋認証みたいに彼の血液が必要だったとか……」

 「いや、ここのシステムにそう言ったのはなかった筈だよ」

 『スネーク。蹶起したフォックスハウンドにはデコイ・オクトパスという変装の名人が居た筈だ。どちらかが変装だったのではないか?』

 「そうなると独房で心臓発作を起こしたのがデコイ・オクトパスね」

 「大佐の考えが今のところ有力ではあるが…」

 「何故、そんな事をしたのか」

 

 ベイカー社長はサイコ・マンティスの読心術を掻い潜る手術を受けていて、アンダーソン局長も同様に手術されていたという事から、尋問・拷問して情報を聞き出そうとしてやり過ぎて死亡。

 ここまでは解かるが何故デコイ・オクトパスは局長に成りすました?

 何故本物の局長から血を大量に抜き取る必要があったのか?

 謎が深まるがいつまでもここで待機している訳にもいかない。

 

 独房を出る際にスネークは毛布に包まり、椅子に座った状態で眠っているゲノム兵(ジョニー・佐々木)に首を傾げながら通過して行く。 

 目指すは通信棟―――の前に、先の拷問部屋で奪われた装備を回収する。

 

 「差し入れはこういうのが良かったな」

 「悪かったよ。だからそんなに言わないでくれよ」

 「博士(オタコン)、冗談だから流せば良いよ」

 「独房内で武装したら見張りに目立つし、あの狭い鉄格子をアサルトライフルなんかは通せないわよ」

 

 軽く笑い合う。

 オタコンが差し入れに来てくれたのは上位のセキュリティカードに食料を持っていたのだけど、レーションはまだしもケチャップ瓶ごとって…。

 手にしていた荷物を見て誰もが戸惑い笑ってしまった。

 

 

 「そう言えばバット。スナイパーウルフがお前にご執心な様子だったぞ」

 「え、それはどういった…」

 「何を焦ってるんだオタコン?恋愛感情の類というよりは獲物を見つけた狼の瞳だった」

 「あの狙撃手か――先の反応から親しそうだけど何か知ってる?」

 「詳しくは…けど彼女、僕には優しいんだ」

 「恋人?」

 「だったら良かったんだけど」

 「好意は抱いているって感じか」

 「コホン、蹶起した直後、奴らは(ウルフドック)を殺そうとしてね。僕が面倒を見ていたんだ。彼女も犬が好きで―――彼女は良い人なんだ。だから、その、彼女を傷つけないで欲しいんだ…」

 

 この言葉は人を殺す。

 スナイパーウルフを知り、良い感情を抱いている彼にとっては大切な人。

 言ってしまうのも無理はない。

 だが他にとっては異なる。

 敵意や殺意を彼女自身に抱いて居なくとも、敵側の人間ならば戦わなければならない。

 特にメリルにとっては自分を撃って来た相手。

 殺し殺されの戦場で相手を殺すなと言う言葉は、行動を制限するばかりか言った相手を死なせかねない。

 無論任務の性質上ある事ではあるが、これは個人の感情。

 異を唱えようとしたスネークとメリルより先にバットが答える。

 

 「………絶対なんて無いから約束は出来ないけど、善処は(・・・)しよう」

 「そうか。うん、ありがとう。じゃあ僕は情報支援に戻るね」

 

 勝手に自分の都合の良い方に捉えたオタコンは、ステルス迷彩を起動させて去って行く。

 意図を察したスネークもメリルもわざわざ指摘する事はなかった。

 

 『酷い人ね…』

 「誰も言ってねぇんだから指摘すんなや」

 『だって――…』

 「なら俺に死ねと?手加減が通じる相手かよ。それでも異論があるんなら代わりに戦ってくれ」

 

 バットのその返しに口に出したナオミも、想いはしたメイリンも黙り込んでしまった。

 口が悪いのは知っているスネークであったが、この返しについては疑問を抱く。

 

 「どうした?何に苛立っている?」

 「癪だけど親父と同意見だったんだよ」

 「あー、お前からは良い話を聞かない親父さんな」

 「自分がする分にはある程度自分で責任は追えるが、人に求めて何かあったら責任は負えない事が多い。死んじまったら特にな」

 「本当に親父さんが嫌いなんだな」

 「どうだろうな。たまに解らなくなる事がある」

 

 天井を眺めるバットは小さく息を漏らす。

 

 「すまん。八つ当たりだった…」

 『ううん、私も考えが足らなかったもの。バットはお父さんと仲が悪いのね」

 「良いところもあれば受け入れれない事って、大なり小なりあるだろそういうの」

 『私、大学までの面倒を見てくれた兄みたいな人はいたけど両親は…』

 「余計に悪い事を聞いたな…」

 

 重い空気を流れる中、話を変えようとしたのはメリルだった。

 ナオミにそのお兄さんのような人の話を聞き、自身は軍人だった両親の話を語る。

 続いてバットから両親とのとんでもエピソードを聞きながら道中を進む。

 話の中でナオミの祖父の話題をキャンベルが出し、なんと日本人でFBI長官補佐まで勤め上げたのだとか。

 1950年のニューヨークでマフィアの囮特別捜査官などで活躍もした人物らしい。

 

 当然話の流れからスネークにも振られるが、そこからナオミの様子がおかしくなった…。

 生みの親は知らず、育ての親は多くいた少年時代。

 大変世話になったし恩も受けた相手は多く入るが、父親の様に慕った相手と言うのは数少ない。

 一番父親らしさを感じたのは嘗ての上官で、戦った相手であるビッグボス。

 

 そんな相手でも殺せるのかとスネークを問うた。

 いいや、責めた。

 倫理的にそんな相手を殺めた事や、スネークの遺伝子には殺人を誘発するものが入っているなど。

 遺伝子の専門家でもある事から拘りと言うかデータで判断しているのか強く推していたが、遺伝子の影響はあるだろうけど絶対ではない筈だ。

 スネークも違和感を覚えながら、俺は殺戮マシーンではないと苦笑いしながら否定して話を終わらせた。

 

 多少話混じりに進むも目的地である通信棟に近づくと自然と言葉数は少なくなる。

 正確には通信棟A棟屋上から通信棟B棟へ繋がる渡り廊下。

 格納庫へ向かうにはその渡り廊下を進まなければならない。

 警戒しながらA棟屋上に辿り着いた一行を出迎えたのはゲノム兵などではなく、重武装ヘリ“ハインドD”による両脇に抱えたミサイル群であった。

 慌てて物影に飛び込む最中、十発前後のミサイル群が着弾したのはアンテナや渡り廊下など。

 

 『スネェエエエク!ここから先にはいかせん!!』

 「リキッドか!?それにあれはオセロット!?」

 「アレがオセロッ――って片腕で操縦してない?」

 「二人共呑気に言っている場合じゃないでしょ!?」

 『ここで死ぬが良い!!』

 「ミサイルの次は機銃かよ!」

 

 ハインドDや蹶起の首謀者の登場、蹶起側にいるオセロットが昔世話になった人物と同一なのかを見極めるより、片腕でヘリを操縦している事に驚くバットも、さすがに機銃斉射には大慌てで身を潜ます。

 とは言っても先にミサイル攻撃でかなり遮蔽物は潰され、結構開けた状態。

 有効的な武装は上手く近くで爆発させれれば使えるグレネードと撃った後は誘導する為に動けなくなるリモコンミサイルぐらいだろう。

 対戦車ライフルならまだしもモシン・ナガンでは撃ち抜けない。

 対抗手段がない上に渡り廊下を潰され以上はここに居る意味もなく、退路である出入り口も潰された事で戻る事も敵わず、機銃掃射からミサイル攻撃に切り替えられたら一巻の終わりだ。

 

 「どうするスネーク!」

 「逃げたいところだが……あそこのロープ使えるか?」

 「確認する。援護頼む!」

 

 スネークが示した先にロープが見え、確認しに行くためにも目を引いてくれと頼み、ファマス(アサルトライフル)をハインドDに撃っている間に走り、確認するとロープが垂れ下がって一階の辺りまで届いている。

 これを使えばこの場を脱する事は出来るだろう。

 

 「行けそうだ!」

 「メリル、先に降りろ!」

 「二人はどうするのよ!?」

 「相手の目を引き付けるんだよ!」

 「問答している時間もない。早く行け!!」

 

 スネークだけでなくバットも銃を構えて、意味はなくとも銃撃を撃って形だけの抵抗を見せて注意を引く。

 躊躇いは見えたものの差し迫った状況に圧され、ロープを掴んで降りて行く。

 中腹まで差し掛かったのを確認して続いてバットが降り、最後にスネークがロープに掴まるがハインドDも見逃さず、降りる際にも機銃を浴びせようと襲い掛かる。

 それを上手く予想して降下と停止を繰り返して斉射を避けて降りて行く。

 

 「器用なものね!」

 「言っている場合かバット!」

 「もう済ませた」

 

 降りた先にはB棟へ向かう渡り廊下があるが、向こう側にはアサルトライフルを構えたゲノム兵が並んでいる。

 声を掛けるより先に銃声が響き、バットがモシン・ナガンで狙撃を終えていた。

 後は素早く駆け抜けなければと走る三人だが、曲がり角に差し掛かったところで正面にハインドDが現れ、遮蔽物の無い真っ直ぐの廊下では逃げ場がない。

 

 「――ッ、セキュリティカード!」

 

 先行していたメリルが叫び、視線の先にB棟へ入る扉がある。

 セキュリティカードを所持しているスネークが体当たり気味に突っ込み、扉が開いた瞬間には転がり込むように三人が中へと入り込む。

 閉まった扉の向こう側より機銃斉射したであろう振動と音が伝わって来る。

 間一髪と安堵のため息を漏らすも、先に進むにはハインドDを何とかする必要がある。

 

 「上だな」

 「骨が折れそうですけどね」

 「もしかしなくても戦う気なの!?」

 「大丈夫だ。前にも落とした」

 「貴方達どうかしてるわよ!」

 「別に戦いたくて戦ってる訳ではないんだが」

 

 入った先で拾った携帯型対地空ミサイル“スティンガー”を担いで上へ向かおうとするもエレベーターは故障しているのか動かず、仕方なく下に向かえば階段を爆破されて進めやしない。

 文明の利器“エレベーター”を使わせろよとバットが文句を言うも、それを言うなら俺だろとスティンガーを担いだままのスネークが一番思っていた。

 結局入り口に戻ることになった一行を待っていたのはなんとオタコンであった。

 

 「オタコン!?どうやってここに?」

 「え、普通にエレベーターだけど…」

 「動いたのか」

 「あれ?止まってる…さっきは動いたのに」

 「さっきと言うのはどれぐらい前?」

 「そうだね。君達がヘリと戦っているのはここから観ていたよ」

 

 と言う事は入れ違いに動くようになったのではなく、俺達がここに来た段階で止まった。

 これもまた不思議な話だ。

 そちらも懸念事項であるが何故ここにオタコンがいるのかと言う疑問も大きい。

 

 「オタコン、何故ここに?」

 「ちょっと聞きたい事があって」

 「わざわざここまで敵中突破して来たの?」

 「そんな事僕には出来ないよ。ステルス迷彩で奴らのトラックに同乗させて貰ったのさ」

 「で、何が聞きたいんだ?」

 「えっと、そのぉ…戦場で愛は芽生えるかどうか」

 「………人を好きになるのに時間も場所も関係はない。ただ享受するのなら守り抜かなければならない。なぁ?」

 「知るかンな事」

 

 中々良い言葉を送って同意を求めたのだが、返って来たのはバッサリしたものだった。

 そしてバットの表情は何処かうんざりとしていた。

 この表情は親絡みかと予想したスネークは正しかった。

 

 「今でもゾッコンの俺の親父とお袋だけど、何処までが真実か知らんが出会った時は敵同士だったってよ。ほとんど惚気話は半分以上聞き流してたがな」

 「らしいぞオタコン。なんにしろ俺達は五月蠅い蠅を落としてくる。エレベーターの修理は任せたぞ」

 「分かったよ。さっきまで動いていたんだからすぐ治せると思うよ」

 「なら撃ち落しに行きますか」

 

 求めていた答えと覚悟を告げられたオタコンは強く考え込みながらも、帰り道を確保する為にもエレベーターの修理作業に移る。

 修理は任せて三人は軽く作戦会議をしながら上へと向かう。

 途中軍事アナリストであるナスターシャ・ロマネンコに無線を入れておく。

 

 『スティンガーを手に入れた事で確率は上がったな』

 「確率?」

 『勝つ確率さ。とは言ってもゼロに近いがな』

 「アナリストってのは薄情だな」

 『希望的観測で彩るより良いだろう?なんにせよ機体が大きいとはいえ遮蔽物がある場所では怪物(ハインドD)退治は難しい。屋上のような開けた場所が良いだろうな』

 「開けたという事はこちらも隠れる場所が無いんだが?」

 『気休めだがお前達なら何とか出来るさ』

 「本当に気休めだな。分かった。信じよう!」

 

 そう言ってスネークは無線を切って、B棟屋上前に到達する。 

 再度作戦を確認してスネークがスティンガーを担いで勢いよく姿を晒す。

 来ることは予想していたリキッドのハインドDが狙いを付けようと旋回する。

 

 「後方だな!」 

 『死ねぇ!スネェエエエエ――クゥ!?』

 『ヌアァッ、目がっ!!』

 

 背後に回って機銃の照準を合わせようとした矢先、屋上への出入り口からメリルが飛び出してスネークが示した方向――ハインドが居る位置へとスタングレネードを放る。

 爆発までの時間経過を計った為、ハインドD手前で鋭い閃光が辺りを照らし、もろに見てしまった二人は目を暗まされた。

 怯んだところにスネークがスティンガーミサイルを叩き込む。

 重装甲と言えどもスティンガーミサイルの直撃を受けて大きく揺れ、機体のダメージも相当なものを負った。

 だが、一撃で堕ちるほど柔でも無かった。

 黒煙を吹かしながらも何とかぼやける視界で体勢を立て直し、リキッドは苛立ちながら機銃をばら撒く。

 

 『貴様らぁあああ!!』

 「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってか?」

 

 明後日の方向にばら撒かれる機銃を気にともせずにバットは狙撃銃を構え、メリルは続いてグレネードを次々とハインドDへと放り、一番近くなったところで狙撃して爆発させてダメージを蓄積させる。 

 爆発によってさらに視界が塞がれ、その間にスネークはミサイルを補充して再び構えた。

 

 「堕ちろ!」

 

 二発目のスティンガーミサイル。

 まだ眩んでから視界もはっきりと戻っていないのもあって、回避も出来ずに直撃を受けたハインドDは、さすがに体制を立て直すどころか維持すらも難しく、ぐるぐると回転しながら堕ちて行った。

 

 『落ちるな!!』

 「無茶言ってるな。アレで死ぬと思うか?」

 「しぶとそうだったからな。また出て来るだろうな」

 

 落ちて行ったハインドDを見下ろした一行はまだ生きているだろうと確信を抱きながら先へ急ぐ。

 すでに制限時間が少なく、このハインドDの戦闘で多くの敵兵が位置に気付いている事だろう。

 最悪スナイパーウルフが先回りして狩場を設定している可能性すらあるのだから。

 

 そんな淡々と考えているスネークとバットを他所に、銃で攻撃ヘリを呆気なく落とした事実をすぐに呑み込めず、困惑を隠せないメリルであった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蝙蝠と狼は吹雪の中で静かに踊る

 投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
 PCの不調から始まり、動く度に痛んだりヒヤッとする程に腰を痛め、花粉症で目と鼻と喉と思考能力をやられておりました…。


 リキッド・スネークが射手を担当し、隻腕のリボルバー・オセロットが操縦していたヘリを撃墜したスネークとバット、それとメリルはオタコンよりエレベーターが動くと報告を受けて、エレベーターホールに向かっていた。

 その際、戦闘ヘリをたった二人で撃墜した事に対して偉く驚き、まるでアニメのようだと興奮気味に騒ぎ出す。

 

 『ヘリを落としたなんて凄いじゃないか!』

 「そうか?毎回の事だけどなぁ…」

 『毎回って何!?しかも全部落としているの!?』 

 「あぁ、そうだが?」

 「そんなに驚く事ですか?」

 『えっ!?これボクがおかしいの?』

 「いや、オタコンの方が正しいと私は思うわよ」

 

 三人だった時にはスネークとバットが平然としている事から、変な疎外感があったメリルであったが、ここでオタコンの反応を見る事でやっぱり自分は正しかったんだと再認識する。

 登ろうとした際には動かなかったエレベーターだが、どうも修理せずとも動くようになったらしく、原因は誰かが止めていたのではと言う事に。

 一体どうやって、誰がと疑問は残るものの、とりあえず動くのであればと到着したエレベーターに乗り込もうとしたスネークをバットが制する。

 

 「一つ質問、ステルス迷彩ってオタコンのと忍者以外にもあったりする?」

 『あ!そうなんだよ。研究室に後四着残っている筈だから、皆にと思って取りに行ったんだけど無くなってて…』

 「四着無くなってたんだ。それと今エレベーターに乗ってたりしないよな?」

 『え、乗ってないけど…』

 

 質問の意図をオタコンが聞き返そうとする前に、バットが二丁のベレッタM92を抜くとエレベーター内へ銃口を向けてトリガーを引いた。

 突然の発砲に驚く一方で、眼前で起こった不思議な現象に目を見開いた。

 エレベーター内には誰も乗っていないというのに、撃った方向には血が飛び散って壁や床を濡らす。

 それどころか何かが倒れ込む様な音さえする始末。

 情報が一切なければ怪現象だがステルス迷彩が盗まれたというオタコンの発言から、エレベーター内にステルス迷彩を装備していた敵が搭乗していたのだと理解するのに時間は掛からなかった。

 透明化していた敵兵は己の血に濡れてシルエットを露わとする。

 

 「姿が見えないからって油断し過ぎ。それと敵が来たからって呼吸音荒く何なって。誰でも気付くぞ」

 「そ、そうよね」

 『さすがだね―――…ねぇ、今メリルの声震えてなかった?』

 「気付いていたに決まってるじゃない!」

 『ど、怒鳴らないでよ』

 

 完全にメリルは声色から気付いていないのは丸解り。

 ならスネークはというと答える事無く、バットが倒した敵兵を降ろして反応する気が無い…。

 敵を排除したエレベーターへ乗り込んだ一行は、一階へと降りて扉より雪原へ出る。

 後はメタルギアの下へ急ぐのみ。

 猛吹雪の中をメリルは先導しようと前へ出る。

 

 「さぁ、あと少しね」

 「メリル、スネーク、物影へ」

 「――…解った」

 

 なんで?とは聞かずにエレベーターの時と打って変るただならぬバットの雰囲気に、聞く事もせずに言われるがままに身を潜ませる。

 潜ませるとは言うが、現在猛吹雪の中に居るので隠れずとも隠れているようなもの。

 それでも警戒してそう言うと言う事は奴が居るのだろうと推測される。

 僅かながらの沈黙。

 聞こえるのは吹雪く風の音のみ。

 短時間ながら体感では長くも感じる中、無線が入って来た。

 

 『良く気付いたわね。それでこそ私の獲物』

 「やっぱりスナイパーウルフか。一度目は迂闊にも狩場に踏み込んでしまった、二度目はない」

 『貴方だけは私が狩る。今度は絶対に』

 『駄目だよウルフ!』

 『子供が出しゃばるんじゃない!!』

 『バットも頼むよ。彼女良い人なんだ!』

 

 オタコンの叫びにウルフもバットも苛立ちを隠せていない。

 いや、ウルフははっきりと言ったが、バットは言葉どころか口調でも伝えてないのでオタコンは気付いていない。

 けれど表情を見ているスネークとメリルは嫌と言う程に理解している。

 

 「お前の獲物は俺か。なら俺が相手をしよう。スネークとメリルは先に行ってくれ」

 「ちょっと!スナイパーの狩場からどうやって…」

 「多分だけど俺も狼からも二人は邪魔なんだ」

 「邪魔って…」

 「ここは狙撃手同士の狩場なんだ。そうだろ!」

 『ああ、私の獲物はお前だバット』

 「行ってくれスネーク」

 「狼は任せたぞ」

 

 不安は残るがスネークはメリルを連れて先へ向かうべく進みだした。

 姿が消えるまでの間にウルフは確かに撃つ事はなかった。

 理由は一対一で正々堂々と戦いたいから―――なんてものではない。

 

 すでに二度に渡って腕の良さを見せた同じ狙撃手の獲物。

 下手に狙撃しては居場所がバレる可能性が高い。

 ブリザードで視界が悪かろうと、狙撃出来る自信があるがゆえに相手に出来ないと否定する事は出来ない。

 勿論邪魔が入るのが嫌だったのもある。

 

 「さぁ、始めようか」

 『どっちが狩るか狩られるか――勝負よ!』

 

 猛吹雪が行き交う白銀の世界で狼と蝙蝠は静かな戦いの幕を開けた…。

 

 

 

 

 

 

 スナイパーウルフの相手をバットに任せたスネークは、メリルと共に先へと急ぐ。

 先にあった建物へセキュリティカードを使用して入り、格納庫へ続くであろう道のりを進む。

 ただ道中には警備のゲノム兵は勿論ながら、地雷や監視カメラも仕掛けてあって早々に突破は難しい。

 バットがいてくれればとも思うが、口にしたらしたでまたアイツは怒るのだろうなと思い浮かべて苦笑いを浮かべる。

 急ぎながらも慎重に時間を掛けて解除や相手をやり過ごし、貨物用エレベーターにまで辿り着く事は出来た。

 

 「大丈夫かしら?」

 「バットなら問題ない」

 「信頼しているのね」

 「頼れる戦友だからな」

 「そう…」

 

 心配そうで呟くメリルにスネークはどう声を掛ければ良いのか解らなかった。

 数度に渡って来たからこそ信頼も信用もしているが、メリルは話では聴いているが初対面。

 腕も技術も多少見てはいるが頼れる仲間とは思っていても、絶対の信頼を向ける程までではない。

 共に戦った方が良いのではないかとも思っているだろうが、一度狙撃されて足手纏いになってしまった事からそう言う訳にもいかないと解っているのだろう。

 だからこそ彼女はこちらについて来た。

 今は割り切れずに燻ぶっている心情に苦しんでいると言ったところか。

 

 どう声を掛けるべきかと悩んでいると、マスターミラーより無線が届いた。

 

 『聞こえるかスネーク』

 「マスター?何か――…」

 『キャンベル達と繋いでいるのか?』

 「いいや、今は繋いでいないが」

 『なら良い。そのまま聞いてくれ』

 

 マスターの発言の意図に困惑する。

 無線は周波数によってかける相手が異なるものの、今回の件で言えば三つの回線があると思えば良い。

 ナスターシャにマスター、それとキャンベル大佐達。

 正確にはキャンベルとメイ・リン、ナオミは別の回線だが専用の周波数が当てられているだけで、司令部に一緒に居るのでほぼ筒抜けとなる。

 こちらから複数に繋ぐか、向こうが同時に繋ぐかしない限りは他の回線をスネークを中継して聞く事は出来ない。

 

 口調からしてマスター達に聞かれたら不味そうな雰囲気に眉を潜める。

 そしてその悪い予想はしっかりと当たってしまう。

 

 『ナオミが語った経歴だがあれは出鱈目だ』

 「なんだって!?」

 『まずナオミの祖父が囮特別捜査官だなんてのはあり得ない。マフィアへの囮捜査が行われたのは50年代ではなく60年代。それもニューヨークではなくシカゴからだ。日本人で採用されたってのも怪しいもんだ』

 「しかし、何故ナオミはそんなウソを…まさか」

 『彼女は元々フォックスハウンドの人間だ』

 

 脳裏に思い浮かんだのは彼女がこちらの動向を探るために派遣されたスパイであるという疑い。

 否定しようと思うも否定できる証拠や根拠はない。

 寧ろ彼女は単なるメディカルスタッフではなく遺伝子治療を行っている。

 最悪出発前の不凍液注入時に、何かを入れられていてもおかしくないとの不安さえ抱きつつある。

 心情を察してか語気が若干弱まった。

 

 『この事件は可笑しな事が多過ぎる。ベイカー社長とアンダーソン局長の突然の死に謎の忍者の登場』

 「確かに不可解な事が多過ぎるが…」

 『別に彼女がスパイだと断定するつもりもない。ただ用心はしておくべきだ』

 「分かった。大佐には説明すべきか?」

 『いや、まだだ。確定情報でもない。下手に猜疑心を撒いて司令部を混乱させるのもな』

 「了解した。注意はしておこう」

 

 無線が切れるとメリルが不思議そうな顔を向けていた。

 

 「どうしたの?」

 「いや、今回は不可解な事が多いから気を付けろと忠告を受けただけだ」

 「そう、その割には長く話していたようだけど」

 「向こうも想う所があるのさ」

 

 ふぅんと何処か不思議そうに見つめるも、逸らすように貨物用のエレベーターを起動させる。

 今はスナイパーウルフの相手を買って出てくれたバットの為にも先に進み、メタルギアによる核発射を阻止しなければ。

 エレベーターは二機あり、スネーク達が乗った一番エレベーターで中間地点まで上がると、途中で二番エレベーターに乗り換えねばならない。

 

 ゴンゴンゴンと機械音が響き渡る中、カァーカァーとカラスの鳴き声が混じり、エレベーター内に影を落とし始めた。

 

 「こんなところに烏が」

 「メリル、人の心配をしている場合ではないかもしれないぞ」

 「どうしてよ?」

 「この先で敵が待ち受けている可能性が高いからだ」

 

 あの戦車と戦った時も烏が飛んでいた。

 誰かが居るのは確かなのだろう。

 スネークの様子から気を引き締めて、メリルは上昇するエレベーターの先を見据える。

 

 

 

 

 

 

 行き交う吹雪と強風で視界は最悪。

 ある程度の音も掻き消える為に耳での索敵も不可。

 動く人も見えなければこの周囲に人がいるのかさえ怪しいところだ。

 だがウルフは感じ取っている。

 純粋な殺意や明確な気配といったものではない。

 肌がピり付く感覚。

 静かながらも騒がしいこの狩場が教えてくれている。

 お前の獲物はここに居ると。

 同時にお前を狩る者もここに居ると。

 

 何分何時間何日何週間であろうがウルフは耐え切る自信があり、相手も狙撃手としては優秀なのは二度の遭遇時に解り切っているので早々に尻尾は出さないであろうと踏んでいる。

 が、必ず奴は動く事になる。

 何故なら自分と違って時間だけは味方をしてくれはしないのだから。

 

 確かに狙撃手同士の勝負に全力で挑むのなら、彼が雪の中での戦闘に不慣れだったり持久力に問題が無ければ、十分に待ち構えれば良いだろうが、そうしていたらこちらは核を発射する。

 そう、彼は短時間の間にこちらを倒さねばならないという条件――いいや、ハンデを背負っている。

 

 小さく息を吐く。

 周囲に気を配り獲物が慌てふためくのを待つ。

 狩りは一瞬。

 

 「――ッ、動いたか…」

 

 突然の銃撃。

 それも狙撃用のライフルなどではなく、アサルトライフルの類。

 時間が無い事に焦ったのか、雪中での戦闘に不慣れだったのか…。

 無茶苦茶に乱射しているというよりは雪が盛り上がっている場所や木を狙って撃つ事でこちらの反応を探っているらしい。

 残念な結末だ。

 吹雪で視界が悪いと言えども銃声で位置は解かる。

 こんもりとした雪から覗く銃身があちこちへ向いては探りを入れる為の銃弾を数発ずつ発射している。

 狙うは頭部。

 一発で仕留めようとスナイパーライフル“PSG‐1”の銃口を向け、冷めた気持ちでトリガーを引いた。 

 放たれた弾丸は予想した軌道を描いてヒット。

 

 されど銃撃は続いており、凡そではあるがこちらに向かって銃撃してきた。

 外したかと二射目で確実に当てる為に胸元辺りを狙う。

 

 弾丸は雪の中を突き進み、着弾した事で銃撃は止んだ。

 雪の中からアサルトライフルのファマスと雑多な鉄材と配線を散らしながら。

 

 何あれは?

 

 赤い鮮血ではなく散ったのは何らかの部品。

 それらがセントリーガン―――つまり囮だったという事を理解するまで時間は掛からなかった。

 

 「そこか!?」

 

 ゾワリと直感的に感じ取ったウルフが状態を逸らすと、肩を狙っていた弾丸が遮蔽物にしていた木に命中。

 何とか回避出来たウルフは素早く反撃しようと、撃って来た先を睨みつけるとモシン・ナガンを構えたバットの姿が。

 身を潜まして狙撃手同士の撃ち合いかと思いきや、身を潜ませた直後にポーチより取り出したのは手榴弾。

 幾つかの手榴弾を放っては、様々な爆発を起こして視界内を騒ぎ立てる。 

 グレネードの爆発で雪が塊で舞い上がり、スモークグレネードは吹雪に煙幕を紛れ込ませ、スタングレネードは発生する高音よりも閃光が真っ白な雪によって乱反射を起こす。

 なんて騒がしい戦場か。

 これがスナイパーが作り出す戦場なのかと疑うもどこか懐かしさを覚える。

 

 移動しながら撃ち返すが向こうの方が動きが良い。

 さすが創り出しただけあって慣れている。

 あちこちで騒がしく、瞳が無意識に動いては脳が認識をする作業が僅かに動作を遅れさせる間に、雪上を駆け抜けては狙撃ポイントを変えて狙撃を繰り返す。

 

 これではまるであの人ではないか!?

 

 脳裏に焼き付いた彼女―――クワイエット。

 狙撃地点がバレたら即座に常人ならざる身体能力を駆使して移動し、何事も無かったように姿を暗まして新たな狙撃地点より狙撃を行う。

 

 騒がしい視界内から情報を掻き分けながら、獲物を狩ろうと探してはトリガーを引く。

 島に住まうウルフドックが見守る中、けたたましい戦場から音が消えて静けさが戻り、雪原に右肩と横腹と太腿の三か所を撃ち抜かれたスナイパーウルフが倒れ込む。

 

 「俺の勝ちだ」

 「……ハハハ、私が狩られる側だったか…」

 

 伏したウルフをモシン・ナガンを背負い直して、ベレッタを構えるバットが見下ろす。

 痛みはあるが不思議と悔しさはない。

 寧ろ自身に対する自責の念だけ。

 自身は恩のあるビッグボスを失った事で復讐に身を投じ、傍観者から当事者へと成り果てた(・・・・・)

 狼の誇りを忘れて…。

 

 後悔交じりの大きな息を吐き出したウルフは、姿は見えないが雪を踏み締める足音が近づいて来た。

 戦っている事を知って駆け付け、ステルス迷彩を解いたオタコンは膝をついて崩れ落ちる。

 

 「これでようやく…解放される…」

 「そんなぁ…どうしてぇ…」

 

 自身の得物であるPSG‐1を抱いてスナイパーウルフは呟き、オタコンは彼女を失う悲しさと自分は何も出来なかった事から涙を零れ落とす。 

 そんな中、バットだけは険しい顔を浮かべる。

 

 「なに勝手に死ぬ方向で話進めてんだよ」

 「お前…何をして…」

 「治療に決まってんだろ。暴れんな。博士手伝え」

 「え、僕は治療は…」

 「違う、暴れないように抑え付けといてくれ」

 

 ポーチから医薬品や包帯などを取り出したバットは、淡々と始めるもウルフは抵抗を試みる。

 しかし三発も銃弾を受けたダメージから抵抗は弱々しく、鍛えてないデスクワーク主体のオタコンに押さえられただけで無力化され、渋々ながらも手当てを受ける他なかった。 

 応急手当を終えて武器を確認して立ち上がってから見下ろす。

 

 「俺は好き勝手に治療させて貰ったが、後は好きにすると良い。俺はスネークと合流しに行く」

 「ちょ、ちょっとバット!?」

 「ただアンタを観てると師匠を思い出すから出来れば(・・・・)死なねぇでくれると嬉しい―――もしも生きるのに理由が必要だってんなら、敗けた仕返しでも八つ当たりでも理由を付けて俺を恨んでくれても構わない」

 

 復讐心を糧に、楔にしてでも生きろ。

 敗者の生殺与奪は勝者が握る事が多い。

 狼は戦いを挑んで撃ち負けるも、勝者となった蝙蝠は殺さずに治療を施して生きろと言う。

 

 ただ絶対ではなく頼み。

 治療と言っても瞬時に完治させる医術など存在しない訳で、応急手当を受けたと言っても怪我の悪化や状況によっては死亡する恐れもある。

 応急手当で止血などはされたが、内部の損傷具合も解りはしない。

 後は運任せ。

 

 狙撃で負けた事は悔しくもあるが、恨むどころかどこかスッキリした気すらする。

 大丈夫?と心配そうにするオタコンから、去ろうとするバットに視線を移して声を掛ける。

 

 「一つだけ教えて欲しい―――お前の師匠の名は?」

 「――――…クワイエット。本名は知らないけどな」

 「……そう。そうなのか」

 

 今度こそ去って行ったバットに対しウルフはクスリと笑った。

 先程感じた懐かしさは間違っていなかったのだ。

 それにしてもあの人の弟子が自分以外に居たとは驚きではあるが…。

 

 また出会う事が叶うのならば、同じ師を持つ者同士として話をして…みたい……なぁ――…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

烏は飛び去り、脅威が迫る…

 建物内だというのに極寒と変わらぬ寒さに息が白くなる。

 並べられたコンテナや壁面、天井や足元に至るまで霜が降りており、凍結している個所も多い中で烏が舞う。

 巨大な冷凍庫のような倉庫内に奴は待ち構えていた。

 

 「ここから先へはいかせんぞ蛇」

 

 声を上げて出迎えたのは巨漢に見合うガトリングガンを手に、弾薬の詰まったタンクを背負うバルカン・レイブン。

 シャツの一枚も来てない上半身は鍛え上げられており、ガトリングガンやタンクの重みを屁とも思わず支え、息どころか肺すらも凍り付きそうな寒さも感じていないようであった。

 軽々しく飛び降りたレイブンは過多な重量を両脚で支え切って対峙する。

 

 「レイブン()は残飯処理ではなく、不要なものを自然界に帰すだけ。時には怪我を負って弱った狐を襲う事もある」

 

 不要なモノ…。

 対峙しているスネークは蹶起したテロリストにとって侵入者である自分。

 そして狐――フォックスは元フォックスであったことを言っているのか、それともフォックスの補充要員だったメリルに向けて言っているのか…。

 なんにせよカラス(レイブン)によって俺達は見つかり、囲まれて戦意を向けられている。

 余裕のある笑みを浮かべながら返す。

 

 「この声は……M1戦車に乗っていた男か。その巨体でよく乗り込めたもんだな」

 「フッ、丁度良い遊びだっただろう?―――俺はカラス達と共に見定めていた」

 「で、合否はどうだった?」

 「合格だ。カラス達はお前を戦士と選んだ!」

 

 レイブンの目から何かが飛び立ったように見える。

 幻覚の類。

 いや、これは奴のシャーマンの力なのか。

 白いカラスが飛び込んでくると身体が動かなくなり、肩にカラスらしきナニカが止まる。

 

 「今、お前は死の宣告を受けた」

 「死の宣告…」

 「お前、東洋人の血が流れているな?なるほどなるほど、お前も俺達と同じモンゴル系か。アラスカ・インディアンは日本人に近いとも、祖先が同じとも言われる」

 「知り合いに蝙蝠はいるが、烏の親戚は居ないんだが?」

 「フン、蛇は気に入らんが同族なら手加減はなしだ。見せてみろ蛇よ!!」

 

 ガトリングガンを構え直したレイブンに対して、スネークとメリルは銃口を向けるよりも先にコンテナの影へと駆けた。

 広い場所であるがコンテナが並んでいるので開けてはおらず、寧ろガトリングガンを前に直線状に立つことになる。

 さすがのスネークもガトリングガンと真正面から撃ち合いするのは遠慮したいところだ。

 射線上から出たところで轟音と共に弾がばら撒かれた。

 

 「下手に身を乗り出すなよ!ミンチにされる」

 「分かってるわよ。けどこのままじゃあ…」

 「これを使え」

 

 スネークがメリルに渡したのはリモコンミサイル。

 確かに遠隔操作で攻撃できるので、ミサイル自体が撃ち落される事はあっても、自身が射線に跳び出す必要性はない。

 だけど何故自分に渡したかを察してスネークを見つめるも、小さく笑って走り出して問いかける事は出来ない。

 否、問いかける必要性もない。

 烏は蛇にご執心。

 囮を務めるから仕留めろとのご要望だ。

 

 「これは外せないわね」

 

 重役を任された事に喜ぶと同時に責任感に肩が重くなる。

 決してリモコンミサイルを担いだ重さだけではない。

 

 やはりというか当然ながらタンクを背負い、ガトリングガンを持っているだけに歩みは遅い。

 一歩ごとにドスンドスンと音が立つので、居場所は解り易い。

 待ち構えたスネークはひょこっとコンテナから出るとファマスを撃って即座に移動。

 お返しと言わんばかりのガトリングの弾幕は洒落にならん。

 

 それにしてもと…レイブンの頑丈さに恐れ入る。

 撃った瞬間にはガトリングを回転させ始め、弾が放たれるまでは盾にするように銃身で身を隠し、ばら撒く瞬間に重心を向ける。

 行おうとしたら相当に鍛え上げられた筋力が無いと難しいし、盾にしても完全に防ぐことは出来ずに身体にも当たってはいるのにビクともしない。

 どんな鍛え方をしたらあんな風になるというのだ。

 いや、身体を鍛え上げているのもあるが、あれはそれだけではなく精神面での強さか。

 

 「意外と小賢しい。逃げてばっかりか蛇よ。それとも何か狙っているのか?」

 「さぁ、どっちだろうな」

 「浅知恵だな!」

 

 いつまでも同じ戦法が通じる筈もなく、曲がり角で待ち構えていたスネークに対してレイブンが先制して弾幕を張る。

 跳び出そうとする一歩手前で止まる事が出来たので助かったが、危うく肉塊にされる手前だった…。

 狙った訳ではないがメリルが誘導したリモコンミサイルが側面よりレイブンを捉えた。

 

 「見えているぞ!」

 

 撃ち続けながら銃身を横へと向け、弾幕でリモコンミサイルを撃ち落した。

 メリルは決めきれなかったことに焦るが、機会を活かすようにスネークが飛び出して、ファマスを撃ちながら突撃を仕掛けた。

 ほぼ無防備なレイブンに着弾して行くもまだまだ倒れる気配はない。

 寧ろ再び銃身を戻そうとしているぐらいだ。

 不味いと思った矢先、マガジン内の弾が尽きた。

 交換している時間はなく、左右はコンテナで隠れれる場所はない。

 ファマスを投げ捨てながらソーコムピストルをホルスターから抜こうとするが、銃身が向くのが若干ながら早い。

 

 気付こうとも止める事は出来ない。

 レイブンもそうなると解って頬が若干緩んだ。

 

 ―――ナニカが居る…。

 

 視界の端。

 黒いナニカがコンテナの上からこちらを見下ろしている。

 本能的に視線を向けてしまったがそこにはナニも居らず(・・・・・・)、その僅かな行動が決定的な生死のラインを違えた。

 

 ソーコムの弾が叩き込まれる。

 距離も近く、スネークの狙いは正確で即死ではないが確実に致命傷を貫く。

 何発何十発も叩き込まれたレイブンも、さすがに堪え切れなくなりコンテナに凭れかかった。

 

 「どうやら……不要だったのは俺のようだな…」

 

 ガトリングガンを落とし、立っているのがやっとな様子であるが、気を抜かずにマガジンを交換して構えていると、メリルが駆け付け合流する。

 視線を向けるが対峙するだけの気力もなく、凭れかかったまま立つのがやっとだ。

 

 「スネーク、これを持って行け…」

 「セキュリティカード?どうして俺に?」

 「お前は…いや、お前とボスは自然が創り出した蛇ではない。俺達が知らない世界から来ている――決着をつけて来い」

 

 受け取ったセキュリティカードを警戒して眺めるが、奴の感じから罠と言う雰囲気はなかった。

 そのままポーチにしまい込み、視線を戻したところで「あぁ、そうだ」と思い出したように閉ざし掛けた口を開く。

 

 「そうだ、一つ教えといてやろう。お前の前で死んだダーパ局長―――あいつはデコイ・オクトパス。奴は血液まで擬態する」

 「血液までってどういう…」

 「まさか!?血を入れ替えたのか…」

 「ふっふふふ、人は騙せても死神までは騙せれなかった」

 「死神?いや、それより何故そんな手間を」

 「そこから先は自分で考えるんだな」

 

 ばさりと周囲に止まっていたカラスが一斉に舞い、血みどろなレイブンに飛び付く。

 それが意味するのは自然界でなら当然の光景。

 見据える事の出来ないメリルはそっと目を反らし、スネークは直視して最期を見つめる。

 

 「俺の残骸は残らない。魂も肉も骸も自然に還る。良いか蛇よ!俺はお前を見ているぞ!!」

 

 集まった烏が飛び立ったそこには大きなタンクとガトリングガン、飛び散った血が残るだけだった…。

 局長の死体の謎は解けたが何故偽装する必要があったのかと言う新たな謎が出て来た訳だ。

 考えるも答えは早々に出ず、ため息を一つ零す。

 

 なんにせよやる事は変わらない。

 デコイ・オクトパスがすでに死んでいたとなるならば、サイコ・マンティスにバルカン・レイブンを含めて最低でも三人、バットがスナイパー・ウルフに勝利していると考えると四名ものフォックスハウンドの精鋭を倒した事になる。

 いや、片腕を失ったリボルバー・オセロットは弱体化して、蹶起したテロリストの中で残る強敵はリキッド・スネークのみ。

 もう一人捕まった時にひと目見た少女も脳裏に過り、色々あって今まで調べる事もしてなかったと忘れていた事を思い出した。

 整理しているとエレベーターが上がっている音が聞こえ、身を隠しながら様子を伺うとバットが搭乗していて安堵の吐息を漏らす。

 

 「下まで凄い音がしてましたが大丈夫だったんで?」

 「なんとかな。そっちは?」

 「こっちもなんとかと言うところです…かね…」

 「ちょっと顔色悪いわよ?」

 「ホットドリンクのデメリットがきつくって…」

 「え、アレって人体に害があるの!?」

 

 驚きの声を上げるもそうじゃないと即座に否定される。

 ホットドリンクは感覚的にではなく肉体的に寒さに強くなるが、寒さ耐性を得る代わりに逆に下げる事が難しく、息を吐く度に白い湯気を出していては狙撃手に見つかってしまう。

 という理由から雪の中に埋まって、口の中には雪を絶え間なく含み続けたおかげで腹の調子が良く無いのだとか。

 エレベーターに乗り込む前に吐き出したけども体調不良は完全には治ってないとの事。

 苦笑いを浮かべる他無かったが、兎も角無事合流できてよかった。

 三人は並んでようやくメタルギア格納庫へだと足を進める。

 

 コンテナの上より眺めている人物がいるとも知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 「いったい……どれだけ歩けば………着くんだ?」

 

 ハル・エメリッヒことオタコンはゼェゼェと息を切らしながら吹雪の中を藻掻くように進んでいた。

 軍属でも雪に慣れ親しんでいた訳でもない科学者である彼に女性とは言え人一人を担いでの雪中行軍はキツイものがある。

 それでも彼女―――スナイパー・ウルフを放置して去るなんて選択肢は存在せず、同時に彼女が気を失っても手放そうとしなかった狙撃銃を置いて行くという行動も取れずにいる。

 生存率を考えるのならある程度荷物を棄てて身軽になるべきだったのだ。

 

 さらに彼を襲うは猛吹雪。

 目の前ですら見えない吹雪の中で、すでにどちらから来てどちらへ進めばいいのかさえ分からない。

 進んでいる様で迷っているのではないかと脳裏を過る。

 周囲にはウルフドックが付いており、時折先導したり背を押したりと手助けはしてくれているようだが、歩みが遅いのもあって中々建物に辿り着けない。

 

 「クソッ…こんな事なら鍛えておけば…」

 

 口にしたところで詮無き事であろうとも言わずにはいられなかった。

 歩き疲れて肺が痛いどころか凍り付きそうだ。

 ズシっと痛みを感じて足元がふらつき、二人揃って雪の上に転がる。

 これは本格的に駄目かと思った矢先、猛吹雪で見辛いがナニカがそこに居た。

 

 一瞬スネークやバットと期待したが、影ながら巨体である事から違うと解かる。

 倒れた際に眼鏡も落としたために良くは見えないが、どうも形から熊のようであった。

 

 「くっ、こんなところで…」

 

 足が竦みそうになる。

 ここで立ち止まっていても、逃げ出してもその場合はウルフが喰われる。

 けれど挑んだところで熊に勝てる事はまずありえない。

 震える中でウルフドック達が唸り声を挙げて警戒するも、即座にそれを解いて道を開けた。

 

 熊はのそりのそりと近づき、鼻先をウルフに寄せてにおいを嗅ぐ。

 食べる気かと思って割って入ろうかとするが、ウルフドックが裾が噛んで止める。

 嗅いだ熊はひと鳴きすると側面を向けて屈み、まるで乗れと言っているような行動を見せた。

 

 「い、良いのかい?」

 

 困惑しながらも頷いた熊の背にウルフを乗せ、続いて自身も乗ろうと頑張るも中々乗れず、ウルフドック達に押し上げて貰ってようやく乗る事が出来た。

 のそりのそりと歩く熊に揺られ、気付けば施設らしき建物の近くに到着したらしい。

 思ったより近かったと思うも、あの猛吹雪の中では短くとも危険が伴う距離には変わりない。

 

 乗る時よりは楽に降りた。

 訂正しよう。

 熊によって滑るように落とされたオタコンは、次に降ろされるウルフを受け止めて支える。

 その衝撃で僅かに意識を戻したウルフが熊に微笑みかける。

 

 「お前が迎えに来てくれたのかびぃ…」

 「ウルフ?ウルフ!?」

 

 もしかしてと焦るが再び気絶しただけかと知って安堵する。

 それはウルフドック達も一緒だったらしい。

 ふと僅かながら重みを感じてポケットを触ってみると、どうも転んで外れた眼鏡が入っていたらしい。

 かけ直したオタコンは敵地の真ん中で、ステルス迷彩は自分の一着しかない事実を思い出し、見つかったら一巻の終わりだと再度理解して何処かへ隠れなければと周囲を見渡す。

 とりあえず目に付いた場所に入ろうしたところで、熊に礼を言うのを忘れていた事に気付く。

 人の言葉を理解出来るかは解らないが、こういうのは気持ちの問題だ。

 

 「あ、ありがとう。君のおかげで助かった…よ……あれ?」

 

 振り返った先には熊の姿は一切なく、ウルフドック達は項垂れる姿ばかり。

 他に何かあるかと言われれば、石が積み上げられたちょっとしたお墓らしきモノがあるぐらいだった…。

 

 

 

 

 

 

 ナオミ・ハンター。

 彼女は拘束されて尋問される事に相成った。

 マスター・ミラーの追加調査で明らかになったのはナオミ・ハンターという女性は中東で行方不明になっており、無線で支援をしている彼女はナオミ・ハンター本人ではなく、何処かでナオミ・ハンターの個人情報を入手して名乗っている誰か。

 加えてロイ・キャンベル大佐の調査の結果、彼女がアラスカに暗号通信を送っていた事が明らかとなり、信じられないと言った風ではあったがスパイの可能性が高まった事で、拘束及び手荒い事はしたくないが尋問せざるをおえなくなった。

 

 スネークにバット、メリルはそのナオミがスパイであったという情報と共に、身を隠したオタコンが情報収集を行って得た新たな情報にも耳を傾ける。

 

 今回アームズテック社がメタルギア開発計画に携わったのは会社が経営難に陥っていた事が原因だという事。

 次期主力戦闘機の入札に失敗し、SDIの中止及び軍縮による煽りを受け、吸収合併される話も持ち上がっていたらしい。

 核抑止を推奨していたベイカー社長はダーパ局長に多額の賄賂を渡し、会社の再起もかけて本計画に挑んでいたという事が、ベイカー社長の個人フォルダにハッキングして得た情報。

 ベイカー社長の思惑以上に驚いたのが元々オタコンがハッカーで、バットが勝利はしたが仕留めず意識を失ったままのウルフの面倒を見ているという事だろうか。

 

 ウルフ生存も含めてバットに視線を向けると、そっと目を逸らされてしまった。

 別にそれ以上追及する気もないのでこの話題はとりあえず放置する。

 

 問題はここからなのだから。

 メタルギア格納庫に到着して指令室を抑えようとした三名だが、格納庫に入ってからの警備と整備兵を含めた人員の異様な少なさと、司令室内に見えた三人の人影の前に姿を隠し様子を窺う。

 蹶起の首謀者でフォックスハウンド実行部隊隊長リキッド・スネーク。

 切断された腕部を包帯できつく縛り、隻腕ながらもコンソールに向かって作業を行っているリボルバー・オセロット。

 そして拷問室に入って来て険悪な空気を出した少女。

 

 この少女に関してはレイブン戦後にキャンベル大佐に問いかけたが情報はなし。

 ただ尋問というより問いかけたらナオミが簡単に答えてくれた。

 

 とは言ってもフォックスハウンドに所属している中でも最も謎の多い少女。

 身体能力は年相応の平均ぐらいで、年齢的にも肉体的にも隊員では決してない。

 そもそもフォックスハウンドの隊員かどうかも怪しいとの事。

 大佐もそれは実証済みでファイルを漁ったところで該当する少女の存在の記録はなし。

 部隊内でも見かけるとしてもオセロットやリキッドと共に行動しているのがほとんどで、情報としても彼女の命令しか聞かない専属の部隊が存在するなどという噂と、“ミネット”と呼ばれているぐらいのもの。

 

 「PALの入力完了。安全装置解除。これで核はいつでも発射可能になりました」

 「準備完了…ね。けど実際核は撃つのかしら?」

 「返答が未だ無しだからな。舐められるのも癪に障る。どちらにせよ向こうがそう言う態度を取るのなら撃たねばなるまい」

 「目標はロシアのチェルノートンのままに?」

 「いや、中国ロブノールに変更だ。お前もゴルルゴビッチも自国に核は落としたくないだろう?」

 「もっと大都市を狙った方が良いのではなくて?」

 「フフフ、こういう事には疎いようだな。都市部に落としては事を大きくして交渉どころではない。物事には落としどころというものが必要なのだよ」

 「でも核を撃った事実は隠せない。事は荒立つわよ?」

 「違うな。ロブノールには核実験場が存在する。ならば核実験の失敗というカバーストーリーが成立し易い」

 「悪い人ね。撃ち込まれた中国にもみ消したい合衆国。大国同士の探り合い化かし合い」

 「いや、それだけではない。必ず我々が手にした新型核の情報も少なからず洩れるだろう。そうすれば他国は取引込みでコンタクトを探り、機密を漏らしたくない合衆国は我々の交渉に応じるしかなくなる」

 「ビッグボスのDNA情報(・・・・・)に5000万ドルですね」

 「これでゲノム兵の奇病も治療できる。FOXDIE(・・・・・・)の血清も上乗せした」

 

 身を潜めて聞き耳を立てる中、三人とも疑問を覚えた。

 ビッグボスの遺体を求めているのは知ってはいたが、元上官の遺体を奪還する為にしては事が大き過ぎるとは思ってはいたが、それがビッグボスのDNA情報が必要だったからと判明したところで、それを何に使うのかと言う疑問に変わり、さらにゲノム兵の奇病と言うのも気になるところだ。

 それとFOXDIE(フォックスダイ)と言うのは一体何なんだ?

 

 「お前の元上司だったセルゲイ・ゴルルゴビッチ大佐は?」

 「大佐は慎重でメタルギアの性能に懐疑的です。ですが核発射のデモンストレーションを行えば必ず合流するでしょう」

 「軍事力を背景にロシアの再建を行うにはメタルギアと新型核弾頭は必要不可欠だからな」

 「その顔、あまり興味ないって感じね」

 「当然だ。ロシアの再興など俺にとってはどうでも良い―――俺はここにビッグボスの意志を継いだ国を創るぞ!」

 「なっ、セルゲイ大佐との約束を反故になさるのですか?」

 「言っただろう。俺には興味もないと。ただ協力してくれるなら手は貸してやろう。なにせここには多くのゲノム兵にメタルギア、それと核が幾らでも貯蓄されている」

 「しかしサイコ・マンティスが死んでゲノム兵への洗脳が解けかけています!このままでは士気が…」

 「別に良いじゃない。私の人形にすれば問題解決よ」

 「ゲノム兵への洗脳は許可しないと前もって貴様にも伝えた筈だが?」

 「あら、ごめんなさい。一番の解決法だと思ったから」

 「士気の事なら気にするな。ゴルルゴビッチの部隊は千人を超す。奴らが合流すれば否応が無しでも士気は上がる」

 「問題はFOXDIEですかね」

 「あぁ、年寄りから先に発症するというのは正しかったな。まさかデコイ・オクトパスが死ぬとは思えなかったが…」

 「試作品をいきなりの実践投入とはかなり焦っているようですな」

 「いくら焦ろうがもう無駄だ。局長も社長も死んだ今となっては解除出来る者は居ない。メタルギアを――俺達を止める者はいないのだ!」

 

 解除したリキッド達は指令室を後にした。

 隠れて窺っていたスネーク達は色々と疑問を感じるも、スネークとバットは何処か不思議そうに首を傾げる。

 

 「確かミネット…だったか。何処かで聞いた気がするんだよな」

 「スネークも?俺もなんか聞き覚えあるんだよなぁ」

 

 喉に小骨が突き刺さったように、喉元まで出掛かりそうなもやもやとした感情に苛まれる。

 メリルがそんな二人に首を傾げるが、それはもっともな反応である。

 なにせ彼ら二人はミネット・ドネルとの面識は一切なく、聞いたとしても会話の一部であっただろうし、無線越しに関わったアリスはこの世界に渡ってきていないのだから、この引っ掛かりが取れるのは大分先の話になるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

操り人形

 新型メタルギアの核発射能力は解除されて、これでいつでも新型核弾頭を発射できる状態にはなったのだが、まだ発射を阻止できなくなったわけではない。

 物理的になら発射前にメタルギアを破壊するか、システム的にはPALキーの入力をするの二択。

 オタコンがベイカー社長のパソコンをハッキングして調べ上げたところ、PALキーは制限を解除する事も出来るけど解除された状態で使用すると再び使用不能にすることが出来るという。

 しかも同じPALキーは繰り返し使用できない仕様になっている。

 リキッド達が使った解除の際に使われたコードも同様なので、奴らではもう解除する手段も新たに入手する方法もない。

 

 問題のPALキーにあった。

 PALキーは三つ必要なのだがスネークが持っているのは一つのみ。

 残り二つはという疑問もオタコンが解決してくれた。

 なんとPALキーは形状記憶合金で温度変化によって形を変えるように設計されており、すでに一つであり三つの鍵になるPALキーを手にしていたのだ。

 後はそれぞれの端末に常温時・低温時・高温時の順に、温度で変化を持たせたPALキーを差し込むだけ。

 まず最初に常温時のPALキーを差し込んで、次は低温時の状態にするためにバルカン・レイブンと戦った冷凍庫まで戻る事になったのだが、少し前の事が脳裏を過ってスネークは足を止める。

 

 脳裏に過ったのはナオミからの無線の内容…。

 拘束されたナオミはキャンベル大佐の目を盗んで無線で連絡を寄こして来た。

 

 ナオミは自身が本物のナオミ・ハンターではなく名前も戸籍も金で得たと口にし、さらに自身が何者かも知らないという事も伝えて来た。

 幼くして戦争で両親を失って孤児となったナオミを救ったのは一人の青年―――フランク・イェーガー、つまりグレイ・フォックスであった。

 幼かった頃から面倒を見てくれたグレイ・フォックスをナオミは兄と慕い、ビッグボスの助けもあって生きて来れた。

 だがビッグボスはスネークに敗れ、兄と慕ったグレイ・フォックスはスネーク達を逃がす為に殿を務め、瀕死の状態で発見されて様々な実験と薬漬けにされてしまったのだ。

 

 彼女が本作戦に参加した理由には少なからず俺への恨みがあったのが理解出来る。

 なにせ俺達は彼女を手引きしたビックボスを倒し、倒さなければグレイ・フォックスがそんな目に合う事もなかっただろう。

 他にも聞きたい事は多くあった。

 だが隠れて連絡を取っていた事が気付かれて、キャンベル大佐達に取り押さえられてしまった。

 さらに何かを隠すような言動にナオミよりも大佐に対しての不信感が強まる事に。

 

 「手が止まってますよ」

 「あぁ、すまない。少し考え事をしていてな」

 

 指摘されて我に返って足を動かす。

 いつ核が発射されてもおかしくない危険な状況で、脚を止めている暇も任務を放棄する訳にもいかない。

 感情は未だにざわついているがそれでもまずは目の前の事に集中せねば。

 自身を奮い立たせようとするスネークにバットは肩を竦ませる。

 

 「今は悩んでも仕方ない。後で詰問してやりましょう」

 「おじさん問い詰めるなら協力するよ。さすがにちょっと想うところあるし」

 「二人共、すまな――」

 「吐かせる方法(・・・・・・)は色々と知っています(・・・・・・・・・・)し」

 「お、おう…」

 

 二人の言葉に多少なりとも元気づけられ、礼を口にしようとしたスネークだが、最後の不穏な一言に寄り戸惑いの方が強くなってしまった。

 本人はキラキラさせて純粋そうな笑みを浮かべており、不信感を抱いている大佐に対して同情を抱かずにはいられなかった。

 よく耳にするバットの両親から教わったのだろう。

 というか話だけ聞くととんでもない両親のように聞こえるのだが、深入りしない方が良いだろうな。

 

 メリルも同様であったようで深く突っ込む事はせずに、目的地であった冷凍庫へと辿り着いた。

 冷気で満たされた空間。

 ホットドリンクを分けて貰った為に、寒さは然程感じずとも視覚により伝わってくるようだ。

 

 ここでPALキーが冷えるのを待つだけだったが、複数の足音によってただ待つだけにはいかなくなった。

 気付いたら即座にコンテナに身を隠しながら銃を手に警戒態勢に入る。

 

 「あら?かくれんぼするの?」

 

 聞こえて来たのは少女らしい声。

 普通の子供が施設内に居る筈もなく、心当たりがあると言えばリキッドと一緒に居た彼女のみ。

 物陰から様子を伺うと周囲には多数の兵士が追従していた。

 兵士はヘルメットにプロテクターなどは深緑色で統一され、手にするアサルトライフルはAKS-74Uなど、ここまで戦ったゲノム兵とは装備が大きく異なり、顔の大半を覆っているマスクから覗いている瞳は虚ろであった。

 異様な様子ではあるが既視感を覚え、記憶に残るロビト島と重なった。

 

 「誰だお前は!?」

 

 叫ぶスネークの声に反応して少女は兵士に制止の合図を出してクスリと微笑む。

 

 「こうやって話すのは初めましてね。私はミネット・ドネル。貴方達にはコンスタンス・フレミング?いいえ、No.104と名乗った方が良いかしら?」

 「アリス以外のネオテニーが居たとは…」

 「と言う事は単なるゲノム兵というよりは人形か」

 「私の忠実な兵士達よ」

 「意志のない兵士なぞ――」

 「それは貴方も同じなのではなくて?スネークさん」

 

 言っている意味と意図が掴めず睨むも、ミネットは今度は小馬鹿にしたようにクツクツと嗤う。

 何を差しているのか、何を示しているのか問いかける間もなく、彼女は一つの要求を口にする。

 

 「私、ちょっと新しい人形が欲しいの。レイブンもウルフも自分の獲物って言って譲ってくれなくて、なんて大人気ない大人達と思ったのよ」

 「人形遊びなら他所でやるんだな。回れ右しておうちに帰るのなら、クリスマスにテディベアでも届けてやろう」

 「玩具の人形は間に合ってるの。今欲しいのは蛇か蝙蝠の操り人形」

 「熱烈な申し出だが遠慮させて貰おう。俺もバットも忙しくてな、子供の面倒なんて見ている暇はないんだ」

 「そもそも俺に至っては降って湧いた様な義妹の面倒で手一杯なんだ。蛇が欲しいのならリキッドを人形にするんだな」

 「良い事を言ったバット。奴を人形として操るのならテロリストの一味でなく、テロリストの主犯格を捉えた英雄として報告してやる」

 「生き難くなりそうな称号なんていらないわ。元々表に出ても実験体に戻らされるのが関の山。私が生きて行けるのは陽の光が届かない影の中だけよ」

 「なにあの子?知り合いだったりするの?」

 「始めましての筈だ。多分」

 「覚えのある能力者ではあるけどな」

 

 話に付いていけないメリルになんとも言えない表情を浮かべる。

 ロビト島で行われていた実験にて生み出された人の思念を操る“ネオテニー”。

 周りの兵士達の様子から媒介となる薬“ACUA”を投与された“ACUA兵”だろう。

 能力にも敵対した事のある種類の敵兵で見覚えはあるが、敵対し会話したネオテニーはNo.16のアリス・ヘイゼル。

 そこで薄っすらと記憶の奥底でネオテニーは孤独の儀式と呼ばれ、被検体同士でつぶし合いをさせられた結果、残り合った最後の二人で戦ったのを思い出した。

 目の前のミネットという少女こそ最後に競い敗れた相手、または何らかの方法で生き残った被検体なのではないか?

 

 スネークの視線を受けるミネットは、玩具である操り人形の“フランシス”と“エルジー”を操って遊んでいる。

 

 「今は蝙蝠の玩具が欲しいかしら。だからお兄さん(・・・・)、私と遊びましょう」

 「乗るなよ。一人より二人で――」

 「うーん、スネークもとなると手に余るわ。だから、増援を呼ぶけど良いかしら?」

 

 ミネットが連れている兵が多いとはいえバットと一緒に戦えばどうにかなる数。

 だからこそ一緒に片付けようと提案したのだが、さすがにゲノム兵がここに殺到した場合はどうなるか解らない。

 最悪、相手している内に核を発射される可能性すらある。

 どうすると悩むスネークにバットは苦笑を浮かべる。

 

 「分かった。俺が相手するんだったら増援は呼ばないんだな?」

 「勿論よ。私の命令を聞かない兵士を呼んだら殺しちゃうかも知れないでしょう。さすがに死んじゃったら操れないもの」

 「と言う訳だスネーク。相手は俺がするから、あっちは任せた」

 

 この場合は任せるしかないだろうとは解っていても、「はい、そうですか」と走る事も躊躇われる。

 そんな二人の背を眺めていたメリルは小さく息を吐き出し、決心して銃を握り締めた。

 

 「私も残るわ。まさか私を伝説の兵士と同等に扱うなんて事はないわよね」

 「ふふ、良いわよ。お姉さんも状態が良ければコレクションに加えて上げる」

 「まっぴらごめんだけどね。行ってスネーク」

 「メリル、バット……ここは任せた」

 

 微笑みながら見送る二人に背を向け、スネークはメタルギア格納庫の指令室へと急ぐのであった。

 

 

 

 

 敵は多勢に無勢。

 こちらはたった二人。

 数字だけでも勝つ見込みは無い。

 さらに話によると自身の命よりも命令を順守する死兵。

 ミネットが言う人形に成る以外に、生存の可能性は皆無にも思える。

 

 だけど希望はある。

 叔父より多少暈しはあっただろうけども、聞かされたスネークの活躍の数々。

 共に戦い支え、相棒であったバットもまた然り。

 彼と肩を並べて戦っている事こそが、私達が唯一の勝機で希望。

 

 「過大評価が過ぎる!俺は狙撃手だぞ!?」

 「二枚抜きとか出来ない!?」

 「選ばない限り二枚抜きしなきゃならない状況でさらに二人射抜けと!」

 

 正直に言えば戦場が悪かった。

 寒さはホットドリンクのおかげで凌げるものの、広い室内とは言えコンテナなどが置かれて入り組み、身を隠せても狙撃には不向きな場所は狙撃兵にはキツイ。

 すでにバットは狙撃する事は端から諦めており、モシン・ナガンを背負ったまま短機関銃スオミKP‐31に応戦しているが、かなり残弾数に余裕が無くなって来ている。

 

 対して敵は数の利はあれど、バットによって負傷者や死傷者が出ている。

 しかし足を撃たれようとも引き摺って来るか、死んだ仲間を盾代わりにして突き進む様は異様。

 まるでゾンビを相手にしているようだ。

 

 これをそのまま愚痴ったところ「アンデットに武装させるとか強すぎるだろうが!」とバットに返されたのは良しとして、聞こえたであろう元凶のミネットが遠くから楽しそうな笑い声をあげたのは正直に腹が立った。

 

 「こっちも弾が少ない」

 「なんでそう弾の共有化出来ない銃を使ってんだよ!」

 「使い慣れてたのよデザートイーグルを!」

 「お前の方が殺傷能力高いだろうが!!」

 

 追ってくる奴らをコンテナを用いて巻きつつ、追い付かれたら反撃を行うしかない。

 ただその合間合間にバットは手持ちのクレイモア地雷を仕掛けたり、グレネードで攻撃を行って確実に数を減らし足を送らせている。

 けれども手持ちと言う限度はある。

 例えクレイモア地雷やらグレネードやら銃弾やら医療道具やら、確実に納まりきらない量を取り出せるバットのポーチでも限界があるようだ。

 

 「後どれだけある?」

 「爆発物はさっきので完売だ。そっちは?」

 「マガジン一つ」

 

 年貢の納め時…。

 諦めたくもないが互いの物資量に絶望感が漂う。

 大きく息を吐き出した私にバットは短機関銃スオミKP‐31を手渡して来た。

 

 「少しで良い。注意を引いてくれ」

 「まだ何とか出来るって言うの?」

 「分からん。けど可能性は残ってる」

 「でも短機関銃を渡したら貴方は…」

 「こいつがあるさ」

 

 スオミKP‐31を受け取ると、バットはベレッタを見せる。

 不安は残る。

 残弾も少なく、拳銃二つで何をするつもりなのか。

 もしかしたら自分が注意を引いている間に逃げるつもりなのでは…。

 考えたくもない不安が過っては、自己嫌悪を抱いて追い払う。

 

 「信じるわ」

 

 ただその一言だけ。

 バットは小さく息を吐き出して覚悟を決めて走り出す。

 残った私は渡されたスオミKP‐31を握り締めてコンテナより姿を覗かして、追撃してくる敵兵に向けてトリガーを引く。

 すでに命を落とした仲間を盾にして大まかな部分を隠している以上は、隠れ切れていない足元や銃を握る手を狙うしかない。

 狙いを足元に絞って銃撃を浴びせる。

 崩れ落ちても這いつくばって迫りつつ、痛みなど感じていないように撃って来る。

 厄介ながら次々と転ばせていくと同士撃ちや倒れ込んで来て下敷きにされた事で動きが出来なくなったりして足が想定以上に止まる。

 僅かな光明のようであったが、歩いて来る敵兵は倒れた味方を踏みつけてでも向かって来るので、多少遅らせた程度で距離が詰められてしまう。

 時間を稼ぐだけなら逃げ惑えば良いのだけど、下手に動き回って逆転の好機を狙っているバットと合流してしまっては目論見は水泡と帰す。

 焦りと不安を払うように必死に応戦するもじわりじわりと距離が縮まり、敵兵の銃弾が砂嵐のように身を隠しているコンテナに着弾し、無駄撃ちしないようにしてはいてもスオミKP‐31は弾尽きて、残るは装填している1マガジン分だけのデザートイーグルのみ。

 

 最悪覚悟を決める他ない。

 そう思った矢先にバットが姿を現した。

 コンテナに昇っていたらしいバットは、跳んで敵兵の真っただ中に降り立った。 

 二丁のベレッタを手にして…。

 敵より自分の方が驚いたメリルだが、それ以上にバットの動きに目を奪われた。

 

 スネークは近接格闘術“CQC”を用いる。

 私も軍に入ってスネークほどの腕前ではないがCQCは習いはした。

 けれどバットの動きはそうではなかった。

 

 拳銃と言う射撃武器の利点である“距離のある攻撃”を殺して、利点である使い回しの良さと殺傷能力の高さを活かし、独特な近接格闘術の攻撃能力として使用している。

 まるで舞うように滑らかに、尚且つ力強さをもって立ち回る。

 眼で視認してから動く訳ではなく、まるで未来予知しているかのように敵の位置と銃口を読んで、射線を避けつつ動いては銃弾を叩き込む。

 

 別にバットは未来予知出来る訳ではない。

 反射神経も実戦経験も格闘能力においても父親を超える事はなかった。 

 されどバットには父親には無かった目と耳の良さ、何より射撃の精確性が高い。

 そこに豊富な経験から得た立ち回り方を父親から叩き込まれたバット独自の近接格闘銃術(・・・・・・)

 

 相手も対応しようとしているが装備がアサルトライフルである以上は拳銃以上の小回りの良さは超えれず、銃口を向けようとしても先に撃たれるか倒すより撃たれる方が早いと判断されれば武器破壊を優先され、ほぼゼロ距離に近い為に外す事もないままたった一人で多数の敵兵を圧倒している。

 

 ……昔、ソリッド・スネークの話を聞くより以前にだが、叔父が指揮官ではなく前線で戦っていた頃の話を語ってくれた事がある。

 叔父の命の恩人の一人であって、ビッグボスの相棒であったと言う兵士の話。

 決して会った事も顔を見た事も無ければ、叔父はわざと伏せていたので名前すら知らない。

 

 けれど私は何故か聞いただけの名も知れぬ兵士が、眼前で戦っているバットと重なった。

 

 しっかりと弾数を数えていたバットは、弾が切れる直前に次に仕留める敵兵を盾にするように立ち回り、思惑通りに盾にすると即座に弾倉を入れ替えて戦い続ける。

 ひやひやとするも敵中で乱戦しているゆえに援護すら危うい状況。

 

 最後に銃声が響き渡り、敵兵が全員伏した状況下でバット一人立ち尽くし、疲労からか肩を大きく揺らして荒い呼吸を立て直そうとゼェハァと呼吸を繰り返す。

 多くの掠り傷を追い、返り血で真っ赤に染まっている。

 

 「無事……ハァハァ…か?」

 「貴方よりは無事よ」

 「あーぁ、倒されちゃったか」

 

 残念そうだが何処か楽しそうなミネットの声が聞こえて来る。

 姿は現す気が無いのか声的に距離があるようだ。

 

 「姿を現しなさい!今ならお説教と拳骨で許してあげるわ!」

 「いやよ。叩かれるのも叱られるのも嫌だもの」

 

 タッタッタッと走る音が残る。

 追いかけようとするも疲れ果てたバットを放置して行く訳にもいかず、メリルは一瞬悩むも足を止めた。

 そしてエレベーターが起動した音を聞いて苦虫を潰した様な表情を浮かべる。

 

 「縁があったらまた遊びましょう」

 

 ウフフ、アハハと笑い声が遠のいて行き、メリルもホッと安堵して床に座り込む。

 今まで気にしていなかったが肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたようだ。

 あのミネットという少女には怒りもするが、ちゃんと約束通り彼女の兵士を倒してもゲノム兵などを呼ばなかった事に対しては感謝している。

 

 「…疲れたわ」

 「同感だ。帰って寝たい」

 「シャワーを浴びてふかふかのベッドにダイブしたい」

 「マジで、マジで…だけど、まだやるべき事しないとな」

 「残りの残弾数は?」

 「マガジン二つか三つだけど、今は関係ないだろ」

 「それも……そうね」

 

 バットの視線の先には倒れ込んでいる敵兵達。 

 破損している分も含めればAKS-74Uは人数分。

 予備弾倉を所持している事から弾数はかなりの数となるだろう。

 二人分の弾薬とすれば十分すぎる程の量であるも、その量を疲労した身で回収しなければと思うとドッと疲れが増す。

 

 息を整えたバットもフッと小さく息を吐き出し、念の為に周囲を確認しつつ銃と弾倉を回収して行く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

REXとFOX

 バットとメリルにミネットと操られた兵士達の相手を任せ、スネークはPALの認証を一人急いで行っていた。

 あの少女が言葉通りに行動するとは限らず、こっちはこっちで待ち伏せや罠を用意している可能性を否定できず、それ以前に交渉如何または脅しを兼ねて核弾頭を発射する事だって考えられる。

 PALで核発射を防いだら俺らにも奴らにも二度と解除する方法は存在しない。

 核さえ発射出来ないのなら後は政府が大規模に軍を送り込んだり、爆撃して証拠ごと消し去るなりするだろう。

 そうなればここに留まらず撤退も視野に入れれる。

 

 低温状態のPALキーを差し込み、最後に高温状態にしてから認証させる。

 これでリキッドらは核発射能力を失う―――筈だった。

 常温・低音・高温全ての形状でPALキーを差し込むと端末から音声が流れ始めた。

 

 『全テノ PALコードノ 入力確認。安全装置ヲ解除 発射準備完了シマシタ』

 「そんな馬鹿な!?」

 

 けたたましい警報とメッセージ音声に耳を疑う。

 あり得ない。

 発射出来なく制限をかけた筈なのに、何故解除されたのか。

 何かの間違いであってくれと願うも、警報とモニターに映し出される文字から解除されたのは確かなようだ。

 どうしてと疑問が過る。

 リキッド達が解除したのだから今更解除になるなど…。

 そう思っていた時にマスターより無線が入った。

 

 『よくやってくれたスネーク。全く、形状記憶合金だったとはお粗末な話だったが』

 「どういう意味だマスター!?」

 『ベイカーからはコードを聞き出せたが、アンダーソンは中々喋らなくてな。しかも二つのコードが必要なのにオセロットが拷問で殺してしまって俺達には解除出来なかったのだ』

 

 嘘だと信じたくないと思いつつも、頭は何処か冷静に理解して行く。

 変装の達人デコイ・オクトパスがすでに死んだアンダーソン局長に化けたのは、コード以外に解除方法を知らないか探る為で、PALキーがベイカー社長や俺が所持していたのに盗らなかったのは、単に気付かなかったのではなくてあえて盗らずに解除させる目的だったと言う。

 何より自身が知らずにとは言えテロリストに加担してしまった事が悔しくて仕方がない。

 

 『これでもうメタルギアは止められない。フォックスダイの血清も渡さない訳にはいかないだろう。本当に良くやってくれたよスネーク。だがもうお前もお前達も用済みだ。俺達からにしてもペンタゴンからにしても…な』

 「マスター―――じゃないな。誰だ貴様!!」

 『スネーク!そいつはマスターじゃない!』

 「大佐!?」

 『先程マスターが自宅で殺害されているのが確認された。気を付けろ、メイ・リンによると発信源はその基地内だ』

 『今更気付いても遅いぞキャンベル。それにスネーク。まさかこれだけ話しても気付かないとは―――俺だよスネーク』

 「――ッ、リキッド!!」

 

 無線に割り込んだキャンベルの言葉にマスターと思っていた相手はクツクツと嗤いながら、指令室のガラス越しにその姿を見せた。

 マスター・ミラーが使っていたサングラスを外し、後ろで纏めていた髪を解いたリキッド・スネークが。

 すかさず撃つも指令室のガラスが防弾仕様だった為に貫通する事はない。

 

 「惨めだな。さぁ、あの世に行け!!」

 「なにっ、毒ガスか!!」

 

 指令室の扉が勝手に閉まり、四隅から音を立てて何かが注入された事に危機感を覚える。

 慌てて口を塞ぎながらドアに急ぐがロックが掛けられてビクともしない。

 危険な状況から大慌てであるも、急いでオタコンに無線を入れて状況を説明すると、『すぐに扉のロックを解除するよ』と頼もしく言った直後、扉のロックが解除されて勢いよく開いた。

 オタコンへの感謝の念よりまず先に空気を吸おうと跳び出し、笑いながらメタルギアの方へ向かうリキッドを追う。

 

 「リキッドォオオオオ!!」

 

 叫び声を上げながら銃口を向けるも、メタルギアのコクピット前にて待ち構えていたリキッドは、余裕のある笑みを浮かべた。

 その様にギリリと歯を食いしばる。

 

 「どうだ兄弟!操り人形になった気分は?」

 「貴様ッ!!」

 「フハハハハ、違うな。確かに俺はお前を利用した。だがな、そもそもお前はペンタゴンの操り人形だろう?」

 「なに、どういう意味だそれは?」

 「人質救出とメタルギアの核発射阻止が本当の任務だと?馬鹿馬鹿しい。国防省の奴らはもっと狡猾的に俺達邪魔者を排除し、メタルギアを無傷で奪還する作戦を実行したのだ」

 

 その言葉に無意識に銃口が僅かに下がる。

 思い当たる節はある。

 別に任務に違和感を覚えた訳ではないが、キャンベル大佐の様子がおかしかった事がそれに該当するだろう。

 あの様子から多分俺に伝えた任務意外に何か口に出来ない事があるのは確か。

 予想であるがそれがリキッドの言う本来の任務…。

 

 「フォックスダイという特定の遺伝子に反応して死に至らせるウイルスを運ぶためだけの運び屋(ベクター)。覚えはないか?ナオミに注射されただろうに」

 「ではナオミはお前達ではなくペンタゴンと組んでいたのか!?」

 「連中はそのつもりだっただろうな。しかしペンタゴンに忍び込ませたスパイからの報告では作戦直前でフォックスダイのプログラムを改竄したらしい。目的は不明だが――いや、すでにフォックスダイの血清すらいらんかも知れん」

 「どういう意味だ」

 「ベイカーもオクトパスもそれで死んだ。しかしバグか何かは知らんが俺もオセロットも、そして遺伝子情報が俺と同じ(・・・・・・・・・・)お前も発症した兆候すら見られないのだからな」

 「遺伝情報が同じって…双子?」

 「フン、ただの双子ではない。“恐るべき子供達計画”によって創り出された存在。親父(ビッグボス)のクローンだ」

 

 スネークは困惑で考えが纏まらない。

 自身がビッグボスのクローンで、尚且つ目の前のリキッドの兄弟になるなど。

 ただでさえ多少の情報で殴られて、より混乱は深まるばかり。

 その最中でリキッドは怒鳴り付ける。

 

 「だが、貴様は良い!親父の良いところだけを受け継いだ優勢遺伝子で、俺は劣性遺伝子という親父の搾りカスを押し付けられた挙句に貴様という優性種を生み出す仕掛けとして創造されたのだからな!!」

 

 激怒したリキッドは声を荒げ、そして格納庫端を指で示した。

 そこにあるのは大きなシートで所々を覆われた巨大な機械。

 トリケラトプスのような外見をしたソレは古びていながら力強さを強く残していた。

 

 「アレを見ろ!親父たちが活躍していた頃に作られ、防水対策を施されたコンテナの中に仕舞われカリブ海沖に沈んでいたメタルギアモドキ(・・・)だ」

 

 信じられない。

 確かに古くはあるだろうがそれほど前だとは思えない。

 そもそもアレだけの巨体を支える仕組みに、動かすだけの技術がそんな昔から存在したというのか。

 

 「アレは俺だ!新型メタルギアREX(レックス)が完成した暁には、デモンストレーションとしてあの遺物と戦わせて兵器としての箔をつけるそうだ。REXの価値と有用性を解り易くする為だけの踏み台―――だが、俺はアレとは違う!俺は俺だ!決して貴様の踏み台ではない!―――俺は誓った。親父の意志を受け継ぎ、親父を超えて全て俺で塗り替えて親父の存在そのものを殺す!!それこそが己の手で殺せなかった俺の復讐だ!!」

 

 そう宣言したリキッドはメタルギアに飛び乗り、無意識にも銃口を下げてしまっていたがゆえに、即座に撃てなかったことを後悔しつつ、察して真っ先にその場を離れる。

 起動音と軋みがメタルギアREXから響き渡ると、器用に片足を持ち上げて組まれていた足場を崩すように振り下ろして来やがった。

 大慌てで駆け下りようとしたが間に合わず、足場の崩落に巻き込まれるも何とか放り投げ出されないように必死にしがみ付き、地面にある程度近づいた所で自ら跳んで素直に着地するのではなく、転がってダメージを逃がすように着地する。

 

 下から見上げるようにメタルギアREXと対峙する。

 巨体を支えるには細く見える二本の脚。

 手はなくも新型核弾頭を発射できる巨大なレールガン(超電磁砲)

 胴体から前のめりになっているコクピットを含めた頭部。

 REXの名を冠するように、ティラノサウルスなどの肉食恐竜を彷彿させられる。

 

 「聞こえるかオタコン。REXに弱点はないのか?」

 『そうだね―――右上のレドームは見えるかい?そこには各種センサー類が集まっている。レドームさえ破壊してしまえばコクピットを開かない限り外は見えない筈だよ』

 「ならレドームを破壊して奴を狙撃するのが一番なんだな」

 『待ってよスネーク!まさかREXとやり合う気かい!?無茶だよソレは!!』

 「他に方法はない!」

 

 スネークだって正面切ってメタルギアと戦うなんて方法は取りたくはない。

 起動前で順番通りに左右に爆弾を設置しては爆破するので壊せれるならそれの方が楽で良い。

 だけど現状それ以外にやり様がない。

 少しだけ思ったのがリキッドが言ったメタルギアもどきで対応する事だが、起動できる状態なのかも分からない以上は変に期待しない方が良いだろう。

 

 戦術としては一つ。

 レドームに施設内で拾ったスティンガーミサイルを叩き込む。

 破壊し切れるかどうかも怪しいが、これに賭けるしかないのだ。

 

 コンテナなどに身を潜ませつつ、REXの動きを見て回避に専念する。

 見失ってもセンサー類が即座に補足する為に撒けず、盾代わりにしているコンテナは30mmガトリング砲は防げても対戦車ミサイルの直撃は防げない。

 レールガンに核弾頭が装填されている為に使用出来ないのは助かるがこの状況はかなり不味い。

 

 それでも30mmガトリング砲に比べて対戦車ミサイルは範囲攻撃であるも、連射能力も着弾速度も遅いので上手く動けば回避は可能。

 コンテナに隠れると案の定ガトリング砲からミサイルに切り替え放ったところを跳び出し、着弾したミサイルがコンテナを吹き飛ばすのを感じつつ、REXのレドームにスティンガーミサイルを叩き込む。

 一発放つと次を急ぎ、直撃したミサイルの爆発と黒煙が晴れると同時に二射目が直撃する。

 

 センサー類の集まっているレドームを攻撃された事でREXは頭を振りつつ揺らぐも、煙が晴れるとまだまだ大丈夫そうなレドームの姿が映る。

 

 『小癪な事を!』

 「クッ、足りなかったか」

 

 元々持ち込んだわけでもないので残弾数に不安が募る。

 再びガトリング砲を降り注ぐ中を走り抜け、またコンテナに隠れると立ち止まることなく、他のコンテナに身を隠してやり過ごす。

 今までなら即座に発見されていただろうけど、先の二発が多少なりとも効いたようで『何処だ!』と叫びながら、炙り出そうとミサイルやガトリング砲を撃ちまくり始めた。

 どうしたものかと頭を悩ます中、ナニカが目の前に降り立った。

 

 「―――見てはいられないな」

 

 それは突如として現れた。

 物理的に見えなくする光学迷彩を解除し、右腕そのものが銃器となった姿を現したサイボーグ忍者(グレイ・フォックス)

 

 「グレイ・フォックス!?どうして…」

 「懐かしいな。ディープ・スロートよりは聞こえは良い」

 

 その声は力強さを秘めつつ、とても穏やかであった。

 顔を覆っていた仮面を正面を取り外すと、しみじみとした微笑を浮かべてこちらを見る。

 

 「スネーク、お前を殺させる訳にはいかない。お前だけが俺を解放してくれる…」

 

 それは遺言のような最期に言い残すような声色で、今にも消え入りそうな雰囲気だった。

 

 「待て、ここから先は俺だけで良い。フォックス、お前にはナオミが居るんだ。彼女を救えるのはお前だけだ。だから…」

 

 生きて帰れ。

 薬漬けや改造を施されたお前はもうこんな事に付き合わなくて良い。

 ゆっくりと休んでくれ。

 素直にそう言えたらどれだけ楽だった事か。

 

 グレイ・フォックスはゆっくりと顔を横に振るう。

 

 「ナオミの両親を殺したのは俺なんだ」

 「な…に…」

 「若かった俺は幼いアイツを殺せなかった…。アイツを拾ったのは後ろめたさに耐えきれなかったから。世話をしたのはやせこけた俺の良心を満足させる為だ…。それなのにアイツは兄として俺を慕ってくれた。俺は怖かったんだ。瞳を覗かれる度にどうしようもなく恐れた―――お前から伝えてくれ!本当の仇はこの俺だと!!」

 

 メタルギアREXからミサイルが近くのコンテナを吹き飛ばし、今隠れているコンテナに降り注ぐのも時間の問題。

 軋みと爆音に襲われる中、グレイ・フォックスは飛び出して行った。

 

 「そろそろ決着をつけるぞ!ディープ・スロートからの最後のプレゼントだ!俺が奴の足を止めるからお前がトドメをさせ!!」

 「待て、グレイ・フォックス!!」

 

 咆哮を挙げるメタルギアREXにグレイ・フォックスは飛びかかった。

 常人離れした身体能力を駆使して飛び回るグレイ・フォックスに、30mmガトリング砲をメタルギアREXが浴びせようとするも小さく速くて当たりはせず、寧ろ右腕の銃器“アームガン”によるエネルギー弾を浴びせられる事になる。

 

 『死にぞこないが!メタルギアREXの糧にしてくれるわ!!』

 

 忌々しそうなリキッドの叫びが轟くも、お構いなしにグレイ・フォックスはレドームを狙って撃ち続ける。

 直撃に直撃を重ねてダメージを受けて大きく怯むが、センサー類にダメージが通っているだけで機体は十二分に動く。

 

 メタルギアREXの脚の付け根辺りに今まで使用してなかったレーザー兵器が搭載されており、線を引くように下から上へと真っ直ぐ伸びたレーザーがグレイ・フォックスの左肩を切り裂いた。

 

 声が漏れる。

 もう止めてくれと祈るように思うもグレイ・フォックスは顔を少し歪めながらも、決して動きを鈍らせる事無く距離を取るように後方へ跳ぶ。

 しかし後ろは格納庫の壁であり、跳んで中腹辺りの段差へと飛び移ってアームガンを構えるも、突っ込んで来たメタルギアレックスの突進をもろに受けてしまう。

 

 『中東では狐狩り(フォックス・ハウンド)の代わりにジャッカルを狩る(ロイヤル・ハリヒア)

 「グレイ・フォックス!!」

 

 レーザーで切られた左肩とメタルギアREXと壁に挟まれて血を噴き出したグレイ・フォックスを見て、スネークはガクリと膝から崩れ落ちてしまった。

 あのグレイ・フォックスが死んでしまった…。

 担いでいたスティンガーミサイルを手放しそうになったところで、ピクリと反応を見せたのを見逃しはしなかった。

 

 『フン、まだ生きているのか。だが強化骨格がいつまで持つかな?』

 「―――ッ、追い詰められた(フォックス)はジャッカルより凶暴だ!!」

 『なにっ!?貴様ぁああああ!!』

 

 もう何も出来ないと余裕ぶったリキッドの声色は思いもせぬ抵抗によって落とされる。

 押し潰そうとするメタルギアREXの動きは止まっている。

 動いている相手ならまだしも止まっている巨大な的に当てるなど造作もない。

 グレイ・フォックスはわざと体当たりを喰らって、強化骨格で耐えている間にほぼ近距離で動きを止めたメタルギアREXのレドームに残りのエネルギーを出し切るように撃ち続ける。

 外れる事のない高出力の射撃を連続で受けてレドームは壊れ、煙を舞い上げると怯んだのか後ろに一歩二歩後退し、モニターが見えなくなったらしくコクピットが開いてリキッドの姿が露わになる。

 

 「今だスネーク!奴を撃て!!」

 「しかしッ!!」

 「撃てるものか!撃てるものなら撃ってみろ!その時はグレイ・フォックスもただでは済まんぞ?」

 「構うな!撃つんだスネェエエエエク!!」 

 

 今ならコクピットのリキッドを撃つ事は出来る。

 しかしスティンガーミサイルの範囲的にグレイ・フォックスを巻き込むのは明らか。

 迷いからトリガーを引く指が重い。

 

 こちらを見つめるグレイ・フォックスと目が合う。

 見つめ合ったスネークは目をスッと閉じ、次に瞼を開いた時には覚悟の決まった瞳で返す。

 

 「まさか貴様ッ!待ッ――…」

 

 放たれたスティンガーミサイルはリキッドが居るコクピットに向かって行く。

 直撃する寸前、焦るリキッドを他所にグレイ・フォックスは穏やかな微笑を浮かべて、爆炎の中に消えて行った…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リキッド

 新型メタルギアREXは完全でもないにしても撃破された。

 修理すれば使えない事はないだろうが蹶起した連中にはそれだけの資金も時間も存在しない。

 精鋭たるフォックスハウンドに多くのゲノム兵を失って戦力低下した上に、交渉(脅し)の切り札であるメタルギアが破壊され、蹶起の首謀者はコクピット付近に撃ち込まれたスティンガーミサイルの爆炎に消えた。

 この事は無線を通してキャンベル大佐に伝わっており、上層部へも共有されている。

 今頃は占拠されたこの核廃棄施設奪還と蹶起した者達を捕縛・排除すべく部隊を派遣する準備をしている事だろう。

 

 メタルギアREXを倒す事で新型核発射という最悪の事態を回避した功労者であるソリッド・スネークは、浮かない表情で立ち尽くしていた。

 なにせ爆炎に包まれたのはリキッド・スネークだけではなく、グレイ・フォックスもだったのだから。

 ミネットの兵隊を倒して合流したバットとメリルもスネークからメタルギアREX戦での事を聞いて暗い顔を浮かべる。

 せめて遺体、または遺品だけでも回収しようとバットから提案が出たところで、慌てた様子のキャンベルからの無線が飛び込む。

 

 『スネーク、聞こえるか!』

 「そんなに慌ててどうしたんだ大佐?」

 『落ち着いて聞いてくれ。カレーナ基地よりB2爆撃機が離陸した。目的地はアラスカ沖フォックス諸島、核廃棄施設―――つまりはそこへ目指している』

 「……つまりは証拠隠滅の為の爆撃を行うつもりなのか?」

 『ただの爆撃ではない。地表貫通式戦術核爆弾B61‐13を搭載している事から核攻撃を…』

 「馬鹿な!?メタルギアは破壊したんだぞ!」

 『上は核を使って全てを消し去るつもりらしい』

 「本作戦の指揮権は大佐にあった筈だ」

 『先程国防長官に移った。―――私に出来るのは爆撃中止命令を出して命令系統に僅かな混乱を作るぐらいだ』

 「伯父さん、まさか!」

 

 無線を聞いていた誰もが理解した。

 降りたばかりとは言え指揮官だっただけに混乱を生じさせることは確かに可能だろう。

 しかしそんな事をすればキャンベルの身がどうなるかは容易に想像出来る。

 解っていながらも僅かながらの時間を稼ぎ、何とか逃がそうとしてくれている…。

 メリルが悲痛そうな叫びをあげるも、キャンベルは穏やかな口調で返す。

 

 『私なら大丈夫だ。早くそこから脱出するんだ。スネーク、メリルを頼む…』

 「大佐…」

 『さぁ、早く――ッ、なんだ!?ぐわぁッ!?』

 「大佐?おい、どうした!?」

 

 無線越しにドタバタと音がする。

 何が起きたのか解らず耳を傾けているとキャンベルとは違う声が答えた。

 

 『私は国防省長官、ジム・ハウスマンだ』

 「国防長官!?――いや、それより大佐はどうした!」

 『彼ならたった今機密漏洩と国家反逆罪で逮捕監禁した』

 「馬鹿な!」

 『本当に馬鹿な男だよ』

 

 淡々と冷徹そうな口調から自分達もだが捕まった大佐の安否が心配される。

 特にメリルは顔を青くして心配している様子だ。

 スネークも怒りからギリリと噛み締め、無線越しの相手を睨む。

 

 「全てを消し去って終わる気か…」

 「ここにはまだ研究員やゲノム兵だっているんだぞ」

 『私の親友、ドナルドは死んでしまった。演習データを記録した光ディスクを持っていれば話は別だが、そうでなければお前達を――特に七十年代の恥部である貴様(スネーク)を生かして置く理由はない!』

 

 光ディスクはベイカー社長よりスネークは渡されたけれど、捕まった際にオセロットに奪われてしまった。

 ゆえに所持していないが、そもそも渡したところで相手の感じから助けるとは思えない。

 悩み沈黙しているとジム・ハウスマンは鼻を鳴らして無線を切った。

 

 「どうするの!?」

 「どうするもこうするもない。脱出するぞ」

 「強行突破になるだろうな」

 

 叔父の事もあって慌てているメリルに対してスネークとバットは脱出時の事を考えている。

 大佐を助けに行くとしてもここを脱出せねば話にならない。

 まずはそちらに専念せねば。

 

 蹶起した首謀者にメタルギアを倒した事で計画を頓挫させはしたが、一般兵にまで情報は伝達されていない事から侵入者たる自分達を見つけたら交戦に至るのは当たり前。

 外へ繋がる脱出経路となると警備体制も厳重であろう事から余計にだ。

 悪態を漏らしそうになるところへ足音が近づいて来た。

 

 「誰だ!―――オタコンか?」

 「そうだよ。銃を向けないでよ」

 「すまない」

 「無線を聞いていたけど(・・・・・・・)早く脱出するんだよね?」

 「あぁ、丁度良かった。ゲノム兵との戦闘が想定されるだけに危険は伴う」

 「大丈夫だよ。そっちはなんとかするって(・・・・・・・・)

 「なんとかって何をする気だ?」

 『蹶起に参加した全ての同志に注ぐ。私は―――スナイパー・ウルフ』

 

 合流したオタコンの言葉の意味を示すように施設内のスピーカーよりスナイパー・ウルフの音声が流れる。

 

 『新型メタルギアは破壊され、リキッドは戦死。我々の蜂起は失敗に終わった。ペンタゴンは我々の排除と証拠隠滅を兼ねて当施設を核攻撃で消滅させるべく爆撃機を離陸させた。現時刻をもって当施設を放棄、総員退去せよ。繰り返す、爆撃される前に遠くに逃げなさい。これが最後の命令』

 

 そう言って放送は終わり、オタコンは頬を緩めて「こっちにジープがあるんだ」と先導する。

 リキッドでないとしても精鋭のフォックスハウンド隊員であるウルフの命令にゲノム兵は従うだろう。

 希望的観測であるかも知れないが交戦を避けれる可能性が高い。

 オタコンの案内のままについていくと外へと繋がる通路とジープが数台停車していた。

 中には駐車位置から真新しいタイヤ痕が残っていた事から、この通路に近いゲノム兵が乗って脱出したのだろう。

 ジープに乗り込んでいたらウルフも合流して乗り込む。

 

 一瞬だけメリルとスネークが敵であったウルフとの間に緊張が走るが、それどころではないだろうにとバットが睨みながら間に割って入り、さっさと乗れと促す事で銃を向け合う事態は避けられた。

 ホッと安堵しながら運転席にオタコン、助手席にウルフ、後部座席にはスネーク、メリル、バットの三人が座って急ぎ脱出すべくジープは走り出した。

 検問所はあれど逃げた後で止められる事も無くスムーズに進む。

 

 後は爆撃前に施設から脱出するだけ――――などと甘くはいかない。

 

 「スネェエエエエエク!!」

 

 車二台分の通路を叫び声が反響する。

 この声は!?と後ろを確認すると数台のジープが追い掛けて来ており、先頭には筋肉粒々の上半身を晒して銃を構えるリキッドの姿があった。

 

 「リキッド、生きていたのか!?」

 「残念だったな!お前が死なぬ限り俺は死なん!!」

 

 続くジープは脱出よりもリキッドの命令に従ったゲノム兵なのだろう。

 躊躇いなくこちらに銃撃を浴びせようとアサルトライフルのトリガーを引いて来る。

 

 「うわぁ!?」

 「速度は落とすな!」

 「あと、出来るだけ頭は低くしてろ!」

 

 スネークとバットは即座に体制を低くしながら反撃に移るが、メリルが若干ながら出遅れる。

 早々に敵だった者を信用出来る筈もない。

 ウルフを警戒して助手席の真後ろに座っていただけに、後ろに反撃する場合はウルフに背を晒すことになる。

 苦虫を潰した様な顔で見つめ、ウルフはどうすると目で問いかける。

 

 「―――ッ、仕方ないわ」

 「良いのか?」

 「信用は出来ない。けれどスネークやバットを(・・・・・・・・)信じたのよ」

 

 舌打ちひとつ零し、真っ先に背を晒した二人の行動からメリルも反撃に移る。

 当然ウルフも味方に当てないように狙撃して、次々と運転手を討ち取って行く。

 

 左ハンドルである事から助手席は右側。

 リキッドは左側に回り込むようにして身を低くして撃ちながらも近づこうとする。

 即座にウルフが撃ち抜こうとするもオタコンが壁になってしまい狙えない。

 

 「新型核弾頭も新型メタルギアを失い、お前らの蹶起は失敗したんだ!大人しく降伏しろ!!」

 「確かに貴様らのせいで蹶起は失敗した。だが俺の諦めない!俺達戦士が戦士として生きられ、世の中から求め評価される世界を実現させてやる!!」

 「その為に世界を破壊するというのか!」

 「貴様もその一人だろうが!お前も俺も同じ穴の狢だ!殺戮を楽しんでいるんだよ貴様は!!」

 「違う!俺は―――」

 「否定はさせない!俺の仲間を殺して来たのだからな!殺す度に生の充実を味わった―――違うか!!」

 「くっ…」

 「――出口だ!!」

 

 狭く薄い灯りのみだった通路に外からの日差しが出入り口を照らしていた。

 眩い光に向かうように走られながら後続のジープを粗方片付き、後はリキッドだけと―――と、僅かにオタコンの声に反応して注意が逸れたその時、アクセルを全開に踏み込んで真横に並ぶどころか前に車体を割り込ませたのだ。

 広い道路なら別だが狭い通路では避ける事も出来ず、二台のジープはぶつかった勢いで外へと車体ごと転がり出た。

 

 外へ外へと猛スピードで走らせていただけに、ぶつかった衝撃は激し過ぎて横転。

 死んでいないのは死ぬほど痛む身体の叫びで理解出来る。

 

 「……無事か?」

 「なんとか…」 

 「僕も…だけど」

 

 声色からして弱っているようだったけど意識はハッキリしているメリルとオタコン。

 されどスネーク同様に横転したジープが乗っていて動けやしない。

 後の二人はと周囲を見渡すと横転時にジープから投げ出されてしまって、気絶しているのか雪の上に転がって動きのないウルフとバット。

 

 まず二人の安否を確認せねばと乗っかっているジープから抜け出そうとした矢先に雪を踏み締める足音を耳にする。

 近くには横向きに横転しているジープがあり、その陰からリキッド・スネークがふら付く足取りで向かって来る。

 不味いと武器に手を伸ばそうとするも上手く取れない。

 

 「スネーク、貴様だけは――…」

 

 頭を打ったのか血を垂らし、怒りと憎しみで染まった瞳が見下ろす。

 ホルスターから抜き放たれた(シングル)(アクション)(アーミー)“ピースメーカー”の見事な装飾の施された銃身が向けられ、荒いリキッドの息に合わせてふらりふらりと揺れる。

 

 「死ねい、スネェエエエエエク!!―――くあっ?」

 

 ここまでかと覚悟したところでリキッドは抜けた声を漏らし、立つ事もままならないのかそのまま雪原に倒れ込んだ…。 

 

 

 

 

 

 

 何故、俺は地面に伏している?

 

 意味が解らなかった。

 確かにジープは横転した際に放り出されて所々痛むが、雪がクッションになってか結構緩和されていた筈だ。

 寧ろ地面に倒れ込んでいたのは奴らだ。

 俺は身動きの取れない奴に銃口を降ろしていた。

 スネークもキャンベルの姪もエメリッヒもジープに挟まって動けなかった事から、放り出されていたウルフか()バットにでも撃たれたというのか。

 

 違う、そうじゃない。

 銃で撃たれた痛みとは根本的に異なる。

 

 まさかフォックスダイか!?

 奴は犯される事無く、俺の身体だけを蝕んだというのか!

 ナオミ―――…あの女狐め、何か細工を…。

 

 身体が怠く痛く苦しい。

 目まで霞んで来やがった…。

 

 クソッ、俺はこんなところで何も成せないまま朽ち果てるというのか…。

 ふざけるな!!

 まだ俺にはやるべき事があるんだ!

 成さねばならない事が山のように…。

 

 なんだ、この映像は…。

 

 自分が大人の勝手で作られたビッグボスの粗悪なコピー商品(・・・・・)として生を受けた事への怒りと憎悪。

 ガキどもを戦える武装集団に鍛え上げ、リーダーとして指揮しつつ戦場を闊歩していたホワイトマンバと名乗っていた幼少期。

 親父のような親父の贋者(ヴェノム)に敗北した事実に加え、施設ではガキはガキらしくと“戦士”としてではなく子供を押し付けて来る大人連中。

 不自由で仕方なかったあの場所から巣立って、マンティスやオセロットなどの仲間と共に戦場や軍内部を渡り歩いた。

 そうして力を付けたところで耳にしたビッグボスの死。

 俺がする筈だった復讐を奪われた喪失感に、奪った者への憎しみ。

 

 リボルバー・オセロットにサイコ・マンティス、スナイパーウルフにバルカン・レイブンなどの精鋭に、忠実な人形を操る人形遣いミネット・ドネルと遺伝子操作を受けた兄弟達(ゲノム兵)

 多くの同志にセルゲイ・ゴルルコビッチ大佐という利用出来る後ろ盾も得た。

 全てはこの蹶起と蹶起後に訪れる戦士達の世界、そして何より俺のビッグボスへの復讐を成す為に準備してきたのだ。

 

 それはこんな呆気なく水泡と帰す。

 俺の命も……。

 

 ぼやけた視界に誰かが入り込む。

 最早誰かも認識する目も耳も機能していない。

 光を背に見下ろす黒い影…。

 お前は誰だ?

 

 ―――あぁ、お前が迎えに来たのか…。

 

 あの頃の俺は基本的に大人を信用していなかった。

 例外である一人を除いて…。

 

 バット。

 ガキのような大人。

 馬鹿と無茶が人の形をして歩いているような手練れの間抜け。

 よく絡んで来ては俺に面倒を見させるなど鬱陶しさはあったが、決して子供だからと子供らしさを押し付ける事無く、戦士として扱ってくれた稀有な存在。

 そして俺の誘いを断りやがった大馬鹿野郎。

 

 あの日々の中で奴との煩わしい日常は―――存外心安らぐものであった…。

 

 握り締めたピースメーカーを持ち上げるだけの力も無いが、せめてと最期の力を振り絞って引き摺って足元へと押し当てる。

 ぼんやりと黒いシルエットが屈むのが僅かに映る。

 もうほとんど見えもしない。

 

 「最期に……ぇて………良かっ……た…」

 

 そう口にした途端、全身を蝕んだフォックスダイが猛威を振るう。

 幼少期にはホワイトマンバを、ダイアモンドドッグズを離れてからはリキッド・スネークを名乗っていたイーライ(・・・・)はゆっくりと瞼を閉じた……。

 

 

 

 

 

 

 アラスカ沖フォックス諸島シャドーモセス島で起こった事件は終結した。

 世界が核の脅威に晒された事件ではあったが、新型核を発射する前にメタルギアREXを撃破した事で、これ幸いにと政府は公表する事はないだろう。

 新型の核搭載二足歩行戦車“メタルギアREX”の開発と今回の演習を指揮して全貌を知る国防省付属機関先進研究局DARPAのドナルド・アンダーソン局長及び、軍事兵器開発会社アームズ・テックのケネス・ベイカー社長の両名が死亡。

 蹶起した首謀者リキッド・スネーク及び主犯格とされるフォックスハウンド隊員の半数が戦死。

 数多く生存したゲノム兵達は指揮系統を失った上に主犯格を失った事で組織として空中分解を起こし、生き残ったスナイパー・ウルフは纏めるつもりすらない。

 気掛かりは姿を暗ませたリボルバー・オセロットとミネット・ドネルの二名だが、前者は片腕を失うと言う大怪我に後者は手駒が無ければ本人は戦闘に不向きなので今は無視して良い。

 

 バットはホットドリンク片手に天を仰いだ。

 

 ジープで脱出した地点から然程遠くない場所でのんびりしているのには訳がある。

 単純に急ぐ必要がなくなっただけ。

 空爆命令が取り消されたのだ。

 

 国防省長官ジム・ハウスマンによって秘密保持と証拠隠滅の爆撃命令――というか核攻撃が指示されたが、勝手に(・・・)自国を核攻撃するという独断(・・)に対して逮捕され、同時に命令は解除されて爆撃機は基地に帰投した。

 加えて逮捕命令を出されていたロイ・キャンベル大佐は解放。

 今回の事件の知るメイ・リンがデータのバックアップを取っていたので、危険ながらもそれが保険となって今後直接的な手段を講じられる事はないだろうとの事。

 ナオミ・ハンターも解放され、彼女の身の安全はキャンベル大佐が計ってくれると言う。

 寧ろ一番危ぶまれるはスネークの存在だ。

 

 “恐るべき子供達計画”。

 当時の関係者も年月の経過と共にそれなりの地位に就いている者が多く、公になる事を非常に恐れている者も多い筈。

 それにキャンベル大佐の話ではDIA(国防省情報局)NSA(国家安全保障局)が無事に帰すとは思えないと予想している。

 

 グビリとホットドリンクを口にして、真っ白な吐息を吐き出したバットは天から凍結した海へと視線を向ける。

 そこにはスノーモービルで凍り付いた海を渡って、ここから離れるソリッド・スネークと後ろに乗るメリル・シルバーバーグの二人の姿があった。

 

 ソリッド・スネークは脱出時、リキッドの攻撃を受けてジープごと海に落ちて行方不明。

 キャンベル大佐はそういうシナリオで報告書を上げてスネークを護るらしい。

 体内のナノマシンもソロソロ切れるとの事で追跡は不可能。

 駄目押しとばかりに今からそれっぽい偽装工作もする事だし大丈夫だろう。

 

 バットの側には一台のジープが止まっている。

 乗って来たジープは上下逆さまになるほどに転がったが、リキッドのジープは横向きに横転したぐらいで起こし易かったのが幸いした。

 ジープをそのまま下へと落としてスティンガーミサイルを撃ち込んで行く。

 母さん【パス】が知ったらお粗末だと眉を潜められそうだけど、言い訳程度の偽装なので別段巧妙に施す気はない。

 

 「これ、どうすっかな」

 

 ため息をひとつ零し、一応拾ったピースメーカーを手にする。

 急に倒れ込んだリキッド・スネークは最期に「フォックス(FOX)―――ダイ(DIE)!」と叫んで死んだが、その直前に警戒して近づき銃口を向ける俺に対し、小さく呟くとこのピースメーカーを押し付けるように差し出して来た。

 奴が何を想ったのか、何故俺に押し付けたのか、なにより俺に誰を重ねたのか…。

 今となっては解り様はない。

 捨てるかと放り投げようとして、何となく躊躇って放り捨てるには至らず、迷った挙句にポーチに仕舞う。

 

 『そろそろ帰還しますか?』

 

 無線から紫の声がするが、バットは首を盾に振るわずにもう一口ホットドリンクを含む。

 眼を閉じて少し悩んだ末に首を横に振るう。

 

 「この世界、ゲームではないよな?」

 

 確信めいた言葉に紫は咄嗟に答えるのを躊躇い、それが答えとなって確信へと変わる。

 

 「もしもだ。俺がここに残りたいって言ったら叶えれるか?」

 『――ッ、可能か不可能かで答えるなら可能です。しかし―――』

 「しかし?」

 『私の一存では決められません。それに行き来なら兎も角移住となると―――帰れないかも知れませんよ』

 「それは、キツイな」

 

 紫としてはどうしてそんな考えに至ったかを聞きたかったが、苦笑を浮かべたバットは情けないと言わんばかりに眉を下げた。

 

 「即断即決出来なかった時点で、未練タラタラなんだな俺は」

 『如何なさいますか?』

 「そういう話があったとだけ()にしといてくれ。ただ今はもう暫しこの世界に居たい」

 『予定としてはどの程度を…』

 「最悪でも一週間前後かな。墓参りにも行きたいからな」

 

 それ以上の言葉は要らなかった。

 スネークはスノーモービルで離れる前にナオミにグレイ・フォックスの伝言(遺言)を伝えた後に、バットにマスター・ミラーがリキッドによって殺害されていた事を伝えた…。

 平然と装っているようではあるがバットの瞳は薄っすらと涙で潤んでいる。

 

 『取れるように掛け合いましょう』

 「ありがとう。さてと…」

 

 涙を拭って振り返ると一台のジープが近づく。

 さすがに後ろから銃撃をたっぷりと浴びたジープでスネーク同様に海を渡る訳にもいかず、使えそうなジープをオタコンが探しに行ってくれていたのだ。

 何より横転したジープを起こすにしても疲れたし面倒というのが本音…。

 

 「乗って行くかい?」

 「勿論――って言うか置いて行くようだったら出合い頭に何があったか(・・・・・・)を話しても良いんだぞ?」

 「えっ、それは困るなぁ…」

 「なんの話だ?」

 「なななななな、何でもないよ!ね、ねぇ、バット」

 「フッ、そうだな」

 

 運転席に座るオタコンは言わないでと必死に目で訴えかけ、それほどに興味もなかったのか助手席のスナイパー・ウルフは「そう…」とだけ呟いて景色を眺め、バットは後部座席に乗り込んでスネークが向かった先を見つめる。

 

 リキッド・スネークはフォックス(FOX)ダイ(DIE)というウイルスで死んだ。

 しかし、同じ遺伝子で運び屋とされてしまったソリッド・スネークは死んでいない。

 この一点についてはナオミからの言及はなかったが、スネークがすぐに発症して死ぬことはないらしい。

 生物には寿命がある。

 精一杯生きてくれ……と。

 

 あの人(・・・)はどうだったのだろうかとブロロロッとエンジン音と振動を耳と身体で感じながら、横になりながら陽の日差しを遮るように腕で目元を隠して懐かしい記憶に浸る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラスカ沖フォックス諸島シャドーモセス島核廃棄施設。

 蹶起が失敗に終わって前以上の静けさが広がっていた。

 占拠していたゲノム兵も爆撃の話を聞いて大急ぎで退避して、今や生者よりも死者の方が施設内の割合を占めている。

 

 メタルギア格納庫。

 横たわるはスネークによって撃破されたメタルギアREX以外にもう一人(・・)

 片腕を切り落とされ、強化されていた為に完全に潰れていないが腹部の外骨格に非常なまでのダメージ。

 さらに最後にメタルギアREXに直撃した爆風に巻き込まれ、吹っ飛ばされた勢いのままコンテナの残骸に埋まって動く事もままならない。

 否、そもそも動けないし、助かる事もない。

 

 痛みはあるも静寂が心地よく、懐かしき良き日々を思い返す。

 ネイキッド・スネークと共に戦場を歩みにナオミの面倒を見ていた何気ない平凡な日常、ソリッド・スネークと対峙した時などなど。

 身体中の痛みが薄れた。

 懐かしさに浸って穏やかな気持ちになったのもあるが、それ以上に身体が終わりを迎えているからだろう。

 

 (もうすぐ……俺も…)

 

 戦友の顔を思い浮かべたグレイ・フォックスは微かな足音を耳にする。

 すでに自分以外に生者はいない筈なのに誰だと目だけを動かし音源に向けた。

 視界がぼやけ始めたフランク・イェーガーはバサバサと靡かせながら歩み寄って来る者に目を見開いて驚きを露わにした。

 

 「お前は!?……そうか。お前が―――…」

 

 見下ろすように立ち止まったその者は、何も口にせぬまま銃口をフランクの頭に向けてトリガーを引いた…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

記憶

 ビッグボスが創設した特殊部隊フォックスハウンドは死に体にまで陥った。

 創設者ビッグボスの蹶起に、フォックスの称号を与えられたグレイ・フォックスの離反。

 部隊としての信用を失い、大幅な戦力の低迷を招いたアウターヘブン蜂起とザンジバーランド騒乱。

 消耗した部隊を立て直そうとするも創設時から副指令・総司令を務めたロイ・キャンベル大佐、及びビッグボスを倒したソリッド・スネークの両名が抜けた。

 

 そこで新たにリキッド・スネークをフォックスハウンド実行部隊リーダーに据え、中核を担う精鋭を揃えた新生フォックスハウンド部隊を再編。

 周りの思惑はどうであれ、我々の計画は順調に進んでいた。

 

 自然界では通常左右非対称が普通なのだが、絶滅に向かう種には左右対称の兆候が見られるという。

 未完成の遺伝子治療(ジーンセラピー)を受けたゲノム兵達の遺伝子にも絶滅種の兆候が表れ、原因不明の奇病が蔓延し始めた。

 彼らを救うには元となった遺伝子情報を手にする必要があり、“ビッグボス”の遺体が必要不可欠。

 ゲノム兵はその事実とサイコ・マンティスの力で完全にリキッドの指揮下に入った。

 フォックスハウンドの精鋭達も蹶起に参加を表明して部隊の掌握は終了。

 決行する日取りや計画はすでに組み上げ、必要な情報も入手済み。

 

 気になるのが上の一部が勘付いたかも知れないと言う事。

 まだ完全な情報ではないがロイ・キャンベルの血縁者がフォックスハウンドに新兵として配属されるらしいが、タイミングを考えてこちらの監視か様子見、またはもしもの時にソリッドを巻き込む算段か。

 血縁者が蹶起に巻き込まれれば甘い言葉で、同調して参加すれば強い言葉と責任を盾にロイ・キャンベルを引き込み、繋がりのあるソリッド・スネークを動かす事が出来る。

 さて、どうなる事か。

 

 リボルバー・オセロットは先に起こり得る出来事に思案するも、今はリキッドに呼び出されたのだったなと進む足を急がせる。

 すでにアラスカ沖フォックス諸島シャドーモセス島へ向かう用意は済ませているので後は予定通りに向かうだけ。

 待機状態であったのだが急にリキッドに呼び出されたオセロットは基地内の指定された一室に向かう。

 大した用で無ければはぐらかす事も出来たかも知れぬが、内容が今後に関わる事とあっては行かぬ訳にはいかない。

 

 「遅くなりました」

 

 指定されていた部屋に到着したオセロットはノックして扉を開ける。

 室内には呼び出したリキッド・スネークにミネット・ドネル、何やらにやついているスナイパー・ウルフとバルカン・レイブン、相変わらずガスマスクを被って表情すら見えないサイコ・マンティス、そしてデコイ・オクトパスとフォックスハウンド実行部隊の幹部クラスが勢揃いしていた。

 特にデコイ・オクトパスと顔を合わせるのは久しい。

 

 ロビト理化学研究所の事件以降はデコイ・オクトパスは“ハンス・ディヴィス”に成り変わり、BEAGLEに入り込んでACUAのデータなどの資料や資金をダミーカンパニーを通じてこちらに流していたのだ。

 すでに十分すぎる程に入手出来、もう決行するだけという事でようやく合流できたという訳だ。

 久しぶりの勢揃いだからこそ、この集まりは重要な事なのだろうと認識しようとしたオセロットは大型のテレビにビデオデッキ、見覚えのあるタイトルが書かれたビデオテープは目に入った瞬間に嵌められた事実を悟った。

 静かに回れ右をするも扉はサイコ・マンティスの力で閉められ、塞ぐようにバルカン・レイブンの巨体が凭れかかる。

 

 「どういうことですかボス(・・)

 

 一応上官として扱うも怪訝な顔は隠す気はない。

 対してリキッドはクツクツと嗤うばかり。

 

 「蹶起を行う前に我らの原点であるビッグボスを振り返ろうと思ったんだが、どうも大きく改変されているらしくてな。実際の事柄を知るには当事者が必要だ――なぁ、オセロット」

 「―――ッ、それは!?」

 

 必要性があるかと叫びたい顔を浮かべるも、仲間内では興味を抱いている者は多い。

 特に誇張された映画の内容をそのまま信じているなら、事実を知る生き残りとしては訂正を入れたいところ。

 しかし、この内容は非常に精神的にも肉体的にも響く。

 

 「しかし――」

 「これは命令だ」

 

 絶対面白がっているだろうとにやつくリキッドを睨むも、サイコ・マンティスがさっさとビデオをセットして再生を始めてしまう。

 こうなっては仕方なしかと諦めて画面に視線を向ける。

 

 再生されるはスネークイーター作戦を生き残った生存者の証言で構成された、真実とは多少異なる彼ら彼女らが知る情報と演出や独自解釈というハリボテとメイクを後手後手に着飾ったアクション映画。

 

 映画の冒頭から酷いものである。

 公に真実を知らぬがゆえにザ・ボスは“犯罪者”と誇張され、ソ連領土内の研究室に核撃って亡命という出だしになっているが、撃ったのはヴォルギンでその隣で自分が止めようとしていただけに、この改竄に対しては腸が煮えくり返りそうになるほどの怒りを覚えながら訂正を早速入れる。

 冒頭を経て輸送機からジャングルを見下ろしながらオープニングが流れ始め、機内で待機していたソリッド・スネーク役の筋肉モリモリのマッチョマンな俳優が、輸送機より敵地へ降下すると同時に作戦内容の説明場面へと切り替わる。

 ここに関しては本来の作戦(バーチャスミッション)追加で発生した作戦(スネークイーター作戦)が混ざっているとしか言えない。

 

 力強く着地を決めた俳優はパラシュートをその場に棄て、上着を脱ぎ棄てて肉体を露わにして泥などを塗って身体に迷彩ペイントを施して効果音が鳴り響かせ立ち上がる。

 ネイキッド・スネークというコードネームからだろうが、ネイキッドは装備無しの状態を差しているだけで本当に裸になっていた訳ではない。

 

 もうこの時点で先は見えている。

 潜入工作よりもド派手なアクションと血潮躍る殴り合いが待っている事間違いなし。

 実際にヴォルギンにスネークが殴られるシーンはあったが、あれは縛られた上の話で殴り合いではなかった。

 

 そこからはEVA役の色気漂う女優に、何部作にもなった海賊船の船長役をしそうな若い俳優が自分(オセロット)として登場。

 自分のシーンではリキッドがバット(オールド)より聞いたのであろう装飾入りのリボルバーやり取りを大仰に話し、くすくすと私の若気の至りを嗤って来る。

 

 ……別に笑いたければ笑うが良い。

 とあるシーンに置いてリキッドは身構え、歯を食いしばり、拳は喰い込みそうなほどに握り締め、腹部に全力で力を籠める。

 問題としたシーンはスネークとEVAが小屋でバットと出会う所。

 

 二人を驚かすようにスッと現れたバット役は、脱がずと鍛え上げた肉体を見せ付けるようにぴちぴちの戦闘服を着用して、ボクシング映画やベトナム帰還兵を演じそうな俳優。

 

 あまりの本人との差異に笑いそうになる。

 耐えろ私の腹筋!!

 今こそ日々の鍛錬の成果を見せるのだ――絶対にこの為ではないだろうが全身全霊で笑うのを堪える。

 以前と同じ場面で腹筋を崩壊させて病院送りにされる訳にはいかぬと気張る。

 

 何とかオセロットは耐えきったがリキッドは初見で、歳をとってはいたがバット本人を知る為に噴き出し、呼吸困難手前まで笑い転げていた。

 醜態を晒すリキッドに対して内心で「勝った」とオセロットは嗤う。

 

 山場を乗り越えたと余裕を抱くも、果敢無くも終盤になると消え去る。

 軽機関銃やロケットランチャーなどの銃器を基地内でぶっ放して使い切ったところで、二人より身長が高く細身ながら鍛え上げられた肉体のヴォルギン役の俳優と肉弾戦を繰り広げる事に。

 

 スネーク役は最初からだがバット役も鍛え上げられた肉体を見せ付けるように上着を脱ぎ棄て、ヴォルギン役も同調してか破り捨てて逞しい肉体が晒してCGの電流が走る。

 ムキムキマッチョマン三人による殴っては殴られの激しい肉弾戦が始まり、あまりの当人達との違いに我慢も限界に達したオセロットは、リキッドと共に腹筋を崩壊させてメディックのお世話になるのだった…。

 

 

 

 蹶起前の一日を夢に見たオセロットは、ふと目を開けて周囲を見渡す。 

 フォックスハウンドに用意されていた基地でも、蹶起したシャドーモセス島の核廃棄施設内でもない。

 凍った海面すれすれを飛行するヘリの中。

 

 負傷も重なった疲れから居眠りをしてしまったのを理解したオセロットは、斬り落とされた右腕を観て現実だと認識する。

 ソリッド・スネークのせいで蹶起は失敗。

 腕を斬り落とされると言う損失を被ったが、演習データを入手する事が出来たのは幸いだった。

 

 「それでこれからどうするの?」

 

 隣に座っていたミネットが外を眺めながら呟く。 

 リキッドに拾われたミネットだが、二人の間にあったのは仕事上の契約関係。

 後ろ盾と駒を全部失った彼女に力はなく、事情を知る人間からすれば捕獲し易いサンプルが一つとして映るだろう。

 

 「このままセルゲイ・ゴルルコビッチ大佐と合流する」

 「私は何かの取引材料かしら?」

 「ふむ、ある意味ではその通りだ。今後は私の下で力を振るって欲しいものだ」

 「貴方にACUAを投与しておけばよかったわ」

 「無駄な事を。そもそもお前は私の名を知らぬだろう」

 「可愛げのない猫」

 「生憎と私は飼い猫ではなく野良なのでな」

 

 つまらなさそうにため息を零し、肩を竦めるミネット。

 そうだとも。

 彼女にはまだまだ利用価値がある。

 リキッドの目標こそ水泡に帰したものの、私の計画はまだ終わっていない。

 その為にも彼女を手元に置いておくに越した事はない。

 だからこそわざわざ彼女を連れて脱出したのだから。 

 

 「リキッドが自分は劣等遺伝子で作られたってぼやいていたけど、アレって本当なのかしら?」

 

 静まり返った機内が重苦しかったのかぽつりと呟いてきた。

 役職が無いミネットは暇潰しにとリキッドと行動を共にする事が多かった為、普段他の隊員にしない話もしていたのを思い出し、小さく鼻で嗤ってしまった。

 

 「逆だ」

 「逆?」

 「奴こそ優性遺伝子で作られたビッグボスのクローン」

 「つまり劣性遺伝子なのはソリッド?」

 「遺伝子の優劣など当てにならなかったな」

 「……子供(・・)だったのね彼」

 

 そう呟くミネットの言葉にそう言う解釈もあるかと口を噤む。

 一応ながら自分にも想う所があったらしい。

 なんにせよこれから忙しくなる。

 リボルバーをひと撫でするオセロットは不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 バット―――宮代 志穏(シオン)は酒瓶片手に霊園を歩く。

 記憶に残るカズヒラ・ミラーは面倒見の良いおじさんという印象だった。

 気が良くてお調子者。

 真面目で渋いところもあったけど、何処かコミカルで色んな場面で笑わされたっけ。

 近くに居て気持ちが良く、一緒に居て賑やかで楽しい人。

 

 勿論、悪い面もいっぱいあった。

 調子に乗り易かって騒ぎを起こしたり、ちょっと(・・・・)スケベなところや、今思えば悪い事もたくさん教わったけれど、あの人の事を決して嫌いになる事はなかった。

 

 並ぶお墓の中から名前を見つけて静かに見下ろす。。

 

 「娘さんに会いましたよ。全く、死んでまで女性泣かすなんて悪い人ですね」

 

 結婚していたのを聞いた時は驚いたものだ。

 けれどさらに奥さんと別居しているのを聞いた時は、元々女癖悪かったからかなぁと思い出してミラーさんらしい(・・・)と苦笑してしまった。

 

 持ち込んだ酒瓶を備えると他にも誰かが来たらしく色々な物が置かれていた。

 花束やお酒、ギターなんかも備えてある。

 それが彼の人柄の良さを証明していた。 

 

 「もう、楽しみにしてたんですよ?大人になったら貴方と酒を飲みたかったのに」

 

 母さんは兎も角、親父と酒を飲もうとは思わない。

 そもそも親父は下戸なのかどうかは知らんけど、酒を飲んだところを観た事がないが。

 

 こっちの世界をある程度理解してから密かな楽しみを吐露して座り込む。

 

 「もっと話を聞きたかった。くっだらない下ネタとか武勇伝とか……」 

 

 言葉に詰まりバットは天を仰ぐ。

 ここに訪れる道中に酒とミラーが愛用していたサングラスに似ているものを発見し、思わず購入していた物を取り出して掛ける。

 日光をある程度遮りたいからではなく、周囲に誰も居ないとはいえ目元を隠す為に…。

 

 「大きくなったな、シオン」

 

 風が吹いて頭をふわりと撫で、気のせいか聞き覚えのある声が聞こえた気がする。

 周囲を見渡そうとも思ったが止めた。

 そういうのは野暮ってもんだ。

 

 何となくだが酒瓶を片手に座っている姿が想像出来て、微笑ながらシオンは語り掛け続ける。

 

 

 

 

 

 

 シャドーモセス島事件。

 新型核弾頭と新型の核搭載二足歩行戦車メタルギアREXを奪われる大事件なれど、知る者は極一部に限られる上に世間では存在すら知らない事件である。

 

 蹶起の首謀者リキッド・スネーク、及びFOXHOUNDの精鋭デコイ・オクトパス、サイコ・マンティス、バルカン・レイブンの死亡を確認。

 参加していたとは言えサイコ・マンティスに操られていたゲノム兵部隊は解散。

 開発に関わっていたアームズ・テック社ケネス・ベイカー社長は病死で処理され、核廃棄施設での出来事は実験中の事故で片付けられた。

 同じく開発に関わっていたDARPA局長ドナルド・アンダーソンは病死(心臓発作)し、事情を知っていたジム・ハウスマン

国防長官は自殺(・・)して計画を知る不都合な者(・・・・・)は軒並み消えた(・・・)

 国防長官が自殺した事に対して任命責任を問われたジョージ・シアーズ大統領は、責任を取って辞任した後にパリのホテルにて爆破テロにあって亡くなる。

 

 本事件で任務に従事していたソリッド・スネークは脱出時に、敵の激しい抵抗にあってジープごと海に転落。

 蹶起側でありながらも協力したスナイパー・ウルフも一緒に死亡したと、ロイ・キャンベル大佐及びメリル・シルバーバーグより証言を受ける。

 事件の解決に尽力したメリルを始めとしたメンバーは現場に復帰。

 

 事件は収束したとはいえ危惧される事はある。

 今回の演習データを収めたディスクが喪失した件に、FOXHOUNDリボルバー・オセロットと蹶起に参加していたミネット・ドネルなる情報不明な少女が行方不明となっている事だろう。

 大々的に探す訳にもいかず、一部捜索部隊を組んで捜索は続ける。

 

 破壊されたメタルギアREXは放棄が決定。

 事件の現場である核廃棄施設を含めたシャドーモセス島に立ち入り制限が設けられる。

 

 こうして一部不安はあるもののメタルギアを巡る事件は終結。

 上層部も安堵から胸を撫で下ろしたのも束の間。

 アフリカの小国にて新たに世界を揺るがしかねない大事件が起ころうとしていたのだった…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

METAL GEAR:Ghost Babel
狐に追われた毒蛇


 何故、どうして―――…。

 目の前で行われている事が理解出来ない。

 俺達が何をしたというのだ? 

 耳に届くのは仲間達の悲鳴や絶叫。 

 鼻孔を擽るは鉄粉と血潮の生々しい死の香り。

 視界に映るのは次々と倒れ行く戦場を共にした戦友達。

 

 「何故だ……どうしてなんだ!!」

 

 二度と使い物にならないだろう痛む左腕を抑え、あまりの不条理に感情のまま叫ぶが飛び交う銃声で掻き消される。

 虚しさと怒りが心中を渦巻くも今の自分では状況を打開する事も、仲間を救う事も出来やしない。

 苦々しく殺意を込めて襲撃者を睨みつけると、視線を感じ取ったのか指揮官らしき男が目立つように堂々とジープ上に立ち、太々しくも見下ろして嗤い掛けて来た。

 

 「貴様らは――…」

 「お前は優秀だ。出来れば俺の手駒に加えたい所だったがこれも仕事でな。奴らからは目障りだったらしい」

 「出る杭は打たれる。違うわね、蜥蜴の尻尾切りかしら?」

 

 指揮官の横にはふんわりと可愛らしくも動き辛い服装を着用した少女が、目の前で行われている戦闘に然程驚きも見せず平静に

呟いて一人で納得している様子。

 戦場に似つかわしくない少女を思考から外し、現状を正しく理解した俺は殺意を抱いた。

 

 俺達は切り捨てられた。

 実力不足と判断された訳でも信用が出来ないなどこちらの落ち度では決してなく、俺達が優秀過ぎるゆえに問題を抱えた雇い主は口封じに及んだ訳か。

 納得した…。

 過酷で危険な任務を終えて疲弊している所を数を揃えての効果的な奇襲・強襲をされては、精鋭である俺の部隊であろうとも一溜まりはなく、雇っていた側の誰かがこの基地の情報と奴らに命令を下したのだろう。

 

 「誰だ…貴様らに命じた奴は」

 「それを聞いてどうする?お前はここで死ぬのだ」

 

 聞かねばならぬ。

 命じた奴も実行犯であるこいつらも許してはならぬ。

 明日、明後日、一か月後、半年後、一年後―――どれだけの時を掛けようとも構わない。

 見つけ出してあらゆる手段を講じて償わせてやる。

 

 憎しみと殺気を可視出来るほどに放つ様に襲撃した兵士は慄き、指揮官は「ほぅ」と感心したように小さく声を漏らした。

 

 「隊長を護れ!」

 「弾幕だ、弾幕を張るんだ!」

 

 残存していた仲間が助けようと駆け付ける。

 敵指揮官を討ち取れば指揮系統に乱れが生じ、反撃するにも撤退するにも有効。

 されど淡い期待は信じられない光景をもってして崩れ去る。

 

 仲間が何十と放った弾丸は指揮官を目の前に空中で制止したのだ。

 

 「馬鹿な!?」

 「なにかのトリックか!」

 

 驚愕を隠せない中、指揮官の背後にはガスマスクを着用した細身の男が何処からともなく現れ、こちらをジッと見つめながら宙に浮いていた。

 信じられない光景に戸惑っているところを悠々と白髪の老人が割り込む。

 次の瞬間にはホルスターから抜かれたリボルバーによる目にも止まらぬ早撃ちで、六名の仲間が撃ち抜かれて倒れ込んだ。

 老人はフッと笑いながら弾切れになったリボルバーを仕舞い、もう一丁リボルバーを抜いて俺に銃口を合わせようとしたところ間に朱い着物を着た女性を模した人形―――文楽人形“オサン”が庇うように割り込んで来た。

 急に割り込んだ人形に老人は照準を変えて撃つが、壊れるどころかカウンターの攻撃に忌々しそうに舌打ちをした。

 

 「クッ、小癪な人形遣いか!」

 「アウル…か」

 「ここは一旦退きます」

 

 現れたのは仲間で白い着物の文楽人形“コハル”を引き連れた、黒いロングコートに身を包むアウルであった。

 二体の人形を前に襲撃者は少し眉間に皺を寄せ、兵士達を終結させようと合図を送る。

 今を逃せば逃げ道も経たれる。

 アウルに肩を借りると背をコハルとオサンに護らせながら、必死にこの場から撤退しようと走る。

 

 最悪俺だけでも逃がそうと生き残った仲間達の多くは命を棄ててでも抵抗し、ほんの少しでも時間を稼ごうと奮闘してくれた。

 ジープで道を塞いで荷台の機関銃で相手の足止めを行う仲間は、タンクを背負った巨漢の男が手にするガトリングガンの掃射で全滅。

 空から支援しようとした仲間の戦闘ヘリは、何処からともなく狙撃されて撃墜。

 そんな仲間の姿と悲鳴、意志を刻みつけながら必死に堪えながら走る。

 

 追撃してきた敵兵はオサンやコハルの反撃、何処からともなく飛来する一メートルもある巨大なブーメランが蹴散らし、黒煙を巻き上げながら撒き散らす火炎放射器を持つ仲間が焼き払う。

 安全地帯まで退避したところで元より仕掛けていたブービートラップを起動させる。

 

 長らく部隊で使用していた基地のあちらこちらで爆音が響く。

 火の手が上がり、破片が舞い散り、施設だけでなく共に仲間と記憶まで崩れ落ちて行くようだ。

 

 「今はこれが精いっぱいだが、覚えていろよ。俺達は必ずお前達を――――」

 

 襲撃犯にあった狐のエンブレム(・・・・・・・)を記憶に深く刻み、死んだ仲間の怨念を背負い一匹の蛇が怨嗟の声に耳を傾けながらその場を離れる。

 

 偉大な蛇の子らとは出自も能力も異なるも彼もまた蛇である。

 得物を喰らうべく慎重に絶好の機会を陰に潜み続け、深く強い恨み辛みという毒を研ぎ澄ませた鋭い牙にを纏わせた毒蛇。

 二年の歳月を耐え忍んだ毒蛇は今まさに牙を向ける…。

 

 

 

 

 

 アフリカ中央にある小国“ジンドラ”。

 彼の地では少数民族が分離独立を求め、高いカリスマ性を持ち合わせた指導者“アウグスティン・エグアボン将軍”が率いる武装集団“ジンドラ解放戦線”を中心に、武装蜂起が行われて内戦状態に突入。

 紛争解決を掲げて国連より平和維持軍が派遣されているも、ジンドラ解放戦線は山岳部に難攻不落の武装要塞“ガルエード”を築き、ジンドラ政府軍も平和維持軍も迂闊には手が出せない状況が続いている。

 現在公にされていないがこの小国こそが世界を揺るがそうとしている。

 

 七日前、合衆国陸軍が極秘裏に開発した兵器の演習を南米で行おうと、積み荷を積載した軍用超大型長距離輸送機C‐5Bギャラクシーが飛行中消息を絶った。

 積み荷が積み荷だけに総力を挙げて捜索した結果、ジンドラへと運ばれた事が明らかとなる。

 単なる新兵器なら多少強引(・・・・)にでも処理する方法はあったかも知れない。

 しかし奪われた新兵器というのが核兵器―――核搭載二足歩行戦車“メタルギア”であっては事は慎重を要する。

 報復に使われる事も核と新兵器を強奪された事実を明るみに出る事も避けたい。

 すでにシャドーモセス島で一週間前にメタルギア強奪され、それを交渉の切り札に蹶起されたばかりなら尚更。

 

 事態は急を要すると言う事で国家安全保障担当のスティーブ・ガードナー大統領補佐官が総責任者となり、ガルエード要塞への単独潜入してメタルギアを破壊する作戦が計画された。

 

 情報支援要員としては本作戦の実質的な立案者でジンドラの情勢などに詳しい、CIA工作本部アフリカ局ブライアン・マクブライド情報官。

 新兵器強奪に関わっている“ジンドラ解放戦線”が凄腕の傭兵を雇い投入したという情報から、伝説の英雄(・・・・・)にも匹敵すると謳われ、傭兵の顔役も務めるなど武器や傭兵に詳しいウィーゼル(イタチ)と呼ばれるロナルト・レンセンブリンク。

 さらに作戦指揮官より推薦された高い技術力と情報分析能力を有するメイ・リンなどの面々が参加。

 

 実働部隊には本来ならば元FOXHOUND隊員で高い戦闘技術に単独潜入に長け、シャドーモセス島でも活躍を見せたソリッド・スネークが選ばれただろうが、そのスネークはシャドーモセス島にて死亡(・・)

 そこでメタルギアの破壊経験を複数あり、スネークと共に敵地に潜入していたバットが選ばれる事になるが、存在が極秘なのか何処の所属なのかも分からないゆえに、接点のあるロイ・キャンベルを作戦指揮官に据えて作戦への勧誘なども任せる事に。

 

 速やか且つ迅速にこの危機的状況を打破しなければならない。

 世界が核の脅威に晒される前に。

 二度もメタルギアを強奪された事態が明るみになる前に。

 

 『作戦概要を再び説明します。ジンドラ解放戦線に奪取された新兵器(メタルギア)はガルエード要塞に運び込まれた事が確認されました。よって本作戦は敵要塞へ潜入及び破壊工作任務となります。第一目標奪われたメタルギアの破壊、第二目標捕虜になっていると推測される研究者の救出となります』

 「潜入は兎も角破壊工作って狙撃手の任務か?」

 『それは――…』

 『あまりメイ・リンを困らせないで欲しいな』

 「すまない大佐。ただちょっと精神が安定しなくて気が立ってた」

 『解らないでもない。すまないなバット』

 「……で、任務内容の確認だが奪還は考えないで良いんだな?それと開発者は生きていると思うか?」

 『上からは破壊としか聞いていない。奪い返す際のリスクと隠蔽を天秤にかけて証拠隠滅を優先したようだ。すでに陸軍総参謀長ジョン・パーカーによって特殊部隊デルタフォース先行潜入しているとの事だ』

 「あぁ、こっちも陸軍の管轄か。それにしても資金は何処から出ているのやら」

 

 今回奪われたメタルギアもシャドーモセス島のメタルギアREXも陸軍の管轄。

 万が一を考えてのセカンドプランだったのか、それとも別の指揮系統の下で開発されたかは知らないが、核弾頭を使う超大型兵器の開発を同時期に行うなどどれほどの資金を使ったんだろうか?

 メイ・リンもその辺は気になっているらしいが、シャドーモセス島の一件で目を付けられた事からある程度の間は監視が付くだろうから下手に動けない。

 オタコンことハル・エメリッヒ博士に調べて貰う手もあるのだろうが、肝心の博士との連絡手段を持たない上に行方を暗まし、内容が軍の資金の流れを追う以上は下手に人手は増やせないので探すのも困難。

 多少気になった程度でそこまで本気で調べようと思ってはいないが。

 

 『開発者に関しては解らないとしか言いようがない。ただ組み立てる前の状態で積み込んでいた事から、組み立てから調整までの間は生きている筈だ』

 「んー、まだ可能性はあるな。あとデルタフォースが証拠隠滅の為に動いているなら、隠滅対象(・・・・)に成り兼ねない俺は接触しない方が良さそう?」

 『いや、目標は同じだ。何とか説得して協力して事に当たって欲しい』

 「了解」

 『降下地点に接近しました』

 『頼んだぞバット。それと――…』

 「あぁ、行ってくる」

 

マスターの墓参りなどこちらに(・・・・)滞在していたバットは、会いに来たロイ・キャンベル大佐に任務内容を聞かされて了承したその日に輸送機に乗せられた。

 目的地であるジンドラまで陸路や海路で渡るほどの時間的余裕はないらしい。

 後部ハッチが空き、バットはパラシュート降下を行う。

 ゲームでは散々行った事はあるが実際には初の体験。

 普段なら色々感情が騒いでいたかも知れないが、今はそんな事も無く淡々と周囲を見下ろす。

 

 ジャングルに囲まれた先にガルエード要塞と思わしき要塞が見える。

 完全に一致ではないが、この地(・・・)での出来事を思い返すと気持ちは沈む。

 

 ―――ガルエード要塞が築かれたのはアウター・ヘブン跡地である。

 

 バットにとっては馴染みがあるヴェノム・スネーク終焉の地。

 あの日の事を思い出すと無意識に歯を噛み締めてしまう。

 

 先に説明された通りに着地したバットはすぐさまジャングルへと潜む。

 現在武器は内緒で隠し持って来た一丁しかなく、しかも使い慣れない武器という事で実感では丸腰同然。

 スネークや父親のように近接格闘術を熟せない身では、敵との接触は捕縛されるか殺されるかの二択になる。

 

 懐からメイ・リンが開発したレーダー装置を手に急ぎ移動を開始する。

 レーダーにはサウンドシステムやらが積み込まれて近くであれば敵の位置――正確には動いている生き物と壁など動かない物が簡易的に表記され、中には特殊な発信機を持つ相手を自動的に認識するようになっている。

 認識されている点滅を追うようにして進み、レーダーに表記される付近を警戒しながら目的の人物を発見すると無線をOFFにした。

 

 「全く、装備無しで敵地に飛び込む人の気持ちが理解しかねる」

 「あれはあれで利点もある」

 「行き当たりばったりのように思えるが?」

 「敵の装備を奪えば敵地で補給する弾薬は同じ弾頭、口径の物が多い。何より潜入にあたって武器や薬莢を放棄しようと敵と同じでは証拠にならないからな」

 

 「そうですか」とバットは苦笑しながらソリッド・スネークに近づく。

 ロイ・キャンベル大佐はバットが有能であるとは認めるも、潜入任務であればソリッド・スネークを推すのは当然で、それも彼にも関わりのあるアウターヘブン跡地でメタルギアの事件となれば、彼も黙っている訳にもいかなかった。

 しかし公式ではソリッド・スネークは死亡しているので公には作戦に従事する訳にはいかない。

 なので今回は正式にはバットが単独潜入する手筈を整え、裏では現地協力という形でスネークが参戦する形になったのだ。

 キャンベル大佐がメイ・リンをオペレーター兼情報官として呼んだのは、優秀な人材であってシャドーモセス島での事情を知っているからである。

 

 「荷物は?」

 「預かって来たぞ」

 

 軍が用意した輸送機に搭乗させる訳にもいかず、金は掛かるが裏と呼ばれる別ルートで現地集合だったスネークは、バットが向かう前に出発して早めに到着。

 すると任務をバットが請け負った事で注文を受けた紫が、初めてのパラシュート降下で荷物が多く無い方が良いだろうと、現地近くに出張してスネークに注文を受けた銃器類を渡したのである。

 

 預かっていた銃器を纏めてスネークはバットに渡す。

 中にはベレッタM92Fが二丁に狙撃銃はいつものモシン・ナガンではなく――スカウトライフル(・・・・・・・・)“ステアースカウト”。

 

 スカウトライフルとは全長に重量などに制限が設けられた銃で、軽く短いという特徴を持ったライフルの事である。

 ただし軽量化と銃身が短いために有効射程距離も短い。

 長距離狙撃には向かないけれど短距離には有効で取り回し易さがある。

 取り付けられているスコープも低倍率でキャップ付き。

 銃弾はジンドラ解放戦線が扱っているアサルトライフルと同じ弾丸が使えるとの事。

 

 弾の説明に関してはスネークがしてくれたがその際に「銃の受け渡しより説明の長い奴だった…」と肩を竦ませていた。

 ちなみに受け渡しの時に顔を観たかと聞くと、人伝に呼び出されて曇りガラス越しに人影を見た程度だったらしい。

 

 「スネークの武器は?」

 「俺はいつも通り現地調達だ」

 

 再び苦笑を浮かべたバットはスッと視線を要塞へ向ける。

 

 「どう見る?」

 「――…さぁな」

 

 バットの主語を伴わない問いかけにスネークは肩を竦めながら応える。

 殺気を込めて睨んでいる様子から明らかに侵入の難易度や要塞への感想ではない。

 ヴェノムの墓標であったこの地を騒がせるどころか似たような真似を仕出かした奴らが何を想って事を起こしたのか。

 場所が場所なだけにビッグボスが求めていた兵士達の世界を自分なりに解釈した連中なのか。

 そんな事はスネークにも解らない。

 

 「本人に聞くしかないだろう」

 「なら首謀者の顔を拝みに行きますか」

 

 銃を装備したバットは周囲を警戒しながら前進し、スネークもそれに続く。

 毒蛇の巣穴に招かれた蛇(・・・・・)が足を踏み込み、招かれざる客(・・・・・・)がクスリと嗤いながら遠くより眺めていた…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

毒蛇の巣穴に集まる者達

 ジンドラ解放戦線が築いたガルエード要塞。

 堅固な要塞であると同時に地形と自然を利用して大軍での侵攻を阻み、幾度となくジンドラ政府軍の攻撃も跳ね返した難攻不落の要塞に、奪取されたメタルギアと開発に携わった研究者が運び込まれた。

 事態は急を要すも核兵器による報復や強奪された失態を隠し通したい事もあって強硬策は使えない。

 そこで提案されたのは敵要塞に潜入工作任務。

 迅速に現地に工作員を送り込む為に輸送機を飛ばし、制空権の隙間を縫う様に要塞防空圏ギリギリまで接近後、敵地のど真ん中にパラシュート降下が行われた。

 降下したバットは現地でスネークと合流して要塞に潜入すべく移動を開始するが、姿を晒して堂々と真正面から突っ込む事も、道中停車してあるトラックで気軽に乗り付ける訳にもいかず、足場の悪いジャングルを三キロも走破しなければならない。

 ただでさえ悪路が続く上にジャングルの至る所に配置された敵の目を掻い潜り、見つからない為には泥沼に浸かりながら進むなど多少なりとも精神も体力も削りながらの進軍となってしまった。

 ようやく要塞前にまで辿り着いた二人に対して、キャンベル大佐から凶報が届く。

 

 『悪い知らせだ。先行して潜入していたデルタフォースが壊滅したようだ』

 「―――…一人も?」

 『もしかしたら生き残りは要るかも知れんが、こちらでは確認しようがない』

 「テリコの例があるからな。こっちでも一応生き残りがいないか情報を収集しながら動く。それにしても壊滅とは――…今回の敵も厄介そうだな」

 『相手は特Aクラスの傭兵を雇っているらしいからな』

 

 ロビト島で唯一生き残ったスペンサー隊に所属していたテリコの例を挙げて、淡いかも知れないが希望を抱きながら会話していた間に、知らない声が割り込んでバットは誰だと眉間に皺を寄せる。

 

 『強敵に会ったら俺に連絡してくれ』

 「傭兵のヴィーゼルだったか?」

 『凄腕が抜けてるぞ。今回俺が雇われたのは情報提供だからな。報酬分の働きはさせて貰うさ』

 「強敵に会ったら連絡する」

 『こちらはCIAのマクブライドだ。君に関しての資料は見せて貰ったが、過信して相手を甘く見積もらないで貰いたい。彼らはレアメタルや麻薬の密輸出などで年間5000万ドル以上の資金を集め、裏ルートで最新の武器をも調達している』

 「心配どうも。作戦を続行する」

 

 ヴィーゼルからマクブライドに相手が変わり、バットは不機嫌そうに無線を切った。

 マクブライドとしては当然の一言である。

 なにせ相手はソリッド・スネークと共に数度もメタルギアを破壊した実績と経験を持っているが、まだまだ歳の若い兵士である事から浮かれられても困るとの釘を打ったのだ。

 しかしながらバットとしては親父や師匠を含めて自身よりも強者を知っており、今までのメタルギア事件においても強者と交戦してきた事実がある。

 油断すれば如何に有利な地点で構えていたとしても、一瞬で狩る側から狩られる側へと入れ替わる事も実体験で理解している。

 

 まさにバットからすれば“要らぬ世話”。

 傲慢とも若さゆえの強気とも取れるも、あえてスネークは口にする事はなかった。

 

 今のバットはヴェノム終焉の地で事を起こした相手に対して油断や甘さなどは持ち合わせていない。

 寧ろ怒りに我を忘れたりしないかの方が心配な程だ。

 小さくため息を漏らしたスネークは、途中発見したトラックに残されていた拳銃“FNファイブセブン”を確認しながら要塞を見上げる。

 

 「さて、壁を昇る自身はあるか?」

 「遮蔽物もない見晴らしの良い壁を攀じ登るとか無理だろ。しかも日中に」

 「ほう、その言い方だとあの壁は登れるように聞こえるんだが」

 「訂正する。昇ることすら出来ねぇよ」

 「何処か抜け道を探すとするか」

 

 要塞を囲む巨大な壁を沿いながら敵兵とカメラに注意しながら、ぐるりと回ってみると小屋でサプレッサーを見つけ、外と中を繋ぐ小さな扉を発見する事が出来た。

 入ればそこら中に兵士の姿を見るも、コンテナやトラックなど遮蔽物もあって潜むには充分そうだ。

 ただ進み辛くフェンスが張り巡らされているのが少々面倒ではあるが…。

 

 とりあえず先に進みつつ、現地調達しようと停車しているトラックの荷台に入り込む。

 バットは紫からスネークを通して装備を受け取ったが、スネークはけん銃一丁のみ。

 加えて爆発物系の武器が無いのでメタルギアを破壊するには足りなさ過ぎるので、手榴弾や対戦車にも通ずるロケットランチャーなども欲しいところ。

 荷台に入った矢先、先客が待っていた事に二人は戸惑う。

 

 「遅かったわね、お二人さん」

 「――ッ、お前は確か…」

 「ミネット。ミネット・ドネルだったか?」

 

 荷台の奥で退屈そうにしていたミネットはクスリと嗤う。

 スネークもバットもシャドーモセスで初対面を果たすが、関りはロビト島で起きた騒動ですでに持っていた。

 

 公式では当時ハイジャックされた飛行機に偶然乗り合わせた少女で、唯一動ける事からアリスの指示を受けて爆弾解除を果たした勇気ある乗客。

 しかし正体はロビト理化学研究所の事件に関与したウィリアム・L・フレミングの娘の肉体に、同研究所で行われていた研究“ネオテニー”の最後に残った被検体二人の片割れの精神を宿した存在。

 

 シャドーモセス島の事件後に彼女の存在を知るべく、ロビト島での作戦指揮を執ったロジャー・マッコイ大佐に連絡をすると、公式での活躍してくれた事とハイジャックから解放された乗客名簿に名前こそあれど、その先は不明となっている事を資料で伝えてくれた。

 あの事件にもリキッドが関与していた疑いも出るが確信も証拠もない。

 その少女がリキッドと共に行動していたのを知っているばかりか、こちらに操った兵士を差し向けて敵対した事実がある以上は警戒対象。

 

 子供であろうが構わず銃口を向ける二人に、ミネットは臆することなく微笑んだままで両手をふらふらと上げる。

 

 「別に貴方達とやり合う気はないわ。人形は貴方に壊されちゃったもの。それとも私がガンアクションするように見える?」

 「アクションは解らんが袖下にデリンジャーを隠しといて、背後からズドンとされるかも知れないだろう?」

 「そういう理由を付けてこんな幼子の服をひん剥きたいの?とんだ変態ね」

 

 明らかに揶揄われている事に腹を立てるバットだが、スネークが頭をポンと叩いて本気で相手にするなと視線を送る。

 

 「この一件にお前達(・・・)――奴も関わっていたのか?」

 「まさか。貴方と違ってリキッドは本当に死んだのよ」

 「ロビト島の一件にも絡んでいる疑いがある。シャドーモセス島の事件からそう間もないお前さんがここに偶然来たとは考えづらい」

 「正確に言うとオセロットは知っていたらしいわ。けれど詳細は私も知らないし、計画自体には興味ないもの」

 「ならどうしてここに?保護者(オセロット)も来ているのか?」

 「私一人だから警戒しなくて大丈夫よ」

 「一人……ねぇ」

 「本当に耳が良いのね。人形を連れているだけでオセロットは来ていない。これで満足?」

 

 やれやれと肩を竦ませるミネット。

 少なくともバットの耳には三名以上の足音を捉えていた。

 ただし、姿は一切見えやしない。

 

 「ステルス――…光学迷彩か」

 「爆破処理もされず放置された施設内に、置いておくなんて不用心で勿体ないじゃない」

 「あの時のものか」

 

 オタコンの研究室にあった四着のステルス迷彩。

 一着はオタコンが使用していたが残っていた三着は敵兵が着用し、エレベーター内に潜んでいた。

 あの時の敵兵は倒したがステルス迷彩は未回収のまま。

 周囲にいる連中はそのステルス迷彩を使用しているのだろう。

 

 ――と、いう事はとバットは鼻で嗤い、逆にミネットはムッとした表情を浮かべた。

 子供らしい様子に普段であれば微笑ましさを感じても良いが、敵要塞内で敵らしき少女と見えない敵兵に囲まれた状況ではそうもいかない。

 

 「貴方達のせいで蹶起は失敗。あえて指名手配された私も追われる身で肩身が狭いのよ。潤沢だった資金も蹶起の計画と共に消え去ったしね」

 「なら鞍替えか。自身を売り込みに」

 「それはないわ。彼らは私達を憎んでいるもの」

 

 まるで認識のある言い方に二人がピクリと反応を示すも、問いかけるより先にミネットは唇に人差し指を当てる。

 余裕を持った態度で嗜めるような視線。

 何かしら意図は持っているも自ら語る気はないようだ。

 

 「一つだけ教えてあげる。私は個人的な理由とおつかい(・・・・)を頼まれたの」

 「随分と物騒なお使いだな。後で保護者には説教してやろう」

 「そうしてちょうだい。お使い内容は話せないけど、私個人の目的なら話せる」

 

 聞こうと促すと「教えて下さいも無いのね」とぼやくも、話すつもりはあったようで続けてくれた。

 

 「ここの連中の中にちょっとした知り合いがいるの」

 「恋人でも奪ったか?」

 「おじさんは下品ね。でも半分正解にしといて上げる。彼らの戦友の命をたくさん」

 「寧ろ外れの方が良かったんだが」

 「それは残念ね。名前は“マリオネット・アウル”。彼に用があって狙っているの」

 「誰だか知らんが気の毒だな」

 「敵ながら同情するよ」

 

 用というのがどういう意味なのかはさておき、碌な事で無いのは何となく察する。

 同じ人形遣いなのか知らないが、出来れば関わり合いたくないものだ。

 さて、そこまで説明したと言う事はどうも最初の予想も外れだったらしい。

 

 「共同戦線……なんてどう?」

 

 向こうからしたらこちらが陽動となり動け易く、こちらからすればミネットも少なからず陽動もしくは敵戦力の減少には多少なりとも役立つ。

 彼女がステルス迷彩を着ていれば話は別だが、オタコンの研究室にあったのは大人用の物で合わなかっただけに姿は丸見え。

 服装が派手ではないが簡素ながらふわりと可愛らしく動き辛いものを選んでいる辺り、潜入工作に長けている訳でもなさそうだ。

 見つからないようにするには駒に寄る敵兵の排除しかない。

 敵の戦力も減るし、倒されたと知られれば捜索隊を組むなどして戦力の分散を図れる。

 だが、最悪の場合は裏切って敵に与する可能性もある。

 

 「俺達はお前を信じられる確証も無ければ、ここぞとばかりに裏切られる可能性の方が高いだろう」

 「飲んでくれないならここで大声を上げるだけだけど?」

 「脅しか。お前の身も危険に晒されるぞ」

 「ここから逃げるだけなら何とかなるし、お使いが失敗に終わるのはそこそこ困るけど、潜入がバレて警戒が強まったら困るのはそっちの方じゃないの?」

 

 ぐうの音も出ない。

 やり口というか感覚的にアリスを相手にしているような気分になり、バットは後頭部を掻きながらため息を漏らす。

 

 「勝手にしろ。俺達は俺達で任務を熟す。そっちが敵の誰と何をしようが知った事じゃない―――ただ敵対した時は」

 「分かってるわ。お互い不干渉ってだけで充分よ。もしもアウルと会ったら生きたまま捕縛するか、教えてくれたら嬉しいのだけど」

 「機会があったらな」

 

 バットのため息とミネットの微笑が交差し、話は決まったとばかりにミネットは姿見えぬ駒を引き連れ立ち去って行く。

 その背を見送りながらバットは甘いなと少女を評価した。

 

 本当に囮とするならば接触する事無くこちらを観察しながら後を追うだけでも良いものを。

 母さんのように狡猾さがあれば違っただろうが、手下への指示出しもだが交渉事も不得手で単純に獲物を横取りされたくないだけに、釘を刺して来ただけのようだ。

 

 「俺達も行くぞバット」

 「了解。その前に奥にダンボール転がってるけど」

 「持って行くに決まっているだろう。アレは潜入の必需品だ」

 「はいはい――ん、無線か?」

 

 随時こちらの情報が伝わってはスネークと碌に会話が出来ないので切ったが、受信機能まで切ってはいないので向こうから繋げる事は出来る。

 キャンベル大佐かと思って耳を傾けるも、どうも電波が悪いのか雑音が混じる。 

 

 『――ダレ……応とぅ………聞こえて―――誰か、応答してください』

 「女性?けどメイ・リンではないな」

 

 徐々に鮮明になった音声にスネークが女性の声ながらメイ・リンではないと判断。

 本作戦の支援要員に女性はメイ・リン以外に居らず、なればこの声は誰だという疑問が浮かぶ。

 

 「聞こえている。そちらの所属を問う」

 『良かったぁ。私はデルタフォース所属クリス・ジェンナー軍曹です』

 「デルタ?壊滅した筈じゃあ」

 『………残念ながら私以外は…』

 

 応答すると同時に情報共有する為にキャンベル大佐の無線に繋げると、向こうでも生き残りが居た事にざわつきが耳に付く。

 無線越しではあるが確率的に薄いと思っていた生存者との接触は有難い。

 クリス軍曹も声色から安堵した様子が感じ取れる。

 

 『貴方は救出部隊の方ですか?』

 「いや、そちらと合流後に協力する予定だった潜入工作員だよ」

 『部隊ではなくて工作員?単独でここに―――ッ、もしかしてフォックスハウンド?』

 「――…所属はしていないが、元所属だった蛇の相方だ。本来は狙撃手なんだがな」

 『バット(蝙蝠)!噂は聞いています』

 「噂ね、あんまり聞きたくないな。で、そちらの状況を教えて貰えるか?」

 『奴らは化物よ。“ヴァイパー”というのに待ち伏せを受けて部隊は壊滅』

 「情報が漏れていたのか……それともトラッパーの類か」

 

 軍曹の話を聞いて考えている最中、情報が漏れたという一言に極秘ゆえに絶対にありえないと主張するマクブライドと、絶対なわけあるかよと大局的な意見を告げるウィーゼルがぶつかり合っているのが喧しい。

 話としてはウィーゼルに完全に同意する。

 仲間だ同志だと信頼や信用をしていようとも個々人で抱えている物や欲、弱みなどの強弱が存在する以上は寝返るだけの隙間は少なからず存在する。

 

 (母さんがそう言った隙を突いて幾つのギルドを潰したと思ってるんだか)

 

 硬い結束を謳っていた大型ギルドもじわりじわりと疑心暗鬼という毒を注入され、終いには裏切りに内部分裂から抗争まで発展したのを目撃した事もある。

 理由は無理やりな勧誘と脱退させないように汚い手を使っていた……だったか?

 壊滅させた理由こそ曖昧なれど別段そこは重要ではない。

 

 『絶対なんてあり得ない。金で仲間を売る奴だっているんだ』

 『黙れ!作戦を知る者は身元調査が行われ、誰も信頼の置ける―――』

 「ごちゃごちゃとうるせえ!今はクリス軍曹から情報を聞いているんだ。答えの出ない応酬で雑音を奏でるなら黙ってろ!もしくは無線を切ってそっちだけで勝手にやってくれ!」

 

 さすがに五月蠅くて怒鳴ると『おっと、すまねぇな』とウィーゼルが軽く謝罪を入れ、マクブライドはばつが悪そうに押し黙った。

 

 「すまない。話の続きだがこの要塞にメタルギアはあるのか?」

 『はい、組み立てはほとんど終わっているらしいのですが、何処にあるのかまでは………』

 「技術者の方は?」

 『そちらも何処かに監禁されているとしか…すみません』

 「切り口を変えよう。軍曹はどうやってガルエード要塞内部に潜入を?」

 『東側の建物の窪みが排水溝に繋がっているので』

 「排水溝だな。了解したが――…軍曹はどうする?撤退すると言うのなら脱出を助けるが?」

 『いえ、私は残ります。任務を続けなくては』

 「分かった。なら要塞内で合流しよう」

 『こちらでも情報を調べれるだけ動いてみます』

 「気を付けて。また後で」

 

 バットが了承した事にスネークが小声でガールスカウトのお守など出来ないぞと言うが、反論するよりも「またか」といった視線を向けて聞き流して無線を終了する。

 

 「どうして認めたんだ」

 「帰らせた方が良いと言うんでしょうが、人手は多少でも多い方が良い。それにデルタが壊滅した待ち伏せを生き残っただけの実力はあるのなら有用でしょう」

 「なら良いんだがな」

 

 そう口にしながらも軍曹から情報である潜入に使用したという排水溝へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 ジャングルより幾つもの目がガルエード要塞に向けられる。

 肉食獣のような鋭い眼光を向けるも気配は一切感じさせない程の人間達。

 周囲を警戒しているジンドラ解放戦線の兵士達も気付く様子はなく、もしもそれらが敵対行動をとっていたら要塞に知らせる前に壊滅していたところだっただろう。

 それほどに潜んでいる者らとの練度の差が隔絶していた。

 

 「業者より社長へ。家屋(要塞)に何かが住み着いた(入り込んだ)模様」

 『入り込んだ種類は?』

 「おそらく蛇と蝙蝠……近づこうにも警戒心が強く、確認するのは非常に難儀かと」

 『そうか、そうか。蛇と蝙蝠か』

 

 無線越しに社長と呼ばれた男はクツクツと笑い、煙草に火をつけて一息つく。

 楽し気な雰囲気とは別にジャングルに潜む一行には変化はなし。

 

 「後は毒虫らしいのが数匹―――駆除しますか(・・・・・・)?」

 

 立場(・・)からすればこの進言は当然のものであった。

 直接的な敵ではないものの彼らからすればシロアリの類であって、住み着いたのを知っていて放置したならば基礎を食い散らかされて、いずれは住まいが倒壊しかねない。

 駆除――…もとい排除するなら早い方が良いに決まっている。

 だが、相手は()と答える。

 

 『家主から発注は受けていないし、無理に取る必要もない』

 「例の件(メタルギア)に余程夢中になっているのでしょう。気付いてないだけでは?」

 『報告は受けている。報告から勝手口は開けていた(・・・・・・・・・)ようだ。それも案件の一つという事だろう』

 「では如何なさいますか?」

 『様子見(監視)だけで十分。決して深入りして毒蛇に噛まれぬようにしてくれ』

 「了解」

 

 そう返信すると無線を切り、周囲に潜む者に通達する。

 

 「交戦不要。監視を続行せよ」

 

 要塞周囲三キロ以内に潜んでいる二個小隊程の精鋭が獲物を狙う蛇が如くに睨みを利かす。

 例え目的は違えど同じ方向性を向いている連中がどうなろうとも、入り込んだ者達がどのような結末を迎えさせようとも…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

人形遣いを含んだ潜入道中

 一度スネーク達と別れたミネットだったが、潜入するに当たって結局合流羽目になり、恥ずかしがる素振りどころか「道案内宜しく」と厚かましく来た事に、バットは呆れ果てるを超えて考える事すら止めてしまった。

 

 そんなミネット・ドネルは、二人の潜入を見られるという事で少々期待していた。

 研究の為の被検体として様々な実験をされていた頃は自由にする時間も出来る事も限られていたが、この身体を乗っ取ってフレミングの娘として振舞ったり、リキッドと行動を共にするようになればある程度だが時間も行動も自由が出来て、映画やドラマなど暇潰しに娯楽を目にする機会は増えた。

 中には秘密工作員が世界を駆け巡って陰謀を阻止したりする映画を始め、潜入と言えば映画やドラマでは華々しく描かれる場面が多い。

 軽々と警備を華麗なテクニックで超え、マジシャンや魔法使いのように神出鬼没。

 気付かれぬように静かに、かつ大胆に敵を排除するエージェント。

 驚くような身体能力や擬態技術を用いてアサシンや忍びのように紛れる者などなど。

 だからこそ潜入工作のプロであるスネーク達はどのように潜入するのかと勝手な期待を抱いてしまっていたのだ。

 ロビト島では関わることなく見事潜入工作を終えたぐらいしか知らず、シャドーモセス島ではオセロットや誰かが今どのへんかを話すぐらいで潜入方法は知らずにいたのも美化した原因の一つではあるだろう。

 だからこそ美化された物語と現実との違いに戸惑わずはいられなかった。

 

 「結構泥臭いのね」

 

 視線を気にして物影に潜みジッと観察したり、トラックの下に潜り込んで土塗れになったり、ダンボールを被って通り過ぎるのをただただ待ったりと控えめに言っても地味。

 もっとスムーズに進まないのかと思っていた矢先に排水溝を足を塗れるのも気にせず進む。

 先ほどから鼻をハンカチで覆って我慢しているが、正直飽き飽きしてしまっている。

 

 「服に臭いが付く…」

 「戦場を舐め過ぎだろ。なんでそんな恰好で来たんだか?」

 「別に私が戦う訳でないもの」

 「目立つし動き辛いだろう」

 

 ため息を吐く二人。

 現在デルタフォースの生き残りクリス・ジェンナー軍曹の情報提供を受けた、排水路を使っての潜入を試みていたところだ。

 足は濡れるは臭いは酷いと不満タラタラなミネットにうんざりとしながら見捨てなかったのは置き去りにした場合の報復が怖かったのもあるし、敵に回られても厄介と認識している他ならない。

 

 「もっとスマートに出来ないの?秘密のアイテムとか、松明片手にお面被って敵に見つからず縦横無尽に動き回れるテクニックとかさぁ」

 「お前が俺達に何を求めているか知らんが、期待には答えられそうにないな」

 「良いから次のが来たら走るぞ」

 

 バットが排水路の先へと視線を戻すと押し寄せて来る波が視界に映る。

 道中、鼠が逃げるように大慌てで走る様や、やけに警備の兵士が少ないと思っていたら、どうも近くの川がスコールで反乱したらしく、急激に増えた水がこの排水路に押し寄せて来たらしいのだ。

 間を開けて流れて来る波を回避する為に所々にある梯子を昇ってやり過ごし、通り過ぎたら次の梯子まで走ってはを繰り返している。

 ただしミネットに至っては汚れるのが嫌とか言う理由で、ステルス迷彩を纏った操り人形が運んでいる為、傍から見たら空中に浮いたまま移動している様でシュールな光景であるが…。

 

 定期的に訪れる波の対処で遅れに遅れたが、ようやく施設内部への侵入を果たして臭いや悪路から解放された。

 ミネットは嬉しそうに大きく伸びをする。

 しかしここからが本番なんだ。

 潜み、隠れ、やり過ごし、敵の目を欺き、立ちはだかる敵を撃破し、情報を集め、メタルギアを破壊しなければならない。

 窮屈なのは任務を達成するまで続く。

 

 そう、説明したミネットはあからさまに不満を露わにし、適当にその辺を警備していた兵士を操り人形(ステルス迷彩着用)に捕縛させ、連れて来たところで抑え付けさせ何かを注入した。

 

 「ねぇ、貴方は私の忠実な奴隷よね」

 「―――…はい、勿論ですとも」

 「これがネオテニーの力か?怖いんだが」

 「安心して良いよ。貴方達がリキッドの計画を潰したせいでACUAを精製するお金もないんだから」

 「つまりは力を得たら生成し出す可能性があると言う事か」

 「スポンサーが良しとすればね」

 「―――…ここで仕留めた方が良さそうな気がするんだが」

 「別に構わないけど、肉体だけで精神が死ぬかどうかは解らないわよ」

 「は?乗り移ったり出来るのかよ」

 「人形遣いというより悪霊だな」

 

 捕えた敵兵を自身の操り人形に加える行為にもだが、憑依的なニュアンスの発言にもゾッとする。

 つまりは脳天を撃ち抜いた所で操り人形や、自身やスネークに憑りつく可能性があると言う事で、一瞬だけでも本気で考えていたバットは実行しなくて良かったと安堵する。

 

 新たに加えた操り人形はメタルギアに関して詳しい情報は持っていない立場の低い兵士であったが、敵の目を暗ますには充分過ぎる程効果を発揮した。

 なにせ堂々と歩いていても不自然ではなく、簡単な施設内の道案内や敵の巡回を知らせたりと動き易く、排水路で時間が掛かった分を取り戻すように素早く進む事が出来た。

 ただ赤外線が張り巡らせた部屋だけはどうにも出来ず、バットが解除して行く羽目となる訳だ。

 

 「なんで武器は持ち込まずに煙草は随時所持してんだか」

 「必需品だろ。灯りにもなるし煙は赤外線を可視化させる。それに精神安定にもなるんだ」

 「灯りに関しては火を灯したライターの方が有用なんだがな」

 

 その後、入ったら有毒ガスが噴出された一室を大急ぎで駆け抜け、先に潜入しているジェンナー軍曹との合流を急ぐ。

 無線で聞いてみると敵兵の制服を纏い、赤色の帽子を被って束ねた髪を垂らしているという。

 特徴が合う兵士を最初に見つけたのは目の良いバット―――ではなく、スネークであった。

 

 「距離があるのに良く解かったわね?」

 「観察能力の差だな。お前も経験を積めば―――…」

 「相手が女性だからでしょ。この人、潜入中に出会った女性を口説きにかかる癖に、食事の約束すら破るから」

 「最低ね。唾を付けるだけなら蛇から羊駱駝(アルパカ)に変えたらどうかしら?」

 「お前ら…さては仲が良いな?」

 「どこがだ」

 「全くよ。目が腐ってるんじゃない」

 

 ピッタリじゃないかと口にすることなく、ジェンナー軍曹らしき人物を追跡すると人気のない場所に入り込んでいる。

 気付かれるようにわざと姿を晒した事で誘導してくれているのだろう。

 中々に優秀な人だと目を見張る。

 周囲に誰も居ない事を確認した彼女は帽子を外し、茶色い長髪を揺らしながらクルリと振り返る。 

 

 「ここなら目立たない――で…しょう?」

 

 言葉に合わせて姿を現したこちらに戸惑いを見せる。

 どうしたのかと逆に首を傾げるが、ジェンナー軍曹からしたら当然の事。

 無線で話したのはバットのみ。

 スネークとバットの二人は潜入工作員のチームと考えれば問題ないけれど、側には敵兵が一人に工作員どころか兵士にすら見えない少女が一人。

 違和感と疑念を抱かない方がおかしいだろう。

 

 「そちらは…」

 「あー、内部協力者と第三勢力?――いや、俺らもデルタと目的は一緒ながら勢力が異なるから第四勢力になるのか?それと彼はスネェ(スネーク)……フォックスだ」

 

 危うく死者のコードネームを口に仕掛けたバットは急ブレーキをかけ、過ったフォックスハウンドからフォックスと言い直す。

 ジェンナー軍曹は「そう、フォックスというのね」と答える中、当のフォックスと呼ばれたスネークはジッとジェンナー軍曹を無言で見つめる。

 

 「クリス・ジェンナー軍曹です。宜しくお願いします―――えっと、何か?」

 「デルタフォース所属という事だったんでな、もっとこう逞しいのを想像していたんだが、可愛過ぎるとおもっ痛っ!?」

 「そう言うのは要らないのよおじさん」

 「しかも褒めてるんかどうか怪しいもんだ」

 

 敵地のど真ん中でする会話を飄々とする三人に面食らったジェンナー軍曹は、苦笑いを浮かべた後に小さく咳払いをして注意を引く。

 

 「あの後、調査を続けて分かったのがメタルギア開発チーフである“ジェイムズ・ハークス”が残っているらしいわ。ニックネーム“ジミー・ウィザード”というロボットエンジニアリングの世界では有名な天才」

 「場所は?」

 「北の兵舎に監禁されています。それと軍事顧問として雇われた傭兵も判明しました。巨大なブーメランを扱う“スラッシャー・ホーク”、夜間戦闘が得意なサイレント・キルの達人“マリオネット・アウル”、巨大な火炎放射器で全てを焼き払う“パイロン・バイソン”、そしてリーダーの“ブラックアーツ・ヴァイパー”。世界各地の紛争地帯を渡り歩いて二年前からこのジンドラに流れ着いたようです。なんでもアメリカの特殊部隊出身という噂もあるとかないとか…」

 

 無線を終えてよくぞここまで調べ上げたものだとバットとスネークの中で、彼女への評価は鰻登りに上がっていく。

 それと彼女は悩ましく、辛そうに続きを語った。

 ここジンドラの人々は合衆国は独立の妨害をする邪魔者として嫌っているようだ。

 平和維持軍の派遣も支配する為に武力行使をしていると考えており、ゆえにジンドラ解放戦線の将軍への支持が厚いそうだ。

 

 「私は…私達の任務はこの国の人達の為になるって信じていたのに……でも」

 

 あぁ、彼女は向いていないと二人は理解した。

 彼女は正義を成そうとしているのだな…と。

 それは矛盾である。

 個人としては正義であろうとするなら兎も角、組織に所属している以上はどうしても利益が駆け引きといったものが混ざるのは道理、国家の軍隊であるからは国益や自国の為に働くのであって純粋な正義や仁義などを他国の為に振るう事は決してない。

 特に今回の件に関しては強奪された兵器の隠蔽も兼ねて破壊する命令で、独立を願っているジンドラの民衆からすれば悪でしかない。

 

 「正義の味方になりたかったのか?」

 「……違うわ。そう言うのじゃなくて、私は―――“確かなモノ”が欲しかったの」

 「確かなモノとは?」

 「生きて行く中で必要な“正義”とか“理想”……」

 「ジェンナー軍曹、いや、クリス。戦場で必要なのは何より生き抜く意志だ。俺は君に死んでほしくない。だからまずはこの任務を生きて成す事だけを考えるんだ。そして生き残ってから悩み、悔やみ、考え抜いてその答えを探し出すんだ」

 「そう……ね」

 

 スネークの言葉に沈んだ表情が僅かながら明るんだ。

 ぼそりとミネットが「人たらし」と呟き、バットはそれに苦笑しながら同意した。

 

 「他に情報はあるか?」

 「――“バジリスク”がこの基地周囲で確認された事かしら?」

 「バジリスク?バジリスクって尾が蛇の鶏だっけ?」

 「いえ、ジンドラ解放戦線以外にジンドラ政府と敵対している武装集団で、正式名称ではなくて名称不明な為の呼称でして。潜入前に正体不明の部隊を目撃した話がありまして」

 「そいつらも関わっていると?」

 「どうなんでしょう……情報によるとジンドラ解放戦線と協力体制ではあるようですが良好な関係ではないようです」

 

 追加の情報を得た事でバットは無線機でキャンベル大佐に情報を手短に伝える。

 いつもなら会話を垂れ流して情報共有を図るところだが、死者であるスネークの声も入る為にその手が使えず、手間ながらこういう手段を取ることになってしまった。

 

 『ヴァイパー――…毒蛇か。君は蛇に好かれるようだな』

 「縁があるのは認めるよ。で、情報はある?」

 『どうなんだウィーゼル?』

 『勿論ある。なんたって傭兵集団“ブラック・チェンバー”と言やぁ有名な凄腕集団だからな。別に一人一人説明しても良いが一遍に覚えるかい?』

 「出会ってからで良いや。ついでにバジリスクってのには覚えはないか?」

 『俺は無いな。ジンドラに得体の知れない部隊がいるってのは聞いたことはあるが詳細まではな。そっちはアフリカ担当の情報官殿の方が詳しいんじゃないのか?』

 『多少はな。と言っても人種も性別も解らん。解っているのは“バジリスク”または“コブラ”と称される人物(・・)ということぐらいだ』

 「人物?組織じゃない?」

 『組織と言えばそうなんだろうが、我々がそう称しているは個人の筈だ。調べたところによると十年ぐらい前(現在2005年)から存在が確認され、彼または彼女は軍事教官的な立場らしい。それも高度な技術と戦い方を叩き込んでいるらしくて練度は非常に高い』

 「なんで先に教えてくれなかったんだ?」

 『奴らは協力体制にあっても関係的には悪く、ジンドラ解放戦線とはエリアを分けて干渉しないようにしている節すら見えていたからな。今回の件に関してはジンドラ解放戦線の独断の可能性が高かった為に言わなかっただけだ』

 「そうかよ」と小さく吐き捨てたバットは、また何か情報を仕入れたら連絡すると言って無線を切った。

 話し合いが終わったという事でジェンナー軍曹は「どうしますか?」と言わんばかりにバットを見つめる。

 

 「その天才を助けに行くか」

 「はい。そう言えばバットは貴方で合ってますか?」

 「正解だ。狙撃手と知ってんなら狙撃銃持ってんの俺だけだから解るわな」

 「では、こちらの方がフォックスですね」

 「―――…ん?」

 

 フォックスと呼ばれてスネークが一瞬戸惑う。

 こいつ、本当にジェンナー軍曹に見惚れてて聞いていなかったな?

 呆れ半分にため息をつくバットに、ジト目で見つめるミネットの視線が突き刺さり、そう言う事かと察してスネークは頷く。

 

 「俺がフォックスだ。すまんな、新しいコードネームで慣れてないんだ」

 「そう、なんですか…私、セキュリティカードを持ってますので先行して開けて来ますね」

 

 そう言うとジェンナー軍曹は歩きながら先の角を曲がって行く。

 道中は凄まじい勘か運の良さを発揮し、扉を開けて入って来た兵士の視界から神掛かったタイミングで角を曲がって死角に入り、見事なまでに気付かれる事無く次の部屋へと辿り着く。

 

 『さぁ、付いて来て下さい』

 「………なぁ、俺ら一人称視点であって、頭上から見えてる訳じゃないんだが」

 『え?そうですね…』

 「一人先行して角を曲がって行った貴方をどう見れば?」

 『――あ!?』

 

 優れた技術を有しているのに何処か抜けているのだろう。

 メイ・リン作のレーダーが無ければルートすら分からないところだった。

 再び合流すると謝罪されて、今度は説明混じりに道を教えて貰って進む。

 彼女の案内もあって無事に施設外を抜ける事が出来て、スネーク達はメタルギアの情報を求めてジェイムズ・ハークス救出に向かう。

 だが、ここでジェンナー軍曹とは一旦お別れとなる。

 

 なんでもこの要塞内には全電力を賄う発電所があるらしいのだが、重要施設なのは解かるが兵士の出入りが異様に多いとの事。

 誰もがメタルギアがその発電所、もしくは付近にあるのではと思ってしまうのは淡い機体だろうか?

 それを確かめ探るべくジェンナー軍曹は調査に向かいたいとの事で、先程の案内などで能力の高さが伺えた事から「気を付けろよ」と声掛けして別れる事にしたのだ。

 スネークはバットにも付いて行くように促しはしたが、バット曰く「蛇との縁はありますが、どうも蛇は鉄の歯車を寄せてしまうらしくてね。一緒に居た方がもしもの場合は良いでしょ」と言われれば確かにと頷くしかなかった。

 

 「人の心配もそうですがこちらもしんどいですよ」

 「メタルギア開発のチーフだからな。絶対に居るな」

 「二人でなに話進めてるの?」

 

 一人置いてけぼりを喰らったミネットは首を傾げ問いかける。

 それに対してスネークもバットも真面目な顔をして経験と予想から答える。

 

 「この先に絶対待ち構えてるんだよ」

 「凄腕傭兵の誰かがな」

 

 予言するかのように言い切った二人は互いに得物を確認して警戒しながら先を進み、ミネットは逆に楽し気に笑ってターゲットである事を祈る。

 

 

 

 

 

 

●操る者。

 

 人を操る術というのは少なからず存在する。

 催眠術と呼ばれる精神に作用する技術に、薬物によるものなど様々だ。

 言葉や演出によりそうするように、さうさせる誘導術もある。

 ミネットが持つネオテニーも犠牲を伴う実験の結果、付与されてしまった能力であり、媒介に必要なACUAを通して相手の記憶と精神を操る技術。

 ただ最後に関しては単なる技術と片付けるにはオカルトが高く、死後に精神体が他人に憑依して乗っ取るなど作ろうとして作れるものでは決してない。

 

 自身という例があっただけに、目の前で起こっている事もそう言ったオカルトの分野だったりするかも知れないと、ミネットは眼前で起こっている現象に結論付ける。

 

 「貴方も作られた存在だったの」

 「哲学的に?それとも物理的にって意味か?ってか急になんだよ」

 

 ここは敵地のど真ん中である。

 それも要塞内部で逃げ場も早々ある訳でもない。

 兵士達が巡回して警戒を強め、広い敷地内をカバーするように監視カメラや軍用犬が用いられている。

 訓練された軍用犬は素早さに攻撃力、さらには嗅覚を始めとした探知能力に長けており、見つかれば最悪の場合には仲間を呼んで集団で襲って来る事になる。

 

 人に対して有効なステルス迷彩も姿が見えないようにしているだけで、存在するだけに音もニオイも当然ながら発生する為、施設から出て北の兵舎に向かっている途中に軍用犬が配置されているのを遠目ながら認識した時には、どうしたものかと大いに頭を悩ませたものだ。

 避けて通るのにも限界があり、操り人形たちが上手く隠れ切れるか怪しいところ。

 向かわずに待つ事すら考え始めた矢先、仕方ないとバットが軍用犬に向かって行ったのだ。

 

 数分後、合流して良いよと無線で連絡を受けて行ってみると、そこにはジンドラ解放戦線が配置した軍用犬ドーベルマンの群れがバットの周囲に集まっては甘えているような素振りすら見せている。

 

 「軍用犬でしょ」

 「軍用犬だな」

 「だったらなんでそんなに懐いてるのよ」

 「昔から懐かれ易いから」

 「それだけで納得できると思うの?」

 「そう言われてもなぁ…」

 

 困ったと言わんばかりの顔をしながらも、バットは集まっているドーベルマンを撫でたりしている。

 聞いた自分が馬鹿だったとスネークに向けるも「慣れるしかないないぞ」と返されてしまう。

 

 「撫でてみるか?」

 「…噛まない?」

 「無下にしなかったら大丈夫だろ」

 

 疑心暗鬼ながら無邪気に甘えるドーベルマン達を見ていたら、行けるのではと思ってゆっくりと手を伸ばす。

 驚かせないように近づけたつもりだが、気付いたドーベルマンはシュバっと振り返り、ジッとこちらを見つめて来る。

 このまま伸ばしたらそのまま噛みついて来るのではと思えるほどの眼光。

 そっと手を戻そうとしたらクスリとバットに笑われてむすっとしつつ、意地になって撫でてみると別に噛みつく事も無かった。

 

 「良いわね」

 「だろ?」

 「ACUAも使わず操るなんて。製造時間も資金も掛からないし」

 「人聞きが悪いんだが?」

 

 今度はバットは不満そうにするがその顔が可笑しくって堪らず笑ってしまった。

 

 「あー、そう。そういう風に認定するんだ」

 

 イラっとしたのだろう。

 怒った口調で言うバットに対し、スネークは何かを察してスッと離れる。

 これは何かあると思って問い質すよりも先に、バットの一言によってドーベルマン達が動き出す。

 

 「お前ら、この子に精一杯甘えて来い」

 「え、ちょっと!?」

 

 一斉に数十頭のドーベルマンがこちらに押し寄せる。

 すり寄り、乗りかかり、頬や手を舐めて来るのも居て、犬好きには堪らない体験かも知れないが、服には犬の毛がいっぱい付着し、顔や手が犬の唾液でべとべとで、ミネットにとっては不快感しかなかった。

 だからと言ってドーベルマンに恨みをぶつける事はしない。

 

 絶対にACUA打ち込んで操りに操って、ボロ雑巾のように棄ててやると殺気の籠った瞳でバットを睨みつけるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蛇を恨む鷹

 投稿が遅くなり申し訳ありませんでした。
 リアルが忙しく、体調不良が続きまして…。


 恨みというのは何処で買っているかは解らないものだ。

 加害者と被害者という解り易い構図から嫉妬や逆恨みと見え辛いものなど多岐に渡り、潜入工作を主にであるが実戦に携わったソリッド・スネークも恨み辛みというのは山のように抱えている。

 だから彼らもそのどちらかだったのだろう。

 新型メタルギアを開発した研究者を救出すべく、建物内を出て兵舎へ向かった先には聳え立つ丘があり、そこで奴は待ち構えていたのだ。

 

 「待っていたぞ(・・・・・・)、ソリッド・スネーク!」

 

 開けた場所に入ったところで高所より声が響き、丘へと視線を向けると数メートルの段差の上に人影が見える。

 眼を凝らすと上半身を着用せずに、鍛え上げられた肉体を晒す男が一人。

 バルカン・レイブンと違って大柄ではなく細身であるが、細くとも肉体の鍛え込みは尋常ではない。

 鋭い眼光で見下ろす奴の周りを鷹が飛び回る。

 即座に名前を言い当てた事にバットが「知り合い?」と尋ねて来るが、まったくもって覚えはない。

 

 「デルタ・フォースを潰した傭兵の一人か」

 「ふん、退屈凌ぎにもならなかったがな」

 「何故俺がソリッド・スネークだと解かった?」

 「俺達にとってその名は特別だ。知らぬはずがない。俺達ブラック・チェンバーにとってな」

 

 先ほどまでも鋭かった眼光に殺意や怨嗟が込められ、ゾワリと背筋を凍り付かせる何かを放つ。

 粗ぶった感情を抑えるように一呼吸入れた男は、スッと目を細めて睨みつける。

 

 「ここの連中は将軍に陶酔しているが俺達にとって奴らの理想や真の独立など興味は微塵もない。俺が、俺達が狙うはお前の首だけだ。最高の特殊部隊はフォックスハウンドではなくブラック・チェンバーであると言う事を、このオレ“スラッシャー・ホーク”が証明してやる!」

 

 鷹が高く飛翔すると同時にホークは一メートルを優に超すブーメランを放る。

 巨大なブーメランは回転しつつ獲物であるスネーク、そして次いでバットへと円を描くように襲い掛かって持ち主の下へと帰って行く。

 

 「ミネット、そこから前に出るなよ!」

 「当たり前じゃない。梅雨払いは任せるわ」

 

 拓けた場所ゆえに警戒して足手纏いになりかねないミネットを、バットは待機されていたのが功を成した―――と言うべきだったのか?

 なんにせよ戦闘範囲内に入っていなかったミネットに注意を飛ばすと、勿論そうするわよと上からの返しにバットがイラついたのは理解した。

 

 「ブーメランか」

 「それはお前達が付けた名前だ。俺の育った部族では“ウォルガル”と言う伝統と誇り高き武器だ!お前達がその名を成したこの地を墓標に眠れ!!」

 

 咄嗟に銃を構えるも段差の後ろに下がられて視界外へ隠れられ、まるで見えているかのように襲って来るブーメランを地面を這うようにして回避に専念する。

 さすがに戻って来る事が前提なだけに、地面すれすれは投げて来ないだろうと思ったが、奴はそのすれすれを狙うだけの技量があるらしく、伏せていても当たる様な低所を滑らせるように放り投げて来る。

 四苦八苦しながら回避する最中、バットはステアースカウトを手にしながらウィーゼルに無線入れる。

 

 「スラッシャー・ホークについての情報は?」

 『巨大なブーメランを扱う傭兵の話は聞いたことがある。決して侮るんじゃないぞ。元々ブーメランというのは狩猟用の武器なんだからな』

 「要はアレを撃ち落せば―――ッ、硬い!」

 

 飛び回るブーメランの軌道を読んでの狙撃を敢行するも、放った弾丸が当たって多少ずらす事は出来たものの、撃ち抜くか圧し折れると予想していたバットの期待を容易に裏切り、ぶつかり合った金属音を響かせるばかりで欠ける事すらなかった。

 

 『奴のブーメランは鋼鉄製だ。子牛だって真っ二つにしたって話だ』

 「まじでスラッシャーだったんだな。くそったれが!」

 

 舌打ちを一つ零すバットに追い打ちをかけるようにマクブライドが『そいつを倒さねば先へ進めまい』と一言を入れ、「ンな事は端っから解ってんだよ!」と怒鳴らせていた。

 そんな口論をしている間にもブーメランが迫って来る。

 円弧を描いていた軌道はジクザグに曲がったりと変幻自在で、楽に回避できなくなってきた。

 

 「なんとか狙撃できないか!?」

 「段差で見え辛いんだよ」

 

 上から見ているならまだしも高所を陣取られて、切り立った段差が邪魔でホーク自身が見えないし狙い辛い。

 一応レーダーのおかげで位置は大体で解るのだが、手榴弾を放り込んでも気付かれれば蹴り返されたり(・・・・・・・)、即座に離れて爆発の範囲から逃れてしまう。

 逆に向こうはタカより位置を理解しているのか鋼鉄のブーメランを投げ放題。

 手持ちの手榴弾の数にも限りがある為、無くなればこちらから打つ手がなくなってしまう。

 

 「スネーク、次ブーメランを投げたら手榴弾を」

 「効果があるかは分からんぞ」

 「頭上辺りに放ってくれれば良い」

 「そう言う事か。分かった」

 

 意図を察したスネークはブーメランが投げられると、手榴弾を放り投げつつ向かって来るブーメランを回避。

 戻って来るブーメランを回収すべく、落ち着いた様子で転がった手榴弾をそのまんま返してやろうと待ち構えるスラッシャー・ホーク。

 そこを狙うバットに気付いたが自分が撃たれる事は無いと高を括り、狙いが別にあった事に気付くのに遅れてしまった。

 

 頭上へと放り投げられた手榴弾が狙撃された。

 爆発を起こして破片を降り注がれ、破片が肌を斬り付け刺さり、片眼もまた被害を受けた事で怯む。

 そこへ鋼鉄製のブーメランが戻って来たため、ホークはその身で受け止める事に…。

 

 「グゥオ!?こんな手で…」

 

 強靭な肉体も切れ味と強固な硬さを誇る鋼鉄製のブーメランを見に受けて無傷で済むはずもなく、手榴弾の降り注いだ破片も伴って血みどろ状態のホークは立つ事も難しく、高所より転がり落ちて来た。

 見下ろすように近づくとそこに鷹が降り立って、同じくスラッシャー・ホークを見下ろす。

 

 「何故俺を主に(・・)狙った?」

 

 助からないのは傷口を見れば明らか。

 せめてこの男が自分を狙ったのかを知りたい。

 そう思って問いかけるとホークはゆっくりと語り出した。

 

 「ブラック・チェンバーは俺の唯一の居場所だったんだ。

  オ、オレはオーストラリアのお前達がアボリジニという部族の一つ育ったんだが捨て子でな。

  父と母は村長の反対を押し切って育ててくれたが、余所者はいつまで経っても腫物扱い。

  どれだけ掟を護ろうと仲間とは認められずに両親が亡くなったその途端に追い出されてしまった。

  それから世界を転々とするもどこでも余所者であり、誰もオレを認める事は無かった。

  だが、ヴァイパーだけは仲間と認め、ブラック・チェンバーの一員として迎えてくれたのだ。

  ……それを、お前達は!」

 

 憎しみの籠った瞳を向けられるもスネークに思い当たる節はない。

 これがビッグボス絡みやリキッド絡みならまだしも、ブラック・チェンバーという傭兵に関しては知らない事ばかり。

 身体に力を籠めるホークから血が噴き出て、意識が遠のくホークは言葉を残す。

 

 「オレは死ぬ。しかし復讐は必ずやヴァイパーが成し遂げてくれる!思い知れ、俺達の怒りと悲しみ、憎しみを!!」

 

 腹の底――否、心の奥底より漏れ出した怨嗟の声に計り知れぬ物を感じ取る。

 一体何があったというんだという疑問が増すも、ホークはそれ以上内容を語る気はなかった。

 

 「間違ってもオレの死体を焼こうとは思うなよ。部族のタブーなんだ。部族では鷹はトーテム……守護神だ。オレの魂を故郷へと運んでくれる。……あぁ、これでやっと帰れる………今度は、仲間として…受け入れて…」

 

 そう言い残してスラッシャー・ホークは息を引き取り、見届けた鷹は何処かへと飛び立って行く。

 奴が育った故郷へと魂を連れ帰るのだろう。

 姿形が見えなくなるまで見送った一行は先へと進み、兵舎へと足を踏み入れる。

 

 「さっさと探して来てね」

 「少しは手伝えよ。見ろよ、スネークもイラついてエレベーターのスイッチ殴ってんだろ」

 「分かったわよ。手伝えばいいんでしょ」

 「………俺はただボタンを押しただけなんだが?」

 「「――え!?」」

 

 どう見ても敵兵を殴りつける勢いのままにボタンを殴っているスネークの否定に、バットもミネットも息を揃えて驚きの声を漏らした。

 嘘だろ…と唖然としつつ疑問を浮かべ、エレベーター内で上か下かのボタンを押す際に同じく殴りつけた事で、これがエレベーターのボタンの押し方かよと二人してツッコミを入れておく。

 探し回った結果、怪しいのは二階の荷物運送用のベルトコンベヤという事で、何故かスネークがダンボールに潜んで行ってみると言い出す始末…。

 

 「本気で言ってます?」

 「荷物に紛れるならダンボールを被るしかないだろう」

 「いや、そうじゃなくて…」

 「ねぇ、本当に大丈夫なの?」

 「分からん。なんでもダンボールは潜入に絶対的信頼と信用、そして実績のある必需品らしいから」

 「本気で言ってるのソレ」

 「知らん。俺は潜入工作員でなくて狙撃手だっての」

 「なにをひそひそしているのか知らんが行ってくる」

 

 首を傾げつつ自信有りと言った様子でダンボールに入ったスネークがベルトコンベヤに運ばれて行く。

 先の方を覗いてみると検査用の機械があり、どうもダンボールの色で運ぶ方向が変わるようだ。

 あれで中身をスキャンする機能があったらどうするつもりだったんだろうかと呆れながら、バットはベルトコンベヤに被らずに乗って、検査機手前でベルトコンベヤより居りて周囲を見渡す。

 カメラも無いし警備の兵士もいないのなら好き放題に乗り降りできるわけだ。

 

 「ルールを破っても良いの?」

 「敵が作ったルールに従ってやる義理はねぇだろ」

 「それもそうね」

 

 一人ルールを護って他の赤と青のダンボールを入手してコツコツよ移動するスネークと、好き勝手に行くバットとミネットは手分けして調べ周り、ベルトコンベヤが行き交う仕分け部屋から当たりのコースを探し出し慣れた赤外線の部屋や進むにつれて現れる警備の目を掻い潜って先へ進むと鉄格子で遮られた一室を発見した。

 

 「ちょっとそこのあんた!ここの連中じゃないみたいだね。ボクを助けてよ」

 

 鉄格子に挟まれた先に人がいた。

 身体は肥満によりかなり大きいが顔立ちから十代と思われ、捕まっている事も考慮してもデルタ・フォースの生き残りや違反をした兵士という訳ではなさそうだ。

 という事は彼がメタルギアを開発した科学者なのだろうかと首を捻る。

 

 「助けてくれなきゃ大声出しちゃうよ」

 「―――あ?」

 「嘘!嘘だから待って!」

 「上から目線で頼むなんてね。気持ちは分かるから撃っちゃえば?」

 「どちらにとっても大声を出しても為にならない。だから叫ぶな。バットは銃を降ろせ。ミネットは煽るな」

 

 助けが来たという期待からかそれとも元々横柄なのかは知らないが、バットは騒がれるなら封じる方が早いと言わんばかりに銃口を向けていた。

 正直バットも馬鹿ではないので脅しを入れてそういった態度や行動を抑制する考えだったのだろう―――と、信じたい。

 

 「名前は?」

 「ジェイムズ・ハークス。ジミーって呼んでもいいよ」

 「メタルギアの開発者?それにしては若く見えるが二十代?」

 「失礼な奴だな。まだ十代だよ」

 「その若さでメタルギアを作るとか…天才って奴か。で、閉じ込められてるって事はメタルギアの組み立ては終わったのか?」

 「そうだよ。酷い連中だよ全く。メタルギアを組み立てている時はまだ自由だったけど、終わった途端こんな狭い所に閉じ込めて」

 「そりゃあそうだろ。組み立てが終えた時点で用無しだろうからな。寧ろ良く消されなかったな」

 「ところでアンタ達は誰なのさ?」

 「メタルギアの破壊と救出を任された―――あー、混成部隊?」

 「なんだよソレ。まぁいいや。早いとこ此処から出してよ」

 「バット、開けれるか?」

 「多分行けるとは思うが」

 

 ポーチから取り出した工具を用いて鍵穴を弄り、あまり時間も掛からずにガチャリと開く。

 それを本人は誇る様子もなくさっさと工具をポーチに仕舞い、ジミーは鉄格子で閉じ込められていた独房より出てやれやれと肩を竦める。

 

 「さぁ、ここから出よう。もう居るのも嫌だよ」

 「その前に俺達にはやるべき事がある」

 「脱出するんじゃないの?」

 「メタルギアをどうにかしなければならない。まずは情報だ」

 

 すぐに要塞から脱出できない事に不満を隠そうともしないジミーの態度に、気にする事なくスネークは問いかける。

 新型メタルギアは兵舎の北西出口より北へ向かった先にある地下基地にて、組み立て作業を終え伝送系の最中調整のみ。

 元々新型メタルギアは南米での実践演習が目的で、パーカー陸軍参謀長肝いりの作戦だっただけに本物の核弾頭も運んでいたらしい。

 つまりは調整が済めばいつでも核弾頭を撃てるという訳だ。

 

 「メタルギアの実践演習とは穏やかじゃないな、核を撃つ気だったのか?」

 「さぁ、そこまでは知らないよ。計画名が“プロジェクト・バベル”って事以外は教えてくれなかったし。興味ないしね」

 「お前が造った兵器だろう」

 「それこそ僕の知った事じゃないよ。造った人間ではなく使った側の問題だ。僕は僕の力が活かせる場所があればそれで良いんだから」

 

 悪びれもせずに淡々と当たり前のようにそうジミーが言った時、ぱちりと電気が消えて暗闇が周囲を支配する。

 敵襲かと前が見えないだけに伏せながら銃に手を伸ばし、音を頼りに周囲を警戒するが敵襲という訳ではないらしい。

 

 「敵襲……ではないのか」

 「奴ら、メタルギアで核を撃つ気だ」

 「なに?しかしそれと停電に何の関係が?」

 「ボクが造ったメタルギアはレールガンで核を撃ち出すのさ。その際に大量の電力を充電しなきゃいけないから」

 「レールガン!?こいつにもREXと同じくレールガンが装備されているのか?」

 「REXってのが何かは知らないけど、不味いよこの状況。あと30分ぐらいで充電が終わっちゃう」

 

 三十分後には核発射体制に入れる事もだが、同時に短い期間に作られた新型メタルギアがレールガン装備という点に疑問を抱かずにいられない。

 しかしREXをジミーは知らないと言う。

 疑問は残るがスネークとバット、それとジミーがいくら話し合っても回答を出せる問題ではなかった。

 ただただ聞いていたミネットこそがその事実を知っている。

 

 いくらパーカー陸軍参謀長が肩入れしていようとも、同時期に二機ものメタルギア開発予算が降りる訳が無い。

 片方はアームズ・テック社によって造り出された事で製造に関しては予算を使わなくとも、データ収集やその他では国防省長官ジム・ハウスマンとDARPA局長ドナルド・アンダーソンが協力体制であった事から出さない訳にもいかず、比べれば些細かも知れないがそれでも莫大な資金を有する。

 そこで行われたのが収集されたデータの共有。

 ロビト島とストラテロジック社で得られた歩行データや電子兵器などの実験記録を収集していたアームズ・テック社より提供を受ける事で、“プロジェクト・バベル”の予算の減少と時間短縮を図ったのだ。

 関り裏側を知っている者は少なく、探っていたリキッド側はその事情を当然ながら入手していた。

 

 クスリと微笑みながら事情を話さず眺めるミネットに気付かず、バットは発電所へ向かったクリスへと無線を入れる。

 

 「聞こえるかジェンナー軍曹」

 『聞こえるわ。発電所が突然フル総業に入ったのだけど、一体何があったというの?』

 「核発射の為の充電中らしい。こちらに合流できるか?」

 「待て、バット。博士の保護を任せよう」

 

 制止を入れたスネークが正しい。

 もう時間がない中でジミーを連れ回しても足手纏い。

 それなら後で助けるとしてクリスに護衛を任せて待機させるのが良いとの判断だった。

 だけどバットは首を横に振るう。

 

 「連れて行く。置いて行って再び捕虜になられても面倒だ。どうする博士?俺達と行動を共にするのは危険を伴うが、敵地のど真ん中に置き去りにされるのとどっちが良い?」

 「そんなのついて行くしかないじゃないか」

 

 不貞腐れ気味に返答を返して疑念を持たなかったらしい。

 スネークは眉を潜めて声の感じからこの辺かと当たりを付け、バットに近づくと小声で話しかける。

 

 「で、本当の理由は?」

 「アレの言葉はある意味事実だ。作り手よりは使い手の問題。しかしながら認識が甘い。自分がどのようなものを作っているのかの理解が足りない」

 「そのためにリスクを負うのか?」

 「でなきゃここで実体験させて解らせる(・・・・・・・・・・)

 

 強い意思を銃を抜こうとする行動から察し、スネークは仕方ないとため息をつく。

 今後どうするかは解らぬが、確かにあれは放置できない。

 クリスと合流して戦力的には整う事で、護衛しつつ向かうのも何とかなるだろう。

 

 「暗いが道は分かるかバット」

 

 タンと舌打ちを一つ響かせると頷いたのを何となく察した。

 

 「問題ない」

 「……お前蝙蝠(生物)だったのか?」

 「前から蝙蝠(コードネーム)だっただろ」

 「いや、なんでもない」

 

 暗がりに慣れて来た事もあって先へ進もうとジミーを引っ張りつつ先へと向かおうとするのだが、バットが何かに気付いてぴたりと足を止めると独房に振り返る。

 他に誰も居なかっただけに何を見ているのか解らない。

 

 「どうしたバット?」

 「あの独房内に隠し通路は?」

 「隠し通路なんて……そういえば一か所壁が薄いところがあったような」

 「博士は俺達の後ろに―――出て来いよ。そこに居るのは解ってんだよ」

 

 殺気が込められた一言が向けられた独房の壁がちょっとした爆音を響かせ、爆破されると隠し通路が現れて敵らしい人物が姿を現す。

 最も暗くてはっきりと見えていないが三人ぐらいはいるようだ。

 一人はロングコートでもう二人は着物姿。

 耳の良いバットが居なければ背後からの奇襲、または挟撃を受けていたところだった。  

 

 「暗がりでの戦闘は不利だな。博士を連れるとなると余計な」

 「ならここは俺が――…」

 「ふふ、私がやるわ」

 

 そう言って前に出たミネットはポンポンと持っていたケミカルライトを放り、ぼんやりと照らされて相手の人相が幾らか判別がつき易くなり、彼こそがミネットが狙っているターゲットなのだろう。

 ニヤリと怪しい笑みを浮かべるミネットに、殺意と怒気を振り撒く相手。

 ただ事ならぬ雰囲気を振り撒く二人を交互に眺め、ここは任せた―――ではなく協力体制の条件ゆえにスネークとバットはジミーを連れてその場を離れて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。